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12月号(No.313)

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12月号(No.313)
ていよう
綴葉
'12
12
No.313
あなたが創る生協の書評誌
▶
話題の本棚
長谷敏司著
『BEATLESS』
リチャード・パワーズ著『エコー・メイカー』
特集/青春
新刊コーナー/新書コーナー/私の本棚
(占領60年、再考)
/名著再読
〒606-8317 京都市左京区吉田本町
Tel:771-6211 / E-mail:[email protected]
URL: http://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/
京大生協綴葉編集委員会
話題の本棚
ヒトとモノとの関係を書き換える新たなヴィジョン
き出されたものであることを警告する。《かたち》を媒介にした感
情や行動の誘導(=「アナログハック」)は、未来社会では生活の
あらゆる領域に浸透したありふれた技術だ。人間を操作しようとす
る何者かの思惑と、自律的に行動しようとする自己の意思とのあい
だの葛藤を人々は生きている。
『円環少女』や『あなたのための物語』など、SF・キャラクター
小説の両ジャンルにまたがって優れた作品を発表してきた著者が放
べきか、というのが本書の物語を導く問いかけだ。
っている。そうした状況下でヒトとモノはいかなる関係を取り結ぶ
た未来では、モノが人間を操作するという可能性が現実のものとな
そして、人間を操作する「何者か」はもはや同じ人間であるとは
限らない。超高度AIという「人間の知性を超えたモノ」が生まれ
つ最新作は、人間と道具の関係をめぐる壮大なテーマのもとで紡が
のhIEが脱走する。その中の一体・レイシアと出会った少年・遠
ある日、hIEの行動制御クラウドの管理を一手に引き受ける大
企業・ミームフレーム社の研究所から「人類未到産物」である五体
凌駕したモノを生み出し始めている。
た超高度AIが「人類未到産物」と呼ばれる人類の技術をはるかに
ような人間像は、道具を人間の代理やその反転としての敵対者とし
越えていく。人間とはヒトとモノの複合体である。本書が描くこの
具による人間の疎外」というディストピア的な未来像を力強く乗り
者に突きつけるディストピア小説ではない。《魂》をもたないモノ
人間のオートメーション化とそれにまつわる不安は、SFにおい
てもさまざまな形で描かれてきた。だが、本書はそうした不安を読
SFとキャラクター小説
藤アラトは、「彼女」のオーナーとなることで人類の《未来》を左
て描いてきたこれまでのSFのヴィジョンを塗り替えるものだ。
レ ッ ド ボ ッ ク ス
右する選択を迫られることになる。
このように多くの思弁を誘う遠大なテーマをもつ一方で、本書は
少年とモノとのロマンスを軸に人類の《未来》を賭けた戦いを描く
本書の核心にあるテーマは、ヒトとモノ(道具)の関係の徹底的
な問い直しである。美少女の《かたち》をしたレイシアに素朴な好
良質のエンターテインメントでもある。近年のSF・キャラクター
小説の中でも最大級の収穫と言える作品だ。疾く読め。 (柚木)
(六四九頁 税込一八九〇円 月刊)
10
意を向けるアラトに対して、レイシアは自分が《魂》をもたないこ
と、アラトの好意は彼女の《かたち》に誘導され、半ば自動的に引
への信頼をキャラクターをめぐる想像力と重ねながら、本書は「道
ヒトとモノ
物語の舞台は一〇〇年後、hIEという人型ロボットに社会の大
部分を任せた未来。道具の進化は飛躍的に進み、人類の知性を超え
れるボーイ・ミーツ・ガールSFだ。
長谷敏司著
角川書店
B
E
A
T
L
E
S
S
2
話題の本棚
苛まれていく。時々によってこの三人の内一人の視点をとりながら、
自分が著書のために患者を利用してきたのではないかという疑念に
候群という特異なケースに惹かれ、カーニーに赴く。彼は診療後、
人間ドラマ、脳科学、 ・ 、そして、
故郷
エコー・メイカー
彼らの置かれた状況と心理をパワーズは緻密に描いてみせる。この
濃密なリアリティーは読者を物語に引き込む力を持っている。
介護に身を捧げる。しかし、回復したマークはカリンのことを「姉
昔から弟マークの世話をしてきたカリンは、マークがトラックの
運転で事故に遭ってからネブラスカ州の故郷カーニーに戻り、その
入れた。
する人を本人として認識できなくなる特異な症状を小説の中に採り
が脳だ。精神医学・脳科学の世界でカプグラ症候群と呼ばれる、愛
を駆使して作品を構成してきた。今回、パワーズが題材に選んだの
工知能、囚人のジレンマ問題、音楽などの絢爛たる文理双方の知識
で物理学を学びながら英文学に転向した作家だけあり、写真論、人
る? 本書の著者であるパワーズは八〇年代以降に登場したアメリ
カ文学の最重要作家の一人とも呼ばれる巨匠だ。当初イリノイ大学
の こ と を 別 人、 さ ら に は 偽 者 だ と 言 い 張 っ た ら、 あ な た は ど う す
あなたの唯一の肉親が事故にあったとしよう。奇跡的に生き残っ
た「 彼 」 を 必 死 で 看 病 し て、 十 分 に 意 識 が 回 復 し た 時、「 あ な た 」
郷へと戻り、マークは元の世界を欲する。現代人にとっての故郷の
る登場人物たちの探索の物語でもある。カリンはマークのために故
物語は終わりを告げる。この物語はある意味で失われた故郷を求め
そして、鶴のように故郷へと戻ろうとするウェーバーの姿を描いて
パワーズはマークの脳が見せた妄想を ・ 以降のアメリカにま
で繋げてみせる。同時多発テロによってアメリカはそれ以前のもの
終盤は現在形で語られるのと相まって、素晴らしい疾走感だ。
品だけに読みこなすのは力がいるが、数多くの伏線が収束していく
いるかのようだという指摘をしている。六〇〇頁を超す重量級の作
介した上で、この現在形と過去形を混ぜた小説の構造が脳を模して
訳者は小説の構造にテーマを反映させるというパワーズの持論を紹
写してみせる。また、訳者の黒原敏行氏も述べているように脳に損
章ごとの冒頭には、ネブラスカに群舞する鶴についても意味深に描
