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キャズム理論による ブックオフの成長分析

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キャズム理論による ブックオフの成長分析
キャズム理論による
ブックオフの成長分析
24 枚
水越康介准教授
06159004
神田彩
目次
2.
Ⅰ序論
—
はじめに
—
明らかにしたいこと
—
なぜ古書業界(中古本チェーン業界)、ブックオフなのか
3.
Ⅱ.先行理論
—
プロダクト・ライフサイクル(製品ライフサイクル)論について
—
成長の要件
—
デファクトスタンダード
—
イノベーション
—
イノベーションの普及
—
ロジャーズによるイノベーション採用者カテゴリー
—
ムーアによるイノベーション採用者カテゴリー
—
キャズム理論
—
カテゴリー成熟化ライフサイクル
—
キャズム
—
テクノロジー導入ライフサイクル
—
初期市場とメインストリーム市場
—
どのようにキャズムを越えるのか
14.
Ⅲ.歴史
—
出版業、古書店業の歴史
—
新古本屋とは
—
再販制度
—
委託販売制度(返品制度)
—
ブックオフの歴史
—
ブックオフの神話
19.
Ⅳ.古書店業界へのキャズム理論の適用
—
古書店業界のキャズム
—
ブックオフ成功の要因
—
キャズムは乗り越えられるべくして乗り越えられたのか
22.
Ⅴ.まとめ
—
キャズム理論では分析できない成長
—
従来のプロダクト・ライフサイクル理論への適用
—
市場の成長と企業の成長
24.
参考文献
1
Ⅰ.序論
—
はじめに
この論文では、製品、サービス、産業が誕生、成長、衰退を遂げていくというライフサイ
クルについて述べる。どのような製品、サービス、産業でも例外なくこのライフサイクル
にあてはめることができる。一方、誕生したのち、成長できなった製品、産業もある。こ
の成長できなかった製品、産業と、成長を果たした製品、産業の違いは何なのか。どのよ
うに成長を果たしたのかを明らかにしたい。
その上で重要な先行理論が、キャズム理論である。キャズム理論は、電子機器、コンピ
ュータなどのハイテク製品に関するマーケティング理論である。1991 年にアメリカ、カリ
フォルニアのマーケティング・コンサルタントである、ジェフリー・ムーアによって提唱
された。従来のマーケティング理論にもある、プロダクト・ライフサイクル論(製品ライ
フサイクル論)とイノベーション採用者カテゴリーがもとになっている。
—
明らかにしたいこと
前述のように、キャズム理論は、ハイテク製品に関するマーケティング理論であり、ハ
イテク製品は新たなイノベーションを伴う。キャズム理論ではハイテク製品に付随するイ
ノベーションを対象としているが、広義では新たなビジネスモデルもイノベーションであ
る。この論文では、新たなビジネスモデルを作り上げたブックオフ・コーポレーション(以
下ブックオフ)が、イノベーションを起こし、それがキャズムを乗り越えた、と証明した
い。
キャズム理論はハイテク製品に伴うイノベーションだけではなく、一般のイノベーショ
ンにも応用できると考える。その実例として、「本の価格破壊」「本の価格革命」を行った
ブックオフを取り上げる。
—
なぜ古書業界(中古本チェーン業界)、ブックオフなのか
古書店業界は、書店・出版社と長い間共存してきた。その住み分けを崩し、書店・古書
店業界の常識を覆したのが、ブックオフをはじめとする「新古本屋」の存在である。
従来の古書店はなぜ発展しなかったのか。「新古本屋」はなぜ成功したのか。新古本屋の
先駆けであり、最大手でもあるブックオフを例に挙げて考える。
2
Ⅱ.先行理論
—
プロダクト・ライフサイクル(製品ライフサイクル)論について (コトラー、2008、
402∼417 頁。石井編、2004、第 11 章。中野、2008、26 頁)
新たな製品、サービス、産業はイノベーションを通して生み出される。生み出された製
品、産業、サービスは導入、成長、成熟、衰退という四つの段階をたどる。その製品等に
よってそれぞれの期間はさまざまである。すなわち、新しい産業が生成され、需要を増や
して成長、成熟していき、やがて衰退するのである。産業である以上このライフサイクル
を避けることはできない。
プロダクト・ライフサイクルは、市場全体ではなく特定の製品、ブランドに起きている
ことに焦点を当てている。したがってプロダクト・ライフサイクルでわかるのは、市場志
向ではなく製品志向の実態である。
(コトラー、2008、415∼416 頁)
また、製品と同様に市場も出現期、成長期、成熟期、衰退期という四つの段階を経て変
化する。(コトラー、2008、417 頁)
製品にライフサイクルがある、という考えには四つの前提がある。第一に、製品の寿命
が限られていること。第二に、製品の売り上げはいくつかの別個の段階を経過し、各段階
で売り手が様々な試練、機会、問題に直面すること。プロダクト・ライフサイクルの段階
によって利益が上昇したり下降したりして、一定ではないこと。そして、プロダクト・ラ
イフサイクルの各段階に対応したマーケティング、財務、製造、販売、人的資源の戦略が
必要となるということである。(コトラー、2008、402 頁)
プロダクト・ライフサイクルの概念図
(野村総合研究所
経営用語の基礎知識
http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/m_word/product.html)
3
プロダクト・ライフサイクルは、縦軸に売り上げと利益、横軸に時間をとると、主とし
て S 字型の曲線を描く。その段階は四つである。
¾
導入期:生成期とも言われる。新たな製品、サービスが導入される時期。導入に伴い、
大きな費用が必要になる。しかし、需要は少ないため利益も少ない。ときには利益が
マイナスになることもある。一方、競合他社が少ないことも特徴である。
¾
成長期:製品が急速に市場に受け入れられ、需要が拡大する時期。売り上げ、利益も
増大していくが、新規参入が増え競争が始まる。この時期に、デファクトスタンダー
ド(業界標準)が成立する。デファクトスタンダードについては後述。
¾
成熟期:製品が潜在的な顧客のほとんどに受け入れられ、一巡した時期。売り上げは
頭打ちとなり、成長も鈍化し、製品、サービスの普及も飽和状態になる。利益は安定
するが、さらに競争が激化する。
¾
衰退期:需要が減少し、売り上げ、利益が減少する時期。事業の再定義が急務となる。
社会全体のニーズのレベルが衰退するか、新しい技術が古い技術に取って代わるよう
になる。
—
成長の要件
(石井編、2004、325 頁)
プロダクト・ライフサイクルにおいて導入期から成長期へ移行するためには、二つの大
