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分娩事故判例分析 - 医療問題弁護団

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分娩事故判例分析 - 医療問題弁護団
分娩事故判例分析
~裁判例に学ぶ事故原因と再発防止策~
2008年4月
医療問題弁護団・分娩事故判例研究会
は し が き
医療問題弁護団代表
弁護士
鈴 木
利 廣
近年医療事故防止のための議論が活発化している。
1999 年2月に起きた都立広尾病院での点滴ミス死亡事件をきっかけに、医療事故と
異状死届出義務(医師法 21 条)の関係が問題となり、義務違反の罪に関する 2004 年4
月の最高裁判決に至った。
医学界からは、2001 年異状死届出義務に関する批判的声明が相次ぎ、2004 年には、
中立的専門機関の創設を求める声明が出された。
このような状況を踏まえて、2005 年「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事
業」(事務局 日本内科学会)が始まり、2006 年衆参両院の厚生労働委員会で医療事故
調査に関する第三者機関についての決議が採択された。
そして 2007 年、一方で厚生労働省「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在
り方に関する検討会」が、他方で、(財)日本医療機能評価機構「産科医療補償制度運営
組織準備委員会」が発足した。
後者の委員会はいわゆる無過失補償に関する制度設計のためのものであるが、報告書
(2008 年1月 23 日)において、分娩脳性麻痺事案についての原因分析・再発防止のし
くみが提言された。
この委員会の開催時期に合わせて、医療問題弁護団では分娩事故判例研究会を立ち上
げ、分娩脳性麻痺事案の民事判例分析を行い、再発防止の教訓を引き出す作業を行った。
本報告書が、分娩事故の再発防止並びに今後の分娩事故分析のお役に立てれば幸いで
ある。
2
【目次】
はじめに
1.ハイリスク症例を扱う施設の問題
(後藤真紀子)··························· 5
2.妊娠・分娩のハイリスク評価・診断のミス(上杉奈々)······················· 11
3.夜間休日態勢の問題点と再発防止策
4.子宮収縮剤の使用
(伊藤律子)·························· 19
(高岡香)············································ 31
5.分娩監視に関する問題点と再発防止策
5-1.子宮収縮剤を使用していない場合の分娩監視の評価と対応(後藤真紀子) · 36
5-2.分娩監視装置が装着されていた子宮収縮促進等の事例の評価(木下正一郎)46
6.経腟分娩の手技に関する問題点と再発防止策
7.帝王切開選択基準
(松井菜採) ·················· 63
(中川素充)·········································· 75
8.出生後の産婦人科による新生児管理
(梶浦明裕)·························· 82
9.説明義務に関する問題点と再発防止策
10.カルテ改竄と再発防止
(田井野美穂) ······················ 89
(大森夏織)······································ 94
〔別表〕 ······································································ 97
・
論点一覧表 ······························································ 98
・
判例一覧表 ······························································ 99
・
各判例概要 ····························································· 106
【医療問題弁護団・分娩事故判例研究会】
鈴
木
利
廣
伊
藤
律
子
大
森
夏
梶
浦
明
裕
木
下
正一郎
後
藤
真紀子
田井野
美
穂
中
川
素
松
井
菜
充
織
採
(以上、医療問題弁護団)
上
杉
高
岡
奈
々(横浜市立大学大学院医学研究科博士課程)
香(神奈川医療問題弁護団)
3
は じ め に
弁護士 松 井 菜 採
医療問題弁護団は、東京を中心とする200名余の弁護士を団員に擁し、医療事故被害
者の救済、医療事故の再発防止のための諸活動等を行い、それを通じて、患者の権利を確
立し、かつ安全で良質な医療を実現することを目的とする団体である。本研究会は、医療
問題弁護団の政策班および産科研究会の弁護士有志9名に、団外の弁護士・大学院生各1
名を加えた合計11名のメンバーにより構成されている。
本報告書は、分娩事故に関する過去の裁判例を分析し、裁判例から学べる事故原因と再
発防止策についてまとめたものである。
分析対象とした裁判例は、平成11年4月から平成19年6月までの判例時報・判例タ
イムズの掲載判例および裁判所ホームページ(http://www.courts.go.jp/)の裁判例情報に平成
19年6月30日時点で掲載されていた判例のうち、以下の①ないし⑤のすべての条件を
満たす43件44判例に、参考判例1例(最高裁判決の差戻審)を加えた43件45判例
である(別表の判例一覧表参照)。
①
判決日が平成10年1月1日以降であること
②
分娩時事故であること
③
分娩日が平成元年1月1日以降であること
④
胎児死亡、仮死で出生後に死亡、脳性麻痺(その後死亡も含む)の損害が生じてい
ること
⑤
認容(一部認容を含む)判決であること
まず本研究会メンバー全員で43件45判例を分担して読み、各裁判例から読み取れる
事故原因や背景事情等を抽出した。その中から、複数の裁判例に比較的共通してみられた
要素10点にテーマをしぼり、それぞれのテーマについてさらに裁判例の分析を深め、各
報告としてまとめた。
報告要旨をお読みいただければ分かるとおり、裁判例から学べる事故原因と再発防止策
に、特に目新しいものはない。いずれも、医療界において分娩事故防止のために以前から
指摘されていることである。それをいまだに実行しない医療従事者がいる、または、個々
の医療従事者において努力はしていても実現しにくい環境にあることにより、同種の分娩
事故が発生しているものと思われる。防止できる分娩事故が現在でも少なからずあること
を、多くの方々に知っていただきたい。
なお、本報告書は、2007年2月から2008年2月にかけて10回の研究会を開催
し、メンバーで議論した成果をまとめたものであるが、各報告の最終的な責任は、各執筆
者にある。また、本報告書完成前の段階で4名の産婦人科医に原稿をお読みいただき、貴
重なご意見を賜った。心より厚く御礼を申し上げる。
4
1.ハイリスク症例を扱う施設の問題
後藤 真紀子
ハイリスク症例を扱う施設の人的・物的体制の問題による事故事例4件4判例を分析した。
再発防止策としては、①医療機関の自らの能力の限界を正しく認識し、ハイリスク症例を扱うことが
可能な施設を紹介すること、②分娩中に緊急事態が発生した場合の対応につきガイドラインを作成
すること、③各地の状況に応じた搬送体制を整備すること、が考えられる。
1.はじめに~ハイリスク症例であると判明した場合の転送の必要性
本研究会で分析対象とした43件(45判例)のうち、ハイリスク症例を扱う施設の人
的・物的体制の問題による事故事例を検討した。
ハイリスク症例においては、分娩時の緊急帝王切開や新生児蘇生が必要になる可能性が
高く、分娩を扱う医療機関の規模が小さい場合には、人的・物的体制が整わないことから
当該医療機関の能力を超え、事故が発生するケースが見られる。判例上、ハイリスク症例
として転送義務が問題となった例として、双胎【判例3】、逆子における外回転術【判例
8】、品胎【判例14】、IUGR【判例34】がある。
再発防止策としては、その医療機関の能力の限界を正しく認識し、当該妊婦がハイリス
クであると診断した場合には、予めハイリスク症例を扱うことが可能な施設を受診するよ
う指示・説明し、転医させる必要がある。同時に、分娩中に緊急事態が発生した場合に転
医を含めいかなる対応をすべきかという点について、ガイドラインを作成する等の必要も
ある。具体的な搬送方法については、各地の状況に応じた搬送体制を作ることも必要とな
るだろう。以下、医療機関の種類別に論じる。
なお、各判例の判示の詳細については、本稿別紙の判例紹介を参照されたい。
2.助産師の場合 【判例8】
助産師は、医療行為をしてはならず通常分娩しか扱うことが出来ない(保健師助産師看
護師法38条)から、ハイリスク症例はそもそも扱うことができず、診療時にハイリスク
であると診断した場合には、医師の受診を指示する必要がある。
【判例8】は、助産師が外回転術を行った約3時間後に、妊婦から性器出血の訴えがあ
ったにもかかわらず、医学的知見の理解が不十分であったため、常位胎盤早期剥離の危険
性を予見することができず、病院を受診するよう指示しなかった事案である。そもそも外
回転術を行うには、緊急帝王切開ができる状況であることが必要であり、助産師は外回転
術を行ってはならないが(但し、判決はこの点明確に認定していない)、この点はさてお
き、助産師は、妊婦が異常を訴えた場合には、その徴候を適切に把握し、高次医療機関の
受診を指示すべきであった。
また、分娩進行中に、医療行為が必要となる場合も想定される。助産所業務ガイドライ
5
ン(平成16年10月1日社団法人日本助産師会発行)においては、搬送が必要な場合を
定めているが、この情報を周知徹底する必要がある。また、判断の遅れを防ぐためにも、
何らかの異常な徴候があれば、早期に高次医療機関に搬送することが必要と考えられる。
3.個人診療所の場合 【判例14】
個人診療所は、まさに人的・物的体制が直接的な問題となる。個人診療所においては、
多くの場合、そもそも双胎・品胎を扱うことのできる体制を整えていないから、帝王切開
を行うことができる施設があり、かつ、医師や看護師の人数を確保できるという状況にな
い限り、これらを扱うべきでなく、当初から総合病院等を受診させるよう指示する必要が
ある。
【判例14】は、医師1名、助産師が1名、看護師が4、5名しかいない個人診療所で
あり、品胎を扱いうる施設ではなかったにもかかわらず、人的・物的設備の整った総合病
院で出産すべきことを説明・勧告しなかった事案である。個人病院の医師としては、医師
1名では双胎・品胎は扱えないことを自覚し、双胎・品胎の妊婦が受診した場合には、事
前に説明の上、総合病院を受診させるべきであった。
また、分娩進行中に異常が生じた場合の対応については、助産師の場合と同様、当該診
療所の能力を超える徴候があれば、早い時点で搬送する必要がある。どのような場合に搬
送すべきかについては、助産所同様、ガイドラインを作成するなどして、周知徹底する必
要がある。具体的な搬送体制については、地域によって状況が異なるため、各地の状況に
応じた搬送体制を整えることも必要となる。
4.中規模以上の病院の場合【判例3】
中規模以上の病院であれば、通常はハイリスク症例も扱うことができる医療機関である
が、当該出産日にスタッフが不足することが事前にわかっている場合(【判例3】参照)
等、特殊な事情があらかじめわかっている場合には、ハイリスク症例である以上、分娩進
行中に何らかの異常が起こりうることを想定して、人的・物的体制の整った医療機関を紹
介する必要がある。
【判例3】は、双胎の分娩において、第1子が呼吸窮迫症候群の可能性があり、かつ他
に超未熟児の入院予定があり、新生児科の人的・物的体制に問題があったため、第2子の
分娩を抑制した事案である。第1子が呼吸窮迫症候群であるか否かは事前には判明しない
ものの、双胎における分娩で、新生児科の対応が必要になる可能性は否定できないのであ
るから、分娩前に、新生児科の体制が整った病院に搬送すべきであった。
5.通常の医療水準を超える治療が必要な場合【判例34】
判例上、通常の医療水準に達している医療機関であっても治療を行い得ない高度の医療
水準が求められている場合(【判例34】参照)でも、その症例に応じた適切な規模、施
6
設、設備、技術レベルを備えているより高度の医療機関に転送することが可能な場合には、
転送義務があるとされている。したがって、通常の医療機関で治療ができない場合であっ
ても、他の可能性が考えられる場合には、転医させる必要がある。
【判例34】は、IUGRの事例で、当該医療機関において、IUGRを治療する人的・
物的体制が不十分であり、他方で、より適切な診断または治療方法が存在するなどの状況
において、その症例に応じた適切な規模、施設、設備、技術レベルを備えているより高度
の医療機関に患者を転送し、より適切な医療を受けさせるべき注意義務があるというべき
であると判示した。
以
7
上
(別紙
判例紹介)
1.助産師の場合【判例8】
【判例8】横浜地裁H13.4.26
① 事実に関する判示
・外回転術後約3時間後に性器出血があると告げた原告花子に対し「被告は、胎児の体
位を保つため腹帯を使用させていたので、原告花子に対し腹帯をゆるめれば出血は止ま
るかもしれない旨説明し、何かあったら連絡するように指示した。」
・しかし同日夜2、3分おきの周期的な腹痛が発現したため、原告花子は再び翌日午前
7時30分ころ腹痛が発現したことを説明したところ、「被告は、原告花子に対し、早
産の可能性があることを告げ、原告花子から助産院と病院のどちらへ行った方がよいか
と尋ねられたのに対し、『あなたの行きたい方へ』と答え、早めに受診するようにと付
け加えた。」
② 医学的知見と法的評価
・「外回転術は、その副作用として、早産を誘発することがあり、さらに発生頻度は0.
6%と少ないものの、臍帯異常による胎児仮死や胎児死亡、常位胎盤早期剥離などが発
生して、そのまま緊急帝王切開に移行する危険性があるので、分娩開始前の妊娠37週
以後に妊婦を入院させて実施するのが一般的である。」
・「外回転術は、その実施にあたって、①外回転術に熟練した医師が行うこと、②リア
ルタイム超音波断層法を用いて、胎児・胎盤の位置及び胎児心拍数の変動を十分に観察
しながら行うこと、③臍帯血流の遮断、胎盤早期剥離等による胎児仮死の発生などの合
併症を熟知していることが条件となる。」
・「…外回転術の施術者は、外回転術の終了後、妊婦に性器出血、腹痛等の症状が生じ
た場合は、早期胎盤剥離などが発生して緊急帝王切開に移行する可能性を予見し、妊婦
に対し、直ちに、胎盤早期剥離に対する処置が可能な病院で診療を受けるよう指示すべ
き注意義務を負っている」「…ところが…被告は、外回転術の施行によって胎盤剥離が
生ずる危険性があるとの医学的知見を十分に理解していなかったため、その危険を予見
することができず…」
2.個人診療所の場合【判例14】
【判例14】新潟地裁長岡支部H14.7.17
① 事実に関する判示
・「本件分娩時の被告病院のスタッフは、医師は被告1人、助産婦が1人、看護婦が4、
5人であった。」
② 医学的知見と法的評価
・「…経腟分娩を行う場合でもいつでも帝切ができるようにダブルセットアップして、
手術室で分娩させる必要がある。」
8
・品胎の分娩において帝王切開を行う場合、帝王切開を施行する医師2名、麻酔専門医
で輸血を行う医師1名、出生した児の蘇生・介護・検査を施行する医師3名、その助手
的看護婦3名(新生児1名毎に各1人の医師と看護婦)、手術の器械出し、手術の外回
りにそれぞれ看護婦1名の人的準備と、輸血用の血液、輸液、酸素、新生児蘇生用の気
管内挿管器具3組、保育器3台、インファントウォーマー3台、全身麻酔器、血中ガス
濃度分析器、その他新生児の血液生化学検査一式が可能な検査設備という物的準備が必
要である。」
・「…被告病院では、医師は被告1名しかおらず、帝王切開の必要性が生じた時には、
**市(近隣)で開業している被告の父(80歳)である産婦人科医を呼ぶという体制で
あったというのであうから、その点だけを見ても、到底娩出された3胎の胎児の管理を
十分に行いうる状況ではなかったというべきである。」
・「…結局、いかなる分娩方法を選択するにしても、被告病院で品胎の分娩を行うべき
でなかったことは明らかであり、被告は、原告 B 及び原告 C に対し、小児科医や多数の
助産婦、看護婦が勤務する人的・物的設備の整った総合病院で出産すべきことを事前に
説明・勧告すべきであったのに、これをせず被告病院で出産をさせた過失がある」
3.中規模以上の病院の場合【判例3】
【判例3】福岡地裁久留米支部H11.9.10
① 事実に関する判示
・「(第一子分娩当日33週6日)、秋子(第一子)は、呼吸状態がやや悪く、呼吸窮迫症
候群の疑いがあったこと、他に超未熟児の入院予定があり、新生児科の人的、物的体制
に問題があったため、丙川医師は、新生児科C医師と相談した上、第二子の分娩を抑制
することとし、…」
・「丙川医師は、(妊娠34週0日)、秋子が呼吸窮迫症候群ではなかったことが判明…第
二子の分娩を抑制する必要はなくなったと判断、分娩を促進することとし、アトニンを
投与した。しかし原告春子に陣痛が生じず…分娩誘発を中止して、自然陣痛の発生を待
つこととした。」
・「原告春子は、(妊娠34週4日)午前3時ころから陣痛が始まり…陣痛を促進するため、
人工破膜を行い、アトニンの投与を開始した。」
② 医学的知見
・「第1児の娩出が行われると比較的速やかに(5ないし15分)第二児の胎砲が形成
され、続いて30ないし40分後にこれの娩出が終わるのが常でるが、まれに数日ない
し数ヶ月を要することがあるとされる。」「分娩時の処置は、第一児娩出後一時間以上
を経過して、なお分娩が進行しない場合陣痛を促進し、人工破水を行う」
9
5.通常の医療水準を超える治療が必要な場合【判例34】
【判例34】横浜地裁H18.1.25
① 法的責任に関する判示
・「医師は診療契約に基づき又はその業務の内容に照らし、当該診療につき最善の注意
義務を尽くすことが求められるところ、患者の疾患につき、自己の診療施設においてこ
れを診療する人的、物的態勢が整っていないか不十分であり、他方、患者の疾患に対し
てより適切な診断または治療方法が存在し、患者の疾患が当該診断及び治療法の適応状
況にあり、かつ、必要とされる診療行為が当時の医療水準上是認され、適切な転医先が
存在するなどの場合には、漫然と自己のできる治療、検査を実施しているだけでは足り
ず、医師としての業務又は診療契約に基づいて、その症例に応じた適切な規模、施設、
設備、技術レベルを備えているより高度の医療機関に患者を転送し、より適切な医療を
受けさせるべき注意義務があるというべきである。」
・「被告病院ではノンストレステストの外のバックアップテストを実施することが不可
能であり、緊急時に1時間も帝王切開の準備に時間を要する態勢にあったこと、これら
の検査手技や緊急時に30分以内に帝王切開施行することは周産期センター又は大学
病院レベルの医療機関においては実施が可能であり医療水準として確立していたこと、
被告病院が所在する神奈川県においては当時においても緊急時以外にも母体搬送を受
け入れる産科緊急システムが確立されていて、被告病院においても同システムの利用が
可能であったこと、かつ同システムによればバックアップテスト等の実施が可能な被告
病院より上位の周産期センター又は大学病院レベルの医療機関に搬送される蓋然性が
高く、かつ、その搬送も容易であったのであるから、被告病院の医師は、IUGR を管理
する適切な人的、物的態勢を整えている周産期センター又は大学病院などのより高度の
医療機関に花子を転送し、より適切な医療を受けさせるべき義務があったというべきで
ある。」
以
10
上
2.妊娠・分娩のハイリスク評価・診断のミス
上杉 奈々
(横浜市立大学大学院医学研究科・博士課程)
産科ハイリスクや異常因子の評価・診断ミスの大きな直接的原因の一つは、医師の診断経験の不
足や知識不足である。それを補うために、医師育成のための指導環境の改善、充実、同僚間の絶え
間ない評価(ピアレビュー)やコメディカルとの協働により、診断精度の質と医療チームの雰囲気を向上
させることにより人的システムを成熟・活発化させ、チーム内での自浄作用の循環を整えることが重要
である。つまり、医療者個人の努力だけに頼るのではなく、人的システムの改善、充実によりお産の
安全を根付かせていく環境づくりが必要であり、そのための、医療経済資源の確保も併せて重要な因
子となる。
一方、社会的なハイリスク因子の軽減のために、妊婦健診の重要性を妊婦に理解してもらうよう指
導・啓発を行う必要があり、更に里帰り分娩や転医の場合には、妊婦にリスクの自覚を促す十分な説
明を行うとともに、前医・後医の情報連携強化が望まれる。
また、妊婦健診に対する妊婦のアクセシビリティを向上させる公的サポートの拡充が必須である。
1.はじめに
1)対象判例の概要
本論点は、妊娠経過から分娩が開始し分娩管理が行われるまでの間を射程範囲とし〔図
1〕、妊娠経過の観察や分娩方法の選択にあたって、ハイリスクの可能性の評価・診断が問
題になった事例 10 件を主に分析する。
これらの事例を具体的に見てみると、母体・胎児のハイリスク評価に関する事例として、
一絨毛膜性双胎(多胎)1件【判例1】、子宮内胎児発育遅延(IUGR)3件【判例10】【判例
34】【判例38】、骨盤位 1 件【判例30】、肩甲難産のリスクの高かった巨大児1件【判
例37】がある。診断ミスに関する事例として常位胎盤早期剥離(以下、早剥)2件【判例
13】【判例41】がある。不要な医療行為により状態を悪化させた事例として、頸管縫縮
術1件【判例29】、妊娠後期の妊婦へのボルタレン投与1件【判例36】がある。早剥に
ついては、正確には「分娩時の異常」であるが、後述のように早剥事例は「診断をつけら
れなかったことでその次の的確な処置に結びつかなかった」というのが典型パタンである
ことから、本論点での扱いとした。
これら 10 事例は、妊娠・分娩時の異常因子やハイリスクの評価・診断の誤りと、そのた
めに適切な処置に結びつかなかったことが争点として現われた事例である。分析対象判例
全 43 事例を眺めてみると、全体の 69.8%(30 件)が妊娠中から分娩管理が始まるまでに何ら
かの異常因子のある事例であったことが判明した〔表 1〕
。逆に言えば、残りの 30.2%だけ
が妊娠経過では特筆すべき産科的エピソードがみられなかった事例ということとなる。
11
もちろん「ハイリスク因子や異常因子があること」即ち「争点」というわけではいし、
〔表
1〕に挙げた異常因子でも事前に判断や推測が可能なものから急激に状態が変化するもの
まで様々である。しかし概して言えば、産科学的に何らかの異常のある妊婦の妊娠管理と
分娩においては十分に注意をしてもしすぎることはないということが、判例を読むことか
らも改めて言えるのは明らかであり、その見極めの診断が次の対応・処置へと繋がってい
くことから、ここが結果回避のための大きなターニングポイントとなると考えられる。
2) ハイリスクの評価や診断ミスの原因と現状からの課題設定
では、なぜハイリスクや異常因子の評価や診断の誤りが起こるのであろうか。
その大きな直接的原因の一つは、担当医の診断経験と知識の不足である。妊娠後期の妊
婦へボルタレン投与をした【判例36】や、早剥の診断経験のない医師による早剥の見落
とし【判例13】【判例41】、そして一絨毛膜双胎のエコーによる精査を怠った【判例1】
はその一例である。いずれも、「妊娠後期の妊婦にボルタレンは禁忌」
「早剥」「一絨毛膜双
胎一児死亡のリスク」を念頭に置けるだけの診断経験に基づく知識を有していなかったた
め、次に行うべき適切な処置に結びつかなかった。
これに対しては、当事者となった医師の能力の問題として教育・研鑽の必要性を求める
ことは当然である。しかし、それだけでは根本的な解決にはならない。つまり、入局年数
の浅い若手医師の経験値が低いことは当然であり、経験のある産婦人科医でも当直時や緊
急時には細分化された自分のサブスペシャリティ以外の対応として高度な産科学的判断・
処置を求められることも少なくない。更には、不妊治療による妊娠や高齢妊娠によるハイ
リスク妊婦の増加や、近時の産科医不足の影響で、何とかようやく回っている産科医療の
現状もある。このような「なかなか完璧にはなれない状況」が数多く潜んでいることが日
〔図 1〕妊娠・分娩の時系列から見た本論点の射程と他の論点との関係
12
常の産科医療の現実の中で、何がピットフォールになり得るのかを明らかにし、いかにそ
れをカバーできる人的システムを整えていくのかということが、本論点で分析すべき大き
な課題であると考える。
しかし対象判例を読み進めると、訴訟当事者となった医療者の争点に関する対応の事実
のみしか読み取れないことの方が多い。その事実は、判決文に登場しない医療者たちの動
きと産科臨床独特の空気の中で存在していたものである。この課題に向き合うには、そん
な空気をもとにその背景の考察にも及ぶ必要が出てくる。そこで以下では、対象判例の背
景の考察から産科医療を支える人的システムについて分析をすすめてみたい。
2.診療体制への教訓
1)お産の安全と若手医師育成の両立
大学病院など教育指導病院においては、若い医師の育成は大きな社会的任務の一つであ
る。通常、このような病院でまず対応するのは、若い医師であることが多いだろう。しか
し、安全な医療を提供することが大前提であることはどのような医療機関でも同じである
ことから、指導的立場の医師は、高度先進の医療提供とともに安全な医療の確保と若手医
師の指導監督を両立することが職務といえるだろう。
〔表1〕分析対象判例(全 43 事例)のうち妊婦にみられた異常因子
妊娠時にみられたもの
胎児に関するもの
頸管無力症 (2)
28・29(誤診)
CPD[疑い] (1)
9
切迫流/早産 (6)
3・12・13・14・18・34
巨大児[傾向] (4)
6・11・35・37
※18・28・29 は頸管縫縮術施行
※6 は妊娠中 3 週間ほど先行して成長
妊娠中毒症* (4)
3・5・12(軽度)・41
IUGR*** (3)
10・34・38
妊娠糖尿病(1)
6
骨盤位 (3)
8・30・39(分娩前まで)
母体肥満 (1)
37
多胎 (4)
1・3・5・14
顕著な体重増加**(3)
6・18・41
前置胎盤 (1)
31
前期破水**** (7)
6・23・24・26・35・37・39
過期妊娠(3)
10・11・34
分娩時にみられたもの
常位胎盤早期剥離 (8)
2・8・13・17・19・20・33(疑い)・41
注:これら妊娠・分娩時の異常因子すべてが裁判上の争点になっているわけではなく、裁判所の事実認定から読み取る
ことの出来る異常因子を列挙した。
注*:現在では妊娠高血圧症候群だが、判決には「妊娠中毒症」と表記されているためこの表記とした。
注**:顕著な体重増加とは、妊娠中に 15kg 以上体重が増加したものとした。
注***:IUGR はすべて、染色体異常等の先天要因によるものではないと診断・鑑定された症例である。
注****:分娩誘発(子宮収縮剤投与やメトロ使用)に繋がった前期破水症例を対象とした。
13
【判例13】は大学病院で 2 年目の医師と指導的立場にあった講師が当直中に起きた事
例である。切迫早産でウテメリン服用中の妊婦に早剥が発生した。判決は早剥の初期症状
に合致する妊婦を現に直接診たが早剥の診断経験のない 2 年目の医師に「常位胎盤早期剥
離を念頭に置いて、胎児が低酸素状態に陥っていないかどうかを確認するために、直ちに
胎児心拍数を計測すべき義務があった」と判断している。このとき同じ当直の講師の医師
は研究室で実験を行っており、2 年目の医師からのコンサルテーションには電話で対応する
のみであった。その後、助産師に乞われてようやく診察室に来たが、妊婦を診てすぐに早
剥を強く疑うに至っている。
【判例38】は平日の昼間に出生した IUGR 児の分娩の際、分娩監視モニターの評価で過
失を認定された事例である。これは若い医師へのフォロー体制の在り方について考えるき
っかけを与える事例であると考えられる。
判決文からは、一人の若い医師のみが全て対応していたと読める裁判所の事実認定であ
る。しかし裁判所は、当該医師が早い段階でモニター所見から帝王切開の可能性の判断を
していること(以降も何度か帝切のための動きや判断をしている)を前提に、その約 1 時間
半後に遅発一過性徐脈が 7 回連続した時点で過失を認定している。そしてその時点で帝王
切開準備をしても人的にも手術室にも不都合はなかったと指摘もしている。
当該医師の行動から考えると、当該医師は漫然と数時間ずっと経過観察をしていたわけ
ではなく、異常を認識した上で他の指導的立場の医師に何度もコンサルテーションをして
いたであろうことが想像に難くない。しかし、判決からはその様子を具体的に伺うことが
できない。つまり、当該医師だけに注目するのではなく、指導的立場の医師や他の医師ス
タッフが若い医師に対して行ったフォローが適切であったかといった点も含めてシステム
として分娩経過を見ることで、安全なお産に結びつくための体制を考えることができるの
ではなかろうか。
これらの事例から、指導的立場の医師の基本的姿勢としては、まず患者の状態を的確に
把握し、その上で若手医師の対応を見守りつつ適宜適切な指導・判断・フォローすること
が求められているといえよう。しかし、社会時勢の変化による医師不足・臨床の高度多様
化、多忙化の中では、365 日 24 時間より安全を目指した管理体制を確保できる人的資源、
軽量経済的資源が乏しいことも事実である。この変化に対応した指導の在り方とお産の安
全の両立の在り方を再考する時期にあるのではないだろうか。
2) 複数の目の必要性:ピアレビューと協働
母児の状態把握の方法は様々あるが、その診断内容が妥当かどうかを検討し、診断・判
断に思い込みがある場合には、いかにそれを排除し客観性を確保するかが評価・診断ミスを
防ぐポイントになりうると考えられる。
大学病院のように産婦人科医の多い施設では、原則的に主治医制を採らないことや初め
て診る妊婦の分娩を扱うことが多いと考えられる【判例13】【判例30】【判例33】【判
例36】
【判例37】。裁判所による認定事実の中にその様子が窺われるのは【判例13】(初
14
めてカルテを開いて対応に臨んでいた)くらいしかない。しかし、管理入院中の妊婦やハイ
リスクで外来通院中の妊婦については、チーム内での定期的なカンファランスや日常の頻
回な情報交換によりしっかりと情報共有し、評価・診断に迷う症例については、ピアレビ
ュー(同僚間検討)など複数の目を借りることにより診断精度を高める仕組みがきちんと機
能することが必要である。骨盤位のように分娩方針に悩む症例【判例30】では、こうい
った仕組みの中で重ねられたディスカッションを経て、妊婦と分娩方針についての話し合
うことでリスク共有が可能であっただろうし、
【判例36】のボルタレンの知見もこれでフ
ォローされたものの一つであろう。
一方、診療所【判例10】【判例29】や主治医制の施設、一人医長の地方の公立病院な
どの場合では、一貫して一人の医師が妊婦を診ることが多いため、妊婦の状態を把握する
ことには長けているが、客観的な目に欠けるため思い込みによる見落としの危険が高い。
【判例10】では診療所で非対称性 IUGR の予見が可能であったかどうかが検討されている
が、裁判所は、児頭大横径の数値のみでなく、子宮底長の長さ等も併せて判定するのが相
当とした上で遅くとも 40 週の時点で予見可能性があったと判断している。これは、診断に
客観性が確保されなかったことによる限界を示した一例であろう。
このような施設の場合は、医師の多い施設以上に、助産師・看護師等コメディカルスタ
ッフを借りるべき複数の目として協働を活かすことの意義を再認識する必要がある。以下
のように助産師・看護師は、結果回避のきっかけに気づき注意を促すような行動を起して
いることが少なくないのである。(これとは反対に、分娩監視の場面では医師は看護師や助
産師に任せたまま漫然としていることで急速遂娩の時機を逸している事例もある。分娩監
視の問題については、木下論文と後藤論文を参照されたい。)
【判例1】妊娠 36 週の NST の途中に一絨毛膜双胎の一児の心拍がモニターされなくなっ
ていることから、助産師は妊婦に対し、二児の心音がはっきりとれていないので医師によ
く見てもらうよう指示をしたため、妊婦が医師にそのモニター用紙を見せた。しかし医師
は見ただけで「大丈夫でしょう」と言い一週間後の来院を指示したのみにとどまった。こ
の点について裁判所は「医師としては、この NST の結果を知った時点で、二児に異常が発
生していないか確認するため、胎児の生死鑑別方法として最も信頼性の高い超音波断層法
による検査を行い、その後も継続的に胎児の経過を観察すべき注意義務があった」とした。
【判例13】下腹部痛を訴えて掛けてきた切迫早産治療中の妊婦からの電話を受けた助
産師が妊婦に来院するよう伝えたが、医師がそれを必要ないとして自宅でウテメリンを服
用して様子を見るよう伝え直した。
【判例29】高位破水の可能性の高い妊婦を頸管無力症と誤診したために(鑑定により、
先天性・後天性ともに頸管無力症は否定)、頸管縫縮術を 2 度施行した。破水かもしれない
と気づいた看護師が羊水ではないかと医師に聞いたが、医師は「シロッカー糸がこすれた
ための分泌液」だと説明し羊水かどうかの確認をしなかった。
【判例41】妊娠中毒症の妊婦に早剥の兆候が現われた事例。裁判所は、医師としては
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妊婦が「妊娠中毒症の状態にあることから、一般の妊婦よりも早剥発生の危険が高いこと
を念頭に置き、助産師から入院時のモニタリングの記録紙を見せられた時点で、同助産師
に対し、胎児心拍数モニタリングを連続的、あるいは断続的に実施することを指示すべき
注意義務があった」とし、それを怠った医師に当該注意義務違反があったとの評価は免れ
ないと判断した。その後、助産師はモニタリングを中止したもののドップラで胎児心拍数
を確認してはいたが、胎児心拍の一過性の変動や子宮収縮との関係が分からないため、こ
れでは経過観察は不十分であることは明らかであると裁判所は指摘した。
3) 医療従事者間の業務序列を越えてお産の安全文化の根付きへ
前記1)2)は、医療者には当然のことと考えられているかもしれない。しかし、今こ
れらの重要性を改めて再確認しなければならないと考えられるのはなぜなのだろうか。こ
の根底にある問題を Rosemary Gibson が的確に指摘する。
『医療従事者には他の産業界に学ぶべきものがたくさんある。職場の同僚が互いに仕事
をチェックしあうのは当然のことであり、ミスにつながる可能性があれば、誰かの自尊心
を傷つけないかといった余分なことは考えずに、その場で問題を解決するのが常識になっ
ている。不幸な事態を招く要因の一つは自分の手に負えない状況になっても医師は他人に
助けを求めるのをためらうことにある。「溺れるか泳ぎきるか」の二者択一を教える医学教
育の文化が、他人に助けを求めることをためらわせ、権威者に質問することを控えさせる
空気を作っている。そして、たとえ良い意見があっても、異職種の人間か、上下関係の下
位にいる人間からのものであれば受け入れたがらない傾向を生んでいる。』と(『沈黙の壁』
日本評論社・2005 年 110-111 頁参照)。
つまり、医療者個人の能力や努力だけに安全を求めるのではなく、
【判例13】のような
若い医師が指導的立場の医師に「先生、早く来てください!」「ちょっと教えてください」
と遠慮なく言え安心して患者に向き合い成長できる環境、
【判例29】のような看護師が医
師に「確認しなくて大丈夫ですか?」と気兼ねなく言える雰囲気、他科の医師への併診を
スムースにお願いできる雰囲気…このような環境で医療を提供できる人的システムを成熟
させ活発化させることが「なかなか完璧にはなれない状況」の大きな受け皿になり、お産
の安全文化の根付きを促進させることに繋がると考えられる。
3.安全なお産を脅かす潜在的リスクのスクリーニングと分娩トラブルの発生回避のために
1)妊婦健診の重要性
分析対象全判例(43 件)について、裁判所が認定した事実から、妊婦の健診受診状況をみ
てみると、概ねどの事例の妊婦も真面目に受診していたことが判明した。
また、全判例(43 件)のうち母児に異常因子のある症例は、IUGR【判例10】【判例34】
【判例38】
、CPD【判例9】、巨大児(含・傾向)【判例6】
【判例11】
【判例35】
【判例3
7】、多胎【判例1】【判例3】【判例5】【判例14】、前置胎盤【判例31】、妊娠中毒症
【判例3】【判例5】【判例12】【判例41】などであった。妊婦健診で継続的に診ること
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で母児の状態を評価することが可能で、分娩方針の決定や高次医療機関との連携に結びつ
けるなど、適切な分娩管理を行うための的確な判断が求められる症例が多いと考えられる
(判例番号の下線は本論点分析対象判例)。
たとえば【判例34】は、総合病院で出生した IUGR の児の事例である。妊婦健診を通じ
て分娩までの期間における当該医療機関は IUGR 管理としてバックアップテストを行わなか
った。この点については、医療水準未確立として当該医療機関の過失を否定した。しかし、
妊娠 34 週頃に「IUGR の胎児であることを疑い、(その 5 日後に)IUGR であると確定診断し
たのであり、(原告)の転送を妨げる事情も本件全証拠からうかがわれないことからすれば、
被告病院の医師としては、IUGR と確定診断後、本件分べん前に(原告)を速やかに周産期セ
ンター又は大学病院レベルの高度の医療機関に転送しより適切な医療を受けさせるべき注
意義務があった」と判断した。
【判例37】は巨大児のため肩甲娩出が困難であった事例である。37 週の骨盤レントゲ
ンで CPD を否定した。しかし、妊婦が肥満(94.8kg)であり、児推定体重も 38 週の時点で 4348g
であった。この点について裁判所は「分娩管理に当たる医師としては、肩甲難産の可能性
を予測させる因子を常に念頭におき、診療当時の臨床医学の実践における医療水準に即し、
可能な診断法を総合して、母児に対する分娩前及び分娩中における臨床上の危険因子及び
その徴候を発見し、それを総合することを通じて、肩甲難産発生の可能性を予測し、これ
を前提とした分娩管理に努めなければならない」と判断した。
このように、妊婦健診による適切なリスクのスクリーニングは、母児に対して適切な医
療を受けさせるために必須なものであり、安全な分娩を扱うための準備として大変重要な
役割を果たしている。このことから、医師、特に妊婦健診を請け負うことの多い診療所医
師には、妊婦健診での注意深い観察力と判断力が求められる。(分娩を扱う施設と転送の問
題は、後藤論文が詳しく論じているので参照されたい。)
しかし近時問題となっている「飛び込み分娩」の増加は、それ自体がお産の安全性を脅
かす潜在的リスクとなってしまったり(朝日新聞 2007/08/26 朝刊・横浜・37 面など参照)、
適切な産科医療提供機能を混乱させる要因にもなりうることから、妊婦に健診の重要性を
理解してもらうことが必要である。また、未受診問題には経済的格差の問題が存在してい
ると指摘されている。この問題をサポートする妊婦健診の公的負担額の増加など公的支援
などによる、妊婦の健診に対するアクセシビリティ向上のための働きかけと取組みが必須
である。
2)「里帰り分娩」と「転医」に潜むリスク
このことに関連して、全体(43 件)のうち、
「里帰り分娩」や「妊婦自身の都合による転医」
をしている事例が 25.6%(11 件)あることが判明した。産科医からしてみると、母体・胎児
を一貫した視点で診ることができないことから、このような転医もこの潜在的なリスクを
増幅させる可能性が高い。この場面においても、産科医のより一層の注意深さと前医・後
医の妊婦の状態に関するコミュニケーション・連携だけでなく、十分な説明による妊婦自
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身のリスク認識を促す役割をしっかりと果たすことが求められよう。
4.むすびにかえて:自浄作用の活発化を
これまでの分析から、お産の安全を脅かすものには、産科的なリスク因子と社会的なリ
スク因子があることが分かる。つまり、現在のお産の安全は「産科医療現場の汗と努力」
「妊
婦の自律性」
「社会(公的)システム」の3つの要素により担保されるといえよう。
本報告の趣旨は判例から産科医療現場の問題を分析することであるから、(本来はこの三
つの要素のバランスの問題も論じるべきだが)その点に重点を置くと、
「ピアレビュー」「協
働」「業務序列を超える」といった人的システムを成熟・活発化させることが安全なお産へ
の鍵である考えられる。つまりこれらのキーワードを集約すると、産科医療の現場に求め
られているのは、一つのチームという社会的最小単位から、専門家集団としての自律性を
発揮し自浄作用をしっかりと機能させ循環させるというシステムの確立である。ただしこ
れは、決して目新しいことでも無理を強いることでもない。
産科医療現場には適切な人的資源の確保・医療経済資源の増強が必要であることは言う
までもないが、それでも日々の診療の中でこのような日常を真摯に積み重ね続けているこ
とが、「なかなか完璧にはなれない状況」をより「安全」に結び付けているということを、
是非とも再確認して頂きたい。
以 上
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3.夜間休日態勢の問題点と再発防止策
伊藤 律子
分析対象の43件(45判例)中、半数強の22件が夜間休日の事故であった。
抜本的な再発防止策として、①中長期的な医師等の人材確保策、②周産期救急システムの全国的
な整備、③「オープンシステム」の推進による分娩の集約化などが必要である。
当面なしうる再発防止策としては、①分娩監視装置による継続的な分娩監視装置を怠らないこと、②
個人診療所において開業医相互のネットワークをつくること、③個人診療所ではハイリスク妊娠を扱
わず、分娩開始前に高次医療機関へ転送もしくは受診勧告すること、④二次・三次医療機関において
は、休日のオンコールシステムの運用改善、ベテラン医師と新人医師のチーム医療の強化、産婦人
科救急症例に適切に対処しうるような研修教育体制の整備などが考えられる。
1.はじめに
本研究会で分析対象とした43件(45判例)中、半数強の22件が夜間休日の事故で
あった。その内訳は〔表1・2〕のとおりである。
1)抜本的な周産期医療システム見直しの必要性
夜間休日は、個人診療所はもちろんのこと、緊急母体搬送の受け入れ側である二次医療
機関、三次医療機関でも人員配置等が手薄になりがちであり、このことが事故の多発の背
景事情になっていると思われる。日本産婦人科医会の調査によると、全国34都道府県(回
答44都道府県の77%)で周産期救急システムが夜間も整備されているが、妊婦の受け
〔表1〕夜間・休日に発生した全事故の内訳
医療機関
平日夜間 (判例 No.)
休日 (判例 No.)
計
個人診療所
5 (17・21・33・39・40)
6
(6・9・19・23・25・35)
11
二次医療機関
1
(42)
7
(3・5・22・31・34・36・43)
8
三次医療機関
1
(13)
2
(20・26)
3
7
計
15
22
〔表2〕休日に発生した事故の内訳
医療機関
土曜 (判例 No.)
日曜 (判例 No.)
GW・平日 (判例 No.)
