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6月号(No.308) - 京都大学生活協同組合

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6月号(No.308) - 京都大学生活協同組合
ていよう
綴葉
'12
6
No.308
あなたが創る生協の書評誌
▶
話題の本/話題にしたい本
デボラ L. ロード著『キレイならいいのか』
アビジット・V・バナジー、
エスター・デュフロ著
『貧乏人の経済学 もういちど貧困問題を根っこから考える』 特集/電車でREAD!
新刊コーナー/新書コーナー/名著再読/吉本隆明への誘い
〒606-8317 京都市左京区吉田本町
Tel:771-6211 / E-mail:[email protected]
URL http://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/
京大生協綴葉編集委員会
話題の本
事は人一倍こなしていたアンディだったが、この変わりようは何な
ルに変わるだけで周りに一目置かれるようになるのだ。もともと仕
アンディへの周りの評価は劇的に変わる。野暮ったい服装がシャネ
先ほどの「プラダを着た悪魔」の話に戻ると、アンディはミラン
ダに認めてもらうためにファッションを改善するのだが、そこから
優越感からの﹁キレイになりたい﹂
「あ~ぁ、キレイになりたいなぁ」
と思ったことのあるあなたへ
キレイならいいのか
デボラ .ロード著
栗原泉訳 亜紀書房
のだろう。くやしいことだが、世間では往々にしてこういう場面が
る「オシャレ好き」でそこに就職したわけではく、本人のファッシ
編集長・ミランダのアシスタントだった。しかしアンディはいわゆ
ークにきたアンディが就職したのは、有名なファッション雑誌の鬼
「プラダを着た悪魔」という映画が数年前に流行ったのを記憶し
ている方は少なくないだろう。ジャーナリストを目指してニューヨ
正しく﹁キレイになる﹂とは?
ている現象であることは間違いない。
強調されてはいるものの、その他の場所でも多かれ少なかれ起こっ
うのだ。この映画の舞台がファッション雑誌の編集部ということで
ある。見た目の魅力によって、その人の評価が簡単に変わってしま
ョンは少し野暮ったい。そんな状況であれば、容易に想像できるの
賛が広がり、それを見た女性の「私もこうなりたい!」という気持
界による情報発信によって「痩せ信仰」や最先端ファッションの礼
いう経験の一度や二度はあるのではないだろうか。ファッション業
入ったりしたことなら私にも数え切れないほどある。女性ならこう
経験したことはないが、周りの「視線」を感じて気にしたり、恥じ
れている場面が多々あり、酷いものである。ここまで露骨な態度を
他の子よりも失望した」など、その他にも何かにつけて嫌味を言わ
ハイヒールを無理して履いている女性にはもちろん、メンクイの
直しやこれから取り組むべきことについて言及している。
れている人たちの境遇を紹介し、その上で地に足のついた法律の見
たちが「キレイ」のために支払っている代償の数々を挙げ、差別さ
ているが本当にそれでいいのか? という疑問を呈している。この
風潮に著者はフェミニズム研究の立場から、アメリカを中心に女性
本書で著者は、そのような状況が今や暗黙の了解とばかりに横行し
ちに狙いを定めて化粧品や整形手術業者が誘いをかける。本書はそ
のような現状について、フェミニズム研究の場で論じている。
男性諸君にも読んでほしい一冊である。 (ねこた)
(二九四頁 税込二四一五円 月刊)
隠して」、「おばあちゃんのスカート」、「太った賢い子を雇ったけど、 精を出して「キレイ」になろうと多少の無理は承知で努力するのだ。
がアンディへの会社の人々の評価。「そのみっともない上着を早く
そうなのだ。人間(主に女性)はこの「周りの目」を敏感に感じ
取り、ダイエットやアンチエイジング、そしてショッピングなどに
劣等感からの﹁キレイになりたい﹂
L
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2
話題にしたい本
貧困を失くすことは可能だ!
貧乏人の経済学
もういちど貧困問題を根っこから考える
アビジット・ ・バナジー、
エスター・デュフロ著
山形浩生訳 みすず書房
こでこの手法では個体ではなく集団レベルで条件を揃える。ランダ
ムに二つの村を選び、片方には介入し片方にはしない。個人でなく
村全体でみれば、結果を左右する条件分布は同じくらいのはずだか
ら、両者の差は施策がもたらしたものと考えられる。実験一つ一つ
でわかることは小さい。だがこれを一〇年以上続けた成果が積み重
ねられ、今までイデオロギーに左右されてきたことがらを強力な実
証的裏付けに基づき主張できるようになった結果が本書なのだ。
何でもあげることでもない。援助成功の是非は、人間の持つ弱さや
が一理しかないというのが本書の主張だ。援助とは自主性任せでも
えるくらい大きく行うべきというものだ。どちらの発想も一理ある
のインフラも教育もないのだから、援助はこれらの環境を一気に整
的に無駄というもの、もう一つは途上国は自主的に開発を行うだけ
まず「はじめに」で著者たちは援助の現場に登場する二つの考え
を提示する。一つは援助は途上国の人々の自主性を奪うだけで基本
よる生産性向上という結果が出るには時間がかかるため、たくさん
ものやテレビの方を優先する。なぜか? その理由は栄養に対する
知識不足もあるが、それ以上に人々の生活態度にある。栄養改善に
はないがガリガリなままで、彼らは摂取カロリー増加よりおいしい
度の食料は提供できている。とはいえ貧乏の人は飢え死にしそうに
ある。しかし災害や飢饉は別として、おおむね今日の世界は最低限
うなものばかりだ。例えば、一般に貧困の理由の一つに食料不足が
食糧、医療、教育、マイクロ融資、貯蓄……本書は貧困にかかわ
る話題を論じていく。そこで読者に示される知見はびっくりするよ
本書からの知見
勘違い、援助する側の期待とされる側の現実の食い違いにある。そ
食べて強くなる気にならない。結果、値段の安さや栄養よりも美味
インドやアフリカなど途上国の貧乏な人たちについての研究書。
著者たちは長年貧困問題に取り組んできた開発経済学者である。
れらを一つ一つ見つける地道な解消こそが唯一の解決なのだ。
悪しを検討するにはその施策を実施した場合としなかった場合を比
用いられているのがランダム化対照試行という手法だ。援助の良し
しかも本書が本当にすごいのは、こうした主張を実証的な実験デ
ータに基づき、議論を展開しているところにある。そのため本書で
発展性はない」などなど意外な話が続く。理論・実践的に高度であ
イクロ融資は最底辺の貧困をクリアするのには有効だがそこからの
学校がないからでなく、子供や親が学校に行きたくないから」「マ
しさや娯楽に消費するようになるのだ。他にも「就学率が低いのは
本書の手法について
較する必要がある。しかし物理実験や動物実験なら可能なこうした
りながら読み物としても実に奇想天外でおもしろい。 (夏太郎)
(四〇八頁 税込三一五〇円 月刊)
手法は、同じ人などいない社会を対象にするとなかなか難しい。そ
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V
4
綴 葉
2012. 6. 11
オリエント急行の殺人
アガサ・クリスティ著
山本やよい訳 ハヤカワ文庫
列車では何かがおこる。いや、何かがおこ
るべきなのだ。とくに名う
てのオリエント急行なら申
し分がない。アメリカ、イ
ギリス、イタリア……世界
各国からの乗客で、いつに
なく混雑している豪華国際
列車「オリエント急行」は
イスタンブールを出てカレーに向かっていた
特集
電車で READ!
