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変わる高校教育(第2回 ICTの導入で変わる学び) - Kei-Net

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変わる高校教育(第2回 ICTの導入で変わる学び) - Kei-Net
変わる高校教育
第2回
ICTの導入で変わる学び
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
このコーナーでは、高校教育の変化を、高等学校の取り
組みや先生方の工夫、さらにそれらの背景にある社会の変
化、国や都道府県教育委員会の施策などから見ていく。
近年、学校教育における ICT の活用が政策的に進められ
Part 1 ICT活用の背景と現状
ている。2001 年の「e-Japan 戦略」や 2006 年の「IT 新改
概説1:ICT活用の背景
革戦略」などの情報化推進事業が行われ、2011 年には文部
科学省が「教育の情報化ビジョン」を発表。デジタル教科書・
教材の整備、1クラスに1台の電子黒板の整備、児童生徒1
人1台の情報端末の導入などによる「21 世紀にふさわしい
学びの環境」の実現がめざされている。そうした状況もあり、
東北学院大学
稲垣 忠 准教授 …………………………p25
概説2:高等学校の現状
羽衣学園高等学校
米田 謙三 先生 …………………………p28
高校での ICT の活用が広がりつつある。
Part 2 都道府県の取り組み
個別の高校の取り組みや、一人ひとりの先生の工夫に留
タブレット端末 全県導入
事例
佐賀県教育委員会 ………………p30
まらず、政策としても推進されることで、今後、さまざまな
高校で ICT の導入・活用が進められるだろう。
Part 3 高校の取り組み
導入に当たっては、運用コスト、授業デザインや教材作成、
事例1 佐賀県立武雄高等学校 …………p33
さらに生徒へのモラル指導など、課題も多いが、ICT を活用
することで、これまでできなかったような授業が可能になる
とともに、生徒の学び方も変わっていく可能性がある。
そこで、今回は「ICT の導入で変わる学び」をテーマとし、
その中でも近年導入が増えているタブレット端末、電子黒
板、デジタル教材に特に注目し、高等学校の授業における
タブレット端末 電子黒板 授業改善
タブレット端末 協働学習 探究活動
事例2 千葉県立袖ヶ浦高等学校 ………p36
電子黒板 自作教材 教材の共有
事例3 福岡県立戸畑高等学校 …………p39
授業動画 個別学習 学び合い
事例4 東北学院高等学校 ………………p42
活用の状況と、指導の変化についてお伝えする。
用語説明
ICT…Information and Communication Technology の略で、コン
ピュータやインターネット等の情報通信技術のこと
タブレット端末…板型の携帯できる通信機器のこと。スマート
フォンのように画面を直接触って操作する機種が多いが、タッチ
ペンやキーボードが付いたものもある。文部科学省は「情報端末」、
佐賀県は「学習用端末」と呼んでいるが、このコーナーでは特別
な断りがない限り、「タブレット端末」としている。
24 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
電子黒板…電子技術を導入した黒板やホワイトボードの総称。パ
ソコンの文字や画像をディスプレイに映し、文字や図を書き込ん
だり、文字や画像を移動したり、拡大・縮小、保存等ができる。「ユ
ニット型」「ボード型」「一体型」などのタイプがある。
デジタル教材…教科書などの教材の内容をデジタル化したもの。
電子黒板やスクリーンに表示して授業をしたり、生徒のパソコン
やタブレット端末に表示して学習することができる。
Part
1
概説1
ICT 活用の
背景
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
社会や教育の在り方の変化から活用が求められる ICT
目的や機器の特性に応じた活用を
東北学院大学教養学部 稲垣
忠 准教授
近年、教育への ICT の活用にはさまざまな利点がある
——授業では、どのように ICT
ことが明らかになり、学校への導入が政策的にも進めら
機器を利活用していけばよいの
れている。ここでは、フューチャースクール推進事業(総
でしょうか。
務省)の研究委員を務め、仙台を中心とした授業研究グ
ICT とひとくくりにされがち
ループ「情報活用型授業を深める会」の主宰者でもある
ですが、ICT 機器にも、電子黒板、プロジェクター、実
東北学院大学教養学部の稲垣忠准教授に、学校に ICT の
物投影機(書画カメラ)など教員が使う道具と、タブレ
導入が求められる背景と、利点や課題について伺った。
ット端末など生徒が使う道具があり、両者では活用方法
や効果が異なることを整理して考える必要があります。
教員が使う道具と生徒が使う道具を分けて整理し
活用することが大切
り、生徒の学力の向上につながります。ですから私は、
——まず、教育分野で ICT 利活用の推進が望まれている
電子黒板などはなるべく早く全ての教室に配備され、当
理由をお教えください。
たり前に使われるようになるべきだと考えています。
教員が使う道具は、より良い授業を展開する助けにな
近年、
総務省の「フューチャースクール推進事業」
(2010
~ 2012 年度)や文部科学省の「学びのイノベーション事
業」
(2011 ~ 2013 年度)といった実証研究を通じて、学
電子黒板が可能にする
教材の拡大と焦点化、多様化、双方向性の向上
校教育での ICT の利活用が政策的にも進められています
——電子黒板には、どのような利点がありますか。
が、いくつか理由があります。
まず、教材を大きく映し、教員が見せたいものを生徒
第一に、まず教員にとっては、生徒の学力向上につな
にしっかり見せることができます。これまでは「教科書
がる、わかりやすい授業を展開できる、生徒の興味・関
の何行目」など口頭で説明していましたが、生徒に本当
心を高めることができるなどの利点があるからです。
に伝わっているとは限りません。しかし教員が大きな画
第二に、情報化社会への対応です。パソコンやインタ
面に映して示せば、生徒はその画面を見て、どこの話を
ーネットの普及で仕事の進め方は大きく変わりましたが、
しているのか、より明確に把握することができます。
学校は明治時代以来のチョークと黒板での授業を続けて
第二に、
「焦点化」と言いますが、画面に映した中でも
きました。社会で ICT が普及したのは、便利な道具だか
特に見せたい箇所を拡大したり線を引いたりすることで、
らです。そこで、学校でも活用して教育の質を高めよう
ポイントを共有することができます。特に、言葉だけの
としているのです。
説明で伝えることが難しい小学校低学年の児童に有効で
第三に、情報セキュリティや情報モラルという社会問
す。小学生ほどではないと思いますが、高校生に対して
題に対応するためです。本来は家庭で教育すべきことだ
も効果があるでしょう。
と思いますが、学校でも情報科で扱ったり ICT 機器を使
第三に、動画や立体図形など、紙の媒体では見せられ
う中で身につけさせることが求められています。
ないものを見せることができます。すなわち教材の幅が
第四に、知識基盤社会となった 21 世紀を生きる子ども
拡がります。デジタル教科書が現在力を入れて開発して
たちにとって、ICT の利活用を含む情報活用能力は必要
いるのもこの部分です。
不可欠な力だということです。そして ICT 機器は、生徒
第四に、授業の双方向性を高めることができます。例
が調べたり発表したり交流したりしながら、思考力・判
えば板書している時間は、教員は生徒の様子を見ること
断力・表現力といった、
「生きる力」を育むのに有用な道
ができません。しかし、板書の代わりにスライドを用意
具でもあります。
しておいて電子黒板に映せば、ノートに写すべきなら生
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 25
徒に写すように言った上で、机間巡視をして、理解が不
個別の反復学習にも大いに活用できます。ただ、個別の
十分と思われる生徒に補足説明ができますし、短縮した
反復学習を授業中に行うのは時間がもったいないですね。
時間を別の学習時間に当てることもできます。
ある中学校では、朝の自習時間を活用して、タブレット
端末を使ったドリル学習を行っていました。
タブレット端末は、デジタル教材の活用デバイスと
生徒が主体的に学習するツールとして有望
——1人1台の導入が注目されているタブレット端末は、
タブレット端末は、授業での活用にこだわらず
放課後での活用や個別学習のツールと考えるのも一案
どのような使い方がありますか。
——タブレット端末に関する現在の課題を教えてくださ
タブレット端末については、2通りの使い方がありま
い。
す。1つはデジタル教科書をはじめとするデジタル教材
すでに述べたように、タブレット端末は、探究的な学
をインストールして、従来の授業をより良くするための
習や協働学習など、新しいスタイルの授業に適した道具
道具として使う方法です。もう1つは生徒が自由に使う
です。しかし、フューチャースクール推進事業の実証校
道具と捉えて、探究的な学習の場面などで活用する方法
の様子を見ると、ICT と新しい授業スタイルという、2
です。教員にとってイメージしやすいのは、前者です。
つを同時に導入することは、先生にとって大きな負担で
そこで、現在、教科書会社等を中心に多くのデジタル教
あり、まずは従来型の授業での活用からスタートした学
材が開発されています。
校が多かったようです。
タブレット端末を効果的に活用するためには、インタ
また、通信環境の問題から、授業中に教材を電子黒板
ーネット環境の整備が不可欠です。特に公立学校では、
や生徒の端末に転送するのに時間がかかる、生徒の端末
大量通信に対応できる環境を整えているところはほとん
が動かなくなるなどのトラブルも起こります。そうする
どなく、生徒が一斉に利用するとインターネットにつな
と、教員にも生徒にもストレスになってしまいます。
がらなかったり、通信速度が遅くなったりします。そも
そのため、学校にタブレット端末が配備された場合も、
そも無線 LAN は、40 台もの端末を一斉に使うことは想
無理に授業で使おうとせず、まずは授業時間外に活用で
定していないシステムであるため、学校で使う仕組みと
きる環境を整えるというのも一案です。例えば、学習に
して向いていないのかもしれません。そうした技術的な
役立つリンクを用意したタブレット端末を何台か職員室
問題が改善されない限り、従来の授業をより良くするた
に備えておき、希望する生徒に貸し出し、放課後の自習
めの活用を快適に進めることは難しいでしょう。
などに使用させてはどうでしょう。そして、生徒が活用
——生徒はどのように活用できますか。
する様子を知った上で、授業中にも導入することなども
タブレット端末は、もともとユーザーがそれぞれ違う
