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保育サービス需要の価格弾力性と潜在需要推計

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保育サービス需要の価格弾力性と潜在需要推計
ESRI Discussion Paper Series No.83
保育サービス需要の価格弾力性と潜在需要推計
−仮想市場法(CVM)によるアプローチ−
by
清水谷諭・野口晴子
December 2003
Economic and Social Research Institute
Cabinet Office
Tokyo, Japan
ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研
究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究
機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し
て発表しております。
論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見
解を示すものではありません。
1.
はじめに
保育サービスの供給不足は、特に都市部の低年齢児で依然として深刻である。厚生労
働省が発表した「保育所の状況(平成 15 年 4 月 1 日)等について」1によると、いわゆ
る「待機児童数」は前年に比べ 936 人増加し、26,383 人となった(図表1)。2002 年か
ら始まった「待機児童ゼロ作戦」では保育所等において 2002 年度中に 5 万人、さらに
2004 年度までに 10 万人の合計 15 万人の受入児童数増大を図るとしている。そうした政
策努力に関わらず、むしろ待機児童数は増加に転じているのである。
しかし、待機児童問題の実態は厚生労働省が発表するデータよりもさらに深刻である
と考えなければなるまい。厚生労働省の定義する「待機児童数」は「保育所入所申込書
が市区町村に提出され、入所要件に該当している者のなかで、実際に入所を行っていな
い児童数」である。従って、第 1 に、この「待機児童数」には、保育所になかなか入所
できず、入所を申しこむことをあきらめている世帯が除外されている。第 2 に、保育所
への入所要件として「保育に欠ける児童」であることが前提となっている2。そのため、
例えば共働きでない世帯はそもそも保育所への入所資格がないとみなされ、待機児童数
にはカウントされていない。第 3 に、厚生労働省は 2001 年以後従来ベースの「待機児童
数」の定義から、
(1)他に入所可能な保育所があるにも関わらず第1希望の保育所に入
所するために待機している児童や(2)地方単独保育事業を利用しながら待機している児
童を除外している3。そのため、保育所の立地条件やサービス内容にミスマッチがある場
合には、
「待機児童数」から除外される世帯がある。
その結果、入所見込みがなくあきらめた、入所資格がない、ミスマッチがあるなどの
1
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/08/h0819-3.html を参照。厚生労働省は待機児童数増加の背景とし
て、「都市部を中心に保育所利用児童数が5万5千人増加したが、社会経済情勢の動向による女性の
労働力人口の増加、都市部の再開発による住宅建設により特定の地域において保育需要が急増してい
ることなどを背景として 26,383 人の児童が待機する状況となった」と説明している。
2
児童福祉法第 24 条、児童福祉法施行令第 9 条の 3 は、
「保育に欠ける児童」として、次のような基
準を定めている。保護者いずれもが、
(1)昼間労働することを常態としていること、
(2)妊娠中であ
るか又は出産後間もないこと、
(3)疾病にかかり、若しくは負傷し、又は精神若しくは身体に障害を
有していること、
(3)同居の親族を常時介護していること、
(4)震災、風水害、火災その他の災害の
復旧に当たっていること、(5)全各号に類する常態であること。
3
厚生労働省「保育所の状況(平成13年4月1日)等について」を参照。
1
理由で公表されていない「待機児童数」にカウントされない世帯も含めた場合、保育サ
ービスを需要し、かつ需要が満たされない「超過需要」世帯は、
「待機児童数」でカウン
トされる世帯よりもかなり多いと考えるべきである。
こうした世帯まで含めると、将来的に保育サービス需要はかなりのスピードで増大し
ていくと推測される。
まず、女性の社会進出がさらに進むにつれて、共働き世帯が増加し、入所資格をもつ
世帯が増加していくことは当然予想される。事実、保育所利用児童数は、図 1 で見たよ
うに、90 年代半ば以降それまでの減少傾向から増加傾向に転じている。さらに、働き方
や求められる保育サービスの内容が多様化するにつれて、ミスマッチも増加していく可
能性も高い。
それだけではない。待機児童解消のために保育サービスの増加を増加させることで、
