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生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像

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生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
森官 康
(明治大学教授)
はじめに
今回、水島一也神戸大学名誉教授を座長とする「生命保険の将来像
研究会」(水島研究会)に流通科学大学田村祐一郎教授とともに参加さ
せていただけたことは、このうえない喜びであった。研究会の若手メ
ンバーとなった6名の研究者にとり、水島研究会での雰囲気を肌で感
じ、成果を今後の研究活動に活かしてくれるものと確信している。貴
重な機会を提供してくださり、お世話くださった生命保険文化センタ
ーに心からの謝意を表したい。
生命保険の将来像をめぐる議論を進めるにあたり、2003年6月28日
開催の合宿研究会において「保険ビジネスの将来像をみつめて一基本
的視点のひとつとして−」と題する報告を行った。その際、筆者とし
てのひとつの視点を紹介した。本稿では、そこでの考え方に若干の修
正を加え、簡潔に示しておくことにする。
−9−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
1.生命保険事業をめぐる考慮要因
生命保険の将来像を考える場合、保険市場における主たるプレーヤ
ーである生命保険会社、インタミーディアリー1)ならびに保険消費者
(契約者)をめぐる経営環境要因の変化に目を向ける必要がある。特
に、マクロ経済の動向、人口構造の変化等は非常に重要な要因である
が、それらに加えて行政のスタンスについても留意する必要がある。
簡潔に表現すれば、護送船団・保護行政型社会からルール遵守・司法
型社会に変化してきたことが挙げられる。特に保険業界に関しては、
1996年の保険業法の全面改正以降における監督行政のスタンスの変化
等を考慮すべきである2)。
ところで、保険消費者は生活保障の確保との関連では、社会経済の
変化により生活諸関係と共に生活保障資源の変容に直面している。生
活諸関係および生活保障資源の枠組みは経済(景気)動向、人口構造、
社会関係3)、社会保障制度等の変化の影響を直接受けている。特に、
保険消費者が有する生活諸関係において家族の役割の変容による生活
保障資源の変化が今後の重要な課題とされてきた4)。生活保障資源に
は、各種の私的な保険・年金商品ならびに公的な生活保障があるが、
将来におけるこうした生活保障資源の確保は極めて不確定な状況にお
かれることになる。それだけに生保商品の利用については、保険会社
に関する経営情報が重要となり、格付会社等による格付け情報や生保
商品・価格・チャネル情報が保険消費者の行動に変化をもたらすこと
になる。
こうした側面を踏まえながら、生命保険事業の将来像を捉えるとき、
重要なのは保険会社の組織構成とステークホールダ5)との関係である。
これまでも相互会社組織についての論議が行われてきたが、「保険」を
−10−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
めぐるステークホールダの観点から改めて考察する意義がある。
また、業界団体としての生命保険協会・日本損害保険協会等のみな
らず、保険リスクについての理論を展開している日本保険学会等、ア
クチュアリーの団体である日本アクチュアリー会、保険会社の社医に
よる日本保険医学会、さらに生命保険文化センター、損害保険事業総
合研究所等の存在もステークホールダとしての位置づけから重視する
必要がある。生命保険の商品化にはアクチュアリーの参加が、また保
険販売におけるアンダライティングには保険医学の関与6)がこれまで
以上に重要であると考えられる。いうなれば、保険会社の経営等に関
しては日本保険学会等における研究活動、アクチュアリーとしての役
割、さらには保険医学の各種の成果を取り入れることが求められる。
したがって、それぞれの団体としてはそうした期待に応える責務があ
る。
とりわけ、重視したい要因は情報技術(IT)の著しい進展である。
ITは、保険市場におけるプレーヤーのみならず、すべての関係者に
影響を及ぼし、特に保険会社の経営そのものに変革をもたらし、保険
商品政策、価格(料率)戦略、マーケテイングチャネル戦略等にこれ
