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反応晶析法を用いたナノサイズ無機蛍光体の創製

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反応晶析法を用いたナノサイズ無機蛍光体の創製
博士論文
反応晶析法を用いたナノサイズ無機蛍光体の創製
Creation of Nano-Sized Inorganic Phosphors through Reaction Crystallization
2008 年 2 月
早稲田大学先進理工学研究科
応用化学専攻 化学工学研究
棚橋 昭夫
目次
第一章
序論
1.1
緒言
2
1.2
蛍光と蛍光体の考慮すべき性質
3
1.3
本系で対象とする蛍光体
4
1.4
蛍光体の製造法とその課題
5
1.5
反応晶析法
6
1.6
蛍光特性の評価手法
7
References
第二章
8
蛍光体粉末の色度特性の改善および所望微小粒子化に対する戦略
2.1
緒言
10
2.2
発光過程の基礎知識と発光色を変化させる要因
11
2.3
ユーロピウムイオンの電子配置
11
2.4
三価ユーロピウム
11
2.5
2.6
2.4.1
三価ユーロピウムの発光原理
2.4.2
三価ユーロピウムの配位子場理論による発光色変化とその対処
2.5.1
二価ユーロピウムの発光原理
2.5.2
二価ユーロピウムの配位子場理論による発光色変化とその対処
晶析工学に基づく粉体特性の改善戦略
11
12
14
二価ユーロピウム
References
第三章
(4f)-(4f)遷移
(4f)n-1(5d)-(4f)n 遷移
14
15
16
17
水溶液系における反応晶析条件と青色蛍光性ストロンチウムクロロアパタ
イトの結晶特性
3.1
緒言
20
3.2
実験装置
21
3.3
最適 pH の選定
24
3.4
3.5
3.6
第四章
3.3.1
実験条件および操作
24
3.3.2
結晶組成に関する検討
24
3.3.3
蛍光特性に関する検討
26
3.3.4
粒子特性に関する検討
27
pH 調整剤の選定
29
3.4.1
実験条件および操作
29
3.4.2
結晶組成に関する検討
29
3.4.3
蛍光特性に関する検討
31
31
添加剤の選定
3.5.1
実験条件および操作
31
3.5.2
結晶組成に関する検討
32
3.5.3
蛍光特性に関する検討
35
3.5.4
粒子特性に関する検討
37
39
総括
Abbreviation
39
References
39
微水溶媒系における反応晶析条件と青色蛍光性ストロンチウムクロロアパ
タイトの結晶特性
4.1
緒言
42
4.2
実験装置
42
4.3
溶媒の選定
42
4.3.1
実験条件および操作
42
4.3.2
試験溶媒の原料溶解度に関する検討
42
4.3.3
試験溶媒の CAP 生成能に関する検討
44
4.4
4.5
最適 pH*の選定
45
4.4.1
実験条件および操作
45
4.4.2
結晶組成に関する検討
46
4.4.3
蛍光特性に関する検討
48
4.4.4
粒子特性に関する検討
48
事前添加剤
SrCl2 の効果(Sr および Cl の過剰イオン効果)
49
4.5.1
実験条件および操作
49
4.5.2
結晶組成に関する検討
49
4.5.3
蛍光特性に関する検討
51
4.5.4
4.6
4.7
4.8
第五章
粒子特性に関する検討
BaCl2 の効果(Ba の過剰イオン効果)
事前添加剤
53
54
4.6.1
実験条件および操作
54
4.6.2
結晶組成に関する検討
55
4.6.3
蛍光特性に関する検討
56
焼成温度および焼成時間の選定
57
4.7.1
実験条件および操作
57
4.7.2
結晶組成に関する検討
57
4.7.3
結晶構成元素比率に関する検討
58
4.7.4
蛍光特性に関する検討
59
4.7.5
粒子特性に関する検討
61
64
総括
Abbreviation
64
References
64
含水溶液系における反応晶析条件と青色蛍光性ストロンチウムクロロアパ
タイトの結晶特性
5.1
緒言
66
5.2
実験装置
67
5.3
各メタノール体積分率における中和滴定プロファイル変化の確認
67
5.3.1
5.3.2
5.4
5.5
5.6
実験条件および操作
pH 変化および目視による生成物に関する検討
固定 pH*における最適溶媒体積分率の検討
67
67
69
5.4.1
実験条件および操作
69
5.4.2
結晶組成に関する検討
69
5.4.3
蛍光特性に関する検討
71
事前添加剤 BaCl2 の効果(Ba の過剰イオン効果)
72
5.5.1
実験条件および操作
72
5.5.2
結晶組成に関する検討
72
5.5.3
蛍光特性に関する検討
74
総括
75
Abbreviation
76
Nomenclature
76
References
76
第六章
反応晶析法による赤色蛍光性ホウ酸イットリウムガドリニウムの生成
6.1
緒言
78
6.2
実験装置および基本操作
79
6.3
最適 pH の選定
81
6.4
6.5
6.6
6.7
6.8
6.3.1
実験条件および操作
81
6.3.2
待ち時間に関する検討
82
6.3.3
結晶組成に関する検討
82
6.3.4
蛍光特性に関する検討
83
pH 緩衝剤の選定
84
6.4.1
実験条件および操作
84
6.4.2
pH 変化に対する検討
84
6.4.3
結晶組成に関する検討
85
6.4.4
蛍光特性に関する検討
87
6.4.5
粒子特性に関する検討
89
事前添加剤
H3BO3 の効果(BO3 の過剰イオン効果)
89
6.5.1
実験条件および操作
89
6.5.2
pH に対する検討
90
6.5.3
結晶組成に関する検討
90
6.5.4
蛍光特性に関する検討
91
6.5.5
粒子特性に関する検討
93
原料添加位置の選定
94
6.6.1
実験条件および操作
94
6.6.2
pH に対する検討
95
6.6.3
結晶組成に関する検討
96
6.6.4
蛍光特性に関する検討
97
6.6.5
粒子特性に関する検討
98
原料添加手法の選定
98
6.7.1
実験条件および操作
98
6.7.2
pH 変化に対する検討
99
6.7.3
結晶組成に関する検討
100
6.7.4
蛍光特性に関する検討
101
焼成温度および焼成時間の選定
102
6.8.1
実験条件および操作
102
6.8.2
結晶組成に関する検討
103
6.8.3
蛍光特性に対する検討
104
6.8.4
6.9
第七章
謝辞
105
総括
106
References
106
総括および今後の展開
107
博士論文概要
研究業績
粒子特性に関する検討
第一章
序論
第一章
1.1 緒言
本研究は、所望の色特性を有する無機蛍光体のサブミクロン∼ナノサイズ粉末を作製す
る際の、反応晶析法を用いた操作およびその有用性を晶析工学の見地から提案することを
目的としている。
近年の蛍光体需要は無機蛍光体に多く、特に大型ディスプレイや携帯電話、カーナビゲ
ーションなど平面型ディスプレイを組み込んだ商品が台頭し、ディスプレイ業界の市場は
一層の拡大傾向にあるとされている。現在では、有機 EL と呼ばれる炭素結合を骨格とし
た蛍光体の製品開発も進んでおり、今後需要の一角を占めると思われるが、その後も無機
蛍光体の需要は多く残ると予測される。
前述に例を挙げたとおり蛍光体には様々な用途やそれに沿った形状が存在するが、その
中でも粉末の無機蛍光体は種類が多く、
ディスプレイ業界では多数採用されている。
また、
装飾用や広告用、照明用などにも、多くの粉末蛍光体が利用される。
そのような用途において最も重要な性能の一つに蛍光の色度が挙げられる。色度は画像
の見た目に特に大きく影響を与える大事な要素であり、光の三原色をそれぞれ発する蛍光
体が必要とされるが、現在用いられる蛍光体には色度の改善が不十分である例が少なから
ず存在する。
固相法による研究数はかなり多いが、
それでも解決に至らないケースも多く、
抜本的な解決法が必要である。
また、一般に粉末の無機蛍光体は電磁波で励起されることが多く、また、利用時は塗布
技術が用いられるが、蛍光体粉末粒子径が均一かつ微少であるほど発光に寄与しない無駄
な部位を減ずることが可能となるだけでなく、塗布膜厚を薄くすることが出来、蛍光画素
領域の微小化や蛍光体使用量の低減が可能となる。原料資源の枯渇ならびに価格高騰が叫
ばれる現代では、
原料使用量の低減は非常に強く求められていることも忘れてはならない。
以上より、化学工学的手法、特に晶析工学の視点を駆使することにより、無機蛍光体結
晶の蛍光発色の輝度、色特性を改善するとともに、所望の微粒特性の結晶を液相中でビル
ドアップする手法の確立を目的とした。これは、既往法ではダウンブレイク法である固相
法による作成が多く、この手法ではミクロンサイズが限界であったことから、我々は液―
液反応を通して、液固相間転移(核生成)を進行させ、希望の蛍光体を積み上げる(結晶成長)
ビルドアップ法である反応晶析法に着目したことによる。ただし、反応晶析法による微粒
子生成法には様々あるが、今回のような無機固体蛍光体に対する適用例は少ない。特に晶
析工学の見地から行われた研究は皆無に等しく、非常に簡単な報告のみにとどまっている
のが現状である。
以上、本論文では、晶析工学的見地からの所望の性能を有する蛍光体の創製を液相反応晶析
系で試み、2 種類の蛍光体(青色:ストロンチウムクロロアパタイト、赤色:ホウ酸イットリ
ウムガドリニウム、いずれもユーロピウムをドープしたもの)の蛍光強度、色特性、粒度、結
晶純度を所望にするための操作条件について実験的検討を行い、反応晶析工学的見地から目的
の高品位蛍光体を得るための新規な概念を明らかにした。
2
第一章
1.2 蛍光と蛍光体の考慮すべき性質
広義の蛍光では、ルミネセンス(電磁波や熱などのエネルギーによって励起され、その
エネルギーを特定の波長の可視光として放出する現象)によって放出される光全般を指す
が、ここでは最も狭義の、短波長の電磁波によって電子の励起がなされ(フォトルミネセ
ンス)
、かつ、慣用的に発光寿命が 10-4 秒以下と短いものを指す(長いものは燐光)1 2。
後者の現在の精密な分類法は、対象が分子であれば発光過程のスピン多重度の変化の無い
(燐光では、変化がある)もの、対象が結晶であれば発光寿命を決定する過程が発光過程
にある(燐光では、励起から発光までの過程)ものに置き換えられている。
一般的に粉末結晶蛍光体として考慮すべき要素は以下の6つである3。
・ 輝度
輝度とは単位面積あたりの明るさのことであり、輝度が三原色とも揃わなければ所望の色を
有する蛍光、特に白色蛍光が得られない。また、全体的な輝度が低ければ製品の表示が暗くな
りがちとなる。励起源の波長で効率よく励起され、効率よく光を発する蛍光体が望まれる。
・ 色度
色度は光の三原色の混合比率を示すもので、様々な色度座標が用いられている。日常よく用
いられるものには RGB 表色系や XYZ 表色系、L*a*b 表色系などが存在する。
現在では光の三原色を任意の強度で混ぜ合わせて様々な色を得ており、鮮やかな色を得るた
めには、蛍光体の発する混合前の色が純粋である必要がある。特に色需要の高いディスプレイ
業界における三原色は National Television Standard Committee (NTSC)が定める XYZ 表色
系の値を採用していることが多く、蛍光体の発光色はこの色度座標に近いことが求められる。
・ 残光時間
残光時間とは、励起終了後、ある一定の強さまで発光が低下するまでの時間のことであり、
発光寿命とも呼ばれる。励起前と同等の強度になるまでの時間 τe や励起終了時の 1/10 になる
までの時間(1/10 残光時間)τ1/10 がよく使用される。テレビの様な階調表示を行う場合や目ま
ぐるしく変化するような広告などを表示する場合には 1 回の発光が短い必要がある。
例えばディスプレイにおいては、残光時間が長い場合では発光回数と輝度が比例関係になら
ないため飽和してしまい、階調表示に支障が出るため、残光時間は τ1/10 で実用的には 5 ms 以
下、さらに言えば 1 ms 以下が求められる。
・ プロセス劣化耐性
粉末蛍光体を製品化する場合には製品に蛍光体を塗布する必要を有するが、粉体製造後から
製品化が完了するまでに、長時間、高機械強度・高温にさらされる。この間に蛍光体の輝度・
色度が劣化すれば製品の性能劣化を招くため、プロセスに強い蛍光体が求められる。
3
第一章
以下に、例としてプラズマディスプレイパネル製造における製造プロセスを示す。
Figure 1.1 PDP manufacturing process involving phosphors
・ 寿命特性
実際に製品が使用されるうちに、励起源のエネルギーによって蛍光体の劣化が起きるこ
とがある。一色でも寿命の短い蛍光体があれば、全体的な色バランスが変化し、本来の色
の有する効果が損なわれる。
・ 粉体特性(塗布特性)
蛍光体が無駄のない発光をするためには、励起光をできる限り有効に受け止めて、発光を取
り出す必要がある。プラズマディスプレイのような反射型構造による利用では背面への励起光
および蛍光の漏えいを防ぐために高充填密度で塗布する必要がある。そのためには蛍光体粉末
の微小化・単分散化が有効である。
本論文で取り扱う 2 種の蛍光体(ストロンチウムクロロアパタイト 二価ユーロピウム
ドープ体、およびホウ酸イットリウムガドリニウム 三価ユーロピウムドープ体)について
問題とされている要素は、色度と粉体特性である。また、輝度は粒子径とのトレードオフ
になることが多く、ナノサイズ化されたのちでも固相法と同程度の輝度が確保されること
が望ましい。
1.3 本系で対象とする蛍光体
本系で対象とする蛍光体は、
前述のとおりストロンチウムクロロアパタイト 二価ユーロ
ピウムドープ体、および、ホウ酸イットリウムガドリニウム 三価ユーロピウムドープ体の
二種である。
ストロンチウムクロロアパタイト 二価ユーロピウムドープ体は、
既往においては化学式
(Ca, Sr, Ba)5(PO4)3Cl:Eu2+で書かれるように、カルシウムとバリウムを含んだ形で作成さ
れる青色蛍光体である。過去には輝度カラーテレビや三波長型蛍光灯の青色成分として用
いられていたが、今回対象とするのは 365 [nm]のブラックライトによって励起されるもの
で、壁などの装飾として用いられるような用途を期待するものである。
ホウ酸イットリウムガドリニウム 三価ユーロピウムドープ体は、化学式 (Y,
Gd)BO3:Eu3+ で書かれる赤色蛍光体である。147 [nm]の真空紫外領域の励起光とともに、
4
第一章
プラズマディスプレイパネルの赤色成分として用いられる。
1.4 蛍光体粉末の製造法とその課題
難溶性無機蛍光体粉末の製造法には、主に以下の 6 種が存在する。
・ 固相法
・ 液相法
ゾル‐ゲル法
水熱法
スプレードライ法(エーロゾル熱分解法)
マイクロエマルジョン法
反応晶析法(共沈法を含む)
固相法で作成した蛍光体を扱う研究は 1970 年代までに多く、近年では新規蛍光体をキ
ャラクタリゼーションする際に用いられる例4 5が主であるように見受けられる。これは固
相法が簡便な操作で高い収率を得やすいことによる。また、粉砕後、数回焼成を繰り返す
必要はあるものの比較的化学量論の蛍光体を得やすい利点がある。ただし、固固相間反応
であるため、一般に必要な反応温度が高く、かつ、必要な反応時間も長いうえ、原料粒子
以上の粗大粒子生成がなされることとなり、微小粒子生成は非常に困難である。粒子の微
小化はダウンブレイク法である粉砕に依存するため、近年の粉砕技術を以てしても 500
[nm]前後が限界である。また、このように粒子を粉砕により微小化する際には結晶にクラ
ックが入り、蛍光強度が著しく低減する。
以上のような欠点を有するため、既往の固相法からの脱却として液相法の上記 5 手法が
考案されている。そのうち、ゾル‐ゲル法は最もポピュラーな手法として現在用いられて
いる。操作が簡便である、装置が安価である、固相法より低温合成が可能といった利点が
あり、数百ナノメートルの凝集微粒子生成に成功している6。ただし、再現性に欠ける、原
料ゾル溶液が不安定で長期保存に向かない、製法上有機物由来の炭素が残留しがちで還元
焼成を行う系では用いることが出来ないといった欠点を有している。
水熱法では、溶媒の溶解度向上による適合性の高さ、および他と比較してごく低い反応
温度が利点であり、数十 nm の(Y, Gd)BO3 結晶の生成に成功した例がある7。また、ごく
最近では、蛍光体への適用例ではなく金属生成への適用例として、還元剤の同時封入によ
る還元系もある8。しかし、温度保持時間が長いことが一般的であり、また、装置的な制約
が非常に大きい。
スプレードライ法では連続運転性や大量生産性に向くが、難溶性物質のナノ粒子作製へ
の適用には難しく、粒子も不完全球形または中空となる場合がある。蛍光体への適用とし
ては中空粒子の方が無駄は少ないが、その場合は機械強度が弱く、プロセス耐性の劣化が
5
第一章
起こりうる。
マイクロエマルジョン法では、微小な反応場による反応抑制が期待されているが、液滴
の合一化制御が難しく、粒子径が多分散化する欠点を有する。
一方、反応晶析法による難溶性塩結晶生成では、常温・常圧下で高核発生速度、高結晶
成長速度を有し、かつ、条件の変更が容易である利点を有する。そのため、反応晶析法は
汎用性に優れていると考えられるが、共沈法と呼ばれる手法があるように、不純物生成制
御が難しい。また、スプレードライ法以外の液相法に共通するが、凝集制御が困難という
欠点を有する。
反応晶析法のこれら2つの欠点は、
晶析工学的な戦略のもと対処が可能になりつつある。
1.5 反応晶析法9
10
一般的に晶析による結晶生成は、核発生機構および結晶核成長機構の二段階で成るとさ
れている。
核発生現象は過飽和度の高い領域でのみ見受けられる現象である。
核発生段階は、溶解度下降や溶媒損失、溶質添加などの何らかの要因により装置内溶液
が溶質の過飽和状態に達するとき、溶質分子は衝突によって分子集合体(cluster)
、さら
には幼核(embryo)を形成する。ただし幼核は不安定であるため、一部は溶解して溶質分子
や分子集合体へと戻るが、残りはさらに成長して熱力学的に安定な臨界径を超え、再溶解
性を失う。この安定した幼核がさらに成長して溶液中に固体粒子の存在を視認可能になっ
た状態を、一般には(均一一次)核発生としている。
なお、これは純粋な系における核発生であるが、実際には溶液中に存在する溶質以外の
界面を介して核発生することが多い(不均一一次核発生)
。これはガラス壁面などの装置や
埃などの有機界面などを核として結晶が形作られていく場合を指す。
一次核発生をしてなお過飽和が残存する場合などには、溶液中に存在する、または、添
加された溶質結晶によって核発生がなされることもある(二次核発生)
。最も影響の大きい
要因には、先に存在する溶質結晶が結晶同士または結晶と装置(特に攪拌翼)と衝突する
ことが挙げられる。このような衝突による流体力学的エネルギーによって結晶表面に塑
性・弾性的な歪みが生じ、結晶破砕や結晶片剥離が起きるが、このような結晶片の表面は
衝突エネルギー吸収によって原子配列に転位や大きな歪みを生じることが多いため、概し
て結晶片の結晶成長は遅い傾向にあるとされている。
次に、結晶成長段階は、核発生現象を起こしている領域内でも見られるが、比較的低い
過飽和度領域でも見受けられる現象である。
その中でも過飽和度の違いによって挙動に変化が見られるが、共通することは主にステ
ップやキンクに吸着して成長していくことである。核発生初期では格子欠陥が多い結晶で
あるが、一般にステップやキンクに溶質分子が取り込まれていくにつれて結晶表面は完全
6
第一章
配列に近づいていく。
また、熟成と呼ばれる現象も存在し、飽和溶液において固体粒子が分散しているとき、
小さい粒子が溶解し、溶質が大きい粒子の結晶成長に消費され、全体として粒子数減少か
つ粒子径単分散化がなされていくものである。これは固相全体の表面自由エネルギーの最
小化がなされるためである。
以上、いくつかの現象について述べたが、反応場の溶質濃度や過飽和状態によって進行
する機構が変化するため、ミクロ的、マクロ的な反応場の考慮が重要である。
1.6 蛍光特性の評価手法
本論文では、対象となる 2 物質の懸念事案である輝度および色度を対象とし、国際照明
委員会(Commission Internationale de l’Éclairage)の定める XYZ 表色系 (CIE 1931 Yxy)
を用いる11。
輝度
蛍光光度計の発光スペクトルからの換算値および色彩光度計からの測量値を、対照物質
(固相法により作製された製品粉体)に対する百分率で表示する。
色度
x, y の 2 変数を列挙することが一般的な表記法であるが、直感的なものではない。ここ
では、米国の国家テレビ標準化委員会(National Television Standard Committee)の定め
る標準色値(Table 2)と得られた試料の測定値との 2 点間距離を取り、その値の逆数を表示
した。これは、目的の色に近いほど 2 点間距離が狭まるためで、逆数を取ることにより、
目的の色に近いほど値が大きくなる。ただし、MacAdam の楕円で知られるとおり、XYZ
表色系は色度図上の位置によって色度弁別閾の楕円半径が異なるため、試料の測定値との
2 点間距離が色の変化量を全ての条件で一次関数的に示すものではない。目標色との近さ
を複数試料で比較するときの単なる目安と考えるべきである。
Table 1.1 NTSC chromatic coordinate
Color
x
y
Red
0.670
0.330
Green
0.210
0.710
Blue
0.140
0.080
7
第一章
References
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久宗孝之; 月刊ディスプレイ; 10(4); pp. 55-59 (2004)
4
LIU Jie, SHI Chunshan, LIU Jie, and SUN Jiayue; Materials Letters, 60(23), pp. 2830
-2833 (2006)
5
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8
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9
J.W.Mullin; “Crystallization Forth Edition”; BUTTERWORTH HEINEMANN(2001)
10 松岡正邦; “やさしい実用晶析操作入門”; ケミカルエンジニアリング(1992)
11 太田登; “色彩工学 第 2 版”; 東京電機大学出版局; pp. 1-113, 280-281 (2001)
12
豊倉賢; “晶析工学の進歩”; 早稲田大学理工学部 (1992)
13
久保田徳昭,松岡正邦; “分かり易い晶析操作”; 分離技術会(2003),p.10-29
14
粟本健司; 照明学会誌,87(1), pp. 28-32 (2003)
15
金光義彦, 石墨淳; セラミックス; 41(8), pp. 620-624 (2006)
16
日比野純一; 電子情報通信学会誌,81(12), pp.1270-1272 (1998)
1
17
作花 済夫; 表面技術, 57 (6), pp390-395 (2006)
8
第二章
蛍光体粉末の色度特性の改善
および
所望微小粒子化に対する戦略
第二章
2.1 緒言
第一章に述べたとおり、反応晶析法は結晶組成を変えやすいため、蛍光色を変化させや
すい。また、微小粒子を作りやすい反面、凝集しやすい。しかし、その操作条件の多さか
ら、効率的な条件選択が必須である。蛍光特性や粉体特性の改善の元となる理論より、本
研究の戦略を構築した。
それぞれの蛍光体における蛍光特性の改善戦略および、両蛍光体で共通している粉体特
性の改善戦略を以下に示す。
10
第二章
2.2 発光過程の基礎知識と発光色を変化させる要因
イオンや原子による発光において基礎的な蛍光色を支配するものは、基底状態と励起状
態のエネルギー差であるが、一般的に発光色変化の要因は、異なる遷移過程を経るか励起
状態のエネルギーが変化することによる。これらの状態を誘発する根本には、発光中心の
周囲に配位している原子団の有する電場―――つまり、配位子場が関係する1。配位子場の
影響は、発光中心ユーロピウムの特性、特に電子配置によって大きく変化する。
2.3 ユーロピウムイオンの電子配置2
ユーロピウムは通常三価のイオンである。基底状態の 3 価ユーロピウムの電子配置は以
下の通りである。
Eu3+(Z=63):[Kr](4d)10(4f)6(5s)2(5p)6
ここで4f 軌道に電子が一つ追加されれば4f 軌道には7 つの電子が占有することとなる (半
占有 なお、4f 軌道には 14 の電子が占有できる) ため、エネルギー的に若干安定する。
そのためユーロピウムは 2 価イオンの形態をとることも可能であり、基底状態では以下の
電子配置を取る。
Eu2+(Z=63):[Kr](4d)10(4f)7(5s)2(5p)6
価数の違いによってそれぞれ発光原理が異なるため、以下ではそれぞれについて発光原
理と発光色の変化原理について述べる。
2.4 三価ユーロピウム 2
三価のユーロピウムは (4f)-(4f)遷移を経る赤色蛍光を示す。発光過程に最外殻軌道を用
いることがないため、外部の影響による発光時の色変化は小さく、赤から橙の狭い範囲に
落ち着く。その詳細を以下に示す。
2.4.1
三価ユーロピウムの発光原理
(4f)-(4f)遷移
3+
基底状態の電子配置 Eu (Z=63):[Kr](4d)10(4f)6(5s)2(5p)6 より、発光に寄与する電子は
4f 軌道の電子である。
4f 軌道は軌道核運動量 l=3 を持つが、
合成軌道核運動量 L は Figure 2.1
で示すように軌道核運動量のz成分lz で考えてスペクトル状態 2S+1LJ は 7F6, 7F5,…, 7F0 となる。
これらのうち、基底状態は 7F0 である。
一方、励起状態の電子配置を知ることは容易ではないが、4f 軌道の(lz,s)が(-2, 1/2)の状態
にあった電子が(-3, -1/2)に遷移した状態が励起状態で最もエネルギーが低い状態であると
される。この状態の合成軌道核運動量 L はスペクトル状態 2S+1LJ は 5D4, 5D3,…, 5D0 となり、
その中の最低状態 5D0 が実際に励起状態で用いられる準位となる。
11
第二章
Figure 2.1 Energy state of Eu3+
上記のとおり、発光過程が 4f 軌道内で完結し、そのエネルギー差は小さいものである。そ
のため、蛍光波長は 590-630nm にピークを持つ。
2.4.2
三価ユーロピウムの配位子場理論による発光色変化とその対処
三価ユーロピウムは前述のとおり、4f 軌道内で遷移が完結する。4f 電子は、その外部に
閉殻した 5s および 5p 軌道が存在する。これらの最外殻閉殻電子が配位子の電子の影響の
ほとんどを遮蔽するため、4f 軌道のエネルギーは変化しない。しかし、最外殻閉殻電子が
遮蔽しきれないごく小さな影響が遷移する電子に働く。
電子は負電荷を有し、遷移時には電気双極子として振る舞う場合と磁気双極子として振
