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講 演 要 旨 集
第 8 回木質科学シンポジウム 「今、木が面白い」 講 演 要 旨 集 2015 年 6 月 20 日(土) 東京大学 農学部 中島ホール(フードサイエンス棟 2F) 主催:一般社団法人日本木材学会 第 8 回木質科学シンポジウム 「今、木が面白い」 プログラム 開会挨拶 14:50 - 14:55 講演 14:55 - 16:55 北岡 卓也(九州大学大学院農学研究院) 変幻自在のセルロース材料研究 - - - - - - - - - - -- - - - - - - 能木 雅也(大阪大学産業科学研究所) ジャングルからペーパーデバイス - - - - - - - - - - - - - - - - - - 11 山内 秀文(秋田県立大学木材高度加工研究所) 切った!貼った!の木質材料研究 - - - - - - - - - - - - - - - - - - 17 北守 顕久(京都大学生存圏研究所) 今、木造建築が面白い - - - - - - - - - - - - - - - - - - 27 パネル討論 17:00 - 17:40 ”今、木が面白い” パネラー:北岡 卓也、能木 雅也、山内 秀文、北守 顕久(進行:矢野 浩之) 閉会挨拶 17:40 - 17:45 意見交換会 18:00 - 19:30 (レストランアブルボア 同キャンパス内) 1 変幻自在のセルロース材料研究 北岡 卓也 九州大学大学院農学研究院 1.はじめに 今、木が面白い時代がやってきている。世界中の人々が重要だと考える資源循環、 環境共生社会、グリーンエネルギー、安心・安全、先端ナノ・バイオテクノロジー等、 多岐にわたって木と木材学が深くかかわっており、創立 60 周年宣言である「木材学 の社会実装」に大きな期待が集まっている。とはいえ、その期待感は正直なところ、 木材学会員の切望といったところで、社会・産業・関連学術からの強い要請があるか と考えると、その存在感はまだまだとの印象を受ける。木の面白さは言わずもがなの 面白さではなく、伝える努力が必要であり、もっと発信力を高めなければと思う。 第 8 回木質科学シンポジウム「今、木が面白い」の開催趣旨に則り、私の学生時代 からの研究歴(根っこ)と現在取り組んでいる研究を紹介したい。改めて振り返ると、 一貫してセルロースを研究対象にしつつも、全く一貫性のない材料研究を興味の赴く ままに行ってきたようである。 2.私の根っこは紙パルプ 木材学会の中で私の本籍地は紙パルプである。卒論研究で、松ヤニ由来の製紙薬剤 であるロジンサイズ剤を用いて紙の撥水性発現機構の解明に取り組んだ。当時、既に ロジンサイズ剤は発明から 180 年以上経過した過去の遺物であり、その作用機序解明 にどれだけの意義があったかはともかく、真面目に取り組んだと思う。その結果、① セルロース繊維中にわずかに含まれるカルボキシ基が薬剤定着と撥水効果に重要な 役割を果たすこと[1]、②当時の定説であったロジンとアラムの反応物はほとんど存在 せず[2,3]、③成分分布の影響が支配的であること[4-6]などを明らかにして、博士(農学) の学位をいただいた。しかし、研究成果は社会還元されず、ライフワークにもならな かった。研究の出口は社会貢献とよく言われるが、出口を意識せずに入ってしまうと 興味本位で終わってしまうということかもしれない。とはいえ、カルボキシ基の機能 のようにごくわずかであっても材料全体の性質を支配する現象や、パルプの親水化で 撥水性が向上するような一見相反する場面に多々遭遇してきたことで、思い込みから 抜け出す「拡散思考」の力は身に付いたようである。いずれにしても、紙パルプ分野 内で収束する材料研究には限界を感じ、紙やセルロースに研究の軸足を置きつつも、 外の世界とのつながりを求めて、放浪的な研究人生を旅することになった。 1 3.異分野に出かけて研究シーズを探索 3.1. パルプを分子認識する製紙薬剤の開発 九州大学に赴任して何か新しいことに挑戦したいと思い、多くの講演会に足を運び 情報収集に努めた。酵素の産業利用の講演で、「セルラーゼは一度くっつくと離れな いので回収・再利用できず使いづらい」と聞き、この性質が製紙薬剤のセルロース繊 維への定着に使えるのではと考えた。セルラーゼやキシラナーゼの多糖結合部位を、 高分子電解質の紙力増強剤に導入することで、高い塩濃度や阻害物質共存下でもセル ロース繊維選択的に定着して機能発現する製紙薬剤の合成に成功した[7-9]。ある分野 では欠点でも別の分野では利点になり得ると実感した。衣料用のレーヨン繊維の染色 に用いられる染料もセルロースと強く相互作用するはずだと考えて染料分子を導入 したり[10]、セルロース分子間の相互作用にも着目して構成二糖のセロビオースをペン ダントした高分子も合成した[11,12]。従来の抄紙系は静電的相互作用に依存していたが、 そこに分子認識の概念を持ち込んで、新しい製紙薬剤定着システムを提案した。 3.2. 非水系酵素触媒反応による多糖合成 酵素は水系で使うものと考えていたところ、非水系で加水分解酵素を使うと芳香族 環境汚染物質が脱水縮合で高分子化して容易に除去できるとの講演を拝聴した。当時、 セルロース誘導体の合成研究で非水系の LiCl/DMAc を溶媒に使っていたので、多糖 加水分解酵素のセルラーゼでセルロースを合成できるのではないかと突拍子もない ことを思いついた。やってみると、TOF-MS 検出レベルではあるが 20 量体くらいの 多糖がすぐに合成できた。セルラーゼと界面活性剤で W/O エマルション化し、凍結 乾燥して溶媒耐性酵素を創る手法を究め、セロビオースから 100 量体超のセルロース 合成に成功した[13,14]。最大で 5% 程度の低収率が課題であったが、有機酸を共触媒と して添加するプロトンアシスト効果により、セルロースで約 26%、キチンで約 80%の 収率を達成した[15,16]。疎水性アルコールへのラクトースの配糖化[17]や固体セルロース 基材の糖鎖修飾[18,19]にも展開することができた。糖鎖は反応性類似の水酸基を多数持 つので精密合成は大変であるが、本手法は無保護の構成糖から一段階で多糖や複合糖 質を合成可能で、酵素・界面活性剤・反応場・基質・アクセプターの組み合わせの自 由度が高い。現在は、生理活性を持つ配糖体合成に焦点を当てて研究を続けている。 2 4.異分野に発信できる木材学研究へ 4.1. 紙の構造を触媒反応場とする物質・エネルギー生産 他分野からネタを拾ってくる安易な研究を続けているうちに、研究戦略はあっても 研究領域を育てる戦略がないことに気がついた。要するに、美味しいところ盗りでは 木材学のプレゼンスは示せない。木材学から他分野に発信したいと思うようになった。 紙の高機能化に向けて、無機吸着剤や光触媒のペーパー化を研究していたところ、 粉末混合とペーパー内での複合で特性が異なることに気がついた[20-22]。特に、銅亜鉛 系触媒やニッケル系触媒を抄き込んだペーパー触媒による水素製造の研究では、明ら かに粉末充填よりもペーパーの方が、基質転化率も水素生成効率も高くなる現象を見 出した[23-25]。触媒自体は同じものを使っているので、この効果は反応プロセスの違い に起因する。通常、産業触媒は粉末やペレットを反応管に充填して使用するが、触媒 層の熱環境の不均一性や原料ガスの偏流などにより、均一に反応させることは難しい。 そのため触媒工学分野では、微細流路内壁に固体触媒をコーティングすることで反応 を高効率化させるマイクロ構造体触媒の開発が盛んであるが、微小空間に触媒を分散 担持するのは容易ではない。ペーパー触媒は、紙と同じで多孔質の繊維ネットワーク 構造を持っており、その内部はマイクロ空間の連結孔を多数形成している。平均細孔 径 5-30 μm、空隙率 50-80%で自在に制御できる均質なペーパー状マイクロリアクター である。この材料設計の概念は、単に配合した物質の機能が紙に付与されるいわゆる 機能紙とは一線を画しており、いわば紙にすることで新たな機能が創発されている。 紙の基本構造である繊維ネットワーク積層多孔体が重要な役割を果たしており、空隙 構造に依存する触媒特性[26-28]や、紙の積層や並びで触媒反応場を制御する傾斜化[29-31] など、紙の構造自体が主役の触媒材料である。環境・エネルギー・モノづくり分野で の触媒の果たす役割は非常に大きく、この「ペーパー構造体触媒」は触媒工学分野と 化学産業に向けて情報発信できる木材学・製紙学の成果である。現在、JICA と JST の地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)にて、「高効率燃料電 池と再生バイオガスを融合させた地域内エネルギー循環システムの構築」の国際プロ ジェクトで、ベトナムにおけるペーパー触媒の燃料電池への実装に取り組んでいる。 Cu Co Au Ru Pt Ni Ag Zn Pd Rh Catalysis@paper 3D Fiber‐Network Reactor 3 4.2. 樹木糖鎖のナノ集積構造を活かした細胞培養基材の開発 樹木中のセルロースはミクロフィブリルとして存在しており、伸び切り鎖が平行に 配列した I 型結晶構造をとっている。この構造を人為的に再現利用する研究[32-34]を進 めている中で、動物細胞の培養基材としての応用を発案した。糖鎖系細胞培養基材の マテリアル研究のほとんどは多糖ゲルであり、生体機能発現の鍵となる糖鎖の非還元 末端の構造はほとんど考慮されていなかった。そこで、糖鎖の還元末端基のみをチオ セミカルバジドで位置特異的に S 誘導体化し、金基板上で自己組織化させることで、 機能部位の非還元末端基が剥き出しの糖鎖膜を開発した。樹木多糖類のセルロースと 甲殻類の構造性多糖で生理機能糖でもあるキチンが強い分子間相互作用を示すこと に着目し、構造が明確なセロヘキサオースとキトヘキサオースの還元末端基を金基板 に固定化し、様々な糖鎖密度のハイブリッド界面を設計した。その結果、キトヘキサ オース 61%/セロヘキサオース 39%の膜(糖鎖密度 0.425/0.277 chains nm–2)において、 ヒト肝ガン細胞 HepG2 のスフェロイド形成が観察された。さらに、解毒酵素のシト クロム P4501A1 の活性を測定したところ、市販スフェロイド形成基板を上回る肝機能 の発現が見られた[35]。同様の現象が、ラクトオリゴ糖とのハイブリッド膜でも観察さ れ、レクチンの認識特性も界面の糖鎖密度に強い依存性があった[36]。