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国際金融危機における「民間セクター関与」

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国際金融危機における「民間セクター関与」
研究リポート
国際金融危機
国際金融危機における
金融危機における「
における「民間セクター関与
民間セクター関与」
関与」
−国際金融
国際金融システム
金融システム安定化
システム安定化の
安定化のジレンマ−
ジレンマ−
2001 N 12 Ž
[ 要
旨 ]
1. 1990 年代後半に新興市場諸国で発生した一連の国際通貨・金融危機は、グ
ローバル化の進展した国際金融システムの負の側面を示すものとして注目
された。その後、国際金融危機を未然に防ぐとともに、万一危機が発生し
たときに、危機を速やかに解決するにはどのような制度的・政策的な枠組
みが望ましいのかについて、多くの提言がなされてきた。いわゆる国際金
融アーキテクチャー(International Financial Architecture)の議論である。
このうち、危機の予防については、情報開示による透明性の向上、国際的
な基準に則った法制・金融規制の整備、各国の経済ファンダメンタルズと整
合的な為替相場制度の選択といった論点を中心に、相応の議論の進展がみら
れている。しかし、危機の解決策に関しては、意見の収斂はあまりみられず
に現在に至っている。他方で、アルゼンチンでのソブリン債務危機に代表さ
れるように、最近になって国際金融市場での信用不安が懸念されており、体
系だった危機解決の枠組みを早急に構築すべきとの声が高まっている。
2. 危機解決策のなかでも、とくに焦点となっているのは「民間セクター関与」
(Private Sector Involvement、以下「PSI」とする)と呼ばれる論点である。
これは、国際金融危機の解決にあたって、IMF などの公的セクターだけでな
く、投融資を行なった民間セクターも応分の負担をすべきという考え方で
ある。PSI が国際金融アーキテクチャーの主要論点として浮上した背景には、
90 年代後半の国際金融危機が巨額の民間資金を中心とした「資本収支」危
機であり、これに十分に対応するための資金が IMF に欠けているという問
題がある。また、
「IMF 融資を期待した民間債権者や投資家が新興市場諸国
への投融資リスクを過小評価したこと」
(貸し手のモラルハザード)が危機
の一因との認識が広く普及したこともある。
3. 素朴なモラルハザード論の想定とは反対に、90 年代後半の国際金融危機に
おいて民間セクターは一定の損失を蒙ってきた。また、危機の解決にあた
って、銀行間信用の残高維持(ロールオーバー)やソブリン債務の再構築
(リストラクチャー)にもケース・バイ・ケースで応じてきた。
こうした認識を踏まえ、PSI をめぐる議論の焦点は、民間の関与が必要と
されるケースをあらかじめ想定して、その際のルールを制度的に設けるべき
か、それとも、従来通りケース・バイ・ケースかつボランタリーな形での関
与を求めていくべきかという点に移っている。
4. 現在、ルール化された PSI の具体策として注目されているのは、①IMF の
承認に基づく債務支払いの一時停止(officially-sanctioned standstill)と、②
ソブリン債券への集団的行動条項(collective action clauses、以下「CAC」
とする)の挿入、である。
•
IMF の承認に基づく債務支払いの一時停止(スタンドスティル)
:多くの国
では、経営困難に陥った企業が再建型倒産法の利用により事業の再建を模
索する際に、債務支払いの一時停止を認めており、スタンドスティル期間
中は、債権者は債務の弁済を請求したり、担保権を実行したりすることが
できなくなる。こうした国内倒産法制とのアナロジーに基づき、対外債務
の返済能力が低下した新興国が一時的に債務の支払いを停止する際に、
IMF が何らかの形で認証して、債権者による債権回収等から新興国を保護
する提案である。
•
ソブリン債券への集団的行動条項(CAC)の挿入:少数の債券保有者によ
る抜け駆け的な債権回収(例えばバルチャーファンドによる訴訟)を抑制
し、債権者間の協調行動を確保しようというものである。具体的には、多
数の債券保有者の同意が得られれば金利減免等の条件変更が可能になる条
項や、一債券保有者が訴訟等を通じて得た権利は他の債券保有者にも同等
に発生するとの条項などから成る。多くのシンジケートローンにはこうし
た条項が付されており、ソブリン債券にも遍く CAC を挿入するようにし
ようとの提案である。
5. 上記の提案の狙いは、債権者間の協調行動を促して円滑に債務を再構築し、
危機に陥った新興国が蒙る打撃を小さくすることにある。しかし PSI のル
ール化には、借り手である新興国のデフォルト・コストが減少し、危機回
避にむけたインセンティブが低下するという弊害がある(借り手のモラル
ハザード)
。
国内倒産法では、裁判所などが企業経営者の交代や資産処分に関する権限
をもつことで、借り手のモラルハザードが抑制されている。しかし、IMF に
は、こうした裁判所のような人事権や資産処分権限は与えられていない。借
り手のモラルハザードに対する有効な防止策がないまま、スタンドスティル
をルール化すれば、債務国の権限を一方的に強めることにもなりかねない。
倒産法制が存在せず担保もないソブリンにとって、債務返済のインセンテ
ィブは、デフォルトによりマクロ経済が長期にわたり停滞するという危機コ
ストが大きいことである(
「負債の規律」
)
。PSI のルール化によって、新興
国への「負債の規律」が緩めば、国際的な資金フローが細ることにもなりか
ねない。
6. PSI のルール化をめぐる議論の難しさは、新興国に対する「負債の規律」を
維持すること(事前的効率性)と、危機に陥った新興国の打撃を軽減する
こと(事後的効率性)とがトレードオフ関係にある点に帰着する。
事前的効率性と事後的効率性のトレードオフ関係には、IMF の能力も大き
く影響する。IMF は、①加盟国の経済的なファンダメンタルズや債務返済能
力を監視するとともに、②国際金融危機によって新興国が蒙る打撃(危機コ
スト)を軽減する役割を担っているが、IMF の監視能力が高ければ、PSI の
ルール化による「負債の規律」の緩みは抑制されることになる。また、IMF
の危機コスト軽減能力が高いほど事後的な効率性は改善するが、あまりに軽
減能力が高い場合、規律の緩みが大きくなりすぎるという弊害がある。とり
わけ IMF の監視能力が低い場合には、こうした弊害が大きくなろう。
PSI のルール化が、国際金融市場における経済厚生の改善に結びつくため
には、IMF の監視能力が十分に高いことが前提となろう。
7. 以上の検討を踏まえて、本稿では以下の三点を提言する。
•
IMF の承認によるスタンドスティルにせよ、ソブリン債券への CAC 挿入
にせよ、実行するのであれば、借り手のモラルハザードを抑制する施策を
併せて検討する必要がある。IMF 融資には、借り手のモラルハザードを抑
制するためのコンディショナリティ(融資条件)が課せられているが、ア
ジア通貨危機時にその有効性が問われたこともあり、見直しが進められて
いる。現在のコンディショナリティ見直しの動きは、被支援国の政策主権
を尊重して簡素化を進めるなど概して緩和の方向にあるが、PSI のルール
化を推進するのであれば、むしろ厳格化することも必要となろう。
•
コンディショナリティ批判に代表されるように、IMF の監視能力・危機管
理能力が疑問視されている現状を踏まえると、IMF の承認に基づくスタン
ドスティルよりも、ソブリン債券への CAC の挿入を重視すべきである。
•
仮に貸し手のモラルハザードが存在するのであれば、その本質的な弊害は、
ソブリンの信用リスクにみあった価格設定がなされず、新興市場諸国に対
して過剰に資本が流入する点にある。こうした点を是正するのであれば、
①民間債権者に対してソブリンの信用リスクに応じたコスト負担を求める
ことや、②すべての国が加盟する世界的な保険機構を設立して、加盟国が
自らの信用リスクに応じた保険料を支払うことが考えられる。例えば、現
在検討が進められている新 BIS 規制案は、ソブリンリスクに応じた自己資
本賦課を対象金融機関に求めているが、これは①のタイプの規制の一種と
みることができよう。また②は、銀行規制における可変保険料型の預金保
険制度とのアナロジーに基づくものである。すなわち、保険の設立によっ
て国際金融危機に対するセイフティネットを用意するとともに、保険料率
を信用リスクに応じた可変料制とすることで、擬似的な市場規律を働かせ
るのである。IMF に国際金融市場における「預金保険機構」としての役割
を期待するのであれば、加盟国の出資額(クウォータ)をリスク感応的な
ものに見直す必要があろう。
㈱富士総合研究所 調査研究部
主事研究員 小野 有人
Tel (Fax): 03-5281-7508 (7560)
E-mail: [email protected]
[ 目
次 ]
はじめに .......................................................................................................1
1.なぜ「民間セクター関与」が叫ばれるのか?........................................4
2.「民間セクター関与」の事例 ..................................................................9
(1)銀行間信用のロールオーバー .............................................................. 10
(2)ソブリン債券の再構築 ..........................................................................11
3.「民間セクター関与」をめぐる対立軸..................................................13
(1)ルール vs. 裁量 ................................................................................... 13
(2)流動性危機 vs. 健全性危機.................................................................. 15
4.「ゲームのルール」を設けるべきか .....................................................18
(1)なぜ「ゲームのルール」が必要なのか................................................ 18
(2)IMF の承認に基づく債務支払いの一時停止 ........................................ 20
(3)ソブリン債券への集団的行動条項の挿入 ............................................ 22
(4)ルール化のコスト:借り手のモラルハザード..................................... 24
5.結 語 .................................................................................................28
(1)PSI のルール化のジレンマ:負債の規律 vs. 危機コストの軽減 ....... 28
(2)PSI のルール化と IMF との補完関係 ................................................... 30
(3)おわりに ∼ 若干の政策提言 .............................................................. 31
【補論1】ソブリン債券の再構築の事例....................................................33
【補論2】ソブリン債務危機に対する IMF 介入の影響..............................37
参考文献 .....................................................................................................44
はじめに
1990 年代後半に新興市場諸国で発生した一連の国際通貨・金融危機(1994∼
95 年のメキシコ危機、97 年のアジア通貨危機、98 年のロシア危機、98∼99 年の
ブラジル通貨危機)は、グローバル化の進展した国際金融システムの負の側面を
示すものとして注目された。その後、国際金融危機を未然に防ぐとともに、万一
危機が発生したときに、危機を速やかに解決するにはどのような制度的・政策的
な枠組みが望ましいのかについて、多くの提言がなされてきた。いわゆる国際金
融アーキテクチャー(International Financial Architecture)の議論である。