る舞う場合がある。
電気は極ベクトル、
磁気は軸ベクトルであることからも分かるとおり、
電気双極子は奇パリティの行列要素、磁気双極子は偶パリティの行列要素から成る。
電気双極子: ψele(-x) = -ψele(x)
磁気双極子: ψmag(-x) =ψmag(x)
量子の状態は、弱い力を除いて空間反転に対して不変である性質を有するので、ユーロ
ピウムの遷移に対して空間反転しても、
双極子の状態が不変でなければならない。
つまり、
ψ(x) = ψ(x)
かつ
ψ(-x) = ψ(x)
周囲に配位子のない真空中に三価ユーロピウムを置いた場合や空間反転対称性を有する
配位子の中に三価ユーロピウムを置いた場合に、初状態(今回は励起状態)から終状態(今
回は基底状態)に遷移することを考える。周囲に配位子がない、または空間反転対称性を
有する配位子があるため、f 軌道の電子に影響を与える場はユーロピウム原子の静電場の
み、またはそれに付随して空間反転対称性を有する配位子となるが、その空間は結局空間
反転対称性を有する。よって、電気双極子や磁気双極子の行列要素はそれらの影響を受け
るが、その変化は対称性を持って変化するので、双極子の性質は変化せず、奇パリティ、
12
第二章
偶パリティのままである。この状態を満たす電気双極子の式はψele(x) = 0 のみしかなく、
電気双極子による遷移は起こりえない。一方、磁気双極子はψ(x) = ψ(x) かつ ψ(-x) =
ψ(x)を満たすため、磁気双極子による遷移は可能である。
次に、空間反転対称性を有さない配位子の中に三価ユーロピウムを置いた場合に、初状
態(今回は励起状態)から終状態(今回は基底状態)に遷移することを考える。この場合
は少し難しく、電気双極子や磁気双極子の行列要素に対称性を持たない変化がもたらされ
る。そのため、これまでは対称性を持たなかった電気双極子に対称性を持つ可能性が生ま
れ、これまでは完全な奇パリティであった電気双極子の行列要素が、ごく一部に対称性を
有する場合が出てくる。結果、空間反転がなされても、対称性を持ったごく一部の電気双
極子遷移の行列要素は残存することが可能となり、その分の行列要素による電気双極子遷
移がなされることとなる。
三価ユーロピウムにおける電気双極子遷移による発光は 610-624 [nm]の赤色領域に、磁
気双極子遷移による発光は 594 [nm]の橙色領域に、それぞれ観測される。そのため、電気
双極子遷移を優先的に選択する必要性を有し、そのため、母体配位子の空間反転対称性が
全くないことが望まれる。
ここで、対象物質中において、ユーロピウムはイットリウムと置換して結晶中に取り込
まれることから、結晶中のイットリウムに着目する必要がある。対称物質であるホウ酸イ
ットリウムガドリニウムは偽バテライト型の六方晶系に属し、
イットリウムは酸素原子を 8
つ配位している (Figure 2.2, 2.3) 3。配位している酸素は、底面の位置がねじれた三角柱のよ
うな位置にある。Y3+イオンを囲んでいる酸素は格子の中で 2 種類存在し、4(f)を完全占有する
6 つの O(1)と、6(h)を部分占有(1/3)する 2 つの O(2)である。Y-O(1)と Y-O(2)の距離はそれぞれ
2.39Åおよび 2.32Åであり、これら 2 種類以外の O(2)の配置は、立体構造的な理由で不可能で
ある。
Figure 2.2 Projection of the structure of YBO3 on the (001)
13
第二章
Figure 2.3 Yttrium environment in YBO3
このように、ホウ酸イットリウムの構造は完全な空間反転対称性を有するものではないが、
その対称性は高い。実際にはガドリニウムもイットリウムと置換して入り込んでその対称性を
下げているが、更なる空間反転対称性の低減が必要である。
ここで更なる空間反転対称性を低減するために考えられる対策には大きく分けて2 種考え
られ、1 つ目は格子欠陥を増加させることで空間反転対称性を低下させる方策と、2 つ目
は原子配列が成長した結晶に比べて乱雑な核発生直後の微粒子を用いることで空間反転対
称性を低下させる方策である。
両者とも液−固相間転移を経る反応晶析法に有利な方策であるが、測定時の制約から、
本論文では主に 1 つ目の方策を探りつつ、その時の結晶特性の確認を行う。
2.5 二価ユーロピウム 2
二価のユーロピウムは (4f)n-1(5d)-(4f)n 遷移を経る青色蛍光を示す。しかし、発光過程に
5d 軌道という最外殻軌道を用いるため、外部の影響を強く受け、発光時の色変化は赤から
紫までの全ての可視光領域を網羅する。その詳細を以下に示す。
2.5.1
二価ユーロピウムの発光原理
(4f)n-1(5d)-(4f)n 遷移
基底状態の電子配置 Eu3+(Z=63):[Kr](4d)10(4f)7(5s)2(5p)6 より、発光に寄与する電子は
二価イオンにおいても 4f 軌道の電子であり、スペクトル状態 2S+1LJ は 8S7/2 である。
前述のとおり、本来ユーロピウムは三価であるが、二価において 4f 軌道が半占有となっ
て安定する。このような二価イオンは、本来の三価状態に戻る、つまり、電子を1つ 4f
14
第二章
軌道外へ放出する傾向にあるため、不完全占有軌道である最外殻の 5d 軌道を用いた
(4f)n-1(5d)励起状態のエネルギーが低下することとなり、
(4f)n-1(5d)励起状態のエネルギーが
最低(4f)n 励起状態のそれよりも低くなるため、 (4f)n-1(5d)−(4f)n 遷移がおこる。
励起状態は(4f)6(5d)1 であるため、(4f)6 電子配置と(5d)1 電子にわけて考えねばならない。(4f)6
電子状態は Eu3+の基底状態と等しいため、スペクトル状態 2S+1LJ は 7F0 である。一方、(5d)1 電子
は最外殻に存在するため、配位子場の影響を受け (詳細は 2.5.2 項を参照のこと) 、t2 軌道と e
軌道に分裂する。そのうち、どちらか低い方が励起状態として蛍光に関与する。よって、(4f)6(5d)1
励起状態は以下のように表すことが出来る。
(7F0) (t2 or e)
以上のように、(4f)6(5d)1−(4f)7 遷移によって Eu2+の発光が生じる。配位子場の影響を受ける
ため、近紫外から青色、赤色まで発光色が変化することが知られている。
2.5.2
二価ユーロピウムの配位子場理論による発光色変化とその対処
発光中心である二価ユーロピウムの励起状態で使用される 5d 軌道は 5 種の軌道を持つ
が、その外殻に閉殻軌道を有さず遮蔽効果が得られないため、母体結晶の配位する原子群
の電子の影響を受ける。
つまり、配位子側の電子軌道と発光中心側の電子軌道とが相互作用し、結合性軌道群と
反結合性軌道群に分裂する。配位子の存在方向に発光中心の存在確率が大きい電子軌道ほ
ど、配位子による静電反発を受けてその軌道のエネルギーは増加する。そのため、母体の
結晶構造や構成元素によって遮蔽されない 5d 軌道を発光過程に用いる二価ユーロピウム
は大きく発光色を変化させる。このように、結晶組成にダイレクトに影響を受けるため、
結晶組成の純化には特に注意を払う必要がある。
ストロンチウムクロロアパタイトは六方晶系に属し(ごく一部の論文は単斜晶系として
いる)4、発光中心のユーロピウムはストロンチウムと置換して組み込まれる(Figure 2.4
はカルシウムヒドロキシアパタイト)。このようにしてストロンチウムクロロアパタイトに
組み込まれたユーロピウムは 450 [nm]弱の位置に蛍光ピークを有するが、ストロンチウム
のサイトは二種類存在し、そのうちの MⅡサイト(C1h 対称性)で主にユーロピウムの発
光がなされることが示されている5。よって、C1h 対称性を有する配位子の電子軌道の存在
確率を増減することで蛍光波長の短長化が可能である。
試料組成純化を初期の目標に設定し、本論文では結晶組成純化に重点を置いた操作条件
について検討する。ただし、粒子の微小化や単分散化について有利と思われる操作条件を
将来的に取れるような考慮は忘れてはならない。
15
第二章
c axis
a axis
配位子場理論による色変化が大きいため
: screw axis Ca
: columnar Ca
:H
: Oxygen atom in hydroxyl ion
:P
Figure 2.4 Structure of calcium hydroxyapatite
2.6 晶析工学に基づく粉体特性の改善戦略
蛍光体粉体を作製する上で特に求められる性質は、微小粒子径および単分散性にある6。
その為には核発生機構と結晶成長機構を分離して核発生機構のみを選択的に進行させるか、
核発生期間を可能な限り短縮して生成結晶全体の成長時間を均一に保つ必要がある。しか
し、セクション 1.4 に示した通り、核発生段階は結晶成長段階を一部内包しており、核化
に全ての過飽和を消費するような条件でなければ、
完全な結晶成長の停止は不可能である。
よって、核発生期間の短縮および結晶成長時間の均一化が必要である。そのために、Berry7
や Moisar と Klein8などが提案した Controlled double jet 反応晶析法は、あらかじめ反応
16
第二章
槽内に仕込んだ溶液中に原料溶液を別々の供給管から連続供給し、供給領域近傍を攪拌し
つつ反応させることで制御を行うものである。供給された原料は供給領域‐攪拌翼間で混
合されて直ちに化学反応し、高過飽和状態に達して一次核を形成する。その後攪拌による
流動によってバルク溶液へと移動する。バルク溶液では Ostwald-ripening 現象により微
小粒子が溶解し、比較的大きな粒子が残存、成長することで粒子の単分散化が図られる。
ただし、結晶成長速度が高ければ粒子径の粗大化は不可避であるため、結晶成長速度の
低減も重要なファクターである。実際には結晶成長速度についても過飽和に依存すると考
えられるため、核化と成長を個別に変化させることは難しいが、原料物質と直ちに反応し
て前駆体を生成するような物質や、溶質が結晶表面への吸着を抑制するような不純物を反
応槽内に添加することで達成は可能である。
ただし、微粒子が作成されたとしても DLVO 理論によれば同種コロイド粒子の凝集に際
しては、粒子間の凝集におけるエネルギー障壁は粒子径が小さいほど低くなるため9、凝集
に対する抑制もせねばならない。その一つとして有効なものに粒子表面に吸着する高分子
や界面活性剤の使用が挙げられ、その手法による微粒子生成の報告がいくつか為されてい
る10
11。
References
1
上村洸, 菅野暁, 田辺行人; “配位子場理論とその応用”; 裳華房(1976)
2
小林洋志; “現代人の物理 7 発光の物理”; 朝倉書店(2000),p.10-16, 38-61, 143-147,
196-198
3
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4
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6
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7
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8
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9
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10
F.Jones, A.Stanley, A. Oliveria, A.L.Rohl, M.M.reyhani, G.M.parkinson, and M.I.
Odgen, J. Crystal Growth, 249(3-4), pp.549-552 (2003)
11
C.R. Berry, in: T.H. Hames ed.; “The theory of the Photographic Process, 4th ed.”;
Macmillan Publishing Co., New York (1977) pp. 88-104
12
徳丸克己編; “立化学ライブラリー⑩ けい光現象 ,共立出版(1975),p.28-30, 41-42,
102 ,129-157
13
N.E.Topp; “希土類元素の化学”; 化学同人(1974),p.184-187
14
竹内 淳; “Blue Backs 高校数学でわかるシュレディンガー方程式”; 講談社(2005)
17
第三章
水溶液系における反応晶析条件と
青色蛍光性ストロンチウム
クロロアパタイトの結晶特性
第三章
3.1 緒言
第二章で示した通り、二価ユーロピウムの蛍光は母体組成に多大な影響を受ける。操作
条件によって得られる生成物を大きく変化させることが可能な反応晶析法は、蛍光色を最
適化する上で最適の操作法である。また、粒子径の微小化のためにも、ビルドアッププロ
セスである反応晶析法は有力な手法である。
このように利点の多い反応晶析法であるが、一般にクロロアパタイトの生成には適用不
可能とされてきた。これは、クロロアパタイト類似物質であるストロンチウムヒドロキシ
アパタイトが共沈するためと考えられる。こう考える理由に、塩化物イオンの半径が水酸
化物イオンよりも 32%大きい(Cl-:1.81Å,OH-:1.37Å1 ただし 6 配位下)ことや、
G.C.Maiti により水蒸気下で 800 [℃]以上に加熱することで、固相法で作製されたクロロ
アパタイトがヒドロキシアパタイトに変化したことを報告する論文がある2ことから、塩化
物イオンよりも水酸化物イオンがアパタイト構造内に取り込まれやすく、また、置換され
やすいと推察できるためである。
以上より、水酸化物イオンの関連する操作条件である pH および pH 調整剤について調
査し、さらに、反応場を目的物質構成元素過剰にすることで目的生成物の過飽和度を向上
させ、同時に不純物生成を低減するため、反応槽内添加剤について検討を行った。ここで、
金属溶液側に添加しない理由は、時間経過により反応槽内に残存する過剰添加剤濃度を変
化させないためであり、そのためにも本条件における原料は化学量論比で添加されるよう
設定している。
20
第三章
3.2 実験装置
実験装置にはダブルジェット型反応晶析装置を用いた。
晶析装置は Stavek ら3や片山ら4が使用したものと同様の装置を使用し(Figure 3.1)
、
Double jet 法または Triple jet 法による反応晶析を行った。晶析槽には IWAKI Pyrex 製の
1 [L]ビーカーを、攪拌翼はステンレス製で花弁状のものを用い、4 枚羽根の邪魔板(Figure
3.1 では一部省略)はアクリル板にて自作した。晶析槽および攪拌翼の寸法を Figure 3.2,
3.3 にそれぞれ示す。
⑦
①
①
⑥
①
⑨
⑧
③
②
∞
⑤
④
① Feed pump(s)
②
③
④
⑤
Feed tank of metal solution
Feed tank of acid solution
Thermostat bath
Crystallizer
⑥
⑦
⑧
⑨
⑩
Baffle
Impeller
pH electrode
pH controller
Feed tank of pH adjuster
Figure 3.1 Schematic diagrams of double jet crystallizer
21
⑩
第三章
Metal sln.
Acid sln.
pH adjuster
10 mm
10 mm
94 mm
140 mm
20 mm
20 mm
48 mm
10 mm
10 mm
5 mm
5 mm
110 mm
Figure 3.2 Geometrical parameters of baffled crystallizer
45 deg.
14 mm
20 mm
48 mm
Figure 3.3 Geometrical parameters of impeller
22
第三章
また、焼成装置は早稲田大学理工学研究科物理学科を御退館された近教授のご厚意によ
り、近研究室自作の還元焼成炉を使わせていただいた。焼成装置の概念図を Figure 3.4 に
示す。
焼成炉は内径 35 [mm]、外径 40 [mm]、長さ 1000 [mm]のセラミック円筒管を用いた。
立てた状態のセラミック円筒内の所定位置に、仮焼試料を入れた外径 25 [mm]、内径 20
[mm]、長さ 30 [mm]の NC タンマン管を太さ 0.5 [mm]のニラコ製 SUS304 ワイヤーで
吊るし、セラミック円筒内に混合気体(窒素 400 [mL/min]、水素 20 [mL/min])を流した
状態で所定温度まで 3 [K/min]の速度で昇温し、所定温度まで温度が上昇したら所定時間
恒温した。所定時間経過後、3 [K/min]の速度で降温した。
なお、装置的制約から焼成装置は未使用時 573 [K]に保たれており、試料取り出し時は
セラミック円筒内下部に降ろして室温まで下げてから試料入り坩堝を取り出した。
① Crucible
② SUS wire
⑤ Flow meter
⑥ Thermo regulator
③ Heater
⑦ Gas cylinder
.
④ Thermometer
Figure 3.4 Schematic diagrams of sintering apparatus
他にも、蛍光光度計については、黒田・菅原研究室のご厚意により、日立ハイテク社製の
Fluorescence Spectrophotometer F-4500 をお借りし、のちにお譲りいただいた。
23
第三章
3.3 最適 pH の選定
3.3.1
実験条件および操作
333 [K]に設定した恒温槽内に 3.2 に示す晶析装置を設置した。
晶析槽内に 0.5 [L]の純水
を入れておき、800 [rpm]で攪拌させた。そこへ 4 [wt%] NH4OH を添加し、溶液の pH が
所定値になるように調整した。金属水溶液(0.5 [mol/L] 塩化ストロンチウム 6 水和物と
0.005 [mol/L] 硝酸ユーロピウム 6 水和物の混合水溶液)
、および、0.3 [mol/L]リン酸二水
素カリウム水溶液を共に 5 [mL/min]にて 40 [min]供給し、反応させた。同時に、反応中
の槽内 pH を(所定値±0.1)の一定に保つために、pH 計および pH コントローラーを作動
させて、所定濃度の pH 調整剤を供給した。40 [min]後に供給を停止させ、化合物を全量
ろ過し、純水で洗浄した後、423 [K]にて 20 [hr]仮焼して、仮焼試料とした。得られた粉
末は、乳鉢を用いて粉砕後、3.2 に示す焼成炉にて、1473 [K]・水素体積濃度約 5 [vol.%]
の窒素雰囲気下において 6 [hr]焼成し、焼成試料とした。仮焼試料は XRD および FE-SEM
により、焼成試料は XRD・蛍光光度計・SEM により測定を行った。
操作条件を Table 3.1 に示す。
Table 3.1 Experimental condition of the optimal pH selection
pH
5.0, 6.0, 7.0, 8.0, 9.0
pH adjuster
4 [wt.%] NH4OH
Preliminarily dopant
Nothing
3.3.2
結晶組成に関する検討
仮焼試料
pH は生成結晶組成に大きな影響を与え、中性条件で最もストロンチウムクロロアパタ
イト(CAP)を生成した。酸性、中性、塩基性で生成物が大きく変化した (Figure 3.4)。中
性溶液中および塩基性溶液中ではヒドロキシル基を多く含んだアパタイトが生成し、酸性
溶液中ではアパタイト構造を取らずに水素イオンを含む物質を生成した。このように、ア
パタイト生成においては、溶液中の水素イオンおよび水酸化物イオン量のバランスによっ
て生成物組成が決定された。よって、両者のイオン量が最少となる中性溶液中で、CAP が
生成したと考えられる。
以降、名称の長いストロンチウムヒドロキシアパタイト[Sr5(PO4)3(OH)]を HAP と呼称
する。
24
第三章
XRD peak intensity [cps]
Sr5(PO4)3Cl
Sr5(PO4)3Cl
Sr5(PO4)3(OH)
Sr5(PO4)3(OH)
SrHPO
SrHPO4
4
H
H3Sr6(PO4)5:2H2O
3Sr6(PO4)5:2H2O
14000
12000
10000
8000
6000
4000
2000
0
5.0
6.0
7.0
pH
8.0
9.0
Figure 3.4 Composition change of pre-sintered samples by pH
しかし、中性溶液下では水素イオンおよび水酸化物イオンのイオン量が最小となってい
るだけでなく、原料の塩化物イオン添加量について考えても中性条件下の水酸化物イオン
量 10-4 [mmol]より多く保持され(Table 3.2)、反応場が CAP 生成に不利な条件を緩和でき
ると推察できることから、水素イオンおよび水酸化物イオンのイオン量が最小となる条件
においても CAP の生成比が最大でも中性溶液下の 25.6%と低いことは、何らかの要因が
関係することは明らかである。その要因としては、緒言に挙げた事項から塩化物イオンよ
りも水酸化物イオンがアパタイト構造内に取り込まれやすい、塩化物イオンは水酸化物イ
オンと置換されやすい、と考えられる。特に前者は pH 調整剤の局所的な高濃度化による
HAP の生成などが考えられ、後者は pH 調整剤由来の水酸化物イオンのイオン交換による
CAP から HAP への転移や、溶媒の水由来のイオン交換による転移が考えられる。
Table 3.2 Added amount of each ion into neutral solution
Ions
Total added amount [mmol]
Stoichiometrical reaction amount [mmol]
Sr2+
100
100
Cl-
200
20
PO43-
60
60
H+
120
120
OH-
120
120
焼成試料
焼成後試料においても中性条件が最適となった。中性−塩基性条件下のみ CAP の存在
が確認されたが、CAP 以外のほぼ全ての化合物がリン酸三ストロンチウム(以降、TSP)へ
と熱分解しており、酸性条件ではピロリン酸ストロンチウム(以降、SPP)も同時に生成し
ている(Figure 3.5)。
25
第三章
CAP
XRD peak intensity [cps]
10000
HAP
Sr3(PO4)2
Sr3(PO4)2
Sr
Sr2P2O7
2P2O7
7.0
pH [-]
8.0
9000
8000
7000
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
5.0
6.0
9.0
Figure 3.5 Composition change of sintered samples by pH
ただし、HAP においては pH が上昇するにつれて未分解物量が増加している。化学量論
組成の HAP は熱耐性が高く、カルシウムアパタイトでは窒素雰囲気下でも 1200 [deg. C]
前後まで分解しないことが知られており、高 pH 条件下では熱耐性の強い化学量論 HAP
が多量に生成したと考察した。
3.3.3
蛍光特性に関する検討
中性条件のみ青色(430-470nm)に蛍光した(Figure 3.6)。その他の条件では紫蛍光のみで
あり、リン酸三ストロンチウムが紫蛍光の原因となった一方、CAP が青色蛍光の要素物質
であることが示された。
中性条件における青と紫の蛍光強度と対応物質の XRD 最大ピーク強度の比が大きく異
なる(青蛍光/紫蛍光=1.47,CAP 強度/TSP 強度=0.187)。一般に XRD における最大ピ
ーク回折強度は結晶構造因子の二乗に比例するため、構造の異なる物質同士のピーク強度
の比較を行うことは出来ないが、第二章の蛍光原理から蛍光強度の比から各物質の存在比
を決定できると推察され、実際の中性条件における TSP 混入量は CAP のおよそ 2/3 程度
であると換算される。
26
第三章
(Conventional)
Fluorescence intensity [-]
2500
5.0
6.0
530
580
7.0
8.0
9.0
2000
1500
1000
500
0
380
430
480
630
680
730
Fluorescence wavelength [nm]
Figure 3.6 Fluorescence spectrum of pH changed samples
3.3.4
粒子特性に関する検討
水溶媒で得られた CAP を含む仮焼試料結晶は典型的な針状の凝集結晶を形成しており
(Figure 3.7 (a))、焼成することによってブドウ房状の凝集結晶へと変化し、粒子径が増大
した(Figure 3.7 (b))。しかし、焼成によっても固相法による試料より小さい粒子径を維持
した。
3.00 μm
3.00 μm
3.00 μm
(a) Precipitation, pre-sintered (b) Precipitation, sintered (c) solid-phase reaction
Figure 3.7 FE-SEM images of samples through precipitation or solid-phase reaction
全ての試料において粒度分布は多分散である(Figure 3.8)が、平均粒子径は、仮焼試料
では固相法の 3.5 [%]に、焼成後でも 38 [%]にまで低減した(Table 3.3)。反応晶析法のメリ
ットである微粒子生成の容易さが、このことからも証明された。
27
第三章
Precipitation(pre-sintered)
Precipitation(sintered)
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0--500
500--1000
1000--1500
1500--2000
2000--2500
2500--3000
3000--3500
3500--4000
4000--4500
4500--5000
5000--5500
5500--6000
6000--6500
6500--7000
7000--7500
7500--8000
8000--8500
8500--9000
9000--9500
9500--10000
10000--10500
10500--11000
11000--11500
11500--12000
12000--12500
12500--13000
13000--
Frequency [-]
Solid-phase reaction
Crystal size [nm]
(a) Wide range
Precipitation(pre-sintered)
Frequency [-]
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
1000--
950--1000
900--950
850--900
800--850
750--800
700--750
650--700
600--650
550--600
500--550
450--500
400--450
350--400
