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第8号 - 日本薬学会
日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 Pharma VISION NEWS No. 8 ( Nov. 2006 ) Index 巻頭言 創薬は総合科学 長洲 毅志(エーザイ株式会社) 1 薬学研究ビジョン (1)医薬品体内動態支配要因としての薬物トランスポーターの重要性へ 2 楠原 洋之(東京大学大学院薬学系研究) (2)創薬におけるin silico技術の役割 7 大田 雅照(中外製薬株式会社) 松岡 宏治(中外製薬株式会社) 薬学研究最前線 (1)抗腫瘍性化合物の転写プロファイルに基づくフィンガープリンティング 12 大和 隆志(エーザイ株式会社) (2)ゲノムネットワーク解析による薬理ゲノミクス機構 17 田中 利男(三重大学大学院医学系研究科薬理ゲノミクス) (三重大学生命科学研究支援センターバイオインフォマティクス) (3)Multineuronal calcium imaging(MCI) 20 ── 多ニューロン活動を可視化して脳ネットワーク機能を解明する 佐々木 拓哉,高橋 直矢,宇佐 美篤(東京大学大学院薬学系研究科) 池谷 裕二(東京大学大学院薬学系研究科)(JSTさきがけ) 前編集委員長の挨拶 Pharma VISION NEWSの編集を担当して 夏苅 英昭(東京大学大学院) 24 薬学研究ビジョン部会からのお知らせ (1)薬学研究ビジョン部会賞 (2)創薬ビジョンシンポジウムとフォーラムのご案内 編集後記 長洲 25 26 毅志(エーザイ株式会社) 28 社団法人 巻 頭 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 言 創薬は総合科学 長洲 毅志 エーザイ株式会社 ポストゲノム時代、Genomics、 Transcriptomics、Proteomics、Metabolomics、 などの分野を総合して「Omics」などと呼ば れるようになった。更には個々の分野だけで は総合的には捕らえられないということから、 「Cross-omics」という言葉さえ使われるよう になりつつある。さて、配列決定の時代には その達成により全ての創薬標的が明らかにさ れることから創薬のあり方の変革がうたわれ ていた。残念ながら、ポストゲノムの時代に なっても明らかに標的遺伝子は多く同定され たかもしれないが、創薬に変革をもたらすよ うな新薬ラッシュには至っていない。一方最 近では、薬剤の副作用問題を背景に、個の医 療の実現への関心が高まったことから、 Omics 技術のバイオマーカへの応用が叫ばれ るようになった。バイオマーカによって創薬 の効率が上がると期待されているわけである。 創薬を外から見ると、技術革新が打出の小槌 となり、創薬の変革を期待するのであろう。 確かに Omics は技術革新である。今後もイメ ージング技術、ナノテク、バイオインフォマ ティクス等、技術革新は目白押しであり、創 薬への応用されていくことは間違いない。で はなぜ創薬はばら色という結論にならないの であろうか。 創薬は典型的な応用総合科学技術分野であ る。Omics により遺伝子探索、標的探索は革 新的に効率を上げた。卑近な例で恐縮だが私 が 20 年以上前に留学したときには、1 年かけ て遺伝子をクローニングして配列を決定して 論文にした覚えがある。今では何週間かあれ ばバクテリアの全ゲノムが読めるであろう。 しかしながら、ひとつの遺伝子の生物学的な 機能解析は現在でも年のオーダーでかかるの である。そこに大きな問題が潜んでいると考 ◆略 歴◆ 長洲 えている。Omics 解析が進むのに比較すると 個々の遺伝子の機能解析、いわゆる生物学の 進展が非常に遅い。Omics のほうが格好良い から皆そちらにいってしまったのではないか と疑いたくなるような状況である。ゲノムの 時代に発明された遺伝子機能解析技術は遺伝 子ターゲティングと RNA 干渉である。遺伝 子ターゲティングは大変有用だが時間がかか る技術である。RNA 干渉は網羅的な解析も可 能であり今後期待するが、干渉の程度や本来 の RNA ワールドへの予見できぬ作用などま だ課題を抱えている。遺伝子の機能解析手段 の王道は現在でも生化学と遺伝学なのである。 この部分を強化せずして、総合科学である創 薬の効率が上がることはない。勿論化合物そ のものを作り出すメディシナルケミストリの 分野でも同様のことが当てはまるかもしれな いがそれはまた別な物語であろう。いずれに しても新技術は新技術として取り込みつつ、 重要な基礎的学問分野を大切にしてばら色の 創薬を夢見たいものである。 毅志 (Takeshi NAGASU):1979 年東大理・修士課程終了、エーザイ入社、1982 年ワシン トン大学留学、1999 年エーザイシーズ研所長、2003 年東大薬博士号取得、2005 年創薬研究本部副本部長 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 1 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 薬学研究ビジョン(1) 医薬品体内動態支配要因としての薬物トランスポーターの重要性へ 楠原 洋之 東京大学大学院薬学系研究科 はじめに 医薬品の薬理効果の強度は、薬理標的とな る受容体や酵素への親和性のほか、暴露量・ 暴露時間により決定される。