までにないインパクトを与えた。さらに、重要なのは将来の保険消費
者の行動に対する影響である。
こうした視点から生命保険事業の将来像を把握するにあたり、関係
する要因を考慮して示したのが図1である。
−11
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
注1) インタミーディアリーについては、森宮康「Ⅲ.第2テーマ インタ
ミーディアリーに関して」『保険学雑誌』第564号、日本保険学会、1999
年を参照されたい。保険募集に係る業務を担う保険募集人、保険代理店、
保険ブローカー等包含する概念である。
2) 例えば、一連の法改正についてみると、会社のシステムに関しては、
商法等の改正がある。特に2003(平成15)年4月1日からは経営・会計
制度の合理化が進められ、国際化の面から委員会等設置会社制度の導入
(商法特例法第1条の2第3項他)がなされた。この動きはアメリカに
おけるエンロン社、ワールドコム社の不祥事を契機に2002年に誕生した
企業改革法(Sarbanes−Oxley Act of2002)により加速したかに思わ
れる。さら金融商品関連では、金融商品の販売等に関する法律(2001(平
成13)年4月1日施行)、消費者契約法(2000(平成12)年5月12日公布)
等からも同様の方向性が伺える。
3) 家族・親族関係の変化、少子高齢化現象(例えば、老々介護)等が影
響することになる。
4) 水島一也編著『生活保障システムと生命保険産業』千倉書房、1987参
照。なお、現在、核家族化等を含め、家族形態、結婚観等、従来と異な
る変化が進行している。
−12−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
5) ここには、保険リスクを対象とする関連学会、生命保険会社社員(保
険契約者等)、監督官庁(金融庁)、競合他社、取引関係各社のみならず
各種業界関連団体・機関(例えば、契約者保護機構、外国損害保険協会、
生命保険ファイナンシャルアドバイザー協会、日本損害保険代理業協会、
日本保険仲立人協会、国民生活センター等について記載)、メディア等
も含まれる。
6) 例えば、かつて「遺伝子情報」による被保険者の選択の是非が取り上
げられたことがある。今後の展開においては、アンダライティング以外
にも、各種の被保険者の医療上の情報が商品政策において利用されるこ
とになろう。
2.保険会社の組織構成
生命保険事業の将来像において、今後ともステークホールダが考慮
すべき課題は保険業法において認められている組織形態としての株式
会社と相互会社の性格の違いである。相互会社組織の場合、保険会社
の構成員は保険契約者であり、株式会社組織では株主となる。損害保
険会社では、リスクに対する担保力の面から、資本の増強を図りやす
い株式会社形態が一般的であった。近年、古い歴史をもつ生命保険相
互会社数社が保険業法第85条に基づき、株式会社化を果たした。1990
年代半ばには16社あった生命保険相互会社はバブル経済の崩壊後、数
社が経営破綻し、他の相互会社では基金の積み増しを図った。また、
相互会社同士の合併も行われ、現在、相互会社組織の生命保険会社は
6社(2004年10月現在)に減少した7)。
ところで、生命保険における保険契約者の視点から見て重要なこと
は保険債務の履行である。そのため、生命保険会社においては資産構
成においてリスクの分散が行われているが8)、明らかに資産運用のミ
−13−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
スと思われるケースがあった。特にそうしたケースでは、長期資金を
預かる金融機関のひとつとして、経営陣ならびに資産運用担当責任者
が貨幣の時間価値9)を充分に認識していなかったといえる。この点に
ついては若干後述するが、「会社は誰のものか」という視点からすれば、
保険契約者の会社である相互会社がマイナスイメージをもって認識さ
れる謂れはない。保険会社における組織形態の是非についてはコーポ
レートガヴァナンスの視点から今後とも分析する必要がある。
それというのも、2005年に他業界であるが、敵対的買収が展開され
話題になった10)。その際、ポイゾンビル、ホワイトナイト等11)、マネ
ーゲームでの世界で使われている用語が報道機関で飛び交った。こう
した買収劇は保険業界では、将来、関係なく、保険契約者への影響は
ない(軽微)といえるのであろうか。ステークホールダとの関係から
