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過酸化脂質と生活習慣病

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過酸化脂質と生活習慣病
過酸化脂質と生活習慣病
【Key words】
生活習慣病 life-style related diseases
酸化ストレス oxidative stress
脂質過酸化 lipid peroxidation
脂質ハイドロパーオキサイド lipid hydroperoxide
抗酸化物質 antioxidant
宮澤 陽夫
東北大学大学院農学研究科機能分子解析学分野
めて多種類の代謝物を生じることが予測されている。
はじめに
食の欧米化、ストレスの多い社会環境、高齢化などにより、生
活習慣病が増加している。これに伴い日本中を席巻していた健康
食品・機能性食品ブームは、TV の情報番組のデータ捏造がきっ
かけとなり一時期の過熱ぶりは見られなくなったが、機能性食品
への期待や関心は依然高い。偏った身体のバランスを手軽に正常
化するためには、本来適度な運動や休養、バランスの良い食生活
などが必要とされるが、多忙で余裕のない現代人にとって機能性
食品の手軽さは魅力だからである。数ある機能性食品の中でも、
「抗酸化」
はよく見られる機能の一つであり、身体の成分の酸化抑
制効果、すなわち抗酸化機能を謳う食品やサプリメントが多数販
売されている。しかし、一般消費者のみならず商品を製造販売す
る側も
「抗酸化」
について誤解をしている例が見られ、科学的な裏
付けが乏しい商品の氾濫を招いている。これらを正しく理解する
ためには、身体の成分が酸化することの意味やメカニズムを知る
Fig .1
必要があると考えられる。筆者らは 20 年来に渡り、身体の主要
な構成分である脂質やその酸化物について研究を行ってきた。そ
こで本稿では筆者自身による研究も含め、過酸化脂質と病気の関
わり、酸化ストレスのバイオマーカーとしての過酸化脂質、過酸
化脂質の測定・評価法について紹介したい。
01 I 過酸化脂質とは
生体の基本単位は細胞であり、その細胞の全ては生体膜で覆わ
れている。また、細胞内にも生体膜で囲まれた様々な小器官が存
在する。これら膜系の恒常性の維持は、生命を維持するために不
可欠である。従って、生体膜の主要構成分は脂質であるため、膜
脂質の劣化防止は極めて重要である。他にも、
脂質にはエネルギー
の貯蔵体やホルモン前駆体などとして、また生物活性
(生理作用)
物質として働くもの
(脂質メディエータ)
もあり、その役割によっ
Fig .2
て構造、極性が大きく異なる。一般に、脂質は
「水に溶けず、有
機溶媒に可溶な炭化水素鎖を持つ化合物で、生物体に存在するか
または生物に由来する天然物質」
と定義される。
生体を構成する脂質
(Fig .1)
の多くは脂肪酸部位を有し、その
02 I 過酸化脂質と病気の関係
構成脂肪酸は不飽和である場合が多い。不飽和の数は生体膜の流
脂質過酸化の原因となる活性酸素
(フリーラジカル、Reactive
動性や機能に大きな影響を与えるため、組織、部位ごとに構成脂
oxygen species; ROS)
は体内で日常的に生成しているが、健康
肪酸の種類は大きく異なる。例えば、
皮脂のトリアシルグリセロー
なヒトの場合は抗酸化機構と過酸化の修復機構が正常かつ効果的
ルの構成脂肪酸はほとんどが飽和型である一方、脳神経細胞の膜
に働くため、酸化障害はほとんど顕在化しない。しかし、様々な
リン脂質は DHAなどの高度不飽和脂肪酸が大多数を占める。
要因により強い酸化ストレスが生じると、このバランスが崩れ、
脂質は酸化されやすく、特に多価不飽和脂肪酸
(二重結合の多
脂質の過酸化が進行する。例えば、老化により細胞の活動が低下
い脂肪酸)は飽和脂肪酸に比べ数十から数千倍も酸化されやす
すると、抗酸化酵素の減少、酸化障害を受けた細胞や組織を除去
い。脂質は酸化されると過酸化脂質であるハイドロパーオキサ
する機構の活性低下等により、酸化ストレスの影響を受けやすく
イドを生じ、さらに代謝、還元、分解され、ハイドロキシやアル
なると考えられている1,2)。また、近代化で生活習慣が大きく変
デヒドなどの二次生成物となる。Fig .2 は生体内で最も多いリ
化し、食の欧米化・生活リズムの乱れ・飲酒・喫煙・ストレスの
ン脂質であるホスファチジルコリン
(phosphatidylcholine, PC)
増大等が社会問題となっているが、これらも体内の酸化ストレス
(16:0/18:2; sn-1 位にパルミチン酸、sn-2 位にリノール酸を有
を増加させる要因である3,4)。過酸化脂質が蓄積すると、細胞障
する)
の場合である。二次生成物はさらに多くの反応を受け、極
害のみならず、生活習慣病である動脈硬化・糖尿病や、痴呆・癌
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などの様々な疾病の発症と進展の原因と考えられ、様々な研究が