計
個人診療所
5
(6・19・23・25・35)
1
(9)
0
二次医療機関
3
(22・31・36)
3
(3・5・43)
1
(34)
7
三次医療機関
0
1
(26)
1
(20)
2
計
8
5
19
6
2
15
入れ等で問題なく機能しているのは21(47%)、受け入れ可能な施設に関する情報を集
中管理する「コントロールセンター」が整備されているのは11(25%)にとどまり、
人手不足などで機能していない地域も多いとされる(2007年9月13日
読売新聞)。
このような周産期救急システムの問題点が、夜間休日の事故多発の背景にあるとも言えよ
う。
また、日本では中小診療所での分娩が約45%(2001年)と高率であるため、マン
パワー不足による母児の安全性に問題があると指摘されている(中林正雄ほか「産科領域
における安全対策に関する研究」厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業
平成15年度総括・分担研究報告書2頁)。欧米諸国では妊婦健診は一般医・家庭医等で行
い、分娩の98%は大病院・周産期センターで行われるため、分娩時の救命救急対応は集
中的に速やかに行うことが可能であると言われる(同前)
。事故防止のためには、日本にお
いても分娩の集約化が必要であろう。
抜本的な再発防止策としては、周産期救急システムが未整備な地域をなくし、搬送に関
する情報を一元管理する「コントロールセンター」を整備し、人員不足のためシステムが
機能しない地域については、人員確保策を検討することが必要であろう。
また、分娩の集約化のため、病院の設備とスタッフを個人診療所の医師に解放(オープン)
して、共同で病院を利用する「オープンシステム」の推進も必要であろう(中林正雄ほか
「産科領域における医療事故の解析と予防対策」厚生労働科学研究費補助金医療技術評価
総合研究事業
平成17年度総括・分担研究報告書4~5頁)。
2)当面なしうる再発防止策
判例の分析から、当面なしうる再発防止策としては、以下のことが考えられる。
第1に、医療機関の規模の大小を問わず、分娩監視装置による継続的な分娩監視を怠ら
ず、特に「安心できない心拍パターン」がみられる妊婦について、胎児仮死の徴候を見落
とさず、早期に緊急帝王切開の準備に着手するか、早期に高次医療機関へ連絡をとり、転
送に備えることである。システムの問題以前に、基本的な分娩監視が不十分であったため
に対応が遅れ、事故発生につながっているケースが多い。
第2に、個人診療所では、①開業医相互のネットワークをつくり、緊急帝王切開が必要
な事態に協力して速やかに対処できるようにすること、②ハイリスク妊娠(母児のいずれ
かまたは両者に重大な予後が予想される妊娠)を扱わず、分娩開始前に高次医療機関へ転
送もしくは受診勧告することである。
また二次医療機関であっても、夜間休日に院内で緊急帝王切開が適時適切に実施できな
い体制であれば、ハイリスク妊娠について、分娩開始前に三次医療機関へ転送もしくは受
診勧告するようにする必要があろう。
第3に、二次医療機関、三次医療機関においては、①休日のオンコールシステムの運用
を改善すること、②夜間休日の院内各部の連携体制を強化すること、③夜間休日に経験の
浅い医師が一人で双胎分娩等を扱うことがないようベテランの医師とのチーム医療を実践
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すること、④産婦人科救急症例に適切に対処しうるような研修教育体制を整備することな
どが考えられる。もっとも、人手不足などから個々の現場の努力で改善できることには限
界があり、周産期医療システム全体の抜本的な見直しが必要である。
以下、医療機関の規模別に事例を検討する(なお、【判例3】、【判例19】、【判例25】、
【判例36】、【判例6】及び【判例35】については、夜間休日の診療態勢の問題点を窺
わせる判示がないため検討を省略する)。
2.三次医療機関
1)休日における院内態勢強化の必要性【判例26】【判例20】
ア)【判例26】について
①事案の概要と判示
【判例26】は、私立大学病院における日曜日の事故事例である。里帰り出産の初産婦が
妊娠37週で前期破水を発症し、分娩前日(土曜日)の午後7時ころ被告病院に入院した。
妊娠37週3日(日)午前11時30分ころから陣痛促進剤(オキシトシン)の点滴投与
が開始された。同日午後1時から翌日午前9時までの当直医は、被告乙山、E医師及びF
医師の3名であった。判決は、午後7時38分以降、変動一過性徐脈が頻発し、その程度
も悪化したことから、胎児仮死出現に備えて厳重な分娩監視を行うべきであったのに、午
後8時7分から30分まで母体の周囲に誰もおらず、医師の診察、体位変換、酸素投与等
が午後8時30分以降に行われたこと等から、助産婦と被告乙山医師には、分娩監視義務
違反の過失があると判示した。
また、判決は、母体の体位変換や酸素投与等によっても変動一過性徐脈が反復出現する
場合は、帝王切開の第一段階の準備として、予め手術室と麻酔医及び小児科医に連絡して、
医師と看護婦の待機態勢を依頼する必要があり、「適切な準備がされていれば、大学附属病
院である本件医院において、帝王切開の決定からその施行まで、20分以上の時間は要し
ない」と認定した。
② 再発防止策-院内各部の連携強化と中長期的な人員確保策の必要性-
当直医が3名いたにもかかわらず、20分間以上誰も分娩監視に当たることができない
状況がなぜ生じたのか、判文上認定がなく不明であるが、休日の分娩監視態勢が手薄であ
ったことが窺われる。再発防止策として、夜間休日の院内各部の連携強化が考えられるが、
三次医療機関の現場における努力には限界があり、中長期的な人員確保策の検討が必要で
あろう。
イ)【判例20】について
① 事案の概要と判示
【判例20】は、国立病院(当時)における、ゴールデンウイーク期間中(火曜日)の事
故事例である。担当医は、「分娩が夜間や休日に始まった場合には医師が最初から確実に付
き添うということが困難になると考えられたこと」等から、急速産の可能性がある経産婦
21
の原告に対し、分娩誘発を選択しており、夜間休日のマンパワーの不足が窺われる。なお、
本件では、医師の急速遂娩方法の選択の過誤(緊急帝切ではなく、クリステレル圧出法併
用の吸引分娩を選択した過失)が認定されており、平日の午後という条件のよい時間帯で、
緊急帝切施行に格別支障となる事情はないと認定されている。
② 再発防止策-中長期的な人員確保策の必要性-
【判例26】と同様、三次医療機関における夜間休日のマンパワー不足解消のためには、
中長期的な人員確保策を検討する必要があろう。
2)夜間における院内態勢強化の必要性 【判例13】
① 事案の概要と判示
本件は、国立大学病院(当時)における夜間(早朝)の事故事例である。
事故日(妊娠35週5日)の産婦人科当直医は、L医師(卒後2年目)と、産婦人科講
師を務めていたQ医師(卒後20年目)であった。L医師は、まだ常位胎盤早期剥離の症
例を扱った経験がなく、原告Cの下腹部痛の訴えにつき、切迫早産と考えて対応した。
L医師は、徒歩で5分ほど離れた研究室で仕事をしていたQ医師に電話をかけて、切迫
早産の診断を受けた患者が腹痛を訴えて来院する予定であるという報告をした。L医師は、
以後もたびたびQ医師に電話で報告したが、Q医師は、電話で診療方針に助言を与えるに
とどまり、自ら患者を診察せず1時間以上経過した結果、常位胎盤早期剥離の診断・緊急
帝切の決定が遅れ、事故発生に至った。
判決は、切迫早産と考えて対応した当直医につき、徐脈の回復がなく胎児仮死を疑った
時点で、常位胎盤早期剥離を強く疑い、直ちに帝王切開術の施行を決断すべき義務を怠っ
た過失を認定した。また、判決は、新人当直医のとった処置につき、「国立大学病院の備え
るべき医療水準に照らして十分とはいえないものであった。」と指摘している。
② 再発防止策-ベテランと新人のチーム医療、新人医師の研修教育体制の構築-
本件事故の背景事情として、①患者に応対した当直医が医師免許取得後1年の新人医師
で、常位胎盤早期剥離の症例を扱った経験がなかったこと、②もう一人の当直医である産
婦人科講師が、「切迫早産」との新人当直医の報告を鵜呑みにして自ら患者を診察せず、電
話で助言したのみであったこと、③最初に、下腹部痛を訴える原告の電話に応対した助産
師は来院するよう告げたが、電話を替わった新人当直医が、ウテメリン服用により自宅で
様子を見るよう指示し、結果として初期診療が遅れたこと等が挙げられる。
再発防止策として、①夜間は新人医師一人に患者の対応を任せず、ベテラン医師や助産
師を含めたチームで対応すること、②常位胎盤早期剥離などの産科救急事例に的確に対応
する能力を養成するような、新人医師の研修教育体制の構築等が考えられる。
3.二次医療機関
二次医療機関においても、夜間休日は平日より医師・助産師・看護師等の人員配置が手
薄となる。このため、緊急帝王切開の準備により時間がかかって事故が発生した例(【判例
22
42】、双胎分娩(【判例5】)や複数分娩の同時並行(【判例43】)に適時適切に対処でき
ず事故が発生した例がある。
また、休日で常勤医が勤務しておらず、非常勤医のみで対応したことが事故の背景事情
の一つと考えられる例(前記【判例42】、【判例22】【判例34】)も散見される。
さらに、土曜午後から日曜のスタッフ不足を理由として帝王切開を行った医師につき、必
要のない帝王切開手術を実施した過失を認定した事例(31週4日の前置胎盤、少量出血
【判例31】
)がある。考えうる再発防止策は以下のとおりである。
1)夜間における院内態勢強化の必要性 【判例42】
① 事案の概要と判示
【判例42】は、自治体病院の夜間の事故事例である。被告病院では、夜間に麻酔科医、
手術室看護師は常駐せず、当直医と病棟看護師、助産師が勤務していた。夜間に当直医が
帝切を決定した場合、管理師長が麻酔科医・手術室看護師を招集し、その間に助産師・病
棟看護師が手術準備を開始していた。夜間の緊急帝切決定から児の娩出までの平均時間は、
約1時間20分であった。
判決は、緊急帝切決定から児の娩出まで約1時間20分を要することを医師は了知して
いたことから、午後9時ころ遅発一過性徐脈が出現した時点で、緊急帝切の準備に着手す
べき義務があるのにこれを怠ったと認定した。そして、午後9時45分ころから初めて帝
切準備に着手したため、
「夜間に小児科医、麻酔科医、産婦人科医、手術室看護師を呼び出
すのに時間を要し、(略)原告Aを娩出されるまでに約1時間16分を要した」ことは「遅
きに失したものというほかなく」と指摘した。
さらに、判決は、「帝王切開が決定されてから児の娩出までに要する時間はできるだけ短
くしなければならないのは当然であり、被告病院の平均時間が1時間20分であり、一般
病院においても1時間以内に行うことに大きな制約があるとしても、それは医療慣行に過
ぎずこのような医療慣行に従ったからといって、被告の過失が否定されるということはで
きない。」と述べ、被告病院の態勢の下でも、上記のとおり今後の急速遂娩の可能性を予測
した午後9時の時点で緊急帝切の準備を開始していれば、児の娩出を速やかに行うことが
十分可能であったと指摘している。
② 再発防止策-緊急帝切準備の早期着手、中長期的な人員確保策の必要性-
再発防止策として、遅発一過性徐脈が疑われるなど分娩経過に照らして今後の急速遂娩
の可能性が予測される場合は、直ちに緊急帝切の準備に着手することが必要である。また、
夜間の麻酔科医・手術室看護師の常駐などにより帝切決定から児娩出までの時間を可能な
限り短くすることも考えられるが、そのためには、二次医療機関における中長期的な人員
確保策の検討が必要であろう。
2)休日における院内態勢強化の必要性 【判例5】【判例43】【判例22】【判例34】
ア)【判例5】について
①事案の概要と判示
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【判例5】は、産婦人科常勤医師3名、麻酔科のない中規模の市民病院において、卒後
6年目の産婦人科医師が、日曜日に一人で双胎の第2子分娩を取扱中、人工破膜の手技上
の過誤により臍帯脱出、横位となり、緊急帝王切開を要した事案である。
a) 双胎分娩を一人の医師が担当していたこと
被告病院では、日曜・祝日は医師1名が当直医となり、緊急の場合は帰宅した1名の医
師がポケットベルで対応するオンコール方式をとっていた。
本件では、被告病院産婦人科部長が、子宮口が全開し、第1子が鉗子定位置まで下降した
時点でポケットベルを持参し帰宅し、上記のとおり卒後6年目の医師が一人で分娩を担当
したことが事故の背景の一つとなっている。
b)オンコール方式が実質的に機能しなかったこと
本件では、臍帯脱出・横位発生後、緊急帝切のため、ポケットベルで産婦人科部長と連
絡をとったが、同部長が1時間で被告病院に戻ることができない場所にいたため、緊急帝
切の決定・実施が遅れたという事情が窺われる。
c)院内各部の連携が不十分であったこと
本件では、ⅰ)緊急帝切の手術助手確保のため、被告病院産婦人科の他の2名の医師、
近隣の2医院、被告病院外科医師の順で応援を依頼したこと、ⅱ)手術室の看護婦は帰宅
していたので緊急呼出をかけたこと、ⅲ)臍帯脱出発生から約15分後に、被告病院外科
部長と連絡がつき、緊急帝切を決定したこと、ⅳ)外科部長が手術室に到着したのは、そ
れから50分以上経過後であったことが認定されている。
② 再発防止策
a)双胎分娩を複数の医師で担当する態勢の必要性
休日に双胎分娩がある場合は、当直医1名のみに分娩を委ねず、複数の産婦人科医師が
担当する態勢をとる必要がある。もっとも、現場の努力には限界があり、休日の人員配置
増を実現するには、中長期的な人員確保策の検討が必要であろう。
b)オンコール方式の運用改善
休日にオンコール方式をとる場合、ポケットベルを持参し帰宅した医師は、遠方に外出
せず速やかに来院可能な場所に待機するよう、オンコール方式の運用を改善する必要があ
る。
c)院内各部の連携強化
休日に緊急帝切が必要となった場合、迅速に院内のマンパワーを集められるよう、産婦
人科、外科、看護部など院内各部の連携を強化する必要がある。
やはり、中長期的な人員確保策の検討が必要であろう。
イ)【判例43】について
①事案の概要と判示
【判例43】は、自治体病院における日曜日の事故事例である。
a)常勤医の待機がなかったこと
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分娩を担当した被告医師Eは、「被告市との間で、毎週土曜日午前中の診療並びに土曜日
及び日曜日における分娩の立ち会い及び管理を内容とする非常勤の契約を締結していた、
いわゆる非常勤医」であった。判決は、E医師につき、母体が午後3時に分娩室入室後、
午後5時に分娩するまでの間の継続的なモニタリングを怠った過失を認定した。
b)少人数で複数分娩の介助を同時並行で行っていたこと
本件分娩は日曜日であり、被告病院産婦人科病棟には、非常勤医E、助産師3名と看護
師1名が勤務していた。そして、原告と他の1名の分娩が同時に進行しており、F助産師
は午後2時21分ころから急遽、本件母体の分娩介助を担当することになった。F助産師
は、本件母体の分娩介助のほか、他の患者の処置にも当たっており、他の患者の処置をし
に行くことに気が急いていて、午後3時から午後4時までほとんど分娩室にとどまってい
なかった。判決は、F助産師が、「他の患者の処置に手をとられていたことから、原告Cの
分娩介助を先延ばしにしようと(換言すれば、本件胎児の分娩をできるだけ遅らせよう)
と考えて、上記認定のような指示(注:原告Cの夫に対し、原告Cが力んだときは、胎児
を奥に押し戻すような感じで臀部を押さえるよう指示)をしたということは、十分にあり
得る」と認定した。
② 再発防止策-中長期的な人員確保策の必要性-
判決文から、E医師は、同日母体の分娩介助を担当したベテランのF助産師に分娩を任
せきりであったことが窺われる。また、本件母体が分娩室に入室後、分娩までの約2時間、
分娩監視装置によるモニタリングがなされなかった背景には、日曜日に複数の分娩が重な
った際、適切に対応できるだけの人員の不足があると思われる。
再発防止策として、休日に、非常勤医ではなく、ベテラン助産師を指導監督しうる常勤
医を常駐させることが考えられる。また、休日に複数の分娩が重なりそうな場合は、助産
師、看護師の待機人数を増やすことが考えられる。
いずれも実現のためには、中長期的な人員確保策の検討が必要であろう。
ウ)【判例22】について
① 事案の概要と判示
【判例22】は、私立病院における里帰り出産の初産婦の事故事例である。事故は土曜
日に発生しており、当日の当直医である丁原医師は非常勤であった。丁原医師は、午後5
時ころ「基線細変動が減少し、胎動に伴う一過性頻脈がなく注意を要する状態であるため、
助産婦又は看護婦に対し、児心音を監視するよう指示」したが、「自ら、原告花子の内診を
行ったり、分娩監視装置による監視を行うことはなく、母体の変換や酸素投与等の経母体
治療を指示することもなかった。」
。また、「丁原医師が看護婦らに胎児心拍数の監視を指示
したにもかかわらず、看護婦らは、午後5時50分までの間、胎児心音の聴取すら行って
いない」状況であった。
判決は、丁原医師につき、分娩監視装置による継続監視の方法を選択すべきであったの
に、胎児の状態に即した継続監視を怠った注意義務違反を認定し、丁原医師の指示に従わ
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なかった看護婦らについても継続的な監視を怠った注意義務違反を認定した。
② 再発防止策-中長期的な人員確保策の必要性-
再発防止策として、【判例43】と同様に、休日に助産師・看護師を指導監督しうる常勤
医を常駐させることが考えられるが、実現のためには、中長期的な人員確保策の検討が必
要であろう。
エ)【判例31】について
①事案の概要と判示
【判例31】は、自治体病院において、土曜日の朝、妊娠31週4日の前置胎盤の経産
婦に少量の性器出血が見られたことに対し、土曜日の午後から日曜日には緊急手術に対応
しにくい体制であることを理由として、土曜日の午前に帝王切開を行った医師に、不必要
な帝王切開を行った過失を認定した事例である。
判決は「当日は、土曜日であったが、その午前中であれば、手術を行うためのスタッフ
は病院内に揃っており、直ちに手術を実施することが可能であったが、土曜日の午後から
日曜日にかけては、手術を行うためにスタッフの呼出しを要するなど、緊急手術が間に合
わない危険性があった。
」と認定した。
患者は、午前6時40分ころ少量の性器出血が見られた以外に出血は認められなかった
が、被告乙山医師は、出血量及び持続時間を検討せず、午前8時25分ころの診察後、直
ちに帝切を決定し、患者に対し「今日は土曜日で麻酔科の医師もいるが、明日は日曜日にな
り医師も手薄になることを述べ、今日中なら小児科も麻酔科もそろうので手術をしてしま
いましょうなどと述べた。」。判決は、「被控訴人病院が県立**病院として地域の基幹的医
療施設の一つであること」などから、「土曜日、日曜日には緊急手術への対応がしにくいと
いうことをもって、本件帝王切開を是認する根拠とすることは相当でない」として、「乙山
医師には、控訴人花子に対して帝王切開術を施行する必要性がいまだ肯定できないのにこ
れを実施し、控訴人一郎を在胎31週4日で肺機能や脳室周囲血管の未熟なままに娩出さ
せた過失があるというべきである。
」と認定した。
② 再発防止策-中長期的な人員確保策の必要性、三次医療機関との連携強化-
再発防止策として、休日の医師看護師等の待機人数を増加し、緊急帝切に適時適切に対
応できる院内態勢をつくることが必要であるが、実現のためには、中長期的な人員確保策
の検討が必要であろう。それが困難であれば、三次医療機関との連携を強化し、早期に母
体搬送ないし応援の医師を確保できる態勢を整える必要があろう。
オ)【判例34】について
① 事案の概要と判示
【判例34】は、私立総合病院におけるIUGR、過期妊娠(43週4日・39週での
補正後42週3日)の妊婦の事故例である。分娩日は連休の最中であり、同日午前9時2
0分ころ、担当医師がA医師(注:主治医)から、非常勤で花子とは初対面のC医師に交
替した。被告病院は、IUGRに対する十分なバックアップテストを実施できず、また、
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緊急帝切の準備に1時間を要する医療機関であった。
県内では、行政区分だけでなく、病院分布や交通網等も考慮して、県内に6つの地域を
設定し、各地域の基幹病院と協力病院とは、互いに協力して産科救急システムの運営を年
中無休で行っているところ、被告病院は、同システムを利用できる地理的条件を有してい
たが、本件での利用はなかった。
判決は、分娩前の妊娠36週4日(補正後週数35週3日)にIUGRの確定診断をした
主治医につき、分娩前に「被告病院の医師は、IUGRを管理する適切な人的、物的態勢
を備えている周産期センター又は大学病院などのより高度の医療機関に花子を転送しより
適切な医療を受けさせるべき注意義務があった」にもかかわらず、これを怠った過失があ
ると認定した。
② 再発防止策-ハイリスク妊娠の分娩前搬送、地域救急医療システムの活用等-
再発防止策として、①IUGRなどのハイリスク妊娠については分娩前に高次医療機関
へ搬送すること、②万一、自院でハイリスク妊娠の分娩を扱う場合、休日であっても、主
治医が継続して分娩を取り扱うこと、また地域の産科救急医療システムを早期に利用する
こと、③休日の分娩を非常勤医に委ねず、常勤医を常駐させること、などが考えられる。
休日の主治医による分娩取扱い及び休日の常勤医常駐については、中長期的な人員確保策
の検討が必要であろう。
3)休日における三次医療機関との連携強化の必要性 【判例34】【判例5】
【判例34】は、高次医療機関への転送義務について、「患者の疾患につき、自己の診療
施設においてこれを診療する人的、物的態勢が整っていないか不十分であり、他方、患者
の疾患に対してより適切な診断又は治療方法が存在し、患者の疾患が当該診断及び治療法
の適応状況にあり、かつ、必要とされる診療行為が当時の医療水準上是認され、適切な転
医先が存在するなどの場合には、漫然と自己のできる治療、検査を実施しているだけでは
足りず、医師としての業務又は診療契約に基づいて、その症例に応じた適切な規模、施設、
設備、技術レベルを備えているより高度の医療機関に患者を転送し、より適切な医療を受
けさせるべき注意義務があるというべきである。」と認定した。
【判例5】において、被告病院は、ダブルセットアップ体制は、地域の周産期医療セン
ターを標榜する三次病院でなければ不可能であると主張している。仮に二次医療機関内で
休日の緊急帝切に対応できないのであれば、休日における双胎分娩等は自院で扱わず、早
期に三次医療機関に転送するよう、連携を強化する必要があろう。
4.個人診療所
1)夜間休日の高次医療機関との連携強化の必要性
【判例9】【判例33】【判例39】【判例40】
個人診療所は、人員設備とも高次医療機関に比して不十分であり、特に夜間休日の態勢
が手薄となりがちである。判例上、個人診療所における緊急帝切の準備不足、高次医療機
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関との連携不足について、ア)事故発生の背景事情として認定した事例(【判例9】)、イ)
緊急帝切の準備を怠った過失を認定した事例(【判例40】)、ウ)転送義務違反を認定した
事例(【判例33】【判例39】)がある。
ア)事故の背景事情として認定した事例 【判例9】
【判例9】は、分娩監視装置がなく、自院で帝王切開可能かどうか疑わしい個人診療所
において、休日に、医師が50分間吸引分娩に固執したあげく児が娩出せず、その時点で
他の3病院に連絡を取ったが、当日は休日であって応援を求められず、4つめの病院に連
絡して40分後にようやく婦人科部長と連絡がつき母体搬送が決まった事案である。医師
が長時間の吸引分娩に固執した背景に、緊急帝切の準備不足、休日における近隣医療機関
との連携不足があったことが窺われる。
イ)緊急帝切の準備を怠った過失を認定した事例 【判例40】
【判例40】は、帝王切開の準備に着手してから児を娩出するまで1時間程度かかる個
人医院において、午前4時40分頃、吸引分娩による牽引を10回から15回、クリステ
レル圧出法を5回以上併用して、事故発生に至った事案である。
判決は、「被告自身、吸引分娩を開始した際、重症仮死状態にあった児の娩出までには少な
くとも20分以上かかると考えていたことからすれば」「被告としては、直ちに帝王切開に
移行できるようにあらかじめ帝王切開の準備を指示した上で吸引分娩をすべきであった。」
と指摘し、この点につき被告医師の過失を認定した。
ウ)転送義務違反を認定した事例 【判例33】【判例39】
【判例33】は、
「開設以来、帝王切開を行っておらず、手術道具は錆びてしまっていた」
被告医院の医師が、午前0時過ぎ、満床で転送を断られた医科大学から「K総合病院(注:
仮称は執筆者による)であれば転送可能であることを知らされたが同病院へは連絡も転送
もせず、午前0時20分ころ、吸引分娩を開始」し、約1時間にわたり「診療記録に記載
されている分だけでも合計12回の吸引が行われ」事故が発生した事例である。判決は、
「帝
王切開をしたこともなく、その用意もなかった被告医院にAをとどめておかず、K総合病
院など帝王切開の可能な高次医療施設にできる限りすみやかに転送すべき義務があった。」
と認定した。また、「もっと早期の段階ないし日頃から被告医院における治療では賄いきれ
ず転送が必要となる帝王切開等の緊急事態の発生に備えて高次医療施設に連絡しておくな
どして転送のルートといったものを確立しておくべきであった」とも指摘している。
【判例39】は、午前3時32分ころ、アプガースコアが1/1の重度新生児仮死の児
が出生した後、6時間以上経過した午前10時過ぎに、初めて高次医療機関に搬送依頼を
した事案である。判決は、児の出生後、直ちに蘇生措置と並行して、地域の「新生児診療
相互援助システム」を利用するなどして児を高次医療機関に搬送するよう手配すべき義務
があり、被告医師はこの義務に著しく違反したと認定した。
エ)再発防止策-ハイリスク妊娠の分娩前搬送、開業医ネットワークの構築等-
以上の判例から考えられる再発防止策として、個人診療所では、①ハイリスク妊娠を扱
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わず、分娩開始前に高次医療機関へ転送もしくは受診勧告するようにすること、②開業医
相互のネットワークをつくり、緊急帝切が必要な事態に協力して速やかに対処できるよう
にすること、③夜間休日に緊急帝切、緊急母体搬送が必要な事態が生じた場合、迅速に高
次医療機関へ転送するか、高次医療機関から応援を依頼することができるよう、高次医療
機関との連携を強化することが考えられる。根本的には、全国的な周産期救急システムの
整備、オープンシステムの整備などによる分娩の集約化が必要であろう。
2)院内分娩監視の強化の必要性 【判例21】【判例17】【判例39】【判例23】
分娩監視を適切に行い、緊急帝切、緊急母体搬送が必要な状況であるという危険性の認
識を持たなければ、高次医療機関との連携を強化しても事故防止につながらない。
特に、夜間休日に人手が不足する個人診療所では、分娩監視が不十分になりがちである。
【判
例21】【判例17】【判例39】【判例23】は、いずれも、個人診療所において、夜間休
日の分娩監視が不十分であったために児の危険な状態を認識せず、事故につながった事例
である。
ア)【判例21】について
【判例21】では、「外来診療室、ナースステーション及び被告自宅におかれた各モニタ
ーに、分娩監視装置の波形を表示し、連続監視や、一定時間毎に監視ベッド(8台まで接
続可能)を自動的に切り替え、監視することができた。」という「中央監視システム」があ
りながら、被告医師が23時12分頃、3階自宅に設置してあるモニター画面に表示され
た原告花子の胎児心拍陣痛図を確認することはなかったため、胎児の基線細変動の減少に
気づかなかった。判決は、23時10分を経過した時点において、直ちに急速遂娩を実施
すべきであったのに、これを怠った過失を認定している。
イ)【判例17】について
【判例17】では、午前4時ころ常位胎盤早期剥離の発生が極めて濃厚に疑われる状況
であったにもかかわらず、
「被告丙野は、本件徐脈を深刻なものとは受け止めず、Aに対し、
電話で酸素吸入(4リットル/分)及び仰臥位から側臥位への体位変換を指示したのみで、
自らは陣痛室に赴くことなく当直室にとどまっていた。」。被告医院では、従前の医療ミス
をふまえ、夜間休日の母体搬送先を確保しており、医師が分娩監視不足により危険性の認
識を欠いたため、事故の再発を防げなかった事例である。判決は、午前4時の時点で直ち
に帝王切開を決断し、帝王切開を実施するため緊急に母体を他の病院に搬送するか、又は
緊急に自院で帝王切開を実施する義務を怠った過失を認定している。
ウ)【判例39】について
【判例39】は、夜間、准看護師1名に分娩監視を委ねて、被告医師が医院の向かい側に
ある自宅に戻っていたところ、午前3時ころの時点で、被告に連絡をすべき遷延一過性徐
脈の所見があったにもかかわらず、准看護師は所見を正しく認識することができず、この
時点での被告への連絡を一切行わなかったことにつき、分娩監視における注意義務違反に
当たると認定した。
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エ)【判例23】について
【判例23】は、休日(土曜日)に、前期破水で入院した原告にPGE2の投与及びメ
トロを使用した後、1回ドプラーで胎児心音を確認したのみで、数時間にわたり分娩監視
装置の装着はおろか、ドプラーによる胎児心拍数の測定がなされた事実さえも認められず
放置した結果、胎児仮死の発生を見落とした事例である。事故当日は、被告院長から診療
を引き継いだ1名の医師が、原告を含め3名の妊婦の分娩を担当し、診療所内が非常に慌
ただしい状態であったことが認定されており、人員不足の状態であったことが窺われる。
判決は、本件では胎児仮死出現の危険性が極めて高く、被告は、「遅くともPGE2の効果
により陣痛が最も強まったと推認される(分娩当日40週1日)午後2時過ぎ以降は、分
娩監視装置を装着して胎児の状態を経時的に観察する義務を負っていた。」にもかかわらず
これを怠った過失を認定した。
オ)再発防止策-夜間休日の分娩監視態勢強化等-
再発防止策として、個人診療所における夜間休日の分娩監視を強化する必要があり、院
内の人員では十分な監視ができない場合は、夜間休日の医師・助産師の人員増を検討する
必要がある。人員増が困難であれば、①個人診療所では、ハイリスク妊娠を扱わず、分娩
開始前に高次医療機関へ転送もしくは受診勧告すること、②開業医相互のネットワークを
構築・強化することが必要である。
根本的には、オープンシステムの整備などによる分娩の集約化が必要である。
なお、【判例17】のような、いわゆる「リピーター医師」に対しては、再教育を含む行政
処分を検討する必要があろう。
以 上
30
4.子宮収縮剤の使用
高岡 香
(神奈川医療問題弁護団)
1. 子宮収縮剤を使用する場合には、用法・用量を厳守することは勿論のこと、使用限度量以下
であっても、胎児仮死、子宮破裂の原因となりうるので、必ず分娩監視装置を装着して持続
的監視を行い、異常が認められた場合には、投与を中止するなど適切な措置をとること。
2. 子宮収縮剤の使用は、医学的適応ないし社会的適応がある場合に限ること。
1.はじめに
今回検討した医療事故判決の症例数は合計43件であるが、そのうち分娩誘発あるいは
陣痛促進のために子宮収縮剤が使用されていたのは、次の18件(約42%)であり、そ
の割合から、子宮収縮剤が使用されている場合に事故が起きやすいとも考えられる。【判例
2】【判例4】【判例7】
【判例11】
【判例12】
【判例15】
【判例18】
【判例20】
【判
例21】【判例23】【判例24】【判例26】【判例28②】【判例33】【判例34】【判例
35】【判例37】【判例40】
子宮収縮剤は分娩の三大要素の一つである娩出力に問題がある場合に使用されることが
多いため、子宮収縮剤が使用される分娩は、もともとリスクが高いともいえる。しかし、
子宮収縮剤は人工的に子宮を収縮させるものであることから、過強陣痛を起こしたり、あ
るいは、分娩の自然のメカニズムを乱すことにより難産を引き起こしたりする危険性があ
るため、子宮収縮剤を使用することにより、リスクが高まるといえる。
安全な分娩のために子宮収縮剤を使用しながら、過強陣痛を引き起こし、胎児仮死や子
宮破裂を起こすという事故がたびたび起きているため、日本母性保護医協会(現・日本産
婦人科医会)から昭和49年には研修ノート「分娩誘発法」、平成2年には「産婦人科医療
事故防止のために」などが出され、また子宮収縮剤の添付文書も平成4年以降何度も改訂
されるなど、使用に際しての注意喚起がなされてきた。それにもかかわらず、子宮収縮剤
の使用による事故が後を絶たないことは極めて問題であり、平成18年7月、日本産科婦
人科学会と日本産婦人科医会は共同で、「子宮収縮薬による陣痛誘発・陣痛促進に際しての
留意点」を出して、子宮収縮剤の適正な使用を呼びかけている。これに記載されている子
宮収縮剤の使用の適応・要約などが遵守されねばならないことは言うまでもないが、以下
では訴訟になった事故の事例を検討することにより事故防止策を考える。
2.子宮収縮剤を投与中に、分娩監視装置を装着していなかった事例
前記研修ノートでは、子宮収縮剤を使用する場合には、持続的に監視する必要があると
し、「分娩監視装置を使用することが望ましい」としている。昭和49年当時は分娩監視装
31
置の価格が高く、設置していない医療機関も多かったことから、「望ましい」との記載とな
ったのであるが(我妻堯著「鑑定からみた産科医療訴訟」参照)、その後、分娩監視装置は
ほとんどの医療機関に整備されている。また、分娩監視装置を装着する以外の方法で、同
様の持続的監視をすることは、大変な人手を要するため、実際上は不可能である。したが
って、子宮収縮剤を使用する場合には、分娩監視装置を装着すべきである。【判例2】【判
例18】【判例23】【判例24】【判例33】【判例35】の事例では、いずれの医療機関
も分娩監視装置を保有していながら、薬剤投与中に装着していなかったため、胎児仮死の
徴候の発見が遅れ、分娩監視義務違反が認められたものである。尚、
【判例2】【判例18】
【判例23】【判例24】の事例は、分娩監視装置が装着されていなかっただけではなく、
分娩経過の観察が極めて不十分であった。以下に事案の概要を紹介する。
【判例2】は、オキシトシンにより分娩誘発を行った事例である。10時30分ころか
ら、帝王切開が決定される17時9分ころまでオキシトシンを点滴しており、分娩監視装
置は14時ころ装着されたが、15時6分ころはずされた。15時6分ころ点滴量を毎分
15滴(約20ミリ単位/分)まで増量し、点滴を継続しているが、分娩監視装置をはずし
てからドップラーにより胎児心拍数が計測されたのは16時30分ころである。
【判例18】は、分娩誘発のため、メトロ挿入と、ジノプロストンの投与がなされた事
例である。ジノプロストンを9時30分ころから15時30分ころまでに8錠服用させた
後に、16時25分ころからジノプロスト注射液を点滴静注したものであるが、分娩監視
装置は子宮収縮剤投与前に装着しただけで、投与中は1時間ごとに1回、ドップラーで胎
児心拍数を計測したに過ぎない。
【判例23】は、前期破水後、ジノプロストンベータデクス錠の投与と、メトロに20
0ccの滅菌水を注入し、分娩誘発を行った事例である。7時40分から12時55分ま
での間にジノプロストンベータデクス錠6錠投与したが、看護師が徐脈を確認する15時
28分ころまでの間、ドップラーでの胎児心音の計測を行ったのは、8時40分ころと9
時30分ころ、14時50分ころの3回であった。
【判例24】は、前期破水のため、ジノプロストンベータデクス錠により陣痛促進を行
った事例である。8時15分ころから13時15分ころまでに、ジノプロストンベータデ
クス錠が計6錠投与されたが、投与の際はドップラーで胎児心拍数を計測したが、13時
15分ころ計測した後、15時ころ高度の徐脈が確認されるまで、助産師等が訪室するこ
とさえなかった。
【判例33】は常位胎盤早期剥離が疑われたが、陣痛促進のためにオキシトシンが投与
された事例である。20時55分ころからオキシトシンが投与され、23時55分ころ、
分娩監視装置が装着されたが、そのときには、胎児心拍数は180bpmを超え、時には
190bpmを超えるほどの高度頻脈となっていた。ドップラーでの計測は23時22分、
23時34分になされているが、異常は確認されていない。
【判例35】は、前期破水後、陣痛促進のため、ジノプロストンを投与したものである。
32
18時から22時までジノプロストンを計5錠投与した後、22時22分からオキシトシ
ンの投与を開始した。ドップラーで胎児心音を計測では、22時45分に116回/分、2
3時に108/分であった。被告医師は胎児心拍数が低下傾向にあると判断し、吸引分娩に
着手し、23時8分、児を娩出させたが、児は低酸素性虚血性脳症と診断された。
3.子宮収縮剤が胎児仮死の発生原因とされた事例
上記分娩監視装置を装着していなかった事例のうち【判例18】【判例24】【判例35】
の3件で、胎児仮死の発生原因が子宮収縮剤であると認定されている。なお、【判例18】
【判例35】は添付文書の指示に違反しており、【判例18】は投与量が過剰であり、【判
例35】は両剤を前後して投与した場合であり、慎重に投与すべき義務に反している。【判
例24】は、投与量は添付文書記載の上限量は超えていないが、子宮収縮剤の感受性に個
人差が大きいため、胎児仮死を発生させたものである。
【判例18】は、ジノプロストンを1時間に1錠ずつ、計8錠内服させた上、ジノプロ
ストを点滴投与した。
【判例24】は、ジノプロストンベータデクス錠を1時間に1錠ずつ計6錠を内服させ
た。
【判例35】は、ジノプロストンを1時間に1錠ずつ計5錠内服させた上、オキシトシ
ンを点滴投与した。
4.子宮収縮剤により子宮破裂を発生させた事例
【判例28②】は、オキシトシンによる分娩誘発を行った事例である。9時10分ころ、
毎分2.5ミリ単位から開始し、その後9時40分に5ミリ単位、10時10分に10ミ
リ単位、10時40分に15ミリ単位、11時10分ころに20ミリ単位と増量された。
11時39分以降の陣痛に変動一過性徐脈や胎児心拍数の低下が現れ、11時56分ころ
から遅発一過性徐脈ないしその疑いのある徐脈が見られるようになり、12時4分ころか
らは陣痛曲線がめだたなくなり、12時9分ころからは胎児心拍数の乱れが見られた。1
2時15分、胎児心拍数が70に低下したため、助産師は点滴を中止し、医師に報告した。
13時21分、帝王切開により児を娩出したが、母体は子宮破裂を起こしていた。
判決は、本件子宮破裂の危険因子としてはオキシトシンの投与以外に認められないとし
て、11時39分以降の陣痛に変動一過性徐脈や退治心拍数の低下が現れ、11時56分
ころから遅発一過性徐脈ないしその疑いのある徐脈が見られるようになり、12時4分こ
ろからは陣痛曲線がめだたなくなり、12時9分ころからは胎児心拍数の乱れが見られる
など母体あるいは胎児に何らかの影響のある異常な徴候が認められたのであるから、助産
師は、直ちに医師にその旨を連絡し、オキシトシンの投与を中止すべきであったが、これ
を看過し、病院のルーチンな投与方法を継続し、子宮破裂を発生させたものであるとして
いる。
33
5.適応がないのに子宮収縮剤を使用した事例
【判例12】は、下腿の妊娠浮腫が認められる軽度の妊娠中毒症の妊婦に、分娩誘発剤
を使用することの危険性については説明せず、39週0日にオキシトシンを使用して分娩
誘発を行った事例である。
判決は、妊娠中毒症についての分娩誘発の産科的・医学的適応は重症の場合であるから、
本件ではこれを満たさず、その他適応を満たす事実はないとした。また、医師が原告に対
し、妊娠浮腫があること、頸管開大気味で分娩状態が整っていることを説明して分娩誘発
を勧めた事例であり、原告の社会的・個人的理由から分娩誘発を行ったものでないから、社
会的適応もないことは明らかであるとした。
【判例4】は、吸引分娩あるいは鉗子分娩による急速遂娩を行うには児頭が高かったた
め、陣痛を強めてこれを下げようとオキシトシンを投与した事例である。
5時53分ころ人工破膜したところ、羊水混濁ツープラスで、胎児心拍数がそれまでと
は異なったパターンで急激に低下し始めた。7時28分の内診の結果、第二前方前頭位で
児頭位置はステーション±0~+1であったことから、なるべく早く児を娩出させる必要
があるが、未だ児頭の位置が高く、吸引分娩も鉗子分娩もできないと考え、児頭を下げる
ためにも陣痛を強めるためオキシトシンを投与し、クリステレル圧出法を施行した。7時
34分ころからベースラインが80bpm以下になるような遷延性徐脈ないし持続的な徐
脈が出現し、7時44分からころから50分ころまでやや胎児心拍数が持ち直したがその
後、胎児心拍数は80ないし100bpmの範囲で変動しており、8時10分すぎから吸
引分娩に取りかかり、その後鉗子分娩に移行し、8時20分に児を娩出した。
判決は、7時50分に直ちに吸引分娩ないし鉗子分娩に取りかかるか、あるいは7時4
0分頃、オキシトシンの投与を中止し、経母体治療を行って、帝王切開をすべきであった
とした。
【判例33】は、入院時の内診における血性分泌から軽度の常位胎盤早期剥離の疑いが
あったにもかかわらず、オキシトシンにより陣痛促進を行った事例である。
判決は、常位胎盤早期剥離による低酸素状態又は胎児仮死状態の疑いがあり、かつ、低
酸素状態又は胎児仮死状態を示す羊水混濁が存在したため、これらを導く可能性のあるオ
キシトシンを投与すべきではないという義務に違反したとしている。
6.判決では過失とは認定されなかったが、子宮収縮剤の使用方法に問題がある事例
【判例15】は、陣痛促進のためにオキシトシンを投与したが、胎児仮死となり、吸引
分娩及びクリステレル圧出法を行ったが、娩出に至らないため、ジノプロストをオキシト
シンと併用する形で投与した事例である。
判決は、医師は両剤の原則的な使用方法に反するかたちで投与を行ったというべきであ
るとしたが、両剤併用の禁止理由は過強陣痛が生ずることであるが、過強陣痛は生じてい
ないとして、両剤を併用したことが医療契約上の債務不履行に該当するとまではいえない
34
とした。
【判例26】は、陣痛促進のため、オキシトシンの投与量を30分ごとに機械的に投与
量した事例である。オキシトシン5単位を5%ブドウ糖500ml に混入し、11時30分
ころ毎時10ml で投与を開始した。点滴速度は12時ころ毎時20ml、12時30分ころ
毎時30ml、13時ころ毎時40ml、13時30分ころ毎時50ml にそれぞれ引き上げら
れた。また、15時ころに毎時40ml の速度に下げたものの、15時30分ころには再び
毎時50ml の速度に上げた。
判決は、添付文書によれば「点滴速度をあげる場合は、一度に1~2ミリ単位/分の範囲
で、40分以上経過を観察しつつ徐々に行うこと。」とされているのであるから、30分ご
とに機械的に投与量を増量することを指示し、現に13時30分ころまでそのとおりの増
量を続けている本件では、被告医師のオキシトシン投与方法の指示には過失があるという
べきであるとした。但し胎児仮死の原因は臍帯巻絡とクリステレル胎児圧出法、吸引分娩
の繰り返し等のよるものであり、オキシトシンの投与方法が誤っていたため胎児仮死が生
じたということはできないし、使用量も過大とはいえないとしている。
【判例11】は、オキシトシンを筋肉注射で用いた事例である。持続的徐脈が出現した
ため、吸引分娩を開始し、15回くらい吸引したが、吸引分娩だけではなかなか児頭が下
降しないため、クリステレル圧出術を行うと同時に、オキシトシン1単位を筋肉注射した
ものである。
判決は、原則として点滴で用いるべきオキシトシンを筋肉注射で行っていることなど、
適切でない方法が散見され、混乱状態であったことがうかがえるとしている。
7.結論
上記事例から、子宮収縮剤を使用する場合、添付文書記載のとおり、用法・用量を厳守す
るのは勿論のこと、子宮収縮剤に対する子宮筋の感受性は個人差が大きいことから、同剤
投与中は分娩監視装置を装着し、胎児の心音と子宮収縮の状態を十分に監視し、同剤の投
与量を調整するとともに、異常があった場合には直ちに投与を中止するなど適切な措置を
とることが必要であるといえる。また、子宮収縮剤の使用にはリスクがあることから、そ
の適応を厳守しなければならない。
以 上
35
5-1.子宮収縮剤を使用していない場合の分娩監視の評価と対応
後藤 真紀子
分娩監視が問題となっている事故事例で、かつハイリスク妊娠(第2章)でもなく、子宮収縮剤(第4
章、第5章の2)を使用していない8件8判例を検討した。
再発防止策としては、①分娩監視の必要性を認識し、胎児仮死の出現を予期させる徴候を見落とさ
ないこと、②分娩監視を継続的に行うこと、③分娩監視記録は医師自らが確認すること、④正しい知
見に基づき分娩監視記録を読むこと、が考えられる。
1.はじめに
本研究会で分析対象とした43件(45判例)のうち、分娩監視が問題となっている事
故事例で、かつ、ハイリスク妊娠でもなく子宮収縮剤を使っていない事案【判例17】【判
例19】【判例22】【判例27】【判例32】【判例38】【判例42】【判例43】を検討
した。
検討した8件を医療機関の規模別に見ると、個人診療所が4件【判例17】【判例19】
【判例27】
【判例32】
、二次医療機関が4件【判例22】
【判例38】
【判例42】
【判例
43】である。
これらの事案はすべて分娩監視を適切に行わなかった結果、胎児仮死となったものであ
るが、大別すると、①胎児仮死の出現を予期させる徴候を見落としているケース、②分娩
監視を継続的に行っていなかったケース、③分娩監視を助産師等に任せっきりにしていた
ケース、④分娩監視記録の読み方を誤ったケースに分類される。
これらの判例から導き出される再発防止策としては、①分娩監視の必要性を認識すべき
であり、その前提として、胎児仮死の出現を予期させる徴候(もしくは異常な臨床症状)
を見落とさないこと、②分娩監視は継続的に行うこと、③分娩監視記録は医師自らが確認
すること、④正しい知見に基づき分娩監視記録を読むことが挙げられる。つまり、全体と
して、医学的知見の基本が理解されていないことから起きるヒューマンエラーであり、各
医師が自覚を持って対応すれば、回避することができる事故なのである。
2.分娩監視が必要な状況を把握すること(①)
分娩進行中、胎児仮死の出現を予期させる徴候があるにもかかわらず、分娩監視装置を
装着せず、経過観察としている事案が存在する【判例19】。分娩監視装置の必要性を把握
する前提として、医師は、胎児仮死の出現を予期すべき徴候を適切に把握すべきである。
具体的には、
【判例19】は、既に遷延分娩に陥っており、かつ、短時間行われた分娩監視
の際に、変動一過性徐脈が生じていたにもかかわらず、分娩監視装置を装着しなかった事
案である。医師は、分娩中に何らかの異常が見られた場合には胎児仮死の出現を予想すべ
36
きである。
また、分娩監視装置は装着していたものの、特に注意すべき臨床症状を見落としている
ために、分娩監視記録を読まなかった事案が存在する【判例17】。分娩監視記録から明確
に胎児仮死徴候が読み取れるとは限らないが、臨床症状と併せて見れば、胎児仮死徴候を
疑うことが可能であったと考えられることから、医師は、分娩監視記録のみに頼るのでは
なく、臨床症状も適切に把握する必要がある。
具体的には、常位胎盤早期剥離を疑うべき臨床症状を見落としていたことから、分娩監
視記録を読むに至らなかった事案である。
3.継続的に分娩監視装置を装着すること(②)
分娩進行中に数回分娩装置を装着しているものの、連続的な監視を行っていない結果、
胎児仮死徴候を見落とした事案が存在する【判例19】【判例22】。特に、胎児仮死徴候
の出現を予期させる状況がある場合には、短時間の分娩監視装置の装着で異常が見られな
くとも、継続的に分娩監視を行う必要がある。
具体的には、既に遷延分娩に陥っており、かつ、短時間の分娩監視装置の装着時に、変
動性一過性徐脈が出現していたにもかかわらず、分娩監視装置による継続的な監視を行わ
なかった事案【判例19】、分娩監視記録上、比較的高度な変動一過性徐脈があったにもか
かわらず、分娩監視を終了した事案【判例22】があり、いずれも分娩監視を行わなかっ
た間に胎児仮死状態に陥っている。胎児仮死が出現してもおかしくない状況があるならば、
分娩監視装置による継続的な監視をする必要がある。【判例19】については、分娩監視装
置を装着できない場合には、ドップラーによる胎児心拍の監視を極めて頻繁にすべきであ
るとの指摘がある。
実際には、全てのお産に終始分娩監視装置を装着することは、母体に対する負担もあり
難しい場合もあると思われる。しかし、特にハイリスクの要因がないお産はともかく、ハ
イリスクである症例においては、上記判例のような結果を防止するためには、短時間の分
娩監視装置の装着で満足すべきではなく、継続的な監視が必要である。仮に継続的な監視
ができない事情がある場合や、特にハイリスクではない場合にも、ドップラーによる胎児
心拍の監視を頻繁に行うことは少なくとも必要である。
4.医師自ら分娩監視モニター・分娩監視記録を確認すべきであること(③)
2で述べたのと同様、医師が分娩監視モニター・記録を見ていない事案が存在する【判
例17】【判例43】。医師は、助産師等が分娩監視記録から胎児仮死徴候を適切に判断で
きるか否かを把握し、判断できないのであれば医師自らも継続的に監視する必要があり、
また、判断できる場合であっても、助産師等から何らかの報告があった場合には、報告に
頼るのではなく、医師自ら異常の有無を直接確認すべきである。
分娩監視装置を装着していながら、特段の監視体勢を取っておらず、患者の訴えにより
37
緊急事態であると考えた助産師が、医師に連絡したにもかかわらず、直接見ていない事案
が存在する【判例17】
。また、医師が助産師に任せきりにしており、助産師も全く分娩監
視を行わなかった事案もある【判例43】。
5.胎児仮死徴候を早期に把握すべきであること(④)
分娩監視を行っている医師には、分娩監視記録から胎児の異常を読み取り、母体の体位
変換及び酸素投与などを実施し、改善しなければ急速遂娩を行うべき義務がある【判例2
7】【判例32】【判例38】【判例43】。その際、医師が分娩室において直接診る必要が
ある。
具体的には、分娩監視装置は装着していたものの、医師が胎児心拍が100bpm 以上を維
持している間は急速遂娩の適応にはならないであろうとの見通しを有していたため、高度
徐脈の持続及び基線細変動の減少を考慮しなかった事案【判例27】
、分娩監視装置は装着
されており、13時7分の時点で遅発一過性徐脈が認められ、胎児仮死とは矛盾しない所
見が認められたにもかかわらず、医師が胎児の異常を読み取ることができず、16時22
分まで分娩に至らなかった事案【判例32】、一過性頻脈が一度も出現していない反面、3
度の遅発一過性徐脈が出現し、その後も7回連続の遅発一過性徐脈が出現したにもかかわ
らず、帝王切開を行う旨の決定をしなかった事案【判例38】、遅発一過性徐脈であること
が高度に疑われる状態であったにもかかわらず、医師が帝王切開の準備を開始することな
く、単に禁飲食と血管を確保してブドウ糖の点滴をすることを指示したに過ぎなかった事
案【判例43】がある。
以 上
38
(別紙
判例紹介)
1.分娩監視が必要な状況を把握すること【判例19】【判例17】
【判例19】鹿児島地裁H15.3.7
① 事実に関する判示
・ 「同日(分娩日)午前9時ころから、モニターに変動性一過性徐脈(これだけでは胎
児の切迫仮死兆候とはいえないが、陣痛に関連した臍帯ないしは児頭への圧迫が胎児
循環に影響していることを示す)が現れるようになった。9時28分ころ、モニタリ
ングが中断され、手術を終えた被告が内診室を訪れて原告Bを診察したところ、子宮
口は全開大、子宮頸管の展退度は100%、児頭の位置はマイナス2と変わらなかっ
た。そこで被告は原告Bに対して歩行等で身体を動かすことを勧めた。」
・ 「同日午前9時58分からモニタリングが再開されたが、被告は、それまでの経過を
考慮した結果、分娩のための積極的な処置を行うことにし、10時1分、モニタリン
グを中止し、10時5分ころ、高圧浣腸(陣痛や児頭下降を促進する効果があること
がある)を実施した。」
② 医学的知見と法的評価
・ 「…Cの脳性麻痺の原因は常位胎盤早期剥離による胎児仮死(低酸素状態)であった
と認められる。」
・ 「…午前11時9分の娩出時において、Cの仮死状態はアプガースコア0の重症であ
り、ほとんど死亡に近い状態であったことに照らし、胎児仮死の状態はモニタリング
中止時である午前10時1分ころから11時9分の娩出までの間の比較的早い時期
に発生していたことが推認される。
」
・ 「…むしろ、午前8時7分過ぎころには、胎児の下降がはかばかしくない遷延分娩で
あったため、人工破膜が行われ、その結果羊水が失われて、圧迫が生じやすい状態と
なっていたこと、午前9時ころ以来変動性一過性徐脈が出現し、午前10時1分ころ
の監視装置によるモニタリングの中止の直前ころにもこれが引き続いて現れており、
胎児の循環系に負荷がかかっていることが十分うかがえる状況であったことからす
れば、被告は、帝王切開のための硬膜外麻酔を開始する以前及び開始後において、胎
児仮死の徴候がみられないかどうかについて、分娩監視装置による連続的な監視を行
い、ドップラーによる胎児心拍の監視しかできなかったとすれば、きわめて頻繁にこ
れを実施すべき注意義務があったと認められる。」
【判例17】東京地裁H14.12.18
① 事実に関する判示
・ 「…午前4時頃、子宮の収縮に遅れて胎児心拍数が170/分前後から65/分前後
まで低下し、かつその回復に約3分間を要する大きな徐脈(本件徐脈)が発生した。
このとき、原告花子が下腹部の強い痛みを訴え、しかも分娩監視装置に赤いランプが
点ったことから、原告太郎は不安を覚え、ナースステーションにいたA(注:助産師)
39
を呼び寄せた。」
・ 「Aは、…胎児仮死を警戒すべき緊急の事態であると判断し、当直室にいた被告丙野
に電話をかけて、頻脈の存在及び本件徐脈の概要を報告した。しかし、被告丙野は本
件徐脈を深刻なものとは受け止めず、Aに対し、電話で酸素吸入(4リットル/分)
及び仰臥位から側臥位への体位変換を指示したのみで、自らは陣痛室に赴くことなく
当直室にとどまっていた。」
・ 「午前4時15分ころ、分娩監視装置に再度赤いランプが点ったことから、原告太郎
は再び児に徐脈が発生したものと考えて、ナースステーションにいたAを呼び寄せ
た。」
・ 「原告太郎がAに不安を訴えた結果、午前4時30分ころ、Aから原告花子に対し、
あと1時間ほど様子を見た上で帝王切開を実施するか否かを検討する旨の病院の方
針が伝えられた。」
・ 「午後5時25分頃、ようやく被告丙野が陣痛室に現れた。被告丙野は、時に徐脈が
頻発していることや原告花子の出血が続いていることに疑問を感じたものの、依然と
して胎児仮死を警戒すべき緊急の事態であるとの認識は有しておらず、原告らに帝王
切開を勧めることはなかった。しかし、一連の経過に不安を抱いていた原告太郎が、
いっそ帝王切開をしてはどうかと提案したところ、被告丙野はこの提案に応じて帝王
切開を行うこととし…」
② 医学的知見と法的評価
・ 「…本件では、…分娩監視装置が装着された午前3時50分の段階においては、すで
に、原告花子に性器からの外出血及び腹痛という常位胎盤早期剥離の典型的な臨床症
状が認められ、しかも他の出血性疾患である前置胎盤の可能性が超音波検査によって
排除されていたのであるから、午前3時50分の時点では、常位胎盤早期剥離を強く
疑い前記のような総合的診断を行うことが必要な状況にあった」
・ 「午前4時ころには、子宮の収縮に遅れて始まる徐脈、すなわち遅発一過性徐脈が出
現し、しかもこの徐脈は、170/分前後から65/分前後まで胎児心拍が低下し、
かつその回復に約3分間を要するという極めて深刻なものであったことが認められ
る。」
・ 「…分娩監視装置の装着後、時に軽度の頻脈がみられ、かつ分娩監視装置が装着され
て以降、児にアクセレーションはみられなかったのであり、これらの客観的事実を綜
合すると、本件徐脈が発生した午前4時の時点では、常位胎盤早期剥離の発生が極め
て濃厚に疑われる状況にあったということができる。したがって…被告丙野は、午前
4時の時点で直ちに帝王切開を決断し、帝王切開を実施するために緊急に母体を他の
病院に搬送するか、又は緊急に自院で帝王切開を実施する義務があったというべきで
ある。」
40
2.継続的に分娩監視装置を装着すること【判例19】【判例22】
【判例19】鹿児島地裁H15.3.7
上記1記載の通り。
【判例22】福井地裁H15.9.24
① 事実に関する判示
・ 「原告花子は、同日(分娩当日40週4日)午前4時ころ入院し、第一分娩室におい
て、乙山助産師のもと、4時6分ころから4時50分ころまで分娩監視装置による監
視を受けた。
」
・ 「丁原医師は、…午前5時前頃被告病院に到着し、…本件監視記録を確認した。その
結果、胎児心拍数基線細変動に約5bpm の振幅が時々認められることから基線細変動
が減少しているものの消失とは言えず、胎児が低酸素状態にあるとは判断できないと
して、長時間妊婦を仰臥位にさせておくと動脈が圧迫されて胎児に悪影響が出ること
もあることから、いったん分娩監視装置を外して1時間後に再検査をすることとし
た。」
「丁原医師は、自ら、原告花子の内診を行ったり、分娩監視装置による監視を行
うことはなく、母体の変換や酸素投与等の経母体治療を指示することもなかった。」
・ 「…同日午後4時50分ころ、分娩監視装置を外され、夕食をとるよう指示されて病
室に移動した。」
「午後5時50分ころ、丙川看護婦が、病室において、ドップラー胎
児聴診器で胎児心拍数の計測をしたところ、胎児心音が(10-9-6)
(120bpm
~108bpm~72bpm)と悪化したため、…午後5時53分ころから、分娩監視装置
による監視を再開した。
」
② 医学的知見と法的評価
・ 「本件監視記録では、…比較的高度な変動一過性徐脈が出現している。」
・ 「…午後4時41分ころに比較的高度な変動一過性徐脈があったのであるから、その
後に高度変動一過性徐脈へ移行することがないかどうかを判別するために、継続的に
胎児の状態を観察するとともに、酸素投与等の経母体治療を行い、それでも胎児の状
態が回復せず、悪化するようであれば、直ちに急速遂娩(本件では分娩第一期であり、
子宮頸管が強靱であるから、帝王切開術をすることになる。)を行うことができるよ
う慎重に経過観察を行う注意義務があったと言える。」
3.医師自ら分娩監視モニター・分娩監視記録を確認すべきであること【判例17】【判例43】
【判例17】
上記1記載の通り。
【判例43】青森地裁弘前支部H19.3.30
・ 「…原告Aに生じた脳性麻痺については、出生前の原因により発症した低酸素性虚血
性脳症が原因であったものと認めるのが相当というべきである。」
・ 「本件胎児には、午後2時21分から22分にかけて、25分から26分にかけて、
27分から28分にかけて、41分、44分及び46分から47分にかけての各時点
41
において、一過性徐脈が出現した。それらの徐脈は、子宮収縮曲線が明確に描出され
ていないものの、心拍数下降から最下点に達するまで30秒以内であることから、変
動一過性徐脈であると考えられる。
」
・ 「FHR基線が160を超えており(なお、午後2時41分以降には、170を超え
ていたとみる余地もある。)、本件胎児は、頻脈(軽度頻脈)を呈していた。」
・ 「被告Eとしては、原告Cが午後3時に分娩室に入室した後、直ちにモニタリングを
再開して本件胎児の状態を注意深く観察し、その結果、本件胎児がその後も頻脈を呈
し、かつ、基線細変動が消失しているおそれがあると認めたときは、児頭の下降の程
度いかんによって、吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開術といった急速遂娩をすべき注
意義務を負っていたというべきである。」
・ 「被告らは、本件モニタリングはF助産師が施行したものであるところ、同助産師は
その計測結果を被告Eに報告しなかったとも主張するが、原告Cの分娩を管理してい
たのは担当医である被告Eであって、その点にかんがみれば、F助産師が本件モニタ
リングの計測結果を被告Eに報告しなかったとしても、それは被告病院における分娩
管理にかかわる内部事情にすぎないから、その点が被告Eの注意義務の有無を左右す
る事情であるということはできない。」
・ 「…被告Eは結果的に、原告Cが午前3時に分娩室に入室してから午後5時に原告A
を分娩するまでの間、本件胎児について継続的なモニタリングをしなかったというの
であるから、特段の事情がない限り、被告Eには、上記認定の注意義務の違反があっ
たものというべきである。」
4.胎児仮死徴候を早期に把握すべきであること【判例27】【判例32】【判例38】【判例42】
【判例27】名古屋地裁H16.5.27
① 事実に関する判示
・ 「…本件においては、胎児心拍数基線が140bpm 台で推移していたところ、午後4
時29分ころに突然、胎児心拍が80ないし90bpm 台に下降し、分娩室入室直後の
午後4時30分から同31分にかけて、100ないし110bpm 台と90bpm 台との
間を上下に変動しながら、同31分過ぎころから上昇し始め、同32分には正常脈に
回復したことが認められ、下降度50ないし60bpm 台、高度徐脈の持続時間が1な
いし2分程度、正常脈に回復するまでに要した時間が3ないし4分程度の一過性の高
度徐脈であり、…変動一過性徐脈または遷延一過性徐脈と評価することができる。」
・ 「…本件における上記の一過性の高度徐脈は、胎児仮死などの危険な徴候を示すもの
である可能性も十分考えられたものと解するのが相当であり、上記の可能性を念頭に
おいた上で、その後の経過をより慎重に観察し、胎児仮死などの危険な状態の有無を
判断する必要があったというべきである。」
・ 「…F医師及びD医師は、本件においては午後4時49分ころまで基線細変動が正常
に保たれている旨述べている。しかし、…分娩監視装置によれば、午後4時42分こ
42
ろまでは、1分間に2回以上の6bpm を超える程度の振幅を認めることができるが、
同42分から同44分までの間については、1分間に数回の振幅を認め得るものの、
これらの振幅が6bpm 以上のものであるとは認めがたいから、この間の基線細変動は
減少しているものと評価できる。」
・ 「…D医師は、児心拍が120bpm を切ることは珍しくなく、その状態が継続しても
急速遂娩の適応にはならない旨述べる。しかし、…軽度徐脈の場合においても、基線
細変動が正常でなければ胎児仮死の危険性を考慮すべきものと解されるのであり、前
示のとおり、午後4時42分ころ以降の基線細変動は正常でないものと認められるの
であるから、午後4時49分ころまでの徐脈を単に経過観察を継続してよい軽度徐脈
と解することはできない。」
・ 「…上記の各指摘に照らせば、午後4時38分以降の徐脈は、低酸素状態又はアシド
ーシスによる徐脈であり、胎児仮死の重要なサインとして速やかな処置が要求される
ものであったと認めるのが相当である。」
② 注意義務に関する判示
・ 「…分娩室入室前に、胎児仮死などの危険な徴候を示す可能性が十分考えられる一過
性の高度徐脈が出現し、その後の経過をより慎重に観察する必要があったところ、そ
の後も安心できない心拍数パターンが継続していたのであるから、D医師としては、
胎児仮死などの危険な状態の有無を的確に判断するために、厳重に分娩監視を行う義
務があったというべきであり、また自ら内診を行い、児頭の位置、回旋の状態、息み
を加えて児頭が下降する程度などを確認し、自然分娩までに要する時間、急速遂娩を
行う場合の適切な術式等についてあらかじめ検討し、胎児仮死と診断した場合には直
ちに適切な術式で急速遂娩を行いうる態勢で、分娩室において分娩監視を行うべき注
意義務があったものと認めるのが相当である。
」
・ 「…D医師は、午後4時50分までの間に、分娩室を一度のぞいただけであり、原告
Cを内診したり、Eらから詳しい事情を聴取したりすることもなく、ナースステーシ
ョンに戻って書類の整理をし、胎児心拍が100bpm を切ったことから、直ちに急速
遂娩を決定したものであるが…D医師は、…胎児心拍が100bpm 以上を維持してい
る間は急速遂娩の適応にはならないであろうとの見通しを持っていたものと推認す
ることができる。したがって、D医師が午後4時50分までナースステーションで分
娩監視装置のセントラルモニター画面を見ていたとしても、胎児仮死などの危険な状
態の有無を的確に判断するために厳重に分娩監視を行っていたものと評価すること
はできないのであり…分娩監視義務を怠っていたものと言わざるを得ない。」
【判例32】福岡地裁H18.1.13
① 事実に関する判示
・ 「記録9によれば、13時23分ころ以降の胎児心拍数が、13時43分ころ、13
時59分ころから14時00分ころにかけて、14時3分ころ及び14時09分ころ
43
に、120もしくは120以下になっていることが認められる。…そうすると、S鑑
定は遅発一過性徐脈が継続して認められるとし、H鑑定は、変動性か遅発性の一過性
徐脈が認められるとし、Y鑑定は、正確な判断ができないものの遅発一過性徐脈と考
えられる部分が数か所あるとしているので、記録9の記載は、胎児仮死と矛盾しない
所見であるといえる。」
② 注意義務に関する判示
「…分娩監視記録から何らかの異常が読み取れる場合は、まず母体の体位変換、酸素投
与などを行い、改善しなければ、急速遂娩を行うのが当時の臨床医としての医療水準であ
ると認められる。そうすると、本件においては、丙川医師に上記各処置を行うべき注意義
務があったというべきである。」
【判例38】横浜地裁H18.7.6
① 事実に関する判示
・ 「本件では、モニターを装着した直後である本件出産日午前10時13分及び17分
に、遅発一過性徐脈が発生しており、これは、胎児が、胎内で低酸素状態に陥ってい
ることを示す1つの所見であるといえる。」
・ 「モニター上の長期細変動については、本件出産日の午前10時00分から05分こ
ろまでは、一応6bpm 以上の長期細変動の存在が認められるものの、午前10時05
分から23分ころまでは、長期細変動はおおよそ5bpm 以下に減少しており、これも、
胎児仮死を伺わせる所見の1つであるといえる。」
・ 「なお、本件出産日のモニターには、その当初から分娩まで、一貫して、胎児が安心
な状態であることを示す一過性頻脈は、一度も出現していない。」
・ 「本件出産日午前10時30分以降、胎児には、VASTによって、一時的に長期債
変動が出現していたものの、その後、再び、長期債変動は減少している状態が続いて
いた。」
・ 「本件出産日午前10時35分には、モニター上、再び遅発一過性徐脈が出現し、午
前10時57分ころまでには、モニター上、比較的明瞭な、連続7回の遅発一過性徐
脈が出現している。」
② 注意義務に関する判示
・ 「これらの諸事情、すなわち、原告春子に、午前10時13分、17分及び35分に
遅発一過性徐脈が出現しており、午前10時57分から午前11時18分にかけて、
連続7回の比較的明瞭な遅発一過性徐脈が出現していること、一般的に、遅発一過性
徐脈が3回以上または15分以上連続して出現した場合には胎児仮死の所見である
と言われていること、胎児が安心できる状態であることを示す一過性頻脈は、モニタ
ーの開始当初から一度も出現しておらず、午前10時23分にVASTが行われたに
もかかわらず、一過性頻脈は出現していないこと、モニター上の長期細変動は、消失
しているとはいえないものの、全体として減少傾向にあったこと、胎児は未だ分娩第
44
一期にあり、子宮口開大も3センチメートルで、速やかに経腟分娩ができる状況では
なかったこと等の諸事情を総合すると、乙山医師には、遅くとも、本件出産日の午前
11時05分ころまでには、原告花子に対し、帝王切開を実施する旨の決定をすべき
注意義務があったというべきである。」
【判例42】横浜地裁H19.2.28
① 事実に関する判示
・ 「原告Cは、同日(分娩当日37週3日)午後8時35分ころ胎児心拍数が90bpm
に急激に低下した後、160bpm に回復したが、基線細変動は5bpm 以下に減少し、
午後8時45分ころ20bpm 程度に回復した後、午後9時ころに胎児心拍数が約2分
間にわたり80bpm に低下する一過性徐脈が出現し、G医師は、分娩監視装置の記録
からはこの徐脈の種類について明確には判断できなかったが、遅発一過性徐脈である
ことを疑うことができるものであり、原告Cの陣痛状況、内診結果からすると経腟分
娩までに時間が必要であり、急速遂娩が必要になるときには帝王切開が必要になると
考えて、カルテにダブるセットアップの記載をして、禁飲食と血管を確保してブドウ
糖の点滴をすることを指示したことが認められる。」
② 医学的知見と法的評価
・ 「…これ(注:遅発一過性徐脈)が出現したら胎児はその時には一時的に低酸素症に
陥っていうと判断され、遅発一過性徐脈が繰り返し発生した場合には30分以内に胎
児の娩出を図らないと予後が悪いといわれている。さらに、遅発一過性徐脈が生じた
時に基線細変動が低下あるいは消失している場合は30分以内に胎児の娩出を図ら
ないと予後が悪いと言われている。さらに、遅発一過性徐脈が生じたときに基線細変
動が低下あるいは消失している場合は一般的に胎児の低酸素状態が重症であると判
断されうる所見であり、したがって、基線細変動の状態が遅発一過性徐脈の重症度を
左右すると考えて良いとされている。
同日午後9時ころ生じた徐脈の波形は上記の特徴にほぼ合致するものであり、遅発
一過性徐脈であることが高度に疑われるものである。」
・ 「…被告病院では、平成9年当時の人的体制では夜間に緊急帝王切開術を施行する場
合に帝王切開術決定から児の娩出まで平均約1時間20分を要していたというので
あり、被告病院の医師は当時このことを了知していたことが認められる。」
・ 「これらのことからすると、被告病院の医師としては、同日午後9時ころの段階にお
いて、今後の急速遂娩の可能性を予測し、胎児心拍数図を経過観察すること等により、
胎児が危険な状態にあると判断される際には速やかに帝王切開術に着手できるよう
に、直ちにその準備に着手する義務があるというべきである。」
以 上
45
5-2.分娩監視装置が装着されていた子宮収縮促進等の事例の評価
木下 正一郎
子宮収縮剤の投与または分娩誘発の措置がとられ分娩監視装置が装着されていたが、分娩監視が
適切に行われていたか否かが問題とされた9件9判例を分析した。これらの事例からは、①分娩経過
及び分娩監視記録から胎児仮死、胎児仮死徴候を判断できる人材を配置すべきこと、②分娩監視モ
ニター・記録を注意して見るべきこと、③胎児仮死徴候を早期に把握して胎児仮死の診断をすること、
④胎児仮死に対する適切な治療を正しく理解して実施すること、という基本を遵守することが必要であ
るといえる。これらを実践できるようにするため、(a)定期的なコメディカルへの教育、(b)定期的にある
いは必要なときに医師及びコメディカルとの合同カンファレンスの実施、これによる共通認識の形成、
(c)分娩室でなくとも医師等がモニターを監視できるシステムの整備、(d)胎児仮死徴候が現れた場合
にアラームを発する装置の開発、(e)事例の蓄積・分析をフィードバックし、医療現場での教育及び精
度の高いアラームを発する装置の開発に役立てることを行わなければならない。
1.はじめに
1)分析対象事例
本研究会で対象とした43件45判例のうち、子宮収縮剤の投与ないし分娩誘発の措置
がとられ分娩監視装置が装着されていたが、分娩監視が適切に行われていたか否かが問題
とされた9件9判例(【判例4】【判例7】【判例12】【判例15】【判例21】【判例26】
【判例28②】【判例39】【判例40】)について分析した(判例の内容は、別紙参照)。
9件中、【判例21】【判例28②】【判例39】の3件(33.3%)では、分娩経過及
び分娩監視記録から胎児仮死、胎児仮死徴候を判断できる人材が配置されていなかった(後
記2)。また、分娩経過の観察を助産師等にまかせて医師が分娩監視モニター・記録を見て
いない事例や、分娩室から誰もいなくなって分娩監視モニターのみならず分娩経過を診て
いない事例が4件(44.4%)存在する(【判例21】【判例26】【判例28②】【判例
39】)(後記3)。さらに、分娩監視記録等から、胎児仮死徴候を早期に把握して胎児仮死
と診断すべきところ、これがなされなかった事例が5件(55.6%)に及ぶ(【判例4】
【判例7】【判例12】【判例15】【判例26】)(後記4)。その他、胎児仮死に対する適
切な治療を理解してこれを実施すべきであった事例が1例(11.1%)存在する(後記
5)。
なお、子宮収縮剤投与・分娩誘発措置が行われていたが分娩監視装置が装着されなかっ
た事例については「4.子宮収縮剤の使用」で分析した。また、子宮収縮剤の投与等はな
く判決中分娩監視が適切に行われていたか否かが問題とされた事例については、「5-1.
