...

化学物質安全対策 (リスク評価における不確実性係数の

by user

on
Category: Documents
100

views

Report

Comments

Transcript

化学物質安全対策 (リスク評価における不確実性係数の
平成 25 年度 経済産業省委託
化学物質安全対策
(リスク評価における不確実性係数の定量化に関する調査)
調査報告書
平成 26 (2014) 年 3 月
大阪大学
ii
目次
1. 調査目的と実施体制 .......................................................................................................... 1
2. 化学物質管理に利用される不確実性係数の分類と定量化の動向 ..................................... 2
2.1 はじめに ....................................................................................................................... 2
2.2 不確実性係数を用いたリスク評価 ............................................................................... 2
2.2.1 不確実性係数を用いた外挿手法の変遷 ................................................................. 2
2.2.2 物質固有調整係数の導入....................................................................................... 5
2.3 確率論的 PBPK モデル,および,PBPK/PD モデルの適用 .................................... 22
2.3.1 U.S.EPA (2011a) によるジクロロメタンの基準値の算出 .................................. 22
2.3.2 DAS (2011) によるクロルピリホスの不確実性係数の導出 ................................ 49
2.4 おわりに ..................................................................................................................... 61
3. PBPK/PD モデルを用いた不確実性係数の定量化 .......................................................... 62
3.1 はじめに ..................................................................................................................... 62
3.2 不確実性係数の定量化の解析の流れ ......................................................................... 62
3.2.1 使用した PBPK/PD モデル ................................................................................. 63
3.2.2 不確実性係数を定量化するためのシミュレーション方法と定義式 ................... 86
3.3 推定結果 ..................................................................................................................... 91
3.3.1 内部用量の指標とバイオマーカーの選択による不確実性係数の定量化への影響
....................................................................................................................................... 91
3.3.2 モデルパラメータの知見の不足による不確実性係数の定量化への影響 ............ 92
3.4 おわりに ..................................................................................................................... 95
4. PBPK/PD モデルを用いた定量的リスク評価の発展に向けた考察 ................................. 96
4.1 化審法における化学物質のリスク評価の支援......................................................... 96
4.2 リスク評価技術のイノベーションにむけて ............................................................ 96
4.3 国際的貢献 ............................................................................................................... 97
5. 参考文献........................................................................................................................... 99
付録 ..................................................................................................................................... 105
付録 A 「FIFRA Scientific Advisory Panel Meeting」による DAS アプローチへの指摘
事項 ................................................................................................................................. 106
付録 B 物質固有調整係数の定義と利用方法 ..................................................................115
1. はじめに ................................................................................................................. 120
2. 背景......................................................................................................................... 123
3. 種間差とヒト個体差の物質固有調整係数の発展におけるデータの利用についてのガ
イダンスドキュメント ................................................................................................ 132
ケーススタディ ........................................................................................................... 157
i
ii
1. 調査目的と実施体制
化学物質管理において費用対効果に優れたリスク管理措置の選択を行うには,リスク推
定に係る不確実性を与件として,リスク評価を論理的に精緻に行うことが重要となる.な
かでも,動物毒性試験から導きだされた用量反応関係のヒトへの外挿における種間差およ
び個体差の不確実性係数に関する科学的知見に基づいた定量的評価は,規制レベルの決定
に直結するため優先性の高い課題となる.近年,米国を中心として,PBPK,もしくは,
PBPK/PD モデルを用いた不確実性係数の定量化手法が開発されてきている.
そこで,本調査では,用量反応関係の導出に伴う種間差および個体差の定量的評価を行
うために,評価対象物質としてクロルピリホス (Chlorpyrifos,以下 CPF と略す) を選定し,
確率論的解析手法を導入した生理学的薬物動態モデルおよび生理学的薬物動態・薬力学モ
デル(PBPK モデル及び PBPK/PD モデル)を用いて,不確実性係数を定量的に評価するこ
とを目的とする.また,PBPK モデル及び PBPK/PD モデルの精度に伴う不確実性を考慮に
いれ,モデルパラメータの知見の充足度に応じた不確実性係数の縮減効果を定量化する.
本調査目的を達成するために,次の 4 つの研究課題を設定した.
研究課題 1:文献レビューによる不確実性係数の定量化の動向に関する調査(第 2 章)
研究課題 2:PBPK/PD モデルに変動性,不確実性,感度分析を組み込んだ不確実性係数
の定量化に関する手法の確立(第 3 章 3.2-3.7 節)
研究課題 3:クロルピリホスを対象とした PBPK/PD モデル不確実性係数の定量化に関す
るケーススタディ(第 3 章 3.8 節)
研究課題 4:PBPK/PD モデルを用いた定量化手法のリスク評価への適用に関する論点の
整理(第 4 章)
<実施体制>
所属
大阪大学大学院工学研究科
氏名
東海明宏
役割
統括
執筆担当
第4章
独立行政法人産業技術総合研究所 元主任研
究員
大阪大学大学院工学研究科 特任研究員
川崎一
アドバイ
ザー
解析・翻訳
第 2 章 2.3.1 節
大阪大学大学院工学研究科
博士後期課程
小島直也
大阪大学大学院工学研究科
博士前期課程
市川淳也
教授
山口治子
1
解析・デー
タ整理
解析・翻訳
第 2 章 2.1 節,2.2.1 節,2.2.2
節(3)
, 2.4 節,第 3 章(分
担)
-
第 2 章 2.2.2 節(1,2)
,2.3.2 節,
第 3 章(分担)
2. 化学物質管理に利用される不確実性係数の分類と定量化の動向
2.1 はじめに
本章では,文献レビューを通じて,化学物質管理に利用される不確実性係数の分類と定
量化の動向を把握する.まず,不確実性係数を用いた外挿手法の変遷を整理する.次に,
1990 年代初めに導入された物質固有調整係数 CSAF (Chemical-Specific Adjustment
Factors) について詳細にレビューする.さらに,不確実性係数の定量的推定や CSAF の導
出において,PBPK モデルの発展と適用が期待されていることから,PBPK モデルおよび
PBPK/PD モデルの適用事例として,U.S.EPA (2011a)によるジクロロメタンと DAS (2011)
によるクロルピリホスの適用事例をとりあげ,詳細にレビューする.最後に,不確実性係
数の定量化に PBPK モデル,PBPK/PD モデルを適用における有用性と課題について述べ
る.
2.2 不確実性係数を用いたリスク評価
2.2.1 不確実性係数を用いた外挿手法の変遷
不確実性係数が初めてリスク評価に対して提案されたのは,1954 年の U.S.FDA による
食品添加物の安全性評価とされる (蒲生 2002, 中西ら 2007).Lehman and Fitzhugh
(1954) は,食品添加物の許容摂取量を設定するために,長期毒性試験の結果として得られ
た NOAEL の 100 を超えてはならないとして,安全係数 100 を提案した.
1983 年,U.S.EPA は非発がん性物質に関して,種間差,個体差,亜慢性から慢性への外
挿,LOAEL から NOAEL への外挿に対して,それぞれにデフォルト値として 10 をとる 4
種の不確実性係数を導入した (中西ら 2007).
さらに,1990 年代に入ると,Renwick が,種間差と個体差におけるそれぞれの不確実性
係数 10 を動態要素(PK:Phamacokinetics)と作用要素(PD:Phamacodynamics)に分
ける考え方を提案した.PK と PD の分離により,例えば,体内動態に関する個体差のデー
タが分かっている場合に,部分的に不確実性係数を実データに基づき補正することにより
適切な不確実性係数を定めることが可能となる.1991 年当初では,種間差,個体差共にデ
フォルト値は,PK:PD において 3.16(=100.5)
:3.16(=100.5)であった (Renwick 1991)
が,その後見直され,種間差,個体差の PK:PD は,共に 4.0(=100.6)
:2.5(=100.4)
もしくは,種間差,個体差の PK:PD は,それぞれ 3.16(=100.5)
:3.16(=100.5)
,4.0
(=100.6)
:2.5(=100.4)と設定された (Renwick 1993).このうち,種間差,個体差の
PK:PD が,それぞれ 3.16(=100.5)
:3.16(=100.5)
,4.0(=100.6)
:2.5(=100.4)のデ
フォルト値は,現在,IPCS (1994)により,閾値が認められる物質におけるリスク評価の不
確実性係数のデフォルト値として採用されている (IPCS 1994).
現在,様々な種類の不確実性係数が導入されており,表 1,表 2 に示すように,Dourson
et al. (1996) や Kalberlah et al. (2003) により 1990 年代後半までに各行政機関がリスク評
2
価に採用している値について整理されている .
表 1 Dourson et al. (1996) による不確実性係数の分類
不確実性係数
(UFs 1))
ガイドライン 2)
機関
Health
Canada
1~10
IPCS
RIVM
U.S
ATSDR
10
U.S.
EPA
10
ヒトの平均の長期暴
10
10
露結果から外挿する.
(3.16×3.16)
ヒトの感受性や,TK
と TD の不確実性によ
るとされる.
種間差
ヒトのデータがない
1~10
10
10
10
10
ときに長期動物実験
(2.5×4.0)
から外挿する.
動物からヒトへの外
挿に関する不確実性
や,TK と TD の不確
実性によるとされる.
亜慢性→慢性
慢性期間に満たない
≦10
―
―
10
― 3)
実験データから外挿
する.
NOAEL,LOAEL 未
満 の デ ー タ か ら
NOAEL,LOAEL へ
外挿する際の不確実
性によるとされる.
LOAEL から NOAEL
≦10
LOAEL
―
―
10
10
へ外挿する.
→NOAEL
NOAEL ではなく,閾
値以下の LOAEL を活
用する不確実性によ
るとされる.
不完全な
データが不完全な動
1~100
1~100
≦10
―
―
データベース
物実験データの妥当
な結果から外挿する.
ひとつの試験ですべ
てを知ることは不可
能である事によると
される.
修正係数(MF) 科 学 的 不 確 か さ や 上
1~10
1~10
0<to
―
―
記以外の要因の不確
≦10
実性によるとされる.
(例:実験動物数)
1)信頼度が最小のデータベースでも使われる最大の UF は一般的に 10,000 までである.
2)どの値を用いる場合も専門家の判断が必要である.この表の数字は,各機関がよく使う名目上の
(nominal)値にすぎない.
3)U.S.ATSDR は暴露期間に対する MRLs を設定する.その際期間の外挿は行わない.亜急性から慢性へ
の外挿はしない.
出典:Dourson et al. (1996)
個人差
(個体差)
3
表 2 Kalberlah et al. (2003) による不確実性係数の分類
パラメータ
LOAEL
→NOAEL
期間
外
挿
係
数
個体差
WHO, IPCS
(ADI, TI, TDI,
PTWI)
EPA
(RfD)
ATSDR
(MRL)
ECETOC
(PNAEL)
German FEA
(TRD)
用量-反応データで.
BMD でもよい.
~10
~10
3 (4 の場合もある)
~10
~10
急性~慢性
の期間ごと
に推計され
るので不要
3
(亜急性→亜慢性)
2~3
(亜慢性→慢性)
~10
~10
~10
4(経口,ラット)
1(吸入)
~10
~10
~10
3(一般公衆)
~10
可能
普通 1,
10 まで可
言及なし
個別に計算可能
個別に評価
言及なし
信頼度記述すべし
言及なし
言及なし
1,000
言及なし
3,000
追加係数の一部
TK
TD
TK
種間差
TD
経路間
4.0
2.5
4.0
2.5
可能だが固定せず
修正/追加係数
≦100
最大全体
(AF)
10,000 を超えない
出典:Kalberlah et al. (2003)
さらに,不確実性係数の PK と PD の分離に伴って,実データが利用可能である場合は,
物質固有のデータに基づいて推定された調整係数に置き換えるという物質固有調整係数
CSAF (Chemical Specific Adjustment Factor) という考え方がでてきた (IPCS 2005).
CSAF については,次節で詳細にレビューするが,不確実性係数のデフォルト値を,クリ
アランス値や血中濃度の最大値などのような内部用量の指標に基づいて推定された種間差,
個体差の調整係数に置き換えるものである.実測データのみで導出される場合と,PBPK
モデル,もしくは,PBPK/PD モデルを用いて推定される場合がある.
これまでに CSAF がリスク評価に使用された例が数例報告されている(IPCS 2005).
JECFA によるダイオキシン類(JECFA, 2002)およびメチル水銀(JECFA, 2004)のリス
ク評価,JMPR によるカルバメートの評価(JMPR, 2002)
,さらに,欧州委員会の食品科
学委員会(SCF)による甘味料チクロの評価(SCF, 2000),および U.S.EPA によるホウ素
の評価(US EPA, 2004)に,不確実性係数を 10 から細分化する手法が適用されている.
特に,JMPR では,Cmax に依存性がある重大影響をもつ農薬の急性 RfD を設定するため
に,Cmax の変動が AUC よりも種間差および個体差の双方で AUC よりも 50 %少ないた
め, 不確実性係数をデフォルト値 100 から 25 にした(JMPR, 2002, 2005)
.これは,デ
フォルトの種間差の PK:PD における不確実性係数を 4.0→2.5:2.5→2.0 とし,個体差の
PK:PD における不確実性係数を 3.16→3.12:3.16→1.61 に置換し,2.5 × 2× 3.12 ×
1.61 = 25.12 として算出されたことによる.
4
2.2.2 物質固有調整係数の導入
(1) 物質固有調整係数の種類と概要
物質固有調整係数 (CSAF) は動態要素 (PK) および作用要素 (PD) に関する種間差・個
体差のデフォルト値に置き換えられる係数である.CSAF は実測値,あるいは PBPK モデ
ルや PBPK/PD モデルの予測値といった物質固有の内部用量や影響に関する適切な値が利
用可能な場合に定量化することができる.また,UF の 4 つの部分係数のうち,一部の構成
要素のみ CSAF で置換できる場合,デフォルトの UF と CSAF とを組み合わせた CUF
(Composite Uncertainty Factor) を用いる.CSAF の定量化の手引きは Meek et al. (2002)
および IPCS (2005) に示されている.以下ではこれらの手引きをレビューし,CSAF の種
類と概要を述べる.
(1-1) 体内動態の種差に関する物質固有の調整係数 [AKAF: Animal Kinetic Adjustment
Factor]
AKAF は活性化合物の曲線化面積 (AUC: Area Uncer the Curve),ピーク濃度 (Cmax),
またはクリアランスといった内部用量のヒトと動物における比である.一般に,動物と健
康なヒト集団の代表的なサンプルにおける活性化合物の体内動態の in vivo 試験結果の比較
に基づいて決定される.
(1-2) 生体影響の種差に関する物質固有の調整係数 [ADAF: Animal Dynamic Adjustment
Factor]
ADAF は,動物と健康なヒト集団の代表的なサンプルにおける重大毒性影響 (critical
toxic effect) を引き起こす用量や濃度の比である.ADAF の算出に用いる値は,PBPD モデ
ルのような物質の体内動態の影響を受けずに標的部位での相対的な感受性を定量化する方
法により定量化され,in vitro の動物およびヒト組織での活性化合物の影響から推定される
場合が多い.具体的には,ADAF は in vitro の動物とヒト組織に関する EC (effective
concentrations) の比である (例えば動物 EC10/ヒト EC10).
(1-3) 体内動態の個体差に関する物質固有の調整係数 [HKAF: Human Kinetic Adjustment
Factor]
HKAF は,健康な集団と潜在的に影響を受けやすい集団 (sub population) に関する十分
に広い範囲の in vivo の体内動態試験に基づいて定量化される.しかし,このような条件は
非実践的である場合がほとんどであるので,腎クリアランスや CYP による代謝といったク
リアランスの実測値に基づいて定量化される.また,モデルパラメータに変動性を組み込
んだ PBPK モデルによっても定量化される.得られた活性化合物の PK パラメータ (AUC
や Cmax,腎クリアランスなど) の分布が単峰型の場合,分布の中央値と特定のパーセンタ
5
イル値 (95, 97.5, 99 パーセンタイル値など) の比を計算する (図 1).潜在的に影響を受け
やすい集団 (sub population) が存在する場合は図 2 のように分布を分けて解析する.
単峰型
個体の数
健康なヒトの集団
調整係数=
95th/50th
50%
95%
PKパラメータ
図 1 PK パラメータの分布に基づく CSAF の定量化-単峰性の分布の場合-
二峰型
個体の数
健康なヒトの集団
感受性の高いヒトの集団
調整係数=
95th/50th
50%
95%
PKパラメータ
図 2 PK パラメータの分布に基づく CSAF の定量化-二峰性の分布の場合-
(1-4) 生体影響の個体差に関する物質固有の調整係数 [HDAF: Human Dynamic Adjustment
Factor]
HDAF の算出に用いる値は,物質の体内動態の影響を受けずに標的部位での相対的な感受
性を定量化する方法により算出され,健康な集団と潜在的に影響を受けやすい集団 (sub
population) に関する in vitro のヒト組織での活性化合物の重大影響や関連影響 (related
effect)から推定される場合が多い.具体的には,ヒト組織での EC (effective concentrations)
の比である (例えば平均的な感受性のヒトの EC10/高感受性のヒトの EC10).
6
(2) PBPK モデルを用いた物質固有調整係数の定量化
CSAF を定量化する方法は実データを用いる方法と PBPK モデルや PBPK/PD モデルを
用いる方法が存在するが,以下では PBPK モデルを用いて CSAF を定量化した 5 つの事例
の概要を示す.また,表 3 に 5 つの事例を整理した.
(2-1) Pelekis et al. (2001)
揮発性有機化合物 (VOC: Volatile Organic Compounds) を対象として,HKAFおよびFQPA
ファクターの体内動態に関する物質固有調整係数を推定する方法論を提示した.検証され
たPBPKモデルと,PBPKモデルを単純化した代数方程式が用いられた.また,成人および
子供の内部用量の比を用いてそれぞれの調整係数を推定した.結果により,次の5点が示唆
された.
i.
HKAFおよびFQPAファクターの体内動態に関する調整係数は物質によって異なる.
ii.
本研究で解析した物質について,HKAFおよびFQPAファクターの体内動態に関する
調整係数の2つの値の間に,大きな違いは認められなかった.
iii.
臓器あるいは血中のVOC濃度に基づいて,HKAFおよびFQPAファクターの体内動態
に関する調整係数は0.033から2.85の範囲で変動した.
iv.
調整係数に大きく寄与するパラメータは,体重,肺胞での換気率,肝臓への血流
量,血液-空気分配係数,肝臓での代謝に関するパラメータであった.
v.
単純化した代数方程式により得られた結果とPBPKモデルにより得られた結果に
大きな違いは見られなかった.
(2-2) Nong and Krishnan (2007)
本研究の目的は,VOC に暴露した成人を対象に,定常状態の内部用量に P-bounds アプロ
ーチを適用して HKAF を定量化することである.VOC に対して PBPK モデルとモンテカル
ロシミュレーションを適用して HKAF を定量化した.VOC の参照濃度 (RfC: Reference
Concentration) は慢性影響を考慮して設定されているので,内部用量として定常状態の動脈
血中濃度および定常状態での代謝速度 (RAM : Rate of amount metabolized) を設定した.確
率分布の上限と下限を導出する P-bounds (probability-bounds) アプローチが,入力パラメー
タの確率分布に関する知見から定常状態での内部用量の確率分布の幅を算出するのに用い
られた.先行研究で構築された PBPK モデルについて,確率分布を設定したパラメータ間
の相関を考慮せずに定常状態での内部用量が関係する部分のみを取り出して利用した.確
率分布を設定したモデルパラメータは,肺胞の換気量,肝臓への血流量,物質固有クリア
ランス,血液-空気分配係数である.HKAF は定常状態での内部用量の分布の 50 パーセンタ
イル値と 95 パーセンタイル値より計算された.確率分布を設定しないパラメータの幅また
は確率分布を設定するパラメータの値を用いて,ベンゼン,カーボンテトラクロリド,ク
7
ロロホルム,メチルクロロホルムの定常状態での内部用量の P-bound が推定された.確率分
布を設定して入力を行った場合,ベンゼン,カーボンテトラクロリド,クロロホルム,メ
チルクロロホルムの HKAF はそれぞれ,血中濃度に基づいた場合は 1.18,1.28,1.24,1.18
となり,RAM に基づいた場合は 1.31,1.58,1.30,1.24 となった.P-bounds アプローチの
妥当性はモンテカルロシミュレーションで得られた結果との比較により行われた.データ
が少なく,全ての入力パラメータの確率分布が不明あるいは利用できない場合においても,
P-bounds アプローチを用いて HKAF を定量化することが出来ることを示した.
(2-3) Mork and Johanson (2010)
アセトンを対象とし,確率論的手法を用いて体内動態の個体差のばらつきを定量化する
ことで,一般暴露集団と労働暴露集団のHKAFを算出した.HKAFはPBPKモデルのパラメー
タについて,文献から得た確率分布や,実測値にベイズ法を適用して得られた確率分布を
組み込み,モンテカルロシミュレーションを行うことで算出された.また,年齢や性別,
内因性のアセトンの生成を考慮するかしないか,作業場のアセトン濃度および作業負荷の
変動といった要因がアセトンの血中のピーク濃度および平均濃度にどの程度影響を与える
かを調べた.シミュレーションの結果,一般暴露集団に関するアセトンのHKAFは内部用量
の測定基準 (dose metric) の違いを加味しても,分布の90,95,97.5パーセンタイル値をカ
バーするためにそれぞれ2.1,2.9,3.8で十分であることが示された.しかし,子供に対して
はより高いHKAFが必要であった.労働暴露集団に関するアセトンのHKAFは同様に1.6,1.8,
1.9で十分であった.本研究で示した方法論は,集団全体に関するHKAFだけでなく,高感受
性集団 (sub population) に関するHKAFも算出できる.さらに,様々な種類の実測値をベイズ
法により容易にモデルに組み込むことができるとされた.
(2-4) Aylward et al. (2011)
血中濃度の実測値やモデル予測値が利用可能となりつつある背景を踏まえ,外部用量を
基準とした外挿ではなく,内部用量である血中濃度を基準とした外挿を行った (AKAF,HKAF
の定量化).対象物質はVOCとし,後発PBPKモデル (generic PBPK model) を用いて定常状
態における血中濃度を算出・比較した.主要な結果として,外部用量を基準とせずに母物
質の血中濃度を基準とした場合,解析の範囲内ではAKAFおよびHKAFは縮減できることが示
された.
(2-5) Valche and Krishnan (2011)
暴露経路によるHKAFへの影響を評価することを目的とした研究である.クロロホルム,
ブロモホルム,トリクロロエチレン,パラクロロエチレンについて,先行研究で報告され
ている複数の暴露経路に対応したPBPKモデルを修正して用いた.モデルを用いて3つの暴
露シナリオについて成人,幼児,子供,老人,妊婦の内部用量の測定基準 (dose metric) を
8
定量化した.モデルパラメータの確率分布は,体重,身長,肝臓のシトクロムP450 2E1の含
量に対して,文献より設定された.また,血流量や臓器体積は体重および身長から計算さ
れた.モンテカルロシミュレーションにより,HKAFは潜在的に感受性の高い集団 (sub
population) の内部用量の測定基準の95パーセンタイル値と,成人の内部用量の測定基準の
50パーセンタイル値の比として算出された.内部用量の測定基準を母物質の血中AUCとし
た場合,HKAFは各暴露シナリオで幼児が最も大きく算出され,中でも特にブロモホルムの
場合が最大であった (範囲は3.6-7.4).また,幼児のクロロホルムの経口暴露においてもデ
フォルト値である3.16を超えた (4.9).その他の全ケースでは,HKAFはデフォルト値を下回
った.本研究はHKAFが暴露経路,内部用量の測定基準,対象とするヒト集団,化学物質の
特徴によって影響を受けることを示した.
9
表 3 PBPK モデルを用いた CSAF の定量化事例の概要
Nong and Krishnan (2007)
Mork and Johanson(2010)
Aylward et al.
(2011)
HKAF, FQPA factor
HKAF
HKAF
HKAF,AKAF
HKAF
物質
VOC (8 物質)
VOC (ベンゼン,カーボンテ
トラクロリド,クロロホルム,
メチルクロロホルム)
アセトン
VOC
VOC(クロロホルム,ブロモ
ホルム,トリクロロエチレ
ン,パラクロロエチレン)
決定論的/確率論的
決定論的
確率論的 (P-bounds
approach)
確率論的
決定論的 (後発
PBPK モデル)
確率論的
一般環境/労
働環境
一般環境
一般環境
一般環境
労働環境(一定負荷,変動負
荷)
一般環境
一般環境
年齢/性別
成人 (低感受性),成
人 (高感受性),子供
成人
全母集団,成人男性,成
人女性,15 歳男,15 歳女,
10 歳,5 歳,1 歳,3 か月
全労働者,成人男性,成人女
性
-
成人,幼児,子供,老人,妊
婦
ルート
吸入
吸入
吸入
吸入
吸入,経口
吸入,経口,経皮
変動
なし
なし
なし
なし,あり(激しい,緩やか)
なし
なし
量・期間
720 時間,1ppm
連続,1ppm (低濃度暴露)
24 時間,29 ppm (RfC)
24 時間,500 ppm(OEL)
暴露量に依存しな
い解析となっている
経路毎に同量となるように
物質
母物質
母物質
母物質
母物質
母物質
母物質,代謝生成物
時間
定常状態
定常状態
定常状態
ピーク(Cmax),平均(AUC)
定常状態
平均(AUC)
血液/
臓器
動脈血,静脈血,肝
臓,多血流組織,貧血
流組織,脂肪
動脈血
血液
血液
肝臓の静脈血,混
合静脈血
動脈血
クリアランス
-
定常状態における肝臓で
の代謝速度
-
-
定常状態における
肝臓での代謝速度
母物質の肝臓でのクリアラ
ンス
用量基準
外部用量基準
外部用量基準
外部用量基準
外部用量基準
内部用量基準/外部
用量基準
外部用量基準
パーセンタイル
値(ヒトの高感
受性の定義)
-
95
90,95,97.5
90,95,97.5
-
95
二峰型の分布
の考慮
なし
なし
あり
あり
なし
あり
Pelekis et al. (2001)
CSAF
ヒト集
団
暴露
内部
用量
の指
標
その
他定
量化
に関
する
基準
濃度
10
Valche and Krishnan(2011)
(3) IPCS (2005) の 4 つのケースレビュー
国際化学物質安全性計画 (IPCS : International Programme on Chemical Safety) では,1994
年に物質固有調整係数 (CSAFs : Chemical Specific Adjustment Factors) という概念を導入し,
動物とヒトとの間の種間差およびヒトの変動性を考慮した個体差のデフォルト値,それぞれ 10
に対して,定量的データを組み込むことで修正するアプローチを提案している (IPCS 2005).
CSAFs は,
「デフォルトの不確実性係数の部分係数 (subfactor) を置き換えるための定量的な測
定値,もしくは数値パラメータの推定値.(IPCS 2005)」と定義される.ここで,部分係数
(subfactor) とは種間差,個体差をさらに生物学的薬物動態 (PK:体内での動態に係る部分)1 と
薬力学 (PD:体内での作用に係る部分) に分け,次のような 4 つの部分係数が定義されている.
ADUF=作用における動物とヒトとの差に対する不確実性係数
AKUF=動態における動物とヒトとの差に対する不確実性係数
HDUF=作用におけるヒト個体差に対する不確実性係数
HKUF=動態におけるヒト個体差に対する不確実性係数
部分係数のデフォルト値は,すべて掛け合わすと元の 10 になるように,種間差,個体差それ
ぞれ 10 を分割し,
ADUF,
AKUF,
HDUF,
HKUF,はそれぞれ 2.5 (100.4),
4.0 (100.6),
3.16(100.5),
3.16 (100.5)と設定されている.これらの部分係数のデフォルト値に置き換えられる物質固有のデ
ータが利用可能な場合は,CSAF をデータに基づき導出し,これを部分係数に置き換え,最終的
に NOAEL もしくは NOAEC に除する複合不確実性係数 (CUF : Composite Uncertainty
Factor) を算出する.たとえば,ある特定の物質において,定量的データにより,動態における
個体差に対する物質固有調整係数 AKAF のみが 1.2 と推定された場合は,AKUF を AKAF に置
き換え,CUF は 2.5×1.2×3.16×3.16=30.0 となる.以下の節で IPCS (2005) により提示され
た幾つかの事例をレビューする.
(3-1) Compound A
本事例は,Wistar ラットとヒトの代謝と毒性に関する広範囲にわたるデータベースが存在する
場合である.Compound A は,低分子量で分岐鎖状の脂肪族アミンであり,高い水溶性,有機溶
剤への溶解度を持ち,生理学的な pH でイオン化される物質である.下水処理中に微生物分解さ
れ,飲料水中に低濃度で存在する.In vitro の研究では経皮での吸収はなく,暴露モデルにより
全暴露の 99%以上が飲料水由来であることが示されている.
オスの Wistar ラットで,低用量で生殖機能に異常がみられ,亜慢性試験,慢性試験とも
20mg/kg/day 以上で表れる.NOAEL は 10mg/kg/day である.
Wistar ラットでは経口投与量のおよそ 20%が Hydroxy-A(ヒドロキシ代謝物)として排泄さ
IPCS (2005) では薬剤や医薬品の動態のみを述べるときには PK (Phamacokinetics),それ以
外の化学物質を含む場合はトキシコキネティクス (Toxicokinetics) 使うべきだとして,レポート
全体においてトキシコキネティクスおよびトキシコダイナミクス(Toxicodynamics) を用いて記
述している.
れるが,DA ラットではおよそ 2%である.Compound A の Wistar ラットとヒトの尿中排泄量を
比較したところ,Wistar ラットでは経口投与量が 1,10,20,40 mg/kg において,36 時間で,
用量の 80-88%が尿中排泄量として,残りの 12-20%が尿中の Hydroxy–A として排泄された.す
なわち,20%は代謝により分解され,残りの 80%は腎臓で除去される.一方,ヒトでは 0.1mg/kg
の経口投与量で 36 時間後,用量の 88%が排泄され,Hydroxy-A は検出限界以下であった.この
結果,ヒトとオスのラットでは,尿中代謝に差があることが確認された.
オスのラットとヒトの経口投与後の血漿における毒性データが利用できる(表 4).表 4 には,
単回投与後ある時間間隔ごとに測定された血漿中濃度の平均値と,その値を使って推定された薬
物動態のパラメータが示されている.ここで,AUC は血漿中濃度の時間変化を表す曲線の無限
時間までの面積である.ここで,総クリアランス CL [ml/min/ kgBW] (total clearance) は用量
[mg/ kgBW]/AUC[(µg/ ml)・h]により求められる値である.用量 1 mg/kgBW での体重当たり
の血漿での CL は,1000 [µg/kgBW]/0.46[(µg/ ml)・h]/60[min/h]=36.2[ml/min/ kgBW]とし
て算出される.
また,ラットとヒトの腎臓における生理学的パラメータの値が利用できる(表 5)
.Compound
A はヒトでは完全に腎臓から排泄されるが,ラットでは 80%が腎臓からの排泄,20%が代謝され
る.
表 4 単回経口投与後のラットとヒトの血漿での生理学的薬物動態データ (compound A)
種
ラット
(Wistar)
ヒト
用量
[mg/
kgBW]
サンプ
ル数 N
1
10
20
50
0.25
1.0
5
5
5
5
12
12
血漿中
濃度の
最大値
Cmax
[µg/
ml]
0.49
0.90
1.49
2.7
0.08
0.3
Cmax
での
時間
Tmax
[h]
AUC
[(µg/
ml)・
h]
排泄半減
期[h]
1
1
3
4
1.2
1.2
0.46
4.5
12.4
34.8
2
2.2
2.9
3.3
3.5±0.3
4.8±0.6
総クリアランス CL
体重当たり 体重あたり
の腎臓での の血漿での
CL
CL
[ml/min/
[ml/min/
kgBW]
kgBW]
-
-
36
-
-
37
-
-
27
-
-
24
805±40
760±35
9.9
540±45
520±45
6.6
血漿中で
の CL
[ml/min]
出典:IPCS (2005)に基づき筆者作成
表 5 ラットとヒトの腎臓での生理学的薬物動態データ
種
糸球体ろ過速度
腎臓中血漿流量
[ml/min/kgBW]
[ml/min/kgBW]
ラット
6.2
26
ヒト
1.85
10
出典:IPCS (2005)
(3-1-1) 動態における種間差 AKAF の導出
Cmax か AUC のどちらが正確な動態パラメータであるかを決定するデータがないため,安全
側での推定となる AUC を使う.
また,
PBPK モデルの利用は,
精巣:血漿の比がラットで 1(unity)
12
を超え,組織内吸収を示しており,PBPK モデルの中にヒトのデータに基づいたヒト組織への吸
収を含まない限り有効とはならず,単にラットの比率をヒトのモデルに適合させるだけでは,ク
リアランス値より多くの情報をもたらさないと考えられた.したがって,PBPK モデルを使用せ
ず,対応するクリアランスと結合させ,標的臓器の AUC を求めることができると考えられた.
用量に関しては,Wistar ラットは NOAEL に相当する 10mg/kgBW を使い,ヒトは 2 点しか
データがないため,より現実的な耐容量である 0.25 mg/kgBW の値を用いられた.
さらに,入手可能なデータでは,精巣(標的臓器)中の濃度は急速に血漿と釣り合うことが示
されており,また,ラットにおける投与間隔に対する定常状態でのクリアランス値,および,AUC
は単回投与のデータが反映されていた.したがって,経口 AUC は,内部(暴露)用量/CL の式
により,経口暴露後のクリアランスに関連しているため,無限外挿を用いた経口投与後のクリア
ランスを計算し,動態における種間差 AKAF は総クリアランス CL の比を用いて推定した.
𝐴𝐾𝐴𝐹 =
𝐶𝐿𝑎𝑛𝑖𝑚𝑎𝑙 (𝐼𝑛𝑡𝑒𝑟𝑛𝑎𝑙 𝐷𝑜𝑠𝑒/𝐴𝑈𝐶)𝑎𝑛𝑖𝑚𝑎𝑙 37
=
=
=3.7
𝐶𝐿ℎ𝑢𝑚𝑎𝑛 (𝐼𝑛𝑡𝑒𝑟𝑛𝑎𝑙 𝐷𝑜𝑠𝑒/𝐴𝑈𝐶)ℎ𝑢𝑚𝑎𝑛 9.9
(1)
この数値は,デフォルト値 4.0 に近い値となった.
(3-1-2) 動態における個体差 HKAF の導出
表 4 に示したヒトのデータでは,ヒト集団の変動性を示すために十分なデータが得られていな
い.個人間の変動性を示す主要な因子は腎臓での血流量であると考えられる.腎臓における血流
量のデータとして,男性ヒトでの平均値が 654 ml/min,標準偏差が 163 ml/min であるため,
HKAF は,正規分布を仮定して,平均値を 95%信頼区間の下限値(平均値-2×標準偏差)で割
った値で推定される.
𝐻𝐾𝐴𝐹 =
𝑅𝑒𝑛𝑎𝑙 𝑃𝑙𝑎𝑠𝑚𝑎 𝐹𝑙𝑜𝑤𝑚𝑒𝑎𝑛
654
=
=2.0
𝑅𝑒𝑛𝑎𝑙 𝑃𝑙𝑎𝑠𝑚𝑎 𝐹𝑙𝑜𝑤97.5%𝑡𝑎𝑖𝑙 654 − 2 × 163
(2)
同様に,90%信頼区間,95%信頼区間,98%信頼区間の値を推定すると,1.7,2.0,2.4 とな
る.ただし,この場合,子供のデータが利用できなかったため,すべての集団を網羅していない.
(3-1-3) 複合不確実性係数 CUF の導出
Compound A は,ヒトに対する影響もしくは反復毒性試験のデータがない.したがって,複合
不確実性係数 CUF は,次のように推定される.
CF = 3.7 × 2.5 × 2.0 ×3.16=60
(3)
(3-2) Compound A1
この例では,いくつかのデータが存在し,10×10 のデフォルト値の利用が不適切であることを
示しているが,CSAF を予測するために十分なデータが存在しないために,CSAF を導出できな
13
い物質を扱う.
CompoundA1 は,弱塩基性の脂環式アルコールヒドロキシアミンであり,溶剤に溶けるが水
には溶けにくい物質である.暴露シナリオは Compound A と同じである.(1)Compound A と異
なるところは,精巣での毒性試験,より感受性の高いラットでの試験,いくつかの暴露シナリオ
の設定,試験動物における用量反応関係と NOAEL のデータセットが存在していることである.
ただし,作用機序とラットの精巣での in vitro 研究が行われていない.Compound A1 は 肝臓
で CYP450 により代謝されるが,これは一酸化炭素により抑制される.ヒトに対する単回投与
の ADME とトキシコキネティクスの研究がある.さらに,90 日間,毎日 100mg /kgBW で投与
を行っても,男性生殖機能に影響がない.
動態を示す種間差のデータは,すべての種で消化器官から吸収され,投与量の 95%以上が尿と
して排泄されることを示している(表 6).親物質がそのまま排泄されることはなく,脱アミノ
脂環式アルコール,もしくは,そのクルコロン酸化合物として排泄される(表 6)
.
表 6 Compound A1 とその代謝物の尿中排泄率
種
用量
[mg/kgBW]
サンプル数 N
10
0.1
5
6
ラット
ヒト
脂環式アルコール
17
1±1
用量に対する尿中排泄率[%]
脂環式アルコールのグル
コロンサン化合物
82
96±2
Compound A1
(親物質)
1
3±1
出典:IPCS (2005)に基づき筆者作成
オスのラットとヒトの血漿中のデータを表 7 に示す.ヒトの血漿中のデータは 20-30 歳の男性
12 人に対して行ったものであるが,クリアランスにおいて大きな変動性を示している.標準誤差
(=標準偏差/(サンプル数)0.5)は平均値 0.5 の 46%となっている.これは,非常に大きいとされる.
推測される原因として,
おそらく CYP450 による化合物の代謝経路に対して遺伝的多型があり,
サンプル数が小さく母集団の分布を決定できない.
表 7 ラットとヒトの血漿での生理学的薬物動態データ
種
ラット
ヒト
用量
[mg/
kgBW]
サンプ
ル数 N
血漿中濃度
の最大値
Cmax
[µg/ ml]
Cmax
での時
間
Tmax
[h]
AUC
[(µg/
ml)・h]
排泄半減
期[h]
体重あたりの血
漿での総クリア
ランス CL
[ml/min/
kgBW]
20
0.25
5
12
4.8
0.03±0.02
1
3
30
8±12
4
80±120
11
0.5±0.8
出典:IPCS (2005)に基づき筆者作成
(3-2-1) 動態における種間差 AKAF の導出
(1)Compound A と同様に CL の中央値を用いて動態における種間差の物質固有調整係数 AKAF
を推定すると,11/0.5 = 22 となり,デフォルト値より大きくなる.ただし,標準誤差が大きいた
め,ヒトの総クリアランス CL の母集団の分布を決める必要があるが, サンプル数が十分でなく,
この数値は不確実性の高い数値となる.
14
(3-2-2) 動態における個体差の導出
サンプル数が十分でなく,推定することができない.ただし,標準誤差は平均値 0.5 の 46%で
ある.遺伝的多型に対して十分なデータをとり通常の代謝経路をもっているヒト(中央値)と持っ
ていないヒト(95%タイル値)での比から HKAF を導出する必要がある.
(3-2-3) 複合不確実性係数 CUF の導出
利用可能なデータにより,
デフォルトの不確実性係数 10×10 が適切でないことが示されたが,
CSAF を推定するのに十分なデータセットがないと結論付けられた.
(3-3) Compound A2
この事例は,Compound A1 とほぼ同じデータベースが利用でき,かつ,同じ化学形態,暴露
シナリオを持つ例である.代謝の過程で 90-95%がグルクロン酸化合物になり,無毒化される.
また,その代謝は,すべての種で同じであり,残りの 5-10%は,親物質(Compound A2)もし
くはグルクロン酸以外のものとして排泄される (表 8).
表 8 ラットとヒトの血漿での生理学的薬物動態データ
種
ラット
ヒト
用量
[mg/
kgBW]
サンプ
ル数 N
血漿中濃度
の最大値
Cmax
[µg/ ml]
Cmax
での時
間
Tmax
[h]
AUC
[(µg/
ml)・h]
排泄半減
期[h]
体重あたりの血
漿での総クリア
ランス CL
[ml/min/
kgBW]
20
0.25
5
12
4.8
0.06±0.02
1
1
30
0.14±
0.04
4
1.5±0.5
11
30±9
出典:IPCS (2005)に基づき筆者作成
(3-3-1) 動態における種間差 AKAF の導出
(1) compound A,(2) compound A1 と同様に,AKAF は表 8 の総クリアランス値より,11/30
=0.37 と推定される.ヒトの除去率が高いため,同じ投与量でも動物の血漿中濃度よりヒトの血
漿中濃度の方が低くなることが反映している.
(3-3-2) 動態における個体差 HKAF の導出
物質固有の個体差に関するデータはない.
(3-3-3) 複合不確実性係数 CUF の導出
CUF=0.37×2.5×3.16×3.16=9 となる.これは,デフォルト値 100 に対して非常に低い.以
下の 2 つの観点を考察すべきである.
(i)体内動態の非線形性の確認
ラットでの精巣毒性に対する NOAEL(10 mg/kgBW)に対して CUF9 が適用されると,TDI
15
( ま た は , RfD ) は , 1.1mg/kgBW と な る . こ れ は , ヒ ト の 生 理 学 的 体 内 動 態 の デ ー タ
0.25mg/kgBW より大きい.したがって,動態が非線形となる可能性を考慮する必要があり,
Compound A2 のケースでは,グルクロン酸化の過程が 1.1mg/kgBW/day の用量で飽和されるこ
とは非常に考えにくいため,高い用量での利用可能な動態のデータを使うことがふさわしい.
(ii) 他の重大影響 (Critical Effect) の観測の必要性
デフォルト値 100 を採用する場合,低い用量での動物試験で観測された毒性エンドポイントを
みていることになる.CUF として 9 を採用するとなると,高い用量で観測される他のエンドポ
イントを考慮することが必要とある.この化合物では,他のエンドポイントにおいてもすべての
不確実性係数 9 が適切であるだろうが,すべてのエンドポイントで緻密な考察をすべきであると
される.
(3-4) Compound B
この事例では,単回経口投与ではなく連続的な吸入暴露の例を示す.Compound B の一般的な
暴露経路は吸入である.溶血性貧血,血色素尿症,および,赤血球の浸透圧の増加といった血液
系の異常をきたす.作用機序は明らかでない.化合物の活性酸素代謝物と赤血球の細胞膜の脂質
との結合による可能性が高い.古い赤血球ほど Compound B に影響を受けやすいことが示され
ている.Compound B は,肝臓での代謝により,アルコール脱水素酵素により酸化され,アルデ
ヒド中間体になり,さらに,酸化して,グリシンやグルタミンと結合して最終的には二酸化炭素
に代謝される.
血液学的影響での BMC05 は,ラットで 5-61 mg/m3(エンドポイント赤血球ヘモグロビンの増
加)
,マウスで 10-115mg/m3(血小板の増加)である.BMC はマウスよりラットの方が低く,ま
た,オスよりメスの方が低い値となる.
F344 ラット,オス 16 個体,メス 16 個体を用いて,1 日 6 時間,週 5 日間で 18 か月 Compound
B に暴露させた.濃度は,151,303,605 mg/m3,もしくは,303,605 ,1210 mg/m3 とした.
暴露後 1 日,2 週間,3,6,12,18 か月後に血液を採取し,16 時間,2 週間,3,6,12,18 か
月後に尿サンプルを採取した.メスの方が酢酸代謝物を除去するのが遅かった.
Compound B は,親物質の吸収と代謝,また,この酢酸代謝物の血液循環の濃度と腎臓での
除去に関するラットの PBPK モデルがある.ヒトに適用する場合は,代謝のパラメータを体重の
0.7 乗をして補正されている.
(3-4-1) 動態における種間差 AKAF の導出
男性 5 人の被験者による 2 時間の軽運動(50W)の 97mg/m3 での吸入試験では,暴露後 0,2,
4,6 時間後に静脈血での酢酸代謝物の濃度を測定した.最大濃度は,3 人が 2 時間後に,41 (36-46)
µmol/l,2 人が 4 時間後に 56 (52-60) µmol/l を測定した.半減期は 4.3 時間(1.7-9.6 時間)であ
った.WinNonLin (非コンパートメントモデル・標準動態プログラムを搭載)を用いて,AUC
は無限外挿を行い,414µmol/l・h と推定された.
97mg/m3 で 2 時間暴露された場合のヒトの AUC は 414µmol/l・h であるため,単位あたりの
AUC に換算すると 414/(2×97)=2.13 [µmol/l・h/(mg/m3)・h] となる.また,ラットと比較す
16
るために,運動時(50W)の呼吸率 57 m3/day から休息時の呼吸率 15m3/day に換算して,2.13×
15/57=0.56 [µmol/l・h/(mg/m3)・h] と計算される.
ラットでは,
利用可能な PBPK モデルがあり,303 mg /m3 に 6 時間暴露された際,
AUC=2077.5
µmol/l と推定される.単位当たりの AUC は 2077.5/(303×6)= 1.14 [µmol/l・h/(mg/m3)・h] と
なる.
動態における種間差 AKAF は,単位あたりの AUC の比から推定される.
𝐴𝐾𝐴𝐹 =
𝐴𝑈𝐶𝑎𝑛𝑖𝑚𝑎𝑙 1.14
=
=0.49
𝐴𝑈𝐶ℎ𝑢𝑚𝑎𝑛 0.56
(4)
この値は,デフォルトの 4.0 の約 1/8 倍であり,十分小さい.
(3-4-2) 動態における個体差 HKAF の導出
物質固有の個体差に関するデータのサンプル数が小さすぎるため,デフォルトの 3.16 を採用す
る.
(3-4-3) 作用における種間差 ADAF の導出
Compound B の in vitro での酢酸代謝物の試験が利用できる.9-13 週目の F344 ラットのデー
タと 18-40 歳の健康な男女のヒトのデータ(n=5)がある(表 9)
.ラットでは,暴露後の時間経
過に応じて,濃度が増加していくが,ヒトでは変化がみられない.したがって,ヒトの方がより
耐性があることがわかる.他の試験でもラットが 1.25 mmol/l で 180 秒後に 25%が溶血したの
に対してヒトでは 15 mmol/l でも溶血がなく,同じ結果が得られている.
ヒトの試験で EC10 を導出ことができないが,表 9 より,ラットでは 0.5 mmol/l ではっきりと
した影響が,ヒトでは 8.0 mmol/l でわずかな影響がみられた.このことから,少なくとも動物よ
りヒトは 10 倍以上感度が低いと判断される.
(5)
𝐴𝐷𝐴𝐹 = 0.1
この値は,デフォルト値 2.5 に対して,かなり小さい値である.
17
表 9 in vitro によるヒトとラットの赤血球と血漿ヘモグロビン中の酢酸代謝物の経時的変化
種
ラ ッ
ト
コントロ
ールに対
する赤血
球中の増
加率[%]
血漿ヘモ
グロビン
中 濃 度
[g/dl]
種
投与量
[mmol/l]
0.5
1.0
2.0
0.25
-
-
113 ±3
0.5
104±2
111±1
118±1
暴露後の時間 [h]
1
108±2
117±1
133±2
2
110±2
124±2
169±3
4
121*±2
144*±2
170*±3
0.5
1.0
2.0
-
-
-
0.2 ±0.05
0.4 ±0.05
0.6 ±0.05
0.2 ±0.05
0.8 ±0.05
1 ±0.05
0.2 ±0.05
1 ±0.05
2.2 ±1
0.5 ±1
2 ±1
7* ±1
暴露後の時間 [h]
投与量
[mmol/l]
ヒト
コントロ
ールに対
する赤血
球中の増
加率[%]
血漿ヘモ
グロビン
中 濃 度
[g/dl]
2.0
4.0
8.0
1
101±2
102±1
104±3
男性
2
103±2
103±3
108±4
2.0
4.0
8.0
0.12±0.05
0.17±0.05
0.4±0.05
0.13±0.1
0.22±0.05
0.42±0.1
4
103±2
105±3.
104±1
0.2±0.05
0.3±0.1
0.53±0.1
1
99±3
100±2
104±3
女性
2
100±1
101±2
104±3
4
100±3
103±2
106±1
0.14±0.05
0.2±0.05
0.35±0.05
0.15±0.05
0.25±0.05
0.39±0.1
0.17±0.05
0.25±0.05
0.44±0.1
*:統計的に有意な増加を示している
出典:IPCS (2005)に基づき筆者作成
(3-4-4) 作用における個体差 HDAF の導出
4 種類のサブグループにおける in vitro での Compound B の酢酸代謝物に対するヒトの赤血球
中での溶血性に関するデータがある(表 10)
.しかし,コントロールに対して有意な影響の差が
見られないため,このデータからは CSAF を求めることができない.したがって,デフォルト値
の 3.16 を採用する.
表 10 in vitro 試験による酢酸代謝物の暴露によるヒト赤血球の溶血性に関するデータ
細胞
サンプ
ル数 N
処理後の溶血性[%]
0 時間
2 時間
4 時間
若 い 成 人
(41(31-56)歳)
9(男 5,
女 4)
0.5±0.2
2mmol/l
酢酸代謝
物
0.3±0.1
老
齢
者
(72(64-79)歳)
罹患者の細胞
球状赤血球症
9(男 5,
女 4)
7
3
0.7±0.1
0.9±0.2
1.0±0.2
1.3±0.4
1.2±0.2
1.4±0.4
0.7±0.1
1.0±0.5
0.6±0.1
0.9±0.4
0.7±0.1
1.3±0.5
0.8±0.1
1.4±0.3
1.4±0.4
2.3±0.6
1.2±0.2
2.3±0.4
コントロ
ール
コントロ
ール
0.5±0.2
2mmol/l
酢酸代謝
物
0.4±0.1
1.0±0.5
2mmol/l
酢酸代謝
物
0.7±0.2
コントロ
ール
出典:IPCS (2005)に基づき筆者作成
18
(3-4-5) 複合不確実性係数 CUF の導出
CUF=0.49×0.1×3.16×3.16=0.5 となる.
(3-5) Compound C
この事例では in vitro のヒトの組織による代謝の変動性データを使用して,HKAF と HDAF の
推定を行う.Compound C のヒトの暴露経路は吸入のみである.ヒトと試験動物に対して肝臓毒
性が観測されており,Compound D の酸性代謝物の生成と除去に相関があることが確認されてい
る.空気中から血液中に容易に吸収されて,暴露停止後,血液から即座に除去される.肝臓の P450
の酵素系によりアルデヒド中間体の約 10%が,アルデヒド還元酵素によりアルコール代謝物とな
る.また,アルデヒド中間体の 90%がアルデヒド脱水酵素により酸化され,肝臓で毒性をもつ酸
性代謝物を生成する.酸性代謝物はこれ以上代謝されることはないが,アルデヒド中間体はすぐ
に分解される.
(3-5-1) 動態における個体差 HKAF の導出
健康な 11 人の男性と 10 人の女性において,CompoundC を 546 mg/ m3 で 4 時間吸入した時
の血中,尿中,呼気中濃度を測定した(表 11).
表 11 暴露後の血液中濃度と呼気中濃度
血液中の親物質の暴露濃度[µg/ml]
暴露直後の呼気中濃度[mg/m3(ppm)]
女性(n=10 )
男性 (n=11)
合計
女性(n=8 )
男性 (n=9)
合計
平均値
1.82
3.1
2.49
84.1(15.4)
102(18.7)
93.4(17.1)
標準偏差
0.66
0.99
1.06
35.5(6.50)
213(39.0)
28.9(5.3)
出典:IPCS (2005) に基づき筆者作成
HKAF は,暴露直後の呼気中濃度を尺度とした.
𝐻𝐾𝐴𝐹 =
呼気中濃度97.5%タイル値
呼気中濃度平均値
=
17.1 + 2 × 5.3
=1.6
17.1
(6)
(3-5-2) PBPK モデルの適用
Compound C の 4 時間吸入暴露後のヒトの暴露データにあてはめることで,PBPK モデルを
開発し, 5%タイル,50%タイル,95%タイルの代謝速度の値を代入することで,ヒトの肝臓に
おける代謝量を推定している.代謝速度は,3 種類の実データ,①親物質の比活性度,②肝臓 1g
あたりミクロソームタンパク質量,③肝臓重量比率に基づいて 5%タイル,50%タイル,95%タ
イル値を算出した.
実データより,親物質の CYP2E1 タンパク質による平均比活性度(見かけの最大代謝速度 Vmax
値)は 22 ± 7 pmol 親物質/pmol CYP2E1/分(90%信頼区間 8-38)であり,肝臓のミクロソ
19
ームタンパク質量中の酵素 CYP2 E1 は 59 ± 18 pmol CYP2E1/mg ミクロソームタンパク質
(90%信頼区間 25-125),肝臓 1g あたりのミクロソームタンパク質は 21 ± 5 mg ミクロソームタ
ンパク質 (平均 ± 標準偏差,n=4)
,肝臓重量は体重の 2.6%である(表 12).
表 12 代謝速度の分布を推定するために用いたヒトの in vitro データ
肝臓ミクロソームに
肝臓 1g あたりのミク
おける CYP2E1 タン
ロソームタンパク質
パク質の量*3
量[mg/g]
サンプル数
23
23
140
4
平均値
22.2
1265
59.36
21
標準偏差
7.3
462
18.16
5
1) 比活性度は,代謝された親物質 pmol /CYP2E1 pmol/分である.
2) 最大代謝速度 Vmax は代謝された親物質 pmol/pmol ミクロソームタンパク質あたり/分である.CYP2E1
はミクロソームタンパク質の成分である.
3) 肝臓ミクロソームにおける酵素 CYP2E1 の量は, CYP2E1 pmol /mg ミクロソームタンパク質 である.
親物質の比活性度*1
親物質の最大代謝速
度 Vmax*2
出典:IPCS (2005)に基づき筆者作成
in vitro の最大代謝速度 Vmax から外挿した in vivo の代謝速度の 5th,95th タイル値
in vitro での Vmax 値の 5th パーセンタイル - 95th パーセンタイル値
=平均値 ±(2×標準偏差)
=1,265 ±(2 × 462)
=341 - 2,189 pmol/分/mg ミクロソームタンパク質
341 – 2,189pmol/分/mg ミクロソームタンパク質
× 131.5 ng/nmol(分子量)
÷ 1,000,000 ng/mg
÷ 1,000 pmol/nmol
× 21g ミクロソームタンパク質/g 肝臓
× 60 分/時間
× 26 g 肝臓/kg 体重
=1.47 – 9.43 mg/時間/kg 体重
この値を PBPK モデルに代入し,肝臓と血中での代謝物質の濃度を推定した結果を表 13 に示
す.代謝速度の差に対して,代謝物生成の増加は小さい.これは,代謝速度に比例して肝臓への
物質の流入量が多いためである.
20
表 13 PBPK モデルを用いて CYP2E1 の活性から計算された代謝物量のヒト個体差
5th パーセンタイル(代謝
速度:1.47mg/時間/kg
BW)
95th パーセンタイル(代謝
速度:9.43mg/時間/kg
BW)
比率
各暴露濃度での肝臓中の代謝物質濃度
(mg/L)
2.7mg/m3
2.7mg/m3
27mg/m3
1.16
1.16
11.1
各暴露濃度での血中の代謝物質濃度
(µg/ml)
(暴露 1 時間後)
270mg/m3
27mg/m3
270mg/m3
0.007
0.07
0.29
1.39
1.39
13.9
0.008
0.08
0.61
1.20
1.20
1.25
1.14
1.14
2.10
出典:IPCS (2005)に基づき筆者作成
21
2.3 確率論的 PBPK モデル,および,PBPK/PD モデルの適用
2.3.1 U.S.EPA (2011a) によるジクロロメタンの基準値の算出
(1) 物理化学的性状および用途
ジクロロメタン(DCM)は,CH2Cl2 の化学式で表される無色のエーテル臭のする液体で主な物
理化学的性状は下記の通りである:
沸点 40℃,蒸気圧 115 mmHg (25℃),水溶解度 13 g/L(25℃),オクタノール/水分配係
数(log Kow) 1.25.
DCM は,ペンキ用剥離剤,エアゾール噴射剤,金属用脱脂洗浄剤として使われるとともに,
医薬品,農薬等の反応・抽出溶媒,錠剤のコーティング溶剤,発泡助剤,コーヒーや紅茶からの
カフェイン除去にも使われている.
(2) 有害性プロファイル
DCM の急性毒性は吸入暴露および経口暴露ともに弱く,6 時間吸入暴露での半数致死量(LD50)
はマウス,ラット,モルモットにおいて 11,000 ppm 以上であった.なお,高用量では中枢神経
系抑制作用と肝臓での脂肪変性が認められている.
DCM の慢性毒性としては,可逆的な中枢神経系への作用,眼に対する刺激性の他,比較的低
濃度で肝臓に対する影響(脂肪沈着,脂肪変性など)が認められている.DCM は,吸入暴露に
よりマウスで肺腫瘍と肝臓腫瘍,ラットで乳腺腫瘍の発生率を増加させるが,飲水暴露では,ラ
ット,マウスともに発がん性陰性である.なお,ハムスターに対しては,吸入暴露によっても発
がん性は認められていない.ヒトでは神経系への影響として視覚誘発反応の抑制のあることが報
告されているが,平均濃度 475 ppm,10 年以上の吸入暴露では肝臓,神経系への影響は見られ
ていない.疫学調査では DCM の発がん性を示す所見は認められていない.従って,DCM のヒ
トに対する有害性で問題となるのは,中枢神経系の抑制作用と実験動物で認められた発がん性で
ある.
米国では,中枢神経系の抑制を指標として慢性毒性の基準値の設定を行っている.発がん性に
ついては,ヒトの調査では関連性が明確ではないため,動物試験結果を用いてヒトでのリスク評
価が行われている.
ここでは,ヒトでの発がんポテンシャル推計に用いられている米国 NTP(1986)による B6C3F1
マウスにおける発がん性試験の結果をやや詳しく述べる.すなわち,雌雄各群 50 匹の B6C3F1
マウスに 0,2,000,4,000 ppm の DCM を 102 週間吸入暴露(6 時間/日,5 日/週)すると,肺
胞・気管支腺がんがそれぞれ雄で 2 例(4%)
,10 例(20%)
,28 例(56%)
,雌で 1 例(2%),
13 例(27%)
,29 例 (60%)認められており,DCM 暴露による増加が認められた.また,良性
腫瘍である肺胞・気管支腺腫もそれぞれ雄で 3 例(6%)
,19 例(38%)
,24 例(48%),雌で 2
例(4%)
,23 例(46%)
,28 例(58%)と増加が認められた.肝細胞がんはそれぞれ雄で 13 例
(26%)
,15 例(31%)
,26 例(53%)
,雌で 1 例(2%)
,11 例(23%)
,32 例 (67%)であり,
22
肝細胞腺腫もそれぞれ雄で 10 例(20%)
,14 例(29%)
,14 例(29%)
,雌で 2 例(4%)
,6 例(13%)
,
22 例(46%)と増加した.以上のように,DCM 暴露によりマウスでは肺および肝臓で腫瘍(悪
性,良性ともに)の増加が認められている(NTP 1986)
.
ヒトでの発がん性リスク評価に用いられている雌 B6C3F1 マウスでの肝腫瘍および肺腫瘍の
発生頻度を表 14 に示す.
表 14 DCM の吸入暴露での発がん性リスク評価に用いられた雌 B6C3F1 マウにおける発がん性
データ(NTP, 1986)
臓器
肝臓
肺
暴露濃度(ppm)
0
2,000
4,000
0
2,000
4,000
発症率
3/45
16/46
40/46
3/45
30/46
41/46
EPA(1985)のリスク評価では,暴露濃度とマウスの呼吸量から摂取量を計算し,体表面積比で
ヒト摂取量へ外挿するという従来の方法により吸入暴露でのユニットリスクを 4.1 x 10-6
(1µg/m3)-1 としたが,その後 Andersen et al. (1987)による PBPK モデルの結果を参考にして 4.7
x 10-7 per 1µg/m3 に修正した(EPA, 1987a). さらに,2011 年 EPA は,後述するように確率的
PBPK モデルを用いて,最も感受性の高い集団におけるユニットリスク,1 x 10-8 (µg/m3)-1,を
推奨値とした.
