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基調講演 石黒氏

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基調講演 石黒氏
遠隔操作アンドロイドの研究
Studies on Teleoperated Androids
○
石黒
浩
1. はじめに
ジェミノイドとは,インターネット等を介して遠隔操作可能なアンドロイドで,操作者本人そっくりに作
られたものを指します.ジェミノイドという名前は,
「双子」という意味の「ジェミニ(gemini)」という言葉
と,
「もどき」という意味の「オイド(oid)」を組み合わせて作られた造語で,アンドロイドの新しいカテゴ
リーを示します.なぜ,このようなアンドロイドを作ったかについて解説します.
2.アンドロイド開発における問題点
これまでに取り組んできた,Repliee Q2 と呼ばれる女性アンドロイドの開発(石黒著,ロボットとは何か,
講談社現代新書 2009 を参考にしてください)においては,人間に酷似した見かけと微細な動きに加えて,
ある程度の知覚機能も実現できました.しかしながら,その対話能力は非常に限られており,人間と関われ
る時間は限られたものでした.その主な要因は音声認識の難しさにあります.人間らしい見かけや動きに釣
り合った音声認識の性能が無いと,不気味さが生まれます.女性アンドロイドのように,状況や目的を非常
に限定すれば,多少なりとも人間らしい対話ができますが,現在の音声認識技術に基づく対話は,人と自由
に話ができるまでには至っていません.
この音声認識の問題の克服は非常に困難です.
たとえ音声認識そのものはある程度うまくできたとしても,
人間らしく話をするには,音声信号から,感情などの多くの情報を読み取り,発する言葉や取るべき動作を
選ぶ必要があります.この問題を解決することは,ほぼ完全な人工知能を完成させることに近く,当面は完
全な解決は期待できません.
そこで,ジェミノイドでは,アンドロイドに遠隔操作で対話(遠隔対話)できる機能を実装しました.ア
ンドロイド以外にも家庭内や公共施設でサービスを行う人間型ロボットの開発が進められていますが,この
遠隔対話の機能はそういったロボットらしいロボットにも必要です.もっとも,ロボットらしい見かけを持
つロボットに期待される対話は,必ずしも人間らしさは要求されません.しかしながら,人間が尋ねるあら
ゆる問いかけに答えるロボットを実現することは難しく,故に,そういったロボットにおいても遠隔対話の
機能が必要となるのです.
3.ジェミノイドの開発
現時点におけるジェミノイドの遠隔操作は, 2 つの画面を見ながら,ジェミノイドの大まかな動作をボタ
ンで選ぶことで行います.2 つの画面には,ジェミノイドの体と訪問者がそれぞれ映し出されています.ま
た,操作者の目の前のコンピュータの画面には,右を向く,左を向く,うなずくというような動作を選択す
るためのボタンが表示してあり,操作者は対話をしながら適宜そのボタンを押します.操作者が選んだ動作
は,従来のアンドロイドに実装されてきた微少な無意識動作 1)と重ね合わされ,ジェミノイドの体を使って
表現されます.
この遠隔操作で最も重要なのは,ジェミノイドの唇の動きと,操作者の声が完全に一致することです.そ
のために,操作者の唇の周りにマーカを取り付け,モーションキャプチャシステムで正確にその動きを計測
し,ジェミノイドに送っています.この唇の動きと声の同期はジェミノイドの対面している訪問者に,ジェ
ミノイドが話している感じを与えるために重要であるだけでなく,遠隔操作をする操作者にとっても重要で
す.操作者はモニタを通して,ジェミノイドの体の動きを見ていますが,自らの発する声とジェミノイドの
動きが同期している様子や,頭部の動きが自分の動きに同期している様子を見ることで,それがまるで自分
の体であるかのような錯覚を覚えます.