このうち、危機の予防(crisis prevention)については、情報開示による透明性
の向上、国際的な基準に則った法制・金融規制の整備、各国の経済ファンダメン
タルズと整合的な為替相場制度の選択といった論点を中心に、相応の議論の進展
がみられている。しかし、危機の解決策(crisis resolution; crisis management)― 具
体的には、IMF に代表される国際金融機関・公的セクターや、投融資を行なった
民間セクターが、危機の解決にどのような役割を果たすべきかという点 ― に関
しては、意見の収斂があまりみられずに現在に至っている。
90 年代後半の国際金融危機は、巨額の民間資金を中心とした「資本収支」危
機であり、伝統的な IMF 融資では、規模・機動性の面で十分に対処することが
できなかった。そこで、IMF が国際金融市場における「最後の貸し手」として資
本収支危機にも十分に対応できるよう、その融資機能を拡充すべきとの議論が浮
上し、実際にも補完的準備融資制度(97 年)や予防的クレジットライン(99 年)
が創設された。しかし、こうした IMF の「最後の貸し手」機能の拡充に対して
は、
「IMF 融資を期待した民間債権者が新興市場諸国への投融資リスクを過小評
価したこと」(貸し手のモラルハザード)が、過剰な資本流入を引き起こして国
際金融危機につながった、という反論が寄せられている。貸し手のモラルハザー
ドを重視する立場からは、IMF 融資はむしろ縮小すべきということになる。ただ
し、IMF が危機解決のための支援融資を縮小するのであれば、その機能をだれか
が補完する必要性が生じよう。
IMF の資金不足や貸し手のモラルハザードといった認識を背景に、危機解決策
の焦点として浮上したのが「民間セクター関与」
(Private Sector Involvement、以
1
下「PSI」とする)と呼ばれる論点である1。これは、国際金融危機の解決にあた
って、IMF などの公的セクターだけでなく、投融資を行なった民間セクターも応
分の負担をすべきという考え方である。本論で詳述するように、PSI をめぐって
はこれまで多くの議論が積み重ねられており、決して目新しい論点ではない。し
かし、アルゼンチンでのソブリン債務危機2に代表されるように、最近になって
新興市場諸国での金融不安が顕在化しつつあり、これに伴って、体系だった民間
関与の枠組みを求める声も再び高まりつつある。例えば、以下のような動きであ
る。
•
11 月 12 日に英国・カナダ中央銀行は共同論文「国際金融危機の解決:民間
資金と公的資金」
(Haldane and Kruger, 2001)を発表し、危機解決にあたって
の IMF 融資規模の縮小や、民間セクター関与の具体策として、債務支払いが
困難になった国が債務支払いの一時停止(スタンドスティル)を求める際の
ガイドラインを策定することを提唱。
•
11 月 16∼17 日にオタワ(カナダ)で開催された G20(20 か国財務相・中央
銀行総裁会議)/IMF 国際通貨金融委員会でも、欧州諸国を中心に、危機解
決にあたっての民間セクター関与の重要性や、その具体策についての検討を
進めるべきとの声が相次いだ(Financial Times, 11/19/2001)
。
•
11 月 26 日にクルーガーIMF 筆頭副専務理事が、債務危機に陥った国がスタ
ンドスティルを求める際のルール私案を明らかにし、今後、同案を IMF 理事
会の場で討議すると表明(Krueger, 2001)。
およそあらゆる政策論争がそうであるように、民間セクター関与についても
「国際金融危機にあたって民間債権者は貸し手としての責任から免れることは
できない」という原則論に関しては合意が成立しているものの、こと具体策に立
ち入ると意見の対立がみられる。また、論点が多岐にわたっていることもあって、
そもそも議論の焦点がどこにあるのかが非常に分かりづらい。そこで本稿では、
PSI を巡る議論の対立軸が何であるのかを提示したうえで、個々の具体的な諸提
1
“bailing-in the private sector,” “burden-sharing”と呼ばれることも多い。
2
アルゼンチン危機の概要は補論 1 を参照。
2
案がどのように位置付けられるのかを整理する。また、個々の提案のメリット、
デメリットについて考察し、若干の政策的なインプリケーションを導きたい。
本稿の構成は、以下の通りである。まず第 1 節では、民間セクター関与が国際
金融アーキテクチャーの論点として浮上してきた背景を述べる。また、民間セク
ター関与をめぐる議論において、ややもすると前提視されがちな「貸し手のモラ
ルハザード」論の実証的な基盤が乏しいことを指摘する。第 2 節では、最近の民
間セクター関与の事例 ― 具体的には、銀行間信用のロールオーバーとソブリン
債券の再構築 ― を紹介するとともに、議論の焦点がソブリン債券の再構築にあ
ることを指摘する。第 3 節では、PSI をめぐる議論の対立軸が、民間関与の「ゲ
ームのルール」を設けることの是非にあること、またルールを設ける場合でも、
危機の原因を「流動性危機」とみるのか「健全性危機」とみるのかによって、具
体的な対応策が異なることを明らかにする。第 4 節では、ルールに基づく PSI
の諸提案のうち、現在最も注目されている「IMF の承認に基づく債務支払いの一
時停止(スタンドスティル)
」
、「ソブリン債券への集団的行動条項の挿入」をと
りあげ、そのメリット、デメリットについて考察する。第 5 節では、議論のまと
めとして、民間セクター関与をめぐる議論の対立点を改めて整理する。また、PSI
のルール化が経済厚生に及ぼす影響は、IMF の能力(債務国に対する監視能力、
国際金融危機の管理能力)に依存することを明らかにする。そのうえで、民間セ
クター関与をめぐる若干の政策提言を行ないたい。
3
1.なぜ「民間セクター関与」が叫ばれるのか?
国際金融アーキテクチャーの主要論点として「民間セクター関与」
(PSI)が浮
上した背景には、以下のような国際マネーフローの変化がある。
IMF の「最後の貸し手」機能の限界
第一は、90 年代に入って新興市場諸国への民間部門による国際資本流入が急
増し、国際金融危機の焦点が国際収支上の経常勘定(財・サービス輸出入のファ
イナンス)から資本勘定(実需を伴わない資本移動)へと移った点である3。こ
れに伴い、危機解決にあたって必要とされる IMF の資金規模が急増するととも
に、逃げ足の速い短期資本に対処するための機動性が IMF 融資に求められるこ
ととなった。
こうした「資本収支」危機に対応するための新型融資制度として創設されたの
が、補完的準備融資制度(SRF、97 年)
、予防的クレジットライン(CCL、99 年)
である(図表 1)
。これらは、
「債務超過ではないが流動性不足に陥った金融機関
に対しては、高利子率で短期緊急融資を行なうべき」というバジョットの中央銀
行の「最後の貸し手」論を IMF にあてはめようとするものである。しかし、IMF
の SRF・CCL と中央銀行の最後の貸し手機能との間には本質的な相違が残され
ている。それは、発券銀行であるがゆえに資金制約のない一国の中央銀行と異な
り、IMF はいわば共同出資で成立している「信用組合」であり、その利用可能な
資金は、加盟国からの出資額(クウォータ)および借入額に限定されている点で
ある。このため、深刻な国際金融危機の場合、IMF による支援融資だけでは当該
新興国に対する投資家や債権者の信認をつなぎとめるには不十分である危険性
が高く、民間セクターによる新規資金の提供や債権残高の維持(ロールオーバー)
といった協力が必要とされるのである。
3
例えば、経済環境の急激な悪化等に備えるために必要とされる外貨準備高の指針
(rule of thumb)は、伝統的には輸入金額の 3 か月分とされていたが、現在では対外
短期債務残高と同程度といわれている。
4
図表 1 IMF の融資制度
一般融資制度:Regular Facility
SBA:Stand-By Arrangement
(スタンドバイ取極)
EFF:Extended Fund Facility
(拡大信用供与)
52 年創設、短期的な国際収支上の困難に対す
る支援、1∼1½年実施、返済 3¼∼5 年
74 年創設、中長期な国際収支上の困難に対す
る支援、通常 3 年実施、返済 4½∼10 年
特別融資制度:Special Facility
SRF:Supplemental Reserve Facility
(補完的準備融資)
CCL:Contingent Credit Line
(予防的クレジットライン)
CFF:Compensatory Financing
Facility(補償融資)
Emergency Assistance
(緊急支援)
97 年創設、突然の資金流出に対する短期支
援、返済 1∼1½年、金利は通常融資+3%(半
年毎+50bp)
99 年創設、危機に備えて予防的に融資枠を設
定、融資条件は SRF に準ずる
輸出、穀物輸入の一時的な障害に対する一時
的な支援、返済 3¼∼5 年
自然災害、国際紛争等に対する一時的な支援、
返済 3¼∼5 年
譲渡的融資制度:Concessional Facility
PRGF:Poverty Reduction and Growth
Facility(貧困削減成長融資)
ESAF(Enhanced Structural Adjustment Facility;
拡大構造調整融資)を拡充:低所得国の生活
水準向上・貧困削減が目的、低利(0.5%)、
返済 5½∼10 年
(注)2000/11 に行なわれた IMF 融資制度の見直しにより、SBA・EFF については期
限前返済が期待されている(SBA:2¼∼4 年、EFF:4½∼7 年)。また、CCL に
ついては、金利やコミットメント手数料の引き下げ、融資実行に際しての調査
の簡素化など融資条件が緩和されている。
(資料)IMF, Annual Report, May 2000 等により作成。
貸し手のモラルハザード
国際マネーフロー上の第二の変化は、新興国の対外債務形態がシンジケートロ
ーンから債券へとシフトした点である。図表 2 は新興市場諸国 24 か国4の対外債
4
JP モルガンの MSCI 指数/EMBI+に採用されている新興市場国 33 か国のうち、
1978
年以降のデータを得ることができた以下の 24 か国:アフリカ 2 か国(モロッコ、南
アフリカ)
、アジア 8 か国(中国、インド、インドネシア、韓国、マレーシア、パキ
スタン、フィリピン、タイ)
、欧州・中近東 6 か国(ブルガリア、エジプト、ハンガ
リー、イスラエル、ポーランド、トルコ)
、中南米 8 か国(アルゼンチン、ブラジル、
チリ、コロンビア、エクアドル、メキシコ、パナマ、ペルー)
。
5
図表 2 新興市場国の対外債務構成(債権者別)
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100
90
”™
80
70
60
¤Æâs
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50
40
30
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10
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0
1978
80
82
84
86
88
90
92
94
96
98
2000iNj
(注)新興市場国 24 か国の債権者別対外債務構成。商業銀行貸出等には商業銀行が
保有する債券が含まれる。また債券等には商業銀行以外の民間債権者による貸
出が含まれる。
(資料)IIF Economic Database により作成。
務の内訳を債権者別にみたものであるが、80 年代後半以降、貸出を中心とする
商業銀行の比率が減少し、債券を中心とするその他民間債権者の比率が上昇して
いる。また、銀行貸出の内訳をみると、中長期貸出が減少し、貿易信用や銀行間
信用等の短期貸出の比率が増大している。
債権者数が少なく、互いの利害関心も似通っている銀行貸出と異なり、債券の
場合、債券保有者数は多く、また流通市場が発達していることもあって、個々の
債券保有者の利害関心も多様である。このため、新興国が債務危機に陥った場合、
債務の再構築は銀行貸出よりも困難であると考えられる。94∼95 年のメキシコ
危機時には、メキシコ政府のドル建て短期国債の債務支払いが不安視されたが、
その際に IMF が従来にない大型支援融資を行なわざるをえなかった背景には、
多くの債券保有者を巻き込んで債務再構築を図ることが困難であると認識され
たことがある。
PSI が国際金融界で一定の支持を集めている背景には、「メキシコ危機時に
6
IMF 融資が大規模化した結果、民間投資家や債権者は誤った救済(bail-out)期
待を抱くようになり、新興市場諸国への投融資リスクを過小評価するようになっ
た。この結果、新興市場諸国に対して、信用リスクに見合わない低利での過剰な
資本流入が生じ、90 年代後半の一連の国際金融危機を引き起こした」という「貸
し手のモラルハザード」
(creditor moral hazard)論が広く普及したことがある。貸
し手のモラルハザードを重視する立場からは、IMF の「最後の貸し手」機能の拡
充とは反対に、IMF 融資規模の抑制や、IMF 融資を民間債権者による負担とリン
クさせることなどが提案されている。
「貸し手のモラルハザード」は存在したのか?
