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判 - 公正取引委員会
平成15年(判)第39号 審 決 東京都品川区北品川五丁目5番26号 被審人 株式会社第一興商 同代表者 代表取締役 和 田 康 孝 同代理人 弁護士 伊 従 寛 同 龍 村 全 同 多 田 敏 明 同復代理人弁護士 楠 本 雅 之 公正取引委員会は,上記被審人に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に 関する法律の一部を改正する法律(平成17年法律第35号)附則第2条の規定 によりなお従前の例によることとされる同法による改正前の私的独占の禁止及 び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)に基づく平成1 5年(判)第39号独占禁止法違反審判事件について,公正取引委員会の審判に 関する規則(平成17年公正取引委員会規則第8号)による改正前の公正取引委 員会の審査及び審判に関する規則(以下「規則」という。)第82条の規定によ り審判長審判官寺川祐一,審判官原啓一郎及び同小林渉から提出された事件記録 並びに規則第84条の規定により被審人から提出された異議の申立書及び規則 第86条の規定により被審人から聴取した陳述に基づいて,同審判官らから提出 された別紙審決案を調査し,次のとおり審決する。 主 1 文 被審人が,平成13年11月末ころ以降,日本クラウン株式会社及び株式会社 徳間ジャパンコミュニケーションズをして下記の楽曲(以下主文において「本件 管理楽曲」という。)の使用を株式会社エクシングに対して承諾しないようにさ せた行為並びに日本クラウン株式会社及び株式会社徳間ジャパンコミュニケーシ ョンズをして本件管理楽曲の使用を株式会社エクシングに対して承諾しないよう にさせる旨又は株式会社エクシングの通信カラオケ機器では本件管理楽曲が使え なくなる旨を通信カラオケ機器の卸売業者等に告知した行為は,独占禁止法第1 1 9条の規定に違反するものであり,かつ,当該行為は,既に無くなっていると認 める。 記 日本クラウン株式会社及び株式会社徳間ジャパンコミュニケーションズが作 詞者又は作曲者からその作品を録音等する権利を独占的に付与された歌詞・楽曲 のうち,著作権法(昭和45年法律第48号)の施行(昭和46年1月1日)前 に国内において販売された商業用レコードに録音されているもの 2 被審人の前項の違反行為については,被審人に対し,格別の措置を命じない。 理 1 由 当委員会の認定した事実,証拠,判断及び法令の適用は,いずれも別紙審決案 の理由第1ないし第5と同一であるから,これらを引用する。 2 よって,被審人に対し,独占禁止法第54条第3項及び規則第87条第1項 の規定により,主文のとおり審決する。 平成21年2月16日 公 正 取 引 委 員 会 委員長 竹 島 一 彦 委 員 濱 崎 恭 生 委 員 後 藤 委 員 神 垣 2 晃 清 水 別 紙 平成15年(判)第39号 審 決 案 東京都品川区北品川五丁目5番26号 被審人 株式会社第一興商 同代表者 代表取締役 和 田 康 孝 同代理人 弁護士 伊 従 寛 同 龍 村 全 同 多 田 敏 明 同復代理人弁護士 楠 本 雅 之 上記被審人に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部 を改正する法律(平成17年法律第35号)附則第2条の規定によりなお従前の 例によることとされる同法による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保 に関する法律(以下「独占禁止法」という。)に基づく平成15年(判)第39 号独占禁止法違反審判事件について,公正取引委員会から独占禁止法第51条の 2及び公正取引委員会の審判に関する規則(平成17年公正取引委員会規則第8 号)による改正前の公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(以下「規則」 という。)第31条第1項の規定に基づき担当審判官に指定された本職らは,審 判の結果,次のとおり審決することが適当であると考え,規則第82条及び第8 3条の規定に基づいて本審決案を作成する。 主 1 文 被審人が,平成13年11月末ころ以降,日本クラウン株式会社及び株式 会社徳間ジャパンコミュニケーションズをして下記の楽曲(以下主文におい て「本件管理楽曲」という。)の使用を株式会社エクシングに対して承諾し ないようにさせた行為並びに日本クラウン株式会社及び株式会社徳間ジャ パンコミュニケーションズをして本件管理楽曲の使用を株式会社エクシン グに対して承諾しないようにさせる旨又は株式会社エクシングの通信カラ オケ機器では本件管理楽曲が使えなくなる旨を通信カラオケ機器の卸売業 者等に告知した行為は,独占禁止法第19条の規定に違反するものであり, 1 かつ,当該行為は,既に無くなっていると認める。 記 日本クラウン株式会社及び株式会社徳間ジャパンコミュニケーションズ が作詞者又は作曲者からその作品を録音等する権利を独占的に付与された 歌詞・楽曲のうち,著作権法(昭和45年法律第48号)の施行(昭和46 年1月1日)前に国内において販売された商業用レコードに録音されている もの 2 被審人の前項の違反行為については,被審人に対し,格別の措置を命じな い。 理 第1 由 事実 1 被審人の概要について 被審人は,肩書地に本店を置き,遊興飲食店,いわゆるカラオケボックス 等の事業所においてカラオケ用の楽曲等(以下「カラオケソフト」という。) を再生する機器(以下「業務用カラオケ機器」という。)を販売又は賃貸す るとともに,カラオケソフトを制作して配信する事業を営む者である。(争 いがない。) 2 業務用カラオケ機器の市場について (1) 業務用カラオケ機器には,レーザーディスク等の媒体に記録されたカラ オケソフトを再生するもの(以下「パッケージ系カラオケ機器」という。) と,あらかじめ搭載されたカラオケソフト並びに放送及び有線放送以外の 公衆送信を用いて新たに配信されるカラオケソフトを再生するもの(以下 「通信カラオケ機器」という。)とがあり,国内における業務用カラオケ 機器の出荷台数及び稼働台数の大部分を通信カラオケ機器が占めている。 (争いがない。) (2) 通信カラオケ機器を販売又は賃貸するとともにカラオケソフトを制作 して配信する事業を営む者(以下「通信カラオケ事業者」という。)は, 通信カラオケ機器を卸売業者又は当該通信カラオケ事業者の子会社であ る販売会社(以下,併せて「販売業者」という。)に販売又は賃貸し,販 売業者は,当該通信カラオケ機器を来店客のカラオケの用に供する事業を 営む者(以下「ユーザー」という。)に販売又は賃貸している。また,通 2 信カラオケ事業者は,通信カラオケ機器を直接ユーザーに販売又は賃貸す ることもある。(争いがない。) (3) ユーザーは,その業態に応じて,「ナイト市場」と称されるスナック, バー等の遊興飲食店,「ボックス市場」と称されるカラオケボックス及び 「その他の市場」と称される旅館,ホテル,宴会場等の3つに大別される。 (査第9号証,第20号証,第36号証,第163号証の4及び5) 平成15年3月末の通信カラオケ機器の総稼働台数のうち,これら3つ のユーザー区分ごとの稼動台数の割合は,ナイト市場が約56パーセント, ボックス市場が約34パーセント,その他の市場が約10パーセントと なっている。(査第4号証) (4) 平成14年度の国内における通信カラオケ機器の出荷台数及び稼働台 数のシェアにおいて,被審人は,約44パーセント(出荷台数ベース及び 稼働台数ベース)を占め,通信カラオケ事業者中第1位(同)であり,株 式会社ユーズ・ビーエムビーエンタテイメント(以下「ユーズ」という。) は,約27パーセント(出荷台数ベース)及び約26パーセント(稼動台 数ベース)を占め,同第2位(出荷台数ベース及び稼働台数ベース)であ り,株式会社エクシング(以下「エクシング」という。)は,約13パー セント(出荷台数ベース)及び約11パーセント(稼動台数ベース)を占 め,同第3位(出荷台数ベース及び稼働台数ベース)である。(査第4号 証,第5号証) また,平成14年度のナイト市場における稼働台数シェアにおいて,被 審人は,約43パーセントを占め,通信カラオケ事業者中第1位であり, ユーズは,約32パーセントを占め,同第2位であり,エクシングは,約 4パーセントを占め,同第6位である。(査第4号証) 3 管理楽曲について (1) 管理楽曲(「専属楽曲」と呼ばれる場合もある。)とは,作詞者又は作 曲者とレコード制作会社との間の「専属契約」と呼ばれる著作物の使用許 諾に関する契約に基づいて,レコード制作会社が作詞者又は作曲者からそ の作品を録音等する権利を独占的に付与された歌詞・楽曲(以下では,歌 詞と楽曲とを特に区別せずに,単に「楽曲」という。)のうち,著作権法 の施行(昭和46年1月1日)前に国内において販売された商業用レコー ドに録音されているものをいう。これらは,いわゆる歌謡曲が中心となっ 3 ている。(査第14号証,第15号証,第20号証,第21号証,第23 号証,第24号証,第28号証,第50号証,第57号証,第63号証, 第65号証,第100号証,第119号証,第122号証) (2) 管理楽曲を録音等する権利を独占的に付与されたレコード制作会社に は,日本クラウン株式会社(以下「クラウン」という。),株式会社徳間 ジャパンコミュニケーションズ(以下「徳間」という。),コロムビアミュー ジックエンタテインメント株式会社,ビクターエンタテインメント株式会 社,キングレコード株式会社,株式会社テイチクエンタテインメント,東 芝イーエムアイ株式会社及びユニバーサルミュージック株式会社の8社 (以下「レコード会社8社」という。)がある。(査第20号証,第21 号証,第31号証,第32号証,第37号証,第39号証,第144号証) (3) 通信カラオケ事業者が管理楽曲を使用してカラオケソフトを制作し,通 信カラオケ機器に搭載して使用する場合,社団法人日本音楽著作権協会 (以下「JASRAC」という。)から楽曲の利用許諾を受ける必要があ るほか,当該管理楽曲について作詞者又は作曲者との間で専属契約を締結 しているレコード制作会社からも個別にその使用の承諾を得ることが必 要であると,通信カラオケ事業者及び卸売業者は認識しており,実際にも, 通信カラオケ事業者は,レコード制作会社から管理楽曲の使用承諾を得て いる。(査第20号証,第21号証,第23号証,第24号証,第26号 証ないし第28号証,第31号証ないし第33号証,第38号証,第39 号証,第42号証,第43号証,第45号証,第50号証,第57号証, 第100号証,第122号証,第144号証) 4 平成4年から平成9年ころの通信カラオケ事業者と管理楽曲の使用承諾 の状況 (1) 平成4年ころタイトー株式会社(以下「タイトー」という。)及びエク シングが,また,平成5年ころギガネットワークス株式会社(以下「ギガ」 という。)が通信カラオケ機器を開発して業務用カラオケ機器の市場に参 入した。当時の通信カラオケ機器は,パッケージ系カラオケ機器と比べ, 音質や映像の質に劣る点があったものの,新しい楽曲の搭載が迅速かつ低 コストで行えることなどから,パッケージ系カラオケ機器に対する優位性 が明らかになっていった。 (2) 被審人は,ユーザーが被審人のパッケージ系カラオケ機器に代えて他社 4 の通信カラオケ機器を設置するようになったこと等から,自らも通信カラ オケ機器を開発することとした。また,被審人は,平成4年ないし平成5 年ころ,レコード会社8社に対し,通信カラオケ機器を開発して市場に参 入したエクシング等の通信カラオケ事業者に対する管理楽曲の使用承諾 を遅らせるよう要請した。 (3) エクシング及びギガは,通信カラオケ機器の発売当初から,管理楽曲を 有するレコード制作会社に対して,各社の管理楽曲の使用承諾を求め,ま た,平成6年4月には,エクシング,タイトー及びギガの3社が連名で, レコード会社8社それぞれに対し,各社の管理楽曲の使用承諾を求める要 望書を提出したが,使用承諾を得られなかった。 (4) 被審人は,平成6年4月ころ,レコード会社8社の管理楽曲を搭載した 通信カラオケ機器を発売した。これに対し,エクシングがレコード会社8 社から管理楽曲の使用承諾を得たのは,おおむね平成7年7月ころから平 成9年1月ころにかけてであり,また,ギガが管理楽曲の使用承諾を得た のは,おおむね平成9年11月ころから平成10年7月ころにかけてで あった。 (査第2号証,第5号証,第23号証,第28号証ないし第30号証,第 33号証,第35号証ないし第37号証,第39号証,第41号証) 5 違反行為に至る経緯等 (1) エクシングに対するクラウンの管理楽曲の使用承諾 ア クラウンは,エクシングとの間の平成9年12月22日付け,平成1 0年12月1日付け及び平成12年1月21日付け各管理楽曲使用承 諾契約により,平成9年12月21日から平成12年12月20日まで の間,エクシングに対し,クラウンの管理楽曲の使用を継続して承諾し てきた。(査第26号証,第39号証,第42号証,第43号証,第1 44号証) イ また,クラウンは,平成13年1月ころ,平成12年12月21日か ら平成13年12月20日までを契約期間とする「管理楽曲使用許諾契 約書」と題する書面をエクシングに提示し,エクシングから当該契約を 承諾する旨の連絡を受けていた。しかし,クラウンは,同月ころに同社 の筆頭株主となった被審人から,同月下旬ころ,当該契約の更新を望ま ない旨の意向を受けたため,同年2月ころ,エクシングに対して契約更 5 新ができない旨を伝えた。ただし,その後の協議において,クラウンは, エクシングがクラウンの管理楽曲を従前どおり使用することを認める 旨を伝えていた。(査第36号証,第44号証,第46号証,第49号 証,第50号証,第90号証,第97号証) ウ 被審人は,前記イのとおり,平成13年1月ころ,クラウンの筆頭株 主となり,その後もクラウンの株式の取得を行い,同年11月ころに同 社の過半数の株式を保有して同社を子会社とするに至った。(査第46 号証,第47号証,第101号証) (2) エクシングに対する徳間の管理楽曲の使用承諾 ア 徳間は,エクシングとの間の平成7年12月1日付け管理楽曲使用承 諾契約により,同日から平成12年11月30日までの間,エクシング に対し,徳間の管理楽曲の使用を承諾した。(査第45号証,第100 号証,第143号証,第144号証) イ 被審人は,平成13年10月ころ,徳間の全株式を取得することによ り同社を子会社とした。(査第46号証,第47号証,第53号証,第 54号証,第101号証) ウ 徳間は,平成13年11月6日付け「通知書」をエクシングに送付し, エクシングとの間の平成7年12月1日付け管理楽曲使用承諾契約及 び平成9年11月28日付け覚書により支払われるべき当該契約の5 年目の使用料が支払われていないこと並びに当該契約の契約期間が経 過したにもかかわらずエクシングが徳間の管理楽曲を継続して使用し ていることについて釈明を求めた。これに対し,エクシングは,当該契 約の5年目の使用料の未払については,当該使用料の未払を謝罪し,当 該使用料を速やかに支払うこと,当該契約の契約期間が経過したことに ついては,当該契約の契約期間の終期を失念して当該契約の延長につい ての協議を申し入れないまま1年が過ぎようとしていることを謝罪し, 当該契約の更新を求めること等を内容とする平成13年11月13日 付け「回答書」を徳間に送付した。(査第45号証,第100号証,第 101号証,第143号証) (3) 被審人とエクシング及びブラザー工業との特許紛争 ア 被審人は,平成8年12月ころ,エクシングの親会社であるブラザー 工業株式会社(以下「ブラザー工業」という。)が取得し,エクシング 6 が専用実施権を有するカラオケソフトの歌詞の色変えに関する特許(以 下「歌詞色変え特許」という。)を侵害しているとして,エクシングか ら,通信カラオケ機器の製造,販売及び使用の差止めを求める仮処分を 東京地方裁判所に申し立てられるとともに,当該申立ての事実を取引先 卸売業者に告知されたことにより,被審人の通信カラオケ機器の出荷台 数は,一時的に落ち込むところとなった。(争いがない。) イ その後,前記申立ては取り下げられたが,平成12年3月ころ,被審 人は,エクシング及びブラザー工業から,歌詞色変え特許を含む3件の 特許を侵害しているとして特許権侵害差止等請求訴訟(東京地方裁判所 平成12年(ワ)第6610号)を東京地方裁判所に提起された(以下, この訴訟を「本件特許訴訟」という。)。(争いがない。) ウ 被審人は,本件特許訴訟において劣勢にあると考え,話合いによる解 決を志向し,平成13年5月ころから行われた和解交渉に臨んでいたと ころ,エクシング及びブラザー工業が平成13年11月21日付けの 「通信カラオケの特許紛争に関する件」と題する書面により被審人に対 して提示した和解条件は,被審人にとって受け容れられないものであっ たことから,当該和解交渉は決裂するに至った。(査第63号証,第6 7号証,第68号証,第101号証) なお,当該訴訟は,平成14年9月27日,エクシング及びブラザー 工業の請求を棄却する旨の判決がなされ,同判決は,同年10月12日, 確定した。(争いがない。) 6 違反行為 (1) エクシング攻撃の方針決定及び社内への周知 ア エクシング攻撃の方針 前記5(3)ウの和解 交渉の決裂を受け,被審人は,平成13年 1 1 月 末ころ,エクシングの事業活動を徹底的に攻撃していくとの方針を決定 し,そのころまでに被審人の子会社となっていたクラウン及び徳間をし てその管理楽曲の使用をエクシングに対して承諾しないようにさせる こととした。(査第61号証ないし第68号証,第72号証,第86号 証) イ 社内への指示等 (ア) 被審人の米田龍佳専務取締役営業統括本部長(以下「米田専務」と 7 いう。)は,平成13年11月27日ころに開催した営業統括本部会 議において,前記アの方針等を指示するとともに,エクシングは徳間 の管理楽曲の無断使用を続けていること及びクラウンの管理楽曲に ついても同年12月20日にエクシングとの管理楽曲使用承諾契約 が切れることを説明した。 (イ) 被審人の緑川智博営業統括本部子会社営業部長(以下「緑川子会社 営業部長」という。),楢原敬親営業統括本部法人営業部長(以下「楢 原法人営業部長」という。)らは,前記(ア)の米田専務の指示を受け, 以下の例のとおり,被審人の営業担当者に対して,前記アの方針等を 指示するとともに,エクシングの通信カラオケ機器ではクラウン及び 徳間の管理楽曲が使えなくなること等を伝えていた。 a 緑川子会社営業部長は,平成13年12月ころ,地区別に開催さ れる営業統括本部の会議であるブロック会議(Aブロック会議ない しGブロック会議の7会議)において,同会議に出席した被審人の 各支店・営業所及び被審人の子会社である販売会社の責任者に対し, 前記アの方針等を指示した。また,緑川子会社営業部長は,同月1 8日ころ,岩国錦水ホテルで開催されたFブロック会議において, 今後,エクシングの通信カラオケ機器ではクラウン及び徳間の管理 楽曲が使えなくなると卸売業者等に告知する営業を行うよう指示 した。 b 楢原法人営業部長は,平成13年12月21日ころに開催された 法人営業部所長会議において,同会議に出席した被審人の6営業所 の所長らに対し,エクシングがクラウン及び徳間の管理楽曲を無断 で使用料も支払わずに使用していること,本件特許訴訟に対抗する ためクラウン及び徳間をしてその管理楽曲の使用をエクシングに 対して承諾しないようにさせること,このことをエクシングとの戦 いの武器としたい旨を周知した。 (ウ) 米田専務,三野浩開発本部長,和田康孝制作本部制作管理部長及び 大久保知的財産部長の4人は,平成13年12月13日ころ,エクシ ング対策の会議を開催し,クラウン及び徳間をしてその管理楽曲の使 用をエクシングに対して承諾しないようにさせることを確認した。 (エ) 米田専務は,平成14年3月ころに開催されたブロック会議におい 8 て,同会議に出席した被審人の各支店・営業所及び被審人の子会社で ある販売会社の責任者に対し,エクシングに攻撃を集中するよう指示 した。 (査第57号証,第62号証ないし第68号証,第72号証,第75 号証,第78号証ないし第86号証,第107号証) (2) 管理楽曲の使用承諾契約の更新拒絶 ア クラウン エクシングは,前記5(1)イの平成12年12月21日から平 成 1 3 年12月20日までの期間を対象とするクラウンとの間の管理楽曲使 用承諾契約が成立していることを前提に,同年11月ころ以降,当該契 約の更新について申し入れていたが,被審人は,前記(1)アの方針に基 づき,クラウンをして,当該契約は成立していないし,従前の管理楽曲 使用承諾契約を更新する意思はなく,よって管理楽曲の使用を直ちに停 止することを求めるとの内容の平成13年12月18日付けの文書を エクシングに送付させた。 また,被審人は,その後も,平成14年4月下旬ころまで,クラウン に対するエクシングの契約更新の申入れ等の書面に対し,繰り返し,ク ラウンをして前記平成13年12月18日付けの文書と同内容の文書 を送付させ,エクシングに対するクラウンの管理楽曲の使用承諾契約の 更新を拒絶させた。 (査第50号証,第61号証,第67号証,第87号証ないし第97 号証,第101号証,第102号証,第116号証,第118号証,第 144号証) イ 徳間 被審人は,前記(1)アの方針に基づき,徳間をして,エクシン グ と の 管理楽曲使用承諾契約の延長又は更新をする意思はなく,よって管理楽 曲の使用を直ちに停止することを求めるとの内容の平成13年12月 6日付け「通知書」をエクシングに送付させた。 また,被審人は,その後も,徳間に対して同社の管理楽曲の継続使用 を求めるエクシングに対し,徳間をして,平成14年3月5日付けで, 前記平成13年12月6日付け「通知書」と同内容の文書を改めて送付 させ,エクシングに対する徳間の管理楽曲の使用承諾契約の更新を拒絶 9 させた。 (査第67号証,第98号証ないし第102号証,第144号証) (3) 卸売業者及びユーザーへの告知 ア DK会支部会における告知 被審人の主要な取引先卸売業者を会員とし,被審人及び会員の業績及 び親睦向上等を目的とする「全国第一興商ディーラー会」と称する組織 (以下「DK会」という。)は,全国に7支部を置き,支部ごとに年間 4回程度支部会を開催していたところ,楢原法人営業部長らは,平成1 3年12月ころに開催されたDK会の各支部会に出席し,当該支部会に 出席した会員に対し,クラウン及び徳間がエクシングに使用承諾してき た管理楽曲であるとするリストを配布するとともに,エクシングはこれ らの管理楽曲を無断使用していること,被審人はクラウン及び徳間にこ れらの管理楽曲の使用をエクシングに対して承諾させないつもりであ ることを伝えた。(査第65号証,第66号証,第103号証,第10 4号証,第106号証,第107号証,第158号証) なお,DK会の会員は,平成13年7月ころには85社,平成14年 5月ころには77社であったところ,これらのうち23社は,エクシン グとも取引のある卸売業者である。(査第103号証ないし第105号 証) イ 個々の卸売業者及びユーザーに対する告知 被審人及び被審人の子会社である販売会社は,平成13年11月ころ から平成14年ころにかけて,卸売業者やユーザーを個別に訪問するな どして,被審人はクラウン及び徳間をしてその管理楽曲の使用をエクシ ングに対して承諾しないようにさせるとか,エクシングの通信カラオケ 機器ではクラウン及び徳間の管理楽曲が使えなくなるなどと告げた(以 下,被審人がア及びイの方法によりこれらの内容を告げた行為を「本件 告知行為」ということがある。)。(査第66号証,第109号証,第 110号証,第122号証) 7 違反行為の終了 (1) 管理楽曲の使用承諾に係る契約交渉 ア 契約交渉の再開 被審人は,平成14年7月ころ,エクシングに対し,クラウン及び徳 10 間の管理楽曲の使用承諾契約の更新について交渉の申入れを行い,交渉 が開始された。(査第101号証,第102号証,第115号証ないし 第118号証) イ クラウンとの使用承諾契約 クラウンとエクシングは,平成14年7月ころ以降,クラウンの管理 楽曲の使用承諾について交渉を行ってきたところ,平成16年8月5日 ころの交渉において,クラウンが交渉態度を軟化させてエクシングに譲 歩した内容でクラウンの管理楽曲の使用承諾に係る期間及び対価につ いておおむね合意し,また,クラウンは,同年9月14日,当該内容を 含む契約書案をエクシングに送付した。その後,クラウン及びエクシン グは,契約の付随的内容について更に交渉を行い,平成19年3月30 日付け「専属楽曲使用許諾契約書」により,平成12年12月21日か ら平成19年12月20日までの間のクラウンの管理楽曲の使用承諾 契約を締結した。(査第101号証,第102号証,第115号証ない し第118号証,第145号証,第146号証,審第63号証) ウ 徳間との使用承諾契約 徳間とエクシングは,平成14年7月ころ以降,徳間の管理楽曲の使 用承諾について交渉を行ってきたところ,同年9月19日付け「使用許 諾契約書」により,平成12年12月1日から平成14年11月30日 までの間の徳間の管理楽曲の使用承諾契約を締結した。 その後も,徳間とエクシングは,平成15年6月20日付け「使用許 諾契約書」により平成14年12月1日から平成15年11月30日ま での間の,平成15年11月5日付け「使用許諾契約書」により同年1 2月1日から平成16年11月30日までの間の,平成17年2月2日 付け「使用許諾契約書」により平成16年12月1日から平成17年1 1月30日までの間の徳間の管理楽曲の使用承諾契約を締結した。 (査第101号証,第102号証,第116号証ないし第118号証, 第144号証,審第36号証の1及び2) (2) クラウン及び徳間の管理楽曲に関する卸売業者等への被審人の告知の 状況 前記6(3)のとおり,平成13年11月ころから平成14年ころにかけ て,被審人は,卸売業者等に対し,エクシングの通信カラオケ機器ではク 11 ラウン及び徳間の管理楽曲が使えなくなるなどと告知したが,平成16年 8月から9月ころには,エクシングの通信カラオケ機器に関して,クラウ ン及び徳間の管理楽曲が使えなくなると考える卸売業者は無くなった。 (査第147号証) 第2 争点 本件の争点は,以下の5点である。 ①通信カラオケ機器における管理楽曲の重要性(争点①) ②通信カラオケ機器の取引に及ぼす影響の有無(争点②) ③競争手段の不公正さ(争点③) ④独占禁止法第21条の適用(争点④) ⑤排除措置の必要性(争点⑤) なお,双方のその他の主張については,後記第3の6に掲げるとおりであ る。 第3 各争点に係る双方の主張及びその他の主張 1 通信カラオケ機器における管理楽曲の重要性(争点①) (1) 審査官の主張 ア 管理楽曲の重要性 (ア) 通信カラオケ機器で使用されている管理楽曲は,昭和45年ころま でに青年期を迎えていた現在の中高年齢層の者にとっては非常にな じみの深い楽曲であり,現在まで歌い継がれてきた言わば定番となっ ている楽曲である。これらは,カラオケ利用者にとって思い入れの強 い楽曲であり,カラオケ利用の楽曲として代替が利かないものとなっ ている。特に,中高年齢層の者が来店客の中心を占めているナイト市 場のユーザーや,それらユーザーを顧客とする販売業者ひいては通信 カラオケ事業者にとって,管理楽曲は格別に重要なものとなっている。 (イ) 被審人は,このような市場実態を十分承知しており,管理楽曲なし ではカラオケは成り立たないと認識している。 イ 管理楽曲の非代替性 (ア) カラオケ利用者は,自分の好みの楽曲の歌唱を望んでいるのであり, その楽曲が無ければ,ユーザーは,カラオケ利用者のリクエストには 応えられない。折り良く同時代に流行した類似の楽曲があり,それで 事無きを得られる場合があるとしても,しょせんは一時しのぎであり, 12 類似の楽曲で利用者の希望をすべて賄えるとは,ユーザーは考えてい ない。ユーザーは,カラオケ利用者に不満を抱かれないように,より 多彩かつ豊富な楽曲の取りそろえを求めているのであり,その意味に おいて,管理楽曲は,ほかに代替が利かない。 (イ) ナイト市場におけるカラオケ利用者は,主として酔客であり,他の 楽曲で代替するといった対応は期待し得ない。ナイト市場のユーザー である遊興飲食店は,何よりもトラブルを嫌うから,少しでも酔客か らクレームをつけられるおそれのある通信カラオケ機器を取り扱う ことには及び腰にならざるを得ない。 ウ 管理楽曲に対する被審人の認識 被審人は,管理楽曲がカラオケ事業にとって必須とまではいえず,資 金的に余裕があれば品ぞろえの観点からそろえておきたいという程度 のものであると主張するが,当該主張は,次のとおり,実際の被審人の 認識及び行動に反する。 (ア) 平 成 1 3 年 6 月 に 行 わ れ た ブ ラ ザ ー 工 業 と の 本 件 特 許 訴 訟 に 係 る 第2回和解交渉において,被審人は,管理楽曲について「マストです よ。ソニーがカラオケに参入しなかったのは,そのへんですよ。管理 楽曲が無かったからです。新潟で『新潟ブルース』が無かったら話に ならない世界です。」と発言している。 (イ) タイトー,エクシング及びギガが通信カラオケ機器をもって業務用 カラオケ機器の市場に参入した平成4年当時,被審人は,エクシング 等による進出を食い止めるため,レコード会社8社に対し,エクシン グ等への管理楽曲の使用承諾を遅らせるよう要請した。 (ウ) 被審人は,被審人の「DAM−6400Ⅲ」と称する通信カラオケ 機器の商品説明として,ナイト市場においては根強い人気のある管理 楽曲が必要不可欠であり,管理楽曲を数多くそろえた同機種がナイト 市場の顧客層をしっかりつかむことができることを訴求する宣伝を している。また,被審人の「DAM−G7」と称する通信カラオケ機 器の商品説明に当たり,ナイト市場でよく歌われる楽曲を優先し専用 に編成したこと,管理楽曲の曲数も通信カラオケ業界で最大を誇るこ と,管理楽曲を増やすことによりナイト市場の客層をしっかり掴むこ とができることを訴求する宣伝をしている。 13 (エ) 被審人は,エクシングの「セレブジョイ」と称する通信カラオケ機 器(以下「セレブジョイ」という。)が発売された平成13年9月こ ろ,セレブジョイと比較した被審人の「DAM−G50」と称する通 信カラオケ機器(以下「DAM−G50」という。)のセールスポイ ントとして,管理楽曲の曲数がセレブジョイを上回っていることを挙 げており,管理楽曲の曲数が商品価値を高めるために重要な意味を有 することを十分認識している。 エ クラウン及び徳間の管理楽曲の重要性 (ア) 通 信 カ ラ オ ケ 機 器 で 使 用 さ れ て い る ク ラ ウ ン 及 び 徳 間 の 管 理 楽 曲 は,管理楽曲の中でも上位にランクされる楽曲があり,これらは必須 のものとなっている。 エクシングは,クラウンから55曲,徳間から12曲の管理楽曲の 使用承諾を受けていたが,そのうち,クラウンの「新潟ブルース」, 「城ヶ崎ブルース」,「柳ヶ瀬ブルース」及び「夜の銀狐」並びに徳 間の「新宿そだち」,「星影のワルツ」及び「君がすべてさ」は,ほ とんどの通信カラオケ事業者の通信カラオケ機器に搭載され,定番と なっている楽曲であって,特に演奏回数も多い。 (イ) 被審人は,クラウンの管理楽曲について,「新潟で『新潟ブルース』 が無かったら話にならない世界です。」と評し,また,その通信カラ オケ機器の宣伝の中で,管理楽曲の魅力を前面に出して北島三郎,田 端義夫,西郷輝彦,小林旭といったクラウン及び徳間の管理楽曲の歌 手名を挙げて商品の魅力を訴えるなどしており,このことは,卸売業 者及びユーザーがクラウン及び徳間の管理楽曲を重要視しているこ と,そして,被審人もこれを十分認識していることを表すものである。 (ウ) クラウン及び徳間の管理楽曲が重要であることは,ほとんどの通信 カラオケ事業者がその使用承諾を絶え間なく得ていることからも明 らかである。 (エ) 被審人は,クラウン及び徳間の管理楽曲数は,通信カラオケ機器に 搭載されている管理楽曲全数のうちごくわずかであると主張するが, 管理楽曲の重要性は,単純に数の観点から測られるものではない。 オ 管理楽曲の演奏回数 (ア) 被審人の提出したデータ(審第31号証)によれば,ナイト市場に 14 おける管理楽曲以外も含む演奏回数総合順位300位以内に入る管 理楽曲は25曲あり,このうち,クラウン及び徳間の管理楽曲は7曲 と3割近くを占めている。また,管理楽曲中の上位30位以内に入る クラウン及び徳間の管理楽曲は10曲と3分の1を占めている。 (イ) 前 記 (ア)の ラ ン キ ン グ に お い て , ク ラ ウ ン 及 び 徳 間 の 管 理 楽 曲 で 最 も演奏回数の多い「新潟ブルース」及び「新宿そだち」は,それぞれ, 第6位及び第8位にランクされており,調査対象期間中に1度でも演 奏された管理楽曲が1,083曲あることからみれば,第6位及び第 8位にある楽曲がいかに利用者に求められる重要な楽曲であるかと いうことが分かる。また,前記2曲は,全楽曲の総合順位でも第68 位及び第89位にランクされており,調査対象期間中に1度でも演奏 された楽曲数が少なくとも36,138曲は存在するから,全楽曲で みても,いかに重要であるかは明らかである。 カ エクシングにとっての管理楽曲の重要性 エクシングは,通信カラオケ機器の発売当初である平成4年から,レ コード制作会社に対し,各社の管理楽曲の使用承諾を得られるよう働き かけていた。また,エクシングは,平成13年にクラウン及び徳間から 管理楽曲の使用承諾の継続を拒絶された際,繰り返し,承諾が得られる よう交渉を持ちかけている。このように,エクシングは,管理楽曲の重 要性を十分理解しており,他の通信カラオケ事業者と同様に,レコード 会社8社から各社の管理楽曲の使用承諾を継続して得てきた。 (2) 被審人の主張 ア 管理楽曲に対する卸売業者やユーザーの認識 卸売業者やユーザーは,管理楽曲とは何か,どの曲が管理楽曲なのか 等について詳細な知識や認識を有しておらず,業務用カラオケ機器に搭 載されている管理楽曲について,大きな関心を払っていない。 イ 管理楽曲の代替性 (ア) カ ラ オ ケ 利 用 者 が 歌 唱 を 希 望 し た 特 定 の 管 理 楽 曲 が カ ラ オ ケ 機 器 に搭載されていなかったとしても,同時期に流行した他の楽曲や類似 した曲調の楽曲等で代替して歌唱するのが通常であり,特定の年代に 流行した管理楽曲間又は曲調の類似した管理楽曲間には代替性があ る。 15 (イ) 本件で問題となる管理楽曲は,総数で32,000曲を超える管理 楽曲全体ではなく,曲数にして67曲のみであり,カラオケ歌唱の観 点から,本件の対象管理楽曲が代替の利かない楽曲などとはいえない。 ウ 管理楽曲に対する被審人の認識 (ア) 和解交渉における被審人の発言 平成13年6月に行われた本件特許訴訟に係るブラザー工業との 第2回和解交渉において,被審人が管理楽曲について「マストですよ。 ソニーがカラオケに参入しなかったのは,そのへんですよ。管理楽曲 が無かったからです。新潟で『新潟ブルース』が無かったら話になら ない世界です。」と発言したという記録(査第16号証,審第16号 証)があるが,被審人は,クラウン及び徳間の管理楽曲を和解交渉の 材料として利用して本件特許訴訟を早期に解決することを考えてい たのであり,交渉材料としての管理楽曲の重要性を誇張して表現する ことは十分に考えられるのだから,和解交渉の場で行われた当該発言 をとらえて,被審人がクラウン及び徳間の管理楽曲を通信カラオケ事 業にとって必須のものとまで認識していたとは認められない。 (イ) 被審人のホームページにおける広告 審査官は,被審人の通信カラオケ機器について,管理楽曲を多数搭 載しているのでナイト市場の顧客をしっかりつかむことができると いう宣伝をしている(査第150号証,第151号証)と主張するが, ここでの宣伝文句は,総体としての管理楽曲を前面に押し出している のであって,クラウン及び徳間の管理楽曲の搭載を宣伝しているわけ ではなく,クラウン及び徳間の67曲の管理楽曲が通信カラオケ事業 にとって必須のものであることを意味するものではない。 (ウ) 被審人の営業向け文書 審査官は,被審人がセレブジョイと比較したDAM−G50のセー ルスポイントとして,管理楽曲数がセレブジョイを上回っていること を挙げている(査第59号証,第60号証)ことから,被審人は管理 楽曲の曲数が商品価値を高めるために重要な意味を有することを認 識していると主張するが,これは,管理楽曲の総数に関するもので あって,クラウン及び徳間の管理楽曲の重要性を示すものではない。 また,査第59号証及び第60号証の記述は,査第60号証に「対抗 16 トーク」等とあるように,エクシングによる管理楽曲の総数について のアピールに対抗するためのものであり,このような対抗トークの存 在をもって,被審人が管理楽曲を重要だと認識していたことにはなら ない。 エ クラウン及び徳間の管理楽曲についての重要性の欠如 クラウン及び徳間の管理楽曲で,ほとんどの通信カラオケ機器に搭載 され,定番となってい る楽曲であると審査官が主張するものは, ク ラ ウ ンの「新潟ブルース」,「城ヶ崎ブルース」,「柳ヶ瀬ブルース」及び 「夜の銀狐」並びに徳間の「新宿そだち」,「星影のワルツ」及び「君 がすべてさ」の7曲にすぎない上,このうち,演奏回数ランキングの全 曲中の順位で100位以内に入っているのは,クラウン及び徳間の1曲 ずつのみである。前記イのとおり,カラオケ利用者からみて楽曲に代替 性があることを考慮すると,これら7曲程度の管理楽曲がなかったとし ても,独占禁止法第2条第9項に規定される公正な競争を阻害するおそ れ(公正競争阻害性)を基礎付ける要素としては極めて僅少なものにす ぎない。 オ エクシングにとっての管理楽曲の位置付け エクシングの親会社であるブラザー工業は,若者向けの新曲の増強に 注力したことが通信カラオケ事業の成功の要因だったとしており(審第 3号証),エクシングにとって,管理楽曲は特段の重要性を有していな かった。このことは,エクシング及びブラザー工業と被審人との間の本 件特許訴訟に係る和解交渉において,クラウン及び徳間の管理楽曲が話 題になったことがあり,和解交渉の行方いかんではこれらの管理楽曲の 使用承諾に影響があることを示唆されていながら,エクシングが従来の 和解金5∼6億円の提案に対して27億円という回答を行い和解交渉 を決裂させたことからも裏付けられる。このように,クラウン及び徳間 の管理楽曲は,エクシングにとって重要なものではなく,ましてや通信 カラオケ事業にとって必須なものではない。 カ 小括 以上のとおり,審査官が主張する管理楽曲の重要性は誇張であって, 通信カラオケ事業者において資金的な余裕があれば品ぞろえの観点か らそろえておきたいと考えている程度のものにすぎない。 17 2 通信カラオケ機器の取引に及ぼす影響の有無(争点②) (1) 審査官の主張 ア 被審人の有力性による取引への影響 被審人は,平成8年3月までには通信カラオケ事業の分野において業 界第1位(稼働台数ベース)の地位を確立し,その後,更に市場占拠率 を高め,平成14年度においては約44パーセント(出荷台数ベース及 び稼働台数ベース)を占めていた。