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南極と氷河の旅 - 公益社団法人 日本気象学会
基礎を作ったと言える. 「南極と氷河の旅」 成瀬廉二 著 新風書房,2013年4月 239頁,800円(本体価格) ISBN 978-4-88269-777-0 2章「地球環境と氷」では,南極や北極で起こって いる気候変動に関連する現象や雪氷現象の解説がなさ れている.南極の氷は地球温暖化によってどうなる か,白夜と極夜,昭和基地での生活の様子,氷山ので きる理由,グリーンランドの急激な融解,氷河の急激 本書はパタゴニア氷河研究の第一人者で3度の南極 な流動を起こすサージ現象,世界中にある氷河の数, 経験をもつ著者による研究成果や氷河学の解説と氷河 氷河と火山噴火の問題など,広い範囲の話題について の旅を綴った紀行文から構成されている.著者は北海 解説している.それらは普段我々が疑問に感じている 道大学での40年余りの研究生活の後,郷里の鳥取で ことへの回答も多く含まれている.その中で評者が特 「NPO 法人 氷河・雪氷圏環境研究舎」を開設し,講 に印象深く読んだのが「ブリザードと遭難」と「氷の 演やセミナーを通じて教育・普及・研究活動を行って 大きな割れ目,クレバス」の部 いる.本書はこれらの活動を通じて発表した記事や学 れぞれの気象学及び雪氷学的解説に続き,日本隊が経 会誌などに寄稿した解説文などを編集したものであ 験した重大事故の事実経過が記されている.特に,前 る.このため対象としては一般読者を意識した著作で 者では複合的な要因によって死亡者を出す事態に至っ あるが,専門家でも初期の南極やパタゴニア観測がど た経緯が解説されている.ブリザードやクレバスは極 のように行われたかを知るのに役立つと思われる.ま 域研究者にとって,最も危険な自然現象である.これ た,極域科学や雪氷学・氷河学に興味のある学生さん からその 野を目指そうという若い人には読んでもら には是非読んでもらいたい.特に,南極観測や氷河観 いたい. 測がどのような歴 を持ち,どのような手順で行われ てきたかを理解できるはずである. である.いずれもそ 3章「氷河紀行」は少し趣向が変わり,2006年以降 に著者が夫人と二人旅で訪れた国や地域の旅行記であ 本書は全4章から構成され,それぞれ南極観測とパ ると「あとがき」に書かれている.アイスランド,ア タゴニアの氷河調査,地球環境の諸問題,世界の氷河 ルゼンチン,チリ,ペルーから始まり,北アフリカ, 紀行,氷河のサイエンスについて述べられている.1 ヨーロッパの雪や氷のある場所はどこでも尋ねるとい 章の「南極と氷河=探検から観測へ=」は,南極やま う趣である.それらの旅行は主に国際会議の参加を兼 と山脈で日本隊が始めて隕石を発見した場面から始ま ねたもので,ここには学会報告的な内容も含まれてい る.1969年のことである.評者も第29次隊で隕石探査 る.この章を読んで感心したのは,世界中の氷河のあ 旅行に参加した経験があるが,日本の第1号隕石を発 る地域では,氷河そのものが観光資源となっており, 見したのが著者の成瀬氏であったとは知らなかった. その解説を行う地元のガイドは著者を含め研究者の研 冒頭部から興奮するのは私だけだろうか.さて,本章 究成果を一般観光客に解説しているという点である. では著者の参加した第10次(1968-1970)及び第14次 4章「氷河のサイエンス」は少し教科書的な内容で (1972-1974)観測隊による三角鎖測量という氷床流動 構成されている.氷河に積もった雪がどのように氷に 観測の記録が臨場感たっぷりに描かれている.未知の 変化し,流動し,変動するか,それら物理過程につい 場所で新しい観測にチャレンジするとはこういうこと て解説している.また,氷河や氷床は環境を記憶し, かと改めて感じると共にフィールドワークの醍醐味が 氷コアから過去の気温変動や二酸化炭素の変動が復元 伝わってくる.