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石油 ・ 天然ガス産業の研究開発 の潮流に対する一考察

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石油 ・ 天然ガス産業の研究開発 の潮流に対する一考察
JOGMEC 調査部
野神 隆之
アナリシス
石油 ・ 天然ガス産業の研究開発
の潮流に対する一考察
はじめに
これまでの大手国際石油会社の軌跡を簡単に振り返ってみると、1970年代初めまでの、いわゆるセブ
ンシスターズ(いわゆるExxon、Mobil、Chevron、Texaco、Shell、BP、Gulfのメジャー7社)の時代
には、彼らは中東石油資産を含めた世界石油資産の相当部分を事実上支配していた。そして大手国際石
油会社間で競争と協調を行ってきたわけであるが、1970年代に入って、中東産油国等が自国石油資源の
国有化を実施したことにより、大手国際石油会社は中東石油資産の多くを失い、新たな収益源を探さざ
るを得なくなった。そこで彼らは、アラスカ等の米国や英国領ないしはノルウェー領北海における石油
・天然ガス事業への進出に加え、ウラン、石炭、小売業など石油・天然ガス産業外の分野への進出といっ
た、いわゆる「多角化」経営に走ることになる。しかし、この多角化経営はことごとく失敗し、結局そ
の後彼らは石油・天然ガス産業に再び集中することとなった。さらに、1980年代半ばには、原油価格が
急落し、1990年代を通じて低迷したままとなってしまった(図1)。また、欧州の下流部門では、ハイパー
マーケット(いわゆる大型スーパーマーケット)によるガソリン等の石油製品に係る価格破壊が進み、
大手国際石油会社を含めてこの分野での競争が激烈になってきた。このような厳しい経営環境のなか、
大手国際石油会社各社は、経営合理化を実施し、人員削減を徹底的に行った。
例えば米国では、1982年当時、石油産業での雇用者数がおよそ80万人台半ばであったが、その後、そ
たど
。
れは減少の一途を辿り、2000年以降は30万人台と半分以下の水準となっている(図2)
さらに、1997年にはタイにおける通貨危機が、アジアの金融危機、そして経済危機へと発展し、同地
域を中心として石油需要が低迷した。その際OPECも原油生産調整に失敗した結果、原油価格は、それ
までの1バレルあたり20ドル程度から、1998年には一時11ドルを割り込むなど一層下落した。このよう
なことから、大手国際石油会社の単独での経営合理化努力は行き詰まりの感を見せ始めた。
また、1970年代以降大手国際石油会社が主な上流部門収益源としていた、米国や北海での油・ガス田
も全般的に成熟し始めてきた。このため、石油会社としては、アフリカや旧ソ連諸国、そして深海地域
といった、新規地域ないしは高リスク分野に進出せざるを得なくなったわけだが、そこでの石油・天然
ガス探鉱・開発事業等を大規模に推進するには、膨大な資金が必要であり、それだけの資金を支出する
ことに加え、大型プロジェクトを推進するうえでのリスクに耐えられるだけの体力が必要であった。こ
のような背景もあり、
大手国際石油会社は、1990年代末ごろには巨大合併、大再編に突入することとなっ
たのである(図3)
。
大手国際石油会社は、巨大合併を通じて、さらに経営合理化努力を継続する一方で、より強固な財務
基盤と豊富なキャッシュフローを生み出すことができるようになった。これにより新規地域などに大規
模に進出、投資を実施し、大規模に探鉱・開発、大規模に生産、そして大規模に収益を得るというビジ
ネスモデルを確立した。ほぼ並行して、原油価格は1998年の1バレルあたり11ドル割れの状況から、
2008年には1バレルあたり140ドルを超過するほどに上昇し、大手国際石油会社には多額の利益をもたら
す結果となったわけである。
しかし、これでめでたしめでたし、ということにはならないのかもしれない。これまでの大手国際石
油会社の合理化努力は、経営環境の悪化によるもの、というやむをえない側面があったとはいえ、この
合理化努力によって失ったものもあるように見受けられる。その一つに研究開発体制の縮小、というも
のが挙げられる。本稿では、この研究開発体制の縮小が大手国際石油会社とその周辺に何をもたらした
かについて、今後の展望と併せて考察してみることにしたい。
1 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
45
ドル/バレル
1,000
900
40
800
35
700
600
30
500
25
400
20
300
200
15
100
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99
20
98
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97
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96
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95
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93
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90
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88
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87
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19
84
10
19
千人
年
0
1965
1970
1975
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2010 年
出所:API
図1 原油価格の推移(NYMEX WTI)
1984
85∼97
98
99
図2 米国石油産業雇用者数の推移
2000
01
02
03
04
05
06 年
Exxon
Mobil
Socal
Gulf
Texaco
BP
RD/Shell
Total
Conoco
Phillips
出所:各種資料よりJOGMEC作成
図3 大手国際石油会社の再編
1. 石油・天然ガス産業における技術開発および研究開発の変遷
かつては、石油会社、特に大手国際石油会社は、自社
といった位置づけをされがちになったことが研究開発体
により研究開発を実施することが基本であり、ここで開
制の縮小の背景にあったものと考えられる。米国エネル
発された技術や得られた知見を、探鉱・開発活動等に生
ギー省の調査を見ると、上流部門向け研究開発予算は、
かす、という体制であった。しかしながら、前述のとお
1990年代に下降している(図4)が、実質ベースで見る
