...

ロボ厨の俺が異世界転生したんだが

by user

on
Category: Documents
27

views

Report

Comments

Transcript

ロボ厨の俺が異世界転生したんだが
ロボ厨の俺が異世界転生したんだが
空海 陸
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
ロボ厨の俺が異世界転生したんだが
︻Nコード︼
N2333CG
︻作者名︼
空海 陸
︻あらすじ︼
電気は通ってない、水道もまともなものはない。あるのは剣と、
神の如き魔法に魔術││そんな世界じゃ満足できない! ロマンが
足りない! 軋む人工筋肉、唸る動力炉! 悲鳴をあげる金属装甲
! 俺が求めるのはそこにある! 色あせて見えるこの世界に、唯
一の光。魔法。そうだ。電気も人工筋肉もないなら、魔法で再現す
ればいいじゃないか││!
1
第1話﹁転生したんだけど﹂
あぁやっちまった。
目の前に迫るワンボックスを見つめながら、俺はひどく冷静な頭
でそう思った。
身体は、びびった猫みたいに強ばっていて動かず、動いているは
ずのワンボックスは酷くゆっくりに見えた。
血の気が失せる。両手いっぱいの機材は、ちゃんと持っているは
ずなんだが、重さを感じなくなった。ドライバーのチャラいにーち
ゃんの顔が見える。焦ってハンドルを切ろうとしているが、タバコ
を持っていたせいか、随分と切り始めるのが遅い。
どんっという衝撃が走った。痛みはなかった。
天地が一回転して、地面に叩きつけられても、痛いというより困
惑が先で、目眩を強く覚えた。焦点の合わない瞳が、ようやく像を
結ぶと、目の前には自分が出した血だまりと、それに汚れ、事故の
衝撃で壊れた機械があった。
あぁ。みんなごめん。せっかくここまで作ったのに。
最後に思ったのは、そんな事だった。それを最後に、俺の意識は
ゆっくりと闇に落ちていく。
2034年5月のロボットフェスタ開催会場前で起こった、新聞
の隅にしか乗らないような、そんな事故だった││。
と、俺の人生はそんな感じで20余年の短い人生を終わらせたは
ずだったんだが。
2
今、俺は金髪碧眼の美少女︵美女ではない。ここ大事︶に抱き抱
えられている。
場所は見覚えのない建築様式の木造住宅。どことなく、古さとい
うか、歴史というか、そんな感じを受ける。
これはもしや、アニメやラノベで良くある転生? 記憶を持った
まま新しい人生がやり直せちゃうあれか!?
母である少女の、ふんわりとした柔らかな身体に抱えられ、その
匂いに
包まれながら、俺は興奮に目を見開いた。
なら、今度こそ俺は夢を実現して見せる!
母の髪色から、日本じゃないのはなんとなく分かった。でもそん
なの関係ねぇ。ネットが充実してる現在じゃ、国境の差なんて些細
なもんだ。それに、俺の夢は日本じゃなくたって叶えられる。
人型ロボットを今度こそこの手に!
俺は求めるように、母の腕の中から、両腕をのばす。
窓の外に向けられた俺の腕を見て、母は俺が、外に興味を持った
と思ったのだろう。
母が、俺を楽しそうにあやしながら、ゆっくりと近づく。
窓から差し込む太陽の光に、目がくらんだ俺は、目を細める。
そして、それが目に入ってきた。
西洋ヨーロッパ風の街並み。そして、整備された││といっても、
東京の定規で測ったみたいな区画整備に比べたら雑だったけど││
街道を走る、馬車のような乗り物。
なんで馬車のような、だって? だって馬が牽いてねーもん。な
んか見たことない、恐竜みたいな奴が二本足で立って、しっぽを振
3
りながら牽いてんだもん。御者は、今現在では骨董品の価値しかな
さそうな剣を腰に帯びてるし!
﹁○☆△●※?﹂
母が、固まった俺を面白そうに見て、俺に聞き取れない言語を語
った。
あーうん。この美人で若いお母様が、聞き慣れない単語をしゃべ
ってたから、予想はしてたさ。ここが日本││いや、地球じゃない
かもってことくらいさ。でもさ、海外って可能性もあるじゃん? いや、あったじゃん? だからさ、極力考えないようにしてたんだ
よね。でもさ、限界だわ。
すぅっと、俺は深呼吸した。そして、ありったけの思いをぶちま
けるように吐き出した。
﹁おぎゃぶ! ぎゃぁぁぁぁぁ││││││││!︵機械の機の字
もねぇじゃねぇか! 俺のロマンを返せぇぇぇぇ││││││││
!︶﹂
俺の突然の大号泣に慌てた母が、涙目になりながら俺をあやし、
﹁★▲●? ※☆★▲●!﹂
何か素早く呟く。すると、きらきら光る玉が中空に現れ、俺の周
りを旋回し始めた。母はそれで俺の注意を引き、泣きやませたかっ
たのだろう。確かに、俺の精神状態が普通だったら、効果があった
かもしれない。それは、幻想的な光景で。それだけに俺に、異世界
だと強く認識させることになった。
4
﹁ぶぎゃ、ぶぎゃぎゃ、ぎゃ││!︵しかも、剣と魔法のファンタ
ジー世界じゃないですか、もうやだ帰る││!︶﹂
盛大にわめきながら、俺は体力が続くまでそれを続け、憔悴し、
俺を抱えたまま座り込んでしまった母に申し訳無く思いながら、泣
き疲れた俺は、ゆっくりと目を閉じた。
あと20年後の現世だったなら、俺が見たかった、人型ロボット
がみれたはずなんだ。
俺が見たいのは、剣と魔法のロマンじゃなくて、機械と油にまみ
れた、そんなロマンなんだ。
5
第2話﹁転生したら異世界でした﹂
転生してから、数ヶ月がたった。
どうやら、自分は一歳を迎えるらしい。らしい、と曖昧なのは、
まだ俺がこの世界の言葉を良く理解できておらず、分かる単語と単
語を繋いでようやく、誕生日を祝ってくれている、らしいというの
が解ったからだった。
その事を考えると、異世界転生した、と気が付いたのは、生まれ
てから何ヶ月かたってたんだな。
﹁だぶー﹂
俺はそんな事を考えながら、あてがわれたベビーベットの上で、
誕生日プレゼントらしきそれを掴む。
紅い宝石みたいだ。装飾されており、銀のチェーンが繋いであり、
首にかけられるようになっている。なんの意味があって贈られたの
かは解らなかったが、両親を見るとそれは大事なものらしい。
﹁好き? アルド﹂
いや、今のはニュアンス的に気に入った? かな? と母の言葉
を注意深く聞き取る。アルド、というのは俺の名前だ。最初はこの
単語すら何か意味があるのかと考えていたが、ここ最近、どうもそ
れは自分の名前らしいと気づいた。やっぱ外国語って難しい。あ、
ここ異世界だっけ。
﹁あーぅ!﹂
6
宝石を掲げて、気に入ったよ、と見せようとし、重すぎてそれが
適わず振り回す。そんな姿を見ながら、母は笑い、隣に寄り添う父
も幸せそうにほほえむ。
ちなみに父については特に語らない。あえていうなら、リア充爆
発しろイケメンが! ってところだ。俺にもその遺伝子が受け継が
れてるなら少しは許してやる。今の指の関節もないようなぷくぷく
ボディでは自分がイケメンかどうかも解らんし。そもこの部屋には
鏡ないし。
しかし、これはほんとに嬉しい。ここ数ヶ月、見えるのは知らな
い天井︵まぁもう俺んちなので諦めるしかないが︶を眺めるか、は
いはいができるようになった程度で、この部屋の外がまったく解ら
ないし、とにかく暇だったのだ。これで時間がつぶせる!
それに、異世界だと自覚すると、この宝石も地球にあった物質と
は別の物質かもしれない。そう思うとワクワクするな。もし違うと
仮定するなら何かな? ルビーっぽく見えるけど。加工技術も気に
なる。結構綺麗な楕円形だ。どうやって加工するんだ? やっぱ手
で研磨するのかな。
﹁あぃー﹂
﹁気に入ったみたいね﹂
﹁そうみたいだね﹂
俺の思考は口から漏れていたが、それは言葉にはならず、両親は
それを、俺が気に入った、と解釈したらしい。あってるけど。
しかし、見れば見るほど綺麗だ。紅く、透き通るようなそれを両
手で持ち、うっとりと眺める。そして、その次の瞬間には。
﹁だ、だめ!﹂
﹁こ、こら!﹂
7
宝石を口に含んだ。両親はそれを見て、慌てて俺から宝石を取り
上げる。
﹁あぶぅ! あだぁ! あぶぁ!︵あぁ! これはただの興味で!
飲み込まないから!︶﹂
俺は当然抗議したが、この未熟な声帯と舌はまともな言葉を発せ
ず、意味のないものになってしまう。当然両親は俺の抗議を受け入
れず、宝石を取り上げ、俺の手の届かない棚の上においた。
﹁あー! あー!﹂
俺はその後も、あれは誤飲を招くような行動ではなく、単純な興
味として口に含んだだけで、飲み込む意志はなかったのだと主張し
たが、伝わらず。抱き抱えられて、母にめっとされて終わった。
おもちゃ
あぁ、俺の宝石⋮⋮良い暇つぶしになると思ったのに。俺は、意
気消沈してうなだれた。
ベッドに戻されたあと、おねむになった俺は、まどろみの中で夢
を見た。そこは、この世界のベビーベットで、俺のベットの側にあ
る棚で、一人の少女がいる。
﹃ばっちぃ⋮⋮赤ちゃんの涎⋮⋮ばっちぃ﹄
やけにリアルな夢⋮⋮つかこれ夢じゃねーわ。俺が現実逃避して
ただけだわ。銀髪のツインテールに、金の瞳をした12、3歳くら
いの少女がいる。服装はフリルのついたワンピースで、所々にリボ
ンが装飾されており、少女に似合っていてかわいらしい。
その西洋人形を思わせるような、端正な顔立ちの少女は、無表情
8
に宝石を持ち上げ、ベットにあった俺の掛け布で拭いている。地味
に寒いよ。今季節は春先っぽいんだけども。
そして、ここが一番肝心なところなんだが、少女は少し浮いてい
る。
あぁ、浮いてる。大事な事だから二回言っとく。見間違えかと思
って二度見して、瞬きしてみたが完全に浮いてる。伸ばしきったつ
ま先は地面についておらず、ゆらりゆらりと揺れている。
その時、俺は一つの結論を見出した。
﹁ぶぎゃ、ぶげゃぁああああ!︵幽霊じゃねぇか! もうやだ異世
界!︶﹂
現代科学信仰の俺には、ショッキング過ぎる事実。俺はこの世界
に来て二度目のぎゃん泣きを敢行した。
両親がどたどたと近づいてくる足音を聞きながら、俺は全力の絶
叫に体力を使い疲れ、程良い疲労に任せるように、意識を手放した。
ちなみに、ぎゃん泣きをして以来、幽霊少女は俺の存在に気づい
たようだ。正確には、俺が彼女を認識できる、という事に気づいた
ようで、何が面白いのかベビーベットの周囲をふわふわ漂っている。
﹃ぷくく。あほ面。赤ちゃんあほ面﹄
そしてすげー腹が立つ奴である。最初の数日こそ取り憑かれたの
かとびくびくしていたが、幽霊少女は無表情なだけで饒舌で、いろ
いろと話しかけてくる。暇つぶしとしては申し分の無い相手なのだ
が、声帯が発達しておらず、言葉も中途半端にしか解らない俺には、
意志疎通できず言われたい放題。
掴んで引きずり降ろしてやる! と意気込んで両手をあげる。
9
﹁あぅー! うぁおー!﹂
俺の気合いが、思わず口をつく。幽霊少女はくすくすと笑い︵と
言っても口でくすくす言ってるだけで表情は動かないんだが︶俺の
手が届きそうで届かない位置をふらふら漂っている。
﹃むだ。赤ちゃんむだだよ﹄
腹立つ││! 人の事赤ちゃん赤ちゃん言いやがって! 俺の名
前はアルドだっての! 怒りが頂点になって、そう強く思うと、少
女の動きがぴたりと止まった。
﹃アルド? 赤ちゃんの名前?﹄
あれ。なんか俺の思考が伝わったっぽい。もしかして、意志疎通
可能? 両親が幽霊少女の姿を認識しておらず、言葉も聞こえてい
ない事は解っていたが、俺の言葉は聞こえるんだろうか。
﹃赤ちゃんもう一回。名前教えて?﹄
幽霊少女が初めて、俺を認識して話しかけてくる。今までは独り
言レベルだったからな。俺は嬉しくなって手をばたばたさせながら、
あぅーうぉーと自分の名前を繰り返した。
﹃?﹄
が、幽霊少女には伝わらなかったらしい。小首を傾げる仕草が似
合いすぎて、憎たらしい。
しかし、なんでだ? さっきは伝わったみたいなのに。もう一度、
10
挑戦してみる。さっき伝わった時の状況を思い出しながら。それと、
言葉はまだ理解しきれてないので、なるべく簡単な言葉を選ぶ。
﹃アルド! 俺、アルド!﹄
幽霊少女が顔をしかめた。どうやら伝わったらしい。しかし、な
んで顔をしかめるのか。
こえ
﹃わかった。アルド、ちょっとうるさい。思念小さくして﹄
と、言われた。思念? 小さくってどうするんだろう。今度は俺
が首を傾げる。
﹃ふぅん。アルド、私の言葉は理解はしてる。けど、方法が解らな
い?﹄
幽霊少女の言葉に、俺はうなずく。すると、驚くように目を見開
いた。
﹃これは異常。⋮⋮でも面白いから良い﹄
まぁ、通常仕様ではない事は認めるわ。俺転生者だし。元異世界
人だし。
﹃もっとお話しよ? 私がいろいろ教えてあげる﹄
幽霊少女が両手を広げ、俺の顔を包む。触れられた感触はしなか
ったが、ひんやりとした空気を感じた。 うん。それはありがたいな! けど、それは明日以降だ。すごく
眠い。
11
﹃アルド、もうおねむ? 起きたらいっぱいお話しよう﹄
幽霊少女が何か言っている。やっぱり、人寂しいのかな⋮⋮。
﹃違う違う。もっと魔力の流れを感じないと﹄
﹁あぅー⋮⋮︵そうは言ってもなぁ⋮⋮︶﹂
幽霊少女に話かけられるようになって数日、俺は彼女││アリシ
アから魔力の扱いを習っていた。本当は会話したかったのだが、彼
女と話すには、念話という特殊な技術が要るらしい。その収得に、
魔力が必要になるために、先にそれを習おう、という事になった。
そう。魔力だ。地球になかった不思議エネルギー。魔力を感じろ
! とか言われても、地球で気を感じるんだ! とか言われるくら
い無茶を言われている気がする。
今は、ベビーベッドに足を投げ出して座りながら、アリシアが宿
っているらしい宝石に向かって魔力を飛ばし、それを手元まで動か
そうとしているところだった。
いわゆるサイコキネシスって奴だろうか。魔力はきちんとコント
ロールすれば、魔術と呼ばれるような物でなくても、世界に干渉で
きるらしい。地球で証明されたなら、ポルターガイストとかラップ
音とかが全部、魔力の一言で片づきそうだな。ここには魔力が滞っ
ておる! とかインチキ霊媒師みたいな人がいってそう。
﹃集中してない。アルド、集中しなさい﹄
むにゅーっと頬を引っ張られて、俺は妄想から現実に引き戻され
る。引っ張られた、といってもアリシアは実体の無い幽霊。当然、
12
引っ張ったのは魔力だ。
正確には、アリシアは幽霊ではなく残留思念らしいのだが、宝石
に蓄えた魔力を使用して、半実体化しているらしい。半実体といっ
ても姿が人に見えない︵父と母は見えていないようだった︶のは、
実体に使う魔力が非常に微量で、魔力の波長が合う人間でないと見
えないかららしい。
﹃魔力の波長はあってる。だから、宝石なら媒体にしやすいはず。
宝石を起点に、魔力を集めて、物質に干渉するの﹄
というのが、今行ってる内容だ。アリシアさんマジスパルタ。俺
は朝からずっとこの調子である。暇がつぶせるし、魔力というのに
興味もあるのだが、いかんせん魔力が感じられないために、どうし
ても上手くいかない。
魔力とか、全然解らないんだよな。科学マンセーな地球じゃ、そ
んな不思議パワーはインチキ番組でしか見たことないし。どちらか
と言えば、インチキなんじゃねーの? って意識が強い。
だが、俺も科学者の端くれ。目の前に実物がある以上、否定して
は意味がない。これを解明し、自分の役に立ててこそだろう。
よし。なら、検証だ。自分の体を使ってこの魔力って奴を実験し
てやる! その次は魔術!
﹁あぅ∼!﹂
﹃! そうそう。良い感じ﹄
横でアリシアが何か言っているが、聞こえなくなるほどに集中し
始める。イメージするのは、古いアニメにあった、魔砲少女なアニ
メだ。
確か、あのアニメでは周囲に漂っていた魔力を集めて放っていた
13
気がする。うろ覚えだが。自分の魔力が云々、というよりは、周囲
の空気ごと、その魔力って奴が集まって玉になるほうがイメージし
やすい。
よし。と俺は気合いを入れ直し、両手を広げ、前に突き出す。そ
して、その先に、魔力とやらが集まるイメージを作り上げた。鮮や
かなライトエフェクトを生み出しながら、魔力が嵐のように渦巻き、
球となる。
おお! なんか良い感じだぞ! 高まってきた! イメージ通り、
光が集まる。それは圧力を高めながら、乱回転していく。
﹃す、ストップ!﹄
﹁あだぁ!?﹂
限界まで力の高まりを感じたところで、魔力の流れが唐突に自分
の制御を離れた。離れた魔力は荒々しく渦を巻いて、ベビーベッド
の掛け布を巻き上げる程の風をおこす。制御を離れた自分の魔力に、
俺は冷や汗をかく。これはまずい、そう本能が叫び出す。
自分の許容量を超えた現象に、俺はただ目を閉じることしかでき
なかった。
一秒、二秒。ぎゅっと目を閉じているから、何も解らない。音は
止み、辺りは静か。気配を読む、なんて漫画みたいな真似はできな
いから、自分が今どうなっているのかも解らない。
怖くて目をつぶったが、目をつぶっていることが怖くなって、俺
はゆっくり目を開けた。
思わず安堵のため息が漏れる。目を開ければ、そこは見慣れた部
屋だった。魔力が起こした風のせいか、少し散らかってはいる。し
かし、それだけだ。身体に異常もない。
﹃アルド、やりすぎ﹄
﹁あだぁ!﹂
14
額に軽い衝撃を受けて、俺は涙目になった。
﹃物を動かすのにそんなに魔力は要らない。今のは、私が魔力を霧
散させなければ、大事故になってた﹄
かもしれない。俺もそれくらいの恐怖を覚えた。俺は素直に反省
の意を示した。
﹃それに、そんなに一気に魔力を使ったら、枯渇して大変な事にな
る。最悪死ぬ。⋮⋮アルド、体調は?﹄
説教モードで饒舌だったアリシアが、トーンを変えて俺を心配し
てくる。相変わらずの無表情だったが、アリシア表情読歴数日の俺
でも、彼女が本気で心配してくれているのが解った。
﹃大丈夫﹄
だから、俺は念話を使って大丈夫だと伝える。これを覚えるため
に魔力を動かせるようになろうとしてるんだが、魔力の扱いよりも、
まだ何となく念話の方が難易度が低く感じている。しかし、一言だ
けでもものスゴく疲れる。カラオケで全力歌唱したよりも辛い感じ
だ。
あれ? そうなると、さっき集めた魔力は、なんで疲れなかった
んだ?
念動って奴はスゴい燃費良いのだろうか。
﹃ほんとに? 嘘ついてない?﹄
15
俺の思考は、ずいっと寄ってきたアリシアに遮られた。もう少し
で、何か解る気がしたんだが。
﹃うん。ほんとう。でも、眠くなってきた⋮⋮﹄
﹃⋮⋮そう。ゆっくり休むといい﹄ 少しだけ、アリシアが寂しそうな顔をした気がする。表情が動か
ないから解りづらいが。俺は、アリシアともっと喋れるように、念
話を練習しよう、と心に決めて、眠気に身を任せた。
16
第3話﹁君ともっとお話したいな﹂
﹃もっと、念話の練習がしたい﹄
自分の部屋で目が覚めてから、俺はアリシアにそう切り出した。
ベビーベッドに足を投げ出して腰を下ろす、フリーダムスタイルで
ある。まぁ、自分でもだらしない格好であると思うが、身体が赤ん
坊の俺には、これ以外に座りやすい座りかたがない。
アリシアは無表情ながら、俺の言葉にどこか驚いたような雰囲気
を出して、空中から俺を眺めている。正直ちょっとやめて欲しい。
あんまり無表情に見下ろされると、なんかその⋮⋮ぞくぞくするん
だが。
﹃どうして?﹄
いつも彼女の言葉は端的だ。子供っぽく無駄に長くなったり、脱
線せずに。少し不思議に思うが、俺もまぁ普通の子供ではないので、
気にせず端的に説明する。といっても、俺には脱線するだけの余力
がないのだが。どんな文字数制限だよ! と思うくらい、俺が念話
で言葉を話せる量は決まっている。
﹃もっと、アリシアとお話したい﹄
﹃えっ﹄
アリシアが驚いている。そんなに驚く事だろうか。そして、驚い
ている顔も可愛い。無表情以外の顔、初めて見たな。
﹃アルド、ませてる﹄
17
俺から言わせれば、その容姿でそんな言葉を言えるお前の方がま
せているんだが。
﹃でも、異論はない。この前みたいなのは危険。念話で魔力を覚え
よう﹄
そうして、念話で色々話しをして、少し解った事がある。
この念話という魔術は、意外と普及してないらしい。使うのは一
部の人間だとか。理由は、
・念話の波長が人それぞれ違うため、聞こえる人、聞こえない人
がいる。そもそも魔力を扱える素養のある人間︵魔術師に成れる人
間︶しか聞こえない。
・念話は距離が離れると比例して魔力を消費し、情報の劣化が加
速する。
﹃解った?﹄
俺は頷く。
さっきあげた2点が解決できないせいで念話が発達しないんだな。
母が手紙をしまっているのを初めて見たとき、念話じゃだめなのか
なーと思ったら、そういう理由があったのか。
そして、もう一つ。魔法と魔術。俺にはその差がさっぱりだが、
アリシアが言うには、魔法と魔術は別物らしい。いろいろ説明され
たが、ざっくりいうと、
・個人の資質、感覚で行うのが魔法
・個人の資質を極力廃し、理論立てて使用するのが魔術
らしい。なるほど。そうなると、後者は非常に興味がある。理論
18
立ててあるなら、俺にも理解しやすいだろうし、使えるか使えない
か判断しやすい。そう思って、アリシアに魔術も教えて欲しいと聞
く。
﹃ごめんなさい。解らない﹄
とだけ返ってきた。何か様子がおかしいな? なんかこう⋮⋮頑
なというか。これ以上は聞いてはいけないような気がしたので、そ
れ以上は聞かなかった。アリシアが言うには、200年以上昔にそ
ういった物がでたが、偽物と判断されて消えていったらしい。これ
は、自分で調べるしかないか⋮⋮魔力が理解できたら、実験してみ
るのも良いかもしれない。
念話は、魔術よりの魔法らしい。相手の波長に合わせて念波を送
り、意志疎通を計る。波長を合わせるって所が、魔術よりな部分ら
しいのだが、アリシアが言うには、俺とアリシアの波長があってい
るために、その部分はカットできるようだ。後は、魔力に思念を乗
せて、相手に送るだけで良いらしい。魔力の量や、思念が強すぎる
と、以前アリシアが顔をしかめたみたいに、煩く聞こえるらしい。
そんな事を聞きながら、俺からも念話を飛ばして、アリシアと話
す。色々聞けて面白かった。
この世界には、冒険者というものが存在しているらしい。未だ未
開発の地区が多く、そういった未開地区を冒険し、そこで得た情報
や、時に手に入る遺跡の宝なんかを売って生活するらしい。が、そ
ういった事をするのはランクの高い冒険者で、低くなると荷物運び
や、街道に出現する魔物退治といった事をすると聞いた。ほんとに
ファンタジーって感じだ。裏を返すと未発達、って事かもしれない
が。魔法、かつては魔術なんて物があったのに、何で発達してない
19
んだ? その疑問をぶつけると
﹃魔術は、神を冒涜する技術と言われてる﹄
神とか精霊とか、宗教がらみか。それは面倒そうだ。俺からする
と、神をバカにする訳ではないが、そこまで気にする事もない、っ
て感じになるのだが。
そもそも、神云々を気にして魔法、魔術の発展を諦めるなら、そ
れ自体を捨てるべきだ。それに、そんなの抜きでもう地球では、科
学が魔法と言っても過言ではないくらいに発達していたが、それに
よって神が神罰を下した、という事実はない。異世界は違うんだろ
うか。幽霊もいるし⋮⋮
﹃どんな神様なの?﹄
﹃この世界を作ったあと、私たちを見守ってくれている存在﹄
ざっくりしすぎだ。
なんでも、神に名をつけるなんてとんでもない! という事で、
名前がないらしい。そして、唯一絶対の存在であるが故に、神と言
えば、その神の事をさし、他には存在しないらしい。一神教か⋮⋮
元地球人で日本人の感覚である八百万の神なゆるーい信仰心しか持
ち合わせていない俺には、かなり馴染みがない。おまけに、これか
ら俺がしたい事を考えると、もしかすると厄介かもしれない。覚え
ておこう。
う、しかし、また眠くなってきた⋮⋮でも、昨日よりは少し長く
話せた気がする。慣れて効率化した? あるいは魔力量そのものが
増えたか。
明日は、それをアリシア に き こ う⋮⋮ 段々と眠気に押され、俺は眠り始めた。
20
﹁ごはんですよー﹂
起きると母から乳をもらい、げっぷをかまして汚れたおしめを変
えてもらう。
なんというか。自分がニートになった気がする。一歩進んで介護
されてる状態といえなくないが、そうではないと思いたい。
は、はいはいはできるんだ! はいはいくらいしかできない俺に
は、自分の部屋以外の世界が解らない。あと、精力的に動いている
と母が目を離そうとしないので、俺は普段は寝たふりして、母が部
屋を出て行った所でアリシアとおしゃべりしている。それ以外は、
はいはいという名の筋トレだ。早く二足歩行になりたい。
あぁ、早く大人になりたいな。子供特有の夢を見ている感じでは
なく、切実にそう思う。行動範囲が狭すぎる。情報ソースがなさす
ぎる! ネットに繋ぎたい!
﹃ねっと? 何、それ?﹄
しまった。どうやら今の思いは思念となって飛んでいたらしい。
俺は黙秘権を発動した。
﹃何か隠してる。教えて?﹄
ぷにぷに。ぷにぷに。ほっぺたを魔力でつつかれる。俺はツンデ
レもかくやという勢いで顔を逸らした。ふんって奴だ。男が女の子
にするものでは無いだろうが。あまり前世の事を話したくはない。
自分は明らかに異端である。それを認識しているからこそ、人に
話したくはない。この世界の人間と違う││自分で言うのは平気だ
が、人から言われたら、豆腐メンタルの俺には耐えられそうにない。
﹃そう⋮⋮教えて、くれないんだ⋮⋮﹄
21
どことなく寂しそうな声。沈んだ表情。おい! 鉄仮面みたいな
無表情はどうしたんだよ! なんでそんな居たたまれなくなるよう
な表情するんだよ!
﹃人に話したくない事も、ある﹄
何悟ってるような事いってるの!? の割には全然割り切ったよ
うな顔じゃないし! 目が潤んでるし! ﹃えっと、長くなるけど、話し聞く?﹄
﹃ほんと!?﹄
嘘泣きか! ぱっと花が咲き開くように直ったアリシアの機嫌に、
俺は自分の迂闊さを呪う。
そしてやっぱり俺は豆腐メンタルだった。いいさ。俺が傷つくだ
けなら。別に! それに、初めて、年相応な笑顔を見た気がする。
それが見れただけでも十分さ!
﹃じゃぁ、まずは⋮⋮﹄
俺は、文字数の厳しい念話にもどかしさを感じながら、少しずつ
話し始めた。
﹃⋮⋮⋮⋮異世界の記憶を持ってるから、俺はこうしてアリシアと
会話できるんだ﹄
ここまで全部話し切るのに、三日かかった。これは、俺が少し話
しては睡眠を挟むためだ。話がほとんど進まないが、そのもどかし
さの前に、アリシアはずっと静かに聞いてくれた。たまに相づちを
22
うったり、詳しくせがまれたが、俺も久しぶりに故郷の話ができて、
気分は饒舌で、たくさん話したいと思った。
そのせいか、三日目にはかなり長く喋れるようになっていた。
﹃そう。やっぱり、普通の赤ちゃんじゃないと思った﹄
﹃別に、天才って訳じゃないけどな﹄
普通じゃない、と言われてどきりとし、内心を悟られないように、
そんな風に思念を飛ばす。異端、なんて言われたら。俺が、しゃべ
れるのは彼女しかいない。まだ、付き合いは浅いが、異端だとか言
われ、離れてしまわれると、俺はすごく傷つくだろう。
だから、自分から聞いておかないといけない。
﹃怖く⋮⋮ないの?﹄
﹃? どうして﹄
﹃俺が、この世界にとって異端だから。俺の世界には魔法なんかな
くて、神様も一人じゃない。いない、って言われてるのが普通だっ
た。そんな世界から来てるから。怖くないのかな⋮⋮って﹄
自分でも何を言っているのか解らなかった。差別されたくなかっ
た。しかし、自分はファンタジーだなんだと差別している。それが
自覚できていて、言葉にできなくて、整理できなくて。俺はそんな
あやふやなまま、怯えだけを口にしていた。
﹃怖くない。怖くなんて、ない﹄ ふわり、アリシアの髪が俺の頭にかかる。彼女は俺を抱きしめる
ようにしているが、感覚はない。しかし、それでも、胸の奥にじわ
りと伝わってくるものがあった。
23
﹃じゃぁ、今度は私の番だね﹄
アリシアは、そう言って、今度は自分の事を話し始めた。
長い話しだった。
彼女は、200年前に生まれた実在する女性の残留思念の一種ら
しい。一種、というのは、彼女はこの年齢の時に、実験の一つとし
て、強力な思念を核に、人工的な人格を作り出し、それを宝石に入
れたらしい。
すごい事だ。200年も昔に、そんな事をしていたなんて。地球
ですら、ニューロンコンピューターがやっと実用段階にこぎ着ける
かどうか、というレベルで、自立型のAIを完成できていないとい
うのに。本人の人格を元にしたとはいえ、その技術は地球に以上か
もしれなかった。
そんな革新的な、魔法を魔術にかえた彼女だったが、彼女は当時
の教団に、神から授かった奇跡を邪法に貶めたとされて迫害され、
あわや処刑されかけた所を逃げ、それきりらしい。彼女の偉業は歴
史から消え、魔術は禁術扱いとされ、闇へと消えた。
﹃そんな⋮⋮事が⋮⋮﹄
彼女になんて声をかけていいのか解らず黙ると、アリシアは軽く
言い放った。
﹃そう。でも、気にしなくていい。あれは私であって私ではないか
ら﹄
なんか哲学的だ。彼女が言うには、オリジナルのアリシアと、思
念体であるアリシアは完全に別人格、別存在らしい。
﹃それに、オリジナルは死んでない﹄
24
﹃えっ!?﹄
﹃魔術師ともなれば、自分の寿命もコントロールできる。魔法使い
とは次元が違う﹄
この世界の平均寿命は便利な魔法があるとはいえ、50年を切る
らしく、一般的に長命と言われる魔法使いも、100年かそこらら
しい。
﹃復讐する気か、知らないけれど。たぶんめんどくさいだけ﹄
処刑されかけておいてそれかよ。俺は復讐してしまうかもしれな
い。
大人だな。
﹃そっか。なんか、アリシアってスゴい年上だったんだな。敬語と
かつかった方が⋮⋮いいですか?﹄
ぴりっ
空気がひり付いた気がした。たぶん気のせいだ。アリシアは、微
笑を浮かべている⋮⋮微笑?
﹃敬語は使わなくていい。あと、年の事は忘れるといい﹄
﹃いや、でも年上は敬うべきだと、前の常識が││﹄
﹃忘れるといい。ここは地球って世界じゃない﹄
言い掛けた言葉にかぶせられ、妙なプレッシャーを感じ、俺は押
し黙った。見かけ、12、3の彼女に、年齢の話は禁句だと、俺は
その時学んだ。
そんなカミングアウトした日から、俺たちは仲良くなれた気がす
25
る。
俺が気になってた異世界うんぬんだが、彼女いわく
﹃オリジナルの私は常識を打ち壊した存在。私も、興味はあっても
気にしたりしない﹄
と、実にかっこいい事をいってくれた。オトコだ! 漢字の漢と
書いて、オトコと読むオトコだ! といったら、伝わらなかった。
カルチャーショックだった。おまけに、女の子にオトコとか言わな
い方がいい、とガチ説教をいただき、実にへこんだ。
彼女との仲は、変わるどころか強固になったが、変わった事もあ
った。
まず、身近なところでいくと、魔力。これの感覚がようやく掴め
た。三日間、念話を使い込んだのがよかったらしい。使いすぎた魔
力のせいで体中が火照り、そのおかげでどこの部位を使っているの
か、どれくらい使うと限界なのか? というのが良く解った。
代償に、一日熱をだして俺は寝込んだ。母が落ち着きがなくなり、
俺の側を離れず、アリシアも気を使って話しかけてこなかったが、
心配してくれたようだ。
そんな経験のおかげで、魔力の流れを理解するにいたる。あれは
どうやら、丹田の辺りから生まれ、血液のように全身を巡っている
ものらしい。魔法、魔術で使用する際は、丹田に一度ため込み、そ
れを勢いをつけて循環させる。そうやって一時的に増幅したりもで
きる。
それを理解したことで、急速に魔力を操れるようになり、念話の
時間も延びた。また、これを研究することで、非常に有意義な時間
を過ごせるようになっている。
もう一つ変化があったのは、魔術だ。魔法ではなく。
26
一度はアリシアに知らない、と言われた魔術だったが、あれは
﹃﹁この世界﹂の非常識を教えるほど、私は愚かじゃない﹄
とても気を使ってくれていたらしい。子供に吹き込む事じゃない
だろうと。最近は、俺の精神年齢を聞いて遠慮がなくなって来たが。
さっきも﹁この世界﹂の部分がやたらと強調されていたし。
﹃じゃぁ、魔術を教えてくれる?﹄
﹃構わない。といっても、オリジナルとリンクしていた、150年
くらい前までの魔術式でよければ﹄
という事で、魔術を教わる事になった。
﹃でも、魔法も教える。これは絶対。魔術は一応禁術で、中には本
当に危険なものもある。普通の魔法使いの振りをした方がいい﹄
﹃わかった﹄
正直そこまで思い至ってなかったが、異論はない。俺はその日か
ら魔法、魔術をアリシアを教師に迎え、学び始めた。
27
第4話﹁成長して﹂
魔法、魔術の先生にアリシアを迎え、数ヶ月。
この度なんと! はいはいから二足歩行にランクアップしました
! 魔術に没頭しようかと思っていたんだが、ここ最近は両親が、や
たらと寝てばかりいる俺に不安を感じていたらしく、それを知った
日から、俺は母や父の前で俺は元気ですよー。はいはいもできるん
ですよーとアピールしまくり、こっそりと歩行の練習を初めていた。
そろそろ俺も、母の抱っこ以外で部屋から出たかったし、優しい
父母に自分はこんなに成長したよ! ってところを見せたかったの
だ。⋮⋮言わせんなよ。恥ずかしいな。
しかし、歩行の練習は苛烈を極めた。なんと言っても、身体と心
の認識の齟齬が大きいのだ。普通に立とうとしても、バランスが取
れない。足をあげれば頭が重くてすぐに転がってしまう。筋力もな
いから、まず自分の身体がどれだけ動くのか把握することから始め
た。壁やベッド、棚など色々べたべたさわりながら、自分の筋力を
確かめてみたり、物を掴んだり、持ち上げてみたり。そっと置こう
として、勢い余って叩きつけてみたり。
﹃ぷくく。アルドぶきっちょ﹄
その度にからかわれながら、俺は何とか歩くことまでできるよう
になったのだ。
歩けるようになると、両親は大喜び。特に母は、
﹁うちの子は天才ね!﹂
28
とはしゃいでいたが、歩けたくらいで流石に大げさではないだろ
うか。まぁ、恥ずかしいが、嬉しく無い訳じゃない。
﹃ぷくく。アルド、照れてる﹄
そんな様子をアリシアにからかわれながら、俺はすくすくと成長
している。
そして、成長しているのは、何も身体だけではない。
魔術を教わり始めてから、俺はこの世界の技術をぐんぐん吸収し
ている。自惚れも多少はあるだろうが、今の俺には娯楽が少ない。
必然的に魔術が俺の娯楽であり、目指すべき目標の課程になるが、
前世は苦手だった勉強も全く苦にならない。むしろ、ペースが早す
ぎて、アリシアに止められる始末だった。
魔力の感覚も掴め、今はその魔力量を増やすために訓練中だ。こ
の訓練も実は、魔力を限界近くまで消費するだけでいいので、今は
念話で魔力を消費し、余った分をアリシアから習った魔術や、自分
の研究のために試行錯誤に費やしている。
そんな事を繰り変えしながら伸び伸びと育ち、俺は5歳を迎えた。
﹁かあさーん。薪はどこに置けばいいのー!?﹂
﹁終わったら竈の近くに置いといてちょうだーい!﹂
わかったー! と大きな返事を返し、俺は家の裏にある木材置き
場兼、薪割場に向かう。最近は身体も大きくなり、家の家事を手伝
うようになっていた。
父などは最初、子供にそんな事をさせなくても、と言っていたが、
母が甘やかしたらだめよ! と押し切り、簡単な手伝いからしてい
29
る。
ノルマは一日分。多くできれば明日は免除されるが、山積みにな
った木材を一気に片づけるのは時間が掛かりすぎる。それに、この
木材の山は今年の冬分らしい。
﹁よし。じゃ、始めるか﹂
俺は薪割台代わりにしている切り株から、刺さっていた手斧を引
き抜く。簡単に行っているが、普通の子供、特に地球にいた子供に
はできないだろう。
当然、そう言い切る理由はある。魔力だ。魔力を身体全体に行き
渡らせ、筋肉と、それに耐える骨格を強化している。実に基本的な
技術らしく、魔法使いの他にも、魔力を持った冒険者などが、この
技術を用いて身体を強化し、自分よりも遙かに大きい魔物と対峙し
ているらしい。これはアリシアから習った訳ではなく、母から習っ
た。幼妻な母はどうやら、元冒険者で、それなりに腕の立つ剣士だ
ったらしい。その話をせがんだら、母は饒舌になって色々語ってく
れて、その時にちらっと漏らしていたのだ。
俺は薪を切り株に置き、斧を叩きつける。振り上げ、振り下ろす
動作は、洗練されているとは言い難かったが、降ろす軌道はブレて
おらず、動作の慣れからくる滑らかさはあった。
﹁ふぅ﹂
と一息付く。すると、後ろから念話が頭に響く。
﹃アルド、疲れた?﹄
アリシアが、詰まらなさそうに腰を屈めていた。退屈なのだろう。
腰は屈めていたが、地面にうずくまっている訳ではなく、腰を屈め
30
た状態で、ふわふわと浮いている。無重力空間にいる宇宙飛行士よ
ブーストアップ
ろしく、ゆっくりと回転した状態で、だ。
﹃それは慣れるしかない。強化の練度は、魔術の展開速度にも影響
する﹄
そう言われれば、俺も黙って従うしかない。が、今日は少しやる
ことがある。
﹃だな。でも、今日はちょっと試したい事があるんだよね﹄
﹃試したいこと⋮⋮?﹄
﹃そ。まぁ見てて﹄
今ここまでは魔法。それも最も原始的と言える。せっかく魔術も
習っているんだ。使っておかないとな。
﹁アプリケーション︽リミッテッド・フィジカルアップ︾起動﹂
魔力を使って脳につくった演算領域で、魔術式が起動、実行処理
される。魔力は燐光を伴って、複雑な文様を描き、手斧を持つ腕に
絡みつく。
﹃?﹄
アリシアは不思議そうにその光景を眺めている。当然だ。これは、
アリシアから習った基礎を元につくったオリジナルの魔術だから。
﹁よしよし。ちゃんと起動しているな﹂
俺は様子を起動中の魔術式を確認して、満足すると手斧を振り上
げる。
31
﹁ふっ!﹂
少し大げさな気合いと共に、片手だけで手斧を真っ直ぐ振り下ろ
す。
﹁おぉ⋮⋮﹂
だんっ! と予想以上の手応えと共に、手斧は薪を切り裂いて、
台にした切り株に深く突き刺さる。
﹃⋮⋮今の、何?﹄
﹃新しい魔術式。魔力を流す部位を肘の伸筋と、関節、前腕と上腕
の骨だけに限定して身体強化する術式。これで魔力を効率化できる
かなーって﹄
﹃それだと、魔力操作の練習にならない⋮⋮﹄
﹃い、言わないで! 気づいてたの! でも、作り始めたら熱中し
ちゃって!﹄
﹃おまけに、後衛の魔術師に使いどころがない⋮⋮﹄
﹃や、やめてぇ! 解ってるの! あ、これ使わないわーって、で
きてから思ったけど、見ないようにしてたの!﹄
ブース
俺は頭を抱え左右にいやいやするように振った。欠点以前の問題
トアップ
を指摘され、俺のライフはごりごり削られてる。解ってたさ⋮⋮強
化の魔術は魔力操作を身体で覚えるのに適していたが、魔術式を使
って演算領域を作り、術式で魔力量を制御してしまう俺のやり方で
は、いざ魔力を自分で操ろうとしたときに上手く制御できなかった
りする。
魔力を自動制御できるなら、別に演算領域だけでいいじゃないか
⋮⋮と思うが、それはそれで問題があった。演算領域は現状大きく
32
ないので、領域を魔力制御に割り振ってしまうとそれだけで結構な
演算領域をとられて
しまい、処理速度が落ちるか、容量オーバーで他の術式に回す余裕
がなくなる。もっと制御が難しい部分に回すべきなので、簡単な部
類の魔力制御は、自分でできる方がいい。
﹃でも、術式で魔力量を調整してしまうっていうのは面白い。魔力
量を間違えないって言うのは魅力﹄
﹃だろ!? そうだろ! 感覚に頼らないから、細かい調整がきく
んだよ!﹄
﹃まぁ、使いどころはない﹄
﹃いやぁ! 解ってるのぉ!﹄
嬉々として俺にとどめを刺してくるアリシア。俺の悶絶度合いが
増す。
魔術師がこれを使う、つまり接近戦をしているという時点で終わ
っている。この術式は使う状況になった時点で敗北したも同然の術
式だ。遠距離は封じられて、破れかぶれの状況だろうし、護身用の
ナイフとかくらいの御利益しかない。
﹃意欲は買う。でも、もっと用途を考えた方がいい﹄
﹃はい、先生⋮⋮﹄
ありがたーいお言葉をいただき、俺は薪割りの作業に戻る。まだ
まだ、薪にしないといけない木材はたくさんある。
がっがっがっがっ⋮⋮
薪を一撃で両断できるため、一定のリズムで延々と斧を振り続け
る。はっきり言って退屈だ。
33
そして、退屈はさっきのアリシア先生の言葉を忘れるくらいには
俺の心が弛む代物で、こんな単調作業は人間のすることじゃない、
機械にでもやらせておけば良いんだ! と思い始める。俺はもっと
こう⋮⋮くりえいてぃぶな何かがしたいんだ。
﹁はっ⋮⋮! 機械がないなら、俺を機械代わりにすればいいじゃ
ない!﹂
何かこう、てぃぃん! とくるものがあって、俺は思わず大声を
あげる。そして、はっとなって当たりを見回す。いかんいかん。冷
静になれ。アリシアに聞かれれば質問責めにあう。ことはスマート
に、そして、秘密裏に進めるべきだ。
幸い、アリシアは見物に飽きたのかここにはいない。恐らく家の
中か、部屋に戻ったのだろう。どうせ薪割り中は構ってやれない。
俺は素早く演算領域内にモニターを作成。そこで今思いついた魔
術式の書き込みを始める。イメージは前世にあったVRモニターの
PCで、宙にモニターを投影、そこに直接記入する。
﹁ちゅう、ちゅう、たこかいなっと!﹂
作成は10分くらいで終わった。アリシア先生の教えのおかげも
あるが、前世はロボットの動作プログラムも組んでいたし、その経
験が生きたな。
俺は上機嫌にモニターから手を離す。これが、古いPCのキーボ
ードなんかだったら、ターン! と良い音がするであろう軽快な指
使いだ。
﹁セット・アプリケーション。﹃クルミ割り人形﹄起動。動作記録
モード﹂
34
術式が起動し、魔術式が自分の全身に行き渡るのを眺める。首を
動かしたりはしない。これは動作を記録して、完全再現する術式だ
からな。ゆっくりと、今ある最高の練度で魔力を全身に流し込む。
循環する魔力に淀みがない事を確認し、これまたゆっくり木材を掴
み、台の上に置き、手斧をゆっくりまっすぐ振り下ろす。
がりがりがり。だんっ!
魔力によって強化した膂力で、木材を叩き切り、できた薪を横に
山積みにした所で、俺は一息付くように呟く。
﹁動作記憶終了﹂
よし、これで俺のつくった術式にミスがなければ、この動作をル
ープして、延々薪割りできるはず。今週のノルマも一気に片づけて
やるぜ!
﹁よし⋮⋮アプリ﹃クルミ割り人形﹄記憶動作再現モード。速度は
2倍。そうだな。いったん総魔力量が半分くらいになるまで連続起
動で﹂
俺がそう宣言すると、魔術式が起動し、さっき記憶した動作を2
倍速の早さで再現しようとする。そう。完全再現しようとした。
自動で魔力を練り始める。勝手に練り始めるのは妙な疲労感があ
るな。しかし、さっき記憶した動作は、自分ができる最高の練度だ
ったので、なかなか満足のいく状態で魔力を練っていく。
さて次は木材を掴もう⋮⋮とした所で、俺は気づく。
﹁おっふ。同じ動作だから、木材を掴まないとか。仕様バグですね﹂
35
そんな事を呟いた。この時は余裕があった。
﹁﹃クルミ割り人形﹄解除⋮⋮あれ? 俺、もしかして解除キー設
定してない⋮⋮とか?﹂
俺は魔力が半分を切るまで、薪割りのふりをし続けた。
﹃何、してるの? アルド﹄
﹁⋮⋮﹂
アリシアが途中で俺の様子に気づいてきたが、俺は努めて無視し
た。俺はもう無我の境地にいるんだ。アリシアは俺が反応しない事
に腹を立てたのか、少し不機嫌な様子で俺を一回りすると、何かに
気づいたように、にやにやし始めた。
﹃ねぇねぇ。今どんな気持ち?﹄
アリシアはたった一言、そう言っただけだ。
だが、俺の目からは涙は一向に止まらなかった。
36
第5話﹁ぼっちですが何か?﹂
﹁ねぇ。学校に行ってみない?﹂
﹁えっ学校?﹂
そんな母の言葉に、俺は素で驚きの声をあげた。その理由は
あるんだ、学校なんて存在。
だった。ちょっと異世界文明嘗めすぎてた。
﹁学校っていうのはねー﹂
母はそんな俺の驚きを、学校っていうものが何か理解できていな
いものだと勘違いしたらしく、楽しそうに俺に語ってくる。ここは
大人しく話を聞いておこう。
適度に相打ちしながら聞くと、この世界にある学校は、前世の言
うところの日曜学校らしい。教会に行って文字を習ったり道徳を説
いたりするところのようだ。違うと言えば、初歩の初歩とはいえ、
魔法を教えているくらいか。生活魔法、と呼ばれる日常的に使われ
るような魔法を教えているらしい。
また、専門的な魔法や、高等教育みたいなものは王都にある魔法
学院という所で教えているらしく、こちらは12歳以上の人間が入
学可能となっている。
ってことは、教会の学校は、幼稚園から小学校みたいなとこか、
と俺は考えていると、母は優しく諭すように、
﹁友達いっぱい作れるわよ﹂
と言っていた。正直そこに魅力は感じていない。
37
当日、俺は母に手を引かれ、初めて街の中を歩いて回る。アリシ
アは俺の後ろを大人しくぷかぷか浮いてついて来ていた。
この街は結構大きいらしく、下層街、中層街、上層街に分かれて
いるらしい。
下層街は母は言葉を濁していたが、一言でいうとスラムのようで、
ここには近づかないように言われた。また、上層街は貴族の住む地
区で、人はそれほどいないものの、許可の無い者がいると罰せられ
る事があるらしい。ここもやはり、近づいてはいけないと言われた。
中層街は綺麗に整備されて、簡易ながら水道も通っているらしい。
俺は目に付くものを指さしてはあれは何? と母に聞き、母その度
に足を止めて説明してくれる。
そして、俺も母も目的をすっかり忘れた頃に、アリシアが助け船
を出してくれた。
﹃アルド、教会は? 学校見たい﹄
大人しくしていたが、アリシアは学校に興味があったらしい。完
全に目的を忘れていた俺は、同じく目的を見失って、にこにこ街の
散策をしている母に向かって、それとなく目的を思い出すように誘
導する。
﹁お母さん。教会っていうのはどれ?﹂
﹁はっ⋮⋮あ、うん。教会はね、あそこのおっきな建物だよ﹂
正気に戻った母が、今度は迷わずに目的地に案内した。
教会に付くと、その門の周りには俺のような子供が何人もいた。
自分と同じくらいの年齢から、10歳くらいまでの子供たちだ。年
38
の高そうな子供は、門を素通りして教会の中に入っていくが、小さ
い子供がぐずって親の手を取り、親を困らせている。ほんとに幼稚
園みたいだな。
ちなみに俺はというと、
﹁アルド、夕方になったら迎えにくるからね、その間は寂しくても
我慢するんだよ? 絶対絶対迎えにくるから、泣いたりしたらだめ
なんだよ? それと、シスターさんや神父さんには、ちゃんと挨拶
してね?﹂
門の前であっさり別れようとしたところで、母に捕まり、母にぐ
ずられている状況だったりする。
つーか逆だろ! なんであんたが寂しがるんだよ!
と思わないでもなかったが、そこは空気が読める元日本人、俺は
口にすること無く、黙って肩を揺さぶられ続けた。親なしでもこれ
る、少し年齢の高い子供たちが、興味深そうに俺と母のやりとりを
見ているし、中には笑いを堪えている奴もいた。
﹁あの、お母様ご子息はちゃんとお預かりいたしますので⋮⋮﹂
見かねた年嵩のシスターさんが、助け船を出して母を引きはがす
まで、その羞恥プレイは続いた。
引き離された後も、木陰からひしひしと、ビシビシと視線を感じ
ていたが、これを無視。結構な精神力を持って行かれた気がする。
ようやく教会の敷居をまたいだ所で、
﹃あれ? アリシア?﹄
39
アリシアがいない事に気づいた。念話を飛ばすと、姿は見えない
が返事が返ってくる。
﹃アルド、早く。教室にいる﹄
どうやら、待ちきれずに中に入ってしまっていたらしい。彼女は
分類的には思念体らしいが、今みたいに別行動できたりする。本体
が俺が肌身離さず持っている宝石なので、街から離れる事はできな
いらしいが、ちょくちょくこうしてふらふらと出ていってしまう。
教会なんてさまよっていたら、浄化されたり、強制成仏させられた
りしないんだろうかなんて思ったが、大丈夫なんだろうか。
教会の中は入ってすぐが礼拝堂となっており、神を象ったらしい
像がおいてある。中性的で、男性か女性かも解らないその像は、法
衣のようなものをまとっている。
顔が、かろうじて人のようだと解る以外に彫り込まれていないの
は、人類で初めて神の造形に挑んだと言われる彫刻家が、唯一神で
ある神の姿を彫るのは恐れ多いと彫るのを拒絶したためらしい。以
来、他の教会でもそれに習い、表情は彫り込まず、性別もそれと解
るような造形にはしないらしい。
へぇーと思いつつも、さほど信仰心がない俺はあっさりと視線を
外し、教室となる一室に向かう。そこは黒板のようなものと︵前世
と何か違いがあるかもしれないため、黒板、と断言できなかった︶
机が整然と並べられており、前世の記憶の学校の教室を彷彿とさせ
た。
懐かしいなぁ、と思いつつ、適当な窓際の席に座る。さっきまで
姿の見えなかったアリシアは、いつの間にやら俺の後ろにつき、無
表情ながら、どこか興味深そうに視線を巡らせている。
40
俺はといえば、懐かしいなぁ、と思ったのもほとんど一瞬で、次
の瞬間には騒がしいなぁ、という憂鬱な気分になっていた。
そうそう。もう10年は学校ってものに行っていないから忘れて
いた。休み時間とか、確かにこんな感じだった。
まともに席に座っているのは俺くらいで、年齢がまばらで、おま
けに小学生以下の年齢も混じっているためか、辺りは混沌と言って
いい。奇声をあげる奴がいるわ、物を取り合って喧嘩している奴は
いるわ、誰一人として大人しくしていない。20名弱いるようだが、
誰一人として、だ。
ちょっと低すぎる精神年齢に、俺は早々に現実逃避を始め、窓か
ら空を眺める。あー今日は天気がいいなー。
﹃アルド、シスター来た﹄
アリシアの言葉を聞き終わると、ちょうど先生役のシスターが教
室に入ってくる。すると、辺りはさっきの喧噪が嘘のように静かに
なった。これが魔法⋮⋮! とか一瞬アホな事を思った。単純に、
そこのしつけはしっかりしているだけなのだろうが。まぁ、シスタ
ーは教室に入った瞬間、一際煩い子供たちを睨みつけていたので、
あながち的外れな予測ではないはず。
﹁今日は新しい子が入って来ているので、まずは自己紹介から始め
ましょう﹂
半ば予想はしていたが、この流れも憂鬱だった。
自己紹介、という羞恥プレイは、別段何事も無く済んだ。前世な
ら転校生イベント! 的な盛り上がりを見せるが、ここでは割と頻
繁に人が入ってくるためだろう。変に盛り上がりを見せる事はない。
が、
41
﹁好きな食べ物は!?﹂
﹁ミートパイ﹂
﹁俺も好きー!﹂
みたいなやりとりがあった時は、ほんとにどう返答して良いか困
った。
えっ、いやだからどうした。それで俺にどんな反応してほしいんだ。
そう思ったが、そいつは聞きたい事を聞いて、自分も好きだと宣言
できて満足したらしく、以降は大人しくしていた。
コミュ障では無いはずだが、正直上手く馴染める気がしない、と
いう不安をこの時初めて感じた程だ。
そんなフラグがたったのか知らないが、俺は今日も一人でいた。
今日も、というので予想が付くだろうが、もう何回か俺はここに
足を運んでいる。
べ、別にぼっちな訳じゃないんだからね! 子供相手に話しかけ
られないとか、あるわけないんだから! 1人だからって寂しくは
ないし。孤独にだって耐えられるから! 大人だから!
やばい。なんか泣けてきた。俺は何に言い訳してるんだろう⋮⋮。
﹃アルド⋮⋮﹄
﹃や、やめて! 本気で同情するような目で見るのだけは!﹄
アリシアさんもからかったりせず、本気で心配するような目を向
ける。これならからかわれた方がマシだ。
そんな風にしながら、俺は今日も、退屈な授業を受ける。
座学。これは正直、小学一年生レベルか、幼稚園の高等部くらい
のレベルで、アリシアからこの世界の文字を習っていた俺にとって
は、復習くらいの意味合いしかなかった。役に立ったな、と思った
42
のは、アリシアから習った文法が200年近く前のものだったため
に、古い言い回ししか知らなかったことだ。しかし、それも内容が
解ってしまえば、大した問題でもなく、習える内容がなくなってし
まった。
数学も、数学、と言っているが内容は算数。かけ算すらない。商
人でもない平民の子供にとっては、それで十分なのだろう。大学は
卒業している俺には、ここもすぐに習える内容がなくなった。
勿論、日曜学校の授業の中には、俺の興味を引く物もあった。生
活魔法、という分野だ。
生活魔法とは、ざっくり言ってしまえば、戦闘に直接的な使用を
しない魔法。代表的なもので言えば、︽灯火︾の魔法や、︽種火︾
の魔法だった。これは、シスター曰く、
﹁この︽灯火︾の魔法は、火の精霊様から力をお借りして、灯りを
おこしすのです﹂
という事だった。精霊さま、というのは神の使いであるらしい。
そんなものはいない、少なくとも、火の精霊さま、というのに力を
借りて魔法は行使されないと、魔術を習った俺は知っている。勿論
その考えは異端だと理解しているので口にはしない。
﹁では、みなさんもこの魔法の練習をしてみましょう。仮に使えな
くても、焦る事はありませんよ。精霊さまは気まぐれですから﹂
最後の部分はシスターの優しい嘘だと思う。この魔法は初歩の初
歩。どんなにしょっぱい量の魔力ても、イメージさえできていれば、
簡単に形にできる。呪文のたぐいがなくても。
ただ、それすらも異端だと、俺は知っている。
﹁では、私の言葉を復唱してください。︽火に宿る聖なる者よ、我
43
が魔力を糧に、我にわずかばかりの灯りを授け賜え︾﹂
︽火に宿る聖なる者よ、我が魔力を糧に、我にわずかばかりの灯り
を授け賜え︾
教室中の子供たちが声を揃え、魔言││俺に馴染みのある言葉で
言えば、呪文や、言霊だろうか││を唱える。俺も形ばかり声をあ
げていたが、漏れ出る魔力で魔法が発動しそうになり、むやみに発
動させないように気を使った。
現に、周りを見ても、誰も使用できていない。教室で浮くような
真似はしたくなかった。ただ、そこまでピリピリする必要は無かっ
たかもしれない。発動しなかったとはいえ、途中までは成功してい
る子が何人かいたようだ。
﹁では、各自練習してみてください﹂
そういって、半ば自習となった。子供たちが、数人の仲の良い者
と集まってグループを作る。俺はそんな仲間は居ないので、自習に
なった瞬間にそっぽを向く。ただ、シスターに見つかると、無理矢
理誰かと組まされる可能性があったので、近くにいた数人のグルー
プの影に隠れた。
﹃アルド⋮⋮﹄
アリシアが哀れむような視線を向けてきたが無視だ。すでにグル
ープができている仲で割って入るのは難しい。俺の子供に対するコ
ミュニケーション能力の低さを嘗めないで貰おう。言っておくけど、
あくまで﹁子供に対する﹂だから! 大人相手だったら低くないか
ら!
そんな風にアリシアに念話しながらさぼっていると、何人かが魔
44
法を成功させて、光る玉を浮かせているのが見える。
おぉ、すごいすごい。この調子なら、俺が使ってても目立たない
かな。
俺はそんな風に思って、一度だけ素早く、小さく魔法を使う。指
先に灯る小さな明かり。俺はそれを見て満足すると、即座に消した。
できると解っていたが、実際に確認もすんだし、適当な所で魔法を
使ってもいいだろう。そう思って、また椅子に体重を預ける。
そんな折り、耳に障る声が聞こえてきた。
﹁うっさいわね! 少し黙っていてよ!﹂
子供特有のキンキン声。ふと声のした方を見ると、視界一面に赤
が広がった。
赤銅色の長い髪を広げ、勝ち気そうな釣り目の少女が、俺の席の
近くにやってきて、どすんと腰を下ろす。よくよく見れば、髪と同
じ色をしたその目は、今は少し潤んでいた。
どうやら少女は、魔法の発動が上手くできず、イライラしている
らしい。仲良しグループで挑戦している途中、1人が成功したよう
で、その内容を仲間に伝えていたようなのだが、彼女は1人、反発
してしまったらしい。まぁ、何となく負けず嫌いそうだしな。
︽火に、火に宿る、聖なるものよ。わ、我が? 我が魔力を⋮⋮︾
彼女は俺に気づかず、熱心に魔言を唱えている。が、魔言に意識
が行きすぎて、魔力は練れていないし、もっと大事なイメージが固
まっていないようだ。魔言を唱え終わっても、うんともすんとも言
わない。
﹁なんで⋮⋮なんでよ!﹂
45
その少女はヒステリックに叫んだ。
顔をあげた彼女と。思わず視線が重なる。
﹁何よ。何見てるのよ! あんたも魔法を使えない私をバカにする
気!?﹂
あんたも、という点がすでに被害妄想なのだが、興奮してる彼女
には何を言っても解らないだろう。
﹁そうだよ。そんな簡単なのもできないなんて笑っちゃうね﹂
だから敢えて、俺は彼女にそう言った。
46
第6話﹁友達ができました﹂
﹁そうだよ。そんな簡単なのもできないなんて笑っちゃうね﹂
自分で、そう言われると予想していたはずなのに、その少女はさ
っきまでの威勢をなくし、途端に泣きそうな顔になった。
﹁ほら﹂
ちょっと言い過ぎか。俺は少し焦って魔法を発動する。少女の前
に差し出した掌に乗せるように、光玉を作り出す。鮮やかに色を変
えるその魔法に、少女は目を見開いた。
﹁ふぁ⋮⋮﹂
泣きそうだった顔いっぱいに、驚きが広がる。少女は一時、それ
を食い入るように見つめた。
﹁はい、終わり﹂
魔法が消えると、少女は露骨に残念そうな顔をした。意地悪した
つもりはないが、あまり長時間維持して目立ちたくない。シスター
と、何人か気づいていたが、無詠唱かつ、明かりの魔法のはずなの
に、イルミネーションみたいに色を変えた事を指摘してくる奴はい
なかった。
﹁ね、ねぇ! もう一回みせて!﹂
﹁やだよ﹂
47
即答で返すと、少女は苦虫を噛み潰したような顔になった。
﹁なんでよ! ケチ!﹂
﹁ケチじゃない。自分でやりなよ。そう難しい事じゃない﹂
そう言って、視線を外して、窓の外を眺める。最近では、脳内に
魔力で作った演算領域内で色々作業している事が多い。魔術で思い
ついた事、ロボットの事。特に、魔術関連、科学関連は項目に分け
て管理する程書き込んでいる。魔術関連は思いつきや、前世で科学
を使って行っていた事を魔術に応用できないかメモして、科学関連
は前世で覚えた事をひたすら思い出して記入している。
その作業を再開しようとしたところで、視線を遮られた。
﹁ちょっと! まだ話は終わってないわ﹂
ちょこちょこと動く手が、俺の視界に入ってうっとうしい。俺は、
そんな邪魔をしてきた少女に、非常に迷惑だ、という思いを込めて
視線を投げた。
さっきまで涙目だった少女一瞬ぐっと息に詰まったが、最初に予
想した通りに勝ち気な表情を浮かべなおし、俺の前に仁王立ちして
いた。
﹁私にさっきのを教えて!﹂
教えなさい! と、命令口調ではなかったのは評価が高いが、そ
れは人に教えを請う態度ではない。俺は素っ気なく返した。
﹁教えてください、でしょう?﹂
﹁教えて、ください﹂
48
少女は素直に頭を下げてきた。俺は少し驚く。てっきり、口答え
したりするのではないかと思ったからだ。これでごねたり、ちゃん
と頭を下げなかったりしたら、教えないつもりでいたが、ちゃんと
頭を下げられると逆に困る。教えない、という選択肢がなくなるか
ら。
﹁⋮⋮解った﹂
﹁ほんとう!?﹂
﹁でも、絶対に使えるとは保証はしないよ﹂
﹁ほしょう? それでもいいわ!﹂
絶対保証の意味分かってないだろ。そう思ったが止めた。一応言
質はとったんだし、と自分を納得させて、少女に前の席に座るよう
に促した。席はいつも余ってるし、今は好きなグループで好き勝手
集まっているので、迷惑がる奴はいない。
﹁まずは自己紹介しておこうか。俺はアルド。よろしく﹂
年を言おうか、一瞬迷ったが言わなかった。同い年に見えたし、
あまり年を言っても意味がない気がしたからだ。
﹁私はクリスティン! みんなはクリスって呼ぶわ!﹂
元気に自己紹介され、握手を交わす。クリスは不思議そうにして
いたが、友好の印、と伝えると、﹁ゆうこうのしるし!﹂と何か嬉
しそうにしていた。何が嬉しかったのだろうか。
﹁で、どうすればいいの!?﹂
クリスはもう我慢できないらしい、その様子を俺は、少し笑って
49
見ながら、さてどうしようかと考える。
﹁クリスはさ、魔力って解る?﹂
﹁まりょく⋮⋮えっと、私の中にあるすごい力!﹂
うん。まぁ、すごい力なんだけども。ちょっと聞きたい事とは違
ったな。俺の聞き方が悪かったか。俺は話を進めるために、少し会
話を誘導する。
﹁そうそう。で、その魔力なんだけど、自分で引き出したりできる
かな?﹂
﹁ひきだす⋮⋮?﹂
魔力が自覚できていないなら、結構難易度があがったか! と内
心思ったが、想定済みだ。
しょうがないな。さっきはもう一度は見せないと言ったが、見せ
ながらの方が説明しやすい。
﹁じゃ、一回体感してみようか﹂
息を吐くように自然に、俺は指先に魔力を集め、それが明かりに
変換されるイメージを強くもつ。すると、蝋燭の明かりよりも強い
光を放つ小さな玉ができる。LEDほど強くはないが、豆電球なん
かよりは明るいそれを、クリスに見せながら話しかける。
﹁はい。これ持ってみて﹂
﹁ほぁ⋮⋮えっ!?﹂
返事を聞かず、指を振ってはいっと手渡す。クリスはゆっくりと
近づいてくるそれをわたわた手を動かしながらも、しっかりと受け
50
取る。
﹁うわぁ⋮⋮﹂
さっきのように色が変わったりしないが、クリスはその魔法を食
い入るように見つめていた。その表情は、さっきのように怒ったみ
たいに強気な表情よりもずっと自然で可愛らしいのだが、ずっとそ
うさせて置くと話が進みそうにない。俺は心を鬼にして話しかける。
﹁今、手元に魔法がある訳だけど、何を感じる?﹂
﹁すごいわ!﹂
﹁もっと詳しく、細かく言葉にしてみようか﹂
根気よく、根気よく。俺は自分にそう言い聞かせながら、クリス
にどう感じているか詳しく聞く。これは、クリスが自分で魔法を使
う時に、イメージを強く持たせるためだ。
﹁えっと⋮⋮なんかぽかぽかする。近くにある手がね。暖かいの。
でも、蝋燭の火と何か違う⋮⋮気がする﹂
﹁うん。オーケー。よく解ってるね﹂
おーけー? と首を傾げるクリスに、説明するのは放棄して話を
進める。今維持している魔法は用済みなので消します。消すときに
クリスがあぁ⋮⋮と声をあげたが、これも無視した。
﹁さっきのぽかぽかした感じが魔力。それは君の中にもちゃんとあ
るものだよ。今度は自分の中から、ぽかぽかした感じを探してみよ
う﹂
﹁私の中の、ぽかぽかした感じ⋮⋮?﹂
51
この世界の人間は多かれ少なかれ、魔力を持っている。そのため、
自覚するのは難しくないだろう。魔力の感覚を掴んで、意識的に使
用できるかどうかだけでも、魔法の質は変わる。
﹁ん⋮⋮。お腹の辺りにぽかぽかしたのがある﹂
前世では、丹田と呼ばれていた辺りだろう。ちゃんと魔力を自覚
できたらしい。
﹁それが魔力。魔法を使う時は、そこにある魔力を使う事を意識し
てね。ただ、一度に全部は使わないこと。すごい疲れるし、体調が
悪くなったりするから﹂
クリスが素直に頷くのを確認し、次のステップに進める。魔力が
自覚できたなら、次はイメージを固めてやればいい。
﹁じゃ、次が最後だよ。今確かめた魔力を少し取り出すようにしな
がら、魔法を使ってみよう﹂
﹁魔法は精霊さんがつかってくれるんじゃないの?﹂
あぁ、そう思っているのか。魔言でもそんなような事言っている
しな。ただ、あの一文は正直要らない。魔術師に言わせると、非効
率の一言につきる。まぁ、魔術を教える訳ではないし、今回はその
イメージで固めて貰おう。
﹁そうだね。ちょっと言い方を間違ちゃったよ。精霊さんは、どん
な精霊さんだったかな?﹂
﹁どんな精霊さん⋮⋮?﹂
この世界の神は、姿形がない、あるいはこちらで形づくるのはよ
52
くない、という観念が根強くあるため、その使いであるとされる精
霊もまた、姿がない。
が、魔法を使う上ではこの観念は邪魔だ。明確な姿││つまり、
イメージがなければ、魔法は発動しない。 ﹁そうだよ。精霊さんはたくさんいるから、ちゃんと誰にお願いし
たかっていうのが解ってないと、魔法を使ってもらえないよ。誰か
お願い! って漠然とお願いするんじゃなくて、誰々さんお願いし
ます。って形にしないと。でも、精霊さんは名前がないから、ちゃ
んとどんな精霊さんにお願いしたか、その姿を頭に思い浮かべてお
かないといけないんだ﹂
半ば以上こじつけだが、まだイメージしやすいだろ。そう思って
クリスを見ると、何かに納得するように頷いた。
﹁顔を見てちゃんとお願いしないといけないのね!﹂
そうだよ、と答えると、クリスはぱっと笑顔を浮かべ、席に座り
ながら、真剣な表情を作り始める。
﹁さっき、俺が魔法のお願いをした精霊さんを思い浮かべてみよう
か。精霊さんはどんな姿だった?﹂
クリスは答えない。でも、イメージはこれまでよりもずっとでき
ているのだろう。魔力がクリスの中から少しづつ動きだし、胸の前
に出している両手の間に集まってきているのを感じる。あとは、き
っかけかな?
﹁思い出したら、ちゃんとお願いしてみようか。︽精霊さん、お願
いします︾って﹂
53
︽精霊さん、お願いします!︾
それは、拙く、即席のものながら、ちゃんと魔言として機能した。
集まった魔力は、魔言をきっかけに魔法となって世界に顕現する。
﹁⋮⋮! できた! できたよ!﹂
﹁よかったね﹂
短く伝えたが、適当に言った訳ではなく、本心からの言葉だった。
クリスはアルドの祝福の言葉に、最上級の笑顔を浮かべ、
﹁ありがとう!﹂
と言い、最初にいたグループの元に戻って言った。魔法ができる
ようになった! と嬉しそうに仲間に報告し、さっき、魔法を教え
ようとしてくれていた者に怒鳴った件を謝っていた。相手はそれを
受け入れ、元の鞘に戻る。
﹃アルド、振られちゃったね。寂しい?﹄
大人しくしていたアリシアが、俺の首に腕を回しながら、耳元で
そうささやいた。
﹃ち、ちげーし! それに最初から1人だったから、何にもかわら
ねーし!﹄
自分で言っていて、ひどく凹んだ。
54
魔法の授業の一件から、俺はまた1人で過ごすようになっていた。
ま、まぁ、学校で1人で過ごすのは週に二日程度ですし? 授業
中は俺も魔術を新しく組んだり、有意義に過ごせてますし? そろ
そろロボットの件を具体的に進めていきたいと思ってるから、1人
で集中できるこの時間は有意義なんですよ?
﹃アルド、必死⋮⋮﹄
﹃俺は1人だって過ごせるんだ! 大人だから! 身体は子供、頭
脳は大人だから!﹄
﹃⋮⋮﹄
もう、アリシアさんが哀れみの視線を投げて来たって、大丈夫で
す。何も感じませんとも。ええ。
そんなやり取りをしながら、俺は空を背景に、演算領域内でメモ
をまとめていた。実際のところ、友達云々は現状、いようが居まい
が俺はそこまで気にしないので、そろそろロボット作りに関して、
具体的に動きたいと思っていた。そのメモをまとめている所である。
そんな感じで授業を適当に過ごしていると、横から声をかけられ
た。
﹁あの⋮⋮少し、よろしいですか?﹂
丁寧な口調で話しかけられ、俺はおやっと思う。話しかけられる
のもだ大分久しぶりの感覚だが、丁寧な、とつくとさらに久しぶり、
いや異世界では初体験かもしれない。
驚きを顔にださないようにしながら、声が聞こえた方に振り向く。
そこには、二人の少女がいた。
1人は見知った顔だった。クリスだ。今日は借りてきた猫みたい
な感じがする。赤銅色の髪と瞳のように、ほんのりと頬を赤く染め
55
ており、なんだかいつもと違う感じだ。付き合いが浅いため、何が
どう違うのかはさっぱりだったが。
もう1人、丁寧に声をかけてきた女の子は、教室で顔を合わせる
事はあったが初めて話す。確か、クリスといつも一緒で、俺がクリ
スに魔法を教えた日、俺が教える前にクリスに魔法を教えようとし
ていた⋮⋮はず。
黒髪を肩の辺りで切りそろえ、睫の長い黒い瞳。楚々としていて、
男性の少し後ろをついてきそうなその佇まいは、前世の大和撫子と
いう言葉を思い起こさせた。
﹁オリヴィアと申します。今日はアルドさんにお願いがあって参り
ました
﹂
﹁お願い⋮⋮? 俺にできる事だったら構いませんよ。あ、あと、
オリヴィアさん。俺の事は呼び捨てで結構です。敬語も要らないで
すよ﹂
思わず敬語で返す。するとオリヴィアは、
﹁わたくし、敬語の方がなれておりますので、できればこのままで。
それとわたくしのことは呼び捨てにしていただいてかまいません﹂
﹁そう⋮⋮? あ、それで、お願いっていうのは?﹂
俺が問いかけると、オリヴィアは少し下がり、クリスに耳打ちし
た。
﹁ほら、クリスちゃん、がんばってください﹂
その様子を見て、なるほど、付き添いですか。クリスが俺に用が
あるんだな。と理解したが、そこで疑問が浮かぶ。はて。彼女はお
56
願いするとき、仲の良い友達に付き添って貰わないと人の前に立て
ない少女だったろうか。勝手なイメージだが、そういうタイプでは
なかったように思う。
﹁え、えっと⋮⋮﹂
少し立って、もじもじしながら、クリスが切り出す。オリヴィア
はその後ろで、声には出さなかったが、がんばれクリスちゃん! という用に手を握って見守っていた。
﹁アルド! わ、私、私が⋮⋮﹂
いつもの彼女にしては、歯切れが悪いな。そんな事を思いながら、
根気強く彼女の言葉を待つ。せっかく何か勇気を振り絞っているの
に、途中で水を差したりしたら、後々面倒そうだしな。
﹁私が、アルドの友達になってあげるわ!﹂
俺は驚いて目を見開く。そして、少し笑う。
﹁どうして笑うのよ!﹂
いや、だって。お願いしに来たって聞いていたのに、命令口調だ
からさ。俺は、そんな言葉の代わりに、手を出してこう言った。
﹁俺でよければ。友達になってください﹂
俺がそう言って手を差し出すと、彼女は嬉しそうに破顔し、俺の
手を握り返した。
57
第7話﹁異世界ローパー事情﹂
﹁そろそろ、なんか本格的に動きたいんだよなぁ⋮⋮﹂
俺はそんな事を呟き、自分の部屋の柔らかい弾力を返してくるベ
ッドで仰向けになりながら、演算領域内から可視化したメモを取り
出す。VRモニターのようなそれに指で文字を書き加えながら、さ
らに呟く。
﹁骨組みになるのは、まぁ金属とかがあるから、購入って手段があ
るとして、問題は金だな。金は働ける年齢まで待つか、親にねだる
として⋮⋮エネルギーがないな。魔力で代用できるのか? 後は、
ロボットの筋肉になるもんがまったく思いつかない﹂
前世ならモーター。または圧縮空気なんかを使って関節を屈伸さ
せる人工筋肉。後は最新の辺りで、高分子を使った人工筋肉なんて
ものがあったが、どれもこの世界には無い。モーターは原理自体は
そこそこ単純なので、頑張れば作れるかもしれないが、頑張って作
った日曜大工レベルのモーターが、ロボットの関節の動作を支える
には、物足りない気がする。
それに俺が目指すロボットは、ガ○ダムとか、パ○レ○バーみた
いな、作業用、または戦闘がこなせるロボットだ。モーターでは汎
用性と出力にかなり問題がでそうだ。
﹃また何か考えてる?﹄
などと考えていると突然、背後から声がかけられる。ここはベッ
ド。しかも仰向けとなれば、普通背後からは声をかけられたりしな
58
いのだが、そんな非常識にももう慣れた。間違って注意したりすれ
ば、幽霊手前の思念体であるアリシアは、面白がってさらにアクロ
バティックな事をする。よってスルー。
﹃むぅ⋮⋮最近、アルドの反応つまらない﹄
﹃日々進化しているんだよ! 俺は! 敢えていうなら、アリシア
にあった日の俺がver1.0だとすれば、今の俺は1.75だ!﹄
﹃???﹄
アリシアは俺の正面に回りながら、首を傾げた。
そこは何というか、微妙な進化とか、せめてver2になれとか
突っ込んで欲しい所だったが、前世のネタが通じないのでこんなも
んである。ホームシックにはならないが、こういう時になんか寂し
さを感じるな。ジェネレーションギャップって奴なんだろうか。年
齢的にも俺たち噛み合ってないし。
﹃アルド、失礼なこと考えてる﹄
﹃そ、そんな事ないですー。いつも誠実な事考えてますー﹄
じとっとした目で見られ、慌てて目をそらす。俺がほとんど無表
情なアリシアから機嫌や表情を読みとれるようになったように、ア
リシアは俺の考えを何となく察する事ができるようだった。迂闊な
真似はできない。てか、俺は向こうの考えが読めないのにずるすぎ
る。
﹃で、何を考えてたの?﹄
促されるまま、俺はアリシアに考えていた事を伝える。アリシア
にはちょくちょく、こういった事を相談している。前世の事を相談
できるのは彼女だけだし、この世界では異端である自分の考えを、
59
躊躇せずに話せるのもまた、彼女だけだ。
その事に関しては、非常に助かっていると思いつつ、少し、寂し
くも思っている。この世界の両親には、よくして貰っている。愛し
て貰っていると、少し恥ずかしいがそう思う事ができる。でも、前
世の事を相談はできていない。これは、俺が両親を信じ切れていな
いように思えて、自己嫌悪を感じてしまう。
﹃アルド、聞いてる?﹄
﹃ごめん、ちょっと考えごとしてた。何?﹄
﹃だから、どういった機能を求めているの? そのゴーレム﹄
ロボットなんだけど⋮⋮と思ったが、俺の世界でゴーレムを再現
したい! といったら、きっとロボットだ、と言われる気がしたの
で、敢えて指摘はしない。気持ちは分かる。
﹃想定しているのは、物の持ち上げる時の補助とかかな。力が足り
ない人用に、動作の補助をするために、筋力、骨格の代わりになる
機能を求めてる。魔法、魔術的に言うなら⋮⋮人間に対して、強化
魔法を使ってくれる鎧みたいなものかな﹄
﹃それってゴーレム?﹄
アリシアの疑問に、俺は苦笑する。まぁ、この世界のゴーレムっ
て、ざっくり言うと術者が操る人形で、自分の動作を補助させるく
らいなら、ゴーレムにやらせりゃいいじゃんってものだからな。
﹃術者以外にも使える、って事が利点だから。それに、命令を遂行
させるには、その命令を理解、実行する知能に変わる機能がいるだ
ろ? そこは作るのに時間が掛かるし、現状、その機能ができるも
のの目処がないし。いったん、自分が操る、魔力は少なく、なるべ
く誰でも使えるって所を目指したいんだよね﹄
60
自分の考えを一気に吐き出すが、アリシアは納得したように頷い
ている。
まぁ、嘘は言ってないけど建前ではあるけどね! やっぱり人型
ロボットには乗り込んで操ってこそなんぼの存在でしょ! 大きさ
が人間の鎧││パワードスーツ的な大きさを想定しているのは、巨
大人型ロボットを作る前に、一度段階を踏みたいがためだ。
そんな建前事はおくびに出さず、俺はアリシアに説明しきった。
人の役に立つから! という点と、魔術の理念であった、﹁才能に
左右されず、理論立てて使用できる﹂という点を押しておく。プレ
ゼンって大事だからね!
うんうんと頷いていたアリシアは、おもむろにこう言った。
﹃で、本音は?﹄
完全に見抜かれてしまっていたらしい。俺はぐぬっ、と言葉に詰
まった。やっぱり、心が読まれているんじゃなかろうか。
俺は仕方なく、本音を口にした。
﹃人が乗れる巨大ロボットはロマンだから!﹄
言うとなれば、全く躊躇わずに言う。俺は、この為に転生したと
言っても過言ではないから! 妙なテンションを発揮しながら力説
する俺。
アリシアは、そんな俺をアホの子を見るような目で宙から見下ろ
した。
﹃⋮⋮理解に苦しむ﹄
﹃だから建前を先にちゃんと言ったのに!?﹄
﹃やっかい⋮⋮まぁ、建前の方の理屈は納得できる﹄
61
そう言って、アリシアは思案するように顎に手を当てた。もった
いぶる事もなく、アリシアは俺に、予想の一つを口にした。
﹃それと⋮⋮人工筋肉、というのに、心辺りがある﹄
﹃本当か!? どんなもんなんだ!?﹄
マジか。そんな都合の良いものあるのか。流石ファンタジー。俺
は、どきどきしながら、次の言葉を待った。
﹃ローパーの触手﹄
﹃は?﹄
﹃だから、ローパーの触手﹄
え、俺の知ってるローパーさんとは存在が違うの? 俺の知って
るローパーさんは2次元なヒロインさんを﹁触手には勝てなかった
よ⋮⋮﹂的な状態にする、その道の王道モンスターさんなんですが。
﹃えっとそれって、触手がうねうねな?﹄
﹃そう。よく知ってる。異世界にもいた?﹄
流石ファンタジー。俺の予想の一枚も二枚も上をいってのけるッ
ッ!
ともあれ、俺は一つ、懸念を潰せそうな事を、素直に喜んだ。 ﹁お、お母さん! お願いがあるんだけど⋮⋮﹂
俺は、ありったけの勇気を振り絞って、母さんを見上げた。母は、
優しい笑顔を浮かべて、腰を折り、俺に顔を近づけた。
62
正直、美少女耐性が低い俺には、母さんの刺激は強い。俺は赤く
なって目を逸らしながら、さらに羞恥するような言葉を続けた。
﹁⋮⋮パー⋮⋮欲しいんです﹂
﹁ん? なぁに? もう一回言って?﹂
勇気を振り絞って、俺は言った。しかし、母さんはもっとはっき
り言わせたいらしい。い、良いだろう。俺だって男だ。これくらい
の羞恥、超えてみせる!
﹁ローパーの触手が欲しいんです! どこで売ってますか?﹂
﹁あぁ。ローパー。確かにいい時期ねぇ。そろそろ増えるし⋮⋮買
うのも良いけど、ストックが欲しいし、ちょうど良いから一緒に狩
りにいきましょうか﹂
おっふ。一世一代な気分で触手が欲しいなんてお願いしたら、反
応としては普通だった。むしろ、ストックが家にあったなんて驚き
なんですが。何に使われたんだろう? 疑問が俺の頭をもたげたが、気づいたら深淵をのぞき込んで、自
分のSAN値が減らされそうなので、疑問を努めて頭から追い出し
た。
街の外、初めて出るな。
俺は、段々と迫ってくる街壁を見てそう思う。
この街は、街壁と呼ばれる大きな壁にぐるりと囲まれている。四
方に門があり、そこから人が出入りできる構造で、その他には窓一
つない。高さは3メートル程のようで、魔物から街を守っている。
63
﹁き、今日はどちらへ出るのでしょうか!?﹂
そう、緊張気味に声をかけてきたのは、衛兵だった。門の前に一
人で立っていた彼は、母に気づくと居住まいを但し、びし! と音
がでるような敬礼をしている。
﹁子供と少し、森まで﹂
﹁さ、左様ですか! お気をつけて⋮⋮と言っても、あなた様には
必要の無い言葉かもしれませんが! あ、ご子息様もお気をつけて
言ってらっしゃいませ!﹂
彼はずっと恐縮しっぱなしだった。つか、何ですかご子息様って。
母さんはいったい、何をしたんですか。母さんは目を逸らし、何
もしてないわよ? と言って教えてくれなかった。気になる。
が、そんな余裕もすぐになくなってしまった。
俺は母さんとローパー狩りに森にきていた。街から少し離れた所
の森で、当然、観光地のように舗装されておりません。が、母さん
は獣道を舗装された道をテンション高く飛び回る子供みたいに、ぴ
ょんぴょん進んでいく。車が無く、移動がほぼ徒歩で魔力の強化恩
恵もある異世界人の母さんの体力と、魔力の強化ができるようにな
ったとはいえ、生粋のインドア派元現代人の俺では、体力の値に差
がありすぎる。
ちなみに、外は危険、という事で、母は胸部を覆うハーフプレー
トを身に付け、腰当ての横に、剣を2本帯びていた。二刀流かっけ
え! と思ったら一本は予備らしい。2本使う事もあるそうだが。
俺は子供用に調整された、皮の鎧と皮の兜を装備している。剣は
長くて重いため、ナイフを持っているが、無闇に振り回さないよう
に厳命されている。
そして当然、皮でできていて子供用サイズとはいえ、俺にとって
64
はこのフル装備は重い。最初こそテンションがあがっていたが、今
は恨めしいほどに歩みが遅くなっていた。
﹁アルドちゃーん。大丈夫ー?﹂
﹁だ、だい、ぜひゅ、ぶ⋮⋮﹂
﹃アルド限界なら、言った方がいい﹄
もはや死に体だが、男は矜持の生き物である。例え血の繋がった
母さん相手だろうとも、見栄を張らないといけないのである。
﹁少し、休みましょうか﹂
母は微笑みながらそう言った。俺は声を出すのもおっくうで、た
だ頷く。しょうがないな。母さんが休みたいなら、その提案を受け
るのにやぶさかではないのですよ。
俺は、ちょうど良い位置にあった、岩の上に腰掛けた。
﹁ふぅ⋮⋮﹂
岩の上とは言え、腰掛けられるかどうかで、随分と違う。強ばっ
ていた足から、力が抜け、気だるい感覚が両足を支配した。⋮⋮帰
りはちゃんと歩いて帰れるのだろうか。
﹁アルド!﹂
﹃アルドっ﹄
完全に気を抜いた所で、母さんの鋭い声と、アリシアの焦ったよ
うな念話が飛ぶ。あ、森の中だから油断するなとか、そんな感じか
な? 俺は警戒心を高めようとしたところで、空と地上が逆さまに
なった。
65
﹁え? えぇぇ!?﹂
何が起こっているのか、さっぱり解らない。ただ理解できたのは、
天地が逆転している事、右足が異常なまでに痛みを発していること
だった。何かに掴まれているような痛みに、俺は顔をしかめながら、
それを見た。
薄桃色の長い、紐みたいなものが、俺の足に巻き付いて、俺を引
っ張りあげている。それは、しなりながら、今も蠢いていた。
やばい!
とっさにそう思う。あれはただ、宙に引きずりあげる動きじゃな
い。一度あげて、下に叩きつけるための動きだ。そして、下には岩
がある。
死ぬ││そんな言葉が頭をかすめる。この勢いで叩きつけられれ
ば、トマトを堅いコンクリに叩きつけるみたいに、俺は赤い中身を
ぶちまけるに違いない。そう思えた。
﹁はぁっ!﹂
しかし、そんな想像は、裂帛の気合いと共に切り裂かれた。いつ
の間にか、俺の真下辺りまで近づいていた母が、目にも止まらない
早さで剣を引き抜き、振り抜いていたのだ。
ざくっ! と良い音共に、俺の足に巻き付いていた触手が切り裂
かれ、支えを失った俺は、落下する。もう引っ張る力はなくなった
とはいえ、かなりの高さ。俺は衝撃に備えて、身体を丸め、目をつ
ぶった。
衝撃が来た。が、それほど大きなものではない。岩の上のような
66
感触ではなく、柔らかなもので、受け止められたような感触。
﹁もう大丈夫﹂
母さんの腕に包まれながら、その声を聞き、強ばっていた身体か
ら、力が抜ける。強ばった身体。そうだ。俺はこの事態に、怯えて、
指一本動かせなかった事に気づいた。
﹁もう大丈夫よ﹂
しかし、そんな危機なんて、大した事はないのだ。そう思えるほ
ど、母さんの言葉には自信があった。
母さんは俺をそっと地面におろすと、俺は足の力が上手くいれら
れず、腰砕けになって地面にへたりこむ。アリシアが心配そうにの
ぞき込み、俺は目線で、大丈夫だと伝えておく。
﹁そこで、もう少し休んでなさい。すぐ終わるから﹂
長い金髪を靡かせて、剣を構える母さんの姿は、物語にでてくる
英雄のように凛々しい。⋮⋮相手が、ローパーでなく、ドラゴンと
かであったなら、さぞ絵になるだろう。そんなバカな事を考えられ
る程度には、俺にも余裕が出てきた。
切られた触手の先には、緑色の円筒形をした物体があり、そこか
ら薄桃色をした触手がいくつも延びている。そして、円筒形をした
本体らしいぶったいには、大きな口があり、その口の周りをずらり
と牙が存在した。見た目はイソギンチャクのようにも見えるが、凶
悪さが段違いだった。
何あれキモッ! ローパー、キモッ!
67
俺は唖然としながら、ローパーを見、次の瞬間には母さんが動き
出した。ローパーが母さんを驚異と感じ取り、触手を一斉に、槍の
ように突き刺してくる。
母さんはそれを易々と避け、くぐり抜けながら、自分の身体に当
たりそうな一本を、剣で弾く。
触手は、ドスッと音を立てて、木の幹に突き刺さった。
こわっ! ローパーこわっ!
俺はすでに、この世界のローパーに涙目だ。
危なげなく、ローパーを剣の間合いに入れた母さんは、剣を高く
掲げ、
﹁ふっ!﹂
という鋭い呼気と共に一刀両断した。本体が二つに裂かれたあと、
触手はびくびくと動いていたが、やがて停止した。
凶悪なローパーよりも、母さんの方が強いという事実に、俺は少
し複雑な気分だった。まぁ、前世みたいならめぇ! な展開もある
意味で刺激が強すぎるので願いさげではあったが。
母さんは剣に付いた、ローパーの体液を持参していた布で拭うと、
剣をしまい、代わりに、俺に持たせたようなナイフを一本取り出し
て、触手を剥ぎ始めた。
俺は勝手が解らず、母さんの後ろから、邪魔にならないようにそ
の作業を見学する。
﹃うわ。なんかすご⋮⋮﹄
﹃私も、初めて見た﹄
アリシアが俺の念話に同意する。こうして、俺の初ローパー狩り
68
は終わった。
ようやく、この素材でロボットが作れる! 俺は小躍りしたい気
分だったが、世の中はそんなに甘くはなかった。
﹁じゃ、これを持って返りましょうか﹂
ロボットの素材ゲットだぜ! というテンションは、これから待
つ地獄の予告に、一瞬にして吹き飛んだ。
﹁これだけとれれば、当分はソファとベットのクッションに困らな
いわね﹂
そして、俺は世の真実を知り、母さんの知らない所で、今日一番
SAN値が削られていた。
スプリングも無い世界で、柔らかいベットとソファーってどうや
って作られてるんだろう、という疑問は、図らずとも解決された⋮
⋮俺の、少々の狂気と共に。
69
第8話﹁剣の才能﹂
﹁母さん! 剣を教えて!﹂
俺は、ローパー狩りをした次の日、母さんにそうお願いしていた。
母さんは嬉しいような、困ったような表情で、俺に優しく問いか
けてくる。
﹁どうしたの? 急に﹂
おや。ちょっと以外だ。母さんは良く、あの子が大きくなったら
剣を教えるの! と父さんに言っていたので、気前良く教えてもら
えると思ったんだが。
が、そこは抜かりない。俺も当然、この流れは予想していたので、
用意していた台詞を言う。
﹁昨日ローパーをやっつけた母さんが、剣の英雄みたいにカッコよ
かった
から! 俺も、あんな風になりたい! それで、昨日みたいにロー
パーをやっつけるの!﹂
当然、建前である。ちなみに剣の英雄とは、絵本とかになるほど
有名な英雄で、たったの4人で、街を襲った巨大なドラゴンを討ち
滅ぼしたという英雄である。パーティを組むとき、その英雄にあや
かって、4人パーティを作る、なんて慣習が生まれたほど、すごい
人だ。
確かにかっこいいとは思うが、もはや天上の人すぎて、俺はそれ
を目標にしようなんて思えません。
70
﹁そ、そう。母さんかっこよかった? うふふ﹂
そんな俺の建前なんて知らず、母さんは頬を緩ませる。もうちょ
いって感じかな? ﹁嬉しいけど。もっと危機感を持って欲しかっ
たなぁ﹂母さんは俺を抱え、撫でながら、小声でつぶやく。
逆です母さん。俺は異世界の怖さを知ったので、自衛できる能力
を得るために、剣を覚えたいのです、とは言えない。
母さんは、まだ何かに迷っているようだった。昨日、俺を森に連
れていった事を、父さんに怒られてたしな。父さんも、剣はもう少
し大きくなってからの方が良いんじゃないか? と言っていたし。
しょうがない。もう一押ししよう。俺は母さんから降ろして貰い、
精一杯の演技力を騒動員する。
﹁⋮⋮だめ、ですか﹂
これでどうだ! 上目遣い+涙目のコンボ!
古今東西に存在するお姉様を落とす、現代日本が生み出した、魔
性の秘技を!
俺がこの技を決めた瞬間、母さんの背景で﹁ズキュゥゥゥゥゥン
!﹂という効果音が現れた気がした。
﹁アルドちゃん! もちろん教えて上げるわ!﹂
母さんがチョロい。父さん、俺はちょっと不安になりました。し
っかり母さんを捕まえていてくださいね?
ともかく、俺は母さんに、剣を教えて貰う事になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
71
﹃真の魔術師に剣などいらぬ⋮⋮﹄
どこぞの達人が言っていそうな言葉をアリシアがふてくされたよ
うに呟く。俺が、母さんに剣を習う、と言い始めてからずっとこん
な感じだ。
﹃昨日も言ったろー? 確かに俺は、魔術師を目指しているけど、
接近戦で何もできない、なんて事にならないように、剣も覚えたい
んだって﹄
﹃接近させなければ良い﹄
﹃それでもくぐり抜けてきた場合は? すでに接近されていた場合
は?﹄
﹃ぐぬぬ⋮⋮﹄
アリシアさん、女の子がぐぬぬ、なんて言ってはいけません。ア
リシアも、頭では解っているのだろう。ただ、気持ち的に、魔術師
として素養︵この世界の常識に洗脳されていない、とも言える︶が
ある俺には、魔術を使って欲しいのだろう。
﹃もちろん、俺は魔術師だから、剣は隠し玉の一つかな。剣の才能
に関しては、正直自信がないし﹄
これは本音だった。剣の才能については、正直自信がない。前世
では生粋のインドア、当然、武術だのの類は、漫画で読んだ、アニ
メで観た程度の知識しかない。
よって、剣の練習にも、全力で魔術を使うつもりだ。
﹁じゃ、剣の修練を始めます。一度剣の修練を始めたら、私は師匠、
あなたを弟子として扱います。親と息子だと思わないように注意し
なさい﹂
72
﹁はい、師匠!﹂
母は、気を良くして頷く。
俺と母さんは、昨日、森にでた装いで、庭に出ていた。アリシア
は庭の隅で、拗ねたまま、こっちの様子を伺っているようだ。
﹁あなたはまだ身体が出来上がっていないから、今日はまず、私の
見本を見た後に、素振りだけしましょう﹂
その考えには異論はなかった。身体ができてない内に厳しい訓練
なんてされたら、身体の成長にどんな影響があるか解らないし。背
はいっぱい欲しいです師匠!
﹁後でちゃーんと教えてあげるからね?﹂
黙っている俺を、母さんは俺が不満に思っていると捉えたのか、
フォローを入れてきた。俺は頷く。
﹁よし。⋮⋮そこで、しっかり見ておきなさい﹂
母は真剣を構える。俺は、すかさず魔術を発動した。
﹁アプリケーション︽アナライズ︾起動﹂
普通に見たって、才能のない俺では理解するのにどれだけ時間が
掛かるか解らない。そう思って、昨夜遅くまで起きて付くっていた
新魔術、分析の魔術だ。
この魔術で、現在の母さんの状態を余さず分析する。昨日、強い
ってなんだ? というのを突き詰めて考えた結果、思いついた魔術
だ。この魔術で、母さんがどの筋肉を動かして動作しているのか、
73
それに連動する骨格はどうか、どのように魔力を使用しているのか
など子細に分析し、データ化して記録する。
﹁はぁっ!﹂
母さんが、気合いと共に、振り上げた剣を、振り下ろす。
ぶっちゃけ、肉眼ではいつ振り上げ、振り下ろしたのかさっぱり
解らない。
サーチの魔術の方では、一瞬にして、処理が追いつかなくなる程
にデータが流れ込んでくる。俺は慌てて自分で処理せず、用意した
演算領域にデータを流す。危ない危ない。
どの筋肉を動かしているか、詳細に追おうとした結果、一回で2
00以上の筋肉が連動して動きだして、頭がパンクするかと思った。
よく考えたら、骨だけでも200以上あるし、筋肉はそれに付随す
るように大量についてる。それを自分で一個一個処理なんてしてら
れる訳なかった。
﹁どう? ちゃんと見てた?﹂
﹁カッコよかったです!﹂
勿論ちゃんと見ておりましたとも。︽サーチ︾さんがだけど。俺
の目には、ほとんど振り下ろした姿しか見れませんでした。きりっ
とした母さんがかっこいいのはほんとだけど。
﹁今のを参考に、木剣で素振りをするの。まずは自由にやってみな
さい﹂
﹁わかりました!﹂
さっき入手したデータを元に、さらに魔術を起動する。
74
マリオネット
﹁アプリケーション︽マリオネット︾並列起動﹂
演算領域の余りで、魔術を起動する。これは、以前薪割りに使っ
た失敗作、︽クルミ割り人形︾を元に作り出した魔術で、魔術を使
用して、身体を動かす。クルミ割り人形と違うのは、同じ動作を繰
り返すだけでなく、魔術を介して、自分の身体を動かす事ができる
という点だ。
まずは、さっきの母さんのデータを元に、身体を動かす事に集中
する。
身体を動かす、といっても、いつもの用に動かすのではなく、︽
マリオ
ネット︾を使用して動かす。
﹁データファイル01を10分の1スケールでトレース﹂
マリオネットが動作し、入手したデータ通りに、俺の身体を動か
す。呼吸一つ、俺は自分の意志ではできなくなり、先ほど母さんが
動いた通りに、俺の身体が魔術によって動かされる。
﹁はぁっ!﹂
﹁えっ⋮⋮!?﹂
母が、俺の動作を見て驚きの声をあげる。
あれ? 何かおかしかっただろうか。木剣の握り、気合いの入れ
方、呼気。どれをとっても、再現率は高かったと思うのだが。スケ
ールを10分の一に押さえたため、筋肉を痛める程振るってないし、
魔力もそれほど使っていない。
﹁あれ⋮⋮?﹂
75
でも、俺の身体は、全く使ったことのない筋肉を動かし、魔力運
用をさせられ、過剰なまでに筋肉、骨格、魔力全てに負荷が掛かっ
ていた。
俺はその負荷に耐えられず、剣を手放し、意識を失った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
息子が、剣を教えて欲しいと言ってきた。
ついにこの日が! 私は、小躍りしたい気持ちを抑えて、息子に
理由を聞く。
﹁昨日ローパーをやっつけた母さんが、剣の英雄みたいにカッコよ
かった
から! 俺も、あんな風になりたい! それで、昨日みたいにロー
パーをやっつけるの!﹂
あら、あら! 母さんがかっこ良かったなんて⋮⋮うふふ。かわ
いい子! 思わず抱き上げて、撫でてしまう。息子にそう言われる
と嬉しいわね。
でも、どうしよう。昨日、夫には叱られてしまったし。無茶はし
ないようにって言われた次の日に、剣を教え始めた、なんて言った
ら、また怒られないかしら⋮⋮
何て言って諦めさせようか、そう考えていた私は、息子の一言で
陥落してしまう。
﹁⋮⋮だめ、ですか?﹂
潤んだ瞳で、見上げてくる息子。
その時、私の胸に、何かが突き刺さったような衝撃が走った。こ
んなお願いに否と言える人間が居るだろうか? いや居まい。そう
76
思って納得してしまえるような破壊力。
さっきまで、諦めさせようと、口べたな私なりに考えていた思考
が、一瞬にして吹き飛ぶ。
思わず剣を教える、と言い切った所で、私ははっとなって正気に
戻る。
まさか、夫以外にこんな風に正気を奪われるなんて⋮⋮将来、女
泣かせにならないでしょうね? 何にせよ、母さんは女の子を泣か
せるような子は許しませんから!
私は可愛い息子を見ながら、そんな風に思った。
剣を教えるとはいえ、まだまだ息子は子供。身体もちゃんとでき
ていないし、無理はさせられない。夫に言われるまでもなく、剣の
師として、ここは無茶をさせられない。私は心を鬼にして、息子を
軽く威圧するように、自分は師で、あなたは弟子、と言い聞かせる。
息子はそれに、元気良く答えた。丁寧な点も良いわね。夫に似た
のかしら! ただ、やっぱり素振りだけでは不満なのか、口にはしなかったか
が、大人しくなる。後で教えてあげる、そう念を押すと息子は納得
したように頷いた。
よかった。ぐずられでもしたら、その場で奥義を教えていたかも
しれない。
私は、幸運と、自分の自制心に感謝しつつ、真剣を構える。
夫と結婚し、息子が生まれてから、ほとんど剣を握っていない剣
は、少し重く感じる。魔力で身体を強化すれば、その感覚はなくな
るが、鈍っているな、鍛え直そうか、という意識が生まれてきた。
昨日、ローパーを倒した一撃も、息子は誉めてくれたが、過去の自
分なら、唾を吐きかけられる程、鈍った一撃だったろう。
いけない。雑念が。私は、剣に意識を集中し、雑念を振り払う。
これから見せるのは、息子の生涯で、最初に指標にする剣技。半端
な一撃を見せる訳には行かない。
77
﹁はぁっ!﹂
気合いと共に一撃を繰り出す。満足にはほど遠いが、見本として
は十分だろう。下手をすれば、息子は私が何をしていたのか、さっ
ぱり解らなかったかもしれない、それくらいに気合いが乗り、気合
いに見合うような一撃ではあった。
ちゃんと見ていたか聞くと、かっこよかった! と手放しに誉め
てくれる息子に、頬が緩みかける。自制心で表情筋を全力で押さえ
込み、私は、息子に木剣を振るように指示する。
その時、何も言わない。私の師が、自分で考え、剣を振るうよう
に、と教えてくれた師であったため、当然、息子にもそのように伝
えていくつもりだ。まずは何度か剣を振らせて、どういう剣を振り
たかったのか? 理想と、実際の剣の差はなんだったのか? とい
う事を考えさせながら指導しようと思ったためだ。
そんな私の思惑は、一瞬で壊されてしまったが。
﹁はぁっ!﹂
息子の気合いが、庭に響く。良い気合いだ、なんて誉める余裕は
なかった。何故なら、今の一撃は、私が放った一撃そのものだった
から。
剣を振る際に起こした、僅かな重心の移動、剣を動かす際に、剣
の重量を使う独特の手法。そして、魔力を使った身体強化法と、そ
れを最適に使用するための呼吸。
どれも、一部の隙もなく、私と同じ。振るった速度こそ、背の高
さや、筋力の違いからか、息子の素振りは遅いものだったが、大人
と比べたところで、その一振りを得るのに、どれだけの時間が掛か
るか。私でさえ、この域に達したのは、結婚を決める前の事だった
というのに。
78
私は、息子が疲労で倒れ、地面に四肢を投げ出すのを見るまで、
放心していた。
私は慌てて、息子を抱え上げる。胸に抱いた息子から、かすかな
寝息が聞こえて来て、私は安堵した。
息子の愛らしい顔を見ながら、思う。
天才、あるいは神童。そんな言葉が、私の頭に浮かぶ。
夫はもしかしたら、親ばかなだけ、と言うかもしれない。でも違
う、勘違いでも、親ばかでも無い。
今の一撃は偶然なんかではではない。仮に偶然だとすれば、息子
は剣に愛されていると言っていい。
決めた。私は、私の﹃剣姫﹄と呼ばれた二つ名に賭けて、息子を
剣聖にする。
⋮⋮その前に、一度自分を鍛え直さないといけないかもしれない。
このままでは、すぐに教える事がなくなってしまう。
私は、焦りと興奮と共に、そう決心した。
79
第9話﹁異世界の遊び﹂
﹁やっぱり、俺には剣は向いてないのかな﹂
﹃やはりアルドは魔術を使用するべき。浮気はだめ﹄
一振りするだけで倒れちゃうし。落ち込む俺に、母はそんな事な
いって言っていたけど。必死になってフォローされちゃうくらい可
愛そうな才能だったんだ。アリシアはあの日から、しきりに魔術を
勧めてくるし。
ただ、毎日少しづつ続ければ、もっとできるようになると、母さ
んに慰められたので、素振りは毎日続けて見ている。再現率を落と
したり、逆に増やしているが、大抵一振りするだけで、身動き一つ
できなくなるので、正直強くなれる気がしないが。まぁ、主に魔術
を使って行くから良いけどね!
という訳で、俺は剣以外でも身を守れる手段を得るために、実験
を行っていた。今日は街の広場に適当に腰掛け、母さんに貰った穴
が空いて使えなくなった古い鍋の蓋と、薪、父さんの使わなくなっ
たベルトを貰って作業中である。
RPGで良く序盤にお世話になる奴を作成中です。あ、鍋の蓋じ
ゃないぞ。もっとしっかりした奴だ。
ナイフを使ってがりがりと薪を削り、パズルのピースのようなも
のをつくっていく。
すでに完成系はモニター内にできていたので、削りきったピース
を、モニターのサンプル通りに、鍋の蓋、取っ手の無い裏側にはめ
ていく。
薪によって微妙に色が違うため、木片がはめ込まれた鍋の蓋︵裏
側︶は、モザイク模様になってきている。前世で言うところの伝統
工芸、寄木細工模様に似ている。が、色々違うので似ているだけだ
80
し、色合いをつけたい、だったらわざわざこんな手間をかける程で
もない。これは、ちょっと特殊なギミック付きだ。
最後の一ピースをはめると、仕込んで置いたギミックが発動して、
ピシ! と音がする。逆さまにして振ってみるが、ただはめ込んだ
だけで、接着などしていない木片は、落ちてきたりしない。
よしよし。ちゃんと機能しているみたいだ。
﹃完成?﹄
﹁うん。できた!﹂
﹁何ができたんですか?﹂
完全にアリシアに言ったつもりだったので、後ろから声が掛かっ
て慌てる。見ると、見知った少女が二人いた。
﹁あんた、学校以外でも一人なのね﹂
そう声をかけてきたのは、二人の少女の片割れ、クリスだ。俺の
数少ない友人である彼女は、少々口調が強い。気の弱い奴なら、今
のでも悪く言われたように思うだろう。まぁ、繊細な奴なら学校以
外でも一人、と言われた時点で傷つくだろう。
俺は、モニターを閉じて︵といっても、これは俺にしか見えない
が︶赤毛の少女、クリスの方を向いた。彼女は何故か仁王立ちして
いる。
﹁べ、別に、いつも一人って訳じゃ、ない⋮⋮よ?﹂
俺氏、すでに震え声。やめてぇ! 同じ年の子に、そんな事言わ
れたらダメージ半端ないの!
﹁え、えっと。何をつくってたんですか?﹂
81
そう、あからさまに話題変更をしてきたのは、最初に声をかけて
きたのは、俺の数少ない友人二人目であるオリヴィアだ。黒髪を肩
の辺りで切りそろえ、男の後ろを三歩下がって付いてくるような謙
虚さは、大和撫子って言葉をつい思い浮かべる。
﹁んーと、盾?﹂
﹁なんでそんなものを⋮⋮?﹂
一昨日、ローパー狩りに行き、身を守る手段が必要だと思った事
を話す。
﹁そ、そんな危険な事をなさってたんですか⋮⋮!?﹂
避難するようなオリヴィアの視線。顔が真っ青になっていて、声
が若干震えてる。あれ。ローパーさんってそんなにやばいの?
﹁ローパーって、子供を頭からバリバリ食べちゃうんでしょ!? ⋮⋮勝手に死んだりしたら許さないんだから!﹂
クリスも涙目になって俺の肩を掴んだ。2人が落ち着くまで待つ。
てか、ローパーってそんなに怖かったの? 母さんどうなってる
の?
俺は地味に動揺していたが、2人の手前、平然を装った。
﹁で、2人は今日は何してるの?﹂
興奮気味だった2人が落ち着いた所を見計らい、俺から切り出す。
日曜学校で会う以外で、俺は人に会わないので、2人が何をしてい
るのか、気になる。
82
﹁街の外?﹂
子供だけで出て良いんだろうか? 外は危険じゃないか? ロー
パーみたいなのがうじゃうじゃしている訳だし⋮⋮
﹁遠くにいきませんから、大丈夫ですよ?﹂
﹁何か出てきても、私がやっつけてやるわ!﹂
俺のそんな考えを表情から読みとったのか、オリヴィアが補足し、
クリスが勇ましい声をあげる。でもクリスさん、さっきローパーの
話が出ただけで涙目だったじゃないですか。無理するなって。
﹁アルドさんは、これから何をするんですか?﹂
﹁え? うーん。これもできたしなぁ﹂
後はこれの性能実験くらいだろうか。ただ、それもそれほど時間
がかかる訳でもない。
﹁うん。まぁ決まってない。暇かな﹂
俺の言葉を聞いて、オリヴィアは少し、嬉しそうな顔をした。何
でだろう?
そして、クリスの裾をちょんちょん、と引っ張る。クリスは真っ
赤になって俯いた。
﹁ひ、一人で暇だって言うなら⋮⋮わ、私が特別に、あんたに遊び
を教えてあげるわ!﹂
﹁素直に遊ぼうって誘えば良いのに⋮⋮﹂
83
最近解ってきたのだが、クリスが上から目線でこちらに何か言っ
てくる時、それは大抵照れ隠しのようで、そんな友人を見て、俺と
オリヴィアは苦笑している。
﹁な、何よ⋮⋮私とは、遊べないって言うの⋮⋮?﹂
段々声が小さくなって、今にも消え入りそうになる。強気に見せ
る割りには、打たれ弱いんだからな⋮⋮。
﹁いや、是非遊びを教えて貰いたいな。いっつも1人で暇してるし﹂
そう言うと、クリスとオリヴィアは嬉しそうに顔を綻ばせて、俺
を連れて、街の外に向かって歩き出した。
アリシアは、大層拗ねていたが、後でちゃんと埋め合わせするか
ら、と念話をして何とか許して貰った。
◇◆◇◆◇◆
﹁おや、君たち、街の外にお出かけかい?﹂
そう言って声をかけて来たのは、先日、恐縮しまくっていた衛兵
だった。
﹁そうよ! いつもの遊び場までいくの!﹂
﹁そうか⋮⋮悪いが、今日は別の所で遊べないか?﹂
衛兵は、やんわりと言いながらも、俺たちを通さないように進路
を塞ぐ。
84
﹁何か、あったんですか?﹂
俺がそう言うと、衛兵は困ったように顔をしかめた。
﹁いや、何もないんだけどね⋮⋮﹂
﹁なら、良いじゃない! 昨日は通れたわよ!﹂
クリスが強気で食い下がる。が、衛兵は一歩も譲らない。さては、
何かあったな。
﹁うーん。あんまり言いたくないんだけど⋮⋮実はね、外ではいつ
もより多く魔物が見つかっているらしいんだ。だから、あまり外に
出て欲しくないんだよ﹂
なるほど。今はまだ問題になっていないだけで、これから問題に
なるかもしれないと。その第一号が俺たちになったりしたら、衛兵
さんにも迷惑になるし、それ以前に俺たちが被害者一号になりたく
ない。
それに、確定情報ではないから、危険だから外にはでるな! と
強くも言えない。騒ぎが大きくなっても問題だろうからな。
﹁うーでも⋮⋮﹂
﹁クリスちゃん、今日は街の中で遊ぼう?﹂
ぐずるクリスを、オリヴィアが宥める。まだ不満げなクリスに、
俺の方から代案を切り出す。
﹁じゃ、場所が決まってないなら、うちに来ないか? うちなら多
少広いし、普通に遊べると思うから﹂
﹁いく!﹂
85
﹁良いんですか!?﹂
﹁う、うん⋮⋮たぶん大丈夫だけど⋮⋮﹂
なんかすごい食いつきだ。俺は若干引きながらも、大丈夫だと答
える。母さんには言っていないが、たぶん大丈夫だろう。父さんは
いつも仕事で出かけているらしいし。あ、そう言えば、父さんは日
中何してるんだろうな⋮⋮。
街の外には出られなかったが、俺たちはほっとしたようなため息
をつく衛兵さんを後目に、方向転換して、家に向かった。
﹁あら? あらあら? まぁまぁ! アルドったら、随分可愛らし
いお友達を連れてきたのね!﹂
そう、上機嫌に出迎えてくれたのは、案の定、母さんだった。そ
こまで上機嫌な理由は解らなかったが、家では狭いから遊べないわ、
とか、家が片づいてないから、上がられるのはちょっと⋮⋮と断ら
れる可能性があったので、俺は安心した。まぁ、狭くも片づいて無
くもないので、その線で断られる可能性はないとは思っていたので、
何にせよ良かった。
﹁オリヴィアです、よろしくお願いいたします﹂
まず、そう綺麗なお辞儀をして見せたのは、オリヴィアだった。
クリスはそれを見て、何かに焦るように、声を張り上げる。
﹁く、クリスです! よろ、よろしくお願いします!﹂
噛み噛みで、両手で自分の服を握り締めながらだったが、クリス
がそう挨拶を終えると、母さんはさらに喜んで手を叩いた。
86
﹁まぁ! 2人とも、丁寧にありがとう。私はアルドの母の、カト
レアよ。よろしくね﹂
腰を折って、目線を2人の高さまで合わせると、母さんは2人に
そう挨拶しながら、頭を撫でていた。
なでなで。なでなで。
長いよ! 撫でるの長いよ母さん!
﹁か、母さん、挨拶はこれくらいで⋮⋮﹂
﹁はっ⋮⋮いけないわね。可愛すぎてつい⋮⋮﹂
俺が声をかけるまで、世界の次元の向こう側にいた母さんは、正
気に戻る。
娘とか、可愛いものなのかね? 俺は子供を持った事がないので
解らないが、母さんの様子を見ていると、何となくそんな風に思っ
た。
﹁アルドちゃん! 一番はあなただから! あなたが一番可愛いか
ら!﹂
﹁い、良いから! そう言うの要らないから!﹂
俺の様子を見て、母さんは何を思ったのか、俺を胸に抱きしめ、
ぐりぐりと頬を寄せる。俺は母さんの胸にされるがままになり、そ
れを何とか止めさせようと手を伸ばして抵抗する。
母さんが止めるまで抵抗していたが、結局母さんが満足するまで
離して貰えなかった。俺はぐったりしながら、
﹁に、庭の方に行こうか⋮⋮﹂
そう、何とか切り出すのがやっとだった。
87
庭に逃げるようにやってきたが、ここまで来て気づく、庭は綺麗
に整理されており、雑草の類も生えていない。しかし、整理されて
いるがゆえに、広い土のある地面と、それを囲う塀しか存在しない。
遊ぶには不適節かもしれなかった。
﹁さて、何して遊ぶ?﹂
ただ、異世界ではどんな遊びをするんだろうと、少し期待を込め
て、クリスとオリヴィアをみる。
﹁えっと⋮⋮﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
2人の様子を見るに、やはりこの庭はすっきりしすぎているらし
い。まぁ、剣の修行に使うくらいだからな。あまり2人を困らせて
もしょうがない、とこの事態を作り出した責任もあるし、俺から案
を出す。
﹁えっと、なら、身体を動かす遊びと、そうでない遊び、どっちが
いい?﹂
﹁⋮⋮身体を動かす遊び!﹂
まぁ、そうでしょうね。俺はクリスを見て、ちょっと苦笑しなが
ら頷く。オリヴィアを見ると、同じような顔をしていた。
さて、身体を動かす遊び、といっても、剣を振るくらいならとも
かく、かけっこをするには手狭な庭では、やれる事は少ない。なの
で、俺は前世の記憶から、適切そうな遊びを一つ、提案する。
88
﹁﹃だるまさんがころんだ﹄をしよう﹂
﹁だるまさんがころんだ?﹂
クリスとオリヴィアの疑問が重なる。俺は予想通りの反応に、そ
のまま説明を続ける。
﹁うん。この遊びはね││﹂
俺は、前世のうろ覚えな記憶を頼りに、﹁だるまさんがころんだ﹂
を説明する。この世界に似た遊びがあるんじゃないかと思っていた
が、2人の様子を見るに、まったく無いらしい。2人は説明が終わ
る頃には興味津々で、さっそく遊びながら説明する事にした。
﹁じゃ、最初は俺が鬼をやるから﹂そう言って、塀の片側につき、
2人は反対側につく。
﹁いいわよ!﹂
﹁準備万端です!﹂
﹁よーし。じゃ、だーるーまーさーんがー﹂
たたたっとかけてくる足音が聞こえてくる。普通なら、ここで早
く言い終えたりしてフェイントをかける所だが、最初からそれをや
るとややこしくなるだろう。そう思い、テンポを変えずに言い終え
る。
﹁こーろーんーだっ﹂
ばっと振り向くと、ぴたっ、とその場にいた全員が動きを止めた。
そう、全員。2人では無かった。一人増えている。
89
﹁母さん、何やってるんですか⋮⋮?﹂
﹁えー! 良いじゃない! 私も混ぜて!﹂
足を振り下ろす寸前の器用な格好で、母が止まっているのを見て、
俺はため息をつきながら、鬼の役を徹する。
その後も、母さんが大人気ない身体能力を発揮した以外は何も問
題なく、子供2人に楽しんで貰えた。一人満足げにしている大人も
いたが、まぁ、そっちはおまけである。
なんだか接待したサラリーマンな気分になりながら、2人を家の
途中まで送る。
﹁またね!﹂
﹁では、また﹂
別れ際、2人にそう言われ、俺は一瞬ぽかんとしたが、すぐに、
俺も同じように返す。そっか。なんだか、こういうやり取りは久し
ぶりだったので、驚いた。こうやって、またね、っていうのはなん
か良いな。同時に、前世で、さよならも言えずに別れを告げてしま
った仲間の事が頭を過ぎり、少し寂しくなる。
﹁何て顔してるのよ! また会えるわ!﹂
﹁そうですよ。また一緒に遊びましょう﹂
これ以上何か言えば、俺は泣き出しそうだったので、ばいばい!
