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商行為法に関する論点整理

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商行為法に関する論点整理
[商行為法 WG 最終報告書]
商行為法に関する論点整理
(第504条~第558条,第593条~第596条)
2008年3月31日
商行為法WG
(東京大学
山下友信)
(京都大学
洲崎博史)
(東京大学
藤田友敬)
(学習院大学
後藤
元)
【前注】
(1)以下の検討は,民法(債権法)の想定される改正に際して商行為法の規定についてい
かなる調整が必要かという観点から行ったものであり,商行為法ないし商法全体の立法論
的あり方について根本的に検討しているわけではない。例えば,商法の適用範囲を画する
基本概念である商人および商行為の概念自体については,根本的な検討が必要であり,そ
の結果如何では,以下の検討結果にも影響が及ぶことがありうる。
また,以下の検討は,民法のうちでも債権法の改正に対する商行為法の規定の調整とい
う観点からのものであるので,担保物権に関する商法515条(契約による質物の処分の
禁止の適用除外)および商法521条(商人間の留置権)については検討していない。
(2)以下において,「一般法化」とは,商人・商行為という要件をはずして規定を民法に
移すこと,
「統合」とは,何らかの要件(商人性・事業者性・有償性等)を付加した上で民法
に組み入れることをいうものとする。
事業者の意義については,現段階では,消費者契約法(2条2項)の事業者のようにあ
らゆる法人や事業をする個人を含むというような広いものとするのではなく,各種の協同
組合など企業者性のつよい法人を念頭に置いているが,具体的な範囲についてはいまだ詰
められているわけではない。事業者の範囲が協同組合などかなり限定的なものであるとす
れば,商人性・事業者性の要件を付加した上で民法に統合するという立法的解決ではなく,
商法の規定として存置した上で事業者にも適用されるという立法的解決も考えられる。
(3)特定の典型契約に関する規定を設けるとして,それを民法に置くか商法に置くかにつ
いての基本的な考え方を整理する必要があるが,商法には「業」として行われるのが実際
上も通例であり,法律の規定も業に即した規定とすることがふさわしい契約類型について
の規定を置くというのが一つの考え方でありうる。なお,この点については,後述【仲立
営業・問屋営業・場屋営業の規整の在り方・前注】で詳しく検討する。
【文献略記例】
西原寛一『商行為法(増補第3版)』(有斐閣,1973年)(「西原」)
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[商行為法 WG 最終報告書]
石井照久=鴻常夫『商行為法』(勁草書房,1978年)(
「石井=鴻」
)
平出慶道『商行為法(第2版)』(青林書院,1988年)
(「平出」)
江頭憲治郎『商取引法(第4版)
』(弘文堂,2005年)
(「江頭」)
第2編
商行為
第1章
総則
(商行為の代理)
第 504 条
商行為の代理人が本人のためにすることを示さないでこれをした場合であっ
ても,その行為は,本人に対してその効力を生ずる。ただし,相手方が,代理人が本人の
ためにすることを知らなかったときは,代理人に対して履行の請求をすることを妨げない。
○民法の代理に関する顕名主義の例外として非顕名代理を定める本条の規定の立法論的な
あり方は商法固有の問題であるが,その前提では,以下のような選択肢があると考えられ,
今後各方面からの意見を仰ぐ必要がある。
A案
最判昭和 43 年 4 月 24 日民集 22 巻 4 号 1043 頁の判示をリステイトした規定に改
める。
B案
上記最判のような相手方に契約当事者を本人とするか代理人とするかの選択肢を
与える解決とは異なる別の規定に改める。
C案
本条を廃止する。
(1)本条は,商行為の便宜のために英米法上の undisclosed principal の法理を参考にし
て民法の代理の顕名主義の原則に対する例外を規定したものであるが,かつては,商行為
の代理といえども顕名主義の例外を認めることは立法論としては適切でないとして,廃止
すべきであるという意見が商法学説上は有力であった。しかし,前掲最判により一応の判
例法理が確定されたことなどもあり,最近の学説では本条を廃止すべきであるという意見
が多数を占めるとはいえない状況となっている。もっとも,商取引の実務において本条の
非顕名代理がどのように利用されているのかは必ずしも明らかでなく,本条が立法論的に
きわめて合理的であるという実証もされていないと思われる。以上を踏まえて,上記のと
おり3つの選択肢を提示するものである。
(2)A案の選択肢をとる場合には,大要以下のような規定となると考えられる。
①
商行為の代理人が本人のためにすることを示さないで行為をした場合であっても,
その行為は,本人に対して効力を生ずる。(現行 504 条本文と同じ)
②
①の場合において,代理人が本人のためにすることを知らなかったときは,相手方
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[商行為法 WG 最終報告書]
は,その選択により,本人又は代理人のいずれか一方に対して履行の請求をすること
ができる。ただし,相手方において,代理人が本人のためにすることを知らなかった
ことにつき過失がある場合は,この限りでない。
③
②の規定により,相手方が代理人に対して履行の請求をすることを選択したときは,
本人は,①の効力を主張することができない。
A案は,善意の相手方が本人と代理人のいずれを当事者とするかを選択することができ
るという判例の採用した解決を合理的なものとして評価し,その内容を本条で明文化しよ
うとするものである。
A案に対しては,相手方に選択権を認めるという構成をとることに伴い解決困難な解釈
問題が生じてくること(本人が相手方に対し債務の履行を求める訴えを提起し,その訴訟
の係属中に相手方が債権者として代理人を選択したときに,本人の請求は上記訴訟が係属
している間,代理人の債権につき催告に準じた時効中断の効力を及ぼすとする最判昭和4
8年10月30日民集27巻9号1258頁参照。同最判については,結論は妥当である
が,理由付けについては相当に無理をした解釈であると評されている。江頭253頁),相
手方に選択権を認めるという解決では相手方を過度に有利な立場に置くことになること,
などの問題が指摘される。
(3)B案の選択肢をとる場合には,大要以下のような規定となると考えられる。
①
商行為の代理人が本人のためにすることを示さないで行為をした場合であっても,
その行為は,本人に対して効力を生ずる。(現行 504 条本文と同じ)
②
①の場合において,代理人が本人のためにすることを知らなかったときは,相手方
は,代理人に対して履行の請求をすることができる。(現行 504 条ただし書と同じ。前
掲最判のように相手方の選択を認めるものではない)
③
①の場合において,代理人が本人のためにすることを知らなかったときは,相手方
は,本人からの権利の行使に対して,代理人に対して主張することのできる抗弁事由
を主張することができる。
なお,相手方に代理人が本人のためにすることを知らなかったことについて過失があっ
た場合に②③の適用がないこととすべきかについても検討する必要がある。
B案は,本条の非顕名代理に存在意義がある(ないわけではない)とする前提で,A案
の上記問題を回避しつつ,相手方の正当な利益を保護するために必要な内容を具体化する
規定として提案されているものである(森本滋「商法504条と代理制度」
『林良平先生還
暦記念・現代私法学の課題と展望・中巻』295頁(有斐閣,1982年),江頭252頁
の解釈論を明文化しようとするものである)。
(4)C案は,本条を利用する取引が行われている例は実務上ほとんどないと見られること,
とりわけ判例のような解決は相手方を過度に有利な地位につけるものであるという問題が
あること,商取引に関して代理が行われる場合に代理人が本人を顕名しないで取引がされ
ることは考えにくいこと,非顕名で代理行為が行われた場合でも本人が相手方との法律関
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[商行為法 WG 最終報告書]
係を主張するのが適切である場合については民法100条ただし書の解決で十分であるこ
と,などを理由とするものである。
(5)いずれの解決が望ましいのかの決定には,取引の実情をさらに広く調査することが必
要である。
(商行為の委任)
第 505 条
商行為の受任者は,委任の本旨に反しない範囲内において,委任を受けてい
ない行為をすることができる。
○「商行為」の限定を外して一般法化することで問題ない。
本条の従来の解釈では,
「委任を受けていない行為」は拡張的にとらえられるものではな
く,本来は委任の範囲に属すべき行為を意味していると考えられていたものである。従っ
て,
「委任の本旨に従って行為することができる」とだけ書いた場合よりも受任者が行為で
きる範囲を拡大するというような趣旨を含んではいないと考えられる。
そうであるとすると,本条は,ある行為が商行為であるかどうかにかかわらず,契約の
趣旨からみて当然の内容を規定しているものであり,商行為という限定が外される形での
一般法化が行われる限りにおいて,その一般法化には問題はないと考えられる。
(商行為の委任による代理権の消滅事由の特例)
第 506 条
商行為の委任による代理権は,本人の死亡によっては,消滅しない。
○民法において代理権が本人の死亡によっては消滅しないことがありうるとする規律をど
のように具体化するかにもよるが,適切な定型的要件を確定した上で商法に代理権が消滅
しない場合に関する特則を設けることは十分検討に値する。
民法上は,原則として本人の死亡によって代理権が消滅するが(民法111条1項1号),
判例上は例外が認められており,代理権授与の趣旨に照らして柔軟に解釈していく余地が
あり,さらにその趣旨を明文化することが考えられるところである。しかし,本条を削除
して,例えば「代理権授与の趣旨に即して」代理権が消滅するか存続するかを判断すると
いうような民法上の一般的規定の解釈に委ねるとした場合には,代理権の帰趨が不確実で,
相続人としても取引の相手方としても判断が困難になるおそれがある。したがって,代理
権が消滅しないこととなるという一定のカテゴリーが認められることが必要であると考え
られる。本条は,外部関係を主として念頭に置いた規定であり,表見代理が適用されるま
でもなく代理が有効となる点に意味がある。
代理権が消滅しない一定のカテゴリーを考える上で,本条が実質的に意義を有する場面
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[商行為法 WG 最終報告書]
としては,個人商人において営業主が死亡した場合に,使用人や代理商を用いて代理をさ
せていたとき,そのまま営業を続けられるという点が上げられる。このような場合を超え
て商行為の委任一般にこの効果を認める必要はあるのかは疑問であり,委任する行為自体
が商行為である場合に適用範囲を限定するという解釈がされている(平出111頁)。具体
的には,個人商人が商業使用人や代理商に対して営業上の行為の委任をするような場合で
あり(この委任は,附属的商行為に該当することになると考えられる),このような商業使
用人のケースなどを念頭に置いた限定をした上で本条を維持することが望ましいと考えら
れる。
ただし,営業のための行為すべてについて代理権が存続するということが適切でない場
合も考えられる。たとえば,一回限りの高額の取引や,営業主の死亡により営業が廃止さ
れるべき場合などについては例外を設けることが検討される必要がある。しかし,このよ
うな例外を規定するものとすると代理権が存続するか否かが不明確になるという問題も生
ずる。
商人以外の事業者にも本条の適用範囲を拡大した上で民法に統合することも考えられな
くはないが,本条の適用対象が実質的に個人商人に限られるものとすれば,事業者につい
ても個人事業者に実質的に限られることになろう。医者や弁護士のような者が個人事業者
としてまずは想定されるが,そのほかにどのような個人事業者がありうるかを考えながら
統合の可否を検討すべきであろう。
(対話者間における契約の申込み)
第 507 条
商人である対話者の間において契約の申込みを受けた者が直ちに承諾をしな
かったときは,その申込みは,その効力を失う。
○一般法化することで問題はない。
(隔地者間における契約の申込み)
第 508 条
商人である隔地者の間において承諾の期間を定めないで契約の申込みを受け
た者が相当の期間内に承諾の通知を発しなかったときは,その申込みは,その効力を失う。
2
民法第 523 条 の規定は,前項の場合について準用する。
○一般法化することで問題はない。
現在の民法の規律(民法524条)では,本条のようなケースは申込みが当然には効力
を失わずに撤回可能な状態のまま存続することになる。しかし,撤回可能な状態も,一定
期間継続すると申込みの効力が失われると解されるので,結局は申込みが効力を失うまで
の期間の問題ということになる。そうなると,承諾の通知が発信されない「相当の期間」
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[商行為法 WG 最終報告書]
が,商人の場合には商人でない者の場合とは異なることもありうるという解釈ができるの
であれば,本条の規定の一般化を行なうこともできると考えられる。
(契約の申込みを受けた者の諾否通知義務)
第 509 条
商人が平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けた
ときは,遅滞なく,契約の申込みに対する諾否の通知を発しなければならない。
2
商人が前項の通知を発することを怠ったときは,その商人は,同項の契約の申込みを
承諾したものとみなす。
○契約締結上の過失についての民法改正の方向を踏まえて,本条の要否について検討すべ
きである。
(1)本条が実際に裁判例で問題となっているケースには,承諾が行なわれたと合理的には
予想され得ないケースで本条の適用を否定したものが多いが,そうであるからといって本
条を削除してしまってよいものかは,なお慎重に検討する必要がある。契約が成立したと
信頼してしかるべき場合であるが,黙示の承諾が認定できない場合というものはあり得る
のであって,そのような場合については本条が存在することの意味は少なくないと考えら
れる。
もっとも,現在の本条の規定自体には,承諾の意思表示があったものとみなされる場合
が広すぎることになるという批判があり,また実際上も本条を規定の文言通りに適用して
いるわけではない(江頭10頁は,申込みの内容が条件等の点で合理的か否か等の要素を
勘案し,申込みに対する沈黙が承諾を意味すると当然に予想される類型の取引にのみ適用