子宮収縮剤を使用していない場合の分娩監視の評価と対応」で分析した。
2)提言
46
分析対象事例からは、
①
分娩経過及び分娩監視記録から胎児仮死、胎児仮死徴候を判断できる人材を配置すべ
きこと
②
分娩監視モニター・記録を注意して見るべきこと
③
胎児仮死徴候を早期に把握して胎児仮死の診断をすること
④
胎児仮死に対する適切な治療を正しく理解して実施すること
を遵守すること
が必要であるといえる。
子宮収縮剤の添付文書警告欄には下記の記載があるが、分析対象事例は、この警告に従
うこと、すなわち基本を忠実に守ることを示している。
<子宮収縮剤アトニン O(一般名オキシトシン)及びプロスタグランジン F2α(一般名ジノプロスト注
射液)添付文書 警告欄の記載>
「過強陣痛や強直性子宮収縮により、胎児仮死、子宮破裂、頸管裂傷、羊水塞栓等が起こる
ことがあり、母体あるいは児が重篤な転帰に至った症例が報告されているので、本剤の投与
にあたっては以下の事項を遵守し慎重に行うこと。
(1) 患者及び胎児の状態を十分観察して、本剤の有益性及び危険性を考慮した上で、慎重に
適応を判断すること。特に子宮破裂、頸管裂傷等は経産婦、帝王切開あるいは子宮切開術既
往歴のある患者で起こりやすいので、注意すること。
(2) 分娩監視装置を用いて、胎児の心音、子宮収縮の状態を十分に監視すること。」
以上の遵守すべき事項を実践できるようにするため、次のような方策を実施すべきである。
<医療機関・医療従事者>
(a) 定期的なコメディカルへの教育
(b)
定期的にあるいは必要なときに医師及びコメディカルとの合同カンファレンスを実
施する。これによる共通認識の形成
(c) 分娩室でなくとも医師等がモニターを監視できるシステムの整備
<その他>
(d) 遅発一過性徐脈など胎児仮死徴候が現れた場合にアラームを発する装置の開発
(e) 事例の蓄積・分析をフィードバックし、医療現場での教育及び精度の高いアラームを
発する装置の開発に役立てること
2.分娩経過及び分娩監視記録から胎児仮死、胎児仮死徴候を判断できる人材の配置
1)本稿の分析対象事例
【判例21】【判例28②】【判例39】では、分娩経過及び分娩監視記録を見ていた助
産師、准看護師等が胎児仮死、胎児仮死徴候を判断できなかったとされている。
2)判例要旨
【判例21】は、「21時47分ころの段階で、胎児が安心できない状態であると疑うべ
47
きであった。しかし、助産師は23時30分過ぎに基線細変動の減少に気付くまで、分娩
経過に異常があると考えていなかった。
【判例28②】では、担当した助産師が、遅発一過性徐脈ないしその疑いのある徐脈が
現れたことを看過した。そして、引継ぎの際、他の助産師に内診所見を報告したのみで、
前記症状については何ら報告しなかった。また、引き継いだ助産師も、陣痛曲線の山が目
立たなくなるとともに陣痛ごとに遅発一過性徐脈が現れ、胎児心拍数の乱れが見られたに
もかかわらず、かかる症状を看過していた。
【判例39】では、准看護師が、遷延一過性徐脈の所見を正しく認識することができず、
分娩が進行しているものと考えた。そして、助産師にはその旨の連絡をしたものの、医師
への連絡を行わなかった。
3)本稿分析対象事例から導かれる提言
分娩監視を十分に行うためには、分娩経過及び分娩監視記録から胎児仮死、胎児仮死徴
候を判断できる人材が配置されるべきことは言うまでもない。
そのためには、助産師等に対し、分娩経過及び分娩監視記録からいかなる場合に胎児仮死、
胎児仮死徴候を把握すべきか、定期的に教育することが必要である。
また、院内の事例に基づき医師とコメディカルの合同カンファレンスを定期的に行う等
して、いかなる場合に胎児仮死等と把握すべきか、どのような場合に医師への連絡が欠か
せないかなど、平素から医師・コメディカルで認識を共通にすることが必要である。特に
アクシデント・インシデントが発生してしまった場合、その後、合同カンファレンスを実
施し、その事例の分娩監視記録に基づき、いつどのような判断をし措置をとるべきであっ
たかを検討することが不可欠である。なぜなら、同種事故の再発防止につながるとともに、
高い学習・教育的効果を発揮するからである。
3.分娩監視モニター・記録を注意して見るべきこと
1)本稿の分析対象事例
上記2とも関連するが、分娩経過の観察を助産師等にまかせ、医師が分娩監視モニター・
記録を見ていない事例が存在する【判例21】
【判例28②】【判例39】。
2)判例要旨
【判例21】では、診療所の3階にある医師の自宅に分娩監視モニターが設置されてい
た。医師はこれを注意深く見ていなかった。
【判例28②】【判例39】は前述のとおり、医師自身は分娩監視を行っていなかった事
例である。
その他、大学病院での分娩の際、変動一過性徐脈が反復出現している時期に約23分間、
分娩室から誰もいなくなるなどして十分な監視を実施しなかったという事例もある(【判例
26】)。何らかの事情はあったと推察するも、あってはならないことである。
48
3)本稿分析対象事例から導かれる提言
医師は、分娩経過の観察にあたらせている助産師等が、分娩経過・分娩監視記録から胎
児仮死、胎児仮死徴候を判断できるか否か把握しておかなければならない。当該助産師等
が判断できる能力を十分に備えていないのであれば、少なくとも医師自ら分娩監視モニタ
ー・記録を継続的に見て、異常の有無を確認する必要がある。
医師が的確に分娩監視を行えるようにするためには、まず、分娩室に常駐しなくともナ
ースステーション等でモニタリングできるシステムを各医療機関で整備することが不可欠
である。もっとも、【判例21】のように、機械が示す情報を医師自身が正しく判断しなけ
れば、せっかくの設備も何の役にも立たない。機器は人間の判断を助けるものでしかない。
過度にあるいは安易に機器に頼りすぎれば、過ちを犯す可能性がある。このことを常に念
頭に置く必要がある。
また、現在の分娩監視装置は一過性徐脈に対しアラームを発するが、例えばパターン認
識を要する遅発一過性徐脈にアラームを発するようには必ずしもできていない。そこで、
遅発一過性徐脈など胎児仮死徴候が現れた場合にアラームを発する分娩監視装置を開発す
るよう求めたい。
さらに精度の高いアラーム機能の開発には、分娩経過がどのような場合に胎児仮死が発
生するかにつき、多数の事例を蓄積して分析することが必要である。したがって、分娩時
脳性麻痺事例を蓄積・分析の上、フィードバックして、精度の高いアラームを発する装置
の開発に役立てることが重要である。
4.胎児仮死徴候を早期に把握して胎児仮死の診断をすること
1)本稿の分析対象事例
【判例4】【判例7】【判例12】【判例15】【判例26】では、分娩監視記録等で認め
られる異常所見を安易に判断要素から除外せず、胎児仮死徴候を早期に把握して、胎児仮
死と診断すべきとされている。
2)判例要旨
【判例4】では、たびたび徐脈が発生し、全体としてみれば、午前6時53分以降は、
胎児心拍数は極めて不安定な状態を示していた。よって、医師には、再度の徐脈が発生し
た場合には、適時、適切な処置ができるように厳重な分娩監視が求められていた、と判示
している。
そのような経過の中で、再度、ベースラインが80bpm以下になるような遷延性徐脈
ないし持続的な徐脈が出現している。よって、その徐脈の回復の遅延が明らかになったこ
ろには、急速遂娩を考慮してその準備に取りかかるべきであった、としている。
さらにその後、いったんは持ち直しかけた胎児心拍数が、回復しないことが明らかにな
った。そのころには遅くとも明らかな胎児仮死と判断して、直ちに吸引ないし鉗子分娩を
49
実行すべきであった、としている。
【判例7】では、過失があったとされた時点よりも前の時点でも、医師が酸素吸入を開
始する処置を行うのが望ましく、胎児仮死を想定すべきであったと言及している。
その上で、著明な胎児心拍細変動の低下・減少に気付き胎児仮死の危険性を予測して、
子宮口の全開大を確認するために内診をすべきであった。これを確認したならばその時点
で、あるいは遅くとも、その後の心拍数の低下を認めた時点で、速やかに急速遂娩に着手
するべきであった。このように判示している。
【判例12】では、アトニン増量直後から、胎児心拍数が毎分90を切る遅発一過性徐
脈が発生した。酸素投与量を増量して対応した結果、改善がみられたものの、その後、持
続性の徐脈が認められた。したがって、アトニン増量後に遅発一過性徐脈が出現してから、
アトニンの投与を減量又は中止すべき注意義務があったとされた。しかし、医師は、分娩
直前まで胎児仮死とは判断していなかったと認定されている。
【判例15】では、産婦が分娩室に搬送された直後の午後1時06分頃の時点から、変
動一過性徐脈、基線細変動減少及び持続性頻脈の所見が認められた。医師は、いずれの所
見も容易かつ速やかに発見できる立場にあった。とすれば、医師は、午後1時15分頃に
は、胎児仮死を疑わなければならなかったというべきである、と判示している。
しかし、医師は、本件分娩における最大の注意点を過強陣痛の防止と捉え、過強陣痛さ
え生じていなければ、帝王切開の準備をしておく必要はないと考えていた、と判示してい
る。
【判例26】では、午後7時38分から同56分まで変動一過性徐脈が頻発していたこ
と等から、臍帯巻絡があるかを確認すべきとされる。そして、母胎への酸素投与等適切な
処置をしても異常が反復出現する場合は、胎児仮死の出現に備えて、帝王切開手術の第一
段階の準備行為を含む急速遂娩の準備を開始すべきであった、と判示している。
3)本稿分析対象事例から導かれる提言
分娩監視を十分に行うことは上記事例に限らず重要なことである。特に上記の事例は、
子宮収縮及び分娩の誘発の目的で子宮収縮剤を使用している事例である。よって、胎児仮
死を防止するため、分娩監視装置を用いた上で、胎児の心音、子宮収縮の状態を十分に観
察して、胎児仮死徴候を早期に把握することが特に重要といえる。
ここでも、上記2と同じく、定期的なコメディカルへの教育、医師・コメディカルとの
合同カンファレンスを通した共通認識の形成が重要であることはいうまでもない。
さらに、現場では、限られた時間の中で分娩経過及び分娩監視記録から胎児仮死か否か
の判断を迫られる。このような状況で的確な判断ができるよう、胎児仮死が発生している
のはどのような場合なのかにつき、平素から医療従事者が学習しなければならない。した
がって、分娩時脳性麻痺事例を蓄積・分析の上、現場にフィードバックして、医療現場で
の教育に役立てることが重要である。
50
5.胎児仮死に対する適切な治療を正しく理解して実施すること
1)本稿の分析対象事例
胎児仮死を把握しながら胎児仮死に対する適切な治療が実施されなかった事例が存在す
る。
2)判例要旨
【判例40】では、医師は胎児仮死を判断していたと認定されている。しかし、医師は、
経母体治療に関し、胎児仮死の場合の酸素投与の有効性には疑問がある上、吸引分娩前に
母体へ酸素を投与すると過換気症候群を引き起こすなどの弊害があると考えたことから、
酸素投与を実施しなかった等と主張していた。これに対し、判決では、○胎児仮死治療と
して母体への酸素投与を行うことの有効性は一般に認められており、現在の産科の臨床で
基本的胎児仮死治療として行われていること、○酸素投与によって過喚気症候群が引き起
こされるものではないこと、○本件において特に酸素投与を有害として否定する証拠はな
いこと、等から、被告には、胎児仮死と判断した後、直ちに母体へ酸素投与をすべき義務
があった、と判示されている。
その他に、上記4の事例(早期に胎児仮死の診断がなされなかった事例)に分類される
が、急速遂娩以外の措置について言及されている事例も存在する。【判例4】では、急速遂
娩を考慮すべきであった段階で、児頭の位置との関係による吸引分娩ないし鉗子分娩の困
難さや、回旋異常の存在等による分娩遷延の可能性などから早急な経腟分娩が困難である
と判断した場合には、直ちにアトニンOの投与を中止して、経母体治療を行って胎児心拍
数の回復を期待しながら帝王切開に切り換えるべきであった、と判示している。また、【判
例12】では、アトニン増量後に遅発一過性徐脈が出現した場合は、アトニンの投与を減
量又は中止すべきとしている。
3)本稿分析対象事例から導かれる提言
医師には、正しい胎児仮死治療を理解し実践することが求められる。
以 上
51
(別紙
判例紹介)
【№4 H12.1.28 大阪地裁堺支部 判時 1731-26】
(1)事案概説
分娩経過中に胎児心拍数が低下し、遷延性徐脈ないし持続的な徐脈となり、その徐脈
が繰り返されたにもかかわらず帝王切開に切り替えず、吸引分娩、鉗子分娩により出産
した子に脳性麻痺の障害が残り、その後死亡した場合に医師に過失があるとされた事例
(2)事実経過
40週2日
午後9時10分
陣痛開始
40週3日
午前6時53分
人工破膜。羊水混濁
午前6時53分~7時
胎児心拍数が今までと異なるパターンで急激に低下
午前7時04分~7時17分
80~100bpmの持続的な徐脈ないし遅発一過性
徐脈
午前7時24分~7時30分
午前7時28分
100bpmを下回る一過性の徐脈
内診。児頭回旋異常。
アトニンO
5単位投与
吸引・鉗子分娩できないとして、クリステレル圧出法で児頭下
降を試みる
午前7時34分~
ベースラインが80bpmに低下する遷延性徐脈ないし持続的
徐脈が発生
午前7時44分~7時50分
100~140bpm
午前7時50分~
80~100bpmの持続的徐脈
午前8時08分~
80bpm以下の徐脈が持続
午前8時10分
吸引分娩開始(吸引2回)→鉗子分娩に切り換え
午前8時20分
娩出
(3)判示内容
「午前7時34分ころから、胎児心拍数が低下し、遷延性徐脈ないし持続的な徐脈
になっており、その後、午前7時44分ころから50分ころまで、やや胎児心拍数が
持ち直したものの、その後、胎児心拍数は80ないし100bpmの範囲で変動して
いる。
そして、本件においては、それ以前にも、(中略)たびたび徐脈が発生し、全体とし
てみれば、午前6時53分以降は、胎児心拍数は極めて不安定な状態を示していたと
いえるのであるから、被告医師には、再度の徐脈が発生した場合には、適時、適切な
処置ができるように厳重な分娩監視が求められていたということができる。
そして、そのような経過の中で、再度、午前7時34分ころから、ベースラインが
80bpm以下になるような遷延性徐脈ないし持続的な徐脈が出現したのであるから、
52
その徐脈の回復の遅延が明らかになった午前7時40分ころには、急速遂娩を考慮し
てその準備に取りかかるべきであり、その後、いったんは、持ち直しかけた胎児心拍
数が、回復しないことが明らかになった午前7時50分ころには遅くとも明らかな胎
児仮死と判断して、直ちに吸引ないし鉗子分娩を実行すべきであったというべきであ
る。」
【№7 H13.1.10(H5.4.2)
静岡地裁沼津支部 判時 1772-108】
(1)事案概説
市立病院で出生した子が脳性麻痺となった事案につき、担当医師による急速遂娩の決
定及び実施が遅れた事例
(2)事実経過
40週1日
午後9時~
40週2日
午前3時
陣痛が10分間隔
→
分娩開始
胎児心拍細変動が明らかに減少、陣痛やや不規則。30分
持続後、正常パターンに服する(最初に注目すべき変化)
午前7時45分
破水(早期破水)
午前10時30分
子宮口は8センチメートル開大
児頭の回旋は斜め(矢状縫合が右斜径に一致する)の状態
午後3時45分から15分間
午後4時
胎児心拍細変動の消失・低下
DR、内診で回旋異常にあることを確認。子宮口開大進まず。
プロスタグランディンF2α点滴投与開始(~午後7時5分)
午後4時40分
仙骨麻酔実施
午後4時40分~5時26分
再び胎児心拍細変動の消失・低下
午後5時50分
内診
横定位の回旋異常変化せず。仙骨硬膜外麻酔施行
午後6時20分
胎児心拍基線150~155bpm。胎児心拍細変動の消失が
始まる。
午後6時35分
心音モニターセット。胎児心拍数:毎分110前後の徐脈
午後6時37分~38分
午後6時45分
毎分80前後の高度徐脈
心拍数:いったん120を超える
午後6時40分過ぎ
DR1、DR2より「胎児心拍数が一度下がったけれど、今戻っ
た。」旨の報告を受け、分娩監視装置の記録を点検
→
午後6時36分から午後6時45分までの徐脈は軽度のもの
であって重篤なものではなく、要注意ではあるが経過観察をすれ
ば足りると判断した
午後6時54分~
高度徐脈、1分以上持続
午後7時5分~20分
→
急速遂娩必要と判断
クリステル圧出法により吸引分娩を3~5回施行するも娩出せ
ず。
53
医長が鉗子分娩を試みるも断念
午後7時46分
帝王切開で娩出
(3)判示内容
● 過失を認定した時点以前にもすべきこと・できることはあった、という判示をしている
○
「午後3時45分から(中略)見られた胎児心拍細変動の低下・減少を直ちに胎児
仮死の所見とすることは困難であるが、詳細に見ると極く軽度の遅発性一過性除脈と
もとれる所見の存在も否定し得ないので、少なくとも、陣痛促進に伴う胎児への負荷
を考慮し低酸素症の予防を念頭において、酸素吸入を開始する処置を行うのが望まし
いといえる。また、破水後8時間15分、子宮口の開大が8㎝で児頭が第2回旋で停
止してから5時間30分を経過している状況から、実際にはその後に実施した仙椎麻
酔をこの時点で行うという選択もあったと考えられる。」
○
「午後4時40分からの胎児心拍曲線には、一部に細変動ありとも判定される変化
を混えながらも、全体的には低下・減少の状態にあり、46分間にわたっていること、
ここでも遅発性一過性除脈は見られない。しかし、約40分間にわたるこの変化は、
通常の正常な経過をとる分娩には見られない。分娩を担当する者は当然、何らかの異
常、最も可能性の高い胎児仮死を想定すべきである。」
● 過失についての判示内容
「午後6時20分から胎児心拍細変動の低下・減少が著明となったのであるからこ
れに気付いて子宮口の全開大を確認するために内診をし、これを確認したならばその
時点で、または遅くとも、午後6時35分に心拍数の低下を認めた時点で、速やかに
急速遂娩に着手するべきであったのに、これを怠り、同時点で内診をすることなく、
さらに午後6時35分からの心拍数の低下を認めた時点でも経過観察をすれば足りる
と判断して急速遂娩に着手しなかった過失があ」る。
【№12 H14.5.10(H6.4.13)
大阪地裁 HP】
(1)事案概説
医師及び助産婦に、アトニン増量後の遅発一過性徐脈の発生後に、アトニンを減量又
は中止しなかった注意義務違反及び胎児仮死について調査を尽くさずに漫然と吸引分娩
時にクリステレル圧出を併用した注意義務違反が認められた事案。
(2)事実経過
38週6日
分娩誘発目的で入院
39週0日9時30分
分娩誘発開始。アトニン20ml/h投与
13時10分
人工破膜
15時32分
MW50ml/hに増量(その後も60ml/hまで増量を続け
る)
直後から遅発一過性徐脈が発生
15時35分
O₂4L投与開始
54
15時37分
O₂6Lに増量
15時40分
児は改善傾向
15時57分
持続性の徐脈が認められる。O₂8Lに増量
16時00分
MWの報告によりDRは吸引分娩施行を決定
16時05分
会陰左側切開後、吸引分娩を施行。約35分間要し、7-8回牽
引、うち2-3回滑脱。同時にMWはクリステレルを5-6回
16時44分
娩出
(3)判示内容
○
「アトニン増量直後((注)15時32分)から、胎児心拍数が毎分90を切る遅発
性徐脈が発生し、15時35分に酸素4リットル、同時37分には6リットルに増量
して対応した結果、15時40分以降は改善がみられたものの、15時57分以降は
持続性の徐脈が認められ、酸素投与を8リットルに増量している。
この点につき、証拠(甲9、鑑定の結果)によれば、遅発一過性徐脈は胎児が低酸
素状態になっていることであり、これが頻繁に観察されるならば、子宮収縮剤の投与
を減量又は中止すべきであるとの知見が認められる。
したがって、D医師やE助産婦は、アトニン増量後に遅発一過性徐脈が出現してか
ら、アトニンの投与を減量又は中止すべき注意義務があるところ、これを怠った過失
がある。」
○
「鑑定の結果によれば、16時には胎児仮死と診断でき、吸引分娩中に胎児仮死の
兆候である遅発性徐脈を含め徐脈が続いているが、D医師の証言によれば、D医師は
分娩直前まで胎児仮死とは判断していなかったことが認められる。」
【№15 H14.10.8(H7.3.10)
大阪地裁 HP】
(1)事案概説
新生児が重度仮死で産まれて、間もなく死亡したのは、変動一過性徐脈、基線細変
動減少及び持続性頻脈をいずれも容易かつ速やかに発見でき、胎児仮死を疑わなければ
ならなかったのに、これを怠り、帝王切開の準備が不充分であったことによる。
(2)事実経過
39週6日未明
陣痛発来
午前6時30分
入院
40週0日
午前10時
アトニンO
30ml/h投与
午後1時
人工破膜
午後1時10分
心音80bpm
午後1時45分
心音70~80bpm
胎児仮死の状態と判断、吸引分娩及びクリステレル圧出法実施を決定
医師 F を応援に呼ぶ
医師 F、クリステレル2回施行、娩出に至らず
55
EF 両名、クリステレル&吸引5回(うち2回は吸引不成功)
この頃、医師 F、プロスタルモン F を投与(アトニン併用)
午後2時20分
帝王切開移行を決定
午後3時5分
帝王切開執刀開始
午後3時8分
娩出
(3)判示内容
○
「本件において、胎児(C)の心拍数は、原告Bが分娩室に搬送された直後である
(40週0日)午後1時06分頃(中略)の時点で、1分間前後にわたり、80bp
m前後の数値を示したことがあったこと(すなわち、①軽度若しくはそれ以上の変動
一過性徐脈があったこと)、午後1時10分頃からは基線細変動が概ね10bpm未満
の範囲でしか現れなくなり、この状態がしばらく続いたこと(すなわち、②基線細変
動が減少していたこと)
、同人の心拍数は午後1時10分時点で160bpm前後に上
昇し、この時点から午後1時26分頃までの心拍数基線は、170bpm前後の数値
を示していたこと(すなわち、③持続性頻脈が認められたこと)、医師Eは、同日の午
前中には原告Bに分娩監視装置を取り付けており、産婦人科の専門医として胎児の心
拍数を確認しつつ各種の医療措置を行っていたから、前記①ないし③として掲記した
ところの胎児の変動一過性徐脈、基線細変動減少及び持続性頻脈をいずれも容易且つ
速やかに発見できる立場にあったこと、の各事実を認めることができる。
これらの事情を併せて勘案すれば、医師Eは、午後1時15分頃には、胎児仮死を
疑わなければならなかったというべきである。
」
○
「医師Eは、本件分娩における最大の注意点を過強陣痛の防止と捉え、過強陣痛さ
え生じていなければ、分娩促進中という理由だけで帝王切開の準備をしておく必要は
ないと考えていた」
【№21
H15.7.9(H7.4.19)
富山地裁 判時 1850-103】
(1)事案概説
胎児に低酸素状態が続いていたことから、子宮内胎児蘇生措置を試みつつ、状況を注
意深く観察し、急速遂娩が必要になる事態も考慮し、その準備をすべき注意義務等があ
るのに、これを懈怠した医師に損害賠償が認められた事例
(2)事実経過
41週0日
5時
陣痛のため入院
10時40分
オキシトシン50ml/h投与(その後増減量しながら投与継続)
13時15分
自然破水
20時47分~20時56分
遅発一過性徐脈出現(胎児心拍陣痛図)。基線細変動は
正常
21時10分
MW、クリニック3階の自宅にいたDRに対し、20:50の子宮口全開
を電話報告。自宅等に置かれた各モニターに、分娩監視装置の波形
56
を表示し、連続監視等ができた。
21時17分~55分 3回にわたり、周期的な遅発性一過性徐脈発生
22時06分~ 胎児心拍数基線正常値を超える(160~190bpm)
22時10分~22時13分
高度変動一過性徐脈(80bpm↓)基線細変動正常
23時10分
DR、分娩室訪室
23時20分
DR、自宅に戻る。自宅から点滴の更新を指示。
その際、自宅に設置してあるモニター画面に表示された胎児心拍陣
痛図を確認することはなかった。
23時30分過ぎ
MW、基線細変動減少に気付き、自宅のDRに電話、分娩室来室
を要請。
DR、直ちに分娩室へ。基線細変動減少に初めて気付き、児頭が発
露状態にあったため、娩出着手。
23時51分
第1頭位で娩出
(3)判示内容
「本件分娩開始から約28時間半を過ぎた(分娩当日41週0日)20時47分ころ
から、胎児心拍陣痛図の所見では、遅発一過性徐脈が発生し、同日21時台には、1
0分間及び約13分間にわたる周期的な遅発一過性徐脈が発生し、同日22時13分
には、高度変動一過性徐脈が発生している。
これらの経過は、(中略)胎児仮死又は安心できない状態と評価すべき状態に該当す
るものである。寺尾鑑定によれば、寺尾鑑定人は、同日21時47分の段階で、安心
できない状態であると疑うべきであり、その後は、子宮内胎児蘇生措置を試みつつ、
状況を注意深く観察すべきであり、同日22時25分以後は、状況が改善されなけれ
ば、急速遂娩も考慮して、直ちに実施できるような準備をすべきである旨の見解を示
していることが認められる。また、天野鑑定によれば、天野鑑定人は、結果的にみて、
同日20時30分ころから、胎児の低酸素状態が続き、安心できない状態にあったと
みるべきであり、同日21時40分から55分ころにかけて、安心できない状態であ
ると疑うべきであった旨の見解を示していることが認められる。
以上によれば、被告は、同日21時47分ころの段階で、胎児が安心できない状態
であると疑い、子宮内胎児蘇生措置を試みて、状況を注意深く観察し、急速遂娩が必
要となる事態も考慮してその準備をすべきであったというべきである。」
【№26 H16.3.12 東京地裁 判タ 1212-245】
(1)事案概説
経腟分娩により娩出した胎児が脳障害に起因する後遺障害を負った場合に、適切
な分娩監視、帝王切開手術の準備・処置を怠った医師に過失があるとされた事例
(2)事実経過
57
37週2日午後5時30分
前期破水
37週3日午前6時30分
陣痛発生。羊水の流出量は中等、混濁なし
午前11時30分
オキシトシン10ml/h投与開始(その後、漸次増量さ
れる)
午後4時42分~同43分
午後6時10分~
軽度変動一過性徐脈
数回にわたり120bpmまで下降する軽度変動一過性徐脈
午後6時34分~同35分
80bpmに達する変動一過性徐脈
午後7時38分~同40分
90bpmまで下降する変動一過性徐脈
午後7時40分~同56分 90bpm程度まで下がる変動一過性徐脈が頻繁に反復出
現
基線細変動も減少の傾向
午後8時前後
陣痛室を出てすぐに倒れてしまい、助産婦に抱きかかえられ分娩
室に入った。
午後8時07分~同30分
変動一過性徐脈が反復出現。原告花子の周囲に誰もいな
い状態。
午後8時27分
90bpm、基線細変動も減少
午後8時29分
70bpm程度、基線細変動も減少
午後8時30分
DR診察。子宮口全開大、児頭先進部±0ないし+1、児頭に産瘤
あり。
酸素4リットル/分の投与開始
午後8時45分~
吸引分娩+クリステレル胎児圧出法→分娩できず
さらに、鉗子分娩も試みたが、鉗子が合致しなかった。
午後9時15分
5、6回の吸引、児頭先進部をプラス3まで下降させて、出口部に
て鉗子装着→1回の牽引で分娩
(3)判示内容
○ 「変動一過性徐脈が反復出現しており、臍帯巻絡の存在が示唆されている。特に、
午後7時38分以降は、変動一過性徐脈が頻発し、その程度も悪化してきているの
であるから、胎児仮死出現に備えて、厳重な分娩監視を行うべきであったというべ
きである。(中略)具体的には、遅くとも午後7時57分には、以下のとおりの処置
((注)経母体的処置、帝王切開の第一段階の準備)を執るべきであったということ
ができる。」
「さらに、午後8時07分以降同30分までの間は、変動一過性徐脈が反復出現
していること、同10分には100bpm、同20分には90bpmまで下降して
いること、同27分及び同29分にも変動一過性徐脈が出現していること、基線細
変動も減少していることからすると、この時間帯も、同様に厳重な分娩監視を続け
る必要があり、被告乙山は診察を行い、原告花子の体位変換などを試みるとともに、
執るべき急速遂娩術の選択を検討する必要があった」
58
○
「実際には、午後8時07分以降、同30分まで、原告花子の周囲にだれもいな
かったこと、医師の診察がされたのがようやく午後8時30分に至ってからであっ
たこと、前述した母体の体位変換や羊水腔への温生食水注入の処置が執られず、酸
素投与も、午後8時30分以降であることからすると、本件医院の助産婦及び被告
乙山を含む当直医師は、午後7時38分から午後8時30分までの間、原告花子の
モニターの十分な監視をせず、午後8時30分近くになるまで、変動一過性徐脈の
発生とその悪化を見落とし、適切な処置を何も執らなかった」
【№28② H16.12.1
(H5.3.3)
福岡高裁 判時 1893-28】
(1)事案概説
オキシトシン投与による分娩誘発に関する適切な分娩監視を怠った過失があり、
そのため子宮破裂により常位胎盤早期剥離となったため、児が低酸素性虚血脳症に
より脳性麻痺の重大な後遺症を負ったとして、病院側の不法行為責任を認めた事例。
(2)事実経過
38週4日
38週5日
入院
午前9時8分
午前11時28分
オキシトシン投与(その後、漸次増量)
自然破水、羊水混濁なし、子宮口開大度2cm
午前11時39分~11時53分
陣痛ごとに変動一過性徐脈発現
午前11時44分すぎ
120bpmまで低下
午前11時50分
100bpmまで低下
丙川MW、毎分3リットルの酸素投与開始→160bp
mまで回復
午前11時56分~午前11時58分、午後0時すぎ
午後0時
遅発一過性徐脈ないしその疑い
丙川MW、丁原MWに引継ぎ
午後0時04分~午後0時13分
陣痛曲線の山が目立たなくなる。陣痛ごとに遅発
一過性徐脈
午後0時09分~
胎児心拍数の乱れ
午後0時15分
丁原MW、オキシトシン投与中止、酸素投与を毎分8リットルに増
量
乙山DRへ異変を報告
(午後0時15分すぎ
子宮破裂発症、との裁判所の認定)
午後0時16分
80bpmまで低下
午後0時17分
160bpmに回復
→
脈に移行
午後0時23分~
70bpmまで低下
午後0時26分~
基線細変動消失
59
すぐに80bpmまで低下して遷延性徐
午後0時30分
乙山DR、診察。子宮口ほぼ全開大、児頭位置はST±0cm
午後0時35分
吸引分娩施行
午後0時50分
吸引とクリステレル圧出法を併用。胎児心拍数60~70bpm
午後0時55分
帝王切開決定
午後1時19分
帝王切開術開始。開腹により子宮破裂判明
午後1時21分
帝王切開で娩出
(3)判示内容
○
「オキシトシンの投与によって前記陣痛、子宮収縮が起き、これによって本件子宮
破裂が起こった」
「被控訴人花子に子宮破裂(以下「本件子宮破裂」という。)が起こり、これが原因
となって、常位胎盤早期剥離が生じたとされ、本件子宮破裂及びこれに起因する上記
胎盤剥離により、子宮、胎盤流血量が減少し、被控訴人夏子の中枢神経系に対する酸
素供給が障害された結果、子宮内で低酸素性虚血性脳症を来した」
○
「被控訴人花子には、午前11時39分ころから変動一過性徐脈が現れ、胎児心拍
数も、午前11時50分ころ、100くらいにまで低下したというのであり、また、
午前11時56分ころから遅発一過性徐脈ないしはその疑いのある徐脈が現れたので
あるから、被控訴人花子については、午前11時39分ころから、母体あるいは胎児
に影響を与えるような陣痛、子宮収縮の徴候が現れたと認め得るのであるから、丙川
助産師が引継ぎをするに当たっては、このような被控訴人花子の状況を的確に報告す
べきであるというべきところ、丙川助産師は、午前11時56分ころ以降に現れた遅
発一過性徐脈ないしその疑いのある徐脈が現れたことを看過し、丁原助産師に被控訴
人花子に対する内診所見を報告したのみで、被控訴人花子の前記症状については何ら
報告しなかったし、また、丁原助産師も、午後0時04分ころからは、陣痛曲線の山
が目立たなくなるとともに陣痛ごとに遅発一過性徐脈が現れ、午後0時04分((注)
「09分」の誤記か?)ころからは胎児心拍数の乱れが見られたにもかかわらず、被
控訴人花子のかかる症状を看過し、午後0時15分ころに胎児心拍数が70くらいに
低下するに至って初めて前記異常に気付き、オキシトシンの投与を中止したのであり、
このような経緯に鑑みると、丙川助産師及び丁原助産師が、被控訴人花子の上記徴候
に対して適切な措置を講じていたと認めることはできない。」
【№39 H18.7.14 大阪地裁 HP】
(1)事案概説
分娩誘発措置継続中の妊婦につき、当直准看護師に、分娩監視装置による胎児心拍数
陣痛図上の異常所見を見落とし、医師への適時の連絡を怠った過失があると認められた
事例
(2)事実経過
38週6日
午後3時前
入院。その後の診察で破水を認める
60
午後5時50分
子宮口約2㎝程度開大
39週0日午前2時51分~
午前2時56分~
→
ネオメトロ挿入
遷延一過性徐脈
遷延一過性徐脈
午前2時57分~58分
午前3時
一時的に胎児心拍上昇、その後、再び徐脈
コールあり、准看護師訪室。ネオメトロが自然抜去。
目視では、臍帯脱出を認めず。MWに連絡し、来院を依頼。
午前3時15分
分娩室分娩台へ。MWないし准看護師、臍帯脱出に気付く。
午前3時16分
DRに電話。
午前3時21分
DR到着、内診。子宮口ほぼ全開大、児頭先進部+2
臍帯還納を試みたが奏功せず。
午前3時30分
吸引分娩開始
午前3時32分
娩出
(3)判示内容
「上記の事実によれば、F准看護師は、(分娩当日39週0日)午前3時ころの時点
で、被告に対し、本件胎児心拍数陣痛図上、胎児ジストレスと思われる所見ないし遷
延一過性徐脈と思われる所見が認められる旨の連絡をすべきであったと認められる。
ところが、F准看護師は、上記遷延一過性徐脈の所見を正しく認識することができ
ず、同じく(分娩当日39週0日)午前3時ころ、原告Bのコールを受けて訪室し、ネ
オメトロの自然抜去を認めて分娩が進行しているものと考えて、助産師にはその旨の
連絡をしたものの、被告への連絡はこの段階では一切行っていなかったのであって、
このF准看護師の対応は、原告Bの分娩監視における注意義務違反に当たると認める
のが相当である。」
【№40 H18.9.27 岐阜地裁 HP】
(1)事案概説
胎児の吸引分娩が奏功しなかった場合に、同児に対する治療を実施しつつ、帝王切開
手術への準備をすべきであったなどとして、医師に対し損害賠償を命じた事例
(2)事実経過
分娩前々日
分娩当日
午後9時
午前3時
午前3時10分
陣痛発来
入院
人工破膜、羊水混濁
午前4時25分過ぎ 陣痛促進剤点滴直後、胎児心拍数が80bpm まで下降
午前4時37分
子宮口全開大
午前4時40分
重症胎児仮死状態と判断。吸引分娩開始
午前5時20分
前方前頭位で娩出
(3)判示内容
(中略)胎児仮死治療の懈怠
61
○
「被告は、同日午前4時40分ころ、重症胎児仮死状態と判断し、吸引分娩をする
こととしたが、胎児仮死の場合の酸素投与の有効性には疑問がある上、吸引分娩前に
母体へ酸素を投与すると過換気症候群を引き起こすなどの弊害があると考えたことか
ら、原告Cに対して酸素投与を行わなかった。
しかし、胎児仮死治療として母体への酸素投与を行うことの有効性は一般に認めら
れており、現在の産科の臨床で基本的胎児仮死治療として行われていること、酸素投
与によって過喚気症候群が引き起こされるものではないこと、本件において特に酸素
投与を有害として否定する証拠はないこと(甲8、9、11、12、鑑定の結果)に
照らすと、被告には、胎児仮死と判断した後、直ちに母体へ酸素投与をすべき義務が
あったものと認められる。」
○
「母体の体位変換が胎児仮死の一般的治療として認められていることに争いはない
ところ、被告は、(中略)胎児心拍数が低下した原因を見極めるために体位変換を行っ
たことは認められるが、その後、胎児仮死と判断した後、胎児仮死の治療としての体
位変換を行わなかった。
」
以 上
62
6.経腟分娩の手技に関する問題点と再発防止策
松井 菜採
1. 吸引分娩やクリステレル圧出法を実施する際には、その要約や注意事項を遵守する。
2. 診療記録には、要約に関する正確な所見(児頭下降度を含む)を記載する。
3. 要約や注意事項を遵守した吸引分娩等を行うためには、日頃から、帝王切開に速やかに移行でき
るような態勢(①経腟分娩の限界についての適切な見極めと他の医療機関との連携態勢、②帝王
切開準備についての院内態勢)を整えておく必要がある。
1. はじめに
1)本稿における検討対象判例
本稿では、経腟分娩の娩出法の手技に問題があった判例(吸引分娩・鉗子分娩等を施行
するも、経腟分娩では娩出には至らず帝王切開に移行した症例も含む。)を検討する。
全判例のうち、吸引分娩を施行した症例
吸引分娩施行例
は15件である。そのうち、①クリステレ
ル圧出法を併用した症例が10件【判例
4】
【判例7】
【判例11】
【判例12】
【判
クリステレル
併用
①併用あり
②併用なし
手技上の問題
問題あり
問題なし
4・11・12・15・ 7・28②
20・26・37・40
9・27・33
35・39
*下線部の症例は帝王切開にて娩出。
*ゴシック体は鉗子分娩も施行。
例15】【判例20】【判例26】【判例2
8】【判例37】【判例40】(うち【判例
4】【判例7】【判例26】の3件は鉗子分娩も施行)、②併用しない症例が5件【判例9】
【判例27】
【判例33】
【判例35】
【判例39】
(うち【判例9】【判例27】の2件は鉗
子分娩も施行)である。①症例10件のうち4件【判例7】【判例15】【判例20】【判例
28】は、帝王切開に移行して娩出に至っている。②症例5件は、いずれも経腟分娩で娩
出している。
①症例10件のうち吸引分娩等の手技に問題があった症例は、【判例7】【判例28②】
を除く8件である。②症例5件のうち手技に問題があったのは、3件【判例9】
【判例27】
【判例33】である。なお、【判例28②】は、吸引分娩の適否について判断していないこ
とから、本稿では手技に問題のない事例として分類しているが、第一審の【判例28①】
は、「吸引分娩を行なうべきではなかったというべき」と判断している。
本稿では、①症例のうち8件【判例4】【判例11】【判例12】【判例15】【判例20】
【判例26】
【判例37】
【判例40】及び②症例のうち2件【判例9】
【判例33】の合計
10件を検討した。この10件の症例について、本稿と関連する部分の判示は、本稿末尾
も別紙判例紹介を参照されたい。
なお、【判例27】は、吸引分娩と鉗子分娩の選択が争点となっているが、個別事情の強
い事案であることから、本稿の検討対象からは除外した。
【判例5】も、経腟分娩の手技が
63
問題となった症例(双胎の第二児出産時における人工破膜時の手技ミス)であるが、比較
検討できる類似事案が他になかったことから、本稿の検討対象からは除外した。
2)検討対象判例の傾向
10件の検討対象判例は、吸引分娩およびクリステレル圧出法の要約ないし注意事項を
遵守しないことにより、事故が発生している。したがって、再発防止のためには、吸引分
娩やクリステレル圧出法の要約ないし注意事項を遵守すべきである(後記2)。
また、診療記録の記載から要約(特に児頭下降度)を満たしているかどうか判断できな
い判例も散見される。したがって、診療記録に正確な所見を記載すべきである。
(後記3)。
要約や注意事項を遵守できない背景事情としては、帝王切開に速やかに移行できるだけ
の態勢(人的物的設備または準備態勢)が整っていないという医療体制に問題があること
が推察される。したがって、再発防止のためには、日頃から、帝王切開に速やかに移行で
きるような態勢(①経腟分娩の限界について早めの見極め及び他の医療機関との連携態勢、
②帝王切開準備等の院内態勢)を整えておく必要がある(後記4)。
2.医療行為の問題
1)児頭下降度の診断ミス・診断の不実施
【判例9】【判例37】【判例12】【判例15】【判例33】
社団法人日本母性保護産婦人科医会発行の研修ノート No.58「急速遂娩術」によれば(以
下「研修ノート」という。)には、吸引分娩の要約に「先進部が児頭で少なくとも骨盤濶部
まで下降していること」と記載されている。しかし、判例をみると、この要約が遵守され
ておらず、児頭下降度を誤診した症例や、そもそも児頭下降度を充分に確認しないままに
吸引分娩を施行する症例がみられる。
【判例9】は、「……骨盤腔内にある児頭の高さは、被控訴人が判断した骨盤出口部では
なく、もっと高いところにあったものと推測され、被控訴人のこの点に関する診断は誤っ
た可能性が高い」としており、児頭下降度を誤診した症例である。
【判例37】は、吸引分娩が行なわれたときの児頭先進部については断定できないと判
断されており、児頭下降度を充分に確認しないで吸引分娩を施行したと考えられる。また、
【判例12】【判例15】【判例33】では、判決に吸引分娩を開始したときの児頭下降度
が明示されていない。診療記録の記載等により児頭下降度が認定できるのであれば、判決
にも明示されるはずである。判決に明示されないということは、診療記録の記載上、児頭
下降度が不明であり、裁判所が事実認定できなかったものと推測される。裁判所が児頭下
降度を認定できないということ自体、担当医が児頭下降度を充分に確認しないままに吸引
分娩を施行したことを伺わせる。
再発防止策としては、吸引分娩を実施する際には、児頭下降度を正確に診断して、要約
を満たしていることを確認すべきである。
64
2)児頭が高い位置にあるときの実施 【判例4】【判例20】【判例26】【判例37】
前述のとおり、吸引分娩の要約には「先進部が児頭で少なくとも骨盤濶部まで下降して
いること」とある。また、クリステレル圧出法は吸引分娩に併用されるものとされており、
その「注意事項」には、「吸引分娩単独ではおき得ない子宮胎盤循環の悪化が生じるため、
併用可能であるのは胎児予備能が十分にある成熟児だけで、早産例・胎児仮死例では危険
である」と指摘されている(研修ノート)。しかし、判例をみると、児頭先進部が骨盤濶部
より高い位置にあるときに、吸引分娩やクリステレル圧出法が実施されている。
【判例4】は、児頭先進部がステーション±0~+1にあるときに、クリステレル圧出
法を実施しており、
「吸引分娩や鉗子分娩を行うことができないほどの高位にある児頭を下
げるためにクリステレル圧出法を用いることは胎児への悪影響が大きい」と判示している。
【判例20】は、子宮口開大9センチメートル、児頭先進部がステーション±0にある
ときにクリステレル圧出法を併用した吸引分娩を試みた行為は、診療契約上の義務違反な
いし過失があるとしている。
【判例26】は、児頭先進部がステーション±0~+1(高在)
にあるときに、吸引分娩を開始しており、「吸引分娩を選択したことは、看過しがたい問題
がある」と判示している。また、【判例37】は、巨大児で肩甲難産の事例において、児頭
最大周囲径で中在からの吸引分娩、クリステレル圧出法は差し控えるべきだと判示してい
る。
再発防止策としては、吸引分娩やクリステレル圧出法を実施する際には、吸引分娩の要
約やクリステレル圧出法の注意事項を遵守し、児頭が高い位置にあるときには、これらの
娩出法を実施しないようにすべきである。
3)安全限界を超えた時間・回数の実施
【判例4】【判例9】【判例11】【判例12】【判例15】【判例26】【判例33】【判例40】
吸引分娩では「限界を常に念頭におき、吸引分娩に固執しない」「全牽引時間は15分以
内が望ましく、最大30分以上にならないようにする」「2~3回の牽引で児頭が全く下降
しない場合や、何回もカップの滑脱をおこす場合……吸引分娩に固執しない」とされてい
る。また、クリステレル圧出法は、吸引分娩に「併用可能であるのは胎児予備能が十分に
ある成熟児だけで、早産例・胎児仮死例では危険である。
」とされている(研修ノート)。
しかし、以下の判例では、胎児仮死の状態に陥ったと判断された以降、30分以上にわ
たり多数回の吸引分娩やクリステレル圧出が実施されている。
【判例4】30分間のクリステレルの後、10分間以内の吸引2回滑脱
【判例9】吸引50分間・多数回
【判例11】子宮口全開大前に30分間、吸引15回、クリステレル併用
【判例12】35分間、吸引7~8回、クリステレル5~6回
【判例15】35分間、吸引5回、クリステレル7回
【判例26】35分間、クリステレル多数回
【判例33】吸引1時間、12回以上
65
【判例40】吸引40分間、10~15回、うち20分間クリステレル併用
再発防止策としては、吸引分娩やクリステレル圧出法を実施するときには、研修ノート
に記載されている「吸引分娩の手技上の問題点」及びクリステレル圧出法の「注意事項」
を遵守し、安全とされている時間・回数の範囲内でこれらの娩出法を実施すべきである。
3.診療記録記載の不備
前述したとおり、【判例12】【判例15】【判例33】【判例37】では、吸引分娩を実
施したときの児頭下降度が、診療記録に記載されていない。診療記録に記載されていない
のは、児頭下降度を充分に確認していないからであると考えられる。
再発防止策としては、吸引分娩を実施する際には、児頭下降度を正確に診断し、要約を
満たしていることを確認した上で、そのことを診療記録にも記載すべきである。児頭下降
度を診療記録に常に記載することにしていれば、吸引分娩の要約についてより意識して診
断することになり、より適切な判断につながるであろう。
4.医療体制の問題~帝王切開の人的物的設備・準備
判例からは、以下の事情があるために、安全限界とされる時間・回数を超えて吸引分娩
等を実施するものと推測される。
①
自院に帝王切開を実施するだけの人的物的設備がない。
【判例4】【判例9】【判例33】
②
帝王切開を実施するだけの人的物的設備はあるが、帝王切開の準備ができておらず
執刀までに時間がかかる。【判例15】【判例26】【判例40】
1)帝王切開を実施するだけの人的物的設備のない医療機関 【判例4】【判例9】【判例33】
【判例9】
【判例33】は、帝王切開ができるだけの設備のない診療所である。また、
【判
例4】は、判決には「病院」とあるが、被告が「帝王切開術は……市中一般開業医である
被告病院で実施するとすれば、最低応援医1人を確保しなければならず、運良く確保しえ
た場合も実施までには1時間前後、なかなか確保できなければ、いつ実施できるか分から
ぬという他人任せの不確定要素がつきまとう」と主張しているので、診療所であり、少な
くとも人的には帝王切開が施行できない医療機関であると推測される。
【判例4】【判例9】【判例33】では、自院で帝王切開ができないことから、安全限界
の時間・回数を超えても吸引分娩を続けたことが伺われる。しかし、自院に帝王切開を実
施するだけの人的物的設備がないとしても、安全限界を超える吸引分娩が正当化される訳
ではない。
また、帝王切開を実施するだけの人的物的設備がなければ、帝王切開が必要なときには、
速やかに高次医療機関に転送する必要がある。しかし、【判例9】【判例33】では、いず
れも速やかな転送はなされていない。【判例9】では、応援を求めて他の病院(3施設)に
連絡をとったが、休日のため応援を求められず、その後、高次医療機関に搬送されたが、
66
搬送決定まで約1時間10分を要している。【判例33】では、NICUを有する高次医療
機関である医大から、NICUが満床であるから医大では受入れられないが、K総合病院
であれば転送可能であると知らされたにもかかわらず、K総合病院に連絡も転送もしてい
ない。
再発防止策としては、自院の人的物的設備の現状を踏まえ、自院のみで対応可能な症例
の限界をよく認識した上で、応援依頼や搬送にかかる時間をも見込んで、経腟分娩の限界
を適切に見極める必要がある。
また、帝王切開が必要と判断したときには、休日平日を問わず、速やかに転送ができる
ように、常日頃から地域の他の医療機関とも連携し、速やかに搬送できるシステムを築い
ておく必要がある。搬送システムの構築には、個々の医療機関の努力に任せるだけでなく、
行政も含めた地域全体での取り組みが不可欠である。
2)自院で帝王切開ができる医療機関 【判例15】【判例26】【判例40】
【判例15】は、胎児仮死を疑うべき時点で、
「帝王切開を施行するための諸準備(手術
室の確保、麻酔医との連絡等)を全く始めていなかった」
。実際に、帝王切開の決定(午後
2時20分)から執刀開始(午後3時05分)まで45分を要している。
【判例40】では、「被告病院では、帝王切開の準備に着手してから児を娩出するまで1
時間程度かかる」とされており、「吸引分娩を開始する午前4時40分ころ、医師及び看護
師の招集等の帝王切開の準備に着しなかった……点について被告には過失がある」とされ
ている。
【判例26】でも、午後8時「34分の時点には、既に胎児仮死の疑いが明確に生じて
おり、かつ、この段階でも吸引分娩・鉗子分娩に適さない状態だったのであるから……帝
王切開手術の本格的な準備をする必要があった」がこれを怠ったとされている。
再発防止策としては、遅くとも胎児仮死の疑いが生じたとき、または、吸引分娩を開始
するときには、帝王切開の準備に着手しなければならず、早めに準備を開始することによ
り、帝王切開の決定から執刀までの時間をできる限り短縮する。帝王切開の決定から執刀
までの時間を短縮できるのであれば、安全限界の時間・回数を超えて吸引分娩に固執する
ことはなくなるのではないかと考えられる。
ちなみに、【判例26】は、大学病院の事例であるが、「帝王切開手術を行なうべきとき
の典型例が胎児仮死の場合であるのに、高度徐脈の継続等により胎児仮死を認定すること
ができて初めて、帝王切開の準備を開始すべきであるというのであれば、その準備時間と
の兼合い上、帝王切開手術を成功りに行ないうるときなどほとんどあり得ないということ
にもなりかねないのであって、……あらかじめの準備を要求することには、合理性がある
というべきである。」と指摘している。
以 上
67
(別紙
判例紹介)
【判例4】
A
事実経過
「午前7時28分の内診の結果……第二前方前頭位という児頭回旋異常(反屈位)が発
生していた。なお、このころ児頭の位置はステーション±0~1であった。……未だ児頭
が高く、被告医師としては、吸引分娩も鉗子分娩もできる位置ではなかったため、児頭を
下げるためにも、アトニンO五単位を投与し、また、被告医師がクリステレル圧出法を、
その後、看護婦のAが被告医師に代わってクリステレル圧出法を施行した。」
B
法的評価
「被告医師は、吸引分娩ないし鉗子分娩をするには児頭の位置が高いと考えており、ま
た、回旋異常が存在していることも併せて考えれば、早急な経腟分娩が困難であることは、
予測できたにもかかわらず、急速遂娩を考慮すべきであった午前7時40分の時点……ア
トニンOの投与によって陣痛を強め、また、クリステレル圧出法を施して児頭の下降を試
みはしたが、午前7時34分ころに現れた徐脈の回復が遅延し始め、その後、回復するこ
とがないことが明らかになった午前7時50分ころになっても、直ちに吸引分娩ないし鉗
子分娩に取りかかることをせず、午前8時10分過ぎまで、看護婦をして漫然とクリステ
レル圧出法を繰り返して、児頭の下降を図るのみで、胎児心拍数が低下するに任せていた
のであるから、右被告医師の措置には過失があるといわざるを得ない。」
【判例9】
A
事実経過
「午前9時30分に吸引分娩を開始し、午前10時20分までこれを反復したが(但し、
その回数は明らかではないが、被控訴人の供述によると何回牽引したか記憶にないとい
う。)、児頭の位置は変わらず、下降せず、最初の吸引分娩の試行段階で頭血腫を生じたも
のと認められる。」
「吸引分娩に固執して約50分の間、多数回にわたりこれを反復した。」
B
法的評価
「吸引分娩により娩出できなかった原因について、カルテに記載のように24日午前7
時に児頭の骨盤出口部下降があり、ステーションプラス2~3の位置にあるとした場合、
午前9時30分から開始された吸引分娩を30分間以上、多数回にわたって実施しても娩
出しないということはあり得ないことに照らすと、骨盤腔内にある児頭の高さは、被控訴
人が判断した骨盤出口部ではなく、もっと高いところにあったものと推測され、被控訴人
のこの点に関する診断は誤った可能性が高い。
」
C
その他の事情
「(分娩当日41週1日)午前10時20分頃には他の病院……に連絡を取ったが、当日
は休日であって応援を求められず、午前10時50分頃に***病院に連絡し、午後11
68
時30分に婦人科部長と連絡が取れたため、同日午前11時50分頃依頼により到着した
救急車で……搬送した。
」
「本件分娩の当時、被控訴人医院には帝王切開を実施するだけの人的設備はあったとし
ている(但し、その具体的内容は明らかではない。)」
【判例11】
A
事実経過
「午前4時45分頃……子宮口は全開大前であった。……被告は、胎児が骨盤濶部から
出口部……にある段階で、陣痛(当時40から50秒間隔)の間引っ張った。時間で30
分間経過しているので、約15分くらい(1分吸引、1分休息)しているものと解される。
……午前5時5分、吸引分娩ではなかなか児頭が下降しないため、被告の指示でクリステ