なお,ラットでは最高 4,000 ppm の DCM を約 2 年間吸入させると乳腺腫瘍の増加と肝細胞が
んの増加傾向が認められているが,乳腺腫瘍はプロラクチン分泌に関連した所見でラット特有の
変化であることが知られている.また,肝細胞がんの発症率には増加傾向はあったが,統計学的
には差はないと判定された.また,ハムスターでは最高 3,500 ppm の 2 年間暴露では腫瘍の発生
増加は認められていない.
(3) 吸収・分布
DCM は蒸気圧が高いことからヒトにおける最も可能性の高い暴露経路は吸入である.DCM
は,肺から迅速に吸収され全身へ循環する.ヒトの吸入暴露後の血液中濃度は 4 時間で平衡に
達し,暴露終了後は急速に消失する.DCM の蓄積量は,体脂肪率に相関するので,体脂肪は
DCM の吸収に影響すると考えられている.
ラットでは,肺から吸収された DCM は急速に全身に広く分布し,すべての臓器に検出された.
単位重量あたりの分布では,肝臓が最も高く,次いで腎臓,肺であった.DCM は受動拡散によ
り脳・血液関門を通過し,ヒトでは鎮静作用や麻酔作用が認められている.また,DCM は胎盤
バリアーを通過し胎仔の血液循環に入り込むが,ラットを用いた試験では,DCM の胎仔血中濃
度は,母獣の 1/2 ~1/2.5 であった.
(4) 代謝
DCM は,1)チトクローム P450 2E1 (CYP2E1)による酸化的代謝経路(CYP 経路)と 2)グルタチ
23
オン S-転移酵素 (GST) によるグルタチオン(GSH)抱合経路(GST 経路)により代謝される(図 3)
.
低濃度では,げっ歯類(マウス,ラット,ハムスター)およびヒトでは,主に CYP 経路で酸化
され,一酸化炭素(CO),二酸化炭素,無機塩素に代謝される.代謝産物である一酸化炭素はヘモ
グロビンと結合し,カルボニルヘモグロビン(COHb)となる.高濃度の暴露では,CYP 経路が飽
和 す る た め , GST 経 路 に よ る 代 謝 が 主 と な る . DCM は グ ル タ チ オ ン で 抱 合 さ れ ,
S-(chloromethyl)glutathion を形成し,ホルムアルデヒド(HCHO)あるいはギ酸(HCOOH)
を経て二酸化炭素にまで代謝される.
DCM は CYP 経路での反応部位に対する結合親和性が GST 経路に対する親和性よりも 10 倍高
いため,低濃度では主に CYP 経路で代謝されるが,CYP 経路とともに GST 経路も拮抗的に働
いていると考えられている.すなわち,GST に対する Michaelis - Menten 定数(Km)は,137 mM
(B6C3F1 マウス肝臓)および 44 mM(ヒト肝臓)であるのに対して,CYP に対する Km は,
それぞれ 1.8 (B6C3F1 マウス肝臓)
,1.4 (F344 ラット肝臓),2.0 mM (ハムスター肝臓)
および 0.9~2.8 mM(ヒト肝臓)である.従って,GSH を低減させるような物質をあらかじめ
投与すると CYP 経路への偏りが起こり血中のカルボキシヘモグロビンが増加する.一方,
CYP2E1 を取り合うような物質に暴露すると GST 経路への偏りが起こり,一酸化炭素生成が増
加する.
CH2CL2
CYP2E1
H
HCL
|
HO-C-CL
GSH
|
CL
Glutathione Stransferase
HCL
CO
O= C-CL
Formyl chloride
GSH
G-S+-
S-(chloromethyl)
glutathione
GS-CH2-OH
|
O
GS- CH2CL
HCL
HCL
H
|
COHb
||
C-H
H
HCHO + GSH
O
NAD
H+
||
O
CO2
||
GS- C-H
HCOOH + GSH
CO2
GS- C-H
GSH
CO2
図 3 ジクロロメタン(DCM)の代謝マップ
24
なお,CY2E1 は肝臓で最も多く発現しているが,肺,脳,腎臓,膵臓,膀胱,小腸,血液リ
ンパ球などでも発現している.特に神経毒性との関連から脳における CYP2E1 の分布が重要であ
る.また,CYP2E1 活性が低下した個体では,一酸化炭素の生成低下と GST 経路関連の代謝体
の増加が予想される.このような個体では DCM の慢性毒性を受けやすく,逆に CYP2E1 活性の
高い個体では一酸化炭素の生成が増加するため DCM の急性毒性の影響を受けやすいと考えられ
る.しかし,現時点では CYP2E1 の変動と DCM による急性毒性に関する報告はない.
CYP2E1 活性の個人差
ヒトでも CYP2E1 の個人差により DCM の代謝が変動する可能性がある.日本人 30 人,白人
30 人から採取された肝臓標本では,CYP2E1 の蛋白量には 2~3 倍の幅があったが,CYP2E1 に
よる代謝活性(例えば,7-ethoxycoumarin の酸化)には約 25 倍の幅が見られた.また,70 人
の健康人(男性 40 人,女性 30 人)由来肝臓標品の chlorzoxazone の血中半減期には 3~4 倍の
幅が見られた.なお,いずれの調査でも,これらの変動には明確な年齢差や性差は認められなか
った.また,複数の人種で,喫煙および非喫煙の健康な男女 69 人の chlorzoxazone の水酸化活
性には 6~7 倍の幅があることが報告されている.chlorzoxazone の水酸化活性は,アルコール患
者では著しく増加する.このほか,ヒト肝臓ミクロソームを用いた trichloroethylene の CYP2E1
による酸化活性には 4~6 倍,ヒト血液リンパ球中の CYP2E1 蛋白含量には約 5 倍,慢性肝炎患
者の肝臓 CYP2E1 mRNA の発現レベルには 3.7 倍の幅があった.また,13 人のボランティアの
血中濃度データと PBPK モデルを用いて推計された肝臓 CYPE1 による DCM の最大代謝速度に
は 3 倍の幅があることが示されている.以上のように,健康人を用いた多くの研究では CYP2E1
活性の変動幅は,3~7 倍であるが,肥満,飲酒,治療薬などの要因や溶剤などへの暴露が変動幅
をさらに大きくする可能性があり,普通のヒト集団の間でも低濃度暴露で代謝が飽和する可能性
がある.
ヒトの CYP2E1 には,数種の遺伝子多型があることが知られているが,CYP2E1 あるいはそ
の類似酵素の蛋白量の個人差との関連性には明確な関連性は認められていない.CYP2E1 のプロ
モーター遺伝子である RsaI/PstI の遺伝子多型あるいは変異により CYP2E1 蛋白の発現が増加す
ると考えられている.このような遺伝子多型は人種間で変動することが示されている.例えば,
アメリカ人の血液標品における RsaI の変異アレルの出現頻度は,アフリカ系では 0.01,欧州系
では 0.28,台湾系では 0.28 であった.また,メキシコ人では 0.30 と報告されている.
GST 活性の個人差
DCM の代謝に関わる GST のアイソザイムは,GST-Theta-1(GST-T1)であり,他のアイソザイ
ム(α,µ,π)では GSH 抱合体はできない.ヒトでは GST-T1 に遺伝子多型のあることが報告さ
れており,ヒトの血液標品を用いた GST-T1 ゲノムの発現型による解析では,GST-T1 (-/-)の出現
頻度は,アジア人(47~64%),白人(19~20%),アフリカ系アメリカ人(22%),混血(19%)であっ
た(表 15)
.
25
表 15 Mean prevalences of the GST-T1 null (-/-) genotype in human ethnic groups
(US EPA, 2011a)
Ethnic group
Reference
Nelson et al. (1995)a
Garte et al. (2001)b
Raimondi et al. (2006)c
Chinese
64.4% (n = 45)
Not reported
Not reported
Korean
60.2% (n = 103)
Not reported
Not reported
Caucasian
20.4% (n = 442)
19.7% (n = 5,577)
19.0% (n = 6,875)
Asian
Not reported
47.0% (n = 575)
53.6% (n = 1,727)
African-American
21.8% (n = 119)
Not reported
Not reported
Mexican American
9.7% (n = 73)
Not reported
Not reported
Other
Not reported
Not reported
19.4% (n = 1,485)
aNelson
et al. (1995) examined prevalence of the null GST-T1 genotype from analysis of blood samples
from subjects of various ethnicities as noted above.
bGarte et al. (2001) collected GST-T1 genotype data in Caucasian (29 studies; 5,577 subjects) and Asian (3
studies, 575 subjects) ethnic groups; subjects were controls in case-control studies of cancer and various
polymorphisms in genes for bioactivating enzymes.
cRaimondi et al. (2006) collected GST-T1 genotype data from 35 case-control studies of cancer and GST-T1
genotype; data in this table are for control subjects. The “other” group in this study is defined as Latino,
African-American, and mixed ethnicities.
肝臓および肺における GST 経路による DCM の代謝活性は,マウス,ラット,ヒトおよびハ
ムスターの中ではマウスが最も高い.
また,
DCM を基質とした場合の肝臓抽出液中 GST 活性(nm
product formed/min./mg protein)は,B6C3F1 マウスで 25.9 ± 4.2,F344 ラットで 7.05 ± 1.7,
Syrian Golden ハムスターで 1.27 ± 0.21 であった.また,4人のヒト肝臓標品(HIV および
hepatitis B, C ウイルスフリー)では,‒0.01~3.03 であった.肺での GST 活性の発現の強さも
肝臓と同じ順位であった:マウスでは 7.3 ± 1.4,ラットでは 1.0 ± 0.1,ハムスターでは 0.0 ±
0.2,ヒトでは 0.37 ± 0.25.
ヒト組織中の GST-T1 の分布が遺伝子組換体由来ヒト GST-T1 に対する抗体を用いて調べられ
た.気管支肺炎とアテローム性動脈硬化症に罹患していた 73 歳の男性では,以下の順序で
GST-T1 の発現が認められた:肝臓 ≈ 腎臓 > 前立腺 ≈ 小腸 > 大脳 ≈ 膵臓 ≈ 骨格筋 > 肺 ≈
脾臓 ≈ 心臓 ≈ 精巣.また,大脳,膵臓,骨格筋中の抗体に対する反応性は,肝臓の 10%程度で
あったが,肺,脾臓,心臓,精巣では 5%以下であった.すなわち,ヒト脳での GST-T1 の発現
は,肝臓や腎臓よりも低いが,肺よりも高い.また,肝臓での GST 経路よる DCM の代謝能は,
マウス>ラット>≈ ヒト>ハムスターの順であつた.マウスの肝細胞および胆管上皮細胞では,
GST-T1 は核に局在するが,ヒト肝細胞では核の他に細胞質内にも局在する.従って,細胞質内
よりも核内で生成される S-(chloromethyl)glutathione の方が DNA をアルキル化しやすいと考え
るならば,このような GST-T1 の細胞内の発現場所の違いが DCM の発がん性に関する種差の原
因である可能性がある.
(5) 排泄
DCM は,親化合物,二酸化炭素あるいは一酸化炭素として呼気から排泄される.ヒトでの試
験では,DCM は暴露を止めると直ちに血液中からほとんどが未変化体として排出される.ラッ
26
トでも同様に血液からの排泄は速やかであり.10~50 mg/kg の静脈内注射後の排出半減期は 4
~6 分であった.また,ラットでは脂肪や脳からの排出が最も早く,肝臓,腎臓および副腎から
の排出はこれらの臓器よりも遅い.
ヒトでの試験では,50~200 ppm の DCM の吸入暴露による濃度に相関して呼気中の一酸化
炭素が増加し,曝露量の 25~35%が一酸化炭素として排出された.ラットでも同様に 50 あるい
は 200 mg/kg/day の DCM を雄性 F344 ラットに最大 14 日間経口投与すると投与後 24 時間以内
に 90%以上が呼気中に排泄された.50 mg/kg/day の経口投与初日の 24 時間以内では,呼気中の
親化合物,二酸化炭素,一酸化炭素の割合は,それぞれ 66,17 および 16%であった. 同様の傾
向が 7 日目,14 日目にも見られた.なお,200 mg/kg/day では,初日の 24 時間以内での呼気中
の親化合物,二酸化炭素,一酸化炭素の割合は,それぞれ 77,9 および 6%であった.マウスで
も同様の傾向が見られた.
ヒトでは,100 あるいは 200 ppm の DCM の 2 時間吸入暴露では 24 時間尿への排泄量は,20
~25 あるいは 65~100 µg であり,尿中 DCM 排泄量は曝露量に相関して増加した.動物試験で
は,暴露経路に拘わらず,尿中には 5~8%以下,糞中には 2%以下が排泄された.
(6) PBPK モデル
(6-1) 概要
DCM の実験動物およびヒトを対象とした PBPK モデルは 1986 年から 2006 年にかけて開発さ
れた.これらのモデルは,Ramsey and Andersen (1984)が開発したスチレンを対象とした PBPK
モデル構造をベースにして DCM といくつかの代謝体の吸収,分布,代謝および排泄を数学的に
記述したものである.この数学モデルのパラメータには,in vivo および in vitro で得られたデー
タが用いられた.このようにして得られた PBPK モデルにより実験動物やヒトにおける DCM 暴
露後の DCM およびその代謝体の内部暴露指標(例えば,瞬間的な血中や組織内濃度,AUC(area
under the curve),代謝体生成速度など)が推計され,毒性データの種間や暴露経路間あるいは
高用量から低用量への外挿が可能となった.
(6-2) Ramsey & Andersen(1984)によるスチレンモデル
(6-2-1) モデル構造
Ramsey and Andersen (1984)によるスチレンの PBPK モデル構造および各種パラメータにつ
いて図 4 に示す.
27
図 4 Ramsey and Andersen(1984)によるスチレン PBPK モデル
(6-2-2) マスバランス微分方程式とパラメータ
薬物代謝がない臓器(i)における化合物濃度変化は以下の式で表される:
dCi /dt = Qi・(Cart - Cvi) /Vi
(7)
ここで,Ci = 臓器中化合物濃度,Qi = 血流速度,Vi = 臓器の容量,Cart = 動脈血中化合物濃
度,Cvi = 臓器から出てゆく静脈血中化合物濃度を表す.
なお,Ci = 臓器内蛋白と結合した化合物濃度,Cvi = 臓器内の非結合型化合物濃度とすると,
臓器・血液間分配係数(Pi)は,Pi = Ci/Cvi と表せるので,
dCi /dt = Qi・(Cart – Ci /Pi ) / Vi
(8)
Ai = 化合物量とすれば,
dAi /dt = Qi・(Cart – Ci /Pi )
(9)
と記述できる.
肝臓(L)のような薬物代謝がある臓器での濃度変化は,当該化学物質が Michaelis-Menten
式に従う酵素反応(代謝)により系から消失すると仮定すると,
dAL/dt = QL・(Cart – CL /PL ) – v
(10)
と記述できる.
ここで,v = Vmax・[S] / (Km + [S]) (Michaelis-Menten 式;Vmax = 最大反応速度,Km
28
= Michaelis-Menten 定数,[S] = 基質濃度)であり,[S] = CvL であるので,
v = Vmax・CvL / (Km + CvL) = Vmax・(CL / PL ) / (Km + CL / PL )
(11)
従って,
dAL/dt = QL (Cart – CL /PL ) – Vmax・(CL /PL ) / (Km + CL /PL )
(12)
と記述できる.
スチレンは,主として肝臓でチトクローム P450 によりスチレン-7,8-オキシドを経てスチレン
グリコールに酸化され,馬尿酸あるいはフェニルグリオキシル酸として尿に排泄される.この
ような代謝マップをもとにスチレンの吸入暴露による体内動態が次のように記述された
(Ramsey & Andersen, 1984)
.
Cart = (Qalv・Cinh + Qcar・Cvein) / (Qcar+ Qalv/PN )
(13)
Cvein = {Σ(Qi・Ci /Pi )} / Qcar
(14)
(15)
dAi/dt = Qi・ (Cart – Ci/Pi )
(肝臓以外の臓器での化合物量変化)
dAL /dt = QL・(Cart – CL /PL ) – Vmax・(CL /PL ) / (Km + CL /PL )
(16)
(肝臓での化合物量変化)
ここで,Qalv = 時間あたりの肺換気量,Cinh = 吸気中濃度,Qcar = 時間あたりの心拍出量,PN
= 血液・空気間分配係数,Pi = 臓器・血液間分配係数,i = 非代謝性臓器を表す添え字,L = 肝
臓を表す添え字である.
Q および V は既知の生理学的なパラメータであり,Pi はバイアル平衡法(Sato & Nakajima,
1979)などのより実験的に求められる.従って,上の式中下線を引いたパラメータは既知情報で
あり,その他の値(血中濃度,臓器内濃度)は上記の物質収支に関する微分方程式をコンピュー
タを用いて計算できる.
(6-3) Andersen ら(1987)による DCM の PBPK モデル
(6-3-1) モデル構造
Andersen ら(1987)は,スチレンモデル(Ramsay and Andersen, 1984)を DCM 用に改造した.
すなわち,スチレンモデルでは,肺は単なるガス交換の場として定義されていただけであるが,
肺を新たにコンパートメントのひとつと定義し,ここで DCM がチトクローム P450(CYP)による
酸化的代謝と GST による抱合反応を受けるとした.また,肝臓コンパートメントではスチレン
モデルでは CYP による酸化的代謝のみであったが,新たに GST による抱合反応がおこるとした
(図 5)
.
29
ガス交換の場では,肺胞内空気中の DCM は速やかに血液に取り込まれるとし,DCM が肺コ
ンパートメントに至るまでに肺における空気と血液間の DCM の交換が速やかに平衡に達してい
ると仮定した.
飲水暴露のシミュレーションでは,消化管からの体内吸収はゼロ次の反応速度式に従うとし,
肝臓コンパートメントへの時間あたりの取り込み速度は,一日摂取量の 1/24 均等とした.また,
静脈内注射では,DCM は短時間(0.01~0.03 時間=36~108 秒)のうちに静脈内に取り込まれ
るとした.
図 5 DCM の PBPK モデル構造
(6-3-2) マスバランス微分方程式
吸入暴露によるスチレンのマスバランスに関する微分方程式に①ガス交換コンパートメント
の修正,②肺コンパートメントの追加,③肺コンパートメントに CYP および GST による代謝の
付加,④肝臓コンパートメントに GST による代謝の付加などの修正が行われた.具体的な修正
項は以下の通りである.
<ガス交換コンパートメントの修正項>
Cart1 = (Qalv•Cinh + Qcar•Cvein) / (Qcar + Qalv/PN )
(17)
Calv = Cart1 / PN
(18)
Cart = CLung / PLung
(19)
30
<肺コンパートメントの追加と CYP および GST による代謝の付加>
dALung /dt = QL•(Cart1 – CLung /PLung ) – A1•Vmax •Cart•(VLung /VL ) / (Km + Cart )
-A2•KF•Cart•VLung
(20)
ALung =ΣdALung /dt
(21)
CLung = ALung / VLung
(22)
ここで,A1=(肺の CYP2E1 活性の強さ)/(肝臓の CYP2E1 活性の強さ),A2 =(肺の
GST 活性の強さ)/(肝臓の GST 活性の強さ)を表す.
<肝臓コンパートメントに GST による代謝の付加>
dAL /dt = QL• (Cart – CvL ) – (Vmax•CvL ) / (Km + CvL )-KF•CvL•VL
(23)
AL =ΣdAL /dt
(24)
CL = AL / VL
(25)
CvL =CL / PL
(26)
(6-3-3) 物理化学的パラメータ
DCM モデルでは,6 つの分配係数が用いられた.これらの分配係数は,バイアル平衡法(Sato
and Nakajima, 1979)により実験的に取得された.
血液・空気間分配係数は,ラット,マウス,ハムスターおよびヒトの血液を用いて測定された.
臓器・空気間分配係数は,ラットとハムスターの肝臓,筋肉および脂肪について測定された.こ
れらの臓器・空気間分配係数を血液・空気間分配係数で除して臓器・血液間分配係数が計算され
た.マウスとヒトの臓器・空気間分配係数は,ラットの値が用いられた.
なお,血流多臓器の臓器・空気間分配係数は,肝臓・空気間分配係数,また,血流少臓器の臓
器・空気間分配係数は,筋肉・空気間分配係数の値をそれぞれ用いて臓器・血液間分配係数が算
出された.
(6-3-4) 生理学的パラメータ
各臓器の容量および各臓器への血液流量の値は,文献値(ICPR, 1975;Davis and Mapleson,
1981;Caster et al., 1956)が用いられた.また,肺重量は,下記の式(Adolph, 1949)から推
計された.
31
肺重量 = 0.0115 g•(体重)0.99
(27)
このモデルに用いられた肺換気率は,他で実施された密閉チャンバーを用いたガス摂取量測定
法(Gas uptake 法;Gargas et al., 1986) (図 6)より推計された.すなわち,DCM のように
代謝されやすい物質のチャンバー内からの減衰は,低濃度域では動物の肺換気率とチャンバーの
容量のみに依存することから,実験動物を小さなチャンバーに入れ,チャンバー内の DCM の減
衰濃度を測定することにより求められた.ラットとハムスターを用いた実験で,動物の肺換気率
(Qalb)は下記の式に従うことが確認されている.
Qalb = 15 リットル/時間•(体重)0.74
(28)
この式から,ヒト(体重 70 kg)の肺換気率が 347 リットル/時間と算出された.この値は,
ICPR(1975)で報告されている安静時のヒトの肺換気率(300 リットル/時間)と米国 EPA がリス
ク評価に用いている軽作業時の肺換気率(20 m3/日,833 リットル/時間)の中間の値となった.
心拍出量についても同じような計算式により記述された.
Qcar = 15 リットル/時間•(体重)0.74
(29)
この式から算出されるヒトの心拍出量は,文献値(ICRP, 1975;Davis and Mapleson, 1981)
と同等であった.
ただし,B6C3F1 マウスや CD1 マウスでは Gas uptake 法で得られる心拍出量の値は,上述
の計算式よりも大きかった.同じような不一致がトリクロロエチレン,パークロロエチレン,
塩化ビニル,メチルサイクロヘキサンなどでも見られ,マウスでの心拍出量に関する allometric
scaling には 15 ではなく 28 を用いた方が適当であることが明らかになった.すなわち,
Qcar = 28 リットル/時間•(体重)0.74
(30)
(6-3-5) 生化学的パラメータ
DCM の代謝に関わるチトクローム P450 の Km と Vmax および GST による一次代謝速度定数
(kf )は Gas uptake 法により気中 DCM 濃度の減衰から推計された.すなわち,Ramsey and
Andersen (1984)で仮定されたと同じように,生体は,肝臓,他の内臓,筋肉/皮膚,脂肪の4つ
のコンパートメントから成り,これらのコンパートメントは臓器の容量,血流量,分配係数など
のパラメータを用いて4つのマスバランス方程式で記述されるとした.
また,肺から流出する血液中の物質濃度は肺胞内の空気中の物質濃度と平衡関係にあり,体内
に取り込まれた物質はすべての臓器に自由に分布し,肝臓で代謝を受けるとともに肺から排出さ
れると仮定した.動物を図 6 に示す密閉型のチャンバーに収容すると,チャンバー内の物質濃度
(dCCH /dt)は,下記の方程式に従って減衰する.
32
dCCH /dt = (N)•(Qalb /VCH)•[(Cart /PN) ‒ CCH ] – kL•CCH
(31)
ここで,CCH (mg/liter) は,チャンバー内の当該物質の気中濃度,Qalb (liter/hr) は,呼吸量,
N はチャンバーに収容した動物数,VCH (liter)は,動物の容積(ラットでは 1 liter/kg 体重と想
定)を引いたチャンバー内の実容積,kL (hr-1)は,チャンバーからの物質のリークに関する一
次の速度定数である.この式の中で Cart /PN と記述される項は,呼気中の物質濃度を表し,動脈
血中物質濃度(Cart)の計算値と実験的に求められる血液:空気分配係数(PN)から決定される.
図 6 Gas uptake 法の概念図 (Gargas et al., 1986)
当該物質は肝臓で代謝されるとし,肝臓における物質量変化(dAL/dt)は,以下の式で示され
る.
dAL/dt =QL•CA – QL•CL /PL – Vmax•(CL /PL) / [Km + (CL/PL)] – kf•VL•(CL/PL)
(32)
ここで,Vmax (mg/hr)は代謝の最大活性,Km(mg/liter)は Michaelis-Menten 定数を表すが,
ここで示す VL (liter)は肝臓中静脈内血液の量を意味である.また,kf はグルタチオン抱合経路
による肝臓からの消失に関する一次の速度定数(hr-1)である.
以上の内容を取り入れて Ramsey and Andersen によるスチレンに関するマスバランス微分方
程式を修正すると,以下のようになる.
dCCH /dt = (N)•(Qalb /VCH)•[(Cart /PN) ‒ CCH ] ‒ kL•CCH
(チャンバー内の濃度変化)
33
(33)
Cart = (Qalv•Cinh+ Qcar•Cvein) / (Qcar+Qalv /PN )
(34)
(35)
Cvein = {Σ(Qi•Ci /Pi )} / Qcar
(36)
dAi/dt = Qi (Cart ‒ Ci /Pi )
(肝臓以外の臓器での化合物量変化)
dAL/dt = QL•Cart ‒ QL•CL /PL ‒ Vmax• (CL /PL) / [Km + (CL /PL)] ‒ kf•VL•(CL /PL)
(肝臓での化合物量変化)
(37)
ここで用いられる生理学的パラメータのほとんどは,Ramsey and Andersen (1984)で用いら
れたと同じ数値が利用できる.肺換気量(Qalb)と心拍出量(Qcar)は,体重 225g のラット用に
(体重)0.74 で補正され,それぞれ,4.6 および 4.9 liters/hr とされた.肝臓,その他の臓器,筋
肉/皮膚および脂肪組織での血流量は,それぞれ心拍出量の 25,51,15 および 9%とされた.ま
た,これらの臓器体積は,それぞれ体重の 4,5,75 および 7%とされ,残りの 9%は,血流のほ
とんどない骨格とみなされた.
物理化学的なパラメータである血液:空気間分配係数や組織:血液間分配係数は,それぞれ実
測値がそのまま用いられた(表 16)
.
表 16 37℃におけるラットの臓器―空気間分配係数
血液
0.9%食塩水
オリーブ油
脂肪
肝臓
筋肉
19.4 ± 0.08
5.96 ± 0.71
131 ± 7
120 ± 6
14.2 ± 1.2
7.92 ± 1.77
平均値±標準誤差(n = 3~4)
残る Km,Vmax,kf値は,チャンバー内の DCM 濃度変化を上記の式に与え,マスバランス
微分方程式をコンピュータを用いて実測値と適合する最適な値を求めると,DCM の代謝に関わ
るラットの生化学的定数として,次の値が得られた(表 17).なお,A1,A2 は,ヒトおよび各
種の動物における CYP および GST の実測値(Lorenz et al., 1984)から算出された.
表 17 DCM の代謝に関わる定数
動物
VmaxC
(mg/hr)
Km
(mg/liter)
kfc
(hr-1)
A1
A2
マウス
1.054
0.396
4.017
0.416
0.137
ラット
1.50
0.771
2.21
0.136
0.0558
ヒト
118.9
0.580
0.53
0.00143
0.0473
VmaxC は Gas uptake 法で求めた Vmax.
34
(6-3-6) モデルの適合性の検証
このモデルによる血中濃度推計値は,DCM 暴露後のラットおよびヒトでの血中濃度と良く一
致した(図 7)
図 7 ジクロロメタン暴露後の血中濃度実測値と PBPK モデルによる推計
(Andersen et al., 1987)
(6-3-7) 発がん性リスク評価での有用性
このモデルを用いてマウスの肝臓および肺における DCM の AUC,CYP 代謝体生成速度,GST
代謝体生成速度を DCM 暴露濃度に対してプロットすると,肝臓腫瘍および肺腫瘍の発生率と相
関したのは,DCM の AUC と GST 代謝体生成速度であった.肝腫瘍発生率との関係について図
8 に示す.DCM 自身は反応性が低く,発がん原因物質とは考えられないので,DCM による発が
ん原因物質は GST 代謝体と推定された.
また,DCM の高濃度域では,チトクローム P450 による代謝飽和を反映して,GST 代謝体濃
度が非線形に上昇することが示された.通常 EPA は,マウスからヒトへの外挿に際して,呼吸
量と体表面積で補正しており,同じ暴露濃度では,ヒトはマウスの 2.91 倍摂取することなると
された.また,PBPK モデルからの推計では,マウスの内部曝露濃度は,高濃度からの直線外
挿と比較すると 20.8 分の一であり,ヒトの内部暴露濃度は,マウスの 2.74 分の一である.従っ
て,合計すると約 170 倍の差となる(図 9)(Andersen et al., 1987). このような比較に対し
て,EPA(1987a)は,Andersen et al. (1987)で用いられたヒトとマウスの呼吸率は,EPA が通常
用いている数値とは異なり,そのため差を 3.1 倍大きく見積もっており,PBPK モデルからの推
計との差は,54 倍程度であろうと考察している.
35
図 8 DCM の肝腫瘍発生率と DCM の AUC(実測値),CYP 経路代謝体(推計値),GST 経路代
謝体(推計値)濃度の相関性 (Andersen et al., 1987)
図 9 DCM の暴露濃度とヒトおよびマウス肝臓中 GST 経路代謝体濃度の比較
(Andersen et al., 1987)
36
(6-4) Andersen モデル(1987)の改良
Andersen et al. (1987)モデルに新しい評価指標を推計するたのサブモデル構造が追加され改
良された.すなわち,Andersen et al. (1991)は,ラットおよびヒトでの一酸化炭素(CO)およびカ
ルボキシヘモグロビン(COHb)濃度推移を記述するために Coburn-Forster-Kane 方程式を追加し
た.ただし,肺での DCM から一酸化炭素への代謝については追加されなかった.その後,
Casanova et al. (1996)は,Andersen et al. (1987)のマウスモデルに肝臓でのホルムアルデヒドの
生 成 と DNA- 蛋 白 間 の 架 橋 形 成 を 推 計 す る サ ブ モ デ ル を 追 加 し た . さ ら に , Reitz ら
(1991;1989;1988)は,ヒトと実験動物臓器における代謝速度を測定する新しい in vitro 試験法を
導入し,Sweeny et al. (2004)は,肝臓以外の血流量の多い臓器での CYP 経路による代謝を追加
した(図 10).
図 10 DCM のマウス PBPK モデル構造 (Sweeney et al., 2004)
(6-5) 確率的 PBPK モデルへの改良
DCM の代謝に関わるパラメータの変動が DCM の血中濃度推移にどのように影響するかにつ
いて PBPK モデルを用いて調べられた.Dankovic and Bailer (1994)は,CYP および GST の Km
値に関する 4 人のヒトデータでの個体差を用いると肺と肝臓における GST 代謝産物の濃度が
Reitz et al. (1988; 1989)によってアップデートされたモデルからの推計値と比較し,0~5 倍の幅
で変動することを報告した.また,El-Masri et al. (1999)は,Casanova et al. (1996)によるマウ
スとヒトの PBPK モデルでのパラメータを確率分布で置き換えた.この確率分布には,ヒトでの
GST-T1 遺伝子多型の分布に関する公表情報やマウスにおける DCM の発がん性,ヒト肝臓での
DNA-蛋白架橋生成,あるいはヒトのある暴露濃度での発がんリスクなどに関する Monte Carlo
37
シミュレーションによる分布を用いた.解析の結果は,1~1,000 ppm での DCM の発がんリス
クの平均および中央値は,GST-T1 遺伝子多型を考慮しない場合よりも 23~30%高くなるという
ものであった.
これらの結果を受けて,生理的変動や代謝能の変動に関するデータを統計学的に処理するこ
とにより,さらに改良された.点推定されたパラメータを用いる場合は,確定的(deterministic)
モデルと記述され,暴露指標も点推定となる.一方,確率分布として推計されたパラメータを
用いる場合(図 11)は,確率的(probabilistic)モデルと記述される.
図 11 Monte Carlo simulation. In this approach, the distribution of internal concentration versus
time is simulated by repeatedly (often as many as 10,000 iterations) sampling input values based
on the distributions of individual parameters in a population..(EPA, 2006)
OSHA(1997)は,すべてのモデルパラメータの確率分布をベイズ法の一種である Markov
Chain Monte Carlo (MCMC,マルコフ連鎖モンテカルロ)法で求め,Reitz et al. (1989;1988)と
Andersen et al. (1991;1987)のマウスおよびヒト PBPK モデルに適用した.
このモデルでは,
GST
および CYP による代謝が肝臓と肺で起こるとした.また,モデルパラメータは,作業労役の強
さに応じた時間あたりの呼吸量の分布など職業暴露シナリオに特化して修正された.また,血
液:空気間,あるいは組織:空気間の分配係数も新たに測定され,これらのパラメータの確率分
布を記述するために用いられた.さらに,マウスおよびヒトの代謝,生理,分配係数などのパラ
メータは公表文献データをベイズ法で処理してアップデートされた.
一方,Jonsson et al. (2001)は,Reitz et al. (1989; 1988)のモデルに新しいコンパートメントを
追加するなどして PBPK モデルを改良した.ここでは,ヒト CYP 経路での in vitro での Vmax
値および 5 人分の DCM の吸入暴露後の血中濃度データを用いて MCMC 法で最適化することに
より Reitz et al. (1989; 1988)による PBPK モデルを確率的モデルへと改良した.また,作業労
役中の骨格筋コンパートメントが Andersen et al. (1987)および Reitz et al. (1989; 1988)のベー
スモデルに追加された.さらに,Jonsson and Johanson (2001) は,脂肪コンパートメントを追
加するとともに,21 人分の血中濃度データを解析および 3 種類の GST-T1 の遺伝子多型の概念を
取り込み,この確率モデルをさらに改良した.その上でヒト肝臓がんの発症リスクを推計するた
38
め MCMC 法を用いて確率的 PBPK モデルとした.この際,El-Masri et al. (1999)と同様に DNA蛋白架橋頻度を内部暴露指標として用いた.Jonsson et al. (2001) および El-Masri et al. (1999)
による解析では,ヒト発がんリスクの 50th,90th および 95th パーセンタイルの平均値は暴露濃度
100 ppm までは相互に 1 倍以内の差しかなく,きわめて良く一致した.
その後,統計学的に最も厳密で,多くのデータを用いた PBPK モデルが Marino et al. (2006)
(マウス)および David et al. (2006)(ヒト)によって開発され,さらに改良されて EPA による
最近のリスク評価において DCM の reference value と発がんリスクの導出に用いられた.
(6-6) Marino et al. (2006) による確率的マウス PBPK モデル
Marino et al. (2006) により Andersen et al. (1987)のモデル構造をベースに MCMC 法を用い
て DCM のマウス確率的 PBPK モデルが開発された.
心吐出量定数(QCC),ventilation:perfusion 比(VPR)および代謝に関わるパラメータ(CYP 代
謝経路での最大速度:VmaxC,
CYP 酵素に対する親和性:Km,GST 経路での一次の速度定数:KfC,
肺 VmaxC と肝 VmaxC の比[A1],肺 KfC と肝 KfC の比[A2])が.数組の実験データから MCMC
法により最適化された.MCMC 法での最初の事前確率(initial prior distribution)は,代謝のパラ
メータに関しては Andersen et al. (1987),VPR,A1,A2 に関しては OSHA(1997)で用いられた
平均値にもとづいた.最初の MCMC 解析で得られた事後確率(posterior distribution)は,次のス
テップでの事前確率として用いられ,そこで得られた事後確率は,最終的な MCMC 解析の事前
確率として用いられた.ベイズ法によるパラメータの最適化の結果を表 18 に示す.
ベイズ法によるパラメータの最適化は以下の3ステップに分けて実施された.すなわち,①
CYP2E1 の阻害剤である trans-1,2-dichloroethylene をあらかじめ投与し,CYP 経路による代謝
を極力制限した条件下で Gas uptake 法にて GST 経路に関わるパラメータ(VmaxCTRANS,KfC,
A1,A2)を取得し,これらを各約 6,000 回のサンプリングによるモンテカルロ試行を 3 回行っ
て最適化し,②これらのパラメータを事前確率として,吸入経路からの DCM の寄与のない条件
下(DCM を静脈注射)で代謝に関わるパラメータ(VmaxC,Km,KfC,A1,A2)を取得し,こ
れらを各 10,000 回のサンプリングによるモンテカルロ試行を 3 回行って最適化し,③これらの
パラメータを事前確率として,未処理のマウスを用いた Gas uptake 法にてキネティックデータ
(VmaxC,Km,KfC,A1,A2)を取得し,これらを 50,000 回のサンプリングによるモンテカル
ロ試行を行って最適化した(表 18)
.上記の②および③によるパラメータの最適化の効果を図 12
および図 13 に示す.なお,trans-1,2-dichlorothylene は,ラットに対しては有効ではないので,
ラットでは,確率的なモデルは開発されていない.
体重,臓器血流量,臓器用量などの生理学的パラメータの平均値や変動係数(CVs)には,Clewell
et al. (1993)に引用されているような一般的な文献値が用いられた(表 18)
.Marino et al. (2006)
は,DCM に関して取得された血中濃度試験に関する小さな集団でのデータを使うよりも DCM
を対象としてはいないが動物数が多い一般的な文献値の方が適切であると述べている.従って,
これらのパラメータに関しては,MCMC 解析は行われず,文献値(Andersen et al., 1991;1987)
がそのまま用いられた.
分配係数は,バイアル平衡法や Gas uptake 法により新たに取得された.その結果,組織:空
39
気分配係数は,肝臓以外は概ね 2~3 倍低い値となった.特に,血液:空気分配係数は,Clewell
et al.(1993)が報告した値(23)が Andersen et al. (1987)や Gargas et al. (1986)が用いた値(8.29)
よりも大きかったが,ラット(19.49)やハムスター(22.5)と同レベルであり,大きい値の方が
整合性があると考えられた.
表 18 Values for parameter distributions in a B6C3F1 mouse probabilistic PBPK model for
dichloromethane compared with associated values for point parameters in earlier deterministic
B6C3F1 mouse PBPK models for dichloromethane (EPA. 2011a)
Parameter
Prior
mean
Marino et al. (2006)a
Final
Prior CV posterior
mean
Final
posterior
CV
EPA
(1988,
1987a, b)
Andersen
et al.
(1987)
0.05
0.24
0.52
0.19
0.05
0.24
0.52
0.19
0.04
0.04
0.0119
0.05
0.78
0.04
0.04
0.0119
0.05
0.78
8.29
14.5
1.71
1.71
1.71
0.96
8.29
14.5
1.71
1.71
1.71
0.96
Fractional flow rates (fraction of QCC b
QFC Fat
QLC Liver
QRC Rapidly perfused tissues
QSC Slowly perfused tissues
Fractional tissue volumes (fraction of
BW) b
VFC Fat
VLC Liver
VLuC Lung
VRC Rapidly perfused tissues
VSC Slowly perfused tissues
0.05
0.24
0.52
0.19
0.60
0.96
0.50
0.40
0.04
0.04
0.0115
0.05
0.78
0.30
0.06
0.27
0.30
0.30
23
5.1
1.6
0.46
0.52
0.44
0.15
0.30
0.20
0.27
0.20
0.20
28.0
1.52
0.58
0.75
24.2
1.45
0.19
0.20
14.3d
1.0
28.0e
1.0
11.1
0.396
1.46
0.462
0.322
2
2
2
0.55
0.55
9.27
0.574
1.41
0.207
0.196
0.21
0.42
0.28
0.36
0.37
11.1
0.396
1.46
0.416
0.137
11.1
0.396
1.46
0.416
0.137
Partition coefficients c
PB Blood:air
PF Fat:blood
PL Liver:blood
PLu Lung:blood
PR Rapidly perfused:blood
PS Slowly perfused:blood
These parameters
were taken from an
extensive literature
database derived from
a large number of
animals; therefore,
further Bayesian
updating does not
inform on the true
mean and variance for
these values.
Flow rates
QCC Cardiac output (L/hr/kg0.74)
VPR ventilation:perfusion ratio
Metabolism parameters
VmaxC (mg/hr/kg0.7) f
Km (mg/L) g
kfC (kg0.3/hr) h
A1k
A2m
aMCMC
analysis was used to update prior distributions (means and CVs) for flow rate and
metabolic parameters in a sequential process with three sets of kinetic data from mouse
studies, as explained further in the text. Final values for posterior distributions are given in
this table, bSource: Andersen et al. (1991; 1987), cSource: Clewell et al. (1993), dBased on a
mouse breathing rate of 0.043 m3/day, eBased on a mouse breathing rate of 0.084 m3/day,
fmaximal CYP metabolic rate, gCYP affinity, hfirst order GST metabolic rate, kratio of lung
VmaxC to liver VmaxC, and mratio of lung kfC to liver.
40
図 12 DCM 静注マウスでの DCM 血中濃度推移 (Marino et al., 2006)
左:事前確率でのパラメータを用いた場合,右:事後確率により最適化されたパラメータを用
いた場合.
図 13 密閉チャンバー内の DCM 濃度推移(Marino et al., 2006)
左:事前確率でのパラメータを用いた場合,右:事後確率により最適化されたパラメータを用い
た場合.
Marino et al. (2006) は,このベイズ法によって最適化されたパラメータをマウス PBPK モデ
ルに用いて B6C3F1 マウス吸入発がん性試験(NTP, 1986)での暴露条件下での内部暴露指標を計
算した.なお,内部暴露指標は肺および肝臓における DCM の GST 経路代謝体の生成速度(mg
DCM/L tissue/day)とされた.これは,DCM の GST 経路で生成される代謝体が DNA を損傷し,
腫瘍を生ずるという考え方に基づく.その結果,肺および肝臓での内部暴露指標濃度は,Andersen
et al. (1987)や U.S. EPA(1987a,b)による推計値よりも 3~4 倍高い値となった(表 19)
.Marino
et al. (2006)は,これらの差は,分配係数の差と代謝パラメータをベイズ法でアップデートした
ことによると述べている.
41
表 19 Internal daily doses for B6C3F1 mice exposed to dichloromethane for 2 years (6
hours/day, 5 days/week) calculated with different PBPK models (EPA, 2011a)
Target
organ
NTP (1986)
exposure levela
PBPK model
Marino et al.
EPA
Andersen et al.
(2006)
(1987a, b)
(1987)
Control
Liverb
0
0
0
2,000 ppm
2,359.99
727.8
851
4,000 ppm
4,869.85
1,670
1,811
0
0
0
2,000 ppm
474.991
111.4
123
4,000 ppm
973.343
243.7
256
Control
Lungb
a2,000
ppm = 6,947 mg/m3; 4,000 ppm = 13,894 mg/m3.
dose expressed as mg dichloromethane metabolized by the GST pathway/L
tissue/day.
bInternal
なお,Marino et al. (2006)による解析では,Sweeney et al. (2004)により取り込まれた肝臓外
の血流少臓器での CYP 代謝経路は,2,000 および 4,000 ppm という NTP 試験(1986)の暴露濃度
下では,肺及び肝臓での GST 代謝体の生成にほとんど影響を与えなかった.例えば,血流少臓
器での CYP 代謝の割合を肝臓の 10%としてモデルの計算に取り込んだ場合,DCM の暴露濃度
が 50 ppm では GST 代謝体の形成は 5~6%減少したが,2,000 あるいは 4,000 ppm ではそれぞ
れわずかに 0.77 あるいは 0.37%の減少であった.従って,Marino et al. (2006)による解析では,
この肝臓外での CYP 代謝については考慮されていない.
(7) 確率的ヒト PBPK モデル(David et al., 2006)
David et al. (2006)による DCM のヒト PBPK モデルでは,Sweeney et al. (2004)と同様に
Andersen et al. (1987)モデルに CO サブモデルを追加しているが,CYP 代謝を血流多臓器に追
加しているところが異なる(図 14)
.
42
図 14 DCM のヒト PBPK モデル構造 (David et al., 2006)
David et al. (2006)の解析では,ヒトの代謝パラメータ〔KmaxC, Km, KfC, A1, A2, mixed
function oxidases (MFO) の全活性に対する血流多臓器での活性の割合(FracR)〕を最適化するた
めにこれらのパラメータの平均値は Andersen et al. (1987, 1991)あるいは Sweeney et al. (2004)
から採用され,分布は Bios(2000)によるデフォルト値である 200%とされた.これらの代謝パラ
メータの平均値と分布を事前確率として,①DCM 暴露を受けた人の呼気中 DCM 濃度,
血中 DCM
濃度,呼気中一酸化炭素濃度,血中カルボニルヘモグロビン濃度などのデータ 5 試験分を 50,000
回のサンプリングによるモンテカルロ試行が 4 回行われ,最適化された.次いで,②これら 5 試
験データの個別データを用いて同様に DCM の代謝に関わるパラメータの最適化が行われた.そ
の結果,各試験の個別データを統合化して最適化した場合の変動が個々の試験データから最適化
した場合の変動よりも小さいことなどから個別データを統合化して得た値をモデルの代謝キネ
ティックパラメータとして用いられた(表 20)
.
CYP2E1 に関わる代謝パラメータである VmaxC と Km の事前確率 CV はいずれも 200%であ
ったが,MCMC 解析により,それぞれ 13.1 および 33.6%にまで小さくなった.ただし,この
CV の大きさは,集団での平均値の不確実性あるいは信頼限界を表すもので,個人差を表すもの
ものではないことに留意すべきである.
43
表 20 Results of calibrating metabolic parameters in a human probabilistic PBPK model for
dichloromethane with individual kinetic data for 42 exposed volunteers and MCMC analysis (EPA,
2011)
Parameter
Prior distributions
Posterior distributions
Mean (arithmetic)
CV
Mean(arithmetic)
CV
VmaxC- (mg/hr/kg0.7)a
6.25
2
9.42
0.131
Km (mg/L)b
0.75
2
0.433
0.336
2
2
0.852
0.711
A1d
0.00143
2
0.000993
0.399
A2e
0.0473
2
0.0102
0.728
0.03
2
0.0193
0.786
kfC (kg0.3/hr)c
FracR f
amaximal CYP metabolic rate, bCYP affinity, cfirst order GST metabolic rate, dratio of
lung VmaxC to liver VmaxC, eratio of lung kfC to liver, and fkfC-fraction of VmaxC in
rapidly perfused tissues
David et al. (2006) による解析において, ヒト PBPK モデルによるシミュレーションに用い
られた各種パラメータ(平均値と標準偏差)を表 21 に示す.
ヒトの各種パラメータから平均値だけを取り出してヒト PBPK モデルに適用して計算すると,
吸入でのユニットリスクは肝臓がんについては 6.06 x 10-10 (per µg/m3),肺がんについては 5.69 x
10-10 (per µg/m3),総合的なユニットリスクは,1.18 x 10-9 (per µg/m3)となる.この値は,現在
の EPA による推計値である 4.7 x 10-7 (per µg/m3)の 400 分の一である.この差の原因は,一つ
は動物からヒトへの外挿に体表面積を使うことにより約 13 倍の差が生じたためである.もう一
つの理由は,代謝に関わるパラメータを見直したためマウスでの内部暴露指標濃度が 4 倍増加し
たことと,ヒトでの内部暴露指標濃度が 7 分の一に減少したため,併せて約 30 倍の差が生じた
事による.
しかし,上述の解析では,表 20 の kfC (kg0.3/hr)の事後確率(CV)に示されるような肝臓 GST
活性速度の集団全体の平均値に関わる不確実性は含まれていない.そこで,David et al. (2006)
の解析では,集団 GST 活性の変動とパラメータ自身の持つ不確実性の両者を取り込むために,
kfC 値平均値と分布(平均値 = 0.852 kg0.3/hr および CV = 0.711)がモンテカルロ法でサンプリ
ングされ,米国民に特化した分布に書き直された.すなわち,ヒト確率的 PBPK モデルが米国人
での GST 経路の遺伝的多型,すなわち,GST-T-(+/+),GST-T1(+/-),GST-T1(-/-)の比率(表 22)
にスウェーデン人健康男女 298 人の methyl chloride に対する KfC に関する分布(Warholm et al.,
1994)を反映させた.
44
表 21 Parameter distributions used in human Monte Carlo analysis for dichloromethane by David
et al. (2006) (EPA, 2011a)
Distribution
Parameter
BW
Body weight (kg)
QCC
Cardiac output (L/hr/kg0.74)
VPR
Ventilation:perfusion ratio
QFC
Fat
QLC
Liver
QRC
Rapidly perfused tissues
QSC
Slow perfused tissues
Tissue volumes (fraction BW)
VFC
Fat
VLC
Liver
VLuC
Lung
VRC
Rapidly perfused tissues
VSC
Slowly perfused tissues (muscle)
Partition coefficients
PB
Blood:air
PF
Fat:blood
PL
Liver:blood
PLu
Lung:arterial blood
PR
Rapidly perfused tissue:blood
PS
Slowly perfused tissue (muscle:blood)
Metabolism parameters
VmaxC
Maximum metabolism rate (mg/hr/kg0.7)
Km
Affinity (mg/L)
A1
Ratio of lung Vmax to liver Vmax
A2
Ratio of lung KF to liver KF
FracR
Fractional CYP2E1 capacity in rapidly
perfused tissue
First order metabolism rate (/hr/kg0.3)
Homozygous (-/-)
kfC
Heterozygous (+/-)
Homozygous (+/+)
Source
Mean
70.0
16.5
1.45
0.05
0.26
0.50
0.19
SD
21.0
1.49
0.203
0.0150
0.0910
0.10
0.0285
Humansa
Humansa
Humansa
Humansa
Humansa
Humansa
Humansa
0.19
0.026
0.0115
0.064
0.63
0.0570
0.00130
0.00161
0.00640
0.189
Humansa
Humansa
Humansa
Humansa
Humansa
9.7
12.4
1.46
1.46
1.46
0.82
0.970
3.72
0.292
0.292
0.292
0.164
Humansb
Ratsb
Ratsb
Ratsb
Ratsb
Ratsb
9.42
0.433
0.000993
0.0102
0.0193
1.23
0.146
0.000396
0.00739
0.0152
0
0.676
1.31
0
0.123
0.167
Calibrationc
Calibrationc
Calibrationc
Calibrationc
Calibrationc
Hybridd
Hybridd
Hybridd
a.U.S. EPA (2000). Human PBPK model used for vinyl chloride.
b.Andersen et al. (1987). Blood:air partition measured using human samples; other partition coefficients based on estimates
from tissue measures in rats.
c.Bayesian calibration based on five data sets (see text for description); posterior distributions presented in this table.
d.The overall population mean for kfC as determined by Bayesian calibration; the distribution of activity among the three
genotypes and variability in activity for each genotype (SD values) were then scaled from the ex vivo data of Warholm et al.
(1994).
45
表 22 Populational distribution of GSTT genotypesab (David et al., 2006)
3,000 回のサンプリングによる解析結果から,肝臓および肺における発がんリスクはゼロ(米
国人の 20%は GST-T1 欠損者であるので)から 2.70 x 10-9 (95th percentile)まで大きく偏ること
が示された.平均値は 1.05 x 10-9 であった(表 23)が,中央値(50th percentile)は 9.33 x 10-10
であった.偏りのある分布の場合は,中央値で比較する方が適切であるので中央値と EPA によ
る推計値(4.7 x 10-7)を比較すると,この PBPK モデルからの発がんリスク推計値は EPA による
推計値の約 500 分の一となった.
表 23 Comparison of unit risk values (David et al., 2006)
なお,EPA(2011a)は,DCM のリスク評価において,David et al. (2006)で用いられた多くの
パラメータ,特に,体重,QCC,換気率,体脂肪比率,肝臓比率などを年齢,性別での変動を反
映した分布に書き直した(表 24)
.また,CYP2E1 に関わる VmaxC に関しては,Lipscomb et al.
(2003)によるヒトにおける変動幅をパラメータに取り込んだ.この他,CYP2E1 活性を 18 歳以
下のヒトへ外挿するために Johnsrud et al. (2003)のデータに基づき,
体重 0.88 比が用いられた.
46
表 24 Parameter distributions for the human PBPK model for dichloromethane used by
EPA(2011a)
Distribution
BW
Parameter
Body weight (kg)
Shape
(Geometric)
mean
SD/GSD
f (age, gender)
Normal
Lower bound
1st
Upper bound
Percentile
99th Percentile
Flow rates
QAlvC
vprv
QCC
QFC
QLC
QRC
QSC
Alveolar ventilation
(L/hr/kg0.75)
Variability
in
ventilation:perfusion
ratio
Cardiac
output
(L/hr/kg0.75)
Normal
Fat
Liver
Rapidly
tissues
Slow
tissues
perfused
Normal
Normal
Normal
perfused
Normal
Log-normal
f (age)
5th Percentile
95th Percentile
1.00
0.203
0.69
1.42
QCCmean = f(QAlvC)
VFC
Fat
Normal
VLC
VLuC
VRC
Liver
Lung
Rapidly
tissues
Slowly
tissues
perfused
Normal
Normal
Normal
perfused
Normal
VSC
f (age,
gender)
QCC = QCCmean/vprv
Fractional flow rates (fraction of QCC)
0.05
0.0150
0.0050
0.26
0.0910
0.010
0.50
0.10
0.20
0.19
0.105
0.276
Tissue volumes (fraction BW)
f (age,
0.3 × mean
0.1 × mean
1.9 × mean
0.0115
0.064
0.05 × mean
0.00161
0.00640
0.85 × mean
0.00667
0.0448
1.15 × mean
0.0163
0.0832
0.63
0.189
0.431
0.829
1.1
7.16
13.0
Partition coefficients
9.7
PB
Blood:air
PF
PL, PLu,
& PR
Fat:blood
Log-normal
11.9
1.34
4.92
Liver:blood,
Log-normal
1.43
1.22
0.790
lung:arterial blood,
and rapidly perfused
tissue:blood
Slowly
perfused Log-normal
0.80
1.22
0.444
tissue (muscle):blood
Metabolism parameters (based on Monte Carte calibration from five human data sets)
Population mean /
Log-normal
9.34
1.14
6.96
individual maximum Log-normal
VmaxCmea
1.73
(none)
metabolism
rate
n
(mg/hr/kgXvmax)
Affinity (mg/L)
Log-normal
0.41
1.39
0.154
PS
VmaxCme
an/
VmaxC
Km
A1
A2
FracR
Ratio of lung Vmax
to liver Vmax
Ratio of lung KF to
liver KF
Fractional
MFO
capacity in rapidly
perfused tissue
Log-normal
gender)
f (age)
0.0285
0.0950
0.533
0.80
28.7
2.59
1.46
11.88
(none)
1.10
Log-normal
0.00092
1.47
0.000291
0.00292
Log-normal
0.0083
1.92
0.00116
0.0580
Log-normal
0.0152
2.0
0.00190
0.122
0.1932
2.496
0
0
0
0
1.704
2.924
kfCmean
Population average
First order metabolism rate ([hr/kg0.3]-1)
Log-normal
0.6944
1.896
KfC/
KfCmean
Homozygous (-/-)
Heterozygous (+/-)
Homozygous (+/+)
Normal
Normal
Normal
0
0.8929
1.786
47
0
0.1622
0.2276
(8) EPA(2011a)による PBPK モデルを用いたリスク評価の概要
DCM の発がんリスク評価(経口スロープファクターおよび吸入ユニットリスクの算出)にお
いてマウスおよび PBPK モデルが用いられた.はじめに,マウスの確定的 PBPK モデル(Marino
et al., 2006)を用いて暴露濃度から肺および肝臓における GST 代謝に関わる内部暴露指標(GST
代謝体生成速度)
が計算された.
この内部暴露指標と発がん率の関係が BMDS ソフト(ver. 2.0) の
多段階発がんモデルで解析され,10%超過リスク時のベンチマークドーズ(BMD10)とその 95%信
頼下限値(BMDL10)が算出された.0.1 を BMDL10 で除して,マウスにおける Tumor Risk
Factor(TRF)を算出し,これにヒトへの外挿のためのスケーリングファクター[(ヒト体重/マウ
ス体重)0.25 = 7]を乗じて,ヒトにおける TRF とした.次いで,David et al. (2006)によるヒト確
率的 PBPK モデルに各種パラメータの確率分布を適用し,1 mg/kg の経口投与あるいは 1 µg/m3
での吸入暴露によるヒト肝臓中の GST 代謝体生成速度の分布を算出し,これにヒト TRF を乗じ
て,経口あるいは吸入暴露による TRF の確率分布を得た(図 15).
その結果,米国民の最も感受性の高い集団(GST-T1+/+)に対するスロープファクターは 2 x 10-3
(mg/kg-day)-1,ユニットリスクは 1 x 10-8 (µg/m3)-1 とされた.
動物試験データ
単回 1mg/kg/day,1μg/m3
反応
データ
投与量データ
動物の決定論的 PBPK モデル
(Andersen et al. (1987) に肺での代謝を
追加し,CO と COHb を推定)
・肺と肝臓での GST 代謝を考慮
・発がんのメカニズムより内部
用量の指標を設定
動物
内部用量の算出(Dose metric:代謝速度)
ヒトの確率論的 PBPK モデル
(David et al. 2006)
パラメータの分布推定に
MCMC 法を使い校正
ヒト
内部用量の算出(内部用量の
指標:代謝速度)
内部用量と反応曲線の導出
BMD モデリング(マルチステージモデル)による
BMDL10 とユニットリスク(=0.1/BMDL10)の推定
50th
90th 99th
内部用量
・スケーリングファクター
0.25
(BWhuman/BWmouse) =7 を乗じる
動物からヒトへのリスクファクターの外挿
ヒトのリスクファクターのヒト変動性分布
50th
90th 99th
リスクファクター
図 15 Process for deriving cancer oral slope factors and inhalation unit risks by using rodent and
human PBPK models (EPA, 2011a).
48
2.3.2 DAS (2011) によるクロルピリホスの不確実性係数の導出
(1) クロルピリホスに関する知見の整理
クロルピリホスの経口暴露に関するPBPK/PDモデルを説明するにあたり,背景となる基礎的
な知見の整理を行った.その際,オレゴン大学の国立農薬情報センター (National Pesticide
Information Center) による公開資料 (Christensen et al., 2009) および食品安全委員会農薬専
門調査会によるクロルピリホス農薬評価書 (食品安全委員会,2011) を情報源とした.
(1-1) 物理的/化学的特性および用途
クロルピリホス (分子量: 350.6 g/mol) は常温で白色の固体であり,硫黄化合物に似た軽度の
メルカプタン (チオール) 臭を有する.また,以下に示す物理的/化学的特性を示す.

蒸気圧 (25℃): 1.87×10-5 mmHg

オクタノール-水分配係数 (log Kow): 4.70

ヘンリー定数 (25 ºC): 4.2 x 10-6 atm·m3/mol または 6.7×10-6 atm·m3/mol (推定あるいは実
験によって得られており,算出方法により異なる値が報告されている)

水溶解度 (25 ºC): 0.0014 g/L

土壌吸着係数 (Koc): 360~31,000 (土壌の種類や環境によって異なる)
クロルピリホスは有機リン系の殺虫剤の有効成分である.クロルピリホスの用途は多岐にわた
り,食品および飼料作物,牛の耳標,ゴルフコースの芝,産業プラントや自動車,加工木材製品
やフェンスの支柱・電柱を含む非構造木材に対して,また,蚊やヒアリといった公衆衛生害虫を
管理するために用いられている.
49
(1-2) 毒性 (食品安全委員会 ,2011)
急性毒性試験の結果を表 25 に示す.
表 25 急性毒性試験結果概要
投与
経路
経口
経皮
吸入
動物種
ラット
(系統不明)
雌雄各 5 匹
dd マウス
雄 10 匹
Swiss-Webstwe マウス
雄 10 匹
ウサギ
(系統不明)
雄または雌 2 匹
ウサギ
(系統不明)
雌3匹
ウサギ
(系統不明)
雄 10 匹
モルモット
(系統不明)
雄4匹
ヒナドリ
(系統不明)
雄4匹
SD ラット
雌雄各 5 匹
アルビノラット
(HC/CFHB)
雌雄各 5 匹
LD50 (mg/kg)
雄
163
雌
135
88
102
1,000~
2,000
>675
観察された症状
雄で強いコリンエステラーゼ活性阻害
作用
全投与群で死亡例
症状記載なし
59 mg/kg 以上で死亡例
自発運動減少,流涎,呼吸困難
63 mg/kg 以上で死亡例
症状記載なし
1,000 mg/kg 以上で死亡例
症状および死亡例なし
995
縮瞳,下痢,流涎,チアノーゼ
900 mg/kg 以上で死亡例
504
症状記載なし
全投与群で死亡例
32
症状記載なし
全投与群で死亡例
>2,000
>2,000
LC50 (mg/L)
>0.2
>0.2
血涙,自発運動減少,弯曲姿勢,立毛,
眼球突出
死亡例なし
症状および死亡例なし
さらに,Fischer ラット (一群雌雄各 10 匹) を用いた強制経口投与 (原体: 0,10,50,100 mg
/kg 体重) による神経毒性試験が行われ,50 mg/kg 体重以上の投与群で雌雄それぞれについて自
発運動減少等が認められた.よって無毒性量は雌雄で 10 mg/kg 体重であると考えられた.また,
ニワトリを対象とした試験の結果,急性遅発性神経毒性は認められなかった.