が、大雪のためユーゴスラヴィアの山中で立
ち往生する。その一室で殺人事件が発生した。
殺されたのはいわくありげなアメリカ人富豪。
犯人はこの列車に乗り合わせた乗客の中にい
る。大雪で警察も来られない中、乗り合わせ
た鉄道会社の重役は乗客のひとりに事件の捜
査を依頼する。誰あろう、彼こそ中東での事
件を解決し帰路に着いていた名探偵エルキュ
ール・ポアロその人であった。
捜査の過程で被害者である老富豪の正体が
明らかになる。だが、国籍も階級もバラバラ
な12人の乗客の誰かが犯人なはずなのに、お
互いがお互いのアリバイを証明し合い、結局、
容疑者全員にアリバイができてしまう。富豪
を殺したものは誰なのか。困惑するポアロ。
しかし、乗客たちの些細な表情の変化を見逃
さず、ときにやさしく、ときに厳しく乗客の
性格に応じた質問の仕方で、言葉巧みに多く
の情報を引き出していく。そして彼は、つい
にふたつの解答を導き出す……。
実は鉄道とミステリは相性がよく、日本で
も時刻表を用いたトリックなど鉄道推理もの
は一大ジャンルになっており、本書はその先
駆けの1冊といえるだろう。細かく章立てが
分かれていて電車内でもキリがつけやすい。
けれども読み始めると先が気になりついつい
降りる駅を乗り過ごしてしまうかもしれない
のでご用心。
(夏太郎)
(413頁 税込903円)
ドアが開き、乗客が降りる。人の流
れが途切れたのを見計らって、乗り込
む。空き席を見つけて、一安心。
車内を見渡し、車窓の向こうを見や
る。向かいのホームのあの子、かわい
いな……ひょっとしたら、車内広告の
モデルよりも。
車内放送に続いて、ドアが閉まり、
車窓の景色が動き出す。
少し、時間があるな。
カバンに手を伸ばし、本を探り当て
る。
さあ……Let’
sREAD!
(菊次郎)
4
No.308
綴 葉
破小路ねるのと堕天列車事件
木戸実験著
スマッシュ文庫
死のある風景
鮎川哲也作
創元推理文庫
通勤や通学の電車内で読む本として、ライ
トノベルをおすすめする。
漫画よりは長持ちし、文学
作品や学術書よりは頭を使
わず気軽に読める。行きと
帰りの時間で一冊読み終え
られるくらいの頁数もちょ
うどいい。
文芸部に所属するメガネっ娘・破小路ねる
鉄道の中で、時刻表を解く
ネットが普及し目的地へ
の最短ルートがすぐに検索
できる現代と違い、昔なが
らの鉄道の旅と言えば、時
刻表は欠かせなかった。そ
して、勤勉に時刻を守る日
本人の特徴だろうか、その
時刻表を利用した鉄道ミステリーも多々描か
のは、ちょっとした体の接触からすぐに破廉
恥な妄想に耽り、大量の鼻血を噴き出してし
まう体質の持ち主。そんな彼女と付き合うこ
とになった主人公の「僕」が、周囲で起こる
怪事件に挑む青春超常ミステリ。
450km離れた場所にあった電車が、主人公
たちの高校の屋上に突き刺さるという仰天の
事件を解決するために、主人公たちがこれま
た仰天の奇想推理を繰り広げる「堕天列車の
れることになった。鮎川哲也は戦後日本で時
刻表を使ったアリバイミステリーを描いたパ
イオニアであった。実在の時刻表を作中で使
用する趣向も鮎川のこだわりだ。
本書は、二つの殺人をめぐってそうした時
刻表絡みのアリバイが検討される。と言って
も、眼を皿のようにして時刻表を突き合わせ
なくても、物語についていけるように作者は
描いている。最初の阿蘇での不可解な自殺か
章」は、「御手洗潔のごとき」と作中で称さ
れるような飛躍したロジックが軽快に展開さ
れていくさまが非常に面白い。そして後半の
「破小路ねるのの章」では、前半の推理劇か
ら一転、主人公の特殊な生い立ちと、ヒロイ
ン・ねるのの内面の問題が事件の核心へ迫る
鍵としてクローズアップされていく。ミステ
リめいた体裁で始まった物語は、SF的に風
呂敷を広げ、主人公とねるのの青春恋愛物語
として幕を閉じる。
玉石混淆のライトノベルというジャンルの
中でも、本作の内容はかなり冒険的で、それ
ゆえに荒削りな面もある。とはいえ、ノリの
いい超推理や、主人公の心象風景として描か
れる「砂漠」の美しさ、ペダンチックなモチ
ーフの数々など、少ない頁数ながら読みどこ
ろは満載だ。短い電車読書のお伴として、た
まにはこんな本を読んでみるのもいかがだろ
ら始まって、金沢・東京・仙台と様々な土地
を舞台にしながら、徐々に変わっていく事件
の様相を読者は腰を据えて楽しめばいい。特
に「一本の鉛筆から」と題された章からの探
偵役の鬼貫の更なる調査とそれに基づく推理
の展開はミステリー作家鮎川哲也の本領発揮
というべきだろう。勿論、作者の仕掛けに挑
戦するのも読者の自由であり、鬼貫登場の章
からは解決の先読みを行うのも不可能ではな
い。アリバイトリック自体は決して派手なも
のではなく、その意味での新鮮さはないかも
しれない。しかし、謎解きのロジックと密接
に関係しており、不満を感じさせないのは謎
解きの巨匠ならではだろう。
古い時刻表に加え、電報まで事件の鍵とし
て登場するのは少々レトロすぎるかもしれな
いが、忙しないばかりが電車との付き合い方
ではない。ゆったりとした鉄道の旅の友には
うか。
(柚木)
(195頁 税込500円)
5
相応しい古き佳きミステリーだ。 (黄金虫)
(448頁 税込903円)
綴 葉
2012. 6. 11
カフェかもめ亭
生半可な學者
柴田元幸著
白水Uブックス
村山早紀著
ポプラ文庫
わずかにできた時間にぜひ
通勤・通学電車はとにか
くあわただしい。数分おき
に駅に停まって人の出入り
があって。なかなか座れな
いし、座れたとしてもつか
の間。すぐに短時間で乗り
換えをしなきゃいけなくな
る。ということで、せわしない通学時にも読
電車、それはほっとするひと時
自転車通学者のわたしに
とって、電車は特別な空間
だ。人や車を気にすること
なく、自分の考えに没頭し
ていても電車が目的地まで
わたしを運んでくれる。移
動時間が長ければ長いほど、
自分が遠いところに行くみたいでなんだか解
みやすい本をチョイスしてみました。
本書は 1 つの話題が 3 ~ 6 ページで終わる
し、新書サイズなので鞄に忍ばせやすい。柴
田元幸、といえば英文学者で名翻訳家。けれ