レル圧出術……を行う。……なお、吸引分娩であるため、子宮口の全開大……がいつか不
明で」ある。
「午前5時15分頃、吸引分娩にて男児を出生する。」
B
法的評価
「被告が行った娩出方法については、吸引分娩が15回も行われ多すぎること(鑑定人
も、証人尋問において、15回であれば「常識外」であり、試験分娩が不成功であると証
言している。)、吸引分娩は原則として子宮口が全開大になってから行うべきところ、それ
以前に行なっていること、4時45分から5時5分まで20分吸引したにもかかわらず、
なかなか児頭が下降していなかったこと、クリステレルを併用していること……など、適
切でない方法が散見され、混乱状態であったことがうかがえるとともに、娩出を急ぐあま
り、胎児に相当のストレスを生じさせたものと解され、これら娩出方法が低酸素症を悪化
させ、重症の仮死を生じさせたものと解される。」
【判例12】
A
事実経過
「吸引分娩には、約35分間を要し、その間、吸引カップを7~8回牽引、そのうち2
~3回を滑脱した。同時に、E助産婦は、クリステレル圧出を5~6回施行した。」
B
法的評価
「吸引分娩の際にクリステレル圧出を併用しようとする医師は、胎児仮死の有無を調査
し、胎児仮死であれば、胎児仮死に与える負荷という危険性と、早期娩出による利益とを
総合考慮したうえで、クリステレル圧出を併用するか否かを判断すべき注意義務がある。」
「胎児仮死の有無について調査を尽くさず、吸引分娩の際に漫然とクリステレル圧出法
を併用したのであって、前記注意義務に違反した過失がある。」
C
その他の事情
「診療記録上、児頭位置が最後に確認できる記載は、15時27分ないし30分であり、
それも怒責にて少しずつ下降するもほとんど不良との記載であって、ステーション±0よ
69
り低位であったか否かはこれからは判然としない」
【判例15】
A
事実経過
「医師E及び医師Fが、原告Bに対し、(分娩当日40週0日)午後1時45分頃から、
クリステレル圧出法を7回、吸引分娩を5回(但し、実際に吸引できたのはそのうち3回
のみである。
)にわたって各々施行した」
「医師Eと医師Fが医学上相当と認められる回数を大幅に超えてクリステレル圧出法を
みだりに繰り返したことによって、胎児(C)に心拍数が減少するなどの悪影響が生じた
という事実を推認することができる。」
午後2時20分頃、帝王切開を決定し、午前3時05分に帝王切開の執刀を開始し、午
前3時08分に新生児を取り上げた。
B
①
法的評価
「医学上相当と認められる回数を大幅に超えてクリステレル圧出法をみだりに繰り返
したことによって、胎児に心拍数が減少するなどの悪影響が生じたという事実を推認
することができる。」
②
「本件では、医師Eが帝王切開の施行を決断してから、原告Bを手術室に搬入するま
でに25分間、執刀まで45分間の時間がそれぞれ費やされていることになるが、…
…この所要時間は標準的な産婦人科の医療体制に比して長いこと、医師Eは、本件分
娩における最大の注意点を過強陣痛の防止と捉え、過強陣痛さえ生じていなければ、
分娩促進中という理由だけで帝王切開の準備をしておく必要はないと考えていたこと、
医師Eが帝王切開の施行を決断した午後2時20分の時点では、本件病院内に、当該
手技を行うための手術室が予め確保されていた状況にはなかったことの各事実を認め
ることができる。」
「胎児仮死が疑われた段階で予め帝王切開の準備がなされていたなら、午前2時15
分までには帝王切開を開始でき、その後数分内に胎児であるCを娩出できた」
C
その他の事情
被告は、クリステレル圧出法と吸引分娩を開始した午後1時45分頃に「児頭も排臨の
近くまで下降していた」と主張した。しかし、判決は、午後1時45分の児頭の高さにつ
いて認定していない。
【判例20】
A
事実経過
「午後2時55分に人工破膜を実施した上、経腟分娩により胎児の娩出を試みることと
し、児頭に吸引カップを装着し、原告Aに怒責を促し、クリステレル圧出法を併用して吸
引分娩を実施したわけであるが、この時点でもいまだ子宮口開大9センチメートルであっ
70
て全開大とはいえず、児頭もステーションプラスマイナス0の位置にあったから、吸引分
娩の要約を満たさないか、せいぜい、吸引分娩の要約を最も緩やかに考える見解において
かろうじてその要約を満たしていたに過ぎず、吸引分娩によって容易かつ確実に胎児を娩
出することができる状況にあったとは認めがたい。」
B
法的評価
「子宮口開大度及び児頭の位置の点で吸引分娩の要約を満たさないか、かろうじて満た
していたに過ぎない状況下で、胎児仮死の場合には禁忌とされ、また、子宮破裂を生じる
危険性もあるクリステレル圧出法を併用して吸引分娩を試みた行為は、診療契約上の義務
違反ないし過失があるというべきである。」
【判例26】
A
事実経過
「午前8時40分には、分娩促進のため、激しくかつ反復して腹部圧迫するクリステレ
ル胎児圧出法が実施された。」
「被告乙は……児頭先進部がプラス1であるので、吸引分娩が可能であると判断し、産
瘤に小カップを装着して吸引分娩を試みた。しかし、装着状態が不良のためカップを3回
交換した。そして、吸引分娩の際には、平行してクリステレル胎児圧出法も行ったが、分
娩させることができなかった。」
「会陰切開の上、5ないし6回の吸引が実施され、児頭先進部をプラス3まで下降させ
て、出口部にて鉗子を装着し、午後9時15分、1回の牽引で分娩となった。なお、この
間、被告乙とE医師が交替でクリステレル胎児圧出法を何度となく施行した。」
B
法的評価
「吸引分娩を開始した際、児頭先進部はプラスマイナス0ないしプラス1(高在という
ことになる。
)であったのであるから、吸引分娩の要約を満たしていないことは明らかであ
る。」「午後8時44分の時点で、急速遂娩術として、吸引分娩を選択したことには、看過
しがたい問題がある。」
「吸引分娩に先立ってクリステレル胎児圧出法を開始している上、吸引分娩に合わせて
腹部圧迫を繰り返しており、結局、分娩まで約35分間もクリステレル胎児圧出法を実施
している。」「クリステレル胎児圧出法を午後8時40分から分娩に至る午後9時15分ま
で漫然と多数回にわたり繰り返していたのであるから、これが本件において、注意義務に
反する許されない処置であったことは明白である。」
【判例33】
A
事実経過
①
「午前0時20分ころから吸引分娩が開始され、本件男児が娩出された午前1時20
分までに、診療記録に記載されている分だけでも合計12回の吸引が行われ、その結
71
果、本件男児が娩出された」
②
「本件分娩当時、被告医院では、帝王切開の設備が整っておらず、被告には、帝王切
開を行う意思もなかった。また、被告医院では(約7年前)の医院開設以来、帝王切開
を行った事例はなかった。さらに、H助産婦は、過去に帝王切開を含め被告医院では
処置できないと思われる場合に、転送を進言したことがあった。」
「被告は、21日(40週3日)午前0時8分、NICUを有する高次医療機関である
医科大学に対して電話で問い合わせたが、NICUは満床であるとの回答を得た。そ
の際、被告は、K総合病院であれば転送可能であることを知らされたが同病院へは連
絡も転送もせず、午前0時20分ころ、吸引分娩を開始した。」
B
法的評価
①
「本件分娩では、12回以上かつ約1時間にわたって吸引が行われたのであり、これ
は仮に吸引カップが滑脱を繰り返していたとしてもあまりにも多数回かつ長時間に及
んだといわざるを得ない。このような吸引がなされたことにより、胎児仮死状態が亢
進した可能性は否定できない。」
②
「帝王切開をしたこともなく、その用意もなかった被告医院にAをとどめておかず、
K総合病院など帝王切開の可能な高次医療施設にできる限りすみやかに転送すべき義
務があったといえる。」「もっと早期の段階ないし日頃から被告医院における治療では
賄いきれず転送が必要となる帝王切開等の緊急事態に発生に備えて高次医療機関に連
絡しておくなどして転送のルートといったものを確立しておくべきであったというべ
きである。」
【判例37】
A
事実経過
子宮口全開大となった後、「午後9時50分ころ、クリステレル圧出法……と吸引分娩…
…が行なわれ、同日10時13分ころ、児頭が娩出するも、肩甲娩出困難となり、分娩が
停止した。原告Aは、同日午後10時30分ころ、手術室に搬送され、同日午後10時5
9分、Bが娩出された」
。
診療記録には「吸引分娩が行なわれた午後9時50分ころの具体的な児頭下降度に関す
る記載はなく、証人Eも証人Gも、吸引分娩施行時の児頭先進部の位置について明確な供
述をしていないことから、吸引分娩を開始した際の児頭先進部がステーションプラス2に
達していたとも、いなかったとも、断定できない。」
「児頭先進部がステーションプラスマイナス0程度であったとすれば、児頭の最大周囲
径が中在に位置していたことは明らかであるが、仮に、児頭先進部がステーションプラス
2であったとしても、Bが巨大児であったことからすると、児頭の最大周囲径は、未だ中
在に位置していたと認められる。」
72
B
法的評価
「急速遂娩術として吸引分娩を選択するにしても、中在からの吸引分娩、クリステレル
圧出法は差し控えて十分な児頭下降を待って行い、その結果、十分な児頭下降が見られず、
分娩第2期遷延ないし停止や著しい母体疲労等経腟分娩に不利になる事情が生じた場合に
は、帝王切開に移行するという注意義務があり、……9時50分の時点では……吸引分娩、
クリステレル圧出法を差し控え経過を観察すべき義務があった」。
【判例40】
A
事実経過
①
「被告は、……午前4時40分に吸引分娩を開始し、約20分間牽引を行っても児の
娩出に至らなかったため、その後の児の娩出に至るまでの20分間は吸引分娩による
牽引とクリステレル圧出法を併用して行った。その際のクリステレル圧出法は、被告
の指示のもとで准看護師のEが原告Cの腹部を少なくとも5回以上押すなどして行っ
た。また、吸引分娩開始から娩出までの間、吸引分娩による牽引は10回から15回
行われた。」
②
「被告病院では、帝王切開の準備に着手してから児を娩出するまで1時間程度かかる
ところ、被告は、吸引分娩を開始しようとした際、帝王切開を行っても胎内死亡にな
るので、帝王切開はできないと判断し、意思及び看護婦の招集等の帝王切開の準備に
着手しなかったことが認められる。
」
B
①
法的評価
「吸引分娩を行う場合であっても、原則として1回の牽引で娩出できなかった時点で
吸引分娩を中止すべきであり、おそくとも、2、3回の牽引で娩出できなかった場合
には吸引分娩を中止して帝王切開に移行すべきであったし、ましてクリステレル圧出
法を併用すべきでなかったものというべきである。
ところが、実際には、被告は吸引分娩開始後40分にわたり10回から15回程度
の牽引を繰り返し行っており、しかも、後半20分はクリステレル圧出法を併用して
いるのであるから、これらの被告の行為は、当時の開業産科医に求められる医療水準
に照らしても、明らかに不相当な行為であ」る。
「被告がクリステレル圧出法を併用して吸引分娩での牽引を繰り返したことにより、
もともと重症胎児仮死状態にあった原告Aの状態をさらに悪化させた可能性が高いと
認められる。
」
②
「被告自身、吸引分娩を開始した際、重症胎児仮死状態にあった児の娩出までには少
なくとも20分以上かかると考えていたことからすれば、10分から15分以内に娩
出することができないことを認識していたのであり、帝王切開に移行する必要が生じ
る可能性が相当程度であることを十分認識しえたものと認められる。
このような事情のもとにおいては、被告としては、直ちに帝王切開に移行できるよ
73
うにあらかじめ帝王切開の準備を指示した上で吸引分娩を実施すべきであったといえ
る。」
以 上
74
7.帝王切開選択基準
中川 素充
分娩前から分娩中に至るまで、いつ帝王切開を決断しても、対応しうる人的・物的整備が必要であ
る。すなわち、①必要時に緊急帝王切開が直ちにできるように手術室や麻酔科医の確保をはじめとし
た人的・物的整備も不可欠である。とりわけ、緊急帝王切開の人的・物的整備が整っていない医療機
関では、ハイリスクの母胎に関しては取り扱わず、当初から高次医療機関で分娩を実施するようにし
なければならない。また、②分娩監視モニターによる監視はもちろんのこと、分娩時までの母胎の経
過を充分に把握しなければならない。さらに、吸引分娩に固執したことが事故に至ったケースが散見
されることから、③母胎の状況を冷静に分析し、吸引分娩が奏功しない場合に帝王切開に軌道修正
する決断が求められる。
そして、分娩の現場では、担当医師が状況を客観的に判断が出来ない場合もあり得るため、④他
の医師やコメディカルも含めて、院内で助言等の出来る体制作りが不可欠である。これらの判断を適
切に行なうために、⑤事故事例を集積した上で、帝王切開基準についての標準化も求められよう。事
故のなかには極めて基本的な知識不足のケースも見られるため、⑥リピーター医師、助産師等に対し
ては再教育等の必要もある。
1.はじめに
本研究会で対象とした43件45判例のうち、急速遂娩の手段としての帝王切開の選択、
帝王切開の選択時期等が適切に行われていたか否かが問題とされた20件について検討し
た【判例3】【判例4】【判例7】【判例8】【判例9】【判例11】【判例13】【判
例14】【判例15】【判例17】【判例19】【判例20】【判例26】【判例28①】
【判例31】【判例33】【判例37】【判例38】【判例40】【判例42】。
分娩開始前から急速遂娩の手段として帝王切開を選択すべき(または、すべきでない)
というケースもあるが(後記3)、多くは、分娩開始後に、早期に胎児仮死徴候を把握で
きなかったことや(後記4.1)、6)、急速遂娩の手段として帝王切開を選択すべきであ
ったのに実施しなかった(後記5)ことが原因となっているケースであって、これらを合
わせると20件中の12件(60%)に上る。中には、先行して実施していた吸引分娩等
に固執した結果、時機を逸したケースも見られる(後記4.2))。
さらに留意すべきは、帝王切開の選択判断においては、単に実施するか否かの判断のみ
ならず、その可能性を踏まえた準備の指示が適切でなかったことが原因となるケースも7
件(35%)ある(後記2)。
こうした観点から、分娩前から分娩中に至るまで、いつ帝王切開を決断しても、対応し
うる人的・物的整備が必要であり、かつ、適時適切に帝王切開を決断・選択できる体制作
り等も必要であることから、上記提言をするに至った。
75
2.準備態勢
【判例4】【判例15】【判例26】【判例28①】【判例33】【判例40】【判例42】
帝王切開の決断時期というのは、単に実施するか否かの決断をすれば足りるのではなく、
その準備の指示が遅れたことが問題となるケースもある。
1)裁判例
判例は、いずれも常位胎盤早期剥離、胎児仮死を疑った時点で、帝王切開の準備行為を
実施すべきとしている。
【判例4】は、急速遂娩を考慮すべきであった時点で、早急な経腟分娩が困難であると
判断し、直ちにアトニン O 投与を中止し陣痛促進を中止し、陣痛抑制など母体治療を行い
胎児心拍の回復を待つと共に帝王切開の準備をして帝王切開をしていれば、仮に帝王切開
の実施までに 45 分ないし 1 時間かかったとしても経母体治療の効果により胎児へのストレ
スを軽減していれば患児に障害が残らなかった蓋然性は高いとし、急速遂娩を考慮すべき
時点で、帝王切開の準備行為をすべきこと、母体治療を実施すべきことを指摘している
【判例15】は、帝王切開を施行するためには手術室の確保や麻酔処置等の様々な準備
が必要であることをも併せて考えると、胎児仮死を疑うべき時点で、帝王切開を施行する
ための諸準備(手術室の確保、麻酔医との連絡等)を始めておかなければならなかったと
している。
【判例26】は、変動一過性徐脈の表われる頻度と程度が高まり、その回復にも遅れが
出るようになって胎児仮死に至る可能性が現れた時点で、厳重な分娩監視をして、体位変
換等も試みた上、帝王切開手術の第一段階の準備をし、胎児仮死の疑いが明確になってか
らは母体へのアルカリ溶液の静脈注射等の胎児仮死の予防手段を講じ、帝王切開手術の本
格的な準備すべきとした。また、同判例は、胎児仮死を認定することができてはじめて帝
王切開を開始すべきというのであれば、その準備時間のかねあい上、帝王切開を成功裡に
行ないうることはあり得ないと指摘している。
【判例28①】は、常位胎盤早期剥離を疑った時点で帝王切開による娩出方法を採用し、
早急に取りかかるべき義務があったとして、吸引分娩・クリステレル圧出法を実施し、不
成功となった後に実施を決定したことの遅れを指摘している。
【判例40】は、吸引分娩における全牽引時間は10分又は15分以内を目安とすると
ころ、医師が重症胎児仮死であった児の娩出に少なくとも20分以上かかり、帝王切開に
移行する可能性が相当程度あることを充分認識していたにもかかわらず、医師、看護師等
の招集を怠った行為を過失としている。
また、帝王切開の実施が出来ない医療機関においては、可能な医療機関に転送すべきで
ある。
【判例33】は、「被告には、(40 週 3 日分娩当日)午前 0 時 8 分ころには、(40 週 2 日)
午後 11 時 55 分ころから(40 週 3 日分娩当日)午前 0 時 5 分ころまで高度頻脈が継続したこと
76
を受けて、常位胎盤早期剥離の疑い、羊水混濁の存在及びアトニン O 投与の事実を併せ考え、
胎児仮死の危険性が高いことを認識し、被告医院では帝王切開を実施することができない以
上、その時点で直ちに帝王切開の適応があるかどうかについては別の判断があり得るとして
も、帝王切開をしたこともなく、その用意もなかった被告医院に産婦をとどめておかず、K
総合病院など帝王切開の可能な高次医療施設にできる限りすみやかに転送すべき義務があっ
たといえる。
」とした。
準備内容については、【判例42】は、その準備内容として禁飲食の指示だけでは、胎
児が危険な状態にあると判断される際に即時に帝王切開に着手することが出来ないので、
不充分であるとしている。
2)提言
これらの防止策としては、必要時に緊急帝王切開が直ちにできるように手術室や麻酔科
医の確保をはじめとした人的・物的整備も不可欠である。とりわけ、緊急帝王切開の人的・
物的整備が整っていない医療機関では、ハイリスクの母胎に関しては取り扱わず、当初か
ら高次医療機関で分娩を実施するようにしなければならない。(提言①)
3.分娩開始前における帝王切開の選択
1)分娩開始前から帝王切開を選択すべきケース 【判例14】
妊婦の状態、胎児の状態、以前の出産の経過などによっては、当初から経腟分娩ではな
く、帝王切開を選択すべき場合もある。
(1) 裁判例
【判例14】は、多胎分娩に加えて、産科因子(前回帝王切開、重症妊娠中毒症、分娩
遷延、微弱陣痛、胎児仮死、CPD、前置胎盤、臍帯脱出など)がある場合や胎位異常(骨
盤位、横位)のある場合は帝王切開の適応があるとし、多胎分娩であり胎位異常(骨盤位、
横位)があるのに人的、物的体制がない中で経腟分娩を行なったことを過失としている。
(2) 提言
防止策としては、分娩時までの母胎の経過を充分に把握しなければならない。また、事
故事例を集積した上で、帝王切開基準についての標準化も求められよう。(提言②、⑤)
2)分娩開始前から帝王切開を選択すべきでないケース 【判例31】
他方、帝王切開の必要性がないにもかかわらず、これを行なったことを過失とされる場
合もある。
(1) 裁判例
【判例31】は、少量の警告出血しかなく、子宮収縮もなく、その他異常な所見もない
にもかかわらず、31週4日で肺機能や脳室周囲血管が未成熟な状態で娩出したことにつ
いて過失を認めている。
(2) 提言
防止策としては、分娩時までの母胎の経過を充分に把握しなければならない。また、事
77
故事例を集積した上で、帝王切開基準についての標準化も求められよう。(提言②、⑤)
4.帝王切開の選択時期
1)早期に胎児仮死徴候を把握すること
【判例3】【判例7】【判例13】【判例17】【判例19】【判例33】【判例38】
常位胎盤早期剥離などで胎児仮死を疑うべき場合は、原則として帝王切開を実施すべき
である。
しかし、帝王切開の開始時期が遅れたケースのなかには、医師が胎児仮死など帝王切開
を直ちに行なうべき状況でありながら見過ごしたり、切迫早産など他の症状と区別が付け
られなかったりしたケースが見られる。
(1) 裁判例
【判例3】は、「酸素投与をしたにもかかわらず、変動一過性徐脈が出現、クリステレル
を行っても、回旋異常が改善せず、児頭も下降しなかった段階で、クリステレル以外の急
速分娩を検討すべきであった」とし、「被告病院あるいはA医師の方針としては、鉗子遂娩
術は行っていなかった。吸引分娩術についても、第一前方前頭位では行っていないという
のであるから……クリステレル以外に採りうる急速分娩術としては、帝王切開術しかなか
った」ことを前提に、帝王切開を実施しなかった注意義務違反を認めている。
【判例7】は、胎児心拍細変動の低下・減少が著明となった時点で、これに気付いて子
宮口の全開大を確認するために内診をし、これを確認したならばその時点で、または遅く
とも、心拍数の低下を認めた時点で、速やかに急速遂娩に着手するべきであったのに、こ
れを怠り急速遂娩に着手しなかった過失があるとした。
【判例17】は、臨床症状(性器からの外出血、下腹痛、強度の子宮収縮及び子宮の圧
痛等)のうちの 1 つでも認められた場合には、「常位胎盤早期剥離を疑い、問診、触診、
血圧測定、血液検査、尿検査、超音波検査、胎児心拍のモニタリング等による総合的診断
を行い、常位胎盤早期剥離の有無を確認する必要がある」とし(ただし、超音波Bモード
は、前置胎盤の可能性を排除する点に主たる機能があるとした。)、「総合的診断の結果、
常位胎盤早期剥離が濃厚に疑われる場合には、子宮口が全開大であるような例外的な場合
を除き、直ちに帝王切開を実施する必要がある」とした。
【判例19】は、分娩監視装置には、胎児心拍の変動性一過性徐脈がたびたびみられた
ものの、これだけでは急速分娩が必要な胎児仮死の徴候に該当するとはいえないが、約1
時間8分を経た午前11時9分の娩出時において仮死状態はアプガースコア0の重症であ
り、ほとんど死亡に近い状態であったことに照らし、胎児仮死の状態はモニタリング中止
時である午前10時1分ころから11時9分の娩出までの間の比較的早い時期に発生して
いたことが推認されるとし、分娩監視装置によるモニタリングの中止後、監視装置または
ドップラーによる胎児心音の検査を診療録に記載された2回以外に行なったとは認められ
ないとして、過失があるとした。
78
【判例38】は、午前 10 時 13 分から午前 11 時 18 分のモニター所見、VAST 後も一過性
頻脈は出現していないこと、モニター上の長期細変動は消失しているとはいえないが全体
的に減少傾向にあったこと、分娩第一期で子宮口開大 3cm で速やかに経腟分娩ができる状
況ではなかったこと等の諸事情を総合すると「医師には、遅くとも午前 11 時 05 分ころま
でには、原告(妊婦)に対し、帝王切開を実施する旨の決定をすべき注意義務」があるとし
た。
また、他の疾患との区別についてであるが、【判例13】は、胎盤早期剥離の早期診断
の第一歩は常位胎盤早期剥離を常に疑うことにあり、性器出血、下腹部痛、強度の子宮収
縮などの症状の1つでも認められれば常位胎盤早期剥離を疑ってかかるべきであるという
認識が正しければ、性器出血が見られなかったことは、常位胎盤早期剥離の診断が遅れた
ことを正当化する理由にはならないとしている。
(2) 提言
防止策としては、分娩監視モニターによる監視はもちろんのこと、分娩時までの母胎の
経過を充分に把握しなければならない。また、事故事例を集積した上で、帝王切開基準に
ついての標準化も求められよう。(提言②⑤)
2)吸引分娩等に固執しないこと 【判例9】
吸引分娩等に固執してしまった結果、帝王切開をすべき時機を逸したケースが見られる。
(1) 裁判例
【判例9】は、遷延分娩の状態で、何度も吸引分娩で娩出できなかった場合(この事案
では最大30分に3度)には、可及的速やかに鉗子分娩あるいは帝王切開という他の急速
遂娩術を取るべき注意義務があったにもかかわらず、吸引分娩に固執し、多数回にわたり
反復したためことが胎児仮死の原因であるとしている。
(2) 提言
防止策としては、胎児の状況を冷静に分析し、吸引分娩が奏功しない場合に帝王切開に
軌道修正する決断が求められる。そのような判断を適切に行なうためには、事故事例を集
積した上での日常的な教育を通じて医師本人が意識的になる必要がある。また、担当医師
が現場では、冷静な判断が出来ない場合もあり得るため、院内で助言等の出来る指導体制
の確立等も必要となろう。(提言③、④)
5.急速遂娩の手段としての帝王切開の選択 【判例4】【判例11】【判例20】【判例37】
急速遂娩の手段として、吸引分娩や鉗子分娩でなく、帝王切開をすべきであるのにそれ
をしなかったことが問題となるケースもある。
当然であるが、各急速遂娩の方法の選択については、各分娩方法の要約が充足されてい
なければならないことは言うまでもない。
そして、どのような急速遂娩法をとれば、胎児に対する低酸素侵襲が少ないかで各急速
遂娩の方法が判断されることとなる。判断要素としては、帝王切開までの所要時間、急速
79
遂娩決定時の胎児の低酸素状態、他の娩出法との比較などがあげられよう。
1)裁判例
【判例11】は、高度変動一過性徐脈があった場合に、急速遂娩までの時間の長短で予
後に影響が出ることを指摘し、子宮口の開大・児頭の下降位置から予測される経腟分娩で
の時間、出産回数(初産)、妊娠の経過(過期妊娠)、妊婦の状態(肥満)、児や胎盤の
状態等をふまえて、帝王切開を選択すべきであったとしている。
【判例20】は、急速遂娩が必要と判断したときに、その前の内診所見からすれば、牽
引力が相対的に弱く何度も牽引の失敗を繰り返して時間を浪費しかねない等の「吸引分娩
の難点を考慮して、より確実に、短時間で胎児を娩出することができる帝王切開術を選択
すべきであったというべき」とした。そして、
「A医師が、子宮口開大度及び児頭の位置の
点で吸引分娩の要約を満たさないか、かろうじて満たしていたに過ぎない状況下で、胎児
仮死の場合には禁忌とされ、また、子宮破裂を生じる危険性もあるクリステレル圧出法を
試みた行為は、診療契約上の義務違反ないし過失がある」と判示した。
【判例37】は、「(38 週 5 日分娩当日)午後9時50分の時点において肩甲難産の発生
が十分に懸念されるべき症例であったということができる。そうすると、被告病院医師と
しては、急速遂娩術として吸引分娩を選択するにしても、中在からの吸引分娩、クリステ
レル圧出法は差し控えて十分な児頭下降を待って行い、その結果、十分な児頭下降が見ら
れず、分娩第2期遷延ないし停止や著しい母体疲労等経腟分娩に不利になる事情が生じた
場合には、帝王切開に移行するという注意義務があり、(分娩当日)午後9時50分の時点
では……吸引分娩、クリステレルを差し控え経過観察すべき義務があったということがで
きる。」とした。
2)提言
防止策としては、分娩監視モニターによる監視はもちろんのこと、分娩時までの母胎の
経過を充分に把握しなければならない。また、事故事例を集積した上で、帝王切開基準に
ついての標準化も求められよう。(提言②、⑤)
6.医学的知識の習得の必要性 【判例8】
医学的知識の欠如のために帝王切開が必要な症状を見落とすケースもある。
1)裁判例
【判例8】は、外回転術が胎盤剥離の危険性を有するという医学的知識を有さなかった
ために、外回転術施行後に性器出血など胎盤剥離の徴候があったにもかかわらず、これを
見落としたことを過失としたものがある。
【判例17】のケースは、以前にも帝王切開の実施の遅れに関する医療事故を起こして
いる医療機関である。判決でも、被告丙野の義務違反の程度は高く、「産科の知識が私た
ちからみたら低いレベルにあると思います。」との原告花子の批判も理由のないこととは
いえないなどと指摘されるほどである。
80
2)提言
帝王切開選択基準の判断ミス、見落としが問題となるケースでは、その原因についてま
で明らかにされることは少ない。しかし、中には、医療従事者の医学的知識の欠如による
ものも少なくないものと思われる。
出産は、医師のみならず、助産師が実施することもある。助産師は、医師に比べて、医
学的知識を欠くことも多いため、日頃から産科に関する医学的知識の習得が必要である。
上記【判例8】は、助産師の責任が問われたものである。適切な医学的知識があれば、助
産師がリスクの高い外回転術を行なうこと自体なかっただろうし、見落としはあり得なか
ったはずである。
これらの防止策としては、日常的な教育、院内の指導体制作りが必要であるし、リピー
ター医師、助産師等に対しては再教育等の必要もある。(提言⑥)
以 上
81
8.出生後の産婦人科による新生児管理
梶浦 明裕
産婦人科は、高次医療機関・他科(新生児科等)への転送・応援要請体制を整え、医師自らも基本
的な新生児管理を行うことが要請される。
Ⅰ 産婦人科医自身にも一定レベルの新生児管理が要求される
~高次医療機関への転送・応援要請をするだけでは足りない~
Ⅱ 高次医療機関・他科(新生児科等)への協力要請と協力体制の構築を
~転送と応援要請の両面から~
(新生児について転送義務違反が肯定されたのは3判例である。)
1.はじめに
1)分析対象判例
本研究会で分析対象とした43判例のうち、「出生後の産婦人科による新生児管理」が問
題となった判例は、
【判例14】、
【判例16】、
【判例25】、
【判例28①】、
【判例32】、
【判
例39】の合計6判例である。
この点、「出生後の新生児管理」という範疇で対象判例を捉えた場合、麻酔科あるいは小
児科による管理が問題となっている事案も含めれば上記6判例以外にもいくつか存在する
が、あくまでも「産婦人科」によらないものは対象外とした。
2)判例事案の傾向
「出生後の産婦人科による新生児管理」が問題となった上記6判例の事案の傾向につい
てみると、①いずれの事案も「不作為型・低水準医療型」*、②【判例28①】
(市立病院)
を除く5つの事案の医療機関が「産科診療所」
、とまとめることができる。
以下では、裁判例上問題となった産婦人科による「新生児管理」の内容を分析した上で
(第2項)、かかる分析を踏まえ、産婦人科による「新生児管理」に伴う事故の再発防止策
について検討する(第3項)。
*「不作為型」は、原疾患の憎悪に対して医療機関が行うべき判断ないし処置を怠った場
合であり、「作為型」(積極的な医療行為により悪しき結果が創出された場合)と対置さ
れる。
「低水準医療型」は、
「単純ミス型」と対置される(いずれもその文言どおりの意義である。
)。
2.新生児管理の内容
1)
産婦人科医にはどのような「新生児管理」が要求されるのか。事故の再発防止策を検
討する前提として、まず、各6判例で問題となった「新生児管理」の具体的内容を以下
に分析する。
82
ア 【判例14】では、
「新生児管理」の内容として、
「新生児仮死に対する低酸素性虚血性
脳症の発症防止」が問題となった(児に、低酸素性虚血性脳症を原因とする重度の混合
型四肢麻痺等の後遺症が残った事案である。)
。
同判例は、まず、医学文献に基づき、
「仮死新生児の管理」につき次のように認定した。
すなわち、
「新生児仮死の管理は、低酸素性虚血性脳症の発症をいかにして防ぐかがポイ
ントであり、そのためには、①十分な酸素投与などの呼吸管理、②循環管理(血圧管理)、
③血糖の管理(低血糖は脳障害の進行を助長するため、血糖値を 80~100mg/dl 程度に維
持する)、④脳浮腫の管理、⑤痙攣予防(フェノバルビタールの投与など)などの全身管
理が必要であり、また、出生後、小児科医への連絡が必要である。」と認定している。そ
の上で、
「原告A(新生児)娩出後約6時間後に原告Aを日赤病院に転送するまでは、原
告Aに酸素マスクを付けて保育器に収容しただけで、痙攣があることを認識していたに
もかかわらず、それに対する処置を何らとらず、体温、呼吸数、心拍数、血糖値等の測
定をしたことも証拠上窺われないのであり、被告の過失は明かである」と判示して、蘇
生後管理上の過失を肯定した。
イ 【判例16】では、
「新生児管理」の内容として、
「敗血症を念頭に置いた経過観察」が
問題となった(児に、敗血症及び髄膜炎を原因とする脳性麻痺等の後遺症が残った事案
である。)。
同判例は、まず、敗血症等の医学的知見を認定し、「新生児の敗血症は死亡率が高く、
神経学的後遺症を残すことも少なくない重篤な疾患であるため、この時期に適切な治療
が行われなければ、症状が急速に進行し重篤化する。」と判示した。その上で、本件事実
関係のもとでは、「被告が(日齢 2 の日)11 時 30 分前に原告が哺乳不良の報告を受け、春
子(産婦)の妊娠経過を検討し、かつ、原告(新生児)の症状を注意深く観察していれ
ば、同日午前 11 時 30 分には、原告(新生児)が敗血症に罹患しているのではないかと
の疑いを持つことができ、遅くとも同日午後 1 時 50 分には相当程度の確実性をもって敗
血症と診断することができたものと認められる。」と判示した。そして、新生児の経過観
察を怠り、午後 3 時ころになってようやく新生児の症状に気付いた被告の経過観察義務
違反を肯定した。
ウ
【判例25】では、「新生児管理」の内容として、「新生児に対する保温措置」が問題
となった(児に、1時間以上低体温であったことを原因とする脳性麻痺の後遺症が残っ
た事案である。)。
同判例は、新生児の体温管理に関する医学的知見につき、医学文献上、
「不十分な保温
が新生児の予後を大きく左右する」、「蘇生行為ばかりに気を取られ患児の保温を忘れて
はならない」
、「低体温は直腸で 35.5℃未満になった状態をいい、児の予後に大きな影響
を及ぼすため、新生児では適切な体温管理が求められる」と記載されてことを根拠に、
「被
告には、原告花子(新生児)が低体温(直腸温 35.5℃未満)に陥ることを防止し、適切
な体温管理をする注意義務があった」と認定した。その上で、
「被告は、インファントウ
83
ォーマーの温度設定を更に上げたり、児がやけどをしないように気をつけながら湯たん
ぽを使用したり、分娩室の設定温度を上げたりストーブ等を使用して分娩室の温度を上
げるなどして、児が低体温に陥ることを防止し、適切な体温管理をするべきであったの
にこれを怠った過失が認められる。
」と判示した。なお、分娩室の室温は 25℃であったが、
被告は、新生児の低体温に気付かず、体温測定もせず、インファントウォーマーの温度
も十分上昇させずに、同所に新生児を約 1 時間近くいさせている。
エ 【判例28①】では、
「新生児管理」の内容として、
「麻酔科医が的確に気管内挿管した
ことの確認」が問題となった(児に、低酸素状態の継続による脳性麻痺の後遺症が残っ
た事案である。)。
同判例は、仮死状態の新生児に気管内挿管の必要があると判断した際の担当医の注意
義務として、
「担当医師は、…誤って食道に挿管することなく、気管内挿管を的確に行い、
挿管後は、肺での酸素化がきちんと行われているか否かを確認すべき注意義務」がある
と判示した。そして、当初から食道挿管がなされてしまったと認定し、麻酔科医には「気
管内挿管を的確に行うべき注意義務に違反した過失」を肯定し、産婦人科医には「肺で
の酸素化が行われているか否かを確認すべき注意義務に違反した過失」を肯定した。な
お、当該産婦人科医は、挿管後の転医に付き添った際、挿管後間もない新生児の状態に
つき、「酸素が供給されているわりには、皮膚色の変化がないという印象を受けていた。」
オ
【判例32】では、「新生児管理」の内容として、「新生児仮死の状況下での気管狭窄
を避けるための気管内挿管」が問題となった(児が、気管狭窄による窒息死した事案で
ある。)。
同判例は、まず、当時の臨床医としての医療水準につき、
「一般に、新生児が仮死状態
で出生した場合には、娩出時に、顔をタオルで押すように拭いたり、足の裏をたたく、
鼻腔内・口腔内の羊水を吸引し、マスクやアンビュー等で酸素を流すなどの処置を施し、
それらの処置で奏功しないときは速やかに気管内挿管などの処置に移るべき」と認定し
た。そして、被告には、かかる各処置を施すべき注意義務が発生していたにもかかわら
ず、被告が、気管内挿管をしなかった、あるいは成功させなかった(事実に争いがあり、
被告は挿管を行ったと主張。)ことにつき、過失があると認定した。
カ 【判例39】では、
「新生児管理」の内容として、
「高次医療機関への救急搬送」が問題
となった(児が、低酸素性虚血性脳症を原因として死亡した事案である。)。
同判例は、まず、注意義務として、「E(新生児)の出生時の状態に照らし、出生後、
直ちに蘇生措置を行うのと並行して、本件システム(新生児診療相互援助システム)を
利用するなどしてE(新生児)を高次医療機関に搬送するよう手配する義務があった」
と判示した(新生児診療相互援助システムとは、大阪府内で、平成 14 年 3 月に新生児送
院基準が確立されたことに伴い、2 病院が新生児搬送のための特別の救急車を備えて搬送
要請に応じているというシステムである。もっとも、搬送義務違反の認定には、かかる
システムの存在は決定的となっていない。)。その上で、「E(新生児)出生時(午前 3 時
84
32 分ころ)はおろか、E(新生児)の自発呼吸が認められた午前 5 時 35 分ころの時点で
もなお、高次医療機関への救急搬送につき、その依頼すら行わず、午前 10 時過ぎになり、
E(新生児)の酸素飽和度の悪化という事態を踏まえて、ようやく高次医療機関への搬
送を決断した」被告の対応は、上記「義務に著しく違反したもの」と判示した。
2) 上述のとおり、各事案で問題となっている「新生児管理」の具体的内容は、6判例ごと
全て異なっており、共通の「新生児管理」が問題となっている事案は存在しない(ただ
し、後述するとおり、
【判例14】及び【判例16】では【判例39】と同様に転医義務
違反も併せて肯定されている。)。
なお、新生児の状態に着目してみると、
【判例14】は1分後のアプガースコア5、
【判
例16】は出産時正常(生後2日後に状態変化)、【判例25】はアプガースコア1分後
3、5分後7(児には出生時自発呼吸が見られなかったが人工呼吸により回復)、【判例
28①】は出生直後のアプガースコア2、
【判例32】は1分後のアプガースコア3、
【判
例39】は1分後及び5分後のアプガースコアいずれも1、である。
3.再発防止策
上記対象6判例では、いずれも、本来なされるべき「出生後の産婦人科による新生児管
理」がなされていないことが問題となっている(過失とされている。
)。
問題となっている「新生児管理」の内容は各々異なるため、再発防止策は、端的には、
各事案で認定されている注意義務を果たすべきである、ということになろう。
具体的には、産婦人科医は、出生後の新生児に対して、①低酸素性虚血性脳症の発症防
止策をとるべきである(【判例14】)、②敗血症を念頭に置いた経過観察をすべきである
(【判例16】)、③適切な保温措置をすべきである(【判例25】)、④(気管内挿管を的確
に行い)挿管後も的確に挿管がなされているか否かを確認すべきである(【判例28①】)、
⑤新生児仮死の状況下では気管狭窄を避けるために気管内挿管をすべきである(【判例3
2】)、⑥高次医療機関へ救急搬送すべきである(【判例39】
)
、と結論付けることができる。
このような個別な再発防止策も、ひとつの提言として参考にしていただきたい。
さらに、以上を帰納的に分析すると、冒頭の【要旨】のとおりの提言ができるといえる
であろう。以下では、Ⅰ及びⅡに分けて検討する。
1) 産婦人科医自身も一定レベルの新生児管理を…Ⅰ
ア
いずれの事案(ただし、転医義務が問題となった【判例39】は(2)で述べる。)でも、
判決では、
「本来なされるべき新生児管理」が産婦人科医の注意義務として示され、かか
る注意義務に違反した産婦人科医の過失が肯定されている。
そして、各注意義務は、主として医学文献により認定されている。
また、現に後医が行った新生児管理との比較をするものもある。すなわち、新生児に対
する保温措置が問題となった【判例25】は、応援に駆けつけた病院の医師(A医師)
の対応と被告医師の対応を比較し、A医師が「被告病院に到着後児が低体温であること
85
にすぐに気がつき、措置としてインファントウォーマーの温度設定を最高に上昇させ、
搬送の際には児が入っていた保育器温を出発時 36℃、到着時は最高の 40℃にした、保育
器温をさらに上げるために湯たんぽを使用した」のに対して、被告医師がこれを行って
いないことが問題視されている。
以上のように、各判例で要求された注意義務は、いずれも医学文献や産婦人科医であ
れば通常とる処置を根拠に認定されているから、高度な新生児管理あるいは特殊な新生
児管理が要求されるものではなく、要求されるのは、ごく基本的な新生児管理というこ
とができる。
そうすると、再発防止策をより一般化すれば、
「産婦人科医自身も一定レベルの(=基
本的な)新生児管理を」とまとめることができよう。
特に、対象となった5判例のうち、
【判例16】
(敗血症を念頭に置いた経過観察)
【判
例25】(新生児に対する保温措置)、【判例32】(新生児仮死の状況下での気管狭窄を
避けるための気管内挿管)の3判例は、産婦人科医が当該「新生児管理」を適切に行っ
てさえいれば、それだけで(他の過失とは無関係に)悪しき結果を避けられたであろう
事案である。よって、産婦人科医による新生児管理は、それ自体極めて重要であるとい
える。
なお、かかる注意義務に違反した当該産婦人科医は、新生児管理のレベル(医学的知
見の習得等)が要求される基本的水準に達していないと評価できるのではなかろうか。
その意味では、新生児管理のレベルが基本的水準に達していない産婦人科医が、基本的
な新生児管理の方法を身に付け行うことによって、事故の再発防止は可能と考えられる。
イ 他の過失の認定
ところで、新生児管理が要求レベルに達していないとして新生児管理の過失が肯定さ
れた6判例のうち、
【判例25】を除く5判例は、新生児管理以外の過失が重畳的に肯定
されている。このことは、当該産婦人科医の産科診療のレベルが全般的に基本的水準に
達していないことを窺わせるものである。
参考までに各判例で重畳的に肯定された他の過失をみると、
【判例14】では、①新生
児管理の過失に加えて、②人的・物的設備の整った総合病院で出産すべきことの説明・
勧告義務違反、③転医義務違反が認定されている(合計3過失)。【判例16】では、①
新生児管理の過失に加えて、②転医義務違反が認定されている(合計2過失)。【判例2
8①】では、①新生児管理の過失に加え、②分娩誘発の要約違反、③分娩誘発の要約等
の説明義務違反、④分娩誘発剤の投与義務違反、⑤吸引分娩の要約違反が認定されてい
る(合計5過失)。【判例32】では、①新生児管理の過失に加えて、②胎児仮死遷延回
避義務違反が認定されている(合計2過失)。
【判例39】では、①新生児管理の過失(転
医義務違反)に加えて、②分娩監視義務違反が認定されている(合計2過失)。
2)高次医療機関・他科(新生児科等)への協力要請と協力体制の構築…Ⅱ
86
産婦人科医自身にも一定レベルの新生児管理が必要とされ、産婦人科医が適切な新生児
管理をすることによって悪しき結果を避けられたケースがあることは上述した。
しかし、いうまでもなく産婦人科医による新生児管理には限界がある。
そこで、産婦人科医は、自らも一定の新生児管理をしつつ、より高度な新生児管理が必
要な場合は、直ちに新生児科・小児科や同科を併設する高次医療機関に協力を求めること、
その前提として、予め協力体制を構築しておくことが必要である。
具体的には、①高次医療機関への転送及び②高次医療機関に対する応援要請の両面から
のアプローチが必要である。
① 高次医療機関への転送
対象6判例のうち、【判例39】は、新生児管理の内容(注意義務)として、「高次医療
機関への救急搬送」が必要であったと認定した上で、これを怠った(遅らせた)産婦人科
医の過失を肯定した。
また、新生児管理について個別の過失を認めた残5判例のうち、【判例14】及び【判例
16】の2判例では、転医義務違反(転医の遅れ)が併せて肯定されている(新生児管理
の過失と同時検討し、同時に肯定している。)
。
上記裁判例からすると、新生児管理の内容として、高次医療機関への転送が必要であり、
また、適切な時期に転送するために予め転送できる体制を当該地域で構築しておく必要が
あるといえるであろう。
なお、本研究会で分析対象とした43判例のうち、新生児の転医義務違反(転医の遅れ)
が肯定された事案は、上記の3判例である(出生前の転医義務違反が肯定された事案とし
ては、【判例33】及び【判例34】がある。)
。
② 高次医療機関に対する応援要請
転送だけでなく、逆に、応援要請も必要である。
直接的には過失の内容として問題となっていないが、【判例25】では、高次医療機関の
医師に対して応援要請をしており、そのこと自体は適切といえる(過失は、応援が来るま
での新生児管理(保温措置)違反として認定。
)。
本研究会で分析対象とした43判例のうち、新生児に対する応援要請義務違反(応援要請
の遅れ)が肯定された事案は、存在しない。
もっとも、新生児管理の内容としては、高次医療機関に対する応援要請も必要であり、ま
た、適切な時期に応援要請ができるように予め応援要請のできる体制を当該地域で構築し
ておく必要があるといえるであろう。
4.まとめ
以上のとおり、産婦人科では、新生児に対して医師自らが一定レベルの新生児管理を行
うことが必要であり[3.1)]、また、高次医療機関に対して協力要請をすること及び予め
協力体制を構築しておくこと[3.2)]が求められる。
87
そして、かかる要請は、そのどちらかのみを行っていれば足りるというものではない。児
出生後(既に当該産婦人科の新生児管理では限界のため)直ちに転送すべきであったケー
スもあれば(【判例39】
)
、転送とは無関係に新生児管理が必要であったケースもあり(【判
例25】、【判例28①】、【判例32】、)、両者が必要であったケースもある(【判例14】、
【判例16】
)からである。
したがって、出生後の産婦人科による新生児管理としては、Ⅰ産婦人科医自身にも一定レ
ベルの新生児管理が要求される、と当時に、Ⅱ高次医療機関・他科(新生児科等)への協
力要請と協力体制の構築、の両者が必要であるといえるから、冒頭の要旨のとおりまとめ
ることができると考える。
以
88
上
9.説明義務に関する問題点と再発防止策
田井野 美穂
有効な同意を得るための説明を行うことによって、医療従事者と妊婦が情報を共有し、妊婦が診療
行為に参加することは、安全な分娩に不可欠である。
医療機関は、妊婦や胎児の状況に関する正確な情報提供と、当該事案に即した診療行為の具体
的危険性といった基本的事項の説明を徹底すべきである。
1.はじめに
本研究会で分析対象とした 43 件(45 判例)のうち、説明義務を尽くさなかった点に過失
があるとして賠償を認めたものは4件【判例6】【判例12】【判例30】【判例31】であ
る。
近時、医療従事者と患者が情報を共有し、患者が主体的に医療に参加することが、医療
安全の向上につながると認識されつつあり、産婦人科においても、妊婦の主体的参加は不
可欠である。
情報共有を実現するためには、まず、医療従事者から患者に対し、適切な情報開示や説
明がなされなければならない。ところが、今回対象となった判例をみると、妊婦・胎児の
状況に関する正確な情報提供や、当該事案に即した具体的危険性の説明といった基本的な
説明義務さえ、十分には果たされていない事案もある。
そこで、対象事件4件のうち説明義務違反に基づき賠償を認めたことが明らかであるも
の2件【判例12】【判例30】に重点をおいて、再発防止策を検討する。
2.医療現場における説明の類型
医療現場においてなされる説明について、その分類方法には多説あるが、大きく分けて、
①療養指導としての説明、②有効な同意を得るための説明、③治療後の説明の三種類があ
る。
対象判例4件は、いずれも有効な同意を得るための説明(②)に分類されるため、②を
中心として以下論じる。
3.有効な同意を得るための説明(②)
1)分娩の安全における重要性
ア 有効な同意を得るための説明義務は、患者が自らの意思で当該療法を受け入れるか否か
を決定するという自己決定権を背景としており、第一次的には、妊婦(と夫)の意思決
定の自由を確保するためになされるものであって、医療事故の回避を直接の目的とはし
ていない。
89
しかし、説明が適切になされ、それによって妊婦がリスクの高い診療行為を避ける選
択をした場合などは、安全の向上につながる。
イ また、同意を得るための説明によって、医療従事者と妊婦が情報を共有し、妊婦が診療
行為に参加することは、安全な分娩に資すると考えられる。
すなわち、同意を得るためには、その時点での妊婦・胎児の状況を説明するとともに、
当該診療行為の危険性や、他の取り得る手段を説明することとなる。
ここでまず、医療従事者は、妊婦・胎児の状況を説明するために、これを確認する。
そして、妊婦への状況説明や、それをふまえた妊婦からの質問等に答えることよって、
確認不十分な点がないか検討の機会が与えられ、不十分な事項があれば、再度確認する
こととなる。
また、当該診療行為の危険性の説明を通じ、説明者自身がリスクを再認識して診療に
臨むこととなる。そして妊婦は、重大なリスクについて説明を受ければ、それが現実化
する経過について詳しい説明を求めるであろうし、説明内容を理解していれば、自らの
変化にも気づくことができ、迅速に対応することが可能となる。
さらに、他に取り得る手段がある場合、医療従事者は、説明をすることによって意識
的に他の手段を確認することができ、場合によっては、当該診療行為に着手するにあた
って、他の手段も準備しておく必要がないか、検討する機会となることもある。
ウ このように、有効な同意を得るための説明は、情報を提供してリスクを分担するという
だけでなく、説明の場における妊婦とのやりとりの過程で、医療側も情報を意識的に確
認することができ、また診療行為への妊婦の参加を得ることによって、状況の変化に迅
速に対応できるようになるなど、分娩の安全性を高めることにつながるのである。
2)【判例12】・【判例30】
判例 12 と判例 30 は、いずれも説明義務違反によって、妊婦【判例12】や両親【判例
30】の意思決定の自由を侵害したとして、慰謝料の賠償を認めたが、説明義務違反と児
の脳性麻痺や死亡といった結果との間に因果関係はないとして、これに対する賠償は認め
なかった。
一般に判決では、説明義務が履行されていれば結果が発生しなかったといえるまで因果
関係を立証することの難しさ等から、説明義務違反があったとしても、慰謝料の賠償のみ
に止まり、発生した結果を含めた全損害の賠償が認められることは難しい場合がある。し
かし、立証の問題は別として、分娩の安全のために、実際の医療現場において求められる
説明義務という観点から検討する場合には、判決とは違った評価も可能であろう。
【判例12】と【判例30】は、いずれも当該事案に即した具体的危険性について、十
分に説明されていなかったのであり、これがなされていれば、妊婦は当該診療行為を選択
しなかった可能性があるとも考えられる。また、説明による情報の共有と妊婦の診療行為
への参加が安全に資することは、上記のとおりである。
90
そこで、それぞれの事案において必要とされる説明義務の具体的内容を検討する。
ア 【判例12】
分娩誘発について、産科的・医学的適応がないにもかかわらず、医師が妊婦に対し、
適応があるものとして分娩誘発を勧めたうえ、分娩誘発の危険性も説明していなかった
という事案である。
判決では、分娩誘発にあたって、医師は、「母体及び胎児の状況、分娩誘発の必要性、
その内容、危険性等を正しく患者に説明する義務がある」としている。
イ 【判例 30】(参考判例:差戻審 東京高裁平成 19.4.19 判決/公刊物未登載)
本件では、骨盤位の胎児について帝王切開術を強く希望していた両親に対し、医師が、
一般的な経腟分娩の危険性について一応の説明はしたものの、胎児の最新の状態とこれ
らに基づく経腟分娩の選択理由を十分に説明しなかった上、異常事態が生じた場合、す
ぐに経腟分娩から帝王切開術へ移行できるから心配ないなどと、誤解を与えるような説
明をしたことが認定されている。
このような事案において、医師は、経腟分娩、帝王切開双方の危険性と利益に関して
十分に説明したうえで、
「分娩誘発を開始するまでの間に、胎児のできるだけ新しい推定
体重、胎位その他の骨盤位の場合における分娩方法の選択に当たっての重要な判断要素
となる事項を挙げて、経腟分娩によるとの方針が相当であるとする理由について具体的
に説明」すべきと考えられる。
また、両親が帝王切開術を希望している場合には、経腟分娩から帝王切開術に移行す
るまでに一定の時間を要し、帝王切開術に「移行することが相当でないと判断される緊
急事態も生じうること」を告げるべきであり、誤解を生じさせるような説明をしてはな
らない。
3)【判例6】【判例31】
【判例6】と【判例31】は、他の診療行為に関する過失も認定したうえで全損害の賠
