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『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」 解説(第 2 版)』に関する考察

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『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」 解説(第 2 版)』に関する考察
関東学院大学文学部 紀要 第127号(2012)
『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」
解説(第 2 版)』に関する考察
中 村 克 明
要 旨:
日本図書館協会の自由委員会は,2004(平成16)年 3 月,
「自由宣言」の『解
説第 2 版』を出版した.そこでは,旧版と比較して,大きな改善がみられる一
方で,依然として1979年「自由宣言」に関する必ずしも適切でない,あるいは
明らかな誤りと思われる説明が存している.そこで,本小論ではそのような説
明のうち,とりわけ見逃すことのできないもの(「国民に対する約束」「知る自
由と図書館の自由」「宣言1979年改訂の特徴」「宣言改訂以降の図書館の自由を
めぐる問題」「人権またはプライバシーの侵害」)を取り上げ,それらを批判的
に考察した.
キーワード:
『解説第 2 版』,「図書館の自由」,自由委員会,1979年「自由宣言」,1954年
「自由宣言」
,知る自由
1
はじめに
日本図書館協会図書館の自由委員会(以下,「自由委員会」と略称する)
は,2004(平成16)年 3 月,
『
「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説
(第 2 版)
』
(以下,
「
『解説第 2 版』
」と略称する)を出版した.
『解説第 2 版』
は,1987(昭和62)年の改訂(以下,
「旧版」と略称する)に続く 2 度目の改
訂であるが,その編集目的は「少なからぬ社会状況の変化」を背景として,
図書館界が「図書館の自由」について積み重ねてきた「貴重な経験」を踏ま
え,
「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」
(以下,
「1979年『自由宣言』
」
と略称する――なお,1954[昭和29]年 5 月,全国図書館大会で採択され
た「図書館の自由に関する宣言」については,「1954年『自由宣言』」と略
称する)を「より具体的な図書館活動の指針として役立つものにする」1 )こ
とである.
― ―
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『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説(第 2 版)
』に関する考察
これに基づき,『解説第 2 版』は「『人権またはプライバシーの侵害』に
関する厳密な定義」
「インターネットによる情報提供にかかわる問題」
「
『子
どもの権利条約』の批准に伴う子どもの知る自由への言及」
「多様化する著
作権問題と図書館のかかわり」等の項目を設け,これらについてかなり詳
しい説明を行なっている 2 ).この点で旧版に比して大きな改善がみられる一
方,依然として必ずしも適切でない,あるいは明らかに間違っていると思
われる説明も存している.そこで,本小論ではそのような説明のうち,と
りわけ見過ごすことのできないものをいくつか取り上げ,それらを批判的
に考察することにしたいと思う 3 ).
2 「国民に対する約束」について
『解説第 2 版』は,1979年「自由宣言」について,「図書館がその利用者
に対してする約束である」4 )と述べている.周知のように,1979年「自由宣
言」は「図書館は,基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に,資料
と施設を提供することを,もっとも重要な任務とする」
(前文)という図書
館の基本理念から始まって,
「図書館の自由が侵されるとき,われわれは団
結して,あくまで自由を守る」
(結語)という図書館人の決意で終わってい
る.この1979年「自由宣言」の規定の中から「利用者に対してする約束」
=
「国民に対する約束」と読み取れる箇所を見出すのは困難である.おそらく,
一般の利用者には,
「国民すべてに対して図書館の立場とその決意を表明し
ているもの」というよりも,日本図書館協会が“自分たち”の活動指針を世
に公表したものとしか映らないであろう.
1979年「自由宣言」を真に「利用者に対してする約束」とし,
「国民一般
にひろく支持されることを強く望む」5 )のであれば,『解説第 2 版』でその
ような説明を行なうよりも,同宣言に明記するのが正しいあり方であろう.
