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特集:研究フロンティアレポート(PDF:878KB)
特集 「クロマグロ等の魚類養殖産業支援型研究拠点」 研究フロンティアレポート 「魚に学べ」 世界初!クロマグロの完全養殖に成功 「 実 学 」の 理 念 貫 き 、 養殖産業を支援 インタビュー 水産研究所長 大学院農学研究科水産学専攻 熊井 英水 教授 (COE拠点リーダー) 天然資源の保護につながる 「完全養殖」 《水産研究所は1954(昭和29)年に白浜の第一 養魚場でハマチの試験養殖に踏み切って以来、 「クロ マグロの完全養殖」に着手するまで、養殖技術の蓄積 に努めてきた。湾を仕切った築堤式と呼ばれる養魚 場で養殖を進めると同時に、将来養殖場の拡大発展 を視野に入れた「いけす網養殖法」を考案し、早速ハ マグロ幼魚の捕獲と飼育に挑戦 マチの養殖に応用した。これが現在、日本の養殖場の 約98%を占め、世界各国に広がっている。そのよう 《1970(昭和45)年、養殖対象魚種としてマグロ なパイオニアの技術をもってしても32年かかったク 類中最も大型で美味、市場価格も最も高いなど、経済 ロマグロの「完全養殖」とは――》 効果の極めて大きいクロマグロを選定。クロマグロ の養殖は魚体が巨大であること、酸素の要求量が極 天然のマグロの幼魚をいけすで親になるまで育て めて大きいこと、幼魚は特に皮膚の擦れに弱く、光や て産卵させ、 この卵をふ化させて育て、 親にしてまた 音などに敏感に反応することなどから、養殖研究対象 卵を産ませます。これが「完全養殖」であり、 幼魚を獲 魚として垂涎の的でありながら、手つかずの状態にあ って飼育し成魚にして市場に出す「養殖」と大きく異 ったと言う。故・原田輝雄教授(前水産研究所長)を中 なります。資源を天然に頼る「養殖」は当然、 資源の保 心とする近畿大学のグループは、 まずクロマグロの幼 護にはなりません。 「完全養殖」によるいけす内での 魚をいけす網で飼うことから開始した。》 外 部 から の 突 然 の 光 に 驚 き い け す の 網 に 向 かって 一 直 線に突 進し、衝 突 死したマグ ロの幼魚(模型) すい ぜん 資源の循環・増殖を実現することは、 将来的に外洋へ 07 の放流なども含め、 資源保護の観点からメリットが大 マグロの子どものヨコワと呼ばれる幼魚を飼うこと きいのです。天然資源に手をつけないだけでなく、 資 から始めようと決めて、 地元の漁師に頼みました。実 源を増やす道も開けます。 はマグロを養殖したいと言うと、 「絶対無理、 そんなば クロマグロなどのマグロ類は捕獲が禁止されてい かなことはやめろ。手でつかんだら、 すぐそこから腐っ るクジラ類のように、 ワシントン条約で規制をかけよう てくるくらい皮膚が弱い魚だ。生かして飼うことなど とする動きがあります。マグロの王様であるクロマグ できるはずがない」と、 相手にされませんでした。とこ ロの養殖の確立が、 マグロ資源を増やし、 マグロが食 ろが一人の船頭が、 定置網にかかったヨコワをすくっ 卓に上る「日本の食文化」を守ることになりますから、 て活魚槽に放り込んだらぐるぐる泳ぎ回ったことがある、 このプロジェクトの推進は大きな意味を持っています。 と言うのです。 21世紀COEプログラム特集 人工ふ化によりはじめて246 日間生存したクロマグロ 最初は定置網に入るヨコワ いけす網をタイの養殖などに使っていた6m角から、 を集めようと、 安易な考えでや 対辺12mの8角形に、 さらに直径30mの円形にする ってみました。そうしたら他の と、 生存数が大きく増えていきました。それをまた大 魚がいっぱいいる中で、 ヨコワ 事に大事に飼って、 2002年6月23日、 95、 96年生 が一番先に死んでしまうのです。 まれの計20匹が泳ぐいけすで、 産卵を確認。完全養 次に、 ヨコワ漁で用いる引き縄 殖が達成されたのです。 釣りという方法で釣るのがよ それをふ化させ、 沖出しして飼い続けて、 2年たった いことが分かりました。釣り針 昨年の9月3日、 デパートなどに初出荷しました。体長 がすぐに外れ、 釣った魚を手で 約1m、 体重約20kgに成長していました。 つかむことなくバケツの中に落とすように工夫しました。 少し弱ってきたところで、 活魚槽に入れる。釣ってすぐ に入れると当たって死んでしまうのです。