すなわち、糖鎖 分子ではなく糖鎖ナノ界面が、接触する培養細胞の生体機能に直接働きかける現象を 初めて確認した。この特異な 界面反応と生体シグナル伝達 OH HO HO O OH NHAc HO O NHAc O OH O HO NHAc 4 系との関連性を検証するため に、キトオリゴ糖を抗原認識 する TLR2 を細胞膜に導入し た HEK293 細胞を用いて詳細 に検討したところ、糖鎖膜表 Hybrid Glyco‐interface OH S H N designed by vectorial chain immobilization NH 2 N H Bioactive molecule βGlcNAc6‐TSC Self‐assembly S–Au chemisorption OH HO HO O OH OH OH HO O OH O O HO 4 OH OH S H N N H NH 2 Cytochrome P450 Spacer molecule CYP1A1 βGlc6‐TSC S S HepG2 seeding S S S S S S S Au Chito‐/cello‐hexaose hybrid SAMs with regulated glyco‐density 100 μm 面のキトオリゴ糖密度応答的 に自然免疫のシグナル伝達系が活性化し、細胞炎症挙動が大きく変化する現象を見出 した。本系では、糖鎖密度 0.12 chains nm–2 の条件で最も強い生体応答を示した。また、 この免疫反応の程度は糖鎖固定により、単位糖鎖モル量あたりの応答性で 100 倍以上 増幅しており、糖鎖クラスター効果が発現していた。糖鎖密度を高くしすぎると応答 性は著しく低下し、最適密度の存在も示唆された。すなわち、密度制御可能な糖鎖集 積膜を細胞に“直接認識”させ、その生体反応をマテリアル側のナノ構造設計で操作 する糖鎖系バイオインターフェース材料の新機能の創発に成功した。現在、マイクロ パターン化した糖鎖基材による筋芽細胞の配列制御などにも展開している。薬物治療 ではなくマテリアルセラピーが脚光を集めつつあるが、この点で木材学・セルロース 学から生体工学分野や再生医療研究に情報を発信できればと考えている。 4 5.林産分子でなければならないマテリアル機能の創発 5.1. 木質資源の利用が必須のバイオリファイナリー グリーンマテリアルイノベーションを志向した木質資源のバイオリファイナリー による新素材創出が盛んに研究されている。中でも、巨大な樹体を支える強靭なセル ロースミクロフィブリルを取り出したセルロースナノファイバー(ナノセルロース) に大きな期待が集まっている。我が国の成長戦略「日本再興戦略」改訂 2014 にも明 記されたセルロースナノファイバー(超微細植物結晶繊維)であるが、その大きな特 徴は、カーボンナノファイバーに匹敵する極細(4~20 nm 幅)の結晶繊維を「植物が 作ってくれる」ところにある。すなわち、精密に構造制御されたナノファイバーを合 成するという一番難しいところは樹木がやってくれているので、我々はダメージ無く いかに取り出し、その特性を活かしてどのようにマテリアル利用するかに注力すれば よい。いずれにしても、ナノセルロースを使うなら、ナノセルロースでなければなら ないマテリアル機能を追究したいと考えている。そのコンセプトで行っている最近の 研究を最後にいくつか紹介する。 5.2. ナノセルロース緻密層にナノ孔をあけてガス分離 ナノセルロースは天然素材でありながら、無機材料に匹敵する高強度・高弾性・低 熱膨張性などの優れた物性を示すほか、様々な興味深い材料特性が見出されている。 なかでも、酸素バリア性は極めてユニークで、高分子フィルムよりもナノファイバー フィルムの方が高いガスバリア性を発揮する特異な現象は、ナノセルロース間に形成 される多点水素結合に起因する緻密層の形成によると考えられている。このフィルム に精密なナノ孔を穿つことで、分子ふるい型のガス分離膜ペーパーを開発している。 持続可能な化学産業で、多孔性金属-有機構造体(Metal−Organic Framework; MOF) と合成高分子との複合膜に注目が集まっているが、高極性の MOF と疎水性の高分子 フィルムの界面でガスのリークが起こり、十分な実用性能は得られていない。我々は、 2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl(TEMPO) 酸化法により単離したセルロースナノファイ バー(TOCN)を高極性マトリックスとするこ とでこの問題の解決を試みた。TOCN はナノ ファイバー表面にカルボキシ基が高密度集積 した特徴的なナノ構造を有する。このカルボ キシ基のナトリウム塩に MOF の一種である ZIF-90 の構成金属の亜鉛をイオン交換で導入 し、イミダゾール系配位子でつないで結晶成 長させたところ、キューブ状のナノ多孔性 5 MOF をその場合成することに成功した。得られた複合体をろ紙上で造膜したところ、 二酸化炭素(動的分子径 0.33 nm)は透過するが、わずかに大きいメタン(0.38 nm) は遮断する、極めて選択的なガス分離特性を発現した[37]。この新規ガス分離膜の作用 機構は、高いガスバリア性を有するナノセルロース膜に「MOF でナノの孔をあけた 構造」に由来する。さらに、MOF の結晶核をナノセルロース上で合成する際、双方 とも高極性マテリアルであることから密着性が高くなり、界面のガスリークが大幅に 抑制されたためと推察される。 本技術は、TEMPO 酸化ナノセルロースのカルボキシ基を反応場にして、金属イオ ンと有機配位子の組み合わせで多種多様な機能性 MOF の合成・複合化が可能である。 また、他のセルロース系素材、例えば紙との複合化により、取り扱いが容易な紙形状 のガス分離膜の開発にも展開できる。ナノセルロースの構造特性を活かした物質分離 膜のさらなる機能向上に期待が持たれる。 5.3. ナノセルロース結晶表面に剥き出しの金属ナノ触媒 グリーンな化学反応に必須の触媒開発を志向した TOCN の触媒マトリックス応用 も精力的に研究している。「環境に優しいモノづくり」が推進されるなか、高活性な 金属ナノ触媒に期待が集まっているが、その実用性能を最大限に引き出すためには、 触媒自体の活性向上に加えてマトリックス(担体)の特性が重要との認識が高まって いる。合成高分子をマトリックスとする有機-無機ハイブリッド触媒の開発例は多い が、触媒成分が高分子マトリックス内部に包埋されることによる性能低下が大きな課 題である。その点、TOCN は結晶表面のみに高密度でカルボキシ基が集積した特異な ナノ構造を有していることから、それを触媒物質の選択的合成足場とすることで金属 触媒を剥き出しで担持・複合化できると考えた。 まず、グリーンケミストリーで注目されているクリック反応の Huisgen 環化付加反 応で用いる不安定な Cu(I)触媒を TOCN に担持したところ、Cu(I)イオンが TOCN 結晶 表面のカルボキシ基と化学量論的に結合したマテリアルが得られた[38]。この Cu(I)は TOCN 表面に担持されたままで Huisgen 反応を触媒し、高活性かつ高選択性が維持さ れていた。セルロース結晶界面に固定された Cu 種は、回収・再利用時にも脱落する ことがなく、エアロゲル化やペーパーとの複合化などの形状設計も容易であった。 次に、イオン交換した金属イオンを金属ナノ粒子に還元することで、さらなる触媒 機能の発現を試みた[39]。TOCN をマトリックスとして金ナノ 粒子の合成を試みたところ、 ナノセルロース表面選択的に 粒径 5 nm 以下の金ナノ粒子を Wood AuNPs@nanocellulose 6 Aerogel AuNPs@Paper 高密度に合成・担持することに成功した。合成高分子マトリックスに練り込まれた従 来型の金属ナノ触媒と異なり、合成足場がナノファイバー結晶表面に限定されるため トポケミカル反応が進行し、触媒の活性面が露出したハイブリッド材料が得られた。 モデル反応として 4-ニトロフェノールの 4-アミノフェノールへの還元反応に供した ところ、既存の高分子複合型金ナノ触媒と比較して、最大で数 100 倍の触媒効率を達 成した。残存アルデヒド基を介した紙への直接合成も可能であった[40]。さらなる性能 向上を目指し、金とパラジウムのハイブリッドナノ粒子の合成を試みたところ、一つ のナノ粒子が金結晶とパラジウム結晶のバイメタル接合体として TOCN 表面に分散 担持されたナノマテリアルが得られ、触媒性能はさらに向上した[41]。その他にも、白 金や銀など前駆体イオンがカルボキシ基と相互作用するものであればナノ粒子合成 が可能であり、ヒドロゲル・エアロゲルやペーパー状に成型することでハンドリング 性も付与できる。ナノセルロース特有の構造特性を活かした先端ナノマテリアルのさ らなる機能開発と用途開拓に期待が持たれる。 5.4. ナノセルロースとアミノ酸を組み合わせて不斉合成 樹木繊維を TEMPO 酸化して得られるナノセルロース TOCN は、天然のセルロース I 型結晶をコアにグルコースとグルクロン酸の交互共重合体をシェルに持つ、極めて 特異的なナノ構造を有している。特に、繊維軸に沿って 1 ナノメートル毎に規則的に カルボキシ基が並ぶ周期構造は、人為設計が極めて困難なナノ界面構造である。しか しながら、この界面構造特性を活かしたマテリアルはいまだ開発されていない。我々 は、この固有のナノ構造を有機分子触媒反応場として利用する新戦略を提案している。 環境に優しいグリーンなモノづくりの重要性が高まる中、貴金属触媒や酵素触媒が 物質合成に広く用いられているが、貴金属の資源枯渇や大量利用に制限のある酵素に 替わり、CHONPS を構成元素とする有機分子触媒に注目が集まっている。アミノ酸の プロリンは、アルドール縮合を触媒することで知られる最初に発見された有機分子触 媒であるが、基質に対して 30 mol% もの触媒量を必要とするため実用性に乏しい。 ところが、TOCN 存在下では触媒反応性が著しく向上するだけでなく、生成物の立体 構造も制御できる、すなわち不斉合成が可能になる新現象を発見した。具体的には、 4-ニトロベンズアルデヒドとアセトンのアルドール縮合において、(4R)-4-ヒドロキシ -4-(4-ニトロフェニル)-2-ブタ ノンが極めて高選択的に合成 された[42]。