考えられます。
使い方をするための道具ですから、調べ学習や協働学習
——タブレット端末が導入されると、学校内のパソコン
といった、生徒が主体的に活動をするような場面で活用
教室などはいらなくなりますか。
すると、力を発揮します。
1人1台のタブレット端末を導入する際にパソコン教
生徒が試行錯誤するのにも向いています。例えば数学
室の廃止を検討する自治体もあるようですが、大学でレ
では、グラフを動かすと数式が変わったり、数式を変え
ポートを書いたり、企業で仕事をしたりする際、タイピ
ればグラフが変わったりというように、手元でシミュレ
ング能力も求められるので、当面はパソコンも必要でし
ーションしながら考えられます。教員が電子黒板で動か
ょう。今の子どもたちは、スマートフォンは使いますが、
しても、教員が動かしている限りは「動くんだな」とわ
パソコンを使うのは情報の授業でだけの場合もあり、意
かる程度です。しかし自分で操作すれば実感が伴います。
外とキーボードを使いこなせません。タイピング能力を
ただし、生徒が試行錯誤した結果をクラスで共有するな
つけるには使うことが一番ですから、生徒が自由に調べ
ど、授業展開の工夫が伴ってこそ効果を発揮します。
学習をしたり進路情報を調べたりできるパソコンが校内
また、タブレット端末で生徒の理解度に応じた問題が
に豊富にあると良いですね。
出る、わからない箇所の授業ビデオを繰り返し見るなど、
26 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
<図表>教育環境の ICT 化への工程表
(
「世界最先端 IT 国家創造宣言」
(2013 年)
より抜粋)
か、根本から議論しなければなりません。
教育や学びの在り方に変革をもたらす
1人1台のタブレット端末の可能性
オランダでは、2013 年、4歳から 12 歳の子どもたち
が通う「Steve Jobs School」10 校が開校しました。この
——2013 年に閣議決定された「世界最先端 IT 国家創造
学校には学年も、クラスも、時間割もなく、子どもたち
宣言」などでは、2020 年までにすべての学校で1人1台
は1人1台の iPad を使って、自分のペースで学習してい
の情報端末を配備するなど IT 環境を整備するとされて
ます。以前から既存の学校教育とは異なる教育を模索す
います。今後、生徒用のタブレット端末を導入する自治
る「オルタナティブ教育」を実践する教育団体は日本を
体や学校が増えていくと予想されますが、それによって
含め、いろいろな国にあります。そうした教育システムと、
学校教育は変わっていくのでしょうか。
タブレット端末の活用が結びついたところに、未来の学
タブレット端末の研究は、現在は授業における教員の
校の姿を考えるヒントがあるのかもしれません。
活用法が中心です。しかし、生徒たちが学校外を含めて
——最後に、ICT の利活用について、高校の先生にメッ
どのような使い方をするか見るうちに、タブレット端末
セージをお願いします。
の多様な可能性が明らかになってくると思います。
ICT の導入を、情報セキュリティや情報モラルの問題
タブレット端末の導入を本気で考えるなら、日本の教
から心配される先生も多いかと思います。しかし、テク
育の姿を変える覚悟が必要だと思います。それも学校だ
ノロジーそのものが悪いわけではありません。ICT を禁
けでなく、塾や通信教育、家庭学習など教育を取り巻く
止するのではなく、より良い使い方を指導していくべき
さまざまな要素を含めて、教育や学びの在り方をデザイ
でしょう。そして ICT は、活用価値のある道具だからこ
ンし直す必要があるでしょう。例えば現在、manavee
そ社会に広まったのですから、教育現場でも、無理をし
など学習ビデオを配信するウェブサイトで勉強する高校
て使う道具ではなく、歓迎される道具であってほしいと
生も増えています。自分のペースで勉強できることから、
願います。これまでできなかった授業を実現するための
こちらの方が合っていると考える生徒もいるはずです。
道具の1つとして、ぜひ効果的な場面で使っていただき
だからこそ、対面で授業を行う学校はどうあるべきなの
たいと思います。
(注)
(注)manavee…日本の大学受験における地理的・経済的な格差をなくし、教育の機会均等を実現することを目的に、大学生や社会人有志による、多数の
授業動画をインターネット上に公開する NPO 法人。
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 27
概説 2
高等学校の
現状
授業をより良くするためのツールとして
できるところから ICT の導入を
羽衣学園高等学校 米田
謙三 先生
現在、授業で ICT を活用する利点を感じつつも、校内
目されるようになったのです。
の ICT 環境が充分に整っていなかったり、授業でどのよ
——ICT を活用することで、授業はどのように変わるの
うに導入したらよいか、とまどっている先生も多いので
でしょうか。
はないだろうか。そこで、早くから教育の情報化に関す
ICT 機器を使ったからといって、現在行われている、
る実践と研究を行い、教育の情報化に関するセミナーや
一斉授業、協働学習、個別学習という3つの授業スタイ
研修会講師を務める羽衣学園高等学校の米田謙三先生
ルは変わりません。ICT によって授業が全く変わってし
(英語科、情報科)に、高校の教育現場での ICT 導入の
まうのではなく、これまでの授業をより良くするための
現状や、授業での導入のポイントを伺った。
ツールであると考えると良いでしょう。例えば、動画や
音声は生徒に興味をもたせるのに効果的ですし、
「紙のプ
デジタルネイティブ世代の生徒にとって
ICT はあって当然の学びのスタイル
しようかな」と考える生徒もいます。また、理科であれ
——まず、授業での ICT とは何を指しますか。
ば学校では実験や観察できないものを映像で見せること
ICT とは Information and Communication Technology
ができる、体育であればフォームを撮影して自分でチェ
のことで、情報通信技術と訳されています。そして教育
ックできる、学習の成果を保存できるなど、ICT ならで
現場では、パソコンなどのハードウエアやデジタル教科
はの活用法があります。
書などのソフトウエア、インターネットなどを使った教
しかし、特に高校では、ICT が生徒の興味・関心をひ
育を「ICT 活用教育」と呼んでいます。ハードウエアで
くだけでは不十分です。動画や音声が出る教材が最初は
はパソコンや電子黒板、特に最近はタブレット端末の活
物珍しくても、やがてそれは当たり前になってしまいま
用に対する関心が高まっていますが、プロジェクター、
す。高校では、生徒の学力向上に結び付けるような ICT
スキャナー、デジタル・ビデオカメラ、電子辞書なども
の活用を行うことが重要なのです。
リントで勉強するのは苦痛だけど、ICT 機器でなら勉強
ICT 機器です。
——なぜ、ICT の授業での活用が注目されるようになっ
たのでしょうか。
電子黒板やデジタル教科書に加え
デジカメなど身近な機器利用が ICT 活用の第一歩
情報活用力の育成や、生徒の主体的な学びの促進、学
——授業での活用が特に注目されている ICT 機器には、
力向上に有効に活用できるツールといったことに加え、
どのようなものがありますか。
生徒自体が変化していることが挙げられます。現在の若
まずは、教員が使うものから導入が進んでいるようで
者は C 世代、すなわち「Computer を傍らにして育ちネ
す。近年、電子黒板は全国の小中高校で配備が進んでい
ットで Connected し、Community を重視する。Change
ます。本校でも電子黒板に直接、画像や動画を映してい
を厭わず、自己流を Create(編み出)し、開かれた知と
る先生もいますし、画像の上にペンで線を引いたり説明
つながる力を持つ世代」と呼ばれるそうです。現在の生
を書いたりする先生もいます。基本的には授業中に教員
徒の世代は、生まれたときからインターネットや“ケー
が使うものですから、これまでの授業の進め方から大き
タイ”があった“デジタルネイティブ”と呼ばれます。
く変える必要がなく、導入しやすい機器です。
彼らにとって ICT はあって当然なのです。
近年特に話題になっているタブレット端末は、とても
また、現在の子どもたちはますます多様になっており、
便利で有効な教育・学習ツールです。本校でも 60 台ほ
一人ひとりに合った学びの実現が求められています。そ
ど導入しました。(1)情報の検索と収集・編集・保存、
のような子どもたちの変化に合わせて、ICT の活用が注
28 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
(2)情報の作成・提示・データ処理、(3)活動の記録・
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
発表(プレゼン)などに使っており、デジタル教科書な
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
<写真>デジタル教科書、タブレット端末を使った授業
ども活用を始めました。
ソフト面で言うと、上記のデジタル教科書をはじめと
するデジタル教材が、教員用のものを中心に出揃ってき
ました。勤務校に電子黒板が配備された場合は、まずは
どの教員も共通して効率的に使える教材を用意しておき、
それを使って、ある程度同じスタイルで授業ができるよ
うにしておくとよいでしょう。
(羽衣学園高等学校、
高校1年英語の授業の様子)
——ICT 環境は学校によって異なりますが、ICT を活用
した取り組みは、どこから始めるとよいでしょうか。
を見ながら英単語の発音などを行う)の実践も、パソコ
先進的な事例は参考にはなるものの、勤務校の ICT 環
ン等を使って読み上げる時間を設定することで難易度を
境や支援体制の違いなどの問題もあり、今すぐ同じよう
調節できますし、教員が読み上げるのとは異なりネイテ
に取り組むのは難しいと感じていらっしゃる先生も多い
ィブの発音を聞くことができます。また、タッチパネル
のではないでしょうか。ただし、学校に今ある ICT 機器
のディスプレイ上で指を動かすことで単語の並べ替えが
でもできることはあるはずです。
感覚的にできる、タブレット端末に対応したアプリなど
例えば、学校にプロジェクターとスクリーンがあれば、
もあります。
「これは使える!」と思えるものがあれば、
デジタルカメラで撮った写真や動画をクラス全員で見る
活用は広がっていくのではないでしょうか。
ことができますし、また書画カメラ(実物投影機)があ
ただし、教員がハードウエアやインターネット回線な
れば、プリントを拡大し、強調したい部分を見せるなど、
ど、授業以外のトラブルで煩わされることが多いとやる
タブレット端末と同じような効果のある授業ができます。
気を失ってしまいますから、なるべく新たな負担の少な
私が勤務する羽衣学園高校では、今年から全ての新入
い、すでに学校にあり導入の容易な ICT 機器やソフトウ