入所見込みがなくあきらめていた世帯までもが保育サービスを実際に需要しはじめる可
能性もある(八代(2002)のいう「潜在的待機児童数」)4。つまり、保育サービスの供
給増加が保育サービス需要を刺激し、その結果保育サービスの供給と待機児童数は「い
たちごっご」を繰り返すということになりかねない。
従って、限られた要件を満たした需要者による顕在化した需要量だけを把握する「待
機児童数」だけでなく、顕在化していない需要も含めた保育サービス需要が一体どの程
度なのか、価格によって需要がどのように反応するのかを検証することは、
「待機児童問
題」解決の前提となる。言い換えれば、実証研究に基づいた保育サービスの需要曲線を
導出し、適正な価格政策を実施していくことに他ならない。
しかしながら、驚くべきことに、これまで保育サービス需要曲線を定量的に検証する
という試みはそれほど盛んに行われてこなかったといってよい。しかもその多くは都道
府県レベルのデータを使った実証分析である(例えば駒村(1996))
。いうまでもなく、
保育サービス需要は異質性が高く、測定する際には、個々の世帯の属性をコントロール
する必要がある。そのためには未就学児童を抱えた世帯のミクロデータを用いた分析を
4
八代(2000)は「現実の認可保育所サービス供給体制の制約から、待機児童としての登録自体をあ
きらめ、当初から認可外保育所を利用する層も多い。これは、いわば失業統計における「就業意欲喪
失者」に相当するもので、保育サービスの充実とともに顕在化する可能性が大きい」と述べている。
2
行う必要がある。
そうした世帯レベルのデータを用いて、潜在的待機児童数を定量的にとらえた分析は、
現在のところ我々が知る限り、内閣府(2003)と周・大石(2003)の2つだけである。
この2つの先行研究はともに、保育サービス需要者のミクロデータを用いた仮想市場法
(CVM : Contingent Valuation Method)をもとに保育サービスの価格弾力性を推計し、需
要曲線を導出している。仮想市場法は、新しい市場における需要を把握する手段として
公共経済学において広く用いられる方法である。具体的には、需要者の意向を直接把握
するために、需要者に対していくつかのシナリオを示し(例えば、ある財に対して、い
くらであれば需要するかどうか)、その結果をもとにして計量的手法によって価格弾力性
を推定する方法である。
本論文は、内閣府が 2002 年に独自に収集したアンケート調査のミクロデータを活用し、
仮想市場法(CVM)を応用して、保育サービス価格の価格弾力性を推計し、需要曲線を
導く。さらに、求められた需要曲線をもとに、現在の保育料での潜在需要及び需要と供
給が一致する均衡価格を求めるとともに、経済厚生を定量的に評価する。
内閣府(2003)は本論文と同じデータセットを使って、生存期間分析(survival 分析)
を用いて価格弾力性を推計し、需要曲線を導出している。その結果、首都圏 4 県(東京
都、神奈川県、千葉県、埼玉県の合計で、約 24 万人の潜在的な保育サービス需要者が存
在すること、特に 0 歳児で深刻であり、待機児童問題が低年齢児問題であることを示し
ている。
一方、周・大石(2003)は生存期間分析を用いた価格弾力性の推計及び需要曲線の導
出にとどまらず、潜在待機率の推計、需給が一致する均衡価格を算出している点で画期
的である。彼らによれば、潜在的待機率はやはり 0 歳児で深刻であり、東京近郊 3 県(神
奈川県、千葉県、埼玉県)では現状の入所定員の 10 倍を超える潜在的待機児童が存在し
ているとしている。さらに、保育サービスが価格弾力的であることから、価格調整が待
機児童問題解消の有効な手段であるとしている。
本論文では、内閣府(2003)と同じデータセットを活用しつつ、潜在的保育サービス
需要者数の推計にとどまらず、価格政策の変化による超過需要の計測を行うとともに、
経済厚生について定量的な評価を加えることで、政策的インプリケーションを得ること
3
を目的とする。さらに推計方法も生存期間分析ではなく random effect 付きの probit モデ
ルを用いる。周・大石(2003)は均衡価格の推計まで行っているものの、活用したデー
タセットがインターネットを用いた調査であるために、サンプルにかなりのバイアスが
かかっている。しかもサンプル数も 500 名とかなり小さく、保育サービス需要を推定す
るためには、十分なデータセットとはいえない5。また、本論文で行う厚生分析も行って
いない。
本論文はこうした先行研究の課題を踏まえつつ、データセットや推計方法の改善とと
もに、より政策的インプリケーションの大きい課題にも取り組む。
本論文の構成は以下のとおりである。第 2 節では、本論文で用いるデータセットを説
明する。第 3 節では、仮想市場法による価格弾力性の推計と需要曲線の導出を行う。第
4 節では、潜在的保育需要者数の推計と厚生分析を行う。第 5 節では、実証分析結果を
とりまとめるとともに、政策的インプリケーションを議論する。
2.
