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親子放牧における栄養管理と課題
耕作放棄地を利⽤した周年親⼦放牧による繁殖経営に向けて 親⼦放牧における栄養管理と課題 農研機構 畜産草地研究所 草地管理研究領域 ⽊⼾ 恭⼦ 78 もくじ ・ はじめに、なぜ放牧で⼦⽜を⽣産しようとしているか ・ 放牧のメリットと留意点 ・ 放牧⼦⽜の離乳 ・ 親⼦放牧であっても⼦⽜への栄養補強は必須である 【はじめに】 ⼦取り⽤めす⽜飼養頭数が平成5年度をピークに年々減少し、⾁⽤⽜⼦⽜の取引価格が⾼騰し続けています。背 景には⾼齢化や後継者不⾜による繁殖農家⼾数の減少があり、この⽣産基盤の縮⼩は国産⾁⽤⽜の安定的⽣産を 脅かすことが懸念されます。さらに TPP 交渉が⼤筋合意に⾄り、今後輸⼊⽜⾁の関税引き下げが⾏われていく中、「攻 めの農林⽔産業」として国産⽜⾁の輸出拡⼤を図るにしても、⽣産されるもと⽜、ひいては⽜⾁の出荷量が少なくては 到底叶いません。 私たちは⼦⽜の出荷頭数を増やすために⼦⽜の⽣産場⾯を拡⼤しようと考えました。放牧地を利⽤した⼦⽜⽣産に は栄養⾯・衛⽣⾯・⺟⽜の繁殖などの解決すべき課題がありますが、まず⽣産現場を広げることで増頭に繋がることを期 待し、放牧地での⼦⽜⽣産に関する研究を⾏ってきました。 その中で得られた関連成果を交えながら、舎飼での⼦⽜⽣産とは異なる放牧地での⼦⽜⽣産に関して留意すべき点 などをご紹介いたします。 図 1 子取り用めす牛飼養頭数の推移 79 図 2 肉用子牛取引頭数の推移 【放牧のメリットと留意点】 放牧のメリットとしては、⼭間地・耕作放棄地といった未利⽤地の活⽤、⾃給飼料としての牧草利⽤、燃料消費の縮 減および購⼊資料の低減等が挙げられます。これらは主にコストなど産業としての利点を⽰したものであり、⽣産物である ⽜のコンディションに関わるものではありません。いっぽう放牧の留意点となると、栄養摂取量の把握が困難であること、野 ⽣⽣物との接触や昆⾍による感染症のおそれなど、⽜の⽣理や健康に関するものが挙げられます。 発育に直接関係するものとして、エネルギー消費量の増加が挙げられます。放牧されている⽜は舎飼と⽐べ、採⾷時 間が⻑くなり、また採⾷や探索⾏動に伴う歩⾏距離が⻑くなります。歩⾏時にかかるエネルギーは、⽔平⽅向への移動 は 1km につき体重 1kg あたり 0.5kcal、垂直⽅向には下りが 0.38kcal、上りは 7kcal が必要になります。その ため舎飼の⽜に⽐べて、放牧⽜のエネルギー要求量は 15〜30%増加すると試算されています。 【放牧のメリット】 【放牧の留意点】 1.⼭間地・傾斜地・耕作放棄地の利⽤拡⼤ 1.<気候>環境の制御ができない 2.⾃給飼料としての牧草利⽤ 2.<粗飼料の量>摂取量の把握が困難 3.収穫・⽜舎管理にかかる燃料消費の縮減 3.<粗飼料の品質>草地更新に伴う負担 4.濃厚飼料・購⼊粗飼料量の低減 4.<他の⽣物>牧草の⾷害、感染症の伝播 ・・・ 5.<エネルギー>エネルギー消費量の増加 図 3 放牧のメリットと留意点 平成 26 年度の⾁⽤⼦⽜取引状況から、⽣時 体重を 35kg として DG を計算したところ、去勢で 表1 平成 26 年度 肉用子牛取引状況(全国平均) 0.90kg/⽇、雌で 0.82kg/⽇となりました。⼦⽜ の価格が⾼騰しているとはいえ、発育の劣る⼦⽜は 肥育農家から敬遠されます。