300--350
250--300
200--250
150--200
100--150
50--100
0--50
0
Crystal size [nm]
(b) Narrow range
Figure 3.8 Crystal Size Distribution of samples through each method
Table 3.3 Mean diameter and Coefficient of variation of samples through each method
Preparing Method
Mean diameter [nm]
C.V. [-]
Precipitation (pre-sintered)
183
0.585
Precipitation (sintered)
2033
0.461
Solid-phase reaction
5268
0.407
28
第三章
3.4
3.4.1
pH 調整剤の選定
実験条件および操作
333 [K]に設定した恒温槽内に 3.2 に示す晶析装置を設置した。
晶析槽内に 0.5 [L]の純水
を入れておき、800 [rpm]で攪拌させた。そこへ所定濃度の pH 調整剤を添加し、溶液の
pH が 7.0 になるように調整した。金属水溶液(0.5 [mol/L] 塩化ストロンチウム 6 水和物
と 0.005 [mol/L] 硝酸ユーロピウム 6 水和物の混合水溶液)
、および、0.3 [mol/L]リン酸水
溶液を共に 5[mL/min]にて 30min 供給し、反応させた。同時に、反応中の槽内 pH を 7.0
±0.1 の一定に保つために、pH 計および pH コントローラーを作動させ、所定濃度の pH
調整剤を供給した。所定時間経過後、化合物を全量ろ過し、純水で洗浄した後、423 [K]
にて 20[h]仮焼して、仮焼試料とした。得られた粉末を、乳鉢を用いて粉砕後、焼成炉に
て 1473 [K]・水素体積濃度約 5 [vol.%]の窒素雰囲気下において 6[h]焼成し、焼成試料と
した。仮焼試料は XRD により、焼成試料は XRD・蛍光光度計により測定した。
操作条件を Table 3.4 に示す。
Table 3.4 Experimental condition of the optimal pH adjuster selection
pH
7.0
0.5 [mol/L] NaOH
0.5 [mol/L] KOH
pH adjuster
Saturated Ba(OH)2:8H2O
4 [wt%] (1.14 [mol/L]) NH4OH
Preliminarily dopant
Nothing
ここで、水酸化カルシウムおよび水酸化ストロンチウムは溶解度の問題から選定からは除
外した。また、水酸化バリウムについては溶解度が 0.17 [mol/L](5.6 [g/100mL] 水 15 [℃])5
と低いうえ、不溶性物質が混入していたため、水を 30 [℃]に恒温してから未溶解物が視認
できるまで水酸化バリウムを加え、およそ 1 時間攪拌したのち、濾過してから濾液のみを
使用した。
3.4.2
結晶組成に関する検討
仮焼試料
NaOH と KOH では傾向が似ているが、アンモニア水では CAP、HAP ともに大きな値
を示した(Figure 3.9)。Ba(OH)2 では結晶化度が悪く、ピーク分離が不可能であった。
29
第三章
XRD peak intensity [cps]
CAP
HAP
Ap
Apatites
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
NaOH
Ba(OH)2
Ba(OH)2
KOH
NH4OH
NH4OH
pH adjuster
Figure 3.9 Composition change of pre-sintered samples by pH adjuster
焼成試料
アンモニア水が最適であることが示された(Figure 3.10)
。アンモニア水で CAP が、水
酸化バリウムでバリウムクロロアパタイトが生成し、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム
ではすべてが分解して TSP となった。
結晶組成的な観点から行けば水酸化バリウムも候補として挙げられるが、溶解度が低い
ため原料の濃度または供給速度を下げる必要がある。ただし、上記の条件は微小粒子を作
製する観点から考えれば有利であるため、生産性の低下以外に問題はない。
XRD peak intensity [cps]
CAP
HAP
TSP
Ba5(PO4)3Cl
Ba(PO4)Cl
unidentified
Ba(OH)2
Ba(OH)2
NH4OH
NH4OH
10000
8000
6000
4000
2000
0
NaOH
KOH
pH adjuster
Figure 3.10 Composition change of sintered samples by pH adjuster
30
第三章
3.4.3
蛍光特性に関する検討
アンモニア水で最も強い蛍光が得られ、蛍光特性の面においてもアンモニア水が最適で
あった(Figure 3.11)。焼成試料の組成通り、アンモニア水で強い青色および紫色蛍光が得
られ、アルカリ金属水酸化物では紫色蛍光のみであった。水酸化バリウムでは蛍光強度が
極めて低く、適用不可であった。
Fluorescence intensity [-]
Solid-phase
NaOH
KOH
Ba(OH)2
Ba(OH)2
NH4OH
NH4OH
2500
2000
1500
1000
500
0
380
430
480
530
580
630
680
730
Fluorescence wavelength [-]
Figure 3.11 Fluorescence spectrum of pH adjuster-changed samples
3.5
3.5.1
添加剤の選択
実験条件および操作
333 [K]に設定した恒温槽内に 3.2 に示す晶析装置を設置した。
晶析槽内に 0.5 [L]の純水
と所定量の添加物を入れておき、800 [rpm]で攪拌・溶解させた。そこへ 4 [wt%] アンモ
ニア水を添加し、溶液の pH が 7.0 になるように調整した。金属水溶液(0.5 [mol/L] 塩化
ストロンチウム 6 水和物および 0.005 [mol/L] 硝酸ユーロピウム 6 水和物の混合水溶液)
、
および、0.3 [mol/L]リン酸水溶液を共に 5 [mL/min]にて 30 [min]供給し、反応させた。同
時に、反応中の槽内 pH を 7.0±0.1 の一定に保つために、pH 計および pH コントローラ
ーを作動させて、所定濃度の pH 調整剤を供給した。30 [min]後に供給を停止させ、化合
物を全量ろ過し、純水で洗浄した後、423 [K]にて 20[h]仮焼して、仮焼試料とした。得ら
れた粉末は、乳鉢を用いて粉砕後、焼成炉にて、1473 [K]・水素体積濃度約 5 [vol.%]の窒
素雰囲気下において 6[h]の焼成し、焼成試料とした。仮焼試料は XRD および SEM によ
り、焼成試料は XRD・蛍光光度計・SEM により測定を行った。
操作条件を Table 3.5 に示す。
31
第三章
Table 3.5 Experimental condition of the optimal dopant selection
pH
7.0
pH adjuster
4 [wt%] NH4OH
(Nothing)
0.02 [mol] NaCl
0.02 [mol] KCl
0.02 [mol] NH4Cl
0.02 [mol] CaCl2
Preliminarily dopant
0.02 [mol] SrCl2
0.02 [mol] BaCl2
0.01 [mol] CaCl2 + 0.01 [mol] BaCl2
0.01 [mol] SrCl2 + 0.01 [mol] BaCl2
0.02 [mol] NaNO3
0.02 [mol] Sr(NO3)2
0.02 [mol] Ba(NO3)2
3.5.2
結晶組成に関する検討
仮焼試料
CAP 生成に最適なドーパントはカルシウムを除くアルカリ土類金属および塩化物イオ
ンであった。カルシウム添加以外でトータル XRD ピーク強度に対する CAP のピーク強度
が占める割合が高くなっていたが、特にストロンチウム系およびバリウム系で顕著であっ
た(Figure 3.12)。ストロンチウム添加系では CAP のピーク強度が特に増加していた。
CAP 生成比率が向上した理由には、事前添加されたイオンが原料として添加されたイオ
ンと直ちに反応し、反応全体が陽イオン過剰(バルク遊離リン酸イオン濃度ゼロ)状態で
終始安定することで生成物が安定化する過剰イオン効果が挙げられる。
そのため、原料添加近傍におけるリン酸と高濃度状態でのアンモニア水の塩基性条件下
の反応が抑えられ、結果的に HAP 生成が抑えられる。特にアパタイトは“[M2+] / [PO43-]”
(ただし、M=Sr, Ba)の値は 1.67 と金属イオン過剰状態が化学量論組成であり、このこと
も有利に働くと推察される。
添加剤の種によっては溶解度や溶解度の pH 依存性が比較的高い不純物が生成後、バル
ク溶液に再溶解して局所的過飽和を緩和する作用も示すと考えられる。ストロンチウムや
バリウムでは、低 pH では MHPO4 が、高 pH では M(OH)2(ただし、M=Sr, Ba)が生
成可能であると考えられ、これら2種で HAP 存在比が特に低かった理由に上記の理由も
32
第三章
あることが推察される。
ただし、カルシウム単体添加の場合のみ、CAP 生成を阻害し、TSP のカルシウム混合
体、リン酸三カルシウムストロンチウム(アパタイト構造を有さない)が生成した。カル
シウムイオンのイオン半径はストロンチウムイオンのそれよりも 0.847-0.931 倍と小さく、
このイオン半径の小ささがアパタイト構造を形成する妨げとなったことが考えられる。こ
れは、Ca/(Ca+Sr)が 0.1-0.9 までのカルシウム混合ストロンチウムクロロアパタイトの
JCPDS では、すべて結晶構造が異なることからも示唆される。
一方、アルカリ金属イオンについては、仮焼条件においては高い CAP 量を示し、特に
ナトリウムイオンおよびアンモニウムイオンで顕著であった。アルカリ金属が結晶化を促
進しているとも解釈出来るが、その機構は不明である。考えられる機構に、ストロンチウ
ムとアルカリ金属との大きな差異であるイオンの価数の違いによりアルカリ金属が結晶に
取り込まれた時の結晶の電荷バランスが崩れ、帯電した結晶が各イオンと相互作用し、結
晶成長することが挙げられるが、ナトリウム、カリウムのイオン半径は同一配位数でスト
ロンチウムイオンのそれぞれ 0.864 – 0.965 倍,1.14 – 1.20 倍であり、ナトリウムはカル
シウムより若干大きく、カリウムはバリウムよりも若干大きい6。アルカリ金属が添加され
た試料のピーク位置には変化がないため、これらは結晶中に入らないか、入ってもごく微
量であると考えられる。
最後に、硝酸イオンでは CAP 生成補助能力を示さなかった。硝酸塩の溶解度が一般的
XRD peak intensity [cps]
に高いことや、目的物質の構成要素でないことが原因であると考えられる。
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
(Sr0.9Ca0.1)3(PO4)2
(Sr0.9Ca0.1)(PO4)2
Sr5(PO4)3(OH)
HAP
Sr5(PO4)3Cl
CAP
Dopant
Figure 3.12 Composition change of pre-sintered samples by pH adjuster
焼成試料
有用な添加剤はストロンチウムイオン、バリウムイオン、塩化物イオンの 3 種であった
(Figure 3.13)。これらは仮焼試料においても CAP の生成に大きく寄与していたイオンで
33
第三章
ある。前述のとおり CAP は熱耐性が高く、仮焼試料の段階から不純物が少ないことがこ
XRD peak intensity [cps]
のような結果をもたらすことを示唆している。
10000
9000
8000
7000
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
TSP
(Sr0.9Ca0.1)(PO4)2
(Sr0.9Ca0.1)3(PO4)2
HAP
CAP
Dopant
Figure 3.13 Composition change of sintered samples by pH adjuster
ここで、バリウムイオン添加試料において HAP の残存が多いことを見出した。一般的
に不純物ドープされた物質の熱耐性は低下するため矛盾した結果となっているが、
これは、
バリウム添加によってピークシフトが発生しており(Figure 3.14)、CAP 比率の算出に用い
ている(211)面および(112)面ピーク幅基準が変化したためである。実際、バリウムクロロ
アパタイトの JCPDS データでは、全体的なピークシフトが顕著に見られ、(112)面は 29.07
[deg.]に、(211)面は範囲外の 36.85 [deg.]にそれぞれ移動する(Figure 3.14)。なお 28.96
[deg.]に見られるピークは(121)面のピークである。
そのため、
バリウムが添加された試料における CAP および HAP の分離は不可能である。
今後は、バリウム添加系においては CAP と HAP の分離を行わず、そのままのアパタイト
の数値を用いることとする。
34
第三章
Nothing added
Barium added
JCPDS(Sr
5(PO4)3Cl)
JSPDS (Sr5(PO4)3Cl)
JCPDS(Ba5(PO4)3Cl)
JCPDS(Ba(PO4)3Cl)
4500
4000
3500
Intensity [cps]
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
25
30
35
2θ/θ [degree]
Figure 3.14 Lower angle shift of XRD peak by barium addition
その他の一価カチオンおよび硝酸イオンにおいては熱分解が促進され、不純物の TSP
ピーク強度が高まった。その中でも影響の少ない添加イオンとして、ナトリウムイオンお
よびアンモニウムイオンが候補に挙げられた。
3.5.3
蛍光特性に関する検討
ストロンチウムイオンおよび塩化物イオン添加において青色蛍光が強化された(Figure
3.14 (a)(b))。焼成試料において CAP 量に優れた試料に特有であることから、やはり CAP
が青色蛍光を補助する役割を担っていることが再確認できる。
またバリウム添加において最大蛍光強度は SrCl2 添加系よりも低い値を示しているにも
かかわらず、輝度・色度が強化された(Figure 3.14 (a)(b))。これはバリウム添加系では
470-560 [nm]に蛍光を有しているためで、この領域の蛍光は分光視感効率に優れているこ
とによる。また、この長波長蛍光が NTSC の定める青色に近めており、色度も改善してい
る。このように蛍光が長波長化した理由には、バリウムの電子密度がストロンチウムのそ
れよりも低いことから励起状態のエネルギーが減少することが挙げられる。
35
第三章
Solid-phase
(No addition)
NaCl
KCl
NH4Cl
NH4Cl
NaNO3
NaNO
3
Fluorescence intensity [-]
2500
2000
1500
1000
500
0
380
430
480
530
580
630
680
730
Fluorescence wavelength [nm]
(a) Monovalent dopant
Solid-phase
(No addition)
CaCl2
CaCl2
SrCl2
SrCl2
BaCl2
BaCl2
CaCl2,
CaCl2, BaCl2
BaCl2
SrCl2, BaCl2
BaCl2
SrCl2,
Sr(NO3)2
Sr(NO3)2
Ba(NO3)2
Ba(NO3)2
Fluorescence intensity [-]
2500
2000
1500
1000
500
0
380
430
480
530
580
630
680
Fluorescence wavelength [nm]
(b) Divalent dopant
Figure 3.14 Fluorescence spectrums of pH adjuster-changed samples
36
730
第三章
3.5.4
粒子特性に関する検討
添加効果の高いアルカリ土類金属塩化物添加系について、FE-SEM 像を Figure 3.15 に
示す。何も添加されていない系では、針状結晶のほかに破砕と異なる球状結晶が見られ、
二次核が発生していることを確認できるが、塩化ストロンチウム添加系ではそのようなも
のは見られず、形状のはっきりした針状結晶のみが見られ、核化と成長が制御されている
ことが確認された。一方、塩化バリウム添加系では形状が異なる結晶群が見られ、針状と
言うよりはむしろ落滴状の非常に凝集した結晶が得られた。バリウムの添加により結晶成
長に歪みが生じ、結果、このような形状へと変形したと推察される。
600 nm
600 nm
600 nm
(a) SrCl2
(b) BaCl2
(c) No addition
Figure 3.15 FE-SEM images of pre-sintered samples with alkaline earth metal salts
仮焼試料では無添加系が最少平均粒子径を示したが、C.V.値は最も大きい値を示した
(Figure 3.16, Table 3.6)。塩化ストロンチウム添加系では結晶成長が促進されて平均粒子
径が 32 [%]増大したが、C.V.値は 24 [%]減少した。C.V.値が 0.10 以下の時に単分散とされ
るため、多分散ではあるものの、過飽和制御による粒子径の単分散化が達成された。
(No addition)
SrCl2
SrCl2
BaCl2
BaCl2
Frequency [-]
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
1000--
950--1000
900--950
850--900
800--850
750--800
700--750
650--700
600--650
550--600
500--550
450--500
400--450
350--400
300--350
250--300
200--250
150--200
100--150
50--100
0--50
0
Crystal size [nm]
Figure 3.16 Crystal size distribution of pre-sintered samples with alkaline earth metal salts
37
第三章
Table 3.6 Mean diameter and C.V. of pre-sintered samples with alkaline earth metal salts
(No addition)
SrCl2
BaCl2
Mean diameter [nm]
183
241
510
C.V [-]
0.585
0.444
0.408
焼成試料においては未添加系と添加系で形状に大きな変化が見られない成長結晶が得ら
れた(Figure 3.15)。焼成による結晶の合一化挙動は、バリウム添加においては粒子径の変
化が現れたものの、大差がないことが示された。
(a) SrCl2
(b) BaCl2
(c) No addition
Figure 3.15 FE-SEM images of sintered samples with alkaline earth metal salts
ただし、アルカリ土類金属添加系では熱によって球状にならずに元の針状を保ったもの
もごく一部に見られ(Figure 3.16)、これはアルカリ土類金属添加による熱耐性の向上が原
因であると考えられた。
(a) SrCl2
(b) BaCl2
Figure 3.16 FE-SEM images of shape-keeping sintered samples
with alkaline earth metal salts
38
第三章
3.6 総括
反応場のミクロ的、マクロ的な溶解度や溶質濃度や操作過飽和を考慮し、難溶性不純物
の構成イオンのイオン積を減少させ、逆に目的物質の構成イオンのイオン積を増加させる、つ
まり、不純物の操作過飽和度を低下、かつ目的物質の操作過飽和度を向上させる反応場の構築
が、不純物生成抑制に効果的である。この知見は、母体組成によって蛍光色が変化する青色
蛍光性クロロアパタイトの生成に反応晶析法を適用する上で有用である。
中性条件下にて、pH 調整剤にアンモニア水を、そして、ストロンチウムイオン、バリ
ウムイオン、塩化物イオンの事前添加物を添加することで、比較的高い純度のストロンチ
ウムクロロアパタイトを生成可能である。ただし、水溶媒においては完全なストロンチウ
ムヒドロキシアパタイトの除去は不可能であり、熱分解物のリン酸三ストロンチウムが生
成することから紫色蛍光の混入が不可避となり、色純度が低下する。
また、
固相法よりも微小な粒子が得られ、
固相法よりも微小な蛍光体粒子を得る上では、
反応晶析法は優れた操作法である。中性条件における平均粒子径については、仮焼試料で
は固相法の 3.5 [%]に、焼成後でも 38 [%]にまで低減するが、多分散である。塩化ストロ
ンチウムを予め反応槽内に溶解させることで結晶成長が促進され、C.V.値が減少する。
Abbreviation
CAP:ストロンチウムクロロアパタイト
Sr5(PO4)3Cl
HAP:ストロンチウムヒドロキシアパタイト
Sr5(PO4)3 (OH)
TSP:リン酸三ストロンチウム
Sr3(PO4)2
SPP:ピロリン酸ストロンチウム
Sr2P2O7
Refferences
1 Y. Q. Jia; J. Solid State Chem., 95, 184 (1991)
2 G. C. Maiti; Indian Journal of Technology; 22 August, pp.301-305 (1984)
3 J. Stavek, M.Sipek, I.Hirasawa, and K. Toyokura; Chem. Mater.; 4, 545 (1992)
4 A. Katayama; 2004 年度 早稲田大学博士論文, pp. 2-14 (2004)
5 和光純薬; 製品安全データシート #JF000442
6 Y. Q. Jia; J. Solid State Chem., 95, 184 (1991)
39
第四章
微水溶媒系における
反応晶析条件と
青色蛍光性ストロンチウムクロロ
アパタイトの結晶特性
第四章
4.1 緒言
第 3 章では、反応晶析法においてストロンチウムクロロアパタイト[化学式
Sr5(PO4)3Cl 以下 CAP]生成が可能であることを示したが、水酸化物イオンの存在が原
因と思われる不純物の生成を抑制できず、ストロンチウムヒドロキシアパタイト [化学
式 Sr5(PO4)3(OH) 以下 HAP] が混入し、結果、ストロンチウムヒドロキシクロロアパ
タイト[化学式 Sr5(PO4)3Clx(OH)1-x]が生成している。HAP は焼成時に分解してリン酸
三ストロンチウム[化学式 Sr3(PO4)2 以下 TSP]となる。この分解物 TSP が紫蛍光の原
因となるため、分解元物質である HAP の生成を抑える必要がある。
HAP は水酸化物イオンが存在しない条件下では生成し得ないと考え、極性有機溶媒
の適用を提案するに至った。反応晶析法の溶媒としての適用に際して、反応晶析法の操
作手法から受ける制限を考慮して、以下の適用条件を設定した。
・ 高原料物質溶解性
・ 低生成物質溶解性
・ 原料物質、生成物質との未反応性
・ 純水と同等以下の融点
・ 純水と同等以下かつ常温より高い沸点
各溶解性および未反応性は効率的な結晶生成を行うために必須である。また、融点に
ついては、低温下では核発生速度や結晶成長速度の抑制を行う際に有利になるためであ
る。沸点については固液分離後の粉末化工程を容易に行うためである。
溶媒選定後、水溶媒系において重要な操作要素であった水素イオン、水酸化物イオン
濃度について、pH 計を用いて、その指標を得る。
また、原料供給口付近における反応場の安定化およびバルク溶液における溶解度低下
のために、アルカリ土類金属塩化物を事前に反応槽に添加して、その効果を考察する。
最後に、製品結晶の粒子特性に多大な影響を与える焼成条件について、その最適条件
を検討する。
42
第四章
4.2 実験装置
セクション 3.2 で示した晶析装置を用いた。ただし、4.3 においては IWAKI Pyrex
製の 100mL ビーカーおよび 300mL ビーカーに AS−One 製の 6 連スターラーを用い
た。
4.3 溶媒の選定
4.3.1
実験条件および操作
本項の全ての実験は室温下で行った。
100 [ml]ビーカーに試験溶媒を 50 [ml]取り、およそ 0.52 [mol/L] (6.9 [g])の塩化スト
ロンチウム 6 水和物を加え、最低でも 1 [hr]の間スターラーで攪拌し、完全に溶解する
かを目視にて確認した。完全に溶解した場合、別の 100 [ml]ビーカーに試験溶媒を 50
[ml]とり、およそ 0.31 [mol/L] (1.8 [g]) 正リン酸溶液の生成が可能であるかを、同様に
実験を行なった。実際に使用した溶媒は、結果とともに Table 4.1 に示す。
2 原料とも完全に溶解した場合、対象溶媒にて CAP の生成が可能であるかを確認す
るためにバッチ式で反応晶析を行なった。0.5 [mol/L] 塩化ストロンチウム 6 水和物溶
液と 0.3 [mol/L] 正リン酸溶液をそれぞれ 50 [ml]ずつ 300 [ml]ビーカーに同時に加え
た後、マグネティックスターラーで攪拌しつつ、28[wt%]アンモニア水 10 [ml]を添加
した。生成物を吸引ろ過した後、150 [℃]で 20 [hr]仮焼した。仮焼試料を XRD で測定
し同定した。
4.3.2
試験溶媒の原料溶解度に関する検討
試験溶媒 12 種における 2 原料の溶解性は以下の通りであった(Table 4.1)。
43
第四章
Table 4.1 Raw materials solubility in each organic solvent (a)
Tested organic solvents
Solute
SrCl2
H3PO4
methanol
S
S
ethanol
I
N.D.
1-propanol
I
N.D.
tetrahydrofuran
I
N.D.
dimethyl sulfoxide
S
S
dichloromethane
I
N.D.
diisopropylether
I
N.D.
1,4-dioxane
I
N.D.
acetonitrile
I
N.D.
triethylamine
S
I
N-ethyldiisopropylamine
I
N.D.
N,N-dimethylformamide
I
N.D.