を限定すべきものとする)。そうであるとすると,本条の現在の要件をさらに適切に限定し
た上で,本条を維持することが考えられる。
本条の要件のあり方としては,
「平常取引をする者」から「商人の営業の部類に属する契
約の申込みを受けたとき」という要件を,例えば,
「商人の営業の部類に属する継続的な取
引関係にある者」から「当該取引関係に属する契約の申込みを受けたとき」とすれば,裁
判例で本条の適用を肯定する場合を概ねカバーすると考えられる。
本条の適用対象を事業者のうちの一定の者に拡大することも検討に値する。
(2)他方で,本条が適用の対象として想定しているのは,承諾の意思表示がなく契約は不
成立であるが,当事者間の交渉の状況から申込者において契約が成立したものと信頼して
しかるべき場合の問題であるから,これは契約締結上の過失の問題として考えることもで
きる。このように契約成立が当然に期待されるような場合について履行利益の損害賠償も
認められることを民法上規定するならば,本条のような規定はもはや必要ではなくなり,
むしろ,契約成立の有無という形よりも柔軟な解決が実現できるとすれば,そのような規
律の方が望ましいとも考えられる。
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[商行為法 WG 最終報告書]
(契約の申込みを受けた者の物品保管義務)
第 510 条
商人がその営業の部類に属する契約の申込みを受けた場合において,その申
込みとともに受け取った物品があるときは,その申込みを拒絶したときであっても,申込
者の費用をもってその物品を保管しなければならない。ただし,その物品の価額がその費
用を償うのに足りないとき,又は商人がその保管によって損害を受けるときは,この限り
でない。
○民法において商人を含む事業者に関して適用される一般規定として申込みを受けた当事
者に物品の保管義務を負う旨の規定を設けることは検討に値する。
現在の本条の解釈では,保管に際しての義務の程度は善管注意義務ということになって
いるが(平出126頁),継続的に取引関係がある場合には適当だとしても,それ以外の場
合にも善管注意義務を負うということでよいかについては,改めて考える必要がある。本
条が妥当すべき場合として,継続的な取引関係が当事者間に存在する場合に限定する必要
はないが,そのようなものが送られてくることを当然予測すべき状況があったり,そのよ
うなものが送られてくる取引慣行などがあったりすることなどが必要であると考えられる。
この点について,現在の商法の規定では,商人の「営業の部類に属する契約」と規定し
ており,適用範囲をある程度絞り込むことが可能である。しかし,民法に一般法化すると
いうことになると,
「営業の部類に属する契約」という形での限定は難しいため,どのよう
にして適用範囲を画すべきかについて考える必要がある。商人以外の事業者にも適用範囲
を拡大して一般法化する場合には,そのことも含めて要件を定める必要がある。
他方で,保管義務の程度を善管注意義務よりも軽減し,かつ保管義務を負うことが相当
ではないと考えられるような場合については義務自体を負わないとするような手当てを施
して,民法への一般法化することも考えられる。ただし,このように一般法化した場合に
おいては,それでもなお一定の場合に善管注意義務を負うべき場合があるとすると,適用
範囲を限定しつつ商法で要件を定型化した何らかの規定を置くということも考えられる。
(多数当事者間の債務の連帯)
第 511 条
数人の者がその一人又は全員のために商行為となる行為によって債務を負担
したときは,その債務は,各自が連帯して負担する。
2
保証人がある場合において,債務が主たる債務者の商行為によって生じたものである
とき,又は保証が商行為であるときは,主たる債務者及び保証人が各別の行為によって債
務を負担したときであっても,その債務は,各自が連帯して負担する。
1
本条1項
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[商行為法 WG 最終報告書]
○本条1項の規定は,一方の当事者の全員が共同事業として行為をする場合に限って連帯
債務とする規定に改めるべきであり,かかる規定は民法の組合の規定の中で営利目的で共
同事業を行う組合等の特則として置くことも検討に値する。
本条1項は,旧商法に置かれた規定を受け継ぐものであるが,旧商法のこの規定は,ド
イツ旧商法およびイタリア商法を参考にしたものとされているところ,両国とも現行法で
はかかる規定は置かれていない。
当事者の一部の者にとってのみある行為が商行為となる場合に,債権の効力を連帯債務
として強化することが一般的に合理的であるという取引実態はないのではないかと考えら
れる。相手方当事者としては,必要があれば,連帯債務とする特約をすれば足りるので,
本条1項のような広い範囲で商行為を連帯債務とする立法は適切ではないと考えられる。
これに対して,当事者が全員商人であって,かつ一回限りの行為ではなく,共同事業と
して行為をする場合については,黙示の連帯債務とする意思表示を認めることが可能な場
合も少なくないであろうが,デフォルト・ルールとしても連帯債務とすることを規定する
ことには合理性があると考えられる。もっとも,これに対しては,民法の組合の規定にお
いて組合の事業から生ずる債務が組合員に分割債務として帰属するという原則が維持され
るものとすると,その民法の原則との関係が問題となる。この点については,組合の目的
が共同事業をすることである限りでは,民法上も組合員の債務は連帯債務とするというこ
とも考えられ,その点の検討を待つ必要がある。その際には,このような連帯債務とされ
る場合を商人のみが構成する営利目的の組合に限るのか,営利以外の事業目的の組合にも
拡大されるのかについても検討する必要がある。民法でそのような立法が難しいというこ
とであれば商法に規定を設けることになろう。
2
本条2項
○本条2項の適用される場合のうち「保証が商行為であるとき」については,債権者にと
って保証が商行為となるときを含まず,保証が保証人にとって商行為となるときに限り適
用されるものと改めるべきである。そのほか,本項の適用される要件については再検討の
余地がある。
(1)本条2項前段は,債務が主たる債務者の商行為となる行為によって生じたものである
ときは,保証は連帯債務となるが,このように主たる債務が商行為であるというだけで保
証を連帯保証とすることについては適切でなく,保証人が商人の場合に限るべきであると
いう意見があるが(平出136頁),実務の実情としては,主たる債務者が商人である限り
では,保証人が商人でない場合でも連帯債務としないことはあまり想定できないので,デ
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[商行為法 WG 最終報告書]
フォルト・ルールとして維持することでもよいのではないかと考えられる。
(2)本条2項後段は,「保証が商行為」であれば足りるとされている。そのため,銀行が
債務者に対して融資をするに当たり商人でない者から保証を受ける場合にも,銀行にとっ
て保証が商行為となるため本条2項の適用があることとなるが,このような規律に合理性
があるかはかねてから議論があるところである(平出132頁)。本条2項に対応するドイ
ツ商法(349条)でも,保証が保証人にとって商行為となる場合に限り,連帯保証とな
るものとしており,本条2項も同様とすべきである。
(3)信用組合や協同組合が商人でないという現在の通説・判例によると,例えば,信用組
合が商人でない個人に融資して,それを個人が保証すれば本条2項後段の適用はないこと
となるが(上記の銀行の場合と異なる),会社が保証した場合には適用があることになると
いうバランスの悪い結果となる。
これらの問題については,
「事業」概念を設けて本条2項を民法に統合するという解決す
るという方法も考えられる。
なお,本条2項にいう「各別の行為」についても,主債務者と保証人の債務の負担が各
別の行為になるのは当然であり,保証債務が主債務と同時に発生しない場合も含むという
趣旨を明確化すべきである。
(報酬請求権)
第 512 条
商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは,相当な報
酬を請求することができる。
○本条の内容を民法で一般法化することは困難であるが,本条の適用範囲を商人に加えて
事業者に拡大することの当否を検討した上で,拡大するとすれば民法に統合することも検
討に値する。
なお,本条と商法513条2項は,同一の立法趣旨に基づく規定であるので,両者一体
として検討すべきである。
(1)民法において,委任契約や事務管理について一般原則として有償とすることは難しい
と考えられるので,民法に本条に相当する規定を設けるとすれば,何らかの限定的な要件
を設定した上で,委任・請負・寄託などいくつかの契約類型等に分散して規定を設けるこ
とが想定される。しかし,民法の契約類型ごとに個別に本条のような規定を設けることと
すると,民法で漏れなく適切に規定を設けることができるかという問題がある。
現行の本条は,規定内容が柔軟であることもあり,適用事例も少なくなく,存在意義の
ある規定であることからすると,民法にデフォルト・ルールとして規定を設けることが困
難であれば,商法に存置することが望ましいと考えられる。ただし,事業者の概念を適切
に整理するという前提では,商人以外の事業者にも本条の適用範囲を拡大することは考え
9
[商行為法 WG 最終報告書]
られ,その場合には本条を民法に統合する余地もある。
本条の「営業の範囲内」は,
「事業の執行につき」といった要件よりも狭く解釈されてい
る。また,「営業の範囲内」の解釈というより「行為をした」の解釈の問題ともいえるが,
単なるサービスではなく,有償のサービスと評価し得るようなことをしたものでなければ
ならないということで解釈・運用がされている。商法に本条を存置する場合には,これら
のことを踏まえて,現行の本条の要件が適切なものか否かを検討する必要はある。
本条の適用の有無が争われることが多い不動産取引の仲介取引において,仲介業者は委
託を受けない当事者からも報酬の支払を受けることができるかという問題に関して,判例
は本条を根拠に報酬請求が認められる余地があるとするが(最判昭和44年6月26日民
集23巻7号1264頁),かかる問題は,仲立取引における報酬請求権のあり方の問題と
して検討すべきものである。
(2)本条と商法513条2項は,商人の営利性に鑑みて商人が営業のためにする行為につ
いての有償性を認める趣旨の規定であるので,本条と商法513条2項とは一体として検
討する必要がある。なお,ドイツ商法354条は,1項で委任や寄託についての報酬請求
権,2項で消費貸借,前払い,立替などの利息請求権を規定しているのが参考となる。
(利息請求権)
第 513 条
商人間において金銭の消費貸借をしたときは,貸主は,法定利息(次条の法
定利率による利息をいう。以下同じ。)を請求することができる。
2
商人がその営業の範囲内において他人のために金銭の立替えをしたときは,その立替
えの日以後の法定利息を請求することができる。
1
本条1項
○本条1項についても,商法512条および本条2項と共通に,商人の営利性に基づく有
償性の原則を定めるものとし,商人がその営業の範囲内で他人に金銭の消費貸借をしたと
きに法定利息を請求することができるものとすることが考えられる。商人以外の事業者に
も本条の適用対象を拡大して民法に統合することも検討に値する。
民法上の消費貸借には友人間の貸借のごときも含まれることから,民法上の原則として
貸主が利息を請求することができることとするのは難しい。そうすると,消費貸借の有償
性の原則を定める本条1項は存在意義がある規定であるということができる。
もっとも,本条1項が,商人間で消費貸借がされたことという要件で法定利息の請求権
を認めることについては,本条2項においては,商人がその営業の範囲内において他人の
ために金銭の立替えをしたことという要件の下で法定利息の請求権を認めていることと平
仄が合っていないという問題がある。本条1項が本条2項と要件を異にしていることの合
10
[商行為法 WG 最終報告書]
理的な理由は本条の沿革上も見出しがたいので(『商法修正案参考書』243頁~245頁
は,本条1項は旧商法333条および同592条を受け継ぐものと説明するが,旧商法3
33条は,費用,立替金,前貸金等の請求をすることができる者は弁済すべき日から利息
を請求することができる旨を定め,旧商法592条は,消費貸借においては原則として取
引の性質により定まる慣習上の利息を請求することができる旨を定めていたものである),
商人が営業の範囲内で行う消費貸借と他人のためにする立替え,前払等について共通に商
人の利息請求権を規定するドイツ商法354条2項にならって,消費貸借についても本条
2項と共通に商人がその営業の範囲内で行う消費貸借について貸付の日からの利息請求権
を認めることとすることが合理的である。
もっとも,そのように規定を改めた場合には,商人でない者から商人がその営業の範囲
内において貸付を受けたときに,貸主の利息請求権は特約がなければ認められないことに
なるが,商人が貸付を受ける限りでは,貸主が商人でなくとも商人の営利性からは利息の
支払義務を認めることにも十分の合理性はあるともいえる(平出98頁)。しかし,商法5
12条や本条2項と本条1項を共通の趣旨の規定とすれば,商法512条や本条2項につ
いて商人が営業の範囲内で義務を負う場合にも有償性の原則を規定すべきであるという意
見は従来からも必ずしも有力とはいえないところであるので,本条1項についても商人が
貸付を行う場合について規定するのにとどめるのが合理的である。
本条1項についても,商人以外の事業者に適用対象を拡大して民法に統合することも検
討に値する。
2
本条2項
○本条2項は,商法512条と趣旨を同じくする規定として,一体的に検討すべきである。
本条2項は,商人の営利性に基づき商人が営業のためにする行為の有償性を定めたもの
であり,商法512条と趣旨を同じくする規定である。
本条2項により,商人が第三者弁済すれば立替えをしたものとして求償債権が発生し,
請求しなくとも当然に法定利息を請求することができることとすると,時効が完成する直
前に立替えをしたような場合のように,債務者の意図に反して第三者弁済が行われたとき
についても本条が適用されるのは問題がある。しかし,本条2項は,本人の利益になる場
合に限って適用されると解釈されるのであれば,立替えにより当然に利息を請求すること
ができるとする現行の規定にも合理性があるといえる。従前の議論においては,この点は
明らかではないので,本条2項の要件を見直す余地はある。
本条1項・2項に共通する問題として,事業者にも本条1項・2項の適用を拡大するこ
との要否が問題となりうる。
11
[商行為法 WG 最終報告書]
(商事法定利率)
第 514 条
商行為によって生じた債務に関しては,法定利率は,年 6 分とする。