放牧育成でこの値を 達成できるのか、実際に取り組んだ放牧試験の結 果をご紹介します。 おす めす 出荷体重 284 kg 267 kg 出荷⽇齢 277 ⽇ 283 ⽇ 0.90 kg/⽇ 0.82 kg/⽇ DG(試算) 80 【放牧⼦⽜の離乳】 従来、⼦⽜を離乳させずに親⼦で飼養し続けることは、親⽜の発情回帰に不具合であると知られています。そこで私た ちは親⼦放牧の⼦⽜を離乳させ、⼦⽜のみの放牧飼養に取り組みました。離乳の前は放牧地で親⼦放牧をしながら、 2 ヶ⽉齢から配合飼料を給与して離乳に備え、その後3ヶ⽉齢で⼦⽜のみを別の放牧地で配合飼料(2kg/⽇・頭) を給与しながら飼養した試験です。 図 4 離乳前の親子放牧(左)、離乳後の子牛 そうしたところ、離乳後1週も経たずに⼦⽜には下痢が発症し、発育が停滞しました。離乳時期を違えたパターンでも ⽐較したところ、6⽉離乳の⽅が7⽉離乳よりも成績が良いとは⾔え、離乳後に DG が低下する減少は免れませんでし た。 いっぽう同時期に離乳せず、親⼦放牧を継続した⼦⽜の発育は DG を落とすことなく、7⽉離乳の⼦⽜が発育を落 とした 7-8 ⽉にも増体を伸ばしました。結果、放牧期間トータルの DG は離乳⼦⽜の平均が 0.65 kg/⽇、親⼦放牧 の⼦⽜が(9⽉中旬までで)0.93 kg/⽇となりました。 図 5 離乳した放牧子牛(左)と親子放牧を継続した子牛(右)の DG (kg/d) (ただし6⽉離乳:2014 年度、雌、n=5 7⽉離乳:2015 年度、雌、n=5 親⼦放牧:2015 年度、去勢、n=12) 81 ⼦⽜を離乳させないまま繁殖⽜を飼養することは、発情回帰の遅延や受胎率の低下を招くと懸念されています。私た ちのグループでは排卵同期化処理による繁殖プログラムを開発し(2012)、発情発⾒の困難な放牧の繁殖⽜につい て効率的な繁殖管理を可能にしました。その繁殖プログラムに則ったところ、離乳していない親⼦放牧でも⼦⽜がついて いない繁殖⽜と受胎率および受胎までの⽇数の差はありませんでした。 図 6 放牧牛に対する排卵同期化処理と早期妊娠診断を組み合わせた繁殖プログラム 【親⼦放牧であっても⼦⽜への栄養補強は必須である】 このように、放牧飼養下での離乳⼦⽜が発育を維持することが難しく、親⼦放牧でも親⽜の繁殖管理に問題が無い のであれば、親⼦放牧を推進するのに課題はないようですが、それでも市場で取引される⾁⽤⼦⽜の⽔準まで押上げる には課題があります。 1.親の経験による⼦⽜の発育の違い 親⼦放牧の場合は親の⽉齢が⾼い⽅が⼦⽜の発育が優れていることが知られていますが、弊所でも同様の傾向が⾒ られました。⾼齢すぎた親⽜や若い親⽜では放牧期間中に⾃⾝の体重も低下し、その低栄養が泌乳能⼒、⼦⽜の免 疫能の低下にも影響するのではと懸念されます。 図 7 親の月齢別 82 親子放牧 DG 2.分娩時期による発育の違い 右は分娩された時期が異なる⼦⽜の、4 ヶ⽉齢ま での DG を⽰したグラフです。4 ⽉に⽜舎で産まれて 親⼦とも放牧に出された春分娩と、7 ⽉に放牧地 図8 親子放牧の子牛 DG 春分娩と夏分娩の比較 で産まれた夏分娩の⼦⽜とを⽐較したところ、春分 娩の⽅が発育に優れていました。哺乳時期にスプリ ⽣時〜4ヶ⽉齢までの DG (kg/d) ングフラッシュを向かえて親の栄養状態が良かったこ 2012 年度実施、雌 とや、哺乳しながらも⼦⽜は牧草を摂取し始めるこ 春分娩:4/8〜4/16 ⽣ とから、春の栄養条件の⽅が良かったことが発育に 夏分娩:7/13〜7/16 ⽣ 影響したと考えられます。 