薬理標的に対す る暴露濃度が低いと十分な薬理効果は得られ ず、暴露時間が短ければ薬効の持続時間は短 くなる。つまり、医薬品が有効であるために は、標的への親和性のほか、適当な体内動態 特性を有していることも必要である。生体内 からの医薬品の排泄には、代謝酵素と医薬品 の生体膜透過を促進する膜蛋白であるトラン スポーターにより支配される。代謝酵素は物 質変換により医薬品を不活性化し、トランス ポーターは胆汁や尿などへのコンパートメン トへ血中コンパートメントから医薬品を排泄 することで不活性化を行う。代謝酵素・トラ ンスポーターともに、①広範な基質選択性、 ②多様性を特徴とし、私たちの身の回りに存 在する多種多様な生体異物に対応することが できる。私たちはこうした医薬品の不活性化 に関わる異物解毒蛋白のうち、特にトランス ポーターに焦点をあて、その分子論の解明を 通じて、①より安全で、優れた動態特性を有 する医薬品を早期に選別できる評価方法の開 発、②トランスポーターの遺伝子多型による 個人間変動ならびに③臨床で使われている医 薬品の薬物間相互作用のメカニズム解析を中 心に研究している。 高脂血症治療薬であるHMG-CoA還元酵素 阻害剤(スタチン)や、高血圧治療薬である アンジオテンシン受容体拮抗薬やアンジオテ ンシン変換酵素阻害剤の一部は胆汁排泄によ り体外へと消失する。肝実質細胞の取り込み 過程(類洞側)にOATP1B1・1B3 が、胆汁排 泄過程(胆管側)には、P-gp、MRP2、BCRP の 3 種のABCトランスポーターが同定されて いる。イヌ腎臓由来のMDCKII細胞にこれら トランスポーターを発現させると、それぞれ 基底膜、頂側膜に発現し、両側にトランスポ Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) ーターを発現させて初めて、基底膜側から頂 側膜側方向への経細胞輸送が促進され、胆汁 排泄過程をin vitroで再現することができる1, 2) 。腎臓では、腎小体における糸球体濾過と 近位尿細管における尿細管分泌により医薬品 の排泄が行われる。β-lactam系抗生物質の大 部分やHMG-CoA還元酵素阻害剤(スタチン) や、アンジオテンシン受容体拮抗薬やアンジ オテンシン変換酵素阻害剤の一部は尿中へ排 泄され、これには肝臓と同様に有機アニオン トランスポーターが重要な役割を果たしてい る。両者の基質選択性や輸送活性の違いが、 医薬品の胆汁排泄や尿排泄の振り分けを決定 していると考られている。肝胆系輸送に関わ るトランスポーターは同定されているが、腎 薬物薬物輸送で働くトランスポーターに関す る知見は乏しかった。これまで腎臓における 薬物輸送を中心に解析を進めてきた。その成 果を以下に紹介する(図1にこれまでの知見 をまとめた) 。 側底膜 刷子縁膜 Na + Na+ dicarboxylate dicarboxylate dicarboxylate NPT1 Cl - lactate(?) OAT1 URAT1 OAT3 urate 交換輸送・ 促進拡散 OAT4 ATP OAT2a) ATP OATP4C1 ATP MRP2 MRP4 一次性能動輸送 BCRPb) 近位尿細管上皮細胞 図1近位尿細管における薬物トランスポートシステム a)ヒトでは側底膜側に、ラットではヘンレのループや集合管の刷子縁膜側に発現している。 b)ヒト腎臓では発現が確認されていない。 1.薬物の尿細管分泌に関わるトランスポー ター 薬物の尿細管分泌機構は、薬物の電荷により 分類され、正電荷を有する化合物群(有機カ チオン)と負電荷を有する化合物群(有機ア 2 社団法人 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 薬学研究ビジョン部会 FMD(ng/mL) PRB (μg/mL) . 400 300 Rat 200 100 Probenecid 50-150 μM(free) 400 300 +PRB 200 Famotidine 100 00 60 120 180 240 300 360 420 Time (min) Human 150 Probenecid 20-50 μM(free) 100 50 100 +PRB 50 10 . FMD(ng/mL) PRB (μg/mL) Plasma conc. Plasma conc. (Organic Cation Transporter)Oct1 の組織分布 の種差(ヒト腎臓では発現していない)とOat3 の輸送活性の種差の両方を含み、famotidine の腎取り込み過程におけるトランスポーター の寄与率が種によって異なるためである5)。 有機カチオンを基質とするOct1、-2 やOat3 な ど複数のトランスポーターの基質となるとい うfamotidineの特徴に由来したユニークな例 である。腎取り込み側トランスポーターに関 しては、サルはヒトに近い特性を示し 6) 、 famotodineとprobenecidとの薬物相互作用も再 現することができる(図2)7)。 Plasma conc. (ng/mL) ニオン)を基質とする輸送機構により構成さ れる。側底膜を介した有機アニオンの取込み にはOAT(Organic Anion Transporter)ファミ リーが中心的な役割を担っている。