相互会社組織の意味をあらためて考慮することが必要である。
注7) 損保会社にあっては、相互会社組織は、2005年現在、1社もない状況
となった。保険リスクの違いなり担保力についての要請等から、損保で
は従来から株式会社が主たる組織形態であったが、生命保険会社につい
ては、あらためて、考察する必要がある。
8) 保険業法施行規則の第47条において運用方法の制限が、第48条におい
て運用額の制限がそれぞれ規定されている。
9) 貨幣の時間価値を考慮するには次の三点の考慮が不可欠である:①貨
幣の対価としての利子率、②貨幣が利用される期間の長さ、③将来にお
ける不確実性、である。例えば、貨幣を貸す場合、③は②の期間が長い
ほど、将来における返済の不確実性は高まる。したがって、②が長期に
なれば、貨幣が返済されるがどうかが不確かとなり、貸す側は③の不確
実性を考慮し、①の利子率を決めることになる。
10) 2005年3∼4月に展開されたフジサンケイグループとライブドアとの
間のニッポン放送をめぐる展開を想起されたい。
11) 他に、焦土作戦(クラウンジュェル)、パックマンディフェンス等が
取りざたされた。
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生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
3.生命保険商品と貨幣の時間価値
わが国の生命保険業界はかつて世界N0.1とされた地位をアメリカ
に譲り、現在、2位に位置づけられている12)。生命保険市場では、従
来、営業職員依存型のマーケテイングが主たるチャネルであったが、
このところ多様なチャネルが登場してきた。しかし、生保市場の動向
を見ると、1994年以降、販売不振が続き、新契約高は減少傾向にあ
る13)。その原因にはバブル崩壊後の経済の低迷といった要因が大きく
関係しているが、その影響をもろに受けたこと自体に問題があった。
かつて、定期つき終身保険を代表とする長期的な保険商品を扱って
いた生保会社の経営陣は経済史における景気変動を考慮しなかった極
めて楽観的な判断のもとで経営を行っていたと思われる。これは保険
料の算出における予定利率の設定から窺い知ることができる。当然の
ことながら、生命保険商品の保険料計算において予定利率を用いてい
る以上、金融の世界の基本的な概念である貨幣の時間価値の理解に基
づき資産運用利回りの長期的動向を考慮に入れるのが常識であったは
ずである14)。
特に経営上、財務状況を悪化させた保険会社では貨幣の時間価値の
理解が無かったか、軽視したとしか言いようのない資産運用が展開さ
れていた。例えば、予定利率の設定については保険期間の長さを考慮
し、将来の経済動向を視野に入れるのが基本であった15)。生命保険事
業の将来像を描く場合には、基本重視の経営行動を強く意識すべきで
ある。
注12) 例えば、1998年までは生保は1位であった(SwISS Re,Slgma,
No.7/1999,P.27)、その翌年(1999年)に2位に落ちた(SwissRe,Sigma,
−15−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
No.9/2000,P.31)。
13) 『2003年版 生命保険フアクトブック』生命保険文化センター。保有
契約金額については、既契約部分があるため、タイムラグがあるが、1997
年以降、減少している。
14) ほとんどの金融機関が貨幣の時間価値における③を考慮しなかった資
産運用により不良債権の山を築いた。この点は生命保険会社にだけ言え
ることではない。
15) 予定利率の推定には、保険商品における保険期間の長さを考慮する際
には、過去の経済動向を考慮すべきである。経済循環論からすれば保険
期間(例えば、終身)を通して経済が成長を続けた歴史はない。また、
生命保険の商品政策において、終身保険を含めた長期の保険商品設計に
関する予定利率の設定にあたり、経済循環論の知識が重視されていれば、
逆ザヤ問題もさほど大きなものとならなかったと思われる。常に、こう
した問題については後智恵となるため、将来像の展望においてはマクロ
経済要因を重視すべきである。
4.商品政策における展開
生命保険の将来像を論じる場合、保険消費者の生活諸関係ならびに
生活保障資源の点から、人口構造の将来推計の捉え方が重要である。
これまでの生命保険会社の商品政策において、人口推計を考慮に入れ
