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宗教:キリスト教 『宗教から読む「アメリカ」』森孝一、講談社 担当:内野 第

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宗教:キリスト教 『宗教から読む「アメリカ」』森孝一、講談社 担当:内野 第
宗教:キリスト教
『宗教から読む「アメリカ」』森孝一、講談社
担当:内野
第四章:「アメリカの夢」の行方
1.キング牧師記念日
a. 新たなビジョン
アメリカでの建国以来の課題は、多様性を認め合いながら、国家としての統合を目指して
いくことである。しかし、国民たちには「アメリカの夢」への平等なチャンスが保障され
ていないという現実への不満が高まっている。年代ごとにとられた政策は一部の人の目指
す「アメリカの夢」を反映したもので、アフリカ系アメリカ人たちをはじめとするマイノ
リティは不当な差別のなかにあったのであり、
「アメリカの夢」への道は閉ざされていたの
である。今日、アメリカの分裂の状況は深刻であり、その中でアメリカの宗教はどのよう
に対応してきたのだろうか。
b. 対話はまったく成立していない
東西冷戦の終わりは平和の到来ではなかった。共産主義あるいは共産党という統合の核を
失った旧ソ連や東欧では、民族対立が激化している。対立の中核は民族のアイデンティテ
ィである宗教であり、民族対立は宗教対立の様相を呈している。このような状況から世界
的な宗教間の対話が必要とされていることがわかるが、実際にはなされていない。対話が
必要である、他宗教との共存を求めるリベラル派とファンダメンタリストをはじめとする、
自己の宗教を絶対と主張する保守派での関わり合いは同一宗教内でも対話がほとんど行わ
れていない。
これはアメリカの宗教状況も同様である。アメリカ宗教界のリベラル派の人々は「解放の
神学」という立場で、歴史的に抑圧されてきた「周辺」に位置する人々の視点からキリス
ト教を解釈しなおそうというとしている。リベラル派の人々にとっての保守派である新宗
教右翼の存在は、アメリカの文化的多元性を認めない反動的存在である。しかし、新宗教
右翼から見るリベラル派は、無節操に多様性を容認して「本来のアメリカ的価値観」を危
うくし、分裂をもたらそうとしている存在である。世界の紛争地域における宗教の現状と
同様、アメリカでも宗教は分裂と対立をもたらしている。
このような状況下で、アメリカの宗教の新たな「アメリカの夢」への可能性をさぐるため、
筆者のアメリカ体験をもとに、アメリカの新たな「ナショナル・アイデンティティ」再構
築の可能性をさぐる。
c. きわめて異例なこと
筆者はノースカロライナ州ダーラム市にあるデューク大学で南部の宗教研究を行っていた。
デューク大学は大変美しい大学であるが、それに比べ車で五分の市の中心街はスラム化し
ていた。
1986年1月20日、この日は故マーティン・ルーサー・キング牧師の記念日が「ナシ
ョナル・ホリデー」として制定されたので、それを祝う市の集会がダウンタウンの聖マル
コ・シオン教会で行われた。この教会はアフリカ系メソジスト監督派教会に属するもので
あった。教会は30分前には身動きも取れないほどの状態であった。中にはアフリカ系ア
メリカ人と白人が同じ教会のなかで、身を寄せ合っていたのである。この状況は異例なこ
とである。北部の州ならば、白人とアフリカ系アメリカ人が同じ教会にいることは考えら
れなくもないが、南部では大変異例な事であった。
d. 両方の講演会に出席したのは、私だけ
アフリカ系アメリカ人と白人の対立は表面的には減少しているものの、対立・分離は目立
たない形でアメリカ社会に浸透しており、筆者の客員研究員として属していたデューク大
学神学部でも同様であった。学部内の白人とアフリカ系アメリカ人の学生が互いに学びあ
うということは無い。互いが別世界に属し、相手の世界に関心を示さないのである。
