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オンライン ISSN 1347-4448
印刷版 ISSN 1348-5504
赤門マネジメント・レビュー 5 巻 9 号 (2006 年 9 月)
〔研 究 会 報 告〕コンピュータ産業研究会
2006 年 5 月 25 日
1
燃料電池開発とモジュール化
安藤
晴彦
経済産業省燃料電池推進室長、新エネルギー対策課長
電気通信大学客員教授
E-mail: [email protected]
要約:国際的な開発競争が繰り広げられる燃料電池開発の最前線で、
「モジュール化戦
略」をどのように活用できるのか、事例に則して考察する。
キーワード:燃料電池開発、モジュール化、技術ロードマップ、技術マーケティング、
ベンチャー、エクイティファイナンス
1. はじめに
近年、モジュール化に関する議論が盛んだが、本稿では、最先端の理論を最先端のハイテ
ク技術開発の現場に如何に応用できるか、① 開発体制、② 開発手法、③ エクイティファ
イナンス+ベンチャー活用という三つの視点から、燃料電池システムの開発事例に即して考
察する。燃料電池には、分散型コージェネの定置用燃料電池、長時間連続使用が可能な革新
的ポータブル電源としての携帯用燃料電池、環境に優しい究極のエコカーである燃料電池自
動車、高効率な革新的発電装置としての高温形燃料電池など多様なアプリケーションがある。
燃料電池は、地球環境問題への対応、エネルギーセキュリティーの向上、新規産業・新たな
雇用の創出、国際競争力の強化に貢献する。
2. モジュール化の本質
モジュール化は、経済学・経営学の最先端のテーマのひとつである。 2 古典的な「分業の
1
2
本稿は 2006 年 5 月 25 日開催のコンピュータ産業研究会での報告を福澤光啓(東京大学大学院)が
記録し、本稿掲載のために報告者の加筆訂正を経て、GBRC 編集部が整理したものである。文責は
GBRC に、著作権は報告者にある。
青木昌彦, 安藤晴彦 編著 (2003) 『モジュール化:新たな産業アーキテクチャの本質』東洋経済新
報社、C・Y・ボールドウィン, K・B・クラーク (2004)『デザイン・ルール:モジュール化パワー』安
藤晴彦 訳. 東洋経済新報社、に詳しい。
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©2006 Global Business Research Center
www.gbrc.jp
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利益」、例えば、アダム・スミスのピン、サイモンの時計職人、大野耐一式TPSは、いずれ
も「効率のための分業」であり、無駄を削ぎ落とすマイナス指向である。他方、現代的分業
であるモジュール型分業は、ICT技術の爆発的な発展やディジタル化された綺麗なインター
フェースを背景に、多数のベンチャー企業群が国境を超えて連携して、モジュール化による
潜在的オプション価値を急速なイノベーションによって現実化する、いわば「進化のための
分業」、プラス指向の分業と言える。その担い手はベンチャー企業群であり、イノベーショ
ン(価値創造)とアジリティがキーワードとなる。ハーバード・ビジネススクールのBaldwin
バ リ ュー
and Clarkは、モジュール化(分離)と実験によって新たに創造されるオプション価値は、分
けた数と試行回数の積の平方根倍に増大するという。 3 一木作りのような一体型製品をモジ
バ リ ュー
ュールに「切り分けて試す(そして最良の結果を取る)」と、確率論的に価値が増大する。
小さなモジュールならば、大企業のみならずベンチャー企業でも容易に参入でき、エクイテ
バ リ ュー
ィファイナンスが後押しして、潜在的なオプション価値をキャピタルゲインとして顕在化し
ていく。
1964 年に真のモジュール型製品 IBM システム/360 が誕生した直後から、モジュールごと
にベンチャー企業群による激しいイノベーション競争が行われ、モジュール化の「進化」と
快進撃が始まった。それを支えたのがベンチャーキャピタル(VC)に代表されるベンチャ
ー・インフラの発展だった。1946 年に誕生した VC ファンドは、次第に勢力を伸ばし、PC、
通信、ネット関連、バイオ関連のビジネスを急速に進化させたが、投資ポートフォリオのキ
ーワードは実は「ディジタル」だった。
1990 年代には、勃興するモジュール分業(オープン・アーキテクチャ)と統合型ものづ
くりのせめぎ合いが起きた。自動車やTVゲームなどは、統合型で、重量級開発リーダーを
要し、ユーザーニーズが一義的でないのが特徴であり、日本が競争力を発揮していた。他方、
PCや半導体などでは、モジュール型アーキテクチャで、相対的に軽量級開発リーダーとユ
ーザーニーズが数量化でき明快という特徴を持ち、ベンチャー企業の激しいイノベーション
競争の前に日本企業が競争力を喪失していった。つまり、1990 年代には、① ハードウェア