リチャード・パワーズ著
黒原敏行訳 新潮社
貴の偽者」だとして批判するようになるのだ。「本物のカリン」の
さらに、パワーズは事故の際に本当は何が起こったのか、マーク
の入院直後に置かれた不思議なメッセージといった謎をちらつかせ、
ことを愛情深く思い返し、心配しさえするマークにカリンの心は苦
11
9
とは違うものになってしまったという作中人物の言葉は印象的だ。
9
傷を負ったマーク視点では現在形で話を展開させている。そして、
しめられる。やがてカリンは著名な認知神経科学者ウェーバーのこ
在り方、そんなことも考えさせられる多層的な小説だ。 (
黄金虫)
(六三九頁 税込四二〇〇円 月刊)
とを知り、彼に助けを求める。ウェーバーも事故によるカプグラ症
3
9
11
綴 葉
ジョン・クラカワー著
佐宗鈴夫訳 集英社文庫
春は北の雪原へ消えていく
青
社会の干渉から離れて大自
然へ冒険に出るとは、いかに
も古風な青春像だが、何とも
青青青 春
荒野へ
2012. 12. 10
特集
ロマンのある話だ。その上、
冒険の結末は死。1992年夏、
米国アラスカ州の僻地で冒険
の末に独り餓死した青年。筆者は自身の青春
時代の述懐を交え、またソローらの言葉を引
用しながら、青年の軌跡を綴っている。
青年は大学卒業直後に物も金も投げ捨て、
放浪の旅に出た。東海岸から大陸を駆け抜け、
時には停泊地で農作業に従事したり、カヌー
でメキシコまで川を下る。様々な生き方をす
る人々と交友を深め、思うままに西部を巡る
うち、遂に意を決して北へ向かい、単騎軽装
で森の中での狩猟採集生活に飛び込む。
彼の挑戦的な自由さは野放図と捉えられ、
彼の死が後にメディアで報じられたとき、
人々の勝手気ままな毀誉を呼んだ。しかし、
彼が放浪の中に求めた、禁欲主義的な理想に
基づく生活を送るという克己心に満ちた目標
を、彼自身の力で達成しつつあったという事
実は、世間の風評程度では揺らがない。著者
もその点、ジャーナリストとしてなるべく叙
事に努めようとしながらも共感的にまとめて
いるし、評者もいささか青臭さに面映く感じ
るが、一定の共感をもって読めた。
このノンフィクション作品は、「Into the
Wild」としてショーン・ペンの監督・脚本に
より映画化もされている。クラカワーの原作
が外堀を埋めるような第三者の視点を取り入
れているのに比べて、映画では青年本人に密
着するような近接的な視点で描かれており、
これもまた面白い。原作を読んで気に入った
方には、映画も観ていただきたい。 (雲)
根拠のない優越感と万能感に満ちてい
るかと思えば、ささいなことで自分は蛆
虫以下だと思ったり。甘く切ない恋物語
も青春なら、その夢を打ち砕く現実もま
た青春。熱い友情に権威への反抗、そし
て未知への冒険。自分は日陰者だと思っ
ていても案外本当に何もなしにはすまな
いもの。まっただ中の人ももう終わっち
ゃったかなという人も、青い春の一冊を
読んでみよう。
(夏太郎)
(334頁 税込700円)
4
綴 葉
No.313
うたかたの日々
山田芳裕傑作集1 大正野郎
ボリス・ヴィアン著
野崎歓訳 光文社古典新訳文庫
山田芳裕作
小学館文庫
主人公の平徹は大正浪漫を
こよなく愛する大学生。煙草
は煙管かゴールデンバットに
決まっているし、部屋には竹
久夢二のポスター、週末は銀
座や浅草を散歩する。芥川龍
く、激しく、空しく、無残に
甘
無垢な大富豪のコランは、
ある日クロエという女性に出
会う。哲学者パルトルに熱を
上げている青年シックは、ア
リーズという激しい女性と恋
之介にあこがれ、髪型まで似
せようとする彼のあまりにオールドスタイル
な女性へのアタックはことごとく玉砕。「お
いらは思想も顔も龍之介に似ているのに、ど
うしてもてないんだろう」なんてのたまう姿
は実に青春のそれだ。
浅草の民家に大家一家と友人・佐山と下宿
生活。縁側で酒を酌み交わしたり、金欠でバ
イトしたり、銭湯に行って渋いダンナに褒め
られたり、大家の娘・由貴ちゃんへのプレゼ
ントに情熱の全てを尽くしたり、佐山に恋の
悩みを相談したりと彼と周りの日常がゆるゆ
ると描かれる。口は悪いが気のいい佐山、縁
側での将棋がよく似合う大家さん、いつも笑
顔の由貴ちゃんと脇を固める登場人物も実に
魅力的。みなで座卓を囲む食事シーンがよく
に落ちる。コランの邸宅で働
くコックのニコラは、あちこちで恋愛しなが
ら気づいたらイジスなる女性とともにいる。
と書いたら、これが恋愛小説だと思うだろ
う。ところが、残念ながら少し違う。
彼らは夢の世界に住んでいる。水道の蛇口
からはウナギが顔をだし、その日の気分でカ
クテルピアノを弾くと曲に合わせたカクテル
が調合される。コランとクロエは綿菓子に包
まれて恋におち、スケートリンクでキスをし
て、あっという間に祝福されて結婚する。
しかし、夢は長くは続かない。クロエの肺
が水蓮に侵される。コランはクロエの肺から
水蓮を追い出すために町中の花を買い集める。
コランはたちまち貧乏になる。パルトルの本
を買い集めて借金だらけになってしまったシ
出てくるが本当に楽しそう。変わり者扱いさ
れ失敗しつつも自分のスタイルを貫く平がだ
んだんかっこ良く見えてくるから不思議だ。
これは生活の何気ない一コマを切り取って
見せる作者の細やかな観察眼のたまもの。作
者は茶の湯に活きる戦国武将古田織部を描く
『へうげもの』(講談社)など、独特のセンス
で粋な作品を作り続ける漫画家。彼のデビュ
ー作でもある本作は、墨でグリグリ描かれた
枠線でもって、あえて時代に逆行する格好よ
さを切り取って見せてくれる。青春のあの時
代、酸っぱい勘違いとドロドロした鬱屈に埋
ックを救うため、アリーズは鋏でパルトルの
心臓をくり抜いたあと、自殺する。夢のよう
な彼らの世界は、私たちの世界と同じ原理で
動く。その原理の前には、どんな魔法も幻想
に過ぎない。
もはや金のないコランにはクロエの葬式も
出せない。シックはパルトル殺害の容疑で検
挙され、ぶちのめし銃を持った警察官に撃ち
殺される。ニコラはイジスとともにどこかへ
消える。登場人物たちの悲惨な最期に至るま
で、物語は繊細な文章と強靭な想像力、そし
て行間に満ちる怒りで突っ走る。この激しさ