このように,被審人の有力性は顕著 であり,その取引先も多いことから,全社を挙げて組織的行為として行 うことにより,告知できる範囲が広くなるほか,業界第1位の認知度, 信用性から,被審人が行う告知の内容についても信憑性がより高いもの と卸売業者やユーザーに受け取られ,他の事業者にも波及し,告知が強 く作用する。さらに,被審人は,クラウン及び徳間を子会社としている ことから,卸売業者やユーザーは,被審人の告知を単なる脅しではなく, 現実の事態となる可能性が高いものと受け取ることとなる。そして,卸 売業者やユーザーは,管理楽曲が重要であるために,エクシングの通信 カラオケ機器ではクラウン及び徳間の管理楽曲が使用できなくなると の強い不安を抱くこととなり,エクシングの通信カラオケ機器の変更又 は入替えという事態を引き起こすのである。 なお,被審人は,被審人の有力性について,エクシングと比較するの ではなく「ブラザー工業グループ」との比較でとらえるべきであると主 張するが,ブラザー工業は通信カラオケ事業者ではなく,被審人と競争 関係にあるのはエクシングであり,被審人が不当に妨害した取引はエク シングと卸売業者及びユーザーとの通信カラオケ機器の取引であるか ら,被審人の有力性を「ブラザー工業グループ」との比較でとらえても 意味がない。 イ 被審人の有力性による行為の波及効果 前記アのとおり,通信カラオケ事業の分野における被審人の有力性は 顕著であり,告知できる範囲が広いほか,告知効果が高い。そのため, 業界内で他の事業者に対する波及効果が生じている。 例えば,業界第2位の通信カラオケ事業者であるユーズの仙台営業所 は,平成14年下半期における販売施策案として,エクシングの通信カ ラオケ機器について,クラウン及び徳間の管理楽曲の使用に不安を覚え, 18 入替えを検討している卸売業者及びユーザーがいることに乗じて,これ を機に,エクシングをターゲットとして積極的に営業攻勢をかけていく こととした。このように,エクシングは,被審人の違反行為により,被 審人以外の同業者からも攻撃の対象にされており,こうしたことからも, 本件告知行為は,エクシングの通信カラオケ機器の取引に重大な影響を 与えるものである。 ウ 組織的妨害行為 被審人の妨害行為は,エクシングを徹底して攻撃する目的の下に行わ れているものであり,一営業マンの発案による偶発,散発的な行為では なく,会社を挙げての妨害行為である。そして,被審人の本件行為は, 特定の地域における小規模な行為ではないために,エクシングの取引に 与える影響が重大となり,公正な競争を阻害するおそれはわずかにはと どまらない。加えて,前記イのように,被審人の妨害行為に便乗する手 法を企図する者も現れるなどの波及効果により,更に行為の広がりが生 じるおそれもある。 エ 告知に対する卸売業者の関心度 (ア) 冨塚六郎参考人 被審人の子会社である株式会社東海第一興商の取締役である冨塚 六郎参考人(以下「冨塚参考人」という。)は,平成13年12月こ ろ,クラウン及び徳間がエクシングに対して管理楽曲の使用承諾契約 の更新を拒絶したことについて,自らが出席した平成13年12月及 び平成14年3月のブロック会議の場で被審人から聞いたか否かは 記憶にない旨供述している。 しかし,冨塚参考人は,平成13年12月及び平成14年3月のブ ロック会議に出席していないから,ブロック会議の場で被審人から説 明された記憶がないのは当然である。それでも,冨塚参考人が「よそ から耳に入ってきたというような形で知ってはいました。」と被審人 による告知内容を承知しているのは,当該告知内容が流布していた現 れであり,卸売業者等が当該告知内容に対して高い関心を示していた ことが認められる。 (イ) 梶喜代三郎参考人 卸売業者である株式会社カジ・コーポレーション(以下「カジ・コー 19 ポレーション」という。)の代表取締役である梶喜代三郎参考人(以 下「梶参考人」という。)は,クラウン及び徳間がエクシングに対し て管理楽曲の使用承諾契約の更新を拒絶したことについて,自らが出 席した平成13年12月13日のDK会中部支部会の場で被審人か ら聞いたことを明確に認めている。 少なくとも,カジ・コーポレーションのほか,DK会中部支部会に 出席した卸売業者である株式会社市川商事,株式会社ダイマル(以下 「ダイマル」という。),株式会社雷鳥商事は,被審人及びエクシン グの双方の通信カラオケ機器を取り扱っており,また,これら4社以 外の卸売業者にとっても,エクシングの通信カラオケ機器を設置する ユーザーが営業先対象となることからすると,エクシングに関する被 審人の告知の内容に関心を抱かないわけがない。実際,DK会中部支 部会では,管理楽曲の問題は,被審人幹部による冒頭の挨拶の中で紹 介されているほか,「フリートーク」でも再び話題になっている。 (ウ) 大和久雅史参考人 卸売業者である株式会社タオ・エンタープライズ(以下「タオ・エ ンタープライズ」という。)の代表取締役である大和久雅史参考人(以 下「大和久参考人」という。)は,平成13年の秋ないし平成14年 の初頭ころに,エクシングの通信カラオケ機器の卸売業者から,エク シングの通信カラオケ機器では管理楽曲が使えなくなる旨を電話で 聞いたことを認めている。タオ・エンタープライズは,当時DK会に 加入していなかったのであるから,大和久参考人の供述は,DK会の 場で直接告知を聞く機会を持たなかった卸売業者にまで当該告知内 容が伝わっていた事実を示しており,当該告知内容が広く流布される ほどに卸売業者等の関心が高かったことを表している。 オ エクシングの通信カラオケ機器の取引に与えた重大な影響 (ア) 被 審 人 が ク ラ ウ ン 及 び 徳 間 を し て そ の 管 理 楽 曲 の 使 用 を エ ク シ ン グに対して承諾しないようにさせた行為並びにクラウン及び徳間を してその管理楽曲の使用をエクシングに対して承諾しないようにさ せる旨又はエクシングの通信カラオケ機器ではクラウン及び徳間の 管理楽曲が使えなくなる旨を卸売業者及びユーザーに告知した行為 (以下,これらの行為を「本件違反行為」という。)は,管理楽曲が 20 重要であるために,卸売業者及びユーザーが,エクシングの通信カラ オケ機器では,いつ何時,クラウン及び徳間の管理楽曲が使用できな くなるかもしれないと不安を覚え,エクシングの通信カラオケ機器の 取扱い又は使用を中止し,クラウン及び徳間の管理楽曲も搭載してい る他の通信カラオケ事業者のものに変更する事態を引き起こすもの であり,本件違反行為がなされた時点で,エクシングの通信カラオケ 機器に係る取引に重大な影響を与えるものである。 (イ) 実際にも,卸売業者がエクシングの通信カラオケ機器の取扱いをや めるなどの影響が生じていることは,卸売業者の供述を基にした報告 書である査第124号証ないし第129号証及び第140号証の事 例があるほか,エクシングの通信カラオケ機器の取扱いをやめた卸売 業者である有限会社サウンドトーホクの事例及びエクシングの通信 カラオケ機器の取扱いを減少させたダイマルの事例がある。 (ウ) エクシングは,平成7年7月に発売開始した「MJ」と称する通信 カラオケ機器の後継機種として,平成13年9月26日にセレブジョ イを発売し,MJの出荷実績等から合理的に判断して,同年10月か ら平成14年3月までの6か月間の出荷目標を1,000台と設定し たが,実際の出荷台数は460台にすぎなかった。 (エ) 平 成 1 3 年 1 月 な い し 平 成 1 7 年 6 月 の 通 信 カ ラ オ ケ 機 器 の 総 稼 働台数に占める被審人とエクシングの通信カラオケ機器の稼働台数 の割合(稼働台数シェア)をみると,エクシングの稼働台数シェアは, 平成13年12月ないし平成14年1月に急に落ち込み,その後も平 成16年9月ころまで回復傾向がみられない一方,被審人の稼働台数 シェアは,平成14年1月ころに急に上昇し,その後も伸び続けてい る(査第149号証)。これは,本件違反行為により,卸売業者等の 商品選択が妨げられたことに起因して,平成14年1月以降の被審人 とエクシング双方の稼働台数シェアが変動したものである。 (オ) 前記(イ)ないし(エ)に表れた結果からみても,被審人の行為は,エク シングの通信カラオケ機器の取引に重大な影響を与えるものであっ たと認めることができる。 カ エクシングの通信カラオケ機器の稼働台数 (ア) 被審人は,前記オ (エ)の 稼 働 台 数 シ ェ ア を 算 出 す る 基 デ ー タ と な っ 21 たJASRACによる通信カラオケ機器の月別稼働端末台数の集計 のうち,エクシングの月別稼働端末台数について,平成14年1月以 降,その算定方法が実質的に変更されたことが同月におけるエクシン グの稼働台数シェアの低下の原因であると主張し,当該基データの連 続性・整合性を確認するためにJASRACに対して審判官が行った 平成18年5月18日付け調査嘱託(以下,単に「調査嘱託」という。) に対するJASRACからの平成18年5月29日付け「調査嘱託に 対する回答」(以下「JASRAC回答」という。)の内容は事実に 反すると主張する。 しかし,JASRAC回答は,平成13年11月にJASRACが エクシングに対して行った監査の結果である査第160号証ないし 第162号証の内容と照応しており,JASRAC回答が事実に基づ くものであることは疑う余地がない。 (イ) 前記のエクシングに対する監査の結果においてJASRACが問 題にしているのは,JASRACが月末時点における稼動端末台数を 申請台数として報告するよう求めているにもかかわらず,エクシング が月初時点における端末稼働台数を報告していたことであって,この ことは,エクシングの監査を行った公認会計士が,申請台数を修正し て正しい報告をするためには,その月の新規契約端末を加算し,その 月の解約端末を控除すれば足りると判断し,査第161号証において, 「2001年9月時点の申請を修正」するために「9月契約端末を加 算し,9月解約端末を控除する」よう指摘していることに端的に表れ ている。 (ウ) 仮に,被審人が主張するように,エクシングがJASRACに報告 していた「請求台数」が稼動端末台数とは異なり,請求書が発行され ている端末台数を意味し,稼動していなくとも支払未了のために請求 書が発行されるものが相当数累積しているのであれば,監査を行った 公認会計士は,まさにその問題を指摘し,支払未了の端末を控除する ようエクシングに求めてしかるべきであるが,かかる指摘はない。 (エ) 被審人は,エクシングが平成14年1月報告分から月末時点の稼動 端末台数をJASRACに報告するよう改めるに際し,システム改善 を行ったというのは,稼動端末台数の算定時期を1か月シフトするだ 22 けにとどまらない何らかのシステム変更を要する違いが存すると主 張するが,エクシングが,JASRACから稼動認識のタイミングが 請求ベースとなっていることに対して改善を求められていたことに 対して,システム改善を行って報告方法を改めたものであることは査 第160号証及び第162号証から明らかであり,報告時点の修正以 外のシステム変更がなされた証拠はない。 (オ) 前記(ア)ないし(エ)のとおり,エクシングの通信カラオケ機器の月別 稼働端末台数は,平成13年12月までは月初の日,平成14年1月 以降は月末の日を基準日として算定されているが,どの時点を算定の 基準日としても特段大きな違いはないのであるから,通信カラオケ機 器の稼動台数シェアのグラフである査第149号証の信用性に問題 はない。 キ 卸売業者の供述(匿名調書)の信用性 (ア) 供 述 人 の 氏 名 や 供 述 人 の 特 定 に つ な が り 得 る と 審 査 官 が 判 断 し た 供述部分をマスキングした匿名の供述調書(以下「匿名調書」という。) をその内容とする審査官の報告書(査第120号証,第121号証, 第123号証ないし第129号証,第135号証ないし第141号 証)のうち,査第120号証,第121号証及び第123号証ないし 第129号証に係る供述人は,DK会の会員であり(査第120号証, 第121号証,第128号証及び第129号証に係る各供述調書の供 述人),複数の通信カラオケ事業者の通信カラオケ機器を取り扱う併 売店であり(査第123号証及び第124号証に係る各供述調書の供 述人),又はエクシングと直接の取引関係にない者であること(査第 125号証,第126号証及び第127号証に係る各供述調書の供述 人)等から,エクシングに一方的に有利となる供述をすべき関係にな く,各供述人が自らの経験した事実を自らの認識のとおり供述してい ることに疑いの余地はない。 (イ) 審査官は,違反行為の立証を十二分に行うため,当初から供述調書 にマスキングを予定することはあり得ない。一部マスキングを施した 供述調書として証拠申出をせざるを得なかったのは,卸売業者が被審 人との取引への悪影響を懸念し,事情聴取への協力を拒んだり,事情 聴取には応じるものの証拠化に難色を示したためであり,かろうじて 23 匿名化することを条件に証拠申出に応じた卸売業者に係る供述調書 は,取捨選択せずにすべて証拠として申し出たものである。 (ウ) 供述録取に応ずることにより被審人との取引に悪影響が生じると いう供述者の懸念が杞憂でないことは,卸売業者である梶参考人が被 審人の子会社の役員である冨塚参考人に対して,本件調査に協力した 事実をあくまで秘匿しようとしたことによって裏付けられている。 (エ) 査第135号証ないし第141号証は,査第120号証,第121 号証及び第123号ないし第129号証の供述人が,供述を行ったこ とが被審人の知るところとなると何らかの不利益を被るおそれがあ ると危惧していること,マスキングを施した場所が各卸売業者がその 必要を申し出た箇所であることを証するために提出したものであり, これらを顕名で提出しては所期の目的が達せられないため,当初の供 述調書と同様にマスキングを施したのであって,その目的は唯一,各 卸売業者の抱く強い危惧に対する配慮である。 (2) 被審人の主張 ア 被審人とブラザー工業グループとの企業規模格差 ブラザー工業及びその子会社であるエクシングから成るブラザー工 業グループは,連結決算ベースでみると,売上高で被審人の約4.5倍, 純利益で同6倍,従業員数で同7.5倍である。被審人は,このような 強大な経済力を持つブラザー工業グループに対して,経済力の濫用や実 質的に意味のある妨害行為を行えるような立場にない。 イ 取引機会の減少のおそれの不存在 (ア) 大手卸売業者への正式な告知の不存在 梶参考人は,参考人審訊及び同人の陳述書において,被審人の告知 行為について,正式な書面による告知はなかったこと,大手卸売業者 としては真剣に受け止めることはなく,エクシングに対する被審人の けん制という程度の受け止め方であったこと,エクシングの通信カラ オケ機器には,その後もクラウン及び徳間の管理楽曲が搭載され続け ていたことからも,クラウン及び徳間の管理楽曲の使用承諾契約の更 新が留保されたという噂には何らの現実感もなかったことを陳述し ているところ,同参考人が代表取締役を務めるカジ・コーポレーショ ンは,日本最大手の通信カラオケ機器の卸売業者であり,また,エク 24 シングと被審人の双方から同等の比率で出資を受け,双方から通信カ ラオケ機器を購入していることから,同参考人の陳述は,中立な立場 の者の陳述として信用性が高い。 また,大手卸売業者で,被審人とエクシングの双方の通信カラオケ 機器を取り扱っているタオ・エンタープライズの代表取締役である大 和久参考人も,米田専務や被審人の営業担当者から,クラウン及び徳 間の管理楽曲の使用承諾をエクシングに対して留保した旨の事実は 聞いておらず,噂で聞いていたにすぎないと陳述している。 このように,被審人がクラウン及び徳間の管理楽曲について,エク シングに対して使用承諾を留保した事実を卸売業者に対して効果的 に告知することを真に意図していたのであれば,被審人とエクシング の双方の通信カラオケ機器を取り扱っている卸売業者の中でも最大 手であるカジ・コーポレーションやタオ・エンタープライズに対して 告知がなされていないことは考えられない。 (イ) a エクシングの通信カラオケ機器の稼動台数 審査官は,本件告知行為がエクシングの通信カラオケ機器の取引 に重大な影響を与えたことの証拠として,通信カラオケ機器の総稼 働台数に占める被審人とエクシングの通信カラオケ機器の稼働台 数シェアの推移を示す査第149号証を挙げるが,当該稼働台数 シェアを算出する基データとなったJASRACによるエクシン グの通信カラオケ機器の月別稼動端末台数の連続性には問題があ る。すなわち,以下のとおり,平成14年1月以降,エクシングか らJASRACに報告される通信カラオケ機器の台数の算定方法 は,請求書が発行されているか,システム上使用料が請求されてい る端末台数を意味すると考えられる「請求台数」と称する台数から 「稼動端末台数」へ実質的に変更されたのであり,その変更により, 報告される端末台数は相当数減少すると考えられるから,エクシン グの通信カラオケ機器の稼働台数シェアが同月に急激に低下して いる の は ,当 該 変 更に よ る もの で あ る可 能 性 が 極 め て 濃 厚 で あ る 。 b エクシングに対するJASRACの監査結果に関する査第16 0号証ないし第162号証において,「稼動端末台数」と「請求台 数」又は「請求ベースによる報告」とは一貫して使い分けられてお 25 り,両者は算定時期以外の点で違うものを指しているとみるのが自 然である。 c エクシングは,前回の監査において,JASRACから月末の稼 動端末台数を報告するよう改善を求められていたが,今回の監査時 点においてもなお改善できておらず,これに関してシステムの改善 を行うこととしていた。また,今回の監査において,平成13年1 0月以降,契約書に従った申請(月末時点の稼動端末台数の申請) を行うことを求められたのに対し,システム改善を行って報告方法 を改 め る こと が で きた の は ,平 成 1 4年 1 月 報 告 分 以 降 で あ っ た 。 JASRACの監査における指摘が「月初」と「月末」という算 定時期だけの違いであれば,単に1か月シフトして計算すれば済む ことであり,逆に,JASRACからの要望になかなか対応できず, システム改善が必要であったということは,「稼動端末台数」と「請 求台数」との間に,ほぼ1か月の違いにとどまらない何らかのシス テム変更を要する違いが存することは明らかである。 d 審査官は,「各月の請求台数ベース(新規契約端末は含まれず, 解約端末は含まれる)」が報告されていることが問題とされており, 各月において当該月の新規契約端末が加算されず,かつ,当該月の 解約端末が控除されない時期といえば月初時点を指すにほかなら ないと主張するが,「新規契約端末は含まれず,解約端末は含まれ る」の部分は「各月の請求台数ベース」の内容を説明しているにす ぎず,「各月の請求台数ベース」が稼動端末台数のうち,新規契約 端末は含めず,解約端末を含めたものであると説明しているわけで はない。 e 審査官は,エクシングが月初時点の稼動端末台数を報告していた ことをJASRACが問題にしていることは,エクシングの監査を 行った公認会計士が2001年9月時点の申請を修正するために 「9月契約端末を加算し9月解約端末を控除する」よう指摘してい ることに端的に表れていると主張するが,査第161号証には, 「2001年10月以降,契約書にしたがった申請を行うことを前 提として,2001年9月時点の申請を修正する(9月契約端末を 加算し9月解約端末を控除する)必要がある」と記載されており, 26 これは,2001年9月時点の申請を修正することが契約書に従っ た申請にはならないことを踏まえた上で,10月以降,契約書に 従った申請を行うのであれば,2001年9月時点の申請を修正す ることで妥協するという意図にも理解できるのであるから,9月時 点の申請の修正が契約書に従った申請になることを前提とするも のであり,審査官の前記主張は失当である。 