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PDF版 - 京都大学防災研究所 技術室
京都大学 防災研究所 技術室通信 No.54 Technical information 目 次 第6回防災研技術職員研修会を終えて ――――――――――― 鹿野・吉岡断層付近における臨時地震観測 1 ――――――――― 2 ―――――――――――――― 5 ―――――――――――――――― 9 リフレッシュ休暇旅行の思い出 温泉水に関する観測(4) 1996/11/12 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 第6回防災研技術職員研修会を終えて 企画情報班 晴天に恵まれた2日間、上宝村中尾と本郷において開催された技術研修会は技術職員2 7名の参加で無事終了しました。両観測所の先生・技官の方々はもとより、当研究所の先 生方のご理解と、事務部の方々には大変お世話になり感謝いたします。 今回は昨年同様観測所での研修のためバス旅行となり、日程にかなり無理がありました が、皆様のご協力で初日の講義3件、技術発表4件をこなしました。この内講義2件は同 行していただいた永井総務課長と箕部専門職員によるものです。全体に十分な質疑応答の 時間がとれず反省点として残りました。2日目の前半は穂高砂防観測所とヒル谷観測点を 見学、沢田先生と志田技官から説明を受けました。大自然の中に大がかりなセンサーを設 置、観測の維持や保守の困難さが分かりました。 後半は上宝観測所の地震・地殻変動観測システムを両和田技官に説明をしていただきま した。尚、同観測所のセンサー部の見学については、時間的に余裕が無いことと、観測に 擾乱を与えることから計画の段階で割愛させていただきました。 最後に今回の会計事務担当者からの報告ですが、8,660 円の残金が出ましたがこれまで の通帳残金 34,364 円に追加入金し、合計 43,024 円として保管することになりましたので ご了承ください。 次回(12月中旬)は尾崎・河内両技官にお願いします。 1 鹿野.吉岡断層周辺における臨時地震観測 予知研究センター鳥取観測所 中尾 節郎 1.はじめに 鳥取−兵庫県(湯村断層周辺)の臨時観測に引き続いて、鹿野・吉岡断層周辺に臨時観 測を展開したのでそれについてご紹介する。 図1のように、鳥取県地方には昭和18 年9月にM7.4の地震が生じた1)。当 時は戦時中であったが、余震観測を行った 報告、鹿野・吉岡断層とその付近の地質調 査の報告2)。また、図2のように、生野 における鳥取地震前後の傾斜変動の報告3) 等4)5)6)7)がある。 図3の震央図で分かるように、鳥取市か ら倉吉市にかけて地震の並び(活動帯)が みえる。中でも、三朝付近(倉吉と鹿野の 中間辺り)に地震の塊がみえるのが、鳥取 県中部の地震(1983 年 5 月 30 日M6.2) である。 我々は、鳥取から倉吉にかけての地震活 動帯での地震活動はどれくらいの深きで発 生しているのかを調べ、きらに断層との関 わりについて詳しく調べるため臨時観測点 4点を設置した。 2.臨時地震観測の目的と概要 2−1.目的 鳥取から倉吉にかけての地 震活動帯の地震活動について、 鳥取・鹿野・倉吉・智頭及び多 里・久米のルーチン観測の結果 と臨時観測のデータを加えて 解析することにより以下に述 べることを調べることを目的 とした。 1.地震活動と震源決定精度 の向上 2.地震活動と鹿野・吉岡断層との関係 2 3.新たな地震波の存在と解析(反射波8)) 2−2.概要 地震の臨時観測点の設置は、鳥取大学工学部の学生さん等の協力を得て8月から順次行 ない、上旬中に計4点の設置を終えた(図 4 日本海新聞掲載)。