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ロシア経済の復興と欧州の成長フロンティア - Nomura Research Institute
特集 ロシア経済の復興と拡大欧州の成長シナリオ ロシア経済の復興と欧州の成長フロンティア 此本臣吾 広がる欧州の成長フロンティア している。 欧州企業の業績が好調である。世界的に良 中東欧のハンガリー、チェコ、スロバキ 好なマクロ経済環境のもと、主要企業の売上 ア、ポーランドは、ヴィシェグラード4カ国 高営業利益率は過去20年で最高水準に達して (V 4)を形成している。旧ソ連が崩壊した いる。一方、最近の欧州企業の地域別売上高 1991年に、各国の大統領がハンガリーの古都 を見ると、地元の欧州の比率がじわじわと上 ヴィシェグラードに集まって域内協力に合意 昇 し つ つ あ る。 旧 西 欧(1995年 ま で にEU したことからこう呼ばれる。V 4の経済成長 〈欧州連合〉に加盟した15カ国)の輸出全体 率は、政治体制が転換した1991年をボトム に占める中東欧・ロシア向けの比率は、1999 に、93年ごろからプラス成長に転じ、90年代 年の19%から2005年には25%へと拡大、旧西 半ば以降は海外からの直接投資が流入して 欧の輸入全体に占める中東欧・ロシアからの 5%内外の安定した成長を続けている。 比率も、同16%から同22%へと増加した。欧 2004年には、V 4に加えて、リトアニア、 州全体が旧社会主義圏の国々の市場経済への ラトビア、エストニアのバルト三国や、スロ 移行によって活性化しているのである。 ベニアなどの中東欧・南欧諸国がEUへの加 たとえば、ドイツ最大の小売業であるメト 盟を果たした。今年初めにはルーマニア、ブ ログループは、お膝元のドイツでの売上高は ル ガ リ ア が 加 盟 し、EUは27カ 国 へ 拡 大 し 減少しているものの、中東欧・ロシアでの売 た。人口は4億9000万人、域内GDP(国内 上高は年率2割強で成長、税引き前利益も同 総生産)は11兆4000億ユーロ(12兆9000億ド 3割弱で拡大している。自動車大手のドイツ ル)で、米国を上回っている。 のフォルクスワーゲンも、苦しみながらも欧 EUに加盟することでヒト、モノ、カネの 州での市場シェアを2割弱で維持している 移動が活発になり、発展が遅れていた中東欧 が、この背景には1991年に買収したチェコの には、西欧からの直接投資が流れ込み、また シュコダ自動車の成長がある。シュコダの販 EUによる補助金でインフラの整備が進むな 売台数は、1990年代半ばごろまでは5万台程 どのメリットがもたらされた。西欧にとって 度であったが、今や30万台に迫るまでに拡大 は財政的な負担が生じ、安い労働力が流入し 知的資産創造/2007年 3 月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。 CopyrightⒸ2007 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. てくるなどの苦しさはあるが、中東欧の経済 国際市況の動きはもちろんだが、同時にこ 成長から受けるメリットもあって、現状では れからは、石油・ガスの内需の伸びにも注目 積極的にEU加盟拡大を推し進めている。 する必要がある。ロシアは石油・ガスともに 中東欧は、もともと重工業を中心とした産 豊富な埋蔵量を持つが、継続的な探鉱や開発 業基盤があり、人材の質も高い。政治は比較 投資が十分でないため、生産能力の拡大に限 的安定し、遵法意識も高い。技術とノウハウ 界がある。他方で、モータリゼーションの進 を持つ西欧企業が進出してくれば、高い経済 展などにより、旧ソ連崩壊後に大きく落ち込 成長を実現できる素地があった。中東欧圏に んでいた国内の石油消費が最近は急増してい 拡大した成長フロンティアは、遠い将来さら る。つまり、輸出余力は今後、減少に転じる に東へ、ウクライナ、その先のロシア・CIS 可能性が高い。 (独立国家共同体)へと広がるだろう。 ロシア政府は万一の石油・ガス価格の暴落 アジアでは、旧社会主義圏の中国が1978年 に備えて、2004年から輸出収入の一定割合を に改革開放へ舵を切り、ドイモイ(刷新)の 安定化基金として積み立てており、この基金 成果を掲げてベトナムもWTO(世界貿易機 はすでに800億ドル以上に達している。プー 関)加盟を実現させた。このように、旧社会 チン政権は、石油・ガス輸出による豊富な財 主義圏が成長のフロンティアとなって、域内 政歳入(現状は大幅な歳入超過)を活用し の経済全体が活性化している。