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No.29 後編 - 分子予防医学
JSICR Newsletter Japanese society for Interferon & Cytokine Research No.29 2010年春号 第75回日本インターフェロン・サイ トカイン学会学術集会演題募 集案内 サイトカインハンティング: いよい よ最終章 日本インターフェロン・サイトカイン学会事務局 〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 東京大学大学院医学系研究科・分子予防医学 内 TEL:03-5841-3431 FAX:03-5684-2297 E-mail:[email protected] HP http://www.prevent.m.u-tokyo.ac.jp/JSICR/index.htm バイオサイエンスの魅力に とり つかれて 京都大学医学研究科 分子生体統御学(医化学1) 長田重一 1972 年、東京大学理学部を卒業後、東大医科学研究 所、チューリッヒ大学分子生物学研究所、東大医科 とのことでしたが、当時、上代研究室に所属していた 岩崎健太郎先生が小生の出身高校をみて、「この学生 学研究所、大阪バイオサイエンス研究所、阪大医学 は私の高校の後輩である。」の言葉で上代研究室に拾 部、京大医学部と日本の研究者にはあまり見られな ってもらうことになりました。確かに研究室は一杯で、 いほど、職場を変えてきた。その間、研究テーマは 実験机が無く、流しに板のふたをして、その上で実験 蛋白質の生合成に関与するペプチド鎖延長因子 をしていました。 (elongation factor、EF-1) の生化学から、分子生 上代先生の研究室には医学部、理学部、農学部の学 物学的手法を取り入れたインターフェロン(IFN) や 生が混在していて,非常に個性のある人たちの集まり 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の解析、そして、細 胞死、死細胞の貪食過程の解析へと変遷してきた。 でした(図1)。上代先生、「この研究室はOtto MeyerhofからSevero Ochoa につながる世界の生化学 本稿では、サイエンスの魅力に取り憑かれた 35 年間 の伝統を引き継ぐ研究室である。」とのべられ、研究 を振り返る。 室は世界に認められるサイエンスをめざしていまし た。月曜朝行われるJournal Clubで医学に関連する論 1. 大学院----医科学研究所・上代研究室 文紹介が多く、医学的発想を教えてもらえる環境は大 私が育った金沢市はタカジアスターゼやアドレナ 変有意義でした。私の修士課程のテーマはリボソーム リンの発見者であり、三共製薬の創始者である高峰 上でペプチド鎖の延長反応を触媒する因子 譲吉博士の生誕の地です。高峰博士は郷土の偉人と して小学校、中学校で取り上げられ、子供の頃から (Elongation Factor、EF-1)をブタの肝臓から精製 しその酵素科学的な解析をすることでした。アメリカ 「科学者」に淡い憧れがありました。実際、生物学 の研究室から発表された論文があるからこれを追試 に興味を持ったのは、1968 年、東京大学に入学し、 するようにとのことでした。ところがこれが上手くい 教養学部で丸山工作先生から、生物学の講義、ゼミ かない。めげずに実験をしていると、肝臓からの抽出 を受けたときです。丸山先生はワトソンの「遺伝子 液を硫安分画して透析すると、90%以上の活性が失活 の分子生物学:Molecular Biology of the gene」を することがわかりました。そこで、これを安定化する 教科書に、生物を遺伝子や蛋白質、分子の言葉で理 方法を見つけて精製すると,これまで論文に書かれて 解しようとする考え方を教えていただきました。専 門課程では理学部の生物化学科に進学しました。名 いたものとは分子量や性質が全く違うもの、EF-1とし ての機能によりふさわしい分子が同定できました[2]。 古屋大学の岡崎怜治先生の DNA 複製に関する集中講 何カ月も苦労していた問題がある日突然、解決される。 義で、Okazaki fragment 発見の話であり、講義の後 その瞬間は本当にすごい感動でした。EF-1の酵素活性 すぐ図書室で彼の論文[1]をコピーしました。 を測定するにはアイソトープで標識されたアミノ酸 それをきっかけに生物学に興味を持ち、沢山の本を が蛋白質に取り込まれたかどうか測定します。医化学 読みました。生化学よりさらに進んだ「量子生物学」 研究所の地下にアイソトープ室があり、夜中、液体シ などの教科書を読み、理学部の卒業実験では宮澤辰雄 ンチレーションカウンターの前で踊っていました。修 先生の研究室で、赤外線によるペプチドの構造解析を 士2年の頃です。この思いが忘れられなくて,やみつ 行いました。しかし、大学院の研究室を選ぶとき、よ きになってしまいました。 り生物に近いことがふさわしいと思い、医科学研究所 最近、大学院改革の名前で大学の講座制が槍玉にあ の上代淑人先生(現・京都大学)に修士の学生として がり、大きなクラスでの授業、実習が奨励されていま 受け入れてもらえるようお願いしました。上代先生、 す。私はこのような体制で科学者は育たないと思いま 「研究室は一杯で、新たに受け入れる余裕は無い。」 す。上代先生の「ピペットの持ち方から教えてあげま 1 す」との言葉通り、上代先生、岩崎先生から実験の進 を単離する研究を始めました。 め方、実験ノートの書き方など非常に丁寧に文字通り 最初は谷口維紹氏がこのプロジェクトを担当しま man to man の形で教えていただきました。上代研 したが、彼が1978年年末帰国することになり、私が担 究室で毎日行われる先生や先輩との討論、Journal 当することになりました。(谷口維紹氏は日本の癌研 Club, Progress Reportなどのmeetings、これらで鍛 究所でIFN cDNAのクローニングを続けられました。) えられました。最初のテーマでぶつかった論文の追試 センダイウイルスを感染させたヒト白血球からcDNA ができなかったことも、発表された論文に対する教訓 ライブラリを作成し、その2万個のクローンの中から になりました。よい指導者の下で徒弟奉公することで IFN cDNAを探し出すことになります。25年も前、IFN しか、科学者としての訓練、修練はできないと思って のアミノ酸配列が決まっていない時期であり、発現ク います。 ローニング法もありません。2万個のクローンを100 個づつ200個のプールにわけ、そのplasmid DNAにIFN 2.留学、ワイスマン博士、インターフェロン 産生細胞から調製したmRNAをハイブリダイズ、ハイブ 私が大学院の学生であった頃は、遺伝子工学が始ま リダイズしたmRNAをアフリカツメガエルの卵母細胞 ろうとしていた時期です。1975-1976年、米国の に注射、それを2日間培養した後、その培養液中にIFN Maniatisらがウサギ・グロビンの mRNAから cDNAを作 があるかどうかバイオアッセイする。結果が出るまで 成し、これをベクターに組み込み、大腸菌で増殖させ に10日かかる気の遠くなるような作業です。IFNは非 たと発表しました[3, 4]。この論文は私にとって大き 常に量が少なくて何万個のクローンの中に1つ位し な転機になりました。この技術、組換え DNA技術を習 かないと思われていました.しかしアッセイを繰り返 いたいと思いましたが,当時の日本ではどの研究室で していくうちに,100個に1個くらいのクローンが陽性 もやっていません。危険な技術だと思われていて,世 になりました。Weissmann先生は「一体これは何だ。 界的にも限られた場所でしか行われていませんでし Assayが全く動いていないではないか」と怒りました た。そこで、上代先生に相談したところ,New York 大 が,こちらはそんなことは考えられない,と反論しま 学,Ochoaの研究室で上代先生と同僚だったチューリ した。すると、Weissmann 先生「君が陽性と思う大腸 ッヒ大学の Weissmann先生を紹介して下さいました。 菌の溶解物に IFN活性があるかどうかを調べてみろ」 Weissmann先生は、バクテリアファージの研究をされ と言い出しました。そこで大腸菌から抽出液を調製、 ていて,組換え DNA技術も進められているとのことで、 調べてみたところ,なんとIFNの活性が見つかったの 1977年秋、留学することになりました。 です。大腸菌がヒトの IFNを作っていたのです。1979 Weissmann先生の研究室では,これまで日本では使 年12月24日、研究室には一緒に仕事をしていた平秀晴 ったことの無いdisposableの製品(Eppendorf tube, 氏(現岩手大学教授)、ボストンからSummer student disposable pipette, tissue culture dish)がふん ととして研究室に来ていたMichel Streuliの3人だけ、 だんに用いられ,信じられないことばかりでした。ま 抱き合いました。Weissmann先生はクリスマス休暇で ずはQbファージに人工的に変異を導入する実験から 始めました。研究室では谷口維紹氏(現東京大学医学 スキーに行っていましたが,その日の正午に研究室に 電話があり、「大腸菌が IFNをつくっている」という 部教授)がおられ、実験の手技など教えてもらいまし 私の言葉を聞くと「Fantastic!」と一言。3時間後に た。Weissmann先生は8時過ぎに研究室に現れて毎日 はアルプスから研究室に戻ってきていました。それか 「What s new?」と聞いて回ります。何らかの新しい ら、一週間、大腸菌で発現されているたんぱく質が実 データを用意しておかなければなりません。その圧力 際にIFNであることを確認し、1980年の1月3日 は強いものでしたが、彼とのDiscussionは楽しく、大 Weissmann先生はマイアミでのconferenceに向かわれ 変勉強になりました。 ました。そして、スイスへの帰国の途中、急遽、1月 1978年からヒトのインターフェロン(IFN)のcDNA 16日ボストンでIFN 遺伝子単離に関する講演、記者 会見をされました。その内容は次の日の New York Timesの1面に紹介されました。1月17日に Weissmann先生が研究室に戻ってきた時には,すでに 投稿すべき論文がほぼ書き上がっていました。タイプ ライター(当時、ワープロはない)を購入し、空港の待 合室などで書かれたたそうです。Weissmann先生はこ の論文をイギリスNatureの編集部に持参、数週間後レ 2 フリーから「この論文はNatureのfront sectionに発 因子(CSF)をつくっているのではないかと考えていて, 表すべき論文である。」との、とてもうれしい、これ この因子に関して、浅野先生と共同研究を始めること までの苦労が一掃されるコメントをもらい、3月27日 になりました。帰国した当時に思ったのは,欧米のグ 号のNatureに掲載されました[5]。 ループに簡単に勝てるものではないということでし IFN には抗癌作用が存在すると報告されていた た。Weissmann研では全てのことがうまく組織化され ことから,マスコミに大きく取り上げられました(図 ていましたが,当時、日本では全て手作業。サイエン 2)。何千もの患者さんから「分けてほしい」という スのやり方が全然違うのです。日本の環境で世界に勝 手紙や電話でのリクエストが飛び込んできました. Weissmann 先生はこれらに対して, 「今はそういう時 つためにはよほどの利点がないと難しい。浅野先生と の共同研究に,この利点を感じたのです。浅野先生は 期ではない。これが薬として使えるようになるまで CSFを産生するヒトのがん細胞を持っている。この癌 に何年もかかる」ということを丁寧に説明して返信 細胞から私がcDNAを作成して発現クローニングを行 されました。バイオサイエンスはインパクトが非常 う。次いで,浅野先生がヒト骨髄細胞を使ってCSFの に強くて大変面白い分野ですが,それと同時にその アッセイをする。簡単そうに思えました。しかし、な 成果の発表にあたっては、注意をしないと世間の人 かなかうまくいきません。スイスで簡単にいっていた 達を騙す結果にもなるのだと,強く思いました。ワ ことが動かないのです。また、お金もありません。1982 イスマン研究室ではその後 2 年間に、大腸菌を使っ て IFN の大量生産に成功、これを精製、サルを使っ 年の秋、京都での国際会議の懇親会で、京都大学の中 西重忠先生に愚痴りました。「お金も無い。何も無い た実験をし,最終的に臨床試験にまで発展していき 日本でサイエンスはできない。ヨーロッパに戻る」 ました。臨床試験のため、IFN を研究室から搬送し 中西先生、烈火のごとく怒り出しました。「甘えるな。 ようとした前の晩,Weissmann 先生は私に「明日の 最近の君はくだらない日本語の総説、IFNに関して、 朝まで自分がここに倒れていたら,搬送を止めろ」 雑誌をかえて次々、書いているだけではないか。そん と告げた後、IFN を自らに注射されました。彼の自 な時間があれば仕事しろ。IFNはお前の仕事じゃない。 信と責任感に圧倒されました。このような先生(図 ワイスマン博士の仕事だ。IFNは忘れろ!」。それから、 3)の研究室で4年間過ごせたということはすばら しい経験であり幸運だったと思います。 2年、必死の思いで仕事をしました。中外製薬との共 同研究という幸運にもめぐり合い、中外製薬から研究 員を派遣してもらいました。そして、1985年G-CSFの cDNAを単離することに成功しました[6]。あの時、中 西先生にどやされることがなかったら、どうなってい たのでしょう。 その頃、東京都臨床医学総合研究所に在籍していた 米原伸さん(現・京都大学)と IFNの共同研究も行い ました。IFNの働きを調べるために、IFNレセプターに 対するモノクローナル抗体が必要だと米原さんは考 えて,そのスクリーニングをはじめました。ヒトの細 胞を抗原として、マウスを免疫、ハイブリドーマのラ イブラリーを作成します。そして、IFNレセプターに 3.帰国、東京大学医化学研究所、G-CSF 対する抗体をスクリーニングする。その抗体の存在で 1982年1月, 医科研・上代研究室の助手として帰国し、 は、IFNが作用せずにウイルスが細胞を殺すだろうと 研究室を分子生物学、遺伝子工学の研究室のset up いうアッセイを行ったのです。その結果,1つのモノ にかかりました。そして、大学教官の義務として入学 クローナル抗体の存在下で細胞が死滅しました。IFN 試験の試験監督に行った駒場の監督詰め所で当時医 もウイルスも関係なく,抗体だけで細胞が死んだので 科研の講師だった浅野茂隆先生(現・早稲田大学)と す。米原さんは、この抗体によって認識される抗原た 一緒になりました。私がスイスでIFNのクローニング んぱく質を Fasと命名した。 し、最近帰国したと話したところ,浅野先生がコロニ ー刺激因子について話し出したのです。「ヌードマウ 4.大阪バイオサイエンス研究所、Fas,アポトー スにヒトの癌細胞を植え継いだら,マウスの白血球が シス 非常に増えた。」浅野先生は癌細胞が白血球を増やす 1985年、当時、大阪医科大学の学長をされていた早 3 石修先生が突然、東京大学医科学研究所に訪ねてこら が発表されました[7]。 れました。早石先生、「大阪・吹田に新しい基礎研究 その後数年間、次々と興奮することが起こりました。 所を設立することを考えている。その研究所に加わら マウスのFas遺伝子を単離し、染色体上の場所を決め ないか」と、話し始められました。それまで早石先生 たところ、lpr (lymphoproliferation)という変異の との面識はありませんでしたが、先生のサイエンスに 近傍でした。Lpr マウスではリンパ球が異常増殖し, 対する熱意に感動し、どのような立場で参加するのか リンパ節や脾臓が肥大します。この細胞の異常増殖が も確認せず、「私のようなものでよければ」と答えまし アポトーシスの欠陥によるのではないかというnaïve た。実際は、研究員やpost-doctoral fellow, 技術員 ideaが浮かび、確かめたところ、実際、lprマウスの を含めて10人近くのメンバーを引きいる研究部の部 Fas遺伝子に変異が見つかったのです[8]。感激しまし 長としての職でした(図4)。いまだに何故、早石先生 た。ある分子の生理作用を調べるにはその分子に対す が私をこのような立場の職に誘ってくださったのか る抗体の作成は必須です。私達、マウスFasに対する わかりません。 モノクローナル抗体を作成しました。ハイブリドーマ 1987年、私は大阪バイオサイエンス研究所に移りま が産生するモノクローナル抗体はその細胞をマウス した。早石先生、「君の自由に仕事を進めればよい」 腹腔に接種し、腹水から調製します。そこで、抗マウ とのことで,米原さんと Fas抗原を同定する仕事を始 スFas抗体を産生するハイブリドーマをマウス腹腔に めたのです。苦労したのですが、アメリカDNAX研究所 接種したところ、マウスは次の日までに、すべて死滅 から帰国した伊藤直人君がExpression Cloning 法を しました。一方、このハイブリドーマをin vitroで培 導入し、Fas cDNAの単離に成功し,FasはTNF受容体フ 養し、その培養上清より抗体を精製、マウス腹腔に投 ァミリーのメンバー 与したところ、このマウスも数時間以内に死滅しまし た。このことから、Fasの活性化によるアポトーシス は動物の個体に死をもたらす危険な過程との結論に 達しました[9]。 