一方,このシステムにおいて難しいのは,時間遅れの問題です.ジェミノイドと訪問者のいる部屋には,
マイクロフォンが設置してあり,操作者はその音声をモニタリングしています.このとき,操作者の声は,
インターネットを通じて送られるので,時間遅れが生じて聞こえます.人間はほとんど遅れの無い自分の声
をモニタしながら話をしているのに慣れているため,自分の声が送れて聞こえてくると,普通に話をするこ
とができなくなります.この問題を解決するために,インターネットに送る前の声と,ジェミノイドと訪問
者がいる部屋から送られてくる音声を合成して,操作者に聞かせています.合成すると,時間遅れがほとん
ど無い声と,0.5 から,1秒ほど送れて聞こえる声を同時に聞くことになりますが,対話には支障ありませ
ん.
図 1 ジェミノイド
4.対話による適応
ジェミノイドには,それまでのアンドロイドにはない強い引き込み感があります.ジェミノイドが対話せ
ずにただ座っているだけであれば,その印象はアンドロイドと変わることはありません.しかし,一旦遠隔
対話を始めると,訪問者も操作者も非常に強い引き込み感を感じます.
訪問者は最初のうち,ジェミノイドの周りにあるカメラや,いろんな装置に目をやるのですが対話を始め
て 5 分も経てば,自然にジェミノイドの目を見て話をするようになります.一方操作者も,モニタを見なが
ら話しているのであるが,それが非常に窮屈に感じます.ジェミノイドは取れる動作がかなり限定されてい
るからです.対話が始まってしばらくすると,操作者は無意識にその限定されたジェミノイドの動きに,自
分の動きを合わせてしまうような感覚を持つのです.これらの現象は,精緻な実験によって確かめられたも
のではなく,筆者本人を含め数人の体験をもとにした議論なのですが,現在これらの現象を精緻な実験によ
って確認すべく研究を進めています.
この引き込み感に関してより興味深い現象は,しばらく対話した後に,訪問者がジェミノイドの頬を突く
ような動作をすると,操作者は頬を突かれた感じを持つことです.ジェミノイドの皮膚には,アンドロイド
同様に多くの触覚センサが取り付けてあるのですが,
そういったセンサ情報は一切操作者に送っていません.
操作者は画面を見ながら対話するだけで,このような感覚を持つのです.この現象も現在脳科学的な手法で
検証を試みている最中ですが,あえてその原因を推察すれば以下のようなことだと考えています.人間の脳
には,人間を認識するモデルがあり,そのモデルの一部が人間に酷似した見かけや動き,さらには対話によ
ってマッチングすれば,
人間は無意識に人間であるという予測の基にそれと関わるようになります.
そして,
その予測が実際にはさわられていない皮膚に感覚をもたらすのです.
このジェミノイドを用いれば,通常のミーティングを行うことも可能です.実際のミーティングシーンを
図 2 に示します.このミーティングでも先の一対一の対話と同様に,参加者は最初の数分間,ジェミノイド
以外の物を見たり,ジェミノイドの対話を無視しがちになります.しかし,5 分も経つと,皆自然にジェミ
ノイドの目を見ながら自然にミーティングに参加できます.特に,学生の反応は興味深く,筆者が話してい
る状況では,本当のミーティングと同様に,ジェミノイドの体に触ることをためらいます.学生にとっては,
このジェミノイドの持つ存在感はかなり本人に近い者であると考えられます.このミーティングにおけるジ
ェミノイドの存在感や,人間らしい権威の表現についても,より長期的かつ精緻な実験によって確かめる必
要があります.
図 2 ジェミノイドによる会議
5.ジェミノイドを用いた認知科学的研究 2,3)
女性アンドロイドを作ったときの技術的及び科学的問題は,
“人間らしさ”でした.人間は人間のどこに人
間らしさを感じるのか,それをどのようにすれば,アンドロイドで表現できるのかを問題にしていました.