欧州において て、資源エネルギー産業以外の輸出産業を振 もアジアと同様に、旧社会主義圏が新たな成 興するための発展戦略を打ち出した。運輸、 長機会をもたらしている。 航空機、自動車、エレクトロニクス、機械、 化学、造船、航空宇宙を重点産業とし、これ 復興するロシア経済の現状と課題 らの産業に対応した経済特区を設置し、外資 ロシアでは消費ブームが起こっている。 優遇策も打ち出している。ロシア経済の持続 2000年にプーチンが政権を担って以来、社会 的な成長のためには、石油・ガス輸出への依 が安定し、資源価格高騰の後押しもあって経 存度を下げる努力が不可欠である。 済は劇的に回復した。2006年の実質成長率は 6.7%(野村證券金融経済研究所推定)、2007 年も6%台の成長が期待されている。税金対 消費ブームが生み出す ロシアの事業機会 策で、企業は生産高などの過少申告を一般的 2000年代に入ってからの高度成長によっ に行っているため、GDPの実際の規模や成 て、ロシアの国民所得は著しく向上してい 長率は統計上の数字をはるかに上回る。 る。1人当たりのGDPは、ここ数年は毎年 一方、筆者たちの推定では、2003年から 2、3 割 増 で、2005年 に は5347ド ル に 達 し 2005年までのロシアの経済成長の9割は石 た。国全体の平均が中国の沿岸大都市とほぼ 油・ガス価格の上昇によってもたらされてい 同じレベルにある。 る。ロシア経済は、石油・ガス価格の動向次 たとえば、モスクワの平均的な都市サラリ 第で成長率が左右される状況となっている。 ーマン世帯の場合、夫婦共働きで世帯月収は ロシア経済の復興と欧州の成長フロンティア 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。 CopyrightⒸ2007 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. 2500ドル、このうち1500〜2000ドルが可処分 く、欧州の国別の売上高と比較すると英国と 所得として残る。ロシアは家賃や光熱費など 同等か、すでに英国を抜いて欧州最大の売上 の生活費が安く、所得税も一律13%と低い。 高となっている。 加えて、近年はローン(割賦やクレジットカ 日本製品はブランドイメージが高く、国産 ード)が普及してきたため、消費はきわめて の有力なライバル企業も少ない。外資企業の 活発である。 活動に中国やインドほどの複雑な規制もない モスクワの人口が1000万人、サンクトペテ ロシアは、日本企業にとって売り上げ拡大は ルブルクが470万人、このほかに100万人レベ もちろんだが、利益獲得に大きなチャンスが ルの都市が11ある。最近では、モスクワやサ ある市場となっている。 ンクトペテルブルクといった大都市だけでは なく、地方の中堅都市での消費にも火がつ き、国全体で消費ブームが起こっている。 ロシアへの企業進出ラッシュが 始まる ロシアはもともとが都市国家で、農村人口 ロシアは原則的に開放経済であり、資源、 は多くない。中国と違って農村部を攻める戦 軍事、通信などの戦略産業以外は外資に対す 略は必要としない。それだけに攻めやすい市 る参入規制を設けていない。しかし、参入時 場といえるかもしれない。また、ロシアの小 には、諸手続きの煩雑さや不透明な「行政」 売売上高の約45%は輸入品によるものといわ (不明朗な追徴課税など)に注意する必要が れる。ロシアの消費拡大は、外資企業にとっ ある。2005年の年次教書でプーチン大統領が て魅力的な事業機会となっている。 わざわざ、「事業への政府の関与を弱め、民 ロシアの自動車統計を専門とする調査会社 間企業の自由な活動を促進し、外資企業に対 ASMホールディングは、2005年の自動車販 する規制は明確な規定に従わなければならな 売台数を183万台(国産車、輸入新車、輸入 い」と述べているほどである。官僚機構の非 中古車の合計)、2010年までの販売台数の伸 効率性と腐敗、極度の官僚主義は革命以前の び率を年平均で12〜14%と想定している。国 帝政ロシア時代からのもので、根が深い。 産車の販売は2004年の99万台から2005年は98 しかし、それでもロシアへの外資の進出は 万台へとやや減少し、逆に、輸入新車は同28 急拡大している。2005年のロシアへの直接投 万台から45万台へと急増(うち5割は日本 資は前年比4割増の130億ドル(2004年は94 車)、輸入中古車も同22万台から31万台へと 億ドルで同4割増)にも達している。