○法定利率を変動制にすることを視野に入れた上で,民事法定利率に対する特別規定とし
て商事法定利率を商法で規定することの理論的意義を再検討した上で2本立てを維持すべ
きか否か,および2本立てとするとすればどのような差を設けるべきかを検討する必要が
ある。
(1)商人であるか否かを問わず,金銭の貸借をする場合には通常は利率について合意する
のであり,そのような合意がないときのデフォルト・ルールとして,敢えて民事法定利率
よりも高い利率を法定する必要があるか否かについては,議論の余地があるが,不当利得
など利率が合意できない場合もあり,当事者の運用力の相違等により利率に差がつけられ
ることにも合理性があると考えられる。商法学説においても,以下のように,本条の適用
の要件のあり方については批判もあるが,商事法定利率そのものについての批判は見られ
なかったところである。
現在の判例・多数説は,本条の「商行為によって生じた債務」とは,商人でない者が行
う絶対的商行為にも適用があり,かつ債権者または債務者のいずれかにとって一方的商行
為である場合でも適用があるものとしている。しかし,このように本条の適用範囲を広い
ものとすることについては批判も多い。
商人でない者の行為にも適用するか否かは絶対的商行為概念の立法論的当否に関わるが,
その点をさておいても,負担した債務について民事よりも高い利息の支払義務を認めるこ
とが正当化されるのは,資金の運用の能力があることによると説明するのであれば,本条
の適用は営利性を属性とする商人の行為に限定されるという考え方に合理性があると考え
られる。
資金の運用の能力があることを根拠とするのであれば,取引のいずれか一方当事者が商
人であれば足りるという考え方も成り立ちうる。商人が債務者側に立つときには,弁済す
べき資金を有利に運用することができたはずであるといえるし,商人が債権者側に立つと
きにも,弁済を受けるべき資金を有利に運用することができたはずであるといえるからで
ある。したがって,ドイツの商法352条のように双方的商行為にのみ商事法定利率を適
用することとすべきではない。
(2)以上は,これまでの商法の学説では支配的な考え方による立法論であるが,理論的に
再検討すると以上の立法論が絶対的なものではないとも考えられる。従来は,商事法定利
率と民事法定利率の差の1パーセントは運用能力の差を反映するものと説明されてきたが,
法定利率を定めることの趣旨自体が金融市場における一般的な利率を反映したものである
と考えれば,商事法定利率と民事法定利率の2本立てが理論的に説明できるかどうか疑問
の余地がある(もっとも,商事法定利率が金融市場の一般的な利率を反映したもので,実
12
[商行為法 WG 最終報告書]
際にもそうであるように商人間取引と商人と商人でない者の取引という社会的にはむしろ
原則となる取引について適用されるもので,民事法定利率は商人でない者の間の取引につ
いての特則として利率を特に低くしているという説明も考えられなくはない)。法定利率が
2本立てとされることの理論的意義としては,ドイツやフランスなどでもとられているよ
うに,履行遅滞に対するペナルティを取引の当事者の属性などにより差別化するという考
え方も十分ありうるのであり,その場合には,現在のように法定利率の差が1パーセント
であるというような定め方に合理性があるかどうかはやはり疑問の余地がある(ドイツや
フランスの遅延利息についての特則のように相当高い遅延利率とすること(後掲【補足】
参照)や,商事法定利率は民事法定利率の○倍とするようなことも考えられる)。法定利率
は履行遅滞責任が発生する場合以外の場合にも適用される可能性はあるので,その場合に
は,ペナルティとしての利率の定め方とは異なる定め方を考える必要もある。
以上のような法定利率についての理論的問題は,法定利率を変動制に移行させるという
立法論を採用する場合には一層大きな問題となる。変動する法定利率が金融市場の一般的
な利率を反映するものとすれば,取引の当事者が商人かどうかだけに着目して利率の差を
設けるという法律規定の定め方が現実と遊離した色彩を増すことになるからである。この
点では,フランスのように,変動制に移行したのを契機に商事法定利率と民事法定利率の
2本立てを廃止した立法例があることは参考となる。しかし,フランスでもドイツと同様
に商取引に関する遅延利息についてはペナルティの観点から特則を設けているように,法
定利率が必ずしも一元化されているわけではないことも参考とする必要がある。
以上のように考えると,法定利率のあり方については,それがなぜ規定されるのかとい
う根本問題に遡って,民法および商法の双方で検討していく必要がある。
(3)法定利率を変動制に移行させる場合には,変動制ということの内容を検討する必要が
ある。利率の定め方,適用される利率は契約締結時の利率に固定されるのか,契約締結後
の法定利率の変更に伴い随時変動するのか,などが問題となりうる。
(4)本条についても,適用対象を商人のみでなく事業者にも拡大するかどうかはやはり問
題となりうる。
【補足:ドイツおよびフランスの法定利率について】
1
ドイツ
ドイツでは,民法(以下,BGB とする)において年 4%の法定利率が定められており
(BGB246 条),また商法(以下,HGB とする)において双方的商行為に関して年 5%
の法定利率が定められている(HGB352 条 1 項)。
もっとも,金銭債務の遅延利息については以上の民事・商事の法定利率は適用されず,
欧州中央銀行の主要再貸出オペレーションの利率に応じて変動する基礎利率(BGB247
条)(1)を基準とする変動制が採用されている(BGB288 条)。
この遅延利息についての変動制は,2000 年 3 月 30 日の満期支払促進法(Gesetz zur
13
[商行為法 WG 最終報告書]
Beschleunigung fälliger Zahlungen, BGBl.I. s.330)により導入されたものであり,そ
の時点では,民事・商事を問わず,遅延利息の利率は基礎利率に 5%を上乗せしたもの
とされていた。しかし,その後の 2000 年 6 月 29 日の商取引における支払遅延対策に関
するEU指令(Directive on combating late payment in commercial transactions)(2)を
受けた 2001 年の債務法現代化法により,消費者が参加していない法律行為における報
酬請求権の遅延利息の利率は基礎利率に 8%を上乗せしたものとされ(BGB288 条 2 項),
それ以外の場合の遅延利息の利率である基礎利率に 5%を上乗せしたもの(BGB288 条
1 項)との間に差が生じている。
(1)具体的には,毎年 1 月 1 日と 7 月 1 日に,その直前の欧州中央銀行主要再貸出オ
ペレーション利率が前回の基礎利率変更の直前の欧州中央銀行主要再貸出オペレ
ーション利率から増減した幅を,基礎利率から増減するという形で修正が行われ
る。2008 年 3 月 21 日現在の基礎利率は 3.32%である。なお,基礎利率と欧州中
央銀行主要再貸出オペレーション利率の数値は異なっているが,その原因は,変
動利率の出発点が欧州中央銀行ではなくドイツ連邦銀行の公定歩合に置かれてい
たこと(Diskontsatz-Überleitungs-Gesetz(BGBl. I. 1998, 1242)1 条 1 項 2
文を参照)にあると思われる。
(2)この指令は,特に中小企業である債権者の保護を目的とするものであるが(前文
(7)),その適用範囲を債権者の規模等により限定することは行われていない。
2
フランス
フランスでは,金銭債権につき,古くは民事債権と商事債権について異なる法定利息が
固定金利によって規定されていたが,1975 年 7 月 11 日法(1989 年 6 月 23 日法により改
正)により,デクレによって 1 年ごとに定められる変動制金利による法定利息が適用され
ることとなり,その額は直近 12 カ月における各月の 13 週物固定利率財務省証券のオーク
ションでの数理的利率の平均値の算術平均に一致する(Code monétaire et financier
L.313-2 条)。この法定利率は,民事債権と商事債権の区別,不法行為債権などの法定債権
と契約債権との区別など,金銭債務に関するあらゆる区別に関係なく適用される。
もっとも,2000 年 6 月 29 日の商取引における支払遅延対策に関する EU 指令の国内法
化としての 2001 年 5 月 15 日法によって,商取引における支払遅延利息は,特別の定めの
ない限り,ヨーロッパ中央銀行によって適用される金利に7%を上乗せした額とされるに
至っている(Code de commerce L.441-6 条 6 項)。
(契約による質物の処分の禁止の適用除外)
第 515 条
民法第 349 条 の規定は,商行為によって生じた債権を担保するために設定し
た質権については,適用しない。
14
[商行為法 WG 最終報告書]
○今回は検討対象としない。
(債務の履行の場所)
第 516 条
商行為によって生じた債務の履行をすべき場所がその行為の性質又は当事者
の意思表示によって定まらないときは,特定物の引渡しはその行為の時にその物が存在し
た場所において,その他の債務の履行は債権者の現在の営業所(営業所がない場合にあっ
ては,その住所)において,それぞれしなければならない。
2
指図債権及び無記名債権の弁済は,債務者の現在の営業所(営業所がない場合にあっ
ては,その住所)においてしなければならない。
○本条1項は,一般法化することで問題はない。
○本条2項は,有価証券に関する規律の問題として,有価証券に関する規定の中に置かれ
るべきものである。
【商法517条~519条前注(有価証券の規律)
】
○有価証券の規律については,以下のような基本的な問題を解決することが前提となる。
現在の民法(469条~473条)と商法(517条~519条)に分かれており,相
互に抵触する規律も含まれている有価証券の規定は民法または商法のどちらかにまとめる
べきである。民法的有価証券と商法的有価証券を分けて規定するのは適切ではない。有価
証券の規定を民法と商法のいずれに置くべきかについては,理論的にどちらかが正しいも
のかという観点から決定されるべき問題ではないと考えられる。
商法501条4号では絶対的商行為の一つとして「手形その他の商業証券に関する行為」
という概念を用いているが,この商業証券という概念も有価証券に関する規定を民法と商
法にいずれに置くのか,また有価証券に関する規定の適用される有価証券の範囲をどのよ
うなものとするかとの関連で検討する必要がある。絶対的商行為となる範囲をどのような
ものとするか,例えば手形や小切手に関する行為も絶対的商行為とすべきかについても検
討する必要がある。絶対的商行為としないこととすると,商法で有価証券に規定を置くこ
との意義をどのように説明するかという問題はある。
ペーパーレスのシステムについて立法論を検討することは現時点では困難であり,証券
が発行される場合を念頭に置いて規定のあり方を検討すべきである。
有価証券の範囲については,法律に根拠のあるものに限られるのか,法律に根拠がなく
とも自由に有価証券化をすることができるかという問題があるが,信託受益権の有価証券
化が信託法により認められたため,現状ではさし当たり自由化をするニーズはないものと
みられる。自由化するとしても,まったく無制限であることは想定しがたいが,有価証券
15
[商行為法 WG 最終報告書]
化が自由でないとする理由が,流通性があるからということであれば記名証券については
自由にしてよいことになりうるし,有価証券は物の一種であるからということであれば記
名証券についても自由ではないことになりうる。
有価証券に関する規定の適用される有価証券の範囲について,商法518条・519条
にあるような,金銭その他の物または有価証券の給付を目的とする有価証券というような
ものでよいか否かを検討する必要がある。従来特に議論のある株券については,特殊な規
律が必要となるため,会社法で自足的に規定するという考え方もありうるであろう。
有価証券に関する規定を整備するとする場合には,内容としては,指図証券および無記
名証券について,譲渡方法,権利行使の仕方,善意取得,文言性,抗弁切断,支払免責な
どになるであろう。このほか,記名証券についても規定を設けるか否かを検討する必要が
ある。
運送証券や倉庫証券など物流関連の有価証券については,特則がいずれにせよ必要とな
る。
(指図債権等の証券の提示と履行遅滞)
第 517 条
指図債権又は無記名債権の債務者は,その債務の履行について期限の定めが
あるときであっても,その期限が到来した後に所持人がその証券を提示してその履行の請
求をした時から遅滞の責任を負う。
○内容としては,本条の内容を維持することで問題はない。
商法516条2項の規定内容も有価証券の権利行使方法に関する事項として本条と並ん
で規定することとすべきである。
(有価証券喪失の場合の権利行使方法)
第 518 条
金銭その他の物又は有価証券の給付を目的とする有価証券の所持人がその有
価証券を喪失した場合において,非訟事件手続法 (明治 31 年法律第 14 号)第 156 条に
規定する公示催告の申立てをしたときは,その債務者に,その債務の目的物を供託させ,
又は相当の担保を供してその有価証券の趣旨に従い履行をさせることができる。
○本条の内容を維持することで問題はないが,非訟事件手続法に統合すべきか否かを検討
すべきである。
(有価証券の譲渡方法及び善意取得)
第 519 条
金銭その他の物又は有価証券の給付を目的とする有価証券の譲渡については,
当該有価証券の性質に応じ,手形法 (昭和 7 年法律第 20 号)第 12 条 ,第 13 条及び第
16
[商行為法 WG 最終報告書]
14 条第 2 項又は小切手法 (昭和 8 年法律第 57 号)第 5 条第 2 項 及び第 19 条 の規定を
準用する。
2
金銭その他の物又は有価証券の給付を目的とする有価証券の取得については,小切手
法第 21 条 の規定を準用する。
○準用スタイルを具体的事項ごとの規定に改める必要がある。検討すべき事項は以下のと
おりである。
譲渡方法および善意取得については,本条1項・2項の規定を基礎に指図証券および無
記名証券に即した規定とすべきである。
現在は商法の規定していない抗弁切断については,民法472条・473条の内容によ
ることが考えられる。善意の譲受人に対して切断されることになる人的抗弁事由は,有因
証券か無因証券かにより異なることになる。すなわち,有因証券では,原因債務の無効・
消滅等が証券の性質に基づく抗弁として善意の譲受人にも対抗できることになる。有因証
券であるが文言証券性を認める必要のある運送証券・倉庫証券については,特別規定を設
けることにより解決すべきである。
支払免責については,指図証券および無記名証券ごとに具体的な免責の要件を規定すべ
きである。免責の要件としては,債務者の善意・無重過失とすべきであるが,善意・無重