(a) S = soluble, I = insoluble, N.D. = no data
水酸化物イオンを放出せず、十分な溶解度を有する有機溶媒はメタノールおよびジメ
チルスルフォキシド(DMSO)であった。溶解することが出来なかった溶媒は、全て微量の
溶質をも溶かすことが出来なかった。Triethylamine は塩化ストロンチウムを溶解したが、
オルトリン酸とは混ぜ合わさらずに水あめ状の沈殿を生じた。この結果、メタノールおよ
び DMSO の 2 種の有機溶媒について CAP 生成能を調査した。
4.3.3
試験溶媒の CAP 生成能に関する検討
メタノール、DMSO の両方の場合とも、塩化ストロンチウム溶液とオルトリン酸溶
液のみを混ぜた時点では目視による反応の確認はできなかった。これは、H3PO4 溶液を
添加したため溶液中の水素イオン濃度が高く、溶解度が高い状態に維持されたことが原
因で、アパタイトが生成しなかったと思われた。
ただし、アンモニア水を加えた直後に両溶媒で異なる反応を得た。
メタノールの場合は添加直後、ただちに白色沈殿を生じた。同定の結果、97%の CAP
を含むアパタイトであった(Figure 4.1)。
44
第四章
Intensity [cps]
4000
Product
JCPDS data
3000
2000
1000
0
25
30
2θ/θ [degree]
35
Figure 4.1 XRD spectrum of product in methanol with JCPDS data of CAP
以上より、水酸化物イオンの遊離が少ないメタノール中では HAP の生成が抑えられ
高純度の CAP が得られることが示された。また、反応晶析法に有機溶媒を用いること
が可能であり、対象物質によっては非常に有効であることが示された。
一方、DMSO の場合は、添加直後に強く発泡して薄く白濁し、粘性の極めて高いゲ
ル状物質が得られた。ろ過が不可能であり、50 [mmHg], 90 [℃]にて減圧乾燥を行なっ
たが溶媒が揮発せずにゲル状を保った。ただし、原料 3 種を個別に、またはそのうちの
2 種を選択して DMSO に添加しても反応は見られず、上記の反応は 3 種全てを添加し
た時に特有の反応であった。このため白濁は原料と DMSO との反応によるものでなく、
DMSO と生成物質が反応して何らかの別物質が生成したと推察され、DMSO は溶媒と
して不適切と判断した。
よって、本研究の実験範囲では、CAP 生成に用いる溶媒はメタノールが最適である
ことが明らかになった。その要因としては、メタノールは水に最もよく似た最も単純な
構造を有するため、極性や未反応性を残したまま水酸化物イオンの放出を最小限にするこ
とができたことによると考えられた。以降の実験では、メタノールを用いて実験を行なっ
た。
4.4 最適 pH*の選定
4.4.1
実験条件および操作
セクション 3.2 に示すような装置を用いた。予め 30 [℃]の恒温槽内に設置した内容積 1
[L]の晶析槽に、0.5 [L]のメタノールを張り込み、槽内の pH 計表示値(擬似的な pH、以下
pH*と呼称)が所定の値(pH* = 7.0, 8.0, 8.5, 9.0, 10.0)となるように、pH*調整剤として 4
[wt%]のアンモニア水溶液を添加し、調整した。ここに 400 [rpm]にて撹拌を与え、所定濃
度に調製したストロンチウム溶液 [塩化ストロンチウム 6 水和物(0.5[mol/L])、および、硝
酸ユーロピウム 6 水和物(0.005[mol/L])の混合溶液] とオルトリン酸溶液(0.3 [mol/L])を
45
第四章
共に 5 [mL/min]にて 20 [min]供給し、反応させた。また、槽内の pH*を一定に保つために、
pH 電極にて槽内の pH*を読み取り、pH*調整剤を供給した。所定時間経過後に4つの遠沈
瓶に分けて 2000 [rpm], 10 [min]で遠心分離後、上澄みのみを捨ててから 50 [mL]のメ
タノールを各瓶に添加し、よく振って分散して洗浄操作とした。これを全量吸引ろ過し、
メタノールで洗浄後、150 [℃]の乾燥機にて 24 [hr]乾燥させた。得られた試料は乳鉢にて粉
砕後、ユーロピウムを還元するために、焼成炉にて窒素水素混合気体(窒素 400 [mL/min]、
水素 20 [mL/min])雰囲気下で 1200 [℃],6 [hr]の還元焼成を行なった。サンプルは、XRD,
蛍光光度計,FE-SEM による測定を行なった。
4.4.2
結晶組成に関する検討
仮焼試料
非常に広い範囲で CAP が生成しており(Figure 4.2)、本紙で取り扱った領域外でも
CAP 生成の可能性が高く、メタノールの有用性が改めて示された。
その中でも最適条件は pH* = 9.0 であり、CAP 量が最大であった。ただし、各 pH*
における組成から溶液中性となっている pH*を考えると、8.5 から HAP(塩基性条件
下で優先的に生成)が若干増加すると同時に、SrHPO4(酸性条件下で優先的に生成)
が大きく減少しており、生成物組成からは 8.5 – 9.0 の範囲内に中性となる値があるこ
とが示唆される。
このように、pH* = 8.5, 9.0 においてもごく少量の SrHPO4 や HAP を生成している
が、ここで反応場として考慮すべき場には、リン酸供給口近傍、アンモニア水供給口近
傍、およびバルク溶液が挙げられる。
リン酸供給口では容易に酸性度が高い状態に陥り、塩化ストロンチウムと接触すれば
pH* = 8.0 や 7.0 の試料に見られるように、SrHPO4 として沈澱する。一方、アンモニ
ア水のみと接触すれば以下の反応式が進行し、NH4H2PO4 が沈澱する(根拠は第 5 章
で示す)
。
H3PO4 + NH4OH → (NH4)H2PO4 + H2O
アンモニア水供給近傍においては、塩化ストロンチウムとリン酸が存在する条件下で
は HAP が生成し、塩化ストロンチウムのみと接触すれば、以下の化学式に示される反
応が進行し、水酸化ストロンチウムが生成すると考えられる。
SrCl2 + 2NH4OH → Sr(OH)2 + 2NH4Cl
水酸化ストロンチウムの溶解度は水に対して低く(参考値:水酸化ストロンチウム八
水和物水和物の溶解度は、0 [℃]の条件で、0.90 [g/100mL]である)1、中性−塩基性では
殆んど溶解しないことからメタノールに対しても難溶と推察できる。また、塩化アンモ
ニウムについても水溶媒では可溶(29.4 [g/100ml], 0℃;77.3 [g/100ml], 100℃)であるがメ
タノールには難溶2であるため、こちらも沈澱物を生成すると考えられる。
以上のように、供給口近傍では難溶物質として沈澱するが、バルク溶液中で pH*が
46
第四章
中性に近づくため再溶解し pH*の調節剤として機能することで、水素イオンや水酸化
物イオンの CAP 生成場への関与が低減されていることが考えられる。実際には生成物
が CAP, HAP, SrHPO4 のみで限られており、上記のその他の物質は生成した 3 種の物
質よりも操作 pH*における溶解度が高いことが推察される。3 種の原料のうち、2 種類
のみで反応が起きている可能性は、生成物に SrHPO4 があるため否定できない。
XRD peak intensity [cps]
CAP
HAP
SrHPO4
SrHPO4
1400
1200
1000
800
600
400
200
0
7.0
8.0
8.5
9.0
10.0
pH* [-]
Figure 4.2 Composition of the pre-sintered products as a function of pH* in pH*
range of 7.0 through 10.0
焼成試料
焼成後においては pH* = 8.5 の条件下が最も CAP を多く含んでいるが、9.0 もほぼ
変わらないため、最適条件は pH* = 8.5 - 9.0 であることが示唆された(Figure 4.3)。8.5
と 9.0 の CAP 量において焼成前後で逆転しているが、8.5 から離れるに従って焼成後の
残存 CAP 量が減少していることから、中性条件とその他の条件における CAP の熱分
解の程度の差異によると見られる。
メタノール溶媒では焼成後の CAP 強度が減少したが、水溶媒では CAP 強度が増大
しており、メタノールによって CAP の熱耐性が低下することが示唆された。
47
XRD peak intensity [cps]
第四章
CAP
8000
HAP
TSP
7000
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
7.0
8.0
8.5
pH* [-]
9.0
10.0
Figure 4.3 Composition of the sintered products as a function of pH* in pH* range of
7.0 through 10.0
4.4.3
蛍光特性に関する検討
青色領域と紫色領域が効果的に蛍光したのは pH* = 9.0 であった(Figure 4.4)。結晶
組成の良いものが蛍光スペクトルにおいても青色が強いものとなっており、水溶媒系で
述べたように母体結晶が蛍光を決定しているためにこのような結果が得られることが
改めて示された。
水溶媒と比べて紫蛍光領域の強度が pH* =8.5 – 9.0 で特に削減されており、溶媒変
更による効果が蛍光スペクトルからも判断できる。
Fluorescence intensity [-]
Solid-phase
7.0
8.0
8.5
9.0
10.
630
680
2500
2000
1500
1000
500
0
380
430
480
530
580
Fluorescence wavelength [nm]
Figure 4.4 Fluorescence spectrum of samples under each pH*
4.4.4
粒子特性に関する検討
4.5 事前添加剤
SrCl2 の効果の項において、まとめて説明する。
48
730
第四章
4.5 事前添加剤
4.5.1
SrCl2 の効果(Sr および Cl の過剰イオン効果)
実験条件および操作
3.2 に示すような装置を用いた。予め 30[℃]の恒温槽内に設置した内容積 1 [L]の晶析槽
に、0.5[L]のメタノールを張り込み、事前に反応槽に塩化ストロンチウムを添加して所定濃
度の塩化ストロンチウム溶液とした。
槽内の擬似 pH(pH*)が所定の値(pH*=8.5)になるように、pH 調整剤として 4 [wt%]のア
ンモニア水溶液を添加し、調整した。ここに 400 [rpm]にて撹拌を与え、所定濃度に調製し
たストロンチウム溶液 [塩化ストロンチウム 6 水和物(0.5[mol/L])および、硝酸ユーロピウ
ム 6 水和物(0.005[mol/L])の混合溶液] およびオルトリン酸溶液(0.3 [mol/L])を共に 2.5
[mL/min]にて 40 [min]、または 5[mL/min]にて 20 [min]供給し、反応させた。また、槽内
の擬似 pH を一定に保つために、pH 電極にて槽内の pH を読み取り、pH 調整剤を供給し
た。所定時間経過後に4つの遠沈瓶に分けて 2000 [rpm], 10 [min]で遠心分離後、上澄
みのみを捨ててメタノールを各瓶に 50 [mL]添加し、よく振って分散して洗浄操作とし
た。全量吸引ろ過を行ない、メタノールで洗浄後、150 [℃]の乾燥機にて 24 [hr]乾燥させ
た。得られた試料を乳鉢にて粉砕後、ユーロピウムを還元するために、焼成炉にて窒素水
素混合気体(窒素 400 [mL/min]、水素 20 [mL/min])雰囲気下、1200 [℃]、6 [hr]の還元
焼成を行なった。サンプルは、XRD,蛍光光度計,FE-SEM による測定を行なった。
4.5.2
結晶組成に関する検討
仮焼試料
反応槽内初期塩化ストロンチウム濃度が高い(添加量が多い)ほど CAP 量が増す傾
向にあるが、流量 5.0 [mL/min]では 0.02 [mol/L]から変化が無い (Figure 4.5)。リン
酸添加量は変わらないことから、添加した原料が事前添加剤によって効果的に CAP 生
CAP
2000
HAP
SrHPO4
SrHPO4
XRD peak intensity [cps]
XRD peak intensity [cps]
成に用いられていると結論付けられる。
1500
1000
500
0
0
0.01 0.02 0.04 0.06
SrCl2 concentration [mol/L]
CAP
2000
HAP
SrHPO4
SrHPO4
1500
1000
500
0
0
0.01 0.02 0.04 0.06
SrCl2 concentration [mol/L]
(a) 2.5 [mL/min]
(b) 5 [mL/min]
Figure 4.5 Composition of the pre-sintered products as a function of excess SrCl2
49
第四章
ここで考えられる理由については pH*における考察と同様であり、反応場への水酸
化物イオンの関与が低減されているためと考えられるが、大きく異なるのは、反応場に
塩化ストロンチウムが過剰に存在していることである。このことを念頭に入れて反応場
としてリン酸供給口近傍、アンモニア水供給口近傍、バルク溶液の順に考慮する。
リン酸供給近傍においては、反応槽内の塩化ストロンチウム濃度が多いほど反応場が
リン酸過剰状態へ転換される可能性が低くなり、リン酸が添加されると同時に瞬時にリ
ン酸を消費してアパタイトを形成する。ストロンチウム量がリン酸量よりも化学量論量
を上回れば、原料組成の関係から常に塩化物イオン過剰となるため、優先的に CAP を
生成可能となる。ただし、供給口ごく近傍においてはリン酸過剰が避けられず、SrHPO4
を生成するものと推察される。
一方、アンモニア水供給近傍においてはアンモニア水が塩化ストロンチウムと直ちに
反応して水酸化ストロンチウムを生成する。
そして pH*における考察と同様、近傍で難溶物質として沈澱した物質が攪拌流れに
よって、バルク溶液へと移動して再溶解し、pH*の調節剤として作用すると考えられる。
本条件では pH*の考察時と異なり、塩化ストロンチウム過剰状態が場を支配すると
考えられ、生成する物質が少ない種類に固定され、結果、効率的に CAP が生成したも
のと思われる。
ただし、その効果は 0.02 [mol/L]からほぼ一定になっており、その濃度以上から、本
系において供給された原料を瞬時にほぼ全て消費できるものと推察できる。
焼成試料
反応槽内初期塩化ストロンチウム濃度が増すほど CAP 量が増大し、不純物量は減少
している(Figure 4.6)。焼成前の不純物量はほぼ変化がないことから、CAP の熱耐性が
向上していることを見出した。ストロンチウムイオンおよび塩化物イオンのどちらが主
原因であるかは特定できないものの、水系での考察を考慮すると、ストロンチウムイオ
ンによるものが大きいと推察した。反応槽内の溶液がストロンチウム過剰状態で固定さ
れ、溶液状態が固定されにくい無添加状態と比べて均質かつ安定なアパタイト結晶が生
成するため、および、過剰量のストロンチウムにより金属サイトの空孔が減少するため
であると考察した。
この効果は低原料供給流量条件において顕著に見られるが、高供給流量における原料
添加により、供給流量口近傍におけるストロンチウムイオンおよび塩化物イオン過剰状
態が崩れ、事前添加剤無添加時に見られた不純物の生成が起きたためと考察した。
50
7000
CAP
HAP
TSP
XRD peak intensity [cps]
XRD peak intensity [cps]
第四章
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
0
0.01 0.02 0.04
7000
CAP
HAP
TSP
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
0.06
0
0.01
0.02
0.04
0.06
SrCl2 concentration[mol/L]
SrCl2 concentration [mol/L]
(a) 2.5 [mL/min]
(b) 5 [mL/min]
Figure 4.6 Composition of the sintered products as a function of excess SrCl2
4.5.3
蛍光特性に関する検討
本系においても、焼成試料組成とほぼ正の相関があり、青色領域(430 – 480 [nm])の
ピーク強度と CAP が、紫色領域(ショルダーとして表れているため、410 [nm]の値を採
用)の強度と TSP がそれぞれ対応している(Figure 4.7, 4.8)。
反応槽内初期塩化ストロンチウム濃度が高まるほど青色蛍光が増し、紫色蛍光が減少
する傾向にあり、塩化ストロンチウムの事前添加は青色蛍光を得るために有効であるこ
とが示唆された(Figure 4.8)。
Solid-phase
0 [mol/L]
Solid-phase
0 [mol/L]
0.01 [mol/L]
0.02 [mol/L]
0.01 [mol/L]
0.02 [mol/L]
0.04 [mol/L]
0.06 [mol/L]
0.04 [mol/L]
0.06 [mol/L]
2500
Fluorescence intensity [-]
Fluorescence intensity [-]
2500
2000
1500
1000
500
0
2000
1500
1000
500
0
380 430 480 530 580 630 680 730
380 430 480 530 580 630 680 730
Fluorescence wavelength [-]
Fluorescence wavelength [-]
(a) 2.5 [mL/min]
(b) 5 [mL/min]
Figure 4.7 Fluorescence spectrum of samples with strontium chloride addition
51
第四章
Purple
Integral fluorescence intensity [-]
Integral fluorescence intensity [-]
Blue
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
0 0.01 0.02
0.04
Blue
Purple
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
0
0.06
0.01 0.02
0.04
0.06
SrCl2 concentration [mol/L]
SrCl2 concentration [mol/L]
(a) 2.5 [mL/min]
(b) 5 [mL/min]
Figure 4.8 Integral fluorescence intensities of samples with SrCl2 addition
輝度・色度においても、反応槽内初期塩化ストロンチウム濃度が増すにつれて改善さ
れていった(Figure 4.9)
。これは青色蛍光が増し、紫蛍光が減少しているためで、青
色蛍光の分光視感効率は紫色のそれよりも高く、また、NTSC ブルーに最も近い波長は
450 - 480 [nm]付近であることによる。
ただし、最大でも輝度は固相法の 20 [%]であるため、今回得られたピーク形状のまま
固相法と同等の輝度を得るには蛍光強度を 5 倍にしなければならず、容易な方法として
2.5mL/min
25
5.0mL/min
(Distance from NTSC
blue)-1
Relative luminance [-]
は、固相法と同様に分光視感効率に優れた 480 – 530 [nm]の蛍光を用いる方法がある。
18
2.5mL/min
5.0mL/min
17.8
20
17.6
15
17.4
10
17.2
5
17
16.8
0
0
0
0.02 0.04 0.06 0.08
SrCl2 concentration [mol/L]
(a) Relative luminance
0.02 0.04 0.06 0.08
SrCl2 concentration [mol/L]
(b) Chromaticity
Figure 4.9 Fluorescence characteristics of samples added SrCl2 in crystallizer
52
第四章
4.5.4
粒子特性に関する検討
水溶媒系で見られたような針状結晶は得られず、球状、楕円球状の凝集結晶が得られた
(Figure 4.10)。針状結晶では破砕する可能性が高く、一般的に濾過性能が低下するために工
業的には敬遠されることが多い。メタノール系で、球状、楕円球状の微結晶が得られたこ
とは工学的な価値が高い。
結晶化度の指標となる XRD によるピーク強度は溶媒の差異では見られないが、粒子形状
から c 軸方向への結晶成長がメタノールによって抑制されていると考えられ、単に(001)面
にあたるピーク範囲を測定していないためである可能性が高い。
300 nm
300 nm
(a) Initial SrCl2 conc. 0 [mol/L]
(b) Initial SrCl2 conc. 0.06 [mol/L]
Figure 4.10 FE-SEM images of samples with the raw material adding rate 2.5 [mL/min]
流速や塩化ストロンチウム添加によっては、平均粒子径や C.V.値に有意な差異は見受け
られなかった。よって、一部の例として原料添加速度 2.5 [mL/min], 反応槽内初期塩化ス
トロンチウム濃度 0, 0.06 [mol/L]について平均粒子径および C.V 値を示す(Table 4.1,
Figure 4.11)。
Table 4.1 Mean diameter and C.V. of samples with raw material adding rate 2.5 [mL/min]
Initial SrCl2 concentration [mol/ L]
0
0.06
Mean diameter [nm]
51.7
48.1
C.V. [-]
0.239
0.240
53
第四章
0.06 [mol/L]
110--
105--110
100--105
95--100
90--95
85--90
80--85
75--80
70--75
65--70
60--65
55--60
50--55
45--50
40--45
35--40
30--35
25--30
20--25
15--20
0.18
0.16
0.14
0.12
0.1
0.08
0.06
0.04
0.02
0
10--15
Frequency [-]
0 [mol/L]
Crystal size [nm]
Figure 4.11 Crystal size distribution of samples with the raw material adding rate at 2.5
[mL/min] and initial SrCl2 concentration at 0 [mol/L], 0.06 [mol/L]
4.6 事前添加剤
4.6.1
BaCl2 の効果(Ba の過剰イオン効果)
実験条件および操作
3.2 に示すような装置を用いた。予め 30[℃]の恒温槽内に設置した内容積 1 [L]の晶析槽
に、0.5[L]のメタノールを張り込み、事前に塩化バリウムを添加して所定濃度塩化バリウム
溶液とした。
槽内の擬似 pH(pH*)が所定の値(pH*=8.5)になるように、pH 調整剤として 4 [wt%]のア
ンモニア水溶液を添加し、調整した。ここに 400 [rpm]にて撹拌を与え、所定濃度に調製し
たストロンチウム溶液 [塩化ストロンチウム 6 水和物(0.5[mol/L])および、硝酸ユーロピウ
ム 6 水和物(0.005[mol/L])の混合溶液] およびオルトリン酸溶液(0.3 [mol/L])を共に 2.5
にて 40 [min]供給し、反応させた。また、槽内の擬似 pH を一定に保つために、pH 電極に
て槽内の pH を読み取り、pH 調整剤を供給した。所定時間経過後に4つの遠沈瓶に分け
て 2000 [rpm], 10 [min]で遠心分離後、上澄みのみを捨ててメタノールを各瓶に 50
[mL]添加し、よく振って分散して洗浄操作とした。全量吸引ろ過を行ない、メタノール
で洗浄後、150 [℃]の乾燥機にて 24 [hr]乾燥させて仮焼試料とした。得られた試料を乳鉢に
て粉砕後、ユーロピウムを還元するために、焼成炉にて 窒素水素混合気体(窒素 400
[mL/min]、水素 20 [mL/min])雰囲気下、1200 [℃]、6 [hr]の還元焼成を行なった。サン
プルは、XRD,蛍光光度計による測定を行なった。
54
第四章
4.6.2
結晶組成に関する検討
仮焼試料・焼成試料
水溶媒同様、バリウム添加によってピーク強度が低減した(Figure 4.12, 4.13)。バリウム
が添加されることで置換型点欠陥が生成し、その欠陥が結晶成長を阻害しているものと推
察される。バリウムのイオン半径はストロンチウムの 1.12 – 1.14 倍大きく、水溶媒でも触
れたようにピークシフトをしていることからも、アパタイト構造に影響を及ぼしているこ
とが見出された。
CAP
HAP
SrHPO4
SrHPO4
(Sr2.54Ba2.46)(PO4)3Cl
(Sr2.54Ba2.46)5(PO4)3Cl
unidentified
XRD peak intensity [cps]
1800
1600
1400
1200
1000
800
600
400
200
0
0
0.01
0.02
Initial BaCl2 concentration [mol/L]
sat.
Figure 4.12 Composition of the pre-sintered products as a function of excess BaCl2
XRD peak intensity [cps]
CAP
HAP
7000
TSP
Ba
Ba(PO4)3Cl
5(PO4)3Cl
(Sr2.54Ba2.46)(PO4)3Cl
(Sr2.54Ba2.46)5(PO4)3Cl
unidentified
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
0
0.01
0.02
Initial BaCl2 concentration [mol/L]
sat.