さらに、①同条件 でプロリンだけを用いると極 めて多量の触媒が必要で、な おかつラセミ体しか合成でき 7 ない、②カルボキシ基を持つポリアクリル酸やセルロース誘導体のカルボキシメチル セルロースではほとんど効果がない、③TEMPO 酸化ナノセルロースであってもプロ トン化すると効果が失われるなど、興味深い現象が見出されている。この不均一系の 有機分子触媒反応の実体は今のところ明らかではないが、ナノセルロースでなければ 発現しない新奇現象であり、触媒自体の光学異性ではなく、ナノセルロースの界面が 不斉誘導する木材学発のユニークな現象として、その詳細な機構解明が待たれる。 6.おわりに 紙やセルロースを対象に、常識や固定観念に縛られることなく、変幻自在にマテリ アル研究をやってきたと自負していたが、現実は一貫性のない「ふらふらした研究」 を積み重ねてきただけであった。しかし、ようやくここにきて、森の恵みの林産物を 使うなら、それを使わなければならない理由が必要ではと考えるようになってきた。 すなわち、「木の構造や特性が主役の明確な新機能」が、木材学におけるマテリアル 開発と新産業創出の両面で重要であろう。このコンセプトは、ナノ材料であってもマ クロ材料であっても、生体材料であっても電子材料であっても等しく価値がありそう である。複合化する物質の機能が発現するだけの複合材料では物足りない。木の生物 機能を使うなら、それを使わないとできないことがしたい。未知機能の探索と創発は、 他分野への成果発信につながり、木材学のプレゼンスを高め、ひいては社会・産業・ 関連学術からの注目を集めることになり、そのとき、木材学が主役になる。来るべき 環境共生社会を支えるマテリアル研究の新潮流を木材学から発信するためにも、木材 学会の先導的・機動的な取り組みと木質科学の先駆的・多元的な展開が求められる。 7.参考文献 (1) Kitaoka T., Isogai A., Onabe F., Nord. 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(30) Shiratori Y., Ogura T., Nakajima H., Sakamoto M., Takahashi Y., Wakita Y., Kitaoka T., Sasaki K., Int. J. Hydrogen Energy, 38(25), 10542-10551 (2013). (31) Homma T., Kitaoka T., Appl. Catal. A: Gen., 486, 201-209 (2014). (32) Yokota S., Kitaoka T., Sugiyama J., Wariishi H., Adv. Mater., 19(20), 3368-3370 (2007). 9 (33) Yokota S., Kitaoka T., Opietnik M., Rosenau T., Wariishi H., Angew. Chem. Int. Ed., 47(51), 9866-9869 (2008). (34) Yokota S., Kitaoka T., Wariishi H., Carbohydr. Polym., 74(3), 666-672 (2008). (35) Yoshiike Y., Kitaoka T., J. Mater. Chem., 21(30), 11150-11158 (2011). (36) Kitaoka T., Yoshiyama C., Uemura F., Carbohydr. Polym., 92(1), 374-379 (2013). (37) Matsumoto M., Kitaoka T., Proc. Int. Symp. Wood Sci. Technol., Tokyo, March 15-17 (2015). (38) Koga H., Azetsu A., Tokunaga E., Saito T., Isogai A., Kitaoka T., J. Mater. Chem., 22(12), 5538-5542 (2012). (39) Koga H., Tokunaga E., Hidaka M., Umemura Y., Saito T., Isogai A., Kitaoka T., Chem. Commun., 46(45), 8567-8569 (2010). (40) Azetsu A., Koga H., Yuan L.-Y., Kitaoka T., BioResources, 8(3), 3706-3717 (2013). (41) Azetsu A., Koga H., Isogai A., Kitaoka T., Catalysts, 1(1), 83-96 (2011). (42) Jin X., Kitaoka T., Proc. Int. Symp. Wood Sci. Technol., Tokyo, March 15-17 (2015). <プロフィール> 氏 名:北岡 卓也(きたおか たくや) 所 属:九州大学 大学院農学研究院 環境農学部門 サスティナブル資源科学講座 生物資源化学分野 履 専 歴:1993 年 東京大学 農学部 林産学科卒 1995 年 東京大学 大学院農学生命科学研究科 林産学専攻 修士課程修了 1995 年 大蔵省印刷局(現(独)国立印刷局)入局 1998 年 九州大学 農学部 助手 2000 年 博士(農学)(東京大学) 2003 年 九州大学 大学院農学研究院 助教授 2007 年 九州大学 大学院農学研究院 准教授 2013 年 九州大学 大学院農学研究院 教授 現在に至る 門:多糖材料化学、生物材料機能学、ナノ複合材料学、機能紙材料学 受賞歴:2005 年 平成 16 年度セルロース学会奨励賞 2007 年 平成 19 年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞 2008 年 平成 20 年度繊維学会紙パルプ論文賞 2011 年 第 7 回(平成 22 年度)日本学術振興会賞 2013 年 平成 24 年度セルロース学会賞 2014 年 平成 25 年度繊維学会賞 E-mail: [email protected] 10 ジャングルからペーパーデバイスへ 能木雅也 大阪大学産業科学研究所 1.はじめに 1996 年、大学 4 年生の私は名古屋大学農学部木材物理研究室(奥山剛教授グループ) に加わり、その年、木材学会にて初めての学会発表を行いました。その後、修士・博 士課程と在籍し続けて、「湿熱処理による樹木の残留応力低減」というようなタイト ルで学位を取得しました。その後は、産総研中部センター(金山グループ)・京大生 存圏(矢野グループ)でのポスドクを経て、現在は大阪大学産業科学研究所でペーパ ーデバイスの実現に向けた研究を行っています。ふと気がつくと、20 年近くの研究歴 があります。端から見ると、学生時代と今では私の研究テーマが大きく異なっている そうですが、ずっと「木材」への思いを心に秘めて研究を行ってきました。 そもそも私が研究室を決めた理由は、「うちの研究室は学生をジャングルに連れて 行く。」という奥山先生の言葉でした。多くの学生は、ジャングルに行く目的や研究 内容を授業で聞いていたそうです。しかし当時の私は、それらを全く知らないまま、 なんだか楽しそうという理由で研究室を決めました。その機会はなかなか巡ってきま せんでしたが、博士課程になってようやくジャングルに行けることになりました。そ して成長応力測定のため(この時期になると、なんとなく目的を理解していました。)、 マレーシア・インドネシア・オーストラリアと色んな国のジャングルに行きました。 朝からずっとジャングルに入り、移動中や作業中、食事の際に先生・学生同士・現地 の方でくだらない談笑をしたことはとても楽しい思い出です。そして、毎日ジャング ルでアカシアマンギウムを眺めていると、樹木と交感しているような気持ちになって いました。その想いは、私の研究において大きなドライビングフォースになっていま す。このあたりは、当日の発表で話をするとして、本稿では現在の研究成果を簡単に 紹介させて頂きます。まだまだ道半ばで、何も成し遂げたことはありませんが、今後 とも宜しくお願いします。 図 1 マレーシア コタキナバルでの成長応力測定風景 (右端 名大山本先生、右から 4 番目 筆者、撮影 奥山先生) 2.背景と目的:電子デバイスの最前線 現在、太陽電池や電子ブックなどの次世代エレクトロニクスの開発最前線では、 「脱 ガラス」と「低環境負荷プロセス技術」をキーワードに研究開発が進んでいる。「脱 11 ガラス」として軽量・フレキシブルな透明プラスチック基板、「低環境負荷プロセス 技術」として印刷技術を用いた電子デバイス部品の実装技術(プリンテッド・エレク トロニクス技術)が有望視されている。両者の技術が融合すれば、大面積なフレキシ ブル電子デバイスが連続的なロールトゥーロールプロセスによって低コストで製造 可能になる。近年のナノテクノロジー技術の著しい進歩に伴い、電子デバイスの実装 温度は 200 ℃付近まで低温化が進んでいる。しかしながら、多くのプラスチック基板 にとって 200 ℃付近は過酷な条件であるため、更なる技術開発が求められている。 近年、セルロース材料分野において、新たなナノマテリアル:セルロースナノファ イバーが発見された。セルロースナノファイバーとは、パルプ繊維を機械的または化 学的に解繊処理して得られる幅 4~15 nm の繊維状物質である。このセルロースナノ ファイバーによって、紙は再発明された。3 世紀頃の中国で発明されて以来、紙は白 色不透明であったが、セルロースナノファイバーを用いた紙(セルロースナノペーパ ー)は高い透明性を示す。さらに、軽量・高耐熱性・折り畳み可能といった紙本来の 特徴も保持しながら、ガラス並みの低熱膨張性も有する。そこでわれわれは、脱ガラ スのキーマテリアルとして「透明な紙」(以後、ナノペーパーと表記)に着目し、エ レクトロニクス分野への応用を試みている。 3.透明な紙:セルロースナノペーパー 3.1 紙が透明になる理由 1), 2) 私達が日常使用している「白い紙」は、木材から非セルロース成分を取り除いた幅 15~50 µm のパルプ繊維からつくられる。パルプ繊維と水の懸濁液を乾かすと、パル プ繊維が絡まりあい、そして繊維表面の水酸基によって繊維同士が強固に水素結合す る。その結果、接着剤などを使用しなくても、フィルム状に紙が形作られる。そして、 紙が白く見える理由は、紙の内部にある空隙が関係している。