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非主流の後期中等教育機関における 学校適応・進路形成のメカニズム
博士論文(要約) 非主流の後期中等教育機関における 学校適応・進路形成のメカニズム ―高等専修学校の事例研究を軸とした検討― 伊藤 秀樹 第1章 非主流の後期中等教育機関への着目 本研究の目的は、全日制高校ではない後期中等教育の学校・教育施設において、生徒の 学校適応・進路形成を支える教育実践・背景要因と、そうした教育実践のもとで新たに見 えてくる困難を描き出すことである。本研究では高等専修学校の事例研究を軸に、この目 的にアプローチした。 定時制高校・通信制高校・高等専修学校・サポート校などの非主流の後期中等教育機関 は、学業不振・不登校・高校中退などの事情を抱え、全日制高校への進学(・転編入)が 難しい者を、後期中等教育上で受け入れる場となっている。そうしたなかで、それらの学 校・教育施設は、生徒たちに後期中等教育として「高卒(扱い)の学歴」 「学力」 「学校生 活で得られる経験」を提供して次の進路へと送り出す、10 代の若者の社会的自立に向けた セーフティネットの役割を担っていると考えられる。しかし同時に、これらの非主流の後 期中等教育機関では、生徒の学校適応・進路形成にまつわる課題が集積する傾向にあり、 生徒を卒業まで導き社会的自立へと水路づける過程ではさまざまな困難が想定される。 そうした関心のもとで、本章では以下の 2 つのメインクエスチョンを設定した。 MQ1 非主流の後期中等教育機関では、いかなる教育実践・背景要因のもとで生徒の学校適 応や進路形成が支えられているのか MQ2 非主流の後期中等教育機関が生徒の学校適応・進路形成を支えようとする教育実践の もとで、新たに見えてくる困難はいかなるものか 本章では、本研究の学問的オリジナリティ、方法と分析の焦点、本研究の構成について 述べた。 本研究の主要な学問的オリジナリティとしては、以下の 3 点を挙げた。1 点目は、後期 中等教育における学校格差構造で下位に位置づけられる学校・教育施設を対象とし、生徒 の学校適応・進路形成における困難だけでなく、その困難が克服されていくメカニズムに 焦点を当てることである。2 点目は、そうした困難の克服のメカニズムを、生徒が有する 「志向性」や学校内での人間関係のポジティブな側面という新たな分析視角によって導き 出すことである。3 点目は、非主流の後期中等教育機関における学校適応と進路形成のメ カニズムについて、要因間の複雑な絡み合いを包括的に捉える形で提示することである。 研究方法としては、上記の 2 つのメインクエスチョンに対して、ある高等専修学校(以 下、Y 校)での参与観察・インタビューに基づく事例研究を軸として検討を進めることを 述べた。学校適応・進路形成の詳細なメカニズムの探究を目的とし、また対象の新規性が 高く事前の仮説設定が難しい本研究では、事例研究というアプローチが適切だと考えたた めである。 また、分析の焦点として、学校適応については、とくに「不登校経験者の登校継続」 「教 師の指導の受容」という 2 つのメカニズムに注目することを述べた。理由としては、非主 流の後期中等教育機関では不登校・高校中退・非行傾向などの経緯をもつ生徒が多く入学 してくるため、不登校(長期欠席)や教師への反発、逸脱行動の継続が中退と深く結びつ くという点を挙げた。進路形成については、フリーター・無業ではなく進学・就職を選び 1 取るという「進路の決定」のメカニズムに加えて、 「卒業後の就業・就学継続」のメカニズ ムについても注目することを述べた。理由としては、先行研究では後期中等教育段階の学 校・教育施設と卒業生の就業・就学継続との関連について十分な検討がなされていないが、 非主流の後期中等教育機関の生徒たちの社会的自立を考えるうえではこれらの問題は非常 に重要だと考えられることを示した。 なお、本研究の構成についても第 1 章で先取りして述べたが、実際には以下の通りとな った。まず第 2 章・第 3 章では、事例の分析に入る前の前提知識として、非主流の後期中 等教育機関におけるそれぞれの学校種・形態の特徴と、入学してくる生徒層、カリキュラ ム編成、中退率・進路未決定率の現状について言及した。こうした背景とその中での Y 校 の特徴を理解したうえで、第 4 章では第 5 章以降の分析に備えて、事例となる Y 校につい て紹介するとともに、フィールド調査の概要について記述した。