Figure 4.13 Composition of the sintered products as a function of excess BaCl2
55
第四章
4.6.3
蛍光特性に関する検討
メタノールにおけるバリウム添加は効果的でなかった。
バリウム添加によって蛍光が長波長化したが、バリウムが添加されるほど蛍光スペクト
ルの強度が低下した(Figure 4.14)。バリウム添加による長波長側の蛍光は残存していること
より、大量にバリウムが添加されることによって CAP の結晶生成自体が阻害されたか、メ
タノール溶媒内においてユーロピウムの CAP 内への配列が阻害されたことによることが示
唆された。ただし、前者は XRD ピーク強度が低下した 4.6.2 の結果と適合するが、水溶媒
でも見られた現象であるため、原因であるとは考察しづらい。
Fluorescence intensity [-]
Solid-phase
0 [mol/L]
0.01 [mol/L]
0.02 [mol/L]
saturated
2000
1500
1000
500
0
380
430
480
530
580
630
680
730
Fluorescence wavelength [-]
Figure 4.14 Fluorescence spectrum of samples with barium addition
輝度に関しては最大の蛍光強度を持つ添加量 0.005 [mol]が、色度に関しては青色領域
(430-470[nm])にピークを有する飽和量添加がそれぞれ最大を示した(Figure 4.15 )。輝度と
色度の関係がトレードオフの状態となっており、メタノールではバリウム添加による蛍光
120
100
80
60
40
20
0
(Distance from NTSC
blue )-1 [-]
Relative luminance [-]
特性改善に限界があることが明示された。
50
40
30
20
10
0
BaCl2 concentration [mol/L]
BaCl2 concentration [mol/L]
(a) Relative luminance
(b) Chromaticity
Figure 4.15 Fluorescence characteristics of samples added SrCl2 in crystallizer
56
第四章
4.7 焼成温度および焼成時間の選定
4.7.1
実験条件および操作
3.2 に示すような装置を用いた。予め 303 [K]の恒温槽内に設置した内容積 1 [L]の晶析槽
に、0.5[L]のメタノールを張り込んだ。
槽内の擬似 pH(pH*)が所定の値(pH*=8.5)になるように、pH 調整剤として 4 [wt%]のア
ンモニア水溶液を添加し、調整した。ここに 400 [rpm]にて撹拌を与え、所定濃度に調製し
たストロンチウム溶液 [塩化ストロンチウム 6 水和物(0.75[mol/L])および、硝酸ユーロピウ
ム 6 水和物(0.0075[mol/L])の混合溶液] 及びオルトリン酸溶液(0.45 [mol/L])を共に 5
[mL/min]にて 30 [min]供給し、反応させた。また、槽内の pH*を一定に保つために、pH
電極にて槽内の pH*を読み取り、pH 調整剤を供給した。所定時間経過後に4つの遠沈瓶
に分けて 2000 [rpm], 10 [min]で遠心分離後、上澄みを静かに捨ててメタノールを各瓶
に 50 [mL]添加し、よく振って分散して洗浄操作とした。全量吸引ろ過し、メタノール
で洗浄後、150 ℃]の乾燥機にて 24 [hr]乾燥させた。得られた試料は乳鉢にて粉砕後、仮焼
試料とした。
ユーロピウムを還元するために、仮焼試料を 1 [g]取り、焼成炉にて窒素水素混合気体(窒
素 400 [mL/min]、水素 20 [mL/min])雰囲気下において所定温度(600 – 1300 [℃]),所定
時間(0 or 6 [hr])の還元焼成を行なった。焼成試料は、XRD,XRF,蛍光光度計,FE-SEM
による測定を行なった。
4.7.2
結晶組成に関する検討
1100 [℃], 0 [hr]の時点で CAP 量が最大であり、結晶組成の観点からは、条件設定範
囲内では 1100 [℃]が最適である。これまで設定してきた 1200 [℃], 6 [hr]とは、CAP
ピーク強度がおよそ 2 倍、TSP ピーク強度がおよそ 0.25 倍であるが、これまでは見ら
Integral XRD peak intensity
[cps]
れなかった Sr2P2O7 (以下 SPP) が 630 [cps]検出された(Figure 4.16)。
SrHPO4
SrHPO4
7000
CAP
HAP
SPP
TSP
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
0
600
700
800
900
1000
1100
1200
1300
Sintering temperature [deg.C]
Figure 4.16 Integral area chart of sample composition under 0 – 1300 [deg.C] , 0 [hr]
57
第四章
焼成挙動は 0 – 600, 600 – 900, 900 – 1100, 1200 - 1300 [℃]の 4 段階に分けられる。
仮焼試料には SrHPO4 が生成しているが、これは 600 [℃]までに完全に SPP に熱分
解する。
600 [℃]から 900 [℃]まで HAP を除いて全体的に増加傾向にあり、結晶質の更なる
整列化、アモルファス成分の結晶化によるものと考えられる。HAP 量はこの範囲まで
ほぼ不変であり、SPP の微増はおそらく HAP の分解にも拠ると考えられる。
900 [℃]から 1100[℃]まで TSP の微増が見られ、熱安定性の観点から HAP の分解が
原因と考えられる。特に、1000 [℃]から急激に HAP 量が増加しており、(211)面およ
び(112)面間のピーク幅をシフトさせる物質(例えば Sr5(PO4)3O)が生成し始めたと推察
できる。
最後に CAP および SPP のピーク強度が 1200 [℃]から急激に落ちており、
1200 [℃]、
6 [hr]焼成時にはさらに顕著である(Figure 4.17)。よって、1100-1200 [℃]の範囲から
XRD peak intensity [cps]
これらの熱分解が開始されることが示された。
CAP
10000
HAP
TSP
8000
6000
4000
2000
0
0
6
Sintering time [hr]
Figure 4.17 Integral bar chart of fluorescence colocrystal component under 1200
[deg. C]
4.7.3
結晶構成元素比率に関する検討
ストロンチウムの原子量を 5 とした時の各元素の存在量を Figure 4.18 に示す。純粋な
CAP ならば、P は 3、Cl は 1 となるが、1100 [℃]からリン、塩素、ユーロピウムの存在比
率が低減し始め、1200 [℃]では急激な低下が見られる。1200 [℃]における焼成試料の仮焼
試料に対する減少率はリンが 34%(減少量 0.91)、塩素が 61%(減少量 0.64)、ユーロピウム
が 21%(減少量 0.02)であり、これらの構成元素が熱によって外部へと脱離することが示さ
れた。ただし、熱分解にて得られる SPP や TSP は CAP よりもリンの割合が高いことが化
学式から判断できるが、得られた結果からは逆に減少する結果が得られており、焼成試料
の生成結晶にはリンの空孔が多いものと推測される。
58
P
3.00
Cl
Eu
0.120
2.50
0.100
2.00
0.080
1.50
0.060
1.00
0.040
0.50
0.020
0.00
0.000
0
500
1000
Atomic ratio of Eu (vs. 5 Sr) [-]
Atomic ratio of P or Cl (vs. 5 Sr) [-]
第四章
1500
Sintering temperature [℃]
Figure 4.18 Atomic composition ratio change of sintered samples
4.7.4
蛍光特性に関する検討
青色蛍光は 800 [℃]から、紫蛍光は 900 [℃]から、それぞれ焼成温度が高まるほど蛍
光強度が高まった(Figure 4.19)。ただし、青色蛍光ピーク強度は 1100 [℃]から変化率
が低くなり 1200 [℃]を極大とした一方、紫色蛍光ピーク強度は 1200 [℃]まで緩やかに
増加し、1300 [℃]で急激に増加した。このことから、ユーロピウムの完全な還元反応
には少なくとも 1200 [℃], 0 [hr]が必要であることが示唆された。
なお、1200 [℃], 6 [hr]では両方の蛍光強度が低下している(Figure 4.20)。青色蛍光
が 1300 [℃], 0 [hr]および 1200 [℃], 6 [hr]で減少したことは、結晶 XRD ピーク強度よ
Fluorescence intensity [-]
り CAP 母体の減少が考えられるが、ユーロピウムの揮発も一要因として考えられる。
0 [hr], Blue
3000
0 [hr], Purple
2500
2000
1500
1000
500
0
400
500
600
700
800
900
1000
1100
1200
1300
Sintering temperature [deg. C]
Figure 4.19 Integral area chart of fluorescence color component under 0 - 1300 [deg.
C], 0 [hr]
59
第四章
Blue
Fluorescence intensity [-]
3000
Purple
2500
2000
1500
1000
500
0
0
6
Sintering time [hr]
Figure 4.20 Integral bar chart of fluorescence color component under 1200 [deg. C]
輝度は青色蛍光の推移とほぼ同じ変化をしており、1200 [℃], 0 [hr]で最高を示した
(Figure 4.21, 4.23(a))。これは各波長における分光視感効率が大きく影響しており、青
色領域の効率が紫色領域の効率よりも高いことによる(例:青色 450nm は紫色 410nm
の 31 倍の分光視感効率)。
16.0
Relative Luminance [%]
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
600
700
800
900
1000
1100
1200
1300
Sintering temperature [deg. C]
Figure 4.21 Area chart of luminance under 0 - 1300 [deg. C], 0 [hr]
一方、色度は 800 [℃]に極大値を有する(Figure 4.22, 23(b))。800 [℃]では紫蛍光を
全く含まず青色成分のみで構成されているためであるが、y 成分が不足しているため、
全体的に長波長化させるか、長波長(480 - 560 nm 付近)の蛍光を付与する必要がある。
60
第四章
Inverse number of distance in
chromaticity diagram [-]
25
20
15
10
5
0
600
700
800
900
1000
1100
Sintering temperature [deg. C]
1200
1300
Figure 4.22 Area chart of chromaticity (inverse number of distance in chromaticity
16.0
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
(Distance from NTSC
blue)-1 [-]
Relative luminance [-]
diagram) under 0 - 1300 [deg. C], 0 [hr]
17.6
17.4
17.2
17
16.8
16.6
16.4
0
6
Sintering time [hr]
0
6
Sintering time [hr]
(a) Luminance
(b) chromaticity
Figure 4.23 Integral bar charts of fluorescence characteristics under 1200 [deg. C]
高温になるにつれ紫蛍光が混入して色度間距離が広がっていくため、輝度と色度のバ
ランスから 1100, 1200 [℃]が最適である。ただし、結晶組成としては分解物が多い点を
勘案すると、1100 [℃], 0 [hr]が妥当であると判断した。
4.7.5
粒子特性に関する検討
600 [℃]までは結晶形状に大きな影響を与えないが、温度が上がるにつれて粒子が熱によ
って融解固着し、1100 [℃]でほぼ形状変化が終了したが、結晶成長は 1300 [℃]まで続いた
(Figure 4.24)。ただし、1300 [℃]に見られる小さな粒子は、その形状が不均質であること
から、操作上破砕したものであると推察される。
61
第四章
600 [nm]
600 [nm]
(a) 600 [deg.C]
(b) 700 [deg.C]
600 [nm]
600 [nm]
(c) 800 [deg.C]
(d) 900 [deg.C]
600 [nm]
600 [nm]
(e) 1000 [deg.C]
(f) 1100 [deg.C]
62
第四章
600 [nm]
600 [nm]
(g) 1200 [deg.C]
(h) 1300 [deg.C]
Figure 4.24 FE-SEM images of sintered samples under 600 – 1300 [deg.C], 0 [hr]
600 – 1300 [℃]全ての焼成温度で凝集しているが、600 [℃]までのその一つ一つの粒子径
は 100 [nm]程度であり、操作上最適とする 1100 [℃]においても 600 – 1000 [nm]の粒子径
を維持している。これまで操作条件としてきた 1200 [℃], 6 [hr]における粒子径は 2000
[nm]前後であり(Figure 4.25)、結晶組成や蛍光特性が改善されたのみならず、平均粒子径
においても微小化が達成された。
600 [nm]
Figure 4.25 FE-SEM images of sintered samples under 1200 [deg.C], 6 [hr]
63
第四章
4.8 総括
反応場のミクロ的、マクロ的な溶解度や溶質濃度や操作過飽和を考慮することは、青
色蛍光性クロロアパタイト生成に反応晶析法を適用する上で有用であり、メタノール溶
媒は水溶媒よりも良色度を有する高結晶純度なストロンチウムクロロアパタイト蛍光体微
粒子を得る上で優れた反応場である。
溶媒にメタノールを用いて 4 [wt%] アンモニア水で pH 計表示値を 8.5-9.0 に保ちつつ結
晶生成を行うことで、
水溶媒の 2 倍の純度のストロンチウムクロロアパタイトが生成する。
さらに、事前に反応槽へ適量の塩化ストロンチウムを添加することで結晶純度がさらに
1.5 倍向上する。焼成試料組成および蛍光特性から、反応槽内濃度は 0.06 [mol/L]が最適で
ある。輝度・色度についても塩化ストロンチウムを添加することで改善できる。
一方、水溶媒において蛍光特性に効果を与えるバリウム添加は、メタノール溶媒では蛍
光強度の著しい低下を招く。これは、主に大量にバリウムが添加されることによって CAP
の結晶生成自体が阻害されたこと、またはメタノール溶媒とバリウム添加の両者の相互作
用によることが推察できた。
最適な焼成条件は 1100 [℃]、0 [hr]である。これまで設定してきた 1200 [℃]、6 [hr]と比
べて、これまでは見られなかった Sr2P2O7 が検出されるが、代わりに CAP ピーク強度
がおよそ 2 倍、TSP ピーク強度がおよそ 0.25 倍となり、輝度も 1.2 倍となる。
Abbreviation
CAP
:ストロンチウムクロロアパタイト
Sr5(PO4)3Cl
HAP
:ストロンチウムヒドロキシアパタイト
Sr5(PO4)3 (OH)
TSP
:リン酸三ストロンチウム
Sr3(PO4)2
SPP
:ピロリン酸ストロンチウム
Sr2P2O7
NTSC
:アメリカ合衆国 国家テレビ標準化委員会
(National Television Standard Committee)
References
1 和光純薬; 製品安全データシート, #JW190421; 2007.9.19 改訂
2 和光純薬; 製品安全データシート, #JW010299; 2007.4.3 改訂
64
第五章
含水溶媒系における
反応晶析条件と
青色蛍光性ストロンチウムクロロ
アパタイトの結晶特性
第五章
5.1 緒言
メタノールを用い、かつ反応槽にアルカリ土類金属塩化物をあらかじめ仕込んだ状態
で結晶作製することでストロンチウムクロロアパタイトの生成量を増し、焼成温度の検
討によって分解物の生成量をさらに削減することに成功している。
しかし、水溶媒では分光視感効率に優れた長波長蛍光を効果的に誘発させていたバリ
ウムをメタノール溶媒下でドープしても水溶媒ほどの最大蛍光強度を得ることは出来
ず、容易に高輝度の青色を得ることが難しくなっている。
そのため、水とメタノールの長所を組み合わせた条件を探るために、メタノール−水
混合溶媒において、水溶媒での最適 pH = 7.0 とメタノール溶媒での最適値 8.5 – 9.0
の中間値である pH* = 8.0 における最適メタノール体積分率を選定し、その生成挙動を
検討する。
また、純メタノール溶媒において効果の低下が見られているバリウム添加について、
第三章、第四章と同様に検討し、メタノール−水混合溶媒の有用性を評価する。
66
第五章
5.2 実験装置
晶析装置、焼成装置、ともに、セクション 3.2 と同様の装置を用いたが、5.3 項のみ
金属塩および酸滴下用のローラーポンプは使用しなかった。
5.3 各メタノール体積分率における中和滴定プロファイル変化の確認
5.3.1
実験条件および操作
3.2 項と同様の装置を用いたが、
金属塩および酸滴下用のローラーポンプは使用せず、
303 [K]の恒温に保った反応槽に所定体積分率のメタノール‐水混合溶媒 475 [mL]と
80 % 正リン酸 25 [mL]を投入して 400 [rpm]で攪拌した。アンモニア水 5.6 [wt%]をポ
ンプで 5 [mL/min]の速度で供給し、沈殿の有無およびその時の pH*を測定した。なお、沈
殿の発生は目視で確認した。
初期メタノール体積分率を 0.00-1.00 [-]まで 0.25 刻みで変化させた。
5.3.2
pH 変化および目視による生成物に関する検討
メタノール体積分率 100 [%]の時に pH ジャンプ後の挙動に変化が見られたが、それ
以外には初期メタノール体積分率の違いによって pH 変動の傾向に違いは見られず
(Figure 5.1)、メタノール溶媒にも酸性塩基性の概念が存在すること、また、pH*を水
溶媒における pH とまったく同一の数値としては用いることが出来ないものの、同一溶
媒体積分率内における値の大小による酸性度・塩基性度比較が可能であることが示唆さ
れる。
100%
75%
50%
25%
0%
11.0
10.0
9.0
pH (pH*) [-]
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0
100
200
300
ammonia drop amount [mL]
400
Figure 5.1 Neutralization titration curves under each methanol volume ratio
67
500
第五章
また、第一中和点を初期メタノール体積分率でプロットすると直線に乗ることから
(Figure 5.2)、pH*は初期メタノール体積分率に対して直線的に変化することが示唆さ
れる。その直線の式は、試料溶液のメタノール溶媒体積分率を x [-]とすれば、以下の式
で表わされる。
(pH*) = 1.42 x + (pH)
(5.1)
これは、pH 計の測定手法が溶液の比検液と pH 既知の溶液との間に生じる電位差を利
用しているためであると考えられる。
以上より、各初期メタノール体積分率から最適 pH*を算出、または設定 pH*から最
適初期メタノール体積分率を算出可能であることが示唆される。
ここで Figure 5.2 において算出された式(5.1)より、水溶媒では中性条件 7.0 が最適
であったことから、メタノール体積分率 100 [%]時の最適値は 8.4 と算出される。実際
においてもセクション 4.4 にて最適値は 8.5 - 9.0 であると導かれており、このことも考
察の妥当性を追従する。
median of 1st jumped pH [-]
6.5
6.0
5.5
5.0
y = 0.0142x + 4.52
R² = 0.9823
4.5
4.0
0
25
50
75
Methanol volume fraction [%]
100
Figure 5.2 Variation of first jumped pH (pH*) in methanol volume ratio
メタノール体積分率 100 [%]の時における pH ジャンプ後の挙動であるが、
最初の pH
低下とほぼ同時に白色沈澱が見られた。この白色沈澱生成はメタノール体積分率 100
[%]の時にのみ見られ、生成物を XRD によって定性分析したところ、NH4H2PO4 であ
ることが示された(Figure 5.3)。pH が急上昇した後に若干値が下がるのは、NH4H2PO4
に因るものであることが示唆された。
68
XRD peak Intensity [cps]
第五章
30.0
XRD Spectrum
25.0
20.0
JCPDS data
(NH4H2PO4)
(NH
4H2PO4)
15.0
10.0
5.0
0.0
10
×10^3
15
20
25
30
35
2θ/θ [degree]
40
45
50
55
Figure 5.3 Precipitate by acid-base titration in pure methanol
5.4 固定 pH*における最適溶媒体積分率の検討
5.4.1
実験条件および操作
3.2 に示すような装置を用いた。予め 30[℃]の恒温槽内に設置した内容積 1 [L]の晶析槽
に、0.5 [L]の所定メタノール体積分率のメタノール‐水混合溶媒を張り込んだ。
槽内の pH 計表示値(pH*)が所定の値になるように、pH 調整剤として 4 [wt%]のアンモニ
ア水溶液を添加し、調整した。ここに 400 [rpm]にて撹拌を与え、所定濃度に調製した所定
メタノール体積分率のストロンチウム溶液 [塩化ストロンチウム 6 水和物(0.5[mol/L])およ
び、硝酸ユーロピウム 6 水和物(0.005[mol/L])の混合溶液] 及びオルトリン酸溶液(0.3
[mol/L])を共に 5 [mL/min]にて 20 [min]供給し、反応させた。また、槽内の pH*を一定に
保つために、pH 電極にて槽内の pH を読み取り、pH 調整剤を供給した。所定時間経過後
に4つの遠沈瓶に分けて 2000 [rpm], 10 [min]で遠心分離後、上澄みのみを静かに捨て
てメタノールを各瓶に 50 [mL]添加し、よく振って分散して洗浄操作とした。全量を吸
引ろ過し、メタノールで洗浄後、150 [℃]の乾燥機にて 24 [hr]乾燥させ、仮焼試料とした。
得られた試料を乳鉢にて粉砕後、ユーロピウムを還元するために、焼成炉にて窒素水素混
合気体(窒素 400 [mL/min]、水素 20 [mL/min])雰囲気下、1200 [℃]、6 [hr]の還元焼成
を行なった。サンプルは、XRD,蛍光光度計による測定を行なった。
5.4.2
結晶組成に関する検討
仮焼試料
セクション 5.3 の pH 滴定における第一中和点と同様に、中性条件下の pH*がメタノール
体積分率に対して線形に推移するとするならば、pH* = 8.0 を中性とするメタノール体積分
率は、式(5.1)に代入しておよそ 70 [vol.%]であると予測される。今回の結果では HAP の生
成量より、メタノール体積分率 60 [%]から 70 [%]あたりを境に低体積分率側で塩基性が強
くなることが読み取れる(Figure 5.4)。逆に、酸性が強くなることが SrHPO4 の生成量から
69
第五章
推察でき、式(5.1)により対象溶液初期体積分率の中性条件の見当がつくことが示された。
しかし、pH* = 8.0 における最適メタノール体積分率は 60 – 70 [vol.%]であった(Figure
5.2)。式(5.1)から考えれば、メタノール体積分率 60 [vol.%]において pH* = 8.0 は弱塩基性
である。メタノール体積分率 100 [%]の場合も 8.5 - 9.0 の中性−弱塩基性と思われる領域で
最適値を示しており、純メタノール溶液やメタノール‐水混合溶液では、中性からやや塩
基性までの領域が有利であることが示唆される。
水溶媒に換算した時の pH がほぼ同一になるメタノール−水混合溶媒と純メタノール溶
媒の仮焼試料の組成を比較すると、メタノール−水混合溶媒で作成した場合に HAP の含有
XRD peak intensity [cps]
率が高く、溶媒の水が生成物組成に影響を与えていることが、この点からも証明される。
CAP
3000
HAP
SrHPO4
SrHPO4
50
60
2500
2000
1500
1000
500
0
0
40
70
100
Methanol volume fraction [%]
Figure 5.3 Integral area chart of pre-sintered crystal composition under all methanol
volume fractions
焼成試料
メタノール体積分率 50 [%]の時に CAP 量の最大値および熱分解物量の最小値を示した
(Figure 5.3)。メタノール体積分率 50 [%]における pH* = 8.0 は、水溶媒における pH 7.3
の弱塩基性にあたる。メタノール体積分率 100 [%]における最適条件は式上では中性−弱塩
基性と考えられる 8.5 – 9.0 (pH 換算 7.0 – 7.6)であったことから、クロロアパタイトを得る
上で最適な条件は、水溶媒における pH 7.0 – 7.6 の弱塩基性範囲にあることが見出された。
このような結果となる理由には、HAP が少量生成したとしても熱耐性の低い SrHPO4 が溶
解度の関係から生成しにくい弱塩基性条件下において、SrHPO4 の分解による TSP の生成
を抑制できることが考察できる。
ここで、仮焼試料の時と同様に純メタノール溶媒と比較すると、メタノール体積分率 50
[%]の試料に含有する分解物がメタノール体積分率 100 [%]の試料の値よりも低く、メタノ
ール体積分率 50 [%]の試料の優位性が改めて認められた。これは HAP の熱分解による影
70
第五章
XRD peak intensity [cps]
響よりも純メタノール溶媒による CAP の分解耐性低下の影響が大きいためと考えられる。
CAP
8000
HAP
TSP
7000
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
0
40
50
60
70
100
Methanol volume fraction [%]
Figure 5.4 Integral area chart of sintered crystal composition under all methanol
volume fractions
5.4.3
蛍光特性に関する検討
CAP が最多かつ分解物の少ないメタノール体積分率 50 [%]において、もっとも青の比率
が高い蛍光が得られた(Figure 5.5)。メタノール体積分率 100 [%]では固相法の最大強度を
超えたものは初期ストロンチウム添加 0.04 [mol/L]以上のときのみであり、水溶媒が添加
されたことによって蛍光強度も増していることが認識できる。この原因は純メタノールに
おいて CAP の熱分解耐性が低下したことによるものと考えられ、蛍光特性の面においても
メタノール−水混合溶媒の優位性が示された。
Ref
Fluorescence intensity [-]
3000
40 [%]
50 [%]
60 [%]
70 [%]
2500
2000
1500
1000
500
0
380
430
480
530
580
630
680
730
Fluorescence wavelength [nm]
Figure 5.5 Fluorescence spectrum of samples with each methanol volume fraction
71
第五章
5.5 事前添加剤 BaCl2 の効果(Ba の過剰イオン効果)
5.5.1
実験条件および操作
3.2 に示すような装置を用いた。予め 30[℃]の恒温槽内に設置した内容積 1 [L]の晶析槽
に、0.5[L]のメタノールを張り込み、事前に所定量の添加剤を添加して溶解させた。
槽内の擬似 pH(pH*)が所定の値(pH*=8.5)になるように、pH 調整剤として 4 [wt%]のア
ンモニア水溶液を添加し、調整した。ここに 400 [rpm]にて撹拌を与え、所定濃度に調製し
たメタノール体積分率 50 [vol.%]のストロンチウム溶液 [塩化ストロンチウム 6 水和物
(0.5[mol/L])および、硝酸ユーロピウム 6 水和物(0.005[mol/L])の混合溶液] 及びメタノ
ール体積分率 50 [vol.%]のオルトリン酸溶液(0.3 [mol/L])を共に 2.5 [mL/min]にて 40 [min]
供給し、反応させた。また、槽内の pH*を一定に保つために、pH 電極にて槽内の pH*を読
み取り、pH 調整剤を供給した。所定時間経過後に4つの遠沈瓶に分けて 2000 [rpm], 10
[min]で遠心分離後、上澄みを静かに捨ててメタノールを各瓶に 50 [mL]添加し、よく
振って分散して洗浄操作とした。これを全量吸引ろ過し、メタノールで洗浄後、150 [℃]
の乾燥機にて 24 [hr]乾燥させた。得られた試料は乳鉢にて粉砕後、ユーロピウムを還元す
るために、焼成炉にて窒素水素混合気体(窒素 400 [mL/min]、水素 20 [mL/min])雰囲
気下で 1200 [℃],6 [hr]の還元焼成を行なった。サンプルは、XRD,蛍光光度計による測
定を行なった。
5.5.2
結晶組成に関する検討
仮焼試料
メタノール溶媒と同様、バリウムが添加された系の結晶化度は押し並べて悪く(Figure
XRD peak intensity [cps]
5.6)、アモルファス状態のスペクトルを呈した。
2000
CAP
HAP
(Sr2.54Ba2.46)(PO4)3Cl
(Sr2.54Ba2.46)5(PO4)3Cl
1500
1000
500
0
0
0.01
0.02
0.04
0.06
Initial BaCl2 concentration [mol/L]
Figure 5.6 Composition of the pre-sintered products as a function of excess BaCl2
72
第五章
焼成試料
メタノール溶媒における過剰ストロンチウムの場合と同様に、バリウム初期濃度が高い
ほど(Sr2.54Ba2.46)5(PO4)3Cl の結晶化度が微量ながら向上している(Figure 5.7)。その原因は
XRD peak intensity [cps]
メタノール溶媒における過剰ストロンチウムの場合と同じものであると考えられる。
7000
CAP
HAP
TSP
(Sr2.54Ba2.46)(PO4)3Cl
(Sr2.54Ba2.46)5(PO4)3Cl
unidentified
6000
5000
4000
3000
2000
1000
0
0
0.01
0.02
0.04
0.06
Initial BaCl2 concentration [mol/L]
Figure 5.7 Composition of the sintered products as a function of excess BaCl2
また、反応槽内初期塩化バリウム濃度 0.04 [mol/L]に達した以降において TSP または未
同定物質への分解が抑制されている。そのため、結晶内にある一定量以上のバリウムが添
加された時に熱耐性 を有すると考 察した。初期 濃度が 0.04 [mol/L]の条件で初め て
(Sr2.54Ba2.46)5(PO4)3Cl と等しいピーク位置に生成物ピークがシフトしており(Figure 5.8 参
照。なお、0.02 [mol/L]ではピークが二本多く見られるが、その二本は TSP のピークであ
る)、0.04 [mol/L]以上において結晶中のバリウムがストロンチウムと同量以上になったこと
XRD peak intensity [cps]
を示していることが、この考察を支持している。
2000
0.02 [mol/L]
0.06 [mol/L]
0.04 [mol/L]
JCPDS [(Sr
[Sr2.54Ba2.46)5(PO4)3Cl]
2.54Ba2.46)5(PO4)3Cl]
1500
1000
500
0
25
30
2θ/θ [deg.]