70年から4 養殖産業を支援する 現場志向の研究・教育体制 年間はみんな途中で死んでしまって、 1年以上生きた ものはいませんでした。74年にやっと飼育できるよ 《今回選定を受けたプロジェクトは、熊井英水所長 うになりました。 を拠点リーダーに、 クロマグロなどの有用魚類の高度 養殖技術に関する開発研究と養殖産業の世界的な拡 産卵⇒人工ふ化⇒飼育⇒沖出し⇒産卵 大を、支援・協力する最高水準の研究拠点形成を目指 すものだ。 《その生き残ったマグロが5年たった79年、世界で 事業推進担当者は、水産研究所から9人、大学院農 初めていけす内で卵を産んだ。大回遊するマグロが 学研究科水産学専攻から12人、計21人の研究者に 串本の海の一角に閉じこめられて果たして卵を産む よって構成され、①種苗生産・養殖グループ②養殖場 だろうかという疑問は、 喜びのうちに解決した。今度は、 環境保全・資源動態グループ③飼料・食品の安全性・ その卵を陸上に持ってきて水槽の中でふ化させ、飼 加工グループ④流通・経済グループの大きく4つの研 育する段階に進んだ。しかし、ふ化に一番適した水温 究グループで組織されている。その特徴は「産業規模 や塩分濃度など、何も分かっていなかった。》 での生産技術の構築研究」だ。》 最初の年はふ化後47日で全滅。次の80年もダメで、 81年は卵を産まない。82年は少し産んで、 57日生 これまでの道程を考えるとき、 原田先生を中心とし きました。それから11年間というもの、 全く卵を産ま た先達の労苦は筆舌に尽くし難いものがありました。 なくなってしまいました。さあ、 この原因が分からない。 原田先生は「魚に学べ」といつも言っていました。ど 栄養が足りないのか、 環境が悪いのか。水温だろうと こにも解決方法が書いていないのですから、 魚に教え ほぼ見当がついても、 それがどう影響するか長い間つ てもらうほかありません。養殖の研究は現場があって かめませんでした。 成り立っているのです。理論や講義だけでは、 魚はつ 94年、 沖合に出していたマグロが7月初めから8月 くれません。 半ば過ぎにかけて、 毎日のように産んでくれました。 今、実験場が和歌山県に5カ所、富山県、鹿児島県 8400万粒の卵を人工ふ化させ、水槽で飼育。体長 の奄美大島と計7カ所あります。単なる実験ではなく、 7cmほどに育った約1800匹を海のいけすに移す作 すべて産業的な規模でやっています。 「実学」の理 業(沖出し)をしました。 念を旨とする我々が目指しているのは、開発した技 しかし、 翌朝行ってみると、 ほとんど死んでいました。 術を一般に公開して、 業界に発信し、 産業に結びつく レントゲン写真を撮ると首部分の骨が折れている。い 研究です。 けすの網に衝突したことが見て取れました。残った魚 を大事に飼いましたが、 246日で42cmになってい た最後の1匹が死んでしまいました。 21世紀COEプログラム特集 08 特集 「食資源動物分子工学研究拠点」 研究フロンティアレポート 「ホウレンソウ豚」の誕生 先端技術が大学と地域を活性化する 世界をリードする 若手人材を育成 インタビュー 先端技術総合研究所長 大学院生物理工学研究科生物工学専攻 入谷 明 教授 (COE拠点リーダー) 「生産動物機能性・安全性評価グループ」では、 トラ ンスジェニック動物の機能性・安全性を評価する実験 を繰り返しています。遺伝子組換えですから、 人間や 自然環境への影響など、 評価に関する研究は不可欠 COE申請の狙いは? です。実はホウレンソウ豚は、 日本よりも豚の消費量 ――研究レベルの向上は言うまでもありませんが、 最 が多い海外で注目を集めており、 既に引き合いがある 大の狙いは当研究分野で世界を引っ張る若手研究者 のです。しかし、 安全性の科学的な証明は慎重に行わ の育成にあります。優秀な人材を集めて大学全体の なくてはいけないと心得ています。 レベルアップを図りたければ、 教員がトピックになるよ また、 自治体など外部機関との連携が増えてきまし うな仕事をしていることが必要です。世界水準の研究 た。平成15年度の科学技術振興機構(JST)の地域 拠点となれば大学の評判は上がり、 学生はもちろん世 結集型共同研究事業で和歌山県が申請した「アグリ 界各国からの研究者が集まるようになります。 バイオインフォマティクスの高度活用技術の開発」では、 この点については文部科学省も同じことを言って 本拠点の事業推進担当者が中心になり、 私は研究統 います。 