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1 【博士学位申請論文要旨】 平成 20 年 7 月 22 日 一橋大学大学院

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1 【博士学位申請論文要旨】 平成 20 年 7 月 22 日 一橋大学大学院
【博士学位申請論文要旨】
平成 20 年 7 月 22 日
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科
経営法務コース 博士後期課程
岸部 正樹
持株会社のガバナンスと子会社管理における会社法上の諸問題
Ⅰ.問題の所在と本稿の目的
平成 9 年に独占禁止法が改正され、わが国において持株会社が解禁されて以来、10 年の
時日が経過した。昨今では金融持株会社を中心に持株会社の設立等が増加している。この
要因として、法制度の側面からは、持株会社化等の組織再編を容易にする観点から、平成
11 年の商法改正により、完全親会社(純粋持株会社)の創設を容易にするため、株式交換
制度および株式移転制度が導入され、さらに、平成 12 年の商法改正によって、事業部門の
独立や分社化等を容易にするための会社分割制度が導入されたことが挙げられる。このよ
うに、持株会社等の組織再編を容易にする観点からの法整備はすでに行われ、その効果を
挙げているが、持株会社の適正な運営のための法整備は十分対応できているであろうか。
企業グループは、資本的結合、人的結合、取引的結合等、さまざまな紐帯により構成さ
れるが、資本的結合からなる親子会社形態が一般的な形式である。そして、この資本参加
による企業グループ関係は、持株会社において集中的にかつもっとも典型的な形をもって
現れている。持株会社とは、一般的に、他の会社の株式を所有し、これを通じてその会社
の経営を支配することを目的とする会社であり、自ら事業を営まず、子会社からの剰余金
の配当を主な収益源とする点で、その特徴を有する。つまり、持株会社の事業目的は子会
社の経営管理である。
ところで、一般事業会社の取締役と異なり、持株会社の取締役の義務は必ずしも明らか
ではない。なぜなら、持株会社の事業目的が子会社の経営管理であるとすると、持株会社
の取締役は子会社に対して善良なる管理者の注意義務をもって経営管理を行わなければな
らないはずであるが、事業会社を想定して規整を構築している会社法の下では、いかなる
内容でどの程度まで持株会社が経営管理しなければならないのか、つまりいかなる内容で
どの程度まで持株会社が子会社に対して関与しなければならないのかについて不明である
からである。
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また、持株会社の取締役が果たすべき子会社に対する経営管理の内容が明らかになった
として、会社法は持株会社の取締役がかかる経営管理を行うための方法を用意しているの
であろうか。結論は否である。すなわち、会社法は、持株会社に対して指揮権を認めてい
ない。そのため、多くの持株会社はいわゆる経営管理契約を子会社と締結し、子会社の一
定の重要事項について持株会社の承認等にかからせ、また、経営管理料を徴収すること等
によって子会社を経営管理している。これが実務の現状であるが、持株会社と子会社間の
経営管理契約は関連当事者間取引であるゆえ、子会社にとって不利益な契約が締結される
懸念も存在する。特に、経営管理料の設定によっては、不当にも子会社の利益が持株会社
に対して流出することも危惧される。また、子会社の一定の重要事項について持株会社の
承認等にかからせるといったことは子会社の独立性を一定程度奪うものであるところ、こ
のような契約の有効性もまだ十分に議論されていないように見受けられる。さらに、経営
管理契約の開示規制も不十分であるように思われ、当該契約の内容及び運営の実態は外部
にはなかなか現れてこない。このような現状は、ひいては持株会社および子会社の役員の
義務と責任が不明確となることに通じると考える。
会社法を含む企業法制は日本経済の活力向上の観点から企業の柔軟な組織再編成の道を
