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『アメーバ経営の管理会計システム』の執筆を振り返って

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『アメーバ経営の管理会計システム』の執筆を振り返って
ビジネス・イノベーションシリーズ
『アメーバ経営の管理会計システム』
の執筆を振り返って
>> 潮 清孝(ビジネス・イノベーション研究科)
本書は、筆者の博士論文をベースにしたものであ
いこうという発想である。
り、2013 年 2 月に公刊された。執筆に際しては、
一般には、会計と聞くと、
「難しい」というイメー
できるだけ多くの方に読んでいただきたい、という
ジを持つ人が多いようである。ROA・ROE・ROI、
思いの一方、専門性や論理性を崩すわけにはいかな
(Activity-based
あるいは一時期もてはやされた ABC
い、という二つの側面を天秤にかけながら、加筆・
Costing: ABC) や EVA(Economic Value Added:
修正を行った。結果的には後者を優先する場面が多
EVA)などのいくつかの会計技法・指標は、確かに
く、代わりに、「はしがき」において、アメーバ経
文字を見ただけでも難しそうである。
営に関する私見を可能な限り平易な言葉で説明する
歴史をさかのぼってみると、会計は経営者やその
ことで、折り合いをつけることにした。そこでの表
サポート役などをはじめとした一部のエリートが操
現を一部交えながら、以下、本書について振り返る。
る 摩訶不思議な道具 であった。しかしながらそ
「アメーバ経営」という言葉を耳にしたことがあ
のような「難しい計算」のみが会計ではない。ビジ
る人はどれくらいいるだろうか。
アメーバ経営とは、
ネスはもとより、おそらくほとんどの人が、日々、
京セラ株式会社およびどうグループ企業を中心に実
お金と接しながら暮らしている。スーパーに行けば
践されている経営管理手法であり、
「小集団部門別
1 枚 5 円のレジ袋をいかに買わずに済ませるかに腐
採算制度に基づく全員参加経営」などと呼ばれるこ
心し、暑い日には水筒を持ち歩くことで 1 本 150
ともある。私なりのたとえを用いるならば、1990
円ほどのジュース代を節約しようと考える(そのよ
年代前後に空前の大ヒットを記録した漫画『ドラゴ
うな生活習慣が、長期的に、
「利益」 「貯蓄」の
ンボール』に出てくる「元気玉」がそのイメージに
増加につながるかどうかは幾分議論の余地があろう
近い。周囲のあらゆる生命体から少しずつエネル
が)
。少なくとも一般的な金銭感覚と、足す(+)、
ギーを分けてもらって作った大きな気弾で相手を攻
、のいわゆる四
引く(-)、掛ける( )、割る( )
撃する 必殺技 がそれである。
則演算さえできれば、会計を語る資格は十分にある。
本書はそのようなアメーバ経営の中でも、会計的
このような、おそらく全ての従業員が持っているで
な側面に焦点を当てて議論を行っている。一言でい
あろう能力を、企業経営に活用しない手はない。
えば、「時間当り採算」と呼ばれる独自の会計指標
本書では、アメーバ経営におけるこのような管理
が、そのような「全員参加経営」を可能にせしめる
会計の特徴を、コンピューター技術の社会的な普
重要な役割を担っている、というのがその主張であ
及を表す意味で用いられることの多い「ユビキタ
る。要は、「あなたが働いた 1 時間で、どれだけの
ス」という概念を援用しながら分析している。コン
儲けを生み出したのか」ということを、全員に、常
ピューターが登場した当初は、特殊な知識や技能を
に、問いかけ続けることによって、利益を生み出す
持った人のみがそれを活用することが可能であっ
ための創意工夫を、組織全体で少しずつ積み重ねて
た。それがやがて、いわゆる「パソコン(パーソナ
Chukyo Business Review Vol. 10(2014. 3)
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『アメーバ経営の管理会計システム』の執筆を振り返って
ルコンピューター)
」と呼ばれるような個人ユーザー
の全 311 ページ)などを入手することができた。
向けのコンピューターが開発され、さらには「マイ
これらを丹念に読み込んでいくと、稲盛氏をはじめ
コン(マイクロコンピューター)」と呼ばれるよう
とする当時の経営者や様々な現場従業員のいくつも
な形で、洗濯機や炊飯器などの身近な家電にまで搭
の苦悩や試行錯誤を経て、時には回り道をしながら、
載されるようになった。そして近年では
「スマホ(ス
少しずつ今日のようなアメーバ経営および時間当り
マートフォン)
」や非接触 IC カード技術を活用した
採算の姿が形作られてきたことがわかる。
様々な認証システムなど、高度なコンピューターお
このような 歴史 に関する研究を行うに際して
よび同ネットワーク技術を利用していることを本人
は、我ながら、非常に地味で地道な作業の繰り返し
が意識しないほどに、それらが日常生活に溶け込ん
であった。京セラ経営研究所(京都市山科区)の書