過失の意味については,手形法40条3項の意味と同じようなものに限定すべきか否かと
いう問題が検討される必要がある。
(取引時間)
第 520 条
法令又は慣習により商人の取引時間の定めがあるときは,その取引時間内に
限り,債務の履行をし,又はその履行の請求をすることができる。
○「商人」その他の文言を調整した上で民法と統合することで問題はない。
(商人間の留置権)
第 521 条
商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁
済期にあるときは,債権者は,その債権の弁済を受けるまで,その債務者との間における
商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することが
できる。ただし,当事者の別段の意思表示があるときは,この限りでない。
○今回は検討対象としない。
(商事消滅時効)
17
[商行為法 WG 最終報告書]
第 522 条
商行為によって生じた債権は,この法律に別段の定めがある場合を除き,5
年間行使しないときは,時効によって消滅する。ただし,他の法令に 5 年間より短い時効
期間の定めがあるときは,その定めるところによる。
○消滅時効に関する規律についての民法の方針が決まった段階で改めて商法の各種の短期
消滅時効の規定について検討することとする。
(1)時効に関する民法の一般法的規律として,現在の10年という時効期間が大幅に短縮
されるとともに民法上の各種の短期消滅時効の規定が整理されるとした場合には,現行の
5 年の商事消滅時効の一般規定を存置する意味はなくなるということができる。商法につ
いて検討すべき問題としては,各種の商法の短期消滅時効の規定をどのように整理するか
ということが中心となる。
(2)運送契約関係の短期消滅時効については,運送に関する各種の条約との関係を検討す
る必要がある。運送法の規律については,時効の問題に限らないが,わが国が批准してい
ない国際条約があるとしても,運送法全体について国際条約の内容と調和した規律にすべ
きであるという考え方もありうる。また,各種の条約における時効の規律には,時効期間
だけでなく起算点も一義的な規定になっていることが多いという点に留意する必要がある。
他方で,自動車運送や鉄道運送のように純粋に国内の問題として処理できる類型につい
てはわが国独自の規律の仕方もありうる。
(3)保険関係については,保険法で保険給付請求権については3年の消滅時効に改められ,
また保険料請求権については1年の短期消滅時効が規定されているが,やはり民法の一般
原則が修正されればそれに伴う見直しを考える必要がある。
(4)保険関係や運送関係特有の問題として,事案を早期に処理しないと事実関係が不明に
なるおそれがあるという要素を特別に考慮すべきか否かについての検討を要する。
また,保険での保険契約者に対する保険料請求権についての短期消滅時効や,運送の場
合の荷受人または委託者に対する運賃請求権等の短期消滅時効(商法567条・589条,
765条)も含めて,消費者ないし顧客保護的な趣旨が含まれていると考えられるものも
あり,その点についての特別の考慮も要する。
第2章
売買
(売主による目的物の供託及び競売)
第 524 条
商人間の売買において,買主がその目的物の受領を拒み,又はこれを受領す
ることができないときは,売主は,その物を供託し,又は相当の期間を定めて催告をした
後に競売に付することができる。この場合において,売主がその物を供託し,又は競売に
付したときは,遅滞なく,買主に対してその旨の通知を発しなければならない。
18
[商行為法 WG 最終報告書]
2
損傷その他の事由による価格の低落のおそれがある物は,前項の催告をしないで競売
に付することができる。
3
前 2 項の規定により売買の目的物を競売に付したときは,売主は,その代価を供託し
なければならない。ただし,その代価の全部又は一部を代金に充当することを妨げない。
○現在の 524 条の内容を(若干の修正は加えて)民法に規定する。さらに特則として,商
人間あるいは事業者間の売買に関して,自助売却権を強化した規定を(民法あるいは商法
中に)置くことが適切か否かは,さらに検討する。
商法 524 条については,これまでも立法論として,商人間売買のみならず商事売買一般
に拡張することが説かれてきたが,同条の規定内容は商事売買に限らず売買一般に妥当す
る面も多いので,民法の方で一般法化することも考えられる。ただし,現在の条文につい
て,そのままでよいか検討すべき点はある。たとえば第 1 項について,現行法の解釈とし
て,受領拒絶・受領不能のケースに加えて,
「弁済者が過失なく債権者を確知することがで
きないとき」
(民法 494 条第 2 文参照)にも類推適用されるべきことが説かれてきた(西
原 148 頁)。第 2 項に関して,損傷その他の事由による価格の低落のおそれがある物につ
いても必ず競売を申し立てなくてはならないというルールが適切か否かも,さらに検討の
余地がある。
もっとも,商法 524 条について従来立法論的に問題とされてきたのは,524 条をさらに
強化することの是非であった。本条の与える自助売却権は,①相当の期間を定めて催告し
なくてはならないこと,②換価方法を競売に限ったこと,③売得金を供託するか,弁済期
が到来した代金債務に充当するかの選択権しかないこと等の点において,迅速結了を要し
かつ価格の変動の激しい商事売買においては,かならずしも十分な有用性がないことがか
ねてより指摘されてきており(谷川久『商品の売買』(有斐閣,1964 年)87-88 頁),こ
のため多く売買契約書において,催告を不要とする,競売によらず任意売却を可能にする
といった条項が入れられると指摘されている(江頭 24-25 頁)。商法改正要綱 209 は,商
法 524 条所定の処分方法を適当に拡大すべきことを提案していた。
仮に,本条の内容について,こういった内容を取り入れた形で修正することも視野に入
れるとすれば,そのような内容の規定を売買一般に関するルールとすることは無理が出て
くるであろう。その場合は,現在の自助売却権をより強化した内容の規定を,商人間ある
いは事業者間の売買に関する特則といった形で適用範囲を限定して別途規定することにな
ろう(なお限定の仕方についても,現在の 524 条の適用範囲をめぐって,一方が商人ある
いは事業者である場合にも適用されるようにすべきであるとの議論があることも考慮し,
さらに検討を要する)。その際,規定が置かれる場所が民法になるのが適切か商法になるの
が適切かは,民法において事業者概念が取り入れられるか,どのような内容として取り入
れられるか及び今後の商行為法の規定のあり方等を視野に入れて決められる必要がある。
19
[商行為法 WG 最終報告書]
(定期売買の履行遅滞による解除)
第 525 条
商人間の売買において,売買の性質又は当事者の意思表示により,特定の日
時又は一定の期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない場合に
おいて,当事者の一方が履行をしないでその時期を経過したときは,相手方は,直ちにそ
の履行の請求をした場合を除き,契約の解除をしたものとみなす。
○本条を削除し,定期行為に関する民法にゆだねる(その結果,確定期売買の場合も含め,
ただちに解除できるが,当然解除とはみなされないことになる)ということも考えられる
が,定期行為(売買)の損害賠償基準時の設定に損害軽減義務が働くことが規定上明らか
にされるか,またどのような内容で損害賠償基準時が規律されるかといったことにも関連
することに留意すべきである。
相手方の債務不履行に基づいて契約を解除するには,一定の期間を置いて催告しなくて
はならないのが一般原則であるが,
「定期行為」については,民法上も,催告せずに直ちに
解除することができる(民法 542 条)。商法 525 条は商事売買に関する特則であるが,違
いは,定期行為においては相手方が催告なしに解除の意思表示ができるにとどまるのに対
し,確定期売買の解除においては,解除の意思表示なしに当然に契約解除となる点にある。
解除の意思表示が不要であるということは,それ自体としては,不履行を受けた債権者
にとってさして大きなメリットとはいえない。また判例上,定期売買の範囲は広く解され
ている。これらの点だけからは,本条を民法に取り込んでも問題はないようにも思われる。
しかし商法 525 条が適用された場合には,解除の意思表示を要せずに解除されることが,
損害賠償の基準時にもなると考えられてきた。そして 525 条の存在意義として教科書・体
系書で説かれているのは,むしろこの損害賠償の基準時の法定の持つ機能であった。不履
行をした側が履行と解除の両様の準備を整えねばならないという不安定な状態におかれる
こと,および相手方がその間他方当事者の危険において不当な投機をなす(価格の変動い
かんによって,解除するか履行を求めるかを決める)危険があるという点である(谷川久
『商品の売買』(有斐閣,1964 年)80 頁,西原 160 頁,江頭 23 頁等)
。季節品の売買等
に加えて目的物の価格変動が激しいケースも「売買の性質による」確定期売買の一類型で
あると解釈されてきたことは,このような理解と調和的である(裁判例として,福井地判
昭和 31 年 3 月 15 日下民集 7 巻 3 号 614 頁(人造絹糸の銘柄先物引渡取引を確定期売買
とした)。もっとも株式の売買について当然に確定期売買には該当しないとしたものとして,
東京地判大正 12 年 4 月 9 日新聞 2311 号 16 頁,津地判昭和 25 年 12 月 19 日下民集 1 巻
12 号 1991 頁,大阪地判昭和 30 年 7 月 11 日下民 6 巻 7 号 1425 頁等がある)。
仮に,商法 525 条の持つそのような機能を重視するとすれば,「解除できる」という民
法の規定に委ねることについては,不履行後も不履行を受けた側が解除せずに投機的な行
20
[商行為法 WG 最終報告書]
動を取る余地が残ることは問題視されることになろう(たとえば西原 160 頁は,売主不履
行のケースを想定して,「民法の一般原則について,「商取引の迅速結了の要請からみて不
十分であるのみならず,売主を甚だ不利な地位に立たせる結果となる。
・・・そこで,商法
は,民法の原則を修正し,取引の敏活と売主の保護とを徹底している」と述べ,民法の確
定期売買の規定に委ねることが妥当ではないという考え方を示唆する)。
もっとも,この点は,
(損害賠償請求の基準時の選択を拘束するという意味での)損害軽
減義務が損害賠償に関する民法の一般的な原則として認められることになるのであれば,
そのルールの内容次第では,対処することができるとも考えられる。確定期売買か否かと
いった基準で不履行時を損害賠償の基準時とするか否かが自動的に決まってしまうルール
よりも,むしろより実体に即した適切な規制となるかも知れない。
したがって,債務不履行,とりわけ定期行為(売買)に関する債務不履行の損害賠償額
基準時の設定の選択が損害軽減義務の一環として規制されることが,民法の一般原則とし
て取り入れられるとすれば,その規定内容によっては,本条を削除し,定期行為に関する
民法にゆだねることも検討には値する。なお民法(債権法)改正委員会の現在の現在の提
案(「債務の履行,損害賠償,解除・危険負担,受領障害に関する報告」
(第 5 回全体会議
資料))1-7-7,1-7-8で提案されている規律は,現在の確定期売買の規定が果た
している上記ルールの代替としては機能しないであろう。1-7-7は代替取引をするこ
となく損害賠償請求する場合に「①債務の履行が不可能であるか,又は債権者に期待する
ことができない場合,②履行期の到来の前後を問わず,債務者が債務の履行を確定的に拒
絶する意思を表明したとき,③債務者が債務の履行をしない場合において,債権者が相当
の期間を定めて債務者に対し履行を催告し,その期間内に履行がなされなかったとき,④
債務を発生させた契約が解除されたとき」の各時点を基準時とした損害賠償ができるとし,
代替取引がなされた場合には,「代替取引が債権者にとって著しく不利な状況でされた場
合」には同様とする。現在の確定期売買のルールは,確定期売買に該当すれば,当然に本
来の履行期が基準時になるというものであり,現在確定期売買に該当するとされているケ
ースに関して,1-7-7,1-7-8が適用されるとすれば,現在のルールが適用され
た場合よりも,かなり遅くなり,ルールの実質を大きく変えることになる。
(買主による目的物の検査及び通知)
第 526 条
商人間の売買において,買主は,その売買の目的物を受領したときは,遅滞
なく,その物を検査しなければならない。
2
前項に規定する場合において,買主は,同項の規定による検査により売買の目的物に
瑕疵があること又はその数量に不足があることを発見したときは,直ちに売主に対してそ
の旨の通知を発しなければ,その瑕疵又は数量の不足を理由として契約の解除又は代金減
額若しくは損害賠償の請求をすることができない。売買の目的物に直ちに発見することの
できない瑕疵がある場合において,買主が 6 箇月以内にその瑕疵を発見したときも,同様
21
[商行為法 WG 最終報告書]
とする。
3
前項の規定は,売主がその瑕疵又は数量の不足につき悪意であった場合には,適用し
ない。
○瑕疵担保に関する規律や消滅時効との関係にも留意しつつ,本条の内容を修正(義務
の内容および/あるいは違反の効果を緩和)した上で,民法に規定することの要否を検討
すべきである。
さらに商人間あるいは事業者間の特有のルールとして,それと異なる(現在の 526 条に
近い)規律を置くことが望ましいか否かもさらに検討する必要がある。
買主が受け取った目的物を合理的期間内に検査し,もし瑕疵を発見すれば通知しなくて
はならない義務を課すことまたこれに違反した場合には救済が制約される必要があるとい
うことについては,売買一般にも通じる原則というべき面がある(たとえば,国連動産売
買法条約 39 条)。このため,これまでも商法 526 条は,売買当事者の一方または双方が商
人ではない売買についても類推適用されるべきであるという見解が唱えられてきた(柚木
馨『売買瑕疵担保責任の研究』
(有斐閣,昭和 38 年)400 頁,鈴木竹雄・判民昭和 3 年度
101 事件等)
。
しかし商法 526 条については,これまで同条に沿った通知をしない限り一切救済を失う
という効果が強すぎるという批判があることにも注意しなくてはならない(上述の 526 条
を類推適用する説も,526 条 2 項後段については排除する)
。とりわけ 526 条 2 項第 2 文
は,
「6 ヶ月以内に瑕疵を発見した場合には直ちに通知せよ」と規定するが,これは商取引
の迅速結了主義からくる要請であり,買主がこの期間内に瑕疵を発見できなければ,過失
の有無を問わず買主は売主に対して権利を行使できなくなると解されている(通説。同旨
の下級審判決として東京地判昭和 42 年 3 月 4 日下民 18 巻 3=4 号 209 頁)。このため,た