であることを示すことができました。そこで、本来Fas を発現していない細胞にこのcDNAを導入し、Fas抗体 FasはTNF受容体 を作用させると、細胞は速やかに死滅しました。生体 の機能を保つために,細胞はあらかじめプログラムさ に類似した構造を持っており、これに結合するリガン れた死を迎えるという アポトーシス(apoptosis) ドが存在するはずです。しかし、どのような細胞がFas は,1972年に Kerrと Wyllieによって命名されていま リガンドを発現しているのかわかりません。Fasの細 したが、何がアポトーシスを誘導するか不明でした。 胞外領域にヒトのIgG コンスタント領域を結合させ Fasを刺激して細胞が死ぬ際に、アポトーシスのマー た分子を作成し、これに結合する分子を探し始めまし カーである DNAラダーが起こることを見つけ、Fasは た。1年間ほどたった1992年12月14日、まだ、何の進 細胞にアポトーシスのシグナルを伝達すると結論し 展も無かったころです、マルセイユのPierre ました。これらの結果をCellに投稿したところ,1カ Golstein 博士から、Faxが届きました。「細胞傷害性 月ほどでコメントが返ってきて, 「大変面白い論文だ。 T細胞のクローンを樹立した。このクローンは Fas ただ,アポトーシスは電顕で確認すべきだ」との嬉し を発現している胸腺細胞は殺すが、Fasに変異のある いコメントをもらい,追加実験を行い、1991年に論文 lprマウスからの細胞は殺さない。もしかしたら、こ 4 の T-細胞クローンはFasのリガンドを用いて標的細 何故、アポトーシス時に染色体DNAがヌクレオソーム 胞にアポトーシスを引き起こしているのかもしれな の単位に切断されるか説明されました。このFasリガ い。この細胞に興味があるなら送る」。もちろん,そ ンドからCADへと導く一連のシグナル伝達は免疫の教 の日のうちに返信しました。一週間後、細胞が大阪に 科書「Immuno Biology」の表紙に取り上げられました 届き、Fasリガンドの発現を確認、須田貴志君と高橋 (図6)。 智之君が発現クローニング法でこの分子を単離、これ ついで、CADの生理作用を調べるためノックアウト がTNFaに類似した分子であることを示しました。細胞 マウスを作成しました。このマウスから調製した細胞 を送ってくれたGolstein博士とは1993年10月、Cold にアポトーシスを誘導すると、どの細胞でもDNAの切 Spring Harborでのmeeting で初めてお会いしました。 断は起こらず、CADがアポトーシス時におこる染色体 私がNew York に向かう直前にCellに送った論文[10] DNAの分解を担う唯一の酵素であることが確認できま のコメント「This is an extremely important した。ところが、in vivoでアポトーシス細胞のDNA paper.----- At any rate, I recommend immediate and 分解を調べると、どの組織でもDNA分解は正常に起こ unmodified publication.」(図5)が大阪からNew York っていました。これはどういうことなのか。vitroの に転送され,思わず、二人で握手しました。 結果がvivoの結果と違っていたら,生化学、分子生物 学の大前提が崩れます。なぜこんなおかしいことが起 5.大阪大学医学部・遺伝学、DNAの分解と死細 胞の貪食 こるのかと組織を丁寧に観察し、生体内ではアポトー シス細胞はマクロファージに貪食され、死細胞のDNA 大阪バイオサイエンス研究所は研究をとてもやり はそのリソソームに存在するDNase IIによって分解 やすい施設です。このような環境をより若い研究者に されることをつきとめました[12]。そして、DNase II 渡すべきだと考え、また、10年以上一箇所におれない 遺伝子を欠損させると、アポトーシス細胞や赤芽球か 私の性格などから、1996年大阪大学から誘いがあった らの核DNAが未分解のままマクロファージに蓄積し、 際、移ることにしました。そこで始めた仕事がDNAの これが種々の疾患を引き起こすことを見いだしまし 分解です。アポトーシス時には染色体DNAがヌクレオ た[13, 14]。また、この研究はそれでは、マクロファ ソームの単位(180bp)にまで切断されます。この現象 ージはアポトーシス細胞の何を認識して貪食してい はアポトーシス特異的に起こることから、アポトーシ るのだろうかの研究につながりました[15, 16]。 スのマーカーとも考えられ、数多くのグループがアポ トーシス時に活性化されるDNA分解酵素の同定を試み 6.京都大学医学部、これから ていました。私達は、この切断がアポトーシス時に活 サイエンスは一種の謎解き、ジグゾウパズルです。 性化されるカスペースの下流に存在すること、健康な 突き止めていけばいくほど面白くなります。わかって 細胞からの抽出液にカスペースを加えるとDNA分解酵 いると思っていることよりも,事実はもっともっと深 素が活性化されることを見出しました。そして、その い。実験をして予想もしなかったことが見つかったと ことを指標にこのDNase(CAD, caspase-activated きの驚き、喜びは決して忘れられるものではありませ DNaseと命名)を精製、そのcDNAを単離しました。この ん。この分野は競争が激しい分野でもあります。しか 酵素は核移行シグナルを持つDNaseで、合成された蛋 し、よいcompetitionはよい友情をもたらします。IFN、 白質がそのまま細胞質に遊離されると大変危険です。 G-CSF、Fasでそれぞれ、competitorであったDr. David この酵素は単独では正常にfolding されません。CAD Goeddel, Dr. Larry Souza, Dr. Peter Krammer とは、 のinhibitor (ICAD, inhibitor of CAD)がそのfolding すばらしい友人です。 に必須でした。ICADはCADのnascent peptideに結合し、 私は2007年5月、大阪大学から京都大学へ移りまし CADと1:1の複合体としてリボソームから遊離します。 た。「Scientistの終息期に何故、また所属を変える」 アポトーシスの刺激でカスペースが活性化されると、 と多くの人達が怪訝に思われました。しかし、 ICADが切断されCADから離れ、自由になったCADがDNA scientistに終息期はあるのでしょうか。私の最も尊 を分解する[11]。とても、巧妙な仕組みです。CADは2 敬する早石先生、90歳、いまだ現役です。先生は、 量体(homodimer)、はさみのような構造をもっており、 Samuelsonの「Youth」 をよく引用されます。「Youth その酵素の活性部位ははさみの最も奥に存在します。 is not a time of life; it is a state of mind; it このため、ヌクレオソーム表面のDNAはこの活性部位 is not a matter of rosy cheeks, red lips and supple に接触することができず、接触できるのはヌクレオソ knees; it is a matter of the will, a quality of the ームをつなぐspacer領域のDNAだけ。CADの構造から、 imagination, a vigor of the emotions; it is the 5 freshness of the deep springs of life.」。私にと explained by defects in Fas antigen that って、所属を変えることは、常に、新しい刺激、新し mediates apoptosis. Nature 356, 314-317, い発展をもたらしました。今回、もう一度そのチャン 1992 スが与えられたと思っています。若い学生さんとサイ 9. Ogasawara, J., Watanabe-Fukunaga, R., Adachi, エンスを楽しもうと思います。 M., Matsuzawa, A., Kasugai, T., Kitamura, Y., Itoh, N., Suda, T., and Nagata, S. Lethal 文献 effect of the anti-Fas antibody in mice. Nature 364, 806-809, 1993 10. Suda, T., Takahashi, T., Golstein, P., and Nagata, S. Molecular cloning and expression of the Fas ligand: a novel member of the tumor necrosis factor family. Cell 75, 1169-1178, 1993 11. Enari, M., Sakahira, H., Yokoyama, H., Okawa, H., Iwamatsu, A., and Nagata, S. A caspase-activated DNase that degrades DNA during apoptosis, and its inhibitor ICAD. Nature 391, 43-50, 1998 12.Kawane, K., Fukuyama, H., Yoshida, H., Nagase, H., Ohsawa, Y., Uchiyama, Y., Iida, T., Okada, K., and Nagata, S. Impaired thymic development in mouse embryos deficient in apoptotic DNA degradation. Nat. Immunol. 4, 138-144, 2003 13. Kawane, K., Fukuyama, H., Kondoh, G., Takeda, J., Ohsawa, Y., Uchiyama, Y., and Nagata, S. Requirement of DNase II for definitive erythropoiesis in the mouse fetal liver. Science 292, 1546-1549, 2001 14. Kawane, K., Ohtani, M., Miwa, K., Kizawa, T., Kanbara, Y., Yoshioka, Y., Yoshikawa, H., and Nagata, S. Chronic polyarthritis caused by mammalian DNA that escapes from degradation in macrophages. Nature 443, 998-1002, 2006 15.Hanayama, R., Tanaka, M., Miwa, K., Shinohara, A., Iwamatsu, A., and Nagata, S. Identification of a factor that links apoptotic cells to phagocytes. Nature 417, 182-187, 2002 16. Hanayama, R., and Nagata, S. Impaired involution of mammary glands in the absence of milk fat globule EGF factor 8. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 16886-16891, 2005 1. Okazaki, R., Okazaki, T., Sakabe, K., Sugimoto, K., and Sugino, A. Mechanism of DNA chain growth. I. Possible discontinuity and unusual secondary structure of newly synthesized chains. Proc Natl Acad Sci USA 59, 598-605, 1968 2. Iwasaki, K., Nagata, S., Mizumoto, K., and Kaziro, Y. The purification of low molecular weight form of polypeptide elongation factor 1 from pig liver. J Biol Chem 249, 5008-5010, 1974 3. Efstratiadis, A., Maniatis, T., Kafatos, F.C., Jeffrey, A., and Vournakis, J.N. Full length and discrete partial reverse transcripts of globin and chorion mRNAs. Cell 4, 367-378, 1975 4. Maniatis, T., Kee, S.G., Efstratiadis, A., and Kafatos, F.C. Amplification and characterization of a beta-globin gene synthesized in vitro. Cell 8, 163-182, 1976 5. Nagata, S., Taira, H., Hall, A., Johnsrud, L., Streuli, M., Ecsodi, J., Boll, W., Cantell, K., and Weissmann, C. Synthesis in E. coli of a polypeptide with human leukocyte interferon activity. Nature 284, 316-320, 1980 6. Nagata, S., Tsuchiya, M., Asano, S., Kaziro, Y., Yamazaki, T., Yamamoto, O., Y Hirata, N.K., Oheda, M., Nomura, H., and Ono, M. Molecular cloning and expression of cDNA for human granulocyte colony-stimulating factor. Nature 319, 415-418, 1986 7. Itoh, N., Yonehara, S., Ishii, A., Yonehara, M., Mizushima, S., Sameshima, M., Hase, A., Seto, Y., and Nagata, S. The polypeptide encoded by the cDNA for human cell surface antigen Fas can mediate apoptosis. Cell 66, 233-243, 1991 8. Watanabe-Fukunaga, R., Brannan, C.I., Copeland, N.G., Jenkins, N.A., and Nagata, S. Lymphoproliferation disorder in mice 6 アポトーシス誘導レセプタ ーFas の発見と同定 京都大学生命科学研究科 1.はじめに 米原 伸 の開発を行っていた東レ株式会社の小林茂保博士 細胞死の研究はこの 25 年ほどの間にめざましく (故人)が、B 型肝炎の研究を行っていた東京都臨 進展した。それまでは、高熱や強い毒にさらされた 床医学総合研究所に兼任として招聘された。その頃、 細胞は死にいたるという、受動的な現象として細胞 IFN の研究を行っている大学の研究室は日本には殆 死は捉えられてきた。しかし、生物は自らの細胞に どなく、東京都臨床医学総合研究所で IFN の研究を 死を誘導するための遺伝子を有しており、細胞は積 行わないかと、小林博士と B 型肝炎研究グループの 極的に死にいたる経路を備えているということが示 両方から誘っていただき、1978 年から東京都臨床医 されることによって、細胞死は生物が有する能動的 学総合研究所でヒトα型 IFN の精製を小林博士の研 な必要不可欠の現象として認識され、このような遺 究室で行うこととなった。 伝子に仕組まれた積極的な細胞死は厳密に制御され その結果、ヒトα型 IFN に特異性の高いポリクロ ていることが示されてきた。このような状況下では、 ーナル抗体を調製し、それを用いてヒトα型 IFN を 厳密に制御されるかについては疑問視できる、自爆 比較的簡単に精製する方法を確立することができた。 するためのレセプターを細胞が有しているとは予想 また[3H]leucineで標識されたヒトα型IFNを簡単に されにくく、新しい概念を含む death receptor 分子 調製することにも成功した。IFN を精製し、精製し の存在は研究の歴史から論理的に導かれたものでは た IFN が基礎研究から臨床研究まで利用可能にする なく、偶然に見いだされたのである。death receptor ことが IFN の臨床応用には必要不可欠であると考え としては、TNF (tumor necrosis factor)のレセプタ て研究を行ってきたのであるが、私自身の個人的な ーが最初に見いだされた分子であるが、TNF は細胞 興味として、 「IFN というタンパク質が微量で細胞に 死を誘導するより炎症反応を増強する因子としての 特異的な反応を引き起こす分子機構を知りたい」と 活性が本来の活性であると考えられるので、アポト いうことがあった。