とだけ言って家の方に向かって走る。2人泣きそうな顔を見られ
るのは、恥ずかしかった。
ちなみに、家ではアリシアの機嫌を取るのが大変││と思ったが、
あっさりと解決した。
90
盾に施したギミックを見せたら機嫌が直り、俺を無視して熱中す
る程だったのだ。逆に無視されるような感じになって俺は寂しく思
ったが、俺がクリスたちと遊んでいた時は、彼女も同じように思っ
ていたのだろうと我慢する。
さらに加えて、母さんに盾の性能実験に手伝って貰った所、その
日の夜に父さんと口論になっていた。
﹁あの子は天才よ! 鍛冶師に弟子入りさせるか、工房に通わせる
べきだわ!﹂
﹁な、何を言っているんだ⋮⋮この前は剣士にするって言っていた
じゃないか﹂
﹁両方するのよ!﹂
﹁子供に無茶をさせるな!﹂
始終こんな感じだった。母さんは俺の教育方針に関してかなりブ
レているらしい⋮⋮俺のせいで家族不和が出たりするのは嫌だった
が、父さんが上手く御してくれると信じたい。母さんが期待してく
れるのは嬉しいが、俺は普通人なので、正直天才! と期待される
のは勘弁して欲しい。どこかで落ち着いてくれると嬉しいんだが⋮⋮
そんな事を考えながら、壁の隅でまだ俺の盾の構造を見ているア
リシアを見、おやすみと声をかける。まったく気づいてくれなかっ
た事に地味にショックを受けつつ、今度からもっとアリシアに気を
使おう⋮⋮と思いながら眠りについた。
91
第9話﹁異世界の遊び﹂︵後書き︶
ちょっと前々話で描写もれがありましたので、追記しました。
92
第10話﹁異変﹂
盾の出来が思ったより良かったので、それをサンプルに防具も作
る。
﹁ふぅ⋮⋮﹂
三日程かけて、母さんから貰った皮鎧の上に木で出来た装甲部分
を追加する。モザイク模様の防具の出来に満足した。素人細工では
あるが、盾と同じで細工よりも模様にこそ意味があるので、OKと
する。実験が一通り終わって、安全性が確かめられたら、その内本
職の鍛冶師などと相談して、防具をつくって貰うのも良いかもしれ
ない。
部屋で試着して見て、自分の姿を見ようとして、鏡が無いことに
気づいて顔をしかめる。
この世界では、鏡は高価なもので、姿見なんていったら目がぶっ
飛ぶくらい高いらしい。アリシアが、そんなものは貴族か王族しか
使わないと言っていた。
情報は古いらしいので、物価がどれくらい違うのか知らないが、
家には無い程度には高いようだ。母さんも手鏡を使っていたし。
﹃どうかな? 似合う?﹄
﹃良いと思う。戦士っぽくなければもっと良い﹄
アリシア基準で、ちゃんと戦士っぽく見えることに安堵する。そ
れをもって、デザインとしてはOKという事にしておく。
最初、皮鎧などで武装するのは、魔術師っぽくなくて嫌、とアリ
シアが言っていたが、寄木細工風の盾と鎧は魔術師としてOKらし
93
い。アリシアの基準がイマイチ解らない。
今回もサンプルとして満足いくものが出来たので、俺はそれを演
算領域内にメモっておく。将来ロボットを作成する時に、役に立つ
だろうからだ。
こうやってちょっとずつ必要なものをつくっていって、最後にそ
れらを合わせ、目標であるロボットを作る。なんでこんな遠回りな
事をしているかと言うと、肝心な部分が無いからだった。
﹁電気みたいなものがあればなぁ⋮⋮﹂
思わず呟く。問題はそこだった。前世で動力と言えば、基本的に
バッテリー。つまり電気だった。ロボットの総重量の三分の1から
2くらいはこれだと言っても良いくらいの重要機関。これの代わり
になるものがない。
いや、魔力はあるんだが、人間の持っている魔力を当てにすると
なると、人間がバッテリー代わりになれるくらい大量の魔力を保持
していなければならず、それだとコンセプトである、﹁才能に関わ
らず使用できる﹂という部分が解消できない。魔力は万人が持って
いるが、そこまで大量に持っている者はまれで、そう言った人物は
大抵、上級魔法使いとか言われる存在である。
﹁まぁ、いったんは自分で動かすって方向性でいいか﹂
そこは仕方なく棚上げする。無いものねだりしてもしょうがない
し、まだロボットも出来ていない。形を作ってから入れ込んでも良
いのだ。
そう言い聞かせて、俺は防具をしまって日曜学校に向かう準備を
始めた。といっても、荷物なんてない。ナイフだけは、﹁早く扱い
になれるために、常に身に付けて置きなさい!﹂と母さんに言われ
94
たので、目立たないように腰に付ける。下手に振り回したりできな
いし、学校でこれを見つけた他の子供が、触ってきたりしないよう
にだ。つか、良いのかな? 母さん、これはやっぱり5才時に持た
せるには早い気がします。信頼してくれてるって事なら、多少嬉し
いけども。
荷物忘れ物がないか、最後に部屋を見回す。
﹃アルド、いこ﹄
アリシアの念話に一つ頷いて、俺は部屋を出た。
﹁いってきまーす!﹂
﹁あ、アルド! 待ちなさい!﹂
部屋を出て、さぁ行くぞ! とテンションをあげていたので、突
然の声に出鼻を挫かれた。はて何かやらかしただろうかと首を傾げ
る。
﹁何? 母さん﹂
﹁えっと、今日は真っ直ぐ帰ってくるのよ﹂
﹁? 解った﹂
母さんが、少し固い表情でそう言う。何かあったっけ? 今日は。
ちょっと不思議に思いながら、俺は素直に頷く。頷いてから、ふ
と、クリスとオリヴィアの顔が浮かんだ。今日は日曜学校。2人が
病気で休みでもしない限りは、当然顔を合わせるだろう。合わせた
ら、そのまま遊ぶ約束をするかもしれない。
そこまで思い至ったので、即答した後で言いづらいが、母さんに
聞いてみた。
95
﹁あ、友達と遊んでくるかもしれない⋮⋮だめ?﹂
さっき解ったと言ってしまった手前、普通に言ってもダメだろう
と、少し首を傾げあざとい感じに聞いてみる。
﹁⋮⋮ごめんね。今日は、帰って来てからお願いしたい事があるの。
だから早く帰って来てね﹂
あれ? 何か変な気がする。まぁ、ここまで言うくらいだから、重要な事
があるんだろう。
﹁ん。わかった﹂
が、少し不満な顔はしておく。2人に誘われた場合、今日はどん
な魅力的な内容であっても断らなくてはならなくなったのだ。これ
くらいは許してもらおう。
﹁⋮⋮ふふ。真っ直ぐ帰って来たら、お菓子焼いてあげるから﹂
﹁ほんと! わかった!﹂
うん。もう許す。許すわ。この世界、甘い物が少ない。母さんは
料理が上手く、たまに焼いてくれるが、そうでもなければ食べられ
ない。お菓子は頻繁にはない嗜好品なのだ。
日曜学校。
俺は今日も今日とて、授業をさぼりながらモニターに思いついた
事を書き込んでいく。最近は、アリシアは俺のメモを見ながら︵自
96
分しか見れなかったが、彼女にも見えるように改良した︶大人しく
していた。自分で言うのも何だが、面白いのだろうか? 彼女は魔術師として研究者っぽい資質があるので、興味が引かれ
るものがあるのかもしれない。
授業も休憩時間も関係なくそうしていると、横から声をかけられ
た。
﹁また空見てる。面白いものでもあるの?﹂
﹁あると言えばあるし、無いといえば無いかな?﹂
﹁何それ。また変な事いってる!﹂
声の主で、誰だか解っていたので、特にそちらを見ずに答える。
そうすると、目には見えないが、ちくちくと視線が自分の横顔に集
まって来ているのを感じる。
﹁こんにちは。クリス﹂
﹁こんにちは! アルド﹂
俺は根負けして、クリスの方を向き、まず挨拶した。
すると彼女は、当然ね! と言わんばかりに腕を組み、元気よく
挨拶を返してくれる。まぁ、今のはちゃんと挨拶しなかった俺が悪
いとはいえ、ドヤ顔が少々うざい。
﹁お二人とも、こんにちは。今日もいい天気ですね﹂
﹁オリヴィア、こんにちは﹂
挨拶と一緒に、社交辞令じみた天気の話題を投げかけてくる、オ
リヴィアとは雲泥の差だなぁ、なんてクリスを見ていたら、睨まれ
た。俺はすかさずクリスから目をそらす。
97
﹁こんにちは、オリヴィア。⋮⋮なんか、アルドの挨拶が私の時よ
りちゃんとしてた気がする﹂
﹁いや、ちゃんと挨拶したよ。うん﹂
﹁そういう所がてきとうなのよ!﹂
技とらしく、クリスを煽ってやる。すると、予想通りにうがー!
っと声をあげるクリスを余所に、俺はくくく、と笑いを漏らす。
オリヴィアも俺とクリスのやり取りをみて、口元を手で隠しながら、
小さく笑っていた
。
最近は、こんな風にじゃれ合えるようになった。クリスは段々俺
が適当になった、失礼になったと目くじら立てるが、残念だがそれ
が素だ。逆をいえば、俺は、素を出せる程度には、2人に気を許し
ていた。
﹁ねぇ、2人とも、今日は学校が終わったら遊ばない?﹂
半ば予想していた通り、そう俺とオリヴィアに言って来たのは、
クリスだった。
﹁あー⋮⋮ごめん。今日は母さんに家の手伝いをするように言われ
てるんだ。また今度な﹂
歯切れが悪くなったのは、仕方ない事だろう。予想はしていた、
とはいえ、断りづらいものは断りづらい。
﹁わたくしも⋮⋮今日はお茶のお稽古がありますので﹂
と、困ったような顔をしていた。意外である。二重の意味で。一
つは、俺はオリヴィアはてっきり、クリスと一緒にいるであろうと
98
思っていた事。
俺とオリヴィアに断られたクリスは、くしゃっと顔をゆがめる。
﹁そ、そう⋮⋮なら、仕方ないわね!﹂
今度、何か埋め合わせしてやらないとな。
学校の授業は滞りなく終わった。相変わらず、意欲的に学べる授
業はなかった。どの授業も触り程度しかやらない。
最近、歴史の授業が始まったが、内容は自国の事に偏っており、
いかにして勝ったか、また、いかに素晴らしいか、という事しか教
えて貰えず、退屈な分、英雄の物語より質が悪い。授業内容は演算
領域にコピーだけし、知識の肥やしにしてしまった。
﹁またね!﹂
クリスの元気な声が響く。街壁の門の方に向かう彼女を見送り、
途中までオリヴィアと歩く。
﹁ほんとは、クリスちゃんと遊べたら良かったんですが⋮⋮﹂
﹁だな。急に母さんに手伝いとか言われなかったらなー﹂
何気なく言った言葉に、オリヴィアがあら、と声をあげる。
﹁アルドさんもだったんですか。私も、今日はお稽古の日ではない
のに、急に親に稽古を入れるから、と言われまして⋮⋮﹂
オリヴィアは、俺の言った事に、何気なく返しただけなのだろう。
だが、俺はその言葉に、とてつもなく、違和感を覚えた。
99
﹁何だって?﹂
俺は思わず立ち止まった。何か、喉の奥に引っかかるような思い
があった。その疑問を押し広げるように、大人たちの焦ったような
声が聞こえる。
﹁おいっ! 向こうの門だ!﹂
﹁本当か!? なんてこった、急げ!﹂
向こうの門。咄嗟に、その方角へ走り去った、クリスの顔が浮か
ぶ。
俺は、急かされるように走りだす。
﹁あ、アルドさん!?﹂
﹁ごめんオリヴィア! ちょっと用事を思い出した! 先に帰って
くれ!﹂
唐突に走りだしたオリヴィアが、驚いた声をあげるが、俺は言い
捨てて、止まらない。
﹃アルド? どうしたの?﹄
﹃解らない。でも、何か不安で﹄
浮いてついてくるアリシアが、少し戸惑ったように聞いてくるが、
俺も確信がある訳では無かった。
ペース配分を考えずに街の中を走り抜ける。見かける街の人の様
子が、いつもと違って見える。
不安が、焦燥に変わり、もっと速く走らなければと思う。しかし、
息があがって思うように足が動かなくなる。
もう少しで街壁の門、という所で、俺は足を止めた。もう走るの
100
は限界だった。最近は剣の修業もしていたが、もっと持久力を付け
るべきかもしれない。
立ち止まり、膝に手を付いて、息を整える。
﹁⋮⋮アルド?﹂
そこで、探していた人物の声が聞こえた。
息苦しいのも忘れ、顔をあげる。そこには、怪訝な顔をしたクリ
スがいた。彼女の様子は、さっき別れた時と何も変わっていない。
﹁どうしたのよ。いったい﹂
なんだ。何もなかった。
俺はなんだが、急に恥ずかしくなってきた。ちょっと違和感が重
なって、それを不安に感じて、空回りして。
﹁えっと、いや⋮⋮﹂
クリスに何て説明しよう。まさか、俺が勝手に不安になって、ク
リスが心配になったとか、恥ずかしすぎて言えない。
﹁あ、もしかして、遊べるの!?﹂
クリスが、目を輝かせてそう言いだす。俺は恥ずかしさを誤魔化
すために、遊びに来た、と答えるか迷った。
母さんには、後で謝ろうか。そう考えた。
﹃アルド!﹄
アリシアの、焦った声が聞こえた。アリシアを見ると、彼女は、
怯えた様子で一点を見ていた。
101
俺も、何気ない気持ちで、アリシアが見ているものを見る。
最初に、違和感があった。
街壁の門が閉まっている。門が閉じるとああなるんだな。事態が
呑み込めていない俺は、呑気にそう思った。
すぐに気づくべきだった。周りは誰もいなかった。衛兵も、街の
人も、不自然なくらいに。
異変と、俺がさっき感じていた不安は、すぐに現実のものとなっ
た。
街壁の門が音を立てて崩れるのが目に入った。
ささやかで、不変だと思っていた日常が、唐突に、崩れた気がし
た。
102
第11話﹁魔物。初めての戦闘﹂
門が崩れた。
目の前で起こった事が理解できず、俺は呆然と立ち尽くす。崩れ
た門の先から、緑色が溢れだした。
思考停止しかけて、ぼんやりとした頭が、その緑色の物体を見、
一つの単語を弾きだした。
ゴブリン、と。
背丈は5才児の自分よりも大きい。体格的には10才児そこそこ
か。しかし、盛り上がった筋肉は、到底貧弱には見えない。
逃げないと、いけない。本能が、そう警告してきた。が、身体は
わずかに震えただけで、動かない。動けない。恐怖を前に、目を逸
らす事すらできなかった。
﹃アルド!!﹄
がん、と頭に響く念話。頭の横で、二つに分かれた銀糸のような
ツインテールが視界に入る。必死な形相で、魔力まで使って、アリ
シアは俺の身体を強く揺さぶった。
﹃逃げるの! 早く!﹄
俺は、なされるままに揺さぶられ、それでも何とか頷く。身体は
強ばっていたが、動く。
﹁クリス! 逃げるぞ!﹂
俺は、俺と同じように固まっていたクリスの手を取る。彼女は状
103
況を理解できていないようだったが、俺に手を引かれるがままに走
りだした。
﹁ゲ、ゲギャギャ!﹂
一体のゴブリンが、逃げ出す俺たちに気づき、声を上げた。さっ
き見たときは、三体。それが破れた門から、卵の殻をを突き破り出
てくる雛のように出現していた。
俺は振り返らない。振り返り、足が止まるのを恐れ、萎縮し、そ
の足がもつれるを恐れた。
クリスの手を強く握りながら、俺は足を動かす。しかし、クリス
は違った。
﹁きゃっ﹂
小さい悲鳴があがる。俺の手に手にがくんと重さがかかる。クリ
スは、背後が気になっていたらしく、走る事に集中できず、結果、
石に足を取られて転倒した。
クリスの手を強く握っていた俺は、一緒になって転びかけ、それ
でもなんとか転ばずにすんだ。
ゴブリンが迫る。俺は、クリスを助け起こしながら、奴らの姿を
見る。
4匹。一体増えた。耳障りな声を上げ、走る速度は、俺たちより
も早い。奴らが手に持つ小剣、その錆すら見えてくる。汚く汚れた
牙を剥く、醜悪な顔がよく見える。
奴らとの距離が迫る。逃げきれない。そう思った。
﹁あっ⋮⋮﹂
助け起こそうとしたクリスが、上手く身体を起こせない。恐怖か
104
ら、足が震えてしまっていた。
転倒した痛みか、恐怖からか、潤んだ瞳をしたクリスと目が合う。
縋るような目。
一瞬、彼女を見捨て、走り去るべきではないのか。酷く冷酷に、
俺に囁くような思考が生まれる。彼女の手を振りきって、逃げる。
腰を抜かした彼女は、ゴブリンに襲われるだろう。その隙に、距離
を稼ぐ。
それは、酷く合理的な考えに思えた。自分の命には代えられない。
小を犠牲にして、大を生かす。彼女は運が無かっただけ⋮⋮
﹁くそっ!﹂
俺は、クリスの手を振りきった。
さっきまで考えていた、クズな自分の思考と共に。
クリスの手を取る代わりに、俺は、腰に隠していたナイフを握り、
引き抜く。最近毎日触っているナイフの感触にほんの少し、安堵す
る。
﹁クリス! なんとか俺の家まで行って、母さんを呼んで来てくれ
!﹂
俺はとっさにそんな事を口にしていた。考えあっての事じゃない。
だが、母さんなら、こんなピンチを悠々と切り抜けてみせる。そん
な確信だけがあった。
﹁あ、アルドは!? どうするの!?﹂
﹁俺がここで時間を稼ぐ⋮⋮だから早く!﹂
何とか立ち上がった彼女の姿を横目に、ゴブリンに向き直る。4
匹のゴブリンは、小さなナイフを構える俺をあざ笑うように声をあ
105
げた。
﹁ゲギャギャギャ!﹂
いや、事実笑っていた。震える俺の姿に、格下の相手に。
だが、黙ってやられてやる気は無い。
俺の魔術に攻撃用の物は存在しない。これまでそういった魔術を
試せるような場所がなく、また必要性がなかった。それに、間違っ
てでも暴走させれば、大惨事になる。おいそれとはできなかった。
だから、俺には直接的に攻撃できる、RPGなんかでよくある﹁
攻撃魔法﹂を持っていない。
だけどそれは、攻撃手段を持っていない、という訳じゃない。
﹁アプリケーション︽マリオネット︾モーション02、01を連続
起動﹂
魔術式が起動する。淡い光を灯す文字が、俺の全身で踊る。たっ
た一つの動作を再現する為だけに、演算領域で目まぐるしく数値が
変動し、恐怖で強ばっていた俺の身体が、動作に最適な身体に、強
制的に変異させられる。
﹁⋮⋮っ!﹂
以前、母さんが見せた、ローパーへ距離を詰めた疾走。構えたナ
イフに隠れるようにして、俺は一体のゴブリンに迫る。迫る俺に、
ゴブリンが声をあげる。
﹁ゲギャッ!﹂
106
それは怒りに満ちていた。格下だと嘗めていた相手、それが、噛
みつかんと牙を剥いたのだ。目の前にいる格下に、格の違いを教え
てやる。そんな傲慢さが見えた。ゴブリンが、手にした小剣を、振
り下ろす。
俺は、あの日見た母さんの姿そのままに、ナイフで弾き、更に一
うごき
歩、俺のナイフの間合いに入る。
しかし、俺の魔術は止まらない。
﹁はあっ!﹂
未だに一振りしかできない振り下ろしの一撃。剣を弾かれ、中途
半端に体を開いていたゴブリンの脳天に、吸い込まれるようにして
ナイフが閃く。
がきっ、と頑強な頭骨に、ナイフが侵入する手応え。だが、ナイ
フはゴブリンの頭を鼻の辺りまで割った所で、ぽきりと折れる。
赤黒い血が吹き出し、俺の身体を頭から汚していく。
手に残る喪失感。気持ち悪い、そう思う暇すらなかった。それに、
ナイフにばかり気を取られている暇はない。使っていた武器はなく
なった。なら、代わりを用意しなければならない。
一太刀で仲間をやられたゴブリン達が棒立ちになっている間に、
今殺した一体の手から、錆の浮く小剣を奪う。
﹁クリスっ! 俺は大丈夫だ! 早く母さんを呼んで来てくれ!﹂
俺は横目で、ぽかんとしてこちらを見ているクリスに怒鳴る。
クリスは、何度か目を瞬いて、俺がゴブリン相手に戦える事を理
解すると、何度も頷いて、俺の家の方に向かって走っていった。
﹁頼むぜ⋮⋮﹂
107
なんせもう、限界だからな。俺は、額を流れる冷汗を拭う余裕も
なく、ゴブリンを睨み続ける。
ゴブリン達は、クリスが走っていくのを忌々しそうに眺めていた
が、俺が小剣の切っ先で牽制すると、露骨に警戒してくれる。
﹃アルド⋮⋮﹄
﹃⋮⋮心配しないでくれ。時間稼ぎ、するだけなんだからさ﹄
アリシアの悲痛なまでの念話が聞こえてくる。遠くなりかける意
識を、彼女の念話で繋ぎとめる。
カタ、カタ⋮⋮
今、こうして立てている事自体が、奇跡だった。これ以上はもう
ない。俺にできるのは、この膠着を一分、一秒で良いから伸ばすこ
とだ。
カタカタカタ⋮⋮
さっきから、何の音だ? 俺は、ゴブリンが何かしかけてくるの
かと冷や冷やしながら、鋭く視線を走らせる。目に映るのは、こち
らを警戒し、俺の動きを見逃さんと固まっているゴブリンの姿だけ。
何か鳴っているものなんてない。
カタカタカタカタ⋮⋮
音は、段々とひどくなる。そこで、気づいた。
﹁はは⋮⋮﹂
その音は、震える俺の手が、小剣を固定しきれずになる音だった。
作りの悪い剣、その手元が俺の手の震えに応じてカタカタカタ、俺
をあざ笑うかのように音を立てている。そして、それは時間を置く
程に大きくなる。
俺の手は、もう切っ先を固定するのも難しい程、疲労していた。
そして、俺は今の今までその疲労に気づけない程、疲弊していた。
108
﹁ゲギャギャギャ!﹂
ゴブリン達が、騒ぎ立て始める。俺が限界だと、そう気づいたか
らだ。その態度には、怒りすら滲んでいた。それはそうだろう。限
界で、指一本まともに動かせない相手にビビり、餌となる人間を1
人、取り逃がしたのだ。
苛立ち紛れに、一匹のゴブリンが、前に出ながら俺に向かって剣
を振り上げる。
﹁くっ⋮⋮!﹂
鈍い光を返す、小剣が迫ってくる。当然、俺は回避しようと身体
を動かす。が、疲労を自覚したためか、身体はまともに動かない。
﹁あっ⋮⋮!﹂
結果、俺は尻餅をついた。
小剣が空を切る。しかし、それは偶然の産物だ。偶然は、そう何
度も起こりはしない。
﹃アルド! ⋮⋮アルドは、私が守る⋮⋮!﹄
﹃アリ、シア⋮⋮﹄
アリシアが、ゴブリンの前に立ち塞がる。彼女の姿が見えないゴ
ブリンは、当然気にも留めない。俺は、アリシアと、再度剣を振り
かぶるゴブリンを、茫然と眺めた。
次の瞬間、アリシアの周囲、つまり、俺の前方に魔力が集まり始
める。
﹁ギャ⋮⋮!?﹂
109
ゴブリンが、異変を感じ、俺から離れようとしたが、俺はその時
に感じ取った。
遅い││と。
すでに臨界まで高まった魔力が、世界に形を成す。アリシアの突
き出した両手、その前方に魔術式が現れ、円環を作る。
まりょく
﹃我、この存在を持ってこの地に刻まん。颶風の刃≪ウィンドスラ
ッシュ≫﹄
顕在化した魔力が、風の刃となって、目の前にいたゴブリンと、
その後ろにいたゴブリン一体を切り裂く。
ぼとり、とゴブリンの上半身と下半身が泣き別れた。
初めて見る││アリシアの魔術。彼女は俺の魔術の師だったが、
これまで魔術を使った事はなかった。念話、俺に対する悪戯に、少
し魔力を使ったが、その程度だ。
何故なら、彼女の扱う魔力は、命そのもの。その身体を構成する
物質そのものだったからだ。俺はそれを理解していたから、魔術を
使わせた事はなかった。
﹃アリシア!﹄
今度は、俺が叫ぶ番だった。文字通りに、己の命を削った一撃。
アリシアは、透けて見えるその身体に、疲労と、苦痛を表しながら、
俺に向かって気丈に微笑む。
﹃大丈夫、だから。アルド。あなたは私が守ってあげるから﹄
ダメだ。そんなの。何のために、俺が、ここまで頑張っていると
思ってるんだ。
110
﹃生きてね、アルド﹄
そんな、遺言みたいな言葉、俺は認めない。許さない。
俺が、ここまで、命を張って頑張ったのは、俺のためだ。
俺が、この異世界に来て、初めて得た繋がり。それを無くしたく
なかったからだ。
俺だけ助かってもダメだった。だからクリスを助けた。クリスが
居なくなって、日常が壊れるのが嫌だった。だから、俺は、必死に
なって時間稼ぎした。それなのに、それなのに。
アリシアが、消えたら意味がない。
この世界で、最も長く一緒にいる彼女が消えたら意味がない。
﹃アリシアッッ!﹄
俺は、もう声を出せない程に疲弊していた。だから、力いっぱい
に念話で、アリシアの気を引こうとした。
﹃⋮⋮﹄
そんな俺に、アリシアは儚く微笑みを返す。
アリシアは、ゴブリンを睨みつける。そんなアリシアの姿が見え
た訳ではないだろうが、残ったゴブリンは、新しい脅威、魔術の前
に狼狽えていた。
しかし、腹を決めたのか、ゴブリンは聞くに堪えない声を上げな
がら、俺の方に向かって走り出した。
アリシアが、魔術を唱え始める。
﹃我、この⋮⋮﹄
﹁どうやら、間に合ったみたいね﹂
111
しかし、アリシアの魔術が完成するよりも早く、金色の風が吹き
荒れ、ゴブリンの首が飛んだ。
﹁母、さん⋮⋮﹂
母さんは、長い金髪を左手で払いながら、右手に持った剣を一振
りし、剣についた血を振り落す。そして、剣をしまって俺に近づき
ながら、優しく微笑んだ。
﹁アルド。良く、頑張ったわね。偉いわ﹂
﹁かあ、さ、う、うあぁぁぁぁっ!﹂
膝をつき、俺を胸に抱いてくれた母さんに、俺は思い切り母さん
に抱き着き、大声で泣き喚いた。
﹁こわ、かった、怖かったよ⋮⋮﹂
﹁よしよし。クリスちゃんも無事よ? ちゃんと女の子を守れたわ
ね。さすが、私の子だわ!﹂
母さんが俺の頭を撫でるに任せて、俺は泣き続け、落ち着いた所
で、母さんに助け起こされながら立ち上がる。
﹁アルド、一度家に帰りなさい。オリヴィアちゃんが居るから。彼
女と合流して、上層街に行きなさい﹂
﹁母さんは⋮⋮?﹂
﹁私は、まだやる事があるわ﹂
やる事、というのは恐らく壊された門の事だろう。母さんが心配
になり、引き止めようかと迷ったが、そんな心配はしても無駄なの
112
だろうとも思う。
﹁⋮⋮解った﹂
俺は、涙を拭いながら、母さんの指示に従う。母さんは俺の頭を
一撫ですると、来た時と同じように、金髪をなびかせながら門の方
に向かって走りだした。
一人、残された俺は、家に向かう前に、アリシアに向き直った。
﹃アリシア﹄
﹃アルド、無事で、良かった﹄
﹃全然良くない! 無事なんかじゃなかった!﹄
﹃アルド⋮⋮﹄
﹃なんで、自分を犠牲にしようとしたんだよ! それじゃ、ダメな
んだよ! アリシアが、アリシアがいなきゃ⋮⋮﹄
それ以上は、言葉にならなかった。自分でも、何が言いたいのか
解らない。言葉にできないもどかしさを感じているし、さっき自分
を犠牲にしようとしたアリシアに、酷く腹がたった。
﹃アルド⋮⋮ごめんね?﹄
﹃⋮⋮もう、あんな無茶、しないでくれ﹄
﹃アルドも、だよ⋮⋮私も、すごく、心配だったんだよ⋮⋮﹄
よく見たら、アリシアの目にも、涙が浮かんでいた。たった数年
の付き合いだが、初めてみる彼女の涙に、動揺する。
﹃わかった。俺も、無茶しないから﹄
﹃ん。約束﹄
113
そう言って、何とか2人で笑い合う。
俺は、助かったんだと、ようやく心からそう思えた。
114
第12話﹁魔物の氾濫﹂
オーバーフロー
息子がちゃんと家に向かったどうか、確かめている余裕はなかっ
た。
始まってしまったのだ。魔物の氾濫が。
ここ最近、街の周りでは魔物の活動が活発になっていた。その原
因はまだ解明されては居なかったが、夫と私の予想では、近くに︽
迷宮︾が出来てしまったのではないか考えていた。
それも、魔物を溢れさせてしまう程に成熟した迷宮だ。
その懸念があったから、息子には家にいさせたくて、用事がある、
なんて嘘をついていたのだが⋮⋮まさか、今日こんなになるなんて。
こんなになるまで、本当に誰も気づかなかったのだろうか? 冒
険者を引退していた私ですら、魔物が活発化したと聞いて、予想が
立てられたのに、現役の人間が気づかないなんて事あるのだろうか、
と疑問が頭を過ぎるが、今は目の前の問題に集中しないといけない
だろう。
こんな非常時だ、私は息子の事が気になった。しかし、少なくと
も家までは安全なはず。通り道付近に不穏な気配はなかった事を思
いだし、強引にそうと納得する。そうでもしなければ、今すぐ踵を
返して、息子を抱え上げ、安心させたくなってしまう。
つい先ほどの、息子の姿を思い出す。まともに戦いをした事もな
い子供が、ゴブリン四体を相手にし、その内三体を屠ったのだ。天
才、という言葉で片づけるには、出来すぎな気がした。あの子は愛
されている。何に、と言われば、神に。かつての自分なら、鼻で笑
ったろうが、あの子の成長を見ていれば、そう思わずには居られな
い。
私は、自分の顔が緩むのを止められなかった。
115
﹁あなた。私たちの育て方は間違ってなかったわ。アルドは良い子
に育ってる﹂
5才にして、ゴブリンを退けるだけの戦闘の才能。そんなものよ
りも、私はもっと嬉しい事実がある。
息子の友達であるオリヴィアちゃんが、家に来て、アルドの焦っ
た様子を伝えてくれた後、私は家を出て息子の姿を探した。途中、
泣きじゃくるクリスちゃんを見つけ、事情を聞けば、息子は、彼女
を助けるためにゴブリン相手に囮になったという。
初めは、背筋が凍った。自分の息子が、私より先に死ぬのではな
いのかと。
ゴブリンの死体に囲まれながら、最後の一体のゴブリンに斬られ
そうになる息子の姿を見たときは、身体の奥がカッと熱くなった。
息子が生きているという安堵と、絶対に死なせはしないという覚
悟。激情といっても良いほどに渦巻く思いが、私の身体を駆けめぐ
り、かつて無いほどに魔力を高め、身体を動かす活力となった。
私は寸での所で息子を助け、息子に優しく声をかけ、胸に抱いた。
本当は、叱るつもりだったのだ。早く帰ってきなさいと言ったで
しょうと。無茶をするんじゃありませんと。しかし、息子の姿を見
たとき、一番最初に思った言葉が出たのだ。良く頑張ったわね、と。
﹁ふふ⋮⋮女の子を身を挺して守るなんて、流石私とあの人の息子
ね。帰ったらもう一度、ちゃんと誉めてあげないと﹂
そう、呟きながら走り続けると、東門が見える。それと、門の惨
状が目に入った。門が破られ、そこからゴブリンが溢れている。
この様子では、衛兵はこちらに回る余裕がないという事だろう。
﹁面倒ね⋮⋮早くあの子の元に帰りたいのだけど!﹂
116
魔物の中では下級にあたるとはいえ、数が油断できない。私は気
を引き締める。
ルーラークラス
︵数が多い⋮⋮まさか、支配級がいる? 急いで片づけるべきね︶
構えた剣に魔力を通し、私は手始めに、間合いに近いゴブリンを
一刀両断にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
俺とアリシアは、母さんと別れたあと、母さんの指示に従って家
に向かった。
﹁アルド! ぶじだっだんだねぇぇぇ!﹂
家で出迎えてくれたのは、顔をぐしゃぐしゃに歪めたクリスで、
ゴブリンの血に汚れた俺の姿に気にもせず、抱きついてくる。
﹁うわっ﹂
体力が限界だった俺は、受け止める事も出来ずに、一緒になって
玄関先に倒れ込む。
﹁わだじ、なん、なんにもでぎなぐで! ごわぐで! アルドが、
アルドがぁ⋮⋮﹂
何を言っているのか、半分も解らなかったが、俺の胸で泣き続け
る彼女が、俺を心配してくれていた、というのは十分に伝わって来
た。
117
﹁アルド、さん⋮⋮!﹂
クリスが飛び込んで来た後は、オリヴィアが駆け寄ってきて、俺
のすぐ側まで寄ってくる。
﹁クリスさんから聞きました⋮⋮! なんで、そんな無茶したんで
すか! アルドさんと、クリスさんに何かあったら、わたくし、わ
たくし⋮⋮!﹂
オリヴィアは、俺の手を取りながら、怒ったような、泣いてるよ
うな、複雑な表情を浮かべた。
戻ってこれて、良かった。俺は、心底そう思った。こんなにも心
配してくれる彼女たちを、悲しませなくて済んだ。
﹁うん⋮⋮うん。ごめん。2人とも、ありがとう⋮⋮﹂
さっき、さんざん母さんの胸で泣いてきたというのに、俺の目か
ら涙が止まる事はなかった。
﹁これから、どうするんですか⋮⋮?﹂
﹁うん。上層街に行こう﹂
どこか怯えながら、オリヴィアは俺にそう聞いてきた。俺は、盾
と鎧を身につけながら、いつもよりもはっきりと答える。ここで俺
が、恐怖や、優柔不断な態度を見せれば、彼女たちにそれらが伝染
すると思ったからだ。
118
﹁上層街⋮⋮? なんで?﹂
すっかり萎縮し、元気を無くしているクリスが、そう聞いてくる
が、俺も理由までははっきりと聞いていない。
が、言いよどんだりせずになるべくゆっくり、自分の考えを述べ
た。
﹁母さんがそっちに逃げろって。たぶん、こういう事態になった時
に避難できる何かがあるんだと思う﹂
予測だけど、間違っていない筈だ。上層街には、貴族が住んでい
たはず。なら、逃走経路なり、防御する設備なりがきっとある⋮⋮
はずだ。
それに、このタイミングで意味もなく、母さんが上層街に向かう
とは思えない。
﹁⋮⋮そういえば、有事の際は、上層街に立てこもる事ができると、
以前父が言っておりました﹂
﹁なら、たぶんそれだ。⋮⋮周囲に気を付けながら、急いで行こう﹂
俺は身支度を整え、ついでにゴブリンの剣も持つ。少しは身体を
動かせるが、武器を使えるかわ微妙な所だ。しかし、牽制程度には
なるかもしれない。
人の気配を感じない街を、俺、クリス、オリヴィアは進む。彼女
たちは、俺の両手を強く握っており、邪魔になった剣と盾は、盾の
ベルトを使って背中に固定した。
俺個人としては、盾も剣も構えた状態で居たかったが、これで彼
女たちが安心できるなら良いか、と思い直す。
﹁あ、あそこが上層街の入り口です!﹂
119
オリヴィアが安堵の息を吐きながら、上層街の入り口を指さした。
そこは、東門のよりもしっかりとした作りの壁がある一角で、門
自体も、外と繋がる東門とは作りが違う。確かにここなら、安全か
もしれない、と石造りのそれを見上げながら思った。
﹁あそこなら、大丈夫そうだな﹂
﹁う、うん﹂
クリスにそう言い聞かせながら、俺も内心では安堵していた。あ
そこならそうそうに打ち破られそうにないし、母さんが戻ってくる
まで安全だろう。
﹁中に父と母がいる筈です。ここからは、わたくしが案内いたしま
すね﹂
オリヴィアの言葉に頷き、彼女に手を引かれながら、門に向かう。
てか、今何気にオリヴィアが貴族だって事が発覚しなかったか? 先に避難してる、って可能性もなくは無いだろうが、それにしたっ
て、彼女は中に両親がいる事を疑ってない。
⋮⋮これまで、随分失礼な態度でいなかったろうか。罰せられた
りしないか?
俺は、さっきまでとは全く違う理由で顔を青くさせていた。
門はあっさりと通れた。
門には衛兵が辺りを見回すための溝があり、そこから見張りをし
ていた衛兵2人にオリヴィアが事情を話して、中に入れてもらった
のだ。
﹁オリヴィアお嬢様⋮⋮! ご無事でしたか!﹂
120
うん。今お嬢様って言っちゃったね。貴族確定だよね。手を離し
たり下方が良いんじゃないかと思ったが、オリヴィアがぎゅっと握
っていたので、離したくても離せない。
﹁坊主たちも良く無事だったな。向こうで休める場所がある。そっ
ちでゆっくり休みなさい﹂
衛兵に案内されながら、上層街の広場に向かうと、そこには街の
人間が集められていた。一人の貴族らしい人物が、衛兵に何やら指
示を飛ばしている。指示を受けた衛兵たちは、街の人に飲み物を配
ったり、イライラしている街の人間を宥めたりしていた。
﹁お父様!﹂
オリヴィアが、手を離して貴族らしい人物の元へ駆けて行った。
彼女の事を見つけた貴族が、彼女の身体をぎゅっと抱き留める。オ
リヴィアの目からは、涙が流れており、安堵した表情を貴族に見せ
ていた。
邪魔したら悪そうだな。ここに居たら、オリヴィアと話す時間は
あるだろうし。
﹁クリス、どこか休める所を探さないか?﹂
﹁うん﹂
小さく頷くクリスの手を引き、広場を適当に歩き出す。どこも人
がおり、落ち着ける場所が中々ない。そんな時、少し目立つ赤毛を
した、恰幅の良い婦人と、その夫らしい人物を見つけた。
﹁おかあさんっ!﹂
121
クリスが、嬉しそうに走りだした。俺の手を握ったまま。俺はび
っくりして引っ張られながら、赤毛の夫妻の元へ走る。
﹁ああ! クリス、クリス! 良く無事で⋮⋮!﹂
﹁クリス! 無事だったか! おれぁ、心配で心配で⋮⋮!﹂
夫妻が、クリスを抱き留め、わんわん泣き始めたクリスと一緒に、
涙を流している。
﹁おっ⋮⋮坊主はどこの坊主だ?﹂
﹁あれま⋮⋮親御さんはどうしたんだい?﹂
夫妻が俺に気づいた。まぁ、未だにクリスに左手を握られてるし
な。気になるよね。
﹁えっと、アルドって言います。クリスさんのお友達をさせて貰っ
てます﹂
なんて言って挨拶していいのか解らないので、俺は思わずそんな
自己紹介をしてしまった。正直後悔している。彼氏が、彼女の親に
挨拶に行ったりしたら、これより居づらい感じになるんだろうか。
﹁おや、こりゃご丁寧にどうも⋮⋮って坊主、血がついてるじゃね
ぇか! 大丈夫なのか!? 怪我はねぇか!?﹂
﹁おやまぁ! タオルで今拭って上げるから、包帯を││﹂
﹁だ、大丈夫です! 返り血ですから!﹂
慌て始めた夫妻に、俺は落ち着いて貰おうとしたが、逆効果だっ
た。
122
﹁返り血!? いったい何をやらかしたんだ坊主!﹂
あ、まずったか。でも自分の血でないと解ったら、結局ばれるし、
何て説明しよう⋮⋮と思った所で、クリスが嬉しそうにしゃべり出
した。
﹁アルドがねぇ! 悪いゴブリンをやっつけてくれたの!﹂
﹁何!? ゴブリンだって!?﹂
再び夫妻︵特に旦那さんが︶慌ただしくなってしまったので、俺
は、四苦八苦しながら、説明というか、言い訳を始めた⋮⋮
﹁がっはっはっは! そうかそうか。こんなちっちゃいなりで偉い
な、坊主は! 何にせよ、娘を助けて貰ったんだ。あらためて礼を
言わせてくれ。ありがとうな﹂
﹁い、いえお礼なんて⋮⋮俺も必死だっただけで﹂
なんと言って良いか解らず、日本人的な感覚でついそんな事を言
ってしまう。
﹁まぁ、こんなに小さいのに謙虚だねぇ⋮⋮大人でも、ゴブリンを
多数相手になんて出来ないのに、偉いわねぇ⋮⋮﹂
夫妻が落ち着いた、と思ったら褒め殺し状態。クリスも、俺の手
を握ったままニコニコしている。正直いたたまれないです。ほんと
に、必死だっただけだし、何か一つ間違えていたら、俺はクリスを
見捨て、いや、クリスを囮に逃げていたかもしれなかったのだ。手
放しに喜ぶ事ができなかった。
123
﹁しっかし、そんな装備でゴブリンと戦えたな﹂
﹁いえ、これはさっき家に寄って取ってきたもので⋮⋮﹂
なんだと!? と旦那さんが目を剥く。しまった。また口が滑っ
た。この旦那さんはごつい身体をしていて、前世の体育教師とか、
職人系の頑固オヤジを彷彿とさせる。そんな相手に、つい、反射的
に正直に答えてしまっていた。
﹁そうか、武具も無しに⋮⋮よし。壊れたナイフの代わりは、俺が
後で直してやる。今持ってる小剣も貸せ。研ぎ直して、新しいのが
出来るまでの繋ぎにしてやる﹂
﹁え? いや⋮⋮﹂
﹁なぁに。これでも小さいなりに鍛冶屋をやっているのよ。ちゃん
と研ぎ直してやるから貸してみな﹂
そういって、旦那さんは半ば強引に、盾に括り付けていた小剣を
俺から受け取る。
﹁お? なんでぇこの盾は、変わってやがるな﹂
﹁あ、はい。自分が作ったので⋮⋮﹂
﹁坊主がか! お前さん、色々やってやがるな⋮⋮ん!? なんで
ぇこいつは!﹂
﹁はぁ⋮⋮まったくあの人はいっつもこんな感じでねぇ。アルドち
ゃんと、クリスは、そっちで休んでなさいな﹂
旦那さんが何やら盾に熱中し始め、俺はようやく解放される。奥
さんの方から、毛布を受け取り、それを地面にしいて、あぐらをか
いて座り込む。ようやく落ち着けるようになると、クリスがこてん、
と俺の膝に頭を乗せた。
124
﹁おい⋮⋮?﹂
文句を言おうかとしたら、クリスはすでに寝てしまっていた。異
様な寝付きの良さだ。いや、限界だったのだろう。今日は色々あっ
た。それが、両親にあって、落ち着けて、気が緩んだのだろう。
毛布を掛けてやり、クリスが握ったままの手をそっと離そうとし
た。
﹁ん⋮⋮﹂
クリスはそれをむずがって嫌がり、俺の手を胸の方に引き寄せる
と、安心したようにふにゃ、と顔を歪めて、くぅくぅ寝息を立て始
めた。
俺は呆れながらも、少し貸しといてやろうと成されるがままにし
ておく。
﹃アルド、休まないの?﹄
﹃ん、休む⋮⋮﹄
クリスの寝顔を見ていると、俺も瞼が重くなってきた。俺は、声
をかけてくれたアリシアに素直に頷くと、座ったまま、意識を手放
した。
125
第13話﹁オーガ﹂
﹁ん⋮⋮﹂
目が覚めると、俺は何時の間にか毛布にくるまって寝ていた。自
分の近くには、誰かはずしてくれたらしい鎧がおいてあった。
日はすっかり落ち、辺りは松明で照らされている。今日はここで
一晩明かす事になりそうだな⋮⋮。母さんは大丈夫だろうか。何か
あれば、呼ばれそうな気がするが。
俺が目を覚ました事に気づくと、アリシアが笑みを浮かべる。
ずっと覗き込まれていたのだろうか。アリシアは横にはなってい
るが、そこは空中、立っているなら見つめ合うような格好でずっと
見られていたと思うと、少し、いやかなり恥ずかしい。
﹃よく眠れた?﹄
﹃うん。ちょっとばかり身体が痛いけど、頭はすっきりしたかな﹄
俺は赤くなった顔を隠すように横を向きながら、辺りを見渡す。
クリスは母親の元に座って何か話している。クリスの父親の方は、
俺がもっていた小剣を持ち込んだらしい機材で研いでいた。
邪魔したくはなかったし、また囲まれて話すのもちょっと遠慮し
たいところだったので、毛布にくるまったまま寝たふりを決め込む。
﹃アリシア、俺もっと強くなりたいよ﹄
﹃⋮⋮アルドは、五才にしては異常なくらいに強いよ﹄
﹃でも、思うんだよ。前世の記憶を使えば、もっと上手く戦えたん
じゃないのか? とかさ﹄
126
俺が、そう自分の気持ちを吐露すると、アリシアは、身体を俺の
方に近づけながら、至近距離俺の目を見つめた。
﹃アルドは、何様のつもりなの? あなたはあの時、最高の結果を
だせた。ほとんど無傷でゴブリンを撃退した。幼なじみを助けられ
た。結果としてはこれ以上ないくらいだった。⋮⋮下手をすれば、
あなたは死んでいた。解っている?﹄
﹃結果論、って気がするんだ。何か一つでもボタンをかけ間違えて
いたなら、俺はあの時死んでいた。だからこそ、あの時もっと何か
できていたら、そう思ってしまうよ﹄
﹃いくら前世の知識があったとしても、突然何か出来る訳ない。も
てる技術でどうにかするしかなかった。その中で、あなたは最善を
つくした﹄
﹃うん⋮⋮﹄
﹃でも、それらを踏まえて、もっと強くなりたいというなら、でき
る事を少しづつ増やしていくしかない﹄
﹃⋮⋮うん、そうだね﹄
もやもやと感じていた物が、すとんと胸の内に落ちるような感覚。
いじけてた気持ちが、前を向き始めた。
﹃よし! 新しい魔術を考える! やっぱり、身体を動かすための
だけだと、魔術師としてどうかと思うんだよね﹄
﹃良い心構え。でも、アルドは自分の実力を良く把握すべき。たっ
たあれだけの魔力で空っぽになるなら、工夫を凝らす必要がある﹄
﹃ぬぐっ⋮⋮み、見てろよ! きっと驚く魔術作ってやるから!﹄
﹃期待している﹄
にやっと笑う︵といってもほとんど表情筋は動かしていない︶ア
リシア
127
に、何となく敗北感を覚えながら、俺は頭の中にある、演算領域内
に、新魔術の骨子を作っていく。
﹃アルド、それだと自分で使えない﹄
﹃わ、解ってるし⋮⋮! ここからブラッシュアップするんだし!﹄
結局、丸一時間くらいかけて出来上がった術は一個。おまけに自
分で使えないという。
元にした魔術が、初めてみた攻撃魔術である、アリシアの魔術を
ベースにしているので、かなり使用魔力が多い。それに、追加する
ような形で魔術を構築しているので、元々足がでていた魔力量が、
さらに増加している形になる。
﹃ここを⋮⋮減らせば⋮⋮﹄
俺がそう言って記述をいじり、魔術を改変すると、
﹃それだと、構成が甘くなる﹄
と即座に指摘がはいり、俺はそれにすぐに対応していく。
﹃ぐぬぬ⋮⋮なら、こうして⋮⋮﹄
﹃それだと、こっちとこっちで、バイパス構築に失敗する﹄
﹃なん⋮⋮だと⋮⋮?﹄
俺はアリシアとそんな事を言い合いながら魔術をブラッシュアッ
プしていき、もう一時間ほどかけて形にしていく。
﹃しかし、アルドの魔術は欠陥品であった﹄
128
﹃そういう注釈入れられるとへこむから⋮⋮﹄
﹃自分で使えない術なんて、無いも同然﹄
﹃だから、一応機能をオミットしたものもあるって⋮⋮﹄
アリシアに辛口評価をいただき、精魂尽き始めた頃、声がかかっ
た。
﹁おう、坊主、起きてるか?﹂
のっしのっしと足音を響かせながら、クリス父が近づいて来てお
り、俺は身体を起こした。
﹁はい。起きてます﹂
俺は答えながら立ち上がり、クリス父に向き直る。
ずいっと俺の前に、鞘に入った小剣が差し出された。俺は、一瞬
何が何だか解らなかったが、無言の圧力を感じ、クリス父からそれ
を受け取る。
﹁これは⋮⋮?﹂
﹁預かっていたお前さんの剣だ﹂
﹁えっ!?﹂
俺は受け取った小剣を鞘から抜き出す。皮製の、質素だが作りの
良さを感じさせる鞘から出たのは、俺の顔が映る程に磨き上げられ
た白刃。松明の明かりを、鋭く返している。
柄も新しい握り布が巻かれており、俺の手によく馴染む。柄と刃
のつながりが緩く、振ればかちゃかちゃと音がした剣は、今は一体
化したようにブレがない。そして、ここは個人的に肝心な事なんだ
が、酷い臭いがせず、なめされた皮の匂いと、鉄の匂いがする。
129
いやいやいや。別物だろ! 思わずそう思った。鞘だって、さっ
きは無かったし、剣本体なんて別の剣だと言われた方がなっとくで
きる、そんな仕上がりだった。
﹁どうした。不服か。しかたねぇな。手持ちの機材と材料じゃ、そ
んなモンが精一杯だ。それでも、手抜きはしてねぇがな﹂
﹁い、いえ! その、素晴らしい出来だと思います!﹂
俺の言葉に、クリス父はニヤっと笑った。
﹁そんなんで驚いてたら、お前に打ってやる剣はもっとすげーぞ。
楽しみにしとけ﹂
﹁はいっ! 楽しみにしてますっ!﹂
俺は思わず、そんな風にはしゃいだ声をあげてしまった。それほ
どのできだったのだ。俺は、クリス父を馬鹿にしていた訳じゃない
が、精々、錆が落ちるくらいの物だろう、と思っていた。
前世でそういう職人の仕事を見て知らなかったとはいえ、完全に
見くびっていた。
俺が小剣を鞘をしまい、腰に付けられるようにと紐がついた鞘を、
自分の腰に括り付ける。何だか新しいおもちゃを与えられたようで、
はしゃぎたい気分になる。
﹁それと、こっちの盾も返すぞ。こっちは取っ手が鍋の蓋とか、フ
ザケた事になってたからな。ちゃんとした取っ手を付けてある。ほ
んとは、盾表面も磨きをかけたりしてやりたかったんだが、盾に何
か細工されてる、ってのは解ったが他は触ってねぇ﹂
﹁そんな事までしてくれたんですか!?﹂
﹁つい、な。勝手な事して悪かったな。表面の出来は良いが、中途
半端になってる部分が気になって仕方無くてな⋮⋮﹂
130
﹁すみません⋮⋮取っ手とか作った事無くてですね﹂
俺の言葉を聞いて、ん? とクリス父が首を傾げる。
﹁つくった事がねぇっておめぇ⋮⋮もしかして、こいつはおめぇが
つくったのか?﹂
﹁はい。そうですが⋮⋮﹂
あれ、さっき、意識を失う前にそんな事を言ったような気がした
けど、勘違いだったろうか。それとも、このおっさん興奮しすぎて
気づかなかったとか?
﹁おお! 本当か! 坊主! あれはどうなってやがる!? 素材
はただの木なのに、強度が木には思えねぇ。どんな仕掛けしてやが
るんだ!?﹂
﹁うぉ、おぉぉ!?﹂
俺はいつの間にか、両肩をがっしと掴まれ、ぐわんぐわんと肩を
揺すられる。
﹁ちょっとあんた! アルドちゃんに何してんだい!﹂
クリス母が興奮したクリス父を抑え、俺はシェイクから解放され
て一息つく。
﹁お、おう。すまねぇ。ちょっと興奮しちまった。何か細工されて
るか、ってとこまでは俺の目でも解る。木材の割に、それを超える
強度を持ってるって事もな。だがな、そっから先が解らねぇ。バラ
したら何か解るかもしれねぇが、それをすると、確実に元に戻せね
ぇからな﹂
131
﹁⋮⋮﹂
おお。俺の日曜大工がそこまで評価されるなんて! 感慨深いも
のがあるな。
﹁いや、わりぃ。細工の種を教えるなんて、そんな事できるわきゃ
ねぇよな。忘れてくれ﹂
﹁い、いやいや! そんな大した事じゃありませんから。お教えし
ますよ﹂
﹁本当か!?﹂
そこから、二人で適当に座り込み、盾を持って解説しながら、質
疑応答した。
﹁こいつは⋮⋮! すげぇ! 防具の革命だ!﹂
﹁えぇ!? 大げさですよ﹂
﹁いや、こいつは魔導具として見てもなんの遜色もねぇ! 坊主!
頼む! これを俺の店に並ばしてくれねぇか!?﹂
クリス父が、俺に向き直って、手を突いて頭を下げる。つか土下
座!? 子供相手に!?
﹁い、いや、そんな⋮⋮どうして﹂
﹁俺はこいつを広めてぇ! これがあれば、冒険者駆け出しの奴ら
が死ななくて済む! 今日みたいな時に、金が無くて装備がなく、
ゴブリンに倒されたような奴らを、減らしてやる事ができる! だ
から頼む!﹂
俺は驚き、思わずアリシアの方をみた。
132
﹃あれは、アルドが考えたもの。アルドが好きにするといい﹄
俺の中では答えは決まっていた。が、元々はアリシアが持ってい
た魔術論を俺なりにアレンジした物が組み込まれていたのだ。アリ
シアの許しを得て、クリス父に、顔をあげて貰うように伝える。
﹁⋮⋮解りました。クリスさんに製法をお教えします﹂ ﹁すまねぇ! 助かる! もちろん、タダとは言わねぇ。お前さん
には売り上げの三割を出す!﹂
﹁えぇっ!?﹂
お金もらえるの!? むしろタダで教えてあげようと思ったんだ
が。
﹁ダメか!? なら4割払おう!﹂
いや、むしろそんなに貰えませんって! そう言い掛けた所で、
アリシアに止められる。
﹃ただで教えるのは、やめた方がいい。対価無しで仕事をするには、
あれの価値は高すぎる。この街に魔導具を作る人間がいたとすれば、
商売あがったりになる可能性もある﹄
そ、そんなにか⋮⋮もっと慎重にしなければならなかったのか。
俺は、アリシアの言葉に頷き、クリス父に答えた。
﹁解りました。それでお受けします。この一件が終わったら、書面
に残させてください﹂
﹁ありがてぇ!﹂
133
クリス父ががばっと身体を起こし、俺の手を握る。がっしと手を
握りあって、クリス父と契約を交わした。
﹁お父さん、お話終わった?﹂
﹁おやおや。難しいお話は終わりかい? なら、飯にしようか!﹂
それを聞いたら、俺のお腹がぐぅ、となった。
﹁アルド、お腹空いたの? 私もお腹すいた!﹂
﹁おやまぁ。なら急がないとね!﹂
﹁がははは! 子供は遠慮せずに腹一杯食え!﹂
衛兵によって炊き出しが行われ、俺はクリス一家と団欒を過ごし
た。
ご飯が終わり、クリスがウトウトし始め、クリス母に寝るように
言われ、毛布を受け取る。受け取った辺りで、周りが妙に騒がしく
なった。
﹁ん⋮⋮﹂
ゴシゴシ目をこすりながら、そちらを向くと、大人達が騒ぎ街壁
の一角に集まっている。
嫌な予感がした。昼間、クリスの後を追いかけていた時のような、
焦燥感。胸を抑えつけられるような、息苦しさ。
がん。がん。固い何かをぶつけるような音が響く。
﹁お、おい! 崩れるぞ!﹂
大人の1人が、そんな声をあげる。それを皮切りにしたように、
134
内から爆ぜるように、壁が崩れる。
崩れた壁から、大きな石の塊を担いだ、大きな人影が見える。
﹁お、オーガだ⋮⋮!﹂
誰かの絶望的な呟きが聞こえた⋮⋮
135
第13話﹁オーガ﹂︵後書き︶
すみません。遅れました⋮⋮
136
第14話﹁デッド・ライン﹂
ルーラークラス
﹁お、オーガだと!?﹂
﹁なんで、支配級の魔物が⋮⋮!﹂
石の塊、いや、棒状の岩と表現した方が良いだろうか。棍棒のよ
うにも見えるそれを、片手で操る人型の魔物。
俺が魔物、と断言できたのは、人間ではあり得なさそうな深い緑
色をした肌と、頭についた二本の角のおかげだった。
俺の胴体を超える太さを備えた腕、それを違和感なく納める太鼓
腹と、太い短足。汚い腰布だけを巻いたその姿。
俺の頭に、鬼、という単語が過ぎった。ほとんど反射的に、いく
つかの魔術を起動する。この世界にきて、何度か死にかけた経験が、
俺にその選択をさせた。
﹁オーガを取り囲め!﹂
誰しもが圧倒的な存在感に呑まれ、動きを止める中、先陣切って
そう怒鳴り声をあげたのは、ここに来る際、見かけた貴族││オリ
ヴィアの父親だった。
﹁攻撃せよとは言わん! 槍を持って囲み、牽制せよ!﹂
言いつつ、腰にさげた流麗な剣を抜き放つ。掲げた剣が、松明の
明かりを弾いて煌めく。
﹁私が奴の相手をする! 他の物達は、オーガを領民達に近づける
な!﹂
137
オリヴィア父は勇ましく言い放ち、剣を構えてオーガを威圧する。
オーガは、オリヴィア父を鬱陶しいと感じたか、担いでいた岩棍棒
を振るう。
ゴオッ! と空気がひしゃげ、突風を生む。オリヴィア父は風に
揺られる柳のようにふらりと揺れたかと思うと、その驚異的な一撃
を避け、オーガの懐に潜り込む。
﹁しっ!﹂
オリヴィア父が、その手に持つ剣で、オーガの腹を横薙にする。
オーガの皮が断たれ、血が舞う。
﹁グォォォッ!﹂
オーガがその顔を怒りに染めながら、地面を蹴り上げるように、
足を振り上げる。オリヴィア父はそれを難なく躱した。しかし、運
悪くその背後にいた衛兵の一人が、オーガが蹴りあげた土砂の固ま
りを受け、吹き飛ぶ。
﹁くっ⋮⋮!﹂
オリヴィア父が、自分が攻撃を受けたかのように、苦悶の表情を
浮かべる。そしてその動きが、鈍る。
まずい。と俺は思った。オリヴィア父は、この状況の中、周りの
衛兵や、その背後にいる俺たちを気にしている。そして、衛兵はオ
ーガに集中し、領民はただ怯え、その場から離れることに躍起にな
っている。ここは街壁の中、逃げるに逃げられない。
﹁坊主! ここに居たら巻き込まれるかもしれねぇ! 逃げるぞ
138
!﹂
クリス父が、俺の肩を強く掴んだ。そのまま後ろに引かれそうに
なるところを、俺はその手を振り払う。クリス父が、驚きの顔を浮
かべ、クリス母がクリスを胸に抱きながら、顔を強ばらせる。
﹁ダメだ!﹂
俺は思わずそう叫んでいた。状況は悪い。何故ならここは監獄だ。
︽解析︾の魔術を使えば解る。街壁に囲まれ、逃げ場のない狩り場
と化したこの戦場に逃げ場はない。扉の外までは判別できないが、
オーガが現れる程だ。でればやられる。そう確信が持てる。
﹁あそこで戦ってる貴族の邪魔になっちゃダメだ! 勝手に逃げて
も回り込んで殺される! 危険を覚悟で、一カ所に固まるべきだ!﹂
俺は周りの人間に聞こえる程、大きな声でそう言った。クリス父
は、そんな聞き分けのない子供である俺に、怒鳴るでもなく、ただ
問うた。
﹁坊主。固ればそれだけ、まとめて殺される確率があがるって事だ
ぞ。解ってるのか?﹂
静かな言葉。周りにいた何人かが、固唾を飲んで見守る程、発散
される威圧。俺は、それに真っ向から答えた。
﹁策ならあります、俺が、皆さんの盾になります。壁になります﹂
子供の妄言なんかじゃなく。俺は俺の出来る手札の中で、勝算を
弾き出してそう宣言する。
139
﹁でも、時間がかかります。お願いします。その時間をください﹂ ﹁いくらいる?﹂
何も聞かず、ただ頷いてくれるクリス父の言葉が、俺には力強か
った。
﹁5分ください。そして、広場の真ん中に、全員を集めておいてく
ださい﹂
﹁おい! 全員聞け! 生き残りたかったら俺の言うことを聞け!
広場の中央に集まるんだ!﹂
俺はその声を聞きながら、弾かれたように駆け出し、盾と鎧を装
備し、剣を腰から抜き放ち、地面に突き立てる。そして、一心不乱
に地面に文字を刻み始めた。
文字で円を組み上げると、アリシアがそれをみて、愕然とした表
情を浮かべる。
﹃これは⋮⋮! アルド! 解ってるの!? 相手はオーガ、アル
ドがやろうとしてる事は、下手をすれば全員を殺す事になる! 何
より、貴方が危険すぎる!﹄
アリシアの言葉に、ぎりっ、と歯を食いしばる。解ってる。でも、
やらなくても、恐らく誰かは死ぬ。それは俺かもしれないし、クリ
スかもしれない。そのご両親かもしれない。オリヴィアかもしれな
い。
俺は、そんなのは嫌だった。見ている事しかできないなんて。何
か出来たかもしれない、なんて後から後悔するなんて。そんなの、
前世だけで十分だ。
140
﹃解ってる⋮⋮! だけど、俺はただ黙って見ている事なんてした
くない! 例え命を懸けてでも、出来る事があるなら手を打ちたい
!﹄
﹃アルド⋮⋮﹄
﹃ごめん﹄
俺はそういって、アリシアとの会話を強引に打ち切る。これから
試すのはぶっつけ本番の魔術。演算領域も、自分の手足も限界まで
使わないといけない。
俺は一心不乱に剣を使って文字を掘る。
﹁坊主の邪魔すんじゃねぇぞ! 全員広場に集まれ!﹂
クリス父が、家族一丸となって、避難誘導を行ってくれている。
﹁私の父がオーガを相手しております! 皆さんには指一本触れさ
せません!﹂
気づけば、オリヴィアが、怯える人達に、そう言い聞かせている。
﹁グルォォォォォ!﹂
オーガがこちらの動きに気づいた。固まる餌を前にして、興奮し
たように叫びをあげる。
﹁こっちだ! オーガ!﹂
その様子に、オリヴィアの父が間髪入れずにオーガの腕に一太刀
入れ、注意を引く。
141
﹃アルド、そこの記述は前後逆に。その方が効率があがる﹄
アリシアの言葉に、俺は無言でその位置を修正しながら、広場を
一周するように文字を敷き詰めていく。
皆が、一団となって時間を稼いでくれている。
俺は、その事実に重圧を感じながらも、皆に感謝していた。
﹁││!﹂
文字を全て書き終わり、俺は、突き立てた剣を引いて駆け出す。
集められた人達を囲うように二重の円を描く。
文字出来た円と、その円を囲う中円。最後に外周を囲う最も大き
な大円。三つの円からなる巨大な魔法陣。
中円と大円の幅は、約3メートル。
それが、俺の用意した盾にして壁。
それが、俺が稼いだ生と死の分岐点││デッド・ラインだった。
﹁グルォオオッ!﹂
オーガが咆哮をあげて、衛兵が作った包囲を突破する。蹴り上げ
られた衛兵が、かんしゃくを起こした子供が、放り投げた人形のよ
うに中を舞い、べしゃりと嫌な音を立てて動かなくなった。
オーガが、集まった人達に向かって走りだす。背後で悲鳴が聞こ
えた。
俺は、一つ息を吸って、自分を落ち着けるように吐き出す。
ベルセルク
﹁アプリケーション︽狂戦士︾起動﹂
俺の宣言と共に、魔法陣が起動。青い光が、地面から発せられる。
俺が装備している盾と鎧にその光が集まり、木の盾と、木の鎧だっ
142
たそれらが、蒼輝を纏う武具へと化ける。
﹁おぉぉっ!﹂
燐光が尾を引きながら、俺の動きは加速する。中円と大円の間を
一本の矢と化して駆け抜け、今まさに、魔法陣を抜け、集まる人た
ちを襲おうとしたオーガに、俺は全力で剣を振り抜く。
﹁グ、ガァァァァァァッ!﹂
オーガから、悲鳴があがる。岩棍棒を持っていた腕を切りつけら
れたオーガは、俺に怒りに濁った瞳を向ける。
﹁ルガァァァ!﹂
渾身の一撃ではあったが、オーガの戦闘力を削ぐには遠い。俺は、
舌打ちしたい気持ちを抑えて、歯を食いしばって盾を構える。
﹁アルドぉ!﹂
クリスの悲鳴が聞こえる。構えた盾に向かって、オーガの振り降
ろしの一撃が迫る。
周りに居た人間が、クリスのように、俺が岩棍棒に挽き潰され、
ミンチになるのを夢想した。
ギィン!
しかし、それは所詮、幻想だ。現実の俺は挽き潰されたりせず、
未だ盾を構えている。
これが、盾にある機能と、新魔術、︽狂戦士︾の効果だった。
143
こんなに早くお披露目するつもりはなかったこの魔術は、未完成
ながらなんとか稼働している。
大量の魔力によって使用者を強化。︽マリオネット︾の魔術を基
礎に応用し、使用者に過去見た動作を再現させる事ができる。
そして、盾と鎧を核とした防御術式は、敵から受ける攻撃の威力
を減衰し、盾の表面で高速循環する魔力で敵の攻撃そのものを弾く。
それが出来ない場合は身体の動作とあわせ、攻撃そのもの滑らせて
反らす。
意識の裏で、︽解析︾魔術で動く今の攻防が数値化されていく。
俺は、理論通りの数値に安堵する反面、魔力の異様な減りに焦り
を覚える。
大量の魔力。これは、俺の魔力を使用していない。
魔法陣の中││つまり、集まってもらった街の人間から徴収して
いる。
もちろん、魔力が枯渇して倒れる程奪わないように、魔力の流入
量は常に監視している。しかし、このままのペースで消費してしま
えば、あっという間に枯渇││最悪、搾り取られた人間は死に至る。
守ろうとした人間を自分が殺すなんて笑えない。
俺は、冷や汗をかきながら盾を構えた。
剣にはもう期待できない。せっかく研いでもらった剣は、今の一
撃で刃が半ば潰れてしまった。
当然、過剰な魔力で補強していたが、そもそも魔力での補強を前
提に術式で強化していた盾や鎧と違って、ただ流し込んだだけの強
化では、オーガの強固な皮に歯が立たなかったらしい。
刺突するには問題なさそうだが、それをすれば、隙も大きい。確
実に決められるタイミングを見切らなければならない。
﹁ふぅぅぅ⋮⋮﹂
沸騰しそうになる思考の中で、平静さを保つために息を吐く。こ
144
んな風にプレッシャーを感じるのは、前世で仲間達と自作したロボ
ットを、大会で、大勢の人間の前で発表した時以来だ。
大会と違うのは、このプレッシャーに押しつぶされれば、失われ
るのは費やした時間や、機材なんかではなく、自分と、背後にいる
人間の命だという事だった。
技術屋として、大変名誉な事じゃないか。
俺は半ば無理矢理に、そう思う。前世では、自分が作った人型の
もの
ロボットが、人の役に立って欲しいと思っていたのだ。
今は、自分が作った魔術が、人の命を守るために、一役買ってい
る。
﹁こいよ、オーガ野郎! ここから先は一歩も通さねぇぞ!﹂
俺は、オーガに向かって叫んだ。
自分を奮い立たせるために。
この生と死の分岐点を生き抜くために。
145
第15話﹁決着、そして別れ﹂
それは、一歩間違えば即死の、まさしく死闘だった。
オーガの攻撃は、魔術で強化し、盾の機能を十全に発揮した状態
でも、身体の芯にずしりと響き、ダメージと疲労を蓄積させる。
俺は二撃目以降の攻撃を受けまいと、回避に専念する。
オーガの一挙手一投足を︽解析︾魔術で追い、安全圏を算出する。
その安全圏に素早く身を滑り込ませ、敵の攻撃をやり過ごし、時に
は盾を使って、敵の攻撃を防ぎ、自分を無視して魔法陣に踏み込も
うとした時は、魔力にモノを言わせて盾を使った体当たりで押し返
す。
﹁子供に先陣を立たせる訳にはいかん! 皆の者、私に続け!﹂
俺の戦いを見ていたオリヴィア父が、そう声をあげ、志気が折れ
掛かっていた衛兵たちを、再びまとめあげる。オーガが開けた穴か
ら、わき出るゴブリンを処理しながら、オリヴィア父は、俺と一緒
にオーガを相手取る。
﹁子供扱いしておくには惜しい存在だな、君は! 名は!?﹂
﹁アルド、です!﹂
﹁私は、フェリックス、という!﹂
オリヴィア父││フェリックスが、オーガに一太刀入れながら、
俺に声をかける。俺は、オーガがラインを超えてこないように、オ
ーガをシールドバッシュで弾く。オーガの巨体が、爆発するように
魔力を発散する盾によって揺らぎ、後ずさる。
上がる息を、魔力を使って無理矢理に動作を制限し、整える。
146
身体はとっくに限界だった。自分の意志だけでは、指一本ですら
動かない。
今は、過剰に供給される魔力によって全身を操っているに過ぎな
い。その供給される魔力量も、全体の3割消費している。半分を切
れば、倒れる人間も出てくるはずだ。
俺は、汗ももうでない程に身体が乾いており、手足も白くなるほ
ど、青ざめている。恐らく、顔色も似たようなモノだろう。魔力が
切れる前に、俺が倒れるのが先かもしれなかった。
﹁このままでは、埒が明かんな⋮⋮!﹂
フェリックスが、オーガの攻撃をかいくぐり、距離を取りながら、
そう悔しそうに呟く。分厚い皮と脂肪は、剣で何度切りつけても骨
や内臓に届かせる事はない。おまけに、徐々にだが、目に見え、そ
れと解る範囲で傷口が盛り上がり、再生していく。長期戦をするに
は、最悪過ぎる相手だった。
そして、オーガは俺が、この円から動けない事を気づきつつある。
﹁フェリックスさん、俺に策があります。あいつを、何とかこの魔
法陣に近づけられませんか?﹂
残りの魔力、その2割ほどを使って攻勢をかける。それ以上魔力
を削ったら、強制的に魔力を徴収している街の人に何が起こるか予
想できないし、そもそも、このペースでは、魔力を枯渇させる前に、
俺が魔術を維持できない程に磨耗するのが早い、そう判断した。
今ならまだ、攻勢に回すだけの力が残っている。勝負の時だと決
断する。失敗のリスクを考えると、足が震えそうになり、心臓が鷲
掴みにされるようなプレッシャーを感じる。しかし、俺は目を逸ら
さずにフェリックスを見た。
147
﹁⋮⋮解った。子供の君に任せきりになるのは、心苦しいが、やっ
てみると良い﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁どうせ、他に策はないのだ。自由にやってみたまえ﹂
フェリックスさんの気遣いに頷き、俺は術式の準備を始める。
といっても、俺が用意した術式は、元々︽狂戦士︾一つ。この機
能が万全に効果を発揮するように、足りなかった魔術式を追加する。
俺は、ここまでまったく使わなかった剣に魔力を通し、術式を書
き始める。
﹁さぁ、こちらの準備が整うまで、しばらくお相手願おうか!﹂
フェリックスさんが剣が舞い、跳ねるようにその身を踊らせる。
一つの完成された演劇を見るような、安心感のある動き。俺は、
それに見とれないように注意しつつ、こちらの準備を進める。
﹁フェリックスさん!﹂
﹁任せたまえ!﹂
打ち合わせもほとんど無かった俺の合図に、フェリックスさんは
答え、動きの質が変わる。舞うような優雅な動きから、荒れる濁流
を思わせる力押しの動き。
﹁おおおおおっ!﹂
吼えるフェリックスさんの猛攻に、オーガが押され、魔法陣に向
かって下がってくる。
﹁しぃっ!﹂
148
大気が震え、離れた俺の腹に響いてくる程の、猛烈な一突き。オ
ーガはそれを、岩棍棒を盾代わりにする事で、防いだ。
岩と、金属がぶつかる異音。初めて聞くその音は、異質だった。
一撃は岩を削り、オーガの腹に食い込む。オーガは悲鳴をあげて
下がった。
俺が描いた、大円の内側に、オーガの巨体が踏み込む。
﹁あああああああああっ!﹂
たがが外れたように俺は叫び、頭の中で動作を明確にイメージす
る。それは、たった今放たれた強力な突き。満足な斬撃を放てない
今、過去見たもっとも強力な一撃を再現するつもりだった。
しかし、俺はこの時すでに、ミスを犯していた。
オーガは俺の声に気づき、俺を視界に入れていた事、再現した一
撃は、たった今オーガが、その目に焼き付けた一撃であった事。
経験豊富な戦士なら、同じ技を使わなかっただろう。あるいはわ
ざと使う事で意識を誘導するか、フェイントを用いてから、その技
に繋げたに違いない。しかし、俺はそれらをせず、ただ愚直に剣を
突き出した。
術式で強化された剣は、その刀身を青白く輝かせ、その長さを倍
以上ににまで延ばしている。これなら、分厚い皮に守られた、心臓
を貫く事ができる。俺はそう信じて、突き出していた。
﹁グルァアアアアッ!﹂
オーガの顔が、恐怖に醜くゆがむ。
オーガを守る、盾となるものは、すでに存在しない。しかし、オ
ーガは諦める事無く、その両腕を交差し盾となし、俺の放った突き
を受ける。
149
俺の胴程もある両腕が、剣を止める。
両腕を貫通した俺の青白い刀身は、オーガの胸に刺さっている。
しかし、内臓には届いていない。
﹁なっ││!﹂
うち放った最高の一撃。一挙に消費した魔力の反動に、俺は身体
の制御を失う。
﹁グラァァァ!﹂
オーガは、そんな致命的な俺の隙を、見逃さなかった。
両腕を刺し貫かれ、縫い止められてなお、闘志は衰えず、オーガ
は俺の身体を蹴り上げる。
衛兵を蹴り殺した一撃が、盾に当たったのは偶然だった。身体の
制御はまだ取り戻せていない。一度に大量に消費したとはいえ、未
だ供給され続ける魔力は残っており、それが盾を稼働させ続け、俺
の身を守った。
﹁がっ⋮⋮!﹂
しかし、満足に受け流す事もできず、俺はボールのように蹴り飛
ばされ、地面の上を二転、三転して家屋に激突して止まる。
﹁う、ぐ、あぁぁ!﹂
盾と同じ機能を持った鎧の効果で、ある程度衝撃を分散したが、
身体がバラバラになりそうな激痛に見舞われる。
魔法陣から遠く離れた今は、盾と鎧から魔力が失われ、光を失っ
た木の盾と鎧が残される。
150
俺は、身体はおろか、頭を動かすのも難しく、目だけでオーガを
見る。
俺という盾を失った街の人間には目もくれず、オーガは俺に向かっ
て歩いてきていた。腕に刺さっていた剣は、強化していた術を失い、
オーガは腕に刺さったままのそれを、棘を抜くように引き抜いて、
投げ捨てた。
﹁させんぞ!﹂
フェリックスさんが、失態を犯した俺を守るために、剣を持って
立ちふさがる。それに続くように、衛兵が何人か、オーガに向かっ
て槍を振るう。
オーガはそれらを蹴散らしながら、俺に向かってくる。
一歩、また一歩と、自分が死に向かっているのを感じる。
もう、何も出来ることはない、疲れた。もう休んでしまおう││
そう諦めかけたところで、涙を流す、アリシアの姿を見た。
﹃アルド、よく頑張ったね。もう、大丈夫﹄
﹃あり、しあ。何を、言って⋮⋮?﹄
アリシアの目には、覚悟が見えた。
己の命を賭してでも、何かを成そうする者の覚悟が。
そんな俺の考えを証明するように、アリシアが己の覚悟を口にす
る。
﹃アルド、私の代わりに、術式を組んで。魔力は私が提供する﹄
﹃ダメ、だ⋮⋮そんなの、ダメだ!﹄
痛みに明滅する意識の中で、必死にそれだけは否定する。
151
﹃アルド⋮⋮あなたが、今出来る事を全てしたかったように、私も、
私が出来る事をしたい﹄
﹃それなら、もっと他の事だって⋮⋮!﹄
だだをこねるような、俺の言葉に、アリシアは優しく微笑んだ。
﹃アルド﹄
俺は確信した。ここで俺が断っても恐らく、彼女が自分で別の術
を組むだけだろう。
なら、なら俺は、彼女のために、最高の術を、組んでやるべきな
のだろうか。
決断までの時間は短い。フェリックスさんがオーガの注意を引い
ているのにも限界がある。オーガは確実に、俺に向かって来ている。
﹃くそ、くそ⋮⋮!﹄
俺は、術式を組み上げる。これまで︽解析︾しつづけた情報から、
オーガを仕留めるたる術式を、演算領域ないで高速で展開していく。
涙で塗れる頬を拭う事もできず、俺は這い蹲ったまま、力強く宣
言する。俺の意識と念話を通して思考を接続したアリシアが、俺と
同時に、叫ぶ。
ソード・リベレイション
﹃アプリケーション︽剣技解放︾起動!﹄
魔法陣からの魔力供給が断たれた俺には、すでに自分で自由にで
きる魔力は、演算領域内のものしか存在しない。
だから、俺は。
152
アリシアの持つ魔力を、攻撃に特化し集約する。
剣技の、魔術による完全再現。この目に焼き付けた、ありとあら
ゆる剣の軌道が魔術によって再現される。3対の光剣が、アリシア
の手から咲き乱れるように放たれる。
妖精の舞踊のように軽やかに剣が踊り、後には無慈悲な結果だけ
残す。
ぶっつけで作成された魔術は制御が荒く、剣は軌道こそ美しい弧
を描くが、辺り構わず猛威を振るう。
地面が裂かれ、家屋が断たれる。その威力は、アリシアがゴブリ
ンに放った風の魔術を遙かに凌ぐ、鋭利な切断面をさらしていた。
﹃くっ⋮⋮﹄
アリシアの苦悶が聞こえる。俺は、思わず術を止めようとし、何
とか思いとどまる。
俺は、これ以上アリシアに負担にならないよう、術式を更に書き
換えていく。魔力を使い切らなければ良いんだ。そう、自分に言い
聞かせて。
﹃アルド﹄
疲労と、ダメージの性で、思考が明滅する。誰かの、優しい声が
聞こえた気がする。
途切れ途切れの意識の中で、俺はただ術式を制御し続ける。維持
する理由も頭から抜け落ちても、俺はそれだけは止めなかった。俺
の大切なモノが、守れると信じて。
﹃アルド、ありがとう。楽しかった⋮⋮﹄
俺は、意識を闇に落とす寸前、儚く微笑む銀髪の少女と、その背
153
後で、崩れ落ちる、オーガの巨体を見た。
◇◆◇◆◇◆◇◆
夢を見たんだ。
親戚の女の子にせがまれて、自分の街を練り歩く夢。えっと名前
は││なんだったか。
親戚だったか、そうでなかったか、大切な子なはずなんだけど。
不思議と思い出せない。まさか、親戚筋かもしれない相手に、名前
なんだっけ? なんて聞けないし。
俺は問題を棚上げした。目下の問題は、彼女に自分の街を案内す
る事。名前は、上手いこと言葉を繋げば呼ばずに済むんだと考えて。
生まれて二十余年住んでるこの街の、何説明したら良いんだ、と
思わずぼやくと、普段何してるのか知りたい、と少女は言ってくる。
詰まらないとか、後悔すんなよ? と念を押して、歩き出す。追い
ついてきた女の子が、手にぶら下がるように、腕を絡めてきた。
子供特有の、少し高めの体温と、柔らかさを感じて、俺はロリコ
ンじゃないんだ、と言い聞かせる。それでも、手を振り退いたりし
たらかわいそうだと、腕を組まれたまま歩き出す俺は、ロリコンな
んだろうか? 最寄りの駅。その前にあるコンビニ。ゲーセン。映画館。行きつ
けの本屋、CDショップ、カフェ。思いつくままに、俺の休日をな
ぞっていく。
どこの国のハーフだったか覚えていないが、その子は銀色の長い
髪をツインテールにしていた。
いつも無表情なので、見知らぬ国に来て緊張しているのかと思っ
154
ていたが、俺の手をぐいぐい引っ張って街を回る彼女は、どこか嬉
しそうだ。
外国が珍しいのか、一々街の一角を指さして、あれは何だ、これ
は何だと質問してくる。そして、時折俺の方を見ては、ぷくく、と
変わった笑いを見せてくれる。
最後に、俺が作ってるものが見たい、と言い、普段親戚なんて絶
対入れないような、仲間と作った秘密工房に案内する。
秘密工房、なんていっても、街はずれにある貸し倉庫なんだが。
なんか貸し倉庫、っていうのが味気なさ過ぎて、誰が呼び始めたか、
仲間うちではそう呼んでいる。
そこにあったのは、某ロボットアニメを参考に作った、白ベース
に塗装した二足歩行のロボットだった。体長は、5メートルほど。
現在の技術だと、二足歩行ならこの大きさが限界だろ! とか、
ロマンを武器に立ち向かってくる仲間と口論した事が、ふと思いだ
される。
動いてるところが見たい、と女の子が言ったが、未完成で動かな
い、と答えると、頬を膨らませる。
﹁きっと、動くのを作ってみせるよ﹂
俺は子供相手に、何を向きになって言ってるんだろう。言いだし
てから、そう思った。
﹁うん。アルドなら、きっと出来る﹂
女の子が、現世の俺の名前を言うと、日本人成人男性だった俺の
身体が、五歳児の白人っぽい体型へと縮む。
さっきまで手を繋ぐほどべったりだった女の子が、離れたところ
にいる。いや、親戚の女の子なんかじゃない。なんで、今まで思い
155
出せなかったのか。彼女に名前を呼ばれたとたん、頭の中で答えが
弾けるように、思い出せなかった彼女の名前が浮かんだ。
俺は、名前を呼ぶより先に、駆けだした。彼女は、ふっと微笑む
と、真っ白な地平先に向かって歩き出す。
追えども、追えども追いつけない。懸命に走ってる俺とは対照的
に、彼女はゆっくり歩いてる。それでも、彼女との距離は縮むどこ
ろか、開いていく。
﹁待ってくれ、行かないでくれ、アリシア││!﹂
そういって、手を延ばしたところで、俺の夢は醒めた。
頭の片隅では、最初から、夢だと解っていたのに、俺は、喪失感
と共に目を覚ました。アリシアは思念体だった。アリシアがいるこ
の世界は異世界で、日本にはアリシアは存在しない。
俺は、ベッドの上で、天井を見ながら、そんな当たり前の事を確
認して、涙を流した。
156
第16話﹁オーガ討伐の後には﹂
俺は、丸3日も眠っていたらしい。
身体を起こしてまっていたのは、父と母の容赦のない包容だった。
ルーラークラス
﹁ばかっ! 支配級のオーガなんて⋮⋮死んでいたかもしれないの
よ!? 命を懸けてまで、街の人を守るなんて⋮⋮偉いわ! 流石
わたしの息子ね!﹂
⋮⋮誉めたいのか、叱りたいのかいったいどっちなんだ。
﹁身体は起こせるか? 今、消化に良いものを用意するから﹂
父は、目を覚ました俺に涙を流し、お腹が減ったろう、と消化に
いいスープを飲ませてくれた。体感ではそんな感じはしなかったが、
三日ぶりらしい食事は、身体に染み渡るようで、安堵と、その旨さ
から涙がこぼれた。
﹁いてて⋮⋮﹂
俺は身体の痛みを押しながら、外に出てきていた。正直、立つの
がキツい程筋力が衰えていたが、そのままにしておいても、体力が
回復しないので、リハビリを兼ねて親の目から隠れ、外に出てきて
いる。
﹁家に居ると、尚更意識しちまうしな⋮⋮﹂
157
家に居ると﹁アリシアが居ない﹂という事実が浮き彫りになる。
アリシアはいつも、俺が他の人間と話やすいように、他の人間が
居るときはほとんど話かけてこなかった。
そのせいか、声をかけられなくても、アリシアが側に居てくれて
いるんじゃ、と思ってしまう。
﹃なぁアリシア、これって││﹄
いつものように、何気なく質問しようとして、アリシアが居ない
と気づいた事が、今日だけで三回。気分転換した方がいいだろう。
あても無く街を歩いていると、身体の痛みにもなれ、動かしやす
くなってくる。何となく東口まで歩いて来てしまったところで、俺
は街の状態が気になる。それを目標にしても良いかもしれない。
もうアリシアが宿っていない、お守り代わりの宝石を、俺は無意
識に触りながら歩き始めた。
﹁おや⋮⋮坊や、坊やかい!? あんたぁ! クリス! 坊やが来
たわよ!!﹂
そんな声に引き留められると、見慣れた紅い髪の女性が、驚きの
表情をしてこちらを見ている。紅い髪の女性││クリスの母親が出
てきたその建物を見上げると、﹁ガストン工房﹂と看板がでている。
﹁あ、どうも⋮⋮﹂
とっさに挨拶しようとして、クリス母の名前を聞いていない事に
気づき、俺は中途半端に頭を下げる。
﹁坊や、よく来たねぇ! そうだ! 先日のお礼をさせとくれよ。
あんたのおかげで、街は救われたんだ! あんたは英雄さね﹂
158
﹁えっ!? い、いやそんな事はないですよ﹂
英雄なんて言われても、実感はない。何より、自分は何も守れず、
ただ守られただけ⋮⋮そんな風に思ってしまう。
そんな風に話をしていると、店の中からどたどたどた! っと二
つ分の足音が建物内から響いてき、木造のドアが、ばんっ! と弾
けるように開かれた。
﹁おう坊主! 目が覚めたのか││﹂
﹁アルドぉ!﹂
クリス父が言い終わるより早く、玄関先から、弾丸のようにクリ
スが飛び込んでくる。回避不能、激突必至の先制だった。
﹁うぉ⋮⋮!﹂
俺は咄嗟に、身体強化してクリスを受け止め、殺しきれない勢い
を、クリスを抱いたまま、一回転する事で相殺する。
﹁ひぐ、ひっぐ⋮⋮アルドぉ⋮⋮生きてた、よかったよぉ⋮⋮﹂
﹁心配してくれて、ありがとう﹂
ぐすぐす言っているクリスの背中をぽんぽんと優しく叩く。⋮⋮
あ、肩辺りで鼻をかむのは止めていただけると嬉しいんですが⋮⋮
﹁おやまぁ。坊や。少し上がって行きなさいな﹂
﹁おう。坊主にはしっかりと礼をしたいしな。あとは、余裕があれ
ば、例の件、よろしく頼むぜ﹂
﹁あんた、仕事の話は今度にしなさいな!﹂
﹁いえ、大丈夫ですよ。えっと、じゃあお邪魔します﹂
159
クリス母の案内で、工房内に通される。そこは、自分の知識とす
りあわせるなら、ゲームのRPGなんかでよく見る、武器、防具屋
だった。剣や槍、弓などの武器が雑然と並び、その横の棚には、鎧
や兜が並べて展示されている。値札がおいてあるものもあるし、高
価そうなものには、値札がつけられていないものもある。そういう
ものは店主と交渉するんだろうか?
ついつい目が取られる店の中を、クリスの手を引かれながら、奥
へと進む。扉一つ隔てた先には、鍛冶場があった。火が落とされて
いない、熱気を放つ炉と、使い込まれた金床にハンマー。ネットや
ゲームでしか知らなかったその光景に、少なからずテンションがあ
がる。
﹁おぉ⋮⋮!﹂
﹁アルド、こっち!﹂
思わず立ち止まってしまうと、クリスに強く引っ張られ、さらに
奥へ。毎日見ている景色なのか、クリスとこの気持ちが共感できな
いのが少し寂しい。前世の友人となら、ここまで案内された内容だ
けで、2時間は時間を潰せるに違いない。
さらに分厚い扉を越えると、そこはキッチンとつながっていた。
二階へ続く階段が見えるので、そこから居住スペースにつながって
居るのだろう。
﹁さ、好きなところに座っておくれ。⋮⋮あんたはサボってないで
仕事なさいな。武器が入りようで仕事が溜まってるでしょうに!﹂
﹁いや、わしは⋮⋮﹂
クリス父が、何かを言おうと口を開いたが、クリス母の無言の重
圧に耐えかね、鍛冶場へと消えていく。ややすると、カーン、カー
160
ンという規則正しい音が聞こえてきた。
俺はクリスの隣に無理矢理座らせながらクリス母が手渡してくれ
たコップを受け取る。ぬるい水の入ったそれを、一口だけあおる。
﹁すまないねぇ。あの日以来、仕事がてんこ盛りでね。武器とか防
具とか、何かと注文が多くてねぇ。ま、一時のもんかとは思うんだ
けどね! ⋮⋮あの時、全然役に立てなかった分、働いてもらわな
いと﹂
﹁そんな事ないです。研いでもらった剣のおかげで、オーガに手傷
を負わせられましたし、取っ手をつけて貰った盾のおかげでオーガ
の一撃を防げました。
それに何より、子供の俺の言葉なんかを聞いて、みなさんで街の
人を集めてくださいました。あれがなければ、俺は生きてられませ
んでした。俺の方こそ、ありがとうございました﹂
座ったまま、俺がそんな風に頭を下げると、クリス母が慌てた。
﹁頭なんか下げるんじゃないよ! 坊やのおかげであたしらは救わ
れたんだ。おかげで誰も犠牲がでなかった。坊やはもっと胸張った
っていいんだよ?﹂
﹁胸なんて⋮⋮張れません⋮⋮俺は、弱くて⋮⋮﹂
誰も犠牲がでなかった。俺に取ってはそうじゃなかった。泣くつ
もりなんてなかったのに、気づけば俺は喉を詰まらせ、泣き出して
いた。
﹁アルド⋮⋮?﹂
﹁俺は、守れなかったんだ⋮⋮! もっと、自分が、強くあったら
⋮⋮!﹂
161
心配したクリスが、強く手を握ってくる。俺はその温かさと、柔
らかさに縋るように、握り返した。ぽたり、ぽたりと、繋いだ手の
上に涙がこぼれ落ちる。
﹁ごめんねぇ⋮⋮坊やの気持ちも知らないで⋮⋮でも、忘れないで
おくれよ。あんたのおかげで、あたしら家族は命を救われたんだ。
あたしらだけじゃない。街のモンだって、同じように思ってるはず
さ。それを、忘れないでおくれよ﹂
﹁はい⋮⋮!﹂
俺は、涙が収まるまで、クリスの手を握り続けた。
落ち着いた後は、クリス母の手作りの焼き菓子をごちそうされ、
心休まる時間を堪能した。
﹁おう。坊主! どうだ。家のモンの菓子はうめぇだろう!﹂
一泣きして、焼き菓子をたくさんいただいた俺は、すっきりした
気持ちで鍛冶場へと足を踏み入れていた。
入って来たときも熱を感じたが、炉に火をくべ、鉄を溶かしてい
るとさらに熱い。クリスは慣れているのか、涼しい顔をして俺の隣
にいるが、俺は熱い。握りっぱなしの手に汗をかいてきたので、離
したいのだがら、クリスががっちり握って離してくれない。
﹁はい! とても美味しかったです!﹂
合間合間に入る、カーン! カーン! というハンマーの音に負
けないように、俺は大きな声でかえすと、がっはっはっは! とそ
れに負けない大きな笑い声が聞こえてきた。
162
﹁そうだろうそうだろう! 坊主、クリスと一緒に店の方でまって
てくれい! これが一段落ついたら、そっちにいく!﹂
﹁わかりました!﹂
クリス父の指示したがって、店の方に向かう。
店内には客が無く、売り上げなど、家の家計が気になったが、よ
く考えたが、武器や防具は、消耗品である一方、壊れなければ何年
も使う事があるもの、車の販売のようなものか? と店をぐるりと
見ながら思う。
それよりも
﹁⋮⋮﹂
ずっと無言で俺の手を握っているクリスが、ちょっと怖い。何か
思い詰めたような顔をしながら、俺の手を離そうとしない。さっき、
焼き菓子を食べる時に、それとなく離そうとしたら、まったく離し
てくれなかった。おかげで左手で食べる事になり、非常に食べずら
かったと追記しておく。
﹁⋮⋮アルド﹂
﹁⋮⋮何?﹂
やっと口を開いてくれたクリスを、変に刺激しないように、なる
べく優しく声をかける。
クリスはすぐに口を開く事はなく、何度か口を開閉させる。俺は、
辛抱強く言葉を待つ。繋いだ手から、緊張が伝わってきたので、そ
っと握り返してやる。
クリスは、少し驚いた顔をしたが、何か、意を決したように口を
開く。
163
﹁アルド、私││﹂
﹁おう、坊主! 待たせたな!﹂
何か言おうとしたクリスの声を、大きな声が遮る。
クリスはビクっ! と身体を震わせて、俺から手を離した。
﹁う∼!! お父さんのばかぁ!﹂
クリスはぽかぽかと父親の腹を叩いてから、扉を慣らして、鍛冶
場の方に行ってしまった。クリス父は、クリスの行動に唖然とし、
ばか、と呼ばれた事がショックだったのか
﹁女の気持ちは、これだから解らん⋮⋮﹂
と大きな身体を小さく縮ませていた。
﹁えっと、ああそうだ! 盾と鎧の件、ちゃんと話を詰めましょう
か﹂
﹁お、おう! そうだな!﹂
ちょっと無理矢理に話題を変え、俺はオーガとの戦闘をした日に
交わした約束について話していく。
クリス父、ガストンさんとの契約の内容を、羊皮紙を見ながら確
認する。︵クリス父の名前は、契約書に書かれた名前から確認した︶
・俺は、ガストンさんに盾、鎧に施した魔術式を提供する
・ガストンさんは、俺から提供した盾、鎧の魔術式を使用した武
具の売り上げの、3割を俺に渡す
164
ざっくり言うとこれだけだ。俺にとっても、ガストンさんにとっ
ても損の無い話しだと思っている。そもそも、俺の中では、あの武
具はどれだけ売れるのか、いまいちピンと来ていないので、ちょっ
と未知数であるのだが。そこはガストンさんの鍛冶師としての勘を
信じようと思う。
﹁おう。ほんとにこれでいいのか?﹂
﹁ええ。構いませんその代わり、お願いがあるのですが⋮⋮﹂
俺は、そういって魔術式を展開する。自分の魔力演算領域にあっ
たメモを、自分の魔力をモニター代わりに、空中に投影させる。
ガストンさんは、最初俺の魔術に驚いていたが、俺が解説を交え
てメモの内容を説明していくと、その内容に驚き始める。
﹁お、おい。坊主。こいつは⋮⋮﹂
﹁はい。俺がお願いしたい内容は、こちらです。俺への取り分を減
らし、余裕がでた分をこれの開発に回せないでしょうか﹂
ガストンさんに言いながら、俺は、俺の中で決意を固めていた。
俺には、力が無い。守る力が欲しい。
これまで、俺はロボットは、人の役に立つものが作りたいと思っ
ていた。そしてそれは、平和だった前世の知識から、介護用であっ
たり、土木作業などのものとして、ロボットを欲していた。
しかし、この世界は違う。魔物という危機が隣にあるこの世界で、
俺はもっと単純なものとして、ロボットの存在が必要だと思った。
﹁俺は、鎧の概念を根本から変えようと思います。そのために、俺
に力を貸して貰えないでしょうか﹂
つまりは││敵を討ち滅ぼす剣として。
165
前世でいうなら、兵器として。
アニメやゲームでは良くあっても、現実世界ではなかった、ロボ
ットという兵器。それは浪漫であって、趣味であって、玩具だった。
だけど俺は今、ロボット兵器という力を欲していた。
166
第17話﹁魔導甲冑﹂
﹁坊主⋮⋮こいつは、いったい何なんだ?﹂
﹁そうですね⋮⋮あえて名付けるなら、魔導甲冑、というものでし
ょうか﹂
俺は、モニター代わりにしている魔力を薄く広げる。
すると、ガストンさんの前に、鎧のような、しかし、どこか面差
しが違うものが映し出されている。
これを前世にいた人間がみたら、十中八九こう答えるだろう。ロ
ボット、と。
﹁これは、鎧にパワーアシストを付けて、装着者の力を補助、ある
いは増加させるための機構を付けたものです﹂
﹁装着者の力を増加⋮⋮!? そんな事ができるのか!?﹂
﹁確実に、という訳ではないです。そう出来る可能性がある、とだ
け。実際にできるかどうか、モノを作る必要があるので、その実験
の手伝いをお願いしたいんです﹂
﹁ふーむ﹂
ガストンさんはそう言って押し黙る。断られたらどうしようか?
ネガティブな考えが頭を過ぎるが、元々、一人で一から全部やろ
うとしていたんだ。前に戻るだけだ、問題ないと言い聞かせる。
一人だと時間がかかるが、ガストンさんのような、鍛冶の知識や、
経験のある人に手伝って貰って、意見を聞いた方が、後々早いのと、
発展性が見込めると、俺は考えている。
一人で出来る事には、限りがある││それは、この前のオーガ戦
で、嫌と言うほど経験もしていたし。
167
﹁⋮⋮﹂
押し黙るガストンさんに、俺は知らず、生唾を飲み込んでいた。
自分が考えた内容を、人に見て貰うのは、魔物相手をするのとは、
別種の緊張感があった。
﹁うむ。わしが力になれるのなら、手伝おう﹂
﹁や、やってくれるんですか!?﹂
自分でも、半信半疑だったために、思わずそんな風に聞いてしま
う。ガストンさんは、そんな俺に苦笑を浮かべる。
﹁もちろん、坊主の言葉を鵜呑みにした訳じゃない。だがな、お前
さんはオーガを前に見たこともねぇ魔法を使って、互角にまで戦っ
たんだ。そんなお前さんなら、俺に理解できないような何かでも、
やり遂げちまえるんじゃねぇかと思ってな﹂
そう言って、少し言葉を区切ってから、ガストンさんは、がはは
は! と笑う。
﹁まぁ、簡単に言やぁ、お前さんを信じるってこった。そんなんで、
よろしく頼む!﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます! こちらこそよろしくお願いします
!﹂
俺は、そういって勢いよく頭を下げる。ガストンさんはくすぐっ
たそうに笑った。
﹁まだ、実際に作業をお願いするのは先になりますが、その前に、
168
一度サンプルをお見せします﹂
﹁さんぷる?﹂
﹁あ、えっと⋮⋮実際、こういう風に動かす模型と言いますか、完
成は大きなものなので、小さいもので作って、完成イメージを固め
て、それを共有したいんです﹂
﹁ふぅむ? よく解らんが、坊主の好きなようにやってくれぃ! 俺はお前さんの言われた通りに作ってやる!﹂
うん。頼もしいけど、解ってないな。早くサンプルを作ってしま
おう。
俺は、その後も少しガストンさんと魔導甲冑について話した後、
解散となった。
﹁それでは、ガストンさん、またお伺いします。その時は、きっと
サンプルをお持ちしますので﹂
﹁おう! 楽しみにしてる﹂
俺は、玄関先でそうガストンさんに挨拶して、少し迷う。
玄関先には、ガストンさん、俺、クリス、クリス母がいる。クリ
スはクリス母の後ろに隠れるようにしており、ガストンさんをばか
呼ばわりしてから、しゃべっていない。
彼女は何か喋りたがっていたはずだが、タイミングを逃してしま
い、拗ねてしまったようだ。
今日は聞けそうにないな。
﹁じゃ、今日はありがとうございました。これで失礼しま││﹂
﹁ちょいと坊や。待ってくれないかい?﹂
クリス母が、俺の言葉を遮って、自分の腰にひっついていたクリ
スを引きはがし、クリスを俺の前に差し出した。
169
﹁さ、坊やに言いたい事があるんだろう? ちゃんと言ってきな!﹂
クリス母に、押し出されたクリスは、ちょっとつんのめりながら、
俺の前に一歩でる。すると、しおれていた彼女は、何かを決意した
ように、キッと目をつり上げる。
﹁アルド! 私に魔法を教えて!﹂
﹁えっ?﹂
急な申し出に、俺は困惑する。俺の困惑を余所に、クリスは続け
る。
﹁私⋮⋮あの時、怯えてるだけだった! そんなのはもう嫌なの!
お父さんやお母さんを守りたいの! それに、アルドを、守りた
いの⋮⋮﹂
最後の方は、つっかえつっかえな上に、ごにょごにょと口ごもり、
よく聞こえなかった。けど、そうか。クリスも、強くなりたいと思
っていたのか。
﹁だから、私に魔法を教えてください!﹂
ばっとクリスは頭をさげる。堅く手を握った彼女は、俺に断られ
る事を考えているのか、緊張している。
﹁坊や、魔法使いに、こんな都合の良いお願いなんて、ほんとはし
ないべきなんだろうけど⋮⋮あたしからも、お願いできないかね?﹂
俺の沈黙をどう取ったのか、クリス母にもそう頭をさげられた。
170
俺は焦って、二人に顔をあげるようにお願いして、弁明する。
﹁あ、ち、違うんです。ダメじゃなくて。俺なんかの魔法でよかっ
たのかなって﹂
﹁アルドのが良いの!﹂
クリスが即答する。
俺の厳密に言えば、魔法じゃないからなぁ⋮⋮かつては禁忌とま
で言われたらしい魔術。おいそれと教えて良いのか悩む。
﹁だめ、なの⋮⋮?﹂
クリスが瞳を潤ませ、声を詰まらせながらこちらを伺う。
俺は、うっ、と息を詰まらせた。別に、悪い事をした訳でもない
のに、罪悪感に襲われる。
﹁⋮⋮解った。どこまで教えられるか解らないけど、教えてあげる﹂
禁術と言われた魔術を教えるかどうかは、クリスが大きくなった
とき、本人と相談する。俺は結局、問題を先送りにすることで事態
の解決を計った。
頑張れ、未来の俺! お前ならきっとできるさ! ⋮⋮結局自分
がやることは、変わらないのが憂鬱ではある。
じゃ、明日から、魔法を教えてあげるから、とクリスと約束を交
わして、俺はガストン工房を後にした。
身体もずいぶん軽くなり、気持ちの方もだいぶ良くなった俺は、
家に向かって歩き出す。
ふと、玄関の扉に手をかけた所で、親に黙って出てきた事を思い
出す。
171
﹁怒られる、よな⋮⋮?﹂
あれだけ泣くほど心配してくれた両親である。怪我は治ったとは
いえ、病み上がり。そこで黙って出てくれば、怒られるなんて事は
容易に想像できる。
ごりおし
﹁! 親が気づく前に、部屋に戻れれば、アリバイを証明できるか
もしれない﹂
アリシアが居れば﹁いや。無理﹂とでも言われそうだったが、突
っ込みを入れてくれる人間はここには居ない。冷静な頭なら、こん
な穴だらけの答えを出すことも無かったかもしれないが、病み上が
りで少なからず疲れているせいか、気づかなかった。
別に、母を恐れて、焦っていたなんて事は無いはずだ。
俺は、某スニーキングミッションの動きを、︽マリオネット︾で
再現する。扉を音を立てずに半分ほど開いて身体を潜り込ませ、家
に侵入。内側からそっと扉を閉じる。
そして、すぐさま︽解析︾の魔術を薄く広く展開して、両親の居
場所を確認する。両親は居間に居り、どうやら一人の客に接客中ら
しい。
チャンスだ! 今のうちに部屋に入り、ベッドの中に入る!
俺は︽マリオネット︾の魔術を使用したまま、そっと廊下を進む。
一番危険度が高いのは、居間に繋がる廊下。そこを通らねば部屋へ
と戻る事はできない。
居間に繋がる場所には、扉はない。
そこが最も危険な場所だ。しかし、そこを無事抜けさえ行けば、
後は障害は無い。玄関の扉を開けたように、部屋の扉をあけて、侵
入するだけ。
172
俺は、祈るような気持ちで、居間の前まで近づき、中の様子を確
認する。︽解析︾魔術で大まかな方向などは解っているが、それで
も確認したくなるのが人のサガ。それに、来客も気になる。
さっと顔だけ居間の方にだして、姿を確認したらまた隠れる⋮⋮
そのつもりで、顔を出したその時。
﹁おかえり。アルド﹂
ちょうどいいタイミングで振り返った父と目があった。
振り返った父は、椅子に座っている。父の定位置だ。母はその隣。
来客は、その向こう側に座っているようで、姿が見えない。
そこまで一瞬で思考し、俺は逃げる算段を考える。ここまで来て、
謝る、という殊勝な選択肢は生まれなかった。
母が、父の言葉に、ばっと振り返る。ちらりと見えたその顔は、
なんというかその、夜叉とか、妖魔とかいう言葉が浮かぶ凄まじい
形相で、俺はビビる気持ちを何とか押さえる。
まずは、逃げるのが先││、とそこまで考えた所で母の姿がブレ、
椅子から消える。
はっ? と疑問に感じるより早く、俺の身体は、宙に浮かされて
いた。
脇の下には誰かの腕が通され、反抗できないように無力化される。
﹁わっ⋮⋮?﹂
﹁おかえり、アルドちゃん。今はお客さんがいるから、後でゆっく
り、お母さんとお話しましょうね?﹂
いつもと変わらぬ、いや、いつも以上に優しく聞こえる母の声。
さっきの形相をみた後では、俺は顔を動かし、母の表情を確かめる
勇気はなかった。はい⋮⋮と小さく返事をし、せめて、父は同席し
てくれないかと、助けを求めるように父に視線をやる。
173
﹁アルド、後でちゃんと、お母さんに話すんだよ﹂
と、優しくお言葉をいただく。父はどうやら、顔にはでないが、
大変ご立腹らしい。実は母より怒らせると怖いのかもしれない。
俺は完全に観念して、母に抱かれたまま、父の隣までつれてこら
れる。母は俺を抱えたまま椅子に座り、俺を膝の上に載せた。
ここまでくれば、来客の顔も見える。面白い見せ物をみた、とい
うような顔をしているのは、見知った人物だった。
﹁えっと、こんな格好のまま失礼いたします。お久しぶりです、フ
ェリックス様﹂
俺がそう、フェリックスさんに挨拶すると、かの御仁はくくく、
と笑って見せた。挨拶におかしなところがあったかと、俺は少し不
安になる。前は、オーガを相手にしていた時だったし、思わずさん
付けて呼んでしまったが、相手は貴族だし、今回はちゃんと様付け
して、敬語なんだけど。
﹁うむ。立派な挨拶だな。これはきちんと返礼せねばな。⋮⋮私は、
フェリックス・キャニオンという。ちゃんと挨拶できたのは、これ
が初めてだな。アルド君﹂
﹁いえ、こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ありません。オーガ戦の
時のお礼もありましたし、普通であれば、私の方から出向くべきだ
ったと思います﹂
そこまで返答して、フェリックスさんは堪えきれない、といった
様子で笑いだした。俺は困惑した様子で両親たちを見るが、両親た
ちはなんというか、諦めたような顔をしていただけだった。
174
﹁く、くくく! いや、ほんとに大したものだな! 5歳児でこれ
ほどまできちんと挨拶できるとは!﹂
フェリックスさんはひとしきり笑い、俺たちは黙って落ち着くの
を待った。
﹁いや、すまん。あの﹁剣姫﹂の息子が、こうもしっかりしている
とな。あのお転婆で、冒険者の中では﹁荒くれ姫﹂と││﹂
﹁んんっキャニオン様、他にお話があったのではないでしょうか?﹂
母が咳払いと、オーガに匹敵するほどの威圧を放つ。すぐさま逃
げたい気持ちに駆られたが、たおやかなこの腕に、どこにそんな力
があるんだろうという勢いで俺は母の膝に固定されており、どうす
る事もできない。
フェリックスさんは、身体を強ばらせ、母の威圧に屈したように
何度も頷く。なんだか慣れたようなこのやり取りに、母は昔、何を
していたんだろうと無性に気になる。
﹁そ、そうだな! いや、実はな、私の方が君にお礼を言いたくて、
足を運ばせてもらったんだよ﹂
んん? お礼。何かあっただろうか。オーガ戦では確かにお世話
になったが、あれはどちらかと言うとこちらがお世話になった気が
する。わざわざ向こうが出向いてくるような事ではない、ような気
がする。
﹁解らない、という顔だな。言ったろう、娘が世話になっていると。
あの日、オリヴィアを避難させてくれた礼がまだでね。ありがとう。
⋮⋮娘の姿が無かった時は、貴族の義務を放り出して探しに行こう
と思った程だ﹂
175
そういえば、オリヴィアと一緒にクリスを連れて、避難したんだ
った。あの時はオリヴィアがいたからすんなり入れた。⋮⋮やっぱ
り、俺の方が世話になっている気がするが。
そんな俺の考えが読めた訳ではなかろうが、俺がお礼を素直に受
けとれていないことは伝わったらしく、フェリックスさんは苦笑す
る。
﹁それに、君は街を救った英雄だ。足を運ぶのは当然だろう?﹂
そう言われて、くすぐったいというか、ちょっともどかしい気持
ちになる。俺は英雄だなんて立派なもんじゃないのに。そう思って
いると、母が優しく頭を撫でてくれた。
母の手の感触に、心を解されるような心地良さを覚えたが、次の
母の言葉と、フェリックスさんの言葉に、俺は冷水をかけらたよう
な気分になった。
﹁ほんとは、それも建前なんでしょう?﹂
﹁⋮⋮まぁ、な。今回、アルド君には巻き込んでしまった負い目が
あるし、事件の真相を話しておこうと思ってね﹂
事件の、真相?
オーガや、ゴブリンがあふれ出たのは、︽魔物の氾濫︾と呼ばれ
る現象だとは、クリス母に、お茶を貰いながら聞いた。あれは、数
年から、数十年に一回ある、災害のようなものだと。
だから、どうしようもない事なんだと、そう言われ、そう思いこ
もうと思ったのに。
フェリックスさんの言葉に、俺の心は、荒れた海のように、感情
が渦巻き始めていた。
176
第18話﹁事件の真相﹂
オーバーフロー
まずは、︽魔物の氾濫︾というものから説明しようか。
そう言ってフェリックスさんは、あの日の事、俺の知らない一面
を語りだした。
ダンジョン
自然災害ともいえる︽魔物の氾濫︾だが、発生条件だけは解って
いるらしい。
発生には、︽迷宮︾が深く関わっているらしい。
ダンジョンと言えば、俺のゲームや漫画知識で言うところの、モ
ンスターが蔓延り、お宝ざくざくで、それを狙うハンターが出入り
する迷宮だが、おおよそ、その認識であっているらしい。
︽迷宮︾は、︽迷宮核︾と呼ばれる巨大な魔石によって作られる
らしい。迷宮核は魔力をため込む性質があり、その課程で、魔力を
求める魔物が、樹液を求めて集まる虫のように、迷宮核に向かって
集まってくるのだという。迷宮の形は、その場所などによって、様
々らしい。洞窟のようであったり、深い森であったり、果ては、知
能を持った魔物が、遺跡のような物を作り出したともいう。
そして、全ての迷宮で共通するのが、迷宮核からの魔力を受けて、
魔物は強くなり、迷宮内、または迷宮付近で群を作り始めるという
こと。その群が、大きくなりすぎ、餌が枯渇すると、その群が餌を
求めて、周りを無差別に襲うのが、︽魔物の氾濫︾という現象らし
い。
﹁普段なら、︽魔物の氾濫︾など起こらないのだ﹂
迷宮が発見されれば、大抵の場合、すぐに迷宮核を取り出し、無
力化。それが叶わない場合は、迷宮付近の魔物を、冒険者などに依
頼して間引くらしい。そのため、魔物の氾濫が、街を襲うような事
177
はないのだそうだ。
﹁どうも、欲を張った貴族がいたらしくてな。迷宮を秘匿したもの
がいるらしい﹂
﹁危険なら、早く処分するべきなんじゃないですか?﹂
本来、この街では、迷宮の類は発見され次第すぐに腕利きを向か
わせ、迷宮核を無力化するらしい。危険なら当然のことだろう。前
世でいえば、爆弾を抱えながら寝ているのに等しい。精神衛生上よ
ろしくないし、いつ爆発するかも解らない。
わざわざ、リスクを犯す意味が分からない。
フェリックスさんは、俺の疑問に頷く。
﹁そうだな。普通なら、な。しかし、利益がでない訳じゃない。腕
利きさえ揃えば、迷宮は利益を生む金なる木だ﹂
魔物の素材は、武具などに利用されることもあり、狩ってその素
材を売れば金になる。また、迷宮は言ってみれば大きな魔力溜まり
らしく、放っておけば、良質な鉱石や、資源などが取れるようにな
ったりするらしい。
しかし、それは、その迷宮を恒久的に間引けるだけの腕利きが、
常に見込める場合であれば、らしい。
前世の記憶では、ダンジョンなんて言っても、経験値を稼ぐため
の稼ぎ場、くらいのイメージしかない俺も、少しは納得できた。
﹁迷宮を管理し、この街を迷宮都市として活気づかせれば、自分の
懐が暖まると思った輩がいるらしくてな﹂
⋮⋮迷惑な話だ。そんな奴のせいで、自分は二度も死にかけて、
クリスやオリヴィアが命の危険に身を晒され、アリシアが消滅した
178
と言うのか?
﹁その貴族は、どうなったんですか?﹂
﹁⋮⋮逃げた。この街が襲われる前日、適当な理由を付けて街を離
れていてな。今、その貴族の処分について、各方面で手を回してい
るところだ﹂
﹁良いの? そんな事まで言ってしまって﹂
母がそう口を挟む。フェリックスさんは、そんな母に苦笑を返し
た。
﹁ちゃんと対応している、という事を言わないと、誰かが暴走しか
ねないからな﹂
﹁確かに。カトレアなら⋮⋮ね﹂
フェリックスさんと、父が笑う。共感できる程度には、母がお礼
参り行くのは確定らしい。
おねがい
﹁あら。失礼ね。私はそんな︽脅迫︾に行くような面倒なことしな
いわよ?﹂
気のせいか、おねがい、という言葉のニュアンスが、俺の知って
いるものと違った気がする。これは、俺がまだこの世界の国の言葉
に慣れてないせいですよね? そうだと思いたい。
﹁まったく、良く言う⋮⋮ともかく、そういう事だから、迂闊に手
を出さないようにして欲しい、という事と、そんなバカのせいで迷
惑をかけてしまって済まない、という事を伝えにきたんだ﹂
179
言うことを言ってやった、という感じに、フェリックスさんは一
息つく。
これで話は終わりらしく、フェリックスさんも立ち上がる。両親
とも、特に異論はないのか、同じく見送りのために立ち上がった。
俺は、まだ若干、胸の内にわだかまりがあったが、貴族のややこ
しいつき合いに巻き込まれたくないので、今は納得しておく。
そして、全員が立ち上がったところで、ぱさっとそれが落ちてき
た。
﹁あら? 何かしら。羊皮紙?﹂
俺の、羊皮紙である。より正確に言えば、ガストン工房で結んで
きた契約について書かれている契約書。
さぁっと、俺の顔から、血の気が引いていくのを感じる。ただで
さえ勝手に出ていった事を怒られるのを待つ身としては、これ以上、
何か怒られる要素が増えるのは避けたい。こういうのは、両親の機
嫌が良いときに、それとなく言質だけとってしまえるような形が理
想だ。
母さんが、狼狽えた俺の様子から何かを読みとり、父さんにアイ
コンタクトを飛ばす。父はそれを正確に読みとって、羊皮紙を拾い
上げた。
﹁なになに⋮⋮契約、書?﹂
﹁アルドちゃん、いったい何の契約を、親に黙って結んで来たのか
しら﹂
﹁ほうそれは気になるな。我が街の英雄は、いったいどこのどいつ
と、どんな契約を結んで来たのかね?﹂
三者が仁王のようになり、俺は母に抱かれながら、観念するしか
なかった。
180
俺は、ガストンさんの家で結んできた契約を、洗いざらい吐いた。
盾と鎧の事もそうだし、魔導甲冑の研究の事も残さずゲロった。
﹁それは⋮⋮なんとまぁ。我が息子ながら驚くね﹂
本当に驚いているのか、いまいち表情からは判断出来ない父さん
がそう言う。母さんは言葉を失って顔をしかめており、フェリック
スさんは面白そうにニヤついている。
俺はもちろんというか、正座である。子供の軽い体重とはいえ、
堅い床に正座しているせいで、足がジンジンする。
﹁契約書の内容は良く出来ているね。内容に不備は無いように見え
る⋮⋮けど、それでも、子供であるアルドだけで結んで良い訳じゃ
ないよ﹂
﹁はい﹂
その通りだった。知り合い、といっても付き合いが浅いし、父さ
ん、母さん抜きでそんな話をして良いはずなかった。ガストンさん
はそんな風には思わないが、子供だからと言って、契約を踏み倒す
可能性もあった。
それを淡々と父さんに指摘され、段々と憂鬱になってくる。正論
すぎて言い訳もできない。
﹁まぁ、これは後でガストンさんには僕から挨拶しておこう。カト
レアも、それでいいね?﹂
﹁⋮⋮良いわ﹂
﹁ふむ。それでは、私の方からも一つ良いかね?﹂
おっと。これで終わりかと思っていたのに。フェリックスさん何
を言うつもりですか。ちょっと帰ってくれませんか。こっちは足の
181
感覚が無くなってきて限界なんですよ!
﹁⋮⋮? 何でしょうか﹂
俺の代わり答えたのは父さんだ。父さんはフェリックスさんの言
葉に、少しだけ怪訝そうにしている。
﹁この、魔導甲冑とやらに、少し噛ませて貰えないか?﹂
たぶん、俺は今顔をしかめているだろう。フェリックスさんは、
俺の顔を見て、困ったような表情を浮かべているから。
﹁それは、どういう事かしら?﹂
母さんの目が鋭くなる。フェリックスさんが何か迂闊な事を言え
ば、襲いかかり兼ねない雰囲気。
﹁いや、何。利益をかすめ取ろうという訳ではない。そもそも出来
てもいない物の利益なぞ、期待できんだろう?﹂
フェリックスさんは、若干母さんの圧力に冷や汗をかきながらそ
ういう。しかし、今の言葉は、裏を返せば期待できる物ができれば、
圧力をかけるかもしれない、という事だ。
﹁まぁ、そんな顔をするな。一つ、面白い案ができてな﹂
そう言って、フェリックスさんは、考えを口にする。
﹁これは、成功すれば、確かな戦力になるのだろう? なら、それ
を使って迷宮を管理してしまえればと思ってな﹂
182
にやりと笑うフェリックスさんは、悪戯を企てる、悪ガキのよう
な顔をしていた。
﹁迷宮が管理できないのは、それだけの戦力を維持、運用できない
からだ。迷宮都市としてやっていける都市は、都市が迷宮を囲った
のではなく、迷宮があったから都市ができた。根本からして都市と
しての発足の仕方が違う。この街のように、元からある小さな街に
迷宮ができるなら、それは驚異でしかない﹂
だからな、とフェリックスさんは続ける。
﹁これは思いつきだが、戦力が確保できるのなら、街を、迷宮街と
して新しい一歩を踏み出してみても良いと思ってな﹂
﹁しかし、そんな単純な事なんですか? そもそも、さっきフェリ
ックスさんが言ったように、出来きてもいない物で、利益を見込む
なんてできないでしょう﹂
俺が思わず、揚げ足を取るようにそう言うと、フェリックスさん
は、強気な笑みを浮かせたまま、頷く。
﹁勝算がないなら、そうかもしれないな﹂
﹁勝算があると?﹂
黙って聞いていた父さんがそう問いかける。フェリックスさんは、
もちろんだとも。と自信ありげに答えた。
﹁アルド君が居るからな﹂
﹁俺が、ですか?﹂
183
思わず、素でそう返してしまう。
みんな俺に期待しすぎじゃないだろうか。ガストンさんも、似た
ような事を言っていたように思うが、俺は、俺自身がそんな器があ
るとは、思えない。
俺は、感じた恐怖に対して、打てる手を打ちたい、出来ることを
したいと思っただけなのに。
﹁そうだ。君がいるから、だ。これはな、依頼だよ。私から、アル
ド君への。魔導甲冑を製造し、私に幾つか提供して欲しい。代わり
に、魔導甲冑完成まで、研究のための資金援助をしよう﹂
﹁見込んだ通りの戦力にならないかもしれませんよ?﹂
﹁あの盾と鎧を作った、君の作品が、か? 私はそうは思わん。が、
だとしても、街の衛兵に配り、鎧の質をあげる事はできるだろう。
無駄にはならんさ﹂
俺が自信を持てないのに、フェリックスさんは自信満々にそう言
う。俺は、思わず父さんを見る。何を言った訳でもないが、父さん
は俺の気持ちを組んで、こう言った。
﹁僕はやってみても良いと思うよ。アルドが好きにすると良い。⋮
⋮ただ、迷っているなら、挑戦してみると良い。失敗を恐れている
のかもしれないけど、お前はまだ子供。親に迷惑かけたっていいん
だ。それに、親としてはもう少し手が掛かってくれても良いよ﹂
﹁私たちの息子に、出来ないはずは無いわ!﹂
母さんに関しては、ちょっとは疑ってください、と思ったりする
が、両親に手放しに応援されては、断るとはいえない。
﹁⋮⋮やります。やらせてください。きっと、魔導甲冑を完成させ
てみせます﹂
184
﹁⋮⋮そうか! 細かい事は、また話し合う機会を持とう。ガスト
ン工房の人間も交えてな﹂
俺は頷いて、フェリックスさんが差し出してきた手を握る。
こうして、俺は魔導甲冑制作への、後ろ盾と、資金の伝手を手に
した。
なぜもっと、早くにこうしておけなかったのだろう。
そう思ったが、皆、あの時の俺の功績を見て、判断してくれてい
るのだ。平時にそんな事を言っても、誰も見向きもして貰えなかっ
たに違いない。
なら、出来る事を全力でやっていくしかない。
それが、俺の為に命を尽くした、アリシアに報いることなんだろ
う、と思いながら、俺は決意を新たにした。
そんなカッコ付けてみた俺は、フェリックスさんが帰った後、三
時間程継続して正座し、足の痛みに泣きながら、母さんの説教を聞
いたのだった⋮⋮
185
第19話﹁師匠になりました﹂
﹁クリスさんばっかり、ずるいです!﹂
今日という日は、そんな叫びを皮切りに始まった。
家の前でそう叫んだのは、クリスの隣に立ったオリヴィアで、俺
はなぜここに彼女がいるのかと、そもそも、何がクリスばかりずる
いのか解らず、困惑した。
﹁えっと。取り敢えず、上がって?﹂
俺は気の効いた言葉を言えず、挨拶もそこそこにそう言った。
﹁お邪魔いたします!﹂
鼻息荒くオリヴィアが入ってきて、その後を大人しくクリスが入
ってくる。いつもとは違う感じに、俺は首を傾げた。
﹁二人とも、いらっしゃい﹂
﹁おはようございます!﹂
﹁おはようございます﹂
母が、居間にある椅子に座らせた2人に、お茶の入ったカップと
ソーサーを差し出す。オリヴィアはまだ、怒ってます! といった
感じでぷりぷりしていたが、お茶を受け取り、カップに口を付ける
のは、なんだか様になっていた。
一息ついて、カップをソーサーに乗せると、オリヴィアは声を張
り上げる。
186
﹁クリスさんばっかり、ずるいんです!﹂
とは言われても、俺は苦笑いするしかない。
﹁いったいどういう事なのかしら?﹂
顔は笑顔を浮かべたままだが、目が一ミリも笑っていない母さん
の声に怯えながら、俺も理由が知りたいです、と内心思った。
﹁わたくし、とっても心配してたんです! だけどクリスさんだけ
!﹂
オリヴィアは興奮気味に語り出し、それを母さんが時に相槌を内
ながら聞き出していく。オリヴィアは興奮しているせいか、何度か
脱線しかけたが、母さんは必要な情報をきちんと聞き出した。
﹁なるほどねぇ。オリヴィアちゃんは、アルドが心配だったけど、
身体に触ると思って、お見舞いを控えてた。だけど、アルドの方か
ら、クリスちゃんの所に遊びにいっただけじゃなく、クリスちゃん
に魔法を教える約束までしていた⋮⋮と。確かに、クリスちゃん贔
屓してるみたいに思えるわね﹂
どうやら、オリヴィアは俺のお見舞いに来たかったが、意識不明
の重体だったため、迷惑になると控えた。今日、クリスの元へ遊び
に行くと、クリスは俺の元にこようとしていて、その時に、魔法を
教える、という約束をしていたのを、喋ってしまったらしい。
クリスをふと見ると、申し訳なさそうな顔をしていた。まぁ、別
段隠すつもりも無かったし、俺は気にしてないんだけど。
187
﹁そうなんです! クリスさんに教えるなら、わたくしも、何かア
ルドさんに教えていただきたいです!﹂
お見舞いに来たい、というところから、ずいぶん目的を見失って
いるようだが、オリヴィアはそう息巻いた。
困った俺は、思わず母さんを仰ぎ見る。すると、母さんは、私に
任せなさいと言うように、微笑んで頷いて見せた。
﹁そうね。アルドに何か教わっても、良いんじゃないかしら﹂
え? 任せとけって感じじゃないんですか? それって丸投げっ
て奴じゃありませんか?