第 5 章~第 8 章では、生 徒の学校適応の側面として「不登校経験者の登校継続(第 5 章) 」 「教師の指導の受容(第 6 章) 」 、進路形成の側面として「進路決定(第 7 章)」 「卒業後の就業・就学継続(第 8 章)」 を取り上げ、そのメカニズムと同時に生じうる課題について検討した。第 9 章では、第 8 章までの知見を改めて振り返り、 それらの知見に基づく本研究の学問的意義・実践的意義、 今後の研究課題と展望について記した。 第2章 非主流の後期中等教育機関とその多様性 非主流の後期中等教育機関は、入学してくる生徒層のニーズをふまえて、全日制高校と は異なる制度的統制のあり方を生かして非常に特色あるカリキュラムを編成し、また特徴 的な教育実践を行っている。ただし、これまでの研究では、非主流の後期中等教育機関が 受け入れる生徒層や、各学校・教育施設のカリキュラム編成について、その現状を整理す るという作業は行われてこなかった。さらには、生徒の学校適応と進路形成の状況を表す 1 つの指標となる中退率・進路未決定率についても、どのような現状にあるかが整理して 論じられているとは言い難い。 そのため第 2 章では、全日制高校以外の後期中等教育機関を概観したうえで、非主流の 後期中等教育機関における「受け入れる生徒層」 「カリキュラム編成」 「中退率・進路未決 定率」について、学校種間・学校種内でみられる共通点と相違点の整理を行った。 受け入れる生徒層については、各学校種で不登校経験者、高校中退(・転編入)経験者、 学業不振の生徒、非行傾向がある生徒、発達障害がある生徒、外国にルーツをもつ生徒、 社会経済的困難を抱えた家庭に育つ生徒などをほぼ共通して受け入れる傾向にあることが わかった。しかし、別の学校からの転編入や非行傾向をもつ生徒の受け入れなどの方針の 違いなどにより、それぞれの学校・教育施設で受け入れる生徒層には「微妙なコントラス ト」が生じていることも見出せた。 カリキュラム編成については、学校種間・学校種内で登校日数・授業時間・授業内容は 非常に多様であった。中退率・進路未決定率については、全体としては全日制高校よりも 高いかもしれないが、非主流の後期中等教育機関のなかでも、学校種間・学校種内でかな りの差異が見られた。 2 第3章 入学機会の不公正――「不登校トラック」化の意図せざる帰結 第 3 章では、第 2 章で指摘した生徒層の「微妙なコントラスト」に着目し、非主流の後 期中等教育機関への入学者選抜がどのようなものであり、結果としてどのような生徒層が 入学機会における不利を受けているのかについて、東京都を事例として検証を行った。 東京都では、非主流の後期中等教育機関の入学者選抜において、学業達成の水準が実質 的には選抜基準となっていない学校・教育施設も多かった。一方で、学業達成の他に重要 な選抜基準となりうるものとして、 「家庭の経済的状況」 「家庭の教育への姿勢」 「素行の改 善可能性」という 3 つの要因が見出せた。これらの知見からは、非主流の後期中等教育機 関のカリキュラム編成が多様化しているにもかかわらず、家庭背景や素行というノンメリ トクラティックな選抜基準によって進学先の選択肢が狭まり、不本意な進学へと水路づけ られる者たちがいることが示唆された。そして、その不本意な進学が、学びのスタイルの 変更を伴うものであり、また中退率の高い学校への進学になっているという様子も浮かび 上がった。 学業達成や家庭背景、素行といった選抜基準は、すべての非主流の後期中等教育機関で 問われるわけではないため、どの学校・教育施設でもよいのであれば入学は可能になる。 そうした理由から、非主流の後期中等教育機関は、全体としては後期中等教育におけるセ ーフティネットであると呼べると論じた。しかし同時に、授業の開講時間やカリキュラム 編成などについて自らの希望に沿う学校・教育施設を選択しようとしたときに、学業達成 とは異なる選抜基準によって、入学機会上の不公正が立ち現われることについても指摘し た。 第4章 事例の紹介と調査の概要 第 4 章では Y 校という事例の紹介と、調査の概要についての説明を行った。 具体的には、 まず Y 校の概要について学校資料などをもとに提示し、Y 校の入学者選抜と生徒層、学校 生活の一日の流れ、授業と学力という 3 点をトピックとして取り上げ、フィールドノーツ やインタビューのデータなどを交えながらその概要を記述した。次に、Y 校で実施したフ ィールド調査の概要を示した。 調査の概要について述べると、筆者は、Y 校で 2005 年 6 月からフィールドワークを継 続し、学校生活や学校行事などの参与観察、教師・生徒・卒業生へのインタビュー、Y 校 に関する資料の収集などを行った。