生に電子辞書を購入してもらいました。電子辞書は、単
エアを活用していくことから始めるとよいと思います。
語やセンテンスをネイティブの発音で読み上げてくれま
——ICT の活用にあたって注意すべきことはありますか。
すし、検索した単語を記憶する機能などもあります。電
ICT には便利な機能がたくさんあるため、その ICT に
子黒板とつなげられるので、教師の電子辞書の画面を映
よって生徒たちに身につく力もあれば失われる力もある
しながら、朝の単語テストなどに活用しています。
ということです。例えば電子辞書の場合、例文にわから
本校は私立学校ということもありますが、現在のとこ
ない単語があれば、そこを押せばその単語にジャンプし
ろ保護者から電子辞書の購入に大きな反対はありません。
てくれます。しかし、スペースが限られているため紙の
全ての生徒に購入させられない場合は、教員の電子辞書
辞書のように調べた単語の前後を一緒に見ることができ
の画面を電子黒板に映して一緒に使うという方法もあり
なくなります。ここでのポイントは、デジタルネイティ
ます。電子辞書はインターネットにつながらないため、
ブの生徒たちは、その違いがわからないということです。
セキュリティ面や生徒の情報モラル面の大きな問題もな
それを補うためにも教員が例えば教室に何冊か紙の辞書
く、ハードウエアにトラブルが起こることも滅多にあり
を置いておいて、たまにはそれを使って調べてみるとい
ません。英英辞典や国語辞典や百科辞典などが搭載され
ったことをさせることもよいと思います。
ている機種も多く、幅広く活用できます。
何か新しいものが登場すれば、良い面と悪い面の両方
があるのは当然です。光と影をうまく伝えうまく活用で
ICT の良い点に目を向け、伝えていくことが
授業での活用を広げるポイント
きるように指導することが大切だと思います。また、ICT
を使っても使わなくても教師の指導力が問われるのは同
——活用を促進するためには、何が重要でしょうか。
じです。ICT に依存するのではなく、教師の弱点を補い、
やはり ICT の良さに気づいていただくことが一番です。
生徒の活動を活溌にするための補助として、ICT を活用
例えば、英語であれば、フラッシュカード(イラスト等
していっていただきたいと思います。
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 29
Part 都道府県の
取り組み
2
全国に先駆けて全県立学校に電子黒板を整備し
生徒1人1台の学習用端末を導入
佐賀県教育委員会
佐賀県では 2011 年度から全県規模で「先進的 ICT 利
県立学校での生徒1人1台の学習用端末(タブレット
活用教育推進事業」に取り組み、今年4月からは、電子
型端末)の導入は、2011 年改定の学習指導要領で、全て
黒板に加え、全国に先駆けて、全県立高校でも1人1台
の教科指導に ICT を活用することの重要性に言及された
の学習用端末を導入して注目されている。その目的や導
ことが大きなきっかけとなった。
入までの経緯、今後の課題と展望について、佐賀県教育
「全ての教科で ICT を活用するには、情報教室のコン
委員会副教育長の福田孝義先生に話を伺った。
ピュータだけでなく、1人1台のパソコンが必要である
と考えました。また、社会に氾濫する膨大な情報から必
教育の質向上を実現する施策の1つとして
全県規模で ICT の利活用を決定
要な情報を集め、分析して発信するという、ICT 利活用
力を含めた情報処理能力は、普通科、専門学科などを問
高校でも現在、授業での ICT 利活用が進みつつあるが、
わず全ての生徒にとって将来必要となります。特別支援
佐賀県が全校で一斉に先進的な ICT 利活用の推進を決め
学校の生徒にとっても、ICT は障がいを乗り越えて社会
た背景には、高校をとりまくさまざまな状況の変化がある。
に参画する有効なツールです。そのため、県が主導して
「佐賀県では、2004 年頃から校務用パソコンの整備など、
全ての県立学校で利活用できるようにすべきだと考えま
ICT 利活用教育推進のための施策を進めてきました。事
した」
業推進のきっかけの一つは、高度情報化・グローバル社
会に対応した教育の実現が求められたことです。また、
佐賀県独自の状況としては、2007 年度から実施されてい
3年間の実証研究を通じて
導入する学習用端末を選定
る全国学力・学習状況調査の分析から、学力向上の取り
学習用端末の導入は新学習指導要領実施の進行に合わ
組み強化が喫緊の課題となっていました。さらに、新型
せて計画され、端末の選定や課題の抽出、活用方法の研
インフルエンザの発生や、東日本大震災等の災害被害を
究を「先進的 ICT 利活用教育推進事業」として、段階的
受け、生徒が学校に来ることができな
い状況が続いても質の高い教育ができ
<図表1>佐賀県立学校での ICT 環境の整備状況
るような体制を作る必要性が高まって
いましたし、長期間の入院や不登校の
生徒への、学校復帰への支援も課題で
した。こうした変化に対応し、教育の
質を向上させるための施策の一つとし
て、佐賀県は学校での ICT 利活用推進
を決めたのです」
そして、電子黒板や学習者用の情報
端末の整備などを進めるとともに、韓
国やシンガポールなど ICT 利活用の先
進国を視察したり、文部科学省の「ス
クール・ニューディール事業」や総務
省の「フューチャースクール推進事業」
に県内の小中学校が指定を受けたりす
るなど、教育の情報化に取り組んできた。
30 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
Copyright Saga Prefecture All Rights Reserved.
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
に行った<図表1>。まず、2011 年から新学習指導要領
教員に対しては、ICT 機器の一斉導入を前に、電子黒
が全面実施された中学校から実証研究を始め、県立の中
板や学習用端末の操作体験会を複数回・複数会場で開催。
高一貫校の佐賀県立致遠館中学校と、佐賀県立武雄青陵
興味のある教員は体験会に参加して、ICT 機器に触れた。
中学校に Windows 7 のタブレット端末を導入、佐賀県立
さらに、ICT 利活用教育を担当する ICT 推進リーダーの
金立特別支援学校と佐賀県立中原特別支援学校に iPad
教員を各校の校長に指名してもらい、リーダーに対して
を導入した。2012 年には高校1年生を対象とし、普通科
県が集合研修を実施。内容は、半年を1クールとし、そ
の致遠館高校と武雄高校に Windows 8、農業科・家庭
の間にのべ5日の研修を実施し、その後、リーダーが自
科併設の唐津南高校、有田工業高校、鳥栖商業高校に
校の教職員に半年程度かけて、内容を伝えることにして
iPad を配布して機種選定の作業を行い、2013 年には、県
いる。1期目(2011 ~ 2012 年度)は、まず ICT 機器に
立高校での導入機種を Windows 8 Pro を搭載したタブ
ついて知ることを目的とした研修、2期目(2012 ~ 2013
レット型端末に決定した。
年度)は、授業で使えるレベルの知識やスキルを修得す
実証研究の結果、高校に導入する学習用端末について
るための研修を行った。使えるレベルとは、文部科学省
は Windows 8 Pro 搭載のタブレット型端末にキーボー
が毎年3月に実施している「学校における教育の情報化
ドを付けたものを採用した。理由は、Windows 7 に比べ
に関する調査結果」の「教員の ICT 活用指導力の状況」
操作性が大幅に改善されたことと、現在高校に導入され
で「わりにできる」
「ややできる」と答えられるレベルと
ているパソコンの多くが Windows であるため、教員が
した。
教材を作成したり加工したりするのに便利であること、
「2010 年は約6割の教員しか活用できると答えません
社会における Windows のシェアが高く、高校時代から
でしたが、2013 年には9割以上の教員が活用できると答
Windows に慣れておくことが有用であるとの判断による。
えるまでになりました。3期目(2014 年度~)は、授業
なお、特別支援学校については、iPad や Android OS
に応じて工夫できる力をつけるための研修を行うつもり
搭載のものも含め、障がいの種類や程度に応じて使いや
です。また、大学にも、教職をめざす学生に ICT 活用力
すい機種を選ぶこととした。
をつけるよう、依頼しています。さらに佐賀県では、
2013 年の教員採用試験から、電子黒板を使った模擬授業
県が主導しての ICT 教材の開発や
サポート制度の充実により ICT 活用促進を支援
を試験項目に導入しています」
に、アクセスが集中してインターネットにつながらない、
共通教材以外のソフトウエアは許可制を採用
教員独自の教材活用は著作権が課題
通信速度が遅いといった通信環境の不備があった。そこ
学習用端末に搭載するソフトウエアについては、教材
で全県導入を前に校内 LAN を全て更新し、さらに校内
としては、購入時に、全高校共通してワープロソフト、
どこでもインターネットに接続できるように、Wi-Fi 環境
プレゼンテーションソフト、表計算ソフト等からなる
を整えた。学習用端末や電子黒板、インターネット回線
「Microsoft Office Professional Plus 2013」と国語、古語、
などの技術的なトラブルについては、
「ヘルプデスク」を
英和辞書を含む「電子辞書ソフト」等を標準装備してい
設けて、遠隔操作を含めたサポート体制を導入した。た
る。また、教科書や参考書、問題集等の内容をデジタル
だし、通信環境の一層の向上は、今後の課題でもある。
化した「デジタル教材」の中で、
教師が授業で使うものは、
第2には、授業での ICT 機器の活用頻度が当初の想定
県から各校に提供している。ただし、例えば、問題集の
を下回ったことが挙げられる。理由の一つとして ICT 教
場合、問題を一度に生徒に配布する、授業の都度必要な
材や指導例の不足が考えられたため、教材の企画・編集・
箇所を配布するといった使い方は、各教員に任せている。
出版・販売を行う企業に委託して、教材開発を開始した。
この他のソフトウエアについては、各校からの申請に
また、教育関連企業に委託して各校に1名ずつ ICT サポ
基づき、教育委員会が許可すればインストールが可能で
ータを配置し、教員の ICT を活用した授業設計や、教材
ある。
選択、教材作成を支援することとした。
「日常的に授業で使うものは県が購入して高校に提供
実証研究の段階で明らかになった課題としては、第1
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 31
<図表2> SEI-Net の画面イメージ
Copyright Saga Prefecture All Rights Reserved.
Copyright Saga Prefecture All Rights Reserved.