幅 15~50 µm のパルプ 繊維同士が凝集すると、繊維間に数ミクロンオーダーの隙間が残るため(図 2 右上)、 この空隙が太陽光を散乱し、紙は「白く」見える(図 2 右下)。 幅 4~15 nm のセルロースナノファイバー水懸濁液を乾燥させると、パルプ繊維と 同じように、ナノファイバー同士が絡まりあい、水酸基によって繊維同士が結合され、 フィルム状に形作られる。このように、水懸濁液が乾いていくプロセスは、太い繊維 (パルプ繊維)も細い繊維(セルロースナノファイバー)も全く一緒である。しかし、 セルロースナノファイバーは直径が非常に細く、比表面積が膨大であるため、パルプ 繊維と比べて変形しやすく、単位面積あたりの水素結合の数が圧倒的に多い。その結 果、ナノペーパーでは繊維同士の隙間が確認できないほど小さくなり(図 2 左上)、 太陽光を乱反射することなく高い透 明性を示す(図 2 左下)。なお、この ナノペーパーはプラスチックなど異 種材料を一切添加しておらず、セル ロースナノファイバーだけでできた 透明材料である。最新の研究成果で は、ナノペーパーの全光線透過率は 可視光領域で 90 %前後と理論透過率 に到達しており、白濁度を表すヘイ ズ値も 1 %以下になっている。 図 2 透明な紙(左)と白い紙(右)(1) 12 3.1 機械的特性 セルロースは剛直な高結晶性ポリマーである。したがって、セロハンなどのセルロ ース系透明プラスチックは、汎用プラスチックよりも優れた機械的特性を示す。ナノ ペーパーの機械的特性は、セルロース系透明プラスチックよりもさらに優れ、汎用透 明プラスチックよりも遙かに優れている。その理由は、セルロースナノファイバーに よる緻密なネットワーク構造である。セロハンなどのセルロース系透明プラスチック は、セルロース原料を溶融・成形して製造するため、セルロースナノファイバーが消 失しネットワーク構造が存在しない。一方、ナノペーパーは、セルロースナノファイ バーが高密度に凝集した材料であり、ヤング率 13GPa、引張り強度 223MPa、熱膨張 率 5~10ppm/K と非常に優れた機械的特性を示す 1)。また、多くのプラスチックは 150℃以上で加熱すると変形・黄変するが、ナノペーパーは 200℃程度で加熱しても変 形・黄変しない 3)。 4. エレクトロニクス分野への応用事例 4.1 印刷配線用基板への応用 3),4) 電子デバイスを製造するためには、半導体やメモリ、トランジスタなど各種電子部 品を微細な電気配線で電気的に接続する必要がある。そこで、フレキシブル基板のう えに微細な高導電性配線を印刷する技術が盛んに研究されている。しかし、プラスチ ックフィルムは耐熱性が低く、従来の白い紙は無数な隙間が存在するため、高導電性 配線の作製が非常に難しい。 ナノペーパーは、セルロースナノファイバー同士が緻密に凝集したネットワーク構 造を有している。そのため、導電性インクを印刷すると非常にシャープな配線が描画 できる。また、ナノペーパーは高耐熱性を有するため、金属ナノインクに十分な加熱 処理を施すことができる。その結果、ナノペーパー印刷ラインは金属バルクに匹敵す る高導電性を示し、金属ナノ粒子インク や金属塩インクの印刷、スパッタ処理な どによって、ナノペーパーのうえに LED ライトを点灯する電気配線を形成するこ とができる(図 3)。 さらに、このナノペーパー印刷配線を 高温高湿雰囲気下(85 ℃/相対湿度 85 %) に 1~2 ヶ月さらしても、その導電性は全 く低下しない。この試験条件は、電子デ バイス部品の信頼性評価に用いられる条 件であるため、ナノペーパー印刷配線は、 図 3 ナノペーパーに印刷した導電性 電子デバイスに十分適用可能である。 配線と点灯する LED ライト(3) 4.2 導電性透明ナノペーパー:ITO 代替透明材料 5) 透明かつ導電性を有する基板は透明導電膜と呼ばれる。透明導電膜は、金属酸化物 とガラスを用いたものが既に実用化されており、タッチパネル、ディスプレイ、太陽 電池など様々な電子デバイスに利用されている。しかしそれらは重く脆いため、次世 代の軽量フレキシブルデバイスには適用不可能であり、軽量・フレキシブルな透明か つ電気の流れる基板材料の開発が急務となっている。 13 銀ナノワイヤやカーボンナノ チューブなど非常に細い導電性 ナノマテリアルはインク濃度を 低濃度に希釈して透明基板へ塗 布すると、基板の透明性を保持し たまま導電性を付与できる。そこ でわれわれは、銀ナノワイヤやカ ーボンナノチューブなどの導電 性ナノマテリアル水懸濁液をナ ノペーパーで濾過して、電気の流 れる透明な紙を作製した(図 4)。 図 4 銀ナノワイヤを塗布した導電性透明ナノ この導電性透明ペーパーは、既存 ペーパー(5) の透明導電膜に匹敵する透明性 と導電性を有する。 4.3 フレキシブル高誘電率ナノペーパー6) 近い将来、あらゆるモノをインターネットに接続させて使用する生活の到来が期待 されている。そのためには、アンテナやトランジスタなど電子デバイス部品の小型化 や低消費電力化が重要である。誘電率が高い絶縁性基板は、トランジスタ、コンデン サなどデバイス部品の小型化・薄膜化において重要な電子部品であり、さらにリーク 電流を大幅に削減することが可能であるため電子デバイスの消費電力を小さくでき る。そこで、われわれはナノペーパーを用いて、高誘電率材料の開発に取り組んだ。 最新の研究成果によると、金属ナノ粒子 などの高導電性フィラーを少量添加すると、 比誘電率が大幅に増加されることが明らか になりつつある。そこで、ナノペーパーに 銀ナノワイヤをわずか 2.5 vol%加えたとこ ろ、この材料の比誘電率は 727 at 1.1 GHz となった。さらに、添加量が非常に少ない ため、銀ナノワイヤ複合ナノペーパーはは さみで切ることもでき、折り紙のように折 り畳むことも可能である。この銀ナノワイ ヤ複合ナノペーパーを基板としてアンテナ デバイスを作製すると、基板の誘電率が高 図 5 高誘電率ナノペーパーを基板に いためアンテナ配線の長さが半分になり、 したアンテナは、アンテナ配線の長 デバイスを小型化できた(図 5)。このよう さを半分にしても(黒線→点線)、同 に、銀ナノワイヤならびにセルロースナノ じ周波数の電気信号をロス無く送受 ファイバー材料は、新たな高誘電率絶縁材 信できる。(6) 料として、これからのデバイス部品のキー マテリアルとなると考えられる。 4.4 ペーパートランジスタ 7) ナノペーパーは、フレキシブル電子デバイスにおいて画期的な基板材料である。わ れわれは、薄くて透明なナノペーパーベースの高移動度有機薄膜トランジスタアレイ 14 (OTFT アレイ)の試作に世界で初めて成 功した(図 6)。 従来、OTFT アレイの搭載プロセスは、 ガラス基板を想定した高温プロセスである。 したがって、耐熱性の低いプラスチック基 板へ適用することが難しく、プロセス温度 の低下と引き替えにそのトランジスタ性能 は貧弱なものに留まっていた。しかし、天 然木材セルロースナノファイバーからなる ナノペーパーは、高耐熱性、高耐薬品性、 低熱膨張率といった優れた性能を有する。 したがって、リソグラフィと溶液プロセス を組み合わせ、OTFT アレイをナノペーパ 図 6 ナノペーパー有機トランジスタ ーへ搭載することが可能である。さらに、 アレイ(7) ナノペーパーはその表面が非常に平滑であ るため、ナノペーパーに溶液塗布した有機半導体薄膜は 50~100 µm という非常に大 きな結晶ドメインを形成した。その結果、試作した OTFT は、大気雰囲気下で最大 1 cm2/Vs の高いホール移動度と 0.1 V 以下の小さなヒステリシスを示した。 4.5 不揮発性ペーパーメモリ 8) 電源を切っても記憶を保持し続ける不揮発性メモリは、多くの電子デバイスに実装 されている。なかでも、フラッシュメモリは SSD や USB メモリとして実用化される など、現在、幅広く利用されている。しかし、フラッシュメモリはその構造が複雑で あるため、高密度化(小型化)の限界が指摘されている。そこで、電圧の印加による 電気抵抗の変化を利用した抵抗変化型メモリ(ReRAM、メモリスタ)が次世代の不 揮発性メモリとして注目を集めている。このメモリは構造が非常に単純であり、ナノ 秒で素早い読み書きが可能、消費電力が小さい、などの特徴がある。 持ち運びしやすいフレキシブルエレクトロニクスの実現において必要な回路部品 である「柔軟な不揮発性メモリ」は、多くの研究者が挑戦し続けているトピックであ る。しかし柔軟な不揮発性メモリの開発は非常に難しく、曲げ半径:数十 mm 以下ま で曲げるとメモリ特性が大幅に低下してしまうのが現状である。 そこでわれわれは、銀ナノ粒 子複合セルロースナノペーパー を用いた「記憶する紙」を開発 した(図 7)。この記憶する紙は、 曲げ半径 0.3mm 以下まで折り畳 めるフレキシブルな不揮発性抵 抗変化メモリである。そして、6 桁のオンオフ抵抗比、小さなス 図 7 不揮発性ペーパーメモリの構成図(a)と イッチング電圧分布など非常に その外観(b) (8) 安定した不揮発性メモリ特性を 示した。 15 5. おわりに 本稿では、セルロースナノファイバーを用いた透明な紙の特徴と電子デバイスへの応 用事例を紹介した。紙は高耐熱性・折り畳み性・軽量・低環境負荷といった特徴を有 しているため、これまでの数多くの電子デバイスの試作が行われてきた。しかし、従 来の紙は、マイクロサイズのパルプ繊維を用いているため、表面が粗く、白色不透明 であるという課題があり、最先端電子デバイスへの適用が困難であった。しかし、私 達が開発したセルロースナノファイバーを用いた透明な紙は、エレメントがナノサイ ズであるため平滑な表面と透明な外観を持ちながら、紙本来の特徴も有している。こ のようなフィルムは、次世代電子デバイスの基板材料として非常に有望である。そし て、印刷技術によるデバイス作製技術との融合が進んでいくと、あらゆる電子デバイ スが紙のうえに製造されるであろう。 引用文献 1. M. Nogi et al. Adv. Mater. 21,1595 (2009) 2. M. Nogi et al. Applied Physics Letters 102, 181911 (2013) 3. M. Hsieh et al. Nanoscale, 5 (2013) 9289-9295 4. Thi Thi Nge et al., Journal of Materials Chemistry C 1 (2013) 5235-5243 5. H. Koga et al. NPG Asia Materials 6 (2014) e93 6. T. Inui et al., Adv. Mater. 