f 前記bないしeによれば,査第160号証及び第161号証に記 載された「請求台数」とは,請求書が発行されているか,システム 上使用料が請求されている端末台数を意味すると考えられる。そし て,現在は稼動していなくとも支払未了の端末についても請求書が 発行されると考えられるから,その分,「稼動端末台数」よりも「請 求台数」が多くなることが想定され,さらに,経営悪化により閉鎖 した店舗においては未払の状態が継続することが想定されるので, 請求書発行のみの端末が相当数累積していたことが想定される。 したがって,「請求台数」から「稼動端末台数」への変更により, JASRACに報告される台数は,当然に相当数減少すると考えら れる。 g これに対して審査官は,稼動していない端末で支払未了の状態が 続き,請求書のみ発行されるものが相当数累積している事態が発生 してれば,公認会計士は,そのことを指摘し,支払未了の端末を控 除するようエクシングに求めてしかるべきであるが,かかる指摘は ないと主張する。しかし,前記cのとおり,稼動端末台数を算定す るためにはシステム改善が必要であるから,エクシングとしては支 払未了の端末を控除するよう求められても,システム改善時期以前 の分については,その数の算出すらできないと考えられる。 h 本件告知行為によりエクシングの稼働台数シェアに影響が生じ たとすれば,その効果はある程度の期間継続的に生じ,エクシング のシェアは継続して減少し続けると考えられるが,査第149号証 の3に表示されているエクシングの稼働台数シェアの変動は,平成 13年12月から平成14年1月にかけて1回だけ急激に減少し た後は1年以上の期間,ほぼ横ばいとなっている。このような稼働 台数シェアの変動は,本件告知行為の影響としては極めて不自然で 27 あり,そのこと自体,査第149号の3のグラフが本件告知行為の 影響により稼働台数シェアが変動したことの証拠たり得ないこと を示している。 (ウ) 卸売業者の供述(匿名調書)の信用性の欠如 審査官は,①通信カラオケ機器の卸売業者にとっての管理楽曲の重 要性,②被審人がクラウン及び徳間の管理楽曲の使用承諾契約の更新 を留保した事実を卸売業者に告知した行為が卸売業者に与えた心理 的影響を匿名調書をその内容とする審査官の報告書によって立証し ようとしている。 匿名調書については,そもそも証拠として採用されるべきではない し,後記aないしdに指摘するとおり,匿名調書の証拠価値は類型的 にみて著しく低いものであるので,匿名調書を事実認定の証拠として 用いるべきではない。 a 本件のような不当な取引妨害の有無が争われる事案では,正当な 競争活動と不当な取引妨害とを区別することは容易ではなく,慎重 な判断を要するのであるから,マスキングが施されていない供述調 書(以下「原供述調書」という。)など最良証拠を提出させる必要 性は通常の案件以上に大きく,また,匿名調書では被審人の防御権 を著しく制約することになる。このため,①原供述調書の提出が不 能又は著しく困難であり,②内容が原供述調書と一致していること が証明される場合に限って,原供述調書以外の形態によって書証を 提出することが許されるというべきであるところ,原供述調書との 内容的な同一性が十分に示されていないという点で,匿名調書は信 用性を欠いている。 b 査第120号証,第121号証及び第123号証ないし第129 号証の立証趣旨は,本件告知行為の存否という客観的事実だけでは なく,本件告知行為の影響であり,告知を受けた者がどのような心 理的影響を受け,いかなる判断を行ったかが問題になっているとい う点で,供述人の心理的変化や主観的判断を問題とするものである。 このような供述人の主観的な心の動きが記載されている供述調書 に関しては,供述人に対する反対訊問以外には有効な弾劾方法がな いが,前記各査号証は,この被審人の最も重要な防御方法を行うこ 28 となく採用されている。また,匿名調書の供述人は,被審人に対し て偏見や商売上の私怨を抱いている可能性が高いが,反対訊問が行 われない結果,これらの供述を排除することができない。 c 供述調書において供述人に要求される署名押印は,供述人に責任 感を持って供述を行わせるという効果がある。しかし,供述人の署 名部分や供述人を特定する情報が公にされないということになれ ば,無責任な供述を行う可能性が通常の供述調書に比して高くなる。 本件においても,匿名調書の供述人は,供述段階において,後日審 判廷において供述調書が提出される際にはマスキングが施される ことを告げられた上で供述している可能性が強く,その供述内容は, 通常の供述調書に比べて信用性が類型的に低い。 d うがった見方をすれば,審査官が卸売業者から回収したアンケー トのうち審査官の意に沿う内容の回答をした卸売業者を選択して 供述調書を作成したことにより,結果的に,被審人に恨みをもつ卸 売業者のみを拾い上げることになった疑いも存する。 3 競争手段の不公正さ(争点③) (1) 審査官の主張 ア 管理楽曲の権利関係 (ア) 通 信 カ ラ オ ケ 事 業 者 が 管 理 楽 曲 を 使 用 し て カ ラ オ ケ ソ フ ト の 音 源 を制作し,使用する場合には,JASRACから楽曲の利用許諾を受 けるほか,当該管理楽曲について作詞者又は作曲者との間で専属契約 を締結しているレコード制作会社からも個別にその使用の承諾を得 ているが,このような使用承諾は慣行にすぎず,その法的根拠はあい まいである。 (イ) これをクラウン及び徳間の管理楽曲についてみると,次のとおりで ある。 a クラウン及び徳間と専属契約を結んだ作詞者又は作曲者は,JA SRACが定める著作権信託契約約款に基づいてJASRACに 自己の有する著作権を信託財産として移転する際,管理楽曲につい ては,あらかじめJASRACの承諾を得て,同約款第11条第1 項第2号に規定される留保又は制限をすることができる。 b JASRACは,CDなどの録音物の制作のために管理楽曲につ 29 いて利用許諾の申請がなされた場合には,当該管理楽曲につきレ コード制作会社から事前に承諾を得た者のみに許諾するという取 扱いをしてきた。 c 著作権者は,JASRACに著作権を信託譲渡するに当たり,著 作権信託契約約款第7条により,信託譲渡するすべての著作物につ いて著作権を有し,かつ,他人の著作権を侵害していないことを保 証する義務を負っている。そして,JASRACは,クラウン及び 徳間の管理楽曲のうちほとんどすべての楽曲について,全支分権の 信託譲渡を受けている。したがって,クラウン及び徳間の管理楽曲 のうちJASRACが全支分権の信託譲渡を受けている楽曲につ いて,クラウン及び徳間は,著作権者から支分権の全部又は一部の 譲渡を受けているのではなく,単に債権的に使用許諾を受けている にすぎないと認めることができる。また,JASRACがクラウン 及び徳間の管理楽曲の利用希望者にクラウン又は徳間の承諾を得 るよう求めてきたのは,著作権信託契約約款第11条第1項第2号 に基づく一定の留保又は制限をJASRACが許すことのできる 範囲内で認めるという任意的措置を採ってきたにすぎない。 d 通信カラオケ機器での使用については,JASRACは,クラウ ン及び徳間の管理楽曲の利用許諾について,クラウン又は徳間の承 諾を許諾の条件とする取扱いをしていない。クラウン及び徳間の管 理楽曲を通信カラオケ機器で使用しようとする者は,クラウン又は 徳間の承諾を得なくとも,当該管理楽曲の全支分権の信託譲渡を受 けているJASRACから正当に許諾を受けられる。しかしながら, 通信カラオケ事業者は,従来の慣行に倣い,事実上,クラウン及び 徳間の管理楽曲の使用につき,クラウン又は徳間の承諾を得ている。 (ウ) 管理楽曲の使用承諾の性質は以上のようなものであり,被審人は, 管理楽曲を使用するためにはレコード制作会社から使用承諾を得る ことが必要であると事実上認識されている状況を巧みに利用して,競 争事業者の取引を妨害したのであって,そのような妨害行為は,公正 な競争手段からは程遠いものである。 (エ) 管理楽曲をこのような形で利用することは,著作権法の趣旨からみ ても正当でない。 30 昭和45年に全面改正された著作権法は,「作家専属制による特定 のレコード会社等の録音権・譲渡権の独占を排除することによって, 音楽の流通を促進し,音楽文化の向上に資する」ことをその目的の一 つとし,同法第69条において強制許諾の制度を設けているのもこの 趣旨に基づくものである。同法全面改正の際,管理楽曲に係る経過措 置が設けられたのは,管理楽曲の在り方自体が好ましくないとの立場 に立つものであった。したがって,JASRACが一定の範囲でその 存在を容認したとはいえ,レコード制作会社が通信カラオケのような 著作権法改正当時に存在しなかった新たな利用形態についてまでこ の慣行を拡大することは想定外であり,ましてや,競争者に不利益を 与える手段として利用することは,音楽の流通促進,音楽文化の向上 を期する著作権法第69条及び「既存の慣行については,関係当事者 間における自主的措置に基づく事態改善を期待することとし」(加戸 守行「著作権法逐条講義新版」725頁)て経過措置規定を置いた立 法趣旨に反する。 (オ) さらに,レコード制作会社は,作詞者又は作曲者から独占的な権利 を得ているといっても,その多くは債権的な許諾契約によるものであ り,特許法(昭和34年法律第121号)の専用実施権者のように, そのことをもって第三者に対抗することはできない。 したがって,クラウン及び徳間は,少なくともJASRACから通 信カラオケ機器への使用について正当に許諾を受けた者に対し,その 使用を著作権侵害として排除することはできないこととなるから,被 審人がクラウン及び徳間をしてエクシングに対する使用承諾を拒絶 させることにより,エクシングがクラウン及び徳間の管理楽曲を使用 できないようにすると卸売業者等に告知することは,エクシングがJ ASRACから正当に利用許諾を受けた第三者である以上,公正な競 争手段とはいえないものである。 (カ) 被審人は,管理楽曲の独占的録音権を,排他性を本質とする知的財 産権と同じ趣旨で取り扱うべきであると主張し,その根拠として,レ コード制作会社が経済的に不安定な作詞者又は作曲者に対して専属 料を支払ったことを挙げるが,これは,投資をしたことによる見返り を既得権益として保護すべきであるというに等しいものである。 31 イ クラウン及び徳間とエクシングとの信頼関係 (ア) 被審人は,被審人の子会社として経済的に一体であったクラウン及 び徳間とエクシング又はブラザー工業グループとの間では,本件特許 訴訟等の特許紛争により信頼関係が無くなっていた旨主張する。しか し,クラウン及び徳間とエクシングとの管理楽曲使用承諾に係る契約 関係は,被審人がブラザー工業から歌詞色変え特許等に関する仮処分 の申立てを受け,さらに,本件特許訴訟の提起がなされた以降も継続 していたのであり,それまでの信頼関係が当該特許紛争によって崩壊 したとは認められない。クラウン及び徳間も,自らの事情によって当 該契約の更新を拒絶する意向は有していなかったし,クラウンについ ては,エクシングに対して契約書案を手交までしている。 (イ) また,被審人は,クラウンとエクシングとの間では,エクシングに よる通信カラオケ機器の使用台数の過少申告が原因で平成13年度 (平成12年12月21日から平成13年12月20日まで)の管理 楽曲使用承諾契約書が作成されなかったかのように主張する。しかし, この台数の問題については,クラウン自体は納得しており,その旨被 審人にも説明を行っている。実際,平成13年度の契約に関し,エク シングは,クラウンから両社の代表者名を明記した原紙2通を受け 取っており,これは,それぞれに押印して1部をクラウンが,1部を エクシングが保有することを前提にしていたものとみるのが自然で ある。また,被審人自身も,平成13年度の契約が有効であったと事 実上認めていたことは,楢原法人営業部長や米田専務の供述(査第6 5号証,第67号証)から明らかである。通信カラオケ事業者が管理 楽曲使用承諾契約を締結する際に申告する通信カラオケ機器の使用 台数は,当該契約の相手方であるレコード制作会社ごとに差異があり 得るものであるにもかかわらず,クラウンとエクシングとの管理楽曲 使用承諾契約を解除させる口実として,被審人がクラウンとエクシン グとの管理楽曲使用承諾契約における使用台数と,徳間とエクシング との管理楽曲使用承諾契約における使用台数の差異を都合よく引き 合いに出したことは明らかである。 (ウ) さらに,被審人は,エクシングが徳間に対して1年分の使用料を支 払わず,無断で徳間の管理楽曲の使用を継続していたことが管理楽曲 32 の使用承諾の拒絶の理由であるかのように主張する。しかし,徳間は, 平成13年8月ころ,被審人から求められて,それまでのエクシング との管理楽曲使用承諾契約に係る契約書を被審人に送付し,その折に 初めて使用料が支払われていない事実に気付き,同年10月に被審人 の子会社となった後,同年11月に,突如,エクシングに対して警告 するに至ったものであるが,エクシングは,これに対し,回答書を送 付した上で未払となっている使用料を支払うとともに,徳間の社長に 謝罪に赴き,その際,徳間の社長から「第一興商とのパテントの件が まとまればこんな話はなんてことない」と告げられており,このよう な経過からみれば,被審人が,被審人の事情で徳間にその管理楽曲の 使用承諾を拒絶させたことは明らかであり,エクシングと徳間との間 では特段問題にならなかった使用料の不払の事実を殊更に取り上げ, あたかも管理楽曲使用承諾契約の更新拒絶が正当であったかのよう に糊塗しようとするものである。 (エ) このように,本件の管理楽曲の使用承諾の拒絶は,被審人によるエ クシング攻撃という一連の行為の中で行われたものであり,クラウン 及び徳間とエクシングとの間で信頼関係が失われてしまったから管 理楽曲の使用承諾を拒絶したという被審人の主張は,後付けの単なる 口実にすぎない。 ウ 被審人の行為の目的 被審人は,平成13年11月末ころ,エクシングの事業活動を徹底し て攻撃していく方針を決定し,クラウン及び徳間の管理楽曲をエクシン グに使用させないこととしたが,この被審人の方針は,エクシングによ るクラウン及び徳間の管理楽曲の継続使用を打ち切るべき正当な理由 に基づくものではなく,専らエクシングを攻撃することのみを目的とす るものである。また,被審人による本件違反行為は,エクシングという 特定の競争者のみを狙い撃ちにして徹底的に攻撃する方針の下,クラウ ン及び徳間の管理楽曲の使用承諾を拒絶させており,業界でも異例の差 別となっている。 これに対し,被審人は,この方針について,エクシングから本件特許 訴訟を提起され,これをてこに誹謗中傷され,本件特許訴訟に係る和解 協議も一方的に拒否されたため,防衛せざるを得なかったとした上で, 33 「競争」自体が相互に他を排斥しながら顧客を奪い合うことを予定して いるから「攻撃」自体が競争行為に当たるとか,公正競争阻害性の判断 において方針や目的は無関係であると主張する。また,被審人は,本件 違反行為に関して,被審人とエクシング及びブラザー工業との間の本件 特許訴訟に端を発したものであるから,エクシングのみが対象となるの は当然であって,公正競争阻害性を基礎付けるものではないと主張する。 しかし,行為の目的を公正競争阻害性を判断する一要素とすることは, 何ら不合理ではない。また,被審人のいう「攻撃」が審査官のいう競争 であるならば,競合他社に等しく対処することが効果的であるから,エ クシングのみを対象にするのは不合理であり,被審人の行った「攻撃」 は,競争ではなく,単なる嫌がらせでしかなく,正当な理由を見出すこ とはできない。企業防衛のためであるとしても,いわゆる自力救済は許 されないのであるから,正当化事由たり得ない。そもそも,被審人のい う「攻撃」は,単に,やられたらやり返すという感情的な抗争にすぎず, より低い価格で,より良い品質で,又はより顧客に適したサービスで商 品・役務を提供することによって顧客を獲得し合うという本来の競争と はおよそなじまないものである。 エ 原因を生ぜしめた者による告知行為 (ア) 被審人は,本件告知行為の内容は客観的な事実であり,また,他社 製品の欠点や短所を指摘することは能率競争に反することではない と主張する。しかし,被審人の主張は,被審人自身が告知する内容を 自ら作り出したという重要な事実を捨象した議論である。被審人は, クラウン及び徳間の管理楽曲の使用承諾を拒絶する行為と,その旨告 知する行為とを,いずれも,エクシングの事業活動を徹底して攻撃し ていくとの方針の下に相互補完的な手段として併用している。クラウ ン及び徳間の管理楽曲の使用承諾を拒絶するにとどめず,それを卸売 業者やユーザーに告知する方が,徹底して攻撃する方針からすればよ り効果が望めるのであり,このため,被審人は,双方を一連のものと して行ったのであるから,本件告知行為のみを切り離して論じようと することが誤りである。 (イ) 被審人は,他社製品の欠点や短所を指摘することが取引妨害である ならば,比較広告も許されないことになるから,本件告知行為は能率 34 競争に反することではないと主張する。しかし,本件告知行為は,自 社製品の拡販のために行う広告とは異なり,専らエクシングを陥れる ために行っているのであり,エクシングに打撃を与えるのが主目的で, 自社製品の販売増進は飽くまで二次的な副産物にすぎないのである。 これは,比較広告を始めとする広告という販売手法とはかけ離れた行 為であり,誹謗中傷の域を出ないのであるから,広告活動を引き合い に論じる行為には当たらない。 (ウ) さらに,クラウン及び徳間の管理楽曲の使用承諾を拒絶する際,被 審人は,徳間に「相当きつめの内容」(査第101号証)の通知書を エクシングに送付させているが,「相当きつめ」ということ自体,被 審人が法的にできること以上の措置をあえて採ろうとしている旨表 示したことを自認するものである。 (2) 被審人の主張 ア 管理楽曲の使用承諾の留保の正当性 (ア) 管理楽曲に対するレコード制作会社の権利性 レコード制作会社が管理楽曲に対して有する法的権利は,レコード 制作会社と作詞者・作曲者との間の専属契約に基づいて取得したもの であるから,この権利の内容は,専属契約の当事者の意思により決定 される。このような当事者の意思は,専属制度を支えてきた以下のよ うな音楽業界の実態によれば,専属契約によりレコード制作会社が取 得した楽曲を独占的に録音する権限は通信カラオケソフトにも及ぶ ことを内容としていたことが容易に推認できる。 a 日本最古のレコード制作会社が設立された明治43年当時,作詞 家・作曲家という職種は,レコード販売を通じて得られる収入なく しては経済的安定を享受し得ない職業であり,専属契約の相手方で あるレコード制作会社があって初めて存在し得た。このように,楽 曲創作に携わる関係者の中でレコード制作会社の果たす商業的役 割が格段に大きかったことにかんがみれば,楽曲に関する独占的録 音権をレコード制作会社が保有するという専属制度は,当時の社会 的状況及び音楽業界の実態からして十二分に合理性のある制度で あった。 b レコード販売は楽曲にとって極めて重要な商業的流通手段であ 35 り,当該楽曲のレコード等の売上げが伸びるかどうかは,楽曲自体 の良し悪し以上に,楽曲のプロモーション活動が重要であって,レ コード制作会社は,有望な作詞家・作曲家を発掘した上で,多額の プロモーション活動費用をかけ,多くの売れなかった楽曲の中から 一握りのヒット作品を生み出している。専属作家が,専属料の支払 を受けることによって,創作した楽曲が最終的にヒット作品となる かどうか等のリスクを回避することができる一方で,レコード制作 会社は,どれだけの売上額を確保できるか定かでない楽曲について も,定期的に一定の専属料を支払うことで楽曲の創作に対して多大 な投資を行ってきた。 