IMF 融資の大型化により貸し手のモラルハザードが生じたとの認識は広くみ
られるが、反論も寄せられている。例えば、国際的に活動する大手金融機関の意
見集約機関である IIF(Institute of International Finance)は、アジア通貨危機、ロ
シア危機によって、民間債権者や投資家には約 3500 億ドル(株式投資 2400 億ド
ル、銀行貸 600 億ドル、債券投資 500 億ドル)の損失が生じたと試算しており、
民間セクターは新興市場諸国への投融資がこのようなリスクを伴うものである
ことを認識していたと主張している(IIF, 1999)。また、以下にみるように実証
的な論拠も乏しいことから、フィッシャー前 IMF 前筆頭副専務理事やサマーズ
前米国財務長官も否定的なコメントを寄せている(Fischer, 1999b; Summers,
2000)
。
IMF 融資によるモラルハザードの有無を検証した実証研究の多くは、新興市場
諸国の債券スプレッドに着目した分析を行なっている5。例えば、Lane and Phillips
(2001) は、IMF 融資に関する政策アナウンスメントによって、債券スプレッド
が「IMF 融資によるモラルハザード」論と整合的な動きをしたかどうか ― 例え
ば、メキシコ危機時の IMF 融資のアナウンスメントにより新興国の債券スプレ
ッドが低下したかどうか ― を検証している(イベント・スタディ・アプローチ)
。
彼らは、95∼99 年における 22 回の政策アナウンスメントのうち、モラルハザー
ド論と整合的なイベントは 2 回(98 年夏のロシア危機、98 年秋の米国議会によ
る IMF 増資承認6)だけであり、他の多くの政策アナウンスメントは債券スプレ
5
Jeanne and Zettelmeyer (2001), Box 1 が簡潔な文献サーベイを行なっている。
6
IMF がロシアに対する新規融資を行なわないとのニュースを受けて、新興国の債券
7
ッドに大きな影響を及ぼしていないと指摘している。もちろん債券スプレッドは
IMF 融資に関する政策アナウンスメント以外の要因にも影響されるから、上記の
分析はあくまで暫定的なものととらえるべきであろう7。しかし、一般に認識さ
れている以上に、貸し手のモラルハザード論には実証的根拠が乏しいことは銘記
されてしかるべきであると思われる。
モラルハザードがあらゆる保険に付随するコストである以上、国際金融アーキ
テクチャーの議論において、
「IMF 融資によるモラルハザード」に対して一定の
考慮が払われるのは自然なことである。しかし、モラルハザード懸念があるから
といって保険の存在そのものが否定されるわけではないのと同様に、IMF 融資に
モラルハザードの弊害があるとしても、そのことが直ちに IMF 融資を抑制すべ
きという政策的含意に結びつく訳ではない。IMF 融資の是非は、その便益(流動
性供給による国際金融危機の回避)とコスト(モラルハザード懸念)との比較考
量に基づいて論じられるべき問題であろう8。
スプレッドが急騰した(98/8/17)
。また、米国議会が IMF 増資を承認したとのニュー
スを受けて、新興国の債券スプレッドは大きく低下した(98/10/21)
。
7
モラルハザードの有無を検証するのであれば、債券スプレッドに影響を及ぼすと考
えられる他の要因(例えば、新興国の経済ファンダメンタルズを表わす変数)をコ
ントロールした計量分析を行なう必要がある。ただし、そうした分析にも以下のよ
うな限界があると予想される。第一に、市場参加者が既に政策イベントを予想して
いる場合、政策アナウンスメント以前にそうした「期待」が価格に織り込まれてい
るため、政策アナウンスメント後の債券スプレッドの動きをみるだけでは不十分で
ある。第二に、仮にモラルハザード論と整合的な実証結果が得られた場合でも、以
下のような代替仮説が成立しうる。すなわち、IMF 融資により国際金融危機が生じ
る危険性が低下したと認識されたのであれば、貸し手のモラルハザードがなくとも
新興国の債券スプレッドは低下する。
8
モラルハザード論の現実的な妥当性が疑わしいにも関わらず、危機解決の方策とし
て民間セクター関与が論じられている背景には、先述のように IMF の「最後の貸し
手」機能に限界があることに加えて、IMF 融資以外の新たな危機解決策に対する政
治的要請が存在するという現実的な判断もあると思われる。例えば、Eichengreen
(2000)は、
「実際のモラルハザードの程度がどのようなものであれ、米国議会を始
めとする IMF 批判論者はモラルハザードを深刻なものと受け止めている。したがっ
て、90 年代後半のような IMF による大型の支援融資が将来的にも継続可能とは思わ
れない」と述べている。
8
2.「民間セクター関与」の事例
本節では、90 年代後半における民間セクター関与の事例を確認する9。前節で
指摘したように、この時期には、①銀行貸出から債券へのシフト、②銀行貸出の
短期化(貿易信用、銀行間信用)といった国際マネーフロー上の変化が生じた。
これに対応して、民間債権者は、銀行間信用のロールオーバー(interbank rollover)
やソブリン債券の再構築(sovereign bonds restructuring)といった形で、国際金融
危機の解決に「関与」することが多かった(図表 3)
。
図表 3 危機に陥った新興国に対する金融支援プログラム
(億ドル)
総額
IMF
国際開発
金融機関
二国間
支援
民間
セクター
インドネシア(97 年)
400
101
80
162
57
韓国(97 年)
790
210
140
220
220
ロシア(98 年)
556
112
38
14
392
ブラジル(99 年)
665
180
90
145
250
トルコ(2000-1 年)
225
195
20
0
10
アルゼンチン(2000 年)
397
137
50
10
200
(注)IMF のアルゼンチン追加支援(2001/8, 80 億ドル)は含まれず。
(資料)IIF, Monthly Economic Bulletin, May 11, 2001.
9
本節及び補論 1 の記述は、主として Eichengreen and Rühl (2001), IMF (2000a, 2000b,
2001a, 2001b) に依拠している。
9
(1)銀行間信用のロールオーバー
銀行間信用のロールオーバーは、韓国(97 年末∼98 年初)
、ブラジル(98 年
秋∼99 年初)
、トルコ(2000 年末)等でみられた。銀行間信用のロールオーバー
の特徴は、債権者数が比較的限られており、かつ個々の債権者(銀行)が似通っ
た利害関心をもっている点にある。このため、後述するソブリン債券の再構築に
比べると、民間債権者の自発的な関与が得られやいとされている。
例えば韓国の場合、国内での信用不安を背景として、97 年 10 月以降、為替レ
ート(ウォン)が下落すると、海外民間銀行の国内銀行に対する銀行間信用のロ
ールオーバー比率が急低下し、外貨準備の枯渇と相俟って債務不履行が懸念され
た。12 月初めには IMF 支援プログラムが組まれるなど公的なサポートが行なわ
れたが、資本流出は止まらなかった。このため IMF や主要先進国中央銀行は、
①すべての銀行がいっせいに資金を引き上げることは不可能であるばかりか、国
際金融システムを傷付けかねないこと、②金融危機は流動性不足に起因するもの
であり、危機の早期収拾は可能であること、を主張して、銀行間信用のロールオ
ーバーを行なうよう「道義的説得」
(moral suasion)を行なった。海外民間銀行は、
こうした公的セクターによる説得を受け入れ、図表 4 のような形で合意が順次成
立した。
図表 4 韓国における銀行間信用のロールオーバー
97/12/24
最低一週間は現行水準の銀行間信用を維持することで合意。
98/ 1/16
3 月末まで現行水準の銀行間信用をロールオーバーすることで合
意。集団的行動を保証するため、債務監視システム
(debt-monitoring system)を設置。
98/ 1 月末
∼2 月初め
ウォン安等による対外バランスの改善を受けてより長期的な解
決策を模索し、銀行間信用 220 億ドルの再構築で合意。内訳は、
①1 年物貸出(LIBOR+2.25%)、②2 年物貸出(LIBOR+2.50%)、
③3 年物貸出(LIBOR+2.75%)
。なお、新たな債務には政府保証
が付された。
(資料)IMF (2000b) により作成。
10
(2)ソブリン債券の再構築
債券の場合、流通市場が発達していることもあり、債券保有者が多数にのぼる
とともに、個々の利害関心も多様である。また、主権国家(ソブリン)は倒産法
上の集団的債権処理による保護が受けられないため、少数債権者による抜け駆け
的な債権回収(例えば、流通市場で債券を安値で取得したバルチャーファンドが
債券再構築の対象となる元の債権の全額回収を求めて提訴する場合)によって債
務再構築が妨げられる恐れがあるが、とりわけ債権者数が多い場合には、その危
険性が高い。このため、従来ソブリン債券の再構築は困難であると考えられてお
り、過重な債務に苦しむ新興国が公的セクターや民間債権者と債務再構築を行な
う場合でも、対象外とされてきた。しかし最近になって、パキスタン(99 年)、
ウクライナ(2000 年)
、エクアドル(2000 年)でソブリン債券の再構築が行なわ
れた(具体的な経緯については補論 1 を参照)
。また、現在、債務不履行が懸念
されているアルゼンチンでもソブリン債券の再構築が模索されている。
ソブリン債券の再構築は、一般に、債務者である新興国政府が、債務不履行が
懸念されている短期債を新たな中長期債にスワップすることを債権者に対して
提案し、債権者がこれに応じるというプロセスを経る。新興国政府は、債券スワ
ップを提案する際に、旧債券と新債券との交換比率、新債券の満期・利回り等の
条件も提示するが、条件の設定にあたっては、金融機関や機関投資家などの主要
な債券保有者と事前に非公式に接触して、その意向を確認するよう努めることが
多い。ただし、多数の個人投資家が債券保有者の太宗を占める場合、事前交渉は
事実上不可能であり(ウクライナ)、こうしたケースでは交換比率を債券保有者
に有利にするなどの「アメ」(sweetener)を通常よりも多くしている。ウクライ
ナの例では、旧債券の流通価格よりも 20%ほど高い価格でスワップが行なわれ
た。また、債券保有者との対話に消極的であったといわれているエクアドルの場
合、債券スワップをまとめるまでにかなりの時間を要しており、債務再構築にあ
たって債権者と十分な信頼関係を築くことの重要性を物語っている。
バルチャーファンド等の訴訟によってソブリン債券の再構築が妨げられるの
ではないかとの懸念は、上記の事例ではいずれも杞憂に終わっている。ただし最
近になって、バルチャーファンド Elliot Associates が、訴訟によって、ペルー政
府が 95 年に行なった債務再構築の際の旧債権(銀行貸出)の全額回収に成功し
ており、今後のソブリン債券の再構築に悪影響を及ぼすのではないかと危惧され
11
ている。
民間セクター関与の焦点はソブリン債務
90 年代後半における民間セクター関与の事例を踏まえると、PSI をめぐる議論
の焦点は、債務者がソブリンである場合 ― とりわけ、債務形態が債券である場
合 ― にあると考えられる(Eichengreen and Rühl, 2001)
。
このことは、債務者が民間企業(インドネシア)あるいは民間銀行(韓国)の
場合の危機解決策が重要でないことを意味するものではない。しかし、債務者が
民間企業の場合は、本来は国内倒産法に則って対処されるべきであろう10。また、
銀行間信用の場合、システミック・リスクの懸念があるため PSI の対象とされや
すいが、基本的には金融機関に対する健全性規制(為替持高規制、外貨建て借り
入れに対する所要準備の設定、等)の問題として論じられるべきであろう11。
以下では、ソブリンを債務者とする金融危機を念頭において、議論を進めるこ
ととする。
10
国際金融アーキテクチャーの議論においても、金融安定化フォーラム(Financial
Stability Forum)が選定した 12 の「国際基準」
(International Standards and Codes)の
一つとして、倒産法制に関する検討が進められている。具体的な内容については、
例えば FSF (2001)を参照されたい。
11
銀行間信用の場合、本文で指摘したように、債権者間の協調的な合意が得られや
すいことや、アジア通貨危機等の経験を踏まえた実務的な蓄積が多いこともある。
例えば IMF (2001b) は、民間金融機関の自発的な関与を得るには、政府による債務
保証や、債務監視システムの構築が有効であることを指摘している。こうした経験
を生かして、銀行間信用のロールオーバーが問題となった昨年末のトルコ危機時に
は、比較的速やかに海外金融機関の関与が得られている。
12
3.「民間セクター関与」をめぐる対立軸
前節まででみたように、これまでの国際金融危機において民間セクターは一定
の損失を蒙ってきたし、その解決にあたってもケース・バイ・ケースで関与して
きた。したがって、PSI をめぐる議論を文字通りに「危機解決にあたっての民間