(佐賀県教育員会提供資料より作成)
します。特定の時間だけ使う、主に家庭学習で使うとい
表2>。運用は始まったばかりだが、このシステムを使
ったものは、教育委員会に申請していただければ生徒が
って、生徒は学校からの連絡の確認、デジタル教材をダ
独自に購入できます」
ウンロードしたりテストを受けたりすることができる。
教員が独自に作成するデジタル教材については、現在、
また、教員は、出欠の処理やテスト結果の分析に加え、
最も大きな障壁となっているのが、著作権だという。著
生徒の日々の学習の進捗などが把握しやすくなり、生徒
作権法第 35 条によって、学校等の教育機関で授業中に
一人ひとりの理解度や弱点に応じたきめ細やかな指導が
著作物を使用する場合は、特例的に、一般に比べると複
できるようになるという。
製等の制限は緩やかになっている。しかしデジタル教材
教員からの ICT 導入の評価としては、電子黒板は、こ
の多くは、
「教員がディスプレイで表示する場合は良いが、
れまで黒板で図示したり口頭で説明したりしていたもの
生徒の端末に配布したりインターネットにアップしたり
を動画などで示せるため「すぐにでも活用したい」と好
して共有するのは不可」
「インターネット上のコンテンツ
評だった。一方、学習用端末については、教材の不足や
をダウンロードして生徒に配布してはいけないが、URL
生徒の期待値が不明であることなどから、導入に躊躇す
を表示し、生徒にそのウェブサイトにアクセスさせるこ
る声もあったという。また、進学校からは大学入試を控
とは可能」等、紙媒体とは異なるさまざまな規定がある
えていることもあり、ICT 導入による学習進度の変化が
ためだ。
不安材料として挙がった。
「教員は自作の教材だと思っていても、一部の練習問題
ICT 導入は始まったばかりであるためまだ解決しなけ
や写真が転載という場合があります。また、具体的な判
ればならない課題も多いが、
「例えば数学の場合、これま
例等がなく、法律家によって解釈がまちまちであるのも
では空間図形の提示や三次元の数式を図に変換するなど、
学校での活用を難しくしている要因です」
越えられない壁がありました。これはどの教科でも同じ
2014 年度には、
「教材管理」
「校務管理」の3つの機能
です。それが ICT を使うことで1つでも越えられるよう
を一元化した佐賀県独自の教育情報システム SEI-Net
になり、徐々にその数が増えていけば良いと考えていま
(Saga Education Information-Network)を構築した<図
32 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
す」と福田先生は期待している。
Part
3
高校の取り組み
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
事例1
佐賀県の研究実証校として1人1台の学習用端末を導入
教育現場での活用の課題と可能性を社会に提示
佐賀県立武雄高等学校
今年4月、佐賀県は全国に先駆けて、全県立高校への
理科では、科学技術振興機構
電子黒板と、生徒1人1台の学習用端末導入を行った。
の『理科ねっとわーく』
これに先立ち、佐賀県立武雄高等学校は実証研究校に指
いうウェブサイトにアップされ
定され、2012 年度から電子黒板が、2013 年度から学習
た教材を、電子黒板に表示して活用しています。
用端末(タブレット端末)が配備され、ICT を使った授
私が担当する国語の授業では、教師用指導書に付属し
業に取り組んできた。実証研究から感じた教育の可能性
ているデジタルテキストを電子黒板に表示して活用しま
や、明らかになった課題について、ICT 利活用教育推進
した。授業をしている箇所を生徒に示したり、ポイント
部主任・教育情報化推進リーダーを務める馬場信禎先生
となる箇所に線を引きながら、解説したりできる点が良
(国語)に伺った。
各教室への電子黒板の導入で
授業で活用できるコンテンツが豊かに
(注1)
と
馬場信禎 先生
いと感じています」
さまざまな教科で活用する中で、課題も見つかった。
例えば、電子黒板を使うと、資料を次々と切り替えて進
めることができるため、板書に比べて授業のスピードが
佐賀県立武雄高等学校は 2011 年から「先進的 ICT 利
上がる。そのため、生徒からはノートに書き取りきれな
活用教育推進事業」の実証研究校に指定され、電子黒板
いという声も上がった。一時は、黒板を眺めるだけでノ
や学習用端末<写真>を用いた授業の研究を行ってきた。
ートをとらず、受身の姿勢で授業を受ける生徒も出てし
電子黒板については、2012 年 11 月には2つの特別教室、
まったという。
2013 年2月には1、2年生の全ての普通教室、2013 年の
「こうしたマイナス面もありましたが、電子黒板が悪い
8月には3年生の普通教室に配備された。教科の特性や
のではありません。生徒がノートに書き写すべきことは
授業を行う教室によっても異なるが、デジタル指導書(教
従来通り板書し、電子黒板は、写真、動画、立体図形と
師用デジタル教科書)や教員が作成したプレゼンテーシ
いった、黒板では表現できないコンテンツを表示するた
ョン資料などを投影し、授業に活用している。
めに使用するなど、教員が使い方のポイントを押さえる
「例えば英語科では、電子黒板に本文の一部を指定し
ことが大切なのです。うまく活用できれば、黒板とノー
てネイティブスピーカーの発音で音声を聴かせたり、フ
トによる授業に比べて、豊富なコンテンツを使った授業
ラッシュカードを用いて英単語の学習に活用したりして
が可能になります。そのため、当初は苦手意識を持って
います。生徒に興味のある外国の場所をグーグルマップ
いても、使っていくうちに魅力に気がつき、現在は電子
で探させ、ストリートビューで見える景色を英語で表現
黒板なしの授業は考えられない感覚になっている教員も
させる授業を行った教員もいました。
本校には多いようです」
<写真>学習用端末を使った授業の様子
生徒の主体的な学びを促す
1人1台の学習用端末
2013 年度には佐賀県教育委員会から支給された学習用
端末(Windows 8 Pro)を1年生に配布するとともに、
校内に無線 LAN を敷設し、1人1台の学習用端末を使
った教育の実証研究を行った。
例えば、教材制作会社と連携し、問題演習の解答・解
説をデジタル化し、端末で学習をする研究を行った。
「これは『自分のペースで勉強できる』と、生徒の評判
(注1)『理科ねっとわーく』 http://www.rikanet.jst.go.jp/
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 33
<図表> ICT を活用した授業で使用するプリント例(抜粋)
る本校では、大学入試に対応できる学力向
上に資するという目的を守りながら、活用
を進めました。ICT 機器を使用することが
目的になってはならず、その高校に合った、
効果的な場面で使うことが大切なのです」
2014 年度には、県内の他の公立高校と同
様に、
全ての1年生が学習用端末(Windows
8 Pro、キーボード付き)を購入した。学校
の備品であった 2013 年度とは異なり、生
徒の私物であるため、家庭に持ち帰り学習
内容の保存(ノートとしての役割)や学習
管理(連絡・課題提出)に活用することが
できるようになった。多くの科目で生徒用
デジタル教科書が導入されたこともあり、
活用の幅が広がっているという。
も良好でした。また、生徒は解答とともに理解度も入力
するため、教員は、多くの生徒が間違えた問題や箇所だ
不具合が起こることは当たり前と考え
無理のないところから活用することが大切
けでなく、答えは合っていたけれど理解は不十分である
学習用端末の活用にあたり、最も大きな課題となった
問題もわかり、どの問題を解説すればいいかを即座に把
のは、無線 LAN 環境の構築である。
握することができました」
「今年4月に生徒の端末にデジタル教科書のダウンロ
実際の授業の中で活用することで、他にもさまざまな
ードがうまくできないことが大きな問題となりましたが、
利点があることがわかった。授業中に教員が問いを発し
これはアクセスが集中し無線 LAN の通信容量を超えた
たとき、以前は指名した生徒の考えしか聞けなかったが、
ことが原因です。デジタル教科書は容量の大きいものだ
学習用端末から送信してもらえば、教員は全ての生徒の
と、1章分でも 100MB を超える場合があります。こうし
意見に目を通すことができる。そして、その上で発表す
たデータを1学年の生徒が一斉に、しかも授業中にダウ
る生徒を選んだり、電子黒板に表示させてクラス全体で
ンロードすることになっていたのですが、無線 LAN の
共有したりすることもできるようになった。
システムはそうした利用を想定していません。学校は、
総合的な学習の時間では、全ての生徒が同時にインタ
企業や家庭、街中などと異なり、大勢の生徒が同じこと
ーネットで調べ学習をしてプレゼンテーション資料を作
を一斉に行うという特徴がありますが、それに対応した
成することが可能になった。以前はコンピュータ教室で
設計になっていなかったのです」
行っていたため利用できる人数が限られていたが、1人
授業中の教員と生徒の端末の情報のやりとりにも課題
1台の学習用端末を持つことで、全員がそうした活動を
があった。アクセスポイント
経験できるようになったのだ。
端末は 20 台程度であるため、武雄高校では1つの教室
多くの利点があるものの、全ての授業を学習用端末で
につき2つのアクセスポイントを設置している。そのた
行えば良いというわけではない。
め、端末の位置によっては通信中にアクセスポイントが
「学習用端末は、全ての生徒の主体的な学びを促す機
変わり、教員から生徒に教材が送れなくなったり、生徒
能があるという点で優れていますが、生徒の主体的な活
から教員への提出物の送信が途切れたりすることもあっ
動を多く取り入れると授業の進度が遅くなりがちですか
た。そこで、アクセスポイントのメーカーに連絡し、快
ら、大量の内容を限られた時間で教えなければならない
適な動作をするよう改善したという。
高校にとっては辛いところです。ですから、進学校であ
ここで馬場先生が強調するのは、
「パソコンや通信シス
(注2)アクセスポイント…無線 LAN で端末間を接続する電波中継機
34 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
1つにつき接続できる
(注2)
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
テムは、他の製品のように購入したらすぐに快適に動く
ットワークに関する不具合が生じたときには遠隔操作で
わけではなく、地道な調整をしながら最適な環境にして
対応してもらえるようになった。
いくものである」ということである。
また、今年度は各校に1人ずつ、提携した企業から