とえば土地の売買で半年以上経って土壌汚染が見つかったような場合にも一切救済を失う
ことになる(なお東京地判昭和 30 年 11 月 15 日下民集 6 巻 11 号 2386 頁は,「商法 526
条 1 項後段の 6 ヶ月とあるのは右期間内に買主が隠れた瑕疵のあったことを知ったときは
遅滞なくこれを売主に通知しなければ買主は右瑕疵に基づく権利を行使し得ないことを定
めたものであり,反対に 6 ヶ月の期間後に発見した場合は一切の権利を失う趣旨を規定し
たものと解すべきではない」とするが,少なくとも現行法の解釈としてこれを支持する者
はほとんどない。)。本条の沿革について,中世ゲルマン固有法に源を発し,現在ドイツ法
系において買主の責問義務として知られているという説明がなされるのが常であるが,以
上の内容に関する限りはドイツ商法とは異なる(ドイツ商法 377 条 3 項は,瑕疵が現れた
後遅滞なく通知することを要求し,瑕疵を発見すべき期間について制約するわけではない)。
このように商人間売買の規定としても買主にとって厳しすぎる面があるとの批判があり,
そのことは下級審判決における本条の運用にも現れている(たとえば,大阪地判昭和 61
22
[商行為法 WG 最終報告書]
年 12 月 24 日民集 46 巻 7 号 1135 頁(最判平成 4 年 10 月 20 日民集 46 巻 7 号 1129 頁の
第 1 審)が,「受領したるとき」を「現実に目的物を受け取って検査しうる状態におくこ
とを必要とする」とかなり限定的に解釈し,倉庫における目的物の受領を含めない)
。この
ため,少なくとも,現在の 526 条の内容をそのままの形で一般法化することは無理であり,
仮に売買一般に関するルールとして民法に取り入れるとすれば,何らかの形で義務あるい
は義務違反の効果を緩和する必要がある。たとえば第 1 項の「遅滞なく」の要件をはずし,
「取引に応じて合理的な期間内に」あるいは「各買主の個々の能力に応じて」という要件
にする,また仮に第 2 項に第 2 文のように瑕疵を発見するための期間制限を設けるとすれ
ば,起算点を合理的なものにするといったことが考えられる。これらは瑕疵担保責任の内
容や要件(たとえば除斥期間の長さ及び起算点の定め方),さらには一般の消滅時効期間の
定め方とも連動する問題である。それを踏まえて(内容は緩和された)本条の規律を民法
で規定する必要があるか否かを最終的に決められる必要がある。
他方,仮に民法において(内容は緩和された)本条の規律を規定する場合にも,商人間
あるいは事業者間の売買固有の規律として,一般法より厳格な責問義務を維持することも
考えられる(この場合,民法・商法いずれに規定を置くべきかは,別途検討する必要があ
る)。ただし,その場合にも,上記のように現行 526 条の内容は厳しすぎるという立法論
的批判があることには留意する必要がある。
(買主による目的物の保管及び供託)
第 527 条
前条第 1 項に規定する場合においては,買主は,契約の解除をしたときであ
っても,売主の費用をもって売買の目的物を保管し,又は供託しなければならない。ただ
し,その物について滅失又は損傷のおそれがあるときは,裁判所の許可を得てその物を競
売に付し,かつ,その代価を保管し,又は供託しなければならない。
2
前項ただし書の許可に係る事件は,同項の売買の目的物の所在地を管轄する地方裁判
所が管轄する。
3
第 1 項の規定により買主が売買の目的物を競売に付したときは,遅滞なく,売主に対
してその旨の通知を発しなければならない。
4
前 3 項の規定は,売主及び買主の営業所(営業所がない場合にあっては,その住所)
が同一の市町村の区域内にある場合には,適用しない。
○本条第 1 項~第 3 項については一般法化することに問題ない。第 4 項については,若干
の考慮が必要である。
売主の費用で保管することは現実には私人間でも行われており,少なくとも,本条第 1
項~第 3 項については,売買一般に当てはまるルールとして規定することに問題はない。
ただ規定の細かな内容については,たとえば本条は「前条第一項に規定する場合」,すなわ
23
[商行為法 WG 最終報告書]
ち物品に瑕疵・数量不足があった場合とされているが,それ以外の理由によって解除され
た場合についてもカバーされるべきではないか等,いろいろ問題が指摘されており(現行
法の解釈として,このような場合にも類推適用すべきとの立場が有力である。たとえば小
町谷操三『商行為法論』
(有斐閣,1943年)
,139 頁,西原 158 頁等),さらに検討を
要する点はある。
また第 4 項については,両当事者の営業所・住所が同一の市町村の区域内にあっても,
売主がその区域外の買主の指定した場所に送付したなら保管・供託・競売義務が発生し,
また両当事者の営業所・住所が同一の市町村の区域内にない場合であっても,買主の指定
した引渡場所が区域内であれば,義務は発生しないのではないかという疑問が提起されて
いる(江頭 32-33 頁)。より正確に規定することが可能か,解釈にゆだねるかをさらに検
討すべきである。あわせて,また同項は商人間あるいは事業者間といった限定なく適用す
べき規定かどうかも検討する必要がある。さらに翻って考えると,売主が直ちに適当な措
置をとることができるはずであるというのが本項の趣旨だとすれば(西原 158 頁等),現
在の取引社会において同一市町村という地理的な範囲が,そのような趣旨の妥当する範囲
の画し方として最も適切な方法かという疑問もないわけではない。仮に第 4 項が「売主に
おいて特に費用を要せずして返還を受けうる場合には,前項までの規定は適用しない」と
いった規定になるとすれば,一般法化することが考えられよう。
第 528 条
前条の規定は,売主から買主に引き渡した物品が注文した物品と異なる場合
における当該売主から買主に引き渡した物品及び売主から買主に引き渡した物品の数量
が注文した数量を超過した場合における当該超過した部分の数量の物品について準用す
る。
○527 条と同じ扱いにすべきである。
第3章
交互計算
【前注】
交互計算に関しては,第 3 章全体について,民法に規定を設けるべきか否か及び現在の
商法の規定に加えて段階的交互計算について何らかの規定を置くことが望ましいかという
観点から検討し,(530 条を除き)個別の条文に関する立法論的な内容の詳細(たとえば,
交互計算に取り入れられるのは金銭債権に限定されるべきか等)については立ち入らない。
第 529 条
交互計算は,商人間又は商人と商人でない者との間で平常取引をする場合に
おいて,一定の期間内の取引から生ずる債権及び債務の総額について相殺をし,その残額
の支払をすることを約することによって,その効力を生ずる。
24
[商行為法 WG 最終報告書]
(交互計算の期間)
第 531 条
当事者が相殺をすべき期間を定めなかったときは,その期間は,6 箇月とす
る。
(交互計算の承認)
第 532 条
当事者は,債権及び債務の各項目を記載した計算書の承認をしたときは,当
該各項目について異議を述べることができない。ただし,当該計算書の記載に錯誤又は脱
漏があったときは,この限りでない。
(残額についての利息請求権等)
第 533 条
相殺によって生じた残額については,債権者は,計算の閉鎖の日以後の法定
利息を請求することができる。
2
前項の規定は,当該相殺に係る債権及び債務の各項目を交互計算に組み入れた日から
これに利息を付することを妨げない。
(交互計算の解除)
第 534 条
各当事者は,いつでも交互計算の解除をすることができる。この場合におい
て,交互計算の解除をしたときは,直ちに,計算を閉鎖して,残額の支払を請求すること
ができる。
○現在の交互計算の規定(530 条を除く)を基本的に維持するか否かについて,パブリッ
ク・コメント等を経て慎重に検討する。また現在の規定を一般法化することには慎重であ
るべきである。
いわゆる交互計算については,交互計算不可分の原則の適用される「古典的交互計算」
と,たとえば当座預金契約のように,預金や支払の都度残額を算出し,交互計算不可分の
原則の適用されない「段階的交互計算」とに概念上区分される。商法の規定する交互計算
が前者を含むことは明らかであるが,後者も含むかについては説が分かれる(ただし,段
階的交互計算も交互計算の一種であるとする見解も,現在の商法の規定が古典的交互計算
を前提とした規定になっていることを否定しているわけではなく(西原 167 頁,平出 309
頁等参照),段階的交互計算にも商法の規定がそのままの形で適用されると説いているわけ
ではないことは注意しなくてはならない)。
まず「古典的交互計算」については,裁判例はあまりなく(*),その利用実態ははっき
りしないところがある。そこで,そのような制度がそもそも取引社会において必要とされ
ているか,またもし必要とされているとすればそれはどういう業種・局面においてかとい
25
[商行為法 WG 最終報告書]
う点から確認する必要がある。ちなみに,この制度が有用性を持ちそうな典型的な業者と
して,JAL や JR 東日本の精算について調査したが,少なくとも当事者の意思としては,
商法の規定している交互計算であるという意図はないようである(また一部当事者が倒産
した場合を念頭に置くとしても,相殺あるいはオブリゲーション・ネッティングの効力が
尊重されるとすれば,古典的交互計算と理解されなければ非常に困るというわけでもない
ように思われる)。実際に交互計算の規定がほとんど使われていないのであれば,当事者間
の合意で事実上差押禁止財産を作り出せる規定を今後も存置する必要があるのかといった
疑念につながることになる。
(*)近時の裁判例の中に,古典的交互計算の契約が締結されたと認められたものがあ
る。いずれも,損害保険会社と保険募集の委託を受けた損害保険代理店との間の損害
保険代理店委託契約に関するものである。
大阪高判平成14年1月31日(平成13年(ネ)第2883号,最高裁判所ホー
ムページ)は,委託契約において保険料請求権と代理店の手数料債権の決済につき,
各月の締切日までに発生した両債権の総額について締切日に差引計算して,差額を翌
月末日までに支払うものとされていることから,交互計算期間を1ヶ月とする古典的
交互計算の合意があったと認定されている。事案は,代理店の債権者が代理店の保険
会社に対する手数料債権を差し押さえた上,取立権に基づいて保険会社を被告として
支払を請求しているものであるが,判決は,古典的交互計算の合意があり,古典的交
互計算については交互計算不可分の原則が妥当し,交互計算に組み入れられた債権の
第三者による差押えは許されないとする(なお,本件では,保険会社は,委託契約に
おける精算関係の合意は,段階的交互計算であると主張しており,古典的交互計算で
あるという主張をしているものではないが,判決は,契約の法的性質は裁判所が当事
者の主張に拘束されずに決定しうるとしている。また,別に自賠責保険代理店委託契
約に基づく手数料債権の差押えも行われているが,これについては,委託契約におい
て契約成立の都度,差引決済され,残額を直ちに支払うものとされていることから段
階的交互計算であると認定されている)。
東京高判平成12年1月24日(平成11年(ネ)第4735号。判例集未登載,
田爪浩信「損害保険代理店の代理店手数料債権に対する差押えの可否」損害保険研究
63巻1号121頁(2001年)で紹介されている)も,やはり代理店の債権者が
代理店の保険会社に対する手数料債権を差し押さえて取り立てているものであるが,
判決は,
「商法上の交互計算」に該当し,差引計算前の差押えは許されないと判示して
いる。
以上のような裁判例があるが,当事者の損害保険会社はそうではないと主張してお
り,また若干の損害保険実務家に対する問い合わせに対しても,これらの清算処理は
古典的交互計算とは整理していないという回答があったりするなど,取引の実体がい
26
[商行為法 WG 最終報告書]
かなるものであるのかについてはいまなお疑問の余地がある。またこれらの事件で問
題となった,損保代理店の債権者の差押えによる取立の排除は,別の法律構成でも十
分達成できると考えられ,これらの裁判例から,古典的交互計算が実務上も意味を持
っているとまで断言することについてはなお慎重であるべきである。
なお仮に古典的交互計算に関する規定を置くとすれば,厳密にどのような内容とすべき
か,これをたとえば相殺予約の特殊型として一般法化することができるかどうかも別途問
題となりうる。ただ現在の通説・判例によれば,交互計算に組み入れられた債権は,債権
者の善意・悪意にかかわらず一切差押えが排除される(大判昭和 11 年 3 月 11 日民集 15
巻 320 頁,大阪高判平成 14 年 1 月 31 日(平成 13 年(ネ)第 2883 号,最高裁判所ホー
ムページ参照。石井=鴻 89 頁,江頭 35 頁等)
。そのように個人間の合意で差押え禁止財
産を作り出すことを認める必要がそもそもあるのか(上述の利用実態にも関わるが),また
仮に認める必要があるとしても,それはせいぜい当事者双方が商人の場合であり,かつそ
の間の継続的な商取引から通常生ずる債権についてのみ認められるに過ぎないのではない
かとも指摘されている(前田庸「交互計算の担保的機能について」法協 79 巻 4 号 37 頁(1962
年))。このように交互計算不可分の原則とその効果としての差押えの排除が認められると
いう内容の古典的交互計算については,一般法化することについては,慎重であるべきよ
うに思われる。また,古典的交互計算の規定を維持しつつ,現行法について一部の学説の
説くように,交互計算不可分の原則は当事者間を拘束する効力しか有しないとし,差押え
等は一切制約されないという内容で立法するという選択肢も考えられなくない。こういう
内容であれば,上記の批判は免れることになろうが,合意によっておおむね達成できる内
容であって,立法する意味があるのかが問われることになろう。
次に「段階的交互計算」に関する規律を設けることが考えられるとの意見もありうる。
これは,現在の商法の規定が段階的交互計算を含んでいないという立場からは,新たな契
約類型を規定することになり,また現在の商法の規定が段階的交互計算も含んでいるとい
う見解からは,現在の条文では必ずしも明確に規定されていない点(交互計算不可分の原
則が適用されず,期中に残額について差押えられること等)を明らかにする規定という位
置づけになろう(「段階的交互計算も交互計算の一種である」とする学説も,商法の交互計
算の規定がそのまま適用されると考えているわけではない)。しかし,いずれの立場を前提
に立法するにせよ,段階的交互計算に関する規定を設ける意図がどこにあるのか,またど
のような必要があるのかは必ずしも明確でない。たとえば,オブリゲーション・ネッティ
ングは,段階的交互計算の一種であると理解されているが(前田庸=神田秀樹「オブリゲ
ーション・ネッティングについて」金融法研究資料編(6)24 頁(1990 年)参照),その意
図している効果は,更改等といった既存の概念で説明されている。そこで仮に,段階的交