関与」と捉えてしまっては、これまで行なわれてきたことの単なる追認にとどま
ってしまうことになる。
(1)ルール vs. 裁量
PSI について現在問題になっているのは、民間セクターの関与が必要となるケ
ースをあらかじめ想定して、その際の「ゲームのルール」を新たに設けるべきか
どうか ― とくに、危機が深刻化して債務支払いの一時停止(スタンドスティル)
等の強権的な手段が避けがたい場合に、その発動ルールを設けるべきかどうか
― という点にある。このようなルール化論は、透明性の高さや貸し手のモラル
ハザード抑制の観点から、主として欧州諸国が支持している(Haldane and Kruger,
2001; Deutsche Bundesbank, 1999)
。これに対して民間金融機関は、危機の性格が
個々に異なる以上、従来通りケース・バイ・ケースで対処すべきであり、また、
関与の有無はあくまで債権者の自主的な判断に基づくものでなければならない
と主張している(図表 5、IIF, 2001a, 2001b)
。
また、昨年 9 月(プラハ G7)に承認された IMF 国際通貨金融委員会報告書は、
PSI の目的や大まかな枠組みは明確にするが、具体的な対処策はケース・バイ・
ケースで判断すべきとの中間的なアプローチを提示している12。同報告書は、危
機解決にあたってできる限り自発的かつ市場原理に沿った形で民間セクターの
関与を得るべき、との原則を示しつつ、新興国が国際資本市場から自力で資金調
達することが困難であるような深刻な危機の際には、債務の再構築やスタンドス
ティル等の強権的な措置が必要になりうるとの認識を示している。
12
ただし、冒頭で指摘したように、本年 11 月 26 日にクルーガーIMF 筆頭副専務理
事が、深刻な債務危機に陥った新興国がスタンドスティルを求める際のルール私案
を明らかにしており、今後 IMF 理事会の場で討議される予定となっている(Krueger,
2001)
。IMF がルールに基づく PSI に軸足を移すのかどうかが注目される。
13
図表 5 IIF「民間セクター関与の 9 原則」
(2001/1)
▼金融システムの脆弱性を減らす対応
① 健全なマクロ経済政策、銀行システムの強化、効率的な国内資本市場の育成
② 強い政治的リーダーシップ、信認維持に向けた明確な意思表示
③ 情報開示の透明性、国際基準の遵守、IR プログラムの設置・強化
④ 株式市場への資本流入の促進、資本流出入の変化に対して機敏な政策運営
▼市場の信認が低下する兆しが生じた場合の対応
⑤ 国際資本市場からの資金調達が困難になる兆しが生じたら、大胆に行動
⑥ さらに状況が悪化する場合、IMF を含む主な債権者・投資家と集中的に協議
▼危機が深刻化した場合の対応
⑦ ボランタリー・ベース、ケース・バイ・ケースの対応策
⑧ 公的支援の主たる役割は危機解決の触媒(catalyst)
⑨ 債務の再構築が必要になる場合には、最大限の協調努力を追及
(資料)IIF (2001a) により作成。
14
(2)流動性危機 vs. 健全性危機
民間セクター関与のルールを設定するとしても、その具体的な形態として提案
されているものは数多い。図表 6 は、99 年のケルン・サミットで提示された PSI
の具体的な選択肢を、危機対処策の時間軸(横軸)と危機の原因(縦軸)に分け
て整理したものである。危機への対処策は、危機予防のための事前的な措置と、
危機解決のための事後的な措置とに分けられる。また危機の原因としては、投資
家の混乱や群集行動による「流動性危機」(liquidity crisis)と、不健全な経済政
策等に起因した「健全性危機」
(solvency crisis)がある。国際金融危機の原因を
どうみるか、また対処策として事前的な措置と事後的な措置のどちらを重視する
かによって具体的な処方箋が異なるため、これらの点についてのコンセンサスが
得られない限り、PSI をめぐる議論は収束しにくい。
図表 6 PSI をめぐる具体的な論点
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15
ただし、事前的措置と事後的措置の区分は、ある意味で便宜的なものである。
例えば、後述する債務借換オプションは、オプション契約の締結は事前であるが、
オプションが実際に行使されるのは危機が生じた後になる。また、事前的措置と
事後的措置とは互いに補完的な関係にあり、どちらか一方だけの施策をとるとい
った性質のものでもない。したがって、本質的に重要なのは危機の原因をどうみ
るかである。
流動性危機への対処策
流動性危機とは、債務国の経済的なファンダメンタルズが良好であり、固定レ
ート制が本来維持可能な場合であっても、投資家が何らかの理由で将来の為替レ
ートの下落や債務返済能力の低下を予想すると、それを先取りする形で通貨投機
攻撃や資本逃避が生じ、結果的に固定レート制からの退出や債務不履行を余儀な
くされる状況を指す。流動性危機の下では、一国のファンダメンタルズとは乖離
した形で急激な資本流出が生じて流動性が逼迫するため、その対処策は、市場が
正常な状態に戻るまでの息つぎ策 ― 流動性逼迫の緩和措置 ― が中心となる。
流動性危機に対処するための PSI としては、①民間金融機関との予防的クレジ
ットライン(contingent credit line)の締結、②外貨建て債務への借換オプション
(debt-rollover option)の挿入、③債務支払いの一時停止(standstill, 次節にて詳
述)などがあげられる。このうち予防的クレジットラインとは、危機発生時に、
あらかじめ定められた期間及び限度額内で、新興国が自由に借り入れを行なえる
信用枠を供与するものである。過去には、アルゼンチン、インドネシア、メキシ
コなどで設定された事例がある。
また、債務借換オプションは、あらかじめ定められた期間だけ債務償還期限を
延長できるオプションを外貨建て債務契約に挿入するものである。ただし、民間
債権者と債務者である新興国との間で、オプション行使のための条件に関する情
報の非対称性がある場合、金融危機に陥る可能性の高い「悪い」国ほどオプショ
ン契約を締結しようとする「逆選択」
(adverse selection)の問題が生じる恐れが
ある。このため、債務借換オプションをすべての国の外貨建て債務に強制的かつ
一律に課すべきとの提案もある(Buiter and Sibert, 1999)
。
健全性危機への対処策
健全性危機とは、不適切な経済政策(放漫な財政政策、為替レート制度と不整
16
合な金融政策、金融セクターに対する健全性規制の不備等)により、固定相場制
の維持可能性や債務返済能力が低下して、危機が生じる状況を指す。この場合、
経済のファンダメンタルズ悪化が危機の原因である以上、危機に陥った新興国の
自助努力による経済再建が求められるとともに、維持不可能となった債務の再構
築を促すための制度的な枠組みが必要となる。また、ファンダメンタルズが悪化
していたにもかかわらず、貸し手のモラルハザードにより過剰に資本流入したこ
とが危機の原因と判断されるのであれば、モラルハザードを抑制する施策も重要
になる。
債務再構築を促すような仕組みとしては、債権者と債務国とのコミュニケーシ
ョンを促進する債権者委員会を設置したり、ソブリン債券に集団的行動条項(次
節にて詳述)を挿入したりすることが提案されている。ただし、流通市場が存在
する債券の場合、債券保有者の入れ替わりが激しいため、債権者委員会の設置に
は困難が予想される。
一方、モラルハザードを抑制するための施策としては、IMF 融資の上限を設定
して融資規模を抑制することや、IMF 融資を行なう際に民間債権者による与信残
高の維持(ロールオーバー)・新規資金(ニューマネー)の供給を条件付けるこ
となどが提案されている。
17
4.「ゲームのルール」を設けるべきか
(1)なぜ「ゲームのルール」が必要なのか
PSI に関する「ゲームのルール」はなぜ必要なのだろうか。Eichengreen (2000),
Eichengreen and Rühl (2001), Miller and Zhang (2000) はその理由を、これまでのボ
ランタリー・ベースかつケース・バイ・ケースのアプローチがもつ「時間的不整
合性」
(time inconsistency)の問題に求めている。
民間債権者に対して 100 の債務返済を約定した新興国(価値 130)で債務危機
が生じ、IMF や民間債権者が当該国に支援融資を行なわない限り、債務不履行(デ
フォルト)が不可避な状況を考えよう。ここで、民間債権者及び IMF の行動に
応じて、以下のように民間債権者及び IMF・新興国の利得(payoff)が生じると
する(図表 7)
。IMF は新興国の利害に沿った形で行動すると仮定するため、利
得は同一である。
図表 7 IMF 融資の時間的不整合性
IMF・新興国
民間債権者
融資実行
融資せず
融資実行
(80, 50)
(80, 50)
融資せず
(100, 25)
(40, 0)
IMFZ‘¹¸
VKZ‘Às
IMF
œ
i80, 50j
œ
i40, 0j
œ
i60, 70jFPSIH
œ
i100, 25j
¯ÔÂ Ò
IMFZ‘¹¸
VKZ‘¹¸
IMF
IMFZ‘Às
(注)利得は(民間債権者、IMF・新興国)
(資料)Miller and Zhang (2000)の数値例に基づき作成。
18
民間債権者が新規融資を実行した場合、債権者には 80(<100)の利得が、IMF・
新興国には 50 の利得が生じる。この時には IMF は支援融資をする必要はなくな
る。一方、民間債権者が新規融資を行なわない場合、IMF は支援融資を行なうか
どうかの選択を迫られる。IMF が支援融資を行なわない場合、新興国のデフォル
トにより民間債権者の利得は 40(デフォルト債権の残余価値)に減少する一方、
IMF・新興国の利得も 0 になる。また、IMF が支援融資を行なった場合、民間債
権者には約定通り債務返済が行なわれるため 100 の利得が生じる一方、新興国で
の経済危機が回避されるため IMF・新興国にも 25 の利得が生じるとする。
ここで、前節の PSI に関する諸提案のうち、
「IMF 融資と民間関与のリンク」
論が想定するように、IMF が「危機の解決には民間債権者も責任を負うべきであ
り、民間債権者が新規融資を行なわない限り、IMF は支援融資を行なわない」と
宣言したとする。しかし、図表 7 より明らかなように、いったん民間債権者が融
資を実行しないと決断した後では、IMF・新興国にとってデフォルト・コストが
あまりに大きすぎるため、IMF は支援融資を実行せざるを得ない。即ち、IMF
によるアナウンスメントには信頼性(credibility)が欠けており、このことを認識
している民間債権者に危機後(ex post)に関与を求めても、同意を得ることは出
来ないこととなる。実際、99 年 5∼6 月にルーマニア政府がサムライ債・ユーロ
債の償還財源に困難をきたした際には、IMF は償還額の 80%を市場調達するこ
とを求めたが、ルーマニア政府が民間債権者から新規資金を調達することができ
なかったため、最終的には所要額だけの支援支援に乗り出さざるをえなかった
(Fischer, 1999b; Eichengreen and Rühl, 2001)。
Eichengreen (2000) は、現在のように危機解決のルールが不在の下では貸し手
のモラルハザードは不可避であり、危機解決にあたって民間関与を得るには、
IMF・新興国のデフォルト・コストを軽減させるような拘束性のあるルールを事
前(ex ante)に定める必要があるとしている。具体的には、流動性危機の場合に
は IMF に代表される公的セクターの承認に基づく債務支払いの一時停止 13
(officially-sanctioned standstill)を、健全性危機の場合にはソブリン債券への「集
団的行動条項」
(collective action clauses)の挿入を提言している。
13
健全性危機においても、債権者を債務再構築のテーブルにつかせるためには債務
支払いの一時停止が必要との意見もある(Haldane and Kruger, 2001; Krueger, 2001)
。
19
(2)IMF の承認に基づく債務支払いの一時停止
多くの国では、経営困難に陥った企業が再建型倒産法の利用により事業の再建
を模索する際に、債務支払いの一時停止(スタンドスティル)を認めており、ス
タンドスティル期間中は、債権者は債務の弁済を請求したり、担保権を実行した
りすることができなくなる。スタンドスティルの目的は、債権者間の無益な資産
差し押さえ競争を抑制することで、経営困難に陥った企業の価値を最大化し、以
って債権者・債務者双方の利益に資することにある。また、代表的な再建型倒産
法として有名な米国倒産法第 11 条(Chapter 11)は、企業だけでなく地方自治体
も対象としている。
流動性に困難をきたしたソブリン債務者にスタンドスティルを求める議論は、
こうした国内倒産法制とのアナロジーに基づくものであり、倒産法アプローチ
(bankruptcy approach)と呼ばれることもある。ただし、ソブリンを債務者とす
る国際金融危機の場合、倒産法制や裁判所が存在しないという問題がある。危機
に陥った新興国が一方的にスタンドスティルを宣言することも考えられるが(98