27, 1112 (2014) 7. Y. Fujisaki et al. Adv. Fun. Mater. 24 (2014) 1657–1663 8. K. Nagashima et al. Scientific Reports (2014) 4, 5532 <プロフィール> 氏名 :能木 雅也(のぎ まさや) 履歴 1997 年 名古屋大学 農学部卒 2002 年 名古屋大学大学院 生命農学研究科博士課程修了、博士(農学) 2002 年 産総研 中部センター 非常勤研究員 2003 年 京都大学 国際融合創造センター 産学連携研究員 2007 年 日本学術振興会 特別研究員 (於 京都大学生存圏研究所) 2009 年 大阪大学 産業科学研究所 先端実装材料分野 助教 2011 年 大阪大学 産業科学研究所 セルロースナノファイバー材料分野 専門 :木材物理学、材料学 受賞暦 平成 22 年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞 「セルロースナノファイバー透明材料の研究」 大阪大学功績賞 平成 23 年 8 月 第 2 回大阪大学総長顕彰 平成 25 年 8 月 第 8 回 関西スクエア賞 平成 27 年 3 月 役職等 セルロース学会関西支部委員 16 准教授 切った!貼った!の木質材料研究 山内秀文 秋田県立大学木材高度加工研究所 1.はじめに 近年の木材利用は、トレンドとトラディショナルとでもいうべき形で極端に二極化 してきている。トレンドな木材の利用技術としては、真っ先にエネルギー利用が挙げ られよう。さらに、材料としての将来性に大いなる期待が持てるナノセルロースファ イバー、香気成分などの微量成分利用なども含めてよいのではないだろうか。これら トレンドな技術については社会的な関心も高く、大学や企業における研究開発や技術 改良も積極的に行われている。 一方、トラディショナルな木材利用、いわゆる一般的な木質材料向けの木材利用に 関しては、日常における材料としての存在感の大きさや木材関連産業における重要性 の割には、社会的関心はあまり高くなく大学等における研究開発の状況はさらに深刻 で、学生への不人気度はなかなかのものである。その結果、これらコンベンショナル な材料に関する開発・改良研究に関わる研究室や研究部門は減少し、今や本当の意味 での若手研究者はほとんどいなくなってしまっている。 これらの要因として考えられるのは、指導的立場にある研究者、特に木材関連研究 に関わる研究者でさえ、現状ある材料利用技術が既に完成されてしまっており、その 改良技術等へのニーズや関心がないと思い込んでいること、実用化されていないもの も含めると、ありとあらゆる可能性について過去に検討され尽くてしまっていると考 えがちなことなどがあるように思う。加えて、データベースやその検索技術の発達に より、それら埋もれた技術の存在を簡単に知ることができるようになり、コンベンシ ョナルな利用領域での新規性を見出すことが非常に困難になってきていることも大 きな要因であろう。間違いないのは、一般的な木質材料研究のエッセンスは、「どの ようなエレメントを作り、それをどのように再構成するか」という一言で語れる極め て単純なものであり、著者自身も心の何処かで若い研究者がそんなことに関心が持て ないのは正常な判断かなと考えている部分があるのも本音である。 しかしながら、現状の木材産業を支えている基幹技術の1つがコンベンショナルな 木質材料であることは事実であり、その材料機能のすばらしさ・凄さを後生に広く伝 えるとともに、加工原理の継承・改良とその加工原理に基づいた将来展開への可能性 を示すことは、絶対に必要不可欠であると考えている。著者は、このような情勢の中 でも一貫して「切って貼る」という手法を用いるコンベンショナルな木質材料分野に 立脚して研究を行ってきており、近年はその手法の有利性と正しさにあらためて確信 を強めてきている。幸いにして今回、著者にとっても自身の研究履歴を振り返る良い 機会を得た。本稿では、著者の研究履歴を振り返りながら、著者の中に宿る研究哲学 の醸成、現在の研究に至るまでの経緯等を紹介できればと考えている。 2.木への憧憬 著者の生まれ育った京都といえば古都であり伝統というイメージがあるかと思う。 また、同じく古都の奈良にも近く、日本を代表するような伝統的な木造建築に出会う 17 機会は他の都市に比べれば確かに多い。しかし、「伝統」や「木造」の継承は、特に 寺においては一部の有名寺院に限った話で、中小の寺院の多くは老朽化とともにコン クリート造などに置き換えられている。幼い頃から寺社の境内で遊び、その空間が醸 す何ともいえない雰囲気が好きだった著者が感じたこのコンクリート製寺院への違 和感や抵抗感が、木材研究を志す契機になった。今になって思うと、このとき何故、 木造建築物そのものではなくそれを構成する木材に興味を持ったのかはよくわから ない。「材料無くして構造なし」というのを悟っていたからだ、と自慢げに言いたい ところだが、実際にはそんなことを意識していた記憶は全くない。おそらく当時、工 学系で木造建築を扱うような大学が皆無であった事などが理由だと思う。 その頃の著者は地元志向が非常に強く、大学も当然のように京都の大学を選んだ。 入学当初は、林業、すなわち森林育成により木材を中小寺社建築にも使えるようにし たいと考えていたが、入学して見た林学の現実は暗澹たるもので、生産林業に対する 将来への期待感はほとんど無く、その興味は森林の生態系や環境保全などの生物学 的・社会科学的領域に移っており、著者の中で全く興味の持てないものであった。 そのような中、林産系の講義中に、木材を木質材料にして使う方法があることを知 った。特に大断面集成材とそれを用いた建築があることを聞いた時、その単純ながら 非常に効果的な加工技術に、ある種の美しさを感じた事を今でも覚えている。その後、 東大寺大仏殿の柱に「集成する」という発想が適用されている事を知るに至り、物事 を諦めない人間がもたらすブレークスルーの偉大さと、木材学が持つ「実学」故の重 要性に気付き、それを学ぶことの大きなモチベーションとなった。 3.切り刻む快感 大学時代の卒論研究として与えられたテーマは「パーティクルボードの性能に及ぼ す各種物理的・化学的処理の影響について」1,2)である。この研究は、パーティクルボ ードの性能、特に吸水厚さ膨張を抑制することを目的に、成形前のパーティクルにア セチル化、ホルマール化、レゾルシン処理、および 160-200℃の加熱処理を行なった ものをボード化したもの、および無処理パーティクルを用いて製造したボードに熱お よび過熱水蒸気による後処理を加え たものについて、その曲げ、はく離、 吸水厚さ変化率などの性能の変化か ら各種処理の効果を検証したもので ある。この研究では、化学処理は曲 げ性能を低下させること、耐水性が 高い接着剤を用いることを前提に厚 さ膨張の抑制に水蒸気後処理が有効 であることなどを明らかにしている。 この研究は演習林より丸太を切り 出すところから始まった。胸高直径 で 30cm 以上になったスギをチェンソ ーで伐倒することは、なんとも爽快 で気持ちのよいものであった。と同 時に、伐倒後に待ち構えていた搬出 図1 各種処理を行った PB の吸湿による厚さ 作業の苦労が、日本における林業の 膨張率 1) 非効率性を身をもって体験すること 18 にもなった。 伐倒した丸太はパーティクルに加工したのだが、当時の研究室が使っていた手法は、 丸太をブロック状の小片に加工し、それをディスクフレーカーにて削片化、さらにハ ンマーミルで粉砕して乾燥、分級するという少々手間の掛かるものであった。ディス クフレーカーによるフレーク切削作業は、見たこともないような薄く相似形の美しい 削片が大量に生み出されていく様が非常に面白かった記憶がある。当時は、作業前に フレーカーの刃物研磨作業ですら自ら行っていたが、このとき身につけた研磨技術は その後も非常に役に立っている。 また同時期に、同期学生の別研究の一環で、リングフレーカーによるパーティクル 切削やロータリーレースによる単板切削も体験している。リングフレーカーが奏でる ジェットエンジンさながらの轟音とバケツで注ぎ込んだチップが一瞬でパーティク ルに変わっていく様子に、工業装置の持つ暴力的なまでの高い生産性を見た。また、 ロータリーレースによって丸太が板目模様も美しい単板の帯に華麗に変身していく 様は見るものをうっとりさせるものであった。著者にとって、学部4年の夏はまさに 木材を切り刻むためのあらゆる技術に触れた夏であり、同時に丸太は目的に応じて切 削加工するものであり、切削することによって新しい形や機能が生み出される、とい う当たり前のことに目覚めた夏であった。 当時、所属大学に設備がなかったため、これら切削装置を用いた加工は京都大学木 質科学研究所(現、生存圏研究所)や奈良県林業試験場に装置を拝借しに行っていた。 特に京大木研の持っていた雰囲気は独特で、初めて訪問したときに感じたなんともい えない異界感は強く印象に残っている。著者はこのときまで、京都大学に木材専門の 研究所があることはおろか、宇治に京都大学のキャンパスがあることすら知らなかっ たのだが、最初の訪問時に一瞬でここに魅了され、数ヶ月後には大学院の試験を受け て、次の春にはここのキャンパスの一員となっていくのである。 今になって思うと、学部でこのテーマを与えられたことは非常に幸運だったと思う。 このときの実験で、樹木を伐倒して丸太を切り出すところからエレメント加工、木材 の物理・化学処理、ボード作製から試験体作製、その試験までを一貫して経験させて 貰った。文字通り、木材の利用研究に関する様々な手法や要素を、わずか1年弱の研 究の中で体験的に学ぶことができたという意味で非常な幸運であり、その後の研究者 人生において価値ある財産となっている。そして何より、この研究を通じて巡り会っ た新しい世界、新しい人間関係とそれに伴う選択が、その後の著者の人生を大きく変 えることとなった。 4.木質材料製造への欲望 著者が大学院進学した当時の京大木研・構造利用研究室では、「モーラムポール」 と名付けられた木質材料の研究が行われていた 3,4)。