開いたが、組織再編成後の企業グループにおける運営の問題については置き去りにしてき
た感がある。持株会社が解禁されてから 10 年が経過した現在の状況は、持株会社の具体的
弊害がまだ潜在化している段階と言える。この具体的弊害が顕在化する前に、持株会社の
適正なガバナンスと子会社管理が確実に行われるような規整の導入が求められる。本稿は、
わが国において急速に普及しつつある持株会社について、そのガバナンスと子会社管理の
会社法上の諸問題について考察することにより、持株会社の適正な運営のための解決策を
提言することを目的としている。
筆者は、共同株式移転方式による保険持株会社の設立実務に携わるとともに、平成 16 年
から現在に至るまで、当該保険持株会社で企業法務の実務に従事してきた。これまでの持
株会社における実務を通じて得られた経験を法理論的側面から検証することで、新たな知
見を提供できれば幸いである。
Ⅱ. 本稿の構成と要旨
本稿の構成と要旨は、以下のとおりである。
1.持株会社グループの意義・性質(第1章)
本稿の提言を行う前提を確認するため、本章において、持株会社および子会社化の意義
および性質を明らかにする。
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まず、わが国における持株会社の禁止から持株会社の解禁および金融持株会社の解禁ま
での法制の変遷を辿った後、持株会社化を促進する法制等が導入され、現在、純粋持株会
社設立の動きが活発になっていることを明らかにする。
次に、持株会社形態は企業グループ運営の一環として位置付けられるとの認識の下、企
業グループの性質について検討した後、持株会社と投資法人およびベンチャー・キャピタ
ルとの異同を論じながら、持株会社の意義、すなわち子会社に対する資本的結合を通じた
継続的支配による子会社経営管理を営む会社が持株会社であることを述べる。また、子会
社化の意義として、完全子会社と少数株主の存在する子会社とを分けた上で、会社法上両
者にいかなる違いが生じるのかを論じ、さらに上場子会社独自の問題である投資家保護の
問題についても触れることとする。
これによって、子会社の態様によって、持株会社において会社法上発生する問題点に差
異があることを示す。そして、子会社化の機能として、事業部制・カンパニー制との差異
についても論じるとともに、持株会社のメリット・デメリットを考察し、なぜわが国にお
いて持株会社制度が増加しているのかを見る。
本章により、本稿がテーマとする持株会社に関する議論の実務的必要性が明らかとなる
とともに、一口に持株会社と言ってもみても、その子会社の態様まで含めると、各種各様
であることが示される。そのため、持株会社に対する規制を検討する際には、この持株会
社および持株会社グループの多様性を考慮しなければならないことが示唆される。
2.持株会社グループに対する規制(第2章)
次に、本章において、持株会社に対して課されている規制の現状を概観する。
ここでは、企業グループにおける会社という存在にいったん焦点を当てると、会社、特
に事業会社の構造的特徴が一定程度の変容を受けていることを示し、企業グループに対す
る会社法上の取り組みが必要であることを示す。そして、その対処として、わが国におい
て、企業グループに対する規制が、独禁法、租税法、倒産法等の分野に限られず、会社法
においても、法人格をベースに規制を行う「組織法」(entity law)から、法人格の枠を超
えて事業者が営む事業自体を実質的に捉えた上で規制を行う「事業者責任原則」
(enterprise
principle)を加味してなされるようになっている傾向を示す。たとえば、平成 17 年会社法
によって、「親会社」「子会社」概念が形式基準から実質基準に変更され、また、すべて
の大会社に対して義務付けられている内部統制システム構築義務(会社法 348 条 4 項、362
条 5 項、416 条 2 項)について、
「当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業
集団における業務の適正を確保するための体制」が項目として明記されている(会社法施
行規則 100 条 1 項 5 号)ことなどが挙げられる。しかし、会社法は、現在でもなお、あく