償を認めた事案であり、説明義務違反と損害との関係が明確でない。
これらの判例については、当該事案において説明すべき内容として判示された部分につ
いてのみ、以下、簡単に触れる。
ア 【判例6】
本件では、妊婦に以前投与し、アレルギーが疑われた薬剤(マイリス)を、さらに投
与するにあたって、医師は、その薬剤がアレルギーの疑われる薬剤と同じものであるこ
とを明確に伝えた上で、仮にアレルギーのある薬剤であった場合の再度投与の危険性や、
同剤の有効性についての一般的な評価、マイリス投与以外の方法について説明すべきで
あったと判示している。
イ 【判例31】
前置胎盤のため、31 週 4 日の胎児に帝王切開術が施行された事案である。
91
医師は、前置胎盤による突然大出血の可能性と、病院の土日の緊急手術体制から土曜
日午前中に帝王切開術を行う必要があることを説明しただけであった。
判決は、32 週未満の胎児の肺機能の生理的な未成熟さや、脳の脆弱性など、早期の帝
王切開による娩出が胎児にもたらすリスク及び胎内保存的な療法の具体的な可能性につ
いて説明すべきであったと指摘している。
4)まとめ
このように、少ない事例数ではあるが、上記判例をみると、説明当時の妊婦や胎児の状
況についての正確な情報提供という基本的な説明義務が、十分には果たされていないこと
がわかる【判例12】【判例30】。また、診療行為について、当該事案に即した具体的な
危険性の説明も行われていない【判例6】【判例12】【判例30】【判例31】。
これら基本的な情報の提供なくして、妊婦がリスクを判断して診療行為を選択すること
は不可能であるし、診療行為に参加することも無理である。
医療機関には、基本的な説明義務履行の徹底が求められる。
4.療養指導としての説明(①)
1) 療養指導としての説明は、医療行為の一部としてなされ、上記②と異なり、医療事故発
生を回避するためになされる説明である。
この説明は、医師の管理下を離れているときに特に問題となるもので、産科において
も、外来で分娩管理が行われている場合に極めて重要となる。
説明内容としては、診療当時の医療水準に基づき、妊婦が理解・判断できるように、
具体的かつ詳細になされる必要がある。
今回対象となった裁判例の中には、療養指導義務違反を認めたものは見当たらなかっ
たため、対象外の裁判例であるが、参考までに紹介する。
2)参考:最高裁 H7.5.30 判決(判例時報 1553 号 p78~85)
差戻審 大阪高裁 H8.12.12 判決(判例時報 1603 号 p76~82、確定)
生後間もない新生児に黄疸が認められたが、医師(産婦人科医)が黄疸について特段の
言及もしないまま、何か変わったことがあれば医師の診断を受けるようにとの一般的な注
意を与えたのみで退院させたために、両親らの認識・判断を誤らせ、その結果、受診の時
期が遅れ、児が核黄疸により脳性麻痺の後遺症を負ったという事案である(全損害につい
て賠償認容)
。
再発防止策としては、退院時、親に対し、「黄疸が増強することがあり得ること、及び黄
疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤疾患に至る危険があることを説
明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の低下などの症
状が現れたときは、速やかに医師の診断を受けるよう指導す」(大阪高裁)る等、具体的か
つ詳細に説明・指導すべきことが考えられる。
92
5.治療後の説明(③)
治療後の説明は、治療がいかなる経過をたどったかについて説明する義務(顛末報告義
務)と解される。
医療機関が、事故原因を究明して説明をつくすことは、当該事案の安全に直接関わるも
のではないが、類似事故の再発防止につながるという意味で、安全な分娩に資するもので
ある。
以 上
93
10.カルテ改竄と再発防止
大森 夏織
分析対象の43件(45判例)中、約14%にあたる6件の判決で医療記録の「改竄」が認定されてお
り、産科医療訴訟における改竄の割合は高く、事故隠しの体質が指摘できる。「改竄」という表現をス
トレートに使用した判決例は少ないが、「不自然」「書き加え」「嘘」などと多義的な文言で指摘される。
「改竄」は小規模医療機関や私的医療機関にみられ、原始的明白なものも多い。
「改竄」されやすい診療経過は、①症状発現と把握、②対応や治療、③帝王切開の判断 の3点で
ある。
再発防止策としては、医師会や学会レベルを通じ、業界自体が事故隠しに対し厳しい姿勢を徹底
するしかなかろう。
1.はじめに
分析対象とした判例のうち、カルテ等医療記録改竄を認定された判例は6件【判例1】
【判例2】【判例3】【判例16】【判例17】【判例32】であった。
今回分析した43件(45判例)判例において、13.9%つまり約14%にあたる6
件の判決で改竄が認定されており、いまだ産科医療訴訟において医療機関による改竄が後
をたたない現状であると指摘せざるを得ない。
かように、産科医療訴訟分野での医療記録改竄が多くなされている現状に鑑みれば、産
科医療現場には依然として事故隠しの体質があると考えざるを得ない。
安全な分娩を目指すには、事故時に真実の診療経過を明らかにし、事故原因を究明し、
再発防止を企図することが必須である。改竄による事故隠しが行われているようでは、産
科医療の現場における医療安全確保はおぼつかない。
ちなみに、本稿で「改竄」という表現は「当該医療記録に、実際の事実経過・診療経過
と異なる記載がなされ、あるいは他患者の記録が提出され、それらが故意に作出された、
事実と齟齬する記載ないし記録」という趣旨で判決が認定している場合を指す。
判決文中で明確に「改竄」という文言を使用しているのは【判例17】のみであり、他
の判決文では、例えば「記載の正確性には疑問がある」(【判例1】)、「不自然といわ
ざるを得ない」(【判例1】【判例3】)、「これが後から添付された可能性も否定し得
ず」(【判例2】)、「嘘の記載がある」「書き加えられた」(【判例16】)、「強い
疑いを差し挟まざるを得ず」(【判例32】)といった多義的な文言で表現されるが、こ
れらが実際「判決が改竄を認定した」ものであることに、異論はなかろう。
2.小規模医療機関、私立医療機関の姿勢改善の必要性
傾向として指摘できるのは、産科診療所(認定された6件中2件)あるいは病院であっ
94
ても私立の医療機関(6件中3件)に改竄傾向がみられ、他方、国公立病院や大学病院で
は、今回分析した判決では改竄事案がないことである。【判例1】のみ特殊法人(日赤)で
あるが、最も年代が古い平成10年当時の判決である。
また、改竄内容に原始的かつ明白な改竄である事案がみられることを指摘できる。
例えば【判例16】は、産科診療所で証拠保全後や訴訟提起後に、看護師による髄膜炎
対処としての抗生剤の投与時間・投与量の書き加えがされたり、実際には電話連絡で転送
依頼をしていないことが通話記録から明確であるにもかかわらず、他医療機関への電話連
絡事実をねつ造したケースである。【判例17】では、私立病院の事案であるが、妊婦側
から帝王切開を希望した旨の当初カルテに、明白な小文字で、主治医自ら帝王切開をすす
めた旨の書き足しがなされたり、死産であるにもかかわらず当初は出生後に死亡したと虚
偽説明して虚偽の出生証明書や死亡診断書を作成したケースである。【判例32】は、産
科診療所で、証拠保全時には提出しなかった分娩監視記録につき、提訴後に他の妊婦の分
娩監視記録を、氏名記載があると思われる両端を切り取って提出し、しかも診療経過と合
致しない不自然な記録であることから判決で他妊婦の記録であることが認定されたケース
である。
かような原始的かつ明白な改竄をはじめとする、医事紛争・医療訴訟時の姿勢について
は、医師会研修などを通じ、厳に改善を指導徹底される必要があろう。
3.改竄されやすい診療経過
上記のように原始的かつ明白な改竄例を含め、産科判例で「改竄」がなされやすい診療
経過は、下記3点に集約される。
1)症状発現と把握
最もありがちなのが、妊婦や胎児の症状発現とその把握に関する、「観察・把握してい
たけれど、症状はさほど悪くなかった、その時点でそういう症状はなかった」という主張
を裏付ける改竄である。
【判例1】は、外来カルテに「×」印で示されたドップラー検査により児心音が確認さ
れた旨の記載につき、不自然であるとして検査実施自体を否定したケースである。【判例
2】は妊婦の症状が発現した時間が争われ、ナースコールに応じて到着した助産師が他の
分娩に立ち会っていたゆえ当該時間ではない、と反論し、他妊婦の助産記録を提出したの
に対し、判決が同助産記録を「後から添付した」と認定したケースである。
2)対応や治療
さらに、実際には対応・治療していないのに治療したか如き主張のための改竄もある。
例えば【判例16】では、髄膜炎治療としての、実際にはなされていない抗生剤投与治
療内容の書き込みが、判決で改竄と認定されている。
3)帝王切開判断
産科医療訴訟の特徴として、帝王切開を妊婦側医師側どちらが希望・判断したか、の争
95
いに関連する改竄もみられる。
例えば【判例3】では、事実と異なる「妊婦が帝王切開を強く拒否したので実施できな
かった」旨記載が改竄と認定され、【判例17】では、医師が児の安全性を考え帝王切開
を勧めたという記載は明らかな改竄で、妊婦の夫の提案に応じて帝王切開が実施されたと
認定された。
以 上
96
【 別
表 】
・ 論 点 一 覧 表
・ 判 例 一 覧 表
・ 各 判 例 概 要
分析対象判例(45 判例 43 件)について
●平成 11 年 4 月~平成 19 年 6 月までの判例時報・判例タイムズに掲載の判例
●平成 19 年 6 月 30 日時点で裁判所ホームページの裁判例情報に掲載の判例
のうち、以下のすべての条件を満たすもの
① 判決日が平成 10 年 1 月 1 日以降
② 分娩事故
③ 児に胎児死亡、仮死で出生後に死亡又は脳性麻痺(含・その後死亡)の損害
④ 認容(含・一部認容)判決
※なお、
【判例 30②】は判例集未登載であるが、分析を深めるために対象とした。
97
論点一覧表
No
判決
1
東京地裁
H10.12.24
大阪地裁堺支部
H11.8.25
福岡地裁久留米支部
H11.9.10
大阪地裁堺支部
H12.1.28
名古屋地裁
H12.7.3
佐賀地裁
H12.8.25
静岡地裁沼津支部
H13.1.10
横浜地裁
H13.4.26
名古屋高裁
H14.2.14
東京地裁
H14.2.25
青森地裁弘前支部
H14.4.12
大阪地裁
H14.5.10
東京地裁
H14.5.20
新潟地裁長岡支部
H14.7.17
大阪地裁
H14.10.8
仙台地裁
H14.12.12
東京地裁
H14.12.18
前橋地裁
H15.2.7
鹿児島地裁
H15.3.7
福岡高裁那覇支部
H15.3.18
富山地裁
H15.7.9
福井地裁
H15.9.24
神戸地裁
H15.9.30
神戸地裁尼崎支部
H15.9.30
福岡地裁
H16.1.13
東京地裁
H16.3.12
名古屋地裁
H16.5.27
福岡地裁
H11.7.29
福岡高裁
H16.12.1
広島地裁
H16.12.21
最高裁
H18.9.8
東京高裁
H19.4.19
大阪高裁
H17.9.13
福岡地裁
H18.1.13
さいたま地裁川越支
部
横浜地裁
H18.1.25
東京地裁
H18.3.15
松山地裁
H18.5.23
名古屋地裁
H18.6.30
横浜地裁
H18.7.6
大阪地裁
H18.7.14
岐阜地裁
H18.9.27
京都地裁
H18.10.19
横浜地裁
H19.2.28
青森地裁弘前支部
H19.3.30
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28①
28②
29
30①
30②
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
出典
2)妊娠・分
8)出生後
5)分娩監
1)ハイリス 娩のハイ
4)子宮収
7)帝王切 の産婦人
3)夜間休
視
6)経腟分
9)説明義 10)カルテ
ク症例を リスク評
縮剤の使
開選択基 科による
日態勢
5-1● 娩の手技
務
改ざん
扱う施設 価・診断ミ
用
準
新生児管
5-2■
ス
理
判時1681-131
●
●
判タ1042-199
判タ1055-233
●
●
●
●
判時1731-26
判タ1032-219
判時1738-88
●
■
●
■
●
●
●
●
判タ1106-202
●
判時1772-108
判タ1123-221
●
●
判時1813-91
●
判タ1138-229
●
●
●
●
●
判タ1187-301
●
HP
●
HP
HP
●
●
■
●
●
●
●
●
●
HP
●
■
●
●
●
判タ1185-267
●
判タ1182-295
●
●
HP
●
●
●
●
HP
判タ1164-257
●
判時1884-52
●
●
判時1850-103
●
●
判時1850-103
●
判タ1211-233
●
●
●
●
■
●
●
判タ1144-142
●
判時1863-84
●
判タ1212-245
●
●
HP
■
●
●
●
判時1728-84
●
■
●
●
判時1893-28
●
■
●
●
HP
●
判タ1192-250
●
●
公刊物未登載
●
●
判時1917-51
●
●
判時1940-140
●
HP
HP
●
●
●
●
●
●
HP
●
●
●
●
●
●
●
HP
HP
●
判時1957-91
●
HP
●
HP
HP
●
●
●
■
●
●
■
●
●
●
●
HP
HP
●
●
●
●
98
●
●
出典
大阪地裁
名古屋地
判時
裁
1738-88
H12.7.3
4
5
7
99
静岡地裁
判時
沼津支部
1772-108
H13.1.10
6 H12.8.25
佐賀地裁 判タ1106202
判時
大阪地裁
1731-26
堺支部
判タ1032H12.1.28
219
3 部
福岡地裁
久留米支 判タ1055233
H11.9.10
H11.8.25
判タ1042199
東京地裁 判時
H10.12.14 1681-131
判決
2 堺支部
1
No
判例一覧表
●
1)ハイ
リスク
症例を
扱う施
設
●
●
●
●
●
■
■
●
●
●
●
●
●
●
●
2)妊娠・
8)出生
分娩の
5)分娩
後の産
3)夜間 4)子宮
6)経腟 7)帝王
10)カル
ハイリ
監視
婦人科 9)説明
休日態 収縮剤
分娩の 切開選
テ改ざ
スク評
5-1●
による 義務
勢
の使用
手技 択基準
ん
価・診
5-2■
新生児
断ミス
管理
5752万
* 分娩経過中に胎児心拍数が低下し、遷延性
徐脈ないし持続的な徐脈となり、その徐脈が繰り
返されたにもかかわらず帝王切開に切り替えず、
吸引分娩、鉗子分娩により出産した子に脳性麻
痺の障害が残り、その後死亡した場合に医師に過
失があるとされた事例
H3
H4
H5
マイリス投与により妊婦がアナフィラキシー・ショッ
クを起こし、これにより出生した新生児が重篤な無
酸素性脳症等に罹患して死亡した場合、担当医
師には、アレルギーが疑われるマイリス投与を回 6756万円
避すべき義務を怠った等の過失があったとして病
院側の不法行為責任ないし債務不履行責任が認
められた事例。
* 市立病院で出生した子が脳性麻痺となった事
案につき、担当医師に急速遂娩の決定及び実施
が遅れた過失があり、右脳性麻痺は低酸素性虚
10871万
血性脳症に起因するもので医師の同過失と因果
関係があるとして損害賠償が認められた事例
H4
H3
H6
H4
3653万
* 双胎分娩での第二子の分娩において、児頭
を骨盤腔内に固定せず、人工破膜を行った医師
に過失が認められた事例
6689万
4480万
* 帝王切開により娩出された新生児が低酸素性
虚血脳症により死亡した場合に助産婦らに分娩
監視義務を怠った過失があるとして、損害賠償責
任が認められた事例
* 双胎の分娩において、第二子が仮死状態で
出産し、重篤な脳性麻痺となって死亡した場合、
帝王切開術を行わなかった医師に過失があった
として、病院側の損害賠償責任が認められた事例
9885万
私立病院(複
数科)
私立病院(複
数科)
Fri
自治体病院
Sat 産科診療所
Sun 自治体病院
クリステレル
吸引分娩
鉗子分娩
帝王切開
帝王切開
帝王切開
クリステレル
吸引分娩
鉗子分娩
クリステレル
帝王切開
その他の公的
帝王切開
病院
Wed 産科診療所
Sun
Mon
Thu
娩出法
結論
(複数あるとき
(認容額、
医療機関の特
分娩年 曜日
には最終的な
千円未満
性・規模
娩出法は下線
切り捨て)
部)
* 双子を妊娠し、一方の胎児の心臓音に異常
があったが、その発見が遅れる等し、胎児の一方
が死亡したまま放置され、他方がそのために重度
の脳障害を負った事故について、担当医師の過
失が認められて、病院の使用者責任が肯定され
た事例
事案の概要
(ただし*は判例雑誌タイトル等の引用)
不明
死亡
2390g(双胎)
脳性麻痺
(死亡児2232g)
児の出生時体
児の転機
重
不明
死亡
40w2d
37w5d
不明
脳性麻痺
不明
*但、28w以
降3週間程度
死亡
先行して成長
する巨大児傾
向
不明
*但、妊娠判 第1子 2810g
明の診断から 第2子(原告) 死亡
約32週後の分
不明
娩
40w3d
第1子 1690g
第1子 33w6d
第2子(原告) 死亡
第2子 34w4d
不明
41w1d
37w1d
分娩週数
東京地裁 判タ1138229
名古屋高
判時
裁
1813-91
H14.2.14
大阪地裁
14
HP
HP
100
新潟地裁
長岡支部 HP
H14.7.17
13 H14.5.20
東京地裁
12 H14.5.10
11
青森地裁
判タ1187弘前支部
301
H14.4.12
10 H14.2.25
9
出典
横浜地裁 判タ1123221
判決
8 H13.4.26
No
判例一覧表
●
●
1)ハイ
リスク
症例を
扱う施
設
●
●
●
●
●
●
■
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
2)妊娠・
8)出生
分娩の
5)分娩
後の産
3)夜間 4)子宮
6)経腟 7)帝王
10)カル
ハイリ
監視
婦人科 9)説明
休日態 収縮剤
分娩の 切開選
テ改ざ
スク評
5-1●
による 義務
勢
の使用
手技 択基準
ん
価・診
5-2■
新生児
断ミス
管理
5199万
急速遂娩方法として帝王切開を選択せず、子宮
口全開大前に吸引分娩を15回行なったことによ
り、児が重症の胎児仮死に陥り、脳性麻痺となり、
1歳時に死亡した事案について、医師と病院側の
損害賠償責任が認められた事例
H10
H7
3つ子の1人(第三子)が低酸素性虚血性脳症によ
る混合四肢麻痺、精神遅滞の後遺障害を負った
のは、3つ子の分娩に対応できる施設での出産を 10850万
説明勧告せず、転医措置をとらなかった過失によ
るとして、損害賠償を認めた事例
H6
H4
660万
110万
450万
* 胎盤機能不全を原因とする非対称性子宮内
胎児発育遅延により胎児が死亡した場合におい
て、診察に当たった産婦人科医師の損害賠償責
任が認められた事例
分娩誘発の医学的・社会的適応がない過失、分
娩誘発時の説明義務違反、分娩誘発剤の増量後
に遅発一過性徐脈が出現した後にアトニンを減量
ないし中止しなかった過失、漫然とクリステレル圧
出を併用した過失を認めたが、脳性麻痺・死亡と
の因果関係を否定し、説明義務違反による損害
賠償を認めた事例
帝王切開により、常位胎盤早期剥離による重症新
生児仮死の状態で出生し、脳性麻痺等の重い障
害が生じた事案につき、医師に常位胎盤早期剥
離に対する適切な治療を怠った過失を認めたが、
後遺障害との因果関係を否定し、少しでも軽い状
態で出生する機会を奪われたこと等による慰謝料
を肯定した事例
H6
3604万
* 医師が吸引分娩に固執して漫然と約五〇分
間も多数回にわたりこれを反復したまま鉗子分
娩、帝王切開という急速遂娩術を取らなかったた
め胎児が仮死状態で出生し、死亡した場合に医
師の過失が認められた事例
H11
H10
Fri
-
吸引分娩
鉗子分娩
帝王切開
私立病院(複
数科)
産科診療所
(経腟分娩)
帝王切開
クリステレル
吸引分娩
その他の公的 クリステレル
病院
吸引分娩
Tue 大学病院
Wed
Fri
Wed 産科診療所
Sun 産科診療所
Thu 助産師個人
娩出法
結論
(複数あるとき
(認容額、
医療機関の特
分娩年 曜日
には最終的な
千円未満
性・規模
娩出法は下線
切り捨て)
部)
助産師が骨盤位に外回転術施行で対応していた
ところ常位胎盤早期剥離を発症し、後医で緊急帝 11718万
王切開したが脳性麻痺後遺症が残った事例
事案の概要
(ただし*は判例雑誌タイトル等の引用)
35w~38w
(体外受精)
35w5d
39w0d
42w0d
42w0d
41w1d
34w3d
分娩週数
脳性麻痺
死亡
死亡
胎児死亡
死亡
脳性麻痺
第1子 2372g
第2子 2988g 脳性麻痺
第3子 2038g
1934g
3125g
3998g
2506g
2978g
不明
児の出生時体
児の転機
重
大阪地裁
判決
福岡高裁
21
101
富山地裁 判時
H15.7.9
1850-103
判時
20 那覇支部 1884-52
H15.3.18
19
鹿児島地 HP
裁
判タ1164H15.3.7
257
18 H15.2.7
HP
17
前橋地裁
東京地裁 判タ1182H14.12.18 295
16
HP
出典
仙台地裁 判タ1185H14.12.12 267
15 H14.10.8
No
判例一覧表
1)ハイ
リスク
症例を
扱う施
設
●
●
●
●
●
●
●
■
●
●
■
●
●
●
●
●
●
●
●
●
2)妊娠・
8)出生
分娩の
5)分娩
後の産
3)夜間 4)子宮
6)経腟 7)帝王
10)カル
ハイリ
監視
婦人科 9)説明
休日態 収縮剤
分娩の 切開選
テ改ざ
スク評
5-1●
による 義務
勢
の使用
手技 択基準
ん
価・診
5-2■
新生児
断ミス
管理
H3
H4
H7
12846万
陣痛促進剤を投与後の分娩監視が不十分だった
結果、仮死状態で出生し重篤な後遺障害が残っ
た場合に、損害賠償責任を認めた事例
* 帝王切開により娩出された新生児が脳性麻痺
に罹患して植物人間状態に陥り、約10年後に死
亡した場合、分娩監視装置により連続的に胎児
6174万円
心拍を監視しなかった医師に注意義務違反があ
るとして、診療契約上の債務不履行責任が認めら
れた事例
帝王切開により分娩したが低酸素性虚血性脳症
となり、重篤な症状を呈して約2年後に死亡した場
合に、吸引分娩の要約を満たすか、かろうじて満
たしていたに過ぎない状況下で、帝王切開を選択 4468万円
せずに、吸引分娩・クリステレル圧出法を施行した
義務違反があるとして、損害賠償責任を認めた事
例
* 胎児に低酸素状態が続いていたことから、子
宮内胎児蘇生措置を試みつつ、状況を注意深く
観察し、急速遂娩が必要になる事態も考慮し、そ
の準備をすべき注意義務等があるのに、これを懈
怠した医師に損害賠償が認められた事例
8721万
H10
3200万
帝王切開により死産した事案について、早期に帝
王切開を実施すべき義務等に違反した過失が
あったとして、産婦人科医と病院側の不法行為責
任が認められた事例
H10
H11
9271万
* 産婦人科医院で出生した新生児が敗血症と
髄膜炎に罹患し、重篤な後遺障害が残った場
合、産婦人科医に観察義務及び転医義務違反が
あったとして、産婦人科医の不法行為責任が認め
られた事例
H7
4613万
産科診療所
自治体病院
(自然分娩)
クリステレル
吸引分娩
帝王切開
Wed 産科診療所
Thu 国立病院
Sat 産科診療所
Tue 産科診療所
(経腟分娩)
クリステレル
吸引分娩
帝王切開
帝王切開
(経腟分娩)
Tue 私立産科病院 帝王切開
Fri
Fri
娩出法
結論
(複数あるとき
(認容額、
医療機関の特
分娩年 曜日
には最終的な
千円未満
性・規模
娩出法は下線
切り捨て)
部)
新生児が重度仮死で産まれて、間もなく死亡した
のは、胎児仮死が疑われる段階で、帝王切開の
準備を行い、クリステレル圧出法を医学上相当と
認められる回数(2回程度)施行しても胎児を娩出
できなかった段階で、直ちに帝王切開に移行す
べきであったのに、これらの注意義務に違反して
帝王切開の開始の時点を遅らせたことによるとし
て損害賠償責任が認められた事例
事案の概要
(ただし*は判例雑誌タイトル等の引用)
41w0d
不明
不明
*但、被告初
診から約29週
後の分娩
41w3d
39w5d
37w5d
40w0d
分娩週数
胎児死亡
脳性麻痺
死亡
3376g
不明
不明
脳性麻痺
死亡
死亡
不明
*但、母体は
脳性麻痺
65kg→80kgの
体重増加あり
2812g
2630g
3277g
児の出生時体
児の転機
重
102
●
■
27
28 福岡地裁 判時
① H11.7.29 1728-84
■
●
●
●
●
●
名古屋地
裁
HP
H16.5.27
26 H16.3.12
東京地裁 判タ1212245
25 H16.1.13
福岡地裁 判時
1863-84
判タ114424 尼崎支部 142
H15.9.30
●
23
神戸地裁
●
神戸地裁 判タ1211H15.9.30 233
22
出典
●
●
●
●
●
2)妊娠・
8)出生
分娩の
5)分娩
後の産
3)夜間 4)子宮
6)経腟 7)帝王
10)カル
ハイリ
監視
婦人科 9)説明
休日態 収縮剤
分娩の 切開選
テ改ざ
スク評
5-1●
による 義務
勢
の使用
手技 択基準
ん
価・診
5-2■
新生児
断ミス
管理
●
判決
1)ハイ
リスク
症例を
扱う施
設
福井地裁 判時
H15.9.24 1850-103
No
判例一覧表
H7
H11
11643万
* 自発呼吸のない状態で出生した新生児に対
する蘇生措置中に適切な体温管理を怠り、長時
間低体温の状態に置いたために、新生児に脳性
麻痺による両上下肢の機能障害が生じたとして、
産婦人科医院に、債務不履行による損害賠償義
務があるとされた事例
* 経腟分娩により娩出した胎児が脳障害に起因
する後遺障害を負った場合に、適切な分娩監視、
10132万
帝王切開手術の準備・処置を怠った医師に過失
があるとされた事例
被告病院において胎児の分娩を担当した医師
に、分娩監視をすべき注意義務を怠るなどした
上、急速遂娩を可及的速やかに実施すべき義務
を怠った過失があり、これによって、出生した児が
脳性麻痺による移動機能障害の後遺症を負った
ものと認められるとされた事例
同下(第一審)
H7
3673万
* 陣痛促進剤投与による過強陣痛により生じた
胎児仮死について、分娩監視義務を怠った過失
があるとして、病院側の不法行為責任が認められ
た事例
14475万円
13933万
H8
4527万
* 帝王切開により娩出された新生児が低酸素性
虚血性脳症を原因として発症した肺炎により死亡
した場合に、病院側に経過観察義務違反の過失
があったとして、その損害賠償責任が認められた
事例
H5
H12
H3
Wed 自治体病院
産科診療所
Sun 大学病院
Fri
帝王切開
39w5d
38w5d
吸引分娩
クリステレル
帝王切開
37w3d
38w5d
38w0d
40w1d
40w4d
分娩週数
吸引分娩
鉗子分娩
吸引分娩
クリステレル
鉗子分娩
(経腟分娩)
その他の公的
帝王切開
病院
Sat 産科診療所
Fri
Sat 産科診療所
Sat 私立産科病院 帝王切開
娩出法
結論
(複数あるとき
(認容額、
医療機関の特
分娩年 曜日
には最終的な
千円未満
性・規模
娩出法は下線
切り捨て)
部)
* 緊急帝王切開術によって、心肺停止で出生し
た胎児が脳性麻痺の後遺症を負った場合に、胎
児に高度一過性徐脈が認められたにもかかわら
10000万
ず医師に慎重な経過観察を懈怠した過失がある
として損害賠償責任が認められた事例
事案の概要
(ただし*は判例雑誌タイトル等の引用)
脳性麻痺
不明
不明
2758g
2364g
2636g
脳性麻痺
脳性麻痺
脳性麻痺
脳性麻痺
死亡
不明
*出生当日、
死亡
転送先にて
2750g
3192g
児の出生時体
児の転機
重
判決
出典
●
30 東京高裁 公刊物未
② H19.4.19 登載
103
H18.1.19
33 部
さいたま地
裁川越支
32 H18.1.13
HP
福岡地裁 判時
1940-140
31 H17.9.13
大阪高裁 判時
1917-51
●
判タ1192250
30 最高裁
① H17.9.8
●
●
●
●
●
■
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
2)妊娠・
8)出生
分娩の
5)分娩
後の産
3)夜間 4)子宮
6)経腟 7)帝王
10)カル
ハイリ
監視
婦人科 9)説明
休日態 収縮剤
分娩の 切開選
テ改ざ
スク評
5-1●
による 義務
勢
の使用
手技 択基準
ん
価・診
5-2■
新生児
断ミス
管理
●
1)ハイ
リスク
症例を
扱う施
設
広島地裁
29 H16.12.21 HP
28 福岡高裁 判時
② H16.12.1 1893-28
No
判例一覧表
11284万
6873万
5632万
* 帝王切開手術によって出生した新生児が、脳
性まひにより身体障害1級と認定された場合に、担
当医師は他の措置を検討しないまま帝王切開手
術をして肺機能が未熟なまま出生させ、その後の
呼吸管理にも過失があったとして、病院側の不法
行為に基づく損害賠償責任が認められた事例
* 医師が胎内において胎児が仮死状態に陥っ
たのに適切な処置を怠ったため、新生児仮死の
状態で出生し、新生児がその後気管狭窄によっ
て窒息死した場合に、新生児の死亡につき医師
の過失との間に因果関係があるとして、病院側の
損害賠償責任が認められた事例
分娩が遷延していた原告が慎重な診察に基づく
適切な分娩方法の選択、管理及び介助を委任し
たにもかかわらず、被告がこれを怠り、安易に経
腟分娩を選択したうえ、自己の医院における経腟
分娩に固執し、高次医療機関への転送を怠った
ため、子が重症仮死状態で出生し、出生後間もな
く死亡したことに対し、診療契約上の債務不履行
に基づく損害賠償を認めた事例
H11
H5
H4
H6
H6
* 帝王切開術による分娩を強く希望していた夫
婦に経腟分娩を勧めた医師の説明が同夫婦に対
して経腟分娩の場合の危険性を理解した上で経
破棄差戻
腟分娩を受け入れるか否かについて判断する機
会を与えるべき義務を尽くしたものとはいえないと
された事例
1100万円
H5
手術適応のない子宮頸管縫縮術を施す等不適切
な医療処置を行い、その過失によって、その後出
13152万
生した児に対し、脳性麻痺に起因する運動障害
及び精神発達遅滞等の障害を負わせた事例
同上(差戻審)
H5
Tue 産科診療所
Wed 産科診療所
Sat 自治体病院
Thu 国立病院
Thu 国立病院
Thu 産科診療所
Wed 自治体病院
吸引分娩
(経腟分娩)
40w3d
39w6d
31w4d
41w4d
(経腟分娩、
骨盤位牽出
術)
帝王切開
41w4d
24w0d
38w5d
分娩週数
(経腟分娩、
骨盤位牽出
術)
帝王切開
吸引分娩
クリステレル
帝王切開
娩出法
結論
(複数あるとき
(認容額、
医療機関の特
分娩年 曜日
には最終的な
千円未満
性・規模
娩出法は下線
切り捨て)
部)
11978万
* 帝王切開術により娩出された新生児が、低酸
素性虚血性脳症により脳性麻痺の重大な後遺障
害が残った場合、分娩担当医師にオキシトシンの
投与に関する適切な分娩監視を怠った過失があ
るとして、病院側の不法行為責任が認められた事
例
事案の概要
(ただし*は判例雑誌タイトル等の引用)
3775g
不明
1716g
3730g
3730g
650g
不明
死亡
死亡
脳性麻痺
死亡
死亡
脳性麻痺
脳性麻痺
児の出生時体
児の転機
重
横浜地裁
判決
松山地裁
HP
HP
104
40 H18.9.27
岐阜地裁
39 H18.7.14
大阪地裁
38 H18.7.6
HP
HP
横浜地裁 判時
1957-91
H18.6.30
37 裁
名古屋地
36 H18.5.23
35
HP
出典
東京地裁
HP
H18.3.15
34 H18.1.25
No
判例一覧表
●
1)ハイ
リスク
症例を
扱う施
設
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
■
■
●
●
●
●
●
●
●
2)妊娠・
8)出生
分娩の
5)分娩
後の産
3)夜間 4)子宮
6)経腟 7)帝王
10)カル
ハイリ
監視
婦人科 9)説明
休日態 収縮剤
分娩の 切開選
テ改ざ
スク評
5-1●
による 義務
勢
の使用
手技 択基準
ん
価・診
5-2■
新生児
断ミス
管理
550万
Sat 産科診療所
吸引分娩
Wed 私立総合病院 (経腟分娩)
9092万
* 胎児の吸引分娩が奏功しなかった場合に、同
児に対する治療を実施しつつ、帝王切開手術へ
の準備をすべきであったなどとして、医師に対して
損害賠償を命じた事例
H9
H14
440万
メトロイリーゼによる分娩誘発措置継続中の妊婦
につき、当直准看護師に、分娩監視装置による胎
児心拍数陣痛図上の異常所見を見落とし、医師
への適時の連絡を怠った過失があるが、結果との
因果関係が認められず、結果回避の相当程度の
可能性が認められた事例
H11
自治体病院
Tue 私立産科病院
Thu 産科診療所
Fri
Wed 自治体病院
吸引分娩
クリステレル
吸引分娩
帝王切開
クリステレル
吸引分娩
H11.11 週末 私立産科病院 -
H9
3256万
825万
* 子宮収縮の開始による胎内低酸素状態が一
定期間持続したことにより胎児に脳性麻痺を原因
とする四肢麻痺等の障害が生じた場合において、
10670万円
医師に適正な時期に帝王切開によって胎児を娩
出すべき注意義務を怠った過失があるなどとして
損害賠償請求が認められた事例
* 肩甲難産で分娩後間もなく児が死亡した事案
につき、担当医師に、分娩方法の選択及び肩甲
娩出術の施行に過失があったとされる事例
妊娠末期の妊婦にボルタレンを投与したことに
よって死産となったことにつき、被告医師の診療
上の過失を認定し、不法行為ならびに債務不履
行に基づく損害賠償請求を認めた事例
H12
H6
娩出法
結論
(複数あるとき
(認容額、
医療機関の特
分娩年 曜日
には最終的な
千円未満
性・規模
娩出法は下線
切り捨て)
部)
分娩促進剤を使用するに際して十分な分娩監視
を行う義務に違反した過失が認められ、その注意
義務を尽くしていれば、児に重度な低酸素性虚血 340万円
性脳症の後遺障害が残らなかった相当程度の可
能性があったと認められた事例
IUGRと確定診断後、分娩前に妊婦を速やかに周
産期センター又は大学病院レベルの高度医療機
関に転送し、より適切な医療を受けさせるべき注
意義務を怠った過失があるとし、後遺症との因果
関係は否定したが、後遺症が残らなかった相当程
度の可能性があるとして、損害賠償請求を認めた
事例
事案の概要
(ただし*は判例雑誌タイトル等の引用)
2840g
不明
不明
*但、妊娠判
明の診断から
36週後の分娩
2240g
4852g
3834g
3725g
2126g
脳性麻痺
死亡
脳性麻痺
死亡
胎児死亡
死亡
脳性麻痺
児の出生時体
児の転機
重
39w0d
39w2d
38w5d
38w1d
40w3d
43w4d
補正後42w3d
分娩週数
判決
出典
105
H19.3.30
青森地裁
●
*HPは裁判所ホームページ
●
42
43 弘前支部 HP
●
●
2)妊娠・
8)出生
分娩の
5)分娩
後の産
3)夜間 4)子宮
6)経腟 7)帝王
10)カル
ハイリ
監視
婦人科 9)説明
休日態 収縮剤
分娩の 切開選
テ改ざ
スク評
5-1●
による 義務
勢
の使用
手技 択基準
ん
価・診
5-2■
新生児
断ミス
管理
●
1)ハイ
リスク
症例を
扱う施
設
横浜地裁
HP
H19.2.28
京都地裁
41 H18.10.19 HP
No
判例一覧表
H9
H15
14258万
適切な時期に帝王切開の準備に着手すべき義務
及び帝王切開の決定後早期に胎児を娩出させる
べき義務を怠ったとして、被告病院医師に過失を
認め、原告らの損害賠償請求の一部を認めた事
例
* 市の設置する病院において出生した子に生じ
た脳性麻痺は分娩中の低酸素状態による低酸素
性虚血性脳症が原因であったところ、担当医師に
は胎児に関する継続的なモニタリングをしなかっ
たという過失があったと認定した上、担当医師が
モニタリングにより胎児の状態が悪化していること
12467万
を認識した時点で、速やかに急速遂娩術を施行
して、胎児を早急に娩出させていたならば、上記
子が脳性麻痺を発症しなかったという高度の蓋然
性があったものと推認して、市及び担当医師の子
及びその両親に対する不法行為責任を求めた事
例
H15
1430万
(経腟分娩)
40w6d
37w3d
40w6d
分娩週数
3488g
不明
不明
脳性麻痺
脳性麻痺
脳性麻痺
児の出生時体
児の転機
重
*「その他の公的病院」は社会保険病院、労災病院、日赤病院、済生会病院、
協同組合病院等
Sun 自治体病院
帝王切開
その他の公的
帝王切開
病院
Mon 自治体病院
Thu
娩出法
結論
(複数あるとき
(認容額、
医療機関の特
分娩年 曜日
には最終的な
千円未満
性・規模
娩出法は下線
切り捨て)
部)
* 出産のため被告病院入院中の妊婦が常位胎
盤早期剥離を発症して子宮腟上部切除に至り、
出生した子が回復の見込みがない脳性麻痺状態
になったことにつき、産婦人科医師の経過観察義
務違反を認めたが、損害としては妊婦とその夫、
出生した子の慰謝料のみが認容された事例
事案の概要
(ただし*は判例雑誌タイトル等の引用)
判例 1
双子を妊娠し、一方の胎児の心臓音に異常があったが、その発見が遅れる等し、胎児の一方が死亡したまま放置
され、他方がそのために重度の脳障害を負った事例
裁判所・判決日
東京地判 H10.12.14
結論・認容額
一部認容:9885 万余円
分娩年(曜日)
平成 4 年(木)
医療機関の規模
公的病院(総合病院)
出典
判時 1681 号 131 頁
児の状態
脳性麻痺
母体・胎児の背景
初産婦・双胎(一絨毛膜性双胎、うち一児は IUFD)
事実・分娩経過の概要
6w1d(木)
16w1d(木)
37w1d(木)
初診、妊娠判明
NST、ドップラー、超音波→1 児の死亡判明
入院(帝王切開のため)
双胎と判明。一卵性双胎の可能性を疑ったが、一
絨毛膜性の判別を意図した診察は行わず。
11:50
NST に一過性徐脈
二卵性双生児の可能性を疑う
12:58
帝王切開により娩出
24w1d(木)
27w 以降は毎週 1 回診察を受ける
13:40
第 1 児:2390g、Ap1 分後 8 点、羊水混濁
27w1d(木)
一卵性双生児の可能性を疑う
→脳性麻痺
-29w1d(木)
この時点まで、発育不均衡・発育不良等の異状な
第 2 児:2232g、子宮内胎児死亡、浸軟Ⅱ度、羊水
-35w1d(木)
し
泥状、医師説明「死後 1 週間位は経っているであ
36w1d(木)
NST40 分間。初めの 15 分間は 2 児の心拍取れて
ろう」(※判決では、第 1 児分娩日あるいは同日に
いるが、その後 1 児の心拍取れない。
近接した時期に死亡したと認定)
※1 この NST は、被告において廃棄処分されたと
して、裁判で提出されなかった。
※2 医師は、36w1d に「ドップラーにより児心音を
確認した」と証言したが、裁判所は、ドップラーを
行った事実を認めるに足りる証拠はないと判断
した。
判旨
第2児の脳障害の原因について、
「一絨毛性双胎において、一児が胎内で死亡した場合、死亡児のトロンボ
プラスチンに富んだ血液が、胎盤の血管吻合を介して生存児に移行し、子宮内血管内凝固症候群(DIC)を引
き起こし、重症の脳障害等を生じ」たか、または「子宮内血管内凝固症候群だけでなく、死亡児からの血栓あ
るいは何らかの物質が胎盤の吻合血管を通じて生存児にいたり、血管の塞栓を起こ」したかのいずれかの要因
によるものと判示した。
一卵性双生児に関する医学的知見について、「胎児が一卵性双生児の場合(……一卵性双生児の約半数は一
絨毛膜性であることが認められる。
)担当医師は胎児の状態の確認に特に注意を払うべきことが、原告一郎の
出生以前から、各種産婦人科学専門誌において指摘されていた。また、一卵性双生児の右危険性および慎重な
胎児管理の必要性については、本件当時、一般の臨床医の間においても認識されていた」と認定した。
これを前提に、医師の注意義務については、「A医師としては、原告花子が胎児死亡や脳障害の発生の危険
性の高い一絨毛膜性双胎である可能性を常に念頭において、胎児の異常発生を早期に察知するため、通常の妊
婦に対するよりも、更に慎重な診察を行うべき注意義務があったというべきである」と判示した。
そして、36w1d の「NSTにおいて、開始後約15分後からの約25分間、二児の心拍が十分にとれていな
いのであるから、右胎児に異常が生じたことを疑われるものであったといえる。したがって、A医師としては、
このNSTの結果を知った時点で、二児に異常が発生していないか確認するため、胎児の生死鑑別方法として
最も信頼性の高い超音波断層法による検査を行い、その後も継続的に胎児の経過を観察すべき注意義務があっ
た」として、A医師が何ら検査をしなかった点に注意義務違反があるとした。
仮に、被告の主張するように、36w1d に「ドップラーを行っていたとしても、なぜ、より信頼性の高い超音
波断層法による検査をしなかったか疑問の残るところであり、この点においてもA医師には注意義務違反が認
められる」と判示した。
106
判例 2
常位胎盤早期剥離のため帝王切開により娩出された新生児が低酸素性虚血性脳症により死亡した事例
裁判所・判決日
大阪地裁堺支判 H11.8.25
結論・認容額
一部認容:4480 万余円
分娩年(曜日)
平成 6 年(月)
医療機関の規模
私立病院(複数科)
出典
判タ 1042 号 199 頁
児の状態
仮死状態で出生、出生後死亡
母体・胎児の背景
初産婦・先天性股関節脱臼(分娩後にエーラス・ダンロス症候群判明)・常位胎盤早期剥離・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
7w2d(火)
M 病院受診。妊娠判明。股関節脱臼のため自然
* その後も、分娩監視装置は再装着されず、ドッ
分娩は難しいと言われる。以後、M病院で妊婦検
プラーで児心音聴取。
16:30
診。
助産師から夫に説明「1 分間隔で強い陣痛が来て
35w5d(金)
自然分娩を望み、被告病院初診。
ます」、136bpm
40w1d(月)
41W1d に分娩誘発すると言われる。
オキシトシン減量(10.7 ミリ単位/分)
41w1d(月)
8:00
入院
9:17
子宮口やや開大、子宮腟部堅い、児頭-1、分娩
16:40
128bpm
16:50
オキシトシン減量(6.7 ミリ単位/分)、150bpm
※ 判決は、「パルトグラムに記載の 4:50 の児心音
誘発決定
の記載が果たして正確なものであったかどうかも
10:30
オキシトシン投与開始(6.7 ミリ単位/分)
疑問」と判示。
12:00
オキシトシン増量(10.7 ミリ単位/分)
13:20
子宮口開大 1.5cm、オキシトシン増量(13.3 ミリ単位
続性徐脈
/分)
超音波検査で常位胎盤早剥疑い、緊急帝切決
分娩監視装置装着、装着直後に児心音に一過性
定、オキシトシン中止
14:00
15:06
17:09
徐脈。
17:25
帝王切開執刀開始
オキシトシン増量(16 ミリ単位/分)。
17:25
娩出(出生時体重不明)。Ap2/5、30 分後 6 点
助産師の診察・分娩監視装置を外す→医師に一
総合周産期母子医療センターの医師が緊急に呼
過性徐脈報告したら、医師は経過観察指示。
ばれ、公立病院 NICU に搬送
オキシトシン増量(20 ミリ単位/分)
その後、妊婦が止血困難→子宮腟上部切断術、
監視装置外した直後に、妊婦はトイレで出血に気
左側付属器摘除術施行
付く。
15:15
医師診察、子宮口 1.5cm、児心音 60~70bpm 持
生後 1m5d
児死亡
病室に帰ったとき腹部激痛。ナースコール。助産
直接死因は低酸素性虚血性脳症。その原因は常
師の内診で腟内からどろどろした血の塊が出てき
位胎盤早期剥離による出生児仮死。
た。
判旨
常位胎盤早期剥離における分娩監視義務が問題となった事例である。
判決は、「原告Xに性器出血があったこと、それまで分娩監視装置を付けていた時間は、有効陣痛が発来し
ていなかったにもかかわらず、突然、原告Xに腹痛が発生し、原告Xが尋常でない激痛を訴えていること、被
告病院では原告Xに対してシントシノンによる分娩誘発を行っており、その許容量の最大量の点滴中に右異常
が生じていることからすれば、被告病院の助産婦らは、原告Xに起こった激痛等の異常について、単なる陣痛
発来などと速断するのではなく、直ちに分娩監視装置を装着して母子の状態を観察したり、また、速やかに医
師の診察を求めるべき注意義務があった」とした。そして、助産婦らは、3 時 15 分以降、漫然と経過観察を
して、5 時 9 分の医師回診まで、医師へも報告もしなかったことに、注意義務違反があるとした。
母体のエーラス・ダンロス症候群の存在については、「それは、あくまでも常位胎盤早期剥離の発生の機序
にすぎないのであって、常位胎盤早期剥離が発症してからの医療機関側の対応については、常位胎盤早期剥離
の発症の原因如何に関わりはない」と判示した。
107
判例 3
双胎において第二子をクリステレル圧出法により娩出したところ、仮死状態で出生して脳性麻痺となった事例
裁判所・判決日
福岡地裁久留米支判 H11.9.10
結論・認容額
一部認容:6689 万余円
分娩年(曜日)
平成 3 年(日)
医療機関の規模
私立病院(複数科、新生児科あり)
出典
判タ 1055 号 234 頁
児の状態
仮死による脳性麻痺、幼児死亡
母体・胎児の背景
双胎(二卵性双生児)・切迫流早産・子宮筋腫合併妊娠・妊娠中毒症・高位破水・回旋異常・早産
事実・分娩経過の概要
34w4d(日)
3 ヶ月頃
切迫流産のため自宅安静
4 ヶ月頃
双胎・切迫流産のため、H病院に入院
3:00
陣痛開始
里帰り時にK病院を受診、切迫早産、子宮筋腫合
8:05
子宮口 7cm、第一前方前頭位(回旋異常)、児頭
29w1d(木)
-3→人工破膜、アトニン投与、やや羊水混濁あり
併妊娠、子宮開大 1cm→入院
32w3d(土)
妊娠中毒症、高位破水、ウテメリン投与
8:07
一過性頻脈、徐脈
32w6d(火)
被告病院に転院、分娩抑制(ウテメリン)
8:15
酸素投与、アトニン投与中止→頻脈、徐脈消失
33w3d(土)
マグネゾールも併せて投与
8:27
頻脈、徐脈出現(以後、娩出まで継続)
33w5d(月)
羊水流出、マグネゾール増量
8:35
子宮口全開大、変動一過性徐脈
33w6d(火)
子宮収縮抑制剤の投与中止
クリステレル 2~3 回するも下降せず
児頭下降するのを待機
9:36
9:20~30
第 1 子娩出(1690g、Ap8/8)
第 1 子が呼吸窮迫性症候群の疑いがあったこと、
新生児科の物的・人的体勢に問題があり、第2子
9:43
児頭±0、クリステレル
第 2 子娩出(出生時体重不明)、Ap1/2、挿管 15 分
後 Ap6、Ⅱ度の仮死
は分娩抑制する。
34w
第 1 子が呼吸窮迫性症候群でないことが判明した
ため、アトニンにより第2子分娩促進するも、陣痛生
じず、自然分娩を待つことに。
判旨
主に急速遂娩としての帝王切開術の遅れが問題となった。
判決は、「酸素投与をしたにもかかわらず、変動一過性徐脈が出現、クリステレルを行っても、回旋異常が
改善せず、児頭も下降しなかった段階で、クリステレル以外の急速分娩を検討すべきであった」とした。そし
て、「被告病院あるいはA医師の方針としては、鉗子遂娩術は行っていなかった。吸引分娩術についても、第
一前方前頭位では行っていないというのであるから……クリステレル以外に採りうる急速分娩術としては、帝
王切開術しかなかった」ことを前提に、「午前8時40分ころの時点において、帝王切開術を行うべきである
と判断して、帝王切開術を行わなければならない義務がある」と判断した。
本件では、診療録の記載に問題があることが指摘されている。本件では「A医師は、(分娩日の)8時35
分ころ、原告春子に帝王切開を勧めたが、首を強く横に振って、拒否されたと証言し、医療記録にも同旨の記
載が」あった。しかし、判決は、原告春子、助産師・看護師らの証言も検討したうえで、A医師の証言は不自
然であるとし、「原告春子が帝王切開を拒否したと認めることはできない」と認定した。
108
判例 4
分娩経過中の胎児心拍数が低下し遷延性徐脈ないし持続的な徐脈となりこれが繰り返されたにもかかわらず帝王
切開に切り替えず吸引+鉗子分娩で出産した子が脳性麻痺後遺症から死亡し、医師に過失ありとされた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
大阪地裁堺支部 H12.1.28
平成4年(水)
判時 1731 号 26 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:5752 万円余
私立の産科病院
(脳性麻痺→)死亡
母体・胎児の背景
27 歳・初産婦・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
7:30
120bpm~160bpm へ回復
陣痛開始。
7:34
胎児心拍数再び低下、ベースラインが 80bpm に低
2:15
被告病院に入院
7:44
100bpm~140bpm へ回復
3:10
モニタリング開始
7:50
80bpm~100bpm へ持続的低下
6:53
人工破膜 羊水混濁 2+ 80bpm へ低下も
8:08
80bpm 以下の徐脈持続、細変動も減少
7:00
胎児心拍数いったん回復
8:10
吸引開始、2回実施し2回滑脱したので鉗子分娩
7:04
再び徐脈発生。7:17 まで 80~110bpm の持続的な
40w2d(火)
21:10
下する遷延性徐脈ないし持続的な徐脈
40w3d(水)
に切り替え
徐脈ないし遅発一過性徐脈
8:20
娩出。アプガー3/3。(出生体重不明)
7:10
メイロン投与
8:32
蘇生の結果、自発呼吸
7:17
120bpm~160bpm へ持ち直し
8:50
気管挿管し、のち転院。重度脳性麻痺の後遺症
7:24
100bpm を下回る変動一過性徐脈が数回連続
7:28
内診し第前方前頭位の回旋異常(st±0~+1)
6 年半後
アトニン O 投与 クリステレル開始
死亡
判旨
6:53 頃~7 時頃までの急激な徐脈、7:04 頃~7:17 頃の持続的な徐脈ないし遅発一過性徐脈、7:24 頃~7:30
頃までの 100bpm を下回る変動一過性徐脈という度々の徐脈発生を全体でみれば、6:53 以降は胎児心拍数は極
めて不安定な状態を示しており、被告医師は再度の徐脈発生時には適時適切な処置ができるべく厳重な分娩監
視が求められていた。
そのような経過の中で、再度 7:34 頃からベースラインが 80bpm 以下になるような遷延性徐脈ないし持続的
な徐脈が出現したのであるから、その徐脈の回復の遅延が明らかになった 7:40 頃には急速遂娩を考慮してそ
の準備にとりかかるべきであり、その後いったんは持ち直しかけた胎児心拍数が回復しないことが明らかにな
った 7:50 頃には遅くとも明らかな胎児仮死と判断して直ちに吸引ないし鉗子分娩を実行すべきであった。
また、急速遂娩を考慮すべきであった 7:40 頃の段階で、児頭の位置との関係による吸引分娩ないし鉗子分
娩の困難さや、回旋異常の存在等による分娩遷延の可能性等から早急な経腟分娩が困難であると判断した場合
には、直ちにアトニン O の投与を中止して経母体治療を行って胎児心拍数の回復を期待しながら帝王切開に切
り替えるべきであったところ、7:40 の時点で帝王切開でなく経腟分娩を選択し、アトニン O の投与で陣痛を
強め、クリステレルを実施して児頭の下降を試みたが、7:34 頃に現れた徐脈の回復が遅延し始め、その後回
復することがないことが明らかになった 7:50 頃になっても、直ちに吸引ないし鉗子分娩にとりかかることを
せず 8:10 すぎまで漫然クリステレルを繰り返し胎児心拍数低下に任せていたのだから、被告医師には過失が
ある。
8:10 過ぎから吸引にとりかかり 8:20 に娩出したことからすれば、7:50 頃に直ちに吸引分娩ないし鉗子分娩
にとりかかっていれば、ほどなく、胎児を娩出することができ、その結果、患児に障害が残らなかった可能
性が高い。
また、急速遂娩を考慮すべきであった 7:40 頃に早急な経腟分娩が困難であると判断し、直ちにアトニン O
投与を中止し陣痛促進を中止し、陣痛抑制など母胎治療を行い胎児心拍の回復を待つと共に帝王切開の準備