もれつつも、確かにそこにあった純粋な気持
ちを思い出させてくれる。
(夏太郎)
と哀しさこそ、「青春」の名に相応しい。
(投稿・文福)
5
(341頁 税込660円)
(388頁 税込960円)
綴 葉
2012. 12. 10
どくとるマンボウ青春記
青葉繁れる
北杜夫著
新潮文庫
井上ひさし著
文春文庫
舞台は終戦後の杜の都、仙
台。青葉区がある緑の多い街
で、負けず劣らず青い少年た
ちが登場する。筆者特有のユ
ーモアのある文体が絶妙に面
白くて、個性豊かな登場人物、
「18歳のマンボウ氏は、バ
ンカラとカンゲキの旧制高校
生活で何を考えたか――」本
書は氏の旧制中学生時代から、
インターンを終了する間際ま
での回想が綴られている。
東北弁の響きが印象的な作品
である。ところどころで噴出しそうになった。
主人公は東北一の進学校に通う落ちこぼれ
の高校三年生五人組。頭にあるのは異性への
興味や正義感、規律や権力への反抗だが、ど
れもこれも未熟で妄想の域を出ない。しかし、
彼らはそんなことで鬱々と悩まない。手に入
らないものは諦め、妄想で補う。彼らなりの
正義に燃えたり、可愛い女の子にもてたいと
願ったりし、そのせいでひっきりなしに珍事
件を引き起こす。だがなぜか憎めない。
そして、読み進めるうちに、彼らを取り巻
く周囲の存在の大きさに気づかされる。主人
公たちが起こす事件は時にきわどいものだが、
教師たちは彼らが自由に動き回れるようさり
げなく苦心し、「青春」を日常生活の一端と
とりわけ氏の青春は旧制高
校時代にあった。終戦直後、旧制高校に通っ
た最後の世代にあたる。旧制高校といえば寮
のイメージが強いが、氏の高校時代はまさに
松本高校至誠寮に凝縮されていた。高校そし
て寮には、「無垢な中学生」であった氏には
およそ想像のつかない人々がひしめき合って
いた。毎夜のようにストームと称する集団が
部屋に押し寄せ、大音声で寮歌をがなり、寮
祭ではジャンボン行列と称して奇異な扮装の
一団が街中に繰り出し茶番劇を打った。
教養主義の時代であり、まだ高校大学へと
進学するのは一部の限られたエリートだった。
市街まで進出して放埒なバカ騒ぎを繰り広げ
た一方で、高校生たちは文学や哲学をむさぼ
るように読み、夜更けまで議論を交わした。
なるよう骨を折っている。特に物語の後半で
起こる事件とそれに関する教師たちの行動に
は脱帽した。このような部分が全体に影を落
とさない程度に物語を引き締め、笑えるだけ
の物語だけでは終わらない読後感を与えてく
れる。
物語の最後の方になると主人公は単純には
割り切れない微妙な思いを感じとるようにな
っていく。叶わない恋やそれまで馬鹿にして
きた校長の思いなど。春から始まった物語の
季節も移り変わり、冬が始まろうとしている。
彼の青春はそろそろ終わりに近づいているの
すでに時代は変わりつつあった。終戦後の
松本は焼け野原ではなかったが、人々は一様
に貧しく、かつてのように高校生をエリート
として特別扱いする余裕はなかった。ほどな
くして1950年には旧制高校自体が消滅する。
いわゆるバンカラな美意識のなかで薄汚い格
好をし、体力の限りを絞って狂騒に興じ、同
時に驚異的な教養を身につけた、戦前型のエ
リートは徐々に姿を消す。
一年ほど前に氏の訃報に接し、来るべくし
て来た瞬間であると知りつつも、やはり抗い
がたい喪失の念を覚えた。とうに失われた旧
かもしれない。賞味期限内の可笑しくて哀し
い青春の物語である。
(鉛筆)
制高校の、狂騒と寂寞の青春がまたひとつ、
手の届かない帳の向こうへ消えた。 (峰)
(221頁税込570円)
(326頁 税込578円)
6
綴 葉
No.313
彼女を好きになる12の方法
ハローサマー、
グッドバイ
入間人間著
メディアワークス文庫
マイクル・コーニイ著
山岸真訳 河出文庫
Fで描く恋愛物語
S
青春小説と言われて思い浮
かぶものといえば、少年と少
女の甘酸っぱい恋愛物だろう。
実際にそんな素敵な恋愛を経
験した人も、残念ながら縁の
あなたにとって「青春」と
は何ですか。それはキレイな
ものですか。「青春」という
言葉を耳にする度に、そんな
質問をしたい衝動に駆られる。
何の美化もなく、自分の若き
遠かった人も、青春にまつわ
るそんなイメージはお馴染みのはずである。
本書はSFの異世界で青春の恋愛を描いた名
作と言える。
地球によく似た星の、人類によく似た登場
人物たちの青春――海辺の町を訪れた役人の
息子ドローヴは、一年前に出会った宿屋の少
女ブラウンアイズと再会を果たす。気に食わ
ない遊び相手や町の住人を見下す両親への反
発、そして、さまざまな冒険、そんな青春小
説のイコンを埋め込み、思春期の少年少女ら
しい身分違いの恋を描いていく。物語の前半
はまさに瑞々しい青春小説だ。
しかし、「これは恋愛小説であり、戦争小
説であり、SF小説であり、さらにもっとほ
かの多くのものでもある」という作者の前口
頃が素晴らしかったと言える
人は果たしてどれぐらいいるのだろうか。
私見だが、「青春」なる時期が存在してい
るのであれば、それは「理想」という思い込
みと決別する時期のことなのではないかと思
う。自分の中の「こうでなければならない」
というのは思い込みでしかないということを
認めるまでの過程である。極端にいえば、理
想通りの青春なんて一生来ないと悟るまでの
苦行こそ「青春」なのである。幸福に満ちた
記憶にはならないが、決して苦しい記憶でも
ない。それは単にそういうものである。
その観点で見れば、本書は恋愛話の皮を被
った少年の「青春」を描く作品である。淡々
とした文章によって、幸・不幸の尺度では決
して測れない二人の少年(青年といったほう
上を反映するように、物語の中盤以降に向け
ては、戦争小説としての暗い側面が段々と作
品を覆っていく。それでも、町の人間と良好
な関係を築こうと、主人公は努力する。だが、
終盤には星全体に関わる機密が明らかにされ
るに至り、物語は暗いトーンに覆われる。地
上で生活する町の人々と、地下で生き延びよ
うとする政府の人間、そんな周囲の大人たち
によってドローヴたちはひきさかれてしまう。
金網を介してしか出会えない二人。しかし、
ラスト数頁で、彼らに希望が描かれる。直前
までで青春の勝利を謳いながら、静謐な雰囲