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まで単体ベースの規整となっている。また、持株会社には、子会社に対する指揮権等は法
律上付与されていない。
他方、本章では、持株会社が多く利用される分野である金融機関に対する規制法が、持
株会社に対してどのような規制を課しているのかについても取り上げる。ここでは、業法
のみならず、金融持株会社検査マニュアルおよび金融コングロマリット監督指針までをも
対象としている。この金融持株会社に対する規制を考察すると、金融持株会社は、行政規
制上の観点から、まさにグループを一体のものとして適切に管理・運営することが促され
ているように思われる。仮に、金融持株会社が業法および検査マニュアル・監督指針に則
った運営をしない場合、行政処分のリスクに曝されることになる。
このことから、金融持株会社は、単体ベースの規整を基本とする会社法上の権利を行使
するだけでは、金融持株会社として要請される経営管理をなしえない。そのため、金融持
株会社は、会社法上の権利行使による経営管理を超えた対応を迫られているといってよい。
そして、このことは、金融持株会社のみならず、金融持株会社に近い運営を行う純粋持株
会社、すなわち子会社の経営管理を主たる業務とし自らは直接事業に携わらない持株会社
一般におけるガバナンスおよび経営管理の手法に対しても一定程度影響を及ぼすものと考
えられる。
これらの考察により、わが国の会社法は基本的に単体ベースの規制となっているのに対
し、金融関係規制法は事業者が営む事業自体を実質的に捉えた「事業者責任原則」
(enterprise principle)を基本的に加味した規制になっていることを示し、金融関係規制
法に則って金融持株会社の経営を適切に行うためには、会社法が前提とする枠組みのみで
は不十分であることを論じる。このことから、実務上、金融持株会社は、会社法上の権利
行使による経営管理を超えた対応を迫られていること、そして、このことは、金融持株会
社のみならず、金融持株会社に近い運営を行う純粋持株会社一般におけるガバナンスおよ
び子会社管理の手法に対しても一定程度影響を及ぼすものと考えられることを論じる。
3.持株会社のガバナンス(第3章)
本章においては、まず、持株会社のコーポレート・ガバナンスとして、株主総会、取締
役会、監査役・監査役会における問題についてそれぞれ検討する。この中では、特に、持
株会社における取締役会の専決事項(会社法 362 条 4 項)が具体的に何であるのか、現状
の会社法からでは必ずしも明らかではなく、これをできるだけ明確化することに取り組む。
具体的には、以下のとおりである。すなわち、持株会社グループの実態は各社各様である
ため、一般論を定立することは困難であるが、純粋持株会社のように、それ自体としては
事業活動を行わず子会社の統括管理自体が定款所定の目的となっている場合、子会社の重
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要事項のうち、株主総会決議事項(取締役の選任・解任、事業の全部譲渡等)はもとより、
子会社における代表取締役の選定等の重要人事のほか、①重要な財産の処分及び譲受け、
②多額の借財、および、③支店その他の重要な組織の設置に関する事項で、持株会社にと
っても重要な意味を有するものは持株会社取締役会が決すべき事項であると解する。ただ
し、持株会社にとって重要ではない子会社における各事項については、持株会社の重要な
業務執行には当たらないと解されるため、この限りではない。
また、監査役の子会社調査権について、調査が権限濫用である等、正当な理由があると
きは、子会社がその報告・調査を拒むことできるとされている関係から(会社法 381 条 4
項)、持株会社の監査役が子会社を監査するための権限としてこの調査権は不十分である
ことを示し、持株会社監査役は、実務として、子会社監査役および内部監査部門との連携
の下に自らの監査業務を行う必要があることを示す。さらに、常勤監査役とは、会社の業
務が行われている間、監査役の業務に専念する義務を負う監査役を意味するとする通説に
よれば、同一人が持株会社の常勤監査役と子会社の常勤監査役を兼ねることができないと