90 日間亜急性毒性試験では,Fischer ラット (一群雌雄各 10 匹) を用いた混餌投与 (原体: 0,
0.1,1.0,5.0,15 mg /kg 体重/日) による試験が行われた.試験において,1.0 mg/kg 体重/日以
上の投与群の雌雄で赤血球におけるコリンエステラーゼの活性阻害 (20 %以上) が認められたの
で,無毒性量は雌雄とも 0.1 mg/kg 体重/日であると考えられた.
Sherman ラット (主群: 一群雌雄各 25 匹,衛星群: 一群雌雄各 57 匹) を用いた混餌投与 (原
体: 0,0.01,0.03,0.1,1.0,3.0 mg /kg 体重/日)の 2 年間慢性毒性試験が行われた.試験にお
いて,脳及び赤血球におけるコリンエステラーゼの活性阻害以外の影響は認められなかった.
50
また,発がん性,繁殖能への影響,催奇形性および遺伝毒性は認められなかった.
(1-3) 作用機序
クロルピリホスの非標的生物の作用機序は標的生物である昆虫の作用機序と類似している.ま
た,マラチオンやパラジオンといった他の有機リン系殺虫剤と共通の毒性メカニズムをもつ.ク
ロルピリホスは神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を阻害することで神経系に作用する.
具体的には,アセチルコリンの分解酵素であるアセチルコリンエステラーゼを主としたコリンエ
ステラーゼの活性部位で,クロルピリホスの代謝物質の 1 つであるクロルピリホスオキソンが結
合することでその働きを阻害し,アセチルコリンをシナプス間隙に蓄積させ,神経細胞を過剰に
刺激する.
アセチルコリンは哺乳類の神経系全体に存在し,クロルピリホスオキソンは脳を含む全身のコ
リンエステラーゼに影響する.また,クロルピリホスオキソンはコリンエステラーゼに対して,
エイジングとして知られる永久阻害も引き起こす.クロルピリホスオキソンはカルボキシルエス
テラーゼや A-エステラーゼとも相互作用するが,これらの酵素の機能的な役割は十分に理解さ
れていない.また,脳でのコリンエステラーゼ阻害を引き起こすために必要とされるよりも低用
量で,実験動物の血漿および赤血球でのコリンエステラーゼ阻害が観察されている.
(1-4) 体内動態
(1-4-1) 吸収
クロルピリホスは全ての暴露経路から吸収される.ヒト志願者の尿検査では経口暴露で約 70%,
経皮暴露で 3%以下の値で吸収が確認された.また,症状が最も早く確認されたのは吸入暴露で
あり,続いて経口暴露,経皮暴露の順であるという知見も得られている.5 人のヒト志願者を対
象とした別の研究では,経口暴露,経皮暴露でのクロルピリホスの吸収はクロルピリホスの代謝
物質の濃度に基づいて評価された.代謝物の尿中濃度ピークは,経口暴露では 7 時間後,経皮暴
露では 17 時間から 24 時間後に観察された.
(1-4-2) 分配
クロルピリホスは暴露後全身に分配される.クロルピリホスは脂肪に蓄積されるものの,ヒト
では排泄により 3 日以内に半減期をむかえるため,生物蓄積は重大でないと考えられている.
(1-4-3) 代謝
クロルピリホスに関する代謝経路を図 16 に示した.クロルピリホスの生体内活性化は主に肝
臓でのシトクロム P450 (CYP450) 酵素によっておこるが,脳や小腸を含む他の臓器でも起こる.
肝臓の A-エステラーゼ,B-エステラーゼはクロルピリホスオキソンを不活化することで解毒
する.カルボキシルエステラーゼやブチリルコリンエステラーゼといった B-エステラーゼは不
活化の際に阻害される一方で,パラオキソナーゼ 1 (PON1) といった A-エステラーゼは機能が
残る.ヒトにおける PON1 の活性は遺伝的に決定され,個体間で変動する.動物の有機リン暴露
試験によると,PON1 の濃度が高いほど,コリン作動性効果が出にくかった.解毒能力が小さい
51
個体はクロルピリホス毒性に対して高い感受性をもつ可能性が高い.クロルピリホスオキソンは
コリンエステラーゼを阻害する唯一のクロルピリホス代謝物質であり,他の代謝物質は毒性が小
さい.クロルピリホスはトリクロロピリジノール (TCPy) に加えてジエチルホスフェイト
(DEP),ジエチルチオホスフェイト (DETP) にも代謝される.ヒト,げっ歯類の尿中では TCPy
抱合体も観察された.
図 16 クロルピリホスの代謝経路 (DAS,2011)
(1-4-4) 排泄
クロルピリホスの排出はおもに腎臓でおこる.クロルピリホスは主に TCPy,ジエチルホスフ
ェイト,ジエチルチオホスフェイトとして尿排泄される.5 人のヒト志願者の研究では,経口暴
露および経皮暴露における消失半減期はそれぞれ 15.5 時間,30.0 時間であった.これらはジエ
チルホスフェイトとジエチルチオホスフェイトの尿中濃度に基づいて算出された.
52
(1-5) 規制
国内において,食品安全委員会 (2011) は種差および個体差に関する UF を 100 とし,一日摂
取許容量 ADI を 0.001 mg/kg/day としている.また,米国では,種差に関する UF,個体差に関
する UF,FQPA ファクターがそれぞれ 10 で適用されている.これにより,急性毒性の RfD は 5
×10-3 mg/kg/day,慢性毒性の RfD は 3 x 10-4 mg/kg/day,高感受性群 (幼児,子供,13 歳から
50 歳の女性) を考慮した cPAD (the chronic population adjusted dose) は 3×10-5 mg/kg/day,
aPAD (the acute population adjusted dose) は 5×10-4 mg/ kg/day としている.
(2) クロルピリホス(CPF)の摂取量と摂取方法の設定
ヒトに対する PBPK/PD シミュレーションでは,CPF の摂取量について,0.1, 0.2, 0.5, 1.0 mg/kg
の 4 通りで解析している.また,CPF の主たる毒性が急性の神経毒性であることから,CPF をシ
ミュレーション開始時に単回経口摂取するとしている.ここで,これらの CPF の摂取に関する設
定は,UFA→H (種間差を考慮した不確実性係数) の定量化の際に用いるラット毒性試験 (Marty et
al., 2012) と統一に設定している.
(3) 解析対象の設定
DAS (2011) は,「ヒト集団全体 (general population) 」「平均的感受性をもつヒト (average
sensitive human) 」の 2 通りの解析対象に対し計算を行っている.
DAS (2011) はヒトに対する PBPK/PD シミュレーションにおいて,解析対象を米国人成人 (30
歳) と,
幼児 (6 か月) とし,
暴露シミュレーションソフトである CARES (Cumulative and Aggregate
Risk Evaluation System) ver.3 を用いて設定している.CARES は全米健康栄養調査 (NHANES) の
データをもとに,年齢,人種,身長,体重,性別などによって特徴づけられる様々な部分母集団
を解析することができる.DAS (2011) は 30 歳と 6 か月の条件下でそれぞれ 5000 回のランダムサ
ンプリングを行うことで,30 歳と 6 か月の米国人を部分母集団とした様々な性別・体重をプール
した個体データをそれぞれ 5000 個体分用意した.この 5000 個体をヒト集団全体(general
population:30 歳,もしくは 6 か月)と呼び,5000 個体について得られたアウトプットの分布をヒ
ト集団全体の感受性の分布とした.また,ヒト集団全体から,8 個体をランダムサンプリングし,
PBPK/PD シミュレーションすることで得られる 8 個体のアウトプットについてその平均値を記録
した.この平均値を記録する操作を 5000 回繰り返すことにより得られる 5000 通りの平均値を平
均的な感受性をもつヒトの信頼性の分布とした.ここで,ランダムサンプリング数である 8 は,
Marty et al. (2012) によるラット毒性試験で用いたラットの数と統一している.
(4) PBPK/PD モデル
(4-1) CPF の体内動態と作用機序
CPF の主な代謝生成物は,クロルピリホスオキソン (CPF-oxon) ,3,5,6-トリクロロ-2-ピリジノ
ール (TCPy) であり,主な代謝経路は 3 種類存在する.CPF から CPF-oxon への代謝および CPF
から TCPy への代謝は肝臓,小腸,脳に存在するシトクロム P450 によって行われる.CPF-oxon
から TCPy への代謝は肝臓,血漿に存在するパラオキソナーゼ 1 によって行われる.
53
また,CPF の主な毒性は脳および赤血球におけるアセチルコリンエステラーゼ (ACHE) を主と
したコリンエステラーゼの活性阻害である.本解析における UF の定量化に用いるモデルアウト
プットは赤血球における ACHE 阻害率の時間変動ピークとした.
(4-2) 決定論的モデルの構築
DAS (2011) の用いた PBPK/PD モデルは基本的に Timchalk et al., (2002) のモデルをベースとし
ている.PBPK モデルは CPF およびその主な代謝物質である CPF-oxon,TCPy の 3 物質について
の体内動態を,PBPD モデルは隔膜,脳,肝臓,血液の 4 つのコンパートメントにおいて,遊離
している CPF-oxon によるコリンエステラーゼの活性阻害を表す.
CPF の PBPK/PD モデルパラメータは (a) 臓器体積,(b) 血流,(c) 分配係数,(d) 代謝, (e) 吸
収・結合・排泄,(f) エステラーゼ活性に関するパラメータで構成されている.
(4-3) 確率論的モデルの構築
構築された決定論的モデルについて局所的感度解析が行われ,モデルアウトプットへの寄与が
大きいパラメータに対して確率分布を付与し,モンテカルロシミュレーションにより確率論的に
解析している.表 26 に相対感度係数の値が 0.1 を超えるパラメータを示した.局所的感度解析
は 30 歳の平均的な感受性をもつ男性を対象に CPF の摂取量を 0.54 mg/kg として行われている.
CPF の摂取量はモデルアウトプットである赤血球における ACHE 阻害率の時間変動ピーク値が
10%となる外部用量を設定している (0.54 mg/kg) .
臓器体積,血流,最大代謝速度はそれぞれ体重によってスケーリングされている.このため,
様々な体重によるスケーリング行うことでこれらのパラメータに幅をもたせることができる.し
かし,最大代謝速度については,臓器体積の大きさだけでなく,in vitro 試験での最大代謝速度に
ばらつきが確認できるため (Smith et al., 2011) ,追加的に確率分布を付与している.
また,作業負荷および脂肪体積については個体間のばらつきが特に大きいと考えられるため,
それぞれ確率分布が付与されている.確率分布が付与されているパラメータと設定された分布型
を表 27 に示す.
表 26 相対感度係数 [-] (0.1 以上)
臓器体積
[L/kg-BW]
血流量 [L/h/kg-BW]
組織体積あたりの最大代謝速
度 [µmol/h/L-tissue]
貧血流組織
肝臓
血液
脂肪
肝臓
肝
CPF→CPF-oxon
臓
CPF→TCPy
CPF-oxon→TCPy
脳
CPF→CPF-oxon
CPF→TCPy
血
CPF-oxon→TCPy
漿
54
0.20
0.74
1.77
0.19
0.30
0.98
0.92
0.47
0.32
0.10
0.26
表 27 モデルパラメータの変動性分布
作業負荷 [W]
一様分布
脂肪体積 {L/kg-BW]
正規分布
組織体積あたりの
肝臓
CPF→CPF-oxon
対数正規分布
最大代謝速度
CPF→TCPy
対数正規分布
[µmol/h/L-tissue]
CPF-oxon→TCPy
対数正規分布
CPF→CPF-oxon
対数正規分布
CPF→TCPy
対数正規分布
CPF-oxon→TCPy
対数正規分布
脳
血漿
(5) シミュレーション条件
PBPK/PD シミュレーションは acslX を用いて行っている. 15 分毎の 24 時間シミュレーション
としている.
(6) 不確実性係数の定量化手法と結果
DAS (2011) では,UFA→H (種間差に対する不確実性係数) および UFH→SH (個体差に対する不確
実性係数) は POD (Point Of Departure: 影響の出発点) の比で定義されている (式(38),(39)) .また,
それぞれの POD として BMDL (Benchmark Dose Lower confidence limit) を採用している.式
(38),(39)において BMR (Benchmark Response) 値は 10%を設定している.
𝑈𝐹𝐴
=
𝑃 𝐷𝐴
=
𝑃 𝐷
𝐷𝐿𝐴
𝐷𝐿
(38)
ここで,BMDLA [mg/kg] は,平均的な感受性をもつラットにおける BMDL である.BMDLH
[mg/kg] は,平均的な感受性をもつヒトにおける BMDL である.信頼上限は 95%としている.
𝑈𝐹
ここで,
=
𝑃 𝐷
=
𝑃 𝐷
𝐷𝐿
𝐷𝐿
(39)
𝐷𝐿 [mg/kg] は,ヒト集団全体の感受性分布における BMDL である.信頼上限は
99%としている.
𝐷𝐿𝐴 は Marty et al. (2012) の複数の年齢群・用量群に対する CPF のラット毒性試験データに
基づき算出されている.これらの毒性試験データから,平均的な感受性を持つラットにおける
𝐷𝐿𝐴を 0.52 mg/kg とした.ここで,BMR 値は 10%であり,信頼上限は 95%である.
2.1 節で示した 4 通りの CPF の摂取量における PD 分布について,信頼上限 (95%tile 値および
99%tile 値) を線形にあてはめ設定した BMR 値 (10%) に対応する CPF の摂取量が BMDL となっ
55
ている.
DAS (2011) による POD と𝑈𝐹𝐴
の結果を表 28 に示す.種間差,個体差とも,
と 𝑈𝐹
不確実性係数は,最大 2 以下におさまることを示した.
表 28 DAS (2011) による不確実性係数の定量的推定結果
POD および 不確実性係数
ラット𝑃 𝐷𝐴
ヒト 𝑃 𝐷
種間差に対する不確
実性係数
𝑈𝐹𝐴
ヒト Sensitive
Human
𝑃 𝐷
個体差に対する不確
実性係数
𝑈𝐹
成体 (30 歳)
0.52 mg/kg
0.30 mg/kg
幼児 (6 か月)
0.36 mg/kg
0.33 mg/kg
1.7
1.1
95%タイル値
99%タイル値
95%タイル値
99%タイル値
0.24 mg/kg
0.22 mg/kg
0.26 mg/kg
0.23 mg/kg
1.3
1.4
1.3
1.5
(7) U.S.EPA の科学諮問会での議論の内容
DAS (2011) のアプローチについては,U.S.EPA の FIFRA Scientific Advisory Panel Meeting
(以下,SAP 委員会)で様々な点から指摘されている.ここで,簡単にその内容をまとめる.
(7-1) 生理学的薬物動態/薬力学(PBPK/PD)モデルの構造について
・クロルピリホスの AChE 阻害の作用機序に対するメカニズムの原理は十分に PBPK/PD モデル
に組み込まれている.AChE 阻害の最適マーカー,そして,クロルピリホスの抗コリンエステラ
ーゼ影響の真の標的(特に脳,脊椎,末梢神経系内のシナプスの AChE) の代わりに赤血球に
おける AChE 阻害に焦点を当てたことに対しては問題がない.
・ただし,クロルピリホスの非コリン作動性影響に対応していないことに注意しなければならな
い.
・また,DAS (Dow AgroSciences) がどのようにモデルで年齢依存の代謝を扱ったのか,どのよ
うにヒトの変動性を評価したのかについて懸念がある.
・その他の要素では,年齢依存の代謝に関するサンプル数が限られており,特に極めて年齢の低
い個体について,代謝速度を推定するときに,生理学的でない条件が使用されているため,モデ
ルのその構成要素に関する信頼性は限定的である.
・未発表の年齢依存の代謝研究 (Smith et al., 2011) に基づくモデルのパラメータについての懸
念がある.特にクロルピリホスオキソンを加水分解する酵素であるパラオキソナーゼ (PON) に
ついてである.
・委員会が DAS のモデル全体を評価するのは困難である.なぜなら,薬物学的体内動態 (PK) お
よび薬力学的生体影響 (PD) の構成要素が一体化しており,各構成要素 (PK と PD) の構造とパ
ラメータの妥当性を評価することが難しい.
・影響を受けやすいライフステージもしくはサブポピュレーションに対する懸念に対応可能なリ
56
スク評価を求める.生後早期の毒性影響,妊娠中の脂肪量や血液量の変化の赤血球 AChE 阻害の
予測値への影響を評価する必要がある.したがって,DAS (2011)の 妊娠および授乳期が考慮さ
れていない PBPK/PD モデルを他のリスク評価のプロトタイプとすることはできない.
・DAS の PBPK/PD モデルにクロルピリホスの母体および胎児の薬物動態および薬力学の明確な
記述がないことは,DAS アプローチの大きな欠陥である.特に,新生児および乳児の血漿蛋白結
合率の変化を検討すべきである.
・ラットと比較したヒトの母体血液中濃度に対する臍帯血中濃度比を説明する機序を探索するこ
とは,
クロルピリホスの健康リスク評価に使用する正確な PBPK/PD モデルの開発に重要である.
・変動パラメータとして,組織体積,血流および灌流速度,酵素活性基準,血液:組織分配係数,
コリンエステラーゼ類結合,回収および再生,クロルピリホスの胃から腸への輸送速度,または,
腸管からの取込み速度とし,この中で,脳および肝 CYP 代謝,そして,クロルピリホスオキソ
ンと TCPy 生成速度が,脳および肝臓での PON 活性に強く影響をあたえることが示されている
が,
これに加えて,
クロルピリホスの脳:血液分配係数が敏感なパラメータである.
脳内での AChE
阻害のばらつきを評価するためには,これらのパラメータを含むべきである.
・DAS モデルの変動パラメータが薬物動態パラメータに関係していることに注目しているが,薬
力学パラメータも等しく重要である.特に,AChE(および,BChE)の合成,分解,生成,失
活速度のばらつきは,毒性のアウトカムのばらつきに直接影響をおよぼす可能性がある.
・以上の点を加味して,動物からヒト,成人から小児・乳幼児への外挿に 2 倍以下を提示した
DAS (2011)の結論は受け入れがたい.
(7-2) 用量の尺度 (Dose Metrics)
・脳,血中での AChE 阻害のピークは,限界があるものの,クロルピリホスの暴露の尺度として
科学的に妥当である.すなわち,Marty and Andrus (2010) が報告した研究により,AChE 阻害
の用量反応プロファイルは血中と脳内で類似することが示されるため,赤血球中の AChE 阻害を
用量の尺度とすることは適切である.
・脳での AChE 阻害のピークを潜在毒性 (potential toxicity) の指標とすべきであるが,ヒトで
は測定できないため,血中での AChE 阻害のピークは暴露のバイオマーカーとして,また,標的
組織毒性 (target tissue toxicity) に対する潜在的な代替マーカーとして利用できる.しかし,そ
の測定値はヒト個体間で大きく変動する.このため,結果はこれらの変動性を念頭に置いて解釈
されるべきである.
・最大濃度 Cmax は,急性暴露では有用であるが,反復暴露では濃度曲線下面積 AUC が有用な
場合がある.
・クロルピリホスオキソンの最大濃度 Cmax は,クロルピリホスオキソンが活性代謝物であり,
この値がモデルで予測ができるために有用である.しかし,反応性が高いため,測定されること
があまりなく,予測値や測定値の信頼度が低い.
・尿中の TCPy は,環境分解物として体内に吸収された量が加わるため,測定値を慎重に解釈す
る必要がある.
57
(7-3) 非コリン作動性影響
・非コリン作用を考慮に入れるべきであると考えるが,非コリン活性を測定する標準的な方法が
なく,まだ非コリン機序が検証されていないために,現時点において,特定の用量の尺度に対す
る指針を提供するのは妥当ではない.
(7-4) 長期間の食物経由の暴露評価
・長期的な食物経路暴露の調査範囲が不完全である.数日間(5 日間をこえる),多様な相関関係
がある食行動のもとでの食事摂取量を含むべきである.
・クロルピリホスの長期的な食物経路暴露の分布の上限値 (>99%tile 値) を考慮することは重要
である.しかし,クロルピリホスの分析を他の化学物質に対して一般化できると結論付けること
や,単回の食事の事象で AChE 阻害影響をもつ化学物質が複数存在する場合に一般化できると結
論付けることはまだできない.
(7-5) 直接投与のヒト疫学研究によるモデルの較正と評価
・Nolan et al. (1984) と Kisicki et al. (1999) 研究から得られたデータがモデルの評価に用いら
れていることは,科学的に適切である.
・しかし,Kisicki のデータを用いてモデルは検証 (validated) できない.それは,いくつかのモ
デルパラメータが Kisicki のデータを用いて較正 (calibrated) されているため,モデルとデータ
の検証の独立性がないためである.
(7-6) モデル予測値とヒトのモデリングデータとの比較
・DAS のモデルは他の公開されているモデルと類似した結果を示している.
・しかし,クロルピリホスの血中および血漿中濃度についての,比較的サンプル数の小さい 2 つ
の研究だけしか利用可能なデータがない(Whyatt et al., 2009, Barr et al., 2010)ため,検証は不十
分である.
・また,DAS モデルと NHANES による尿中 TCPy データとの比較には問題があり,Source-to
Outcome の予測値は,データと十分に一致していない.
(7-7) 感度解析,変動性,不確実性
・DAS レポートで略述された感度,変動性,不確実性解析は未完成である.
・変動性と不確実性の特徴づけはそれぞれ分離し,全ての個体について暴露からバイオマーカー
までを通したモデリングシステムの構成要素/ステップに対して行われる必要がある.
・ローカル感度解析は不適切であり,計算上効率の良いグローバル感度解析の方法を検討し適用
する必要がある.暴露と生物学的なモデル (PKとPD) に対して既存の仮定,プロセス,相互作
用を用いてモデルを簡略化することにより体系的な取り組みをすることを勧める.
(7-8) データ由来の (Data-Derived) 外挿係数の計算
・十分に評価された動物とヒト PBPK/PD モデルがリスク評価に用いることができれば,UFA は
58
もはや使用する必要がない.
・DAS によって提案された UFA は生後 11 日のラットと成体のラットを用いた単一の試験 (Marty
and Andrus 2010) に基づいている.Marty and Andrus の試験データは他の研究よりも BMD 分
析を実行する際により適切かもしれないが,他の毒性エンドポイントやヒト暴露シナリオへの応
用可能性に対する限界が存在する.
・モデルの課題としては,赤血球中 (RBC) の AChE 濃度の推定において,最大阻害率が時間と
ともに増加し,定常状態には繰り返し投与後何日間経ても達しなかったこと, DAS の UFA→H
は,出生前の期間や授乳期の幼児へのクロルピリホス暴露を含まないモデルから推定された食事
経由暴露のみ関連すること,現在の食事モデルについて,飲料と飲料水の消費量すべてを捉えて
いないことがあげられる.
・8 人のグループを用いてヒトの母集団の変動性を推定する DAS のアプローチより,繰り返しグ
ルーピングをする必要のない代替案を使用すべきではないか.CARES-PBPK/PD モデルの結果
に BMDL10 の真の定義を直接適用することで BMDL10 は最も良く推定できる.
・モデルから導出されたヒトの変動性を示す不確実性係数 UFH→SH がモデルの不確実性からでは
なく,個人間の変動性から推定されている.
・標的となる臓器固有の化学物質濃度についての知見,すなわち小胞体における生体内変換酵素
の活性場所での濃度 VS 臓器全体での濃度がわずかしかない.この知見の不足は,化学物質の代
謝に対する実際に利用可能な濃度を予測する際に生じる不確実性において,重大な原因となる.
・年齢の低い個体についてデータが限られていることが不確実性の重要なソースとなる.
・関心のある対象集団(たとえば,低年齢),特定の暴露の特徴を有するグループ(たとえば,
農作業者やその家族),そして,複数の暴露ルート(たとえば,吸入,経皮,食品,飲料水,誤
飲 (hand-to-mouth activities) による摂取)に対する全てのヒト暴露を正しく予測するために,
現在のケーススタディ分析の拡張をすべきである.
・将来的には,幼児と子供の PD の違いの根拠として,非コリン性の神経発達障害の可能性を考
慮に入れるべきである.
・全ての暴露の発生源を特徴づけるデータが必要であり,適切な暴露シナリオ (摂取,経皮,
吸入)と様々なライフステージやコンディション(妊娠,胎生,授乳,授乳の胎児)に対応する
よう拡張すべきである.
*以下,不確実性係数に関する内容のみ,詳細にレビューする.
8 サンプルを再グループ化せずに変動性を推定する代替法の提示
SAP 委員会は, Marty and Andrus (2010) による動物データのサンプル数に合わせ,
8 個体を再グループ化することでヒトの変動性を推定する DAS のアプローチに対して,
この手法は,他の毒性エンドポイントや暴露シナリオの場合に適用することができず,
また,再グループ化することで,ヒトの AChE 阻害の分布幅が狭くなり,本来のヒトの
変動性を見落とす可能性があるとする.このことから,本手法に,批判的であり,この
アプローチに対する代替法を提示している.
DAS (2011)により得られた用量反応曲線を図 17 に示す.ここで,青いプロットは,
59
0.01mg/kg から 10 mg/kg までの用量に対して,5000 回のモンテカルロシミュレーショ
ンを行った結果得られた用量反応曲線である.それぞれのプロットは PBPK/PD モデル
の主要なパラメータの変動性分布と用量の違いが反映された結果として表れている.最
初に用量と反応との平均的な関係を記述するために,各用量に対する反応の最小残差二
乗和をとる.図 17 の黒色の実線がこれにあたる.また,特定の用量(例えば 0.1 mg/kg)
での点の縦方向の広がりは,その用量における集団の反応率の分布幅を示している.し
たがって,この分布幅は,ある用量での反応の個体間変動性を表す.
一方,X 軸と平行にひかれる 10%阻害率の線上の横方向の広がりは R.A.Fisher により
定義される用量の「フィデューシャル分布」であり,パラメトリックまたはノンパラメ
トリックに分布の当てはめを行うことで,その集団内で AChE の 10%阻害を発現する割
合が p%(0<p<100)以下となる用量を推定することができる.
集団の 5%が阻害
率 10%以下とな
る用量
青いプロットは様々な暴露レベルでの5000回シミュレーションを行った結果の用量反応関係を
示す.黒い実線は最小二乗法によるあてはめ,点線は,モデルパラメータのモンテカルロアプロ
ーチを用いて表した用量反応関係である.黒のプロットは,8個体の平均反応率の幅を示す.
図 17 PBPK/PD モデルを用いた BMD10 の決定
つぎに,BMDL10を得るには,モデルの不確実性をアセスメントに組み込まなければ
ならない.概念上では,BMD10の「信頼区間」を得るには平均の用量反応関係の不確実
性を推定しなければならない.二次元のモンテカルロアプローチを用い,モデルパラメ
ータの不確実性を使用して用量反応関係の「realization」を作成する(図 17の破線).
それぞれのrealizationの結果は平均用量反応曲線とはわずかに異なり,10%阻害率のフィ
デューシャル分布にも影響をおよぼす.この作業により,「用量反応関係曲線の分布」
が得られ,上述のBMD10算出の作業をそれぞれのrealizationについて実施すると,BMD10
値の分布が得られる.このBMD10値の分布に基づき,下側のpパーセンタイルを算出する
と(この場合は下側10パーセンタイル),この値がBMDL10の推定値になる.
DASのアプローチでは,成人集団の代表値を用いており,乳児や授乳婦・妊婦からの
60
データが欠けている.このため,BMDL10の推定値にもバイアスが入っている.
変動性および不確実性モデルからBMDL10推定値が得られると,この値を従来の方法
で算出した動物のBMDL10推定値と比較することができる.
パネルは,このように,再グループ化せずに推定することで,BMDL10の推定が最適
化できると指摘している.
動物の BMDL10 を導出する代替法の提示
さらに,委員会は, DASが使用した「BMDL10」という用語の意味が動物とヒトで一
致しない可能性を示唆している.ヒトのBMDL10は,生物学的変動性,すなわち薬物動
態および薬力学的変動性が組み込まれたDASのPBPK/PDモデルから導出されている一
方で,動物のBMDL10は1群8個のデータポイントの曲線当てはめ求められ,被験動物間
の薬物動態および薬力学的変動性が明示的にモデル化されていない数学的モデルを用
いて導出されたものである.
DASのPBPK/PDモデルの構造および開発は動物試験データに当てはめたモデル予測
に由来するため,モデルはこの単回投与試験からの動物データに容易に適用できる.し
たがって,動物のBMDL10に関して,ヒトと同じPBPK/PDモデルに種特異的なパラメー
タを用いて導出し,ヒトのBMDL10との比較によりUFAを導出することができると述べて
いる.
2.4 おわりに
本章では,文献レビューにより不確実性係数の定量化の動向に関して調査した.不確実性係数
は閾値ありの化学物質の安全評価もしくはリスク評価に 50 年以上用いられてきている.デフォ
ルト値である種間差×個体差 10×10 は,確固たる科学的根拠が存在せず,データが入手可能な場
合は物質ごとに固有の実測データに置き換えることで,不確実性係数の定量化が行われている.
また,最近では,PBPK モデルを用いた不確実性係数の定量化が行われており,2011 年には DAS
(2011)による PBPK/PD モデルを用いた推定により不確実性係数が 10 から 2 以下になることが示
された.2.3 節でレビューしたように PBPK モデルは,決定論的手法から確率論的手法に拡張さ
れ,不確実性係数の推定のみならず,基準値そのものの推定にも用いられている.しかし,一方
で,PBPK/PD モデルを用いた不確実性係数の定量化においては,DAS (2011) のアプローチに対
する SAP 委員会 (U.S.EPA 2011b)での指摘のように,モデルパラメータを含む PBPK/PD モデル
の構造にともなう推定の不確実さ,暴露経路をどこまで包括し,どの暴露データを利用するかな
ど確率論的推定手法の困難さが示されている.また,さらに,PBPK/PD モデル自体がデータによ
り較正されるというデータ依存型 (data intensive) の性質をもつため,ヒト健康リスクを推定する
ための PBPK モデルを検証するためのデータが入手しずらく,構築が難しいという課題が残る.
本調査では,第 3 章で,PBPK/PD モデルによる推定の課題の一つでとして提示された PBPK/PD
モデルの不確実性解析を行う.具体的には,DAS (2011)を参考に,クロルピリホスを対象とした
不確実性係数の定量化におけるモデルパラメータの変動性 (variability) と不確実性 (uncertainty)
の分離による PBPK/PD モデルの不確実性解析を行う.
61
3. PBPK/PD モデルを用いた不確実性係数の定量化
3.1 はじめに
閾値が存在する化学物質の影響に関するヒト健康リスク評価では,種間差に関する UF (UFA→
H),個体差に関する
UF (UFH→SH) のデフォルト値が用いられることが多い.また,UFA→H (10)
=AKUF (4.0)×ADUF (2.5),UHH→SH (10) =HKUF (3.16) ×HDUF (3.16) としてデフォルト値を PK
部分と PD 部分に分割することも提案されている (Renwick, 1993; IPCS, 1994).2.2.2 節でレビ
ューしたように,
これらのデフォルト値を代替するために,近年 PBPK モデルあるいは PBPK/PD
モデルを用いて CSAF (Chemical-Specific Adjustment Factors) を定量化する研究が行われてい
る.これらの研究では,そのほとんどが PBPK モデルを用い,PK のみの不確実性 AKUF もしく
は HKUF を導出しているが,唯一,DAS (2011) のアプローチは,PBPK/PD モデルを用いて,
PK から PD を通した CSAF を定量化している (DAS, 2011).しかし,DAS (2011)のアプローチ
は,不確実性解析にかかる様々な課題が提示されている (U.S. EPA 2011b)
そこで,本章では,次の 2 つの調査目的を設定し,手法の構築ならびに評価を行った.
・種間差および個体差に関する CSAF について,PK から PD までを通して定量化した値と
PK 部分のみについて定量化した値 (AKAF, HKAF) とを比較し,評価する.
.PBPK/PD モデルにおける確率論的パラメータについて変動性のみを考慮した場合と,変
動性と知見の充足度に応じた不確実性の双方を考慮した場合の個体差に関する CSAF (AFH
) を比較し,評価する (市川ら).
→SH
3.2 不確実性係数の定量化の解析の流れ
本調査では,DAS (2011)の不確実性係数の定量化のアプローチ(以下,DAS アプローチと呼
ぶ)を援用し,モデルモデルパラメータの変動性と不確実性を分離する不確実性解析を組み込ん
だ不確実性係数の定量化手法を構築した.定量化手法の全体の解析の流れを図 18 に示す.
また,本研究では,U.S.EPA (2011b) における SAP 委員会での DAS アプローチの課題や議論
を反映させ,いくつかの修正を行った.
・DAS アプローチの修正点
2.3.2 節(7)項で述べた U.S.EPA (2011b)による議論に基づき,DAS アプローチのレビューを行
い,いくつかの点について検討を行った.
①PBPK/PD モデルの構造の明確化と微修正
②血漿中の臓器体積あたりの最大代謝速度[µmol/hr/L]
③肝臓中の代謝速度の分布関数
④POD の設定(BMDL から BMD に)
⑤不確実性係数の定量化に使用する内部用量の指標とバイオマーカーの検討
62
ヒトの基礎データ:30歳 (input data)
•
•
外部用量
(input data)
多様な感受性を持つヒト集団
平均的な感受性を持つヒト集団
全米健康栄養調査データ(30歳,体重)
統計解析
ヒトに対する
モデルパラメータ
PBPK/PD
モンテカルロ
シミュレーション
モデル
ブートストラップ法
モデルパラメータの不確実性を
付与
結果への寄与が高いモデルパ
ラメータに知見の不足による不
確実性を考慮
Biomaker
DAS(2011)
内部用量またはバイオマーカー(output)
連立微分方程式の
数値解析
・集団全体の感受性分布を表すヒト集団全体
・平均的な感受性を持つヒト集団
POD (Point of Departure)
•
•
動物試験
Marty et al. (2012)
高感受性のヒト
平均的な感受性のヒト
POD (Point of Departure)
•
不確実性係数
•
•
種間差
個体差
平均的な感受性を持つげっ歯類
図 18 本調査における不確実性係数の定量的手法の概念図
以下にそれぞれの内容について詳細に述べる.
3.2.1 使用した PBPK/PD モデル
U.S.EPA (2011b)で指摘されているように,DAS (2011) は,PBPK/PD モデルの構造式,およ
び,パラメータの数値が詳細に示されておらず,解析の透明性に対して大きな課題がある.した
がって,DAS より提供していただいたモデルファイル (acslX ソフトウェアのシミュレーション
プログラムファイル),および,DAS (2011) の引用文献をレビューし,PBPK/PD モデルの構造
式と使用されているパラメータを精査し,その算出過程を明らかにした (市川 2013).
(1) PBPK/PD モデルの構造
DAS (2011) による PBPK モデルの構造を図 19 に示す.コンパートメント内は濃度が均一と
なる完全混合を仮定しており,各コンパートメント i 内の濃度𝐶𝑖は,コンパートメントの容積𝑉𝑖,
物質量𝐴𝑖として𝐶𝑖 = 𝐴𝑖⁄𝑉𝑖 が成立する.CPF の動態を記述する PBPK モデル内のコンパートメ
ント i は,胃 (sto),小腸 (int),肝臓 (liver),血液 (blood),脂肪 (fat),貧血流組織 (slow),多
血流組織 (rapid),隔膜(diap),脳 (brain) から成る.さらに, CPF が CYP450 により代謝さ
れたクロルピリホスオキソン (CPF-oxon) では,血液 (blood),脂肪 (fat),貧血流組織 (slow),
多血流組織 (rapid),隔膜 (diap),脳 (brain),肝臓 (liver)から成る.さらに,CPF の CYP450
63
による,もしくは,CPF-oxon の PON1 (パラオキシナーゼ:A-EST の一種) による代謝物 TCPy
は,体内全体を一つのコンパートメントで表し,尿排泄のみで記述する.
また,CPF-oxon の血液 (blood),脳 (brain),肝臓 (liver),隔膜 (diap) コンパートメントで
は,図 20 を示すような CPF-oxon によるエステラーゼ阻害を記述する 3 種類(AChE,BuChE,
CAE)との酵素反応を記述する PBPD モデルを含む構造となっている.
64
クロルピリホス(CPF)
Qc
Qfat
Qslow
Qrapid
Qdiap
Qbrain
クロルピリホス・オキソン体
(CPF-oxon)
TCPy
Qc
血液
A-EST代謝
(血液,代謝経路3)
脂肪
Qfat
Qslow
貧血流組織
多血流組織
CYP450代謝
(脳,代謝経路2)
隔膜
脳
Qrapid
体内
Qdiap
Qbrain
尿排泄
CYP450代謝
(脳,代謝経路1)
小腸
KsI
Fa
貧血流組織
多血流組織
隔膜
脳
Qliver
肝臓
KaI
経口摂取
脂肪
A-EST代謝
(肝臓,代謝経路3)
CYP450代謝
(肝臓,代謝経路2)
Qliver
血液
CYP450代謝
(小腸,代謝
経路2)
CYP450代謝
(肝臓,代謝経路1)
肝臓
A-EST代謝
(小腸代謝経路3)
KaI
小腸
CYP450代謝(小腸,代謝経路1)
*A-EST:CPF-oxonから無毒性のTCPyに代謝する酵素
クロルピリホスの動態
TCPyの動態
クロルピリホス・オキソン体の動態
胃
エステラーゼとの阻害作用による消失
図 19 DAS (2011) による PBPK モデルの構造
65
阻害作用が考慮されるコンパートメント
新しいエステラー
ゼの生成
Kt
遊離した
クロルピリホスオ
キソン
+
阻害Ki
オキソン
エステラーゼ
遊離した
エステラーゼ
Kd
Ka
失活
再生成Kr
消失
TCPyの生成
図 20 DAS (2011) による PBPD モデル
(2) クロルピリホス (CPF) の PBPK モデル式
(2-1) クロルピリホス (CPF) の胃への経口吸収量 ODOSE の推定
単回経口摂取量 DORAL [µg/kg] が吸収率 𝐹𝑎 で取り込まれるとして ODOSE [µmol] を推定
した.
𝐷
𝑚𝑜𝑙 =
𝐷 𝑅𝐴𝐿
/
× 𝐹𝑎 ×
/
(40)
(2-2) 胃コンパートメントでの物質収支式
胃でのクロルピリホスの物質量 𝐴𝑠𝑡𝑜 [µmol] は,胃から小腸コンパートメントへの移動量(一
次速度定数 KsI [hr-1])により,物質収支式が成立する.
𝐴𝑠𝑡𝑜
= −𝐾𝑠𝐼 × 𝐴𝑠𝑡𝑜
𝑡
(41)
(2-3) 小腸コンパートメントでの物質収支式
小腸でのクロルピリホスの物質量 𝐴𝑖𝑛𝑡 [µmol] は,胃からの流入量(一次速度定数 KsI [hr-1])
と,小腸から肝臓コンパートメントへの流出量(一次速度定数 KaI [hr-1]),そして,小腸での
CYP450 による TCPy と CPF-oxon への代謝による消失量により,物質収支式が成り立つ.
𝐴𝑖𝑛𝑡
= 𝐾𝑠𝐼 × 𝐴𝑠𝑡𝑜 − 𝐾𝑎𝐼 × 𝐴𝑖𝑛𝑡 −
𝑡
ここで,
𝑖𝑛𝑡
𝑖𝑛𝑡
−
𝑖𝑛𝑡
(42)
は小腸での代謝経路 1,すなわち,CYP450 による CPF-oxon への代謝速度
[µmol/h]であり,
𝑖𝑛𝑡
は小腸での代謝経路 2,すなわち,CYP450 による TCPy への代謝速度
[µmol/h] を示す.
小腸での代謝経路 j での CPF の代謝速度
𝑖𝑛𝑡 𝑗
66
は,ミカエリス・メンテン式に従い,最大代
謝速度 Vmaxint,j[µmol/h],および,ミカエリス定数 Kmint,j [µmol/L] により表される.𝐶𝑖𝑛𝑡 は,
小腸での CPF の濃度である.
𝑖𝑛𝑡 𝑗
=
𝑉𝑚𝑎 𝑖𝑛𝑡 𝑗 × 𝐶𝑖𝑛𝑡
𝐾𝑚𝑖𝑛𝑡 𝑗 + 𝐶𝑖𝑛𝑡
(43)
(2-4) 血液コンパートメントの物質収支式
血液中の CPF の物質量𝐴𝑏𝑙𝑜𝑜
[µmol] は,動脈中から各コンパートメントへの流出量と静脈
への流入量より物質収支式が成立する.
𝐴𝑏𝑙𝑜𝑜
=
𝑡
ここで,
(44)
× (𝐶𝑉 − 𝐶𝐴 )
は血液コンパートメントの血流速度,すなわち,心臓での流出速度 [L/h] であり
= ∑ 𝑖が成り立つ.また, 𝐶𝐴
は動脈血液中の遊離している CPF 濃度 [µmol/ L],𝐶𝑉f は静
脈血中内の遊離している CPF 濃度 [µmol/ L] である.𝐶𝐴 = 𝐴𝑏𝑙𝑜𝑜 ⁄𝑉𝑏𝑙𝑜𝑜
が成立する.𝑉𝑏𝑙𝑜𝑜
は動脈の体積 [L]である.
血液中では CPF はタンパク質と結合している状態,もしくは遊離している状態を取るため,
CPF のタンパクとの結合 (FBc) は一定割合𝐹 で起こると仮定し,遊離体の動脈中濃度𝐶𝐴𝐹を算
出する.
𝐶𝐴𝐹 = 𝐶𝐴 × (1 − 𝐹 )
(45)
ここで,FB [-] は血漿中でのタンパク質結合率を表す.
𝐶𝑉 [µmol/ L] は,血液以外の各組織コンパートメントからの静脈血液中の遊離した CPF の合
計である.
(
𝐶𝑉 = ∑ (
𝑖
× 𝐶𝑉𝑖 )
)
𝐶
(46)
ここで, 𝑖 はそれぞれの組織 i に流れる血流量 [L/h] であり,𝐶𝑉𝑖 はコンパートメント i から
流出する遊離体
の CPF の濃度である.
(2-5) 脂肪,貧血流組織,多血流組織,隔膜コンパートメントでの物質収支式
脂肪 (fat) ,貧血流組織 (slow),多血流組織 (rapid),隔膜 (diap) でのクロルピリホスの物質
量 Ai (ここで,i は各臓器)は,タンパク質から遊離しているクロルピリホスの動脈からの流入
67
量と静脈による流出量により表される.
𝐴𝑖
=
𝑡
𝑖 (𝐶𝐴𝐹
(47)
− 𝐶𝑉𝐹𝑖 )
ここで,𝐶𝐴𝐹 [µmol/L] はタンパク質から遊離しているクロルピリホスの動脈血中濃度を表す.
𝐶𝑉𝐹𝑖 [µmol/L] はタンパク質から遊離している臓器 i の静脈血中濃度を表す.Q 𝑖 [L/h] は臓器 i
における血流量を表す.
それぞれの組織コンパートメントの分配に基づいて流出量が決まると仮定し,𝐶𝑉𝐹𝑖 は組織-血液
分配係数𝑃𝑖 から求めることができる.Ci は組織 i 中の CPF の濃度である.
𝐶𝑉𝐹𝑖 =
𝐶𝑖
𝑃𝑖
(48)
(2-6) 脳コンパートメントでの物質収支式
脳での CPF の物質量 𝐴𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛 [µmol] は,動脈による流入量と静脈からの流出量,そして,脳
での CYP450 による TCPy と CPF-oxon 体への代謝による消失量により物質収支式が成立する.
ここで,𝐶𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛 は脳でのクロルピリホスの濃度 [µmol/L] である.
𝐴𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛
= 𝑙𝑖 𝑒𝑟 (𝐶𝐴𝐹 − 𝐶𝑉𝐹𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛) −
𝑡
𝑎𝑖𝑛
−
𝑎𝑖𝑛
(49)
ここで, 𝑙𝑖𝑣𝑒 は脳での代謝経路 1,
すなわち,
CYP450 による CPF-oxon への代謝速度[µmol/h]
であり,
𝑙𝑖𝑣𝑒
は肝臓での代謝経路 2,すなわち,CYP450 による TCPy への代謝速度 [µmol/h]
を示す.
小腸での代謝速度と同様に,脳での代謝経路 j でのクロルピリホスの代謝速度
𝑎𝑖𝑛 𝑗
は,ミ
カエリス・メンテン式に従い,最大代謝速度 Vmaxbrain,j[µmol/h],および,ミカエリス定数
Kmbrain,j [µmol/L] により表される.
𝑎𝑖𝑛 𝑗
=
𝑉𝑚𝑎
𝐾𝑚
× 𝐶𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛
𝑎𝑖𝑛 𝑗 + 𝐶𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛
𝑎𝑖𝑛 𝑗
(50)
(2-7) 肝臓コンパートメントでの物質収支式
肝臓でのクロルピリホスの物質量 𝐴𝑙𝑖 𝑒𝑟 [µmol] は,小腸からの流入量(一次速度定数 KaI
[hr-1])
,および,動脈による流入量と静脈からの流出量,そして,肝臓での CYP450 による TCPy
と CPF-oxon への代謝による消失量により物質収支式が成立する.
68
𝐴𝑙𝑖 𝑒𝑟
= 𝐾𝑎𝐼 × 𝐴𝑖𝑛𝑡 + 𝑙𝑖 𝑒𝑟 (𝐶𝐴𝐹 − 𝐶𝑉𝐹𝑙𝑖 𝑒𝑟) −
𝑡
ここで,
𝑙𝑖𝑣𝑒
𝑙𝑖𝑣𝑒
−
𝑙𝑖𝑣𝑒
(51)
は肝臓での代謝経路 1,すなわち,CYP450 による CPF-oxon への代謝速度
[µmol/h]であり,
𝑙𝑖𝑣𝑒
は肝臓での代謝経路 2,すなわち,CYP450 による TCPy への代謝速度
[µmol/h] を示す.
小腸での代謝速度と同様に,肝臓での代謝経路 j でのクロルピリホスの代謝速度
𝑙𝑖𝑣𝑒 𝑗
は,
ミカエリス・メンテン式に従い,最大代謝速度 Vmaxliver,j[µmol/h],および,ミカエリス定数
Kmliver,j [µmol/L] により表される.
𝑙𝑖𝑣𝑒 𝑗
=
𝑉𝑚𝑎 𝑙𝑖𝑣𝑒 𝑗 × 𝐶𝑙𝑖 𝑒𝑟
𝐾𝑚𝑙𝑖𝑣𝑒 𝑗 + 𝐶𝑙𝑖 𝑒𝑟
(52)
(3) クロルピリホス-オキソン(CPF-oxon)の PBPK/PD モデル式
CPF-oxon の動態では,血液 (血漿),小腸,および,肝臓のコンパートメントにおいて A-EST
(PON1) との酵素反応による TCPy の生成に係る代謝を記述する.さらに,血液 (血漿と赤血球
を区別),隔膜,脳,肝臓部位中での,CPF-oxon と 3 種類(AChE,BuChE,CAE)との酵素
反応を PBPD モデルにより記述する.
(3-1) 血液コンパートメントにおける物質収支式
血液中の CPF-oxon の物質量𝐴ℎ 𝑏𝑙𝑜𝑜
[µmol] は,動脈中からの流出量と静脈への流入量,お
よび,PON1 による代謝による消失量,そして,エステラーゼとの作用に使用される移動量によ
り物質収支式が成立する.
𝐴ℎ 𝑏𝑙𝑜𝑜
=
𝑡
× (𝐶𝑉ℎ
− 𝐶𝐴ℎ
)−
𝑙
− ∑𝐼
ℎ
𝑙
− ∑𝐼
(53)
ここで, 𝐶は CPF と同様に,血液コンパートメントの血流速度,すなわち,心臓での流出速
度 [L/h] であり
= ∑ 𝑖 が成り立つ.また, 𝐶𝐴ℎ
濃度 [µmol/ L],𝐶𝑉ℎ
𝐶𝐴ℎ = 𝐴ℎ 𝑏𝑙𝑜𝑜 ⁄𝑉𝑏𝑙𝑜𝑜
は動脈血液中の遊離している CPFoxon
は静脈血中内の遊離している CPF-oxon 濃度 [µmol/ L] であり,
が成立する. 𝑉𝑏𝑙𝑜𝑜
は動脈の体積 [L] である.
CPF と同様に,血液中では CPF-oxon はタンパク質と結合している状態,もしくは遊離してい
る状態を取るため,CPF-oxon のタンパクとの結合 (FBo) は血漿中での一定のタンパク質結合率
𝐹 [-]で起こると仮定し,遊離体の動脈中濃度𝐶𝐴ℎ 𝐹を算出する.
𝐶𝐴ℎ
= 𝐶𝐴ℎ × (1 − 𝐹 𝑜)
69
(54)
𝐶𝑉ℎ
[µmol/ L] は,血液以外の各組織コンパートメントからの静脈血液中の遊離した
CPF-oxon の合計である.
(
= ∑(
𝐶𝑉ℎ
𝑖
× 𝐶𝑉ℎ
𝐶
𝑖
)
(55)
)
ここで,𝐶 �ℎ は,各組織コンパートメント i から流出する静脈血中の CPF-oxon の遊離した
物質と結合した物質の合計である. 𝑖 はそれぞれの組織 i に流れる血流量 [L/h] であり,𝐶𝑉ℎ
はコンパートメント i から流出する遊離体
血液中での CPF-oxon での代謝速度
𝑙
𝑖
の CPF-oxon の濃度である.
は,CPF の代謝速度と同様に,ミカエリス・メ
ℎ
ンテン式に従い,最大代謝速度 Vmaxblood,hO [µmol/h],および,ミカエリス定数 Kmblood,hO
[µmol/L] により表される.
𝑙
𝐼
𝑙
ℎ
=
𝑉𝑚𝑎
𝐾𝑚
𝑙
𝑙
ℎ
ℎ
× 𝐶ℎ 𝑏𝑙𝑜𝑜
+ 𝐶ℎ 𝑏𝑙𝑜𝑜
(56)
[µmol/h] は,血漿中での代謝酵素エステラーゼ (すなわち,k は,AChE,BuChE,CAE)
との作用における阻害速度であり,エステラーゼ の阻害定数 KIk [L/µmol/h],血漿中の遊離体
のエステラーゼ k の量𝐴𝐹
𝑙
[µmol/h] を用いて計算される.
𝐼
ここで,𝐶ℎ
𝐼
𝑙
𝑙
= 𝐾𝐼 × 𝐴𝐹
𝑙
× 𝐶ℎ
(57)
𝑙
は血漿中の CPF-oxon の濃度 [µmol/L] である.
[µmol/h] は,赤血球中での代謝酵素エステラーゼ (B-EST)
との作用における阻害速度
であり,血漿中での阻害速度と同様に,エステラーゼ の阻害定数 KIk [L/µmol/h],赤血球中の
遊離体のエステラーゼ k の量𝐴𝐹
[µmol],血漿中の CPF-oxon の濃度𝐶ℎ
𝑙
[µmol/L] を用
いて計算される.
𝐼
𝑙
= 𝐾𝐼 × 𝐴𝐹
𝑙
× 𝐶ℎ
(58)
𝑙
(3-2) 脳コンパートメントにおける物質収支式
脳での CPF-oxon の物質量 𝐴ℎ 𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛 [µmol] は,動脈による流入量と静脈からの流出量,そ
して,脳での CYP450 による CPF から CPF-oxon への代謝による生成量により物質収支式が成
立する.ここで,𝐶ℎ 𝐹𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛 は脳での遊離体の CPF-oxon の濃度 [µmol/L] である.
𝐴ℎ 𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛
= 𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛 (𝐶𝐴ℎ 𝐹 − 𝐶𝑉ℎ 𝐹𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛) +
𝑡
70
𝑎𝑖𝑛
−∑𝐼
𝑙𝑎𝑖𝑛
(59)
𝐼
𝑎𝑖𝑛
[µmol/h] は,脳中での代謝酵素エステラーゼ (すなわち,k は,AChE,BuChE,CAE)
との作用における阻害速度であり,エステラーゼ の阻害定数 KIk [L/µmol/h],脳中の遊離体の
エステラーゼ k の量𝐴𝐹
𝑎𝑖𝑛
𝐼
[µmol] を用いて計算される.
𝑎𝑖𝑛
= 𝐾𝐼 × 𝐴𝐹
× 𝐶ℎ 𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛
𝑎𝑖𝑛
(60)
ここで,𝐶ℎ 𝑏𝑟𝑎𝑖𝑛 は脳中の CPF-oxon 濃度 [µmol/L] である.
(3-3) 小腸コンパートメントにおける物質収支式
小腸での CPF-oxon の物質量 𝐴ℎ 𝑖𝑛𝑡 [µmol] は,小腸での CPF の CYP450 代謝による流入量,
肝臓への移行量 (一次速度定数 KoI [hr-1]),そして,小腸での PON1 による代謝量により物質収
支式が成立する.
𝐴ℎ 𝑖𝑛𝑡
=
𝑡
𝑖𝑛𝑡
− 𝐾𝑜𝐼 × 𝐴ℎ 𝑖𝑛𝑡 −
(61)
𝑖𝑛𝑡
小腸での代謝経路 3,すなわち,PON1 (A-EST の一種) による TCPy への代謝速度
𝑖𝑛𝑡
は,
ミカエリス・メンテン式に従い,最大代謝速度 Vmaxint,3[µmol/h],および,ミカエリス定数
Kmint,3 [µmol/L] により表される.
𝑖𝑛𝑡
=
𝑉𝑚𝑎 𝑖𝑛𝑡 × 𝐶ℎ 𝑖𝑛𝑡
𝐾𝑚𝑖𝑛𝑡 + 𝐶ℎ 𝑖𝑛𝑡
(62)
(3-4) 肝臓コンパートメントにおける物質収支式
肝臓コンパートメントにおいて,組織-血液分配に寄与する CPF-oxon の血液濃度は,タンパク
と結合していないもの,すなわち,遊離体とする.肝臓での CPF-oxon の物質量 𝐴ℎ 𝑙𝑖 𝑒𝑟 [µmol]
は,静脈血による流出量と動脈による遊離体の流入量,小腸からの移動量,肝臓 CPF の CYP450
による代謝量,そして,肝臓での PON1 による代謝量,そして,oxon 体とエステラーゼとの作
用による移動量により物質収支式が成立する.
𝐴ℎ 𝑙𝑖 𝑒𝑟
𝑡
= 𝑙𝑖 𝑒𝑟 × (𝐶𝐴ℎ
− 𝐶𝑉ℎ
𝑙𝑖 𝑒𝑟) +
𝑖𝑛𝑡
+
𝑙𝑖𝑣𝑒
−
𝑙𝑖𝑣𝑒
+ 𝐾𝑜𝐼 × 𝐴ℎ 𝑖𝑛𝑡 − ∑ 𝐼ℎ
(63)
ここで,𝐶𝑉ℎ
𝑙𝑖 𝑒𝑟 は肝臓での CPF-oxon の濃度 [µmol/L] を示す.
さらに,
は,肝臓での代謝経路 3,すなわち,CPF-oxon の PON1 による TCPy への代
𝑙𝑖𝑣𝑒
71
謝速度であり,次式で表される.
=
𝑙𝑖𝑣𝑒
𝑉𝑚𝑎 𝑙𝑖𝑣𝑒 × 𝐶ℎ 𝑙𝑖 𝑒𝑟
𝐾𝑚𝑙𝑖𝑣𝑒 + 𝐶ℎ 𝑙𝑖 𝑒𝑟
(64)
ここで,
Vmaxliver,3[µmol/h]は肝臓での CPF-oxon から TCPy への代謝における最大代謝速度,
Kmliver,j [µmol/L]はミカエリス定数である.
[µmol/h] は,肝臓中での代謝酵素エステラーゼ (すなわち,k は,B-EST)
𝐼ℎ
との作用における阻害速度であり,エステラーゼ の阻害定数 KIk [L/µmol/h],肝臓中の遊離体
のエステラーゼ k の量𝐴𝐹𝑙𝑖𝑣𝑒
[µmol] を用いて計算される.
𝐼𝑙𝑖𝑣𝑒
= 𝐾𝐼 × 𝐴𝐹𝑙𝑖𝑣𝑒
× 𝐶ℎ 𝑙𝑖 𝑒𝑟
(65)
ここで,𝐶ℎ 𝑙𝑖 𝑒𝑟 は肝臓中の CPF-oxon 濃度 [µmol/L] である.
(3-5) 隔膜コンパートメントの物質収支式
隔膜での CPF-oxon の物質量 𝐴ℎ
𝑖𝑎𝑝 [µmol] は,動脈による流入量と静脈からの流出量,そ
して,
隔膜での CPF-oxon によるエステラーゼ作用量により物質収支式が成立する.
𝐶ℎ 𝐹 𝑖𝑎𝑝 は
隔膜での遊離体の CPF-oxon の濃度 [µmol/L] である.
𝐴ℎ
𝑖𝑎𝑝
𝑡
𝐼
𝑖𝑎
𝑖𝑎𝑝 (𝐶𝐴ℎ 𝐹 − 𝐶𝑉ℎ 𝐹 𝑖𝑎𝑝) − ∑ 𝐼
=
𝑖𝑎
(66)
[µmol/h] は,脳中での代謝酵素エステラーゼ (すなわち,k は,AChE,BuChE,CAE)
との作用における阻害速度であり,エステラーゼ の阻害定数 KIk [L/µmol/h],隔膜中の遊離体
のエステラーゼ k の量𝐴𝐹
𝐼
ここで,𝐶ℎ
[µmol] を用いて計算される.
𝑖𝑎
𝑖𝑎
= 𝐾𝐼 × 𝐴𝐹
𝑖𝑎
× 𝐶ℎ
𝑖𝑎𝑝
(67)
𝑖𝑎𝑝 は隔膜中の CPF-oxon 濃度 [µmol/L] である.
(3-6) 脂肪,貧血流組織,多血流組織コンパートメントの物質収支式
脂肪 (fat) ,貧血流組織 (slow),多血流組織 (rapid)での CPF-oxon の物質量 AhOi (ここで,
i は各臓器)は,タンパク質から遊離しているクロルピリホスの動脈からの流入量と静脈による
流出量により表される.
𝐴ℎ
𝑡
𝑖
=
𝑖 (𝐶𝐴ℎ
𝐹 − 𝐶𝑉ℎ 𝐹𝑖 )
72
(68)
ここで,𝐶𝐴ℎ 𝐹 [µmol/L] はタンパク質から遊離している CPF-oxon の動脈血中濃度を表す.
𝐶𝑉𝑜𝐻𝐹𝑖 [µmol/L] はタンパク質から遊離している臓器 i の CPF-oxon の静脈血中濃度を表す.Q i
[L/h] は臓器 i における血流量を表す.
(3-7) CPF-oxon によるエステラーゼ阻害反応を記述する PBPD モデル
CPF-oxon による組織内(血液,脳,隔膜,そして,肝臓)の代謝酵素 k(k は AChE,BuChE,
CAE)の阻害率 FE は CPF-oxon による阻害がない場合の組織 i でのエステラーゼ k の物質量
ANi,k と,阻害された組織 i の代謝酵素 k の物質量 AFi,k により表すことができる.
𝐹 = 100 × (1 −
𝐴𝐹𝑖
)
𝐴 𝑖
(69)
阻 害 さ れ た 組 織 i の 代 謝 酵 素 k の 物 質 量 AFi,k[µmol] を 記 述 す る 式 は , DEP
(Diisopropylfluorophosphate:ジイソピルフルオロホスフェート) による B-EST の阻害を記述
した式 (Gearhart, et al. 1990) と同様に記述することができる.
𝐴𝐹𝑖
= 𝐾𝑠𝑖 − 𝐾
𝑡
𝑖
× 𝐴𝐹𝑖 − 𝐾𝑖𝑖 × 𝐴𝐹𝑖 × 𝐶ℎ
𝑖
(70)
+ 𝐾𝑟𝑖 × 𝐴𝐼𝑖
ここで,Ks はゼロ次の酵素合成速度 [µmol/h],Kd, Kr は酵素分解そして,酵素再生成に対
する一次速度定数 [hr−1],Ki は,酵素阻害に対する定数 [L/µmol/hr] である.𝐶ℎ
𝑖
[µmol/h]
は,組織 i での遊離した CPF-oxon の濃度である.