が正確だが……彼らの悩みぶりは正にグラス
の少年そのものだ)の苦行の日々が語られる。
彼らはただ《彼女》を好きでいたいだけなの
に……なぜかうまくいかない。一歩引いてみ
ている読者からすれば、その理由はあまりに
も明白でくだらないように見えるだろうが、
どんなに単純なものでも、苦悩の原因は常に
当の本人にとって見えにくいもの。苦悩を脱
ぎ捨てることは決して簡単ではない。明日は
我が身という想いで読んでみると意外にも発
見が多いのが、本書の隠し味といえる。
エンターテンメント性は決して高くはない
気を醸し出す最後の一行は読者に心地よい読
後感を与えるだろう。
(黄金虫)
が、ふっとした瞬間に思い出す。そんな作品
である。
(あずき)
7
(384頁 税込893円)
(252頁 税込557円)
綴 葉
IANN contemporary art photogra vol.5
2012. 12. 10
闘争領域の拡大
Growing up
ミシェル・ウエルベック著
FOIL
中村佳子訳 角川書店
あーぁ、おでこににきび
ができちゃった。前髪下ろ
そ……。とか。ちょっと背
伸びしてルージュを引いて
みようかな。とか。あるい
はタバコを吸ってみたり。
美しき青春時代、とはよく
いうものの、筆者はそのよう
な青春時代を過ごした覚えが
とんとない。部活動に注いだ
情熱、仲間たちとの堅く結ば
れた友情、そして何より、異
友達とバカ騒ぎしたすぐ後
にポツンと1人になってたり。多少の浮き沈
みはあるけど、別に大きなイベントが起こる
わけでもない。マンガや小説じゃあるまいし。
期待シテナイわけじゃないけど。みたいな。
本書は「Growing up」というテーマのもと
集められた、7人の写真家による作品を収録
した写真雑誌になります。時間と空間を考慮
にいれつつ、フツウの若者を多角的に見つめ
ます。子どもと大人の狭間で、どちらにもカ
テゴライズされない解放感と表裏一体の拠り
所のなさを感じつつ、ある種の気怠さや虚無
感を纏う。思春期を美化するでもなく、かと
いって貶めるでもなく。淡々と流れていく、
平々凡々な彼らの日常を捉えた写真の数々。
日本にいると日本の青春しか体感できない
性との甘酸っぱく、ときに苦
い恋……どれも筆者には無縁だったものだ。
とはいえ、現代というのは良い時代だ。帰
宅部だろうと、クラスのなかで孤立していよ
うと、恋人がいなかろうと、本、漫画、イン
ターネットなど、一人きりの時間を潰す手段
はいくらでもある。日陰者は日陰者なりに人
生を楽しむことができるし、ことによっては
絵に描いたような青春を送ってきた人間より
も書物とネットの世界で知識や想像力を養っ
てきた自分の方が内面的に豊かな青春を送っ
てきたとすらいえるかもしれない――
だが、本当にそうだろうか。そうやって自
分を納得させたふりをして、青春時代の「満
たされなさ」をごまかしているだけではない
のか。もしもあなたがそのような欺瞞を抱え
けど、他の国の子が同じような思春期をおく
っているわけでもない。アジア圏であっても、
日本とはまた違う思春期があるのだなぁ、と
感じさせてくれるSuk-kuhn Ohの写真。その
一方で、イスラム圏、という日本とは縁遠い
国でも若者はやっぱ一緒、という気にさせて
くれるSoody Sharifiの作品。1970-80年代の若
者と今の若者を比較させたJudith van Ijkenの
作品もおしろい。そして、思春期を過ぎてか
らでは持ち得ない透明感を見せつけてくるの
は、新津保建秀の「Fluid/Girl」。
写真だから捉えられる青春を満喫しつつも、
た人間の一人であれば、ウエルベックの作品
はあなたの胸を抉り、致命傷を負わせてしま
う凶器になりうる。青春時代の恋愛を知らな
い人間を《孤児》と呼ぶ彼は、愛を求める人
間の性と、愛が不可能となった現代社会のあ
りさまを冷徹に分析しながら、人生が恥辱と
苦さに満ちたものであることを赤裸々に暴き
立てる。闘争領域とは、第一に金銭の差異化
システムたる資本主義社会のことであり、第
二にセックスの差異化システムとしての自由
恋愛社会のことだ。そこに囚われた人間たち
の悲哀に満ちた生き様は、我々自身のうちに
もう彼らのようにはなれないサミシサも同時
に感じる今日この頃。若いって素敵。 (縹)
ある恥辱をも照らし出さずにはおれない。あ
なたはこの小説に耐えられるか。 (柚木)
(105頁 税込1600円)
(182頁 税込1890円)
8
語るにあたって、
現代の哲学にお
いて倫理や他者を
のことを学びうる。これまで興味のなかった
としてレヴィナスを読むことで、我々は多く
無縁ではない。そのような射程を具えたもの
え、レヴィナスが扱った問題は我々自身とも
その事実があらわになるというのだ。それゆ
た誰もが経験する可能性のある場面において
わば「壊れもの」であり、狂気や介護といっ
埋め込まれていることを暴露する。人間はい
はあらゆる人間存在の中心に狂気の可能性が
書の著者は言う。それに対して、レヴィナス
大人の男性」を思考の前提としてきた、と本
そういえば昔、心理学の授業で記憶とは案
外簡単に変わり得るものだと知り驚いたこと
くというのが大雑把な筋である。
決しながら友人、家族との関係も修復してい
周囲の人々の過去にまつわる事件(?)を解
られ、不自由で不器用に生きていた彼らが、
男性が営む時計屋さん。過去の記憶に自ら縛
た美容室に引っ越してきた。向いの店は若い
主人公は仕事にも恋にも破れた女性。寂れ
た商店街にある、かつて祖父母が経営してい
にしている。
友人との関係などと絡めてそんなことを物語
はないか。記憶、時間、場所、過去、家族や
新刊コーナー
レヴィナスは無視
読者も、本書を機にレヴィナスに触れてみて
村上靖彦著著 河出書房新社
壊れものとしての人間
レヴィナス
することのできな
がある。過去は今の私を組み立てる要因の一
い存在である。しかし、読んでみればわかる
部でありながら、案外曖昧なところを残して
本書は最新の研究成果を踏まえたレヴィナ
スの入門書であるが、その立場はこれまで倫
間がたって、当時
はどうだろう。時
過去は変えられ
ない。でも思い出
しく、温かい。寒風吹く師走、本でぽかぽか
た若い二人の関係は?