c 以上のとおり,レコード制作会社が音楽業界において主体的役割 を演じ,作詞家・作曲家はレコード制作会社から与えられる経済的 保証の下に当該レコード制作会社のためだけに楽曲を創作してい たことにかんがみるならば,専属契約の当事者は,楽曲の伝達手段 又は媒体のいかんにかかわらず,楽曲の録音権を包括的にレコード 制作会社に取得させるとの意思を有していたと解すべきである。す なわち,作詞者・作曲者が当時望んでいたのは,商業的な流通経路 を広く持つレコード制作会社を通じて自分たちの楽曲を「世に出し 広めること」だったのであり,媒体が将来的にレコードからLD, CDあるいは通信やハードディスクと発展していった場合に,媒体 ごとにレコード制作会社との契約を別途行わなければならないな どといった意思は有しているはずもなく,レコード制作会社におい ても,取得する録音権が媒体ごとに付与されるようなものであると は想定していなかったはずである。 (イ) 管理楽曲使用承諾契約の更新拒絶の自由 前 記 (ア)の と お り , ク ラ ウ ン 及 び 徳 間 が 管 理 楽 曲 の 使 用 承 諾 に つ い ての法的権利を有する以上,契約自由の原則により,契約の更新拒絶 をすることも自由であり,何ら違法性はない。 (ウ) クラウン及び徳間とエクシングとの間の信頼関係破壊 クラウン及び徳間とエクシングとの間には,以下のとおり信頼関係 が破壊されていたことから,クラウン及び徳間のエクシングに対する 管理楽曲の使用承諾契約の更新拒絶は正当な行為である。 36 a ブラザー工業及びエクシングが被審人に対して提起した本件特 許訴訟は,万一被審人が敗訴すれば企業としての存亡に関わること から,被審人は,和解による解決を試みており,いったんは歩み寄 りがみられたが,平成13年11月,ブラザー工業及びエクシング は事実上和解を拒否するに至った。当時,クラウン及び徳間は被審 人の子会社(特に,徳間は被審人の100パーセント子会社)であ り,被審人と経営的に一体であったクラウン及び徳間とエクシング との間の信頼関係は破壊されていた。 b また,クラウン及び徳間とエクシングとの契約交渉の過程におい て,以下の問題が浮上し,クラウン及び徳間とエクシングとの信頼 関係は破壊された。 (a) クラウンとエクシングとの間における平成13年1月21日 以降の管理楽曲使用承諾契約の締結交渉の過程で,エクシングが 徳間に対しては4万台と申告していたアクセス端末台数を,クラ ウンとの関係では2万5千台と過少に偽って申告していたとい う問題が発見された。 (b) エクシングは,徳間に対して,平成11年12月1日から平成 12年11月30日までの1年分の使用料を支払わず,また,同 日をもって管理楽曲使用承諾契約が終了した後も,約1年間にわ たり,徳間と契約更新の協議をすることなく無断で徳間の管理楽 曲を使用し続けていた。 c エクシングの三行地会長は,遅くとも平成8年12月までには, エクシングと被審人のカラオケ機器を取り扱う卸売業者に対して, 「第一興商のDAMは(特許訴訟により)そのうち使えなくなる」 などと発言しており,また,エクシングの営業担当者も同様の宣伝 文句を口頭又は文書によって広範囲に流布し,被審人に対して継続 的に不正競争防止法(平成5年法律第47号)上違法とされる誹謗 中傷行為を行っていた。このような親会社に対する誹謗中傷行為の 存在は,クラウン及び徳間とエクシングとの間の信頼関係も大きく 損なうものである。 (エ) 本件特許訴訟に対する対抗措置 a 本件特許訴訟等に対する防衛・防御行為 37 被審人は,ブラザー工業及びエクシングから特許権侵害を理由と する仮処分の申立て及び訴訟の提起並びにこれに関連する誹謗中 傷攻撃という継続的な妨害行為,侵害行為を受けており,和解交渉 も一方的に事実上破棄されて被審人の事業の存亡自体に影響を被 る立場に陥れられた。そして,特許権侵害を理由とする製造販売の 差止めが事業者の事業活動に甚大な影響を与えることは,判例にお いても一般的に認められている。 また,本件特許訴訟の根拠となった3つの特許のうち2つが無効 審決により無効とされ,これらの無効審決がきっかけとなって,本 件特許訴訟の判決において被審人による特許権侵害が認められな かったことからすれば,ブラザー工業及びエクシングによる無効原 因を有する特許権の行使により,被審人の事業活動が制限されたも のであり,本件特許訴訟自体が競争秩序を著しく侵害するもので あった。 このような訴訟行為に対して,被審人の行った行為は,被審人グ ループが有している管理楽曲について,契約により従来エクシング に使用承諾していたものを,その契約更新を留保しただけであり, しかも,それは,特許紛争の交渉過程において行われたものであっ て,何ら違法性のない行為である。 したがって,エクシングの行為は被審人に対する違法な妨害行為 であるのに対し,被審人の行為は,防衛行為であり正当な競争方法 である。 b 不当な干渉行為に対する対抗行為と比例原則 審査官は,被審人の行為が企業防衛行為であったとしても,いわ ゆる自力救済は許されず,正当化事由たり得ないと主張する。 しかし,独占禁止法においても,法一般においても,自力救済が すべて許されないわけではない。競争事業者は,相互に対抗してい るのであり,一方の攻撃行為に対して他方がその防御のための攻撃 を行うことは,通常のビジネス行為である。被審人の行為は,対抗 措置の側面を別にしてみれば,単独の取引拒絶の問題であるが,単 独の取引拒絶は,基本的には取引先選択の自由の問題であり,明確 な公正競争阻害性がない限り合法と解釈するのが通説である。 38 企業は市場において競争事業者との競争活動にさらされている ため,相互に相手の事業活動に干渉することも少なからず生じるの であって,その干渉に対して対抗することは,先行する干渉行為に より受ける被害が大きく,かつ,その先行する干渉行為に合理的に 比例する範囲内での対抗行為であれば,競争上正当な行為として許 容されてしかるべきである。 この点,ブラザー工業及びエクシングによる本件特許訴訟等とこ れに関連する誹謗中傷行為は,被審人に対する不当な干渉行為であ り,これに対し,被審人が採った対抗行為は,わずか67曲の管理 楽曲について使用承諾契約の更新を留保するにすぎなかったので あるから,先行する干渉行為に合理的に比例する範囲に十分とど まっており,このような妨害効果・排除効果の小さい対抗行為は, 独占禁止法上是認されるべきである。 c 本件特許訴訟の提起等が特許登録前からのエクシングの不法な 告知行為の完成手段であること 前記のとおり,本件特許訴訟の根拠とされた特許について特許登 録がなされる以前から,エクシングの三行地会長は,当該特許によ り被審人のカラオケ機器が使えなくなることを卸売業者に告知し ていたが,その時点においては,当該特許が将来特許登録されるか すら不明であったのであり,本件特許訴訟の提起は,このような告 知行為を完成させる行為とも言い得るものであって,この点を考慮 すれば,クラウン及び徳間による管理楽曲の使用承諾契約の更新留 保は,なおさら,前記のとおり防衛行為,自力救済として正当化さ れる。 (オ) 使用承諾留保後の継続使用 エクシングは,クラウン及び徳間による管理楽曲使用承諾契約の更 新留保後もクラウン及び徳間の管理楽曲を継続して使用したのであ り,この点に着目するならば,契約更新の留保は,エクシングの事業 活動にも競争秩序にも影響を与えるおそれがあったとはいえないの みならず,むしろ,エクシングは,他の通信カラオケ事業者が負担し ている使用料を負担せずにクラウン及び徳間の管理楽曲を利用して いたことにより,競争力を高める結果になっていたとさえいえる。 39 (カ) 行為の目的を過大視することの不当性 審査官は,行為の目的を公正競争阻害性を判断する一要素とするこ とは何ら不合理ではないとし,被審人の本件違反行為は,より良質安 価に,又は,より顧客に適したサービスを提供することによって顧客 を獲得しあうという本来の競争とはおよそなじまないものであり,正 当な理由を見出すことのできない単なる嫌がらせでしかないと主張 する。 しかし,ブラザー工業及びエクシングが被審人を通信カラオケ市場 から駆逐するために本件特許訴訟を提起し,警告文等を関係者に配り, 組織的に被審人の事業を妨害したことこそ,審査官の前記主張に妥当 する。被審人は,この攻撃に対して,本件特許訴訟に係る和解交渉で 対処し,それが実質的な拒否にあったため,被審人の事業継続及び企 業防衛を目的として本件における各行為に及んだものであり,そこで 用いた手段は,被審人が実質的に所有している音楽著作権の使用に関 する許諾の留保であり,エクシングの本件特許訴訟の提起より重要性 は低い。 仮に,審査官のいう「エクシングの事業活動を徹底して攻撃してい く方針」が被審人にあったとしても,ここでいう「エクシングの事業 活動を攻撃していく」とは,エクシングの顧客を奪っていくことを意 味していると解されるところ,競争というもの自体が,相互に他を排 しながら顧客を奪い合うことを当然に予定しているものであること からすれば,当該方針は,「エクシングと徹底して競争を行っていく 方針」にほかならない。 さらに,公正競争阻害性の有無は,当該行為の競争秩序への影響や 手段の公正さに基づいて判断されるものであって,被審人の「目的」 など の 主 観的 事 実 は, 公 正 競争 阻 害 性を 基 礎 付け る 要 素 た り 得 な い 。 イ 告知行為の正当性 (ア) 内容が虚偽でない告知 被審人による本件告知行為があったと審査官が主張する時点にお いて,クラウン及び徳間がその管理楽曲の使用承諾契約の更新をエク シングに対して留保していたのは事実であり,クラウン及び徳間には 管理楽曲の使用承諾を行う権限がある以上,エクシングが将来的にク 40 ラウン及び徳間の管理楽曲を使用できなくなることは客観的な事実 であったのであり,かかる客観的な事実を取引先に告知することは, 公正競争阻害性を有するものではない。また,競争事業者の取り扱う 商品の欠点や短所などのマイナス要素を指摘することが公正競争阻 害性を有するとなれば,比較広告も許されなくなるが,比較広告は, 主張内容が客観的に実証されていること等を条件に許容されている のであって,ここにおいても,提供されている情報が客観的に事実で あることが競争秩序を維持する上で要求されているにすぎない。 審査官は,本件違反行為が能率競争の観点から許されないと主張す るが,公正競争秩序維持の観点から,競合商品の欠点や短所に関する 情報を提供することが許されないとする理由はない。むしろ,競合商 品の欠点や短所に関する客観的な正しい情報が取引先に提供される ことの方が,需要者の選択を正しくし,能率競争を促進するのである。 (イ) 本件告知行為の卸売業者に対する影響は無視できる程度のもので ある 本件告知行為による影響は,ほとんど分からない無視できる程度の ものであり,ナイト市場の卸売業者やユーザーに対して有意な影響を 及ぼしていないから,本件告知行為が違法になることはない。 (ウ) 「告知する内容を自ら作り出した」との審査官の主張について 審査官は,「被審人自身が告知する内容を自ら作り出した」という 点を強調するが,管理楽曲使用承諾契約の更新留保という行為自体が 適法であるから,それを告知する行為が違法ということはない。また, 適法な「管理楽曲使用承諾契約の更新留保」という行為と適法な「更新 を留保したという事実の告知」という行為が,両者が組み合わされた 途端に違法になるということもあり得ない。 審査官は,行為の目的も公正競争阻害性を判断する一要素であると 主張しており,たしかに,違法性の程度を判断するためには,行為の 目的も加味する必要があるが,それは,客観的に違法性を帯びている 行為の違法性を総合判断する局面についてのことであって,客観的に 適法な行為が目的のみによって違法となることはあり得ない。 また,審査官の主張する「攻撃する意図」なるものは,程度の差こ そあれ「競争の意図」に含まれており,「攻撃する意図」を認定する 41 際には,公正な競争行為を不当に萎縮させることがないように慎重な 配慮を要する。 4 独占禁止法第21条の適用(争点④) (1) 審査官の主張 ア 独占禁止法第21条は,排他性を持つ知的財産権を対象とするもので ある。しかるに,クラウン及び徳間の管理楽曲のうち,JASRACが 著作権者から全支分権の信託譲渡を受けているものについては,クラウ ン及び徳間は債権的独占的実施許諾を受けているにとどまり,通信カラ オケ事業との関係において排他性を持つ法的権利を有していると認め られない。 イ 仮に,クラウン及び徳間が,通信カラオケ事業者との関係において, 作詞者又は作曲者から独占的に録音等する権利を付与されている楽曲 について,その使用を承諾するか否かを決定することが少なくとも外形 上又は形式的には著作権法による権利の行使に当たるとみられるとし ても,以下のとおり,行為の目的,態様及び競争秩序に与える影響を勘 案すると,知的財産権制度の趣旨を逸脱し,又は同制度の目的に反する ものであって,独占禁止法第21条にいう「権利の行使」に当たらない。 (ア) 独占禁止法第21条は,外形上又は形式的には知的財産権法による 権利の行使とみられる行為であっても,行為の目的,態様や問題と なっている行為の市場における競争秩序に与える影響も勘案した上 で,知的財産権制度の趣旨を逸脱し,又は同制度の目的に反すると認 められる場合には,当該行為が同条にいう「権利の行使と認められる 行為」とは評価できず,独占禁止法が適用されることを確認する趣旨 で設けられたものである。 (イ) 本件において,被審人は,エクシングの事業活動を徹底して攻撃し ていくとの方針の下,クラウン及び徳間をしてエクシングに対するク ラウン及び徳間の管理楽曲の使用を拒絶させ,また,卸売業者又は ユーザーに対し,エクシングがクラウン及び徳間の管理楽曲を使用で きなくなる旨告知している。本件の拒絶行為は,前記方針の下に行わ れたものであり,権利者が単にその権利を行使する目的で行ったもの ではない。管理楽曲の使用承諾をこのような形で利用することは,現 行著作権法の趣旨に反するものであり,行為の目的を正当化すること 42 はできない。被審人が主張するように,管理楽曲の使用承諾の拒絶が 特許紛争解決のための防衛目的であったとしても,紛争解決の手段と して著作権法の趣旨に反して管理楽曲を用いることは,正に権利行使 の外形を装うものにほかならない。また,その態様においても,クラ ウン及び徳間とエクシングとの間で,その信頼関係に基づき継続的に 行われてきた管理楽曲の使用承諾を,前記方針の下,突然に打ち切ら せ,かつ,これを告知して回ったのであり,当該行為は,エクシング の通信カラオケ機器の取引機会を減少させるおそれのある行為であ る。特に,エクシングの通信カラオケ機器の取引に重大な影響を生じ させ,その出荷台数及び稼働台数のシェアに影響を及ぼしているので あり,公正競争阻害性が高いものである。 (2) 被審人の主張 ア 知的財産権保護が国際的に強調される現在においては,独占禁止法第 21条の適用範囲については知的財産権の行使を過度に萎縮させない ように慎重に考慮されるべきである。現に,①特許権・著作権のライセ ンスに関して不当な反競争的条件を付すことについては,かなり厳格な 態度が取られ,各国独禁法当局は,ガイドラインの設定や違反事件の摘 発を行っていること,②特許権・著作権等の競争者間の提携・協調は規 制が緩やかになってきていること,③単独の企業による特許権・著作権 等の排他的独占権とそれに伴う使用許諾権については,一般的には権利 保護を強化する方向にあり,特許権・著作権等の権利行使が独占的地位 にある者の取引拒絶の形態で行われた場合であっても,それに対する独 禁法の規制は慎重になってきていること,という傾向がみられる。 審査官の本件に関する主張は,個別企業の特許権・著作権の権利自体 の使用許諾について安易な形の介入を是認するものであり,独占禁止法 第21条の「正当な権利の行使と認められる行為」の解釈を誤っている。 本件の問題は,前記③の問題であり,しかも市場独占を形成するもので もないのであるから,単独事業者の著作権の使用許諾の留保をもって独 占禁止法に違反するとすることはできない。 イ また,知的財産権の行使の態様を権利侵害に対する権利行使だけに限 定する審査官の主張は,知的財産権法の実務からかけ離れたものである。 クロスライセンスを典型とするように,今や,知的財産権が競争相手の 43 知的財産権行使の威嚇としての意味を有していることは,常識である。 したがって,権利侵害以外の問題について相手方をけん制し,優位に立 つ材料として知的財産権を使用することは,権利行使そのものなのであ り,およそ「外形を装う」ことなどではない。 本件でいえば,ブラザー工業及びエクシングは,通信カラオケ事業に 必要な特許について訴訟を提起しているのであり,また,管理楽曲もカ ラオケ事業に供される楽曲なのであるから,いずれも等しくカラオケ事 業に関連する知的財産権であり,別の問題について相手方をけん制して いるのではない。 ウ 審査官は,被審人の行為が権利行使の「外形を装う」ものであり,独 占禁止法第21条にいう「権利の行使と認められる行為」とは評価でき ないと主張するが,本件の管理楽曲の使用承諾の留保は,外形を装った 行為ではない。すなわち,ブラザー工業及びエクシングは,被審人に比 して強大な企業規模,資金力,技術力を背景に,平成4年に通信カラオ ケ事業を開始し,その市場で有力な地位を築き,平成6年に被審人がそ の市場に参入しその事業を拡大し始めると,平成8年には,後に特許無 効とされる程度の特許により,被審人に対して通信カラオケ機器の製造 販売差止めを求める本件特許訴訟を提起し,被審人のカラオケ事業の存 続自体に対する脅威を与え,知的財産権制度の趣旨を逸脱して,被審人 をカラオケ市場から強制的に退場させることを企てた。また,ブラザー 工業及びエクシングは,一時は進展を見せた和解協議を事実上一方的に 破棄して,前記企てをより現実のものとして突きつけてきた。 このような切迫した強力な不正妨害に対して,被審人は,和解による 平和的解決を模索するべく,そのための切り口として管理楽曲の使用承 諾の留保という態度を示したにすぎない。 したがって,被審人の前記行為に至った経緯を全体的にみた場合,そ の行為そのものをとらえて「外形を装った」と評価することは,事実を 歪曲するものである。 エ 審査官は,レコード制作会社の管理楽曲についての独占的権利につい て,債権的許諾権であることを強調し,第三者に対抗できないと主張す るが,著作権について独占的利用許諾権の設定を受けた者は,民法(明 治29年法律第89号)第423条に基づき債権者代位権を行使するこ 44 とも認められており,この法理は,レコード制作会社の管理楽曲につい ての独占的権利についても妥当すると考えられる。 5 排除措置の必要性(争点⑤) (1) 審査官の主張 本件においては,既に被審人の本件違反行為は無くなっているが,以下 のとおり,当該違反行為が将来繰り返されるおそれが強いため,独占禁止 法第54条第2項に規定する「特に必要があると認めるとき」に該当する。 ア 「戦略」としての管理楽曲の確保 被審人が,競争者であるエクシングの事業活動を徹底して攻撃してい く方針を決定し,この方針の下,会社を挙げて組織的に本件違反行為を 行ってきたことは明らかであるにもかかわらず,被審人は,この方針の 存在を否定し,未だこの方針を撤回せず維持しているのみならず,将来 にわたっても撤回されることは期待できない。また,被審人は,クラウ ン及び徳間の株式取得・子会社化に際して,「現行の管理楽曲の権利確 保」を「戦略」として位置付けている。 