されている5,6)。大荒田らは劣化油の長期摂取が生体の免疫機能
7-11)
の低下を引き起こすことを報告している
。
03 I 酸化ストレスマーカーとしての過酸化脂質
以上のように、脂質の過酸化は様々な疾病との関わりが指摘さ
例えば、低密度リポタンパク
(LDL)
粒子の膜脂質過酸化は、ア
れている。従って、生体の過酸化脂質を検出定量することが出来
テローム性動脈硬化症の原因であると考えられている12)。LDL
れば、症状の進行程度、あるいは疾病に罹かるリスクを評価でき
は血液循環系を通じて脂質
(特にコレステロール)
を肝臓から組織
ると期待される。しかし、Fig .2 で示したとおり脂質過酸化の経
へ輸送する担体であり、表面はリン脂質
(大部分が PC)
の一重膜
路は多岐にわたるため、どの段階の物質がバイオマーカーとして
に覆われ、アポタンパク質
(Apo-B)
が結合している。LDL リン
適切かを考慮する必要がある。試験管実験では強く酸化されるた
脂質の構成脂肪酸はリノール酸やアラキドン酸等の不飽和脂肪酸
め二次生成物も多く産生するが、生体内では強い酸化的環境にな
が多く、酸化ストレスの影響を受けやすい。LDL は、血流中の
いため、脂質ハイドロパーオキサイドが大部分であり、二次生成
LDL 濃度の上昇、又は血管内皮の傷口へ LDL が付着することに
物はごくわずかである。従って我々は、酸化ストレス測定のバイ
より、LDL 受容体を介して血管壁内に移行すると考えられてい
オマーカーとしては酸化一次産物である脂質ハイドロパーオキサ
る。LDL リン脂質は、血流中で血管内壁と接触したり、血管内
イドが望ましいと考えている。他にも、数種類の二次生成物がバ
壁の傷口に付着する等のストレスにより過酸化され、過酸化脂質
イオマーカーとして期待されている。
で あ る PC ハ イ ド ロ パ ー オ キ サ イ ド
(PC hydroperoxide,
過酸化脂質と病気の関わりの研究や、酸化ストレスマーカーの
PCOOH)
を生じる
(Fig .2)
。また、動脈壁内ではさらに酸化を
探索を行う際には、目的に応じて試料や測定方法を適切に選択す
受けやすいとの報告もある。膜リン脂質が過酸化された LDL
(酸
る必要がある。以下の項目では、代表的な過酸化脂質の測定法を
化 LDL, oxLDL)
は、内膜内皮下層に遊走したマクロファージの
紹介する。
食作用を受ける。酸化 LDL を過剰に取り込んだマクロファージ
は泡沫細胞となり、血管壁内に蓄積し、動脈硬化の初期段階であ
る脂肪線条を形成して動脈壁の肥厚化、血管の狭窄化を起こし、
血流が阻害される。これには、脳血管疾患、心血管疾患等の原因
04 I 過酸化脂質の測定法
- 化学的な反応を用いる方法
となる。さらに病状が悪化すると、安定な病変組織である線維性
TBA 法は、脂質ハイドロパーオキサイド
(L- OOH)
の分解物
プラークを形成する。プラークが損傷すると血栓を生じ、急性虚
であるマロンジアルデヒド
(malondialdehyde; MDA)
にチオバ
血性疾患を発症する。
ルビツール酸
(thiobarbituric acid; TBA)
を加えて加熱、反応さ
また、赤血球膜脂質の過酸化は、痴呆症進展の原因の一つと考
せ、生じた赤色色素を測定する方法である15)。感度は高く、生
13)
えられている
。赤血球は肺から組織へ酸素を運搬する担体で
体脂質の酸化や、微量な脂質過酸化の評価に適し、最も多く使わ
あり、細胞と同様にリン脂質二重膜を有する。この膜リン脂質が
れている方法である。しかし、一部の夾雑物や未酸化脂質
(特に
過酸化されると、膜脂質の構造が変化し、末端部での酸化ヘモグ
多価不飽和脂肪酸)
も分析に要す加熱処理により MDA 類似の構
ロビンからの酸素解離が阻害されると考えられている。従って、
造に変化することがあるため、脂質ハイドロパーオキサイド量を
脳の慢性的酸素欠乏を起こし、脳神経細胞死に至らしめ、老人性
正しくは反映しない。従って、測定対象の構成脂肪酸が試料間で
痴呆・アルツハイマー性痴呆の進行に関わると考えられる。
同一の場合にのみ利用可能であり、みかけの現象を捉えている場
他にも、糖尿病の症状のバイオマーカーである糖化ヘモグロビ
合が多い。MDA の生成効率は鉄イオンやキレート剤の存在で変
ン
(HbA1C)
が増加した患者では、血漿の PCOOH 量が健常者よ
化することにも注意が要る。
り多いのが特徴である14)
(Fig .3)
。
FOX 法は、脂質ハイドロパーオキサイドにより酸化され生成
した 3 価の鉄イオン
(Fe 3+)
を、キシレノールオレンジ
(xylenol
orange)
でキレートし、生じた黄橙色の複合体を 560 nm で比
色定量する方法である16)。高感度だが、2 価鉄を酸化する物質や、
鉄などの金属イオンが混入していた場合は使用できない。食品や