Y 校には、宿泊学習(スキー教室、1 年生研修)や学 校外での行事(体育祭、合唱コンクール、文化祭)も含めて約 100 回訪問した。フォーマ ル・インタビューに関しては、教師 9 名、在校生 31 名、卒業生 7 名(うち 5 名は在校時 にもインタビューを実施)に対して、いずれも 1 対 1 の形で行った。また、他校との比較 の視点を取り入れるために、Y 校以外の高等専修学校 4 校の教員への聞き取り調査も実施 した。 3 第5章 不登校経験者の登校継続 第 5 章では不登校経験をもつ生徒たちがなぜ Y 校に登校継続できているのかについて、 そのメカニズムを検討し、生じうる課題とともに提示した。 まず、不登校経験をもつ生徒たちのインタビューでの語りに注目し、不登校のきっかけ と Y 校に通えている理由について、彼ら/彼女らの大多数が生徒間関係あるいは教師との 関係といった学校内での対人関係を挙げていることを指摘した。次に、不登校経験をもつ 生徒にとって友人や教師が登校継続を支える存在となるその背景として、①過去の学校経 験による「痛み」を共有する生徒集団、②自閉症の生徒との共在、③密着型教師=生徒関 係による支援、④教師による生徒間関係のコーディネートという、4 つの要因/教育実践 を示した。そして、これらの 4 つの要因/教育実践をもとに、高ストレス状態を生み出す 元凶として批判される学級集団が、Y 校では生徒の登校継続に機能的になりうるというこ とについて言及した。 ただし、不登校経験をもつ生徒の登校継続が主に対人関係によって支えられる一方で、 卒業後の場における対人関係のあり方のギャップから、卒業生が早期離職・中退の危機に さらされる場合があるという課題も指摘した。なお、この課題は、不登校経験をもつ生徒 だけでなく、Y 校の対人関係に身を置き続ける他の生徒たちも直面しうる課題であった。 第6章 指導の受容と生徒の志向性 第 6 章では、Y 校の生徒たちがなぜ教師の指導を受容するようになるのかについて、そ のメカニズムを「志向性」の概念を基にしながら検討し、生じうる課題とともに提示した。 まず、入学当初に教師の指導に反発心があったと明示的に語った生徒たちの語りに基づ き、彼ら/彼女らが指導を受容するようになる契機が、彼ら/彼女らが有する①地位達成・ 学業達成に集約されない幅広い「成長志向」 、②教師への「被承認志向」、③先輩をロール モデル化する「年長役割志向」のもとで生まれていることを見出した。そして、こうした 指導の受容のメカニズムが、密着型教師=生徒関係を意図的に形成していく教師たちの教 育実践や、生徒を部活動へと巻き込もうとする教師の働きかけ、学校と家庭の協力体制な どによって支えられていることを指摘した。 ただし、Y 校における指導の受容のメカニズムと同時に生じていた、以下の 2 つの課題 についても指摘した。1 点目は、すべての生徒たちが Y 校の指導を受容するようになるわ けではなく、学校の方針や指導に従うことを生徒ないし保護者が拒否し、学校を去ってい くケースがあるということである。2 点目は、Y 校の生徒たちが、教師の指導を徐々に「全 面的」に受容するようになり、教師の指導を相対化しその正当性について考える機会を失 っていく様子が見出せるということである。 第7章 出来事の創出と制御による進路決定 第 7 章では、Y 校の生徒たちが進路を決定して卒業していくメカニズムを、生徒たちの 進路選択にまつわる語りにみられる「出来事」と「志向性」に着目しながら描き出し、留 4 意すべき点とともに提示した。 Y 校の生徒たちの語りからは、学校内/学校外における出来事とそれに対する意味づけ の連鎖のもとで「やりたいこと」が設定されていることがわかった。また、そうした出来 事が、 「 『楽しいことを仕事に』志向」 「サポート志向」 「年長役割志向」 「成長志向」という 4 つの志向性との関連のもとで、生徒の「やりたいこと」の発見に結びついている様子も 見出せた。 また、これらの出来事と志向性に関する分析からは、さらに、Y 校の生徒たちを進路決 定へと水路づけるような教育実践・背景要因を見出すことができた。それらは大きく分け ると、①特別活動や、専門コースの授業、進路行事・職業体験の機会などを充実させるこ とによる、学校内の多彩な出来事の創出、②「やりたいことがある/やりたいことを探し ている」フリーターに出会うような学校外の出来事(アルバイト、学校外の仲間集団との 交流)の制御、という 2 点であった。 ただし、こうした生徒たちの進路決定のメカニズムを考えるうえで留意すべき点につい ても、2 点言及した。