しかしながら、 調整段階であったりトラブルの発生等が あり、観測が軌道に乗ったのは9月に 入ってからである。 観測点の位置は図5に示すように、倉 吉・鹿野・鳥取の観測点の間に各2点配 置し、鳥取から倉吉にかけての地震活動 に対し、震源決定精度の向上になるよう に設置した。 地震計は固育周期2Hz の上下動1成 分(L−22D)で、波形収録にはデジ タルイベントレコーダ(EDR−100 0)を用い、フロッピーデスクに記録し ている。JJY信号を記録し、パソコン での再生読み取り時に時刻補正を行って いる。今後、震源決定の解析には臨時観 測点と鳥取・鹿野・倉吉のルーチン観測 点を主に用い、ルーチン観測点の欠測の 時に多里・久米・智頭を補足して決定す ることを考えている。 3.まとめ 鳥取県東部から兵庫県北西部での臨時 観測に引き続き、鹿野・吉岡断層周辺で の臨時観測をこの8月から開始した。 現在、鹿野・吉岡断層周辺での地震活 動は殆ど発生していない。むしろ低活動 になっている傾向が伺える。この地域の 地震活動帯でのb値も増加(中期模地震の低下)を続けており、近い将来この地域で地震 発生する可能性を意味しているか分からないが、今後の地震活動に注目しながら、2−1 に述べた目的を探ってみたい。 尚、この観測は鳥取大学工学部西田良平教授と鳥取観測所渋谷拓郎助手との合同で行っ ていて、約2年間観測を継続し地震活動と鹿野・吉岡断層との関わりを調べるものである。 3 参考文献 1)東京大学地震研究所:図説 日本の地震、東京大学地震研究所研究速報第9号、1973、 pp.80-81 2)津屋弘達:鹿野・吉岡断層とその付近の地質、東京大学地震研究所彙報22、1944、 pp.1-32 3)佐々憲三:鳥取大地震前後の傾斜変動、1944、科学14、pp.220-221 4)萩原尊礼:断層の動きと地表傾斜変化の観測、東京大学地震研究所 報22、1994、 pp.66-71 5)井上宇 ・他:昭和18年9月10日鳥取地震概報、中央気象台、付3月4日・5日 の地震概報、1943 6)表俊一郎:鳥取地震余震観測(第2報)(英文)、東京大学地震研究所彙報33、1955、 pp.641-661 7)宮村摂三:昭和18年9月10日鳥取地震において現れた鹿野・吉岡断層およびその 地震後の変動の精密水準測量による観測、東京大学地震研究所彙報22、1944、pp49-59 8)佃為成・他:東中国・北近畿地方における微小地震系列の研究(Ⅱ)、地震第2輯第 30巻、1977、pp.339-358 4 リフレッシュ休暇旅行の思い出 地震予知研究センター鳥取観測所 中尾節郎 私たち夫婦は、今年9月5日結婚25周年を迎えることが出来ました。思い起こせば山 あり、谷ありそしてまた山あり、谷ありの人生であった気がします,巷では銀婚式として お祝いするようですが、実は私たち夫婦にはそのことを祝ってくれる子供達がいません。 25才になる昨春結婚した長男を筆頭に、今年社会人になった次男と高校生になった三 男。期待はしていませんでしたが、案の定何もしてくれませんでした。そんな中、家内が 2年間かけて内職のお金を貯め、なんと沖縄旅行を計画してくれていたのです。本人いわ く、「貴方は、出張で沖縄や海外に行っているけど、私は行ったことがないので自分の為 に計画したのよ!」とのこと。要するに、自分が行きたいので道案内とボディーガードに 連れて行ってくれるとのことでした。何はともあれ、夫婦で旅行できるのですから、今ま で苦労かけていた分恩返しをしてやろうと思いました。カァチヤン、アリガトゥ!! それでは、お陰様で珍道中にはならなかった、25周年記念夫婦沖縄旅行の思い出を書 いてみたいと思います。 8月18日(日)快晴 私たちは、先日まで心配した台風が無事通り過ぎた夏の暑い日差しの中、家内が着てい く服と向こうで着る服等の買い物をし、明日からの沖縄旅行に胸膨らませその日は早く寝 ることにしました。