生体試料そのままの分析には適さないが、脂質抽出物の分析には
使用できる。
D-Roms test
(derivatives of reactive oxygen metabolites
test)
と呼ばれる方法では、N,N -ジエチルパラフェニレンジアミ
ンの呈色を利用する。血漿を酸性緩衝液に溶かすと、タンパク質
から溶出した金属イオンと脂質ハイドロパーオキサイドが反応し
てアルコキシルラジカルとパーオキシルラジカルを生じる。ラジ
カルと反応した N,N - ジエチルパラフェニレンジアミン
(N,Ndiethyl- p - phenylenediamine; DEPPD)
はラジカルカチオンと
なり、赤~桃色を呈する。これを 505 nm の吸光度で測定する
Fig .3
17)
。ラジカル生成反応が遅いため、反応開始後 5 分間の濃度増
加速度をラジカル当量として算出する。サンプルが少量で済み脂
質抽出が不要な点が優れているといわれる。血漿以外への応用例
が無く、試料間の金属イオン含量の差異や夾雑物の影響を受けや
すい。
化学発光 - HPLC 法は、感度、選択性共に優れた脂質ハイドロ
パーオキサイド測定法である。脂質ハイドロパーオキサイドはヘ
ム鉄をもつペルオキシダーゼ
(シトクロム c など)
と反応して分
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解し、活性酸素を生成する。これがルミノール(luminol)
を酸化
他にも、脂質酸化二次生成物であるアクロレイン
(Acrolein)
して励起状態となりアミノフタル酸となる際に極めて強い光
- - formyl- 3,4とリジン残基の反応物であるといわれる N'(3
18)
(Emax 421 nm)
を生じる
。これを用い、HPLC でポストカ
- lysine や、クロトンアルデヒド(Croton
dehydropiperidino)
ラムの溶出液にペルオキシダーゼとルミノールを含む塩基性緩衝
aldehyde)
とリジン残基の反応物などがある。
液から成る発光試薬を混ぜ、ハイドロパーオキサイド基に由来す
これらの酸化二次生成物を分析する場合は、予め標的とする細
19,20)
(Fig .4)
。ただし、移動
胞、器官、組織、試料において、その酸化二次生成物が生成しう
相により感度が変化することと、発光に影響のある物質(ユビキ
る環境にあるかどうか検討するべきである。また、免疫反応を用
ノール、アスコルビン酸など)
の混入に注意が必要であるが、カ
いて正確な定量を行うためには、抗体のエピトープ認識能
(特異
ラムを組み合わせることで夾雑物の影響の大部分は排除できる。
性)
を確認する必要がある。例えば、
ある種の抗体は選択性が低く、
健常者の血中の過酸化脂質量はわずかであるため、過酸化反応初
未酸化の基質にも 1/8 から 1/30 程度結合するとされている。
る化学発光を定量する方法である
21)
期を鋭敏に検出できる本法は生体試料の測定に適している
。
生体内の未酸化の基質の量は、一般的に酸化二次生成物の数万倍
以上であるため、この程度の認識能では定量性を望めない場合が
ほとんどである。また、脂質の酸化二次生成物は極めて多岐にわ
たるため、これらの抗体が他の産物と結合してしまうことも予想
される。従って、脂質の酸化レベルを評価する時、これらの方法
単独では不十分であり、他の方法と組み合わせるのが望ましい。
例えばアスコルビン酸の血漿中における抗酸化作用を評価した研
究31)では、HNE(アスコルビン酸 - HNE 複合体)
と共にリノール
酸ハイドロパーオキサイドの測定を行っている。
近年、AGE
(Advanced Glycation End Products)と呼ばれ
る物質が、酸化ストレスにより増加することが知られるように
なった。AGE は、アミノ基の非酵素的糖付加反応(メイラード
反応)
により生じたアマドリ化合物の代謝分解物であり、糖尿病
患者の血液に多い。カルボキシメチルリジン
(N'- Carboxymethyl
lysine)
は、ヘモグロビンなどのタンパク質のアミノ基に由来す
る代表的な AGE で、糖尿病の進行や老化により有意に増加する。
Fig .4
また、アスコルビン酸やグルコースの自己酸化でも生じるとされ
ている。抗体が開発され、血清測定に用いられていたが、最近こ
05 I 過酸化脂質の免疫反応による分析
の抗体がカルボキシエチルリジンも認識することが明らかにな
脂質の酸化二次生成物を認識するとされる抗体が多数開発さ
り、選択性に疑問が生まれている。免疫反応を用いた検出法は簡
れ、組織染色や ELISA 等を用いた定量に用いられている。対象
便で便利な方法だが、確実性においては未だ課題が多く残されて
とされる脂質過酸化二次生成物は、以下のものが挙げられる。
いる。
8 - イソプロスタン
(8 - isoprostane)
は、アラキドン酸を有する
リ ン 脂 質 が 過 酸 化 さ れ、 環 化 し、 ホ ス ホ リ パ ー ゼ A2