ど、エッセイも相当面白い。加えて本書は著
者が30歳半ばごろに書いたものなので、ノリ
や感覚が学生に近くて読みやすい。クセのな
い文章でサラッと書かれているのだけど、き
ちんと読者を惹きつける。それに、たまにた
放感を感じる。
このまま乗ってどこかに行こうか……そん
なことを考えても自分がどこに行きたいのか
わからない。もしあなたもそのような想いを
抱いたことがあるのなら、『カフェかもめ亭』
がおすすめの一冊。どこにあるかわからない
港町にある小さな喫茶店、特別な記憶を抱え
たお客さんは潮風に誘われるかのように店に
足を運ぶ。彼らの不思議な話に耳を傾けてい
めになる話も。せっかくなので、電車にまつ
わる話を 1 つ紹介。
って、教授!! めっちゃ迷惑ですけど!? と、愉しい。吹き出すことはないだろうけど、
車内でクスクス笑って冷たい視線を浴びない
るうちに、こちらの気持ちも穏やかになって
いく。少年の忘れられない夏の体験、少女と
猫の王子さまの出会いと別れ、謎のコンビニ
で大事なものをみつけた老人、どれもまるで
童話の世界の出来事なのに、なぜか自分のこ
とのように身近に感じる。そんなお話が詰ま
っている一冊だ。ひとつひとつのお話は決し
て長くはないが、読み終えるたびに長旅を終
えたような充実感を味わえる。
本の登場人物でしかないはずのキャラクタ
ーたち、彼らの分まで前向きに今日も頑張ろ
うとつい思ってしまう。いい年して、型には
まったお約束の「イイ話」に感動してしまっ
たのは、きっとカフェかもめ亭の魔法のせい
だ。大人になったはずのわたしが気付かない
うちに純情な子供に戻される。疲れた日の癒
しに、やる気が出そうにない朝にはこの本を
開いて、通学時間をほっとするひと時に変え
よう要注意!
(縹)
(201頁 税込998円)
よう。
(あずき)
(352頁 税込651円)
たとえば地下鉄の駅で、乗車位置と乗車位
置のまんなかあたりの、いわば何でもない場
所に、あなたが数人の仲間と列を作って並ぶ
とする。そうするとかならず、それを乗車位
置の列と勘違いして、あなたがたの後ろに並
ぶ人が出てくる。(中略)
やがて電車が来る。あなたたちはさっと四
方に散らばる。(中略)
大学生のころ、僕と僕の仲間たちは、よく
この『実験』をした。別に何か目的があった
わけではない。ただ面白いからやったのだ。
6
綴 葉
No.308
ニコリ
「数独」名品100選
ニコリ編著
文藝春秋
面白くて眠れなくなる数学
桜井進著
PHP研究所
電車といえばパズル
電車に乗っているとき、
何か名状しがたいスキマを
感じるときってありません
か?
心地よい揺れに身を任せ
て眠りたい気もするけれど、
車窓を流れる景色をぼんや
りと眺めていたい気もするけれど、宿題をす
宇宙の秘密をチラ見する
電車は今日もすし詰め。
誰からかよく分からないけ
れども何となく臭うような
気がする。さては臭いのも
とは目の前にいるおっさん
集団か。ここで問題です。
仮に車内の臭いのもと(ひ
どい表現でごめんなさい)がおっさん集団だ
ませたい気もするけれど――なんだかそうす
る気になれない。そんなスキマにパズルはい
かが?
数独(‌S‌U‌DO
‌K
‌ ‌U‌)は、2004年11月、The Times
での掲載をきっかけに世界的なブームになっ
たナンバープレイス(パズルの一種)です。
ル ー ル は 2 つ。 ① あ い て い る マ ス に 1 か
ら 9 までの数字のどれかを入れる、②縦 9 列、
横 9 列、太線で囲まれた 3 × 3 のブロック、
とします。次の駅でおっさんたちの半分が降
車すれば、臭さも半分になるでしょうか。
こんな車内じゃ本も読めない。音楽でも聞
くか。ここでもうひとつ問題です。iPodなど
インターネットを通したデジタル配信技術に
はある数学的知識が応用されていますが、そ
れは何でしょうか。以上、2 問の答えは本書
でご確認ください。
数学というと、ややこしい計算や頭が痛く
のいずれにも 1 から 9 までの数字が入る、で
す。 こ れ ら 2 つ の ル ー ル に し た が っ
て、 9 × 9 のマスに数字を埋めていきます。
数独の魅力は、そのシンプルさと奥深さに
あります。シンプルなルールのパズルであり
ながら、ヒントの数と位置次第で様々な問題
が作れるため、解いて作って 2 度楽しい。秀
逸な問題が 1 冊につまった本書は、数独シリ
ーズの中でも特におすすめです。
ちなみに、「数独を解く/作る」を作る、
というのもなかなか興味深い。数独の問題が
必要とするヒント数はいくつか、という最小
ヒント問題が特に有名です。実は、今年 1 月、
アイルランドの数学者Gary McGuireによって、
この問題が解かれたようです。興味のある方
は彼のHPをチェックしてみてください。
通学電車で軽く 1 問、漂泊の旅でじっく
り 1 冊。あなたの電車ライフに数独を。
なるような式の連続で、早々に音を上げたあ
なた。通学の途中でも、旅の道すがらでも、
本書を通して数学の世界を垣間見てみません
か。数式はほとんど出てきませんのでご安心
ください。数学者の名言から数式の読み方、
暮らしの中に隠された数学の仕組みなどなど、
やや短すぎて物足りない感はあるものの、す
ぐ読めてしまう割には後を引くものばかりで
す。
数学は、思っていたよりもずっと面白いの
かも知れません。世界の仕組みを教えてくれ
るのは、もしかしたら簡単な数や図形の組み
合わせと、それに至るまでの数学者たちの格
闘なのかもしれません。
「数学は旅 イコールというレールを数式
という列車が走る」。
夢の電車は東へ西へ。いつでもどこでも、
宇宙を支える不思議に魅せられてみませんか。
(菊次郎)
(126頁 税込880円)
(大福)
(207頁 税込1365円)
7
綴 葉
古地図・道中図で辿る
東海道中膝栗毛の旅
2012. 6. 11
深夜特急 1 香港・マカオ
人文社
沢木耕太郎著
新潮文庫
旅といえば歩くものである。
かの松尾芭蕉も三里に灸
を据えてハードな徒歩旅行
に備え体調を整えて旅に出
た。いまや新幹線で三時間
ほどの距離を、二百年前に
は何日もかけて歩いたので
ある。電車にあたる(?)