「学習用端末、無線 LAN、デジタル教材と、それぞれ
ICT サポーターが配置され、
授業のサポートを行っている。
別の企業が作ったものを組み合わせて、これまでにない
「各校には私のような教育情報化推進リーダーがいま
使い方で使うのですから、不具合が起こることは当然で
すが、私を含め教員は自分の授業をもっていますから、
す。しかし、システムの不具合であっても教員にとって
他の教員の支援に費やせる時間は限られています。そう
は生徒の前で失敗することになり、状況によっては ICT
した中、支援に専念できるスタッフがいることは、ICT
の活用が嫌になってしまいますから、最初から無理をせ
活用を推進する大きな力となります。ICT サポーターに
ず、まずは安定して活用できるところから導入すること
何を依頼するかは各校で異なりますが、本校では、教員
が大切です。ただ、いたずらに怖がって使わないという
に対する個別支援のほか、空いた時間に教員に面談して
のも賛成できません。学習用端末が魅力的な教育ツール
困っていることや要望を聴いたり、ニーズに応じた研修
であることは明らかで、近い将来、生徒が1人1台の端
を設定して、必要に応じて教員が参加できるようにした
末を使うのが当たり前の時代がやってくるかもしれない
りしています。しかし、ICT サポーターも万能ではあり
のです。今、こうした教育の転換期に立ち会えることは
ません。教員には、ICT サポーターとともに、より有効
教員としてまたとない機会であると前向きにとらえて、
な ICT 活用法を考えていく姿勢が大切だと思います」
挑戦していきたいと考えています」
最後に、他県の先生方へのメッセージを聞いた。
学習用端末の活用にあたってのもう1つの課題は、デ
「佐賀県の高校教員が感じている困難は、近い将来、
ジタル教科書をはじめとする教材のライセンスの問題で
他県でも直面する可能性があるものです。ICT の教育へ
ある。現在の契約では、学校は生徒数分のライセンスし
の導入は、当初は確かに大変ですが、現場は決して『混
か持てない。そのため、入学辞退者が出る可能性を考え
乱して大変』というわけではありません。ぜひ冷静に注
ると、事前に教材を入れて学習用端末を配布することが
目していただきたいと考えています」
できず、授業中に一斉にダウンロードすることになる。
また、生徒の学習用端末が故障したときには、修理に出
している間、校内の予備端末を貸し出すことにしている
が、予備端末にインストールすることも契約違反になる
可能性があるという。
「現在、県がライセンス契約の在り方を交渉中ですが、
今後も思いがけない契約上の課題が出ないとも限りませ
佐賀県立武雄高等学校
◇所在地:佐賀県武雄市武雄町大字武雄 5540-2
◇沿革:1908 年 佐賀県立武雄高等女学校開校
1927 年 佐賀県立武雄中学校開校
1948 年 武雄高等女学校と武雄中学校を統合し、佐賀県
立武雄高等学校開設
2007 年 武雄高等学校と武雄青陵高等学校を統合
ん。また現在、授業中に電子黒板に表示することはでき
◇学級編成:[全日制]普通科 1学年7クラス
ても、学習用端末に入れて家に持ち帰ることができない
◇生徒数:826 名(男子 426 名、女子 400 名)
2014 年6月1日現在
デジタル教材もあります。法改正なども必要ですが、さ
らに活用しやすい環境が整うことを期待しています」
ICT 活用推進の大きな力となる
専任の ICT サポーターの存在
電子黒板や学習用端末を活用するのに大きな助けとな
っているのが、県教育委員会による ICT サポートだ。
2013 年度に武雄高校などの実証研究校が無線 LAN 環
境などの課題に直面したことから、今年度からは県教育
委員会の中にヘルプデスクが設けられた。ハード面やネ
◇特色:校是に「質実剛健」「報恩感謝」を、教育目標に「高志
博学」を掲げ、高い志と未来を切り拓く力を持ち、地域や国際
社会の発展に貢献できる、人間性豊かな生徒を育成することを
めざす。佐賀県屈指の進学校であり、1校時 50 分(短縮授業
時は 45 分)、7時間制を採用するなどして生徒の学力向上に努
め、毎年旧帝国大学を含む国公立大学に多くの合格者を出すな
ど、進学実績を上げている。
◇卒業生の進路:2014年3月卒業生 271名 ・進学先:4年制大学 183 名、短期大学 11 名、専門学校 37 名、
就職 10 名、その他 30 名
・合格者の内訳(現役生、延数)
:国公立大学(大学校含)139 名
私立大学 197 名
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 35
高校の取り組み
事例2
社会とほぼ同じ環境で ICT を活用し
これからの高校生に求められる力を育成
千葉県立袖ヶ浦高等学校
千葉県立袖ヶ浦高等学校は、千葉県の東京湾沿いに位
置する袖ケ浦市の人口増加を受け、1976 年に普通科高校
日髙学 校長
永野直 先生
として設立された。2011 年に新たに情報コミュニケーシ
ことにした。さらに、これまでより多様で、広く、深い、
ョン科を設置し、公立高校で初めて、タブレット端末を使
生徒の主体的学習を ICT により実現し、PISA 型の学力
った教育に取り組んでいる。情報コミュニケーション科が
である「他者と協働して問題を解決する力」や「論理的
めざす教育や取り組みについて、校長の日髙学先生と、情
思考力」の育成をめざすことにした。
報コミュニケーション科長の永野直先生に話を伺った。
学校内にとどまらず
生活の中で ICT 活用力を育むための環境整備
情報活用能力を育むための
新たな教育ツールとしての ICT
iPad を生徒に購入してもらった理由は主に3つあった。
千葉県立袖ヶ浦高校の情報コミュニケーション科設置
1つ目は、新機種発売のサイクルが短い中、学校の備品
は、千葉県が 2002 年に「魅力ある高等学校の設置」をめ
として購入すると一定年数使用しなければならないが、生
ざして策定した県立高等学校再編成計画の一環として、
徒が購入したものであれば常に最新のモデルを使用でき
情報科の設置を決めたことによる。情報科の教育内容に
ること。2つ目は、家に持ち帰り、生活の中での使い方を
ついての具体的な検討は 2009 年頃から始まった。
学んでもらいたいため。3つ目は、ものを大切にし、管理
現在、SNS の浸透などにより、中高生の間でも、情報
する力も育成したい、といった理由からである。
モラルやセキュリティが問題となっている。こうした中、
タブレット端末にしたのは、パソコンに比べて起動が速
学校は携帯電話の持ち込みを禁止する、インターネットの
いことや、携帯性に優れているためである。また、iPad
危険性を児童・生徒に教えることによって問題に対処しよ
を選択したのは、操作性の良さと、有害なアプリケーショ
うとしているが、永野先生は「単に禁止し、恐怖心を煽
ンをインストールするリスクの低さ
るのではなく、学校は現状を直視し、情報ツールをどのよ
なお、学校や生徒が準備したものは<図表1>の通り
うに使えばより良い生活や学びに活用できるかという視点
である。図表1の中で「インターネット回線」とあるが、
から、情報教育を行うべきだと考えます」と話す。また、
この点について永野先生は、次のように説明する。
「全県
日髙校長も「高校生として保護されている間に、学校の
立高校に整備されているインターネット回線では制限が厳
中で失敗を経験することが大切です。現在、情報活用能
しく、利用できないネットサービスやアプリがあるため、
力が社会人に必要とされていることは言うまでもありませ
独自に回線を引きました。独自に回線を引いたことによっ
ん。この力を高校で育むことは、学校教育法が掲げる高
て、生徒は授業中以外も、いつでも、どこでもインターネ
等学校の教育の目標の1つである『国家及び社会の形成
ットに接続することができます。有害サイトはプロバイダ
者として必要な資質を養うこと』の1つとなっているので
がブロックしてくれます。アプリケーションは、生徒も教
す」と指摘する。
そこで設置予定の情報科の名称を「情報
コミュニケーション科」とし、公立高校とし
て全国で初めて生徒に1人1台の iPad を購
入させ、情報関係の教科を充実させるとと
もに、普通科の日常の授業の中で「情報活
用能力」
「コミュニケーション力」
「情報モ
ラル、セキュリティ対応能力」を育成する
による。
(注1)
<図表1>情報コミュニケーション科の設備・使用アプリケーション
学校が用意したもの
生徒が入学時に購入するもの
・インターネッ
ト回線(下り200Mbps)
・プロバイダ契約
・校内 LAN 配線
・ルータ、PoEスイッチ、AP(22 台)
・個人用鍵付きロッカー
・デジタル TV、電子黒板(4 台)
・HDMI 端子付プロジェクタ
・AppleTV(6 台)
(iOS デバイスにあるコンテンツや iTunesなどの
コンテンツをデジタル TVなど大画面に映し出すデバイス)
・Dropbox(クラウドコンピューティングのファイル共有サービス)
クラスごと
・Twitter(ソーシャルネッ
トワークサービスの一種)
アカウント
・WebDAV Server(サーバー上の一部の
ディレク
トリを複数で共有できるサービス)
・iPad(9.7inch)入学時最新のモデル
・容量、カラーは自由
・本体を保護できるカバー
・アプリ(iTunesカードで購入)
・Pages(文章作成ソフ
ト)
・Keynote(プレゼンテーションソフ
ト)
・iMovie(動画編集ソフ
ト)
(PDFファイル閲覧ソフト)
・Good Reader(1期生のみ)
・Numbers(2 期生まで)
(表計算ソフ
ト)
(音楽制作ソフ
ト)
・Garage Band(3 期生から)
・その他選択科目等の必要に応じて
(日髙校長より提供)
(注1)Android OS はプログラムのソースが公開されており、誰でもアプリケーションを開発できるという利点がある。一方、iPad に搭載されている
iOS のアプリケーションを開発するにはアップルストアの審査を経なければならず、有害なアプリケーションは審査を通らない。
36 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
<図表2> ICT 活用のイメージ図
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
る際にも活用している。
「ICT を活用することで短縮でき
た時間は、新聞を読んで一般常識や語彙力、論理的思考
力など、他の能力を育成する時間に活用しています」
(日
髙校長)
ICT を使うポイントやアプリケーションは
生徒に何を学ばせたいかで選択することが重要
教科の授業での ICT 活用事例をいくつか紹介する。
家庭科の教員は、
「裁縫実習」のためにまつり縫いや返
し縫いの仕方を動画で撮影し、生徒が自宅で見られるよ
(日髙校長より提供)
うにした。生徒があらかじめ動画を見て授業に臨むことで、
員も、指定したもの以外についても自由にインストールす