(phospholipase A2; PLA2)
により sn-2 位が切り出されて生成
する。測定試料に血清や尿が用いられる21,22)。
06 I 過酸化脂質の質量分析(MS, MS/MS)
による測定
7- ケトコレステロール
(7- ketocholesterol; 7KC)
は、コレス
2000 年代になり質量分析器、特にタンデム型 MS/MS の性
テロールの酸化二次生成物であり、主に病変部位の染色に使われ
能が飛躍的に向上し、今まで測定が不可能とされてきた生体内の
23,24)
ている
微量成分も、高選択かつ超高感度な測定が可能となってきた。ま
。
9 - CHO PC
(acyl-oxononanoyl- PC)
は、sn-2 位にリノール酸
た、複数の測定対象を同時に検出する網羅解析も行われるよう
をもつ PC が過酸化され一部は PC- 9'- OOH になり、この PC-
になっている。これに従い、近年は
「リピドミクス
(lipidomics)
」
9'- OOH の共役二重結合が切断されて生じるとされる。主に病変
と呼ばれる手法が注目を集めている。リピドミクスは、メタボ
部位の染色に使われている25,26)。
ローム
(metabolome; 代謝物全体)を解析するメタボロミクス
ヘキサノイルリジン(hexanoyl lysine)
は、リノール酸ハイド
(metabolomics)
の一分野であり、どの脂質代謝物が病変のバイ
ロパーオキサイドとリジン残基の反応で生じるとされる。血清、
オマーカーなのか、あるいは原因物質、シグナル物質となってい
尿の測定や、組織染色に用いられる27,28)。
るかを明らかにすることを目指すものである。タンパク質や核酸
4 -ハイドロキシ - 2 -ノネナール
(4-hydroxy-2-nonenal;4-HNE)
の代謝物の構造にはある程度のパターンが見られるのに対し、脂
は、アラキドン酸などの n-6 系高度不飽和脂肪酸の酸化二次生
質の代謝物の構造は極めて不特定で多岐にわたる。ゆえにこれま
成物とされる。市販の抗体は 4- HNE とタンパク質の複合体を認
でリピドミクスは難しいと考えられてきたが、近年の分析機器、
識するといわれている。類似の物質に 4-ハイドロキシ - 2 - ヘキセ
特に質量分析器の性能向上が、この難題へのとり組みを可能にし
ナール
(4- hydroxy- 2- hexenal; 4- HHE)
がある。血清、尿の測定
つつある。リピドミクスが目指す最終成果物は、特定されたバイ
や、組織染色に用いられるが、どのような酸化ストレスを反映し
オマーカーによる診断法の開発や、原因物質の生成やシグナル伝
ているかに関する証明データはいまだ不十分である29)。
達を防ぐ医薬品の開発である。
マロンジアルデヒド
(malondialdehyde; MDA)
は高度不飽和
筆者らの研究室でも、Q3 部にリニアイオントラップ部を有
脂肪酸の酸化二次生成物である。市販の抗体は、MDA とリジン
するハイブリッド型の LC/MS/MS 装置である 4000 Q TRAP
残基の複合体
(DHP- lysine)
を認識するといわれている。主とし
(Applied Biosystems 社製)を導入し、脂質過酸化の第一次産
て組織染色に用いられる30)。
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ロパーオキサイド
(phosphatidylethanolamine hydroperoxide,
PEOOH)など、合計 12 分子種の測定法を開発し、血漿、LDL
07 I 脂質グリケーションと脂質過酸化
粒子、赤血球に含まれる PCOOH、PEOOH 量とその分子種を
糖尿病
(Type2 DM)
における血漿 PCOOH の濃度は健常者よ
明らかにしつつある
(Table.1, Fig .5)
。検出された PCOOH、
り平均して約 1.5 倍に高く、その多くは non HDL- PCOOH の
PEOOH 量は、先に我々が開発した化学発光 - HPLC 法の測定値
増加に起因し、この PCOOH の増加は糖化ヘモグロビン値
とほぼ同一であった。また、血漿に含まれる PCOOH のうち、
(HbA1c)
と非常に良い相関を示す14)。そこで膜脂質に過酸化を
最も多くを占める分子種は、sn-1 位にパルミチン酸、sn-2 位に
引き起こす原因物質を探索して、ホスファチジルエタノールアミ
リノール酸を有するもの
(16:0/18:2)
であった。今後、様々な
ン
(PE)
がグリケーションを受けて生成するアマドリ化合物であ
病気において PCOOH、PEOOH 量がどう変化するのかを含め、
る deoxy-D-fructosyl PE を同定し、その高純度合成にも成功し
分子種と疾病の関係の解析を進めていきたいと考えている。
た33)。次に 4000Q TRAP TM を用い、選択的にアマドリ PE