ゼ ロ 次 の 酵 素 合 成 速 度 Ks [µmol/h] は , 単 位 体 積 あ た り の エ ス テ ラ ー ゼ 活 性 速 度
𝑖𝑗
[µmol/h/L]を用いて算出できる.
𝐾𝑠𝑖 =
ここで,𝐾𝑠𝑖
i
× 𝑉𝑖 × 𝐾
𝐾
[µmol/h] は,組織 i での酵素 k のゼロ次の酵素合成速度であり,
(71)
𝑖𝑗
は単位体
積あたりのエステラーゼ活性速度[µmol/h/L],𝑉𝑖 は組織 i の容積 [L],Ktk,Kdk は酵素 k の生成,
分解に係る速度定数 [hr-1] である.
オキソンエステラーゼの物質量𝐴𝐼𝑖 の濃度変化は,二分子反応速度論に基づいて,可逆反応の
反応速度式が成り立つ.ここで,オキソンエステラーゼは,ChE のリン酸化反応物のために不活
性物質となる.
𝐴𝐼𝑖
= 𝐾𝑖 × 𝐶ℎ
𝑡
𝑖
× 𝐴𝐼𝑖 − (𝐾𝑎 + 𝐾𝑟) × 𝐴𝐼𝑖
73
(72)
ここで,𝐶ℎ
𝑖
は 組織 i での遊離した CPF-oxon の量 [µmol] であり,Ki [µmol/h] は二分子
阻害速度であり,Kr,Ka は,酵素再生成,そして,酵素の失活 (aging) に対する一次速度定数
[hr−1]である.
また,CPF-oxon による阻害がない場合の組織 i でのエステラーゼ k の物質量𝐴
素量𝐾
𝑖
と組織 i での酵素 k のゼロ次の酵素合成速度𝐾𝑠𝑖
[µmol/h],𝐾
𝑖
は,初期酵
は酵素 k の消失に係
る速度定数 [hr-1] により算出することができる.
𝐴
=𝐾
𝑖
𝑖
+ ∫{𝐾𝑠𝑖 − (𝐾
×𝐴
(73)
)} 𝑡
𝑖
これらの式は,すべてのモデルコンパートメント,すなわち,肝臓,脳,隔膜,そして,血液
の中に組み込まれており,酵素活性を阻害する.
(4) TCP の体内ワンコンパートメントモデル式
TCPy の物質量𝐴 𝐶𝑃 [µmol] を示すパーマコキネティクスは,血液と尿による排泄を記述す
るためのワンコンパートメントモデルで記述する.
𝐴 𝐶𝑃
=
𝑡
𝑖𝑛𝑡
+
+
𝑖𝑛𝑡
+∑𝐼
𝑙
𝑙𝑖𝑣𝑒
+ ∑𝐼
+
𝑙𝑖𝑣𝑒
+ ∑𝐼
+
𝑎𝑖𝑛
𝑎𝑖𝑛
+
+ ∑𝐼
𝑙
𝑖𝑎
− (𝐾 × 𝐴 𝐶𝑃) + ∑ 𝐼𝑙𝑖𝑣𝑒
+ 𝐾𝑖𝑛𝑡𝑒𝑠𝑡𝑖𝑛𝑒
𝑙𝑖𝑣𝑒 𝑇𝐶𝑃𝑦
× 𝐴𝑖𝑛𝑡 𝑇𝐶𝑃𝑦
(74)
ここで, KE は尿排泄による一次排泄速度定数 [hr−1]である.
血中と尿中の TCPy の濃度 Ct は,TCPy の物質量𝐴 𝐶𝑃 [µmol]を分布体積𝑉
[L]により除す
ることで求められる.
(5) PBPK/PD モデルに使用したパラメータ
(5-1) 体重 BW と臓器体積𝑉𝑖
体重 BW は,米国センサスデータ (NHANES,1999-2000)による,30 歳の米国人データ(男
女)を利用した.性差は脂肪の臓器体積のみ区別される.
臓器体積𝑉𝑖 は,DAS (2011) に依拠した.DAS (2011) では,Young et al. (2009),Luecke et al.
(2007) による臓器重量の体重を変数とした 6 次方程式を人体の密度が 1 [kg/L]と均一と仮定して
算出している.
𝑉i = ∑(𝑎𝑖 ×
ここで, 𝑎𝑖
)
[L/kgk+1] は臓器 i の k 番目の定数を,BW [kg] は個体の体重を表す.
74
(75)
DAS (2011) は,Young et al. (2009),Luecke et al. (2007) は,ICRP (2003)の体重‐臓器体
積の実測値を関数にフィッティングすることにより𝑎𝑖
[L/kgk+1]を導出した (表 29).DAS
(2011) は,体重が 100kg を超える個体を表現するために,ICRP (2003) にさらなる実側データ
を加え,𝑎𝑖
[L/kgk+1]を求めている.フィッティングは統計解析ソフト R の ver.2.9.0 を用いて,
Schwartz (1978) によるベイズ情報量基準 (Bayesian information criterion) に基づいて行って
いる.
表 29 体重を変数とした臓器体積の 6 次方程式の定数 [L/kgk+1]
パラメータ
abl,0
血液
脳
隔膜
脂肪
(男)
脂肪
(女)
数値
8.97E-02
abl,1
-3.50E-07
abl,2
6.54E-13
abr,0
1.22E-01
abr,1
-3.47E-06
abr,2
4.35E-11
abr,3
-2.46E-16
abr,4
5.13E-22
ad,0
3.00E-04
afm,0
3.48E-02
afm,1
2.80E-05
afm,2
-1.42E-09
afm,3
2.89E-14
afm,4
-2.72E-19
引用
パラメータ
Young et
al.,2009
fit Valentin
et al., 2002
(BWT≦
70kg) &
Young et
al., 2009
(BWT>
70kg)
Luecke et
al.2007
腎臓
ak,0
数値
7.26E-03
ak,1
-6.69E-08
ak,2
3.33E-13
asp,0
3.12E-03
asp,1
-5.57E-09
al,0
1.86E-02
al,1
-4.55E-08
膵臓
ap,0
1.48E-03
Young et al., 2009 &
Brown et al., 1997
胃腸管
(GI)
ag,0
1.65E-02
Brown et al., 1997
am,0
1.27E-01
脾臓
多
血
流
組
織
肺
fit Valentine
et al., 2002
& Lafortuna
et al.,2005
筋肉
am,1
1.44E-05
am,2
-2.87E-10
am,3
2.05E-15
am,4
-5.06E-21
afm,5
1.20E-24
ask,0
1.03E-01
afm,6
-2.04E-30
ask,1
-2.56E-06
aff,0
3.48E-02
aff,1
2.80E-05
aff,2
-1.42E-09
aff,3
2.89E-14
aff,4
-2.72E-19
aff,5
1.20E-24
aff,6
-2.04E-30
ah,0
3.92E-02
皮膚
fit Valentine
et al., 2002
& Lafortuna
et al.,2005
引用
貧
血
流
組
織
骨髄
ask,2
3.68E-11
ask,3
-2.58E-16
ask,4
8.62E-22
ask,5
-1.10E-27
abm,0
2.10E-02
aa,0
2.04E-01
aa,1
2.62E-05
fit Valentin
aa,2
-1.54E-09
et al., 2002
ah,1
-6.79E-07
aa,3
3.27E-14
脂肪質の
(BWT≦
ah,2
1.08E-11
aa,4
-3.12E-19
(adipose)
70kg) &
肝臓
ah,3
-7.39E-17
aa,5
1.39E-24
Young et
al., 2009
ah,4
1.70E-22
aa,6
-2.35E-30
(BWT>
70kg)
(注)性差が大きいと考えられている脂肪体積のみ性別を分けている.
数値の欄の「E±x」は 10 の±x 乗を示す.
引用欄の fit は,フィッティングを行う際に ICRP (2003) に追加したデータを示す.
75
Young et al., 2009
fit Valentine et
al.,2002; Janssen et
al., 2000
Young et al., 2009
Brown et al., 1997
(red only; yellow is
in adipose)
fit (Valentine et al.,
2002 & Lafortuna et
al., 2005 fat/8)
脂肪体積𝑉 は他の臓器体積と比較し個体差が大きいと考えられているため,DAS (2011) では,
脂肪体積に体重以外の変動要因を反映するために補正した.
𝑉 = ∑(𝑎
×
)+
(0 𝐶𝑉 × ∑(𝑎
×
))
(76)
ここで,添え字 f は脂肪 (fat) を表す.Normal (x, y) は,平均値が x,標準偏差が y の正規分
布よりランダムサンプリングされた値を表す.𝐶𝑉 [-] は脂肪における体積の変動係数を表す.
ここで,𝐶𝑉 に関して,利用可能な知見が見つからなかったため,身長の変動係数を代用し,0.06
としている.𝐶𝑉 を 0.06 とした場合の実側データとの比較を図 21 に示す.
出典:DAS (2011) より転載.
三角のプロットは女性,四角のプロットは男性をそれぞれ表す.黒色のプロットが実測値 (Lafortuna et al.,
2005; Valentin et al., 2002) であり,赤色のプロット及び青色のプロットは,男性・女性に関して𝐶𝑉 を 0.06 と
した場合の体積シミュレーションの結果である.
図 21 体重と脂肪 (fat) 体積の関係(実測値と推定値の比較)
また,血液コンパートメントでは,血液容積Vbl とヘマクリット値 (赤血球容積割合) 𝐻𝐶 [-] に
より血漿体積Vpl と赤血球体積Vrbc を推定する.
𝑉
= 𝑉 𝑙 × 𝐻𝐶
𝑉 𝑙 = 𝑉 𝑙 × (1 − 𝐻𝐶 )
ここで,HCT は女性で 0.43,男性で 0.47 より,その平均値 0.45 を採用した.
76
(77)
(78)
また,TCPy の分布体積𝑉 は実測データ (Nolan et al., 1984) を用いたフィッティングにより,
体重から推定する.
.
𝑉 = 0.201 ×
(5-2) 血流量
7
(79)
𝑖
臓器 i の血流量 𝑖 はヒトの活動量により変動することを考慮した.臓器体積あたりの血流変動
量𝑞
𝑖
[L/h/L tissue]は,ヒトの活動量W
[W] と活動量あたりの𝑞 𝑖 ,qcvi [L/h/L tissue/W]に
より求められる.
𝑞
𝑖
=𝑞
したがって,臓器 i における血流量
𝑖
𝑖
×
(80)
𝑜𝑟
[L/h] は,臓器体積𝑉𝑖 あたりの血流量とヒトの活動量に
伴う変動量𝑞 𝑖 により求められる.表 30 に血流量の推定に用いたパラメータを示す.
𝑖
= (𝑞 𝑖 + 𝑞 𝑖 ) × 𝑉𝑖
(81)
表 30 血流量の推定に用いたパラメータ
パラメータ
臓器体積当たりの血
流[L/h/L tissue]
活動による臓器体積
当たりの血流変動
[L/h/L tissue]
脳
qcbr
数値
30.6
引用
Price et al., 2003
隔膜
qcd
85.2
Luecke et al., 2007
脂肪
qcf
1.45
Luecke et al., 2007
肝臓
qch
50.4
Price et al., 2003
多血流組織
qcr
61.8
Luecke et al., 2007 の副腎と脾臓の平均
貧血流組織
qcs
1.8
Price et al., 2003 の骨髄
脂肪
qcvf
0.01
Jonsson et al., 2001
肝臓
qcvh
-0.12
Jonsson et al., 2001
多血流組織
qcvr
4.47
Jonsson et al., 2001
貧血流組織
qcvs
-0.05
Jonsson et al., 2001
(注)活動による影響が小さいと考えられている臓器に関しては変動を考慮しない.
(5-3) 臓器-血液分配係数𝑃𝑖
CPF 及び CPF-oxon の PBPK モデルについて,胃および腸を除く 7 つのコンパートメントに
ついて,臓器-血液分配を考慮する.CPF 及び CPF-oxon の臓器-血液の分配係数𝑃𝑖 は,Lowe et al.
(2009) の値を用いた (表 31) .
77
表 31 CPF と CPF-oxon の臓器-血液分配係数
パラメータ
CPF
分配係数
[-]
CPF-oxon
脳
pc,br
数値
16.5
隔膜
pc,d
3.85
脂肪
pc,f
250
肝臓
pc,h
12.8
多血流組織
pc,r
16.5
貧血流組織
pc,s
3.85
脳
po,br
5.6
隔膜
po,d
1.8
脂肪
po,f
75
肝臓
po,h
4.5
多血流組織
貧血流組織
po,r
po,s
5.6
1.8
出典:Lowe et al. (2009)
(5-4) 代謝に関するパラメータ
CPF に関する代謝は CYP450 酵素による代謝 (CPF→CPF-oxon, CPF→TCPy) ,および,
PON1 酵素による代謝 (CPF-oxon→TCPy) の 2 種類が存在する.前者に関しては肝臓・小腸・
脳において,後者に関しては肝臓・小腸・血漿においてそれぞれ代謝が行われる.代謝はミカエ
リス‐メンテン式で表されるため,代謝について必要なパラメータは最大代謝速度及びミカエリ
ス定数である.
肝臓における最大代謝速度に関して,Smith et al. (2011) により肝細胞でのヒト最大代謝速度
が得られており,DAS (2011) ではこれらの in vitro データを用いて肝臓での最大代謝速度を算
出している.それぞれの代謝経路におけるデータを図 22 から図 24 に示す.
DAS (2011) 作成.三角は in vitro 試験により得られたデータ(Smith et al., 2011).実線は
平均値.生後 13 日~75 歳.破線は 95%信頼区間
図 22 年齢とヒト肝細胞での最大代謝速度(CPF→CPF-oxon) との関係
78
DAS (2011) 作成.
四角は in vitro 試験により得られたデータ(Smith et al., 2011).
実線は平均値.
生後 13 日~75 歳.破線は 95%信頼区間.
図 23 年齢とヒト肝細胞での最大代謝速度 (CPF→TCPy) との関係
DAS (2011) 作成.逆三角は in vitro 試験により得られたデータ(Smith et al., 2011).実線は平均値.
生後 13 日~75 歳.破線は 95%信頼区間.
図 24 年齢とヒト肝細胞での最大代謝速度 (CPF-oxon→TCPy) との関係
年齢とヒト肝細胞での最大代謝速度との間の相関は小さく,年齢と体重の間には相関関係があ
ると考えられるため,ヒト肝臓ミクロソームでの最大代謝速度と体重は互いに独立であると仮定
した (DAS 2011).さらに,DAS (2011) は,in vitro 試験によるヒト肝臓ミクロソームの最大代
謝速度の実測値から,臓器 i の最大代謝速度をにより算出した.
𝑉𝑚𝑎
ここで,𝑉𝑚𝑎
度を表す.
v
ℎ𝑗
=(
v
V
)×𝐶
𝑡𝑒𝑖𝑛
× 60
(82)
ℎ𝑗
[µmol/h/L tissue]は肝臓 h の代謝経路 j による肝臓体積あたりの最大代謝速
V
[µmol/min/g microsomal protein] は肝臓 h の代謝経路 j によるミク
ロソームタンパク質 1g あたりの最大代謝速度を表す.
𝐶
肝臓におけるミクロソームタンパク質の濃度であり,
𝐶
𝑡𝑒𝑖𝑛
[g microsomal protein/L liver] は
𝑡𝑒𝑖𝑛 は
37 [g microsomal protein/L liver]
で一定としている (Barter et al., 2008) .60 [min/h] は時間に関する単位換算である.
v
V
は,Smith et al. (2011)によるデータの中央値を用いている(DAS 2011)(表 32) .
79
表 32 in vitro 試験によるヒト肝臓ミクロソームにおける最大代謝速度データ
平均
中央値
(in vitro Vmax)
標準偏差
CPF→CPF-oxon
[µmol/min
/g microsomal protein]
0.35
CPF→TCPy
[µmol/min
/g microsomal protein]
0.73
CPF-oxon→TCPy
[µmol/min
/g microsomal protein]
77.82
0.32
0.69
65.05
0.21
0.39
44.46
データ数はそれぞれ 30 である.
出典:Smith et al. (2011)
肝臓以外での最大代謝速度については表 33 に示す .
表 33 代謝に関するパラメータ
パラメータ
CPF→CPF-oxon
CPF→TCPy
組織体積当た 小腸
CPF-oxon→TCPy
りの
最大代謝速度
CPF→CPF-oxon
脳
[µmol/h/L
CPF→TCPy
tissue]
血漿 CPF-oxon→TCPy
組織体積当た
りの
最大代謝速度
についての
変動係数
[-]
肝臓
脳
血漿
肝臓
ミカエリス定
数
[μmol/L]
小腸
脳
血漿
CPF→CPF-oxon
CPF→TCPy
CPF-oxon→TCPy
CPF→CPF-oxon
CPF→TCPy
CPF-oxon→TCPy
CPF→CPF-oxon
CPF→TCPy
CPF-oxon→TCPy
CPF→CPF-oxon
CPF→TCPy
CPF-oxon→TCPy
CPF→CPF-oxon
CPF→TCPy
CPF-oxon→TCPy
数値
0.01
0.0368
0.905
0.91
3.85
432,000
0.66
0.55
0.7
0.66
0.55
0.05
85.8
53.8
491.8
8.1
55
328
8.58
5.38
192
引用
poet et al., 2003
poet et al., 2003
poet et al., 2003
外挿 (Layshock 2009; 非公開)
外挿 (Layshock 2009; 非公開)
smith et al.,2011 のデータを年齢を変数にロジスティック
回帰した場合の 30 歳の値
smith et al., 2011 に fitting
smith et al., 2011 に fitting
smith et al., 2011 に fitting
smith et al., 2011 に fitting
smith et al., 2011 に fitting
smith et al., 2011 に fitting
smith et al.,2011
smith et al.,2011
smith et al.,2011
poet et al., 2003
poet et al., 2003
poet et al., 2003
肝臓の 1/10 (hepatic based on rat parallelogram)
肝臓の 1/10 (hepatic based on rat parallelogram)
Smith et al., 2011
(5-5) 経口摂取に関するパラメータ
経口摂取量の推定に使用したパラメータを表 34 に示す.経口摂取した CPF は,ラット毒性試
験 (Marty et al., 2012) と統一するために,
0.1 mg/kg, 0.2 mg/kg, 0.5 mg/kg, 1.0 mg/kg とする.
さらに,吸収率𝐹𝑎は,Kisicki et al. (1999)と Nolan et al. (1984)で不一致がみられ(Kisicki で 35%,
Nolan では 70%),これは,クロルピリホスの粒子サイズが研究間で異なるため生じた可能性が
あるとされている (U.S.EPA 2011b).また,DAS のモデルファイルでは,吸収率𝐹𝑎として 1 が採
用されているが,DAS (2011)にはこのパラメータに関する記述がない.また,Timchalk et al.
(2002)では 0.72 としている.
80
本研究では,より安全側にみて,1 を採用する.
表 34 経口摂取量の推定に使用したパラメータ
記号
パラメータ名
数値
0.1
0.2
0.5
1.0
単位
𝐷 𝑅𝐴𝐿
単回経口摂取量
𝐹𝑎
吸収率
1
-
分子量
350
根拠
ラット毒性試験
(Marty et al.,
2012) と統一
/
DAS のモデルファ
イルの数値
CPF の値
/
(5-6) 移行と排泄に関するパラメータ
表 35 に経口摂取後の移行にかかるパラメータと体外への排泄にかかるパラメータを示す.経
口摂取した CPF は胃コンパートメントまで送られ,胃コンパートメントで小腸への移行が行わ
れる.また,小腸では CPF と代謝された CPF-oxon が肝臓コンパートメントへ移行される .さ
らに,TCPy は,時間の経過とともに体外に排泄される.これらの移行や排泄は,関連する一次
速度定数により推定される.
小腸から肝臓への一次速度定数𝐾𝑎𝐼は,Timchalk et al. (2002)は,Nolan et al (1984) のデー
タをあてはめ 0.5 [hr-1]としているが,DAS のモデルファイルでは 0.2 [hr-1]となっている.
本調査では,吸収率𝐹𝑎の数値に対して DAS のモデルファイルの値を採用しているため,0.2
[hr-1]とする.
表 35 移行と排泄にかかるパラメータ
パラメータ
数値
単位
𝐾𝑠𝐼
胃から小腸への一次速度定数
0.5
hr-1
𝐾𝑎𝐼
小腸から肝臓への一次速度定数
TCPy の体外への排泄に関する
一次速度定数
0.2
hr-1
0.013
hr-1
KE
出典
Timchalk et al. 2002
(Fitting:Nolan et al. 1984)
DAS のモデルファイルの数値
Timchalk et al. 2002
(Fitting:Nolan et al. 1984)
(5-7) 血液中でのタンパク結合に関するパラメータ
表 36 に血液中でのタンパク結合に関するパラメータを示す.血液コンパートメントでは,CPF
及び CPF-oxon の血液中のタンパク質との結合を考慮にいれる.血液中でタンパク質と結合した
物質は,血液及び臓器間での分配が行われず,血液中で遊離している物質のみがやり取りされる .
表 36 血液中のでのタンパク結合に係るパラメータ
血漿でのタンパク結合率
CPF
FBC
99
Lowe et al., 2009
[%]
CPF-oxon
FBO
99
Lowe et al., 2009
(5-8) 阻害反応に関するパラメータ
DAS (2011) で用いられた PBPD モデルでは,AChE,BUChE,CAE の 3 種類のエステラー
ゼについて,肝臓,脳,隔膜,血液 (血漿,赤血球) においての阻害反応を表している.これら
81
のエステラーゼの反応に関する定数を表 37 に示す.
表 37 エステラーゼの分解・阻害・更新・再生・失活に関する定数
パラメータ
AChE
分解定数
BUChE
[/h]
CAE
AChE
KDA
数値
0.01
引用
Timchalk et at., 2002 を標準化
KDB
0.004
fitted (ラット長期試験: DOW, 非公開)
KDC
0.001
KIA
220 (赤血球でのみ 100)
Kousba et al., 2007
Timchalk et al., 2002
阻害定数
[L/μmol/h]
BUChE
KIB
2,000
CAE
KIC
20
更新定数
[/h]
AChE
KTA
3,660,000
Maxwell et al., 1987: Timchalk et al., 2002
BUChE
KTB
11,700,000
Maxwell et al., 1987: Timchalk et al., 2002
再生定数
[/h]
失活定数
[/h]
CAE
KTC
108,600
AChE
KRA
0.014
Maxwell et al., 1987: Timchalk et al., 2002
Carr and Chambers, 1996, Timchalk et al., 2002
BUChE
KRB
0.0014
Carr and Chambers, 1996, Timchalk et al., 2002
CAE
KRC
0.014
Carr and Chambers, 1996, Timchalk et al., 2002
AChE
KAA
0.0113
Carr and Chambers, 1996, Timchalk et al., 2002
BUChE
KAB
0.0113
Carr and Chambers, 1996, Timchalk et al., 2002
CAE
KAC
0.0113
Carr and Chambers, 1996, Timchalk et al., 2002
ACHE の阻害定数を除き,表中の定数については臓器間に値の差異はない.空欄は出典が不明.
また,ゼロ次の酵素合成速度𝐾𝑠𝑖 を算出するために用いられる,単位体積あたりのエステラー
ゼ活性速度
𝑖 𝑗 は,Maxwell
表 38
et al. (1987) により得られた値を利用している (DAS 2011) (表 38).
臓器体積あたりのエステラーゼ活性速度 (Maxwell et al, 1987)
パラメータ
ACHE
臓器体積あたりの
エステラーゼ活性
[μmol/h/L tissue]
BUCHE
CAE
数値
肝臓
kh,A
10,200
脳
kbr,A
440,000
隔膜
kd,A
77,400
血漿
kpl,A
0
赤血球
krbc,A
427,000
肝臓
kh,B
30,000
脳
kbr,B
46,800
隔膜
kd,B
26,400
血漿
kpl,B
263,000
肝臓
kh,C
1,940,000
脳
kbr,C
288,000
隔膜
kd,C
318,000
血漿
kpl,C
0
(6) PBPK/PD モデルの検証と PBPK/PD モデルに内在する不確実性
(6-1) Nolan et al. (1984) と Kisicki et al. (1999) を用いたモデルの較正と検証
DAS (2011) は,参考とした PBPK/PD モデル (Timchalk et al. 2002) で使用するモデルパラ
メータ に対して,利用可能なヒトの in vitro データがある場合はその値に置き換えて利用してい
る.この修正に対して,暴露量から TCPy の血中濃度への影響,および,血中でのコリンエステ
82
ラーゼの阻害に対する影響を正確に推定していることを確かめるために,Nolan et al. (1984) と
Kisicki et al. (1999) によるボランティアのヒト疫学データを利用している.Nolan et al. (1984)
と Kisicki et al. (1999) は,U.S.EPA により委託され,科学的研究の審査を行う第三者機関であ
る EPA Human Studies Review Board(HSRB)により評価された研究である.結果として,
PBPK/PD モデルの予測値は,ヒト疫学データを十分に反映された値を示し(図 25)
,DAS (2011)
は,最終的な PBPK/PD モデルの検証結果として,
「我々は,一般集団における AChE の影響の
最終的予測結果が 1 桁以内であるが,モデルが実際にこれより精度の高いものであるか否かを確
認するためには追加のサンプルデータが必要であると結論付ける.(p.161)」と述べ,最終的な精
度は 1 桁以内であり,精度を上げるためには追加データが必要であると結論付けている.
ただし,DAS (2011)の PBPK/PD モデルは,Timchalk et al.(2002) により構築されたモデル
をベースとしており,Timchalk et al. (2002) で使用されているモデルパラメータは,Nolan et al.
(1984) の研究により較正された値が利用されている.さらに,DAS (2011) の本文には明示され
ていないが,モデルファイルをみると,TCPy の分布体積 Vd [L]と,TCPy の体外への排泄に関
する一次速度定数 KE [hr-1]に対して Kisicki et al. (1999)により較正していることが明らかにな
っている (U.S.EPA 2011b).この点について,SAP 委員会は,モデルパラメータの一部が同じデ
ータを用いて最適化されているため,Kisicki データではモデルの独立した妥当性確認はできない
と指摘している.
DAS (2011) 作成.CPF の単回経口暴露に関し,上側 3 つのグラフは血中 TCPy 濃度について,下側 3 つのグラ
フは赤血球における ACHE についての比較である.三角とエラーバーは実測データを表す.黒い曲線はモデル予
測値の平均値を,灰色の領域はモデル予測の 5-95%tile 値を示す.
図 25 血中 TCPy 濃度及び赤血球における ACHE についてのヒトモデル予測値とヒト疫学データ
との比較 (Kisicki et al., 1999)
(6-2) その他の生理学的モニタリングデータを用いたモデルの検証
DAS (2011) は,PBPK/PDモデルの予測結果を様々な既存の利用可能な生理学的モニタリング
データを用いて検証している.
83
(6-2-1) ニューヨーク州とニュージャージー州の CPF の血中と臍帯血中濃度との比較
DAS (2011) は,ニューヨーク州 (Whyatt et al., 2003; Whyatt et al., 2009) と,ニュージャ
ージー州 (Barr 2010) の妊婦の小規模なCPFの実測結果と,モデルにより推定された出力値の比
較を行い,その結果を表 39のように示した.このとき,妊婦の影響を推定するモデルがなかっ
たため,Lowe et al. (2009)によるCPFの血中濃度の妊婦への増加率1.3倍とし,モデルの予測値
を補正した.この結果から,「妊婦のモニタリングデータに限界があるものの相対的に(推定値
と)一致している (relatively consistent with the limited monitoring data in pregnant women)」
と結論付けたものの,追加的データが利用可能となった場合に,モデルの予測値を確認するため
に使うべきだとしている.
この結果に対して,SAP 委員会は,WhyattおよびBarrの研究は比較的小規模研究であること,
さらに,測定された血中クロルピリホス濃度の大部分が母体血液および臍帯血標本の検出限界
(LOD)未満であったこと(Whyatt研究では標本の75%以上がLOD未満,Barr研究では臍帯血
標本の50%以上がLOD未満,母体血液標本の95%以上がLOD未満)から,DAS (2011) がモデル
の適合度を「良い」とみなしたことに対して,LOD付近のバラツキを前提としてデータへの当て
はまりについて検討するべきだと指摘している.さらに,SAP委員会は,比較に使用した生理学
的モニタリングデータには,食事摂取量以外の経路からの暴露も含まれている可能性があるため,
データと予測値の比較が適切ではない可能性を指摘している.
表 39 バイオモニタリング研究から得られた血中クロルピリホス濃度とモデルの予測値との比較
3
調査日
測定法
5
個体数
範囲
最小
最大
Eaton ら
2
(2008)
Source-to
outcome モ デ
1
ル
2002-2010
4
MB
1000
2001-2002
5
MB and CB
76
0.007
7
0.2
<LD7
16
0.5
Whyatt ら (2009)
2
Barr ら (2010)
2001-2004
CB
MB
65
92
2003-2004
CB
MB
148
138
<LD
8
-
<LD
1.8
1.5
<LD
-
<LD
10.1
4.2
幾何平均
パーセンタイル
10
0.05
<LD
<LD
<LD
<LD
25
0.09
<LD
<LD
<LD
<LD
50
0.2
<LD
<LD
<LD
<LD
75
0.4
<LD
<LD
1.3
<LD
90
0.7
2.3
1.5
1.7
<LD
95
1.0
2.5
2.5
1.8
<LD
1
モデルシミュレーションは成人のデータを用いて実施した食事シミュレーションを用いた.5 日目においてランダムに選
択された値を基本としている.血中レベルは Lowe et al. (2009) によって示された妊娠時の血中の CPF レベルの影響を
2
反映させるため 1.3 までに調整した. Whyatt et al.の研究における概要データは Eaton et al. 2008 と Whyatt et al.
3
2009 により報告された.2001 年と 2002 年のデータは 2 つの値を反映している. これらのデータは測定値もしくは食事
4
5
6
シミュレーションを用いた期間の残渣物のデータから採用されたものである. 母体の血液. 臍帯血. シミュレーショ
7
ンした血液レベルの数,もしくは測定値の数. 検出下限値以下. 著者による検出下限値以下は 0.5 から 1.0 ng/L と
8
している. 入手不能.
出典:DAS (2011) より転載
(6-2-2) NHANES の生理学的モニタリングデータによる尿中 TCPy 濃度との比較
さらに,DAS (2011) は,NHANES による生理学的モニタリングデータを用いて尿中の TCPy
濃度との比較を行っている.血中と尿中の TCPy は,食事による経口摂取のみならず,環境中に
存在している TCPy の量にも影響を受けるために,CPF の経口摂取量による尿中の TCPy の割
84
合は,いくつかの研究結果に基づき 5-20%であるとされた (Eaton et al. 2008, Wilson et al.
2003) .モデル推定値は,一日あたりの尿排泄量を 0.02 L/kg BW (Snyder 1975) として, 5 日
間の食事による CPF の経口暴露による値が推定された.結果として,モデルの予測値は生理学
的モニタリングによる中央値の 5-20%の値と一致したが,中央値より低い濃度では過大評価,高
い濃度では過小評価となった.
この結果に対して,SAP 委員会は,NHANES のデータは検出限界値以下の値が 29%あったこ
と,観測値の補正値と予測値との適合が十分でないことから,このデータ比較は適切でないと指
摘している.
(6-2-3) Curwin et al. (2007) と Lu et al. (2008) による尿中 TCPy 濃度との比較
DAS (2011) は, Curwin et al. (2007) および Lu et al. (2008) の2件の生理学的モニタリング研究
から得られた尿中TCPyの観測値と比較した(表 40).
モデルによる予測値の90%信頼区間の範囲は0.08~0.3 µg/L(成人)および0.3~1.0 µg/L(小児)
となり,Curwin et al. (2007)(小児および成人)およびLu et al. (2008)(小児)共,報告された平均
TCPy値はモデルで予測されたTCPy値の中央値より1桁大きかった.小児では,TCPy観測値の平
均値(Lu et al., 2008; Curwin et al., 2007)はTCPyの予測値のそれぞれ10倍および30倍であり,成人
(Curwin et al., 2007) では,55~60倍であった.尿中TCPyのうちクロルピリホスの食品残留物によ
る経口摂取の割合は5%~20%と報告されていることから (Eaton et al., 2008; Wilson et al., 2003),こ
れらの予測値は,小児で1.6~6.4倍,成人で2.9~11倍と修正された.
これに対して,SAP委員会は,クロルピリホスの環境中での分解の程度が約30%~35%であり
(Lu et al., 2005),DASが使用した5%~20%と一致しないことを指摘し,モデルによる値が文献
中の観測値と一致したと結論づけることはできないとしている.
表 40 生物学的モニタリング研究による尿中 TCPy 濃度の測定値と予測値の比較
1
Source to outcome モデル
Curwin et al. (2007)
Lu et al. (2008)
中央値 (90 % CI)
幾何平均値 (± Std.Dev.)
平均値 (Range)
2
調査日
2008-2009
2001
2003-2004
2
サンプル数
1000
Values
701
男性
12 (3.8-47)
女性
11 (1.8-35)
女性と男性
0.2 (0.08-0.3)
子供
0.5 (0.3-1.0)
16 (5.4-54)
5.1 (0-32)
1
Source to outcomeモデルはCARES モデルのデータを用いて実施した.5日目の値を示した.
2
測定データの採取日もしくはSource to outcomeモデルシミュレーションによる暴露データの日.
3
成人女性24名, 成人男性24名,子供51名.
4
引用文献にはデータが報告されていない.
出典:DAS (2011) より転載
3.2.1節 (6-1)-(6-2)に述べた議論を踏まえ, SAP委員会は,DAS (2011) のPBPK/PDモデルは,
CPFが残留する食事摂取量のみの入力データが使用されており,公表された生理学的モニタリン
グデータと比較可能な尿中TCPyの推定値を予測することはできない.そのため,本モデルは,ヒ
トの曝露試験によるデータから,血中クロルピリホス,CPF-oxonおよびTCPyの濃度,ならびに,
AChE阻害率に対して,完全に較正されているものの,PBPK/PDモデルの信頼性が著しく低下す
ると結論づけている.
85
3.2.2 不確実性係数を定量化するためのシミュレーション方法と定義式
(1) 変動性 (variability)と不確実性 (uncertainty)の分離
SAP 委員会 (U.S. EPA 2011b) で指摘されているように,DAS アプローチの PBPK/PD モデ
ルの不確実性のソースはいくつかある.大きく分けるとモデルの構造とモデルパラメータの知見
の不足による不確実性があげられる.
本調査では,SAP 委員会の指摘に対して,変動性と不確実性の分離を考慮したモデルパラメー
タの不確実性解析を試みる.
変動性と不確実性を分離した不確実性解析手法は,SAP 委員会においても様々な手法が提案さ
れているが,おおきくは,古典的な統計手法,ベイズ推定,ブートストラップ法の 3 つに大別で
きる.古典的な統計手法およびベイズ推定を用いる場合は,母集団に対して何らかの事前分布を
想定しなければならない.例えば古典的な統計手法は正規分布,ベイズ推定では無情報分布とし
ての一様分布などが仮定されることが多い.この点,ブートストラップ法では事前分布を想定す
る必要がないという利点があるため,本解析ではブートストラップ法を用いた.ブートストラッ
プ法は大きくノンパラメトリック・ブートストラップ法とパラメトリック・ブートストラップ法
に分かれ,さらにベイズ法と組み合わせたベイジアン・ブートストラップ法やバイアス修正加速
法などの方法もある.本解析では計算ソフトウェアである AUVTOOL を用いた効率的な計算が
可能な,Frey らのパラメトリック・ブートストラップ法を採用した (Frey and Burmaster, 1999).
(1-1) 変動性(variability) を扱う確率論的推定法
確率論的推定は,DAS (2011)に依拠した (2.3.2 節,(4-3)項).
簡単に述べると,CPF の摂取量は,0.1, 0.2, 0.5, 1.0 mg/kg の 4 通りをシミュレーション開始
時に単回経口摂取とした.また,解析対象として米国人成人 (30 歳) を想定した.さらに,確率
論的 PBPK,PBPK/PD モデルの常微分方程式に解くために,The AEgis Technologies 社により
開発された acslX ソフトウェアを用いて 5000 回のモンテカルロシミュレーションを行った.5000
回のシミュレーションにより得られるモデル出力 (赤血球における AChE 阻害率の時間変動ピー
ク値) の分布を「母集団」とみなす.積分方法は Adams-Moulton 法を適用した.また,0.25 時
間の刻み幅で 24 時間のシミュレーションを行った.
(1-2) 知見の不足による不確実性 (Uncertainty) の付与
データの不足による不確実性を付与するために,感度係数の高い物質固有のパラメータを選択
した.これは,物質固有でないパラメータは物質固有のパラメータと比較して,総じて,PBPK
モデルおよび PBPK/PD モデルの発展に伴ってデータが充足してきていると考えられるからであ
る.したがって,本解析でデータの不足による不確実性を付与するモデルパラメータは,DAS
(2011) において Variability が設定されている 9 個のパラメータ (Table 1) の内,物質固有のパ
ラメータである 6 つの最大代謝速度とした.表 41 に Variability およびデータの不足による
Uncertainty についての確率分布を設定するモデルパラメータを整理した.
86
表 41 Probabilistic distributions for variability and uncertainty
Probabilistic paramers
Vmax L, 1
Vmax L, 2
Chemical
Vmax L, 3
-specific
Vmax BR, 1
Vmax BR, 2
Vmax PL, 3
Body weight
Not chemical
Work
-specific
Fat volume
Unit
Variability
[µmol/min/g
microsomal protein]
[µmol/h/L-brain]
[µmol/h/L-brain]
[µmol/h/L-plasma]
[kg]
[W]
[L/kg-Body weight]
Uncertainty
Lognormal
(1st order
distribution,
section 4.1)
Discrete
Uniform
Normal
-
L: liver, BR: brain, PL: plasma, 1: CPF→CPF-oxon, 2: CPF→TCPy, 3: CPF-oxon→TCPy. Variavility を設定す
るパラメータおよびその分布は DAS (2011)と同じ.
データの不足による不確実性を付与するにあたり用いるデータは表 42 に示す Smith et al.
(2011) の 4 種類の Vmax 測定データとした.また,脳の最大代謝速度についてはデータの
Variability に関する情報が不十分であるため,データの分布形状およびばらつきの度合い
(Coefficient of Variance) は肝臓の最大代謝速度と同じであると仮定している (DAS, 2011).本
解析においてもこの仮定を用いた.
表 42 Metabolic data (Smith et al., 2011)
Sample size
Mean
Coefficient of variance [%]
Cellular level [µmol/min/g
Tissue level
microsomal protein]
[µmol/min/L-plasma]
VmaxL, 1
VmaxL, 2
VmaxL, 3
VmaxPL, 3
30
30
30
20
0.35
0.73
78
4300
58
52
56
61
まず,モーメント法により Smith et al (2011) のデータに正規分布,対数正規分布,ベータ分
布,ガンマ分布の 4 種類の分布関数を適合させた.モーメント法は最尤推定量の近似値を少ない
計算量で得ることのできる方法として知られている (Vose, 2000).次に,適合させた 4 種類の分
布関数について,分布の適合度を調べる際に利用されるコルモゴルフ-スミルノフ検定を用いて適
合度検定を行った.検定量の最も小さい分布関数を一段階パラメトリック分布とした.
また,本解析ではデータの不足によるパラメータの不確実性が CSAFH→SH に与える影響を評価
するため,以下の 3 通りのケースを設定した.1 つ目のケースは,モデルパラメータの Variability
のみを設定し,データの不足による Uncertainty を付与しないケースである.これをケース V と
する.モデルパラメータのデータの不足による Uncertainty を付与する残りの 2 通りのケースは
データの充足度を 100%, 50%として (V+U)100%, (V+U)50%と表記した.具体的に各ケースで利用
可能とするデータ数 x は表 43 のようになる.利用可能とするデータ数とは一段階パラメトリッ
ク分布からのランダムサンプリング数に等しい.ただし,脳の最大代謝速度の分布形およびばら
87
つきの程度は肝臓での最大代謝速度により決定されるとしているため,脳での最大代謝速度測定
データは Smith et al. (2011) の肝臓の最大代謝速度測定データと同じ数が得られていると設定
した.
表 43 Cases and sample size
VmaxL, 1
VmaxL, 2
VmaxL, 3
VmaxBR, 1
VmaxBR, 2
VmaxPL, 3
V
30
30
30
(30)
(30)
20
(V+U)100%
30
30
30
(30)
(30)
20
(V+U)50%
15
15
15
(15)
(15)
10
次に二段階分布の導出手順を説明する.まず,データの不足によるパラメータの不確実性を付
与する 2 通りのケースに対し,一段階パラメトリック分布より表 43 に示す x 個のデータをラン
ダムサンプリングした.ランダムサンプリングを 2000 回繰り返し,その度に一段階パラメトリ
ック分布と同じ分布関数を適合させ,その分布関数について分布関数固有の 2 種類のパラメータ
を記録した.分布関数固有のパラメータとは例えばガンマ分布の場合は形状パラメータ k と尺度
パラメータθである.この操作で得られた 2 種類のそれぞれ 2000 個のデータに対し,上述した
4 種類の分布関数に同様にモーメント法を用いて適合させ,コルモゴルフ-スミルノフ検定量が最
小となる分布関数を二段階パラメトリック分布とした.
(2) 種間差,個体差に対する不確実性係数 CSAFA→H と CSAFH→SH の定義式
確率論的な PBPK/PD モデルを用いたシミュレーションにより得られたモデル出力から
Typical human および Sensitive human についての POD を求め,
CSAFH→SH を算出する.CSAFH
,CSAFA→SH は式(83),および,式(84)のように表すことができる.
→SH
𝐶 𝐴𝐹
𝐶 𝐴𝐹𝐴
=
𝑃 𝐷
𝑃 𝐷
(83)
=
𝑃 𝐷𝐴
𝑃 𝐷
(84)
ここで,
式 (83),
(84)における添え字の H,SH,
A はそれぞれ Typical human, Sensitive human,
Animal を表す.DAS (2011) では,POD として BMDL10 (Benchmark Dose Lower confidence
limit: 用量反応関係の信頼上限において,生体影響の 10%増加に対応する外部用量) が用いられ
ている.
DAS (2011) は POD として BMDL10 (Benchmark Dose Lower confidence limit: 用量反応関
係の信頼上限において,
生体影響の 10%増加に対応する外部用量) を用いているが,本調査では,
88
SAP 委員会でも指摘があったとおり,BMDL10 の定義に沿っていない.
感受性の高いヒトの BMDL10 を算出する際にはサブポピュレーションを適切に設定し,感受性
の高いヒトの生体影響の信頼区間を求める必要があるが,DAS (2011) は母集団の生体影響の 95,
99%tile 値を用いて推定している.BMDL10 を POD として CSAFH→SH を定量化するためには,
CPF のサブポピュレーションを適切に定義する必要があるが,定義するための十分な知見が必要
となる.そこで,本研究では IPCS (2005)のガイドラインに示される単峰型分布の考え方を参考
に,暫定的に BMD10 を POD として用いた (式 2).また,本研究では Typical human の生体影
響を general population の 50%tile 値として,
Sensitive human の生体影響を general population
の 95%tile 値として定義する.用量反応関係は横軸に CPF の外部用量を,縦軸に Typical human
および Sensitive human の生体影響をとり,プロット間を線形にあてはめることで求めた.
𝐶 𝐴𝐹
=
𝑃 𝐷
=
𝑃 𝐷
𝐷
𝐷
(85)
さらに,PK 要素のみの不確実性性係数は,式(86), 式(87)のように定義した.
𝐴𝐾𝐴𝐹 =
𝑃𝐾 𝑝𝑎𝑟𝑎𝑚𝑒𝑡𝑒𝑟
𝑃𝐾 𝑝𝑎𝑟𝑎𝑚𝑒𝑡𝑒𝑟𝐴
(86)
𝐻𝐾𝐴𝐹 =
𝑃𝐾 𝑝𝑎𝑟𝑎𝑚𝑒𝑡𝑒𝑟
𝑃𝐾 𝑝𝑎𝑟𝑎𝑚𝑒𝑡𝑒𝑟
(87)
(3) 内部用量の指標とバイオマーカーの選択
2.2.2 節で述べたように,内部用量の指標の選択は,不確実性係数の定量化に影響を与える因子
となる.また,CPF のように PBPK/PD モデルの構築に十分なデータがある場合は,バイオマー
カーを指標として不確実性係数を定量化することが可能となる.
本調査では,PBPK/PD モデルを用いた内部用量の指標とバイオマーカーの選択による不確実
性係数の定量化への影響を評価するために,DAS (2011)で用いられた指標だけでなく,いくつか
の内部用量の指標とその真のマーカーに近いバイオマーカーを加えて解析を行った.図 26 にク
ロルピリホスの暴露から影響にいたる毒性プロセスと PBPK/PD モデルにより予測可能な推定値,
および,バイオマーカーを示した.
89
暴露モデル
PBPDモデル
農作物に使用され
るクロルピリホス
コリンエステラーゼ(B-EST)の阻害
食品中に残留する
クロルピリホス
バイオマーカー
・赤血球内のアセチルコリンエステラ
ーゼ (AChE)
・血漿内のブチリルコリエステラーゼ
(BuChE : butyrylcholinesterase)
一日摂取量
脳
隔膜
神経組織内のアセ
チルコリンの蓄積
PBPKモデル
・クロルピリホス
の吸収
・組織への移行
・代謝によるクロ
ルピリホスオキソ
ンへの変換
その他の組織
影響
出典:DAS (2011)より転載.筆者による翻訳
図 26 クロルピリホスの毒性プロセスにおける様々な指標
(3-1) バイオマーカーの選択
・本調査で用いたバイオマーカー
①赤血球の AChE 阻害率:測定可能であるが,最終の生体影響に直結しない
②脳の AChE 阻害率:測定不可能であるが,最終の生体影響に直結する
(3-2) 内部用量の指標(PK パラメータ)
急性毒性の場合は Cmax,AUC のいずれも PK パラメータとして適切になりうる.また,CPF
の活性種である CPF-oxon について,Cmax と AUC のどちらがより重大影響に関係するパラメ
ータであるかといった決定的な記述が確認できなかった.そこで,モデルにより出力された
CPF-oxon の血中 Cmax,血中 AUC と赤血球でのアセチルコリンエステラーゼの阻害ピークと
の相関を分析した.
結果は外部用量を 0.1, 0.5mg/kg とした 2 通りについて示す (図 27,
図 28).
図 27 ならびに図 28 に示すように,赤血球でのアセチルコリンエステラーゼの阻害ピークは
CPF-oxon の血中 Cmax および血中 AUC の両方に対して相関を示す.このことから,PK パラメ
ータとしては Cmax と AUC の両方を選択することにした.ただし,赤血球における AChE 阻害
は Cmax や AUC だけでなく,外部用量といったその他の要因にもかなり左右される.
90
赤血球におけるAChE
時間変動ピーク値 [%]
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
Cmax
AUC
0
0.001
0.002
Cmax [µmol/L] またはAUC [µmol・hr/L]
赤血球におけるAChE
時間変動ピーク値 [%]
図 27 外部用量 0.1 mg/kg における PK と PD
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
0.0001
Cmax
AUC
0.01
1
Cmax [µmol/L] またはAUC [µmol・hr/L]
図 28 外部用量 0.5 mg/kg における PK と PD
(4) 感受性の高いヒトの設定
HKAF 算出の際に考慮する高感受性のヒトは general population の 95%tile 値とした.
3.3 推定結果
3.3.1 内部用量の指標とバイオマーカーの選択による不確実性係数の定量化への影響
(1) 種間差に対する不確実性係数
種間差に対する不確実性係数の定量化の結果を表 44 に示す.PK から PD を通した AFH→SH
が 2.6(赤血球中での AChE 阻害を指標として),もしくは,2.9(脳中での AChE 阻害を指標と
して)となったのに対して,PK のみの AKAF は 2.5 もしくは 8.4 となった.AUC を内部用量の
指標とした場合,PK から PD を通した値よりも,PK のみで導出された不確実性係数が大きくな
り,AKAF は,デフォルト値 4.0 よりも大きくなった.また,AKAF は,赤血球中での AChE 阻害
よりも脳中での AChE 阻害を指標とした方が不確実性係数は 1.1 倍高く推定された.これらの推
定結果については,
動物試験のデータのレビュー,
PBPK モデルに使用されたパラメータの精査,
ヒトと動物の毒性機序の差異を含め,今後,より詳細な検討が必要となる.
91
表 44 種間差に対する不確実性係数の定量化の結果
AFH→SH (PK-PD 通して)
赤血球
AKAF
血液 (CPF)
脳
2.6
Cmax
AUC
2.5
8.4
2.9
(2) 個体差に対する不確実性係数
個体差に対する不確実性係数の定量化の結果を表 45 に示す.PK- PD を通した結果の方が PK
のみよりも小さく推定された.また,HKAF は CPF の血中濃度を指標とするより,真の影響に違
いマーカーである脳中の CPF-oxon の値の方が大きく推定された.
種間差の結果と同様,使用した様々なパラメータの分析や精査を通じて,これらの結果に対す
る詳細な検討が必要である.
表 45 個体差に対する不確実性係数の定量化の結果
AFH→SH
HKAF
(PK-PD 通して)
赤血球
CPF
脳
CPF-oxon
血液
1.4
2.2
血液
脳
Cmax
AUC
Cmax
AUC
Cmax
AUC
3.3
2.8
3.9
3.5
5.0
4.1
3.3.2 モデルパラメータの知見の不足による不確実性係数の定量化への影響
(1) ブートストラップ法によるモデルパラメータの分布推定
一段階パラメトリック分布は 6 つの最大代謝速度全てについてガンマ分布が最も良く適合した.
ただし,VmaxL, 2 について,コルモゴルフ-スミルノフ検定では正規分布が最も良く適合したが,
(1) 正の値しかとらない最大代謝速度において負の値をとる割合が大きく,正規分布の定義域を
大幅に狭めなければならないこと,(2) 2 番目に良く適合するガンマ分布と適合度検定量の差が小
さいことから,ガンマ分布を一段階パラメトリック分布とした.また,ブートストラップ法を適
用し,
モデルパラメータにデータの不足による Uncertainty を付与した 2 通りのケースについて,
最もよく適合した分布は一つのガンマ分布を除いて対数正規分布であった.二段階パラメトリッ
ク分布を表 46 に,Smith et al (2011) のデータと本解析で適合させたガンマ分布を図 29 に示
した.図 29 より,データとガンマ分布は大きくかい離していないことが確認できる.データの
不足によるパラメータの Uncertainty を付与した場合,しない場合と比較して分布が広がった.
この広がりはデータの不足度が大きい (V+U)50%において特に大きい.3 つのケースについて,分
布の 50%tile 値は概ね一致している.
92
表 46 Second order distributions
Probabilistic
parameters
Vmax L, 1
Vmax L, 2
Vmax L, 3
Vmax BR, 1
Vmax BR, 2
1
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
(V+U) 100%
(V+U) 50%
(V+U) 100%
(V+U) 50%
(V+U) 100%
(V+U) 50%
(V+U) 100%
(V+U) 50%
(V+U) 100%
(V+U) 50%
(V+U) 100%
(V+U) 50%
1st parameter (k)
Distribution 1st
2nd
Lognomal
1.10 0.30
Lognomal
1.15 0.43
Lognomal
1.30 0.29
Lognomal
1.34 0.43
Lognomal
1.16 0.30
Lognomal
1.20 0.46
Lognomal
1.13 0.28
Lognomal
1.17 0.42
Lognomal
1.35 0.29
Lognomal
1.40 0.42
Lognomal
1.02 0.36
Lognomal
1.40 0.42
Smith et al (2011)
Cumulative probability [-]
Cumulative probability [-]
Vmax PL, 3
Case
V (gamma)
(V+U)100%
(V+U)50%
0.01
0.1
1
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
1
Smith et al (2011)
V (gamma)
(V+U)100%
(V+U)50%
0.1
Smith et al (2011)
V (gamma)
(V+U)100%
(V+U)50%
1
10
100
1
10
VmaxL, 2 (CPF→TCPy)
[µmol/min/g microsomal protein]
Cumulative probability [-]
Cumulative probability [-]
VmaxL, 1 (CPF→CPF-oxon)
[µmol/min/g microsomal protein]
1
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
2nd parameter ( θ )
Distribution 1st
2nd
Lognomal
-2.18 0.32
Lognomal
-2.25 0.43
Lognomal
-1.60 0.30
Lognomal
-1.65 0.41
Lognomal
3.19 0.31
Lognomal
3.14 0.45
Lognomal
-1.22 0.31
Lognomal
-1.28 0.42
Gamma
11.29 0.09
Lognomal
-0.07 0.40
Lognomal
7.33 0.38
Lognomal
7.25 0.52
1
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
Smith et al (2011)
V (gamma)
(V+U)100%
(V+U)50%
100
1000
1000
10000
100000
VmaxPL, 3 (CPF-oxon→TCPy)
[µmol/min/L plasma]
VmaxL, 3 (CPF-oxon→TCPy)
[µmol/min/g microsomal protein]
図 29 最大速度定数の分布
(2) 用量反応関係
図 30 に 3 つのケースにおける脳および赤血球をエンドポイントとした Typical human および
Sensitive human の用量反応関係を示す.エンドポイントを脳とした場合は赤血球とした場合と
比較し,CPF の摂取量の増加に対する生体影響の増加はゆるやかであり,脳におけるモデル出力
93
の方が感受性は低いといえる.また,パラメータにデータの不足による Uncertainty を付与した
場合,50%tile 値 (Typical human) は大きく変化しなかったが,95%tile 値 (Sensitive human)
は用量反応関係が上側へシフトした.この変化の度合いはデータの不足度が大きいケースである
Sensitive human
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
Typical human
Benchmark response =10%
0
0.5
Peak of AChE inhibition in brain [%]
Peak of AChE inhibition in RBC [%]
(V+U)50%においてより大きい.
100
90
80
70
60
50 S
40
30
20
10
0
1
0
0.5
1
CPF dose [mg/kg]
CPF dose [mg/kg]
50th_V
50th_(V+U)100%
50th_(V+U)50%
95th_V
95th_(V+U)100%
95th_(V+U)50%
50th_V
50th_(V+U)100%
50th_(V+U)50%
95th_V
95th_(V+U)100%
95th_(V+U)50%
図 30 導出された用量反応関係
(3) モデルパラメータの知見の不足による不確実性係数への影響
表 47 に BMD10 および CSAFH→SH の定量化結果を示す.赤血球および脳をエンドポイントと
した場合の両方において,データの不足によるパラメータの不確実性の付与およびデータの不足
に伴い CSAFH→SH は増加した.また,その増加量は脳をエンドポイントとした場合の方が大きい.
具体的には,6 つの最大代謝速度パラメータにデータの不足による不確実性を付与することで,
データが 100%利用可能な場合は 0.1 (赤血球),0.5 (脳),データが 50%利用可能な場合は 0.4 (赤
血球),0.8 (脳) AFH→SH が増加した.
表 47 BMD10 and CSAFH→SH
RBC
BMD10, H
BMD10, SH
CSAFH→SH
Brain BMD10, H
BMD10, SH
CSAFH→SH
V
0.25
0.18
1.4
0.99
0.45
2.2
[mg/kg]
[mg/kg]
[-]
[mg/kg]
[mg/kg]
[-]
94
(V+U)100%
0.26
0.17
1.5
0.99
0.37
2.7
(V+U)50%
0.26
0.15
1.8
0.98
0.22
3.0
3.4 おわりに
本調査は,PBPK/PD モデルを用いて不確実性係数を定量化するための手法を構築し,不確実
性を定量化する際の指標の選択と,モデルパラメータの知見の不足に応じた Uncertainty が
CSAF に与える影響を定量的に評価した.
種間差に対する不確実性係数を定量化するための指標では,AUC を内部用量の指標とした場
合,PK から PD を通した場合よりも,PK のみで導出した場合の方が高くなった.また,AKAF
は,赤血球中での AChE 阻害よりも脳中での AChE 阻害を指標とした方が不確実性係数は 1.1
倍高く推定された.個体差に対する不確実性係数の定量化では,PK- PD を通した結果の方が PK
のみよりも小さく推定された.また,HKAF は CPF の血中濃度を指標とするより,真の影響に違
いマーカーである脳中の CPF-oxon の値の方が大きく推定された.
データの不足によるパラメータの Uncertainty を付与した場合,モデル出力を脳にした場合,
赤血球にした場合の両方で CSAFH→SH は増加し,その増加量は利用可能なデータ数が少なくなっ
た場合,大きくなることが確認できた.また,CPF の PBPK/PD モデルは比較的多数のモデルパ
ラメータから構成されているため,各パラメータのモデル出力への寄与は分散されやすい.仮に
PBPK/PD モデルを構成するパラメータがより少なく,モデル出力への寄与が最大のパラメータ
の相対感度係数がより大きくなる場合には,モデルパラメータのデータの不足による CSAFH→SH
への影響もより顕著になることが予想される.
95
4. PBPK/PD モデルを用いた定量的リスク評価の発展に向けた考察
本調査プロジェクトでは,文献調査を通じた不確実性係数の分類と定量化の動向,PBPK/PD
モデルを用いた定量化手法の構築と実際適用について検討した.得られた結果を踏まえ,化審法
で進められているリスク評価を支援するという観点,それを支える科学・技術的基盤の展開,国
際貢献についてまとめる.
4.1
化審法における化学物質のリスク評価の支援
経済産業省・環境省・厚生労働省で進められている化学物質審査規制法におけるリスク評価は,
既存物質の点検,新規物質の上市前審査を軸に PRTR と連携し日本の化学物質管理に活用されて
きたおいて.
リスク評価を有害性評価と暴露評価の 2 軸で分類すると,グループごとの優先順位としては,
(Ⅰ)有害性に関し,諸外国機関のデータを活用して基準値が設定できかつ暴露評価も可能な物質
群,(Ⅱ)有害性データはあるが,暴露情報が少ない物質,(Ⅲ)有害性データは乏しいが,暴露デー
タは充実できる物質,(Ⅳ)有害性データも暴露データも乏しい物質群に分けることができる.
このうち,グループ(Ⅰ),グループ(Ⅱ)では,種差・個体差等の不確実性係数の値が規制のレベ
ルに直接つながっているため,これらの値の設定の仕方の信頼性を判断するという意味で不確実
性係数の評価は重要である.今後,データの乏しい中でのリスク評価を進めていかざるをえない
ため,不可避的に,
「規制の科学的根拠」を与えるリスク評価から,
「不確実性を与件として,化
学物質群としてリスク管理水準を大づかみに把握し,科学的データの充足に伴っていかなる対策
を発動すべきかどうかといった将来に備える」という視点のリスク評価の役割がたかまると考え
ている.この目的達成のためには,データに不確実性が含まれるために,幅あるいは分布情報を
添えたリスク評価の結果をいままで以上に活用するということがクローズアップされてくる.こ
のような視点で,今回の PJ で提案した PBPK/PD モデルは,有害性データが少ない物質のうち,
内部曝露量(PBPK)でリスクを代用できる物質に関して、評価の道筋をきりひらける可能性があ
る.この可能性をさらに広げるには,PBPK/PD モデルに関わるパラメータ値を充足させていく
ことが必要な課題として提示できる.
グループ(Ⅲ),(Ⅳ)に属する物質関しては,有害性情報の不足を曝露情報の充実によってリスク
管理に活用するという方策があり,より実態の即した暴露量の推算を可能とする空間的解像度や,
居住履歴を反映した人口動態情報を(ビッグデータ)を活用することで切り拓ける可能性を指摘で
きる.