の発展で冗長性に関する制約が無くなり、② ソフトウェアが大幅に発展・多様化し、③ デ
ィジタルICTによる分離可能性の増大(インタフェース記述が容易)によって、モジュール
分業・カプセル分業が相対的に有利になった。 4
無数のベンチャー企業がひしめくモジュール・クラスター内でのイノベーション・マネジ
3
4
ボールドウィン・クラーク (2004), p. 311。
1964 年の IBM システム/360 が初のモジュール型製品となったが、販売翌年には、「汚い 12 人」が
スピンアウトしてベンチャーを創業した。技術の先端オプションごとにスピンオフが続々と誕生し、
1974 年までには、14 もの周辺産業が形成・発展した。
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メント手法として、「技術ロードマップ」と「技術マーケティング」がある。ムーアの法則
とは、半導体の集積度が 18 ヶ月で倍になるというもので、当初は単なる現象の記述だった
が、その後、自己実現目標として、
「イノベーションの道筋を示す地図」
、つまり技術ロード
マップに進化している。ITRS 5 は、半導体分野の技術開発の手引書として、多数のモジュー
ルでの多数のベンチャー企業による国際的開発競争の目標・課題・期限を示している。イン
テルやアプライド マテリアルズなどは、共通ロードマップとは別に、自社独自の秘密ロー
ドマップを持ち、CEO、CTOなど経営トップが自ら絶えずチェックしている。イノベーショ
ンでは、具体的な目標・課題・期限が明確になれば解決の道のりも半ばと言えるが、技術ロ
ードマップはこれらをワンセットで提供する。その特徴は、① インテル、IBMなど買い手
側が匿名でイノベーションの方向とタイミングを明示することで、オープンなイノベーショ
ン・トーナメントの場を提供すること(勝者には買い手がつく=即ビジネスチャンス)
、② 大
企業のロードマップ・ウォッチャー部隊やベンチャーキャピタリストも技術ロードマップに
沿ってベンチャー投資を行うこと、③ 1997 年に国際ロードマップとなって以降は、世界中
の企業をイノベーション競争に巻き込むことが挙げられる。
技術ロードマップには実はブラフや罠が隠されていることもある。例えば、300 ミリウェ
ハ対応で日本企業が欺かれ、出遅れたという。時間勝負の産業でのスパート遅れは決定的な
差になってしまう。常に真実が書かれているとは限らない。経済産業省/NEDO では、一時
期、上辺だけのロードマップ流行病があった。本質を見抜いてもらいたいと願う。
もうひとつの画期的なイノベーション・マネジメント手法として、
「技術マーケティング」
がある。ベンチャーキャピタリストなどの非公式サークル内で、どのモジュールでどのベン
チャーが最先端なのか、それを追い抜くチームはどこかを絶えずチェックする。じっくりウ
ォッチし、機敏にM&Aが実行される。シスコシステムズ、マイクロソフト、アプライド マ
テリアルズなどがA&D 6 を得意技にする。肉食恐竜のように先端ベンチャーを喰うことで中
央研究所も持たずに世界最先端の競争力を維持・強化する。しかも、特別な資金調達は不要
だ。株式交換なので費用は紙代だけだ。シスコは 1993 年以降、100 社以上を食べている。
技術マーケティングは、最先端技術をベンチャーごと取り込む有効な手法だが、日本企業
でこうした新手法に気付いているものは極めて少ないし、まして実践するのは稀だ。日本の
半導体メーカーでは、全社で社内体制が未整備だった。 7
5
6
7
International Technology Roadmap for Semiconductors の略。http://www.itrs.net/ 参照。
A&D とは、従来型 R&D ではなく、Acquisition & Development、つまりベンチャー企業の持つ最先
端技術を最短時間・最小コストで自社内に取り込む新たな「開発手法」のことである。
http://www.meti.go.jp/mitiri/bunseki.pdf p. 33 参照。
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3. 燃料電池とモジュール化戦略
概観したように、モジュール化の本質とは、① 複雑な「もの」について、独立並行作業
を可能にし、最短時間で最大のイノベーション効果を上げること、② 技術の最先端での多
様な「オプション」を現実の価値創造と自律的進化につなげること、③ 多様かつ急速な変
化に対する俊敏な対応力をつけることである。ベンチャーキャピタルを背景にした激しいイ
ノベーション競争を通じて、大きな産業クラスターへと自律的に進化していく。
以下、モジュール化理論の応用可能性について、最先端のハイテク技術である燃料電池開
発の事例に基づいて考察する。
(1) 燃料電池とモジュール化(概説)
燃料電池は、現時点では極めて統合型のシステムだが、原理的にはモジュラーな技術であ
る。 8 そして、① R&D面でモジュール化できる可能性があり、 9 ② 製品レベルでも部分モジ