Oat1 は 1999 年にSekineらによりアフリカツメガエル 卵母細胞を用いた発現クローニング法により、 ラット腎臓から単離された12回の膜貫通領 域を有するトランスポーターである。私たち はホモロジークローニングにより、Oat3 をラ ット脳から単離した3) 。Oat3 はOat1 と 49%の アミノ酸配列相同性を有し、脳、腎臓や肝臓 に発現していた。その基質選択性はOat1 とも 一部重複し、PAHをはじめとする水溶性の有 機アニオンのほか、ステロイドのグルクロン 酸抱合体など脂溶性の高い有機アニオンも基 質とする。更に、弱塩基性あるいは塩基性化 合物ではあるが、シメチジンなどヒスタミン H2 受容体拮抗薬を基質とする。腎臓ではOat1 と同じく近位尿細管側定膜に局位されること から、取り込み過程に働くことが期待された。 腎取り込み過程の解析に用いたのが、腎臓組 織切片である。腎臓組織切片では尿細管管腔 は閉塞しており、切片への取り込みは主に血 管側の取り込み過程を反映していることが知 られている。この腎組織切片を用いて、Oat1 とOat3 の腎取り込みにおける寄与率を評価 した4)。その結果、Oat1 はPAHなど極性の高 い低分子量の水溶性有機アニオンの取り込み に主に働き、Oat3 は比較的脂溶性の高く、 分子量の大きい有機アニオンの取り込みに働 くことを明らかにした。このOat3 の基質選 択性は、肝臓に発現するOATPとも重複して おり、両者の基質になるものは肝腎の両方に 分布しやすい特性を示すものと考えている。 Probenecidは有機アニオン化合物の腎排泄 を阻害することで知られる医薬品であるが、 OAT1 やOAT3 のpotentな阻害剤であり、臨床 投与量で十分にOAT1 とOAT3 を阻害する。 Probenecidが関与する薬物間相互作用には、ヒ スタミンH2 受容体拮抗薬famotidineとの相互 作用のように、ヒトで観察された薬物間相互 作用をラットでは再現できないものも含まれ る(図2)。この薬物間相互作用では、臨床試 験ではprobenecidはfamotidineの腎分泌クリア ランスの大部分を阻害するが、ラットではほ とんど阻害されない。この相互作用における 種差は有機カチオントランスポーター 日本薬学会 1000 0 5 Monkey 10 Time (h) 15 free PRB 10-40 uM 100 +PRB 10 1 0 2 4 6 Time (h) 10 8 図2 ファモチジンとプロベネシドとの相互作用の種差 ラットのデータはLin, J. H., et al. Drug Metab Dispos 16: 52-6 (1988)から、 ヒトのデータはInotsume, N., et al. J Clin Pharmacol 30: 50-6 (1990)から の引用である。 2.刷子縁膜を介した輸送機構 3 社団法人 OAT3 頂側膜側 AtoB BtoA 時間 (分) OAT3/RST 時間 (分) RST BtoA 基底膜側 OAT3 AtoB 時間 (分) 6 5 Mrp4(-/-) 4 3 WT 2 1 0 0 30 60 90 time (min) 図3 OAT3/RST共発現によるけるbenzylpenicillin の基底膜側から頂側膜側方向への経細胞輸送の促進 BtoA:基底膜側から頂側膜側への輸送 AtoB:頂側膜側から基底膜側への輸送 その結果、Oat3 単独発現細胞では基底膜側か らの取り込みは促進するものの経細胞輸送は 観察されないのに対して、RSTを共発現させ ることで初めて基底膜側から頂側膜側への経 細胞輸送が促進された。この結果は、効率的 な経細胞輸送に取り込み側と排泄側に基質選 択性が似たトランスポーターが存在すること が重要である事を示している。RST以外にも、 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 120 75 45 30 Mrp4(-/-) * 15 0 * 6 5 WT 60 Kp, kidney 頂側膜側 urinary excretion rate (nmol/min/kg) 基底膜側 OAT3 薬学研究ビジョン部会 分子内にヌクレオチド結合ドメインを持ち、 ATPの加水分解と共役して生体異物の一次性 能動輸送を行うABCトランスポーターの存 在が上皮細胞刷子縁側に認められている。こ れまでにmultidrug resistance-associated protein 2 ( MRP2/ABCC2 )、 MRP4(ABCC4) や breast cancer resistance protein (BCRP/ABCG2)など が刷子縁膜に発現していることが報告されて いる。定速静注を行い定常状態において腎臓 動態を解析した結果、BCRPノックアウトマ ウスでは硫酸抱合体(E3040-sulfate)の尿中 排泄が顕著に低下し9)、腎臓内濃度は増加し た。また、MRP4 ノックアウトマウスでは利 尿剤であるhydroxychlorothiaizdeについて腎 臓内濃度の増加(図4)、furosemideの尿中排 泄速度の低下が観察されており10)、これらの ABCトランスポーターが尿中への分泌に働 いていることを明らかにしている。しかし、 これらのトランスポーターの基質であっても、 ノックアウトマウスでの腎排泄が影響を受け ない化合物もあり、他のトランスポーターの 関与も示唆されている。尿細管分泌の排泄過 程では、促進拡散、交換輸送、一次性能動輸 送など複数の輸送駆動力を持つトランスポー ターにより構成されている。