いうことになり、実務上制約が生じることを示し、①子会社の支配・管理をもっぱら目的と
する純粋持株会社の場合、子会社側の情報を得なければ、およそ持株会社の監査を行い得
ないと考えられること、②持株会社と子会社の監査役の兼務であれば、他グループの会社
の監査役を兼務するのと異なり、精力分散となることはなく、むしろ両会社の監査業務に
資する場面が多いと思われること、③監査役は取締役の職務の執行を監査するのがその任
務であり(会社法 381 条 1 項前段)、かかる任務は親子会社の監査役を兼務していても、
特段の弊害はないと思われること、④IT技術の発展により、持株会社と子会社の監査役
監査の職務に同時に専念することは可能と考えられることにより、常勤の監査役とは継続
かつ一貫した監査を遂行するのに必要な時間を監査の職務に割り当てる勤務状態にある監
査役であるべきことを論じる。
次に、持株会社における法的問題の重要テーマである株主権の縮減を取り上げる。つま
り、持株会社の株主が真にその会社事業の支配に関与するといいえるためには、その議決
権の行使がこの従属的事業会社の活動に対して影響力を有しえなければならないはずであ
る。しかし、持株会社の株主の利益の源泉である子会社の事業活動にかかる子会社の意思
決定には、子会社の株主として持株会社の取締役がかかわる。持株会社の株主は、持株会
社の取締役の選任以外、実質的な会社意思形成に関与することができない。とりわけ、子
会社管理に直接関与することができない。したがって、株主とそのために事業活動を現実
に行う者との間に持株会社が介在し、持株会社の株主の利益の源泉に対する株主の地位の
脆弱化ないし権利の縮減の問題となるのである。ここでは、株主権縮減の具体的事例とし
て、平成 16 年に株式会社UFJ銀行が株式会社三菱東京フィナンシャル・グループに発行
した拒否権付優先株式を検討する一方、最近、子会社の株式譲渡を持株会社における重要
な事業譲渡と位置付けた上で、持株会社の株主総会における特別決議が行われている事例
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を挙げ、実務としても持株会社株主の権利縮減に配慮した取扱いが行われつつあることを
紹介する。
さらに、わが国の学説の状況、ならびに、米国における議論としてアイゼンバーグ教授
の議決権のパス・スルー理論、ドイツにおける状況として、ホルツミュラー判決、マクロ
トロン判決、ジェラティーニ判決などの連邦通常裁判所の判例も検討した後、持株会社に
おける重要な子会社の基礎的変更事項その他の重要事項については、原則当該持株会社の
株主総会の関与を義務づけるべきであることを提言する。具体的には、持株会社の重要な
子会社における他グループ会社への事業の全部譲渡および重要な一部譲渡、当該子会社へ
の他グループ会社からの事業の全部譲受、当該子会社の他グループ会社との合併、当該子
会社の他グループ会社との会社分割のほか、持株会社による当該子会社株式の他グループ
の会社に対する譲渡、子会社に対する支配権が実質的に他グループの会社に移動するよう
な拒否権付新株発行は、持株会社株主に実質的に重大な影響を及ぼすと思われるため、持
株会社の株主総会決議を要すべきであるとする立法論および解釈論を論ずる。また、持株
会社傘下の重要な子会社の支配権を他グループ会社に移動する場合のような、持株会社株
主にも実質的に重大な影響を及ぼすと思われるような募集株式の発行においては、持株会
社の株主総会決議を要するという立法を実現すべきであると考える。
なお、解釈論によって会社の権限分配が決せられるとするならば、会社実務にとって予
測不能の事態となり、ビジネス活動に重大な混乱を招来せしめると思われる。ホルツミュ
ラー判決を受けたドイツにおける実務がそうであったとも言われている。それゆえ、私が
主張した解釈論は、真に持株会社の株主を保護すべき事案にのみ限定すべきであり、ここ
で主張した提言は、基本的には立法的措置によって実現していくべきことを示す。
4.子会社管理(第4章)
本章においては、持株会社の子会社管理の方法を会社法上の側面から考察する。
持株会社の子会社経営管理の方法として、株主権の行使、子会社役員の派遣、子会社定
