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近 刊 歌 集 紹 介 l

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近 刊 歌 集 紹 介 l
・出でゆきで行方わからぬ老い人や捜されてゐることの華やぎ
高機協子第八歌集﹁夕苦虫﹂作風∴現代短歌社 15年3月刊。
編 集 部
春日真木子第十二歌集﹁水の夢﹂角川等芸出版 水婁 15年1月刊。
・寂しがるたましひ詰むる術なくで義母の小ささ肩抱きゐる
近刊歌集紹介l
・立ちならぶ幹を夕日の伝ひたりゆめゆめ染むな国防色に
・何に飢ゑこの冬山に来りしか労はられつつ忘れてしまふ
・凍る外へ追はずともよしいささかのワインに眠らす裡なる鬼を
一首めの結句、そして、百歳を越えた義母への著者の行為
・美しき名の紫苑にてまたの名は鬼の醜革 庭草を統ぶ
もまた切ない。三首めはユーモアを感じるが、四首めは思わ
・ひとつ火を継ぎで継ぎての百年ぞわれは九年目アンカーにあらず
一首め、誰にでもある筈の体験をさりげなく言葉に潜集さ
ずどきりとする歌で集中一首を選べと言われればこの歌か。
・喜寿にして嫁の座退けていかにせむ 今しばらくの夕詰ま
せる力量に感じ入ってしまうが、二嘗めは、国防色という言
ようやく老いを迎える年齢になったようだが、桶神年齢と実
・いつも借家いつも通日に見られゐて孤坐なす富士のふかきストレス
葉を知っている世代が少なくなってしまった危惧感が感じら
年齢は別ゆえ更なる飛翔を期待したいところである。 ︵綾︶
・ひるがへりもりあがりつつ瑞の葉のみるみる渡ふ椎の一樹を
四嘗めは、容色の変貌を過不足なく捉えており見事な作品で
飛高敬第五歌集﹁田の葦原﹂境野∴舶用学術出版 14年11月刊.
れる。三首めの秋からは、著者の強い決意が伝わってくる。
あるし、五首めは、著者自身の感情をも含め、頂上に立つ孤
・トラクター捕るは悩みをほぐす桟会父の心底わかりはじめた
・まろやかな余生がいいと友のいうおだやかならず老いゆくことは
・悔恨も怒りもみんな飛んでゆけ窓の向こうは風の草原
・でんぐりかえしできずに泣いた少年の一回転して見る空の背
・ひと椀の朝の味噌汁賽の目の豆腐の白き力を拍ふ
・夢すこしまだ残りいるするすみのわれに小ささ短か歌ひとつ
・懐き笛穿ちて六花降りつぐをわが穿つ文字うつくしからず
・ちちははを恋し恋しとあららぎのくれなゐ食みし茂吉に倣へ
触感がひしひしと伝わってくる。
・身ぶるひて霧の雫を払ふ樹木わたしは皮膚をしづかに拭ふ
自然の造形の見事さに憧れを感じる六首め、七百めは結句
の男歌、境涯詠は読み応えがあり、集中の大津皇子の墓処を
心象風殿でもある﹂と、あとかきにある。抄出歌を始め骨太
圃﹂に生を受け、自然と共に生きてきた人間の原風景であり、
長く教育界に身を置かれ現在は歌語﹁境野﹂を主宰する。﹁田
が鋭い。八首めの浅吉への憧憬、九嘗めの樹木と一体化させ
訪ねる一連三十人首は正に圧巻である。 ︵国分︶ 65
・冷蔵呼充たして家族の去りし後茶碗ひとつを丁寧に洗ふ
の詩心の瑠璃しぎが的確に伝わってくる一冊である。 ︵綬︶
る感性の柔軟性、十首めの結句など、既に米寿を超えた著者
∴早餅の美味しき店を教はりて国道十六号を車椅子に行く
・断水が続けば枯らしてよい鉢はどの花だろう枯らしてもいいか
・マスクして出歩く日頃世の中が上半分しか見えねと思ふ
大井田宮子第二歌集﹁複線﹂市棚15年3月刊⊃
・同じ番組聞いてゐるらしく消灯後友と吾とが同時に笑ふ
︰主人とは行かぬ自分の場所がある栗木京子がさらりと言へり
・どの燕から落ちるのだろう錬杏樹にひしめきている扇の形
荒木米子第一一一歌篇﹁平山四丁目集﹂冬珊冬箇短歌会14年1月刊。
・筋肉の薫きに等しき吾が指に持ち直したるペンをまた落とす
は、好奇心の旺盛な若者銀白の世界観があるからであり、視
多いと実感した。常識的発想を拒否し、自在に詠うというの
歌塊を読みながら、言葉の乱気流が生じている歌が比較的
・靴に合ふ足になりたし冬の牛後足に合ふ靴さがしてをりぬ
・リウマチに変形したる吾の手が友の視線を感じてゐたり
パン砲へ車椅子にて踏切を渡りで常より近しと思ふ
やむなく退学。近年になって中心性網膜静脈閉鎖症を発症。
点を変えることで対象に接近し得るという強い信念があるに
昭和三十二年お茶の水大学在学中に慢性リウマチを発症し
たという。友人知人などへの感謝の歌、自然に向ける眼の純
違い無い。取り上げたい歌はこの他にも多数ある。 ︵綾︶