た展開がどの程度なされてきたのか、定かではない。いずれにしても、
人口構造における問題は少子高齢化である。少子化に関しては国の政
策により進展が見られる16)としても、かなり先のこととなる。将来の
人口構造が逆三角形にならず少なくとも紡錘型を維持することが必要
かもしれない。そうした動向は、保険消費者の生活諸関係を変化させ、
生活保障資源に大きな影響を及ぼすため、生命保険会社の商品政策に
生かされることになろう。
特に、生保商品に対する需要動向からすれば、生産年齢人口層の団
−16−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
塊ジュニアが直近のターゲットになろう。また、老齢者層に目を向け
れば、退職する団塊の世代を視野にいれ、前期・後期高齢者に焦点を
当てた商品政策が当面の課題となる。すでに、疾病に関する保障ニー
ズに応じた生前給付特約付の保険商品と共に保険契約者・被保険者の
必要時の保障給付型と遺族補償型とを組み合わせたタイプの商品17)が
登場してきている。また、保険料の継続的な支払いが困難に成る世帯
については、保険買取会社(一部で報道された経緯もある)の登場も
想定できる。
また、高齢者が一人で生活するようになれば、介護保険の付加的な
保障も重要なターゲットとなるであろうし、さらに「遺言信託」の利
用も考えられることになる。そうした側面を、独立の保険商品とする
こともあろうし、他の生保商品のなかに組み入れることも考えられる。
いずれにしろ、保険消費者のリスクセンス・リスクマインド18)の高
まりを考慮に入れ、各社横並び的なビジネスモデルとは異なり、商品
政策の点からも保険消費者の生活諸関係ならびに生活保障資源の変化
に応じたビジネスモデルを構築することが求められる。
注16) 政府与党は、2005年5月10日に「子育て支援官民トップ懇談会」を開
催し、少子化対策への議論を活発化させるようである(朝日新聞、2005
年5月5日、朝刊)。わが国の人口推計に鑑みれば、遅きに失した感も
あるが、バブル経済後の景気動向から動きにくかったのかもしれない。
17) 変額保険・年金を加味した商品も登場することになり、金融商品販売
法・消費者契約法等の関係からインタミーディアリー側の商品に対する
説明責任が強く求められるようになろう。
18)リスクマインドについては「リスクの発生からその影響について推論
し判断するという考える力」、そしてリスクセンスとはリスクマインド
に関わる「リスクの重要性を認識する智恵なり感性を指して」(森宮康
「医療リスクマネジメントーわが国における医療事故対応の方向性を
求めて−」『日本保険医学会誌』第102巻第1号、平成16年3月17日)、
−17−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
ここでは使っている。概して、日本人のリスクについての一般的な認識
では、リスクセンスなりリスクマインドは低いとされている。保険に対
する考え方(保険思想)が低いと認識されてきたのも、長期にわたった
保護行政下における各社同様の商品構成の中で、リスクとの関係から保
障手段としての保険に対峠してこなかったという社会的な背景あった
と考えられる。バブル経済崩壊後の保険消費者の新契約に見る動向はリ
スクセンシテイヴ(リスク感応的)な態度の表れと見ることができる。
5.1T進展の動き
多くの事象には二つの面があるように、ITについても二つの側面か
ら考察する必要がある。ひとつは情報端末ならびにソフトの飛躍的で
質的な進展にある。保険会社にとっては事業展開に欠かせないデータ
ウエアハウスならびにデータマイニングとのネットワークを介した情
報端末の活用である。保険会社が集積するハザード因子19)をいかに商
品政策・価格戦略・チャネル戦略に活用するかが鍵のひとつとなる。
具体的には、保険消費者のニーズに合致する保険商品とそれらに応じ
たフレキシブルで多くの(何万通りの)料率を構成できるかといった20)
データマイニングカが問われることになる。とりわけ、将来における
潜在的な保険消費者のニーズへの対応において重要性が高まるといえ
る。
またITは、そうした側面以外にも、アンダライティングやクレイム
管理等にも活用できるし、既保険契約者に対するサーヴィスの効率化
を飛躍的に向上させることが可能となる。例えば、情報端末の機能の
増進により、携帯電話を活用した販売チャネルやサーヴィス提供とい
った領域にも目を向け、対応を進める必要がある。
