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KKHR2012/W_05 各論05

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KKHR2012/W_05 各論05
3.2.1.
中・近世ラ・ロシェルの都市形態の変遷過程に関する研究
正会員
同
ラ・ロシェル
近世
フランス
都市形態
○ 桶谷 知秀*
杉本 俊多**
中世
港
1. 序
ラ・ロシェル(La Rochelle)はフランス西部のビスケー湾
スマップとして年代を順に遡らせ、修正を行いつつ各時
の入り江にある港湾都市である。大西洋での漁を行う際
取り、当時の建物の位置を確認した。
代の都市を復元した 2)。また都市計画案から施設名を読み
の漁港として重要な役割を果たしており、また自然と建
築資産の保護に力を入れた都市として知られている。
3. 中・近世ラ・ロシェルの都市変遷過程
3.1. 概要
ラ・ロシェルにおける 1573 年、1620 年、1698 年の各
その歴史は 10 世紀頃に小さな漁村として始まる。大西
洋への交通の要路に位置し、1199 年にアキテーヌのエレ
ノア(Eleanor of Aquitaine)が都市特権を与えたことにより、 復元データを元に、都市形態とその変遷過程の分析を行
う。また、1573 年以前における中世の都市については、
町はワインと塩を輸出する重要な貿易拠点として成長す
る。1293 年にイングランド軍による襲撃を受け、これが
街区の形態を元に都市の拡張を推測し、その変遷過程を
両国の関係を悪化させることとなり、翌年の 1294 年にギ
辿っていく。すると、土地や街区の開発に基づき、以下
エンヌ戦争を導く背景となっていた。中世後期では他国
の3期に分類して分析した。
と の 戦 争 に 備 え 、 港 の 門 で あ る シ ェ ー ヌ 塔 (Tour de la
・中世都市(10C-1573)
Chaine)とニコラス塔(Tour Saint-Nicolas)を含め、軍事的役
・拡張期(1573-1620)
割を果たす城壁や塔を建設することで、城塞都市として
・近世都市(1620-1698)
機能し始める。近世に入るとプロテスタントの牙城と化
ラ・ロシェルが誕生した 10 世紀頃から、1573 年の都市
し、王室に対する抵抗の拠点となった。それによるカト
が描かれた古地図までを中世都市の時代とし、それから
リックからの攻撃から守っていたが、ルイ 13 世(Louis
宗教に関する戦争が度々勃発していた 1620 年までを中・
XIII)宰相リシュリュー(Richelieu)による包囲網によって
近世における都市変遷期とする。さらに街区の拡大、都
1628 年に陥落する。後に貿易による経済復興により都市
市の発展が著しい 1698 年までを近世都市の時代とする。
が拡張し、1698 年までには港の城壁が取り壊された 。
各時代の都市形態において明らかになった特徴を次節に
現在まで都市の拡大が続けられたが、中世・近世の都市
記す。
形態や城壁の跡、建造物を今でも見ることができる。
このようにラ・ロシェルは中・近世において、港町と
3.2. 中世都市の形態(1573 年)
1573 年の古地図(図.3)によると、海沿いに城壁が建設さ
しての都市計画手法と城塞都市としての機能が同時進行
れており、稜堡も確認できる。さらに港には兵士の収容
していた歴史背景を持っている。
所、大砲による砲撃の様子が描かれており、主に軍事的
1)
役割を担っていたことがわかる。
2. 研究の目的と方法
本研究では、中・近世ラ・ロシェルの都市形態の変遷
3.2.1. 都市の外郭・形態(図.6 参照)
都市周辺だけでなく、内港部にも城壁が形成され、海
過程を明らかにし、フランス港町の歴史的な空間構造の
からの侵入を堅固に防いでいる。また、西側の城壁が大
特徴を解明することを目的とする。
きく湾曲しているが、その土地はまだ未開発地であり、
方法として歴史的図面(地図、絵図等)を収集し、それと
当時の土地形状に合わせたためであると考えられる。さ
ともに平面図の復元を行い、分析を行う。研究資料とし
らに半円状の城壁がいくつか確認でき、様々な方向から
て 1573 年の古地図(図.3)及び 1620 年の都市計画案(図.4)、
の攻撃に備えていたことが推測できる。12 世紀には都市
そして 1698 年の都市復元図(図.5)を用いた。これらには縮
を南北に分けた市壁が建設されていた。
尺のズレや歪みが含まれているため、まずラ・ロシェル
市役所のホームページにて公開されている現在の地籍図
3.2.2. 街区計画
1573 年の都市を図.1 のように 4 つの地区に分類し、地
のデータを CAD ソフトでトレースを行った。これをベー
区ごとの街区構成について分析する。
Study on the Transition Process of Medieval and Early modern
Urban Form in La Rochelle
OKETANI Tomohide, SUGIMOTO Toshimasa
45
Ⅰ:港地区西部
街区が海沿いに依存して形成
3.3.3. 建築施設
教会建築の数が減少していることがわかる。これは宗