4.2
リスク評価技術のイノベーションにむけて
先に述べたように,リスク評価は,化学物質管理に関わる意思決定を定量的解析によって支援
する目的,データの充足状況をみながらリスク管理の水準を把握し,適切な資源配分のもとで将
来にむけた備えを判断するという目的の 2 つにわけられる.有害性ならびに曝露情報の充足状況
から、今後,いっそう後者の目的のリスク評価が重要となるが,これまでのリスク評価において
は,曝露評価,有害性評価と 2 分して取り組まれてきたことから,生物との反応を含めた物質の
動態という概念で発生源から受容体(ヒト,生態系生物)まで一気通貫して分け隔てなく議論する
96
ことが十分ではなかった.個体差は,臓器重量,体重の分布等で代用することも方策としてはあ
るが,種差は残る.この種差由来の不確実性を不確実性係数という発想で扱う限り,不確実性か
ら逃れられない.このことを回避する手段として,iPS 細胞を用いた用量反応関係に関わるデー
タが充足されることで,世界に先駆けて(おそらく数年後にはかなりの範囲を臓器を対象とした,
ヒトの用量反応関係が導かれ,)不確実性係数を導入しないまったく新しい発想に基づくリスク評
価が可能となり,これが,環境からレセプターに向かう反応を組みこんだ動態解析と連動するこ
とで,グループⅡ,Ⅲ,Ⅳの領域に属する化学物質のリスク評価を格段に推進することが期待で
きる.
第 4 期科学技術基本計画は,平成 23 年から平成 27 年までの期間であり,グリーンイノベーシ
ョン,ライフイノベーションを旗印に技術開発は進展したが,産業技術に内在するリスク,住民
が抱く不安感や不信感等は、時代とともに進化しながら社会から排除されうるものではない.そ
の意味で,情報の不確実性の下での評価,いっそうの資源の制約,環境の制約を技術と制度の連
携によって解決するには,安全・安心を科学的に支えるリスク評価技術の革新的進化がきわめて
重要な位置にあり,かつこれは世界共通の基幹的技術として希求されているものである.高度技
術に付随するリスク問題の社会的受容の促進にむけ,リスク評価技術の革新的進化あるいは,産
業技術にリスク評価を組みこむことが,今後、国際市場における製品の差別化をはかるうえでい
っそう重要となり,日本が率先して推進することで,アジア地域のリスク管理をビルトインした
発展に寄与できると考えられる.
4.3
国際的貢献
化学物質の公的機関側からの管理を牽引してきた米国保護庁のリスク評価の遅れを指摘した
論文(Gray, 2012)では,あえて大胆な方策を示すことで論点の明確化をはかっている。趣旨は次
の通りである.
・USEPA が,1962 年刊行の沈黙の春の 10 年を待たずに設立され,有害性が明らかな物質に
よるリスク管理は効果的であったことを指摘すると同時に,1990 年代,最も目立つ環境問題は手
早く片付けられ,USEPA の進歩は立ち往生となったが,IRIS では,557 物質のリスク評価を終
えてきたものの,1995 年公開以降公表されたリスク評価書は激減している.
・科学政策において利用されてきたリスクにかかわる参照値等は,含まれる不確実性をみとめ
たリスクの推定値へと発想の転換をはかるべきである.たとえば,このようなことは,IPCC の
温暖化のリスク評価において異なるモデルを使えば結果もかわることからリスクを幅として示
すといった考え方がある.このようにリスクの推定値を不確実性とともに示すことが対策を検討
するうえで役に立つ.
・生命科学分野の技術導入、例えば high throughput screening 法.
Gray は,EPA の ORD(Office Of Research & Development) の assistant administrator を勤
めた経歴もあり,リスク評価の実務面での問題点を把握したうえでの指摘と推察できる。ただし
97
high throughput screening 法は実用に供されるには課題も多く、その意味でも,今回の PJ で検
討結果に基づく提案は,政策面でも,科学技術面でもこれまでできなかったことを可能とするこ
とが期待でき内容,次期の国家的基幹技術の候補の一つとして提案しうるものである.
図 31 リスク評価・管理技術の見取り図 (東海 2007)
98
5. 参考文献
Adolph, E.F. (1949). Quantitative Relations in the Physiological Constitutions of Mammals. Science
109(2841):579-585.
Andersen, M.E., et al. (1987). Physiologically based pharmacokinetics and the risk assessment process for
methylene chloride. Toxicology and Applied Pharmacology 87, 185 – 205.
Andersen, M.E., et al. (1991). Physiologically based pharmacokinetic modeling with dichloromethane, its
metabolite, carbon monoxide, and blood carboxyhemoglobin in rats and humans. Toxicol. Appl.
Pharmacol. 108:14-27.
Aylward, L.L., et al. (2011) Assessment of margin of exposure based on biomarkers in blood: An
exploratory analysis, Regulatory Toxicology and Pharmacology, 61, 44-52, 2011.
Barr, D.B., et al. (2010) Pesticide concentrations in maternal and umbilical cord sera and their relation to
birth outcomes in a population of pregnant women and newborns in New Jersey. Science of the Total
Environment 408:790-795. (U.S.EPA, 2011b より引用)
Brown, D.M., et al. (1997) Physiological Parameter Values for Physiologically Based Pharmacokinetic
Models, Toxicology and Industrial Health, 13, 77.
Carr, R. L., and Chambers, J. E. (1996). Kinetic analysis of the in vitro inhibition, aging and reactivation of
brain acetylcholinesterase from rat and channel catfish by paraoxon and chlorpyrifos-oxon. Toxicol.
Appl. Pharmacol. 139, 365–373. (Timchalk et al. 2002 より引用) .
Casanova, M.,et al. (1996). DNA-protein cross-links (DPX) and cell proliferation in B6C3F1 mice but not
Syrian golden hamsters exposed to dichloromethane: pharmacokinetics and risk assessment with DPX
as dosimeter. Fundam. Appl. Toxicol. 31:103-116.
Caster, W.O., et al. (1956). Tissue weights of the rat. I. Normal values determined by dissection and
chemical methods. Proc. Soc. Exp. Biol. Med. 91:122-126.
Christensen, K., et al. (2009) Chlorpyrifos Technical Fact Sheet, National Pesticide Information Center,
Oregon State University Extension Services, http://npic.orst.edu/factsheets/chlorptech.pdf.
Clewell, H.J., et al. (1993). Analysis of the metabolism of methylene chloride in the B6C3F1 mouse and its
implications for human carcinogenic risk. (入手先不明)
Curwin, B.D., et al. (2007) Urinary pesticide concentrations among children, mothers and fathers living in
farm and non-farm households in Iowa. The Annals of Occupational Hygiene 51: 53-65. page 94
(U.S.EPA 2011b より引用)
Dankovic, D.A., and Bailer, A.J. (1994). The impact of exercise and intersubject variability on dose
estimates for dichloromethane derived from a physiologically based pharmacokinetic model. Fundam.
Appl. Toxicol. 22:20-25.
David, R.M., et al. (2006). Revised assessment of cancer risk to dichloromethane II. Application of
probabilistic methods to cancer risk determinations. Regul. Toxicol. Pharmacol. 45:55-65.
Davis, N.R., and Mapleson, W.W. (1981). Structure and quantification of a physiological model of the
distribution of injected agents and inhaled anaesthetics. Br. J. Anaesth. 53:399-405.
Dourson, M.L., et al. (1996) Evolution of science-based uncertainty factors in noncancer risk assessment,
Regulatory Toxicology and Pharmacology, 24, 108-120,
99
Dow AgroSciences, The Dow Chemical Company, Battelle Pacific Northwest National Laboratory (2011)
Source-to-Outcome
Modeling Physiologically Based Pharmacokinetic
/ Pharmacodynamic
(PBPK/PD) Model Linked to a Dietary Exposure Model: Chlorpyrifos as a Case Study, Science Issues
Paper for SAP Meeting, February 15-18, 2011, Washington, D.C..
Edler, L., et al. (2002) Mathematical modelling and quantitative methods, Food and Chemical Toxicology, 40,
283–326, 2002.
El-Masri, H.A., et al.(1999). Effects of glutathione transferase theta polymorphism on the risk estimates of
dichloromethane to humans. Toxicol. Appl. Pharmacol. 158:221-230.
Frey, H.C. and Burmaster, D.E. (1999) Methods for characterizing variability and uncertainty: comparison of
bootstrap simulation and likelihood-based approaches, Risk Analysis 19 (1), 109-130.
Gargas, M.L., et al. (1986). A physiologically based simulation approach for determining metabolic
constants from gas uptake data. Toxicology and Applied Pharmacology 86, 341 – 352.
Garte, S., et al. (2001). Metabolic gene polymorphism frequencies in control populations. Cancer
Epidemiol Biomarkers Prev. 10:1239-1248.
Gray, G., and Cohen, J. T. (2012) Rethink chemical risk assessments. The US Environmental Protection
Agency needs to speed up its risk analyses and address uncertainty, Nature , 489, 27-28.
International Commission on Radiation Protection (ICRP) (1975). Report of the Task Group on Reference
Man, ICRP Publ. 23 (W.S.Snyder et al., Eds.). Pergamon , Elmsford, NY.
International Commission on Radiation Protection (ICRP)
(2003) Basic Anatomical and Physiological
Data for Use in Radiological Protection: Reference Values, 89. (DAS 2011 より引用)
International Programme on Chemical Safety (IPCS) (1994) Environmetal Health Criteria 170, “Assessing
human health risks to chemicals:derivation of guidance values for health-based exposure limits”,
WHO 1994.
International Programme on Chemical Safety (IPCS) (2005) Chemical-Specific Adjustment Factors for
Interspecies Differences and Human Variability: Guidance Document for Use of Data in
Dose/Concentration-Response Assessment, World Health Organization, Geneva, 2005.
Janssen, I., et al. (2000) Skeletal muscle mass and distribution in 468 men and women aged 18-88 yr., J
Appl Physiol., 89, 81-8.
JECFA (2002) Polychlorinated dibenzodioxins, polychlorinated dibenzofurans and coplanar
polychlorinated biphenyls. In: Evaluation of certain food additives and contaminants.
Fiftyseventh report of the Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives. Geneva,
World Health Organization, pp. 121–146 (WHO Technical Report Series No. 909). (IPCS
2005 より引用)
JECFA (2004) Methylmercury. In: Evaluation of certain food additives and contaminants.
Sixty-first report of the Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives. Geneva,
World Health Organization, pp. 132–139 (WHO Technical Report Series No. 922). (IPCS
2005 より引用)
JMPR (2002) Pesticide residues in food — 2002. Report of the Joint Meeting of the FAO Panel of Experts
on Pesticide Residues in Food and the Environment and the WHO Core Assessment Group on
100
Pesticide Residues, Rome, Italy, 16–25 September 2002. Rome, World Health Organization and Food
and Agriculture Organization of the United Nations (FAO Plant Production and Protection Paper, No.
172).
JMPR (2005) Pesticide residues in food — 2004. Report of the Joint Meeting of the FAO Panel of Experts
on Pesticide Residues in Food and the Environment and the WHO Core Assessment Group on
Pesticide Residues, Rome, Italy, 20–29 September 2004. Rome, World Health Organization and Food
and Agriculture Organization of the United Nations (FAO Plant Production and Protection Paper, No.
178).
Johnsrud, E.K., et al. (2003). Human hepatic CYP2E1 expression during development. J. Pharmacol. Exp.
Ther. 307:402-407.
Jonsson, F., and Johanson, G. (2001). A Bayesian analysis of the influence of GSTT1 polymorphism on the
cancer risk estimate for dichloromethane. Toxicol. Appl. Pharmacol. 174:99-112.
Jonsson, F., et al. (2001). Physiologically based pharmacokinetic modeling of inhalation exposure of
humans to dichloromethane during moderate to heavy exercise. Toxicol. Sci. 59:209-218.
Kalberlah, F.K., et al. (2003) Uncertainty in toxicological risk assessment for non-carcinogenic health effects,
Regulatory Toxicology and Pharmacology, 37, 92-104, 2010.
Kisicki, J.C., et al. (1999) A Rising Dose toxicology Study to Determine the No-Observable-Effect-Levels
(NOEL) for Erythrocyte Acetylcholinesterase (AChE) Inhibition and Cholinergic Signs and
Symptoms of Chlorpyrifos at Three Dose levels, The Toxicology Research Laboratory: Health and
Environmental Research Laboratories, The DOW Chemical Company.
Kousba, A.A., et al. (2007) Age-related brain cholinesterase inhibition kinetics following in vitro
incubation with chlorpyrifos-oxon and diazinon-oxon, Toxicological Sciences, 95, 147-155.
Lafortuna, C.L., et al. (2005) Gender variations of body composition muscle strength and power output in
morbid obesity, Int J Obes (Lond), 29, 833-841.
Lehman, A.J. and Fitzhugh, O.G. (1954) 100-fold margin of safety. Assoc.Food Drug Off. U.S.Q. Bull. 18,
33–35. (蒲生 2002 より引用) .
Lipscomb, J.C., et al. (2003). The impact of cytochrome P450 2E1-dependent metabolic variance on a
risk-relevant pharmacokinetic outcome in humans. Risk Anal. 23:1221-1238.
Lorenz, J., et al. (1984). Drug metabolism in man and its relationship to that in three rodent species:
monooxygenase, epoxide hydrolase, and glutathione S-transferase activities in subcellular fractions of
lung and liver. Biochem. Med. 32:43-56.
Lowe, E.R., et al. (2009) The Effect of Plasma Lipids on the Pharmacokinetics of Chlorpyrifos and the
Impact on Interpretation of Blood Biomonitoring Data, Toxicological Sciences, 108, 2, 258-272.
Lu, C. et al. (2008) Dietary intake and its contribution to the longitudinal organophosphorus pesticide
exposure in urban and suburban children.Environmental Health Perspectives 116(4)537:542.
(U.S.EPA 2011b より引用) .
Luecke, R.H., et al. (2007) Postnatal growth considerations for PBPK modeling, Journal of Toxicology and
Environmental Health-Part a-Current Issues, 70,1027-1037.
Marino, D.J., et al. (2006). Revised assessment of cancer risk to dichloromethane: part I Bayesian PBPK
101
and dose-response modeling in mice. Regul. Toxicol. Pharmacol. 45:44-54.
Marty, M.S, and Andrus, A.K.,. (2010) Comparison of Cholinesterase (ChE) Inhibition in Young Adult and
Preweanling CD Rats after Acute and Repeated Chlorpyrifos or Chlorpyrifos-oxon Exposures." Dow
AgroSciences. Public release summary (7 pages).(DAS 2011 より引用) .
Marty, M.S., et al. (2012) Cholinesterase inhibition and toxicokinetics in immature and adult rats after
acute or repeated exposures to chlorpyrifos or chlorpyrifos -oxon, Regulatory Toxicology and
Pharmacology, 63, 209-224.
Maxwell, D.M., et al. (1987) The Effects of Blood Flow and Detoxification on in Vivo Cholinesterase
inhibition by Soman in Rats,Toxicology and Applied Pharmacology, 88, 66-76.
Meek, M.E., et al. (2002) Guidelines for application of chemical-specific adjustment factors in
dose/concentration–response assessment, Toxicology, 181–182, 115–120, 2002.
Mork, A.K. and Johanson, G. (2010) Chemical-Specific Adjustment Factors for Intraspecies Variability of
Acetone Toxicokinetics Using a Probabilistic Approach, Toxicological Sciences, 116, 336-348, 2010.
National Toxicology Program (NTP) (1986). Toxicology and carcinogenesis studies of dichloromethane
(methylene chloride) (CAS No. 75-09-2) in F344 rats and B6C3F1 mcie (inhalation studies).
NTP-TR306.
Nelson, H.H., et al. (1995). Ethnic differences in the prevalence of the homozygous deleted genotype of
glutathione S-transferase theta. Carcinogenesis 16:1243-1245.
Nolan, R.J., et al. (1984) Chlorpyrifos pharmacokinetics in human volunteers, Toxicology and Applied
Pharmacology, 73, 8-15.
Occupational Safety and Health Administration (OSHA)(1997). Occupational exposure to methylene
chloride. Fed. Reg. vol. 62, No. 7, pp.1494–1619.
Pelekis, M., et al. (2001) Physiological-Model-Based Derivation of the Adult and Child Pharmacokinetic
Intraspecies Uncertainty Factors for Volatile Organic Compounds, Regulatory Toxicology and
Pharmacology, 33, 12–20, 2001.
Poet, T.S., et al. (2003) In Vitro Rat Hepatic and Intestinal Metabolism of the Organophosphate Pesticides
Chlorpyrifos and Diazinon, Toxicological Sciences, 72,193-200.
Price, P. S., et al. (2003) Modeling Interindividual Variation in Physiological Factors Used in PBPK
Models of Humans, Critical Reviews in Toxicology, 33 (5), 469-503.
Raimondi, S., et al. (2006). Meta- and pooled analysis of GSTT1 and lung cancer: a HuGE-GSEC review.
Am. J. Epidemiol. 164:1027-1042.
Ramsey, J.C., and Andersen, M.E. (1984). A physiologically based description of the inhalation
pharmacokinetics of styrene in rats and humans. Toxicology and Applied Pharmacology 73, 159-175.
Reitz, R.H., et al. (1988). Incorporation of in vitro enzyme data into the physiologically-based
pharmacokinetic (PB-PK) model for methylene chloride: implications for risk assessment. Toxicol.
Lett. 43:97-116.
Reitz, R.H., et al. (1989). In vitro metabolism of methylene chloride in human and animal tissues: use in
physiologically based pharmacokinetic models. Toxicol. Appl. Pharmacol. 97:230-46.
Reitz, R.H. (1991). Estimating the risk of human cancer associated with exposure to methylene chloride.
102
Ann Ist Super Sanita.27:609-614.
Renwick A.G. (1991) Safety factors and establishment of acceptable daily intake, Food Add. Contam., 8,
135-150. (中西 らより引用) .
Renwick A.G. (1993) Data-derived safety factors for the evaluation of food additives and environmental
contaminants, Food Add. Contam., 10 (3), 275-305. (中西 らより引用) .
Sato. and Nakajima. (1979). Partition coefficients of some aromatic hydrocarbons and ketones in water,
blood, and oil. Brit. J. Ind. Med. 36, 231-234.
SCF (2000) Revised opinion on cyclamic acid and its sodium and calcium salts (expressed on 9 March
2000).
Brussels,
European
Commission,
Scientific
Committee
on
Food
(available
at:
http://europa.eu.int/comm/food/fs/sc/scf/outcome_en.html). (IPCS 2005 より引用)
Smith, J.N., et al. (2011) In Vitro Age -Dependent Enzymatic Metabolism of Chlorpyrifos and
Chlorpyrifos-Oxon in Human Hepatic Microsomes and Chlorpyrifos-Oxon in Plasma, Drug
Metabolism and Disposition, 39,(8) 1353-1362.
Snyder, W. (1975) Report of the Task Group on Reference Man. Elsevier Science Limited, Oxford, UK.
(DAS 2011 より引用).
Sweeney, L.M., et al. (2004). Estimation of interindividual variation in oxidative metabolism of
dichloromethane in human volunteers. Toxicol. Lett. 154:201-216.
Timchalk, C. et al. (2002) A Physiologically Based Pharmacokinetic and Pharmacodynamic (PBPK/PD)
Model for the Organophosphate Insecticide Chloypyrifos in Rats and Humans, Toxicological Sciences,
66, 34-53.
U.S. EPA (1985). Addendum to the health assessment document for dichloromethane (methylene chloride);
updated carcinogenicity assessment of dichloromethane (methylene chloride) (EPA/600/8-82/004FF,
September 1985).
U.S. EPA (1987a). Technical analysis of new methods and data regarding dichloromethane hazard
assessments (EPA/600/8-87/029A, June 1987).
U.S. EPA (1987b). Update to the health assessment document and addendum for dichloromethane
(methylene
chloride):
Pharmacokinetics,
mechanism
of
action,
and
epidemiology
(EPA/600/8-87/030A, July 1987).
U.S. EPA (1988). The impact of pharmacokinetics on the risk assessment of dichloromethane.
(EPA/600/D-88/219, May 1988).
U.S. EPA (2000). Toxicological Review of vinyl chloride (EPA/635R-00/004, May 2000).
US EPA (2004) Toxicological review of boron and compounds (CAS No. 7440-42-8) in support of
summary information on the Integrated Risk Information System (IRIS). Washington, DC, US
Environmental Protection Agency (EPA 635/04/052; available at: http://www.epa.gov/iris). (IPCS
2005 より引用) .
U.S. EPA (2006). Approaches for the application of physiologically based pharmacokinetic (PBPK)
models and supporting data in risk assessment (EPA/600/R-05/043F, August 2006).
U.S. EPA (2011a). Toxicological review of dichloromethane (Methylene chloride) (CAS No. 75-09-2)
(EPA/635/R-10/003F)
103
U.S.EPA (2011b) A Set of Scientific Issues Being Considered by the Environmental Protection Agency
Regarding : Chlorpyrifos Physiologically Based Pharmacokinetic and Pharmacodynamic (PBPK/PD)
Modeling Linked to Cumulative and Aggregate Risk Evaluation System (CARES) .
Vose, D. (2000) Risk analysis: A quantitative guide second edition, John Wiley & son..
Warholm, M., et al. (1994). Polymorphic distribution of glutathione transferase activity with methyl
chloride in human blood. Pharmacogenetics 4:307-311.
Whyatt. R.M, et al. (2009) A biomarker validation study of prenatal chlorpyrifos exposure within an
inner-city cohort during pregnancy. Environ Health Perspect. 117, 559-67.(DAS 2011 より引用).
Young, J.F., et al. (2009) Human Organ/Tissue Growth Algorithms that Include Obese Individuals and
Black/White Population Organ Weight Similarities from Autopsy Data, Journal of Toxicology and
Environmental Health, Part A, 72, 527–540.
市川淳也 (2013) PBPK/PD モデルによる不確実性係数の縮減効果に関する研究: クロルピリホスを対
象として,大阪大学工学部,卒業論文.
市川淳也ら (2013) PBPK/PD モデルを用いた不確実性係数の縮減に対するモデルパラメータの知見の
充足度の影響:クロルピリホスを対象として,日本リスク研究学会第 26 回年次大会講演論文集,
B-3-2.
蒲生昌志 (2002) 化学物質の健康リスク評価と不確実性,科学,72 (10), 990-995.
食品安全委員会農薬専門調査会 (2011) 2011/4/15 第 71 回農薬専門調査会幹事会クロルピリホス評
価書案
東 海 明 宏 (2007) 助 言 生産 と しての リ スク 評 価 管理 技 術 の 展 望 , 環境システム研究 , 35, 2007,
pp.279-285.
中西準子 ら (2007). 不確実性をどう扱うか:データの外挿と分布,リスク評価の知恵袋シリーズ.丸善.
水口 裕之(2013)特別講演:ヒト iPS 細胞由来肝細胞の創出と毒性評価系への応用」第2回日化協新
LRI 報告会
http://www.j-lri.org/activity/05/PDF/n002-1.pdf
104
付録
105
付録 A 「FIFRA Scientific Advisory Panel Meeting」による DAS アプローチへの指摘事項
DAS (2011) による PBPK/PD モデルアプローチに関する科学的課題を議論する科学諮問委員
会会議(SAP 委員会)の議事録である,U.S.EPA (2011b) “ A Set of Scientific Issues Being
Considered by the Environmental Protection Agency Regarding : Chlorpyrifos Physiologically
Based Pharmacokinetic and Pharmacodynamic (PBPK/PD) Modeling Linked to Cumulative
and Aggregate Risk Evaluation System (CARES) “ を翻訳した.
翻訳は,市川・山口による.
SAP Minutes No.2011-03
A Set of Scientific Issues Being Considered by the Environmental Protection Agency
Regarding : Chlorpyrifos Physiologically Based Pharmacokinetic and Pharmacodynamic
(PBPK/PD) Modeling Linked to Cumulative and Aggregate Risk Evaluation System (CARES)
環境保護庁により考慮される科学的課題の設定:
累積的・包括的リスク評価システム (CARES) に連結されるクロルピリホスの生理学的薬物動態
と薬力 (PBPK/PD) モデルに関して
February 15-17, 2011
FIFRA Scientific Advisory Panel Meeting
Held at
One Potomac Yard
Arlington, Virginia
106
委員会による議論と推奨の要約
質問 1:生理学的薬物動態/薬力学(PBPK/PD)モデリング
問 1.1:モデル構造
アセチルコリンエステラーゼ (AChE) 阻害の作用機序 (Mode of Action) のメカニズムの原理
について明確に考察をした上で,クロルピリホスの PBPK/PD モデルの構造についてコメントを
してほしい.そのコメントには,年齢に依存する代謝に関する考察と,ヒトの変動性を評価する
ために提案された評価アプローチに関する考察を含めてほしい.
委員会による回答の要約
いくつかの条件付きではあるが,委員会はクロルピリホスの AChE 阻害の作用機序に対するメ
カニズムの原理が十分に PBPK/PD モデルに組み込まれていることはわかっているが,モデルが
クロルピリホスの非コリン作動性影響に対応していないことに注意しなければならない.委員会
は,AChE 阻害,および,最適なマーカーや,クロルピリホスの抗コリンエステラーゼ影響の真
の標的(特に脳,脊椎,末梢神経系内のシナプスの AChE) の代わりに赤血球における AChE
阻害にフォーカスしたことを全般的に支持した.しかし,DAS (Dow AgroSciences) がどのよう
にモデルで年齢依存の代謝を扱ったのか,どのようにヒトの変動性を評価したのかについて委員
会はいくつかの懸念を抱いている.その他の要素では,年齢依存の代謝に関するサンプル数が限
られており(特に極めて年齢の低い個体について),また代謝速度を推定するために生理学的で
ない条件が使用されているため,モデルのその構成要素に関する委員会の信頼度は限定的である.
特にクロルピリホスオキソンを加水分解する酵素であるパラオキソナーゼ (PON) について,未
発表の年齢依存の代謝研究 (Smith et al., 2011: DAS, 2011 の付録 A2) に基づいているモデルの
パラメータについての懸念がある.薬物学的体内動態 (PK) および薬力学的生体影響 (PD) の構
成要素が各構成要素 (PK と PD) の構造とパラメータの妥当性を評価することが困難になるよう
に一纏めにされているため,委員会が DAS のモデルを評価するのは難しい.委員会は DAS に対
して,全モデルパラメータについてその詳細と情報元を提供し,より透明で完全なものにするよ
うに勧めた.そのような情報提供により,モデル全般の理解度および信頼性をかなり向上させる
ことになるだろう.全体として,PON のパラメータ化がより正しく,関連する実験データに基
づくことができれば,モデルは大いに改善されるだろう.
問 1.2:用量尺度 (Dose Metrics)
第 6 章で DAS は PBPK/PD モデルに利用する多くの用量尺度を提案している.用量尺度とし
ては血中および脳での AChE 阻害のピーク値,血中および脳でのクロルピリホス,クロルピリホ
スオキソンの濃度のピーク値,クロルピリホスの代謝物質の一つである 3,5,6‐トリクロロ‐2 ピ
リジノール (TCPy) の尿中濃度がある.これらの提案された内部用量尺度の有用性,長所,限界
2
DAS Report (2011), Attachment A. Smith, J.N., C. Timchalk, M.J. Bartel, T.S. Poet. 2011. In vitro
age-dependent enzymatic metabolism of chlopyrifos and chlorpyrifos-oxon in human hepatic microsomes as
well as chlorpyrifosoxon in plasma. Unpublished manuscript.
107
についてコメントをしてほしい.
委員会による回答の要約
上記の全パラメータには限界があるものの,クロルピリホスの暴露尺度としては科学的に支持
されると委員会は指摘した.脳中の AChE 阻害のピーク値は潜在毒性 (potential toxicity) の指
標となりうるが,ヒトでは測定できない.血中での AChE 阻害のピーク値は暴露のバイオマーカ
ーとして,また,標的組織毒性 (target tissue toxicity) に対する潜在的な代替マーカーとして利
用できる.しかし,その測定値はヒト個体間で大きく変動する.このため,結果はこれらの変動
性を念頭に置いて解釈するべきである.クロルピリホスのピーク濃度は急性暴露を算出するのに
有用であるが,反復暴露の影響を算出する場合は,AUC (the Area Under the time-concentration
Curve) がピーク濃度よりも有用である.クロルピリホスオキソンのピーク濃度は潜在的に有用
である.なぜなら,クロルピリホスオキソンは活性種 (active species) であるためである.ただ
しこの代謝生成物は高い反応性を示し,めったに測定することができない.結果的に,測定濃度
の信頼度が小さくなる.したがって,クロルピリホスオキソン濃度はモデルでその値を予測する
のは有用ではあるがおそらく実用的な入力パラメータとはならない.利用が限られているが,他
の用量尺度として尿中の TCPy がある.尿中の TCPy は環境中の分解物として吸収される TCPy
のパス (passthrough) によりバイアスがかかる可能性がある.このため,これらの測定結果は注
意深く解釈するべきである.
問 1.3:非コリン作動性影響
現在のモデリングの試みは AChE の阻害に焦点を当てているが,クロルピリホスの暴露が非コ
リン作動性影響を引き起こす可能性を示唆するデータがある.それ自体適切ならば,潜在的な非
コリン作動性影響を評価するために適切となりうる AUC や他の時間ベースの用量尺度のような,
追加のあるいは代わりとなる用量尺度を提供してほしい.
委員会による回答の要約
委員会は長期的には非コリン作動性影響を考慮に入れることが合理的であると考えたが,非コ
リン活性を測定する標準的な方法がなく,まだ非コリン作動性の機序が検証されていないために,
特定の用量尺度に対する指針を提供するのは適切でないと考察した.クロルピリホスおよびクロ
ルピリホスオキソンの AUC をモデルにより得ることは非コリン作動性影響をシミュレーション
するのに有用である.また,BChE 阻害のモデル化は,潜在的な非コリン毒性の測定に有用であ
るかもしれない.非コリン作動性影響は非常に興味深く重要なものであるかもしれない一方で,
非コリン作動性影響はまだ確認されていない.
質問 2:長期的な食物経由の暴露評価
問 2.1
食物経路暴露と血中のクロルピリホスおよびクロルピリホスオキソン濃度との関係を調査す
る DAS の手法についてコメントをしてほしい.コメントには,最大暴露の前後 1 日に焦点をあ
108
てている DAS の提案の長所,短所,影響,有用性を含むようにしてほしい.また,妥当であれ
ば,長期的な(多日にわたる)暴露を評価する代用法を提案してほしい.どのような条件やシナ
リオの場合に,このような焦点が不適切となり,暴露,用量,そして,リスクに関して間違った
結論を導く可能性があるか.
委員会による回答の要約
委員会は DAS の長期的な食物経路暴露の研究範囲が不完全であると結論付けた.数日間(5
日間をこえる)
,多様な相関関係がある食行動のもとでの食事摂取量を含むべきである.委員会
は CARES そして/または Lifeline モデルの限界がそのような分析を困難にしていると認識した.
問 2.2
DAS が導いた結論の健全性について,クロルピリホスの長期的な食物経路暴露の分布の上限値
(>99%tile 値) を考慮することによる影響と重要性の観点でコメントをしてください.どの程
度,またどのような条件下で,DAS の結論は他の AChE 阻害影響をもつ化学物質に一般化でき
るのか.どのように他の農薬への一般化の問題を調査し,研究するべきか提案してください.
委員会による回答の要約
委員会はクロルピリホスの長期的な食物経路暴露の分布の上限値 (>99%tile 値) を考慮するこ
とは重要であることに同意した.しかし,クロルピリホスの分析を他の化学物質に対して一般化
できると結論付けることや,単回の食事の事象で AChE 阻害影響をもつ化学物質が複数存在する
場合を一般化できると結論付けることは時期尚早であると委員会は述べた.例えば,もし他の農
薬 が BChE や AChE に つ いて 異 なる 親和 性で 存 在す る ので あれ ば, ク ロル ピ リホ スの
CARES-PBPK/PD モデルの予測は間違いであるかもしれない.
質問 3:直接投与のヒト疫学研究によるモデルの較正と評価
問 3:連結 CARES-PBPK/PD Source-to-Outcome モデルの予測値と Kisicki et al. (1999) の研
究との比較によるモデル評価方法についてコメントをしてください.どのように DAS のモデル
評価方法は拡張できるか,または,するべきか.DAS が示す点に関して,委員会が推奨する他の
モデル評価方法はあるか.DAS のモデルによる予測値が Kisicki et al. (1999) の報告値とかなり
一致していることに対し,委員会はどの程度同意しているか.
委員会による回答の要約
委員会は,Nolan et al. (1984:U.S.EPA (2011b)では 1982 とあるが,間違いと思われる,以
下同) と Kisicki et al. (1999) 研究から得られたデータがモデルの評価に用いられていることは,
科学的に適切であることに合意している.Nolan et al. (1984) による研究が DAS の PBPK/PD
Source- to Outcome モデルを較正するのに適切であると委員会は結論付けた.しかし,委員会
はいくつかの理由で,モデルが Kisicki のデータを用いて検証 (validated) されていないことを
指摘した.その 1 つとして,委員会はいくつかのモデルパラメータが Kisicki のデータを用いて
109
較正 (calibrated) されているため,モデルとデータの検証の独立性に対して疑問があると指摘し
た.
この質問が言及していることは, Life Stage PBPK/PD モデルと Kisicki のデータとの比較に
よるモデルの評価のみである.特に最大用量でのモデルのあてはめがよくなく,モデルのコリン
エステラーゼ阻害の回復の予測精度が期待されるほどよくなかったが,Nolan と Kisicki の研究
の限界の観点から,Kisicki のデータのモデルのあてはめは全体として妥当である(視覚的な比較
により)と委員会は結論付けた.チャージクエッションは,結合モデルがどのように利用される
のかについての説得力がある説明がないまま,委員会にモデルの評価の「適切性」についてコメ
ントをするように聞いている.モデルの利用方法を知らずに,その合理性や適切性に対して十分
なコメントすることは不可能である.もしモデルがリスク評価に用いられるのであれば,モデル
全体の不確実性を評価するために他のものとの比較により認識される潜在的な不確実性のソー
スを捉えるべきであると委員会は推奨した.この分析により,潜在的なヒトの暴露量の範囲外で
の適合度が確証され,可能な範囲でのモデルの調整により,ヒト暴露量の範囲内でのモデルの予
測値に対する不確実性を減らすことが可能となる.
質問 4:モデル予測値とヒトのモデリングデータとの比較
問4
連結 DAS の Source-to-Outcome モデルによる用量予測と (i) Eaton et al (2008), Whyatt et al.
(2009) および,Barr et al. (2010), (ii) the Curwin (2007) および Lu (2008) の文献値と (iii)
NHANES データ測定結果との比較を行う DAS のモデルの評価方法についてコメントをしてく
ださい.DAS のモデルによる予測値が文献値や NHANES データとかなり正確に一致しているこ
とについて委員会はどの程度同意しているか.もしあれば,モデルの予測値の発展的な評価とし
て委員会が推奨する他のモデル評価方法,あるいはモデル予測値と実際のヒト暴露を比較する代
わりのアプローチを提案してください.比較に用いられるべき追加的なデータセットをコメント
に含めるようにしてください.
委員会による回答の要約
委員会は DAS が Source-to-Outcome モデルや検証モデルによる結果と,公的記録として報告
されているデータや過去のモデルとの比較にかなりの力を注いできたことを示した.DAS のモデ
ルは他の公開されているモデルと類似した結果を示したが,生物学での野外サンプリングによる
直接的な観測結果と比較において,2 つの隣接した州(ニューヨークとニュージャージー (Whyatt
et al., 2009 and Barr et al., 2010))から得られたクロルピリホスの血中および血漿中濃度につい
ての,比較的サンプル数の小さい 2 つの研究だけしか利用可能なデータがなかった.
委員会は DAS モデルと NHANES データとの比較には問題があることを発見した.特に,
Source-to-Outcome の予測値は,データと十分に一致しなかった.また,委員会は比較において
検出限界 (LOD) のデータが省略されていることに対してコメントした.NHANES の TCPy の
データの多くは LOD 値より低い.NHANES のデータには LOD が含まれているため,明確な比
較が要求される.比較的サンプル数の小さい 2 つの研究 (Curwin et al. (2007) and Lu et al.
110
(2008)) 結果が Source-to-Outcome モデルの結果と野外データと比較するために用いられた.
委員会は比較の方法そのものは有効であるように思えると結論付けた一方で,予測と観測値が一
致しているという結論は言い過ぎであると結論付けた.また,委員会は尿中 TCPy に関する DAS
によるモデルと公開されたデータとの比較がぞんざいであることを発見した.Curwin et al.
(2007) の研究における個体から得られた TCPy の尿中濃度は食物経路以外の他の暴露が含まれ
ていたためモデル予測と比較するのに適切ではなかった.
Source-to-Outcome モデルは公表データと比較するための尿中の TCPy の値を予測するのには
不適切であると,委員会は考察した.PBPK/PD モデルが十分に較正されていることを考慮に入
れると,血中のクロルピリホス,クロルピリホスオキソン,TCPy 濃度,および,AChE 阻害に
ついてのモデルによる出力がヒトボランティア暴露研究のデータと類似することを期待する者
もいた(チャージクエスチョン 3 の回答を参照)
.そのため,CARES の食物経由暴露モデルが代
表となる入力データを推定させることができないことは PBPK/PD モデルの予測能力の信頼性を
かなり損ねている.委員会は Lu et al. (2010) の最近の公開されたデータを報告した.そのデー
タは,観測値とモデルとを比較する方法を評価する為の PBPK/PD モデルの潜在的な入力値とし
て利用できる.
妊婦の TCPy 濃度を推定する際に単純な乗数的因子を使うことに対して懸念を示す委員会メン
バーがいた.委員会の合意としては.妊婦についての TCPy 濃度を推定する際に単純な乗数的因
子使うことは不適切であり,不明確な値を提供するかもしれない,というものであった.
他のパスウェイを除外した食事経由のクロルピリホスの暴露,そして,食事そのものについて
の TCPy の直接の摂取とそれによる TCPy の排泄に焦点を当てていることに関して懸念が示され
た.委員会はモデルについてこの分野でのさらなる取り組みが重要であることを指摘した.追加
的な懸念として,労働時のデータとの比較が注目された.労働暴露を被る個体の暴露ルートは報
告書の残りの部分で強調されている食事経由の暴露ルートとかなり違っているようだ.結果とし
て,この分析はモデルの有効性の証明として不適切である可能性がある.
質問 5:感度解析,変動性,不確実性
問 5.1
上に述べた 4 つのステップは,DAS がその成果の変動を確定するのに,最も重要となる因子に
焦点をあてるためのものである.その成果の変動を評価するために DAS により用いられた方法
についてコメントをしてください.その方法がどの程度適切か,完全かを議論してほしい.
問 5.2
2010 年 7 月,EPA の SHEDS/PBPK モデル研究開発オフィスが実施した SAP 会議が催され
たとき,委員会は ORD (Office of Research and Development) による定量的不確実性解析手法
であるベイズ法をレビューした.DAS は Source-to-outcome モデルについて,形式的な定量的不
確実性解析 (QUA) を実行しようとしなかったが,代わりに,モデル間比較によるモデルの構成
要素を評価し(たとえば,複数の食事経由暴露モデル,複数の長期暴露モデル),さらに,モデ
ルと,内部用量の測定結果(たとえば,血中のクロルピリホスの濃度と尿中の TCPy 濃度)との
111
比較さらに,血中および血漿中の AChE との比較により評価した.形式的なベイズによる QUA
はまれにしか行われないことから,限られたデータにより不確実性を特徴づけるための他の方法
として,SAP が推奨する方法(厳密なベイズ法の簡略化)はあるか?
委員会による回答の要約
委員会はチャージクエスチョン 5.1 と 5.2 を同時に扱い,回答することで対応した.
委員会は DAS レポートで略述された感度,変動性,不確実性解析は未完成であると結論づけ
たが,その取り組みは出発点として妥当であることを強調した.委員会は体系的かつ明示的に変
動性と不確実性の両方を特徴づけることが必要であり,レポートの解析をかなり改善することに
ついて同意した.変動性と不確実性の特徴づけはそれぞれ分離し,全ての個体について暴露から
バイオマーカーまでを通したモデリングシステムの構成要素/ステップに対して行われる必要が
あると述べた.ベイズ解析については,実行の程度や仕様に関して幅広い提案の範囲があるもの
の,検討中の研究を向上させるために,委員会はベイズ解析を強く勧めた.委員会はデータの不
足が前述のベイズ法の適用などの解析を困難にしていることを認識した.データが不足している
としても,可能な場合にはモデルの構成要素を分析することさえ価値があることに委員会は同意
した.委員会はまたローカル感度解析が不適切であることに同意し,計算上効率の良いグローバ
ル感度解析の方法を模索し適用することを勧めた.委員会は,暴露と生物学的なモデル (PK と
PD) に対して既存の仮定,プロセス,相互作用を用いてモデルを簡略化することにより体系的な
取り組みをすることを勧めた.
質問 6:データ由来の (Data-Derived) 外挿係数の計算
問 6.1
第 10 章に述べられている動物からヒトへの外挿係数を推定する DAS の方法の強みと限界につ
いてコメントをしてください.規制当局は単一の動物試験により研究計画を特徴づけ,それを使
った提案手法(第 10 章)の構成要素に対して懸念している.複数の研究が利用可能な時,規制
当局は,一般的に,毒性の POD を決定する際には証拠の重み (weight of evidence) アプローチ
を推奨している.クロルピリホスに関しては多くの異なるライフステージの動物試験結果のデー
タベースがあるので,単一の研究に基づくのではなくこれらの複数の研究を統合した分析に基づ
いて POD および外挿係数を決定するのがより適切かもしれない.提案された方法についてコメ
ントし,できれば,代替案の指針や示唆を提供してください.
委員会による回答の要約
多くのリスク評価の分野で,共通に適用されている証拠の重み付けアプローチの一般原則に関
して委員会は同意した.証拠の重みアプローチの利点は不確実性係数の範囲に関してより頑健に
支持する点である.しかし,十分に評価された動物/ヒト PBPK/PD モデルがリスク評価に用いる
準備ができているとき,UFA はもはや使用する必要とされないことを委員会は期待している.
DAS によって提案された UFA は生後 11 日のラットと成体のラットを用いた単一の試験
112
(Marty and Andrus 2010) に基づいている.Marty and Andrus の試験データは他の研究よりも
BMD 分析を実行する際により適切かもしれないが,他の毒性エンドポイントやヒト暴露シナリ
オへの応用可能性に対する限界が存在することも委員会は指摘した.
1.赤血球中 (RBC) の AChE 濃度としてモデル化されたパターンに基づいた組織と用量依存の方
法では,最大阻害率は時間とともに増加し,定常状態には,繰り返し投与後何日間経ても達しな
かった.
2. DAS の UFA は,出生前の期間や授乳期の幼児へのクロルピリホス暴露を含まないモデルから
推定された食事経由暴露のみ関連する.
3. 現在の食事モデルについて,飲料と飲料水の消費量すべてを捉える必要がある.
委員会は 8 人のグループを用いてヒトの母集団の変動性を推定する DAS のアプローチに批判
的であり,繰り返しグルーピングをする必要のない代替案を提案した.CARES-PBPK/PD モデ
ルの結果に BMDL10 の真の定義を直接適用することで BMDL10 は最も良く推定できると委員会
は指摘した.一度ヒト BMDL10 推定値がモデルの変動性と不確実性の構成要素から予測されれば,
それを動物の BMDL10 推定値と比較することができる.さらに,UFA は,種固有のパラメータは
異なる同じモデルから導出された動物およびヒトの BMDL10 を比較することで導出することが
できる. このアプローチは,in vitro および in vivo 動物データをヒト集団でのリスク予測に組
み込む過程における変動性および不確実性を統合するツールとして用いられる.
問 6.2
第 10 章で記述されたヒト母集団の変動性による外挿係数を推定する方法の強みと限界につい
てコメントをしてください.できれば代替案を提供してください.
委員会による回答の要約
委員会は,モデルから導出されたヒトの変動性を示す不確実性係数 UFH がモデルの平均値不確
実性からではなく,個人間の変動性から推定されていると述べた.
委員会はモデルやデータの不確実性の異なる領域にフォーカスした.標的となる臓器固有の化
学物質濃度についての知見,すなわち小胞体における生体内変換酵素の活性場所での濃度 VS 臓
器全体での濃度,はわずかしかない.この知見の不足は,化学物質の代謝に対する実際に利用可
能な濃度を予測する際に生じる不確実性において,重大な原因となる.それ故,in vitro の状況
から完全なヒト組織での生体内変化速度を推定する外挿にはかなりの不確実性がある.さらに,
年齢の低い個体についてデータが限られていることが不確実性の重要なソースであると委員会
は認識した.ヒト固有の代謝速度を推定するためにサンプル数の小さいヒト組織を利用している
ことはモデル入力の値の不確実性を上昇させる.特に,年齢の高いグループと極めて年齢の低い
個体とで顕著な差が存在しているかもしれない.
関心のある対象集団(たとえば,低年齢),特定の暴露の特徴を有するグループ(たとえば,
農作業者やその家族),そして,複数の暴露ルート(たとえば,吸入,経皮,食品,飲料水,誤
113
飲 (hand-to-mouth activities) による摂取)に対する全てのヒト暴露を正しく予測するために,
委員会は現在のケーススタディ分析の拡張を推奨した.これらは全て,完全で適切に個体間の変
動性と不確実性に対処する上で重要な因子である.DAS はモデリングするにあたり 2 つの未成熟
な年齢グループ (生後 6 か月と 3 歳)のみを採用している.
委員会は,将来的には,幼児と子供の PD の違いの根拠として,非コリン性の神経発達障害の
可能性を考慮に入れるべきであると述べた.
問 6.3
現在の DAS の取り組みは食品経由暴露に限定されており,全ての関連する暴露ルートを含ん
でいない.現在のモデルでは記述されていないライフステージ(たとえば,妊娠中)やルート(経
皮,吸入)により説明されるデータ由来の外挿係数を用いることの強みと弱みについてコメント
してください.
委員会による回答の要約
委員会は全ての暴露の発生源を特徴づけるデータが必要であることを指摘した.現在の DAS モ
デルは適切な暴露シナリオ (摂取,経皮,吸入)と様々なライフステージや状態(妊娠,胎生,
授乳,授乳の胎児)に対応するために拡張されるべきである.
114
付録 B 物質固有調整係数の定義と利用方法
IPCS (2005) を翻訳した.
翻訳:要約は,山口による.本文は翻訳業者とアルバイト(大学院生,研究生)に依頼した.
ハーモナイゼーション プロジェクト ドキュメント No.2
種間差とヒト個体差の物質固有調整係数 (CSAFs):用量/濃度‐反応アセスメントにおけるデ
ータの利用についてのガイダンスドキュメント
このプロジェクトは,化学物質に起因するリスク評価に対するハーモナイゼーションアプロー
チに関する国際化学物質安全性計画(IPCS)のもとで実行された.
本書は世界保健機関,国際労働期間,国連環境計画の共催の下で出版され,化学品の健全な管
理 の た め の 組 織 間 計 画 Inter Orgainzation Programme for the Sound Management of
Chemicals 枠内で作成された.
世界保健機関
ジュネーブ 2005 年
115
要約
デフォルトの安全/不確実性係数は,40 年もの間,動物研究による無毒性量 (NOAELs) もしく
は最小毒性量 (LOAELs) に基づいた健康基準の指針値を推定するために使用されてきた.
FAO/WHO 合同食品添加物専門家会議 (JECFA) や FAO/WHO 合同残留農薬専門家会議
(JMPR) のような機関により,通常,100 が動物慢性試験による NOAEL もしくは LOAEL に
基づく母集団の一日許容量 (ADI) ,耐容一日摂取量 (TDI) ,もしくは,参照用量 (RfD) を導
出するために使用されている.この値は,種間差とヒト個体差を考慮した二つの係数 10 の積で
ある.種間差とヒト個体差を考慮して使用される一般的な不確実性係数とは異なる不確実性係数
が,追加的にデータベースの充足度や影響の重篤性や不可逆性を考慮して使用されるときがある.
このような不確実性係数については,このガイダンスドキュメントでは考察していない.
物質固有調整係数 (CSAFs) の概念が導入されており,デフォルトの不確実性係数 10 を変更す
ることにより,リスク評価の手順において生物学的薬物動態もしくは薬力学(作用機序)に,種
間差とヒト個体差の定量的データを組み込む方法が提供されている.生物学的薬物動態もしくは
薬力学データを組み込むことにより,それぞれ 10 の係数は適切に重み付けされた部分係数
(subfactors) に分けることができる.それぞれ 10 の係数に対する生物学的薬物動態もしくは薬
力学データの寄与(すなわち,部分係数の適切な重み付け)については 1994 年の国際化学物質
安全性計画 (IPCS) の会議で議論された.この議論の結果,関連する部分係数のデフォルト値は,
乗ずることで元のデフォルト値 10 を与えるように導きだされた(図 S-1 を参照).他の状況では,
生物学的薬物動態と薬力学との分離が異なる可能性もあるが,それでも本ドキュメントで記述す
るすべてのアプローチがふさわしいと考える.
適切な物質固有データが利用可能である場合,CSAF は関連する部分係数のデフォルト値と置き
換えることができる.たとえば,動物とヒトの標的臓器の差を定義するのに適したデータは,
AKUF に換わる CSAF を導出するために使用する事ができる(図 S-1 では 4.0)
.リスク評価に使
用されるすべての不確実性係数(複合不確実性係数,もしくは CUF)は,デフォルトの部分係数
と置き換えられる CSAF と,適切なデータが利用可能でないところのデフォルトの部分係数を乗
ずることで獲得される複合の値となる.
このように,一部に物質固有データが定量的に ADI,
TDI,
または RfD のような健康基準の指針値の導出に導入されることにより,データが不確実性に置き
換わる.
リスク評価に CSAFs が使用されるアプローチではデータが欠損しているような場合は,
通常,デフォルトの不確実性係数が使用される.これは,必ずしもデフォルト値 100 が理想の値
であると言っているわけではなく,母集団に対する健康基準の指針値を導出するために,現在共
有されているアプローチを反映したにすぎない.
このガイダンスドキュメントは CSAF を導出するために使用するデータのタイプと質に関して
も記述する.ガイダンスは CSAFs がデフォルトの部分係数(図 S-1 の下の行に示した)に置き
換えられることで説明できる 4 つの異なる領域を網羅するように,主要な 4 つの節に分かれてお
り,付け加えて,CUF の決定方法を記述する節からなる.
116
・トキシコキネティクスにおける種間差に関係するデータ
・トキシコダイナミクスにおける種間差に関係するデータ
・トキシコキネティクスにおけるヒト個体差に関係するデータ
・トキシコダイナミクスにおけるヒト個体差に関係するデータ
・CUF を導出する調整係数とデフォルトの不確実性係数との結合
不確実性係数-100
種間差
個体差
10
10
トキシコダ
トキシコキ
トキシコダ
トキシコキ
イナミック
ネティック
イナミック
ネティック
ADUF
AKUF
HDUF
HKUF
100.4
100.6
100.5
100.5
2.5
4.0
3.16
3.16
ADUF=トキシコダイナミクスでの動物とヒトとの差に対する不確実性係数
AKUF=トキシコキネティクスでの動物とヒトとの差に対する不確実性係数
HDUF=トキシコダイナミクスでのヒト個体差に対する不確実性係数
HKUF=トキシコキネティクスでのヒト個体差に対する不確実性係数
図 S-1 ADIs,TDIs,RfDs など母集団の暴露の指針値を設定するときに使用する不確実性係数
100 の再分離.
たとえば,作業暴露でのリスク評価のように,デフォルトのすべての不確実性係数が通常 100 で
はない場合,異なる数値が使用される可能性がある(IPCS 1994 による).
それぞれの節の本文は自己完結型となっている.これにより,リスク評価者は,関連するデータ
がすべて欠損しているために考慮しなかった部分係数を参照しなくても,すべての可能性のある
部分係数のデフォルト値に関連する物質固有データの適合性を決定することができる.このため,
第 3 節は意図的に繰り返しとなっている.
化学毒性では,通常,投与部位からの吸収,標的臓器/器官への輸送,標的臓器/器官による循
環からの吸収,そして,標的臓器/器官内での反応といった一連の過程を表す.図 S-1 のそれぞ
れの係数 10 は全過程の全ての側面をみているが,トキシコキネティクスもしくはトキシコダイ
ナミクスに関連する物質固有のデータを導入するためには,デフォルトの係数が 2 つの適切な重
みづけされた部分係数に分割されている必要がある.通常,標的臓器/器官内で起こる生体内活
性と無毒化の過程は,親化合物もしくはその代謝物の血中濃度から直接評価することはできない
が,全身に循環している親物質またはその代謝物質の濃度の測定値は臓器/器官での輸送の種間
117
差とヒト個体差の主要なソースを示している.
CSAFs の適用では,化学毒性に至る一連の過程を,親化合物,もしくは,標的臓器/器官への循
環活性代謝物質の輸送量に分けた.この点に至るまでの事象はトキシコキネティクスとして考慮
され,標的臓器/器官内での事象はトキシコダイナミクスとして考慮される.キネティクスとダ
イナミクスに細分割する理由は,トキシコキネティクスとトキシコダイナミクスの側面から種間
差とヒト個体差(図 S-1 の 2 つの係数 10)に再分割するために使用するデータが,血漿中濃度測
定(トキシコキネティクス)や in vitro 研究から得られたデータもしくはヒトでの in vivo 研究
データのモデルから得られたデータ(トキシコダイナミクス)を基に,種間差を導くげっ歯類と
ヒトとの生理学的差異や,ヒト個体差においては臨床薬理学の文献から良く得られるためである.
結果として,トキシコキネティクスにおいてデフォルトの部分係数に置き換えるために使われる
データは,通常,循環化学物質もしくは活性代謝物の濃度に基づいている.生理学的薬物動態モ
デル (PBPK) モデルは,CSAFs を開発するために使うことができる.キネティクスとダイナミ
クスの細分離の見直しでは,PBPK モデルに標的臓器/器官内で生体内活性および/または無毒
化の過程を含んでいるかどうかが必要となる.同時に,モデルが接触部位での影響に関連してい
るかどうかの見直しが必要となる.
トキシコキネティクスもしくはトキシコダイナミクスでの種間差のデフォルトの部分係数は,
NOAEL もしくは LOAEL を与える研究での実験動物種と成人との平均パラメータの差異を適切
に推定することにより定義されるデータで置き換えることができる.トキシコキネティクスもし
くはトキシコダイナミクスで推定するパラメータの適切な選択がその研究の暴露の性質と重大
影響に関連している.大抵,生理学,もしくは,生化学の過程のデータがこの枠組みにおいては
適切である.適切なデータは, NOAEL もしくは LOAEL を与えた実験動物種と適切な暴露量
を与えたヒトのパラメータの中央値に対して信頼できる測定値を提供している.
ヒト個体差におけるトキシコキネティクスまたはトキシコダイナミクスのデフォルトの部分係
数は,すべての機能的遺伝子多型の影響だけでなく,適宜,感受性が高い可能性がある様々なサ
ブグループを含み,健康なヒトの成体で推定される関連パラメータの変動性を特徴づけるデータ
によって置き換えることができる.ヒト個体差に関するデータを分析すれば,動態や薬力学の変
動性を反映した形で,適切なパラメータに対して対数正規分布のような分布をもっている可能性
があるが,ヒト個体差におけるデフォルトの部分係数は単一値 100.5 または 3.16 である(デフォ
ルトの不確実性係数 10 に基づく)
.CSAF によるデフォルトの部分係数の置換には,分布のパー
センタイル値に関連する点推定値を得るために分布の分析が必要となる.使用されるパーセンタ
イル値は政策決定であり,影響の重篤度,データの頑健性,分布の性質,および,リスクマネジ
メントの意見のような側面に影響を受ける可能性がある.リスク管理者に提供される可能性があ
る適当なパーセンタイル値の例は,90th,95th,97.5th パーセンタイル値である.CSAF は,関
心のあるパーセンタイルのパラメータの推定値を平均値のパラメータの推定値で割ることで算
出される.母集団に離散的なサブグループがある場合には,サブグループを含めたものと,さら
118
に,サブグループを分けたものも含み,様々なパーセンタイル値の CSAFs が母集団のデータに
基づいて算出されるべきである.どちらの結果についてもリスク管理者に提供するべきである.
リスク評価の一部に母集団の分布を考慮することにより,確率論的アプローチの使用に関して更
なる発展を促進するはずである.
CSAF の数値はデータから決定されたものであり,1 より小さいものからデフォルトの部分係数
よりかなり大きいものまで及ぶ可能性がある.その結果,CUF は通常の典型な 100 よりも小さ
い,もしくは,大きい場合がある.特定のエンドポイントもしくは悪影響において,CUF が通常
のデフォルト値(たとえば 100)よりも小さいなら,元のデフォルト値が適用されている他のエ
ンドポイントが,リスク評価の成果を決定するのに懸念される毒性影響になっていないかどうか
を考慮する必要がある.
適合するデータが利用可能な場合はまれであるが,このガイダンスドキュメントに示す枠組みに
使用されている利用可能な化学データの解析法は,リスク評価の目的に対してそのデータの総合
的な適合性を評価する有用な方法である.加えて,説明した原則を適用することで,データギャ
ップの同定やギャップを埋めることができ,リスク評価を改善することとなる.
119
1. はじめに
本書の目的は,用量/濃度‐反応アセスメントにおける種間差及びヒト個体差を扱う,量的ト
キシコキネティクス及びトキシコダイナミクスのデータ利用時におけるリスク評価者の手引に
なることである.
第 1 章では,広範囲に及ぶリスク評価の理論的枠組みを述べる本ガイダンスと,
化学物質由来のリスク評価に対するハーモナイゼーションアプローチでの国際化学物質安全性
計画(IPCS)のプロジェクト(ハーモナイゼーションプロジェクト)におけるその他の取り組みとの
関連性に焦点を当てている.専門的予備知識は第 2 章に示されており,次に物質固有調整係数
(CSAFs)の開発に向けた一般的なガイダンス,第 3 章及び概略図の順となっている.ケーススタ
ディは付録 1 に,用語集は付録 2 に収録されている.
1.1 目的
本ガイダンスドキュメントの主な目的は①共通理解を高め,用量/濃度‐反応の尺度の開発へ
の従来のアプローチにおける関連の定量的データとの融合を促進する②リスクの予測評価をさ
らに可能とするための適切な手段をより正確に示すことである.後者の目的に関しては,このア
プローチは種間差とヒト個体差の適切な調整係数の選択を知らせるため,in vivo あるいは in
vitro の研究から倫理的に取得されるヒトのデータを当然必要とする.ここで有益と考えられるデ
ータの種類は,しばしば in vitro の動物実験から得られるものでもあり,毒性検査での動物使用
を減少する,あるいは取って代わるという目的と一致する.本書で叙述する数々のアプローチも
確率的な状況において(用量/濃度‐反応の単一の測定尺度の開発よりもむしろ)提示可能であ
る.ここでは利用可能なデータにより,興味のあるの分布を十分に特徴づけることが可能となる.
つまり,本書は第一にリスク評価者向けのガイダンスとして,物質固有調整係数へのトキシコ
キネティクス及びトキシコダイナミクスの種間差とヒト個体差の量的データの融合について記
述する.だが,用量‐反応関係の厳密化を目的とする関連分野の研究を行う,あるいはデザイン
する者も対象としている.実際,このガイダンスはご覧いただけるように,適切なデータ開発及
び規定目的達成のための用量/濃度‐反応アセスメントの融合促進を促すことが期待されてい
る.
数多くの物質においても,CSAFs の開発の基礎となるデータは非常に限定的である.事実,現
在は対象となる関連データがしばしばトキシコキネティクスの種間差における不確実要素に限
定されている.通常は,本書で取り扱うその他 3 つの要素,すなわちトキシコダイナミクスの種
間差(動物からヒト),トキシコキネティクスのヒト個体差,トキシコダイナミクスのヒト個体
差,これらに対する適切かつ関連したデータ数は少ないものの,情報公開によりこれらの適切な
性質のより正確な共通理解の促進が予想される.第 3 章第 1 節及び第 4 節で述べるように,リス
ク評価に必要とされるデータ分析は有益となり得る.例え相応しいデータが不足しいたとしても,
入手可能な情報から差異に着目しているため,条件が満たされていれば,厳密化されたリスク評
価の開発が可能となるからである.
このガイダンスは国際化学物質安全性計画(IPCS)のハーモナイゼーションプロジェクトのイ
ニシアティブ結果を補う.例えば,癌の作用機序を証拠づける,重み付けの明確な提示(the
120
transparent presentation of weight) の た め の 枠 組 み が 開 発 さ れ て き た (IPCS, 1999a;
Sonich-Mullin et al., 2001).また,本書で記述するアプローチは CSAFs の開発における種間差
及びヒト個体差の量的特性評価に寄与するデータが,証拠の重要性基準,例えば一貫性などにお
いて批判的にレビュー,考慮されてきたことを前提とする.関連性のあるデータは毒性検査で常
に推薦される付加的な研究に発することが多く,また情報は多領域からの再検討が求められる.