(なにせ、明朝4時30分の出発予定ですから。) 19日(月)快晴 自宅→岡山空港→那覇空港→石垣空港→ホテル日航八重山 フリータイム タクシー観光:竜宮城鍾乳洞→川平公園→グラスボード遊覧船→琉球黒真珠センター→八 重山民族園→バラビド観光農園→八重山展望台 午前4時、まだ外は真っ暗、起きがけのコー ヒーと家内は簡単な朝食を取り、4時30分荷 物を愛車に入れ、一路岡山空港に向けて飛ばし ました。盆明けの帰省者で込むかも知れないと 思っていたのですが、車はいないし、信号は点 滅ですしスイスイと走れ、なんと3時間足らず で岡山空港に着いたのです。出発は9時50分、 7時半頃に着いた私たちには近くに店はないし、 空港の喫茶店も8時30分からの営業とのこと で、家内に愚痴られながらなんとか時間を過ごし、仲の良い(?)私たち夫婦は一路沖縄 に向けて二飛行機に乗ったのです。窓際に乗った家内は真下に見える、四国、九州、奄美 大島等を見ながら夢が現実として実現するに連れて、童心に帰ったように喜んでいるのが 手に取るように分かりました。特に沖縄の島の海域が青くなっていて珊瑚礁だと分かると、 今まで見たことのない美しさに深く感激したようです。 5 カラッとした暑さの沖縄に着き、今日の行き先である石垣島へ行く飛行機に乗り換えま した。牛後1時30分、石垣島も真夏のように暑く、宿泊先の八重山ホテルに行くためタ クシーに乗り、午後はフリータイムでしので、運転手さんに観光するにはどうしたらいい かと尋ね、4時間で1万円でチャーターしてくれることを仮約束をし、ホテルにチェツク インしました,カウンターで観光のことを尋ねましたが、結局先ほどのタクシーをチャー ターすることに決め手配しました。その運ちゃんの言葉巧みな話術に、喜びが倍増した半 日を過ごすことができました。特に、現地語の説明や三味線(蛇味線ではないそうです) を弾き歌ってくれたりのサービスには上手過ぎて驚きました。 家内は、今回の旅行に4つの大きな楽しみを持っていたようです。1つ目は、黒真珠を 買うこと。2つ目は、グラスボード船に乗り珊瑚を見ること。3つ目は、水牛車に乗るこ と。4つ目は、サボテンのステーキを食べることでした。今日1日で、黒真珠を買い、珊 瑚を船から見て、2つの楽しみを満喫したのです。特に船は、私たちだけでしたので船長 さんも感激している家内の声を聞いて、特別のサービスをしてくれたような気がします。 ヨカッタネ,カァチャン!! そして夜 ・・・・・・・・・・。・・・何事もなく、静かに眠りました!!。 20日(火)快晴 ホテル→石垣港→大原港→西表島観光(仲間川遊覧・サキシマオスオウ・由布島観光)→ 大原港→竹富島観光(バス観光・水牛車観光)→石垣島→ホテル ホテル八重山を8時10分、迎えのマイ クロバスに乗り石垣港で西表島に行きまし た。仲間川遊覧、サキシマスオウを見たり、 水牛車に乗って由布島へ渡り熱帯植物園の 観光、竹富島での水牛車観光は、村の中を 水牛車に乗って珊瑚で作られた狭い石垣の ある直角な道を上手に大回りして感心し満 足しました。ただ、ここでの幸せを呼ぶ「星 の砂」は一粒も探すことができず、少し残 念でした。あっちで家内をパチリこっちで 家内をパチリと、家内を中心とした写真撮 影をしましたが、連れて行ってもらったお礼の気持ちで記念写真を撮ってやりました。そ れから、家内のもう一つの楽しみな計画は買い物でした。随分と事前の研究をしたようで、 昨日の黒真珠に続いて今日も高価な買い物・・・・・で満足そうでした。心配して、いく ら持ってきたのか尋ねましたが、結局教えてくれませんでした。今日は、家内の3つ目の 楽しみの水牛車に2回も乗れました。ヨカッタネ!! 