年のロシア、99 年のエクアドル)
、自らの信認を損ねることにもなりかねないた
め、概して困難である。例えばエクアドルのケースでは、一方的なスタンドステ
ィルによって債権者の不信感が高まり、スタンドスティルから債券スワップの提
案がなされるまでに 9 か月以上も要した。
こうした困難に対処するためには、IMF もしくは他の公的セクターが、中立的
な立場からスタンドスティルを承認することが考えられる。例えば、IMF 協定第
8 条第 2 項(b)の修正及び加盟国における法改正により、すべての国際資本取
引に対して IMF がスタンドスティルを命じる権限をもつことが提案されている
14
。スタンドスティル期間中は、債権者による債務弁済請求や担保権行使は認め
らないため、危機に陥った新興国は、債権者による抜け駆け的な債権回収から保
護されることになる。
また、そこまでフォーマルな形にせずとも、IMF が危機に陥った新興国のスタ
14
現行の IMF 協定第 8 条第 2 項(b)は、
「加盟国は、加盟国が定める資本取引規制
に反する為替契約(exchange contracts)を実施することはできない(unenforceable)
」
と定めている。ソブリン債務のデフォルトは資本取引規制に基づくものではないた
め、ソブリンは債権者による訴訟の対象となり得る。
20
ンドスティルを承認し、その証として、債務履行遅延国であっても支援融資(IMF
lending into arrears)を行なえばよいとの議論もある。すなわち、IMF プログラム
の作成や、自らも融資を行なうことで、当該国の中長期的な債務支払い能力が十
分あることを IMF が認証することになる。ただし、この場合には債権者による
法的な訴訟を完全に排除することはできないであろう。
21
(3)ソブリン債券への集団的行動条項の挿入
健全性危機においては、新興国のファンダメンタルズ悪化により債務返済能力
が低下している以上、何らかの形での債務再構築が不可避である。そして、円滑
に債務を再構築するうえでキーとなるのは、債権者間の協調行動を確保すること
である。先にソブリン債券の再構築の事例をみたが、その際に懸念されたのは、
債券の場合、債権保有者の数が多く、個々の利害関心も異なるため、少数債券者
による抜け駆け的な債権回収や交渉妨害を排除することが困難な点であった。
「集団的行動条項」
(collective action clauses、以下「CAC」とする)とは、債
権者間の協調行動を確保する狙いをもった条項(covenants)の総称であり、具体
的には、以下のようなものから成る。
•
集団的代表条項(collective representation clauses)
:債券者集会等で債券保有者
の意思を代表した委託人などを選出できる。
•
多数決行動条項(majority action clauses)
:多数の(例・4 分の 3 以上の)債券
保有者の同意により金利減免、元本削減等の条件変更が可能。変更された条
件は同意しなかった少数債権者(“hold-out” creditors)にも適用される。
•
期限の利益損失履行条項(non-acceleration clauses)
:デフォルトによる「期限
の利益損失」15に基づいて債権者が債権回収を図る際に必要な最低限の債券
保有者数を定めるもの(例・債権回収には 4 分の 1 以上の債券保有者の同意
が必要と規定する)
。少数債権者による抜け駆け的な債権回収を抑制し、訴訟
無しに債券保有者間で公平な収益配分を行なう狙いをもつ。
•
シェアリング条項(sharing clauses)
:一債券保有者が訴訟を通じて得た権利
は他の債券保有者にも同等に発生する。少数債権者による抜け駆け的な債権
回収を抑制し、訴訟無しに債券保有者間で公平な収益配分を行なう狙いをも
つ。
15
債務支払い不履行、契約上の義務の不履行、破産などが起きた場合、債務者は「契
約で定められた期限まで債務返済を求められない」権利(期限の利益)を失い、た
だちに返済を求められるとする条項。
22
「IMF の承認に基づくスタンドスティル」と異なり、多くのシンジケートロー
ンには既にこうした CAC が付されている。また、英国法やルクセンブルク法を
準拠法とする国際債にも、通常 CAC が付されているとされており、90 年代を通
じて発行された新興市場諸国の国際債のうち、30%強程度のシェアを占めている
(図表 8)
。そこで、ソブリン債券への CAC 挿入をさらに促すため、99 年のケル
ン・サミットでは、①CAC を挿入したソブリン債券を発行した国に対して IMF
融資の適用レートを優遇すること、②CAC 挿入を IMF の新しい融資制度である
予防的クレジットライン(信用枠)の設定条件の一つとすること、③先進国が率
先して CAC を利用すること、等が提案された。
CAC が円滑な債務再構築にどの程度有効なのかをめぐっては、多くの異なる
意見がある。先にみたソブリン債券の再構築事例のなかでは、パキスタンやウク
ライナの債券に CAC が付されていたが、その役割を積極的に評価する見方
(Eichengreen and Rühl, 2001)がある一方で、市場関係者はマイナーな役割しか
なかったとみている(Checki and Stern, 2000; IMF, 2000b)
。また、ソブリン債券の
再構築にあたって CAC が果たし得る積極的な役割が国際金融界で広く認識され
たのは、恐らくメキシコ危機後の 95 年ハリファックス・サミット以降のことで
あるが(Summers, 1996)
、他方で、英国法・ルクセンブルク法に準拠した国際債
のシェアは 90 年代を通じてほぼ一定であり、メリットが喧伝されながらも浸透
していないのが実情である(Dixon and Wall, 2000)
。
図表 8 準拠法別にみた国際債の発行比率(1990−2000 年)
(%)
英国
新発債合計
NY
ドイツ
日本
LU
その他
債券数
46.2
18.8
8.7
1.9
5.2
19.2
37,095
ソブリン債
45.0
14.7
12.2
9.5
1.4
17.0
1,520
新興市場国
30.6
27.5
19.4
13.1
1.9
7.5
625
アジア
31.7
36.5
1.6
27.0
0.0
3.2
63
中南米
27.5
38.7
22.9
5.3
0.0
5.6
284
欧州等
28.5
15.3
23.0
20.4
5.1
7.7
235
(注)NY:ニューヨーク州法、LU:ルクセンブルク法
(資料)Dixon and Wall (2000).
23
(4)ルール化のコスト:借り手のモラルハザード
一般に、債務者が何らかの理由により債務支払いに困難をきたすと、個々の債
権者には、①他の債権者よりも早く投融資を回収する、②債務再構築を妨害して
自分だけ「ごね得」を得ようとする、③債務再構築に加わらないで、他の債権者
が債務削減した後、支払い能力の向上した債務者に対して元の債権の全額回収を
求める、等の誘因が生じる。このため、全ての債権者が協調すれば債権者・債務
者双方にとってより良い結果が得られるにもかかわらず、個々の債権者が他の債
権者の行動に関して疑心暗鬼に陥って悪い結果に終わってしまう「協調の失敗」
が生じやすい。こうした問題は「集団的行動問題」
(collective action problem)と
呼ばれている。
IMF の承認に基づくスタンドスティルにせよ、ソブリン債券への CAC の挿入
にせよ、その狙いは「集団的行動問題」を克服することにある。すなわち、債権
者間の協調行動を促して円滑に債務を再構築し、危機に陥った新興国が蒙る打撃
を小さくすることにある。しかし、このような PSI のルール化には、借り手であ
る新興国のデフォルト・コストが減少し、危機回避に向けたインセンティブが低
下するという弊害がある(借り手のモラルハザード; debtor moral hazard)
。
国内倒産法では、裁判所などが企業経営者の交代や資産処分に関する権限をも
つことで、借り手のモラルハザードが抑制されている。しかし、仮に IMF にス
タンドスティルを承認する権限が与えられたとしても、IMF が国際的な「裁判所」
として当該国の政権交代や資産処分を命じる権限をもつことはないであろうし、
またそうすべきでもない。このため、国内倒産法とのアナロジーに基づいてソブ
リン債務者にもスタンドスティルを認める議論はミスリーディングであるとの
批判が寄せられている(Summers, 1996; Rogoff , 1999)
。
また、企業倒産の場合、倒産申請は多かれ少なかれ債権者の意向に基づくこと
が多いが、ソブリン債務者の場合にはその意思に基づいて申請することとなる。
このため、借り手のモラルハザードに対する有効な防止策がないままでスタンド
スティルをルール化することは、債務国の権限を一方的に強めることにもなりか
ねない。Summers (1996) は、①米国以外の主要国では地方政府・公共団体等は
スタンドスティル条項の対象外であり、②地方自治体にスタンドスティル条項の
適用を認めている米国倒産法第 11 条でも州政府は対象外とされているのは、ま
さにこうした理由によると指摘している。
24
ソブリン債務者の債務履行インセンティブ
倒産法制や担保/担保回収手段の存在しないソブリンの場合、債務契約が成立
するためには、債務国が約定通りに債務を履行するインセンティブが必要である。
Dooley (2000) は、ソブリン債務者が債務を返済する唯一のインセンティブは、
デフォルトした場合にマクロ経済が長期にわたり停滞するという危機コストが
大きいことにあると指摘している16(以下ではこれを「負債の規律」と呼ぶ)。
Dooley によれば、
「集団的行動問題」の存在により債務の再構築が困難であるこ
と(借り手にとってのデフォルト・コストが大きいこと)は、ソブリンを債務者
とする国際的な資本取引が成立するための必要条件であり、ソブリン債務危機の
円滑な解決を企図した PSI のルール化は、リスク・プレミアムの増大や信用割当
といった形で新興市場諸国に対する資本流入を細らせることになる。
この点で興味深いのは、80 年代の中南米危機後の国際マネーフローの変化で
ある。先述のように、80 年代後半以降、新興市場諸国の対外資金調達手段はシ
ンジケートローンから債券へと大きくシフトした。Dooley(2000)や Lipworth and
Nystedt(2001)は、こうした変化は偶然ではないとして以下のように指摘してい
る。すなわち、中南米危機後にはシンジケートローンの再構築(返済繰延や債務
削減等)が行なわれるとともに、そのための枠組み作りが進展したが、このこと
はシンジケートローンの再構築が以前よりも容易になり、
「負債の規律」が低下
したことを意味した。そこで新興市場諸国は、債務の再構築がより困難な債券に
よって資金調達することで、危機回避に向けて最善の努力をするインセンティブ
をもっていることを貸し手に示したのである。
集団的行動条項が新興市場諸国の資金調達コストに及ぼす影響
PSI のルール化によって新興市場諸国への資本流入が細る、という上記の議論
に対しては、PSI のルール化がもたらす便益 ― 危機に際しての協調的な債権者
行動の確保 ― を考慮していないという再反論がある。例えば、ソブリン債券へ
の CAC の 挿 入 に よ り 借 り 手 の モ ラ ル ハ ザ ー ド が 生 じ て デ フ ォ ル ト 確 率
(probability of default)が上昇する一方で、債権者間の資本逃避競争が抑制され
16
ソブリンの債務履行インセンティブとしては、この他に、①信頼のおける債務者
(国)としての評判を維持することや、②貿易信用が機能麻痺して財・サービスの
輸出入が急減することに対する懸念、などが考えられる(Rogoff, 1999)
。
25
たり債務再構築がより容易になったりするのであれば、デフォルト時回収率(loss
given default)も上昇すると考えられる。このとき、ソブリン債務者の資金調達
コストが増大するかどうかは一概にはいえず、実証的な問題となる(図表 9)
。
ソブリン債券への CAC の挿入が資金調達コストに及ぼす影響については、
Eichengreen and Mody (2000), Becker, Richards, and Thaicharoen (2001) 等の実証研
究がある。ただし両者の結論は正反対となっており、コンセンサスが成立してい
るとは言い難い。
まず、Eichengreen and Mody (2000)は、1991∼98 年に発行された新興国債券の
発行利回りを被説明変数とする以下の推計式を推定している。
log ( spread ) = β 1 X + β 2 Z + u1
ただし、 X は債券・発行体・発行された時期の特徴を表わす変数のベクトル、Z
図表 9 CAC 挿入が債券価格に及ぼす影響
リスク中立的な投資家を仮定する。CAC が付されていない債券の価格は、
p NCAC = p (1 − π ) + pπδ
p :安全債券価格、 π :債券のデフォルト確率、 δ :デフォルト時回収率
一方、CAC が付された場合には、デフォルト確率が増大( ∆π )するとともに、
債務の再構築が容易になることから、デフォルト時回収率も増大( ∆δ )
。