1.2
物質固有調整係数とリスク評価
リスク評価に関して,進歩してきた重要な領域は「作用機序」それとは対照的な「作用機序」
という概念が共通理解となってきている.この場合,「作用機序」とは本質的に過程であり,関
連する毒性のエンドポイント誘発を導き得る可能性,証拠の重要性は妥当性を示すのに対し,
「作
用機序」は因果関係の詳細な分子記述を意味する.ハザード,作用機序を対象とした様々なエン
ドポイントの範囲に関する証拠の重要性は批判的に検証される.それは適切なエンドポイント及
び用量/濃度‐反応の判定アプローチを明確にするためである.この後者のリスク評価の構成要
素(すなわち用量/濃度‐反応の関係性の評価)が CSAFs の開発に関連している.
一般的に,用量/濃度‐反応アセスメントは実験で得られたわずか 2,3 の標本値群に依拠す
る場合が多い.実験データが計量を目的に悪影響(無毒性量あるいは NOAEL)なしに検証され
るか,グラフは実験データから判断される関連性に関し,主な予測に最適合致するように作成さ
れ,信頼区間が計測されるのである.実験データに基づいたヒトに対するリスクの外挿法には,
2 つの異なるアプローチがある.閾値を推測するもの,そして閾値は存在しないと推測するもの
である.
通常,すべての影響(化合物,あるいは遺伝物質を有するその代謝物の直接相互作用に起因す
るものを除いた)は,危害の可能性より以下に,ごくわずかな閾値暴露が想定されている.推測
される「安全な」暴露量は NOAEL,最小毒性量(LOAEL),ベンチマーク用量/濃度(BMD/BMC)
の不一致により開発される.これらは特定の発生水準(5%)のモデル誘導推定値(もしくは下側信
頼限界)であり,主に種間差とヒト個体差を対象とする不確実性係数に基づいている (IPCS,
1987,1994).あるいは,NOAEL (もしくは LOAEL) または BMD/BMC の絶対値の予想暴露の
超過(安全マージンや暴露マージン)は不確実性や多様性のあらゆる要因に照らして検討される.
遺伝物質の直接相互作用に関係性のある影響に関しては(発癌性や生殖細胞変異原性など),一
般的に暴露量を問わず危害の可能性が推測されている.しかし,用量/濃度‐反応アセスメント
の適切な方法論に関して明白なコンセンサスがないのが現状である.選択肢として①実験的範囲
もしくはそれにかなり近い状態における有効性としての用量/暴露‐反応の表現②有効量から
直線外挿法を用いた低用量範囲におけるリスク推定③暴露マージンの測定④実行可能な限り,最
大限に暴露を削減するため規制措置は導入されるべきだという助言である(Younes et al. 1998).
種間及び種内の考察は動物実験からヒトまで実験データによる外挿法の骨子をなすが,以下の
ように示されてきた(IPCS, 1999b).
・種間分析:動物の平均値と健康なヒト(ふつう若年成人)のそれとの比較.種差はメタボリ
ック,機能的,構造的差異により生ずる.
・種内もしくは個体間分析:該当パラメータ,クリアランス(CL)や影響濃度 10%(EC10),に関
121
して人口から健康なヒトを選び出し,変異性の範囲において比較(第3章第2節及び第4節を参
照).
このガイダンスの焦点は,用量/濃度‐反応アセスメント(CSAFs)における種間差とヒト個体
差の外挿法の情報提供を目的とした量的トキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスのデ
ータ利用である.CSAFs は以前「データ由来の不確実性係数」と呼ばれていた(Renwick, 1993;
IPCS, 1994, 1999b).しかし,通常のデフォルトアプローチの性質の詳述が相応しいため,新た
な学術用語「物質固有調整係数」が採用された.また,共通の特徴を有す化学物質総称のデータ
分析に基づいた係数の混同回避にもなる.例えば,カテゴリカル係数は共通の物理的/化学的特
性に基づき,なおかつデータ由来の係数でもある.種間差及びヒト個体差の説明の上で,CSAFs
はより一層データを駆使したアプローチの広範囲に渡る連続体の一部であることが認識されね
ばならず,デフォルト(「推定された保護 (presumed protective)」)からより「生物学に基づく予
測」
までを包括する(図 1).
この連続体に沿うアプローチはいかなる単一物質にも適用されており,
第一に関連するデータの有用性により判定される必要がある.さらに,有用性あるデータの範囲
はしばしば物質の実用上の重要性の機能をもつ.
CSAFs の開発は必ずしも可能ではなく,また必要ですらない.例えば,不毒性量や最小毒性量,
BMD/BMC と予想されるヒト暴露間のマージンに大差があれば,デフォルト不確実性係数部分の
移動に必要とされるより高度なデータの産出は,動物及びヒトの必要実験,さらにこれに関係す
るリソースの支出は正当と見なされない.しかしながら,マージンが小さい場合,追加的な物質
固有の量的データ開発は正当化されるだろう.例えば,一日許容量(ADIs),耐用一日摂取量(TDIs),
参照用量(RfDs),暴露及び安全マージンの用量‐反応分析や研究結果の科学的信憑性を高めるか
らである.
122
基本データセット
外部用量
毒性反応
生理学に基づくキネティクス
外部用量
毒性反応
内部用量
生理学に基づくキネティクスモデル
外部用量
内部用量
標的器
官用量
毒性反応
生理学に基づくキネティクスモデルと局所標的器官の代謝
外部用量
内部用量
標的器
官用量
標的器官の
代謝
毒性反応
生物学に基づく用量‐反応モデル
外部用量
内部用量
標的器
官用量
標的器官の
代謝
標的器官の
反応
毒性反応
図 1 特定化学物質に対する外部用量と毒性反応の関係(Renwick ら 2001)
このガイダンスの焦点は,許容,容認可能な参照摂取量,濃度など,仮定の「安全」(subthreshold)
値の評価促進アプローチのための,トキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスの量的デー
タと用量/濃度‐反応分析の融合である.しかしここで述べたいのは,本書で扱う方法論はその
他のアプローチにおいても適用可能だと言うことである.他のアプローチとは,暴露‐反応分析
のアプローチ,すなわち,実験で有効性の予測を行う暴露マージンや直線外挿法などである.ま
た確率論的状況,つまり興味のある分布を確信的に判定できるほどデータが十分にあるとき,用
量‐反応の提示が可能となる.
2. 背景
2.1
物質固有調整係数の開発に向けた枠組み
通常の用量/濃度‐反応の閾値影響判定の起点は体重建ての NOAEL もしくは BMD(体重
mg/kg)もしくは動物実験における重大影響の無毒性濃度(NOAEC)もしくは BMC(大気中の濃度,
例えば mg/m3)である.NOAEL もしくは NOAEC は最高の暴露濃度であり,形態学,機能的能
力,成長,開発あるいは標的器官の寿命に対し,探知不可能な反変質を引き起こす.一方,BMCs
あるいは BMDs はある臨界効果の反応の特定濃度を指す.
NOAELs/NOAECs 及び BMDs/BMCs
は通常,深刻な悪影響を伴わないヒト暴露濃度を導出する安全,あるいは不確実性係数に分類さ
れる.これは最も共通する,だが唯一でない用量/濃度‐反応判定アプローチである(US EPA,
123
1994; Edler et al., 2002).以下の文章では提示が簡潔であるため,NOAEL/NOAEC は不確実性
係数が適用される摂取量が用いられる.しかし,ここで述べられる概念も同様に BMC あるいは
BMD,LOAEL か LOAEC に適用可能である(NOAEL は調査研究において定義されていなかっ
たため,他の不確実性係数も適用され得る可能性もあるが).
従来は,母集団の暴露に関して,動物における NOAEL/NOAEC の臨界効果はしばしば不確実
性係数 100 に分類されていた.通常の不確実性係数 100 は 2 つの係数 10,ひとつは種間差,も
う一方はヒト個体差を構成するものとして見なされ得る(IPCS, 1987).2 つの係数 10 はデフォル
ト値であり,異なる試験種で検出される様々な悪影響の NOAEL/NOAEC に適用される.すなわ
ち,このガイダンスドキュメントの目的はこれらのデフォルトを物質固有データで修正可能とす
ることである.
100 とは異なる不確実性係数がその他の規定の状態において用いられるところでは,全体要因
を異なる要素に分類し,部分係数を修正する物質固有データの利用という概念は,このドキュメ
ントで示されるように依然として適用する.
種間不確実性係数は(比較的,同種である実験動物の小グループから抽出された)動物の
NOAEL/NOAEC を平均的健康なヒトに想定される NOAEL/NOAEC に転換すると見なされる.
ヒ ト 個 体 差 の 不 確 実 性 係 数 は 平 均 的 ヒ ト の NOAEL/NOAEC を 感 受 性 の あ る ヒ ト の
NOAEL/NOAEC へ転換する.ヒトへの悪影響を示すデータは種間係数の必要なく直接的に用い
られるが,そのようなデータの不足は大多数のリスク評価が実験動物研究に基づいていることを
示す.
他の不確実性係数,種間差もしくはヒト個体差のような一般的な不確実性係数にあてはまらな
いものは,データベースの不足量,および,影響の重篤性と不可逆性として考慮され,組み込ま
れてきた.以前はこのように考えられてきた(IPCS, 1994)が,CSAFs はふつう,データベース不
足の起こり得ない豊富なデータを有す化学物質に由来するため,このガイダンスドキュメントで
はこれ以上の考察はしない.また,他の不確実性係数の適用は主観的判断の問題だからである.
2.2 トキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスのデフォルトの部分係数の開発
用量/濃度‐反応の判定過程は広く,実験の NOAEL/NOAEC の採用及び一般的に用いられる
デフォルト不確実性係数(例えば,動物データに基づく母集団 100)の分類から,生物学的典型モ
デルを十二分に用いた実践的アプローチまでに及ぶ.実際に,リスク評価が依拠する圧倒的多数
のデータベースには標的組織/器官への親化合物の輸送(もしくは毒性代謝物の循環)や作用機序
に関する情報はほぼ不足状態である.結果,不確実性係数を用いた実践的デフォルトアプローチ
は用量/濃度‐反応判定の基礎であり続けている.
トキシコキネティクスの種間差及びヒト個体差,特に異物代謝(Lipscomb & Kedderis, 2002)
に関するわれわれの知識の高まりから,量的データをリスク評価へ融合するための方法論の必要
性が強調されてきた.量的にリスク評価に貢献する,トキシコキネティクスのデータあるいは作
用のモードやメカニズムに関するデータ(トキシコダイナミクスのデータ)のため,生物学に十分
に基づく用量‐反応もしくは濃度‐反応モデルが欠如している場合は,各種間差及びヒト個体差
の 10 係数を適用する現行の手順が高度化される必要がある.各 10 係数のトキシコキネティクス
124
及びトキシコダイナミクス構成要素への細分化はデフォルト値の一部,可能であれば,関連する
物質固有データへ置換させることができ,従って用量‐反応あるいは濃度‐反応判定の科学的根
拠を発展させ,許容,耐容,参照摂取量あるいは濃度への信頼性の向上につながる.
ヒト由来のデータ,そのほとんどがヒトの in vivo 研究で得られるが,このデータは種間差,
ヒト個体差のいずれの考察においても必須である.Renwick (1993)は限られた数の化学物質に対
するトキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスの種間差及びヒト個体差に関するデータ
分析を行ったが,そのほとんどがボランティアや患者に経口もしくは腹腔内投与された医薬品で
あった.不確実性係数 10 の細分化は初期において CL や血漿,組織中濃度曲線下の領域,タイ
ムカーブ(AUG)などの薬物動態パラメータデータに基づいていた.なぜなら,これらは長期投与
期間中の定常状態体内負荷量に直結しているからである.ヒトのダイナミクスデータは,人体組
織を用いた in vitro 用量-反応データ,もしくは様々な薬理学的,治療学的反応の in vivo 薬物動
態学的‐薬力学的モデリングに基づいており,反応におけるヒト個体差は個別データへのモデル
適用によりキネティクスのいかなるヒト個体差をも補正する.利用可能データに基づく限り,各
係数 10 はトキシコキネティクスの係数 100.6 (4.0)とトキシコダイナミクスの係数 100.4 (2.5)に細
分化可能だと提唱された.一般的に,齧歯動物は化学物質をヒトよりも速く代謝し,細分化は,
基本的な生理的パラメータ,つまり心拍出量,腎臓及び肝臓の血流など,主要な除去決定因と化
学物質除去は,ラット(ほとんどの場合は試験種)とヒトとの間では大よそ 4 倍差で一致する.
Renwick (1993)の制限付データはダイナミクスよりもむしろキネティクスにおけるヒトのより
潜在的な変異性を示唆していたため,キネティクの変異性に対してより大きな係数が求められた.
その後の世界保健機関(WHO)人体暴露制限ガイダンス評価のための環境衛生基準担当作業班の
報告によると(IPCS, 1994),種間係数の細分化 4.0 × 2.5 は,基礎生理学的種間差に基づいていた
ため適切であったと結論付けられた.しかし,分析されたデータベースはヒト個体差の 10 倍係
数の不均等な細分化を正当化するには不十分だと考えられた.よってこの係数はそれぞれ 100.5
(3.16)の 2 つの部分係数に均等に分割された.このヒト個体差係数の均等分割は,ヒト及び濃度
‐影響データの 49 の化学物質による反応結果における適切なキネティクスパラメータのより包
括的分析によって後に検証された(Renwick & Lazarus,1998).全身作用に関連する部分係数値の
導出に用いられたデータベース(図 2)は経口あるいは動脈投与後に生じた.しかし,CSAFs の使
用及び以下に示すアプローチは接触部における影響においても適用可能である.ここではトキシ
コキネティクスの構成要素は体循環を介してでなく,直接放出されうる.このような接触の影響
に関する,部分係数のデフォルト値の妥当性については検証が求められる.
125
不確実性係数-100
種間差
個体差
10
10
トキシコダ
トキシコキ
トキシコダ
トキシコキ
イナミック
ネティック
イナミック
ネティック
ADUF
AKUF
HDUF
HKUF
100.4
100.5
100.5
100.5
2.5
4.0
3.16
3.16
ADUF=トキシコダイナミクスでの動物とヒトとの差に対する不確実性係数
AKUF=トキシコキネティクスでの動物とヒトとの差に対する不確実性係数
HDUF=トキシコダイナミクスでのヒト個体差に対する不確実性係数
HKUF=トキシコキネティクスでのヒト個体差に対する不確実性係数
図 2 ADIs,TDIs,RfDs など母集団の暴露の指針値の設定に用いる不確実性係数 100 の再分離.
例えば,作業暴露でのリスク評価のように,デフォルトのすべての不確実性係数が通常 100 では
ない場合,異なる数値が用いられる可能性がある(IPCS 1994 に基づく).
2.3
包括的プロセスの分離:物質固有調整係数におけるトキシコキネティクス及びトキシコダイ
ナミクスの毒性産出
対象人口の暴露‐反応を特定するヒトの十分な in vivo データ,例えば母集団もしくはかなり
感受性の高いサブグループなど,これらは耐容,許容,参照濃度や用量の開発材料となり,キネ
ティクス及びダイナミクスの側面を包含するであろう.このような悪影響を示す in vivo 反応デ
ータは被曝労働者などの疫学研究で得られるかもしれない.倫理的配慮とは,毒性それ自体はヒ
トボランティアの実験研究で直接検査され得ないことを意味している.軽く,可逆性のあるバイ
オマーカーの悪影響は研究可能であるかもしれない.しかし,作用機序及び意図的服用の健康に
対する影響不足について明確に理解しなければならない(Renwick & Walton, 2001).特定の化学
物質に対する動物及びヒトのキネティクス及びダイナミクスの側面を扱うデータは,母集団にお
ける種間差及びヒト個体差を量的に決定づける上で有益である.
図 3 に示すように,外部からの投与量及び最終的な毒性影響間の経路においては多数の段階が
存在する.
126
外部用量
吸収用量
体循環における濃度
毒性反応
除去
非標的組織
細胞内変化
への分布
細胞内対象の
標的組織における濃度
相互作用
特定箇所の生体内活性化
・特定箇所の生体内活性と解毒作用
細胞保護機能
・血漿キネティク測定に反映されない
注:「濃度」とは体循環により伝達される関連活性型を指すが,他の組織で生成され,標的組織か
器官に伝達される新化合物もしくは活性代謝物とも言える.
図 3 毒性反応の誘発過程
実際目的のため,外部用量と毒性反応の連続プロセスは体内における化学物質の破壊もしくは
作用に関連する段階へと細分化される.全プロセスの側面の相違は各々,トキシコキネティクス,
トキシコダイナミクスと称される.これらは種間差及びヒト個体差の主要源であり,最終的に人
口における感受性の高いサブグループの生存をもたらす.
化学物質が医薬品であれ,農薬,食品添加物や工業化学薬品であれ,外部由来の化学物質の吸
収,分布,排出に関連する代謝及び生理的プロセスは同様である.このガイダンスドキュメント
では,
「薬物動態」及び「トキシコキネティクス」は同義と判断し,
「生理学的に薬物動態(PBPK)
モデルに基づく」とは,
「生理学的にトキシコキネティクス(PBTK)モデルに基づく」ことと同様
である.
トキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスへそれぞれ係数 10 を細分化するためのデー
タは,齧歯動物とヒトの種間差の生理学的相違,そしてヒト個体差に関する臨床薬理学の文献を
おおよそ元にしている.キネティクスのデータにおける変異性は CL や AUC などの血漿濃度測
定に基づいていたのに反し,ダイナミクスのデータにおける変異性は in vitro 研究あるいは in
vivo キネティク‐ダイナミックモデリングに由来する濃度‐影響関係に基づいていた.よって,
トキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスのデフォルト部分係数を置換するためのデー
タは,体循環における化学物質あるいは活性代謝物の濃度に基づかなければならない.そうでな
ければ,
CSAF によって置換されず,
部分係数のままであるデフォルトを再認識する必要がある.
127
2.3.1 トキシコキネティクスに関するデータ
化学物質の吸収・分布・代謝・排泄(ADME)のデータは血漿及び組織トキシコキネティクスを
定義付ける上での基礎としてその利用性が増している.これらのデータは種間差(すなわち,試験
種とヒトの差異)と内部用量と標的器官用量のヒト個体差(人口における個人とサブグループの差
異)の定量化を可能にする.上記の両領域においても定量的特徴づけはヒトのトキシコキネティク
スデータの利用可能性が必要になる.
トキシコキネティクスの種間差と同時にヒト個体差が標的組織/器官における活性成分の遊離
濃度に基づくのが理想であるが,このようなデータはヒトの場合利用できるのは非常に稀である
ため,ガイダンスでは既に利用可能な測定,すなわち体循環における活性成分の濃度など,標的
組織/器官を示すものの使用に基づいている.投与部における濃度と作用及び接触部における毒性
反応とは関連性が指摘される.
関連するデータは,動物及びヒトの予測されるヒト暴露用量もしくは濃度における実験条件下
の化学物質のキネティクスを決定づける in vivo 研究から導き出されるだろう.なぜなら生理的
代謝プロセスは低濃度下において用量の影響を受けないため,適切なトキシコキネティクスのデ
ータは,非常に低く,毒性無しと評価された用量を与える,人間のボランティアの in vivo 実験
から倫理的に導かれるだろう.
キネティクスではいかなる非直線性も種間差及びヒト個体差のどちらのアセスメントの適量
の選定が考慮される必要がある.動物の用量はリスク評価の基礎として用いられるべきである.
NOAEL の重大影響の極めて重要な研究で事例を挙げると,もし異なる用量が CSAF 導出のため
のトキシコキネティクス研究において使用されれば,非線形キネティクスがパラメータ推定に影
響する可能性を考慮すべきとなる.ヒトのトキシコキネティクスを決定づける用量は,化学物質
が事前の認可手続きを対象とするとき,ヒトが現存する暴露に触れる,あるいは暴露すると予測
されるべきである(Edler et al., 2002).後者のケースでは,ヒトで当初研究された用量は動物研
究の NOAEL に比べ,100 倍の低いことが予想された.だが,もし動物の NOAEL に CUF(第 3
章第 1 節第 2 項を参照)の適用後,明らかに異なる潜在的摂取量を与えたデータから CSAF が導
出されたならば,非線形キネティクスの考えられ得る影響が考慮されねばならなかった.
決定論的なプロセス(例えば,酵素活性)の in vitro 測定は種間差,とりわけ PBPK モデル(下記
を参照)に組み込まれた場合に用いられる.場合によっては,キネティクスのデータは環境暴露に
関連する測定から得られる可能性があるが,暴露は全体として個人もしくは人口を適切に特徴づ
けられないことがしばしば起こる.このようなデータは有益であるかもしれないが,化学物質の
今後の行方は動物研究に基づき,明確に理解される.例えば,暴露の正確な定量化がなくとも,
簡易な尿と血漿の測定は腎臓を経由し,大幅に除去された物質の完全除去を示している.
生理学的キネティクスのパラメータ
CL や AUC などの生理的パラメータが適用量で in vivo 研究から導出され得るとき,PBPK モ
デルの開発(下記を参照)は必要ないかもしれないだろう.CL の推定も同様に,in vivo 活性を決
定づける適切なスケーリングを融合した in vitro 酵素研究,あるいはヒトと同等の評価が予測さ
128
れる動物からの in vivo のスケーリングによって導出され得る(Obach et al., 1997).血漿のデー
タは体循環と体組織間の化学物質の分配範囲を示すであろうが,標的組織/器官における濃度を直
接測定するのではない.一般的に,血漿と組織間の分配は単純な受動拡散によるものであって,
通常は種間差もしくはヒト個体差の主要源ではない.しかしながら,組織における種間差,すな
わち血漿の比率はタンパク質と高く結合しているか,膜透過輸送物の基質である化学物質の発生
は起こり得る.生理的パラメータは血液もしくは血漿における平均的定常状態濃度に関して有用
性が高いが,単一用量後の組織濃度もしくは組織レベルの変化を決定づけることはない.
生理薬物動態モデル
PBPK モデルの主な長所は,標的組織/器官を含む体組織における化学物質もしくは活性代謝物
の単一暴露後及び重複投与後の定常状態における濃度変化のモデル化が可能なことである.
PBPK モデルは経路横断や過用量範囲の外挿,とりわけ代謝もしくは組織吸収が非線形であると
き,有益であろう.体循環と標的組織/器官間の化学物質の分配は,一般的に動物の組織か他の in
vitro モデルを使用した分配係数の測定に基づく.異なる組織の分配係数のデータは動物及びヒト
の器官血流と組み合わせられる(Davies & Morris, 1993; Walton et al., 2004 を参照).これは標
的組織/器官への輸送と標的組織/器官内の濃度を決定づける PBPK モデル作成のためである.
このガイダンスでは,親化合物か代謝物が,標的組織/器官へ体循環を経由し,輸送される場合,
PBPK モデルは 2 つのタイプに分けられるであろう.
1) 親化合物もしくは循環活性代謝物の標的組織/器官用量を推定する
2) 標的組織/器官内で発生する生体内活性化及び解毒作用プロセスを付加的に融合する
タイプ 1 の PBPK モデルは自然状態では純粋な「トキシコキネティクス」であり,不確実性係数
10 をトキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスの部分係数への分割に用いられるデータ
に適用しているだろう.タイプ 2 の PBPK モデルは全プロセスの一部を含んでおり(上の図 3 を
参照),血漿トキシコキネティクス測定を反映しないため,組織「反応」に影響するプロセスを反
映し,トキシコダイナミクスの一部になる.標的組織/器官内の生体内活性化を融合する PBPK
モデルは,直動型種もしくは遺伝毒性発癌物質の推定において最も頻繁に用いられる.
系統的な輸送を行う PBPK モデルに加え,標的組織/器官内の摂取と代謝プロセスと同様に肺
への吸入など標的組織/器官が接触部であるとき,数学的モデルは輸送を決定づけることができる.
このようなモデルは図 2 で示されるように部分係数値を得るために用いるデータベースごとに異
なるうえ(第 2 章第 2 節を参照),1 件ごとに特定のモデルに妥当な値を与える必要性があるだろ
う.
2.3.2 トキシコダイナミクスに関するデータ
トキシコダイナミクスに関するデータは分子相互作用(受容体結合)から標的部位の影響まで段
階の全範囲を扱う.作用機序がある特定の化学物質により引き起こされる影響範囲で理解される
のに反し,作用機序の詳細な知識は入手不可能であることが多い(第 1 章第 3 節を参照).また通
常は,影響部におけるある一つの段階の用量/濃度-影響関係がいかに次段階の用量/濃度-影響関係
に関連するのか詳細は不明である.しかし,種間差及びヒト個体差の CSAFs は標的組織/器官に
129
おける毒性影響自体の比較反応データ(付録 1 のケース B にある溶血)もしくは,重大な毒性反応,
例えば作用機序の理解に基づく前駆効果のようなキーイベントと判断される一連の出来事にお
けるある段階から得られるであろう(Sonich-Mullin et al., 2001).このような測定はトキシコキ
ネティクスにおける変異が排除された実験条件下で得られるべきである.
これゆえに,CSAFs は in vitro 研究,トキシコキネティクスの構成要素を測定する in vivo 研
究,あるいは ex vivo 実験(例えば,in vivo 暴露後の in vivo で測定が行われる研究)から得られる
であろう.ある影響測定は暴露後に時間差なしで発達する生体反応に関連している.それらは可
逆的であるか非可逆的である.また,ある反応測定は化学物質の継続投与後における初期の病理
組織的変化に起因する生化学的変化(例えば肝酵素の上昇)と関連する.
外部より確証されるべきキネティクス-ダイナミクス関連モデルにおいては,作用地点で推測さ
れる濃度もしくは量は実験的数理学リンク関数による反応と関連する.このようなモデルはトキ
シコキネティクス以外の濃度-反応関係の推測へ導く.
すべての in vitro もしくは in vivo の生物測定が in vivo 毒性反応の発展に重大なプロセスを示
すものではない.毒性反応発生においてはしばしば数多くの連続段階があり,初期変化のバイオ
マーカーは重大なトキシコダイナミクスのプロセスを反映しないであろう.毒性影響の代替マー
カーとして機能するため,測定は重大な毒性エンドポイントの量的及び質的な典型であるべきで
ある.トキシコダイナミクスにおける種間差の考察への適切な in vitro トキシコダイナミクスデ
ータの融合は in vitro 動物実験の削減に寄与するであろう.種間差 CSAF の生成には,動物及び
ヒトの組織の比較 in vitro 研究が求められる(第 3 章第 2 節第 3 項を参照).
2.4
複合不確実性係数の算出
IPCS で開発された用量/濃度-反応アセスメント体系(1994)は以下に漸くされている(図 4).こ
の体系は母集団のリスク評価に用いられた係数 10 の細分化に基づき,適切なデータなしの状態
では通常係数 100 に戻る が,導入される量的物質固有データの可能性につながる.
この過程ではトキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスのどちらにも関連する量的物
質固有データの母集団のリスク評価に用いられる通常不確実性係数 100 の一部の置換が可能にな
る.このようなデータは,それによってリスク評価の結果に直接的,量的インパクトを与える.
量的物質固有データを伴うトキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスのデフォルト部分
係数の置換は,どちらのデータも利用可能となる特定的な場合の CSAF を生ずることになる.
CSAF は物質固有データにより決定づけられ,デフォルト以上か以下にある.すなわち,もしヒ
トに同様の外部用量の活性化合物へより低い標的組織暴露がある,あるいは低い組織の感受性が
示されれば,種間係数は 1 未満である.物質固有データの使用は物質固有データの不確実領域の
デフォルト係数の置換作用があるゆえに,全体的不確実性を減少することになる.
NOAEL もしくは NOAEC (あるいは BMD, BMC, LOAEL, LOAEC)に適用された CUF(複合
不確実性係数)は CSAFs の複合であり,適切な物質固有データの残るデフォルト不確実性係数は
利用不可能であった.すなわち,CUF = [AKAF か AKUF] × [ADAF か ADUF] × [HKAF か HKUF]
× [HDAF か HDUF]
130
中心的研究と重大影響の選択
中心的研究の妥当性
NOAEL(ヒトのデータ由来)
NOAEL(動物のデータ由来)
トキシコダイナミクス
トキシコキネティクス
における種間差
における種間差
ADUF
AKUF
2.5(100.4)
4.0(10 )
トキシコダイナミクス
トキシコキネティクス
におけるヒト個体差
におけるヒト個体差
HDUF
HKUF
0.6
0.5
3.16(10 )
0.5
3.16(10 )
複合不確実性係数
あらゆる CSAFs と残る UFs の生成物
A=動物からヒトの比較,H=ヒト個体差,D=トキシコダイナミクス,K=トキシコキネティクス,
UF = 不確実性係数(適切なデータが利用可能な場合,CSAF によって置換される)
図 4 量的トキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスのデータの用量/濃度‐反応アセス
メントへの導入体系(IPCS 1994 より引用)
ここでは,
-A は(種間差の定量化に基づく)動物からヒトの推定係数を示す.
-H は(ヒト個体差の定量化に基づく)ヒト個体差係数を示す.
-K はトキシコキネティクスにおける差異を表す.
-D はトキシコダイナミクスにおける差異を表す.
-AF とは物質固有データから算出された調整係数をいう.
-UF とは不確実性係数,物質固有データのない状態で用いられるデフォルト値をいう.
131
総合の CUF は通常デフォルト(図 2 及び 4 の 100)以上もしくは以下であると考えられ,デフォ
ル ト 不 確実 性 係数 を 置換 す る 目的 で 導入 さ れた 量 的 かつ 科 学的 デ ータ に 基 づい て いる .
IPCS(1994)ではこのような置換の結果は通常デフォルト値以下の CUF であるだろうと認識され
ている.CSAFs が置換したデフォルト以下であるときは常に,用量/濃度-反応アセスメントが高
用量あるいは高濃度で発生する影響に基づく必要があるだろう.だたし関連するキネティクスあ
るいはダイナミクスデータは通常デフォルトの置換の基礎として利用不可である(付録 1 のケー
ス A2 を参照).なぜならば,標準デフォルト不確実性係数と組み合わされた高 NOAEL/NOAEC
の異なる毒性影響は重大影響になり得るからである.さらにこの可能性は研究計画の上で,
CSAFs の基礎としてデータの開発に向け,考察される必要性がある.従って,図 4 では矢印は
プロセスの起点へと戻る.これは潜在的悪影響及び適切な調整/不確実性係数が適切に考慮されて
いることを確証するためである.重大影響は最初の悪影響として特徴づけられるか,種間差及び
ヒト個体差の適切な調整後に上昇する用量/濃度スケールにおいて発生する前兆と見なされ得る.
大半は,CSAF を特徴づけるための量的トキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスのデ
ータは利用不可であり,通常 NOAEL/不確実性係数アプローチを用いたハザードの特徴づけが必
要になる.デフォルト不確実性係数(AKUF,ADUF,HKUF,HDUF)は通常デフォルト値に基づく
ため(各種間差及びヒト個体差の 10),このガイダンスは現在のデフォルト過程と互換性が依然と
してある.
データの本質が不確実性係数の細分化に基づくため,CSAFs においては,標的組織の生体内活
性化は体循環からの化学物質の輸送に対する組織反応の第一段階を示すため,トキシコダイナミ
クスでは初期段階と見なされる.すなわち,トキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスの
部分係数の場合,標的組織の生体内活性化を含む PBPK モデルがトキシコダイナミクスの係数の
初期部分をも含み,ケースバイケースで考察されなければならないだろう.例えば,場合によっ
ては,組織取り込みは標的部位の生体内活性化の第一段階の機能を果たす.標的器官の生体内活
性化を含む PBPK モデルからのパラメータによる種間トキシコキネティクス係数の置換は種間
トキシコダイナミクス係数の不定部分を視野に入れるだろう.つまり,この範囲は十分な生物学
的用量/濃度-反応モデルのみによって特徴づけが可能であり,利用可能なとき,両側面,すなわ
ち初期係数 10 を置換する.
3. 種間差とヒト個体差の物質固有調整係数の発展におけるデータの利用についてのガイダンス
ドキュメント
以下のテキストは,CSAF の導出に用いられる種類とデータの品質に関する実用的なガイダン
ス提供を意図している.このガイダンスは主に 5 つの節で構成されている:
-トキシコキネティクスにおける種間差に関するデータ
-トキシコダイナミクスにおける種間差に関するデータ
-トキシコキネティクスにおけるヒト個体差に関するデータ
-トキシコダイナミクスにおけるヒト個体差に関するデータ
132
- CUF を導出する調整係数とデフォルト不確実性係数との結合
各節は自己完結型となっており,あらゆる可能性のあるデフォルト部分係数に関連する物質固
有データは研究下の他の部分係数と関係なく評価可能であるため,本節では少なからず意図的に
繰り返しとなっている.
ヒトの暴露-反応関係を特徴づける妥当なデータが欠如していれば,例えば ADI,TDI や RfD
など,直接的に健康に基づくガイダンス評価の導出に用いられるが,キネティクス及びダイナミ
クスの物質固有データは,許容,耐容,参照濃度あるいは用量開発の種間差及びヒト個体差を量
的に扱う上で有益となる.以下の節では,このようなデータの適用を目的とするガイダンスが,
しっかりとしたキネティクス及びダイナミクスの物質固有科学的データに基づくデフォルト値
の置換において提供される.キネティクスのデータは標的器官への化学物質の輸送と関連付けら
れ,ダイナミックデータは標的組織の濃度-反応と関連付けて考えられる.
2 つの係数 10 を用いつつ種間差及びヒト個体差の処理目的で 現在のデフォルト枠組みにお
いて,ガイダンスが提示されることが認識されなければならないが,これらの値が必ずしも「正
しい」ことを暗示するのではなく,むしろ十分な生物用量-反応が欠如した状態における,モデル
キネティクス及びダイナミクスの有益なデータの融合を可能にする.作用機序に関する情報増加
に伴い,これらを扱う係数 10 の信憑性は減少すると予測される.枠組みもまた確率的状態の用
量-反応の提示に適し,ここではデータが興味のある分布を確実に特徴づけられる.
このガイダンスを進める上での第一段階のひとつは,関連するトキシコキネティクスのパラメ
ータ,あるいは,時折「計量」や CSAFs の基礎といわれる,標的組織/器官への化学物質の輸送
に関するトキシコダイナミクスの種間差かヒト個体差の定量化を目的とする影響測定の注意深
い考察である.
(例えばバイオマーカーのような)in vivo の様々なエンドポイントの測定はトキ
シコキネティクス及びトキシコダイナミクスとトキシコダイナミクスの一部あるいは全プロセ
スを完全に示すことができるだろう.種間差かヒト個体差のトキシコキネティクスのデフォルト
を置換する CSAFs は内部用量を反映する測定後のパラメータに基づかれる(例えば循環内の化学
物質濃度).In vivo 測定法でも作用機序に関連する細胞内プロセシングの側面を融合するもの,
たとえばタンパク付加物,酵素活性化あるいは抑制として,摂取,輸送(キネティクス),そし
て少なくともダイナミクスの一部に反映されるだろう.このような測定はトキシコキネティクス
のデフォルト,種間差トキシコダイナミクスのデフォルトの割合を置換するために用いられるで
あろう(AKAF の第 3 章第 1 節を参照).
上記で述べたように,不確実性係数のトキシコキネティクス及びトキシコダイナミクスの部分
係数への分類は体内を循環する親代謝物か活性代謝物の濃度に基づいていた.データベースを構
成するヒト研究で測定されてきたものだからである.標的組織/器官内の代謝で血液検査からは推
測不可能であれば,全トキシコダイナミクスのプロセスにおける初期段階となる.場合によって
は,枠組みにおけるキネティクス及びダイナミクス間の不一致は特徴づけが困難であるかもしれ
ない.例えば,標的部位の代謝は標的組織への摂取(通常はキネティクス)及び作用機序(通常はダ
イナミクス)の両方において重要であり得る場合はそうである.従って,PBPK モデルなどトキシ
コダイナミクスのプロセスの一部を包含する利用可能なデータ範囲を決定する必要性があるだ
133
ろう.
元来のデフォルト係数 10 の細分化の基礎はヒト薬物動態であった.この薬物動態データは,
経口及び静脈投与後の全身暴露とそれに関わる全身作用に主に関連する.しかしながら,前後関
係の枠組みでは他の暴露経路,例えば吸気暴露などに同等に適用されるが,構成要素のデフォル
トはやや異なっている.そのため,アプローチは例えば,米国環境保護庁により開発された吸気
暴露参照濃度(RfC)手法に類似している(US EPA, 1994).
CSAF 測定に用いられる種類のデータは,必ずしも通常の規制データベースにはならず,使用
された情報の重要な科学的評価でなければならない.事実,適切なデータは広範囲に渡り研究さ
れた化学物質にのみ適応される傾向にある.化学物質のトキシコキネティクスもしくはトキシコ
ダイナミクスに関連する主なプロセスが確認された場合,ヒト研究で得られた物質固有データは
利用できず,適切な CSAF を特徴づけるためのこれらのプロセスにおける種間差及びヒト個体差
の知識を用いることは可能だろう.つまり,このような経路/プロセス-関係知識の使用は単にデ
フォルト値を使用する場合に比べて良いだろう.経路/プロセス-関係知識の事例は,もしこれが
内部用量の主要な決定要素であれば,糸球体濾過量の種間差及びヒト個体差となる.
CSAFs 開発において実験データを使用するときの重要な観点は,CSAF を計算するために使用
された値が実験誤差もしくはその他の誤差を含み,それらが CSAF 自体に影響を与えているとい
うことを認識することである.研究が十分に計画され,実践されている場合には,システムエラ
ーや研究設計によるエラーはなく,実験のランダムエラーが,種間差に関する CSAFs に用いら
れる中央値に大きな影響をあたえることはない.種間差の調整係数を導出するために使用される
パラメータの平均値に含まれる誤差により,比を,安全側に過大に,もしくは,過小に見積もる
可能性がある.すなわち,ヒトの健康に対して,過大に保護する,もしくは,過小に保護する結
果となる.それとは対照的に,ヒト個体差の CSAF 導出に用いられる明白なヒト個体差を導くあ
らゆる実験誤差は,差異が大きく,必要係数より大きい係数が結果として生み出され,過剰保護
の傾向が見られるため,微々たるものではなくなってしまう.もし,十分に質のある適切なデー
タが単一の研究から利用可能であれば,CSAF の資料はヒト研究における多分野からのデータは
必要でない.研究が CSAF 開発のためのデータ獲得に具体的に実行されるならば,研究構想は次
節(第 3 章第 1 節から第 3 章第 4 節)でみられる,異なる基準を考慮しなければならない.デフォ
ルト不確実性係数を置換する CSAF 導出目的の利用可能なデータの許容性は,ケースバイケース
を基本に専門家の判断と慎重な調査が求められるだろう.一般的に適用される正確なガイダンス
を示すのは不可能であり,考察を進める以下のテキストでは,CSAF が利用可能なデータから導
出されるべきであれば決定づけを行う際にリスク評価者によって考慮される必要があることを
示している.導出された CSAF が通常デフォルト(図 2 の 100)以下の全係数(CUF)を生み出せば,
データの質が非常に重要となる.
図 4 の枠組みの全ディシジョンツリーは図 5 に示されている.次節(第 3 章第 1 節から第 3 章
第 4 節)では,種間差及びヒト個体差の調整係数開発のガイダンスが枠組みの構成要素ごとに提示
されている.また,このガイダンスは図 6,7,8,10 においても示されている.
134
3.1 トキシコキネティクスの種差のための物質固有調整係数(AKAF)開発のためのデータ(図 6)
3.1.1 活性化学成分の同定
具体的な化学物質に本方法を適用する場合,最初のステップは活性成分 (すなわち,親化合
物,または問題となっている重大影響の原因である代謝物)を同定することにある.毒性学的に
活性を有する成分について結論を導くためにデータが十分でない場合は,従来のデフォルトのア
プローチが適用されるべきである.また,親化合物または活性代謝物のトキシコキネティクスに
おける種差がデフォルトの不確実性を超える CSAF につながる場合は,デフォルトは適切に保護
的ではない可能性があるため,たとえ活性化学成分を明確に定義するデータが存在しなくとも,
より高値の使用が検討されるべきである.
活性化学成分の決定に情報を与えることができる証拠が,以下のようにいくつか存在する.
化学物質のデータベース全体を,重大な毒性作用の誘発における,親化合物または代謝物の役
割の指摘について評価すべきである.
構造類似物質の毒性メカニズムに関するデータから,可能性の高い活性化学成分を指摘できる
可能性がある.
代謝がない場合,重大影響は明らかに親化合物に起因する.
化学物質が代謝される場合は,代謝物投与後に重大影響を観察することにより,in vitro だけ
でなく in vivo でも活性化学成分の同定を可能にすることができる(付録 1 のケース A1 および B
を参照)
.
場合によっては,重大影響への化学物質の代謝誘導,または代謝阻害に対する影響に関連する
データが存在する可能性がある.阻害(親化合物のクリアランスを低下させ,その AUC/濃度を
増加させる)後に重大影響が減少,または影響の大きさが減少する場合,その作用は代謝物によ
って引き起こされている可能性が高い.作用が増大する場合,これは活性化学成分が親化合物で
ある可能性が高いと考えられる.同じ変化が酵素誘導後に起こると反対の結論になる.このよう
な証拠の重要性は,期待した代謝パターンが in vivo で起こることを実証するキネティクス・デ
ータによって増強されることになる.
135
ディシジョンツリー
ヒトの悪影響に関する
NOAEL が適切な感受性のあるグループで
データはあるか.
決定づけられているか.
いいえ
はい
中心的動物試験及び重大影響を選択し,
いいえ
はい
はい
NOAEL 構築に十分なデータがあるか.
NOAEL を決定づける
いいえ
不確実性もしくは調整係数は
必要ない.
物質固有もしくは経路/プロセス-関係
いいえ
データはヒトに応用可能か.
(例えば 100)を動物試験の
NOAEL に適用する.
はい
いいえ
デフォルト AKUF を使用
トキシコキネティクスの種間差の
通常デフォルト不確実性係数
はい
データは応用可能か.
デフォルト AKAF を導出
いいえ
デフォルト ADUF を使用
トキシコダイナミクスの種間差の
データは応用可能か.
はい
デフォルト ADAF を導出
いいえ
トキシコキネティクスのヒト個体差の
デフォルト HKUF を使用
データは応用可能か.
はい
デフォルト HKUF を導出
トキシコダイナミクスのヒト個体差の
デフォルト HDUF を使用
データは応用可能か.
いいえ
はい
複合不確実性係数を導出
デフォルト HDAF を導出
他の悪影響のリスク
アセスメントを試みる
複合不確実性係数は動物試験と/あるいは
はい
複合不確実性係数を使用
ヒト研究で検出された悪影響に適切か.
関連する決定木
注:NOAEL は NOAEC または BMD/BMC でもあり得る.
図 5. CUF 開発の概要
136
(ディシジョン)へ進む
AKAF の導出
トキシコキネティクスの種間差の
メインの決定木
データは応用可能か.
(ディシジョンツリー)に戻る
いいえ
はい
いいえ
研究は適切な手法,例えば分析感度と特異性と
デフォルト AKUF を使用
in vivo 研究の適切な測定期間を採用していたか.
はい
いいえ
活性化学部分 は認識されたか(3.1.1).
はい
いいえ
毒性が AUC か Cmax のどちらかに
基づくことが分かるか(3.1.2).
いいえ
いいえ
はい
AUC(もしくは CL)基本アセスメント‐より軽度
AUC か Cmax を適切に選択する
PBPK モデルは標的器官の用量決定を
十分に示すには応用可能か.
はい
検証済みの PBPK モデル
産出量を使用
いいえ
いいえ
応用可能なデータ(例えば男性,
動物及び人間の個体数は類似し,
オス)群に制限されたアセスメントは
適切か(3.1.3).
価値があるか.
はい
はい
いいえ
キネティクスは経路と
適合できるか.
いいえ
はい
はい
いいえ
使用用量からキネティ
AKAF を導出
投与経路は適切だったか(3.1.3).
いいえ
適切だったか(3.1.3).
クスは推定できるか.
はい
はい
いいえ
いいえ
データは in vitro から産出されたか.
サンプルは質的に充足していたか.
はい
用量は予測されたヒト暴露に対し,
はい
対象とサンプル数は
十分だったか(3.1.3).
はい
いいえ
図 6. AKAF の導出(説明文参照)
.
代謝の重要性は,ダイナミックな反応/重大影響における違いに関連する,当該化学物質につ
いてのデータベースを評価することにより推定できる可能性がある.例えば,試験した種および
系統,投与経路(例えば,吸入対経口),または投与モード(例えば,強制経口対食餌)に関連
137
する反応差がある可能性がある.このような観察は,その反応差が代謝パターンの違いによって
起こり得るかどうかを決定するために,親化合物に関するキネティクス・データおよび/または
代謝に関するデータによって支持される必要がある.例えば,代謝飽和は,強制経口投与等のボ
ーラス投与後に起こる可能性がより高い一方,初回通過代謝は経口投与後には起こるが,吸入投
与後には起こらない.
3.1.2 関連トキシコキネティクス・パラメータの選択
トキシコキネティクスで最初の決断は,重大影響が標的組織/器官に送達される最大濃度
(Cmax)
,投薬期間中に標的組織/器官に送達された量を反映する全暴露量(AUC または 1/CL
で与えられる),または即時効果を目的としたボーラス投与後の濃度変化率などの他の変数と関
係する可能性があるかどうかである.以下の証拠は,この決定に情報を与える可能性がある.
AUC と CL は逆に相関するため(CL = 体内用量/AUC)
,体内用量,もしくは標的組織/器官
暴露を反映する比率は適切に,または内部暴露(例えば, 1/CL )を反映する必要がある場合は,
キネティクス・パラメータを補正して,ヒト/動物の形式で表現すべきである.
毒性学的試験が,重大影響に関連するトキシコキネティクス・パラメータとして,
Cmax と AUC
を区別するために使用できるデータを提供することは稀である.しかしながら,場合によっては
静脈内ボーラス投与または強制経口投与後にのみ効果が存在するか,あるいは化学物質が点滴さ
れたり食餌または飲料水の形で投与された後の反応と比較して大きくなる可能性がある.このよ
うなデータは,投与速度が反応の大きさの重要な決定因子であり,Cmax はその効果の適切なト
キシコキネティクス・パラメータであることを示す.
急性毒性は AUC または Cmax のいずれとも関連し得るのに対し,亜慢性または慢性暴露によ
る影響は,通常,特に長い半減期を持つ化学物質では AUC に関連するということが,合理的に
仮定されている.単純な 2 分子間相互作用が効果を発揮する場合は,AUC よりも Cmax がより
深い関連を有する可能性がある.例としては,カルバメートによるコリンエステラーゼの阻害
(JMPR, 2002, 2005)など,受容体結合および酵素阻害の結果としての急性薬理作用が挙げられ,
その反応は直接効果モデルによって記述することができる.
データが明確な決断を下すのに十分でない場合,親化合物の AUC,in vivo または in vitro デ
ータに由来する 1/CL,または PBPK モデル由来の 1/CL を使用しなくてならない.AUC または
1/CL には,Cmax よりも大きな種差がある可能性が高いため,そのようなアプローチは保護的で
あろう.
最適なトキシコキネティクス・パラメータは,5 半減期後に到達する定常状態での投与間隔に
おける AUC である可能性がある.化学物質がそれ自身の代謝を誘導も阻害もしない典型的なケ
ースでは,無限に外挿された単回投与後の AUC が,定常状態の投与間隔での AUC の妥当な代
替である.動物の in vivo 試験に使用した用量は,リスク評価の根拠として使用されたもの (例
えば,中心的研究における重大影響の NOAEL )でなければならない.CSAF を導くのに用いた
トキシコキネティクス研究において異なる用量が使用された場合は,非線形のキネティクスがパ
ラメータの推定に影響し得るかどうかを考慮されなければならない.ヒトでのトキシコキネティ
クスを定義する用量は,既存の暴露によりヒトが暴露されると予測されるもの,またはその化学
138
物質が事前承認手続きを受ける際にヒトに暴露されると予測されるものでなければならない
(Edler ら, 2002)
.後者の場合,ヒトで最初に試験される用量は,動物実験での NOAEL より
100 倍低い場合であっても,CUF の結果を動物の NOAEL に当てはめると有意に異なる潜在的
摂取量を与える CSAF が導かれる場合がある.この場合には,非線形キネティクスが影響する可
能性を考慮する必要があろう.
AUC は濃度の時間に対する積分であり,in vivo のデータから導出できる.血漿または標的組
織/器官の AUC が使用される場合,用量と同一の外部用量による動物の内部暴露で割ったヒト
の内部暴露を表すように算出した CSAF に対して補正すべきである.例えば,
[用量 mg/kg 体重
当たりのヒト血漿中化学物質(ng/ml)•h を,用量 mg/kg 体重当たりの動物血漿中化学物質(ng/ml)
•h で割ったもの]とする.CL が適切なパラメータの場合は,CSAF は,動物がヒトよりも迅速
に化学物質を除去する程度を反映する,ヒトでの CL で割った動物の CL でなくてはならない.
動物およびヒト組織からの酵素活性に関する in vitro の データは,関連情報の重要情報源とな
り得る.しかしながら,酵素反応キネティクスを直接使用してはならず,最大代謝速度(Vmax)
およびミカエリス•メンテン定数(Km)から固有クリアランスを決定するよう増減するか,ある
いは PBPK モデルに組み込むべきである
(付録 1 のケース C は,
in vivo のクリアランスが,in vitro
で測定された酵素活性ではなく,肝臓の血流によって大部分決定されるため,この点をよく説明
している)
.
Vmax および Km から固有クリアランスを決定するためにスケーリングされた in vitro のデー
タは,in vitro クリアランスが酵素活性によって,あるいは器官血流量によって決定されるのか
を予測するために直接使用することができる.
PBPK モデルが使用される場合,選択したパラメータは,例えば血漿中,より好ましくは標的
組織/器官中のいずれかの Cmax または AUC を反映すべきである.
PBPK モデルは,標的組織/器官濃度-時間曲線の推定を可能にし,膜貫通輸送体の特性を定
義するデータがモデルに組み込まれている場合には,組織取り込みの非線形性を反映する.
PBPK モデルまたは in vivo クリアランスにスケーリングした in vitro データを用いて,血漿
または標的組織/器官濃度が試験種に対して導出される場合,ヒトの同パラメータを導出するた
めに適切なデータとともに同じモデルを使用することができる.このようなアプローチの利点は,
モデルのあらゆる誤差が両方の種に適用されるということであるが,モデルの誤差の大きさを定
義するために,結果を既存のデータと照合して検証すべきである.
PBPK モデルは検証されなければならない.パラメータが依拠するデータセットは,モデル検
証の基礎として不適切である.
標的組織/器官内の生物活性化における種差の推定値を含む PBPK モデルは,現コンテキスト
におけるトキシコダイナミクスの一部である,組織反応につながるプロセスの各段階を処理する.
(標的組織/器官で産生する)活性代謝物への標的組織/器官の暴露の PBPK に基づく推定値が,
トキシコキネティクスのデフォルト値(AKUF)である 4.0 を CSAF(AKAF)に置き換えるため
に使用される場合は,トキシコダイナミクスの状況も処理されているであろう.活性代謝物への
標的組織/器官の暴露が完全トキシコダイナミクス・デフォルト(ADUF)との組み合わせで,
キネティクス調整係数(AKAF)の基礎となっている場合には,複合種間係数(AKAF × ADUF)
139
が保守的になる.このような状況下ではトキシコダイナミクスにおけるデフォルトの不確実性係
数を減少させることが論理的であろうが,減少の大きさを解決するには,生物学に基づく用量–
反応モデル(両方の種間係数を置き換えるのに使用できる)の開発が含まれる.このようなデー
タがなければ,デフォルトの ADUF を使用するべきである.
3.1.3 実験データ
実験データの CSAF 導出のための基礎としての妥当性の判断は,集団の性質,投与経路の関連性,
用量,サンプルの大きさなどの重要な研究の多くの状況を考慮して,臨機応変に行われる.
1)集団の関連性:
トキシコキネティクス研究におけるヒトは,動物試験で検出された有害作用のリスクがある集
団を十分代表していなけれなければならない.例えば,ケース A の重大影響は精巣毒性であるが,
性別依存性の変動が軽微であるため,雌から得たキネティクス・データの使用は適切である.
理想的には,ヒトは有害影響が観察された動物に相当する,年齢または発達段階であるべきで
ある.そうでない場合には,感受性対平均的なヒトの計算した比率の正当性への,あらゆる不一
致の影響を検討すべきである.
ヒト集団の潜在的に影響を受けやすいサブグループのデータは,このようなグループと一般集
団との差がヒトの多様性に基づいて組み入れられなければならないため,通常は種差の定量的な
調整には使用されない(3.3.3 項を参照)
.
2)経路の関連性:
理想的には,動物およびヒトにおける in vivo のキネティクス研究は,ヒトが通常暴露される
経路によって行われるべきである.
動物またはヒトのいずれかでのキネティクス研究の経路が,重大影響レベルまたは BMD/BMC
が依拠するものと異なる場合には,経路間外挿が必要となり,CSAF 開発への使用に関して,デ
ータは批判的に評価される必要がある. PBPK モデルは,このコンテキストで多くの場合有益
である.
3)用量または濃度の関連性:
理想的には,トキシコキネティクスのための CSAF は,BMD/BMC または NOAEL/NOAEC
と同等または類似した用量/濃度に,BMD または NOAEL が依拠する毒性試験と同様の投与条
件下で暴露した動物からのデータに基づくべきである.いかなる差異も,用量測定基準,および
得られた AKAF の正当性に及ぼす潜在的影響が評価されるべきである.
理想的には,ヒトでの試験で投与される用量は,ヒトへの暴露時に推定または潜在的に同様で
あるべきである.そうでない場合は,キネティクス・データを,ヒトの暴露レベルに関連性があ
るかどうか決定するために評価すべきである.CSAF がデフォルトとはかなり異なる場合,AKAF
を計算するために選択された用量の再検討が必要となる可能性がある.
4)被験者/サンプル数の関連性:
動物およびヒトの数は,データがそれぞれの種の中心的傾向の信頼性の高い推定を可能にする
ことを保証するために十分でなければならない.
データの分布は,非連続性の証拠について検査しなければならない.実際には,少数の異常値
140
の存在は,不連続な分布の証拠とは見なされないだろう.遺伝的多型などの不連続分布の明確な
証拠がある場合,集団の各サブグループがヒトの多様性の下で考慮されるべきなので,調整係数
は高頻度群の中心傾向に依拠すべきである(3.3.3 項を参照)
矛盾する証拠が存在しない場合には,基本となる除去プロセスの活性は,サンプル集団内,ま
たはサンプル集団が不連続に分布しているときは主要モード内で,正規分布または対数正規分布
すると適切に推定できる.
中心傾向は,関連データ(関連トキシコキネティクス・パラメータの既知の分布を考慮に入れ
るのに必要であれば変換して)の単純な算術平均として推定されるべきである(例えば,AUC
は対数正規分布する) .
集団内(2 つ以上のグループが存在する場合は主要サブグループ内)の被験者数は,中心傾向
の正確な測定を提供するために十分でなければならない.目安として,標準誤差(サンプルサイ
ズの平方根で割った,サンプルの標準偏差[SD])は,平均値の約 20%未満であるべきである.変
動性が非常に低い(すなわち,変動係数が小さい)場合を除いて,利用可能なデータに基づいて,
これは通常,最小約 5 人の被験者または 5 人からのサンプルを含むであろう.
5)In vitro 試験についての追加考察:
サンプルの品質を考慮し,それらが標的集団の代表であるとの証拠が示されなくてはならない
(例えば,組織サンプルの生存率,マーカー酵素の具体的含量または活性)
.
3.2 トキシコダイナミクスの種差のための物質固有調整係数(ADAF)の開発のためのデータ(図
7)
ヒトにおける適切な in vivo データが存在する場合,用量-反応(すなわち,影響レベル,ま
たは BMD)の測定値は一般に NOAEL の定義に直接使用され,種間調整係数を使って in vivo
の動物データから外挿する必要がないため,種間トキシコダイナミクスの状態のための調整係数
は,通常動物およびヒト組織を用いた in vitro 試験の結果に基づくであろう.In vivo での用量-
反応データに基づいた種間比較は,トキシコキネティクスとトキシコダイナミクスの両方の差を
組み込むであろうし,種間トキシコダイナミクスのデフォルト係数(2.5)と置き換えるには適切
ではない.
3.2.1 活性化学成分の同定
具体的な化学物質に本方法を適用する場合,最初のステップは活性成分,すなわち,親化合物,
または問題となっている重大影響の原因である代謝物を同定することである.毒性学的に活性を
有する成分について結論を導くのにデータが十分でない場合には,従来のデフォルトのアプロー
チが適用されるべきである.親化合物または活性代謝物のトキシコキネティクスにおける種差が
デフォルトの不確実性を超える CSAF につながる場合には,デフォルトは適切に保護的でない可
能性があるため,たとえ活性化学成分を明確に定義するデータが存在しなくとも,より高値の使
用が考慮されるべきである.
141
ADAF の導出
トキシコダイナミクスの種間差の
メインの決定木
データは応用可能か.
(ディシジョンツリー)に戻る
いいえ
はい
デフォルト ADUF を使用
活性化学部分は認識されたか(3.2.1).
いいえ
はい
いいえ
活性部分は直接的に研究されたか.
あるいは標的組織内及び in vitro テストシステムにおいても
はい
局部的に産出されるか.
いいえ
はい
測定されたエンドポイントは in vivo 毒性に関連する
いいえ
作用機序に重大だったか(3.2.2).
はい
いいえ
作用機序はシステム間の推定
いいえ
類似し,適切なシステムを伴うデータが
動物及びヒトで得られたか(3.2.3).
に
はい
はい
応用可能なデータ(例えば男性,
いいえ
オス)群に制限されたアセスメントは
いいえ
動物及び人間の個体数は類似
し,
価値があるか.
はい
はい
重大反応は勾配閾値に基づき,
いいえ
認識されたか(3.2.3).
はい
いいえ
In vitro のサンプルは質的に充足していたか(3.2.3).
はい
いいえ
対象とサンプル数は
十分だったか(3.2.3).
図 7.
はい
ADAF を導出
ADAF の導出(説明文を参照)
.
以下のように,活性化学成分の決定に情報を与えることができる可能性のある証拠がいくつか
存在する.
重大な毒性作用の誘発における,親化合物または代謝物の役割を同定するために,化学物質の
データベース全体を評価するべきである.
142
構造類似物質の毒性メカニズムに関するデータから,活性を有する可能性の高い化学成分を指
摘できる可能性がある.
代謝がない場合,重大影響は明らかに親化合物に起因する.
化学物質が代謝される場合は,代謝物投与後に重大影響を観察することにより,in vitro 同様,
in vivo でも活性化学成分の同定を可能にすることができる(付録 1 のケース A1 および B を参照)
.
場合によっては,重大影響における化学物質の代謝誘導または代謝阻害の影響に関するデータ
が存在する可能性がある.阻害(親化合物のクリアランスを低下させ,その AUC/濃度を増加さ
せる)後,重大影響が減少または影響の大きさが小さくなる場合,その作用は代謝物によって引
き起こされている可能性が高い.影響が増大する場合,これは活性化学成分が親化合物である可
能性が高いことの指標である.同じ変化が酵素誘導後に起こると反対の結論になる.このような
証拠の強度は,期待した代謝パターンが in vivo で起こることを実証するキネティクス・データ
によって増強されよう.
代謝の重要性は,ダイナミクスの反応/重大影響の違いに関連してその化学物質についてのデ
ータベースを評価することによって推定できる可能性がある.例えば,試験した種および系統,
投与経路(例えば,吸入対経口),または投与方法(例えば,強制経口対食餌)に関連して反応
差が存在する可能性がある.このような観察結果は,その反応差が代謝パターンの違いによって
起こり得るかどうかを決定するために,親化合物に関するキネティクス・データおよび/または
代謝に関するデータによって支持される必要がある.例えば,代謝飽和は,強制経口投与等のボ
ーラス投与後に起こる可能性がより高い一方,初回通過代謝は,経口投与後には起こるが,吸入
投与後には起こらない.
関連する in vitro 試験には,活性を有する化学成分が使用されなくてはならなず,また/もし
くは,関連する生体活性化経路の試験系には適切な代謝能力がなければならない.
3.2.2 エンドポイントの検討
測定されたエンドポイントは,重大影響,または主要なイベントのどちらかでなければならない.