俺は、必死に、そう目で訴える。しかし、母さんはうんうんと頷
いて、
﹁ね、アルド。良いわよね?﹂
断定口調で止めを刺しに来た。オリヴィアは、俺の方を期待を込
めた目で見ていて、今ここで断ったりしたら、その顔は絶望に染ま
るだろう。そうなったとき、俺は上手く場を納められる気はしない。
﹁そ、そうだね。別に良いよ﹂
しかし、安請け合いなんてするもんではない、とすぐ後で後悔す
る事を、俺は知らなかった。
﹁これで一緒ですね! クリスさん!﹂
﹁⋮⋮! うん!﹂
オリヴィアに黙っていた事に負い目を感じていたのか、一緒に教
188
われると解り、クリスは今日初めて、明るい笑顔を見せる。
正直、面倒だなとは思っていたが、2人が喜んでいるみたいなら、
まあ良いかと思っていると、母さんが俺の後ろから、がしっと肩を
掴んで、2人に聞こえないような声で言った。
﹁2人を泣かせるような真似、したらダメよ?﹂
﹁ハイ、ワカリマシタ﹂
俺はがたがた震えながら、そう言うのが精一杯だった。
その日から、俺は魔法を2人に教え始めた。
毎日のように三人で集まって、魔法を教える傍ら、俺はフェリッ
クスさんとガストンさんと魔導甲冑の作成をしていく。
前世のような、忙しい毎日に、あっという間に7年の歳月が過ぎ
ていった││
◇◆◇◆◇◆
広く遠くまで見渡せる草原で、2人の人間が踊る。俺はその2人
を離れて観察していた。
﹁はぁっ!﹂
その片割れが放った裂帛の気合いは、庭一面にどこか甘く響く。
が、手にした木剣が震わす空気の音は、ごう! と当たれば冗談で
済まないような音を発していた。
一線級の冒険者でさえ、驚異を感じるだろうそれを放ったのは、
赤毛の少女。肩ほどまでで切りそろえられた髪と、赤い瞳。一気呵
成に責め立てるその様は、その色も相まって荒れ狂う炎のようにも
189
見える。
手足はほっそりとして長く美しく、今年、12歳になった少女│
│クリスは、スレンダーな女性らしさを備え初めていた。当の本人
は、今も付けているモザイク模様の木製の胸当てが、何の抵抗も無
く付けられてしまう事を気にしていたが。
﹁させませんよ││﹂
そう言って、魔力を込めた木製の杖で、凶悪な一撃を受け流し、
続く三連撃を距離をとりつつ躱したのは黒髪の少女。
腰まで届く長い黒髪が、その動きと共に揺れる。それと一緒に年
不相応なまでに発達した、女性の象徴がたゆんと揺れた。見せつけ
るかのようなその動きに、正面で対峙していたクリスの額に、ぴき
り、と不吉なものが過ぎる。
クリスに対面している少女││オリヴィアは、薄く、身体の線が
浮くローブに身を包み込み、杖を構えている。魔女を彷彿とさせる
ような衣装なので、少女剣士然としたクリスと近接戦闘を行ってい
ると、違和感があるのだが、杖を構え、クリスの攻撃を躱す動きは
どこか優雅だった。どこか艶を纏い始めた彼女の雰囲気と相まって、
少女を年相応にも、年齢不詳にも見せる、妖しい魅力があった。
リンク・ブレイド
﹁起動せよ︽12の剣︾﹂
・・
クリスが距離を詰めようとする前に、オリヴィアが自身オリジナ
ルの魔術、︽12の剣︾を起動する。
魔力で塵や空気を刃の形に押し固め、計12本の蒼白の魔力剣を
操って攻撃する魔術で、俺がかつて使用した魔術︽剣技解放︾の魔
術を基礎に開発された物だ。
一閃一閃を再現していく︽剣技解放︾と違い、常にオリヴィアの
周囲を守護するように衛星のように軌道する魔力の剣は、魔力を使
190
い捨てにしないため、魔力の消費量が少ない。
しかし、常に魔力剣の制御を要求されるため、難度はあがってい
た。俺も使った事があるが、常時発動できるのはせいぜい半分の6
本だ。
﹁クリスさん、いきますよ!﹂
飛びかからんとしていたクリスは、オリヴィアの準備が整ってい
るのを見て、行動を見送り、オリヴィアの攻撃に備え、左手を鞘に
見立て、剣を仕舞いこむ。
剣は身体全体で隠し、右手は柄に振れるだけの、この世界の剣士
が見れば、異質と不気味に思うだろう構え。
手にする木剣には、目に見える程の魔力が注がれ紅く染め上げら
れる。さらに、身体強化のために練り上げられた魔力によって、周
囲が歪んで見えた。
オリヴィアが6本の剣を操り、クリスを攻撃する。上下左右。微
妙にタイミングをずらされた、間隔の異様に短い連続攻撃。最低二
本は同時に処理する事を強いられ、失敗すれば一瞬でなます切りに
されるだろうそれを、クリスは裂帛の気合いと共に打ち破った。
﹁︽三閃︾!﹂
居合い。三本の紅い斬線が、宙に爪痕を残す。魔力剣はその爪痕
に穿たれ、三本、ガラスが砕けるように散っていく。
クリスは、未だ剣を抜きはなったようには見えなかった。
︵また一段と速くなってるなぁ⋮⋮︶
しかし、それは単なる見落としだ。俺が常時起動している︽解析
︾魔術によれば、クリスはすでに三度、攻撃を放っている。おまけ
191
に、まだ十分な余力を残したままだ。
俺の前世の記憶でいうところの、居合いに近い剣技⋮⋮なのだが、
母さんにノリで言って誕生したこの剣技、すでに別次元の技へと昇
華されている。
前世でも、構えた相手と対等に攻撃できるのが居合い、と呼ばれ
ていたのに、構えた相手よりも速く、さらには剣を振るった後に斬
線だけが見えるような剣技は、もはや居合いとはいえないだろう。
﹁まだですよ! ︽12の剣︾!﹂
三本の魔力剣をかき消されてなお、オリヴィアはその冷静な態度
を崩さない。攻撃に転じていた残り三本に更に魔力を流し込み、よ
り緻密に、強力に操作し始める。
﹁ちっ⋮⋮﹂
苛立ちに目をつり上げながら、舌打ちと共に一閃。
宙に紅い線が一本引かれた。しかし、今度は先のように砕け散ら
ず、魔力剣は弾かれた。クリスはそれを見て、更に顔を険しくする。
﹁ふふっ⋮⋮﹂
クリスの反応に、オリヴィアは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
それに魔力剣が答えるように、弾かれた魔力剣が、弾かれた勢い
のままそこを支点に円を描く。
頭と胴体を切り離すような魔力剣の軌道を、クリスは身体を屈め
てそれをやり過ごす。
が、屈んだ先には、二本の魔力剣が控えていた。
﹁││くっ!﹂
192
屈んだ状態から、両足に力を込め、横に飛ぶ。地面に投げ出され
るように跳び、肩から地面に付くと、勢いを殺しながら回転し、す
ぐさま立ち上がる。魔力剣の間合いからは強引なものの何とか脱っ
していた。
﹁あら、クリスさん、はしたないですよ? 淑女はいつも優雅にあ
りませんと﹂
オリヴィアの挑発に、クリスは怒鳴り返した。
﹁その余裕、いつまでもつかしらね!﹂
居合いの構えのまま、練りに練っていた魔力。
それを一気に解放せんとクリスは柄に手をかける。
﹁させませんよっ!﹂
間合いは、さっきよりも離れている。しかし、オリヴィアは鋭く
声をあげ、残る9本の魔力剣をすべて操作する。
クリスの起死回生の一撃を察し、オリヴィアは素早く攻撃へと転
じたが、クリスはニヤっと笑って答えた。
﹁遅い! ︽桜花突き︾!﹂
突き、と言いつつもクリスは斬撃をまき散らすように放ち、飛ん
できた9本の剣を迎撃する。木刀に込められた紅色の魔力と、魔力
剣に込められた蒼白色の魔力が当たり、火花を散らせるように当た
りに魔力を散らした。2人の魔力が混じり合い、薄紅色の魔力が、
この世界にない桜の花びらのように舞い踊る。
193
一見、攻めているのはオリヴィアで、攻め立てられているのは、
クリスのようにも見える。しかし、余裕がなさそうなのはオリヴィ
アで、クリスは獰猛な笑みを浮かべている。
﹁くっ⋮⋮﹂
ついに、オリヴィアが辛そうな声をあげる。魔力剣は形こそ何も
変わっていなかったが、クリスに何度も弾かれ、内包する魔力を削
られ、その度に魔力を補填し、内包する魔力量が減り、疲労が蓄積
されている。
クリスはそれを感じとり、自身も魔力量を削られていたため、最
後の勝負に出た。
﹁はぁぁぁっ!﹂
・・
クリス渾身の魔法︽桜花突き︾魔法としては単純な、魔力を相手
にたたき付けるだけのような、単純な魔法。しかし、その魔力量が
侮れない。この魔法は、自分の魔力を周囲に拡散させて、周囲の魔
力を浸食し、再収束し相手にぶつける魔法だ。一瞬だが、自身の最
大魔力量を超える魔法を公使できる、文字通りクリスの奥の手。
﹁好きには⋮⋮させませんよっ!﹂
まさに奥義といって言い攻撃に対し、オリヴィアが行ったのは、
防御行動。
リンクシールド
﹁︽12の剣︾形状変化︽12の盾︾﹂
オリヴィアの一声を鍵に、魔力剣が形を変える。クリスを攻め立
てていた剣は盾へとその形状を換え、消された剣の分も、残してい
194
た魔力すべてを使用し、盾を形成する。
轟音が、周囲を支配した。
オリヴィアに向かって、大量の魔力が、雪崩のよう襲いかかる。
それを、12枚の盾が、積層装甲のように行く手を阻む。
張られた盾が、襲いかかる魔力を吸い、障壁を展開。
魔力を外部から過剰供給された盾は、ばりん、ばりんと盾と障壁
が割れる音が続き、その後に盾に集まっていた魔力が爆発する。
吸収された魔力と、爆発により、威力が弱まったクリスの一撃は、
オリヴィアの盾を一枚だけ残し、霧散する。最後に残っていた盾も、
その形状を保つ事ができず、霧散した。
それを合図にしたように、クリスとオリヴィアは膝を突き、肩で
荒い息をはいた。
﹁やめ! そこまで! 引き分けだね⋮⋮けど、2人とも、今日の
模擬戦の課題、覚えてる?﹂
横で見ていた俺は、成長著しい彼女たちを誉めず、気になってい
た事をまず口にした。
それにしても⋮⋮彼女らに近づくと、自分の背の高さを嫌でも意
識してしまう。
七年たった今でも、彼女たちとの背の差はあまり変わらない。同
年代の女子同士でもそう高い背ではない彼女たちと同じくらいの背
││となると、やはり自分の背の低さが気になる。
﹁ええ。もちろんです。アルドさん。今日は、︽クリスさん︵じゃ
くてん︶︾の克服ですよね?﹂
﹁バカにしてるの? ︽オリヴィア︵じゃくてん︶︾の克服に決ま
ってるじゃない﹂
195
ほとんど同時に言われたせいか、じゃくてん、という言葉が何か
違うニュアンスで聞こえて来たんだが、問題ないんだろうか。ちょ
っと不安になる。
﹁そうか⋮⋮? なら、今日の自己評価といこうか。まずはクリス
から﹂
﹁⋮⋮そうね。オリヴィアが魔術を発動する前、一気に攻めるか、
守るか迷ったけど、あそこは守りに入らず攻めた方がよかったかも。
攻める気持ちを捨てきれなかったせいで、危うく負けかけたし﹂
俺は頷いて、オリヴィアを促す。オリヴィアも頷いて、模擬戦を
振り返った。
﹁私は、攻める際に守りを考えてしまい、剣を手元に残しておいた
のが失敗だったかと。あそこはクリスさんが攻める意識があったの
で、12本すべて使えれば押し切れたかもしれませんので﹂
2人の感想を聞き終えてから、俺は思っていた事を口にする。
﹁そうだね。2人とも守りと攻めに入るまでの決断が中途半端だっ
た。まずは、クリス。
あの時、魔術が発動しきるまでに一撃入れるだけの時間があった
はずだから、そこから自分の手番を増やせたかもしれない。
守るにしても、魔力剣全てを迎撃も、可能といえば可能だったは
ずだ。全て迎撃して、オリヴィアの魔力を削って手数を減らして、
自分の手数を増やしていく方向にもっていってもよかった﹂
クリスは頷いて、模擬戦を振り返り、木剣を握って考え事を始め
た。俺も言いたい事は言い終えていたので、オリヴィアにも感想を
伝える。
196
﹁次はオリヴィア。さっき君が言ったみたいに、守りを意識しすぎ
て手数が足りない、という状況はもったいない。
確かに、最悪を想定しておく、っていうのは大事だけど、攻撃に
転じる時にはもっと積極的に行くといいよ。
後は、攻撃を追加する判断をもっと早くくだした方がいい。戦力
の逐次投入は、相手に対応させるだけの余裕を作るから。だから︽
桜花突き︾をださせるだけの余力をクリスに持たせてしまったしね﹂
オリヴィアは俺の言葉にうなずき、自分の模擬戦を振り返って反
省しているようだった。2人が、自分が納得するまで反省するのを
見届けたあと、俺は今日の修行を切り上げる事にする。
﹁さて。じゃあ、今日はこれくらいにして帰ろうか⋮⋮明日は伝え
てた通り、最終試験をするけど、問題ないか?﹂
﹁ばっちり!﹂
﹁問題ありません﹂
2人は意気込みを見せる。七年前から、2人の師匠みたいな事を
させて貰ってるが、この最終試験は母さんから出ているものだ。俺
も参加する。
﹁帰って身体を休めてね⋮⋮って、オリヴィア、何をしてるの?﹂
﹁はい。さっきの反省を生かそうと思いまして﹂
それが、何で俺の腕を抱く行為に繋がるのか、さっぱり解らない
んです
が。
﹁むぅ!﹂
197
負けじとクリスが、反対の腕に抱きついてくるが、何に張り合っ
てるんだ。
﹁さぁ、帰りましょう♪﹂
﹁え、俺自分の分の修行⋮⋮﹂
﹁さぁ、明日に備えて帰るわよ!﹂
俺は、訳が分からないまま、2人に引きずられるように、街に戻
る事になった。
198
第20話﹁試験開始﹂
突然だけど、魔物の強さについて、少しまとめておきたいと思う。
なんでそんな事するのかって? 言っておくが、俺はテスト前日
には勉強次の日のテストの範囲をおさらいするタイプの人間だ。明
日の最終試験に備えて、魔物について、まとめておこうと思ってい
る。
俺はベッドに身体を投げ出し、天井を見ながら魔力演算領域でモ
ニターを作成し、そこに魔物の項目をつくって書き込んでいく。
まぁ、最近はこれのおかげで、日曜学校の授業なんかはコピーし
ておしまい、あとはテスト時に検索するだけの簡単な仕事なんだけ
ど。
まずは、強さの分類からまとめよう。
魔物は、その強さの順に、S、A、B、C、D、E、Fクラスの
七段階に分けられている。 この段階は、大まかにだが魔物を強さの指標になっており、Fク
ラスがゴブリン一匹程度、大人が一人で対応できるレベルで、Sラ
ンクが古竜など、国規模で対応が必要になるレベル、もはや災害と
呼べる相手らしい。
魔物の氾濫も分類的には災害規模だが、その驚異の程は構成され
る魔物の数で変わるため、ピンキリだ。参考までに、前回俺が経験
した氾濫では、ゴブリンの数が多かった事、支配階級の魔物で、ラ
ンク的にはCランクに数えられるオーガが存在した事から、Bラン
ク相当の危機だったらしい。
ランクでいうといまいち解りづらいが、Cランクというのは、冒
険者と呼ばれる人間で、一般的に一流と判断されるレベルである。
大体の冒険者が、Dランクで一生を過ごす、という事もある事か
ら、そのレベルの高さはおして知るべきだ。
199
身体強度的に劣る人間が、オーガとやっと対等レベルで、Cラン
クなのである。この世界では、魔力も存在するため、体術が優れて
いる、というと前世では格闘技の世界を狙える、というようなレベ
ルがごろごろでてくるので、Cというのが低いランクだ、と思うの
は早計だ。むしろ、Bという驚異が、そうそうお目にかからない驚
異なのである。Bランク単体の魔物で、街が滅ぶ、ということもあ
り得るらしい。
魔物が災害であるなら逆に、人間でBランク以上、というのは化
け物だとか、英雄だとか言われる種類の人間で、Sなどと言えば、
歴史的に見ても十数人程度で、現在では3人存在するのだとか。
少し脱線したな。今回、最終戦で討伐を予定しているのは、オー
ガだ。 Cランクの魔物であるオーガ、武器は粗末な棍棒のような
ものか、素手が多い大鬼と大別される魔物である。人型の魔物であ
りながら、その膂力は人間の比ではなく、人間相手なら、子供と大
人程の力の差が存在する相手。並みの武器も、その分厚い皮と脂肪
の前には通用せず、もっとも冒険者の死亡率が高い魔物とも言われ
ている。
そして、7年前に自力で倒し損ねた、因縁の相手でもある。
﹁絶対、倒して見せる。それで、目標に一歩近づくんだ﹂
今の目標は、迷宮核の入手。
迷宮に入る条件として、母さんから出されたのは、オーガの討伐。
﹁迷宮攻略を目指すというなら、それくらい楽にこなしてみせなさ
い﹂
母さんにはそう言われた。
子供相手に、なんて条件を出すんだ、と思ったが、迷宮攻略とは、
200
それほど危険があるものらしい。
迷宮最深部に存在するそれを手にすれば、その先の目標である、
魔導甲冑を作る事ができる。
﹁絶対、つくってみせる⋮⋮ふぁ﹂
モニターを見ながら、そんな事を考えていたら、睡魔に襲われ、
ゆっくりと瞼が落ちていく。
次の日、俺は最終試験に臨むため、街のとある場所に向かってい
た。
この7年で、街は大きな変化を遂げていた。
それは、街の名前で解る今、この街││いや、都市は﹁迷宮都市
キャニオン﹂と呼ばれている。
7年前、オリヴィアの父であり、この街に住まう貴族であるフェ
リックスさんは、ダンジョンで利益を出す事││ダンジョンの運営
に手を出し始めた。その事業は、おおよそ成功しており、現在、街
では冒険者の姿が増え、街には冒険者ギルドの支部もできた。
フェリックスさんは、この街を統括していた前任の貴族、オグジ
ン辺境伯の失敗の尻拭いをしてこの街を迷宮都市にまで発展させた
が、この都市を危機に陥れた張本人、オグジン元辺境伯は、未だに
捕まっていないらしい。噂では、責任逃れのために、隣国に逃げた
とか⋮⋮正直、胸くそ悪い話だが、あった事もない相手なので、復
讐してやろう、という気も起きない。
その代わり都市を大きくして、悔しい思いでもさせてやろう、と
ガストン工房と連携し、幾つか発明を行っている。
まずは、盾と鎧。ガストン工房謹製の盾と鎧は、俺が作った魔術
201
理論を応用し、魔導具ともいえる性能を持っている。魔力がなけれ
ば扱えないが、この世界には、魔力を持っているが、魔法を使えな
い、という人間は意外に多く、新機軸の魔導具として、この都市の
特産品として売れている。正直、魔導甲冑なしで戦力増加、
おまけに、木製から金属と、客層に合わせて販売しており、冒険
者の間では、ガストン工房は初心者∼上級者までが利用できるかな
り有名になっているらしい。
今、ガストンさんは弟子を何人かとり、店も大きく改装するなど、
かなり儲かっている。
都市に利益も生まれ、都市も大きくなってきているが、全てが順
風満帆とはいっていなかった。
まず、都市の治安。急激な成長を遂げたため、都市の治安がさが
り、スラムとでも呼ぶべき一角ができてしまっていた。フェリック
スさんは治安維持のため、都市を見回る衛兵を増やしているが、冒
険者などの荒くれものが、かなり頻繁に問題をおこし、フェリック
スさんの頭を悩ませているらしい。
なんでも、都市の魔物の驚異から守っているのは、俺たち冒険者
だと、大きな顔をする物が多く、元々都市に住んでいた住人などと
問題を起こすらしい。
そして、魔導甲冑。これが、一番問題だった。
基礎的な設計は終わり、外側は大体完成を見ているが、魔導甲冑
は実用にはほど遠い状態といえた。当初、冒険者ではなく、魔導甲
冑によって迷宮の運営を考えていたフェリックスさんは、魔導甲冑
の開発に、そろそろ目処をつけたいと言ってきている。つまり、開
発中止。
これまで、盾と鎧によって利益をだしてきたが、目が出ない魔導
甲冑を打ち切り、別の開発をしたらどうかと俺に勧めてきている。
別の開発は、正直してみたい気持ちもあったが⋮⋮これは、俺の
前世の夢であり、アリシアが見てみたいと言っていたもの。どうし
202
ても開発を成功させたかった。
それに、もう一歩、もう一歩の所まできているのだ。
魔労甲冑は、形はもうできている。
鍛え上げた鋼で出来た装甲と骨格に、各部を動かす人工筋肉代わ
りにつくった、編んだローパーの触手。第二装甲、補助骨格として、
圧密木材を使用した甲冑は、全長4メートルはある、まさしくロボ
ットという外観をしている。騎士甲冑を思わせるその鎧は、動作テ
ストで、オーガ並みの力がある事は解っている。
が、長時間動かす事ができない。欠陥品だった。
巨大な全身を支えるため、常に血流のように巡る魔力で、強化し
てやる必要があり、その魔力を補充する人間が、全力で魔力を流し
続けたとしても、もって数分の稼働時間しかないのである。
開発者の俺など、二分動かしただけで限界で、開発に関わった人
間のなかで、もっとも魔力量が多かった、クリスでさえ三分しか動
かせない。
そんな状態のため、フェリックスさんはこの魔導甲冑を戦力とし
て数えるのは止めて、盾と鎧を衛兵に行き渡せる事で、戦力の質の
向上を図った。結果は成功だったのだが、逆にそれが、開発の打ち
切りを踏み切らせることになってしまった。
また、本末転倒な事であるが、対迷宮の戦力として求めた魔導甲
冑が、迷宮核を必要としている、という事が、フェリックスさんの
中で、開発をやめたい理由の一つとなっている。
迷宮核は、膨大な魔力を溜める貯蔵庫だ。それを使えば、魔導甲
冑を使う事ができる││はずだ。
しかし、迷宮核は、文字通り迷宮をつくる核である。それを使う
という事は、迷宮を潰すという事だ。
効果があるかどうかも解らない事に、迷宮核を使う事は出来ない
││それが、フェリックスさんの判断で、当たり前の事過ぎて反論
の余地がない。
利で説こうにも、欲していた戦力はある程度整っている。変にそ
203
ろえれば、国に緊張を強いる事にもなる、そう言われた。
﹁でも、諦めるつもりはないんだよね⋮⋮!﹂
俺は、そう呟いて、目的の場所、冒険者ギルドへと辿りついた。
まだ、チャンスはあるのだ。最近見つかった、新しい迷宮。その
先陣攻略に参加する。その資格を得るために、今日の最終試験を突
破する。
それが、俺と、母さんと、フェリックスさんで交わされた約束だ。
新迷宮の先陣攻略参加の許可。そして、そこでたとえ迷宮が最奥
部まで攻略しつくされても関与しない。
母さんからは、迷宮最低でも、単体、少なくともパーティでオー
ガを倒せるレベルではなければ許さないとの条件を提示された。
そして、迷宮核はいくら俺が都市に貢献しているとはいえ、さす
がに、俺1人にチャンスを与える、という事は出来ず、ギルドを介
して、正式に先陣選抜のための試験を用意し、それをクリアしたも
のに先陣として迷宮攻略に参加させる、と触れを出した。
その中で一番先に攻略し、迷宮核を得る。そのためには、試験な
んかに躓いている時間はない。
俺は決意を新たにしながら、ギルドの大きな扉を開く。
そこには、沢山の冒険者がいた。
冒険者は、俺の格好を見て、同じ目的と察したのか、値踏みする
ような視線が俺に集中した。俺はそれを軒並み無視して、カウンタ
ーに向かう。威圧してくるような奴もいたが、結局試験を超えられ
なければ意味がないのは理解しているのかな? 相手をする必要も
感じなかったので無視して通る。
クエスト
﹁≪依頼≫の受注したいんですけどー﹂
204
俺はカウンターで忙しそうに羊皮紙の束を整理していた知り合い
の受付嬢にそう声をかけた。
満面の営業スマイルを浮べかけた彼女は、書類から目を上げ、俺
の顔を見ると途端に表情が抜け落ち、どうでも良さそうな顔をした。
﹁なんだ。君か。ボクは今忙しいんだ。余計な手間を増やさないで
くれ﹂
﹁おーい。地が出てますよ、地が。ちゃんと仕事してください﹂
﹁ああうん。仕事する振りしてさぼりたいから、上手い事そこに立
っていてよ、君﹂
受付嬢はそう言って、羊皮紙を差し出してくる。内容は、先陣攻
略選抜試験だった。
﹁どうせそれでしょ? まったく、忙しいったらない⋮⋮あ、ゆっ
くり書類書いてね。その間くらい休みたいから﹂
いつもなら、さっさと書いて失せろ、とでも言わんばかりの態度
だが、今日は違うらしい。
俺は書類を受け取って、名前を書いて返す。
依頼内容は事前に知っているし、変更がないか確認するだけだ。
時間内のオーガ一体の討伐、という内容が書かれているだけなので、
こちらも大して時間がかからない。
受付嬢の要望に応えてあげてもよかったのだが、いかんせん記入
するのは名前だけだ。時間稼ぎにもならない。
﹁はやすぎ⋮⋮﹂
苛立ち交じりの受付嬢にそんな言葉を投げかけられる。別の場所
で聞いたら、彼女の容姿も相まって非常にダメージを受けそうな言
205
葉だったが、俺はスルーして羊皮紙を渡す。
﹁鬼⋮⋮﹂
﹁何とでも言ってください⋮⋮と、これ返すだけでいいんですか?﹂
﹁ダメ、これ付けて﹂
受付嬢から、腕章のようなギルドの紋章が入った皮のベルトを受
け取り、腕に着ける。
﹁これで終わり。それは試験終わりの時にカウンターに返して。じ
ゃ、武運を祈ってる﹂
﹁解りました。ありがとうございます﹂
短いやり取りを終えて、適当な場所に待機する。
普通の依頼なら、このまま都市の外へでて依頼をこなして帰るだ
けなのだが、今回は不正防止という事もあり、開始時刻を開示せず、
この日この時間までに試験用の≪依頼≫を受け取っておくように、
としか言われていない。
まだ時間かかるのかな、と壁際でぼーっとしていると、受付を済
ませ、腕章をもらったらしいクリスとオリヴィアが俺に気付いてや
ってきた。
﹁おはよう。もう登録は済ませたんだね﹂
﹁おはよ。登録は済ませたわ。後は開始を待つだけね﹂
﹁おはようございます。今日はお互い頑張りましょう﹂
昨日は訓練用の武器だったが、今日は2人とも実践用の武器に変
えている。クリスは、最近ガストン工房で売り始めた刀と、魔力に
よって防御力を強化する事ができる鋼鉄の胸当て。胸当ては盾と同
じ理論を応用したものだが、刀は俺が、半端な前世の知識を元に構
206
想だけ伝え、ガストンさんが施行錯誤の再現した、恐らく世界最初
の刀だ。
この世界は、魔物がいるために、人間の足りない膂力を重量で補
おうとする傾向が強いため、重く大きな剣が主流だったりする。今
もそういう剣を持った人間が多い中で、クリスの装備は軽装だろう。
オリヴィアも軽装という意味では負けていない。昨日も装備して
いたローブと杖は変わらないが、ローブの上に寄木細工の胸当てを
装備している。冒険者の中には、魔法使いという人間は非常に少な
い。そのため、オリヴィアはこの中では異色な存在だった。大抵、
冒険者で魔法を使う、と言えば、ちょっとした生活に役立つ魔法を
使える、という事か、他に武器を持って目くらまし程度の魔法を使
える、という感じなので、本職の魔法使いがいる事はほぼない。本
職の魔法使いは、国に雇われるか、貴族に雇われるかして、軍にい
る事がふつうだからだ。
まぁ、オリヴィアが異色なら、俺は異質な存在だろうか⋮⋮装備
はほとんどクリスと一緒で、刀と胸当てを装備している。それと、
両腕にした腕輪。こちらはいくつか魔力を流すだけで動作する魔術
を仕込んでいる。剣士然とした見た目だが、一応魔術師なので、見
た目でそれを判断できる人間はいないだろう。
時間がまだかかりそうなので、3人で試験について雑談して過ご
した。
試験はパーティでの参加も認められているのだが、今回はパーテ
ィでの参加をしていない。これは、三人で話あった結果で、1人で
条件を満たせるようにしたい、という2人の要望を聞いてそうなっ
た。
﹁私一人でもできるわ﹂
﹁わたくしも、自惚れる訳ではありませんが、アルドさんと対等で
いたいので﹂
207
クリスは本音を語ってくれなかったが、たぶん、オリヴィアと同
じ思いなのだろう。
俺は2人を対等だと思って接しているつもりだが、一応師匠とい
う事で、2人を対等に扱っていないのかもしれない。そんな風に思
ったので、強くも言えず、結局2人の意見に押し切られる形でそう
なった。
だが、余り心配はしていない。剣の腕は、母さんのお墨付きのク
リスだし、そのクリスと対等に戦えるオリヴィア。オーガが相手だ
ったとしても、問題ないだろう。⋮⋮保険はかけておくけど。
そんな風に思いながら、2人の話に相槌をしていると、がっしり
とした体つきの、初老の男性がカウンター近くにやってきた。その
人物は、ギルドマスター。この冒険者ギルド・キャニオン支部を取
り仕切る人物だ││が大声をあげた。
﹁これから、先陣試験を始める! 受付を済ませてないうつけもん
は、その場で試験失格とする!﹂
何人かが、慌てて受付に行くのを見送りながら、俺はようやく始
まる試験に向けて、意識を切り替える。
208
第21話﹁試験開始、魔物の影﹂
﹁ふん。揃ったようだな﹂
小馬鹿にするようなギルドマスターの声。それに身を竦ませたの
は、一部の冒険者たちだった。ギリギリになってから受付を済ませ
れば良いだろう││そんな考えだった彼らは、ギルドマスターの温
情で、何とか参加を許されている状態で、冒険者同士からは、恥を
さらすな、というような視線を飛ばされており、受付の方からは、
余計な手間を増やしやがって、という視線が、飛ばされていた。
﹁先陣試験の内容は依頼書に書かれていた通り、本日この時間から、
外壁の門を閉じる夕刻までに、オーガを一頭討伐すること。パーテ
ィで先陣参加を希望する者は、パーティの人数分オーガを討伐する
事。以上だ﹂
参加者達は黙って聞いている。内容は、さっき見た通りで、変更
はなし。意地の悪い依頼主なら、このタイミングで何か付け加えて
くる事もあるが、そういう事は無いようだ。それには安心する。
﹁あぁ、当然だが、不正は許さん。発覚次第、試験参加はおろか、
ギルドランクの剥奪になる。⋮⋮まぁ、不正をするような輩が、試
験を突破できるとも思わんし、その先、生きて居られるとも思わん
がな。これで本当に以上だ。質問はあるか? ⋮⋮なければこれか
ら試験開始とする! 諸君の武運を祈る﹂
そう言って、ギルドマスターが背を向けるのと、冒険者達が我先
にと扉に向かっていくのを見送る。あそこに割いって怪我などする
209
のはバカらしい。しかし、悠長にしている時間はなさそうだ。仮に、
この場にいる全員が、オーガを狩る実力があるならば。この当たり
には100人近い参加者全員に行き渡る程のオーガは居ない。
それこそ、この近辺を刈り尽くしても難しいだろう。遠くにいけ
ば居るには居るが、そうなると時間が無い。これはなかなか、厳し
い試験だな、と今更ながらに思う。
倒せるだけの力量もそうだが、獲物の奪い合いになる。素早く見
つける事ができるかどうか、これが肝になりそうだ。
﹁じゃ、お互い頑張ろう﹂
﹁絶対受かって見せるわ﹂
﹁資格を取ってお待ちしてますね﹂
それぞれ、試験に対する自信を見せて、人が減って少し落ち着い
たギルドの入り口から、駆けてでていく。俺は東に、クリスは西に、
オリヴィアが南に。目標を奪い合いしないために、最初に決めてお
いた事だ。オーガの行動範囲は、ここ最近、迷宮のおかげかかなり
広い。そして、7年前よりも明らかに増えていた。かつてはこの付
近では、ゴブリンくらいしか見かけなかったのだ。ただ、それでも
全員が試験を通れる程は見たことがない。仮にそれだけの数がいた
とすれば、戦争レベルでの戦闘があっただろう。
試験で巣を狩りに行くにはあまりに危険だし、何より距離がある。
そんな遠くまで行っては時間内に帰ってこれない。そこまで話し合
って、それぞれ別の方向でオーガを探して狩ってくる、そう決めて
いた。
開かれた門に殺到する人間に混ざり、俺も都市の外に向かって走
る。都市の大動脈とも言える大きな通路は、走る冒険者であふれか
えっていた。
冒険者達が、石畳を蹴って駆けていく。通行人は驚いて道をあけ、
210
迷惑そうな視線を俺たちに投げかけていた。
俺は、そんな中で、中層グループのパーティの後ろを走る。前を
走る冒険者をかき分け進むパーティは、場慣れした感じといい、落
ち着いた風格といい、強そうな雰囲気の4人組パーティだった。
外に向かう冒険者たちは、ただ走っていた訳じゃなかった。すで
に試験は始まっている。他の試験者の妨害、という形で。
前を走るパーティは、壁役らしい大盾を持った冒険者を先頭に、
V字の陣形を組んで進んでいく。壁役が前を塞ぐように走りながら、
妨害をしかけようとする他の冒険者たちをブルドーザーのように脇
によけていく。脇によけられた、哀れな妨害者たちは、両斜め後ろ
に控えた、戦士だか剣士のような格好をした冒険者たちに、千切る
ように投げ捨てられていく。
その後を弓と大量の矢を背負った女性が、ぴったりとついていて、
その冒険者たちに守られるように進んでいく。
﹁ちっ!﹂
ふと、右側にいる男と目線が合う。俺は前のパーティを完全に露
払いとして使っていたため、それに気づいた男が顔をしかめる。
俺に構っている事もできず、前を向き直った男を見れば、男は俺
に構う事を諦めたわけではないようだった。
﹁おらぁ!﹂
かけ声と共に前を走っていた男が、妨害を行おうとした冒険者の
1人を、俺に向かって投げつけた。
投げた、といっても重たい人間。飛んで来たりはせず、石畳を転
がって、俺を巻き込むようなコースをとる。
﹁おっと﹂
211
﹁ちっ﹂
俺が余裕を持って転がってきた冒険者を躱すと、男はまた舌打ち
した。俺の背後を走っていた別の冒険者が、それに巻き込まれて盛
大に転んだ。
﹁やめときな﹂壁役の後ろを走る女が、仲間の男を諫める。
﹁雑魚を相手にしてる暇はないんだ﹂
お。挑発ですか? 買っちゃうよ? その挑発乗っちゃうよ? 俺も、このまま後ろにいるのは芸がないと思っていたところだ。
前を走っているパーティには、悪いと思っていたから、都市の外に
出たら礼くらいは言おう思ったが、やめる。 さっき転ばせようと
してきたお礼もあるし、たっぷり思い知らせてやろう。
﹁アプリケーション︽神速の足︾起動﹂
アナライズ
門はすでに視界に入って来ている。礼をするなら、門をでる直前
マリオネット
がいい。俺は、さっそく最新魔術を起動する。︽解析︾魔術で走り
の効率化を突き詰め、︽操り人形︾で1ミリ以下の精度で身体を操
作。魔力の流れすら、走りに特化させたその魔術を使い、俺は石畳
を全力で蹴る。
だんっ!
という自分の蹴った足の音は、すぐそばで聞こえた。上半身は、
落ちるように前傾させて、バランスを完全に失って転倒するのを、
地を蹴った反動により相殺する。身体はそのまま立てず、地を嘗め
るように疾駆する。
﹁なん⋮⋮!?﹂
212
さっき妨害しようとした男が、俺を見下ろす。音に振り向いたの
だろう男は、俺の姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。
俺は少し溜飲が下がる思いだったが、思い知らせたいのはそっち
の女性もだ。それに、せっかくだからこの場にいる全員、少し釘付
けしてやりたい。
前のパーティまでの距離を、たった三歩で詰め、俺は最後の一歩を
踏み切りに、身体を宙に踊らせる。
﹁なんだい⋮⋮!?﹂
自分の上を取った影に驚き、前を走っていたパーティは思わず、
足を止める。
すでにこのパーティが最前列だったため、パーティを飛び越えた
俺は必然、全ての冒険者の前に着地する。
そこはちょうど門の前。衛兵が驚いて俺の姿を凝視する。俺はそ
れを無視して、余裕をもって全冒険者を振り返る。
﹁やる気かい? 坊や﹂
弓を背負った女が、殺気すら滲ませて問いかける。
﹁ええ。もちろん﹂
俺はそれに、肯定で返した。態度で示すように、腰を落とし、腰
に下げた太刀の柄に手を添える。これ見よがしに、殺気をまき散ら
して。
女は驚いた顔をしたが、すぐに弓を構えられるように備える。壁
役の男が黙って盾を構え、左右に控える男2人は、1人は怪訝そう
にしながら、もう1人は血走った目で俺をにらみ、腰に下げた剣に
213
手をかける。
都市内でのいざこざは御法度。武器を抜くなんて持っての他だ。
だが、相手が武器を構えた時に、武器を構えない、平和ぼけした冒
険者など居ない。
一色触発の空気は、一瞬で破られる。
俺が、全力で一歩踏み込むと見せると、いよいよもって、パーテ
ィのメンバー達は自分の武器を引き抜くべく動き出す。
その一瞬を、俺は待っていた。
﹁かぁッ!﹂
魔法、︽雷声︾。これは魔術ではない。魔力を含んだただの大声。
しかし、もたらした結果は、単なる大声、と片づけるには、なかな
かそうは行かない内容だった。
今まさに武器を構えようとしていたパーティ達は、圧力を持って
襲いかかってきた音に足をすくませる。その後ろから、パーティを
追い抜こうとして追いついて来た、無関係の冒険者達が、あまりの
音に驚き転倒するか、足を止める。
びりびりと石畳が揺れ、たっぷり数秒の余韻を、その場の冒険者
たちが味わっている頃には、俺は都市の外へと飛び出していた。
武器を抜いた、法に触れるような真似をした人間は、あの場には
いなかった。
適当な距離をとってから、俺は走っていたペースをゆっくりに落
とし、魔術を止めて、歩きにする。
若干汗はかいていたし、使う必要もないような魔力も使っていた
ので、少し疲労感はあるが、それでも準備運動を汗をかくくらいし
っかりやったという感じで、これから含む本番に、何の支障もない。
214
﹁じゃ、さくっと見つけて、さくっと試験を突破しますか﹂
⋮⋮そう、思っていた時期もありました。
全然簡単じゃない。そう思った。理由は、何よりも遭遇率の問題
だ。居ない。どこにも、草原で見かける事無く、俺は近くの森に、
オーガの痕跡らしきものを見つけて追いかけてきたのはいいが、全
然いない。気配もない。
いや、痕跡はある。数日前までこの地域にいたであろう足跡など、
痕跡は事欠かない。しかし、いない。
そして、
﹁他の魔物に追いやられた⋮⋮?﹂
オーガの足跡を追うと、戦闘痕だけが度々見つかる。相手が魔物、
そう断定したのは、大型の四足獣と思われる足跡があるし、木々に
は大きな爪痕がある。爪一本が俺の小さい拳が入るくらいの大きな
疵を残しており、オーガと比べても、遜色無いような大きさをして
いると予想できる。
﹁熊⋮⋮かな?﹂
﹁いや、違うだろうな﹂
独り言に対して、返事があったが、俺はさほど驚かなかった。︽
エネミーサーチ
解析︾魔術を分解して、動的物体の広域探査と条件に見合う存在の
情報収集を専門にした魔術︽敵性探査︾を起動中だったため、声を
かけた人物達が、俺に近づいてきていたのに気づいていたからだ。
﹁熊じゃないんですか? 森で大きな動物、といえば定番だと思っ
たんですけど﹂
215
オーガが見つからないため、森の、かなり奥まで来ている。そろ
そろ、大型の動物の気配くらい感じてもいいと思うのだが、それも
無い。
﹁⋮⋮なんだ。あたし達に気づいてたのか﹂
﹁えぇ。別に気配を消してなかったようなので﹂
声をかけてきた相手に、視線を合わせながら、俺はそっと刀の柄
に手をかける。
﹁で、さっきの仕返しですか? できれば後にしたいんですけど﹂
﹁てめぇ⋮⋮﹂
さっきの事を余程根に持っているのか、俺を妨害しようとした男
が、睨みつけてくる。俺に迫ろうと、一歩足を踏み出した所で、弓
を背負った女性が、手で制する。
﹁いや、そうじゃない。⋮⋮正直、してやられたとは思っているが
ね。こっちも損害が無かったんだし、お互い挨拶が済んだってこと
にしておきたい。
あたし等は、≪鷹の目≫ってパーティでね。あたしがリーダーの
ガラベラだ﹂
﹁ガラベラさん、ですか。ご丁寧にどうも。俺はアルド、≪鬼殺し
︵オーガキラー︶≫なんて呼ばれてるパーティの人間です﹂
俺がそう名乗ると、≪鷹の目≫のメンバーは驚いたようだった。
正直、あまり好きな呼び名ではないが。自分たちでパーティ名は決
めておらず、特に不自由がないから、と思っていたら、周囲の人間
216
が、俺の功績からそんな風に呼び始め、それが定着してしまってい
た。
﹁あんたが、≪鬼殺し≫?﹂
﹁別に、信じて貰わなくても構いませんよ﹂
﹁いや、信じよう。ただの子供に、あんな動きができるとも思わな
いしね。あんたみたいな子供がそう何人もいるんだとしたら、あた
しら冒険者の商売あがったりさ﹂
そんな軽口を叩いて肩をすくめると、ガラベラは表情を一変させ、
真剣な様子で切り出す。
﹁なぁあんた。一時パーティを組まないかい?﹂
217
第22話﹁異形の魔物﹂
は? と思わず俺は声をあげていた。
﹁パーティですか?﹂
﹁そうだ。あんたも、気づいているんだろう? この森の状況に﹂
言われなくても、森の異変は感じている。
歩いても歩いても、森には動物の気配を感じない。
﹁その様子だと、気づいているようだね﹂
﹁ええ。まぁ⋮⋮静かだな、とは思いますよ﹂
視界に入らない、のではない。気配を感じないのだ。
たとえば鳥の声。耳鳴りがするほど静かな森には、時折、風に揺
られる木々のざわめきと、自分が発する、呼吸や足音などの音だけ
が聞こえてくる。
そして、辺りにある戦闘痕。大型の獣の足跡以外にも、気になる
点が幾つかある。焼け焦げたような、後と、不自然に抉られた地面。
何をどうすれば、こんな後ができるんだろうか。俺の記憶にはない。
﹁そう。静かすぎる。こんなのは、長いこと冒険者やってるあたい
らだって初めてだ。つい先週、この森に入った時は、こんなんじゃ
なかった。正直なところ、今の森は不気味だね﹂
﹁それで、一緒になって原因を探ろうって感じですか?﹂
﹁概ねそうだね。森全体がこうだとすれば、これは異常事態だ。別
々に分かれて行動したりせず、一緒になった方が万が一の事態が起
きたとき、連携が取れた方がいいだろう?﹂
218
そこまで見ての判断か。確かに、彼女の提案はこちらとしても助
かる。
﹁それでも、遠慮しておきます。上手く連携が取れるとも思えない
ので﹂
﹁あんだぁ? 俺らの実力に不満でもあるのかよ?﹂
まだ敵意をむき出した男が、俺を睨む。言い方が悪かったが、別
に訂正はしない。その可能性もあるからな。
﹁いえ。そうではなく。俺はあなた方がどんな連携を取るのか知り
ませんし、あなた方は、俺がどんな風に戦うか知らないでしょう?
足を引っ張りたくはありませんし、遠慮しておきます﹂
男が何か言おうとしたが、ガラベラが睨みつけて黙らせる。
﹁まぁ、その可能性はあるかもしれないがね⋮⋮そこまで気にする
事かい?﹂
﹁はい。俺の戦い方は、独特なので。上手く連携取れなければ、敵
味方混乱しますよ。ちなみに、俺がどんな戦い方をすると思います
?﹂
﹁⋮⋮試してるのかい? そうだねぇ、変わった剣だが、使い慣れ
ているように見える。それに体捌きが独特さね。回避主体の、一撃
離脱の剣術ってのがあたしの見立てさね﹂
おお。すごい。そこまで見るか。手の内晒されたみたいでちょっ
と悔しい。
﹁すごいですね。でも、半分正解ってところです。俺は魔法主体な
219
んで、近接はあくまでおまけですよ﹂
︽鷹の目︾のメンバーたちが目を見開く。
﹁嘘ついてんじゃねぇ! 魔法使いが何だってこんなとこにいやが
る!﹂
魔法使いの冒険者はほとんど存在しない。自分が魔法使いだって
名乗る奴は、嘘つきか、魔力が少し扱えるだけの、自惚れた素人だ。
俺を怒鳴った男は、前者だと判断したようだ。さっきは魔法を使
ったとは言え、身体強化の魔術と、少し変わった使い方をした魔法、
︽雷声︾だけだ。これなら、少しランクの高い冒険者たちなら、無
意識にできるレベルのこと。嘘つきだと判断してもおかしくは無い。
﹁なるほどね、魔法使いだってんなら、あたしらもどう立ち回って
良いか解らないねぇ。それに、そんなにあっさりバラすって事は、
他にも何か隠してるんじゃないかい?﹂
﹁さぁ。それはノーコメントって事で﹂
ばれてる。ガラベラは、こちらが何を隠しているかまでは解らな
くても、こちらが魔法を使う変わり種の剣士、というのが正体では
ない事を察している。これが経験の差って奴なんだろうかと、ふと
思う。
﹁ふ∼ん。まぁいいさね。冒険者にとって、自分の戦い方は飯の種
でもあるからね。無理にとは言わない。最後にもう一度だけ聞くが、
1人でも大丈夫なんだね?﹂
﹁はい。逃げるくらいなら何とか⋮⋮!?﹂
会話の途中で、違和感を覚える。
220
俺は、︽鷹の目︾から目を離し、腰を少し落として、右手で軽く
鞘を握り込む。
俺が警戒を浮かべ、警告を発するよりも早く、︽鷹の目︾のメン
バーたちも各々の武器を抜き、構える。
そんな時、背後から
どっ
と重たい音が響く。
﹁っ!﹂
︽鷹の目︾メンバー達から息を呑んだ気配を感じる。
が、俺はそちらの方を見なかった。︽探査︾の魔術で、形状を把
握していたし、何より肉眼で見て、動揺したり、隙を見せたりした
く無かった。
俺は、森の一点を睨み、殺気を放つ。
﹁おいおい。まさか、当たりって事かい?﹂
ガラベラの震える声が聞こえた。どうやら、彼女は飛んできた物
体を見てしまったらしい。
それは、探していた魔物、オーガの首だった。
姿の見せないその﹁当たり﹂の魔物は、オーガを殺せるだけの力
を持つ魔物。
そして、この場の全員がオーガの首に意識が行っていれば、すぐ
さま襲ってくるだけの、狡猾さを持つ魔物。
俺が今、殺気を飛ばしながら牽制していなければ、今のタイミン
グで襲われていたかもしれない。
未知の魔物との戦闘の幕は、静かなまま、切って落とされた。
221
◇◆◇◆
﹁ふぅー⋮⋮﹂
私││クリスは、一つ息を吐いて呼吸を落ち着けた。自分が、緊
張とプレッシャーから、身体を強ばらせている事に気づいたからだ。
私は今、迷宮探索のために試験に臨んでいた。
私の師であり、親友のアルドの母でもある人物が私たちに提示し
たのはオーガの討伐。そのために、今、オーガの痕跡を追って森に
入り込んだ。
恐らく、師匠はパーティでの討伐を想定しているとは思う。でも、
私は、個人での試験参加、オーガの討伐をしたいと、一緒にパーテ
ィを組んでいる、アルド、オリヴィアに我が儘を言った。
魔法の師でもあるアルドは、何か考えていたようだが、解ったと
言ってくれた。オリヴィアは最後まで危険だと反論していたが、自
分の考えをこっそりと彼女に考えると、寧ろ賛同してくれた。アル
ドは少し知りたがったが、彼には秘密だ。
だって、彼の横に並びたいから、なんて理由。彼に言える訳ない。
私は、7年前、アルドに魔法を教えてくれるように頼んだ。しか
し、私にはそれほど、魔法の才能はなかった。魔力量は多い。しか
し、それを形に成すためのイメージが、弱いのだと、アルドは言っ
ていた。
彼は色々と教えてくれたが、難しすぎて良く解らなかった⋮⋮私
のイメージだと、魔法はばっとやってどかんという感じなんだけど、
彼はそうではないらしい。
私としては、これ以上ないくらい、解りやすくかみ砕いた説明だ
ったんだけど⋮⋮アルドもオリヴィアも首を傾げただけだった。何
222
だか腑に落ちない。 あげく、アルドからは、あまりこうは言いたくないが、恐らく、
彼と同じ魔法は使えない、と言われてしまった。彼は非常に悔しそ
うな顔をしていたが、私はもっとショックを受けた。
その頃、オリヴィアが魔法をめきめき上達させ、アルドと同じ魔
法││魔術を使えるようになったと聞いて、さらにショックを受け
た。大好きな母のクッキーが、喉を通らなかったくらいだ。
それでも、何かできるようになりたいと、魔法を頑張って覚えて
いたとき、アルドのお母さん││師匠が、﹁アルドと一緒に練習し
てみる?﹂と声をかけてくれたのだ。
後から聞いたら、魔法の訓練が思うようにいかず、剣を振るアル
ドの姿を食い入るように見ていた私を見かね、声をかけてくれたら
しい。
気分転換のつもりで握った剣。それが、今の私を作っている。
師匠に言わせれば、私には剣の才能があったらしい。
オリヴィアが一つ、魔術を覚える頃に、私も一つ、技を覚える事
ができた。魔法とは雲泥の差の進歩。
身体が小さいために、非力だったが、そこは豊富な魔力と技で補
うように言われ、訓練した。
だけどそれでも、アルドには追いつけなかった。アルドは私が一
週間かけて形にした剣術をたった一目見ただけでものにした。
師匠を疑う訳ではなかったが、自分には、才能が無いのだと思っ
た。少なくとも、アルドの隣に並べるようなモノはもっていないの
だと。
それでも、諦めたくなかった。
彼の横に並ぶために、必死になって訓練した。魔術と剣術、分野
は違うが、積極的にオリヴィアとも意見を交わして、剣術の中に、
魔法を取り入れるようにもなった。
アルドとオリヴィアと三人でパーティを組み、幾つかのクエスト
223
をこなした。
強くなったと思う。無力だった自分から、少しは変われたと思う。
その証明がしたい。
強くなった。彼の隣を歩いても良いのだと、誰よりもまず、自分
に胸を張って言えるように。そのために、この試験を1人で臨む。
﹁やってやるわ⋮⋮﹂
意気込みを口にし、私は神経を集中する。考え事をしていたが、
身体が何かの気配をとらえたのだ。肌で、耳で。まず間違いなく、
相手はオーガ。相手は一体。やってやれない事はない。
気持ちの高ぶりに応じるように、魔力が漏れ出す。
﹁ダメダメ。落ち着け、落ち着け私⋮⋮﹂
漏れ出した魔力を、すぐに抑える。師匠からは問題ないと言われ
ているが、オーガは一般的にはパーティ単位で当たるのが普通の、
格上の相手。
速度や技術、魔法などで優位に立てるが、それを覆されかねない
力と、生命力がある相手だ。全力で当たらなければ、足下を掬われ
る。
気配を殺しながら、静かに、魔力を練り上げていく。身体の外に、
高めた魔力が漏れ出さないように気をつけながら練っていき、気配
を感じた方に進んでいく。
見つけた。
声を潜め、オーガの動きを見る。オーガはどうやら、木になって
いる実を採り、食べているようだ。
食事に夢中で、辺りを警戒していない。警戒していない理由は、
224
彼らオーガが、ここら一帯でもっとも力を持っているせいかもしれ
ないが。どちらにせよ、好都合だ。
認識外からの一撃離脱で決める。
相手は一体、こちらを認識していない。この好機を逃す手はない。
相手は格上の存在。しかしそれは、真正面から真っ向勝負をしかけ
た場合だ。隙をつく事ができれば、敵ではないはず。
オーガを視界に収めながら、風上に立たないよう、相手に見つか
らないように注意しながら距離を詰める。木の陰、岩の背に隠れな
がら距離を詰めていき、残り10歩の距離まで詰める。
茂みに隠れ、息を潜め、オーガを観察する。
まだ遠い⋮⋮が、これ以上は気づかれる恐れがある。ここから一
気に間合いを詰めて、仕留める。
距離を詰めるのに障害になりそうなものを視界におさめ、自分が
一気に近づき、攻撃を加えるイメージを固める。
オーガが大口をあけ、注意が食事に向いていて、こちらに気付い
てもすぐには行動できないタイミングで、隠れていた茂みから飛び
出す。
一歩、二歩、三歩。まだ気づかない。
四歩。音が鳴る。オーガがその音に気付いた。
五歩。オーガがこちらを向く。相手がようやくこちらの姿を見つ
けた。
六歩。オーガが咆哮をあげようと口を開く。遅い。私は残りの距
離を詰めるべく、溜め込んだ魔力を爆発的に膨らませ、足に流し込
んだ。
身体が急激に加速し、オーガとの距離を食い潰す。
私は距離を数えるのをやめた。そこはすでに、私の間合いだから
だ。
225
﹁グルォ﹂
オーガの口から咆哮が漏れ出す。私はその無防備な喉に向かって、
刀を振りぬいた。
魔法剣技≪轟一閃≫
鞘に溜め込まれた魔力を使い、刀を加速しながら鞘から弾きだし、
その速度を殺さず、全身の連動によって振りぬく。
﹁ォォっ⋮⋮﹂
オーガの咆哮を遮り、雷鳴の如き轟音が響く。轟音を齎したのは
私の刀だった。斬線はオーガの首を切り落としただけでは飽き足ら
ず、背後にあった木を斜めに切り裂き、倒した。
遅れたように、オーガの身体から鮮血が飛び、私は慌ててそれを
回避。
﹁あれ?﹂
余りにあっけない幕切れに、私は思わず首を傾げる。予定通り、
イメージ通りに行ったのだが。手ごたえがなさすぎて、これで本当
に終わったの? という感じだ。
何か納得がいかないが、これで試験が終わったのなら、問題ない
⋮⋮はず。
﹁うん。問題ない。問題ない⋮⋮よね﹂
不安になったが後はオーガの討伐証明として、首を持ち帰れば終
わり。そう思って、気を抜いた。
226
﹁グルォッ!﹂
﹁⋮⋮っ!?﹂
背後から獣の鳴き声。気を抜いていたが、刀を収めていなかった
事が幸いした。背後を見る余裕もなく、身体から抜けきっていない
魔力を用いて振りぬく。
﹁ギャイン!﹂
固い手応えと重い感触。そして、獣の悲鳴。そこでようやく、私
はその獣を視界に収める。
﹁双頭の狼⋮⋮!﹂
オルトロス
その獣は、魔物。それも、≪双頭黒狼≫と呼ばれる危険な魔物だ
った。魔物のランクはCランク。身体の大きさは、全高だけで私の
身長程もある巨狼。この魔物は、狼型の魔物の群れを率いる事が多
く、群れを率いている場合はBランク相当の危険度にもなる。
オルトロスは頭の一つに傷を負い、こちらの様子を伺っていた。
冷汗が流れる。正面から戦って、勝てるかどうか分からない相手。
逃げるにしても、相手を撃退できなければ、ただ敵に背を向け隙
を見せるだけ。私は覚悟を決めて、刀を持つ手に力を込める。
ダンジョンは恐らくもっと危険な場所。そして、アルドの隣を歩
くには、これくらいの危機を乗り越えられなければ、きっと並べな
い。
闘志に火をくべ、魔力を練り上げる。手にした刀は、オルトロス
に見せつけるように、ゆっくりと鞘に納める。
﹁来てみなさい。ただの餌だと思ったら、痛い目見るわよ﹂
227
挑発を理解した訳ではないだろうが、オルトロスが二つの頭を振
りつつ迫る。
﹁≪三閃≫﹂
魔法剣技≪三閃≫
身体強化した全身のしなりを使って鞘走りさせた刀は、≪轟一閃
≫ほどではないが、尋常ならざる速度でもって三度振るわれる。
二度避けられ、最後の一度は前脚を捉える。しかし、肉を断ち切
った感触はなく、浅い。付近の魔物相手に避けられたことのなかっ
た私の剣技だったが、簡単に躱された事に、動揺する。
﹁ゥゥゥゥ⋮⋮!﹂
でも、動揺していられない。確実に技を決めなければ、ここから
逃げる事もかなわない。オルトロスを睨みながら、鞘に魔力を溜め
ていく。まだ、時間がかかる。
﹁ルォォッ!﹂
オルトロスが、二つの頭を交互に振るって、牙による攻撃を仕掛
けてくる。かしん、かしんと私が身を躱す度に大きな二つの顎が金
属のような音を立てて閉じられる。
応戦するように、私は刀を振るう。基本的な技による牽制。魔法
剣技も使わない。
鞘に溜めた魔力は、まだ温存しておく。今日一度使った≪轟一閃
≫は、刀に負担をかけるし、何よりパーティメンバー内でも魔力量
が自慢の私が、日に三度しか使えない技。それ以上は技にすらなら
ない。
228
オルトロスの太い前脚を躱す。閉じられるアギトを間一髪で避け
る。私は隙を見て刀を振るう。
そんな応戦を二度、三度と繰り返していると、精神がすり減って
いき、思考に靄がかかり始める。アルドは、以前オーガを相手にし
たとき、こんな辛い中で動いていたのだろうか。心臓が破裂しそう
で、呼吸を求め、激しく動く胸が痛い。
﹁グルルルル!﹂
ただの餌と侮っていた相手に長引き、業を煮やしたか、オルトロ
スの気配が変わる。増える魔力が、次に来る攻撃の威力を物語る。
﹁良いわ。来なさい⋮⋮! 後悔させてあげる!﹂
私は、自分を奮い立たせるためにそう叫び、練った魔力を全て、
次の一撃につぎ込む事を決める。そうでなければ押し潰される。恐
らく一瞬拮抗する事もできない魔力量。
﹁オォォォォォンッ!﹂
咆哮。そして、その咆哮そのものが技となったかのような魔力流。
ブレス。そんな単語が一瞬頭を過る。
﹁なっ⋮⋮!﹂
咄嗟に、身体を捻って避ける。無理に身体を動かしたために、バ
ランスを大きく崩してしまった。
その隙を、相手が見逃してくれるはずもない。
﹁グルォッ!﹂
229
﹁くっ⋮⋮﹂
私は崩した態勢から≪轟一閃≫を放つ。雷鳴が響く。しかし、そ
れはどこか虚しく聞こえた。オルトロスは、双頭をかがめ、その一
撃を躱し、お返しとばかりに前脚を振るう。
﹁がっ⋮⋮﹂
咄嗟に盾のように掲げた鞘はあっさりと砕かれ吹き飛ばされる。
ミシミシとなる左腕。痛みは感じないが、堪えがたい熱を感じた。
﹁くぅ⋮⋮﹂
私は木に叩きつけられ、ずるずると崩れ落ち、意識が飛びかける。
しかし、痛みに呻いている時間はない。オルトロスは、止めを刺す
ために動き出している。
﹁ま、まだよ⋮⋮≪桜花突き≫!!﹂
この態勢でも出せる奥の手。二度に渡る≪轟一閃≫に、≪三閃≫
で使った魔力はただ散らずに残っている。私は、それを掻き集めて、
突き出す。
﹁ギャウ!﹂
起死回生の一撃は、半ば避けられた。しかし、全て無駄という訳
じゃなく、オルトロスの双頭、出会い頭に傷を負わせた方の頭を穿
つ。方頭、片目を貫かれたオルトロスが悲鳴をあげた。
オルトロスは痛みにのたうちながら、傷の無い頭で私をしばらく
睨みつけていたが、私が簡単に倒せる相手でないと理解したのか、
230
森の奥へと消えていく。
﹁助かった、の⋮⋮?﹂
私は、オルトロスの姿が消えた後も、しばらく警戒を続け、鞘の
なくなった刀を杖のように使い、オーガの首を苦労して回収して、
街へと戻った。
231
第22話﹁異形の魔物﹂︵後書き︶
すみません。大変に遅れました⋮⋮お詫び、という訳ではないので
すが今回はいつもの1.5倍の長さ。ええ。単にまとめきれなかっ
ただけなんですが⋮⋮!
また、今週もちょっと執筆のスケジュールが立てられそうになく、
不定期更新となってしまいます。申し訳ありません。
P.S.
ついにPV20000、UUが5000超えました!! ご覧にな
っている皆様のおかげです!ありがとうございます!!
232
第23話﹁双頭黒狼︵オルトロス︶﹂
その戦いは、すでに始まっていた。
﹁ここはあたしらが⋮⋮﹂
﹁迂闊に動かないでください。俺たちはすでに敵の間合いにいます
から﹂
ガラベラの状況が読めていない言葉を、俺は遮った。食い止める、
とでも続けたかったか、それとも手を出すなとでも言いたかったか。
相手はそんなに弱くない。
﹁さっきの話、こっちからお願いしても良いですか? 簡単に逃げ
られる相手じゃなさそうだ﹂
﹁な、何を言って⋮⋮!?﹂
﹁あんまり、打ち合わせしている余裕は無いみたいです。⋮⋮来ま
すよ!﹂
そう俺が声をあげるのと同時、森の影から大きな影が飛び出す。
ちらりとガラベラ達を見る。まだ、向こうは体勢を整え切れていな
い。
俺が出て時間を稼ぐべきだな。
フィジカルブースト
﹁︽身体強化︾起動﹂
︽神速の足︾ではなく、︽身体強化︾の魔術を即座に起動。魔法
での身体強化ではムラがあるので、専用に調整したものだ。速度に
特化した︽神速の足︾のように劇的に効果があるものでは無いが、
233
ムラが無い分、使い勝手が良く、汎用性が高い。
魔術起動と同時に、飛び出した影に打って出る。迎え打つためそ
の影を視界に収めると、改めて大きさが解った。でかい。自分の背
丈と変わらない全高をした、四脚の魔物。
一瞬ではそのくらいしか解らず、そこまで解れば後は間合いを計
り、放たれた矢のごとく技を放つのみ。
﹁︽三閃︾﹂
敵はすでに、こちらの動きを察知して動き始めている。ならばと
俺は、相手の退路を塞ぐように二度、逃げ込む先に一度、剣閃を振
るう。
﹁ギャン!﹂
﹁チッ﹂
魔物の、甲高い悲鳴が聞こえた。
しかし俺は思わず舌打ちするほど不満だった。身体強化して、退
路を立つように技を放ち、その通りに相手が動いて、仕留めるため
に技を放った。しかしそれでも追わせた手傷は、魔物の耳一つ落と
しただけ。
つまり相手は、こちらを見て動ける程の反応速度、敏捷性を備え
ている。 ﹁オ、オルトロス⋮⋮!﹂
四脚の魔物の耳を一つ落としても、三つ耳が残っていた。なぜな
ら、その魔物の頭は二つついている。色々異世界と自分に言い聞か
せてきたが、常識が揺さぶられるような気がしてならない。
234
﹁頭二つ、変わってるな。お前﹂
﹁そろそろ手助けして貰ってもいいですか? 1人じゃ手が余りそ
うです﹂
軽く言ってみるが、1人では逃げるのも難しい相手だろうと俺は
感じていた。相手は自分より力と速度に秀で、おまけに体力でも勝
負にならない。長期戦なんて考えられないが、焦って避けられれば、
こちらの体力を削って終わるだけ。切実に︽鷹の目︾の援護がいる。
﹁⋮⋮解った。あんたとなら倒せない事もなさそうだしね。子供に
ばっか
前に立たせるってのも、ウチのやり方じゃないんだ。良いかいやる
よ! 野郎共!﹂
﹃おう!﹄
︽鷹の目︾のメンバー全員がようやく戦意が整い、声を合わせる。
﹁魔法使いなんかに負けてられねぇ!﹂
﹁はいはい。お前は右な。俺は左﹂
それぞれ剣を構えた︽鷹の目︾性格が正反対そうな前衛の2人が、
勢いよく飛び出す。身体強化しているらしく、瞬発力以上に、力強
さを感じる動き。変に踏み込んでは邪魔になると判断した俺は、お
手並み拝見と後ろに下がって、2人の動きに集中する。
﹁おらぁ!﹂
﹁こっちだ、化け物!﹂
男二人で頭一つずつを相手にする。成る程。1人だから気づかな
235
かった。選択肢すら浮かばないと言うことは、俺が常にチームワー
ク、連携が意識出来てないって事だな。注意しないと。
オルトロスは、左右に分かれた男達に挑発され、それぞれ別方向
に進もうとし、お互いの足を引っ張りあう。
﹁しっ!﹂
その隙を逃さず、ガラベラが矢を放つ。一度に4本。もはや曲芸
だ。矢は吸い込まれるように、二つの頭に向かって飛ぶが、厚く、
堅い毛に阻まれ弾かれてしまう
﹁ちっ⋮⋮やっぱり矢は利かないかい⋮⋮!﹂
ガラベラが舌打ちする。魔力による身体強化があるとは言え、女
性では強力な弓が引けないのだろう。それに、こちらに魔力強化が
ある、という事は、同じ生物でもある向こうにもそれが当てはまる。
それでは、いつまでも経っても矢では貫けない。
しかし、ガラベラは諦めてはいないようだった。流れるような動
作で、新たな矢をつがえようとする。
﹁ちっ⋮⋮!﹂
ガラベラが、再度舌打ちする。オルトロスは、矢で傷を与えられ
なかったとはいえ、ガラベラを無視しなかった。いや、自分を殺せ
ないと理解したせいか、標的をガラベラ1人に絞る。
挑発を続ける男二人を無視して跳躍し、ガラベラに迫る。
俺の位置からでは、間に合わない。焦るガラベラの表情が目に入
る。俺は、冷や汗が浮かぶのを感じた。
﹁ふんっ!﹂
236
しかし、想像した凄惨なイメージは、厳つい声によって遮られる。
壁役の男が、その仕事をきっちりとこなし、ガラベラに危害を加え
る前に、身体を張って受け止める。
﹁ぬっ⋮⋮﹂
しかし、自分より体格の大きな相手だけあり、どれだけ魔力を込
め、踏ん張っても時間稼ぎにしかなりそうにない。おまけに、壁役
の男が抑えられたのは、頭一つ。空いたもう片方が、男に襲いかか
る。
﹁ぐっ⋮⋮!﹂
鎧に覆われた肩口に食らいつき、バキバキと音を立てて鎧を砕い
ていく。壁役の男は、それでも仲間を守るため、踏ん張って耐えた。
﹁俺がいきます!﹂
前衛二人と、ガラベラにそう叫び、俺は壁役と、オルトロスの側
面から駆ける。勢いをつけ、オルトロスの死角から、必殺の一撃を
お見舞いする。
﹁︽轟一閃︾﹂
空気を叩ききる轟音をまき散らしながら、白刃は、壁役の男に噛
みつくオルトロスの片頭に吸い込まれる。ろくな手応え一つ残さず、
斬閃は上から下へ、滑るように流れ落ちる。
﹁││⋮⋮!﹂
237
オルトロスの片頭は笛の音のような音を、喉だった辺りからもら
し、その重たい頭を地に沈めた。残った頭を狂ったように振り回し、
オルトロスは壁役の男から離れる。
﹁やったのかい⋮⋮!?﹂
﹁いえ、止まりそうにないですね﹂
さすがに伊達に頭が二つあるわけではないらしい。オルトロスは
苦痛にうめきながらも、まだ十分な力を持って暴れている。前衛の
二人が追いつき、オルトロスを囲んでいるが、自分が巻き込まれ、
怪我をしないだけで精一杯らしい。ガラベラも加勢し、矢を放つが、
暴れるオルトロスに、小枝を払うように矢が落とされてしまう。
﹁なんとか、今のをもう一度当てられないかい!?﹂
ガラベラが俺に向かって叫ぶ。現状、俺だけが致命傷を与えられ
るは、俺の技だけだからだろう。手傷を与えたとはいえ、︽鷹の目
︾だけでは荷が重いと判断したらしい。いや、手傷を与えたからこ
そ、かもしれない。
﹁解りました。任せてください﹂
そういって、魔力を練る。別に、慢心でも何でもなく、ただ事実
としてそう︽鷹の目︾のメンバー達に伝えた。前衛二人は、暴れる
オルトロスに少しずつだが傷をおわされ、壁役の男は、さっきのオ
ルトロスからの一撃のせいで、ガラベラの側にうずくまっている。
オルトロスは、万全状態なら、本来逃げるのも難しい相手だろう。
しかし、今は余裕を持って対峙できる。それは、︽鷹の目︾のメン
バーが俺のためにお膳立てしてくれているからに他ならない。
238
その状態で、きっちり決められないなんて情けない真似、できる
訳がなかった。
﹁グルァァァァ!﹂
俺が魔力を蓄え始めたことに気づいたオルトロスが、更に暴れ始
める。暴れてなお、その目は俺から離れることはなく、向こうも、
俺を殺さない限りはここから逃げられないことを理解していると解
る。重傷を負い、動きの鈍ったオルトロスなら、逃がさないくらい
の手はある。
オルトロスは、その辺りをきちんと理解しているらしく、逃げる
ためか、はたまた最後の力でこちらを攻撃をするためか、魔力を練
り始める。
ある程度は予想していたが、やはり魔力を使う││そこはいい。
だが、その魔力量が問題だった。
﹁ば、化け物め⋮⋮!﹂
前衛の方から、そんな呟きが聞こえた。その声には絶望すら滲み、
悲壮感が漂っている。気持ちは分かる。俺も、予想を超えて上昇を
続ける魔力量に、驚き、額に一筋、汗が流れる。それでも、俺は自
分の魔力を練ることに集中しつづけ、揺らさない。平静さを失えば、
そこで相手に攻め込まれ、死に至る。魔術を使って相手を探らなく
ても、それくらい予想できる魔力量。たれ流されている魔物の魔力
が、俺の肌を刺し、攻撃の機会を教えてくれる。
﹁ウォォォォォン!!﹂
﹁そう、くるかよ!﹂
俺は思わずそう叫んだ。
239
オルトロスが攻撃する機会。それは読めてたが、攻撃方法までは
解らなかった。オルトロスは、その身から溢れる魔力を声に乗せ、
まるで砲撃のように放ったのだ。
躱そうと身体を動かしかけ、気づく。自分が、避ければ、その攻
撃がガラベラと壁役の男を巻き込む。
プロテクション
﹁︽守護盾︾!﹂
起動文言を唱えながら、左腕の腕輪に魔力を流し込む。腕輪に仕
込まれた魔術式が、即座に起動し、幾何学模様が俺の正面で像を結
ぶ。
盾となったそれが、オルトロスが放った、冗談のような魔力流と
ぶつかる。
ばじゅぅ! と盾に弾かれた魔力が、地面を蒸発させる勢いでぶ
つかってくる。自分の後ろ二人はともかくとして、前衛の二人が巻
き込まれていないか一瞬気になったが、それに意識を割っているだ
けの余裕がなく、すぐさま思考の外へ。未だ魔力を練り続けながら、
盾が消滅しないよう、腕輪に魔力を流し続け、盾を維持する。
二秒、三秒。体感の時間では数分は耐えた気分だったが、魔力演
算領域は正確な刻を俺に教えている。
﹁グルォォォ!﹂
オルトロスが、自分の放った咆哮に紛れて俺に牙を向く。しっか
りと把握していた俺は、迎え撃つために、これまで溜めに溜めた魔
力を用いて技を放つ。
﹁︽轟一閃︾﹂
雷鳴が響く。音を超える、目に見えない速度の斬撃。
240
しかし、オルトロスは一度見ただけあり、その一撃を警戒してお
り、見事、︽轟一閃︾を躱して見せた。 見事、と言うべき動き。そして知性。この魔物は、相手の攻撃を
学習するだけの力があった。これが、B級と言われる魔物。俺は、
感心すらしていた。
だが、全てを諦めた訳ではない。渾身の一撃は躱された。だが、
これはまだ終わりじゃない。俺も、バカみたいに同じ技を使った訳
ではない。それを今から教えてやる。
﹁︽静一閃︾﹂
高速の、返しの一刀。最初の太刀、︽轟一閃︾に隠れるように放
たれたその一撃は、先の一撃の余韻があった事もあり、音もなくす
るりと放たれる。
﹁ギャ⋮⋮﹂
オルトロスが苦しそうな声を漏らしたあと、びたりと動きを止め
た。
俺はそれを見て、ゆっくりと刀を納刀する。
﹁お終い。まさかこっちも使うとは思わなかった﹂
その言葉を言いきる前に、どうっと大きな音を立てて、オルトロ
スが倒れた。
︽轟一閃︾は、威力も申し分ない見せ技だ。相手に一度見せ、警
戒させ、あの一撃が来ると困る、という状況を作り出す、いわゆる
必殺技。
しかし、︽轟一閃︾は、それだけに相手に警戒をいだかせ、技を
決めるのが難しくなる。そのため、裏となるこの技を作った。
241
音速の一撃から、音もなく振るわれる、超高速の返しの一刀。速
度は轟一閃に一段、二段は劣る。しかし、轟一閃が強力なために、
それを防いだ、あるいは凌いだ相手は、少なからず油断する。その
油断ごと断ち切る二段構えの技。正直、これまで使うつもりはなか
った。
この技は、種が割れたらそれだけ防がれるリスクが高まる。隠し
ておきたい技だったのだ。手持ちの魔術、剣技でオルトロスを倒す
には、︽剣技解放︾︽桜花突き︾しかなく、あまり変わった魔術は
使いたくなかったため、︽轟一閃︾を選んだが、返し技を用意して
居なければ、やられていた。
﹁ふぅ⋮⋮﹂
オルトロスが倒れ、完全に動かなかくなったところで、俺は構え
を解く。警戒は、正直解く気になれなかったので、︽探査︾の魔術
だけは使用しておく。しかし、魔力がごっそりと失われたために、
俺は疲労から、足元がふらついた。
﹁ちっ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます﹂
舌打ちをされつつも、前衛の男に支えられる。彼は、最初から俺
に絡んできた人だった。少し意外に思いつつも、支えがなければ倒
れていたかもしれないので、礼は言っておく。
﹁あんなもん見せられたら、認めざるえねぇ。お前は大した奴だよ﹂
﹁うわっちょっやめてくださいよ!﹂
頭を脇に抱えられ、がしがしと乱暴に撫でられたあと、解放され
る。
242
﹁あいつが認めるなんて、珍しいこともあるもんだねぇ⋮⋮﹂
﹁そうなんですか﹂
俺は、解放され、ぼさぼさになった頭をいまいましく思いながら、
手櫛で整え、ガラベラに返す。
﹁ああ。まぁ。それだけの事をやったってこった。大したモンだよ、
あんたは!﹂
ばしっと背を叩かれ、俺は呻いた。
﹁はぁー⋮⋮それにしても、試験は失敗かな⋮⋮﹂
俺は、落胆のため息を付きながら、そう漏らす。オーガの討伐は、
この疲労した身体では重い。時間ももうだいぶないし、野宿はした
くないので、帰るのが賢明だろう。
﹁そうさね⋮⋮しかし、こんな危険な魔物が、この辺りには出るの
かい? それを伝える義務もあるし、仕方ない事だね﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
今回の試験には、かなりの意気込みで臨んだだけあって、納得は
仕切れない。が、その言葉には賛同できた。
こんな強い魔物は、この近隣にはいない。こいつが一匹だけいた
だけで、オーガの数が激減するほど被害を被ったのだ。二匹も三匹
もいれば、それだけで氾濫並みの被害がでる。流石に、それをギル
ドが見落としているとも思えなかった。
何か、起こってる気がしてならない。
243
﹁に、しても。あんたほんとに魔法使いかい? あたしには、凄腕
の剣士だって言われた方が、納得がいくんだがね﹂
﹁それは言わないでください。ほんとに﹂
俺だって、自分が持つ魔法使い、魔術師像とは離れた戦い方に、
ちょっと以上に思うところがあるのだ。他人に指摘されるまでもな
い。
﹁それより、あいつを回収して帰りましょう。もうくたくたです﹂
﹁言われるまでもないね! 野郎ども! 帰り支度をしな! 戦闘
でろくに役に立てなかったんだから、獲物を運ぶくらいはしっかり
こなすよ!﹂
俺は、それは恐縮だと伝えたのだが、ガラベラ達はがんと譲らず、
結局︽鷹の目︾のメンバーに甘える形で、街へと戻る。
﹁アルドさん! クリスさんが⋮⋮!﹂
街へと戻った俺を出迎えたのは、焦ったオリヴィアの、クリス負
傷の知らせだった。
244
第23話﹁双頭黒狼︵オルトロス︶﹂︵後書き︶
す、すみません。
今週は遅れてしまいそうだな⋮なんて思っていたら、自分でも予想
以上に執筆時間が取れず⋮⋮
今週もまた、不定期更新になってしまいそうなのですが、生暖かい
目で見守っていただければ幸いです
245
第24話﹁試験結果﹂
クリスが怪我をした、というオリヴィアの言葉に、俺は動揺を隠
せなかった。
氾濫が起き、街に被害が及んだ時の事が思い起こされてしまう。
また、
誰かが自分の側から消えてしまうのではないか、そんな妄想が頭を
よぎる。
オリヴィアに先導される形で、ギルドまで走る。
ギルドの門をくぐったところで、クリスの姿を見たとき、俺は思
わず声をあげていた。
﹁クリス!﹂
俯いていたクリスが、俺の声を聞いてばっと顔をあげる。彼女は
一瞬、安堵したような表情を浮かべたが、すぐに曇らせ、悲しそう
にうなだれた。
﹁クリス⋮⋮﹂
ベッドの上から動けないような重傷を思い浮かべていたが、思っ
たよりも怪我が軽い様子で安心した。しかし、ここは医療技術の発
達している日本ではない。
﹁怪我はどう? 痛むの?﹂
正直、街医者といっても、外科的なものは応急処置程度の技術し
かないこの世界では、非常に怪我の様子が気になり、そう口にした
246
のだが、クリスの反応はいささか過剰だった。
﹁⋮⋮ぃや﹂
別に、身体に触れようとした訳でもないのにクリスは左腕を庇う
ように、身体ごと俺から背け、俯いたまま押し黙る。
あまりの反応に、俺は衝撃を受け、固まった。
﹁⋮⋮﹂
クリスは押し黙ったまま口を開こうとはせず、俺ももう何といっ
て声をかけたら良いか解らず、固まったまま時間が過ぎる。
見かねたオリヴィアから、助け船が出された。
﹁クリスちゃん、一度アルドさんに見て貰いましょう? 怪我を見
せたからって、アルドさんはあなたを怒ったりしませんよ?﹂
オリヴィアの助け船は、俺にはさっぱり解らない内容だった。何
故クリスの怪我の内容を見て、俺が彼女を怒ったりするのだろうか
? オリヴィアの言葉に、びくりと肩を震わせた彼女は、その後小刻
みに震え始めた。小さな嗚咽が、漏れ始めた
﹁え、えぇ!?﹂
な、何で泣いてるんだ!? 俺はうろたえるが、オリヴィアがクリスの背に手をあて、そっと
撫でさする。
﹁大丈夫ですから。アルドさんはお優しい方ですよ。クリスさんを
247
怒鳴りつけたりしませんよ﹂
﹁で、も、わたし、わたしのせいで、先陣攻略にいけなくなって⋮
⋮﹂
クリスの言葉に、ああそうか。と腑に落ちるような感覚があった。
俺は、確かに先陣攻略を楽しみにしていた。そのことをクリス、
オリヴィアにはよく話していたし、そのために二人にも準備して貰
っていた。
クリスはそれを、自分が台無しにしてしまったと思っている。
﹁クリス、俺は怒ってないよ﹂
﹁⋮⋮そんなの、嘘だもん﹂
クリスは、オリヴィアに肩を抱かれながら、上目遣いに俺を見て
いる。怯えるように震える瞳は、どこか小動物を思わせ、虐めてる
ような気分になった。
﹁嘘じゃない﹂
﹁嘘だもん﹂
﹁嘘じゃないって!﹂
﹁絶対、怒ってるもん⋮⋮﹂
いつも強気なくせに、こういう時、どうしてそんなに気弱な態度
になってしまうのか。というか、ここまで来ると少し意地悪してで
もそのマイナスイメージを吹き飛ばして見たくなる。
﹁⋮⋮うん。実は相当、怒ってます﹂
﹁⋮⋮っ!﹂
クリスは、はっと息を呑み固まり、オリヴィアは、何を言ってる
248
んですか!? というような顔になった。オリヴィアには目線で黙
ってるように良うと、大人しく黙り、クリスからそっと離れた。
俺はクリスに近づいて、なるべく優しく声をかける。
﹁でも、それはクリスを怪我した事を怒ってる訳じゃないんだ﹂
﹁えっ?﹂
少し、ためらったが、クリスをぎゅっと抱きしめて、耳元でささ
やく。
﹁俺、クリスの怪我を見たとき、よかったって思ったんだ。クリス
が左腕を動かせないくらい、痛みを感じてるだと思ったけど、よか
ったって思った。だって、最悪、俺はクリスがベッドから起きあが
れないくらいひどい状態なんじゃないかって思ったから﹂
クリスが驚いたような気配を感じる。強ばった身体を、怪我に響
かないように抱きしめ続ける。
﹁俺さ、それが嫌で。怪我をしたことを喜んでしまったみたいで。
ごめん。それに、チームリーダーで、師匠でもあるのに、クリスが
そんな風に思い詰めてたなんて思わなくて⋮⋮気づけなくて、ごめ
ん﹂
﹁⋮⋮ぐすっ。うぇぇ⋮⋮ごめん。ごめんねアルドぉ⋮⋮﹂
クリスが右手で俺をつかみながら、わんわん泣き始めた。
正直、泣かせるつもりはなかったので、彼女の背中を優しくさす
りつつも、俺は困ったような視線をオリヴィアに投げていた。オリ
ヴィアは何も言ってなかったが、問題ないと言うように一度頷いた。
選択を間違ったかと思ったが、オリヴィアのお墨付きをもらえたの
で、よしとしておく。
249
と、そこで視線を巡らせていると、自分たちが注目を浴びている
事に気づいた。いつ追いついてきたのか、にやにやしているガラベ
ラと︽鷹の目︾のメンバー達もいる。
﹁これは、将来有望かねぇ﹂
口にはしなかったが、ガラベラは、女誑しとして、という事を示
唆しているようにしか思えなかった。
からかってくるガラベラに、俺は、一つ咳払いして、なるべく威
厳たっぷりにこう言った。
﹁見世物じゃありませんよ﹂
その後は、アルドはひとしきりガラベラ達、︽鷹の目︾のメンバ
ーにからかわれた後、狩ってきたオルトロスについての分配につい
ても話あう。
これについては、帰る道中で話あっていたが、ガラベラ達が難色
をしめしたのである。
﹁ほんとに、魔石だけでいいのかい?﹂
もちろん、俺の取り分が少ない、という事に対してだ。俺は、苦
笑を浮かべながらも頷く。良い人達だ、と思う反面、もっとがっつ
かなくて良いのだろうか、と思ったりする。
﹁1人では倒せませんでしたし、一番高い部位を貰っているんです
から、特に不満はありませんよ?﹂
﹁そうは言うがね。結局、こいつはほとんど1人で倒したようなも
のだし、あたし等だけじゃ倒せなかったのは事実だしね﹂
250
討伐証明として、すでに提出した頭部以外の分配に関しては、ガ
ラベラ達はそのように思っていたらしい。
なるほど。がっついてない、と思ったのはそのせいか。となると
逆に、俺が貰わなすぎかもしれない。 ﹁んー⋮⋮やっぱり、良いです﹂
俺は少し考えたが、やはりこのままで良い。俺はその思いをその
まま、ガラベラ達に伝えた。
﹁良いのかい? そっちの方が、取り分が少ないんだよ?﹂ ﹁もちろん、取り分が少ないように見えますが、回収するあてはあ
りますよ?﹂
これで俺が安く依頼を受けると思われると、色々と問題がでるが、
俺はそもそもそんなに依頼を受けないし、そもそもそんなに金は要
らない。今でもすでに、盾や鎧の売り上げのおかげでお金はだぶつ
き気味なのだ。それに、今言ったように回収のあてはある。
﹁まぁ、なら好意に甘えておくさね。こっちは装備を一通り新調し
ないといけないし、助かるよ﹂
︽鷹の目︾怪我をした壁役の男の装備は殆ど新調する必要がある
そうだ。それと、前衛の二人も武器を酷く刃こぼれさせてしまった
らしく、新しく変える必要があるんだとか。
﹁はぁ⋮⋮思い出すと、頭が痛い出費さね⋮⋮良かったら、良い武
具をおいているところを紹介してくれないかい?﹂
﹁えぇ、構いませんよ﹂
251
オリヴィアに言わせると、この時俺は、悪い商人みたいな笑顔を
浮かべていたらしい。
その後、新種の魔物、として事情聴取を受け、その場で俺がレポ
ートをまとめ、ギルドマスターに報告し、解散となった。
先陣攻略の試験は、オルトロスの件もあるので、免除してもいい、
と言われていたが、クリスは怪我のせいで参加は見送りだし、オリ
ヴィアは問題なくオーガを狩ってきていたが、クリスを差し置いて
では気が乗らない、ということだったので、断った。
﹁じゃ、クリス、﹃せー、の﹄で腕を引っ張るから。我慢してね?﹂
﹁う、うん⋮⋮﹂
余談だが、クリスの怪我を俺の方で、︽解析︾を行いながら確認
すると、折れた骨の位置を、しっかりと直しておらず、ちゃんと治
癒できない可能性があることが判明。
俺も大して知識がある訳ではなかったが、︽解析︾を使い、折れ
た骨の位置を直す事にした。
﹁よし、せー、の﹂
俺は緊張から、の、と言い始めると同時にクリスの腕を引っ張っ
てしまった。
﹁っ!!!!!⋮⋮やっぱり怒ってるんだぁ⋮⋮﹂
クリスは、突然襲った痛みに声も出せずに呻いた。
ごめん。ほんとにちょっと緊張しただけなんだ。
引っ張るタイミングがずれたせいか、骨の位置を直すのに苦労は
しなかったし、これ以上は無いくらい、綺麗に位置調整できたので、
252
不幸中の幸いではあったんだけど。
そんなこんなで、解散後、家についたのは日がたっぷり沈んだ後
だった。
翌日、俺はガストン工房に足を運んでいた。昨日、オルトロスと
戦って、気になった点を検証するためだ。そのために魔石を貰った
し、場合によっては先陣攻略をしなくても済む、と俺は考えている。
というより、半ば確信があった。今日、それを確定する。
昨日、オルトロスとの戦闘で気づいたのはその異常な魔力量だっ
た。
魔力は、増大する。しかし、それは器を越えるものではない。
器、というのが何なのか、口にするのは難しい。しかし、魔力を
溜めておけるのは、肉体という名の器だと思っている。そして、そ
れは早々に鍛えられるものではなく、すぐには増えないのだ。
限界まで魔力使用して、枯渇した分を肉体が取り戻そうとする際
に、かすかに許容限界を越えた分、魔力を外から補充する。こうし
て、人間は魔力量を増やす。
クリスのように、生まれた時から多く保有している場合もあるが、
俺の場合は魔力が少なかったために、訓練によって増大させている。
それでも、クリスに魔力量で勝てていない。
この魔力量は、魔力を﹁練る﹂事によって、一度に扱える量を増
やしたり、魔力の質を高めたりすることで、足りない魔力量を、補
っている形になる。
それが、戦闘中に魔力量そのものを増大させ、その魔力量にモノ
を言わせ、魔法と大差ない威力の攻撃をしかけてきた。何故、そん
な事ができたのか。
俺は、昨晩その事をずっと考えていた。
253
この考えが正しいなら、このオルトロスの魔石は、俺が今まで躓
いていたエネルギー問題を一挙に解決してくれる切り札になるはず
だ。
﹁出来た﹂
魔石を核に、木材と金属を台座に作ったひと塊。両手で抱えない
といけないような大きさのそれ。
この世界に初めて、魔導炉が誕生した瞬間だった。
254
第24話﹁試験結果﹂︵後書き︶
またまた遅れてしまいました⋮⋮申し訳ありませんm︵︳
︳︶m
最近、仕事に忙殺されておりまして、当分は申し訳ないのですが、
週一回か多くて二回の更新になってしまいそうです。
255
第25話﹁新しき魔導の技術︵わざ︶﹂
売り上げからガストン工房を増設し、俺専用工房として割り当て
られた一室で新たな技術が芽吹いた。
魔導炉が、ついに完成したのだ。
といっても、まだ、自分の予想通りにちゃんと動くのか解らない
のだが。それを、今から検証しないといけない。
魔導炉は、血液を消費して魔力を生み出す魔力生産機構だ。
﹁魔物は、どうやってその身の魔力を増やすのか﹂
考えをまとめるために、あえて口に出す。
自分の中ですでに答えはでていたが、口に出すと、考えがより鮮
明になる気がした。
﹁魔物は、血液と魔石を使用して、魔力へと変換している﹂
魔石は、魔力を生み出す臓器の一種だ。人間にはあり得ないほど
の魔力を一瞬にして生み出せるのは、この器官のおかげだと昨日の
オルトロスの戦闘を何度も︽解析︾魔術と魔力演算領域で戦闘を何
度も再現した結果、判明したのだ。
血抜きした際の血液の量少なさや、取り出す際にまるで臓器のよ
うに、腹腔の奥深くに存在した魔石の存在位置も、その推測を後押
しした。人間でいうところの、結石のようなモノかと思っていたが、
そんなのは大きな間違いだった。
﹁魔物は、魔石を第二の心臓として、魔力を発生、循環させている﹂
256
これが、俺の出した結論だ。あとは、それをこの魔導炉によって
証明する。
﹁それじゃ、実験開始といきますか﹂
誰もいない工房の一室で、自分の作ったモノの前で呟く。ともす
れば怪しい人だろうが、関係ない。
親指の先を噛み切り、少し血をにじませる。
魔力の通りの良い、木材を中心にして作られた魔導炉。アクセサ
リーか何かのように、魔石が簡単にはめられているだけのそれ。
しかし、これには俺がこれまでため込んだ知識と技術をつぎ込ん
でいる。前世で持っていた科学の知識、技術に、これまでため込ん
だ魔術の知識、技術それらを合わせた結晶。
俺はそれに、ぽつぽつと滴る血を垂らし、魔導炉の起動スイッチ
を押仕込んだ。
魔石の変化はゆっくりと現れた。血よりも紅い魔石に、血液が垂
らされると、脈打つように魔力が一度、発せられた。
そして、血は、急速に、水が乾いていくように魔石に吸い上げら
れ、次の瞬間には波打つように魔力が発生する。その魔力に応じて、
仕込んでおいた結界魔術が起動する。
魔導炉全体を結界が覆う。簡単な術式だというのに、それを補っ
てあまりある高純度の魔力が、スペック以上の結界を形成している。
﹁││ぃよしっ!﹂
上手くいく、そういう確信に似た思いはあった。
しかし、現実でちゃんと動いているのを見るのは、格別な思いが
ある。達成感と、充実感。そして、自分の考えが間違っていなかっ
た、そう裏付けが取れた事からくる自信。これだから、ものを作る
というのはやめられない。
257
興奮さめやらぬ状態で、︽解析︾魔術も使用して魔導炉の状態を
確認する。発生した魔力は、台座で精錬され、魔術式から作った回
路を循環し、魔術として起動している。
これは、使える。すぐに次の開発に移ろうと、魔導炉を持ち上げ
ようとしたところで、俺は気づいた。
﹁あれ⋮⋮これ、どうやって切るんだ⋮⋮?﹂
魔導炉全体を覆う結界。
スイッチは、その中。魔力は、新たに生成されてはいない││が、
魔導炉は、現在の魔力を循環させることで魔力の拡散を防ぎ、魔術
を維持し続けている。すこしづつ魔力は減っているが、今すぐ消え
る、という事はなさそうだった。
実験成功、おまけに効果も上々。しかし、俺はすぐに次の行動に
移したい気持ちに、お預けをくらった。
そのまま30分ほど、魔導炉の稼働データを取りながら、完全停
止、結界を維持できなくなるのを眺めていた⋮⋮
もののついでで稼働データを集めた俺は、完全停止した魔導炉を
持って、ガストン工房の最も広い区画へと向かう。
ガストン工房はこの数年で大きさを増し、ちょっとした工場のよ
うな広さになり、複数の炉を稼働させ、その炉を、ガストンさんの
弟子達が数人掛かりで運用し、武器を作っている。当のガストンさ
んはというと、弟子の監督をしながら槌を振るって新作を作りあげ
る事に心血を注いでいる。
最近は特に、俺のうろ覚えの知識から刀を作るのにご執心で、弟
子がほったらかしになり、頻繁に足を運び、かつガストンさんと仲
のいい俺に、弟子から愚痴を聞かされるようになったりしていた⋮
⋮そこは弟子にまかせて監督に回るとかじゃないんだろうか。普通。
258
本人が楽しそうにしているし、弟子達もなんだかんだ言ってそれで
もとガストンさんの下にいるので、俺が突っ込む事ではないんだろ
うけど。
また、弟子達には俺の方から、魔術式の防具を作って貰っている。
魔術を習って貰おうかとも思ったが、魔術が禁術扱いらしいこの国
で、どんな罪に問われるかも解らないので、理論など教えず、こっ
ちが提示した通りに作って貰っている。
これは、同じ物作りの人間としては、機械的にさせるようで心苦
しいかったのだが、杞憂だった。
弟子たちの方は、やりようによっては、武器や防具も、その性能
を変える事ができる、と熱心な者達が中心となって、魔法に頼らな
い盾や鎧、武器なんかも考案し始めており、何かしら刺激にはなっ
ているようだった。
俺もたまにアイデアを出し合ったりしているので、そういうのは
非常に楽しい。
と、そんな事を思い浮かべていると、すぐに目的の区画についた。
一際広い一画は、俺とガストンさん、そして出資者のフェリック
スさんのみが入る事が許された一画。
扉に手を触れると、魔術式が一瞬起動し、扉が自動で開く。これ
は、特定の魔力を持った人間だけが入れるようにした自動ドアで、
この技術だけでも、フェリックスさんが血相を変えるほどの技術が
使われている。
貴族というのはどうにも危険な役職なようで、この自動ドアは、
ガストン工房の他には、フェリックスさんの自宅、俺の家に存在す
る。
当時は、ガストン工房の防犯のためにあれば⋮⋮と思ったが、フ
ェリックスさんが何度も俺に言ってくるので、自宅にもついている。
なんでそこまで? と当時は思ったが、ガストン工房製の武具が
259
売れるにつれ、それを聞きつけた貴族や商人たちが、その秘密を明
かしてやろうと密偵をおくり込んできて、それを母が毎回容赦なく
ぼこぼこにするため、最近ではその認識を改めている。仲の良い弟
子達にも詳細は話さず、ここにあるモノは一つも公開していない。
﹁︽操り人形︾︽並列起動︾﹂
いつも、自分の体を操作するのにつかっている︽操り人形︾を複
数同時展開。工房の隅に転がしてあった人型が、のそりと動き出し
た。
背は俺の半分程度の、ずんぐりむっくりな、どこか騎士然とした
容姿の金属人形。前世でいったら、SDサイズのロボット、とか言
えば解りやすいだろうか? それが三体。これは、魔導甲冑を作る際に、サンプルとして作成
した魔導人形で、大きさと、中に人間が入らない点を除けば、魔導
甲冑と同じ構造をしている。ずんぐりむっくりのデフォルメなのは、
スマートにしようと細くすると俺の要求する動作ができないため、
体の厚みを増し、最大出力をあげているためだ。
そう。この魔導人形は、初期作品で、現在も現役なのだ。
俺は、ちょこちょこと歩いてきた魔導人形に、魔導炉を渡す。一
体がそれを受け取り、残り二体は、大きな荷台を引いてきた。そこ
には、巨人が横たわっている。
﹁うっし。じゃあ魔導甲冑製作、最後のつめに取りかかるぞ!﹂
俺が意気込んで声をあげると、手の空いた2体の魔導人形が歓声
をあげるように拳を天に突き上げた。
まぁ、俺がそうさせてるんだけど。情報規制のためとはいえ、1
260
人で作業ってのは、やっぱ地味で寂しいもんだなぁ⋮⋮
◇◆◇◆
クリス
私は街を歩きながら、ちらりと怪我をした自分の左腕を眺め、た
め息をついた。
﹁こんな大事な時に、怪我なんて⋮⋮﹂
街に来ていたが、行き先なんて決めていない。自然、歩き慣れた
道を進んでしまい、ギルドの前まで来てしまう。
﹁⋮⋮依頼、何か見て帰ろうかな﹂
思わず言い訳じみた事を呟いて、ギルドの建物の中へ。家に帰る
という選択肢は選ばなかった。
家には彼が⋮⋮アルドがいる。気にするな、と言ってくれていた
が、普段通りになんていられない。逃げるように出てきたは良いが、
結局きたのは、つい先日苦い思いをしたばかりのギルド内部。
何やってるんだろう⋮⋮私。
依頼を受ける事はできないので、受付の脇をぬけ、食堂となって
いる区画に向かう。気持ちは上向かないが、お腹は空いていた。何
か口にすれば、少しは気が晴れるかもしれない。そんな淡い期待を
抱いて、席に着く。
食堂はすでに閑散というほどではないが、まばらに人がいた。時
間的には昼を回った頃。普通、依頼は昼間片づけることが多いので、
今日この場にいるような冒険者は、日掛けの依頼を片づけ、食事を
とっているくたびれた様子の冒険者か、日頃の疲れを酒や食事で癒
261
している者たちだった。
私もそうしようと、ウェイターに声をかけた。
﹁いらっしゃいませ。ご注文は⋮⋮なんだ君か﹂
ウェイターの女性の完璧な営業スマイルは、最後まで完遂されな
かった。見知った相手とはいえ、それはどうなんだろうと私は思う。
いつも世話になっている受付嬢││ティアだった。
﹁私だって食事くらいするわ﹂
﹁それはそうだ。しかし、珍しいね。今日は1人かい?﹂
﹁別に⋮⋮いいでしょ。1人だって﹂
気まずいところを尋ねられ、思わずぶっきらぼうに返してしまう。
ティアは、少し思案するように顎に手を当てると、
﹁ふむ⋮⋮少し待っていてくれ﹂
そういって、何も注文を聞かず、下がってしまった。
﹁えっ、ちょっと注文⋮⋮! なんなのよ、もう﹂
他のウェイターを呼ぼうかとも思ったが、待つように言われた手
前、若干の苛立ちを抱えながらも待つことしばし。ティアは食事の
乗ったトレイを持って、現れた。何故かトレイは二つある。そして、
ティアは受付嬢の制服から、私服へと着替えていた。
﹁えっと、これは?﹂
ティアの手から、私の前に置かれた定食を指さし、聞いてみる。
262
﹁うん。君の分。これはおごりだよ﹂
嫌いなものでも、返品は受け付けないけど。そう付け加えながら、
彼女は私の前の席に座り、自分の前にも同じ定食をおいた。
﹁急に、どうして?﹂
﹁せっかくだから、休憩につきあって貰おうと思ってね﹂
なんで、と思ったが聞かないでおくことにした。おごってくれる、
といっているなら、水を差す事もない。
ティアはそれっきり黙り、食事に口を付け始めたので、私もいた
だく事にする。
目の前にあるのは、別名、冒険者定食なんて言われているボリュ
ームのあるメニューの定食。
スープにサラダ、そしてステーキにパン。ちょっと軽く食べたい、
というには余りに重い。が、それは冒険者には通用しない。この定
食は実はここの食堂では、下から数えた方が早いメニューである。
ステーキはすでに一口サイズに切られていた。あれ、と思いティ
アのステーキを見てみるが、ティアの方には分厚い一枚のステーキ
が、ドンと鉄板に乗せられている。どうやら、時間をかけて出てき
たのは、料理を着替えと料理の受け取りのほかに、こんな事をして
くれていたらしい。
﹁ありがと﹂
﹁いいから食べなよ。冷めちゃうから﹂
お礼を言ってもしれっと返されてしまう。ティアは黙々と食事に
戻り、私もそれにならって、切り分けられたステーキを口にする。
263
脂と肉の歯ごたえをしっかりと感じさせながら、舌に乗せると
溶けるように解れるステーキに舌鼓を打つ。
それからしばらく、私たちは黙々と食事を済ませ、私は食べ終わ
ってから一息つくために、水差しからカップに水を入れる。
﹁で、今日はどうしたの? アルドの奴と喧嘩でもしたのかな?﹂
いきなりそんな事を言われ動揺してしまったわら氏は水差しの水
をカップに移せずこぼしてしまった。
﹁そ、そんな事ないわよ﹂
そっと差し出された布巾でこぼれた水を拭き取りながら、なるべ
く平静を装う。ティアは私をのぞき込みながら言った。
﹁ふ∼ん。喧嘩はしなかったと。でも、動揺する程度には何かあっ
たんだ?﹂
﹁うぐっ⋮⋮﹂
誤魔化そうにも、相手の方が一枚も二枚も上手。今のやり取りだ
けでも、そうはっきりと感じ取ってしまい、私は押し黙る。
﹁担当の受付としては、そこんとこ気になるんだけど? 話しづら
い内容なら話さなくても良いけど、話してしまえば楽になるような
ことだってあるよ﹂
ティアは、それきり、また黙ってしまい、私は、詰め寄られるよ
りもプレッシャーを感じた。プレッシャーに負けた、という訳では
ないが、誰かに話してしまいたいという思いもあり、怪我をしたこ
と、それによって、アルドが楽しみにしていた先陣攻略の足を引っ
264
張ってしまった事、そのせいで昨日からアルドに話かけづらくなっ
てしまった事を打ち明ける。
﹁クリス⋮⋮君、おバカさんでしょ﹂
﹁な、なんでよ! 人が真剣に相談してるのにそう言う事言う!?﹂
だってねぇ、と前置きして、ティアは私に語り始める。
﹁確かに、アルドが先陣攻略を楽しみにしてるっていうのは知って
るよ。確か、迷宮核を手に入れるって息巻いてたし。さすがに冗談
だろうけど﹂
すっごい本気でした。私とオリヴィアも迷宮の奥にいるという迷
宮主を想定してそれを倒すための訓練を積んでいたし。
﹁でも、その道が途絶えたからって、諦めるような奴だったかな。
彼は﹂
﹁えっ﹂
﹁彼と付き合いが長い訳じゃないから、絶対とは言わないけど。彼
は、ダメだって言われたら、すぐに別の代案を持ってきちゃうよう
なしたたかな人間だと思うな。ボクは﹂
﹁そうかな⋮⋮﹂
口で否定してみるが、言われてみれば、彼はそんな感じかもしれ
ない。アルドはいつも、あるもので何とかしようとしている。妥協、
というのとは違うのだが、なければ無いで、次の何かを探して、い
つも最善と思われる一手を打っていた気がする。
彼がいつも先を歩いているからこそ、その背中に追い付きたかっ
たんじゃなかったんだろうか。私は。怪我をして、少し気分が滅入
っていた
265
﹁いや、そう、かも﹂
﹁答え、出たみたいだね、じゃさ。さっそく聞いてみなよ﹂
﹁えぇ!? さ、さすがにそれは無理だよ!﹂
﹁んー。でも、本人はこっちに向かってきてるよ﹂
う、嘘! 私は慌てて、言われた方を見れば。アルドが手を振り
ながらこちらに来ていた。
﹁クリス! ギルドに来てたんだ。おはよう。ティアさんもおはよ
うございます﹂
﹁うん。おはようアルド。クリス、ボクはそろそろ休憩終わるから。
じゃ﹂
﹁え、ちょっと、ま⋮⋮!﹂
私が引き止めるよりも早く、さっさと二つ分の食器を片付け、テ
ィアは食堂の奥へと消えてしまった。その場に残されたのは、アル
ドと私。アルドは、私の心の混乱を知ってかしらずか、いつも通り、
普通に話しかけてきた。
﹁あ、ごめん。なんか邪魔しちゃったかな? ティアさんもなんか
逃げるみたいに行っちゃったし﹂
﹁ううん。たぶん大丈夫⋮⋮私も、彼女の休憩に付き合ってただけ
クエスト
だし。ほんとに仕事に戻るだけだと思う﹂
﹁そう? なら、迷惑ついでに≪依頼≫の処理もお願いしてみよう
かな﹂
アルドがあまりにいつも通りな事に表紙抜けして、私は何に悩ん
でたんだろ、と少し馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
266
﹁≪依頼≫ってどうするの?﹂
﹁うん。ちょっとね。迷宮核の代用になりそうなものが見つかった
から、いくつかそれを取って来てもらう≪依頼≫を出そうかなって﹂
自分で行く時間がないんだよね⋮⋮とアルドは呟いていたが、私
はアルドの言葉に、内心放心気味だった。迷宮核が、なんて? 私
はそれじゃ、何に落ち込んでいたの?
﹁あれ? クリス、どうかしたの? 嬉しそうな、でもなんか怒っ
てるような変なか、い、痛っ!?﹂
﹁何でもないの!﹂
﹁いや、そんな筈ないんじゃ﹂
﹁何でもないったら!!﹂
私はアルドの脇を、自由に使える右手で殴りつけ、この恥ずかし
いような、ほっとしているような、もどかしい気持ちを誤魔化した。
267
第25話﹁新しき魔導の技術︵わざ︶﹂︵後書き︶
すみません。お待たせいたしましたー!!!
仕事がようやく落ち着いてまいりましたので、これから週一ペース
には戻したいと思います。そこから、できれば最初の2、3日に一
回ペースに戻したいなと。
これからもロボ厨をよろしくお願いいたします。
268
第26話﹁≪依頼︵クエスト︶≫﹂
﹁︽依頼︾って、何を出すの?﹂
﹁簡単に言えば、採取かな﹂
クリスに小突かれながら、俺はギルドの受付に向かっていた。
もちろん、先ほど話した︽依頼︾のためである。今回は自分が依
頼主として、いくつか依頼を出すつもりだ。
理由は二つ。魔石と魔物の血だ。
魔導炉は完成した、しかし、それを動かす燃料がない。それに、
その燃料も、血でなければならないのか? というのもこれから調
べなければならない。人間の血と、魔物の血での起動確認はできた
が、本当に血でなければならないのか? というのはこれから調べ
るつもりだ。その前に、魔導甲冑の完成を急ぎたいので、いったん
は見送りになるが⋮⋮
魔石の方は、量産化を視野に入れているためと、どの程度の魔石
が、魔導甲冑にちょうどいいのか、調べるためだ。最低でも二頭黒
狼くらいの魔石でないといけないのか? もっと小さいのでは? あるいはもっと大きいものに代えたら? 調べたい事はたくさんある。それらを一人でやっていたら、時間
がいくらあっても足りない。そのための︽依頼︾だ。
﹁いらっしゃい。今日はどんなご用で?﹂
さっき食堂で分かれた受付嬢││ティアさんが、面倒臭そうにこ
ちらを見ていた。
﹁今日は︽依頼︾を出したくて﹂
269
﹁︽依頼︾を? 珍しい事もあるんだね﹂
﹁珍しい⋮⋮っていうか、初めてかもね﹂
記憶を探ってみるが、確かにティアさんが驚く程度には、俺は︽
依頼︾を出した事はない。クリスやオリヴィアは、親の使いでたま
に︽依頼︾を
出しているらしいが、俺は出したことはなかった。
﹁で、どんな︽依頼︾を出すの?﹂
﹁採取かな。欲しいのは、魔石と、魔物の血﹂
俺の言葉に、素早く羊皮紙と、ペンを取りだしていたティアさん
の手が、ぴたりと止まる。
﹁魔物の血に、魔石⋮⋮って本気?﹂
﹁うん。本気だけど⋮⋮なんで?﹂
何かおかしい事をいっただろうか? 確かに魔物の血は普通、捨
てるようなものだし、魔石と言えば、Cランク以上の魔物が、たま
に体内に持っているものだ。強力な個体ほど、持っている確率は高
く、B、Aとあがるにつれて、必ず存在するらしい。
確かに魔石は面倒そうだけど、迷宮区なら、簡単に集まりそうな
気がする。
そんな事を伝えると、ティアさんはため息をついて教えてくれた。
﹁あのねぇ⋮⋮確かに迷宮区ならそうかもしれないけどね、魔石っ
ていうのは凶悪な魔物が持っているのが普通だし、持っているかも
解らないのさ。何匹も倒さないといけないかもしれないのに、報酬
が安かったりしたら、依頼を受ける側は、採算とれないんだよ?﹂
﹁なるほど﹂
270
言われて見ればそうだ。Cランク以上の魔物、といえば熟練のパ
ーティで挑むのが普通だ。昨日、二頭黒狼に苦戦したばかりだが、
魔導炉のせいですっかり忘れていた。
﹁魔物の血は⋮⋮逆だね。簡単に手に入りすぎる。こんなの出した
ら、あっという間に受け付けカウンターがいっぱいになるだろうね﹂
ティアさんが補足するに、魔物の血は、普段は不要で重くなるた
めに捨てられているが、これが金になると解れば、金に困っている
パーティなんかが、こぞって集めて来て、混乱が起きるだろうとの
こと。
﹁カウンターいっぱいになるくらいの魔物の血、いる?﹂
﹁要らない。多少は多めに⋮⋮っていったって、100リットルも
あれば充分かな﹂
﹁⋮⋮思ったより必要になるんだね﹂
﹁ちょっとね﹂
消耗品だし。燃料だし。燃費も解らないので、多めには欲しい。
﹁んー解ったけど、そんなに報酬がだせるのかい?﹂
﹁もちろん出すよ。魔石は相場通りに。魔物の血は、そうだな魔物
の肉より少し安いくらいに設定で、リットル単位で欲しいな。あと、
魔物のランクによって、多少買い取り額をかえたい。買い取った魔
石、魔物の血は、魔物のランク別に管理して欲しい。⋮⋮こんなと
こかな。と、依頼料はこれね﹂
と、ティアさんから羊皮紙をひったくって額だけ記入し、返す。
271
﹁勝手に⋮⋮ってこんなに!?﹂
﹁もちろん、魔石の額は、二頭黒狼レベルでないと満額払えないか
ら。そこはきちんと説明して受けて貰ってね﹂
﹁高い、とは言っても、あの大きさの魔石に、魔物相手⋮⋮やっぱ
り冒険者は、命がいくつあっても足りないんだね⋮⋮ボクならごめ
んだね﹂
﹁まぁ、そこは各自実力と相談して欲しいけどね﹂
﹁金に目が眩んだアホが、たくさん集まってくると予想するよ、ボ
クは⋮⋮はぁ。これ、ランク制限設けても良いかい?﹂
﹁任せるよ。魔物の血の方は⋮⋮﹂
﹁それ、あたしらを指名してくれないかね?﹂
適当に任せる、とティアさんに言おうとした言葉は、突然割って
入った人物に遮られた。黙っていたクリスが、割って入ってきたガ
ラベラに、睨みを入れていたので、知り合いだから、となだめる。
昨日は、自己紹介とかはしなかったしな。
﹁ガラベラさん﹂
﹁⋮⋮まだ発行されていない︽依頼︾内容の盗み聞きは、マナー違
反ですよ。ガラベラさん﹂
ティアさんが顔をしかめながら、ガラベラをたしなめる。
﹁すまんね。最初はただ声をかけようと思っただけなんだが⋮⋮話
を聞いてしまってはね。今は金が入り用で、助けて欲しいとこなん
だよ﹂
冗談っぽく両手を合わせているが、目がマジだ。よほど困ってい
るらしい。こちらとしても、直に注文できたり交渉できるので、知
り合い、っていうのは別に悪い話ではない。OKしようとするが、
272
一つ思いつく。
﹁いいですけど、条件があります﹂
﹁なんだい?﹂
﹁指名依頼として優遇させていただくので、魔石一個の納品を義務
づけさせて貰うのと、血に関しては、なるべく多くの種類の魔物の
血が欲しいって事です。具体的には、同じランクの魔物の血を最低
三種できれば10リットルずるくらいで。それを取れる範囲のラン
クで、どの魔物から取ったか、という資料と一緒に提出して欲しい
です﹂
﹁な、なかなか面倒な内容だねぇ⋮⋮﹂
﹁もちろん報酬ははずみますよ﹂
といって、ティアさんに頼んで、追加報酬、という欄に数字を記
入して貰う。ティアさんはため息をついて無言の抗議してきたが、
しぶしぶ額を記入。それをガラベラに見せると、目の色を変えた。
﹁乗った! やらせて貰おうじゃないか。魔石はたくさん手に入れ
た場合はどうするんだい?﹂
﹁最初の魔石も含めて、ランクと魔石の質と相談ですね。割れたり
してたら、買い取りはしますが、屑魔石として、一律で値段設定さ
せてもらおうかと思います﹂
﹁わかった﹂
﹁⋮⋮じゃ、依頼主がそうおっしゃっているので、ギルドとしては
そのように︽依頼︾作成しますよ⋮⋮まったく。どちらも、今回限
りだからね。悪質な場合は、ギルドの使用停止なんかもありえるん
だよ﹂
そう言いながらも、ティアさんは羊皮紙に依頼をまとめ、掲示板
に張り出す。目敏い冒険者がそれを目に留め、驚いて仲間を集めた
273
りしていた。
それを見ながら、用が済んだ俺は、ガラベラさんとクリスを引き
連れてカウンターを離れる。羊皮紙に目を落としながらも、ひらひ
らと手を振るティアさんに礼を言いながらその場を後にした。
ギルド入り口まで出ると、ガラベラの仲間である、︽鷹の目︾の
メンバーが集まっていた。
﹁これからどうするんですか?﹂
正直なところ、すぐにでも魔物の血集めに行って欲しい⋮⋮なん
て思っていたが、ガラベラは困ったような顔をした。
﹁魔物狩りに⋮⋮って言いたいとこだけどね。装備が欲しい。オス
スメの店があったら教えて欲しいと思っていてねぇ。あたしら、最
近ここに来たばっかりで疎くてね﹂
﹁なるほど﹂
良いカモです。とは口にせず、笑顔を浮かべる。
﹁なら、オススメがありますよ。ついて来てください﹂
﹁⋮⋮アルド、悪い顔してる⋮⋮﹂
クリスが小さく何か呟いていたが、俺は無視。
いやいや。この近隣ではクリスの父のお店が一番ですし。俺はそ
れをオススメしようとしているだけなんですよ。後、お店に関わっ
てる人間としては、ちょっとお店にお礼な感じで試作品とか試して
貰おうとか思ってるだけでね?