款における拒否権の規定化、事業の賃貸借・経営委任(会社法 467 条)、経営管理契約、
事実上に影響力の行使がある。このうち、実務上、持株会社は、会社法上の権利行使によ
る経営管理だけではなく、経営管理契約を子会社と締結することにより各種の規制をクリ
アしようとしているといえる。すなわち、現在の法制下において、持株会社は、子会社の
同意のもと、事前協議等という交渉を行うことなどによって、子会社重要事項の承認権限
を得た上でグループ経営を行っている。このようなグループ内の交渉は、企業グループ内
部で処理され、その実態はなかなか外部には露見されない。
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ところで、現在、完全親会社に一定の責任を課した上で指揮権を付与する立法提案がな
されている。これについては、仮にこの立法提案が実現したとしても、多くの持株会社は
この指揮権を定款で排除すると思われる。その理由は、企業グループの運営にフォーマル
な権限を付与されることにより責任を負わされるよりも、インフォーマルなまま責任の所
在を曖昧にした方が企業経営者にとり好都合であるからである。
このように考えると、まず規制すべきは、現在持株会社グループで締結されている経営
管理契約である。この点、本稿では、立法的提案として、①子会社重要事項の委任を内容
とする経営管理契約の締結には、子会社の株主総会の承認が原則として必要であること(会
社法 467 条 1 項 4 号)、他方、持株会社においては、経営管理契約の締結によって持株会
社が子会社の経営リスクを引き受けるものでないのであれば、会社法 362 条 4 項の「重要
な業務執行」の該当性に応じて、取締役会または代表取締役等の決定で経営管理契約を締
結することができると解すること、②経営管理契約は少なくとも年1回、その継続につい
て、子会社の取締役会による承認決議が義務付けられることが望ましいこと、③経営管理
契約(経営管理料の設定を含む)の締結を株主総会に付議する子会社取締役会決議、およ
びその更新を決議する子会社取締役会決議の公正性を確保するため、両決議に当たっては、
持株会社から派遣された取締役を特別利害関係人(会社法 369 条 2 項)と解して議決から
除外すること、④当該両決議が十分かつ合理的な情報に基づいてなされることを担保する
ため、持株会社より子会社取締役会に対して、当該経営管理契約及び経営管理料の内容お
よびその合理性等について情報を提供させることのほか、⑤経営管理契約の内容・概要に
ついて、事業報告の内部統制システム構築の基本方針(会社法 348 条 4 項、362 条 5 項、
416 条 2 項)のうち、「当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団におけ
る業務の適正を確保するための体制」の一内容としてディスクローズ(会社法施行規則 100
条 1 項 5 号・112 条 2 項 5 号)せしめることを提言した。これによって、持株会社および
子会社の株主・投資家・債権者が不測の事態に見舞われるおそれを一定程度払拭すること
ができると考える。
また、子会社役員の派遣について、わが国会社法は、兼任取締役に対して、主に開示規
制を有するに留まり、一般的な利益相反取引規制・競業取引規制が限定的な場面において
兼任取締役の忠実義務の問題を処理しようとしている。当然のことながら、利益相反取引
規制または競業取引規制が適用される場面であっても、当該取引が禁止されるわけではな
く、法定の手続を経れば有効にこれを行うことができ、規制としては緩やかなものといえ
る。
これに対して、米国の州会社法は、両社間に兼任取締役・兼任役員がいる場合、忠実義
務の観点から、兼任取締役および他の取締役との間で各々の取締役の利害関係をチェック
し、取引の内容が公正かつ合理的なものか否かについて検証している。忠実義務の観点か
ら公正取引義務について特に規制を設ける米国の規制をそのまま導入することにはより深
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い検討が必要であるが、持株会社形態を始めとしたグループ経営が幅広く行われているわ