データ及び仮想的質問
本論文で用いるデータは、内閣府国民生活局物価政策課が「保育サービス価格に関す
る研究会」の作業において 2002 年 7−9 月に独自に収集したものである。サンプルの対
象は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県(都心から 30km圏内の区市町村を対象)の 0
歳児から 5 歳児の未就学児をもつ世帯(特に母親)である。こうした地域を選んだのは、
大都市地域で待機児童数が多く、供給不足が極めて深刻だからである。
具体的には、対象となる世帯を住民基本台帳からランダム抽出し、郵送法により調査
を行った。対象となる児童は末子である。発送数は利用者・非利用者合わせて 3100 世帯
で、
うち保育所を利用している 533 世帯、
利用していない 1020 世帯から有効回答を得た。
質問項目としては、保育所利用の有無、利用者については、保育所が利用しているサ
ービス内容、利用料のほか、さまざまな家族の属性(同居人数、夫及び妻の職業、勤務
形態、学歴、賃金収入額、総資産額、住宅の所有関係など)など詳細な内容について質
5
彼らも明確に述べているように、
サンプル数が少ない上、保育所利用者の割合がかなり小さい
(6.3%、
国民生活基礎調査(1998 年)では 25.7%)。
4
問している。
基本統計量は図表 1 の通りである。必要な変数が全て入手可能な世帯に限定したとこ
ろ、保育所利用者は 251 世帯、非利用者は 252 世帯となった。まず、父母の年齢や子供
の数、祖父母との同居などは利用者と非利用者の間で大きな差はない。最も顕著な違い
は、母親の就業状況である。いうまでもなく認可保育所を利用するためには原則として
両親が共働きであることが要件となっており、母親が正社員あるいはパートタイムで働
いている割合はあわせて 9 割程度に達している。逆に幼稚園の月謝、ベビーシッター代
などの保育所以外の費用は保育所非利用者の方が高い。母親の教育水準については大き
な違いはない。
さらに、CVM による需要曲線の推定のために、利用者・非利用者双方に対して、ある
理想的な「認可保育所」を示し、その利用意向についていくつかの利用料のシナリオを
示して回答させている。具体的には以下の通りである6。
問
仮の話ですが、次のような条件の「認可保育所」が入所可能になったとします。あ
なたはこの保育所を利用しますか。以下の付問にお答えください。現在、既に認可保育
所に入所している方は、その保育所の条件が次の 7 つに変更されたとして、利用を続け
るかどうかをお答えください。
1)資格を持つ保育士が子供の担任として付いている
2)園内給食がある
3)保育所内に子供が自由に遊べる園庭がある
4)延長保育が利用可能
5)保育所が自宅から徒歩 15 分以内にある
6)保育所が駅から 15 分以内にある
7)保育室の中に床暖房がある
6
調査票については、内閣府(2003)資料 10 を参照。ここでは便宜上、質問番号は振りなおしてい
る。
5
付問 1
この認可保育所の保育料が月額 4 万円であった場合、あなたはこの認可保育を
利用しますか?(既に認可保育所に入所されている方は、利用額が 4 万円になった場合、
利用し続けますか?)
。当てはまる番号にマルをつけて、それぞれ指示のある付問に飛ん
でお答え下さい。
1. 利用する → 付問 2 へ
付問 2
2. 利用しない
→ 付問 4 へ
それでは、保育料月額 8 万円ならこの認可保育所を利用しますか?(利用し続
けますか?)当てはまる番号にマルをつけて、指示にしたがってお答え下さい。
利用する
1.
→
問:最高いくらまで支払っても良いですか?→(
)万
円
2. 利用しない → 付問 3 へ
付問 3
それでは、保育料月額 6 万円ならこの認可保育所を利用しますか?(利用し続
けますか?)
1. 利用する
付問 4
2. 利用しない
それでは、保育料月額 2 万円ならこの認可保育所を利用しますか?(利用し続
けますか?)当てはまる番号にマルをつけて、それぞれ指示のある付問に飛んでお答え
下さい。
1.利用する → 付問 5 へ
2
利用しない → 付問 6 へ
付問 5 それでは、保育料月額 3 万円ならこの認可保育所を利用しますか?