﹁で、なんで坊やがそこに居るんだい⋮⋮?﹂
﹁いえ、一応店員ですよ? 俺は﹂
274
ガラベラに不審な目を向けられつつも、案内したガストン工房の
カウンター内から、俺は︽鷹の目︾のメンバー達に声をかけている。
クリスも抗議の目を向けていたが、諦めてカウンターに座っている。
別の客もちらほらといるので、そちらの接客をするようだった。
﹁本当かよ⋮⋮﹂
そう呟いたのは、よく俺に突っかかってくる男だ。だいぶ険はと
れたが、ガラベラと一緒に不審そうな目を俺に向けている。
俺は、胡散臭いくらいの良い笑顔を向けながら、
﹁そっちのあなたは、体力、魔力量に自信がおありですね? では、
こちらがオススメですよ﹂
そういって俺はカウンターの中にしまわれた一本の剣を取り出す。
別段、普通のロングソード。しかし、こいつには当然仕掛けを入れ
てある。
﹁あぁん? 別に普通のロングソードじゃねぇか? 少し重いな⋮
⋮﹂
まぁ、色々仕込んでいるので。
﹁そっちで少し振ってみます? その時、魔力を込めて貰えれば、
重い理由なんかも解りますよ﹂
﹁へぇー。武器を振れるスペースまであるのかい﹂
カウンターから見える、素振り用のスペースを案内する。
そこには、試し切り用の丸太人形がおかれている。こういう他の
275
店ではやっていない所も、冒険者には好評であった。職人気質な鍛
冶屋が売るなら、割と当たり前なのだが、迷宮都市ともなると、人
が増え、客が増える。そうなると、鍛冶屋ではなく、商人が売った
りする。そういう場所では、見た目の良い粗悪品が売られていたり
するので、それが買う前からある程度判断できる試し斬りは人気だ
った。
﹁魔力を込める、とか言ってたか? ⋮⋮うぉ!?﹂
キィィィィ! と甲高い音がし始め、男は危うく、剣を落としそ
うになった。魔力を込めるのをやめたため、動作音が止まる。
﹁な、なんだったんだ。今のは⋮⋮?﹂
﹁それが、この剣の特徴なんですよ。まずは、身体強化なし、魔力
を流さずに、思いっきりあの丸太に切りつけて見てください﹂
﹁あ? それがなんの⋮⋮﹂
﹁良いから、やってみな﹂
男が何か言い掛けたが、真剣な目で見入っていたガラベラが、そ
れを制する。男は何か言い掛けたが、舌打ちして剣を構える。
堂に入った構え。戦場で磨かれた構えは、正当な剣術、というよ
り喧嘩を思わせるが、隙はない。
﹁ふんっ!﹂
男はその状態から、剣を振りかぶって、丸太に切りつけた。
﹁おお。相変わらずの怪力⋮⋮﹂
同じ前衛である仲間の一人が、丸太の惨状を見てそう呟いた。そ
276
の前衛の言うとおり、男の一撃は、丸太の一番太い胴体を半ば以上
切り裂いて止まっている。確かに、すごい一撃だ。俺だったら、同
じ条件で、刀身が埋まった辺りで止まる。
﹁では、次に剣に魔力を込めて、身体強化はなし状態で﹂
男は、俺が何の反応もしないので、不満そうに睨みつけたが、素
直に剣を引き抜く。いや、スゴいと思いますけどね。
構える前に、男が魔力を通すと、また、チィィィィ! という音
が響いてきた。ガラベラは、それに目を細める。
男は、少しやりにくそうにしていたが、何度か手応えを確認する
ように軽く振ると、丸太に向かって切りつけた。
﹁はっ?﹂
最初は、手応えを確認するつもりだったのだろう。軽く振ったら
しい一撃は、ジャッ! という擦過音を響かせながら、刀身を滑ら
せ、丸太をあっさりと両断した。
﹁ちょっと切れすぎるのが難点なんですけどね。通した魔力を鋸切
り状にして、刀身で展開してます。その刃をさらに高速で刀身間を
移動させているので、対象を一瞬で削り切るんです﹂
しれっとそんな説明をすると、目を丸くしている男。
﹁あ、魔力を通した刀身は触らないでくださいね。指くらいだった
らあっという間に吹き飛ばす威力があるので﹂
﹁そ! そういうのは先に言いやがれ!﹂
今まさに触ろうとした男が、びっくりして手を止めた。魔力を通
277
してなければ、大丈夫だってば。
しかし、男は気に入ったようで、魔力を通したり、やめたりをし
ながら刀身に見入っていた。まるで新しい玩具を手にした子供のよ
うだ。
﹁あれ、俺にも扱えるかい?﹂
もう一人いた前衛が、同じ物をねだってくる。俺はもちろん、と
いって同じ剣を取り出して渡した。彼は男に混じって、丸太人形相
手に剣を振るい始めた。
﹁こいつに合う、鎧はあるかい?﹂
ガラベラが、かなり真剣な様子で、昨日鎧を失った壁役の男を指
さしながら、俺に聞いてきた。
﹁もちろん、とっておきのがありますよ﹂
俺は、会心の笑みを崩さずにそう答えた。
278
第26話﹁≪依頼︵クエスト︶≫﹂︵後書き︶
お待たせしましたー!
最近、新しい小説書き始めました。
http://ncode.syosetu.com/n5954
cj/
タイトル:ソードブレイカー
友人たちとの企画で、テーマとキーワードを決めて、作品を書こう
って事になりまして。11月30日までの期間内に、どんなもんが
書けるか、っていうのをやってます。
検索キーワードで、なろうエッグカップって入れると、参加者が見
れる予定︵まだみんな上げてないんだ⋮orz︶。
こちらの更新ペースは、取りあえずは週一ペースを守っていきたい
と思っておりますので、なにとぞよろしくお願いいたします
279
第27話﹁魔導の弓と鎧﹂
﹁こっちには展示していないので、案内しますね﹂
俺はそういって、クリスに一声かけてから工房のカウンター横の
扉をあけて、ガラベラと壁役の男を通した。
通して直ぐ、廊下の何もない壁を押す。すると、かこかこ、壁が
崩れるように開き、隠し部屋が現れた。
こっちは上客を通すワンランク上の売場となっており、物はすべ
て、ガラス代わりに張られた結界のショーケースの中に展示されて
いる。
しかし、一見すると、表のものと何ら代わりのないような、皮の
盾や、鎧、剣や槍などの武具が所狭しと並んでいる。最近ガストン
さんが熱をあげている刀も、ここで展示していた。
﹁こ、ここは⋮⋮?﹂
﹁高ランク冒険者の方にだけ公開している売場です。さっきのとこ
に合ったのとは、一線を画す物を並べていると、自負してますよ﹂
営業スマイルでガラベラにそう言うと、ガラベラの頬がひきつっ
た。
さっき見たのでまだ小手調べ。そう言われれば仕方無いのかもしれ
ないが。ここは品数こそ少ないが、さっきのより驚くものを並べて
いると俺は自信をもって言える。
数が揃えられないものばかりなので、フェリックスさんには卸し
ていないが、量産可能なら、正直これまでの軍隊の質を一変させて
しまうだろう。新規開発を頼まれてる武具も、正直ここのを出すだ
けで良いかもしれないが、量産、という観点を入れた時に難がある
280
ので話もしていない。
え、魔導甲冑? ロマンは時に現実を駆逐するんですよ。
俺は驚き固まる二人を前に、品物を選んで二つ、会計机の上に載
せた。
﹁こっちが、さっき言った鎧ですね﹂
﹁これかい?﹂
少し、疑念があるような声。それはそうかもしれない。これは見
た目は、ただの皮鎧だ。しかし当然、これはただの皮鎧ではない。
硬質な黒色をしたそれは、ぱっと見では金属のようにも見える。
しかし触ればそうでないと解るし、何より軽い。
﹁オーガの皮を加工した鎧です﹂
﹁オーガねぇ⋮⋮見た目は、普通の皮鎧に見えるけどね。これも、
さっきみたいに何か仕込んでるのかい?﹂
﹁もちろん﹂
俺はそう言って、オーガ皮の鎧に魔力を流し込む。
うっすらと魔力が鎧全体を覆う。
﹁どうぞ。叩いてみてください﹂
店の商品を叩け、と言われたせいか、二人は困惑した様子だった
が、ガラベラが一つ頷くと、壁役の男が腕を振り上げ、その拳を鎧
に叩きつけた。
どむん。という弾力を感じさせる音が響き、男の拳を弾いた鎧は、
無傷だった。傷はおろか、凹みや歪みもない。
全力で叩いていなかった、という言い訳でないだろう。それは、
281
叩いた男の顔が驚愕に染まっていることからもわかる。
﹁鎧って、堅いだけだと、衝撃が殺せなかったりするんですよね。
この鎧は、弾力性を持たせた結界と皮の厚さで衝撃を殺して、使用
者を守るようにしてます﹂
これは、魔導甲冑の試作を作っていて、大きさと重さに悩んだ結
果だった。俺は、ナイフを一本取り出して、鎧に当てる。
﹁それと、結界自体は弾力以外にも表面がよく滑る特殊な加工をし
てあるので、刃が刺さらず、流れるように作ってあります。皮その
ものの強度もあるので、耐久性で金属鎧に負けたりしません﹂
鎧にあてたナイフは、刃筋をたてようとしても滑ってしまい、鎧
に傷つける事がなかった。
﹁⋮⋮試着してみても?﹂
男の代わりに、ガラベラが答える。俺は笑顔で頷いた。反応が薄
いようにも見えるが、真剣な様子で鎧に見入ってる事から、強い手
応えを感じていた。
男が試着室に入るのを見送って、残ったガラベラと、机にぽつん
と残された物をみる。
こっちはガラベラに勧めるいわば本命のアイテムだ。
ガラベラは武器を失っていないし、後衛だから防具は要らないだ
ろう。しかし、彼女は前回の戦闘で感じてはずだ、自分の火力不足
を。
それを補えるものが、机に置かれている。
﹁で、こっちのは?﹂
282
向こうも予想していたのだろう。これが、防具ではなく、ガラベ
ラに勧めるための武器だっていうことを。俺は、それを両手で持ち
上げてガラベラに持ってみるように促した。
どんな物でも驚きはしない││そんな決意が見え隠れするような
表情で、ガラベラは神妙にそれを受け取る。
そして、不思議そうにそれを眺めた。細長い筒状の物体。この世
界では、馴染みがないであろう代物。
前世の人間なら、銃とか、ライフルとか言うに違いない、それ。
﹁簡単に言えば、投石器││スリングショットですよ﹂
﹁投石器? こいつが?﹂
﹁ええ。投げる機構を機械的にした武器ですよ。ちょっと変わった
弓みたいなもんです﹂
﹁へぇ⋮⋮﹂
手に持つガラベラは、興味深そうにしているが、反応はイマイチ。
というより、よく解ってない様子だった。
この世界で投石器、といえば紐で石を飛ばすスリングや、あって
もカタパルトらしいし、おまけに魔物を倒すだけの威力をだしづら
マジックスリングショット
いために、廃れているらしいので、ガラベラの反応は、変わった武
器があるな、という感じである。
当然、変わってる、なんて物ではないが。この魔導投石器は。
﹁どうでしょう? 試し撃ちしてみては﹂
﹁ふーん。まぁ、あんたのおすすめだしね。そうさせて貰おうかね﹂
そう。試し撃ちだ。この世界ではまだ、﹁撃つ﹂なんて表現をす
283
る武器はないだろうから。
着替え終わった壁役の男は、何度か鎧の調子を確かめていたが、
実際に動いて使ってみたい、という事で︵本人はしゃべってくれな
いので、ガラベラが翻訳してくれた︶模擬戦が可能な一画を、前衛
二人にも合わせて貸し出す。
俺はガラベラをつれて、別の一画に進む。弓などの試し打ちがで
きる、細長い一画で、現在はガストンさんの弟子が新しい弓を試し
打ちしていた。
彼らに断って、別の的を用意し、魔導投石器││言いにくいな。
ライフルにしておこう││の試し撃ちを行う。
30メートルほど先にある的︵例によって木製の人型︶を指さし
ながら、ライフルをガラベラに手渡した。
﹁あれを狙って撃ってみましょうか﹂
﹁解った﹂
﹁じゃ、こんな感じで構えて、引き金を引いてください。あ、引き
金を引くときは、ちゃんと魔力を流してくださいね﹂
ライフルを受け取ったガラベラに、身振り手振りで説明し、銃の
ように見えるそれの使い方を伝える。ガラベラは恐る恐る触ってい
たが、すぐに慣れ、銃口を的へ向ける。
﹁まず、そこのコッキングレバーを引いてください。そうすればマ
ガジンに入ってる弾が装填できますので。筒の先端に凹型の突起が
あるので、手前型の凸型突起と合うようにしてください。それで狙
いがつけられます﹂
﹁ればー? まがじん?﹂
つい当たり前に説明してしまったが、そんなものはこの世界にな
284
い。俺は反省しながら、一か所ずつ指摘して、丁寧に説明を加える。
﹁なるほど。このマガジンの中に飛ばす石を入れているのかい。便
利だねぇ。だけど、金属みたいだけど、ずいぶんと小さくはないか
い?﹂
﹁それは撃ってみてのお楽しみです﹂
﹁それもそうだね﹂
あっさりと納得したガラベラは、弓を構えるように、ぴしりと背
筋を立て、水平に保ったライフルを的へ向ける。普段の彼女なら、
この距離でも外す事はないだろう。が、初めて使う武器のためか、
その集中力は高く、緊張感がこちらまで伝わってきた。
﹁すぅ⋮⋮﹂
小さく吸った息が止められ、魔力を通されたライフルの引き金が
絞られる。
だんっ!
というスリングショットには大きな動作音と共に、小さな金属球
が射出される。
射出と着弾は、ほとんど同時のように見えた。弾速が速すぎるた
め、余程強化した視力でないと視認できそうにない。
着弾された的と言えば、心臓辺りを撃ち抜かれ、木製の人型は、
左胸から左肩にかけ、巨大な魔物に喰いちぎられたかのように消失
している。弾速と衝撃に弾体が耐えられず、着弾と同時に弾けた結
果らしい。
﹁な、な、な⋮⋮!?﹂
ライフルを取り落しそうになりながら、ガラベラは驚きに口を開
285
き、閉じられない様子だった。ちなみに俺は威力自体は製作者だし、
動作試験を行っているので当然知っていたから驚きはない。ガラベ
ラがたった一度で正確に標的に当て、すごいなーと思った程度だっ
た。弓と狙い方が違うはずだし。
﹁どうなってんだい!? こいつは!?﹂
﹁機構は秘密ですよ。ただ、こいつは矢よりも早く、強力な遠距離
攻撃が可能な武器だって事です。最高飛距離も弓の2∼3倍ですか
ね。ただ、風の影響を強く受けるので、弓と同じくらいの有効射程
かと思いますけど﹂
ちなみに、この世界にゴムなどないので、弾体を飛ばす伸縮帯は、
もちろん︵?︶ローパーの触手だ。ローパーの触手を引っ張り、圧
力をかけながらコイル状になるまで捻じり、魔術で固定、それを魔
力を感知すると伸縮するように仕込んであり、伸縮力に関してはさ
っきの通り。魔導甲冑の人工筋肉にも使用しており、この世界のロ
ーパーさんはマジでいい仕事をしてくれる。
﹁なんで解ったんだい。あたしが決定力不足で悩んでるってこと﹂
﹁そりゃ一度、一緒に戦ってますから。それに、武器を作ってる方
から言っても、弓に魔力を通すくらいなら、普通は魔法を放つ方が
簡単でいいですから。そこから察するに、≪魔法は制御できないが、
弓のように遠距離攻撃が可能で、かつ決定力もある武器≫を欲して
いるんじゃないかって思いましてね﹂
﹁ふん。冒険者のくせに、商人みたいで嫌な考えだよ。でも、その
通りさ。この前の魔物も、あたしは何にも出来なかった﹂
無力感に満ちた言葉だった。しかし、同時に期待を持っている。
その手に持つ、ライフルに。
286
﹁こいつなら、それが覆せるかい?﹂
﹁それは、使い方によると思いますよ。威力が足りないっていうな
ら、こっちで何か考えますけど﹂
ガラベラは獰猛な笑みを浮かべた。小さく、そうかい。と言った
言葉には、喜色が浮かんでいた。
﹁⋮⋮なんでここまでしてくれるんだい?﹂
﹁別に、まだしてません。対価はもらいますし、対価が払えないよ
うならお売りしませんよ?﹂
もちろん、払えないと言われたらローンは考えてますけど。
ガラベラの質問の、一番の理由は、≪鷹の目≫のメンバーが最も
﹁適当な﹂相手だったからだ。この近隣では少ない高ランク冒険者。
そして自分で実力と、人間性をある程度把握している人間。甘い査
定と言われそうではあるが、正直自分の見る目がどの程度かも解ら
ないし、大した差がないなら自分で見て、納得できる方が良いと思
った結果。他に高ランク冒険者とのコネもないし。
﹁はは! 違いない! 高そうだが、全部買うよ! あいつらも文
句ないだろうしね!﹂
﹁全部でこれだけになります﹂
そして、会計である。
会計カウンターには満面の笑みを浮べた俺と、可愛そうに⋮⋮と
でも言うような目をしたクリスがおり、
その目の前に、装備諸々の金額が書かれた羊皮紙がおいてある。
羊皮紙にかかれた金額に、ガラベラ達は顔を青くし、頬をひきつ
287
らせた。
﹁値引きは⋮⋮できないかい?﹂
﹁で、あれば依頼に条件を幾つか課させてもらえれば﹂
俺は笑顔を一ミリも崩さず即答。
その用意された答えに、ガラベラは嵌められた!という顔をした
が、WIN−WINな関係なんだから別に嵌めてはいないだろう。
こうして、俺は手足となって働いてくれる有用な仲間を手に入れ
た。
288
第27話﹁魔導の弓と鎧﹂︵後書き︶
11月23日に、ついに、ついに日間ランキング一位を達成してし
まいました⋮⋮感無量です!
テンション爆あげを超え、有頂天に至り、今正直ビビっておりますw
感想も増えており、全て目を通させていただいております!!!ご
声援、ご指摘本当にありがとうございます!!
誤字の指摘もいただいておりまして、そこは時間を見て順時直して
いきたいと思います。
これからもロボ厨、よろしくお願いいたします!!
289
第28話﹁アリシア﹂
頭金としてお代を貰った後、領収書と、ローンについて書かれた
羊皮紙を渡したとき、肝心な事を思い出した。
﹁あっと肝心な事を忘れてました﹂
﹁ま、まだ何かあるのかい⋮⋮!?﹂
羊皮紙に追加された項目に、涙目になっていたガラベラ達︽鷹の
目︾のメンバー達は、素早く身構えて俺をみた。
﹁いや、所有者登録を忘れてまして﹂
表で販売してるものはともかく、これらの試作品は、危険な物も
多い。そのため、盗難された後の悪用防止のためにある措置を施し
ている。
﹁所有者登録??﹂
﹁ええ。そうです。登録しておくと仮に盗まれても、それを使われ
ないようにできるんです﹂
このシステムを作った時にも思ったが、魔力を使い使用する魔導
具というものが存在しないらしく、盗まれた後もそうだが、盗まれ
る前についての考えも緩い。
そのため、使用者を認証するシステムを仕込んでおり、それを機
能させれば、悪用防止、ある程度の防犯も期待できる。
﹁簡単にできるので、是非﹂
290
﹁⋮⋮いくらかかるんだい?﹂
﹁いえ、こちらは無料で行ってますよ。⋮⋮というより、こちらか
らお願いしたいですね。悪用防止も兼ねているので﹂
そこまで言うと、やっと︽鷹の目︾のメンバー達は肩から力を抜
いて安堵の息を吐いた。⋮⋮って酷くない? 俺、そんなにがめつ
く請求してないよ? むしろ良心的だよ。値引きに、ローンにも応
じてるんだけどなぁ。
相場の10倍⋮⋮は届いてないよ! 高いのは技術料、人件費み
たいなもので、現在製作者が俺一人のため、変な輩から作れと言わ
れるのを防止するために設定している。
﹁そういう事なら登録させてもらうよ﹂
ちょっと納得いかないものがあったが、俺は笑顔を崩さず、それ
ぞれの武具に各人の魔力パターンを登録していく。魔力パターンは
個人差があるので、同じ人間以外使う事はできない。可能性として
は、親類縁者の中には魔力パターンがぴったり合う人間がいるかも
しれないが、極希だろう。
そんな内容を全員に説明し、武具を渡す。
﹁ちなみに、登録者以外が使おうとするとどうなるんだい?﹂
﹁あー説明してませんでしたね。説明するより、体験して見て貰っ
た方が早いですね。自分の以外のものに魔力を流してみてください﹂
そういうと、各人武具を交換しあい、魔力を流そうとした所で、
﹁あ。魔力は控えめに流した方がいいですよ﹂
291
結構多い魔力を感じたので、そう警告したのだが、少々遅かった。
﹃いづっ!?﹄
全員が同じように一瞬痙攣し、痛みに呻く。
﹁非登録者に使われないように、魔力が逆流する術式があるので⋮
⋮﹂
﹃先に言え!﹄
警告しようとしたじゃないか⋮⋮と思ったが、事前に説明してお
けば良かったので甘んじて受ける。
﹁まぁ、だけど体験してみて解ったよ。奪われて襲われるって状況
だけはなさそうだ﹂
﹁絶対、とは言いませんよ? 手順通りに解除すれば、一応、登録
を取り消せますし﹂
﹁⋮⋮ちなみに、﹃手順﹄以外で解除しようとするとどうなるんだ
い?﹂
﹁機構を暴こうとして無理に開こうとしたり、手順以外で開くと壊
れます﹂
﹁先に言え!﹂
あれぇ。言ってませんでしたっけ? ﹁って事は、自分で整備はできないのかい?﹂
﹁というより、させない措置ですかね。中身はあんまり公開したく
ないので﹂
まぁ、分解したりせずにそのままコピーしたりした場合でも、対
292
策は入れているけど。それは表で売っているものもそうだ。基本的
に、俺が製作に関わった魔導具とも言える武具については全てそう
いった仕込みがされている。
これを使って襲われたりするのは勘弁して欲しいからな。
﹁しかし、買ってから言うのも何だけど、すぐ壊れたりしたらどう
するんだい?﹂
﹁一応、一年以内の故障なら修理は一回無料ですね。整備はお代を
いただきますけど﹂
羊皮紙にも記載してますよー。と項目を確認して貰う。ガラベラ
はなるほど、と納得した様子だった。正直、これらの修理システム
は初導入なので、問題があれば都度修正、と考えている。
﹁それで、今日はこれから迷宮探索ですか?﹂
俺がそう聞くと、カウンターにいるクリスがぴくりと反応した。
まだ気にしているようで、少ししゅんとしている。
﹁そうしたい所だけどねぇ。新しい武具に慣れたいから、2、3日
は置くつもりさ﹂
ノルマの魔物の血も多いしねぇ⋮⋮とガラベラは肩を落とした。
少々哀れむような気持ちも生まれたが、それを条件に色々優遇し
ているので、がんばっていただきたい。 その後、新しい装備について話あう︽鷹の目︾のメンバーを見送
った。
さて、俺もそろそろ残りの仕事を仕上げますかね。
293
◇◆◇◆◇◆
目の前に積まれた羊皮紙に、目眩いがする。
ボク︵ティア︶は次の羊皮紙に目を通して、種類分けをしていた。
新しい依頼、依頼の完了報告。依頼の内容も討伐、採取、護衛、人
捜しなど多岐に渡るそれらを、目を通しては分けて置いてある篭の
中に入れていく。
時々、ちらりと入り口を確認して人が居ない事を確認する。今は
人が居ない時間帯とはいえ、人の出入りが無いわけでないから、注
意が必要だった。
声をかけられた時に、集中していて気づきませんでした、という
のはあんまり受付嬢としてはよろしくない。常に笑顔。常に優雅。
なんて、先輩受付嬢に言われたが、正直、かたっくるしいし面倒く
さい。仕事だから黙ってやるけど。
集中が途切れてしまうと、また集中するまでに時間がかかる。ボ
クは頬杖をついて入り口を眺めながら、人がこないかな、なんて考
えていた。一番最初に候補にあがったのは、年下の少年冒険者だ。
彼が来れば、少しは雑談に興じたりして、合法的にサボっていられ
るのに││
﹁お目当ての冒険者は来たか? ティアよ﹂
﹁な││おじいちゃん! びっくりさせないでよ!﹂
﹁仕事中はマスターと呼びなさい﹂
突然声をかけられ、思わず大声をあげてしまう。他の受付嬢たち
をちらりと見れば、またか、という態度ですぐに自分の仕事に戻っ
てしまった。
ボクは恥ずかしい気持ちを隠すように居住まいを正し、おじい│
│ギルドマスターに向き直る。
294
﹁で、何の用ですかマスター﹂
﹁うむ。ここ最近の情報が欲しくてな。依頼書の方はまとまってい
るか?﹂
﹁はい。こちらに﹂
ボクは今まとめていた分の他に、整理してあった依頼書も全て渡
す。
﹁執務室へ運んでくれ﹂
﹁⋮⋮全部ですか?﹂
﹁そうだ﹂
﹁⋮⋮解りました﹂
自分の細腕ではなかなかの重労働な篭を、複数回に分けて移動し、
最後の一つを運び終えた所で、ギルドマスターに声をかけた。
﹁全て運び終わりました﹂
﹁ご苦労﹂
机の上に広げられた大量の羊皮紙。量が多いそれを、ギルドマス
ターはざっと目を通し、呟いた。
﹁⋮⋮最近、討伐依頼の失敗報告が多いようだが?﹂
いつ戻ろうかと隙をうかがっていたボクは、そのタイミングを逸
して片を落とす。しかし、それはおくびにも出さずに答えた。だら
しなくしていたら怒られるに決まっている。
﹁何でも、討伐対象を見つける事ができずに、期限が切れてしまう
という次第でして。ギルドの調査能力を疑う冒険者も、少し出て来
295
ているみたいです﹂
﹁うむ。報告は聞いている﹂
﹁しかし、それは、双頭黒狼の出現によって、それら討伐対象が縄
張り争いに負け、付近から消え失せた、という結論になったのでは
?﹂
今朝の会議でそう結論づけたはずだった。それをこれから冒険者
たちへ公表し、現在の討伐依頼をいったん調査依頼に変更し、討伐
対象が今現在存在するかどうか調査する事になったのだ。すでに討
伐対象は、双頭黒狼に食われ存在しないか、双頭黒狼を恐れ、この
地を去ったと考えられるからだ。
双頭黒狼は、それだけ危険な相手な魔物だ。資料でしか知らない
し、魔物を正面から見たことの無いボクにだってそれくらいは察す
る事ができる。そして、その双頭黒狼の、人間の被害者第一号が、
もしかしたら知り合いの年下冒険者たちだったかも知れないと思い
至ると、背筋が寒くなった。
本当に、早期に発見、しかも討伐までできたのは行幸といえた。
﹁うむ。儂も最初はそう思った⋮⋮が、それにしては少し妙だと思
ってな﹂
﹁妙、ですか?﹂
﹁縄張りが広いタイプの魔物とはいえ、同時期に、随分広い範囲で
失敗の報告があがっている。その報告の中には、当時確定ではなか
ったものの、双頭黒狼と思われる目撃情報もいくつかある﹂
﹁それって⋮⋮﹂
﹁そうだ。儂は双頭黒狼が二匹、あるいはそれに近い魔物がもう一
匹かそれ以上、付近に潜伏していると考えている﹂
そんな、そんな事。ボクは否定しようとして、口を開きかけたが、
すぐに閉ざした。自分よりも経験豊富で、幾戦もの死闘をくぐり抜
296
けた猛者がの勘が、そう言わせているのだ。だとすれば、先にやる
べき事がある。
しかし、そんな思考はどたばたと聞こえた足音によって遮られた。
慌てた様子の同僚が一人、ノックもせずに扉を開け、悲痛に叫ん
だ。
﹁た、大変です! 先陣攻略に向かった冒険者たちが、新種の魔物
により壊滅的な被害を受けました! 魔物は、三つ首の狼型であっ
たそうです!﹂
事態はこちらが手を打つよりも先に、最悪の形で進行していた。
◇◆◇◆◇◆
ギルドに、三首の狼型魔物の発見報告があがるよりも、少し前。
夜の闇に紛れるように、フードを目深に被った男が、森へ足を踏
み入れていた。そこは迷宮が近く、魔力が濃いために、魔物が凶暴
で一般人の立ち入りが禁止されている区画であった。しかし、男は
いっさい気にした様子を見せず、飄々とした足取りで進んでいく。
﹁あぁ∼面倒くさいよねぇ。この前、迷宮を作るっていう大仕事を
こなしたばっかりなのにさぁ﹂
若い男の声だった。あの方は人使いが荒いんだよ、と悪態を吐き
ながら、森の奥へ、奥へと進んでいく。血と獣の匂いが鼻に付くよ
うになったころ、男は口の端をゆがめた。
﹁あぁ∼やっと見つけたよ。まったく、獣風情が手をかけてくれる
ね?﹂
297
そう言った男の前に現れた魔物は、手負いの双頭黒狼だった。
片頭に深い傷を負ったその獣は、空腹の為か、二つある口から涎
をだらだらと流しながら、男の様子を伺う。
﹁おやぁ。奇襲をしかけられないくらい弱ってるくせに、僕とやろ
うってのかな? すごく面白そうなんだけど、今日は君に、別の用
事があるんだよ﹂
危険な魔物を前に、男は余裕の態度を崩さない。双頭黒狼は、そ
んな男を腹に納めるため、地を蹴った。
﹁おっと。怖い怖い﹂
飛びかかった双頭黒狼をからかうように、ひらりと身を躱す。
﹁︽縛鎖︾起動﹂
男がぱちんと指を鳴らす。すると、地面に魔術式が現れ、そこか
ら魔力の鎖が現れ、双頭黒狼を縛りあげる。
︽魔術︾を行使した男は、双頭黒狼が抵抗できないことを確認す
ると、双頭黒狼に近づく。
﹁へぇ∼どんな魔法かな? 随分深手を負わされたんだねぇ。でも
まぁ、仕事が楽に済みそうで助かるよ﹂
男が言うように、頭の半分を貫かれたような深手を負っており、
傷口は膿、未だじくじくと出血している。男はその傷を、強力な魔
法によって付けられたと看破していた。しかし、男の知識ではこう
いった強力な魔法は何かしら属性が付与されているはずだが、それ
298
を感じない。男はそれに興味を持った。
男は、今はそんな時間はないとばかりに、浮かんだ興味をすぐに
消す。
﹁ふーん? このままだと死んじゃうかもねぇ、君。でも良かった
ね。これですっかり治るよ﹂
男は懐から、真っ赤な石を取り出し、躊躇いもせずに双頭黒狼の
傷に、腕ごと突き込む。
抵抗できない双頭黒狼が悲鳴をあげ、痙攣する。
﹁これでよしっと﹂
ずるりと腕を引き抜くと、赤黒い血液がしたたり、地面を染める。
﹁さぁ。古き姿を捨て、新しい生を生きよう。そして破壊と混沌を
この世に。あの方と、僕の望みだからね﹂ 謡うように、男がフードから覗く口の端を、狂喜に歪ませた。
魔力の鎖が消え、双頭黒狼がどうっと倒れ込む。束縛から解放さ
れた双頭黒狼は、しかし動かなかった。
ぼこっ、ぼこん。不快な、肉と骨が潰れるような音が響く。
痙攣し、姿を歪に変えていく魔物を前に、男は嗤う。
﹁楽しみだねぇ。さって帰りますか。⋮⋮ノルマは果たしましたか
らね? アリシアさん﹂
男はそう呟きと、闇の中へと消えていく。
299
第28話﹁アリシア﹂︵後書き︶
お待たせしました!
第28話です。
ご感想でもいただいていた、アリシアさんについては、これから色
々と明らかになっていく予定です。
い、いつの間にか
週間ランキング3位
月間ランキング21位
にも入っておりました︵11月26日時点︶⋮⋮感無量です!
最近は感想も増えておりまして、とても嬉しいです! 全て目を通
させていただいてます!
お返事、遅くなって申し訳ないのですが、まとまった時間などにす
こしづつ返させていただきたいと思います。
11/27追記
ソーシャルゲームで絵を描いてる知り合いがイラストを作成してく
れるそうで、完成したらサイトにアップさせてくれるそうです!楽
しみ!
300
第29話﹁三頭飢狼︵ケルベロス︶﹂ ※イラスト付き
先陣攻略組の潰走の知らせは、俺たちの耳にも届いた。
そして今、俺はギルドからの要請を受け、クリス、オリヴィアを
連れてギルドマスターの元に集まっていた。ギルドの一室には、早
朝だと言うのに、俺たちの他に、数パーティの冒険者たちが集めら
れており、皆ぴりぴりとした様子で、ギルドマスターの報告を待っ
ている。
集められたパーティの中には、ガラベラ達、︽鷹の目︾の姿もあ
った。
﹁先陣攻略の冒険者と聞いて、ひやっとしましたよ﹂
﹁そりゃ、あたしらもさ。新しい武器をならすために、少し日にち
をずらして⋮⋮って考えてた矢先にこれさ。少し間違えれば、間に
合わせの装備なんかで迷宮に向かっていたかと思うとぞっとするね﹂
ガラベラたちは、今回すぐには参加せず、俺からの︽依頼︾をこ
なしながら、購入した装備を慣らしていたそうだ。そのおかげで今
回の魔物との遭遇を免れたらしく、ガラベラは胸をなで下ろしてい
た。メンバーは装備も新調したし、どんな魔物でも負けねぇ! と
息巻いているが、ガラベラ武器の使用感が弓から大きく変わってし
まったため、威力があっても不安があるらしい。
﹁そうそう。言われた通り、︽依頼︾の魔物の血は工房に運んでお
いたよ。しかし、こんな時にあれを運ばせるなんて、何かに使うの
かい?﹂
﹁そうですね。あれは⋮⋮﹂
301
運んで貰った魔物の血は、今回使うかどうか解らないが、もしも
の時のため、魔導甲冑に積んだ魔導炉の燃料として使用する予定だ。
勘の良いガラベラに、どう答えようかと迷う。ここまで来れば隠
すような物でも無いが、ガラベラは自分が作った武器の威力を知っ
ている⋮⋮話して、あてにできるかも解らないものに期待させたく
はなかった。
そんな逡巡をしていると、部屋の扉が開き、そこからギルドマス
ターの姿が見える。
﹁揃っているようだな﹂
現れたギルドマスターの顔には、濃い疲労の色があった。先陣攻
略組が、魔物に襲われたという知らせは、昨日の内にギルドに来て
おり、そこから緊急の召集をこの街の全冒険者に、早朝には行き渡
らせている事から、かなりの無茶をしたのだろう。
﹁皆、緊急の召集に、よく集まってくれた﹂
俺とガラベラは話を切り上げ、ギルドマスターの言葉に耳を傾け
る。言い訳を考えずに済み、俺は内心で喜んだ。しかし、その喜び
も、ギルドマスターの言葉で凍り付く。
﹁すでに耳の早い者は情報を手にしているかもしれないが、昨日先
陣攻略のために迷宮に向かった数パーティが、新種と思われる魔物
ケルベロス
と遭遇。全滅した。生き残りは数人。そいつらも冒険者引退となる
重傷だ。この凶悪な魔物を≪三頭餓狼≫と名付け、ギルドは緊急の
≪依頼≫を発行した。内容は、この魔物の討伐だ﹂
ギルドマスターの言葉に、ある程度情報を手にして者たちも俄に
は信じられず、騒然となる。向かったパーティは試験によってふる
302
いにかけられた猛者ばかり。全滅した、と言われてそう簡単に信じ
られるものではない。俺も、全員が引退を強いられるような重傷を
負っていた事実に戦慄していた。
﹁静かに! 信じられんかもしれんが、これは事実だ。それを踏ま
え、お主たちに問おう。逃げるか、戦うか。逃げると言っても、責
めはせん。お主ら冒険者たちは、この地を守るための戦力ではない
からな﹂
そうギルドマスターは区切り、全員を見渡す。その目には、強い
力があった。
﹁だが、どうか頼む。この街を守るために、お主らの力を貸して欲
しい﹂
ギルドマスターが頭を下げ、それに困惑する冒険者たち。
﹁⋮⋮この街の兵士は何をしてるんだ?﹂
一人の冒険者が、ギルドマスターにそう質問を投げかける。その
声には少なからず、面倒事はごめんだ、この街の事は、この街の奴
が何とかすれば良い││そんな響きがあった。
﹁この街ですぐに動かせる兵力300の内、200はすでに、魔物
討伐のために編成されている。本日の昼過ぎにはこの街を出て、迷
宮に向かうそうだ。残りの100は、幾つかに分け、万が一のため
に増援の要請と、街の住民の避難誘導を行う﹂
街の大きさに対して、かなり少ない兵力ではある。だが、常備軍、
という存在のないこの世界では、多い兵力ではある。普通はこれに、
303
街の住民が徴兵されて軍に編成されるためだ。
﹁力を貸せって話しだが、具体的には?﹂
誰も聞かなかった事を、ガラベラが問いかける。ギルドマスター
は静かに頷いた。
﹁お前たちは予備兵力として、部隊の後ろに配置される事になる。
しかし、魔物の正確な場所が解らない以上、行軍中に魔物に襲われ
る事も考えられるため、どこも安全とはいえん﹂
つまり、死ぬ。そういう可能性がある。
冒険者の中には、安全に利益をあげるために、迷宮に潜る際など、
自分のパーティよりも敵が弱く、長く居られる階層を選んだりする
事があるらしい。
所謂、安全マージンという奴だ。それを取っている冒険者たちに
とっては、到底受けられない依頼なのだろう。苦い顔をしているも
のも多く。沈黙は重い。
﹁なぁ、当然、報酬は良いんだろう?﹂
そんな中で、軽く切り出したのは、︽鷹の目︾の前衛の男だった。
﹁そうだな。ギルドからの他に、領主からも報酬がでる事になって
いる。参加者には金貨10枚。貢献度に応じて、最大で300枚の
報酬が出る﹂
冒険者たちが再びどよめいた。
冒険者たちの日の稼ぎは、平均で銀貨5枚程度。それで、寝るだ
け、というような安い宿に一泊ないし二泊できる程度の稼ぎだった。
304
金貨一枚の価値は、銀貨の約10倍。参加するだけでも、汗水流
して働いた日銭の約20倍。ただついて行くだけで、それだけ稼げ
る可能性がある││そんな皮算用をした冒険者もいたのか、俄に活
気づく。
﹁どうやら、やる気になったようだな。この後依頼の発注が行われ
る。討伐に参加するものは必ず依頼を受けてから参加するように。
出発は4時間後。質問はあるか?⋮⋮なければ解散だ!﹂
ばたばたと部屋から出る冒険者たちを見送り、俺は、自分のパー
ティの方針を決めるべく、クリス、オリヴィアの二人に向き直る。
﹁パーティの方針を決めよう。俺たちオーガキラーは、この依頼を
受けようと思う。ただし、出るのは俺とオリヴィアの二人だけだ﹂
恐らく二人は予想していたのだろう、オリヴィアは頷き、クリス
は苦い顔を浮かべた。
﹁私も⋮⋮﹂
﹁ダメだ﹂
クリスの言葉に被せるようにして却下。次の言葉は解ってる。連
れていって欲しい、だ。
﹁足手まといだって事は解ってる⋮⋮! でも、ただ見てるだけな
んてできない! もう私は、何もできない私とは違う⋮⋮! 私に
できる事を、させて欲しいの!﹂
﹁今のクリスに、何ができる?﹂
自分でも冷たい声音に少し驚く。
305
クリスは俺の声を聞き、身体を少し震えさせた。だが、赤い目に
は強い意志が宿っており、絶対に退かない、そんな意志が見える。
﹁剣は満足に振れない。でも、前で戦えなくても、後ろで魔法を使
ってなら戦える。最悪、囮になるくらいならできる﹂
目を逸らさずにはっきりとそう言った。自分の状態はちゃんと把
握できているらしい。
﹁⋮⋮﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
俺の方が目を逸らして、ため息をついた。オリヴィアを見ると、
困ったような顔をしている。たぶん、俺も似たような顔をしている
んだろう。
﹁アルドさん⋮⋮﹂
オリヴィアが、連れてってあげられませんか? と目線で訴えて
いた。
﹁解ってる。どうせ、待ってろって言っても、聞かないだろうし﹂
クリスがぱっと破顔する。
﹁それじゃ⋮⋮!﹂
﹁全員で参加する。ただし、クリスは俺の指示に従うこと。戦闘に
なったら、前線で戦おうとはせず、オリヴィアと後衛に回ること﹂
﹁解った!﹂
306
返事だけは良いんだよな⋮⋮
方針を決めた俺たちは、ごった返すカウンターで依頼を正式に受
けたあと、討伐準備のために、一度ガストン工房に向かった。
◇◆◇◆◇◆
﹁これは⋮⋮いったい何だい?﹂
﹁何って⋮⋮竜車?﹂
﹁いや、疑問系で言われてもねぇ⋮⋮それに、これは竜車とは⋮⋮
まぁ、今更かね﹂
ガラベラが唖然とした様子で、大きな草食竜を見つめている。竜
車、と呼ばれる馬車のような物を牽くのに飼育されている竜で、前
世でいうなら、これは牛車のようなものだった。馬車よりも重たい
物を運べる上に、その足は人間の徒歩より少し早く進める。
ずんぐりむっくりで大きな身体、どこか愛嬌のある竜は、今は車
を牽いていない。代わりに、全身を大きな鎧のようなもので覆われ
ており、その鎧の横には、コンテナのような物が接続されている。
用途としてはまさしくコンテナで、馬車のように車を牽いて居ない
のは単純に利便性の問題だ。
その、竜車もどきが三頭、俺、クリス、オリヴィアがそれぞれ率
いていおり、今回の討伐のための武器などを積んでいる。
兵200名も編成されており、そこに予備兵力として集められた
総勢50名程の冒険者たちがいる。
どの人間もみな緊張した様子で、自分の装備の点検に余念がない。
そんな中で、浮いている集団がいた││俺たちである。
﹁ねぇ、オリヴィア。この長いのって何だっけ? 重いし、積むの
にバランスが悪いんだけど⋮⋮なんかすっごいはみ出してる感じだ
し⋮⋮⋮⋮﹂
307
﹁えっと、それは確か、対大型魔物用のライフルって聞いてますよ
⋮⋮コンテナに横付けしてみますか? あ、クリスさん、そっちに
シールドってありましたよね? パイル⋮⋮? が付いてる奴です﹂
﹁あのでっかい盾よね? 杭が付いてるのならあるわ﹂
﹁あ、それです! よかった。これでアルドさんが言っていたもの
は全部みたいですね﹂
まず、竜車を準備しているものが、俺たちだけだ。おまけに、そ
こに積んであるものも普通ではない。さっきからちらちらとこちら
を気にしている兵や冒険者たちもいる。絡まれたり、声をかけられ
たりしないのは、それだけ自分たちの事で手一杯だという事だろう。
ここに集まる前に、今回兵を指揮するというフェリックスさんの
話では、速度を重視するため、荷物は最小限にするらしい。また、
魔物相手では、兵が分断される恐れもあるので、荷物は専用の隊で
管理せず、個人で管理させる方針なようだ。
作戦は、完全に物量で押しつぶすつもりの用だった。前面に、ガ
ストン工房製の盾を持たせた重歩兵を配置し、歩兵が足止めしてい
る間に、矢と魔法で一気に勝負を決める腹積もりらしい。
作戦らしい作戦とは言えないが、作戦を練る時間もない。それは、
魔物が居座った場所に原因があった。
魔物が居座ったのは迷宮入り口付近で、その辺りは濃い魔力が集
まり、魔力溜まりという物ができているらしい。その状態で放置し
ていれば、濃い魔力が魔物にどのような影響を及ぼすか解らず、今
回兵をぶつけて、最低でも迷宮付近から魔物を引き離す必要があっ
た。
逆に、引き離しさえできれば、もう一度兵を再編しなおして、万
全の状態で戦う事ができる、とも聞いている。
﹁最低でも撃退できれば良いって聞いたじゃないか。何がそんなに
不安なんだ⋮⋮?﹂
308
俺は、自分自身を納得させるように、小さく呟いた。
はっきりと、こちらの勝利条件が見えているはずなのに、何か胸
の奥につかえるような不安がある。
初の大規模戦闘なせいだろうか? それとも、もっと別の何か││
﹁││、っ! アルドってば! 聞いてるの!?﹂
﹁うあ!? ご、ごめん。聞いてなかった。何だっけ?﹂
﹁もう! こっちは準備終わったって言ってるの! 荷物の点検も
終わっり! そっちはどうなの?﹂
怒った様子でこちらを睨むクリスと、そんな俺たちを、少し不安
げに伺うオリヴィア。一応、リーダーの俺がこんなんじゃだめだな。
俺は意識を切り替えた。
﹁あぁ、終わってる。準備は万端って奴かな﹂
そうだ、準備は万端、気にする事はない。
309
第29話﹁三頭飢狼︵ケルベロス︶﹂ ※イラスト付き︵後書き
︶
お読みいただきありがとうございます。
感想返信、遅れておりまして申し訳ありません⋮⋮!読ませては頂
いております。ロボのご意見とかいただけて、なんでフロートの意
見がないの!? とか思ったりしてません。ほんとです。
<i134255|13432>
前回のあとがきで言っていたイラストをいただきましたひゃっほい!
ヒロイン﹁クリス﹂のラフ絵になります!
三パターンもいただけて、かつどれも可愛いために非常に甲乙付け
がたく⋮⋮!読んでいる皆様にご意見など頂けたらと思います
。
感想か、下記メールアドレスにこのパターンでしょ!というご意見
をいただければ、それを参考に、イラストを作成頂く予定です。
utumiriku@gmail.com
ご意見お待ちしております!
310
第30話﹁三頭飢狼・遭遇﹂︵前書き︶
今回は大増量8000文字オーバーでお送りしております
311
第30話﹁三頭飢狼・遭遇﹂
編成された討伐隊は行程の半分程まできていた。
現在は開けた場所で休憩を取っているところで、ここでいったん
休息を取った後は、残りの行程を消化していくらしい。
俺とクリス、オリヴィアも休憩のために率いていた竜を休ませ、
近くに座り、水で喉を潤す。
﹁迷宮地区まで半分ってところか。二人とも疲れてない?﹂
普段の体力から言って、行くだけならどうって事無い距離ではあ
ったが、今回は強敵が待っている、という事もあって俺も含め、少
なからず緊張を強いられている。着いたは良いけど力尽きていた⋮
⋮では笑えない。
﹁うん。大丈夫。腕も、籠手を使って固定してるし⋮⋮邪魔になら
ない程度には動けそう﹂
﹁ええ。私は大丈夫です。アルドさんは平気ですか?﹂
クリスとオリヴィアの返事を聞いて、俺の方は大丈夫、と答えつ
つも、二人の返答をどこまで信じていいのか迷っていた。
特に、怪我を押してでもついて来たい、と言ってくるほど力が入
っているクリスは心配だった。あのまま置いて来て、勝手について
きたりしたら困る⋮⋮という考えもあって、目の届く範囲に置くた
めに連れて来ていたが⋮⋮やっぱり失敗だったか?
それを言ったら、三人で残るべきだったろう。と頭を振って思考
を放棄する。
312
﹁⋮⋮さん、アルドさん、大丈夫ですか?﹂
﹁うわっ! ご、ごめん。大丈夫だから。考え事してただけ﹂
いつの間にか、オリヴィアの顔が目の前にあって俺は驚く。考え
に集中していたせいでオリヴィアの呼び声に気づかなかったようだ。
俺は適当に誤魔化しながら立ち上がる。
﹁えっと、それで? 何かあったのか?﹂
﹁ええ。何か向こうが慌ただしいようで⋮⋮﹂ オリヴィアが示した方を見れば、確かに兵が慌ただしくしている
のが見える。そんな兵をかき分け、オリヴィアの父、フェリックス
さんが現れる。
﹁誰か、代表はいるか?﹂
﹁代表って訳じゃないがね⋮⋮あたしらでよければ話を聞きますよ﹂
フェリックスさんの呼びかけに、近くにいたガラベラが声をあげ
る。兵はフェリックスさんが率いる事になっているが、冒険者の方
には特にいない。下手に決めようとすると誰が率いるのか? とい
う事に揉めるので、時間も無いこともあって、大まかな指示をフェ
リックスさんから貰った後は、各自で動く事になっている。
﹁ふむ⋮⋮確か君は、︽鷹の目︾の⋮⋮﹂
﹁リーダーをやってるガラベラってもんです。貴族様﹂
他の冒険者も、ガラベラが話を聞くのに文句は無いようで、聞き
耳を立てながら黙っている。⋮⋮地味に有名だったんだなぁ、なん
て思いながら、俺も話を盗み聞いた。
313
﹁時間も無いから手短に行こう⋮⋮今回の討伐対象を見失った﹂
﹁まどろっこしくなくて良い⋮⋮ですが、それはちょっと手短すぎ
ませんかね?﹂
﹁もちろん詳しく話そう。今回の討伐に当たって、昨日の時点で、
見張りを何人か向かわせていた。その者から連絡があった。目標を
見失った⋮⋮とね﹂
﹁⋮⋮失礼覚悟で言いますけど、見張りも満足にできないような奴
を向かわせたんですかい?﹂
ガラベラがそんな事を言う。かすかに怒りをにじませていた。フ
ェリックスさんもその怒りを予想していたのか、首を振って答えた。
サイレント
ソードプリンセス
﹁十名程度とはいえ、すぐに動かせる中で最善を選んだつもりだ。
人員の中には、現役を離れていたとはいえ︽無音︾に︽狂剣姫︾も
居た﹂
﹁⋮⋮本当、ですかい? というか、それが本当ならその二人が見
張るだけだった、と?﹂
ガラベラが驚いているが、フェリックスさんが言うその二人はそ
んなにスゴいんだろうか。
その、なんというか厨ニっぽい二つ名がついてるんだが。いや、
そういえば、高名な冒険者や功績を残した冒険者には二つ名がつい
ている事が多いらしいし、きっと強いのだろう。
周りを見れば、冒険者も動揺しているものがちらほら見える。
﹁そうだ。倒せるようなら、と依頼していたが、できて足止めがせ
いぜい、援軍を用意されたし、と連絡を受け、朝から準備していた。
そして、
見張りを立て、常に位置を把握していたのだが⋮⋮どうやら、相手
は一流の冒険者たちの囲いを突破、その後は見つかっていない﹂
314
﹁⋮⋮﹂
緊張が高まり、誰もが声を発せずにいる中、フェリックスさんは
淡々と述べていく。
﹁我々は方針を変えずにこのまま迷宮に向かう。その場で目標が見
つかれば戦闘を行い、見つからない場合は迷宮付近に拠点を作り、
捜索を行う。君たちにもそう覚悟してもらいたい。伝言を頼めるか
ね?﹂
﹁⋮⋮解りました﹂
フェリックスさんは会話を打ち切ったあと、こちらをちらりと見
たが、声をかけたりはせず、兵の方へと戻っていた。たぶん、オリ
ヴィアの事が心配なのだろうが⋮⋮立場のせいか、それらしいそぶ
りも見せなかった。
オリヴィアをちらりと見ると、視線に気づいた彼女が、笑顔を見
せながら言った。
﹁大丈夫ですよ。父には、私のできることをします、と伝えてあり
ますから﹂
簡単に言ってくれるが、随分覚悟の籠もった目をしていて、俺の
方が覚悟が足りないんじゃないかと思える。
﹁わかった。二人の力には期待してる。俺たちは俺たちのできるこ
とをやって、三人で生きて戻ろう﹂
﹁はい!﹂﹁うん!﹂
精神的には休めたと言いづらい休息の後、討伐隊は当面の目標で
315
ある迷宮へ向かう。
迷宮は森の奥にあるそうで、そろそろ森に差し掛かる⋮⋮という
所で、数人の冒険者らしき人達が見える。あれが恐らく、見張りを
していた冒険者たちなのだろう。
﹁あれ﹂
その数人の中に二人ほど見知った人がいる。というより、朝まで
一緒だったというべきか。
﹁と、父さん!? 母さんまで! なんでここに!?﹂
最後尾近くの俺たちの所まで下がってきた見張り役の冒険者たち
の中には、父と母の姿がある。俺は驚きながら、二人に話しかけた。
﹁あら。自分の子供が頑張っているのに、親が家でのんびりしてい
る訳にはいかないでしょう?﹂
﹁ほんとは、お前たちが追いつく前にカタを付けたかったんだけど
ね⋮⋮﹂
母が胸を張って答え、父が頬を掻きながら気まずそうにそう付け
加えた。そんな二人は目立った怪我はないようだったが、ぼろぼろ
の様子で、程度の差もあるが、他の者も同じような状態だった。
﹁それ⋮⋮﹂
俺が指摘しようとすると、母さんは顔をしかめた。
﹁ああ、これね。大丈夫。怪我する程の戦闘じゃなかったから⋮⋮
というより、この人数じゃ戦闘なんてごめんね。逃げ回るのがせい
316
ぜいってところ﹂
母さんの言葉に、少しほっとする。しかし、実力をよく知る母さ
んが逃げ回るのがせいぜい、と評価する討伐目標に、背筋が寒くな
る。
その考えに恐怖を覚える前に、俺は話題を逸らそうと、父さんに
も声をかけた。
﹁あれ、でも母さんがそんな風に言う相手に、よく父さんも着いて
行こうと思ったね﹂
そんな事を言うと、父さんは顔をしかめて
﹁そんな風に思われてたのか⋮⋮これでも、現役を離れたとはいえ、
迷宮を一人で切り抜けてきた冒険者なんだよ﹂
なんて言ってきた。初耳である。驚いてなんと返答して良いか悩
んでいると、母さんが昔を懐かしむように呟く。
﹁昔から、魔物の背後をとって一撃! っていうのがあなたの得意
技だもんね⋮⋮妻としては、夫にはもっと正面から、男らしく戦っ
て欲しいんだけど﹂
﹁一人でそんなリスクを負っては戦えないよ⋮⋮それに、夫として
は、妻には昔みたいに無茶したりしないで、控えめに戦って欲しい
んだけど﹂
そんな言い合いをしている二人を見ながら、俺は固まっていた。
するとなんだ、もしかしてフェリックスさんが言っていた腕利き
の冒険者っていうのは⋮⋮
317
﹁えっと、母さんは元冒険者だって知ってたけど、父さんも? ⋮
サイレント
ソードプリンセス
⋮もしかして、フェリックスさんが言っていた腕利きの冒険者で︽
無音︾と︽狂剣姫︾って⋮⋮﹂
﹁あら、恥ずかしい。そんな風に呼ばれていた事もあったわね﹂
﹁臆病者って言われているみたいで、あんまり好きじゃないんだけ
どね⋮⋮否定もできないけど﹂
⋮⋮ってやっぱりそうなのか!
しかし、そうなると討伐目標との彼我の戦力がかなり見えてくる。
まず、一対一の戦闘では勝てないだろう。
いったい、どんな相手なのか。
考え無いようにしていた、相手の戦力に対する恐怖が沸き起こる。
腕利き冒険者たちをあっさりと全滅させ、はっきりとその実力を知
る母さんが、逃げの一手を選択するような魔物。
無事に、戻れるだろうか。そんな思いが過ぎる。
準備はしてきた。しかし、それには不備は無いだろうか。
﹁くそ、今更⋮⋮﹂
身体が震えていた。考えないようにしていた。でないと、怖くて
動けなくなるのが解っていたから。相手の脅威。正確に計ってしま
えば、立ち向かう勇気が萎えてしまうのは、解っていた。戦闘経験
があったとしても、死が怖くない訳じゃない。
だから、考えないようにしていた。気づかない振りをしていた。
﹁怖い事なんてないわ﹂
﹁あ⋮⋮﹂
気づけば、ふわり、と柔らかく包み込まれていた。
318
﹁あの時も側で守ってあげられなかったからね⋮⋮でも、今度はそ
うは行かないわよ﹂
あの時、といのは、前回経験した氾濫の事だ。母さんは街の外で、
こちらに向かう大量の魔物を倒していた、と後から聞いた。父さん
も恐らく、そうだったのだろう。側に居てやれなくてごめん、と謝
られたのを覚えている。
﹁⋮⋮何をそんなに思い詰めているのか解らないけど。こういうの
は大人の仕事だ。そんな無理をしてまで、子供が戦いに立つ必要は
ないんだよ﹂
母さんの胸に抱かれながら、父さんに頭を撫でられた俺は、安堵
感に一瞬惚けたあと、急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
﹁か、母さん、父さん! そんな子供じゃないってば!﹂ 俺は母さんから離れる。周りが生暖かい視線を送っているのが解
る。頬が紅くなるのを感じる。
﹁ふふん? そうかしら。あなた達は後方で、のんびりしていれば
良いわ。後は私たち大人がカタをつけるから﹂
﹁そうだぞ。大船に乗ったつもりでゆっくりしてるといい﹂
﹁そっちこそ、俺たちに守られるようなヘマするなよ!﹂
二人に口々にそんな事を言われ、俺は恥ずかしさも相まって、負
け惜しみみたいに言い返す。
ふと、母さんが真剣な目をして、両手を俺の肩に置いた。
﹁良い? 戦闘に入って、危険だと思ったら、二人を連れて迷わず
319
逃げなさい。あなたは強いわ。普通の冒険者よりも。でもね、無理
して戦う事はないの。あなた達は未来ある子供で、私たちは、あな
たたちを守る義務がある﹂
後方でのんびり、なんて二人は言っているが、戦場に居る以上、
そうは言っていられない、そう母さんたちは考えているんだろう。
あまりに真剣な表情に、俺も戦う、とは言い切れなかった。俺は
頷きだけ返しすと、母さんはわしわしと俺の頭を撫でてきた。
﹁言っても聞かないって顔してるわね。嫌いではないけど、死んで
はだめよ? それだけは守りなさい﹂
﹁⋮⋮わかった﹂
すっかり見通されていることに、敗北感を覚えながら、今度はし
っかり返事をする。母さんは﹁よろしい﹂というと俺から離れた。
﹁じゃ、父さんと母さんはフィリックス伯と話を詰めてくるから﹂
最後にそういって、母さんと父さんはフェリックスさんがいる隊
の前の方へと向かった。
俺もそれを見送ってから後方に戻った。
いつの間にか、恐怖は薄れ、身体の震えは収まっていた。
◇◆◇◆◇◆
討伐隊は、森へと入り、舗装もなされていない、獣道を二列縦隊
で進んで行く。木々に狭められ、うねるこの道を進むと、奥には迷
宮がある。
竜車を率いているため、最後尾を行く俺たちは、その長い列を見
ながら進む。俺の後ろには、オリヴィア、クリスと続いていた。
320
先を行く冒険者たちは、無言だった。ぴりぴりしている空気を纏
い、辺りを警戒している。かく言う俺も、︽探査︾の魔術を使って
辺りの情報を収集しているが、自分を中心に半径100メートル程
は動的なものがいっさい検知されない。これは異常だった。
前回、双頭黒狼に襲われた時も、同じような状況だった事を思い
出す。魔物はおろか、動物の気配さえなくなったこの状況は、恐ら
く今回の討伐目標によってもたらされたものだろう。すでに喰い尽
くされたか、居きるためにこの森から逃げ出したか。
その不自然な静けさが、このぴりぴりした空気に拍車をかけてい
た。
﹁もうすぐ、迷宮か⋮⋮﹂
ここまで何もなかった事と、常時展開している︽探査︾魔術に何
もひっかからない事から、俺は集中力を欠き始めていた。
少し思考を切り替えよう、そう思い、惰性で使用していた︽探査
︾魔術の探索範囲を広げてみる。
本当に、ただの気まぐれだった。しかし、その気まぐれが生死を
分けた。
﹁││敵が、来るぞ!!﹂
ほとんど反射的にそう叫び、同時に魔術の起動準備を終える。
﹁︽12の盾︾!﹂
とっさに発動させたのは、自分が使用できる中で最大の防御力を
誇る魔術。それを、俺自身ではなく、オリヴィアに向かって発動す
る。
12枚の魔力の盾が連なり、オリヴィアの側面に展開されきるか
321
否か、突如として現れた、巨大な黒い物体にオリヴィアは竜車ごと
弾かれる。
﹁オリヴィア!﹂
盾が間に挟まれて居たとはいえ、その衝撃はすさまじく一度に6
枚の盾が破壊され、2枚にヒビが入る。衝撃を受けたオリヴィアは
宙を舞い、地面に叩きつけれられる瞬間に、駆け寄った俺が、滑り
込んで受け止める。
﹁大丈夫か!?﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
オリヴィアは突然の事に震えていた。何とか立たせると、俺は襲
ってきた相手をようやく視界に収めた。
闇夜を映すような漆黒の、艶のある体毛に覆われた巨躯。その大
きさは、見上げなければならない程で、見上げた先には、だらだら
と涎を垂らす三つの狼の頭が存在していた。頭一つに、古傷のよう
なものが見えた気がしたが、気にする余裕がなかった。三頭飢狼が
内包した魔力が、肌を刺すように刺激してきており、自分の理性を
保つのに精一杯だったからだ ケルベロス
︽三頭飢狼︾
前世なら、おとぎ話にしか出ないような危険な魔物が、圧倒的な
存在感と、恐怖をまき散らしながら存在していた。
事態に気づいた冒険者たちも、動揺しながらも、素早く自分が動
きやすい位置を求め、獣道をはずれ、森に入る。
﹁クリィス! 竜車はコンテナごと破棄! すぐに逃げるぞ!﹂
322
俺は、恐怖に耐えかねたように叫んだ。これは、だめだ。まとも
にぶつかってでは勝てない。
そんな俺を無視し、三頭飢狼はオリヴィアが率いていた竜に近づ
き、頭の一つが、牙を突き立て食事を始める。その眼中の無さに、
怒りを覚える暇もなく、俺は魔術を紡いだ。
﹁︽剣技解放︾!﹂
即座に練れる最大魔力、最大攻撃。魔力が無数の斬撃と化し、三
頭飢狼に襲いかかる。
﹁グルォッ!﹂
三頭飢狼はそれを、二つの頭と牙で迎撃しつくした。
﹁くそっ⋮⋮オリヴィア、クリスを連れて逃げろ! 俺はこいつの
気を逸らしながら、逃げる隙を伺う!﹂
オリヴィアが何かを言う前に俺は走りだし、魔力剣を作り出して
周囲に展開する。三頭飢狼に数本飛ばしてやると、突き刺さりはし
たが、大した傷を与えた様子はない。その機に乗じて、何人かの冒
険者も武器を使って襲いかかるが、傷を付ける事はなかった。
しかし、鬱陶しかったのか、食事を止め、頭が一つ、俺の動きを
伺う。他の二つの頭も、周囲を伺うようにぐるりと巡られる。側に
いた冒険者たちは、長い尾を一振りされただけで、埃を払うように
薙払われた。
そして、頭の一つが、クリスの姿を捉えた所で三頭飢狼に変化が
あった。三つの頭がクリスを捉える。
323
﹁グォォォォォオ!﹂
そして、大きな咆哮をあげ、クリスに向かって駆けだした。道中
にいた冒険者など目にくれず、邪魔する木々は弾き飛ばし、クリス
に向かう。
﹁クリス!﹂
何故││そんな疑問を口にする余裕はない。クリスも駆けだし、
三頭飢狼を躱すと、俺に向かって叫んだ。
﹁アルド! こいつは⋮⋮こいつは、私が引きつける!﹂
﹁何言ってるんだ!? 早く逃げろ!﹂
しかし、クリスは俺の言うことを聞かず、森の奥へと駆けだして
しまう。三頭飢狼も、狂ったようにクリスを追いかけ、森の奥へと
消えた。
﹁くそっ!﹂
俺は、混乱する頭を振って、打開策を考え始める。
◇◆◇◆◇◆
クリス
三頭飢狼と目があった時、私は、すぐにこいつがあの時、私に怪
我を負わせた双頭黒狼だと気が付いた。
大きさも違ったし、姿形も違った。でも、理屈じゃなかった。た
だ何となくそんな気がして、頭の一つに、古傷のように存在する、
傷跡を見つけた時にそれは確信に変わった。
324
そして、それを証明するように三頭飢狼は他に目をくれず、私だ
けを追っきている。怒りと憎悪を向けながら。
その視線を感じた時、私が、みんなの逃げる時間を稼ぐのが適任
だと、そう思った。それに時間があれば、きっと、アルドが打開策
を見つけてくれる。そう信じて。
﹁は、はっ、はっ、くぅ⋮⋮﹂
魔力で強化した脚で地を蹴ると、衝撃が左腕に響き、痛みを発す
る。私は、左腕に魔力を流し込んで補強し、痛みに歯をくいしばり
ながら走り続けた。背後からは、三頭飢狼が追ってきており、時折、
鋭い爪を振り下ろし、私を叩き潰そうとしてくる。しかし、簡単に
殺す気がないのか、狙いは甘く、私は何度も危うい目にあいながら、
闇雲に森を走った。
時に木を蹴って飛び方向転換し、三頭飢狼の攻撃を危うい所です
り抜け、逃げ切る隙を伺う。
ただ逃げきれるとは、私自身思っていなかった。アルドやオリヴ
ィアのように、魔法や魔術で離れた所から攻撃できるなら、攻撃を
行いながら逃げられたかもしれないが、アルドの攻撃で無傷だった
のを見て、私は諦めた。
だから、一撃に賭ける。自分の持てる最高の一撃で相手を怯ませ、
ここから逃げ出す。そのために、走りながらも魔力を練り続け、鞘
に収まった刀に溜め続けていた。
﹁あ、あと、少し⋮⋮!﹂
息が切れ始め、もう逃げるのも限界が来ていた、次に追いつかれ
た時が勝負。そう、決めた。
﹁グルル⋮⋮﹂
325
三頭飢狼は追いかけっこに飽きたのか、正面に回り込む。方向を
変え、避けようとすれば、狼は尾を振って木を倒し、私の逃げ道を
塞いだ。
もう、ここしかない。私は、覚悟を決めた。
﹁グオオオオオ!﹂
狼の咆哮に合わせ、私は地を蹴って跳躍、その勢いのままに刀を
振るう。
﹁︽轟一閃︾││!﹂
練りに練った魔力が鞘にヒビを入れながら、刀を押し出す。刀が
鞘を離れたとたん、鞘は砕け散り、散った鞘が尾を引きながら、銀
弧を描いた。
これまでで間違いなく最速の一撃。しかし、三頭飢狼はそれを、
難なく口の一つでくわえ込んだ。
﹁な、⋮⋮きゃあ!﹂
鍔近くまでくわえられた刀ごと、三頭飢狼は頭を振り回す、その
衝撃で手を離した私は、勢いよく地面に叩きつけられ、地面を転が
り、さっき倒された木にぶつかってようやく止まる。
﹁あ、くあ⋮⋮﹂
痛みに、声一つだせず、涙で霞む視界で三頭飢狼を見上げる。お
れていた左手はほとんど感覚が無く、叩きつけられた身体が痛みを
発し、呼吸一つまともにできない。
326
﹁グルル⋮⋮﹂
ずしん、ずしん、と音を立て、三頭飢狼は身動きできずにいる私
に近づいてくる。その一歩一歩に、私は恐怖を感じた。視界があふ
れる涙で歪んでいく。
﹁ごめんなさい⋮⋮アルド﹂
我儘で付いてきて、勝手な事をして、目の前で謝る事もできなく
て。悔しくて、無力で、最後に彼の顔を見たくて、どうしようもな
く涙がでてくる。
﹁グオォォオオオ!﹂
三頭飢狼は咆哮すると、三つの頭全てで、私に襲いかかってきた。
私は、恐怖に負け、目を閉じる。
﹃させるかぁっ!﹄
自分の身体が引き裂かれるのを覚悟したその時、聞き慣れた声が
聞こえてきた。何度も自分を助けてくれた声。聞けば、安心できる
声。
﹁アルド⋮⋮﹂
目をあけ、滲む視界を何とか動く右手で拭うと、はっきりとそれ
が見えてきた。
﹃好き勝手するのは、そこまでにして貰おうか﹄
327
いつもと聞こえかたが違う、しかしそれでも聞き間違えようのな
いその声は、三頭飢狼にも負けない大きさをした、騎士鎧のような
姿の、巨人から聞こえて来ていた。
巨人は、左手に持つ盾と、右手に持つ長い物体で三つの頭を押さ
え込んでいる。
﹃ここからが本当の戦いだ、︽三頭飢狼︾!﹄
アルドが作っていた、魔導甲冑││マギア・ギアが、私の前に立
ち、三頭飢狼の前に立ち塞がる。
328
第30話﹁三頭飢狼・遭遇﹂︵後書き︶
お待たせいたしました!
ロボ厨第30話のお届けです。
たくさんの感想ありがとうございます!!
目を通させていただいているのですが、まとまった時間がないと中
々返信できないため、お返事できていない方々には申し訳ないです。
そして、月間ランキングの方も、ついに11位まで来ておりました、
皆さまご声援ありがとうございます!!頑張って続き書きます!
/15追記
これからもロボ厨をよろしくお願いいたします!
◆
クリスのセリフと描写の一部を修正しました
329
第31話﹁三頭飢狼・決戦﹂ ※イラスト、挿絵付き︵前書き︶
※作中内に挿絵があります。苦手な方は非表示推奨になります
330
第31話﹁三頭飢狼・決戦﹂ ※イラスト、挿絵付き
それはおとぎ話に出てくるような、現実感のない戦いだった。
巨大な三頭飢狼よりもなお大きな、鎧の巨人。その二つが絡み合
うように、踊るように動き回る。
軽快に動いているように見えるが、その動き一つ一つが、人間な
ど軽く吹き飛んでしまうほどの威力があることが解る。
三頭飢狼が身を翻す度に木々が砕け、その破片が舞い、巨人が一
歩、力強く踏み出す事に地が震える。
クリス
<i135896|13432>
私はそれを、呼吸すら忘れ、見届ける事しかできなかった。
◇◆◇◆◇◆
俺は外にも聞こえるように、︽拡声︾魔術でクリスに俺の存在を
知らせ、クリスと三頭飢狼の間に、機体を割り込ませる。次の瞬間
には大きな衝撃に機体が軋み、その衝撃に歯を食いしばって耐える。
﹁くっ⋮⋮おおおお!﹂
俺は叫びながら、魔導甲冑││マギア・ギアを操り、三頭飢狼を
押さえ付ける。盾をがりがりと鋭い牙で削られる事に恐怖を覚えな
がら、俺は素早く魔術を操った。
魔力を過剰供給された人工筋肉がきしみをあげ、三頭飢狼の巨体
を突き放す。すかさず追撃││という選択を俺はとれなかった。
狭いコックピットの中で、俺は必死になって魔術の制御を行って
いた。クリスを助けるのに、何とか間に合った、そんな安堵すら、
感じている余裕がなかった。
331
︵くそ、頭に入ってくる情報が多すぎる⋮⋮!︶
操作に慣れないマギア・ギアからフィードバックされる情報に押
され、俺は追撃どころではなかった。
初の実践投入を行ったこの機体は、やはり問題だらけだった。O
Sなんてものを用意するだけの技術がなかったために、作るのを早
々に放棄し、念話の応用で、自分の感覚ととマギア・ギアを無理矢
理繋いで動かしているが、自分の身体と機体の感覚の齟齬が大きす
ぎて吐き気がする。テストで軽く動かした時は、激しい動きをした
訳ではなかったため、その辺りの動作確認不足のツケが回ってきて
いた。
マギア・ギアの魔導炉の魔力で増幅した︽探査︾魔術が、外の情
報をリアルタイムで伝えてくる。360°視覚、音、触覚、嗅覚。
人間とは違った捉え方をする魔術の、情報の渦に流されそうになり
ながら、それらを必死に処理し、自分の今の現状を把握していく。
クリスは重傷、しかし息はあり、何とか身体を起こす事はできて
いる。父さんと母さんが、オリヴィアや≪鷹の目≫を連れてこちら
に向かっているため、クリスはそちらに任せるしかなかった。
敵は驚きのようなものがあるが健在。自分は不調ながら、初の実
践投入にしては、機体の動きは上々といえる。
そのまま、機体の状態も素早く確認する。
機体の大きさは約4。5メートル。どこか騎士を思わせる巨人は、
左腕には大きな盾を構え、右腕はライフルを装備している。そのせ
いか、それとも現地で急いで組み上げた影響か、ただでさえ危うい
重心が定まらず、気を抜けば倒れそうだった。機体は腰に剣を備え
ていたが、俺は今、この剣を抜いて剣技を振るえるだけの自信はな
い。
だが動く。生身では相手にもされなかった三頭飢狼に対抗できる。
俺は期待通りの機能を提示してくれるこの機体に、無意識のうちに
332
笑みを浮かべていた。
︵まずは不要な情報のカット││視野角を狭く、触感も簡素化︶
360°あった視覚を自分の視野と同じだけに狭める。これだけ
で随分と酔いが違った。大きな機体は死角が多いからと付けた機能
だったが、通常機動はともかく、戦闘機動では邪魔だった。
次に触感。これも簡素化した。これは機体がどう動いているのか、
どこかが破損していないか知るために入れているが、機体の情報が
そのまま返ってくるのは危険だという事が解った。三頭飢狼とぶつ
かった、たった一度の邂逅で、俺は自分の両腕が痺れ、脚に違和感
を感じている。
魔術を使って機体をサーチしたところ、どうやら機体腕部に僅か
な歪みが発生し、脚の人工筋肉の一部が断裂していた。これらの情
報が直に返ってくるのは、機体が傷つく度に、俺も傷を受けたよう
な痛みを経験しなければならず、最悪ショック死する可能性があっ
た。
最低限の触覚を残して、視界の隅にウィンドウを作成。そこに機
体の状態と、魔力の残量を表示させる。魔力の残量は、ガンガン減
っているのは解っていたが、視覚化すると恐ろしい。目に見える勢
いで減って来ていた。とはいえ、こちらはまだ余力があった。それ
を武器に攻撃に転じる。
一歩足を踏み出す。巨体の重量に、地面が沈む。その情報と僅か
な感触に、俺は顔をしかめた。自分の足で歩くときは考えた事もな
かったが、舗装されていない地面と言うのは案外柔らかいらしい。
沈み込む機体の脚の感覚に、頼りなさを覚えながら、マギア・ギア
を走らせる。
自分から離れるということはできなかった。それをすれば、背後
にいるクリスを狙われかねない。俺はあえて、前に出る事を選択し
た。
333
盾を構えたまま、機体をぶちかましにかかると、三頭飢狼はそれ
を嫌がり、巨体をひらりと躱す。
﹁うわっ!?﹂
機体の慣性を制御しきれず、目の前にあった木に体当たりをかま
すと、多少抵抗を感じたくらいで、あっさりと木が折れてしまう。
それでも勢いを殺しきれなかった機体をなんとか操り、脚を踏ん張
らせると、地面がガリガリと音を立てて削れる。
﹁グルォォ!﹂
機体の体勢が崩れたのを見て、好機と感じたのか、三頭飢狼が背
後から迫る。俺はそれを、音を頼りに距離を測り、崩れる体勢を利
用しながら身体をひねり、機体左腕にある盾を振り回した。
﹁ギャウ!﹂
鈍い音を立てて盾が振り抜かれ、頭の一つを大きく仰け反らせる。
その頭につられるように、他の頭の動きも鈍り、狼の奇襲は失敗に
終わった。
俺は、振り抜いた盾を身体に寄せ、盾の尖った先端を手近な頭部
に叩き付ける。
﹁こいつを喰らっとけ!﹂
魔導炉から盾に供給された魔力が盾内部で魔術式に変換される。
その直後、爆音と共に、盾の裏に仕込まれていた杭が高速で撃ち出
された。爆発魔術によって撃ち出された杭は、大した抵抗もさせず、
三頭飢狼の分厚い皮膚をぶち破り、肉を穿った。
334
爆発魔術は、盾くらい大きなものでないと、仕込んだ物体ごと爆
発したりする曰くつき魔術だったが、盾はそんな衝撃を耐えきり、
杭を撃ち出し、さらにはその爆発の反動を使った機構で、次の杭を
装填し終えてていた。
人間が扱う槍よりも大きな杭を打ち込まれ、哀れな悲鳴をあげる
三頭飢狼に、俺はすかさずもう一本、装填された杭を撃ち込むべく
動作に移る。
﹁くっ⋮⋮さすがにそう上手くは行かないか﹂
しかし、健在な頭二つが狼の巨体を巧みに操り、距離をとってし
まう。追撃は諦め、俺はマギア・ギアの右腕に装備したライフルを
構える。
こちらは爆発魔術では砲身が脆すぎたため、ガラベラに売ったラ
イフルを大型化したものだ。弾体に溝を付ける細工を施し、空気抵
抗によって、ジャイロ回転を起こしやすく調整してある。
ダンッ!
爆音はしないものの、大きな動作音と共に射出された弾体は、直
線軌道を描いて、太い木に大きな穴をあけた。
﹁ちっ!﹂ 思わず舌打ちする。今のは三頭飢狼が避けた訳ではなく、こちら
が外してしまった。
未だ、身体の感覚と機体の感覚の齟齬が埋め切れていない。本来
なら時間をかけて調整するところを、戦闘をこなしながらしなけれ
ばならず、俺の魔力演算領域も悲鳴をあげていた。
弾は三頭飢狼を掠めただけだった。毛皮を多少削いだくらいでは
335
相手にダメージを与えたとは言い難いし、何より今ので銃撃を警戒
されてしまっている。
コッキングレバーを引いて素早く次の弾を装填し、盾に隠れるよ
うに引き金を引く。狙いをしっかり付けたが、三頭飢狼は木を盾に
するように素早く駆け、二発目の弾をあっさり避けてしまう。
構造上、一度レバーを引かないと次が撃てない機構に苛立つ。自
分で作っておいてなんだが、次は手動では無く、自動で連射できる
機構を組み込もうと思う。
そして、もうこの機構の弱点を看破したらしい三頭飢狼が、攻勢
に出てきた。レバーを引こうとする動作を見た瞬間、三頭飢狼が飛
び出してきたのだ。
﹁グラァ!﹂
﹁くっ!﹂
盾をかざして、何とか頭一つは抑えるが、残った頭が左腕と、右
腕のライフルに噛みつく。左腕にかみついている方は、怪我をして
いる方なので、装甲一枚で牙が止まっているが、右腕のライフルに
噛みついている方が厄介だった。先ほどの脅威をもう学習している
らしく、深く噛みつきライフルを奪おうとしている。
噛みついたまま首を振り、こちらがライフルを落とす事を狙って
いるようだったが、こちらも魔力を多めに供給することで、出力を
増して対抗する。
﹁グルルル⋮⋮﹂ 魔術を介さなくても、低いうなり声が聞こえてくる。俺は、機体
から返ってくる感覚のフィードバックと、膠着状態にある焦りから、
額に汗を滲ませた。咄嗟に全身に供給する魔力量を増やしたが、相
手の重量がありすぎて、このままだと組み伏せられてしまう。そう
336
なると、起き上がるのにどれだけ時間がかかるか解らないし、何よ
り相手はその隙を見逃してくれそうにない。
俺は咄嗟に、ライフルを離して、空いた右手を、ライフルに噛り
付いている頭に拳を振り下ろす。ライフルに躍起になって噛みつい
ていた三頭飢狼は、金属の塊である拳を受けて、くぐもった悲鳴を
上げた。しかし、それでもライフルを離さない。
左腕と盾に噛みついている二つの頭には、再度盾を起動させる。
爆発音と共に、杭が撃ち出される。杭は明後日の方角に飛んでい
ったが、口内で響いた爆音に怯んだ頭と、至近で聞くことになった
残り一つの頭が怯み、噛む力が弱まる。
その隙を逃さず、盾から頭を引きはがし、盾ごと機体を叩きつけ
た。
三頭飢狼がようやく離れる。
しかし、膠着状態は脱したが、ライフルは奪われてしまった。三
頭飢狼は、一つの頭で咥えてたそれを、三つの頭すべてを使ってへ
し折り、横に捨てる。
遠距離武器がなくなったが、三頭飢狼は盾を警戒してかこちらに
来ない。ライフルが無くなった以上、こちらは近づいて腰に装備し
た剣を使うか、盾を使っての攻撃しかないため、さっきのように近
づいてくれる方が攻撃の機会が増えるのだが⋮⋮
相手が警戒している以上、それをかいくぐってどう近づくか⋮⋮
盾を構えながら、そう迷っていると、三頭飢狼が動いた。
三頭飢狼から立ち昇る魔力と、大きく息を吸い込むようなその動
き。
︵まさか、ブレス││!?︶
見覚えのある動きに、咄嗟に機体を射線から外そうとするが、そ
こで気付く。背後に、増援のために近づいて来ていた兵士や、冒険
者たちが居る事に。
337
クリス達の位置が解らなかったが、どちらにせよ、今ここで避け
てしまえば被害は真後ろに居る人間に及ぶ。兵士や冒険者たちは、
マギア・ギアと三頭飢狼の戦闘に手を出すことができず、茫然と眺
めているようだった。
今更それに文句を言う事もできず、俺は機体を膝立ちにさせ、機
体を少しでも多く盾に隠せるような姿勢を取る。盾は少し斜めに構
え、魔導炉を全力稼働させてありったけの魔力を流し込む。
﹁ォォォォオン!﹂
こちらの準備が整うや否や、魔力の奔流がマギア・ギアを襲う。
結界を展開していた盾に濁流のような魔力がぶつかり、盾と機体が
軋みをあげる。
魔力は斜めにした盾の斜面を滑り、幾分かは空に逃れ、そうでな
いものは地表を削り、木をへし折り、それでもなお勢いを衰えさせ
ずに後ろへと流れていく。
結界も無事とは言えなかった。盾表面に張った結界は徐々に削ら
れていき、盾そのものも強度を失った部分からボロボロと崩壊して
いく。盾に隠れなかった右肩部の装甲などは、早々に溶かされるよ
うに崩壊し、今や見る影もなく、その衝撃を支えた左腕の機能はほ
とんど失われており、動かない。
﹁グルォオオ!﹂
長く感じる数秒を耐えきると、未だ原型を留めたマギア・ギアに
止めを刺さんと三頭飢狼が跳ぶ。
﹁く、おおおおおお!﹂
俺は、負けじと吼え、機体の腰に装備された剣を引き抜く。跳躍
338
中と、これまで使用していなかった武器に、三頭飢狼は咄嗟の反応
を返せず、突き出したその剣にぞぶりと三頭飢狼の巨体が突き刺さ
る。
まだ唸りをあげる魔導炉にモノを言わせ、盾に使っていた魔力を
剣へ。すると、剣は甲高い音を立てながら、魔力の刃を生み出し、
高速で動き始め、三頭飢狼を深く突き立ったその場所から削ってい
く。
耳に響く三頭飢狼の悲鳴と、肉を削っていく不快な音に耐えるが、
三頭飢狼もただ黙ってやられている訳ではなく、身体を暴れさせ、
その三つの牙でマギア・ギアの至るところを破壊していく。
後少し、耐えれば勝てる││! そう確信が持てる所で、機体か
ら急速に力が失われていく。
﹁何、だ!?﹂
魔力切れ。
確認するまでもなかった。魔導炉に注いでいた魔物の血が途絶え、
機体から魔力が急速に失われていく。力がなくなった機体は、宙に
串刺したままの三頭飢狼の巨体を支えらず、傾く。
それに気づいた三頭飢狼が狂ったように暴れだし、刺さった剣が
抜け、三頭飢狼が地に倒れる。
もう息も絶え絶えになりながら、三頭飢狼はまだ闘志を燃やして
いた。あるいは憎悪か。身体の内部を荒らされた三頭飢狼は、もう
その命も長くはないというのに、こちらを道ずれにせんと、纏う魔
力量を増やしている。
俺は、そんな三頭飢狼に応えるべく、自分の魔力を練り上げ、機
体を動かす。長時間、動かす事はできそうにない。それに、もう機
体もそれに応えられる状態ではない。
三頭飢狼に俺は、次で決める、という意思を互いに固め、向かい
合った。
339
﹁おおおおお!﹂
﹁グラアアアア!﹂
同時に吼える俺たちは、最後の戦いに打って出る。
三頭飢狼が残る力全てでマギア・ギアに襲い掛かる。
俺は膝立ちの状態の機体を立ち上げ、その勢いを使って剣を振り、
横なぎにする。
﹁グ、ガ⋮⋮﹂
三頭飢狼は、その三つの首を一太刀に断たれ、ようやくその動き
を止めた。
俺は、一気に魔力を失った虚脱感と、戦闘の緊張から解放された
ことで、緊張の糸が切れ、身体の力を失う。どっと噴き出す汗を拭
う力すらなく、コックピット内に身体を預ける。最低限、外の様子
が解るようにだけ魔術を起動しなおし、三頭飢狼が動かない事を確
認してから、呟いた。
﹁勝った⋮⋮﹂
あんな危険なものを、無傷とはいかないまでも一機で相手にでき
る魔導甲冑。
それが、この世界の人間にどれ程危険視されるのか、この時の俺
は理解できず、ただただ、勝利の余韻に浸っていた。
340
第31話﹁三頭飢狼・決戦﹂ ※イラスト、挿絵付き︵後書き︶
お待たせいたしましたー!最新話となります。それと、またもイラ
ストをいただいたので挿絵+完成絵の公開です!描いてくれたイラ
ストレーターのSさん、ありがとうございます!!
<i135895|13432>
クリスの最終絵になります。
次回はエピローグ的なものを1、2話挟み、新章スタートを予定で
す!
341
第32話﹁王都からの召還﹂
﹁く、くく。あははは! あれが、あれも魔術!﹂
フードを被った男が、森の中で狂ったように笑う。その姿は、ま
るで玩具を与えられた子供のように、無邪気にも見える。しかし、
その目は暗く濁り、狂喜をはらんでいた。
﹁いいねぇ。いいよ。まさかあれを倒すとはねぇ。まさに規格外!
禁術、なんて言われた魔術が、幼稚にすら思えるよ!﹂
フードの男はひとしきり笑うと、満足そうに頷く。芝居がかった
ような動きだが、そばには誰もいない。
フードの男は風景を切り取るかのように、手で四角を作って窓を
作り、それをのぞき込む。
﹁あれ、なんて言うのかな。あの巨人。もっと知りたいなぁ。⋮⋮
ああでも、王都もそろそろ気づいちゃうかなぁ。少なくとも、この
一件は、王の耳にも入るだろうねぇ﹂
その時君はどうするんだろうねぇ。そう言った男の視線は、分解
され運ばれる三頭飢狼と、魔導甲冑へと注がれていた。
◆◇◆◇◆◇
とある王城の執務室で、王は宰相を脇に控え、﹁影﹂からの報告
を受けていた。
最近できた迷宮都市の領主から、増援の要求を受け、王はすぐさ
342
ま﹁影﹂を放ち、情報収集に努めたが、その放っていた﹁影﹂から
持ち帰られた情報に、王は眉根を寄せた。
﹁この報は、真か?﹂
﹁報告に嘘はございません。もし、私をお疑いであれば、私は証明
の代わりにこの首を差しだしましょう﹂
﹁よい。お主を信じよう﹂
黒一色をまとった﹁影﹂の言葉に、王││ロイスターン王は鷹揚
に返した。
元より王は、長く王家に仕えるこの﹁影﹂の報告を疑う訳ではな
かった。疑う訳ではなかったが、報告された内容がそれ程までに荒
唐無稽であったため、思わず口をついたのだ。そんな内容であった
ため、答えた﹁影﹂もまた、自分の命を懸けるような発言をしたの
だろう。
﹁ふむ⋮⋮﹂
ただ、それだけにこの案件は厄介ではあった。都市一つ、いや、
王国の地図を塗り替えかねない程の魔物││三頭飢狼の出現の報告。
その数日には、その魔物の討伐完了の報告。聞けば、それを行った
のはまだ成人にも満たない少年が、ほとんど一人で行ったのだとい
う。それも、見たことも無いような、騎士のような姿をした巨人を
操り、魔物を滅ぼしたという。
おとぎ話として聞くならば、面白い話かもしれない。あるいは、酒
の肴に聞くような寝物語であれば。
しかし、事は事実であり、王が無視できるようなものではなかっ
た。
王は、鈍く痛みを覚える頭を落ち着かせるように、そっと目を閉
じる。
343
﹁帝国や聖国が勘づけば、要らぬ緊張を与えかねんな﹂
ロイスターン王国は小国だ。
大国である帝国や、聖国に挟まれるように存在するこの国家が、
どちらかに取り込まれない理由。
それは、狭い土地内に迷宮が多数存在し、その迷宮から得られる
富によって、この国が細々と運営している国家であり、攻め込んで
奪う程のメリットが無いのと、ロイスターン自体が迷宮という問題
を抱えているため、外から来る脅威よりも、内に存在する脅威に備
えるのが限界な国家であるというのを、両国がきちんと理解してい
るからであった。
両国とも、藪をつついて竜など出したくない、というのが本音だ
ろう。 しかし、この報告はその危うい均衡を崩しかねない。帝国
は、大軍で相手をするような魔物を、一人で滅ぼすようなこの少年
を危険視するだろう。少なくとも、興味は持つはずだった。
そして、聖国。こちらは無貌の神を信仰する宗教国家であるが、
どう動いてくるか読み切れない。魔法の発展にすら、神の与えた奇
跡に手を加えようなどとは、恥を知れ! と言ってくるような国家
である。報告にあったような巨人を見て、なんと言ってくるか。魔
物を従えるような国家など滅んでしまえ! などと言って攻めて来
かねない。帝国などよりもよほど対策が立てづらく、また扱いづら
い国家であった。
﹁王よ。どうなさるおつもりですか﹂
幼少の頃より、右腕として、時には親のように王を支えてきた宰
相が、低く、しかしよく通る声で問いを発してきた所で、王は思考
の海から脱し、目を開いた。
344
﹁この少年が、どのような人間であるか見極めたい。まずは学園に
招き、信の置けるものにこの少年を見極めさせよ。その後に我が直
に見極める﹂
﹁見極める、ですか﹂
﹁そうだ。国の益になるようならば何としても逃すな。国に仇なす
ような者であれば、何としてでも殺せ。そのためにも先ずは学園に
招き、バカな貴族どもが先走るよりも早く、この少年を保護せよ﹂
﹁仰せのままに﹂
宰相と﹁影﹂は口を揃え、答えた後はすぐに行動に移した。二人
の人間が執務室を去り、扉が閉められると、王は力を抜いて、座っ
ていた豪奢な椅子に身体を預けた。
﹁いずれにせよ、国が動くか⋮⋮﹂
若くして在位し、10年。30も半ばの若き王でありながら、こ
の国を率いてきた王は、これから起こるであろう波乱の予感に重い
息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇
﹁まったく、君には驚かされるばかりだな﹂
﹁別に、驚かせたいと思ってる訳じゃないんですけどね⋮⋮﹂
フェリックスさんのそんな言葉から始まった会話に、苦笑を返し
た。
三頭飢狼を倒してから数日、俺は戦闘の疲労から休養する、とい
う名目で家に謹慎を命じられ、ここ数日は訳も分からないままゆっ
くり過ごしていたのだが、今日突然、フェリックスさんに呼び出さ
れ、彼の屋敷の執務室で、こうして対面していた。
345
なんでも、謹慎を命じられていた理由を教えてくれるという話だ
ったが、何でそんな事になったのだろうか。思い当たる節と言えば、
魔導甲冑くらいしかなく、緊張していた。
﹁まずは、三頭飢狼の討伐、ご苦労だった。街を代表して礼を言わ
せてくれ﹂
そういって頭を下げる。俺は驚きに固まる。混乱しすぎて、貴族
って、そんな頭下げたりしていいのか!? とかそんな事を考えて
いた。
﹁あの魔物から得られたものは全て君のものと決まった。普通、こ
ういった大人数での討伐だと、不満を言う者もいるのだが、流石に
あの戦いを見てどうこう言う者はいなかったよ﹂
机に額をこすりつけるように、たっぷり頭を下げていたフェリッ
クスさんは、やがて頭をあげ、あの戦闘の後決まった事を教えてく
れた。
﹁と、言われても、正直なんて答えていいか⋮⋮﹂
正直、あんなでかいの全部は要らない⋮⋮あ、しかし魔石は欲し
い。魔導炉をアップグレードできるかもしれないし。
﹁まぁ、君は黙って受け取ってくれればいい。ここで君が、受け取
らず、私の方に魔物を渡されたりしても、君に圧力をかけて奪った
ように思われるだけなのでね﹂
なるほど。大変なんだなぁ。
346
﹁そういう顔をされるのは、私としてはあまり嬉しくないのだがね﹂
顔に、フェリックスさんの苦労を思うような事が出ていたのか、
フェリックスさんにそんな事を言われ、慌てて真剣な顔を取り繕う。
﹁とりあえず、解りました。報酬受け取ったら、謹慎も終わりです
か? というより、なんで謹慎って話になったんでしょうか﹂
﹁ああ。それをこれから話したいと思っていた。あの場で謹慎を命
じたのは、君が余りにも目立ち過ぎたからだ﹂
目立ち過ぎた⋮⋮? 確かに、魔導甲冑は目立ったが。フェリッ
クスさんの表情を見るに、どうやらそれだけ、という雰囲気ではな
いらしい。
﹁よく解らない、といった顔だな。無理も無いが⋮⋮正直、私は魔
導甲冑があそこまでのモノとは思っていなかった。従来の鎧よりも
防御力が高いだとか、そういうモノの延長だと、私は考えていた。
それが複数あれば、街の防衛力も高まるだろうと考えていたのだ﹂
﹁一応、説明したとおりの性能だと思うのですが⋮⋮﹂
﹁そうだな。そこを、見誤っていた⋮⋮正直な所、私はあれの設計
図を見て、子供の戯れ言だと思ったよ。それでも否定しなかったの
は、自由にさせた方が、子供は可能性の幅を広げるのでは? と期
待したからだ﹂
少し不満な所はあったが、納得できる話ではあった。俺も子供が、
巨大ロボットを作る! なんて言い出したら、なま暖かい目で見て、
そうだね。できると良いね、とか言いそうな確信がある。
フェリックスさんの話は、それで終わりではなかった。平静を保
っていたフェリックスさんの表情が崩れ、声が震えだす。
347
﹁しかし、あれは⋮⋮あれは、私が君に期待した通りの、いや、そ
れ以上の代物すぎた。なんなのだ、あれは。Bランク相当の、国が
軍を起こして相手にするような魔物を相手に一歩も引かず、あまつ
さえ討伐を果たしてしまうようなあれは!? 私はね、正直な所、
後悔したよ⋮⋮あれの開発を許してしまった事に。あれは、私の手
に余る﹂
声を荒げ、苦しそうに絞り出すフェリックスさんのその姿に、俺
は言葉を失い、ただフェリックスさんの姿を見つめていた。
﹁今回の一件で、君に謹慎を命じたのは、あの一件で君の顔を多数
の人間に知られるのを恐れたからだ﹂
﹁何故、でしょうか﹂
﹁今更遅いとも思ったが、これから君は、どの国も注目するだろう。
君の身の安全を守るために、情報の漏洩を少しでも防ごうと考えた
のだが⋮⋮少し、遅かったようだ﹂
そう言って、一枚の封筒を取り出す。この世界では珍しい、紙で
できたもので、恐らく蝋で封がされていただろう跡がある。
﹁中をあらためてくれ﹂
言われるまま、封筒を開く。中には、一枚の紙が入っており、そ
こには、短い文章が書かれていた。
﹁下記の者に、ホレス・ロイスターン4世の名に置いて、ロイスタ
ーン王立学園への入学を許可するものとする⋮⋮?﹂
ちなみに、下記には何故か俺の名前があり、その横に豪華な文様
348
の印が押されている。そして、このロイスターンという名前に、聞
き覚えがある。
﹁はぁ。何でこのロイスターンさんは俺に学園の入学許可を⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮君、それを見ても良く解らんか? ロイスターンはこの国の
名。ホレス・ロイスターン4世は現国王であらせられる﹂
﹁へぇ。国王様⋮⋮こ、ここ国王様!?﹂
俺はあわてて魔力演算領域で検索をかける。確かに、俺が前に教
会にあった歴史書をコピーしておいた辺りのメモにそのように記さ
れていた。歴史書なんて普段使わないからすっかり忘れていた。
﹁君は頭が良いが、時折、ものすごく抜けているな⋮⋮﹂
﹁す、すみません⋮⋮それで、王様が、何で俺に学園の入学許可を
出すんでしょう?﹂
﹁これは実際の所、命令書だ。君は、急ぎ準備を整え、王都へと向
かい、そこにあるロイスターン学園に入学する﹂
急な出来事に、頭の回転がついてこない。俺は、鈍い頭でフェリ
ックスさんに質問を投げかけた。
﹁ちなみに、この入学って蹴ることは可能なんでしょうか?﹂
﹁形式は許可証のため、出来ない道理はないが⋮⋮それをすると、
君の命の保証はできない﹂
俺は今度こそ、本当に言葉を失った。ただただ紙に視線を落とす
ことしかできず、その文章を何度も目で追ってしまう。
﹁これは、王が君の存在に気づいてしまった、という事でもある。
これが来てしまった以上、私にできる事はない。私から出来るのは、
349
君にこの紙の通りに学園へ入学を勧める事だけだ﹂
別に、学園に通うのは構わない。しかし、頭の整理ができなかっ
た。
﹁頼む。これは⋮⋮君の身を守るためでもある。学園へ、入学して
くれないだろうか﹂
俺は、その言葉にただ頷くことしかできなかった。
こうして、俺はロイスターン王立学園へと入学が決まった。
350
第32話﹁王都からの召還﹂︵後書き︶
お待たせしました。
いつもお読みいただきありがとうございます!!
次話から新章開始の予定となります。
351
第33話﹁入学準備﹂ ※イラスト付き︵前書き︶
あけましておめでとうございます。
今年もロボ厨ともどもよろしくお願いいたします!
352
第33話﹁入学準備﹂ ※イラスト付き
フェリックスさんとの話を終え、突然あがった入学話に、頭を混
乱させながら帰宅し、両親に今日の出来事を話した。
居間でお茶を啜りながら、2人は
﹁懐かしいわね、学園。私とお父さんも、そこで出会ったのよ﹂
﹁そうだね。あの時の君は本当にお転婆で⋮⋮﹂
という2人の馴れ初め話をし始めた。
え。何この流れ。リア充爆発しろ⋮⋮! いやしてくださいっ!
って喚けばいいのかな。とりあえずやるなら魔術を全力で組むけ
ど。
﹁もう、変な顔しないの。学園、行ってきなさい! どうせ避けて
は通れないなら、正面からどーんとぶつかってみなさい﹂
人事だからって、それは酷いよ母さん! そう思ったが、父さん
が俺の肩を叩いて慰める。
﹁投げやり、って訳じゃないよ。どうしても嫌なら、逃げてもいい。
父さんに母さん、それにお前の三人だけなら、国外に出るのも難し
くないしね。でも、それで良いのかい?﹂
父さんは、王様からの、という内容を重くみてくれているようだ。
父さんの言葉に逃げる、という選択肢もあるのか、とふと思う。
逃げる、という選択を考えた時、知り合いの顔が浮かぶ。特に、
クリス、オリヴィアに何も言わないで置いて行き、それっきりとな
353
ってしまうのは、心苦しく思うし、不誠実だと思う。
それに、これまで作ったものを放り出しても、結局、また作ろう
すれば同じ壁に当たるだろう。
﹁それは嫌、かな﹂
﹁うん。なら行っておいで。嫌になったら帰ってくれば良い﹂
この世界には、車や電車なんてものは存在しない。馬車のような
物があるとはいえ、王都まで出てしまえば、そう簡単には戻ってこ
れないだろう。
それに、これは、実質王からの命令だ。俺が帰りたい、といって
帰れるとは思えない。
父さんも、それを理解して言っているはずだ。だけど、俺は大分
気が楽になったのを感じていた。前世では居なかった、王という存
在からの直接の命令。それに戸惑っていたが、自分は一人ではない
し、疲れたら休める家がある、そう思えるだけでずいぶんと気が楽
に感じられた。
﹁わかった! 俺、学園に行くよ﹂
﹁行っておいで。お前は父さん達の自慢の息子だからな。どこに行
っても大丈夫さ﹂
何かうらやましそうにこちらを見ていた母をのけ者に、俺と父さ
んは笑いあった。
◆◇◆◇◆◇
﹁しかし、2人にはなんて言えばいいんだ⋮⋮?﹂
俺はガストン工房に向かって歩きながら、そう呟いた。工房に行
354
って、世話になった人達に事の経緯と説明しようと思ったのだが、
そこで重大な事に思い立ったのである。つまり、クリス、オリヴィ
アになんて言い訳しよう、と。
学園はフェリックスさんに聞いたところ、6年間履修するものら
しく、6年、休暇以外はまともに帰ってこられなくなる。そのまま
王都移住してしまう事も多いらしく、下手をすれば、今生の別れ、
ということにもなりかねない。
王都に向かう時期は書かれていなかったが、王様から書類が来て、
のんびりしている訳にも行かない。フェリックスさんも、最長でも
一週間程で準備して向かってくれ、との事だったので、今日から準
備して、期限ぎりぎりの一週間後くらいに出発する予定ではある⋮
⋮しかし、急な話なので、なんて言ったら良いのか解らない。
前世では、携帯があったから、電話やメール、アプリで繋がって
いれば、友達と別れる、なんて事はなかったからだ。
なんだか、急な引っ越しを親友に隠す転校生にでもなった気分だ
った。
悶々としながら歩いていると、ガストン工房についてしまい、俺
は覚悟が決まらないまま、工房の扉を押し開く。
﹁いらっしゃいま││あ、アルドさん。おはようございます﹂
店を手伝っていたらしいオリヴィアに出迎えられ、早速出鼻をく
じかれたような気持ちになる。ぎこちなく﹁おはよう﹂とだけ返す。
俺は思わず、無意味に視線を巡らせてしまう。今日はまだ客が来
てないようで、店内は静かだった。オリヴィアも特に何かするでも
なく、カウンターを片づけたりして時間を潰している。
﹁えっと、クリスと、ガストン夫妻はどこかな?﹂
﹁休憩中なので、奥様とガストン店長は母屋の方にいらっしゃると
思いますよ? さっきまで居たんですが、怪我が辛そうだったので、
355
たぶん部屋かと﹂
﹁そっか、じゃあ、ちょっとガストン夫妻に用があるから、また後
で﹂
﹁はい。⋮⋮?﹂
と俺は半ば逃げるようにして、工房の店舗区画を通り抜けて母屋
へ。母屋の扉を開けると、休憩中のガストン夫妻の姿が見える。
﹁おや。アルドじゃないか。おはよう﹂
﹁おう! よく来たな。ちょうどこいつがクッキーを焼いてくれた
とこだ。食っていけ﹂
﹁おはようございます。あ、えっといただきます﹂
ガストン夫妻は有無を言わさないコンビネーションで俺を席に着
かせると、目の前の机にクッキーを置く。貰うと言った手前、食べ
ないのも失礼かと思い、一ついただく。
﹁おいしいですね﹂
砂糖の類は調味料の中でも少々高いためか、クッキーは甘さ控え
めだ。しかし、さっぱりとした素朴な味は嫌いではなく、思わずも
う一個貰う。
﹁もう、体調の方は良いのかい?﹂
﹁あ、元々休んでおけって言われて家からでてなかっただけなので。
怪我があった訳じゃないので大丈夫ですよ。それより、クリスの方
は大丈夫ですか?﹂
﹁クリスは、本人は元気だって言ってるけどねぇ⋮⋮この前の事が
中々ショックだったみたいでね⋮⋮大人しくしてるねぇ﹂
356
俺たちの中では一番危険な目にあっているし、結局、自分の判断
ミスで怪我をさせたようなものなので気になる。
﹁アルドが気にする事はないさね。あの子もあれで、いっぱしの剣
士を気取ってるんだし、覚悟の上の事だろうさ。⋮⋮母親としては、
もう少し女の子らしくても良いんじゃないかと、思うんだけどねぇ﹂
しみじみと言ったガストン夫人は、子を思う母の葛藤のような物
が見えた。やっぱり、あの時に置いていくべきだったか。そう思っ
たが、そんな表情も一瞬で崩れる。
﹁まぁ、あの子は貰い手も居そうだから大丈夫かね!﹂
と言われても。そこで、肩を叩かれたりしても困ります。
俺は、この話題を変えるべく気になっていた事を聞いてみる。
﹁あっと。そういえば。魔導甲冑の方はどうなってますか﹂
﹁おう。外装と武装はひでぇモンだったが、予備と入れ替えるだけ
みてぇなモンだからな。こっちで全部直してあるぞ。中身はこっち
でいじれる所は少ないが、見たとこガタが来てる所はねぇ。修理代
は悪いが、お前さんのギルドの口座から引き落としてるからな。後
で確認してくれ﹂
﹁ええ。それは大丈夫です。後で確認しておきます﹂
おお。中破させていたはずだが、あっという間に直して貰えたら
しい。街に戻る頃には精魂尽き果て、ほとんどそのまま引き渡して
しまったが、流石ガストンさんだ。
﹁しかし、あんなでかっい代物が、あそこまでボロボロにされるな
んて、
357
酷い戦いだったんだねぇ⋮⋮どんな戦いだったんだい? クリスは
あんまり話したがらなくてねぇ﹂
﹁おう。俺も聞きてぇと思ってたんだ。どんな使い方したら、新品
だった魔導甲冑があんな風になっちまうんだ?﹂
2人にせがまれ、あの戦いがどのようなものだったか、出来るだ
け客観的に伝える。
﹁そうかい⋮⋮﹂
﹁おう。良く、生きて戻ったな﹂
しみじみとそんな反応をされるとなんて答えていいのかわからな
い。俺は曖昧に頷きながら、本題を切り出してしまおう。
﹁えっと実は、その戦いの結果もあってか、ロイスターン学園へ入
学するように勧められまして。来週、王都へ向かうんです⋮⋮﹂
俺の切り出した話題に、2人は目を見開いて驚く。
﹁そうかい、そうかい! いやぁ鼻が高いねぇ。有名な学園に勧め
られるなんてね!﹂
﹁やるじゃねぇか! そうかそうか。やっぱりお前さんはただもん
じゃねぇな﹂
入学と聞いて喜ばれ、俺も笑みを浮かべる。あまり心配させたく
は無かったし、これで良いかとも思えた。
﹁あとは、2人にちゃんと言っておかないとな﹂
母屋からでて、オリヴィアが居るはずの店舗の方に戻る。クリス
358
は結局母屋ではあえなかったので、まずはクリスから話してしまお
う。
﹁オリヴィア? 今手あいてるかな、ちょっと話が⋮⋮﹂
扉をあけると、クリスとオリヴィアが談笑していた。
﹁クリス、こっちに居たんだ﹂
もしかしたら、俺がガストン夫妻と話していたのをどこかで見て
いて、気を使ってこちらに来たのかもしれない。
﹁うん。さっきね。何か大事な話? 私、席外そうか﹂
﹁あ、いや。クリスにも聞いて欲しい事だったから。ちょうど良い
よ﹂
といいつつも、ちょっと焦っていたりする。二回に分ける筈だっ
た面倒事を、一回で済ませられるんだ、と言い聞かせて、2人をカ
ウンターの席に座らせる。店舗をみたが、客はまだ来ていないし、
今ここで話してしまおう。
﹁えっとな。俺、王都にあるロイスターン学園に行くことに決まっ
たんだ﹂
気になる女の子に告白、とかとは違った意味で、声がうわずりそ
うになった。驚かれるのだろうか、別れを惜しまれたりするのだろ
うかと、気になって仕方がない。
しかし、2人の反応は俺の予想とは違った。
359
﹁おめでとう! アルド﹂
﹁おめでとうございます。アルドさん。それで、いつ出発になるん
ですか?﹂
﹁え? あ、うん。来週の頭くらいには出発して、来月の頭くらい
に王都に着くようにする予定﹂
淡泊な返しに拍子抜けし、俺も思わず素で返してしまう。そんな
俺を置いて、オリヴィアは一人うんうんと頷く。
﹁じゃあ、それまでにこちらも準備を済ませないとですね﹂
﹁そうだね。オリヴィア、後で買い物手伝って貰ってもいい? ま
だ、あんまり腕が動かせなくって﹂
﹁無理するからですよ、もう⋮⋮私も、その時ついでに買いたいも
のがあるので、一緒に買い物しちゃいましょう﹂
﹁え、いや、どういう事? 準備って﹂
2人の会話についていけず聞き返すと、2人から思わぬ返答がき
た。
﹁あ、そうでした。まだお話しておりませんでしたね。私とクリス
さんも、ロイスターン学園へ入学する事を決めたんです﹂
﹁えぇ!?﹂
今生の別れになるかもって覚悟を決めて挨拶に来たつもりだった
ので、俺は驚く。
﹁迷惑⋮⋮ですか?﹂
﹁い、いや。そうじゃないんだ。最悪、今生の別れのつもりでここ
に来たら、そんな事を言われたんで、驚いただけ﹂
﹁今生の別れ⋮⋮ふふ、まぁ、普通はそうなるかもしれませんが。
360
これも良い機会だと思いまして﹂
﹁良い機会?﹂
オリヴィアが少し、言葉を探すように黙った。そして、再び自分
の事を語り始めたオリヴィアの目には、覚悟のようなものが見えた。
﹁はい。私は、今回の件で自分の無力さを再確認しました。もうこ
れ以上、無力なだけの私ではいたくありません。もっと魔術を勉強
するため、アルドさんに付いて行くことを決めました﹂
ふっとそこでオリヴィアは微笑む。
﹁だから、末永くお付き合いくださいね?﹂
﹁え? えっと。うん。よろしく﹂
初めて見たならば、それだけでころりと落とされてしまいそうな
笑顔に、何とか理性を保ち、そう返す。すると、横から不機嫌そう
な声が聞こえた。
﹁私も、アルドに付いて行くわ。私、アルドにいっぱい助けてもら
った。迷惑もかけた。でも、何にも返せてない。私、一生かけてで
も、この恩を返していくから!﹂
そう啖呵を切るように宣言したクリスに、俺は苦笑して返す。
﹁そこまで気にしなくてもいいのに﹂
﹁っ! 絶対に返すから!﹂
何故か怒ってしまったクリスを宥めながら、俺たちは、学園につ
いて話し合った。
361
クリス、オリヴィアは王から召集があるわけではないため、学園
に行って編入手続きを行うらしい。そこで試験が行われるらしいが、
試験は恐らく問題なく通れるだろうと、フェリックスさんからお墨
付きを貰っていたらしい。
俺は、そんな用意周到な2人に、呆れるやら、別れずに済んで嬉
しいやら、気持ちを持て余しつつ、生まれ育った街から出る準備を
進めた。
それから一週間後、俺たちは王都にある、ロイスターン学園へと
向かった。
362
第33話﹁入学準備﹂ ※イラスト付き︵後書き︶
友人から、新章予告動画をいただきました!
ご興味がある方は是非見ていただければと思います。
▼ロボ厨新章予告PV
http://www.nicovideo.jp/watch/
sm25278737
https://www.youtube.com/watch?
v=gpZwtkhyCpU&feature=youtu.be
また、オリヴィアの立ち絵もいただきましたので、公開です。
<i137503|13432>
真ん中左がクリス、真ん中右がオリヴィアになります。
え、左右端のキャラ、ですか?
ナンノコトカワカリマセンデス。
新年からこんな感じですが、これからもロボ厨をよろしくお願いい
たします!
363
第34話﹁入学・初めてのエルフ﹂ ※イラスト付き
故郷を離れ、王都へと向かう二週間程の旅は、特筆するような事
もなく順調で、竜車による移動は快適だった。草食竜の上から眺め
る風景は、実にのんびりとしている。
この快適さに拍車をかけたのは、オリヴィアが連れてきた従者の
おかげだ。オリヴィアは従者を連れるのを嫌がったのだが、貴族で
従者も連れていないとなめられる事もあるらしく、フェリックスさ
んが最低でもと老執事と侍女を付けていた。
この2人は、オリヴィアだけでなく、俺たちの分の食事や、野営
時の不寝番を率先してくれたりと、本当に至れりつくせりだった。
こういった経験を積みたいから、と無理を言ってお願いしなけれ
ば、それらの当番を変わって貰えない程の徹底ぶりで、こちらが逆
に気を使ってしまう程だ。従者2人は今も、オリヴィアが乗る竜車
の御者をしており、車に乗るオリヴィアは、やや不満げで暇そうに
座って大人しくしている。
かく言う俺も随分前から退屈で、周囲の警戒は︽探査︾の魔術に
丸投げし、手元に展開したディスプレイで、魔術について思いつい
た事をメモしたり、前回の戦いを踏まえて、マギア・ギアの改良点
などを書き連ねたりしていた。
そんな感じで、残りの道中を消化していると、驚きの声があがっ
た。
﹁あれが、王都⋮⋮!﹂
そう声をあげたのは、クリスだ。俺も、ぼうっとしていた意識を
正面に向けると、巨大な人工物が目に入る。
故郷の街よりも大きな壁に囲まれたその都市は、その偉容を以て
364
俺たちを迎えようとしている。
﹁おお⋮⋮すごい大きいな﹂
俺も思わずそんな事を言ってしまう。
前世の記憶から、高層建築物は見慣れていたが、あれはそう言っ
たものとはまったく違った。恐らく、迷宮から溢れる︽氾濫︾に備
えてなのだろうその大きな壁は、良く見るとあちこち補強されたよ
うな後がある。傷だらけのその様子は、長く戦い抜いた歴戦の勇士
のようにも見える。
﹁あそこに、これから通う学園があるんですね。楽しみです﹂
窓から半身を乗り出し、そう呟いたオリヴィアの言葉に、俺は頷
いていた。
そこからは巨大な門を通り、御者台から降りた侍女が、門番に街
に来た目的を告げ、フェリックスさんが書いた手紙を渡すと、あっ
さりと中に通される。
普通はもっと時間がかかるらしいのだが、オリヴィアが貴族であ
ったため、オリヴィアの付き添い、というような形ですんなりと許
可がおりたらしい。
馬車の中身をあらためられていた商人の横を通りながら、俺は自
分の乗る草食竜のコンテナの中身があらためられなくてほんとに良
かったと思った。
向こうに置いていけないと、マギア・ギアをコンテナに積んで持
ってきていたが、中身を門番に聞かれていたら、なんて答えればい
いのか解らない。フェリックスさんに感謝だ。俺は気づけていなか
ったが、何か手を回してくれていたのだろう。でなければ、あそこ
まで簡単に通れる筈もない。
365
その後は、宿を取り、倉庫を買いとり、荷物をそこに置いた。
学校にマギア・ギアを置くような場所を期待できないし、それを
証明するかのように、学園では寮生活になると聞いている。貴族で
もない自分が、そんな大きな場所を占有する事はできないだろう。
﹁自分の研究室とか、欲しいな﹂
三頭飢狼での報酬もある、どこか良さそうなところを探して置こ
う、そうメモを取り、ひとまず学園生活に必要なもの以外を倉庫に
しまい、防犯のために幾つか魔術を施して倉庫を後にする。
それから三日後、俺、クリス、オリヴィアの三人は、学園へと向
かっていた。
三日も期間を後ろにずらしたのは、クリス、オリヴィアの入学試
験日を待っていたためだった。
入学試験は四半期に一度、定期的に行われているらしく、その試
験日が近かったため、そこに合わせたのだ。
入試がそんなに多いのは、どうやら学校に入ってもすぐに辞めて
いく人間が多く常に一定数の学生を確保しておくためらしい。すぐ
辞める人間は、必要な技能を手にしたら辞めるもの、貴族などに引
き抜かれるもの、授業に付いてこれなくなって辞めていくもの、な
ど様々らしい。
そのため、6年全ての単位をとって卒業する人間は以外と少ない
んだとか。侍女さんが旅の途中で色々と教えてくれた。
また、魔法や、武術といったものを教えているので、技能が目的
で入学する人間は、比較的年齢が高かったりする。
今まさに、試験を受けるらしい子供に混じって、明らかに教師で
はなさそうな旅装をした壮年の男性が、門に設置された受付から試
験表らしきものを受け取っていた。
366
俺たちも、校舎に入るべく、門に向かう。
校舎を目にした俺の感想は、一言で言えば普通だ。煉瓦が使われ、
洋風な建築な為か、見た目は一見、大きな館のような三階立ての校
舎。
しかし、学校、という分類の建物のせいか、初めてみたはずなの
に、どこか見慣れたような錯覚を覚える建物で、インパクトがない。
そのため、これをすごい! とか、流石異世界! という気分にな
れないでいた。
﹁ここが学園? 教会とは造りが違うんだね﹂
﹁そうですね。建物も随分大きいみたいです﹂
それでも、クリス、オリヴィアにとっては十分もの珍しいらしく、
さっきからきょろきょろと辺りを見回しては2人で話している。
﹁ほら、2人とも、良いの? のんびりしてると試験始まっちゃう
んじゃない?﹂
﹁あ! う、うん。解ってる﹂
﹁大変、急がないと⋮⋮﹂
浮ついた様子の2人に声をかけると、試験の事を忘れていたらし
く、2人とも慌て始める。2人は試験表を受け取り、俺は、王様の
手紙を提出すると、受付の人間は、一瞬固まり、震える手で俺に手
紙を返しながら、試験会場とは別のところに向かうように指示を受
ける。
試験表事に会場が違うようで、クリスとオリヴィアは、慌てて会
場の位置を確認している。
﹁大丈夫か、本当に⋮⋮﹂
367
﹁も、もちろん! 試験なんて余裕で合格してみせるから!﹂
﹁これでも、父やシスターからも勉強はできるとお墨付きを貰って
ますし、大きなミスをしなければ、私もクリスさんも合格できます
よ。たぶん﹂
た、たぶんって⋮⋮その大きなミスをしないかって心配なんだが。
俺は、最後の一言は聞かなかった事にした。ここで何を言っても、
試験は目前。なるようにしかならないだろう。
﹁なら、ちゃんと合格してくれよ? ここまで付き合って貰って、
一人で入学、とか寂しいから。先に行ってまってる﹂
﹁うん! 絶対追いつくから!﹂
﹁私も、必ず合格して付いて行きます﹂
そう言って、俺たちは別れて、それぞれの会場に向かった。
指示された通りに校舎を進んでいくと、教師らしい女性とすれ違
う。
﹁君、ここは試験会場ではないわ。すぐに会場の方に向かわないと、
試験が始まってしまうわよ?﹂
﹁あ、すみません。受付でこれを見せたら、俺はこっちだって言わ
れて来たんですが⋮⋮﹂
﹁受付が? そんな筈は⋮⋮﹂
俺はそういって、王様からの手紙を教師に手渡す。渡された教師
はその紙を見て、目を見開いて一瞬固まる。
そんな反応ばっかりされると、その紙をもって、こう、﹁ひかえ
おろう!﹂ とか言ってみたくなる。そんな効力はこれっぽっちも
無いのだけれど。
368
﹁そう。あなたが⋮⋮解ったわ。ごめんなさい。確かにあなたはこ
っちであっているわね。ここからすぐ先に学長室と書かれた部屋が
あるから、そっちに向かって貰えるかしら⋮⋮案内したいけれど、
これから試験があるから。私はこれで﹂
﹁解りました。ご丁寧にありがとうございます﹂
手紙を返されながらお礼を言うと、また驚かれる。何でそんなに
驚かれるんだ。そう思いながらも、教師と別れ、言われた通りに進
み、学長室へ。
何気なく開けようとして、それは流石に失礼か、と思い立つ。そ
して、学長室、といえば教師であり、この学校で一番偉い人だと思
い至り、自分の服装を整えてから、分厚い木の扉を2回、ノックし
た。
﹁⋮⋮お入りなさい﹂
﹁失礼します!﹂
なるべくはっきりとそう告げ、少しばかり緊張して扉をあける。
扉をあけると、そこには人が2人いた。
一人は、学園長だろう。質素だが、しっかりとしていそうな造り
の執務机に手をおき、椅子に腰掛けている老人立派な長い髭を生や
している。歳は⋮⋮80くらい、だろうか。
もう一人は、なんだろうか。武人、というのは人目で解る。しか
し、相対するとそれだけでは言い表せない。何というか、巨木に似
た壮大さを感じるのだ。
見た目は、60代くらいの老人で、顔には大きな傷が走っている。
良く見れば、両耳も千切られたように先が欠けており、歪つだった。
この老人は、眼孔が鋭く、こちらを射るように見据えており、顔
の傷なども相まって、その鋭い眼光が3割増しに感じる。
369
身体も、がっしりとした体つきをしていて、その立ち姿に一分の
隙も見いだせない。いや、そんな隙を見いだす必要はないのだが、
今にも斬りかかられそうな威圧を感じ、思わずそんな事を考えてし
まう。
俺は失礼が無いように、出来るだけ自然に、そして威圧に萎縮し
てしまわないように、自身に活を入れて、魔力を体内に満たす。
﹁おや、君は⋮⋮?﹂
学園長が、不思議そうに目を細める。俺は、王様からの手紙を取
り出し、執務机の上に置いた。
﹁私は、この度王より推薦を受けこの学園に入学する事になりまし
た、アルドと申します。この度、学園長にご挨拶を申し上げに参り
ました﹂
目上の方なので、なるべく丁寧を心がけて一礼する。普段使わな
い言葉使いだし、間違っていないか非常に不安だ。間違っていても、
引っ込める事はできないので、もうなるようになれ、という気分で
ある。
﹁ほっほ。丁寧にありがとう。儂が学園長をしているマグナという
ものじゃ。こちらの横にいる方が、武術指南をしているライナス殿
という。⋮⋮そうかそうか。君が王からの推薦の子であったか。話
には聞いているよ﹂
﹁あ、はい。その、何というか、恐縮です﹂
マグナ学園長が、そう言って自分の髭をゆっくりと撫でる。俺は
挨拶に、と言ったが、この後はどうすればいいのか良く解らなかっ
た。曖昧に答えてしまって背筋が凍る。そもそも、何を話に聞いて
370
いるのか。気になる。
ライナスと紹介された人物は、思った通り武人といって言い人物
で、だまったまま彫像のように立っている。
圧迫面接の方だまだマシだ、俺も試験会場に行きたい。この時俺
はそう思った。
その間にも、マグナ学園長は羊皮紙を取り出し、俺の方にペンと
一緒に差し出した。
﹁これは⋮⋮?﹂
﹁うむ。良く読んで、そこに名前を記入してくれんかね?﹂
その羊皮紙は、入学に関する書類らしく、要項が細かく書かれて
いる。俺はざっくりと目を通し、特に問題無いことを確認すると、
名前を書き入れた。
マグナ学園長はそれを受け取り、満足そうに一つ頷く。
﹁うむうむ。これで、君は晴れて学園の一員だ﹂
﹁ありがとうございます。これからよろしくお願いします﹂
言うべき事が見つからなかったので、とりあえず感謝しておく。
この時ばかりは、感謝という言葉が実に応用性のある言葉だと感じ
ずにはいられなかった。
そして、すかさず逃げの一手。
﹁では、これで⋮⋮﹂
﹁ああ、どうだね。せっかくだから試験の見学をしていっては﹂
しかし、まわり込まれてしまった!