一方で総脂質に化学的な前処理を行い、リノール酸由来酸化生
を検出できるスキャン
(Neutral loss scan mode)
を利用して、
成物を総ヒドロキシリノール酸
(tHODE)、コレステロール由来
糖尿病患者の血漿脂質中にアマドリ PE が存在することを明ら
酸化生成物を総 7-ヒドロキシコレステロール
(t7- OHCh)
として
かにした。さらに、HPLC を付した 4000Q TRAP により、ア
GC/MS で定量するという、別のアプローチからの方法論も報告
マドリ PE は成人健常者の血漿には少なく、糖尿病者とくに腎臓
されている32)。また、tHODE の共役ジエン部位の cis-trans /
病を併発した透析患者の血漿に多いことを認めた34)。アマドリ
trans-trans の比率を見ることで、生体内の抗酸化能およびラジ
PE は鉄イオンがあると endiol radical になるとともに酸素分子
カル酸化度合いを推察することが出来るとする報告もなされてい
を還元して superoxide を生じ hydroxy radical で脂質過酸化を
る。こういった新しい酸化ストレスマーカーの真意の評価が待た
誘発する33)。さらにアマドリ PE が血管新生を促進することを
れる。
明らかにした35)。
高血糖下で細胞器官の膜リン脂質がグリケーション
(糖化)
を受
けアマドリ PE に変換されると、これが原因で膜脂質過酸化が起
こり、疾病の増悪化に関わると考えられる。そこで、糖尿病予防
に向けて、脂質グリケーションを阻害できる食品成分の検索を
行った。脂質グリケーション阻害の評価には、PE から糖化脂質
が効率よく生成する反応系が必須である。温度、時間、糖濃度、
pH と緩衝液の種類、メタノール濃度について検討し、糖化脂質
が最も生成する条件を見出した。この反応系を利用して、50 種
以上の食品素材・成分を評価したところ、ビタミン B6 群のピリ
ドキサール 5'-リン酸
(PLP)
に、Schiff - PE とその後のアマドリ
PE の生成阻害活性があることを見出した36)。さらに、PLP 摂
取による脂質グリケーション阻害作用及びそれに伴う脂質過酸化
への影響をストレプトゾトシン
(STZ)
誘発糖尿病ラットを用いて
検討した。PLP の摂取は、血漿の PCOOH 濃度とアマドリ PE
Fig .5
量を低下させた。PLP 投与ラットからは PLP と PE の複合体
(PLP - PE)
が検出された。したがって、この阻害メカニズムは、
糖化脂質の生成よりも、ピリドキサール類と PE の反応物の生成
が、優先的に起こるため、脂質グリケーションが競争的に阻害さ
れるためであると推測された。ヒト赤血球中での PLP-PE の存
在36)、また糖尿病患者血症中で PLP の減少が報告されている。
これらは PLP が膜脂質の糖化抑制に使用されているためと考え
られる。
おわりに
脂質研究を取り巻く環境はここ数年で激変し、旧来の手法では
解析できない微量の過酸化脂質が、生体に大きな影響を与えるこ
とがわかりつつある。一方、世間一般では、中国からの輸入食材
Table.1
や畜肉に関する問題もあり、食や健康への関心は依然高い状態に
ある。こういう機会にこそ、我々研究者は一般の消費者に対し、
食の安全や機能性、からだや病気との関わり、あるいは病気がど
のようなメカニズムで発生、進行するのか等、わかりやすく化学
を基盤にした正しい情報を発信する必要があると考えている。
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Nestlé Nutrition Council, Japan Nutrition Review
September, 2007
Dynamics of lipid peroxidation in
life-style related diseases
【Key words】
life-style related diseases
oxidative stress
lipid peroxidation
lipid hydroperoxide
antioxidant
Teruo Miyazawa
Food and Biodynamic Chemistry Lab., Tohoku University,Sendai 981-8555, Japan
Oxidative stress on lipids plays a role in the
pathophysiology of atherogenesis, diabetes, aging, and
other conditions. To determine lipid hydroperoxides
(LOOH)as a primary oxidation product, we established
the chemiluminescence detection-liquid chromatography