ュール化を進めることができ、 10 ③ ベンチャー企業によるブレークスルーの可能性がある 11
と考える。以下では、R&Dのモジュール化、製品・部品のモジュール化及び組織のモジュー
ル化について考察する。
(2) R&D のモジュール化
燃料電池開発に携わる日本企業を観察していると、その強みとして、① 最強のものづく
り能力(大野耐一式TPS、自働化・ジャストインタイム・カイゼン・見える化、強いシステ
ム統合力、サプライヤーとの協働)、② 徹底した情報管理(情報こそ競争力の源泉、秘密主
義、純血・自前主義、内外製区分は社長マター、自己完結型の閉じたナレッジ)がある。同
時に、自動車や家電などのものづくり企業では、③ 先端サイエンスの活用は稀で、④ 博士
の活用も稀で、⑤ 先行モデル追随型でない自由探索型イノベーションには不慣れで、⑥
R&Dでの外部活用・アライアンスが上手くない(総じて、異業種企業と対等につきあえない、
ベンチャーともつきあいはない、モジュラー・アーキテクチャは不得意、技術ロードマップ
に無関心である)。Baldwin and Clarkの議論 12 を敷衍すると、自社に既知のナレッジの中で
8
スケールメリットによる対応が効果的なカルノー制約を受けず、小型でも高効率。二次元状セル(モ
ジュール)を複数組み上げて(スタック)発電する。スタック・改質器・補機・熱交換機・二次電
池・インバータ・コントローラ等のプロトモジュールが構成要素となっている。
9
サイエンス探索部分でオープン・イノベーションの可能性がある。
10
スペック、インターフェースの整合化により、互換化、共有化、設計簡素化が可能となる。さらに、
部品スペックを公表することで、新規参入を促進し、イノベーションを加速化しうる。
11
例えば、固体高分子型(PEFC)の対抗馬としての固体酸化物型(SOFC)が挙げられる。
12
ボールドウィン・クラーク (2004), pp. 313-314.
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の厳格な「広範囲の統制」型の思考方式に慣れすぎると、自社にも未知で、不確実で、事前
制御不能なものに的確に対処するのは難しい。
燃料電池システムは、現状では、部品間の相互依存性が極めて強く、高度なシステム統合
力が要求されるため、総じて日本企業が優勢に開発を進めている。他方で、現状のコストと
競合商品の価格ターゲットには大きな乖離があり、定置式で約 1/20、自動車では約 1/100
以上である。量産により 1 桁のコストダウンは可能としても、1/100 となると、全ての部
材について抜本的な見直しが必要となる。既存のコストダウン手法の延長ではなく、根本原
理の解明、つまり先端サイエンスまで降りていくことが不可欠となる。例えば、白金表面で
水素が乖離し、プロトンクラスターが高分子膜を通過し、反対側で酸素と結合するプロセス
そのものの原理的解明が必須であり、このためには、量子力学、量子化学、高分子化学、触
媒等のナノ合成、科学計算等の先端サイエンスを総動員することが必要となる。
しかし、こうした局面では日本企業の強みと特徴が逆に制約要因となってしまう。つまり、
博士の活用は稀で、仮に中途採用しても、論文発表や外部との情報交換は厳しく制限される
ので、自社内の閉じた空間内で科学的知見を蓄積し活用することが極めて難しい。このため、
異業種他社や内外研究機関との連携を模索するものの、秘密主義、自前主義の思考枠組から
逸脱できない。したがって、最適なコンソーシアムを組むことさえできなかった。
この解決策として、ものづくり(エンジニアリング)とサイエンス部分を「分離」し、サ
イエンス部分についてカプセル化する試みを行ったのが 2005 年 4 月に設立された固体高分
子形燃料電池先端基盤研究センター(FC-Cubic)13 である。トヨタのトップサイエンティス
トをセンター長に迎え、異分野若手からなる戦う博士集団を構築した。ここでは、北大助教
授、千葉大助手、阪大助手など有力ポストを捨てた優秀なサイエンティストが結集し、科学
面でのブレークスルーを目指している。民間企業との連携も進み、ライバル企業からのセン
ター出向も始まった。サイエンス面のR&Dのモジュール化効果が現れだしている。設立期限
を 5 年に限られた厳しい組織でのブレークスルーに大いに期待が集まっている。
(3) 製品・部品のモジュール化
Baldwin and Clarkは、製品を構成するモジュールごとに進化確率が異なると指摘する。 14
小規模ソフトウェアには大きなオプション価値が潜むが、日本が得意なメカのものづくり分
野では、その確率は小さい。この進化確率に応じて最適戦略を構築していくことが重要とな
13
14
The Polymer Electrolyte Fuel Cell Cutting-edge Research Center (FC-Cubic)。
http://unit.aist.go.jp/fc3/Japanese/index.htm参照。
ボールドウィン・クラーク (2004), pp. 348-350.