互計算の規定を設け,オブリゲーション・ネッティングがそれに該当するとすれば,それ
が従来の法律構成と何か違いをもたらすのか,どういう効果を意図しているかはっきりさ
27
[商行為法 WG 最終報告書]
せる必要がある。関連して,破産法 59 条に交互計算に関する規定があるが,段階的交互
計算について何らかの規定を設けるとすれば,倒産法上の扱いについてどうするか,規定
を置くかといった点も検討する必要がある。
なお段階的交互計算の規定を設け古典的交互計算と併存させるという立法は,段階的交
互計算と古典的交互計算に対照的な法的効果を与えることを明定するという方向性につな
がると思われるが,それはとりもなおさず現行法上の交互計算については,期末における
残高債権しか差し押さえられないという現在の判例・多数説の解釈(大判昭和 11 年 3 月
11 日民集 15 巻 320 頁。石井=鴻 89 頁,江頭 35 頁等)を立法で明確化することを,実質
的には意味するのではないかと思われる(交互計算不可分の原則は当事者間の効果しかな
く,債権者による交互計算組み入れ債権の差し押さえを排除できないとすれば,段階的交
互計算との違いが非常に小さくなる)。しかし,期中における差押の可否については現在で
も非常に争いがあり,交互計算不可分の原則は当事者間に限られ,交互計算に組み入れら
れた債権の差押えもなしうるという見解が主張されている(平出 310 頁以下)。そういう
中で,古典的交互計算に関する規定について現在の判例・多数説の解釈を固定化するよう
な立法をすべきであるかという疑問も指摘された。
【補足:ネッティングに関する論点】
ネッティングは,当事者間で一定の取引から生じる複数の債権債務を差し引き計算する
取極めであり,一般に次の 3 つのものに区別されている。
第 1 は,ペイメントネッティングであって,履行期が来た時に差し引きを行うものであ
る。
第 2 は,オブリゲーションネッティングであって,履行の到来を待たずに,債権債務の
発生時点で,履行期を同じくする債権債務についてはすべて差し引きを行って一本化する
ものである。これは一種の段階的交互計算だとされている。
最後に,クローズ・アウトネッティングと呼ばれるもので,当事者の 1 人に倒産開始な
ど一定の信用悪化事由が生じた場合に,履行期の異なる一定範囲のすべての債権債務につ
いて差し引き計算するというものがある。
これらのうち第 1,第 2 のものについては,約定としての有効性等については,特段問
題はない。これに対して第 3 のものが第三者との関係でどういう意味を持つか,とりわけ
倒産手続との関係でどういう意味を持つか議論があった。ISDA マスターアグリーメント
のネッティング条項の効力をめぐって,相殺ルートでの有効性の基礎付け(相殺によって
同様の効力が達成できることを根拠に,倒産法上も尊重されるアレンジメントであると説
く)がなされたが(新堂幸司「スワップ取引の法的検討(上)
(下)――ISDA契約の倒
産法上の問題について」NBL523 号 6 頁,524 号 12 頁(1993 年)),それだけでは説明
できないタイプのネッティングの登場を機に,相場のある商品の取引に関する倒産法の特
例(の趣旨)を持ち出して正当化することが試みられた(新堂幸司「金融派生商品取引の
28
[商行為法 WG 最終報告書]
倒産法的検討(上)
(下)――1992年版ISDA基本契約における一括清算条項の効力」
NBL552 号 6 頁,553 号 13 頁(1994 年))。後者の議論は諸外国の立法とも調和的なア
プローチであると評される面もあるが(神田秀樹「ネッティングの法的性質と倒産法をめ
ぐる論点」金法 1388 号 11 頁(1994 年)以下),解釈論としては疑義もないわけではなか
ったため結局,金融機関等が行う特定金融取引の一括清算に関する法律(いわゆる一括清
算ネッティング法)によって対処がなされた。これは,その後倒産法改正により,一般法
化された(破産法 58 条。民事再生法 51 条,会社更生法 63 条により民事再生・会社更生
に準用)。一括清算ネッティングに関する実務上の懸念は,実質としては,解決されたこと
になる。
注意すべきは,倒産法は,一括清算ネッティングは,問題を相殺あるいは交互計算の延
長で解決したのではなくて,相場(市場価格)のある商品の取引に関する清算という形を
とって解決したということである。今後仮に民商法において,ネッティングについても何
らかの形で規定を置くとしても,相殺・交互計算のところに取り込む形で整理することが,
(一括清算ネッティング法の制定に至るまでのさまざまな紆余曲折を経てたどり着いた)
倒産法における解決の仕方と平仄が合わなくなることがないように留意する必要がある。
多当事者間ネッティング
多当事者間ネッティングの有効性についても過去議論されたことがあり,可能であると
いう意見もある(新堂幸司「多数当事者間のネッティング(上)
(下)ISDAマスター契
約における一括清算条項のマルチ化」旬刊金融法務事情 1469 号 19 頁,1463 号 19-23 頁
(1996 年))
。それは下記のような考え方を論拠とする。
一番単純なものとして,B が A に対して 60 の債務を負い,B が C に 40 の債権を有し,
A が C に 20 の債務を負っているという三当事
者間の清算を考えよう。
60
A
B
この場合,3 当事者間で図の矢印のように資
金を移動させるのは無駄であり,ネットとして,
20
Aが+40,Bが-20,Cが-20となるよ
40
うな清算をすればよい。そのためには,たとえ
C
ばAがCに対して20債権をもち,AがBに対
して20債権を持つ(B,Cが各々Aに 20 ず
つ払うとすればよい)こととすればよい。
こういうアレンジメントをすると,たとえばAが破産した場合だとCの20の倒産債権
はなくなりそのリスクは軽減される。Bが倒
20
A
B
産した場合は,倒産債権がなくなるわけでは
ないが,Aの債権は60から 20 に減ってい
る。Cが倒産した場合,Bの倒産債権はなく
20
C
29
[商行為法 WG 最終報告書]
なっている。
以上は3当事者の間の例であるが,当事者がこれ以上増えたとしても,似たような方法
を繰り返すことで矢印を減らして,最終的に 2 当事者に組み直すことは可能である。かく
して,他当事者間ネッティングも最終的には 2 当事者間相殺に帰着するので,第三者にも
対抗できるし倒産法上も問題ないと説かれることがある。
以上の議論には大きく分けて二つの問題がある。第1は,多当事者相殺について,上記
のような手順で矢印を減らすことが,―――仮に多当事者間の合意があっても―――,第
三者(当事者のうちの1人の債権者)に対抗できるかということであり,第2は,こうい
うやり方で 2 当事者間の相殺に還元していく方法は答えが一つには決まらないという問題
である。
第 1 の点に関連する判例として,最判平成 7 年 7 月 18 日金法 1457 号 37 頁がある。こ
の事件は,A,Yが親子会社でAB間の債権,BY間の債権がある場合にBの債権者がB
のYに対する債権を差し押さえたという例である。AB間の契約で,Bに差押さえなどが
あった場合には,BはAに対する期限の利益を失い,かつAはBに対する債権とAの親会
社であるYの債務とを相殺できる,という約定があった。X(国)が債権を差し押さえたの
に対して,YがAB間の債権による相殺を主張した。最高裁はこの相殺の効力を否定して,
次のように述べる。
「本件相殺予約の趣旨は必ずしも明確とはいえず,その法的性質を一義
的に決することには問題もなくはないが,右相殺予約に基づきAのした相殺が,実質的に
は,Yに対する債権譲渡といえることをも考慮すると,YはAがXの差押え後にした右相
殺の意思表示をもってXに対抗することができないとした原審の判断は,是認することが
できる。」
つまりこれはBのYに対する債権をAに譲渡したような形になるが,この譲渡が差押さ
え債権者に対抗できるようなものではないから,相殺はできないというわけである。確か
にBのYに対する債権の差押え対債権譲渡と見ればそうなる。しかしAのBに対する債権
をYが譲り受けたと見るなら,Bの債権者との間で対抗問題は生じない(差し押さえた債
権を処分したわけではない)から,当然には相殺が制約されるいわれはないという反論が
ありうる(新堂・前掲)。またこの例だとそういうことはできないが,たとえばスワップ取
引の例でいえば,債務引受などを駆使することで矢印を消すこともできる。もっとも,必
ずしも内容が明確ではない相殺予約について,いろいろ考えられる構成のうち,ある構成
を想定すれば第三者に対抗できるというだけで,一般的な有効性を主張できるのかが問題
となる。
第 2 の問題として,多当事者間ネッティングでは
実は差し引き計算の仕方がいろいろと異なるやり方
40
A
B
が可能となってしまい,その結果,異なる解がいく
つも作れることがある(この問題については,神田
20
秀樹「資本市場法制研究会報告(第1回)資本市場
C
30
[商行為法 WG 最終報告書]
法制の現状と課題
デリバティブ取引(その1)――業法上の位置づけと多数当事者間ネッ
ティング」月刊資本市場 157 号 36 頁(1998 年),藤田友敬「金融取引の決済の安定と法
制度―――清算機関を通じた決済と倒産法」斎藤誠編著『日本の「金融再生」戦略
新たな
システムの構築をどうするか』133-159 頁(中央経済社,2002 年))
。前述の例では,A
がB,Cに20ずつ債権を取得するような形に置き換えられるとしたが,これだけが答え
ではない。BがAに 40 払い,CがBに 20 払うというのもありうる。このやり方でも矢印
は一本消せる。ただこういう消し方をした場合の当事者の倒産リスクの削減の効果は違っ
てくる。いくつも解があることを前提とすれば,どのような手順で矢印を減らした場合を
想定して相殺の有効性を主張できるのかという問題がある。もちろん,どういう順序で清
算がなされるかが事前に明確に決まっており,自動的に処理が可能なような約定の仕方も
考えられないわけではないが(しかし,そういう複雑な約定をするぐらいなら,むしろ後
述のような中央の清算機関を置く方が簡明である),そうではない場合,相殺する側に一番
有利な―――それも事後的に見て―――やり方を自由に選べることができるというのでよい
かといった疑問が呈されている。
後者の問題については,中央に清算機関を置けば解決できる。取引所デリバティブにつ
いては,参加者間の債権債務をすべて中央清算機関との関係の債権債務に置き換えて,日々
その清算機関との間でオブリゲーションネッティングを行う。その結果,会員の誰かが倒
産すればネッティングした額について機関の債権が倒産債権となるが,その損失を会員全
員で按分する。こういうやり方をとれば,実質は多当事者間のネッティングと同じことが
完全に達成でき,かつその効力についても疑念が生じる余地がない。そういうやり方をと
らない場合に,どういう規定を設ければよいのかは必ずしも明らかではない。
いずれにせよ,仮に多当事者間のネッティングに関する規定を設けるとすれば,どうい
う範囲で,どういう内容の契約であれば,それが第三者に対抗できるかを詰める必要があ
り,これまで提示された上記のような議論の延長で分析することが適切か否か,またそう
いう方向で立法が可能なのか否かを含めて,慎重な検討が必要に思われる。
(商業証券に係る債権債務に関する特則)
第 530 条
手形その他の商業証券から生じた債権及び債務を交互計算に組み入れた場合
において,その商業証券の債務者が弁済をしないときは,当事者は,その債務に関する項
目を交互計算から除外することができる。
○本条の削除あるいは修正が必要であるか否か,さらに検討する。
530 条の「手形その他の商業証券から生じた債権及び債務」が何を意味するのかが明ら
かではないが,これまでに指摘されてきた手形割引をした場合の手形割引代金債務(実際
にはあまり存在しないであろう)のほかに,たとえば手形の取立委任をした場合に,依頼
31
[商行為法 WG 最終報告書]
人が銀行に対して有する取立代金債権や割引手形の買戻請求権等がこれに該当するとも考
えられる。 ただこれらの例について,現在のような形で規律を置くことが合理的か否かは
別問題である。
なお本条については,規定の趣旨がはっきりしないことが指摘され(WG 第 3 回配付資
料「追加資料商法第 530 条の沿革及び趣旨」参照),またドイツ法に対応する規定がなく,
ただ学説上若干関連性のありそうな議論があること(「商法530条に関連するドイツの議
論」参照)が分かったが,現在の規定を積極的に支持する内容ではない。
第4章
匿名組合
○民法に規定を移すことは適切ではなく,本章の内容に修正が必要であるか否かは,別
途商行為法の現代化という観点からさらに検討する。
匿名組合は,現在では,ほとんど集団的投資スキームの器を作り出す手段として用いら
れており,そのような使い方を前提とする限り,民法上の組合と並べて規定するのは適切
な類型ではないように思われる。投資家保護のための規律が仮に必要だとすれば,それは
たとえば投資ファンド法等という形で規制するのが望ましく,民法に典型契約の一種とし
て置かれた匿名組合の規定が有益とは考えにくい。また仮に投資スキームを離れた機能を
考えるとしても,事業によって利益をあげ,それ利益を分配するという性格を持たない用
い方を想定することは難しく,一般法化することが適切な制度とは思われない。
【仲立営業・問屋営業・場屋営業の規整の在り方・前注】
商行為法の条文の中には,特定の営業の形態に着目したとみられる規定が相当数ある。
具体的には,543 条~550 条の仲立営業に関する規定,551 条~558 条の問屋営業に関す
る規定,559 条~568 条の運送取扱営業に関する規定,569 条~592 条の運送営業に関す
る規定,594 条~596 条の場屋営業に関する規定および 597 条~628 条の倉庫営業に関す
る規定である。このうち,運送取扱営業,運送営業,倉庫営業に関する規定は今回のWG
での検討対象には含まれていないが,これは,運送業や倉庫業は相応の設備を有する者に
よって行われる業であって専門性・特殊性が強いこと,おおむね公的監督に服する業であ
ることなどから,一般私法たる民法において規律することが適切であるとは考えにくく,
かりに現代化立法が必要であるとしても,将来,運送法や倉庫法として別途検討すること
が望ましいと考えられたからである。これに対し,仲立営業・問屋営業は,それぞれ一定
の特徴をもった業ではあるものの,運送営業や倉庫営業ほど専門性・特殊性が強くはない
32
[商行為法 WG 最終報告書]
し,
「媒介契約」,
「取次契約」という特別の類型の契約を基礎として行われるものであるこ
とから,民法との親和性はより高いということもできる。したがって,たとえば,
「媒介契
約」や「取次契約」を民法の典型契約としたうえで当該契約類型にかかる基本ルールを民
法で定めることや,これに加えて業としての諸ルールを現行の商法から民法に移して規律
