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平成 25 年度 株式会社明治野鳥保護区牧の内 哺乳類相調査報告書
2014 年2月 平成 25 年度 株式会社明治野鳥保護区牧の内 哺乳類相調査報告書 1.明治野鳥保護区牧の内について 株式会社明治野鳥保護区牧の内(以下:明治野鳥保護区牧の内)は、北海道根室市の東 部に位置し、株式会社明治と公益財団法人日本野鳥の会の保護協定の締結により 2007 年 に設置された 235.5ha の野鳥保護区である(図1)。同野鳥保護区の北側の丘には牧草地 跡の草原や森林があり、南側の低地には湿原が広がっている。現在、タンチョウ2つがい が、同野鳥保護区内および、その周辺湿原で繁殖しているほか、林内にはオジロワシも2 つがい繁殖している。湿原環境と森林環境が隣接する多様性豊かな同野鳥保護区内には、 多くの野生動植物が生息している。 ©2014 Cnes/Spot Image Image©2014 DigitalGlobe 図1.明治野鳥保護区牧の内位置図 2.調査目的 タンチョウやオジロワシが繁殖している牧の内地区には、大小様々な哺乳類が生息して いる。食物連鎖の頂点に立つ大型の哺乳類は、生態系ピラミッドにおける高次消費者とし て重要な役割を担い、小型の哺乳類は、猛禽類や中型および大型哺乳類の餌資源として生 態系ピラミッドの土台となっている。これら哺乳類の生息情報は、生物多様性の指標とな ることから、希少野生動植物種保全を目的とした基礎情報蓄積のため、センサーカメラを 利用した哺乳類相調査を実施した。 1 3.調査方法 明治野鳥保護区牧の内および、その周辺地に、5カ所の調査地点を設け、センサーカメ ラを設置した(図2、図3)。同野鳥保護区には様々な自然環境があることから、調査地 点として、湿原環境(1 カ所)、森林環境(2カ所)、草原環境(2カ所)を設定した。そ して、各調査地点に 1 台のカメラを設置して自動撮影による記録を行った(図4~6)。 このカメラは、前を生物が通過すると、赤外線センサーが感知し自動的に撮影する。ま た、生物への影響を軽減するため、夜間の撮影は赤外線照射によるものとなっている。カ メラの回収後、撮影された画像から、撮影日時、撮影枚数、哺乳類の種類などを環境ごと に集計した。また、リス類やネズミ類といった小型哺乳類を撮影するために、縦 60cm、 横 60cm、高さ 40cmほどのやぐらを組み、その中にセンサーカメラを設置し、やぐら に入った哺乳類を撮影した。(図7) 図2.調査地点(定点1~5) 図3.使用したセンサーカメラ(左:D551IRxt、右:M100) 2 図4.湿原環境のセンサーカメラ 図5.森林環境に設置したセンサーカメラ 3 図6.草原環境に設置したセンサーカメラ 図7.やぐらに設置したセンサーカメラ 4 4.解析方法 撮影記録から次の項目を読み取り、出現哺乳類の集計を行った。 (1)集計項目 ①カメラ日 カメラの設置日数とカメラの設置台数の積。 ②撮影総数 カメラで撮影したすべての写真の総数(ピントが合っていないものや、調査者が写っ たものも含む)。 ③有効撮影枚数 カメラで撮影した哺乳類(同一個体と判別できるものを除外)の写真の枚数。 ④撮影した哺乳類の種類 撮影された哺乳類の種数、および個体数。撮影した写真には、一枚に複数匹の哺乳 類が写る場合がある。そのような場合は、写っているすべての個体を数え、個体数に 加える。 (2)集計方法 ①写真の選別 撮影総数から、カメラの設置と回収の際に写った調査者や歩行者、哺乳類以外の野 生動植物を除外する。 ②同一個体の除外 連続して撮影された個体は同一個体であることが考えられるため、5分以内に撮影 された同一種については、同一個体とみなし除外する。しかし、5分以内に撮影され た同一種であっても、明らかに外見的特徴が異なるものについては、別個体として扱 った(図9、図 10)。例:幼獣や成獣、角の有無から判断できる雄鹿と雌鹿など。 5 図8.同一個体とみなす例(5分以内に撮影された同一種) 図9.別個体とみなす例(5分以内に撮影されているが、外見的特徴が明らかに異なる) 6 5.結果 (1)調査期間 本調査は 2013 年5月 29 日から 2013 年 12 月 26 日おいて実施し、のべ 176 日間の撮 影データが得られた。5月 29 日から9月2日までは、全調査地点に1台ずつカメラを 設置し調査を行った。