きな要件がある。この二つの要件が満たされないと製品は成長期へ進むことができない。
まずは、デファクトスタンダード(製品技術規格)を確立させることである。デファク
トスタンダードは競争者間で共通するものである。
そして、生活に密着した安定した需要(拡張製品)が確保されることも重要である。
—
デファクトスタンダード
(石井編、2004、329∼332 頁)
製品の統一された技術規格がデファクトスタンダードである。デファクトスタンダード
が成立する前と後では産業のあり方が大きく異なるため、企業の行動も変化する。同一産
業内の競合企業をはじめ、取引先の企業、顧客、補完産業などの反応が全て変わっていく
のである。デファクトスタンダードの成立により、大きく五つのメリットが生まれる。
①
安心して投資できる。
当面は新しいデファクトスタンダードが登場する恐れはない、という認識が広まるので、
企業はデファクトスタンダードに基づく技術開発やマーケティング活動に専念でき、大き
な投資を行える。デファクトスタンダードに沿った投資なので、無駄になる可能性が低く
リターンが得られる確率が高くなる。これを「供給リスクの低減効果」という。
②
多様なニーズに応えられる商品群が揃う。
供給側の各社が歩調を合わせて市場開拓に取り組めるようになる。競合がさまざまな試
行を行い、消費者に次々と新しい機軸が提案される。これにより、高級機から標準機まで
の多様な価格帯の製品が揃う。製品のバリエーションが一気に広がり、消費者の多様なニ
4
ーズにこたえることができる。
③
需要側のリスク低減。
消費者側からみると、業界各社がデファクトスタンダードによって同じ規格を採用する
ので、その商品が急になくなったり、全く違うものに変ってしまう。という恐れが小さく
なる。流通業者も同様に考えるので、製品の仕入れを安心して行ったり、店舗への投資を
積極的に行えるようになる。これがデファクトスタンダード成立による「需要側のリスク
低減」である。
④
補完産業の整備が進む。
デファクトスタンダードがはっきりした段階で、企業は補完製品、サービスの供給に力
を入れる。デファクトスタンダード成立以前だと、複数の規格に合わせて補完製品を作ら
なくてはならず、リスクやコストが大きいためである。デファクトスタンダードが成立す
るとこの問題は解決されるので、補完産業が整備されるのである。
⑤
需要側と供給側で互いの不安を打ち消しあう好循環が生まれる。
需要側と供給側両方のリスク低減により、互いに不安を打ち消しあう好循環が生まれる。
製品、サービスの質が向上したり、補完製品が増えたりすると、消費者の利便性、安心感
が高まっていく。逆に消費者が企業のマーケティング活動に反応したり、積極的に販売を
行えば、供給側の企業、補完業者も安心できる。片方のリスクが低減することで、それぞ
れの行動が変わり、相手側のリスクが低減するのである。このことで互いの不安を打ち消
しあう好循環となるのである。
また互いが積極的に投資を行えば、次のデファクトスタンダードが登場する可能性が小
さくなる。需要側も供給側も、現在の投資に対するリターンを十分に回収するまでは新た
な投資は行いたくない、という心理が働くため、結果的に新たなデファクトスタンダード
が生み出される可能性が減少するのである。つまり、あらたな業界標準の登場が遅れると
いうことである。これがもう一つの循環となり、投資が投資を呼ぶ循環となる。
—
イノベーション
(ロジャーズ、2007、16 頁)
イノベーションとは、個人や採用単位によって、新しいと知覚されたアイディア、週間、
あるいは対象物である。(中略)あるイノベーションが個人にとって新しいものと映れば、
それはイノベーションである。イノベーションの新規性については、それが新知識出る必
要性はない。
—
イノベーションの普及
(中野、2008、28 頁。ロジャーズ、2007、27∼30 頁)
発見したイノベーションを普及させる理論が、ロジャーズの普及理論であり、ムーアの
キャズム理論である。イノベーションの普及には、時間が重要な要素を占める。
①人がイノベーションに関する知識を獲得する段階から、採用もしくは拒絶に至るイノ
ベーション決定過程。②社会システム内の個人と比較して、ある個人がイノベーションを
5
採用するまでの遅速という意味での革新性。③社会システムにおけるイノベーションの採
用速度。ロジャーズはこの三つの時間軸を提唱した。ここでは、①人がイノベーションに
関する知識を獲得する段階から、採用もしくは拒絶に至るイノベーション決定過程、を取
り上げる。
人がいつイノベーションを採用するのかという経緯をイノベーション決定過程という。
イノベーション決定過程には、知識、説得、決定、導入、確認の五つに区分される。
個人がイノベーションを知り、その機能について理解した時、「知識」が得られる。その
後、イノベーションに対する好悪の判断を行う際に「説得」が行われる。その上でイノベ
ーションを採用するか拒絶するかの「決定」を行い、採用された場合は新たなイノベーシ
ョンが「導入」される。最後にイノベーション導入に関する意思決定を個人が強化する時
に「確認」が行われる。
重要なのは、
「導入」のプロセスの際、人の持つ革新性の違いによって導入のタイミング
が異なる、ということである。(中野、2008、28 頁)革新性とは、個人あるいは採用単位
が、そのほかの成員よりも相対的に早く、新しいアイディアを採用する度合いのことであ
る。(ロジャーズ、2007、30 頁)
この、人によってイノベーションの採用速度が異なる、という事実からロジャーズはイ
ノベーション採用者カテゴリーを提唱した。
—
ロジャーズによるイノベーション採用者カテゴリー
(ロジャーズ、2007、第 5 章)
ロジャーズはイノベーションを採用する人の革新性の違いにより、イノベーション採用
者カテゴリーを考案した。統計学における正規分布からそれぞれの採用者カテゴリーを定
義した。
(中野、2008、31 頁)
6
ロジャーズによると、イノベーションを採用する時点によって計測される革新性の次元
は、連続的な量である、と述べている。(ロジャーズ、2007、229 頁)
正規分布において、左端から 2.5%をイノベーター、次の 13.5%を初期採用者、平均まで
の 34%を初期多数派。平均から 34%を後期多数派。右端の 16%をラガードと定義した。
左に近い方がイノベーションを採用する速度が速い。つまり革新性が高い採用者である。
以下に、ロジャーズによるイノベーション採用者カテゴリーの特徴である。
(ロジャーズ、
2007、232∼235 頁)
¾
イノベーター:イノベーターは社会システムの外から新たなイノベーションを導入す
ることでイノベーションの採用を開始する役割を果たしている。イノベーターは冒険
的であることが特徴である。新しいアイディアへの関心が高く、イノベーター同士で