1 点目は、生徒たちのなかには、家庭の経済的事情、学力、高卒求 人の職種の偏り、本人の「適性」をふまえた教師の指導などによって、大きな制約を受け ながら進路展望を描いていく必要がある者がいるということである。2 点目は、Y 校で形 成した進路展望は、卒業後に出会う学校外の出来事のもとで大きく揺らぐ可能性があると いうことである。 第8章 卒業後の就業・就学継続と自立支援のジレンマ 第 8 章では、 近年の Y 校の卒業生たちがなぜ就業・就学を継続できているのかについて、 そのメカニズムを卒業生たちの語りから検討するとともに、Y 校の教育実践が卒業生の就 業・就学継続を支えるうえでの限界と、教師が直面しうるジレンマについて指摘した。 離職・中退の危機を乗り越えた経験をもつ卒業生たちの語りからは、彼ら/彼女らの就 業・就学継続を支えたと考えられている事柄が複数あり、Y 校の教育実践とは直接の関連 がみられないものも多いということがわかった。しかし同時に、Y 校での教師の話の内容 や教師・友人とのつながりが、卒業生の就業・就学の継続を促すような「想起される学校 経験」となりうることが見出せた。 そして、それらの「想起される学校経験」によって就業・就学継続が促される背景とし て、①在学中の「辞めないための指導」と、②つながり続ける教師=卒業生関係という 2 つの教育実践があることを指摘した。これらの教育実践は、Y 校と卒業後の就業・就学の 場との対人関係上のギャップが原因となっていた、かつての Y 校が直面していた早期離 職・中退のメカニズムの克服につながることが予想されるものであった。 しかし、離職・中退の原因のなかには、本人の意識のもちようのみでは解決できないも のや、本人や教師が在学中には予期しえないものもあり、 「想起される学校経験」を提供す る教育実践では乗り越えがたい就業・就学継続の困難が少なからずあることもわかった。 また、就職先・進学先への定着を促す「辞めないための指導」が、同時に離職・中退した 者の社会的自立への困難にもつながりうるという、指導上のジレンマが生じていることも 指摘した。 5 第9章 非主流の後期中等教育機関をめぐる可能性と課題 第 9 章では、第 8 章までの知見を改めて振り返り、それらの知見に基づく本研究の学問 的意義・実践的意義、今後の研究課題と展望について記した。 本研究全体から得られた学問的意義としては、以下の 3 点を挙げた。1 点目は、学校格 差構造で下位に位置づけられる後期中等教育段階の学校・教育施設においても、生徒の学 校適応と進路形成を支える教育実践や背景要因と、それを探索する研究の道筋があること を示したことである。2 点目は、生徒たちの学校適応と進路形成のメカニズムを描き出す ために、 「志向性」という概念や、人間関係のポジティブな側面への注目という分析の視点 をもつことが、有効であることを提示したことである。3 点目は、生徒の学校適応と進路 形成のメカニズムについて、それを支える要因の複雑な絡み合いをふまえながら描き出す ことの重要性を顕在化させたことである。 また、実践的意義としては、以下の 2 点を挙げた。1 点目は、非主流の後期中等教育機 関において生徒の学校適応と進路形成を支える教育実践や背景要因と、その連関のあり方 を 1 校の事例に基づいて提示したことである。本章では、Y 校の教育実践の中で重要な役 割を果たしていた、 「密着型教師=生徒関係」 「生徒集団の特性の利用」 「特別活動」という 3 つの教育実践を挙げ、他校への応用可能性について考察した。2 点目は、非主流の後期 中等教育機関において生徒の学校適応と進路形成を支える教育実践のもとで、新たに生じ る困難を 1 校の事例に基づいて提示したことである。Y 校の事例から見えてきた教育実践 上の限界やジレンマは、教育・労働・福祉システムをいかに再編成すべきかについての手 がかりになりうるものであった。そのため本章では、教育・労働・福祉システムの再編成 に向けた示唆として、 「進路選択上の不利を受ける生徒への経済的な支援」 「生徒・卒業生 の社会的自立を支援する機関のネットワーク化」 「福祉システムによる生存権の保障」の 3 点に関する施策が必要であることを論じた。 最後に、本研究の課題としては、①生徒の属性ごとにどのように語りが異なるかという ことを十分に分析結果に反映できなかったこと、②Y 校の教育実践の中で導き出される他 の帰結や、その帰結をもたらすメカニズムは示せなかったこと、③異なる教育方針のもと で学校運営を行う非主流の後期中等教育機関との比較は行えていないこと、の 3 点を挙げ た。 6