いるのかもしれない。とはいえ、後から「修
復」できる過去ばかりじゃないだろう、とか、
話が都合良くて甘すぎる、など、物語に入り
理思想として読まれることが多かったレヴィ
は幼くて理解でき
込めない部分は個人的にはあったことはあっ
ナスを精神医学の観点から読み直すという独
なかったこと、気付けなかった思いを知り、
谷瑞恵著
角川文庫
思い出のとき修理します
はいかがだろうか。 (柚木)
(二四六頁 税込一四七〇円 月刊)
が、彼の思想は非常にとっつきにくい。その
原因はおそらく思想の難解さ以上に、著者と
問題意識を共有することの難しさにあるのだ
ろう。ホロコーストという極限状況をくぐり
抜けた思想家。そんな思想家と自分との間に
特のものだ。しかし、本書の切り口は単に風
過去への思いは変えることができるかもしれ
出てくる人全てが優
なるのは最後の章。そして、過去を乗り越え
物語は主人公と時計屋さんを中心にゆった
りと進んでいく。彼らの暗い過去が明らかに
たのだが、それでも気分良く読める本だ。
変わりというわけではなく、レヴィナス思想
してもいいかもしれない。 (鉛筆)
(三五二頁 税込六三〇円 月刊)
一体どのような接点を見出せばいいのか。
の核心に触れる鋭さを具えている。
ない。それは過去の「修繕」ともいえるので
9
8
西欧哲学は「知能指数が高く健康で冷静な
9
綴 葉
No.313
ニートの歩き方
著 技術評論社
お金がなくても楽しく暮らすための
インターネット活用法
京都市左京区の
百万遍らへんにあ
る大学を卒業後、
のほうが生きやすいのではないか、と考えて
に咎められず、むしろ支えられるような社会
行き来することが可能な社会、ニートが周囲
だ。著者は、ニートと「働くこと」を自由に
と」の相対化をも議論の射程に入れている点
ある。それは取材の裏で育まれていた取材者
つ圧倒的な迫力とは違った良さが、本書には
迫力に満ちた番組だった。しかし、映像のも
映ったものが何かを訴えてくるので、とても
は黙ってカメラを回しているだけでもそこに
のかは語られにくい。しかし、本書ではそれ
の仕方やどのような思いで取材を進めていた
とその対象者との関係だ。番組構成上、取材
‌ の
‌ パワーなのだ。
いる。そして、このヴィジョンを支えるのが
インターネット、特に
レ ジ ェ ネ レ ー タ ー」 や「 訃 報 ド ッ ト コ ム 」
の ブ ロ グ( http://d.hatena.ne.jp/pha/
)や素
敵なウェブサービス(「村上春樹風に語るス
かく記されている。その中で印象的だったの
のような交流があった、などということが細
を意識してか、対象者から話を聞く中で、こ
生活を経て、二〇
本書や著者に興味をもった方は、まず著者
〇七年から定職につかずふらふらしているニ
子だった。このことからも社会のあらゆる面
が、一人暮らしをしている高齢の女性が取材
を毎回楽しみにし、訪問を大変喜んでいた様
(二八七頁 税込一六五九円 の縁を失い、ひとり孤独に暮らしてきた寂し
さが窺われて心が抉られた。
本書が試みているのは、基本的には「勤め
て生きること」の相対化である。しかし、も
を感じる人こそ本書の読者に相応しい。
く。その姿は社会
らゆらと飛んでい
ビルが立ち並ぶ
夕暮れの街をひと
組を見たことがある方も再びこのことについ
のではなかっただろうか。本書を読んで、番
無縁社会
しこれを扱うだけならば、ノマドやフリーラ
からつながりを失った人びとを暗示している。
ようだ。わからなくもない。その気持ちは、
こ の よ う な 孤 独 に 陥 る 原 因 の ひ と つ に、
「迷惑をかけたくない」という気持ちがある
ンスといった道具立てで事足りるし、実際こ
二〇一〇年にこの番組が放送された時、私
も見ていた。本書を読んでいくと、番組を見
てじっくり考えて欲しいと思う。これは私た
迷惑をかけ合い、助け合って成長していくも
るに違いない。しかし、本来家族というのは
自分が相手を大切に思えば思うほど、強くあ
れらを用いた議論は珍しくない。本書が面白
ちの未来の話なのだから。 (ねこた)
(三四四頁 税込六六〇円 月刊)
7
つの赤い風船がゆ
いのは、ネガティブなイメージをもつニート
スペシャル取材班編著
文春文庫
9
た当時の衝撃が甦ってくる。映像というもの
ことへの不安。しかし、こうした不快や不安
つも無職や貧乏があふれる現代社会を生きる
さばくことに対する不快、一見豊かに見えつ
ない――無職や貧乏をコンテンツとして売り
本書のタイトルは、不快と不安が入り交じ
ったフクザツな感情を抱かせるものかもしれ
とい「ニートの歩き方」ガイド。
ート界の エースによる、「地球の歩き方」も
三年の社内ニート
S
N
S
等)をチェックすると良いだろう。(菊
次
郎)
月刊)
pha
という言 葉を敢えて掲げ、「働いて生きるこ
N
H
K
2012. 12. 10
綴 葉
10
劇場に来るお客
さんが、ある時を
譲ることにして、最後は個人的に私がときめ
どんなルールが存在するのか。解説は本書に
決がいつも正解を導くわけでもない。そこに
いる人々の多数決の方がよい。しかし、多数
相手は、一人の専門家よりも番組収録に来て
ネア」。回答に自信がない時に助けを求める
ぷりに語られる。懐かしの「クイズ・ミリオ
例えば、スペインの闘牛も現状危機にある
文化の一つだ。地元では近年、牛を弄んだ末
その保護については試行錯誤の段階である。
ユネスコの事務局や各国政府・自治体も未だ
継ぐ人々を欠けば途端に成り立たなくなるし、
「文化的景観」の表れだ。当然、文化を受け
といった薄ぼんやりした要素に規定される
人々の営為・アイデンティティ・地域の環境、
無形文化遺産は世界遺産と異なり、傑出し
た建物や自然で厳然と示されるものではない。
い。程よい距離感を保ちつつ、ユーモアたっ
境に難解さよりも
いた文章を抜粋。翻訳者、イイ仕事してます。
群れはなぜ同じ方向を目指すのか?