その反面、ITの進展を悪用する動きが顕在化してきている。保険会
−18−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
社ならびにインタミーディアリーにあっては、個人情報に係る関係者
一人ひとりのリスクセンスなりリスクマインドの欠如・軽視・不注意
が個人情報の流出の原因となる21)。情報端末の機能の高度化により保
険消費者に対するサーヴィス向上を図ろうとしても、顧客情報の管理
に不備があれば22)、保険契約者からの信頼を失う事態にも結びつくこ
とになる。信用を第一義的に重視すべき業態であることから、この点
は重要なリスク要因として個人情報の管理に徹底を期す必要がある。
注19) 被保険者の健康状態や死亡原因等に係る(原因を起こしやすくし、発
生した場合のコストを増大させる)ハザード因子を指している。
20) アメリカのプログレッシブ社では、自動車の事故履歴から14,000の料
率を用意していたという。参照:尾籠裕之『e一ビジネス時代と保険シ
ステム』保険毎日新聞社,2000。
21) 種々の個人情報の流出事故・事件が起きているが、2005年5月20日に
みちのく銀行では、約131万人の個人情報が入っていたCD−ROM3枚が紛
失したことに気づいたという(朝日新聞,2005.5.23)。外部に流出した
かどうかは今後の調査によるであろうが、問題は関係者のリスクセン
ス・リスクマインドに係る日ごろの認識にある。
22) 担当者レベルにおける不注意による顧客情報の漏洩等のみならず、例
えば、車上あらし等による情報端末の盗故による悪用も生じてきた。企
業によっては、情報端末(PC)にHDを装着せずにインターネットを通し
てサーバーにアクセスする等の対応が行われつつある。
6.保険販売における保険消費者対応
保険会社と保険消費者との間における保険取引にはインタミーディ
アリーが介在するほか、直販があり、そこには種々の要因が関係して
いる。わが国の生命保険会社のこれまでの行動は、過去はともかくも、
経済成長を享受した段階以降、さほど海外の商品動向に目を向けるこ
−19−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
とがなく、伝統的なビジネスモデルに基づいた展開を行ってきた。す
なわち、生保商品の基本型(死亡保険・生存保険・生死混合)に特約
を加味するパターンであった。
例えば、過去において「痺」疾患について固定化された文化的な理
解から忌避すべき疾病と捉え、それに特化した商品については商品戦
略上軽視した経緯がある。しかしながら、その後のアメリカンファミ
リーの日本市場における躍進は日本人の文化的な変容を読んだ結果と
いえる。こうした側面は、保険文化23)についての今後の研究に関係す
ると思われる。さらに、保険消費者のリスクセンス、リスクマインド
の変化にも着目すべきであろう。これらは、単に保険消費者側の問題
ではなく、保険会社ならびにインタミーディアリー側においても重視
すべき内容である。例えば、生前給付特約の存在自体、保険消費者の
リスクマインドの変容の一例といえる。粛々と死を迎え受け入れる被
保険者の態度について、保険会社側として商品政策の視点からどのよ
うに捉えていたのであろうか。こうした側面から生命保険会社の行動
を考察するとき、商品政策とチャネル戦略における視点の置き所が課
題といえる。
図2 生命保険取 引関係 図
生命 保 険市 場 l ステークホールダ l
監督 官庁‘行政 i 保険文化 1 1盈 票 筑
生禁
険ロ
インタト ティアリ ̄
リスク保障行動
l闇
雲芦 l
コーポレート ‡
ガヴァナンス リ禁 監
し空 空 聖 」
CS 縮向
保険文化 リスクマインド ‡
:
霊 宗 吾ド I 生活保障資源 I
−20−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
現在の保険消費者の行動は質的に変容し、個別化しているはずであ
る。そうした状況をいち早く把握できるのは保険販売の先端にいる営
業担当者である。顧客情報として保険会社には報告されていると思わ
れるが、そうした情報が商品政策上どれだけ生かされているのか、会
社としての動きにはかなりのタイムラグがありそうである。コンピュ
ータの端末を各募集人のため用意・手配しても、生保商品・保険料(価
格)と対応が顧客説得的でなければ、意味をなさないと思われる24)。
注23) 水島一也編著『保険文化』千倉書房,1995.