のコミュニケーションの方法や友情は共通している。イノベーターでいるためには、
初期のイノベーションの採用による損失を埋められる、十分な金銭的資金と複雑な技
術的知識を理解し、活用する能力が必要である。また、硬度の不確実性に対処できる
だけの能力もイノベーターには求められる。
¾
初期採用者:初期採用者はイノベーターよりも地域社会システムに根ざした存在であ
る。オピニオン・リーダーシップを発揮することが多い。多くの人にとってイノベー
ションを採用する前に「確認すべき個人」となる。初期採用者はイノベーションを採
用することによって、それにまつわる不確実性を減少させ、周囲の仲間にイノベーシ
ョンに関する主観的な評価を与える。初期採用者が認めたものが周囲に広まっていく、
ということが多い。
¾
初期多数派:イノベーションの採用には慎重になる採用者である。頻繁に仲間と交流
するがオピニオン・リーダーとなることはあまりない。しかし、イノベーションの普
及においてつなぎ役という重要な役割を果たしている。社会システムの成員のうち三
分の一を占めており、最も人数の多い採用者カテゴリーのひとつである。初期多数派
は慎重な意志をもってイノベーションを採用するが、先行することはない。
¾
後期多数派:後期多数派は社会の半数がイノベーションを採用した頃に、ようやくイ
ノベーションを採用する。採用の理由は経済的なものや周りからの圧力などで、自ら
積極的にイノベーションを採用するのではない。後期多数派は懐疑的かつ警戒心を持
ってイノベーションに接するため、社会システムのほとんどがイノベーションを採用
するまで、採用しないのである。
¾
ラガード:ラガードは社会システムにおいてイノベーションを最後に採用する。ほと
んどオピニオン・リーダーシップをもっておらず、社会システムのネットワークにお
いて孤立している。ラガードのイノベーション決定過程は相対的に長期にわたり、新
しいアイディアに気づいてからかなり経ってから採用を行う。
7
—
ムーアによるイノベーション採用者カテゴリー(ムーア、2002、第 2 章。中野、2008、
44 頁)
ムーアはロジャーズによるイノベーション採用者カテゴリーをもとに、キャズム理論を
考案した。ムーアによるイノベーション採用者カテゴリーは、ロジャーズのものとやや異
なっている。大きな違いは、ロジャーズはイノベーション採用者カテゴリーは連続的であ
る、と提唱したが、ムーアはそれぞれのイノベーション採用者カテゴリーの間には裂け目
がある、と主張したのである。以下に、ムーアによるイノベーション採用者カテゴリーの
特徴を挙げる。
¾
イノベーター(テクノロジー・マニア):テクノロジー導入ライフサイクルにおける初
期市場を形成する顧客のひとつである。テクノロジーそのものの価値がわかる存在で
あり、専門知識が豊富。専門知識を用いた応用よりも、むしろ知識そのものの獲得を
目的としていることが多く、また、新しいものをすぐ手に入れたがるという特徴があ
る。イノベーターはテクノロジーを普及させるための最初のターゲットであり、イノ
ベーター自身も新しいテクノロジーを習得することには強い関心を示す。
¾
アーリー・アドプター(ビジョナリー):アーリー・アドプターは、新たなテクノロジ
ーが自分たちの戦略に合致するかどうかを見極める能力を有し、その洞察を自らリス
クを負って現実のプロジェクトへ採用し、全体でそのプロジェクトを支援するように
持っていけるカリスマ性を持っている存在である。多くはオピニオン・リーダーの位
置を占め、新しいイノベーションが社会に及ぼす影響を予知する。通常、戦略的に新
しいことを始めるための資金力を持っている。また、先行事例として紹介されること
を歓迎し、高いコミュニケーション能力を持っている。
¾
アーリー・マジョリティー(実利主義者):圧倒的な数を占める顧客グループである。
その特徴を挙げるのは難しく、アーリー・マジョリティーはあるがままを受け入れる
タイプである。ムーアが別名として挙げたように、「実利主義」であることが大きな特
徴であるといえる。そのイノベーションによって、どのようなメリットがあるかとい
うことを最も重視する。採用にもやや長い時間を必要とする。
¾
レイト・マジョリティー(保守派)
:従来のやり方をかたくなに守り、イノベーション
には懐疑的な存在である。レイト・マジョリティーは本質的に「不連続なイノベーシ
ョン」を受け入れず、これまで守ってきた習慣の方を重視する。しかし、イノベーシ
ョン採用者カテゴリーの中では規模が大きいため、レイト・マジョリティーを取り込
むことが、成功へとつながっていく。
¾
ラガード(懐疑派):ロジャーズは後期多数派を「懐疑派」としたが、ムーアはラガー
ドを別名「懐疑派」と呼んでいる。ハイテク市場においては、ほとんど参加してこな
い。ラガードがイノベーションを採用するのは、そのイノベーションは社会にあまり
にも広く普及し、イノベーションと気付かない場合や、ラガード自身が十分にイノベ
ーションの校歌を検証してからである。
8
—
キャズム理論
(ムーア、2002、第 2 章)
ムーアはプロダクト・ライフサイクル論とイノベーション採用者カテゴリー論をベース
に、新たなライフサイクルを考案した。それが、カテゴリー成熟化ライフサイクルとテク
ノロジー導入ライフサイクルである。
—
カテゴリー成熟化ライフサイクル
カテゴリー成熟化ライフサイクルは、ある市場区分における製品の誕生から衰退を示し
たものである。①テクノロジー導入ライフサイクル
場
⑤ライフサイクルの終了
②成長市場
③成熟市場
④衰退市
の五つに分かれている。
テクノロジー導入ライフサイクルは、カテゴリー成熟化ライフサイクルのなかに含まれ
ているが、これは単独でもライフサイクルを形成している点が特徴である。(中野、2008、
23 頁)
キャズムが存在するのは、テクノロジー導入ライフサイクルの中である。
(中野、2008、25 頁)
9
—
キャズム
ムーアは、ロジャーズの提唱した採用者カテゴリーには、それぞれ裂け目があり、採用
者同士は不連続である、と主張した。その小さな裂け目をクラックと呼び、もっとも大き
な裂け目をキャズムと呼んだのである。
(中野、2008、37 頁 )
最初のクラック(裂け目)はイノベーターとアーリー・アドプターの間にある。
斬新なアイディアが現実的な手段として人々の間に定着しない時には、このクラックに
落ち込んでいると考えてよい。(ムーア、2002、24 頁)ムーアは『キャズム』の中で例と
してエスペラント語(世界共通語として人工的に作られた言語)を挙げている。
アーリー・マジョリティーとレイト・マジョリティーの間にもクラックは存在する。こ
のクラックは最初のクラック(イノベーターとアーリー・アドプターの間)と同じくらい
の大きさである。この段階だと、市場は十分に開拓されているので、テクノロジーはメイ