1.利用する
2.利用しない
付問 6
それでは、最高いくらまでなら支払っても良いですか?具体的にご記入ください。
→(
)万円
6
これらの一連の質問によって、需要者の支払い意志額(WTP:Willing To Pay)は 8 万
円以上、6 万円以上 8 万円未満、4 万円以上 6 万円未満、3 万円以上 4 万円未満、2 万円
以上 3 万円未満、さらに 2 万円未満のそれぞれのカテゴリーに振り分けられる。
図表 3 はそれをまとめたものである。WTP の平均値は利用者で 35,339 円、非利用者で
24,683 円である。予想されるように、利用者の WTP は非利用者よりも高い。最も頻度が
高いのは、保育所利用者では 2 万円以上 3 万円未満、保育所非利用者は 2 万円未満であ
る。一方、8 万円以上払ってもよいと考えている世帯は、保育所利用者では約 1 割弱を
占めている。
3.
価格弾力性の推計方法と推計結果
この節では、まず価格弾力性の推計を行う。前節で明らかにしたように、本論文で用
いるデータセットでは、それぞれの家計について、提示した金額に対して保育所の利用
の有無を質問している。従って、価格弾力性を求めるためには、被説明変数として利用
の有無を示すダミー変数を用い、説明変数として WTP とその他の世帯属性をコントロー
ルするための変数を含んだ random effect 付きの probit 推計を行う。
Zi*= WTPi α +Xi γ + ui
Zi =1 if Zi* ≥ 0 or
- ui ≤ Xi γ
Zi =0 if Zi* < 0 or
- ui > Xi γ
Zi* はそれぞれの世帯の利用意向の有無を示す。利用意向の有無は提示された利用額につ
いてのみ観察可能である。そこで、実際にデータとして利用できるのは、利用意向があ
る場合を1、そうでない場合を0とするダミー変数 Zi である。WTP は前節で説明した利
用意向額(8 万円、6 万円、4 万円、3 万円、2 万円)であり、その係数は求めようとす
る価格弾力性を示す(推計では対数をとっている)
。Xi は保育所利用に影響すると考えら
れる世帯の属性を示す。具体的には、両親や児童の年齢、子供の数、年収、資産額、母
7
親の就業状況と就業に関する勤務先での様々な制度の有無などである。
図表 4 は推計結果を示している。最も注目するべきは、保育サービスの価格弾力性を
あらわす WTP にかかる係数である。保育所利用者の場合、価格弾力性は 2.1 程度、非利
用者の場合は 1.8 程度であり、利用者の需要の方が価格に対してより敏感に反応してい
る。ただし、非利用者の方も 2 に近く、全体的にみても保育サービス需要の価格弾力性
がかなり高いことがわかる。
次に、家族の属性については、いくつかの点で利用者と非利用者との間で統計学的な
有意性に違いが見られる。保育所利用者に関しては、両親の年齢が高いこと、母親に保
育所利用経験があること、母親の就業形態が正社員あるいはパートタイム・嘱託である
こと、母親の教育水準が短大・高専・専門学校卒あるいは高卒であることが、保育所を
利用する確率を引き下げる方向に働いている。逆に、両親の年収や資産が多いほど、保
育所を利用する確率が高まる傾向にあることがわかる。また、地域別では、東京都を基
準とすると神奈川県で利用する確率が高く、埼玉県で低い。
一方、保育所の非利用者の家族属性に関しては、両親の年齢や母親の保育所利用経験
は有意でなく、利用者の場合とは逆に年収が高まればむしろ保育所を利用する確率が低
くなる。また、母親の教育水準が短大・高専・専門学校卒の場合は、保育所を利用する
確率が低い。
次に、図表 4 で保育所の利用者と非利用者とをプーリングしたサンプルから得られた
価格弾力性をもとに、需要曲線を導出し、潜在的な保育サービス需要を推計したのが図
表 5 である。これによると、保育料が 20,000 円の場合は、46.7%の世帯が保育サービス
を利用することになる。また、保育料の平均値 30,637 円では、利用世帯の割合は 32.4%、
40,000 万円の場合は約 20%となる。サンプルの中での保育料の平均値 30,637 円で測った
場合、保育サービス需要の合計は 579,785 人となる。
この求められた総需要者数から、実際に保育所を利用している人数を差し引くと潜在
的な待機児童数が得られる。推計結果によると、東京都・神奈川県、埼玉県、千葉県の
4 つの都県を合わせた潜在的な待機児童数は、保育料の平均値 30,637 円では 26.9 万人
(268,586 人)と推定される。内閣府(2003)の試算結果約 24 万人よりも若干多いもの
の、ほぼ同じ水準である。一方、これらの 4 都県の公表された待機児童数(平成 14 年 4
8
月現在)の合計は約 1.4 万人であるから、保育サービスの超過需要はかなりの数にのぼ
ることがわかる。
こうして求められた潜在的需要者数と公表された待機児童数の差は、実際の保育所へ
の入所申込みという行動を行った者と仮想市場法に基づく利用意向アンケートに答えた