筆者が客員研究を行っていた年に、大学の記念イベントでアメリカ・キリスト教界の代表
的な人物たちが連続の講演会を行った。
まずは「新保守主義」を代表する人物が講演を行った。80年代当時ではリベラル派が低
調となり、保守的傾向が強くなっていた。当日は約30人の学生がいたが全て白人だった。
後日、「黒人解放の神学」の講演が行われたが、参加者が筆者と白人学生が一人以外は全て
アフリカ系アメリカ人であった。結局両方の講演会に出席したのは、筆者だけであった。
筆者は講演会後にアフリカ系アメリカ人の教授にどうして神学部にさえ両者の対話が無い
のかを質問したところ、普段物静かな教授が言葉を荒げて、デューク大学神学部は表面上
ではアフリカ系アメリカ人の教授や学生を平等に扱っているようではあるが、それは対外
的なポーズにすぎないと訴えた。
e. ホーブス牧師
上記がノースカロライナにおける人種問題の現実である。だから、聖マルコ・シオン教会
の状況は異常なことであった。聖マルコ・シオン教会での礼拝は、ギクシャクした雰囲気
に包まれていた。白人教会とアフリカ系アメリカ人教会は全く違った礼拝を行うが、その
日は両方が同じ礼拝を守ろうとしており、互いに様子を探っているところがあった。
式の半ばとなり、ニューヨークにある全国的に有名なリバーサイド教会のジャームズ・A・
ホーブス牧師が紹介された。彼はアフリカ系アメリカ人で、鮮やかな緑と朱色のガウンを
羽織り、アフリカの民族衣装をおもわせるものだった。
f. 「この物語は真実だろうか」
ホーブス牧師は、「人間は昔、空を飛べた」というアフリカ系アメリカ人のあいだで語り継
がれる一つのフォーブスを語りだした。
そのフォークロアとは、黒人はアフリカにいたとき魔法を使って空に飛べたというもので
ある。しかしアメリカに連れて来られ、アフリカの臭いを嗅げなくなり、飛ぶ事を忘れて
しまった。しかし、能力は持ち続けた。
ある老人と子供を持つ若い女性がいた。女性は白人から厳しい労働を強いられ、立ち上が
ることができなくなった。そして、女性は「今がその時なのでしょうか」と老人に尋ねた。
老人は「もうじきだ」と答えた。白人は女性にムチを打ち続けた。女性はもう一度尋ねた。
「今がその時なのでしょうか」老人は答えた。
「今こそそのときだ。遅すぎる事が無いよう
に、今起き上がって、飛び立つのだ」
そして女性は飛び立っていった。
ここまで語り、牧師は「この物語は真実だろうか」と問いかけた。(白人の)小さな笑いが
起こった。牧師は「すべての人は神によって平等に造られ、一定の譲り渡すことのできな
い権利を与えられている」という「独立宣言」の一節を引用し、改めて「この物語は真実
だろうか」と問うた。すると水を打ったような静けさに包まれた。
g. 雰囲気は完全に一変した
ホーブス牧師はのアフリカ系アメリカ人と白人との協調が欺瞞に満ちたものであるかを語
り始めた。アフリカ系アメリカ人牧師の特徴のリズム感ある説教で、ほんとうの平等があ
るのかどうかを問うた。アフリカ系アメリカ人は牧師の叫びに唱和した。
会場に来ていた白人はどのような思いだったのだろうか。子連れの家族も多くいた。とて
も耐え難い雰囲気の中にいた白人たちであったが、誰一人として席を蹴って途中で帰るこ
とがなかったことに筆者は深く感動した。
h. ある決意
アメリカの人種対立はますます深刻になっている。しかし、アメリカにとって「キング牧
師記念日」を「連邦の記念日」及び全ての州の「州の記念日」に制定したことは、「神聖な
もの」として記念し、覚えていこうとする決意のあらわれだろう。
アメリカの現実は、ホーブス牧師が指摘したように、キング牧師が求めた理念からはかけ
離れている。しかし、キング牧師記念の制定は、アメリカの歴史を振り返り、この理念の
ために生命をかけて戦った人々を覚え、それを記念し、自分たちが共に目指すべき「共通
の未来」にしていこうという決意表明ではないだろうか。
2.グライド・メモリアル教会の実験
a. 教会は安らぎの空間
アメリカでは同じ教派に属する人であっても、人種的背景が違えば一緒に礼拝したり、同