り、各社の経営合理化努力により、このような研究開発
とさらにこの傾向ははっきりする(図5)
。
体制は1990年代を通して縮小していった。研究開発は、
1990年代から現在に至るまでの、個別の大手国際石油
即座に収益に貢献する場合もあるが、結果として長期的
会社の研究開発費を見てみても、 概 ね2000年前後に至
に収益に影響を及ぼす、といった場合もあり、実際の探
るまで減少傾向を示している(図6、なお図7のように
鉱・開発プロジェクトのように収益率が具体的に示され
実質価格ベースで見ると、この傾向は一層はっきりす
にくい。結果を数字として評価することが困難であると
る)。特にBPは1990年代前半から目立って減少してい
いう特性もあり、経営上、いわゆる「コスト・センター」
る。
おおむ
2008.7 Vol.42 No.4 2
石油・天然ガス産業の研究開発の潮流に対する一考察
8
ここで、Totalは研究開発費の減少
億ドル
傾向が明確ではないうえ、他社を上
7
回る状況となっている場合も見られ
6
るが、これは同社の研究開発が化学
部門に重点を置いていることに起因
5
するものと思われる。因みに他社に
4
おいては、研究開発費に占める上流
部門の割合は少なくとも50%といわ
2
れているなかで、Totalの研究開発費
19
7
19 7
7
19 8
7
19 9
8
19 0
8
19 1
8
19 2
8
19 3
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19 4
85
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19 6
8
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9
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9
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9
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9
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0
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0
20 4
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20 5
06
3
年
出所:米国エネルギー省データより筆者作成
図4
に占める化学部門の占める割合は
65%(2007年)、つまり石油部門は下
流部門を含めて35%である旨明らか
米国石油会社による上流部門向け
研究開発費(名目価格)
にされている。
研究開発費を削減した石油・天然ガ
ス会社はその代わり、外部からの調
20
達(アウトソーシング)を積極的に
億ドル
行うことで、自社の事業における技
術の利用をサポートしようとした。
15
例えば、BPは会計・経理部門や人
事・厚生部門、輸送部門、IT技術部
10
門のアウトソーシングに加えて、英
国領北海のMachar(埋蔵量は5,500
5
万バレルであったうえ、油層構造が
複雑だったことから、経済的にマー
19
7
19 7
7
19 8
79
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19 0
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06
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年
出所:米国エネルギー省データより筆者作成
た、上流部門の技術に関するアウト
米国石油会社による上流部門向け
ソーシングも実施した(表1)。その
百万ドル
1,600
百万ドル
1,400
800
1,200
1,000
600
800
400
600
400
200
200
Total
BP
03
02
20
01
20
00
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Shell
20
98
19
97
19
96
19
95
19
94
19
93
19
92
19
91
19
90
19
89
19
ExxonMobil
年
Chevron
ConocoPhillips
(注)再編前については、主要各社の数値を合算。またTotalグループ
はSanofi相当分を除外
出所:各種年報他より推定
大手国際石油会社の研究開発投資
図6 (名目価格)~2003年
3 石油・天然ガスレビュー
19
89
19
90
19
91
19
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19
93
19
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95
19
96
19
97
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19
99
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00
20
01
20
02
20
03
0
0
19
の際にSchlumbergerに坑井、エンジ
ニアリングと施設建設管理等といっ
図5 研究開発費(2007年ドル)
1,000
ジナルな油田とみなされた)の開発
年
ExxonMobil
Total
BP
Shell
Chevron
ConocoPhillips
(注)再編前については、主要各社の数値を合算。またTotalグループ
はSanofi相当分を除外
出所:各種年報他より推定
大手国際石油会社の研究開発投資
図7 (2007年ドル)~2003年
アナリシス
結果、本事業は通常、1坑目の評価井掘削から生産開始
クといった問題を克服し、石油・天然ガス会社が最先端
までに1~2年を要するところが、プロジェクト開始後19
技術を継続的に獲得することを可能にした。
週間で生産が開始でき、事業効率の向上にも寄与したと
このようなことを通じて大手国際石油会社各社は、石
される。また、Amocoは、英国領北海で操業していた
油・天然ガス探鉱・開発部門技術を自社で開発して適用す
Northwest Hutton油田における2次回収をSchlumberger
る、といったことに対する優先順位を引き下げていった
にアウトソーシングしている。アウトソーシングは、研
と言えよう。
究開発を通じた技術開発の弱点でもある期間や費用リス
表1 BPのMachar油田開発におけるアウトソーシング先とその業務
アウトソーシング先
業務内容
Schlumberger Project Management
坑井のエンジニアリングと建設管理