そんな言葉が、俺の頭でリフレインした。後は失礼しますといっ
て勢いよく頭をさげて部屋を退散して終わりだった筈なのに、一瞬
371
にしてその目論見は消え去ってしまう。
﹁え? は、はい。是非見学させてください﹂
あぁ、前世の日本人のさがだろうか。思わずそう口をついてしま
ってから、後悔する。正直なところ、何の用もないなら、さっさと
この場から退散してしまいたい。
いや、まだこのライナスさんという人に睨まれていなければ、随
分楽な筈だ⋮⋮!
﹁どうですか? ライナス殿もご一緒に﹂
﹁⋮⋮そうだな。新入生の実力も見てみたい。一緒に行こう﹂
まさかの追撃、だと!? 俺はマグナ学園長に避難の視線も送る
事ができず、ただ固唾を飲んで成り行きを見守るしかなかった。
﹁では、行くとしようか﹂
マグナ学園長はゆっくりと立ち上がり、俺の横を通りすぎようと
する。
﹁お? おっとと﹂
﹁うわ!? だ、大丈夫ですか学園長﹂
しかし、マグナ学園長は足がもつれてしまったのか、急によろけ、
俺は慌てて身体を支える。
﹁すまんのう。いやいや、最近急に立ち上がると立ちくらみがして
いかん﹂
372
マジですか。ほんと気をつけてください。そう思っていると、こ
れまで黙っていたライナスさんが口を開いた。
﹁まだ若いのだ、情けない事を言うでないわ、マグナよ﹂
﹁ほっほ。ライナス殿のような、エルフ種の方と比べれば、儂もま
だまだ若造でしょうが、人間ではそろそろもう良い歳ですでな﹂
なん⋮⋮だと。
今、マグナ学園長は、さらっと大事な事を言わなかったか? エ
ルフってエルフ? あの、ゲームとかで有名な。男性女性とも見目
麗しく、いつまでも若作りで長命、ついでに華奢で、ステータス的
には筋力よりも魔力が成長しやすいイメージの。
そんなエルフのイメージが、がらがらと崩れていくのを感じる。
そう言えば、この場ではてっきり学園長が最年長かと思っていた
が、ライナスさんは学園長に敬語を使っておらず、逆にライナスさ
んは馴れ馴れしく話していた。武人で礼儀の面で目を瞑られている
のかとか失礼な事を考えていたが、違ったらしい。
﹁さ、時間も惜しい。試験を見学しにいこうかの﹂
衝撃を受けてる時間は、あまりなく、俺はマグナ学園長の言葉に
機械的に頷いた。
マグナ学園長の後ろに付き、その後ろにライナスさんが続くスタ
イルで、試験会場に向かう。
俺は密かに、早く解放されたい、とため息を付いてマグナ学園長
の後に続いた。
373
第34話﹁入学・初めてのエルフ﹂ ※イラスト付き︵後書き︶
遅くなってしまいすみません。
34話になります。
余談ですが、ついにロボットの画像をいただきました!
イラストレーター様、ありがとうございますー!
▼パイルバンカー付き
<i138155|13432>
▼武装なし
<i138156|13432>
な、なんかロボットの描写が貧弱な気がする⋮!
イラストに負けないように、本文も頑張って書きたいと思います!
374
第35話﹁入学試験開始﹂
上機嫌に前から話かけてくるマグナ学園長と、後ろから冷たい視
線を送ってくる無言のライナスさんに挟まれながら、俺は校舎内を
試験会場に向かって進んでいた。
話しかけてくるマグナ学園長は、聞いてもいないのに色々と話し
てくれる。今は、試験内容について聞いているところだった。
学園の試験内容は、幾つかに別れているらしい。
・魔法実技試験
・戦闘実技試験
・筆記試験
の三項目らしく、これから向かうのは魔法実技の試験だとか。
興味がない、と言えば嘘になる。この世界のまともな魔法なんて、
教会でシスターが使っていた︽灯火︾を見たことがあるくらいで、
それ以外は自分で開発した魔術のみ。
また、魔術については、かつてアリシアが禁術だ、と言っていた
が、それについては実感した事はない。なぜなら、一般人には魔法
か魔術か、という区別は付かないらしく、使ったところで指摘され
ないからだ。
また、迷宮のような危険と隣合わせの地域になると、魔法、魔術
などと言い合うよりも、それが使えるか否か? という事の方が重
要視されていた。でなければ、俺は早々に故郷を追い出されている
だろうし、父や母、フェリックスさんの前で魔術を使用していて、
魔術について指摘された事はない。
まぁ、これが魔術だ、と宣言した事もないが⋮⋮。
見極められる人間が居ないのに、それを規制する理由も解らない
375
し、何が地雷となるか解らない以上、学園で使われる魔法がどんな
ものか知れるのはありがたい。
アリシアの情報は、100年は昔の事だと聞いていたが、その間
に魔術の扱いが変わったのか、それとも何か別の理由があるのか、
見極めないとならないだろう。
この機会は、それらを調べるのに丁度良いのではないかと思って
いた。
﹁ここが、魔法実技試験の会場じゃ﹂
案内されるままに、校舎を離れ、外にある広場に出てきた。前世
で言うなら、校庭のような場所だろうか。トラックが無いが、代わ
りに等間隔に案山子のような物が立たされており、その前には学生
が並んでいる。
その横で教師らしい人物が生徒の魔法を確認しており、羊皮紙に
何か書き込んでいた。
﹁ほっほ。今期の新入生の様子はどうかのぉ﹂
少し離れたところで、三人固まり、魔法試験の様子を眺める。俺
は少し気になって周囲を見渡す。
クリスとオリヴィアが、試験を受けている筈だ。あるいは別の会
場か││そんな風に辺りを見回すと、オリヴィアの姿が目に入る。
オリヴィアは、少し緊張した表情で、案山子を睨みつけていた。
手に持つ杖を何度も掴んだり、離したりしており、彼女の緊張が伝
わってくる。
もうすぐ順番も回ってくるようだ。
オリヴィアはこちらに気づく様子はなく、何度も深呼吸をして落
ち着こうと努力していた。﹁頑張れよ﹂と心の中で応援しつつ、他
の生徒の魔法を観察する。
376
何となく目に付いたのは、15、6歳に見える少年だ。凛々しい
顔立ちをした金目金髪の少年で、立ち居振る舞いはどこか洗練され
て見える。貴族か何かだろうか?
少年は右手を案山子に向けると、短く、そして素早く詠唱する。
﹁風の精霊よ、切り裂け!﹂
必要最小限までに絞られた詠唱に、俺は思わず、﹁おお﹂と唸る。
︽灯火︾は長くて余分な詠唱が多かったが、今のは随分と短い。マ
グナ学園長もまた、﹁ほぉ﹂と呟き、興味深そうにしている反応を
見ると、今のは中々早い部類らしい。
威力の方も実践レベルで、魔力によって生まれた真空の刃が案山
子を上下に分断した。切断面はここからでは遠いが、人の胴程もあ
る案山子をあっさりと斬り飛ばしたところを見ると、鋭くない、と
いう事はなさそうだ。
魔法を放った少年は、上手くいったからか、安堵の息を吐く。教
師が一言二言声をかけ、彼の試験は終わったらしい。
その後も、試験は続き、魔法詠唱する声が会場に響き渡る。
﹁炎に宿りし苛烈なる者よ! 我が魔力を糧に、我が敵を打ち砕け
!﹂
﹁水に宿りし優しき者よ! 我が魔力を糧に、我が敵に安寧なる死
を!﹂
﹁風に宿りし移り気な君よ! 我が魔力を糧に我が願いを聞き届け
賜え!﹂
その後見れた魔法は、正直な所がっかりな内容であった。
魔法を放った面々は満足そうにしていたり、周りも少し驚いてい
るような者もいるが、込めた魔力に対しての効果が悪すぎる。最初
の少年の倍は魔力を込めて、得られた効果がどれも案山子を強く揺
377
らした程度。これならただ魔力を固めて投げた方が効率的だと思う。
それに、優しき者に死を望むってどんな詠唱だ。自由過ぎる。
しかし、周りを見るとこれが普通と言った実力なのだろう。もち
ろん、実践レベルでは無いにしろ、一般的なレベルが解るなら、今
後魔術を隠していく場合に参考になる。
そんな事を考えていると、オリヴィアの番が回ってきた。オリヴ
ィアは案山子の前に立つと、目を瞑り、集中力を高めているようだ
った。
オリヴィアは不意に目を見開くと、杖を構え、叫んだ。
﹁炎の使徒よ! 疾く在れ!﹂
オリヴィアの放った魔法は、︽炎弾︾だ。
拳大の炎の固まりが案山子に向かって高速で飛翔し、目標物に着
弾と同時に圧縮されていた魔力と炎が爆発し、案山子を木っ端微塵
に吹き飛ばす。
オリヴィアとクリスとは、ここに来るまでに、魔術を極力使用し
ない事を約束している︵クリスは魔術は苦手だったが︶。
そのため、今のようなダミー用の魔法を用意していた。
魔術を使って目立ったりしない用に、と思って造り、3人で知恵
を絞って、これくらいなら実用的かつ、魔法っぽいのじゃないだろ
うかと考えていたのだが⋮⋮素人考えだったらしい。
︵これは、目立ちすぎかも知れない⋮⋮!︶
そもそも、魔法の一般レベルが解らなかったのだ。クリス、オリ
ヴィアの2人は俺の魔術を基準にしているので、2人の方が一般的
だろう、という考えには当てはまらなかった。その事実に、今更な
がら気づく。
378
﹁ほっほっほ。今期は面白い子がいるようですな﹂
﹁そのようだな。特に最後の者は、随分と実戦を想定した魔法を覚
えているようだの﹂
マグナ学園長と、ライナスさんがそれぞれそう評価し、俺は冷や
汗を流す。使ったのが魔法だったため、特に問題はないだろうが、
これほど注目されると、今後はより注意して魔法を使わないといけ
ないだろう。
﹁では、今度は戦闘実技試験を見てみるとするかの﹂
マグナ学園長の言葉に、俺はオリヴィアが他の受験者に質問責め
になっているのを後目に、戦闘実技試験を行っている会場に移動す
る。
校舎の裏側に回ると、魔法試験会場のような広場があった。さっ
きと違うのは、足下に線が引かれ、四角く区切られている事と、そ
の中で受講者たちが各々武器を持って打ち合っている所だろう。
﹁戦闘実技試験では、受講生がどの程度戦闘に慣れているかを見て
いる﹂
そう呟いたのはライナスさんだ。相変わらず鋭い眼光で会場に素
早く視線をなげている。
﹁学園では主に、ダンジョン内で生き残る術を教えておる。その中
で戦闘力というのは、最も単純で、重要なモノの一つだ﹂
もちろん、強いだけでは生き残れはせんがな。
そう続けるライナスさんの言葉を聞きながら、俺も会場を見回す。
目的の人物はすぐに見つけられた。クリスだ。もしかしたら筆記の
379
方かも、と思っていたが、どうやら彼女は先にこちらに回されたら
しい。
彼女は体育座りで、少しつまらなそうに受講生の動きを目で追っ
ている。試験が終わったなら、あんな顔もしていないだろうし、彼
女もまだ試験が終わっていないようだ。
試験内容は試合に似た模擬線のようだ。四角く区切られた枠内に
2人受講生が呼び出され、その中で武器を振るっている。奇特なも
のは、走りながら詠唱し、魔法を何とか当てようと奮戦している。
中々実戦的なようだ。しかし、気になる点がある。
﹁あれ、もしかして真剣ですか?﹂
﹁そうだ。加減できるかどうかも見ているからな﹂
刃引きされているものを使ったりしているのかと思えば、見たと
おり真剣、刃引きのされていない武器を使っての試験らしく、受講
者の中には互いに腰が引けているものもいる。
そしてそんな中で、特に目を引くものがあった。
﹁ばかな⋮⋮リアル犬耳に、尻尾だと⋮⋮!?﹂
思わず二度見し、そんな事を呟いてしまう俺。あ、会場内の武器
とか戦闘力とかは割とどうでもいいです。母や色々な冒険者を見て
きているし、どのランクでどの程度の実力か、というのは肌感覚で
あるが、ある程度解る。
ちなみにクリスに関しては、まったく心配していない。一緒に剣
を振っただけあり実力はよく解っているし、そもそもオーガを単独
撃破できるようなものは少なく、同年代、となるほぼ皆無といえる。
﹁知り合いかの?﹂
﹁え、いえ。耳と尻尾がもふもふで⋮⋮﹂
380
マグナ学園長に唐突に聞かれ、焦って余計な事を呟いた俺は、顔
が熱くなるのを感じた。何言ってるんだ。
﹁ほっほ。獣人族を見るのは初めてかね?﹂
﹁はい﹂
さっき、初めて残念なエルフをみたばかりですので、とはいえな
い。ちらりとライナスさんを見れば、何だと言わんばかりに睨まれ、
すぐに視線をマグナ学園長に戻す。
﹁彼女のような者を獣人族と言ってな、獣のような特徴を持つ一族
なんじゃよ﹂
﹁はぁ∼﹂
俺はマグナ学園長に、生返事を返した。
エルフと同じように、前世ではアニメや漫画、ゲームなんかでは
良く見るポピュラーな種族であった獣人だが、見た目が人とそう変
わらないエルフと違って、獣人の方は中々インパクトがある。
何せ、動いているのである。犬耳が。尻尾が。
ぴょこぴょこと動く青みがかかった色の耳は、せわしなく動き、
辺りを伺っている、尻尾を垂れさせ、少女の身なりには不釣り合い
なほど大きなハルバードを掻き抱きながら試合に向かう。
そして、その対戦相手は、黒いフードを被った人物だった。
381
第35話﹁入学試験開始﹂︵後書き︶
遅くなってすみません。
感想返しがしたいのですが、現在時間が取れないため、次回更新時
などに返答させていただければと思います
382
第36話﹁戦闘実技試験﹂
犬耳少女の対戦相手として現れたのは、フードを被った人物だっ
た。ここからだと、男か女かは良く解らない。
犬耳も気になったが、フードを被った人物に俺の興味が移る。何
というか、他と雰囲気が違ったのだ。
フードの人物と、犬耳少女が四角区切られた一角で対峙する。
﹁く、くくく。我が名はアベルドア・ウェインゼラート・モビルス
テイン! 我が闇の力、その目に刻みつけるがいい!﹂
フードの人物はそう高らかに宣言する。声からすると、男のよう
だ。
前世だったならば、ああいう手合いは﹁うわぁ⋮⋮痛い奴だ⋮⋮﹂
とかお近づきにならないべきだが、ここはそんなファンタジーがま
かり通る世界だ。﹁闇の﹂なんて魔法は知らないし、興味がある。
それと、名前だ。この世界では、名字持ち、というのは高貴な生
まれで在ることがほとんどで、基本的に平民は名前以外持たない。
おまけに、ミドルネーム入り。どこかの王族なのか⋮⋮とも思うが、
周辺諸国の王族事情に詳しくない俺には、どうにも判断が付かなか
った。
対戦相手の犬耳少女はずいぶんと怯えているようだし、相手が仮
に貴族、ともなれば戦い辛そうだ。これは戦う前から勝負は決まっ
たも同然か⋮⋮?
試験官の合図で試合が始まり、フード男のモビ⋮⋮モビなんだっ
け? モビ何とかがバサッ! とマントをはためかせる。犬耳少女
はその動きにびくっ、となったが、何とかハルバードを構えた。
383
対峙し、微動だにしない両者の間で、緊張感が高まっていく。犬
耳少女はガチガチに緊張していたが、ハルバードの構えは様になっ
ており、戦い慣れしていそうだ。それに対して、モビは余裕。武器
も無く、ただ立っているだけだというのに妙な存在感があり、何を
してくるか解らない、妙なプレッシャーがあった。犬耳少女は、そ
れを間近に感じているのだろう。ハルバードを構え、モビの隙を伺
っていた。
どちらかが、この緊張に耐えかねて、先に仕掛けたなら、その瞬
間に勝負は決まりそうだ、と俺は思った。
果たして、どちらが先に仕掛け、試合が動くのか⋮⋮
俺の意識が、その試合に集中していたところで、別の区画から、
わぁ! っと歓声があがる。
あまりの声量に俺は驚き、そちらの試合に目を向けると、見覚え
のある赤い髪が目に入る。クリスだ。
対戦相手は体格の良い青年で、両手剣を振り回している。クリス
はそれを、右に左に身体を振って避け、時に剣に刀を当ててそらし、
時に刀を振って相手の剣筋を妨害し、自分の間合いを一定に保って
いる。
簡単に言えば、クリスは、青年を軽くいなしていた。クリスは最
初、何か確かめるように避けていたが、刀を相手の剣に当てた辺り
で攻勢に転じる。
青年が剣を振るう回数が極端に減った。クリスが攻勢に回り、攻
守が逆転したのだ。
﹁くそ⋮⋮!?﹂
﹁はぁっ!﹂
追いつめられ、苦し紛れに放った一撃に、クリスが渾身の一撃を
合わせ、青年の剣が宙を舞う。クリスは油断せずに刀を相手の喉元
に突きつけた。
384
﹁ま、まいった⋮⋮﹂
青年が悔しそうにそう言った所で、また周りから歓声があがり、
クリスの試験は終わったようだった。
﹁あ! しまった! さっきの試合⋮⋮﹂
俺は視線をさっきまで見ていた、モビと犬耳少女の試合の方へ戻
すが、2人の姿はすでに無く、試合は終わってしまっていたようだ
った。
く、どっちが勝ったのか⋮⋮つか、闇の魔法とか、知りたかった
⋮⋮。俺は残念に思い、ため息を付いた。
﹁ふむ⋮⋮さっきの赤髪の妙な剣を使う娘の試合を見ていたようだ
が、知り合いか?﹂
俺は横合いから出たその質問に、思わず普通に返してしまう。
﹁え? はい。知り合いというか、同じ場所で剣を覚えた仲間なの
で⋮⋮﹂
と、そう言った所で、隣にいたライナスさんの気配が変わった。
﹁ほう⋮⋮アルド、と言ったな、どうだ。お主も一つ、模擬戦をし
てみないか?﹂
獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべるライナスさんの言
葉に、俺は嫌だ、と答える事はできなかった。
385
どうして、こうなったんだ⋮⋮?
俺は歓声に包まれながらそう思った。
模擬戦をする、というライナスさんの言葉に、マグナ学園長が同
調し、俺はライナスさんを相手に模擬戦を行う流れになったのだが、
少しおかしなくらい盛り上がりを見せている。
﹁︽剛剣︾ライナスの剣技が間近で見られるなんて⋮⋮!﹂
﹁マジか!? それだけでも今日試験に来た意味があったぜ⋮⋮!﹂
﹁おい! そこどけよ! 見えねぇじゃねぇか!﹂
﹁相手はあのちっこいのか? おいおい、せっかく︽剛剣︾の技が
見れるってのに、あんなのが相手じゃ、一瞬で終わっちまうんじゃ
ねぇのか?﹂
あんなんで悪かったな。俺は聞こえてくる観客の喧噪にそう思い
ながら、模擬戦の準備を進める。
この盛り上がりは、どうやらライナスさんの人気によるものらし
い。歳が年輩になるに連れて興奮の度合いが高くなり、歓声は全て
ライナスさんに注がれている。俺は罵倒こそ飛んでこないものの、
アウェイにいるような気分にさらされていた。
いつもの装備を装着し終え、自分の刀を腰に差し、会場の中央に
立つと、ライナスさんも準備を整え、中央へ進み出た。
その姿は教師、教官というより、冒険者や、戦士と言った方が正
しい姿で、使いこなされた装備品からは、幾戦もの戦いの匂いを感
じさせる。
そして、何より目を引くのが、背負られた大剣だ。ライナスさん
の背丈は、近くからであれば見上げるほどに大きい。それに迫るほ
どの厚く、大きな刀身は恐らく強大な魔物を想定しているのだろう。
三頭飢狼の首を一つ落とせるようなその武器もまた、使い込まれ、
いくつも小さな傷がついているのが見てとれる。
386
ごくり。といつの間にか生唾を飲み込んでいた。飲み込まれてし
まいそうな存在感に、これからそれと戦うのだ、という現実感が持
てずにいる。
姿だけに圧倒されそうになった俺は腹に力を入れ、魔力を錬って
無理矢理戦闘状態に持って行く。様子見しよう、なんて悠長に構え
たら、一撃で終わらせられそうだ。
最初から、全力でいく。
そう意気込み、ライナスさんの威圧を正面から受け止める。視線
が合うと、ライナスさんは静かに口を開いた。
﹁準備は良いようだな﹂
﹁はい。いつでも﹂
﹁ふ⋮⋮では、始めるとしようか!﹂
ライナスさんの言葉を聞いて、離れて見ている別の教官が、試合
開始の合図をだす。
︵先手必勝で⋮⋮!︶
合図と同時に飛び出す、そのつもりで前に出ようとして、押しと
どまる。
﹁ぬぅん!﹂
そんな言葉と共に、ライナスさんが大剣が振り下ろされようとし
ている。
いつ距離を詰められたのか、そんな思考すら許されない程せっぱ
詰まっており、俺は咄嗟に魔術を起動する。
︵︽身体強化︾︽操り人形︾!︶
387
突然の事に強ばった身体を、思考と魔術によって無理矢理動かす。
といってもすでに振り下ろそうとされる脅威を前に、起こせる行動
はそう多くない。俺は刀に魔力を込めながら、大剣に刀の腹を合わ
せる。
﹁う、おおぉぉ!?︵重っ!? つか刀が折れる!︶﹂
刀を盾にしようと大剣に合わせたが、防御ごと断ち切ろうとする
ような一撃を前に、押し切られそうになる。
片手の抜刀では到底対抗しきれず、左腕を刀の腹に押し当てる。
そして、上からかかる力に逆らわず、刀を使って鉄塊を地面に逸ら
す。
﹁ほぉ﹂
感嘆するようなライナスさんの声。俺は返答するように、今の攻
防で振り上げた刀を、最小の動きで振るう。
それを、ライナスさんはあっさりと躱す。ライナスさんの体勢は
崩せていない、があれほどの大剣を振り上げるには、まだ猶予があ
ると考えた俺は、追撃に移る。
素早く鞘に納めた刀を、再度解き放つ。
﹁︽三閃︾﹂
人間相手だとか、模擬戦だとかいう考えは、すでに頭になかった。
今ここで、相手を倒せなければ、こちらがやられる、そんな直感
に突き動かされて、刀を三度振るった。
ライナスさんが目を見開く。それは驚きのようであったが、愉悦
のようでもあった。
388
チィン! と甲高い音が響く。音は一つのように聞こえたが、三
つ重なっていた。俺が放った剣技、︽三閃︾は、三つとも柄を軽く
当てられただけで逸らされ、ライナスさんにかすり傷一つ追わす事
はできない。
︵つか、あんな大剣がそんな早く戻るのか!?︶
﹁面白い技だな。しかし⋮⋮﹂
ライナスさんは軽々と戻した大剣を横凪ぎに振るう。俺は地を蹴
って真後ろに跳び、難を逃れる。
距離はできたが、ライナスさんはすぐにそれを潰せる。俺は打っ
て出ずに、それを待ちかまえる。
魔力を全て刀にそそぎ込み、その時を待つ。
ライナスさんは俺の行動に、笑みを浮かべた。そして、俺の誘い
に乗るように、強く地を蹴る。
﹁ふんっ!﹂
今度はかろうじで、ライナスさんの動きを捉える。振り上げられ
た大剣に対して、俺は今度は迎え撃つ構えを崩さなかった。
﹁︽轟一閃︾﹂
爆音にも似た大音量が、雷鳴のように轟き、銀弧を描く。宙に描
かれたそれは、大剣の腹に激突し、大剣の軌道を逸らした。
﹁むっ!?﹂
ライナスさんが驚きの声をあげる。
しかし、こちらの最大攻撃をぶちあてたというのに、剣以外の体
389
勢は崩せていない。それどころか、弾かれた勢いを使って再度剣を
手元に戻し、攻撃準備を整えている。
こちらももう一撃。その前に。
﹁︽剣技解放!︾﹂
自分の手札の中で最大のものを切る。
出し惜しみすれば即時押し切られる、これまで戦って来た勘がそ
う囁き、考えるより早くそれを発動させた。
魔力による斬撃が、ライナスさんに向かって放たれる。
﹁ぬぅっ!﹂
ここまで来て初めて聞く、焦りの混じった声。しかし、言葉と裏
腹に、ライナスさんは流れるように動き、至近距離から迫る魔力の
刃を躱し、いなし、打ち払う。
︵悔しいけど、それは想定済み!︶
そういう事もありえる、と織り込んでいたためショックはない。
しかし、かすり傷一つ負わせる事ができなかったのは若干想定外だ。
魔力の刃では攻撃力が低く、相手の魔力量によっては弾かれる事も
ありえる、とは思っていたが、いくら何でもあの数を捌ききられる
とは思わなかった。
だが、目眩ましくらいにはなる。
この試合始まって、初めての自分からの攻撃。
﹁︽桜花突き︾!﹂
周囲に散らした魔力を収束し、突き技へと昇華する魔法。クリス
390
のように保有魔力量がそう多くないために、一度に収束できる量も
少なく、飛距離も無いが、その分刀に合わせて収束し、威力を上げ
た攻撃。
﹁はっ! やりおる!﹂
ライオスさんは愉しそうに笑い、剣を盾にするように構える。そ
して、津波こちらを押し流すかのような大量の魔力が発せられ、大
剣を覆う。
金属同士がぶつかり合い、激しい火花が散り、甲高い音が響き渡
る。
そして、
﹁はっ⋮⋮!?﹂
俺の刀の上半分が飛び散り、パラパラと舞い落ちた。
﹁ぬぅん!﹂
刹那、盾のように構えられていた大剣が押し込まれ、俺は弾き飛
ばされた。
391
第36話﹁戦闘実技試験﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます!
392
第37話﹁獣耳との遭遇﹂※挿絵付き
︵ふむ。この程度か︶
というのが、ライナスのアルドに対する認識だった。
王からの嘆願書には││この国に限らず、王や権力者は、ランク
Sであるライナスに対して命令権を持っていない││この少年を見
極めて欲しい、とだけ書かれており、どういう経緯でそうなったの
かは書かれていなかった。恐らく、余計な先入観をもって見極めて
欲しくないという王の考えだろう。
そこまではライナスも推察したが、それでも王がわざわざライナ
スに依頼してまで見極めねばならないような相手か、と言われると
疑問が浮かぶ。
目の前で気を失った少年を前に、ライナスは顎に手を当て思いを
馳せた。
︵だが、まぁ面白い︶
久しぶりに心が躍る戦いだった。近年ではライナスの名を知らぬ
ものはおらず、名を聞いただけで戦いを避ける始末で、戦いを仕掛
けてくる相手も、功名心ばかりが先走り、相手の実力を見極める事
もできないような雑魚ばかり。
︵十数年年ぶりか? 思い切りの良さが、あの小娘を思いおこさせ
るな︶
金髪を靡かせ剣を振るい、︽剣姫︾や︽狂剣姫︾とまで呼ばれた
393
教え子の姿が思い起こされる。
︵あれの才もなかなかだったが、女で、剣の頂点には興味がなかっ
たからな︶
剣の才はあったが、それほど剣に興味はなく、生きるのに必要だ
からと覚えていた程度。それでもランクB││一流と称して不足な
い剣士であったのだから天才といえる。それももう、十数年は前だ
ったかと、ふと感慨に耽ってしまう。
﹁ライナス殿、してアルド少年はいかがでしたかな?﹂
ゆっくりと近づいてきたマグナ学園長が、ライナスに訪ねる。マ
グナ学園長の言葉は、聞いただけでは今の試合の様子を聞いている
ようだったが、二人とも、そうではないという事を把握していた。
﹁ふむ⋮⋮保留、だな﹂
﹁ほぉ。保留、ですかの﹂
ライナスの言葉に、長い髭を撫でながらマグナ学園長が同調する。
﹁ああ。保留だ。剣は⋮⋮変わった型だがこの歳にしては良く使い
こなしている。だが戦いの組立かたがなってないな。対人なら、精
々ランクCといった所か⋮⋮﹂
ライナスの言葉に、マグナ学園長が苦笑する。
それだけあれば、実技に関しては学園の卒業要項を満たしている。
戦術に関しては、この歳でそこまで求めるのは酷というものだろう
し、一般レベルで見たとしても、ランクCとなれば充分な実力者と
言えるだろう。
394
﹁魔法は⋮⋮そうだな。儂よりもお主の方が良く解るのではないか
? 体感としては、魔法士の中でも下級が精々の魔力量だったが、
威力は中級魔法かそれ以上。最後の一撃に至っては、剣技も含める
と上級に届くレベルだ﹂
﹁ライナス殿とほとんど同じ意見ですのぉ﹂
﹁やはり、魔術か?﹂
魔術。200年も昔であれば禁術とされていたが、今では失われ
てしまった高度な技術として、その真偽を議論される存在だ。
かつては、︽氷の妖精︾とまで言われた少女が一人で作り上げた
魔法の体系。しかし、自分の立場を追われると恐れた当時の魔法士
たちが団結してその技術を受け入れようとせず、民間に浸透する前
にもみ消してしまい、今では一部の技術を魔法士が再現するのにも
苦労するような技術。
そして、その魔術の始祖と呼べる少女は、当時の魔法士と争いに
なり、結果として、﹁永久凍土の城﹂と呼ばれるダンジョンを作り
上げ、行方知れずとなってしまった。ダンジョンの主が作り上げた
禁術としてその後も50年程、魔術は畏怖の対象だったが、近年、
彼女が残したと思われる道具や手記が見つかり、魔法の新たな可能
性として期待されている。
﹁正直に申し上げますと、儂にはそこまで判別できませんでしたの﹂
﹁お主がか﹂
﹁彼の使った魔法は、魔法ならば異端、魔術だとすれば、新しすぎ
るもの⋮⋮でしょうな。儂にはどういったものかさっぱりで、魔力
を用いて何か複雑なものを作り上げた⋮⋮というところまでしか解
りませんでしての﹂
﹁ほとんど解っておらぬではないか⋮⋮﹂
﹁ほっほ。それほどのものだった、という事です。機会があれば、
395
儂が弟子入りして教えを請いたいものですな﹂
﹁それほどのものか﹂
ライナスは呻き、目を閉じる。しばらく何か考えていた後、再び
口を開いた。
﹁やはり、王への返答は保留でいいだろう﹂
﹁そうですな。この結果だけを見て伝えるのは少々早計かもしれま
せんな﹂
二人はそう結論を出した。それぞれ、王からの依頼でアルドを見
定める事になっていたが、今ここで結論を急ぐよりも、時間をかけ
てしっかりと見極めるつもりだった。
﹁だがまぁ、面白い﹂
﹁おや、何がですかな﹂
ライナスはにやりと口の端を歪める。それは笑顔、というより、
肉食の獣が獲物を前にしたような顔だった。
﹁鍛えがいがありそうだ。鍛えれば、儂の剣に届くやもしれん﹂
﹁それは⋮⋮彼にとっては、あまり良い事ではなさそうですなぁ﹂
マグナ学園長の呟きは小さく、その場に居た誰もが聞き取る事は
できなかった。
◆◇◆◇◆◇ ライナスさんと模擬戦が終わった数日後、宿に泊まっていたクリ
ス、オリヴィアの元に合格通知が届き、無事入学を果たした。
396
入学式のようなものは、本当に簡単にあっただけで、特に特筆す
る事はない。入学式に代表の挨拶をした先輩から意味ありげな視線
を飛ばされてみたり、貴族っぽい人に絡まれたりしてみたり、なん
というか、ラノベや漫画でありそうな事はいっさいなく滞りなく授
業へと移行した。本当に、滞りなく。
強いて言うなら、誰にも絡まれなかった、という事だろうか。
いや、こちらにも不手際があったかもしれない。俺はいつもクリ
ス、オリヴィアと一緒に行動しているし、グループで固まってしま
うと、新しい交流が生まれにくいっていうのは解る。俺だって、す
でに固まっているグループの輪になんて進んで入ろうとはしない。
できない。
つまり、何が言いたいかと言うと。
俺は一週間経っても友人と呼べる人間が増えていなかった。
クラスメイトはどこまでいってもクラスメイト。他人以上友人未
満な知人なのだ。
俺のクラスはSクラス、というクラスで同じ学年内では優れたも
のが集まるクラスらしい、らしい、というのは交流の輪がそう広く
ないため情報が入ってこないので、知らないせいだ。授業の休憩の
合間に、噂話を聞きかじった程度でしかない。
クラスごとに格差があるためか、基本的に上のクラスの人は下の
クラスと交流がない。そのせいか、俺が近づくとびっくりして道を
あけられたり、あからさまに避けられたりする。
今も、こうして朝普通に教室に向かって歩いていただけなのに、
﹁きゃっ﹂といって驚いた女生徒が俺から離れ、道をあけた。
Sクラスってどんな風に見られてるんだろう。そう思っていたの
だが⋮⋮
ちょっと待て。今の子、見間違いじゃなければ俺と同じクラスじ
ゃね? これまではSクラスってそういう風に見られるんだ、肩身
397
せまいなーと思っていたが、まさか、もしかして、あるいは。そう
いう風に見られているのって俺だけなんて事⋮⋮。
俺は、衝撃の事実に、廊下に立ち止まる。逃げた生徒は間違いな
く、自分と同じ教室に入っていってしまった。
﹁アルド、どうかした? 固まってるけど﹂
﹁あれ、アルドさん、どうかしたんですか? 打ち捨てられた犬や
猫みたいな顔をして⋮⋮﹂
﹁あ、ああ。クリス、オリヴィア。おはよう﹂
2人に声をかけられて、俺の止まっていた時は動きだし、2人に
連れられるように教室の一角、一番後ろの窓際席に陣取る。席は決
められていないので、いつも自由に座っているが、みんな気に入っ
た場所を見つけていつもそこに座っている。
授業の用意をして、落ち着いた所で、俺ってもしかして、クラス
の人間から避けられてる? というような事を聞いてみた。別のク
ラスに、というのはまだ、Sクラス全体がって可能性もあったので、
様子見。
﹁いや、このクラスというか、学年全体が避けてるというか⋮⋮﹂
﹁クリスさん、そういうのは、もっとこう、言い方を変えないと⋮
⋮﹂
しかし、そんな幻想は一瞬にして打ち砕かれてしまった。そうで
すか。クラス全体ではなく、学年全体で⋮⋮
俺の中で、むくむくと表現しがたい感情が膨れ上がる。
﹁えっとその、アルド、いつも堂々としてたし、私たちより情報収
集とか得意だったから、もう知ってるのかな、って⋮⋮﹂
398
詳細を聞くと、どうやら、試験でのライナスさんとの模擬戦が原
因らしい。どこの馬の骨とも知らない自分が、ライナスさんと戦い、
かつまともに勝負が出来た︵模擬戦の内容を知らない人間が、そう
言っているらしい︶という話から、そんな話がでており、更にライ
ナスさんに戦いを挑んだのが俺で、伝説級の人物であるライナスさ
んに喧嘩を売るような危険人物と認定されているらしい。
﹁あ、アルド⋮⋮?﹂
全ての話を聞き終えたあと、大人しく聞いていた俺に、クリスが
恐る恐る、といった様子で聞いてくる。俺は、笑顔を浮かべて答え
た。
﹁そっか。教えてくれてありがとう。うんまぁ、理由が解ったなら
平気かな。あ、ちょっと授業の前にお手洗いに行っておきたいから
行ってくるね﹂
そうまくし立てて席を立ち、早足にならない程度に教室を出る。
そして、誰も居ない事を確認した俺は走り出した。
︵うぁぁぁぁぁん! なんだよ! 危険人物って! つかそんな避
けられてるのに一週間も気づかない俺って⋮⋮アホの子!︶
声は上げたりしない。目から流れてるのはあれです。汗です。青
春のほとばしりが目からあふれてるだけなんです。
音を立てて走って、誰かに見咎められたりしないように、全力で
音を消しながら、魔術も使って加速する。どこでも良いから、今は
一人になりたかった。
そうして、少し走り、そろそろ止まって落ち着こうと、角を左に
曲がろうとしたとき、自分とは反対側から誰かが走って来ている気
399
配に気づいた。
目から流れる汗を拭っていたせいで、若干気付くのが遅れてしま
い、焦る。
︵う、やば、ぶつかる││?︶
﹁││!?﹂
そう思ったのと、向こうが気づいたのはほぼ同時。
右に飛んで避ける。そう判断して咄嗟に飛ぶ。
﹁な││!?﹂
﹁きゃうんっ!﹂
しかし、飛んだ先にはすでに人影がおり、互いに避けようとして、
結果的に避けられずに激突してしまった。
かちかちする頭を振って、何とか立ち上がると、どこか見知った
少女が尻餅をついて頭を押さえていた。
<i139976|13432>
痛みのせいか、ぺたんと垂れた犬科の獣耳。両足の間からは、ふ
さふさの尻尾が覗いている。
犬耳の少女は、上目遣いで俺の方を見ながら、ぶるぶる震えてい
た。
﹁あ、ごめん。だいじょう││﹂
﹁ひゃぅ!﹂
手を差し出すと、びくっと目を瞑られ、少なからず傷つくが、そ
ういえば俺は、危険人物だったと思い出す。こんな汚れた人間の手
400
なんて、取ろうとする奴は居ないんだった⋮⋮と切なくなる。
仕方なく、俺は衝突の際に散らばってしまったらしい、羽ペンは
羊皮紙を拾い上げる。
犬耳の少女は、それをびくびくしながら伺っており、時折耳をぴ
くぴくと動かしていた。
﹁えっと、これ。ごめんね。急に飛び出したりして。怪我はない?﹂
見たところ、怪我はなさそうだった。彼女から身体強化していた
ような魔力を感じるので、そのせいか。俺もぶつかった箇所が多少
痛いが、大した事はないし。
謝りながら、拾い集めたものを手渡すと、彼女はおっかなびっく
りそれを受け取る。
﹁││ぁ、ぇと﹂
彼女は何か言い掛け、潤んだ瞳を右に左に泳がせていたが、結局
何も言わず、俺に頭をさげると、道具を抱え込んで、すごい勢いで
駆けていってしまった。
そんなに、逃げたくなるような相手なのか、と俺は地味に凹んだ。
俺は結局、授業開始ぎりぎりまで、目から流れる汗を拭っていた。
401
第37話﹁獣耳との遭遇﹂※挿絵付き︵後書き︶
お待たせしました!
37話のお届けです。
今回はいつも頂いている方とは別のイラストレーター様にイラスト
をいただきました!さっそく使わせてもらってます。ありがとうご
ざいますー!
それとすみません。感想、目は通させていただいているんですが、
今週は返せそうになく⋮来週あたり、まとめてお返事させていただ
きます。
いつもお読みいただきありがとうございます!
402
第38話﹁遺された物﹂ ※挿し絵あり
授業開始間際に教室に戻ると、クリスが心配そうに声をかけてく
る。
﹁アルド、大丈夫? 顔色悪いみたいだけど⋮⋮﹂
﹁あ、うん。大丈夫﹂
そう答えると、クリスは何か言いたそうな顔をしたが、自分の席
に座り、隣に座るオリヴィアに何か耳打ちしている。
︵ねぇ、やっぱりアルド大丈夫かな⋮⋮目、真っ赤になってるし⋮
⋮︶
︵そうですね、心配ではありますけど⋮⋮なんと声をかけたら⋮⋮︶
2人にそんな風に思われているとは気付かないまま、俺は自分の
鞄から教科書と、ノート代わりの羊皮紙、羽ペンとインク壷を取り
出し、授業の準備を整える。
羊皮紙と羽ペンが新品同様にきれいなのは、これがすでに数代目、
と言うわけではなく、使っていないからだった。
授業をさぼっている訳ではなく、教科書の内容は全て魔力演算領
域内にコピー済み、授業の内容も先生の発言全てをログに残してい
るのでわざわざ筆記で残す必要はない。つまりは、先生や周りに対
するポーズ。
と、そこまで用意した所で、教室に痩せた眼鏡をかけた先生が入
ってくる。一限目は確か、魔法学の授業だ。
﹁それでは、授業を始めるでありますな﹂
403
そんな独特のしゃべり方で、魔法学の授業は始まった。先生は、
黒板にチョークで文字を書きながら、魔法について語っている。
﹁魔法は一般的には、魔力を神や精霊に譲渡し、譲渡した高位存在
によって世界の理が歪められ引き起こされる現象、と考えられてい
るのでありますな﹂
そこで先生が言葉を区切り、生徒を見回すと、話を聞いていた生
徒の一人が手をあげる。
﹁どうぞですな﹂
﹁はい。先生、一般的には、ということは、何か別の方法があるの
でしょうか﹂
﹁ふむふむ。よい質問でありますな。少し、話が脱線しますが、魔
術、というものについて皆さんどの程度知っておりますかな?﹂
魔術、と聞いて心臓が掴まれたように思うほど、驚く。俺の知っ
ている認識では、魔術は禁術。使えるという事実は知られてはいけ
ないもの
だ。ちらりと隣をみると、オリヴィアとクリスはこちらを見て、不
安そうに瞳を揺らしている。
﹁大昔に、禁忌として指定されたものだとしか⋮⋮﹂
さっきの質問者が、代表としてそう答える。
﹁そうでありますな。ですがそれは、答えとしては正確ではありま
せんな﹂
404
こつこつ、と靴を慣らし、先生は黒板の周りをうろつきながら、
持ったチョークをリズムを取るように振り回し、説明を続ける。
﹁禁術、と言われておりますが、魔術がどういった術なのか、皆さ
んご存じありますかな?﹂
誰も答えようとしなかった。正確には、解らない、という様子だ
った。
﹁皆さん、解りませんかな? 禁術、というくらいですから、禁止
されるほど危険視されたものなのに? ⋮⋮答えの前に、歴史のお
勉強の時間ですな﹂
いつもなら、俺もサボって魔力演算領域ないで落書きしていると
ころだったが、俺はペンを置いて、先生の話に聞き入っていた。
﹁魔術は、たった一人の人物が作り上げたものなのですな。︽氷の
妖精︾︽永久凍土の城︾の主と言われる人物、アリシア、という女
性が作り上げた、魔力を用いた、世界の理に干渉する技術の事なん
ですな﹂
先生は生徒の反応を見て、驚きや戸惑いを浮かべて居るのを確認
したあと、大きな声で、ざわつく教室に被せるように言った。
﹁そう! 魔術と魔法は根っこは同じものなのですな。それが何故、
禁術として魔法と魔術は袂を分かつ事につながったのか。ここが歴
史の大事な部分ですな。テストに出すので、しっかり覚えるのです
な﹂
先生はそういって、テストに出しますぞ、と黒板に文字を加える。
405
書くのそっちかよ! と突っ込むやつはいないくらい、しっかりと
聞き入っている。
﹁アリシア女史が作った魔術は、当時の魔法士と、教会の人間にと
っては認めがたいものだったのですな﹂
﹁⋮⋮それは、何故でしょうか?﹂
生徒の一人が手をあげ、先生はそれに答えた。
﹁正確には、解らないんですな。魔術の全容は伝わってはいないの
ですな。しかし、当時の魔法士としては、怖かったのでしょうな。
魔力を用い奇跡を起こす魔法。それに似たより優れた魔術。これま
で培った魔法の知識、技術、それら全てを否定されるような、革新
的な技術であったと、そう伝えられておりますな﹂
そんな事があったのか。アリシアはその辺りをあまり話そうとは
しなかった。俺も、彼女が話したくない事を聞くことはなかった。
もう知り得ないと思っていた事実が、先生の言葉の中にあった。
﹁教会にとっても、魔術は受け入れ難かったのでありますな。魔法
は神から授かった奇跡。それを蔑ろにし、冒涜するような行為であ
ると、アリシア女史の魔術を受け入れられなかったのであります﹂
先生は嘆くように、天井を仰ぐ。
﹁しかし、実に愚かな行為でありますな!
そんな土台もあり、アリシア女史は当時の魔法士と、教会関連の
人間全てと敵対関係になり、最終的には都市一つを彼女によってダ
ンジョンに変えられてしまうという損害を受けたのでありますな。
そして、アリシア女史は歴史から姿を消し、彼女しか使うことの
406
できなかった魔術は、彼女が遺した手記や、道具の一部しか現在に
伝えられおらず、魔法の進歩が100年は遅れてしまった、といっ
ている研究者もいる状態になっているのでありますな﹂
知らなかった事実に、誰もが戸惑いを隠せないように、教室内が
ざわつく。授業中でなければ、すぐにでも喧噪に包まれていただろ
う。
﹁混乱するのは仕方ない事でありますな。今は、そういうやり方も
ある、という事実だけ知っていて欲しいのですな。ここでそれを否
定すれば、過去、魔術を認めなかった愚か者と同じ道を辿ってしま
うのですな。君たちは若い。もっと視野を広くもって欲しい、そし
て、無くなってしまった魔術より優れた魔法を生み出して欲しい、
と私はそう思うのですな﹂
そこで話を区切った先生は、チョークや教科書を片づけ始める。
﹁む。もっと話したいところではありますが、今日はそろそろ時間
ですな。次回はもう少し、細かい話もしていきたいのでありますな﹂
そういって、先生は授業をあっさりと切り上げて、教室から出て
いってしまう。
﹁あ!﹂
俺はもう少し先生と話がしたくて、座っていたいすをはね飛ばす
ように立ち上がり、慌てて教室を飛び出した。
﹁先生! 先生! ちょっと待ってください!﹂
﹁ん⋮⋮? なんでありますかな?﹂
407
俺は廊下に出て、先生を捕まえると、その場で質問を投げかける。
﹁すみません。呼び止めてしまって。さっきの授業で、少し気にな
る事が⋮⋮あの、彼女の││アリシア、さんの遺したモノってどん
なものなんですか?﹂
﹁おや。君は確か⋮⋮推薦で入った、アルドくんでありますか。君
も魔術に興味があるんでありますね﹂
﹁君も﹂つまり、先生も魔術に興味がある。俺は、この先生とな
ら仲良くできそうな気がした。
﹁はい。俺、もっと魔法が上手くなりたくて﹂
俺は適当な理由をでっちあげて、先生に話を合わせる。魔術の事
を明かすには、もう少し先生の人となりを知りたいと思ったからだ
った。
﹁うむうむ。良いことですありますな! 君は確か、特殊な魔法を
使うと聞いていましたしなぁ。⋮⋮と、アリシア女史の遺物でした
な﹂
先生の言葉を聞き逃すまいと、俺は一歩乗り出して話を聞く。
﹁彼女の遺したものは、様々な形で遺されているそうですな。いく
つか発見された物でも同じ形のものは少ないようでして。手記、旅
の道具、鏡など日常的に使われた物が多いらしいのでありますな。
私も、資料でしか見たことがないのでありますな﹂
俺はその言葉に、がっくりと肩を落とす。実物がみれれば、と思
408
っていたが、期待はずれの結果に、少なからずショックを受ける。
﹁本当に興味があるんでありますなぁ⋮⋮そんな君に、少し良いこ
とを教えてあげるでありますな﹂
﹁な、何かあるんですか!?﹂
﹁ち、近い! 近いでありますな! 離れるでありますな。⋮⋮ふ
ぅ。アリシア女史は、魔術を後生に伝えたかったようなのでありま
すな。これまで見つかったもののいくつかは、ヒントと共に隠され
ていたようなのでありますな。他の遺物を暗示するようなヒントも、
その中にあるのですな﹂
アリシアが残した物││それが、どこかに。
﹁そして、その一つは、学園の近くにあるそうなのでありますな﹂
最後の一言は、秘密を共有する悪友のような悪戯に満ちたもので、
先生はそれを小さく口にした。
﹁まぁ、それは噂程度のものなのでありますが。私も時間があると
きに学園内などを探しているのでありますが、どこにも無いのであ
りますよ。もし、君が見つける事があれば、私にも見せて欲しいの
でありますな﹂
先生は最後にそう言って、次の授業の準備のために行ってしまっ
た。俺は、先生にお礼を言い教室に戻る。
﹁アルド、先生に何か用があったの?﹂
﹁うん。まぁ﹂
﹁アルドさん、よかったですね。魔術がそこまで、否定的じゃない
みたいで⋮⋮﹂
409
﹁うん。そうだね﹂
教室に戻った俺は、クリスとオリヴィアに話しかけられたが、よ
く聞いていなかった。それだけ、浮ついていたのだ。
学校に北のは良いが、今いち目標が定められずにいたが、ようや
く決まった。アリシアの遺した物を探す。そして、彼女が作った魔
術を広めること。きっとそれが、彼女に出来る恩返しなのだと、俺
は思った。
その日はその後の授業に集中できず、早く授業が終わらないかと
ばかり考えていた。
待ちに待った放課後、俺はクリスとオリヴィアに一人で行動する
旨を告げて、一人で学園の周辺を散策していた。
目的は、アリシアが遺した物││その痕跡を探す事だ。何となく、
彼女が宿っていた紅い宝石をイジりながら、学園周辺を注意深く進
んでいく。
街から離れた所にある学園は、木々に囲まれている。俺は、その
中で学園の裏にあった小道を何となく進んでいた。
学園内を調べなかったのは、魔法の先生もアリシアの遺物を探し
ている、という事から、少し別の所から手を着けようと考えたから
だ。先生は学園内に居ることが多いだろうし、時間がなければ近場、
学園内から探すのではないか、と思う。
そう考え、別の視点から見つけたのが、この小道だった。特に魔
術的な痕跡があった訳でもなく、少し気になったから来ただけだっ
たのだが、30分ほど歩き始めてさすがに、そろそろ何もない無い
ような気はしている。
﹁外れか⋮⋮ま、この辺りに隠す、ってのも変だもんなぁ﹂
人に見つけて欲しいなら、隠すにしてももう少し目立つような形
410
にするだろう。森の中に入れるにしても、何か目立つ物があっても
良いはず。しかし、ここにはそう言った物はなく、静かな小道だけ
が続いている。
学園近くでは学生がいて、人の気配の喧噪があったが、ここはそ
ういったものから切り離されている。
このまま行っても何もなさそうだが、静かで歩きやすい道に誘わ
れるまま奥に進んでいくと、その先に開けた場所があった。
﹁こんな所があったんだ﹂
木々が避けるようにして出来たそこは、秘密の場所、という表現
がしっくりくるような場所だった。小さく綺麗な花が咲き乱れる場
所。今は少し日が傾いて来ているが、日中なら日溜まりが出来て、
昼寝にちょうど良さそうな場所だ。
﹁⋮⋮ん?﹂
そんな中に、石があった。いや、ただの石なら対して気にならな
いのだが、それだけ、人の手が入っているように思える。石は綺麗
に磨かれているし、何より、石の前には花が添えてある。
﹁もしかして、お墓か?﹂
少し気になって、花を避けながら、その石に近づく。小さくて、
名など刻まれていなかったが、やっぱり、お墓の様に思えた。
こういう時、手を合わせると良いんだろうか⋮⋮などと考えてい
ると、後ろから声が聞こえた。
﹁おぬし、そこで何をしておる?﹂
411
静かで、透き通るような声。しかし、声には強い警戒が含まれて
いた 俺は、その声の主を刺激しないように、ゆっくりと振り返る。
目に入ったのは、いつでも魔法を放てるように、魔力を高めた左
手をこちらに向ける、異種族の女性だった。
﹁もう一度だけ問うてやろう。おぬし、そこで何をしておる﹂
<i141555|13432>
412
第38話﹁遺された物﹂ ※挿し絵あり︵後書き︶
大変お待たせいたしました!
第38話のお届けです。そして、またイラストをいただけたので貼
り付け!
こちらはいつも頂いている方、前回犬耳のイラストをいただいた方
とは別の方となります。素敵なイラストありがとうございます!!
と、いつもお読みいただきありがとうございます。読者の皆様に少
しご連絡が⋮⋮
少々現実世界が立て込んでおりまして、大変申し訳ないのですが、
現実が落ち着くまで、感想返しをさせていただく時間が取れそうに
ありません。
週の半分を会社に泊まったりしている状態でして。。。
そういった事情ですので、当分の間、感想もろもろは開店休業とさ
せていただきます。
執筆ペースは当分は週一で守れるようにいたします!
これからもロボ厨をよろしくお願いいたします!
413
第39話﹁魔術師﹂
﹁もう一度問うてやろう。おぬし、そこで何をしておる﹂
そう、どこかなまりを感じさせる声をかけてきたのは、異種族の
少女だった。
ふわりとした金髪。紅く光るような瞳。はっきりとした目鼻立ち
に、つり上がった細い眉が怒りを彩っているが、それを含めても息
を飲むような美しい少女だった。異種族、そう思ったのはその特徴
的な耳で、最近見た記憶がある。
︵長くて尖った耳⋮⋮エルフ?︶
あまり自信は無かった。実物のエルフを見たが、あれは少々変わ
っている。あれを基準としていいのか、という思いもあるし、個人
的にはあれを基準にしたくない、という思いもある。
そんな事を考えていると、殺気混じりの魔力が膨れあがる。高ま
る魔力が段々と世界への干渉力を高め、今はすでに、周囲に風を生
むほどに強い。そんな物が自分に向けられれば、と気付くと、どっ
と冷や汗が流れる。
﹁いや、ちょ、ちょっと待って!﹂
思わずそんな間抜けな声を上げてしまう。何か続けようにも、こ
れまで接点もなかった美少女といって良い相手に提供できる話題な
んてない。おまけに、何で怒っていらっしゃるのか解らない。
414
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
長い沈黙が降りる。向こうはどうやら、こちらを警戒して、これ
以上何か話しかけてくれる様子はない。
情けない事だが、こちらも向こうが何故怒っているか解らないの
で、これ以上迂闊に声をかけたくなかったのだが、話のとっかかり
は自分がつくるしかなさそうだった。
﹁え、えーと。俺がここにいる理由です、よね。さ、散歩?﹂
そう言った瞬間。ぶわっと殺気と魔力が倍増した。うわばか俺の
あほ。もっと何か無かったのか。
﹁⋮⋮おぬし、わっちを馬鹿にしておるのかや?﹂
ですよね。逆の立場だったら俺もそう考えると思います。
でも、今の状況は言ってみれば切っ先を首筋に突きつけられてい
るような状態、銃口をこちらに向けられているような一色触発状態
だ。ちょっと冷静で無いのは許して欲しいと思う。覚悟を決めてか
ら望むならまだしも、こういう突発的な状況は勘弁して欲しい。
﹁いや、ほんとにそんなつもりはないです⋮⋮﹂
﹁なら、何故このような所に一人でおるんじゃ﹂
少女はどうやら、少しは警戒を解いてくれたらしい。周囲の草木
を揺らす程に圧力が高まっていた魔力は鳴りを潜めている。が、腕
はこちらに向けられたまま。何かおかしな事をすれば即座に││そ
んな気配はあるが、こっちは別に、探られて痛むような腹はない。
俺は、今度は慎重に言葉を選びながら、少女に話しかけた。
415
﹁ほんとに、大した理由はなくて。散歩って言いましたが、迷い込
んだと言いますか⋮⋮学園から小道が続いてたので、先が気になっ
て⋮⋮﹂
﹁嘘じゃな﹂
俺の言い訳は不機嫌そうな彼女の言い分に遮られる。遮られた事
もそうだが、嘘もついていないのに、嘘をついている、と断言され
ては多少なりとも腹は立つ。
﹁なんでそんな事が言えるんです? 嘘なんてついてませんよ﹂
﹁⋮⋮ふん。あくまで白を切るきかや?﹂
﹁白って⋮⋮隠すようなものなんてありませんよ。さっきも言った
とおり、普通に入って、奥まで続いてたから何かあるのかなって思
っただけです。ここも、綺麗だなとは思いますけど、別に期待した
何かがある訳でもないし﹂
﹁⋮⋮おぬし、結界を破ってここまで来たわけではないのかや?﹂
﹁結界⋮⋮? そもそもそんなもの、見てませんけど﹂
ここまで来て、お互い話がかみ合っていない、という事が解って
きた。向こうもそれが解ったのか、腕をおろす。警戒心は無くなっ
た訳ではないようで、青い瞳がこちらを睨んで来ているが、それで
もさっきよりは話しやすそうな雰囲気にはなっている。⋮⋮あれ。
さっきは瞳の色が紅くなっていたような気がしたけど。気のせいか?
﹁本当に、結界を破った訳じゃない⋮⋮のじゃな?﹂
﹁そんな事してません。仮にあったとしたら、俺は気になってもよ
ほどの事が無い限り、破って侵入なんてしませんよ﹂
﹁ふむ⋮⋮なら、何故おぬしがここにおる﹂
だからさっきから言って⋮⋮と思ったが、それを言っても納得し
416
てもらえないだろう。それに、ようやく向こうが落ち着いて、話を
聞いてくれそうな様子なら、煽るよりも先に、話をするべきだ。
結界があった、というなら想定できるケースは幾つかあるので、
それを羅列してみる。
﹁それは⋮⋮
一つ、結界なんてなかった。
二つ、結界には抜けがあった。
三つ、結界はあったが作動しなかった。
⋮⋮まぁ、俺以外が結界を破って、そこをたまたま俺が通りかか
った⋮⋮とかあるのかもしれませんけど、そもそも、結界が破られ
た時にそれが解る機能は設定してないんですか?﹂
﹁それくらい、設定しているに決まっておろう! そうでなければ
こう驚いたりせん!﹂
つい、設定した、なんて言葉を使ったが、まるでそれが当たり前
のように彼女はそれに答えてくる。魔法であるなら、そんな事はあ
るはずないのに。魔法であるなら、手元を離れた結界が壊され、そ
れを感知する、などという事はできないのに。
魔法でできる初歩的な結界は、精々が対象を魔力で囲うだけ。魔
力で囲ったあと、その魔力に何かアクションがあった場合に応答す
る、というのはもう、魔術でなければ仕込めない。それが可能だと
言うことは、つまり。
﹁⋮⋮おぬし、やはり嘘をついておるな﹂
彼女も気付いたらしい。
目の前にいるのが、互いに魔術師であると言うことに。気配がま
た刺々しくなり、せっかく落ち着いて来ていた表情や魔力に、攻撃
的な色が浮かび始める。
417
﹁嘘なんてついてません﹂
思わぬ出来事だったが、俺は逆に、チャンスだと思った。何もな
いと思っていた場所で、遺物を見つける、それに匹敵するほどのチ
ャンス。
魔術師。それは、アリシアの遺物について何か知っている可能性
がある。
目の前の少女は、警戒を再び強くしながら、俺に質問を重ねてき
た。
﹁おぬし、どこの者じゃ。女子の周囲をかぎ回るなど、ええ趣味を
しておるの﹂
魔術師、というのは、隠れているだけで、沢山いるのか? 彼女
の言葉を聞くと、対立するだけの数と種類、魔術師がいるかのよう
に聞こえる。だとしたら、こちらは下手に隠さずに、どんな魔術師
かというのを明かした方がいいかもしれない。
﹁どこにも与してなんて居ません。俺は魔術師といって良いか解り
ませんけど、独学で魔術を操っているだけなので﹂
﹁独学じゃと⋮⋮!? ありえん! おぬし、どこでその存在を知
った!? これ以上嘘をついて煙に巻くつもりならば、こちらも容
赦せぬぞ! 魔術師などと嘘をついて、わっちを騙そうとしておる
のじゃろう!﹂
反応は、さっきよりも劇的だった。感情につられるように魔力が
高まる。それと同時にはっきりと解る。揺れる魔力はさっきよりも
荒々しい。が、それは脅威度があがった訳ではない。彼女は││動
揺している。戸惑っている。恐らく、俺に対して。俺が今言った言
418
葉に対して。
それに対して、俺は自分が魔術師だと証明するために、魔力を練
って術式を展開する。足下に浮かぶ幾何学模様の術式は、防御用の
術式。 万が一、彼女と戦闘になったとして、己の身を守りきれるだけの
術式を展開しなければならない。そのために選んだのは、︽12の
盾︾だった。
﹁⋮⋮魔術の基礎は、︽ある人︾に教わりました。そこからは独学
です﹂
隠蔽はしていない。術式を読めば、魔術師ならば解るはず。攻撃
の意志はない、という事に。だがそれでも、攻撃されない、という
保証はない。
できれば、戦いたくない。そんな願いが届いたのか、魔力を高ぶ
らせた少女は、そのままの状態ながら、俺に再び話しかけた。
﹁誰に、魔術を教わったんじゃ﹂
﹁言えません﹂
鋭くなる視線。さっき魔術師と明かすべきでは無かったか。いや、
途中で気付かれていたようだし、その考えは無駄だろう。そして、
ここでアリシアの名前は出すべきではないと思った。
もし、魔術師の派閥があるのなら、魔術の開祖であるアリシアの
名は、良くも悪くも、大きすぎると思ったからだ。
﹁⋮⋮防御用の術式﹂
ふと、彼女の視線が逸れる。俺の足下に。そしてぽつりと呟かれ
た。
419
﹁盾のような障壁を10⋮⋮いや12枚使うようじゃの。こんな術
式は見たことがないの⋮⋮独学、というのは嘘じゃなさそうじゃの﹂
そして術の構成が見抜かれる。やはり、彼女は術式を読める││
魔術師だ。
﹁この術式は、おぬしが作ったのかや?﹂
﹁そうです﹂
と答えると同時に、少女が魔力を固めた弾丸のようなものを放っ
てくる。俺はそれを、展開した障壁で弾く。ぱちんと小さな衝撃が、
障壁を撫でた。攻撃、というには余りに弱く、牽制にしては疑問が
残る、何か確かめるような魔力。
﹁嘘は、言っていないようじゃの⋮⋮おぬし、名は﹂
﹁⋮⋮アルドです﹂
﹁アルド、これまでの非礼を詫びよう。おぬしは確かに魔術師じゃ﹂
いつの間にか、少女の体から魔力は霧散し、辺りは静かになって
いた。
そして、さっきとは違い、随分と穏やかな様子で語りかけてくる。
﹁ここの結界はな、ある魔術師がつくったもので、その人物と連な
る者には反応せん。おぬしはそれを証明するものを持っているんじ
ゃな?﹂
どきりとした。紅い宝石が入ったポケットを押さえようとして、
留まる。
420
﹁おぬしはわっちには信用できん。だから今は何も語らん。じゃが、
おぬしの誠意に免じて、今回は見逃してやろう。この場所は、わっ
ちにとって大事な場所じゃ。おぬしが︽奴ら︾と関係ないと言うな
ら、二度とこちらに近づくでない。用があれば、わっちの方から出
向いてやるからの﹂
そう言って、彼女は来た道を戻る。俺は追いかけようとしたが、
その姿はすでに無くなっていた。
せめて、名前くらい教えてくれないと、連絡の取りようもないじ
ゃないか。そう思ったが、どうしようもなかった。
421
第39話﹁魔術師﹂︵後書き︶
大変遅くなってしまい申し訳ありません。
まだ仕事が落ち着いたとは言いがたいため、確約出来ないのですが、
週一ペースは守って投稿して行きたいと思います
422
第40話﹁悪夢の一日︵前編︶﹂
割り振られた寮の一室。瞼の裏に光を感じて、心地よい微睡みか
ら、気怠い覚醒に向かってゆっくりと移行する。
﹁眩しい⋮⋮﹂
目を開けたら、すぐに体を起こす。朝は弱いため、そのままだら
だらしていると二度寝してしまうからだ。まだ授業には少し早いは
ずだが、二度寝なんてしたら、授業に遅れてしまう。
この世界に来てからは、時計など見たことがないので、いつも母
に起こされるか、好きな時間に起きていたのでこういう感覚は久し
ぶりだ。
俺は欠伸を噛みしめながら、目元をこすった。
魔術師の少女に出会ってから数日、俺は学校周辺などを探索して
みているが、一向に遺物に関する手がかりを掴めないでいた。
﹁まぁ、そんなにすぐに見つかる訳ないか﹂
何せ、200年近く見つかってないものだ。ただ見つかっていな
いだけ、というのではなく、恐らく隠されている。そう簡単に見つ
けられる、と言う方がおかしいだろう。
そんな事を考えていると、眠気に支配されていた体の気怠さもだ
いぶマシになる。机と椅子とベットくらいしかない部屋を見回して、
着替えを手に取り、さっと着替えて残りの気怠さを振り切った。
着替えたのは制服ではなく、学園指定の運動服。運動服というと、
423
前世でいうところジャージを思い起こすが、これはどちらかという
と戦闘服、とでもいうのか、そういったものに近い。
運動、というとスポーツの類が無い学園では、ジャージのような
薄手の服ではすぐに怪我をしてしまう。そのため、運動服は厚手で、
肘や膝などの要所はパッド⋮⋮とまでは行かないが、編み込まれた
厚い層があり、ちょっとやそっと擦れても、怪我をしないようにつ
くられている。
なんでこんなものに着替えたかと言うと、当然、授業のためだ。
今日は一日実技の授業。生徒同士でささやかれ、上級生からも恐
れとからかい混じりに聞かされる︵らしい。俺はクリス、オリヴィ
アからの又聞きだったが︶、隔週の複数クラス合同授業、通称﹁悪
夢の一日﹂の始まりである。昨日担任にそう通達されてからは、ど
のクラスの生徒もその話題で持ちきりのようだった。
どんな授業なんだろうか。俺はそんな風に思いを馳せながら、授
業で使う武器だけ持って、身軽な状態で部屋を後にした。
野外の訓練場に向かうと、授業が始まるまでには少し余裕がある
と思ったいたが、思った以上に人が集まっていた。
複数クラス合同なだけあって、いつもよりも多く、一カ所に集ま
っているとこんなにいるんだな、と思ったりもする。
授業開始前に、剣や槍など、自分の武器を振っている生徒がちら
ほらいる。楽しみな授業だから気が逸って来ている、というよりは、
怖い先生だから絶対に遅刻しないようにする、って感じだろうか。
緊張している生徒も多いし、そんな気がする。ただ、思ったよりも
生徒達が浮ついているようにも見える。
これまでの実技では、コマ割りされた授業の時間ないで、精々素
振り程度しか行っていなかったため、実戦的な授業に移れると聞い
て喜ぶものがいるようだ。ランクSという、伝説的な人物から指導
を受けられるという事に、期待があるようだ。
俺は正直、﹁実戦的﹂という部分から嫌な予感しかしないが。
424
見渡すと、クリスも刀を振っているのが見えたのでそちらに向か
う。
﹁おはよう、クリス、オリヴィア。もう来てたんだね﹂
﹁おはよう、アルド。今日から実践的な授業、って聞いて、少しわ
くわくしてるの。そのせいで早くここにきちゃって﹂
﹁おはようございます。アルドさん。クリスったら、朝から落ち着
かなくって⋮⋮周りを見ると、クリスだけって訳でもなさそうです
が﹂
目を輝かせているクリスに対して、苦笑をしているオリヴィアは
たぶんクリスに起こされて引っ張ってこられたんだろう。少し眠そ
うにしている。
クリスは挨拶を済ませると刀を振り始める。オリヴィアは自分の
武器である杖を持っていたが、これは普段振り回すものでもないの
で、クリスから少し離れて刀を振るう彼女を眺めている。
俺も、準備運動くらいは済ませておこうと、自分の刀を持ったま
ま、軽く身体を動かし始める。刀は予備の分で、ガストンさんが作
った習作の一つだ。前に使っていたものと違い、少ししっくりとこ
ない。こんなに早く壊す予定はなかったので、今は手紙を出して新
しい刀を用意してもらっている所である。
刀を持ちながら、膝を曲げ延ばししたり、肩を回してストレッチ
を軽く行う。それを見ていたオリヴィアが、首を傾げる。
﹁そう言えば⋮⋮準備運動、でしたっけ。他の人はあまりしている
所を見かけませんね﹂
﹁そうだね。まぁ、筋を痛めないようにしたりとか、怪我の予防っ
ていっても完璧なものではないし、いざ実戦! ってなったら悠長
にこんな事をしている暇もないから、しない人の方が多いんじゃな
いかな﹂
425
と、しれっとオリヴィアに嘘を吐いておく。俺、クリス、オリヴ
ィアは訓練を始める前などは準備運動を行っているが、それは俺が、
訓練前に何気なくやっていてそれが習慣、当たり前になっているか
らで、普通は行わない。母さんでさえ、準備運動らしいものと言え
ば、最初の素振りをゆっくり行う、という事くらいで、素振りでよ
く使う肩や肘を回したり延ばしたりする、という行為は、俺がやっ
ているのを見て真似て始めるようになったくらいだ。
訓練前にゆっくりと動作を行う、というのは当たり前のようにあ
るようなので、全身を満遍なく動かしておく準備運動はなくても、
そういう事前準備のような概念はあると思うけど。
起きたばかりで、半分寝ている身体をゆっくりと起こし、今日の
調子を確認していく。運動が一通り済んだら、刀をゆっくり10回
ほど振り、魔力の練り具合と共に、動作のキレを確認する。
﹁うん。まぁまぁかな?﹂
絶好調ではないが、問題は無い。魔力の練りもいつも通りだし、
起きたばかりで本調子では無いが、身体の動きもキレがない、と言
うほど鈍くはない。充分好調な範囲だろう。
そうして自分の体調を確認していると、ふと、緊張の波のような
ものが伝わってくる。さっきまでは素振りの音や、気合いの入った
ものからはかけ声なんかが聞こえてきていたが、不自然に静かにな
る。
なんだ、と思えば、訓練場にライナスさんの姿が見えた。どうや
らそれに気付いた生徒が大人しくなったため、自然とそうなったら
しい。
﹁ふむ。揃っているようだな﹂
426
ただ呟いただけの言葉だというのに、場が静かなせいか、その声
はしっかりと辺りに響き、耳に届く。
﹁担任から通達があっただろうから説明は省くが、今日から実践的
な授業に移る﹂
ライナスの言葉に、男子生徒を中心に、喜色が混じった歓声が小
さくあがった。
﹁しかし、それは一部の生徒のみだ﹂
そして、その歓声は一気に、唖然としたものへと変わる。
﹁あらかじめ言っておくと、おまえ達は未熟だ。これは、心以前に
身体が未熟だという事だ。これから伝える技術は、耐えられるだけ
の器がなければ成り立たない﹂
唖然としていた生徒達に、困惑した雰囲気が広がっていく。
﹁よって、これから試験を行う。試験内容をパスできなかったもの
は基礎訓練を積んで貰う﹂
試験、と聞いて生徒達に再び緊張が走る。いったいどんな試験な
のか、俺も少しばかり緊張してきていた。基礎訓練、というのは敷
地内のランニングや、素振りといった地味で辛いものだった。それ
に戻りたくない、と誰の顔にも書かれている。
﹁試験と言っても簡単なものだ。走るだけでいい﹂
走る? と困惑と同時に安堵するような気配の緩みを感じた。簡
427
単な
試験、という言葉に、誰しも気を緩めている。しかし、俺はライナ
スさんがそれを見て、目を細めたのを見逃してはいなかった。
﹁そ、それで、どの程度走れば良いんでしょうか﹂
気の早い生徒の一人が、ライナスさんにそう質問する。ライナス
さんはじろりとその生徒を一瞥すると、低い声でいった。
﹁儂が良い、というまでだ﹂
質問をした生徒がひっ、と声をあげ、気の緩んでいた空気が一気
に凍り付いた。
﹁走る場所は敷地内をぐるりと回ってここまでを一周とする﹂
ライナスさんが背負っていた剣を抜き、軽く振るうと、ざんっ!
と重い音ともに線が引かれる。
﹁では行ってこい。試験をパスしている者から声を掛ける﹂
自ら引いた線の前で仁王のように立ち、ライナスさんは押し黙っ
た。まだ困惑していた生徒たちだったが、一人、また一人と駆けだ
していき、レースのように一斉に駆けだしていく。
﹁⋮⋮どれくらい難度が高いか解らないけど、がんばろうか﹂
﹁結局走るのかぁ⋮⋮﹂
﹁私、走るの苦手です⋮⋮﹂
俺のしまらないかけ声に、クリスは不満そうにし、オリヴィアは
428
不安そうにして、三人で走りだした。
◆◇◆◇◆◇
走り始めてすでに一刻近く経過している。生徒の三つに別れ、一
つは後ろに固まるか、リタイアして休憩している。
更に三分の一は、俺、クリス、オリヴィアが走っている、中央の
位置だった。この層はペースを無理のない一定に保ち、四分の一周
くらい前を走っている、残り一つ、先頭集団を追っている。
先頭集団は体力自慢な生徒が多いのか、かなりのハイペースで走
っており、時折、力つきた生徒がペースを崩してしまい、俺たちの
いるグループに抜かれていったりする。
﹁オリヴィア、ペース落とす?﹂
﹁も、もう、限、界です、先に、いって、くだ、さい﹂
俺とクリスに挟まれて、息も絶え絶えに答えたその言葉は、弱音
だった。
しかし、それも無理はない。彼女は剣を振ったりする訳ではない
し、普段こういった訓練を行っていないし、俺とクリスは母に剣を
教わる際に体力向上のために、こういった訓練も行っていたが、オ
リヴィアはそうじゃない。たまに、俺たちに付き合って訓練を受け
たりもしたが、その程度だ。それを考えれば、随分と頑張った方だ。
﹁わかった。良く頑張ったよ﹂
﹁オリヴィア、先に休んで待ってて﹂
クリスと2人で、健闘を称えるようにオリヴィアの肩を軽く叩い
てやると、それを契機にオリヴィアは徐々にペースを落とし、止ま
429
ってしまった。
﹁まだ走るのかな?﹂
クリスはそう言いつつ、少し不満そうにライナスさんが居る方向
を見ている。今は校舎の影で見えないライナスさんの姿を想像しな
がら、俺は試験の内容に思いを馳せた。
この試験は思った以上に精神を削る。ゴールを決められていない
中で、走らせれている生徒の中には、ペースを守っていても、心が
折れかけている生徒がいる。まだ誰も声を掛けられておらず、試験
は通過した者はいない。そんな中で走らされる生徒たちは、次第に
気力を削がれ、体力以前に離脱していく。
そういった精神面も見ているのだろうか? だとしたら、この試
験、見た目なんかでは想像もできないほど、ハードだ。
とはいえ、普段からそこそこ体力作りも行っていた俺とクリスは、
今のペースは少し温い。今まではオリヴィアに合わせて走っていた
からだ。
﹁クリス、もう辛くなった?﹂
﹁まさか、もっと早くても平気。先頭も抜けるわ﹂
ちょっと挑発気味にいった俺の言葉に、クリスは余裕を持って、
更に挑発気味に返してくる。
﹁よし、じゃあペースをあげよう。目標は││﹂
﹁先頭集団を抜いて、先生の所がゴール!﹂
クリスはよっぽどこの試験に飽きてきているらしい。それは俺も
同じだったので、提案に乗る。
430
﹁おっけー。なら、先頭集団を軽くぶっちぎってやろう﹂
﹁そうこなくっちゃ!﹂
俺とクリスは、驚く中層の集団を置き去りにして、走るペースを
一段階あげた。
431
第40話﹁悪夢の一日︵前編︶﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます!
更新ペース、戻したい!
432
第41話﹁悪夢の一日︵中編︶﹂
俺とクリスは、先頭を走る集団に追いつくために、オリヴィアに
合わせて落としていたペースを一気に引き上げる。
ライナスさんが線を引いた箇所までは、およそ400メートルと
いった距離か。俺たちの走るペースは、ランニングから短距離競走
の速度まで上がり、魔力を用いた身体強化を合わせ、更に加速。駆
けっこをした訳ではないから確かな事は言えないが、馬に迫る速度
はでているはず。冒険者の中には、そういった人間も珍しくなく、
短距離ならば母は、馬より早く走れる。
﹁うわっ!?﹂
しかし、生徒の中にはそこまで早く走れるものはいないのか、速
度を上げ始めた俺とクリスに、驚き道をあける者が多い。抜かれま
いとして一瞬速度をあげようとする者もいたが、20メートルも進
まずにペースを崩し、あっという間に突き放す。
残り200。目前には先頭集団がいる。
﹁一気にいく!﹂
﹁当然!﹂
先頭集団を射程内に捕らえた俺とクリスはそのまま一気に集団の
尻尾を掴む。後尾にいた生徒たちはこちらを振り向き驚くが、驚い
ている隙に抜いてしまう。ペースをあげようとするものはいなかっ
た。どうやら、ついていくのがやっとという様子だ。
集団の真ん中も似たようなもので、驚いている内にあっさりパス
433
する。集団後尾の生徒と違ったのは、驚いてもペースをあげられな
かった者たちと違い、こちらはあげなかったように見える。元々競
争している訳でもないので、勝手に潰れるならどうぞ、という感じ
なのかもしれない。
最も先頭を走るのは、いかにも体力自慢そうな体格の良い獣人の
少年だった。自分よりも頭一つ、二つは高いか。耳を見るに、熊の
獣人だろうか。
先頭に並び、パスするか、と言うところで獣人の少年が声をあげ
た。
﹁はっ! どんな奴がきたかと思えば、お前みたいなチビと、女と
はな!﹂
﹁図体がでかけりゃ良いってものでもないわ﹂
﹁言うじゃねぇか! なら、俺の図体がただでかいだけかどうか、
試してみるか!?﹂
獣人の言葉に、クリスが喧嘩腰で応戦し、獣人の少年から、魔力
が噴き出す。
﹁良いわ。吠え面かかせてあげる!﹂
﹁おもしれぇ! その言葉、そっくりそのまま返すぜ、人間!﹂
大いに盛り上がってる2人を余所に、俺は無言で加速。俺はクリ
スに勝てればそれでOKなので、獣人は無視だ。加えて言うなら、
獣人とじゃれ合うクリスを見て、隙有りとすら思う。
﹃あ!? 卑怯だぞ︵わ︶!﹄
﹁それ、魔物相手にも言えるか?﹂
2人が仲良く声をあげるが、俺は逃げるが勝ちとばかりに引き離
434
しにかかる。
正直なところ、言うほど余裕は無いのだ。
魔力を使った身体強化は、消費魔力が少ないとはいえ、俺はそも
そも学園無いでも魔力量は多くない。熊の獣人の方は知らないが、
俺はクリスに素の身体能力、魔力量で及ばない。特に魔力量で差が
出てしまう俺が、クリスと対等にやり合えるのは、俺の方がクリス
より多少上手く身体が動かせるのと、魔力の使い方がクリスに比べ
て効率的だからだ。
﹁待ちなさい!﹂
﹁行かせるか!﹂
2人が魔力を多く使って身体強化の段階を引き上げる。どうやら、
熊の獣人の方も魔力は多いらしい。クリスに負けず劣らずの強化具
合で、引き離した筈の距離を潰し始める。
残り距離、50メートル。更なる逃げの一手を打つため、俺は魔
術を起動する。
﹁︽神速の脚︾﹂
身体強化によって加速していた身体が、更に加速する。意識によ
って制御していた身体の動きを魔術を介す事により、機械のように
精密化し、最も早く走れた自分の動きを再現。それは脚の動作、腕
の振り、姿勢だけでなく、呼吸、や細部の筋肉の動きまでを完全に
再現する。
身体の制御を魔術に明け渡し、余裕の出来た思考の済みで、動き
の無駄を更に削る。
はやて
﹁︽疾風︾!﹂
435
俺の加速に対して真っ先に反応したのは、クリスだった。俺の魔
術を見て作った新魔法により、速度をあげる。
身体の動作を効率化して速度をあげようとする俺に対して、クリ
スのアプローチはもっと単純だ。一動作に使用する魔力量を増やし、
制御できなくなって﹁走る﹂から﹁跳ぶ﹂になりそうになる動きを
運動センスによって制御する。練習していた時は全力で跳んだり跳
ねたり楽しそうだったのだが、今はしっかり走れている。
クリスが魔法を発動させたとたん、せっかくのアドバンテージが、
あっさりと潰されて横に並ばれる。
才能とか、そんなちゃちなもんじゃねぇモノをみたぜ! という
気分になったが、そんな事で魔術が乱れたりはしない。最初から、
持っているモノが違う。運動センスにおいて、彼女の才能がスポー
ツカーだとすれば、こっちは普通自動車並みの圧倒的差だ。
﹁な!? なんだよそれ!﹂
置いて行かれた獣人の驚くような声が背後から聞こえる。焦った
ような声が聞こえ、魔力量にも変化があったがジリジリと離れてい
く。
残り20メートル。勝負は完全にクリスと俺にだけ絞られた。残
りの自分の体力と、クリスの様子から、このまま自分の最速を維持
できれば勝てると予測する。こちらも魔術で制御しているといって
も、筋肉に溜まった疲労は無視できないし、呼吸も怪しくなってき
ていた。
残り10メートル、速度は一番最初に比べ、俺もクリスも落ちて
きている。
﹁くっ⋮⋮はぁ!﹂
最後の最後で力を振り絞って、速度をあげ直す。これで引き離し
436
て終わり││そう思ったのは俺の油断だったろうか。
﹁やぁ││っ!﹂
隣から聞こえた気合いと、追い越していく赤い影。
走り幅跳びのような要領で、俺とライナスさんの作った線を大き
く跳び越えたクリスが、俺に向かってVサインを作って笑顔を見せ
る。最後、彼女は魔力量にモノを言わせて残りの距離を跳びこえた
らしい。
﹁私の勝ちね!﹂
﹁そう来たかぁ⋮⋮ま、でも試験は終わりって訳じゃないし、続投
だよ﹂﹁へへへ、負け惜しみだ?﹂
﹁何とでも﹂
とすまして言って見ても、やっぱり悔しい。おまけに勝ちを確信
していただけに負けた、というショックはあったが、それはなるべ
く顔に出さないようにする。
﹁ふふふ﹂
﹁何だよ﹂
﹁別にー﹂
見透かされたように笑われて、少しイラっとくるが、それを指摘
したり顔に出すのもまた何かしゃくな感じがして、憮然とした表情
のままペースをゆっくりに落として走り続ける。クリスも大人しく
横についてペースを落とし、呼吸を整えて体力回復に努める。
ライナスさんはやっぱり、﹁良し﹂とは言わなかった。
やっぱり、体力もそうだが、それ以上にこの試験は精神的にきつ
い。先の見えないこの試験は、体力を見る、なんて簡単な試験では
437
ない。
︵食えない試験だ⋮⋮︶
そうとは知らないクリスは、俺に勝ったからか期限が良さそうに
走りつづける。
ライナスさんが俺とクリスに、﹁良し﹂といったのは、それから
5周後の事だった。
◆◇◆◇◆◇
﹁お、お前等、これで勝った気になる、なよ⋮⋮﹂
息も絶え絶えの熊の獣人が、木陰で休憩を始めた俺とクリスにそ
う言って来る。
﹁あ、さっきの。あんたも合格? ナイスファイト﹂
﹁ぐっ⋮⋮﹂
笑顔のクリスの天然の入った煽りに、獣人が悔しそうに唸り声を
あげる。
﹁合格おめでとう。俺はSクラスのアルド、君は?﹂
﹁お、お前が⋮⋮!? 俺はAクラスのグラントだ﹂
獣人││グラントが何か驚いたが、突っ込みたくは無かった。こ
れに突っ込めば、要らん二つ名とか、噂とか聞けそうな気がする。
それはただでさえガリガリ削られて疲労している精神がぽっきり折
られそうな気がする。
438
﹁こっからが本番だからな! お前たちにはぜってえ負けないから
な!﹂
ものすごい負け惜しみのようなモノを言い残し、グラントは木陰
を離れていく。
﹁何だったのかしら⋮⋮﹂
たぶん宣戦布告だったんじゃないかな、と思ったが、それを教え
てあげてようやく解るっていうのはどうなのかと思い、俺は﹁さぁ﹂
とだけクリスに答えた。
﹁今日の合格者はここまでだ﹂
無情にも、ライナスさんの宣言がなされ、試験に落ちた生徒達が
うなだれる。不満を現そうにも、そんな体力がない、という様子で、
大の字になり、息をあらげている者もいる。
﹁不合格者は昼食を取り休憩のあと、時間までこの場所を走ってい
るように。後日試験をして受かった者から実践的な訓練を施す事に
する﹂
更に追い打ちをかけるような言葉に、今度こそ生徒達は心が折れ
たようたように放心している。試験合格ができなかったオリヴィア
も、助けを求めるように俺を見ていたが、俺は申し訳なさそうにし
ながらも、そっと目を逸らした。
ご、ごめん。俺にはどうしようもできない⋮⋮。
﹁試験に合格した者は、これから実戦的な訓練を始める﹂
439
試験合格者は、俺、クリス、グラントの他に2名いた。この前、
廊下でぶつかった犬耳の少女と、入学試験の時にオリヴィアと並ん
で優秀な魔法を見せていたイケメンな少年の2人だ。犬耳の少女の
方は、おどおどとした様子だったが、体力的には余裕そうだ。グラ
ントも大分回復しているようなので、獣人という種族は体力面で優
れているのかもしれない。イケメン少年の方はどうも疲労感は隠せ
ていない。
グラントとクリス辺りはライナスさんの実戦的な訓練、という言
葉にはしゃいでいるが、俺を含め、他のメンバーは不安げだ。
ここまでも、ある意味では実戦を想定していると俺は思う。目標
の設定されていない走り込みは、体力だけでなく、精神力を鍛える
のが目的のように思ったし、そういった能力は、冒険者として活動
していくなら必須だろう。とっさの際に動けませんでは意味がない
し、実力は抜きにしても、体力がなければお話にもならない。
そんな底の見えない試験の後の、﹁実戦的な訓練﹂という言葉に、
俺はただの訓練なんだろうか、ふと思う。
﹁まだ、走ってる方がマシかもしれないね⋮⋮﹂
少し羨ましそうに、不合格者を見ていたイケメンの、ぽつりと呟
いた言葉に、俺は同意しそうになった。
440
第41話﹁悪夢の一日︵中編︶﹂︵後書き︶
お待たせしました!
最新話のお届けです。お読みいただきありがとうございます
441
第42話﹁悪夢の一日︵後編︶﹂
内心びくびくしながら始まった午後の授業は、拍子抜けするよう
な素振りからだった。普段通りに素振りをしてみろ、そう指示され、
言われるがままに各々素振りを始める。
実戦的と聞いてテンションをあげていたクリス、グラントのテン
ションはだだ下がりである。
﹁このまま終われば、楽でいいんだけどねぇ﹂
﹁さすがに、それは無いんじゃない?﹂
希望的観測を、こっそりと俺に言ってきたのは、隣にいたイケメ
ン││ウィリアムだ。素振りが始まってから、
自らフラグを立てていくような返答を思わずしてしまったが、ウ
ィリアムが言っていなければ、10秒立たずに俺が言っていただろ
う。
全身の魔力を感じながら、刀を振るう。切っ先が空を切るが、殆
ど音は立たない。再度振るった刀は逆に、轟! と音を立てて空を
切り、地面の落ち葉を吹き飛ばす程の風圧を生み出した。それぞれ、
自分の持ち技の︽静一閃︾︽轟一閃︾を意識した振り方だ。
﹁ずいぶんと、豪快だねぇ﹂
ウィリアムがその素振りを見て、若干引きながら言う。しかし、
こちらを気にしているのは視線だけで、彼は試験でも使っていた短
剣を手に取って、仮想敵に向かって短剣を振るっていた。魔法が得
意と言っていたが、体術の方も一定以上に使えるらしい。
442
﹁そうかなぁ﹂
豪快、という意味なら、グラントの方が負けていないのでは? という意味を込めて、俺は視線をずらす。すると、視線の先には豪
快に太い腕を振る獣人の姿が。
﹁オォォォォララァ!﹂
無手だというのに、振るった拳は離れているこちらに聞こえてく
るほどの音を立て、風を生んでいる。魔力量と筋力にもの言わせた
雑な技、と評価するのは簡単だが、当たれば一撃でノックアウトで
きるだけの威力を十二分に備えているため、馬鹿にはできない。
﹁まぁ、あれと比べるっていうのは⋮⋮﹂
体格が違う、種族が違う。魔力量が違う。羨んでも手には入らな
いものだ。あれと比べるのは違う、というウィリアムの気持ちは分
かる。俺はこの中で最も背が低くて体格的には劣っているし、身体
強化を抜きにした筋力も恐らく最低値。
ずるい! 俺だって恵まれた体格があれば⋮⋮なんて言ってもそ
れらが手に入る訳でもないので、さっさと気持ちを切り替える事に
する。
止まっていた素振りを再開すべく、ゆっくりと魔力を練っている
と、グラントの方と反対側では、クリスと、犬の獣人っ娘が話なが
らそれぞれの武器を振るっている。
﹁へぇー東の方から来たの。その武器も部族が使ってるもの?﹂
﹁ううん。獣人って武器は使わない人の方が多いよ。わたしは、お
姉ちゃんに進められて使ってる。わたし、獣人にしてはあんまり力
443
が強くないから⋮⋮﹂
女の子同士の会話だというのに、その小物どこで買ったの? み
たいに武器の話をしているっていのはどうなんだろう。片方は刀を
振っており、もう片方の女子は、大きなハルバードを振るっている。
なんだろう、これじゃない感。
しかし、クリスもたぶん、今日あった相手では共通の話題に困っ
たのだろうと思う。普段であれば、別に武器の話題を振ったりしな
いだろうし。
どこかぎくしゃくしている感じがあるが、獣人っ娘と徐々に打ち
解けているようだった。
﹁全員、なっていないな﹂
訓練の空気が若干緩んだからだろうか。石像のように微動だにし
ていなかったライナスさんが口を開く。その場に言葉は重く響いて、
俺たち五人に緊張が走った。
何が理由か解るか? そう視線で言われたような気がして、あま
り喋りたくは無かったが、何とか口を開く。
﹁えっと、訓練に集中できていない、という事でしょうか?﹂
﹁違うな。黙っていれば上達するわけでもない。上達に繋がるなら
口を利いても構わん。儂が言ったのはもっと根本的な部分だ﹂
意外ではある。お喋り容認。まぁ、上達に繋がるなら、という事
と、口を利いても、の当たりで睨まれていたので、恐らくもっと意
見を出し合って、とかそういう言葉が隠れて要る気はする。
それはともかく、もっと根本的な部分。とはなんだろうか。ちら
りと解った? というような視線をウィリアムに送って見るが、顔
をしかめただけだった。クリスを見る。クリスは堂々している。が、
444
あれはアルドが解らないなら私に解る訳ないじゃない、という開き
直りの表情だった。
なら、何だろう。普段通りの素振りをしろ、と言われたからやっ
ているが、それがだめ。何かが違うらしい。
技術、だろうか。腕の振りが違うとか、動かす筋肉が違うとか。
しかし、考えてすぐに否定する。各々武器が違うため、扱う技術は
それぞれ違う。そんな中、この振り方でないとだめだ、というよう
な指摘をするだろうか。しないように思う。ならばもっと根本的な
部分だろうか。
答えが出そうでない、というもどかしさを感じた所で、ライナス
さんが再び口を開いた。
﹁これから見本を見せる。何度か行うから近くによってよく見なさ
い﹂
そう言われ、全員が集まってライナスさんを囲む。巨大な剣の範
囲に入らないよう、俺、ウィリアム、グラントがライナスさんの右
側、クリス、獣人っ娘が左側についた。
正面になるクリスは、一挙手一投足を見落とさない! というよ
うに瞬きすること無く見ている。ガン見だ。
﹁ゆくぞ﹂
巨大な剣が、正眼に構えられ、瞬時に振り上げられ、振り下ろさ
れる。まるで、コマ落としのような速度だった。俺に認識できたの
は、振る前に構えた一瞬と、振り上げ、頂点で停止した瞬間、そし
て振り下ろされた後、斬撃によって地面が引き裂かれた事だけだっ
た。
445
﹁もう一度だ﹂
一同が唖然とする中、再度正眼に構える。俺は、慌てて魔術を発
動した。︽解析︾かつて、母の剣技を真似る時に使った魔術である。
ライナスさんは、今度は下から上に、剣を振り上げる。その動作
もさっきと同じようにしか見えなかった。
しかし、︽解析︾を発動させていた俺は、微弱な魔力波をライナ
スさんに当て、跳ね返ってきた魔力波から、動作を記録している。
動作中の骨の位置、筋肉の使い方、体重移動⋮⋮どれも洗練され
ている。いや、洗練なんて言葉では足りないかもしれない。いっそ、
機械的だ。無駄がそり落とされ、必要な箇所が必要な分だけ、正確
に連動している。
しかし、母に見せて貰ったものと何が違うか、と言われれば、一
動作の間に、母がほんの少し、余分な筋肉を使っていたとして、そ
れが無かった、程度の極わずかの差。余りにわずかすぎて、それが
性別や体格、または年齢のせいなのかすら解らない。
確かに、実力が拮抗した相手や、極限状態ではそこで差が出てく
るかもしれないが、根本的に違う、なんて言われる程に差がでるだ
ろうか?
﹁最後だ。最後は無手で行う。これを見た後、何を感じたか言って
みなさい﹂
聞いた全員に動揺が走った。感じろも何も、ほとんど何も解らな
い。皆が食い入るように見つめ、ライナスさんが剣を地面に突き刺
し、左手を前、右拳をわき腹まで引き絞る。右の正拳を放つのだろ
う。
さっきとは何が違う? 姿勢、体重移動、魔力、どれが違う││
いや、魔力?
そこで俺は、ほとんど魔力を感じていない事に気づいた。
446
見本となる素振りで、必要最低限の身体強化をしているだけ││
そんな風に思えるが、違うとするなら。もっと、︽解析︾の精度を
あげる必要がある。
俺はすぐさま、ライナスさんを中心として、右、左の斜め前方、
背後の三点から観測点を作り、そこから魔力波を当て、それぞれの
反応を計測する。今度は筋肉の動きなどの余分な情報を切り捨て、
魔力に関するモノだけに絞る。すると、すぐに一つの解が出た。
観測用の魔力波が、掻き消えている。全て消えているわけではな
い。元々、この魔術による魔力波は一部しか反応を得られていなか
った。
ほとんどの場合は俺を中心に魔力波を放ち、対象物に当たってい
ない分の魔力は反射せずに消えていたし、当たった場合でも、跳ね
返り方によっては取得できていなかったからだ。だから掻き消える、
という現象を見落としていた。
ライナスさんの体内で練られた魔力が、ただその量を増やしてい
るだけではなく、激しく体内を循環しているという事に。むしろ、
溢れ出る魔力は、制御に漏れた魔力。余剰魔力ともいうべきものだ
った。
拳が、空を叩く。
殴られた虚空が震え、横にいるこちらにまで、びりびりと振動を
伝えてくる。しかし、そんな派手な見た目など、一切気にならなか
った。
たった今目の前で行われたのは、身体の動かし方がどうだとか、
体重移動がどうだなんてモノではなかった。
確かに、根本的にモノが違う。
﹁なぁ、ウィリアムはさ、身体を強化する時、魔力ってどう使う?﹂
﹁えっ? ああ、えぇと、全身を覆うようにする、かなぁ?﹂
447
﹁そう、だよね。魔力を高速で体内循環させるなんて使い方しない
よね普通⋮⋮﹂
思わず説明調に呟きたくなるくらい、それは異様だった。通常、
身体は筋肉の動作でしか加速しない。これは身体強化でも同じ。し
かし、今し方ライナスさんが見せた技法は、体内で練りに練った魔
力を極力体外に排出せず、内部で爆発させるように移動、移動させ
た魔力で身体の各部を加速、加速してばらけるように動く各部を、
技に収斂させるというものだった。
何というか、最後の突きでいうなら、拳を突き出す、ではなく射
出する、という位に根本的に違う。表向き、動作が同じだけにひど
い差だ。
﹁ほう。今ので気づくか。説明が必要かと思っていたが﹂
って、見ろって言って置いて解らないレベルだったのかよ! 俺
は思わず顔をしかめる。
﹁見て覚える、というのもあるが、洞察し、考え、己に落とし込む
事も必要だ﹂
ライナスさんに内心を見透かされたように言われ、周りの四人も
なるほどと頷いている。
﹁説明が必要かと思ったが、アルドが気づいたようなので解らない
ものは奴に聞け。その後素振りを続けるように﹂
おおい。そこ投げちゃうんですか! 先生しようよ! ライナス
さん今日ほとんど立ってるだけだよ! とはいえ、否と言わない日本人の俺は、無言のまま了承。別に、
448
無言の圧力に負けたとかそういう事実はない。
﹁チッお前に聞くのか⋮⋮﹂
﹁嫌なら向こういっとく?﹂
﹁うぐ⋮⋮﹂
グラントが何か言ってきたが、結局不満そうに唸って黙る。離れ
て行かない当たり、素直というか、何というか。
俺はこの場の全員を集めてさっき見た内容をなるべくそのまま伝
える。
﹁つまり、魔力で押し出せばいいのね!﹂
﹁はぁ!?﹂
﹁うーん。解ったような、解らないような⋮⋮﹂
﹁はぅ⋮⋮﹂
俺からの説明を受けた四人の反応はこんな感じだった。
理解してもらえない俺の説明力不足が悔しい。クリスは正解に近
いと思うが。これは付き合いが長いため、こっちの意図を組んでく
れただけだろう。
﹁えっと、なんて言ったらいいのかな⋮⋮ちょっと待って﹂
短く纏めると、魔力を高速で循環させて、筋肉ではなく魔力で身
体を動かしている、という感じなのだが、かみ砕いて上手く説明で
きない。
口で説明できないし、体内で行っている現象のために実演も難し
い。おまけに、循環している、というのは身近なモデルがないため
説明が難しい。全身の血液は循環しているが、循環している、と理
解されるだけの医療関連の水準が、この世界は高くない。
449
俺はどんな感じかを掴むために、俺は四人から離れて、刀を構え
てさっきみた魔力操作を試すために、体内の魔力の流れを意識し、
変化させる。
﹁うぐっ⋮⋮﹂
とたんに襲ったのは、内蔵がひっくり変えるかのような衝撃だっ
た。喉元までこみ上げてきた不快感に何とか耐えるが、膝から力が
抜け、思わず地面に手を付ける。
﹁アルド、大丈夫!?﹂
﹁う、うん。魔力が流れる速さを変えようとして、失敗しただけだ
よ﹂
駆け寄ってきたクリスに支えられて、何とか立ち上がる。
ライナスさんがさも当たり前のようにやっていたので油断してい
たが、流れる魔力を無理に変えれば、身体の内部からダメージがく
る。
よく考えたら、血圧が上がり過ぎれば血管が破け、その結果死に
至るような事だってある。これはもっと慎重に行わないと。
﹁失敗すると、ああなるのか⋮⋮?﹂
﹁これは、随分ハードだねぇ﹂
﹁あぅ⋮⋮﹂
4人には、失敗すると危険だから、ゆっくりと体内の魔力の速度
を変えて行くことを進め、素振りを再開する。
﹁くっ⋮⋮﹂
﹁これは⋮⋮!?﹂
450
素振りは、最初とは雰囲気ががらりと変わっていた。
誰もが額に冷や汗をかいて、自分の中の魔力を制御している。制
御を間違えて俺のように気分が悪そうにうずくまったり、制御が上
手く出来ずに構えたまま微動だに出来ずにいる。俺も、まともに身
体を動かせず、刀の切っ先が震えていた。
徐々に速度あげていく魔力にまずは慣れ、慣れて来たところで僅
かに腕を動かそうと意識する。すると、腕が暴れ出すように跳ね上
がろうとし、意に沿わない動きをしようとした腕を押さえる事にな
る。魔術で制御する事も考えたが、魔術で魔力を制御しようにも、
魔力自体が強力なために術が壊れ、上手く行かない。これはひたす
らに身体で覚えるしかないらしい。
制御に失敗すれば、暴れる魔力のせいで大怪我を負う。そんな危
機感を持ちながら、みんな必死になって素振りを行っていた。
それから時間が経ち、素振りを見ていたライナスさんが、満足そ
うにうなずきながら、俺たちに声をかける。
﹁ふむ。大分マシになったな。そろそろ時間も押しておる。最後に
打ち込みを行い今日の授業を終了とする。順番に打ち込んでこい﹂
全員息を荒げた状態で、ライナスさんを見る。これで終わりなら、
もうちょっと頑張れるか、そう思ったが、現実は甘くはないのだ、
とすぐに知ることになった。
﹁アルド、儂に打ち込んで来なさい﹂
真剣ではあるが、相手がライナスさんなら全力で打ち込んでも大
丈夫。今日の最後の訓練なら、全部出し切るべきだ。そう判断して、
いつものように魔力を練り上げ、全身を覆い、踏み込む。
﹁うつけが。今日の訓練を生かさんか﹂
451
﹁うわっ!?﹂
踏み込んだ脚をあっさり払われ、半回転して地面にぶつかり、空
を見上げる事になる。痛みに涙目になりながら何とか立ち上がり、
ライナスさんの言った言葉を反芻する。
今日の訓練を生かす。つまり。
﹁魔力の流れを変えた状態で、打ち込めって事ですか⋮⋮?﹂
﹁当たり前だ。次が仕えておる。早くせい﹂
絶望した。まだ、まともに一回振るう事もできない状態だという
のに、打ち込まないといけない。
だが、そんなものは序の口だった。
﹁なんだその不抜けた技は!﹂
﹁遅い。敵がお前の準備など待つのか!?﹂
﹁適当に技を出すでない! もっと一手に集中せい!﹂
そんな怒号が飛ぶたび、俺は吹き飛ばされ、地面に叩き付けられ
る。
いつの間にか俺とライナスさんは激しく移動をしながら、互いに
打ち込む隙を伺っていた。
俺は棒立ちになって魔力を操作しているのでは一方的に殴られる
だけなので、ライナスさんと立ち位置を目まぐるしく入れ替えなが
らも、何とか魔力を操作し、体内に流れるそれの速度をあげていく。
途端にまともに身体を動かしづらくなるが、不格好に飛び跳ねたり
しながら、一所に留まらないようにする。
そして、現段階で最高まで魔力の流れを高めると、刀を鞘に納め
る。ライナスさんが、呆れたように声をあげた。
452
﹁ふん。ようやく腹を括りおったか﹂
俺はそれに答えず││答えるだけの余力が無く、脂汗を流しなが
ら、体内魔力を制御し、それらを今日最高の練度で技へと昇華する。
訓練によって限界まで追いつめられた故に放てた一撃。
﹁││││っ!﹂
声をあげる事すらできなかった。身体の中を暴れ回る魔力に耐え
るのが精一杯で、まともに刀を振ったというのが奇跡に近い。
魔力によってバラバラに暴れる四肢を、斬撃、という一つの動き
に収束させた結果、刀の切っ先は音の壁を叩き切り、衝撃波を伴っ
てライナスさんの元に迫る。
﹁うむ。良い一撃だ﹂
しかし、それは試験の時のようにあっさりと防がれ、刀が弾かれ
宙を舞う。俺は、力つきてその場にどうっと倒れ込む。
﹁次、グラント﹂
ライナスさんは気にせずに次にグラントを指定し、呼ばれたグラ
ントの顔がひきつっているのが目に入ったところで、意識を失った。
453
第43話﹁迷宮探索オリエンテーション﹂
﹁オリエンテーション、ね﹂
いや、かつてないよ。
参加の有無の他に、遺書と念書を書かされるようなオリエンテー
ションなんて。俺は戦慄を覚えながら、寮の食堂の隅の机で、配ら
れた羊皮紙にペンを走らせる。
﹁迷宮探索って、そんな和気藹々としたものかなぁ﹂
苦い笑いを浮かべて俺に同調するように言ったのは、ウィリアム
だ。最近は男子寮にいる時は良くつるむようになり、こうして今も
同じ机で、同じ書類を広げている。
﹁いや、すでにオリエンテーションって言葉が怪しい。胡散臭い﹂
前世でも書いた事のない遺書なんてものを書きつつ、念書に目を
通す、そこに書かれている内容は、ざっくり言えば、迷宮内で何が
起ころうと、それは個人の責任であり、学園は一切関係なく、責任
は持たないという事が書かれている。なんてブラック。
﹁死人がでなければ良いけど﹂
ウィリアムがぼそりと呟く。
本当に。俺も心からそう思う。
何でこんなものを書いているのか、俺は、そのきっかけとなった
事を思い出していた。
454
◆◇◆◇◆◇
それはほんの三日程前の出来事だった。
通称、﹁悪夢の一日﹂と呼ばれる初回で気絶するレベルのライナ
スさんの授業も、ついに4度目を迎えようとしていた。
俺はいつものように、クリス、オリヴィアと共に教室から、野外
の訓練場に向かう。
この授業は、﹁ついに﹂とか言いたくなる程度には、﹁悪夢の一
日﹂など全校生徒の間で噂されるその内容を、文字通り身体で覚え
てしまっていた。
初日、俺が倒れた後に続いた訓練も、俺が味わったものと似たよ
うな状況だったようだ。
俺の次にグラントが呼ばれ、グラントも俺と同じように形で気を
失い、その次に呼ばれたクリスも同じで、その後については気を失
っていたので解らないらしい。
オリヴィアはオリヴィアで、その間散々走らされて、試験を通ら
なかった組は立ち上がるのも困難な様子だったらしい。おまけに、
二回目、三回目の内容も全く同じだった。
普通授業の合間の訓練では、基礎訓練に特化しているため、オリ
ヴィアはこの実技の授業の間、一度も武器を握っていない。
﹁最近、腕が固くなってきた気がします⋮⋮﹂
﹁どれどれ? ⋮⋮もっと鍛えないとダメじゃない?﹂
歩きながら自分の二の腕をぷにぷにと触り、オリヴィアが不安そ
うな声をあげる。クリスが横に回って彼女の二の腕を揉み、脳筋っ
ぽい発言をしていた。
455
﹁⋮⋮アルドさんはどう思います?﹂
﹁や、その質問には答えづらいかな⋮⋮﹂
鍛えた方がいい、といえば、女の子の気持ちを解っていなさそう
だし、下手にそうだね、なんて同意すれば、クリスのように頑張っ
ている女子の努力を否定することになりそうだ。あと、やっぱり女
の子は柔らかい方がいいね、なんて答えるのもセクハラだろう。確
実に。この世界にその単語があるかは知らないが。
そんな事を話しながら校舎の外、俺たちは野外訓練場についた。
これから始まる訓練に、オリヴィアはテンションが最低辺まで下
がり﹁いいんです、私は魔術で頑張るんです⋮⋮﹂とぶつぶつ呟い
ていた。クリスは、今日こそは! と意気込んでおり、気合い充分
といった感じだ。やらされてる感が無いのがすごい。強くなりたい、
といっていた事に対して真っ直ぐ進んでいる感じだ。
俺も落ち掛けていたテンションを持ち直して、前向きになろう。
落ち込んでいるオリヴィアを励ますため、肩を叩く。
﹁早くオリヴィアもこっちに来て欲しいな。やっぱり、三人一緒が
良いしね﹂
そう、地獄に落ちるのはみんな一緒だ⋮⋮おっと。全然前向きに
なれていなかった。
﹁三人一緒⋮⋮うん、そうですね! 私頑張ります!﹂
オリヴィアはどうしてか元気を取り戻して両の拳を握り、意気込
んだ。
あ、なんか罪悪感が。そんな風に思って言った訳じゃないんです。
元気が出たようなら良い⋮⋮のだろうか。
そんな風に話しをしていると、次第に周囲に生徒たちが集まり、
456
全員揃ったところで、ライナスさんが現れ、生徒たちを見回す。
﹁揃っているようだな。いつもの様に試験組と訓練組に分かれて授
業を始める。試験組は良いと言われた者以外はそのまま走り続ける
ように。休憩は自由にとって構わん、以上だ。では始めろ﹂
今日もまた、同じように授業が始まろうとしたところで、一人の
生徒が
前に出て異議を唱える。
﹁待ってください先生! いつまでこのような事を続けなければな
らないのですか! こんな授業が何の意味があるというのです!?
来る日も来る日も走っているだけ! これで強くなれるというの
ですか!﹂
その生徒は身なりの良さそうな生徒だった。貴族⋮⋮だろうか?
その生徒の言葉に、幾人かの生徒が同調するように頷いている。
言いたい事は何となく解る、解るが、賛同はできなかった。
そもそもそんな事を言うような奴は、覚悟もなければ資格もない
奴だと思う。覚悟というのは、戦う者の覚悟。資格というのは、単
純に耐えられるだけの肉体の強度だ。
覚悟があるなら、この訓練の意味が分かるだろう。特に冒険者を
目指すような者なら。冒険者というものは体力の無い奴から死んで
いく。これは後衛だとか、前衛だとか関係なく。魔物の体力は人間
と比べれば無尽蔵といえる程に強大だ。そんな相手と渡りあうため
には、体力がいる。最後まで動き、あがくだけの体力が。
そう思えば、これについて来られないレベルとなると、訓練で技
術向上を図る以前に身体ができていない。
少なくともライナスさんはそう考えているのだと、俺は予想して
いた。
457
﹁そうだそうだ! 俺たちが高い金を払ってるのは走るためじゃな
いんだ!﹂
﹁走ってるだけで強くなれたら、こんな学校必要ないだろ!﹂
﹁授業内容が生徒によって違うのは差別じゃないのか!? 俺たち
にも訓練を受けさせろ!﹂
同調していた生徒たちが、口々に声をあげ、ライナスさんを避難
した。その様子に、一番最初に声をあげた生徒が満足そうに頷き、
それ見たことかというようにライナスさんを見ていた。
確かに、教育機関という意味で言うならその通りなのかもしれな
いが、ここは義務教育の様に、万人を一定の能力に引き上げるため
の機関ではない。独学で行き詰まった、一段階レベルアップしたい
人間が、自主的に学んでいく場だ。そもそもの大前提が違う。
それが理解できている生徒や事なかれ主義の生徒││俺やクリス、
ウィリアムのような試験突破組に何割りかの生徒││は声をあげず、
離れた所で事の成り行きを見守っていた。
ライナスさんは非難してくる生徒を前に、特に焦る様子もなく、
ゆっくりと口を開いた。
﹁ふむ。ではオリエンテーションと行こうか﹂
含みのある笑いと、威圧と共に放たれたのは、そんな言葉だった。
騒がしかった生徒たちが一気に押し黙り、有無を言わせぬ空気が漂
う。
﹁そろそろ、言い出す者が現れる頃だろうと思っていた。少し予定
より早いが、次の授業では校外でオリエンテーションを行う﹂
騒いでいた生徒の内、やっと基礎訓練とは違う授業ができるのか、
458
と喜ぶのが半分。もう半分は、応用が習いたいと言ったのに、何故
オリエンテーションなのか、と困惑が半分。
﹁資料を取ってくるので全員一度教室に戻るように。教室内では自
習。私が教室に向かった際にクラスに居ないものは今期の評価点は
無しだ﹂
ライナスさんはそう言い残すとあっさりと踵を返して校舎の中に
戻り、呆然とする生徒たちだけが残された。
そして、俺は校外オリエンテーションという言葉に、嫌な予感が
止まらずにいた。
◆◇◆◇◆◇
﹁オリエンテーションは迷宮にて行う﹂
幾つかの教室を回っていたせいか、随分遅くにSクラスに来たラ
イナスさんが一番最初に言ったのがそれだった。
﹁今から渡す資料を後ろに回していけ﹂
教壇に立つライナスさんが持っていた羊皮紙を配っていく。羊皮
紙を受け取った生徒たちから、困惑と緊張が広がっていった。
俺も配られた羊皮紙を見て、顔がひきつる。
書類は大まかに三つ。オリエンテーションの参加、不参加を確認
するものと、迷宮内で起こったことは全て自己責任、ということが
書かれ、それに同意をするための念書、遺書の書き方などが書かれ
た書類の三つ。
最初の一つ以外は予想もしなかったような書類が並んでおり、ク
ラス中が困惑している。
459
﹁迷宮では危険が伴う。そのため各自この書類に目を通し、署名を
行うように。また、オリエンテーションの参加は自由となっている。
己の実力を考慮し、オリエンテーションの参加、不参加の旨を手元
の書類で提出しろ。ただし、参加をしなかった場合はそれ相応の評
価を行うつもりなのでその積もりでいるように﹂
この時点では俺は参加、不参加どちらかと聞かれれば、不参加に
気持ちが傾いていた。迷宮は危険だ。前はその危険を考慮してでも
手に入れたいモノがあったため、迷宮に潜るために行動していたが、
今はその理由もない。それに、まだ若い迷宮は魔物も比較的弱いと
いう情報も得ていたため、当時は入ることを決めていたが、今回は
そういう情報もない。
一度迷宮に入れば、何か魔導甲冑を強化するような素材が見つか
るかもしれないので、魅力が無いかと言われれば、当然ある。が、
それなら迷宮の外で安全な代替品を探すのが手っ取り早い。
﹁オリエンテーションの内容は二泊三日での迷宮内探索だ。最終日
に迷宮脱出後、迷宮内のレポートを提出して貰う。また、この期間
中、迷宮に入ったものは迷宮をでることは基本的には許さん。途中
迷宮から出た者には相応の評価がされる﹂ ﹁そんな⋮⋮迷宮、それも二泊三日もだなんて⋮⋮﹂
蒼白な顔をした生徒の一人の呟きが、静かな教室に響いた。
俺はそれを聞いて、ふと、参加しなかった場合の評価、というの
が気になった。というのも、ここまで、ライナスさんは評価点が下
がるとも、上がるとも言っていないのだ。﹁相応の評価﹂としか言
われていなかった。相応の評価、とはなんだろうか。そう思った時
に、妄想じみた閃きが俺の脳裏にはしる。
460
すでに試験が始まっていて、参加、不参加などの行動が、すでに
評価されているとしたら、どうだろうか。
迷宮という危険区。念書があるとはいえ、学校はさすがにそんな
所に実力の無い者を放り投げたくは無いはずだ。
そう考えた上で、﹁相応の評価﹂という発言について考えると。
迷宮に入れるだけの実力が無い者は、不参加を決めても、一定の評
価がされるのではないだろうか。
例え実力が無かったとしても、それを認め、迷宮の危険性と自分
の実力を天秤にかけ、無理だと判断して不参加にした場合、それは
同じ程度の実力で無謀に参加する生徒くらべ、評価できるのではな
いだろうか。
そこまで考え、自分の実力を客観的に見てみる。ライナスさんの
授業についていける生徒で、なおかつ一定の戦闘経験がある。さす
がに、初めて迷宮に入るような生徒が多いだろう中で、入っていき
なり全滅するような難易度に入れられることは無いだろう。
すると、多少危険だとしても、自分は入らないと評価が貰えない
気がする。命に変えるほど欲しい評価では無いが、そこは最悪、迷
宮を脱出することにすればいいだろうか。
﹁迷宮内での行動は各人の判断に任せる。一人で進んでも良いし、
数人で進んでもよい。ただし、一般の冒険者を雇うことはできんか
ら注意するように。ああ、それと装備は各自準備を行うように。何
か質問はあるか? ⋮⋮なければ以上だ。本日は解散とするので、
各自自習せよ﹂
ライナスさんは言いたい事だけ言ったあと、教室を出ていく。監
督者が居なくなった教室内は、途端に慌ただしく騒がしいものとな
った。
461
﹁アルド、オリヴィアも迷宮内では一緒に行動してくれるよね?﹂
クリスは行くき満々と行った様子で俺とオリヴィアに聞いてくる。
参加しないといけないなら、やっぱり呼吸が合わせられるメンバ
ーが良い。俺はクリスに頷いた。
﹁むしろこっちからお願いしたいね。やっぱり、一人だとどんな危
険があるか解らないし。連携がとれない相手とは組めそうにないし。
⋮⋮オリヴィアは参加って事でいいの?﹂
﹁はい。不安はありますが⋮⋮三人でなら怖くありませんし、少し
でも早く、強くなりたいので﹂
﹁なら、迷宮内で行動する指針と、準備を進めようか﹂
三人で参加の意志を固めると迷宮内でどうするか、さっそく詳細
を詰め始めた。
462
第43話﹁迷宮探索オリエンテーション﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
感想、誤字報告ありがとうございます!