ンストリーム市場(主流市場)へと移行している。企業は対象顧客をアーリー・マジョリ
ティーからレイト・マジョリティーへ速やかに移すことが重要となってくる。その理由と
して、アーリー・マジョリティーとレイト・マジョリティーの違いが挙げられる。アーリ
ー・マジョリティーはテクノロジーに強く、理解があるが、レイト・マジョリティーはそ
うではない。つまり、いかにレイト・マジョリティーにわかりやすくテクノロジーを説明
10
できるかが鍵になるのである。
一番大きな裂け目、つまりキャズムは、アーリー・アドプターとアーリー・マジョリテ
ィーの間に存在する。これはテクノロジー導入ライフサイクルにおいて、越えるのがもっ
とも難しい溝である。そしてこの溝は、通常見過ごされているだけに危険である。
(ムーア、
2004、28 頁)
なぜ企業はキャズムの存在に気づかないのか。それはアーリー・アドプターとアーリー・
マジョリティーが規模も種類も似ているからである。しかし現実には、アーリー・アドプ
ターとアーリー・マジョリティーは顧客心理が全く異なる。両者には共通点がないため、
アーリー・アドプターがアーリー・マジョリティーの適切な先行事例となることはない。
また、アーリー・マジョリティーは、テクノロジーを採用する際、今までのテクノロジー
との混乱は避けたいという大目標を持っている。これを達成するためには、製品の購入決
定をする際に参考となる先行事例が必須ということである。ここで、アーリー・マジョリ
ティーは解決不可能な状況に陥る。
アーリー・マジョリティーにとって唯一参考になる参考事例は、他のアーリー・マジョ
リティーである。しかし、そのアーリー・マジョリティーは有用な先行事例を見てからで
ないと製品を購入しない。誰かが最初のアーリー・マジョリティーになる必要がある、と
いう矛盾をはらんでいるのである。
はじめに山ありき……イノベーターとアーリー・アドプターが形成する初期市場である。
情熱とビジョンが溢れ、壮大な戦略的目標を達成するために多額の資金が投入されている。
やがて山はなく……ここは、キャズムである。この時期、有望なプロジェクトが初期市
場で受け入れられるが、メインストリーム市場の顧客はその効用を見定めようとして動か
ない。
そして山ありき……すべてがうまくいけば、企業は無事キャズムを越え、アーリー・マ
ジョリティーとレイト・マジョリティーによって形成されるメインストリーム市場が出現
する。富と成長を約束する真のチャンスが訪れるのは、まさにこのときである。(ムーア、
2002、39∼40 頁)
イノベーターとアーリー・アドプターで形成される初期市場で実行したマーケティング
を、アーリー・マジョリティーで形成される成長市場に持ち込んでしまうことが、新製品
がメインストリーム市場(主流市場)で成功しない理由なのである。
(中野、2008、36 頁)
11
—
テクノロジー導入ライフサイクル
(中野、2008、39 頁)
テクノロジー導入ライフサイクルには、五つの局面がある。それぞれに応じたマーケテ
ィング活動を行うべきである。とムーアは主張している。
(中野、2008、39 頁)
①初期市場:製品が導入される最初の市場である。斬新性や将来的な可能性が、製品を
採用する上での重要な価値基準になる。
②キャズム:初期市場から成長し、アーリー・マジョリティーに受け入れらる前に存
在する大きな裂け目。キャズムを越えることが、製品のさらなる成長につながる。
③ボーリングレーン:主流市場へ進むための攻略の初期段階。小さなセグメントに対し
て戦略を取り、そこから波及してニッチ市場をどんどん開拓していく。マーケット・セグ
メントをボーリングのピンに見立て、最初のピン(マーケット・セグメント)を倒せば、
続いて二番目のピンを倒すこともできる。という意味で、次々と市場を拡大させていくこ
とができるのである。このことから、この段階はボーリングレーンと名付けられた。(ムー
ア、2004、61 頁)
④トルネード:主流市場に一挙に製品が流れ込む時期。市場シェアをいかに獲得するか
がこれ以降の成長の良し悪しを決める。
⑤メインストリーム(メインストリート):市場の急速な成長が止まる時期である。これ
以降は、顧客との親密性や経営管理の効率化が重要課題になる。
—
初期市場とメインストリーム市場
初期市場が形成されるには三つの要素が必要である。まずは、将来誰もが必要とするよ
12
うな斬新なテクノロジー。そのテクノロジーを評価して従来のものより優れていると証明
するテクノロジー・マニア。そして、資金力を有し、効率性を考えるビジョナリーである。
(ムーア、2002、59 頁)
一歩、メインストリーム市場へ進出するためにも三つの要素がある。まずは、支配でき
そうなニッチ市場をターゲットにすることが重要である。そして、そのニッチ市場のライ
バルを追い払うこと。最後に得られたニッチ市場を起点にさらに戦線を拡大することであ
る。(ムーア、2002、94 頁)これが、キャズムを越え、メインストリーム市場へ進出する
方法である。
—
どのようにキャズムを越えるのか
キャズムを乗り越えるにはどのようにすればよいのか。ムーアはそれぞれの採用者に合
わせてマーケティング戦略を取ることが重要だ、と主張している。
まず、初期市場では、アーリー・マジョリティーを取り込むことが必要である。アーリ
ー・アドプターは、オピニオン・リーダーの性格を持っていることが多いので、彼らにイ
ノベーションが受け入れられれば、他のアーリー・アドプターを巻き込むことができる。
このように、初期市場ではアーリー・アドプターが重要な役割を果たすのである。
ところで、ある製品がアーリー・アドプターを相手に成功したとする。この成功例をも
とに、メインストリーム市場に進出するには同じやり方が成功するか、という問題がある。
メインストリーム市場の対象となる顧客はアーリー・マジョリティー(実利主義者)で
ある。アーリー・マジョリティーを取り込むことができれば、メインストリーム市場で成
功する。しかし、初期市場とメインストリーム市場、つまりアーリー・アドプターとアー
リー・マジョリティーの間、ここには大きな落とし穴がある。ここにはキャズムが存在す
るため、アーリー・アドプターを先行事例にすることはできないのである。
(ムーア、2002、
94 頁)
初期市場とメインストリーム市場は大きく異なっている。たとえば、初期市場では必ず
しも競争相手の存在は必須ではないが、メインストリーム市場では、自ら競争を作りだす
必要性に駆られることになる。(ムーア、2002、224 頁)
さらに、初期市場において、製品の購入を決定するのはイノベーター(テクノロジー・
マニア)とアーリー・アドプター(ビジョナリー)である。そして彼らが価値を見出すの
は「テクノロジー」と「製品」である。一方メインストリーム市場では、購入を決定する