者の差ということになる。その中には、供給需要双方の要因として、
(1)保育所の利用
条件(親の就業が必要)に合致しない、
(2)身近に利用できる十分な保育所が整備され
ていない、
(3)所得別に設定される実際の保育料が高い、などの理由で利用意向があり
ながら、入所申し込みをしていない潜在的な需要層、さらに(4)認可保育所を希望し
ながら現在無認可保育所を利用している需要層も含まれている。
さらに、この需要曲線を前提として、保育サービスの供給と需要を一致させるような
均衡保育サービス価格を求めると、約 42,000 円となる。平均保育料のサンプル平均は月
約 30,000 円なので、それよりも約 12,000 円程度(約 40%)保育料を引き上げれば、保
育サービスへの超過需要は解消することとなる。
以上の推計は 4 都県をプールしたデータを用いたものである。さらに、これを県別の
サンプルに分けてそれぞれの都県で推計を行ったのが図表 5 の下段である7。これによる
と、潜在需要も均衡保育サービス価格も県によって大きな差があることがわかる。最も
潜在的需要が多いのが神奈川県で、サンプルの保育料の平均値 27,558 円では約 27.2 万人
の需要量があり、待機児童数は約 20.7 万人にものぼると推定される。それに伴って、均
衡保育サービス価格が最も高いのも神奈川県であり、均衡保育サービス価格は 58,000 円
である。続いて千葉県が 51,000 円、埼玉県が 45,000 円、そして東京都が最も低く 43,000
円となった。東京都の均衡保育サービス価格が低いのは、周・大石(2003)が指摘する
ように、保育サービス需要がすでに待機児童として顕在化しているためであろう8。
最後に、以上で求められた保育サービスの需要曲線と均衡保育サービス価格をもとに、
厚生分析を行った。図表 6 は求められた需要曲線をもとに、消費者余剰と死荷重を求め
る概念図である。この図では三角形の面積 AEF が現在の平均保育料での消費者余剰とな
7
それぞれの都県での推計結果は、4 都県をプールして推計した結果と必ずしも一致しない。
周・大石(2003)が求めた均衡保育料は、東京都で 4.54 万円、神奈川県で 6.29 万円、埼玉県で
6.95 万円、千葉県で 6.25 万円である。
8
9
り、三角形 CDF が補助金による死荷重額である。需要曲線の傾きは、図表 4 で求めた保
育所の利用者と非利用者とをプーリングしたサンプルから得られた価格弾力性によって
求められる。調査対象者の平均保育料は約 30,000 円であり、調査対象地域における児童
一人当たりの平均保育単価を末子年齢別のサンプル数によって加重平均をとると、約
60,000 円となる。
図表 7 は、これらの面積を県別に計測した数値を示している。これによると、首都圏
全体で、消費者余剰は年額 114 億円、補助金による死荷重は 359 億円程度と推定される
ことがわかった。従って死荷重額が消費者余剰を大きく上回っており、保育サービスの
コストが便益を上回っていることがわかる。
4.
結論と政策的インプリケーション
本論文では、内閣府が独自に収集したデータを用い、仮想市場法(CVM)を応用して、
保育料別に首都圏 4 都県における潜在的待機率及び潜在的待機児童数を推計した。また、
待機児童を解消するための均衡保育料を計算するとともに、厚生分析を行い、消費者余
剰額と補助金がもたらす死荷重を計測した。
実証分析の結果、以下のことが明らかになった。
第 1 に、現在の保育料(サンプルの平均は 30,637 円)を前提とすると、超過需要を含
めた潜在的な保育需要者数は首都圏 4 県で約 26.9 万人と推計される。これは公表されて
いる待機児童数をかなり上回っている。
第 2 に、保育サービスの価格弾力性は高く(2.0 程度)、需要をコントロールする上で
価格政策が有効である。超過需要を解消するための均衡保育サービス価格は全体として
は 42,000 万円であり、現在の 30,000 万円から約 12,000 円(約 40%増加)程度保育料を
引き上げれば、保育サービスへの超過需要は解消することとなる。
第 3 に、首都圏全体で、消費者余剰は年額 114 億円、補助金による死荷重は 359 億円
程度と推定され、保育サービスのコストが便益を上回っている。
本論文は公共経済学の分野でしばしば用いられる仮想市場法(CVM)によって、需要
者に直接サーベイしたデータを用いて、保育サービスの需要曲線の導出を行った。仮想
10
市場法は、あくまで需要曲線を求める 1 つの方法であり、質問の仕方によって結果が左
右される面があることも否定できない。従って、今後の課題としては、実際の保育サー
ビス需要と保育料のデータを用いて価格弾力性を推計し、本論文で求められた結果と比
較検証する必要があろう。こうした作業は仮想市場法自体の有効性を検証することにも
なり、手法自体の改善にも資することになろう。
(参考文献)
駒村康平(1996)
「保育需要の経済分析」 季刊社会保障研究 32(2).