じ教会に属して一緒に境界生活をするということはほとんどない。筆者の推測では、お互
いに快適に礼拝や境界生活をしたいといのが主な理由のようである。
多民族国家アメリカの日常生活は、多様な背景を持った人々が共に生活するため、日本人
が想像する以上に緊張の多い社会である。そのようなアメリカ社会の中で、教会は唯一、
黙っていても分かり合える同室の人々と関われる安らぎの空間であった。
b. 分裂を助長してきた
アフリカ系アメリカ人の日曜礼拝は、パワフルなゴスペルやリズム感のある説教など彼ら
にとって快適な雰囲気が保たれているように、アメリカの教会は民族的、経済的、文化的
に同じような背景を持った人々がともに集まる「安らぎの場所」であり、「避難所」であっ
た。
しかし、経済的に豊かで高学歴を持つWASPの人々にとって教会は、自分たちの社会的
ステータスや特権を守るための「砦」としての機能を果たしてきたのではないだろうか。
このように、教会や教派は社会の分断や分裂を助長してきたのではないのだろうか。「アメ
リカの見えざる国教」がアメリカの統合を可能にしてきたのである。
c. 誰もが持っていた夢が消えてしまった
子供の世代は必ず親の世代よりも豊かになれるという「アメリカの夢」が多様なアメリカ
社会を統一してこられたが、近年、現在の子供の世代では実現しないのではないかという
不安が生まれている。
「アメリカの夢」や「アメリカの見えざる国教」についての疑いが人々
に広まっているのである。そのような状況下で、一つの例としてサンフランシスコのグラ
イド・メモリアル教会は、教会が社会の分断と分裂の役割を担っている事を変えようとし
ている。
d. たった3ブロックしか離れていないのに
グライド・メモリアル教会はサンフランシスコの中心街、華やかな雰囲気のユニオン・ス
クエアのすぐ近くにある。しかしユニオン・スクエアから3ブロックしかはなれていない
のに、のんびりと歩ける場所ではない。正面入り口は普段から鋼鉄製の格子状のドアが閉
められている。「スラム」の真っ只中にコミュニティを形成し、そこからアメリカにおける
キリスト京の役割を考えようとしているが、そのようにしなければ教会の安全が保てない
ほど、この地域の治安の状況は厳しいのである。
e. 実に多様
グライド・メモリアル教会の日曜礼拝は朝に二度行われる。出席する人が非常に多く、一
度の礼拝では間に合わないのである。中に入るとすぐ気付くのは、集まっている人々が実
に多様な事である。そしてスタッフも人種・宗教を問わず参加しているのである。
f. 歌う牧師
グライド・メモリアル教会の外見は普通のプロテスタント教会であるが、中身は大変異な
っている。祭壇は全ての物が取り除かれ、十字架も取り除かれている。正面ステージには、
編成バンドと、光や音を操作する装置まである。
礼拝が始まるとバンドの演奏にあわせて聖歌隊がゴスペルを歌いながらステージに上る。
ここで全ての指示を出しているのは牧師婦人のジェニスという日系アメリカ人で、牧師婦
人とは思えない、黒のドレスにかなり上までスリットのあるものを着ていた。
聖歌隊が数曲歌い終えると、アフロ・ヘアににアフリカの民族衣装風の上着を羽織ったウ
ィリアムズ牧師が登場するや否や、すばらしい声で歌い始める。グライド・メモリアル教
会は大変刺激的で楽しい教会なのだ。
g. 例え一瞬でも
聖歌隊やウィリアムズ牧師が歌っている間、ステージ背後には次々にスライドが映し出さ
れる。礼拝堂の中の「光と音」はまさにディスコ的である。映像は歌の内容を反映したも
ので、牧師の説教もシャウトばかりのものではない。礼拝全体の雰囲気は飾り気が無く、
素直で明るく、会衆が自己を解放しようとしているようである。
礼拝の一時間の間は、人種の違いや社会的・経済的階層の違いを超え、例え一瞬であって
も、すべての人は悲しみや悩みを持ち、それからの解放を求めている同じ人間なのだとい
う連帯感を実感するのである。
h. 自己改革へ
このようなグライド・メモリアル教会の噂が広まるにつれ、教会は注目されるようになっ