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る。進化確率が大きければ、オープン・イノベーション、つまり多数主体の参加による試行
回数とスピード極大化が重要になるし、その逆では、少数精鋭企業間での有効競争(能力構
築競争)が重要となろう。
燃料電池システムにおいては、進化確率の大きな新規コンポーネントと進化確率の小さな
旧来型コンポーネントが併存する。家庭用燃料電池では、後者のポンプ、ブロア、センサー、
電磁弁などいわゆる「補機」がコストの 46%を占めており、約 1/20 の価格ターゲットに接
近するには、この部分の劇的なコストダウンが必須となる。
そこで、競争領域と非競争領域を明確に区分(カプセル化)した上で、非競争領域である
補機で部分モジュール化戦略を活用できないかトップメーカー5 社と検討を進めた。
共同開発・共用化の可能性が大きいものは、順に、補機類、熱利用系、インバータ・制御
系、燃料改善装置、燃料電池本体である。補機類では、システムメーカーとしての差別化要
素は低いので、低コスト化、長寿命化に向けて早急に共同開発や共用化が課題となる。熱利
用系では、燃料電池パッケージ側とのインターフェースの標準化が重要である。インバータ、
燃料改善装置は、電池本体との相互依存性が高く、当面、共用化には大きな壁がある。燃料
電池本体は、競争力の根本であり、情報開示と共有は一切ありえない。しかし、日本企業の
自前主義・秘密主義の下で、補機でさえ囲い込み開発を進めており、その結果、コストダウ
ンとは逆行する皮肉な結果が生じていた。
経済産業省が事務局となり補機の調査を行ったところ興味深い結果が得られた。補機の中
に共通して非常にコストの高いものがあった。また、同様の補機を特定の中小企業 1 社にト
ップメーカー全社が依存し、しかもコストが 3~5 倍も異なるものが存在していた。一歩進め
て、トップメーカーたちと胸襟を開いて、中小企業からのヒアリングを進めた。すると、中
小企業側でも実は共有化を望んでおり、また、共有化によってコストを大幅に引き下げられ
ることが判明した。汎用機器を使えば 1/18 のコストダウンが可能というものさえ出てきた。
そして、現状の補機でコスト・耐久性が不十分なものについては、トップメーカー5 社と補
機メーカー20 数社との間で共同開発が進められることとなった。さらに、補機の共通スペ
ックをオープンにし、 15 外部からの新規参入を促している。この結果、10 万円超の補機につ
いて 8000 円以下の見通しのついたものも出てくるなど、補機共有化によるメリットは次第
に明らかとなってきている。補機共有化などの協力と自社固有の努力が相俟って、いわば「競
争と協調」により、2 年前には夢に過ぎなかった「2008 年 120 万円以下」とのコスト目標が、
現実となってきたのは喜ばしいことである。
15
経済産業省のウエブサイトにおいて、必要な補機のスペックを公表している。
http://www.meti.go.jp/press/20051227004/20051227004.html
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補機共有化・共同開発は、インテグラルな燃料電池システムにおいて、意図的にプロトモ
ジュールとして補機部分を切り出し、共通インターフェースの下に共有化を図った試みと言
える。つまり、1981 年の IBM-PC 以降のモジュール化の進化を意図的に取り込んだものであ
る。このようにインテグラルな製品の中でも部分モジュール化戦略は大きな威力を発揮する。
その後の展開では、家庭用 SOFC との補機共有化の動きも出てきた。まさに、PC において
生じた、綺麗なインターフェースとオープンスペックによる「モジュールの進化」の萌芽が
見られるのである。
このような部分モジュール化戦略にも課題はある。各社が本質的に持つ自前主義・秘密主
義の DNA に対して、それを克服するだけの魅力を絶えず証明して見せなければならない。
熱交換器、インバータ、運転仕様など、更なるコストダウンの宝庫が残されている。
(4) 組織のモジュール化