こうした経緯からみても,被審人は,再び管理楽曲を本件と同様の「戦 略」に用いる可能性が高い。 イ 自動更新条項の不設定 クラウン及び徳間とエクシングとの間の管理楽曲の使用承諾契約に は,当該契約が自動更新される条項は盛り込まれていない。自動更新条 項がある契約は,通常,相当の期間にわたって存続することが予定され ている上,現実にも,契約期間がある程度長期に及ぶのが通例であり, これにより,通信カラオケ事業者は,管理楽曲使用承諾契約の更新を前 提として安定的に卸売業者等との取引を行うことが可能となる。 このように,管理楽曲使用承諾契約の自動更新条項は,通信カラオケ 事業者にとって,単に契約更新のたびの煩瑣を省くこと以上の意味があ るところ,被審人は,自動更新条項を設けないことにより,クラウン及 び徳間をして,使用承諾契約の更新の拒絶を行わしめることを容易にし ている。 ウ 本件違反行為の容易性 被審人は,クラウン及び徳間の管理楽曲を再び「戦略」として用いる ことを企図したときは,クラウン及び徳間をして契約更新の機会をとら 45 えて更新を拒絶させた上で,日常の営業活動の中で卸売業者等にその事 実を告知すれば事足りるので,本件違反行為と同様の行為を行うことは 極めて容易であり,違反行為が反覆される可能性が高い。 エ 妨害行為の効果を熟知していること等 平成4年ころ以降,エクシング等が通信カラオケ機器をもって業務用 カラオケ機器の市場に新規参入した際,被審人は,当該参入を食い止め るため,レコード制作会社に働きかけてエクシング等への管理楽曲の使 用承諾を遅らせ,エクシングが不利な状況に置かれている間に,通信カ ラオケ事業者中第1位の地位を得ている。したがって,被審人は,管理 楽曲を「戦略」として用いた場合の効果を熟知しており,再びかかる効 果を狙って,レコード制作会社に同様の働きかけを行うおそれが あ る 。 また,被審人は,業務用カラオケ機器の市場において,通信カラオケ 機器という革新的技術を用いた機器の導入に遅れをとりながら,これら の技術を用いて新規事業者が参入すると,管理楽曲に係る著作権の行使 であると称して新規参入事業者を排除しようとし,これを起因として, これまで長期間にわたってエクシングとの間で紛争を繰り返してきた ものである。このようなタイプの行為は,寡占的な市場において知的財 産権をめぐってよくみられるものであり,違反行為の再発の可能性が高 い。 (2) 被審人の主張 以下のとおり,本件違反行為が将来繰り返されるおそれはなく,した がって,「特に必要がある」と認められず,排除措置の必要性は存在しな い。 ア クラウン及び徳間とエクシングとの契約締結 クラウンは,エクシングとの間で管理楽曲使用承諾契約に係る交渉を 継続してきた結果,平成19年3月30日付けで同契約は再締結された。 また,徳間とエクシングとの間では,累次,管理楽曲使用承諾契約が 締結されてきている。 したがって,特段の事情がない限り,クラウン及び徳間がエクシング との管理楽曲使用承諾契約の更新を留保することは考えられない。 イ 自動更新条項を設定しないことの正当性 (ア) 自 動 更 新 条 項 が あ る 契 約 が 長 期 の 契 約 存 続 を 念 頭 に 置 い て 締 結 さ 46 れているからといって,自動更新条項がない契約が長期の契約存続を 念頭に置いていないということにはならない。また,自動更新条項が 設けられるのは契約の長期存続を念頭に置いてのことであるとする ならば,その場合には,契約当事者間に強い信頼関係が存在すること が前提となるが,エクシングが被審人のみを対象に本件特許訴訟の提 起等を行い,それと並行して誹謗中傷行為を行ってきたことから,被 審人の子会社であるクラウン及び徳間とエクシングとの間では,エク シング以外の通信カラオケ事業者と比較して信頼関係の強さが劣る のは避けられない。 したがって,クラウン及び徳間がエクシングとの間で自動更新条項 を設けないことにも一定の合理性が存在する。 (イ) 自 動 更 新 条 項 に は , 「期 間 満 了 ○ か 月 前 ま で に 甲 , 乙 い ず れ か ら も 別 段 の 意 思 表 示 が な い 場 合 に は 」契 約 が 更 新 さ れ る 旨 が 規 定 さ れ る こ とが極めて一般的であるが,このような規定の場合には,契約当事者 は「別段の意思表示」を行いさえすれば契約を終了させることができ るのであって,契約の更新拒絶を行うことは全く容易なことであるに もかかわらず,自動更新条項が規定されてさえいれば契約の更新拒絶 が困難になるかのごとき誤った前提を設定して,自動更新条項が定め られていないことの意味を殊更に誇張する審査官の主張は不当であ る。 ウ 管理楽曲の経年による有用性の低下 平成4年ころ以降に,エクシングへの管理楽曲の使用承諾を遅らせた のは,専らレコード制作会社側の事情であり,ビジネス判断だったので あって,被審人による働きかけが理由ではない。また,被審人が「新規 参入事業者を排除」しようとした事実及び「これを起因として,これま で長期間にわたってエクシングとの間で紛争を繰り返してきた」という 審査官が主張する事実は存しないし,それを裏付ける証拠もない。 さらに,審査官が主張するように,管理楽曲が昭和45年ころまでに 青年期を迎えていた現在の中高年齢層の者にとって非常になじみの深 い楽曲であるとすると,年を追うごとに,ナイト市場においてカラオケ を歌唱する中高年齢層はより若い年代・世代へと移り変わっていくので あるから,その若い年代・世代にとっては,管理楽曲は古めかしい楽曲 47 以外の何物でもない。したがって,仮に,管理楽曲が一定の有用性を有 していたとしても,その有用性は,年を経るごとに低下していくものと いわざるを得ず,将来に本件違反行為を行ってみたところで,ナイト市 場における管理楽曲の有用性が存在しない以上,何の効果ももたらすも のではない。 6 その他の主張 (1) 審査官の主張 ア 裁量権の逸脱・濫用の不存在 被審人は,ブラザー工業及びエクシングが無効になった特許に基づき 被審人が特許権を侵害していると告知した行為は,被審人の行為に先行 しており,また,被審人の行為と密接不可分なものであるのに,公正取 引委員会が被審人の行為についてのみ審判を行うという偏ぱな取扱い をしたことは,公正取引委員会の裁量権の逸脱・濫用であると主張する。 しかし,独占禁止法第49条第1項の規定に基づき審判手続を開始す るか否かは,独占禁止法の運用機関である公正取引委員会の高度に専門 技術的な知見による裁量に委ねられている。そして,排除措置を命ずる ことについて被審人が裁量権の逸脱・濫用を主張するときには,被審人 は,それを裏付ける具体的事実の主張・立証責任を負うものである。ま た,独占禁止法違反行為に対して排除措置を命ずることが平等原則に違 背する違法なものとなるのは,同種・同様・同程度の違反行為をした事 業者が多数あるのに,排除措置を命ずる相手方である違反事業者以外の 違反事業者に対しては排除措置を命ずる意思がなく,排除措置を命ずる 相手方である違反事業者に対してのみ,差別的意図をもって排除措置を 命ずるような場合に限られる。 これをブラザー工業及びエクシングの行為と被審人の行為について みると,前者は,告知の前提として訴訟という正式の法的手段が採られ ており,特許が無効と判断されたのは審理の結果であって,告知の時点 では,告知する側と受ける側双方に特許権者による特許法に基づく権利 行使と認識されていたものであるのに対し,後者は,著作権侵害として 差し止めることができない者が,訴訟という正式の法的手段を採ること ができないことを認識しつつ,法的に許される以上の措置を採ろうとし ていることを表示して,その旨卸売業者に告知したものである。した 48 がって,ブラザー工業及びエクシングの行為と被審人の行為との差異は 顕著であり,同種・同様・同程度の行為とはいえないから,両者の差別 的取扱いを論ずる前提を欠く。そして,そのほかに,公正取引委員会に 被審人に対する差別的な意図があったことをうかがわせる事実は存在 しないから,公正取引委員会が被審人に対して審判開始決定をしたこと は,公正取引委員会の裁量権の逸脱・濫用には当たらない。 イ エクシングによる事件記録の閲覧・謄写申請の取下げの意味 被審人は,エクシングが事件記録の閲覧・謄写申請を取り下げたこと は,エクシングが被審人に対して損害賠償請求訴訟を提起する意思がな くなったことを示し,それは,被審人の行為によりエクシングに実質的 な損害が生じていなかったことをエクシング自身が認めたことを示し, したがって,通信カラオケ市場における競争秩序にもさしたる影響がな かったことを示すと主張する。 しかし,審査官は,本件違反行為が行為時点でエクシングの通信カラ オケ機器の取引機会を減少させていたことを主張・立証しており,事後 に当事者間の争訟において変化があったからといって,本件違反行為の 公正競争阻害性が左右されるものではない。また,被審人の主張は,閲 覧・謄写申請の取下げと競争秩序への影響という根拠と結論との間にい くつもの前提を置いており,論理に甚だしい飛躍がある。 (2) 被審人の主張 ア 裁量権の逸脱・濫用 エクシングは,ブラザー工業の特許が登録される前から,被審人のカ ラオケ機器は特許権侵害に基づき販売及び使用が差し止められて使え なくなると頻繁に卸売業者に告知しており,ブラザー工業の特許が登録 された後,被審人に対する特許権侵害を理由とする仮処分の申立てや本 件特許訴訟の提起を行った。このような特許登録前の告知行為は,法的 権利に基づかない妨害行為であり,被審人による本件告知行為と同種・ 同様・同程度以上の行為であるところ,このような事実を熟知しながら, エクシングの妨害行為については調査もせず,被審人に対してのみ審判 を行うという公正取引委員会の偏ぱな取扱いは,行政行為として許され ざる不平等な取扱いである。また,本件は,特許紛争を中核とする私的 紛争の一方当事者であるエクシングの便益のために,公正取引委員会が 49 公費をもって助力している状況にあり,このような行政権の発動は,公 正取引委員会としての行政裁量権の濫用・逸脱である。 イ 一般指定第15項の解釈 (ア) 不公正な取引方法(昭和57年6月18日公正取引委員会告示第1 5号。以下「一般指定」という。)第15項は,その適用範囲(外延) が曖昧模糊としているから,明確な類型や定型をもって公正競争阻害 性が認められる場合について適用されるべきものであり,謙抑的な運 用が必要である。 (イ) 一般指定第15項が適用される取引妨害の代表的な行為類型とし ては,取引の相手方を脅迫・威圧する行為,競争者の取引を物理的に 妨害する行為など,直接的・物理的な妨害又はそれに準ずる行為の形 態が予定されていたのであり,相当に強度な不公正な手段の場合で あって,公正な競争秩序維持の観点から黙認できない程度に至ってい るものに限られていると理解される。そのような行為類型の一つとし て,「無体財産権の侵害であり,出訴するとして取引先を脅かすこと」 が挙げられるが,これは,実際には無体財産権の侵害ではないのに(虚 偽性),取引先が特許権侵害による紛争に巻き込まれるとの威嚇とな る点を問題とするものである。 (ウ) しかし,本件告知行為については,管理楽曲の許諾をしないという 方針は虚偽ではなく,また,卸売業者をして第三者の権利侵害を行わ せるなどの紛争に巻き込むものでもなく,卸売業者の法的地位を脅か したりするものではないから,前記(イ)の取引妨害とされる行 為 類 型 とは全く異なるものである。 ウ 不正競争防止法における規制との整合性 (ア) 一 般 指 定 第 1 5 項 と 類 似 し た 制 度 で あ る 不 正 競 争 防 止 法 第 2 条 第 1項第14号は,虚偽の事実を告知・流布する行為を規制しており, 虚偽の事実ではない事実の告知は,同法の目的である自由かつ公正な 競争秩序維持の観点からも違法な行為とはされていない。 (イ) 不正競争防止法第2条第1項第14号と同様の知的財産権侵害告 知を規制対象とする一般指定第15項においても,不正競争防止法の 解釈や考え方をにらんで,その解釈,適用が考えられなければならな い。一般指定第15項は,不正競争防止法とは立法目的における若干 50 の違いがあるものの,両者は,基本的には重複し,同心円を描いた規 制であり,類似の判断の枠組みが該当せざるを得ない。すなわち,一 般指定第15項においても,告知内容の虚偽性が要求されるものとい うべきであり,虚偽の特許権侵害の告知は違法となるが,実在する知 的財産権の行使の有無に関する告知は,公正競争に沿う行為として社 会通念上許容されることになると解される。 エ エクシングによる事件記録の閲覧・謄写申請の取下げ エクシングは,平成19年4月3日付けで,本件審判に係る事件記録 の閲覧・謄写申請の取下書を提出した(審第65号証の1及び2)。事 件記録の閲覧・謄写申請は損害賠償請求訴訟の手段であるから,その取 下書が提出されたことは,エクシングが被審人に対して損害賠償請求訴 訟を提起する意思がなくなったことを示しており,ひいては,被審人の 行為によりエクシングに実質的な損害が生じていなかったことをエク シング自身が認めたことを示すものであって,それは,通信カラオケ市 場における競争秩序にもさしたる影響がなかったことになるのである から,被審人の行為についての公正競争阻害性も存在しないか,極めて 小さいというべきである。 第4 審判官の判断 1 通信カラオケ機器における管理楽曲の重要性(争点①)について (1) 管理楽曲一般の重要性 ア 通信カラオケ事業者の供述 ナイト市場と呼ばれるスナック,バー等においては,中高年齢層の来 店客が多く,これらの者が好んで歌唱する管理楽曲が,ナイト市場の ユーザー,そのようなユーザーを顧客とする販売業者,ひいては通信カ ラオケ事業者にとって必要不可欠であることについては,被審人の役員, 従業員及び元従業員並びに被審人以外の通信カラオケ事業者の役員及 び従業員が供述している。また,ボックス市場と呼ばれるカラオケボッ クスにおいても,管理楽曲の一定の必要性を認める被審人及び被審人以 外の通信カラオケ事業者の従業員の供述がある。(査第20号証ないし 第23号証,第35号証,第37号証,第39号証,第65号証,第6 8号証) イ 被審人の認識 51 (ア) 被審人は,被審人の通信カラオケ機器の商品説明において,管理楽 曲はナイト市場には必要不可欠なほど根強い人気があり,管理楽曲の 搭載数が業界最大で希少な管理楽曲も数多くそろえる被審人の通信 カラオケ機器は,ナイト市場の顧客層をしっかりつかむことができる 旨の宣伝をしている。(査第150号証,第151号証) (イ) 米田専務は,平成12年11月21日ころに開催された被審人の営 業統括本部法人営業部の所長会議において,カラオケボックスでも管 理楽曲は結構歌われている旨発言している。(査第17号証) (2) クラウン及び徳間の管理楽曲の重要性 ア 通信カラオケ事業者の供述等 (ア) 緑川子会社営業部長は,クラウンの管理楽曲について,「函館の女」, 「新潟ブルース」,「柳ヶ瀬ブルース」などカラオケでも人気のある 楽曲があると供述している。(査第57号証) (イ) ギガの中川徹取締役は,ナイト市場では,クラウンの北島三郎,徳 間の千昌夫の管理楽曲を十八番にしている来店客がいるので,これら の楽曲が入っていない通信カラオケ機器は,ナイト市場に参入するこ とは難しいと供述している。(査第23号証) (ウ) クラウンの柳平統顧問(以下「クラウンの柳平顧問」という。)は, クラウンの管理楽曲のうち通信カラオケ事業者によって使用されて いるのは120曲であり,これらの中でも, 「喧嘩辰」, 「兄弟仁義」, 「ラブユー東京」,「信濃川旅情」,「柳ヶ瀬ブルース」,「新潟ブ ルース」等は,どの通信カラオケ事業者も使用していること,また, その中で最も多く歌唱されているのは「新潟ブルース」で,管理楽曲 全体の中でも常にベスト10に入っていることを供述している。(査 第24号証) (エ) 査第24号証に添付された「クラウン専属曲取引先別リスト」と題 する書面によれば,平成10年ころ,前記120曲のクラウンの管理 楽曲のうち36曲は,被審人及びエクシングを含む主要な通信カラオ ケ事 業 者 11 社 の すべ て に よっ て 使 用さ れ て いた こ と が 認 め ら れ る 。 イ 通信カラオケ事業者による管理楽曲の使用状況 ほとんどの通信カラオケ事業者は,クラウンの管理楽曲については平 成10年ころ以降,徳間の管理楽曲については平成9年ころ以降,継続 52 して,両社から使用承諾を得ている。(査第144号証) ウ 管理楽曲の演奏回数 (ア) 平 成 1 5 年 1 1 月 1 日 か ら 3 0 日 ま で の 間 に お け る ナ イ ト 市 場 に 設置されたDAM−G50の演奏回数ランキング(審第31号証)に よれば,クラウン及び徳間の管理楽曲について,以下の事実が認めら れる。 a 総合順位300位以内に入る管理楽曲は25曲であり,このうち, クラウン及び徳間の管理楽曲は7曲と3割近くを占めている。 b 管理楽曲順位30位以内に入るクラウン及び徳間の管理楽曲は 10曲と3分の1を占める。 c クラウン及び徳間の管理楽曲で最上位にある「新潟ブルース」及 び「新宿そだち」は,それぞれ,管理楽曲中第6位及び第8位にあ る(対象期間中に1度でも演奏された管理楽曲は1083曲存在す る。)。 また,前記2曲は,総合順位では,それぞれ,第68位及び第8 9位である(対象期間中に1度でも演奏された楽曲は少なくとも3 6,138曲存在する。)。 さらに,前記2曲の演奏回数は,それぞれ,11,804回及び 10,413回であるところ,総合順位1位の楽曲の演奏回数(4 2, 1 6 6回 ) の 28 パ ー セン ト 及 び2 5 パ ー セ ン ト に 該 当 す る 。 (イ) 平成14年10月1日から31日までの間におけるセレブジョイ の演奏回数ランキング(査第18号証)によれば,クラウン及び徳間 の管理楽曲について,以下の事実が認められる。 a 総合順位300位以内に入る管理楽曲は35曲であり,このうち, クラウン及び徳間の管理楽曲は10曲と3割近くを占めている。 b 管理楽曲順位30位以内に入るクラウン及び徳間の管理楽曲は 8曲と3割近くを占めている。 クラウン及び徳間の管理楽曲で最上位にある「新潟ブルース」及 び「新宿そだち」は,それぞれ,管理楽曲中第6位及び第9位にあ る(対象期間中に1度でも演奏された管理楽曲は631曲存在す る。)。 また,前記2曲は,総合順位では,それぞれ,第62位及び第9 53 1位である(対象期間中に1度でも演奏された楽曲は19,203 曲存在する。)。 (3) 結論 ア 前記(1)の事実から ,通信カラオケ機器における管理楽曲の重 要 性 , 特に,ナイト市場においては管理楽曲が必要不可欠であることが認めら れ,その上で,前記(2)の事実から,クラウン及び徳間の管理楽曲は, 通信カラオケにおいて人気があり,実際の演奏回数や演奏順位も楽曲全 体の中でかなり上位を占めており,クラウン及び徳間の管理楽曲が通信 カラオケ機器にとって重要であることが認められる。 イ これに対し,被審人は,卸売業者やユーザーは,いずれの曲が管理楽 曲なのか,各カラオケ機器に搭載されている管理楽曲の曲数が何曲なの かやどのような管理楽曲が搭載されているかを把握しておらず,管理楽 曲に対する関心は高くないと主張する。 しかし,前記(1)ア及び(2)アのとおり,通信カラオケ事業者の役員, 従業員等が管理楽曲の重要性について供述しているところ,管理楽曲に 関する通信カラオケ事業者の認識は,カラオケ利用者のニーズを基にし た卸売業者やユーザーの認識や要望等を踏まえたものであると考えら れるから,卸売業者やユーザーの管理楽曲に対する関心が高くないとす る被審人の主張は採用できない。 