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法制度と倫理は医療情報と どのように向き合ってきたか
法制度と倫理は医療情報と どのように向き合ってきたか? 2013年3月11日 ヘルスケア脳情報クラウド研究会 寺本振透(Teramoto, Shinto) [email protected] 九州大学教授(Professor of Law)、弁護士 1 法制度 • ぶつかりあう複数の価値観の間でバラ ンスをとろうと努める。 2 倫理(行動前) • すべての重要な価値を最大限に守ろうと する。 3 倫理(行動後) • 価値に優劣をつけることによって、すで になされた行動を正当化する。 • 犠牲にしてしまった価値を(次からは) 守る方法を考える。 4 ぶつかりあう価値観の典型例 • 無駄を省く vs. 非脆弱性の維持 • 秘密保護 vs. 利用可能性の維持 5 International Seminar on Cyber Law, Bali, 15 January 2013 6 多くの報告者の文脈 • 唯一の e-ID を基盤とする統一的な電子行政システムを 期待。 • 美しいが、危ういバランス。 7 日米の報告者の文脈 • • 複数のシステムの併存、競争、協調を肯定。 美しさよりも、非脆弱性を強調。 8 情報セキュリティの基本 Confidentiality Integrity Availability • Invulnerability に裏打ち された availability を追求 しなければならない。 9 “Confidentiality” は問題にされやすい。 1999: 「住民基本台帳法の一部を改正する法律」 (平成11年法律第133号)公布 2002: 「住民基本台帳ネットワークシステム」 (通称:住基ネット)開始 2002-: 住基ネット停止を求めて複数の訴訟が提起 された。 2008: 最高裁が、住基ネットは日本国憲法13条に よって保障される基本的人権を侵害しないと判 断(最判平20年3月6日/平成19年(オ)第403号、 平成19年(受)第454号) 10 “Confidentiality” 至上主義を脱し、 “Availability” との均衡を求める市民の出現。 • 2011: 東京地裁は、地方公共団体の住民登録シ ステムを住基ネットに接続することを求める 市民の訴えを認めた。東京地判平23年2月4 日、平成21年(行ウ)第628号 11 “Integrity” と法律の関係の歴史は長い • 有価証券の制度:金銭債権を紙に載せて integrity に対する不安を顕著に緩和。 • 株券の電子化:さらに、紙が二つ以上出 回るリスクを解消。 12 医療情報の integrity • 作成者(医師等)の同一性確認:署名 から電子認証へ。 • 患者の同一性確認 ‣ ‣ 一瞬一瞬の同一性確認は概ね問題なし。 生涯にわたる継続的な同一性確認に問題あり。 13 情報が share されていなければ、 availability が充足されているとはいえない。 ✓管理者は、しばしば、confidentiality を 強調するあまり、availability を損なう。 14 なぜ、情報が share されなければならないか? • チーム医療も病診連携も、あるメンバ ーが、他のメンバーの専門的な判断を 信頼し、それに依存して、自己の専門 的判断を下すことで成り立つ。 • 判断の基礎となる情報が share されてい なければ、相互の信頼と依存が成り立 たない。 15 裁判例より 大阪地方裁判所 平成15年12月18日判決 平成12(ワ)7100 損害賠償請求事件 判例タイムズ1183号265頁 • チーム医療を前提とした判決理由の構成。 第6 当裁判所の判断 2 争点1(1)(検査義務違反等)について (1) 画像診断上の注意義務違反等について 16 ア 平成9年9月25日CTについて ウ 平成9年10月20日MRについて (ア)被告病院医師らの注意義務 (ア)[放射線科医]の注意義務違反 (イ)[放射線科医]の注意義務違反 (イ)[主治医]の注意義務違反 (ウ)[主治医]の注意義務違反 エ 平成9年11月26日注腸検査について (エ)まとめ (ア)[放射線科医]の注意義務違反 イ 平成9年10月9日CTについて (イ)[主治医]の注意義務違反 (ア)[放射線科医]の注意義務違反 (イ)[主治医]の注意義務違反 17 ‣ 一つ一つの画像診断について、「医師の注意 義務違反」の有無(有りとした部分と、無し とした部分の両方がある)を判断しているこ とに注意。 ‣ 「放射線科医」の注意義務と、「主治医」の 注意義務とを、別々に議論している。 18 なぜ、情報が share されなければならないか? • 患者も裁判所も、いずれの医師も標準 的な知識を share しているという前提 で、医療を受け、また、医師の注意義 務違反の有無を判断する。 19 裁判例より 福岡地方裁判所 平成24年3月27日判決 平成22(ワ)2005 損害賠償請求事件 判例時報2157号68頁 • 非専門医にも求められる一定の知識水準を前提 とした責任の認定。 • TIA(一過性脳虚血発作, Transient Ischemic Attack)の見逃し。 20 本件当時に一般的であった医学的知見は,前記認定の とおりであり,その内容は,一般的な医学文献に記載さ れ,特に,新規なものでもなく,これらの知見からすれ ば,TIAが一過性の意識障害ではなく一過性の神経障害を 伴う脳虚血症状であることは明らかであり,TIAの診断に おいては過去の症状についての問診が重要であること, TIAが疑われた場合には,速やかに原因を検索し,治療を 開始すべきことも,上記一般的知見に含まれており,こ れらについては,脳卒中の非専門医でも認識しておくべ き内容であったというべきである。 21 a 前記認定の一般的知見は,ガイドラ イン2009を待つまでもなく,今日の 診断指針,メルクマニュアル等の極めて 一般的な文献に基づいて認定し得るもの であって,ガイドラインに関するP9医 師の意見はその前提を欠くものである。 22 医療記録の電子保存に対する 我が国政府の対応の変遷 23 • • 1993: インターネットの商用利用が始まる 1990年代: 多数の自治体が接続規制条例を制定 24 • 1999: 厚生省、医療記録の電子保存につい てガイドラインを策定。保管場所につい ては沈黙(院内保管が当然と考えられて いた)。 (-1999) 院内、紙保管 (1999 -) 院内、光/磁気ディスク 25 • 2002: 住基ネット開始 • 2002: 厚労省の電子保存ガイドラインが、 電子医療記録の院内 または 医療機関が管 理する場所での保管を求める。 (2002 -) 院内サーバ 26 • 2005: 厚労省ガイドラインが、商用データセン ターでの医療記録保管を認める。ただし、目 的を、震災によるデータ喪失に備えるなどの危 機管理に限定。 (2005 -) 危機管理目的なら商用デ ータセンターも可。 27 • 2010: 厚労省ガイドラインが、ASP, SaaS 等を利 用した医療データの院外保管を認める。目的を 問わず。事業者側が経産省ガイドラインを遵守 していることが条件。 (2010 -) 日常の目的のために院外保管 28 • 2011: 東日本大震災 (“3.11”). • 3.11 は、医療情報の availability の重要性を再認識する ことを我々に迫った. • 300以上の病院、1,200以上の診療所が被害を受けた。 • http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001uo3f-att/2r9852000001uo7y.pdf • 院内保管の医療情報は、紙、デジタル問わず、津波で喪 失。 • 連携先の医療機関に share されていた医療情報は無事。 • http://www.microsoft.com/ja-jp/casestudies/saiseikan.aspx 29 倫理と法制度の違い • 倫理も法制度も、医療情報の confidentiality, integrity および availability の均衡ある充足を求める。 • では、倫理と法制度の違いは? 30 法律:Evidence Based の責任追及 31 法制度の前提 • 一神教的世界観 • 人間である裁判官に、真実を確実に知る能力 はない。 • 裁判官を生き神様(何でもお見通し)とは考 えない。 32 法制度の設計 • 責任を負わせるために必要な事実と、その 立証責任を負う者(責任追及する側)を、 法律で決めておく。 • 責任を免れるために必要な事実と、その立 証責任を負う者(責任追及されている側) を、法律で決めておく。 33 法制度の運用 • 弁論主義:当事者が事実を主張しなければ ならない。 • 立証責任:立証責任を負う当事者が、裁判 所を説得して “その事実があったことが確 からしい” と思わせることができないと、 敗ける。 34 倫理:自責と教訓獲得のためのロジック 35 大事なこと 同士の優劣関係を考える。 • 例:命を守ることと、confidentiality を守ることと、どちらが大切か? • 例:医師の相互学習と、行政官また は法律家からの非難を予防すること と、どちらが大切か? 36 法律が責任を負わせるために必要とする事実が立証 できなかったとしても、自責、組織内での追求、将 来への教訓の確立などは生じるし、また、生じなけ ればならない。 • cf. 裁判所は、事実が立証されていない 以上、責任を負わせることはない。 37 法律が免責をするために必要な事実が立証できなか ったとしても、自負、組織内または職域内での称 賛、法律改正への運動などは生じるし、また、生じ なければならない。 • cf. 裁判所は、事実を柔軟に解釈するこ とによって、免責することができる。 38 倫理と法制度は互いに鏡像体のような関係にある • • • それぞれが持つ現実的な効果は異なる。 法制度は倫理観を反映する。 倫理観は法制度に影響されて変化する。 39