9月2日以降は予備調査として、小型哺乳類を確認するためにや ぐらを設置し撮影を行った。Yasuda(2004)は、茨城県筑波山の落葉広葉樹林における主 要5種の確認に必要な最小撮影努力量は 40 カメラ日と推定した。本調査におけるカメ ラ日は 795 日であり、明治野鳥保護区牧の内における哺乳類相の把握に必要な調査努力 量を満たしたといえる。 (2)撮影データの集計結果 本調査における全地点のカメラ日は 795 日、撮影総数は 7,741 枚、有効撮影枚数は 1,364 枚であった。調査環境ごとの集計結果は以下の通りである。 ①調査地点1(湿原環境) 5月 29 日から9月 20 日までの計 112 日間において実施した。5月 29 日から9月 2日までは、大型、中型哺乳類を撮影するため、湿原が見渡せるようにカメラを設置 した。なお、荒天による機器故障により9月3日から9月 20 日の撮影データは回収 できなかった。湿原環境の集計結果は表1の通りである。本調査期間においては、エ ゾシカのみが確認された。 表1.湿原環境における集計結果 地点環境 湿原 (1) カメラ設置期間 カメラ日 撮影総数 有効撮影枚数 5/29 - 7/1 33 364 4 7/2 - 8/1 30 712 4 8/2 - 9/2 31 52 2 9/3 - 9/20 合計 94 1,128 10 7 エゾシカ キタキツネ ネズミ類 5 0 0 5 0 0 2 0 0 0 0 0 12 0 0 図 10.湿原環境で撮影されたエゾシカ ②森林環境(調査地点2,3) 5月 29 日から 12 月 26 日までの計 209 日間において実施した。5月 29 日から9月 20 日までは、大型、中型哺乳類を撮影するため、森林内の林道に向けてカメラを設置 した。8月2日から 12 月 26 日の間は、リス類やネズミ類の小型哺乳類を撮影するた めにやぐらを組み、その中にカメラを設置した。森林環境の集計結果は表2の通りで ある。本調査期間において、エゾシカ、キタキツネ、ネズミ類(ネズミ類の同定は後 述する)が確認された。 表2.森林環境における集計結果 地点環境 カメラ設置期間 カメラ日 撮影総数 有効撮影枚数 5/29 - 7/1 66 487 163 7/2 - 8/1 60 716 543 8/2 - 9/2 62 323 116 森林 9/3 - 9/20 36 95 69 (2,3) 9/21 - 10/28 38 268 2 10/29 - 11/19 44 143 10 11/20 - 12/26 108 627 118 合計 414 2,659 1,021 8 エゾシカ キタキツネ ネズミ類 197 3 0 540 2 0 99 1 40 66 0 0 2 0 4 1 0 32 0 0 97 905 6 173 図 11.森林環境で撮影されたキタキツネ ③草原環境(調査地点4,5) 5月 29 日から 12 月 26 日までの計 187 日間において実施した。5月 29 日から8月 2日の 157 日間は、大型、中型哺乳類を撮影するために、草原全体を見渡せるように カメラを設置した。9月3日から 12 月 26 日の撮影データは、小型哺乳類を撮影する ため、やぐらを組み、その中にカメラを設置した。草原環境の集計結果は表3の通り である。本調査期間において、エゾシカ、キタキツネ、ネズミ類が確認された。 表3.草原環境における集計結果 地点環境 カメラ設置期間 カメラ日 撮影総数 有効撮影枚数 5/29 - 7/1 66 1,342 97 7/2 - 8/1 60 1,678 162 8/2 - 9/2 31 376 33 草原 9/3 - 9/20 18 183 0 (4,5) 9/21 - 10/28 38 117 20 10/29 - 11/19 0 0 0 11/20 - 12/26 74 258 21 合計 287 3,954 333 9 エゾシカ キタキツネ ネズミ類 117 3 0 165 0 0 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 21 289 3 21 図 13.やぐら内で撮影されたネズミ類 (3)ネズミ類の同定 ネズミ類の同定には、2011 年に行われた明治野鳥保護区牧の内における、ネズミ調 査の記録と、明治野鳥保護区槍昔における哺乳類調査を参考にして同定した(※1)。