続いて第34次(1992-1994)で著者は される原理が解説されている.さて,本章の初めの部 夏隊長として3度目の南極行きを果たし,その活動記 では,氷河の定義について国際的に取り決められた 録が綴られている.さらに,著者が大学院生として参 ことはないが,概ね多くの氷河研究者から支持されて 加したパタゴニアの最初の氷河調査隊の立ち上げから いるフリント(1971)の記述について解説されてい 現地観測の様子が述べられている.パタゴニアの現地 る.それを要約すると,氷河の必要条件は(1)降雪 調査は日本が世界に先駆けて行った科学調査で,著者 からできた氷と雪の塊, (2)陸上に存在, (3)流動の らによる長年の現地観測はパタゴニア氷河変動解明の 三要素である.この条件を前提として,最近発表され た立山・剣山域にて「現存する氷河の可能性」に関す Ⓒ 2013 日本気象学会 2013年6月 る論文について,著者は氷河と呼ばないこともあり得 59 49 0 る,あるいは雪渓と氷河の境界域に別の呼称を える いで執筆したとある通り,あくまでも NPO 法人の主 のも一案であると述べている.この点は非常に興味深 宰者として一般読者を意識したものであるようだ. い.ところで個人的にはこの章は図表など加え,もう 本書は極域や氷河に関する一般向けの解説書であ 少し詳しくてもいいのではないかと感じた.しかし, 「あとがき」には氷河の研究に無縁であっても,氷河 の映像を見たり,外国旅行の折には氷河を訪れたと り,氷河や南極氷床観測に関する貴重なフィールド記 録である.同時に,著者の50年間の研究生活を伝える 自伝的著作と言ってもいいだろう. き,知っておいたら喜びと感動が増すであろうとの思 (気象研究所 青木輝夫) 新刊図書案内 表 題 編 著 者 出 版 者 出版年月 定 価 ISBN-13 気象庁 数値予報課報 気象庁 告別冊第59号 物理過 程の改善に向けて(II) 気象業務支援 センター 2013.03 ¥1,667 気象庁 季節予報研修 テキスト 季節予報作 業指針 気象庁 気象業務支援 センター 2013.03 ¥2,571 気象庁 予報技術研修 テキスト 実例に基づ いた予報作業の例ほか 気象庁 気象業務支援 センター 2013.03 ¥1,333 お天気博士になろう! 1 天気の変化をしら べよう 吉田忠正 日本気象協会 ポプラ社 2013.04 ¥2,850 9784591132678 お天気博士になろう! 2 雲の大研究 渡辺一夫 日本気象協会 ポプラ社 2013.04 ¥2,850 9784591132685 お天気博士になろう! 3 雨と雪の大研究 渡辺一夫 日本気象協会 ポプラ社 2013.04 ¥2,850 9784591132692 お天気博士になろう! 4 台風とたつまきの 大研究 吉田忠正 日本気象協会 ポプラ社 2013.04 ¥2,850 9784591132708 お天気博士になろう! 5 日本列島天気しら べ 渡辺一夫 日本気象協会 ポプラ社 2013.04 ¥2,850 9784591132715 海洋気象講座 福地 成山堂書店 2013.04 ¥4,600 9784425520190 気候変動を理学する 古気候学が変える地球 環境観 多田隆治 日立環境財団 みすず書房 2013.04 ¥2,400 9784622077497 60 章 備 気象業務支援セン ター TEL:03-5281-0440 FAX:03-5281-0443 URL:www.jmbsc. or.jp 気象業務支援セン ター TEL:03-5281-0440 FAX:03-5281-0443 URL:www.jmbsc. or.jp 気象業務支援セン ター TEL:03-5281-0440 FAX:03-5281-0443 URL:www.jmbsc. or.jp 第11訂版 〝天気" 60.6.