「拠点校への補助金は若手の研究者を育て 括を担っています。地域の活性化につながる研究とし るために支給するもの。研究資金は外部調達しなさい」 て評価されているのだろうと思います。 とね。21世紀の日本を発展させるには、 創造的な思 考力と高度な技術を兼ね備え、 世界をリードする若手 次に、教育面の成果はいかがですか。 研究者の育成に努めることが欠かせません。 ――以前は国公立の大学院に進学する学部生が多か ったのですが、 拠点となってからは本学に残る割合が それでは、研究面の主な成果を教えてください。 増えていますね。遺伝子工学科全体では進学者が半 ――スタッフは20人ほどで、 さらに3つのグループに 数にも達します。また、 科学研究費や大学院生の奨学 分かれています。中間評価を目指して、 それぞれが結 金の申請も通りやすくなりました。COEへの期待の高 果を出すために頑張ってきたところです。 さが分かります。 「有用遺伝子探索・プロテオーム解析グループ」では、 大学側でも改革が進められており、 COE拠点の大 タンパク質が単一構造ではなく柔軟性のある非定型 学院生に対しては学費免除・減免、 奨学金などの制度 であり、 優れた機能を発現する一方、 構造が安定して ができました。ポストドクターの受け入れについては、 いないことがプリオン病などを引き起こす原因となっ 国際競争力のある研究教育環境を整備し、 優秀な人 ていることを明らかにしています。 材を集めるため、学外の大学院を修了した研究者を 「遺伝子改変食資源動物生産グループ」では、 世界 採用しました。海外からも集まるようになり、 国際的な で初めて植物の遺伝子を利用したトランスジェニック レベルの大学からの留学生が増えましたね。グローバ 動物の生産に成功。ホウレンソウの遺伝子を持った豚 ル化した教育環境の中で実力を磨くことができます。 「オリーブ」を誕生させました。 09 21世紀COEプログラム特集 植 物 遺 伝 子 導 入 動 物を誕 生させた 世 界 初 のプロジェクトとは― ― 消 費 者 の た め の 遺 伝 子 導 入 動 物 を 世界初の植物遺伝子導入動物として注目を集め た「 オリーブ」。このプロジェクトは、植物に含まれ る不 飽 和 脂 肪 酸 の 性 質に着目したことから始まっ たのです。 飽 食 の 時 代となり、先 進 国では肉 の 過 剰 摂 取に よる生活習慣病 の問題が深刻化しています。飽和 脂肪酸が多い動物性脂肪を食べ 過ぎると、中性脂 肪 やコレステロ ー ルを 増 加させ てしまい 、動 脈 硬 化を起こしやすくなります。一方で魚類や植物に含 健 康 によ い 食 資 源を作 る 技 術を実 用 化 佐 伯 和 弘 教 授 きを持っています。そこで、動物に植物の脂肪酸不 飽和化酵素遺伝子を導入したトランスジェニック動 物を 誕 生させることで、食 習 慣を 変えずに健 康 の バランスを保てる食肉の確保を目指しています。 「オリーブ」の誕生は、 植物と動物の研究者のコラ ボレーションの成果です。研究チームには、 脂質研究 やタンパク質の解析、 遺伝子技術、 クローン技術など 世界水準のテーマを手掛ける先生がいます。消費者 にメリットのあるトランスジェニック動物を作ろうとい う思いを結集して、 快挙を成し遂げることができました。 「オリーブ」の命名はマンガの「ポパイ」からです。 ホウレンソウ豚はメスなので、 ポパイよりも恋人のオリ ーブの方がいいだろうということで一致しました(笑)。 従来の畜産領域では、 生産性の向上が研究の主流 生 物 理 工 学 部 遺 伝 子 工 学 科 まれる不飽和脂肪酸はコレステロー ルを下げる働 でしたが、 先進国は飽食状態にありますから、 研究の 方向をシフトさせる時期なんです。このような健康に よい遺伝子組換え食品は社会に受け入れられやすい ので、 今後もさまざまな有用遺伝子を使ってより優れ た食資源を作る技術を実用化させたいですね。皆で アイデアを出し合い、 知識を吸収し合って一つの結果 を出していく過程にやりがいを感じます。だから、 苦し い時ほど面白いんです。 私自身、 COE拠点に選ばれてから畜産以外の領域 の方とかかわる機会が増えました。研究にはフレキシ ブルな観点が必要ですから、 異なる発想を持つ研究者 植 物にはオレイン酸をリノー ル 酸に、さらにリノ ール酸をαリノレン酸に変換する、ほ乳動物にはな い2種の酵素が含まれています。