た。著名人も時々参加するようになったこともあり、礼拝がパフォーマンス化したことも
否定はできない。礼拝は「非日常的な」空間を提供しているだけに過ぎないのではないか、
と思われることもあった。
そこでウィリアムズ牧師と教会の人々は、礼拝が新しい形の現実からの「避難所」となっ
ていることの脱却を図ろうとし、様々な社会貢献に取り組んだ。牧師は教会は教会員のも
のだけでなく、すべての人の社会的要請にこたえるプログラムを設置したのである。これ
がグライド・メモリアル教会の自己改革である。
i. 死の臭いが漂いだした
1980年代の終わりに、教会の周りの人々に死の臭いが漂いだした。それは社会的階級
を問わず、生命の無意味さの感覚が醸し出す「死の臭い」であった。具体的にはアルコー
ル依存やドラッグなどである。
その臭いを嗅ぎ取った牧師は礼拝のパフォーマンスから、「安心して真実を話す事ができ
る、開かれた正直な共同体(リカバリーの共同体)
」を形成する事がグライド・メモリアル
教会の目的だと確信した。その背景には、あらゆるアメリカの社会単位において、危機的
状況が進行し、無意味さと分裂の機器が深まっていったことの結果であろう。「死の臭い」
はアメリカの色々なレベルにおいて、「真実の共同体」を求めていることの兆候であった。
j. ジェニスの「物語」
『隠れる場所はなく』は、グライド・メモリアル教会における多くの人々の「回復」の記
録をあつめたものである。その中で、牧師の夫人であるジェニスの場合について紹介する。
牧師が「リカバリー・プログラム」を始めて数ヶ月がたった頃、牧師は近親相姦について
語った。牧師はジェニスが近親相姦の記憶に苦しんでいる事を知っており、牧師は彼女に
礼拝で彼女の「物語」を紹介してもらえる事を頼み、そして、彼女は了解し語ったのであ
る。
彼女は両親が離婚し、母親に引き取られる事となった。まもなく母親は再婚し新しい父親
と暮らす事になったのだが、その父親から長期の性的虐待を受け続けたのである。彼女は
大学卒業後、グライド・メモリアル教会で働く事となり、そのとき知り合った男性と結婚
する事になった。その時の司祭がウィリアムズ牧師であった。
しかし、彼女の結婚生活は性的虐待の影響で男性を本当に信用する事ができず、離婚する
事となった。その頃、ウィリアムズ牧師も離婚しており、二人の仲は深まっていった。ジ
ェニスと再婚した牧師は、忍耐強く、ジェニスにセックスを楽しむことを愛をもって学ば
せてくれた。今ジェニスは牧師とは性的存在として受け入れられることができ、完全なパ
ートナーとして「リカバリー」の旅を歩み始めたのである、と語った。
k. 今も変わらない「アメリカの夢」
グライド・メモリアル教会が目指しているものは、建国以来、「多様性を認めた上での統合」、
あるいは「多から一が生じる」というアメリカが目指してきたものである。グライド・メ
モリアル教会は、アメリカは多様なものがともに目標として向う事ができるような「共通
の未来」、あるいは新たな「アメリカの夢」の一つのヒントを与えてくれたのではないのだ
ろうか。
アメリカは多様な人々による多元的社会であるが、その多様な人々も一人の「人間」であ
る。「幸福を追求」し、本当の「生命」を自分のものにしたいと願い、ありのままの自分を
「自由」に表現できる場所(共同体)を求める同じ一人の「人間」である。この単純な事
実こそが「アメリカの夢」なのではないのだろうか。
この願いは決してアメリカ独自のものではなく、人類として普遍的な「人間の夢」を「ア
メリカの夢」として宣言した事にアメリカの独自性があるのではないか。
「独立宣言」の言葉は、今も変わらない「アメリカの夢」をを物語っている。
すべての人間は神によって平等に造られ、一定の譲り渡す事のできない権利をあたえられ
ており、その権利のなかには生命、自由、幸福の追求が含まれている。
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