しかしながら,
アンドロイドが人と自然に関われる時間は比較的短く,
またたとえ長い間関わったとしても,
人間らしさを維持するためには,その関わり方は非常に限定されていました.一方,ジェミノイドではより
長く関わることができ,そこで扱える問題も,単なる“人間らしさ”から,
“人間らしい存在”をどのように
感じるかという問題に発展してきています.
人間らしい存在に関わる幾つかの問題には,以下のようなものがあります.
自己に対する自己の認識と他人の認識
ジェミノイドを開発した時,最初動かないジェミノイドは私にとっては,鏡のように見えました.最もい
つもとは違った角度からも自分を見ることができるので,その点では多少奇妙に感じましたが,おおむねそ
れが自分であることに疑いはありませんでした.しかし,研究グループのメンバがその動作を実装したとき
には,私自身にはそれが自分の動作であるとは思えませんでした.実際には私の動作をビデオに撮って,丁
寧に同一の動作を再現しているので,その動作が私のものであることには間違いないのですが.無論,研究
グループのメンバは口をそろえて,そっくりであると言いました.
この体験が教えることは,我々が自分自身について正確に認識していないということです.しかし,全く
自分自身を認識していないと,社会生活を営むことはおそらくできません.適度に自分自身を認識しないこ
とが重要で,それがどの程度に保たれるべきかを明らかにすることは,人間の持つ社会性に関わる機能や自
己認識に変わる機能の重要なパラメータを明らかにすることになります.そしてさらにこの問題は,自己と
は何かという問いへと発展していきます.
存在感と権威
ジェミノイドとの対話で訪問者は,筆者の存在感を感じるとともに,学生に至っては権威さえ感じていま
す.これには,人間らしい見かけ,動きに加えて,対話が大きく関わりますが,それらがどの程度必要か,
どの組み合わせにおいて,最も存在が効果的に表現できるのかという問題は,アンドロイドやジェミノイド
のような特殊なロボットの開発においてのみ重要な問題ではなくて,人と変わる様々なメディアに共通する
基本的な問題です.
人間は対話相手を擬人化する傾向を持ち,人間の脳の多くの機能は,人を認識するために使われます.そ
ういった人間の脳の機能を解明するためにも,人間が存在感を感じるミニマムな条件は何かを探求すること
は重要です.
アンドロイドへの適応
操作者と訪問者の双方共に,対話を通してジェミノイドのシステムに引き込まれ,適応することができま
す.一旦ジェミノイドを介した対話に慣れると,ある程度のレベルでそれが自然な対話であるかのように感
じます.無論,自らが直接話しをする状況と比べて同一ではなく,それとはかなり異なりますが,インター
フェースの改良を伴えばそういった違和感はさらに緩和され,
かなり自然な対話が可能になると予想します.
その意味では,現時点でのジェミノイドにおいても,人間の存在が表現できていると考えられます.
特に,
訪問者がジェミノイドの頬を触ったときに,
操作者にも頬を触れた感覚がもたらされるという現象は,
操作者がジェミノイドの体を自分の体であると認識していると考えられます.すなわち,操作者はインター
ネットを介して遠隔地にあるジェミノイドの体を自分の体だと錯覚することができるのです.これは,イン
ターネットを介して,脳と体がつながれている状態とも言えます.
これから考えられる基本問題は,人間の脳と体はどれほどの情報のやりとりがあればつながり,または,
逆に離れてしまうのかということです.ジェミノイドの現在のシステムでは,2 つのモニタを見ているが,
そのモニタは一つでもいいのか,対話はどれくらい自動的な応答と置き換えてもいいのか,そういった問題
をジェミノイドのインターフェースを変えながら考えていくことは非常に興味深いことです.
このように,ジェミノイドはアンドロイドにおける“人間らしさ”という心理学的,認知科学的研究を,
“人間の存在”というある意味,哲学にも近い問題に発展させるもので,そういった哲学的な問題を考える
機会を与えるロボットはこれまでにありませんでした.
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