p CAC = p (1 − π − ∆π ) + p (π + ∆π )(δ + ∆δ )
ここで、 ∆π∆δ が十分に小さいと仮定するならば、CAC を付すことによって
債券価格が上昇するための必要十分条件は、
∆π
∆δ
<
(1 − δ )
π
すなわち、CAC 挿入によって生じたデフォルト確率の上昇率が、デフォルト
時回収率の増分(をデフォルト時ロス率で割引いたもの)よりも小さくなけれ
ばならない。
(資料)Dixon and Wall(2000)に基づき作成。
26
は債券の準拠法、 u1 は誤差項である。また、推計手法は、①OLS、②2SLS、③
Heckman の 2 段階推計法、④2SLS と Heckman の 2 段階推計法を組合せたもの、
の 4 つである。このうち、②は債券の準拠法 Z が発行体の内生的な選択によるも
のであること(内生性の問題)を修正するためで、実際の準拠法の代わりにロジ
ット・モデルにより推計された準拠法の確率推定値が用いられている。また、③
は実際に発行された債券しかサンプルに含まれていない(潜在的な発行体のデー
タがすべてはカバーされていない)ことに伴う選択バイアス(selection-bias)を
修正するためである。
推計結果は推計手法によって大きく異なっており、例えば OLS では CAC は資
金調達コストに影響を及ぼしていないが、2SLS と Heckman の 2 段階推計法を組
み合せた④では統計的に有意な影響が得られている。Eichengreen and Mody
(2000) は④の推計結果に基づき、
「格付の高い国の債券の場合、CAC の挿入が資
金調達コストに影響を及ぼしたとはみられないが、格付の低い国では資金調達コ
ストが増大した」と結論付けている。そのうえで、後者に関して、CAC の挿入
が格付の低い新興市場諸国に対する新たな「負債の規律」となっていると肯定的
に評価している。
一方、Becker, Richards, and Thaicharoen (2001)は、同様の推計式を、1998 年央・
2000 年央の 2 時点における新興国債券の流通利回りを用いて推定している。発
行利回りを用いた Eichengreen and Mody (2000)と異なり流通利回りを用いている
のは、①内生性の問題が相対的にマイナーなものとなる、②一時点で計測するこ
とにより推計期間中の市場環境の変化を考慮する必要がない、という理由による。
彼らは、格付に関わらず CAC の資金調達コストに及ぼす影響はほぼゼロである
との推計結果に基づき、CAC 導入による便益(協調的な債権者行動の確保)は
そのコスト(借り手のモラルハザード)にほぼ見合ったものであると解釈してい
る。また、こうした分析結果は、
「ソブリン債券の再構築にあたって CAC の有無
はマイナーな問題」とする市場参加者の認識を裏づけするものと指摘している。
27
5.結
語
(1)PSI のルール化のジレンマ:負債の規律 vs. 危機コストの軽減
前節までの検討をふまえると、PSI のルール化をめぐる議論は以下のように整
理できよう。
PSI のルール化はなぜ必要か
PSI のルール化を主張する論者は、その必要性を、①国際金融危機における集
団的行動問題の存在と、②90 年代後半以降の IMF 融資の大型化に伴う「貸し手
のモラルハザード」の二点に求めている。すなわち、危機解決のための制度的な
枠組みがない下では、
「協調の失敗」によって資本逃避競争や債務再構築上の困
難が生じて、債権者全体の利益が毀損されるとともに、急激な資本流出によって
新興国経済が大きな痛手を受けている(事後的な非効率性)。また、新興国経済
への打撃を緩和するための IMF 融資によって、
貸し手のリスク認識が甘くなり、
過剰な資本流入という形での事前的な非効率性が追加的に生じているとする。
これに対して、PSI のルール化に否定的な論者は、集団的行動問題は「借り手
のモラルハザード」抑制という事前的な効率性を確保するうえでの「必要悪」と
認識している。また、実務家や市場参加者からは、そもそも債務再構築に際して
の集団的行動問題をあまり重視すべきではない、との声もある。彼らによれば、
債務再構築にあたって重要なのは、危機に陥った新興国が債権者と十分な信頼関
係を築くよう努力しているかどうかであり、債務再構築の対象となる債券に集団
的行動条項(CAC)が挿入されているかどうかは二義的な問題でしかない。また、
バルチャーファンドに代表されるいわゆる hold-out creditors は、交渉期間中には
様々な要求を突きつけるが、最終的な成案を得るにあたって妨げとなることはな
いとしている。
IMF 融資の大型化による貸し手のモラルハザードについては、
「民間債権者は
90 年代後半の一連の国際金融危機によって実際に損失を蒙っている」との反論
が寄せられている。また、新興市場諸国の債券スプレッドが「貸し手のモラルハ
ザード」論と整合的な動きを示したのは、98 年のロシア通貨危機時など数例し
かない。
28
PSI のルール化による借り手のモラルハザード
PSI のルール化の狙いは、債権者間の協調行動を促して、危機に陥った新興国
が蒙る打撃を緩和する点にある。しかしこのことは、裏返せば、借り手である新
興国のデフォルト・コストが低減することを意味する。デフォルト・コストが減
少するような制度的な措置をとれば、新興市場諸国の危機回避に向けたインセン
ティブ(
「負債の規律」
)も低下して、国際的な資金フローが細ることにもなりか
ねない。シンジケートローンの再構築が行なわれた 80 年代後半以降、新興市場
諸国の対外資金調達手段は銀行借入から債券へとシフトしたが、これは、民間債
権者及び新興国が、
「負債の規律」の悪化を嫌ったためとも解釈できる。
これに対して、PSI のルール化を主張する論者は、こうした「負債の規律」が
低下することの弊害は軽微であるとする。即ち、借り手のモラルハザードにより
デフォルト確率が上昇したとしても、債務再構築の枠組みが整備されることによ
りデフォルト時回収率も高まるため、新興国の対外資金調達面での悪影響は相殺
されると考えている。また、IMF 融資による貸し手のモラルハザードによって過
剰な資本流入が生じたことが危機の原因とみる立場からすれば、PSI のルール化
によって信用リスクの高い新興市場国の資金調達コストが上昇することは当然
の帰結であり、好ましいことでもある。
PSI のルール化のジレンマ:負債の規律 vs. 危機コストの軽減
実証研究が乏しく、市場参加者や政策当局者の間でのコンセンサスもないなか
で、集団的行動問題や貸し手のモラルハザードの有無について判断を下すのは困
難である。集団的行動問題や貸し手のモラルハザードが、
「仮にこれまで存在し
なかったとしても、今後顕在化する危険性が残る」
(Eichengreen, 2000)のは事実
であるが、曖昧な論拠に基づいて PSI のルール化という国際金融システム上の大
きな制度変更を加えるのであれば、その政策コストに関する判断が重要になる。
即ち、PSI のルール化をめぐる議論の是非は、「負債の規律」の低下(事前的効
率性の悪化)と危機コストの軽減(事後的非効率性の改善)のどちらを重視する
かという点に帰着する。
29
(2)PSI のルール化と IMF との補完関係
Gai, Hayes, and Shin (2001) は、PSI のルール化の便益(危機コストの軽減)と
コスト(
「負債の規律」の緩和)が IMF の「能力」に依存することを明らかにし
ている(モデルの詳細は補論 2 を参照)
。彼らは、IMF が、①危機によって新興
国が蒙る打撃を軽減する、②新興国の経済ファンダメンタルズや債務返済能力を
監視する、という 2 つの役割を担っているケースを想定して、危機に対する IMF
介入(IMF による支援融資や PSI のルール化)が、事前的効率性と事後的効率性
のトレードオフ関係や、トータルでみた経済厚生(期待産出額)にどのような影
響を及ぼすかを分析し、以下の結論を得ている。
•
IMF の監視能力が高いほど、新興国に対する規律が働くため、事前的効率性
の損失は小さくなる。
•
IMF の危機コスト軽減能力が高いほど、事後的な効率性が改善する。ただし、
あまりに危機コスト軽減能力が高いと、事前的な効率性のロス(債務者に対
する規律の緩み)が大きくなりすぎるため、経済厚生は逆に悪化する。とり
わけ IMF の監視能力が低い場合には、こうした弊害が大きくなる。
Gai, Hayes, and Shin (2001)の分析は、PSI のルール化によって経済厚生が改善さ
れるためには、IMF の借り手に対する監視能力が十分に高いことが必要であるこ
とを明らかにしている。この点を IMF の承認に基づくスタンドスティルに即し
て考えてみると、国際金融市場がもつ「負債の規律」の毀損を最小限に抑えるに
は、危機の原因が流動性危機なのか健全性危機なのかを IMF がきちんと識別す
ることや、IMF のスタンドスティル承認/支援融資にあたって課せられるコンデ
ィショナリティ(融資条件)が、借り手のモラルハザードを防ぐうえで有効に機
能することが求められる。IMF の監視能力が低い場合には、投資家の IMF に対
する信認不足により、資本の逃げ足が速まったり債務の短期化・有担保化が進展
したりする等、危機を逆に促進することにもなりかねない。アジア通貨危機以降、
現在に至るまでの IMF 批判を踏まえると、こうした懸念は無視しがたいものが
あると思われる。
30
(3)おわりに ∼ 若干の政策提言
90 年代後半に新興市場諸国で発生した国際金融危機は、国際金融システムの
安定性を維持することがきわめて重要な政策課題であることを我々に示した。国
際金融アーキテクチャーの主たる課題が、どのようにして危機を未然に防ぐかと
いう点にあることは論をまたない。また、ひとたび危機が発生したときには、こ
れをできるだけ速やかに解決することが望ましい。
しかし、危機解決のための枠組みを構築するにあたっては、その便益とともに
コストを考慮する必要がある。倒産法制の存在しないソブリンを対象とする国際
的な資本取引の場合、危機にも借り手のモラルハザードを抑制するという積極的
な役割が存在する。新たな国際金融システムの構築にあたっては、こうした「危
機の脅威」がもつプラス面をできるだけ損なわないような配慮が必要とされよう。
PSI のルール化をめぐる議論の難しさは、危機解決にあたっての民間関与の枠
組みを整えることにより、国際金融市場がもつ「負債の規律」が弱まる点にある。
このことを踏まえて、本稿では以下の三点を提言したい。
第一に、IMF の承認によるスタンドスティルにせよ、ソブリン債券への CAC
の挿入にせよ、実行するのであれば、借り手のモラルハザードを抑制する施策を
併せて検討する必要がある。IMF 融資には、借り手のモラルハザードを抑制する
ためのコンディショナリティ(融資条件)が課せられているが、アジア通貨危機
時にその有効性が問われたこともあり、見直しが進められている。現在のコンデ
ィショナリティ見直しの動きは、被支援国の政策主権を尊重して簡素化を進める
など概して緩和の方向にあるが、PSI のルール化を推進するのであれば、むしろ
厳格化することも必要となろう。
第二に、コンディショナリティ批判に代表されるように、IMF の監視能力・危
機管理能力が疑問視されている現状を踏まえると、IMF の承認に基づくスタンド
スティルよりも、ソブリン債券への CAC の挿入を重視すべきである。
スタンドスティルよりも CAC を重視すべきとの結論は、危機の原因と対処策
とを間違えたときの政策コストの観点からも支持される(Eichengreen, 2000)
。危
機の最中に、危機の原因や当該国の経済的なファンダメンタルズを判断するのは、
IMF ならずとも困難である。危機の原因がファンダメンタルズ悪化による債務返
済能力の低下にある場合、IMF による承認の有無に関わらず、債務支払いを一時
的に停止することは不可避である。その際に、IMF が誤った診断に基づいてスタ
31
ンドスティルを承認することは、危機の解決の先延ばしにつながって傷を深くす
ることにもなりかねないであろう17, 18。
最後に、仮に貸し手のモラルハザードが存在するのであれば、その本質的な弊
害は、ソブリンの信用リスクにみあった価格設定がなされず、新興市場諸国に対
して過剰に資本が流入する点にある。こうした点を是正するのであれば、①民間
債権者に対してソブリンの信用リスクに応じたコスト負担を求めることや、②す
べての国が加盟する世界的な保険機構を設立して、加盟国が自らの信用リスクに
応じた保険料を支払うことが考えられる。例えば、現在検討が進められている新
BIS 規制案は、ソブリンリスクに応じた自己資本賦課を対象金融機関に求めてい
るが、これは①のタイプの規制の一種とみることができよう。また②は、銀行規
制における可変保険料型の預金保険制度とのアナロジーに基づくものである。す
なわち、保険の設立によって国際金融危機に対するセイフティネットを用意する
とともに、保険料率を信用リスクに応じた可変料制とすることで、擬似的な市場
規律を働かせるのである。IMF に国際金融市場における「預金保険機構」として
の役割を期待するのであれば、加盟国の出資額(クウォータ)をリスク感応的な
ものに見直す必要があろう。
17
危機が投資家の混乱による流動性危機の場合、債務再構築は不要であるので、ソ