この材料は、1/6 円筒曲面に成形 した LVL を幅接ぎ・縦継ぎすることにより中空円筒形の LVL に形成するもので、まさ に、私が大学進学時に思い描き、作ってみたいと思っていた夢の材料を具現化したも のであった。卒論研究時に訪問した際の、この材料との出会いは衝撃的で、この材料 の存在が大学院進学時に京大木研を選ぶ強い動機となったことは間違いない。ところ が、大学院入学後に私が「選択」した修士論文テーマは「木質積層材の熱圧成型時の 変形挙動」、すなわち、水熱非定常条件下でのクリープ変形挙動 5-7)であった。 19 この研究では、種々の含水率条件を与えたラワン単板積層材を定圧条件下で熱圧し、 その圧縮変形挙動を経時的に測定することで、木質単板積層材料の熱圧成形時におけ る単板含水率、圧締圧力、圧締温度および経過時間の影響を検討している。その結果、 熱圧時の最終変形量は熱圧前 後での含水率変化量、すなわち 水分移動量に比例すること、熱 は水分移動を生じさせるため のドライビング・フォースであ り、熱そのものが変形量に及ぼ す影響はほとんどないこと、圧 締圧力は高いほど変形速度が 上がり最終変形量は大きくな るが、変形発生には水分の移動 を伴う必要があることなどを 明らかにした。この結果、今考 えても、木質材料成形を考察す るうえで非常に有効な知見で あると思うのだが、著者の怠慢 により未だ学会への正式な報 図2 初期含水率が異なる単板積層材で測定された 含水率変化量と圧縮変形量の関係 6) 告ができていない。未来への責 任において、大いに反省してい る。 著者が修論研究のテーマにあえてレオロジー的研究を選んだ動機は、卒論研究時に 触れた過熱水蒸気による後処理の効果が高かったこと、ホルマール化したパーティク ルで熱圧することは相当に困難であることなどを経験し、熱と水分の移動が同時に起 きることが想定される木質材料の熱圧時の変形挙動に興味を持ったためである。この 当時の京大木研では、研究室内の他の学生はもちろん、時には研究所内の他の研究室 の学生の研究を学生相互に補助することはごく当たり前のことであって、伝統的な寺 社建築に使える木質材料を創りたいという欲求は、先のモーラムポールの研究に関す る諸先輩方の研究に参画することで満たされていた。そして、修士二回生のとき、近 畿大学から派遣されていた学部学生の卒論研究を実質的に指導する形で、スパイラル ワインディング法(以下、SW 法)による中空円筒形 LVL の研究に関わっていくことと なる。当時、大学教員になる意思はおろか、博士課程へ進学すらも全く考えていなか った著者にとって、思いがけない形での秋田赴任の話が持ち上がり、やがて、この研 究が学位論文になっていくのであるから、人生、何がどう転ぶかなど誰にもわからな いものである。 SW 法とは、紙管製造などで一般的に用いられている成形方法で、巻き芯(マンド レルと呼ばれ、通常は円形断面)に帯状の材料を螺旋状に複数枚巻き上げ、同時に外 部より圧締することにより、中空の長尺材料を成形する方法である。この方法は、円 筒形の材料を成型する方法としては理想的な方法である一方、これを木質材料、特に 構造用の木質材料の成形に応用するためには多くの課題があった。その中でも、製造 する材料を構造材料とするためには、SW 法に必須の螺旋構造に伴う木理傾斜をいかに 制御するかが重要な課題であり、同時に帯状材料をいかに効率的に造るかということ も、非常に難しい課題であったが、最終的に繊維直交方向に長い帯状単板を用い、材 20 料軸方向に対し±10 ゚以下の木理傾 角で交錯構造を付与しながら巻き 上げることで、軸方向の物性低下を 防ぐことができること、木理傾角は 円筒直径と単板幅によって決定さ れ、螺旋構造により生じるバットジ ョイントの出現頻度などとの兼ね 合いから、理論的には製造する円筒 直径が大きければ大きいほど製造 条件が緩和されるということを見 出し、理論的には、製造する材料寸 法に限界がない技術を確立するこ とができた。これらスパイラルワイ ンディング法を用いた中空円筒形 LVL に関する一連の研究に関しては、 いくつかの論文にまとめる形で学 図3 木理傾斜角の変化が引張ヤング率に及 会に報告するとともに、最終的に著 ぼす影響 8) 8-14) 者の学位論文として纏めている 。 その後、この円筒形 LVL に関しては、秋田県能代市内の企業とともに実用化研究を 行い、小規模とはいえ実際に商業的な取引を行うに至っている。その中で、新潟県内 の伝統的な寺院建築の本堂内陣を構成する構造用柱材としても用いられたときは、夢 を実現できたという意味で、今考えても感慨深い。また、現在までに製造された材料 の最大寸法は、JR 能代駅前広場のモニュメントに用いられている直径 1400mm、長さ 8m のものである。この円筒 LVL は内部を照明用の機械室として利用しており、後部に ある扉から内部に入ることが可能である。この中に入ると、さらに大きなものを造れ ば、住居とまで行かないまでも小屋ぐらいなら簡単に造れるような気になってくるの で不思議なものだ。いや、望めば造ることができるのである。 5.貼れることへの疑問 上述したように、木質材料製造の製造原理は、丸太からエレメントを造り、それを 再構成すること、すなわち、「切って貼る」と換言できることからも、木質材料にと って、接着剤の利用技術は切っても切れない重要なものである。木質材料の開発や製 造においては、切ることにとともに貼ることを考え、時には貼ることを意識して切る ことを考えていなければならない。しかしながら、例えば木質材料研究において定量 性確保の条件となる接着剤塗布量に関しても、その量的比率が記載されるのみで、具 体的な添加方法等の記述があるものはほとんど見られないなど、接着剤の塗布量や塗 布方法については、なんともいえない違和感を感じ続けてきていた。 その違和感が、新しい接着剤利用技術開発が可能だとの確信に変わる契機となった のは、先に紹介した円筒形 LVL の研究において、イソシアネート樹脂接着剤を利用す る新しい技術を模索したときである 13)。この研究は、イソシアネート樹脂接着剤使用 時の機器洗浄負荷の軽減と接着剤可使時間の延長を目的に、半密閉容器内で連続的に 薄葉紙を接着剤に浸せき・付着量規制したものを、単板間に展開することで接着剤を 塗布しようとしたものである。結論として当初の目的を十分に果たす技術を開発でき たのだが、カバ材を用いた引張せん断試験によって塗布量と接着性能の関係を検討し 21 ていく中で、これまで文献等で言われている接着剤塗布量を大幅に下回る接着剤塗布 量でも、十分に接着が可能であることが明らかになってきた。この研究では、接着剤 や被着材に特別なものを用いたわけでもなく、用いた紙も菓子折などの内紙として一 般的に用いられているパルプ 100%のものであり、その接着が可能となる要因として 考えられたことは、接着剤を一旦紙上に展開することで、欠膠のない面の接着層を作 ることであった。すなわち、これまで言われている塗布量と接着性能の下限値という ものが、例えばロールスプレッダーを用いて接着剤塗布量を減じていくと、ある塗布 量以下ではロール上で均一な接着剤膜が形成できなくなり、結果的に欠膠が生じてし まって塗布できなくなるように、装置や塗布技術の均一塗布限界値によって決まって いるもので、絶対的な接着性能の発現に必要な接着剤量の下限値は、これより相当に 低い値をとる可能性があることを示唆していたのである。この可能性の発見こそが、 著者がその後に接着剤微量塗布技術の開発を行うことに繋がって行く。 著者らはインクジェットプリ ンターの技術を応用した接着剤 微量塗布技術についていくつか の発表 15,16)を行っている。このイ ンクジェットプリンターを接着 剤塗布に用いることへの発想は、 こんなことができたら面白いと いう共同研究者との雑談が発端 であり、実際に装置改良を行うモ チベーションとなったのは、とあ る研究会における発表で、著者が 参画する研究者たちを驚かせて やろうと計画した、一種のシャレ 図4 インクジェット法を用いた微量塗布時の塗布量と であったことを思い出すと、研究 接着性能の関係 15) 者にとっては何気ない雑談や遊 びに気軽に予備実験ができるゆとりがとても重要であることを、あらためて痛感する。 このとき用いた塗布装置は、市販のインクジェットプリンターを著者自らが改造し たものであり、一般的な合板用のフェノール樹脂接着剤を固形分塗布量で 4g/m2 とい うような微量の接着剤を被着材表面に均一塗布することが可能である。この装置を得 たことで、これまでにない低塗布量下での接着性能を検討することができるようにな った。その研究結果は驚くべきもので、一般的に合板等の性能に用いられている接着 剤塗布量の 1/10〜1/20 程度の塗布量でも、被着材種や用途によっては十分な性能を 得ることが可能であること、その塗布量がさらに減らせる可能性があること、この塗 布量−接着性能の関係は、インクジェット法以外の塗布方法で塗布した場合も保たれ ることなどが示唆されている 17,18)。 接着剤使用量を低減することは、木質材料におけるコストや環境負荷の低減に直結 することから、微量塗布技術に対してはその経済的側面のみが強調されがちである。 もちろん、十分な検証の後にそれが既存の材料向けの技術として実用化されていくこ とは喜ばしいことではあるが、著者自身の興味はその向こうにあるもの、すなわち接 着剤微量塗布技術を新たな木質材料の開発ツールとすることに向かっている。 22 6.そして気付く木の凄さ 著者は近年、これまで接着剤に起因して生じる材料密度の増加や経済合理性の喪失 などによって、実現が困難であった単板積層系材料の薄物化、多層化に取り組んでい る 19-21)。この研究では、材料は厚さ 0.5mm 以下の薄い単板をエレメントとし、先に紹 介したような接着剤の微量塗布技術を用いることで、例えばスギのスライス単板と合 板用フェノール樹脂を用い、8 層の合板構成を持つ厚さ約 1mm の木質単板積層材料を 密度約 0.45g/cm3 で作製するといったことを可能としている。 この薄単板積層材料(Micro Multiple Ply;以下、MMP と表記する )は、材料構造 的に合板や LVL といった従来の単板積層形材料と全く同じであり、上述したスギの合 板構成 MMP の力学性能をみても、スギ合板としては優秀な値ではあるものの、特別な 材料ができたという印象は全くない。一方で、この物性を汎用樹脂系の諸材料と比較 すると、その曲げ強さは同等以上、弾性率では 2〜5 倍にもの値を持つにも関わらず、 その密度は 1/2〜1/3 と驚くほど軽量であることが判る。