公共交通機関といえばさしずめ駕篭であろう
ちょっとした長旅のお供に
電車で遠出するのに暇つ
ぶしが見つからない。そん
な時には、『深夜特急』が
お薦めです。タイトルは電
車モノのようですが、本作
は、言わずと知れたノンフ
ィクションの旅行記で、本
書を知らないバックパッカーはいないくらい
か。自分が歩くか駕篭かきが歩くか、どちら
にせよ徒歩移動には違いない。
本書は弥次さん喜多さんの珍道中を当時の
地図やロードマップのようなものからたどっ
ていく。この江戸の町人ふたりの気楽な旅の
物語には当時の地名が次々と登場するが、そ
の地名の意味するところ、旅の進度が図像で
わかれば面白さもひとしおであろう。電車で
遠くに向かうとき、いまどの駅にいてどのく
の最高の「旅」のバイブルです。気だるい移
動の時間を楽しくドキドキ過ごすにはぴった
りの一冊です。
ある日、仕事のすべてを放り出して、旅に
出た26歳の沢木耕太郎は、ユーラシア大陸を
乗り合いバスで横断することに決め、様々な
困難と不思議な出来事に出合うことになる。
本書の凄いところは、旅のあの感じや、旅
先のあの見え方を見事に表現しているだけで
らい出発地から離れたか、を確認して旅情に
浸るようなものだ。 ぜひ岩波ほかから出版されている原文もあ
わせて読んでみたい。なにぶん今の日本語と
は大幅に異なりはするが、当時の口語で書か
れた庶民向けの読み物であり難解なところは
少ない。続編も当時は出たが、こちらは現代
に復刻された形跡を確認できなかった。ご存
知の向きがあればご教授いただけると幸甚だ
が、ともすれば当時の本をそのまま読むこと
になるかと思うと高揚するものがある。
電車で大判の本書をひろげて読むのも一興
である。文字だけの本なら電子書籍にきりか
えて、何冊持ち歩いてもiPad一台分のサイズ
にできるが、図版の多い本は画面に制約され
るとどうしてもアメニティが下がる。電車移
動中の読書の強い味方になる電子書籍とあわ
せて、できれば紙で読みたい本の存在意義を
なく、終始、作者自身の感情に素直な点です。
だから文章が「生きて」います。
見知らぬ土地に足を踏み入れた時のあのワ
クワク感。足早に行き交う人々を眺めながら
出店で紅茶を飲む時のあの全能感。次第に旅
が日常化し、嫌気がさしてきて、おかしなこ
とを言ってくる現地の人に、嫌味な皮肉で八
つ当たりしたら、ふと自分こそがおかしな人
だったと思い至って、恥ずかしくて笑えてく
るあの感じ。いろんな意味で本作は、これか
ら旅に出る人、旅の途上にある人に「勇気」
を与えてくれます。
他人の旅の話を聞くのは意外としんどいで
す。今すぐ旅に出られない自分の状況に幻滅
するからです。だから、目的地への通過点で
あるとともに、それ自体一つの時空間を構成
する「電車」という特殊な場だからこそ、き
っと本作も楽しくREADできるのだと思いま
確認するのも悪くない。
(峰)
(127頁 税込2310円)
す。旅に興味ない人も是非!
(れくた)
(第1巻 238頁 税込452円)
8
‌ハ
‌ ック
新刊コーナー
バイオパンク
‌科
‌ 学者たちの
イ・オールもそんなハッカーのひとり。
カ ー」 と 呼 ぶ。 冒 頭 の エ ピ ソ ー ド の 主、 ケ
与する姿勢を持った彼の仲間を「バイオハッ
て研究し、成果を共有し、生物学の発展に寄
ープ「 DIYbio
」を設立したマッケンジー・カ
ウエルは、企業や大学のしがらみから独立し
その真相は今も解明されていない。
辿りつくことなく七年後に時効を迎えた。し
後、近くで額縁が発見されたものの、犯人に
る作品が最終日に消えてしまったのだ。その
いう女性の横顔が描かれた、日本で人気のあ
レック展」に出品されていた「マルセル」と
三〇代の女性新聞記者・千晶で、亡くなった
そしてその謎のままの事件に対して、一つ
の解釈を提供しているのが本書だ。主人公は
か し そ の 直 後、「 マ ル セ ル 」 は 戻 っ て き た。
京都国立近代美術館で行われていた「ロート
彼らの姿勢はコンピュータにおけるオープ
ンソースの思考と通底する。であれば「マル
する。とりわけ遺伝子の「マルウェア」は種
ウェア」を流す悪意のハッカーの問題が浮上
そのもののシステムダウンを招きかねない。
まで広がり、事件にかかわる人間模様も複雑
なる。舞台は東京、神戸、京都、そしてパリ
ら「マルセル盗難事件」の真相を追うことに
新聞記者であった父親の遺した取材ノートか
(峰)
月刊)
だ。東京では新聞記者としての仕事をこなし、
実家の神戸では父親との絆に悩み、ふらりと
降り立ったことから縁ができた京都では共に
事件を追うオリオさんと恋に落ち、謎の人物
からの手紙に誘われて訪れたパリでは想像も
つかない出来事が次々と起きる。
動を起こす強さに、親近感を覚えるとともに
り動かされながらも自分の信念を曲げずに行
様々な要素が組み込まれている物語である
が、その中でも千晶のあらゆることに心を揺
いる題材であるが、
髙樹のぶ子著
毎日新聞社
(三〇〇頁 税込一八九〇円 集合知は未来のバイオにたどり着けるか。
子検査システムを組み立てることにした。高