すなわち,1979年「自由宣言」そのものを改め,その旨を宣言本体に規定
すべきであろう.日本図書館協会は1979(昭和54)年 5 月,――1954年「自
由宣言」を改訂し――,1979年「自由宣言」を決議して以来,本文に一切,
手を付けてこなかったが,本来「図書館の自由」とはいかなる概念なのか,
誰に対して訴えようとするものなのかをまず明確にした上で,その具体的
な内容を展開すべきだったのではないか.成立から30年以上を経過し,1979
年「自由宣言」も,そろそろその改訂を本格的に議論されるべき時に来て
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関東学院大学文学部 紀要 第127号(2012)
いるように思われる.
3 「知る自由と図書館の自由」について
『解説第 2 版』は,
「1954年宣言では『
「知る自由」をもつ民衆』という表
現で,図書館の自由が民主主義の精神と不可分なことを示唆していたが,
1979年改訂では,これをもっと明確に図書館の自由の根拠が日本国憲法で
保障されている基本的人権の規定にあることを表明した」6 )と述べている.
しかし,この記述は正確ではない.なぜなら,1979年「自由宣言」(前文)
では,
「図書館の自由」の根拠(基軸)が知る自由に置かれているからであ
る。何故に知る自由を用いずに,
「基本的人権の規定にある」と述べたのか.
これでは,1979年「自由宣言」が包括的な表現を避け,せっかく知る自由
を根拠にすえた意義が軽んじられてしまうことになろう.このように述べ
るからには,やはりその理由を明示すべきであったと思われるのである。
そして,これに関連して気になるのが,1979年「自由宣言」が1954年「自
由宣言」と同様,知る権利ではなく,知る自由を使い続けていることに対
する説明が全くなされていないことである.かつて拙著『知る権利と図書
館』(関東学院大学出版会,2005)で指摘したように,1979年「自由宣言」
における知る自由は,法学界やマスメディア等で主張されている知る権利
と同概念と捉えることができる 7 )が,あえて知る自由を採用した背景には
図書館界独自の理由があったのである.それは,この言葉を日本で“最初
に”用いた先学の英知を尊重したかったこと,図書館においては知る自由
の方が知る権利より広い概念であるといったこと 8 )などであった.こうし
た点に全然ふれないのでは,知る自由と知る権利とが――
“自由”と“権利”
という言葉のイメージによって――,あたかも別の概念であるかのような
誤解を受けてしまうことになるであろう.
編集の都合上,紙幅や時間等に制約があって,これについて詳しく論じ
ることができなかったという事情もあったかもしれないが,それにしても
「図書館の自由」の「根拠」であり,その基軸となっている知る自由につい
て,――1979年「自由宣言」がその意味内容や性格等を必ずしも明確に規
定していないからには――,
『解説第 2 版』でもっと突っ込んだ説明をして
おくべきであったと思われるのである.
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『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説(第 2 版)
』に関する考察
4 「宣言1979年改訂の特徴」並びに「宣言改訂以降の図書館の自由をめぐ
る問題」について
『解説第 2 版』によれば,1979年「自由宣言」は,「25年間の図書館界の
経験を集約し実践に裏付けられた」ところの「まったく新しいものである」
とされる 9 ).これだけをみれば,単に「新しいもの」ではなく,
「まったく」
「新しいもの」というのであるから,当然,性格も内容も違うものになって
いると受け取るのがふつうである.ところが,1979年「自由宣言」を読め
ばわかるように,1954年「自由宣言」と比べて,副文(解説文)が加えら
れたり,主文に利用者の秘密保護に関する新たな条項が 1 つ追加されたり
はしているが,特に大きく変わったところがあるようにはみえない.1979
年「自由宣言」のどこが「まったく新し」くなったというのか.その基軸
となっているのは,相変わらず知る自由である(つまり,基本的な性格は
変化していない)し,『解説第 2 版』の説明も,「はじめに」で述べた点を
除けば,ほとんど変わっていない.1979年「自由宣言」が,1954年「自由
宣言」とは「まったく」違ったものとなっている,という説明の仕方は明
らかに利用者・市民に誤解を与えるものであって,とても適切な表現とは
いえないであろう.