をして帝王切開をしていれば、仮に帝王切開の実施までに 45 分ないし 1 時間かかっていたとしても経母体治
療の効果により胎児へのストレスを軽減していれば患児に障害が残らなかった蓋然性は高い。
109
判例 5
双胎分娩での第2子の分娩において、児頭を骨盤腔内に固定せず人工破膜を行った医師の過失が認められた事例
裁判所・判決日
名古屋地裁 H12.7.3
結論・認容額
一部認容:3653 万円余
分娩年(曜日)
平成3年(日)
医療機関の規模
中規模の自治体病院
出典
判時 1738 号 88 頁
児の状態
死亡
母体・胎児の背景
双胎・妊娠中毒症・正期産
事実・分娩経過の概要
5w 頃(月)
11:05
A 産婦人科で妊娠判明。以後、B病院で定期健診
被告医師、第2子人工破膜後、臍帯脱出。
第2子横位となり内回転術施行するも、胎位正常
34w 頃(水)
双胎かつ妊娠中毒症の診断で被告病院紹介
化せず。産婦人科部長に連絡をとるも、1時間以
34w 頃(木)
被告病院へ入院(出産予定日確認)
内に来院可能な場所にいなかったため、近隣医
35w 頃(木)
エコーで第1子、第2子ともに頭位の診断
院、被告病院外科医に順次応援要請。
37w 頃(日)
(週数不明。妊娠判明から約32週後)
11:20
被告病院外科医と連絡がつき、手術助手決定。
1:20
子宮口 3~4cm 開大、破水 陣痛室へ移動
11:45
手術室へ搬送
8:15
分娩室へ搬送
12:07
第2子、心拍 60 回/分。外科医、手術室到着。
産婦人科部長、子宮口全開・第1子鉗子定位置ま
12:13
帝王切開執刀開始。
で下降を確認後、ポケットベル持参で帰宅
12:18
第2子娩出(出生時体重不明)。AP 0/2/14。
第1子分娩(男児、2810g)
15:00
第2子、C病院へ転送。
11:00
約半年後
第2子、誤嚥による呼吸不全により死亡。
*本件の分娩週数は、34w 頃の被告病院での出
産予定日確認の日付からおおまかに算出した。
判旨
第2子が頭位から横位となった原因について、被告医師が人工破膜の際、内診で児頭が骨盤腔内に下降進
入・固定したことを確かめ、胎児を子宮底の方から圧迫して、児頭を固定させた上で人工破膜するという基本
的手技を確実に行わなかったため、児頭が浮上して羊水の流出とともに胎児が横位となったと考えることが最
も合理的であると認定した。
第2子の胎位変化のリスクについて、「双胎分娩における第1子娩出後の骨盤腔内は、単胎分娩に比べかな
り弛緩しており、第2子の先進部がステーションプラスマイナスゼロの状態まで骨盤腔内へ陥入した後であっ
ても、人工破膜の際に羊水の流出などにより、第2子の胎位が変化する可能性は否定できないのであるから、
先進部がある程度固定した状態にとどまる本件では、先進部が陥入した段階と比較して胎位変化の可能性が高
かったといわざるを得ない。」と認定した。
そして、医師の過失について、「被告医師は、まず、第2子の先進部を確実に骨盤腔内に陥入させる操作を
した上で、第2子が移動して先進部が骨盤腔内から挙上することを防ぐ措置を講じ、胎児を子宮底の方から圧
迫して、児頭を固定させた上で、人工破膜するという基本的操作を行う必要があるというべきところ」
、被告
医師は「第2子の進入・固定に関する処置をした形跡はないし、人工破膜に際し第2子の挙上を防ぐ措置を講
じたことを認めるに足りる証拠もない。」として、人工破膜の手技上の過失を認定した。
110
判例 6
出生した新生児が重篤な無酸素性脳症に罹患して死亡した場合、担当医師に治療上の過失があったとして病
院側の不法行為責任ないし債務不履行責任が認められた事例。
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
佐賀地判 H12.8.25
平成4年(土)
判タ 1106 号 202 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:6756 万余円
産科診療所
死亡
母体・胎児の背景
初産婦・体重増加多め・尿糖・巨大児傾向・正期産・本件分娩以前に薬物・食物アレルギー・喘息の既往歴なし
事実・分娩経過の概要
28w 以降
11:00 ころ
胎児が妊娠週数にして3週間程度先行して成長す
の症状について告知せず。
る巨大児傾向
37w2d(水)
11:10 ころ
定期検診、子宮頸管熟化不全と診断
医師・看護師から治療方針、マイリスを使用しない
投与にあたり副作用の説明なし
治療方法の有無等について全く説明なし
11:23 ころ
酸素投与開始
医師:急性湿疹と診断
11:50
ネオファーゲン1アンプル(抗アレルギー剤)投与
搬送
妊婦の症状軽快
12:00 ころ
搬送先の国立病院到着、妊婦の症状落ち着く
マイリス投与(2回目)
時間不明
帝王切開術
医師:看護師に対し、初回投与時の症状を伝え
新生児仮死状態で出生(出生時体重不明)
て、ゆっくり注射するよう指示
新生児けいれん、無酸素性脳症と診断
妊婦に対し、症状が出れば再度投与しない旨説明
出産後の妊婦の経過は概ね良好
生後 6 週
妊婦に異常なし
生後2ヶ月半
37w5d(土)
8:30 ころ
胎児心拍数の異常、妊婦の血圧低下、呼吸困
難、腹痛、冷汗、手足のしびれ等のショック症状
などのかゆみ、額に発疹
10:00 ころ
マイリス 200mg 投与(3回目)。注射速度通常程度
マイリス 200mg 投与(1回目)
投与後 10 分ほどで、口の周り軽度しびれ、肘や首
日時不明
マイリス投与指示。その際、看護師に初回投与時
生後 3 ヶ月半
破水
入院。陣痛発来なし。子宮口開大一指くらいで硬
入院3日後
児:退院
児:けいれん発作頻発
児:国立病院に入院、点頭てんかん診断
退院
度々てんかん発作、重度の精神運動発達遅滞
く、ビショップ・スコア2。子宮頸管熟化不全の状態
生後
5 年 10 ヶ月後:児、死亡
判旨
本件では、主に①マイリスの適応を誤った過失の有無、②アレルギーが疑われる薬剤を再度投与した過失の
有無、③マイリスの投与に際し説明義務を怠った過失の有無、④マイリスの投与方法を誤った過失の有無が争
われた。
①について、判決は、子宮頸管熟化不全の妊婦に対する処置として、何もせずに経過観察する方法があると
しても、本件について投与したこと自体は、医師の裁量の範囲を逸脱したものとはいえないとした。
②については、1回目の投与直後の症状から、妊婦にはマイリスに対するアレルギーの疑いがあったことを
認定した上で、副作用発症のリスクを上回る投与の必要性があったとは認められないとして、医師にその投与
を回避すべき義務があったのに、これを怠った過失があると判示した。
③については、3回目の投与に際し、医師は妊婦に対して「投与する薬剤が初回投与時と同じものであるこ
とを明確に伝えた上で、仮に初回投与時の症状がマイリスに対するアレルギー反応だった場合の再度投与の危
険性や、同剤の有効性についての一般的な評価、マイリス投与以外の方法について事前に十分な説明を行い、
投与を受けるか否かを検討する機会を与えるべきであった」のであり、説明義務が尽くされていれば、妊婦が
マイリスの使用を拒否した可能性も否定できないとして、医師に説明義務を尽くさなかった過失があるとした。
④については、マイリス投与にあたっては、妊婦に「異常が表れる可能性があることを前提として、異常が
表れないかどうかにつき細心の注意を払いつつ、注射には十分な時間をかけて行うべき注意義務があった」と
し、看護師にそのような方法をとるよう指示しなかったばかりか、初回投与時の症状自体も伝えなかった医師
に過失を認めた。
111
判例 7
市立病院で出生した児が脳性麻痺となった事案につき、担当医師に急速遂娩の決定及び実施が遅れた
過失があり、右脳性麻痺は低酸素性虚血性脳症に起因するもので医師の同過失と因果関係があるとし
て、損害賠償が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
静岡地裁沼津支判 H13.1.10
平成5年(金)
判時 1772 号 108 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 871 万円余
自治体病院
脳性麻痺
母体・胎児の背景
24歳・初産婦・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
16:00
5w6d(火)
16:45-17:26
40w1d(木)
陣痛10分間隔
17:50
2:00
入院
18:30
2:37~
CTG
18:37-38
21:00
回旋異常(第2回旋が起こらない)と診断 PGF2
α投与(~19:05)
被告病院初診、以後、定期健診受診
基線細変動の低下、消失
内診 回旋異常変わらず、仙骨硬膜外麻酔→子
宮口開大、低在横定位
40w2d(金)
分娩室 CTG上、徐脈(110)
高度徐脈(80)
基線細変動減少約 30 分
18:45
酸素投与
4:20-5:10
軽度基線細変動減少
18:50
頻脈
5:35-5:45
同上
18:54
高度徐脈1分以上
7:20-7:40
基線細変動の低下・消失
18:58
全開大、ST+1
7:45
破水、羊水混濁なし
19:05
吸引(3~5回)+クリステレル圧出法→失敗、鉗子
10:30
子宮口8cm ST-1
3:00
12:35-55
午後
15:45-16:00
分娩→失敗
基線細変動の低下、消失
19:30
帝切検討
分娩遷延ないし停止
19:40
手術室搬送
基線細変動の低下、消失
19:41
帝切で娩出(出生時体重不明)(AP1/4)
判旨
分娩監視記録につき、本件では、分娩開始初期から胎児心拍細変動の低下・減少が認められており、その後
の分娩管理において注意を払うべき所見であるとした。また、午後3時45分から見られる胎児心拍細変動の
低下・減少は、「詳細に見ると極く軽度の遅発性一過性徐脈ともとれる所見の存在も否定し得ないので、陣痛
促進に伴う胎児への負荷を考慮し低酸素症の予防を念頭において、酸素吸入を開始する処置を行うのが望まし
い」とした。さらに、午後4時40分から46分間にわたる胎児心拍曲線は、全体的に低下・減少の状態にあ
り、分娩を担当する者は最も可能性の高い胎児仮死を想定すべきであるとした。
医師の過失につき、母体と胎児の状態を臨床経過及び分娩監視装置等により適切に監視し、胎児仮死の危険
性がある場合には速やかに急速遂娩に着手する注意義務を負っていたところ、
「午後6時20分から胎児心拍
細変動の低下・減少が著明となったのであるからこれに気付いて子宮口の全開大を確認するために内診をし、
これを確認したならばその時点で、または遅くとも、午後6時35分に心拍数の低下を認めた時点で、速やか
に急速遂娩に着手するべきであったのに、これを怠り、同時点で内診をすることなく、さらに午後6時35分
からの心拍数の低下を認めた時点でも経過観察をすれば足りると判断して急速遂娩に着手しなかった過失」が
あると判示した。
112
判例 8
助産師が骨盤位に外回転術施行で対応していたところ常位胎盤早期剥離を発症し、後医で緊急帝王切開したが脳
性麻痺後遺症が残った事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
横浜地裁 H13.4.26
平成 10 年(木)
判タ 1123 号 221 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 1718 万円
助産師個人
脳性麻痺
母体・胎児の背景
35 歳・骨盤位・早産
事実・分娩経過の概要
30w2d(水)
16:00
訴外病院で骨盤位診断
ぎ、被告は腹帯を緩めることをアドバイス
原告花子(母体)は経腟分娩を希望
33w2d(水)
被告助産師が第1回外回転術実施
33w4d(金)
同、第2回外回転術実施
34w1d(火)
訴外病院で再び骨盤位確認
夜
2~3 分おきの周期的な腹痛発現
34w3d(木)
7:30
℡で被告の指示仰ぎ、被告は早産の可能性ある
ので産婦人科受診をすすめる
34w2d(水)
13:10
自宅で性器出血したため、℡で被告の指示を仰
同、第3回外回転術(本件外回転術)実施し体位
9:10
11:25
変換に成功
訴外病院を受診、常位胎盤早期剥離の診断
帝王切開で娩出(出生時体重不明)、新生児仮死
転院先で脳性麻痺診断
判旨
胎児の体位変換を目的とする外回転術は、胎盤早期剥離を伴う処置であるところ、胎盤早期剥離は母体及び
胎児の死亡原因となり早期診断治療が特に必要とされる疾患であるから、外回転術の施術者は、外回転術の終
了後、妊婦に性器出血、腹痛等の症状が生じた場合は、早期胎盤剥離などが発生して緊急帝王切開に移行する
可能性があることを予見し、妊婦に対し、直ちに、胎盤早期剥離に対する処置が可能な病院で診療を受けるよ
う指示すべき注意義務を負っているものと解するのが相当である。よって、被告は、外回転術の終了後、もし
性器出血、腹痛等の症状が生じた場合は、緊急に、胎盤早期剥離に対処し得る病院で診療を受けるよう指示す
べきであり、また、外回転術の終了後に性器出血があった旨の報告を受けた場合には、直ちに同様の指示をす
べき注意義務があった。ところが被告は、外回転術の施行によって胎盤剥離が生ずる危険性があるとの医学的
知見を十分に理解していなかったため、その危険を予知することができず、本件外回転術の終了後に上記指示
を行わなかった上、施術の約 3 時間後に生理様の性器出血があった旨の報告を受け、指示を求められたにも
かかわらず、腹帯を緩めれば出血は止まるかもしれないなどと説明し、何かあったら連絡するよう指示した
だけで、緊急に病院の診療を受けるようにとの上記指示を行わなかったことがそれぞれ認められ、適切な指
示を怠った過失がある。
外回転術には胎盤早期剥離を生ずる危険性があること、胎盤早期剥離は下腹痛または性器出血で始まること
が多く下腹痛は軽度の局所的圧痛や間欠期のない持続性の腹部緊満で始まるのが通常であることが認められ
るところ、原告花子は(妊娠 34 週 2 日)の外回転術の施行直後から腹部に継続して違和感を感じているが、こ
れは上記間欠期のない持続性の腹部緊満であったと考えられる。さらに本件外回転術試行の約 3 時間後に性器
出血が発現していたこと、当日夜には腹部痛が発現したこと、翌(34 週 3 日分娩日)9:10 頃訴外病院において
常位胎盤早期剥離と診断されたことが認められ、これらの認定・判断を総合すれば、原告花子の常位胎盤早
期剥離の発症原因は被告が行った本件外回転術であったと認められる。
原告花子は性器出血が発言した(妊娠 34 週 2 日)の 16 時頃の時点において、被告から、病院で診療を受ける
よう適切な指示を受けていれば、直ちに訴外病院又は最寄りの病院の診察を受け緊急帝王切開術を受けること
ができたものであり、そうしていれば、患児は新生児仮死に陥ることなく、それに伴う低酸素性虚血性脳症及
び仮死に引き続き生じた頭蓋内出血とその合併症である急性閉塞性水頭症を発症することもなく、これらを原
因として脳性麻痺の後遺症を発症することもなかったというべきである。したがって被告の過失と後遺障害と
の間には相当因果関係がある。
113
判例 9
医師が吸引分娩に固執して漫然と約50分間も多数回にわたりこれを反復したまま鉗子分娩、帝王切開
という急速遂娩術をとらなかったため胎児が仮死状態で出生し、死亡した場合に医師の過失が認められ
た事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
平成6年(日)
名古屋高判 H14.2.14
判時 1813 号 91 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:3604 万円余
産科診療所
死亡
母体・胎児の背景
小柄(身長 149cm、体重 40kg)・CPDの疑い・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
8w0d(土)
40w5d(木)
被控訴人医院で、妊娠8週と診断
身長 149cm、体重 40kg、子宮底長 38cm
児頭骨盤出口部下降(誤診と認定)
9:30
吸引分娩→失敗するも、10:20 まで継続
10:20 頃
41w0d(土)
20:20 頃
7:00
鉗子分娩または帝切をせず、近隣医療機関に連
絡するも、休日のため応援を得られず
陣痛のため入院
41w1d(日)
10:50
県立病院へ連絡
3:00 頃
分娩室入室
11:30
同病院産婦人科部長と連絡
3:45 頃
破水
11:46
消防署に県立病院への救急搬送依頼
5:30
子宮口9~10cm 開大
11:50
県立病院到着、鉗子分娩
6:30
ほぼ全開大
12:31
娩出(2978g、AP3)
16:08
MASにより死亡
判旨
胎児仮死発症の原因につき、「吸引分娩が試行された(41週3日分娩当日の)午前9時30分には既に遷延
分娩の状態にあって、吸引分娩により娩出できなければ、可及的速やかに鉗子分娩あるいは帝王切開という
急速遂娩術を取らなければならないところ、吸引分娩に固執して約50分の間、多数回にわたりこれに反復
したため、鉗子分娩あるいは帝王切開による娩出の機会を失したこと」であると認定した。
分娩監視につき、被控訴人医院には分娩監視装置が設置されておらず、ドップラー、トラウベで胎児の
心拍及び児心音を間欠的に監視していたが、間欠的な監視による胎児の心拍数が正常に保たれていても、胎
児仮死が存在することを診断することは不可能であるから、児心音が間欠的に正常であるとしても、そのこ
とから胎児仮死が存在していなかったとはいえないと認定した。
医師の過失につき、「分娩第2期が遷延分娩の状態にあったのであるから、最大30分間に3回程度の吸引
分娩の施行により娩出できなかった場合には、可及的速やかに鉗子分娩あるいは帝王切開という他の急速遂娩
術を取るべき注意義務があり、かつ被控訴人医院には帝王切開を実施するだけの人的設備はあったというにも
かかわらず、これを怠り、吸引分娩に固執して漫然と約50分の間、多数回にわたりこれに反復したまま、鉗
子分娩あるいは帝王切開という急速遂娩術を取らなかった過失により、胎児仮死を発症させたものと認められ
る」と認定した。
114
判例 10
胎盤機能不全を原因とする非対称性子宮内胎児発育遅延により胎児が死亡した場合において、診察にあたった産
婦人科医師の損害賠償責任が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
東京地判 H14.2.25
平成 11 年(水)
判タ 1138 号 229 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:450 万円
産科診療所
胎児死亡
母体・胎児の背景
経産婦・29 歳・初産婦・過期産・胎児…非対称性発育遅延
事実・分娩経過の概要
7w5d(水)
原告A、訴外O病院でT医師より妊娠7週5日
(9w0d※)
相当であるとの診断を受ける。
40w0d(水)
出産予定日。明らかな陣痛なし。
被告、子宮頚管熟化不全の診断。子宮頚管熟化
在であるマイリス 200mg を静脈注射。
10d6d(火)
出産予定日の診断(*)
16w6d(火)
身体の負担を軽くする目的で、自宅近くの訴外
40w5d(月)
マイリス 200mg 静注
H クリニックに転院。T医師からの紹介状には
41w1d(木)
マイリス 200mg 静注
「胎盤の辺縁が内子宮口部にあり、今後経過観
41w2d(金)
A、被告に対し陣痛があると伝える。陣痛間隔が5
分間になったら来院するよう指示。
察してほしい」との記載あり。
22w5d(月)
HクリニックM医師、T医師に報告(胎児の発
41w3d(土)
41w6d(火)
しばらくこのまま経過観察する)。
33w6d(火)
36w0d(水)
被告、Aの自宅に電話し、様子を確認。
Aの父が、陣痛がなくなったと回答。
育良好、胎盤は内子宮口より離れてきており、
M医師による紹介状「順調です。分娩よろしく
16:00
A、陣痛が5分間隔になったため被告に連絡。入
お願い申し上げます」
院準備をするようにとの指示を受け、被告病院に
被告初診。37w0d、38w0d、39w0d、40w1d に
来院。
も診察。
児心音確認するも拍動停止。超音波断層検査で
も心拍停止。
※この 9w0d という週数は、その 3 週後の出産予定
42w0d(水)
日の診断(*)を基準に算出したものである。この
4:09
予定日の診断(*)以降は当該予定日を基準に週
訴外S病院に緊急搬送。
自然死産(身長 48cm、体重 2506g、羊水混濁)。
数を表示している。
判旨
胎児の死因につき、判決は、
「本件胎児は、胎盤機能不全のため十分な酸素と栄養が得られず成長が停止し、
低栄養・低酸素状態が続き、非対称性発育遅延に陥っていた。これに加え、本件臍帯血管の一部が露出してい
たために、陣痛時、子宮内圧の上昇により、前記血管が圧迫され、更なる低酸素状態に陥り、死亡するに至っ
たと推認するのが相当」であると判示した。
医師の注意義務について、「(40 週 0 日)の時点で胎盤機能不全ないしこれによる非対称性発育遅延を予見す
ることができ、しかも、適切な治療を施すことにより、本件胎児の子宮内死亡という結果を回避することがで
きた」と認定した上で、
「(被告は)(40 週 0 日)以降、本件胎児の発育状態及び成熟度を慎重に確認し(注:N
ST、E3測定等)、適切な治療方法(注:臥床安静、食事療法等を行い改善されない場合には急速遂娩を行
い子宮外治療に切り替える等)を採るべき注意義務を負っていた」と判示した。
そして、
「(被告は)…子宮口を開大させるためにマイリスを注射し、ドップラーで児心音を確認したほかは、
出産予定日を過ぎた妊婦管理のために最小限行うべきと被告自身も認識している子宮底長及び超音波断層検
査さえ怠っていることが認められる。加えて…被告医院にはNSTの機械があり、被告も入院中の妊婦に対し
てはNSTを実施していること、被告自身、以前はE3の測定をしており、NST及びE3の測定が胎児機能
の診断に有用であることを認識していたことが認められる。ところが、被告は、E3の測定を行うどころか、
E3の測定の障害となるマイリスの投与を漫然と継続している。しかも、被告は原告Aに対し、非対称性発育
遅延に対する検査、治療は何一つとして行っていない。」として、被告が何ら検査及び治療を行わなかった点
に注意義務違反があるとした。
115
判例 11
出生時における低酸素性脳症により脳性麻痺に至り、幼児死亡となった事例
裁判所・判決日
青森地裁弘前支部 H14.4.12
結論・認容額
一部認容:5199 万円
分娩年(曜日)
平成 4 年(金)
医療機関の規模
公的病院
出典
裁判所ホームページ
児の状態
重症仮死による脳性麻痺:幼児死亡
母体・胎児の背景
21 歳・初産婦・肥満(14.5kg の体重増加)・過期産・児:巨大児傾向
事実・分娩経過の概要
41w6d(木)
10:00
過期妊娠予防のため入院。子宮底 39cm・腹囲
4:00
DR2 人、MW1 人、NS2 人分娩台に。
4:05
子宮口 7-8cm 開大。子宮頚管浮腫状、怒責感で
てくる。怒責を開始し、被告 DR は用手的に子宮頚
98cm。エコー実施(ACD112mm×107mm FL74mm
管を拡大。児頭の下降位置はステーション+1-2。
児頭大横径 94mm)子宮頚管熟化剤投与。胎盤機
4:15
能やや低下判明。
12:00
分娩監視装置で徐脈の出現。胎児の低酸素状態
が考えられたため O₂投与開始。
NST、妊婦「下腹部が少し張っている」
MW「軽い陣痛かな」
4:20
高度変動一過性徐脈出現。
15:00
内診・下腹部エコー
4:25
基線レベルも 120bpm 前後に回復。変動性の徐脈
17:30
妊婦:トイレで血のようなものが出る
が認められるが高度変動性徐脈とはいえない状態
陣痛室入室。一度洗腸。その後放置される。
になったので、経腟分娩可能と判断し、更に怒責
を加える。
42w0d(金)
4:45
90bpm 前後の持続性徐脈。胎児仮死と判断し、子
0:00
内診:子宮口 4cm 開大
1:45
内診:子宮口 6cm 開大、展退 80%以上、
宮口全開前だが吸引分娩を開始。約 30 分間約 15
下降度+1、硬度柔らかく、位置前方…順調
回吸引。
2:10
2:20
陣痛の間隔:1~3 分程度で 50-60 秒。
5:05
クリステレル施行+アトニン O を 1 単位筋注。
妊婦「何かぬるっとしたものが出た」
5:15
児を娩出(3998g)。AP 1/3。重症仮死(仮死 II°)。
児は左鎖骨骨折、胎便吸引症候群、頭血腫。
内診:子宮口 6cm 開大、自然破水と判断。分娩監
視装置装着。胎児心拍数 80-90bpm に下降も、左
5:35
酸血症。1/2 メイロン使用。
側臥位にて良好に。その後すぐに早発性徐脈。
2:30
6:00
分娩台へ歩いて移動。
小児科医の診察:全身状態不良、姿勢異常、頭部
産瘤(6cm×6cm)、羊水混濁(+)
∵早発性の一過性徐脈出現。
3:00
児:自発心拍あるが、自発呼吸なし。かなりひどい
子宮口 6cm 開大で浮腫状に。
判旨
本件では、主に「帝王切開を行わなかった義務違反」について争われている。
裁判所は「急速遂娩としてどの方法を選択するかは、分娩の経過や当該病院の人的、物的設備を総合考慮して担当
医が裁量で判断するものであるが、母胎や胎児に最も悪い影響の生じないような方法を選択すべきである。高度変動
一過性徐脈が酸素投与により消失したとしても、その出現後急速遂娩までの時間が 25 分以内はアプガー良好、40 分
以上はアプガー不良になるといわれているところ(甲 9)、4 時 20 分頃は、子宮口の開大が 7 から 8cm、児頭の下降位置
がステーション+1 か 2 位の段階であったというのであるから、経腟分娩を続行した場合には相当の時間が掛かること
が予測されること、(妊婦)が初産で、過期妊娠かつ肥満妊婦であったこと、児頭胎盤不均衡の疑いがあったこと(前記
(1)のとおり、ボーダーライン骨盤胎児不均衡であったと解される。)、羊水が少なく、E3 や hPL 検査より、胎盤機能不全
のおそれもあったこと等を加えて判断すれば、急速遂娩として、吸引や鉗子ではなく、帝王切開を選択すべきであった
ものと解される」と示し、4 時 20 分頃の時点で「帝王切開をすべき注意義務があったのに、それを怠った注意義務違反
(過失)」と「分娩監視装置で高度変動一過性徐脈、胎児仮死を看過ごすべきでないという注意義務違反」を認めた。そ
して「4 時 20 分の時点で、子宮内蘇生処置をしつつ、帝王切開の準備を行っていれば、4 時 45 分までの胎児心拍数
が安定していたこと等からして、新生児仮死に陥らなかった可能性が高く、因果関係が認められる」と判断した。
なお、15 回の吸引やアトニン O 筋注など散見された「適切でない方法」については、「これら娩出方法が低酸素症を
悪化させ、重症仮死を生じさせたものと解される」と示した。
116
判例 12
分娩誘発剤の増量後に遅発一過性徐脈が出現した後にアトニンを減量ないし中止しなかった過失、漫然とクリステ
レル圧出を併用した過失を認めたが、脳性麻痺・死亡との因果関係を否定し、説明義務違反による損害賠償を認め
た事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
大阪地裁 H14.5.10
平成 6 年(水)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:110 万円
私立病院(複数科)
死亡 (2 年 6 ヶ月)
母体・胎児の背景
初産婦・切迫早産で 37w 頃まで入院安静加療・正期産
事実・分娩経過の概要
38w6d(火)
14:50
分娩誘発目的で入院
14:25 頃から有効陣痛発来と判断。45ml/h に減量
39w0d(水)
9:00
Dr 内診:子宮口 7cm 開大、児頭位置±0。MW は
Dr 指示により MW がブスコパン注射
DR 内診:子宮口 4cm 開大、児頭先進部はステー
ション-2 より上
14:55
MW 内診:子宮口 9cm 開大→分娩室へ
分娩誘発を開始。MW によりアトニン 20ml/h
15:10
子宮口全開大、児頭位置は依然±0。早発性一過
陣痛発来。MW は有効陣痛ではないと判断、アトニ
15:27
性徐脈が陣痛の度に認められる
ン 30ml/h に増量
15:30
Dr 内診。怒責で児頭下降も、下降は不良。
10:30
MW35ml/h に増量
15:32
MW50ml/h に増量。直後から遅発性徐脈発生
10:45
陣痛間歇 1-2 分、陣痛発作 40-50 秒となったため
15:35
MW が O₂4ℓ投与開始
MW が 30ml/h に減量
15:37
O₂6ℓに増量
MW はまだ有効陣痛は発来していないと判断。
15:40
児は改善傾向
35ml/h に増量。緊満なく歩行を勧められ歩く
15:57
持続性の徐脈が認められる。O₂8ℓに増量
MW 内診:子宮口 4-5cm 開大。児頭先進部ステー
16:00
MW の報告により Dr は吸引分娩施行を決定
ション±0。40ml/h に増量
16:05
会陰切開後、吸引分娩施行。約 35 分間要し 7-8
9:30
10:00
11:00
11:20
11:30
45ml/h に増量
回牽引、うち 2-3 回滑脱。同時に MW はクリステレ
13:10
MW 内診:子宮口 4-5cm 開大、発作時に 6cm。児
ルを 5-6 回。
頭先進部ステーション±0-1cm。Dr の指示により
16:20
吸引分娩とクリステレルを併用して、55ml/h 増量
MW 人工破膜
16:25
60ml/h に増量
13:30
MW50ml/h に増量。陣痛間歇 1:30 発作 30-40 秒
16:40
排臨
13:45
Dr 指示:60ml/h まで増量 OK。ブスコパン注射を。
16:44
発露
13:47
MW ブスコパン注射
16:45
児を娩出(3125g)。AP:1 分後 3 点、5 分後 4 点、10
14:25
妊婦:急に痛みが強くなったと泣く。MW 内診:子宮
分後 5 点
口 6cm 開大、児頭先進部ステーション±0
児は同日、新生児仮死の病名で大学病院へ転送
判旨
15:32~15:57 の点につき裁判所は、証拠によれば「遅発性一過性徐脈は胎児が低酸素状態になっていることであり、
これが頻繁に観察されるならば、子宮収縮剤の投与を減量又は中止すべきであるとの知見が認められる。したがって、
(当該)医師や助産婦は、アトニン増量後に遅発性一過性徐脈が出現してから、アトニンの投与を減量又は中止すべき
注意義務があるところ、これを怠った過失がある」と判断した。また、吸引分娩とクリステレル圧出法を併用するならば
「医師は、胎児仮死の有無を調査し、胎児仮死であれば、胎児に与える負荷という危険性と、早期娩出による利益とを
総合考慮したうえで、クリステレル圧出を併用するか否かを判断すべき注意義務がある」とした上で、分娩直前まで胎
児仮死とは判断していなかった当該医師は「胎児仮死の有無について、前記注意義務に違反したと認められる。すな
わち、本件において、胎児仮死と判断した結果としてクリステレル圧出併用を選択した場合に医師としての裁量の範囲
内であったか否かはともかく、(当該)医師はその判断を欠いているのであるから、この点に注意義務違反」を認めた。
裁判所は上記2点の注意義務違反を認めたものの因果関係は否定したが、「分娩誘発の適応につき正確でない情
報を与えたうえ、その危険性も説明していない。そうすると、医師に一定の裁量があることを考慮しても、患者である原
告の自己決定の一助となるべき説明としては十分に尽くされたものとは認められない」として、説明義務違反による自
己決定権侵害による慰謝料を認めた。
117
判例 13
帝王切開により、常位胎盤早期剥離により重症新生児仮死の状態で出生し、脳性麻痺等の重い障害が生じたことに
つき、医師に常位胎盤早期剥離に対する適切な治療を怠った過失を認めた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
東京地裁 H14.5.20
平成 10 年(火)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:660 万円
大学附属病院
脳性麻痺
母体・胎児の背景
28 歳・初産婦・切迫早産でウテメリン服用中・常位胎盤早期剥離・早産
事実・分娩経過の概要
7:40
35w5d(火)
4:00
7:45
7:10
ウテメリン点滴開始。Dr L は徐脈の原因は切迫早
病院に電話。MW 対応で来院を促すも、Dr L はウ
産による子宮収縮の強化と判断、触診などしなが
テメリン服用で様子見、軽減しなければ来院指示
ら経過観察
7:50
→妊婦:痛み治まらず、気分悪くなり嘔吐
6:45
を疑い、MW にウテメリン点滴と O₂投与指示
妊婦:下腹部の胎盤辺りに痛みを感じ目覚める。
何度か排便も痛み軽減せず。
6:00
再びエコー。徐脈は回復せず。Dr L は胎児仮死
MW の電話での要請で上級医 Q が研究室から診
2 回目の電話。MW 対応で来院指示。Dr L は外来
察室に到着。腹部触診で早剥疑いの硬さと判断。
カルテに目を通し、上級医 Q に電話でコンサルトし
エコーにより徐脈悪化判明(60-70bpm)。ウテメリン
内診で早産進行の確認等の指示受ける
増量、O₂投与継続、ボルタレン座薬投与。しかし
Dr L と MW で一般的診察:BP146/100 脈拍数 60、
徐脈は回復せず
34.2℃腹部は非常に硬め。腹部膨満、顔面蒼白、
8:00
上級医 Q:早剥を強く疑い、緊急帝切決断。この
頃までにショック症状や DIC 兆候なし。
四肢冷感著明も意識は清明。背中を丸めた姿勢
Dr L:切迫早産の子宮収縮と考える
8:42
緊急帝切開始。上級医 Q が執刀、Dr L が前立。
内診試み:痛みで内診台へ移動困難。性器出血
8:45
児娩出(1934g)。羊水混濁(-)。重症新生児仮死の
(-)、破水(-)、子宮口開大(-)
心停止状態。血ガス Ph6.571、アプガースコア 1 分
→所見を上級医に電話報告
後 0 点、5 分後 1 点
分娩監視装置装着も痛みで屈曲姿勢の妊婦から
母体:胎盤娩出後、縫合した筋膜より上部にじわじ
MW も DrL も胎児の心臓の位置を捜し当てられず
わ出血。止血困難となり輸血開始。外子宮口から
7:30
エコー測定に切替。胎児心拍 80bpm の高度徐脈
も持続的出血→DIC と診断
7:35
上級医 Q→Dr L に電話指示:徐脈が一過性のもの
7:20
かどうか注意を払うこと、徐脈継続の場合は母体に
後日
胎盤の病理組織診断により、常位胎盤早期剥離
の発症確認
O₂供給しウテメリン投与
判旨
7:10 頃までの状況から「これらの所見は常位胎盤早期剥離の初期症状に合致するから、事前に電話で原告 C(妊
婦)の症状を聞き、来院させて下腹部痛や腹部の硬さなどの症状を現に診察した L 医師としては、診察開始の 7 時 10
分ころの時点で、常位胎盤早期剥離を念頭に置いて、胎児が低酸素状態に陥っていないかどうかを確認するために、
直ちに胎児心拍数を計測すべき義務があった」が、7:20 頃まで胎児心拍数の計測に着手せず、胎児の心臓の位置も
捜し当てられず結局 7:30 まで心拍数計測ができなかった。しかし、助産師と手分けして一般的診察と並行して装着を
試みることも可能であり、計測器にカウントドップラーを使用すれば妊婦が仰向きの姿勢をとらなくても計測可能だった
と考えられる(鑑定)と示した。更に、「常位胎盤早期剥離を強く疑ったとすれば、胎児を一刻も早く娩出させるために、
直ちに帝王切開術の施行を決断すべき義務があった。原告において子宮口の開大はなかったことから、急速遂娩のう
ち帝王切開術以外の手段はあり得なかった」とし、「診察を開始した 7 時 10 分ころ直ちに胎児心拍数の計測をしなかっ
た過失と、胎児仮死を疑った時点で直ちに帝王切開術の施行を決断しなかった過失」をL医師に認めた。
そして「7 時 30 分までに胎児仮死の状態にあるという判断をしていれば、直ちに帝王切開の施行を決定することによ
って、帝王切開術の開始時刻も 30 分程度は早めることができたということができる」が、この差で脳性麻痺等の結果が
回避されたかどうかは不明である。しかし、「これがどの程度軽くなったかを判断することができないとしても、L 医師が
母体の常位胎盤早期剥離に対する適切な治療を怠った過失と、原告 A(児)において新生児仮死の程度が少しでも軽
い状態で出生する機会を奪われたという結果との間には、因果関係の存在が認められる」と判断した。
118
判例 14
産婦人科医院で出生した3つ子の1人(第三子)が低酸素性虚血性脳症による混合四肢麻痺、精神遅滞の後遺障害
を負ったのは、3つ子の分娩に対応できる施設での出産を説明勧告せず、転医措置をとらなかった過失によるとされ
た事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
新潟地長岡支判 H14.7.17
平成 7 年(金)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 850 万余円
産科診療所
脳性麻痺
母体・胎児の背景
品胎・切迫流産
事実・分娩経過の概要
9:40
訴外クリニックで IVF-ET にて三つ子を妊娠。
第二子娩出(2988g、Ap8 点)
約 1 ヵ月後
同クリニックの紹介状を持参し被告病院を受診。
1330g の出血、意識がもうろうとしている。
受診翌日~
出血と下腹部痛、切迫流産のため 10 日間入院。
第三子(原告A)の胎位は第二子娩出まで横位で
あったが骨盤位となる。
分娩 3 日前
10:28-50
入院。
分娩前日
20:00
分娩当日
弱い陣痛が認められる。
第二子の胎盤娩出。
11:22
第三子A娩出(2038g、Ap5 点)。
17:30
Aを訴外S病院に搬送(被告または被告病院の看
護師が抱いて乗用車で搬送)。
*妊娠約 35~38w(10 ヶ月)頃
18:00
S病院に到着。測定限界以下の低血糖状態。
6:50
分娩室入室。
8:20
第一子につき人工破膜、吸引分娩。
治療を受けるも、低酸素性虚血性脳症に起因する
8:54
第一子娩出(2372g、Ap7 点)
重度の混合型四肢麻痺、精神遅滞の後遺障害が
9:08
第二子につき人工破膜、吸引分娩
残る。
判旨
被告病院で本件分娩を行ったことの適否につき、「多胎の分娩においては、始めから帝王切開を選択するの
か、経腟分娩を選択するのかに関わらず、母胎を管理又は手術する医師のほかに、胎児1名毎にそれを管理す
る医師が1名ずつ必要であるが、被告病院では、医師は被告1名しかおらず、帝王切開の必要性が生じた時に
は**市(近隣)で開業している被告の父(80歳)である産婦人科医を呼ぶという体制であったというのであ
るから、その点だけを見ても、到底娩出された3胎の胎児の管理を十分に行いうる状況にはなかったというべ
きである。」と判示した。
その上で、被告病院の過失につき、「(被告病院は)帝王切開の必要性が生じたときに被告の父の産婦人科
医を呼ぶということのほかには多胎分娩や帝王切開に必要な人的準備を行うことは不可能であったと認めら
れ、結局、いかなる分娩方法を選択するにしても、被告病院で品胎の分娩を行うべきでなかったことは明らか
であり、被告は原告B(注:原告Aの母)及び同C(注:原告Aの父)に対し、小児科医や多数の助産婦、看護
婦が勤務する人的・物的設備の整った総合病院で出産すべきことを事前に説明・勧告すべきであったのに、こ
れをせずに被告病院で出産をさせた過失があるというべきである。」と認定した。
また、出生後の新生児管理における被告の過失につき、「被告は、原告A娩出後約6時間後に原告Aを(S)
病院に転送するまでは、原告Aに酸素マスクをつけて保育器に収容しただけで、痙攣があることを認識してい
たにもかかわらず、それに対する処置を何らとらず、体温、呼吸数、心拍数、血糖値等の測定をしたことも証
拠上窺われないのであり、被告の過失は明らかである。」と認定した。
119
判例 15
新生児が重度仮死で産まれて、間もなく死亡したのは、胎児仮死が疑われる段階で帝王切開の準備を行い、クリス
テレル圧出法を医学上相当と認められる回数(2回程度)施行しても胎児を娩出できなかった段階で、直ちに帝王切
開に移行すべきであったのに、これらの注意義務に違反して帝王切開の開始の時点を遅らせたことによるとして損
害賠償責任が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
大阪地判 H14.10.8
平成 7 年(金)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:4613 万余円
自治体病院
死亡
母体・胎児の背景
36歳・初産婦・正期産
事実・分娩経過の概要
5w5d(水)
原告B、被告病院産婦人科を受診。妊娠が判明。
12:40-13:00
13:00 頃
出産予定日の診断。
21w4d(火)
陣痛室から分娩室に移動。
鉗子による人工破膜。
以後、定期検診。経過良好。
13:10
心音 80 回/m
医師Eが主治医となる。
13;45
心音 70~80 回/m
吸引分娩5回+クリステレル圧出法7回
39w6d(木)
この頃、プロスタルモンFを併用。
未明
陣痛発来。
6:30
入院。
14:20 頃
帝王切開への移行決定。
医師E及び助産師が内診。分娩進行緩徐。
14:45 頃
手術室へ搬入。腰椎麻酔等の準備。
体力消耗に配慮し陣痛抑制。ハルシオン錠剤 1
15:05 頃
帝王切開開始。
錠、ウテメリン錠剤 2 錠投与。
15:08 頃
児娩出(3277g、Ap1~2 点)
10:00-17:40
21:00
MASの病態を呈し、小児科で治療。
40w0d(金)
9:30
10:00
骨盤XP。CPD否定のため、経腟分娩続行。
アトニン-O
5 単位 30ml/h
CTG 開始。
3 日後
多臓器不全により児死亡。
判旨
急速遂娩の手技につき、
「医師E及び医師Fが、原告Bに対し、(40 週 0 日分娩当日)午後1時45分頃から、
クリステレル圧出法を7回、吸引分娩を5回(但し、実際に吸引できたのはそのうち3回のみである。)にわ
たって各々施行した」点に関し、「胎児の心拍数は、…クリステレル圧出法を施行した時刻である(分娩当日)
午後1時45分頃から、70ないし80bpm という低い値を示すようになり、…Cは、…MASに加え、低酸
素血症により多くの臓器にダメージを被っていたこと、…(児出生より 3 日後)に多臓器不全によって死亡した
ことの各事実が認められ…、以上の事実を総合すれば、医師Eと医師Fが医学上相当と認められる回数を大幅
に超えてクリステレル圧出法をみだりに繰り返したことによって、胎児(C)に心拍数が減少するなどの悪影
響が生じたという事実を推認することができる。」と判示した。
帝王切開の準備につき、「…帝王切開を施行するためには手術室の確保や麻酔処置等の様々な準備が必要で
あることをも併せて考えると、医師Eは、胎児仮死を疑うべきであった午後1時15分の時点で、原告Bに対
して帝王切開を施行するための諸準備(手術室の確保、麻酔医との連絡等)を始めておかなければならなかっ
たというべきである。…本件では、医師Eが帝王切開の施行を決断してから原告Bを手術室に搬入するまでに
約25分間、執刀まで約45分間の時間がそれぞれ費やされていることになるが…、この所要時間は標準的な
産婦人科の医療体制に比較して長いこと、…、医師Eが帝王切開の施行を決断した午後2時20分の時点では、
本件病院内に、当該手技を行うための手術室が予め確保されていた状況にはなかったことの各事実を認めるこ
とができる。これらの諸事情を総合すれば、医師Eは午後1時15分の時点では、原告Bに対し帝王切開を施
行するための準備(手術室の確保等)を全く始めていなかったことが推認される」と判示した。
その上で、医師Eの過失につき、「医師Eは、胎児仮死が疑われる段階で帝王切開の準備を行い、クリステ
レル圧出法を医学上相当と認められる回数(2回程度)施行しても胎児を娩出できなかった段階で、直ちに帝
王切開に移行すべきであったのに、これらの注意義務に違反して帝王切開の開始の時点を遅らせたのであるか
ら、同人には本件医療契約上の注意義務に違反した過失がある」と認定した。
120
判例 16
新生児が敗血症と髄膜炎に罹患し、重篤な後遺障害が残った事例
裁判所・判決日
仙台地方裁判所 H14.12.12
結論・認容額
分娩年(曜日)
平成 11 年(金)
医療機関の規模
一部認容:9271 万余円
産科診療所
出典
判タ 1185 号 295 頁
児の状態
脳性麻痺、水頭症、
重度脳機能障害及び精神発達遅滞等
母体の背景
前期破水・正期産
事実・分娩経過の概要
4w6d(土)
13:40-50
医院で妊娠と予定日の診断
子の身体が後ろに反り返って、顔がごろんと反対
31w6d(土)
少量の破水で被告医院に入院
側を向いてしまった。けいれんを起こしたためであ
32w1d(月)
退院
る。
37w4d(木)
腹部の張りが強まる
16:00
37w5d(金)
子の身体全体がミカン色になり、目を見開いたまま
瞬きもしないでぐったりとしていた。
医院へ行き、そのまま入院
婦長は母に対し、子が細菌感染したらしい旨を説
13:00
陣痛促進剤の点滴
明した。
14:30
高位破水
母はNICUのある施設へ搬送してくれるよう頼んだ
15:00
人工破膜
が、婦長は、まずは被告の説明を
18:27
娩出(自然分娩 2630g)
0:00
聞くように説得した。
日齢 1(土)
11:00-20:00
17:00
子が新生児室から母の病室に移り、20時まで在室
医大小児科医師に電話をし、子をNICUで受け入
れてくれるよう初めて要請したが、満床であるとの
回答だったため、他の病院のNICUを探してくれ
日齢 2(日)
午前2時、午前5時及び午前8時と3時間置きに哺
2:00-8:00
乳を受けたが、哺乳力に問題なし。
るよう依頼した。
18:07
看護婦が子に哺乳したところ、哺乳力が不良であ
総合病院から受入れの了承が得られた旨を電話
で連絡した。
った。看護婦が医師に連絡し、保育器に収容する
18:20
総合病院へ向け出発
こと及び血液検査のための採血を指示された。
18:50
同病院に到着
11:30
採血
23:00
子が細菌感染し、髄膜炎及び敗血症の疑いがあ
13:00
遅くともこの頃までには、CRPが2+との検査結果
11:00
ること等の説明
判旨
本件は、観察義務および転医義務が争点となっていた。
① 母は、妊娠31週6日に破水しており、
② 子には、日齢2の午前11時に哺乳力不良の症状があり、
③ 遅くとも同日午後1時には、CRP2+との検査結果が出ており、
④ さらに、同日午後1時50分には、原告にけいれん症状が出現していた
事実から、
「被告が(日齢2の日の)午前11時30分前に子が哺乳不良の報告を受け、母の妊娠経過を検討し、
かつ、子の症状を注意深く観察していれば、同日午前11時30分には、子が敗血症に罹患しているのではな
いかとの疑いを持つことができ、遅くとも同日午後1時50分には相当程度の確実性をもって敗血症と診断す
ることができたものと認められる」とし、被告は、「子の症状の観察を怠り、同日午後3時ころまで子が敗血
症に罹患していることに気付かず、午後3時ころになって子の症状に気付き、あわてて抗生剤の投与等を開始
したが、症状が改善せず、やむなく同日午後5時40分ころ、NICUの探索を医大に依頼したものといわざ
るを得ない」として、観察義務違反および転移義務違反を認めた。
121
判例 17
早期に帝王切開を実施すべきであったのに、これを怠った結果、胎児が死亡した事例
裁判所・判決日
東京地方裁判所 H14.12.18
結論・認容額
一部認容:3200 万円
分娩年(曜日)
平成 10 年(火)
医療機関の規模
私立産科病院
出典
判タ 1182 号 295 頁
児の状態
胎児死亡
母体の背景
常位胎盤早期剥離・正期産
事実・分娩経過の概要
4w5d(火)
4:00
医院で妊娠・予定日の診断。
低下、その回復に約3分間を要する大きな徐脈。
その後、17回通院母児とも健康。
下腹部に強い痛み、分娩監視装置の赤ランプ
39w5d(火)
2:40 頃
3:15
自宅で、大量の性器出血。
夫が助産師を呼び寄せる。
医院に電話したところ、来院の指示を受ける。
助産師は、当直室の被告医師に電話し、頻脈、徐
出発前、こぶし大の血の塊も出た。
脈の概要を伝える。しかし、被告医師は酸素吸入
医院に到着。助産師は、出血が多かったことから、
と体位変換を指示しただけで、陣痛室に行かず。
宿直の被告医師を呼ぶ。
3:30 頃
4:15
分娩監視装置が再び赤ランプのため、夫が助産
被告医師、診察室に到着。
師を呼び寄せる。
自宅での大量出血等を説明。
腹痛を訴え、少量の出血→助産師はパットの交換
内診実施。腟内に約20~30グラムの凝血。
と血管確保の措置。
超音波診断→前置胎盤認められず。しかし、常位
4:30 頃
あと1時間ほど様子を見た上で帝王切開を実施す
るか検討すると伝える。腹痛と出血が続く。
胎盤早期剥離の有無の確認検査は実施せず。
3:50
子宮の収縮に遅れて胎児心拍が65/分前後に
被告医師は子宮頸管の断裂等と説明。
5:00
児に頻脈が頻発
陣痛室に移動。
5:25
被告医師が陣痛室に到着。夫の提案を受けて帝
王切開をすることに。
胎児心拍、170~180/分。分娩監視装置装着
後は、一過性頻脈は見られず。
6:30
胎児心拍、約120/分
被告医師、陣痛室を立ち去る。
6:37
執刀
6:43
娩出(2812g)。しかし、既に死亡。
判旨
臨床症状(性器からの外出血、下腹痛、強度の子宮収縮及び子宮の圧痛等)のうちの 1 つでも認められた場
合には、「常位胎盤早期剥離を疑い、問診、触診、血圧測定、血液検査、尿検査、超音波検査、胎児心拍のモ
ニタリング等による総合的診断を行い、常位胎盤早期剥離の有無を確認する必要がある」とし(ただし、超音
波Bモードは、前置胎盤の可能性を排除する点に主たる機能があるとした。)、「総合的診断の結果、常位胎
盤早期剥離が濃厚に疑われる場合には、子宮口が全開大であるような例外的な場合を除き、直ちに帝王切開を
実施する必要がある」とした。
そして、本件では、分娩監視装置が装着された午前 3 時 50 分の段階で、すでに、性器からの外出血及び腹
痛という常位胎盤早期剥経の典型的な臨床症状が認められ、しかも他の出血性疾患である前置胎盤の可能性が
超音波検査によって排除されていたのであるから、常位胎盤早期剥離を強く疑い総合的診断を行うことが必要
な状況にあったとした。そして、午前 4 時ころには、遅発一過性徐脈が出現し、しかも 170/分前後から 65/
分前後まで胎児心拍が低下し、かつその回復に約 3 分間を要するという極めて深刻なものであったこと、児に
軽度の頻脈がみられ、アクセレーションはみられなかったことを総合すると、徐脈が発生した午前 4 時の時点
では、常位胎盤早期剥離の発生が極めて濃厚に疑われる状況にあったとし、子宮ロの全開大といった例外的な
事情が認められない本件では、午前 4 時の時点で直ちに帝王切開を決断し、帝王切開を実施するため緊急に母
体を他の病院に搬送するか、又は緊急に自院で帝王切開を実施する義務があったというべきであるとした。
そして、これを怠った被告医師の注意義務違反を認定した。
122
判例 18
陣痛促進剤を投与後の分娩監視が不充分だった結果、仮死状態で出生し重篤な後遺障害が残った事例
裁判所・判決日
前橋地方裁判所 H15.2.7
結論・認容額
一部認容:1億 2846 万余円
分娩年(曜日)
平成 10 年(火)
医療機関の規模
産婦人科医院(法人)
出典
裁判所ホームページ
児の状態
脳性麻痺
母体の背景
経産婦・妊娠初期に縫縮術施行・妊娠中の体重増加(65kg→80kg)・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
10w2d(月)
切迫流産と診断され、入院
14:30
プロスタグランジンE2を1錠投与
12w0d(土)
子宮頚管縫縮術を施行
15:30
プロスタグランジンE2を1錠投与
13w0d(土)
退院
16:25
プロスタグランジンF2αを毎時15ミリリットルの割
41w2d(月)
予定日を過ぎても陣痛がないため、被告病院に入
合で点滴静注。
17:05
院。頚管拡張のため風船(メトロイリーゼ)を挿入
朝、風船(メトロイリーゼ)を抜き取る。
プロスタグランジンF2αを毎時20ミリリットルの割
合で点滴静注
陣痛開始
18:00
押される感じがあり、血性分泌物もある。
6:00
破水
19:00
少し怒責感がある。
8:27
プロスタグランジンE2を1錠投与
20:00
肛門が開いてきた。
8:30
プロスタグランジンE2を1錠投与
21:05
プロスタグランジンF2αを毎時25ミリリットルの割
9:30
プロスタグランジンE2を1錠投与
10:30
プロスタグランジンE2を1錠投与
11:30
羊水様のものが少量流出した。
合で点滴静注
プロスタグランジンE2を1錠投与
陣痛が強度になる。羊水が流出する。
41w3d(火)
合で点滴静注
22:30
プロスタグランジンF2αを毎時25ミリリットルの割
12:30
プロスタグランジンE2を1錠投与