Sedco Forex(英国、アバディーン)
半潜水式掘削装置Sedco 707の提供、生産装置の据え付けおよびロジスティックス
ABB Vetco Gray(米国、ヒューストン)
海底生産システムのエンジニアリング、資材調達管理、生産および水圧入装置のデザイン
Schlumberger Wireline & Testing
早期生産およびテスト装置の提供、電検とパーフォレーションの実施、坑底計測器の管理
出所:石油公団企画調査部「欧米石油企業のアウトソーシング実施状況と効果」石油・天然ガスレビュー2000年6月号
2. 石油サービス会社の台頭
一方、そのような経営合理化努力を進める石油・天然
買収や売却で多少の変動はあるものの、概ね一定水準
ガス会社の要望に応えたのが、いわゆる石油サービス
の範囲内で推移している。石油・天然ガス産業が経営合
産業であった。代表的なものには、Schlumberger、
理化努力を進め、さまざまな技術的課題をより積極的
Halliburton、Baker Hughesなどが挙げられる。
に外部調達するにつれ、石油サービス産業のなかには、
例えば、業界最大手のSchlumbergerの例を見てみる
組織再編や企業買収等を通じて提供できるサービスを
と、同社の研究開発費は、1990年代半ばに増加してお
強化していったところもでてきた(後述)。
り(図8、なお実質価格ベースは図9)、その後も事業
その結果、従来は、個別の作業における技術的課題
400
200
200
出所:Schlumberger年報等より推定
図8 Schlumberger研究開発支出(名目価格)
19
年
95
19
96
19
97
19
98
19
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20
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20
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20
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20
06
20
07
400
93
600
19
93
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19
95
19
96
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97
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百万ドル
19
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94
百万ドル
19
800
年
出所:Schlumberger年報等より推定
図9 Schlumberger研究開発支出(2007年ドル)
2008.7 Vol.42 No.4 4
石油・天然ガス産業の研究開発の潮流に対する一考察
の解決が大部分であった石油サービス産業において、
増加していた。さらにその時点で既に50%を超える石
例えば石油・天然ガス探鉱・開発プロジェクトを統合
油・天然ガス企業が石油サービス産業による統合サービ
的に管理するような事業(統合サービス)も発達、石
スの利用に興味があると回答しており、この数は1980
油・天然ガス産業の全般的なコスト低減と作業の効率化
年代の20%未満から大幅に増大していた。このような
に貢献するようになった。1997年に銀行のソロモン・
流れに沿って、例えばSchlumbergerでは1995年には
ブラザーズ(当時)が石油・天然ガス会社228社に対し
IPM(Integrated Project Management)といった統合
て実施した調査によれば、石油サービス産業による統
サービスの手法を確立し、油・ガス田開発に関して、本
合サービスを利用する石油・天然ガス企業数は1980年代
格的に総合管理できるような体制を整えている。
後半には全体の5%であったのが、1996年には30%へと
3. 技術の外部調達―その影響
一方、大手国際石油会社に対してコスト削減による経
は石油サービス産業から廉価で技術を調達できたが、そ
営効率と収益の改善に寄与する一要因となった技術の外
のような技術は例えば、大手国際石油会社以外にも、費
部調達について、最近ではその綻びが見えてくるように
用さえ支払えば誰でも利用できることを意味する。
なった。それは「技術の商品化」の問題と言われている。
特に近年、世界石油・天然ガス産業の状況は変化して
技術の外部調達という手法により、石油・天然ガス企業
きている。前述のとおり、それまで大手国際石油会社に
ほころ
とって主力の石油・天然ガス生産地域であった米国や北
350
ドル/バレル
70
海地域では、1990年代後半には生産ポテンシャルに陰り
60
が見られるようになってきた。他方、原油価格はここ数
50
年で高騰したが、これによって出現してきたのが、いわ
40
ゆる産油国による資源ナショナリズムである。原油価格
IOC
NOC
インディペンデント
原油価格
(WTI)
300
250
200
150
30
100
20
50
10
0
2002
2003
2004
2005 年
の高騰によって産油国(ないしは産油国国営石油会社)
ばくだい
は莫大な収入を獲得することになった。このため産油国
が強気になって、民間石油会社に対する投資条件を悪化
0
させるといった例が散見されるようになった。一方で、
出所:Schlumberger
石油需要が急増し、より多くの石油供給源を求めるよう
Schlumbergerの売上高推移
図10 (2002年=100、左軸)と原油価格(右軸)
になった中国やインドといった国の国営石油会社等が、
国外に石油供給源を求めて、産油国への参入を希望する
2.6
2.4
これまでの状況(例)
NOCs
産油国国営石油会社
2.2
2.0
権益付与
最近の状況(例)
産油国国営石油会社
納税等
1.8
1.6
Others
大手国際石油会社
大手国際石油会社 作業発注
技術提供
1.4
作業発注
1.2
Q4 06
Q2 06
Q4 05
Q2 05
Q4 04
Q2 04
Q4 03
Q2 03
Q4 02
1.0
Super
Majors
出所:Baker Hughes
Baker Hughesの売上高推移
図11 (2002年第4四半期=1.0)
5 石油・天然ガスレビュー
技術提供
サービス会社
サービス会社
出所:筆者作成
国営石油会社と大手国際石油会社、および
図12 サービス会社の関係の変化(概念図)
アナリシス
ようになった。
業であっても、資金面での問題さえ解決すれば、石油・
このため、従来型の石油・天然ガス資源を保有する産
天然ガス探鉱・開発事業の相当部分が可能となってきた
油・ガス国においては、鉱区入札において競争が激烈に
という面がある。この意味では、中国等の石油・天然ガ