授業中の説明の時間が節約できるほか、生徒は自分にと
ることができます。アプリケーションは辞書など有料のも
ってわかりづらい箇所を繰り返し視聴することができる。
のもありますが、授業で使うものの多くは無料のものを活
その効果について、動画を視聴しなかった普通科の生
用しています」
徒と成績を比較したところ、情報コミュニケーション科の
ここで心配なのが、授業中に生徒が iPad で遊んでしま
生徒の方の評価が高く、特に「再提出」の生徒が普通科
うことだが、永野先生は「多様な用途のあるデバイスで
は5%に対して情報コミュニケーション科は0%、実習に
すから、時間はかかっても、けじめをつけて使い分けるこ
かかる時間も短かった。
とを学ぶことのほうが重要です」と説明する。また、クラ
化学では、実験手順を説明する動画を撮影した。
「試験
スごとに、生徒自身に iPad の使用ルールを決めさせてい
管の液体に試薬を落とし、激しく振る、静かに振るという
る。
「授業中にメールしない、学校で充電をしない、著作
ことについて、
“激しい”
“静か”がどの程度なのか、動画
権に気をつける、誹謗中傷は書かない、といった一般的
だと具体的に理解することができます。ただし、液体の色
なことですが、自分たちで決めたことを自分たちで守ると
が変わる様子など、結果まで見せて実験の代わりにして
いう意識を持つことが大切です」
(永野先生)
はいけません。化学反応は、生徒が自ら手を動かして実
験し、確かめることが大切です」
(永野先生)
ICT 活用で可能性が広がる
思考力、判断力、表現力を育む授業
数学では、三角比の単元で、iPad などで撮影した写真
の上に線を引くと角度を自動的に計算するアプリケーショ
ICT 環境を整えることで可能となる授業について、日
ンを活用し、生徒自身に校舎や校庭の木の高さを計算さ
髙校長は「現在、ペアで意見を交換する、グループで話
せる教材写真を準備させた。
「iPad 導入以前にも、距離や
し合うといった協働学習や、調べ学習の成果の発表とい
角度を実際に測って教材を準備していましたが、アプリケ
った授業改革が進んでいます。こうした場面で ICT を使
ーションを利用すれば、より簡単に距離や角度を測ること
えば、より手軽で有効になります」と話す<図表2>。
ができます。実はアプリケーションで三角比の計算もでき
例えば、iPad と教室内のテレビをつなげれば教員や生
るのですが、この単元では生徒自身の計算によって答え
徒が撮影した写真や動画を教室内で共有できるし、これ
を求めることが重要です。このように、生徒に何を学ばせ
までは授業中に全員に意見を述べさせる時間はなかった
るかによって、ICT を使う場面と使うべきでない場面を考
が、Twitter(クラス内のみ公開設定)を使えば全員が答
える必要があります」
(永野先生)
えや考えを書き込み、その場で全員で共有することがで
また、バスケットボール部の生徒たちは、シュートの様
きる。授業の双方向性が実現できるのだ。
子を撮影し、このアプリケーションを使ってシュートが成
また、教員の解説が理解できたかについて生徒に答え
功したときと失敗したときの腕の角度を比較して、技術の
てもらい、その場で統計のアプリケーションを用いて集計
向上に役立てているという。
「タブレット端末やパソコン
すれば、生徒の理解度を確認しながら授業を進めること
などのデバイスありきではなく、何かしたいことがあって、
ができる。さらに、授業以外でも、クラスごとに Twitter
それを実現できるデバイスやアプリケーションを活用する
のアカウントを設定し、教員はホームルームでの連絡事項
という良い事例です」
(永野先生)
を書き込んで生徒に伝えたり、クラスの意見を集めたりす
そうは言っても、ICT の活用に慣れていないと二の足
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 37
を踏む先生もいるだろう。その点について永野先生は「つ
文の形式で A4 用紙2枚のレポートをまとめる。作品を作
きつめれば、教員が必ずしも生徒より ICT の活用に秀で
るだけでないのは、取り組みを文章として残すことも大切
ている必要もありません」と話す。永野先生も時には生徒
という考えを反映しているからである。
から、ICT の活用法を提案されることもあるそうだ。
「生物の時間に、生徒から顕微鏡の画像を iPad で撮影
したいと提案がありました。試してみたら、細胞が活動し
やりたい授業、授業デザイン力のある
教員にこそ魅力的な ICT
ている様子を鮮明な動画で記録することができました」
こうした ICT の導入は、教員にも変化をもたらした。
他にも、情報機器の操作が得意でない世界史の教員は、
ICT の活用は強制ではなく、使用頻度も教員によってま
生徒に「この国のこの地域を見せて」
「このスポットを拡
ちまちだ。しかし、ICT の導入によって生徒の発想の豊
大して」などと指示し、
生徒が自分の iPad で地図を表示し、
かさや創造力の高さに気づき、生徒同士で活動させたり
それをプロジェクタに表示し授業を行っている。
何かを制作させたりする時間を増やす教員が増えたとい
う。また、ICT を活用することで、協働学習の時間を設
生徒の ICT 活用力、発想の豊かさが光る
情報系の授業で制作する作品
定したり、生徒の言語活動を促すなどしなくても、生徒が
協力したり、話し合うようになったことも、効果の1つで
さらに、情報コミュニケーション科では学校設定科目と
ある。
して1年次に「情報コミュニケーション」
、2年次に「情
「導入の結果見えてきたのは、やりたい授業がある教員、
報コミュニケーション実習」を設置し、3年次の「課題研
授業デザイン力のある教員にとって、ICT は間違いなく
究」に学習内容を接続させるようにしている。
魅力的なツールであるということです。世界史であれば、
1年次は、映像や音楽の作成や編集技術、著作権など
十字軍が通った道を Google Earth で 3D で見るなど、や
情報モラルやセキュリティなどを学び、作品を YouTube
りたくてもできなかった授業が実現できるツールを、我々
にアップする。
教員は手に入れたのです。さらに ICT の導入は、これま
2年次はテーマ学習を行う。iPad を持って博物館など
での閉じた教室で授業を行うという学校教育の在り方を
を取材し、その成果をポスターで発表する。
「各グループ
変え、授業計画の共有、外部や生徒の評価の導入、自分
が工夫したポスターを作ります。例えば、千葉県の地学
はどんな教育をしたいのかを省察する契機になるなど、大
を調査したグループは、紙だけでは紹介できる写真の数
きな教育改革につながっていくのではないでしょうか」
(日
が限られるため、ポスターの一部としてその中に iPad を
髙校長)
埋め込み、iPad を使って複数の写真を数十秒ごとに切り
替えて表示していました。千葉県の文化を扱ったグルー
プは『AR』
という技術を活用し、iPad に映る写真を
(注2)
見学者が自分の iPad やスマートフォンで写すと、その料
理の作り方の動画が流れるようにしました」
(永野先生)
3年次の「課題研究」では、生徒は課題を設定し、ICT
を活用してその解決案を提案する。保育園児に折り紙や
千葉県立袖ヶ浦高等学校
◇所在地:千葉県袖ケ浦市神納 530
◇沿 革:1976年 全日制普通科高校として開校
2011年 情報コミュニケーション科設置
◇学級編成:[全日制]普通科 1学年6〜7クラス
情報コミュニケーション科 各学年1クラス
ぶんぶんゴマなど昔の遊びを教える映像を作成したり、数
◇生徒数:895 名(男子 423 名、女子 472 名)2014 年 5 月1日現在
学の苦手な生徒が集まったグループは、自分たちがつま
◇特色:清純にして若々しい地域青少年の憧れの学園」づくりを
使命とし、地域の中堅校として設立以来地域の人材育成を担っ
ている。部活動加入率は 85%以上、文化部・運動部ともに優
秀な成績を収めている。情報コミュニケーション科は全国的に
ずいた問題をシェアできる Wiki
の Web ページを作成
(注3)
した。また、学校のデジタルパンフレットを作成したグル
ープは、QR コードを写すと、校長先生や生徒の紹介映像
や、地元の裏道や店の紹介がスマートフォンに表示され
たりする仕組みを組み込んだ。さらに、生徒はポスター3
枚にまとめた発表を行い、最後に、一人ひとりが学術論
注目され、他府県の教育委員会や高校などからの視察が後を絶
たない。
◇卒業生の進路:2014年3月卒業生 282名 ・進学先:4年制大学 101 名、短期大学 19 名、専門学校 87 名、
就職 57 名、その他 18 名
(注2)AR とは、Augmented Reality の略で、拡張現実と訳される。現実の環境に、視覚、聴覚、触覚などを付け加える技術。AR マーカーや写真をデジ
タルカメラで撮影すると動画が流れるのはこの技術の1つ。
(注3)Web のブラウザで Web ページの編集を行えるシステム。このシステムを利用したサイトとしては、フリー百科事典の「ウィキペディア」が有名。
38 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
高校の取り組み
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
事例3
誰もが簡単に作成・使用できる仕組みを作り
400 以上の自校開発 ICT 教材を共有する
福岡県立戸畑高等学校
福岡県立戸畑高等学校では、公益財団法人パナソニッ
を行っている点が大きな特徴である。しかし、最初は
ク教育財団の「実践研究助成(初等中等教育現場の実践
ICT に慣れていない教員、苦手意識を持つ教員も多かっ
的な研究に対する助成制度)
」に応募し、2012 年度~
た。そこで前田先生は、誰でも簡単に利用できるように
2013 年度にわたり研究助成を受けた。
『普及型 ICT 教材
工夫し、とにかく「やってみよう」と思えるような環境
300 の開発・実践及びデータベース化の推進』を研究課
を整え、全校での取り組みに発展させてきた。
題に掲げ、この2年間で、ICT を活用した授業改善に大
現在は、自作目標数 300 を大きく上回る 400 余りの
教員への呼びかけとデータベースの開発により
ICT 教材の作成・共有を促す
ICT 教材(黒板に投影する教材や、配布するプリント)を
戸畑高校が ICT 教材の開発を進める目的の一つは、教
全教員で共有し、自由に使える仕組みを構築。学年や教
材を互いに参照することで、授業を改善することである。
科を問わず、毎日の授業で活用している。ICT 教材普及
そのため、作成した教材は校内サーバー内のデータベー
の推進役を担った前田毅先生(進路部長、数学科)に、
ス「MATE_NAVI」で共有することとした。
2年間の成果と日々の実践の様子を伺った。
データベースの開発にあたっては、教材を簡単に登録
きな成果を上げた。