この軽量性と強さの両立は、 生物由来材料である木材が持つ細胞構造とその配列に起因しているものであり、その 表1 5層・合板構成で作製したスギ薄単板積層材料と汎用樹脂の性能比較 構造を最大限活かすことができるトラディショナルでコンベンショナルな木質材料 加工に技術を用いてこそ得られるものである。 木材の利用技術は、長らく建築材料を中心に発達してきた。その需要があまりに大 きかったため、家具用材を除くと、その他の用途展開への研究開発が行われることは ほとんどなかった。そのような中、木材を専門に扱う研究者の間でも、いつしか木材 を他の建築材料との比較においてしか性能評価できなくなっていないだろうか。そし て、木材の性能を過小評価してはいないだろうか。MMP は確かに材料工学的に新しい 材料ではないかもしれないが、木質材料がそのディメンジョンを変えることで、今ま で木材が利用されたことのない分野においてとてつもないスーパー材料に生まれ変 わる可能性を示している。著者は、木材の持つ本来構造が生かしたコンベンショナル な木質材料加工技術の持つ将来性は、まだまだ大きいものがあると確信するようにな っている。 7.おわりに 著者が専門とする木質材料学は、材料学を名乗っているものの、金属材料や石油化 学系材料に代表されるような分子レベルから材料を設計・構築する典型的な材料学と は全く異なり、木材を自ら設計・構築することはできない。言うまでもなく、木材を 構築するのは生物である「樹木」であって、木質材料学は樹木が造った樹体=木材の 加工技術を研究しているにすぎない。その意味では、「木質材料加工学」とでも呼ぶ 23 べき分野である。 一方で木質材料学は、生物、化学、物理、そして工学といったあらゆる知識をフル に使う、いわゆる境界領域の分野である。木材利用といえば、とかく伐採や切削・接 着といった工学的領域のみが強調されがちであるが、工学的加工の結果に生まれる木 材や木質材料の性質は、生物的特徴である細胞壁の構造に由来するものであり、その 細胞壁の性質は細胞壁を構成する化学成分やその分布に由来する。それらを探求・理 解することで、より合理的・省エネルギー負荷の加工技術が生まれ、さらに新しい機 能性が発見されたりするのである。これは、他の材料学分野にない、極めて独自性の 強い特徴といえる。 木材に限らず、他の生物が作り出した“資源”を拝借して使う以上、生物が進化の 過程で獲得した合理性を十分理解・尊重し、それを最大限に生かす方法を考えていく ことは利用者の責務であり、これを深化させていくことこそがこれからの資源・材料 科学ではないかと著者は考える。あらためてコンベンショナルな木質材料学を考える と、いわゆる工学的材料学が持たない親環境性といった研究領域を内包する「総合科 学」が既に体系化されていることに気付く。研究室の統廃合などで青息吐息となって いる木質材料研究の分野が、結果的に新時代の材料工学において最先端分野の 1 つに なる日がきっと来る・・・と思いたい。 最後に、著者自身の研究生活をあらためて振り返ると、驚くほど様々な体験をさせ てもらってきたことにあらためて気付く。そして、研究生活を通じて様々な人々に出 会い、また有形無形の助言や指導を受けてきたのだということを、今、痛感している。 ここに、これまでの研究生活で関わった全ての人々へ深甚なる謝意を表したい。 8.参考文献 1)山内秀文:京都府立大学農学部林学科卒業論文(1992) 2)山内秀文,川井秀一,梶田煕,矢野浩之:日本木材学会大会研究発表要旨集, 43, p.546 (1993) 3)王潜:京都大学学位論文(1993) 4)佐々木光:H4-5 年度科学研究費補助金研究成果報告書(1994)など 5)山内秀文:京都大学農学研究科修士論文(1995) 6)Hidefumi Yamauchi, Shuichi Kawai, Hikaru Sasaki:Wood Research, 82, p.40-42 (1995) 7 ) 山 内 秀 文 , 川 井 秀 一 , 佐 々 木 光 : 日 本 木 材 学 会 大 会 研 究 発 表 要 旨 集 , 45, p.242 (1995) 8)山内秀文,佐々木光,荘保伸一,川井秀一,楊萍:木材学会誌, 43(9), p.747-753 (1997) 9)山内秀文,三浦泉,佐々木貴信,小泉章夫,佐々木光,川井秀一:材料, 47(4), p.350-355 (1998) 10)山内秀文、三浦泉,田村靖夫,佐々木光,波多敏弘,川井秀一:木材学会誌, 45(2), p149-156 (1999) 11)山内秀文,片谷光輝,馬靈飛,佐々木光:木材学会誌, 48(3), p160-165 (2002) 12)山内秀文,岡崎泰男,三浦泉,佐々木光,川井秀一:木材学会誌, 48(5), p363-370 (2002) 13)山内秀文,片谷光輝,馬靈飛,山内繁,佐々木光:木材学会誌, 48(6), p432-438 (2002) 24 14)山内秀文:京都大学学位論文(2002) 15)山内秀文,梅村研二:日本木材学会大会研究発表要旨集, 59, J15-1715 (2009) 16)山内秀文,梅村研二:日本木材学会大会研究発表要旨集, 61, I18-05-1445 (2011) 17)山内秀文,梅村研二:日本木材学会大会研究発表要旨集, 62, p.52 (2012) 18)山内秀文:日本木材学会大会研究発表要旨集, 65, I18-03-1100 (2015) 19)山内秀文,梅村研二:日本木材学会大会研究発表要旨集, 63 (2013) 20)山内秀文,足立幸司,梅村研二:日本木材学会大会研究発表要旨集, 64, I14-10-1300 (2014) 21) 山内秀文:日本木材加工技術協会年次大会研究発表要旨集,32, p.3-4(2014) <プロフィール> 氏名:山内 秀文(やまうち ひでふみ) 履歴:1993 年 京都府立大学 農学部 林学科卒業 1995 年 京都大学大学院 農学研究科 林産工学専攻 修士課程修了 同年 秋田県立農業短期大学 付属木材高度加工研究所 助手 1999 年 秋田県立大学 木材高度加工研究所 助手(改組) 2002 年 同上 講師 2006 年 同上 准教授(現在に至る) 専門:木質材料学 受賞暦:2014 年 日本木材加工技術協会 市川賞 25 (メ モ) 26 いま、木造建築が面白い 北守顕久 京都大学生存圏研究所 1.はじめに~木で建物を作るとは~ 近年国内でも国際的にもますます建造物の木造化を推進する気運が高まっている。 これには様々な背景があるが、大局には環境面の関心から、地球温暖化対策によって 索引されていると言われる 1)。構造躯体での炭素貯蔵効果、他構造建築との比較で建 設時の省エネルギー効果、廃材のエネルギー活用によるエネルギー代替効果が見込め、 かつ木材利用が再造林を促し、炭素吸収能を回復させる森林整備効果 1)があるといっ た、木造建築は低炭素社会につながる総合的な利点を持つことは、いまや社会的に共 通認識となっている。また国内では、木材産業が地域の雇用の創出と経済の活性化に 貢献することが期待されている 2)。また、林業経営の観点からも、森林には既に十分 な用材の蓄積があり、次世代を見越した再造林を行うためには、今、木材を使用しな いとならないのである。 一方、これまで木造建築の主流であった住宅における需要は今後微減する見込みで あり、木造のシェア拡大には、これまで少なかった集合住宅や商業ビルなど、中規模 以上の建物を木造化する動きにつながっている。これは 2000 年の建築基準法への性 能規定の導入により、耐火建築物であっても木造で建築することが可能になったため に道が開かれたものである。本報では詳しく述べないが、木造の耐火構造のための 様々な技術が開発されている。また、「公共建築物等における木材の利用の促進に関 する法律」(2010 年施行)など法整備による後押しも大きい。木材を使用することで 新しい空間デザインや人間の感性に訴える建築の可能性が広がる魅力も認知されて きており、まさに社会から求められる追い風が吹いているのである。 では木材工学の観点からはどうだろうか?材料としては太陽エネルギーを利用し た唯一の再生産可能な材料であり、天然の生物 FRP(というか樹脂で固められた繊維 材料)で、適当な配向を持つ軸材料で、個々の細胞は中空パイプ様であることから軽 さと強さを併せ持つ。一方、欠点や個体差(ばらつき)を持つが、グレーディングや 統計的評価により建築材料としては適当な評価手法が定められている。素材のままで は断面や長さに制約があるが、接着再構成する事で大断面化が可能で、かつ面材料を 形作ることもできる。含水率管理や粘弾性への配慮が必要である。構造に用いた場合、 一般に接合部の挙動が全体性能を左右する。異方性が接合耐力評価を難しくする事が 多いが、上手く用いれば粘り強い変形性能を与える事ができる。住宅構法としては簡 易な設計手法や仕様規定に基づいた接合法が定められていることから、他形式に比べ 安価である。この様な性能を把握し、利点を特化した部材や接合の開発に繋げたいと いうのが木材工学者の願いかと思うが、特殊で手間のかかる場合、高性能であっても 普及しにくいというジレンマにつながっていた。 2.これからの木造建築 「都市木造 3)」という概念も提唱されている。すなわち一般的な構造材料として適 材適所に木材が選択される、普遍的な都市部での中層大規模木造建築物の姿である。 27 部材規格、接合具の標準化といった生産体制の整備、それによる標準接合部の仕様規 定に基づいた簡易な強度設計手法、構造特性のデータ整備 3)等が提案されている。学 校建築について、この考えに基づいたプロトタイプモデルの提案 4)が行われている。 モデルプランのいずれにおいても、簡素な接合部、材料を使用する事で無理の無い提 案となっている一方、現時点では既往の技術によるものである。ところで大規模木造 建築は、これまで以上に大きな断面の部材を用い、接合節点数を少なくする事で合理 化が図られると思われる。結果として個々の接合にはより効率が重視されるため、今 後より合理的な部材や接合・構法の研究開発の必要性が増していくものと期待できる。 その中でこれからの中層大規模木造建築物の姿が形作られていくだろう。以下に開 発・評価が進めれている新技術のいくつかを紹介する。 [面材料としての CLT およびその構法] CLT(直交集成板)を用いた構法の開発に関する研究が盛んである 5)。従来集成材 で平行に積層されるラミナを、各層直交に積層接着することで、これまで無かった大 断面・厚物の「木質面材料」を容易に作製できる。