皆 さ ん は、「 マ
ルセル盗難事件」
マルセル
にも遺伝子の解析やミクロな観察のためには
をご存知だろうか。
これは一九六八年に京都国立近代美術館で本
当に起こった事件なのだ。
いままた、研究に覆い被さるそれらこそ飛躍
究者たちがいる。
勇気をもらった。 (ねこた)
(五一〇頁 税込一九八〇円 月刊)
を妨げるものに他ならないと考える気鋭の研
を扱うためのグラントを要するようになった。 この本で扱われて
個人では調達困難な機材や試薬、またそれら
ちによって生み出されてきたが、いまや皮肉
天然痘のジェンナー、遺伝のメンデルをは
じめ、多くのイノベーションが市井の学者た
に一〇〇ドルちょっとかかった。」
ームベーカリーのようだ)を一台用意するの
圧電源ユニットを一台と、 DNA
断片を複製す
るためのサーマルサイクラー(ぱっと見はホ
中古品だけで遺伝
ーネットで買える
ろうものとインタ
「 オ ー ル は、 自
宅のキッチンでそ
マーカス・ウォールセン著
出版
矢野真千子訳
‌ ‌
D
N
A
N
H
K
これはとても不思議な事件であった。当時
9
2
D
I
K
専門機関に拠らず生命科学を研究するグル
3
綴 葉
No.308
なたはどう感じま
く」と聞いて、あ
「 好 き な 場 所 に
住む」、「自由に働
方をしています。あなたのこれからのライフ
して読者に勧めるような、幅を持たせた書き
者もノマドライフをあくまで選択肢の一つと
をセットで考えるための参考になります。筆
けではない方にとっても、働き方と暮らし方
ライフをしてみたいと積極的に考えているわ
観に対する提起が主な内容ですので、ノマド
る姿勢や、お金と時間と空間の使い方、価値
ビジネスプランの構築方法といったような
細かい戦術面の話よりも、むしろ仕事に対す
象だと想定していた。どっこい大恐慌時の二
のほかで、失業は価格調整完了までの一時現
より均衡する。政府による規制なんてもって
かなかった。需要と供給は市場を通じ価格に
ろが当時の経済学は政策介入なんて考えもつ
うのが政府なのは当然と思われている。とこ
映像が流れるように、中心となって対策を行
スで景気対策といえば財務省や日銀の建物の
変わらない状況にある。そして現在、ニュー
ない。どうしたらいいのか? この状況はバ
ブル崩壊後の二〇一二年の日本や世界とそう
楽しそう
準備が必要であることも説いています。
すか?
〇%以上の失業率はとても一時的なものなど
ノマドライフ
だと単純に憧れるでしょうか。逆に、難しそ
スタイルを考える契機として、本書を一読し
本田直之著 朝日新聞出版
好きな場所に住んで自由に働く
ために、
やっておくべきこと
うだと冷めた目で見るでしょうか。もしあな
するお金の総量が減っているから、労働者を
や投資に回さず自宅預金にして世の中に流通
に求める。つまり、人々が稼いだお金を消費
ではなかった。ケインズはその原因を総需要
たがどちらの考えを持ったとしても、筆者は
雇用、利子、お金の一般理論
まかないきれず失業になると考えた。お金の
市場が利子を通じて雇用に影響する、これが
すなわち雇用、利子、お金の理論だ。それで
え、そのための策として、十分な準備を重ね
る「旧来型のスタンダード」からの脱出を唱
を所有することに価値を置く生活様式からな
一九三六年は一九二九年に始まる世界恐慌が
新訳。原著が出た
ズ『一般理論』の
一変させたケイン
第二次大戦後の
世界の経済政策を
いる。この事実にこそ古臭いと思われるケイ
機に多くの国がケインズの処方箋を実施して
は失業をなくすためには、政府が借金してそ
た上で旧来型からノマドライフへ移行するこ
まだ続いていた時代だ。町に失業者はあふれ
ジョン・メイナード・ケインズ、
ジョン・リチャード・ヒックス、
ポール・クルーグマン著
山形浩生訳 講談社学術文庫
とを掲げています。情報機器を活用すれば無
ンズを今読み直す意義がある。 (夏太郎)
(五七六頁 税込一五七五円 月刊)
てみてはいかがでしょう。 (投稿・雲)
(一七二頁 税込一四七〇円 月刊)
あなたにその考えを見直すよう迫るでしょう。
本書は、国内外に生活拠点を持ちつつ移動
しながら多様なビジネスを手がけ、プライベ
ートと仕事を一体化させる「ノマドライフ」
を実践する筆者が、自身の経験を基に、ノマ
ド的な思考と実践のヒントをまとめたもので
理だと思っている方にも実行できる一方で、
モノが売れず景気はいつまでたっても回復し
3
る回答だった。二〇〇八年からの世界金融危
ズ経済学、ひいてはマクロ経済学の骨子とな
れを補うだけの需要を作ろう。これがケイン
単純な憧れでは済ませられないほどの入念な
す。筆者は、会社に依存した仕事の体系と物
3
2012. 6. 11
綴 葉
10
ゴロツキはいつも食卓を襲う
福田里香著
太田出版
フード理論とステレオタイプフード
フード理論のフ
ード三原則
1
善人は、フー
ドをおいしそう
に食べる
2 正体不明者は、フードを食べない
3 悪人は、フードを粗末に扱う
物語の新たな見方を提示してくれる、画期
的な一冊。と、書き終えたところでちょっと
たり読んだりした物語を見返してみては?