そこで、調製できた放射能標識 ーシスを誘導する強い活性を有するレセプター分子 された IFN を用いて IFN に対する細胞表層レセプタ Fas の発見によって、death receptor という概念も ーの研究を開始した。そして、IFN とそのレセプタ 確立された。我々が、そして少し遅れてドイツのグ ーとの会合状態、レセプターの分子量、レセプター ループが、death receptor 分子 Fas を発見した経緯 結合後の IFN の動態などを明らかにしていった。そ を説明し、細胞死研究に新しい展開をもたらした歴 の頃、前記した小林茂保博士が東レ株式会社の専任 史を概説したい。 に戻られ、東レ株式会社から東京都臨床研に移って いた石井愛さん、米原美奈子さんと私の三人で小さ 2.インターフェロンの研究から始まった な研究グループを形成することとなった。三十歳に Fas の発見はインターフェロン (IFN)の研究から もならない年齢の私が、小さいながらも研究グルー 始まった。私は京都大学理学部の大学院時代、京都 プを率いるようになったという、現在では考えられ 大学ウイルス研究所の川手由己教授の研究室で助手 ない状況が生まれたのであり、 そのような状況でFas である岩倉洋一郎博士(現東大医科研教授)の指導 の発見がなされたのである。 のものに特異的抗体を用いたマウス IFN の精製、放 その頃、ヒト IFN の cDNA クローニングがなされ、 射能標識 IFN の調製を行っていた。当時、IFN が B スイスでα型 IFN のクローニングを行った長田重一 型肝炎の治療に有効であると提唱され、 ヒトβ型IFN 博士(現京大医学研究科教授)が帰国された。そこ 7 で、長田博士との共同研究として、多様なヒトα型 染細胞においても細胞障害活性が認められることが IFN が異なった生物種に由来する標的細胞に対して 明らかとなった。このモノクローナル抗体は IFN レ 違った強さの生理活性を示す原因が、IFN とレセプ セプターとは関係なく、細胞を直接殺すことができ ターとの結合定数の違いに起因することを示すこと るものであった。目的とする活性を示すモノクロー ができた。放射能標識した組換え型 IFN の調製は、 ナル抗体ではなかったが、その細胞障害活性が目覚 長田博士が在籍されていた東大医科研に、私が休日 ましいものであったので、このモノクローナル抗体 毎に訪問して調製したことが懐かしく思い出される。 の研究も行っていくことにした。このような活性を そして、この共同研究が、後の Fas の cDNA クローニ 検出できた一つの理由として、アクチノマイシン D ングを迅速に行うことを可能とする下地となった。 をアッセイ系に添加していたことをあげることがで きる。アアクチノマイシン D は Fas 刺激や TNF 刺激 3.細胞死を誘導するヒト細胞表層に対するモ による細胞障害活性を増強する活性のあることが後 ノクローナル抗体 から判明し、我々の用いたアッセイ系では細胞死誘 IFN レセプターの研究を進めるには、レセプター 導活性を高感度で検出できていたのである。 分子そのものを明らかにする必要があった。そして、 このようにして細胞を直接殺すことができるモノ IFN レセプターの cDNA クローニングの試みが、海外 クローナル抗体を 1983 年に得ることができたので、 の研究室で開始されていた。そのような状況下で、 このモノクローナル抗体に名前を付けることにした。 どのように IFN レセプター分子の実体にせまること 当時、有名なモノクローナル抗体として抗 Tac 抗体 ができるかが問題であった。その当時に発現クロー (現在では抗 IL-2 レセプターα鎖抗体として知ら ニング法で直接 cDNA クローニングを自らの手で実 れる)が思い浮かんだが、この抗体を調製した内山 行するのは無理であったので、自分に実行できる方 卓博士(前京大病院長)から、抗体の命名は重要で 法を考えた結果、IFN レセプターに対するモノクロ あるという話を聞いていたこともあったので、呼び ーナル抗体の作製を、石井愛さんと試みることにし やすい名前をと考え、抗体が認識する抗原を Fas 抗 た。ウイルスによる RNA 合成や細胞障害活性を IFN 原 (FS-7-associated surface antigen)と命名し、 が阻害するが、このような IFN による阻害活性を中 自動的に Fas 抗原を認識するモノクローナル抗体を 和するモノクローナル抗体を得ようとしたのである。 抗 Fas モノクローナル抗体と名付けることになった。 その当時、マウスに免疫する IFN レセプタータン Fas という名前の由来は、 論文には記載しておらず、 パク質を使用できるわけではなく、IFN レセプター よく質問される事項であるが、単に呼びやすい名前 の発現量が多く、がん抗原などの余分な抗原を発現 として命名しただけなのである。 していないヒト細胞をマウスに免疫することを考え、 New York大学の J. Vilcek博士が樹立し、IFN 活性 3.抗 Fas モノクローナル抗体が認められるまで のアッセイに広く用いられていた正常細胞であるヒ 細胞を直接殺す抗 Fas モノクローナル抗体を調製 ト二倍体繊維芽細胞株 FS-7 をマウスに免疫した。そ したものの、これを発表しても信じてもらえない、 して調製されるハイブリドーマの上清が IFN 活性を 認めてもらえない、何を研究しているのか意味が分 中和する(細胞に起因する RNA 合成をアクチノマイ からないと批判されることとなった。例えば、抗 Fas シン D 処理で抑制したときの RNA ウイルスの RNA 合 モノクローナル抗体を日本癌学会で最初に発表した 成や、ウイルスによる細胞障害活性を中和する)活 時に、フロアから「その抗体は、細胞を本当に殺し 性を示すかをスクリーニングする解析を行った。そ ているのか?細胞の増殖を止めているだけではない して、IFN 処理したウイルス感染細胞でも非常に強 のか?」と質問をされ、写真で見せたように細胞は い細胞障害活性を示すことができるハイブリドーマ 死んでいるのにと思う一方、なんと返答してよいか 上清の活性を見出した。当初は IFN 活性を中和する 分からず困ったこという思い出がある。質問をされ とも考えられたが、すぐにウイルスの RNA 合成を阻 た方は、当時がん免疫を束ねる立場にあった橋本嘉 害する IFN 活性を中和できないこと、ウイルス非感 幸博士(故人)であったのだが、数年後に、 「米原君、 8 君はよく頑張ったな。僕は君の話を全く信用してい ポスター発表をしたが、暑苦しい体育館のポスター なかったよ」と言われた。その後、橋本博士は Fas 会場で興味深いと話しかけてくれた Vilcek 博士、 のストーリーが国際的に認められていくことを本当 Heidelberg で開催された国際 TNF 学会と IFN 学会の に喜んでいただいたのだが、当初は全く信用されて 合同会議で、ぜひ話をしたいというメモを私のポス いなかったのである。 ターに張り付けた後に Vilcek 博士に私への紹介を 一方、IFN レセプターの研究もその実体にせまる 一生懸命依頼していた Wallach 博士、懐かしい思い ことが困難であり、研究費の獲得も困難になってい 出である。 った。しかし、顕微鏡下に観察できる抗 Fas モノク 幸運は、それだけではなかった。我々のグループ ローナル抗体による細胞死誘導活性は私にはインパ が矢原博士のグループに参加するにあたって、矢原 クトのあるものであり、捨て去るという気持ちには 研のテーマである IL-3 の研究にも参加することが ならなかった。このような時期に重要だったのは、 矢原博士から出された参加の条件であり、IL-3 レセ 周囲の環境である。私は小さなグループを運営する プターに対するモノクローナル抗体の作製を試みる ことになっていたのだが、セミナーとしては東京都 ことになった。そして、細胞表層の IL-3 結合分子に 臨床医学総合研究所の矢原一郎博士が主催する細胞 反応する可能性のある(厳密に証明できた活性では 生物研究部門のセミナーに出席させていただいてい なかった) 抗Aic-2 モノクローナル抗体を調製した。 た。抗 Fas モノクローナル抗体による細胞死誘導活 この抗体を用いて、新井賢一博士の DNAX 研究所で伊 性を実際に顕微鏡下に見た矢原博士や小安重夫さん 藤直人博士と宮島篤博士によって IL-3 レセプター (現慶応大医教授)をはじめとする周囲の研究者が β鎖の cDNA クローニングが成功したのである(宮島 強い興味を示してくれたことは研究を継続する力と 篤博士の項を参照されたい) 。抗 Aic-2 抗体による私 なった。 の研究が実証され認められることによって、Fas の その頃、東京都臨床医学総合研究所では所長に山 ストーリーに対しても信用が増していったのである。 川民夫博士が就任され、研究所の改革が始まり、私 そして、細胞死を直接誘導するヒト細胞表層抗原 のような何の資格もない若造が研究グループを率い に対する抗 Fas モノクローナル抗体の論文を世に出 ていることが問題となったのだと想像される。そし すことができた。この論文は様々な Journal で て山川所長の出した結論は、私の研究グループを矢 reject され、世にだすことはできないのではないか 原部長のグループに吸収させることであった。我々 と考えた時もあった。そのような時に Fas のストー の面倒を見ることとなった矢原部長は、私がそれま リーを認め、論文として発表できるよう尽力してく でに行ってきた研究を継続することを認め、そのよ れたのは先に記した New York大学の Jan Vilcek博 うなテーマについては独立性を認めることを提案し 士である。論文を予め読んで意見を申し述べてもら ていただき、結果として研究費を含むさまざまな援 っただけでなく、 New York 在住の周りの研究者に Fas 助をしていただくことになった。矢原博士による のストーリーを宣伝してくれたのである。そのおか 様々な援助がなければ、Fas のストーリーが世に出 げもあってか、論文は New York の Rockefeller 大学 ることもなく、研究者としての私と共に消滅してい が発行する Journal of Experimental Medicine 誌に たかも分からない。また、日本で広く認められるよ 掲載された (参考文献1) 。 1989 年5 月のことである。 り先に、米国の Jan Vilcek博士(上記 FS-7 細胞の この論文は現在までに 1.300 回を超える引用をされ 作製者であり、その後、Fas の最初の論文をまとめ るにいたった。最初は信用し難い話であると相手に るのに大変お世話になった)やイスラエルの David されなかった研究を支援していただいた多くの先輩 Wallach 博士(その後、Fas からのシグナル伝達で重 や同輩の研究者みなさんの存在がなくては、だれも 要な役割を果たすFADD やcaspase-8 の同定という素 考えなかったような結果につながる偶然が生んだ研 晴らしい研究成果をあげた)が強い興味を示してく 究(セレンディピティによってもたらされた研究) れたことも支えとなった。1984 年に仙台で開催され を世に出すことはできなかっただろう。 た国際ウイルス学会で抗 Fas モノクローナル抗体の その 2 ヶ月後の 7 月に、よく似たストーリーの論 9 文が Science 誌に発表された(参考文献 2) 。ヒト細 電話の受話器を片手に鳥肌が立ったことも忘れ難い 胞表層抗原に対するモノクローナル抗体が標的細胞 思い出である。抗体が細胞を殺すという訳の分から に直接アポトーシスを誘導するというドイツの ない話が、抗 Fas モノクローナル抗体は細胞表層の Peter Krammer 博士のグループによる論文である。 レセプター分子を認識しており、細胞死を誘導する 彼らは抗体に抗 APO-1 と名前をつけた。APO はアポ レセプター分子が存在する可能性を示す結果がでて トーシス (apoptosis)からの命名である。 後にAPO-1 いると実感できたのである。 は Fas 抗原と同じ分子であることが判明するのであ Fas 抗原は TNF レセプターファミリーに属する分 るが、わずか 2 カ月先に我々が報告をしていたとい 子であることが分かった。幸いなことに、cDNA クロ うことになる。後に Krammer 博士と話をして分かっ ーニングも Fas が APO-1 に先んじることができた。 たことであるが、彼らは IL-4 レセプターに対するモ そして APO-1 という名ではなく、Fas という名が広 ノクローナル抗体を調製しようと試みる中で、細胞 く残ることになった。生命科学の研究分野で日本と にアポトーシスを誘導するモノクローナル抗体を得 海外とでほぼ同時に命名された分子の場合、世に残 たという。細胞死を直接誘導するレセプター分子の るのは海外での命名であることが通常は多い。Fas 存在という、研究を実際に行っている本人たちも含 の場合、cDNA クローニングはまさに競争であったの めて誰も考えていなかった事実を明らかにすること だが、長田博士と伊藤博士の力によりクローニング につながる研究結果を、ほぼ同時に二つの研究グル の競争に勝つことができたことが Fas の名前を残す ープが発表したのである。 ことにつながる大きな原因となったのである。 4.cDNA クローニングによる Fas 抗原の同定 5.その後の発展 細胞死(アポトーシス)を誘導するヒト細胞表層 生体内で Fas に結合して細胞死誘導シグナルを導 構造に対する抗 Fas モノクローナル抗体が認識する 入するのは抗体ではない。その後、長田重一博士の Fas 抗原の実体を明らかにすることが次の研究目的 研究室で Fas に結合して細胞に死を誘導するファク となった。そのためには cDNA クローニングが必要不 ターである Fas リガンドが同定され、Fas が死を誘 可欠であるが、当時の私自身にはそれを成し遂げる 導するサイトカインのレセプターであることが証明 技術がなかった。そこで、先に記した IFN レセプタ された(参考文献 4) 。また、Fas の発見より以前か ーに関する共同研究を行っていた長田重一博士に ら、免疫学者を中心に広く研究されてきた全身性の cDNA クローニングを依頼し、新たな共同研究を開始 自己免疫疾患やリンパ球の異常増殖を引き起こすミ した。その後、USA の Genentech 社、Immunex 社や他 ュータントマウス MRL-lpr マウスにおける lpr 変異 の日本のグループから、Fas 抗原の cDNA クローニン が、 Fas 遺伝子の変異であることが明らかとなった。 グを行いたいという希望が寄せられたが、長田博士 Fas は抹消における自己反応性リンパ球や活性化リ と共同研究を開始していたことを理由に、長田博士 ンパ球の除去、免疫細胞によるがん細胞やウイルス との信頼関係を維持して共同研究を継続した。Fas 感染細胞の除去をはじめとする多様な生理機能を有 抗原の cDNA クローニングはすぐには成功しなかっ することが明らかとなっている。 たのであるが、DNAX 研究所で Aic-2 の cDNA クロー 一方、Fas を刺激することによりがんや自己免疫 ニングを成功させた伊藤直人博士が長田研究室に参 疾患の治療が行えないかと考えられ試みもされたが、 加したこと、KT3 という Fas を高発現する細胞株を マウスにおいて個体レベルで Fas を刺激すると劇症 見出して利用できるようになったことによって、 肝炎が発症することが示され、Fas を体全体で刺激 cDNA クローニングが成功した(参考文献 3) 。 することは危険極まりないことも明らかとなり、Fas cDNA クローニングに成功し、その塩基配列が読ま を刺激して疾患の治療につなげることは否定された れているちょうどその時に、長田博士から電話で、 のである。現在では、Fas の次に見いだされた death 「TNF レセプターによく似た塩基配列がでてきた! receptor/death ligand システムである TRAIL (TNF 伊藤君がとっても興奮している!」という話を聞き、 related apoptosis inducing ligand)や TRAIL レセ 10 プターに対するモノクローナル抗体ががん治療に用 考えていなかったような細胞自身が自爆するための いられようとしている。一方、Fas をモノクローナ サイトカイン/サイトカインレセプターシステムが ル抗体で刺激することによって関節リウマチや炎症 存在するという新しい概念の発見につながったので を伴う関節疾患の治療に用いるという新たな試みも ある。 なされている。この場合、体全体を刺激するのでは なく、ごく微量の抗体によって関節局所を刺激する 【参考文献】 ことによって毒性を回避できるという。抗 Fas モノ 1. Yonehara S, Ishii A, Yonehara M. 1989. A クローナル抗体の調整によって Fas を発見し命名し cell-killing monoclonal antibody (anti-Fas) た私としては、モノクローナル抗体によって Fas を to a cell surface antigen co-downregulated 刺激して異常細胞を除去することによって疾患の治 with the receptor of tumor necrosis factor. 療がなされればと希望している。 J Exp Med. 169:1747-1756. 2. Trauth BC, Klas C, Peters AM, Matzku S, Möller 6.