22:40
全開大
13:30
子宮口の糸の抜糸術施術。
23:00
娩出(出生時体重不明)。
14:00
脈拍60。血圧130/70。
アプガースコア1-2-2。仮死状態。
判旨
本件では、陣痛促進剤の過剰投与、分娩監視義務違反が争点となった。
判決は、「プロスタグランジンE2及びプロスタグランジンF2α」はともに、能書上、単独投与でも過強陣痛、胎児仮死
状態になるおそれがあるため分娩監視装置などでの十分な監視下で慎重投与とされ、プロスタグランジンE2を使用後
にプロスタグランジンF2αを使用する場合、過強陣痛、胎児仮死の可能性がより高まることから、更に十分な分娩監視
を行いながら、慎重に投与する必要があるとした。
本件では、大量の陣痛促進剤(プロスタグランジンE2とプロスタグランジンF2α)を投与したにもかかわらず、7時こ
ろから約30分間分娩監視装置を装着した外は、1時間ごとに1回、ドプラーを使用して胎児心音を計測したにすぎな
いとした。そして、「間欠的ドプラー法では、胎児心拍数のカウントにばらつきが大きく不正確なため、陣痛がある期間
(発作時)やその直後に胎児心音を聴取し、正確な心拍数を測ることは困難であり、胎児心拍の細変動や子宮収縮と
胎児心拍の変動との関連を分析することはできない(鑑定の結果)」とし、「陣痛促進剤(プロスタグランジンE2やプロス
タグランジンF2α)の投与に当たり、胎児仮死に関する情報がきちんとモニターされていたとは到底いえない」とした。
そのため、被告には、それぞれの能書に記載された使用上の注意事項に従わなかった過失、すなわち、少なくとも
プロスタグランジンF2αの点滴を開始するに当たっては、十分な時間を取るか、翌日まで点滴の開始を控えるべきで
あり、もしあえて十分な時間間隔を取らずに点滴を開始するのであれば、より厳重な監視(例えば分娩監視装置を用い
るなど)の下で慎重に薬剤の増量を行うべきであったにもかかわらず、1時間ごとに1回、ドプラーを使用して胎児心音
を計測するだけの監視の下で漫然とプロスタグランジンF2αの点滴を開始し、増量した過失があるとした。
123
判例 19
帝王切開により娩出された新生児が脳性麻痺に罹患して植物人間状態に陥り、約10年後に死亡した場合、分娩監
視装置により連続的に胎児心拍を監視しなかった医師に注意義務違反があるとして、診療契約上の債務不履行責
任が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
鹿児島地裁 H15.3.7
平成 3 年(土)
判タ 1164 号 257 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:6174 万円
産科診療所
重症仮死による脳性麻痺:児童死亡
母体・胎児の背景
32 歳・経産婦・常位胎盤早期剥離
事実・分娩経過の概要
分娩日(土)
10:30
※被告医院初診より約 29 週後にあたる日
ドップラーで児心音良好
痛み強く我慢できないため、帝王切開決断
6:50
陣痛発来により入院
6:55
内診 子宮口 2.5cm、展退90%、ST-3(児頭の
10:33
硬膜外麻酔 ドップラー12.11.11
下降がない状態)
11:05
帝王切開手術開始
CTG 胎児仮死徴候なし
11:09
娩出(出生時体重不明)
7:02-7:15
7:32
CTG再開
常位胎盤早期剥離の診断
8:07
内診 子宮口全開、展退100%、ST-2(回旋異
第一啼泣、筋緊張なく、皮膚白色、反射なし、
常やCPD等の異常を示唆)
心肺停止状態、AP0 点
人工破膜、羊水混濁なし
蘇生措置開始
9:00
変動一過性徐脈
12:15
他院新生児センター集中治療
9:28
内診 CTG 中断 ST-2
12:28
pH7.195、脳室内出血や脳室周囲白質軟化症は
9:58-
CTG
10:01
CTG 中止【この後再装着なし】
10:05
見られず
約半月後
CT 検査・診断 → 両半球の広範な低吸収領域を
分娩のための積極的処置へ移行
認め、急性期(虚血)はすでに過ぎており、不可逆
高圧浣腸 10:25 分娩室へ
的な変化が懸念される
判旨
本件は、
「帝王切開決断後の胎児の心拍数検査の不実施と帝王切開時期の遅れ」等が争われた事案である。
判決は、「午前8時7分過ぎころには、胎児の下降がはかばかしくない遷延分娩であったため、人工破膜が
行なわれ、その結果羊水が失われて、圧迫が生じやすい状態となっていたこと、午前9時ころ以来変動性一過
性徐脈が出現し、午前10時1分ころの監視装置によるモニタリング中止の直前ころにもこれが引き続いて現
われており、胎児の循環系に負荷がかかっていることが十分うかがえる状況であったことからすれば、被告は、
帝王切開のための硬膜外麻酔を開始する以前及び開始後において、胎児仮死の徴候がみられないかどうかにつ
いて、分娩監視装置による連続的な監視を行ない、ドップラーによる胎児心拍の監視しかできなかったとすれ
ば、きわめて頻繁にこれを実施すべき注意義務があった」とした。
さらに、「硬膜外麻酔の開始(10:33)以降娩出(11:09)までの間、いずれかの時点において胎児心拍の以上
が発生したことは明らかである」とした。
そのうえで、医師が帝王切開のために硬膜外麻酔を行った点に関し、
「腰椎麻酔の方法を選択して早期に帝
王切開手術を行ない、娩出時刻を早めることができたと認められる。すなわち、腰椎麻酔の開始を10時33
分とし、これから5分ないし10分後に帝王切開手術を開始し、娩出に4分を要したとして、10時42分な
いし47分には胎児を娩出することができたこととなり、この場合、胎児仮死は出現前であったか、もしくは
出現後であっても短時間しか経過しておらず、脳性麻痺の発症は回避できた」と判示した。
124
判例 20
帝王切開により分娩したが低酸素性虚血性脳症となり、重篤な症状を呈して約2年後に死亡した事例
裁判所・判決日
福岡高裁那覇支判 H15.3.18
結論・認容額
一部認容:4468 万余円
分娩年(曜日)
平成 4 年(木)
医療機関の規模
国立病院
出典
判時 1884 号 52 頁
児の状態
脳性麻痺、約2年後に死亡
母体・胎児の背景
経産婦(第1子分娩所要時間 3h10m、第 2 子先天性異常のため生後 2w で死亡)・完全子宮破裂・常位胎盤早期剥離
事実・分娩経過の概要
14:55
【原判決の引用が多く、診療経過の詳細不明】
子宮口 9cm まで急速に開大、児頭±0
医師は、急速産の可能性があり、医師が確実に付
き添うことができる分娩誘発を勧めた。しかし、ベッ
14:59
15:15
子宮口 3~4cm、展退度 70%
分娩日(木)
(14:59 まで分娩監視記録が残っている)
クリステレル圧出法併用、吸引分娩
ド空きがなかったため、後日連絡することとなった。
(水・休)
人工破膜。出血を確認した。
2 回目の吸引分娩を終了した。
翌日に入院可能と妊婦に連絡
児頭の位置が上昇して子宮内に戻った。
入院
その頃、子宮破裂
11:00
アトニン開始
15:20
帝王切開決定
14:30
子宮口7cm、児頭±0
15:42
帝王切開による娩出(出生時体重不明)
14:50
~14:54 高度の遅発一過性徐脈が突然連続して
娩出した時点において、完全子宮破裂及び常位
出現した。
胎盤早期剥離(剥離面 30%以下、軽症)の症状が
胎児仮死と判断し、その原因として常位胎盤早期
存在した。
14:54
剥離を疑い、急速遂娩が必要と判断した。
判旨
本件では、急速遂娩の実施義務違反が争われた。
判決は、14時54分に急速遂娩が必要と判断したときに、14時30分頃の内診所見からすれば、牽引力
が相対的に弱く何度も牽引の失敗を繰り返して時間を浪費しかねない等の「吸引分娩の難点を考慮して、より
確実に、短時間で胎児を娩出することができる帝王切開術を選択すべきであったというべき」とした。そして、
14時55分の時点で、
「緊急帝王切開術を施行することを決定すべきであって、A医師が、子宮口開大度及
び児頭の位置の点で吸引分娩の要約を満たさないか、かろうじて満たしていたに過ぎない状況下で、胎児仮死
の場合には禁忌とされ、また、子宮破裂を生じる危険性もあるクリステレル圧出法を試みた行為は、診療契約
上の義務違反ないし過失がある」と判示した。
陣痛促進剤の使用の適否及び説明義務違反、過強陣痛等の異常な徴候の見逃しも争われたが、これらの争点
については、裁判所は一審原告(妊婦側)の主張を否定した。
125
判例 21
胎児に低酸素状態が続いていたことから、子宮内胎児蘇生措置を試みつつ、状況を注意深く観察し、急速遂娩が必
要になる事態も考慮しその準備をすべき注意義務等があるのに、これを懈怠した医師に損害賠償が認められた事例
裁判所・判決日
富山地裁 H15.7.9
結論・認容額
一部認容:8721 万
分娩年(曜日)
平成 7 年(水)
医療機関の規模
産科診療所
出典
判時 1850 号 103 頁
児の状態
重症仮死による脳性麻痺
母体の背景
初産婦・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
23:10 過ぎ
41w0d(水)
5:00
陣痛のため入院
9:46
分娩監視装置装着
10:40
胎児心拍数基線上昇(160~180bpm)。基線細変
動の減少
23:12
オキトシン 40ml/時
陣痛促進剤オキシトシン 50ml/時 投与。20:50 まで
MW:胎児心拍数基線が 170~180bpm 台に上昇し
90ml/時へ漸次増量
たことを、良好な一過性頻脈と判断。
23:20
DR:自宅に戻る
13:15
自然破水、羊水混濁-、子宮口8cm
17:30
子宮口8cm、児頭に軽度産瘤あり、矢状縫合触知
自宅から点滴の更新を指示。
できず→児頭の回旋状況確認できず(以後も)
その際、自宅モニター画面に表示された胎児心拍
遅発一過性徐脈出現。基線細変動は正常
陣痛図を確認することはなかった。
20:47-20:56
23:30
MW:基線細変動減少に気付き、DR に電話、分娩
20:50
オキシトシン60ml/時、子宮口全開
21:10
MW:クリニック3階の自宅にいた DR に対し、20:50
室来室を要請。DR 直ちに分娩室へ。
の子宮口全開を電話報告(自宅等に置かれた各
DR:基線細変動減少に初めて気付く。娩出着手。
モニターに、分娩監視装置の波形を表示し、連
基線細変動減少が続く。代謝性アシドーシスない
続監視等ができた。)
し混合性アシドーシスあり
21:17-21:55
23:30 以降
周期的な遅発性一過性徐脈発生(3回)
第1頭位(LOT)で娩出(3376g)
自発呼吸なし、気管内挿管。
基線細変動は正常
23:51
自発呼吸出現。その後、再び消失
21:23-22:51
MW:オキシトシン60~90ml/時の範囲で増減量
22:06-22:48
3回、胎児心拍数基線正常値を超える(>160bpm)
救急車により、新生児集中治療室に転送・入院
一過性徐脈
新生児集中治療室の診断:新生児仮死、くも膜下
一過性徐脈発生。基線細変動正常
出血、低酸素脳症、新生児痙攣
22:45
22:55-23:10
23:10
DR:分娩室訪室
判旨
判決は、○21時47分(鑑定により指摘された時刻)には、胎児心拍陣痛図の所見から、安心できない状態であると疑う
べきこと、○23時10分を経過した時点では、胎児の低酸素症が進行して、代謝性アシドーシスが加わった状態であり、
安心できない状態が2時間以上継続していて基線細変動が減少していることを指摘した。その上で、23時10分過ぎに
直ちに急速遂娩を実施すべき注意義務があったとする。
そして、判決は、医師が急速遂娩を実施すべきとの判断をしなかった状況について、次にとおり指摘し、被告は上記
注意義務に違反したと判示した。「二一時一〇分ころ、助産師から電話で子宮口が全開した旨報告を受けたほかは、
三階自宅にあるモニターで経過観察をするにとどまり、その後、分娩第二期が遷延し、胎児心拍陣痛図の所見で、安
心できない状態であると疑うべきであったにもかかわらず、自ら原告花子及び胎児の状況を診察することはもちろん、
助産師に対し、上記子宮内胎児蘇生の措置を具体的に指示することもなく、オキシトシン投与の増減量の調整を委ね
たままであった。そして、被告は、分娩第二期が遷延したとして、同日二三時一○分ころ、分娩室に容態を確認しにい
った際も、一連の胎児心拍陣痛図所見に基づき、その病態の見極めに努めることもなく、急速遂娩を実施しないで、三
階自宅に再び戻り、同日午後二三時三〇分を過ぎて、基線細変動が減少していることに気づいた助産師からの電話
通報によって、三階自宅から分娩室へ向かい 分娩室の分娩監視装置の記録紙を確認して初めて、急速遂娩の必要
を認め、会陰切開に着手したものである。」
126
判例 22
緊急帝王切開術により出生した児が脳性麻痺の後遺症を負った場合に、胎児に高度一過性徐脈が認められたにも
かかわらず医師に慎重な経過観察を懈怠した過失があったとして、その損害賠償責任が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
福井地裁 H15.9.24
平成3年(土)
判時 1850 号 103 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
全部認容:1億円
私立産科病院
脳性麻痺
母体・胎児の背景
初産婦・臍帯の長さ約 69cm・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
40w4d(土)
18:00
医師は助産師の報告を受け内診
15:00
陣痛発来により受診、子宮口 4cm開大
18:10
緊急帝王切開決定、ウテメリン等を投与
16:00
入院
18:17
医師の内診により破水、高度の羊水混濁
16:06
分娩室で分娩監視装置、基線細変動が減少して
18:41
腰椎麻酔実施
おり、一過性頻脈はみられなかった
18:50
帝王切開術開始
70bpm未満に低下し、徐脈が回復するまで約 60
18:53
児娩出、アプガースコア0点、児体重 3192g
秒継続する比較的高度な変動一過性徐脈が出現
19:02
心拍動が回復 NICU 転送
16:41
16:50
監視を中断し、病室へ移動
17:50
ドップラーで胎児心拍数を計測し徐脈を確認し、
再度分娩室にて分娩監視装置を装着
判旨
本件は、分娩監視装置により胎児心拍数の監視を受けていた午後4時6分から同50分までの間の胎児心拍数図か
ら、その後も継続的監視を行うべき注意義務があったかが争点となった。これについて判決は、以下のとおり、医師及
び看護師らに継続的監視義務違反を認めた。
「本件監視記録によると、午後4時6分から午後4時50分にかけて、胎児心拍数基線細変動の振幅幅がほぼ5bpm
未満のまま継続しているから、基線細変動は減少ないし消失していると見られる。また、本件監視記録では、良好な胎
児の場合に現われる一過性頻脈が全く認められず、午後4時41分ころ、胎児心拍数が70bpm未満に低下し、かつ徐
脈が回復するまでに約60秒継続する比較的高度な変動一過性徐脈が出現している。これらは、胎児に何らかの異常
がある場合の所見であり、かつ、この変動一過性徐脈は、臍帯圧迫が原因として起きる可能性が高いもので、その程
度が比較的高度であるから、医師としては、その原因を究明するとともに胎児の状態が悪化しないかどうかを継続的に
監視する必要があると言える。
さらに、基線細変動が消失した状態で、高度変動一過性徐脈が現れる場合は、胎児の低酸素症を示す所見であっ
て急速遂娩を要するところ、午後4時41分ころに比較的高度な変動一過性徐脈があったのであるから、その後に高度
変動一過性徐脈へ移行することがないかどうかを判別するために、継続的に胎児の状態を観察するとともに、酸素投
与等の経母体治療を行い、それでも胎児の状態が回復せず、悪化するようであれば、直ちに急速遂娩(本件では、分
娩第一期であり、子宮頸管が強靭であるから、帝王切開術をすることになる。)を行うことができるよう慎重に経過観察
を行う注意義務があったと言える。
そして、経過観察の方法としては、前示の胎児の状況に照らせば、子宮収縮との関係での胎児心拍数の状態を継続
的に把握する必要があるから、本件においては、分娩監視装置による継続監視の方法を選択すべきであったと言え
る。
ところが、本件においては、丁原医師は、本件監視記録上、異常波形が出現していたにもかかわらず、分娩監視装
置による監視を終了し、その後午後5時50分ころまで分娩監視装置による監視を行わず、また、酸素投与等の経母体
治療も行わなかったから、丁原医師には、胎児の状態に即した継続監視を怠った注意義務違反があると認められる。
また、丁原医師が看護婦らに胎児心拍数の監視を指示したにもかかわらず、看護婦らは、午後5時50分までの間、
胎児心音の聴取すら行っていないから、看護婦らについても継続的な監視を怠った注意義務違反があると認められ
る。」
127
判例 23
帝王切開により娩出された新生児が低酸素性虚血性脳症となり、出生後約 1 年 2 ヵ月で肺炎により死亡した場合
に、病院側に経過観察義務違反の過失があったとして、その損害賠償責任が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
神戸地裁 H15.9.30
平成 8 年(土)
判タ 1211 号 233 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:4527 万円
産科診療所
死亡
母体・胎児の背景
前期破水・臍帯が胎生期の組織形成異常による先天性組織奇形・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
40w0d(金)
23:00
前期破水により入院、羊水の流出量は相当量に
14:50
ドップラーで 10 秒間胎児心拍測定、25 回
15:28
トイレでメトロが自然脱出し→報告を受けた看護師
が分娩監視装置を装着すると 90bpm。ドップラー
達した。
で計測し 130~140 に回復したと判断、その後再度
40w1d(土)
5:20
90 台に低下し徐脈状態になった
分娩監視装置を 40 分間装着した 胎児心拍数
は 140bpm、陣痛間隔は 5 分程度、一過性頻脈
15:30
制剤の投与
は認められなかった
7:30
7:40
医師の指示で酸素投与、体位変換、子宮収縮抑
頸管軟化剤、分娩誘発剤、メトロの使用を決定し
15:33
胎児心拍数が 130~140bpmに回復
説明した
15:34
80bpm~100bpm の持続的な徐脈状態となり、緊
急帝王切開が決定
プロスタルモンを以後約 50 分おきに 1 錠ずつ計
6 錠を投与
16:12
脊椎麻酔を開始
メトロを挿入、メトロ内に生理食塩水 200ml注入
16:16
帝王切開を開始
8:40
ドップラーで胎児心音測定、150bpm
16:20
児出生、AP0 点、足首に臍帯が 1 回巻絡、臍帯の
9:30
陣痛間隔 7-8 分、胎児心拍数 150bpm
太さは半分程度で、臍帯 1 動脈欠損
17:00
応援の小児科医により気管内挿管された
12:30
浣腸施行
12:55
プロスタルモン 6 錠目を投与
公立病院に転送、低酸素性虚血性脳症による重
14:00
陣痛間隔が 5 分程度
症仮死状態と診断、児体重 2750g
14:21
別の産婦が出産
14:38
別の産婦が出産、病院内が非常に慌しい状態
出生後約1年2ヵ月後、肺炎により死亡
判旨
本件では、主として経過観察義務違反の有無が争われ、判決は以下のとおり、経過観察義務違反を認めた。
「本件においては、本来行うべきでない前期破水例において、頭位の場合であるのに、臍帯脱出や体位変換が助
長されやすい200ミリリットルの滅菌水を注入したメトロを使用したものであるから、臍帯脱出や臍帯下垂による仮死状
態が出現した際に直ちに対応できるよう、より厳重に胎児の状態を観察すべき義務があったといえる。すなわち、本件
においては、臍帯脱出や臍帯下垂、もしくは過強陣痛などにより胎児仮死が出現する危険性が極めて高かったという
ことができるから、被告は、原告夏子の母体及び胎児の状態について厳重に監視すべき義務を負っていたというべき
であり、原則として、分娩監視装置によって経時的に監視する義務を負っていたというべきである。
しかも、被告病院には、分娩監視装置が設置されていたのであるから、これを装着することについて何らの支障もな
かったと認められるし、また、(40 週 1 日分娩当日)午後2時ころ以降、原告夏子とは別に2人の産婦が分娩するなど、被
告病院内が極めて慌ただしい状態であったことからすれば、ドップラーによって頻回に胎児心拍数を測定するとの方
法によって胎児の状態を監視することは、およそ不可能であることは十分に予見することが可能であったといえ、だとす
れば、原告夏子に対しては、分娩監視装置を装着して記録をグラフに打ち出し、間欠的にでも胎児心拍数曲線の状
態を確認すれば、胎児の状態をより正確に把握することができ、胎児仮死徴候が現れた際にも、より早期にそれを発
見して、対応することができたということができる。
以上からすれば、本件においては、被告は、原告夏子に対し、遅くともPGE2の効果により陣痛が最も強まったと推
認される(分娩当日)午後2時過ぎ以降は、分娩監視装置を装着して胎児の状態を経時的に観察する義務を負ってい
たというべきである。」
128
判例 24
陣痛促進剤投与による過強陣痛により生じた胎児仮死について、分娩監視義務を怠った過失があるとして、病院側
に損害賠償責任が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
神戸地裁尼崎支部 H15.9.30
平成 12 年(金)
判タ 1144 号 142 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:3673 万円
その他の公的病院
出生後間もなく死亡
母体・胎児の背景
初産婦・前期破水・正期産
事実・分娩経過の概要
13:00
37w6d(金)
15:30
前期破水
16:15
入院、ビショップスコア 1 点
持続時間 20 ないし 30 秒
13:15
本剤 6 錠目内服、ドップラー聴診で 150 ないし 160
bpm、服用後陣痛周期は 1 分 30 秒ないし 2 分、
38w0d(土)
8:15
DR の内診、ビショップスコア 6 点陣痛周期 2 分、
持続時間は 40 ないし 50 秒。
不規則で微弱な陣痛のため、陣痛促進剤の投与
14:30
を決定、プロスタルモン E を 1 錠目内服 ドップラ
(分娩監視装置)をつけにきてくださいとナースセ
ー聴診で約 150bpm
9:15
ドップラー聴診で約 150bpm、本剤 2 錠目内服
9:46
~10:06 ころまで約 20 分間分娩監視装置装着
インターフォンで、15 時になったら陣痛室に器械
ンターから指示。
15:00
分娩監視装置を装着しようとしたが、児心音はとぎ
10:30
本剤 3 錠目内服(助産師の手違いで 15 分遅れた)
れとぎれで弱く、ドップラー聴診で 50 ないし 60 と
11:15
ドップラー聴診により約 160bpm、陣痛周期 5 分、
高度の徐脈に陥っていた。
本剤 4 錠目内服、服用後陣痛周期が 2 ないし 3 分
12:15
14:57
~15:21 まで分娩監視装置を装着したが、胎児心
持続時間は 30 秒程度となった。11:30 ころの昼食
拍が一部 50 ないし 60 の序脈を示したほかはほと
に全く手をつけることができなかった。
んど記録がとれなかった。DR に報告し、帝王切開
ドップラー聴診で 150 ないし 170bpm、陣痛周期 2
決定。
分、持続時間は 10 ないし 20 秒。本剤 5 錠目内服
15:46
児を娩出(2636g)、アプガースコアは 1 分値、5 分
値ともに 0 点
16:38
児の死亡確認
判旨
本件では、主として胎児仮死の原因及び分娩監視義務違反が争われた。判決は、胎児仮死の原因については、
プロスタルモン E の作用により強すぎる子宮収縮が起こり、これにより惹起された低酸素状態が原因であると
推測できるとしたうえで、以下のとおり、分娩監視義務違反を認めた。
「被告病院における被告医師らの実際の分娩監視においては、6 錠目の本剤を投与した 13 時 15 分以降、高
度徐脈の持続という事態の急変に気付いた 15 時までの 1 時間 45 分の間は、分娩監視装置の装着はおろか、助
産師の分娩介助・監視職員の一人として原告を訪室することなく放置し、13 時 30 分以降には、分娩監視装置
を装着ないしこれに準ずる方法による監視を履行すれば当然に獲得できたはずである遅発一過性徐脈、基線細
変動の消失、高度徐脈等の胎児仮死徴候データをつかめなかったのであるから、被告医師及び同被告と連携し
て分娩経過を監視すべき被告病院の分娩介助・監視職員には、なすべき分娩監視義務を怠った過失があるとい
わねばならない。」
129
判例 25
自発呼吸のない状態で出生した新生児に対する蘇生措置中に適切な体温管理を怠り、長時間低温の状態に
置いたために、新生児に脳性麻痺による両上下肢の機能障害が生じたとして、産婦人科医院に、債務不履行
による損害賠償義務があるとされた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
福岡地判 H16.1.13
平成 7 年(土)
判時 1863 号 84 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 1643 万円
産科診療所
脳性麻痺・身体障害者1級相当
母体・胎児の背景
初産婦・正期産
事実・分娩経過の概要
20:37
38w5d(土)
18:25
陣痛発来(4~5分間欠)により来院
18:55
医師内診
19:00
院長分娩室に行きモニター診る
院長人工呼吸開始
S病院に対し電話で応援依頼
20:53
子宮口3cm
院長気管内チューブが抜けていることに気が
付き抜去
20:59
4~5分間欠、院長自宅(隣)待機
マスクによる人工呼吸開始
S病院A医師被告医院に到着、診察、胎盤娩出
軽度陥落呼吸のため改めて気管内挿管開始
19:30
院長指示により、准看護師ら浣腸
20:25
胎胞形成
21:08
A医師と児が被告医院出発(救急車内温度4
20:30
准看護師ら、院長に対して上記経過を報告
21:45
0℃、保育器温36℃~40℃、湯たんぽ使用)
20:34
陣痛室から分娩室へ移動
20:35
院長人工破膜、児娩出(2364g)
22:00
腸温度34.2℃
自発呼吸見られず
23:00
児の直腸温度36.8℃に上昇
A医師と児がA医師所属のS病院到着、児の直
子宮口全開
判旨
分娩監視の問題につき、
「文献には、
『羊水量正常で安心なFHRパターンであれば、内診所見、陣痛状態に
よって一時中止する場合もある。』と記載されているところ、前記認定事実のとおり、被告病院においては、
異常所見が認められなければ分娩監視装置装着後約40分から60分経過時に産婦から分娩監視装置を外し、
その後は約2時間から3時間毎に分娩監視装置を約40分から60分装着することとしていたのであって、こ
のやり方に特段の問題があったとは認められない。…分娩監視装置のモニターには異常が見られなかったこと
は前記認定事実のとおりである。そうすると、被告は、原告花子に対し、一定時間分娩監視装置を装着した上
で、分娩監視装置のモニター観察結果、内診所見及び陣痛状態等を総合的に考慮して一時的に原告花子から分
娩監視装置を外したのであって、分娩監視装置を外したことを以て被告に分娩監視義務違反の過失があったと
することはできない」と過失を否定する認定をした。
一方、生後の産婦人科による新生児管理の問題については、
「『新小児医学大系』には『不十分な保温が新生
児の予後を大きく左右する』と記載されており、「今日の産婦人科治療指針」には『蘇生行為ばかりに気を取
られ患児の保温を忘れてはならない』、
『低体温は直腸で35.5℃未満になった状態をいい、児の予後に大き
な影響を及ぼすため、新生児では適切な体温管理が求められる』と記載されている。そうすると、被告には、
児が低体温(直腸温35.5℃未満)に陥ることを防止し、適切な体温管理をする注意義務があったことが認
められる。…被告は、インファントウォーマーの温度設定を更に上げたり、児がやけどをしないように気をつ
けながら湯たんぽを使用したり、分娩室の設定温度を上げたりストーブ等を使用して分娩室の温度を上げるな
どして、児が低体温に陥ることを防止し、適切な体温管理をするべきであったのにこれを怠った過失が認めら
れる」と過失を肯定する認定をした。
なお、本判決は、応援に駆けつけたA医師の体温管理の措置を参考にしている(被告の対応との比較。
)。
130
判例 26
経腟分娩により娩出した胎児が脳障害に起因する後遺障害を負った場合に、適切な分娩監視、帝王切開手術の準
備・処置を怠った医師に過失があるとされた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
東京地判 H16.3.12
平成 7 年(日)
判タ 1212 号 245 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
四肢麻痺・体幹麻痺・後遺障害1級相当
一部認容:1 億 132 万円
大学病院
母体の背景
30 歳・初産婦・前期破水・正期産
事実・分娩経過の概要
20:07-
37w2d(土)
20:30
17:30
前期破水
19:00
入院
20:00
診察、子宮口1cm、展退度30%、ST-3、羊水流
16:42-43
18:1018:34-35
19:38
19:5720:00
約75秒間90bpm未満の高度徐脈が持続(最下
点65bpm)、胎児心拍数基線も100bpm
その後、最下点が70~80bpm程度の変動一過
37w3d(日)
9:00
心拍よくないため医師呼ばれる、子宮口全開大、
ST±0ないし+1
20:34-
出、抗生剤セフゾン処方
15:00
変動一過性徐脈、周囲に誰もいない状態
性徐脈が頻出
オキシトシン投与、陣痛、分娩監視装置装着
20:40
子宮口2~3cm、ST-3
20:44-
軽度変動一過性徐脈
20:45
軽度変動一過性徐脈(120bpm)数回
クリステレル胎児圧出法
90bpm未満の高度徐脈が持続、胎児仮死
児心音60bpm台、吸引分娩
変動一過性徐脈(80bpm)
高度徐脈の改善見られないため、帝王切開術へ
変動一過性徐脈反復(90bpm)
の切り替えをかなり迷うが、切り替えず、5・6回、ク
分娩監視装置外される
リステレル胎児圧出法を併用した吸引
21:15
分娩室へ、助産師内診、子宮口8~9cm、ST-1
児娩出、2758グラム、頸部に臍帯1回巻絡
判旨
分娩監視義務違反の有無につき、
「変動一過性徐脈の反復出現が見られるのに、実際には、午後 8 時 7 分以
降、同 30 分まで、原告花子の周囲にだれもいなかったこと、医師の診察がされたのがようやく午後 8 時 30
分に至ってからであったこと、前述した母体の体位変換や羊水腔への温生食水注入の処置が執られず、酸素投
与も、午後 8 時 30 分以降であることからすると、本件医院の助産婦及び被告乙山を含む当直医師は、午後 7
時 38 分から午後 8 時 30 分までの間、原告花子のモニターの十分な監視をせず、午後 8 時 30 分近くになるま
で、変動一過性徐脈の発生とその悪化を見落とし、適切な処置を何も執らなかったということができる。そう
すると、異状が発生し、しかもそれを容易に発見することができたにもかかわらず、当該異状に対し、適切な
監視や対処を行っていない者として、本件医院の助産婦及び当直医であった被告乙山は、分娩監視義務を怠っ
ていたと評価すべきである。」と認定した。
分娩方法及び時期の選択における過失の有無につき、「被告乙山は、遅くとも午後 7 時 57 分以降、厳重な
分娩監視をして、体位変換等も試みた上、帝王切開手術の第一段階の準備をし、午後 8 時 34 分以降、胎児の
低酸素状態を緩和させるため更に適切な処置を執るとともに、帝王切開手術の本格的な準備をし、胎児仮死の
状態であると認められる午後 8 時 44 分には、直ちに帝王切開手術の施行を決定して、すみやかにこれを施行
することにより、胎児の低酸素状態をできるだけ悪化させずに早期娩出に努めるという一連の義務があったに
もかかわらず、午後 8 時 30 分ころの母体への酸素投与以外には、上記の適切な分娩監視・帝王切開手術の準
備・処置を執ることを怠り、帝王切開手術を施行せず、かえって、本件では失敗の危険性が高い吸引分娩・鉗
子分娩を繰り返し、かつ、クリステレル胎児圧出法を漫然と35分間もの長時間行って、原告花子の腹部を強
く圧迫し、これらにより胎児の低酸素状態を更に悪化させた点において、注意義務違反がある」と認定した。
オキシトシンの投与方法における過失の有無につき、
「添付文書によれば、
『点滴速度をあげる場合は、一度
に 1~2 ミリ単位/分の範囲で、40 分以上経過を観察しつつ徐々に行うこと。』とされているのであるから、
40 分以上経過を観察した上で判断するのではなく、30 分ごとに機械的に投与量を増量することを指示し、現
に午後1時 30 分ころまでそのとおりの増量を続けている本件においては、添付文書(能書)に反しているこ
とになる。」と判示して肯定。
131
判例 27
被告病院において胎児の分娩を担当した医師に、分娩監視をすべき注意義務を怠るなどした上、急速遂娩を可及的
速やかに実施すべき義務を怠った過失があり、これによって、出生した児が脳性麻痺による移動機能障害の後遺症
を負ったものと認められるとされた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
名古屋地判 H16.5.27
平成 11 年(金)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 3933 万円
産科診療所
脳性麻痺・移動機能障害・1級相当
母体・胎児の背景
初産婦・正期産
事実・分娩経過の概要
16:25
全開大 急激な痛み
陣痛発来により入院、看護師が内診 ST-2
16:29
心拍 80~90 台
NST
16:30
分娩室へ
看護師が内診 ST-2 子宮口 4cm、胎胞・出血あ
16:32
医師、分娩室をのぞく
り 陣痛室へ
16:33
以降、一過性徐脈、心拍 100~110 から徐々に
39w5d (金)
3:50
4:20-50
7:00
異常なし
8:30
看護師が内診 ST-2
9:50
院長内診
11:45
准看護師が内診
13:00
2 度目のマイリス
14:30
子宮口 7~8cm
15:50
人工破膜
下降
CTG 開始
子宮口 5~6cm
マイリス 200mg 静注
16:49
吸引2
回滑脱→鉗子に変更
ST-1~±1
17:05
児娩出(出生時体重不明)
マスクで酸素投与
ST±0~+1
子宮口 6~7cm
心拍 100 未満、医師訪室、後方後頭位
ST+1、3 度目のマイ
リス
17:10
挿管、酸素3L
17:15
メイロン
18:15
I病院経由でH病院の NICU へ搬送
判旨
分娩室入室後の分娩監視義務違反につき、「D医師は、胎児心拍が 100bpmを切る午後 4 時 49 分以前の
時点では、胎児仮死の可能性のある切迫した状態にあるものとは意識しておらず、胎児心拍が 100bpm以上
を維持している間は急速遂娩の適応にはならないであろうとの見通しを有していたものと推認することがで
きる。したがって、D医師が午後 4 時 50 分までナースステーションで分娩監視装置のセントラルモニター画
面を見ていたとしても、胎児仮死などの危険な状態の有無を的確に判断するために厳重に分娩監視を行ってい
たものと評価することはできないのであり、また、胎児仮死と診断した場合には直ちに適切な術式で急速遂娩
を行い得る態勢で分娩監視を行っていたものとも認められないから、D医師は、原告Cの分娩室入室後の分娩
監視義務を怠っていたものといわざるを得ない。」と認定した。
術式の選択に関する注意義務違反につき、「本件においては鉗子分娩を選択するのが適切であったと解され
るところ、D医師は、後方後頭位であることを認識しながら、吸引分娩の方が鉗子分娩より安全性が高いもの
と評価していることから吸引分娩を選択したものであり、その際に、安心できない心拍数パターンが出現して
からの経過時間、後方後頭位であることによる吸引分娩での滑脱の可能性、児頭の位置及びD医師の手技の熟
練度並びに本件において安全に鉗子分娩を行い得る可能性の程度などを考慮したことをうかがわせる事情は
認められない」と判示して、義務違反を肯定。
急速遂娩を可及的速やかに実施すべき義務を怠った過失につき、「本件においては、午後 4 時 48 分ころの
時点で、胎児心拍及び基線細変動の回復はほとんど期待できないと判断し、胎児仮死と診断して急速遂娩の実
施を決断すべきであったと認めるのが相当である。しかし、D医師は、分娩室入室後の分娩監視義務を怠り、
胎児心拍が 100bpmを切る午後 4 時 49 分以前の時点では、胎児仮死の可能性を意識しておらず、分娩室を
訪れて自ら内診することもなく、単にナースステーションで書類の整理をしながら分娩監視装置のセントラル
モニター画面を見ていたものであり、胎児心拍が 100bpmを切った午後 4 時 50 分に初めて分娩室に駆けつ
け、急速遂娩を決定したものである。加えて、術式選択の際の注意義務を怠って吸引分娩を選択したために、
急速遂娩の実施が更に遅れたものであるから、結局、D医師は、急速遂娩を可及的速やかに実施すべき義務を
怠ったものと認めることができる。」と認定。
132
判例 28 (一審/控訴審)
帝王切開術により娩出された新生児が、低酸素性虚血性脳症により脳性麻痺の重大な後遺障害が残った場合、分
娩担当医師にオキシトシンの投与に関する適切な分娩監視を怠った過失があったとして、病院側の不法行為責任が
認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
控訴審:福岡高裁 H16.12.1
控訴審:判時 1893 号 28 頁
平成 5 年(水)
一審:福岡地裁 H11.7.29
一審:判時 1728 号 84 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 1978 万円
自治体病院
脳性麻痺
母体・胎児の背景
36 歳・経産婦(無痛性の流産既往→頸管無力症にて頸管縫縮術施行)・正期産・子宮破裂
事実・分娩経過の概要
9:08
シロッカー抜糸と墜落産予防のため入院
12:09
胎児心拍数が乱れ始める
13:00
分娩監視装置装着、胎児心音異常なし
12:15
MW:オキシトシン投与中止、ラクテック
18:00
シロッカー抜糸手術
21:00
MW→妊婦:「このまま朝まで陣痛が来なかったら、
子宮破裂
とともに、陣痛ごとに遅発一過性徐脈(5 回)
38w4d(火)
に変更、O₂8ℓに増量、メイロン注射
12:16-23
12:23
朝 9 時から(分娩を)誘導して出産をします」と説明
遷延性徐脈出現
以降、胎児心拍数 70bpm に低下
MW 内診:子宮口開大 8-9cm、児頭-3cm、胎児
38w5d(水)
心拍数 60-70bpm
9:08
分娩監視装置を装着
9:10
オキシトシン誘発開始:15 ミリ単位/h
12:26
以降、胎児心拍数の基線細変動も消失
9:40
オキシトシン増量:30 ミリ単位/h
12:30
異変の報告を受け Dr が内診:子宮口ほぼ全開、
9:57
陣痛→遅発一過性徐脈→160-180bpm
10:10
10:18-53
10:40
児頭±0、胎児心拍数 60bpm 前後
オキシトシン増量:60 ミリ単位/h
12:35
常位胎盤早期剥離を疑い吸引分娩施行を決定
遅発一過性徐脈に疑わしい徐脈、あるいは、明ら
12:40
MW と吸引分娩を 2 回試みるも娩出できず
かな遅発一過性徐脈が 12 回発生
12:50
MW とクリステレル圧出法を併用するも娩出できず
胎児心拍数 60-70bpm
オキシトシン増量:90 ミリ単位/h
遅発一過性徐脈の状態改善。基線細動変動正常
12:55
緊急帝切施行決定
11:10
オキシトシン増量:120 ミリ単位/h
13:19
児娩出(出生時体重不明)、子宮破裂が判明
11:28
自然破水
11:06-36
11:39-53
胎児心拍数 120bpm くらい
11:50
胎児心拍数 100bpm→O₂3ℓ投与→160bpm に回復
12:04-13
13:23-40
陣痛ごとに変動一過性徐脈(6 回)
11:44
11:56-12:00
(→14:57 終刀)重症新生児仮死の状態(AP2)
麻 酔 科 医 : 挿 管 、 HR100-120 、 全 身 チ ア ノ ー ゼ
(+)、DIV 確保できず。
14:07
児ときどき自発呼吸→Dr:皮膚色変化ないが心拍
OK と母体の手術に集中
遅発一過性徐脈ないしその疑いのある徐脈(3 回)
14:40
この陣痛以降、陣痛曲線の山が目立たなくなる
近隣 NICU へ搬送、AP4、食道への誤挿管判明
判旨
病院所定のルーチンのオキシトシン投与方法は「米国産婦人科学会の勧告による低容量法と高容量法の中間に当
たる方法であり、安全限界以下の投与量にとどまっているものの、注入速度の増加については、…日本母性保護協会
の示す標準方法に照らすと、やや急ぎすぎである。そうすると、本件においては被控訴人(産婦)について、陣痛の促
進を図るためのものとして上記オキシトシンを投与したのであるから、オキシトシンの投与による危険性を把握し、母体
や胎児に対する安全の確認には十分な注意を払うべきであり、オキシトシンの投与によって母体や胎児に何らかの異
常な兆候が出現した場合には、適切に回避すべき」であり、「午後零時四分ころの陣痛後、陣痛曲線の山が目立たなく
なるとともに、遅発性一過性徐脈が現われたのであるから、助産師は、(産婦)のかかる兆候に対して十分な観察を行い、
医師に(産婦)の前記兆候を報告し、オキシトシンの投与を中止するなどの措置を取るべきであったにもかかわらず、助
産師は午後零時十五分頃に胎児心拍数が七〇くらいに低下するに至って初めて(産婦)の前記異常に気づき、オキシ
トシン投与を中止したというのであるから、助産師には過失があると認めるのが相当」と判断した。このような異常を看取
しうる状況にあったのであるから、「子宮収縮剤の危険性を十分に認識し、適切な管理をし、オキシトシン投与を中止す
ることにより、午後零時十五分すぎの子宮破裂を回避することが可能な状況にあったと認めるのが相当」とした。
133
判例 29
手術適応のない子宮頸管縫縮術を施す等不適切な医療処置を行い、その過失によって、その後出生した児に
対し、脳性麻痺に起因する運動障害及び精神発達遅滞等の障害を負わせた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
広島地判 H16.12.21
平成5年(木)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1億 3152 万円余
産科診療所
脳性麻痺
母体・胎児の背景
経産婦(第1子妊娠 34 週で切迫早産、吸引分娩で娩出の既往)・頸管縫縮術施行(2 回)・早産
事実・分娩経過の概要
6w5d(火)
被告医院で妊娠の診断
8w4d(月)
妊婦健診
13w2d(土)
同上
17w0d(木)
腟分泌物検査でカンジタ菌2+ →腟洗浄、腟内
22w5d(火)
急性腎盂腎炎による発熱と診断(特徴的症状であ
る頻尿・背部痛を訴えた形跡なしとの認定)、2回
目の子宮頸管縫縮術決定
22w6d(水)
7:00
消毒滅菌、抗真菌剤腟挿入・塗布
尿中細菌2+
17w1,2,4d
17w0d と同様の治療
13:22
2回目の子宮頸管縫縮術実施
17w5d(火)
性器出血、腰痛、胎児下降感、子宮口2cm 開大、
13:26
子宮収縮抑制剤投与
子宮頸管 3cm に短縮(裏付ける証拠はない、との
23w5d(火)
認定)→頸管無力症と診断(誤診との認定)、入院
23w6d(水・休)
18w6d(水)
子宮頸管縫縮術実施
20w0d(木)
退院
20w2d(土)
カンジタ菌3+、外陰部・腟洗浄、抗真菌剤腟内
38 度台の発熱
血性帯下、若干の異臭あり
24w0d(木)
9:30
挿入・塗布
下腹部痛増大、子宮口5cm 開大、胎胞膨隆
11:00 頃
H病院に転送。既に破水、胎児骨盤位
11:37
エコーで羊水ほとんどなし WBC15000
腟内分泌物細菌検査では常在菌のみ検出
21w5d(火)
下腹部痛増強、褐色漿液性の帯下
21w6d(水)
胎児先進部下降、子宮収縮、切迫流産の診断で
11:40
帝王切開決定
再入院。NSTで胎児心拍数基線 160 台、37 度台
12:34
児娩出(650g、AP1/5)
前半の発熱持続
分娩 11 日後
約 2 ヵ月後
子宮から大量出血 子宮摘出術(輸血)実施
母体HCV抗体検出、慢性C型肝炎の診断
判旨
頸管縫縮術のリスクにつき、「頸管縫縮術の最大の合併症は子宮内感染であり、既に腟や子宮頸管内に感染
症を有しているような場合には、感染症に対する十分な治療を施してから手術を行う必要がある。子宮内感染
の徴候が悪化した場合には、頸管縫縮術は禁忌であり、破水や母体の発熱、白血球増多、CRPの上昇、子宮
圧痛、膿性帯下、胎児の高度頻脈などの子宮内感染の臨床症状が出現すれば、直ちに抜糸する必要がある。
」
と判示した。また、子宮内感染の診断につき、「臨床における子宮内感染の確定診断は困難であるが、母体の
発熱が最も重要な所見であり、妊婦が発熱しているときには、他の発熱の原因を精査するとともに、羊水感染
を鑑別診断から除外してはならない」と判示した。
第1回子宮頸管縫縮術の適応につき、「原告Cが先天的にも後天的にも頸管無力症であったと診断すること
は不適切であるから、原告Cには第1回目の頸管縫縮術施術当時には同手術の手術適応はなかったといえる。
したがって、E医師は、出血や子宮収縮等の早産傾向のあった原告Cを安静にした上、子宮収縮抑制剤の投与
等の早産防止治療を施しつつ経過観察すべきであった。ところが、E医師は、原告Cが頸管無力症であると誤
診し、手術適応がないにもかかわらず頸管縫縮術を実施し、後述のとおり、原告Cをして頸管縫縮術の合併症
である子宮内感染に罹患させたのであって、この点で過失があるといえる」と判示した。
第2回子宮頸管縫縮術の適応につき、
「原告Cは、遅くとも(21 週 6 日)の入院時には子宮内感染を発症して
いたと推認される。したがって、E医師は、そのころ、原告Cの子宮内感染を疑い、羊水穿刺や羊水グラム染
色等の臨床的な検索を行うべきであり、この検索をすれば子宮内感染との診断に至るはずであったといえる。
ところが、E医師は、原告Cの発熱を腎盂腎炎によるものと誤診し、胎児の頻脈傾向にも注意を払わず、子宮
内感染の妊婦には禁忌である頸管縫縮術を実施したのであり、この点で過失があったといえる」と判示した。
134
判例 30 (上告審/参考:差戻審)
帝王切開術による分娩を強く希望していた夫婦に経腟分娩を勧めた医師の説明が、同夫婦に対して経腟分娩
の場合の危険性を理解した上で、経腟分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務を尽
くしたものとはいえないとして、医師の過失が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
上告審:最判 H17.9.8
上告審:判タ 1192 号 249 頁
平成6年(木)
(参考)差戻審:東京高判 H19.4.19
(参考)差戻審:公刊物未登載
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
(差戻審)一部認容:1100 万円
国立病院
死亡
母体・胎児の背景
初産婦・分娩の一年半前から被告病院で不妊治療・実妹巨大児で出産時に知的障害・骨盤位・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
19:20
28w3d(水)
骨盤位判明
37w3d(水)
殿位となる
41w4d(木)
37w4d(木)
夫婦:帝王切開希望申し入れ
6:00~8:00
38w3d(水)
検診、妊婦:帝王切開希望申し入れ
39w3d(水)
39w4d(木)
8:00 ころ
複殿位判明するも、夫婦に告知せず
13:18 ころ
陣痛促進剤投与開始
検診、妊婦:帝王切開術希望申し入れ
15:03 ころ
陣痛ほぼ2分間隔
医師:どんな場合にも帝王切開術に移ることができ
胎胞排臨状態となり、人工破膜
るから心配いらない旨説明。胎児 3057g
破水後、臍帯脱出
入院。医師:経腟分娩を勧める口調で説明
胎児心拍数 60 前後まで急低下
15:07 ころ
臍帯還納できず、骨盤位牽出術開始
でも帝王切開術に移れるのだから心配はない。」
医師:破水後に帝王切開術に移行しても、胎児娩
子宮口1指大。医師:分娩誘発施行について説明
出まで少なくとも 15 分程度の時間を要し、経腟分
妊婦:子供が大きくなっていると思うので、下から産
娩を続行させるよりも予後が悪いと判断
骨盤位牽出術続行
む自信がないとして、帝王切開術希望申し入れ
医師:予定日以降は胎児はそんなに育たない。
41w3d(水)
15:20
1時間おきに陣痛促進剤服用
医師:帝王切開術に移行することができる旨説明
妊婦が帝王切開術希望を申し入れ。医師「すぐに
41w1d(月)
分娩監視装置によるモニタリング開始
15:09
児、重度仮死状態で出生(3730g)。蘇生措置
19:24
児死亡
バルンブジー挿入
判旨
本件では、主に経腟分娩の危険性や帝王切開術との利害得失について説明義務を尽くしたか否かが争われた。
最高裁判決(差戻審判決同旨)は、夫婦は、胎児が骨盤位であることなどから経腟分娩に不安を抱き、医師
に対し、再三にわたり、帝王切開術を強く希望する旨を伝えていたことを認定した上で、
「帝王切開術を希望
するという上告人(夫婦)らの申出には医学的知見に照らし相応の理由があったということができるから、被
上告人医師は、これに配慮し、上告人らに対し、分娩誘発を開始するまでの間に、胎児のできるだけ新しい推
定体重、胎位その他の骨盤位の場合における分娩方法の選択に当たっての重要な判断要素となる事項を挙げて、
経腟分娩によるとの方針が相当であるとする理由について具体的に説明するとともに、帝王切開術は移行まで
に一定の時間を要するから、移行することが相当でないと判断される緊急の事態も生じ得ることなどを告げ、
その後、陣痛促進剤の点滴投与を始めるまでには、胎児が複殿位であることも告げて、上告人らが胎児の最新
の状態を認識し、経腟分娩の場合の危険性を具体的に理解した上で、被上告人医師の下で経腟分娩を受け入れ
るか否かについて判断する機会を与えるべき義務があったというべきである。
」とした。そして、医師は、上
告人ら夫婦に対し、「一般的な経腟分娩の危険性について一応の説明はしたものの、胎児の最新の状態とこれ
らに基づく経腟分娩の選択理由を十分に説明しなかった上、もし分娩中に何か起こったらすぐにでも帝王切開
術に移れるのだから心配はないなどと異常事態が生じた場合の経腟分娩から帝王切開術への移行について誤
解を与えるような説明をした」として、説明義務を尽くしたとはいえないと判示した。
なお、損害について、差戻審判決は、説明義務が尽くされたとしても、夫婦が経腟分娩を拒絶して、帝王切
開術を選択したと認めることは困難であるとして、説明義務違反と児の死亡との間の因果関係を否定し、当該
医師の下で経腟分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を奪われたことに対する慰謝料のみを認めた。
135
判例 31
帝王切開術によって出生した新生児が脳性麻痺の後遺症を負った場合に、担当医師は他の措置を検討しないまま
帝王切開術をして肺機能が未熟なまま出生させ、その後の小児科医の呼吸管理にも過失があったとして病院側の
損害賠償責任が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年
出典
大阪高裁 H17.9.13
平成 4 年(土)
判時 1917 号 51 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 1284 万円
自治体病院
PVL→脳性麻痺
母体・胎児の背景
経産婦(第三子)・前置胎盤・早産
事実・分娩経過の概要
28w3d(金)
10:30
少量の性器出血があった
10:35
気管内挿管を施行
子宮収縮はなく、ナプキンへの出血もなかった
10:40
経皮酸素モニター装着 10%ブドウ糖補給
マスクによる酸素投与
31w4d(土)
6:40
8:25
10:18
未熟児室に到着 小児科医がアンビューバッグ・
前置胎盤により入院
レスピレーター接続
帝王切開決定
帝王切開により娩出、児体重 1716g、自発呼吸は
11:20
胸腹部のレントゲン撮影
あったが弱いため、小児科医師がアンビューバッ
11:25
人工サーファクタントを気管内に注入
グ・マスクによる酸素投与し、1 分後アプガースコア
12:00