αリノレン酸は体 内で血行の促進や抗がんなどの作用を持つEPA、 DHAへ 変換されます。ほ乳動物はこの2種を除い た 他 の 酵 素を 持っているた め 、植 物から2 種 の 酵 素 の 遺 伝 子を 取り出して 導 入 すれば、健 康に有 益 な脂肪分が作れるのではないかと考えたわけです。 研 究 の 第 1 段 階として、ホウレンソウのオレイン 酸をリノー ル酸に変える酵素の遺伝子を組み込ん だ「 オリーブ」が誕生しました。植物 の遺伝子がほ 乳動物の体内で機能することを実証する世界初の 例となったわけです。次の目標は、体内のリノール 酸をαリノレン酸に変 換できるトランスジェニック 動物を作り、有用性と安全性を証明することです。 このようにして誕生した「オリーブ」ですが、マウ ス や ウ サ ギ な ど の 実 験 動 物 と 異 なり、体 重 が 約 200kgと巨体であり、実験 の過程で、成長・交配・ 妊娠・分娩・保育と大変な労力と経費がかかります。 人の健康によい不飽和脂肪酸が20%も増えた「オ と一緒に仕事ができるのはうれしいことです。広い視 リーブ」は、動 物自身 の 健 康 状 態も非 常によく、現 野で研究を進めていけば、 社会で何が求められている 在 は世 代を 超 えて 導 入 遺 伝 子が 伝 わり、第 4 世 代 かを理解できるようになります。 まで誕生しています。 21世紀COEプログラム特集 10 特集 「食資源動物分子工学研究拠点」 研究フロンティアレポート 「ホウレンソウ豚」の誕生 先端技術が大学と地域を活性化する 世界をリードする 若手人材を育成 インタビュー 先端技術総合研究所長 大学院生物理工学研究科生物工学専攻 入谷 明 教授 (COE拠点リーダー) 「生産動物機能性・安全性評価グループ」では、 トラ ンスジェニック動物の機能性・安全性を評価する実験 を繰り返しています。遺伝子組換えですから、 人間や 自然環境への影響など、 評価に関する研究は不可欠 COE申請の狙いは? です。実はホウレンソウ豚は、 日本よりも豚の消費量 ――研究レベルの向上は言うまでもありませんが、 最 が多い海外で注目を集めており、 既に引き合いがある 大の狙いは当研究分野で世界を引っ張る若手研究者 のです。しかし、 安全性の科学的な証明は慎重に行わ の育成にあります。優秀な人材を集めて大学全体の なくてはいけないと心得ています。 レベルアップを図りたければ、 教員がトピックになるよ また、 自治体など外部機関との連携が増えてきまし うな仕事をしていることが必要です。世界水準の研究 た。平成15年度の科学技術振興機構(JST)の地域 拠点となれば大学の評判は上がり、 学生はもちろん世 結集型共同研究事業で和歌山県が申請した「アグリ 界各国からの研究者が集まるようになります。 バイオインフォマティクスの高度活用技術の開発」では、 この点については文部科学省も同じことを言って 本拠点の事業推進担当者が中心になり、 私は研究統 います。 「拠点校への補助金は若手の研究者を育て 括を担っています。地域の活性化につながる研究とし るために支給するもの。研究資金は外部調達しなさい」 て評価されているのだろうと思います。 とね。21世紀の日本を発展させるには、 創造的な思 考力と高度な技術を兼ね備え、 世界をリードする若手 次に、教育面の成果はいかがですか。 研究者の育成に努めることが欠かせません。 ――以前は国公立の大学院に進学する学部生が多か ったのですが、 拠点となってからは本学に残る割合が それでは、研究面の主な成果を教えてください。 増えていますね。遺伝子工学科全体では進学者が半 ――スタッフは20人ほどで、 さらに3つのグループに 数にも達します。また、 科学研究費や大学院生の奨学 分かれています。中間評価を目指して、 それぞれが結 金の申請も通りやすくなりました。COEへの期待の高 果を出すために頑張ってきたところです。 さが分かります。 「有用遺伝子探索・プロテオーム解析グループ」では、 大学側でも改革が進められており、 COE拠点の大 タンパク質が単一構造ではなく柔軟性のある非定型 学院生に対しては学費免除・減免、 奨学金などの制度 であり、 優れた機能を発現する一方、 構造が安定して ができました。ポストドクターの受け入れについては、 いないことがプリオン病などを引き起こす原因となっ 国際競争力のある研究教育環境を整備し、 優秀な人 ていることを明らかにしています。 