終わりに P, Falk W, Debatin KM, Krammer PH. 1989. サイトカイン研究の歴史では、生理機能を持つ液 Monoclonal antibody-mediated 性因子として新しいサイトカインが同定され、次に regression そのサイトカインのレセプターが見いだされるとい Science. 245:301-305. by induction of tumor apoptosis. う順番で多くのサイトカインとそのレセプターの研 3. Itoh N, Yonehara S, Ishii A, Yonehara M, 究がなされてきた。そして、レセプターの同定には Mizushima S, Sameshima M, Hase A, Seto Y, モノクローナル抗体の調製が大きな役割を果たす例 Nagata S. 1991. The polypeptide encoded by も多い。一方、Fas システムの場合、サイトカイン the cDNA for human cell surface antigen Fas である Fas リガンドの同定は最後であり、細胞死を can mediate apoptosis. Cell. 66:233-243. 誘導するという不可思議な活性を有する細胞表層構 4. Suda T, Takahashi T, Golstein P, Nagata S. 造に対するモノクローナル抗体の調製が最初であり、 1993. Molecular cloning and expression of the 次にレセプター分子である Fas 抗原の同定、そして Fas ligand, a novel member of the tumor サイトカインである Fas リガンドの同定が最後とい necrosis factor family. Cell. 75:1169-1178. う、他とは逆の順番で解明されてきた。その後、い くつかの TNF/TNF レセプターファミリーに属する分 子も、Fas システムと同じ順番で解明されてきてい る。獲得免疫系の成立に必須な CD40 と CD40 リガン ドをあげることができる。このような逆の順番をた どるサイトカインシステムは TNF/TNF レセプターフ ァミリーに特徴的である。これは、TNR レセプター ファミリー分子の場合、それに対するモノクローナ ル抗体がそのリガンドと同様の活性を示すことがで きる場合のあることによる。視点を変えると、他の サイトカインファミリーの場合はレセプターに対す るモノクローナル抗体がサイトカイン用の活性を示 すことは殆どなく、リガンド自身であるサイトカイ ンの同定が先に実施される必然性がある。TNF/TNF レセプターファミリーに属する Fas システムでは、 レセプターに対するモノクローナル抗体が細胞死を 誘導するという異様な活性を示したことから、誰も 11 CpGDNA の発見 山本三郎 日本 BCG 研究所 1.BCG 由来核酸画分 以上が RNA となるが、抗腫瘍活性はほとんど 1960 年代後半から 1970 年代にかけ、結核の予 失われる。それに対し RNase 処理では 97%が 防ワクチンである BCG を使ったがんの免疫療 DNA となり、抗腫瘍活性は増強する。これら 法が Old や Zbar らのマウス・モルモットによ から MY-1 に含まれる DNA が抗腫瘍活性の本 る研究や Morton らのヒトメラノーマに対する 質であることが明らかとなった。結核菌や BCG 治療、Mathe らの小児白血病への臨床研究を含 菌体成分の抗腫瘍活性には多くの報告があるが、 め幅広く検討された。これは結核ワクチンとし MY-1 がユニークなのはその成分が核酸であり、 て 1920 年代以来の使用経験から安全性が確認 その活性が DNA に依っているところにある。 されている BCG ワクチンをがんの免疫治療に MY-1 には腫瘍細胞に対する直接傷害性はない 適用しようと考えたものである。しかし、BCG ことから、MY-1 の抗腫瘍活性は宿主介在性で は弱毒といえども増殖する可能性のある生菌で あると考えられた(3)。このようにして世界で初 あるので免疫機能が低下したがん患者への投与 めて DNA の抗腫瘍効果が確認された。 に対する危惧が指摘されたことから BCG 生菌 によるがんの免疫療法は膀胱がんに対する以外 2.CpG モチーフの発見 は下火となっていった。 当時、細菌遺伝子は解読が進み、BCG 遺伝子も そのため、BCG 菌体からの抗腫瘍活性物質単離 いくつかの配列が報告されていた。また DNA が欧米を中心に行われ、わが国においても 合成機が市販され、オリゴ DNA の合成は研究 Tokunaga らは、水溶性の抗腫瘍活性成分を得 室で自ら行えるようになっていた。MY-1 は 45 ることを試みた(1,2)。BCG 菌体をフレンチプ 塩基鎖長を中心とした一重鎖オリゴヌクレオチ レスで破砕して得られた細胞質画分をストレプ ドの集合体である。BCG のたんぱく質をコード トマイシン硫酸で沈殿させた後さらに精製した する DNA であれば、すべて免疫増強活性を持 水溶性画分は MY-1 と命名さ れた[98%核酸 つのか?これを調べるため、BCG のヒートショ (70%DNA、28%RNA)]。BCG 菌体から抗腫 ックたんぱく質をコードする cDNA から 13 種 瘍活性物質を探索しようとの試みは世界中で行 類の 45 塩基鎖長オリゴヌクレオチドを無作為 われていたが、その多くは脂質成分に注目した に合成した。すると予想に反し 6 種類のオリゴ ものであって、水溶性画分に焦点をあてた研究 ヌクレオチドのみが活性を示し、残りの 7 種類 はほとんどなかった。これはヒトに投与した場 には活性はないことがわかった(4)。すなわち 合の副作用が水溶性のほうが脂質成分よりは少 BCG 由来の DNA 配列であっても、すべてが活 ないだろうと考えたことによる。この MY-1 を 性を持つわけではないことが判明した。次に免 モルモット腫瘍 Line-10 の腫瘤中に頻回投与す 疫増強活性の「ある配列」と「ない配列」を比較し ると腫瘍増殖は抑制された。またこの画分はモ た。BCG-A2 と BCG-A4 はどちらも 45 塩基鎖 ルモット Line-10 腫瘍のほか、 マウス腫瘍(IMC、 長の一重鎖オリゴヌクレオチドであるが、両者 Meth A、B16、S1509a、MM46)で腫瘍の増 の活性はまったく異なっていた。すなわち 殖を抑制した。MY-1 を DNase 処理すると 98% BCG-A4 は用量に応じて NK 細胞活性を増強し たが、BCG-A2 はどの濃度でも NK 活性を誘導 すことが判明した。一方、パリンドロームの位 できなかった。そこで BCG-A4 の有効配列を求 置はサイズほど大きな影響を与えないこともわ めるため、BCG-A4 の 5’側の 30 塩基鎖長の かった。さらにパリンドロームが常に活性を高 BCG-A4a と 3’側の 30 塩基鎖長の BCG-A4b を めるのかを調べるため、6 塩基パリンドローム 比べた。すると BCG-A4a には免疫増強活性が のすべての組み合わせを(A、T、G、C)塩基か あるが、BCG-A4b にはないことがわかった。 ら 64 種類をつくり、それらのパリンドローム つまり BCG-A4a の配列の中に活性配列があり、 配列を挿入した 64 種類のオリゴヌクレオチド BCG-A4b や BCG-A2 には活性配列がないこと の NK 細胞増強活性を調べたところ、パリンド が予想される。そこで有効配列として ロームだから活性があるわけではないこともわ BCG-A4a にある GACGTC という 6 塩基から かった。一方、活性のある配列を詳細に調べる なるパリンドローム(回文)配列に注目した。 と、すべて CpG モチーフを含んでいることが 一般にパリンドローム配列は制限酵素の認識部 わかった(5,6)。 位として知られており、なんらかの生物学的特 異性を持つのではないかと考えたためである。 3.種々の生物由来 DNA の免疫増強活性 数種類の cDNA からとったオリゴヌクレオチ DNA が免疫増強効果を持つなどということは ドを調べると、GACGTC パリンドロームを含 当時の科学常識に反することであった。MY-1 むオリゴヌクレオチドはいずれも活性があった や合成オリゴヌクレオチドに混入したエンドト が、このパリンドロームを含まない配列では活 キシンによって、あたかも DNA に活性がある 性はなかった。パリンドローム配列を持たず、 かのごとく観察されるとの批判である。このた したがって NK 活性を誘導できないオリゴヌク め LPS 非感受性の C3H/HeJ マウスを用い、あ レオチドにこの GACGTC 配列を挿入したとこ るいはポリミキシン B で LPS の関与を否定し ろ、驚いたことに、新たな修飾塩基配列は NK た。また MY-1 の免疫活性が BCG に特有なも 活性があった。そこでパリンドロームの重要性 のではなく、どの生物にも普遍的であるのか、 を確かめるため、GACGTC 配列の G と T を交 あるいは細菌 DNA のみにみられる現象なのか 換して GACTTGC 配列をつくると、これを含 を調べるため、いくつかの DNA サンプルを検 むオリゴヌクレオチド配列は活性を失った。し 討した。 S. aureofaciens, M. bovis BCG, P. かしパリンドロームの外側配列にある 2 塩基を putida, E. coli, B. subtilis, S. aureus およびウ 入れ替えても、このオリゴヌクレオチドの活性 シ胸腺、サケ白子の核酸画分を MY-1 と同様に にはなんの影響もないことがわかった(4)。 調製し、抗腫瘍効果・IFN 産生誘導活性・NK パリンドロームの外側配列の影響を調べるため、 細胞活性を調べたところ、すべての被験細菌の 30 塩基からなるホモオリゴマー(G-30、A-30、 核酸画分は免疫増強活性を示したが、ウシやサ T-30、C-30)を合成した。いずれのホモオリゴ ケなど動物核酸は活性を示さなかった。次にさ マーも活性は示さなかったが、これらに らに多数のゲノム DNA について検討した。M. AACGTT や GACGTC などのパリンドローム lysodeikiticus, M. bovis BCG, E. coli, M. を挿入すると、マウス脾細胞の NK 活性を増強 pneumonia, C. perfringens の DNA は有意な免 した。最も活性が高まったのは、ホモオリゴマ 疫増強活性を示した。またφX174 ファージや ーが G のときであった。また、パリンドローム アデノウイルス、無脊椎動物のカイコ、ウニ、 のサイズと位置が活性に与える影響について検 エビ、ムラサキガイ由来の DNA も免疫増強活 討し、10 塩基パリンドロームが最大の活性を示 性を示した。これに対し、脊椎動物である魚類 13 のサケ・ニシン・マス、鳥類のニワトリ、両生 動性細菌が保有する鞭毛のたんぱく質であるフ 類のカエル、哺乳類のヒト・ウシ・マウス・ウ ラジェリンの、TLR3 はウイルス感染の際に産 サギ・ブタそれぞれの DNA では増強活性は認 生される二本鎖 RNA および二本鎖 RNA 類似 められなかった。またイネ・トマト・パセリ・ の構造体であるポリイノシンポリシチジン酸 ホウレンソウなど植物 DNA にも増強活性はな (polyI:C)を認識することが報告されている。 かった(7)。脊椎動物のゲノムでは、細菌 DNA これらの TLR のリガンドは、いずれも免疫応 とは異なり、CpG ジヌクレオチドの C(シトシ 答を強く活性化し、アジュバントとして機能す ン)の 5 位がメチル化されていることが知られ ることが知られている。Hemmi らは TLR9 を ている。Krieg らは、大腸菌 DNA または非メ クローニングし、それが CpGDNA のレセプタ チル化 CpG モチーフを持ったオリゴヌクレオ ーとしてその認識に必須であることを明らかに チドによって B 細胞活性化がおこること、その した(9)。 活性モチーフは PuPuCpGPyPy と定義し、配 列がかならずしもパリンドロームではないこと 5.CpGDNA の配列 を示唆した(8)。生物種による DNA の免疫増強 CpGDNA には配列の特徴と細胞選択的な免疫 活性の違いは、細菌 DNA は CpG シトシンが非 刺激活性か ら 3 種 類の型が あり、 それぞ れ メチル化であるのに対し、動物 DNA ではメチ TLR9 を介した異なった免疫応答を誘導する。 ル化されていること、免疫増強活性の中心部位 D/A 型の CpGDNA は IFN-α産生を強く誘導す である CpG モチーフ配列の遺伝子上の出現頻 るが、成熟化誘導活性は低く、B 細胞に直接的 度が細菌では動物より高いことからもたらされ な免疫刺激活性を示さない。K/B 型は B 細胞に る。 免疫刺激活性を示し、成熟化を強く促進し、 IL-12 誘導能が高いのに対し、IFN-α誘導能は 4.CpGDNA のレセプター 低い。TCG の繰り返し配列を有しすべてがチオ 自然免疫は病原体の感染に際し、各種細菌に共 ール化されている C 型の配列では、ポリクロー 通 す る 分 子 パ タ ー ン (Pathgen-associated ナルな B 細胞活性化や pDC による IFN-α産生 molecular patterns; PAMPs) を Toll receptor を誘導する。このような CpGDNA の細胞選択 を通じて認識し、その結果産生される抗菌ペプ 性や配列特異性には、TLR9 に対するコファク チドを武器に感染防御を司る無脊椎動物にも備 ター分子や CpGDNA 構造の親和性がかかわる わったシステムである。哺乳動物では PAMPs と考えられている。 の種類に対応した Toll-like receptors(TLRs)が 存在し、PAMPs 特異的自然免疫が形成される。 6.CpGDNA と TLR9 の結合によるシグナル TLR ファミリーは微生物が体内に侵入すると 伝達 き、細胞膜などにおいて認識の中心的な役割を TLR9 は小胞体(endoplasmic reticulum; ER)に 果たしていることが明らかとなった。TLR2 は 存在し、エンドサイトーシスなどによって細胞 TLR1 とともにグラム陽性菌の外膜に存在する に取り込まれた CpGDNA と直接結合してエン ペプチドグリカンやリポタンパク質、リポペプ ドソームに、その後はライソソームに観察され チドの、TLR4 はグラム陰性菌に存在するリポ る。その結果 MyD88 がリクルートされて下流 多糖(lipopolusaccharide:LPS)の、 TLR6 は のシグナルが惹起される。CpGDNA による TLR2 とヘテロ二量体を形成してマイコプラズ IFN- α 産 生 は phosphatidylinositol-kinase マのリポペプチドの、TLR5 は腸内細菌など運 (PI3K)の阻害剤やエンドソームの酸性化阻害 14 剤によって完全に阻害されることから、PI3K 認を申請するに至ったが、BCG から核酸を抽 はエンドソーム内での CpGDNA と TLR9 との 出・精製する製造工程の再現性に難があるとし 結合に関与し、CpGDNA はエンドソームの酸 て結局承認は得られなかった。当時の技術水準 性化によってなんらかの修飾や分解を受けると では合成 DNA は製造コストがかかりすぎるた 考えられる(10)。CpGDNA と TLR9 の結合と め大量製造には向いていなかったが、今日、世 そのシグナル伝達にはエンドソームの成熟化が 界各国でワクチンアジュバント、がん治療薬、 重要な役割を果たすと考えられる。ここで重要 アレルギー治療薬として開発されている なことは p38MAPK が活性化されることであ CpGDNA 製剤はすべて配列の定まった化学合 り、その下流で NF-κB 活性が増強され、一方 成品である。 で STAT1 リン酸化により ISGF3 が形成される。 これらの転写因子によって IRF-7 が強く誘導さ さて、この一連の研究を誌上発表するにあたり、 れ、さらに活性化されて核に移行し、その結果 グループ内で国内誌にするか国際誌にするかが IFN-αが誘導される。構成的 IRF-3 はすでに活 話題になった。「国内誌」派は、「誰でも考えつき 性化されている可能性があり、また構成的 そうなアイディア」だから、国際誌に載せたら外 IRF-7 は CpGDNA 刺激で活性化されることに 国の研究者にとられてしまうという心配から、 より、IFN-αの産生に向けて協調的に働くと思 国内誌に地道にコツコツと自分たちの研究を載 われる。一方、TLR9 のシグナルは IFN-αの発 せ続けていこうとしていた。一方、「国際誌」派 現に至るまでは IFNAR 非依存性に伝達される は、それがどれほどたいへんな事なのかをよく が、いったん放出された IFN-αは IFNAR を介 理解していなかったので、ただ国際的な評価を したオートクライン反応によりその産生を増強 得たいとだけ考えていた。結局、「国際誌」とし する。IRF-7 は 30 分程度の短い半減期で代謝 て J Immunology(米国免疫学会誌)に掲載さ されるので、IRF-7 遺伝子の持続的発現と増強 れることになったが、 その後の展開は、 「国内誌」 が pDC による大量の IFN-α産生にとって極め 派の心配通りになった。 て重要である。pDC では IRF-7 が構成的に発 論文(4)が J Immunology に掲載されてまもな 現しているが、 IFN-α/βの遺伝子発現はみられ く、アイオワ大学の Krieg から、研究に興味が ない。したがって、TLR9 からのシグナルによ あるのでこれまでの関連した研究論文をすべて って IRF-7 分子の活性化が起こると考えられる 送ってほしいという依頼があった。