するということも,立法上の選択肢になりうる。しかしながら,仲立営業および問屋営業
に関する現行商法の規定の多くは「仲立人」・「問屋」という特定の商人の営業形態に着目
したものであるから,この点にかんがみ,仲立営業・問屋営業を従来通り商法で規律する
ということも考えられるであろう。なお,場屋営業も,運送営業や倉庫営業ほどには専門
性・特殊性が強くないという点では仲立営業・問屋営業と共通するが,場屋営業の規整の
在り方については,別途考慮すべき要素もあることから,あとでまとめて取り上げること
とする。
第5章
仲立営業
【第 543 条~第 550 条前注】
○仲立営業については,商事仲立のみを商法で規律する現行法制を改め,民事仲立と商事
仲立を区別せず両者に共通するルールを設けることが妥当である。仲立全般に妥当するル
ールとしてどのようなものが考えられるか,それらのルールを民法と商法のいずれに置く
かについてはさらに検討する。なお,以下の記述においては,説明の便宜上,商法 543 条
にいう「仲立人」を「商事仲立人」と表記し,民事仲立人と商事仲立人の両者をあわせた
ものを「仲立人」と表記することとする。
(1)わが国には,仲立業一般を規律する私法ルールはなく,他人間の商行為の媒介をなす
ことを業とする商事仲立人の行為(いわゆる商事仲立)を規律するルールが商法 543 条以
下に置かれているのみである。そのため,他人間の商行為ではない行為の媒介がなされる
場合(いわゆる民事仲立)に適用されるルールが明らかではないという問題がある。さら
に,商事仲立の規定についても,その守備範囲が必ずしもはっきりしないという問題があ
る。
わが商法は,「他人間の商行為」(一方的商行為で足りるというのが通説である)の媒介
をなすことを業とする者を商事仲立人と定義して,そのような商事仲立人の行為に商法
543 条以下の規定を適用する。不動産取引の媒介を行う宅地建物取引業者は他人間の「商
行為」を媒介することもあれば(たとえば売買・賃貸借の一方当事者が会社である場合),
商行為ではない行為を媒介することもあるが(たとえば非商人間の非投機的不動産取引),
このように商行為と商行為でない行為の両方の媒介を行う者が商法 543 条にいう商事仲立
人にあたるのかどうかが必ずしもはっきりしない。かりに,この者が商事仲立人にあたる
としても,この者が現に他人間の商行為ではない行為の媒介をする場合(商事仲立人が民
33
[商行為法 WG 最終報告書]
事仲立を行う場合)に,商法 543 条以下が適用されるか否かも条文上はっきりしない。商
事仲立人が民事行為の媒介を引き受ける場合には商法 543 条以下の規定は適用がないと明
言する学説もあるが(江頭 201 頁,平出 351 頁),あらゆる学説がこのように明言してい
るわけでもない。
宅地建物取引業者が不動産取引の媒介をする場合,当該取引の一方当事者が会社であれ
ば,当該媒介は商事仲立となる。しかし,不動産取引においては交渉の途中までは当事者
の素性を明かさずに媒介が行われることもしばしばあり,そのような場合,非商人たる当
事者にとっては,相手方当事者の素性がわからないために,当該媒介が商事仲立として商
法 543 条以下の規定の適用を受けるのかどうかがわからないということも起こりうる(宿
泊契約の締結,運送契約の締結,保険契約の締結など,媒介対象が商行為であることが自
明である場合にはかかる事態は生じないといってよい)。商行為の媒介を引き受ける行為を
商事仲立と定義したうえで,これに民事仲立とは異なるルールを適用するというわが国の
現行法制は,不動産取引のように商行為になるかどうかが当事者の素性(または取引目的)
次第であるという場合には,取引当事者の予測可能性を妨げるという点で問題が大きいと
思われる。
これに対し,ドイツでは,民法に民事仲立の規定(民法 652 条~656 条),商法に商事
仲立の規定(商法 93 条~104 条)を置いた上で,商品若しくは有価証券の供給若しくは
譲渡,保険,物品の運送,冒険貸借,船舶の賃貸借又はその他の商取引の対象に関する契
約の媒介を営業的に引き受ける場合に商事仲立に関する規律を適用すること(商法 93 条 1
項),不動産に関する取引の媒介には,たとい商事仲立人がこれを行う場合であっても商事
仲立に関する規定を適用しないこと(同 2 項)を明文で定めており,不動産取引の媒介に
民事仲立・商事仲立のいずれの規律が適用されるかはっきりしないといった問題は生じて
いない。
以上のように,わが法制のもとでは,宅地建物取引業者の媒介行為が私法上どのように
規律されるのかについて必ずしも明らかではなく,そのこと自体に問題があるわけである
が,議論を単純化するため,以下では,宅地建物取引業者は民事仲立のみを行う民事仲立
人であるとして検討を進めることとする。
(2)以上のようなわが国の仲立法制の問題点にかんがみると,大要以下のような三つの選
択肢が考えられる。
A案
ドイツ法に倣って,民事仲立と商事仲立のそれぞれについて規定を設け,かつ,そ
れぞれの適用範囲について疑義が生ずることがないよう手当てする。
B案
民事仲立・商事仲立を区別することなく,仲立業全般に適用される規定を置く。
C案
商事仲立についてのみ規律する現行法制を維持する
34
[商行為法 WG 最終報告書]
A案は,現行法のもとでは民事仲立にいかなる規律が妥当するのかが明らかではないこ
とから,民事仲立に関する規定を新設し,仲立業を民事仲立に関する規定と商事仲立に関
する規定の二本立てで規律しようとするものである。ただし,このような規律を導入する
ためには,民事仲立と商事仲立にはいかなる違いがあるがゆえに,異なったルールが適用
されることになるのかということが明らかにされる必要がある。
この点に関して,ドイツでは,民事仲立においては,委託当事者が許諾していない限り,
民事仲立人が反対当事者のために活動することが禁じられると一般に解されているのに対
し,商事仲立においては,商事仲立人は委託関係にない反対当事者に対しても種々の義務
を負う(ドイツ商法 98 条は損害賠償責任も明記する)代わりに当該反対当事者に対して
も報酬請求権を有するとされており,委託していない当事者と仲立人の間の法律関係につ
いて,民事仲立と商事仲立とで,明らかに異なった扱いがなされている。これは,民事仲
立においては,一般私人が当事者となることも多く,取引金額も高額になることが少なく
ない不動産取引の媒介を念頭において,民事仲立人に媒介を委託した当事者の利益を保護
することが重視されているのに対して,商事仲立においては,委託当事者の許諾を得ない
限り反対当事者の利益も図った公平な取引をまとめることができないのは不便であること
から,民事仲立とは異なるルールが採用された,というように説明することができよう(た
だし,ドイツの実務では,不動産取引の仲立人も,委託当事者の許諾を得て,反対当事者
とも媒介契約を締結する(いわゆる Doppelmakler)のが通例であるようである)
。
しかしながら,このような民事仲立と商事仲立の二分法が,わが国の民事仲立実務に抵
抗なく受け入れられるかというと,かなり疑問がある。わが国には,宅地建物取引業者が
一方当事者から委託を受けると,反対当事者と自由に媒介契約を結ぶことができなくなる
といった私法上の解釈ルールはないと思われるし,宅地建物取引業法上も,宅地建物取引
業者は取引の関係者(委託を受けていない当事者も含む)に対して公平誠実に業務を行う
ことが義務付けられており(宅建業法 31 条)
,民事仲立人についても,(受託者としての
立場よりもむしろ)取引仲介者としての立場が重視されているように思われるからである。
また,民事仲立と商事仲立の二分法をとる場合には,委託していない当事者も仲立料を負
担するという現行商法 550 条 2 項は,商事仲立に特有のルールという位置付けが与えられ
ることになろうが(現行法上も一般にそのように解釈されてはいるが,そのことがより明
確になろう)
,このルールを適用する必要のある類型の仲立取引が現実に存在するかという
と,この点も必ずしも明らかではない。
(3)以上検討したように,民事仲立と商事仲立を区別して仲立業を規律することには疑問
があるが(比較法的にみても民事仲立と商事仲立の二分法はドイツ特有のルールのようで
ある),仲立業そのものについておよそ規律をしないのは適切ではないと思われる。たとえ
ば,商法 550 条 1 項が定める成功報酬制は,民事仲立・商事仲立を問わず,あらゆる仲立
について確立した慣行であるといえようから,これを仲立業全般に通ずるルールとして定
35
[商行為法 WG 最終報告書]
めることには意義が認められよう。また,媒介により取引の成立に尽力するとともに紛争
の防止にも傾注することが仲立の本質であるとみるならば,結約書作成に関するルールを,
民事仲立・商事仲立を問わず適用することが検討されてよいと思われる。B案は,このよ
うな考え方に基づき,民事仲立・商事仲立を問わず,仲立業全般に通ずるルールを明文化
することを提案するものである。具体的にどのようなルールを仲立業の通則として定める
ことができるかは,さらに検討が必要である。このほか,B案を採るとした場合には,仲
立業に関する通則を民法に置くか商法に置くかという問題もあるが,民事仲立も含めて規
律することから当然に民法に規定を置くべきことになるわけではなく,仲立を業とする商
人(民事仲立人も商人である。商法 502 条 11 号)の行為を規律するという点に着目する
ならば,商法に規定を置くことは何ら不自然ではないと考えられる。この点については,
問屋営業に関する規定をどのようにするかという問題とも併せて検討すべきである。
なお,C案は,A案・B案とも実現しそうにない場合に,やむなく現状維持とするもの
であって,WGとしてこの選択肢を積極的に推すものではない。
〔定義〕
第 543 条
仲立人トハ他人間ノ商行為ノ媒介ヲ為スヲ業トスル者ヲ謂フ
○仲立ないし仲立人をどのように定義するかは,A案・B案・C案のいずれを採用するか
による。
かりにB案を採用する場合には,
「他人間の商行為の媒介」をなすことを業とする者を商
事仲立人とするという現行法の定義に代えて,
「他人間の法律行為の媒介」をすることを業
とする者を仲立人とすることが考えられよう。
〔当事者のための給付を受ける権限〕
第 544 条
仲立人ハ其媒介シタル行為ニ付キ当事者ノ為メニ支払其他ノ給付ヲ受クル
コトヲ得ス但別段ノ意思表示又ハ慣習アルトキハ此限ニ在ラス
〔見本保管の義務〕
第 545 条
仲立人カ其媒介スル行為ニ付キ見本ヲ受取リタルトキハ其行為カ完了スルマ
テ之ヲ保管スルコトヲ要ス
〔結約書に関する義務〕
第 546 条
当事者間ニ於テ行為カ成立シタルトキハ仲立人ハ遅滞ナク各当事者ノ氏名又
ハ商号,行為ノ年月日及ヒ其要領ヲ記載シタル書面ヲ作リ署名ノ後之ヲ各当事者ニ交付ス
ルコトヲ要ス
2
当事者カ直チニ履行ヲ為スヘキ場合ヲ除ク外仲立人ハ各当事者ヲシテ前項ノ書面ニ署
36
[商行為法 WG 最終報告書]
名セシメタル後之ヲ其相手方ニ交付スルコトヲ要ス
3
前 2 項ノ場合ニ於テ当事者ノ一方カ書面ヲ受領セス又ハ之ニ署名セサルトキハ仲立人
ハ遅滞ナク相手方ニ対シテ其通知ヲ発スルコトヲ要ス
〔帳簿に関する義務〕
第 547 条
2
仲立人ハ其帳簿ニ前条第 1 項ニ掲ケタル事項ヲ記載スルコトヲ要ス
当事者ハ何時ニテモ仲立人カ自己ノ為メニ媒介シタル行為ニ付キ其帳簿ノ謄本ノ交付
ヲ請求スルコトヲ得
○結約書作成義務に関する 546 条や仲立人日記帳作成義務に関する 547 条を,仲立業全般
に通ずるルールとして定めることの当否について検討すべきである。
現行法のもとでは,これらの規律は商事仲立にのみ及ぶものとされているが,仲立の本
質が媒介により法律行為の成立に尽力し,当事者間の紛争防止に努めることであるとする
ならば,これらの規律を民事仲立にも及ぼすことが検討されてよいと思われる。
〔氏名黙秘の義務〕
第 548 条
当事者カ其氏名又ハ商号ヲ相手方ニ示ササルヘキ旨ヲ仲立人ニ命シタルトキ
ハ仲立人ハ第 546 条第 1 項ノ書面及ヒ前条第 2 項ノ謄本ニ其氏名又ハ商号ヲ記載スルコト
ヲ得ス
〔介入義務〕
第 549 条
仲立人カ当事者ノ一方ノ氏名又ハ商号ヲ其相手方ニ示ササリシトキハ之ニ対
シテ自ラ履行ヲ為ス責ニ任ス
○匿名当事者が永久に匿名であり続けることを想定し,相手方保護は商事仲立人の介入義
務で図ろうとする現行商法第 548 条及び第 549 条は立法論的に疑問があり,とりわけ,549
条は,非顕名代理が認められていることに照らしてもアンバランスである(本人の名前を
隠して代理行為をすることが認められているにもかかわらず,549 条によれば,商事仲立
人は,自分が代理人ではない旨を表示しても,履行責任を負わされる)。548 条及び 549
条は,削除するか,またはドイツ法等を参考にして改正すべきである。
ドイツでは,一方当事者を匿名にしたまま成約に至ることも想定されているが,商事仲
立人が介入義務を負担するのは,成約後相当の期間内に商事仲立人が匿名当事者を開示し
ないか,または相手方が成約時に異議を述べていた場合に限られる。現行 548 条・549 条
がこのような穏当なルールに改められるのであれば,B案を採用した場合に,これらを仲
37
[商行為法 WG 最終報告書]
立業全般に通ずるルールとして定めることも考えられよう。
〔報酬請求権〕
第 550 条
仲立人ハ第 546 条ノ手続ヲ終ハリタル後ニ非サレハ報酬ヲ請求スルコトヲ得
ス
2
仲立人ノ報酬ハ当事者双方平分シテ之ヲ負担ス
1
本条1項
○1項の成功報酬制の原則は,民事仲立を含めた仲立業全般に通ずるルールとして定める
ことが考えられる。
媒介の委託者が報酬支払義務を免れるために途中で仲立人を排除して直接取引により契
約を成立させた場合,どのように処理するかにつき,裁判例や学説は様々に論じているが,
それらの理論は明文化するほどには熟していないように思われることから,なお解釈に委
ねることとしてはどうか。
2
本条2項
○2項の仲立料平分負担主義は,商事仲立人に委託していない当事者からも報酬を取れる
とするものであるが,B案を採用する場合には削除することが考えられる。A案またはC
案を採用する場合には,商事仲立に特徴的なルールとして残すことが考えられるが,その
場合には商事仲立人の責任に関する規定を新設するかどうかという点も併せて検討される
べきである。
前述のように,ドイツでは,民事仲立においては,媒介を委託した当事者との間でのみ,
媒介にかかる法律関係が発生し,報酬請求権も当該委託当事者に対してのみ発生するとさ
れているのに対し,商事仲立においては,媒介を委託していない当事者との間でも,法律
により,媒介にかかる法律関係がいわば擬制され,報酬請求権も当事者双方に対して発生
するものとされている(ドイツ商法 99 条)。わが国においても,550 条 2 項の平分負担主
義は,商事仲立人が委託を受けていない当事者の利益をも公平に図ることを義務付けられ
ることを考慮して商法が認めた特別の効果であると説明されている(江頭 211 頁,平出 364