なり、サイン・ボーナスの高騰や生産された石油等の分
ス企業は、技術面でのハンデを克服して、さらに相対的
配条件が悪化するという状況になっている。
に廉価な人件費等を利用すれば、鉱区入札において欧米
「技術の商品化」は以上のような最近の石油・天然ガ
系石油・天然ガス企業よりも有利な条件で応札すること
ス産業に見られる状況にも影響を与えているものと考え
が可能となる。
られる。
また産油国においても、原油価格高騰に伴い収入が増
中国等の企業では従来、資機材や人件費等のコストは
大していることから、かつては大手国際石油会社と自国
OECD諸国の石油・天然ガス会社に比較して相対的に低
の国営石油会社との共同事業により、大手国際石油会社
廉であるとの指摘はあったが、技術力の面では、それら
の技術を利用して実施していた石油・天然ガス探鉱・開
の企業よりも一般的には劣ると言われてきた。しかしな
発事業について、大手国際石油会社を経由しなくても、
がら、「技術の商品化」で、必要な技術のかなりの部分
直接石油サービス産業から技術を購入すれば、実施が可
は対処できるようになった。このため、技術面で劣る企
能な場合も多くなり、この面でも産油国の資源ナショナ
表2 Schlumbergerの他企業買収の歴史
年
買収の内容
1952
Forex Rig Company(掘削装置会社)の株式50%を取得
1960
Dow ChemicalとDowell Schlumberger(石油生産サービス)を設立(Schlumberger 50%、
Dow Chemical 50%)
1962
Vector Cable(ケーブル会社)およびDaystrom(計測機器会社)を買収
1964
Neptune(掘削企業)を設立(Forex 50%、Languedocienne 50%)
1971
Flopetrol(坑井生産テスト会社)買収およびForexの残りの株式50%を取得、Forex Neptune
Drilling Company(掘削会社)を設立
1977
The Analyst(傾斜掘削および泥水検層会社)を買収
1981
Applicon(コンピュータ技術会社)買収
1984
SEDCO(掘削装置会社)買収およびDowellの残りの株式50%を取得
1985
Merlin(物理探鉱会社)買収およびGECO(物理探鉱会社)の株式50%を取得
1987
Neptuneの残りの株式50%を取得
1988
GECOの残りの株式50%を取得
1991
PRAKLA-SEISMOS(物理探鉱会社)を買収
1992
GeoQuest(石油・天然ガス探鉱・開発用ソフトウェア開発)およびSeismograph Service(物
理探鉱会社)を買収
1995
Intera Technologiesの石油部門(油層ソフトウェア開発およびコンサルティング会社)、AEG
meter(計測機器会社)、Eclipseの埋蔵量評価および油層技術部門を買収
1996
Oilphase Sampling Services(油層流体サンプリング会社)を買収
1998
Camco International(油田サービス会社)を買収
2000
GECO-PraklaとWestern Atlas(どちらも物理探鉱会社)によりWesternGecoを設立
(Schlumberger70%、Baker Hughes30%)
2001
Sema(ITコンサルティング会社)、Phoenix(油田(特に人工採油井)サービス会社)、Sensa
(光ファイバーモニタリング会社)を買収
2002
A. Comeau and Associates(人工採油井向けサービス会社)を買収
2003
VoxelVision(PCベースの視覚化および地震探鉱技術サービス会社)を買収および
PetroAlliance Service Company(ロシア油田サービス会社)の株式を取得
2004
Decision Team(石油・ガスソフトウェアおよびコンサルティングサービス会社)、AOA
GeoMarine Operations(沖合信号源制御電磁・地磁気調査サービス会社)、CSEM(信号源制
御電磁気サービス会社)、MMT(海洋地磁気サービス会社)を買収
2006
Baker HughesからWesternGeco株式30%を取得
備考
統合プロジェクト管理
(IPM:Integrated Project
Management)事業を開始
ロシア技術センター設置、
SchlumbergerSema売却
出所:Schlumberger他
2008.7 Vol.42 No.4 6
石油・天然ガス産業の研究開発の潮流に対する一考察
リズムを補強する方向に働いているものと考えられよ
有化の成功例と言われている)が、このときのメキシコ
う。SchlumbergerやBaker Hughesの2002~2005年の売
国有石油産業を手助けしたのがSchlumbergerであると
上高を見てみると、大手国際石油会社(IOC)等に対す
言われている。つまり同社は、資源ナショナリズムの始
る売上高の伸びに比べて、国営石油会社(NOC)の売
まりから産油国と関係していたのである。同社は石油・
上高の伸びが突出しており(図10、図11)、しかもそ
天然ガス会社と違って油田権益を保有しないことから、
れは原油価格の上昇とほぼ同じペースとなっているが、
国有化された産油国への参入が可能だったわけである。
これはそれを示す一例と言うことができよう。このこと
Schlumbergerは、その後さらに多数の企業を買収する
は一方で、大手国際石油会社にとってはビジネスチャン
ことで、活動範囲を前述のとおり探鉱・開発プロジェク
スの減少を意味し、一時的には企業経営上の問題を解決
ト全域へとなお一層拡大・強化していった(表2)。現
したかに見えた方法が、資源ナショナリズムの進展に伴
在でもメキシコ国営石油会社Pemexと関係を持ち、同
う投資機会の減少と相俟って、再び経営上の問題となっ
社のIPMプロジェクトチームは、メキシコのブルガス
て企業を苦しめるようになってきている、といった皮肉
(Burgos)盆地で、少なくとも1,000坑の坑井を掘削して
あいま
な結果になっている(図12)
。
いるほか、チコンテペック油田の開発にも携わっている
なお、Schlumbergerについて言えば、国営石油会社
と伝えられる。この他Schlumbergerは、サウジアラビ
との繋がりは最近始まったことではない。石油産業労働
アやロシアで石油関連サービス事業を行っているとされ
者に対する待遇改善要求から1938年にメキシコの石油産
ている。
つな
業が国有化された(これが産油国による史上初めての国
4. 技術力による差別化を図る大手国際石油会社、しかし…
1,400
1,200
1,000
そのような状況のなかで、大手国際石油会社はどのよ
百万ドル
ExxonMobil
Chevron
Shell
うに対応しているのであろうか。
Total
BP
ConocoPhillips
端的に言って、各社はこれまでの路線を修正し始めて