そ の結果、外見的特徴と体色からアカネズミ属とヤチネズミ属とみられる個体が確認でき た。北海道におけるアカネズミ属の生息分布は、エゾアカネズミ、ヒメネズミ、カラフ トアカネズミの3種類であるが、これまでの知見において、当地域には、エゾアカネズ ミの記録のみであることから、本調査においても、エゾアカネズミと判断した。一方、 ヤチネズミ属の北海道における生息情報は、エゾヤチネズミ、ミカドネズミ、ムクゲネ ズミである。これまでに根室地域では、エゾヤチネズミとミカドネズミが確認されてい る。これら2種を写真から同定することは難しく、本調査ではヤチネズミ属とした。ま た、撮影された全てのネズミ類を同定することは、写真のピントがずれている点や、全 体像が見えていない写真が多い点から困難であった。そのため本調査では、ネズミ類の 個体数の集計は、種類を区別せずネズミ類として扱った。 ※1.株式会社明治野鳥保護区牧の内および槍昔における、ネズミ類の確認記録では、エゾヤチネズミ、ミカドネ ズミ、エゾアカネズミ、オオアシトガリネズミが確認されている。 (4)哺乳類ごとの確認個体数 本調査において確認できた哺乳類は3科3種であった。動物種ごとの個体数をみる と、エゾシカが最も多く 1,206 頭、次いでネズミ類 194 頭、キタキツネ9頭であった。 撮影頭数を撮影期間で割った、撮影率(撮影数/日)を比較するとエゾシカが 2.72 頭、 キタキツネが 0.02 頭、ネズミ類が 0.86 頭であり、調査地周辺におけるエゾシカの個体 10 数が極めて多いことがいえる。 (5)エゾシカの生息密度評価 本調査で得られたエゾシカの撮影データから、明治野鳥保護区牧の内に生息するエゾ シカの生息密度を算出した。密度評価は、ガス分子モデルカメラトラップ法を応用した 式(Rowcliffe ら 2008)により行った。 D 2 ここで、Dは個体数密度を表し(頭数/km2)、y/t は、時間内に撮影された写真の枚 数(撮影枚数/撮影日数)、v はエゾシカの移動速度(km/日)、r はカメラの探知距離 、πはエゾシカの平均集団サイズ(個体数合計/撮 (m)、θはカメラの探知弧度(°) 影枚数)である。計算に必要な数値をまとめたものは、以下の通りである。 表6.密度推定のためのパラメータ 平均移動速度(v) 探知角度(θ) 探知距離(r) 0.857(km/日) 55°= 0.959(弧度) 45feet = 13.716(m) ※エゾシカの平均移動速度は、 (山根他 2010)を参考にした。 表7.各調査地点における撮影データ 調査期間 湿原環境 5/29 6/18 7/7 撮影総数 シカ撮影枚数 シカ頭数 平均集団サイズ - 6/17 7/8 8/1 22 379 675 6 5 0 9 6 0 1.364 - 6/17 7/8 8/1 295 379 523 143 223 411 214 301 594 1.427 - 6/17 7/8 8/1 116 1,506 1,398 91 189 13 144 207 14 1.245 森林環境 5/29 6/18 7/7 草原環境 5/29 6/18 7/7 カメラは最低でも 10 日間設置されるべきであり、できれば 20 日間が望ましいことか ら(山根ほか 2010)、20 日間毎に撮影データを集計し、すべての調査地点において、3 回の生息密度推定を行った。得られた3回の計算結果から、湿原環境、森林環境、草原 環境の平均数値を、本調査地におけるエゾシカの推定生息密度とした。 11 表8.各環境におけるエゾシカの推定個体数密度 調査期間 推定密度 平均推定密度 (頭/km 2) (頭/km 2) 湿原環境 5/29 6/18 7/7 - 6/17 7/8 8/1 11.8 11.8 0 5/29 6/18 7/7 - 6/17 7/8 8/1 240.4 272.4 488.5 5/29 6/18 7/7 - 6/17 7/8 8/1 57.3 221.7 241.6 5/29 6/18 7/7 - 6/17 7/8 8/1 23.8 75.5 17.5 5/29 6/18 7/7 - 6/17 7/8 8/1 138.0 263.8 7.9 森林環境 253.7 草原環境 86.9 2.8 算出した平均推定密度は、森林環境が最も多く 253.7(頭/km2)であり、湿原環境が 最も少なく 7.9(頭/km2)であった。 6.考察 (1)確認した哺乳類について 本調査では、センサーカメラによりエゾシカ、キタキツネ、エゾアカネズミの他にヤ チネズミ属を確認した。