周燕飛・大石亜希子(2003)「保育サービスの潜在需要と均衡価格」季刊家計経済研究
Autumn No.60.
内閣府国民生活局物価政策課(2003)
「保育サービス市場の現状と課題−保育サービス価
格に関する研究会」報告書−」.
肥田野登(1999)
「環境と行政の経済評価 CVM〈仮想市場法〉マニュアル」 剄草書
房.
八代尚宏(2000)
「福祉の規制改革」 八代尚宏編『社会的規制の経済分析』 日本経済
新聞社.
11
図表 1
保育所の状況
出典:厚生労働省「保健所の状況(平成 15 年 4 月 1 日現在)等について」
(1)年齢区分別の待機児童数
15 年利用児童数(%) 15 年待機児童数(%)
低年齢児(0∼2 歳)
594,759 人( 31.0%)
17,893 人( 67.8%)
うち 0 歳児
73,085
( 3.8%)
2,932
( 11.1%)
うち 1・2 歳児
521,674
( 27.2%)
14,961
( 56.7%)
3 歳以上児
1,325,832
( 69.0%)
8,490
( 32.2%)
全年齢児計
1,920,591
(100.0%)
26,383
(100.0%)
出典:厚生労働省「保育所の状況(平成 15 年 4 月 1 日現在)等について」
(2)都市部とそれ以外の地域の待機児童数
5都府県・指定都市・中核市
利用児童数(%)
待機児童数(%)
827,672 人( 43.1%)
20,166 人( 76.4%)
その他の道府県
1,092,919
( 56.9%)
6,217
( 23.6%)
全国計
1,920,591
(100.0%)
26,383
(100.0%)
出典:厚生労働省「保育所の状況(平成 15 年 4 月 1 日現在)等について」
図表2 推計に用いる変数の基本統計量
保育所利用者
(N=251)
平均
標準偏差
保育所利用者
母親の年齢
父親の年齢
末子の年齢
子供の数
祖父母との同居ダミー
母親の保育所利用経験
母親の年収(
自然対数)
父親の年収(自然対数)
家族の資産(自然対数)
母親が正社員・フルタイム
母親がパートタイム・嘱託
母親が派遣社員
母親の教育水準(大学院・大学卒)
母親の教育水準(短大・高専・専門学校卒)
母親の教育水準(高校卒)
母親の勤務先での制度利用状況(育児休業制度)
母親の勤務先での制度利用状況(フレックスタイム制度)
母親の勤務先での制度利用状況(勤務時間短縮制度)
母親の勤務先での制度利用状況(介護休暇制度)
母親の勤務先での制度利用状況(看護休暇制度)
母親の勤務先での制度利用状況(企業内託児所)
母親の勤務先での制度利用状況(再雇用制度)
34.622
37.036
3.890
1.665
0.028
0.219
14.604
15.421
15.828
0.470
0.398
0.036
0.020
0.283
0.402
0.394
0.124
0.207
0.056
0.044
0.040
0.032
4.841
5.858
1.352
0.626
0.165
0.414
0.800
0.571
1.243
0.500
0.491
0.186
0.140
0.451
0.491
0.490
0.330
0.406
0.230
0.205
0.196
0.176
保育所非利用者
(N=252)
平均
標準偏差
33.198
36.040
3.178
1.782
0.040
0.218
12.920
15.469
16.081
0.095
0.175
0.008
0.012
0.234
0.409
0.131
0.060
0.083
0.004
0.004
0.008
0.012
3.940
4.812
1.353
0.899
0.196
0.414
1.087
0.694
1.359
0.294
0.380
0.089
0.109
0.424
0.493
0.338
0.237
0.277
0.063
0.063
0.089
0.109
プーリング・
サンプル
(N=503)
平均
標準偏差
0.499
33.909
36.537
3.534
1.724
0.034
0.219
13.760
15.445
15.955
0.282
0.286
0.022
0.016
0.258
0.406
0.262
0.091
0.145
0.030
0.024
0.024
0.022
0.500
4.465
5.377
1.398
0.776
0.181
0.414
1.272
0.635
1.307
0.451
0.452
0.146
0.125
0.438
0.491
0.440
0.289
0.353
0.170
0.153
0.153
0.146
図表3: 調査対象世帯の認可保育園利用に対するWTP
保育料
利用者
非利用者
合計
2万円未満
23
9.16%
76
30.28%
45
17.93%
44
17.53%
40
15.94%
23
9.16%
79
31.35%
51
20.24%
44
17.46%
50
19.84%