800
いる。まず、各社とも研究開発費を増額し(図13)、再
600
び自社内での研究開発活動を通じた技術開発に注目する
400
ようになってきている。また、他社に対して差別化で
200
0
2003
2004
2005
2006
2007年
出所:各社年報他より推定
き、したがって企業の競争力を維持できる技術を開発
することを目指すようになった。さらに大学や研究機
関等との共同研究事業を通じて技術を開発することや、
大手国際石油会社の研究開発投資
たとえ石油サービス産業等から購入してきた技術で
図13 (名目価格)~2007年
あっても、そのような技術に何らかの価値を付加(自
社なりの技術を追加する等)し、他社との差別化を図
るようになってきている。また、プロジェクト推進に
製薬・
バイオテクノロジー
際して、企業の技術力を存分に発揮できるような効率
ソフトウェア・
コンピュータサービス
調査対象企業平均
的な研究開発体制を構築すべく、社内の情報共有化や
化学
コミュニケーション体制の改善等を推進し、大規模で
複雑なプロジェクトであっても、自社で利用可能な技
石油・天然ガス資機材・
サービス
術を効率的かつ最大限利用できる体制を目指して努力
石油・天然ガス生産
0
2
4
6
8
10
12
14
(注)世界の大手企業1,250社を対象とした調査
出所:英国貿易産業省(DTI)The R&D Scoreboard 2007年版
各業界の売り上げに占める
図14 研究開発投資の比率
7 石油・天然ガスレビュー
16 %
するようになってきている。ただ、とはいっても、こ
とはそれほど単純でもない側面もある。
一つには、石油・天然ガス会社は研究開発に関する費
用のほか、資機材関連の多額の支出を迫られている、
という事情がある。石油・天然ガス上流産業における主
アナリシス
要企業の売上高に占める研究開発投資の割合は0.3%と、
製薬、ソフトウェア、自動車、化学等の他の主要産業
%
18
<研究開発集約型産業>
と比較しても圧倒的に低い状況にある(図14)。各種
製薬・バイオテクノロジー
産業には、製薬のように研究開発に重点をおくような
産業がある一方で、鉱業、通信、電力およびガスといっ
た資本投資重点型産業、そしてそのどちらでもない産
12
業と大きく分かれ(図15)、石油・天然ガス産業は、後
者に属する。研究開発および資本投資の合計の売上高
に占める割合となると、全産業平均にかなり近づくこ
全産業平均
6
とが判明する(図16)。
石油・天然ガス資機材・サービス
最近では資機材や人材コストの上昇に伴い資本投資は
<資本集約型産業>
上昇する傾向にあることもあり、このことが石油・天然
かせ
ガス会社にとっては足枷となる可能性があり、資本投資
負担が相対的に低い石油サービス産業との間での競争上
不利となる恐れがある。ただ、それでも、最近の原油価
石油・天然ガス生産
0
0
6
12
18%
(注)世界の大手企業1,250社を対象とした調査
出所:英国貿易産業省(DTI)The R&D Scoreboard 2007年版
格高騰に伴う利益増大や、研究開発と資本投資の合計の
各業界の売り上げに占める資本投資
図15 と研究開発投資のそれぞれの比率
売り上げに占める割合が、製薬やバイオテクノロジーを
依然として下回っていることなどを考慮すると、研究開
発費を増加させる余地というのはあるのかもしれない。
もう一つの問題点はより深刻であろう。つまり企業に
おいて研究開発を含めた技術力は、一度低下すると、そ
れを再び競争力のある水準にまで引き戻すのは容易では
製薬・
バイオテクノロジー
ソフトウェア・
コンピュータサービス
調査対象企業平均
ない、ということである。研究開発体制を再度充実させ
ても、研究が進展し技術力が向上するには時間を要する
ことが多いのである。研究開発の充実具合を評価する基
準の一つとしては、特許の取得数の推移を見てみること
が挙げられる。かつてExxonMobilやShellといった大手
国際石油会社は、1980年には自社での研究開発を通じて
化学
石油・天然ガス資機材・
サービス
研究開発投資
資本投資
石油・天然ガス生産
0
5
10
15
20
25 %
(注)世界の大手企業1,250社を対象とした調査
出所:英国貿易産業省(DTI)The R&D Scoreboard 2007年版
取得した石油・天然ガス探鉱・開発分野における特許も
各業界の売り上げに占める資本投資と
図16 研究開発投資の合計の比率
相当数あった一方で、Schlumberger等の石油サービス
会社のそれは限られた規模であった。しかしその後この
面でも石油サービス会社は、急速に状況を改善させ(図
17)
、現在では特許取得数において、大
手国際石油会社を大幅に上回る状況と
なっている(図18)
。大手国際石油会社
ばんかい
が自力でこのような劣勢を挽 回するに
は、相当な努力と支出、そして時間が必
120
100
60
また、石油・天然ガス産業の他の部門
40
同様、研究開発・技術開発分野において
20
といったことが挙げられる。1980年代の
石油需要減少と原油価格下落、それに伴
う石油会社の業績悪化と経営合理化の実
施で、技術者数が減少した他、学生の石
ExxonMobil
Schlumberger
Shell
Baker Hughes
80
要となる恐れがある。
も、人材の不足が影響を及ぼしている、
件
0
1980
1985
1990
1995
2000
2005
2007年
出所:米国特許庁データを基に作成
図17 各社の特許取得数の推移(米国、上流部門)
2008.7 Vol.42 No.4 8
石油・天然ガス産業の研究開発の潮流に対する一考察
油・天然ガス業界に対するイメージ悪化に伴い石油工学
立っても、さまざまな基礎研究に基づく革新的な技術が
等の専攻学生数が低迷し、石油・天然ガス産業に学生が
出現しにくくなる恐れがあり、大手国際石油会社にとっ
流入せず、一方で業界の既存の技術者が高齢化し、退職
て長期的にはこのような問題への対応に迫られる可能性
しつつあることから、業界における技術者数は減少しつ
も否定できない。
つある。このため、大手国際石油会社はインド等非
OECD諸国において研究開発センターを開
設したり、退職した技術者に職場に残って
もらい、若手への技術移転を円滑にするよ
600
うにしたりするなどの工夫はしているもの
500
の、研究開発や技術開発要員の確保には各
400
社とも苦心していると伝えられる。
300
さらに、石油・天然ガス会社にとっての
200
研究開発や技術開発の対象の面でも問題は
100
なしとしない。それはややもすると、各社
0
件
Exxon
Mobil
の対象が目の前の事業になるべく直接結び
つくものに行きがちとなり、長期的なヴィ
Shell
Conoco Chevron
Phillips
BP
Total
Schlumberger
Baker
Hughes
(注)2003年1月1日~2008年5月31日までの特許取得数。