ロシア 増加した。最近では、所得の上昇から、国産 は貿易黒字の影響でルーブル高となり、また 車オーナーが輸入車に買い換える動きが活発 もともと人件費が高く、部品産業の裾野も広 化しており、1万5000ドル(都市部の平均勤 くないため、外資企業が輸出型工場を作るこ 労世帯の年収相当額)以下の小型輸入車の販 とはまずない。製造業の投資であれば、ロシ 売が絶好調となっている。 ア国内市場向けの生産や販売のための投資が 日系の自動車メーカー、家電メーカーの最 中心である。モスクワの日本商工会の会員企 近1、2年のロシア事業の成長は目覚まし 業数は、2003年4月の65社から2006年7月で 知的資産創造/2007年 3 月号 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。 CopyrightⒸ2007 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission. は140社に倍増している。日本からの投資は 否定できない。一方、当然ながら欧州は、ロ これからが本番であろう。 シアの一連の言動から、旧ソ連時代を彷佛と させる、粗暴で強権的な外交が復古したので 最近のロシアと近隣諸国との摩擦 はないかと危惧している。 石油・ガスはロシア経済の生命線であり、 ロシアが今後、マスコミへの介入をますま 諸外国との摩擦はあっても、国益のためには す強化すれば、今の中国がそうであるよう エネルギー政策での妥協はありえない。ロシ に、政府とマスコミの影響力次第で民族主義 アは、近隣のCIS諸国および陸続きの欧州と 的な世論が一気に暴走してしまう危険があ の間でエネルギー供給について激しい摩擦を る。そうならないためにも、この問題につい 起こしている。旧ソ連時代は、東欧や現CIS ては、ロシア、欧州の双方が会話を重ねて、 諸国に石油・ガスを安価に供給していたロシ 両者の思いの違いが決裂に向わないように努 アだが、最近は、これらの国へのエネルギー 力していく必要がある。 輸出価格を国際価格に近づけるための料金改 定を迫っている。ウクライナとは2006年、料 金改定で合意したが、その交渉の過程でガス 新たな欧州をどのようにして 事業機会に結びつけるか 供給が一時停止し、パイプラインでつながる 拡大欧州における成長の軸は東へとシフト 欧州から非難を浴びた。同年末にも、ベラル している。韓国のサムスン電子グループは、 ーシとの価格交渉の紛糾から、欧州へのガス 欧州事業を、西欧、中東欧、ロシア(CISを 供給が再び一時停止する事態となった。 含む)の3地域別戦略、およびこれらの地域 ロシアには、欧州への供給不安というリス 相互の戦略という枠組みで立案している。 クを負ってでも、CIS諸国向けのエネルギー 西欧では事業構造の効率化を図り、中東欧 輸出価格の適正化をやり遂げようという決意 では生産拠点を開発し、ロシアではスピード があり、価格が是正されるまでの間は、欧米 重視の事業開発(企業買収を含む)を目指す からの非難があっても、冷静に対応していこ というように、拡大する欧州を事業機会とし うという考えなのだろう。 てとらえるには、各地域での戦略を明確にし 中国ほどの報道統制がなされていないロシ て、果敢な先行投資を行っていく必要があ アでは、国外におけるロシア非難の動きは国 る。そのためには、欧州統括本社、あるいは 内でも報道されており、ロシア国民もこの問 事業部に投資判断を任せきりにするのではな 題には高い関心を持っている。ロシアは、こ く、日本本社のトップ経営層の理解とコミッ の摩擦を輸出価格の適正化が実現するまでの トメントを高める努力が必要だろう。 一時的なものだと認識しており、欧州はそれ を知りながら国際世論を喚起して、外交的に ロシアに圧力をかけていると反駁している。 このロシアの主張の背景には、ロシア国民の 欧州に対する根深い反感や警戒感があるのは 著 者 此本臣吾(このもとしんご) 執行役員コンサルティング事業本部副本部長 専門は機械・自動車、電機などの事業戦略、中国・ アジアの事業戦略と産業政策立案 ロシア経済の復興と欧州の成長フロンティア 当レポートに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます。すべての内容は日本の著作権法および国際条約により保護されています。 CopyrightⒸ2007 Nomura Research Institute, Ltd. 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