18
7.14%
10
3.97%
102
251
252
503
2万円以上3万円未満
3万円以上4万円未満
4万円以上6万円未満
6万円以上8万円未満
8万円以上
合計
127
89
94
58
33
図表4 意向調査による保育サービス需要の推定
保育所利用者
保育所利用者
保育料
母親の年齢
父親の年齢
末子の年齢
子供の数
祖父母との同居ダミー
母親の保育所利用経験
母親の年収(自然対数)
父親の年収(自然対数)
家族の資産(自然対数)
母親が正社員・フルタイム
母親がパートタイム・嘱託
母親が派遣社員
母親の教育水準(大学院・大学卒)
母親の教育水準(短大・高専・専門学校卒)
母親の教育水準(高校卒)
母親の勤務先での制度利用状況(育児休業制度)
母親の勤務先での制度利用状況(フレックスタイム制度)
母親の勤務先での制度利用状況(勤務時間短縮制度)
母親の勤務先での制度利用状況(介護休暇制度)
母親の勤務先での制度利用状況(看護休暇制度)
母親の勤務先での制度利用状況(企業内託児所)
母親の勤務先での制度利用状況(再雇用制度)
神奈川県ダミー
埼玉県ダミー
千葉県ダミー
定数項
サンプル数
世帯数
log-likelihood
係数
-2.145
-0.024
-0.031
-0.027
0.003
-0.352
-0.298
0.345
0.153
0.188
-0.468
-0.616
0.271
-0.412
-0.501
-0.265
0.107
-0.229
0.600
-0.252
-0.273
-0.137
0.129
0.285
-0.256
-0.103
14.955
***
*
***
***
***
**
***
***
***
***
***
*
***
***
**
***
1255
251
-524.953
(注)Random Effect Probit推計による推計結果。係数は限界効果を示す。
***は5%水準、**は10%水準、*は15%水準で有意であることを示す。
標準誤差
0.111
0.015
0.012
0.036
0.077
0.289
0.128
0.088
0.092
0.045
0.180
0.175
0.325
0.423
0.139
0.123
0.133
0.150
0.147
0.219
0.238
0.243
0.289
0.127
0.133
0.133
1.962
保育所非利用者
係数
-1.842
-0.010
0.007
-0.012
0.045
0.224
-0.103
-0.104
-0.087
0.028
-0.258
-0.464
-0.378
-0.012
1.147
-0.431
0.296
-1.444
-0.060
-0.751
0.113
0.131
-0.337
15.659
***
**
**
***
***
**
**
**
**
***
1260
252
-540.806
標準誤差
0.106
0.016
0.013
0.034
0.050
0.244
0.114
0.060
0.069
0.037
0.132
0.461
0.131
0.104
0.221
0.244
0.240
0.824
0.595
0.440
0.124
0.116
0.150
1.926
プーリング・サンプル
係数
0.11379
-2.009
-0.018
-0.008
-0.017
0.072
-0.097
-0.145
0.002
0.031
0.064
0.183
-0.200
0.796
-0.504
-0.426
-0.093
0.215
-0.166
0.471
-0.260
-0.249
-0.304
0.011
0.204
0.018
-0.227
13.283
***
**
**
**
***
*
***
***
*
***
**
***
***
***
***
標準誤差
0.09630
0.077
0.010
0.009
0.024
0.041
0.176
0.081
0.046
0.054
0.028
0.124
0.097
0.246
0.309
0.093
0.078
0.110
0.120
0.118
0.205
0.225
0.216
0.234
0.089
0.086
0.097
1.308
2515
503
-1053.933
図表5: 調査対象地域の潜在的待機児童数の保育料別試算値
保育料
首都圏合計
(N=503世
帯)
埼玉県
(N=90世帯)
千葉県
(N=73世帯)
東京都
(N=251世
帯)
神奈川県
(N=89世帯)
公表待機児童数 入所児童数 児童総数
a/
a/
b/
平均値(
30,637)
20,000
30,000
40,000
60,000
80,000
平均値(
30,972)
20,000
30,000
40,000
60,000
80,000
平均値(
32,564)
20,000
30,000
40,000
60,000
80,000
平均値(
30,977)
20,000
30,000
40,000