単純さを求めるよ
《単純は結構。だが、社会は複雑系が支配し
群知能と意思決定の科学
レン・フィッシャー著
松浦俊輔訳 白揚社
うになったと、あ
ユネスコ
「無形文化遺産」
生きている遺産を歩く
国末憲人著 平凡社
模コミュニティの文化をや、である。
な闘牛ですらこの有様だから、いわんや小規
で、文化にとっては大打撃だ。世界的に有名
文化を自主的に受け継ぐ地域・人々を失う点
うになりつつある。このような状況はまさに、
に殺す残虐行為だとして、闘牛を禁止するよ
る演出家が言っていたらしい。複雑なものよ
ているのだ。よろしいか。》 (縹)
(三一二頁 税込二五二〇円 月刊)
りもシンプルなものが好まれる現代。しかし
ふと周りを見る。一列で餌場から巣穴に戻っ
ていく蟻や、リーダーがいないのに気味悪い
くらい整った集団で夕方の空を舞う渡り鳥、
朝の通勤ラッシュで込み合う駅構内でも他人
「 カ ラ オ ケ ○、
ア メ フ ト × 」。 本
化と隔たった存在になってしまった。人々の
先日、評者は大山崎町にある大山崎離宮八
幡宮を訪ねる機会を得た。その際に宮司にお
我々の世界はどう動いているのだろうか。
本質は、この印象
信仰の場所として在り続けるべきであるのに、
とぶつからずに歩く人々。私たちの希望とは
そんな問いに答えるべく、「ビスケットを
食べる前に紅茶に浸す最善の方法」でイグ・
的な序章タイトル
と。コミュニティのアイデンティティたるこ
大寺院はもはや観光地と化し、地元の宗教文
するようで非常に印象に残っている。国内の
聞きした話が、無形文化遺産のこととリンク
ノーベル賞を受賞した著者が複雑系、特に群
に込められている。著者は世界各地を飛び回
とが無形文化遺産の本義ならば、これは大き
裏腹に、世界は複雑性に満ちている。複雑な
知能、集団の知恵についての入門書を執筆。
り、現地コミュニティを象徴し継承される伝
書が扱うテーマの
複雑に見えていても、実は結構単純なルール
れ、それらを取り巻く状況を見据え、一冊の
で集団は動いている例を豊富に示してくれる。 統的な文化の産物――無形文化遺産――に触
だからと言って、単純なルールだけで全てが
ルポにまとめた。
11
8
な問題提起ではないだろうか。 (雲)
(二四八頁 税込一八九〇円 月刊)
分かる、なんて飛躍のある論理を展開はしな
9
綴 葉
No.313
もいる大学生だと
あなたが、ごく
普通の、どこにで
べき課題はひとつ。さあ、あなたも遊ぼう、
ゃか跳ね飛び回る遊戯場へと変貌する。やる
「楽しさ」のみを目的に、しっちゃかめっち
ミ ズ ム、 間 投 詞、 ね ち ね ち 口 調 そ の 他 ) が
され、数々の文学用語(客観的な語り、アニ
在する)以外の全ての重々しい規則から解放
が定めた遊びのルール(遊びにもルールは存
姿だ。勉強机はその遊び人レーモン・クノー
自在縦横無尽に遊び惚けるひとりの遊び人の
ジェリアの出身。父の死で小学校を中退し職
み出されたアフリカ文学の傑作。作者はナイ
譚。本書はアフリカヨルバの神話をもとに編
る数々の魔物を倒したり逃げ出したりの冒険
の子、地を這う巨大魚⋮。森の奥から湧き出
ガイ骨だけの紳士、親指から生まれ出た強力
めに死者の町へ旅に出る。旅路で出会う、頭
りが死んでしまった主人公は彼を呼び戻すた
飛んだ文体の冒頭。父に与えられたやし酒造
「 だ・ で あ る 」 と「 で す・ ま す 」 が 混 交 し
地の文と語りがいつの間にか入れ替わるぶっ
いるのは、「文学」という乗り物の中で自由
しよう。自分の部
と手招きする寂しがり屋の遊び人に応じる、
文体練習
屋で、任意のテキ
レーモン・クノー著
松島征ほか訳 水声社
ストを机の上に広げ椅子に腰掛ける。すると、
を転々としている合間に本作を書き上げた。
たちまち重苦しい「課題」の空気が周囲に立
敵に追われ絶体絶命のピンチになったと思
ったら、いきなり自分が"この世のことなら
課 題 ら し す ぎ る 題 名 を も つ 小 説( な の か?
嫌々机に座り、その課題というにはあまりに
だった。わたしの
から、やし酒飲み
《 わ た し は、 十
になった子供の頃
特の文体から浮かび上がる原色を塗り重ねた
が一番。酒物語はまず飲んで酔ってこそ。独
な ん で も で き る、 や お よ ろ ず の 神 の︿ 父 ﹀"
であることを思い出し、ジュジュ(アフリカ
の呪術)を使って切り抜ける。でもこうした
あまりのご都合主義に「なんだこりゃ」とツ
なんだこれは?)を読み始めたあなたが発見
生活は、やし酒を
ッコむのは野暮というもの。オリエンタリズ
するのは、鬱々と懊悩する知識人や、悲恋に
飲むこと以外には何もすることのない毎日で
エイモス・チュツオーラ著
土屋哲訳 岩波文庫
やし酒飲み
ただ、それだけ。 (投稿
・狼原郷)
(二六〇頁 税込二三一〇円 月刊)
ち込め、平凡な学生のあなたを陰鬱にさせる。
感応力や理解力の欠如を嘆き恥じながら取り
組 む の は「 線 形 代 数 」 や「 熱 力 学 」、 複 雑 な
「語形変化」や「政治形態」、「哲学」、「歴史」
等々。そしてもちろん、「文学」。今回課され
た「 文 学 」 の 宿 題 の 名 は「 文 体 練 習 」。 レ ー
身を焦が し命燃やす重病患者ではない。「何
した。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通
用していたので、どんなものでも安く手に入
でほしい。 (夏太郎)
(二四〇頁 税込六三〇円 月刊)
ようなプリミティブで極彩色な世界を楽しん
語と「無二なリズムの文章」は素で楽しむの
きるがあまり意味がない。荒唐無稽な神話物
ムや近代文学へのアンチテーゼとの解釈もで
通りの文
の変哲もない一つのエピソードを
体 で 書 く、 た だ、 そ れ だ け。」 本 の 帯 に 記 さ
り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。》
モ ン・ ク ノ ー 著。 週 明 け 迄 に 読 了 の こ と。
10
れたこの文言で内容紹介は事足りる。そこに
10
99
2012. 12. 10
綴 葉
12
新しい左翼入門
食欲の科学
「りぼん」
が生んだ漫画家三人が語る 年
同期生
書は社会変革を志した人々の夢と挫折を伝え
取りこぼされた点は多いが、それでもなお本
の歴史、その意味で正しく「左翼」の歴史だ。
本書は、社会運動を網羅的に紹介している
本ではない。本書が描き出しているのは党派
で快刀乱麻の勢いで記述する。