21日(水)快晴 ホテル→石垣島観光(唐人墓・川平公園・米原熱帯原生林・ヤエヤマヤシ群生林)→石垣 空港→那覇空港→ホテル沖縄グランドキャッスル 策) 6 フリータイム(国際通りを1/3散 午前中、ホテルが用意した大型バス(ドルフィン号)で石垣島内観光をした。昨日、タ クシーで見たいところを満喫していたので、満足感は薄かった。午後、荷物を持って邦弱 空港で沖縄行きの便を待っていると、同じホ テルで同じ観光していた若い二人の女性が同 じ飛行機に乗るようでした。気にしていない ようで気にしていたんですね。カアチャン、 ゴメン 沖縄に着き、タクシーでホテルまでと乗っ たのは良かったけど、なんと道路が混んでい て、20分で着くところがこのまま行くと1 時間以上かかりそうなので、連ちゃんにお腰 いして裏道を走ってもらうことにした。料金 は結局、3、500円位で納まった。 チェックインをし、荷物を降ろしで国際通 りへ散策のためタクシーに乗った。国際通りとは那覇のメインストリートで、東西約1. 6kmに土産物店、ショッピングビル、ミリタリーショップが並んでいて、家内が次に楽 しみにしていたところらしい。ところが、500mくらいショッピングしたところで私は 足が痛くなりダウン。痛みを押さえながら近くで、夕食を食べてタクシーでホテルに帰る ことにしました。家内にブツブツ文句を言われながら、湯船につかり痛い足をさすりなが ら(明日は頑張ろうな!)。この日もおとなしく眠ることにしました。オヤスミ、アシタ ハガンバルゾ!! 22日(木)快晴 ホテル→万座毛→名護パラダイス→ネオパーク→パイン園→東南植物楽園→琉球村→首里 城ホテル (中北部観光バスの旅でした) ホテルが用意した大型観光バス(ドルフィン号)に約20 名くらいのお客さんとの団体観光でした。万座毛を皮切りに 名護パラダイスで昼食、パイン園ではパインを育て作るとこ ろから、缶詰めやワインにする工程を見せてくれ、その順路 の先に土産物店があり出口となる上手な商法で、なおかつ割 引券をくれるといった手の込んだものでした。知らないうち に私たちは、ワインをお土産に買っていました。 琉球村では、美人のガイドさんの案内でしたので家内を撮 るふりしてパチリ。ここではパブとマングースの戦いを見せ てくれました。その帰りハブ酒のサービスがあり、家内も飲 んだようです。コンバンハ、ゲンキダゾ!! バスはホテルに直交のようでしたので、運転手さんにお願 いして首里城の近くで降ろしていただき見に行くことにしました。行きますと、5時を過 ぎていましたので門は閉まっていましたが、守衛さんがおられたのでなんとかお願いして 近くまで行きて写真を何枚か撮らせていただくことができました。守衛さんの優しい心に 7 思い出がまた一つ増え、家内が喜んでいるのが分かりました。 23日(金)快晴 ホテル(レンタカー)→玉泉洞→ひめゆりパーク→ひめ ゆりの塔→平和の記念公園→琉球ガラス村→喜屋武岬公 園・平和の塔→名城ビーチ→那覇空港→岡山空港→自宅 ホテルをチェックアウトし、8時過ぎレンタカーに 乗ってまずは玉泉洞目指して出発しました。開門少し前 に蓄いた私たちは、レンタカー屋きんから出発前に「南 部はレンタカーを狙った盗難者が頻発しているので駐車 場の真ん中位置に止められる方がいいですよ」と注意さ れたことを思いだした。旋錠していてもガラスを壊して の盗難らしいので、駐車場のガードマンさんにくれぐれもお願いし、入場券を買ってまず は鍾乳洞を見学した。 ひめゆりパークでは、世界のサボテンを植えている公園で足早に公園を一周し、見て回っ た。次に行くのかなっと思ったら、 「カクタス」と言うレストランでサボテンのステー キを食べるとのこと。そうです、4つ目の楽しみだったのです。美味しいそうに食べる家 内の顔をパチリ、パチリと撮ってやりました。 いままで、家内のことばかり書いてきまもたが、 私の今回の楽しみは珊瑚礁でブルー色になった きれいな海で泳ぐことでした。