それから,諸説明の中で,最も疑問に感じるのが次の箇所である 10).
1983年 7 月……一区議会議員の蔵書目録提出要求に端を発した同区
(東京都品川区――引用者注)図書館の蔵書偏向発言は,宣言にうたわ
れた資料収集方針の公開と,これをめぐる住民との対話の重要性を提
起した.これが議員の区議会での質問や要求であったため,資料収集
の自由に対する政治的干渉ではないかという批判を生んだが,利用者
および住民の具体的な蔵書に関する意見の表明を歓迎し,これに適切
に対応していく図書館の姿勢が問われたものであると受け止めるほう
が,この経験を生かしていくには重要であろう.
(下線――引用者)
『解説第 2 版』(旧版も全く同じ説明であった)は何と,ものわかりのい
いことであろうか.この事件が,
「政治的干渉」でなくて,何だというのか.
こうした露骨な「政治的干渉」をも,
「利用者および住民の具体的な蔵書に
関する意見の表明を歓迎」するというのであれば,1979年「自由宣言」の
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関東学院大学文学部 紀要 第127号(2012)
いう「権力の介入または社会的圧力」に該当する事例などおそらくこの世
に存在しなくなるであろう.
しかも,
『解説第 2 版』は「これに適切に対応していく図書館の姿勢が問
われたものであると受け止めるほうが……重要であろう」とまでいい切っ
ている.ここまでくると,もはや何をかいわんやである.これでは,議員
による「政治的干渉」大いに結構,
“どんどんお願いします”といっている
ようなものではないか.このような“事件”を許容した暁には,それこそ
様々な議員が勝手なことをいってくることになろう.それでも,これを喜
んで「歓迎せよ」というのであろうか.極めて疑問である.
ただし,同じ自由委員会の見解でも,『「図書館の自由に関する宣言」に
関する事例33選』のこの事件に対するもの 11)は,ほぼ妥当な見解であると
いってよいであろう.
5 「人権またはプライバシーの侵害」について
最後に,
「人権またはプライバシーの侵害」について述べておきたい.
「は
じめに」でふれたように,
『解説第 2 版』は資料提供の制限について,――旧
版ではあまり言及されていなかった――「人権またはプライバシーの侵害」
の項の内容を充実させている 12).例えば,この「人権またはプライバシー
の侵害」という文言が今日では,
「プライバシーその他の人権を侵害するも
の」と「読み替えられるべき」ものであることを指摘している 13).この指
摘自体は適切なものであるが,しかしその説明にはやはり重大な問題が存
しているように思われる.
すなわち,「『侵害するもの』であると判断する基準」14)の中で,「差別的
表現は,特定個人の人権の侵害に直結するものを除き,制限項目に該当し
ない」15)としている点である.これは,一見正当な見解であるようにみえる
が,しかし一体,「直結」するものと,「直結」しないものをどうやって区
別するというのであろうか.これに関して,『解説第 2 版』は,いわゆる
「部落地名総鑑」や「一部の古地図,行政資料など」は人権侵害に「直結」
する例である 16)としているが,結局のところ「直結」するかどうかの判断
は,“個々の”図書館が「図書館内外の多様な意見を参考にしながら」17)決
定することになるわけであるから,図書館によって違った結論が導き出さ
れることになる.
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『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説(第 2 版)
』に関する考察
一般論からすれば,それで良いのだが,ただそうした場合,人権感覚に
乏しい図書館では――他の図書館で何ら問題にならないものまでも――,
制限(さらには禁止)されてしまう危険が生ずることになろう.なるほど,
1979年「自由宣言」は強制力のあるものではなく,その具体的な判断・運
用は個々の図書館に任されている.しかし,プライバシーを侵害するもの
に関してはその重要性に鑑み,図書館によって対応・判断が異なるような
ことは絶対に避けなければならない.でなければ,図書館の存在意義が根
底から問われることになろう.