促進拡散、交換 輸送については、NPT1 (OATv1)やRSTなど候 補遺伝子は報告されているものの、in vivoに おける重要性は明らかにされておらず、今後 ノックアウトマウスを用いたin vivo実験によ り重要性を評価していく予定である。 plasma concentration (μM) 経細胞輸送 (µl/mg protei) 経細胞輸送 (µl/mg protei) 経細胞輸送のためには、出口側に相当する 刷子縁膜側での排出輸送が必要である。刷子 縁膜小胞を用いた解析から、この過程には膜 電位依存的なトランスポーターによる促進拡 散やCl- など陰イオンとの交換輸送系の存在 が示唆されていた。Renal specific transporter (RST)はOat1 やOat3 と 42%の相同性を示すト ランスポーターであるが、Oat1 やOat3 とは異 なり刷子縁膜側に局在する8)。ヒト胎児腎由 来細胞HEK293 を用いてRST過剰発現細胞を 構築したところ、この細胞ではバッファー中 のNa+をK+に置換し、細胞内の膜電位をほぼ 0mVにすると有機アニオンの細胞内への取り 込みが増加した。この結果は、RSTが有機ア ニオンを促進拡散により輸送することを示唆 しており、生理的な条件では有機アニオンの 細胞内からの排出に働くことが期待される。 ブタ腎臓由来上皮細胞のLLC-PK1 細胞では、 Oat3 は基底膜側に、RSTは頂側膜側に発現す る。この特性を利用し、LLC-PK1 細胞にOat3 とRSTを同時に発現させ、benzylpenicillinを用 いて経細胞輸送を測定した(図3)8)。 日本薬学会 4 3 2 1 0 30 60 90 120 0 WT Mrp4 (-/-) time (min) 図4 Mrp4(-/-)におけるhydroxychlorothiazideの 尿中排泄の低下 * p<0.05 3.トランスポーターの基質認識特性の解析 トランスポーターの基質認識特性はあいま いであり、明確な構造活性相関が得られない とされ、体内動態特性を改善する場合、トラ ンスポーターの基質認識特性に基づいて具体 的な構造改変を提案することは困難である。 しかし、各トランスポーターを特徴づける基 質選択性が存在していることも事実であり、 4 社団法人 その特性の違いが肝腎への医薬品の分配を制 御している。この”あいまいな”基質認識特 性のメカニズムを理解するために、変異体解 析やX線結晶構造解析により立体構造が読み 解かれているバクテリアトランスポーターと のホモロジーモデリングが行われており、基 質とトランスポーターとの相互作用に必要な 領域に関する理解は進んでいる。基質側から トランスポーターとの相互作用に必要な領域 を推定するという試みを行った。医薬品の構 造情報を、疎水性、水素結合受容性・供与性 などの物理化学的特徴を示す官能基特性球 (ファーマコフォア)に置換し、各基質化合 物の官能基特性球配座についてエネルギー極 小配座集団の生成し、各配座ごとに重ねあわ せを行い、共通性の高いものを抽出すること を繰り返すことで、最終的に全ての基質に共 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 通する官能基特性球の結合配座を得ることが できる。この配座に各基質の官能基特性球配 座を重ね合わせ、Km値との相関から、トラン スポーターによる認識特性が向上する(Km値 が小さくなる)特性を抽出した。特性球の相 互の位置関係から、トランスポーターの基質 認識ドメインの3次元情報を得ることができ る。図5には、解析の結果得られたMRP2 の 基質認識ドメインの予測図を示した 11)。同様 のアプローチで、OAT1 やOAT3 の解析も行 っており、立体構造が読み解かれている12 回膜貫通型トランスポーター(大腸菌の glycerol-3-phosphate transporter)とのホモ ロジーモデリングに得たOAT1 とOAT3 の立 体構造との重ね合わせから基質認識ドメイン に関する情報が得ている。 図5 MRP2の基質認識ドメインモデル 終わりに 腎臓における薬物輸送機構については、実 験動物を用いた解析で大きく進んだ。実験動 物の結果をヒトにまで外挿できるか否かにつ いては、今後のヒト組織を用いた解析を待つ 必要があるが、医薬品の肝腎振り分けを決定 する要因として、おのおののトランスポータ Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) ーの重要性を個体レベルで評価していく必要 がある。そのためには in vivo での機能評価 を行うプローブ薬の開発が必要である。 Sakurai らは、腎機能検査薬としても散られ ている phenolsulfophthalein (PSP)の投与 120 分後の血清中濃度と OAT3 の発現量との 間に正の相関関係が存在していることを報告 5 社団法人 している。肝有機アニオントランスポーター である OATP 類を始め、OAT や OCT などに ついて、臨床への利用可能なプローブ薬や選 択的阻害剤を充実させることが当面必要であ る。また、トランスポーターの発現を制御す る遺伝子についても理解は進んでおり、疾病 時のトランスポーターの発現変動に対する理 解も進められており、疾病時の医薬品選択の 指標と一つになることが期待される。 