る作品のない人は、フード理論的に過去に見
しがちなのだと気づかされる。最近ピンとく
特性が現れる。けれど、多くのことを見落と
あまりにも日常的な食事だからこそ個々人の
気味よく炙り出す。生きていくのに必須で、
関係やメタファーを、独特の鋭い切り口で小
して、ステレオタイプフードにみられる人間
単に正確さや簡潔さで成り立っているのでは
くれるのだ。いわゆる名文と言われる文章が
そして、普通なら漫然と流し読んでしまうよ
その部分部分を愛情を持って分析してみせる。
っていく。時には「てにをは」のレベルから、
そんな語りのキーポイントを著者は丹念に拾
小説の中の語りの丁寧さや逆にそれを食い
破るような攻撃性、あるいは主体の曖昧さ。
分」を元に文学作品が丁寧に読み解かれる。
よ り「 一 字 一 句 」 が 追 及 さ れ、「 気 に な る 部
小説的思考のススメ
柔らかく、読みやすい小説論となっている。
念に明らかにしていく。その語り口も非常に
いわば「当たり前」の部分について著者は丹
表現が隠されていること――そうした小説の
ないこと、一見稚拙に見える文章にも絶妙な
うな箇所からでもその小説の醍醐味を語って
一服。お茶にしよう。これも立派なステレオ
タイプフード。 (縹)
(三五二頁 税込一三四四円 月刊)
「気になる部分」だらけの日本文学
うと、登場人物の性格や感情、置かれている
漫画やアニメ、映画や小説などで登場する
なんてことない食事シーン。しかしうまく使
状況を有効に、スムーズに伝える、という現
また、漱石・太宰らも扱いながら、あくま
で現代小説を中心に論じているのも特徴的だ。
象を分析する方法を著者はフード理論と呼ぶ。
地 が は っ て い て 太 っ て い る 」 と か。「 あ ー、
か「鼻持ちならない金持ちの子供は、食い意
の刑事の食事はいつもあんぱんと牛乳だ」と
ド理論的な読み解きだ。例えば「張り込み中
本書の大部分は、物語に登場する食事シー
ンの典型例(ステレオタイプフード)のフー
ろ う か。 し か し、 日 本 文 学 を「 い か に 読 む
して飛ばし読み、流し読みをしてはいないだ
らい実行できているかは大いに疑わしい。概
んな精読をどれく
たちが普段からそ
のは簡単だが、私
小説を「一字一
句読む」――言う
ずその第一歩として追体験するにはもってこ
れを体得するのは難しいかもしれないが、ま
するかという読者側の小説的思考、一度でそ
そしてそれは、冒頭の三原則にまとまる。
こういうシーンあるよね」と思わず頷いてし
ってくれる。いかに目を付け小説の力に反応
読既読にかかわらず、読者の好奇心をくすぐ
がら現代日本文学の見本市という趣きで、未
まう著者の妄想劇場が展開されるのも楽しい
いの小説論だ。 (黄金虫)
(二二〇頁 税込二三一〇円 月刊)
十一の小説を一章ずつ分析した本書は、さな
阿部公彦著 東京大学出版会
4
か」を主題にした本書では読み巧みの著者に
11
50
し、オノ・ナツメの挿絵との相性もいい。そ
3
綴 葉
No.308
しい北国のとある
つながっているら
ゾンビが徘徊し、
どうやら異界とも
ーに満ちた北国の日常を覗きに、あなたも北
そんなポップでキュートでセンスオブワンダ
に北国の名状しがたき風景を彩っています。
癖もある住人たちがアキタちゃんたちと一緒
悪い子をさらってしまう紅翁など、一癖も二
お姉ちゃん、クリスマスに枕元にやってきて
トで厳しい訓練を積んでいるアキタちゃんの
る近所のゾンビさんをはじめ、ガールスカウ
さらに、北国にはアキタちゃんたち以外に
も色々な人が暮らしています。庭先を徘徊す
過ごしています。
て、地道に歩を進めてゆく。小著ながら労作。
こうして著者は、テレビ以前・東京一極化
以前という歴史記述の二重の「空白」に向け
れば確かめられる。……だが、それ以前は?
ト化されている『アトム』以降の諸作品を見
うのはしばしば言われる通りで、これはソフ
や制作システムの「一極集中」が生じたとい
問題はしかし、そこで具体的に何が画され
たのかである。結果として作画の「効率化」
る。功罪相半ばする手塚の仕業である。
アキタランド・ゴシック1
県。そこに三人の
器械作
芳文社
可愛らしい女の子たちが暮らしておりました。
背景をなすのは映画からテレビへ、またテ
レビCMから子ども向けシリーズへ、という
メディアおよび表現形式の変遷であるが、そ
頭でっかちだけど子供らしい無邪気な面も併
こに浮かび上がってくるのは戦前・戦後の関
DIYしたり、押し寄せる近代化の波に呑ま
洋ゲーを求めて旅立ったり、大好きなグミを
に建設された資本主義の楽園(ジャス○)に
ノ医者に行くのを怖がったり、郊外化の果て
の印象すら与える日本のテレビアニメ(とい
破綻の危機に直面しながら、ときに「隆盛」
りの表現。つねに
生み出された一握
その困難を逆手に
粗製濫造による
電気紙芝居の山と、
にはアニメが好きな人向け。 (
投稿・渡邉)
(一九五頁 税込二一〇〇円 月刊)
まず一歩。そこから読み考え進めうる程度
悲しさは、さらなる研究への意欲をわかせる。
西のアニメーター群像である。戦前生まれの
当事者たちによる証言は、批評的な欲求を断
念すれば、中小・零細企業的ながらメディア
れて機械化してしまったり、夏祭りの儀式で
うアニメーションの奇形的形式)は、通常、
の黎明期特有の活気を伝えるものとしてなか
ボン・ダンスを踊って異界の扉を開いてしま
六三年の『鉄腕アトム』をもって嚆矢とされ
ション興亡史 津堅信之著 ナカニシヤ出版
知られざる関西圏アニメー
テレビアニメ夜明け前
上してみませんか。 (柚木
)
(一二〇頁 税込八六〇円 月刊)
せ持つツノっ娘・アキタちゃん。大人しいけ
どちょっと怪しい趣味を持っているらしい旧
友・アサヒちゃん。しっかり者の都会っ子・
コマチちゃん。これはそんな彼女たちの日常
を綴った四コマ漫画です。
ったりと、のどかだけど波乱と冒険に満ちた
4
りながら関西にとどまった――の頑張りの物
本アニメーションの父・政岡憲三の盟友であ
中心人物であった(らしき)木村角山――日
なか心地よい。また、戦前・戦後を通じての
日々を持ち前のポジティブさで明るく元気に
北国の日常は平凡なように見えて少し不思
議。アキタちゃんは、ツノ虫歯にかかってツ
3
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綴 葉
12
工学に立ちはだかる
「究極の力学構造」
ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか
コミュニケーションは、
要らない
古事記の誕生
様の設計」を相対化しつつ、それを超えてい
にあります。後半では、生き物における「神
面白いのですが、本書の真骨頂は、後半部分
えを裏付けていきます。この前半部分も中々
本書の前半では、様々な例を検討し、この答
何らかの類似性が現れる」ということです。
何学的制約や力学法則にしたがっているため、
っぱに言えば「生き物もロボットも共通の幾
「 ロ ボ ッ ト は な ぜ 生 き 物 に 似 て し ま う の
か?」という表題の問いへの答えは、おおざ
コトン突き詰めてみたい人にお勧めの本です。
ますか?