が国において、兼任取締役の存在が一般化していることに鑑みると、わが国のグループ会
社間取引における公正性を確保する観点から、米国州会社法のような取引規制をわが国に
導入することも十分検討に値するものと思料する。
5.持株会社取締役等の義務と責任(第5章)
本章では、平成 17 年会社法において一般に取締役会の決定事項とされ、大会社および委
員会設置会社において必要的決定事項とされる内部統制システム(会社法 362 条 4 項 6 号・
5 項、416 条 1 項 1 号ホ)を契機として、持株会社の取締役が具体的にどの程度まで子会社
の内部統制システムを構築しなければならないかが問題となるが、これについてはケース
バイケースで判断せざるを得ない部分が多く規範化するのは容易ではないものの、持株会
社の取締役は、自社の利益増大の義務に照らして、持株会社の利益となる施策を、子会社
に対して、株主としての権利に基づいて、または、事実上の影響力を行使して実施すべき
ことが義務付けられていることを述べる。
また、持株会社が多く利用されている金融持株会社の取締役の注意義務についてもここ
で検討する。すなわち、金融機関取締役の注意義務に関する議論を踏まえると、金融持株
会社取締役の任務懈怠・注意義務の判断には、金融持株会社業務、つまり子銀行・子保険
会社およびその他の子会社の経営管理ならびにこれに附帯する業務に同じ知識を持つ企業
人を判断基準として、その業務に関して個別法令または善管注意義務違反の判断に際し、
個別法令の趣旨が考慮され、その基準に従い過失の有無が判断されるべきであると考える。
そして、金融持株会社取締役の注意義務を検討するに当たっては、金融持株会社取締役は、
当該業務に関連する銀行法または保険業法という業法違反や、場合により金融持株会社検
査マニュアル・金融コングロマリット監督指針といった監督官庁の指針(ガイドライン)
などが考慮されることになるであろう。以上より、金融持株会社の取締役の注意義務が、
それ以外の一般的な持株会社取締役に比べて高度のものが課されていると解すべきことを
論じる。
次に、親会社の責任を肯定する学説の理論的根拠(①親会社を子会社の事実上の取締役
として考える立場、②親会社が子会社および子会社少数株主に対して忠実義務・誠実義務
を負っていると考える立場、③不文の原則である出資返還禁止原則の違反(隠れた剰余金
の配当)として親会社が不公正な利益返還義務を負うとする立場、④株主権行使に関する
利益供与禁止規定(会社法 120 条)を適用する立場、⑤親会社の取締役が第三者の債権侵
害に基づく不法行為責任を負うとする立場)についてそれぞれ考察する。
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その後、裁判例を検討する。持株会社および持株会社の取締役の責任を追及した裁判例
自体、あまり多くないことから、持株会社取締役の子会社取締役責任追求の懈怠に関する
りそなホールディングス事件(大阪地判平成 15 年 9 月 24 日判時 1848 号 134 頁)以外は、
持株会社ではない親会社と子会社間の裁判例を取り上げる。ここでは、子会社を救済した
場合の親会社取締役の責任に関する裁判例として、福岡魚市場事件(福岡高判昭和 55 年 10
月 8 日高民 33 巻 4 号 341 頁)および東京都観光汽船株主代表訴訟事件判決(最判平成 12
年 9 月 28 日金判 1105 号 16 頁)等を紹介する一方、子会社の倒産と親会社取締役の責任
に関する裁判例として、三井東圧事件(東京地判昭和 60 年 4 月 19 日金融・商事判例 739
号 31 頁)を紹介する。本稿で紹介したいくつかの裁判例は、基本的に親子会社の法人格の
別を重視し、特段の事情がない限り、親会社取締役の責任を追及しない方向で結論を下し
ているように思われるところ、体系的な企業結合法制がいまだ存在しないわが国において
は、妥当な結論であると思料する。持株会社および持株会社取締役の責任に関し新たに立
法を検討する際には、理論的側面に関する検討はもとより、これまでの親子会社取締役の
責任に関する裁判例を参考にすることが肝要と思われることを論じる。
さらに、持株会社の子会社取締役に対する責任の追及方法として、米国で判例法上認め