とはいえ、春分娩の⼦⽜のみを放牧地で飼養す ると限定すると、⼦⽜の出荷時期の集中を招き営 農に制限を加えてしまいます。補助飼料給与による 摂取 TDN の増加で、夏分娩の⼦⽜でも良好な発育を⽰して出荷出来れば、より産業としての幅が広がります。 3.放牧⼦⽜のルーメン発達 ⽜の胃全体の容積のうちルーメンが⼤きく発達するのは⽣後3ヶ⽉齢までと⾔われています。⼦⽜のルーメン発達には ルーメン内の VFA(特に酪酸とプロピオン酸)の濃度が重要とされています。親⼦放牧中の⼦⽜はルーメンが未発達な うちから哺乳しながら牧草を摂取しますが、粗飼料の発酵速度は濃厚飼料に⽐べて遅く、⽣成される VFA も酢酸が主 になってしまいます。2014 年に弊所が実施した試験で、親⼦放牧の⼦⽜に 2 ヶ⽉齢から 3 ヶ⽉齢まで配合飼料を給 与したところ、市販の配合飼料のみを給与した区では VFA 量の増加は⾒られませんでしたが、同量の配合飼料に 1 ⽇ 1 頭あたり 10 g のセロオリゴ糖を加えた区では、酪酸とプロピオン酸の量が 1.5 倍以上に上昇し、総 VFA 量も 1.25 倍に上りました(未発表)。その後もセロオリゴ糖給与区は対照区に対して良好な発育を⽰したことはルーメンの発達と 無関係ではないでしょう。ルーメンの発達という観点からも、適切な時期に機能的な補助飼料を給与することが有効と考 えます。 今回は、⾁⽤⽜の増頭を前提としていたため、⿊⽑和種⽜を対象とした話をさせていただきました。親⼦放牧での課 題は他にも、寒冷地・⾼標⾼地における秋⼝からの気温低下による牧草の衰退および⼦⽜の免疫能の低下、⿊⽑和 種⽜そもそもの泌乳量の低さなどが課題となります。 いっぽうで産⾁能⼒については、放牧育成の⼦⽜は その後の肥育が適正になされれば舎飼⼦⽜と遜⾊な い発育を⽰し、収益⽣が⾼いとの報告もあります。放 牧飼養で付与される産⾁的機能が科学的に明らかに なれば、市場における訴求⼒も⾼まることでしょう。 分娩直後の⺟⼦⽜、2015 年 83 本誌より転載・複製する場合は畜産草地研究所の許可を得てください。 畜産草地研究所 平 27 – 5 資料 放牧活⽤型畜産に関する情報交換会 2015 編集・発行 発 印 行 農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構) 畜産草地研究所 草地管理研究領域 山本嘉人・井出保行・中尾誠司 電話:0287-36-0111(代) FAX:0287-36-6629 〒329-2793 栃木県那須塩原市千本松 768 日 平成 27 年 11 月 25 日 刷 近代工房 〒324-0036 栃木県大田原市下石上 1603 本誌より転載・複製する場合は畜産草地研究所の許可を得てください。 畜産草地研究所 平 27 – 5 資料 放牧活⽤型畜産に関する情報交換会 2015 編集・発行 発 印 行 農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構) 畜産草地研究所 草地管理研究領域 山本嘉人・井出保行・中尾誠司 電話:0287-36-0111(代) FAX:0287-36-6629 〒329-2793 栃木県那須塩原市千本松 768 日 平成 27 年 11 月 25 日 刷 近代工房 〒324-0036 栃木県大田原市下石上 1603