異物解毒に関わる酵素・トランスポーター は多岐に渡るため、構造変換が動態変動を生 じるかについては、肝ミクロソームや肝細胞、 腎スライスなどヒト組織を用いたin vitro解 析を必要とする。代謝・排泄に関わるパラメ ーターを用いて、生理学的薬物速度論に基づ いたモデル構築により、血中や組織中濃度の 時間推移を予測可能であることから、将来的 にはin silicoでの代謝酵素・トランスポータ ーの反応速度予測を組み合わせることで、構 造変換による動態変動をin silico予測できる ようになり、医薬品開発をサポートするもの と期待される。In silico解析では、Km値を指 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 標に基質とトランスポーターとのstaticな相 互作用を中心に解析しているが、トランスポ ーターの輸送活性はVmax/Kmで規定されてお り、Kmの情報だけでは輸送活性を予測できな い。真に欲しい情報は輸送活性であるので、 基質とトランスポーターの動的な相互作用を 解析する方法論の開発が今後の課題である。 謝辞 本研究は東京大学大学院薬学系研究科・分子 薬物動態学教室で行われた。OAT3 のクロー ニングならびに機能解析は杏林大学・医学部 薬理学教室 遠藤仁先生のご協力を得て、ま た、MRP2 の基質選択性の in silico 解析は北 里大学薬学部の広野修一先生の協力を得て行 われた。杉山雄一教授を始め、共同研究者の 先生方、実際に研究に取り組んでくれた学生 さん達にこの場を借りして、深謝したい。 参考文献 1) Matsushima S., Maeda K., Kondo C., et al., J Pharmacol Exp Ther, 314, 1059-67 (2005). 2) Sasaki M., Suzuki H., Ito K., et al., J Biol Chem, 277, 6497-503 (2002). 3) Kusuhara H., Sekine T., Utsunomiya-Tate N., et al., J Biol Chem, 274, 13675-80 (1999). 4) Hasegawa M., Kusuhara H., Sugiyama D., et al., J Pharmacol Exp Ther, 300, 746-53 (2002). 5) Tahara H., Kusuhara H., Endou H., et al., J Pharmacol Exp Ther, 315, 337-45 (2005). 6) Tahara H., Shono M., Kusuhara H., et al., Pharm Res, 22, 647-60 (2005). 7) Tahara H., Kusuhara H., Chida M., et al., J Pharmacol Exp Ther, 316, 1187-94 (2006). 8) Imaoka T., Kusuhara H., Adachi-Akahane S., et al., J Am Soc Nephrol, 15, 2012-22 (2004). 9) Mizuno N., Suzuki M., Kusuhara H., et al., Drug Metab Dispos, 32, 898-901 (2004). 10) Hasegawa M., Kusuhara H., Adachi M., et al., J Am Soc Nephrol, in press. 11) Hirono S., Nakagome I., Imai R., et al., Pharm Res, 22, 260-9 (2005). ◆略 歴◆ 楠原 洋之 (Hiroyuki KUSUHARA):東京大学大学院薬学系研究科分子薬物動態学教室・助教授 1997 年東京大学大学院薬学系研究科薬学専攻修士課程終了、2003 年薬学博士。1998 年 1 月に東京大学大学院薬 学系研究科・助手、2004 年1月に同講師、2005 年 4 月から現職。 研究テーマ:医薬品の体内動態を制御することを目標に、腎排泄、血液脳関門・血液脳脊髄液関門における薬物 トランスポートシステムの解析を行っている。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 6 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 薬学研究ビジョン(2) 創薬における in silico 技術の役割 大田 雅照 ,松岡 宏治 中外製薬株式会社研究本部化学研究第一部 1.はじめに “in silico”技術とは、創薬において、望む性質 (生物活性、物性、動態、毒性など)をもっ た新規化合物を獲得していくためにコンピュ ータを利用する手法全ての総称である。製薬 企業における創薬では種々の in silico 技術が 使われ、創薬の初期段階に大きく貢献してい る(図1)。本稿では in silico 技術が創薬の実 際の場面で、何を目的にどのように使用され ているかを概観していく。したがって各技術 の詳細については触れないので、それらにつ いては参考文献等を参照していただきたい。 2.Target Identification (TI) 段階 創薬の第一段階は、薬物のターゲットとな る分子(通常は、酵素、受容体、イオンチャ ンネル、トランスポーターなどのタンパク質) を同定し、ターゲットとしての有用性を評価 する段階で、Target Identification (TI) 段階と よばれる。