同時に彼が が、直接のリン酸化酵素をはじめそのメカニズ 主宰するジャーナルに投稿するようにも勧めら ムの詳細は不明である。 れた。直前の心配にもかかわらず、快く依頼に 応じ、また最新の研究成果も投稿したが、論文 おわりに の掲載までには相当の時間を要した。そうこう BCG 由来核酸画分である MY-1 は国立感染症 するうちに、突然、「Nature」誌に Krieg による 研究所(旧国立予防衛生研究所)と三井製薬工業 「細菌 DNA の CpG モチーフが B 細胞活性化を 株式会社(当時)の共同研究によって核酸医薬の もたらす」という論文が掲載された(8)。内容に パイオニアとして開発がすすめられた(MY-1 の は新しい発見もあったが、手法はわれわれの模 M は三井製薬の、Y は予研を表している)。国立 倣であった。問題は、それにもかかわらず、 がんセンターなどで皮膚がんの治験が行われ、 Reference 欄にわれわれの論文を一遍も引用し 良好な治療成績が得られたため、三井製薬は厚 ていないことであり、文献リストは請求するよ 生省(当時)に「がんの免疫療法剤」として製造承 うにと文中にあるのみであった。そこで Krieg 15 に請求したところ、確かにそのリストに我々の 4 Yamamoto S, Yamamoto T, Kataoka T et al. 文献は引用されていたが、そこまでして文献を Unique palindromic sequences in synthetic 調べない限りわれわれの業績は無視されたこと oligonucleotides are required to induce IFN になる。そこでこの理不尽な扱いに対して and augment IFN-mediated NK activity. Nature 編集部に抗議文を送付したがなしのつ J Immunol 148, 4072-4076, 1992. 5 Kuramoto E, Yano O, Kimura Y et al: ぶてであった。 し か し 、 Krieg 論 文 が 掲 載 さ れ て か ら は Oligonucleotide CpGDNA 研究が世界的に盛んになったのは確 natural killer cell activation. Jpn J Cancer かで、アメリカやヨーロッパでは関連したベン Res 83: 1128-1131, 1992. sequences required for 6 Sonehara K, Saito H, Kuramoto E et al: チャー企業が起こり、臨床研究のレベルまでに 至っている。あのとき国内誌にこだわり、自分 Hexamer palindromic oligonucleotides たちの研究としてコツコツ続けていたら with 5’CG3’ motif(s) induce production of CpGDNA に今日の隆盛はなかったと思うのは interferon. J IFN Cytokine Res 16: 799-803, 言い過ぎだろうか。 1996. 7 Yamamoto S, Yamamoto T, Shimada S, et al: DNA from bacteria, but not vertebrates, induces IFN, activates 共同研究者 inhibits 山本十糸子、徳永徹、蔵本悦郎、矢野理、伊保 Immunol 36: 8 澄子、高氏留美子、大澤陽子 tumor NK cells and growth. Microbiol 983-997, 1992. Krieg AM, Yi AK, Matson S et al: CpG motifs in bacterial DNA trigger direct 文献 B-cell activation. Nature 374: 546-549, 1 Tokunaga T, Yamamoto H, Shimada S, et 1995. al. Anti-tumor activity of deoxyribonucleic 9 Hemmi H, Takeuchi O, Kawai T et al: A acid fraction from Mycobacterium bovis toll-like receptor recognizes bacterial DNA. BCG. Nature 408: 740-745, 2000. I. Isolation, physicochemical characterization, and antitumor activity. J 10 Takauji R, Iho S, Takahashi H, et al: CpG-DNA-induced Natl Cancer Inst 1984; 72: 955-962. 2 Shimada S, Yano O, Inoue H et al. involves p38 IFN- α production MAPK-dependent STAT1 Antitumor activity of the DNA fraction phosphorylation in human plasmacytoid from Mycobacterium bovis BCG. II. Effects dendritic cell precursors. J Leukocyte Biol on various syngeneic mouse tumors. 72: 1011-1019, 2002. J Natl Cancer Inst; 74: 681-688, 1985. 3 Yamamoto S, Kuramoto E, Shimada S, et al. In vitro augmentation of natural killer cell activity and production of IFN-α/β and IFN- γ with DNA Mycobacterium bovis BCG. fraction from Jpn J Cancer Res 79: 866-873, 1988. 16 インターロイキン 6 阻害薬によ る治療と病態解析 ―岸本グループによる我国初、世界に発信した抗体製薬の開発― 大阪大学先端科学イノベーションセンター/徳洲会 吉崎和幸 1.序 この研究は、40年程前の私の学生時代、当 時大阪大学第三内科教授の山村雄一先生の臨 床講義に端を発しています。 「君達、膠原病と いう免疫の異常によっておこるらしいといわ れている、自己免疫疾患という一群の病気を 知っているか。関節が痛く、関節の変形をき たす慢性関節リウマチや、若い女性に多く、 腎臓が障害される全身性エリテマトーデス等、 病気の原因も病態もわからず、ましてや確立 された治療法もない疾患群がある。何とかし なければならないが、君達に頑張ってもらっ て、病因・病態を明らかにして、その機序に 基づいた治療を確立してもらいたい。 」 と先生 はいわれた。この講義は私に夢を与え、以後 の研究のモチベーションとなりました。 2.B 細胞分化因子(BCDF)の提唱 1971年卒後、第三内科の免疫研究室に所 属し、膠原病を中心とする臨床と研究を開始 しました。当時の免疫学は、多くはマウスに おける免疫現象に基づいた解析ばかりで、ヒ トの免疫についてはほとんど解明されていま せんでした。ましてや膠原病の免疫異常につ いては、自己抗体が認められる以外は皆目わ かっていませんでした。私は、マウスの病気 を治すのではなく、ヒトの病気を解析し治療 をしたいと思っていましたので、研究の端緒 からマウスを使用せず、ヒトの材料を使って 研究しました。私の研究を決定的に方向づけ たのは、1975年にアメリカ、ジョンズホ プキンス大学の石坂公成先生の研究室から帰 ってこられた岸本忠三先生でした。先生は、 私が渡辺武先生から教えて頂いていた、ヒト 扁桃腺リンパ球を用いた、T、B 細胞による 抗ハプテン抗体産生の研究をしていたこと(1)、 岸本先生の推薦で1976年から3年間、ア メリカ、ニューヨーク州バッファロー市のロ ーズウェルパーク記念研究所、D.Pressman 及び B.K.Seon 先生の研究室に留学し、免疫 化学法を用いて T 細胞特異抗原の解析をした ことに注目し、ヒトにおける B 細胞の抗体産 生機序を解析するようにと、1979年テー マを下さいました。この時、先生は既に石坂 先生のところで研究されていた、ウサギの系 での T 細胞による B 細胞刺激因子の存在を、 ヒトの系でも証明されようとしていたと思わ れます。ヒトはマウスのように純系がなく複 雑であるため、できるだけ単純な系を用いな くては、確からしい結果は出せません。そこ で、単一の性質を示す白血病細胞を用いるこ とを考え、潟血治療をしていた慢性リンパ球 性白血病患者の細胞、即ち形質細胞へ分化す る B 白血病細胞をターゲットとし、PHA で 刺激したヒト扁桃腺 T 細胞の培養上清をゲル 濾過、イオン交換、さらに当時新しく確立さ れたクロマトフォーカシング・カラムで分離 し T 細胞因子分画として抗体産生解析システ ムを確立し、B 細胞の分裂と抗体産生細胞へ 17 の分化の機序を解析しました(図1)。その結 果、1982年ヒト B 細胞が T 細胞のヘルプ により抗体産生細胞に分化する機序を提唱す ることができました(図2)(2)。この過程で、 T 細胞から産生される B 細胞の分裂誘導因子 (BCGF)と分化誘導因子(BCDF)の存在 を1982年に明らかにしました(3)。[なお、 後に BCGF は IL-4、 IL-5 分子、BCDF は IL-6 分子として証明されました(図3)。] この 頃、抗原非特異的な B 細胞刺激因子について は熾烈な競争がくり広げられており、岸本先 生は B 細胞の分裂と分化を促す因子が単一か 複数の分子かを明らかにされようとしていた ため、この研究に対しては極めて厳しく、何 度も確認実験を求められました。先生に信じ て頂けるまでには、相当の時間とストレスを 要しました。しかし、この時の先生の厳しい 指導は、私の以後の研究の礎となり、研究と いうものはすべて確かであってまちがいがな い結果を出すという信念が身についたものと、 大変感謝しております。 究室で B 細胞分化因子を BSF-2 としてその 存在を示唆されていました。その後平野先生 は細胞工学センターに移られ、岸本先生の研 究室で1986年 BSF-2の cDNA をクロー ニングされました。これは後に Interleukin 6 (IL-6,インターロイキン6)と命名されました。 3.キャッスルマン病との遭遇 BSF-2(IL-6)遺伝子が同定され、Nature に掲載された時、同時にカナダのグループが CRP 等急性期蛋白質を誘導する肝細胞刺激 因子(HSF)とも同一分子であることが記載 され、我々は大変驚きました。それまで、免 疫に関与する因子が炎症にも関与するとは想 像もしなかったのです。しかし以後 IL-6 は、 多様な生理機能を有する分子であることが in vitro の結果ではありますが、次々と明ら かになっていきました (図4) 。 そのため私は、 IL-6 が病気に何らかの関与をしているので はと臨床の場で常に考えて診療しておりまし たところ、1987年、全身性エリテマトー デス(SLE)として診断治療されていた患者 が、たまたま私の外来に来られました。たし かに、抗 DNA 抗体は陽性でしたが、SLE の 症状とは異なり、 表在リンパ節が多数腫大し、 持続的な CRP の上昇、ポリクローナルな免 疫グロブリンの著増、強度の貧血、血小板の 増加、赤褐色の散在する小皮診を認め、私は SLE の診断に疑問を持ちました。これらの症 状や所見は IL-6 の機能が強く表現されたも のではないか、ひょっとすると、この患者は IL-6 の持続的な異常亢進による疾患ではな いかと、はっと気づきました。 ほぼ同時期に平野俊夫先生も尾上薫先生の研 18 返事が返ってきました。IL-6 の認知がまだ不 十分であったことと、あまりにも早い時期に IL-6 が疾患に直接的な関与があることに NEJM のレフェーリーはうたがいを持った のかも知れません。このような経緯もあり、 キャッスルマン病の論文が Blood ではありま すが、アクセプトされるのに長期間を要し、 世に出たのが心房内粘液腫より遅くなってし まいました。 当時、研修医であった乾誠治先生と検索した ところ、この疾患は1954年、 Massachusetts General Hospital の病理の Dr.B.Castleman が 提 唱 し 、 弟 子 の A.R.Kellar らが提唱した形質細胞型のキャ ッスルマン病で、以後全く原因の不明であっ た疾患でした。しかし私達は、1989年、 腫大したリンパ節からの IL-6 の持続産生が 病態形成の中心であることを報告しました (図5)(4)。この発見には、当時信州大学小 児科の中畑龍俊先生から紹介された患者さん と、三内に入院されていた患者さんの解析が できたことが大きかったです。IL-6 のキャッ スルマン病への関与は、岸本先生が臨床にお ける IL-6 の病態意義に興味を持たれた最初 のエビデンスであったと思われます。つづい て、Cardiac myxoma(心房内粘液腫)に伴 う症状・所見、そして粘液腫細胞培養上清中 に IL-6 が産生されていることを確認、IL-6 と臨床への興味を更に深くしました。キャッ スルマン病が IL-6 産生疾患であることを1 987年末に New Eng J.Medに投稿したの ですが、revise され1988年夏にコメント に対してすべて正当に対応し再投稿しました。 その結果、レフェリーから全著者のサインを 送れといってきたので、論文はアクセプトさ れたと思いました。ところが、10月になっ て突然、何の理由もなくリジェクトという返 事がかえってきて驚きました。岸本先生はエ ディターに理由を正しましたが拒否と決まっ たとしか、特別のコメントもなく返事が来る ばかりでした。そこで1989年3月、Blood に投稿したところ2週間でアクセプトという 4.ヒト型化抗 IL-6 レセプター抗体の開 発と臨床応用 1989年頃から岸本先生グループは、IL-6 レセプターシステムの解析に必要な抗 IL-6 レセプター抗体をマウスで作成していました が、岸本先生は1990年、臨床への応用も 考えられ中外製薬、貞広隆造氏、大杉義征氏 らと相談、この抗体をヒト型化することが決 まりました(図6)。1992年にこの抗体の CDR 部分のみマウスペプチドとして残し、 他をヒトγ鎖にかえたヒト型化抗 IL-6 レセ プター抗体が作成されました(図7) 。 19 私はこの抗体を、治療法が確立されていない キャッスルマン病、あるいはミエローマ患者 に応用したいと考え、当時、阪大細胞工学セ ンターから三内の教授に帰って来られた岸本 先生と相談、大阪大学の倫理委員会に使用許 可申請をしました。一般的には治療薬と認め られていない薬剤をヒトに投与することは薬 事法で禁じられています。ましてや、我国で 開発し我国でもまた世界でも全く使用されて いない抗体製剤では、たとえ倫理委員会でも 許可は困難と思われました。 倫理委員会には、 岸本先生と私が出席しました。案の定、委員 会の先生方は否定的で、その中の1人は「せ めて海外で使用経験があれば許可も検討する ことができるのですが」と発言されました。 岸本先生は立ち上がって「そのような考えを 持っておられるから、我国から新しい薬が開 発されないのです。基礎の分野では、最近 Nature, Science といった一流誌に日本人 の論文が載るようになってきましたが、我々 のキャスルマン病の論文もそうでしたが、臨 床分野のトップレベルの New Engl.J.Med やLancet に日本人の論文がなかなか載らな いのです。2番煎じ、3番煎じでは、いつま でたっても臨床分野で、世界でトップになれ ません。」と発言、結局倫理委員の先生方は納 得され、治療申請は許可されました。こうし て、抗 IL-6 レセプター抗体の臨床応用にとっ て大きなハードルをのり越える第一歩を踏み 出すことができたのです。ハードルを越える もう一つの特筆すべき事は、対象となった第 一例目の患者さんが、実は我々阪大医学部の 先輩の先生で、 「先生方の臨床研究の発展に継 ぐことができるなら、私をモルモットにして くれて結構です。 」と言って下さったお陰で、 1993年抗体治療のスタートが切れました。 全くはじめて患者さんへ投与するにあたり、 私自身も不安と心配で緊張し、強く責任を感 じておりましたので、投与前に看護婦さんに 頼んで私に投与してもらいました。特別に副 作用症状も認められませんでしたので、少し 安心して患者さんへの投与を開始しました。 患者さんのベッドサイドにつきっきりでした。 副作用らしきものも認められませんでした。 しかし、投与量、有効量また投与間隔も全く 不明であったため、1mg/body から開始し、 その後週2回ずつ恐る恐る 2mg、5mg、10mg と増量していきました。その結果おどろべき ことに、CRP の低下、免疫グロブリンの減少、 貧血の改善がみられたばかりでなく、投与中 患者はだるさがなくなり身体楽になったと言 われました、まさにこれが臨床研究なのです (図8) 。 5.ヒト型化抗 IL-6 レセプター抗体の関 節リウマチ治療 以後、一例一例、大阪大学倫理委員会、ある いは先進医療審議会に申請し、許可を得て行 いました。キャッスルマン病につづいて19 95年頃に関節リウマチ(RA)にも適応を広 げていきました(5)(6)。まだ RA 所見に対する IL-6 の意義は不明でしたが、in vitro での IL-6 の作用が次々と明かされ、RA の症状が この IL-6 の多様な作用の結果生じると考え ることができたため、RA へ使用しました(7)。 