られている多重代表訴訟についても考察する。米国において、多重代表訴訟を許容すべき
理論上の一致した見解を見出すことは困難であるが、多重代表訴訟を否定する見解を近時
の米国において見出すことも困難であるという。持株会社と子会社の間においては、持株
会社取締役と子会社取締役の責任追及がなされない可能性が高い一方、子会社取締役の責
任を追及しない持株会社取締役の責任を追及することは実際上困難であり、子会社の損害
が回復されないおそれが高い。そこで、損害の填補や違法行為を行った者に対する責任追
及を必要と考える者が原告となり、当該損害に直接に責任のある者が被告となるような訴
訟形態である多重代表訴訟を認めることが、持株会社株主の子会社監督是正権の縮減を回
復することになり、望ましいと思われる。また、その導入方法は、手続の透明性を確保す
る観点から、提訴株主が親会社と子会社の両方に提訴請求を行う必要があるか等という点
について疑義を生ぜしめいないよう、立法により明確化する必要がある。以上から、ここ
で多重代表訴訟がわが国に立法化されることを提言する。
6.今後の課題(結章)
本稿の残された主な課題は、次の 3 点である。
第 1 に、本稿で提案した各主張が今後のあるべき企業結合法制全体の中でいかなる位置
づけを占めるものであるか、特に持株会社以外の親子会社関係にも有効に適用されるべき
ものであるかを明らかにすることである。昨今、企業結合法制に関する有力な著作・論文
が徐々に公表されつつあり、企業結合法制に関する議論の高まりが再びみられる。あるべ
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き企業結合法制については数多くの主張が百花繚乱の状況にあり、各論点について定まっ
た方向性を得るにはいまだ至っていないように思われる。今後、企業結合法制についての
議論が深まるに従い、本稿の各主張をさらに改善するとともに、企業結合法制全体の枠組
みの中でその有効性を検討していかなければならない。
第 2 に、企業結合法制における責任論をより具体的に提示することである。本稿では、
持株会社におけるあるべきガバナンス体制について考察することに主眼を置いていたため、
持株会社等の取締役の責任についてこれまでの判例・学説を整理することに留まり、自説
の展開は必ずしも十分ではなかった。あるべき企業結合法制とは、ガバナンス的なアプロ
ーチと責任論によるアプローチが車の両輪となってはじめて機能するものと考える。した
がって、今後、持株会社等の取締役の責任、ひいては企業グループにおける親会社・子会
社の各取締役の責任について、自説を深く掘り下げていきたい。
第 3 に、金融持株会社とそれ以外の持株会社との共通性および差異性について、検討す
ることである。金融持株会社は、本稿も述べたとおり、持株会社制度が多く利用されてい
る分野であるとともに、業法規制によってある程度強行的に画一的な運営が行われている。
これに関連して、業法規制が会社法上の取締役の義務と責任にいかなる影響を与えるのか
について、さらに考察が必要である。たとえば、米国においては、銀行株主の二重責任
(double liability)、力の源泉理論(source of strength)、相互保証条項(Cross-Guarantees
Provision)、連邦預金保険公社改善法(FDICIA)の早期是正措置というように、銀行株
主および銀行持株会社の義務・責任が強化されてきた歴史がある。わが国の銀行法・保険
業法による業法規制が銀行持株会社・保険持株会社の取締役の義務・責任にいかなる作用
を及ぼすのか、本稿では、金融持株会社取締役の注意義務は、それ以外の一般的な持株会
社取締役に比べて、高度のものが課されていると解されるという一般論を提示したにとど
まった。この点について、さらに具体的な検証が求められる。
今後、企業グループ法制についての議論が期待されるところであるが、持株会社に関す
る考察を抜きにして企業グループ法制に関する検討はなしえない。あるべき企業グループ
法制について、本稿で提示した提案が実現することを期待したい。
以上
10
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