主要なイベントまたは代替は,作用機序の理解に基づいて重大な毒性作用に密接にリンクされた
ものである.主要なイベント/代替の用量-反応および時間的関係は,重大な毒性作用のものと
一致しなければならない.
動物およびヒト組織における毒性反応,または毒性エンドポイントの代替の in vitro 試験は,
ADAF の開発の基礎として,関連するトキシコダイナミクス データを提供することができる.
このようなデータは,トキシコキネティクスの影響を全く受けずに,直接標的部位の感度を定義
する(付録 1 のケース B を参照)
.
3.2.3 実験データ
実験データのデフォルトの交換の基礎としての妥当性の判断は,集団の性質,濃度-反応データ,
サンプルサイズなどの重要な研究の多くの状況を考慮して,臨機応変に行われる.
1)集団の関連性:
In vitro 試験のための組織のソースであったヒトは,動物試験で検出された有害作用のリスク
143
がある集団を十分代表しなけれなければならない.
理想的には,ヒトは,重大な有害影響が観察された動物に相当する,年齢または発達段階であ
るべきである.そうでない場合には,計算した比率の正当性への,あらゆる不一致の影響を検討
すべきである.
ヒト集団の潜在的に影響を受けやすいサブグループのデータは,このようなグループ間と一般
集団との差がヒトの多様性に基づいて組み入れられなければならないため,通常種差の定量的な
調整には使用されない(3.4.3 項を参照)
.
2 )濃度–反応データの妥当性:
試験は,試験種と比較してヒトでの濃度-反応を適切に特徴づけるために,適切な濃度の数を
含むように設計しなければならない.
種差に対するデフォルト値のダイナミクス成分交換のための in vitro データの定量的比較は,
試験種とヒトの両方で定義された大きさの効果を誘発する濃度(例えば,EC10)に依拠しなく
てならない.差比はほぼ確実に濃度に応じて変化するため,それらは動物組織およびヒト組織で
の同一濃度に対する反応の大きさの違いから計算することはできない.
動物およびヒトにおける濃度-反応相関を測定する実験方法は,定量的な比較を可能にするた
め同等であるべきである.
動物およびヒトにおける濃度反応曲線が平行である場合は,定量的な比較のための点の選択は,
濃度反応曲線上の 10%と 90%の反応の間のどこでもよい.
曲線が平行でない場合は,比較のための点は,実験データを下に外挿することなく信頼できる
情報を与える濃度反応曲線の最低点であるべきである(たとえば,EC10)
.
簡潔に言えば,ダイナミクスの種差の in vitro データを使用したデフォルト値の置き換えは,
これら 2 つの測定値の比(例えば,平均的なヒトに対する平均的な動物の EC10 値の比)とする
ことができる.1 より大きい値は,ヒトの EC10 がより低い場合,すなわちヒトがより感受性で
ある場合に起こるので,比に対して正しい形式である.
3)被験者/サンプル数の妥当性:
動物およびヒトの数は,そのデータがそれぞれの種の中心的傾向の信頼性の高い推定を可能に
することを保証するのに十分でなければならない.
データの分布は,非連続性の証拠について検査しなければならない.実際には,少数の異常値
の存在は,不連続な分布の証拠とは見なされない.遺伝的多型などの不連続分布の明確な証拠が
ある場合,集団の各サブグループがヒトの多様性の下で考慮されるべきなので,調整係数は高頻
度群の中心傾向に依拠すべきである(3.4.3 項を参照).
矛盾する証拠が存在しない場合には,基本となる除去プロセスの活性はサンプル集団内で,サ
ンプル集団が不連続に分布しているときは主要モード内で,正規分布または対数正規分布すると
適切に仮定することができる.
中心傾向は,関連データ(関連トキシコキネティクス・パラメータの既知の分布を考慮に入れ
るのに必要であれば変換して)の単純な算術平均として推定されるべきである .
集団内(2 つ以上のグループが存在する場合は,主要サブグループ内)の被験者数は,中心傾
向の正確な測定を提供するために十分でなければならない.目安として,標準誤差(サンプルサ
144
イズの平方根で割った,サンプルの標準偏差[SD])は,平均値の約 20%未満であるべきである.
変動性が非常に低い(すなわち,変動係数が小さい)場合を除いて,利用可能なデータに基づい
て,これは通常,最小約 5 人の被験者または 5 人からのサンプルを含む.
4)In vitro 試験についての追加考察:
サンプルの品質を考慮し,それらが標的集団の代表であるとの証拠が示されなくてはならない
(例えば,生存率,マーカー酵素の具体的含量または活性)
.
限られたヒトの in vivo データが利用可能な場合は,それらは濃度-反応の特徴付けに直接使
用するには不十分な可能性があるが,それらは ADAF の開発に使用される in vitro 試験の結果が
妥当であることを確認するには価値がある.
3.3 トキシコキネティクスにおけるヒトの個体差のための物質固有調整係数(HKAF)の開発のた
めのデータ(図 8)
3.3.1 活性化学成分の同定
具体的な化学物質に本方式を適用する場合,最初のステップは活性成分(すなわち,問題の重
大影響の原因となる親化合物または代謝物)を同定することである.データが毒性学的活性成分
について結論を導くために十分でない場合には,従来のデフォルトのアプローチが適用されるべ
きである.デフォルトの不確実性係数はヒトが試験動物種よりも感受性が高いことを前提として
いるが,効果が代謝物によるものの場合は,その逆が真である可能性がある.
以下のように,活性化学成分の決定に情報を与えることができる証拠がいくつか存在する:
重大な毒性作用の誘発における,親化合物または代謝物の役割を指摘するために,化学物質の
データベース全体が評価されるべきである.
構造類似物質の毒性メカニズムに関するデータから,可能性の高い活性化学成分を指摘できる
可能性がある.
代謝がない場合,重大影響は明らかに親化合物に起因する.
145
HKAF の導出
トキシコキネティクスの種間差の
メインの決定木
データは応用可能か。
(ディシジョンツリー)に戻る
いいえ
はい
いいえ
デフォルト HKUF を使用
研究は適切な手法、例えば分析感度と特異性と
in vivo 研究の適切な期間を採用していたか。
はい
いいえ
活性化学部分 は認識されたか(3.3.1)。
はい
いいえ
毒性が AUC か Cmax のどちらかに
基づくことが分かるか(3.3.2)。
いいえ
はい
AUC(もしくは CL)基本アセスメント‐より軽度
AUC か Cmax を適切に選択する
PBPK モデルは標的器官の用量決定を
はい
十分に示すには応用可能か(3.3.2)。
検証済みの PBPK モデル
産出量を使用
いいえ
いいえ
キネティクスは経路と
いいえ
データは暴露の可能性のある経路を
適合できるか。
使用し、得られたか(3.3.3)。
はい
いいえ
はい
使用用量からキネティ
クスは推定できるか。
用量は予測されたヒト暴露に対し、
いいえ
適切だったか(3.3.3)。
はい
はい
はい
いいえ
サンプルは質的に充足
はい
データは in vitro から産出されたか(3.3.3)。
していたか。
はい
応用可能なデータ(例えば男性、
いいえ
いいえ
いいえ
オス)群に制限されたアセスメントは
対象数は人口変動性を特徴づけるには
はい
HKAF を導出
十分だったか(3.3.3)。
価値があるか。
はい
図 8.
HKAF の導出(説明文を参照)
化学物質が代謝される場合は,代謝物投与後に重大影響を観察することにより,in vitro だけ
でなく in vivo でも活性化学成分の同定ができる可能性がある(付録 1 のケース A1 および B を
146
参照)
.
場合によっては,重大影響への化学物質の代謝誘導または代謝阻害の影響に関するデータが存
在する可能性がある.阻害(親化合物のクリアランスを低下させ,その AUC/濃度を増加させる)
後,重大影響が減少または影響の大きさが減少する場合,その影響は代謝物によって引き起こさ
れている可能性が高い.影響が増大する場合,これは活性化学成分が親化合物である可能性が高
いことの指標である.同じ変化が酵素誘導後に起こると反対の結論になる.このような証拠の強
度は,期待した代謝パターンが in vivo で起こることを実証するキネティクスデータによって増
強される.
代謝の重要性は,キネティクスな反応/重大影響の違いに関連してその化学物質についてのデ
ータベースを評価することによって推定できる可能性がある.例えば,試験した種および系統,
投与経路(例えば,吸入対経口),または投与モード(例えば,強制経口対食餌)に関連して反
応差が存在する可能性がある.このような観察結果は,その反応差が代謝パターンの違いによっ
て起こり得るかどうかを決定するために,親化合物に関するキネティクス・データおよび/また
は代謝に関するデータによって支持される必要がある.例えば,代謝飽和は,強制経口投与等の
ボーラス投与後に起こる可能性がより高い一方,初回通過代謝は,経口投与後には起こるが,吸
入投与後には起こらない.
3.3.2 関連トキシコキネティクス パラメータの選択
トキシコキネティクスに対する最初の決断は,重大影響が標的器官に送達される最大濃度
(Cmax)
,投薬期間中に標的器官に送達された量を反映する全暴露量(AUC または 1/CL で与え
られる),または急性効果を目的としたボーラス投与後の濃度変化率などの他の変数と関係する
可能性があるかどうかである.以下のような証拠は,この決定に情報を与える可能性がある.
体内用量または標的器官曝露を反映する比率は,AUC と CL は逆に相関するので(CL = 体内
用量/AUC)
,状況に応じて,または内部暴露(例えば, 1/CL )を反映する必要がある場合に,
キネティクスパラメータを補正して,感受性のヒト/平均的ヒトの形式で表現すべきである.
毒性学的試験が,重大影響についての関連トキシコキネティクスパラメータとして,Cmax と
AUC を区別するために使用できるデータを提供することは稀である.しかしながら,静脈内ボ
ーラス投与または強制経口投与後にのみ効果が存在するか,あるいは化学物質が点滴されたり食
餌または飲料水の形で投与された後の反応と比較して大きくなる可能性がある.このようなデー
タは,投与速度が反応の大きさを決定する重要な因子であり,Cmax はその効果の適切なトキシ
コキネティクスパラメータであることを示す.
急性毒性は AUC または Cmax のいずれとも関連し得るのに対し,亜慢性または慢性暴露によ
る影響は,通常,特に長い半減期を持つ化学物質では AUC に関連するということは,合理的な
仮定である.単純な 2 分子間相互作用が効果を発揮する時は,AUC よりも Cmax がより関係が
深い可能性がある.例としては,カルバメートによるコリンエステラーゼの阻害(JMPR, 2002,
2005)など,受容体結合および酵素阻害の結果としての急性薬理効果があり,その反応は直接効
果モデルによって記述することができる.
データがはっきりした決断をするのに十分でない場合,親化合物の AUC,または in vivo また
147
は in vitro データに由来する 1/CL を使用しなくてならない.AUC または 1/CL には,Cmax よ
りも大きなヒトにおける変動がある可能性が高いため,そのようなアプローチは保護的であろう.
最も適したトキシコキネティクスパラメータは,5 半減期後に到達する定常状態での投与間隔
の AUC である可能性がある.化学物質自身の代謝を誘導も阻害もしない典型的ケースでは,無
限に外挿された単回投与後の AUC が,定常状態の投与間隔での AUC の妥当な代替である.ヒ
トでのトキシコキネティクスを定義する用量は,既存の暴露によりヒトが暴露されると予測され
るもの,またはその化学物質が事前承認手続きを受ける時にヒトが暴露されると予測されるもの
でなければならない(Edler ら, 2002)
.後者の場合,ヒトで最初に試験される用量は,動物実験
での NOAEL より 100 倍低いと考えられるが,CUF の結果を動物の NOAEL に当てはめると,
有意に異なる潜在的摂取量を与える CSAF が導かれた場合には,非線形キネティクスの影響の可
能性を考慮する必要があろう.
AUC は,濃度の時間に対する積分であり,in vivo のデータから導出できる.
ヒト組織からの酵素活性に関する in vitro データは,関連情報の重要な情報源となり得る.し
かしながら,酵素キネティクスを直接使用してはならず,Vmax および Km から固有クリアラン
スを決定するよう増減するか,あるいは PBPK モデルに組み込むべきである(付録 1 のケース C
は,in vivo クリアランスが,in vitro で測定された酵素活性ではなく,肝臓の血流によって大部
分決定されるため,この点を説明する良い例である).
Vmax と Km から固有クリアランスを決定するためにスケーリングされた in vitro データは,
in vitro クリアランスが酵素活性によって,あるいは器官血流量によって決定されるのかを予測
するために直接使用することができる.
PBPK モデルが使用される場合,
選択したパラメータに影響するヒトの個体差の原因
(例えば,
血漿または標的組織/器官のいずれかにおける Cmax または AUC)が,モデルに組み込まれる
べきであろう.潜在的な感受性サブグループなどのヒトの個体差の範囲を定義するのに,単一の
平均値ではなく確率論的なアプローチを使用する(例えば,モデルの各パラメータの集団分布を
取り込むことによって)ことが,集団分布を定義するための直接的な実験なしで可能かもしれな
い.
可能な場合,PBPK モデルはモデルパラメータを生成するために使用されなかったヒトからの
データで検証する必要がある.
主要集団群における血漿または標的組織/器官濃度が,PBPK モデル,または in vivo でのクリ
アランスにスケーリングした in vitro データを使用して導出される場合は,ヒト集団内のどのサ
ブグループのパラメータも,同じモデルに基づくことができる.
標的組織/器官内の生物活性化におけるヒトの個体差の推定値を含む PBPK モデルは,現コン
テキストにおけるトキシコダイナミクスの一部である,組織反応につながるプロセスの各段階に
対処する.
(標的組織/器官で産生する)標的組織/器官の活性代謝物への暴露の PBPK にもと
づく推定値が,トキシコキネティクスのデフォルト値(HKUF)を,CSAF(HKAF)によって置
き換えるために使用される場合は,トキシコダイナミクスの状況も対処されているだろう.活性
代謝物への標的組織/器官の暴露が完全トキシコダイナミクス デフォルト(HDUF)との組み合
わせで,キネティクス調整係数(HKAF)の基礎となっている場合には,複合固体間係数(HKAF
148
× HDUF)がより保守的になるだろう.このような状況下では,トキシコダイナミクスにおける
デフォルトの不確実性係数を減少することが論理的であろうが,減少の大きさを解決するには,
生物学に基づく用量–反応モデル(両方の種間係数を置き換えるのに使用できる)の開発を伴う.
このようなデータがなければ,デフォルトの HDUF を使用すべきである.
3.3.3 実験データ
理想的には,クリアランス機構の責任要因(例えば,腎クリアランス,シトクロム P450[CYP]
特異的代謝)を特定する必要がある.多くの場合,ヒト個体差を定義するために十分な数の被験
者で特定の化学物質に関するトキシコキネティクス測定値を得ることは,実用的でないかもしれ
ないし,また不可能かもしれない.しかしながら,吸収およびクリアランスの主要決定要因が定
義されている場合は,関連する生理学的および生化学的パラメーターにおける既知のヒト個体差
(すなわち,物質関連係数)に基づいて CSAF を導出できる可能性は存在する(付録 1 ケース A
を参照)
.
デフォルトの交換の根拠としての実験データの妥当性の判断は,集団の性質,投与経路の関連
性,用量,サンプルの大きさなどの重要な研究の多くの状況を考慮して,臨機応変に行われる.
1)集団の関連性:
トキシコキネティクス研究におけるヒトは,動物試験において検出された有害作用のリスクが
ある集団を十分代表しなけれなければならない(例えば,関連性のある年齢群や性別).利用可
能な in vivo データが,
(例えば,成人男性といった)単独の集団に関係する場合は,トキシコキ
ネティクスデータが他の暴露グループ(例えば,女性や子供)でどの程度異なり得るか,慎重に
検討されるべきである.物質特異的なデータが存在しなくても,その化学物質のキネティクスに
寄与する代謝や生理的プロセスの違いについての知識から,他群の変動を推定することができる
可能性がある.Dorne ら(2002,2005)の研究,またはキネティクス・シミュレーションソフト
ウェアから,外来化合物の除去経路の多くにおけるヒトの個体差を得ることが可能である.
2)経路の関連性:
理想的には,in vivo キネティクス試験は,重大影響レベル(NOAEL,NOAEC,BMD,BMC)
を導出した毒性試験の場合(これは,ヒトが通常暴露する経路でもあるべき)と同じ曝露経路に
よってヒトで実施されるべきである.
ヒトにおけるキネティクスデータが,重大影響レベルまたは BMD/BMC が依拠する毒性試験
とは異なる経路による暴露後に導出される場合は,経路間外挿が必要となり,データは,CSAF
の開発への使用に関連して批判的に評価される必要がある.この様な場合,PBPK モデルは有益
であることが多い.
3)用量または濃度の関連性:
理想的には,ヒトでの試験で与えられる用量は,推定または潜在的なヒトへの暴露と同様であ
るべきである.そうでない場合は,キネティクスデータが,ヒトの暴露レベルに関連性があるか
どうか決定するために評価されるべきである.CSAF がデフォルトとはかなり異なる場合,HKAF
の計算に選択された用量を再検討する必要があるかもしれない.
4)被験者/サンプル数の妥当性:
149
ヒトの数は,暴露の可能性のあるすべての群について中心的傾向と集団分布の信頼に足る推定
が,データから可能であることを保証するのに十分でなければならない(付録 1 ケース A 参照)
.
データの分布は,集団内の異なるサブグループの存在を示す,非連続性の証拠について検査さ
れていなければならない.実際には,少数の異常値の存在は不連続な分布の証拠とは見なされな
いであろう.不連続分布の明確な証拠が存在する場合,高頻度群および低頻度群の両方で関連す
るトキシコキネティクス・パラメータの分布についての情報を提供するために十分でなくてはな
らない.
サブグループ(多型)の存在についての生理学的または生化学的根拠の理解は,適切なデータ
を生成・解釈するための試験設計において大きな助けとなる.
関連するトキシコキネティクス・パラメータの測定値の集団分布の性質についてのデータが存
在する場合は,それを利用すべきである.
集団分布の性質に関するデータが存在せず,かつ他に矛盾する証拠が存在しない場合には,基
本となる排泄プロセスの活性は,(トキシコキネティクス・パラメータを反映し,より保守的な
仮定であるため)サンプル集団内で対数正規分布すると仮定することができる.
中心傾向は,関連データの単純な幾何平均(適切に変換された場合は,算術平均)として推定
されるべきである .
一般的には,変動性の特徴付けは,一般集団(すなわち,すべての年齢群)に関係するだろう.
しかしながら,潜在的に感受性の高い集団サブグループが存在する場合,リスク管理者による意
思決定の基礎として,感受性である可能性が高い集団の割合を明確に示して,別に対処すること
が推奨される.
集団分布は解析されるべきであり,CSAF(HKAF)は,指定されたパーセンタイル(例えば,
95,97.5 および 99 パーセンタイル)と集団全体の中心傾向の比として計算される(図 9,左側)
.
その代わりに,感受性サブグループが存在する場合には,この比は,感受性サブグループの上位
パーセンタイルと残りの集団の中心傾向である(図 9 ,右側)
.異なったサブグループが集団に
存在する場合には,異なるパーセンタイルの CSAF をサブグループを含む全集団のデータに基づ
いて計算し,さらにサブグループについても計算しなければならない.主要排泄経路に多型があ
る場合は,感受性群は親化合物が活性化学種なら代謝が不良であり,活性種が多型の経路によっ
て産生されるなら代謝が超高速である.活性化学種の循環濃度がより低いサブグループはどれも
集団内のメイングループよりリスクが低くなるため,別途分析する必要はないと思われる.
5)In vitro 試験についての追加考察:
サンプルの品質を考慮し,それらが標的集団の代表であるとの証拠が示されなくてはならない
(例えば,生存率,マーカー酵素の具体的含量または活性)
.
150
二峰型
単峰型
健康なヒトの集団
調整係数=
95th/50th
50%
個体の数
個体の数
健康なヒトの集団
感受性の高いヒトの集団
調整係数=
95th/50th
50%
95%
95%
PKパラメータ
PKパラメータ
図 9 トキシコキネティクス(HKAF)及びトキシコダイナミクス(HDAF)におけるヒト個体差の物
質固有調整係数の開発.
「健康なヒトの集団」とは,リスク評価の対象となる一般集団,通常医
師の管理下にない者を示す.PK=薬物動態
3.4 トキシコダイナミクスにおけるヒトの個体差のための物質固有調整係数(HDAF)の開発のた
めののデータ(図 10)
ヒト集団において潜在的に感受性の高いサブグループを考慮するための調整が必要であるが,
ヒト集団における十分なデータがある場合には,これらは通常,用量-反応または濃度-反応相
関を特徴付けるための出力開発の基礎として使用される.しかしながら,キネティクス-ダイナ
ミックス・リンクモデルによって結合した in vivo 用量/濃度-反応データ(トキシコキネティ
クスおよびトキシコダイナミックスを反映している)とトキシコキネティクスデータの解析は,
トキシコダイナミックス調整係数(HDAF)の開発に関連性がある.その後,この係数は,キネ
ティクス-ダイナミックス試験の被験者と,想定した感受性サブグループとの間の定量的な差異
に基づいて修正される.ヒト組織における in vitro 試験のデータと関連性はあるが,これまでに
発表された研究で,トキシコダイナミクスにおいてヒトの個体差の程度が定義されたことは稀で
ある(付録 1 ケース B を参照)
.入手可能なデータが HDAF を開発する基礎として十分なことは
稀であろうが,万全を期すために関連する考察を以下に示したい.
3.4.1 活性化学成分の同定
具体的な化学物質に本方式を適用する場合,最初のステップは,活性成分(すなわち,親化合
物または問題の重大影響の原因となる代謝物)を同定することである.データが毒性学的活性成
分について結論を導くのに十分でない場合には,従来のデフォルトのアプローチが適用されるべ
きである.
151
HDAF の導出
トキシコダイナミクスの種間差の
メインの決定木
データは応用可能か.
(ディシジョンツリー)に戻る
いいえ
はい
デフォルト HDUF を使用
活性化学部分は認識されたか(3.4.1).
いいえ
はい
活性部分は直接的に研究されたか.
いいえ
あるいは標的組織内及び in vitro テストシステムにおいても
はい
局部的に産出されるか.
いいえ
はい
測定されたエンドポイントは in vivo 毒性に関連する
いいえ
作用機序に重大だったか(3.4.2).
はい
いいえ
重大反応は勾配閾値に基づき,
認識されたか(3.4.3).
はい
いいえ
In vitro のサンプルは質的に
充足していたか(3.2.3).
はい
いいえ
応用可能なデータ(例えば男性,
いいえ
オス)群に制限されたアセスメントは
いいえ
対象数は人口変動性を特徴づけるには
十分だったか(3.4.3).
価値があるか.
はい
はい
ADAF を導出
図 10.HDAF の導出(説明文参照)
以下のように,活性化学成分の決定に情報を与えることができる証拠がいくつか存在する.
重大な毒性作用の誘発における,親化合物または代謝物の役割の指摘について,化学物質のデ
ータベース全体が評価されるべきである.
構造類似物質の毒性メカニズムに関するデータから,可能性の高い活性化学成分を指摘できる
かもしれない.
代謝がない場合,重大影響は明らかに親化合物に起因する.
152
化学物質が代謝される場合は,代謝物投与後に重大影響を観察することにより,in vitro だけ
でなく in vivo でも活性化学成分の同定を可能にすることができる(付録 1 のケース A1 および B
を参照)
.
場合によっては,化学物質の代謝誘導または代謝阻害の重大影響への影響に関するデータが存
在する可能性がある.阻害(親化合物のクリアランスを低下させ,その AUC/濃度を増加させる)
の後,重大影響が減少または影響の大きさが小さくなる場合,その作用は代謝物によって引き起
こされている可能性が高い.影響が増大する場合,これは活性化学成分が親化合物である可能性
が高いことの指標である.ただし,同じ変化が酵素誘導後に起こると,反対の結論になる.この
ような証拠の強度は,期待した代謝パターンが in vivo で起こることを実証するキネティクスデ
ータによって増強されよう.
代謝の重要性は,データベースをその化学物質について,ダイナミクス反応/重大影響の違い
に関連して評価することによって推定するできる可能性がある.例えば,試験した種および系統,
投与経路(例えば,吸入対経口),または投与モード(例えば,強制経口対食餌)に関連して反
応差が存在する可能性がある.このような観察結果は,その反応差が代謝パターンの違いによっ
て起こり得るかどうかを決定するために,親化合物に関するキネティクスデータおよび/または
代謝に関するデータによって支持される必要がある.例えば,代謝飽和は,強制経口投与等のボ
ーラス投与後に起こる可能性がより高い一方,初回通過代謝は,経口投与後には起こるが,吸入
投与後には起こらない.
活性化学成分が,関連する in vitro 試験に使用されなくてはならない,および/または,関連
する生体活性化経路の試験系には適切な代謝能力がなければならない.
3.4.2 エンドポイントの検討
測定されたエンドポイントは,重大影響,または主要イベントのどちらかでなければならない.
主要イベントまたは代替は,作用機序の理解に基づいて,重大な毒性作用に密接にリンクされた
ものである.主要イベント/代替の用量-反応および時間的関係は,重大な毒性作用のものと一
致しなければならない.
幅広い範囲の被験者からの組織,もしくは平均的なヒトおよび作用に対する感受性の高いこと
が知られているサブグループからの組織における毒性エンドポイントの毒性反応,または代替の
in vitro 試験は,HDAF の開発の基礎として,関連するトキシコダイナミクス データを提供する
ことができる.このようなデータは,トキシコキネティクスの影響を全く受けずに,直接標的部
位の感度を定義する(付録 1 のケース B を参照)
.
3.4.3 実験データ
実験データのデフォルトの交換の根拠としての妥当性の判断は,集団の性質,用量-反応デー
タ,サンプルの大きさなどの重要な研究の多くの状況を考慮して臨機応変に行われる.
1)集団の関連性:
In vitro 試験のための組織の供給源であったヒトは,動物試験で検出された有害作用のリスク
がある集団を十分代表しなけれなければならない(例えば,付録 1 のケース A の精巣毒性におけ
153
る雄)
.
理想的には,ヒトは,重大な有害影響が観察された動物に相当する,年齢または発達段階であ
るべきである.そうでない場合には,計算した比率の正当性への,あらゆる不一致の影響を検討
すべきである.
組織は,年齢による変動があると予想される場合は,すべての関連する年齢層の代表でなけれ
ばならず,性別による変動があると予想される場合は,両方の性を含まなければならない.利用
可能な in vitro データが,単独集団群に関係する場合には,組織の感受性が他の暴露群でどの程
度異なり得るかを,慎重に検討しなければならない.
2 )濃度–反応データの妥当性:
試験は,ヒトでの濃度-反応相関を適切に特徴づけるために,適切な数の濃度を含むように設
計しなければならない.
ヒト個体差のトキシコダイナミクス調整係数の開発のための in vitro データの定量的な比較は,
各ヒト個体で定義された大きさの効果を誘発する濃度(例えば,EC10)に依拠しなければなら
ない.また,単独濃度に対する反応の比較に依拠することはできない.
ヒト組織を用いた異なる試験において濃度-反応相関を測定する実験方法は,定量的な比較を
可能にするために,同等であるべきである.
異なる個体/サンプルにおける濃度反応曲線が平行である場合は,定量的な比較のためのポイ
ントの選択は,濃度反応曲線上の 10%と 90%の反応の間のどこでもよい.
異なる個体の曲線が平行でない場合は,比較のためのポイントは,実験データを下に外挿する
ことなく信頼できる情報を与える濃度反応曲線の最低点であるべきである(たとえば,EC10).
3)被験者/サンプル数の妥当性:
ヒトの数は,暴露の可能性のあるすべての群について中心的傾向と集団分布の質の信頼に足る
推定が,データから可能であることを保証するために十分でなければならない.
データの分布は,集団内の異なるサブグループの存在を示す,非連続性の証拠について検査し
なければならない.実際には,少数の異常値の存在は,不連続な分布の証拠とは見なされないだ
ろう.不連続分布の明確な証拠がある場合,高頻度群および低頻度群の両方で,集団分布の質に
ついての情報を提供するのに十分でなくてはならない.
生理学的または生化学的なサブグループ(多型)の存在の根拠に対する理解は,適切なデータ
を生成・解釈するための試験設計において大きな助けとなる.
関連性のあるエンドポイントの測定値の集団分布の性質に関するデータが利用可能な場合は,
使用しべきである.
集団分布の性質のデータが存在せず,かつ矛盾する他の証拠が存在しない場合には,基礎とな
るトキシコダイナミクスプロセスの活性は,サンプル集団内で対数正規分布するものと仮定すべ
きである(より保守的な仮定であるため)
.
EC10 などの選択したパラメータの中心傾向は,関連データの単純な幾何平均(適切に変換さ
れた場合は,算術平均)として推定されるべきである .
一般的には,変動性の特徴付けは一般集団(すなわち,すべての年齢群)に関係するだろう.
しかしながら,潜在的に感受性の高い集団サブグループが存在する場合は,リスク管理者による
154
意思決定の基礎として,感受性である可能性が高い集団の割合を明確に示して,別に対処するこ
とが推奨される.
集団分布は解析されるべきであり,CSAF (HDAF)は,メイングループの中心傾向値と,集
団全体,およびそれとは別に潜在的感受性サブグループの指定されたパーセンタイル(例えば,
95,97.5 および 99 パーセンタイル)との比として計算される.サブグループの EC10 はより低
いため,これが比の正しい形式(つまり,平均/感受性)となる.別個のサブグループが集団に
存在する場合には,異なるパーセンタイルの CSAF を,サブグループを含む集団全体のデータに
基づいて計算し,さらにサブグループについても別に計算しなければならない.両方の結果がリ
スク管理者に提供されるべきである.活性化学種に感受性がより低いサブグループはどれも,集
団内のメイングループよりリスクが低くなるため,別途分析する必要はないと思われる.
4)In vitro 試験についての追加考察:
サンプルの品質を考慮し,それらが標的集団の代表であるとの証拠が示されなくてはならない
(例えば,生存率,マーカー酵素の具体的含量または活性)
.
限られたヒトの in vivo データが利用可能な場合は,それらは濃度-反応の特徴付けに直接使
用するには不適当かもしれないが,それらは HDAF の開発に使用される in vitro 試験の結果が妥
当であることを確認するには価値がある.
3.5 種差およびヒトの個体差のための物質固有調整係数の複合不確実性係数への取り込み
CUF が,通常デフォルトの不確実性係数である 100 と比べてどの程度異なるかは,その化学
物質に関する入手可能な,適切かつ関連性がある定量的データの数に依存する.そのようなデー
タが入手できない場合は,CUF は通常のデフォルト値となる.
CUF は 4 つの異なる係数の積であり,それぞれは,CSAF またはデフォルトの不確実性係数で
あり得る.
CUF = [AKAF または AKUF] × [ADAF または ADUF] × [HKAF または HKUF] × [HDAF また
は HDUF]
データの性質に依存して, CUF は,通常のデフォルト(通常は 100 )よりも大きくても,小
さくても,同じでもあり得る. CSAF は物質固有のデータによって決定され,デフォルトより
も大きくても,小さくても,同等でもよい.種間係数は,ヒトが同一の体外用量に対してより低
い標的組織暴露量を持つか,あるいはより低い組織感受性を示すなら,1 未満になり得る.デー
タベース全体を,CUF の利用がもたらし得る結果との関連から評価することは重要である.デー
タベース全体の考慮に基づいて極めて重要である可能性があると考えられる効果の CUF が,通
常のデフォルト(例えば 100 )と同等か,あるいはそれを超えると,この濃度/用量-反応アセ
スメントは,他の毒性作用について保護的であるはずである.しかしながら,もし潜在的な重大
影響に対する CUF が,通常のデフォルトよりも小さければ,より高い NOAEL/NOAEC とデフ
ォルトの不確実性係数をもつ別の毒性作用が重大影響となる(2.4 項を参照).
最近の総説に,リスク評価手法の CSAF のコンセプトが述べられている(Edler ら 2002)
.し
155
かしながら,広範なデータ要件のため,これまでに CUF がリスク評価に使用された例は数例し
かなかった.不確実係数を 10 から細分化するコンセプトは,ダイオキシン類(JECFA, 2002)
およびメチル水銀
(JECFA, 2004)
の JECFA 評価,
JMPR によるカルバメート評価
(JMPR, 2002)
,
欧州委員会の食品科学委員会(SCF)による甘味料チクロの評価(SCF, 2000)
,および米国環境
保護庁によるホウ素の評価(US EPA, 2004)に使用されている.JMPR は,Cmax 依存性の重
大影響をもつ化合物の急性 RfD の確立に使用すべき適切なトキシコキネティクスパラメータを
議論している.Cmax の変動が AUC よりも少ないことに基づき,Cmax の変動は種間および個
体間の両方で AUC よりも少なくとも 50 %少ないため,JMPR は(例えばカルバメートのよう
な)農薬の不確実性係数を,100 から 25 に減じたことになる(すなわち,[2.5 × 2]×[3.12 ×
1.61])
(JMPR, 2002, 2005 を参照)
.
156
ケーススタディ
以下のケーススタディは,CSAF および CUF の導出原則を解説するために提示した,架空で
はあるが現実性のある例である.各ケーススタディは,研究対象となる化合物のトキシコキネテ
ィクスおよびトキシコダイナミクスにおける種間差およびヒト個体差についてのデータを提示
している.続いて,トキシコキネティクスにおける種間差,トキシコキネティクスにおけるヒト
個体差,トキシコダイナミクスにおける種間差およびトキシコダイナミクスにおけるヒト個体差
の CSAF の導出を説明し,最後に CUF の導出を示している.
ケース A:AKAF および HKAF の導出
はじめに
Compound A は,低分子量で分枝鎖状の,第一級脂肪族アミンである.水およびほとんどの有
機溶媒(エタノール,アセトン)への高い溶解度があり,pKa は 10.2,したがって生理学的な
pH でイオン化される.
Compound A は,下水処理中に微生物分解の生成物として生じ,飲料水中に比較的一定の低濃
度で存在する.飲料水を介した Compound A の摂取は,1 日あたり 0.05mg/kg BW(体重 1kg
あたり)と推定される.In vitro の研究では,皮膚からは容易に吸収されないこと,そして暴露
モデルで全暴露の 99%超は飲料水からの摂取が原因であることが示されている.
この物質については,ヒトと試験種における代謝およびトキシコキネティクスの古典的研究に
よって,広範かつ十分な毒性学的データベースが存在している.この物質は,どの試験システム
によっても遺伝毒性ではなかった.ラットとマウスの双方において十分な亜慢性および慢性試験
が存在する.
最低用量(重大影響)で Compound A がもたらす影響は,Wistar ラットでの精巣萎縮であり,
亜慢性および慢性試験の双方において 1 日あたり 20mg/kg BW 以上の用量で精巣重量が減少し
た.病変はいくつかの精細管における局所的な生殖細胞の枯渇で,隣接する尿細管は影響を受け
ていないようであった.多世代生殖試験では,1 日あたり 20mg/kg BW でオスの生殖能力は減少
し,NOAEL は 1 日あたり 10mg/kg BW であった.
経口投与量の約 20%をヒドロキシ代謝物(Hydroxy-A)として排泄する Wistar ラットとは対
照的に,
DA ラットは約 2%しかヒドロキシ代謝物として排泄しなかった.
1 日あたり 20mg/kgBW
で 90 日間の,低水準の CYP2D2(ヒトの CYP2D6 に類似)しか有していない DA ラットの試験
において,この株は Wistar ラットと同様に Compound A の精巣毒性に影響を受けやすかった.
Compound A のラット精巣への作用機序の機序について,in vivo のデータは存在しない.
Wistar ラットのセルトリおよび生殖細胞の共培養(48 時間培養)を用いた in vitro の試験では,
Compound A は 0.1mmol/l の濃度で,Hydroxy-A は 1mmol/l でセルトリ細胞に空砲変性が生じ
た.Hydroxy-A は 0.1mmol/l では in vitro で検出可能な影響をもたらさなかった.(注:
Compound A の濃度 0.1mmol/l は,濃度約 10µg/ml に相当する.
)毒性はこの親物質の精巣への
直接的な影響によって生じたと結論づけた.
157
トキシコキネティクスにおける種間差
Compound A は,14C 標識化合物を用いて測定したところ,ラットおよびヒトの消化管より全
量吸収されている.1%未満しか二酸化炭素として呼気中に回収されず,尿が排泄の主要経路で
あった(用量の 95%超)
.
オスのラットとヒトへの経口投与後の尿代謝物に明確な種間差がみられた(表 A-1)
(集団サイ
ズは概して n=3)
.
表 A-1.雄ラットおよびヒト男性における Compound A およびそのヒドロキシ代謝物の尿中排泄
生物種
ラット(Wistar)
ヒト
a
用量(mg/kg
排泄された用量比率 a(%,36 時間以内)
BW)
Compound A
Hydroxy-A
1
80 ± 3
20 ± 5
10
82 ± 5
18 ± 7
20
80 ± 4
20 ± 3
40
88 ± 2
12 ± 4
0.1
88 ± 2
0(不検出)
平均 ± 標準偏差.
経口投与後の雄ラットおよびヒト男性についての血漿トキシコキネティクスのデータが利用
可能である.ラットについては,5 個体に強制経口投与を行い,異なる時点で終了させた後に血
漿および精巣中で測定した濃度からデータを採取した.キネティック(動態)パラメータは各時
点の平均濃度を用いて算出した.単回経口投与で急速に吸収され,投与後 1~3 時間で Compound
A の最高濃度に達した.キネティック(動態)パラメータを表 A-2 に示している.
これらの単回投与についてのデータに加えて,ラットの血漿および精巣の AUC を,飲料水に
よる 1 日あたり 20mg/kg BW の吸入を 4 週間続けた後に 24 時間にわたって測定した.ラットに
おける Compound A の最高濃度は血漿で 0.8µg/ml,精巣で 3.2µg/g であった.血漿中の AUC(24
時間中)は 10 (µg/ml)•h,血漿クリアランス(定常状態での日常[1 日の]摂取/AUC として計
算)は,33ml/分/kg BW であった.この試験より算出したクリアランス値は,単回強制経口
投与量のデータの値とよく合致していた.
血漿中の AUC に対する精巣中の AUC との比率はラットで 3.8~4.1 で,精巣での経時変化は
血漿での経時変化をしっかり反映していた.
158
表 A-2.単回経口投与後のラットにおける血漿トキシコキネティクスのデータ a
生物種
ラット
(Wistar)
a
N
5
Cmax
(µg/ml)
0.49
10
5
0.90
1
4.5
2.2
37
20
5
1.49
3
12.4
2.9
27
50
5
2.7
4
34.8
3.3
24
用量(mg/
kg BW)
1
Tmax
(h)
1
AUC
排泄半減 CL(ml/分/kg
[(µg/ml)•h] 期(h) BW)
0.46
2
36
用語の定義:
N
= 各時点で実験を行った動物の数(動物は実験殺を行い分析のため血液および精巣を採取)
Cmax
= 観測された最大血漿濃度
Tmax
= Cmax の時間
AUC
= 血漿-時間曲線下面積(無限外挿を行った)
CL
= 総血漿クリアランス(バイオアベイラビリティ[生体利用効率]=1 と仮定し算出)
(=用量/AUC)
Compound A の血漿濃度は,健康な成人男性ボランティア被験者 12 人(20~30 歳)に,きち
んと無作為化・交差設計がなされた実験で,0.25 または 1.0mg/kg BW の単回経口投与を行い測
定した(表 A-3)
.
表 A-3.経口暴露後のヒト血漿および腎臓のトキシコキネティクスのパラメータ a
用量(mg/ N
kg BW)
Cmax
(µg/ml)
Tmax
(h)
排泄半減 CL(ml/ 腎 CL(ml/ CL(ml/分/kg
期(h)
分)b
分)b,c
BW)d
0.25
12
0.08
1.2
3.5 ± 0.3
805 ± 40
760 ± 35
9.9
1.0
12
0.3
1.2
4.8 ± 0.6
540 ± 50
520 ± 45
6.6
略語は上記表 A-2 に同じ.
は高・低用量間の 0.05 未満である.
c 腎 CL=尿および血漿濃度中に排泄された量より算出された腎クリアランス
d 体重に合わせて調整された CL
(ml/分/kg BW)は載せておらず,この値は当試験に載せた平均 CL(ml/分)
を平均体重で除して算出したものである.
a
bP
Compound A は,人体ではほぼ全量腎臓から排泄され,ラットでは約 80%が腎臓,20%が代
謝によって排泄される.クリアランス値は腎生化学的パラメータと比較可能である(表 A-4)
.腎
血流は腎組織 100g あたり ml/分(406~632)および心拍出量に対する割合(13.5~17.5%)で
表され,生物種間で比較的一定である.
尿は Compound A の主要排泄経路であり,血漿クリアランスは糸球体濾過量を上回り,ラット
およびヒトの腎血漿流量に等しい.これは,この化合物が腎尿細管から活発に分泌されることを
示している.
表 A-4.ラットおよびヒトの腎生化学的パラメータ
生物種
糸球体濾過量
腎血漿流量
(ml/分/kg BW)
(ml/分/kg BW)
6.2
26
1.85
10
ラット
ヒト
159
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差
Compound A のトキシコキネティクスについて利用可能なデータは上記に示している.
ヒトの腎血流量はパラアミノ馬尿酸のクリアランスで測定し,男性は 654 ± 163ml/分,女性
は 592 ± 153ml/分である(平均 ± 標準偏差)
.ヒトでの糸球体濾過量は,男性 131 ± 22ml/分,
女性 117 ± 16ml/分である.腎機能は 20 歳まで向上し,その後年約 0.8%の割合で低下するの
で,健康な腎臓をもつ 90 歳個人の糸球体濾過量は約 40 ml/分となるであろう.年齢とともに腎
臓重量は 30%減少,腎灌流および(腎)尿細管機能は 40~50%低下する.すべてのキネティッ
ク(動態)データは健康な若年の male(オスのラットおよびヒト男性)に関するものであり,
これは動物研究で精巣毒性を観察した年齢層であった.
トキシコダイナミクスにおける種間差およびヒト個体差
Compound A がヒトの精巣(in vitro,in vivo いずれでも)や生殖能力に及ぼす影響について
のデータは存在しない.唯一のデータはヒトの代謝/トキシコキネティクス研究で用いた用量の
認容性に関するものである.ボランティア被験者における最大単回経口投与(1.0mg /kg BW)
では悪影響は全く生じなかった.これはプラセボ対照や二重盲検試験ではなく,この用量はリス
ク評価のための NOAEL として用いられたものではなかった.
トキシコキネティクスにおける種間差に対する CSAF(AKAF)の導出
活性化学的部分の同定
はじめに提示した DA ラットでの in vivo 試験および in vitro 試験からのエビデンス(証拠)
は,この親化合物が活性体であることを示していた.すべてのトキシコキネティクスのデータは
この活性化学物質に対するものであった.
妥当なトキシコキネティクスのパラメータの選定
Cmax と AUC のいずれが正しいトキシコキネティクスのパラメータなのかを決定するデータは
存在せず,したがってより安全側である AUC を用いる.適切な研究設計がなされ,単回投与の
データに必要な無限外挿を AUC に行った(単回投与に対する無限までの AUC は,定常状態で
の投与間隔の AUC に等しいため)
.ラットにおける定常状態での投与間隔に対する AUC および
クリアランスのデータは単回投与のデータを裏づけた(しかしこれらのデータは不可欠ではな
い)
.両種に対して無限外挿を用いた経口投与後のクリアランスを計算した.これは,経口 AUC
が AUC=内部(暴露)用量/CL の等式による経口暴露後のクリアランスに関連しているので,
内部(暴露)用量を測定するよい方法である.
入手可能なデータでは,精巣(標的臓器)中の濃度は急速に血漿と釣り合うことが示されてお
り,したがって精巣は中心的なコンパートメントの一部と考える.この精巣:血漿の比はラット
で 1(unity)を超えており,組織内吸収を示している.PBPK モデルは,ヒトのデータに基づい
てこのヒト組織への吸収を含まない限り有効ではないだろう(単にラットの比率をヒトのモデル
に適合させるだけでは,クリアランスより多くの情報をもたらさないだろう).ラットとヒトの
160
精巣:血漿の比についての情報は,PBPK モデルを必要とせずとも,対応するクリアランスと結
合させ,標的臓器の AUC を求めることができるだろう.
動物の実験データ
1) 経路の妥当性:
クリアランスは経口データより算出し,したがって経口バイオアベイラビリティ(生体利用
効率)のあらゆる影響を含めたことになるだろう.これはヒトへの暴露経路を考慮すれば適
切である.
2) 用量の妥当性:
ラットの血漿トキシコキネティクスのデータは,NOAEL に相応しい用量の範囲であった.こ
の単回強制投与試験は 4 週間の飲料水試験の間に採取したサンプルの分析により裏付けられ
た.CSAF の導出のために選定されたラットのデータは,NOAEL である 10 mg/kg BW の用量
のものであった.
3) 被験対象/サンプル数の妥当性:
データは各時点の動物 5 個体のもので,算出した AUC および CL は平均値に基づき,良い中
心傾向の推定値を示していた.
ヒトの実験データ
1) 母集団の妥当性:
試験群は健康な成人男性で構成され,したがって対象となる影響(すなわち精巣への影響)
にとって妥当であった.
2) 経路の妥当性:
クリアランスは経口データより算出し,したがって経口バイオアベイラビリティ(生体利用
効率)のあらゆる影響を含めたことになるだろう.これはヒトへの暴露経路を考慮すれば適
切である.
3) 用量の妥当性:
0.25 および 1.0mg/kg BW の用量についてのデータは,ヒトでの飽和速度の可能性を示してい
た.高い方の用量(1.0mg?)は動物の NOAEL の 10%を意味し,ヒトでの許容暴露はこの水
準に達しない(下記参照)ので,0.25mg/kg BW という用量を選定した.
4) 被験者/サンプル数の妥当性:
ヒトの血漿トキシコキネティクスのデータは,このデータの非常に低い標準偏差に関して十
分な数の個人のもので,適切な中心傾向の推定値となった.標準誤差(すなわち標準偏差を
161
サンプル数の平方根で除したもの:40/120.5 = 11.5)は,平均(805)のわずか 1.4%であり,
したがって許容できる.
トキシコキネティクスにおける種間差に対する CSAF(AKAF)の算出
ヒトの内部用量はラットの内部用量より大きな比率で表されるので,ラットのクリアランス
(10mg/kg BW[用量]での 37ml/分/kg BW)をヒトのクリアランス(0.25mg/kg BW[用量]
での 9.9 ml/分/kg BW)で除した.
CSAF(AKAF)は 3.7 になる.この値は,デフォルト値の選定のベースを考慮すれば予測通り
デフォルトに非常に近い.この AKAF は物質固有のデータに基づいているので,デフォルトより
も用いられるべきである.
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差に対する CSAF(HKAF)の導出
活性化学的部分の同定
はじめに示した DA ラットでの in vivo 試験および in vitro 試験からのエビデンス(証拠)は,
この親化合物が活性体であることを示していた.すべてのトキシコキネティクスのデータはこの
活性化学物質に対するものであった.
妥当なトキシコキネティクスのパラメータの選定
このヒトでの血漿トキシコキネティクスのデータは 20~30 歳の 12 個人のものであり,中心傾
向を定義するには十分であるが,ヒト母集団における潜在的な個体差を定義するには不十分であ
る.(動物のデータに裏付けられた)ヒトのデータは,腎尿細管分泌が主要排泄経路であること
を立証するには十分であった.実質的に全量吸収であることを考慮すると,腎血流が経口 AUC
および個体差を決定する主要な生理的変数である.
実験データ
個体差の主要な因子は,頑健なデータが存在し,生理的変数が HKAF を得るのに使えるため,
腎血流における相違になるだろう.なぜなら悪影響は精巣についてであり,男性の腎血流(654 ±
163ml/分;生理学の文献より収集したデータ)が計算の基礎として用いられたからである.ヒ
トのデータにおける個体差(表 A-3)は,腎血流および糸球体濾過量において知られている個体
差に比べて限られており,したがってこのデータはヒト個体差全般を反映しているとは考えられ
ない.
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差に対する CSAF(HKAF)の算出
腎血流が低いほど AUC が高くなるので,腎血流の平均(654ml/分)未満の 2 標準偏差(326ml
/分)は 328ml/分であり,したがって HKAF は 654/328(=1.99)である.CSAF(HKAF)は
よって 2.0 である.平均未満の 2 標準偏差を用いるのはこの計算で用いられるアプローチの 1 つ
に過ぎないことに留意すべきである.別の方法としては,その評価は平均腎血流(654ml/分)
に基づいた母集団の異なるパーセンタイルに対する多様な結果とその標準偏差(163 ml/分),
162
そして腎血流の母集団分布が正規もしくは対数正規型に分布しているという仮定をもたらし得
る.正規分布と仮定し,下記(注)の 2 点目に記した方法を用いると,母集団の平均と 95th,97.5th,
99th パーセンタイルの間の差を考慮するために必要な HKAF は 1.7,2.0,2.4 である(母集団の
パーセンタイルに等しい腎血流を求めるには,これらの係数で平均腎血流を除さなければならな
い)
.
注:
・ 正規分布と仮定しているので,導出された係数はその差の方向に依存する.例えば,平均を
超える 2 標準偏差は 1.5(980/654)になるだろう.対数正規型分布を用いると,平均超およ
び未満の n 標準偏差に対し同じ比を返すという利点がある.
・ 正規分布を仮定した母集団の異なるパーセンタイルに対する係数は,Excel の NORMDIST 関
数を用いて以下の等式で算出できる.
分布=NORMDIST((654/係数),654,163,true)
0.05,0.025,0.01 の分布を求めるために係数は変化する(それぞれ 95th,97.5th,99th パーセン
タイルに相当)
.
・ 統計学者でない人には,平均に 2 標準偏差を適用することで得た係数(2.0)
(2 標準偏差は母
集団の 95%を網羅することが一般的に知られている)と,母集団の 95%を網羅する分布分析
によって算出した係数(1.7)との間に「不一致」があるように思われるかもしれない.これ
は,平均前後の 2 標準偏差は全母集団の 95%を包含し,母集団の 2.5%は対称分布のそれぞれ
の裾(tail)に含まれることが理由である. 2.0 という係数は NORMDIST 分析より 97.5th パー
センタイルに対して得られた.
・ 対数正規型分布を仮定した母集団の異なるパーセンタイルに対する係数は,Excel で
NORMSINV 関数を用いて算出できる.対数正規型分布の 95th,97.5th,99th パーセンタイルに
対する NORMSINV 値は,それぞれ順に 1.64,1.96,2.33 である.幾何平均推定値と推定値と
の比は,NORMSINV 値の真数に幾何標準偏差の対数(log GSD)を掛けることで得られる.
・ この用量/濃度-反応アセスメントの形が明確に説明されるのは重要である.なぜなら正規
型および対数正規型分布の両方とも x 軸上の 0 および無限大でしか y 軸上で 0 にならないか
らである.すなわち全員を網羅するのに必要な係数は無限大になるであろう.
影響を受けやすいサブグループの考慮
子どもにおける Compound A のクリアランス(除去)について物質に固有のデータは存在しな
いが,子どもの腎血流は成人のものより高い.これは,mg/kg BW のベースで同量の摂取を受け
ると成人よりも子どもの方が低い AUC になり,したがって HKAF 値はこのグループも網羅して
いるであろう.
複合不確実性係数(CUF)の算出
この総係数は,トキシコキネティクスにおける種間差とヒト個体差に対する調整係数および,
トキシコダイナミクスにおける種間差およびヒト個体差に対する不確実性係数の複合物である.
163
CUF は一般的には以下のように示す.
CUF = [AKAF または AKUF] × [ADAF または ADUF] × [HKAF または HKUF] × [HDAF または
HDUF]
本ケースでは:
CUF = AKAF × ADUF × HKAF × HDUF
結果は CUF で網羅する母集団のパーセンタイルによる.
-
95th パーセンタイル:
th
97.5 パーセンタイル:
th
99 パーセンタイル:
3.7 × 2.5 × 1.7 × 3.16 = 49.69 = 50
3.7 × 2.5 × 2.0 × 3.16 = 58.46 = 60
3.7 × 2.5 × 2.4 × 3.16 = 70.15 = 70
1 日あたり 10mg/kg BW の NOAEL を係数 50~70 で除すると, 0.14~0.20mg/kg BW の摂
取となり,したがって AKAF を算出するために選定した 0.25mg/kg BW という用量は適切であっ
た.
ケース A1:AKAF および HKAF の導出
はじめに
Compound A1 は,有機溶媒には易溶性だが水には難溶性の,弱塩基性の脂環式脂肪族ヒドロ
キシルアミン(pKa 8)である.暴露シナリオは Compound A と同一である.
これはケース A に類似しているが,異なる検討課題を提起している.データベースは下記の点
に関して同一である.
-
毒性および重大影響(精巣毒性)についてのデータ
-
最も影響を受けやすい実験種(ラット)
-
暴露シナリオ
-
実験種における用量-反応および NOAEL(1 日あたり 10mg/kg BW)
.
作用機序について適切なデータは存在しない.ラットの精巣培養を用いた in vitro での研究も
存在しない.
Compound A1 は肝臓ミクロソームによって酸化して脂環式アルコールになり,NADPH に依
存性があり一酸化炭素によって抑制される(すなわち,シトクロム P450 によりおそらく触媒さ
れる)が,原因となる P450 の型に関する現代のデータは存在しない.
ヒトでのデータは,Compound A1 は悪影響なく良好な耐容性を示したという単回投与 ADME
164
およびトキシコキネティクスの研究に関するもののみである.
脂環式アルコール代謝物を,1 日あたり最大 100mg/kg BW までの用量で 90 日間投与した際,
精巣に影響は生じなかった.
トキシコキネティクスにおける種間差
この化合物はすべての生物種において消化管からよく吸収され,
「脱アミノ」脂環式アルコー
ルおよびそのグルクロン酸化合物として(用量の 95%超),無視できる量の親化合物や他の代謝
物とともに尿に排泄される(表 A-5)
.
表 A-5.Compound A1 およびその代謝物の尿中排出量
生物種
用量(体重 kg
N
尿に排出された用量比率 a(%,15 日間合計)
あたり mg)
脂環式アルコール
脂環式アルコールの
Compound A1
グルクロン酸化合物
ラット
10
5
17
82
1
ヒト
0.1
6
1±1
96 ± 2
3±1
a
ラットは平均,ヒトは平均 ± 標準偏差.
親ヒドロキシルアミンについての血漿トキシコキネティクスのデータは,オスのラットおよび
ヒト男性について入手可能である(表 A-6)
.
オスのラットについてのデータは,各時点で 5 個体(への暴露を)順に終止させることによっ
て,キネティック(動態)パラメータを計算するための平均データを用いて測定した.ヒトのデ
ータは 20~30 歳の 12 人の健康な成人男性に関するものである.
表 A-6.オスのラットおよびヒト男性における血漿トキシコキネティクスのデータ a
生物種
ラット
ヒト
a
用量(mg/
kg BW)
N
Cmax
(µg/ml)
Tmax
(h)
AUC
排泄半減
[(µg/ml)•h] 期(h)
CL(ml/分
/kg BW)
20
5
4.8
1
30
4
11
0.25
12
0.03 ± 0.02
3
8 ± 12
80 ± 120
0.5 ± 0.8
略語は上記表 A-2 に同じ.
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差
Compound A1 のトキシコキネティクスについて利用できるデータは上記表 A-6 に提示してい
る.
トキシコキネティクスにおける種間差に対する CSAF(AKAF)の導出
活性化学的部分の同定
はじめに提示したエビデンス(証拠)では,このアルコール代謝物は親化合物の NOAEL の
10 倍の用量で精巣に毒性を生じなかったことが示され,したがってこの代謝物は不活性と考えら
れる.このグルクロン酸複合体は不活性の無毒化産物だと考える.すべてのトキシコキネティク
165
スのデータはこの活性化学物質に対するものである.
妥当なトキシコキネティクスのパラメータの選定
Cmax と AUC のいずれが正しいトキシコキネティクスのパラメータなのかを決定するデータは
存在せず,したがってより安全側である AUC を用いる.適切な研究設計がなされ,単回投与の
データに必要な無限外挿を AUC に行った(単回投与のための無限までの AUC は,定常状態で
の投与間隔の AUC に等しいため)
.両種に対して無限外挿を行った経口投与後にクリアランスを
算出した.これは,経口 AUC が AUC=内部(暴露)用量/CL の等式による経口暴露後のクリ
アランスに関連しているので,内部(暴露)用量を測定するよい方法である.
動物の実験データ
1) 経路の妥当性:
クリアランスは経口データより算出し,したがって経口バイオアベイラビリティ(生体利用
効率)のあらゆる影響を含めたことになるだろう.これはヒトへの暴露経路を考慮すれば適
切である.
2) 用量の妥当性:
ラットの血漿トキシコキネティクス(動態)のデータは NOAEL に近い用量のものである.
用量は NOAEL を超えており,もし NOAEL とキネティック(動態)試験で用いた用量との
間で代謝の飽和が起きたとしたら,この親化合物の AUC が増加しやすく,したがってラット
とヒトとの間の差を埋めることになるであろう.
3) 被験対象/サンプル数の妥当性:
データは各時点の動物 5 個体のもので,算出した AUC および CL は平均値に基づき,良い中
心傾向の推定値を示していた.
ヒトの実験データ
1) 母集団の妥当性:
試験群は健康な成人男性で構成され,したがって重大影響(すなわち精巣への影響)にとっ
て妥当であった.
2) 経路の妥当性
クリアランスは経口データより算出し,したがって経口バイオアベイラビリティ(生体利用
効率)のあらゆる影響を含めたことになるだろう.これはヒトへの暴露経路を考慮すれば適
切である.
3) 用量の妥当性:
166
試験を行った用量は,動物の NOAEL の 2.5%を意味する 0.25mg/kg BW で,初期評価には適
切であった.
4) 被験者/サンプル数の妥当性:
ヒトの血漿トキシコキネティクスのデータは 12 個人のもので,クリアランスに非常に大きな
ばらつきを示した.標準誤差(すなわち標準偏差をサンプル数の平方根で除したもの:0.8/120.5
= 0.23)は,平均(0.5)の 46%で極めて大きい.そのようなばらつきは,化合物が遺伝的多
型の影響下にある代謝経路によって排泄されるときに生じ得るが,高いばらつきは不十分な
データからも生じ得る(この可能性は CSAF を決定する前に解消する必要があるだろう)
.本
ケースでは,このばらつきはしっかり設計および実施された試験からのもので,排泄経路は
いくつかの型で遺伝的多型が存在するシトクロム P450 をおそらく経由している.被験者数は,
この化合物の除去(クリアランス)の母集団分布やこのデータの中心傾向を満足な信頼性を
もって定義するには不十分である.
トキシコキネティクスにおける種間差に対する CSAF(AKAF)の算出
母集団分布の分析は,トキシコキネティクスにおける種間差に対する CSAF(AKAF)の導出の
基礎として必要であろう.データが存在する被験者の数は,AKAF を導出するのに用いるには不
十分である.
(しかし,既にヒトへの暴露が存在し,リスク管理者がリスク判定を必要と考える
のであれば,クリアランスにおけるかなりの種間差は無視すべきでないという助言は与えられる
であろう.そのような状況下では,暫定係数 22[不確かすぎて AKAF とは呼べないだろう]がク
リアランス値の比[11/0.5]の基礎となるだろう.
)
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差に対する CSAF(HKAF)の導出
活性化学的部分の同定
はじめに示したエビデンス(証拠)では,このアルコール代謝物は親化合物の NOAEL の 10
倍の用量で精巣に毒性を生じなかったことが示され,したがってこの代謝物は不活性と考えられ
る.すべてのトキシコキネティクスのデータはこの活性化学物質に対するものであった.
妥当なトキシコキネティクスのパラメータの選定
Cmax と AUC のいずれが正しいトキシコキネティクスのパラメータなのかを決定するデータは
存在せず,したがってより安全側である AUC を用いる.適切な研究設計がなされ,単回投与の
データに必要な無限外挿を AUC に行った(単回投与のための無限までの AUC は,定常状態で
の投与間隔の AUC に等しいため)
.無限外挿を行った経口投与後にクリアランスを算出した.こ
れは,経口 AUC が AUC=内部(暴露)用量/CL の等式による経口暴露後のクリアランスに関
連しているので,内部(暴露)用量を測定するよい方法である.