また、極めて撮影枚数が多かったものがエゾシカであった。6 月以降の撮影データには、エゾシカの幼獣の姿も写されており、数多くのエゾシカが同 野鳥保護区内および周辺地で繁殖していることが考えられる。次いで多く撮影されたの はネズミ類である。食物連鎖の上位に立つキタキツネやオジロワシ、エゾフクロウとい った肉食動物の餌資源となるネズミ類がいることで、草食動物から肉食動物の生息する 多様度の高い森林になっていると考えられる。 (2)確認できなかった哺乳類について 本調査では、大型哺乳類のヒグマや小型哺乳類のエゾリス、エゾシマリス等の姿を確 認することができなかった。ヒグマは群生せず、普段は単独で行動し、なおかつその行 動圏はとても広く、一日で 50km近く移動しているという調査結果もある。そのた め、本調査で記録することができなかったと考えられる。しかし、2014 年1月中旬 に、同野鳥保護区周辺にて、ヒグマとみられる生き物の観察例があり、周辺地がなわば 12 りの一部となっている可能性が高い。 同野鳥保護区の森林環境には、ミズナラが数多く生えているが、今秋はドングリの実 りが非常に悪かった。エゾリスやシマリスは、ドングリなどの堅実類を主食にしている ため、代替食となる他の果実類を探すため調査地点から離れていた可能性もあり、本調 査期間中にリス類の確認ができなかったことも考えられる。 (3)調査環境ごとの比較 本調査では、湿原環境、森林環境、草原環境の3つの環境に選択しカメラを設置し た。最も多くの生き物を確認できたのは森林環境であり、最も生き物の確認数が少なか ったのは湿原環境であった。森林環境は、針広混交林となっている場所や、明渠排水路 などの水辺、様々な植物がある多様な環境であるため、多くの哺乳類が確認できたと考 えられる。また、森林環境や草原環境では、獣道や林道があり、哺乳類が利用している 場所を選択してカメラを設置することができたのに対し、湿原環境は広大であることに 加え、単一的な環境であるため、哺乳類が利用する場所を特定することが困難であっ た。そのため湿原環境における確認数が他と比べて少なかったと考えられる。 (4)エゾシカの生息密度評価 本調査で得られたエゾシカの平均生息密度は、湿原環境が 7.9(頭/km2)、森林環境 が 253.7(頭/km2)、草原環境が 86.9(頭/km2)であり、森林環境の推定生息密度が 極めて高かった。根室市内の、日本製紙野鳥保護区シマフクロウ根室第3(以下日本製 紙野鳥保護区)内の森林環境におけるエゾシカの推定密度評価結果は、70.7(頭/km 2 )であり、明治野鳥保護区牧の内のエゾシカの生息密度が高いことがうかがえる。森 林環境が広がる日本製紙野鳥保護区と異なり、明治野鳥保護区牧の内周辺には牧草地が 広がり、エゾシカの餌資源が豊富であることが考えられる。また、非積雪期における自 然植生にあまり目立った影響がでないエゾシカの生息密度は平均で、3~5頭/km2以 下といわれている(環境省 2010)。当会と株式会社明治では、同野鳥保護区の草原部分 には植樹区域を設けており、毎年植樹を行っている。本調査で得られた草原環境の生息 密度は 86.9(頭/km2)と、環境省の示す数値より高く、防鹿柵が無ければ、瞬く間に 苗木を食べられてしまう。したがって、エゾシカが高密度に生息する地域で植樹をする 際は、防鹿柵の設置が必須となる。今後、防鹿柵を設置する必要性を検討する際に、エ ゾシカの生息密度評価も有効な指標となるかもしれない。 (5)まとめ 本調査において、ネズミ類やキツネなどの小型、中型哺乳類に加え、エゾシカの大型 哺乳類を確認できた。また、これまでの観察記録では、8種の哺乳類を同野鳥保護区内 にて確認している。北海道の食物連鎖の頂点に立つヒグマの観察例があることから、多 13 様度の高い豊かな森であるといえる。さらに、センサーカメラでは確認が困難なコウモ リ類も生息していることが考えられ、今後調査を行うことで、さらに同野鳥保護区内の 哺乳類相を知ることができる。また、定期的に調査を行いモニタリングすることで、哺 乳類相の状況を把握し、同野鳥保護区を保全するための情報を蓄積することが可能であ る。 以上 14 資 料 株式会社明治野鳥保護区で撮影された生き物 亜種エゾシカ(左:メス成獣と幼獣、右:オス成獣) 亜種キタキツネ ヤチネズミ類 タンチョウ(左:湿原環境、右:森林環境) ノビタキ