材質特性には直交積層による一定 の補強効果があるとされ、例えば切り欠き部からの割裂破壊を抑制し、また面内の寸 法安定性が高い事が特徴である。大きな断面部材を作れることから、面外曲げや面内 圧縮力を負担することも可能である。このことから、欧州では新しい構法としての開 発が進められ、単体の大型 CLT パネルに窓やドアの開口を工場で加工を施し、現場で はこれを組み合わせることで建築物の各層の各構面を構成する。また床面も大型の CLT パネルを敷くのみで作ることができ、すなわち柱・梁を持たないパネル式構法と して少労力、低コスト、高強度を同時に満足するものとして急速に普及が進んでいる。 CLT は集成材に比べ、面として分散された荷重を負担することや、面外曲げに対し ては内層材の荷重負担が少ないことなどから、内層材に低質の材料を使用でき、これ まで集成材には不向きとされた材料の有効利用法として見込める。我が国においても 業界の要望で積極的な利用拡大が求められ、構法・設計法の確立に向けた研究が進め られている。既に JAS による材料規格が定められ、近く告示による基準強度が与えら れると見込まれている。構法としては、特に中層以上の建物用途には靱性を確保する ため、小幅パネルの CLT を組み立てて構面を構成する方法が提案されている。パネル 脚部やパネル間に引きボルト接合を配して、その伸び変形で靱性を確保できる。輸送 や製造面で寸法上限に制約のある我が国の現状に即した構法であると言える。 まさに国策プロジェクトとして多くの研究者の協働により検証が進められている が、例えば面内せん断強度・剛性や圧縮・局部座屈特性など、さらなる検討を要する 基礎特性も多く残されている。接合の仕様も現状はプロトタイプと呼ぶべきもので、 今後より合理化が求められると言えよう。 [長尺スクリュー接合具] 近年の木質接合具のイノベーションとして長尺の全ネジスクリュー1)がある。かつ てよりあったいわゆるラグスクリューと比べ、小径・長尺であることが特徴で、ボル ト・ドリフトピンのようなせん断抵抗のみならず、軸に沿った引き抜き方向の抵抗が 見込め、高剛性・高強度な性能を得ることができる。この性能はスクリューを斜め打 ちするによってもある程度発揮しうるものである。事前加工を要せず木材同士を直接 留めつける事ができ、あそびの無い優れた強度特性をもつ接合法となるため、設計手 法の確立に向けた評価が進められている。また、木材のめり込みや割裂と言った弱点 を補強する用途にも適している。ハンディのインパクトドライバーなど、容易な施工 28 が可能なツールの進化が開発・普及の背景にある。また我が国ではやや大径のラグス クリューボルト(LSB)が開発 6)され、より高強度が必要な場面、例えばモーメント抵 抗接合部などで用いられる。これら軸抵抗スクリューによる接合法は大規模木造技術 の中で今後ますます普及が進むであろうと期待される。一方でその破壊は木材のせん 断に起因する脆性的なものであり、またこれまで忌避されるべきものとされてきた、 木口打ちで使用する事も多いため、DOL や耐久性の検討を含めて、今後さらなる評価 が求められるべきものである。 [複合部材、混構造] 純血主義の木造建築構法には限界があり、より合理的な判断として適材適所な木材 利用法を目指すべきだろう。構造躯体として一部を木造とし、他形式の構造と組み合 わせる立面・平面の混構造の研究が進められている。部材単位で、例えば構造部材の うち梁材のみを鉄骨とすると言った部分混構造の形も考えられるであろう。また材料 単位で、木材と他材料を組み合わせた複合材料化する試みも始まっている。そもそも 木造構法の接合部やトラスの引張材等に金物部材を用いる事は従前より行われてい た。より一体度を高める方向で、例えば RC と CLT とを複合させた剛性スラブなどの 開発が行われている。 これらを成立させる接合法としては、ガタやクリープの発生に対して有効な手段と して接着剤の使用が積極的に検討されている。接着強度は脆性的なため信頼性に欠け るとも言われあまり普及していなかった。ただし木材のせん断強度は実強度に比べて 非常に小さく抑えられているため、せん断強度を上回る接着強度を確保することは比 較的容易と思われる。鉄とコンクリートは線膨張係数が極めて近いという、複合的に 使う際に好都合な関係性があった。木質材料の複合化は、異方性の大きな製材では特 別な配慮が必要となるだろう。一方 CLT や LVL など面内寸法安定性を向上された木質 材料では利点が有ると思われるが今後さらなる検証が必要である。 [材質特性の見直し] 木質の接合や構造の高強度化が進んだことにより、これまである程度余力を残して 使われてきた木材の材質特性が構造耐力にクリティカルな影響を与える場面が顕在 化してきた。例えば、高強度なモーメント抵抗接合では、パネルゾーンで木部材がせ ん断破壊する事例が生じる事がある。せん断、めり込みと言った材質特性は、状況に 応じて再検討する余地があるだろう。技術では無いが重要な研究対象といえる。 3.木造建築文化の再評価 ここまで述べてきたような工業化された木造建築の姿の他に、我々が育んできた木 の文化のアイデンティティに沿った木造建築の魅力がある。「木材は温かみがある」 「木造建築は健康に良い」と言った、一般の木造建築に対するポジティブな意見は、 例えば伝統構法に見られるような木材をあらわにした空間のイメージから想起され るものであり、将来に渉る木造振興のためにはこれを大切にすべきだろう。 人間生理に関わる研究が近年進められているが、構造・構法の面からも伝統的な手 法の価値を再評価する取り組みが重要かと思われる。社寺建築以外の身近な事例とし て伝統構法住宅があり、その設計法を確立するための一連の検討が行われた 8)。構造 面では木組みの接合部や耐力要素の適切な評価、巨大な地震外力作用時に柱脚滑りに より入力を抑制する効果が評価された。材料面では、大工棟梁が伝統的に配慮してき た知恵を科学的に検証する試みが行われた。例えば、天然乾燥の良さ、木の狂いを見 越した木取りの設定、接合加工手法などである。十分なサンプルの確保ができなかっ 29 たため、これらは必ずしも詳らかな結果の検証にはつながらなかったが、大工棟梁達 の木材への探究心と愛着には大いに感じ入るものがあった。 このような伝統技術のポジティブな事例を紹介したい。嵌合接合を緩み無く納める ため、木殺しと言ってあらかじめ接触部の木細胞を玄翁で叩きつぶす処理手法がある。 例えば、相欠き接合のような木木接触が極めて重要な耐力要素において、木殺しを施 したものとそうで無いもので構成した面格子耐力壁を長期間保管後に試験を行った ところ、後者と異なり前者では初期の嵌合を長期的に維持出来た 9)。木殺しは大変な 労働であるため代替手法として、圧密加工した木材を接合具として介在させた手法を 試したところ、木殺しと同様の優れた効果が得られた 10)。このように、木材の特性を 活かして成り立っている伝統の知恵や技術を現代の構法に応用する試みがある。 木組みや簡易な接合具による伝統的な構造は、部材単位での取り外しが容易である。 これは長期における使用時に万一部材に劣化が生じても、部分的な補修を可能とする 技術である。この点は最終的な解体時に材料の分別や再利用する上での利点にもつな がる。一方、前項までで述べた効率と強度を追い求めた長尺スクリュー多数本打ちや 木-鋼板接着といった接合手法は、その強固さ故このような機能を持たない。劣化と 言った不慮の事態を避けることのできない木質構造のメンテナンスには、伝統構法に おける部分補修の考え方は大いに取り入れるべきである。強固な接合と、取り外しや 解体を同時に可能とする技術は大いに求められるものだろう。 4.結びに 海外では中層を越え高層の木造ビルディングの建設が進められている。例えば大型 の木質パネルを複層にまたがって用いる構法が提案されており、大いに参考にすべき 技術と思える。古くは東大寺の再建時、中国から新構法技術を輸入した際も、接合部 を固める楔など、独自の技術の発展があった。CLT、長尺スクリューも海外発の技術 であるが、これを日本化して積極的に取り入れていくことでさらなる発展が見込める だろう。 5.参考資料および文献 1)井上雅文、小林研治:木材学会誌, 61(3), 97-104, 162-168 (2015) 2)平成 26 年度森林・林業白書、林野庁 (2014) 3)腰原幹雄、2013 年度日本建築学会大会地球環境部門研究懇談会資料、27-29 (2013) 4)大規模木造建築の技術的課題と解決方法、2012 年度日本建築学会大会 構造部門 (木質構造)パネルディスカッション資料 (2012) 5)クロス・ラミネイティド・ティンバー構法の損傷限界・安全限界に関する検討(木 造長期優良住宅の総合的検証事業)平成 24 年度報告書 (2013) 6)木質構造接合部設計マニュアル、日本建築学会編 (2010) 7)木質複合建築構造技術の開発 平成 13 年度報告書・構造分科会、国総研, 建築研 究所, 建築センター、平成 14 年 3 月 8)伝統構法の設計法作製および性能検証実験検討委員会平成 24 年度事業報告書 (2013) 9)北守顕久, 森 拓郎, 片岡靖夫, 小松幸平:日本建築学会構造系論文集, 74(642), 1477-1485 (2009) 10) 北守顕久, 鄭 基浩, 森 拓郎, 小松幸平:木材学会誌, 56(2), 67-78 (2010) 30 <プロフィール> 氏名 北守顕久(きたもりあきひさ) 履歴 平成12年3月23日 北海道大学農学部森林科学科卒業 平成14年3月25日 京都大学大学院農学研究科修士課程森林科学専攻修了 平成21年3月31日 博士学位取得(京都大学博士(農学)) 平成21年4月1日 国立大学法人京都大学 助教(生存圏研究所・開発創成研究 系・生活圏構造機能分野) 専門 木質構造学、木材工学 受賞暦 役職等 日本建築学会 木質構造運営委員会 伝統的木造構法の構造要素設計法小委 員会(委員) 31 (メ モ) 第 8 回木質科学シンポジウム 講演要旨集 平成 27 年 6 月 16 日発行 編集: 一般社団法人日本木材学会 研究強化・企画委員会 発行: 委員長 矢野浩之 一般社団法人日本木材学会 〒113-0023 東京都文京区向丘 1-1-17 タカサキヤビル4階 印刷: 福井タイプ印刷株式会社 期日: 平成 27 年 6 月 20 日 会場: 東京大学農学部中島ホール(フードサイエンス棟)