されており、内港や土地形状に
教に関する戦争(ユグノー戦争)の際に焼失したことが考え
合わせた自然発生的な街区が築
られる。
かれていることがわかる。
Ⅱ:港地区東部
3.4. 近世都市の形態(1698 年)
近世では主に東側街区の形成が行われていた。また水
南北に長手方向を持つ一次元
路の埋め立てや既存の城壁が撤去され、全体的な都市の
的な街区が形成されている。Ⅰ
拡大を図っていた(図.5)。これは戦争終結による他国との
の地区とは異なり、内港沿いに 貿易が頻繁に行われた時代と重なっており、当時の都市
空地を設けていることがわかる。 図.1 地区構成
計画手法を大きく取り入れることが十分に可能であった
Ⅲ:中央地区 と思われる。
城壁沿いに形状を合わせた有機的な街区が確認できる。 3.4.1. 都市の外郭・形態(図.8 参照)
都市を分割した水路の一部が埋め立てられ、大きく 2
また、西部では南北に長手方向を持つ 3 つの一次元的な
街区、同様に北部では東西に長手方向を持つ 5 つの街区
つの地区としてまとまる。また、周囲の城壁や堀の大部
が見られる。それらの幅は 40~45m、奥行きは 150m~250m
分が撤去され、さらに一回り拡大された城壁が建設され
と規模が大きく、規則的に配置されていることがわかる。 ていることがわかる。一方で港では新たな堀が形成され
ている。船着き場の面積を増加させることで、より効率
Ⅳ:北側街区
街区の規模は多様であるが、縦横に交差する街路が確
的な貿易を行う意図があったと考えられる。
認できる。また、Ⅲの街区と比較すると形態の関連性は
見られず、独立した都市形成が行われていたことが考え
3.4.2. 街区計画
水路の埋め立てに伴い、既存の街区と連結して街区を
られる。
拡大させていることがわかる。その密度も非常に高く形
3.2.3. 建築施設
教会施設が北側地区に集中していることがわかる。一
成されていることから、この約 80 年間における都市の市
方で港近くには市庁舎があり、都市形成における拠点と
街区に大きな空地が多く見られていることから、まず東
なっていたことが窺える。
側街区から都市形成されたことが考えられる。その東側
3.3. 拡張期における都市形態(1620 年)
拡張計画を含む都市図(図.4)では船が内港に集まってい
街区の形態について着目すると、格子状の街区が整然と
る様子が見られ、城壁が港周辺を覆っている事が確認で
きる。つまり双頭の港入り口を通らなければ着港できな
3.4.3. 建築施設
東側街区に教会建築が置かれている。1698 年で見られ
い構造となっている。
る教会建築は全部で 3 棟であり、いずれも中央街区から
3.3.1. 都市の外郭・形態(図.7 参照)
東側の土地が開拓されていることがわかる。また開拓
外れて配置されていることがわかる。
される際に水路が敷かれ、地区が明確に分割された都市
計画であったことが確認できる。さらに都市を南北に分
4. 中・近世における都市計画手法
中・近世にかけて形成
割した市壁が取り崩され、地区の統一が成されている。
された都市の変遷過程を
つまり中世から近世にかけて、都市を区分する手法を、
図.2 に示す。ここでは街
既存の街区を含めて実行されたことが推測できる。一方
区形態や広場、城壁、そ
で堀を形成した新たな城壁が一回り拡大して建設され、
して既存街区と新街区と
二重壁として整備されている。これは度重なる戦争によ
の接続部分に焦点を当て、
る、内陸部からの侵入を堅固に防ぐ意図があったことが
各時代の都市計画の主な
考えられる。
特徴を比較する。
3.3.2. 街区計画
土地の拡大に伴い、東側に街区が形成され始めている
①中世の街区
ことがわかる。また港において新たに市場が形成されて
おり、市民の居住地区や商業地区となっていることが推
4.1. 街区形態
①と②を比較すると、中世と近世の各街区形態が明快
測できる。他方で、新市街地や既存市街地において中庭
に異なっていることがわかる。つまり近世において、既
や農場のような敷地が見られ、街区によって用途が仕分
存の街区形態を残し、新たな都市計画手法を取り入れた
けられていたことも考えられる。
ことが言える。
街化が顕著であったことがわかる。また拡大された北側
配置されていることがわかる。
②近世の街区 46
①
②
図.2 都市拡大の段階(1573-1698)
4.2. 広場
中世に形成された中心広場は不整形であり、自然発生
①中世の街区を継承する都市計画
的に生まれた空地であったと考えられる。一方で、近世
③貿易の活性化に伴う港の城壁の除去
②二次元的な街区の形成(バスティードの洗練)
に形成された東側街区の中央に正方形の広場が見られる。 このようにラ・ロシェルでは、中世と近世の各時代の変
図.2 にも同敷地に広場が計画されており、周辺街区と形
遷において都市計画手法が大きく変化したことが明らか
態の統一が図られている。このように、近世の広場は全
となった。中世では港の土地形状に合わせた有機的な都
体の都市計画に組み込んだ一つの構成要素であり、中世
市形成を歩み、近世では土地を分割して区画分けする幾
の広場と異なる概念で設けたことが推測できる。
何学的な都市形成を行う手法が主流となっていった。こ
4.3. 城壁
4.3.1. 外郭
都市を囲んだ城壁は、特に 1620 年から 1698 年におい