誰でも簡単に作成し、使用できる体制を構築し
教員全員の財産にする
でき、かつ使用したい教材を簡単に検索できることを主
眼に置いた。これらが煩雑だと、各自のパソコンや USB
メモリ等の記録媒体などに保存する教員も出てきてしま
福岡県立戸畑高等学校は 2012 年度からパナソニック
い、共有が進まなくなるからだ。
教育財団の助成を受け、ICT 教材の開発とデータベース
当初は「どのような教材を作れば良いかわからない」
化を進めてきた。助成を申請した当時の状況を、前田先
と悩む教員も多かったが、このデータベースによって、
生は次のように振り返る。
他の教員が作成した教材も手軽に利用できるようにした
「私は以前から、授業のマンネリ化を防ぐため、生徒の
ことで、全教員が取り組めるようになったという。
興味・関心をひきつける授業を模索してきました。その
ICT 教材は自作にこだわった。生徒の学習状況を知っ
中で ICT の活用も試み、例えば二次関数の授業において、
ている教員が、現状を把握しながら作成し、授業に活用
スクリーンにグラフを映し、関数に代入する値を変えれ
することが重要だと考えたからだ。
ばグラフが変わる様子を示すなどの工夫を行ったことも
「ICT 教材というと、教科書会社等が提供するような、
あります。しかし、年に数回、限られた分野について、
完成度の高いものを想像しがちですが、質が低くても良
コンピュータ教室など特別な場所で行うに留まり、機器
いので作ってみて、共有しようと呼びかけました。ハー
の扱いにも課題がありました。そこで、ICT を使った授
ドルを下げることで、まずは多くの先生に試みてもらい
業改善について長年研究してきたパナソニック教育財団
たかったからです。教材の質は、共有し互いに参考にし
の知見から学びたいと考えました。また、研究指定を受
あう中で高めてゆけばよいと考えました」
(前田先生)
けることをきっかけに、教員全員で問題意識を共有し、
教材の作り方や ICT 機器の使い方などの研修も行った
授業改善に結び付けたいと考え、学校全体の取り組みと
が、実践研究を始めて半年間は、取り組む教員も多くな
して助成制度に応募したのです」
かった。しかし、英語科の大山文子先生が ICT 教材に関
近年、電子黒板やデジタル教科書などを使って授業を
心を持ったことをきっかけに、急速に実践が広まった。
行う学校も増えてきたが、ICT スキルが高い一部の教員
大山先生は、教科書の英文に文構造や日本語訳などを
の取り組みである場合も多い。それに対し、戸畑高校は、
書き加えて説明する授業を行うため、以前は授業が始ま
ほぼ全ての教員が ICT 教材を作成もしくは利用して授業
る前に教室に行き、黒板にその日扱う単元の英文を板書
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 39
していた。しかし、英文をデジタル化し、プロジェクタ
なお、英文の全文は、生徒にあらかじめ配布する授業
ーで黒板に映すことで、板書の時間が大幅に短縮された。
プリントにも印刷している。黒板に映す教材と手元のプ
そうした利点を他の教員にも紹介したことで、英語科を
リントが連動することで、生徒にとってもノートが取り
中心に活用されるようになった。
やすくなり、理解度も高まっているそうだ。
利用を望まない先生には無理に呼びかけなかったが、
他の教科でも「板書の時間が短縮できる」
「生徒の理解
【例2】2年生・数学
力が向上する」
「授業が早く進む」など、ICT 教材の良
さを実感する教員が増えていった。
ICT 教材は、パソコンにつないだプロジェクターから、
黒板に貼り付けるスクリーン(インタラクティブパネル)
もしくは黒板に映して使っている。必要な機材は多いが、
これらを1セットにしてワゴン(IT カート)にまとめる
とともに、校舎の各階に5台程度ずつ配置するなど、移
動しやすいように工夫した<写真>。現在では、15 セッ
トのほぼすべてが、毎時間どこかの教室で使われている
問題文を power point に取り込み、スクリーンに投影
という。
しながら解説している。スクリーンは、ホワイトボード
のように書き込むことができる。
教科に応じてさまざまに活用
授業が変わる!と実感する
以前の数学の授業では、時間の短縮や黒板のスペース
などの理由から、問題文を板書することは少なく、生徒
それでは、ICT 教材が実際に授業でどのように使用さ
は教科書を参照しながら黒板の解説を見ていた。しかし、
れているか、代表的な例をいくつか取り上げてみよう。
問題文と板書は同時に見たほうが理解しやすいため、こ
のような活用に手ごたえを感じているそうだ。
【例1】3年生・英語
また、手元の教科書を見ながらの授業の場合、生徒の
目線が下がるため、生徒が理解しているのか、どこを疑
問に思っているのか、わかりにくい。ICT 教材を活用す
ることで、必然的に顔が上がるため、教員も生徒の理解
状況を確認しながら授業が展開できるという。
【例3】3年生・数学
教科書の英文を dbook という e- 教材作成ソフトで取り
込み、説明したい箇所を黒板に投影する。教員は映し出
された英文にチョークで線を引いたり、コメントを書き
込んだりする。代名詞が何を指しているか、黒板に投影
された英文に直接線を引き矢印で結びつけるなど、論理
構成を視覚的に説明できる。
この方法は、文構造の理解などを中心とする英語、現
問題の解説を PDF 化し、スクリーンに映している。教
代文、古典などで利用されている。板書の時間が大幅に
員は手元の iPad を使って、生徒に注目してほしい部分を
減って授業進度が速まり、生徒に考えさせる時間を多く
拡大したりしながら、解法の手順を説明している。
「前を
とることができるようになったそうだ。
見て!」や「ここに注目!」という言葉をかけるだけに
40 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
<写真> IT カート
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
たは利用した経験を持ち、取り組みは根付きつつある。
今後の課題は、生徒の状況や教科特性に合わせて、どの
単元で、どのように使うかなど使用者がさまざまな選択
をしながら効果的な利用方法と教材の開発を進めること
である。
「ICT は道具であり、万能ではありません。使用者が
明確な目的意識を持たないと、効果を発揮しないでしょ
う。どんなに設備投資をして高い到達点を設定しても、
現場の状況に合わなければ長続きしません。どのように
使いたいのかをイメージし、まずは自分たちでできるこ
とから進めていくことが重要なのです」
(前田先生)
現在、ICT の活用は授業中の教員による使用が中心で
あるが、今後は生徒による利用や、教科外での活用も視
比べて、生徒の視線の移動も促せるため、学習内容を強
野に入れている。
調しやすいそうだ。
「昨年、学校ホームページから生徒が教材をダウンロー
他の科目でも、画像や動画を見せるなど、さまざまな
ドできる環境を整えました。各教科の問題演習用のプリ
活用がなされている。例えば生物の授業では、人体構造
ントや入試問題、英語の自宅学習用の音源などをアップ
の画像を黒板に映したり、赤血球の働きを動画で示した
し、生徒が自宅のパソコンでダウンロードできるように
りした。板書で指導する場合は、精密な図を描くには相
しています。今後は、タブレット端末を生徒に持たせて
当な技術を要する上に、動きを表現することも難しい。
活用する実践も行ってみたいと考えています。さらに、
これらを ICT 教材の導入によって解消したのだ。
進路指導などさまざまな場面での活用も視野に入れてい
なお、戸畑高校では、公開授業や指導主事を招いた研
ますし、
『エースプログラム』
(総合的な学習の時間)な
究授業を行うとともに、授業見学にも積極的に応じるな
どで生徒がプレゼンテーションする機会を増やすなど、
ど、さまざまな機会を利用して ICT 教材を使用した授業
さらに取り組みを改善していく予定です」
(前田先生)
を公開してきた。そして、見学した先生たちの意見など
も参考に、授業改善に生かしてきたそうだ。
ICT 教材を使う目的を明確に意識することが
教員一人ひとりに求められる
生徒の学力の変化などは検証中だが、普及型 ICT 教材
開発の成果として、前田先生は、教員同士で話し合う機
会が増えたことを挙げる。自分で作った教材の紹介や、
より効果的な作り方のアドバイス、教材を使った授業の
進め方の相談やアイデアの出し合いなどが盛んになり、
教材の数が充実するだけでなく、授業の質も向上してき
ているそうだ。
「他の教員がどうやって授業しているか関心を持つよう
になったことで、孤独に授業しているのではないという
安心感を持ち、
情報交換が活発になっているようです」
(前
田先生)
現在、戸畑高校のほぼ全ての教員が ICT 教材を作成ま
福岡県立戸畑高等学校
◇所在地:北九州市戸畑区夜宮 3-1-1
◇沿革:1936年 福岡県立戸畑中学校開校
1948年 学制改革により福岡県立戸畑高等学校へ
(男女共学)
◇学級編成:[全日制]普通科 各学年6クラス
◇生徒数:709 名(男子 334 名 女子 375 名)2014 年5月現在
◇特色:校訓は『自主・調和』。旧制中学からの歴史を持つ進学
校である。5階建て校舎は明るく開放的。生徒の自主性を重ん
じる校風があり、戸高3大行事(文化祭・体育大会・予餞会)は、
生徒会が中心となって行われる。部活動が盛んで、野球部は甲
子園への出場経験もある強豪。水泳部、陸上部、弓道部もイン
ターハイへの出場実績を持つ。文化部では、書道部、放送部な
どが全国大会に進んでいる。
◇卒業生の進路:2014年3月卒業生 237 名 ・進学先:4年制大学 208 名
・合格者の内訳(現役生、延数)
:国公立大学(大学校含)123 名
私立大学 184 名
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 41
高校の取り組み
事例4
普段の授業を撮影した動画を蓄積し
生徒の個別学習、協働学習、授業改善に活用する
東北学院高等学校
東北学院高等学校の名越幸生先生(物理)は、自分の
部 分 の『Stairs』を配 布
授業を動画で撮影し、生徒が視聴できるようにしている。
し解かせているが、早く
「反転授業」をめざして始めた試みであるが、現在は苦手
予習を進めたい生徒には、
な生徒がわからない個所の復習に役立てたり、先に進み
先の単元のプリントを渡
たい生徒が予習に使ったりすることで、早い時期での苦
している。中には、6週
手意識の回避、個人の学力と理解の速度に沿った個別学
先の単元を予習している生徒もいるという。物理が苦手
習に目標を置いた取り組みを進めている。さらに、動画を
な生徒は、どこがわからないのか、
『Stairs』で確認して
使った生徒同士の教え合いに発展したり、映像が残るこ
から質問するよう伝えている。
とで教員の振り返りと授業改善へ結びついたりする可能