米国エネルギー省は、意図は別として、モジュール化戦略を採っている。燃料電池開発で
もベンチャーの活力を重視している。半導体産業での米国の勝ちパターンだから当然だろう。
燃料電池は、統合型システム産業の側面とサイエンス活用型産業の側面を併せ持ち、前者は
圧倒的に日本が強く、後者はアメリカが得意である。現時点では、ものづくり面で日本が先
行しているが、近年、ベンチャー型のイノベーションも盛んとなってきており、NASDAQ
やロンドン新興市場への上場企業も急激に増加しているほか、燃料電池専門のベンチャーキ
ャピタルも登場している。世界的にもクリーンテックへの VC 投資は、2001 年の$486M か
ら 2005 年の$1,828M まで約 4 倍増になっている。2001 年から 2005 年までに燃料電池・水素
には 105 件、$591M の VC 投資がなされ、11 企業が NASDAQ 等に上場している。
かつてのバラードが一世を風靡したように、こうしたベンチャー企業群から画期的なブレ
ークスルーが生じる可能性を無視できない。日本では、エクイティファイナンスを始めとし
て、燃料電池開発でベンチャー企業が大活躍する事例は、必ずしも未だ顕著とは言えない
が、 16 こうした面での備えを着実に進めていくことが極めて重要である。
また、オープン・アーキテクチャを活用したイノベーション手法も見逃せない。この手法
を最大限に活用して PC 分野の覇者となった企業は、デルだが、そうした開発手法をとるも
のが現れてきている。具体的には、車椅子用燃料電池である。この市場は、既存製品に比べ、
燃料電池がコスト・性能面で凌駕できる可能性を秘めている魅力的な市場セグメントである。
この分野で、自社はコア・モジュールに専念して、他のモジュールは世界最適調達(時間・
16
2006 年 6 月に創業し、NTT ドコモと提携しているアクアフェアリー社は、大きな注目を集めてい
る。
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資金の制約解消)により、燃料電池においてデル型開発を行っているものがある。組織のモ
ジュール化の事例として大いに注目できる。
4. まとめ
本稿のまとめとして、「水素社会」に向けたブレークスルー・シナリオについての私見を
述べたい。
「水素社会」の実現の前に立ちはだかる壁としては、① 既存手法の限界(量産効
果・原価低減手法といった漸進的アプローチ=「読めるイノベーション」の行き詰まり、技
術丸抱え型研究開発)や、② 環境変化(ハイブリッド車やヒートポンプなどの対抗技術の
急成長、インフラの不確実性)
、③ 技術課題(コストダウン、水素貯蔵材料、耐久性など)
が挙げられる。
これらの壁を乗り越える四つの経路が想定される。具体的には、① 自己完結的イノベー
ション(非競争領域での協調、外部企業とのアライアンスを含む)、② サイエンスによる基
本原理のブレークスルーと産業応用(基本メカニズムの解明、異分野の知見との融合)
、③ ニ
ッチマーケットから異分野への立ち上げ(技術マーケティング、基幹モジュール転用、直流
活用分野)
、④ パラダイム破壊型イノベーション(画期的モジュールの誕生)である。これ
らのカオスの中から健全な競争によって、必ず本格的なイノベーションが生じてくるものと
期待される。
燃料電池開発は、実は、人類と地球を救うプロジェクトであり、国家百年の大計であると
ともに、世界共通のチャレンジなのである。
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赤門マネジメント・レビュー編集委員会
編集長
編集委員
編集担当
新宅 純二郎
阿部 誠 粕谷 誠
片平 秀貴
高橋 伸夫
西田 麻希
赤門マネジメント・レビュー 5 巻 9 号 2006 年 9 月 25 日発行
編集
東京大学大学院経済学研究科 ABAS/AMR 編集委員会
発行
特定非営利活動法人グローバルビジネスリサーチセンター
理事長 高橋 伸夫
東京都文京区本郷
http://www.gbrc.jp
藤本 隆宏
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