陥没呼吸は見られなくなったが、動はなく、下肢に
チアノーゼがみられ、冷感も認められた
7 点となった
クベースに入れて助産師がエレベーターで未熟児
13:00
冷感は微弱となり、チアノーゼは見られなくなった
室へ搬送したが、搬送には 4~5 分要した。児は搬
送途中で呼吸困難をおこし、全身皮膚色が悪化
し、筋緊張がなくなり、呼吸がかすかになった。
判旨
本件では、①帝王切開術の実施時期決定に関しての過失、②帝王切開実施決定時の説明義務違反、③出生後の
呼吸管理に関する過失が争われ、判決は以下のとおり、いずれの過失も認めた。
①「乙山医師は、控訴人花子が土曜日、日曜日の間に大量出血をした場合には、被控訴人病院の体制から緊急手
術に対応しにくいと考え、これを主たる理由にして、本件の手術に及んだものと推察せざるを得ない。確かに、緊急手
術への対応体制の有無は、帝王切開選択の可否に関する一つの考慮要素ではあり得るが、本件においては、被控訴
人病院が県立**病院として地域の基幹的医療施設の一つであることや、前記認定の控訴人花子の出血状態、及び
前記のとおり乙山医師が上記諸要因や他の選択肢についての慎重な検討や衡量をしたとは認められないことなどを
考え合わせると、土曜日、日曜日には緊急手術への対応がしにくいということをもって、本件帝王切開を是認する根拠
とすることは相当でないといわざるを得ない。」
②「乙山医師は、前置胎盤による突然の大出血の可能性と病院の土曜日、日曜日の緊急手術対応体制の説明をし
て、土曜日午前中の帝王切開術の必要性を説明しただけであり、32 週未満の胎児の肺機能の生理的未熟さや脳の
脆弱性、つまり早期の帝王切開による娩出が胎児にもたらすリスク及び胎内保存的な療法の具体的な可能性につい
て説明していない。そのため、控訴人らは母体の安全のことだけを中心に考えて帝王切開術を承諾してしまった。胎児
へのリスクや胎内保存的な療法の可能性についても説明を受けたとしたら、母体へのリスクと胎児へのリスクを衡量して、
夫婦で十分に相談して納得の上でなければ、安易に土曜日の帝王切開術に同意することはなかったであろうことが容
易に推察できる。その意味において、控訴人らは医療における真の自己決定の機会を重大な点において奪われたも
のであるということができる。したがって、乙山医師には、帝王切開の選択に当たって、控訴人らに対し、そのことが胎
児に与えるリスクや他の選択肢の可能性について説明しなかった点において、説明義務違反があるといわざるを得な
い。」
③「出生時の啼泣も弱く、軽い蘇生措置を必要としていたことなどを合わせると、丙川医師においては、出生後直ち
に、人工サーファクタントの投与を行うべきであったというべきである。」
136
判例 32
胎児仮死状態に陥ったのに、適切な処置を怠ったため新生児仮死状態で出生し、脳性麻痺となり、9歳時に死亡し
た事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
福岡地裁 H18.1.13
平成 5 年(水)
判時 1940 号 140 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:6873 万余円
産科診療所
脳性麻痺、9 歳時死亡
母体・胎児の背景
初産婦・正期産
事実・分娩経過の概要
※ 被告は、診療記録の記載はないが、気管内挿
【判決の別紙診療経過一覧表が省略されているの
5w5d(火)
39w5d(火)
で詳細不明】
管を行い、T病院医師が到着する前に抜管した
初診
と主張。しかし、裁判所は、気管内挿管はなされ
陣痛発来、入院
なかったか、試みられるも奏功しなかったと認
定。
39w6d(水)
11:40
分娩室に移動
T 病院医師がドクターカーで到着。児は、心拍数
12:11
~13:23 まで遅発一過性徐脈
100 以下、重度の新生児仮死状態、全身に緑色胎
13:07
120pbm もしくは 120bpm 以下
便付着、マスクで酸素投与されていた。
13:43
~14:00 120pbm もしくは 120bpm 以下
T病院医師による気管内挿管。肺への空気の入り
13:59
(遅発性一過性徐脈または遅発性か変動性か判
方は良好。挿管時に胎便が引けたが、量は気道
別できない一過性徐脈)
内を完全に塞ぐほど大量ではなかった。
15:25
全開大
16:22
娩出(出生時体重記載なし)、1分後 Ap3
17:05
T 病院新生児センターに搬入。
判旨
①胎児仮死遷延回避措置を行わなかった義務違反については、
「A医師には、13 時 7 分ころ以降できるだけ
早い時点において、分娩監視記録から胎児の異常を読み取り、母体の体位変換及び酸素投与などを実施し、改
善しなければ急速遂娩を行うべき注意義務を起こった過失がある」と判示した。
②出生後の新生児に対する救命(気管内挿管)を行わなかった義務違反については、「A医師による気管内
挿管はなされなかったか、あるいは気管内挿管が試みられたものの挿管しなかったと認められる」という事実
認定を前提として、A医師は、児に対し「気管内挿管を施すべき注意義務があったにもかかわらずこれを怠っ
た過失がある。」と判示した。
本件では、分娩監視記録のうち 14:59~15:59 までの記録が本件妊婦の分娩監視記録であるか否かについて
も、争いがあった。裁判所は、証拠保全の際に分娩監視記録が提示されなかったこと、記録10の様式・体裁、
出生後の新生児仮死状態等から、「原告Aの分娩監視記録であるか否かは、不明であって、記録10が原告A
の分娩監視記録であると認めることはできない」と判示した。
*
事実・分娩経過については、センターニュース220号7頁判決速報も参照した。
137
判例 33
分娩が遷延していた原告が慎重な診察に基づく適切な分娩方法の選択、管理及び介助を委任したにもかかわらず、
被告がこれを怠り、安易に経腟分娩を選択したうえ、自己の医院における経腟分娩に固執し、高次医療機関への転
送を怠ったため、子が重症仮死状態で出生し、出生後間もなく死亡したことに対し、診療契約上の債務不履行に基づ
く損害賠償を認めた事案
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
さいたま地川越支判 H18.1.19
平成 11 年(火)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:5632 万円
産科診療所
死亡
母体・胎児の背景
正期産・予定日超過・常位胎盤早期剥離
事実・分娩経過の概要
39w6d(土)
23:55~
陣痛発来、ただし不規則
10:30
胎児心拍数 180bpmを超える状態
助産師助言、被告総合病院への転送を考え近隣
40w2d(月)
の医大へ電話も NICU 満床のため断られる。
助産院の助産師の勧めで被告病院受診、入院
性器に血性分泌が見られたが、常位胎盤早期剥離
を疑わず、指示又は申し送りなし
40w3d(火)
~0:05
胎児心拍数 180bpmを超える状態
0:08
胎児心拍数 180bpmを超える状態
11:00
子宮口4cm、ST±0
16:40
人工破膜
助産師助言、被告総合病院への転送を考え近隣
16:50
分娩監視装置初めて装着される
の医大へ電話も NICU 満症のため断られる。同時
17:30
分娩監視装置外される
にK総合病院には転送可能なことを覚知。
20:46
羊水混濁
20:55
胎児心拍数 168bpm、アトニンO開始
以降、診療記録に記載されているだけでも合計
21:40
同 180bpm
12回の吸引
23:22
分娩監視装置による連続監視開始
0:20
1:20
吸引分娩開始
児娩出(3775g)
判旨
常位胎盤早期剥離を疑い、検査・監視をなす義務につき「被告は、産婦に常位胎盤早期剥離が疑われる臨床症状が
見られたにもかかわらず、エコー検査等を実施し、常位胎盤早期剥離の有無及び程度を確定診断しようと勤める義務に
違反したと認められる」と認定した。一方、転送義務については、「被告には、入院時の内診結果を中心とする臨床症状
等から常位胎盤早期剥離を疑うことが可能であった時点での帝王切開を含む急速遂娩を行うことのできる高次医療施設
に産婦を転送する義務があったとまでは認められない」と認定した。
羊水混濁後の監視義務につき、「被告は、常位胎盤早期剥離による低酸素状態又は胎児仮死の疑いがあった中で、
淡黄色の羊水混濁が見られたのであるから、分娩監視装置による連続監視を実施すべきであったのにこれをせずに、
胎児仮死状態の有無及び程度を確定診断するべき義務に違反した」と認定した。
アトニン O 投与における義務違反につき、「常位胎盤早期剥離による低酸素状態又は胎児仮死状態の疑いがあり、
かつ、低酸素状態又は胎児仮死状態を示す羊水混濁が存在したため、これらを導く可能性のあるアトニン O を投与す
べきではないという義務に違反した」と認定した。
高度頻脈発見時以後の転送及び監視義務につき、「被告には、(40 週 3 日分娩当日)午前 0 時 8 分ころには、(40 週 2
日)午後 11 時 55 分ころから(40 週 3 日分娩当日)午前 0 時 5 分ころまで高度頻脈が継続したことを受けて、常位胎盤早
期剥離の疑い、羊水混濁の存在及びアトニン O 投与の事実を併せ考え、胎児仮死の危険性が高いことを認識し、被告
医院では帝王切開を実施することができない以上、その時点で直ちに帝王切開の適応があるかどうかについては別の
判断があり得るとしても、帝王切開をしたこともなく、その用意もなかった被告医院に産婦をとどめておかず、K総合病院
など帝王切開の可能な高次医療施設にできる限りすみやかに転送すべき義務があったといえる。また、仮にその時点で
は遅きに失したというのであるならば、もっと早期の段階ないし日頃から被告医院における治療では賄いきれず転送が
必要となる帝王切開等の緊急事態の発生に備えて高次医療施設に転落しておくなどして転送のルートといったものを確
立しておくべきであったというべきである。にもかかわらず、被告は、転送先の事前の確保ないし連絡も転送可能なK総
合病院への転送もせず、かつまた帝王切開の準備もしないままに吸引分娩も続けたものである。以上によれば、被告に
は、転送義務違反の事実が認められる。」因果関係は、転送義務との間のみ肯定。
138
判例 34
IUGR と確定診断後、分娩前に妊婦を速やかに周産期センター又は大学病院レベルの高度医療機関に転送し、より
適切な医療を受けさせるべき注意義務を怠った過失があるとし、後遺症との因果関係は否定したが、後遺症が残ら
なかった相当程度の可能性があるとして、損害賠償請求を認めた。
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
横浜地裁 H18.1.25
平成 6 年(水)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:550 万円
私立総合病院
精神発達遅滞等
母体・胎児の背景
32 歳・切迫流産・過期産・児: IUGR
事実・分娩経過の概要
7w1d(日)
43w4d(水・休)
(補正後 6w0d)初診。分娩予定日の診断。切迫流
(補正後 42w3d)
産で同日より 10w1d まで入院。
2:00
5 分おきの陣痛があり、再入院
10w1d(日)
(補正後 8w5d)CRL18mm:8 週 5 日相当
8:10
子宮口 8cm、約 10 分間 60 から 80bpm までに低下
12w3d(火)
(補正後 11w2d)CRL39mm:11 週 2 日相当
する遅発性徐脈が認められた。体位変換、酸素 5l
(補正後 34w5d)胎児の推定体重により、医師は妊
投与により 120bpm から 160bpm に回復した
35w6d(金)
娠週数が違うか IUGR を疑う
8:50
助産師が小児科医にドクターコール
36w4d(水)
(補正後 35w3d)IUGR の確定診断
9:10
オキシトシン 5 単位を毎分 25 滴で点滴
39w5d(木)
(補正後 38w4d)NST 実施、反応型。マイリス投与。
9:20
担当医が非常勤で初対面の医師に交替した。
推定妊娠週数を 39 週 5 日から 38 週 4 日に、出産
10:00
オキシトシンを毎分 30 滴に増量
予定日を当初より8日遅らせる補正した。
10:40
オキシトシンを毎分 35 滴に増量分娩室に移り怒
41w0d(土)
責をかけた。
(補正後 39w6d)
ヒト胎盤性ラクトゲン及び尿中エストリオールの胎盤
11:00
変動一過性徐脈とも遅発一過性徐脈ともとれる徐
検査を実施し、その結果はそれぞれ 5.5ng/dl、
脈が出現。これは最下限がいずれも 110bpm 以上
5ng/dl であった。
のものであり、その後すぐに 130~140bpm に回復
41w5d(木)
(補正後 40w1d)NST 実施、反応型。マイリス投与
43w0d(土)
(補正後 41w6d)卵膜剥離の処置
43w2d(月)
(補正後 42w1d)
した。産瘤が軽度に認められた。
11:05
産瘤はやや増強、オキシトシンを毎分 40 滴に増
量。
11:19
分娩(2126g) アプガー1 分後 1 点、5 分後 4 点
43w3d(火・休) (補正後 42w1d)
12:18
アプガー10 点となる
0:10 入院
12:30
陥没呼吸、落陽減少が継続するため、医大病院
7:00
9:15
16:00
不規則な陣痛発来
の NICU に転送
プロスタグランジン E1 錠
CTG で反応型を確認、微弱陣痛のため退院
※本件の妊娠週数は初診時に診断された予定日を基準として記載し、39w5d での週数補正後の週数はそれ以前も遡ってカッコ( )書きとした。
判旨
判決は、以下のような理由により、高度の医療機関への転送義務違反を認め、高度の医療機関に転送されたとして
も後遺症である精神発達遅滞等がまったく存在しなかったとは断定できないが、精神発達遅滞等が軽減された相当程
度の可能性が認められるとした。
IUGR 児の分娩前管理においては胎児がウエルビーイングであるか否かを常時監視する必要があり、そのためには
NST 検査のみならず、これを補佐するバックアップテストを実施する必要がある。また、IUGR の症例の分娩に当たって
は緊急時に 30 分以内に帝王切開術を施行できる態勢にあることが必要である。被告病院は、バックアップテストを行う
ことは不可能であり、緊急時に 1 時間も帝王切開の準備に時間を要する態勢にあった。神奈川県は緊急時以外にも母
体搬送を受け入れる産科緊急システムが確立しており、被告病院はシステムの利用が可能であり、同システムによれ
ばバックアップテスト等の実施が可能な周産期センター又は大学病院などのより高度の医療機関に転送される蓋然性
が高く、かつその搬送も容易であった。被告病院の医師としては、IUGR と確定診断後、本件分娩前に母体を速やかに
周産期センターまたは大学病院レベルの高度の医療機関に転送しより適切な医療を受けさせるべき注意義務があっ
たにもかかわらず、これを怠った過失があると認められる。
139
判例 35
子宮収縮剤を使用するに際して十分な分娩監視を行う義務に違反した過失が認められ、その注意義務を尽くしてい
れば、児に重篤な低酸素性虚血性脳症の後遺障害が残らなかった相当程度の可能性があったと認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
東京地裁 H18.3.15
平成 12 年(土)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:340 万円
産科診療所
死亡
母体・胎児の背景
26 歳・初産婦・前期破水・身長 151cm/出生時の体重 3725g・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
22:22
40w3d(土)
18:00
アトニン 5 単位を点滴に加え投与を開始、最初 2
破水により受診し入院。子宮口 4cm開大、児頭は
ないし 3 ミリ単位/分から始め、以後速度を少し上
ほぼ固定。微弱陣痛によりプロスタグランジンE2 を
げ下げし、最大時では 4 ないし 4.3 ミリ単位/分まで
1錠内服。以後 1 時間ごとに1錠を内服
増やした。
18:20
ネオメトロ挿入
22:45
胎児心拍数 116/分
19:00
同錠剤を1錠内服。ドップラーによる胎児心拍数は
23:00
胎児心拍数 108/分、会陰切開の上、吸引に着手
128/分、陣痛周期 10 分
23:08
児を娩出、児体重 3725g
同錠剤を 1 錠内服、胎児心拍数は144/分、陣痛
23:11
児は初めて啼泣するが弱かった。自発呼吸が弱い
20:00
ためジャクソンリースにより酸素投与
周期 8 ないし 9 分
20:40
23:25
子宮口 5 ないし 6cm開大、子宮頚部の展退度 70
数は 40/分、心拍数 110/分
ないし 80%、児頭はやや可動で、sp-2、ネオメト
23:35
ロ抜去、胎児心拍数148/分、陣痛周期 5 分
21:00
同錠剤1錠内服、胎児心拍数 144/分、陣痛周期 4
翌日
ないし5分
呼吸数は 60/分、心拍数 140/分
0:37
救急車の出動を要請
0:40
救急車到着、被告が同乗し、酸素投与を行いなが
ら搬送
22:00
同錠剤1錠内服(5錠目)、陣痛周期3ないし5分
22:20
分娩室に入室、子宮口 8cm開大、展退度 70 ない
22:21
胎盤が娩出したが特に異常はなかった。児の呼吸
0:47
搬送先病院到着、児の動脈酸素分圧は 99.5(正
し 80%、児頭は固定しsp±0
常)
ブドウ糖 250ml点滴投与、胎児心拍数 128/分
その後搬送先の医師により、潜在性仮死により低
酸素性虚血性脳症と診断される。
入退院を繰り返し、約 4 年後に死亡
判旨
判決は、以下のとおり、被告の分娩監視義務違反を認め、義務違反がなければ児の脳障害の結果を回避又はその
程度を軽減することができた可能性があったと認めたが、本件と異なる転帰となったと認めることについては、合
理的な疑いが残るといわざるを得ないと判断した。
「被告は、プロスタグランジンE2を投与した22分後に、しかも、2ないし3m単位/分の速度で、アトニンの点滴投与
を開始したのであるから、その分娩監視に当たってはより一層慎重を期す必要があったこと、しかも、被告医院には分
娩監視装置が設置されていたことをも併せ考慮すると、もとより、本件投与がされた(…)当時、アトニンの添付文書上分
娩監視の方法が同装置の装着に限定されていた訳ではないが、被告は、本件アトニンの点滴投与に当たり、胎児の
心音や子宮収縮の状態を的確に把握するために、分娩監視装置を装着して分娩監視をし、又はそれに匹敵する内
容・程度の分娩監視をすべき注意義務を負っていたにもかかわらず、その義務を尽くさなかったものというべきであ
る。」
「被告が、本件アトニンの点滴投与に当たり、胎児の心音や子宮収縮の状態を的確に把握するために、分娩監視装
置を装着して分娩監視をし、又はそれに匹敵する内容・程度の分娩監視をすべき注意義務を尽くしていれば、その異
常を早期に発見することができた可能性があり、その異常を認めた場合に、その時点でアトニンの点滴投与について
減量若しくは中止し、また、急遂分娩等の措置を講ずることにより、胎児に対する脳障害の危険を回避又はその程度を
軽減することができた可能性があったものといえる。」
140
判例 36
妊娠末期の妊婦にボルタレンを投与したことによって死産となったことにつき、被告医師の診療上の過失を認定し、
不法行為ならびに債務不履行に基づく損害賠償請求を認めた事例
裁判所・判決日
分娩年
出典
松山地裁 H18.5.23
平成 11 年 11 月(週末)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:825 万円
私立産婦人科病院
胎児死亡
母体・胎児の背景
29 歳・初産婦・正期産
事実・分娩経過の概要
10:50
37w0d
出産のため入院(腹部緊迫・出血あり)
20:50
強い腰痛のためボルタレン坐薬 1 個 50mg 使用
37w1d
子宮口 1cm 開大、児推定体重 3000g
37w2d
10 分に 1 回の腹部緊迫、少量の出血
37w3d
4~5 分ごとに腹部緊迫
37w4d
朝・昼・夕に 1 回につきレボスパ 200mg、子宮口
頻脈も一過性徐脈もなし
14:05
16:20
19:00
19:09-21:40
ボルタレン坐薬 1 個 50mg
心拍数基線 145-160bpm、基線細変動 5-10bpm、
一過性頻脈あり、遅発一過性徐脈あり
ボルタレン坐薬 1 個 50mg
21:40
1 時間に 1 錠プロスタ E 錠服用(×6 回)
心拍数基線 145bpm、基線細変動 5bpm、一過性
頻脈あり、遅発一過性徐脈あり
骨盤レントゲンで CPD 否定
16:40-21:50
心拍数基線 165bpm、基線細変動 5bpm、一過性
頻脈なし、遅発一過性徐脈あり
37w5d
朝から
心拍数基線は不定、基線細変動 10bpm、一過性
頻脈なし、遅発一過性徐脈の疑いあり
3cm 開大
3:00
心拍数基線 150bpm、基線細変動 5bpm、一過性
心拍数基線 140-145bpm、基線細変動は 10bpm、
38w1d(週末)
朝にレボスパ 200mg
一過性頻脈あり、一過性徐脈なし
5:55
腹部緊迫 5 分間隔→ナースコール
子宮口 3-4cm 開大
6:25
妊婦:体温 38 度 4 分
22:30
ボルタレン坐薬 1 個 50mg
8:26
抗生剤ケニセフ 1g 静注
37w6d
朝・昼・夕に 1 回につきレボスパ 200mg
9:30
子宮口 4-5cm 開大、陣痛 2-3 分間隔
22:15
ボルタレン坐薬 1 個 50mg
10:30
子宮口 6cm 開大、胎児心拍停止を確認
38w0d
朝・昼・夕に 1 回につきレボスパ 200mg
14:21
経腟的に分娩したが死産(3834g)
7:02
心拍数基線 150bpm、基線細変動 5bpm、一過性頻
胎児:前胸部・前腕部に皮膚剥離、羊水やや混
脈の有無は不明、一過性徐脈の疑いあり
濁、胎便混入なし、腹部やや膨満
16:20
10:45
ボルタレン坐薬 1 個 50mg
10:50
心拍数基線 150bpm、基線細変動 5bpm、一過性頻
その後体温下がる
1 週間後
脈も一過性徐脈もなし
体温 40 度→ケニセフ 1mg イセパシン 400mg 静注
その 4 日後
発熱・発疹で抗生剤点滴も治まらず
原因菌は MRSA と判明。その後治療で回復
判旨
平成 10 年 7 月改訂のボルタレンの添付文書の内容や「平成 11 年 11 月当時、産婦人科医の間では、ボルタレンは
妊娠末期にはできるだけ使用を控えようとされており、…有益性が危険性を上回る場合にのみ使用すべきであり、その
場合でも胎児動脈管閉鎖の可能性を念頭に置いて連用は避けるべきであるし、使用する場合には超音波で動脈管の
径を測りながら使用するのが望ましいとされていた」ことについて被告医師は知り得る状況にあったと認定した上で、
「平成 11 年 11 月当時に被告医師が認識し得た医学的知見を基礎として、医薬品の処方、投与については、副作用に
よる悪い結果を防止するため、医療上の知見に従い、副作用の発現に留意しつつ行うべき注意義務」があるとした。
そして、原告(妊婦)は妊娠末期であり、平成 10 年 7 月改訂の添付文書では投与しないことが望ましいとされている
者に該当する理由等に鑑みると、「平成 11 年 11 月当時に被告医師が知り得たと認められる医学的知見を前提としても、
被告医師には(ボルタレンを投与した各)時点において、原告(妊婦)に対してボルタレンの使用を避けるか、少なくとも、
胎児動脈管閉鎖を念頭に置いて連続投与を避けるべき注意義務」がある。「それにもかかわらず、被告医師は、…原
告(妊婦)に対して漫然とボルタレンを連続投与したものであり、上記注意義務に違反したというべきである」と判断した。
よって、他の争点について検討するまでもなく「被告医師には過失があったと認められる」とした。
*本件の医学水準の関係から分娩年月を記載するかわりに、匿名性を確保するため経過の曜日を記載しないこととした。
141
判例 37
肩甲難産が発生し、経腟分娩により重度仮死状態で出生したが、まもなく死亡した事例
裁判所・判決日
名古屋地裁 H18.6.30
結論・認容額
一部認容:3256 万余円
分娩年(曜日)
平成 11 年(水)
医療機関の規模
自治体病院
出典
裁判所ホームページ
児の状態
重症仮死で出生し、同日死亡
母体・胎児の背景
30歳・母体肥満(体重 94.8kg)・前期破水・巨大児・正期産
事実・分娩経過の概要
妊娠判明
19:10
プロスタルモン点滴増量(毎時 200ml)
35w5d(水)
推定体重 3183g
20:05
アトニンO点滴開始(毎時 50ml)
36w5d(水)
推定体重 3354g
20:50
分娩室入室、子宮口全開大
37w4d(火)
推定体重 3526g
4w6d(木)
アトニンO増量(毎時 70ml)
21:50
骨盤レントゲン検査で CPD でないと診断
38w4d(火)
16:00
pm5:00
クリステレル圧出法(数回)と吸引分娩(数回滑脱)
推定体重 4348g、母体体重 94.8kg、子宮底43cm
を実施。
前期破水
吸引分娩時の児頭先進部の位置は確定できない
が、St±0程度に達していた。
入院、子宮口開大 3cm
38w5d(水)
22:13
児頭が娩出するも、肩甲娩出困難、分娩停止
6:00
プロスタルモン E2 内服投与
22:26
手術室に向けて搬送
9:00
プロスタルモン点滴投与(毎時 60ml、以後30分毎
22:30
手術室に入室
に毎時 10ml ずつ増量)
22:59
9:30
14:12
~20:40 分娩監視装置を装着
18:00
プロスタルモン点滴毎時 220ml から 180ml に減量
帝王切開を行う前に経腟分娩にて娩出、4852g、
重度の仮死の状態
陣痛開始
23:30
死亡
判旨
肩甲難産のリスクが高いときの娩出方法の選択について、「分娩管理に当たる医師としては、肩甲難産の可
能性を予測させる因子を常に念頭におき、診療当時の臨床医学の実践における医療水準に即し、可能な診断方
法を総合して、母児に対する分娩前及び分娩中における臨床上の危険因子及びその徴候を発見し、それを総合
することを通じて、肩甲難産発生の可能性を予測し、これを前提とした分娩管理に努めなければならない。
」
とした。
そして、本件では「(38 週 5 日分娩当日)午後9時50分の時点において肩甲難産の発生が十分に懸念される
べき症例であったということができる。そうすると、被告病院医師としては、急速遂娩術として吸引分娩を選
択するにしても、中在からの吸引分娩、クリステレル圧出法は差し控えて十分な児頭下降を待って行い、その
結果、十分な児頭下降が見られず、分娩第2期遷延ないし停止や著しい母体疲労等経腟分娩に不利になる事情
が生じた場合には、帝王切開に移行するという注意義務があり、(分娩当日)午後9時50分の時点では……吸
引分娩、クリステレルを差し控え経過観察すべき義務があったということができる。」
肩甲難産のときの娩出手技については、「肩甲難産となった場合、被告病院医師としては、胎児を速やかに
娩出すべく、状況に応じて各種手技(*)を施行すべきであり、少なくとも、胎児の気道確保及び十分な会陰
切開をした上、恥骨結合上縁部の圧迫及び McRoberts 法を施行すべき注意義務があったというべきである。」
とした。
そして、本件では「医師は、カテーテルによる気道確保を行うことなく、自己怒責を促し、クリステレル圧
出法に加え……Woods のスクリュー法に相当する手技を繰り返し行ったのみで、恥骨結合上縁部の圧迫及び
McRoberts 法を施行しなかったのであるから、上記注意義務に違反する。」
*恥骨結合上縁部の圧迫、McRoberts 法、Woods のスクリュー法、Shuwarts 法、Zavanelli 法
*母体背景につき、センターニュース225号7頁も参照した。
142
判例 38
子宮収縮の開始による胎内低酸素状態が一定期間持続したことにより胎児に脳性麻痺を原因とする四肢麻痺等の
障害が生じた場合において、医師に適切な時期に帝王切開によって胎児を娩出すべき注意義務を怠った過失があ
るなどとして損害賠償請求が認められた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
横浜地裁 H18.7.6
平成 9 年(金)
判時 1957 号 91 頁
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 670 万円
自治体病院
脳性麻痺
母体・胎児の背景
自然流産既往(12 週・原因不明)・正期産・IUGR
事実・分娩経過の概要
36w1d(木)
12:40
子宮底長 32cm
であると評価、羊水過少、BPS4 点→カルテ記載
39w2d(金)
9:50
エコーにより臍帯動脈血の拡張期の血流が不良
「胎児仮死の可能性、帝王切開の方向に」
外来受診、5 分おきの陣痛自覚、入院
子宮口開大 3cm、展退 1cm、児頭は骨盤主要平面
12:53-59
一過性徐脈(2 回)
の上方 2cm、子宮底長 30cm、腹囲 90cm
13:12
遷延性徐脈→モニター記録上に「C/S 決定」
一過性徐脈
13:15
O₂8ℓに増量、産婦を側臥位に
遅発一過性徐脈(2 回)
13:20
手術室に連絡
10:23
VAST を行うも一過性頻脈出現せず
13:25
O₂投与を中止
10:30
帝王切開の準備開始。妊婦に点滴、絶飲食、胸部
13:33
変動一過性徐脈(最小心拍数約 60bpm のオーバ
10:09
10:13-17
ーシュートを伴う)
X 線撮影、心電図と血液検査を実施
内診所見:子宮口開大 3cm、展退 50%、児頭下降
13:41
変動一過性徐脈(最小心拍数約 80bpm のオーバ
ーシュートを伴う)
度-2cm
Dr→妊婦と夫:帝切の説明。回復するようなら経腟
13:45
内診:子宮口開大 3cm 展退 80%児頭下降度 0cm
分娩も不可能ではない旨も。
13:50
変動一過性徐脈(最小心拍数約 60bpm 以下)
遅発一過性徐脈
13:55
変動一過性徐脈(最小心拍数約 60bpm 以下)
一過性徐脈(2 回)
13:59
変動一過性徐脈(最小心拍数約 80bpm)
遅発一過性徐脈(3-4 分おきに連続 7 回)
14:00
産婦トイレのため O₂投与中止
11:28
一過性徐脈
14:12
遅くともこの頃までに Dr は産婦と夫の同意を得、
11:30
変動一過性徐脈
10:35
10:43-53
10:57-11:18
11:31-12:08
12:15
12:18-20
12:23
手術室へ連絡
14:15-22
一過性徐脈(7 回)
14:30
変動一過性徐脈
一過性徐脈(3 回)
変動一過性徐脈、長期細変動が消失
O₂5ℓ投与開始
一過性徐脈(2 回)
14:33-38
変動一過性徐脈(最小心拍数約 70bpm)
一過性徐脈(3 回)
Dr:O₂5ℓ投与開始
14:45
炭酸水素ナトリウム 1A 静注、ウテメリン投与開始
12:32
一過性徐脈
14:49
一過性徐脈
12:37
遅発一過性徐脈
15:08
手術室入室
O₂10ℓ投与開始
15:28
児娩出(2240g)。羊水混濁(++)、2240g、AP1 分後 0
12:40
点 3 分後 0 点 5 分後 4 点 15 分後 7 点。
一過性徐脈
判旨
午前 10 時 13 分から午前 11 時 18 分のモニター所見、VAST 後も一過性頻脈は出現していないこと、モニター上の
長期細変動は消失しているとはいえないが全体的に減少傾向にあったこと、分娩第一期で子宮口開大 3cm で速やか
に経腟分娩ができる状況ではなかったこと等の諸事情を総合すると「医師には、遅くとも午前 11 時 05 分ころまでには、
原告(妊婦)に対し、帝王切開を実施する旨の決定をすべき注意義務」がある。そして、少なくとも被告病院では、特別
な事情がない限り帝切決定から通常 30 分、遅くとも 1 時間以内に児の娩出が可能であり、医師も午前 10 時 30 分の時
点で帝切の可能性の説明をしていたことも考慮すれば「遅くとも、本件出産日午後 0 時 05 分までには、帝王切開によ
って原告(児)を娩出させるべき注意義務を負っていたというべき」であり、当該医師には「この義務を怠り、本件出産日
午後 3 時 28 分まで原告(児)を娩出させず、同人の娩出を三時間以上遅らせた過失があるといえる」と判断した。
143
判例 39
メトロイリーゼによる分娩誘発措置継続中の妊婦につき、当直准看護師に分娩監視装置による胎児心拍数陣痛図
上の異常所見を見落とし、医師への適時の連絡を怠った過失があるが、結果(出生後の児の死亡)との間の相当因
果関係が認められず、結果回避の相当程度の可能性のみが認められた事例
裁判所・判決日
大阪地裁 H18.7.14
結論・認容額
一部認容:440 万円
分娩年(曜日)
平成 14 年(木)
医療機関の規模
産科診療所
出典
裁判所ホームページ
児の状態
重症仮死、低酸素性虚血性脳症、死亡
母体・胎児の背景
初産婦・前期破水・正期産
事実・分娩経過の概要
38w6d(水)
14:00
前期破水
14:59
入院
吸引分娩開始
児を娩出(2840g)。全身チアノーゼで啼泣がなく、1
子宮口約2㎝程度開大しているが、子宮頸管の伸
分後及び5分後のアプガースコアがいずれも「心
展乏しいため、ネオメトロ挿入。ST-1
拍動 100 以下」の1点のみという重度の仮死状態。
MWにより分娩監視装置装着
100%酸素を投与してバッグアンドマスクによる人
DRはNSに対し、ネオメトロが脱出するなど異常が
工換気をするとともに、心臓マッサージを施す。
認められたら連絡するよう指示し、道路を挟んで向
5:35
児:自発呼吸開始。
かい側にある自宅に帰った。当直者はNS1名のみ
7:10
保育器に収容。酸素飽和度 90%前後で推移。
9:40
チアノーゼ悪化
2:51-
徐脈①:遷延一過性徐脈
2:56-
徐脈②:遷延一過性徐脈。
3:15
DR到着し、内診。子宮口ほぼ全開大。ST+2
3:32
39w0d(木)
3:00 ころ
3:21
3:30 ころ
しばらく様子見る。
20:00
NSがDRに電話で臍帯脱出を連絡。
臍帯還納を試みたが奏功せず。
羊水の混濁なく、子宮頸管部が通常より堅め。
17:50
3:16
10:00 すぎ
酸素飽和度 80%未満となり、高次医療機関への
搬送を決断
10:40
妊婦のコールにより、NS訪室。ネオメトロが自然に
児を救急車で転送。
抜去していた。
児は全身蒼白、全身筋肉弛緩、陥没呼吸あり。
NS:分娩が進行していると考え、MWに連絡。
転送先で、重症新生児仮死、低酸素性虚血性脳
NS:分娩監視装置を外して妊婦を分娩室に移動
障害と診断。
妊婦分娩台の上に上がる。NS・MW臍帯脱出に
気づく。
生後約 7 ヶ月
児:低酸素性虚血性脳症を原因とする症状により
死亡
判旨
本件では、主に「分娩監視についての過失の有無」について争われている。
本判決は、分娩当日 3 時ころには、2 時 56 分から始まった徐脈を遷延一過性徐脈と判断し得たとした上で、
当直の准看護師は、「3 時ころの時点で、被告(医師)に対し、本件胎児心拍数陣痛図上、胎児ジストレスと
思われる所見ないし遷延一過性徐脈と思われる所見が認められる旨の連絡をすべきであった」としたうえで、
当直の准看護師は、
「上記遷延一過性徐脈の所見を正しく認識することができず」
、3 時ころ妊婦のコールを受
けて訪室し、
「ネオメトロの自然抜去を認めて分娩が進行しているものと考えて、助産師にはその旨連絡をし
たものの、被告への連絡はこの段階では一切行っていなかった」ことから分娩監視における注意義務違反に当
たると判示した。
そして、「准看護師が上記義務を尽くしていたとしても、これにより、児の低酸素性虚血性脳症の発生が防
止され、又はその程度が軽減されたことを高度の蓋然性をもって認定することまではできない」として、准看
護師の注意義務違反と児の死亡との間の因果関係を否定したが、低酸素性虚血性脳症の程度が軽減された可能
性及び同症発生防止の可能性はあったと認定し、慰謝料の賠償を認めた。
144
判例 40
胎児の吸引分娩が奏功しなかった場合に、同児に対する治療を実施しつつ、帝王切開手術への準備をすべきであ
ったなどとして、医師に対して損害賠償を命じた事例
裁判所・判決日
岐阜地裁 H18.9.27
結論・認容額
一部認容:9092 万余円
分娩年(曜日)
平成9年(火)
医療機関の規模
私立産科病院
出典
裁判所ホームページ
児の状態
重症新生児仮死・脳性麻痺
母体・胎児の背景
25 歳
事実・分娩経過の概要
※
21:00(日)
以下、妊娠判明から約 36 週後の経過
児頭を押し上げようとしたが、ほとんどあがらず。
陣痛発来
その後も、胎児心拍数は最高で 90bpm 程度の徐
脈が継続した。ST+2又は+3
(月)
2:00
11:00
陣痛が 10 分間隔になった。
4:30
子宮口全開大
定期検診:子宮口が6㎝開いている。陣痛が5、6
4:37
DR:重症胎児仮死状態と判断、吸引分娩開始。
分間隔になったら電話するように指示。一旦帰宅。
4:40
ST+3
妊娠判明診断から 36 週
約 20 分間牽引するも娩出に至らず。
3:00
陣痛が5、6分間隔になり、入院。
吸引分娩による牽引とクリステレル圧出法併用
3:10
DR人工破膜を行ったところ、羊水が緑色に混濁。
分娩日(火)
5:00~
児娩出まで牽引 10~15 回、腹部の圧迫5回以上
児を娩出(前方前頭位:出生時体重不明)
カルテに「羊水混濁1+」記載。
3:40
分娩監視装置装着
5:20
アプガースコア:1点
3:45
胎児心拍数最小約 85bpm、持続時間約 60 秒の軽
5:21
アプガースコア:2点
度変動一過性徐脈。体位変換
5:25
アプガースコア:8点(重症新生児仮死)
3:49
極軽度の軽度変動一過性徐脈。
5:35
児を新生児センターに搬送
4:00
分娩室に移動し、ブドウ糖溶液点滴投与
6:10
入院時にけいれん。
4:25 すぎ
陣痛促進剤(アトニン)投与開始直後、胎児心拍数
頭部エコーで著明な脳浮腫認める。その後の頭部
80bpm まで下降
CT及びMRI検査の結果、両側前頭葉及び左側
心拍数低下の原因を見極めるために体位変換し、
頭葉から頭頂葉にかけて脳の損傷確認。
判旨
本件では、主に①胎児仮死治療を怠った過失の有無、②吸引分娩施行上の過失の有無、③帝王切開の準備を怠
った過失の有無が争われた。
①について、本判決は、被告医師が胎児仮死状態と明確に判断できるのは、「胎児心拍数が 80bpm まで下降した
後5分から 10 分程度経過した同日(分娩当日)4時 35 分ころ」であるとした上で、医師には、「胎児仮死と判断した後、
直ちに母胎へ酸素投与をすべき義務があった」と認め、同義務を怠った過失を認めた。
また、被告が胎児仮死の治療として体位変換を行わなかった点についても過失を認めた。
さらに、「4時 35 分ころには胎児仮死状態であると判断できたのであるから、遅くとも、胎児仮死と判断して、吸引分
娩による牽引を1回から3回試みた後は、帝王切開への移行に備え、陣痛促進剤の投与を中止して、陣痛を抑制すべ
きであった」とし、陣痛促進剤の点滴を中止しなかった点にも過失を認めた。
②については、「胎児仮死の場合は、1回目の牽引で児頭が降下しなければ危険である上、吸引分娩とクリステレル
圧出法の併用はやむを得ない場合もあるが、併用可能であるのは胎児予備能が十分にある成熟児だけで、胎児仮死
例等では危険である」とした上で、本件について、医師は、「児が重症胎児仮死状態にあると判断していたのであるか
ら、吸引分娩を行う場合であっても、原則として1回の牽引で娩出できなかった時点で吸引分娩を中止すべきであり、
遅くとも、2、3回の牽引で娩出できなかった場合には吸引分娩を中止して帝王切開に移行すべきであったし、ましてク
リステレル圧出法を併用すべきではなかった」として過失を認めた。
③については、「吸引分娩における全牽引時間は 10 分又は 15 分以内を目安とし、30 分近くに及ぶと児への悪影響
を及ぼす可能性が高まること、また、重症胎児仮死状態の場合には、1回の牽引で確実に娩出可能な場合にのみ吸
引分娩を行うべきである」ことから、予め帝王切開の準備をしなかった点に過失を認めた。
145
判例 41
出産のため被告病院入院中の妊婦が常位胎盤早期剥離を発症して子宮腟上部切除に至り、出生した子が回復
の見込みのない脳性麻痺状態となったことにつき、産婦人科医師の経過観察義務違反を認めたが、損害とし
ては妊婦とその夫、出生した子の慰謝料のみが認容された事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
京都地判平成 18.10.13
平成 15 年(木)
最高裁ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1430 万円
その他の公的病院
脳性麻痺
母体・胎児の背景
初産婦・妊娠中毒症・妊娠中体重増加+16.5kg・常位胎盤早期剥離・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
13:40 ころ
40w6d(木)
腰痛でナースコール
助産師:子宮口6㎝開大、性器出血少量
3:30
陣痛発来
9:10
入院
13:45
助産師:分娩監視装置装着、胎児徐脈
妊娠中毒症:血圧 150/100、尿蛋白陽性(++)、
14:05
酸素吸入開始
手に浮腫、子宮口3㎝開大
14:08
担当医到着
9:29
分娩監視装置によるモニタリング開始
14:10
腹痛訴え、胎児心拍数 70 ないし 80bpm、羊水混
9:45
胎児心拍数上昇(147bpm)、一過性徐脈(「本件一
濁。胎児仮死診断。
14:25
過性徐脈」)
手術室入室。帝王切開術により胎児娩出(出生時
9:57
助産師、基線細変動が少ない旨医師に報告
体重不明、重症胎児新生児仮死、アプガースコア
9:59
医師:モニタリング中止。9:29 から 9:59 までの間
0点)
に、9回、6bpm を超える基線細変動、陣痛3回。
14:55
胎盤娩出
10:00 ころ
陣痛室入室、激しい腰痛
15:57
手術終了
11:00 ころ
助産師:陣痛間欠約2分、子宮口5㎝開大
16:10
妊婦プレショック状態
性器出血増加し、止血できず
分娩監視装置を使って胎児心拍数計測(正常)、
基線細変動乏しかった
18:35
妊婦の子宮腟上部切断術開始
12:00
助産師:陣痛間欠2分ないし3分、子宮口7㎝開大
21:47
手術終了
13:00
助産師:陣痛間欠3分ないし4分、子宮口6㎝開
翌日
児転院
大、性器出血少量
分娩後 18d
胎児ドップラーーを使って胎児心拍数計測(正常)
妊婦退院
判旨
本件では、主に①早剥発見義務違反、②分娩監視義務違反が争われた。
①について、原告らは、9時 57 分の時点で早剥が発生していたと主張したが、判決はこれを認めなかった。
②については、「妊娠中毒症の妊婦の分娩については、ハイリスク妊娠として通常の分娩以上に慎重な分娩
監視をする必要があった」とした。また、「一過性頻脈がみられず、基線細変動は乏しく、本件一過性徐脈が
みられ、しかも本件一過性徐脈については、これが遅発一過性徐脈であるか、遷延一過性徐脈である可能性が
否定できなかった」のであるから、
「胎児が低酸素状態にあると認めるだけの根拠はないものの、胎児の状態
が正常であると考える根拠もないことが明らかであり、その中間的パターンとして慎重な経過観察が必要であ
ったというべきである。
」とした。さらに、「早剥の症状は、一般の切迫早産徴候と似ていることがあるので、
その把握については慎重を要する」としている。
その上で、医師としては、妊婦が「妊娠中毒症の状態にあることから、一般の妊婦よりも早剥発生の危険が
高いことを念頭に置き、E助産師から入院時モニタリングの記録紙を見せられた時点で、同助産師に対し、胎
児心拍数モニタリングを連続的、あるいは断続的に実施することを指示すべき注意義務があった」として、医
師に注意義務違反を認めた。
損害については、早剥が発生した時期が不明であり、胎児心拍数モニタリングが実施されていたとしても、
胎児低酸素症に基づくパターンがいつ生じていたかも不明であるなどとして、精神的損害の賠償のみを認めた。
146
判例 42
適切な時期に帝王切開の準備に着手すべき義務及び帝王切開の決定後早期に胎児を娩出させるべき義務を怠
ったとして、被告病院医師に過失を認め、原告らの損害賠償請求の一部を認めた事例
裁判所・判決日
分娩年(曜日)
出典
横浜地判 H19.2.28
平成9年(月)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 4258 万余円
自治体病院
脳性麻痺
母体・胎児の背景
初産婦・正期産
事実・分娩経過の概要
助産師:体位変換、分娩監視装置の記録中断
37w3d(月)
陣痛間欠3分、発作 20~30 秒・中等の強さ、子宮
8:30 腹緊、性器出血、水様性帯下、破水感
17:00 ころ
19:30 ころ
外来受診し入院、子宮口開大2㎝、開大度 30%、
口3㎝開大、開大度 30%、先進部 SP-3、羊水清
先進部 SP-3、BTT検査で破水の可能性
「ダブルセットアップ」として、禁飲食と血管確保、
分娩記録開始、20 時ころまでは胎児心拍数、基線
ブドウ糖点滴のみ実施
21:10
細変動ともに正常
20:02 ころ
後から 180bpm 程度、基線細変動 5bpm 以下に減
胎児心拍数2回にわたり 100bpm と 120bpm に低下
少、約 30 分間継続
後、160 台に回復。数分間にわたり基線細変動が5
21:40
bpm 以下に減少した後、一旦 20bpm 程度に回復
分娩監視装置記録再開、胎児心拍数 200bpm 前
胎児心拍数約2分間 60bpm に低下する一過性徐
脈出現。遅発性一過性徐脈と診断。
20:15 ころ
約 10 分間 5bpm 以下に減少
20:35 ころ
90bpm に急激に低下する一過性徐脈出現。
21:45
帝王切開決定
胎児心拍数 160bpm 前後に回復
22:30
妊婦手術室入室、麻酔開始
約7分間にわたり基線細変動が 5bpm 以下に減少
22:53
帝王切開術開始
20:45 ころ
基線細変動 20bpm に回復
23:01
児娩出、アプガールスコア2点、仮死状態
21:00 ころ
約2分間胎児心拍数 80bpm に低下する一過性徐
37w4d(火)
0:40
脈出現(遅発性一過性徐脈の疑い)
児転送
判旨
本件では、主に①分娩当日午後8時 35 分又は午後9時に妊婦に対し帝王切開術を実施すべきであったか、
また、実施すべきとまではいえないとしても、②帝王切開術の準備をすべきであったか、さらに、③同日午後
9時 40 分に帝王切開術決定後、30 分以内に実施して胎児を娩出させるべきであったかが争われた。
①については、両時点においても帝王切開術を実施すべき義務があったということはできないと判示した。
②については、午後8時 35 分の段階では準備すべき義務があったとはいえないが、午後9時ころの段階に
おいては、準備に着手する義務があったとして、医師に過失を認めた。その理由として、まず、午後9時ころ
生じた徐脈は、遅発性一過性徐脈であることが高度に疑われ、加えて「基線細変動の減少及び午後8時 35 分
ころ胎児心拍数が 90bpm に急激に低下した後 160bpm に回復した後に基線細変動は5bpm 以下に減少し、午後
8時 45 分ころ 20bpm 程度に回復した経過を考慮すると、胎児の状態は重症である可能性があり予断を許さな
いものといえる。」と認定した。そして、被告病院の当時の人的体制では、夜間に緊急帝王切開術を施行する
場合に、決定から児の娩出まで平均約1時間 20 分を要していたことから、午後9時ころの段階において、帝
王切開術の準備に着手する義務があったとした。
③については、「胎児心拍数基線が頻脈を示しているとき、それに基線細変動の低下や消失と遅発性一過性
徐脈の両者の所見が加わったら、胎児はかなりな胎児ジストレスの状態にあるので、緊急の急速遂娩術が必要
とされているというのであるから、午後9時 10 分以後の高度頻脈と基線細変動の減少が約 30 分にわたり継続
した後の午後9時 40 分ころに高度遅発一過性徐脈が出現した時点では、一刻も早く緊急に帝王切開術を施行
して児を娩出させることが必要であることは明らかであ」るとした上で、午後9時 45 分に手術決定後から初
めて帝王切開の準備に着手し、児の娩出まで約1時間 16 分を要した被告病院に、過失を認めた。
※脱稿後の報道によれば、平成 20 年3月 27 日に控訴審判決が出され、帝王切開の遅れと後遺症との因果関係は認
めたが、「手術の遅れだけが後遺症の原因とはいえない」などとして1審判決を変更し、約 8465 万円の支払いを
命じたとのことである。
147
判例 43
市の設置する病院において出生した子に生じた脳性麻痺は分娩中の低酸素状態による低酸素性虚血性脳症が
原因であったところ、担当医師には胎児に関する継続的なモニタリングをしなかったという過失があったと
認定した上で、担当医師がモニタリングにより胎児の状態が悪化していることを認識した時点で、速やかに
急速遂娩術を施行して、胎児を早急に娩出させていたならば、上記子が脳性麻痺を発症しなかったという高
度の蓋然性があったものと推認して、市及び担当医師の子及びその両親に対する不法行為責任を認めた事例
裁判所・判決日
分娩日
出典
青森地弘前支判 H19.3.30
平成 15 年(日)
裁判所ホームページ
結論・認容額
医療機関の規模
児の状態
一部認容:1 億 2467 万余円
自治体病院
脳性麻痺
母体・胎児の背景
初産婦・予定日超過・正期産
事実・分娩経過の概要
15:00
40w5d(土)
21:00 ころ
23:15
23:20-40
初発陣痛
助産師:妊婦をマットレスに横臥させ、夫に妊婦が
入院
力んだときに臀部を押さえるよう指示し、分娩室を
離れた。
分娩監視装置によるモニタリング(異常なし)
16:00 ころ
40w6d(日)
7:52
分娩室へ移動(以後分娩までモニタリングなし)
助産師分娩室に戻り、内診。児頭、排臨の状態
分娩介助準備開始
分娩監視装置によるモニタリング開始
早発性一過性徐脈
16:30
医師分娩室入室
7:59-8:01
徐脈(早発性一過性徐脈)
17:00
マットレスに横臥したまま分娩(3488g)
8:05-07
徐脈(早発性一過性徐脈)
児は自発呼吸なく、新生児仮死状態で出生
FHR 基線 140 台で、基線再変動も減少、消失なし
医師、児をインファントウォーマーに運び、酸素投
モニタリング終了
与等蘇生措置
11:00
医師診察
数分後自発呼吸開始、鼻翼呼吸及び呻吟あり、呼
13:35
自然破水
14:21
モニタリング開始。モニタリング中助産師 20 分不在
7:55-57
8:11
吸弱く、四肢のチアノーゼ
17:40
未熟児室の保育器に収容し、医師が 10 分~15 分
間隔で観察。上肢、下顎にけいれん
14:21-22
一過性徐脈(中等度変動一過性徐脈)
14:25-26
一過性徐脈(中等度変動一過性徐脈)
18:30
小児科医師に電話連絡。各種検査実施。
14:27-28
一過性徐脈(中等度変動一過性徐脈)
19:20
被告病院の小児科医の診察、左上肢にけいれん
14:41
一過性徐脈(中等度変動一過性徐脈)
19:55
転送
14:44
一過性徐脈(中等度変動一過性徐脈)
20:30
国立病院に入院。
14:46-47
一過性徐脈(中等度変動一過性徐脈)
顔・皮膚色は悪くなく、規則的な心拍。
FHR基線が 160 をこえており、頻脈(軽度頻脈)
硬膜下血腫・低酸素性虚血性脳症後の脳性麻痺
モニタリング終了。助産師内診:子宮口全開大
等と診断
14:49
判旨
本件では、主に①分娩当日(日曜日)午前の監視義務違反、②同日午後2時 21 分から 49 分にかけてのモニ
タリング(本件モニタリング)後の監視義務違反、③出生後の児に対する経過観察・転送義務違反が争われた。
分娩当日(日曜日)の被告産婦人科病棟には、非常勤医、助産師3名及び看護師1名が勤務していた。
①について、判決は、当日午前中の胎児の状態は良好であったとして、注意義務違反を否定した。
②について、本件モニタリングによって、FHR基線が 160 を超え、本件胎児が軽度頻脈を呈していること
が判明したのであるから、本件胎児が低酸素状態に陥っていたという可能性も考慮し、
「被告E(医師)とし
ては、原告C(妊婦)が午後3時に分娩室に入室した後、直ちにモニタリングを再開して本件胎児の状態を注
意深く観察し、その結果、本件胎児がその後も頻脈を呈し、かつ、基線細変動が消失しているおそれがあると
認めたときは、児頭の下降の程度いかんによって、吸引・鉗子分娩あるいは帝王切開術といった急速遂娩をす
べき注意義務を負っていたというべきである。
」とした上で、これを怠った医師に過失を認めた。
③については、出生後の児に対する担当医の処置は概ね適切であったとして、過失を認めなかった。
148
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