実は当初の予定で は、1日目のフリータイムで計画していたのです が、家内の要望が優先され1日延ばしとなってい ました。最終日、かすかな希望を持っていたので すが家内はあっちに連れてって、こっちに連れ てってと言うばかり、時間も刻々と過ぎて帰るま で後3時間余りとなった時、今日まで従順に下部として誠心誠意従ってきた私を哀れんで くれたようで、やっと「近くにビーチがあったから泳ぐ?」と言ってくれたのです。「う ん。行く行く。」と返事をして名城ビーチへ車を走らせました。駐車場は、1時間程しか 8 おれませんので一人450円は高かったですが、「盗難に会うかも知れないので目につく 所に駐車してください。」と言う門番に従って車を止め、車の中で着替え、珊瑚の死骸で 少々属い砂浜を小走りに海へ飛び込んだ。最初は家内も泳ぐつもりで水着を用意していた のですが、留守番をすると言って私一人泳ぎましたが、10分もすると退屈になりました。 ブルー色のきれいな海。とても泳ぎたかった珊瑚の海。一人ではやっぱりつまらないもの です。30分くらい泳ぎましたがもう十分です。通りすがりの方に記念写真を撮ってもらっ て、ピーチを後にしました。 今回の私たち夫婦の結婚25周年リフレッシュ休暇は、とても楽しく(家内)とても充 実(家内)した旅行でした。私自身も、家内に対し多少お返しができたのではないかと思っ ていますし、青い珊瑚の梅で泳ぐことができましたし、艮かったと思います。 カアチャン、アリガトウゴザイマシタ!! ―――――――――――――――――――――――――――――――― 温泉水に関する観測(4) 地震予知研究センター鳥取観測所 矢部 征 (1)はじめに 今回は、美方町での水温観測についてご紹介し、約10カ月のデータについて分かった 事をご報告致します。 図1に示す様に鳥取県地方には海岸線に沿って地震活動が活溌であり、中尾等は鳥取県 東部地域の地震活動を監視するため、1994年から鳥取兵庫県境付近図に臨時地震観測 点を設置 現在も観測を継続している。 我々は、地震活動の東瑞の兵庫県美 方町の臨時観測点のすぐそばの自噴泉 で、平行観測をするため水温の観測を 昨年11月より観測を始め、地震活動 の変化と水温の変化との対応を試みた。 (2)観測点の概要 美方町付近には大谷、湯の子と2ヶ 所の自噴泉があり、現在大谷はおじろ 温泉に供用されており、水温観測は湯の子で行っております。この湯の子温泉は昭和55 年、温泉掘さく事業で掘られたもので、水温は27℃、湯量は95リットル/分と資料に 書かれている。 近年まで、この温泉水は隣接されたスッポンの養殖に使用されていて、管理人の方から の報告で兵庫県南部地震の際には湿泉水に変化があったとのことです。 現在は、スッポン養殖は中止されていて、近くのなめこ栽培の暖房のために時折ポンプ アップして供給しているそうです。 9 (3)観測システムと水温データについて 水温センサは出湯口の所へ設置してあるため外気温 の影響を直に受けることになり水温のバラツキが見ら れます。 図4に示す水温データの期間中の2月、3月頃のパル ス的な変化は、近くののなめこ栽培センターへ培養室の 暖房として温泉水をポンプアップによって供給されて おり、その時温度が低下すると言う現象です。 10ケ月の水温変化をみると、3月から4月頃低く、 7月から8月頃高いことが分かる。きらに細かくみると、 外気温に伴った日変化がみられます。 (4)まとめ 美方での水温観預五データは約1年と少なく、地震活 動との対応をみることはできません。しかしながら、今 後さらに観測を継続し、併せ鳥取県東部地域での臨時地震観測と平行観測し、データを蓄 積して解析を行っていきたいと思っております。 参考文献 平成6年度京都大学防災研究所研究発表講演会 鳥取県東部およびその周辺域の地震活動 中尾 節郎・西田 良平・西上 10 欽也・瀧谷 哲司