材を集めるため、学外の大学院を修了した研究者を 「遺伝子改変食資源動物生産グループ」では、 世界 採用しました。海外からも集まるようになり、 国際的な で初めて植物の遺伝子を利用したトランスジェニック レベルの大学からの留学生が増えましたね。グローバ 動物の生産に成功。ホウレンソウの遺伝子を持った豚 ル化した教育環境の中で実力を磨くことができます。 「オリーブ」を誕生させました。 09 21世紀COEプログラム特集 植 物 遺 伝 子 導 入 動 物を誕 生させた 世 界 初 のプロジェクトとは― ― 消 費 者 の た め の 遺 伝 子 導 入 動 物 を 世界初の植物遺伝子導入動物として注目を集め た「 オリーブ」。このプロジェクトは、植物に含まれ る不 飽 和 脂 肪 酸 の 性 質に着目したことから始まっ たのです。 飽 食 の 時 代となり、先 進 国では肉 の 過 剰 摂 取に よる生活習慣病 の問題が深刻化しています。飽和 脂肪酸が多い動物性脂肪を食べ 過ぎると、中性脂 肪 やコレステロ ー ルを 増 加させ てしまい 、動 脈 硬 化を起こしやすくなります。一方で魚類や植物に含 健 康 によ い 食 資 源を作 る 技 術を実 用 化 佐 伯 和 弘 教 授 きを持っています。そこで、動物に植物の脂肪酸不 飽和化酵素遺伝子を導入したトランスジェニック動 物を 誕 生させることで、食 習 慣を 変えずに健 康 の バランスを保てる食肉の確保を目指しています。 「オリーブ」の誕生は、 植物と動物の研究者のコラ ボレーションの成果です。研究チームには、 脂質研究 やタンパク質の解析、 遺伝子技術、 クローン技術など 世界水準のテーマを手掛ける先生がいます。消費者 にメリットのあるトランスジェニック動物を作ろうとい う思いを結集して、 快挙を成し遂げることができました。 「オリーブ」の命名はマンガの「ポパイ」からです。 ホウレンソウ豚はメスなので、 ポパイよりも恋人のオリ ーブの方がいいだろうということで一致しました(笑)。 従来の畜産領域では、 生産性の向上が研究の主流 生 物 理 工 学 部 遺 伝 子 工 学 科 まれる不飽和脂肪酸はコレステロー ルを下げる働 でしたが、 先進国は飽食状態にありますから、 研究の 方向をシフトさせる時期なんです。このような健康に よい遺伝子組換え食品は社会に受け入れられやすい ので、 今後もさまざまな有用遺伝子を使ってより優れ た食資源を作る技術を実用化させたいですね。皆で アイデアを出し合い、 知識を吸収し合って一つの結果 を出していく過程にやりがいを感じます。だから、 苦し い時ほど面白いんです。 私自身、 COE拠点に選ばれてから畜産以外の領域 の方とかかわる機会が増えました。研究にはフレキシ ブルな観点が必要ですから、 異なる発想を持つ研究者 植 物にはオレイン酸をリノー ル 酸に、さらにリノ ール酸をαリノレン酸に変換する、ほ乳動物にはな い2種の酵素が含まれています。αリノレン酸は体 内で血行の促進や抗がんなどの作用を持つEPA、 DHAへ 変換されます。ほ乳動物はこの2種を除い た 他 の 酵 素を 持っているた め 、植 物から2 種 の 酵 素 の 遺 伝 子を 取り出して 導 入 すれば、健 康に有 益 な脂肪分が作れるのではないかと考えたわけです。 研 究 の 第 1 段 階として、ホウレンソウのオレイン 酸をリノー ル酸に変える酵素の遺伝子を組み込ん だ「 オリーブ」が誕生しました。植物 の遺伝子がほ 乳動物の体内で機能することを実証する世界初の 例となったわけです。次の目標は、体内のリノール 酸をαリノレン酸に変 換できるトランスジェニック 動物を作り、有用性と安全性を証明することです。 このようにして誕生した「オリーブ」ですが、マウ ス や ウ サ ギ な ど の 実 験 動 物 と 異 なり、体 重 が 約 200kgと巨体であり、実験 の過程で、成長・交配・ 妊娠・分娩・保育と大変な労力と経費がかかります。 人の健康によい不飽和脂肪酸が20%も増えた「オ と一緒に仕事ができるのはうれしいことです。広い視 リーブ」は、動 物自身 の 健 康 状 態も非 常によく、現 野で研究を進めていけば、 社会で何が求められている 在 は世 代を 超 えて 導 入 遺 伝 子が 伝 わり、第 4 世 代 かを理解できるようになります。 まで誕生しています。 21世紀COEプログラム特集 10