この段階では、a) ターゲットタン パク質が生物学的 pathway のどこに位置する かをデータベースあるいは文献から抽出する、 b) 機能未知のターゲットタンパク質の機能 をそのシーケンス情報から推定することなど も重要な in silico 技術であるが、これらは Bioinformatics の色合いが濃いので本稿では 触れない。 ターゲットの生物学的な重要性は、ヒト臨 床での効果、Knock-out mouseなどでの動物レ ベルの効果、siRNAなどでの細胞レベルの効 果など、さまざまなレベルで評価される。そ れ と あ わ せ て 、 タ ー ゲ ッ ト の chemical tractability、つまり、低分子化合物でターゲッ トを望むように制御する(阻害する、活性化 するなど)ことができそうかどうかも評価の 重要な一項目となる。ターゲットの生物学的 な重要性とchemical tractabilityの両者をあわ せて、ターゲットの”Druggablity”と称する1)。 ターゲットの低分子結合部位の立体構造は ターゲットの chemical tractability に大きく影 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 響する。例えば、2つのタンパク質間の結合 を低分子で阻害する場合、タンパク質/タン パク質の結合面は通常広い面積なので、表面 積の小さい低分子化合物でこれを阻害するこ とは難しく、chemical tractability が低いと判断 される。一方、ターゲットが酵素であり、そ の活性部位が深く、適度に疎水的で、適度な 大きさであれば、低分子で酵素反応を阻害す る例は多く知られており、chemical tractability は高いと判断できる。 タンパク質の立体構造は公的な機関である Protein Data Bank (PDB) に集積・公開されて いる2)。また、企業によっては社内データを 独自に集積しているケースも多い。これらの データベースからターゲットの立体構造を検 索し、コンピュータグラフィックスなどを用 いて低分子が結合可能な部位を同定し、その chemical tractabilityを判断することは重要なin silico技術の一つである。 ターゲットタンパク質の立体構造がX線結 晶解析などにより実験的に決定されていない 場合は、ホモロジーモデリング 3) というin silico手法を使って、その立体構造を推定し、 そのchemical tractabilityを判断する。ホモロジ ーモデリングとは、アミノ酸一次シーケンス がよく似たタンパク質の実験的立体構造から、 コンピュータを使って構造未知のタンパク質 の立体構造を推定・構築する手法のことであ る。 同じタンパク質ファミリー内の他のタンパ ク質に対して高い選択性が要求される場合は、 これを Chemical tractability の評価に含めるこ ともある。例えば、kinase の ATP 結合部位に 結合する阻害剤の場合、ターゲットとする kinase のみに選択的に作用することができそ う か ど う か も タ ー ゲ ッ ト の chemical tractability に関係してくる。したがって、 kinase 間で選択性が出せそうかどうか、ター ゲット kinase とその他の kinase について ATP 結合部位付近のアミノ酸シーケンスや立体構 7 社団法人 Target Identification Lead Identification 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 Lead Optimization Evaluation of Target “Druggability” Homology Modeling Chemogenomics Binding mode (Docking) Pharmacophore Virtual Screening HTS Data Analysis In silico ADME-T (hERG, AMES, Solubility, Permeability, Metabolism, etc) 図1 創薬初期の各段階とそこで用いられる”in silico”技術 造を比較検討することも重要な in silico 技術 の一つとなる。 2.Lead Identification (LI) 段階 Lead Identification (LI) 段階とは、TI 段階で 特定されたターゲットに対して、望ましい活 性、物性、動態、初期毒性などの特性をもっ た特許取得可能な化合物を同定し、結果とし て次の Lead Optimization (LO) 段階で構造最 適化を実施するリード化合物を創製する段階 のことである。LI 段階で、a) 特定の創薬プロ ジェクトについて、合成した化合物の活性、 物性、初期毒性などのデータをデータベース 化し、これらのデータを有効に活用しプロジ ェクト上の判断や推進に役立てる、b) 設計し た化合物を合成するための反応データベース の利用、c) 化合物の特許性をデータベースで 確認することなども重要なコンピュータ技術 ではあるが、これらはいわゆる Information Technology (IT) やデータベース検索の色合 いが濃いので本稿では触れない。 