頁)。仲立料平分負担主義の根拠がこのようなものであるとすると,B案のように民事仲立
も含めて仲立業を規整する場合には,仲立業全般に適用される通則として 550 条 2 項のよ
うな効果を定めるのは行き過ぎであると考えられる。
A案またはC案を採用する場合には,550 条 2 項を商事仲立に特有のルールとして維持
38
[商行為法 WG 最終報告書]
することが考えられる。しかしながら,そもそも,わが国の実際として,550 条 2 項のル
ールがそのまま適用されることが必要とされる取引類型が存するかどうかは明らかではな
く(550 条 2 項がなくても,商法 512 条に基づいて,媒介の性質に応じて仲立人に報酬請
求権を認めることは可能であると思われる),また,商事仲立人が委託を受けていない当事
者に対しても損害賠償責任を負担する旨の明文の規定(ドイツ商法 98 条参照)を置くこ
となく,商事仲立人の報酬請求権だけを規定しておくことが適切かという問題もある。A
案またはC案のもとでも,550 条 2 項については,なお検討が必要であろう。
第6章
問屋営業
【第 551 条~第 558 条前注】
○
自己の名をもって他人の計算で法律行為をなすこと(「間接代理」)を業として引き受
けるのが「取次業」である。現行商法は,取次業に関して,物品の売買について取次を行
う者を問屋営業として(商法 551 条~557 条),物品運送について取次を行う者を運送取
扱営業として(商法 559 条~568 条),さらに,物品の売買・運送以外について取次を行
う者を準問屋営業として(商法 558 条),規律している。
理論上の可能性としては,間接代理ないし取次契約に関する一般的なルール(たとえば,
現行商法 552 条 1 項・2 項に相当するルール)を「一般法化」すること,具体的には,民
法の代理に関する規律の中で(またはそれらの規律に続けて)間接代理についても規定す
ることや,民法の契約に関する規律のなかで取次契約を民法の典型契約の一つとして規整
することが考えられよう。また,これら一般的なルールに加えて,物品売買を取り次ぐ「業」
としての側面に着目した規定(具体的には現行商法 551 条,553 条~556 条に相当する規
定)を問屋営業に関する特則として民法におくことも考えられよう。しかしながら,現行
商法の問屋営業に関する規定の多くは,問屋という商人の「業」に着目した規定であるこ
とから,問屋営業に関する規定は従来通り商法に残すことも考えられよう。
〔定義〕
第 551 条
問屋トハ自己ノ名ヲ以テ他人ノ為メニ物品ノ販売又ハ買入ヲ為スヲ業トス
ル者ヲ謂フ
〔問屋の法律上の地位〕
第 552 条
問屋ハ他人ノ為メニ為シタル販売又ハ買入ニ因リ相手方ニ対シテ自ラ権利ヲ
得義務ヲ負フ
2
問屋ト委託者トノ間ニ於テハ本章ノ規定ノ外委任及ヒ代理ニ関スル規定ヲ準用ス
39
[商行為法 WG 最終報告書]
○2項の規定振りには問題があり,実質は変えないとしても,文言は改める必要があると
考えられる。
問屋と委託者の関係は「委任」そのものであるから,委任に関する「規定を準用」する
のではなく,委任に関する「規定に従う」といった表現に改めることが考えられる。
他方,現行法が「代理」に関する規定を準用するとしている点については,このままで
は意味がはっきりしないことから,これに代えて,問屋が委託に応じて取得した権利は,
問屋と委託者の内部関係においては,権利の移転行為なしに委託者に帰属するという趣旨
の規定を置くことが考えられる。
委託に応じて問屋が取得した権利に関して,問屋が破産した場合に委託者が問屋の債権
者に対してどのような主張をすることができるか,これについて規定を置くべきかどうか
については慎重な検討を要する。委託者は,当該権利についての取戻権を行使することが
できるとした最高裁判例もあるが(最判昭和 43・7・11 民集 22 巻 7 号 1462 頁),これは,
証券会社が問屋,顧客が委託者,売買の目的物が株券であったという事案であって(債権
者としても,当該株券は委託の実行として取得された可能性が少なからずあることを認識
すべきケースであったといえる),同判例の法理をあらゆる問屋について及ぼしてよいかは
問題である。むしろ,問屋と委託者の間での占有の移転(事前の占有改定の合意)を柔軟
に認めるような形で処理すれば足りるようにも思われる。なお,昭和43年最高裁判例の
ような事案は,株券が電子化されれば,生じないことになろう。
〔履行担保義務〕
第 553 条
問屋ハ委託者ノ為メニ為シタル販売又ハ買入ニ付キ相手方カ其債務ヲ履行
セサル場合ニ於テ自ラ其履行ヲ為ス責ニ任ス但別段ノ意思表示又ハ慣習アルトキハ此限
ニ在ラス
○別段の意思表示又は慣習がない限り,問屋が履行担保責任を負うというのは行き過ぎで
あるとして,以前から削除すべきとの立法論が有力に唱えられている規定であるが,残す
必要がおよそないかどうかについて,さらに検討する。
債務不履行をする可能性が高い者を取引の相手方として問屋が見つけてきたような場合
に,問屋の善管注意義務違反で対処できるかが問題となる。履行利益賠償まで認められる
のであれば,あえて本条を維持する必要性は乏しいように思われる。
〔指値遵守義務〕
第 554 条
問屋カ委託者ノ指定シタル金額ヨリ廉価ニテ販売ヲ為シ又ハ高価ニテ買入ヲ
為シタル場合ニ於テ自ラ其差額ヲ負担スルトキハ其販売又ハ買入ハ委託者ニ対シテ其効
40
[商行為法 WG 最終報告書]
力ヲ生ス
○問屋営業の規定として残されても特に問題はないと考えられる。
証券取引などにおいてこのような規律を一般的に妥当させてよいかは問題であるが,問
屋制度一般に関しては,このような規定があっても差し支えないと考えられる。
〔介入権〕
第 555 条
問屋カ取引所ノ相場アル物品ノ販売又ハ買入ノ委託ヲ受ケタルトキハ自ラ買
主又ハ売主ト為ルコトヲ得此場合ニ於テハ売買ノ代価ハ問屋カ買主又ハ売主ト為リタル
コトノ通知ヲ発シタル時ニ於ケル取引所ノ相場ニ依リテ之ヲ定ム
2
前項ノ場合ニ於テモ問屋ハ委託者ニ対シテ報酬ヲ請求スルコトヲ得
○問屋のいわゆる介入権に関する規定であり,介入権行使の要件・効果・法的性質につい
ては従来から議論のあるところであるが,問屋に関してこのようなルールを置くこと自体
については特に問題はないと思われる。
個々の業法では問屋の介入権を否定している例もあるが,問屋に関する一般的な私法ル
ールとしてはかかる規定があっても差し支えないと考えられる。
〔供託および競売権〕
第 556 条
問屋カ買入ノ委託ヲ受ケタル場合ニ於テ委託者カ買入レタル物品ヲ受取ルコ
トヲ拒ミ又ハ之ヲ受取ルコト能ハサルトキハ第 524 条ノ規定ヲ準用ス
〔通知義務および留置権〕
第 557 条
第 27 条及ビ第 31 条ノ規定ハ問屋ニ之ヲ準用ス
○556 条・557 条については,問屋営業の規定として残されても特に問題はないと考えら
れる。
〔準問屋〕
第 558 条
本章ノ規定ハ自己ノ名ヲ以テ他人ノ為メニ販売又ハ買入ニ非サル行為ヲ為ス
ヲ業トスル者ニ之ヲ準用ス
○民法に間接代理ないしは取次契約に関する一般的ルールが置かれることとなった場合に
本条が不要となるのか,多少変容して残す必要があるのかどうかについて,なお検討の必
41
[商行為法 WG 最終報告書]
要がある。
第9章
寄託
【第1節 総則(593 条~596 条)前注】
○規定の実質的内容からすると,593 条は,本来商行為総則として定められるべき規定で
あるのに対し,594 条~596 条は,場屋営業に適用される規定である。このような法的
性質に即して,規定の置き場所や規律内容について検討する必要がある。
〔寄託を受けた商人の責任〕
第 593 条
商人カ其営業ノ範囲内ニ於テ寄託ヲ受ケタルトキハ報酬ヲ受ケサルトキト雖
モ善良ナル管理者ノ注意ヲ為スコトヲ要ス
○規定の実質的内容からして本条が商行為総則としての性格を有することには異論がない
が,一般法化または統合により民法に置くべきか,商行為総則に置くべきかについては,
なお検討を要する。
民法における寄託の規律が,無償寄託を原則とするか,有償寄託を原則とするか,いず
れの形をとるにせよ,無償の場合にも善管注意義務を負うというルールにはならないであ
ろうから,本条を一般法化するという選択肢は事実上ないといってよい。しかし,商人が
営業の範囲内において寄託を受けた場合には無償であっても善管注意義務を負うというル
ール自体は有用であると考えられる。規定の置き場所としては,
「商人+営業の範囲内」と
いう要件を付して民法に統合するか,または同様の要件を付して商行為総則に置くという
二つの選択肢が考えられる。
「商人+営業の範囲内」という要件に代えて,たとえば「事業者+事業の範囲内」とい
う要件を付すことも考えられるが,現行商法 593 条の「商人+営業の範囲内」という要件
は,商人の報酬請求権について定めた現行商法 512 条の要件と平仄のあった形になってい
ることから,本条の要件を検討するにあたっては,商法 512 条の要件も勘案する必要があ
ると考えられる。
【第 594 条~第 596 条前注】
○594 条~596 条は,場屋営業主が,客が寄託した物品および客が寄託していない携行品
の滅失・毀損につき負うべき責任について定めた規定であるが,ヨーロッパの法制とは大
きく異なっており,現行法制を維持するか,それともヨーロッパの法制を導入するかにつ
いて慎重に検討する必要がある。また,民法で規律するか商法で規律するかについてもあ
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[商行為法 WG 最終報告書]
わせて検討する必要がある。
現行規定は,客の来集を目的とする場屋の営業一般に広く適用されるとともに,客から
寄託を受けた物品と客が寄託することなく場屋に携行した物品とで場屋営業主の責任を明
確に区別して規律するという特徴を有する。すなわち,寄託物については,不可抗力免責
のみを許す無過失責任を場屋営業主に負わせるが(594 条 1 項),寄託を受けない携行品に
ついては,過失責任を場屋営業主に負わせるにとどめ,過失の立証責任も客に課すという
ものである(594 条 2 項)。これに対し,ヨーロッパでは,適用範囲を旅店営業に限定する
一方で,寄託の有無を問わず客の携行品一般について旅店営業主に無過失責任(ただし,
責任限度額あり)を負わせるという法制が条約を通じて統一的に採用されている。客が寄
託しない携行品について場屋営業主に過失責任を負わせるにすぎないわが国の法制が合理
的であるかどうかについては,後述するように十分に検討する必要があるが,かりにこの
ような法制が旅店営業に関しては合理的ではないとしても,現行法制を廃止して旅店営業
のみを規律するヨーロッパ流の法制に移行すべきか,それとも,場屋営業一般については
現行法制を維持したうえで旅店営業についてのみヨーロッパ流の特則を設けるべきかにつ
いて慎重に検討する必要がある(なお,場屋営業一般について,客が寄託しない携行品に
ついてまで場屋営業主に無過失責任を負わせるという選択肢は現実的ではないであろう)。
また,規律の内容がどのようなものになるにせよ,規定の置き場所については,民法と
商法のいずれの選択肢もありえよう。場屋営業主または旅店営業主という商人の責任を規
律するという点に着目するならば,現行法と同様に商法で定めることが考えられるが,寄
託に関連する責任を規律するものであること,本規律により保護される客は多くの場合一
般私人であることを考慮すれば,民法の寄託契約のところで場屋営業または旅店営業に関
する特則として定めることも考えられよう。
〔客の来集を目的とする場屋の主人の責任〕
第 594 条
旅店,飲食店,浴場其他客ノ来集ヲ目的トスル場屋ノ主人ハ客ヨリ寄託ヲ受
ケタル物品ノ滅失又ハ毀損ニ付キ其不可抗力ニ因リタルコトヲ証明スルニ非サレハ損害
賠償ノ責ヲ免ルルコトヲ得ス
2
客カ特ニ寄託セサル物品ト雖モ場屋中ニ携帯シタル物品カ場屋ノ主人又ハ其使用人ノ
不注意ニ因リテ滅失又ハ毀損シタルトキハ場屋ノ主人ハ損害賠償ノ責ニ任ス
3
客ノ携帯品ニ付キ責任ヲ負ハサル旨ヲ告示シタルトキト雖モ場屋ノ主人ハ前 2 項ノ責
任ヲ免ルルコトヲ得ス
○594 条~596 条が場屋営業主の責任を規律するルールとして維持されるとした場合でも,
本条1項にいう「不可抗力」の概念をどのように考えるか,本条2項の存在意義をどのよ
うに考えるか等の検討課題がある。
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[商行為法 WG 最終報告書]
1項にいう「不可抗力」の意味内容は古くから争われてきたところであり,「不可抗力」
を他の文言に置き換えることによりその意味内容を明確化すべきかという問題がある。
2項に関しては,場屋営業者に過失があれば少なくとも不法行為責任は発生すると考え
られることから,そのような一般ルールとは別に,本条で場屋営業者の責任を定めること
にどのような意義があるかについて,立証責任も踏まえて検討する必要がある。
3項にいう「告示」についても,その意味内容をより明確化すべきかについて検討する
必要がある。
〔高価品に関する特則〕
第 595 条
貨幣,有価証券其他ノ高価品ニ付テハ客カ其種類及ヒ価額ヲ明告シテ之ヲ前
条ノ場屋ノ主人ニ寄託シタルニ非サレハ其場屋ノ主人ハ其物品ノ滅失又ハ毀損ニ因リテ
生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任セス
○本条のルールそのものが合理的であるかどうかを,他の類型の営業における規律とも比
較しつつ,検討する必要がある。
民法の一般原則に従うならば,相当因果関係の問題として処理されることになり,たと
い「明告」がない場合でも場屋営業主の責任が常にゼロになることはないはずであるが,
本条によれば場屋営業主は全面的に免責される。また,本条と同趣旨の規定は,運送営業
と運送取扱営業については定められているが(578 条・568 条),倉庫営業については定め
られていない。このように民法の一般原則とは異なる特則を,運送に関連する営業と場屋
営業についてのみ設けることの当否について検討する必要がある。
また,本条は,「明告」がなかった場合の効果を定めるだけで,「明告」があった場合の
効果については定めていない。責任制限を特約していない限り,明告さえあれば寄託物の
価額全部について場屋営業主が責任を負うという結論になりそうであるが,その結論が妥
当か,妥当でないとすれば何らかの立法的手当をすべきかについて検討する必要がある。
〔責任の短期消滅時効〕
第 596 条
前 2 条ノ責任ハ場屋ノ主人カ寄託物ヲ返還シ又ハ客カ携帯品ヲ持去リタル後
1 年ヲ経過シタルトキハ時効ニ因リテ消滅ス
2
前項ノ期間ハ物品ノ全部滅失ノ場合ニ於テハ客カ場屋ヲ去リタル時ヨリ之ヲ起算ス
3
前 2 項ノ規定ハ場屋ノ主人ニ悪意アリタル場合ニハ之ヲ適用セス
○民法の時効法の帰趨が決まった段階で改めて検討する。
522 条に関するコメントを参照。
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