当時、セントコア社のインフリキシマブ(レ ミケード)の治験前トライアルを三内でも行 っておりましたので、インフリキシマブ無効 例から使用開始しました。幸いにも、いずれ の疾患にも有効性が認められました。これら 著効がみられた結果に基づいて中外製薬は、 本格的に治験を次々と行いました(図9)。2 000年からキャッスルマン病に、1999 年から RA に対して1/2相、2001年から 後期2相、2003年に第3相を行い、20 08年4月に国内承認を得ることができまし た(図10) 。更につづいて、海外でも200 9年ヨーロッパ、本年2010年1月 8 日に 20 の間、天国から地獄へ落とされたような耐え 難い日々を送らせてしまったことに、医師と して罪悪感を覚えたからです。 アメリカ FDA で認可されました。岸本先生 が倫理委員会で言われたように、我国発の抗 体製剤が世界へ打って出て、今や RA のトッ プクラスの治療薬として認められたことは、 私としても長年の夢がかない感慨無量です。 なお、 これらの治験遂行に対して、私と共に、 研究室の助教授であった西本憲弘先生が多大 な貢献をしました。また特筆すべきことは、 中外製薬が我々の忠告を受け入れ、各治験終 了後も厚生省による保健薬として認可される まで継続投与試験を組んで、中止することな く患者への継続投与を可能にしたことです。 我々は過去において、倫理委員会の許可で抗 体を投与され、関節痛も消失し、極めて良好 な状態であった患者であっても、その後、治 験開始を厚生省に認可してもらうまでは、治 療を中断しなければならないという苦い経験 をしていたので、製薬会社に何とか治療を継 続して欲しいと頼みました。薬事法のためと はいうものの、投与を中止しその結果、患者 が関節痛の憎悪、関節破壊の悪化、そして変 形をきたし、治験対象者になるまでの 1 年余 6.IL-6 単一分子阻害による病態解析 この抗 IL-6 レセプター抗体は、治療に多大な 貢献をしたばかりでなく、疾患病態の解析の 画期的な手段となりました。RA は自己免疫 疾患であり慢性炎症疾患でもあります。多く のサイトカイン、ケモカインが産生され、細 胞は活性化され、そして全身症状、異常所見 ばかりでなく関節局所の症状・所見、更には 関節破壊から関節変形をきたす極めて複雑な 病態を形成します。従来の治療薬は、免疫抑 制剤やステロイド薬のように多様な薬理作用 を有する薬剤でなければ症状をコントロール できませんでした。このような薬剤は、薬理 作用が多様であるがゆえに結果として、症 状・所見が改善されたとしても、どのような 機序で改善が認められたかを把握することは 困難でありました。しかるに抗 IL-6 レセプタ ー抗体は、特筆すべき点として、メソトレキ セート等の薬剤を併用することなく、単独で しかも1つの分子、IL-6 分子を抑制するだけ で有効であり、IL-6 レセプターを介する特異 的な IL-6 の細胞内シグナル伝達機序が比較 的明らかになっているため、細胞内変化、ひ いては異常検査の発現、症状の発現様式を解 析することは、 比較的容易と考えられました。 岸本先生が常に生命現象を解析するには、ま ず単純な系を用いて解析せよ、と言っておら れたことから、たとえ複雑なヒトの疾患病態 であっても IL-6 の単独阻害は、IL-6 による 真の病態を明らかにすることも可能になった のです。我々の研究手法は、従来の in vitro 又は動物を用いた基礎的な結果から、ヒト疾 患の病態を推測する研究手法ではなく、bed side で行った単純な治療による臨床結果に基 づいて、in vitro 及び動物を用いて顕証し、 真のヒト疾患病態を明らかにするという、従 来の方法とは逆の研究手法を行っています。 これを我々は、Reverse Science と名付けて います(図 11) 。例えば、RA 等様々なサイ トカインが活性化され、ネットワークを形成 21 TNF-αは補助的に作用することが認められ ました。この in vitro の現象を細胞内での転 写で確認すると、IL-6 の下流の STAT3 の活 性化が必須で、CRP の場合 TNF-αによる c-fos、c-jun の活性化が補助的に作用し、ま た SAA の場合 NF-kBの活性化が補助的に作 用し発現を増強している結果が示されました (図 13)(8)(9)(10)。この結果は、in vivo での IL-6 阻害による CRP、SAA の正常化、及び TNF-α阻害では CRP、SAA の低下は認めら れるが正常化は困難であることと一致してい ます。これらの結果により、RA 患者の肝臓 細胞における細胞内シグナル転写の機序を明 らかにし、RA の確からしい病態が示唆され ました。 している慢性炎症疾患に対して抗 IL-6 レセ プター抗体による IL-6 単独阻害を行うと、急 性期蛋白質の CRP、血清アミロイド A(SAA) 等は低下するのみならず、多くの患者で正常 化します(図 12) 。この事実は、私の予想を くつがえしました。 TNF-α阻害薬では低 下はするものの正常値化は困難であることか ら、IL-6 阻害でもまさか正常化することはな いだろうと思っていたのです。この事実は IL-6 と TNF-αとは RA 病態形成に異なって 作用することを示唆したばかりでなく、IL-6 は CRP、SAA の発現に必須であることを示 唆しました。若し、この現象が bench での in vitro の研究で、tocilizumab 治療の結果と同 様な結果となったならば、RA における in vivo での病態の一端を推測することができ ます。 そこで、bench にて肝細胞株を用いて、 IL-6、TNF-α等の刺激による CRP、SAA の 産生機序を研究室の萩原圭祐、西川哲平、宋 健先生らと解析しました。結果的に、これら の急性期蛋白質の発現、増強には IL-6 刺激が 必須で TNF-αによって発現増強がみられ、 7.今後の発展 今まで炎症において CRP が上昇することは 臨床分野では、かなり以前から知られていま したが、この発現機序は、今回 bed side での 抗 IL-6 レセプター抗体による IL-6 の単独阻 害治療による結果と、bench での in vitro に おける CRP 発現機序の結果によって、はじ めて明らかにすることができました(図 14) 。 この reverse science 研究手法は、疾患病態の 解析を可能としたばかりでなく、生体におけ る真の炎症反応、免疫反応等の生命現象の機 序の一端を見い出すことを可能としました。 と共に、得られた機序に基づいて更なる治療 法の開発も示唆することができる手法でもあ ると考えられます。事実、AA アミロイドー シスは難治性の二次性疾患で、消化器症状や 腎障害をきたし RA の予後を大きく左右し、 従来の治療では手をこまねいていましたが、 22 IL-6 阻害によって AA アミロイドーシスの改 善治療が可能であることが示唆されました (図 15)(11, 12,13)。 以上のように臨床的手法のみならず基礎的手 法をもちいた長年における病態解析により、 岸本先生を中心としたグループは、自己免疫 性炎症疾患の画期的治療を確立し、また病態 の一部を明らかにしました(図 16) 。山村先 生から頂いた夢の実現に一歩近づくことがで きたと思っております。更に RA 等の他にも IL-6 異常症が考えられますので、抗 IL-6 レ セプター抗体をもちいた治療は、まだまだ対 象疾患が拡大されるでしょう(12)。また、IL-6 が自己免疫疾患発症に関与する Th17細胞 の活性作用を有することが明らかとなり、病 態解析も端諸についたばかりですが、自己免 疫発症機序の解析に、この抗体は臨床の場で も有用であると考えられます(図 17) 。将来 的には、受容体に対する抗体による治療法か ら低分子化合物による IL-6 阻害治療や、新た に見い出された病態機序に基づくシグナル伝 達阻害による治療への展開も、期待がもたれ ます。 最後に、これら一連の研究には多くの共同研 究者、あるいは臨床治療を行っていただいた 医師の先生方によって成し遂げられたもので、 ここに深く感謝の意を申し上げます。 [参考文献] 1. Watanabe T, Yoshizaki K, Yagura T, Yamamura Y. In vitro antibody formation by human tonsil lymphocytes. J. Immunol. 1974;113:608-616. 2. Yoshizaki K, Nakagawa T, Kaieda T, Muraguchi A, Yamamura Y, Kishimoto T. Induction of proliferation and Igs-production in human B leukemic cells by anti-immunoglobulins and T cell factors. J. Immunol. 1982;128:1296-1301. 3. Yoshizaki K, Nakagawa T, Fukunaga K, Kaieda T, Maruyama S, Kishimoto S, Yamamura Y, Kishimoto T. Characterization of human B cell growth factor (BCGF) from cloned T cells or 23 mitogen-stimulated T cells. J. Immunol. 1983;130:1241-1246. 4. Yoshizaki K, Matsuda T, Nishimoto N, Kuritani T, Lee T, Aozasa K, Nakahata T, Kawai H, Tagoh H, Komori T, Kishimoto S, Hirano T, Kishimoto T. Pathogenic significance of interleukin 6 (IL-6/BSF-2) in Castleman's disease. Blood 1989;74:1360-1367. 5. Nishimoto N, Sasai M, Shima Y, Nakagawa M, Matsumoto T, Shirai T, Kishimoto T, Yoshizaki K. Improvement in Castleman's disease by humanized anti-interleukin-6 receptor antibody therapy. Blood 2000;95:56-61. 6. Nishimoto N, Kanakura Y, Aozasa K, Johkoh T, Nakamura M, Nakano S, Nakano N, Ikeda Y, Sasaki T, Nishioka K, Hara M, Taguchi H, Kimura Y, Kato Y, Asaoku H, Kumagai S, Kodama F, Nakahara H, Hagihara K, Yoshizaki K, Kishimoto T. Humanized anti-interleukin-6 receptor antibody treatment of multicentric Castleman's disease. Blood 2005;106:2627-2632. 7. Nishimoto N, Yoshizaki K, Miyasaka N, Yamamoto K, Kawai S, Takeuchi T, Hashimoto J, Azuma J, Kishimoto T. Treatment of rheumatoid arthritis with humanized anti-interleukin-6 receptor antibody: a multicenter, double-blind. placebo-controlled trial. Arthritis Rheum. 2004;50:1761-1769. 8. Hagihara K, Nishikawa T, Isobe T, Song J, Sugamata Y, Yoshizaki K. IL-6 plays a critical role in the synergistic induction of human serum amyloid A (SAA) gene when stimulated with proinflammatory cytokines as analyzed with an SAA isoform real-time quantitative RT-PCR assay system. Biochem Biophys Res Commun. 2004;314:363-369.. 9. Hagihara K, Nishikawa T, Sugamata Y, Song J, Isobe T, Taga T, Yoshizaki K. Essential role of STAT3 in cytokine-driven NF-κB-mediated serum amyloid A gene expression. Genes to Cells 2005;10:1051-1063. 10. Nishikawa T, Hagihara K, Isobe T, Matsumura A, Song J, Tanaka T, Kawase I, Naka T, Yoshizaki K. Transcriptional Complex formation of c-Fos, STAT3, and hepatocyte NF-1α is essential for cytokine-driven C-reactive protein Gene Expression. J. Immunol. 2008;180: 3492-3501. 11. Okuda Y, Takasugi K Succeseful use of a humanized anti-interleukin-6 receptor antibody, tocilizumab, to treat amyloid A amyloidosis complicating idiopathic arthritis. Arthritis Rheum. 2006; 54:2997-3000 12. Nishida S, Hagihara K, Shima Y, Kawai M, Kuwahara Y, Arimitsu J, Hirano T, Narazaki M, Ogata A, Yoshizaki K, Kawase I, Kishimoto T, Tanaka T. Rapid improvement of AA amyloidosis with humanised anti-interleukin 6 receptor antibody treatment. Ann Rheum Dis. 2009;68:1235-1236. 13. Yokota S, Miyamae T, Imagawa T, Iwata N, Katakura S, Mori M, Woo P, Nishimoto N, Yoshizaki K, Kishimoto T. Therapeutic efficacy of humanized recombinant anti-interleukin-6 receptor antibody in children with systemic-onset juvenile idiopathic arthritis. Arthritis Rheum. 2005;52:818-825. 24 遺伝子改変マウス 東京大学医科学研究所システム疾患モデル研究センター 岩倉洋一郎 大腸菌分子生物学からほ乳動物の発生学 について知りたいと思っていたことも、この へ 本がうまく言い表してくれていたのだと思う。 1975 年に PNAS に載った Mintz と Illmensee IFN の研究室で助手が突然、発生学をやり の論文は私にとって衝撃であった。試験管の たい、と言い出したにもかかわらず、川出先 中で培養していたテラトカルシノーマ細胞か 生は理解し、承認して下さった.私はこのこ ら正常な個体を再生することができ、しかも とには今でも感謝している.70 年代半ば、世 子孫も作ることができたというのだから、こ 界でも哺乳動物の発生学をやっていた研究者 れは驚き以外の何者でもなかった。その後、 はまだほんの少数であった。私はその数少な 事の真偽にいくつかの疑問が出されたりもし い研究者のお一人の柳沢桂子先生の紹介で、 たが、私はその魔法のような現象にすっかり ニューヨークのスローンケタリングがん研究 魅せられてしまった。私は博士課程を終える 所の Dorothea Bennett 先生の下に留学するこ 少し前に京大ウイルス研の川出由己先生の研 とになった。Dr.Bennett はマウスの発生学 究室の助手となり、インターフェロン(IFN) に分子遺伝学的手法を持ち込んだ最初の人で の研究を始めたばかりであった。大学院時代 あり、発生初期で異常を来す t 変異マウスの は同じウイルス研で、我が国の分子生物学の 異常が、初期胚に特徴的に発現している F9 抗 立ち上げに大きく貢献された由良隆先生と石 原の異常である可能性を指摘していた.柳沢 浜明先生の研究室にお世話になっており、大 先生と Dr. Bennett とはコロンビア大学で、 腸菌 RNA ポリメラーゼの研究を行っていた. Dunn 先 生 の 下 で 学 ん だ 同 窓 生 で あ る 。 Dr. 