Figure 5.8 Peak shift of XRD spectrum by barium addition in mixed solvent
73
35
第五章
なお、純メタノール溶媒では Ba5(PO4)3Cl が生成していたのに対して、メタノール‐水
混合溶媒系においては、純メタノール溶媒における条件よりも濃度が高い条件も含まれる
のにかかわらず、Ba5(PO4)3Cl が生成しなかった。これは、メタノール溶媒では高濃度の塩
化ストロンチウム溶液(0.5 [mol/L])と高濃度の塩化バリウム溶液(0.1 [mol/L])を混合すると
共沈する(一方、50 [%]混合溶液では共沈しない)ことが関係すると推察される。つまり、
純メタノール溶媒では共沈現象によってバリウムイオンが優先的に塩として析出すること
で、操作前後半において組成の変化が少なくなっていると考察した。
前述の共沈現象のため、メタノール体積分率 100 [%]の金属塩溶液にバリウムを添加する
ことは非常に困難である。金属塩溶液側にバリウムを添加することによって反応槽内のス
トロンチウム/バリウム存在比の時間変化を抑えることができるメリットがあるが、反応
槽内の金属濃度が時間変化するため、反応場の安定性に欠ける欠点を有する。両者の欠点
を克服するためには、反応場にストロンチウム塩を仕込んでおく一方、原料金属溶液のス
トロンチウムとバリウムの物質量を加算した値が原料リン酸溶液のリン酸の物質量と化学
量論になるように調節する必要があると考察した。このような系を構築する場合、共沈に
耐性が得られるメタノール−水混合溶媒は純メタノール系よりも有用である。
5.5.3
蛍光特性に関する検討
結晶組成が異なるので単純な比較は不可能だが、純メタノール溶媒と同程度の結晶化度
しか有さないにもかかわらず、純メタノール溶媒系とは異なり、全て一定以上の蛍光強度
を示しており(Figure 5.9)、4.6.3 項で挙げた 2 つの理由のうち、後者の理由、つまり、溶媒
に水が混在したことで効果的に発光中心のユーロピウムがドープされたものと推察した。
Fluorescence intensity [-]
2000
Solid-phase
0 [mol/L]
0.01 [mol/L]
0.02 [mol/L]
0.04 [mol/L]
0.06 [mol/L]
1800
1600
1400
1200
1000
800
600
400
200
0
380
430
480
530
580
630
Fluorescence wavelength [-]
680
730
Figure 5.9 Fluorescence spectrum of barium added samples into crystallizer
74
第五章
輝度・色度においては、どちらも固相法を超える条件が見られており、輝度・色度の観
点からもメタノール−水混合溶媒系の有用性が示された。特に添加量 0.01 [mol/L]の色度間
距離の逆数は固相法の二倍に近く、同時に 50 [%]の輝度を維持している(Figure 5.10)。
(Distance from NTSC
blue )-1 [-]
Relative luminance [-]
120
100
80
60
40
20
0
70
60
50
40
30
20
10
0
BaCl2 concentration [mol/L]
BaCl2 concentration [mol/L]
(a) Relative luminance
(b) Chromaticity
Figure 5.10 Fluorescence characteristics of samples added BaCl2 in crystallizer
5.6 総括
pH 計表示値(pH*)はメタノール体積分率に直線的に変化し、その変化は次式で表わさ
れる。
(pH*) = 1.42 x + (pH)
ただし、x:試料溶液のメタノール溶媒体積分率[-]
反応場のミクロ的、マクロ的な溶解度や溶質濃度や操作過飽和を考慮することは、青
色蛍光性クロロアパタイト生成に反応晶析法を適用する上で有用であり、メタノール−
水混合溶媒系は水溶媒や純メタノール溶媒よりも高輝度・良色度を有するストロンチウム
クロロアパタイト蛍光体微粒子を得る上で最良の条件である。
焼成試料では水−メタノール添加系の方で不純物が少なく、蛍光特性に優れたものが得
られる。また、晶析槽内事前塩化バリウム添加条件についても同様であり、組成的に複数
の組成を含まないものが得られ、かつ、蛍光特性も優れた蛍光体が得られる。
各条件による結晶特性の傾向は純メタノールとほとんど変わらないが、仮焼試料でのみ、
水の多い水−メタノール混合溶媒系ではストロンチウムヒドロキシアパタイトの生成比率
が多い。以上から、HAP の生成に溶媒の水が関係していることが明らかになった。
75
第五章
Abbreviation
CAP
:ストロンチウムクロロアパタイト
Sr5(PO4)3Cl
HAP
:ストロンチウムヒドロキシアパタイト
Sr5(PO4)3 (OH)
TSP
:リン酸三ストロンチウム
Sr3(PO4)2
SPP
:ピロリン酸ストロンチウム
Sr2P2O7
NTSC
:アメリカ合衆国 国家テレビ標準化委員会
(National Television Standard Committee)
Nomenclature
x
:試料溶液のメタノール溶媒体積分率
76
[-]
第六章
反応晶析法による
赤色蛍光性ホウ酸イットリウム
ガドリニウムの生成
第六章
6.1 緒言
第二章で示した通り、三価ユーロピウムの蛍光は母体金属サイトの空間反転対称性に
よって決定される。格子欠陥の有無を制御しやすい反応晶析法は、蛍光色を最適化する
上で最適の操作法である。
また、粒子径を微小化するにも、ビルドアッププロセスである反応晶析法は最適の手
法であり、結晶化度の低い微小粒子を用いることで、母体金属サイトの空間反転対称性
を低減させることによる蛍光色の赤化、および、粒子微小化による塗布性能の向上を同
時に図ることが可能である。
ただし、ホウ酸イットリウムガドリニウムは常温下では結晶化しないため、固液分離
手法に注意を払う必要があり、予備実験によって固液分離手法を以下のように確立した。
固液分離手法:4 つの遠沈瓶に分割して遠心分離(2000 [rpm], 20 [min])する。上澄
みを捨て、それぞれの瓶に 50 [mL]の純水を入れて、よく振り混ぜることで結晶を分散
させ、これを洗浄操作とする。1 瓶を 2~3 回にわけて加圧濾過器に移し、0.45 [μm]のメ
ンブランフィルターを用いて 0.35 – 0.40 [MPa]にて加圧濾過する。これを 4 瓶全て行な
う。
最適な固液分離手法を見出した後、第三−五章におけるストロンチウムクロロアパタ
イト生成時と同様に、反応場のミクロ的、マクロ的な溶解度や溶質濃度や操作過飽和を
考慮しつつ反応晶析法を適用する。そのため、ストロンチウムクロロアパタイト生成時
に重要な操作因子であった pH および、反応場の局所的過飽和を緩和するための pH 緩
衝剤、不純物組成反応場の過飽和状態を不純物組成に不利になるようなイオン過剰状態
に固定するための反応槽内事前添加剤について知見を得る。また、不純物組成に不利に
なるような反応場の有効性を確認するために、3 種の原料を添加する手法について検討
を行う。また、反応後にすぐにバルク溶液領域に送り込み可能、つまり核発生領域と結
晶成長領域の分離や核発生領域内滞留時間の短期化が可能な原料供給口位置の有効性
を確認するために、原料供給口位置最適化を試みるとともに、反応晶析法によって得ら
れた微小粒子に対する焼成操作による粗大化の影響を低減するため、最適な焼成条件を
明らかにする。
78
第六章
6.2 実験装置および基本操作
晶析装置は 3.2 と同様の装置を用いた。晶析装置は Stavek ら1や片山ら2が使用した
ものと同様の装置を使用し(Figure 6.1)、Triple jet 法による反応晶析を行った。晶析
槽には IWAKI Pyrex 製の 1 [L]ビーカーを、攪拌翼はステンレス製で花弁状のものを用
い、4 枚羽根の邪魔板(Figure 6.1 では一部省略)はアクリル板にて自作した。晶析槽
および攪拌翼の寸法を Figure 6.2, 6.3 にそれぞれ示す。
焼成装置については、ホウ酸イットリウムガドリニウムはユーロピウムの還元操作を
必要としないため、Yamato Scientific 社製の Muffle Furnace FP-21 を用いた。
⑦
①
①
⑥
①
⑨
⑧
∞
②
⑤
③
⑩
④
① Feed pump(s)
⑥ Baffle
② Feed tank of metal solution
⑦ Impeller
③ Feed tank of acid solution
⑧ pH electrode
④ Thermostat bath
⑨ pH controller
⑤ Crystallizer
⑩ Feed tank of pH adjuster
Figure 6.1 Schematic diagrams of double jet crystallizer
79
第六章
Metal sln.
Acid sln.
pH adjuster
10 mm
10 mm
94 mm
140 mm
20 mm
20 mm
48 mm
10 mm
10 mm
5 mm
5 mm
110 mm
Figure 6.2 Geometrical parameters of baffled crystallizer
45 deg.
14 mm
20 mm
48 mm
Figure 6.3 Geometrical parameters of impeller
80
第六章
また、蛍光特性の分析には、KONICA MINOLTA Medical & Graphic 社の岡田尚大
様のご厚意により、色彩測定装置一式を使用させて頂いた。蛍光色彩測定装置一式の概
念図を Figure 6.4 に示す。なお、VUV 源にはウシオ電機株式会社製の UER 20H-146VB、
色彩計には KONICA MINOLTA Sensing 社製の Chroma meter CS-200、真空ポンプ
には PFEIFFER Vacuum 社製の TMH-071P, DN40 ISO-KF, 3P を使用した。
⑤
②
⑥
③
①
④
①
Vacuum chamber
④
Specimen support
②
VUV laser
⑤
Chroma meter
③
Specimen
⑥
Vacuum pump
Figure 6.4 Schematic diagrams of fluorescence chroma-measuring apparatus
6.3 最適 pH の選定
6.3.1
実験条件および操作
実験装置には内容積 1 [L]のダブルジェット型反応晶析装置を用い、4 枚の邪魔板を
設置した。内容積 1 [L]の晶析槽を 60 [℃]に恒温し、0.5 [L]の純水を張り込んだ。400
[rpm]にて撹拌を与え、イットリウム混合溶液(0.3 [mol/L] Y(NO3)3aq, 0.03 [mol/L]
Gd(NO3)3aq, 0.015 [mol/L] Eu(NO3)3aq)および 0.3 [mol/L]の H3BO3aq を共に 5
[mL/min]、7 [wt%] アンモニア水を流量可変にて 30 [min]供給し、反応させた。
反応後、4 つの遠沈瓶に分割して遠心分離(2000 [rpm], 20 [min])した。上澄みを
捨て、それぞれの瓶に 50 [mL]の純水を入れて良く振り混ぜることで生成物を分散させ、
これを洗浄操作とした。1 瓶を 2 - 3 回にわけて加圧濾過器に移し、0.45 [μm]のメンブ
ランフィルターにて 0.35 – 0.40 [MPa]にて加圧濾過した。これを 4 瓶全て行なった。そ
81
第六章
の後 150 [℃]の空気中にて 24 [hr]仮焼し、仮焼試料とした。仮焼後、2.0 [g]を空気中、
1000 [℃]に上昇してから 6 [hr]焼成し、焼成試料とした。
仮焼試料は XRD を、焼成試料は XRD および色彩測定装置(励起波長 147 [nm])にて、
それぞれ測定した。
6.3.2
待ち時間に関する検討
pH が高まるほど待ち時間(目視で白濁が確認できる時間)は減少し(Table 6.1)、反
応終了後の生成量も増加した。(Y, Gd)BO3(実際には後述のとおりアモルファス)の溶
解度は pH 依存性を有し、pH が高いほど溶解度は低下することが示された。
Table 6.1 Change induction period by pH
6.3.3
pH [-]
7
7.5
8
8.5
9
Induction period [min]
13.5
8
5
4
3
結晶組成に関する検討
全て仮焼試料は非晶質であった(スペクトル例:Figure 6.5)。どの pH においても結
晶化は為されなかった。生成物は YBO3 または Y3BO6 のアモルファスであると思われ
たが、アモルファス時の両者のピーク形状は類似することが予想され、完全な同定は不
可能であった。
1200
Intensity [cps]
1000
800
600
400
200
0
10
20
30
40
50
60
70
80
2θ/θ [deg.]
Figure 6.5 Typical XRD spectrum of pre-sintered sample (pH = 8.5)
82
90
第六章
焼成後は pH =8.5 で最大強度となり、また不純物の混入は認められなかった(Figure
XRD peak intensity [cps]
6.6)。これは、溶解度の pH 依存性によるものと考察される。
YBO3
YBO3
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
7.0
Y17.33(BO3)4(B2O5)2O16
Y3BO6
7.5
8.0
pH [-]
8.5
9.0
Figure 6.6 Composition change of sintered samples by pH
6.3.4
蛍光特性に関する検討
輝度および色度は結晶化度と正の相関を描き、その結果、最適値は 8.5 であることを
明らかにした(Figure 6.7)。輝度と結晶化度の関係は第二章に示した通り母体中の結合
が大きく影響するため、理論通りの結果である。輝度の高いものは色度も高くなってい
るが、発光強度が固相法の 50 – 80 [%]と低いため、彩度が低下したことによって蛍光
色が相対的に暗化していくためと考察された。なお、色度と粒子径のトレードオフ関係
は主にナノサイズ粒子のみに成り立つものであり、本条件では焼成時にサブミクロンサ
イズ以上にまで粒子成長が行われるため、現状では考慮する必要性はない。
Luminance [%]
(Distance from NTSC red)-1
[-]
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
solid
6.5phase
7.5
8.5
9.5
30
29.5
29
28.5
28
27.5
27
26.5
26
6.5phase 7.5
solid
pH [-]
8.5
9.5
pH [-]
(a) Relative luminance
(b) chromaticity
Figure 6.7 Fluorescence characteristics of pH-changed sintered samples
83
第六章
6.4 pH 緩衝剤の選定
6.4.1
実験条件および操作
実験装置には内容積 1 [L]のダブルジェット型反応晶析装置を用い、4 枚の邪魔板を
設置した。内容積 1 [L]の晶析槽を 30 [℃]に恒温し、0.5 [L]の純水および所定量の緩衝
剤(Table 6.2)を張り込んだ。800 [rpm]にて撹拌を与え、イットリウム混合溶液(0.3
[mol/L] Y(NO3)3aq, 0.03 [mol/L] Gd(NO3)3aq, 0.015 [mol/L] Eu(NO3)3aq)および 0.3
[mol/L]の H3BO3aq を共に 5 [mL/min]、7 [wt%] アンモニア水を 4 [mL/min]にて 20
[min]供給し、反応させた。
反応後、4 つの遠沈瓶に分割して遠心分離(2000 [rpm], 20 [min])した。上澄みを
捨て、それぞれの瓶に 50 [mL]の純水を入れて良く振り混ぜることで生成物を分散させ、
これを洗浄操作とした。1 瓶を 2 - 3 回にわけて加圧濾過器に移し、0.45 [μm]のメンブ
ランフィルターにて 0.35 – 0.40 [MPa]にて加圧濾過した。これを 4 瓶全て行なった。そ
の後 150 [℃]の空気中にて 24 [hr]仮焼し、仮焼試料とした。仮焼後、2.0 [g]を空気中、
1000 [℃]に上昇してから 6 [hr]焼成し、焼成試料とした。
仮焼試料は XRD および FE-SEM にて、焼成試料は XRD および色彩測定装置(励起
波長 147 [nm])にて、それぞれ測定した。
Table 6.2 Component of pH buffers
Buffer series
Buffer component (concentration [mol/L])
(No buffers)
(No buffers)
H3BO3 (1/40) + NH3 (1/40)
Boric acid
H3BO3 (1/60) + KCl (1/120) + NaOH (1/60)
H3BO3 (1/30) + Na2B4O7:10H2O (1/120) + NaCl (1/120)
Borax
Ammonia salt
Na2B4O7:10H2O (1/20)
Na2B4O7:10H2O (1/40) + Na2CO3 (1/40)
NH4Cl (1/40) + NH3 (1/40)
NH4NO3 (1/40) + NH3 (1/40)
Carbonate
Na2CO3 (1/40) + NaHCO3 (1/40)
Biochemical
Bis-Tris (1/20)
6.4.2
pH 変化に対する検討
全ての緩衝剤において、pH の振れ幅および pH 変化速度が低減され、急激な過飽和
変化が抑制された(Figure 6.8)。また、以上から局所的過飽和の緩和も見込まれる。
緩衝剤によって初期 pH や pH 変化速度に差があり、比較的曲率が急な緩衝剤 H3BO3
+ KCl + NaOH や Bis-Tris は使用を避けるべきであることが示唆される。
また、最終的な pH に若干差異が認められるが、ほぼ初期 pH 順に並んでいることか
84
第六章
ら、初期 pH の差異と総供給原料量が同じであることによることが考えられる。
H3BO3+NH3
H
3BO3 + NH3
no
buffer
No
buffers
H3BO3+KCl+NaOH
H3BO3 + KCl + NaOH
H
3BO3 + Na2B4O7:10H2O +NaCl
H3BO3+Na2B4O7・10H2O+NaCl
Na2B4O7:10H2O + Na2CO3
Na2B4O7・10H2O+Na2CO3
Na2B4O7:10H2O
Na2B4O7・10H2O
NH3 + NH4Cl
NH3+NH4Cl
Na2CO3 + NaHCO3
Na2CO3+NaHCO3
NH
3 + NH4NO3
NH3+NH4NO3
11
10.5
10
9.5
pH [-]
9
8.5
8
7.5
7
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900 1000 1100 1200 1300
Elapsed time [sec]
Figure 6.8 pH profile of samples with buffers
6.4.3
結晶組成に関する検討
仮焼試料
全ての緩衝剤において(Y, Gd)BO3 前駆体を生成したが(Figure 6.9 (a), (b))、炭酸塩
を含む系のみアモルファス中に結晶質のピークが見られた(Figure 6.10 (a), (b))。
JCPDS では同定が不可能であったが、炭酸塩が含まれる系で見られたことから炭酸イ
ットリウムまたはそれに類する物質であると推察する。
500
400
Intensity [cps]
Intensity [cps]
500
300
200
100
400
300
200
100
0
0
10 15 20 25 30 35 40 45 50 55
10 15 20 25 30 35 40 45 50 55
2θ/θ [deg.]
2θ/θ [deg]
(a) H3BO3 + Na2B4O7:10H2O + NaCl
(b) NH3+NH4Cl
Figure 6.9 Typical XRD spectra of pre-sintered samples with buffers not containing Na2CO3
85
第六章
Intensity [cps]
Intensity [cps]
1000
800
600
400
200
600
500
400
300
200
100
0
0
10 15 20 25 30 35 40 45 50 55
10 15 20 25 30 35 40 45 50 55
2θ/θ [deg]
2θ/θ [deg.]
(a) Na2CO3 + Na2B4O7
(b) Na2CO3 + NaHCO3
Figure 6.10 Typical XRD spectra of pre-sintered samples with buffers containing Na2CO3
焼成試料
ホウ酸を含む緩衝剤を使用した場合、顕著な(Y, Gd)BO3 生成能を示すことを見出し
た(Figure 6.11) 。ホウ砂を含む系でも純粋な(Y, Gd)BO3 生成能を示したが、ピーク強
度は緩衝剤なしと有意な差が認められなかった。これは、緩衝剤中のホウ素が原料と有
効に反応し、特に原料にも用いられるホウ酸使用時にその効果が強く表れるためと考え
られる。なお、炭酸ナトリウム−ホウ砂混合系では結晶化度が約 2 倍となり、結晶化度
の観点では最高値を示したことから、炭酸イオンが(Y, Gd)BO3 生成を促進する効果が
あることも示唆された。
アンモニウム塩系では Y3BO6 の混入を抑制できず、適していないことが明らかとな
った。Y3BO6 は化学式上では YBO3 と Y2O3 の混合物とも考えられ、また、Y2O3 は水酸
化イットリウムから脱水することでも得られるため、アンモニア水とイットリウムが直
接反応したことによる可能性が高い。
炭酸塩系では主生成物が Y2O3 であり、目的物は得られなかった。炭酸イットリウム
から炭酸の脱離による生成が考えられる。
最後に、Bis-Tris を用いた場合には沈殿を生じず、緩衝剤に適さなかった。
次に、XRF によるホウ酸系および炭酸塩系緩衝剤において、イットリウムとガドリ
ニウムの物質量の和を 1.0 [-]とした時の、その他の結晶構成元素の存在割合に着目する
と、
(存在割合とは、ここでは化学式(Y+Gd)BaO3:EubClcNadKe の a – e 部分とする。な
お、炭素および酸素は装置の特性上測定不可。Table 6.3 参照)
、緩衝剤構成元素が結晶
内に存在していることは明白であり、これらがユーロピウムを中心とする空間反転対称
性を崩す可能性が高い。
86
第六章
Table 6.3 Atomic composition of Element in samples with pH buffers
H3BO3+Na2B4O7+NaCl
H3BO3+KCl+NaOH
H3BO3+NH3aq
NaHCO3+Na2CO3
Y
0.867
0.868
0.870
0.871
Gd
0.133
0.132
0.130
0.129
Eu
0.066
0.066
0.064
0.064
B
0.924
0.752
1.632
0.298
Cl
0.005
0.019
0.000
0.000
Na
0.003
0.002
0.000
0.005
K
0.000
0.013
0.000
0.000
The ratio of each elements when “(Y + Gd ) = 1”
6.4.4
蛍光特性に関する検討
輝度
全体的に結晶化度(XRD ピーク強度)と輝度には正の相関が見受けられる(Figure
6.11)。このことは三価ユーロピウムの発光理論と矛盾せず、確かに結晶化度の高い系
が有効であることを示している。
結晶化度と同様、ホウ酸系緩衝剤で顕著な効果が確認された。ホウ酸系緩衝剤では固
相法の 85 %以上、特に H3BO3+NH3 では 95.6 %の輝度を示した。使用原料に含まれな
い元素を含む系では若干輝度に劣り、大きな pH の変化または緩衝剤中のアルカリ金属
類が蛍光を阻害したと結論付けられる。
ホウ砂系緩衝剤においては、ホウ砂単独では効果が見られず、炭酸イオンが含まれた
条件で増大しており、ホウ砂単独では効果が期待できない。逆に炭酸イオンについては
結晶化度増加の結果もあり、炭酸イオンを添加する意義が見受けられる。
なお、生成物の異なる炭酸塩系緩衝剤で生成した Y2O3 は、輝度を改善することが要
望されるが、反応晶析法によって固相法の 70 [%]の輝度を達成した。酸化イットリウム
の生成に沈澱法を適用すると蛍光特性・粉体特性の改善が強く期待できる。
87
Relative luminance [%]
第六章
120
100
80
60
40
20
0
Buffer
Figure 6.11 Difference of relative luminance among buffers
色度
緩衝剤により全体的に色度が改善した(Figure 6.12)。緩衝剤の構成元素が結晶内で置
換型点欠陥を誘発し、それによってユーロピウムを中心とする空間反転対称性の破れを
引き起こしたと考えられる。炭酸塩系では非常に高い値を示しているが、これは Y2O3
(Distance from NTSC red)-1 [-]
がユーロピウムを中心とする結晶構造に空間反転対称性を全く有さないためである。
38.0
36.0
34.0
32.0
30.0
28.0
26.0
Buffer
Figure 6.12 Difference of chromaticity among buffers
88
第六章
6.4.5
粒子特性に関する検討
全ての条件で非常に小さい(30 – 50 [nm])微粒子が凝集しており(例: H3BO3+NH3
緩衝剤、Figure 6.13)、緩衝剤による差異は見受けられなかった。微小粒子の作成には
反応晶析法の適用が有利であることが、改めて示された。
300 [nm]
Figure 6.13 Typical FE-SEM images of samples with buffers
6.5 事前添加剤
6.5.1
H3BO3 の効果(BO3 の過剰イオン効果)
実験条件および操作
実験装置には内容積 1 [L]のダブルジェット型反応晶析装置を用い、4 枚の邪魔板を
設置した。内容積 1 [L]の晶析槽を 30 [℃]に恒温し、0.5 [L]の純水および所定量のホウ
酸(0 – 0.1 [mol/L])を張り込んだ。800 [rpm]にて撹拌を与え、イットリウム混合溶液(0.3
[mol/L] Y(NO3)3aq, 0.03 [mol/L] Gd(NO3)3aq, 0.015 [mol/L] Eu(NO3)3aq)および 0.3
[mol/L]の H3BO3aq を共に 5 [mL/min]、7 [wt%] アンモニア水を 4 [mL/min]にて 20
[min]供給し、反応させた。
反応後、4 つの遠沈瓶に分割して遠心分離(2000 [rpm], 20 [min])した。上澄みを
捨て、それぞれの瓶に 50 [mL]の純水を入れて良く振り混ぜることで生成物を分散させ、
これを洗浄操作とした。1 瓶を 2 - 3 回にわけて加圧濾過器に移し、0.45 [μm]のメンブ
ランフィルターにて 0.35 – 0.40 [MPa]にて加圧濾過した。これを 4 瓶全て行なった。そ
の後 150 [℃]の空気中にて 24 [hr]仮焼し、仮焼試料とした。仮焼後、2.0 [g]を空気中、
89
第六章
1000 [℃]に上昇してから 6 [hr]焼成し、焼成試料とした。
仮焼試料は XRD および FE-SEM にて、焼成試料は XRD および色彩測定装置(励起
波長 147 [nm])にて、それぞれ測定した。
6.5.2
pH に対する検討
初期濃度が 0.04 [mol/L]までは反応初期に pH が上下しながら最終的な pH9.5 に近づ
き、それ以上では、全てスムーズに上昇していった(Figure 6.14)。ホウ酸は緩衝作用を
有するものの、添加量が絶対的に少ないことから供給された原料を瞬時に消費しきれず、
緩衝しきれなかったものと推察された。ただし、0.006 [mol/L]以上では、一度 pH が減
少したのちはスムーズに上昇しており、緩衝作用を全く示さない状態では無いことが認
10
10
9.5
9.5
9
9
8.5
8.5
8
8
7.5
0 [mol/L]
0.0006 [mol/L]
0.006 [mol/L]
0.02 [mol/L]
0.04 [mol/L]
0.06 [mol/L]
0.08 [mol/L]
0.10 [mol/L]
7
6.5
6
5.5
pH[-]
pH[-]
められた。
7.5
0 [mol/L]
0.0006 [mol/L]
0.006 [mol/L]
0.02 [mol/L]
0.04 [mol/L]
0.06 [mol/L]
0.08 [mol/L]
0.10 [mol/L]
7
6.5
6
5.5
5
5
0
200 400 600 800 1000 1200 1400
0
50
100
Elapsed time[sec]
Elapsed time[sec]
Figure 6.14 pH profiles of samples with each initial boric acid concentration in crystallizer
6.5.3
結晶組成に対する検討
仮焼試料において結晶化したものは見られず、全てアモルファスであった。
焼成試料においては反応槽内初期ホウ酸濃度 0.02 [mol/L]で YBO3 のピーク強度が最
大値を取っており、結晶組成の観点からはこの値が最適であると判断された(Figure
6.15)。
アパタイトと異なり、ホウ酸イットリウムガドリニウムでは金属イオンが多く入る
Y3BO6 などの不純物が存在するため、
ホウ酸過剰状態が(Y, Gd)BO3 生成に有利である。
90
第六章
ホウ酸が事前に反応槽内にあることで、添加位置近傍で金属イオンと直ちに反応して
ホウ酸イットリウムガドリニウム前駆体を生成する一方、添加位置近傍でアンモニウム
イオンについても消費され、攪拌流れに乗ってバルク溶液で溶解、pH 調整の効果を有
すると考えられる。その効果は 0.02 [mol/L]まで確認できるが、それ以降では下降して
いる。これは溶解度積の関係からホウ酸大過剰存在下ではイットリウムの溶解度が著し
く下がり、バルク溶液下の Ostwald-ripening 効果が阻害されたためと推察された。
YBO3
YBO3
5000
Y3BO6
Y3BO6
XRD peak intensity [cps]
4500
4000
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
0
0.0006
0.006
0.02
0.04
0.06
Initial boric acid concentration [mol/L]
0.08
0.1
Figure 6.15 Composition of sintered products under excess boric acid in crystallizer
6.5.4
蛍光特性に対する検討
輝度
緩衝剤によって得られた結果と同様、非常に良い値を示した(Figure 6.16)。こちらで
は pH 制御の点では緩衝剤に劣っており、ホウ酸系緩衝剤による輝度向上は、pH 緩衝
剤の緩衝能ではなくホウ酸によるものであると断定された。
91
第六章
Relative luminance [%]
120
100
80
60
40
20
0
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
Initial boric acid concentration [mol/L]
Figure 6.16 Relative luminance of samples added boric acid in crystallizer
色度
色度に関しては、ホウ酸 0.02 – 0.04 [mol/L]の条件で最大値となり、その値は固相法
に大きく近づいた値が得られた(Figure 6.17)。緩衝剤では、その構成元素が点欠陥の要
因となったことから、この系においても過剰なホウ酸により金属イオン側の空孔型点欠
陥が起こり、空間反転対称性が崩れたものと推察される。さらにホウ酸大過剰状態であ
る 0.04 [mol/L]を超える条件下では色度が著しく減少しており、
空孔の生成過剰により、
(Distance from NTSC red)-1
逆に空間反転対称性を再び得たことが考えられる。
33.0
32.0
31.0
30.0
29.0
28.0
27.0
26.0
25.0
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
Initial boric acid concentration [mol/L]
Figure 6.17 Chromaticity of samples added boric acid in crystallizer
92
第六章
6.5.5
粒子特性に対する検討
無添加のものと添加したものでは仮焼試料の FE-SEM 写真に明白な差異は見られな
かった(Figure 6.18)。原料供給量の過多による凝集によると見られる。
300 [nm]
300 [nm]
(a) 0 [mol/L]
(b) 0.02 [mol/L]
Figure 6.18 FE-SEM image of pre-sintered sample with initial boric acid
concentration 0 [mol/L](left) and 0.02 [mol/L](right)
全ての条件の仮焼試料に対して CSD を調査し(Figure 6.19)、0.0006 [mol/L]の最少
量添加時に平均粒子径が最小となったが、以降は無添加時とほぼ同じ値となった
(Figure 6.20)。ただし、C.V 値は初期反応槽内濃度が増すにつれて減少しており、単分
散性の向上が確認された(Figure 6.20)。
0 [mol/L]
0.0006 [mol/L]
0.006[mol/L]
0.02 [mol/L]
0.04 [mol/L]
0.06 [mol/L]
0.08 [mol/L]
0.1 [mol/L]
0.40
Frequency [-]
0.35
0.30
0.25
0.20
0.15
0.10
0.05
107.5
102.5
97.5
92.5
87.5
82.5
77.5
72.5
67.5
62.5
57.5
52.5
47.5
42.5
37.5
32.5
27.5
22.5
17.5
12.5
7.5
2.5
0.00
Crystal size [nm]
Figure 6.19 CSD of pre-sintered samples with each initial boric acid concentration
93
第六章
Mean diameter
C.V.