24) 金融庁は2004年12月24日に金融行政の指針として「金融改革プログラ
ムー金融サービス立国への挑戦−」を公表し、2005年3月29日には金融
改革プログラムの工程表を発表した。保険については「保険商品の多様
化と価格弾力性の推進」に関し、平成17・18年度の検討の内容が示され
ている。また、2005年4月には金融庁において「保険商品の販売勧誘の
あり方に関する検討チーム」が構成され、募集情報・説明責任等が検討
課題となった。金融庁のHPに、議事要旨が公開されており、今後の参
考となる。ところで、特定の保険会社の支社等のもとで組織化された保
険募集人、保険会社と委託契約を結んだ募集代理店、ネット等を利用し
た通信販売等がある。自社取り扱い専用商品の開発を保険会社に依頼す
る交渉力を有し、複数社の保険を扱う販売会社も登場している(日本経
済新聞,2005年5月7日朝刊)。
7.生命保険事業における信頼度
生命保険の場合、保険市場における販売動向は単に生保商品・価格・
チャネルの適否だけでは判断しがたい部分がある。保険商品の価格は
純保険料と付加保険料からなっており、純保険料部分の計算には計算
基礎率として予定死亡率25)と予定利率が用いられている。もしも消費
−21−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
者が金利動向に敏感であれば、生命保険商品が売れないはずは無い。
それにもかかわらず、1993年以降、特定の生命保険会社ならびに特定
の保険種目の販売実績に若干の変動(増減)があるが、総じて生命保
険の販売(個人保険の新契約件数)には著しい落ち込みが見られる26)。
この原因のひとつには生命保険業界に対する消費者サイドの「信頼
性の欠如・不信感」27)が関係していると思われる。確かに、予定利率
をカバーできなかった資産運用上の問題、不良債権処理の不手際によ
る生命保険会社の経営破綻というマイナスイメージが存在してきた。
さらに、金融誌・経済誌が特集記事を組み、生命保険会社に関する経
営情報を公にしたことや、格付会社による生命保険会社に対する評価
の相対的な低さが関係し、保険消費者の不安心理を高め、生命保険の
販売不振・解約に影響を与えたかもしれない。
確かに、昨今、保険業界では、資本・基金の大幅な積み増しや合併
等による規模の拡大を進めてきている。しかし、社会の認識を考慮す
るとき、信頼性がどの程度回復してきているのか気になるところであ
る。保険会社として規模の拡大を計ったとしても、規模の拡大だけで
保険消費者を含めたステークホールダの信頼性を確保できるものでは
ない28)。2005年の春にある生命保険会社において告知情報の取り扱い
をめぐり発生した問題も生命保険業界における信頼性に影を落としか
ねない29)ものがある。
信頼性回復というこの間題をいかに克服するかが、生命保険の販売
にとっても喫緊な課題であると思われる。そのためには、生命保険業
界として当然のことながら打つべき手があるはずである。
注25) 医学の進展により予定死亡率は改善されてきた。ちなみに純保険料計
算に係る死亡保険用の生命表は1996年の生保標準生命表を現在も使用
−22−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
している。これは、さほど顕著な変化は無く、修整を必要とするに至っ
ていないとの日本アクチュアリー会の判断によっている。
26) 保険種目により新契約増減に変化が生じてきている。特定の保険につ
いては新契約増(2003年度では、例えば、医療保険)が見られるが、概
して、1993年以降、減少傾向にあるといえる(『2003年版生命保険フア
クトブック』生命保険文化センター、P.15;『2004年版 生命保険の
動向』生命保険協会、P.6)。
27) この点は、金利リスクに関する保険消費者側のリスクマインドの現れ
の一面と思われる。生保商品の予定利率は銀行金利に比べて高いが、生
命保険会社の経営リスクを考慮に入れた結果が需要減となっていると
いう意味である。
28) 保険商品・価格・チャネル等の戦略を展開するにあたり、最適規模と
いう視点から保険会社経営を考えることも将来必要である。
29) 保険契約者の告知情報と最初に接する営業担当者側(現場)とアンダ
ライティングを行い、保険金支払いを付託された保険会社(経営側)と
の間の販売重視型慣行なのか、両者間でのリスクコミュニケーションの