実験データ
ヒトでの血漿トキシコキネティクスのデータは 20~30 歳の 12 個人のもので,ヒト母集団にお
167
ける潜在的な個体差を定義するには不適切である.
(多型性の頻度に応じて)比較的大きな母集
団においてクリアランスの母集団分布の分析が必要であろう.加えて,多型性の基礎を知るのは
有益であろう.
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差に対する CSAF(HKAF)の算出
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差に対する CSAF(HKAF)導出の基礎として,母集
団分布の分析が必要であろう.データが存在する被験者数は,HKAF 導出の基礎としては不十分
である.
もし in vivo での個体差
(ばらつき)が,例えば不全代謝者の発生率が約 8%である CYP2D6
から生じた,と示した十分なデータが入手できたならば,この調整係数は物質固有のデータを用
いて,不全代謝者の in vivo パラメータ推定値の 95th パーセンタイルに対する広範な代謝者の平
均 in vivo パラメータ推定値の比率を基礎にするだろう.(しかし,既にヒトへの暴露が存在し,
リスク管理者がリスク判定を必要と考えるのであれば,クリアランスにおける大きな個体差は無
視すべきでないという助言は与えられるであろう.そのような状況下では,暫定係数[あまりに
不確かすぎて HKAF とは呼べないだろう]を個体差について利用可能なデータの基礎にできるだ
ろう.加えて,算出された比率は,多型酵素の他の基質について知られている広範・不全代謝者
の差によって調整できるだろう.
[Dorne et al., 2002 を参照]).
複合不確実性係数(CUF)の算出
入手可能なデータでは,デフォルトの不確実性係数(すなわち,10×10)を用いるのは不適当
だと示されているが,データベースは信頼性をもって CSAF を導出するには不十分であった.そ
の結果,もし必要であれば 1 つの係数(デフォルトから離れて修正するには相応)を導出し得る
が,CSAF ではないだろう.
ケース A2:AKAF および HKAF の導出
はじめに
Compound A2 は,有機溶媒には易溶性だが水には難溶性の,弱塩基性の脂環式脂肪族ヒドロ
キシルアミン(pKa 8)である.暴露シナリオは Compound A と同一である.
これはケース A に類似しているが,異なる検討課題を提起している.データベースは下記の点
に関して同一である.
-
重大影響(精巣毒性)および毒性データ
-
最も影響を受けやすい実験種(ラット)
-
暴露シナリオ
-
実験種における用量-反応および NOAEL(1 日あたり 10mg/kg BW)
.
作用機序について適切なデータは存在しない.ラットの精巣培養を用いた in vitro での研究も
168
存在しない.
トキシコキネティクスにおける種間差
Compound A2 はすべての生物種において消化管から全量吸収される.親ヒドロキシルアミン
およびそのグルクロン酸化合物として尿に排泄される(用量の 95%超).代謝はすべての生物種
において同様で,5~10%は Compound A2 として,残りはグルクロン酸化合物として排泄され
る.この親化合物のトキシコキネティクスはオスのラットおよびヒト男性において研究されてき
た(表 A-7)
.
表 A-7.オスのラットおよびヒト男性における血漿トキシコキネティクスのデータ a,b
生物種
ラット
ヒト
用量(mg/
kg BW)
N
Cmax
(µg/ml)
Tmax
(h)
AUC
排泄半減
[(µg/ml)•h] 期(h)
CL(ml/分
/kg BW)
20
5
4.8
1
30
4
11
0.25
12
0.06 ± 0.02
1
0.14 ± 0.04
1.5 ± 0.5
30 ± 9
a
略語は上記表 A-2 に同じ.
b
ラットは平均,ヒトは平均 ± 標準偏差.
オスのラットについてのデータは,各時点で 5 個体(への暴露を)順に終止することによって,
キネティック(動態)パラメータを計算するために用いた平均データで測定した.ヒトのデータ
は 20~30 歳の 12 人の健康な成人男性に関するものである.
主に腸壁および肝臓で抱合が生じる.
この化合物は腸壁でグルクロン酸との抱合によって初回通過代謝が起き,これは経口暴露後の
AUC およびクリアランスにおける種間差の理由かもしれない.すべてのヒトへの暴露は経口経
路によって生じると考えられているため,非経口投与後のキネティックス(動態)のデータは,
ラット,ヒトのいずれも存在しない.
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差
Compound A2 のトキシコキネティクスについて利用可能なデータは,上記表 A-7 に提示して
いる.
トキシコキネティクスにおける種間差に対する CSAF(AKAF)の導出
活性化学的部分の同定
グルクロン酸抱合体の活性についてのデータは存在しない.しかし,そのようなグルクロン酸
化はおそらく主要な解毒経路を表し,したがって親ヒドロキシルアミンは動物で検出された精巣
毒性に対する活性部分であると考える.
妥当なトキシコキネティクスのパラメータの選定
Cmax と AUC のいずれが正しいトキシコキネティクスのパラメータなのかを決定するデータは
存在せず,したがってより安全側である AUC を用いる.適切な研究計画がなされ,単回投与の
169
データに必要な無限外挿を AUC に行った(単回投与のための無限までの AUC は,定常状態で
の投与間隔の AUC に等しいため)
.両種に対して無限外挿を行った経口投与後にクリアランスを
算出した.これは,経口 AUC が AUC=内部(暴露)用量/CL の等式による経口暴露後のクリ
アランスに関連しているので,内部(暴露)用量を測定するよい方法である.
動物の実験データ
1. 経路の妥当性:
クリアランスは経口データより算出し,したがって経口バイオアベイラビリティ(生体利用
効率)のあらゆる影響を含めたことになるだろう.これはヒトへの暴露経路を考慮すれば適
切である.
2. 用量の妥当性:
ラットの血漿トキシコキネティクス(動態)のデータは NOAEL に近い用量のものである.
用量は NOAEL を超えており,もし NOAEL とキネティック(動態)試験で用いた用量との
間で代謝の飽和が起きたとしたら,この親化合物の AUC が増加しやすく,したがってラット
とヒトとの間の差を埋めることになるであろう.
3. 被験対象/サンプル数の妥当性:
データは各時点の動物 5 個体のもので,
算出した AUC およびクリアランスは平均値に基づき,
良い中心傾向の推定値を示していた.
ヒトの実験データ
1) 母集団の妥当性:
試験群は健康な成人男性で構成され,したがって当該影響(すなわち精巣への影響)に対す
るリスク評価にとって妥当であった.
2) 経路の妥当性
クリアランスは経口データより算出し,したがって経口バイオアベイラビリティ(生体利用
効率)のあらゆる影響を含めたことになるだろう.これはヒトへの暴露経路を考慮すれば適
切である.
3) 用量の妥当性:
0.25mg/kg BW という用量は,動物の NOAEL の 2.5%を表し,許容できるヒトへの暴露はこの
水準に達しないだろう(総不確実性係数が 40 未満でない限り;下記参照)
.
4. 被験者/サンプル数の妥当性:
ヒトの血漿トキシコキネティクスのデータは 12 個人のもので,限られたばらつき(個体差)
しか示さず,中心傾向を推定するには適切である.標準誤差(すなわち標準偏差をサンプル
170
数の平方根で除したもの:9/120.5=2.5)は,平均(30)のわずか 9%で,AKAF を求めるには
適切である.
トキシコキネティクスにおける種間差に対する CSAF(AKAF)の算出
ラットのクリアランス(20mg/kg BW[の暴露]で 11ml/分/kg BW)をヒトのクリアラン
ス(0.25mg/kg BW[の暴露]で 30ml/分/kg BW)で除した.これはヒトの内部(暴露)用量
はラットの内部(暴露)用量より低いことによる比率を表しているからであった.CSAF(AKAF)
は 0.37,すなわち(ヒトの方が)高いクリアランスゆえに,ヒトの血液中には,ラットの血液中
よりも,体重 1kg あたりの同量の摂取に対して低い濃度が存在するであろう.
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差のための CSAF(HKAF)の導出
活性化学的部分の同定
グルクロン酸抱合体の活性についてのデータは存在しない.しかし,グルクロン酸化はおそら
く主要な解毒経路を表し,したがって親ヒドロキシルアミンは動物で検出された精巣毒性に対す
る活性部分であると考える.
妥当なトキシコキネティクスのパラメータの選定
Cmax と AUC のいずれが正しいトキシコキネティクスのパラメータなのかを決定するデータは
存在せず,したがってより安全側である AUC を用いる.適切な研究設計がなされ,単回投与の
データに必要な無限外挿を AUC に行った(単回投与のための無限までの AUC は,定常状態で
の投与間隔の AUC に等しいため)
.両種に対して無限外挿を行った経口投与後にクリアランスを
算出した.これは,経口 AUC が AUC=内部(暴露)用量/CL の等式による経口暴露後のクリ
アランスに関連しているので,内部(暴露)用量を測定するよい方法である.
実験データ
試験群のサイズおよび被験者の範囲は,この化合物のクリアランスにおけるヒト個体差を定義
するには不十分だと考える.
トキシコキネティクスにおけるヒト個体差に対する CSAF(HKAF)の算出
CSAF は,
この物質固有のデータに基づいては導出できなかった.
(Compound A2 に関連する,
しかし固有ではない係数は,転移酵素(トランスフェラーゼ)の型は不明であるという条件で,
グルクロン酸化による全量吸収および排泄を経る他の化合物に対するデータベースの検証より
導出し得るだろう.
影響を受けやすいサブグループの考慮
子どもにおける Compound A2 のクリアランスについて物質固有のデータは存在しないが,グ
ルクロン酸化による薬物のクリアランスは,成人より子どもにおいての方が高い.このことから,
171
mg/kg BW のベースで同量の摂取を受けると,成人より子どもにおいての方が低い AUC になる
であろう.
複合不確実性係数(CUF)の算出
CUF は,トキシコキネティクスにおける種間差に対する調整係数および,トキシコキネティク
スにおけるヒト個体差および,トキシコダイナミクスにおける種間差およびヒト個体差に対する
デフォルトの不確実性係数の複合物である.CUF は一般的には以下のように示す.
CUF = [AKAF または AKUF] × [ADAF または ADUF] × [HKAF または HKUF] × [HDAF または
HDUF]
本ケースでは:
CUF = AKAF × ADUF × HKAF × HDUF
したがって,CUF = 0.37 × 2.5 × 3.16 × 3.16 = 9 となる.この不確実性係数の低さは以下の 2
点に関して配慮が必要である.
1. 9 という総係数をラットにおける精巣毒性に対する NOAEL(10mg/kg BW)に適用すると,
1.1mg/kg BW の TDI(もしくは RfD)になるだろう.ヒトのトキシコキネティクスのデータ
は 0.25mg/kg BW の用量のもので,有り得べき TDI 未満である.非線型動力学(キネティク
ス)の可能性を検討する必要がある.本ケースでは,グルクロン酸化の過程が,1 日あたり
1.1mg/kg BW の用量で飽和される可能性は極めて低く,したがって利用できる動態(キネテ
ィクス)のデータはこのより高い用量に相応しい.
2. 9 という総係数は,より高い用量,しかしデフォルトの 100 倍の係数で,動物試験において観
測された,異なる毒性エンドポイントを意味し,重大影響になるかもしれない.IPCS(1994)
および本ドキュメント(第 2.4 節)で既述したように,そのような状況下では,決定木(デシ
ジョンツリー,命令系統)のトップまで遡り,より高い用量で観測された他のエンドポイン
トを検討する必要がある.この化合物の単純な代謝を考慮すれば,9 という総不確実性係数は
他のほとんどのエンドポイントに適用できる可能性が高いが,そのそれぞれをつぶさに検討
すべきである.
(例えば,膀胱で検出された悪影響は排泄されたグルクロン酸化合物の局所加
水分解より生じるかもしれず,トキシコキネティクスにおける種間差に対するデフォルトを
含む,通常の 100 倍のデフォルトの不確実性係数が適切であろう.)
172
ケース B:AKAF,ADAF,HKAF および HDAF の導出
はじめに
母集団の B への主要な暴露経路は吸入である.
Compound B の重大影響は血液学的なものであり,実際にこれらは,短期および長期試験のい
ずれにおいても,すべての投与経路によって暴露されたすべての種において最小濃度で観測され
た影響である.具体的には,溶血性貧血,血色素尿症および赤血球浸透圧脆弱性の増加に特有の,
血液パラメータでの変化という暴露結果である.
どのように Compound B が血液学的影響を誘発するのかという特定の作用機序は明らかにさ
れていない.これらの進行に基づき,赤血球の膨張,形態学的変化,変形能減少などの変化は,
陽イオンおよび水に対する透過性の増加をもたらす,Compound B の活性酸性代謝物と赤血球の
細胞膜の脂質との結合による可能性が高い.データは,古い赤血球ほど Compound B に感度が
高いことを示唆している.それらがより回復が早くより若い細胞と入れ変わるにつれ,血液毒性
反応の程度は減少する.
主要代謝経路では,Compound B は最初にアルコール脱水素酵素により肝臓内で酸化してアル
デヒド中間体になり,続いてさらにアルデヒド脱水酵素により酸化してこれに対応する酢酸誘導
体になり,グリシンやグルタミンと結合,もしくは最終的には二酸化炭素に代謝される.
観測された毒性の,性別,年齢,期間および種による変動は,酢酸代謝物の生成および除去の
相違とよい相関があった.これらの観測,および Compound B の対応する酸への酸化は抑制さ
れたとする付随研究は,酸性代謝物が,この Compound に暴露させた実験動物で観測された血
液学的影響の最大の原因であることを示している.
血液学的影響のための BMC05(5%反応のためのベンチマーク濃度)は,ラットでは 5.3~61
mg/m3,マウスでは 10~115 mg/m3 の幅がある.3ラットでは,それらの効力評価のみに基づく
と,最も敏感なエンドポイントは,平均赤血球ヘモグロビンの増加である.マウスでは,最も低
い BMC05 は血小板の増加で発生したものである.概して,各パラメータの BMC05 はマウスより
もラットの方が低い.同様に,オスのラットよりもメスのラットの方が BMC05 は概して低い.
これは,有意な変化はオスよりもメスに先にみられるという事実とともに,推定活性酸性代謝物
の除去において観測された雌雄間の差と相関がある.
トキシコキネティクス(動態)における種間差およびヒト個体差
1 日 6 時間,週 5 日間で 18 ヶ月,それぞれ(Compound B に)151,303 もしくは 605 mg/m3
および 303,605 もしくは 1210 mg/m3 暴露させたオス 16 個体,メス 16 個体の F344 ラット(有
害影響量もしくは BMC に基づいた批判的研究で用いられたものと同種)のグループにおける
Compound B のトキシコキネティクスを調べた.暴露後の血液サンプルを,1 日,2 週間,3,6,
12,18 か月後に,暴露 16 時間後の尿サンプルを 2 週間,3,6,12,18 か月後に採取した.メ
スのラットは,オスより血液から酢酸代謝物を除去(クリア)する効率が悪く(例えば,1 日
3
空気中の Compound B の換算比率:1 ppm = 4.84 mg/m3
173
303mg/m3 暴露でオス 40 分に対しメス 64 分の半減期),腎排泄がオスよりメスの方が時間がか
かることに関連があるようだった.
この研究でさまざまな期間暴露された雌雄ラットの,暴露後における平均 AUC 値は,999
(µmol/l)
・時間(151mg/m3 での値)であった.
ヒトでの研究から得られるトキシコキネティクス(動態)について限られたデータがいくつか
ある.
ある実験研究では,
5 人の男性被験者が 2 時間の軽運動
(50W)の間に吸入により Compound
B に暴露され,その酢酸代謝物は暴露開始後 0,2,4,および 6 時間後に静脈血サンプルで測定
した.酢酸代謝物の濃度は 2~4 時間後にピークに達し,3 人の被験者では 2 時間後に 36~
46µmol/l(平均 41)
,2 人の被験者では 4 時間後に 52~60µmol/l(平均 56)であった.平均半減
期は 4.3 時間であった(1.7~9.6 時間の開きがある).表集計平均データは非コンパートメントモ
デルおよび標準動力(キネティック)プログラム(WinNonLin)を用いて分析が行われ,AUC
は 7.1 時間までは 230(µmol/l)
・時間,終末相半減期は 4.5 時間,無限外挿した AUC は 414
(µmol/l)
・時間であった.
(慢性摂取間の生成もしくは除去に変化がないと仮定して,無限外挿
した 1 回の用量あたりの AUC は定常状態での AUC に等しい.
)
PBPK モデルは,Compound B の摂取および代謝,およびその酢酸代謝物の血中濃度および腎
臓排出向けに開発されてきた.このモデルをヒトに拡大するには,主に代謝パラメータの (体
重)0.7 に臓器重量および臓器血流量での適切な生理学的な差を足したものによる調整に基づく.
これらの拡大されたパラメータ推計およびヒト向けモデルは,このモデルが合理的な適合を提供
しているとして,血液中の Compound B の濃度および人体内の酢酸代謝物の排泄について既報
の限られたデータとの比較によりその正当性が確認された.
最初のモデルでは,コンパートメントには Compound B およびその酢酸代謝物の双方向けに
肺,灌流が高速および低速の組織,脂肪,皮膚,筋肉,消化管および肝臓が含まれ,さらに腎臓
が酢酸代謝物のための記述に加えられた.分配係数は親化合物および酢酸代謝物の両方について
実験で測定した.速度定数は,文献からの採用(酢酸代謝物の親物質の Vmax),もしくはシミュ
レーションの実験データへの適合による推定(酢酸代謝物のためのその他の代謝物および腎排泄
定数に対する Compound B の Vmax)のいずれかによる.データが存在しない場合は,酢酸代謝
物を血液タンパク質に結合するための定数を,モデルの適合を改善するために設定した.このモ
デルは,パラメータをまったく調整せずに,親化合物および酢酸代謝物の両方を静脈内に暴露し
た,さまざまな年齢のオスのラットの研究からのデータを合理的にシミュレートした.年長ラッ
トの場合,シミュレーションの適合は,脂肪コンパートメントの容量を増やし,腎排泄速度を減
らすことでわずかに改善した.なお,どちらも生物学的根拠を有するとして正当と証明されてい
る(すなわち,これらは老齢ラットに共通の変化である).
このモデルはまた,尿中酢酸代謝物レベル,とりわけ溶血を起こすと実証されたレベル以下の
用量での合理的な予測を提供した.このモデルはオスのラットでの吸入試験において親化合物の
摂取および代謝,および酢酸代謝物の排出を予測した.ただし,排泄された酢酸代謝物の量が過
剰に予測されてしまう最高濃度でのものを除く.これは溶血が呈する毒性によるものであった可
能性がある.
第 2 のモデルは,反復長期暴露後の異なる種での親化合物および酢酸代謝物のトキシコキネテ
174
ィクス(動態)を説明するために,大部分は Compound B へのオスのラットの 2 週間にわたる
暴露を用いて開発された.メスのラットでの相違を説明するために調整が行われ,次いでマウス
でのデータをよりよくシミュレートするためにさらなる調整が行われた.このモデルはその後,
モデル開発に用いる慢性試験で明らかになる可能性が高い,年齢による相違を説明するために拡
張された.
第 2 のモデルにおける構造的な相違点は,腎臓と脾臓コンパートメントが分かれていること,
筋肉が低速で灌流する組織コンパートメントに含まれることなどであった.組織:血液の分配係
数の値は最初のモデルのものと同じであり,体重に対する臓器重量の割合は,肝臓と肺以外は 2
つのモデルで非常に類似していた.
トキシコダイナミクス(作用)における種間差
Compound B の酢酸代謝物の,ラットやヒトの赤血球への影響は,in vitro にて検証された.9
~13 週齢の F344 ラットからプールされた赤血球を Compound B の酢酸代謝物に暴露させた.
健康なボランティア被験者(男女 18~40 歳;n=5)からもヒト赤血球を採取し,同様にその酢
酸代謝物に暴露させた.培養時間(0.25~4 時間)の終わりに,ヘマトクリット,遊離血漿ヘモ
グロビンの水準を,それぞれ赤血球腫大,溶血の指標として測定した.溶血は,ラットの血液中
では Compound B の酢酸化合物によって生じる.対照的に,ヒトの細胞は,実験した濃度以下
の酢酸化合物の溶血作用に対して比較的耐性があった.そのラットおよびヒトのデータは下記の
表 A-8 および表 A-9 にそれぞれ示されている.
表 A-8.in vitro にて Compound B の酢酸代謝物で培養させたラットの血液中の赤血球および遊
離血漿ヘモグロビンへの,濃度および時間による影響.a
暴露後の時間(単位:時間)
0.25
0.5
1
2
4b
コントロールに対する赤血球の増加率(%)
0.5 mmol/l
―
104 ± 2
108 ± 2
110 ± 2
121* ± 2
1.0 mmol/l
―
111 ± 1
117 ± 1
124 ± 2
144* ± 2
2.0 mmol/l
111 ± 3
118 ± 1
133 ± 2
169 ± 3
170* ± 3
0.5 mmol/l
―
0.2 ± 0.05
0.2 ± 0.05
0.2 ± 0.05
0.5 ± 1
1.0 mmol/l
―
0.4 ± 0.05
0.8 ± 0.05
1 ± 0.05
2±1
2.0 mmol/l
―
0.6 ± 0.05
1 ± 0.05
2.2 ± 1
7* ± 1
血漿ヘモグロビン(g/dl)
a
値は 6 個体(オス 3 個体,メス 3 個体)の測定値の平均 ± 標準偏差である.コントロールの
ラットの血漿内の遊離血漿ヘモグロビンの濃度は 0.1~0.2g/dl であった.
b アスタリスク(*)はコントロールと比較して統計的に有意な増加を示す.
175
表 A-9.in vitro にて Compound B の酢酸代謝物で培養させたヒトの血液中の赤血球および遊離
血漿ヘモグロビンへの,濃度,時間,および性別による影響.a
暴露後の時間(単位:時間)
男性
1
女性
2
4
1
2
4
コントロールに対する赤血球の増加率(%)
2.0 mmol/l
101 ± 2
103 ± 2
103 ± 2
99 ± 3
100 ± 1
100 ± 3
4.0 mmol/l
102 ± 1
103 ± 3
105 ± 3
100 ± 2
101 ± 2
103 ± 2
8.0 mmol/l
104 ± 3
105 ± 1
108 ± 4
104 ± 1
104 ± 3
106 ± 1
血漿ヘモグロビン中濃度(g/dl)
2.0 mmol/l
0.12±0.05
0.13±0.1
0.2±0.05
0.14±0.05
0.15±0.05
0.17±0.05
4.0 mmol/l
0.17±0.05
0.22±0.05
0.3 ± 0.1
0.2 ± 0.05
0.25±0.05
0.25±0.05
8.0 mmol/l
0.4 ± 0.05
0.42 ± 0.1
0.53±0.1
0.35±0.05
0.39 ± 0.1
0.44 ± 0.1
a
値は 5 人の測定値の平均 ± 標準偏差である.
これらのデータは,他のいくつかの研究結果と一致している.例えば,オスの成体ウィスター
ラット 4 個体の血液中の溶血と,健康な成人男性ドナー(それ以上の詳細は示されていない)の
血液から分離したヒトの赤血球を in vitro にて調べた.投与した酢酸代謝物の最低濃度(1.25
mmol/l)では,180 分後にラットの赤血球の 25%が溶血になった.一方,15 mmol/l 濃度の酢酸
代謝物ではヒト赤血球には同時間でも測定可能な溶血ができなかった.本研究は,全血ではなく
洗浄赤血球で行われた.別の研究では,最大濃度(2 mmol/l)でラットの赤血球に急速に溶血を
発生しながらも,ヒトの赤血球では検出可能な影響はまったくみられなかった.ラットの赤血球
を酢酸代謝物に 0.2 mmol/l の濃度で暴露させると,細胞変形能の減少や平均細胞体積の増加は確
認されたが,溶血は生じなかった.
トキシコダイナミクス(作用)におけるヒト個体差
多様なヒト由来の赤血球の,Compound B の酢酸代謝物への反応を調べるさらなる研究が行われ
た.細胞は,平均年齢 41 歳の 9 人(31~56 歳の男性 5 人,女性 4 人)と平均年齢 72 歳の 9 人
(64~79 歳の男性 5 人,女性 4 人)から成る 18 人の健康な個人,および鎌状赤血球症をもつ 7
人や球状赤血球症をもつ 3 人から採取した.これらの集団からの精製赤血球に対する 2mmol/l
の Compound B の酢酸誘導体の溶血作用について,溶血になった細胞の割合で評価し,細胞を
酢酸誘導体で最大 4 時間まで培養させることで試験を行った.得られた結果を表 A-10 に示した.
176
表 A-10.in vitro での Compound B の 2mmol/l 酢酸代謝物に暴露させたヒトの赤血球の溶血性
(%)a
細胞の採取
サ
源
ン
以下の処理後の溶血性(%)
0 時間
プ
ル
N
若年成人
4 時間
2 mmol
コント
2 mmol
コントロ
2 mmol
ール 酢酸代謝物
ロール
酢酸代謝物
ール
酢酸代謝物
0.5 ± 0.2
0.4 ± 0.1
1.0 ± 0.5
コントロ
数
2 時間
9
0.5 ± 0.2
0.3 ± 0.1
老齢者
9
0.7 ± 0.1
0.9 ± 0.2
1.0 ± 0.2
1.3 ± 0.4
1.2 ± 0.2
1.4 ± 0.4
鎌状赤血球症
7
0.7 ± 0.1
0.6 ± 0.1
0.7 ± 0.1
0.8 ± 0.1
1.4 ± 0.4
1.2 ± 0.2
球状赤血球症
3
1.0 ± 0.5
0.9 ± 0.4
1.3 ± 0.5
1.4 ± 0.3
2.3 ± 0.6
2.3 ± 0.4
a
0.7 ± 0.2
入手可能なサンプル数からの平均 ± 標準誤差である.コントロール媒体は,10 mmol/l トリ
ス(pH 7.4)
,140 mmol/l 塩化ナトリウム,2 mmol/l 塩化カルシウム,4 mmol/l 塩化カリウム
および 0.1%ウシのアルブミンを含む緩衝材であった.培養は 37℃の振盪水浴で行われた.
緩衝材があると老齢者の細胞だけはある程度の溶血を伴い,遺伝性疾患をもつものはわずかに
より溶血になりやすい傾向があった.しかしながら,どの場合も,2mmol/l での酢酸代謝物を用
いた培養では,溶血の量への影響は観測されなかった.
トキシコキネティクス(動態)における種間差のための CSAF(AKAF)の算出
活性化学的部分の同定
性別,年齢,期間,種による毒性の観測された変動は,酢酸代謝物の生成および除去とよく相
関していた.Compound B が対応する酸へ酸化するのが抑制されたとするこれらの観測や付随研
究から,この酸性代謝物は,この化合物に暴露した実験動物で観測された血液学的影響の最大の
原因であることを示している.トキシコキネティクス(動態)のデータは,この酢酸代謝物のた
めのものである.
妥当なトキシコキネティック(動態)パラメータの選択
Cmax が直接的な影響にはより妥当であろう,しかし適切なトキシコキネティック(動態)パラ
メータを意味のある選択とすることを可能にする情報がないので,より安全側の AUC が適切だ
と考えられる.このデータは 1 回の暴露に関連しているので,ヒトでの AUC は無限外挿を行っ
た.
動物での実験データ
1) 経路の妥当性:
177
AUC は吸入のデータから計算され,したがって人間での暴露の妥当な経路に適している.
2) 暴露用量/濃度の妥当性:
ラットで採取した血漿トキシコキネティックのデータでの最小暴露用量は,この種の血液学
的影響の BMC よりわずかに高かった.もし代謝の飽和が BMC と動態(キネティック)研
究で用いられた暴露用量との間で起きたとしたら,親化合物の AUC を増加させやすく,した
がってラットとヒトの差を埋めることになりやすかったであろう.研究を行った暴露用量で
吸入濃度と AUC に直線関係がみられた.
3) 被験対象/サンプル数の妥当性:
このデータは各時点で 16 個体のものであり,算出した AUC とクリアランスは平均値に基づ
いており,中心傾向のよい推定値を示した.
ヒトでの実験データ
1) 母集団の妥当性:
調査した集団は,健康な成人男性で構成された.実証研究には女性が含まれなかったことに
留意する.メスの動物はオスよりわずかに感度が高かったが,この男性のデータは許容でき
ると考えられた.
2) 経路の妥当性:
AUC は吸入のデータから計算され,したがって暴露の妥当な経路に適している.
3) 濃度の妥当性:
投与用量は,動物での血液学的影響の BMC と同様,もしくはより多い 97mg/m3 であった.
これは動物実験での限界 BMC の 20 倍である.
4) 被験者/サンプル数の妥当性:
ヒトでの血漿トキシコキネティックのデータは,個体差についての情報がほとんど与えられ
なかった 5 個人のものであった.入手できたデータでは標準誤差は計算できなかった一方で,
人数は最小推奨人数を満たしており,データの個体差(ばらつき)が少ないように思われる
ことを考慮し,十分であるように思われる.
トキシコキネティクス(動態)における種間差のための CSAF(AKAF)の算出
AKAF の導出の適切な基礎として PBPK モデルのアウトプットを利用することは,主に数学的
検証に基づき正当であると考えた.しかし,主要な酢酸代謝物の尿酸処理に関してなど,このモ
デル特有の未検証の生物学的仮定のため,(体重)の 0.7 乗をすることで,AUC やクリアランス
などの基本キネティック(動態)パラメータのスケーリングに少し加算値を足した.よって活性
代謝物のヒトと実験動物の AUC の単純な比較も,種間スケーリングに参考になる.
178
種間スケーリングは,上述した 5 人のボランティア被験者でのキネティック(動態)研究から
の関連データに一部基づいている.この表形式の平均データを非コンパートメントモデルと標準
動態プログラム(WinNonLin)を用いて分析し,AUC は無限外挿を行い,414 (µmol/l)•h とい
う結果を得た.これらは 97mg/m3 での 2 時間の暴露に関するものなので,AUC は 414/(2 × 97) =
2.13 (µmol/litre)•h / (mg/m3)•h である.PBPK モデルを用いて行った研究は,この実験での親
化合物の吸入は呼吸率と直線形に相関していることを示した.したがって,運動・休息時の状況
を考慮した AUC 値の調整(ラットでの AUC との比較のため)
(運動時 50W の呼吸率 57m3/日
を休息時の 15m3/日に換算)の結果,AUC は 0.56 (µmol/l)•h / (mg/m3)•h となった.高溶解性
の Compound B の吸入は呼吸率のため再調整する必要があり,呼吸率が吸入にあまり影響を及
ぼさない難溶性の Compound C の場合(下記参照)とは対照的であることに留意されたい.
オスとメスのラットのグループを 3 つの濃度に最大 18 時間暴露させた重要な動物研究での
AUC は,暴露後の期間についてのみ報告された.したがって,本研究での暴露および暴露後の
期間の動物の AUC は,上述の PBPK モデルに基づき算出した.24 時間毎に 6 時間,303 mg/m3
吸入させたときの静脈血中の酢酸代謝物の濃度は,2077.5 [(µmol/l)•h] / (303 mg/m3 • 6 h) =
1.14 [(µmol/l)•h] / (mg/m3)•h であった.
その結果,ヒトとラットの比率は,0.56/1.14 もしくは 0.49 であり,この化学成分のデフォル
ト値(すなわち 4.0)の約 1/8 である.
トキシコダイナミクス(作用)における種間差のための CSAF(ADAF)の導出
活性化学的部分の同定
性別,年齢,期間,種による毒性の観測された変動は,酢酸代謝物の生成および除去とよく相
関していた.Compound B とそれに対応する酸との酸化が抑制されたとするこれらの観測や付随
研究から,この酸性代謝物は,この化合物に暴露した実験動物で観測された血液学的影響の最大
の原因であることを示している.トキシコダイナミック(作用)データは,この酢酸代謝物のた
めのものである.
エンドポイントの検討
等効力の(equipotent)濃度は利用できる in vitro のデータからは算出できなかったが,これ
らの濃度は感度に少なくとも 1 桁(10 倍以内)の差があることを示すのに十分であった.
動物での実験データ
1) 母集団の妥当性;被験対象/サンプル数の妥当性:
詳細の大部分は上記に記されている関連研究において,それぞれの用量のレベルでオス 3 個
体とメス 3 個体の溶血のためにデータは示されている.加えて,別の研究では他の動物 4 個
体,さらなる研究で不特定数の動物からのデータが存在する.標準誤差(すなわち,サンプ
ル数の平方根で割った標準偏差)は,平均の 20%未満である.
179
2) 濃度―反応の妥当性:
同研究では,コントロールに加えてラットの赤血球を 3 つの用量レベルに暴露させた.
ヒトでの実験データ
1) 母集団の妥当性;被験対象/サンプル数の妥当性:
詳細の大部分は上記に示されている研究における,トキシコダイナミクス(作用)の種間差
の評価に関するデータは,18~40 歳の 5 人の男女のものである.加えて,他の 2 研究からプ
ールされたヒトの赤血球のデータが存在するが,それらのサンプルの由来についての情報は
ほとんど与えられなかった.
2) 濃度-反応の妥当性
詳細の大部分は上記に示されている研究において,3 つの用量レベルおよびコントロールに
ついてヒトでのデータが存在していた.
トキシコダイナミクス(作用)における種間差のための CSAF(ADAF)の算出
酢酸代謝物がヒトの血液に及ぼす影響について入手できるデータから EC10 値を求めることは
不可能だが,このデータはラットの血液では 0.5mmol/l ではっきりした影響が,ヒトの血液では
8.0mmol/l でごくわずかな影響があることを示している.したがって,ヒトの赤血球はラットの
赤血球よりも最低でも 10 倍感度が低いことの十分な証拠があり.よってダイナミクス(作用)
の種間の成分用のデフォルト値(2.5)は値 0.1 に置き換えることができる(そしてこれでも安全
側の推定となるだろう)
.
トキシコキネティクス(動態)におけるヒト個体差のための CSAF(HKAF)の導出
活性化学的部分の同定
性別,年齢,期間,種による毒性の観測された変動は,酢酸代謝物の生成および除去とよく相
関していた.Compound B とそれに対応する酸との酸化が抑制されたとするこれらの観測や付随
研究から,この酸性代謝物は,この化合物に暴露した実験動物で観測された血液学的影響の最大
の原因であることを示している.ヒトのトキシコキネティクス(動態)のデータは,この酢酸代
謝物のためのものである.
妥当なトキシコキネティック(動態)パラメータの選択
より安全側の AUC を,ヒトでの単一用量のキネティック(動態)データが無限外挿できるの
で,適切なトキシコキネティック(動態)パラメータとして選択した.
実験データ
ヒトのトキシコキネティクス(動態)についてのデータ(5 人の男性ボランティア被験者に限
られる)は,種間比較の代表値の測定の基礎として十分であるが,ヒトの潜在的な個体差を定義
180
するには不適切とする.4(多型性が発生するかに応じて)比較的大きな母集団でのクリアランス
の母集団分布の分析が必要であろう.
トキシコキネティクス(動態)におけるヒト個体差のための CSAF(HKAF)の算出
トキシコキネティクス(動態)におけるヒト個体差のための CSAF(HKAF)の基礎として,
母集団分布の分析が必要であろう.データが存在するとするための被験者数は,母集団分布の特
性評価(characterization)の基礎として不十分であり,よって HKAF 導出の基礎としては不十
分である.したがってデフォルトの不確実性係数 3.16 を維持する.
トキシコダイナミクス(作用)におけるヒト個体差のための CSAF(HDAF)の導出
活性化学的部分の同定
性別,年齢,期間,種による毒性の観測された変動は,酢酸代謝物の生成および除去とよく相
関していた.Compound B とそれに対応する酸との酸化が抑制されたとするこれらの観測や付随
研究から,この酸性代謝物は,この化合物に暴露した実験動物で観測された血液学的影響の最大
の原因であることを示している.ヒト個体差に関するトキシコキネティクス(動態)のデータは,
この酢酸代謝物のためのものである.
エンドポイントの検討
データは EC10 やその他の濃度-反応関係を定義するのにふさわしい値の算出に適していなか
った.
実験データ
1) 母集団の妥当性;被験者/サンプル数の妥当性:
母集団のうち,潜在的に影響を受けやすいサブグループにおける溶血を調べる研究において,
平均年齢 41 歳の 9 人(31~56 歳の男性 5 人,女性 4 人)と平均年齢 72 歳の 9 人(64~79
歳の男性 5 人,女性 4 人)から成る 18 人の健康な個人,および鎌状赤血球症をもつ 7 人や
球状赤血球症をもつ 3 人から細胞を採取した.
2) 濃度-反応の妥当性:
潜在的に影響を受けやすいヒト母集団のサブグループの赤血球中の溶血を調べた研究におい
て,データは単一用量レベルおよびコントロールに限られ,EC10 値での個体差は測定できな
かった.
トキシコダイナミクス(作用)におけるヒト個体差のための CSAF(HDAF)の算出
ダイナミクス(作用)におけるヒト個体差について利用できるデータは,潜在的に影響を受け
例えば,アルコール脱水素酵素(Compound B の酢酸代謝物への代謝の第一段階に関与する酵
素群)の遺伝的多型がよく知られている.しかし,これは個体差のデフォルトの置換に関するも
のである一方,影響を受けた母集団の割合は低く,代表値に有意にインパクトを与えないであろ
う.加えて,Compound B の代謝に関与する特定のアイソザイムは不明である.
181
4
やすい母集団の多様なサブグループからの血液を用いた in vitro での 1 研究に限られ,投与した
濃度ではそのサブグループに何の反応も観測されなかった(n=9,9,7,3).他のいくつかの研
究では,不特定数もしくは少数の個人(n=5)からプールした血液サンプルを用いた溶血を,種
間差の中心傾向を推定するためだけの基礎として分析した.これらのデータはデフォルトを
CSAF で置き換えると定量的に通告するには不十分であり,よってデフォルト値 3.16 を維持する.
複合不確実性係数(CUF)の導出
CUF は,トキシコキネティクス(動態)およびトキシコダイナミクス(作用)における種間差
の調整係数と,トキシコキネティクス(動態)およびトキシコダイナミクス(作用)におけるヒ
ト個体差のデフォルト不確実性係数の複合物である.通常 CUF は以下のように示す.
CUF=[AKAF または AKUF] × [ADAF または ADUF] × [HKAF または HKUF] × [HDAF または
HDUF]
この場合,
CUF = AKAF × ADAF × HKUF × HDUF
したがって CUF は 0.49 × 0.1 × 3.16 × 3.16 = 0.5 となる.
この CUF の低さゆえ,動物研究でより高い吸入濃度で検出された影響も考慮すべきである.
なぜなら,このより高濃度での吸入が,健康に基づいたリスク推定を定義する中で重大影響とな
る可能性が高いからである.
ケース C:HKAF の導出
はじめに
Compound C へのヒトの暴露は吸入によってのみである.
ヒトおよび実験動物における肝臓毒性の観測された変動は,酸性代謝物の生成および除去の相
違とよい相関があった.この親化合物が対応する酸へ酸化するのが抑制されたとする研究によっ
て裏付けられたこれらのデータは,この酸性代謝物が活性部分である可能性が最も高いことを示
している.
実験動物およびヒトのこの親物質への暴露中,そしてその後に収集されたデータは,この親物
質が空気中から血液中に容易に吸収され,暴露停止後即座に血液から除去されることを実証して
いる.
肝臓の P450 の酸素系により代謝が進み,短寿命アルデヒド中間体を生成する.ヒトの生体(in
vivo)研究の結果では,このアルデヒド中間体の 10%は,アルデヒド還元酵素によってアルコー
ル代謝物へとさらに還元され,それからウリジン二リン酸グルクロン酸転移酵素の未確認の型に
182
よりウリジン二リン酸グルクロン酸と結合して酸化し,尿に排泄されることが示されている.こ
のアルデヒド中間体の約 90%はアルデヒド脱水酵素によって酸化し,推定肝毒性酸性代謝物を形
成する.in vitro のデータも,約 90%のアルデヒド代謝物は急速に酸性代謝物に変わることを示
している.
アルデヒド中間体の代謝が進むその速さは,親物質 655mg/m3 に暴露させたヒトが血液中でか
なりのレベルの酸性代謝物とアルコール代謝物を示したが,中間アルデヒド代謝物は検出されな
かったという事実が証明している5.ラット,マウス,ヒトへの中間アルデヒド代謝物への経口暴
露後,広範な初回通過代謝が起き,短い血中濃度半減期を示した.体重 1kg あたり約 10mg の用
量でアルデヒド中間体をマウスに静脈内投与した後,10 分で血中のアルデヒドは検出不能になっ
た.さらなる酸性代謝物の代謝的変換はごく限られている.
トキシコキネティクス(動態)におけるヒト個体差
本ケーススタディは,in vitro におけるヒト組織による代謝の個体差についてのデータの解釈
および利用に注目する.
成人男女を親物質 546mg/m3 に 4 時間,吸入によって暴露させ,血中,尿中,呼気中の親物質
の濃度と代謝を暴露後 2 日間測定した.肺胞の呼気中の親物質の濃度は暴露後すぐに測定し,親
物質と酸性代謝物の濃度は暴露中および暴露 2 日後まで血中および尿中測定を行った.表 A-11
は,暴露後の親物質の血中濃度および暴露直後の親物質の呼気中濃度についてまとめたものであ
る.表 A-12 および A-13 では,血中および尿中の酸性代謝物のレベルについてのデータを提示し
ている.
この物質の血液への吸入は,この親物質を空気中から血中に分配するのを決定する生化学に支
配されていたので,各個人の血液:空気分配係数が得られた(表 A-14).これらのデータは,こ
の物質が血中に分配される際の個体差はごくわずかであったことを示している.7 人の成人男性
と 6 人の成人女性の血液:空気分配係数値の平均±標準偏差は,順に 11.15 ± 0.74 と 9.13 ± 1.73
であった.この難水溶性化合物の場合,呼吸の吸入(ventilatory uptake)が代謝クリアランス
によって決まった後急速に定常状態に達するので,呼吸は吸入にあまり影響を及ぼさない.個人
間の分配係数値の類似性は,この親物質の同濃度に暴露したヒトは,同様の血中濃度を有するこ
とを示唆している.
5
空気中の Compound B の換算比率:1ppm=5.46mg/m3
183
表 A-11.暴露後の血中および呼気中の親物質の濃度
被験者
暴露後の血液中の親物質の濃度(µg/ml)
暴露直後の呼気中濃度(mg/m3)
女性
男性
合計
女性
男性
合計
(n=10)
(n=11)
(n=21)
(n=8)
(n=9)
(n=17)
1
2.3
2.1
11
66
2
1.6
4.5
60
82
3
1.45
2.6
76
87
4
2.7
2.8
87
98
5
3.0
4.25
98
104
6
1.2
3.75
104
109
7
1.1
2.25
115
115
8
1.2
2.8
120
115
9
1.6
4.55
137
10
2.05
2.65
11
1.8
平均
1.82
3.1
2.49
84.1
102
93.4
標準偏差
0.66
0.99
1.06
35.5
213
28.9
表 A-12.ヒトの血液中および尿中の酸性代謝物濃度
最高血中濃度
最高血中濃度までの時間 a
2 日間の尿中累積酸性代謝物
(µg/ml)
(分)
(mg)b
平均 ± 標準偏差
範囲
平均 ± 標準偏差
範囲
女性
9.7 ± 1.9
34 ±13
20–51
71 ± 23
46–112
男性
9.2 ± 1.6
44 ±15
22–47
68 ± 21
46–102
a
最高濃度に近い状態が 1~2 日維持された.
b
個別データは下記表 A-13 を参照.
この親物質は CYP2E1 によって代謝されアルデヒド中間体になるが,これは活性酸性代謝物の
形成の律速段階である.ミクロソームのサンプル(140 人の臓器提供者から採取)における
CYP2E1 の免疫定量は,酵素免疫測定法(ELISA)によって得られた.提供者は女性が 40%,
男性が 60%で,白色人種 80%,ヒスパニック 9%,黒色人種 4%,アジア系 1%であった.平均
年齢は 47 歳でその標準偏差は 14 歳,最年少提供者は 6 歳で最年長は 70 歳であった.
184
表 A-13.ボランティア被験者の人体内酸性代謝物の 48 時間での累積尿除去
被験者
尿で除去された酸性代謝物(mg)
女性
男性
1
51.9
80.6
2
71.1
78.7
3
55.9
45.6
4
54.1
51.6
5
51.7
48.7
6
45.7
54.9
7
91.9
102.0
8
82.3
67.0
9
111.8
86.8
10
97.5
60.7
11
93.2
平均 ± 標準偏差
71 ± 23
68 ± 21
表 A-14.各ボランティア被験者の血液:空気分配係数値
被験者
血液:空気分配係数
女性
男性
1
9.88
11.49
2
9.45
10.10
3
6.47
11.10
4
7.63
12.10
5
11.00
11.91
6
10.37
10.85
7
10.47
平均 ± 標準偏差
9.13 ± 1.73
11.15 ± 0.74
このうち 23 のサンプルについては,この親物質のアルデヒド代謝物への代謝を支配するミカ
エリス・メンテン速度定数(Km)も測定した.注意深く制御されたミクロソームタンパク質の in
vitro での暴露およびアルデヒド中間体形成率[速度]の測定を通じて,この親物質の CYP2E1
依存代謝の代謝率(代謝の理論上の最大初期速度,Vmax)を測定した.これらのミクロソーム・
サンプル中の CYP2E1 の正確な含有量は,表 A-15 にまとめた実験の結果から分かっていたので,
Vmax 値は単位あたりの酵素(CYP2E1 の 1pmol あたり pmol/分),そしてより低い比活性度を
「mg あたりのミクロソームタンパク質」
(表 A-16 を参照)で表した.
185
表 A-15.ヒト肝臓ミクロソームのサンプル 140 個における CYP2E1 タンパク質の分布
CYP2E1 タンパク質 a
パラメータ
平均
59.36
標準誤差
1.535
中央値
57.5
最頻値
58
標準偏差
18.16
標本分散
330
範囲
107
最小値
23
最大値
130
総数
140
a
酵素含有量(pmol CYP2E1/mg ミクロソームタンパク質)は,140 人の臓器提供者の肝臓か
ら作製されたサンプルを用い,ELISA によって測定された.これらのデータの下側 5%信頼限界
は,25pmol CYP2E1/mg ミクロソームタンパク質,上側 95%信頼限界は 125pmol CYP2E1/
mg ミクロソームタンパク質であった.
また,成人臓器提供者から採取した損傷のない肝臓のミクロソームタンパク質の収量を測定す
る研究も行った.そこでは,ヒトの肝臓を用いて,肝臓の粗ホモジネートおよび同じ肝臓から作
製したミクロソームにおける,グルコース-6-ホスファターゼの活性を評価した.その結果,ミク
ロソームタンパク質(CYP 酵素を含む)は,損傷のない肝臓 1g あたり平均 20.8(標準偏差 ± 5.0)
mg ミクロソームタンパク質の値でこれらのサンプル中に存在していたことが示された.これら
のデータはヒト用の PBPK モデルの構築に用いられた(第 3 節参照)
.
6 つのコンパートメントから成る PBPK モデルは,この親物質のために,肺,肝臓,腎臓,脂
肪,灌流が高速の組織および灌流が低速の組織に割り当てたコンパートメントで構築された.こ
の親物質の高程度の親油性ゆえ,モデルの脂肪コンパートメントの容量は,女性 8 人と男性 9 人
の被験者それぞれの体脂肪率を測定することで決定した.その容量は,男性 10~27%,女性 21
~35%であった.組織容量は,公表されている情報源から入手した.組織血流は文献から入手し,
心拍出の割合で表され,男女ともに単一値として用いた.
この親物質の組織:空気分配係数は,肝臓,腎臓,骨格筋,肺および脂肪について,不特定数
の女性臓器提供者の評価,具体的には臓器提供者 1 個人につき組織を 1 タイプずつ評価すること
によって求めた.評価したサンプルの数も,組織:空気分配係数の個体差についてのデータも提
示されなかった.これらの分配データに加えて,実際の研究被験者から血液を採取し,この親物
質の血液:空気分配係数を測定するのに用いた(上記表 A-14 を参照)
.この親物質の血液から組
織への分配は,
(性別)平均血液:空気分配係数を,各組織タイプから得られた組織:空気分配
係数で除することで求めた.肺胞の呼吸率および親物質の空気から血液への分配を,血液と肺胞
気との間の化学平衡と仮定して,血流に入る濃度を測定するのに用いた.血液から組織への分配
は,血流が制限されたと仮定した.肝臓は,ミカエリス・メンテン動態を用いて記述された代謝
186
の部位と仮定した.
表 A-16.親物質に対する CYP2E1 の比活性度の導出
サンプル
pmol CYP2E1/mg ミ
比活性度 a
親物質の代謝の
Vmaxb
クロソームタンパク質
1
33
21.0
694
2
32
29.8
955
3
39
28.9
1128
4
52
24.6
1280
5
59
23.2
1367
6
88
16.8
1477
7
22
27.5
606
8
84
23.8
1996
9
92
15.1
1389
10
64
22.4
1432
11
66
12.8
846
12
39
35.1
1367
13
63
21.4
1347
14
36
33.2
1194
15
55
15.4
846
16
39
12.2
477
17
44
24.6
1083
18
96
23.7
2279
19
105
18.2
1910
20
88
11.6
1020
21
47
33.7
1584
22
73
26.2
1910
23
88
10.2
899
22.2
1265
7.3
462
平均
標準偏差
a
比活性度についてのデータは,
pmol CYP2E1 あたり pmol 代謝された親物質/分で示している.
b Vmax についてのデータは pmol ミクロソームタンパク質あたり pmol 代謝された親物質/分で示
している.CYP2E1 はミクロソームタンパク質の 1 成分である.
PBPK モデルを開発し,この物質に 4 時間吸入暴露させた間および後に収集したヒトのデータ
に適合させた(表 A-11~A-13 に提示)
.
PBPK モデルに入れるために適切な単位への,in vitro で得た代謝率の外挿は,以下の諸要因
に依存していた.1)親物質への比活性度(mg ミクロソームタンパク質あたり nmol/分)
,2)
187
損傷のない肝臓 1g あたりミクロソームタンパク質量,そして 3)体重のうち肝臓に帰する割合,
の 3 要因である.
ヒトの肝臓の試料を用いて慎重に行った研究では,この親物質への CYP2E1 タンパク質の平均
比活性度(見かけ Vmax 値)は,pmol CYP2E1 あたり 22 ± 7(5% LCL=8;95% UCL=38)pmol
親物質/分であった(表 A-16 参照)
.肝臓のミクロソームタンパク質には,59 ± 18 (5% LCL=
25;95% UCL=125) pmol CYP2E1/mg ミクロソームタンパク質が含有していた.上述の通り,
損傷のない肝臓は 1g あたり 21 ± 5 mg(平均 ± 標準偏差,n=4)ミクロソームタンパク質を含
有している.外挿目的(下記)のため,そして PBPK モデルのパラメータに組み込む値との整合
性を確保するため,肝臓重量は体重の 2.6%と形式的に設定した.
それからこれらの代謝速度を,PBPK モデルで表される単位(体重 1kg あたり mg/時間)に
(分子量および時間の変換により)変換したのが下記である.
・in vitro での Vmax の 5th パーセンタイルから外挿した in vivo の代謝速度:
in vitro での Vmax 値の 5th パーセンタイル: 平均-(2 標準偏差)
1265-(2×462)=341 pmol/分/mg ミクロソ
ームタンパク質
341pmol の代謝された親物質/分/mg ミクロソ
ームタンパク質
× 131.5 ng/nmol(分子量)
÷ 1,000,000 ng/mg
÷ 1,000pmol/nmol
×
21g のミクロソームタンパク質/g 肝臓
×
60 分/時間
× 26g の肝臓/kg 体重
=1.47mg/時間/kg 体重
・酵素含有量および比活性度の平均値で計算した代謝速度:
in vitro での Vmax 値の平均:
1265 pmol/分/mg ミクロソームタンパク質
× 131.5 ng/nmol(分子量)
÷ 1,000,000 ng/mg
÷ 1,000pmol/nmol
×
21g のミクロソームタンパク質/g 肝臓
×
60 分/時間
× 26g の肝臓/kg 体重
=5.45mg/時間/kg 体重
188
in vitro での Vmax 値の 95th パーセンタイル:
平均 +(2 標準偏差)
1265+(2×462)=2189pmol/分/mg ミクロ
ソームタンパク質
2189pmol の代謝された親物質/分/mg ミクロ
ソームタンパク質
× 131.5ng/nmol(分子量)
÷ 1,000,000ng/mg
÷ 1,000pmol/nmol
×
21g のミクロソームタンパク質/g 肝臓
×
60 分/時間
× 26g の肝臓/kg 体重
=9.43mg/時間/kg 体重
表 A-17 および A-18 は,肝毒性酸性代謝物の生成に関する固有の個体差にもかかわらず,吸入
後に代謝される化合物の量は母集団全体でほとんど相違がないことを実証している.
表 A-17.代謝物量での CYP2E1 の発現(活性)で計算されたヒト個体差
暴露濃度に対する代謝量(mg/L)a
2.7mg/m3
27mg/m3
270mg/m3
5th パーセンタイル(体重 1kg あたり 1.47mg/時間)
1.16
11.1
52.8
95th パーセンタイル(体重 1kg あたり 9.43mg/時間)
1.39
13.9
136.5
差の大きさ
1.20
1.25
2.59
a
肝臓の量(リットル)あたりの代謝された物質量
代謝能の個体差は大きく,代謝物生成の増加は小さいというこの不一致にも一見思われる結果
は,肝臓でのこの物質の高い固有の代謝能力に対して,この親物質の肝臓への輸送速度によるも
のである.代謝は職業上の最大暴露時(すなわち環境および居住暴露で予測される範囲内および
以上)以下の暴露では流量が制限される.肺胞呼吸率の上昇はわずかな影響しか及ぼさなかった
が,これはこの物質のヒト血液への溶解性が乏しいことに起因していた.肝血流の増加は,肺胞
呼吸率の上昇よりも大きな影響を及ぼさなかったが,これらの大きさへの生理学的限界は,代謝
物生成の増加を, 6.4 倍増加が可能な代謝能に対して,最大 2.6 倍の増加に制限した.最大許容
職業暴露以下では,この代謝能の増加は,代謝物形成の約 25%増加をもたらした.
189
表 A-18.暴露 1 時間後の血中の酸性代謝物濃度についての CYP2E1 表出(活動)のヒト個体差
の大きさ
以下の濃度の暴露での代謝物濃度
(µg/ml)a
2.7mg/m3
27mg/m3
270mg/m3
5th パーセンタイル(体重 1kg あたり 1.47mg/時間)
0.007
0.07
0.29
95th パーセンタイル(体重 1kg あたり 9.43mg/時間)
0.008
0.08
0.61
1.14
1.14
2.10
相違の大きさ
a
測定された酸性代謝物の濃度.全血の µg/ml で表したデータである.
トキシコキネティクス(動態)におけるヒト個体差のための CSAF(HKAF)の導出
活性化学的部分の同定
はじめに述べたように,ヒトおよび実験動物における肝臓毒性の観測された変動は,酸性代謝
物の生成および除去の相違とよい相関があった.この親化合物が対応する酸へ酸化するのが抑制
されたとする研究によって裏付けられたこれらのデータは,この酸性代謝物が活性化学的部分で
ある可能性が最も高いことを示している.この代謝物は肝臓で CYP2E1 により中間アルデヒド代
謝物から生成される.約 90%のアルデヒドは直ちに酸化して酸性代謝物になるが,この酸性代謝
物はさらには代謝されない.この酸性代謝物は,暴露された動物およびヒトの血中および尿中で
検出されてきた.アルデヒドは,アルコールにも還元され,尿中排泄後にさらに結合するが,こ
れは主要な経路ではなく,これらの経路はこの化合物の肝臓毒性には寄与していないようである.
妥当なトキシコキネティック(動態)パラメータの選択
この親物質か酸性代謝物のいずれかの AUC をキネティック(動態)パラメータとして用いる
のが最も適切だと考えられる.しかし,親物質と酸性代謝物の消失半減期が比較的短い(時間単
位)ことを考慮すると,親物質か活性酸性代謝物のいずれかの最高血中濃度も,トキシコキネテ
ィクス(動態)における個体差を測定する代理トキシコキネティック(動態)パラメータとして
許容できると考えられる.酸性代謝物の尿中排泄の総測定値は,生成された酸性代謝物の総量を
反映しているが,研究対象の臓器(肝臓)で利用できる濃度を反映しておらず,不適切だと考え
る.
実験データ
1) 母集団の妥当性:
研究を行ったヒトのグループは健康な男女で構成され,したがって対象となる影響(すなわ
ち,酸性代謝物からの肝臓毒性)にとって適切である.
2) 経路の妥当性:
その母集団となる成人に吸入により暴露を行い,適切なデータ(表 A-11 および A-12)を得
た.吸入および経口経路は動物研究で用いられ,肝臓毒性とその毒性の代謝への依存性が実
190
証されており,吸入経路はヒトの主要暴露経路であると予測される.この物質については,
ヒトと動物に関して十分に実証された PBPK モデルが存在しているので,経口もしくは吸入
暴露経路からの内部濃度が得られた.代謝活性化を決定するのはこれらの濃度である.
3) 用量の妥当性:
肝臓に輸送される速度を律することを考慮すると,低レベルでのみ関連酵素を発現するヒト
でもこの物質を効率的に代謝することができる.代謝物生成(および毒性)におけるより大
きな個体差の広がりは,代謝が飽和したなど,急性毒性用量下でのみ明らかになっていたで
あろう.これらの用量以下では,この作用因子のトキシコキネティクス(動態)は用量と無
関係であり,ヒトの研究で用いた用量は,同様の(職業上適切な),そしてより低い(環境暴
露として適切な)暴露に適切なデータを生成した.
4) 被験者/サンプル数の妥当性:
代表値とは対照的に,本研究の目的は個体差を予測することである.表 A-11(親物質の最高
血中レベル)および A-12(酸性代謝物の最高血中レベル)のデータは,健康な成人ボランテ
ィア被験者男性 11 人,女性 10 人からのものである.血中の親物質の測定値の標準誤差(サ
ンプルの標準偏差を,サンプルサイズの平方根で除したもの)(表 A-11;1.06/210.5 = 0.23)
は,平均(2.49)のわずか 9%であり,したがって代表値として許容できる.さらに,PBPK
モデルは,140 人の(ヒト)臓器提供者から測定したとして,代謝活性化に関与する酵素の
個体差の測定値を用いた.これらの個体差の外挿した範囲(すなわち,5th および 95th パーセ
ンタイル;表 A-17 および A-18 を参照)を取り込んでも,毒性酸性代謝物の生成における個
体差の程度は全く増加しない.これらのデータは,一般的なヒトの母集団におけるトキシコ
キネティクス(動態)の個体差を説明するのに適切だと考える.下記で検討するように,PBPK
モデルは,一般的な母集団と影響を受けやすい母集団のサブグループとの間の追加的な個体
差への対処に利用することができる.
トキシコキネティクス(動態)におけるヒト個体差のための CSAF(HKAF)の導出
呼気中の濃度に関して,表 A-11 のデータに基づき,HKAF は 1.6 となる([平均+2×標準偏差]
÷平均=[17.1 + 2(5.3)] / 17.1 = 27.7/17.1 = 1.6)
.性別による差は明白でない.よって,男性と
女性のデータは統合できる.
影響を受けやすい母集団のサブグループ
上記で得られた HKAF 値は一般的な母集団に適用可能である.何らかの影響を受けやすい母集
団のサブグループにおける個体差への対処には,追加データが必要である.
ヒトの母集団全体の個体差は,おそらく(肝臓への)血流および腎クリアランスの個体差に最
もよく反映されている.in vitro のデータは,親物質を代謝するヒトの肝臓の能力に大きな個体
差があることを示しているが,PBPK モデルは,in vivo での親物質の代謝は肝血流に制限される
ことを示している.つまり,血流速度がどのぐらいの親物質が肝臓に輸送されるのかを決定して
191
いる.血流は年齢や健康状態によって変化し,HKAF は影響を受けやすいサブグループの血流の
個体差についての情報を基に精緻化することができる.
加えて,活性酸性代謝物は主に尿に排泄されるので,腎クリアランスは年齢や健康状態によっ
て変化する.腎機能障害は,活性代謝物の排泄が減少するので,この物質のより顕著な肝臓毒性
をもたらし得る.
in vivo でのデータがないので,PBPK モデルはトキシコキネティクス(動態)におけるヒト個
体差を予測するのに有用であろう.
192
Fly UP