出所:米国特許庁データを基に筆者推定
ジョンを持った研究開発・技術開発を目的
としたものが少なくなる、といった点であ
図18 各社の特許取得数(米国、上流部門)
る。この場合、日々の事業の改善には役
5. 中堅石油会社の戦略
一方、北米等の中堅石油会社(いわゆる「インディペ
した技術を購入、一定水準の技術力を事実上獲得して
ンデント」
)はどうであろうか。
いる。しかしインディペンデントは、原油価格が高騰
大手国際石油会社は少ないとはいえ、それなりの研
したとはいえ、収益では大手国際石油会社には劣り、
究開発投資を行っており、総合的な技術力を再び養い
またこの20年の間に自社での研究開発活動は弱体化に
つつある一方で、産油国等の国営石油会社は、収入が
追い込まれていることから、他社と差別化できるよう
増大したことから、その豊富な資金力により、商品化
な技術の開発は大手国際石油会社に比べると相対的に
困難である。インディペンデントの研
究開発費は公表されていないところが
140
件
多いが、特許取得数を見てみると、総
120
じて(Marathonのように幾分かは特
100
許を取得している会社もあるが)わず
80
かにとどまる(図19)ことからも、
60
このような事象を裏づけていると言え
40
よう。さらに、インディペンデントは
20
人材面や資源アクセス等の面でも競争
n
l
ho
at
ar
M
O
cc
i
de
nt
a
an
a
an
is
m
Ta
l
En
C
ev
on
D
ac
he
ad
ar
An
Ex
Ap
ko
l
el
Sh
xo
n
M
ob
i
l
0
(注)2003年1月1日~2008年5月31日までの特許取得数。
出所:米国特許庁データを基に筆者推定
図19 中堅石油会社の特許取得数(米国、上流部門)
9 石油・天然ガスレビュー
上不利であるように見える。
このような状況下、インディペンデ
ントは小規模な組織であることから、
内部の各部門の連携が大手国際石油会
社(や一般的に大規模な国営石油会社)
に比べて円滑に行われやすいことによ
アナリシス
り、これを駆使して、社内横断的に技術を最大限かつ
例えば、Apacheは大手国際石油会社等が手放した、
迅速に利用することが得意である傾向がある。また、
いわゆる成熟化した油田へ事業を集中させ、徹底的に開
特定の資源(シェール・ガス、タイトサンド・ガス、
発するという点に強みを持っている。またOccidentalは
CBM:コール・ベッド・メタン等)に対して、以前(ま
増進回収法の利用を得意とする他、一部の中東等の産油
だ大手国際石油会社が注目していない時点)からの操
国における資源のアクセス方法を持っている。
業を通じて経験や改善を積み重ねたりするなどしてい
このようにインディペンデントは大手国際石油会社や
る。さらに、これは必ずしも研究開発や技術開発が直
国営石油会社による事業進出が浸透していない分野で、
接関係するということではないのかもしれないが、イ
簡素な組織により迅速な意思決定と小回りの利く経営、
ンディペンデントのなかには、大手国際石油会社や国
そして自社での経験と得意分野を武器に生き残りを目指
営石油会社の支配力の及びにくいような、ごく狭い範
していくものと考えられる。
囲における特定の分野に特化した戦略を採用するとこ
ろもある。
6. 今後の展望
石油サービス会社のなかでは、少なくともSchlumberger
さらに、それに加えてLNG販売のための消費国市場開
はIPMのような統合型サービスに注力していく方針であ
拓に関するノウハウも要求される。石油サービス会社
り、今後もこのようなサービスは中南米、中東、ロシア
は、現在のところ上流分野を超えた事業に関する技術力
等で発展していくと予想されているが、それは引き続き
は持ち合わせていないことや、産油国にとっても消費国
産油国国営石油会社が必要に応じて石油サービス会社か
市場開拓では、大手国際石油会社との競争では絶対的に
ら技術サービスを提供してもらうことにより、単独で事
優位というわけでもない。一方で大手国際石油会社は精
業を推進するということを意味することから、大手国際
製・販売・化学等の分野で事業を行っていくなかで、こ
石油会社にとっては事業機会が限定される、ということ
れらに関する技術を開発してきている。このような複数
を意味する。
分野にまたがる事業においては、大手国際石油会社が活
また、今後、非在来型石油・天然ガス資源や液化天然
動を活発にできる余地というものがあろう。他方、資源
ガス(LNG)といった分野のみならず、二酸化炭素排
ナショナリズムの及びにくい産油国(豪州や米国、カナ
出抑制、もしくはその利用といった、環境面でも技術力
ダ等が挙げられよう)で商業リスクを大規模に負担する
を要求される状況となってきているが、これまで見てき
(小規模であれば、インディペンデントが石油サービス
たように、大手国際石油会社は、技術的に差別化を図る
会社を利用して事業を推進することも可能であるが)よ
といっても、肝心な技術力を競争力のある水準にまで向
うな事業においても、大手国際石油会社の出番はあるだ
上させるのも容易なことではない。このような環境のも
ろう。
とで、大手国際石油会社が発展を維持していくには、ど
そして、さらに大胆な議論を試みるとすれば、大手
のような方策が考えられるであろうか。
国際石油会社による石油サービス会社の買収、といっ
一つ挙げるとすれば、上流部門と下流部門を統合した
たことも想定される。これにより手早く先端技術を含
分野等での技術利用に活路を見出す、ということが考え
めた技術を吸収する、といったことが可能となるかも
られよう。例えば、非在来型石油資源であるオイルサン
しれない。これは今後の状況次第であるが、1990年代
ドにおいては、その開発・生産方法において、もちろん
末から2000年代初頭にかけての大手国際石油会社の大
技術力が必要とされるのであるが、一方で、改質をいか
型合併・買収ブームのように、一種のトレンドとなる
に廉価に実施し、質の良い合成原油を生産できるか、と
ことも考えられる(そのように指摘する業界関係者も
いうことが重要となってくる。また、LNG事業におい
見られる)。ただ、ここにおいては幾つか注意を要する
ては、液化における技術力が必要なのはもちろんである
点があろう。
が、その他にも、LNGタンカーや再ガス化施設といっ
一つ目は、現在のように原油価格が高水準の状況で
た、
より下流の分野でも技術力が必要である場合もあり、
は、資産価格が総じて高くなっているという点である。
2008.7 Vol.42 No.4 10
石油・天然ガス産業の研究開発の潮流に対する一考察
石油サービス会社の規模(例えば総資産)は、大手国
ということである。すでに中国海洋石油総公司
際石油会社に比べて、かなり小さい(図20)。しかし
(CNOOC)傘下の石油サービス会社である中海油田服
ながら、株式時価総額は、ここ数年上昇傾向であり(図
務股份有限公司(COSL:China Oilfield Services Ltd.)