惑さの問題なのか、見方はいろいろありそうである。こうした問題は業
界では一部の会社のこととされがちであるが、バブル崩壊後の実態に鑑
みて、保険消費者側からすれば業界に対する信醇度に影響するといえよ
う。
8.保険機能の認識強化
金融の世界がようやくグローバル化し、わが国の保険会社にもアジ
アでのビジネスのため積極的に進出する動きなり、海外の保険会社を
買収するといったことがニュースになってきた30)。そうした保険ビジ
ネスの展開がある反面、マネーゲームを視野に入れた大学教育の世界
では、「ファイナンス論」への動きが加速化している。「保険学」なり
「保険論」の科目を有していた大学で、保険を含めた形で「ファイナ
ンス」科目に変更する傾向が目立ち始めている。歴史的に、種々のリ
−23−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
スクに対処するた捌こ保険が利用され、社会も保険会社のステークホ
ールダもその重要性を認識してきたはずである。それ故、かつて商学
部・経営学部を有する大学において設置科目として存在していたわけ
である。
教育の現場において、「保険」関連科目が減少する一因には、保険業
界の存在感の低下にも原因の一端があるといえる。バブル経済崩壊後
の不良債権処理の過程で経営破綻を起こした経営陣の反省の言の多く
には「仲良しクラブ」的・横並び的経営行動があった。こうした側面
が保険業界の行動のベクトルを極端なまでに消極的な方向に向かわせ
たと思われる。したがって、保険消費者、ひいては社会に対し生命保
険業界として生活保障資源に係る明確な展望を示すことが重要である。
しかし、社会経済ならびに人口構造の変化や社会保障制度の不確定
な動向から、生活保障資源の一翼を担う保険市場における次のターゲ
ットが見えているはずである。将来に向け、保険会社の経営陣は自信
をもって「保険の何たるか(機能)」の理解を産学官連携のもとで強化
する時期に来ていると思われる。
注30) 従来の海外進出は、損保の場合、日本企業の海外子会社の保険手配な
どが中心であったといえる。そうしたビジネス展開と異なる動きが出て
きたのも、国際的な保険ビジネスに関するノウハウが蓄積されてきたこ
との証かもしれない。
むすぴにかえて−生命保険業の将来像を見据えて−
金融庁等による行政当局の規制緩和のスタンスは明らかに社会経済
の動き、さらには人口構造の変化を受け止め、社会保障制度の変容を
−24−
生命保険事業をめぐる経営環境変化と将来像
見つめながら、保険会社の行動の自由度を増す方向にある。特に、保
険会社に責任の所在を明確化し、来るべき将来に備える必要性を訴え
ている。保険会社としては、あらためて、保険消費者が変化している
生活諸関係のもとで生活保障資源を求めていく現実を踏まえ、保険会
社と保険消費者とを結ぶ商品戦略・価格戦略・チャネル戦略を多様化
させる必要がある。その場合、保険消費者はこれまで以上に種々の保
険情報を入手し、商品選択を行う保険市場におけるプレーヤーの主役
であることを十分に理解し行動する。したがって、保険会社としては
信頼度の高揚に努め、改善の努力を絶えず行うことが不可欠である。
その際、考慮すべき前提が少なくとも二つある:
第1に、生活諸関係ならびに生活保障資源は、常に変容する
第2に、推定が困難であるにしろ、社会変動、経済変動のといった
マクロ要因を考慮に入れ、変化の動向に目を向けることである。
こうした動きを判断素材として中期的な将来像を考えるとすれば、
保険会社としてはインタミーディアリーの質を高め、多様で信頼性の
高い保険情報を提供し、生命保険と保険消費者とを結ぶマーケテイン
グチャネルと生保商品の商品政策を組み合わせたビジネスモデルを構
築する必要がある。新たなビジネスモデルを構築する一方、既契約者
を重視することが新規契約者の獲得に結びつくといった基本的なビジ
ネスモデルを再認識することも重要である。さらに、保険業界として
も産官学連携のもとに「保険機能」の経済的特性に対する消費者の理
解を一段と高めるため、ステークホールダに対し生活保障資源として
の経済性について積極的にアピールすべきである。なによりも生命保
険事業の将来像に取り求められるのは、自ら行動で高度の倫理コード
を示し、保険業界の信頼度を高めることにあるといえる。
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