のはアーリー・マジョリティー(実利主義者)とレイト・マジョリティー(保守派)であ
り、価値を見出すのは「市場」と「企業」であるつまり、キャズムを越えるとは製品中心
の価値観から市場中心にする価値観への移行である。(ムーア、2002、227 頁)
また、多くの企業はアーリー・アドプターとアーリー・マジョリティーの違いに気づか
ず、キャズムに陥ってしまう。
たとえキャズムを越えたとしても、そのあとにはさらなる戦略が必要となる。キャズム
13
を乗り越えることは、イノベーションを普及させる最低条件にすぎない。キャズムを乗り
越え、テクノロジー導入ライフサイクルを越えると、やっと産業の成長市場へと移行する
のである。
キャズムを越え、再びキャズムに落ち込まないようにするには、企業の体質を変革させ
る必要がある。企業の体質を開拓者から移民に変えるようなものである。(ムーア、2002、
322 頁)
Ⅲ.歴史
—
出版業、古書店業の歴史
(小田、2000、第 1 章 22∼63 頁)
江戸時代には、庶民が本を読む文化は定着していた。しかし、本は高価なものであり、
多くの読者は貸本屋から本を借り、読みまわしていた。この時代の出版構造は、作者が本
を書き、出版社が本を作って貸本屋に卸す。貸本屋は読者に本を提供する、というもので
あった。
作者→出版社→貸本屋→読者
という構造である。
貸本屋が現在の新刊書店、古本屋、図書館の全てを兼ね備えていた。(小田、2000、26
頁)つまり、流通システムがまだ確立されていなかった。作者や貸本屋も兼業で行われる
こともあり、現在のような専業の作家、本屋とはほど遠かった。当時は、作者から読者ま
での関係は未分化であったといえる。
明治時代になると出版業界は近代化の道を歩み始める。明治時代中期には近代出版社が
創業された。これにより、出版社(生産)から取次(流通)、書店(販売)の流通インフラ
が成立する。
江戸時代の構造であった、貸本屋を主体とする本の流通形態が崩れ、新しい仕組みが主
流となった。流通インフラは江戸時代と異なるが、いまだに本を読むのは「読者」であり、
明治時代の近代出版社も読者に対する出版活動を行っていた。
時代は進み、昭和初期には「本の早すぎた消費革命」が起こる。これは、「円本」「文庫
本」の誕生によるものである。円本とは、定価が一冊一円の本のことで、当時としては破
格の値段であった。
円本、文庫本の登場により、本の値段は十分の一から五分の一に急激に下がってしまっ
た。本があふれかえるようになり、誰でも本を手に入れられるようになったが、値段の下
落で利益は減った。本も薄利多売となり、出版社は新刊書籍を次々出す必要に駆られた。
このことが、本の大量生産、大量消費、大量廃棄の時代へと移行する原因となった。
古本屋であるが、本の大量生産、大量消費、大量廃棄の時代にはすでに存在していた。
希少な本を仕入れ、別の読者に販売する、という書物のリサイクルの中核を担っていたの
である。1970 年代までは、この書物のリサイクルが行われていた。
14
出版社→取次→書店→読者→古本屋→読者
の構造で書物のリサイクルを行っていた。
1980 年代、出版業界は再販制度と返品委託制度により保護されていた。これは出版業界
特有のものであり現在も続いている。再販制度、返品委託制度については後述する。
この再販制度と返品委託制度は出版業界をさらなる大量生産、大量消費、大量廃棄へと
推し進めるのである。
また、同時代には郊外型の大型書店の出店が相次いだ。
郊外型大型書店は、その名の通り都心から離れた郊外にあり、広大な敷地と駐車場を有
することが多い。品揃えは、売れ筋のベストセラー、コミック、文庫本が主流で、従来の
個人経営の書店とは異なっていた。
1980 年代は郊外店の出店ラッシュ、1990 年代には大型店の出店ラッシュとなった。この
背景には、大型店舗出店に関する法規制緩和がある。
既存の個人書店が廃業し減少する一方、郊外型大型書店は増え続けた。廃業より出店の
ほうが多くなり、書店の店舗数が増大していく。しかし、販売されるのは利益の少ない文
庫本やコミックが主なため、出版業界全体の売り上げは低迷していった。
このころになって、1970 年代までの書物のリサイクルの主軸であった、出版→取次→書
店という近代流通システムが機能しなくなっていく。コンビニエンスストアで手軽に本が
買えるようになり、それまで販売を担当していた個人書店は大型書店へと移り変わった。
販売インフラが激変したのである。
書店店舗数の増加、出版物の売り上げ減少により、出版社は次々と新たな出版物を発行
する。この大量生産、大量消費がリサイクルの限界を越え、大量廃棄へとつながった。こ
の時代を背景に、「新古本屋」は誕生したのである。
大量生産、大量消費で本は大衆のものとなった。本を手に入れるのは一部の「読者」で
はなく、一般の「消費者」になったのである。本は単なる消費物となり、新たな流通イン
フラが成立した。出版社→取次→郊外型書店・コンビニ→消費者→新古本屋→消費者
と
いう消費者流通インフラが生まれたのである。
新古本屋は成功したが、現在の出版業界は不況といわれている。書籍の新刊点数は増え
る一方、売り上げは大きく伸びていない。売れ筋であった、コミック、文庫本の販売も頭
打ちになり、出版社は数々の苦境に立たされている。新古本屋の誕生により、消費者が安
価に本を手に入れるため、さらに利益が上がらなくなっていることも要因の一つである。
売れないから次々に新刊を発行する一方、売れない本は返品されるという負のスパイラル
が続いている。返品される本は 1970 年代から増え続け、現在も増加している。
取次から書店に卸される本のうち、売れずに返品される本の割合を返品率という。書籍
では 1970 年代に返品率は 20%台から 30%台だった。以降、その辺りで推移してきたが、
1990 年代になると返品率は上昇する。1997 年には 39.3%、1998 年は 41.0%、1999 年は
39.9%となっている。(小林、2001、51∼52 頁)
15
—
新古本屋とは
1990 年代に誕生した新しい古本屋の形態。業界一位はブックオフ、二位はフォーユーが
経営するブックマーケット。一般から古本を買い取り販売する方法は従来の古本屋と同様
だが、古本屋が本の希少性、文化的価値を重視するのに対し、新古本屋は本の綺麗さ、新
しさを重要視する。チェーン化され、フランチャイズで店舗数を増やしており、従業員は
パート、アルバイトが多い。「読者」を対象とする古本屋に対し、新古本屋は「消費者」を
相手にする。
—
再販制度
再販制度とは、正しくは再販売価格維持制度、という名称である。
再販価格維持行為とは、ある商品の供給者がその商品の取引先である事業者に対して、
転売する価格を指示し、これを遵守させる行ためである。
(公正取引委員会事務局編(1971)
『再販制度――独占禁止懇話会資料Ⅱ』、大蔵省印刷局、3 頁。)