ブリン債券への CAC 挿入は無益であると同時に弊害もない。
18
IMF の承認によるスタンドスティルに対しては、
「危機管理者」としての IMF と
「貸し手」としての IMF との間で利益相反が生じるとの批判も寄せられている。IMF
協定は「IMF 融資は返済可能と期待される場合にのみ行なう」と規定しており、IMF
融資はこれまでの債務再構築においても対象外とされてきた。したがって、IMF が
民間債権者に対する債務支払いの一時停止を承認すると、危機国の希少な外貨準備
を IMF 融資の返済に充当して民間債権者に負担を転嫁しているとの疑念をもたれる
恐れがある。
32
【補論1】ソブリン債券の再構築の事例
パキスタン
99 年 1 月にパリ・クラブは、パキスタンの公的債務繰延べ(リスケジュール)
にあたり、債務の「平等性原則」
(“comparability of treatment” principle)をユーロ
債にも適用することを求めた(従来、債券は平等性原則の対象外であった)
。こ
のため、パキスタンがユーロ債初のデフォルト事例になるとの見方が市場参加者
の間で強まった。パキスタン政府は当初パリ・クラブ提案に否定的であったが、
軍事クーデターにより全面的な債務再構築が不可避となったことから、99 年末
に、3 種類の既発ユーロ債(99/12∼2002/2 に満期を迎えるクーポン 5%、11.5%、
LIBOR+3.95%のユーロ債)を、満期 6 年(支払猶予期間 3 年)
、クーポン 10%
の新たなユーロ債にスワップすることを債券保有者に対して提案した。
旧債券保有者が金融機関や中近東の富裕個人等、比較的限られていたこともあ
り、最終的には 99%の債券保有者がスワップに応じた。なお、旧債券には集団
的行動条項(CAC)が付いていたが、発動にはいたらなかった。CAC が発動さ
れなかった理由としては、パキスタン政府が、①債権者集会(bondholders’
meeting)で多数の支持が得られるかどうかを懸念したこと、②債権者集会の場
でスワップ対象外の債券の繰上げ償還を求められることを懸念したこと、が指摘
されている。CAC が発動されなかったため、スワップに参加しなかった債券保
有者には旧債券の元利払いを受ける法的権利があるが、実際に訴訟沙汰になるこ
とはなかった模様である。
ウクライナ
ウクライナは、98 年のロシア危機の影響により民間からの新規資金調達が困
難になり IMF 支援融資を仰いだが、その際に、外貨準備高を一定レベル以上に
維持する外貨準備高ターゲットが融資条件(コンディショナリティ)として課せ
られた。このため、香港の Regent Pacific Group が保有するインデックス債 1.6 億
ドルが 99 年 6 月に償還時期を迎えた際には、外貨準備高が 7 億ドル以上あった
にも関わらず元利金返済を行なわず、係争となった。しかし、RPG がクロス・
デフォルト条項19や期限の利益損失条項20の発効を迫ったため、ウクライナ政府
19
債務者が他の債務で不履行を起こした場合を、その債務の不履行事由と規定する
33
は RPG への債務支払いのために 2001 年を満期とするユーロ債を発行した。この
結果、2001 年 3 月の債務支払い負担が巨額にのぼり、債務不履行懸念からユー
ロ債の流通価格が半減した。
こうした事態をうけて、2000 年 2 月に、ウクライナ政府は債券スワップを提
案した。内容は、①CAC が付された 3 種類の債券(準拠法はルクセンブルク)
、
②CAC のない債券(準拠法はドイツ)
、の計 4 種類(利回りは 11∼21%)の既存
の債券を、満期 7 年(支払猶予期間 1 年)の新債券(利回りはユーロ建ての場合
10%、ドル建ての場合 11%)にスワップするものであった。最終的には 95%の
債券保有者がスワップに応じた。
このうち CAC が付されていた債券は、少数の投資銀行、ヘッジファンドに保
有されていたため、ウクライナ政府は彼等と非公式の交渉を積み重ねた。訴訟を
ほのめかす債券保有者もいたが、多くはウクライナ政府の提案を好意的に受け止
めた模様である。また、ウクライナ政府は、債券保有者に取消不能の委任状
(irrevocable proxy)を提出するよう促し、事前に十分な委任状を集めてから債権
者集会を開催して CAC を発動した。CAC に基づいて旧債券の支払条項を変更し
た後、新債券とのスワップが成立した。
一方、CAC が付されていなかった債券は小口投資家(ヨーロッパ、アジアの
個人投資家)が多かったため、ウクライナ政府が直接交渉に臨むことは不可能で
あった。このため、債券の販売にあたった 4 投資銀行の仲介により債券スワップ
に応じるよう促すとともに、債券保有者に対する「アメ」(sweetener)として、
流通価格よりも 2 割ほど高い価格でスワップを申し入れた。
エクアドル
財政赤字改善の展望が開けなかったことを背景に、IMF 支援融資(4 億ドル)
をめぐるエクアドル政府と IMF との交渉は 99 年夏に膠着状態に陥った。このた
め、債務支払いのための資金が枯渇したエクアドル政府は、8 月 25 日に有担保
条項。他の債務で不履行があったときには、その債務の債権者にも債権回収機会が
与えられる。
20
債務支払い不履行、契約上の義務の不履行、破産などが起きた場合、債務者は「契
約で定められた期限まで債務返済を求められない」権利(期限の利益)を失い、た
だちに返済を求められるとする条項。
34
ブレイディ債の利払い延期を一方的に宣言した。これに対して、弁済期日繰上げ
に必要な 25%以上の債券保有者が弁済期日繰上げを求めたため、9 月末にブレイ
ディ債としては初めてのデフォルトが確定した。また、99 年 10 月にはユーロ債
の利払いも滞り、すべての債券がデフォルト状態に陥った。
半年以上の混迷を経て、2000 年 7 月にエクアドル政府はデフォルトした債券
のスワップを提案した。すなわち、①原則として 30 年債(金利は当初 4%、1 年
ごとに 1%上昇し最終的には 10%)を新債券とするが、②債務削減に応じた場合
には、①を 12 年債(金利 12%)に転換するとともに、デフォルトした旧債券の
未払い利子の支払いも行なわれることを提案した。
デフォルトした旧債券の保有者が多様であったこと(商業銀行、生命保険、ヘ
ッジファンド、小口投資家など)
、エクアドル政府が債券保有者との対話に消極
的であったため債券保有者の不満が高まっていたこと、ブレイディ債に CAC が
付されていなかったこと等から、債券スワップの成否が危ぶまれたが、エクアド
ル政府は、ブレイディ債に付されていたエクジット条項(exit consents)を利用
することで債券スワップを成功させた。エクジット条項とは、債務者及び多数の
..
債券保有者の同意があれば、金利や満期などの債務支払いに関する条項以外の条
項を変更できるというものである。エクアドル政府は、債券スワップに応じよう
としない債券保有者に対して「債券スワップに応じなければ、エクジット条項を
利用して旧債券の流通価格を引き下げるような条項変更 ― 例えば、クロス・デ
フォルト条項や担保権設定制限条項(negative pledge)21の削除 ― を行なう」と
迫り、結局、97%の債券保有者が債券スワップに応じた。
アルゼンチン
アルゼンチンでは、99 年以降、景気の低迷が続くとともに財政赤字問題が懸
念されていたが、2000 年 10 月の副大統領辞任をきっかけとして国内金利・政府
外債利回りが急騰した。このためアルゼンチン政府は、11 月に新経済・社会政
策を発表して、財政構造改革に取り組むことを表明した。また、12 月には IMF
支援を軸とした金融支援パッケージ(総額 397 億ドル)が発表された。このうち
21
無担保債の約定の一つで、債券の満期までの間に、債務者が他の債務のために担
保権を設定することを制限するもの。他の債務のために担保権を設定する場合には、
その債券にも同順位かつ同比率で同じ担保権を付けることを約束する場合が多い。
35
民間セクターは 200 億ドルを負担しており、内訳は、①国内銀行による償還を迎
える債券のロールオーバー・新発債の買い入れ(100 億ドル)、②年金基金によ
る新発債の買い入れ(30 億ドル)
、③債務スワップ(70 億ドル)となっている。
金融支援パッケージにより、金融市場はいったん落ち着きを取り戻した。しか
し、2001 年 3 月に再びデフォルト懸念が高まり、債券スプレッドが急騰した。
このため政府は、2 回目の債券スワップ(“mega” bond exchange, 295 億ドル)を
2001 年 6 月に実施した。内容は以下の通りである。
•
対象債券は 2005 年までに償還を迎えるドル建て、ペソ建て債券。機関投資家、
金融機関にターゲットにしたため、小口投資家の多い円建て、ユーロ建て債
券は対象に含めず。
•
新債券は 5 種類:2006 年∼2031 年に償還を迎えるもの。表面価額は計 304
億ドル、新債券全体の平均金利は 10.3%程度。
スワップは総じてアルゼンチンにとって好条件で達成され、当面の債務支払い負
担が軽減された。なお、スワップの大半は国内債券保有者(銀行・年金基金)に
よるものであったといわれている。
しかし、2 回にわたる債務スワップによって当面の債務支払い負担が軽減され
たにも関わらず、危機的な状況は現在も続いており、債券スプレッドもさらに高
騰している。IMF は 8 月に 80 億ドルの追加支援を発表したが、このうち 30 億ド
ルは「アルゼンチンの債務支払いが持続可能なものとなるような、自発的かつ市
場原理にのっとった措置」
(債務リストラ)が講じられた後に実施すると表明し
た。これに呼応して、アルゼンチン政府は、11 月 1 日に債務再編計画を発表し
た。これは、すべての債務を将来の税収を担保とする新規国債/新規ローンにス
ワップするものである。国内債権者を対象とする第一段階と、海外債権者を対象
とする第二段階とに分けて行なわれることとなっており、このうち、第一段階に
ついては、
•
新債権の利回りは既往分金利の 70%に引き下げ。ただし、固定は 7%、変動
は LIBOR+3%が上限。
•
税収担保以外の「アメ」として、①新ローンに対する利子税(現状 35%の免
除)
、②新ローンは時価会計評価の対象外とする、等の措置を講じる。
こととなっている。
36
【補論2】ソブリン債務危機に対する IMF 介入の影響
以下では、Gai, Hayes, and Shin (2001) のモデルに基づき、ソブリン債務危機に
対する IMF 介入(IMF 支援融資や PSI のルール化)は、①危機に伴う損失を軽
減する一方で債務国に対する「負債の規律」を低下させること、②IMF の債務国
に対する監視能力が十分に高いときにのみ経済厚生を改善させること、を示す。
(1)基本モデル
ソブリン債務者と無数の小債権者との取引を考える。時間軸は t=0, 1, 2 の 3 時
点であり、t=0 に「元本 L に対して元利 rL を t=1 時点に返済する」貸出契約が成
立する。債務国は借入額 L を t=2 を満期とするプロジェクトに投資し、t=1 に中
間生産額を、t=2 に最終生産額を得る。
ここで、最終生産額は t=1 時点での返済額 x に依存すると仮定する。これは、
約定通り rL が返済された場合には投資プロジェクトは満期 t=2 まで続行される
が、約定通りの返済が行なわれない場合には、債権者は投資プロジェクトの満期
前での流動化を要求すると想定するためである。具体的には、意図的な債務不履
行比率(discretionary shortfall ratio) s を以下のように定義し、
s=
rL − x
∈ [0,1]
rL
(1)
最終生産額 y を以下のように定式化する。
y ( L, s ) ≡ (1 − αs ) Lλ
(2)
ここで、α ∈ (0,1) は満期前に投資プロジェクトを流動化したことによる最終生産
額の損失度合いを表わすパラメータであり、債務不履行(デフォルト)が生じた
場合、 αs だけ最終生産額が減少することになる。 λ ∈ (0,1) は投資額 L の最終生
産額に対する弾力性を表わすパラメータである。
x は確率変数であり、確率 θ で約定通りの rL 、確率 1 − θ で約定未
中間生産額 ~
。ここで、自然に
満の区間 [0, rL ] 内の値をとるとする(区間内での確率は均一)
よる債務不履行比率(natural shortfall ratio) z を、以下のように定義すると、
37
z=
rL − ~
x
∈ [0,1]
rL
(3)
z は確率 θ で 0、確率 1 − θ で区間 (0,1] 内の値をとることになる。自然による債務
不履行比率と意図的な債務不履行比率が一致するかどうかは、債務国の意思によ
る。即ち、中間時点 t=1 においてデフォルトが生じた場合、債務者の意図的なも
のである可能性もあるし( s > z , strategic default)、単に不運によるものである可
。債権者は、デフォルトが意図的なものなの
能性もある( s = z , bad luck default)
か不運によるものなのかを事後的にも識別できないと仮定する。
最適貸出量
最適貸出量は以下の制約条件付き最大化問題の解として与えられる。
Max
s.t.