また,私は「特定個人の人権の侵害に直結するものを除き」という箇所
にも,強い違和感を覚える.図書館は,真理の探究を通して,平和と人権
の保障・確保を最大の目的として存在しているのであって,その反対に個
人のプライバシーを侵害したり,差別を助長したりするような資料を大切
に保護・保存するために存立しているわけではない.障害を抱え,自分で
は訴えることができない人々もいることを考慮すべきである.例えば,発
達障害,自閉症,アスペルガーの人々を間違った認識の下に侮蔑したよう
な資料が「特定個人の人権の侵害に直結するもの」ではないとして,何ら
の制限も加えられずに公開されていてよいのであろうか(
“禁止”と“制限”
を区別した上で,ある程度の制限を行なうことは当然であると思われる)
.
確かに,国民には知る権利があるのだから,間違った資料はそれとして
批判の対象として今後の検証に資するためにも公開すべきだという意見も
あるかもしれない.しかし,これによって傷つけられた人々の心のケアは
どうするのか.日本自閉症協会が著者や出版元に抗議するだけでは根本的
な解決にはなるまい.そもそも「特定個人の人権の侵害」といった考え方
は法曹界のそれであって,図書館の採るべき態度ではないであろう.裁判
所の判決を重視するというのであれば,
「図書館の自由」に関わる事件はす
べて,裁判所に任せておけば良いということになってしまうであろう.知
る自由(知る権利)を絶対視するかのような見解には私は賛成できないの
である.
6
むすび
以上,
『解説第 2 版』におけるいくつかの重要な問題点について批判的に
考察してきた 18).中には私の誤解に基づく批判もあるかもしれない.その
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関東学院大学文学部 紀要 第127号(2012)
ような点については,ご指摘いただければ幸いである.
本小論で指摘した問題点が検討され 19),自由宣言に関する解説がより良
いものへと改善されることを切に希望する次第である.
注
1 )日本図書館協会図書館の自由委員会編『「図書館の自由に関する宣言1979年
改訂」解説(第 2 版)』日本図書館協会,2004,p. 17.
2 ) 1 )の文献,p. 17.
3 )なお,本小論はあくまでも『解説第 2 版』の“説明”に対して疑義を呈した
ものであって,自由委員会(ましてや,同委員会の方々)を批判する意図を
持ったものでは全くない.それどころか,自由委員会には日本の図書館界の
発展のために一層活躍していただきたいと願っている.はじめにこのことを
はっきり述べておく.
4 ) 1 )の文献,p. 18.
5 ) 1 )の文献,p. 18.
6 ) 1 )の文献,p. 19.
7 )拙著『知る権利と図書館』関東学院大学出版会,2005,pp. 46−47.
8 ) 7 )の文献,p. 56.
9 ) 1 )の文献,p. 12.
10) 1 )の文献,p. 15.
11)「品川区立図書館に対する区議会議員からの蔵書リスト提出要求」日本図書
館協会図書館の自由に関する調査委員会編『図書館の自由に関する宣言に関
する事例33選』日本図書館協会,1997,pp. 22−29.
12) 1 )の文献,pp. 25−28.
13) 1 )の文献,p. 25.
14) 1 )の文献,p. 25.
15) 1 )の文献,p. 26.
16) 1 )の文献,p. 26.
17) 1 )の文献,p. 27.
18)もっとも,私は個人的には「図書館の自由」はまだまだ未成熟な概念である
と考えている.詳細については,7 )の文献,pp. 95−129参照.
19)もう 1 点付け加えれば,――1979年「自由宣言」に平和に関する言及がない
以上――,
『解説第 2 版』では平和の意義について多少なりともふれておくべ
きであったと思われる.いうまでもなく,平和なくして,人権の保障も図書
館の発展もあり得ないからである.平和と人権に関する文献として,小林直
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『「図書館の自由に関する宣言1979年改訂」解説(第 2 版)
』に関する考察
樹『憲法第九条』(岩波新書)岩波書店,1982,同『平和憲法と共生六十年』
慈学社,2006,深瀬忠一『戦争放棄と平和的生存権』岩波書店,1987等参照.
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