再販制度は書籍、雑誌、新聞などの出版物と CD などの音楽メディアで導入されている。
一般には著作物に導入されており、著作権を保護することが目的である。
書籍、雑誌の流通に置き換えてみると、出版社が発行した書籍雑誌に定価を定め、小売
店(書店)がその定価で消費者(読者)に販売する行ためが再販維持に当たる。なお、書
籍・雑誌流通の一般的な流通経路である「取次ルート」では、取次が出版社と小売店(書
店)の間に存在するが、出版社が取次の販売価格を指示し遵守させることは行われていな
い。(石岡、2001、11 頁)
—
委託販売制度(返品制度)
(石岡、2001、18∼19 頁)
委託販売とは、著作物の流通における取引形態である。特徴は返品可能である、という
こと。小売業者の在庫リスクを軽減できることがメリットである。委託販売制度を「返品
制度」とも言い、出版業界を特徴づけるものとなっている。
取引形態は「委託」「買い切り」「常備寄託」の三つに分類される。
書店に卸した書籍・雑誌を一定期間内であれば自由に変便できる取引が「委託」である。
そして「委託」は、新たに発行した書籍・雑誌を一定期間書店に並べる「新刊委託」とす
でに発行されている書籍を長い間店頭に置く必要のある「長期委託」の二種類に分けられ
る。
「買い切り」は返品が認められていない取引形態である。最初から買い切る形で書籍を
取引する「新刊買い切り」と読者の要望や書店の判断に応じて新刊買い切りしている本を
追加、補充する「注文買い切り」の二種類がある。
「常備寄託」とは、通常約一年間書店に並べられ、その商品が売れるたびに追加補充を
し、一定期間終了後に出版社に返品されたのちに清算を行う取引形態のことである。「常備
寄託」は出版社の社外在庫として取り扱われる。
16
—
ブックオフの歴史
中古本チェーン業界の先駆者であり最大手でもあるブックオフ。その第一号店は 1990 年
5 月に神奈川県相模原市にオープンした、相模原千代田店である。現在はフランチャイズで
店舗を拡大するブックオフだが、第一号店は直営店舗であった。その後 1991 年 1 月には直
営店二号店となる上溝店、7 月には直営店第三店である相模原駅前店をオープンさせている。
一号店から三号店までは全て立地条件や店舗面積が異なり、直営のモデル店をオープン
させた。(大塚、1994、96 頁)
創業者の坂本は、ブックオフ設立以前には、故郷山梨県で中古ピアノの販売を行ってい
た。家庭にある古いピアノを引き取り、丁寧に磨き直し、調律して再び販売するという、
現在のブックオフと同じ手法の商売だった。坂本はこの方法でなかなかの利益を上げてお
り、この中古ピアノを扱った経験とノウハウがブックオフの誕生、成功に一役買ったので
ある。
ブックオフ・コーポレーション株式会社が設立されたのは、1991 年 8 月のことである。
ブックオフは企業ありきではなく、店舗から始まったのだ。
1991 年 10 月にはブックオフはフランチャイズ展開を開始する。加盟店一号店がオープ
ンするのは同じ年の 11 月のことである。
1993 年 11 月にはニュービジネス大賞を受賞。これが宣伝効果となり、ブックオフは一
気に知名度を上げた。また 1993 年には中古書籍を取り扱うだけでなく、AV 機器やパソコ
ンのリサイクルを取り扱うハードオフとの複合出店を行っている。
1994 年には 100 店舗を達成する。こののち、ブックオフの店舗は大型になり、都心へも
進出し始めた。
1990 年代中ごろには、ブックオフは家電販売店や喫茶チェーンなど、異業種との提携を
進めていく。ブックオフと他業種の複合店舗が次々にオープンし、中古本チェーン業界の
みならず、あらゆる中古産業に進出し始めた。
1999 年にはさらに大型のブックオフ店舗をオープンさせていく。東京町田市にあるブッ
クオフは、地下一階地上三階という大規模なものだった。この町田店を皮切りにブックオ
フは大型、複合店舗を増やしていく。
海外にも出店を始め、2000 年 2 月には海外一号店となるハワイアラモアナシロキヤ店が
オープンする。4 月にはニューヨークにも進出を果たした。この語も国内、海外ともに店舗
数を増やしていき、2005 年には株式を東証一部へ上場した。
2009 年 3 月 31 日現在、BOOKOFF は国内外合わせて 917 店舗(直営店 303 店、関係会
社 16 店、加盟店 598 店)となっている。
—
ブックオフの神話
ブックオフ・コーポレーション創業者である坂本孝が、のちに「新古本屋」と定義され
る事業形態を思いついたのは 1989 年から 1990 年ごろ、場所は横浜の港南台だとされてい
る。ブックオフ発想のきっかけには諸説あり、資料によって異なるが時期と場所は共通し
17
ている。以下に代表的な二つのパターンを挙げる。
90 年のある日、坂本は横浜の港南台を歩いていて、ふとある古本屋が目に入った。なか
に入ってみた。店の広さは 40 坪ぐらい。彼はそこに並べられている古本を見て、ハッと思
った。専門書や美術書はなく、文庫や単行本、コミックなど売れ筋商品だけで棚が構成さ
れている。
「これだ」とそのとき閃いた。
この古本屋は神田などの古本屋とは違う。
(大塚、1994、67∼68 頁)
坂本がひらめいたのは 1989 年のある日のことである。
イトーヨーカドーとの 5 年越しの大仕事のため、坂本は故郷の山梨から横浜に移り住ん
でいた。横浜の港南台を歩いていると、黒山の人だかりが目にとまった。
中へ分け入っていくと、コミックが乱雑に戸棚の上に並んでいる。新品ではない。古本
だ。ものすごい熱気である。
熱気のなかで、坂本はかつて中古ピアノを扱っていたことを思い出した。
(ブックオ
フ探検隊、2006、26 頁)
このやや矛盾する二つの説について、神話だ、とも述べられている。出会い、啓示、誕
生というプロセスがブックオフという神話を作っていくための不可欠なものである。
(小田、
2000、182 頁)
創業者のひらめきが神格化され、偉人としてあがめられることはブックオフが成長する
ための大きな宣伝となった。坂本がブックオフを設立させるときの合言葉は、「本の価格破
壊」であった。停滞していた出版業界に新しい風を吹き込む、というのが弁である。
ブックオフの創設の「神話」にはさまざまな矛盾があることは事実である。たとえば、
前述した、ブックオフ一号店から三号店までは直営モデルとするために全て異なる立地を
選んだ。とあるが、『ブックオフ情熱のマネジメント』(グロービス MBA ブックオフ探検
隊、2004、27∼28 頁))では、坂本はブックオフ店舗設立のために不動産会社に飛び込ん
で、物件リストの一番上にあった店に決めた。これがブックオフ第一号店舗である。 と述
べられている。このことから、ブックオフ店舗の立地は必ずしも意図した条件ではないの