れはバスティード
類似する点があり、その影響を一貫して受けていたこと
て、その形態に依存しながら拡大させていることがわか
させることで近世の都市形成を巧みに適応させ、都市を
る。それに伴い、城壁の形状に適応させた街区が開発さ
合理的に発展させたことがラ・ロシェルの都市形成過程
れている。これは外部からの攻撃を防ぐための最適な防
における大きな特徴であると言えるだろう。
3)
と呼ばれる中世新都市計画の特徴に
も明らかとなった。そして既存の街区は拡大・形状変化
御形態が、中世において既に確立されていたことが推測
できる。
謝辞
本研究は平成 23 年度科学研究費補助金基盤研究(C)課題
4.3.2. 港
中世において内港部に接した城壁が建設されるが、近
番号 21560666「大航海時代ヨーロッパにおける都市計画
世には取り崩されている。要塞化していた港が貿易の活
理念の形成に関する研究」の研究成果の一端をなす。こ
性化に伴って次第に解放され、商人のための海港へと変
れに感謝いたします。
化したことが考えられる。
4.4. 街区の接続形式
各時代の街区が隣接した場所に着目する。都市を東西
1) ラ・ロシェルの都市形成史に関して、以下を参照とした。
に分断していた城壁が近世で崩され、中世の街区形態に
・Marcel Delafosse, Robert Favreau – Luis Perouas, Olga de Saint-
註
合わせて拡大された街区が見られる。また近世都市計画
Affrique, Etienne Trocme, ”Histoire de La Rochelle”, Editions Privat,
における街区形態に適応させるため、適切な形状変化が
Toulouse, 1991.
各所で施されていることが確認できる。したがって近世
・Frederic Barrault, “La Rochelle l’histoire d’un port”,
において、既存街区に順応した合理的な街区計画が行わ
Gulf Stream, France, 2010.
れていたことがわかる。
・http://www.ville-larochelle.fr/en/decouvrir-la-ville-et-
4.5. 街路の接続形式
各時代の都市形成領域を横断する街路に着目する。中
patrimoine.html
・http://www.francethisway.com/places/la-rochelle-
世に形成された街路が、近世の街路と同一直線上で結ば
history.php
れている場所が確認できる。いずれも教会堂へと直結し
2) 復元に用いた都市図については、以下のとおりである。
ており、宗教建築の重要性が窺える。一方で形成時期が
・1573 年:Georg Braun & Franz Hogenberg, "Civitates orbis terrarum"
異なる広場を、1 つの街区を横断して接続した街路が東側
・1620 年:Matthaus Merian, ”Rupella Rochelle”
街区に見られる。この街区形態は特異であり、意図的に
・1698 年:Maulny, A,”Plan des fortifications pour les projet de 1698”
設けられたことが考えられる。以上のことから、各時代
・ベースマップとしたラ・ロシェルの現在の地籍図について
に築き上げられた都市計画の構成要素の連結が試みられ
は、ラ・ロシェル市役所(La Rochelle Official Website)が公開
ていたことが推測できる。
する地籍図データを参照とした。
3) 参照=伊藤毅、「バスティード フランス中世新都市と建
5. 結
中・近世におけるラ・ロシェルの都市形態の変遷過程
築」、中央公論美術出版、2010 年。
を観察することにより、以下の特徴が明らかとなった。
図版出典
中世
図.1,2,6,7,8 :筆者作成。
①自然発生的な街区・広場計画
図.3: Sebastian Münster, "COSMOGRAPHIA", 1590, pp.258-259.
②一次元的な街区の形成(バスティード)
図.4: ”Histoire de La Rochelle”, Editions Privat, Toulouse, 1991.
③港の周囲を囲う堅固な城壁
図.5: Crédit photo © Inventaire général, ADAGP
近世
http://www.culture.gouv.fr/culture/inventai/patrimoine/index.htm
47
図.3 1573 年の絵図 図.5 1698 年の都市復元図 図.7 1620 年の復元図 図.6 1573 年の復元図
*広島大学大学院工学研究科 博士課程前期
**広島大学大学院工学研究科 教授・工学博士
図.4 1620 年の都市計画案
図.8 1698 年の復元図
*Graduate School of Engineering, Hiroshima Univ.
**Prof.Graduate School of engineering, Hiroshima Univ.Dr.Eng.
48
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