でおり、このような状態を表すのに、「ユビキタス」
庫に何度もお邪魔し、大切に保管されている当時の
という言葉があてがわれる。アメーバ経営における
社内報の現物を、ひとつひとつ傷つけないよう慎重
会計のあり方を見ていると、まさにこのような今日
にコピー機にかけ続けた。しかしながら後で気づい
のコンピューター技術同様、使っている本人達が気
たことだが、そのコピー機はプリンターを兼ねたい
付かないほど当たり前に、会計的な思考や分析にも
わゆる印刷複合機であり、私がコピーをとり続けて
とづく活動が、日々、実践されている様子が伺える。
いることで、何度も研究所の方々の職務を中断させ
アメーバ経営を扱った書籍は、本書のような学術
てしまっていたようである。それにも関わらず、研
書に限っても、既にいくつも出版されている。雑誌
究所の方々には常に気さくに話しかけて頂き、当時
などの記事を含めると、その数は膨大とも言える。
の事を思い返すと申し訳ない気持ちで一杯になる。
それらとの比較の中での本書の最大の特徴は、時間
その成果を、このような形で執筆させて頂くことで、
当り採算をはじめとするアメーバ経営における管理
せめてもの恩返しになっていればと願うばかりであ
会計システムの歴史的な形成プロセスを、社内報を
る。中でも、当時大学院生だった私の身の程知らず
はじめとした当時の資料に基づきながら、明らかに
でわがままなお願いを叶えて頂いた同研究所の木谷
。アメーバ経営の
した点である(主に第 6 章)
重幸氏には感謝申し上げたい。
総
本山 である京セラや、その創業者である稲盛氏ら
これまで多くのインタビューや参与観察、アーカ
の著作の中で、いくつか歴史についての叙述がある
イブ調査を実施し、それらのすべてを一冊の書籍の
が、それらはあくまで断片的なものであること、お
中に書き込んでいくなかで、アメーバ経営の特徴を、
よび、本人達の「記憶」に基づき描かれているもの
私なりにまとめるとすれば、以下の 3 点があげら
がほとんどである。それらは学術的にも実務的にも
れる。
貴重であるが、一方で、回顧録的な内容は、概して
第一には、「時間当り採算」という独自の利益概
美化されがちである。筆者は京セラ経営研究所(京
念の存在である。その意義については本書に詳しく
都市山科区)の協力のもと、京セラの社内報(1964
記してあるが、アメーバ経営における様々な価値観
年 2 月の創刊号から 1979 年 11 月の第 67 号まで
や京セラの歴史が、当該指標の計算構造の中に凝縮
の全 1420 ページ)および本社経営管理通達(1971
されている。しかしながら、アメーバ経営を導入し
年 2 月の第 1 号から 1981 年 8 月の第 171 号まで
始めたばかりの企業によく見られることであるが、
52 中京ビジネスレビュー 第 10 号(2014 年 3 月)
「時間当り採算」を計算すればアメーバ経営を実践
ダウン型では、現場サイドの当事者意識は薄れてし
していることになるかといえば、そうではない。当
まう。アメーバ経営では、上位者が現場の力量を把
該指標はアメーバ経営がうまく機能するためのイン
握したうえで、本人たちにとってチャレンジングで
フラ的な役割を担っているにすぎず、それをどのよ
はあるものの、一定程度の達成可能性を伴った目標
うに用いるのか、という点を忘れてはならない。
を設定できるよう、現場従業員を導いていくことが
第二には、時間当り採算の計算をベースとした
重要である。
フィード・フォワード(feed-forward)管理があげ
られる。経営管理過程において、フィード・バック
(feed-back)という概念は聞いたことがある人が多
いであろう。フィード・バックというのは、結果が
出てから(失敗してから)次への対応を考える 事
後的対応 である。一方、フィード・フォワードと
いうのは、結果が出る前(失敗する前)にあらかじ
めそれを予測し、事前に対応をとることでその予測
が実現しないようにすることである。アメーバ経営
においては、月次管理がベースとなっているが、そ
の達成をより確実にすべく、日次で結果の集計・共
有が行われ、何か問題がある場合には、月末を待た
ずに即座に対応する仕組みとなっている。
第三には、時間当り採算をベースとした月次計画
設定段階における「高い目標」の設定があげられる。
近年、管理会計の研究においては、心理学的な観点
からの分析の重要性が指摘されている。その中のひ
とつに、従業員の努力を引き出すためには、一定程
度の難易度を伴った目標を設定することが重要であ
るとの指摘がある。
目標が低いと人は努力をしない。
一方で、あまりにも高すぎると、端から諦めてしま
い、同じく努力をしなくなる。できるかできないか
わからないくらいの難易度を設定することで、各自
の努力をより多く引き出すことができる。合わせて
重要なのは、当該目標の策定プロセスである。いわ
ゆるボトムアップ型一辺倒で本人たちに任せてしま
うと、低い目標になりがちであり、結果、努力を引
き出せなくなる。一方で上位者による完全なトップ
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