半世紀を車椅子の生活をして来られたが二年程前に自立され
粋性など前向きな作品が満載されている歌集である。 ︵綾︶
・保育所の建つと伐らるる保存林重機ひびきて東を通う
・君が頬の或る日の滞れし感触か青さ蜜柑を挽けば冷たし
松井雅雄第一一歌集﹁街のごとく﹂技凪 現代親政杜 15年3月刊。
・噛み合わぬ貸めには無口われの策からたちは韻のなかに花咲く
・夕凪にダチユラの花の立つる声内緒話に耳伸びてゆく
・駆け抜けし君の一生を恩ひつつ遺影を兄上ぐ なだれくるもの
・この冬は何をしたかと思いつつ今日はあけびの花交配す
竹内日枝 第二歌果﹁棟の坂﹂りとら をがらみ密坊∴同年的月刊
・恩ひ出が渇いていくやうな古里にひとすぢつづくひぐらしの声
・昨日より空高くあり秋は来てひとつの思ひ定まりでゆく
た ﹂と記しているが、あるがままを率直に受け容れ、歌に
若者は﹁あとがき﹂で﹁・思いの億を、唯淡々と詠んでき
・父母の齢超えて生くるは孝饗の一つと聞きで心安らぐ
に所属。一百日の下旬の巧さ、二昔日の先師への思い、三、
と同時に当初から師鈴木幸輔に師貌してきただけあって、け
するという姿勢は最後まで崩れることはない。﹁長風﹂発足
宵井 史の﹁かりうど﹂創刊に参加、終刊後は﹁りとむ﹂
・池底をあぶくを立てて動くものここにも春を待つ生がある
への賛歌など感性の冴えた秀歌が多い。小見出し﹁団塊われ
れん味はなく、清澄な調べは著者独自と言えるだろう。︵綾︶
四首の清捌な抒情から、五首目の池底に胎動する小さな生命
ら﹂の歌群にも同世代として共感した。 ︵国分︶
66
・ふりむけば昇る朝日の目に入りで光のうづの中に立つ吾
・道端の凹凸乏しき石仏の顔をほのかに冬日のてらす
・胡またぎ庭に咲き初む白梅の小枝をゆらし目白のあそぶ
・旅立ちの間近さ鴨の一群は静かに水に身をまかせをり
浅田臨調第一一歌集﹁四季を呼ぶ甘﹂掻楕・ながらみ簿房14年11月刊。
.子雀を逃がしひいなを撒き散らしどじの尤郡め如何に老いしか
・新しさ鉄弦四本張ればまだ鳴らさぬ音が指を疫わす
・﹁戦争に負ける半月前の晩。そりゃあたくさんの独火だった﹂
・ああ君は異持つ者さくら降るあの校庭に舞いおりたりき
伊麓縄第一歌集﹁ぴぃどろ空間﹂ながらみ喜房 15年1月刊。
一首めの相聞歌は初々しく、二首めの祖母の予言に何か空
・熱を放つままの人骨砕かれて小ささうつろに押しこめられたり
に伝わるという異次元感覚が特異だ.四首めの源氏物語の若
恐ろしさを感じるが、三首めは鳴らしていない弦の振動が指
表紙の小枝に止まる目白のあどけなさが印象的で鳥の好き
・雪の朝道に横たふ倒木の枝の青葉のいのちかがやく
な人にはたまらない。自然詠にその時々の風寮や情景が心を和
紫付きの少女がやがて老いるという発想は意表をついていで
ませてくれる。税理士の仕事をされている箱者の常に短歌と向
きあう姿に感銘する。あとがさに、エンディングノート等と雷
横田式志第一敬具﹁高検峠﹂現代短歌社 飾年12月刊
感慨を呼ぶ。感性の鋭さが伝わってくる一冊である。 ︵綾︶
・わが里は百万本の受珠沙撃巾薄田とふ川辺に咲けり
かれているがまだ七十代、エンディングではない。 ︵澤井︶
・届きたる佐渡の若布を姐板にさざめは厨に潮の杏の満つ
・学校の坂道ピョンピョン兎跳びコーチは笛を吹いてゐるだけ
・この酒は辛口だねと妻当てる春の山菜肴にしなから
補山信子第一歌集﹁山峡の遭﹂ コスモスいりの舎14年n月刊∪
・膝病めるわれの歩みに合はせつつわが犬ゆっくりとあとにつきくる
・行きつけの本屋はつひに店仕舞ひ繋がり切れて夕影なかし
・子の墓標わが背丈より高け九は爪先立ちて水をかけやる
・母が逝さても娘逝さても泣かざりしに惚けてより唐突に泣き出だす夫
の夫を始め両親や友人など多くの方々が賞泉国に旅だってし
に大手術を行い、歩けるようになったが、その時には認知症
歌を始めたとあるが、旅行詠など内容も豊富でユーモアのあ
長年教職に携ってこられ校長を経て、定年退職をしてから短
やはり日高市であった。日高市街から高腰の巾着田は近い。
一首目﹁わが里は﹂と詠まれているので住所を確かめた所
・消えぬうち三回唱へる流れ星老いてはできぬ早口言葉
まっていたという。そうした幸い半生を背景にして作られた
る歌があるなどなかなか読み応えがある。 ︵澤井︶
生まれながらに先天性股関節脱臼症の著者は、八十歳近く
・厄多かりし去年は忘れん正月を﹁老嬢の休日﹂などと想ひて
歌の数々は、まさに涙の結晶というべき一冊である。 ︵綾︶
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