時間を見つけちまちま直して行きたいと思います。
明日の投稿が難しいため、早めに投稿。予約投稿でもよかったです
けど。
463
第44話﹁迷宮探索準備﹂
学校側から用意された羊皮紙に参加、不参加の記入をするのに、
俺たちは三日、時間を使っていた。これは、情報収集のためだった。
何の情報もないなか、流石にいきなり潜れるとは思えず、まずは
情報収集を行い、参加できるかどうかを判断しようと俺、クリス、
オリヴィアの三人で決めていた。
結論はもちろん、参加だ。ただし、事前準備をちゃんとする必要
がある。
今は、校内にある談話室で、事前に持ち寄った情報のすり合わせ
をするために、ミーティングを行っていた。
﹁じゃ、まずは情報を整理しようか。はい、オリヴィア、場所につ
いての情報をお願い﹂
﹁はい。まずオリエンテーションが行われる迷宮は、王都付近の︽
第三の迷宮︾だそうです。深度は約50層、36層までが攻略済み
の比較的攻略が進んでいる迷宮だそうです。冒険者の方に聞いた所、
低層はゴブリンなどばかりで初心者向けだと。それと、ギルドで3
0層までの地図と、魔物の情報が売っているそうです﹂
これがそうです、と渡された出現する敵についての資料と、10
層までの地図が、大きめの机に広げられる。俺とクリスはそれをそ
れぞれ受け取り、パラパラと羊皮紙をめくって眺めた。
﹁なんで30層まで?﹂
464
俺も気になった点だったが、それより早くクリスが口を挟む。
﹁なんでも、30層以降で出てくる魔物が強いそうで、地図の制作
や魔物の情報の精査が全体に公開できるほど進んでいないそうです。
また、30層までの地図も、実力に応じて販売するそうなので、ラ
ンクによっては購入できない地図があります﹂
﹁へぇーそうなんだ﹂
﹁それにそもそも、低ランクだと10層以下への進むこともギルド
側では禁止しているそうです﹂
オリヴィアにそこまで説明されて、俺はふと気づいた事を口にす
る。
﹁でもそれって、勝手に入っても証明する手段ないよね?﹂
﹁らしいですね。ただ、低∼中層ではギルド専属の冒険者の方がい
るそうなので、そちらに見つかってバレたりすると、最悪ランクの
剥奪もあるんだとか。それに、そもそも自分の命をチップにして、
分の悪い11層以降の中層、深層なんて言われる所には入らないそ
うです﹂
﹁へぇー﹂
﹁それと、初心者冒険者の方からは、まずは10層突破を目安に頑
張る、という事を小目標にしているそうなので、冒険者の方からは
概ね好評らしいです。10層を突破できるかどうかで初心者か一人
前かどうか判断するのだとか﹂
﹁そうなんだ。ふむふむ﹂
色々と出てきた情報に、俺は頷く。概ね知りたい事は知ることが
出来た気がする。
465
﹁クリスは補足したいこととか、質問したいことは他にある?﹂
﹁無いわね!﹂
﹁俺も特に無いかな。オリヴィア、ありがとう﹂
はい! と元気に返事をして、満足そうな笑顔を浮かべるオリヴ
ィア。ひとまず迷宮についてざっくりと解ったところで、それに向
けて何を用意するかを話し合う事にする。
﹁じゃ、場所についてある程度解ったところで、目的の設定と、ど
んな準備をするかって事を決めておこうか﹂
﹁目的? 迷宮内で二泊三日でしょ?﹂ ﹁そうだね。ただ、それだと目的次第では準備不足になるかも﹂
﹁?﹂
良く解ってなさそうなクリスと、怪訝そうなオリヴィアに頷きな
がら、先を説明する。
﹁えっと。迷宮内で二泊三日、その間のレポートって言われてるけ
ど、全然中身指定されてないよね? これって、最悪一層の入り口
付近で二泊三日過ごしても良いんだよ。この部分だけを見たら﹂
﹁えぇー⋮⋮﹂
﹁それは⋮⋮﹂
がっかり、というか、そんなんで良いの? という様子の二人に
もう少し説明する。
﹁まぁ、極端な例だし、たぶんそれだと評価低いだろうね。相当に。
ただ、仮に一層で二泊三日過ごす、って決めた場合、荷物はどんな
ものにする? ⋮⋮必要最低限な荷物で済みそうじゃない?﹂
466
ここまで言って、二人は俺が言いたい事を何となく理解したよう
だった。
﹁そう。もし10層を隈無く探索しようとしたら、恐らくそれなり
の荷物がいる。それは一層をだらだら過ごしている時の荷物とは比
べものにならないだろうね﹂
﹁そう⋮⋮かも?﹂
クリスが首を傾げているが、これには別に正解がある訳ではない
と思うので、クリスの疑問ももっともだと思う。ただ、なるべくパ
ーティ内での意思統一はしておきたい。
﹁まぁ、慣れれば少ない荷物とかでいけるかも知れないけど。荷物
を軽くしつつ、かつ万が一な出来事にも対応できるように不足が無
いよう準備が必要だ。そのために、明確な目標設定が必要だと、俺
は思ってる。その目標を基準に、荷物の過不足、ってのを出そうっ
てこと﹂
﹁ふーん⋮⋮じゃ、まずは目標を決めるのね。そうすると、10層
までを目安にする?﹂
クリスの疑問に、俺は頷く。
﹁で、いいかなって思ってるけど。11層以降は一応ギルドが禁止
してるんでしょ?﹂
﹁はい、一応、私たちはのランクだと、20層までの許可がでる、
っていうのは確認してきました﹂
おお。オリヴィアの仕事が速くて助かる。それに、地元でのギル
ドランクがちゃんとこちらでも使えるっていうのが解っているのも
助かる。
467
﹁や、さすがにその限度いっぱいまで潜るっていうのは怖い。ここ
は安全を確認するのと、迷宮に慣れるためにも、一番深いところは
10層まで、って決めて置こう﹂
初心者の壁が10層、というのは何か理由があるはずだ。いくら
ギルドのランク的にOKといっても、その辺りを確かめないままに
その下に潜る勇気はなかった。
﹁目標は10層までの地図を自力で作成。それと、遭遇した魔物の
レポートってとこかな﹂
﹁地図も敵の情報も、売ってるんでしょ?﹂
﹁まぁ、そうだけどね。ただ書いてないような事もあるかもしれな
いし、どこまで正確かってのを自分らの目で確かめるってのに意味
があるかな? それに、そこを言っちゃうと、俺ら、たぶん迷宮で
レポートする事無いよ⋮⋮﹂
﹁そうね⋮⋮﹂
俺とクリスは頷きあい、オリヴィアが脱線しかかった話しを元に
戻す。
﹁えっと、そうすると荷物は三日分の食料と、水。後は寝具とかで
しょうか?﹂
﹁食料は一日分くらいは余分に持っておこうか。細かい装備だと、
地図、ナイフ、ランタン、食器、ロープ、燃料とかかな﹂
前世でアウトドアをした記憶を引っ張り出して、必要そうな荷物
をピックアップする。
ぱっと浮かんだものは他にももっとあるが、この世界にないもの
も多いため、ざっくりこの程度だ。テントなんかはこの世界のもの
468
は重くてかさばる上に、迷宮は屋根がないからといって困りはしな
いだろう。ほんとはコンロなんかもあると便利そうだ。作ってしま
おうか⋮⋮
﹁うぅ⋮⋮重そうですね⋮⋮﹂
﹁予備の武器とかもあるからね、当然、防具は装備してないといけ
ないし。それに、レポートを作るなら、筆記用具がいるよ﹂
オリヴィアがその装備の重さを想像し、顔を青ざめさせるが、ま
だあるんだという事を忘れないようにしてもらう。
よくあるゲームなんかであれば、アイテムボックスなんていう超
便利アイテムが出てくる所だが、そんな積載量制限を極限までなく
して、かつ、かさばらないような便利なものは無い。ほんとに惜し
い。
他にも細かいものがないか、意見を出し合う。だいたいリストが
固まったか、という所で、クリスがふと、思いついたようにいう。
﹁そうだアルド。あれは? 魔導甲冑で全部の荷物を持って、10
層まで探索しちゃえば良いんじゃない? なんなら、20層まで一
気にいけるかも!﹂
﹁あーそれね⋮⋮﹂
俺はクリスの言葉に、頬を掻きながら、事前に調べておいた事実
を伝える。
﹁迷宮の入り口は高さ約2メートル、幅が3メートルくらいでさ。
高さが四メートルはある魔導甲冑だと、そもそも入れないんだよね
⋮⋮﹂
469
そう。それはかなり最初の段階で考えていた。特に指定されてい
ないんだから、持ち込んでもいいんじゃね? と。剣と魔法のファ
ンタジーを巨大ロボットで俺つえええ! してしまってもいいんじ
ゃないかと。
しかし、そんなに現実は甘くなかった。ロボットが大暴れできる
ようなスペースなんて無かったんだ⋮⋮迷宮の下層では解らないけ
ど。そもそも入れないんじゃ意味がない。コンテナで持って行く案
も考えたが、現実的ではない上に、どこで組み立てるというのか。
最悪、その大荷物のせいで探索中断、という予想があっさりとたっ
た為に断念した。
ほんとに、ロボットが入っちゃうようなアイテムボックスとか、
空間収納的なものは何でないのか⋮⋮
﹁そ、そうなんだ﹂
遠い目をし出した俺に、哀れっぽい視線を向けたクリスは、その
話題をやめ、次の話題に移る。
﹁⋮⋮あ、そうだ。ねぇ、今更なんだけど、メンバーを一人、増や
しても良いかなぁ?﹂
﹁え、うん良いんじゃないかな⋮⋮えぇ!?﹂
ここに来るまでに旅を経験していたし、このメンバーなら問題が
あっても何とかなる気はしていたが、メンバーが増えるなら話しは
別だ。あまりリーダー面はしたくないが、このメンバーでは大抵リ
ーダーとして行動しているので、俺の負担になる、というのもある。
﹁な、何よ、そんなに驚かなくても良いでしょ﹂
﹁あ、ごめん。ちょっとぼうっとしてたせいで結構驚いて。まぁ、
構いはしないけど、誰を入れるのかっていうのと、理由を聞いても
470
いい?﹂
﹁うん。誰かっていうのは、フィオナを入れてあげたいなって﹂
﹁フィオナ?﹂
俺は一瞬、素でそう聞き返す。すると、クリスが少し怒ったよう
に眉をつり上げた。
﹁もう。一緒に訓練してるじゃない。狼獣人の女の子。⋮⋮彼女、
一人で探索するつもりだって言ってたから。最初はそういうのも有
りかなって思ったんだけど、今日色々話してたら、やっぱり迷宮じ
ゃ何が起こるか解らないし、仲間が必要かなって﹂
ああ、彼女、狼の獣人だったのか。もうそんなに仲良くなったん
だ。
クリスの意見は解ったので、一緒に探索するオリヴィアの意見も
聞くため、オリヴィアに問いかける。
﹁⋮⋮オリヴィア、君は? メンバーが増える事についてはどう思
う?﹂
﹁私は⋮⋮構いません。もしその方が一人だというなら、入れてあ
げたいです﹂
オリヴィアは問題ない、と。俺はクリスに向かって応える。
﹁正直、半分反対、半分賛成ってとこ﹂
﹁半分、っていうのは?﹂
﹁まぁ、個人的な部分もあるけど、まず第一にあるのは、加えるメ
ンバーが女の子ってところ。男の場合でも問題が出そうだけど⋮⋮
クリス、オリヴィアとは付き合いが長いから、お互い何かあっても
多少我慢が効くでしょ? でも、えっと、フィオナは付き合いが浅
471
いから。何か不満が合っても男の俺に言いづらいかもしれないし、
逆に俺も、彼女に対して言いづらいなって思ってる﹂
﹁あー⋮⋮なるほど⋮⋮﹂
﹁その辺のフォローを二人に頼む事になると思うけど、そこはいい
? そこがクリアできるなら、俺は後は、フィオナ本人の意志確認
して、OKなら良いよ﹂
﹁ほんと!? なら、フォローする! それに、フィオナにも嫌っ
て言わせないから!﹂
いやいや、そこはどうなの、と思ったが、オリヴィアも最大限フ
ォローします、と協力を得られたので、クリスにフィオナの説得を
任せる事にし、この場を解散した。
その後、俺たちはフィオナを仲間に加え、迷宮探索の日まで何度
かミーティングを行い、準備を進めた。
472
第44話﹁迷宮探索準備﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
最近耳にしたのですが、ゴールデンウイーク、なる物が存在するそ
うです。
都市伝説のようなものでしょうか?黄金に輝く日々ってなんかすご
いですよね。仕事に出て充実して輝くって、事が、ゴールデンウイ
ークって事なんですかね⋮⋮
473
第45話﹁迷宮探索 1日目﹂
オリエンテーション当日。
﹁揃っているようだな﹂
いつもの格好のまま、ライナスさんはそう言った。
迷宮前には各々の装備を整えた生徒が集まっていた。明らかに多
すぎて、動きが鈍くなるほどの荷物を背負っている者、本当に二泊
三日できるのか? というような、普段の授業とそう変わらないよ
うな軽装備と荷物の人間もいる。
俺たちのパーティはその中で、荷物は多い部類だろう。
市販の背嚢に良いものが無かったので、探索二日前まで徹夜して
裁縫して仕立てたバックパックに、パーティ内で相談して決めた荷
物を入れている。それに加えて武器や防具などを装備した状態の、
そこそこ重装備だ。
バックパックは足下において、周りを見渡す。
すでに日は高く、迷宮の入り口付近、無骨な建物の周りには、冒
険者の姿はほとんどない。
彼らは朝早くに潜り、そのまま迷宮ないで何泊かするか、日が暮
れる頃には探索を切り上げる。これは、この世界の生活サイクルが
日の出と共に起き出し、日の沈む時間以降は就寝する、というサイ
クルであるため依頼をこなすにも、迷宮に潜るにも、朝早い内から
動き出し、夕方には完遂するようなサイクルが自然とできあがって
いるためだ。
迷宮に関わる依頼の場合は、数日またぐ場合や昼夜が逆転するよ
474
うな事もあるようだが、冒険者はともかくとして依頼する側がその
サイクルから漏れることがないので、それにあわせるように、自然
と冒険者達の活動サイクルもそれに沿っていっているらしい。
とはいえ、例外はあるもので、数人の遅出の冒険者が遠巻きにこ
ちらを見ては、迷宮内に潜っていく。
﹁では最後にもう一度だけ、この迷宮に入るか否か、その意志を問
おう。迷宮に一度入れば、このオリエンテーションが終わるまでは
出ることは許されん。怖じ気付いたものは、ここで荷物を下ろし、
学園に戻るといい﹂
ゆっくりと、噛んで含めるように、この場にいた生徒たちに、ラ
イナスさんが問いかける。その言葉に、誰も動こうとはしなかった。
最初から、何を言っているんだこいつは? と問いの意味を理解
していなさそうな者、恐怖と探索を天秤にかけ、それでも探索を取
る者。様々だ。
うちのメンバーを見ると、クリスはワクワクしている様子で、オ
リヴィアは緊張しながらもやる気を上げているようだ。新参のフィ
オナは⋮⋮
﹁うぉ!?﹂
ちょっと引くぐらいの状態だった。真っ青を通り越して、真っ白
に見える顔色。おまけに全身がブルブル震えている。耳はぺたんと
頭に伏せられ、尻尾は足の間に挟まるくらいに垂れ下がっていた。
﹁⋮⋮大丈、夫?﹂
声をかけておいてなんだが、とても大丈夫ではなさそうだった。
が、なんと声をかけていいかも解らないため、無難︵?︶に声をか
475
けると、健気にもか細い返答が聞こえてくる。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮へい、きです﹂
あ、これだめだ。
ぎぎぎ、と音がなりそうな様子でこちらを向いたフィオナは、ガ
チガチに緊張していた。こちらを心配させまいとして、笑顔でも作
ろうとしたのか、口元が僅かに歪んでいるが、その表情は歪と言う
ほかない。
﹁では、迷宮に入った所でオリエンテーション開始となる。皆、武
運を祈る﹂
これは何とかしないと⋮⋮と思った所で、ライナスさんの言葉を
皮切りに、ぞろぞろと人が移動を始める。
意気揚々と駆け込んでいったパーティ││このオリエンテーョン
のきっかけを作ったメンバーだ││と、特に明確なかけ声の類もな
かったため、少々困惑しながら迷宮へと消えるパーティに続き、お
っかなびっくりと言った様子で残りのパーティが続いていく。
それに釣られ、クリスがバックパックを取り、オリヴィアも荷物
を手にしようとしたのを、俺は制した。
﹁ストップ! ちょっと待って!﹂
﹁え!?﹂
﹁はい!?﹂
浮かれて周りが見えていなかったクリス、オリヴィアがびくりと
動きを止める。釣られて潜る、なんてあやふやなまま迷宮に入って、
何か起こった時に即座に対応できるとは思えない。それに、今すで
にこのパーティは危機にある。
476
﹁ちょっと出発前のミーティングをしよう﹂
有無を言わせずにそう言い、バックパックを椅子代わりに、俺は
どかりと座り込む。ほとんど崩れ落ちるように座り込んだフィオナ
に続いて、訳が分からないままオリヴィアが座り込んだ。
﹁⋮⋮急がなくていいの?﹂
出鼻を挫かれ、少し機嫌を損ねた様子のクリスが、それでもしぶ
しぶ、俺と同じようにバックパックに座り込む。
それに、彼女の言いたい事も解る。辺りはすでに静かだ。ここに
いた生徒は残らず迷宮に向かい、入り口と、残った俺たちに向かっ
てライナスさんが鋭い視線を飛ばしている。
﹁⋮⋮うん。そっちはたぶん、大丈夫。﹁迷宮に入ったら開始﹂っ
て言っていたし。長居するつもりもないよ。そんな事よりも⋮⋮﹂
と、俺が視線をずらすと、クリスもようやく、俺が言いたい事に
気づいたらしい。事態に気づき、バツが悪そうに顔をしかめた。
オリヴィアもフィオナの状態に気づき、フィオナの側に付き、背
をさすっていた。
﹁このままだと迷宮探索以前の問題だと、俺は思う﹂
時間ももったいないので、ざっくりと結論から述べる。語弊があ
るのは解っていたが、フィオナが大きく一度、肩を震わせた。
﹁ご、めんなさい⋮⋮わ、わたしの、せいで⋮⋮﹂
477
泣きの入ったフィオナの言葉に、オリヴィアが俺を責めるような
視線を向けてきた。もちろん、フォローはする、と目で反論し、フ
ィオナに向かって話しかける。
﹁それは確かに一部部分ではあるけど、問題はそれだけじゃない﹂
﹁それ、だけじゃない⋮⋮?﹂
ほんの少しだけ、フィオナの耳がぴくりと動き、こちらの話を聞
いてくれそうな体勢になった。
﹁うん。まず、パーティが浮ついているのが問題。これは、俺も含
めて、パーティメンバー全員に言えること。全員が初めて迷宮に潜
るとはいえ、こんな状態で迷宮に入るのは危険だと思ったから、こ
うして話し合いの場を設けてる﹂
﹁う⋮⋮﹂
﹁はい⋮⋮﹂
約二名、反省するように呻く。もちろん責める積もりはない。俺
だって集中できずに、ライナスさんの話を上の空で聞いていたのだ
から。そのおかげで、パーティがこんな事になってる、と気づけた
のだけど。
﹁迷宮に入る前に、もう一度目的を確認しようか﹂
﹁最大で10層までの探索﹂
﹁そこまでの地図の作製と、遭遇した敵のレポート作成、ですね﹂
クリス、オリヴィアがそれぞれ答えてくれる。ちゃんと事前に決
めておいた成果と言えるだろう。
﹁そう。そして大前提にあるのは、命を大事に、無理はしない、っ
478
てこと。今回は迷宮に慣れて、そこまでできれば満点って事を忘れ
ないで。そしてフィオナ。クリスとオリヴィアが言った目的は、一
人でしなければいけないこと?﹂
﹁一人じゃ⋮⋮ない、です﹂
﹁そうだね。俺も迷宮は怖いけど⋮⋮一人じゃない。みんなで協力
していこう。みんなでなら、怖さもきっと人数分、等分できるよ﹂
俺は、彼女が何でここまで怯えるか解らなかったが、メンバーに
する、といった以上はここを無視して進みたくはない。だが、進ま
ない、という選択もまた、取りはしない。こんな所で逃げたら、彼
女は自分に、遺恨が残るだろうし、俺たちとの関係も、きっとぎく
しゃくしてしまう。
﹁でも、わ、わたし⋮⋮﹂
﹁フィオナ、一緒にいこ!﹂
﹁私もいます、みんなで頑張りましょう?﹂
二人に押されるように説得され、フィオナはおずおずと口にした。
﹁一緒で、良い、ですか?﹂
躊躇いがちにそう聞かれ、俺は当然だとばかりに返してやる。
﹁もちろん﹂
それでもなお、フィオナの耳と尻尾に力はなかったが、幾分か元
気を取り戻し、顔色にほんのりと朱が指していた。
﹁よし、今回の目的も思い出せたし、今度は油断せず出発しよう!﹂
479
はい、とそれぞれの返事が聞こえ、座っていたバックパックを背
負い直し、俺たちは遅まきながら迷宮へと進み始めた。
大きく口を開いた迷宮の本当の入り口は、迷宮、というより、牢
獄を思わせる無骨な建物の中にあった。この建物は、迷宮から魔物
が溢れた際に、﹁門﹂となる役割のある場所だ。
その門となる建物の中、冷たい空気を吐き出す洞窟が口を開き、
獲物が来るのを待ちかまえている││そんな、妄想をかき立てられ
るような、異様な空気を纏っている。
﹁それじゃあ、行こうか?﹂
幾分か気圧された様子の仲間に声をかける。
こりゃ、浮ついていたとしても勝手に気が引き締まったかな⋮⋮
? そんな風に思いながら、緩やかな下り坂になった、洞窟を下っ
ていく。
洞窟内に明かりが完全に届かなくなる前に、俺はバックパックに
吊していた筒状のランタンを取り出す。
ランタンを弄り、じゃき、と音を立てて、光源となる小さな魔石
が現れる。余った筒の部分には、スリットが現れ、そこに小瓶に詰
めた、魔物の血を生成した液体を入れる。
すると、ぽぅ、と魔石が輝きだし、太陽の明かりとは違う、白い
光が明るく辺りを照らし出した。自作の魔力で動作するランタンだ。
低級の小さな魔石を使った、簡易の魔導炉でもある。明かりをつけ
る、というだけなら、市販していた普通のランタンでも良かったの
だが、蝋燭の明かりよりもマシ、程度の明かりで、正直満足がいか
なかったため自作した。
それに、燃料となる魔石も魔物の血も、迷宮内では補充が容易そ
うである、という判断もあってこれを使う事にした。
480
﹁明かりはこれだけで良いかな⋮⋮全員、ランタンの使い方は覚え
てる?﹂
メンバー全員にランタンは支給していたが、思っていた以上に明
るいため、燃料の節約、という意味でも今は俺のランタンにしか明
かりを付けていない。
﹁うん。⋮⋮たぶん平気﹂
自信なさげなクリスに続き、残る二人も頷く。
﹁それにしても、とても明るいです﹂
﹁⋮⋮ちょっと、まぶ、しいです﹂
﹁まぁ、魔法を元にしてる明かりだし、自然の光とちょっと違うか
らね。その性かも﹂
ともあれ、その眩しい位の明かりは、足下の確認、という意味で
は絶大な威力を発揮していた。
しかし、それはリスクを伴っていたようだ。
﹁ギャ、ギャ、ギャギャ!?﹂
うねるような洞窟の内部を進み、最初は全員が並んで歩けた道も、
今は狭まり、先頭を行く俺と、途中で明かりをつけた、最後方のオ
リヴィアの明かりを頼りに進んでいたところで、離れた所から警戒
するような魔物の声が聞こえた。それが段々と、こちらに近づいて
くる。
どうやら、明るすぎるランタンの光に気づいたらしい。
﹁この声⋮⋮ゴブリン?﹂
481
﹁みたいですね﹂
クリス、オリヴィアはすでに警戒態勢になり、俺もバックパック
を下ろして、刀を抜いた。
迷宮での初の戦闘が、始まろうとしていた。
482
第45話﹁迷宮探索 1日目﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます
http://mypage.syosetu.com/6016
19/
最近、友人にリレー形式で一本書いてみない!?と、しつこ⋮⋮も
とい熱心に誘われ、書き始めました。
当分はロボ厨の方に集中するよていのため、ロボ厨の更新速度が変
わることはないです。それに、こちらの作品は友人が更新する⋮は
ず!
483
第46話﹁迷宮オリエンテーション 1日目﹂
狭い迷宮の通路。
天然洞窟を思わせるそこは、うねるように奥へと続いており、ラ
ンタンの光が届かない深い闇の向こうからは、ぎゃ、ぎゃぎゃ! と魔物の鳴き声が反響していた。
俺たちは荷物を足下に下ろし、それぞれ武器を取り出す。
︽探査︾の魔術を使用するが、地形が入り組んでいるせいで魔力
の波が
乱反射し、場所が特定できずにいた。拾った音などから敵の数と大
ざっぱな距離だけ計測する。
マップはこの情報で一通り作れるが、敵の位置が解りづらいのは
中々つらい状況だった。
﹁数は3。ここにくるまでまだ時間はかかりそう。だけど狭い通路
だし、ここは⋮⋮﹂
﹁私がやるわ﹂
緊張しているメンバーに、小声で自分が行くことを告げようとし
たが、クリスがやる気を見せたため、少し考える。
﹁⋮⋮わかった。ここで待ち伏せしよう。先手はクリス。援護は魔
法で、
オリヴィアがしてくれ。俺とフィオナは一度様子見。狭い所だから、
何かあったら加勢する形にする。⋮⋮クリス。たぶんゴブリンとは
いえ、油断しないで﹂
﹁うん。わかった﹂
484
クリスが力強く頷き、残る二人も緊張した様子ながら了承する。
クリス、オリヴィアは今までゴブリン程度だったら何体も倒して
来ているし、後は迷宮に慣れれば問題ないだろう。フィオナも、動
き自体は訓練の時に見ているし、それを発揮すれば何の問題もない
はずだ。
﹁⋮⋮来る﹂
﹁⋮⋮よし、じゃあみんな、さっき言ったとおりに﹂
魔物の声が近づくにつれ、俺たちはクリスと俺。オリヴィアとフ
ィオナの二手に分かれる。
そして全員が適当な岩の窪みの陰に隠れ、暗闇に紛れて息を潜め
た。
ランタンはこれ以上目立たせ、他の魔物を引き寄せたりしないよ
うに、光量は少し抑え、通路中央に設置した。荷物も付近に置いて
おく。
ランタンはそれでも充分辺りを照らしていたが、その状態で魔物
を待つ事にする。
通路にぽつりと置かれたランタンの明かりに引き寄せられるよう
に、ゴブリン達が近づいてきた。
﹁ギャ、ギャギャ!?﹂
﹁ギギ、ギギギャ!﹂
耳障りな声が聞こえ、クリスが飛び出そうとするのを手で制す。
不満そうなクリスに、手振りで、敵が全員揃ってから、一網打尽
にするように伝える。ゴブリンとは言え、視界が悪い中では怪我を
するかもしれない、そう判断してのことだった。
485
﹁ギ、ギギ?﹂
しかし、ゴブリン達はランタンになかなか近づこうとはせず、暗
闇から出てこようとしない。入り組んだ通路の中から時折動く影を
見かけるが、警戒しているのか、明かりの元にはその姿を現そうと
しない。
︵ゴブリンって、こんなに警戒心が強かったか?︶
俺はゴブリンに聞かれないよう、小さく呟く。俺の知っているゴ
ブリンは、警戒心が低く、餌があったら罠が目の前にあっても飛び
つくような奴だ。
︵確かに、変なゴブリンね?︶
クリスも警戒心をあげ、そのゴブリン達の気配を探っている。さ
っきから声は聞こえるが、洞窟内で反響して、正確な位置が把握し
づらい。思ったより、やっかいかもしれない。
︵クリス、俺が囮になって、ゴブリンを誘き出すからそこを狙って
くれ︶
このままでは埒があかないため、作戦を変更し、動くことに決め
る。しかし、いざ動く前に物音が聞こえ、ゴブリン達が慌ただしく
騒ぎ出した。
﹁ギャギャギャ!﹂
﹁ギギギ!﹂
錆びた剣を持ち、皮鎧のような物を装備した二匹のゴブリンが、
486
物音が立った場所││オリヴィア、フィオナが隠れていた岩陰に向
かって走り出した。
﹁ク││﹂
俺は隠れていた場所から飛び出しながら、クリス、と声をかけよ
うとし、口を閉じる。俺が声をかけるより早く、クリスは飛び出し
ており、俺は声をあげようとした分、クリスに一歩遅れていた。
﹁ギャ⋮⋮!?﹂
﹁ふっ!﹂
背後から迫るクリスに気づいた一匹が声を上げたが、刀の一振り
で斬り伏せられる。残る一匹もクリスに気付くが、クリスはすでに
刀を振り上げている。
﹁やぁっ!﹂
気合いと共に振り下ろされた刀が、ゴブリンを頭頂部から下腹部
までを斬り裂く。ゴブリンは刀に対して、錆びた剣を盾のように構
えていたが、それにもお構いなく、だ。
﹁ギギャ!?﹂
少し離れた所では、頭に兜を被ったゴブリンが、魔力で作られた
剣によって斬られ、倒れていた。どうやら、オリヴィアが魔術で離
れた位置にいたゴブリンを片づけたらしい。
﹁楽勝だったね﹂
487
クリスは刀に付いた血を振り落とし、鞘へと納めながらそう言っ
た。わざとそう言ったのは明らかだ。一人、肩を落としているメン
バーがいたために楽勝だなんて言ったのだろう。
﹁す、すみません⋮⋮﹂
岩陰から出てきたフィオナが、俯きがちに謝罪を口にする。どう
やら、さっきの物音は彼女が立てたものらしい。
﹁結果を見れば、何も問題なかったですし、そこまで気にすること
では⋮⋮﹂
オリヴィアも、俺の方を気にしながらそう口にした。
リーダーとしては、どういう行動が正しいのだろうか。フィオナ
の事を怒るべきか、否か。
﹁フィオナ﹂
﹁っ!﹂
俺の言葉に、俯いたままびくっと肩を震わせるフィオナ。
﹁⋮⋮あんまり気にしないように。ここでの目的の一つは、迷宮に
慣れること。ミスは想定の範囲内だし、さっきのはミスって言える
ほどでもないから。フィオナが音を立てなかったら、俺が前に出て
ゴブリンの気を引いてた﹂
反省というより、何か怯えているくらいのフィオナに俺はそう言
った。 反省しているなら言うことはない⋮⋮っていうのは状況に
よるだろうし、彼女には確かに言わなくても良い気がするが⋮⋮こ
んな状態で何を言っても、たぶん彼女に伝わらないだろう。まずは、
488
彼女が平常心を取り戻してもらう事に集中しないと。
﹁⋮⋮はい﹂
ほとんど消え入るようなフィオナの返事に、俺は不安を覚える。
彼女がここまで、何に怯えているのか⋮⋮慣れさせ、自信を付け
させれば問題ないと考えていたが、もっと荒療治のようなものが必
要なのだろうか?
うわ。こういうのは俺の分野ではない気がする⋮⋮俺は頭を掻き
ながら、フィオナから離れる。いったん、この話は終わりだ。
﹁⋮⋮倒したゴブリンはどうしようか。放っておくと、血の臭いで
他の魔物を呼ぶかも﹂
俺は問題を棚上げして、倒したゴブリンの処分についての意見を
聞く。
﹁魔石くらいは回収しておく? 死体は埋めるにしても、地面は掘
れないと思う﹂
クリスがそんな意見をくれ、俺も頷く。
﹁あ、魔石以外に血は少し欲しいかな。ランタンの燃料に使えるし﹂
魔石はランクが高いと宝石のように扱われるために値段があがる
が、ランクの低いゴブリンのようなものだと、屑魔石などと呼ばれ、
買い取り価格が低い。それでもなぜ、買い取りがされているかとい
うと、魔石は燃やす事ができるため、固形燃料のように売られてい
る。冒険者は自分でその場で確保できるため需要がないが、一般人
が冬に暖を取るために、ギルドで安く売られたりする。
489
俺はまだ切り口から流れるゴブリンの血を、荷物から取り出した
小瓶に詰める。クリスとオリヴィアは、フィオナに声をかけ、手分
けしてゴブリンの魔石を回収していた。
魔力を流し込むと、小瓶の蓋に描かれた術式が発動し、小瓶が淡
く光る。
数秒たつと、ゴブリンの血は赤い色から、透明に近づいていた。
その状態で一度蓋をとり、この精製のために出たゴミとなる部分を
蓋からこそぎ落として捨ててしまう。
﹁よし。血は良いかな﹂
魔導炉に流す血は、そのまま血を入れても魔力を作ってくれるが、
こうして血中の余分な成分を捨てた方が、魔力を多く捻出でき、か
つこの精製後の血液は、瓶などに詰めて保存しておけば長持ちする。
血をそのまま保存しておくと、臭いがきつい上に、すぐに腐るため、
こうした加工をしている。
これが解ったのは、ガラベラさん達が学園の寮に定期的に魔物の
血を瓶づめして送ってくれるため、気付くことができた。運送には
時間がかかるため、送られた魔物の血が腐っている事もあり、かな
りの悪臭を寮内に振りまいたのだ。
エーテル
⋮⋮そんな事があったおかげでこの精製方を思いつき、この血液
││︽魔力液︾を作る事に成功した。エーテルの質は魔物のランク
に依存するようで、魔石、血液ともにランクが高い方が望ましい、
という事までは研究できている。
と、俺は魔力液の出来を確かめ、必要な作業を終わらせると魔石
を回収し終わった皆に向き直った。
﹁さて死体の方は⋮⋮﹂
﹁迷宮内の魔物の死体は、消えるそうなので、このままでも良いの
では?﹂
490
﹃えっ!?﹄
オリヴィアの発言に、俺とクリスの声が重なる。フィオナはまだ
立ち直り切っていないせいか乗り遅れたが、驚いている様子だった。
﹁迷宮に潜る冒険者の方に聞いたんですが、迷宮内で魔物や人が死
ぬと、忽然と消えてしまうそうで⋮⋮冒険者の間では︽迷宮に喰わ
れた︾なんて言われるそうです﹂
﹁迷宮に、た、食べられ⋮⋮あぅぅ﹂
オリヴィアがちょっと脅かすように言うと、フィオナが泣きそう
になるくらいに顔を歪めた。やめてください。まだ立ち直ってない
とこに追い打ちとか。
﹁へぇ、少し実験してみようか﹂
でもフィオナごめんね! 好奇心には勝てそうに無いです。これ
はあれだから、レポートに記載するためだから! もう目に涙を一杯ためてるフィオナには悪いが、何故消えるかな
どは気になる。実際目にした程度では大した情報は得られないかも
しれないが、一度確認しておきたい。
﹁大丈夫だよ。たぶん﹂
﹁先に進みたい⋮⋮﹂
﹁さっきのゴブリンもレポートに記載しないと。それに、消える事
に関して何かレポートできるかもしれないし﹂
クリスが嫌そうにするが、建前を使って押し切る。だがこの建前
もこの迷宮に入ってきた目的ではあるし。
491
﹁あっ﹂
だがクリスは、そもそもレポートの事を忘れていたらしい。慌て
て羊皮紙を取り出し、平らな地面を見つけてそこでメモを付け始め
る。
オリヴィアは特に言うことはないのか、自分の荷物から羊皮紙を
取り出し、荷物を机代わりにレポートを作り始めた。
俺はというと、荷物を回収してゴブリンから離れて︽解析︾魔術
を使い待機。突然の状況変化についていけていないフィオナは最初
はおろおろとしていたが、やがて諦めたようにレポートの作成を始
めた。
待つこと、数分。
﹁魔物が⋮⋮﹂
目の前の現象に、思わず呟くと、全員がゴブリンの死体を見つめ
た。
死体が淡い光を帯び始めると、死体は崩れるように消えていき、
光の粒となってしまう。後には、装備していた剣や皮鎧、兜が残っ
た。
﹁ほんとに消えた⋮⋮﹂
半信半疑だった俺も、クリスの驚きには同意だった。情報を仕入
れてきたオリヴィアでさえ、驚いている様子だ。フィオナは迷宮に
食べられる、なんて事に怖がっていたが、それよりも驚きが上回っ
たのか、ぽかんとしている。
﹁うーん。レポートになんて書こう⋮⋮﹂
492
羊皮紙には記入していないが、魔力演算領域内にメモを取りつつ
頭を悩ませる。
﹁⋮⋮光に、なって、魔物は、消え、ると﹂
クリスはさっきの驚きを読み手に伝えるためか、そんな事をレポ
ートに記入していた。
﹁そろそろ纏め終わった? ⋮⋮じゃ、探索を続けようか﹂
﹁いつでもいけるわ!﹂
﹁大丈夫です﹂
﹁⋮⋮︵こくり︶﹂
全員が荷物を持ち、移動可能となったところで俺たちは探索を再
開することにした。
493
第46話﹁迷宮オリエンテーション 1日目﹂︵後書き︶
お待たせ致しました
お読みいただきありがとうございます
494
第47話﹁迷宮探索1日目︵2︶﹂
最初の戦闘以降は、特に大きな戦闘もなく1層目を隈無く探索し
終わる。
たまたま、地図を埋める最後の方に2層へと続く道を見つけたの
だが、俺はそれを見て思わず呟いた。
﹁か、階段⋮⋮?﹂
自然洞窟の中に。いや、迷宮の中と考えると自然洞窟風の、とい
う事になるので、これが当たり前なんだろうか。
その階段は、普通に考えたら人工物であるが、洞窟の中に作られ
た、というよりは、洞窟がそのような形になったように見える。洞
窟のごつごつとした岩壁から、突然つるりとした階段が出来ている
のだ。つなぎ目や、もともとあった洞窟内部の上に階段が作られた
ような形状には思えない。
﹁どうかしたんですか? アルドさん﹂
オリヴィアが呆然としていた俺に向かって首を傾げる。
どうもこうもありませんよ。だって階段ですよ、人工物ですよ。
迷宮にあったらおかしいじゃないですか。
﹁いや、迷宮に階段ってあるんだなって﹂
﹁⋮⋮変、ですか?﹂
フィオナがおずおず、といった様子で俺に答える。それに対して
495
クリスが呆れたようにいった。
﹁変じゃない?、流石に誰かが造らないと出来ないと思うわよ⋮⋮﹂
物作りを仕事にする父を持つクリスは、流石に疑問を覚えたらし
い。
オリヴィアはクリスに言われ、ああ言われて見れば、という顔を
しているし、フィオナに至っては、さっぱり解らない、という様子
だ。
疑問に思わないのも無理はないかもしれない。これが世界の当た
り前で、そうあるのが当然だとくれば、そこに疑問を挟むのは難し
い。
そして、そこに気付くと新しい疑問が生まれるのだ。階段は人工
的なもの。自然に存在するには不自然││だとすれば、いったい誰
が、何のために用意するのか。
﹁って、考えていてもしょうがないか⋮⋮ごめん。みんな忘れて。
探索に戻ろう﹂
話を降って置いてなんだが、俺はそう言って会話を切り上げ、階
段を降りる。
あまりそれにこだわり過ぎても、答えがでる訳ではないし、そん
な事に気を取られて危険な目に遭うのはごめんだ。
第一層を周り切り、二層に入った所で、適当な場所を見つけ休憩
を取る。
﹁休憩しなくても、もう少し大丈夫そうだけど?﹂ クリスがメンバーを見回しながらそう言う。
496
確かに、全員息があがったり、疲れた様子はないが、疲れてから
休む、というのは危険だと思う。
実際に疲れて来たとき、休みやすい場所があるか解らないし、い
ざ休もう、という時に戦闘になれば危険だろう。
そう全員に説明すると、納得した様子で休憩をする。見張りを立
てながら交代で休む事にした。
﹁と、休憩と見張りしながら聞いて欲しいんだけど、ちょっとこの
ペースだと最終日、10層まで回れそうにないな﹂
最初に見張りを言い出したクリスの言葉に甘え、先に休憩に入っ
た俺はそう切り出した。
﹁そうですね、探索のペースアップをしますか?﹂
﹁あの⋮⋮危険じゃないですか?﹂
オリヴィアと、フィオナの疑問はもっともで、俺は一つ頷いてか
らそれぞれに答える。
﹁ペースはあげたいんだけど、疲労したりして危険度があがるって
いうのはあるから、少しやり方を変えようかと思うんだ。
今って、レポートを書きながらここまで来てるでしょ? それだ
とすごく時間がかかるから、書く時間とかを決めてそこ以外では書
かないようにして、移動時間を延ばそうかなって﹂
﹁確かに、今非効率ですもんね⋮⋮﹂
先に気づけよ、って話ではあるが、戦闘があった度にその敵の情
報をまとめて⋮⋮なんてやってると、いつまで経っても先に進めな
い。
今日はまだ一回しか戦闘が無いが、地図を書くのにも時間がかか
497
っており、一々全員が角を曲がる度に立ち止まって居ては時間がか
かりすぎる。それでも一層はそうやってきたのは、どれだけ時間が
かかるか、というのを体感として知りたかったからだ。
﹁なので、ここからは記録係一人をつくって、交代で記録、探索っ
てやっていこうと思う。で、一日の終わりに記録係のをみんなで写
しあって、それぞれレポートをつくろうと考えてる﹂
﹁⋮⋮良いと思います﹂
オリヴィアが少し考えた後に同調し、フィオナはこくりと頷く。
フィオナはまだ俺に慣れてないせいか、積極的には意見を出してこ
ないので、若干心配だ。
﹁⋮⋮﹂
﹁あぅ⋮⋮﹂
﹁アルドさん、あんまり睨むのはどうかと⋮⋮﹂
﹁いや、ちがっ!? ⋮⋮俺の意見が正しい訳じゃないから、意見
があるなら言っていいよ、って思っただけなんだ﹂
本当に平気? という気持ちで視線を送ると、フィオナは涙目に
なって
俯いてしまい、慌ててフォローする。
﹁問題無いならいいかな。じゃ、休憩が終わったらそんな感じで⋮
⋮﹂
﹁あ! まって! 私、記録自信ない⋮⋮﹂
少し離れた所で見張りをしているクリスから、そんな声が聞こえ
てきた。
498
﹁そのための交代制だよ。こういうのはなるべく出来た方がいいだ
ろうし﹂
﹁う∼わかったわよ﹂
しぶしぶだが、出来た方がいい、というのは解っているのだろう、
ここまで来るまでにも一生懸命書いていたし。⋮⋮ただ、ちらりと
覗き見してた時は、結構間違えていたようなので、後で見せてやっ
た方が良いかもしれない。
クリスと休憩を交代して、全員がある程度休憩できた所で再度出
発する。初日は、昼過ぎに始まった事もありあまり探索にとれそう
な時間はないが、出来れば3層までは行きたいと決めていた。二日
目で8層まで、三日目で10層を周り、残りの時間を帰還に当てる
予定。
最初は俺が記録を、という事でランタンを持ちつつ地図作成も行
っている。方法は、羊皮紙とペンを魔力で浮かせ︽探査︾魔術で手
に入れた情報をリアルタイムで記入している。
魔力演算領域にも地図情報や魔物の情報は保存しているが、後で
レポート
レポートに書き直すのが面倒になってきたので、魔術を使ってコピ
ー中だ。魔術の名前を付けるなら、︽報告書︾だろうか。まんまだ
が。
これに使用している魔力はランタンに使用している魔力を引っ張
ってきているため、俺自信の魔力も使用しない。ただ、その制御に
多少労力が必要なため、その練習もかねている。
そのため、今俺は道を注意深く観察しながら、︽探査︾︽報告書
︾を使っている状態だった。
﹁⋮⋮す、すごい、です﹂
機械のように正確に線を引き、あっと言う間に羊皮紙に文字や図
499
が記入される様子に、フィオナが驚く声が背後から聞こえてくる。
﹁あれ、ずるいわよね﹂
﹁だから覚えた方が良いって、アルドさんも言っていたじゃないで
すか﹂
フィオナの発言に、クリスが不機嫌そうな声をあげ、オリヴィア
がそれに答える。ちなみにこの記入方法自体は簡単なので、二人に
は教えている。
以前、ノートを取るのが面倒、という事で二人に教えておいたの
だが、覚えられたのはオリヴィアだけだ。
オリヴィアは︽探査︾が練習中のため、自分で判断して記入しな
ければいけないが、羊皮紙とペンを浮かせて地図を作りながら進む、
というの自体は簡単にできるだろう。
﹁だってあれ、面倒くさいし⋮⋮﹂
クリスも羊皮紙、ペンを浮かせる、というのは当然できるのだが、
それを使って細かい文字を書いたりする集中力が続かないらしい。
勉強があまり好きじゃないせいで、文字を書くのが億劫なのに、さ
らに魔法や魔術を使ってまで文字を書くような細かい作業をしたく
はないらしい。
﹁頭で考えた事をそのまま記入するような術式を用意すれば、結構
簡単だよ?﹂
﹁それが、結構難しいんですよね⋮⋮﹂
俺の発言には、オリヴィアが苦笑しているようだった。どうやら
オリヴィアは、一文字書くのに、魔力でペンを保持して自分で書く
ように文字を書いているらしい。そのため、手癖のようなものが文
500
字や線に出たり、同じ文字でも、微妙に線が違う。
俺は言ってみればコピー機だろうか。すでに文字なんかの動作は
すでに術式の方に記録済みで、後は思考や魔術に直結させれば、情
報を線に起こすのに一々魔力を操ったりはしていないし、同じ文字
を出力しているので常に同じ線の文字だ。
﹁??﹂
﹁フィオナには、後で教えてあげるよ﹂
フィオナは話についていけず困ったようにしていたので、俺はそ
うフォローする。
そんな話をしながら二層を全て回りきり、三層に続く階段を見つ
ける。
第二層では、大型のコウモリに遭遇したが、多少慣れてきたフィ
オナが一人で撃退できた程度で、戦闘らしい戦闘はしていない。
第三層に入ってまた休憩を挟み、ここからの記録をオリヴィアに
任せ、探索を再開する。
1層、2層の広さから予想するに、三分の一程度まで行ったとこ
ろで、広い空間を見つける。広場のような空間で、水が湧いている
らしく、小さな泉がある。そこには、先客がいた。
﹁ここ、人多いな﹂
﹁というより、みんないるような気がしますね﹂
オリヴィアの言うとおり、周りにいるのは今日迷宮に入ったほと
んどのメンバーのように思える。パーティ毎に固まっているようで、
荷物などで区画分けされているようだった。
﹁やぁ、君たちもここまで来たんだ。 時間がかかっていたみたい
501
だから、今日は2層までの探索にするのかと思ったよ﹂
そう俺たちに話しかけて来たのはウィリアムだ。
﹁地図とか作りながら来たら、結構時間かかってね。⋮⋮ウィリア
ムたちは?﹂
﹁僕たちは、まずは数パーティでここの到着を目指してね。ここを
拠点に2∼5層までの探索を行う予定なんだ﹂
なるほど。と俺は思う。俺たちは移動の関係上、拠点を決めずに
探索の日程を決めていたが、確かにウィリアムが言ったような探索
方法ならかなり安全に探索を進められそうだ。
荷物が少なそうなものたちも、ここを拠点に水などを得て探索を
するつもりだったのだろう。
﹁あー君たちは、ここを拠点にするのかい? さっきパーティ毎で
話し合って、自分たちの荷物をおく場所なんかを割り振ったんだが
⋮⋮﹂
﹁ああ、それは良いよ。俺たちはもう少し進もうと思っているんだ。
水だけ補給させて貰えるか?﹂
ウィリアムにそう断って、水を補給する。
﹁ここって、冒険者たちが︽拠点スポット︾って呼んでる場所だっ
け﹂
﹁ああ。そうらしいね。ここを拠点にして数パーティ合同で休憩な
んかをしながら探索するのが、定石らしいよ﹂
水筒に水を汲みながら、ウィリアムに聞くと、そんな風に答えが
返ってくる。
502
﹁へぇー。でも、結構便利そう。やっぱり休憩とか、見張りとかパ
ーティ単位で交代できるのは良いわね﹂
クリスの言った言葉は、俺も同意だった。交代しながらとは言え、
4人パーティだとそれなりに負担はある。それがパーティ単位で分
担できるとなればかなり楽だろう。それに、この拠点にモンスター
が来ても、人数がいるため即座に全滅、とはなり難いだろう。
﹁そうだよ。⋮⋮君たちもここを拠点にすれば良いのに。場所は今
はないけど⋮⋮ここを拠点にするなら、僕が口を利くよ?﹂
﹁それは助かる。けど、良いよ。俺たち、10層目指してるからな。
今日は4層の階段見つけて、明日からまた下に潜りたいんだ﹂
﹁君たちも、10層目指しているのか⋮⋮!﹂
﹁君たち、も?﹂
ウィリアムの言葉に、俺は疑問を覚える。ここにはかなりの数が
いるようだが││
﹁うん。どうやら、グラントの3人パーティと、アレスの3人パー
ティが奥に進んでるらしいんだ。2つのパーティは10層目指す、
って言っていたらしいね﹂
﹁グラントは言いそう、って感じだけど、アレス?﹂
﹁オリエンテーションが始まる前に、訓練内容についてライナスさ
んに文句を言っていた方では?﹂
オリヴィアの指摘に、俺はぽん、と手を叩く。すっかり忘れてい
た││というより、探索に緊張しすぎていて、気にするだけの余裕
がなかったのかも知れない。
503
﹁ああ、あの貴族っぽい人﹂
﹁貴族っぽいって⋮⋮歴とした男爵家の三男だよ。彼は﹂
﹁へぇ⋮⋮﹂
﹁興味なさそうだねぇ⋮⋮﹂
ウィリアムが何を期待していたか知らないが、貴族っていう制度
に馴染みがないので、これ以上興味を示せと言われる方が難しい。
﹁じゃ、その2パーティを含めて、俺たちくらいか? 10層付近
目指しているの﹂
﹁聞いた所、8層くらいだろうね。僕たちのパーティがそうだ﹂
﹁お。なるほどね。ちょっと堅実すぎなんじゃないの∼?﹂
﹁命が惜しいからね﹂
俺がからかうように言うと、本音半分、冗談半分にウィリアムが
そう言った。
﹁俺たちもそうだな。命大事に、って感じで進むよ﹂
﹁ああ、気をつけてくれ。まぁ、君たちなら大丈夫そうな気はする
けどね﹂
そういってウィリアムと別れ、拠点スポットを後にし、4層の階
段を見つけた所で、俺たちは今日の探索を終了した。
504
第47話﹁迷宮探索1日目︵2︶﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます!
505
第48話﹁迷宮探索2日目︵探索前夜︶﹂
﹁迷宮探索に入って二日目っと﹂
ランタンの淡い光を見つめながら、俺はぽつりとそう呟いた。
迷宮内で二日目。確認するように呟いたのは、眠気冷ましと現在
の時間確認のためだ。時計は魔力演算領域内で計算した、ざっくり
としたものだが、だいたい、日付が変わったと見て間違いないだろ
う。
何故そんな夜更かししているのかと言えば、当然見張りのためだ。
クリス、オリヴィアには先に休んで貰って、俺とフィオナが見張り
を行っている。
フィオナとは、クリスに組んで貰っても良かったのだが、フィオ
ナに少し聞きたい事もあったので、わざとこの順番にした。
﹁ねぇフィオナ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ふにゅぅ﹂
俺の言葉に答えたのは、俺と同じように、バックパックに座って
るフィオナの寝言だった。俺の正面で、座ったままうつらうつらと
舟を漕いでいる彼女に、思わずため息がでる。さっきまで、レポー
トを書いていると思っていたんだが。
﹁フィオナ、起きて﹂
身を乗り出して、彼女の肩を揺する。
506
﹁んん⋮⋮んゅぅ﹂
しかし、フィオナはむずがるように眉を寄せ、耳をぱたぱた、と
動かしただけで、目を覚まさない。おまけに、肩に置いたままの俺
の手に、頬を寄せたかと思うと、手を枕にして本格的に寝入ろうと
していた。
﹁ちょ!? ちゃんと起きて!﹂
小声で語りかけながら、さっきより強くフィオナを揺する。する
と、フィオナはようやく目を開けた。
﹁ん⋮⋮⋮⋮﹂
俺はバックパックに座り直して、目元をこするフィオナの覚醒を
待つ。
﹁⋮⋮⋮⋮んゅぅ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮コーヒー、入れるよ﹂
バックパックから予備のランタンに金属カップ、街で買った挽い
た豆と水を取り出す。カップに水を注ぎ、ランタンは、ランタンと
して使用するのではなく、バーナーとして使う。
ランタン上部を捻るとかちりと音がし、その状態で引き抜く。中
には四枚の金属パーツが格納されており、それを組立、上にカップ
を乗せた。いわゆる五徳、というパーツだ。
五徳の上にカップを乗せた状態で、円筒形のランタンを倒した状
態で五徳に接続する。その状態で、ランタン底部を捻りながら魔力
を流すと、五徳の上部同士が干渉しあって術式を形成。火を熾した。
中火に設定して水を沸かし、待つことしばし。出来たお湯と市販
507
の豆でコーヒーを作る。
﹁フィオナ、これをゆっくり飲んで、目を覚まして。気をつけるん
だよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はい、です﹂
返事はしたもののうつらうつらするフィオナに、出来た熱々のコ
ーヒーを手渡す。落とすか、こぼすかと不安になって見ていたが、
割としっかりとした手つきで両手で保持し、躊躇無く口元に運んだ。
そして。
ぐびっ、とかなりの量を一息で飲み込んだ。
おお。そんなに一気に大丈夫か? そう思うのもつかの間。
﹁││││││っ!?﹂
びびび、頭部の獣の耳の毛が立ち、尻尾も警戒するようにビン!
と突き立った。
コーヒーを口にしたせいか悲鳴すらあげる事の出来なかったフィ
オナが、涙を浮かべて俺を恨みがましく見つめた。
﹁ひどい、です⋮⋮﹂
﹁ちゃんと起きてるように言ったし、飲むとき、気を付けるように
もいったじゃないか﹂
俺は苦笑しながら、涙目のフィオナに言う。見張りを二人にした
のは、こういう事態がありえると考えたからだ。一人がもし、居眠
りしてしまっても、もう一人が起こせば見張りを続けられる。慣れ
たら一人にして、ローテーションすれば、疲労の分散もできるだろ
508
うと考えていた。
﹁でも、目は覚めたでしょ?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
まだ手に持ったままのコーヒーを、フィオナは匂いを嗅いだり、
ふーふーと息を吹きかけたりして、ちびちびと飲む。
﹁フィオナ、少し話、良いかな﹂
そう言うと、フィオナはびくりと震える。カップの中のコーヒー
が、ちゃぷんと音を立てた。
どうやら何の話をされるのか、予想はしていたらしい。
﹁⋮⋮フィオナはさ、迷宮が怖い?﹂
色々と考えてみたが、まずは聞いて置こうと思ったのがこれだ。
迷宮に入ってから、フィオナの動きは目に見えて悪い。実際に連
携を取って練習する期間こそなかったが、俺やクリスは、実技訓練
の時間に何度も見て知っている。
﹁怖い、です⋮⋮とても﹂
俯き、垂れた耳と尻尾が彼女の心情を表しているようだった。
﹁俺たちも、怖くない訳じゃないんだ。ただ、フィオナの怖がり方
は俺たちの怖がり方と少し違うように思う。なんて言うか。その怖
さを知っている、そんな風に思えるんだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はい﹂
509
そこから、フィオナはたっぷりと数分黙ったが、その途中にも何
度も口を開きかけ、押し黙る。
俺は、何も言わずに自分の分のコーヒーを作るため、こぽこぽと
小さく音を立てるカップの水を見つめていた。
﹁⋮⋮前に、若い迷宮に友達と数人で、入ったんです﹂
ぽつぽつとフィオナが喋り始め、俺は黙って耳を傾けた。時折、
話に頷き、フィオナの先を促す。
そんな風にして聞き出した内容によると。フィオナは幼い時に友
人と共に若い迷宮を見つけ、潜り込んだことがあるらしい。
ヤンチャで好奇心旺盛な子供で形成されたグループで、少しだけ、
迷宮に潜ってみよう、冒険してみよう、と見つけた迷宮に潜り込ん
だ。
それが失敗だった、とフィオナは語った。
入ってすぐ、フィオナを含め、もう一人のメンバーは帰ることを
提案した。しかし、リーダー格の子と、その取り巻きが奥へ進むと
言いだし、なし崩しに奥へ。
結果を言えば、四人いたグループメンバーの内一人は死亡、一人
は今後まともに生活が出来ない程の怪我を負った事で、群れの仲間
に止めを刺される事になり、それらを見ていた一人は気が狂い、残
ったフィオナはトラウマを負った、という事らしい。
﹁ずっと、耳に残って、るんです⋮⋮友達が、目の前で生きながら
食べられた音、とか。魔物に子を殺された親が、残った子と、私を、
お前たちがもっとしっかりしてれば、お前たちのせいで、っていう
言葉が⋮⋮﹂
話すフィオナの持つカップは、小刻みに震えていた。
510
﹁私、私のせいで、友達が││﹂
﹁フィオナ、ありがとう。もう良いよ。辛い事を思い出させた﹂
だいぶ怖い事も思い出させてしまったのだろう。震えていたフィ
オナの手に、俺は自分の手を重ねる。
﹁ごめん。そんな事があったなんて知らなくて﹂
﹁アルドさん⋮⋮﹂
﹁俺さ、どんな思いで君がいま、この場に居るのか想像も付かない
けど。絶対約束する。迷宮探索を終わらせて、ここにいる皆を無事
に地上に届けるから﹂
フィオナは、少し驚いたような顔をしたが、涙を浮かべながらも
笑顔を浮かべて、尻尾をゆっくり振った。
少し落ち着き、俺は自分のことを話しながら、見張りの交代時間
までの暇を潰した。
しばらく時間が経ち、俺の眠気も出て、お互い黙り品柄ランタン
の明かりを眺めていると、自分たちが野営をしている場所から少し
だけ離れたところに、ランタン以外の明かりが、ぼんやりと宙に浮
いていた。
﹁ん?﹂
そして、その明かりは徐々に大きくなり、何かの輪郭を帯びたか
と思うと、そこから、魔物が発生した。
511
﹁│││はい!?﹂
512
第48話﹁迷宮探索2日目︵探索前夜︶﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます
すみません。遅くなってしまった上、短めです。
季節が変わったためか、胃腸炎などにかかりまして、ここ数日ダウ
ンしておりました。
読者の皆様は体調にお気をつけくださいませ
513
第49話﹁迷宮探索二日目﹂
寝ぼけた俺が見たのは、迷宮が魔物を生み出すその瞬間だった。
魔力に似た光が収束すると、そこにはぬめるような鱗に覆われた
人型の魔物が立っていた。
リザードマン
﹁︽蜥蜴亜人︾!?﹂
まだ眠っている仲間への警告を含めた叫び声には、驚愕を含まず
にはいられなかった。
槍を構えた魔物の名は、蜥蜴亜人と言った。
水気を帯びた鱗に覆われた、人型の爬虫類。しかし、ゴブリンな
どと同じで、人語は理解しないが、群れを作り縄張りを持つ。ゴブ
リンよりも力が強く、自ら武器を作る知恵がある。
﹁ジャッ!﹂
そんな魔物が、虚空から突然現れた。胴を狙って素早く突き込ま
れた槍を、刀の柄で弾く。それでも強引に体をねじ込み、踏み込ん
できたリザードマンの腹部に、肘打ちをお見舞いし、二、三歩後ろ
に退かせる事に成功した。
その出来た距離と時間を、俺は自分の心の整理に当てる。 ︵今は、敵に集中しろ⋮⋮!︶
俺は突然目の前に現れた魔物に衝撃を受けながらも、呼吸一つで
意識を何とか切り替える。槍の鋭さは、身体強化を普通に使った人
514
間に迫るモノがあった。反射的に弾くことが出来たが、今更ながら
背筋に嫌な汗が伝っている。
﹁シュー⋮⋮シャア!﹂
下げられていた穂先が、弾かれたように跳ね上げられる。
﹁それは、さっき見た、よっ!﹂
繰り出された蜥蜴亜人の突きは、先程のモーションとほとんど同
じながら、首筋を狙っていた。ゴブリンのような弱い魔物と違い、
こう言った細かい技の違いにプレッシャーを覚える。
しかし、急な出来事で焦っていたさっきと違い、今はその技を、
一度見た技だ、と見切れてしまう程度には余裕があった。
身体を前方に投げ出すように踏み込みながら、抜いた刀で、槍の
穂先を僅かに逸らし、刀で抑え込む。
弾いてはだめだ。逸らし、その懐に潜り込むために。槍を逸らす
のは十分に相手に踏み込ませる事で、相手に自分で距離を詰めて貰
うためだ、そうすることで、こちらの距離を詰める、という労力は
半分以下で済む。
﹁ジャ﹂
蜥蜴亜人は、逸らされた槍の意図に気付いたが、すでにそこは、
俺の刀の間合いだ。穂先を逸らし、槍を制していた刀は、槍の穂先
から、手元までをなぞるように走り、火花を散らしながら、蜥蜴亜
人の首に吸い込まれる。
ひゅう、と切られた首が鳴り、四肢に力がなくなった蜥蜴亜人が
崩れ落ちる。俺は、倒れた蜥蜴亜人が完全に息の根が止まった事を
515
確認したところで、ようやく緊張の糸を解き、刀を鞘に納めた。
﹁アルド!?﹂
目が覚めた様子のクリス、フィオナが近づいてくる。オリヴィア
は荷物の近くで辺りを警戒していた。
﹁ご、ごめんなさい⋮⋮私が、居眠りしていたせいで﹂
フィオナがそう謝って来るが、俺はかぶりを振ってそれを遮った。
﹁いや、それを言ったら俺もうとうとしてたし。それに、あんな出
方したらしょうがない﹂
﹁あんな出方?﹂
﹁ああ。魔物が発生した﹂
俺の言葉に、クリスが首を傾げる。俺だって、﹁発生﹂なんて言
葉は使いたくない。魔物は、生き物だ。雌雄があり、繁殖する事で
その数を増やす。それは、人間と変わらない。変わらない、と思っ
ていた。
﹁すぐそこの虚空から、魔物が魔法みたいに現れたんだ﹂
﹁そんな事ってあるの?﹂
﹁あった、としか言いようがないよ⋮⋮俺も、信じられない気分だ﹂
そんな事ある? あった、を何度か問答しているうちに、蜥蜴亜
人は迷宮に吸収されるように消えていく。それを見ていると、何か
見落としているような気がした。
﹁ああー勿体ない。はぎ取る前に消えちゃった⋮⋮。迷宮に消えた
516
魔物って、また出て来るのかな?﹂
クリスがそんな事を言った。
﹁それだ!﹂
﹁きゃ!?﹂
隣にいたフィオナが、俺の大声にびっくりして耳を伏せた。
﹁な、何、突然。どうかしたの?﹂
﹁ご、ごめん。ちょっと思いついた事があるから、少しまとめさせ
て﹂
クリスも突然の事に驚いているが、俺は今思いついた事を忘れな
いようにするのに精一杯だ。慌てて荷物から羊皮紙やペンを引っ張
りだし、魔力演算領域でモニターを展開、稼動してないランタン︵
簡易魔導炉︶に仕込みを入れるためにナイフと一緒に手元に置く。
﹁ち、ちょっと! そろそろ見張り交代でしょ!? アルドはどう
するのよ!﹂
﹁俺は要らない! あ、フィオナは交代してあげて。クリスとオリ
ヴィアは、相談して俺の代わりに休んでて良いよ﹂
﹁代わりって、それじゃ意味ないでしょ!? あ、もう聞いてない
⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ああなっては、もう何を言っても聞かないでしょうね﹂
﹁どうする? 殴って休ませようか﹂
﹁それって休めてるっていえるんでしょうか⋮⋮﹂
後ろでクリス、オリヴィアが不穏な会話をしていたが、作業に没
頭し始めた俺は幸いにも聞くことはなかった。フィオナはオリヴィ
517
アから毛布を渡され、それにくるまって静かになった。
◆◇◆◇◆◇
﹁できた!﹂
数時間程作業して、何度か簡易魔導炉の動作確認した後、作業が
完了した事を確認出来、俺は嬉しさのあまり叫んだ。
﹁⋮⋮アルドさん、クリスさんとフィオナさんがまだ寝てるので静
かにしてください﹂
﹁ご、ごめんなさい⋮⋮﹂
思わず諸手で叫んでしまったが、オリヴィアに注意され謝る。
﹁作業は終わったんですか?﹂
﹁ああ、終わったよ。あ、聞いてよオリヴィア、これで荷物運びが
楽に⋮⋮﹂
﹁作業は終わったんですね?﹂
俺は作業の成果を聞いて欲しくて、オリヴィアに話しかけたが、
オリヴィアはばっさりと切り捨てられた。
そこで、初めてオリヴィアの表情が目に入った。オリヴィアは微
笑んでいる。一ミリも狂いもなく完璧な微笑み。しかし、何故か、
慈母のような優しさよりも、強敵を前にしたようなプレッシャーを
覚えた。
﹁作業は終わったんですね?﹂
徹夜明けなせいか、大事な事だから二回いったんですか? とか
518
ふざけた合いの手が思い浮かんだが、そんな事を言える雰囲気では
なかった。
﹁はい、終わりました﹂
﹁よろしい。では、アルドさんはこのまま休んでください﹂
﹁え、でもオリヴィアのきゅうけ﹂
﹁アルドさんはこのまま休んでください﹂
﹁でも﹂
﹁アルドさんはこのまま休んでください﹂
﹁⋮⋮はい﹂
壊れたレコーダーのように繰り返され、俺は大人しく従う。毛布
を渡され、寝る準備をすると、急に眠気が襲ってきた。
﹁止めなかった私たちも悪いですけど、アルドさんはリーダーなん
ですから、無理しないでくださいね﹂
﹁⋮⋮ほんと、ごめん﹂
言われるまで、すっかり忘れていたがオリヴィアの言うとおりだ。
それくらい興奮するような出来事だったんだ、じゃ駄目だ。
リーダーなんだから、しっかりしないと示しが付かないし、リー
ダーが倒れたら、チームが危うくなるなんて、少し考えれば解る事
なのに。俺が間違ってた。そう思うのと同時に、ちゃんとそれを言
ってくれるオリヴィアに感謝した。 ﹁後でクリスとフィオナにもお礼を言ってあげてください﹂
﹁解った。少し、休ませて貰うね﹂
﹁はい、お休みなさい﹂
そこまで言葉を交わした辺りで眠気が限界になり、瞼が落ちてい
519
った。
◆◇◆◇◆◇
﹁う⋮⋮﹂
頭が少し重たく感じる。が、何時間か仮眠を取ったおかげで大分
すっきりする事が出来た。
﹁おはよ、アルド﹂﹁おは、よう﹂﹁おはようございます、アルド
さん﹂
すでに起きてた三人に次々と挨拶され、俺は眠い瞼を擦りながら、
﹁みんな、おはよう﹂と返す。
﹁えっと、みんなちゃんと休めた?﹂
﹁おかげでね。多くは休めたわよ﹂
﹁あー⋮⋮クリス、フィオナ、ごめん! 勝手な事して﹂
俺は両手を合わせる。クリスは呆れたような顔をしており、フィ
オナは困ったような顔を浮かべてそわそわしている。
﹁はぁ、もう良いわよ。でも、リーダーなんだからしっかりしてよ
ね? 倒れた、って理由があれのせいだったら容赦しないから﹂
おっしゃる通りです。正論すぎて反論できず、俺はせめて、今日
は疲れたなんて絶対口にしないと決めた。
﹁え、っと。きっと大事な事だった、と思うのでアルドさんが倒れ、
たりしなければ良いです﹂
520
フィオナがフォローしてくれるが、優先順位を考えたらそう大事
でも無いかもしれない、と思い始めている俺がいるので、肝が冷え
る思いです。
﹁あ、そうよ。あれだけ集中して作業してるくらいだから、よっぽ
ど大事な事だったんでしょ? 何してたの?﹂
﹁えっと⋮⋮口では説明しづらいから、実演してみようか﹂
クリスにそう言って、昨日作業を終えた簡易魔導炉を取り出す。
﹁それ、ランタンに使ってる奴でしょ?﹂
﹁そう。ちょっと新しい機能を付けてね﹂
三人が興味津々といった様子で簡易魔導炉を覗き込んでいる。俺
は少し緊張しながら、簡易魔導炉を起動させ、魔力を生産させ、待
機させる。
﹁少し離れて貰っていい?﹂
俺の言葉に三人が従ったのを確認して、魔力を帯びる魔導炉を、
今まで使ってた毛布に向ける。
デコンポジション
﹁︽分解︾﹂
待機していた魔術を発動させると、魔導炉から幾何学模様が生ま
れ、毛布に向かって光が伸びる。光に包まれた毛布は、ゆっくりと
粒子となって消滅した。
メモリー
﹁︽情報記憶︾﹂
521
俺は粒子となった光を魔導炉を使って集める。円形にまとまった
幾何学模様の中止に光は全て吸い込まれた。
﹁き、きえちゃった!? 迷宮に吸い込まれた!?﹂
﹁い、今のは何ですか? 光がランタンに吸い込まれていったよう
ですけど!﹂
三人は軽いパニック状態だった。毛布が迷宮に吸収されるように
消えたので、クリスは驚いているし、オリヴィアは落ち着いている
ようでその実動揺しているらしく、俺に詰め寄って来ていて、フィ
オナは言葉も発せずに尻尾と耳を天を突かんばかりに突き立ててい
た。
﹁ちゃんと説明するから。それに、今の毛布は消えてないし、迷宮
に吸収されてもないよ﹂
そういって、再度毛布があった位置に向かって、魔導炉を構える。
マテリアライズ
﹁︽物質化︾﹂
俺の言葉をキーにして、新たな魔術が構築される。毛布があった
位置に魔力によって幾何学模様が生まれ、淡い光を帯び始める。
そして、魔物が発生した時のように、毛布が虚空から発生し、ぱ
さっと音を立てて地面に落ちた。
﹁で、出てきた!﹂
さっきからクリスが面白いくらいにびっくりしており、もう何度
目か、という程驚いていた。
522
﹁こういう事、消えてなかったでしょ﹂
﹁消えてなかったって⋮⋮ちゃんと説明してください!﹂
オリヴィアに詰められながら、俺はちゃんと説明するから、と昨
日造った魔術の説明を始めた。
︽分解︾︽情報記憶︾︽物質化︾これはそれぞれ文字通りの効果を
発揮する魔術だ。迷宮の吸収、発生の課程を元に再現した魔術で、
ざっくり説明すると︽分解︾で対象を魔力でできた情報に変換、︽
情報記憶︾でその魔力情報を簡易魔導炉内の魔石に保持、記録する。
そして、記録した情報を︽物質化︾で外に吐き出す。
﹁よく、解らない、です﹂
話終わった三人の反応はそれぞれだったが、フィオナが代表して
そう言った。
﹁えっと、もっと簡単に言うと、この魔術は、大きな荷物を簡易魔
導炉に入れておける魔術ってこと﹂
﹁すごい魔術ね!﹂
あんまり解ってなさそうだが、すごい事だ、あるいは便利だ、と
いう事は解ったらしいクリスが目をキラキラさせていた。
﹁そ、そんな馬鹿な事⋮⋮﹂
オリヴィアは内容は理解できたが、理解できたが故に思うところ
が色々とあるらしい。額に手をあて、何事かを呟いていた。
﹁少し、時間貰ってもいい? 皆の魔導炉にも同じモノを仕込んじ
523
ゃいたいから。荷物減ったら、早く移動できるしね﹂
﹁お願いする!﹂
﹁⋮⋮楽なのは、良いことですものね﹂
﹁お願い、します﹂
三人から渡された簡易魔導炉を受け取り、同じ機能を付け、入っ
てる内容物が解るように魔力でモニターが出るようにも造る。
数時間ほど作業して、それぞれに簡易魔導炉を渡して使い方を説
明した。
﹁ねぇ、入れたバックパックの名前がアイテム1ってなってるのは
どうして?﹂
﹁入れたモノがなんなのか、っていうのは魔術では判断できないか
ら。モノを別々にして記憶したら、アイテム1、2って増えるよそ
のアイテムって名前はモニターをタッチして直接記入すると変えら
れる﹂
そんな感じで使用方を説明したら、武器と簡易魔導炉以外のモノ
を全て格納した状態になる。
随分時間を食ってしまったが、俺たちはそこから、二日目の迷宮
探索を始める事にした。
﹁迷宮探索っていうより、野外で訓練に行くみたいな軽装です⋮⋮﹂
オリヴィアが迷宮の地図を作成しながら呟いた言葉に、俺も頷く。
今は先頭にクリス、後衛に俺、中衛にフィオナ、同じく中衛をしな
がらオリヴィアが地図を作りつつ4層を進んでいた。
﹁これで探索のペースあがりそうね﹂
﹁がんばり、ます﹂
524
武器だけ持ったクリスとフィオナも荷物が無くなった事で楽にな
ったらしく、昨日に比べてかなりのハイペースで4層を回りきり、
5層も蜥蜴亜人などが出たが、荷物を気にする事のなくなったクリ
スが一刀の元に三体同時に切り裂いたりして奥へと進んでいった。
こうして、二日目の探索はペースを大幅にあげる事ができ、順調
に終える事ができた。最終日も、このペースで、残り8、9、10
層を見て終わり、そう思っていたが、そうは順調には進まないのが
世の常のようだった。
オリエンテーション最終日。探索を始めようとした俺たちは、ぼ
ろぼろの姿の一人の生徒を見つけた。
525
第49話﹁迷宮探索二日目﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます
526
第50話﹁迷宮探索最終日﹂
迷宮探索最終日の朝、俺たちは今日の行動予定を立てるために、
最後のミーティングを行っていた。
﹁今日は午前中いっぱいを使って10層まで探索、仮に10層行か
なくても引き返す、って事でいいよね?﹂
最初の目的と変わってないので、特に問題はない筈なのだが、形
式的に俺は全員にそう聞いた。
﹁問題が起こらなければそれで良いんじゃない?﹂
クリスがそう言ったが、それ、何かフラグっぽいからやめて欲し
いです。
﹁そうですね。私もそれで良いと思います。もし、問題が起こった
場合はどうしますか?﹂
オリヴィアがクリスに追従し、俺は少しだけ考える。問題が起こ
らないに越した事は無いが、やっぱり起こった時にどうするか、と
いうのを先に決めておくのは必要だ。
﹁んー。状況を見て、ってなるだろうけど、問題が起こったら基本
は迷宮から脱出を考える、って事で。迷宮内の探索としてはもう充
分成果があるだろうし、安全第一に動こう﹂
527
俺の答えに満足したのか、クリスとオリヴィアは頷く。
﹁フィオナは? 何か気になることある?﹂
﹁帰り時間は、足り、ますか?﹂
﹁地図はあるし、10層もあるとは言え、午前中に探索を切り上げ
て帰ることに集中すれば夕方には帰れる予定かな。なので、あとち
ょっとで10層全部見れる! って場合でも、欲を出さずに時間が
来たら離脱しよう﹂
三人の質問に答えると、三人とも満足したのか、それ以上の質問
はでてこなかった。
﹁よし。そしたら残りは移動しながらか、問題が出た時にしよう。
探索開始!﹂
俺の一声でオリエンテーション最終日、8階層の探索が始まった。
荷物は最小限、8階層の敵は、ゴブリンのような小物の魔物から、
蜥蜴亜人のように少し大きな魔物に代わっているが、前衛を任せて
いるクリスには物足りない、と言わせる程度の相手のようだ。
中衛を任せるフィオナは、移動中や休憩中に時々怯えるような仕
草を見せる事があったが、最終日に入って動きに堅さが取れてきて
おり、むしろ初日より良くなってきていた。獸人の特性か、音や臭
いで敵の位置を把握し、俺の︽探査︾よりも先に敵を発見する事も
あるので、こちらが奇襲を掛けるのに貢献している。
後衛には俺とオリヴィアがおり、正直に言うと出番が無い。前衛
が敵を相手にしている際に背後、横から出てきた敵を対処するのと、
連携の練習をするために、数が多い敵相手に参加した程度だ。俺と
オリヴィアは主にマップと敵データ集めに回っている。
528
﹁効率考えるとやっぱり、こんなパーティ構成になるんだよな⋮⋮﹂
﹁? アルドさん、何か言いましたか?﹂
﹁いや、独り言﹂
前衛三人も要らないので、俺は後ろに下がるしかない。が、俺は
実は、下がるとまともに防御くらいしかまともに援護できない。遠
距離で攻撃する手段に乏しい。
俺自身の魔力量が少ないため、使い時がピンチの時だけだし、魔
力を使った遠距離攻撃││つまり、魔法、魔術といった攻撃は、下
手をすると魔力を捨てるだけになってしまうので、刀で切る方が早
いのだ。
ライフルを使う、という手段もあったが、閉所で跳弾の恐れもあ
ったし、おまけに荷物がかさばるために選択しに入れてなかった。
﹁はぁ、後衛だと役立たずだなぁ﹂
そんな事を考えられる程度には余裕の状態で、俺たちのパーティ
は、9層まで進めていた。
問題が起こったのは、9層も半分は回っただろうか、というとこ
ろだった。
﹁⋮⋮すんすん。血の、臭い﹂
﹁え、血⋮⋮?﹂
突然、フィオナがそんな事を口にした。クリスが思わず鼻を使っ
て臭いを嗅ごうとしてみたが、そんな臭いは感じられずに、首を傾
げただけだった。
﹁⋮⋮フィオナ、方角は解る?﹂
529
勘違いじゃないか、なんて事は聞かなかった。この中で臭い、音
といった五感が優れているのはフィオナだ。俺は疑わずに臭いの発
生元について聞く。
﹁こっち、です﹂
﹁臭いの発生元を確認しよう。なるべく遠くから。危険そうなら即
撤退。時間は多少あるけど、そのまま迷宮離脱もありえるって頭に
入れておいて﹂
﹁わかった﹂﹁はい﹂﹁うん﹂
三人がそれぞれ返事をしたのを確認したところで、緊張感を高め
てフィオナが示した方向に向かった。
﹁う、ぅぅ⋮⋮﹂
フィオナが血の臭いがする、と言った方に進むと、かすかにうめ
き声が聞こえた。
﹁あ、あそこ!﹂
フィオナが指を指した一角に光を当てると、そこには岩陰に隠れ
るように、ぼろぼろな姿の少年が倒れていた。どこか見覚えが││
と思ったが、ぼろぼろで解らなかっただけで、オリエンテーション
に参加していた生徒の一人だと気付く。
﹁う⋮⋮き、君たちは⋮⋮?﹂
血に塗れた腕を抑えながら、少年が俺たちに気付き、身体を起こ
す。
530
﹁おい。大丈夫か!? クリス、フィオナ、辺りの警戒頼む。オリ
ヴィア、彼の傷口を洗うからアルコールと、包帯を出してくれ﹂
各人に指示を飛ばし、俺は倒れた少年の手当をする。オリヴィア
が荷物を︽物質化︾している間に、少年の破れている服をはぎ取り
ようナイフで切り裂き、傷口が見れる状態にした。
オリヴィアからアルコールの入ったビンを受け取ると、俺は
﹁うぐっ⋮⋮﹂
﹁傷口をそのままにすると化膿する。我慢してくれ⋮⋮!﹂
痛みに暴れそうになる少年にそう言って、俺は傷口をアルコール
で洗って傷の深さを確認する。太い血管までは傷は届いていなさそ
うだが、獣の爪に削られたような、幾筋もある傷は、中々深い。
縫合するべきなのだろうか? 一瞬そんな知識が頭を過ぎるが、
縫合なんて裁縫くらいしかない。傷に関しては血も止まっていたよ
うなので、包帯をきつめに巻いておくに止めた。
﹁喋れるか?﹂
他の怪我も同様に、一通り処置が終わったところで声を掛ける。
少年は、弱々しくも何とか頷き口を開いた。
﹁ああ⋮⋮た、頼む。仲間を助けてくれ!﹂
これは、半ば予想していた。オリエンテーション参加者は、全員
パーティを作っていた。ゲームなんかでは、数人くらいソロ、と呼
ばれるような人間がいるかもしれないが、現実であるこの世界では、
当然といえば当然だろう。一人では休息すらまともに取れない。敵
531
に囲まれた時、多少強い、程度では数の力に対抗できない。
そんな中で、一人でいるのには、何か理由がある筈だった。
﹁まずは状況を教えてくれ。話はそれからだ﹂
﹁ああ⋮⋮実は⋮⋮﹂
痛みに呻き、途切れ途切れに話す少年の話を聞き終えた時、俺は
思わずため息をついた。
﹁最悪な状態だな⋮⋮﹂
そう呟かずにはいられなかった。結論から言うと、彼のパーティ
は12層で散り散りになったらしい。
詳しく話を聞くと、彼が所属していたパーティは、オリエンテー
ションを始める原因を作った、アレスのパーティにいたらしい。い
や、そこは良いのだが、問題はアレス達のパーティは、3∼5層で
敵と戦い、迷宮でも充分戦えると手応えを感じたらしく、当初の予
定になかった10層を目指したらしい。
一挙に下ったが、敵にはそれほど合わなかった事で、まだ余裕が
あると判断し進んで居たところで、グラント達のパーティと遭遇。
グラント達はすでにそこで充分戦っており、アレスはそれを見て、
俺たちも更に下に降りて活動し、実力があることをライナスさんに
証明しよう、という事になったという。
この時、少年の実力敵には蜥蜴亜人を一人で相手にするのもいっ
ぱいいっぱいだったらしいが、アレスが難なく戦えた事、リーダー
であるアレスに逆らい切れずに11層に踏み切ったらしい。
﹁10層以下は、ギルドの許可が必要なのは知っていたのか?﹂
﹁ああ、だけど、それは形式的なものだ、とも聞いて居たんだ⋮⋮﹂
532
それは、迂闊として言いようがない。俺は苦い表情を作ることし
かできなかった。
それでも、11層ではまだ敵の分布も代わっておらず、散発的に
蜥蜴亜人を倒していたらしい。そこでもアレスは自信を付け、12
層の階段を見つけ、降りる判断を下してしまった。
その12層で、問題があったらしい。
スタンドアローン
﹁あれは、あれはきっと︽孤立種︾だ﹂
少年が、あえぐようにそう言った。怪我をした時を思い出したの
か、腕を押さえ、呻く。
﹁12層では、魔物が一匹も居なかったんだ。だから、油断してた。
そいつが現れた時も、敵は一人だからって戦う事にしたんだ。そし
たら、そしたら⋮⋮﹂
﹁もう、話さなくていい。落ち着いてくれ﹂
﹁グラントのパーティも、い、居たんだ。俺たちを助けてくれて⋮
⋮あの魔物に向かっていって⋮⋮﹂
話している途中で、震えだし、歯を打ち鳴らし始めた少年の肩に、
俺は手を置いて、ゆっくり話しかける。
﹁アルド﹂
クリスの言葉に、解ってる、と視線を送る。解ってる。この後の
行動をどうするか、クリスは、いや仲間達は俺の判断を仰いでいる。
しかし、俺は悩んでいた。
助けに行くか。
助けずに戻るか。
533
リーダーとして決断しなければならないだろう。正直な所、当初
決めたように事を運ぶのなら、少年に肩を貸しながら、迷宮を脱出
する、というの以外に無いだろう。12層には危険な敵がいると事
前に解っているのだから。
しかし、それはアレスのパーティと、グラントのパーティの命を
無視する場合だ。
俺は、仲間を見回す。三人は、表情険しく、俺を真っ直ぐ見てい
た。
﹁今後の方針を決める。今から、俺たちは││﹂
俺は、この場にいた全員に、それを伝えた。
534
第50話﹁迷宮探索最終日﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます
ぐぬぬ⋮⋮引っ張るつもりはなかったのですが、前回駆け足の最終
部分を補足しようとしたらこの始末⋮⋮未熟!
遂に連載50話達成いたしました!感無量でございます!これも皆
様のご声援のおかげです。
これからもロボ厨をよろしくお願いいたします
535
第51話﹁孤立種︵スタンドアローン︶﹂
﹁俺たちは、12層にいってアレス、グラント両パーティの生存を
確認する﹂
助けに、とは言えなかった。本来ならこの行動すら、最初に決め
た動きとは違う。安全を期すならやはり、ここで引き返すべきなの
だろう。そして、ライナスさんに助けを求める。それがベターだろ
う。
だがそれは、最善とは言い難い。助けを求めに地上に戻れば、そ
れだけ二つのパーティの生存率は落ちる。
まだ、助けられる可能性があるなら、今行くしかない。しかし、
もし仮にすでに二つのパーティが全滅していれば、それはいたずら
にパーティの危機を招くだけだ。
﹁⋮⋮これは、半ば俺のわがままだから。嫌なら、彼を連れて地上
に戻って、ライナス先生に事の経緯を説明して欲しい﹂
﹁答えなんて最初から決まってるわ﹂
﹁ええ。いつでも準備はできてますよ﹂
﹁⋮⋮大丈夫、です﹂
たぶん、こう言ってくれるだろう、とは思っていた。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
だから俺は、万感の思いでそれだけ言った。そして、倒れていた
少年に手を貸し、立つのを手伝いながら聞く。
536
﹁ごめん。本当なら、人数を分けて君を送り届けるべきなんだろう
けど、救出する場合に人手がいるし、何より、道案内がいる。君た
ちが襲われた場所まで、案内を頼めるかな﹂
﹁⋮⋮ああ。それくらいやってみせる﹂
恐怖を感じているだろうし、負傷だってしている。しかし、仲間
を助けたい一心か、少年はそれらを呑み込み、そんな風に言った。
俺は無言で頷き、肩を貸しながら全員に告げる。
﹁なら、12層目指して進もう﹂
危険がある、と聞いた後でも、そこに悲壮感はなかった。ただ、
決意に満ちた仲間を引き連れて、迷宮の浅層を越え、12層を目指
して進む。
スタンドアローン
﹁君たちは、︽孤立種︾についてどれだけ知ってる?﹂
少年の荷物は途中で捨てる事になったらしく、武器以外は持って
いなかった。しかし、こちらも手ぶらのため、けが人がいるとは言
え、それなりの速度で進んでいる。
﹁強い個体らしい、って事くらいは﹂
迷宮では、かなり有名な単語らしい、というのは調べ始めてすぐ
ルーラー
に解った。群れを率いるリーダー個体、あるいは統率個体と呼ばれ
ルーラー
るような︽支配種︾これもまた強い個体ではある。
戦った事もある︽支配種︾だが、迷宮ではそれとは他に、︽孤立
種︾という魔物がいるらしいのだ。
会ったら逃げろ、命が惜しくば挑むな、と冒険者の間で口々に言
537
われる存在。
﹁︽孤立種︾ってのは、簡単に言うと特異個体だって話だ。頭が良
かったり、強かったりする魔物は普通、群れを作る。そのリーダー
が︽支配種︾だ。でも迷宮では逆に、周りの個体を全て殺し、自分
だけのテリトリーを作る特異個体がいるんだ。そいつが︽孤立種︾
だ﹂
﹁特異個体⋮⋮。︽支配種︾とはそんなに違うのか?﹂
話だけ聞くと、確かに習性は違うようだったそこまで、という感
じはしない。
﹁俺も、そう思ってたんだ⋮⋮実際に見るまでは。でも、あれは、
リーダー格、とかそういう感じとはどうも違う気がする。上手く、
口にできないが⋮⋮﹂
﹁そうなのか⋮⋮。12層の奴は、どんな奴?﹂
︽支配種︾とは違う、と言われても、正直実物を見るまで何とも
言えない。俺は、もっと他に情報が無いか聞いてみる事にした。
﹁たぶん、蜥蜴亜人だと思う﹂
﹁たぶん?﹂
もうちょっと正確にくれ、とは口にしなかったが、顔には出てい
たらしい、困ったような顔をして、少年は補足の説明をしてくれた。
﹁ああ。二倍くらい大きくて、でかい斧を装備してたんだ。あまり
にサイズが違うから、蜥蜴亜人っぽかったな、としか解らないんだ。
⋮⋮遭遇後はろくに戦闘もできずに、グラントのパーティに助けら
れる形で逃げ出したんだ。俺のこの怪我は、斧を振られて、地面に
538
刺さった時の衝撃で破片が飛んできてこうなったんだ﹂
俺はそれを聞いて絶句した。それが本当なら、その蜥蜴亜人の大
きさは、三メートルはある。おまけに、武器を振った余波でそれだ
と言うなら、もしそのままくらっていればミンチになるレベルだ。
もう少し詳しく聞きながら進むが、これ以上は大した情報を持っ
ている訳ではないようだった。彼だけこの階層まで戻ってこれたの
は、攻撃を受けたとき、たまたま上の階層に続く階段側に分散され
た彼だけが上ってこれたかららしい。
﹁済まない。もう少し、役に立つ情報があれば⋮⋮﹂
﹁いや、倒しに行くわけじゃないし、相手にするだけ危険だ、って
解っただけでも充分だよ﹂
何せ、事前情報がなければ同じような強力な魔物に奇襲を受ける
かもしれないのだ。最悪、その奇襲一回で全滅もあり得る。
情報を鵜呑みには出来ないだろうが、予測も立てられないような
状態よりは良いと言えるだろう。
﹁この先だ﹂
11層奥、最後の階段で震える声で少年が言った。
﹁⋮⋮最初から戦闘は捨てて、二パーティの生存確認と、生存者の
救出を目標に動こう﹂
俺は、12層に入る前にそうメンバーと確認しあう。優先度を間
違えれば、こちらが奇襲に合い、全滅もあり得る。
階段からは無言で、明かりも抑えた状態で12層まで降りる。階
539
段が終わると、自然洞窟のような風景は変わらないものの、天井が
高い位置にあった。それに、所々穴のようなものもあり、上下に広
くは感じるが、足場は悪くなっている。
﹁12層は、元々土竜が住んで居るという情報でしたね﹂
﹁ああ。12層から出るっていう土竜は強いらしいから、それを見
て、あわよくば鱗でもはぎ取って帰ろう、って話をしてたんだ﹂
穴を見ている俺に気付いたオリヴィアが、そう口にした。そうか、
順路以外に見える大きな穴は、その巣穴や通り道だったりするのだ
ろうか。
つか、土竜って、もぐらじゃなくて土の竜、って意味だったのか。
ドラゴンなんて名の付くものは見たこと無いので気にはなったが、
今は後回しだな。
﹁じゃあ、こっちだ﹂
案内に従って、奇襲されたという現場まで進もうとした所で、オ
リヴィアが声をあげた。
﹁あの、このまま現場に向かうのは危険ではないですか?﹂
確かに、一理あるように思う。このまま行けば、下手をすれば奇
襲をしたという︽孤立種︾の魔物に遭遇する。
﹁いや、どうだろう。下手に回り込んで、そこに︽孤立種︾の魔物
がいたら危険だよ﹂
と、俺は反論を出した。結局の所、敵の位置が解らない時点で、
どこに居ても危険な事には代わりはない。なら、注意深く進み、ま
540
ずは現場に向かい、死体が無いかの確認をすべきだ、と俺は答えた。
もしそこに人数分の死体があるようであれば、探索はそこで終了、
全力でこの迷宮から脱出する。
辺りを警戒しつつ、そう説明すると、メンバーはその嫌な想像に
固い表情をしながらも頷き、納得した。
﹁ここだ。あそこに、斧が叩き付けられた場所がある⋮⋮﹂
そう言って、震える指で示した場所には、クレーター、と言える
ような抉れた地面が存在した。
﹁これ、魔物が⋮⋮?﹂
クリスが呆然と口にする。無理は無いだろう。離れた位置、明か
りに照らされ、視認性が落ちているにも関わらず、抉れていると一
目見て解る地面。そして、壊れた武器に血痕、荷物が散らばってい
た。
﹁こ、この荷物⋮⋮アレス達のだ﹂
青ざめ、今にも崩れ落ちそうな様子で、少年が荷物の確認を行い、
周囲を警戒しながら他に何か手がかり無いか探す。
すると、血痕が一方向に続いているのを見つけた。そして、その
方向に向かう、轍のような、太い何かを引きずったような後も、一
緒に続いている。
﹁これ、は⋮⋮﹂
俺はその引きずったような後が何か思いいたり、裏返った声を上
げてしまう。
541
﹁こ、これって、誰かが引きずられて⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮いや、たぶん違うよ﹂
オリヴィアが最悪の想定をしたが、俺はそう思わなかった。誰か
が殺されて引きずられたとしたら、この血の量は少なすぎる。
﹁これは、魔物の尻尾だ。こんな大きな尻尾を引きずる大きさの蜥
蜴亜人なら、確かに同じ種類なのか、疑いたくもなる⋮⋮!﹂
そんなおり、大人しかったフィオナが、焦ったような声をあげた。
﹁な、何か来ま、す⋮⋮!﹂
つっかえつっかえの言葉だったが、一点から目を逸らさない彼女
が、何が言いたいのかはすぐに解った。
﹁まずい⋮⋮! みんな、隠れてやり過ごすんだ⋮⋮!﹂
俺は全員に指示を出し、予備のランタンを一つ、光量を最大にし
てわざと残し、怪我のせいで足の遅い少年に肩を貸しながら、奥ま
で続く適当な横穴を見つけて隠れる。息を潜め、フィオナが示した
横穴の一つを見張った。
やがて、ずるっ、ずるっと何か大きく、重たいものを引きずるよ
うな音が聞こえてきた。
﹁あ、あれが、ここであった︽孤立種︾だ⋮⋮!﹂ 眩いばかりのランタンに照らされたのは、全高三メートル、全長
でいえば、10メートルはあろうかという、二足歩行の蜥蜴だった。
542
その大きなとかげ、のそりと一歩進むたびに、太い尾が引きずられ、
不安を煽るような音を立てる。
もはや、蜥蜴、なんて表現はおかしいだろう。なぜならその︽孤
立種︾は、高さだけでなく、横幅も相当あり、どこか鍛えられた戦
士のようであった蜥蜴亜人の肉体が、モヤシか何かのように思える
容姿をしていた。
頭も、蜥蜴亜人は文字通り、蜥蜴のような頭をしていたが、その
︽孤立種︾は、鋭利な刃物のような鱗に覆われ、巨大な牙をはやし
ており、もはや同じ爬虫類とは思えない。近しいところで、無理矢
理表現するなら鰐のようにも思えるし、見たことはないが、想像上
のドラゴンなら、こんな顔をしているようにも思える。
確かに二倍くらい大きい、とは聞いていたが、縦横二倍なら単純
二倍なんてものじゃないじゃないか、と悪態をつきたくなる。
﹁あんなのが振れるのかよ⋮⋮!? 確かに、あんなのが地面に落
ちたら、爆発したみたいにもなるか﹂
極めつけは、斧だ。斧を持っている、とは聞いていたが、はっき
り言えば詐欺だと思った。木を切る斧は見た事があるし、使った事
もあるが、あれは以外と刃が小さい。しかし、︽孤立種︾が持つ斧
は、巨体に似合った巨大な斧であり、刃の長さだけでも俺の腕の長
さはありそうな両刃の斧だった。長い柄を太い前足が人間の手のよ
うに斧を掴んでおり、ただ持っているだけの飾りでは無いことを伺
わせた。
﹁こんな奴、相手にできるか。みんな、遠回りして別の場所を探そ
う﹂
ランタンの明かりが気になったらしい︽孤立種︾が、ランタンに
近づくのを見ながら、俺たちは横穴を使って、別の場所を探索する
543
事に決めた。
544
第51話﹁孤立種︵スタンドアローン︶﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます!
545
第52話﹁救出・脱出﹂
圧倒的な存在感のある︽孤立種︾の魔物を遠目に、俺たちは当初
の目的である二パーティの生存確認に向かう。現状だと、状況証拠
から生きているだろう、という希望は持てたが、予断は許されない
状況だ。
﹁こっちから、匂い、します﹂
今は、フィオナの嗅覚に頼り、血の匂いを追っている。道中は先
導を努めるフィオナ以外、皆無言だった。無理も無いし、俺も気が
重い。しかし、このままにしておける筈もない。
俺は、そのまま先導をフィオナに任せながら、声を潜めてクリス、
オリヴィアに話しかけた。
﹁クリス、オリヴィア。さっきの蜥蜴亜人、戦うとしたらどう思う
?﹂
﹁⋮⋮正直、そもそも戦うっていうのがナンセンスだと思ったわ﹂
﹁私も、逃げる事に専念した方が良いと思います﹂
まったくその通りだ。しかし、逃げるにしろ戦うにしろ、一度刃
を交える事にはなりそうだ。と俺は考えていた。これから二パーテ
ィ分人数が増える。となれば、それだけ発見される確率があがる。
﹁俺もそう思う⋮⋮けど、最悪の事態は想定しておきたいんだ。も
し、仮に戦闘に入った場合、まともに戦えるのはこのパーティだけ
だと思ってる﹂
546
あんな相手に襲われる、それを意識しながら逃げるだけで、抱え
るストレスと、そこから来る疲労は計り知れない。
となれば、救出に向かう二パーティは戦力として数えるのは難し
いだろう。
﹁⋮⋮魔術での足止めが無難だと思います﹂
俺の考えを汲んだオリヴィアが、提案した。クリスも、少し考え
てから口を開いた。
﹁そもそも、手持ちの武器で蜥蜴亜人に傷を付ける事ができるのか、
自信がない⋮⋮﹂
﹁確かに、それだとまともに時間稼ぎすらできるか、って話になる
な⋮⋮戦う以前の問題だ﹂
思えば、現場に散らばっていた武器。あれは蜥蜴亜人を攻撃しよ
うとして壊れてしまったモノかもしれない。
﹁うん。やっぱり、魔術を使って足止めに専念しよう。最悪、横穴
を一つ潰してでも、生き埋めなり分断なりしたい﹂
横穴を潰すのは最終手段だと思う、魔術で穴を潰す程の攻撃をす
れば、その衝撃が洞窟全体にどう響くか解らないからな。
﹁その時は、私が魔術を使って足止めします﹂
﹁なら、その時間稼ぎくらいはこっちでやるわ﹂
直接戦いはしない、と明言したためか、オリヴィアが少しだけ緊
張を解し、クリスも軽口を叩くように請け負った。
547
﹁まぁ、逃げるだけだし、帰り道で会わなければ問題ないから! 気楽に行こうよ﹂
この時の俺の顔は、強ばっていたかもしれない。しかし、聞いて
いたメンバーはぎこちないながらも笑顔で返して、いったん落ち込
んだムードは多少マシにはなった。
◇◆◇◆◇◆
慎重に蜥蜴亜人の気配を読みながら奥に進むと、ついにグラント、
アレスのパーティを見つける事ができた。
横穴の一つが部屋のようになっており、そこで休憩⋮⋮というよ
り、力つき、うずくまるようにしてそこにいた。
﹁⋮⋮お、おい、大丈夫か!?﹂
俺たちについて来ていた少年が声をあげ、うずくまっているアレ
スに声を掛ける。
﹁お前⋮⋮生きてたのか。良かった⋮⋮﹂
アレスがそう呟くが、そこには力がこもっていなかった。向こう
は彼に任せるとして、俺はグラントのパーティに近づく。
﹁グラント、大丈夫か?﹂
見た目にはボロボロでところどころ出血もあるが、意識がはっき
りとしているグラントにそう話しかける。
﹁ああ。怪我も見た目程じゃないから動けなくはない。だが、俺は
548
ともかく、パーティの仲間は限界だ﹂
グラントはそういって、視線を俺からずらす。俺もそちらを向け
ば、同じようにボロボロになったグラントの仲間が、疲労困憊の様
子で地面に突っ伏しているのが見えた。
オリヴィアが俺の視線に気付いて、率先して手当を始める。手当
はそちらに任せて、俺はグラントと話し、状況を聞く事にした。
﹁そうか⋮⋮状況を聞いても良いかな?﹂
グラントの話は、アレスの仲間の少年から聞いた事を補完するよ
うな内容だった。グラントは、アレスが10層より下に行ったのを
匂いなどの痕跡から気づき、注意するために追いかけて来たらしい。
12層でようやく追いついたが、追いついた時にはすでに蜥蜴亜人
に見つかり、散り散りになっているような状態で、グラントのパー
ティが助けるために介入、しかし蜥蜴亜人が強かったために倒すは
おろか、逃げるのもままならない状態になった所で、残っていたア
レスのパーティと協力し、何とかここまで逃げるに至ったらしい。
﹁⋮⋮あの蜥蜴亜人は、そんなに強い相手なのか?﹂
﹁見てきたのか? なら解るだろうが、あれは強いなんてもんじゃ
ないな。次元が違う、とでも言うのか⋮⋮先生程の格は感じないが、
それでも俺ではかなわん﹂
﹁先生はちょっと別次元というか、別宇宙というか。そんな存在だ
からな⋮⋮﹂
﹁宇宙?﹂
何でもない、と答えると、そうか、と疲れた感じに返された。本
人は動ける、とは行っていたが、かなり余裕はなさそうだ。
仲間を守るために気を張っているようなので、それで動けている
549
だけかもしれない。切れたらあっと言う間に限界を超えそうだ。
﹁皆、聞いて欲しい﹂
俺はこの場にいる全員に向かって話かける。
連れてきたメンバー以外は反応が薄く、顔をあげたのは、グラン
ト、アレスくらいだ。
﹁これから全員で迷宮脱出を目指す。疲労はあると思うが、残り少
しだから頑張って欲しい﹂
もっと奮い立つような何かを言えればいいのだが、上手い言葉が
浮かばない。冴えないリーダーって感じか。自分自身、リーダー、
というガラではないし、リーダーっぽい振る舞いをしては居るが、
いつも間違っていないかと不安になる。
﹁ほんとうに、帰れるのか⋮⋮? 12層入り口を守るように、あ
いつがいる。あいつに見つからずに出るのは、無理だ﹂
﹁そのために俺たちが来た。せっかく生き残ったんだ。全員で迷宮
を脱出しよう。そのためのプランもある﹂
アレスが弱弱しく、そう言ったのを、俺ははっきりと断言した。
正直、道中でクリスとオリヴィアと話していたくらいにはノープ
ランだ。しかし、例えノープランでもプランがあると、希望を持た
せてここから動いて貰わなければ、助かるものも助からない。
﹁どうする気だ? まさか、あいつを倒すのか?﹂
﹁それこそまさか、だね。わざわざそんな危険を冒す必要はないよ﹂
現状倒す目途なんてないからね! とは言えないので、聞きよう
550
によっては倒す手段があるような、少しもったいぶるようにそう言
っておく。
﹁今は逃げる事だけに集中する。場合によっては戦うどころか見る
事もないね﹂
戦わない、と聞いて皆目に見えて安堵の息を吐いている。
﹁さぁ、ダンジョンを脱出しよう﹂
俺のその言葉に、うずくまっていたメンバーがよろよろと立ち上
がった。
先頭は変わらず嗅覚、聴覚に優れるフィオナに頼む。殿は俺とグ
ラントが務める。どうやら、最初の遭遇以降、何とか逃げられてい
るのは、グラント含め、彼らのパーティメンバーが鼻と耳が良い事
に起因するらしい。獣人はその辺りが普通人種より優れているよう
だ。
彼らを頼りに、遠回りしながらクレーターができていた辺りまで、
遭遇することなく戻って来た。現場がすぐに見えるような位置に隠
れつつ、辺りを警戒しながら全員を集める。
﹁フィオナ、どう?﹂
﹁何も、感じません。匂いも、音も⋮⋮﹂
聞きつつ、俺も≪探査≫の魔術で辺りを確認するが、そちらでも
何も感知できない。しかし、フィオナは不安げにしており、グラン
トもフィオナの言葉を否定しこそしないが、しきりに鼻と耳を動か
し、辺りを警戒している。
551
﹁おかしい。何度も脱出を試みた時は、常にこの辺りにいたんだ﹂
﹁俺たちを探しに、別の穴に行ったのか⋮⋮?﹂
グラントが疑問を口にし、アレスが希望的観測を言った。
グラント、フィオナの警戒の様子から、気のせい、と断言する気
にはなれない。
しかし、ここを避けてこの層を抜ける事はできない。来るときに
確認した他、グラント達にも裏を取ったが、別のルートは見つけら
れなかったらしい。俺たちが見落としている可能性はあるが、それ
に期待をかけて別のルート探索するだけの余裕は今このメンツに無
い。
俺、クリス、オリヴィア、フィオナはまだ余裕があるが、他のメ
ンバーはすでに限界だ。もし他のルートが無かった場合、ここを切
り抜けるだけの体力が残っているかどうか怪しい。
﹁アルドさん⋮⋮﹂
近くにいたオリヴィアが、不安そうな声を俺にかけた。全員の視
線を感じ、俺は少し考え、ひりつく喉が、震える声を出さないよう
に気を付けながら声を出した。
﹁このまま行こう。他を回るだけの余裕はないし、居ないならその
まま抜けさせて貰おう。ただ、全員警戒は更に強めるように﹂
俺の言葉に全員が頷き、一同は再び、慎重に進み始める。
クレーターを通り過ぎた辺りでも何も起きず、本当に別の穴に向
かったのか、と俺の頭によぎった所で、それは起こった。
﹁! クリス、オリヴィア、そこから離れろ!﹂
552
クリスとオリヴィアは、弾かれたように反応を示し、左右に跳ん
だ。
つい一瞬前までクリス、オリヴィアが居た足元が突然盛り上がり、
殻を破って生まれるひな鳥のように、固い地面をぶち破り、蜥蜴亜
人が現れる。
くそっ! このタイミングで!
﹁ギシャアアアアアアア!﹂
巨体が洞窟内を震わせるような咆哮をあげ、ついに俺たちは12
層の≪孤立種≫蜥蜴亜人と相対することになった。
553
第52話﹁救出・脱出﹂︵後書き︶
一日遅れて申し訳ありません⋮⋮
お読みいただきありがとうございます。
554
第53話﹁強襲﹂
﹁あ、あぁあ⋮⋮﹂
フィオナが、怯えたような声をあげた。それが合図だった訳では
ないだろうが、俺たちを睥睨する︽孤立種︾が、再度威圧の咆哮を
あげる。
﹁止まるな! 走れ!﹂
洞窟内をビリビリと震わせる︽孤立種︾の咆哮に負けぬよう、魔
力を纏った声をあげて、威圧されている仲間を鼓舞する。足がすく
んでいたアレス、グラントのパーティは俺の声に我に返って走りだ
した。
マジックリンク
﹁俺たちは奴を足止めする! ︽魔力接続︾!﹂
パス
それ以上はろくに確認できず、自分のパーティに向かって魔術を
展開する。
これは、魔力を使って経路を作り、経路を作ったメンバーで魔力
を共有化する魔術だ。これに簡易魔力炉からの魔力を俺からメンバ
ーに流し、一時的に個人で持てる魔力量の底上げができる。
﹁はい!﹂
﹁いくわ!﹂
俺の言葉に反応できたのは、クリスとオリヴィアだ。フィオナは
555
まだ、恐怖から立ち直れていない。何とか武器を構えて敵に向かっ
てハルバードを構えているが、切っ先が定まらずに震えている。俺
は、彼女の前に立って、︽孤立種︾の正面に立った。戦えないなら
逃げて欲しいが、今はこれ以上フィオナに気を回してやれそうにな
い。
﹁︽12の盾︾!﹂
﹁︽轟一閃︾!﹂
その間に、オリヴィアが仲間に魔術の盾を展開、クリスが小手調
べと言わんばかりに、全力の剣技を放つ。
ギィン!
とほとんど金属音と変わらぬ硬質な音をたて、︽孤立種︾の足に
切りつけたクリスの斬撃が、鱗の表面を滑る。鱗が剥げ、一文字に
剣閃の後が走っているが、それだけだ。
﹁シャァァァッ!﹂
しかし、攻撃を鬱陶しく感じたのか、︽孤立種︾が大きな斧を薙
払う。その光景と、あまりの威圧に、脳裏にクリスが叩き潰される
ような幻想を見たが、現実にはクリスはその一撃を良く見、素早く
後ろに跳んで︽孤立種︾の攻撃をやり過ごした。
﹁刃が通らない!﹂
想定していた通りではあるが、一時的に仲間から借り受けた魔力
も乗せた一撃が傷一つ付けられない事に、クリスは動揺気味だ。か
556
く言う俺も、魔力を過剰供給すればあるいは、という希望は持って
いたので、挫けそうになる心を何とか奮い立たせる。
先生仕込みの身体強化ならあるいは、とは思うが、俺もクリスも、
実戦レベルでの完成度は持っていない。
﹁なら、全員で魔術を使っての足止めに専念! 効果が無くても良
いから嫌がらせするつもりで!﹂
﹁⋮⋮了解!﹂
魔法、魔術が苦手なクリスは得意な剣術で役に立てないせいか、
一瞬顔をしかめたが、即座に切り替え、︽孤立種︾の注意を引きつ
つ魔力を練り始める。
こちらも、クリスが時間を稼いでくれたおかげで充分に魔力が練
れた。全力で足止めをする!
チェイン・バインド
﹁︽阻む鎖︾!﹂
魔力炉から多量の魔力を流し込み、魔術を一つ編み上げる。︽孤
立種︾を囲むように生まれた幾何学模様は、魔力で出来た鎖を吐き
出し、︽孤立種︾の四肢に巻き付き、締め上げた。
﹁ギシャアアアアア!﹂
しかし、これもそうは長く持たないだろう。すでにきしみをあげ
ている鎖に、歯ぎしりしたくなる。
俺は、想定通りだろう、と無理矢理思いこみ、声をあげた。
﹁オリヴィア!﹂
﹁はい! ︽分解︾!﹂
557
オリヴィアは俺の意図を正しく理解し、︽分解︾を︽孤立種︾│
│ではなく、その足下に向けた。︽分解︾は、魔力を帯びた魔物に
は通用しない。恐らく、生物もだろう。魔力を発生中、あるいは内
部で魔力が動いている物体は、︽分解︾魔術を阻害してしまう。そ
のため、︽孤立種︾に直接使うような真似はしない。
足下に使ったのは、地面を分解し、即席の落とし穴を作るためだ。
狙いは功を奏し、地面の一部が消失した事で、︽孤立種︾が膝ほ
どまで足が埋まる。突然の事態に驚き、動きを阻害された︽孤立種
︾は、怒りの咆哮をあげた。
﹁うるさいわね! その口閉じなさい! ︽蒼炎︾!﹂
クリスが、時間を掛けて練った魔力を用いて魔術を紡ぐ。集めら
れた魔力は熱エネルギーに変換され、蒼い炎を作り出した。
通常一般的に使われる初歩的な魔法︽火球︾を元にした同じよう
な魔術だというのに、クリスの持つ大量の魔力と、共有化により増
えた魔力炉の魔力を、術式が崩壊する一歩手前まで練り込んだ力押
しの魔術。
それが、空を燃やしながら飛翔し、大口を開けていた︽孤立種︾
の口に飛び込んだ。
耳を塞ぎたくなるような轟音と共に、離れた位置にいる俺たちの
所まで肌を焼くような熱風が吹き荒ぶ。
﹁よし、撤収!﹂
俺は結果を見ないままに、そう叫んだ。これで決まった、やった
か!? なんてフラグを立てて心を折られるくらいなら、さっさと
撤退するに限る。
一瞬、クリスとオリヴィアが驚いたような顔をしたが、すぐに理
558
由を悟った。
﹁ギシャアアアアアアアアッ!﹂
狂ったような咆哮。それは、︽孤立種︾の健在を伝えるには十二
分すぎた。
﹁くそっ。口の中なら効くとか、そんな弱点ないのかよ⋮⋮!?﹂
さすがの︽孤立種︾も傷が無い訳でない。牙は欠け、口から血を
流してはいるが、かえってその中途半端な傷が︽孤立種︾を激昂さ
せている。
怒りに任せた︽孤立種︾の動きに、︽阻む鎖︾が弾け飛ぶ。落と
し穴からも、すでに復帰しつつある。
﹁︽阻む鎖︾!﹂
俺は︽孤立種︾に向かって再度︽阻む鎖︾で妨害を試みる。さっ
きは短時間とはいえ動きを阻害できた、時間稼ぎくらいには││そ
う思ったのが、失敗だった。
﹁アルドッ!﹂
クリスの悲鳴が聞こえた。全ての妨害から復帰した︽孤立種︾の
最初の標的は、手傷を負わせたクリスではなく、俺だった。
︽孤立種︾は、こちらが誰を司令塔にして動いているのか、あの
戦闘でちゃんと把握していた。その結果、この場で指示を出してい
る俺に、標的を定めていた。
︽孤立種︾は地に頭が着くほどに身を屈め、巨体に似合わぬ高速
559
移動で、大口を開きながら身体をうねらせて迫る。その姿は、奇襲
を得意とする、鰐に似た爬虫類のように思えた。
俺は、︽孤立種︾からの攻撃に、魔術を使ったその状態から、動
けずに居た。
さっきまでの鈍重な動きから、この速度を予想できなかった。埋
められた距離が、まだ魔術を使うか、刀を使うのか、微妙な距離だ
った、という事もある。そして、逡巡してしまった結果、俺はその
どちらの選択肢選ばせて貰えなかった。
﹁︽12の盾︾﹂
オリヴィアが展開していた全ての盾が、俺の前に集まるが、足止
めにもならず、硝子を破るように割られていく。
死が迫る感覚に、俺は背筋を凍らせた。その凍えた心を割るよう
に、背後から絶叫じみた気合いと共に、俺の前に割って入る小柄な
影があった。
﹁ああああああああああああッ!﹂
フィオナが絶叫と共に俺の正面に立ち、迫り来る︽孤立種︾に自
身のハルバードを叩き付ける。フィオナの全身には、共有化によっ
て過剰供給された荒ぶるような魔力が、巡っているのが解った。
まさに渾身の一撃、と呼ぶに相応しい一撃が、カウンター気味に
︽孤立種︾の頭に叩き込まれた。しかし、代償としてフィオナが︽
孤立種︾の巨体の衝撃を受け止め切れず、宙に投げ出された。
フィオナの一撃のおかげで、俺に迫っていた︽孤立種︾は俺を見
失い、頭部に想定外の一撃を受けた事で、悲鳴をあげつつ、俺がい
たすぐ側の地面を削り、壁に激突して頭を埋めていた。
560
﹁フィオナ!?﹂
俺は、落ちてくる彼女を何とか受け止め、彼女の様子を確認する。
﹁わた、し。今度は、逃げない、でたたかって⋮⋮﹂
﹁うん。助かった。ありがとう。⋮⋮少し、休んでくれ﹂
フィオナは、ダンジョンにいると嫌な記憶を思い出し、身が竦む
と言っていた。さっきだって、立っているのが精一杯だった筈なの
だ。俺はそんな彼女に何の声もかけず、おまけに、戦力外だと考え
ていた。
それでも彼女は、俺たちの為に動きたいと考え、それを身を持っ
て証明してくれたのだろう。俺は、彼女に感謝と共に、休むように
伝えた。
彼女は安堵したように、全身の力を抜き、俺に身を委ねた。
吹き飛ばされたフィオナは、目立った外傷は無かったが、それだ
けにどれだけダメージを受けたか解りづらい。
﹁クリス、オリヴィア! 今の内に今度こそ撤退する! こんなの
命が幾つあっても足りない!﹂
﹁わ、解った! フィオナは、平気?﹂
﹁まだ解らない。俺が背負っていくから、先頭の露払いを頼む。そ
の前に⋮⋮﹂
少し、仕返ししてやる。
﹁︽蒼炎・連弾︾﹂
簡易魔力炉内の魔力を全て使い尽くすつもりで、先ほどクリスが
561
使った魔術を複製する。魔力を最大限効率化するため、拳大まで収
束した炎の塊を五つ、宙に浮かせる。
そして、︽孤立種︾が顔を埋めている場所の天井に向かって放っ
た。
連なる轟音が耳朶を打ち、熱風が吹きすさぶが、収束された炎は
俺が狙った通りの効果を発揮してくれたらしい。
一定間隔で天井に突き刺さった炎は、天井内部に潜り込んでから
爆発を起こしたおかげで、天井を盛大に崩し、大量の土砂が︽孤立
種︾に降り注いだ。
﹁よし、行こう﹂
地中を潜って進んできたような相手には、大した効果は見込めな
いだろうが、多少は鬱憤を晴らせた俺は満足し、フィオナを背負う。
唖然としているクリスとオリヴィアを引き連れて、迷宮脱出に向
けて走り出した。
562
第53話﹁強襲﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます!
563
第54話﹁地上へ﹂
クリス、オリヴィアが走る後ろに、フィオナを背負いつつ俺も続
く。脇目も振らずに11層に入る。
﹁あれ、直接ぶつけたら効果あったんじゃない?﹂
走りながら、背後を気にしているクリスが俺にそう言ったが、俺
は首を振って答える。
﹁厳しいと思う。天井崩したから派手に見えたけど、岩を裂くくら
いならクリスと俺の刀でも出来るだろうし。鱗に刃が通らなかった
時点で、あの魔術じゃどうにもならないよ﹂
︽孤立種︾を避けて天井を魔術で攻撃したのは、きっちり崩して
相手を埋めたかったからだ。斬撃だと刀の長さ分しか切り落とせな
いので、魔術を⋮⋮と単純な考えからの行動だったが、魔術が爆発
したあと、どの程度天井が崩れるかが予想出来ていなかったので、
今思うと冷や汗ものだ。11層がフロアごと崩れる事がなくて本当
に良かった。
﹁何か有効手段はないんでしょうか⋮⋮?﹂
﹁ありそうではあるんだけど、今は難しいな﹂
オリヴィアも聞いてきたので、俺は答えるが、希望的観測が含ま
れるので、明言は避ける。
︽孤立種︾を実際見た感じから考えるに、有効そうなのはライナ
564
ス先生の身体強化を実戦レベルで使える人間。それと、魔導甲冑だ
ろうか。だが、どちらも今ここにはない。
﹁とにかく今は地上を⋮⋮!?﹂
悠長に話して居られたのは、そこまでだった。離れた位置ではあ
るが、背後の方で破砕音と共に、︽孤立種︾が階段を押し広げなが
ら現れたためだ。
﹁地面潜ってくるくらいだから、気休めとは思ってたけど、早いな
⋮⋮!﹂
俺は愚痴を漏らしながら速度を緩めずに走り続ける。
腰に付けた簡易魔導炉の明かりを頼りに洞窟内を進んでいくが、
似たような景色に道を迷いそうになる。
走っているせいでちらつく明かりの中、オリヴィアが何とか地図
を見ながら、先導する。俺も︽探査︾でそれを補助し、すれ違う魔
物をクリスが一刀両断にする。
しかし、︽孤立種︾一定距離以上引き離す事は出来ていない。1
0層まで駆け上がって来たが、このままだと地上まで引きつけてし
まうことになる。
また魔法で足止めするか? それとも成功確率は低いが、身体強
化を使った一撃で対抗するべきか? 誰かが、ここで足止めしなけ
ればいけないなら、俺は⋮⋮
そんな考えが何度も浮かんでは消え、思考が堂々巡りした時、前
を走るオリヴィアが、突き出ていた岩に躓き倒れた。
﹁オリヴィア!? 立てるか?﹂
565
俺とクリスが慌てて倒れたオリヴィアに近づき、倒れていたオリ
ヴィアに手を貸して立たせる。
﹁はい、大丈夫で⋮⋮っ﹂
立ち上がった時、彼女は顔をしかめて自分の左足を見る。一瞬、
悔しそうな、恨めしそうな顔をしたが、俺たちに向き直ると
﹁すみません、やっぱり、駄目みたいです﹂
何かを諦めたような、そんな笑顔でオリヴィアが言った。その言
葉に隠された意味に、俺は頭がカッとなるのを感じた。
﹁私とアルドが、フィオナとオリヴィアを運ぶわ﹂
有無を言わさないような強い口調で、俺の代わりに、クリスがそ
う言った。オリヴィアは、我が儘を言う子供に言い聞かせるように
言った。
﹁このままでも、直に追いつかれる。クリスだって解っているでし
ょ? 逃げきるには、誰かが、足止めをする必要があるって﹂
それは、俺も考えていた。しかし、それなら、
﹁俺が﹂
﹁俺が残る、私が残るは無しですよ? 誰がけが人二人を上に運ぶ
んですか? ここは、足手まといな私が、足止めするのが一番なん
です﹂
566
今まさに言おうとしたことを回りこまれ、俺は言い掛けた言葉を
飲み込むしかなくなる。
﹁なら、私とオリヴィアで残る﹂
﹁な!?﹂
これには俺とオリヴィアも驚き、クリスを見つめる。
﹁私と、オリヴィアで時間を稼ぐわ。そうすれば一人よりも長く時
間稼ぎできる。その間に、アルドが地上に行って、応援を呼んでき
て﹂
﹁そ、そんなの承諾できる訳ないだろ!﹂
俺はそう言ってクリスを睨むが、一歩も退きそうにないその目を
見て、なんと言えば説得できるのか、逡巡してしまう。そこに、オ
リヴィアが追い打ちを掛けた。
﹁いえ、案外良いかもしれません。確かに、私一人ではまともに動
く事も出来ないですが、クリスが私の足になってくれるなら。時間
稼ぎくらいはできると思います﹂
﹁お、オリヴィアまで!﹂
﹁アルドさん、もう考えている時間はなさそうですよ﹂
問答している間に、再び︽孤立種︾が俺たちを視界に捉える。ク
リスは、走れないオリヴィアを背負い、階段とは別方向に向かって
走り始めた。
﹁お、おい!﹂
﹁アルド、待ってるから!﹂
567
思わず、俺はクリスを追いかけようとするが、︽孤立種︾が、巨
大な斧を振り下ろして来たため、俺はそれを避ける。問題なく避け
ることができたが、俺はクリス達と分断されてしまった。
﹁こっちです!﹂
クリスとオリヴィアが魔術を使い、︽孤立種︾に向かって攻撃を
仕掛け、注意を引く。俺も上層への階段に向かって走り出した事で、
︽孤立種︾は俺とクリス、どちらを追うか悩んだようだが、クリス
とオリヴィアが執拗に攻撃を加えた結果、そちらに向かって歩き出
した。
俺はそれを横目で見ながら、悪態をついた。
﹁くそ。死んだりしたら許さないからな、二人とも⋮⋮﹂
俺は簡易魔力炉に残った魔力を全て二人に譲渡し、フィオナを担
ぎ直して、俺は地上に応援を呼ぶために足を動かし続けた。
◆◇◆◇◆◇
﹁ライ、ナス先生、が⋮⋮いない?﹂
どれくらい走っただろうか、息も絶え絶えに地上に戻ってきた俺
は、ふらふらの俺を心配して近づいてきたウィリアムに事情を話し
ていた。ここまで運んできたフィオナは、未だに意識が戻っておら
ず、ウィリアムの指示で、他の生徒がギルドの治療施設へと運んで
もらった。
﹁火急の用とかで王城に呼ばれたらしい﹂
568
﹁はぁ、は、くそ。ウィリアム、頼みがある﹂
﹁おいおい⋮⋮俺たちじゃ、︽孤立種︾なんて相手にできないぞ?﹂
﹁そんな事、頼む訳ないだろ。ギルドに事情を話して、救援をお願
いしたいんだ。途中、はぐれたグラント達も、浅い層まで来ている
筈だから回収してやって欲しい﹂
俺は、呼吸を整えつつ、そう言うと、ウィリアムが怪訝そうな顔
をした。
﹁それは構わないけど⋮⋮当事者のアルドが説明した方がいいんじ
ゃないか?﹂
﹁そうしたいのは山々だけど⋮⋮時間がない。俺は、︽孤立種︾を
どうにかできそうな伝手を辿る﹂
﹁そんな伝手が⋮⋮? ってアルド!﹂
﹁ごめん、ほんとに!﹂
俺はウィリアムとの話を打ち切って、その場を離れ、街の外れ、
倉庫に向かった。商人達が荷を一時的に預ける倉庫区画の一角に、
借りている倉庫の一つがある。
その扉をあけ、俺は明かりのない倉庫内に横たわる、人型のそれ
を見て息を吐く。
﹁頼むぞ。お前の出番だ﹂
◆◇◆◇◆◇
﹁アルドさん、ちゃんと上まで戻れましたかね?﹂
﹁うん。大丈夫だよ、きっと﹂
オリヴィア、クリスは︽孤立種︾に牽制を入れたあと、入り組ん
569
だ洞窟
を地図を頼りに隠れつつ、この9∼10層から︽孤立種︾が離れな
いように足止めをしていた。
足止め、といってもまともに対抗手段がないために注意を引いて
は隠れ、逃げる続けるだけだ。
しかし、それも限界に近い、オリヴィアを背負い続け、ほとんど
休み無く走り続けているクリスの体力はとっくに底を尽きている。
アルドに譲渡された魔力のおかげでここまで騙し騙しやってこれた
が、その魔力もほとんど残っていない。
すでに︽魔力接続︾の魔術は範囲外になったためにリンクが切れ、
供給がない状態。クリスもオリヴィアも、助けがくる、その一心だ
けで何とか逃げ続けられている。
もう何度目か、二人の位置を察知した︽孤立種︾が壁を壊して二
人の前に現れた。
﹁もう少し、休ませてくれてもいいのに⋮⋮﹂
﹁本当です⋮⋮﹂
クリスはオリヴィアを背負い、オリヴィアはクリスの背で魔術の
展開を始める。
﹁帰ったらおいしいもの食べたい﹂
﹁アルドさんに交渉して見ましょう。私はケーキが良いです﹂
﹁決まりね! 私はクッキーが良いわ!﹂
二人は先の見えない戦いの、重い空気を払拭するようにそう言い
合い、︽孤立種︾から逃げるために、再び死力を尽くし始めた。
570
第54話﹁地上へ﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます!