では、という批判もある。(小田、200、207 頁)
ブックオフには、創世神話だけでなく、他にも神話が存在する。ブックオフ二号店オー
プンの際、店長に抜擢されたのは、一号店のパート、橋本真由美だった。現在はブックオ
フ・コーポレーション取締役会長(平成 19 年から現任)を務める橋本は、社長就任の際に
は、パートからの登用という珍しさから大きな話題になった。
橋本が店長を務めたブックオフ二号店は、最初から順風満帆であったわけではない。開
店後、一時は閉店の危機に追い込まれ、橋本や他のアルバイトスタッフの献身的な働きで
18
復活をとげた。という経緯がある。この二号店の復活神話、この時生まれた橋本のアイデ
ィアが現在のブックオフの成長にもつながっている。
Ⅳ.古書店業界へのキャズム理論の適用
—
古書店業界のキャズム
古書店業界のキャズムはどこにあるのかを実際に検証する。前述したが、従来の古本屋
は古本自体の希少性や文化的価値を重視し、顧客としていたのも少数の読者やいわゆる古
書マニアであった。古本業界の顧客を、ムーアによるイノベーション採用者カテゴリーに
分類してみる。
まず、イノベーターは定義にあてはめると、古書を愛している、といっても過言ではな
い存在である。そのイメージに当てはまるのは、「古本屋の店主」である。彼らは古書を愛
し、その価値が分かる目利きでもあり、自ら古本を収集し、貯蔵する。そしてそれを店で
販売するのである。単なる、古本の収集家や販売するだけの店主とは違う、収集と販売を
同時に行う「古本屋の店主」こそ、イノベーターにふさわしい。
イノベーターが古本の読者イコール収集家、販売者だとしたら、イノベーターから本を
手に入れる存在がアーリー・アドプターである。古書は好きだが、自ら店舗を構えそれを
販売するまでには至らない、もしくは販売することは全く想定していない存在、それがア
ーリー・アドプターである。彼らは個人的に古本を収集し、古本そのものやその内容に価
値を見出している。個人的な収集家や研究者などがそれに当てはまると考えられる。
イノベーターとアーリー・アドプターによって、初期市場は形成されている。イノベー
ターが「古本の店主」で、アーリー・アドプターが「古書マニア」であるとすると、古書
店業界は、新古本屋が登場するまでの長い期間、初期市場に位置していたと考えられる。
イノベーターとアーリー・アドプターの間にも、小さいがクラック(裂け目)が存在す
る。古本業界はこのクラックはどのように乗り越えたのか。それは、イノベーターが自ら
収集した古本を販売することで乗り越えられたのである。イノベーターが古本を販売する
ことで、古本が流通し、アーリー・アドプターが古本を手に入れられるようになった。「販
売」という手段で、古本を積極的に集めるイノベーターと、古本を手に入れたいが手段が
少なかったアーリー・アドプターの間にあるクラックを乗り越えた。
イノベーターとアーリー・アドプターは同じ「読者」であり、繰り返すが、古書そのも
のの希少性、文化的価値に重きを置いている。彼らは、自分たちのような「読者」以外に
古書を手に入れたがる存在など想定していなかったに違いない。イノベーターとアーリ
ー・アドプターによる「読者」だけで、彼らの古書業界という世界は完結していたのだ。
この時、図らずも古書店業界はキャズムに陥っていた。キャズムが目の前にあるという
事実にすら気付かなかったのかもしれない。イノベーターもアーリー・アドプターも「読
19
者」であり、古本が他の「消費者」へと普及することはなかった。古本業界は、キャズム
を乗り越える必要性を感じることもなく、顧客である少数の「読者」を対象にした商売を
行っていた。また、一般の大衆も古本は汚いもの、古いもの、マニア用のものという認識
があり、アーリー・アドプターに追随することはなかったのである。
古書店業界、という産業で見ると、読者(アーリー・アドプター)と一般消費者(アー
リー・マジョリティー)の間にキャズムが存在したのである。
—
ブックオフはキャズムを乗り越えた
長い間、初期市場に位置していた古本業界がキャズムを乗り越えたのは、ブックオフの
働きによる。ムーア理論に従うなら、ブックオフはアーリー・マジョリティーを獲得しキ
ャズムを乗り越えた、ということになる。ブックオフがどのようにアーリー・マジョリテ
ィーを獲得し、キャズムを乗り越えたのかを検証する。
まず、ブックオフが獲得したアーリー・マジョリティーとはどのような顧客化を定義し
たい。ブックオフが獲得に成功したアーリー・マジョリティーは、読者ではない。広く一
般の消費者である。彼らは本の大量生産、大量消費に慣れ親しんだ世代であり、本自体の
希少性や文化的価値を重要視しない。本は単なる娯楽品であり、重視されるのは本の綺麗
さや値段である。
—
ブックオフ成功の要因
ブックオフがキャズムを乗り越えた要因、それは停滞していた古書店業界に新規参入す
る際、従来と全く違うビジネスモデルを持ち込んだことである。また、古書店の店主(イ
ノベーター)と古書マニアの読者(アーリー・アドプター)は、ブックオフの設立当初、
まさかブックオフが成功するとは思っておらず、とくに対抗の手立てを打たなかったこと
も挙げられる。
ブックオフのターゲットは、従来の古本屋を利用しなかった女性や子ども、若者である。
彼らは「読者」ではなく「消費者」
、つまりアーリー・マジョリティーである。アーリー・
マジョリティーを取り込むために、ブックオフは店舗と商品に関する新たなモデルを創造
した。目指したのは「古本コンビニ」である。
(ブックオフ探検隊、2004、52 頁)
ブックオフは清潔で明るい店舗を作った。古本屋は暗い、狭いというイメージを覆すた
めである。また、深夜まで営業を行うことで、帰りがけによる客も増えた。量販店の跡地
など広い面積のある立地を選び、駐車場を併設した。他業種との複合店舗を作ることで、
さまざまな層の顧客を取り込むことができたのである。
商品に関して、ブックオフは革命的な手法を生み出した。ブックオフ創業者坂本孝がい
うところの「本の価格破壊」である。再販制度、委託返品制度に守られていた出版業界の
ニッチ市場に参入した。
ブックオフ店舗で働くスタッフは主にパートやアルバイト、つまり素人である。また、
20
ブックオフの商品は、一般からの買い取りが基本である。顧客が持ち込んだ本を従業員が
査定しなければならないが、古本屋の店主のように、その価値を判断することはできない。
そこで、素人でも判断しやすくわかりやすい基準を作った。
ブックオフで扱う本は何より綺麗さと新しさが重視される。これは、ブックオフが獲得
したアーリー・マジョリティーの重視するものと重なっている。
ブックオフは持ち込まれた本の希少性は判断しない。その古本の状態、出版年だけを見
て値段をつける。その価格は、高いもので定価の 10%である。仕入れた本を磨き上げ、定