名越先生の授業は大きく、教科書の説明と、
『Stairs』
性も感じている。注目されるのは、日々の授業を生かし、
の解説、生徒の問題演習や教え合いの時間からなる。そ
誰でも簡単に撮影できる方法で授業動画を作成している
して授業動画は、教科書と『Stairs』の部分を撮影して
点である。その方策と効果を名越先生に伺った。
作成している。
物理が苦手な生徒にわかる喜びを教えたい
その一念が、ICT 利用に結びつく
名越幸生 先生
動画を使った教育実践の秘訣は
気軽に手軽に自分の授業を撮影することから
名越先生は、教室で全員が一緒に学ぶ授業形態に以前
名越先生が授業動画の作成を始めたのは、2012 年 12
からジレンマを感じていた。物理が得意な生徒は授業を
月からである。当時は動画作成の経験がほとんどなかっ
先取りして勉強したいと考える一方で、内容を理解しき
たため、どのような機材を使ってどのように作成するか、
れず物理嫌いになる生徒もいる。理解の早さは生徒個々
作った動画をどのように利用するか、著作権への対応は
によって違うにもかかわらず、授業はある一定の速度で
どうするかなど、さまざまな課題が浮かんだ。試行錯誤
進めなければならない。そうした一斉授業の限界はやむ
をする中で、名越先生自身が取り組みを長続きさせるた
を得ないと思いながらも、名越先生はその突破口を探し
めにも、作成や利用が煩雑なものであってはならないと
ていた。加えて、部活動の大会や病気等で欠席する生徒
思い至り、普段から教室で行っている授業を撮影するこ
もおり、個別の事情に応えられない心苦しさもずっと抱
とにした。
えていた。
最も大きな課題は、どのような動画にするか、だった。
「生徒一人ひとりに合った物理の指導を以前から模索
予備校等が作成する授業動画などもあるが、生徒に聞い
していました。身の回りにある機器を活用すれば、私も
てみると、知っている先生が授業をしている動画の方が
生徒も限られた時間の中で、あまり手間をかけることな
良いという意見が出た。
「教える―教わる」の信頼関係が
く学びの質を高められると感じました。そして、当時か
成り立っている教科担任だからこそ、生徒も理解しやす
ら利用していた『Stairs』に ICT の力を加えたのです」
く、継続的に利用するようになるのである。自信を得た
と名越先生は振り返る。
名越先生は、自分の授業の撮影を始めた。
『Stairs』とは、名越先生の自作問題集だ。生徒へのア
動画を作成した当初は、なるべく多くの生徒に見ても
ンケートや数々の大学入試問題に基づいて、生徒がつま
らいたいと考えていたが、現在は「全員が視聴する必要
ずきやすい分野を中心に 100 題を厳選し、プリント1枚
はない」と割り切っている。
につき1~2題を印刷。
「この 100 項目さえマスターすれ
「かつて、作成した動画を全員に見せたことが1度だけ
ば高校物理は大丈夫」という指針を示している。
あるのですが、その1回だけで止めました。見る必要の
生徒には基本的に、授業進度に従って、教科書の該当
ある生徒とそうでない生徒がいることに気づいたからで
42 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
変わる高校教育 第2回 ICTの導入で変わる学び
す。教科書で学習できる生徒や、内容を理解している生
~タブレット端末・電子黒板・デジタル教材を中心に~
<写真1>撮影用機材
徒は貴重な時間を割いて視聴する必要はないのです」
撮影を始めた当初は、動画を授業同等の事前学習とし
て生徒に見させて、授業中は発展的な内容を扱ったり協
働的な学びなどを行ったりする「反転授業」に使おうと
考えていた。しかし、得意な生徒の先取り学習や、苦手
な生徒の復習に活用するほうが有効と考え、
「自分のペー
スで再度学べるツール」と位置付けて活用している。
生徒の手を借り、普段の授業を録画する
それでは、現在、名越先生が実践している授業動画の
<写真2>授業動画イメージ
作成と利用方法を紹介しよう。
使用する機材は、動画も撮影できる自前のデジタルカ
メラとそれを固定するための三脚と、延長コードのみで
ある<写真1>。
カメラは最前列の中央付近の机の上に設置。生徒に、
録画スイッチの ON、OFF と撮影範囲の調整を依頼する。
板書は黒板を2~3分割して行い、板書の位置が次の面
に移ったらカメラを生徒に動かしてもらう。この位置で
あれば黒板と名越先生の姿が一緒に映るためちょうど良
く、また、機材はコンパクトであるため、机上に置いて
も授業を受ける生徒の邪魔にはならないという。
り入れながら改善しました」と、生徒の意見も聞きながら、
撮影する部分は、実験、授業解説あるいは『Stairs』
使い勝手のいい方法を見つけていった。
の解法をする名越先生の姿と板書である<写真2>。
「後
教員が行うことは撮影の指示と、動画の整理・貸し出
から動画で見直すことで、わからなかった箇所がわかる
しなどだけであり、作成の負担が少ない上に、生徒にと
ようになる内容」だけを撮影することに決めた。いずれ
っても利用が簡単であるため、長く続けることも可能な
も 10 分程度。教科書を読む時間、生徒が問題を解く時
点が、名越先生の取り組みの特長である。
間などは録画しない。板書や説明が終わった時点で生徒
に指示して、録画を止めてもらっている。
撮影した動画は名越先生のパソコンに保存。著作権等
動画が個別学習とともに生徒同士の教え合いを促し
以前は対応できなかった生徒の要望にも応えられる
の問題があるため、動画はインターネットにアップせず、
こうして撮影した動画は、放課後の課外授業で活用し
希望する生徒に USB メモリーや DVD に入れて渡し自宅
ている。現在は、希望する2・3年生を集め、コンピュ
で見る、もしくは放課後等に学校のコンピュータ教室で
ータ教室で動画を見させている。課外学習に参加する目
見るようにルールを作った。今年度からは非公開 SNS
的は、
「授業のわからなかった部分をもう一度見たい」
「予
にアップし、生徒が個別にアクセスし、スマートフォン
習で勉強した『Stairs』の答えを知りたい」など生徒に
や自宅のパソコンで視聴できるようにした。
よって異なる。そのため、複数の授業動画を用意し、生
「SNS を導入した当初は、動画のファイル形式の問題
徒の希望に応じて視聴できるようにしている。以前の課
で閲覧に時間がかかったり、アクセスが集中してサーバ
外授業は「授業の復習」
「入試問題対策」など、一つの
ーがダウンしたりといった問題も生じましたが、パソコ
テーマで行っていたが、動画を活用することで、いろい
ンや通信ネットワークに詳しい生徒のアイデアなども取
ろな生徒に一度に対応できるようになったのだ。
(注)
(注)SNS…ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略。インターネット上の交流を通じて社会的ネットワークを作るサービスのこと。Facebook、
Twitter、LINE、mixi、GREE などが代表的。
Kawaijuku Guideline 2014.7・8 43
<写真3>動画を使った教え合いの様子
いた生徒や不登校の生徒も見ることができるし、部活動
を引退した3年生が夏休みにまとめて復習するときにも
使える。さらに、大学受験で課されるが学校で物理の授
業を受講できない生徒の学習にも使える。以前はこうし
た生徒の質問に答えきれず「申し訳ない」と思っていたが、
動画を使うことで対応できるようになったという。
「授業や課外講習では得られないタイミングで、生徒達
が『わかった!』と声を上げます。私が一生懸命に説明
することがなくとも動画で学びを終えていて、私と生徒
達との双方にメリットを感じられる実践になっているの
ではないかと思います」
<写真4>課外授業の指導の様子
このように、名越先生の授業動画活用の実践は手間が
少ないが、
「恥ずかしい」
「撮影するほどのものでもない」
など、自分の授業をビデオで撮影することに抵抗感を感
じる教員は多い。
「授業動画というと、インターネット上で不特定多数の
人が見るものをイメージしがちですが、教え子だけが見
ると思えば気楽にできるはずです。自身の授業の振り返
りにもなりますし、まずは撮影してみることをお勧めし
ます。最後に、ICT の魅力は、これまで教員ができなか
った部分を肩代わりしてもらえることだと思っています。
私の場合は生徒への個別対応ですが、現在の授業に日頃
視聴の様子を見ていると、わかる個所を倍速で飛ばす
感じる課題が何かあれば、活用できそうな部分の改善に、
生徒もいれば、戻って同じ個所を何度も見ている生徒も
無理のない範囲で使ってみると良いでしょう」
おり、自分のペースで学ぶことが可能になっている。
個別学習が基本ではあるが、課外授業をしていると、
東北学院高等学校
隣に座った生徒同士で、わからない点を聞きあったり、
◇所在地:仙台市宮城野区小鶴字高野 123-1
友達の画面をのぞき込んで説明を加えたりと、教え合い
◇沿革:1886年 仙台神学校創立
を始める生徒も出てきた<写真3>。当初、このような
1891年 校名を東北学院に改称
使い方は想定していなかったが、人に教えることは理解
◇学級編成:[全日制]普通科 1学年 10 ~ 11 クラス
を深めることにつながる。そこで、最近は、友達同士で
◇生徒数:男子 1,134 名 2014 年 5 月 1 日現在
一緒に動画を見ることを推奨している。
課外授業中、名越先生はコンピュータ室内を巡回し、
生徒の質問に答えたり<写真4>、生徒同士の教え合い
の内容が正しいかどうかを確認したりしている。
「私がすべてを説明するよりも、友達と教え合う方が理
解は深まりますし、その内容を私が『その通り!』と承
認することで、教え役になった生徒も自信を持てます」
取り組みの成果の一つとして、名越先生はこれまでは
対応しきれなかった生徒の要望に応えられるようになっ
たことを挙げる。動画を残しておけば、長期欠席をして
44 Kawaijuku Guideline 2014.7・8
◇特色:キリスト教主義(プロテスタント)の中高一貫教育を進
める男子校。教育目的は、「キリスト教的人格の陶冶」。学校標
語に「LIFE LIGHT LOVE」の頭文字をとった 3L 精神を掲げ
ている。2005 年からキャンパスを現在地に移転した。東京ドー
ム約 2 個分の広大な敷地には、冷暖房完備の校舎、礼拝堂、
トレー
ニングルームを備える体育館、ナイター設備と雨天練習場を完
備した野球場、最新式人工芝を敷き詰めたサッカー場、全室個
室の寄宿舎、天文台も備わっている。多くの部活動が、東北大会、
全国大会に出場している。
◇卒業生の進路:2014年3月卒業生 402 名 ・進学先:4年制大学 296 名
・合格者の内訳(現役生、延数)
:国公立大学(大学校含)80 名
私立大学 397 名(うち東北学院大学 188 名)
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