本書は、こうした差異を理屈でト
間のこうした差異の理由を考えたことがあり
として使わないのか……生き物とロボットの
なぜ生き物はエンドレスに回る回転関節を
使わないのか、なぜ生き物は金属を体の材料
もできる芸当ではない。ただ共感できるかで
中、このような代物を堂々と出すのは誰にで
直な意見をぶつけてくる人が少ない今の世の
て受ける印象が決定的に分かれる。自分の率
現がぴったりの本書。読者自身の立場によっ
う、一言で表すと「身も蓋もない」という表
って、身も蓋もないことを言いたくなる。そ
キレイゴトの裏に隠そうとするものが気にな
かり目が行っちゃうタイプ)
。世間が必死で
思っている(悪くいえば、ダメなところにば
感に察知するタイプなのではないかと勝手に
り前」の中に隠されている小さな違和感を敏
状を容赦なく批判。私見だが、監督は「当た
鋭い言葉で日本人のコミュニケーションの現
言」に始まる「序」の考察に力を入れている。
で き、 特 に 論 争 の 中 心 に あ っ た「 臣 安 萬 侶
ら、古事記の成立に関する議論の流れも概観
しての誕生」に重点を置く。コンパクトなが
どのように古事記に収斂したかという「線と
者の見方は、長く続いた無文字文化の影響が
生」にこだわってきたという。それに対し著
従来、古事記に関する考古学的考証は「成
立時点はいつなのか」という「点としての誕
実はそんなに当たり前の代物ではない。
料として日本史の教科書に登場する古事記、
われる。当たり前のように日本最古の文字資
戸に隠れたのは皆既日食の暗示であろうとい
天照大神が素戔男尊の粗暴に耐えかねて天岩
年五月には日本で観測可能な金環食があった。
どんなものかと手にとってみた。予想どおり、 いうべきか、この稿を執筆している二〇一二
今年は古事記の成立からちょうど一三〇〇
「うる星やつら」や、「機動警察パトレイバ
ー」の製作を指揮したあの押井守監督の新刊、 年にあたる、という説がある。奇しくも、と
「日本像」の源流を探る
工藤隆著 中公新書
くロボット設計独自の発想や試みをとりあげ
きないかという観点だけではなく、一人の人
金環食は過ぎてしまい、次は二〇一六年の
部分食であるという。それまで古代の神々の
押井守著 幻冬舎新書
ていきます。生き物とロボットの設計特性を
間の想いを受け止める気持ちで読む、それが
鈴森康一著 講談社 ブ ル ー バ ッ ク ス
明らかにしていく手際やよし。
「人間」模様に思いを馳せるのも一興であろ
(峰)
月刊)
この手の本を読む時の礼儀なのではないだろ
(二五八頁 税込八八二円 うか。
13
う。 以上の内容に関心がなくても、自走型大腸
内視鏡とムカデ・ヤスデの比較と聞いてキュ
(あずき)
月刊)
(一七三頁 税込七九八円 3
ンと来た人、是非御一読を。 (菊次郎)
(二三五頁 税込九二四円 月刊)
4
綴 葉
No.308
3
名著再読
ニート高齢者、乱世(むしろ世間)
を
る
世に従えば身苦し、従わねば狂せらるに似たり
めになる。どこで何をすれば、少しは楽に生きられるだろう。
方丈記
生きていくのが苦しいのは、災害だけのせいではない。有力者に
おもねれば、いつも不安の中にある。金持ちの家の近くに住めばみ
じめな気分になる。街中に住めば火事があった時に逃げられない。
地方は不便なうえに治安が悪い。財産があれば財産をなくすのでは
ないかと不安になる。貧乏なら恨みつらみで凝り固まる。誰かを頼
時は平安末の京都。賀茂社の跡取りとして生まれながら就職でき
ず親元に住み続け、学歴だけは伸びてしまった男性が一名。その名
れ三界は只心ひとつなり
夫
りにすれば手下にされる。誰かを育てれば恩義と愛情でがんじがら
を鴨長明。今年は、彼の著作『方丈
記』の成立八百年目にあたる。
それでも就職できればまだよかった。著者は長年就職に失敗し続
け、五十歳にして山奥に引きこもった。ニート高齢者の誕生である。
方は土砂崩れと津波と液状化で混乱し、京都では神社仏閣をはじめ
は死体があふれて牛馬の通る隙間もない。そしてここで大地震。地
頂点に達したところで疫病が流行る。路上には死臭が満ち、鴨川に
の街並みは荒廃し社会不安が高まった。日照りと洪水による飢餓が
多くの家屋を損壊させた。無計画な遷都とその中止によって、京都
スラムから出火した火事は風に乗って街中を焼き、一夜のうちに
京都の三分の一を焼いた。突如として起こった暴風は負傷者を出し
の作品として結びついている。凄惨としか形容できない災害の描写
の描写と後半の方丈での生活とは、はっきり対比されながら、一個
本書は日本三大随筆に数えられながら、他の二作が文字通り「心
に移りゆくよしなしごと」を書いていたのとは異なる。前半の京都
て他人に向けた醒めた視線は、今は自分に向かうしかない。
がら「聖人面して、内心はドロドロやないか」と自分に呟く。かつ
「どなたにも会わへんので、恰好に気い遣う理由もありません」と
なったような感じでいてはるけども、何か月、何年も経つと、口に
ら、三大随筆の中で最も現代的。妻なし・子なし・仕事なしのイン
出す人もおらんようなりました。私も世界も、同じぐらい儚いもの
なんでしょうね」。
テリおじいちゃんの視線は、八百年後でも十分に楽しめる。
(大
福)
(一五一頁 税込五六七円)
からは、著者の野次馬根性と冷静さとが感じられる。平穏な方丈で
実際に目にしたこれらの惨事に対して、著者の視線は醒めている。
の生活からは、著者の幾重もの屈折が透けて見える。敢えて言うな
「直後にはみんな、しょうもないこと言うて、多少は心がきれいに
か何とか言って、悠々自適の貧困ライフを楽しむ。でも、月を見な
として家々が倒壊、余震はその後も三か月にわたって続いた。
本書の三分の二は、京都を襲った天災と人災のオンパレードだ。
羽なければ空をも飛ぶべからず、竜ならばや雲にも登らん
鴨長明著
市古貞次訳
岩波文庫
dis
14
吉本隆明への誘い
死をきっかけに興味をもった人も意外に多いのではないだろうか。
とピンとこない人も多いと思う。世代的に仕方がない。他方、彼の
三月一六日、「戦後思想の巨人」が死んだ。各界からは追悼に混
じり、一時代の終焉を嘆く声がもれた。しかし正直「吉本って誰?」
し、特権的な位置から啓蒙しようとするその前衛/大衆図式を批判
いう矛盾、大衆のためと言いながら大衆を無知で遅れた存在とみな
共産党が、実は反権力を装いつつ内に深刻な党派的権力性を孕むと
強めていた進歩的市民派や戦後民主主義の知識人、マルクス主義・
の「欺瞞」を痛烈に批判した。六〇・七〇年代には、当時影響力を
吉本隆明 っ て ど ん な 人 ?