60,000
80,000
平均値(
27,558)
20,000
30,000
40,000
60,000
80,000
13,787
327,260
1,786,923
1,825
60,101
402,883
792
56,953
328,596
7,725
145,108
571,769
3,445
65,098
483,675
需要者割合 需要者総数 公表待機率 入所率 潜在的待機児童数 潜在的待機率
h/
c/
d/
e/
f/
g/
32.45%
46.71%
33.30%
19.89%
-6.94%
-33.76%
33.06%
47.78%
34.37%
20.96%
-5.87%
-32.69%
39.80%
56.65%
43.24%
29.83%
3.00%
-23.82%
31.39%
46.12%
32.71%
19.29%
-7.53%
-34.36%
56.24%
66.38%
52.97%
39.56%
12.73%
-14.09%
579,785
834,715
595,051
355,387
-123,940
-603,267
133,209
192,496
138,461
84,426
-23,644
-131,714
130,785
186,156
142,085
98,013
9,870
-78,273
179,506
263,684
186,998
110,312
-43,060
-196,433
272,036
321,065
256,194
191,323
61,582
-68,160
6.87%
17.42%
4.69%
14.92%
1.89%
17.33%
7.50%
25.38%
6.81%
13.46%
注) a/公表待機児童数、入所児童数の出所は、『
保育白書』
(
平成13年度版)
。
b/児童総数の出所は、『
平成12年国勢調査』
(
都道府県別)
。
c/需要者割合は、図表4のプーリング・
サンプルの回帰分析結果に基づき、各保育料での期待値を各都道府県別に求めた数値。
d/需要者総数は、児童総数に需要者割合をかけあわせた数値。
e/公表待機率=公表待機児童数/児童総数。
f/入所率=入所児童数/児童総数。
g/潜在的待機児童数=(
需要者割合−公表待機率)
*児童総数。
h/潜在的待機率=潜在的待機児童数/児童総数。
i/図表4のプーリング・
サンプルの回帰分析結果に基づき、潜在的待機児童数が0となる保育料を計測した。
268,587
523,517
283,853
44,189
-435,138
-914,465
73,108
132,395
78,360
24,325
-83,745
-191,815
73,832
129,203
85,132
41,060
-47,083
-135,226
34,398
118,576
41,890
-34,796
-188,168
-341,541
206,938
255,967
191,096
126,225
-3,516
-133,258
15.03%
29.30%
15.89%
2.47%
-24.35%
-51.18%
18.15%
32.86%
19.45%
6.04%
-20.79%
-47.61%
22.47%
39.32%
25.91%
12.50%
-14.33%
-41.15%
6.02%
20.74%
7.33%
-6.09%
-32.91%
-59.73%
42.78%
52.92%
39.51%
26.10%
-0.73%
-27.55%
均衡保育料
i/
約42,000円
約45,000円
約51,000円
約43,000円
約58,000円
図表6:保育サービスに関する厚生分析(
概念図)
90,000
A
80,000
70,000
B
C
D
保育料
60,000
50,000
40,000
E
F
30,000
20,000
10,000
0
0.0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0.8
0.9
需要者割合
(注1)この需要曲線の傾きは、図表4の推定(
プーリングサンプル)の中で、説明変数の中の保育料(対数)を
保育料の実数(
金額)
で置き換えて推計しなおした結果に基づいている。その推計結果をもとに、
図表3における80000円の場合の需要者割合を基準点として、需要曲線を描いた。
(注2)調査対象者の平均保育料は約30,000円である。また、調査対象地域における児童一人当たりの平均保育単価を
末子年齢別サンプル数の加重平均で求めると、約60,000円であった。
図表7: 調査対象地域における保育サービスの厚生分析
単位:
億円(
年額)
埼玉県
千葉県
東京都
神奈川県
首都圏合計
消費者余剰額
17.07
21.08
21.89
53.72
113.75
死荷重額
62.24
65.43
82.76
145.96
356.39
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