シー、戦後近代主義から日本共産党の凋落ま
の路線に沿って、足尾銅山から大正デモクラ
き共に立ち上がる道である。筆者はこの二つ
現状を変えんとする道と、大衆の中に身を置
筆者曰く、日本の左翼運動史は二つの道の
相克であった。即ち理想を抱き理論によって
人々)の歴史を解説した作である。
民の側に立って世の中を変えようとする
日本における左翼(本書の定義によれば、庶
「新しい左翼」の入門書かと思って手に取
ったら、違った。本書はいわゆる明治以後の
満や摂食障害など身近な問題に引きつけて展
話を素人にも分かる言葉で説明し、後半は肥
の問題を解き明かす。前半は医学書レベルの
本書では神経科学の知見にもとづき、食生活
めがきかず過食や肥満を引き起こしている。
飽食の時代に対応できず、逆に満腹でも歯止
うサポートしてきた。しかしこのシステムは
さらされてきた人類が常に食欲を失わないよ
だ。ヒトの生体システムは長く飢餓の時代に
らかにし、食欲や食行動を分析するのが本書
れ、食行動につながっていくメカニズムを明
ンを生み出す。このように情報が脳に伝えら
と連携し、食行動を促す覚醒やモチベーショ
二次ニューロンを経て大脳基底核や脳幹など
たらす全身のエネルギー情報が、視床下部の
とになる。血中のレプチンやグルコースのも
状態と脳が判断してはじめてお腹がすいたこ
状態が空腹であり、それを摂食行動が必要な
空腹であることとお腹がすくことは実は少
し異なる。胃袋にエネルギーが不足している
だから(歴史家の書く「歴史」よりも面白く
なお面白い。いずれも売れっ子マンガ家なの
いのだが、当事者の口から語られる物語は、
へぇ、昔の少女マンガってそんなんだった
のね、と単純に歴史を振り返るだけでも面白
あることは間違いない。
分にあり、真剣に受け止めるべき「証言」で
ソになるが、そう自負するだけの資格は十二
る時、そこには全くの誇張がないといえばウ
である。少女マンガの歴史を変えたと自ら語
ところが、これらの作家たちは、少女マン
ガの歴史を考える上では特A級の超重要人物
ないかもしれない。
本宮ひろ志の奥さんといってもほとんど通じ
ればよい方で、《もりたじゅん》に至っては、
のマンガを描いている人とでも認識されてい
とがあるだろう。《弓月光》はオジサン向け
ラマになっていたし、名前くらいは聞いたこ
び付いているのだろうか。「プライド」がド
今の大学生くらいの年代だと、《一条ゆか
り》という名前と『りぼん』がどのくらい結
一条ゆかり、
もりたじゅん、
弓月光著 集英社新書
る。アナ・ボル論争。何それ食えんの? 福
開される。最新の成果についても詳しく元々
櫻井武著 講談社ブルーバックス
本イズム。はあ、それ何語? そういう方に
こそ本書は価値ある一冊となろう。左傾学生
松尾匡著 講談社現代新書
になってみるのも、時には悪くないかも知れ
て)当然ではある。 (あずき)
(二五六頁 税込七九八円 月刊)
関心のある人にも勧められる。 (夏太郎)
(二〇八頁 税込八六一円 月刊)
13
45
ない。 (投稿・文福)
(二五九頁 税込八四〇円 月刊)
7
10
8
綴 葉
No.313
私の本棚
ちょうど六〇年前の四月、日本は連合国軍の軍事占領から独立し
た。太平洋戦争の降伏から講和条約まで、七年に満たない歳月は、
さや追従と好対照をなす。確かに彼らは勝った。ただし連合軍では
囁く吉田のしつこさと巧みさは、残念ながら、他の首相たちの淡白
本の保守政治の姿だ。アカと朝鮮人を追い出せ、戦犯を解放せよと
占領六〇年、再考。
しかし、政治・経済・社会全ての点で、現在の日本を決定した。戦
なく、連合軍のもたらそうとしていた民主主義に。
占領改革を断固として阻止しようとした吉田茂と彼に代表される日
後日本の還暦最後の月、紙葉の上で占領期を尋ねてみよう。
﹁予
想し得ぬ新世界への不思議な再生﹂
占領期を知る
政治家でも軍人でもない庶民にとって、占領期とは戦中に劣らず
題作はどちらも占領期を描いている。節子も清太も占領期に餓死し
飢えの時代でもあった。野坂昭如『アメリカひじき・火垂るの墓』
(新潮文庫)は、戦争を描いた作と思われがちだが、実のところ表
占領期のなど、もはや祖父母世代に聞いてもよく分からないぐら
い の 遠 い 過 去。 ま ず は 半 藤 一 利・ 保 阪 正 康・ 松 本 健 一・ 竹 内 修 司
『占領下日本』(ちくま文庫)あたりを読んでみよう。無条件降伏や
憲法九条といった「お堅い」話題から検閲・新仮名遣いといった日
とでもなかっただろう。しかし、飢えと死と汚物と劣等感の中で、
た。俊夫一家のアメリカに対する強烈な劣等感は、当時、珍しいこ
常的な話題までを対談形式で幅広く扱っている。
対談では物足りない方には竹前栄治『占領戦後史』(岩波現代文
庫)を勧める。占領機構とその成立過程から政治犯解放、赤狩り、
がその改革をどう受け止めていったのかを活写している。彼
plurals
ら が「 悲 し み と 苦 し み の た だ 中 に あ り な が ら「 平 和 」 と「 民 主 主
ダワー『敗北を抱きしめて』(岩波書店)は、連合軍による戦後改
革 が ど う 進 展 し、 官 僚 か ら 庶 民 に 至 る ま で さ ま ざ ま な 立 場 の 人 々
ラジオ英会話講座まで、浩瀚な知識と戦後民主主義への愛に導かれ、 都市の焼け跡と闇市では、不思議な明るさが漂っていた。ジョン・
占領期の話題を幅広く掘り下げて理解できる。
象徴と臣民
国家元首として戦争を主導した昭和天皇をどのように処遇するか
義」の理想を抱いていたことを、本書ははっきりと伝えてくる。
ところで、今まで取り上げてきた本の中に「日本人」以外は登場
しない。アイヌも沖縄も朝鮮も台湾も、かつて「日本」だったはず
は、 連 合 軍 内 部 で も 意 見 が 割 れ て い た。 吉 田 裕『 昭和 天 皇 の 終 戦
史』(岩波新書)は、この対立と日本国内での圧倒的支持とを背景
り政治家として描き出している。
ろう。ならば、再び空爆され占領されようとも、私たちは自分たち
に、自らの生命と天皇制を保とうとした昭和天皇を、天皇というよ
占領改革を阻止あるいは変化させようとしたのは天皇ひとりでは
ない。袖井林二郎編訳『吉田・マッカーサー往復書簡』(講談社学
術文庫)は一九四五年から一九五一年までの内閣総理大臣と元帥マ
が
だとは思うまい。 plurals
(投稿
・文福)
いほど姿を見せない。なるほど、この無視の中にこそ戦後日本があ
なのに、その地域の人々は、占領期を扱う本の中に全くと言ってい