当時は大腸菌を研究材料とした分子生物学的 Bennett はt変異マウスの解析にそれこそ人 な研究が先進的研究であった時代であり、私 生を捧げており、出張帰りの朝の4時に空港 がなぜ研究対象を高等動物に移したのかを改 に着いてその足で研究室にでてきたり、盲腸 めて考えてみた.別に、RNA ポリメラーゼの の手術後3日目にはもうマウスルームに現れ 研究が面白くなかった訳ではなく、研究はう たりして、その激しい研究姿勢は我々若いポ まく進んでいて、大変充実していた様に思う. スドクに非常に強い影響を与えた。たばこが 今思うと、その頃読んだ Stent の「進歩の終 好きでマウスルームでも吸うほどのヘビース 焉」の影響があったのかもしれない。その本 モーカーであったが、そのためかどうか、比 曰く、大腸菌を材料とした分子生物学は既に 較的若くして癌で亡くなってしまわれたのが 終わっており、今後に残された重要な研究分 残念でならない。病院で、もうこれ以上癌に 野は発生学、神経科学、免疫学などであると。 なることを心配することもないと言って、た その後の生物学の展開を見ていると予言通り ばこを吸い続けていたと聞いて、何とも彼女 であり、方向転換は必然の流れであったとも らしいと思った。 言える。更に漠然ともう少し人間自身のこと 彼女は初期胚のことを another planet と 25 呼んで、我々の開拓者精神を刺激したもので とが分かった時点で、もう少し粘り強く実体 ある。実際、初期胚は種々の組織細胞に分化 に迫る努力をしていたら、今日の iPS 細胞に する能力を持っているのに対し、分化した組 つながる様な展開があり得たかもしれない、 織細胞はもはや他の細胞に分化する能力を持 とも思う。この辺りで研究者としての優、劣 っていない.私が当時知りたいと思っていた が決まるのであろう。ただ、細胞外からのシ ことは、初期胚細胞と体細胞との違いをもた グナルによって、体細胞を初期化できるかも らす実体、あるいは、未分化(全能)状態の しれない、という考えはまだ捨てた訳ではな 誘導,維持の分子メカニズムであった。まず い. 全能性細胞のことを知らなければならない。 当時、まだ ES 細胞は樹立されておらず、多分 IFN、 そ し て HIV ト ラ ン ス ジ ェ ニ ッ ク マ ウ 化能を持つ奇形腫細胞が知られているのみで スの作製 あった。私はこの未分化奇形腫細胞と未着床 1982 年、Nature 誌に載った Palmiter や 胚に共通に発現している F9抗原の解析を行 Brinster 達 に よ る 成 長 因 子 遺 伝 子 を 導 入 し い、これが細胞表面の糖鎖抗原であることを たトランスジェニックマウス(ジャイアント 示し、この抗原が初期発生における細胞分化、 マウス)の報告も衝撃であった。1980 年にウ および未分化状態維持に重要な役割を果たし イルス研に帰っていた私は、すぐにこの技術 ていることを明らかにした。そして 1985 年に を取り入れることにした.それまでほ乳動物 は、テラトカルシノーマ細胞の核を分化細胞 の分子生物学が停滞していたのは、大腸菌の の細胞質と融合させることによって、細胞質 様に突然変異体を自由に作れないこと、ある に含まれる転写因子により、細胞形質の転換 いは、特定遺伝子の働きを個体レベルで観察 が可能であることを示し、Cell 誌に発表した。 するすべがないこと、が大きな原因であった. 当時としては斬新な切り口であったが、早す 私自身が大腸菌の分子遺伝学を学び、その後 ぎた、というか、細胞の分化,未分化状態を マウスの発生研究を経験することによって痛 制御する転写因子はまだ当時ほとんど知られ いほど実感していたことであった.マウスの ておらず、それ以上この転写因子の実体に迫 胚発生に異常を示す一群の t 変異はいずれも る術を持たなかった.しかし、このラインに 野生から分離したものであったが、もしこれ 沿った研究はその後も続けた。この中で、体 らの突然変異を自在に作製できるなら、ほ乳 細胞に見られる種々のエピジェネティックな 動物の研究も進むであろう、と考えたのはご 修飾を考えると、核移植、あるいは転写因子 く自然のことであった.まず最初に IFN-β遺 の移入では確実に体細胞を全能性細胞に初期 伝子導入トランスジェニックマウスを作製し、 化することは無理ではないか、むしろ初期分 この遺伝子の役割を個体レベルで解析するこ 化過程をみると細胞外から体細胞を初期化す とにした。なぜ IFN か、と言えば、単に IFN るようなシグナルがあるはずで、それを探す が当時の川出研のメインテーマであり、この のが、本来のあるべき研究の方向ではないか、 遺伝子が重要であるという思いだけで、それ と考える様になった。ところが、最近の山中 ほど深く考えた覚えはない.むしろ、トラン 先生の iPS 細胞の作製は、転写因子のみで細 スジェニックマウス自身に興味があった。た 胞を未分化状態にすることができることを示 だ、トランスジェニックマウスを作ってみる し、当時の私の考えが少なくとも一部は間違 といっても、当時は技術的にも理論的にもま っていることが証明されてしまった.まさに だ作製法は確立されておらず、日本には誰も お見事、という他はない.今考えると、細胞 その技術を持っている研究者がいなかった. 質の転写因子が分化形質の発現に関与するこ 現在の感覚であれば、すぐにでもジャクソン 26 研究所の Palmiter のところに飛び、教えを請 学教授)と一緒に阪大に出かけ、インジェク うところであるが、当時はアメリカに行くこ ションの様子を見せてもらった.とても暑い とは人的つながりのなさや情報交換の不便さ、 日で、帰りにビールをごちそうになったこと 経費の問題などから、なかなか大変であった. を覚えている.現在では考えられないくらい、 仕方がないので、自分で始めることにした. ごみごみとしてとても狭い研究室であった. というのも、留学時代、胚操作について少し 山村先生に最初に受精卵に DNA を打ち込むた だ け 経 験 が あ っ た か ら で あ る . 当 時 、 Dr . めの針を見せてもらった時は、なかなか感動 Bennett の研究室では2種類の胚を凝集させ した.頭の中では真直ぐな針を想像していた てキメラマウスを作製することが行われてい のだが、山村先生のインジェクションピペッ た.単なるキメラマウスであるが、当時とし トは Z 字状に直角に二回曲げられており、対 てはこの技術を持つ者は少なく、私はテクニ 物レンズを避けつつ、マイクロインジェクタ シャンの Patricia と親しくなり、この技術を ーの動きと平行して針先が動く様に工夫され 教えてもらった.彼女は大変気難しく、教え ていた。ガラスキャピラリーを器用に曲げて てもらうというより、機嫌の良いときに側に 作製されたインジェクションピペットが、実 居させてもらって、何とかその技術をまねた に整然と小さなプラスチックケースに並べら という感じであったが、日本に帰る頃にやっ れていたのを今でもはっきりと覚えている. と、マウス受精卵の採取と培養、子宮への移 この訪問を契機として我々のラボでもマイク 植がかろうじてできる様になっていた. ロインジェクションを立ち上げる事になり、 トランスジェニックマウスの作製を始めた 半年ほどかけて準備した.インジェクション のは 1983 年のことであるが、最初マイクロイ を始めてみると、意外と早く、一月後にはも ンジェクションなどと言ってもどうして良い う遺伝子が導入されたマウスが生まれていた. か分からず、また、マイクロインジェクター 山村先生にインジェクションを一度見せても などの装置もなかった。何とか自分でもでき らったおかげであり、大いに感謝している. ないかと悩んだあげく、無謀にもウイルスベ ただ、トランスジェニックマウスが生まれる クターでも遺伝子を導入できるのではないか 様になったのは、思い立ってから3年近くも と考え、試してみる事にした.IFN 遺伝子を かかったことになり、思いのほか遠回りをし 組み込んだ SV40 ウイルスを作製して、受精卵 てしまった。 に感染させて遺伝子の導入を試みたのである. 1985 年に現在の東大医科研に移籍すること ところが、1年以上もいろいろ試してみたが になった.ウイルス感染研究部の渋田博教授 トランスジェニックマウスは生まれてくれな に声をかけて頂いた.渋田先生は純粋のウイ かった.他に、アデノウイルスやマウス白血 ルス学者で、それ以前に特に深いおつきあい 病ウイルスベクターなども試してみたが結局 があった訳ではなかったので、なぜ私を指名 ダメであった.現在ウイルスベクターでもト してくださったのか、他にもっと適任の方が ランスジェニックマウスができることが報告 いたのではないか、と思わないでもない。渋 されているところを見ると、どうやら私の技 田先生としては発生工学がウイルス研究分野 術が未熟だったに過ぎないのかもしれない. においても重要な研究手段になるという見通 ちょうどその頃、阪大の医学部に山村研一 しがあったのだと思う.渋田先生はウイルス 先生(現熊本大学教授)が Markert のところ 学に対しても、研究所の運営に対しても真摯 に留学し、マイクロインジェクションの技術 で、情熱的で、ある意味ロマンティストでお を習得して戻ってこられたと聞いた.早速、 られたので、発生工学にロマンを感じておら 当時大学院生であった浅野雅秀君(現金沢大 れたのではないか、と思っている.それから 27 6年ほどして若くして亡くなってしまわれた 受性にはならなかった.ポリオの場合にレセ のは、誠に残念というほかない. プターの人型化だけで感受性となったのとは 医科研に移った当初、当時実験動物研究施 大違いである.現在も更なる宿主因子の人型 設の施設長でおられた山内一也先生に配慮い 化に挑戦している.私の定年までには何とか、 ただき、施設の中に発生工学室を作らせても 感受性マウスを完成させたいと思っている. らった.現在総合研究棟が建っている場所に あった古い木造2階建ての建物の2階であっ ノックアウトマウスの作製 た.廊下を人が歩くと床が振動し、マイクロ 最 初 の ノ ッ ク ア ウ ト マ ウ ス の 報 告 は 1989 インジェクション用の針がブルブル震えるた 年に Elizabeth Robertson らによってなされ めにインジェクションをしばらく中断する必 た.私もすぐに IFN-β、および IFN-γ遺伝子 要があった.また、木製の窓枠の隙間からグ のノックアウトマウスに挑戦した。当時、こ ランドの土ぼこりが吹き込み、インジェクシ の分野で先頭を走っていた一人に、イギリス ョン用ピペットの保管ケースの上にうっすら の Martin Hooper がいた.毛利秀雄先生の生 と降り積もるような環境であった.このよう 殖系列に関する研究班で彼を日本に招待し、 な中で毎日8時間以上も顕微鏡に向かった. そのとき私が彼の面倒を見たことから知り合 苦労の結果、IFN では世界で初めてトランス うこととなり、彼の作製した ES 細胞を手に入 ジェニックマウスの作製に成功し、IFN を発 れることができた.ところが、ノックアウト 現させることにより、個体レベルでウイルス マウスは1年経っても2年経っても生まれて 感染防御を行うことが出来ることを示すこと くれなかった.大きな問題は、ES 細胞の培養 ができた。これは 1988 年に EMBO Journal に にあった.その頃、生殖系列細胞に分化して 報告した.ただ、家畜で IFN を発現させてウ 子孫を作る能力を持った ES 細胞を誰も見た イルス耐性の家畜を作製するという目論みは、 ことがなく、論文の写真だけが頼りであった. メタロチオネインプロモーターの制御下に 従って、うまく子孫につながるキメラマウス IFN を発現させる限り、精巣で IFN が発現し が生まれてこないのは、ES 細胞が悪いのか、 て精子を殺すために不妊となることがわかり、 それとも自分の技術に問題があるのか、判断 断念せざるを得なかった. するすべがなかった.当初は現在では常識と この後、丁度大きな社会問題となっていた なっている、培地に LIF を加えることすら知 エイズに取り組むことを決め、エイズのマウ られておらず、フィーダー細胞から何か重要 ス モ デ ル を 作 る こ と に し た 。 そ の た め 、HIV な因子がでているらしいこと位しかわかって 遺伝子を導入したマウスの作製に取り組み、 いなかった.そんなこともあり、当時医科研 うまく成功した.このマウスは今でも HIV 感 で同じくノックアウトマウスの作製に取り組 染 モ デ ル と し て 役 に 立 っ て い る . ま た 、HIV んでおられた豊田先生は、ご自身が新しい ES が感染増殖できるようなマウスの作製にも取 細胞を樹立するところから始められた。結果 り組んだが、これにはずいぶん苦労した.こ 的に我々より早くキメラマウスの作製に成功 のようなマウスが出来れば、わざわざ猿を使 した。豊田先生は我が国に於ける生殖工学の わなくても HIV の感染実験が行える様になり、 発展に大きく貢献された先生であるが、先生 ワクチンや治療薬の開発にずいぶん役に立つ のやり方はとても徹底しておられたのを覚え はずである.レセプターを導入すれば感染感 ている.例えば、通常マイクロインジェクシ 受性になることを当初期待したが、実際はレ ョンは室温で行うことが多いが、マウス胚は セプターを入れても、コレセプターを入れて 長時間室温にさらすと発生効率がやや低くな も、さらに特異的転写因子を入れてみても感 るということが分かると、幾ら汗が出ても先 28 生の実験室ではいつもストーブをつけて室温 クアウトマウスの作製に成功し、1997 年にそ を 30 度以上に保ってあった.また、体外受精 の結果を EMBO Journal に報告した.結果は予 についても、通常は勤務時間内の 9 時頃から 想に反し、初期発生には関与しておらず、皮 始めるのであるが、朝の 7 時から始めた方が 膚および腸管上皮の増殖制御に重要な役割を 少しだけ効率が良いということになると、一 果たしている、というものであった.この点 切妥協しなかった.こうした、少しずつの積 については、今後検討する必要がある.一方、 み上げが彼を成功に導いたものと考えている. 当時大学院生であった田川陽一君(現東工大 結局、我々は豊田先生から Hooper の ES 細胞 准教授)は IFN-γノックアウトマウスの作製 をもらい直すことになる. に取り組み、キメラが生まれたのは 1995 年の ES 細胞の培養以外にも問題があった.胚盤 ことで、やはり 1997 年に最初の報告を行って 胞腔への ES 細胞のインジェクションは技術 いる.その後、角田茂君が後を引き継ぎ、発 的に大変難しく、例えて言えば、風船を割ら がんにおける IFN-γの役割を解析するととも ないようにしながら風船の中に注射針を差し に、IFN 下流の 2, 5A 合成酵素遺伝子群のノ 込み、細胞を注入するようなもので、胚盤胞 ックアウトマウスの作製に成功した.ただ、 は針を刺すとすぐに破裂してしまってキメラ 私が中心になって取り組んだ IFN-βノックア マウスはなかなか生まれてくれなかった.そ ウトの方は成功しなかったことは今でも残念 れでも始めてから2年ほどして、何とかキメ で仕方ない.言い訳になるが、実験動物研究 ラが生まれる様になった.研究者にとっては、 施設の施設長となり、ゆっくりベンチに腰を 単純な技術的困難さのために何年も足踏みを 落ち着ける暇が無くなってしまったことが大 することは耐え難いことであるが、新しい世 きい.ES 細胞は朝晩面倒を見てやらないと調 界を拓くためにはこうしたこともやってみる 子が悪くなるような細胞で、その上、受精卵 必要があるのであろう。 の採取、操作胚を移植するマウスの準備など、 1992 年に私は実験動物研究施設の教授にな すべてのスケジュールが1週間以上前から時 った。翌年、新しいラボの立ち上げに伴い、 間刻みで予定されていて、少しでもタイミン 卒業後、長田重一先生のラボを経てドイツの グがずれると全てがダメになってしまう.ど Peter Gruss のところに留学していた浅野雅 うしても他に用ができてしまい、ES 細胞を植 秀君にお願いして、助手として帰ってもらう え継ぐタイミングを逸し、分化して使い物に ことにした.彼は Gruss のところでやはりノ ならなくなった ES 細胞を悪夢の様に思い出 ックアウトマウスの作製に取り組んでおり、 すことがある.しかし、今でももし時間がで キメラ誕生まであと一歩のところまでいって きたら、新しい技術、例えば核移植などは、 いた.その頃、Andras Nagy らは ES 細胞を胚 是非挑戦してみたいという思いはある。気に 盤胞に打ち込むのではなく、単に8細胞期胚 なることは、最近の若い人たちの場合、この と凝集させるだけでキメラマウスを作製でき ような新しい技術に挑戦することに対し、今 ることを報告した.我々は早速この新しい技 ひとつ意欲的でないのではないだろうか。単 術を試してみることにした.浅野君は Nagy の 純な技術を獲得、開発するためにそんなに長 ところから、細胞凝集のときプラスチック培 い時間をかけることは研究者がすべきことで 養皿に穴をあけるのに必要な特殊な針を手に はない、そのうちどこかでやってくれるよう 入れるなどして、系の立ち上げに努力してく になると考えているのであろうが、新しい技 れた.その結果、彼は t 突然変異の研究から 術が新たなパラダイムを生み出すことをもっ 初期発生で重要な役割を果たしていることが と真剣にとらえる必要があるのではないだろ 予想された、β-ガラクトース転移酵素のノッ うか。誰かがやってくれる様になってからで 29 は、新たなパラダイムの開拓者にはなれない. れた.