21)、例えばSchlumbergerをいま買収しようとしたと
がノルウェーの石油サービス会社Awilco Offshoreの買
仮定した場合には、その費用は世界の石油会社(民間、
収を検討するといった報道(2008年5月)も出てきてい
国営問わず)の多くにとって自己資本に匹敵するか、
るなど、国営石油会社(ないしはその関係会社)も、
それを超過する規模となる(図22、場合によってはさ
欧米系の石油サービス会社には興味を持っていること
らにプレミアムを積み上げる必要性もあろう)ことか
を思わせる動きもある。したがって、例えば大手国際
ら、相当な負担となる恐れがある。したがって少なく
石油会社が有力な石油サービス会社を買収しようとし
ともこのような買収を実施するには、特別な事情がな
た場合に、産油国国営石油会社との買収合戦になり、
い限り、原油価格が下落する等により、株式時価総額
国営石油会社に当該会社を奪われてしまうか、もしく
が落ち着くのを待ってからにならざるを得ない、とい
は買収できても高額な金額を支払わなければならず、
うことになろう。
その後の経営にも影響を及ぼしてしまう、といった可
二つ目の問題は、ここにおいても大手国際石油会社
能性が考えられる。
と産油国等の国営石油会社が競合する可能性がある、
さらに三つ目の問題は、より重要なものであろうが、
石油サービス会社を買収しても、技術
力の向上に寄与しない可能性がある、
十億ドル
300
というものである。つまりサービス会
250
社を買収できたまではいいが、その後
200
買収したサービス会社の人材が流出し
150
てしまい、研究開発力、ないしは技術
力を維持できない、というものである。
100
研究開発は多分に研究員の才能と経験、
50
0
もしくは研究チームの体制等によると
Exxon
Mobil
Shell
BP
Rosneft Gazprom CNPC Sinopec
ころが大きいことから、この部分が機
Schlum- Halliburton Baker
berger
Hughes
能しないということは、その後の技術
(注)Rosneft、Gazprom、CNPC、Sinopecは2006年、その他は2007年
出所:各社年報他
力の向上、ないしは維持にとって致命
傷となる恐れがある。これは純粋に石
図20 各社の総資産
140
十億ドル
140
120
120
100
100
80
80
60
60
40
40
20
20
0
2002
2003
2004
2005
2006
出所:Schlumberger年報等より推定
図21 Schlumberger株式時価総額
11 石油・天然ガスレビュー
2007 年
十億ドル
0
ExxonMobil
Shell
BP
Rosneft
Gazprom
CNPC
Sinopec
(注)Rosneft、Gazprom、CNPC、Sinopecは2006年、その他は2007年
出所:各社年報他
図22 世界主要石油会社の自己資本額
アナリシス
油サービス会社の買収、という例ではないが、ほぼ同
になって明らかになっている。このように文化の違う
類のものとして挙げられるのは、Chevronの例であろ
企業を買収し、さらにその特長を生かすためには、細
う。同社は2005年にスリムホール掘削技術を持つ
心の注意を払うことが要求されるし、それに伴う困難
Unocalと合併したものの、Chevron側はUnocal技術者
に遭遇する可能性も高いものと言えよう。
全員を維持する意向であったが、実際には多くの
ちゅうちょ
Unocal社員がChevronに勤務することを躊躇した旨、後
7. おわりに
このように、実際大手国際石油会社を取り巻く環境
の石油会社を買収しなければ(そして原油価格高騰に
は厳しい。石油・天然ガス埋蔵量置換率(リプレースメ
伴う資産価値上昇の環境下、買収による埋蔵量獲得と
ントレシオ:RRR)も近年総じて低迷するようになっ
いった方策も活発とは言いがたい状況となっている)、
てきている(図23)。
探鉱井を掘削しないということは、すなわち油田を発
このようななか、前述のとおり大手国際石油会社は、
見できないことになり、埋蔵量を増加させる原動力も
研究開発費を増大させ、技術の差別化を図るなどの努力
得られない、ということになり、その意味では、探鉱
を行っているようであるが、実は彼らのなかにも、行動
井掘削は重要なわけであるが、ただ、すべての大手国
に差が出始めていると受け取れる現象が見られるように
際石油会社が探鉱井掘削活動を活発化させているわけ
なってきている。
ではない。ここにおいて探鉱井掘削活動を大幅に増大
彼らのなかでも、目立って積極性を発揮しているよ
させているのは、Shellである(図25、同社の年報に
うに見受けられるのは、Shellである。同社の研究開発
よると「米国を除いた米州」および「(エジプトを含む)
費は2007年には前年比で約1.5倍となるなど、大手国際
中東もしくは旧ソ連」での探鉱井掘削数が増加してい
石油会社のなかでは際立った増額となった(図13、
るが、同社はブラジルやエジプトで掘削活動をしてい
P.7参照)。
るといわれている)。
一方、大手国際石油会社4社の探鉱井掘削数は、
一方、Shellを除いた大手国際石油会社3社の探鉱井掘
2000年以降減少傾向を示していたが、2007年は2002年
削活動は、依然としてそれほど活発化していないこと
の水準を上回る程度にまで増加している(図24)。他
が判明する(図26)。Shellはこの他にも、2008年2月に
%
140
120
100
坑
600
80
米国
500
60
米国外
400
40
20
石油
ガス
合計
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 年 (注)E xxonMobil、Chevron、Shell、BP、Total、ConocoPhillipsの
RRR。資産買収による埋蔵量増加は除外してある。統計の継続性
の観点から最近SECで指導されている年末価格の厳密な適用は考
慮されていない。Shellは埋蔵量下方修正の問題で1999年以前は考
慮していない。
出所:各社年報他
図23 大手国際石油会社の埋蔵量置換率(RRR)
300
200
100
0
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007年
(注)ExxonMobil、Chevron、Shell、BPの4社
出所:各社年報他
図24 大手国際石油会社4社の純探鉱井掘削数
2008.7 Vol.42 No.4 12
石油・天然ガス産業の研究開発の潮流に対する一考察
実施された米国アラスカ州沖合チャクチ(Chukchi)海
鉱・開発コストの低減をもたらす研究開発と技術力の
(1980年代後半、同社は同地域で探鉱活動を実施し、天
向上は、今後も重要視されていくであろうし、もし大
然ガスの存在を確認していたが、経済的な理由により
手国際石油会社に比べて規模で劣ることから、研究開
撤退していた)での鉱区入札の際に、275鉱区と他社よ
発を通じた技術力の向上には限界がある、というので
りも圧倒的に多くの鉱区を21億2,000万ドルという額で
あれば、インディペンデントのように、事業対象地域
落札している(表3)。同社はかつて、まだ深海探鉱・
等を絞り込むことによる経験の蓄積や意思決定の速さ
開発技術が十分確立されていない1990年代初めまでに、
といった別の何かを武器にしていくことが、今後しば
いずれ当該技術が確立されるとの見通しのもと、多数
らくは続くものと予想される産油国による資源ナショ
の米国メキシコ湾の深海鉱区を取得したが、これが後