ウ また,被審人は,特定の年代に流行した管理楽曲間又は曲調の類似し た管理楽曲間には代替性があり,クラウン及び徳間がエクシングに使用 承諾してきたわずか67曲について,カラオケ歌唱の観点から代替が利 かないとはいえないと主張する。 しかし,カラオケ利用者は,自分の好みの楽曲の歌唱を望んでいると ころ,前記(2)ア(イ)のとおり,特定の管理楽曲を十八番にするカラオケ 利用者がいることなどから,各管理楽曲が,その歌唱を好む中高年齢層 のカラオケ利用者にとって容易に代替できるものであるとは認められ ない。また,クラウン及び徳間がエクシングに使用承諾してきた67曲 の中には,前記(2)ウのとおり,カラオケ利用者に人気の高い楽曲が含 まれているところ,クラウンの柳平顧問が供述するように(査第36号 証),管理楽曲の中で特に人気の高い楽曲がカラオケ機器に入っていな いとするとその製品は買ってもらえないというのであるから,通信カラ 54 オケ機器にとって,人気楽曲を含む前記67曲が重要でないとはいえな い。 エ さらに,被審人は,エクシングは通信カラオケ事業に参入するに際し て管理楽曲の存在を重要視しておらず,そのことは,被審人との本件特 許訴訟に係る和解交渉において,和解交渉の行方いかんではクラウン及 び徳間の管理楽曲の使用承諾に影響があることを示唆されていながら, エクシングが従来の和解金5∼6億円という提案に対して27億円と いう回答を行い和解交渉を決裂させたことにも現れている旨主張 す る 。 しかし,エクシングが通信カラオケ機器の発売当初から,管理楽曲を 有するレコード制作会社に対して管理楽曲の使用承諾を求めていたこ とは前記第1の4(3)のとおりであり,エクシングは,レコード会社8 社から管理楽曲の使用承諾を得られるようになって以降は,継続して使 用承諾を得てきている(査第144号証)。また,エクシングらが27 億円の和解金支払という提案を行った意図は明らかでなく,エクシング が和解交渉を決裂させようとしたとはいえないし,仮に,エクシングが 和解交渉の決裂を意図していたとしても,そのことをもって,エクシン グがクラウン及び徳間の管理楽曲を重要視していなかったとはいえな い。 2 通信カラオケ機器の取引に関する影響の有無(争点②)について (1) 被審人の有力性 ア 被審人は,平成8年3月までには通信カラオケ機器の設置台数で業界 第1位となり,その後もその地位を保っている。平成14年度における 被審人のシェアは,約44パーセント(出荷台数ベース及び稼働台数 ベース)を占めており,第2位のユーズのシェアとの間には約17パー セント(出荷台数ベース)から約18パーセント(稼働台数ベース)の 差がある。このように,通信カラオケ機器の取引分野における被審人の 有力性は顕著であると認められる。(査第4号証,第7号証,第8号証) イ これに対し,被審人は,エクシングはブラザー工業の子会社であり, ブラザー工業は,連結決算ベースでみると,売上高,純利益,従業員数 のいずれも被審人の数倍の規模で,通信情報機器の分野やミシンの分野 でトップクラスであるなどの国際的巨大企業であって,被審人が強大な 経済力を持つブラザー工業グループに対して,経済力の濫用や実質的に 55 意味のある妨害行為を行えるような立場にはないと主張する。 しかし,本件違反行為の市場に及ぼす影響の観点から被審人の有力性 を判断するに当たっては,通信カラオケ事業の分野における被審人の地 位等を考慮すべきものであって,他の事業分野の売上高等は関係がない というべきである。 (2) 組織的行為性 ア 前記第1の6(1)の とおり,被審人は,エクシングの事業活動 を 徹 底 的に攻撃していくとの方針を決定し,このことを,クラウン及び徳間を してその管理楽曲の使用をエクシングに対して承諾しないようにさせ ること,エクシングの通信カラオケ機器ではクラウン及び徳間の管理楽 曲が使えなくなると告知する営業を行うこと等とともに被審人の営業 担当者に周知している。このように,被審人は,会社としての方針をもっ て営業活動を行っており,本件違反行為は,偶発的,散発的なものでは なく,会社を挙げての行為である。 イ これに対し,被審人は,本件告知行為について,有力な卸売業者であ るカジ・コーポレーションに対して正式な書面による告知がなかった旨 を梶参考人が供述し,また,クラウン及び徳間の管理楽曲の使用承諾を エクシングに対して留保したことについて,タオ・エンタープライズの 代表者である大和久参考人が被審人から聞いていないと供述している ことから,本件違反行為は,被審人として正式に行ったものではないと 主張する。 しかし,被審人がDK会の支部会の場や,卸売業者を個別に訪問する などして,クラウン及び徳間の管理楽曲の使用をエクシングに対して承 諾しないようにさせるとか,エクシングの通信カラオケ機器ではクラウ ン及び徳間の管理楽曲が使えなくなるなどと告げたことは,前記第1の 6(3)のとおりである。 (3) 卸売業者の対応 卸売業者である有限会社サウンドトーホクは,エクシングに対し,「ク ラウンや徳間の管理楽曲の問題が解決するまでセレブジョイの取扱を止 める。」旨を告げ,実際にも,平成7年7月から出荷されたエクシングの 「MJ−10」と称するナイト市場向け通信カラオケ機器(以下「MJ− 10」という。)を合計157台購入していたのに対し,平成13年9月 56 にMJ−10に代わる新しい機器として発売開始されたセレブジョイは 1台も購入又は賃借しなかった。また,卸売業者であるダイマルは,エク シングに対し,「クラウンや徳間の管理楽曲を使用できなくなるといった 話を聞いており,取り扱うのは難しい。」旨を告げ,MJ−10を合計1 55台購入していたのに対し,セレブジョイは6台しか購入しなかった。 (査第114号証) (4) 通信カラオケ機器の稼働台数シェアの推移 ア JASRACからの報告に基づき審査官が作成した,被審人及びエク シングの通信カラオケ機器の稼働台数シェア及び両社のシェアの較差 の月別推移をグラフ化した査第149号証の1ないし4によれば,平成 13年1月以降,おおむね12パーセント弱であったエクシングのシェ アが,同年12月から平成14年1月にかけて急低下し,その後,おお むね10パーセント台で推移していることが認められる。これについて, 審査官は,本件違反行為により卸売業者等の商品選択が妨げられたこと による結果であると主張し,他方,被審人は,JASRACが審査官に 報告したエクシングの通信カラオケ機器の月別稼働台数のデータの連 続性・整合性に疑問があると主張する。 イ 査第160号証及び第161号証によれば,JASRACは,平成1 3年11月にエクシングに対する監査を行い,その結果,JASRAC に報告すべき稼動端末台数に関して,エクシングが「月末の稼動端末台 数ではなく,従前と同様に各月の請求台数(各月の新規契約端末は含ま れず,解約端末は含まれる)で報告」していること等を指摘する監査結 果報告を平成14年5月にエクシングに交付したことが認められる。 ウ 当該指摘については,審査官が主張するように,各月において当該月 の新規契約端末が加算されず,かつ,当該月の解約端末が控除されない 時期といえば月初時点にほかならないから,「請求台数」とは月初時点 の台数のことであり,したがって,JASRAC回答にあるように,平 成14年1月以降,エクシングは,JASRACに報告する稼動端末台 数について,月初時点から月末時点における台数に変更したにすぎない から,JASRACが審査官に報告したエクシングの通信カラオケ機器 の月別稼働台数のデータの連続性・整合性に問題はないと解することも 可能である。 57 しかし,「請求台数」が月初時点の台数であるならば,監査結果報告 (査第160号証)において,端的に「月初の稼動端末台数」等と記載 せずに「各月の請求台数(各月の新規契約端末は含まれず,解約端末は 含まれる)」と記載することは不自然であり,また,「請求台数」,「請 求ベース」(査第160号証)との名称は,ユーザーに対する通信カラ オケ機器の利用料等の請求を基にした台数であって,稼動端末台数とは 別のものであると解することも可能であるから,「請求台数」が月初の 稼動端末台数に等しいとすることには疑問の余地がある。 そして,エクシングは,平成14年1月報告分から,月末時点での稼 動端末台数を基準とした報告に改めた(査第162号証)というのであ るから,JASRACが審査官に報告したエクシングの通信カラオケ機 器の月別稼働台数に係る平成14年1月以降とそれ以前の数値の連続 性には疑問が残る。 エ したがって,査第149号証の1ないし4をもって,本件違反行為に よりエクシングの通信カラオケ機器の取引に影響が生じ,その結果,エ クシングの通信カラオケ機器の稼働台数シェアが低下したと認めるに は,不十分である。 (5) 結論 ア 前記(1)及び(2)の事実から,本件違反行為は,通信カラオケ事業の分 野における有力な事業者である被審人が,会社としての方針に基づき組 織的に行ったものであることが認められる。 イ これに加えて,前記1(2)のとおり,クラウン及び徳間の管理 楽 曲 が 通信カラオケ機器にとって重要であること,さらに,前記第1の4のと おり,過去に,被審人がレコード会社8社に対し,通信カラオケ機器を 開発して市場に参入したエクシング等の通信カラオケ事業者に対する 管理楽曲の使用承諾を遅らせるよう要請し,かつ,レコード会社8社は, エクシング等からの管理楽曲の使用承諾の求めに対し,被審人が管理楽 曲を搭載した通信カラオケ機器を発売してから1年以上経過するまで 管理楽曲の使用承諾に応じなかったという事実があったことを併せ考 えれば,被審人が本件違反行為を行うことにより,卸売業者及びユー ザーが,クラウン及び徳間の管理楽曲が使用できなくなることへの懸念 から,エクシングの通信カラオケ機器の取扱い又は使用を中止し,管理 58 楽曲に関する問題のない他の通信カラオケ事業者の通信カラオケ機器 に変更するものが少なからずあるであろうことは容易に推認すること ができるから,本件違反行為は,エクシングの通信カラオケ機器の取引 に重大な影響を及ぼす蓋然性が高いというべきである。 ウ このことは,次の事実からも裏付けることができる。 (ア) 前 記 (3)の と お り , 通 信 カ ラ オ ケ 機 器 に 関 し て , ク ラ ウ ン 及 び 徳 間 の管理楽曲に関する問題への懸念から,卸売業者がエクシングとの取 引を取りやめたことがうかがわれる複数の事例があることが認めら れる。 (イ) 査第124号証ないし第129号証(査第125号証及び第126 号証に係る供述人並びに査第128号証及び第129号証に係る供 述人はそれぞれ同一であって,供述人は合計4名であると認められ る。)によれば,卸売業者の中には,エクシングの通信カラオケ機器 ではクラウン及び徳間の管理楽曲が使えなくなるかもしれないとの 懸念を抱き,エクシングの通信カラオケ機器の取扱いをちゅうちょし たり取りやめたりした者があることを認めることができる。 被審人は,これら匿名調書は,供述人に対する反対訊問による弾劾 が不可能であるなど被審人の防御権を著しく制約するものである上, 証拠価値が著しく低いから,証拠として採用されるべきでなく,また, 事実認定の証拠として用いるべきではない旨主張する。 しかし,査第124号証ないし第129号証及び査第138号証な いし第141号証によれば,審査官が各供述人から聴取した内容を録 取した書面を作成し,これを各供述人に閲読させるなどして確認させ た上,各供述人から署名押印を得た供述調書が存在していること,及 び当該供述調書の提出により供述人及びその所属企業が被審人に知 れることはどうしても困る旨の各供述人の真摯な要請に基づき,審査 官において,供述人の署名,押印部分を含め供述人等の特定につなが る可能性のある部分にマスキングを施したものが査第124号証な いし第129号証の匿名調書であることが認められる。このような事 情を踏まえれば,審査官が査第138号証ないし第141号証をかか る証拠方法をもって提出することについて合理性を否定することは できないというべきであり,これらの証拠の証拠採用に対する被審人 59 の異議申立てについての公正取引委員会の平成17年7月20日付 け決定で判断されたとおり,当該匿名調書を証拠として採用すること は,違法又は著しく不当であるとはいえない。 他方,このような匿名調書は,被審人に対して各供述人への反対訊 問という防御の機会を与えないものであることから,匿名調書の証明 力については,この点を考慮する必要があるが,この点を考慮しても, 少なくとも,クラウン及び徳間の管理楽曲の使用に関する懸念を抱き, エクシングの通信カラオケ機器の取扱いをちゅうちょするなどした 卸売業者が存在するという前記認定の限度で,その証明力を認めるこ とができるというべきである。 3 競争手段の不公正さ(争点③)について (1) 管理楽曲の権利関係 レコード制作会社は,専属契約に基づき,管理楽曲を録音等する権利を 作詞者又は作曲者から独占的に付与されている。当該権利が通信カラオケ 機器における管理楽曲の使用承諾にも及ぶか否かについては当事者間に 争いがあるが,前記第1の3(3)のとおり,通信カラオケ事業者及び卸売 業者の大部分は,通信カラオケ機器で管理楽曲を使用する場合,通信カラ オケ事業者は,当該管理楽曲について作詞者又は作曲者と専属契約を締結 しているレコード制作会社から使用承諾を受けなければならないと認識 しており,当該使用承諾を受けることが慣行となっているものと認められ る。したがって,通信カラオケ事業者及び卸売業者のかかる認識と慣行を 前提として本件違反行為の公正競争阻害性を判断することが適当であり, 以下,このような考え方を基に検討を行う。 (2) 本件違反行為の目的 ア 前記第1の6のとおり,被審人は,ブラザー工業及びエクシングから 本件特許訴訟を提起され,その和解交渉の決裂を受けて,エクシングの 事業活動を徹底的に攻撃していくとの方針を決定し,クラウン及び徳間 をしてその管理楽曲の使用をエクシングに対して承諾しないようにさ せるとともに,エクシングの通信カラオケ機器ではクラウン及び徳間の 管理楽曲が使えなくなる等と卸売業者等に告知する営業を行うことと した。これを受けて,クラウン及び徳間は,それぞれ,エクシングに対 して,管理楽曲使用承諾契約を更新する意思がないこと,管理楽曲の使 60 用を直ちに停止するよう求めること等を内容とする書面を送付し,また, 被審人は,卸売業者及びユーザーに対して,被審人はクラウン及び徳間 をしてその管理楽曲の使用をエクシングに対して承諾させないつもり であること,今後,エクシングの通信カラオケ機器ではこれらの管理楽 曲が使えなくなること等を告知した。 イ このような事実関係にかんがみれば,本件違反行為は,特許権侵害に 関する争訟を起こされた被審人の対抗措置ないし意趣返しとして行わ れたものであり,価格や品質による競争を行うためではなく,専らエク シングの事業活動を攻撃することを目的として行われたものであると 認められる。 ウ これに対して,被審人は,本件違反行為は,被審人がブラザー工業及 びエクシングから特許権を侵害しているとして仮処分,訴訟,誹謗中傷 等の妨害行為を受け,和解交渉も事実上決裂させられ,事業の存亡に影 響を被る立場に陥れられたことに対する防衛行為であり,正当な競争方 法であって,特に,ブラザー工業及びエクシングが,後に無効とされる ような特許に基づく訴訟や誹謗中傷という違法な妨害行為を行ったの に対し,被審人が行ったのは,取引先選択の自由に基づくわずか67曲 の管理楽曲の使用承諾契約の更新留保にすぎず,ブラザー工業及びエク シングの不当な干渉行為よりもはるかに妨害効果等の小さい対抗行為 であったことから,独占禁止法上是認されるべきであると主張する。 しかし,ブラザー工業及びエクシングが主張する特許は,特許庁に対 する特許無効審判請求の段階においては無効ではないと判断されたの であり(審第24号証),また,米田専務が「当社は,平成12年ころ も特許侵害訴訟では劣勢にありましたので,話合いで何とか解決したい と考えていました。」(査第67号証)と供述していることに照らし, 当該特許が最終的に無効とされたのは飽くまでも結果論にすぎないと いうべきであり,また,被審人が主張するブラザー工業及びエクシング の行為に対しては,法的手段等の措置により対応すべきであって,自力 救済に及ぶことは許されない。 エ また,被審人は,エクシングの事業活動を徹底的に攻撃していくとの 方針が被審人にあったとしても,それは,エクシングの顧客を奪うとい う意味であり,競争自体が顧客奪取を予定しているものであることから 61 すれば,結局,当該方針は,エクシングと徹底して競争を行っていくと いう方針のことであると主張する。 しかし,被審人の方針である「エクシングの事業活動を徹底的に攻撃 していく」とは,前記アのとおり,クラウン及び徳間をしてエクシング との管理楽曲使用承諾契約の更新を拒絶させることや,卸売業者等に対 してエクシングの通信カラオケ機器ではクラウン及び徳間の管理楽曲 が使えなくなる等と告知し,これによりエクシングの事業活動にダメー ジを与えることであって,価格・品質等の正当な競争手段により顧客を 奪取することではない。 オ さらに,被審人は,公正競争阻害性の有無は当該行為の競争秩序への 影響や手段の公正さに基づいて判断されるものであって,当該行為がど のような目的によってなされたかによって左右されるものではないと 主張するが,取引妨害行為の公正競争阻害性を判断する上で,当該行為 の目的も考慮要素であることは,「不公正な取引方法に関する基本的な 考え方」(昭和57年7月8日独占禁止法研究会報告)にもみられると ころであり,被審人の主張は採用できない。 (3) 管理楽曲使用承諾契約の更新拒絶の態様 ア 前記第1の5(1)及び(2)のとおり,クラウン及び徳間のエクシングに 対する管理楽曲の使用承諾は,クラウンについては平成9年12月ころ 以降,徳間については平成7年12月ころ以降,平穏かつ継続的に行わ れてきていたところ,前記第1の6(1)及び(2)のとおり,被審人は,平 成13年11月末ころ,エクシングの事業活動を徹底的に攻撃していく との方針を決定し,これに基づき,クラウン及び徳間をしてエクシング との各管理楽曲使用承諾契約の更新を拒絶させた。 イ このように,被審人は,従前,クラウン及び徳間とエクシングとの間 で契約関係及び信頼関係が維持されてきたにもかかわらず,本件特許訴 訟の材料として,あるいは,エクシングの事業活動を徹底的に攻撃して いくために,突如,クラウン及び徳間をしてエクシングとの各管理楽曲 使用承諾契約の更新を拒絶させたものである。 ウ これに対し,被審人は,①クラウンとエクシングとの管理楽曲使用承 諾契約の交渉の過程で,エクシングがアクセス端末台数を過少申告して いたことが発見されたこと,また,エクシングが徳間に対し,契約期間 62 中の1年間の使用料を支払わず,契約終了後の約1年間も無断で徳間の 管理楽曲を使用し続けたことから,クラウン及び徳間とエクシングとの 信頼関係が破壊されており,②ブラザー工業及びエクシングが被審人に 対して本件特許訴訟を提起し,和解も事実上拒否したこと,また,エク シングが卸売業者に対して被審人の通信カラオケ機器はそのうち使え なくなる等と告げる誹謗中傷を行ったことから,被審人の子会社である クラウン及び徳間もエクシングとの間で信頼関係が破壊されていたの であり,したがって,管理楽曲の使用承諾契約の更新拒絶は正当な行為 であると主張する。 しかし,エクシングがクラウンに申告したアクセス端末台数について, クラウンの取締役としてエクシングとの管理楽曲使用承諾契約に係る 交渉を担当していたクラウンの柳平顧問は,エクシングと徳間との管理 楽曲使用承諾契約におけるアクセス端末台数が4万台であるのに対し, エクシングとクラウンとの管理楽曲使用承諾契約におけるアクセス端 末台数が2万5千台であることについてエクシングに説明を求め,その 説明に納得したと供述している。