0.3000
35.00
0.2500
30.00
0.2000
25.00
20.00
0.1500
15.00
0.1000
10.00
C.V. [-]
Mean diameter [nm]
40.00
0.0500
5.00
0.00
0.0000
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
Initial boric acid concentration [mol/L]
Figure 6.20 Mean diameter and C.V. of pre-sintered samples with each initial boric
acid concentration
6.6 原料添加位置の選定
6.6.1
実験条件および操作
実験装置には内容積 1 [L]のトリプルジェット型反応晶析装置を用い、4 枚の邪魔板
を設置した。内容積 1 [L]の晶析槽を 30 [℃]に恒温し、0.6 [L]の純水を張り込んだ。800
[rpm]にて撹拌を与え、イットリウム混合溶液(0.3 [mol/L] Y(NO3)3aq, 0.03 [mol/L]
Gd(NO3)3aq, 0.015 [mol/L] Eu(NO3)3aq)および 0.3 [mol/L]の H3BO3aq を共に 5
[mL/min]、7 [wt%] アンモニア水を 4 [mL/min]にて所定の位置から 20 [min]供給し、
反応させた。
反応後、4 つの遠沈瓶に分割して遠心分離(2000 [rpm], 20 [min])した。上澄みを
捨て、それぞれの瓶に 50 [mL]の純水を入れて良く振り混ぜることで生成物を分散させ、
これを洗浄操作とした。1 瓶を 2 - 3 回にわけて加圧濾過器に移し、0.45 [μm]のメンブ
ランフィルターにて 0.35 – 0.40 [MPa]にて加圧濾過した。これを 4 瓶全て行なった。そ
の後 150 [℃]の空気中にて 24 [hr]仮焼し、仮焼試料とした。仮焼後、2.0 [g]を空気中、
1000 [℃]に上昇してから 6 [hr]焼成し、焼成試料とした。
仮焼試料は XRD および FE-SEM を、焼成試料は XRD および色彩測定装置(励起波
長 147 [nm])にて、それぞれ測定した。
設定した添加位置を Figure 6.21 に示す。
94
第六章
① near impeller
④ over surface at 750ml scale mark
② between impeller and surface
⑤ over surface at 1000ml scale mark
③ near surface
Figure 6.21 Adding positions of raw materials into crystallizer
6.6.2
pH に関する検討
供給位置が攪拌翼近傍に近いほど、pH 上昇直後の pH 振動が抑制され、同時に、pH
の安定する値が低くなった(Figure 6.22)。攪拌翼近傍で添加された系では三種類の原料
が直ちに混合されるが、供給口が遠くなるほど十分な攪拌がなされない領域で原料がそ
のまま残存、または、化学量論の原料混合がなされずに、過剰物質が場によって変化し、
定まった化学反応を進行しなくなった結果が pH の振動や pH が安定する値の違いとな
ったと考えられる。また、pH が安定する値の違いについては、原料のホウ酸およびア
ンモニア水の pH 緩衝作用も関連するものと考察される。
95
第六章
10.5
10.5
10
10
9.5
Near impeller
9
pH [-]
between impeller
and surface
Near surface
8.5
8
At 750 [mL]
sacale mark
At 1000 [mL]
scale mark
7.5
7
9
pH [-]
9.5
8.5
8
7.5
7
6.5
6.5
0
500
1000
Feeding time [sec]
1500
0
50
Feeding time [sec]
100
Figure 6.22 pH profile under each raw material additive position
6.6.3
結晶組成に関する検討
攪拌翼近傍において最も結晶化度が高くなった(Figure 6.23)。供給口が攪拌翼近傍である
場合は、流動状態が良くなるために核化機構と成長機構の分離が進み、かつ、必要以上の
局所的過飽和や連続的な核化を抑制できたと考えられる。
ただし、pH 調整剤の濃度または流量が高すぎたために pH が高い状態が維持され、不純
物 Y3BO6 が生成している。その生成量は原料添加位置によって変化が無く、主に溶液の pH
が不純物生成に寄与することが見出された。
なお、全ての条件において仮焼試料はアモルファスであった。
XRD peak intensity [ cps]
Y3BO6
Y3BO6
YBO3
YBO3
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
near impeller
between
impeller and
surface
near surface at 750ml scale
mark
at 1000ml
scale mark
Additive position
Figure 6.23 Crystallinity change under each raw material additive position
96
第六章
6.6.4
蛍光特性に関する検討
輝度・色度の観点から見ても、原料添加位置は攪拌翼近傍が最適であった(Figure 6.24,
6.25)。輝度・色度は結晶化度にほぼ比例しており、その原因は最適 pH の決定時と同
Relative luminance [%]
様に蛍光機構、および彩度の変化にあると考察された。
70
60
50
40
30
20
10
0
near impeller
between
impeller and
surface
near surface at 750ml scale
mark
at 1000ml
scale mark
Additive position
(Distance from NTSC red)-1 [-]
Figure 6.24 Luminance change under each raw material additive position
28.5
28.0
27.5
27.0
26.5
26.0
25.5
25.0
24.5
near impeller
between
impeller and
surface
near surface at 750ml scale
mark
at 1000ml
scale mark
Additive position
Figure 6.25 Chromaticity change under each raw material additive position
97
第六章
6.6.5
粒子特性に関する検討
攪拌翼の近傍に原料供給口を設置することで、微小な粒子を得ることに成功し、C.V.
値も全体と比較すれば低い値を維持した(Figure 6.26)。攪拌翼の近傍に原料供給口を設
置することで、原料供給口近傍における核発生の短時間化とバルク領域における
Mean diameter [nm]
48.00
47.00
46.00
45.00
44.00
43.00
42.00
41.00
40.00
near
impeller
between
impeller
and surface
near
surface
C.V. [-]
0.400
0.350
0.300
0.250
0.200
0.150
0.100
0.050
0.000
C.V. [-]
Mean diameter [nm]
Ostwald-ripening 現象が効果的に進行したためであると考察される。
at 750ml at 1000ml
scale mark scale mark
Additive position
Figure 6.26 Variation of Mean diameter and C.V. in changing additive point of raw materials
6.7 原料添加手法の選定
6.7.1
実験条件および操作
実験装置には内容積 1 [L]のトリプルジェット型反応晶析装置を用い、4 枚の邪魔板
を設置した。内容積 1 [L]の晶析槽を 30 [℃]に恒温し、0.5 [L]の純水と、3 種類の原料
(イットリウム混合溶液(0.3 [mol/L] Y(NO3)3aq, 0.03 [mol/L] Gd(NO3)3aq, 0.015
[mol/L] Eu(NO3)3aq)、0.3 [mol/L]の H3BO3aq 、7 [wt%] アンモニア水)のうち、0 – 3
種類を任意に張り込んだ。800 [rpm]にて撹拌を与え、事前に反応槽に投入しなかった
原料に対して 5 [mL/min] (アンモニア水は 4 [mL/min])にて攪拌翼近傍に 30 [min]供給
し、反応させた。 ただし、バッチ法ではポンプは使用せずに直接全て一度に投入した。
反応後、4 つの遠沈瓶に分割して遠心分離(2000 [rpm], 20 [min])した。上澄みを
捨て、それぞれの瓶に 50 [mL]の純水を入れて良く振り混ぜることで生成物を分散させ、
これを洗浄操作とした。1 瓶を 2 - 3 回にわけて加圧濾過器に移し、0.45 [μm]のメンブ
ランフィルターにて 0.35 – 0.40 [MPa]にて加圧濾過した。これを 4 瓶全て行なった。そ
の後 150 [℃]の空気中にて 24 [hr]仮焼し、仮焼試料とした。仮焼後、2.0 [g]を空気中、
98
第六章
1000 [℃]に上昇してから 6 [hr]焼成し、焼成試料とした。
仮焼試料は XRD を、焼成試料は XRD および色彩測定装置(励起波長 147 [nm])にて、
それぞれ測定した。
6.7.2
pH に関する検討
総 pH 変化量、pH の時間変化率、最終 pH 到達時刻は原料添加手法によって変化し
たが、最終 pH は 9.6 付近で一定となった(Figure 6.27)。総 pH 変化量は事前に添加さ
れたものにアンモニア水が含まれるかに依存した。また、pH 時間変化率は事前に添加
されたものにアンモニア水やホウ酸が含まれる条件下では小さく、それらの物質の緩衝
作用が見られ、逆に最終 pH 到達時刻は遅くなった。
トリプルジェットやバッチでは瞬間的に最終 pH へ変わっており、緩衝性が皆無であ
ることが示された。
また、イットリウム混合溶液が事前添加され、アンモニア水がポンプで投入される 2
種類では pH の推移が 2 段階となり、ホウ酸の段階的な中和がなされていることが示さ
れた。
S.J, Metal sln.
S.J., Ammonia
D.J., Metal and ammonia slns.
S.J., Boric Acid sln.
D.J., Metal and Boric acid slns.
D.J. Boric acid and ammonia slns.
T.J.
Batch
12
11
pH [-]
10
9
8
7
6
5
4
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900 1000 1100 1200 1300
Elapsed time [sec]
(*S.J. = Single jet,
D.J. = Double jet, T.J. = Triple jet)
Figure 6.27 pH profile under each raw material additive method
99
第六章
6.7.3
結晶組成に対する検討
目的物質 YBO3 のみが生成する操作条件と YBO3 および不純物 Y3BO6 が生成する操
作条件と、目的物質 YBO3 および不純物 Y3BO6 に加えてさらに Y2O3 が生成する操作条
件の 3 種類に分かれた(Figure 6.28)。
XRD peak intensity [cps]
YBO3
YBO3
Y3BO6
Y3BO6
Y2O3
Y2O3
3500
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
Raw material additive method
Figure 6.28 Difference of crystallinity under each raw materials additive method
目的物質 YBO3 のみが生成する操作条件は、ホウ酸を事前に反応槽内に添加し、かつ
アンモニア水をポンプで添加した系全てである。反応場はアンモニア水が存在せず、か
つホウ酸過剰の酸性状態に保持されたことで、全領域の溶解度とホウ酸濃度が高い状態
に維持され、かつ、アンモニア水が瞬間的に大量投入されずに、原料供給位置近傍が局
所的な高 pH 状態に陥らず、金属溶液がアンモニア水と直接大量に接触しないことで、
原料供給位置近傍における急激な過飽和や局所的な過飽和が抑制され、二種の不純物を
生成しない反応場が形成されたことが寄与している。
YBO3 および不純物 Y3BO6 が生成する操作条件は、反応場においてアンモニア水過剰
状態を作る可能性は高いが、後述の Y2O3 を生成した系よりもアンモニア水大過剰状態
まで陥る可能性が低い系である。Y2O3 はイットリウムイオンが高 pH 条件下で水酸化
物イオンと接触して水酸化イットリウムを生成するときに、加熱による脱水反応で生成
100
第六章
すると考えられる。不純物 Y3BO6 が生成したが Y2O3 を生成しない系では、Y2O3 を生
成した系よりも局所的な高 pH 状態が反応場に形成されないが、イットリウム過剰状態
を反応場に形成しうるため、不純物 Y3BO6 が生成したものと推察された。
最後に、不純物 Y3BO6 に加えてさらに Y2O3 が生成する操作条件は、アンモニア水過
剰状態がイットリウム混合溶液と接触し得る系である。前述のとおりイットリウムイオ
ンが高 pH 条件下で水酸化物イオンと接触し得るため、Y2O3 が生成したものと推察さ
れた。
以上のように、ホウ酸過剰状態をあらゆる反応場で維持が可能な系でのみ純粋な
YBO3 のみが生成しており、改めて反応場状態を考慮した操作設定が純物質生成制御に、
ひいては反応晶析法による無機蛍光体生成に重要な因子であることが示された。
6.7.4
蛍光特性に対する検討
輝度
YBO3 の添加量にほぼ比例し、Y2O3 が混入した系では著しく輝度が低下した(Figure
6.29)。Y2O3 には、B-O 結合が存在しないため、真空紫外の励起光を吸収し、発光エネ
ルギーへと変換する機構を有さない。そのために輝度が低下したものと考察された。
Relative luminance [%]
70
60
50
40
30
20
10
0
Raw materials additive method
Figure 6.29 Difference of luminance under each raw materials additive method
101
第六章
色度
色度は YBO3 の結晶化度にほぼ比例しており(Figure 6.30)、その原因は最適 pH の決
定時と同様に蛍光機構、および彩度の変化にあると考察された。ただし、本系における
Y2O3 の混入試料が低色度であることは彩度とは無関係であることが、pH 緩衝剤にて生
成した Y2O3 の色度測定結果から考察される。この結果より、Y2O3 は YBO3 との共存下
では赤色蛍光が呈されないことが示されたが、YBO3 との共存下においても Y2O3 単体
の XRD スペクトルと全く同じものが得られており、結晶格子の違いによるものとは認
められなかった。
(Distance from NTSC red)-1 [-]
29.5
29.0
28.5
28.0
27.5
27.0
Raw materials additive method
Figure 6.30 Difference of chromaticity under each raw materials additive method
6.8 焼成温度および焼成時間の選定
6.8.1
実験条件および操作
実験装置には内容積 1 [L]のトリプルジェット型反応晶析装置を用い、4 枚の邪魔板
を設置した。内容積 1 [L]の晶析槽を 30 [℃]に恒温し、0.5 [L]の純水を張り込んだ。400
[rpm]にて撹拌を与え、イットリウム混合溶液(0.3 [mol/L] Y(NO3)3aq, 0.03 [mol/L]
Gd(NO3)3aq, 0.015 [mol/L] Eu(NO3)3aq)および 0.3 [mol/L]の H3BO3aq を共に 5
[mL/min]、7 [wt%] アンモニア水を 5 [mL/min]にて所定の位置から 20 [min]供給し、
反応させた。
反応後、4 つの遠沈瓶に分割して遠心分離(2000 [rpm], 20 [min])した。上澄みを
102
第六章
捨て、それぞれの瓶に 50 [mL]の純水を入れて良く振り混ぜることで生成物を分散させ、
これを洗浄操作とした。1 瓶を 2 - 3 回にわけて加圧濾過器に移し、0.45 [μm]のメンブ
ランフィルターにて 0.35 – 0.40 [MPa]にて加圧濾過した。これを 4 瓶全て行なった。そ
の後 150 [℃]の空気中にて 24 [hr]仮焼し、仮焼試料とした。仮焼後、2.0 [g]を空気中、
所定温度(700 – 1000 [℃]、所定時間(0 – 24 [hr])焼成し、焼成試料とした。
仮焼試料は XRD を、焼成試料は XRD および色彩測定装置(励起波長 147 [nm])にて、
それぞれ測定した。
6.8.2
結晶組成に関する検討
700 – 800 [℃]の間に結晶化度の急激な向上が見られ、この範囲の間に結晶化温度が
存在することが示された(Figure 6.31)。
また、温度が高いほど早く結晶化が終了する(Figure 6.31)。焼成時間よりも温度の方
が結晶化を進行する要素であり、高結晶化度の試料を得るには高い温度が必要である。
700 [℃]においては緩やかに結晶化度向上が進行しており、24 [hr]の焼成においても
結晶化は続いた。
700℃
3500
800℃
900℃
1000℃
Pre-sintered
Intensity [cps]
3000
2500
2000
1500
1000
500
0
0
5
10
15
Sintering time [hr]
20
25
Figure 6.31 YBO3 peak intensity of same product under different sintering
temperature and time
103
第六章
6.8.3
蛍光特性に対する検討
輝度
輝度は結晶化度と正の相関が見られ(Figure 6.32)、その原因は前述の通りユーロピウ
ムの発光原理による。従って、高輝度を得るためには高温が必須である。
輝度変化は 800 [℃]以上では全て 4 [hr]で終了しており、1000 [℃]では 2 [hr]で輝度
の増加が認められない。この事実から、効率的に高輝度を得るには 1000 [℃]、2 [hr]
が最適である。
120
Relative luminance [%]
100
80
60
700 [℃]
800 [℃]
900 [℃]
1000 [℃]
Pre-sintered
Solid-phase
40
20
0
0
5
10
15
20
25
Sintering time [hr]
Figure 6.32 Relative luminance of same product under different sintering
temperature and time
色度
低温であるほど急激に色度が向上していくが、色度の良いものは高温側であった
(Figure 6.33)。前述の通り、低輝度による光の彩度の低下が原因であると考察される。
また、非晶質と思われる 700 [℃]で色度が低い理由としては、周囲の電荷の影響が結
晶のように固定されておらず完全なランダムであるため、空間的に平均化された状態
で存在化し、それがユーロピウムの空間反転対称性を有する原因となると考えられる。
104
(Distance from NTSC red)-1 [-]
第六章
35.0
700 [℃]
800 [℃]
900 [℃]
1000 [℃]
Pre-sintered
Solid-phase
30.0
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
0
5
10
15
20
25
Sintering time [hr]
Figure 6.33 Chromaticity of same product under different sintering temperature
and time
6.8.4
粒子特性に関する検討
焼成前試料および 800 [℃], 1000 [℃]各温度において 4[hr]焼成した試料の FE-SEM
写真より、焼成温度の増加によって粒子が大きく凝集することが認められた(Figure
6.34)。
ただし、1000 [℃], 4 [hr]においても、一次粒子の粒子径は 200 [nm]前後であり、焼
成条件の検討により、蛍光特性などから最適とされる 1000 [℃]、2 [hr]においても、サ
ブミクロンサイズの微粒子が生成することが示された。
600 [nm]
600 [nm]
(a) pre-sintered
(b) 800 [℃]
105
第六章
600 [nm]
(c)1000 [℃]
Figure 6.34 FE-SEM images of pre-sintered samples under no-sintered and (800 or
1000 [℃], 4 [hr])
6.9 総括
反応場のミクロ的、マクロ的な溶解度や溶質濃度や操作過飽和を考慮することは、高
輝度かつ良色度な赤色蛍光を放ち、微小かつ単分散性の良いホウ酸イットリウムガドリ
ニウム生成に反応晶析法を適用する上で非常に有用である。
高輝度かつ良色度な赤色蛍光を放ち、微小かつ単分散性の良いホウ酸イットリウムガ
ドリニウムを生成する最適条件は、原料添加を攪拌翼近傍に行い、不純物組成の構成元
素が直接反応して不純物を生成しないような原料添加手法を採用し、最適 pH 8.5 で、
かつ pH 緩衝剤と事前反応槽内添加剤を兼ねる薬剤構成として、ホウ酸およびアンモニ
ア水の混合物を使用することを見出した。
また、最適な焼成条件は 1000 [℃]、2 [hr]であり、200 [nm]程度の微粒子が得られる。
References
1 J. Stavek, M.Sipek, I.Hirasawa, and K. Toyokura; Chem. Mater.; 4 (1992) 545
2 A. Katayama; 2004 年度 早稲田大学博士論文 (2004) pp. 2-14
106
第七章
総括および今後の展開
第七章
本論文において述べられてきた一連の研究は、化学工学的手法、特に晶析工学の概念を
駆使することにより、無機蛍光体結晶の蛍光発色の輝度、色特性を改善するとともに、所
望の微粒特性の結晶を液相中でビルドアップする手法を複数の無機蛍光体微粒子を創製す
ることにより構築することを目的としている。すなわち、本論文では、目的に合致した蛍
光色を有し、かつ、微小な蛍光体結晶を生成する手法として反応晶析法に着目し、その手
法を基軸にした新規な蛍光体の創製法を確立することを目指している。
この目的に基づき、
二種の蛍光体について副生成物の生成削減および粒子の微小化・単分散化の手法について、
得られた成果および概念を記述した。本章ではそれら第六章までをまとめると共に、今後
の展望について述べる。
第一章では、蛍光体が利用される分野について、その現状を調査するとともに、蛍光体
として要求される品質および蛍光体を製造する上での課題を明らかにした。特に、製造法
として主流になっている粉砕法を併用した固相法、および、代案として例の多い液相法に
ついて、既往研究を調査し、それぞれの方法の特徴や問題点を整理し、反応晶析法の適用
可能性について考察した。その結果、反応場を考慮することで不純物生成制御および凝集
制御する反応晶析法が有力な一手法になりうると判断した。
第二章では、対象とする蛍光体の蛍光原理および色度への影響因子について既往の学問
分野から考察し、
それに対する考え方や具体的手法を、
物理学と結晶学を中心に整理した。
また、結晶作製の基盤技術となる反応晶析法における粒子の生成理論についても述べ、晶
析工学の見地から微小粒子化に対する概念や具体的手法も併せて論ずることにより、蛍光
特性および粒子特性の両者の改善を行い得るための概念を見出した。
第三章では、これまで反応晶析法の適用が不可能であるとされてきたストロンチウムク
ロロアパタイト結晶を水溶液系で反応晶析させ、前章の戦略に基づいて、基礎的な晶析操
作条件を操作過飽和度および過飽和生成機構を考慮して検討した。その結果として反応晶
析法が微小粒子を得る上で、
固相法に比べて優位な操作手法であることを見出したと共に、
難溶性不純物の構成イオンのイオン積を減少させ、逆に目的物質の構成イオンのイオン積