TIの項で最後に述べたタンパク質ファミリ ー に お け る 選 択 性 と 関 連 し て 、 Chemogenomics approachも重要なin silico技術 である4)。Chemogenomics approachにおいては、 ある特定のタンパク質ファミリー内の個々の タンパク質に対して、構造的多様性をもった 低分子をアッセイし、それらのデータを基に ファミリー内におけるタンパク質間の類似性 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) と低分子間の構造類似性の間に関連性がある かどうかを検討する。この際、タンパク質間 のアミノ酸シーケンス類似性の検討、分子の 構造類似性の検討をおこなうが、これらにコ ンピュータ処理はかかせない。あるタンパク 質ファミリー内の多くのタンパク質に対して 活性を発現する化合物の共通コア構造、およ び、特定のタンパク質(群)についてのみ選 択性を発現する化合物の部分構造が特定でき れば、これらの情報を組み合わせてターゲッ トタンパク質に対して活性と選択性が期待さ れる化合物が設計できる。 ターゲットタンパク質の立体構造が利用で きるときは、タンパク質の低分子結合部位の ポケットにうまくあてはまるような化合物を HTSライブラリーや市販化合物からコンピュ ータによって探し (virtual screening (VS), in silico screening) 5) だすことによってfocused libraryを作成し、これらを実際にアッセイす ることによりリード化合物を同定することが 可能となる。この際に問題になるのはVSの結 果得られた化合物の順位付けである。VSソフ トウェアは化合物選定の際に、化合物が結合 ポケットにうまくあてはまっているかを判定 するためのスコア値を計算する。そして、こ のスコア値に基づき、スコア値がよいもの(例 えば上位 100 化合物)をアッセイ用に選定す る。問題はこのスコア値が、化合物の結合自 由エネルギーと本当にうまく対応するのかと 8 社団法人 いうことである。種々の試みがなされてはい るが、今のところ結合自由エネルギーを精度 よく推算できているとはいえない状況である。 これに対する現実的な解決策は、コンピュー タが推定した結合ポケットにおける化合物の 結合の様子を一化合物ごとに人間の目で見て 確認し、focused screeningを実施すべき化合物 を人間が判定・選定することである。VSによ る リ ー ド 創 製 は 後 述 す る High Throughput Screening (HTS) 6) が実施できない場合に代替 手段として用いられる。また、すでにポケッ トに結合する化合物は知られているが、特許 上 の 理 由 な ど に よ り 骨 格 変 換 (scaffold hopping) が必要な場合にその効果が発揮さ れる。 リード化合物獲得の手段として HTS を選 択した場合、a) primary HTS で得られた活性 化合物 (actives) のコンピュータによる構造 分類、b) それらの化合物が他のアッセイ系で どのような活性を示しているかのデータベー ス検索、c) 物性、ADME、初期毒性などを in silico 予測することによる化合物 profiling な どが実施される。 化合物の構造分類は数百化合物くらいまで であれば人間が実施可能であるが、それ以上 になるとコンピュータソフトウェアの手を借 りないと現実的には不可能である。また、人 間による構造分類は分類基準が各個人により 異なるが、コンピュータによる構造分類は使 用するソフトウェアを決め、分類基準のパラ メータを固定すれば誰が実施しても同じ結果 を与えるという意味でも重要である。 構造分類された化合物のprofilingはどの化 合物クラスをactive-to-hitやhit-to-leadのプロ セスに送り込むかを判断する際に重要である。 Profilingの一つの方法は、HTSのアッセイ結果 (IC50 など) を使って同じ構造クラスの化合 物にpreliminary SARが見られるかどうかを判 断することである。その他のProfilingの方法 としては、ある構造クラスの化合物が他のア ッセイ系でどのような生物活性を示したかを 把握することである。このためには各化合物 とそのアッセイ結果が格納されたデータベー スを検索し、その結果を整理し、理解しやす い形で提示する必要がある。通常は対象とす るアッセイ系以外では活性を示さない化合物 のほうが選択性の面で望ましいと判断する。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 また、多くのアッセイ系で (false positiveとし て) 活性を示す化合物はfrequent hitter 7) とし て取り扱われ、HTSのための化合物ライブラ リーなどから除外していくことも多い。 物性とADME-Toxのin silico予測も化合物 profilingの一環として行われる。化合物が経口 活性を示すための経験則としてLipinski’s rule 8) が知られており、ruleに反していないかど うか判定するために分子量、分配係数log Pの 推算値、水素結合donor数、acceptor数などを 化合物構造から算出するソフトウェアもある。 