ッカーサーとの往復書簡を収録している。書簡から立ち上るのは、
14
名著再読
小説『弟子』から覗く論語の世界
李陵・山月記
弟子・名人伝
小心者の子羔など、様々な弟子たちが登場し、かつて、論語を読ん
でいるだけでは誰が誰だか分からなかったのが、中島の筆の力によ
ってその辺にいそうな身近な人たちとなる。
主義者の孔子
現実
孔子の思想が顕著に現れている箇所のひとつは死にまつわる問答
のところではないかと思う。死後の世界に関する弟子たちの問に孔
語暗唱テストを課した。漢文の響きは嫌いではなかったが、気付け
私の高校時代の古典の先生は論語狂だった。大切なことはすべて
論語が教えてくれると豪語し、定期試験以外にも自主的に厳しい論
ことを行い、死者の霊魂を遠ざけておくことだ」(論語、雍也第六)
文より)であったという。『論語』には、知とは「人としてすべき
語ろうとせず、徹底的に「現実主義者、日常生活中心主義者」(本
は死後の世界とか先祖の魂など、考えても分からないことについて
中島敦著
角川文庫
ばテストのための暗唱にやっきになるあまり内容に深く親しむ余裕
子はこう答える。「未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らん」。孔子
がなくなって、いつの間にか論語は面倒で難解と敬遠していた。
で明日は命がないかもしれない時代に生きて常に現実を見ようとし
とも書かれている。雇い主を求めて戦国の諸国を渡り歩き、下克上
だが大学に入学してからその印象を覆してくれた本に出会った。
中島敦の『弟子』(ていし)。論語や孔子家語を下敷きに、子路を中
のもいいけれど『弟子』から論語の姿を見るのもまた楽しい。『論
最近、論語がちょっとしたブームになって書店でも手軽に読める
論語関連の本を見かけることもある。もちろん、それらを手にする
心とした弟子から見た孔子と、子路自身の運命を描いた作品である。 た孔子の姿が伝わってくる。
彼がどんな時代にどう生きたのか。そこには聖人・孔子の姿も、堅
い学問の姿もなく、生活者孔子とその思想が現れる。
主人公、子路はまっすぐな正義漢で、同じく中島の代表作の『山
月記』の李徴とは反対である。李徴のように臆病な自尊心ゆえに苦
せぬ古典の世界に入り込める気がする。
身大の孔子とその弟子たちとなら、二五〇〇年経ってもなお、色あ
語』をいきなり読破するのは大変だが、中島が描き出してくれた等
悩するインテリの姿は子路にはない。愚直で、学問のほうは今ひと
ところで、余すところ僅かとなったが二〇一二年は中島敦没後七
〇年の年でもあった。長生きしていたら他にどんな作品を残したの
個性豊かな弟子たち
つだが、分からないことを恥じたりはしない。孔子を敬愛するが、
どこか腑に落ちないと思っているところもある。それでも孔子への
だろうか。長生きして欲しかった。 (鉛筆)
(二五六頁 税込円 月刊)
15
愛は揺るがない。盲目的な追従ではなく、また、それを孔子も知っ
ていたからこその師弟関係だった。子路以外にも、出来すぎ子貢、
5
綴 葉
2012. 12. 10
編集後記
当てよう!図書カード
ひさしぶりに後記を担当することになりま
私事で恐縮ですが、先日ボウリングに行き
ました。ボウリングをするのは中学生以来で
ある筆者は散々なスコアだったのですが、さ
て問題、以下のゲームの合計スコアは一体い
くつになるでしょう?
した(あ ずき )です。突然ですが、皆さん
「いつの間にこんなにも時間が経ったんだな。
何をしていたんだっけなあ」と思った瞬間が
ありますか。私が今現在、まさにその空気を
1
2
3
G /× ×
感じながらこの文章を書いています。
前にこのコーナーを担当したのは、『綴葉』
8
×
に入って間もない頃のことだったと思うと、
時間経過の速さを痛感します。今でも『綴葉』
4
5
6
7
7 / 5 4 9 /×
G:ガーター
9
10
G 8 × × × /:スペア
×:ストライク
(柚木)
《応募方法》読者カードに答えを書いて生
協のひとことポストに入れてください(また
はe-mail: [email protected])。正解者の中から
抽選で 5 名の方に図書カードを進呈いたしま
す。締切は 1 月15日です。
の新入りのつもりでいる私ですが、思い返す
と、その間に『綴葉』のメンバーも入れ替わ
り、編集会議の机を囲む面々にはむしろ私よ
り後に入った新顔が多くなってきました。お
世辞にも自分が「新人」だとは言えなくなり
ましたね。引き籠り気味の私は、編集会議の
8・9 月号の解答
場以外、他のメンバーとあまり交流がないの
ですが、書評を読み続けるうちにやっぱり親
「夏に最も行きたい場所」を選んでもらい
ましたが、一番人気だったのは「4. 家の中
で過ごすのが一番だよ」でした。応募者 9 名
中 6 名がこちらを選びました。『綴葉』読者
はインドア派な方が多いんですね。図書カー
ドの当選者は、象二朗さん、ergonさん、小
谷亮太さん、ディラックさん、Historiaさん
です。おめでとうございます。
(雲)
近感が湧いてきますので、メンバーの入れ替
わりには毎回寂しさを感じます。
その一方、新メンバーが入ってくる度に誌
面の雰囲気も少しずつ変わっていくのが『綴
葉』のよさなんじゃないかとも思います。読
者の皆様には今後も『綴葉』を温かく見守っ
ていただけたら嬉しく思います。 (あずき)
読者からひとこと
○「不気味なもの」は人間の心の中の原始的
な部分を呼び起こすものだと感じました。 (工・
マンモス)
○(一〇月号)オウム特集は興味深かった。
(理・リュサック)
○(一〇月号『踊ってはいけない国日本』に
な視点で論じるス
anti
タイルが好きなので自然と目がいきました。
ついて)現状の体制に
(文・
)
gb
―― 感想ありがとうございます。様々な書評
に興味を持って頂けたようです。
○綴葉で紹介されている本を読みたいと思う
のですが、なかなか読書の時間を確保できず
悲しいです。 (理・ ergon
)
―― ひとことありがとうございます。読むべ
き本は山積み、でも読みたい本は読めない時
期も多いですよね。そんな時でも綴葉が読書
への関心の架け橋の一つになれれば嬉しいで
す。 ち な み に、「 最 近、 ク イ ズ が ワ ン パ タ ー
ンではありませんか」という声もいただきま
した。パソコンで検索するだけでは簡単に解
(鉛筆
)
けない問題を編集委員一同で考えたのですが、
今月の問題はいかかでしょう。これからもご
意見をお寄せください。
16
Fly UP