価の半額から 100 円で販売する。最初は定価の半額で売られるが、買い取りから三カ月以
上経った売れ残り本と、在庫が 5 冊以上ある過剰在庫は 100 円で販売される。値段のシー
ルの色を変え、仕入れから何ヶ月たったかが一目でわかるようになっている。
店舗、商品の二つを組み合わせた戦略としては、棚作りが挙げられる。ブックオフは商
品を並べる際、出版社別ではなく、作者順に並べている。並べる従業員にも、古本を探す
顧客にもわかりやすい、という理由で行ったものだ。
アーリー・マジョリティーという新たなターゲットに対し、ブックオフは店舗と商品か
らなる新たなビジネスモデルを提供した。革新的な手法を生み出したのは、ターゲットと
する顧客層の違いだけではなく、働く従業員もアーリー・マジョリティーであったことで
ある。アーリー・マジョリティーにわかりやすい、魅力的なブックオフのビジネスモデル
は、ブックオフは従来の古本屋とは違う、新古本屋なんだ、ということを一般に広めたの
である。
—
キャズムは乗り越えられるべくして乗り越えられたのか
新たなビジネスモデルを確立し、古書店業界のキャズムを乗り越えたブックオフだが、
古書店業界にキャズムがあることを自覚していたのかは定かではない。ブックオフはキャ
ズムを乗り越えようとして、古書店業界に新規参入したのではなく、ブックオフが参入し、
成功を収めた結果、古書店業界にはキャズムが存在したことに気づいたのかもしれない。
いずれにしても、ブックオフがキャズムを乗り越えた事実には変化はない。
ブックオフがキャズムを乗り越えた結果、新古本屋の新規参入が相次ぎ、古書店業界
はメインストリーム市場に移行する。メインストリーム市場の顧客層は、レイト・マジョ
リティーである。彼らを取り込むことはさらなる成長につながるが、現在も中古本チェー
ンにおいてブックオフは最大手であり、うまくレイト・マジョリティーを取り込んだ、と
考えられる。その要因としては、店舗数拡大である。ブックオフがどこにでもあれば、い
かに保守的といわれるレイト・マジョリティーも、ブックオフのイノベーションを受け入
れざるを得ない。ブックオフはいまだに成長を続けているのである。
21
Ⅴ.まとめ
—
キャズム理論では分析できない成長
ブックオフの成功による古本屋業界の成長は、必ずしもキャズム理論だけでは説明でき
ない。ブックオフは古本という商品そのものではなく、消費者にとって必要なものを提供
して成功した、とも考えられる。この場合の必要なもの、とはわかりやすい古本の基準、
綺麗な店舗といったビジネスモデル全般である。
古本、という商品そのものはイノベーター、アーリー・アドプターが形成する初期市場
から変化していないのだ。採用者の価値観が異なるために変化したように感じるが、古本
は古本である。
ブックオフの賞賛すべき点を挙げるとするならば、商品を変容させたのではなく、サー
ビスを変容させて新たな顧客であるアーリー・マジョリティーを取り込み、キャズムを乗
り越えた点である。サービスの変化もイノベーションであるとすると、ブックオフはムー
アの提唱するキャズム理論で成長を遂げたといえる。
—
従来のプロダクト・ライフサイクル理論への適用
古書店業界の成長を、今までのプロダクト・ライフサイクル論に置き換えてみる。
古書店業界は今までの古本屋ではとても成長は望めなかったであろう。顧客は古書を愛
する「読者」のみであり、古書店業界は成熟期に位置し、衰退期へと移行していく時期だ
った。しかし、ブックオフをはじめとする新古本屋の参入により、再び成長期に入ったと
も考えられる。
また、現在の古書店業界は、古本屋全体がキャズムを乗り越え成長したのではなく、イ
ノベーターとアーリー・アドプターを対象とする古書店と、アーリー・マジョリティーを
対象とする新古本屋が共存している、ととらえることもできる。古書店はベンチャー企業、
新古本屋は大手企業に例えると、それぞれ住み分けができている。
—
市場の成長と企業の成長
ブックオフは古書店業界の成長には一役買った。一方、ブックオフ・コーポレーション
としての成長はどうであろうか。売り上げ、利益が上がり、成功したのは当然であるが、
ブックオフの成長には働く従業員の存在が欠かせない。
ブックオフは、やる気を出す仕組みやモチベーションのマネジメントを作り上げた。(ブ
ックオフ探検隊、2004、116 頁)700 円の時給と合わせて、いったいどの程度のインセン
ティブがあれば、あなたはブックオフの店舗で走り回りますか?
(ブックオフ探検隊、
2004、105 頁)
従業員の意欲、店長を中心としたチームワークでブックオフは運営されているのである。
22
製品、イノベーションがいかに優れていたとしても、企業の成長には人材も欠かせない。
ブックオフは従業員を動機づけ、成長を果たした。
企業の成長と市場の成長を同じライフサイクルで語ることはできない。キャズムを乗り
越えるための戦略と、企業が成長するための戦略は異なっている。キャズム理論は、市場
中心のライフサイクル理論であるため、企業の成長ステージを十分に説明することはでき
ないのである。
—
キャズム理論の応用
ムーアが提唱したキャズム理論は、高度なイノベーションを対象とするハイテク製品市
場において有効とされた。しかし、ロジャーズの定義によると、イノベーションは新たに
認識されたアイディア全般をさす。製品に関するイノベーションだけでなく、新たなビジ
ネスモデルもイノベーションととらえることができるのである。このことから、製品自体
を変容させるイノベーションだけでなく、一般のイノベーションにおいても成長する段階
でキャズムが存在する、といえるのである。
23
参考文献
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、データハウス。
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、日経 BP 社。
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第 12 版』、ピアソン・エデュケーション。
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ブックオフ・コーポレーションホームページ http://www.bookoff.co.jp
野村総合研究所
経営用語の基礎知識
http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/m_word/product.html
評価
ライフサイクルはよく知られた議論ではありますが、ライフサイクルを深化させること
は、まだまいろいろなアイデアに開かれていると思います。
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