私はこの西岡先生の病理診断にすっか そういえば iPS 細胞を例外とすれば、我が国 り自信を得、1991 年の Science 誌に、HTLV-I が新しく開発した技術、研究手法はあまり多 が人の関節リウマチの原因の一つになってい くないことに気付かされる。研究者の中に、 るかもしれない、という内容の論文を発表し 技術(者)を正当に評価しない風潮があるの た.病理像だけでなく、いろいろ調べてみる ではないだろうか。 と、これらのマウスは自己免疫になっており、 種々の炎症性サイトカインの発現亢進が見ら IFN- ト ラ ン ス ジ ェ ニ ッ ク マ ウ ス か ら 関 節 れるなど、関節リウマチとの類似性がますま リウマチモデルへ す明らかとなった。また、大規模な疫学調査 ウイルス研で IFN 遺伝子導入トランスジェ により、HTLV-I 感染者での関節リウマチの発 ニックマウスの作製を始めた同じ頃、HTLV-I 症率が高いことが解るなどして、現在、HTLV-I の Tax 遺伝子(正確には Tax を含む pX 領域) と関節リウマチとの因果関係は確立されいる. 導入マウスの作製にもとりかかった。HTLV-I この例は、遺伝子操作で動物モデルを作製す は、同じ研究所の日沼頼夫先生が新しくこの ることによって、特定の遺伝子あるいは病原 ウイルスを発見された直後でもあったので、 体と病気との因果関係を明らかにすることが 畑中正一先生と一緒にトランスジェニックマ できた、最初の例になると考えている.最近 ウスを作ってみようということになった。こ はノックアウトマウスを作ることで、多くの のトランスジェニックマウスの方はきわめて 遺伝子と病気との関連が明らかにされている. 意外な展開を示した.当初、畑中先生との間 だが当時の私はこのマウスの表現型が当初 では成人 T 細胞白血病を再現することが目的 我々が期待したものでなく、全く予想しなか であった.ところが、出来たマウスをいくら ったものであったことに少なからず失望して 調べても T 細胞の増殖に異常は見られなかっ いた.これは当時、私の中では正しい科学の た.ただ、1年以上飼育していると、神経や 進め方は理論的に仮説を組み立て、これを実 筋肉、骨など種々の間葉系由来組織にがんが 証していくものだという考えが強かったため、 発生した。最近、Lck プロモーターを用いた 予想もしなかった結果に遭遇するのは単に幸 Tax トランスジェニックマウスが白血病を発 運なだけで、真に科学的な評価に値しないの 症することが報告されていることを見ると、 ではないか、という思いがあったためである。 多分、T 細胞に於ける発現量が低かったため、 これは後年、多田富雄先生からも同じことを 白血病を発症しなかったと考えられる.しか 指摘されたことがある。私が薫陶を受けた川 し、驚いたことにこれらのマウスの関節が腫 出由己先生をはじめとして、正統派の科学者 れてきたのである.調べてみると、関節には にはこのように考える人が多いのではないだ 滑膜細胞の増殖と激しい炎症性細胞の浸潤が ろうか.私もこの呪縛から逃れるのに随分時 見られ、骨,軟骨が破壊されていた。この病 間を要した.今はむしろ、このようなセレン 理像を当時東京女子医大におられたリウマチ ディピティーに遭遇する機会が多い研究手法 の専門家の西岡久寿樹先生にお見せしたとこ として、遺伝子改変動物の作製を積極的に評 ろ、人の関節リウマチに非常によく似ている 価している.これまでの私のあまり豊富でな というお墨付きを頂いた.当時、西岡先生は い経験の中からでも、所詮我々が予測できる HTLV-1 に感染した関節リウマチ患者の関節に ことなど高が知れており、偶然の中にこそ、 HTLV-I 感染 T 細胞が見つかることがあること パラダイムシフトをもたらす様な発見がある から、HTLV-I が人の関節リウマチに関与して ことを確信するからである. いるのではないか、という説を発表しておら 1998 年に報告した IL-1α、IL-1β、および 30 IL-1 レセプターアンタゴニスト(IL-1Ra)ノッ 様にも思う。ただ、これまで 80 系統以上も作 クアウトマウスは、その後の私の研究にとっ った遺伝子改変マウスで、2 て大きな役割を果たしてくれた.これらのマ 型が観察されているところを見ると、むしろ ウスの作製には浅野君と、当時大学院生で現 全ての遺伝子はそれなりに何らかの役割を果 在 NIH で活躍している宝来玲子さんの貢献が たしていると、言った方が良いのかもしれな 大きい.特に IL-1Ra ノックアウトマウスが関 い. 3を除き表現 節リウマチ様の関節炎を発症したことは幸運 当時大学院であった中江進君(現医科研准 であった.このマウスを作製するにあたって 教授)が作製した IL-17 ノックアウトマウス はある程度過剰な炎症応答が起こることを予 は、このサイトカインが炎症応答に於いて想 想していたが、まさか、関節炎を発症すると 像以上に重要な役割を果たしていることを示 は考えていなかった.おかげで、IL-1 の過剰 してくれた。中江君は実に精力的に解析を押 刺激だけで自己免疫となることが証明され、 し進め、IL-17 が気道過敏症や接触性過敏症、 幸いなことに HTLV-I による関節炎発症にも 遅延型過敏症などのアレルギー応答に関与す IL-1 の過剰産生が関与していることを証明す ることを示すとともに、自己免疫性の関節炎 ることができた. や脳脊髄炎などで中心的な役割を果たしてい 当時、関節炎局所では IL-1 の他に、TNF や る こ と を 見 い だ し た . こ れ は 2002 年 の IL-6 など種々のサイトカインが発現している Immunity 誌と翌年の PNAS 誌に報告すること ことが分かっていたが、それらのサイトカイ ができた。このとき、我々は IL-17 の産生細 ンの病態形成に於ける役割はよくわかってい 胞がこれまで知られていた Th1 や Th2細胞と なかった.我々はこれらのサイトカイン KO マ 異なる細胞集団であることに気づき、これを ウスと我々が作製した関節炎モデルを掛け合 inflammatory T 細胞と命名した。しかし、残 わせることによって、これらのサイトカイン 念ながらレヴューアから根拠が薄いと言われ、 の役割の解析を進めていた.一方、関節炎で 削除せざるを得なかった.もう少しデータを 発現亢進が見られるにも拘らず、機能がよく 示せていれば、Th17 ではなく、inflammatory わかっていなかった IL-16 や IL-17 など複数 T という名前になっていたかもしれないと思 の遺伝子に注目して、これらの KO マウスを作 うと、少し残念である.この仕事には他に小 製することにした.これは、炎症局所で発現 宮山寛君も参加している.その後、現在 亢進している遺伝子には何らかの理由がある Richard Flavell のところに留学している石 はずであるという思いがあったことと、IL-17 亀晴道君が、IL-17 と高いホモロジーを持つ に関してはこのサイトカインが下流で TNF や IL-17F のノックアウトマウスを作製し、この IL-1、G-CSF など免疫系で重要な役割を果た サイトカインが IL-17 とは異なり、炎症応答 している遺伝子の発現を誘導することから、 ではなく、むしろ粘膜上皮に於ける細菌感染 関節炎の発症にきっと重要な役割を果たして 防御に重要な役割を果たしていることを明ら いるに違いないと考えられたからである。ま かにした(Immunity, 2009)。 た、当時ノックアウトマウスの作製が須藤カ 関節炎の発症機構の解明に於いては、西城 ツ子さんらの努力によってかなり順調に進ん 忍さんの働きが大きい.彼女は HTLV-I トラン でおり、以前ほど大きな負担なく作れる様に スジェニックマウスの発症に IL-1 や IL-6 が なっていたことがこうした試みを可能にした 重要な役割を果たしていることを示した他、 と思う.その裏には、どんな結果が出るかは 当時指導していた大学院生の藤門範行君と一 やってみないと分からない、まず作ってみる 緒に樹状細胞上に発現している C 型レクチン ことが重要、といった楽観的な考えがあった と関節炎との関連を初めて指摘した.藤門君 31 は関節で発現亢進している遺伝子をマイクロ えられる.これらのマウスがもたらす情報は アレイを用いて網羅的に解析し、C 型レクチ 膨大で、きわめて重要な研究資源であると同 ンのデクチン-1や DCIR の発現が亢進してい 時に、知的所有権にも直結する.我国は今後 ることに注目した.これらの分子の役割はよ この分野に大きな投資をする必要があると考 くわかっていなかったが、樹状細胞に発現し えている. ていることと、これらの分子が ITAM や ITIM 最後になったが、私のこれまでの研究は多 といったシグナル伝達分子に特徴的な構造を くのスタッフ、大学院生、共同研究者、それ 持っていたことから、免疫系で重要な役割を から技官や非常勤職員の皆さんに支えられて 持っていることを確信した.そして西城さん 可能になったものである.スペースの都合上 はデクチン-1ノックアウトマウスを作製し、 お名前を挙げることができなかった方も多い この分子が真菌に対する感染防御に関与して が、失礼をお詫びするとともに、改めて心よ いることを示すとともに、優先的に Th17 を誘 り御礼を申し上げる。 導することによって、自己免疫の発症にも関 与していることを示唆した(Nat. Immunol., 2007).一方、藤門君は DCIR のノックアウト 発表論文 マウスを作製して、このマウスが自己免疫を 1. Ishigame, H., Kakuta, S., Nagai, T., 発症することを示し、DCIR が樹状細胞の分化 Nambu, A., Komiyama, Y., Kadoki, M., 増殖を調節することにより免疫系の恒常性維 Tanahashi, Y., Akitsu, A., Kotaki, H., 持に重要な役割を果たしていることを明らか Sudo, K., Nakae, S., Sasakawa, C., and にした(Nat. Med., 2008). Iwakura, Y. この様に、遺伝子改変マウスは生体に於け Differential roles of IL-17A and IL-17F in host defense る遺伝子の機能を解析するためにきわめて有 against 用な手段となっており、30 年近く前に私が予 infection 想した通りの展開となっている.遺伝子改変 Immunity , 3 0 , 108 -119 (2009). マウスの解析によって、試験管内での解析か 2. mucoepithelial and allergic bacterial responses. Fujikado, N., Saijo, S., Yonezawa, T., らは想像もできなかったような結果がもたら Shimamori, K., Ishii, A., Sugai, S., されることはよくあることである.全ての遺 Kotaki, H., Sudo, K., Nose, M., and 伝子の機能が、個体レベルで改めて検証され Iwakura, Y. る必要があるであろう.ことに、疾病に関与 development of autoimmune diseases in する遺伝子の機能解析は、発症機構の理解や mice 予防・治療法の開発にとって重要である。多 dendritic cells. くの病気は単に細胞の異常ではなく、個体の 176-180 (2008). 異常であることを考えると、個体レベルでの 3. due Dcir deficiency causes to excess expansion of Nature Med ., 1 4 , Saijo, S., Fujikado, N., Furuta, T., 解析が重要であることは論を待たない.この Chung, S., Kotaki, H., Seki, K., Sudo, ような考えに基づき、現在世界各国で網羅的 K., Akira, S., Adachi, Y., Ohno, N., な遺伝子改変マウスの作製・解析プロジェク Kinjo, T., Nakamura, K., Kawakami, K., トが展開されており、これまでに全遺伝子の and Iwakura, Y. 1/3 のノックアウトマウスが作製されたもの for host defense against Pneumocystis と考えられる.言うまでもなく、遺伝子の数 carinii は有限であり、早晩全ての遺伝子のノックア albicans. ウトマウスが作製され、解析されるものと考 (2007). 32 but Dectin-1 is required not against Candida Nature Immunol., 8 , 39-46 4. Nakae, S., Komiyama, Y., Nambu, A., and Sudo, immunodeficiency virus type 1 induces K., Iwase, M., Y. 1069-1075 (1992). Antigen-specific is T cell impaired in 8. AIDS , 6 , Iwakura, Y., Tosu, M., Yoshida, E., IL-17-deficient mice, resulting in Takiguchi, M., Sato, K., Kitajima, I., the suppression of allergic cellular Nishioka, K., Yamamoto, K., Takeda, T., Immunity , 1 7 , Hatanaka, M., Yamamoto, and Induction of Sekiguchi, Horai, R., Saijo, S., Tanioka, H., inflammatory arthropathy resembling Nakae, S., Sudo, K., Okahara, A., rheumatoid Ikuse, T., Asano, M., and Iwakura, Y. transgenic for HTLV-I. Development of chronic inflammatory 1026-1028 (1991). arthropathy resembling arthritis in rheumatoid IL-1 9. receptor T. H., 375-387 (2002). antagonist-deficient mice. arthritis mice Science , 2 5 3 , Iwakura, Y., Asano, M., Nishimune, Y., and Kawade, Y. J. Exp. in Male sterility of transgenic mice carrying exogenous Med., 1 9 1 , 313-320 (2000). mouse interferon-b gene under the Horai, R., Asano, M., Sudo, K., Kanuka, control H., M., enhancer-promoter. Y. 3757-3762 (1988). Suzuki, Takahashi, M., M., Nishihara, and Iwakura, of the metallothionein EMBO J ., 7, Production of mice deficient in genes 10. Iwakura, Y., Nozaki, M., Asano, M., for IL-1a, IL-1b, IL-1a/b, and IL-1 Yoshida, M. C., Tsukada, Y., Hibi, N., receptor antagonist shows that IL-1b Ochiai, A., Tahara, E., Tosu, M., and is turpentine-induced Sekiguchi, T. Pleiotropic phenotypic fever development and glucocorticoid expression in cybrids derived from crucial secretion. 7. Human cataract in transgenic mice. and humoral responses. 6. I., H. Sekikawa, K., Asano, M., and Iwakura, sensitization 5. Homma, Shibuta, in J. Exp. Med ., 187, mouse teratocarcinoma cells fused 1463-1475 (1998). with rat myoblast cytoplasts. Cell, Iwakura, Y., Shioda, T., Tosu, M., 4 3 , 771-791 (1985). Yoshida, E., Hayashi, M., Nagata, T., 編集後記 いよいよ、「サイトカインハンティング:先頭を駆け抜けた日本人研究者達」も最終章、お忙しい 中、度重なる原稿の催促に答えてくださった先生方に感謝、おかげで、とても充実した企画となり ました。6 月の学会では、京大出版会から発刊の予定です。(宇野) 編集の一部をお手伝いさせていただきましたが、サイトカインハンティングは我々若い世代にとっ てはすごく刺激的で、先生方の熱い想いをひしひしと感じました。諸先生方の後に続き、科学の発 展に貢献できればと改めて思いました。(角田) JSICR Newsletter 2010.3.11 発行 編集委員 宇野、角田、田川、岩倉、西口、藤田、米原、吉田 33