571
第55話﹁反撃の狼煙﹂
﹁どれくらい時間が立った⋮⋮?﹂
﹁わからない⋮⋮﹂
クリスが漏らした言葉に、オリヴィアは地面にうずくまったまま、
力なく答えた。
これでもう、10回は同じやり取りをしたんじゃないだろうか。
クリスはもう、それを意識してないだろう。それくらい、神経は擦
り切れ、目立った傷こそ無いが、酷使している身体はボロボロだっ
た。
オリヴィアはクリスに背負われ、庇われるようにしているために、
ダメージこそ無かったが、︽孤立種︾との交戦の度に魔力が削られ、
今にも意識を失いそうだった。
残った思考も、さっきから同じ所をぐるぐると周り、止めように
も止められない程に、嫌な考えが浮かんでは消えていく。
自分たちはどれくらい戦っている?
あとどれくらいで、助けがくる?
本当に、助けなんてくるの?
何であの時、見栄を張って置いていくように言ったのだろう、な
りふり構わず助けて欲しいと言えなかったのだろう⋮⋮
﹁嫌な奴です。私⋮⋮﹂
﹁何が?﹂
﹁クリスさん、ごめんなさい。巻き込んでしまって。やっぱり、私
572
だけあの時残っていれば、クリスさんは助かったのに﹂
﹁何を言ってるの?﹂
オリヴィアは、疲れた顔でクリスを見る、明かりに照らされたク
リスは、疲れてなお、目に力があった。
﹁みんなで生きて帰るってアルドは言ったよ﹂
否、オリヴィアの言葉を聞いて、息を吹き返していた。
そんなクリスを見て、オリヴィアは不思議に思う。何故、彼女は
あそこまで希望を失わずに居られるのだろうか、と。
﹁あいつは絶対戻って来る﹂
少し遅いとは思うけど、そんな風に愚痴を吐きながら、クリスは
ふらふらと立ち上がった。オリヴィアも気づく。ずん、と地面が震
える振動。が、断続的に伝わってくる。そしてそれは、近づいて来
ていた。
オリヴィアはも動こうと体に力を入れるが、魔力が無くなった身
体は鉛のように重く、思うようには動かない。そんなオリヴィアを
クリスが手を貸す。
クリスも似たような状況の筈なのに、オリヴィアの手を取り、無
理矢理立たせ、肩を貸して歩きだす。背負う程の体力は、もうクリ
スにも無かった。
﹁ギシャアアアアア!﹂
︽孤立種︾が二人を視界に納め、何度と無く聞いた咆哮をあげた。
オリヴィアは、︽孤立種︾が見えた時には、もうこれ以上逃げるの
573
は難しい、そう思い諦めていたが、クリスは違った。
切羽詰まった状況の中で、クリスは前を見ている。オリヴィアは、
それが眩しく、羨ましかった。
︽孤立種︾がすぐ後ろに迫り、もうこれまでか、と覚悟を固めよう
としたときそれが起こった。
﹁うわっ!?﹂
少し情けない声と共に、︽孤立種︾と二人の間の天井が崩れ落ち
る。そして、その瓦礫の上には見知った少年がいた。
幼なじみの少年。アルドだった。
﹁うん。やっぱりそうだよ。あいつがきっと何とかしてくれるから、
諦めないでいられるんだ﹂
クリスが小さく呟いた言葉が、やけにオリヴィアの耳に残った。
◆◇◆◇◆◇
俺は崩れた天井の瓦礫の上に何とか着地した。
流石に迷宮の床を分解してショートカット、というのは中々無茶
な方法だったか。しかし、10層近い階層をモノの数分で戻るには、
これしか方法は無かったんだから仕方ない。
ショートカットした事で二人に近づけたおかげで範囲外だった︽
魔力接続︾が復帰し、二人の正面に降りる事ができた⋮⋮まではよ
かったんだけど。
﹁シャアアアア!﹂
目の前には︽孤立種︾もいる。俺はぎりぎり間に合った事に安堵
574
した。
﹁遅くなってごめん﹂
﹁ほんと、もう、駄目かと思った﹂
ずっと気を張っていたらしいクリスが、その場にへたり込む。ボ
ロボロの様子だ。対してオリヴィアはほとんど傷も無いが、ほとん
ど魔力が残っていないのが解る。彼女もまた、クリスに寄り添うよ
うに、へたり込んでしまった。
﹁二人は休んでて。こいつは何とかするから﹂
と、その為にはまずは安全確保だ。
︽孤立種︾は天井が崩れた事に警戒していたようだが、俺が姿を
見せた事に気づいた様子で、斧を振り上げている。
﹁おっと。ここは狭いし場所を変えるよ︽分解︾﹂
簡易魔導炉から魔力が溢れ、俺と︽孤立種︾の足下を照らし出す。
最初は手間取ったが、流石に何回もやってくると慣れてくる。分
解の仕方もようやく形になり、上手いこと俺と︽孤立種︾が立つ地
面を消失させた。
振り上げられていた斧は空振り、︽孤立種︾は仰向けになりなが
ら、11層まで落ちていく。
広い11層に落ちる感覚は、はっきり言って恐怖だ。高層ビルか
ら下を見る、なんてレベルでは無く実際に落ちているし。
﹁︽物質化︾!﹂
落下の数秒。俺はただ黙っている積もりはなかった。
575
簡易魔導炉はキーワードに即座に答え、宙に幾何学模様を描く。
そして、そこにはむき出しの魔導炉が現れた。
﹁︽物質化︾!﹂
更にキーワード。今度は、魔導炉が起動する。簡易魔導炉とは比
べものにならない程に大きな魔力が動き、大きく、そして複雑な模
様を描いた。
その中心を割るように、金属で出来た巨人が現れる。
コクピットハッチとなる、開いている胸部装甲に手を掛け、中に
滑り込む。
︽魔力接続︾で自分と機体を繋ぐと、全身に漲るような魔力を感
じた。魔導甲冑││マギア・ギアからのフィードバック。機体全体
に淀みなく巡らされた魔力が、唸る。
機体が吼えるように起動すると同時、俺はマギア・ギアと共に現
れた剣と盾を装備し、迷わず剣を振るった。
﹁グギャアアア!?﹂
落下と、突然現れた剣の一撃を受け、宙で無意味に暴れていた︽
孤立種︾が驚きの悲鳴をあげる。そして、マギア・ギアの巨体の下
敷きになるように調整する。
ずん、と腹の奥底に響くような衝撃と共にマギア・ギア、︽孤立
種︾が地面に叩きつけられる。
すぐに立ち上がり、脚部で︽孤立種︾を押さえつけ、両手で剣を
構える。
剣表面を走る魔力刃が、ジィィィィ! と音を立てる。俺は速攻
で決めるつもりで、剣を突き刺した。いや、突き刺そうとした。
﹁がっ!?﹂
576
突然の衝撃に、意識が飛びかけ、コクピット内に身体を打ち付け
られた衝撃のおかげで、何とか意識を繋ぎとめる。
ちかちかする視界を、何とか制御して整えると、︽孤立種︾の長
い尾がゆらゆらと動いているのが見えた。
︽孤立種︾は立ち上がると即座にこちらに狙いを定め、すぐさま
突進してきた。
がつん、と慌てて構えた盾に、︽孤立種︾の巨体が当たる。
﹁予想はしてたけど、想定以上に重い⋮⋮!﹂
体当たりを受けた途端、軋みをあげる関節に、こちらが悲鳴をあ
げたくなる。
機体からのフィードバック自体は大した事は無いが、長く支え続
けると機体全体に致命的な歪みが発生しかねない。おまけに、下手
に動くと体格、体重差に押し潰される。
﹁させるか! ︽分解︾!﹂
すぐさま︽孤立種︾の片足分だけ地面を崩し、ぐらついた︽孤立
種︾に攻勢を掛ける。だが、相手も黙ってやられてはくれなかった。
﹁ジャアアアアア!﹂
何度も足元を崩してきたせいか、︽孤立種︾はすぐに尾で身体を
支えて
きた。
﹁良いから、倒れてろ!﹂
577
俺は剣を振るって、足掻く︽孤立種︾に叩き付ける。
︽孤立種︾の肩口に深く剣が当たるが、文字通り当たったとしか
言えなかった。
肩口に当たった剣は、通常なら刃表面を走る魔力刃によって、チ
ェインソーの様に触れた物体を削り飛ばす。だが、堅い鱗に覆われ
た︽孤立種︾相手だと、金属同士が擦れるような異音を立てて、激
しく火花を散らせるに止まった。
﹁くっ⋮⋮こっちはどうだ!?﹂
盾をかちあげ、隙間を作り、盾の先端に備えられた杭を︽孤立種
︾の腹部に押し当てる。
轟音。そして爆発の推進力を得た杭が、盾内部から射出される。
﹁ギュアアアア!?﹂
これにはたまらず︽孤立種︾が退がる。パイルバンカーを打ち込
んだ場所には、上手く杭が刺さっている。が、少々浅い。堅牢な鱗
の鎧に舌を巻く。
主武装の効果がこの程度。目減りしていく魔力と、この結果に焦
りを感じながら、俺は手傷を負って怒り狂う︽孤立種︾を前に、剣
と盾を構え直した。 578
第55話﹁反撃の狼煙﹂︵後書き︶
お待たせしました。
お読みいただきありがとうございます
579
第56話﹁激闘﹂
マギア・ギアの主武装で、︽孤立種︾相手に決定的な効果が出せ
ない。
マギア・ギアよりも背も体格もある二足の蜥蜴。体表は装甲を思
わせる硬質で強靱な鱗に覆われており、生半可な威力では貫く事は
できない。
おまけに、回復力。みれば、さっき負わせた傷が塞がっている。
﹁この世界の人間はこんなのと生身でどう戦ってるんだよ!?﹂
俺は苛立ち紛れに叫び、︽孤立種︾が振った巨大斧を、盾を使っ
て逸らす。
金属が擦れる異音と、巨大斧が地面に突き刺さる轟音が洞窟内に
響き渡る。斧を振り下ろした状態で、固まった︽孤立種︾に体当た
りをかます。
﹁重っ⋮⋮!﹂
マギア・ギアのフィードバック越しに返ってくるのは重い手応え。
体勢が悪い所に上手く飛び込めたというのに、︽孤立種︾は少しよ
ろめいただけだ。畳みかけるように大剣を叩き付ける。
傷らしい傷はつけれないとはいえ、大剣は鈍器としての役割を果
たし、︽孤立種︾を退がらせる事に成功する。
︽孤立種︾も多少こちらを警戒し、斧を構えてこちらを伺ってい
る。俺は、距離と僅かな時間を稼ぐ事に成功した。
580
﹁まずは⋮⋮﹂
機動力で攪乱する。
マギア・ギアが倒れ込むように前進し、︽孤立種︾が素早く反応
を示す。こちらの前進に対して、斧で向かい打つような動き。相手
が始動するのを充分に確認した所で、機体を動かし、斧の一撃を避
けこちらが一方的に攻撃できる位置に移動する。
まずは大剣による突き。左腕部でしっかりと固定させ、全重量が
乗った攻撃。
﹁ギャアアアアア!﹂
がつ、という重い手応え。僅かに刺さる大剣の先端。効いた! という思いより、これでもこの程度か! という気持ちが勝る。
鱗の下にあるのは厚いの筋肉の壁と脂肪の天然鎧。臓器まで届か
せるにはもっと威力がいる。
それ以上の深追いは避け、大剣を引き、バックステップ。すると、
今までいたその位置に、大斧が風を切って通りすぎ、勢い余って壁
を叩いてその一部を崩した。
大振りの一撃の後に出来た隙に併せて再度懐に飛び込み、斧を持
つ︽孤立種︾の腕に大剣を叩き付ける。折れれば最上、斧を落とせ
ば上々と考えていたが、逆にこちらの剣を持つ腕が悲鳴をあげて来
ている。
苛立たしげにする︽孤立種︾が、身体を回転させ、尾をしならせ
る。頭部を狙ったその一撃を躱し、その背に向かって次弾を装填し
たパイルバンカーを放つ。
︽孤立種︾の悲鳴、そして怒号。虎の子のパイルバンカーも、︽
孤立種︾相手にはおもちゃのナイフのような頼りなさだ。それでも
581
数があればその防御と回復力でも倒しきれるかもしれないが、パイ
ルバンカーは残り4発分の杭が盾に備えられているだけ。無駄打ち
はできない。
怒りに燃える︽孤立種︾が、尾と後ろ足を使って爆発的に加速す
る。何度も見たその突進に合わせるように、俺は僅かに軸をずらし
てその軌道から逃れ、代わりに振り切った大剣を置いてやる。
﹁っ!﹂
フルスイングした剣に異音が走る。︽孤立種︾は仰け反る程の衝
撃を受けていたようだがそれの代償にしては、大きすぎる。
﹁ギシャアアアア!﹂
︽孤立種︾は仰け反り、よろけるのを足で堪え、即座に大斧が振
るわれる。
﹁くっ!﹂
大剣に気を取られていた俺は、その大斧の一撃を、思わず大剣を
使って逸らしにかかる。
ギャリリリリ、という金属同士が噛み合う不快な音。それに混じ
って大剣からバキリ、という致命的な音が響いた。
音とフィードバックによる感触から、見なくても解る。大剣の剣
身に入ったヒビ。細かいものではない。かなり広範囲に、深く刻ま
れているだろう。
﹁ギャアア!﹂
582
己の失態に舌打ちする暇もなかった。こちらの異変に敏感に反応
を示した孤立種は、更なる追撃に移る。逃れる事ができずに、防戦
に移る。
︽孤立種︾の攻撃は、技術、洗練などという言葉からほど遠い、
膂力に任せた力押しだ。一撃一撃が重く、受け止める度にその衝撃、
威力に足が止まる。受ける以外に選択肢が無くなる。
結界に覆われた盾も、何度も叩かれる内に結界が破られ、盾自体
が削られていく。パイルを打ち込む構造上、こちらもこれ以上受け
続けては武器としての機能が失われる。
﹁く、そ⋮⋮!﹂
そう理解しても、盾を構える事を止める事はできなかった。機動
力にものを言わせようにも、打ち付けられる斧の重さに、機体が硬
直し、動き出すときには次の攻撃が迫っている。
受ける度に機体全体に高負荷が掛かり、それを支える魔力が目減
りする。
﹁︽分解︾!﹂
俺は状況打破のために、︽分解︾を使って敵の足元を崩す。しか
し、︽孤立種︾は何度もその罠にかかって居たためか、それを察知
し、崩れた足場を回避する。
だが、その展開は俺の想定通りだ。今欲しかったのはこちらが攻
撃に移るための機会。
﹁︽蒼炎︾﹂ 出現したのは蒼い炎。マギア・ギアの膨大な魔力に裏打ちされた
583
その魔術は、個人で発動させた俺やクリスのものと似て非なるもの
だった。
密度、大きさ、火力。全てにおいて上回る。砲弾のように打ち出
されたそれは、︽孤立種︾に向かって真っ直ぐに飛び、斧にぶつか
って弾けた。
﹁││││﹂
瞬間、辺りは轟音と衝撃に全てを塗りつぶされる。至近距離だっ
たために咄嗟に盾を構え、盾に機体を隠すようにしなければ、この
爆発でこちらが倒れていたかもしれない。
﹁い、威力調整とか、そもそも専用に魔術を開発しないと⋮⋮﹂
がらがらと洞窟の一部が崩れる中、俺はそんな事を呟く。呟いて
みたが、自分の声が聞こえない。余りの轟音に耳がやられてしまっ
ている。
爆発の影響でもうもうと立ちこめる土煙の中、何とか︽孤立種︾
を捕捉する。
﹁これでも倒れないか⋮⋮﹂
魔法・魔術に対する耐性が高いのか、︽孤立種︾の防御力は非常
に優秀な様だ。それでも、武器であった斧は溶け崩れ、鱗が剥がれ、
ところどころに回復が追いつかない程のダメージが与えられている。
だが、こっちも無視できない程のダメージを受けていた。
盾は今の熱と衝撃で、壊れてしまっていた。それを支えている左
腕部も、さっきから上手く操作できない。骨格が折れ、人工筋肉に
も断裂が出来てしまったらしい。
魔力も残り少ない。魔術は放てるが、この距離では盾も無しにあ
584
の威力は防げない。良くて相打ち⋮⋮それはダメだ。
﹁くそ。こんなのに、勝てるのか⋮⋮?﹂
つい、弱音が口をつく。持てる技術と、総力を持って当たった。
それでも勝てない。こんなのに、本当に勝てるのだろうか。
﹁いや﹂
そんなはずあるのか? 思い出されるのは、自分が少し前に言っ
た言葉だった。﹁この世界の人間はこんなのと生身でどう戦ってる
んだよ!?﹂
そうだ。おかしい。どうやって戦う?
﹁ギィィィィアアアア!﹂
﹁ちっ﹂
思考に没頭している時間はなかった。︽孤立種︾は武器を失い、
深手を負いながらもまだ闘志を燃やしている。その攻撃を、壊れ掛
けた大剣と足を使って捌く。回避に専念しながら、どうやったら︽
孤立種︾を倒しきれるのか、頭をフル回転させる。
現代兵器もなく、マギア・ギアもない。普通の人間はどうやって
こいつを倒す? ぱっと思いつくのはやはり魔法だ。大威力の魔法はさっきの︽蒼
炎︾のような高威力がある。見た事はないが、地形を変えるほどの
威力がある、とも授業で言っていた。
だが、魔法使いはそれほど多くない。学園ではまだかなり見るが、
それは専門的に教える機関がここくらいだからだ。攻撃に使えるよ
585
うな魔法が使えない、冒険者はどうやって戦っている?
﹁は、ははっ! なんだ、簡単じゃないか⋮⋮!﹂
答えは簡単だった。ライナス先生。身体強化の魔法、それを昇華
した強化術。魔力の流れを完全に支配下に置き、その流れを高速化。
己を何倍にも強化する技術。
﹁残り全ての魔力を限界まで⋮⋮!﹂
俺は魔力演算領域を使い、魔導炉に組み込んだ魔術によって全身
に行き渡っていた魔力を掌握する。
マギア・ギアの機体内で、膨れ上がった魔力は脈動するように流
れ始める。
最初は細く、ゆっくりと。段々と早く、濁流のように流れが変わ
るにつれ、マギア・ギアの機体が軋み始める。
﹁ごめん、後少しだけ保ってくれ⋮⋮!﹂
俺は機体を操作しながら、健気に答えてくれる機体に語りかける。
︽孤立種︾の攻撃を躱しながら、着々と魔力の流れが強く、早くな
っていく。
それに比例して、人工筋肉と骨格がそれに耐えられずに軋みをあ
げており、ついには動けなくなった。あがりすぎた内部圧力によっ
て、機体が崩壊寸前だ。
﹁まだだ、あと少し⋮⋮﹂
俺は機体の動きを止める。壊れ掛けた大剣を構えたマギア・ギア
はその瞬間を待つ。しかし、︽孤立種︾はそんな隙を見逃してくれ
586
る訳もなく、機体に向かって腕を振り上げた。
﹁もう少し⋮⋮!﹂
最小限の動きで、ハンマーのように振るわれた腕に左肩をねじ込
む。出力で負けていた筈の機体が、踏ん張って耐える。
力で押し込もうとしてきた︽孤立種︾に対して、マギア・ギアは
揺るがず、その力を受け止めきった。
﹁今だ﹂
機体を動かす。密着状態の左肩を、体当たりするように︽孤立種
︾に突き入れる。高速化した魔力によって、速度と出力を得たその
攻撃とも言えないような動きは、衝撃波を発生させ、超重量の︽孤
立種︾を浮かせる。
大剣を振るうに足る距離と隙が生まれ、俺は迷わず大剣を走らせ
た。
﹁︽轟一閃︾﹂
袈裟斬りに放たれたそれは、︽孤立種︾を斜めに両断し、発生し
た衝撃波による斬撃が、その後ろの迷宮の壁に大きな断裂を作り出
した。
遅れるようにして轟音が産まれ、大剣はその音を聞きながら、役
目を終えたように崩れ去る。全てが一瞬で、崩れ落ちるまで瞬きす
る程の時間。
ずしゃ、と︽孤立種︾が倒れた音に、俺はようやく、いつの間に
か止めて息を吐いた。
587
﹁勝った。勝てた⋮⋮﹂
あれだけの強敵と、その戦いの結果に、今だ自分が納得できない
ような不思議な感覚を味わいながら、俺はコクピット内で脱力した。
588
第56話﹁激闘﹂︵後書き︶
お待たせしました
お読みいただきありがとうございます
589
第57話﹁ん? 今何でもするって言ったよね?﹂
戦後処理、というと少し物々しい表現だろうか。
しかし、ここ数日の忙しさと慌ただしさはそう表現したくなるよ
うなものだった。
︽孤立種︾討伐後、12層という浅い階層での︽孤立種︾出現に
慌てた。最初に報告を受けたギルドは、半信半疑であったらしい。
強力な魔物が出現した、︽孤立種︾かもしれない。この情報がもた
らされたのは、昨日今日初めて迷宮に潜ったビギナーだ。
この情報を受け取った受付は、その情報自体を疑いはしなかった。
強力な魔物がでた。それは、学生にとって強力な魔物がでた、とい
う事ではないかと情報の正確性を疑ったのだ。
毎年、同じような事を言う学生や、新人冒険者がでる。彼らは相
手の実力が図れないために、往々にして己より強すぎると判断する
か、己より弱いと判断を下す。結果、勝てるチャンスを逃し、赤字
を出し続けて身持ちを崩したり、逆に勝てぬ相手に無謀にも突撃し、
その一度で儚い命を散らしてしまったりする。
そんな事例が多いため、ギルドはビギナーの言葉を信じない。情
報がない、と断言するのではなく、その確度に信頼を置かない。
そんなギルドにとって当たり前の判断を下した受付は、受付の権
限で即座に依頼でき、準備が即座に整う、あるいは既に準備ができ
ている様な条件にあう適当な冒険者を見繕う。
この時、受付が︽孤立種︾発見の報告に来た学生││ウィリアム
の言葉を鵜呑みにしていたら、ギルドが迎える結末は違ったのかも
しれない。
590
適当に見繕われた︵と言ってもベテランの︶冒険者達は、依頼を
即座に完遂した。
︽孤立種︾を討伐した生徒を回収、という形で。迷宮の2層にも
入っていない。自力で迷宮入り口まで来ていた生徒を向かい入れた
だけである。
この結果に慌てたのはギルドだ。︽孤立種︾はどんな魔物であれ、
強力であり、過去には︽支配種︾が引き起こした︽氾濫︾よりも危
険な魔物である。
そんな危険を知り、情報を得てなお、ギルドは何の行動も起こせ
なかったのだ。
実際はギルドは何の落ち度もないのだが、外聞の問題だった。︽
孤立種︾が実在し、ギルドはその際、何の行動も取らなかった。
これはギルドの責任が問われかねない問題であった。
﹁なら、討伐者の権利を冒険者に売りましょう﹂
事情聴取という名の尋問にうんざりしていた俺は、受付とギルド
マスターにそう言った。
﹁魔物の核と血、一部の鱗だけください。後はお売りします。それ
と、この件は口外しないと契約書に落とし込みましょう﹂
俺の様な子供が倒した! と騒いでも信じられない。しかし、現
に魔物は倒され、死体が目の前に存在する、という異常事態に、受
付は混乱の極みに至り、ギルドマスターを呼んだ、と言うのが流れ
だ。
ただ、倒した方法などは口にしていない。また面倒な事になりそ
591
うな予感がしたし、説明だけでも長くなりそうだ。︽孤立種︾を持
ち込んだ方法が特殊だったために、それも聞かれたが、
﹁では交渉は決裂ですね、これ以上は時間の無駄ですので失礼いた
します﹂
と言ったら手のひらを返された。契約書に見聞きしたものを口外
しないこと、これ以上詮索しないことを書かせ︵すでに何人かに見
られているので、大きな意味はないが、余りに鬱陶しかったので念
のため︶最初に提示した内容に少々条件を付けさせ呑ませた。
結果、迎えに来ていたベテラン冒険者が倒した事になり、実力に
合わないランクアップを果たした事で悲鳴とも歓声とも付かない声
を上げたとかあげなかったとか。
そんな交渉をしていたのが数日前。
ようやく学園に戻れた俺は、クラスメイトに囲まれていた。
﹁︽孤立種︾と戦ったってホント!?﹂
話題はそれで持ちきりらしく、隣のクリスとオリヴィアは、既に
何度も聞かれてうんざりしているらしい。彼女たちには俺がマギア・
ギアで倒した、という情報は伏せて貰っているが、どんな風に戦っ
たのか、というのをここ数日何度も聞かれて疲れていた。
俺もそれを追体験する事になり、尋問でも似たような事を聞かれ
た事もあって少々うんざりしていた。
しかし、クラスは騒がしいが、その人数は減っていた。
迷宮オリエンテーション終了後、迷宮に対して恐怖を覚えたり、
592
怪我を理由に生徒が学園を去った。今回、死者が出なかったために、
これでも離脱者は少ない方なのだそうだ。
酷い時など、クラスに数人しか生徒が残らない、という事もある
らしい。 そうして、クラスに変化がありながらも、学園の雰囲気は次第に
落ち着いていった。
また、俺の交友関係にも多少変化があった。
その変化とは、グラント、アレスと良く話ようになった。同年代、
かつ同性の気軽に話せる友達の少ない俺にとっては嬉しい事││な
のだが。
グラントはともなく、アレスはちょっと様子が違った。
アレスは迷宮からの帰還後、仲間として連れていた友人が学園を
去ってしまったらしい。それで、色々考えた結果、
﹁いったい何の真似⋮⋮?﹂
アレスは寮で、俺に向かって土下座していた。土下座ってこの世
界でもあるんだ、とか現実逃避したくなった。
﹁これは、東の国に伝わる最上位の謝罪形式です﹂
﹁や、それは知ってるんだけど﹂
この世界にもあった、っていうのは知らなかったけど。
﹁⋮⋮! 知っているんですか。流石です。実戦でも臆さない胆力
とそれを支える実力。それに見聞まで広いなんて⋮⋮感服しました﹂
すごい持ち上げに、嬉しいというよりむず痒く感じる。それに、
593
なんか裏があるんじゃないかと疑問の方が先に立つ。
アレスは、顔をあげないままに、続けて話した。
﹁俺は、気づいたんです⋮⋮! 己の未熟に! 俺が変な意地を張
ったばかりに、付いて来てくれていた仲間まで命の危険にさらして
⋮⋮俺、こんな事を繰り返さないように、強くなりたいんです﹂
﹁ライナス先生の授業をちゃんと受けようよ﹂
﹁ライナス先生は、確かに英雄ですが、その、教えが難解で⋮⋮﹂
まぁ、見て覚えろ実戦で覚えろ、己で考えろ、って感じなのはあ
るからなぁ⋮⋮気持ちは解る。
でもその気持ちに答えてやるつもりはなかった。次の言葉を聞く
までは。
﹁頼のみます! 俺にできる事なら何でもします⋮⋮! だから俺
を、強くしてください!﹂
ただ面倒だ、と思っていたアレスの言葉だったが、最後のその一
言で吹き飛んだ。
﹁今、何でもするっていったよね?﹂
﹁はい、何だってします! 雑用をしろと言えばするし、靴を舐め
ろというなら舐めます!﹂
﹁いや、そういうのは求めてないから﹂
そんな事されて喜ぶ特殊な性癖は俺にはないし、そんな大した価
値のない行動をして貰うくらいなら、もっと別の使いみ⋮⋮もとい、
価値がある。
﹁くく、くくく⋮⋮﹂
594
﹁う⋮⋮いや、待って。何をさせようっていうんだ⋮⋮?﹂
おっと行けない、顔に出ていたみたいだ。だけどそれはもう遅い
んだよ。アレス君。
﹁ん? 今何でもするって言ったよね? 大丈夫。誰にでもできる
簡単な事だよ﹂
俺は、営業スマイルを浮かべながら、安心させるようにそう言っ
た。
そう、この業界ではその言葉はご褒美だよ。アレス君。
ちなみに、ここでの簡単な事、というのはお仕事情報誌に︽簡単
! 軽作業!︾と書かれている重労働もびっくりな内容になる予定
だから楽しみにしていてくれ。ちょうど、試したいと思っていた事
が、この迷宮探索で色々出てきた所だったから。
モルモット
こうして、俺は新しい友達を手に入れたのだった。
595
第57話﹁ん? 今何でもするって言ったよね?﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます
596
第58話﹁自主練と物質成形﹂
俺、クリス、オリヴィア、フィオナの迷宮パーティメンバーに加
え、そこにアレスとグラント、おまけにウィリアムが加わった7人
は、実技で使われている放課後に訓練用のスペースを学園から借り、
集まっていた。
﹁これって、何の集まり?﹂
結構な大所帯になったのと、珍しいメンバーではあったので、疑
問に思ったらしいクリスが、いの一番にそう言った。
﹁あれ、言ってなかったっけ。これは、アレスを使った実k││ん
んっ、彼の強化の為の自主練だよ。模擬戦とかもすると思って、み
んなに声をかけたんだ﹂
2日前にアレスに持ちかけられてから幾つかの準備を終えて、知
り合いに声を掛けたのだ。クリスとオリヴィアは、いつも何となく
一緒だったせいで、説明した気になっていた。
クリスとオリヴィアは納得いったらしく、頷いていた。
﹁で、どんな事をするんだい?﹂
ウィリアムが興味深そうに催促してきたので、俺は頷いてから説
明を始める。
﹁うん。授業では基礎体力を中心にやっているアレスには、基礎体
力向上+模擬戦かな。相手は固定にしたくないから、みんなのロー
597
テーションでしたい。それと、他のみんなはそれぞれ何か伸ばした
いものを決めて貰って、模擬戦をして貰おうかなと。相手はこっち
で用意するよ﹂
﹁相手? ここにいるメンバーじゃないのか?﹂
グラントは不思議そうに呟き、俺はそれに肯定を示した。俺が指
をぱちりと鳴らすと、学園の影から、数体の全身鎧が現れる。
﹁な⋮⋮!?﹂
﹁全身鎧の形をした人形だから、全力で叩いて良いよ。ただ、木偶
では無いから気を付けてね﹂
全身鎧は、ゲームでなら初回殺しそうな凶悪な様子の鎧で、騎士
っぽさはありつつも、黒い色合いと形状から禍禍しい雰囲気を出し
ている。名前は﹃黒騎士さん﹄だ。剣や大剣、槍など、木製ながら
様々な武器を持たせている。
﹁相変わらず変わった魔法を使うね⋮⋮﹂
ウィリアムが若干引き気味に言っているが、便利でしょ、と軽く
流しておく。何か言いたそうだったが、こちらが説明する気がない
と解ると、口を噤んだ。
グラントは驚いてはいたが、全力で叩ける相手と解り、やる気に
満ちているようだ。アレスは、それらを見て何をさせられるのか、
戦々恐々としている。
クリスとオリヴィアは、フィオナを交えて何を練習するのかを話
あっているようだ。
﹁いい? じゃ、それぞれ始めようか。アレスは一回こっちに来て
ね﹂
598
﹁わ、わかった﹂
﹁こっちはどうすればいいんだ?﹂
﹁鎧に向かって、戦闘開始って言えば模擬戦を始めるようにしよう
か。ただ攻撃を受けたり守ったりして欲しいだけなら、受けに回る
ように言って。訓練終了の場合は、終了で﹂
緊張気味のアレスに、笑顔で応対しながら、始めたくてうずうず
しているグラントに答える。グラントはいきなり戦闘開始を宣言し、
黒騎士さんの一体と戦い始める。それを見て、各自相手を選び模擬
戦や、黒騎士さんに攻撃を受けさせたりし始める。
黒騎士さんはそれぞれ︽魔力接続︾によって俺と繋がっており、
それの操作をそれぞれ行っている。鎧からのフィードバックで情報
量が多くかなり辛いが、俺の練習でもあるのでがんばって処理する。
黒騎士さんは内部構造がマギア・ギアと同じなので、この模擬戦
で得た情報は随時更新させて貰う予定だ。
﹁アレスはまずはこれね﹂
そう言って、アレスに腕輪を手渡す。アレスは手渡された腕輪を
何度かひっくり返したりして眺めた。
﹁これは?﹂
﹁今説明するからちょっとまって﹂
俺も同じ腕輪を取り出し、自分の腕に装備する。
﹁よし、と同じように腕輪付けてもらえる? で、腕輪に魔力を流
しながら、︽装着︾って宣言して﹂
﹁︽装着︾⋮⋮? うわっ﹂
599
突然、自分の首から下が光に包まれた事でアレスが驚きの声を上
げる。光が収まると、全身が鎧に包まれていた。
﹁なん、うわ、重っ﹂
突然の出来事に色々処理が追いつかないらしく、アレスが鎧に驚
き、ついでその重さに驚いていた。
﹁アレスはこれを着ながら、まずは俺と模擬戦をしようか﹂
﹁こ、これを着て、か⋮⋮!?﹂
見た目パワードスーツに見える一風変わったこの全身鎧は、装備
者の魔力を使用して装備者の動作方向とは逆方向に負荷を掛けてく
る逆パワードスーツである。
アレスも少し動いてそれに気づいたようで、これを着てまともに
模擬戦ができるのか、と疑問を抱いた。
﹁そう。早く動こうとする必要はないかな。この重い鎧で、ゆっく
り模擬戦をする。まずは慣れるまで魔法はなし。動作は、正確性を
重視して。動きがゆっくりになるから、自分の動きは相手の動きを
よく見て、先を読んで動くようにする。ここまではわかった?﹂
﹁な、なんとか﹂
﹁あ、あと、身体強化だけは積極的に使っていこう。この鎧は、重
いだけじゃなくて装着者の動きを阻害する。それと、魔力について
も阻害するから、これでどんな状態でも魔力を練れるように併せて
訓練するから﹂
﹁そ、そこまで考えていたのか⋮⋮わかった﹂
アレスが感心してそう言ってくれるが、正直装備を準備するのに
時間がかかったので、前世のうろ覚えな記憶から適当にそれっぽい
600
事を言っているだけだったりする。
フォーミング
装備の用意に関しては、魔術で物を収納できるようになり、更に
その収納している物の情報を操作し、変更する新魔術︽物質成形︾
を開発し、素材を加工できるようになったので、かなり製作がはか
どるようになった。
イメージとしてはパソコン状で3Dデザインを作った後に3Dプ
リンターで製作するようなもので、これが無かったら1日で黒騎士
さんを用意したり、この鎧を用意する事はできなかった。それに、
自分の技術力不足や、この世界の加工技術が不足しているせいで出
来なかった事が一挙に解決できたのは嬉しい。
﹁じゃ、早速模擬戦を始めようか﹂
アレスは鎧のせいで動きづらそうにしながら頷いた。
﹁ほら、動きを読まないと一方的に攻め込まれるぞ!﹂
俺はアレスに怒鳴りながら、木剣を振り回す。振る速度は大分ゆ
っくりで、軌道が良く解る分、アレスはそれを一つ一つ対応しよう
として、後手に回り、数手目には完全に防ぐ事が出来ず、鎧の上か
ら叩かれる、という事を繰り返していた。
﹁うぐ⋮⋮﹂
負荷がかかっているため、叩くといっても威力は出ない。しかし、
タイミングと当てる箇所が良かったためか、アレスは俺の攻撃に、
息を詰まらせてうめいた。
﹁自分の動きと相手の動きで、自分が動きやすいようにコントロー
ルする
601
!﹂
俺の助言を受け、アレスは半ばやけくそに前にでる。前に出なが
ら、自分の木剣で俺の木剣を払うが、それは俺が誘導した動きだ。
払われた勢いのまま、半歩進みながら身体ごと回転させ、片手を木
剣から離し、アレスに裏拳を見舞う。
﹁おごっ﹂
﹁あ、ごめん﹂
今度もタイミング良く、鎧の無い頭にクリーンヒットしてしまい、
アレスは呻いた。
﹁ちょっと休憩しよう。俺の方も集中力が切れてきた⋮⋮お互い怪
我するかも﹂
﹁わ、わかった﹂
アレスも異論は無いようで、息を切らせながら頷く。
休憩しながら周りを見てみると、みんな思い思いに黒騎士相手に
試している。
グラントはほとんど休憩を挟まず、黒騎士さん相手に模擬戦を続
けている。やはり前回の迷宮探索では思うところがあったのだろう。
気合いのノリが違うが、根を詰めすぎるのも問題だろうから、後で
ペースを落とすように言おう。
ウィリアムは黒騎士さん相手に色々試すように短剣を振ったり、
魔法を試したりしている。黒騎士さんは受けに回っており、ひたす
ら盾を使って攻撃を受けたり、足を使って捌いたりしている。普段
回避ばかりしているので、こういう防御主体の動きは練習していな
いので色々はかどる。
フィオナはいったん休憩中。先ほどまではグラントと同じように
602
模擬戦を行っていた。フィオナはリーチの長い武器を使っていたの
で、黒騎士さん経由でリーチの長い武器に対する経験が積めて助か
っている。その動きは槍を持つ黒騎士さんに反映しており、フィオ
ナの相手にしている黒騎士さんは、回を重ねる毎に動きに切れをま
していたりする。
﹁はぁ!﹂
﹁︽12の剣︾!﹂
クリス、オリヴィアは気合いのノった声で黒騎士さを相手にして
いる。
クリス、オリヴィアの相手は他のメンバーよりももう少しランク
が高い。他の黒騎士さんは動きこそ制限していないが、魔術は使わ
ない。二人が相手にしている黒騎士さんは、簡易魔導炉からの魔力
供給によって、魔術も使うタイプで、クリスには遠距離攻撃を織り
交ぜながら戦い、オリヴィア相手には積極的に前にでながら、魔術
で場を攪乱するといういやらしい動きをさせている。
二人が課題に感じている苦手距離を中心に動いており、二人は真
面目に取り組んでいるようだ。
﹁みんなすごいな⋮⋮﹂
アレスはそんな他のメンバーを見て、ふとため息を付いた。
﹁アレスにもすぐ追いついてもらうよ? 出ないとこっちとして教
えがいがないし﹂
これは本音だ。訓練用の装備や黒騎士さんなど、データ収集的な
導入が多いし、これからも増やす予定だが、仮にもアレスとは約束
している訳だし、強くする、という目的は達成する。その第一目標
603
はこのメンバーに付いてこられるようにする事だ。
﹁しかし⋮⋮追いつけるだろうか⋮⋮﹂
迷宮での無力感からか、アレスはかなり落ち込んでいる。俺はそ
れを見て、何かいい手はないかと思い、口を開く。
﹁アレス、どうだろう。必殺技に興味はないか?﹂
604
第58話﹁自主練と物質成形﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
605
第59話﹁必殺技開発に新たな備え﹂
﹁アレス、どうだろう。必殺技に興味はないか?﹂
思わず口を付いた必殺技。自信を失ったアレスには、ちょうど良
いのではないか、と思えた。それに、今後も︽孤立種︾のような強
敵がでないとは限らない。そういった相手に備えた装備や備えは欲
しい。
﹁必殺、技⋮⋮?﹂
あまり聞き覚えのない言葉のせいか、不穏な響きのせいか、アレ
スは怪訝そうに呟いた。
﹁そう。必ず敵を殺す技、で必殺技。実際には必殺、なんていうの
は難しいかもだから、実際には得意技、とか言い換えた方が良いか
もしれない。要は、その技があれば、不利な状況を変えられる、相
手に出させるとまずい、出させたくない、って思わせるような強力
な技だ﹂
﹁⋮⋮奥義とか、秘技とか言われるような技か?﹂
必殺、なんてものよりそっちのが通りが良いか。後で聞いた話し
によると、やっぱり一流や超一流と呼ばれるような冒険者や、武芸
者は奥義とか秘技とか言われるような技を持つらしい。
﹁そうそう。奥義、秘技。そこまで大層なものでなくても、流れが
確実に変わるなら、相手を倒せなくても良いんだけど⋮⋮ここでは
あえて、相手を倒せるような強力な技って感じで開発したい﹂
606
﹁そんな都合の良い技あるのか⋮⋮?﹂
﹁無いから作るんだよ﹂
実際には、すでにあると言えばある。例えば、俺やクリスが好ん
で使う︽轟一閃︾とか。魔術では起点として使うようなものは無い
が、奥の手として︽剣技解放︾など、一応教えてあげられそうなも
のの候補はある。
が、ここはあえてそれらを教えず、オリジナルなもののが良いと
思っていた。
﹁と言うわけで、これからこの鎧での訓練と平行して、新必殺技用
の練習もしていこう﹂
俺がとびきりの良い笑顔でそう告げると、複雑そうな顔をしたア
レスががくりと頷いた。
アレスに新必殺技を、と言ってから数日。俺は頭を悩ましていた。
﹁どうですか、アレスさんの訓練の方は﹂
﹁うーん。長所がないってところが長所なのかな⋮⋮﹂
オリヴィアの言葉に、俺はそう答えた。
いつもの訓練場に集まり、隅で黒騎士さんと模擬戦をしているア
レスの様子を見て、どこか突出したものが無いか見る。
レイピアを使った剣技は危うげなく、まとまっている。魔法は魔
法速度、という難はあるが、この学園の平均で見れば早い方であり、
威力は魔力に見合ったものがある。
﹁長所がないのが長所⋮⋮﹂
607
オリヴィアが思案するように呟く。
﹁んー。つまり、小さくまとまっている、っていうのかな。苦手は
無いけど得意はない。かといって、一個一個ピックアップすると技
の威力はここにいるメンツから見ても一枚か二枚威力が落ちる﹂
ここにいるメンツで一番近いタイプがウィリアムだ。よく言えば
万能型。悪く言えば器用貧乏。
ウィリアムの方は、万能型、というのに相応しい動きを見せてい
る。最近は特に、黒騎士さんとの訓練で、短剣術と魔法を組み合わ
せた動きで、近∼遠距離を苦手なくこなす。戦い方も、相手の苦手
に合わせ技をかけるような器用さがあった。
と、まぁ、比較ばかりするのは良くないだろう。
﹁アレス∼! ちょっと休憩してこっち来てくれ!﹂
﹁なん、へぶっ!?﹂
意識が戦闘から逸れたアレスが、黒騎士さんのシールドバッシュ
を食らって吹っ飛んだ。
ぼろぼろな様子のアレスが、身体を引きずるようにやってきて、
口を開いた。
﹁お疲れ﹂
﹁お前が、言うか⋮⋮﹂
俺の言葉に、息も絶え絶えに、恨めしそうな声で答えるアレス。
まぁ、俺が言うなと言いたくなる気持ちも解るが、別に自分の訓練
を手抜いて居るわけではないので許してほしい。
608
﹁別に好きに休んでも良いよ? 根を積めすぎも良くないしね﹂
と、これはこれまでのアレスの様子を見て思った感想でもある。
迷宮から返ってきたメンバーは総じて訓練に熱心に打ち込んでいる
が、その中でも輪をかけて訓練をしている。自分への罰だとでも言
うように。
学校側からは特に罰則の類があった訳ではないし、むしろ︽孤立
種︾のような相手から生き残れた事で、それに対して、不幸な出来
事から無事に生還できて良かった、というような同情を受ける事も
ある。それが嫌なのだろう。
﹁いや、続ける﹂
﹁了解。あ、でも休憩はちょくちょく入れるし、こっちで限界だと
判断したら無理矢理にでも休ませるから﹂
﹁しかし││﹂ ﹁効率が落ちる。別に、訓練を続けながら身体を上手く立て直して
行けるなら休めとも言わない﹂
何か言いかけたアレスに被せるように言う。本心でもあり、友人
に対するちょっとしたお節介だ。
﹁⋮⋮解った﹂
﹁解ってもらえたなら結構だね。じゃ、休憩ついでに聞いて欲しい
んだけど、アレスは自分の必殺技について、どうしたいかなって﹂
﹁今やっている訓練は違うのか?﹂
もっともな疑問だが、手当たりしだいな訓練をしても、今の器用
貧乏に磨きが掛かるだけである。や、それも方向性としてはありな
のだが。それでいいのか、というのも確認したかった。
609
﹁今日までのは何が得意なのかなって見せて貰ってたんだけど⋮⋮﹂
﹁だけど?﹂
はっきり言って良いのかどうか、ちょっと悩む。
﹁苦手はないけど、得意なものもない、っていうのが、俺の見立て。
万能タイプ﹂
﹁遠慮していうなら、もっとちゃんとオブラートに包んでくれ。⋮
⋮まぁ、自分が器用貧乏なのは自覚している。家庭教師に言わせる
と、どれも七十点だと﹂
いかん。覚悟が中途半端だったせいか変な事を口走った⋮⋮が、
アレスはむすっとした顔をしたものの、自分の評価を口にする。
それにしても、七十点か。言い得て妙な感じだ。
﹁じゃあ、ずばっと行こう。訓練メニューは二つ。オール90点を
目指すか、一教科を120点をとるかだ﹂
﹁なんだその例えは。⋮⋮一応、両方聞いて起きたい。オール90
点、といいうのは?﹂
俺はアレスの疑問に、身振りを加えながら説明する。
﹁うん。まぁそうだね。口で説明するなら、例えば、近接が100
点、中、遠距離で80点取れる相手が居たとして、常に相手の苦手
な距離で戦うタイプ﹂
﹁相手が前に来たら後に下がり、後にさがるなら前に出て戦う、っ
ていうことか﹂
そんな感じ、と説明し、続けてもう一つについて語る。
610
﹁もう一つは常に同じ技を起点にするタイプ。相手が同じタイプな
ら、より強い攻撃を持ってあたるタイプだ﹂
こっちは最初に提案していた順当な必殺技だ。オール90点は手
札の多さ、戦術そのものを必殺とする。
﹁どっちが良い? どっちも一長一短。正しいなんてもんじゃない
し。やりたいこと次第かなって思うけど﹂
アレスは俺の言葉に、少し悩むような素振りを見せたが、訓練が
終わってからもずっと握っていた木剣を見ながら答えた。
﹁剣が良い﹂
﹁貴族なんだし、魔法の方が良いんじゃない?﹂
﹁いや、剣が良いんだ。昔は剣を振るだけでも楽しかった。魔法の
素養が見つかって、魔法を覚えてからは満遍なく練習したが、ほん
とは剣の練習がしたかった。だから、剣が良い﹂
﹁解った。じゃ、剣を使った必殺技にしよう﹂
そういう事に決まり、アレスの必殺技開発訓練が始まった。
いったん、訓練メニューを伝え、黒騎士さん相手にしてもらう。
俺はその間に自分の備えをする事にした。
まずは装備の拡充。そして自分の訓練。装備の拡充は、場所や加
工技術の関係から一番後回しにしていたマギア・ギア用の装備から
だ。
いきなりマギア・ギア用に作ってもいいのだが、今回は黒騎士さ
んサイズで作り、動作などを確認するつもりだ。
611
﹁う、う∼ん。これはどうなんだ⋮⋮﹂
目の前には思いつく限りの改造を施した黒騎士さんがいる。もは
や改造しすぎてスマートだった外見は存在せず、ごついシルエット
をしている。おまけに、装備をゴテゴテと付けすぎたせいで、前世
の某ロボットプラモで言うところのフルアーマー状態だ。黒騎士さ
んは元々全身鎧なのにフルアーマーとはこれいかに⋮⋮
武装は連射を可能にし、マガジンを付けて装弾数を増加したライ
フルを右手に、右肩には魔物の魔法、︽咆哮︾を再現した長砲、キ
ヤノン・ロア。左手には小型化に成功した盾兼パイルバンカー。左
肩は武装に悩んだため、思い付きで棘突きの装甲を重ねてみた。︽
孤立種︾戦では力負けする場面もあったため、全体的に筋肉量を増
やし、その分装甲もましている。腰には申し訳程度の騎士要素とし
て、剣を装備しているが、これはサブウェポンと化してしまった。
そうこうして、結果が最初にいった、フルアーマー黒騎士さん︵
仮︶だ。
最近全然こういった事をしていなかったから自重できなかった。
﹁やっぱり増えた重量をまかなう機動力を得るには、ブースター的
なもので補うのが定番かな?﹂
あるいは足に車輪をつけるか。どちらにしろ現状では難しいのだ
が。ブースターは知識的に、車輪はそもそも、この世界は道といえ
ば基本的には人が踏み固めたもので、石畳のようなものも大きな街
にしかない。
それと、装甲を増やしたせいで、設置する容量自体ない、という
のもある。
612
﹁ま、後で増やせばいっか﹂
問題を先送りにした俺は、性能試験のためにFA黒騎士さんを起
動する。
﹁あ、それもう動かすの?﹂
﹁うん? FA黒騎士さんのテストをしようと思ってね﹂
素振りをしていたクリスが、興味津々な様子で聞いてくる。
﹁あ、じゃあ私がテストする!﹂
﹁ぬ! ずるいぞクリス、テストなら俺が⋮⋮﹂
ちらちらとこちらを気にしていたグラントが会話に加わってくる
が、俺は二人に
﹁駄目﹂
と断った。二人はわいわいきゃいきゃいと不満を口にしたが、俺
は相手にしなかった。
﹁とりあえず、普通の黒騎士さんと動きを比べてみるから、見てて
よ﹂
不満はあるが、興味はあるらしく、クリスもグラントも食い入る
ように見つめている。
二人の期待に応えるために、俺はもう一体、普通の黒騎士さんを
起動する。
さて、テスト結果はどうなるかな。
613
614
第59話﹁必殺技開発に新たな備え﹂︵後書き︶
遅れてすみません。
お読みいただきありがとうございます
615
第60話﹁新兵器稼働テスト﹂
先に動かしたのは通常装備の黒騎士さんだ。盾と剣を持った、こ
の世界のオーソドックスなスタイル。剣はテストなので、特性のも
の、以前地元の︽鷹の目︾パーティにも売った魔力剣だ。盾は結界
を発生させる積み木細工の盾を改良した金属製の盾を使用している。
駆け出す黒騎士。対して、遅れて動き出したのはFA黒騎士さん
だ。
﹁デカイのは見た目の通り、動きは遅いみたいね﹂
﹁だが、そうなると身体が重すぎてまともに打ち合えないんじゃな
いか?﹂
黒騎士さんが剣を打ち込み、泰然とした様子でFA黒騎士さんが
それを受け止める。数合、打ち合いを重ね、FA黒騎士さんがシー
ルドバッシュを行い、黒騎士さんを押しのける。距離が空いた二機
は、睨み会うようにして、ゆっくりと円形に周り始めた。
まぁ、動かしているのはどちらも俺なので、ここまでは動作チェ
ック的な意味合いが強い。
ここまでの動きで、FA黒騎士さんの動きに問題が無かったので、
ここからはちゃんとした試験として、模擬戦を行う予定だ。
同じ意識だと動かしながら両者の動きが見えすぎてしまい、自分
で白けてしまうので、魔力演算領域を使って思考を分割、黒騎士さ
んとFA黒騎士さんの思考を覗いてしまわないように蓋をして、模
擬戦を観戦する。
﹁相変わらず、良い動きをしているねぇ﹂
616
ウィリアムがいつの間にか模擬戦を観戦しており、いつのまにか、
全員が集まって見ていた。
ちょっと大事になっている気がしたが、見るのも稽古になるし、
あとでみんなに動作について聞いてみよう。
と、そんな風に自分の意識を逸らしても、魔力演算領域内で展開
した黒騎士さんとFA黒騎士さんを操る意識は機体を動かし続けて
いる。
睨み合いをしていた二機が動く。今度はFA黒騎士さんだ。金属
音をガシャガシャとたてながら走るその姿は威圧感がある。黒騎士
さんは横に回ろうと隙を伺うが、大きく盾と剣を広げ、駆けてくる
FA黒騎士さんを前に、その選択を諦める。
黒騎士さんがしっかりと盾を構え直し、その後に剣を隠す。盾で
受け、剣を差し込む腹積もりのようで、それに対して、気づいてい
ないのか、FA黒騎士さんは真っ直ぐに突っ込んでいく。
FA黒騎士さんが盾を構えている黒騎士さんに飛び込むと同時、
手にしていた剣を勢いよく振り下ろした。
﹁⋮⋮!﹂
見ていた仲間たちから、驚き、息を呑む気配を感じる。耳に付く
金属音。それと同時に、盾を構えたまま後に数メートルも後退する
黒騎士さん。
黒騎士さんが踏ん張り、攻撃に耐えた結果、轍のように足跡が付
けられた訓練場に、FA黒騎士さんの攻撃の重さが伺いしれる。普
通のフルプレートの人間よりは軽いとはいえ、黒騎士さんも軽い訳
ではない。体重は俺たち一人一人よりも重いというのに、踏ん張っ
ていたはずの黒騎士さんがそのまま退かされるような威力。
しかし、驚くのはまだ早いようだった。FA黒騎士さんは、後退
617
した黒騎士さんに追撃を仕掛けんと更に突進する。今度は剣では無
く、盾を振り上げて。カイトシールドを模した盾は、先端が鋭角に
なっている。そして、先端には杭を打ち出す。パイルバンカーが仕
込まれていた。FA黒騎士さんはその穂先を、盾を構え、先程の攻
撃からようやく動き出せた黒騎士さんに向けている。
ドン、と空気が震える。パイルバンカーが躊躇無く放たれたのだ。
爆音が訓練場に響き周り、グラント、フィオナの耳が良い二人が顔
をしかめる。
パイルバンカーを打ち込まれた黒騎士さんは、盾の結界機能を展
開してパイルを防いでいた。盾を覆った半透明の結界が、打ち込ま
れた杭を止めて居るが、杭は結界を半ば破り、ヒビを入れている。
二度三度の攻撃には耐えられそうにないだろう。もちろん、一度解
除し、再度張り直せば魔力を消費して結界は元に戻る。しかし、そ
んな暇は与えられない。
FA黒騎士さんは、ここで黒騎士さんの足を完全に止めさせ、そ
のまま止めを刺す腹積もりらしく、立て続けにパイルバンカーを撃
ち放つ。
一撃、二撃と放たれる杭に、黒騎士さんは盾を巧みに使い防ぐ。
結界を使い受け止め、弾けて消える結界の合間に撃ち込まれる第
二撃を、盾で横から殴りつけ、杭を盾表面に滑らせる。
二機は、そんな盾ででの激しい攻防をこなしながら、空いた手で
剣を使い、攻撃しあう。
FA黒騎士さんは、パイルバンカーを巧みに使い、剣と合わせる
事でまるで二刀流か何かのように流れる攻撃を続け、その流れを途
切れさせない。
対して黒騎士さんはその攻撃を一つ一つ捌いていく。盾で防ぎ、
弾き、逸らし、結界を使って阻害する。更には空いた手で剣を使い、
相手の剣受け、逸らし、隙あらば攻撃として差し込む。 熾烈な攻防は、それでもFA黒騎士さんに軍配があがった。黒騎
618
士さんは軽量さ、機敏さをもって相手の猛攻を凌ぐが、決定打が無
い。
FA黒騎士さんは機敏さこそ無いものの、重量のある一撃で相手
の動きを阻みながら、自分の身体の動きに頼らず攻撃を差し込める
パイルバンカーを使い、機動力を補い、手数を増やしている。
実際FA黒騎士さんを前に戦うとするなら、パイルバンカーの弾
切れを狙いたい所だろうが、それは難しい。杭は大量に作って保管
しているし、外して破損のない杭は回収し再利用できる。それも、
戦闘中に。
となるとエネルギー切れか。しかし、今回は燃費などを測定しや
すくするため、同じ簡易魔導炉から魔力を引っ張ってきて動かして
いるので、エネルギー切れは自分も動けなくなるだけだ。
﹁こ、こんなに動けたのか?﹂
アレスが呆けたように言う。アレスと模擬戦するときは、アレス
は逆パワードスーツ︵名称仮︶を付けさせたままだったし、他の者
に対しても、怪我や黒騎士さんの故障を考慮して全力稼働はほとん
どさせた事がない。
激しく打ち合っていたグラントとクリスでさえ、驚いているよう
だ。
﹁くっ。まだ手加減されていただと⋮⋮!﹂
や、違うからね、グラント。何か悔しそうに呟いているけども。
クリスも次は全力ださせてやる⋮⋮みたいな感じで拳を作ったり
するのやめて! あんな手足がもげても良いみたいな動きは、こういうテストでも
無ければしないから!
619
と、ちょっと意識が脇に逸れた所で、また二機の動きに変化があ
った。
﹁ん!?﹂
と驚いたのはウィリアムだ。FA黒騎士さんの猛攻に耐えかねた
黒騎士さんが、盾を構えて付きだしていた。シールドバッシュ。先
制の際にFA黒騎士さんにされていた事を仕返そうしている。
それでは力が足りないだろう、と思われたそのシールドバッシュ
は、俺たちの予想を裏切った。
黒騎士さんの力が足りず、FA黒騎士さんに押し切られる、とい
う予想は外れ、黒騎士さんの盾が爆発して、FA黒騎士さんが吹き
飛ばされる。
﹁ば、爆発⋮⋮!?﹂
オリヴィアが驚く。余りに短く一瞬の事だったため、見えなかっ
たのだろう。黒騎士さんは盾を前に突きだし、それが相手に触れる
直前、相手と盾の間に︽蒼炎︾で爆発を起こし、足りない力を補っ
たらしい。
﹁魔術ね。あっちの盾には結界以外仕込んでないから﹂
と、一応全員に補足しておく。皆、模擬戦に釘付けで聞いてる余
裕はなさそうだけども。
黒騎士さんはようやく猛攻から抜け出せ、今度はこちらの番だと
言わんばかりに動き始める。手始めに︽三閃︾︽轟一閃︾など剣技
を織り交ぜつつ、攻撃後はすばやく離脱、離れたら今度は遠距離か
620
ら︽蒼炎︾を放ち一方的に攻撃を加えるような形に。
これはFA黒騎士さんにとっては嫌な展開だ。これが嫌だから猛
攻を仕掛けていたと言っても過言ではない。重装甲、重武装のFA
は人工筋肉を増加させている、とは言っても黒騎士さんより動きは
重い。
ヒット&ウェイにより、為す術なく打たれるだけになったFA黒
騎士さんは盾をどっしりと構え、時を待つように耐えている。
FA黒騎士さんも魔術を使えば、膠着はするものの一方的にされ
るような事はない。はて、何を待ってるのか?
傍観者として立つ俺も、見ている仲間たちと同じように考えてい
ると、倒しきれずにいるFA黒騎士さんにじれたのか、黒騎士さん
が更なる攻勢にでる所だった。
しかし、その動きはFA黒騎士さんが狙っていたタイミングでも
あった。
バシュッと空気が抜ける音共に、FA黒騎士さんの腰辺りから何
か射出された。
FA黒騎士さんが放ったのは、﹁足が遅いなら、相手の足を止め
れば良いじゃない﹂をコンセプトにしてノリで作ったワイヤーアン
カーだ。左右の腰部から圧縮空気で打ち込まれたそれは、一方は黒
騎士さんの盾に弾かれたものの、もう一方が上手く剣を持つ手に絡
まる。
黒騎士さんは絡まるワイヤーを引き、FA黒騎士さんの姿勢を崩
せないか試したが、いかんせん重量差がありすぎる。ワイヤーを引
きちぎる事も、姿勢を崩す事もできずに膠着に持ち込まれてしまっ
た。
剣で切ろうにも、魔力がしっかりと通ったワイヤーは切り裂く事
も難しい。
621
すると、黒騎士さんはすぐさまそれを外すの諦め、素早くFA黒
騎士さんに近づき、ワイヤーを弛ませようするが、それもワイヤー
は音を立てて巻き取られ、すぐにピンと張ってしまう。
それでも、離れられないなら自由に動ける内に攻撃を、と素早く
近づいた黒騎士さんだったが、それは、悪手だった。
獣の咆哮に似た、発射音。瞬きする間もなく放たれる閃光。
次の瞬間、FA黒騎士さんの肩に備えられた砲口から伸びた閃光
が、黒騎士さんの構える盾を結界毎貫通し、半身を吹き飛ばした。
﹃はっ⋮⋮?﹄
俺以外の驚きの声があがる。俺も驚いてはいたが、それは予想よ
り大火力だった、というだけの事。
FA黒騎士さんの動作が遅くなっていたのは、猛攻に耐えていた
ため、というだけでは無かった。魔力を肩に付けていたキャノン・
ロアに充填していたため、動作に回す魔力が最小限になっていたと
いうだけの事。
そして、十二分に充填された魔力は閃光となって打ち出され、黒
騎士ささんを打ち抜き、その後にあった訓練場と外とを仕分ける外
壁を打ち崩した、という訳である。
﹁⋮⋮﹂
説明しろ、と言われているような全員の責めるような視線。
正直、俺もこんなつもりじゃなかった、としか言いようがない。
﹁え、えっと。⋮⋮てへっ☆﹂
622
全員からの無言の圧力に、茶目っ気を出して誤魔化そうとしてみ
たが、やっぱりだめだった。俺はこの後、仲間たちから説教を受け
る事になる。
壊れた訓練場の壁はスタッフ︵俺︶が補修しました。
623
第60話﹁新兵器稼働テスト﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
624
第61話﹁学校の七不思議﹂
新兵器のテスト結果に概ね満足した俺は、休日を使って寮の自室
にこもり、取ったデータから大型化の準備を進めていた。
進める、といっても演算領域に作ったディスプレイの数値と睨め
っこしながらサイズを大きくしていくだけなので、マギア・ギアへ
の実装は極めて短期間に終わる。
ただ、バランス調整とかあるのと、実際に動かした時の動作確認
などあるので、時間はかかる。しかし、今一番問題なのは、資材だ。
こればっかりは購入しないといけないため、かなり金がかかる。
﹁まぁ、金は足りるけど、やっぱり時間かかるな﹂
そう呟いて、頭を切り替えにかかる。その間にアイディアをまと
めてもう実装方法を変えよう。結論から言えば、俺はマギア・ギア
をFA黒騎士さんにする機はない。あれは黒騎士さん、というベー
ス機はあるが、原型が何となく残ってるだけのテスト機だ。あれを
単純大型化してマギア・ギアに⋮⋮というとカスタム機というか新
型機になる。
それでも良いと言えば良いが、ちょっと太った感じが⋮⋮おまけ
に、太らせて強度をましたのに、最後に打ったキャノン・ロアの威
力が多すぎて支えていた全身の関節に負荷がかかりすぎている、魔
力消費が多すぎて一撃必殺のロマン武器⋮⋮
﹁威力を殺して小型化? でも、それで︽孤立種︾みたいな堅い相
手の装甲を抜けませんでした、だとお話にならないからな⋮⋮逆に
大型化⋮⋮は、魔力で強化しても全体の強度に不安が出る。魔力で
強化する、で誤魔化すと魔力消費が追いつかない﹂
625
思いついた事をどんどんディスプレイに書き込んでいく。増強度、
増火力。それをしようとすると、消費魔力が増える。
﹁いっそ、マギア・ギアの﹃外﹄にそれを求めるか? 魔力炉を積
んだ武器、とか追加装甲⋮⋮手に入れた魔石も余ってるしなぁ﹂
浮かんだアイデアを一通り書き込み、一段落付ける。資材が手元
にくるには最短で二週間。まぁ、余裕があるからその間にまたテス
トしようかな。
そんな事を考えながら、椅子を傾けて何となく天井を見ていると、
突然ばたばたという音が部屋の外から聞こえてきた。
﹁アルドっ!﹂
﹁うわっ﹂
ばぁん! と勢いよく開けられた扉に驚き、俺はバランスを崩し、
椅子ごと床に倒れ込む。固い床にしたたかに背中を打ち、涙目にな
りながら、身体を半分だけ起こし、扉を開けた人物に目を向けた。
﹁何? 何事?﹂
﹁私に勉強を教えて!﹂
教科書を前に突きだし、その人物││クリスはそう言った。
◆◇◆◇
期末試験が迫っている。という事実を、俺はすっかり忘れていた。
最近バタバタしてすっかり忘れていた。それと同じくらいの理由
626
で、期末試験を落とす気がしない、というのもあったが。
勉強なら図書室でやろう。そう言って図書室に向かう途中で、オ
リヴィアにばったりと出会う。
図書室でクリスに勉強を教える事になった、というのを伝えると、
オリヴィアの目が少し鋭くなった。
﹁お二人で⋮⋮ですか?﹂
﹁うん? そうなるかな。俺は試験に対して不安はないから、たぶ
ん教えてるだけになると思うけど﹂
そんなような事を伝えると、オリヴィアは少し考え、何かまとま
ったのか、一つ頷いてから口を開いた。
﹁では、私も一緒にご一緒してよろしいですか? 授業内容のおさ
らいをして起きたいと思いますし、クリスさんに勉強を教える時、
科目を分担したら楽でしょうし﹂
﹁ああ。それもそうだね。もし時間があるならお願いしたいな﹂
そういう流れでオリヴィアにお願いしたのだが、今度は隣にいた
クリスの目が鋭くなった気がする。どうかした? と聞くと、別に
と答えられたが、いったい何だと言うんだろうか⋮⋮。
せっかくだから他のみんなにも声をかけるか。
フィオナ、ウィリアム、グラント、アレスにも声をかけ、結局い
つものメンバーで図書室に押し掛ける事になった。
﹁勉強に関しては全く手が出ない状態だったから助かる﹂
﹁わ、私もです⋮⋮﹂
グラントとフィオナも勉強が苦手組だそうで、クリスを入れた三
人に、俺、オリヴィア、ウィリアム、アレスが講師役として入る。
627
といっても、勉強しながら解らない事があったら受け付ける、とい
う形なので、図書室の一角を陣取って思い思いの教科書を開いてい
る。
俺は羊皮紙に確認用のテスト問題を書き込んでいる所で、これは
試験範囲の復習が終わったら解いてもらおうと思っている所だ。
﹁ん⋮⋮ちょっと歴史の本探してくる﹂
と、問題を作っていると気になる点も出てくる。問題作りはこう
やってこちらの理解度も確認できるので、一石二鳥だ。
俺は問題作りに参考に関する本を探すため、席を立った。
この図書室は前世の図書館などに比べると、流石に蔵書量は少な
いが、学校の規模からすれば十分に大きい。本がぎっしりと詰まっ
た本棚がいくつも並んでいる。
﹁なんか禁書とかそう言うのないのかな﹂
学校のそんな解りやすい所にそんなもの置いてあるわけないだろ、
と思いつつも、魔法を教えている学校の図書室、というとついそん
なロマンを期待してしまう。
目的とは違う本に目移りしながら移動し、奥へと進む。途中魔法
に関する本があったが、何というか、普通だった。開いたら叫び出
したり、呪われたりもしないし、魔法についてかかれているが、誤
りばかりで参考にならない。俺はため息をついて本を棚に戻す。
歴史に関する本の類は、古い独特の匂いが漂う一角にあった。
﹁と、問題に使うのはこの辺りでいいか﹂
タイトルから適当そうなものを何冊か見繕い、皆がいる場所に戻
628
ろうとすると、本棚と本棚が不自然に空いている一角を見つける。
﹁ん?﹂
あそこに通路が続くようなスペースがあったろうか。向こうは図
書室の端だし、図書室自体、学校の端にある。
﹁あ、こんなとこにいた。結構時間かかってるけど、目的のものは
見つかったの?﹂
興味がそそられて、そちらに行こうか、という所でクリスの声が
聞こえ、そちらに振り向く。
﹁ん? ああ。見つかったよ。ちょっと他にも気になる本があって、
目移りしちゃって。⋮⋮クリスは、もしかしてサボり?﹂
﹁え? いや。ちょっと参考になる本が無いかな∼って思って!﹂
クリスはそっと目を逸らした。俺が席を立つまでは、クリスは確
か計算問題を解いていたはず。参考書、なんて教科書で充分だった
と思うが。
﹁ま、まぁ私のことは良いのよ! アルドはもう戻るのかしら?﹂
あからさまに話を逸らしに来たクリスにじと目を送るが効果はな
く。俺は仕方なく、その話に乗っかることにした。
﹁いや、最後にあそこの通路にある本を見てから戻ろうかなって思
ってる﹂
﹁通路?﹂
﹁そう。そこの通││路?﹂
629
そう言って俺が指さした先には。
本棚が壁となって存在するだけで、先程みたような通路は存在し
なかった。
﹁それは、学園の七不思議の一つ、︽見えざる階段︾ではないでし
ょうか﹂
クリスについさっきまで通路が、という話をしたが実際に通路は
なく、信じて貰えなかった俺は、自分が見間違えたのだろうか? というもやもやを抱えたまま皆の所に戻り、自分が体験した出来事
を話した。
﹁そ、それって、︽動く鎧騎士︾︽啜り泣く少女の肖像︾とかと同
じ⋮⋮?﹂
七不思議なんてものがあったのか、と思っていると、フィオナが
他の七不思議について付け足す。そういえば、西棟の廊下には全身
鎧が飾られていたはずだし、美術室には儚げな少女の絵が飾られて
いたはずだ。
⋮⋮というより、動く鎧騎士の噂の元って俺じゃないよね? 西
棟の飾られてる奴のことだよね? いつの間にか七不思議の一つを
量産してましたなんていったら、恥ずかしすぎる。
﹁七不思議、ねぇ⋮⋮魔法なんてものを扱っているとはいえ、そん
なものあるのかねぇ﹂
そう呟いたウィリアムに俺は全面的に同意││したい所ではある
が、思念体は存在するし、それを見た人間が幽霊をみた、なんて勘
630
違いしないとも言えない。そういうオカルトがありふれている以上、
七不思議なんてものが会っても変ではない気がする。
ただ、何かの見間違えではないだろうか、とも思うが。
﹁何かの見間違えじゃないのか?﹂
﹁の、割には複数の目撃情報はあるみたいですよ?﹂
まさに俺の言いたい事をグラントが代弁してくれたが、オリヴィ
アは困ったような表情を浮かべて、情報源が複数ある事を説明した。
本人は見たことがないので、信じるか微妙だが、目撃情報はあるの
で、虚言や見間違いと言い切るには材料が足りない、という感じか。
そして、学園七不思議とは、その中でも状況の再現率が高く、複
数の目撃情報があるものを指すらしい。ただし、原因を解明された
ものはない。らしい。
噂話に盛り上がり、がやがやと騒がしくなった俺たちが図書委員
に注意を受けた所で、勉強会はお開きとなった。
﹁でもまぁ、一人で来ちゃうんですけどね!﹂
明かりもない真っ暗な図書室で、俺はそんな事を呟いた。変にテ
ンションが高いのは、夜の学校に忍び込んだ興奮のせいだ。
べ、別に夜の学校の雰囲気に気圧されて、無理矢理テンションあ
げて誤魔化そうとしてる訳じゃないから!
⋮⋮心の自己弁護が終わった所で、俺は簡易魔導炉に明かりを灯
し、光量を絞って図書室内部を照らす。
﹁⋮⋮やっぱり、雰囲気あるな﹂
631
正直な所、ビビっています。暗さで言えば、迷宮の方が暗いし、
危険度で言えばやっぱり迷宮の方が怖いのだが、オカルトは何が起
こるか解らないので、胸に何かもやもやとしたものが残る。
怖じ気付いてばかりも居られないので、通路だと思った階段を探
す。︽見えざる階段︾というのは地下へと続く階段らしい。この学
園には地下がなく、そもそもそこには階段がないため、その階段は
地獄に通ずる、とかそんな噂の七不思議だ。
しかし、俺はそんな噂の真実が知りたくてここに居る訳ではなく、
禁書のような、何か隠された情報があるのではないかと期待してこ
こにいた。
﹁ここだっけ?﹂
夜と昼では見え方が違う図書室を進み、目的の場所までやってく
る。その一角は、昼間最後に見た通り、何もない。
とりあえず近づき、何か手がかりがないか、棚に注目し、︽解析
︾の魔術をかける。
﹁んー⋮⋮ん?﹂
まず疑ったのは、魔法による偽装だ。消したり、出したりが容易
であるものを無いと偽るのが簡単にできる。
︽解析︾をかけると、案の定結界がある。少し予想と違ったのは、
結界を発生させる装置の他に、通路、通路奥の地下への階段自体を
隠せるように、棚が動く仕掛けになっていた。
﹁なるほど。結界を解除しても、棚を開けなければ奥には入れない、
と﹂
632
結界は通常時では認識阻害のようで、ここに棚があっても近づか
ないような処理がされている。また、棚が開かれている時は、棚が
開いていない、棚に近づかない、といった認識阻害の術式が組まれ
ている。この認識阻害は人によっては効果が薄い場合があるので、
昼間は誰かが使用中、ここが見えたのだろう。
﹁結界は放って置いてOK、棚はそこの本を動かすのか﹂
認識阻害の結界が俺には巧く作用していないようなので、結界は
放置して棚にある本を動かす。すると、ずずっ⋮⋮と本棚が横にず
れ、隠されていた階段が露わになった。螺旋状に地下へと続く階段
が、魔導炉の明かりに照らされている。
ひんやりとした空気にさらされながら、俺は地下へと続く階段を
降りた。
地下へ降りた階段の先には、研究室のような空間があり、資料が
散乱する机、効果の解らない液体や、何の生物か解らないようなサ
ンプルがある。
そんな乱雑な部屋の中央に一際大きな机があり椅子が備えられて
おり、そして、そこに人が座っていた。
机に置かれている燭台に灯った蝋燭の明かりが揺れ、その動きに、
机に向いていた人影がこちらに気づいた。
﹁深夜に客人。珍しい﹂
聞き覚えのある││、もう聞けないと思っていた声。
魔導炉の明かりと、蝋燭に照らされたのは紛れもない銀の髪。視
線があったその瞳は、夜の月を思わせるような金色をしている。
記憶にある見知った姿とは、少々異なる、それでも見間違えたり
はしないだろう、その容姿に、俺は思わず呟いていた。
633
﹁⋮⋮アリ、シア?﹂
そう、そこに居たのは、俺の命の恩人であり、師匠であり、一番
最初に友人となった人、アリシアだった。 634
第61話﹁学校の七不思議﹂︵後書き︶
遅れてすみません⋮
お読みいただきありがとうございます
635
第62話﹁アリシアの真実﹂
端正な顔立ちをしたその少女は、ぴくりと眉を潜め、警戒心を芽
生えさせた。
﹁どうして、私の名を?﹂
俺はその言葉にこそ驚いた。目の前にいた少女は、自分の知って
いる少女ではないのか? 何故、そんな事を言うのか。
俺は思わず、縋るように彼女の名前を口にする。
﹁アリシア、だよね?﹂
﹁確かに、私の名はアリシア﹂
更に混乱した。何を言っているんだ、と思うと同時に、疑問もあ
る。何故アリシアがこんな所にいる? という疑問。自分の近く、
宝石の近くか、生まれた故郷でもない、この学園の地下にいる理由。
それに、そもそも目の前のこの少女は肉声だ。俺の知っているア
リシアは、思念体。こうして実際に鼓膜を震わせ、声など聞こえた
事はない。
それに気づくと、答えが一つ浮かんだ。
﹁えっと、アリシア、さん。質問があります。あなたはずっとここ
に?﹂
赤の他人、他人の空似。そんな考えが浮かんだ。余りにも似てい
る、が、決定的に違う何か。気が動転していたから気づくのが遅れ
たが、頭が冷えると、俺の知っている彼女とは、少し違うように思
636
えた。
幼い、という表現が似合う俺の知っているアリシアと違い、目の
前にいる﹁アリシア﹂は、大人びている。女性、というには若いが、
少女というには大人、そんな曖昧な所だが。
ツインテールだった髪は、流してロングになっていて、服も白衣
に似た白が基調のローブ。体型も子供っぽいものから、スレンダー
で女性的なものだ。
﹁⋮⋮そう。長い時間ここにいる﹂
何かを考えるように、彼女はそう言った。やっぱり、と思うと同
時に、落胆も芽生える。彼女は、アリシアでは無い││少なくとも、
俺の知っている、彼女では、ない。
笑いたくなる。自嘲するような。普段は意識しないようにしてい
るのに、彼女の事を思い出さないようにしているのに、目の前で彼
女に似た女性が現れたら、彼女が居る事を期待する、なんて。
﹁⋮⋮そうですか﹂
それきり、俺は何を言って良いのか解らず、黙ってしまった。彼
女は僅かに警戒した様子を見る。
何か口にしようかとも思うが、面倒だった。大して話してもいな
いのに、衝撃が大きすぎて疲れを感じている。後は少々の恥ずかし
さか。知人だと思って話しかけたら、違う人だった。ただ、衝撃の
方が大きくて、恥ずかしさは顔に出るほどではなかったけれど。
何か考えている様子だったアリシア││さんが、口を開いた。
﹁私からも質問﹂
﹁何でしょうか﹂
637
当時は念話だったとは言え、聞けば聞くほど彼女の声に似ている。
彼女が生きて目の前にいる、と勘違いしそうになる程に。
俺はそんな幻想を投げ捨てて、どんな質問がくるのか、と少しだ
け身構えた。
﹁客人は、私を知っている。客人が知っているのはどのアリシア?﹂
﹁はい⋮⋮?﹂
ゆらりと、彼女の側にある蝋燭の火が揺れる。俺は意味もなく、
その火の揺らぎを目で負い、呆ける。そして、今の言葉を反芻した。
﹁どの﹂アリシア。彼女の言う﹁アリシア﹂は、複数いる?
なんて答えれば良いのか、俺は少し迷った。ここで、人違いだっ
た、と誤り、この部屋から去るのは簡単だ。そして去った後は関わ
らないのがベストだろう。まだ何も指摘されていないが、俺はここ
へ不法侵入を果たした事には変わらないのだし。
ただ、彼女はこちらを多少警戒しつつも俺に質問してくる程度に
は、話をしようという意志がある。ここは、俺は正直に話してみる
事にした。
﹁⋮⋮10歳くらいの容姿をしたあなたを知っています﹂
﹁⋮⋮そう﹂
彼女はそう言って黙った。
あれ、なんか間違えただろうか。思わせぶりな彼女の台詞に、あ
なたの幼い姿を知っていると言った自分。
﹁⋮⋮﹂
俺はアリシアさんから視線を逸らした。そして、頭を抱えたくな
638
った。
それって何というか、自分が変態だと暴露したようなもんじゃね
? 特に自分の言葉だけ見れば。
あなたを幼い時から影から見てました、﹁俺は﹂あなたを知って
いますよ、というような。え、違うよね? そんな変態発言を高度
にこなしたような事態ではないよね? 違うと言ってよ! 急に喉がカラカラに乾いて来た。沈黙が、さっきよりも重いので
はないかと思える。アリシアさんの方をちらっと見ると、さっきよ
りも何故か警戒が薄れているように思える。思いたい。
﹁もう一つ、質問﹂
﹁は、はい!﹂
そんな事を考えていたせいか、上擦った声で返してしまい、不思
議そうにするアリシアさん。
﹁? 客人はどうしてここに?﹂
﹁えっと⋮⋮﹂
これは正直に言って良いのだろうか。階段があったから気になっ
て⋮⋮は苦しい。苦しすぎる。せめて日中であればもう少し信憑性
があった。
それに、今更隠しても、不法侵入した事実は変わらない。俺は、
これも正直に答える事にした。
﹁昼間、ここに階段があるのを見かけて。隠し階段があるのかも、
って気になって、夜に忍び込んでみようと思って⋮⋮﹂
﹁それでここに来た?﹂
﹁そうです。何か秘密にするような本があるのか。あるなら、見て
みたいという興味がありまして﹂
639
嘘は言っていない。興味本位、というのが一番大きい。昼間来た
らいいじゃん、という思いは多少あるが、わざわざ隠されているよ
うなものを昼間来て探るより、人目の少ない夜やろう、という考え
だった。
﹁そう。確かに、ここには秘密にするような本がある﹂
アリシアさんはあっさりとそう言った。しかし、それで終わりで
はないらしく、続ける。
﹁でも、客人に見せるつもりはない。ここの書物は重要﹂
ちょっとがっかりする。まぁ当然だろう。という思いはある。さ
っきの衝撃の方がよっぽど大きかったので、俺の反応としてもそう
なんだ、暗いの軽いものだ。しかし、次の言葉には流石に、驚かず
には居られなかった。
﹁ここの書物は、アリシアの魔術書﹂
﹁えっ!?﹂
アリシアの魔術書。確かに、魔術といった。アリシアの、とも。
つまり、目の前にいる女性は他人の空似などではなく、俺の知って
いるアリシアとも、深い関わりのある人物。
俺は、聞かずにはいられなかった。
﹁あなたは、魔術師アリシアなんですか﹂
﹁そうとも言えるし、違うとも言える。私はアリシアと呼ばれた魔
術師が作った人形﹂
640
人形。イメージ的には、ゴーレムやオートマトン、と呼ばれる存
在なのだろうか。人形、と言われても全く信用できないレベルの動
きに、俺は彼女のつま先から頭の先まで凝視する。
﹁見すぎ、失礼﹂
﹁ご、ごめんなさい⋮⋮﹂
俺は慌てて目を逸らし、反射的に謝った。しかし、人形と言われ
た後でさえ、それを疑ってしまう。受け答え一つ取っても、人形と
は思えない。言葉に人間味があるようにさえ思える。
アリシアさんは仕切直すように
﹁ここにあるアリシアの魔術書の閲覧は許可できない。けど、私た
ち︽アリシア︾についてなら、少し、教えてもいい。ただし、条件
がある﹂
アリシア、について。思えば、俺は彼女についてどれだけ知って
いるのだろうか。俺は、彼女の事が知りたくて、頷いた。
﹁あなたの知っているアリシア。何を知っているのか教えて欲しい。
何をしてる? 今どこにいる?﹂
俺は顔をしかめる。
﹁彼女は今││﹂
俺は、俺の知っているアリシアについて全て語った。話している
途中に用意された椅子に座り、同じように対面で椅子に座っている
彼女に長い事話していた。
641
﹁そう﹂
俺が話し続けている間、静かに聞いていた彼女が、語り終わった
時にいったのは、そんな言葉だった。
その言葉には、何の感情も伺い知る事はできない。彼女が人間で
はないから、というよりは、彼女は努めて何も反応をしないように
している気がする。俺も、何か言われるよりは良いと感じていた。
﹁これがその、彼女の宝石です﹂
俺はそう言って、これまで貰った両親以外には見せた事のない、
彼女が宿っていた宝石をアリシアさんに渡す。
大事そうにそれを受け取った彼女は、宝石の表面を一撫でし、何
かを確認するように頷くと、俺に言った。
﹁ん。大丈夫。休眠中なだけ。この子は生きてる﹂
﹁ほ、本当ですか!?﹂
思わず大きな声を出してしまったが、アリシアさんはイヤな顔せ
ずに、本当、とだけ返してくれる。これまで何の反応もなく、自分
では調べて見てもよく解らなかったために、彼女の言葉は非常に嬉
しかった。
﹁放って置いても、いつか目覚める﹂
﹁いつか⋮⋮ってどれくらいですか?﹂
﹁んー⋮⋮10年か、20年先⋮⋮?﹂
﹁じゅ、10年⋮⋮そうですか⋮⋮﹂
上がったテンションが一瞬にしてだだ下がる。ただ、彼女が死│
│消滅というべきか││してしまった訳ではないとわかり、安心し
642
た。
アリシアさんから宝石を受け取り、大事に預かる。これまで以上
に大切に扱おうと決めて。手荒に扱ってそれを覚えられでもしたら、
目覚めた時に文句を言われそうだ。
﹁今度は、私の番。私たち︽アリシア︾について﹂
俺はアリシアさんの言葉に、居住まいを正して聞き入る。
﹁私たちは、アリシアと呼ばれた女性が作った記憶装置。彼女が作
った魔術や、彼女の記憶を持ってる﹂
そう語り始めた。俺も頷いて、聞き入る。
聞き入るが、それ以上にいつまで経っても続きが話されない。
﹁えっと、それだけ、ですか?﹂
﹁ん。それだけ。それが全て﹂
実に端的だった。単純すぎて逆に謎が深まったレベルで。少なく
とも、アリシアと呼べる、ここにいる彼女や、宝石の思念体だった
俺が知るアリシアのような存在が、複数いるのだろう、という事く
らいが解っただけだ。
俺は黙っていられずに叫んだ。
﹁いや、もっとあるでしょ! 何となく言いたい事はわかったけど
!﹂
﹁むぅー。面倒﹂
﹁ちょ!?﹂
結局、俺は彼女に何度も質問を繰り返し、︽アリシア︾という人
643
物について教えて貰うのだった。
644
第62話﹁アリシアの真実﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます
645
第63話﹁約束と決意﹂
アリシアさんと長い事話をしていたようだったけど、実際には数
時間と言ったところだろうか。質問をしている途中で、彼女は堰を
切ったように喋りだし、︽アリシア︾について語ってくれた。
要約するとやはり、以前先生が語ってくれたような人生を歩んだ
らしい。彼女は魔法をより良く、幅広く使えるようにと魔術を生ん
だが、魔法を拠り所にする貴族や一部の権力者たちが自分の利益を
守るために異端と認定、魔術を認める事はなかった。
便利なら広く利用され、そんな権力者の言葉を覆せるのではない
か、そうも思ったが、時の権力者たちの力は強大で、強欲であった
らしい。
彼女は広く技術を広めたかったが、独占したいと考えていた彼ら
との意見は分かれ、彼女は独自に広めようとした。しかし、権力者
たちは彼女の悪評を広め、魔法を使う賊までも彼女の名を語った。
彼女の評判は地に落ち、自衛のために一般市民や衛兵にまで魔術
を使わざる得ない状況まで追いつめられしまったそうだ。
﹁︽アリシア︾はそれを機に考えを改めた。自分の代では、魔術は
広まらない。もっと時間をかける必要がある﹂
そうして、記録として魔術の書をしたため、自分の知識、技術の
一つ一つを残し始めた。
﹁同時に、知識を渡したくない、とも考えた。その結果が私たち分
身﹂
646
その頃の︽アリシア︾は人を信じられなくなっていた。
技術を残すのも、人のために、と努力して来たが裏切られ、何の
ために残すのか、と自棄になっていた事もあったらしい。悩んだあ
げく、彼女は信頼できる人間が出てくるまで待つことにした。
魔力の扱いに長けると、長く居きられるらしいが、それでも医療、
衛生観念の未発達のこの世界では、100年を越え生き続けるのは、
エルフのような長命種のみ。彼女は、自分の分身を作り、知識を渡
す相手を分身に見定めさせる事にした。
﹁それが私たちアリシア﹂
全て聞き終えた俺は、アリシアさんの顔を見つめながら、押し黙
った。
なんて言えば良いのか解らなかったのだ。自分がここで同情的に
大変だったですね、なんて軽々しく言えない。自分が彼女の立場だ
ったら、そんな事言っては欲しい訳ではないだろうと思った。
﹁⋮⋮俺﹂
それでも、何か伝えたい、という思いがあった。何を伝えれば良
いか、俺自身定まってない。ただ、ここで何も言わないでいると、
彼女の前で、俺は今後何も伝えられない気がした。
﹁俺が、あなたたちの後継者になります﹂
俺の口から咄嗟に出たのは、そんな言葉だった。
でも、以前から少しは考えては居た事ではある。アリシアが消え
た後も自分の中でくすぶり続けていたそれ。
﹁⋮⋮だめ。私は教えない﹂
647
何となく予想はしてた。急にそんな事言われても、彼女も信じら
れないだろう。今は、それでいい。
﹁解ってます。だからこれは決意表明です。あなたに約束します。
俺は、︽アリシア︾が残したものを広めて見せる﹂
アリシアさんは首を振る。
﹁きっと苦労する﹂
彼女は﹁苦労﹂なんて柔らかい表現を使ったが、その程度済まな
いだろう。これまでその﹁苦労﹂はオリヴィアの父の影響で抑えて
貰っていた。
しかし、これからは違う。魔術を広げる、というのはこれまでの
世界を一度壊し、新しい何かを作る、という事。困難なんて掃いて
捨てる程あるに違いない。
そんな彼女の気遣いが、嬉しく思う。尚更引き下がる訳には行か
ないだろう。才能が無いから、とか俺が信用できないから、なんて
理由では無く、彼女は俺を心配して忠告している。そんな彼女だか
らこそ、俺は何かしてあげたいと思う。
﹁それでも、です﹂
だから、まずは俺は彼女の信用を得るだけの実績を手に入れる。
これからは自発的に、精力的に。
﹁私は力を貸さない﹂
﹁それで良いです。⋮⋮あ、でもたまに雑談しにここに来ても良い
ですか?﹂
648
頑なだったアリシアさんの表情が、僅かに揺れる。何となく予想
をするなら、今後ここに近づけさせたくない、でもそれくらいなら
良いかな? という考えではないだろうか。
﹁⋮⋮それくらいなら、良い﹂
少し考えた末に、アリシアさんはそう言った。俺はその答えに少
し笑う。俺の知ってるアリシアなら、そう言うんじゃないか、と思
っていた通りの返答だった。いや、元は同じ人間の思考をコピーし
ているらしいので、当たり前なのだろうけど。
ただ、俺は二人を同一人物として扱うのは何だか嫌だった。彼女
たちに失礼だ、と感じているのかもしれない。同じような考えを持
つ個人、そう接していきたい。
﹁じゃ、今日は長い事いたので、また今度﹂
そう切り出して、俺は席を立つ。また今度、と言われたアリシア
さんは少し驚いた顔をしていた。
﹁⋮⋮また今度﹂
そう返してくれた彼女は、はにかむような笑顔を浮かべていた。
◆◇◆◇◆◇
寮に戻って一眠りし、最近日課になる朝の訓練に向かう。訓練場
にはすでに、固定メンバーとなった、クリス、オリヴィア、フィオ
ナ、ウィリアム、アレス、グラントがいた。強制している訳ではな
いので、一人二人、揃わない日もあるのだが、今日は皆やる気があ
649
るみたいで全員揃っている。
﹁うん。都合が良いな﹂
俺はそう呟く。昨日決めた事を、このメンバーに打ち明けてみよ
うと思っていたからだ。時間をかけると言いづらくなる。こう、主
に自分の決意が鈍りそうとかそういう所で。
﹁みんな、ちょっと聞いて欲しい事があるんだ﹂
そんな言葉を切って、俺はこれからどうしたいのか、俺は信頼の
おける仲間たちに告げる事にした。
前世では、ロボットを作りたいと思って、転生を果たした今世で
念願のロボットを作成する事ができた。でも、それ以降は何をした
いのか、いまいち自分でも解らなかった。
でもこれからは違う。魔術を広める。それと同時に、ロボットと、
その有用性を広める。この世界で作ったロボット││魔導甲冑は、
魔術によって動いているため、ロボットを広める、という事は、魔
術を広めないといけないからだ。
俺は、そんな事をみんなに伝える。そして、その手伝いをしてく
れないか、という事も。そして、魔術が禁術扱いされてる今、その
行為には困難が伴うであろう事。全部話したと思う。
喋り始めると、まくし立てるように喋っていた。聞いていたみん
なは唖然とし、喋り終わった時俺は、早まったか、と思った。でも
言い切った。
誰もが喋らない。沈黙が降りた中で、声をあげる者があった。
﹁私は良いよ。アルドのしたい事を手伝う﹂
真っ先にそう言ってくれたのはクリスだった。
650
﹁アルドさんの弟子になるって決めたんですから、魔術を広めるの
には賛成です。むしろ、やっとその気になりましたか、って感じで
すよ? お父様はいつも、アルドさんが何時そう言い出さないかっ
てひやひやしてましたから﹂
オリヴィアの言葉に、そうだったのか、と思う。魔導甲冑が完成
した時、確かにオリヴィアの父、フェリックスさんは魔導甲冑の性
能に驚き、恐怖を覚えたとも言っていた。
その言葉を聞いてから、まぁ、出来ていたとは言わないが、自重
してきたつもりだったし、積極的に魔導甲冑を広めようとか、魔術
を広めようとはしていなかった。
﹁はは⋮⋮そうだね。決意するの、遅くてごめん。でも、もう口に
出していった以上、引っ込める気はないよ﹂
﹁ふふ。そうでないと、支えがいがありませんから。私も、微力な
がらお手伝いさせていただきます﹂
今でも、魔術を広げたら、過去アリシアがされたように、悪用さ
れたり、迫害を受けるのでは、という恐怖はある。
俺は、2人も手伝ってくれる事に自分でも思っていた以上に安堵
しながら、他のメンバーの言葉を待った。
﹁僕らはこの学園に、技術を求めにやってきているんだ。未知の技
術に触れる機会があるのは、こっちとしても願ったりだねぇ﹂
﹁俺も特に異論はない。助けて貰った恩もある。それを返せると言
うなら、喜んで協力する﹂
﹁お前たちについて行けば、もっと強くなれる。なら、この話を断
るなんて事はできねぇな﹂
651
ウィリアム、アレス、グラントがそんな風に言った。別に、この
話を断ったからって何かペナルティを出すわけではないし、特に疎
遠になる、というつもりも無かったのだが、手伝って貰えるなら純
粋に嬉しい。
フィオナは、少しもじもじとして、困ったような顔を俺に向けた。
﹁わ、私でも、お役に、立てますか⋮⋮?﹂
﹁もちろん。よろしく頼むよ﹂
フィオナは俺の言葉に嬉しそうに頷く。これで全員、賛同してく
れたようだ。俺はこの結果に満足しながら、皆を見渡す。 ﹁で、これから何をするんだ?﹂
グラントが皆を代表して疑問を口にした。俺は彼に頷き返して、
皆に聞こえるように答える。
﹁うん。基本、これまでと変わらない。ただ、魔術に関してはこれ
まで以上にがっつり教えるつもり﹂
﹁なんだ。拍子抜けだな﹂
グラントの言葉に、クリスも頷く。他の皆も多かれ少なかれ同じ
ように思っているようだ。俺は、それを見てにやりと笑みを返す。
﹁もちろん、新しい事もするよ。訓練だけだと魔術を広められない
しね﹂
﹁新しい事?﹂
皆の興味心身な視線が俺に集中し、俺は一人一人見渡しながら、
その考えを口にした。
652
﹁魔導甲冑を量産化して、手始めに土木建築辺りに売り出そうと思
うんだ。その前段階として、全員が魔導甲冑に乗れるようにするの
と、量産機の作成を行おうと思う﹂
653
第63話﹁約束と決意﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
654
第64話﹁作業用魔導甲冑﹂
土木建築に、と言った辺りで、皆の顔に疑問が上がった。
﹁なんで建築? 傭兵とか、軍に売るんじゃないの?﹂
クリスの疑問は、その場にいた全員の疑問を代弁しているようだ
った。誰も彼もが首を傾げたり怪訝な顔をしてこちらを見ている。
それは半ば予想していたので、俺はまずそこから説明する事にし
た。
﹁そっちも考えてない訳ではないけど、まずは建築。その理由を今
から説明するよ﹂
俺たちは訓練場に集まっているが、もはや訓練する雰囲気ではな
く、輪になって座り込み、話し込んでいた。
﹁まず、魔導甲冑がどういう意図を持って作られてるか、っていう
ところから話そうか。魔導甲冑は、使用者の動きの増大を意図して
作ってる。例えば、筋力、大きさによる動作範囲の広さ、とか。こ
こまでは良いかな?﹂
﹁戦闘するため、って訳じゃないんですね﹂
オリヴィアそう呟く。俺は苦笑した。まぁ、これまでそうとしか
用途を出していなかった俺の責任なのでしょうがない。
﹁戦闘は福次的なものなんだ。どちらかといえば、魔導甲冑ってい
うのは、戦闘もこなせる、っていう言い方が正しいかな﹂
655
全員の反応を見ると、皆理解したのか頷いている。
﹁で、話を戻すと、この動きの増大っていうのが、簡単に生かせる
場所が幾つかある。その一つが、戦場だ﹂
﹁だろうねぇ。魔導甲冑程大きく強くなくても、あの黒い騎士の人
形のようなものが沢山戦場にでれば、それは驚異だ﹂
ウィリアムが俺の言葉を補足する。死を恐れず、一定以上の技量
を持った人形兵は確かに驚異だろう。魔力、なんて摩訶不思議エネ
ルギーがあるため、度々、数を凌駕する個人、という存在がいるよ
うだが、それも捨て身が出来る人形兵なら、打ち取れてしまう可能
性はある。
俺はウィリアムにその通り、と付け加えながら話を続けた。
﹁ただ、俺はこの方面で活躍させたくはないと思ってるんだ。なぜ
なら戦場で名を馳せるような事があれば、魔導甲冑は恐怖の代名詞
になる﹂
前世で戦場のあり方を変えてしまった歴史の節目に存在する武器
の数々。例えば銃。中世以前までの剣や槍、せいぜい弓で相手を倒
す戦場とは違い、より離れた位置からより安全に、より多くの人間
の命を奪うに至る武器となったように、魔法が使えなくても使えて
しまい、並の魔法や武器よりも強いとなれば、戦場はこれまでのよ
うな形を保ってはいられない。
﹁魔導甲冑は戦いの在り方を変えるだけの力がある、と俺は考えて
る﹂
だからこそ、軍や冒険者といった魔導甲冑の使用=戦闘、という
656
職種の人間には最初に売り込まない。
かつて、フェリックスさんに最初に魔導甲冑を説明した時、兵士
に使わせようと思ったのは、売り込む簡単さと、需要や、フェリッ
クスさんにパトロンになって貰う、という事を考えての事だったが、
今回は魔術というものを広める、という理由があるので、そっちは
後回しにしたい。
﹁だからこそ、魔導甲冑が恐怖の代名詞みたいにならないように、
もっと広くイメージを定着させて起きたいと思ってる。その最初の
一歩が、建築なんだ﹂
﹁何となく解ったけど、建築で、その魔導甲冑は役に立つのか?﹂
アレスの言葉に、俺は待ってましたとばかりに頷いた。
﹁なら、それを今度証明しよう。流石にすぐには出来ないし、今度
の試験後の休み、売り込む用の魔導甲冑を見せてやる﹂
こっちも構想はある。後はそれを形にするだけだ。マギア・ギア
用の新装備も作らないといけないし、忙しくなりそうだ。徹夜も覚
悟せねば⋮⋮
え、学園の試験は良いのかって? 魔力演算領域という名のカン
ニ││もとい、頭の中の教科書に全て入っているので問題ない。
◆◇◆◇◆◇
期末試験明けの休日、俺たちは七人は試験ストレスからの開放感
を存分に味わいながら、訓練場に集まっていた。
ちなみに、テストの結果はというと上々だ。当然ではあるが⋮⋮。
解けなかった問題は二問。その二つも時間切れが大きな理由だった。
問題の内容は、﹁魔術について知りうる事を述べよ﹂で、そんな
657
問題ありかとか、どこまで書いて良いのかとか、考えながらつらつ
ら書いている内に残りの問題を解くことができなかったのだ。更に
ちなみに、この問題を作ったのは魔法を教える例の先生だった。
﹁皆集まったね。じゃ、これから始めようか﹂
と、味気ない学園の試験についてはこれくらいにして、俺は意識
ワーカー
を切り替える。今日は先日皆に伝えた通り、この試験期間を使って
土木建築用に作った、土木工事用魔導甲冑のお披露目である。
﹁これが、その魔導甲冑?﹂
膝をつく機械の巨人を、皆が思い思いの場所から見上げていた。
ぐるりと一周見回してみたり、膝を突いた部分を叩いてみたりと、
興味津々だ。
﹁これが、例の︽孤立種︾を倒したのか?﹂
﹁それとは別。これは新しく用意したんだ﹂
グラントがそう言ったが、否定しておく。
﹁新しく、用意した⋮⋮?﹂
酷く驚いているようだが、これも魔術のおかげである。簡易魔導
炉内に素材の情報を記録、その情報をいじっているだけで複数素材
を使用した建造物も作れてしまうので、3Dプリンターよりお手軽
だ。ただし、記録している情報を改変するのには魔力が必要になる
ため、実際に作るよりはお手軽とはいえ、コストがかかっていない
わけではない。
固まってしまったグラントをそっとしてやり、俺は機体に不備が
658
ないか、機体周囲をぐるりと回って確認する。
ワーカーはマギア・ギアからかなりの改変を加えていた。
量産を前提に汲み上げているために、機体の各部をブロック化し
て人型に汲み上げる事で、人力での整備性を向上させている。
また、マギア・ギアに使っているような大型の魔導炉を作る良質
の魔石が無いため、簡易魔導炉を各関節設置、その魔力を直結させ
る事で保有魔力量を増大させ、魔導炉に出力で及ばないまでも、継
続時間と言う点においては魔導炉に劣らない性能をださせている。
この方式は、動作的にも問題がなさそうであれば魔導炉を積んでい
るマギア・ギアにもフィードバックする予定だ。
また、外観は素体フレーム部分││パペットフレームと呼ぶ事に
している││の上に装甲を着させる事で、操り人形のような味気な
い外観を飾り立てている。現在は土木工事用、という事で関節に高
負荷がかかる事を想定しているので、胴回りより四肢の負荷軽減を
目的とした装甲を装着している。四肢だけ見ればマギア・ギアより
太いくらいなので、見た目はマッシブだ。
そして、決定的に違うのはやはり、肩装甲より延びるクレーン。
全高としてマギア・ギアと同サイズの4メートルあるワーカーだっ
たが、それよりも高所に建築素材などを吊り上げができるように、
クレーンを装備させている。クレーンには本体固定用としてアウト
リガ︵機体支持用の固定器具︶がついており、このアウトリガを使
ってクレーン操作時の機体を固定、その後にクレーンでの重量物が
吊り上げ可能となっている。
﹁それじゃ、動かすから、皆離れてて﹂
ワーカーの装備も含めて確認が終わった後、俺はワーカーに集ま
っている全員に声をかけ、離れるように支持する。
659
﹁おっとその前に建材出しとこう﹂
事前に簡易魔導炉に入れておいた建材を、ワーカーから少し離れ
た所に出す。
積み上げられた木材と、インゴットというには大きすぎる鉄材だ。
実際建築現場で使われるような建材とは違うが、今回は大きさや重
さが重要なので気にしない。
ワーカーに乗り込み、目をつぶって機体に意識を接続して様子を
見る。問題なし。
﹁視界も良好﹂
意識を接続した時点で、俺の視界はワーカーの視覚と接続されて
いた。
ゆっくりと機体を立たせ、高くなった視点から皆を見下ろした。
﹁おお⋮⋮ちゃんと動いてるねぇ﹂
﹁こんなに大きいのか⋮⋮オーガよりも大きくないか?﹂
﹁しかし、これでも︽孤立種︾より小さい。それでも対抗できるな
んて⋮⋮﹂
ウィリアム、グラント、アレスがそんなことを言っているのをセ
ンサーが拾い、自分がその場で聞いているかのように伝えてくる。
この辺りもどうやら問題なさそうだ。ちなみに、女性陣はクリス、
オリヴィアがすでにマギア・ギアをみた事があるために反応が薄い。
フィオナは目を白黒させて驚いていたが。
﹁じゃ、起動実験を始める﹂
俺の声がワーカーによって拡声され、辺りに響きわたる。結構大
660
きな音だが、これくらい大きくしないと、ぼそぼそと聞き取れなく
なってしまうので仕方ない。
﹁よっと﹂
まずはワーカーを動かし、木の建材を持ち上げる。ワーカーの腕
部がその重さに僅かに軋み、重量物を持ち上げたフィードバックが
俺の身体にも返ってくる。
重い、とはいえ感覚としては木箱に積めた小物を持ち上げたよう
な感覚か。フィードバックは強すぎると幻痛を起こしそうだが、無
いのはないで、自分が立っている、腕を動かしているという感覚が
無く、操作に影響するためこれくらいで良いだろう。
建材を抱えるワーカーに以上なし。重いものを持っているが、ま
だ余裕がある。装甲は防御を考えていないため、マギア・ギアに比
べて軽い。その分の余裕があるようだ。
﹁結構簡単に持ち上がるもんだね﹂
﹁ただ、あれくらいなら人が数人居れば何とかなるんじゃないか?﹂
そんな話し声が聞こえてきた。ごもっともな意見である。もちろ
ん、ここからがワーカーの真骨頂だ。
鉄の建材は重量があるため、ワーカーでもそのまま持ち上げるの
は少々つらい。それに、クレーンのテストをしたいために無理はし
ない津もらいだ。
ワーカーが抱える木の建材をゆっくりと地面に降ろし、背部に折
り畳まれたクレーンを開く。
4つのアウトリガがワーカーを中心に四角形を作り、クレーンを
固定。クレーンの先端が伸び、10メートルを超える長さになった。
おお、なんて皆の驚きを見ながら、俺はワーカーを動かし、建材に
フックとワイヤーを取り付ける。
661
﹁よし、吊り上げるよ﹂
建材がクレーンによってゆっくりと上昇を始める。吊り上げられ
ただけの建材は、地面から離れる際に僅かに揺れたが、ゆっくりあ
げながら、揺れをよく見てそれを最小限に抑える。
そうして高く吊り上げられた状態でクレーンを固定して、皆に声
をかけた。
﹁どう? すごいでしょう!﹂
﹁どうって⋮⋮﹂
﹁何ていうか、地味ね﹂
オリヴィアとクリスがそんな風に言い、俺はがっくりと肩を落と
した。
﹁解ってるよ。見た目地味だって事は⋮⋮﹂
グラントとフィリアは見た目以上に力があることに驚いているよ
うで、ウィリアムとアレスはその先、ワーカーの価値を考え、真剣
な様子だ。
その後、建材とワーカーを片づけ、ウィリアムとアレスに慰めら
れた俺は、皆とこれからについて話を詰めるたのだった。
662
第64話﹁作業用魔導甲冑﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
余談ですが、私が知っている過去最高の公式の試験内容は、とある
学校の期末テストに出されたと噂の﹁関節について述べよ﹂と書か
れただけの試験用紙です。
なんでも、関節とは何か? どんな関節があるのか? 関節の種類
はこれで、それぞれの特徴は何か? というような教科書に載って
いる事を全て自分で書けないといけないらしく、その年のテスト受
験者は悲惨だったとかそうでないとか⋮⋮
663
第65話﹁ワーカー販売﹂
それから、俺たちはワーカーのテストを数日重ねた。
開発者であり、マギア・ギアでの操縦時間が長い俺は、ワーカー
は動かせて当たり前、という感じなので、全くの初心者がどんな風
に感じるか、問題点などはあるかなど洗いだし、修正出来る部分は
修正。
搭乗者が気を付けないといけないような部分││例えば、視点の
高さが上がった事による不注意事故のようなもの││はマニュアル
を作成して事前説明などを密にする、という事で対応する。
と、そこまで準備し、俺たちはついに、ワーカーを売りに出すこ
とにした。
﹁建築に役立つ魔導具がある、だぁ?﹂
背の低い、しかし身体の大きい、という矛盾したような体格をし
ている目の前の人物は、ドワーフのドノヴァンさんだ。それほど背
が高い訳じゃない俺の胸くらいしかないのに、岩とか、背の低い壁、
と思えるような横幅がある。しかも、太っている訳ではなく、筋肉
で出来ているらしく、なんというかごつい。
今、俺はウィリアムとアレスを連れて、そのドノヴァンさんが仕
切る工房にお邪魔していた。通された客室で、机を挟んで挨拶を交
渉を始めたところである。
他のメンバーは今日は留守番である。というのも、工房に話を付
ける際に、手っ取り早くアポイントメントを取るために、貴族、と
いう肩書きを使ったからだ。とはいえ、貴族間にもルールがあるら
しく、親が王都近くに領土を持ち比較的軋轢が少ないウィリアム、
664
アレスだけにしている。表向き、俺は従者という事になるだろうか。
そのおかげか、ドノヴァンさんは話だけは聞いて貰えている。た
だし、こいつらは胡散臭い。そんな表情を隠しきれずにいた。
ただ、それは事前に仲間うちでも言われていた事だった。
本来魔導具というのは、ほとんど偶然出来上がるようなものらし
く、魔導具師も存在してはいるが、何故それができるのか、理論的
には解らない、という状態らしい。
ただ、経験則として、この木で作った魔法の杖は、水属性の魔法
を増幅する力がある、というような蓄積自体はあるため、数は少な
いながら、継続的に量産はされている。
それも、主に武器となるようなものや、迷宮内で役に立つような、
ランタンのような魔導具が中心となってしまうため、他の分野では
あまりみないらしい。ましてや、他に高い実用性がある、というよ
うな生活に役立つ魔導具は皆無との事。また、武器にしろ何にしろ、
使える魔導具、それも一定上の、となればそれを作れるのは超一流
の魔導具師、という事になるらしい。
ドノヴァンさんが胡散臭そうにこちらを睨んでいるのは、恐らく
そういった常識がベースになっているのだろう。
若い。おまけに魔導具、なんて普通は建築なんかに使われないよ
うな高価で特殊なアイテム。
だが、俺たちはその常識を打ち砕くに十分な自信がある。
﹁ええ。信じられない、という気持ちは理解できます。ですが、我
々は嘘を言ってはいない。それを今から証明しましょう﹂
そう言ったのはウィリアムだ。彼は自信たっぷりに説明し、アレ
スと俺もつっ立っているだけだったが、彼の言葉に同意するように
665
頷く。
﹁今からじゃと⋮⋮?﹂
と、ドノヴァンさんは思わず俺たちの懐を見た。ドノヴァンさん
が連想したのは、手に持てるような何か。
﹁ここでは狭すぎてお見せできません。外の作業場を少しお借りで
きませんか?﹂
﹁まぁ、構わんぞ﹂
それだけ言って、さっさと外に向かったドノヴァンさんを追う前
に、俺たちは顔を見合わせ、頷きあう。俺たちは三人とも、悪巧み
が成功した、という顔をしていた。
あまり期待してなさそうなドノヴァンさんがどんな顔をするのか、
今から楽しみだ。
作業場に出てウィリアムが連れてきたのは、草食竜だった。のっ
しのっしと歩くその後ろに、台座だけの馬車がつながれ、その上に
コンテナが乗っている。
﹁これが、その魔導具とやらか? 竜を使う工具なら、うちにも少
しはある﹂
主に馬車を見ながら、ドノヴァンさんはそう言った。この世界に
も、牛を使った農工具のようなものが存在するらしい。
﹁はっきり申し上げるなら、そんなものとは比較できませんよ。⋮
⋮アルド、始めてくれ﹂
666
﹁わかった﹂
交渉はまかせっきりだったので、俺は少し張り切ってコンテナに
近づく。そして、コンテナに手を当て、魔力を流すと、コンテナは、
蕾が花開くように外壁を開いていき、その中に鎮座していたものを
見せた。
﹁な、なんだぁこりゃ⋮⋮﹂
呆然としているドノヴァンさんをちらりと見て、俺はコクピット
を覆う装甲に近づく。膝をついて、主君に頭を垂れるようにしてい
た巨人の胸部が開き、俺はそこに身体を滑り込ませた。
ハッチがしまると、僅かな魔力光を発する水晶が二つあり、その
上に手を乗せる。魔力を接続するための媒体となる、操縦桿の代わ
りの物体だ。
﹁魔導炉起動﹂
俺の音声に従い、ワーカーが魔導炉を起動させ、巨体に魔力を漲
らせる。コクピット内の魔力光も高まり、暗かった内部が、明るく
照らされ始める。
﹁魔力接続、開始﹂
これは俺が発動した魔術ではなく、機体に乗せた演算機が発動し
た魔術だ。実はこれが機体を作る上でもっとも苦心した物でもある。
魔導炉本体に繋いだ低級魔石に刻印し、魔力の流れで電子回路もど
きを作る。その上で、その電子回路もどきが魔術を発動するように
手を加えたのが、演算機だ。
この演算機のおかげで、これまではパイロットが機体に五感を接
667
続したが、改良を重ね、今は機体がパイロットに五感を接続してく
る。そのため、パイロットの素養は関係なくなり、より多くの人間
がこの機体を操る事が出来る。
もちろん、パイロットの認証機能も存在し、登録者以外が乗れな
いようにすることも可能だ。
ゆっくりと目を閉じ、開くと、視界はコクピットの中ではなく、
地面を向いていた。ワーカーの演算機が、視界の隅に機体情報を展
開させ、何の異常も無いことを知らせてくる。
﹃準備できた﹄
ワーカー頭部に設置されたスピーカーから、俺の声が響き、ウィ
リアムが満足そうに頷く。
﹃始めてくれ﹄
集音装置に関しても問題なさそうだった。これら五感の情報も、
一度演算機に送られ、その情報量を判断してからパイロットへと返
される。これのおかげで、五感の情報がパイロットの許容量を越え
てフィードバックされる事はない。痛みのような情報が、そのまま
返る事はないし、例えば大音量、大光量を受けたとしても、それら
は制限された物がパイロットに届けられ、パイロットの安全を確保
する。
﹃よし。じゃぁデモンストレーションといこうか﹄
機体をゆっくりと立たせ、高い視点から工房を見下ろす。立ち上
がる巨人に気づいた工房の人間が、窓に取り付き、ワーカーを見上
げていた。ドノヴァンさんも唖然とした様子でこちらを見ている。
何となく優越感に浸っていられるが、ただ動いた、というのでは
668
有用性の証明にはならない。
﹃ドノヴァンさん。何か重たい、動かして欲しいものはありますか
?﹄
﹁⋮⋮はっ!? あ、ああ。何か重たい、動かして欲しいもの、な。
おお。おお。そうじゃな。そこに木材が積んであるだろう。乾燥さ
せてから使うもんなんだが、置く場所に失敗してな。あれなんかど
うだ﹂
声をかけるまで、オウム返ししてくるくらい浮ついていたドノヴ
ァンさんは、こちらが指示を仰ぐと、段々とはっきり返し、最後に
はこの機体が何を出来るのか、予想を立てるくらいまでになってい
た。
さっきまでは疑うような眼差しだったドノヴァンさんの目が、新
しいおもちゃを与えられた子供のように輝いている。
その期待に応えなければなるまい。
﹃解りました。では、作業中は危険なのでこれに近づかないでくだ
さい﹄
﹁わかった。おう! おめぇらも聞こえてたな! あれが動いてる
間は近づくんじゃねぇぞ!﹂
ドノヴァンさんが親方らしい怒鳴り声をあげる。その声に止めら
れ、今にも駆けだしてこちらに来そうだった工房の人間の動きが止
まる。やがて、わいわいと騒がしくも、ワーカーの動向を見守るよ
うな形に落ち着いた。作業が完全に止まっているが、ドノヴァンさ
んはそれ以上は声をあげず、黙って見ている。
さて、ギャラリーも良い感じで増えているので、ちゃちゃっと作
業を済ませよう。
ワーカーの目の前に積まれた大量の木材。正直、俺には重機もな
669
い世界でこの大きさのものをどうやってここに大量に積んだのか、
という感じだが、肉体強化を施した人間が数人で出来てしまうのだ
ろう。
﹃そっちに移動してくれ!﹄
﹃わかりました!﹄
ワーカーが木材を両手で抱え上げた時、ドノヴァンさんから声が
聞こえ、俺はとっさに返事をして、指示された通りに行動する。ド
ノヴァンさんの目は、子供のような目から、鋭いものへと代わり、
ワーカーの一挙手、一投足を見逃さんとでもいうように見ていた。
数分後、大量の木材を別の場所に積み終えた俺は、ワーカーから
降りる。その時には、すでにウィリアムとアレスがドノヴァンさん
と交渉を交わしており、かなりドノヴァンさんが熱くなっているよ
うだ。
ウィリアムとアレスががそれを宥めながら交渉しているのを横目
に、俺は何とか無事にこの交渉がまとまりそうな事に安堵した。
これで、望みへ一歩進める。
そんな事を重う片隅で、今回もまた、地味に資材を持ち上げただ
けのワーカーに、もっと大仕事をさせてやりたいもんだ、なんて考
えていた。
だが、大仕事の前に、別の物がやってきてしまう。
工房の交渉もまとまり、一気に五台もワーカーが売れ、巨人がい
る工房がある、と噂になった頃に、問題が発生したのだ。
その問題は俺たちのいる教室の扉をあけてこう言った。
﹁我が一族の秘術を盗んだ不届き者はどちらにいらっしゃいますの
!?﹂
670
第66話﹁決闘ですわ!﹂
﹁我が一族の秘術を盗んだ不届き者はどちらにいらっしゃいますの
!?﹂
そんな一声とともに、勢いよく教室の扉を開けて入ってきたのは、
いったいそれで何を穿とうというのか、と聞いてみたくなるような
見事なドリルな髪型の少女だった。
なんというドリル。あのドリルは天を突くドリ⋮⋮なんてアホな
事を一瞬考えていたら、そのドリルな髪をした少女と目があった。
俺と目があったその少女は、ただでさえ勝ち気な緑目が段々とつ
り上げ、こちらにずかずかと歩いて来たかと思うと、腕を振り上げ
て勢いよく振るった。
﹁!﹂
俺の頬を叩く、乾いた音がした。なんて事はなく、俺は振るわれ
た平手打ちを椅子に座ったままで半ば無意識に避ける。
仲間もいきなりな状況に唖然としているが、状況が全くわからな
いため、事の推移を見守っている。
﹁なぜ避けるんですの!﹂
﹁いや、普通初対面の人からの平手打ちなんて、避けるか怒るかの
2択だと思うけど﹂
とか言うのもあるのかもしれないが、普通避け
あえての3択目で平手を受けてからの、涙ながらに親父にも殴ら
れた事ないのに!
るか、避けようと努力する事だろう。こちらに非が思い当たらない
671
となれば尚更だ。
﹁盗人猛々しいとはこの事ですわ!﹂
全く人の話を聞かない様子のその少女に、俺は怒りを通り越して
呆れを覚えつつ答える。
﹁人のことを盗人呼ばわりするからには、その証拠となるものや、
証言者がいるって事だよね。まずはそれを聞こうか﹂
本当は面倒だったが、ちょっと丁寧に返しているのは、先の言葉、
我が秘術、という下りだった。秘術、なんて使われ方をするものに
心辺りがあるとすれば、魔法、魔術の事だろう、という予想は立て
られる。
そして、魔法、魔術の事であれば、向こうに正当性があるなら、
慰謝料の類は払っても良いと思っていた。
特許に関してはこの国には存在しないが、俺が使った技術によっ
て生計を立てているものがいるなら、別にそれを荒らしたいと思っ
ている訳ではない。それに、俺としては魔術やロボットといった技
我が一族の人形術はこの
術が広まれば良いので、すでに幾つか存在し、流通しているなら願
ったりかなったりだ。
﹁そんなもの、見なくても解りますわ!
国随一!﹂
そんなもの、見なくても。ほう。これで幾つか解った事がある。
この手の手合いには容赦不用。そして、人形、というからには何か
魔導甲冑の事でいいたい事があるのだろう。もう少し穏便な形や、
ちゃんとした交渉の場を用意されたなら、少しは考慮したかもしれ
ない。
672
が、こいつは見もしない俺のロボットを馬鹿にした訳だ。そうい
う事なら手加減するつもりはない。
﹁そんなもの、ね。たかだか人形ごときの術、盗むほどのものもな
いと思うけども﹂
も、もう一度言ってみなさい!﹂
全力で煽るような言葉に、目の前の少女の反応は劇的だった。
﹁!