ナリズムとそれに伴う投資環境の悪化に対処していく
に開発可能となったことにより、Shellは当該地域にお
重要な方策となっていくものと考えられる。また、そ
いてMars、Rusa、Brutus等の油田を抱える有数の大生
れと同時に、技術というのはある日突然、大幅に進展し、
産者になった(表4)、ということもあることから、今
探鉱・開発活動等に活用可能となる、といった性質も
回の一連の行動も、将来の生産量維持(ないしは増加)
持っていることから、業界での研究開発や技術の動向
を見据えた戦略のもとに実施されている可能性があり、
には絶えず注意を払い、有用な技術については開発者
その点では今後の動向につき注目する必要があろう。
にならないまでも、迅速に採用できるような姿勢(い
以上、大手国際石油会社を中心として、研究開発の
わゆる“Fast Follower”)でいることも肝要であろうと
潮流がこれらの会社の操業にどのような影響を与えて
思われる。
きたかを中心に見てきた。回収率や生産量の増大と探
坑
500
坑
200
米国
米国外
米国
400
150
米国外
300
100
200
50
0
100
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 年
0
1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 年
出所:各社年報他
出所:各社年報他
ExxonMobil、Chevron、BP
図25 Shellの純探鉱井掘削数
図26 3社の純探鉱井掘削数
表3 米国アラスカにおける各社の落札結果
Shell
ConocoPhillips
取得鉱区数*
サインボーナス額(合計)
応札鉱区数*
275
21.2億ドル
302
98
5.1億ドル
145
Repsol YPF
93
0.14億ドル
104
Eni
18
0.09億ドル
75
StatoilHydro
16
0.13億ドル
33
1
61,000ドル
38
1
400ドル
1
Iona(米)
NACRA
(North American Civil Recoveries Arbitrate)
*:複数企業で応札・落札した鉱区はそれぞれにカウント
出所:JOGMEC、市原路子「米国:アラスカ極地の探鉱に再び乗り出すシェル」石油・天然ガス資源情報、2008年5月
13 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
表4 米国メキシコ湾における主な生産鉱区
鉱区
プロジェクト名
主な所有者
水深(フィート)
生産量(BOE)*
MC 807
Mars
Shell
2,933
93,999,260
MC 809
Ursa
Shell
3,800
55,773,378
MC 763
Mars
Shell
2,933
34,864,752
VK 786
Petronius
ChevronTexaco
1,753
34,738,265
GC 202
Brutus
Shell
3,300
34,180,995
GB 215
Conger
Amerada Hess
1,500
32,197,439
MC 127
Horn Mountain
BP
5,400
32,165,643
VK 915
Marlin
BP
3,236
26,234,588
EB 602
Nansen
Kerr-McGee
3,675
23,926,942
MC 899
Crosby
Shell
4,259
23,481,239
EB 643
Boomvang
Kerr-McGee
3,650
22,375,260
EB 945
Diana
ExxonMobil
4,500
22,161,444
MC 687
Mensa
Shell
5,280
21,502,138
GC 200
Troika
BP
2,679
20,185,900
MC 305
Aconcagua
Total
7,100
19,513,422
MC 85
King
BP
5,000
19,484,242
VK 956
Ram-Powell
Shell
3,216
19,423,177
MC 765
Princess
Shell
3,600
18,930,562
GB 426
Auger
Shell
2,860
17,401,758
ST 204
Unnamed
El Paso
157
17,124,043
*:2002年7月から2004年6月までの累計生産量
出所:米国MMS
【参考文献】
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各種レポート類
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5.Stanley Reed, 2008年1月,“THE STEALTH OIL GIANT: Why Schlumberger, long a hired gun in oil-field
services, is becoming a major force and scaring Big Oil”, BusinessWeek
6.Perry A. Fischer, 2008年5月,“NOCs and IOCs: It’
s too complicated for simple answers”, World Oil 2008年5月
号
7.
三澤一文, 2007年3月,「技術マネジメント入門」, 日本経済新聞出版社
8.ジョー・ティッド, ジョン・ベサント, キース・パビット, 2004年10月,「イノベーションの経営学」, NTT出版
9.大手国際石油会社および独立系石油会社、石油サービス会社等各社年報、有価証券報告書類および投資家向け等
発表資料
2008.7 Vol.42 No.4 14
石油・天然ガス産業の研究開発の潮流に対する一考察
10.岩間剛一, 武石礼司, 野神隆之, 2006年5月,「座談会 欧米メジャーの今後の経営戦略」, ペトロテック2006年5月号
11.石油公団企画調査部, 2000年6月,「欧米石油企業のアウトソーシング実施状況と効果」, 石油・天然ガスレビュー
2000年6月号
12.石油公団企画調査部, 2002年3月,「上流企業のサバイバル」, 石油・天然ガスレビュー2002年3月号
13.野神隆之, 2006年9月,「資源ナショナリズム台頭で深海/非在来型石油・天然ガス開発加速 ~国際石油会社の上流
投資の重点が大きくシフト~」, 石油・天然ガスレビュー2006年9月号
14.野神隆之, 2007年7月,「世界LNG産業動向(LNG産業の過去・現在・未来」, 石油・天然ガスレビュー2007年7月号
15.市原路子, 2008年5月「米国:アラスカ極地の探鉱に再び乗り出すシェル」, JOGMEC石油・天然ガス最新動向
執筆者紹介
野神 隆之(のがみ たかゆき)
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。米国ペンシルベニア大学大学院修士課程およびフランス国立石油研究所
付属大学院(ENSPM)修士課程修了。通商産業省(現・経済産業省)資源エネルギー庁長官官房国際資源課(現・
国際課)、国際エネルギー機関(IEA)石油産業市場課等に勤務の後、石油公団企画調査部調査第一課長を経て、
現在JOGMEC調査部上席エコノミスト(石油・天然ガス市場および産業担当)。趣味は旅行(国内・国外を問わず)。
15 石油・天然ガスレビュー
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