E[ y ( L, z ) − (1 − z ) rL ]
E[ y ( L, z ) − (1 − z ) rL ] ≥ 0
and y ( L, z ) − (1 − z ) rL ≥ y ( L, s ) − (1 − s ) rL for all s ≥ z
(4)
(5)
(6)
目的関数(4)は、債務国が元利返済後の期待生産額を最大化するような貸出額 L
を選ぶことを意味している。制約条件は 2 つあり、不等式(5)は債務国にとって
貸出契約を結んだ方が結ばないよりも良いこと(取引参加条件; participation
constraint)を22、不等式(6)は債務国が意図的なデフォルトを起こすインセンティ
ブを持たないこと/自然によりデフォルトが避けられない場合は可能な資源を
すべて債務返済に充てること(誘因整合性条件; incentive- compatible constraint)
を意味する。
誘因整合性条件
誘因整合性条件(6)式より、債務国は z が実現した(中間生産額が確定した)t=1
時点において、以下の問題を満たす s を選択する。
22
ただし、本モデルでの生産関数(2)式が lim ∂y ∂L = ∞ の性質を満たすことから、
L →0
最適貸出量は内点解で与えられ、取引参加条件が実際に抵触する(bind)ことはない。
38
Max
(1 − αs ) Lλ − (1 − s ) rL
s.t.
s≥z
(7)
上記目的関数は s について線形であることから、解は
s=z
if
αLλ > rL
s = 1 if αLλ < rL
となる。即ち、誘因整合性条件を満たすためには、貸出量 L は、以下の不等式が
成立するような十分に小さい値でなくてはならない。
1
 α  1−λ
L≤ 
r
(8)
実現貸出量
実現貸出量が最適貸出量と一致するかどうかは、誘因整合性条件(8)式が最適
貸出量に抵触する(binding)かどうかに依存する。目的関数(4)を書き下すと、
θ [ Lλ − rL ] + (1 − θ ){[1 − αE ( z | z > 0)]Lλ − [1 − E ( z | z > 0)]rL}
(9)
となる。ここで E(z | z >0) は z が正の条件の下での z の条件期待値であり、一様
分布(uniform distribution)に従っていると仮定していることから 1/2 である。誘
因整合性条件を考慮せずに目的関数(9)式を L について微分した一階の条件を整
理すると、
 λ [2 − α (1 − θ )] 1− λ
L= ⋅

1+θ
r

1
(10)
が得られる。(10)式を誘因整合性条件(8)式に代入すると、以下の不等式が成立す
る時に最適貸出量は誘因整合性条件に抵触しないこととなる。
α≥
2λ
1 + θ + λ (1 − θ )
(11)
即ち、α が十分に大きく、デフォルトによって債務国が蒙る打撃が十分に大きい
ときには、誘因整合性条件は抵触せず、最適貸出量が実現する。逆に α が小さす
ぎると、誘因整合性条件が抵触し、実現貸出量は最適貸出量を下回ることになる。
39
このことは、Dooley (2000) が指摘するように、デフォルト・コストを低下させ
るような政策(例えば IMF の承認に基づくスタンドスティル)によって α が低
下すると、国際的な資金取引が細る可能性があることを意味する。
以上を要約すると、実現貸出量 L* は以下の式で与えられる。
1
1

  α  1−λ  λ [2 − α (1 − θ )] 1−λ
L = min    ,  ⋅

1+θ
r

  r 
*




(12)
(2)IMF モデル
先の基本モデルでは、α が十分に大きい時、債務国は国際的な資本流入の恩恵
を蒙る一方で、不幸にもデフォルトが発生した場合( z > 0 )には、経済危機に
よる生産額の減少という形で多大な事後的コストを負担しなくてはならない。
IMF に代表される公的セクターは、IMF 支援融資や PSI をルール化することで、
こうした事後的なコストを軽減させることができる。
ここでは、IMF は二つの役割を果たしうると想定する。第一は、債務国の経済
ファンダメンタルズ/債務返済能力を監視して債務国に規律を与える役割であ
る(事前的効率性の維持)
。第二は、債務国がデフォルトして経済危機に陥った
際にそのコスト − 具体的には生産額の減少 − を軽減する役割である(事後的
非効率性の改善)
。
具体的には、IMF は t=1 時点で債務国の状態について{Good, Bad}のどちら
かのシグナルを発する。Good は z = 0 、Bad は z > 0 を意味する。ただし、IMF
が発するシグナルには誤っている確率 ε < 0.5 が存在する。したがって、t=1 にお
ける状態確率分布は、以下の行列で与えられる。
IMF のシグナル
ファンダメンタルズ
Good
Bad
Good ( z = 0 )
θ (1 − ε )
Bad ( z > 0 )
(1 − θ )ε
θε
(1 − θ )(1 − ε )
また、デフォルトが発生し、IMF が{Bad}のシグナルを発した場合、IMF は
40
危機コストを軽減するような介入を行なう。即ち、IMF の介入により生産額の減
少は σ だけ緩和され、債務不履行比率 s の下での最終生産額は、
y = (1 − σαs ) Lλ
(13)
で与えられるとする。
この時、IMF の介入による効果は以下の通りとなる。
① [ファンダメンタルズ、IMF シグナル]=[Bad, Bad]
:IMF が正しく介入
した場合、IMF のシグナルは基本モデルの誘因整合性条件と整合的なもの
となる。さらに IMF の介入によって事後的な効率性は改善する。
② [ファンダメンタルズ、IMF シグナル]=[Good, Bad]
:IMF が誤って介
入した場合(債務返済能力があるにも関わらずデフォルトが「不運」によ
るものであると認証した場合)、債権者は不当な債務再構築プロセスへの
関与を余儀なくされる。IMF がデフォルト・コストの軽減という誤ったア
メを債務国に与えた結果、債務国は債権者と IMF を騙したことによる利得
を享受する。
③ [ファンダメンタルズ、IMF シグナル]=[Bad, Good]
:IMF が誤って介
入しなかった場合、基本モデルと同様にデフォルトによる経済危機が発生
する。
要約すると、ケース①では経済危機に伴うコストの軽減という形で IMF 介入の
メリットが顕在化するが、ケース②では誤った介入という形でデメリットが顕在
化する。ケース③は基本モデルと同じである。
IMF 介入のデメリット:誘因整合性条件の厳格化による貸出量の減少
IMF 介入のデメリットは、以下にみるように、誘因整合性条件の厳格化を通じ
て貸出量が減少する点にある。
まず、債務履行能力のある( z = 0 )債務国を考えよう。この時、IMF は ε の
確率で誤って介入してしまう。したがって、t=1 時点における債務国の問題は、
以下の目的関数を最大化するような s を選択することである。
(1 − ε )[(1 − αs ) Lλ − (1 − s ) rL ] + ε [(1 − σα s ) Lλ − (1 − s ) rL ]
41
(14)
これを整理すると、
{1 − sαˆ }Lλ − (1 − s )rL
ただし、 αˆ = α [(1 − ε ) + σε ] < α である。したがって、
1
1
 αˆ  1− λ  α  1− λ
L≤  < 
r
r
(15)
となり、誘因整合性条件は基本モデルにおける(8)式よりも厳しくなっている。
これは、債務履行能力のある借り手にとっては、IMF が誤って介入することによ
り、わざとデフォルトすることの利益が発生するためである(
「負債の規律」の
低下)
。
一方、債務履行能力のない( z > 0 )債務国の誘因整合性条件は、先のケース
①、③の説明から明らかなように基本モデルと同じであり、(15)式が成立してい
るもとでは常に抵触することはない。したがって、IMF モデルの下での実現貸出
量 L̂* は以下の式で与えられる。
1
 ˆ 1−1λ
 α 
 λ [2 − α (1 − θ )] 1−λ
*
ˆ
L = min    ,  ⋅

1+θ
r

  r 




(16)
IMF 介入による経済厚生改善の可能性
IMF による介入には、他方でデフォルトによる最終生産額の減少という痛みを
緩和するメリットがある(事後的非効率性の改善)
。こうしたメリットと先にみ
たデメリットとを総合して考えるため、債権者と債務者の利得の合計である期待
最終生産額を「経済厚生」と定義したうえで、基本モデルでの期待生産額 W 、
IMF モデルでの期待生産額 Ŵ を比較する。両モデルの下での貸出額(12)式、(16)
式より、
λ
 α 
W = L* θ + (1 − θ )1 − 
2 


(17)
λ
 α

Wˆ = Lˆ* θ + (1 − θ )1 − [ε + σ (1 − ε )] 
2



(18)
42
が得られる。L* > L̂* , α > α [ε + σ (1 − ε ) ] より、基本モデルでの経済厚生 W と IMF
モデルでの経済厚生 Ŵ のどちらが大きいかは一概にはいえない(事前的効率性
と事後的効率性とのトレードオフ)
。ただし、IMF モデルでの経済厚生 Ŵ の大き
さは IMF の「能力」を示す 2 つのパラメータ ε , σ に依存する( Ŵ に関する比
較静学)
。
•
IMF のシグナルの質 ε :IMF のシグナルの質が高いほど( ε が小さいほど)
経済厚生 Ŵ は改善し、基本モデルでの経済厚生 W よりも大きくなる可能
性が高まる。IMF のシグナルの質が高いときには、
「負債の規律」を毀損
する度合いが小さい一方で、危機コスト軽減の可能性が高まるためである。
•
IMF の危機コスト軽減能力 σ :IMF の危機コスト軽減能力が経済厚生 Ŵ に
及ぼす影響は一意ではない。これは、IMF の危機コスト軽減能力が高いと
きには、「負債の規律」が低下する度合いも大きくなるためである。とり
わけ IMF のシグナルの質が低いとき( ε が大きいとき)には、こうしたマ
イナス面が大きく出る。
以上より、IMF による介入が経済厚生を高めるためには、IMF の債務国に対する
監視能力が十分に高いことが必要である。
43
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2001 年 12 月発行
調査研究部 主事研究員 小野有人 研究リポート
電話
OR|TQWP|VTOW
C 富士総合研究所
2001
無断転載を禁ず
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