(査第36号証) また,徳間については,平成13年8月ころ,徳間が被審人の求めに 応じてエクシングとの管理楽曲使用承諾契約に係る契約書を被審人に 送付したことをきっかけに,1年分の使用料が支払われていないこと等 が判明したものであり,同年11月ころ,これらの事実を指摘する書面 を徳間から受け取ったエクシングが,当該使用料を支払うとともに,徳 間の社長に謝罪に赴いたところ,徳間の社長から「第一興商とのパテン トの件がまとまればこんな話はなんてことないこと」と告げられている。 (査第45号証,第100号証,第143号証) さらに,クラウン及び徳間とエクシングとの管理楽曲の使用承諾に係 る契約関係は,ブラザー工業及びエクシングによる本件特許訴訟が提起 された平成12年3月ころ以降も継続しており,クラウン及び徳間に とって親会社である被審人とエクシングとの争訟を理由に,クラウン及 び徳間とエクシングとの信頼関係が破壊されたと認めるべき特段の証 拠はない。 このように,クラウン及び徳間が自らの事情によってその管理楽曲の 使用承諾契約の更新を拒絶する意向を有していたことは認められず,当 63 該更新拒絶は,被審人がクラウン及び徳間をして行わせたものであるこ とは,前記第1の6(2)のとおりであるから,クラウン及び徳間とエク シングとの間の信頼関係が破壊されたことを前提とする被審人の主張 は採用できない。 (4) 卸売業者等に対する被審人の告知内容 ア 前記第1の6(3)の とおり,被審人は,卸売業者に対して,ク ラ ウ ン 及び徳間をしてその管理楽曲の使用をエクシングに対して承諾しない ようにさせる旨やエクシングの通信カラオケ機器ではクラウン及び徳 間の管理楽曲が使えなくなる旨を告知しており,これは,卸売業者に直 接働きかけ,通信カラオケ事業にとって重要なクラウン及び徳間の管理 楽曲がエクシングの通信カラオケ機器では演奏できなくなると思わせ, 又はその可能性を認識させることにより,エクシングの通信カラオケ機 器の取扱いや使用を敬遠させ,もって,エクシングの通信カラオケ機器 の出荷ができないようにしたものであると認められる。 イ これに対し,被審人は,クラウン及び徳間がその管理楽曲の使用承諾 の権限を有しているから,当該承諾を行わないことも適法であり,その 結果,エクシングがクラウン及び徳間の管理楽曲を使用できなくなるこ とは客観的事実であるから,そのような客観的事実を取引先に告知する ことも適法であり,仮に,競争事業者の扱う商品の欠点や短所などを指 摘することが公正競争阻害性を有するならば,比較広告も許されなくな ると主張する。 しかし,被審人は,エクシングの事業活動を徹底的に攻撃していくと の方針の下,クラウン及び徳間をしてエクシングとの管理楽曲使用承諾 契約の更新を拒絶させることと,卸売業者等に対して本件告知行為を行 うことを一連のものとして行っているから,本件告知行為のみを取り上 げて適法であると論ずることは意味がないというべきである。また,本 件告知行為の内容は,エクシングの事業活動を攻撃していくために被審 人が行わせたクラウン及び徳間によるエクシングとの管理楽曲使用承 諾契約の更新拒絶を原因とするものであり,適法な比較広告において指 摘することが認められる客観的な事実とはいえない。 ウ また,被審人は,卸売業者等に対する本件告知行為による影響は無視 できる程度のものであると主張するが,本件告知行為がエクシングと卸 64 売業者との間の取引に及ぼす影響については,前記2(5)のとおりであ り,無視できる程度の影響しかなかったとはいえない。 (5) 結論 ア 前記(2)ないし(4)の事実から,被審人は,専らエクシングの事業活動 を徹底的に攻撃することを目的として,クラウン及び徳間の管理楽曲の 重要性を利用し,クラウン及び徳間をして,それまで平穏かつ継続的に 行われてきたエクシングとの間の管理楽曲の使用承諾契約の更新を突 如拒絶させ,さらに,当該拒絶を原因として,エクシングの通信カラオ ケ機器ではクラウン及び徳間の管理楽曲が使用できなくなる旨を卸売 業者等に告知したのであり,当該更新拒絶及び当該告知は,前記目的の 下に一連のものとして行ったものである。これら一連の行為は,被審人 が,その競争事業者であるエクシングとの間で,価格・品質等による競 争を行うのではなく,エクシングにクラウン及び徳間の管理楽曲を使わ せず,卸売業者等にエクシングの通信カラオケ機器の取扱いや使用を敬 遠させるという,公正かつ自由な競争の確保の観点から不公正な手段で あると認められる。 イ これに対し,被審人は,クラウン及び徳間によるエクシングとの管理 楽曲使用承諾契約の不更新の後もエクシングはクラウン及び徳間の管 理楽曲を継続して使用したのだから,当該契約不更新は,エクシングの 事業活動や競争秩序に影響を与えなかったと主張する。 しかし,クラウン及び徳間によるエクシングとの管理楽曲使用承諾契 約の更新拒絶は,エクシングの事業活動を徹底的に攻撃していくとの被 審人の方針の下,本件告知行為と一連のものとして行われたのであり, エクシングがクラウン及び徳間からその管理楽曲の使用停止を求めら れながらも当該管理楽曲を継続して使用したからといって,エクシング の事業活動や競争秩序に影響がなかったとはいえず,また,被審人の一 連の行為が不公正な手段であることが否定されるものでもない。 ウ また,被審人は,クラウンとエクシングとの間では,管理楽曲使用承 諾契約の不更新の後,契約再締結に向けた交渉が進展していたにもかか わらず,公正取引委員会の立入検査が入ると,エクシングは,クラウン の契約督促を無視し,使用料の値引き交渉を行っており,このようなエ クシングの対応を踏まえてクラウン及び被審人の行為を評価すべきで 65 あると主張する。 しかし,当該契約再締結に向けた交渉が行われたのは,平成14年7 月ころ以降であり(査第102号証,第116号証),その時点におい ては,既に,本件違反行為が行われていたのであるから,本件違反行為 の評価に当たり,被審人の主張するエクシングの前記行為は関係がない というべきである。 4 独占禁止法第21条の適用(争点④)について (1) 独占禁止法第21条の趣旨 著作権法等による知的財産権の行使に対する独占禁止法の適用につい て,独占禁止法第21条は,著作権法等による権利の行使と認められる行 為には独占禁止法を適用しない旨規定しているところ,この規定は,文字 どおり,著作権法等による権利の行使と認められる行為には独占禁止法の 規定が適用されないことを示すとともに,他方,著作権法等による権利の 行使とみられるような行為であっても,行為の目的,態様,競争に与える 影響等を勘案した上で,知的財産権制度の趣旨を逸脱し,又は同制度の目 的に反すると認められる場合には,当該行為が同条にいう「権利の行使と 認められる行為」とは評価されず,独占禁止法が適用されることを確認す る趣旨で設けられたものであると解される(公正取引委員会平成13年8 月1日審決・公正取引委員会審決集第48巻3頁[株式会社ソニー・コン ピュータエンタテインメントに対する件]参照)。 レコード制作会社が,その管理楽曲の通信カラオケ機器における使用を 通信カラオケ事業者に承諾するか否かを決定することが,著作権法による 権利の行使に該当するか否かについては,当事者間に争いがあるところ, 管理楽曲使用の可否に関するレコード制作会社の決定が著作権法による 権利の行使に該当しなければ独占禁止法第21条の適用の可否を論ずる までもないので,以下においては,当該決定が著作権法による権利の行使 に該当するとした場合について検討する。 (2) 本件違反行為に対する独占禁止法第21条の適用の可否 被審人は,前記第1の6のとおり,エクシングの事業活動を徹底的に攻 撃していくとの方針の下,クラウン及び徳間をして,エクシングとの間で それまで平穏かつ継続的に行われてきていた管理楽曲使用承諾契約の更 新を突如拒絶させ,卸売業者及びユーザーに対し,エクシングの通信カラ 66 オケ機器ではクラウン及び徳間の管理楽曲が使用できなくなる旨告知し たものである。このように,当該更新拒絶は,エクシングの事業活動を徹 底的に攻撃していくとの被審人の方針の下で行われたものであり,また, 前記3(5)のとおり,被審人による卸売業者等に対する前記告知と一連の ものとして行われ,前記2のとおり,エクシングの通信カラオケ機器の取 引に影響を与えるおそれがあったのであるから,知的財産権制度の趣旨・ 目的に反しており,著作権法による権利の行使と認められる行為とはいえ ないものである。したがって,独占禁止法第21条に規定する,独占禁止 法の規定を適用しない場合には当たらないものというべきである。 5 一般指定第15項の適用に関する判断(本件違反行為の公正競争阻害性) (1) 独占禁止法第19条は,「事業者は,不公正な取引方法を用いてはなら ない。」と定めているところ,同法第2条第9項第6号は,不公正な取引 方法に当たる行為の1つとして,「自己・・・と国内において競争関係に ある他の事業者とその取引の相手方との取引を不当に妨害」する行為で あって,公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち,公正取引委員会 が指定するものを掲げており,これを受けて,一般指定第15項において, 「自己・・・と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手 方との取引について,・・・いかなる方法をもつてするかを問わず,その 取引を不当に妨害すること。」が指定されている。そして,同項に規定す る「不当に」の要件は,独占禁止法第2条第9項が規定する「公正な競争 を阻害するおそれ」(公正競争阻害性)があることを意味するものと解さ れている。 (2) 前記1ないし4のとおり,被審人は,通信カラオケ機器の取引において, クラウン及び徳間の管理楽曲の重要性を利用して,エクシングの事業活動 を徹底的に攻撃していくとの方針の下,クラウン及び徳間をして,従来継 続的に行われてきた管理楽曲使用承諾契約の更新を突如拒絶させるとと もに,自らが行わせた当該更新拒絶の帰結となる「エクシングの通信カラ オケ機器ではクラウン及び徳間の管理楽曲が使えなくなる」旨を自ら卸売 業者等に告知することにより,エクシングと卸売業者等との取引を妨害し たものである。このような行為は,価格・品質・サービス等の取引条件を 競い合う能率競争を旨とする公正な競争秩序に悪影響をもたらす不公正 な競争手段である。 67 また,本件違反行為は,通信カラオケ機器の取引分野における有力な事 業者である被審人が会社を挙げて行ったものであり,通信カラオケ機器に とって重要なクラウン及び徳間の管理楽曲が使えなくなることへの懸念 から,卸売業者等がエクシングの通信カラオケ機器の取扱い又は使用を中 止することにより,エクシングの通信カラオケ機器の取引機会を減少させ る蓋然性が高いというべきである。 (3) このように,本件違反行為は,競争手段として不公正であるとともに, 当該行為により,妨害の対象となる取引に悪影響を及ぼすおそれがあるも のであって,一般指定第15項の「不当に」の要件に該当する。 (4) これに対し,被審人は,取引妨害を規制する一般指定第15項の適用範 囲(外延)はあいまいであるから,明確な類型や定型をもって公正競争阻 害性が認められる場合について適用されるべきであり,一般指定第15項 の取引妨害の代表的行為類型とされる「取引の相手方の脅迫・威圧」の一 態様といえる「無体財産権の侵害であり,出訴するとして取引先を脅かす こと」のような知的財産権侵害告知であれば,競争手段として不公正であ るといえるが,被審人が行った本件告知行為は,告知内容が虚偽でなく, 取引の相手方に対する脅迫・威嚇性がないから,前記の知的財産権侵害告 知とは全く異なるものであって,このような行為に一般指定第15項を適 用すべきでないと主張する。また,一般指定第15項と類似した制度であ る不正競争防止法第2条第1項第14号は,虚偽の事実を告知・流布する 行為を規制しているところ,両規定は基本的には重複し,類似の判断枠組 みが該当するのであるから,一般指定第15項の適用に当たっても,告知 内容の虚偽性が要求されるべきであるとも主張する。 しかし,一般指定第15項の適用対象を「脅迫・威圧」等特定の行為類 型又はそれに類似する行為に限定すべき理由はなく,また,独占禁止法と 不正競争防止法とは,法律の趣旨・目的が異なっており,一般指定第15 項と不正競争防止法第2条第1項第14号が類似した制度であるとして も,一般指定第15項の適用に当たり,同項に規定の無い要件を付加すべ き理由はない。 (5) また,被審人は,エクシングが,ブラザー工業の特許が登録される前か ら,被審人のカラオケ機器が使えなくなることを卸売業者に告知し,その 後,被審人に対して本件特許訴訟を提起しているから,当該告知行為は, 68 被審人の本件告知行為と同種・同様・同程度以上の行為であり,そのこと を熟知していたにもかかわらず,エクシングの妨害行為については調査も せず,被審人に対してのみ審判を行うという公正取引委員会の偏ぱな取扱 いは,行政行為として許されざる不平等な取扱いであり,さらに,本件は, 公正な競争秩序を維持すべき公正取引委員会が,公費をもって,私的紛争 の一方当事者に助力し,不公正な競争を助長しているものであり,公正取 引委員会の裁量権の濫用・逸脱であると主張する。 しかし,前記(2)のとおり,本件違反行為は,通信カラオケ機器の取引 分野における有力な事業者による明白な取引妨害行為であり,公正競争阻 害性を有することは明らかである。 また,事件について調査を行うか否かは,独占禁止法の運用機関として 競争政策について専門的な知見を有する公正取引委員会の専門的な裁量 に委ねられており,本件もそのような裁量に基づいて公正取引委員会が調 査を行い,独占禁止法第19条の規定に違反する行為があると認めて勧告 を行ったところ,被審人がこれを応諾しなかったことから,独占禁止法第 49条第1項の規定に基づき審判手続が開始されたのであり,被審人に対 してのみ差別的意図をもって調査や審判手続を行ったとうかがわせるよ うな事情は何ら存在しないから,公正取引委員会がその裁量を濫用・逸脱 したとはいえない。 なお,被審人は,エクシングと被審人の各告知行為の比較を基にした主 張をするが,本件違反行為は,本件告知行為のみならず,被審人がクラウ ン及び徳間をしてその管理楽曲の使用をエクシングに対して承諾しない ようにさせた行為も含むものである。そして,被審人がエクシングの事業 活動を徹底的に攻撃していくとの方針に基づいて,クラウン及び徳間をし てエクシングとの管理楽曲使用承諾契約の更新を突如拒絶させたのに対 し,特許権侵害に対して訴訟の提起を含め侵害の差止め等を求めることは 権利者にとって通常の対応であるから,エクシングの一連の行為は,被審 人の本件違反行為と比較して,同種・同様・同程度以上のものとはいえな い。 (6) さらに,被審人は,エクシングが本件審判の事件記録の閲覧・謄写申請 を取り下げたこと(審第65号証の1及び2)は,エクシングが被審人に 対して損害賠償請求訴訟を提起する意思がなくなったことを示しており, 69 ひいては,被審人の行為によりエクシングに実質的な損害が生じていな かったことをエクシング自身が認めたことを示しており,このことは,通 信カラオケ市場における競争秩序にもさしたる影響が無かったことにな るから,被審人の行為についての公正競争阻害性も存在しないか,極めて 小さいと主張する。 しかし,エクシングが本件審判の事件記録の閲覧・謄写申請を行った理 由は明らかでなく,また,仮に,当該申請が被審人に対する損害賠償請求 訴訟を提起するためのものであり,当該申請の取下げが当該損害賠償請求 訴訟を提起する意思が無くなったことを示すものであるとしても,そのこ とから,エクシングに実質的な損害が生じていなかったことをエクシング 自身が認めたものとはいえないなど,被審人の主張には論理の飛躍や仮定 があるから採用できない。 6 排除措置の必要性(争点⑤)について (1) 違反行為の終了 前記第1の7(1)のとおり,エクシングは,徳間との間では,平成14 年9月19日ころ以降,管理楽曲使用承諾契約を締結して徳間の管理楽曲 を使用しており,クラウンとの間では,平成16年9月ころ,クラウンの 管理楽曲の使用承諾に係る基本的条件である期間及び対価についておお むね合意が成立した。 また,前記第1の7(2)のとおり,平成16年8月から9月ころには, エクシングの通信カラオケ機器でクラウン及び徳間の管理楽曲が使えな くなると考える卸売業者は無くなっている。 したがって,遅くとも平成16年9月ころには,本件違反行為により悪 影響を受けた競争秩序は回復し,本件違反行為は終了したものと認められ る。 (2) 独占禁止法第54条第2項 違反行為が既に無くなっていると認められる場合であっても,違反行為 が再び行われるおそれがある場合や,当該違反行為の結果が残存していて 競争秩序の回復が不十分である場合などには,独占禁止法第54条第2項 に規定する「特に必要があると認めるとき」に該当すると解され,公正取 引委員会は,審決をもって,被審人に対し,同法第20条第2項が準用す る同法第7条第2項に規定する措置を命じなければならない。 70 このうち,本件において,競争秩序が回復するとともに違反行為が終了 したと認められることは前記(1)のとおりであるので,違反行為の再発の おそれについて,以下判断する。 (3) 違反行為の再発のおそれ ア 被審人は,エクシングの事業活動を徹底的に攻撃していくとの方針の 下,本件違反行為を行ったところ,当該方針が撤回されているか否かは 明らかでない。また,被審人が本件違反行為と同様の行為を行うことを 企図した場合には,容易にそのような行為を行うことが可能であると認 められる。 イ しかし,前記第1の7(1)のとおり,クラウン及び徳間は,平 成 1 4 年7月ころからクラウン及び徳間の管理楽曲の使用承諾についてエク シングと交渉を開始しており,その結果,クラウンとエクシングとの間 では,平成19年3月ころ,管理楽曲使用承諾契約の締結に至り,徳間 とエクシングとの間では,平成15年6月ころ,管理楽曲使用承諾契約 を締結し,その後も契約が更新されてきている。 また,平成14年ころより後に,被審人が卸売業者等に対して,エク シングの通信カラオケ機器ではクラウン及び徳間の管理楽曲が使えな くなる等の告知を行った事実は認められない。 さらに,前記第1の5(3)及び6(1)のとおり,本件違反行為は,被審 人とエクシング及びブラザー工業との間の本件特許訴訟に係る和解交 渉の決裂を受けて行われたものであるところ,本件特許訴訟におけるエ クシング及びブラザー工業の請求を棄却する旨の判決が確定している ほか,関係特許の無効審決がなされており(審第24号証,第25号証), 他に被審人とエクシング及びブラザー工業との間で特許紛争の発生が 見込まれると認められる証拠はない。 ウ 以上の事実によれば,被審人が本件違反行為と同様の行為を再び行う おそれがあるとは認められない。 第5 法令の適用 以上によれば,被審人は,本件違反行為により,自己と国内において競争 関係にあるエクシングとその取引の相手方との取引を不当に妨害していた ものであって,これは,一般指定第15項に該当し,独占禁止法第19条の 規定に違反するものであるが,本件違反行為は,遅くとも平成16年9月こ 71 ろに既に無くなっているものと認められ,同法第54条第2項に規定する 「特に必要があると認めるとき」に該当しないので,同条第3項の規定によ り,主文のとおり審決することが相当であると判断する。 平成20年10月28日 公正取引委員会事務総局 審判長審判官 寺 審判官 原 審判官 小 72 川 祐 一 啓一郎 林 渉