method. Using this method, it was confirmed that plasma
phosphatidylcholine hydroperoxide(PCOOH)increases in
hyperlipidemic patients and in type 2 diabetic patients.
However, there have been few reports that quantification
of each lipid composition because of ultra trace amount
of LOOH in biological samples. The aim of this study was
to build up the exhaustive analysis of various LOOH in
biological samples by LC-MS/MS.
Various LOOH standards were preparated from
5 species of phosphatidylcholine (PC; 16:0/18:2,
16:0/20:4, 16:0/22:6, 18:0/18:2, 18:0/20:4,18:0/22:6)
,
p h o s p h a t i d y l e t h a n o l a m i n e (P E ; 1 6 : 0 / 1 8 : 2) a n d
phosphatidylserine(PS; 16:0/18:2)by photo- or enzymatic
oxidization and purification with 2-methoxypropene. MS/
MS parameters were optimized to permit multiple reaction
monitoring(MRM)detection by 4000 Q TRAP(Applied
Biosystems)
.
This method gives it the capacity to measure even fmol
order LOOH. Subsequently, lipid extracts containing LOOH
from biological samples(human plasma, human LDL and
human red blood cell)were submitted to LC-MS/MS with
MRM. The concentration of PCOOH(16:0/18:2)as the
most common form of LOOH was approximately 20 nmol/
L in healthy subject. This method enables to quantify an
intact LOOH in human samples.
Recently, while investigating why PCOOH increases
in diabetic plasma, we found that diabetic plasma
contained an abnormal amount of glycated lipid. The
glycated lipid was identified as an Amadori product of
phosphatidylethanolamine(deoxy-D-fructosyl phosphatidy
lethanolamine, or Amadori-PE)by LC/MS/MS. AmadoriPE generates reactive oxygen species and thereby triggers
lipid peroxidation. Therefore, it is likely that PE is exposed
to glycation under hyperglycemic conditions, yielding
Amadori-PE in vivo. Amadori-PE causes oxidative stress
(i.e., PCOOH)
, leading to a disorder of cellular integrity(i.e.,
angiogenesis stimulation)
. Amadori-PE and PCOOH could
play a role in the development of diabetes.
Nestlé Nutrition Council, Japan Nutrition Review
September, 2007
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September, 2007
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