﹁だから、たかが人形遊び。そんなものは必要としないし、使いは
しないよ。これまでも、これからもね﹂
向こうは顔を真っ赤にして怒っているが、こちらも丁寧っぽい口
調をしているだけで、内心はだいぶ頭に来ていた。再度振り上げら
れた彼女の平手を避けて、俺は立ち上がる。
﹁このような侮辱を受けたのは初めてですわ⋮⋮! 撤回しなさい
!﹂
避けられる事を理解したのか、ビシッと音がしそうな切れと勢い
で俺を指さし、彼女はそう言った。
﹁その言葉、鏡の前で言ったらいいよ﹂
﹁どこまでも人を馬鹿にして!﹂
﹁それも鏡の前で言ってね?﹂
もはや彼女の顔色は赤を通り越して青く見える程に、怒りのボル
テージが上がってきている。そして、最後の俺の一言でぷつりと何
かが切れたようだった。
673
﹁決闘ですわ!﹂
﹁え。いや、結構です。弱いもの虐めはカッコ悪いでしょ﹂
流石に決闘とか面倒だ。それに、決闘となると、一対一での戦闘、
というイメージがあるが、そうなったら俺の方が圧倒的に有利では
ないだろうか。別クラスだから良く知らないが、彼女はそんなに魔
法ないし、体術が得意なんだろうか。少なくとも体術は学年で共同
でやっているので、彼女は体術が不得手だろう、という予想はつく。
﹁当然ですわ! わたくしが勝てる訳ありませんもの﹂
﹁⋮⋮﹂
そこは当然なのかよ! と叫びたくなるのをぐっとこらえる。そ
して今日一番、彼女のドヤ顔にイラッとさせられるが、それも口を
閉じて堪えた。さすがに女の子に衝動的に手をあげたりしたくはな
い。一拍おいて、深呼吸を一つ挟んでから努めて冷静に口を開く。
﹁で、何の決闘をするって?﹂
﹁人形決闘ですわ。お互いが操る人形を使って、その優劣を競うの
ですわ﹂
﹁優劣ね。どんな優劣を競おうって?﹂
人形の、なんていうとイマイチぴんと来ないが。なんて思ってい
ると、それでいいのか、と思ってしまうような事を彼女は言い出し
た。
﹁もちろん、戦闘ですわ! 人形同士をぶつけ合い、その優劣を競
う伝統的な決闘ですの﹂
﹁伝統的⋮⋮﹂
674
そうなの? という意味を込めて、周りを見る。すると、俺の知
り合いにはその伝統を知るものは居ない、という事が解った。目線
の先では、仲間達が肩を竦めたり、首を振ったりしている。
﹁まぁ、戦闘、というなら、相手の人形が戦闘続行不能になるまで
叩けばいいんだ?﹂
﹁なんと野蛮な⋮⋮と言いたいところですが、簡単に言えば、そう
なりますわね﹂
まぁ、なら良いか。それなら願ったりである。何故ならこちらの
ロボットはほとんど戦闘用だし。ワーカーで決闘、おまけに戦闘以
外で、なんて言われてたらそれはそれで面倒だ。
﹁わかった。いいよそれで﹂
﹁⋮⋮随分あっさりと返事をなさいますのね﹂
﹁さっきも言ったけど、たかが人形に負けるようなものでは無いと
自負しているしね。解り易くていいよ﹂
思った事をそのまま言うと、言われた彼女はまた顔を赤くしてい
た。ついでに言うとプルプル震えているようだが、今回は手を上げ
たりしなかった。
﹁その強がりがいつまで持つのか、これから楽しみですわね!﹂
﹁負け惜しみなら、負けてから良いなよ?﹂
﹁∼っ!! ああいえば、こう⋮⋮! 良いですか! 三日期限を
あげます! それまでにせいぜいあなたの人形を最高の状態に調整
しておくんですのね!﹂
彼女はそう言い残し、結局名乗りもせずに立ち去ってしまった。
台風のような彼女を見送った俺は、一体何だったのだろうかと思
675
いつつ、面倒くさいイベントがやってきたな、と現実逃避気味に思
ったのだった。
﹁よかったの? 決闘なんか受けて﹂
﹁うーん。良いか悪いかで言うと微妙なんだけど、他にも同じよう
なのが居るなら、牽制にもできるかなと思って﹂
クリス達に、簡単にそう説明した俺は、自信があるとはいえ、万
が一に備えて全力で策を練り始めた。
翌日、自室に書類が送られてきた。
内容は、決闘には自作した人形を用いる事。その決着方法は、ど
ちらかの人形が、こちらの指示を従わなくなるか、先頭不能になる
まで破壊されたかを判断して行われる、という事。決闘を了承する
かどうかの最終的な確認と、決闘に負けた場合はこちらの非を認め、
慰謝料を払う事、またその持っている技術を引き渡すこと、という
旨が遠回しな表現で書かれていた。遠回しに言っており、書類の文
面上では解りづらいだけで、結局要求していることはヤ○ザみたい
なものか。と俺は呆れていた。
そもそも、慰謝料云々といってくるなら、どこそこに使っている
技術は私たちが開発したもので、その類似性がこちらの技術を不当
な流用をしているものではないか、と資料を寄越すのが先ではない
だろうか。
そして、相手は自分が負けるとは微塵も考えていないらしい。向
こうが負けた時の事は何も書かれていなかった。仕方ないので、こ
ちらが勝った場合は金輪際この件について関わらない事、こちらが
使用している技術は、そちらの秘術なるものとは違う事を決闘終了
後、一週間以内に公表する事などを書類に書き込む。
あ、ちなみに、金髪ドリルの子は名前をミラベル・アデライトと
676
言うらしい。差出人の名前と、昨日ウィリアムたちから聞いていた
名前に齟齬が無いかを確認し、こちらの要望を書き添えて書類を返
すことにした。
決闘前日、返答した書類について揉めたが、技術うんぬんは盗ん
だと言うならそちらが資料にまとめてから来い、という事を言うと
勢いがなくなったので、そのままミラベルに条件を飲ませ、誓約書
の原本を向こうに渡し、手書きの複製を手元に控える。
そんな事があって、のっけからテンションが上がらない決闘がス
タートする事になった。試合会場となるのは訓練にも使われるいつ
ものスペースで、見慣れた決闘場のようなその場所には、かなりの
人が集まっている。
そして、その中央で鎮座した金髪ドリルのミラベルが、高笑いを
していた。
﹁おほほほ! 良く逃げずに来ましたわね! 盗人さん!﹂
俺も観客の歓声と視線が集中するのに辟易しながら、中央にいる
ミラベルがいったが、反射的に俺は言い返していた。
﹁ほんと、盗人猛々しいとはよく言うよね﹂
﹁本当に、貴方という人は⋮⋮! その減らず口、叩けぬようにし
て差し上げますわ!﹂
それも鏡にでも言いなよと思ったが、ここで口論している時間が
惜しいと感じ、黙って先を促す。そんな俺の態度もミラベルは癪に
触っているらしいが、こちらとしては付き合ってあげているだけ感
謝して欲しい、という思いでいっぱいだった。
677
﹁まぁ、良いですわ。この決闘でどちらが正しいかはっきりと解る
のですから!﹂
どこからそんな自信がでるのだろう、というドヤ顔で、彼女は自
信満々にそう言った。
678
第66話﹁決闘ですわ!﹂︵後書き︶
お読みいただきありあがとうございます。
679
第67話﹁異世界のロボット?﹂
ミラベル・アデライドとの決闘の見届人は、マグナ学園長とライ
ナス先生に依頼した。
これでまぁ、不正を行う、というのは難しいだろう。短い期間し
か話していないから、ミラベルの性格は知らないと言っても過言で
はないが、何となく、そういう事をするタイプではないとは思って
いる。しかし、こういう事は何があるか解らないので、こちらも安
全と言える保険は欲しかった。
後で知ったことだが、決闘は学園に存在する制度らしく、見届け
人として教師が必ず付くようだ。決闘の内容も、俺が最初に言った
一対一のものから、代理を立てるものまで様々で、今回の人形決闘
というのは、代理決闘の変則的なものらしい。
まぁ、もし決闘で相手に大けがを負わせたり、万が一命を奪った
りしたら大変だからそんな措置なのだろうと思う。貴族相手とかだ
と、迷宮の事故のようなものと違って、こちらは未然に防げる可能
性があり、人為的なぶん、クレームも多そうだ。
なんて現実逃避をしていると、何故か満足そうにミラベルが、自
分の﹁人形﹂を自慢しだしていた。
﹁どうです。貴方のような盗人に、この人形を倒す事ができまして
!?﹂
ドヤ顔で宣言した彼女の後ろに控えるのは、一言で言えば、﹁石
の塊﹂だった。
ごつごつした大きな石や岩といったものが塊になり、人型の形状
の﹁人形﹂。全高は約4メートルで、マギア・ギアと比べても遜色
はない。だが、だが⋮⋮
680
﹁驚くのも無理はありませんわね。この巨体!そして見た目にも解
る頑丈さでは、並の人形では傷一つ付けられませんわ!﹂
﹁不細工だ﹂
俺は、震える声で、絞りだすようにそう言った。
﹁⋮⋮今、なんとおっしゃいました?﹂
﹁不細工だと言ったんだ! これが人形!? 石を積み上げただけ
の廃材と、俺のロボットを比べたのか!? 馬鹿にするのも大概に
しろ! ロボットどころか、まともな人形の形ですらないなんて⋮
⋮! ロボットが見れるかもしれない、とか一瞬思った俺の気持ち
を返せよ!﹂
気づけばそう叫んでいた。堰を切ったようにあふれ出てきたのは、
怒り。勝手に期待し、落胆しただけとはいえ、まさかこっちの技術
が云々とか言っていた人間が、それ以前のものを出してきたのだか
ら怒りが収まらない。
﹁⋮⋮! 吐き出した言葉はもう飲み込めませんわよ! 後悔なさ
い!﹂
石の巨人が突然動き出し、俺に腕らしき塊を振り上げてきたが、
俺はバックステップしてそれを躱す。
﹁こ、これ! まだ開始の合図すらしておらんと言うのに!﹂
﹁構いませんよ、学園長。大した手間は取らせませんから﹂
突然始まった決闘の、その開始の合図がわりに、俺は指を打ち鳴
らす。
681
それを合図に俺の背後に爆発音と煙幕が辺りを包む。俺は、煙に
隠れて魔術を展開し、マギア・ギアを呼び出した。素早く乗り込み、
魔力接続を使って機体とのパスを繋ぐ。
煙幕が晴れた決闘場の中央には、膝をついた巨人が鎮座していた。
﹁⋮⋮なっ!?﹂
﹃手加減なんてしないから、そのつもりでいてくれ。この怒りが収
まるくらいには、せいぜい耐えてくれよ?﹄
◆◇◆◇◆◇
それは数日前の出来事でした。私は本家からの手紙を読み、わな
ないておりました。
私、ミラベル・アデライドは、人形使いと呼ばれる一族の者です。
過去の戦の功績から、貴族を名乗る事を許されておりますが、同じ
貴族の中にも、たかが人形を操る卑屈もの、と我らを馬鹿にするも
のもいます。
しかし、私はそれに対して、常に胸を張って堂々としておりまし
た。言わせたい奴には、言わせておけばよい。そのようにも思って
おります。その思いを裏打ちさせるのは、我が一族に伝わる秘術が、
他のどの魔法にも負けないと自負していたからです。
我々が操る秘術は、ゴーレムクリエイトと呼ばれるもので、魔力
によって物質と己を繋ぎ、仮初の命を与え、己の僕として扱う技術。
かつてこの技術を扱う創始者は、人と見紛うような人形を扱えたよ
うですが、今の我々は世代を重ね、より戦闘に特化したゴーレムを
扱っております。いつか、私も力を付け、そのような人に近い人形
を扱ってみたいものです。やはり人形は愛でるもの。今は力が必要、
と割り切っておりますが、本来であれば、もっと可愛らしかったり、
682
美しかったりと、芸術的なものをこの手で作り、動かしてみたいと
いう思いがあります。
おほん。今はそのような夢はいいのです。我が一族、戦闘ゴーレ
ムについてです。全身石のボディは、生半可な剣も魔法も通じませ
ん。一度戦場に放たれれば、支配級の魔物と同等、いえそれ以上の
脅威を相手に与える魔法人形。我々一族は、その力でもって、貴族
として認められております。そんな我ら一族は変わり者と言われる
ような一族で、他者には寛容、言い方を変えると関心が薄い、と言
えるような一族ではありますが、黙っていられない事があります。
我が一族の秘術を持ち出し、我が物顔でいるという平民がいると。
本家からのその手紙を受け、手紙を届けた我が家の侍女に詳細を聞
いた私は、頭にカッと血が上り、居てもたってもいられず、その人
物の元に向かいました。
その平民の、なんと盗人猛々しいことでしょう! 私を前にして、
悪びれる様子もなく、減らず口を叩いてくるその様子に、私はまた
カッとなる思いでした。実際、淑女としては恥ずかしい事に、手を
上げてしまいましたが、私の平手打ちは虚しく空を切ってしまいま
した。男子たるもの、自分の非を認め、男らしく受けるべきではな
いでしょうか? 私はその態度にも非常に腹が立ちました。
気が付けば、私は彼に決闘を言い渡しており、多少の後悔があっ
たものの、カッかしたまま自室に戻りました。自室に戻った私は、
侍女から良い香りのするお茶をいただき、少しカッかしていた気持
ちが、溶けるように落ち着いたのを感じたあと、眠りにつきました。
眠る直前、うつらうつらしている私に、侍女が何か言っていたよう
な気もしますが、疲れていたのか、私は心地よい眠気に身をゆだね
ました。
683
決闘についての書類を渡した後、詳細を詰めるために彼と話しま
したが、その時もカッとなった気がします。うろ覚えなのは、余り
に怒りを覚えたからでしょう。侍女の言葉で決闘後の処理について
了承して、リラックスできるようにと侍女からまたお茶を貰ってゆ
っくりし、決闘に備えました。
それから決闘が正式に学園に受理され、私は決闘場に向かいまし
た。多くの観客がいますが、気にはなりません。むしろ、私の正当
性がより多くの人間に伝わるのであれば、それは良い事でありまし
ょう。
私に少し遅れて入ってきた彼は、目を見開いて私のゴーレムを見
ておりました。その驚いている様子に、私は気を良くしましたが、
この決闘はもう止めることなどできません。
目の前で震えながら、ゴーレムを見上げる平民の彼もこれで解っ
た事でしょうね。
確か││アルドさんと言いましたか。我が一族の秘術をどのよう
にして知ったのか知りませんが、人形に目を付けたというのは感心
です。ですが、相手が悪かったですね。
﹁驚くのも無理はありませんわね。この巨体!そして見た目にも解
る頑丈さでは、並の人形では傷一つ付けられませんわ!﹂
私は勝利を確信しながら、宣言すると、彼はぽつりと、諦めと落
胆と、憎悪が籠ったような掠れた声を出しました。
﹁不細工だ﹂
私は耳を疑いました。
﹁⋮⋮今、なんとおっしゃいました?﹂
684
﹁不細工だと言ったんだ! これが人形!? 石を積み上げただけ
の廃材と、俺のロボットを比べたのか!? 馬鹿にするのも大概に
しろ! ロボットどころか、まともな人形の形ですらないなんて⋮
⋮! ロボットが見れるかもしれない、とか一瞬思った俺の気持ち
を返せよ!﹂
少し意味が解らない単語が混じっておりましたが、自分が丹精込
めて作り上げた人形が馬鹿にされたことだけは解りました。不細工
だなんて! これは無駄なデザインをそぎ落とした、機能美だとい
うのに!
﹁⋮⋮! 吐き出した言葉はもう飲み込めませんわよ! 後悔なさ
い!﹂
カッと昇った頭の奥で、コノ不届きもノにシを下さねばならない、
そんな言葉が割れるような痛みと共に発せられます。私は怒りと、
その衝動に突き動かされながらゴーレムに繋いだパスを使って命令
をくだしました。
彼は私のゴーレムの攻撃を軽やかに避けてみせると、指を鳴らし
ます。
一瞬、彼の指が爆音を放ったと勘違いするような大きな音共に煙
が噴き出し、辺りを包みます。周りが見えず、どうなったのか解ら
ない。やがて、煙が晴れると、私の目の前に
まるで、騎士を思わせるような全身甲冑を来た巨人。いえ。違う。
普段から人形に触れる私には何となく解ります。あれは、巨人など
ではありません。人形、とも少し違う。作られたモノであると。
﹁⋮⋮なっ!?﹂
685
今度は私が驚かされる番でした。優雅、とすら表現できるような
動きで、ゆっくりと立ち上がる巨人に、思わず見惚れます。
また美しさだけでなく、武装したその姿には敵を威圧する迫力も
あります。私の操るゴーレムは、手先をうまく制御できないために
武器の類をもっておりませんが、目の前の巨大騎士は、巨大な剣と
盾を持っており、あれが振るわれたらと想像するだけで、背筋が凍
ります。
﹃手加減なんてしないから、そのつもりでいてくれ。この怒りが収
まるくらいには、せいぜい耐えてくれよ?﹄
どこからともなく、彼の声が聞こえてきました。恐らく、あの巨
人の中から。あの巨人は恐ろしい事に、人が乗って操作する巨大な
人形であるようなのです。いったいどんな魔法を使えばそのような
事ができるのか、想像すらできません。
そして、彼が先ほど言った傲慢とも思える言葉が、嘘や虚栄でな
く、ただただ真実を口にしたのだという事を、私はこの後すぐに理
解しました。
ゴーレムに迫る巨大騎士。さながら演劇のワンシーンのような動
きでゴーレムに肉薄します。私の操るゴーレムは、相手に比べると
幼子のような遅々とした動きでそれに対応しようとしますが、闇雲
に伸ばされたその腕は、巨大騎士が下から振るった剣によって切り
飛ばされてしまいます。
それでも必死にゴーレムを動かし、攻撃に転じようとしますが、
残った腕が振るわれた先には、巨大騎士はもういませんでした。
︵なんて動きなんでしょう⋮⋮!︶
私はその動きをみて、敵ながら感動し、心が踊るのを感じました。
686
人形を動かす度に、人との動きの差異に悩み、ああでもない、こう
でもないなどと思っていましたが、そんな次元にない動き。まるで
人間。本当に巨人が鎧を着ているのではないかと疑ってしまいます
が、動くたびに聞こえる軋みやこすれるような金属音が、中にそん
なものが居ないと伝えてきます。
言ってみれば、これは私が追い求めていた理想形。それを目の当
たりにして、心が躍らない事がありましょうか。
そう思うと、さっきまで怒りを感じていた私の胸に、彼に対する
畏敬の念が生まれております。そして、自分の恥ずかしい勘違いか
ら始まった決闘を、早く止めて謝ってしまいたい、と思う気持ちと、
もう少し、この心躍る時間を堪能したい、という我儘な気持ちが生
まれます。
︵身勝手なものですわ⋮⋮ですが、身勝手だからこそ、落胆させた
まま終わらせてはいけないというもの!︶
私は気持ちを入れ直し、魔力を集中させ、ゴーレムを操ります。
これまで味わった事もない、深い接続に頭が悲鳴をあげ、この身が
自分の身体なのか、ゴーレムの身体か解らなくなったころには、ゴ
ーレムはあちこちを大剣で削られ、元よりも何割か小さくなってし
まっておりました。
もう、長くゴーレムを操っていることができない⋮⋮楽しい時間
が過ぎ去ってゆく寂しさを覚えながら、私は額に噴き出た汗を手の
甲で拭いました。
﹁これが最後です!﹂
これまでの私という個人の集大成。それは功を成し、ゴーレムに
蓄え続けた魔力が爆発的に膨れ、残った四肢を動かしました。ゴー
687
レムは、これまでの動きが嘘のような滑らかさで体当たりをけしか
けました。
それでも、避ける事もできただろうに、巨大騎士は私のゴーレム
を盾で受け止め、その盾を強引に押し返してゴーレムを弾き飛ばし
たかと思うと、その盾をゴーレムに叩きつけました。
轟音。見れば、ゴーレムは盾から突き出した太い槍のようなもの
で胸部を貫かれ、核となっていた術式を潰されておりました。パス
から帰ってくる負荷が消えると、私も立っているだけの力がなく、
その場に崩れ、巨人をただ見上げておりました。
﹁これが、彼の人形、ロボット⋮⋮?﹂
私は、清々しい思いで敗北を学園長に宣言しました。もちろん、
悔しさはありましたが、それを含めても素晴らしい体験であった事
には違いなく、私は、己の過ちを彼に謝ろうと決意したのでした。
688
第67話﹁異世界のロボット?﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
今日は祝日で夕方にはこれを書きおわって、予約投稿した⋮⋮とい
う夢をみたんだ。
689
第68話﹁決闘が終わって﹂
﹁これはどういう状況なんだ﹂
と、頭を抱えたくなりながら、俺はそう言った。
頭を抱えたい状況で、そうしないでいるのは、現在マギア・ギア
のコクピット内におり、自分の身体をこう動かしたい! という思
考が魔力接続の魔術によって機体にフィードバックされ機体をその
ように動かしてしまう恐れがあるからだ。
しかし、このままでいる事も出来ないため、俺は状況の打開を
求めて言葉を発した。
﹁そろそろ、頭をあげない?﹂
﹃いいえ、あげませんわ! 私の非礼をきちんとお詫びするまでは
!﹄
機体の視覚情報の先では、決闘の相手││ミラベルが土下座して
いる。
敵の人形││RPGとかのゲームでよく見るような、ゴーレムみ
たいなものをボロクソに負かせた後、突然ミラベルが先ほどまでの
態度を改め、土下座を始めたのだ。
謝られているとはいえ、俺の心は全く晴れない。いや、これまで
の会話で嫌に感じた部分はもうないのだ。何故ならさっきゴーレム
を負かせた時に晴らしてしまったので。今一番晴れない気持ちでい
る原因が、目の前の土下座だったりする。
別にそんなものは求めてない、っていうのが本音だし、衆人環視
の中で土下座をさせている︵ように見える︶状況は、とっても勘弁
してほしい状況だった。
690
﹁いや、うん。その誠意は受け取ったよ﹂
﹃なりませんわ! この程度では謝罪に含まれませんもの!﹄
いや、なんでそれをそっちが決めるんだよ! と俺は思った。謝
ってくれては居るが、結局話を聞いてくれないのは変わらない。そ
ういう意味では何も進展がないので、非常に面倒だ。あるいはそう
いう風に思わせ、相手に辟易させ、決闘に負けた分を帳消しにでき
ないまでも、無理な要求を提示させないような何らかの策略⋮⋮!
と思ったりしたが
﹃私が間違っておりました⋮⋮貴方の、アルドさんの技術力には大
変感服いたしました!﹄
顔をあげ、そんな風にキラキラした目で言われてしまうと、悪い
気はしない。おまけに、こんな純真な瞳をした子を疑うのか? な
んて思いも多少でてしまう。これで本当に演技だとしたら、俺は女
性というものが全体的に信頼できなくなる自信がある。
﹁わかった、わかったよ。その話は後でしよう。今は取りあえず、
決闘が俺の勝ちって事で終わりでいい?﹂
﹃はい!﹄
それだけ確認を取り、俺はマギア・ギアから降りる。
先程降参もしたことも合わせ、見届け人である学園長に確認を取
り、学園長が俺の勝利を宣言した事で、この決闘は終わりとなった。
観客も最後のミラベルの様子に困惑していたが、決闘の終了が宣
言されるにつれてだんだんと解散していく。解散していく観客の話
題は、さっきまでの迫力のある巨大な人型の戦闘のようで、興奮冷
691
めやらぬ様子だ。
あまり、戦闘マシンだ、という印象を持たせたくはなかったが、
なってしまったものは仕方ない。ワーカーの他に、もっと生活に密
着できるようなロボットの開発を急ぐべきかもしれない。
技術が広まれば、それは遅かれ早かれ軍事と密接する。むしろ、
軍事利用目的で開発されたものが、民間の生活用の技術に流用され
る事が多いくらいなのだから、避けては通れない道だろう。
せめて、そうなる日がくるまでに、出来ることをしないと。
過ぎてしまった事はしょうがない、と俺は気分を切り替え、自室
に戻る事にした。
◆◇◆◇◆◇
﹁本当にすみませんでした!﹂
﹁それはもう良いんだって。俺も煽るような事を言った訳だし﹂
﹁いえ、あれ程の技術があるならば、私の扱う人形術を子ども扱い
するのも道理ですわ! それに気付けなかった私のなんと愚かな事
か⋮⋮!﹂
自室に戻ってすぐ、もう会わないだろうと思っていたミラベルが、
再び頭を下げてきた。廊下で頭を下げられると非常に面倒だったの
で、自室に入れようかとも思ったが、部屋に入れたくない、関わり
たくないという思いが強く、かといってあのまま無視すれば、男子
寮の俺の自室の前でずっと土下座をしそうな勢いであったので、仕
方なく、俺とミラベルは談話室の一つにいる。
そして、談話室に来た彼女はずっとこんな感じだった。やたらと
俺の事を持ち上げてくるのがこそばゆい思いだが、決闘前は貶して
来てただろうに、とそのちぐはぐな行動に違和感を覚えていた。
こちらとしては、決闘でその辺りを解決できたと考えているので、
692
どうでもよかったのだが、いつまでも話をやめない彼女の話を切る
ために、その事について聞いてみる事にした。
﹁確かに決闘で、戦闘面においては優れていると証明した訳だけど。
あれだけ自信満々にしていたのに、どういう風の吹き回しなんだ?﹂
戦闘以外だったら、また何か違う結末だったかもしれない。そん
な思いもあって、俺は彼女にそう聞いてみた。
﹁あ、あれは⋮⋮その。私にもよく解らないのです。そうしなけれ
ばいけない、と思っていたのですが⋮⋮﹂
﹁はぁ?﹂
曖昧な答えに、つい間の抜けた返事を返してしまう。ふざけてい
るのかとも思ったが、彼女は本気で困惑しているようにも見える。
だとすれば、あの決闘にはいったい何があったというのか。
﹁侍女から本家の手紙を受け取りまして、我が家の秘術を盗んだ者
がいると。侍女からも話を聞き、カッとなったことまでは覚えてい
るのですが⋮⋮﹂
なんだそれ。俺はもっと詳しく話を聞こうとしたところで、ふと
人影が目に入り、押し黙る。
﹁お嬢様﹂
静かに、鋭い声が俺たちの間に割って入る。
見ると、メイド服を着た女性が談話質の入り口に立っていた。目
立ったような特徴もないが、手が加えられたかのように整えられた
容姿をした女性。俺は、驚きが顔にでないように繕うので精一杯だ
693
った。
貴族の生徒の中には、侍女を自室に待機させるものもいる。そこ
までする貴族があまりいないので、数は少ないが、絶対にないわけ
ではない。だが、俺はそんな事に驚いた訳ではない。何時からそこ
にいたのか? そして目の前に立っているというのに、人間らしい
気配が一切しない。どこか虚ろに見えるその瞳が、俺とミラベルを
見下ろしている。そこに、言い知れぬ不快感と警戒心を覚えた。
﹁もう少し上手くできるかと思いましたが⋮⋮やはり期待外れでし
たか﹂
﹁何を言って⋮⋮﹂
と、俺はそれ以上の言葉を飲み込んだ。気づけば、ミラベルがが
たがたと震え、侍女の方を見ていたからだ。
﹁あ、ああぁ⋮⋮お母さま、お許しください、わた、私は⋮⋮﹂
﹁言い訳はいいのです。奥様は使えぬ駒は処分せよ、とおっしゃっ
ております﹂
侍女に向かって、母と言っていたが、侍女はミラベルの母親、と
いうにはあまりに似ていない。それに、侍女は奥様、という事もい
っていたので、侍女の後ろにはミラベルの母親がいる、という事だ
ろうか。
それにしても、胸糞が悪い話だった。娘が駒で、処分しろ、と?
本気でそんな事をいっているのだろうか。
﹁最後は苦しまずに、というのが奥様の優しさでございます﹂
機械的な動作で、スカートの奥からナイフを取り出した侍女が、
それを素早く投擲した。
694
﹁何、してるっ!?﹂
咄嗟に、ミラベルに向かって飛翔するナイフを、雑談室の机に置
きっぱなしになっていたインク壺で迎撃する。ぱりん、と壺が割れ
る音と、残っていたインクが、血糊のように飛び散り辺りを汚した。
﹁きゃっ﹂
飛び散った壺の破片とインクに驚いたミラベルが小さく悲鳴をあ
げ、恐ろしいものを見るように侍女を見つめる。侍女は使える主で
ある筈の少女にナイフを投げたというのに、その顔になんの表情も
乗せぬまま、ただ無機質にミラベルを見つめていた。
﹁邪魔をしないでください。貴方の相手はお嬢様を処分した後にし
てあげます﹂
処分という言葉に、ミラベルが震えた。俺は相手には答えず、最
大限警戒しながらその動きを見る。相手は本気だった。
﹁そんな時間、あるのかよ? ここでこんな大それた事をすれば、
すぐに人が来る﹂
談話室なんて目立つ所で襲撃なんてイカれてる⋮⋮とそこまで考え
た所で、俺たち以外の人影が居ない、という事に気付いた。
﹁これは⋮⋮結界か⋮⋮!?﹂
﹁それに気付ける程度の力量がありますか。やはり貴方は危険な様
子。先に貴方を片付けるとしましょう﹂
695
これから部屋の掃除を始めます。というくらい事務的で軽い死刑
宣告。立ち上がりながら、俺は刀を手元に展開し、叫んだ。
﹁そう簡単に、させるか!﹂
その言葉を皮切りに、俺と侍女が同時に動いた。侍女は先ほどと
同じように2本のナイフを両手に取り出し、俺に向かって切りかか
ってきた。鋭いが、単調な攻撃。こちらの攻撃の方が圧倒的に早い。
脅しの意味も込めて、侍女に向かって刀を振るう。
侍女の目がその刀の軌道を追う。しかし、一瞬視界に捉えただけ
で侍女は俺の刀を意に介さず、刀の軌道に向かってそのまま突進し
てくる。持っているナイフで刀を防御しようともしない。
﹁っ!﹂
その動きに焦ったのは俺だった。このままだと肩口からバッサリ
と侍女を切る事になる。咄嗟に刀を峰に返し、突っ込んでくる侍女
に叩きつけた。
固い感触。肉や骨を打つ感覚ではなく、もっと固い何か。手に返
ってくる衝撃も、随分と重い手応えだ。
﹁く⋮⋮﹂
尋常でないその衝撃に驚いている暇はなかった。常人なら骨の1
本2本折ってもおかしくない一撃だったというのに、刀を肩に受け
た侍女は、そのまま痛みに怯んだ様子も見せず、ナイフを突き出し
てきたのだ。
俺は突き出されたナイフを身体を強引に捻って躱す。左胸を正確
に狙ったその突きに肝が冷える。2撃目を繰り出そうとしている相
696
手の腹に前蹴りを入れて下がらせ、俺は刀を構えなおした。
さっきの一撃、完全に躱したと思ったが、制服が裂かれてしまっ
ていた。あと一瞬でも遅れていれば、と嫌な想像が脳裏に浮かぶ。
今の一瞬で上がった息を整えて、俺は今度は自分から攻める事にし
た。
侍女が迎撃のため、再びナイフを突き出す。
﹁ふっ⋮⋮!﹂
ナイフを避け、今度振るった刀は峰でなく刃のまま。確かめたい
ことがあったからだ。侍女は俺の狙いに気付き、腕を引こうとした
がもう遅い。
キンッ! と澄んだ、甲高い音がした。およそ人間を切ったとは
思えない手応え。切り落とした侍女の腕からは、血の一滴も流れて
いない。
﹁お前⋮⋮人形か﹂
697
第69話﹁ミラベルの事情﹂
人形である侍女は、俺の問いには答えず、代わりにナイフを突き
だしてきた。刀で弾く。返す刀で一撃いれてやろうと動くが、察知
した人形が、刀を躱す。
自分の身を守ろうという動き、というより、任務に支障があるた
め躱した、という感じの動きに、やっかいだという思いが強くなる。
﹁に、人形⋮⋮﹂
侍女が人形だという真実は、ミラベルも知らなかったらしい。
確かに精巧に出来てはいたが、人形と言われると、さっき気配を
極端に感じなかったなど、納得できるような点もある。
ミラベルが気づけなかったのは、そもそもあれほどまでに人間の
ように見え、動く人形がない、という前提がこの世界にあるのと、
簡単には気づかせないように、魔法による偽装がされていた可能性
が高い。
身内にすらそれを気づかせないという事は、それだけ実力のあ
る術者が背後にいる、という事だろう。
﹁事情を知られたからには、ますます生かして置くことはできませ
んね﹂
﹁人形だって解れば、もう手加減は要らないな!﹂
相手が人形だと解り、刀を鞘に納めた俺は、一切の手加減をしな
いことに決めた。
698
﹁諦めましたか!?﹂
無防備だと見て、人形が声をあげる。手加減をしない、とさっき
言ったじゃないか。とすれば、人間ならばそれは罠だと警戒するも
のもいるだろう。実力あらばそれでも押し入ると考えるかもしれな
い。人形はどちらなのか、再度真っ直ぐに、俺の間合いに踏み込ん
だ。
迫る人形を前に、俺はギリギリまで間合いを図り、人の形をして
いる人形が、構造上回避も防御も難しいタイミングを見計らって、
技を放つ。
﹁︽轟一閃︾﹂
銀光が斜めに走り、およそ刀が振るわれたと思えないような轟音
が、その尾を引くように狭い談話室に響き渡る。
人形は反応しきれないのか、そのままナイフを突き出してきたが、
それを持っていた腕と胴体ごと、刀が人形を切断し、人形は支えを
失い倒れ始めた。
﹁な⋮⋮﹂
表情のない人形が、一瞬呆けるような声をあげた。無機質な、作
り物であろう瞳が、信じられないとでも言うように宙を舞う自身の
腕と、ナイフを見ている。
どさり、と重たい音を立てて人形が崩れ墜ちる。血肉が飛び散っ
たりしないので、生々しさは無いが、人の形をしたものがばらばら
になっているために不快感があった。
﹁うっ⋮⋮﹂
699
ミラベルには刺激が強かったらしく、真っ青になって人形を見つ
めている。俺は刀を鞘に納めてから額を拭った。
﹁勝てませんか。わたしでは﹂
﹁こっちもそれなりに修練は積んでるんだ。素人に毛が生えたくら
いの相手に負けはしないよ﹂
実際は素人に毛が生えた、なんて生優しいレベルではなかったが。
全く防御を意に介さない攻撃がこれほど恐ろしいと思わなかった。
中途半端な攻撃では止められず、相手は怯みもせずに突進をかける。
こっちも黒騎士さんの操作をする時は、そういった事を考慮すべき
だろう、と考えさせられた。
もう四肢もないためろくに動く事もできないだろうが、それでも
何をしてくるか解らないために、核を見つけてとどめを刺してやろ
う、と思い近づいた所で、人形は再び声をあげた。
﹁しかし、任務の遂行には支障ありません﹂
﹁なっ﹂
人形の内部から急激に魔力が高まり、視界を真っ白に埋め尽くす。
その一瞬後、談話室から爆発音が響き渡った。
◆◇◆◇◆◇
﹁それでこんな風になった、っていうんですか﹂
不機嫌そうなオリヴィアが、談話室を見回しながら言った。正確
には、元談話室だろうか。人形が機能を停止する最後の一瞬、己の
700
動力となっている魔力を暴走させ、自爆を試みた。こちらは慌てて
防御用の術式を展開し、標的とされたミラベルも俺も事なきを得た、
という所だった。
オリヴィアが不機嫌なのは、決闘までした相手に不用意に会って
いたうえ、襲撃まで受けた俺の間抜けさに対して怒っているようだ。
﹁怒ってくれるのは嬉しいけど⋮⋮。それくらいにしてよ。こうし
て怪我はなかったんだし﹂
そういって非難の目を向けるオリヴィアを宥めようとしたが、そ
れどころか眉を吊り上げ、ますます不機嫌になり、怒り出した。
﹁反省してないようですね⋮⋮﹂
﹁うっ⋮⋮いや、反省はしてるよ﹂
﹁本当ですかね⋮⋮﹂
﹁ほ、ほら! ここもいつまでも封鎖できないし! さくっと修復
して戻ろうか!﹂
﹁そうですね。このお話はゆっくりといたしましょうか﹂
ゆっくりと、の辺りを強調され、下手に逃げられない事を悟った
俺は、肩を落としながら壊れたものを調度品や壁の一部を簡易魔導
炉の中に入れていく。
今現在、ここには俺、オリヴィア、ミラベルしかいない。理由は、
談話室近かくにおり、異変に││結界が張られている、という事に
││気付けたのがオリヴィアで、更に、人形の自爆でも他者から隠
蔽を行っていた結界を壊さずに入ってこれたのが彼女だけだったか
らだ。他のメンツは、一応結界近くに人が来て不審がられないよう
に監視して貰っていた。
そんな状況なので、一応今は見逃して貰えるらしい。
先を思うと気が重かったが、手を止めると目の前の惨状はそのま
701
まで、これが誰かにばれて騒ぎになると思うとさらに気が思かった。
俺は切り替えて、作業に集中する事にした。途中、オリヴィアには
簡易魔導炉の使い方をレクチャーし、≪物質整形≫の魔術を覚えて
もらう。
﹁こんな形⋮⋮でしたっけ?﹂
﹁うーん。こうかな﹂
オリヴィアが眉を顰めながら指さしたのは自分で再現した壊れた
燭台だった。ぱっと見、確かにそれ程問題なさそうに見えるが、魔
力演算領域内に確保していた記憶を漁ると、三本の蝋燭を立てられ
る台座部分の、左右についていた装飾の形が逆になっていた。
俺は自分担当の壁を直しながら、その燭台を直してオリヴィアに
見せる。
﹁なるほど⋮⋮﹂
そんなこんなで作業をしながら、2人で作業を進めていった。途
中、放心状態から戻ったミラベルが手伝いがしたいと言ってきたが、
オリヴィアは警戒心も露わに威嚇しており、作業どころではなさそ
うなので、休むように言っておいた。作業自体が特殊なので、手伝
ってもらおうにも手伝える部分もない、というのもあったが。
2時間程して、元通りになった談話室をみて、安堵の息を吐く。
取りあえず表面上は問題なさそうだ。新築のようにいやに綺麗にな
ってる床や、爆発によって粉々になり、簡易魔導炉の中に入れてい
た適当なもので補完したため、見た目同じだが全く別物、というよ
うな調度品ができてしまっているが、これは仕方ないだろう。新築
っぽくなってしまった床はカーペットで隠し、調度品は汚れ加工を
施してそのまま置いておいた。人間、そこまで注意を払っている奴
702
は少ない。と図らずも実証されたし、そう思っておきたい。
日も暮れてきたので、直した燭台に火を灯し、結界を解除する。
﹁あ、終わったんだ?﹂
﹁やっとね⋮⋮疲れた﹂
そう言って談話室に入ってきたクリスにそう返す。オリヴィアも
終わったらお説教! という姿勢を維持できず、今は疲れたように
直したソファに座っていた。ミラベルはその横に、離れて委縮して
状態で座っている。
何はともあれ、オリヴィアが大人しいのは好都合だ。このままう
やむやにしてしまえれば、などと言う幻想は一撃で打ち砕かれた。
﹁さて、それじゃあ話を聞かせて貰いましょうか﹂
﹁ではアルドさんは私と。こちらでゆっくりとお話しいたしましょ
う?﹂
クリスはミラベルに、オリヴィアは俺に向かって。咄嗟に、助け
て欲しいという視線をグラントやアレス、ウィリアムに送ったが、
グラントは視線が合うや否や高速で逸らし、アレスは済まなそうな、
同情するような視線を送っだけだった。ウィリアムに至っては、
﹁うん。もう出来る事もなさそうなら、後はお任せしてもいいかな
? 僕らは一度部屋に戻るよ﹂
と言っていの一番に撤退した。薄情ものめ! オリヴィアとクリ
スは些末事だというように、彼らが部屋に戻るのを許可し、俺はそ
れを恨みがましい目でいつまでも見ていた。え、フィオナはどうし
たって? 彼女はクリスの後ろに居ますよ。彼女は変に絡んで来た
りせず、中立を保っている。しかし、結構非難するようにこっちを
703
見ているので、潜在的な敵というか、今は中立、という立場に思わ
れる。
あ、これダメな奴だ。咄嗟に、逃げる場所がないかと視線を巡ら
せると、がしっと肩に手を掴まれる。
﹁どこへ、行こうというんですか?﹂
思わず、ひっ、と声が漏れたのは仕方ないと思いたい。後ろに修
羅が見えるようなオリヴィアのその笑顔。
そこから俺とミラベルにとっては長いOHANASIタイムが始
まったのは言うまでもないだろう。
◆◇◆◇◆◇
﹁やっと、やっと終わった⋮⋮﹂
﹁はい⋮⋮ようやく終わりましたわ⋮⋮﹂
俺とミラベルは揃ってため息をついた。つい先刻までは決闘まで
した相手だったというのに、今ではいくつかの戦場を潜り抜けてき
た戦友かのような、そんな奇妙な連携感がある。
夜も随分と良い時間になっていた。本来であれば、俺とオリヴィ
アが話をし、クリスがミラベルの事情を聴き、俺はついでに説教を
受けるくらいで済んだのだが、途中、夕食も持ち込んだ程の長丁場
になったのは訳がある。
﹁絶っっっ対に許せませんっ!﹂
主に、こう叫んでいる彼女のせいで。
そう憤っているのはオリヴィアだ。なぜ彼女がこうも怒っている
のかをかいつまんで説明すると、ミラベルの事情に同情したオリヴ
704
ィアが怒り心頭になっているという状況。
もう少し詳しく説明しよう。まずは決闘騒ぎの経緯から。
ミラベルは侍女人形に操られていた、というのが確定らしい。よ
り正確に言えば、侍女人形のバックにいるであろう、ミラベルの実
家に、という事になるが。ミラベル家は人形を使って戦果をあげ、
それを認められて貴族となった中級の貴族らしいのだが、他とは異
様な戦い方からあまり貴族内で認められていないらしい。
最近は武功を立てられるような戦争もなく、それで今回俺に難癖
を付け、未知である技術を奪えないか、と画策しての事だったらし
い。やり方が杜撰であったのは、ミラベルが思考を誘導された結果
暴走したのと、そもそも成功してもしなくてもよい、という投げや
りな部分があるらしい。
﹁でもさ、なんでそんな事に?﹂
﹁私は、アデライド家の中ではそれほど優れている訳ではないので
⋮⋮﹂
彼女の実家での地位は、かなり低いらしい。なんでも、両親とも
に魔法に秀で、その中でも直系である母が歴代でも指折りの実力者
であると。その母に常に比べられることで、ミラベルは家で肩身の
狭い思いをしていたらしい。
﹁あの石のゴーレムが? 確かに酷い事をいったけど、用途がしっ
かりしてれば優れた術だと思うけど﹂
決闘では廃材とまで言ってしまったミラベルのゴーレムであった
が、実はそこまで過少評価はしていない。あれは単純に自分のロボ
ットと比べて作りが稚拙だったからああ言ったまでだ。強度その他
ではむしろ、マギア・ギアを上回る部分はあり、俺はそう言った部
705
分では優れた人形である、と思っている。特に、戦闘のような限定
条件下であっては。
それに、生身であのゴーレムを相手にしていたならばもっと苦戦
しただろうと思う。何故なら魔力を帯びたあれだけの質量を持った
石材で出来ているので、自分の刀で切りつけた所で、傷をつけるの
が精々、といったところで魔術で全て吹き飛ばすには魔力が足りな
い、という強敵必至の相手だったのは間違いない。
﹁⋮⋮あ、ありがとうございます。ですが、母は身内のひいき目に
見ても、優れております。アルドさんのゴーレム││マギア・ギア
でしたか。母のゴーレムはあれに匹敵すると思うのですわ﹂
マジか。いや、戦闘力って意味でなら上を見ると生身でマギア・
ギアを破壊で出来そうな人間は居そうなので、そういう意味では驚
きは少ないが、人形、という視点でマギア・ギアを上回るというの
はちょっと驚く。
﹁しかし、そんな事で我が子を捨て駒のように扱うのですか!?﹂
と、オリヴィアがまた再燃してしまったようだ。そして、俺も彼
女の気持ちには同意できる。
オリヴィアはミラベルに対する理不尽ともいえるような立場が気
に入らない。自分も貴族であるから、政略結婚のような、﹁駒﹂の
ような扱われ方もあるだろうと考えてはいたらしいが、それでもま
だ、政略結婚には人としての営みがあり、道具のように結婚したと
はいえ、幸せな家庭を選べる可能性もある。
それに対して、ミラベルは完全な捨て駒扱いだ。道具のように使
われたあげく、今回、仮に成功していたところで、別の場所で、別
の問題で使い潰されていたのがオチだろう。ミラベルの話を聞くに
つれ、そんな内容にオリヴィアの怒りゲージが溜まっていく。
706
﹁こうなったら、私に考えがあります﹂
﹁えっと。聞きたいような、聞きたくないような﹂
完璧な笑顔を浮かべるオリヴィアに、俺はひきつった笑みを返す。
﹁聞きたいですか? 聞きたいですよね? どんな考えかと言いま
すと││﹂
語られた内容は、やはり聞きたくないようなものだった、とだけ
言っておこうか。
707
第70話﹁言い掛かりには言い掛かり﹂
﹁何? 失敗しただと﹂
アデライド家当主である男は、執務室で動かしていた筆を止め、
人形からの報告に眉を顰めた。
そして、ここでの﹁失敗﹂はミラベルが失敗した事ではなく、送
りつけた人形が、ミラベルとアルドの始末に失敗した、という意味
だった。
当主は暫く黙考した後、呟くように言った。
男
﹁大勢に影響はないな。つまらん言い掛かりをされても面白くない。
ミラベルに離縁状を出しておけ﹂
つまらない言い掛かり││決闘での約束を反故にするため、
はそう言って筆を取り、羊皮紙を手渡す。
﹁よろしいので﹂
そう言った人形の言葉には感情が含まれていなかった。これは、
人形だから言葉に感情がこもっていない、というより、ただの確認
でしかないような、そんな問い。
﹁構わん⋮⋮この国で暮らし続けるつもりなら、頭の痛い問題では
あるやもしれんが。⋮⋮最後まで役に立たん娘であったな﹂
当主は不快そうな表情を浮かべ、筆を置いて立ち上がる。当主
には、張り付いたような無表情しかなく、もうミラベルについては
708
何の思いもないようだった。
﹁そろそろ帝国の使者が来るはずだ。持て成しの準備をしておけ。
⋮⋮あそこには高くこちらを買ってもらわないとならんからな﹂
執務室を出た当主に、人形は恭しく礼をすると、渡された羊皮
紙を持ってその場を離れた。
◆◇◆◇◆◇
﹁ふ、ふふふ。ふふふ⋮⋮そう、そう来ますか。解りました。これ
はもう戦争です﹂
そう、不穏な言葉を口にしたのはオリヴィアだった。オリヴィ
アがそんな言葉を口にし、怒りに肩を震わせている理由は、1通の
手紙のせいだ。
﹁申し訳、ございませんわ⋮⋮敗者としての義務すら、満足に全う
できないなんて﹂
ミラベルとの決闘騒ぎのあと、数日経って来たこの手紙を見た
ミラベルが、両目に涙を湛えながら俺たちにそう言ってきて、現在
その問題の手紙を見せて貰っているところだった。
談話室の一画を陣取りながら、その手紙をメンバー全員で回し
読むと、読み終わったウィリアムが、俺に手紙を渡しながら呟いた。
﹁離縁状、とはね⋮⋮アデライド家は他の貴族との交流に気を使わ
ない、なんて聞いていたけど、まさかこんなあからさまな事をして
くるとはねぇ﹂
709
内容はミラベルへの離縁状で、ミラベルは当家と一切の関わり
がないため、決闘で行われた言い掛かりに関しては関与しないよ、
というような事が回りくどい言い回しで書いてあった。
﹁まぁ、決闘うんぬんは、向こうが関わってきさえしなければ、こ
ないじゃないですかっ!﹂
れでも良いんだけど﹂
﹁良いわけっ!
俺がそんな日和見な意見を言った瞬間、オリヴィアが爆発した。
まだ読んでいない人に渡そうと、フィオナに手渡そうとしてい
こんな事が
たが、彼女はオリヴィアの気迫にびくりと震え、手紙を受け取り損
ねて床に落としてしまった。
﹁これが一貴族の取るべき態度なものですか⋮⋮!
許されて良いわけありません!﹂
オリヴィアがそう怒っているが、俺はどう反応して良いか困る。
貴族と言ってもまともに相手した事があるのはオリヴィアの父親く
らいで、彼は辺境にいるせいか、あまり貴族だ何だと細かい事は気
にしない。それでいて、己は貴族なのだから民を守る義務がある、
と前線に立つような人物。
オリヴィアの父親は貴族として非常に尊敬する人物だったが、
彼を基準にして良いものなのか。
俺は何となく、アレスに視線を向けると、アレスは苦笑しなが
ら、俺の視線の意図を察して説明してくれた。
﹁俺が言えた事ではないけれど、こういう行為は貴族間でもご法度
だよ。暗黙のルールといべきか。法律で明言されていないから罰則
の類はないし、馬鹿をやった貴族の子息が、親から絶縁されたケー
スもない訳じゃないね。とはいえ、今回はこちらに非があった訳で
710
もないし、かといって、ミラベルも多少暴走していたとはいえ、書
類上で誓約された上でされたものだから普通なら許されない。処罰
はないけど、他の貴族から疎遠されるし、あまり良い手とはいえな
いだろうな﹂
﹁表面上とはいえ、書類の契約についてはどうなるんだ?﹂
﹁この場合だとミラベルが勝手に契約した、という事になるだろう
から、その支払いについてはミラベルが負うことになる。⋮⋮とは
いえ、アルドが請求しなければ特に発生はしないけど﹂
いや、そんな事するか。追い打ちをかけるような鬼ではないし、
したところで自分の胸糞が悪くなるだけじゃないか。
思っていたより酷い内容に俺も不快感が拭えず、閉口した。
﹁そんな事、許されるはずありません!﹂
俺が何か言う前に、ヒートアップしていたオリヴィアが拳を握
って立ち上がる。
﹁向こうがこういう手段に出るなら、こちらもそれなりの対応とい
うものがあります。目には目を。歯には歯を。決闘には決闘です!﹂
﹁い、いやいや、何を言ってるんだオリヴィア。いったん落ち着こ
う﹂
あまりにヒートアップしているオリヴィアは、自分で何を言っ
ているのか解っていないようだ。意味が解らない事を熱弁している。
﹁いえ、いえ。私は落ち着いていますよ。アルドさん、これは何も、
ミラベルさんの義憤のためではありません。アルドさんの安全を得
俺の安全?﹂
る、という意味でも必要なんです﹂
﹁えっと?
711
﹁そうです。考えても見てください。こんな手段を平然と切ってく
るような相手です。これで相手もこりて、もう関わってこないだろ
う、と考えるより、次はもっと悪質な手で、充分な用意をしてから
また同じように言い掛かりを言ってくる、なんて事も考えられるん
ですよ。特にアルドさんは未成年な上に平民です。同じような決闘
騒ぎを起こされて万が一負けるような事があれば、その技術のすべ
てを奪われて、死ぬまでそれを作ることを強いられる、なんて事も
あり得るんですよ!?﹂
そこまで一気に言われ、オリヴィアに気圧された事もあるが、
内容にも肝が冷えるようなものがあった。そう言われると確かに、
そもそもこっちが仕掛けたところで向こ
何か先手を打つ必要がある、という気はしてくるのだけど。
﹁しかし、決闘⋮⋮?
うが受けないんじゃ?﹂
そもそも、ここまで向こうにコケにされるのは、こちらが平民
で、向こうから見れば格下であるからだ。
﹁そうですね。アルドさんが決闘を仕掛けたりすれば、下手をすれ
ば侮辱罪、などと言われて罰せられる可能性すらあります﹂
なんだそりゃ、と唖然としつつ、まだ言い切っていない様子の
オリヴィアの言葉を待つ。
﹁ですから、私がアデライド家に決闘を申し込みます。友人であり、
そう言ってや
家臣として迎える予定であるアルドさんに誰に断って決闘などして
いるのかと。その落とし前はどう付けてくれる?
りましょう。勝負は同じ人形決闘。言い訳などできない程に、相手
の分野で叩いてしまえば良いんです﹂
712
﹁や、なんでそうなる﹂
俺は思わず素でそう突っ込んでしまった。無茶苦茶過ぎる。無
理を通して道理を蹴っ飛ばすレベルだ。言い換えるなら、子供の喧
嘩レベルじゃないのか、とも思う。家臣云々、は一応オリヴィアの
父親の庇護下に入る際にそういう話がでているため、そこはまぁい
いのだが。それ以外が酷すぎる。
﹁ははは⋮⋮確かに無茶苦茶だけど、相手の先手を取るのは、あり
だと思う﹂
オリヴィアの無茶苦茶に乗ってきたのはウィリアムだった。
﹁な、何を言って。俺が決闘するだけならまだしも、オリヴィアが
決闘を申し込む、って事はオリヴィアと、その実家にも迷惑が掛か
るかもしれないって事だろ﹂
﹁勝てば問題ありません﹂
すごいいい笑顔で言い切りましたよ。
﹁勝てる、なんて確約はできないんだ﹂
﹁そこは信じてますから﹂
不意打ち気味にそんな事を言われ、少し頬が熱くなる。正面切
ってそこまで言われれば、鈍感な俺だってどれだけ信頼されてるか
解る。それでも。
﹁もちろん、1人でなんて戦わせませんし、戦いません。なので、
勝手を重ねて申し訳ないのですが、私からお願いがあります﹂
﹁⋮⋮﹂
713
何となく、彼女が言いたい事が予想できて、俺は何と言って
良いか悩む。良い言葉があったとして、彼女を止めるには足りない
俺のために。
気がする。彼女は、それだけの覚悟を持って事にあたるつもりらし
い。⋮⋮何のために?
﹁アルドさん。あなたの思想は知っています。それでもなお、言わ
せてください。私に力をください。私専用の魔導甲冑をこの決闘の
ために用意してください﹂
これを断れば、彼女は今度はミラベルに頭を下げてでも、自分
の人形を用意し、決闘に臨む気がした。
確かに、戦いに臨むだけの機械は作りたくない。アニメや漫画
で憧れたロボットの一つではあるが、それが実際に血に濡れていく
のを見るのは嫌だという思いもある。
俺は、迷った末にその言葉を口にした。
﹁⋮⋮分かった。この決闘のために、専用の魔導甲冑を用意する﹂
但し、条件がある。俺は真っ直ぐに見つめてくるオリヴィアに
負けないように視線を返しながら、その条件を提示した。
714
第70話﹁言い掛かりには言い掛かり﹂︵後書き︶
お読みいただきありがとうございます。
作者も驚きの連続投稿。
小説を書くだけの機械かよ!
そんな風になれたらなーなんてあほな事を思いつつ。
715
第71話﹁その条件﹂
﹁条件、ですか﹂
結構脅すようなつもりで言った言葉だったが、オリヴィアはど
んな条件でも飲んでやろうと言わんばかりに俺を睨みつけた。強い
意志が奥に見えるその瞳には、引き退るような弱気は見えない。
﹁そうだ。まず、決闘は2週間は先にしてくれ。開発期間がいる﹂
﹁父に連絡を取らなければいけませんので、問題ありません﹂
もっと急がないといけないのかと思ったが、やはり貴族は何か
と細かい調整が必要らしい。それを踏まえても、あっさり要求の一
つを飲まれた事に俺は少々怯みながら、それを出さないように何と
か言葉を出した。
﹁次に魔石を用意してくれ。そもそもこれがないと魔導甲冑を用意
しようにも出来ない。︽孤立種︾程で無くとも、最低で三頭餓狼の
魔石が無くては満足なものが作れない。出来てから習熟訓練をする、
って考えると、決闘が最短2週間後に行われるとして、1週間後く
らいに会った方がいい﹂
高純度で大きな魔石は中々出回らない。そもそもの討伐数が少
ない上に、戦闘の結果破損する場合もある。心臓、脳に次いで魔物
の弱点でもあり、心臓に近い位置にある場合が多いため、積極的に
狙われやすい事が原因だ。大型の魔物程その危険度から短時間に決
着をつけようとし、心臓または頭部を狙ってこうげきが集中しやす
いため、ますますその傾向が強い。
716
次に開発期間。︽物質成形︾の魔術のおかげで、驚異的を通り
越して、非常識なレベルで短い開発期間で形にできる。しかし、形
にできる、というだけで、動力炉となる魔石との運用テスト、機械
の慣らし、パイロットの習熟訓練を考えると、1週間でも短すぎる
と言えた。
大分無理を言っているはずだが、オリヴィアはそれらに頷き、
了承の意を伝えてくる。
﹁最後に。魔石を期間内に用意できない場合は、俺が1人ででる﹂
この最後の条件だけは、オリヴィアは認められないとばかりに
目を見開き、何か口にしようとしたが、俺はそれに被せるように言
った。
﹁もともと、これは俺が原因だ。なら、最終的な責任を持つのは俺
だよ。そうでないなら、魔導甲冑を作る話はなしだ﹂
﹁⋮⋮わかりました。その条件で問題ありません。最後の条件は、
私が他の条件をクリアすれば問題ないのですから﹂
不満そうではあったが、オリヴィアは最後にそう言って納得し、
俺たちはアデライド家との決闘に向け、準備を行うことになった。
◆◇◆◇
﹁それで、どんな物を作ろうとしてるんだい?﹂
﹁簡単に言えば専用機、かなぁ﹂
ウィリアムにはそう言うと、彼は何を当たり前の事を、という
表情だった。
日を改め、俺たちはそれぞれ行動を開始していた。オリヴィアは
717
実家に手紙を出して決闘についての相談をしつつ、魔石獲得に向け
て動き出しているようだ。購入するのだろうと思っているが、早々
都合良くは手に入らないので伝手を当たったり、商人達と交渉する
らしい。金額については、ワーカーの売り上げから出す事になって
いる。
自分で倒す⋮⋮というのはあまりにリスクが高いので俺の方で
釘を刺しておいた。そうでもしなければ自分でいきそうな勢いだっ
図書室の大机で羊
たので、そうさせないために魔石の購入額をこちらで持つ事にして
いる。
そんな感じで動いてもらっているなか、俺は
皮紙を広げ、ウィリアム、ミラベルと共にその羊皮紙を囲むように
して、どんなロボットを作るのか、という話をしていた。
ウィリアムはワーカーの販売などを主導するくらいには興味が
あったらしく、いい機会だから製作の方も手伝って貰おうと思った
次第だ。ミラベルは最初から興味津々で、他にする事もないので同
席させていた。
﹁彼女が使うんだから、それは当然なんじゃないのかい?﹂
﹁ちょっと違うかな⋮⋮より正確には、専用にカスタマイズしたも
のを作るんだ﹂
これは個の力が強く、量産、と言っても数百、数千の規模であ
る事が多いこの世界では、かなり異質な考えと言えた。
何故なら、彼らの思う道具や武器と言ったものは、一品物で個
人専用のもの。鋳造のような量産ものがあっても壊れやすい、性能
が低いという事もある。
前世の高品質な上、数万数億規模で生産される量産品とは、天
と地ほどの差がある。
もっといえば、この世界では量産品とは﹁場繋ぎのその場凌ぎ
718
の道具、装備﹂を指し、俺が求める﹁誰もが少々の習熟である一定
以上の性能が出せる道具、装備﹂ではなかった。
﹁あまり、大きな違いがあるようには思いませんが⋮⋮﹂
ミラベルもウィリアムと同じ意見なようで、首を傾げていた。
俺は2人に苦笑を返しながら、更に説明を加える。
﹁まぁ、言葉遊びみたいに聞こえるけど、違いはあるよ。単なる専
用機、といった場合は再現性とか度外視で本人専用に作る、なんて
事もできるけど、それだと修理するのだって一から作り直すレベル
の大作業になる。
その点、量産機を専用機にカスタマイズ、って形なら互換性が
減ったとしてもフルスクラッチした機体より修理しやすいし、運用
データを量産機に生かす事もできる﹂
前者の専用機は、市販されないコンセプトカー。後者の専用機
ちょっと待ってくれ。って事はアルドは量産機と専用機
は販売されたパーツで組み上げた市販車、と言えば伝わりやすいだ
ろうか。
﹁ん?
の2機作ろうとしているのかい?﹂
﹁正解。この機会に戦闘に耐えられる量産機を作るつもり。ワーカ
ーは土木用だからね⋮⋮戦闘用の機体ができたら、それをベースに
専用機を組み上げるつもりだ﹂
﹁そんなの⋮⋮いくらなんでも間に合いませんわ!﹂
ウィリアムとミラベルが揃って驚き、大きな声をあげる。静か
な図書室にその声は予想外に大きく響き、辺りにいた生徒達の注目
を集めた。
719
俺たちは頭を下げて謝意を伝えると、注目していた生徒達もち
らほらと解散していき、再び図書室は静謐さを取り戻した。
﹁んんっ。⋮⋮素人目に見たって、それが無茶なんてものじゃない
と解りますわ﹂
﹁もちろん。解決策はあるよ。それに、もう量産機のテスト模型は
出来てる﹂
そういって、俺は懐から量産機の模型を取り出し、2人に見せ
た。
マギア・ギアを騎士、と表現するなら、こちらは兵士。装飾を
減らし、よりシンプルになった装甲と武装をした機体で、剣、ライ
フル、盾のみの基本的といえるような出で立ち。
大机に置いて、魔力を通すと複数のポーズを取らせる。機体の
動作チェックも兼ねた模型のため、内部構造完全再現の16分の一
スケールだ。
﹁これは⋮⋮﹂
﹁すごいですわ!﹂
2人とも食い入るように見つめ、ミラベルに至っては自分の頭
の位置を何度も変えて、上から見たり、下から見上げたりと色んな
角度で動く模型人形を見ている。
﹁ワーカーをベースにしてるから、形はね。もうちょっと時間いっ
ぱいまで使ってブラッシュアップする予定。で、ここからが本題﹂
俺は2人を見ながら、言葉を選び、2人の反応を見る。
﹁2人には、ここからの量産機のブラッシュアップと、専用機の作
720
成を手伝って欲しいんだ﹂
﹁ここまで出来ているなら、手伝いなんて必要ないんじゃないかな
ぁ?﹂
面倒事を回避したいらしいウィリアムが
﹁手伝ってもらう理由は一応あるんだ。俺だけがこれを作れる、っ
ていうのは後々問題になるからね。この機会に増やそう、って思っ
たのが理由。別に今回じゃなくてもいつかは確実にやってもらうつ
もりでいるよ﹂
﹁そうだねぇ⋮⋮興味がないわけじゃないし、販売の時に中身を理
解できてるっていうのは、売り込むためには便利だからねぇ⋮⋮わ
かったよ。手伝う﹂
﹁是非手伝わせていただきますわ!⋮⋮あ、でも⋮⋮﹂
ミラベルは対象的に顔を輝かせていたが、すぐに曇らせて、言葉
が尻すぼみになっていく。
﹁別に、あんな事があったから、っていうのは気にしなくていいよ。
というより、あんな風に言われなければ、別に技術を隠している訳
ではないから﹂
﹁それはそれで⋮⋮微妙な気持ちになりますわね﹂
突然決闘! なんて流れではなく、ロボットを見せて欲しいとか
なら普通に見せただろうし。ただ、部外者にはあまり細かく内部ま
で解説しないだろうが。それに、このゴーレムを見て意見が欲しい
! というような内容であれば、喜んで意見を言っただろう自信が
ある。
721
﹁本当に、よろしいんですの?﹂
上目づかいにそんな事を言われると、ちょっと断ってみたい気持
ちが出たりしたが、頷き返す。それを見て、彼女は嬉しそうに顔を
綻ばせた。
﹁じゃ、意思確認できた所で早速やってみようか。まずは、事前準
備としていくつか魔術を覚えてもらう﹂
そんな説明をはじめると、笑顔を浮かべていたミラベルでさえ、
段々と顔を引きつらせていくのだった。
722
第72話﹁オリヴィアの覚悟﹂
喧騒に包まれる建物の中で、オリヴィアは喧騒に負けない声で、
しかし、怒りを声に滲ませないように注意を払いながら、応対して
いる女性に言葉を発した。
﹁そこを、何とかなりませんか?﹂
﹁申し訳ございません。入荷しても、予約をいただいているお客様
にながしている次第でございまして⋮⋮すぐにお引き渡しできませ
ん﹂
﹁そうですか⋮⋮﹂
王都内でも大手の商会、ということで当たってみたが、結果は
無駄足。オリヴィアは頭の痛い問題に何度目かのため息を吐いた。
商会に来ていたのは魔石を購入するためだ。しかし、事はそう上手
く運んではくれなかった。もう何軒目か。すでに商会を回るのに3
日ほど費やしているが、結果は芳しくない。
初日は宝石商を巡ってみた。魔石は貴金属扱いされる事が多い
為、購入できないかと考えたのだ。しかし取り扱っておらず、話を
聞くと、自分も長い事商売をしているが、買取を希望してきたのは
一件だけで、その一件も傷が酷い為買取ができず、持ち込んだ者が
肩を落としていたのが印象的だったと言っていた。
2日目はこことは別の商会だ。こちらも今日来たところと程ではな
いが、大きな商会だったが、取り扱っていない上、オリヴィアがワ
ーカーの販売に関わっている人物だと解ると、融通するからワーカ
ーの利権が欲しいなどと言ってきたため、非常にしつこかった。流
石に貴族の子女であるオリヴィアを表立って脅す様な真似はしなか
ったが、それに近い事を匂わせたため、
723
﹁この程度のお願いも聞けないような弱小商会と取引き?
ないでください﹂
笑わせ
と啖呵を切り、相手が唖然としている間に席をたって出てきて
しまった。ここまで言うつもりもなかったが、期待を裏切られた上
に長い拘束時間が発生していた事から、つい言ってしまっていた。
昨日、そんなやり取りがあったために、あまり期待していなか
ったとは言え、オリヴィアは今の今日の取引きも空振りだった事に
疲れを覚えながら、次はどこに当たろうかと考えた。
﹁魔石をお求めなら、オークションか冒険者ギルドをご利用してみ
てはいかがでしょうか﹂
受け付けの前で明らさまに落胆した溜息をしているオリヴィア
に、見かねた受け付けの女性がそう案を出した。
﹁オークションは分かりますが⋮⋮冒険者ギルドですか?﹂
オークションはオリヴィアも検討していた中で、真っ先に候補
にあげ、すぐに断念した手段だった。オークションの開催期間が合
わなかった、というのもあるが、金額が市場の価格よりも膨れ上が
るため、ただでさえ高価なそれを買うのは厳しいと断念したのだっ
た。しかし、オークションにはかなりの確率で魔石が流れてくると
いう情報を得られていたため、期間さえ都合がつけば、選択肢とし
てはありだった。
﹁ええ。そうです。魔石を購入するだけのご予算があるのでしたら、
冒険者ギルドを介し、直接ご交渉してみてはいかがでしょう﹂
724
なるほど、発注という手がありましたか。と自分は発注される
側だったためにすっかりと失念していたオリヴィアは、納得した様
子で頷く。
その方が安くすむ可能性がある上、希望した品を手に入れる事
もできるため、そういう高価なものは、ランクの高い依頼として発
注するのもオススメだという話だった。その話を聞いて、そういえ
ばアルドも何度かクエストを依頼していたなと思い出す。そういっ
た手続きはアルドが殆ど行っていたので、すっかりと失念していた。
結局、その後30分程度話し込み、営業の邪魔をしたオリヴィ
アだったが、教育の行き届いたその受付の女性は、最後に。
﹁次回のご来店をお待ちしております。どうか我が商会をご贔屓に﹂
という言葉でオリヴィアを見送った。オリヴィアは昨日散々な
商会に当たっていた事もあり、次回利用する用件があったなら、必
ずここにこよう、と来た時より上機嫌にその商会を後にした。
◆◇◆◇◆◇
アドバイスをもらったオリヴィアは、早速そのアドバイスを元
うーん⋮
に、商会をでたその足で冒険者ギルドへと向かい受け付けでクエス
トの発注を行っていた。
﹁完全な状態でのB級以上の魔物の魔石の発注ですか?
⋮金額は充分なようですが、期間が短すぎますね⋮⋮﹂
﹁この内容では難しいですか?﹂
線の細い、眼鏡を掛けた受け付けの男性は、オリヴィアの言葉
に申し訳なさそうに頷いた。
725
﹁正直に申しあげますと、そうなります。このご希望にこたえるの
はかなり難しいかと⋮⋮しかし、それは私個人の見解ですので、ク
エストの発注自体は可能です﹂
﹁⋮⋮では、それで依頼を受けてくださる冒険者に関しては面接な
どが必要になりますか?﹂
﹁いいえ。ご希望であればクエスト受注者と面接も可能ですが﹂
少し迷ったが、待っている間に別の手段も考えておかないとな
らない。オリヴィアは受け付けの男性に、面接などは行わない旨を
伝えておいた。
﹁そ、それで、いつ頃受ける人が来そうですかね⋮⋮﹂
﹁さ、流石にいつ来るかまではわかりません⋮⋮﹂
﹁あ、そうですね⋮⋮そうですよね⋮⋮﹂
逸る気持ちが抑えきれずに、思わずそう聞いたオリヴィアだっ
たが、受け付けの男性を困らせただけだった。すぐに正気に戻り、
頭を下げたオリヴィアだったが、そわそわとした様子で、クエスト
の受注書を作っている男性の様子を見ている。
見守っている、眺めている、なんて生易しい表現ではなく、穴が
開くほど、監視するように、と形容した方が正しそうなその様子に、
見られて作業するのに慣れている男性はやりにくそうにしていた。
﹁あの、あとは受注書を貼り出すだけですので⋮⋮﹂
﹁わかってます。大丈夫です﹂
﹁えっと、ですが⋮⋮﹂
﹁大丈夫です。お気になさらず﹂
まさか客を相手に全然大丈夫ではないのですが⋮⋮とは言えず、
受け付けの男性はかつてないプレッシャーを受けながら作業をする
726
ことになった。
結局、オリヴィアの無言の監視は依頼書が掲示板に張り出される
まで続き、オリヴィアの興味が掲示板へと移った男性は心底ほっと
した様子で一息ついたのであった。
掲示板へ依頼が張り出されて1日目。オリヴィアは逸るような
気配がありつつも、まだ余裕があった。その日はもう出来ることも
ないため、僅かな期待を胸に寮に戻り、休む事にした。
掲示板へ依頼が張り出されて2日目。オリヴィアは魔石を持った
人物が居ないか、街を歩いて情報を集めて回る。しかし、結果は空
振り。あるにはあったが、そういった魔石、宝石を集めるコレクタ
ーがいる、という情報は掴めたが、かなり遠方の貴族らしく、連絡
しようとするだけでアルドとの約束の期限が切れてしまうために断
念。疲れた足で、冒険者ギルドへ寄り、依頼を受けてくれた人が居
ないかみたが、空振り。時折、数人の冒険者たちが金額の高さに興
味を引かれて依頼内容を確認するが、期日や、魔石を完全な形で要
望される難易度を見て、断念していく。
3日目、そろそろ期限が迫るという切羽詰まった状況になって、
オリヴィアはクリスを伴って冒険者ギルドを訪ねていた。
オリヴィアはここ数日日課となっている掲示板監視を行ってお
り、掲示板の前にくる人間1人1人を睨みつけるような勢いで見て
いた。
﹁ひっ⋮⋮﹂
不幸にもそのオリヴィアの鬼気迫る様子に気づいた若い冒険者
が、小さな悲鳴をあげ、依頼も見ずに掲示板から離れていく。それ
を見ていた受け付けが、困ったような視線をオリヴィアとクリスに
727
なげていた。
ここにいた
見かねたクリスが、オリヴィアに向かって声を掛けた。
﹁ねぇ、オリヴィア、ちょっと気分転換に行かない?
ってできる事ないよ﹂
﹁⋮⋮﹂
より正確に、2人の現状をいえば、クリスはオリヴィアの様子が
おかしいため、目を離さないようについてきていた。それくらい、
オリヴィアは現在追い詰められていた。
今もかりかりかりかり、と爪を噛みながら、オリヴィアはクリ
スの言葉に気づかずに視線を一点に固定したまま、物思いに耽って
いるようだった。
クリスの言葉にすら気づかなかったオリヴィアは、自分の考え
が甘かった、というのはここまでの日数で自覚していた。それでも、
決闘を受けるのが自分1人であれば、ここまで追い詰められる事は
なかった。
ミラベルを当然のように道具のように使い潰す、その実家の事
が許せなかった、という思いは確かにあった。貴族としては、オリ
ヴィアの家はそう長い歴史がある訳ではなかったが、それでも。い
や、だからだろうか。アデライド家のその有り様が許せない、とい
う気持ちはあり、それは本物だった。
だが、それよりも、本当は許せない事があった。
それは、アルドを狙った事だ。難癖を付けてきたのはまだ良い。
もっと時間がかかるとは思っていたが、何かしら貴族の干渉がある
だろう、というのは予想していた。
しかし、交渉よりも先に、あんな強引な手段が取られた事が許
728
せなかった。更には、彼自身が退けたとはいえ、彼を強引に消そう
とした事が許せなかった。
だからこそ、自分からこの件に頭を突っ込んだのだ。
それがどうだろう。また、アルドを1人で戦わせるのだろうか。
自分のせいで。それがたまらなく許せなかった。︽孤立種︾の時の
ように、事故のようなものではなく、完全な自分の過失、本来戦わ
なくても良かったものを、自分の我が儘で戦わせてしまう。
無理だ。そんなの。クリスとオリヴィアは、あの日を機に2人
で修練を重ねてきた。それは、アルドの隣に立ちたかったからだ。
あの日感じた無力感をもう味わいたくなかったからだ。
それなのに、今、自分の浅慮のせいでその無力感を味わおうと
している。
思考が悪い方、悪い方へと流れていったオリヴィアは、ついに
耐えきれなくなって立ち上がった。クリスはその様子に一瞬驚いて
そこは、ダンジョンの入り口だっ
唖然とするが、すぐにオリヴィアの後についていった。
オリヴィアが向かった先、
た。
729
第73話﹁簡単な条件﹂
﹁ダメだからね﹂
クリスは明確に、何が、とは口にしなかった。しかし、言われた
オリヴィアにも解っている。クリスはオリヴィアに、ダンジョンに
入るのは許さない、と言っているのだった。
﹁解ってます⋮⋮﹂
そう言って、オリヴィアはほんの少し口を尖らせ、クリスの言葉
に頷く。そう、オリヴィアはダンジョンの前まで来た。来てしまっ
ていた。
本当なら危険を承知で魔石を取りに行きたいが、それがばれれば
アルドとの約束を破ってしまう。約束を破れば、例え魔石を取って
来れたとしても、アルドは魔導甲冑を作らず、1人で決闘に向かう
だろう。それでは本末転倒だった。クリスはそれを良く理解してい
るため、オリヴィアを厳しく見張っている。
﹁⋮⋮ねぇ、やっぱり││﹂
﹁ダメだよ。気持ちは解らなくないけど、ばれたらアルド、本当に
一人でいくよ。きっと。それに、オリヴィアだけで、魔石をどうや
って入手するの? 仮に私が手伝った所で、B級魔石が手に入るよ
うな魔物、私たちだけで倒すのは、困難だよね。特に、アルドにば
れずに、なんてなったら、短期間に、無傷でも倒せないとたぶんば
れちゃう﹂
﹁う⋮⋮﹂
730
オリヴィアは言葉に詰まった。そんな肝心、大前提な部分がすっ
かり抜け落ちるくらいに焦っていたことに気付き、項垂れる。こん
な事をしていても、すでに詰んでいたのだ。ダンジョンの入り口な
んかにいるよりは、他の案を模索した方が良いかもしれない。時間
だってもう残り少ない││
そう、諦めてダンジョンから離れようと思った時、ふいに声をか
けられた。
﹁お嬢さん、何かお困りかや?﹂
声の方を向けば、美しい少女が立っていた。金糸の如き金髪を靡
かせた少女で、柔らかい微笑を浮べている。
笑みが消えると、整った顔立ちが協調されるようだった。その場
に立っているだけなのに、目立つような目鼻立ちは、彫刻のような
完成させれた美を思わせる。線は細いが、それは女性的なラインを
損なっている、という訳ではない。ローブ越しに見えるボディライ
ンは間違っても男性ではないことを告げているし、寧ろその細さが
儚さのようなものを演出しているようにも思えた。
身にしているのは薄いローブだけ。武器のようなものも身にして
おらず、およそダンジョンに向かうように思えない装備。しかし、
オリヴィアはそんな少女から、手折れば散るような儚さより、心の
通った刀剣、鍛えられた鋼のような力強さを感じた。
柔らかな物腰と、まったく同居しないその違和感に緊張感を覚え、
オリヴィアは僅かに身構えた。
﹁あなた、いつからそこに居たの?﹂
クリスも同じ気持ち││かと思えば、オリヴィアよりもさらに緊
張している。すでに刀に軽く触れ、オリヴィアを庇いながら、いつ
でも必殺の技を放てるような位置にいる。
731
クリスはオリヴィアと違い、普段から気配を読むような訓練をし
ているらしく、その差が対応の差に表れたらしい。ダンジョンの入
り口で、そこまで警戒心が高かった訳ではないとはいえ、まったく
気配を感じる事がなかったため、クリスは最大の警戒を持ってその
少女を睨みつけた。オリヴィアは親友の突然の変化に意を唱える事
はなく、むしろ信頼しているからこそ、彼女もまた、警戒レベルを
あげていた。
﹁ふぅむ。思ったよりできるようで、余計な緊張をさせてしまった
かの﹂
切っ先を突きつけるような気配を発するクリスを前にしても、そ
れをさして気にした様子もなく、少しだけ困ったように小首を傾げ
る少女。
﹁わっちは少しおぬしたちと話がしたかっただけじゃ。脅かしてし
まったのなら非礼を詫びよう。その恐ろし気な魔力を収めてくれる
と嬉しいのじゃが﹂
友好的に笑うその少女は、気の抜ける程あっさりと間合いを詰め、
クリスの手を抑え、オリヴィアはそれを、ただ茫然と見ている事し
かできなかった。
﹁少し話がしたい、どこかでお茶と洒落込もうではないか。わっち
の名はナトゥスでありんす﹂
﹁え、あ││⋮⋮﹂
表情を悪戯っぽく変化させたその少女は、ナトゥスと名乗り、オ
リヴィアとクリスの手を取ってダンジョンの外へと出た。
732
◆◇◆◇◆◇
あれよあれよ言う間に、2人はナトゥスによって連れ出され、近
くの喫茶店に連れ込まれてしまった。
最初はどこに連れられてしまうのかと戦々恐々だった2人だった
が、ダンジョンを出たあと、ナトゥスはマイペースに突き進み、目
についた喫茶店に入ったかと思うと、自分の分の飲み物を頼んでし
まった。
﹁2人は何か飲まないのかの? ここはわっちのおごりじゃ。好き
なものを頼むと言い﹂
﹁⋮⋮じゃあ、これを﹂
﹁私も同じのを﹂
差し出されたお品書きに、クリスは渋々と言った様子で適当な飲
み物を指さし、オリヴィアは何か選ぶのが面倒だったためにクリス
と同じものを頼んだ。
﹁さて、何から話そうかの﹂
飲み物が来るのも待たずにそう切り出したナトゥスに、オリヴィ
アとクリスの視線が集まる。
﹁そうじゃのう。まずは、交渉から入らせてもらおうかの﹂
﹁交渉、ですか?﹂
交渉、と聞いて、あっさりとクリスがこちらに投げるような気配
を感じたオリヴィアは、率先して答えた。
﹁そうじゃ。わっちには、お嬢さんのクエストに応える用意があり
733
んす﹂
そう言って、ことりと小さな音を立てて、店のテーブルに置かれ
たのは、見事な大きさの石。血のように紅いそれは、オリヴィアが
求める魔石だった。
﹁そ、それは⋮⋮!﹂
﹁たまたま、手元にあっての。お主が必要としておる、と受付から
も聞いてなどうじゃ?﹂
﹁ぜ、是非! 譲ってくださいませんか!﹂
﹁ふむ。条件次第かの﹂
思わず立ち上がる程に興奮したオリヴィアだったが、条件、と聞
いて一気に冷静になる。ナトゥスは、どこか試すような、悪戯っぽ
い表情をしていた。
﹁一応、依頼にあった報酬分は用意しておりますが﹂
﹁足りんの。しかし、まぁ⋮⋮可愛らしいお嬢さん方の依頼。わっ
ちも達成に協力はしたい。そこで、一つだけ条件を呑んで貰いたい
んじゃ﹂
﹁条件、ですか﹂
また、条件ですか⋮⋮アルドといい、何故こうも条件をつけたが
るのか。オリヴィアは内心で辟易しながらナトゥスの言葉に耳を傾
けた。
﹁何、簡単なものでありんす。そんなに緊張しないでくりゃれ﹂
だと良いんですが。オリヴィアはそう思いながら、続くナトゥス
の条件を聞き入れた。
734
735
第73話﹁簡単な条件﹂︵後書き︶
遅くなって申し訳ないです。
ちょっと短め。
別に、モンハンが面白いから、ネコ嬢が可愛すぎて三次元に生きる
のがつらくなったからが遅くなった理由じゃないんです。ほんとで
す。
736
第74話﹁力試し﹂
﹁それで、力試しというのは﹂
ナトゥスが出した条件。それは、力試しだった。
彼女は、オリヴィア達の実力が見てみたいのだという。思ったよ
り普通の条件で、安堵したオリヴィアだったが、同時に不審感も募
る。オリヴィアの実力を見て、どうしようと言うのか。少し対峙し
ただけだったが、ナトゥスの実力は自分たちより上だ、というのは
オリヴィアも、クリスも感じていた。恐らく、魔石も自前で用意し
たのだろう、とも予想している。
あれだけの魔石を持つ魔物を倒せる程の実力者が、オリヴィア達
にその実力を見たい、というのは中々理解しがたい出来事だった。
﹁まぁ、そんなに焦らないでくりゃれ﹂
そう言って、ナトゥスは2人の前を歩き続ける。
喫茶店では本当にお茶を楽しんだだけで、勘定を済ませた3人は、
要件を済ませるために、場所を移すことになった。その要件が力試
し、という事である以上、それなりに広い場所に移るつもりなのだ
ろう。学園側を通り、ナトゥスは森に入る。
森に入る直前、オリヴィアとクリスは躊躇した。流石に、同じ女
性とはいえ、隔絶した実力のある、良く知らない相手と一緒に人影
の無い森に入るのは抵抗があった。
﹁どうかしたかや?﹂
そんな2人の気持ちを知ってか知らずか、あるいはこれもその﹁
737
力試し﹂の内なのか、。ナトゥスがそう問いかける。オリヴィアと
クリスは、視線だけで意思を交わして、森の奥へと進む事にした。
しばらく無言で、森の奥へと進んでいくと、陽だまりのある、開
けた場所へと来た。
﹁ここはわっちにとって大切な場所での。大事な話はできれば、人
の無い所でしたかったのじゃ﹂
そう言って、振り返ったナトゥスは、真剣な表情をしていた。
﹁もう一度自己紹介をさせて貰おうかの⋮⋮わっちの名前はナトゥ
ス。魔術師じゃ﹂
自身を魔術師、と名乗ったナトゥスは、さっきまでのフランクな
気配から一転して、鋭い気配を纏っていた。
﹁おぬしらの側におる男││アルドと言ったか。魔術師と名乗って
いるらしいな? おぬしらは、魔術師が何か、知っておるのか?﹂
オリヴィアはこの言葉に、ナトゥスがオリヴィア目当てで近づい
てきたのではなく、アルドを目当てに自分たちに近づいてきたのだ、
と悟った。
﹁魔王と呼ばれた魔術師、アリシアが使った魔法を使う人間、とい
うのが魔術師では?﹂
武器である杖を取り出し、構えながら、オリヴィアはそう言った。
クリスも刀に手を添え、臨戦態勢だ。
738
﹁半分は正解じゃの。付け加えるなら、アリシア様から魔術を教わ
り、魔術を伝えられてきた者と、アリシア様を迫害し、その魔術を
己がものとした卑怯者の二種類がおる﹂
おぬしらはどっちじゃ。その言葉を最後に、ナトゥスを中心に魔
力が渦巻く。
﹁さぁ、おぬしらの魔術。見せてくりゃれ﹂
オリヴィアは、ナトゥスの高まった魔力に呼応するように、すぐ
さま簡易魔導炉を起動し、魔力を集め、対抗するために練り上げる。
﹁クリスさん﹂
﹁解った﹂
たったこれだけのやり取りで、2人はその意思を伝えあい、クリ
によって自分と簡易
スはオリヴィアを庇うように前に出て、オリヴィアは魔力の制御に
集中する。
アルドが使っているように、≪魔力接続≫
魔導炉を繋いで操れる魔力が増大したオリヴィアだったが、それに
は高い集中が強いられる。その時間稼ぎをクリスに頼み、増大した
魔力の操作に集中したオリヴィアは、ナトゥスを打倒しうる魔術の
準備に入った。
﹁倒しちゃっても、良いんでしょ!?﹂
そんなオリヴィアの様子を、ちらりと横目に見ながら、クリスは
先手を取ってナトゥスに向かって突進する。
﹁≪疾風≫≪轟一閃≫﹂
739
身体強化から≪疾風≫
の得意の≪轟一閃≫の連携攻撃。魔術師
││一般的に後衛として認知されるナトゥスは、それを前に僅かに
眉を動かしたが、それだけだった
﹁ふむ。赤いおぬしは、魔術より剣の方が得意なのじゃな? だが
⋮⋮遅い﹂
クリスの一撃をあっさりと交わしたナトゥスは、舞でも踊るかの
ようにクリスの懐に潜りこむ。そして、技を出し切り、無防備にな
ったクリスの胸にそっと手を添えたかと思うと、魔力を放った。
﹁くぅっ!?﹂
衝撃に吹き飛ばされるも、何とか身を捻って着地したクリスに、
ナトゥスはからからと笑い声をあげる。
﹁自ら飛んで威力を逃したか。中々楽しませてくれるの。どれ。で
はこちらも少し、力を見せてやろう﹂
ごく自然にナトゥスの腕が伸び、人差し指がクリスに向く。何気
ない動作だったが、オリヴィアは背筋に氷の塊を落とされるような
の盾≫!﹂
悪寒がした。
﹁≪
﹁≪魔弾─︵マジック・ブリット︶≫﹂
ナトゥスの指先から放たれたのは大した大きさもない魔力の塊だ
った。速度は矢より早いくらいだろうか。クリスの態勢が崩れてい
なければ、回避もできるだろう距離もある。しかし、胸を押さえ、
740
蹲るクリスは動けずにいたため、オリヴィアはクリスを守るために
枚ある魔力の盾が、拳大に満たない魔力の塊を受け止める。一
集めた魔力で盾を形成した。
枚目は振れた瞬間に穴が開き、二枚、三枚と同じように貫通する。
速度こそ落ちていたが、威力は落とせていない。
オリヴィアはそれを見ながらただ手をこまねいていた訳ではない。
盾の魔力量を増やし、盾自身に角度を付けさせその魔弾の軌道を逸
らそうと奮闘する。
それが功を奏し、10枚盾を貫通した所で、11枚目の盾が魔弾
を逸らす事に成功した。逸れた魔弾が森の奥へと消えていく。
﹁この程度かや? あまりわっちを失望させんでくりゃれ﹂
何とかダメージから立ち直ったクリスと、今の一撃を防ぐだけで、
大量の汗をかく程に精神力を削られていたオリヴィアは、自分たち
の窮地を悟った。
◆◇◆◇
ここの所、オリヴィアは魔石集めに奔走しているようだった。
今日も朝早くからギルドへと向かったらしく、姿を見かけていな
い。
もう何年もオリヴィアとは一緒にいるので、別行動が長くなると
何となく物足りないような、収まりが悪いような気持ちになる。ク
リスがオリヴィアに付き添って、この場に居ないのも、それに拍車
をかけているのかもしれない。
そんな俺は今何をしているのかと言うと、ここ最近の日課である
図書室に来ていた。ウィリアム、ミラベルの三人で、専用機につい
て作成を行っている。こちらも、そう期日が残っていないため佳境
に入っており、2人は簡易魔導炉からディスプレイを呼び出して、
741
集中して作業を行っている。
機体周りはベースがすでにあるため、2人にそれを任せ、俺はそ
の横でその機体に装備させる武器の作成を行っていた。
﹁近接武器じゃ、意味ないしな⋮⋮﹂
幾つか案をまとめ、立体に起こしたディスプレイを見つめつつ、
そんな事を呟く。オリヴィアは純粋に後衛だ。それも、銃器のよう
な遠距離武器を扱う後衛ではなく、魔術を駆使する魔術師。当然、
武器も彼女が扱う魔術を強化、補助するようなものが好まれる。
マギア・ギアや、ワーカーが、人間の動作の拡張を主にしている
ように、魔術に特化した武器も、魔術を拡張できるようなものがい
い。口にすれば簡単だが、それがまた難しい。
﹁単純な運用魔力を増やせば、それだけ攻撃力は上がる﹂
ディスプレイを弄ると表示上でデモ用に作った人型の立体が魔術
の光を放つ。魔力量が増え、魔術の光も強くなる││確かに、単純
に強くはなる。が、これだと強くなる、といってもせいぜい足し算。
扱える魔力量が単純増加しただけだ。増加量は魔導炉に使う魔力に
よるが、マギア・ギアとそこまで差別化できないし、魔術師専用、
という程のものにはできない。
そのままだと、オリヴィアは近接距離を苦手としているため、近
接攻撃ができないマギア・ギアという中途半端な機体になってしま
う。
﹁理想はやっぱり、機械的に魔術を制御して、負担を減らしたり魔
術の威力をあげたり、とかか?﹂
マギア・ギアはどちらかというと、機械の動作を魔術で補佐して
742
いるので、新武器では魔術の動作を機械で補佐する、が理想だろう
か。ただ、例えば銃のような武器を作り、機械的な機構を用いて魔
法の弾を飛ばす、というような武器にしてしまうと、武器によって
使用できる魔術を決めてしまうため、応用力が下がってしまいそう
だ。
﹁どうかしたのかい?﹂
思考が煮詰まり、いい案が出ずに唸っていると、それに気づいた
ウィリアムが俺に声をかけてきた。その声を聞いて、ミラベルも俺
の様子に気づいたらしく、俺の方に視線を向ける。
﹁ごめん。邪魔しちゃったか。オリヴィアの専用機に付ける武装に
ついて、いい案が出ないなと悩んでてね﹂
﹁新武装⋮⋮今のままでも、充分強そうではあるけどねぇ﹂
﹁私もそう思いますわ﹂
そう返してくる2人に、さっきまで考えていた内容を教えると、
納得したような顔で、腕を組んだりして考え始めた。
﹁応用力がない、っていうのは何となく解るけど、応用力がない事
は悪いことなのかい? 応用力があっても、そのせいで使いづらい
武器より、用途を限定してやった方が使いやすいとは思うけどねぇ﹂
ウィリアムが言った事は間違っていない。出来る事が多い、とい
う事は咄嗟の時に何をしたら良いのか迷う、というミスを誘発しか
ねない。
﹁しかし、オリイヴィアさんは基本的には後衛なんですよね? そ
れでしたら、仮にそれが通用しない、という場面で幾つか対応でき
743
る手段が持てる、応用力のある武器でも良いのでは? その方が、
後衛の役割を果たせるような気がしますわ﹂
続けてミラベルが言った事も、やはり正しいように思う。そして、
今まさに俺が悩んでいる部分でもあった。
﹁2人が言ってくれた通りなんだよね。どちらもメリットデメリッ
トはある﹂
しかし、そろそろ時間もない。ここらで決めて、動き始めたいと
ころだ。あまり新しすぎる武器だと、今度はオリヴィアが武器の習
熟に使う時間がなくなってしまう。危うく忘れてしまう所だった。
﹁オリヴィアがすぐに使える、って条件を加味すると、そう凝った
武器は作れないし、もう一回考えてみるよ﹂
2人にそう言って、自分の作業に戻るよう促した。
そんなやり取りをして数時間、俺たちはそれぞれの作業に区切り
をつけ、機体の完成の目途を何とか立てたのだった。
後は魔導炉に使う魔石があれば⋮⋮そう思った矢先、ぼろぼろに
なったクリスと、オリヴィアが、魔石を持って帰ったと、寮にいた
ミラベルとフィオナから伝えられた。
744
第75話﹁新装備﹂
半ば取り乱したミラベルに手を引かれ、俺も焦りを覚えながら、
オリヴィアとクリスの元へ向かう。
﹁あ、アルドさん﹂
2人が居る、という一室に入ると、明るい調子で俺を出迎えたの
は、オリヴィアだった。
﹁あ、あれ?﹂
見れば、クリスの姿もある。むすっとした様子で椅子に座ってい
た。確かに、身体の所々に擦り傷や、ちょっと切り傷が見て取れる
が、動けなくなるほどではなさそうだ。
オリヴィアも似たような傷はあったが、動けないというような程
でもないらしく、お茶を用意していた。
﹁も、もう平気なんですか? オリヴィアさん、クリスさん﹂
ミラベルの方にどうなってるの? と視線を送るとミラベルもど
うやら困惑しているらしく、2人を交互に見比べていた。
﹁2人とも、怪我をしたって聞いたけど⋮⋮﹂
﹁見ての通りよ﹂
クリスはそれだけ言うと、またむすっとした表情をして黙ってし
まった。
745
オリヴィアはそんなクリスの様子に苦笑し、俺とミラベルは、オ
リヴィアに促されるままに席に着く。
﹁ミラベルさん、さっきはありがとう。ちょっとショックを受けて
ただけなので⋮⋮怪我自体は大した事ありませんよ﹂
﹁怪我をしたって、何があったの?﹂
﹁そのお話をする前に、アルドさんにはこれを﹂
懐から出されたそれは、大きな魔石だった。ごとりと音を立て、
俺の目の前に置かれる。その大きさに、俺は目を見開いた。
﹁こ、これ⋮⋮!?﹂
﹁はい。お約束していた魔石です﹂
﹁こんな大きなものを⋮⋮どこで?﹂
﹁ギルドに依頼していたものが達成されたんです。その依頼主から
譲っていただきました﹂
現実的に難しい、とは思っていたとはいえ、2人が迷宮に潜って
いた訳ではないと解り安堵する。怪我をした理由が、迷宮に潜った
事ではないかと考えていたから心配した。もし迷宮にいき、2人で
この大きな魔石を持った魔物に対峙したのであれば、疲労や怪我が
この程度な筈もない、命の危険が無いと解って安心した。
しかし、そうなると、今度は依頼人にあっていただけというのに
怪我を負っている、という事が気になってくる。
﹁それなら、なんで怪我を? 大した事ない、って言ってたけど⋮
⋮﹂
訓練で怪我をすることも多いので、今更女の子がそんな怪我をす
るような事⋮⋮、なんて事は言わない。それを言って2人に酷く怒
746
られた事もあるし。
だけど、痕に残るような怪我がないなら無傷、なんて言う事もな
いし、その怪我を負った理由によっては、怪我の大小なんて関係な
い。
﹁依頼主さんに訓練を付けてもらおう、って話になりまして。それ
で全力を出しても手も足もでなかったので、ちょっとショックを受
けていたんです﹂
そうなのか、と思ってクリスにも視線をやるが、クリスは体育座
りで不満そうな顔をうずめたまま、こちらには視線を返すことはな
かった。
﹁余りに歯が立たなかったので、クリスさんも拗ねてしまって⋮⋮
私も、もう少し戦えると思っていたのですが﹂
もう少し詳しく聞くと、オリヴィアは依頼主であるナトゥスとい
う人物に会い、訓練││というよりは、実践さながらの模擬戦を行
ったらしい。その時の怪我だ、という事。上手く手加減されたらし
く、それほど大きな怪我をしなかったそうだが、全力を出しても怪
我一つ負わせることができなかったそうで、オリヴィアは悔しそう
にしていた。
まぁ、怪我をしたことには思う所が無かった訳ではないが、2人
が納得しているようなら、俺が口を出すべきじゃないんだろう。
﹁そっか。解った。それなら約束通り、これを使って魔導炉、そし
て君専用の魔導甲冑を作るよ﹂
﹁ありがとうございます。アルドさん﹂
今度こそ魔石を受け取り、角度を変えて眺めてみる。部屋のラン
747
プの明かりを複雑に返す魔石は綺麗だった。
﹁これだけの大きさなら、アルドさんが考えてた武装も単独起動も
できそうですわね!﹂
﹁そうだね。それだけの出力も得られそうだ。さっそく組み込んで
みようか﹂
ミラベルのはしゃいだ声に、俺も頷く。
﹁よかったです。あの、私たちは今日の模擬戦で疲れてしまったの
で、この辺りで⋮⋮﹂
﹁あ、ごめん。ゆっくり休んで。後は任せてくれれば、完璧に仕上
げるから!﹂
﹁⋮⋮はい。お願いしますね﹂
オリヴィア達が疲れている、という事なので、用の済んだ俺とミ
ラベルは退出する事にした。
﹁私たちが、アルドさんの側にいる資格⋮⋮﹂
去り際、オリヴィアが何か呟いていたようだが、大型の魔石とは
しゃぐミラベルに気を取られ、良く聞こえなった俺は、その呟きを
無視してしまった。
◆◇◆◇◆◇
﹁おはようオリヴィア、今日の調子はどう?﹂
﹁おはようございます。体調はもう万全ですよ﹂
いつもの訓練場に入ると、オリヴィアがすでに訓練を始めていた
748
ので、声をかける。ウィリアム、ミラベル以外のメンツも訓練して
いるので、そちらにも声をかけながら、オリヴィアに近づいて、持
っていたものを手渡す。
﹁これは?﹂
﹁うん。新しい装備﹂
﹁新しい装備⋮⋮ですか?﹂
オリヴィアは困惑した様子で、それでも俺が手渡した三つの物体
を受け取る。彼女の困惑は二つ、なんで新装備? それとこれは何
? という感じだった。
﹁そうそう。オリヴィアの専用機のために用意した新装備なんだけ
ど、色々新しいから、機体ができるまで、先にこっちを習熟して貰
おうかなって思って﹂
﹁はぁ⋮⋮?﹂
オリヴィアに渡した装備は、鋭角な形をした、例えるなら鳥の模
型のようなものだった。翼など稼働するものはないが、嘴を思わせ
る先端に、二枚の羽を模した鋭い突起がはえており、中央には小さ
いながら簡易魔導炉を設置している。
﹁名前は⋮⋮そうだなぁ。スワローって事にしておこうか。たぶん
口で説明しても解りづらいから、実演してみるよ﹂
﹁お願いします﹂
形状からは武装と言われても困るものだという自覚はあったので、
俺はオリヴィアを連れて、的にできる杭が並ぶ訓練所の一角に連れ
ていく。剣を打ち込んだり、魔法を打ち込むための木偶が乱雑に並
ぶ一角で、俺とオリヴィアは新武器、スワローを持ってそれらの前
749
に立つ。
足元に三機のスワローを置いて貰い、俺はオリヴィアに説明を始
めた。
﹁まずは基本的な機能を説明しようか。この武器は簡易魔導炉を積
んだ補助器なんだ﹂
﹁補助器、というのは?﹂
聞きなれない言葉に、オリヴィアが首を傾げた。俺はスワローを
起動し、≪魔力接続≫をしながら、補足説明する。
﹁よしよし。起動自体は問題ないかな⋮⋮補助器っていうのは、文
字通り、使用者の補助を目的としたものだよ。補助の形には色々あ
るけど、ここで、スワローのいう補助は、魔術全般を想定してる﹂
﹁魔術全般の補助⋮⋮!? そんな事が﹂
﹁まぁ、施策だから、そこまで大それたものでもないんだけどね⋮
⋮と。準備できた﹂
パスを繋いだスワローから、特に不備を感じなかった俺は、オリ
ヴィアに俺の前にでないように忠告しながら、スワローから少し離
れ、魔力をスワローに通して動作させる。
﹁スワロー起動。いけっ!﹂
俺の声と共に、三機のスワローが弾けるように宙に舞う。
﹁あっ⋮⋮!?﹂
突然の出来事に後ろのオリヴィアが不安げな声をあげるが、もち
ろんこれは動作不良ではない。
750
﹁まだ驚くのは早いよ!﹂
スワローは俺の意思を受け取り、後部から魔力を噴き出すとその
勢いで宙を駆け巡った。杭の間を素早く、縫うように飛行し、校舎
の壁に激突する瞬間、機首をあげ、壁のぎりぎりを飛んで激突を避
ける。そこからさらに加速し、俺の方に戻ってきた三機のスワロー
は、速度を落としながら、上空を旋回し始める。
﹁す、すごい⋮⋮﹂
﹁まだまだ。補助器としての真価、見せてないからね!﹂
そう、これはまだ基本機能だ。遠距離攻撃が主体となるオリヴィ
アのために作ったこの新武装。その真価はここからだ。
﹁≪飛燕刃≫﹂
魔力を纏ったスワローが、輝きはじめ、勢いを増して杭に向かっ
て飛ぶ。その大きさ、華奢に見えるその形状から、激突したスワロ
ーが破砕するような幻想を見たオリヴィアが、息を飲む。俺は笑っ
てそれを否定する。
スワローは杭を前に速度を落とさず、むしろ増しながら飛翔し、
杭に衝突する。軽いスワローは杭に当たり、弾かれたり破損するこ
となく、杭をあっさりと切り飛ばし、速度を落とすことなく飛行を
続け、次の標的に向かって飛ぶ。
次々と杭の先端が宙を舞うなか、滑るように飛行したスワローが
急上昇する。
﹁撃ち抜け!﹂
751
俺の号令のもと、三機のスワローから次々に収束した魔力が打ち
出された。レーザーのような光条が幾つも乱れ飛び、宙を舞ってい
た杭の先端を撃ち抜いた。
﹁⋮⋮﹂
﹁基本的には使用する魔力をスワローの方で増やしたり、魔術を使
用する起点にしたりするんだけど、慣れればこういう事も出来るし、
もっと色々できるようになると思うんだ﹂
あっけにとられ、声もだせずにいるオリヴィアに俺はそう説明し
た。
の盾≫≪
の
その後、新装備に慣れて貰うため、オリヴィアに実際に操作して
貰う。しかし⋮⋮
﹁上手くできません⋮⋮﹂
スワローは飛行する際、半ば自動で飛ぶため、≪
剣≫と違ってその場で待機できない。勝手に動いている間に制御を
離れたり、複数同時に制御しようとして、スワロー同士をぶつけて
しまったりしたオリヴィアは、すっかり意気消沈してしまっていた。
うーん。得意だと思ったんだけど⋮⋮どうしたんだろう。そもそ
も、訓練に集中できていないような。
俺は肩を落とすオリヴィアに、少しづつ慣れていこう、と声をか
けて、どうしたものかと頭を悩ませた。
752
第76話﹁決闘の準備﹂
機体は完成し、決闘の日付まで残り3日。新武器として作成した
スワローだったが、肝心の使用者であるオリヴィアの訓練が難航し
ていた。
﹁これは、別のメインウェポンを用意するしかないか⋮⋮?﹂
訓練場で、オリヴィアの訓練を遠目に見ながら、そんな事を口に
してしまう。
そう口にしてみても、いい案が浮かばない。銃のようなものを使
ってもらってはと考えてみたが、あちらも使用するのに訓練が必要
だろう。期間も少ないので、このままスワローを使い続けて貰うか
どうか悩むところだ。普段使っている杖、というのも考えたが、ス
ワローは杖の延長、またはセットで運用するアイテムとして開発し
たものだったので、杖単体だと、最初の懸念点だった大量の魔力が
ただ扱えるようになるだけ、という問題が残る。これでも充分とい
えば充分ではあるが⋮⋮
それに、訓練内容を見た所、使う適性が無い、というよりもそも
そも訓練に集中できていなさそうな事が問題として大きいようだっ
た。何か気になる事があるのか、訓練中にぼうっと呆けている事が
あるし、スワローの操作中も、何か気になるのか、操作を誤る事が
多い。この状態だと、どんな武器を渡しても似たり寄ったりだろう
か。
﹁ねぇ、クリス、オリヴィアはどうかしたの? 最近、あんな感じ
が多いみたいなんだけど﹂
753
今も、杖を持ち、地面に置かれたスワローを眺めるオリヴィアの
方を見ながら、訓練を終えて来たクリスに声をかける。
﹁⋮⋮わかんない。直接聞いた方が早いかも﹂
クリスはちらっとオリヴィアを見て、ため息をついたクリスはそ
う言った。タオルで汗を拭きながら訓練場を後にしたクリスは、そ
れ以上は何も言わなかった。
何となく、何か知っていそうな雰囲気だったが、これ以上は教え
てくれなそうだ。それなら、直接聞いてみるしかないか。
機能停止、という表現がぴったりくるような見事な静止状態のオ
リヴィアに近づき、少しだけ、なんて声をかけるか考えてから、オ
リヴィアに話しかける。
﹁あー。オリヴィア?﹂
﹁! は、はい。何でしょうか﹂
こっちにまったく気づいていなかったらしいオリヴィアは、驚い
て取り落しそうになった杖を持ち直し、慌ててスワローを起動しよ
うとする。こんな注意散漫な状態で起動されたらどんな事故を起こ
すか解らないので、それを制した。
﹁ストップストップ。今日はもうやめとこう。あんまり集中できて
ないみたいだしさ﹂
﹁そうですね⋮⋮﹂
﹁そうそう。そういう時もあるさ。あー⋮⋮あと。スワローが使い
づらいなら、何か別の武器を用意するから﹂
と、つい言いたい事とは違う事をいってしまった。確かにオリヴ
ィアは集中できていないが、そうじゃない。武器の事をついでに言
754
ってしまったが、それより先に言うべき事があるだろ!
そう自分に突っ込みたくなるが、他人が悩んでいるのに対して、
なんと声をかけるべきか困ってしまう。
﹁そう、ですね⋮⋮﹂
しゅん、と落ち込むように肩を落として、オリヴィアが俺に同意
を示すが、今のままだと何を言っても同意しそうな気がする。これ
ではダメだと思った俺は、何とか声をかけてみた。
﹁スワローは、やっぱり扱いづらい?﹂
﹁⋮⋮起動中は勝手に飛んでいってしまうので、位置の把握に手間
取ってしまいますね﹂
﹁それはごめん。一定速度以上で飛んでいてくれた方が、魔力の消
費が楽で﹂
﹁良いんです。私が上手く扱えないのがいけないので⋮⋮﹂
そう言って俯かれると、これからどうにか本題につなげないとい
けないっていうのに心が折れそうになります。
﹁えーあー⋮⋮そ、そうだ。衛星軌道で動かすってパターンを作っ
てみるとか﹂
﹁衛生、軌道ですか?﹂
何だろう。その﹁えいせい﹂はすごく清潔そうな感じがします。
俺の言ってる衛星と違う気がする。しかしまぁ、話のとっかかりは
何とか掴めたようなので、誤解を解くため地面に刀の鞘で図を描い
て説明する。
﹁こういう感じかな﹂
755
﹁へぇー。何でこれが衛生なんでしょう﹂
﹁ごめん、それはいったん忘れて﹂
衛星なんて考えがない世界で、それを説明しようとすると、この
星が丸くて⋮⋮って所から話が始まっちゃうから。
はぁ。そうですか。なんていまいち納得できない様子で、オリヴ
ィアは図を再度見る。
﹁なるほど。この中心が自分で、決まった軌道を最初から動かして
おけば良いんですね﹂
﹁そうそう。で、それぞれがぶつからないように気を付けて、軌道
をずらしてあげればいいんだよ﹂
俺はオリヴィアに一通り説明をすると、喋り終わる頃には多少雰
囲気が解れてきたようだった。
﹁どうかな。少しはお役に立てた? これでも本当にダメそうなら、
やっぱり別の武器を用意するけど⋮⋮﹂
﹁はい。充分です。これを意識してもう一回訓練してみますね﹂
﹁そう。良かった﹂
幾分明るくなったオリヴィアの様子に、俺は安堵した。今なら少
しは別の話もし易そう⋮⋮だろうか。
﹁あ、オリヴィア。それと、何だけどさ。何か困っているようなら、
相談に乗るよ。⋮⋮力になれるかは解らないけど﹂
﹁⋮⋮はい。ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで大丈
夫ですので﹂
﹁⋮⋮そう。まぁ、いつでも話くらいは聞くから﹂
756
何も言われなくて、ほっとするような、何も言われなかった事に、
寂しさを覚えるような気持ちを抱え、俺はその話をそこで打ち切っ
た。こういう時の大丈夫は、本当に大丈夫なんだろうか。そうは思
ったが、無理に聞き出すような事も出来ず、俺はもやっとした気持
ちを抱えたまま、訓練に戻るオリヴィアを見送った。
その時の会話のおかげか、その後の訓練は順調に進んだようで、
オリヴィアはスワローを使いこなしはじめ、新しい武器が必要、と
いう状況は避けられたようだった。そうして、準備を整えた俺たち
は決闘の当日を迎える事となった。
◆◇◆◇
オリヴィアとアデライト家の決闘が行われる数日前││
﹁ふん。決闘などとくだらん。結果は見えているというのに﹂
﹁ふふ。しかし、だからこそこちらにとっては損などないでしょう。
帝国への手土産は、多い方がよいですし﹂
﹁それもそうだな。それに、帝国からの物資で補強したゴーレムを
試してみるのに丁度良いと言えば丁度良い﹂
アデライト家の屋敷広い庭先で、当主とその奥方は、決闘を前に
してそのような会話がなされていた。オリヴィアが仕掛けてきた決
闘は取るに足らない││なぜなら、自分たちが操るゴーレムこそ、
最強の存在であると疑いようがなかったからだ。
王国内では、その強さが畏怖され、人形遊び、己の力で戦わない
卑怯者だのと陰口を叩かれる事も多い。果ては、操るゴーレムが魔
物と同類として語られる事もあった。アデライト家はそれが許せな
かった。いや、陰口を叩かれた程度ならまだ良かった。領外で取引
を行う際に、卑怯者と取引するつもりはないと、直接言われた事す
757
らある。
武勲を立て、王国のためと尽力してきたはずの一代前の当主は、
それらのせいで心労が崇り倒れた事もあり、現当主は王国を恨んで
いた。正当な評価もされず、まともに相手もされない⋮⋮そんな折、
帝国はアデライト家が持つその力に興味を持ったのだった。
﹁ついでに、王国に我らの力を見せつけてやろう。奴らがたかが人
形、といった力がどの程度のものか。教えてやろうではないか﹂
暗い笑みを浮かべながら、対戦相手を蹂躙する様を脳裏に思い描
き、アデライト家の当主はそう言った。
視線の先には、鎧に身を包んだ巨大なゴーレムが、膝をついてい
るというのに、見上げねばならない程のその威容。無言のまま項垂
れるその無機質な巨人は、主の命を今かと待ち続けていた。
758
第76話﹁決闘の準備﹂︵後書き︶
今年も拙作に付き合っていただき誠にありがとうございました。
皆さま、良いお年を!
20160118あとがき追記
2016年のロボ厨の更新は、ちょっとお休みさせていただいてお
ります。
お待ちいただいている読者の皆様には申し訳ありません。
詳細は活動報告にて
759
第77話﹁決闘とオリヴィアの気持ち﹂
﹁なんか、この前より大事になってる⋮⋮?﹂
闘技場に似た会場は、決闘運営委員なるモノが用意したもので、
決闘が行われる際に使われる由緒正しいものらしい。日本では決闘
を言い出したやつも許諾した奴も逮捕される法律があったので、決
闘に由緒正しいとかあるんだ⋮⋮というのは置いておいて。
その闘技場の席は、決闘自体には関係のない観客、つまり野次馬
でいっぱいで、出店が出たりしている。トトカルチョも行われてい
るのか、半券を握って自分の予想を熱く語っている奴なんかも見え
る。
席が纏めて取れなかったので、ここにいるのは、俺とクリス、そ
れにウィリアムだけだった。ミラベルは特に、この決闘を見るのは
複雑なようで、観戦を辞退していた。領に残るそうだ。
﹁学院外では決闘、ってなると娯楽的な意味もあるからねぇ。こう
してまとめて行われるんだよ﹂
﹁とは聞いていたけど、まさかこんな風になるなんて思ってなくて
さ﹂
総勢で16組。一体どの程度の時間やるのかは想像もできないが、
ちょっとした大会みたいな組数に、思わず眉を潜める多いのか、少
ないのか。この世界に育ったとはいえ、故郷の街には無かったので
よくわからない。すでに2組程決闘が消化されていたが、今は互い
の武器を放り出して、拳と拳で熱い語り合いをしている真っ最中だ。
隣にいるクリスは完全に興味がないのか、出店の串焼きが美味し
いのか、それを夢中になって食べている。俺も彼女みたいに、この
760
空気を楽しめばいいんだろうか。
﹁何?﹂
と、眺めていることに気付いたクリスが、俺を睨んだ。正直に答
えると怒られそうなので、無難に返す。
﹁いや、美味しそうだなーって﹂
﹁これはダメよ、私のだから。向こうで買って来たら?﹂
まだ何も言っていないが、クリスにはそんな風に言われてしまっ
た。そんなにもの欲しそうな顔をしただろうか。確かに鶏肉みたい
なのが刺さった串焼きは美味しそうではあるけれど。
﹁まだ長いみたいですし、何か食べてきたらどうです?﹂
ウィリアムの言葉に少し悩む。確かに、今の状況を見れば、かな
り時間がかかりそうだ。
﹁そうだな⋮ちょっとオリヴィアの様子も気になるし、ついでに何
か買って食べてこようかな﹂
予想より大事になっている決闘に、オリヴィアの様子が気になっ
ていた俺は、そう言って立ち上がる。
﹁オリヴィアの所にいくの? そしたら私もいく﹂
クリスが俺の言葉を聞いて残ってた串焼きを全て平らげ、立ち上
がる。
761
﹁そんなに急いで食べなくてもいいのに﹂
﹁道中別のも食べたいから﹂
食い意地の張ったクリスにちょっと呆れつつも、俺は残ったウィ
リアムに声をかけた。
﹁ウィリアムはどうする?﹂
﹁ここに居るよ。戻ってくるとき、席がなくなってたら嫌だろ?﹂
﹁そうだけど﹂
とはいえ、こう言ってくれるのを断るのも、またなんか悪いな。
﹁⋮⋮悪いな。なんか適当に食べ物買ってくるよ﹂
﹁期待しているよ﹂
結局俺はウィリアムの気遣いに礼を言って、俺とクリスは適当な
出店で買い食いをしながら、控室にいるオリヴィアの所に向かった。
◆◇◆◇◆◇
長椅子に祈るような姿で座っていたオリヴィアは、部屋に入って
来た俺たちを見て、身体を起こした。
﹁どう、オリヴィア。調子の方は﹂
﹁ええ、悪くはないです﹂
なんて言われて、うんわかったと納得できる程、俺は鈍感ではな
いつもりだ。
握られた手は、白っぽくなっているし、顔だって青く見える。
762
﹁聞いておいてなんだけど、それ、嘘だよね﹂
﹁青い顔していっても、説得力ないよ?﹂
俺とクリスに言われ、俯くオリヴィア。俺は持っていた紙袋を手
渡しながら、彼女の隣に座る。クリスも同じように、反対隣に座っ
た。
﹁ありがとうございます﹂
﹁ちょっとは食べた方が良いよ。それと⋮⋮やっぱり、緊張してる
?﹂
そりゃそうだろうな。自分の家の事を賭けてまで決闘している訳
だし。こんな大勢の人前でだし⋮⋮そう考えての事だったが、彼女
の言葉は違った。
﹁いえ、決闘に関しては、特に﹂
あっさりそう言われて、俺は拍子抜けする。
﹁じゃ、何にそんなに緊張してるの?﹂
﹁えっと、それは⋮⋮﹂
オリヴィアは俺の方を見た後、少し困った顔をしてから﹁いえ、
なんでもないんです﹂と言った。なんかそういう反応されると気に
なるんだけど⋮⋮それに、俺になんか関係があるのかな?
﹁まだ、あの事を気にしてるんだ?﹂
﹁うん⋮﹂
クリスは呆れたように、オリヴィアに向かってそう言った。何か
763
を知っていそうなその口ぶりに、どうやら任せた方が良さそうだと、
少し身を引く。
﹁もう、いつまでも気にし過ぎ。なんなら、本人に聞いてみればい
いじゃない﹂
そう言ったクリスがこっちを向く。あ、やっぱりなんか俺関連な
んですか。
﹁話が読めないけど、なんか聞きたいことがあるなら答えるよ?﹂
何を聞かれても誠実に答えようと、密かに覚悟を決めてそう言っ
てみる。
⋮⋮でもいったい何を聞かれるっていうんだ。
オリヴィアはそんな俺を見て、一瞬口を開きかけたが、
﹁⋮⋮やめておきます﹂
やめてしまった。おおい。一瞬前の俺の覚悟は⋮⋮。
﹁それに、そう言っているクリスだって、面と向かっては聞けない
んでしょう? だったら、私にだけ言わせるのはずるいです﹂
﹁そ、それは⋮⋮いいの。私は自分の意思でそうするって決めたか
ら﹂
なんか意味ありげな事を言われているけど何なんだろうか。こう、
もやっとするからいっそ言ってしまって欲しい。すごい置いてけぼ
り感がある。
﹁私はそんな風には割り切れないです﹂
764
﹁変な所で臆病なんだから⋮⋮でも、今日ので勝てなかったら、あ
なたが懸念してること、実現してしまうかもしれない﹂
﹁それはわかってます。絶対、勝ちますから﹂
そう言ってクリスに強い視線を送るオリヴィアは、さっきまでの
蒼白い顔はしていなかった。
﹁なら、いいわ﹂
クリスは言いたいことを言って、控室を出てしまう。
﹁ちょ、クリス!?﹂
﹁アルドさん、もう大丈夫です。クリスさんと一緒に、観客席に戻
ってください﹂
いいのか? さっきよりは全然、良さそうな顔をしているけど。
﹁これから決闘に向けて集中しますので、お願いします﹂
﹁そか。わかった。戻るよ﹂
そう言われてしまえば俺も無理にいるべきではないか。そもそも、
あんまりここに来て役に立ったわけではないしな⋮⋮。
﹁必ず勝ちますので﹂
﹁うん。信じてるよ﹂
﹁言っておいてなんですけど、面と向かってはっきり言われると、
ちょっと重圧感じます﹂
俺は苦笑を返してから控室を後にして、観客席に戻った。
765
◆◇◆◇◆◇
ウィリアムにお土産の串焼きを渡しながら、取って置いて貰った
席に座る。
﹁どうだった? オリヴィアの様子﹂
﹁んー。大丈夫そうだった﹂
﹁なんか曖昧だねぇ⋮⋮﹂
だって他に良い言い方ないし。
﹁俺は全く役に立たなかったからね。俺はクリスに付いてっただけ
って形になった﹂
﹁なるほどね﹂
ウィリアムが納得した頃、会場の雰囲気が変わった。
﹁そろそろかな?﹂
ウィリアムがそう言うのと同時に、2人の人影がでてくる。中年
の男女の一組。神経質そうな男女だった。
﹁あれがアデライト家の?﹂
﹁そうだね。間違いないと思うよ﹂
ウィリアムは俺の疑問に答え、頷く。決闘までする事になってい
ながら、その相手の顔も知らないなんて不思議な感じだ。
﹁じゃ、あれが件の人形か。彼らが自信満々なのもうなずけるか﹂
﹁だろうね。あれをみて臆したかい?﹂
766
そう言われた視線の先には、大きな岩巨人がいた。
ただの岩巨人ではない。黒い岩の集合体は、それだけで厄介とい
えるが、その巨人はさらに、武装をしていた。
武器、防具と呼ぶには大ざっぱだったが、身を守るための装甲の
ようなもので岩が補強され、手には剣を模した金属が握られている。
ずしりずしりと地面を揺らし、その足跡をくっきりと残しながら
出て来たそれに、会場の視線は釘付けとなっている。
﹁実際に相手をするのは俺ではないからね⋮⋮でも、あれくらいな
ら、きっと負けないさ﹂
そう断言できる仕上がりにはなっている筈だ。
﹁うん。そうだね。そうでなければ、手伝った甲斐も、無いわけだ
し﹂
自信を持っているのは俺だけでなく、ウィリアムもそうだ。彼と
ミラベルにはかなり手伝ってもらった。そのおかげで、新しく作っ
た機体は万全と言えるだろう。
﹁そんな話をしてる間に、出て来たみたいよ?﹂
クリスの言葉を聞くまでもなく、俺の目にもそれが映る。
岩巨人に劣らない大きな体躯。しかし、そのシルエットは女性的
だ。
優雅に歩を進めるその機体は、長い杖を持ち、スカートアーマー
が僅かに揺れている。遠目から見ると、貴族の令嬢か何かに見違え
るかもしれない。
767
﹁マギア・ギアに次いでの戦闘用だからね、しっかりと見せて貰お
うかな﹃ブランチ﹄の力を﹂
ウィリアムがそう言ったのを聞きながら、これから始まる決闘に
意識を集中した。
768
第77話﹁決闘とオリヴィアの気持ち﹂︵後書き︶
随分お待たせしました。
ちょっと別作を書いたりしてるうちに忙しくなったりしてなかなか
こちらの更新ができず、申し訳ないです。リハビリ兼ねて今回は短
め。
またぼちぼち週一ペースを目安に更新していこうと思いますので、
よろしくお願いいたします。
また間が空いてしまうかもしれないので、良ければこの更新の間に
書いていた別作など、読んで暇をつぶしていただければ。
▼チートスキル、影分身を手に入れた!
http://ncode.syosetu.com/n1627
db/
769
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2333cg/
ロボ厨の俺が異世界転生したんだが
2016年7月8日10時58分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
770
Fly UP