を増加させる、つまり、不純物の操作過飽和度を低下、かつ目的物質の操作過飽和度を向
上させる反応場の構築が、不純物生成抑制に効果的であることを見出した。ただし、水溶
媒においては完全なストロンチウムヒドロキシアパタイトの除去は不可能であり、熱分解
物のリン酸三ストロンチウムが生成することから紫色蛍光の混入が不可避となり、色純度
が低下することも同時に明らかにした。
第四章では、第三章の結果・考察を受けて溶媒を変更し、第三章と同様に操作過飽和度
を考慮に入れた反応晶析実験を試み、
基礎的な晶析操作条件の再検討を行った。
その結果、
親水性溶媒ではあるが、第三章にて見出された不純物ストロンチウムヒドロキシアパタイ
トの構成イオンである水酸化物イオンを放出しないこと、また反応原料成分の溶解量が大
きいことから、メタノールがクロロアパタイト生成に適した溶媒であることを見出し、第
三章において見出された不純物制御を行うために有効であった pH の最適値や反応槽内事
108
第七章
前添加物の最適添加濃度を提出した。また、晶析操作とは直接無関係であるものの、反応
晶析法で得られた微小結晶を効果的に残存させるための焼成条件として、1100 [℃]、0 [hr]
が最適であることを見出し、また、溶媒変更によるクロロアパタイトの熱耐性の低減によ
って熱分解物量が増加することや、水溶媒において蛍光特性に多大な効果を与えるバリウ
ム添加は、メタノール溶媒では蛍光強度の著しい低下を招くことも同時に明示した。
第五章では、第三章および第四章の結果・考察を受けて、溶媒に水とメタノールの混合
溶媒を用いて反応晶析実験を行い、溶媒の混合比率が結晶生成物組成や蛍光特性に与える
影響を検討した。併せて、純メタノール溶媒では効果が期待できないバリウム添加につい
ても再検討を行った。この結果、中性の操作条件において、溶媒における水の占める割合
が高い(メタノール体積分率が減少する)場合、焼成前組成に不純物ストロンチウムヒド
ロキシアパタイトが増加、すなわち純度が低下することを明らかにした。このことから、
水の存在がヒドロキシアパタイト生成に寄与することを再確認した。しかし、熱耐性の回
復やバリウムイオンの効果の回復も同時に見受けられ、溶媒に水とメタノールの混合溶媒
を用いることの有用性を見出した。
第六章では、第三章から五章とは色度改善戦略の異なるホウ酸イットリウムガドリニウ
ムについて、第二章で立てた戦略に基づき、基礎的な晶析操作条件を選定し、反応晶析実
験を行い、操作条件と生成結晶の品質および蛍光特性の関連を検討した。その結果、第三
章から五章において重要な概念であった反応場のミクロ的、マクロ的な溶解度や溶質濃度
や操作過飽和を考慮することは、ホウ酸イットリウムガドリニウム生成においても高輝度
かつ良色度な赤色蛍光を放ち、微小かつ単分散性の良い蛍光体の生成に反応晶析法を適用
する上で非常に有用であることを、第三章から五章と同様に見出した。また、さらに操作
条件について踏み込んだ検討を行い、高輝度かつ良色度な赤色蛍光を放ち、微小かつ単分
散性の良いホウ酸イットリウムガドリニウムを生成する最適条件は、原料添加を攪拌翼近
傍に行い、不純物組成の構成元素が直接反応して不純物を生成しないような原料添加手法
を採用し、最適 pH 8.5 で、かつ pH 緩衝剤と事前反応槽内添加剤を兼ねる薬剤構成とし
て、ホウ酸およびアンモニア水の混合物を使用することであることを提案した。また、焼
成条件についても 1000 [℃]、2 [hr]が最適であり、最終結晶として、200 [nm]程度の微粒
子が創出できることを見出した。
以上のように、本論文では、微粒で、所望の色特性を有する蛍光体を作製する上で重要な因
子となりうる基礎的な晶析操作条件について反応晶析工学の見地から探求を行った。その成果
から、既往の固相法と比べ、色度、粒子径において優位性を有する蛍光体を作製する手法とし
て反応晶析法が挙げられることを示した。
本論文の成果は、新規な蛍光体結晶を創製する上で、反応晶析工学の観点からのアプローチ
手法を創出するとともに、蛍光体のみではなく、広く高機能ナノ結晶を創製するための新規な
戦略に新展開を開拓するものである。
109
早稲田大学大学院 理工学研究科
博 士 論 文 概 要
論
文
題
目
反応晶析法を用いた
ナノサイズ無機蛍光体の創製
Creation of Nano-Sized Inorganic Phosphors
through Reaction Crystallization
申
請
者
棚橋
昭夫
Akio
TANAHASHI
応用化学専攻
2007年
化学工学研究
12月
近年、大型ディスプレイや携帯電話、カーナビゲーションなど平面型ディスプ
レイの需要の増加に伴い、その基盤的部材である、蛍光体の生産量が増加すると
ともに、均一で輝度が高く、所望の色特性を有する高品位の蛍光体の開発への要
求がある。さらには、原料資源の枯渇ならびに価格の高騰から粒径が小さく、か
つ粒径分布幅の狭い結晶製品への要求が高まっている。
こ れ ま で の 蛍 光 体 の 製 造 手 法 と し て は 、固 相 法 や 沈 澱 法 が 主 流 に な っ て い る が 、
前者は得られた蛍光体の形状は不均一で、かつ粒径が大きい結晶形態となり、微
粒化のために粉砕を併用することを要する。また、沈殿法では、晶析工学的見地
から希望の結晶をビルドアップする観点が不足していた。
本論文の研究は、以上の観点を踏まえ、化学工学的手法、特に晶析工学の視点
を駆使することにより、無機蛍光体結晶の蛍光発色の輝度、色特性を改善すると
ともに、所望の微粒特性の結晶を液相中でビルドアップする手法に関するもので
ある。すなわち、本論文では、目的に合致した蛍光色を有し、かつ、微小な蛍光
体結晶を生成する手法として反応晶析法に着目し、その手法を基軸にした新規な
蛍光体の創製法を確立することを目標とした。このことは、反応晶析法が、液―
液 反 応 を 通 し て 、 液 固 相 間 転 移 (核 生 成 )を 進 行 さ せ 、 希 望 の 蛍 光 体 を 積 み 上 げ る
( 結 晶 成 長 ) ビ ル ド ア ッ プ プ ロ セ ス で あ る た め 、ブ レ イ ク ダ ウ ン 法 で あ る 既 往 法( 固
相法および粉砕法の合法)よりも微小な粒子径の結晶粉末を得やすい手法である
と考えるに至ったからである。
以上、本論文では、晶析工学的見地からの所望の性能を有する蛍光体の創製を
液相反応晶析系で試み、2 種類の蛍光体(青色:ストロンチウムクロロアパタイ
ト、赤色:ホウ酸イットリウムガドリニウム、いずれもユーロピウムをドープし
たもの)の蛍光強度、色特性、粒度、結晶純度を所望にするための操作条件につ
いて、実験的検討を行い、反応晶析工学的見地から目的の高品位蛍光体を得るた
めの新規な概念を明らかにした。
本論文は、以下に示す全七章より構成している。以下に各章の概要を述べる。
第一章
序論
蛍光体が利用される分野について、その現状を調査するとともに、蛍光体とし
て要求される品質および蛍光体を製造する上での課題を明らかにした。特に、製
造 法 と 主 流 に な っ て い る 固 相 法 、粉 砕 法 と 併 用 し た 固 相 法 お よ び 沈 殿 法 に つ い て 、
既往研究を調査し、それぞれの方法の特徴や問題点を整理し、反応晶析法の適用
の可能性について考察し、研究の方向性を示した。この結果より、研究対象に選
択し た 蛍 光 体 2 種( ス ト ロ ンチ ウ ム ク ロロ ア パ タイ ト お よび ホ ウ 酸イ ッ トリ ウム
ガドリニウム)の用途と特徴を述べている。合わせて、蛍光体の色特性、輝度な
どを評価する手法についても整理した。
1
第二章
蛍光体粉末の色度特性の改善および所望微小粒子化に対する戦略
蛍光体 2 種の蛍光原理および色度に影響を及ぼす因子について既往の学問分野
から考察し、それに対処する考え方や具体的手法を物理化学と結晶学を中心に整
理 し た 。ま た 、基 盤 技 術 と な る 反 応 晶 析 法 に お け る 粒 子 の 生 成 理 論 に つ い て 述 べ 、
晶析工学の見地から微小粒子化に対する概念や具体的手法も併せて論ずることに
より、境界領域に内在する戦略を議論した。
第三章
水溶液系における反応晶析条件と青色蛍光性ストロンチウムクロロア
パタイトの結晶特性
従来、反応晶析法の適用が不可能であるとされてきたストロンチウムクロロア
パタイト結晶を、水溶液系で反応晶析させ、第二章の戦略に基づいて、基礎的な
晶 析 操 作 条 件 ( pH、 pH 調 整 剤 、 過 剰 陽 イ オ ン ・ 陰 イ オ ン ) を 操 作 過 飽 和 度 お よ
び過飽和生成速度を考慮して検討した。
その結果として、反応場に塩化ストロンチウムを溶解させた反応晶析操作によ
り、ストロンチウムクロロアパタイトを71%含む結晶を生成するとともに、焼
成 後 に お い て は X R D ピ ー ク 強 度 を 基 準 と し て ク ロ ロ ア パ タ イ ト を 最 高 5 0 .7 %
含む結晶を得ることに成功した。また、粒子径は焼成試料においても固相法の3
8%まで低減できた。しかし生成物の純度低下が認められ、これは副生成物とし
てヒドロキシアパタイトが生成し、これが焼成時に分解してリン酸三ストロンチ
ウムになることが示された。純度向上のためには、ヒドロキシアパタイトの結晶
化抑制が鍵になると結論づけた。しかし、反応場における原料成分の存在により
純度の著しい向上が見られ、反応場の原料濃度、すなわち生成過飽和の制御が、
希望の結晶特性を得るのに重要であることを見出した。
第四章
微水溶媒系反応晶析法の青色蛍光性ストロンチウムクロロアパタイト
への適用
第三章の結果・考察を受けて、溶媒を変更して第三章と同様に反応晶析実験を
試 み 、基 礎 的 な 晶 析 操 作 条 件( 溶 媒 、p H 、過 剰 イ オ ン 添 加 、焼 成 温 度 、焼 成 時 間 )
の再検討を行った。
その結果、親水性溶媒ではあるが水酸化物イオンを放出しないこと、また反応
原料成分の溶解量が大きいことから、メタノールがクロロアパタイト生成に適し
た溶媒であることを見出した。反応晶析操作により、純度97%のクロロアパタ
イ ト が 得 ら れ 、ま た X R D ピ ー ク 強 度 を 基 準 と し て 、焼 成 後 試 料 は 最 高 純 度 7 0 %
の結晶を生成した。この事実より、望ましい反応溶媒を選定することにより、ク
ロ ロ ア パ タ イ ト を 反 応 晶 析 生 成 す る こ と に 成 功 し た 。ま た 、粒 子 径 は 固 相 法 の 1 %
程 度 ( 未 焼 成 時 の 粒 子 径 50nm 前 後 ) に ま で 低 減 す る と と も に 、 XYZ 色 度 図 上 で
の解析結果より、青色蛍光体としての色度特性を大幅に改善できた。
2
第五章
青色蛍光性ストロンチウムクロロアパタイトへの含水溶媒系反応晶析
法の適用
第三章および第四章の結果・考察を受けて、溶媒に水とメタノールの混合溶媒
を用いて反応晶析実験を行い、溶媒の混合比率が結晶生成物組成や蛍光特性に与
える影響を調査した。この結果、中性の操作条件において、溶媒における水の占
める割合が高い(メタノール体積分率が減少する)場合、焼成前の不純物生成量
が増加、すなわち純度が低下することを見出した。このことから、水の存在がヒ
ドロキシアパタイト生成に寄与することを再確認したが、焼成後試料の結晶純度
が向上し、高輝度・良色度を有するストロンチウムクロロアパタイト蛍光体微粒
子を得る上で最良の条件であることを見出した。
第六章
反応晶析法による赤色蛍光性ホウ酸イットリウムガドリニウムの生成
第三章−第五章とは異なる系であるホウ酸イットリウムガドリニウムに対して、
第 二 章 の 戦 略 に 基 づ い て 、 基 礎 的 な 晶 析 操 作 条 件 ( 固 液 分 離 手 法 、 pH、 pH 緩 衝
剤 、過 剰 イ オ ン 添 加 、原 料 添 加 手 法 、焼 成 条 件 )を 選 定 し 、反 応 晶 析 実 験 を 行 い 、
操作条件と生成結晶の品質および蛍光特性の関連を検討した。
その結果として、反応晶析法により、所望の前駆体を生成し、焼成後に純度1
00%の目的物質を得ることに成功した。操作条件として、特に操作過飽和度の
寄与について考察し、過剰のホウ酸イオンを反応晶析過程に存在させること、ま
た反応原料の添加手法を不純物組成の構成元素が直接反応しないように維持する
ことが、希望品質を得るための重要な要件でありことを見出した。得られた結晶
の色度特性は固相法とほぼ同等で、その粒子径は焼成前試料において既往法の
1 % 以 下 ( 3 0 nm 前 後 ) ま で 低 減 さ れ た 。 こ の こ と か ら 、 少 な い 資 源 で 、 希 望 の
蛍光体を創製できる可能性を見出した。
第七章
総括および今後の展開
以上の章を総括して、本論文で得られた結論および成果を述べ、さらに本研究
成果が寄与する今後の展開に記述している。
以上のように、本論文では、微粒で、所望の色特性を有する蛍光体を作製する
上で重要な因子となりうる基礎的な晶析操作条件について反応晶析工学の見地か
ら探求を行った。その成果から、既往の固相法と比べ、色度、粒子径において優
位性を有する蛍光体を作製する手法として反応晶析法が挙げられることを示した。
本論文の成果は、新規な蛍光体結晶を創製する上で、反応晶析工学の観点から
のアプローチ手法を創出するとともに、広く高機能ナノ結晶を創製するための新
規な戦略に新展開を開拓するものである。
3
研究業績
種 類 別
論文
題名、
発表・発行掲載誌名、
発表・発行年月、
連名者
○ 1. Akio Tanahashi, Kazuyuki Ishino, Takeshi Araki, and Izumi Hirasawa;
“Precipitation in Methanol of Blue-Fluorescing Chloroapatite Powder”; World
Journal of Chemical Engineering, 1, 35-43 (2007)
○ 2. Akio Tanahashi, Tomohito Ikehara, Mikiyasu Inoue, Riki Shinozuka, and Izumi Hirasawa;
Product Purification, Chromaticity Purification, and Luminance Enhancement of (Y, Gd)BO3: Eu
by optimal addition of raw materials through reaction crystallization ; Journal of Crystal growth
( in press )
○ 3. Akio Tanahashi, Kazuyuki Ishino, and Izumi Hirasawa; “Creation of
Blue-Fluorescing Strontium Chloroapatite through Precipitation”; Materials
Letters (in press)
国際学会
○ 1. Akio Tanahashi, Kazuyuki Ishino, Takeshi Araki, and Izumi Hirasawa;
(プロシー
“Preparation of Blue Phosphor through Reaction Crystallization”; Symposium on
ディング)
Polymorphs and Functional Crystals; 2005.11
○ 2. Akio Tanahashi, Kazuyuki Ishino, Takeshi Araki, and Izumi Hirasawa;
“Creation of Blue-Fluorescing Chloroapatite Powder by Precipitation Method in
Hydrophilic solvent”; 16th International Symposium of Industrial Chemistry;
2005.9
○ 3.
Akio
Tanahashi,
Kazuyuki
Ishino,
Crystallization of Blue-Fluorescing
and
Izumi
Chloroapatite
Hirasawa;
Crystals”;
“Reactive
11th Bremer
International Workshop on Industrial Chemistry 2004; 2004.9
国際学会
( 学 会 発 ○ 1. Akio Tanahashi, Kazuyuki Ishino, Takeshi Araki, and Izumi Hirasawa;
表)
“Creation of Blue-Fluorescing Chloroapatite Powder by Precipitation Method in
Hydrophilic Solvent”; 16th International Symposium of Industrial Chemistry;
Germany; 2005.9; VDI; 1, 361-366
○ 2.
Akio
Tanahashi,
Kazuyuki
Ishino,
Crystallization of Blue-Fluorescing
and
Izumi
Chloroapatite
Hirasawa;
Crystals”;
“Reactive
11th Bremer
International Workshop on Industrial Chemistry 2004; Korea; 2004.9; BIWIC; 11th
BIWIC, 336-341
5
研究業績
種 類 別
題名、
発表・発行掲載誌名、
発表・発行年月、
連名者
国内学会 ○ 1. 棚橋昭夫, 池原与人, 井上幹康, 篠塚力樹, 平沢泉; “沈澱法による PDP 用赤色蛍光体生成
(学会発
における操作条件の最適化”; 26th Inchem Tokyo 2007; 東京; 2007. 11
表)
○ 2. 浅田佳晴, 棚橋昭夫, 平沢泉; “沈澱法による青色蛍光体生成におけるユーロピウム表面
ドープの最適化”; 26th Inchem Tokyo 2007; 東京; 2007. 11
○ 3. 棚橋昭夫, 池原与人, 井上幹康, 篠塚力樹, 平沢泉; “沈澱法による PDP 用赤色蛍光
体生成における pH 調整剤の影響”; 第 39 回化学工学会秋季大会; 北海道; 2007.9
○ 4. 浅田佳晴, 棚橋昭夫, 平良知, 平沢泉; “沈澱法による青色蛍光体生成におけるユーロピウ
ム表面ドープの最適化”; 第 39 回化学工学会秋季大会; 北海道; 2007.9
○ 5. 井上幹康, 棚橋昭夫, 池原与人, 平沢泉; “沈殿法による PDP 用(Y,Gd)BO3:Eu3+の合
成における操作条件の最適化”; 分離技術会年会 2007; 愛知; 2007.6
○ 6. Akio Tanahashi and Izumi Hirasawa; “Availability of pH buffer on preparation
of red phosphor for PDP through precipitation”; The 4th 21COE International
Symposium on “Practical Nano-Chemistry”; Tokyo; 2006.12
7. 棚 橋 昭 夫 , 石 野 一 行 , 荒 木 健 , 平 沢 泉 ; “Creation of Blue-Fluorescing
Chloroapatite Powder through Precipitation in Methanol”; 早慶ワークショップ
2006; 東京; 2006.10;
8.棚橋昭夫, 荒木健, 平沢泉; “反応晶析法を用いた所望波長特性を有する微結晶青色蛍光
体生成に関する研究”; 分離技術会年会 2006; 東京; 2006.7
○ 9. 棚橋昭夫, 石野一行, 荒木健, 平沢泉; “メタノール溶媒下沈殿法を用いた蛍光性ア
パタイト生成におけるメタノール体積分率の影響”, 化学工学会 3 支部合同大会室蘭大会;
北海道; 2006.8;
○ 10. 棚橋昭夫, 石野一行, 荒木健, 平沢泉; “親水性有機溶媒存在下における青色蛍光体
ストロンチウムクロロアパタイトの生成”; 化学工学会第71回年会;, 東京; 2006.3;
6
研究業績
種 類 別
題名、
国内学会
(学会発
表)
発表・発行掲載誌名、
発表・発行年月、
連名者
11. Akio Tanahashi and Izumi Hirasawa; “Creation of Blue-Fluorescing
Chloroapatite Powder by Precipitation Method in Hydrophilic Solvent -Effect of
Methanol Volume Fraction and Barium Additive Position-”; The 3rd 21COE
International Symposium on “Practical Nano-Chemistry”; Tokyo; 2005.12
12. 棚橋昭夫, 石野一行, 荒木健, 平沢泉; “The effect of barium additive position
on emitting and powder characteristics of chloroapatite through methanol”; 早慶
ワークショップ 2005; Tokyo; 2005.8
○ 13. Akio Tanahashi and Izumi Hirasawa; “Creation of Blue-Fluorescing
ChloroApatite through Reactive Crystallization in Methanol Solvent”; The 2nd
21COE International Symposium on “Practical Nano-Chemistry”; Tokyo; 2004.12
14. 棚橋昭夫, 石野一行, 平沢泉; “微水環境下における蛍光性クロロアパタイトの反
応晶析生成”; 早慶ワークショップ 2004; Tokyo; 2004.8
○
15. 棚橋昭夫, 石野一行, 平沢泉; “蛍光性クロロアパタイト生成の至適操作条件の
検討”; 化学工学会第69 回年会; 大阪; 2004.4
7
謝辞
本論文は早稲田大学理工学研究科在学中、平沢泉教授のご指導のもと行われた博士課程まで
の研究成果を一つにまとめたものであります。本論文を作成するにあたり、特に平沢泉教授に
は、私の拙い論文草稿と説明からその本質を酌んでくださり、的確かつ丁寧なご助言や励まし
をいただき、厚く御礼申し上げます。
また、学部 4 年生として研究室に蛍光班として配属されてから蛍光体一筋に研究して参りま
したが、蛍光体の難しい理論に振り回され、なかなかに良い発色、高い輝度を発する蛍光体が
得られず、難渋した研究生活を過ごした私でありました。しかし、平沢教授には、高校生の時
に早稲田大学高等学院にて平沢教授の講義を受けて応用化学の道を進んでからというもの、風
変わりな私を、学部・修士を通して、平素より温かく日常生活に研究生活にと目にかけていた
だき、そのご厚情に深く感佩いたしております。
また、博士論文をご審査いただきました平沢泉教授をはじめ、酒井清孝教授、常田聡教授、
小堀深専任講師には、頭が真っ白になった発表から、論文や発表の修正点を的確に列挙いただ
き、また、平生から合同院ゼミなどにて正鵠を射たご指摘ご助言や、策励を賜り、感謝の念に
堪えません。
研究に着手・遂行するにあたり、様々なご指摘・ご助言や、いくつもの装置・試薬をいただ
いた KONICA MINOLTA Medical & Graphic 社の岡田尚大様に謹んで感謝いたします。また、
焼成装置をお譲りくださった、物理学科を御退館された近教授、および、蛍光光度計をお譲り
くださった黒田教授、菅原教授、そして赤色蛍光体用の色彩測定装置用排気システムの選定・
設置に何度も大学へ足を運んでくださった伯東株式会社の河野光恵様にも篤く感謝の意を表し
ます。他にも、ここに挙げきれないほどの様々な方々に有形無形のご助力をいただきました。
早稲田応用化学会 水野敏行奨学金基金より水野奨学金をいただき、
ご遺族の河村宏様には含
蓄の深いお話を様々聞かせていただきました。
そして、本研究を進めるにあたって、私を支えてくださいました研究室の皆さん、特に同じ
蛍光班に配属された皆さんに深く礼謝します。
末文になりますが、博士課程に行く、と告げても嫌な顔一つせずに、好きなようになさい、
と温かく見守り育ててくださった両親に、心から感謝いたします。
なお、本研究は独立行政法人日本学術振興会 21 世紀 COE プログラムの助成を受けて行われ
ました。
2008 年 2 月
早稲田大学 理工学研究科 応用化学専攻 化学工学専門分野 平沢研究室所属
棚橋 昭夫
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