思想はその所有者の死後に価値を増す、らしい。ここでは、吉本の
し、党派的なものに縛られることなく、個として自立的に考え、行
に、戦後、何食わぬ顔で自らの反戦派として一貫性を主張する彼ら
思想や実践に素早く近づける本をご紹介しよう。
え、当時の大衆運動に大きな影響を及ぼした。
人・左翼批判、孤高の闘志の姿勢は、多くの学生や若者の心をとら
ス 主 義 の 前 提 と 路 線 に 異 議 を 唱 え た。 こ う し た 吉 本 の 進 歩 的 知 識
た可能性を指摘した(大衆の原像)。主著『共同
幻想論』ではマルク
動することの重要性を説いた(自立思想)。そして大衆の秘められ
タカアキ/リュウメイのどこがすごかったのか?
科学者であり詩人であり評論家。六〇年安保と七〇年全共闘で活
躍した孤高のカリスマ的知性。よしもとばななのパパ。思想界の吉
宗教、自然科学、アニメと非常に広く、膨大な著作群は一望するの
田拓郎あるいは高倉健……。扱うテーマは、芸術、文学から政治、
が困難。正直、どんな多作のオールラウンダーだよとツッコミたく
は重要なヒントを与えてくれると思う。
(れく
た)
通価値が崩れ、時代の雰囲気がとらえにくくなった今日こそ、それ
を実演してきた彼の姿勢・思想は、やはり非常に魅力的である。共
気に呑まれることなく、主流派を疑い、自分の頭で考え生きること
受けてきた吉本。きっと根本的に天邪鬼なのだろうが、時代の雰囲
八〇年代以降、消費社会の肯定、「反核」異論、「連合赤軍批判」
批判、「反原発」批判など事あるごとに物議を醸し、多くの批判も
なる。そんな吉本の思想と波乱に満ちた人生を見渡す上では、橋爪
誠実な天邪鬼?
大三郎著『永遠の吉本隆明 増補版』(洋泉社新書 )と、吉田和
ところで、糸井重里との対談『悪人正機』(新潮文庫)は、吉本
明作『 For Beginners
シリーズ 吉本隆明』(現代書館)がお薦めだ。 の爽快な人柄を知れる良書。人生、友達、愛などについて素直でス
トレートな意見にハッとさせられ、読後は心のモヤが晴れる感じ。
特に後者は、イラスト入りでわかりやすい上に、吉本やその論敵の
言葉の引用が豊富で内容が濃く、生々しい。
ところで、吉本隆明のどこがすごかったのか。やはり、一貫して
権力や多数派に縛られることなく、
自ら考え、行動することを実践した
と こ ろ だ と 思 う。 五 〇 年 代 後 半 の
は、反戦派の文学者や知識人が戦時
「戦争責任論」「転向論」の中で吉本
中にこぞって戦争協力に転じたくせ
15
y
綴 葉
2012. 6. 11
当てよう!図書カード
編集後記
こんにちは。(縹)です。春から編集委員に
気がつけばもう 6 月……試験にはまだ余裕
加わり、ここ数回書評を書かせていただいてい
がありますが、読者の英知を結集して、今か
ます。短い文章で本の良さを伝える、というの
ら一夜漬け対策を。以下から最も効果がある
は思っていた以上に難しく、試行錯誤の日々で
と思う眠気覚ましの方法を選んでください。
す。拙い文章ではありますが、みなさまの厳し
1. コーヒーを飲む
い視線に耐えうる書評をかけるよう、精進して
2. 顔を洗う
まいりますので、今後ともよろしくお願いいた
3. 跳ねる
します。
4. 筋トレをする
さて、今月号の特集では電車で読めるような
《応募方法》読者カードに答えを書いて生
本を集めています。実は読者カードに書かれた
協のひとことポストに入れてください(また
コメントをうけてのテーマ設定だったのですが、
はe-mail:[email protected])。 最 も 人 気 の あ っ
いかがでしたでしょうか? ところで電車、と
た選択肢を選んだ応募者の中から抽選で 5 名
聞 く と ベ タ で す が、THE BLUE HEARTS の
の方に図書カードを進呈いたします。締切り
TRAIN-TRAIN をつい思い浮かべます。私は通
は 6 月15日です。
(菊次郎)
が、当時は早く目的地についてほしい、と思っ
3月号の解答
て乗っていました。けれど梅雨の閉塞感の中だ
3 月号「あなたの一番好きな春野菜は?」
と、どこか遠くに突っ切って行きたくなります。
で最も少ない回答は「3.えんどうまめ」でし
家に閉じこもりがちになるからこそ本の世界に
た。なお最も多かった回答は「1.きゃべつ」
身をうずめる、というのもいいですが、たまに
でした。ということで応募者10名中 1 名の方
は気晴らしも必要。と、いうことで……
に図書カードを進呈します。該当者は、ぜん
TRAIN-TRAIN 走って行け
ざいさんです。おめでとうございます。
学や帰省に電車を使っていた時期がありました
TRAIN-TRAIN どこまでも
(縹)
(夏太郎)
読者からひとこと
○初めて綴葉を読みましたが、いろんな本の
紹介があって面白かったです。
○取り上げられている本のジャンルが多彩で、
小説の方が好きなので、その書評をもう少
し増やしてほしいです。
(法
・
ウィリアム太郎)
内容も充実したしっかりした書評誌だと思う。
(理・猟矢)
○(『 フ ァ イ ン マ ン さ ん の 流 儀 』 に 関 し て )
最近の授業と関係もあり、興味を持てた。 (理・ mathy
)
――好意的なご意見、ありがとうございます。
一人ひとりの編集委員が本を取り上げている
のが、うまく多様性に繋がっているようです
ね。小説好きの編集委員は多いので、自然と
小説の比重は高くなりそうな気がします。逆
に理系の本はなかなか選ばれにくいですが、
頑張って紹介していきたいと思います。
○書評を見て面白そうな本を探すのはもちろ
んですが、既に読んだ本を書評で見付ける瞬
間(特に、自分の感想と同じような評が付さ
れてた時)も楽しいものです。(文
・
ぜんざい)
――自分の読んだ本について他人の感じ方を
知るのは楽しいものですよね。これからも是
非綴葉をよろしくお願いします。 (
黄金
虫)
16
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