ここで注意すべきはLipinski’s ruleはあくまで もLO終了後の最終的な化合物が経口活性を 示す可能性があるかどうかを判定する基準だ ということである。通常、HTSで得られたhit 化合物は、その後のhit-to-leadおよびLOの過程 で、官能基の追加などにより分子量、疎水性 などが増大していく。したがってHTSのactive 化合物のprofilingにおいては、これらを見越し てLO後にruleを満たすことができるような化 合物クラスを選定することが重要となる。 また、Ames や hERG などの初期毒性の in silico 予測の結果も profiling の一環として行 われる。Ames の in silico 予測は Ames 陽性化 合物の部分構造の知識に基づいて行われるケ ースが多い。hERG 予測は hERG の活性値と 構造の関係を統計解析や多変量解析により解 析・予測したり、hERG 活性発現のためのフ ァーマコフォアにあてはまるかどうかにより 予測するケースが多い。Profiling における in silico 毒性予測は、あくまでも hit-to-lead や LO における構造変換未実施の状態での active 化 合物そのものについての予測結果であり、化 合物の構造変換により Ames の結果が容易に 変わりうること、hERG についてはあくまで も生物活性との safety margin の問題であるこ となどから、hit 化合物の選定に際し、これら に過度に重きをおいた判断をする必要はない と考えられている。 3.Lead Optimization (LO) 段階 ターゲットタンパク質の立体構造が利用可 能な場合、活性既知の化合物やデザインした 化合物がどのようにタンパク質と結合するか (binding mode) を検討することは創薬上重要 である。タンパク質と化合物が原子レベルで どのような相互作用をしているかを知ること 9 社団法人 により、その化合物が活性を発現する上で必 須の部分を認識できる。これらの知識に基づ いて、活性を保ったまま化合物骨格を変換し たり、物性を制御するためのアイデア創製が 可能となる。骨格変換は LI 段階に、物性制御 は LO 段階において大きなインパクトを与え る。特に文献や特許情報などに基づいた (information driven) 創薬アプローチを実施す る場合は、特許性確保のために骨格変換は重 要な要件となる。また、タンパク質にうまく 結合できないような化合物の合成の優先度を さげることもある。 化合物をタンパク質にドッキングさせる場 合、ソフトウェアにより自動的にドッキング する方法とコンピュータ操作者がマニュアル でドッキングする方法がある。自動ドッキン グは一つの化合物の binding mode を網羅的に 探索したり、数多くの化合物を自動的にドッ キングさせ、より強く結合しそうなものを選 択する場合にその利点が発揮される。一方、 自動ドッキングでは化合物の X 線結晶構造の binding mode が再現できないとき、あるいは、 多くの SAR 情報からある特定の binding mode が正しいと確信できるときなどにはマニュア ルドッキングが利用される。化合物ライブラ リーの中から自動ドッキングを使って化合物 を選択した場合は、前述した Virtual Screening となる。 ターゲットタンパク質が G Protein Coupled Receptor (GPCR) やトランスポーターなどの 膜タンパク質の場合は X 線結晶構造がほとん ど利用できないため、リガンドである低分子 化合物の立体構造情報に基づいたアプローチ が現実的な選択肢となる。化合物がターゲッ トタンパク質に認識され、活性を発揮するた めに必要な官能基(水素結合性官能基、疎水 性官能基など)の 3 次元配置をファーマコフ ォア (pharmacophore) と呼ぶ。ファーマコフ ォアが同定できれば、そのファーマコフォア を満たすような化合物をコンピュータにより 化合物ライブラリーから検索(ファーマコフ ォアに基づいた VS)したり、デザインする ことが可能となる。ファーマコフォアを満た しながら異なる骨格に構造変換することは LI 段階で有効であり、ファーマコフォアを満 たしたまま物性を変えるデザインは LO 段階 で有用である。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 ファーマコフォアの同定に際して、化合物 のとりうる種々のコンフォメーションを検討 する必要がある。このために分子力場法、分 子軌道法などの計算化学的手法が利用される。 また、低分子の結晶構造データベースである Cambridge Structural Database (CSD) には数多 くの構造が登録されており、化合物がどのよ うなコンフォメーションをとりやすいかにつ いての重要な情報が含まれている9)。 化合物のコンフォメーションを解析した後、 コンピュータグラフィックスを用いて、特定 の官能基の配置がうまく一致するように複数 の活性化合物を重ね合わせることによりファ ーマコフォアを検討する。化合物を重ね合わ せることの前提は、それらの化合物がターゲ ットタンパク質の同じ結合部位に結合し、タ ンパク質から同じように認識されている(結 合モードが同じである)ということであるの で、この仮定にそぐわないような化合物を重 ね合わせないように注意を払うべきである。 また、化合物の重ね合わせに基づいて、化 合物の立体構造と活性の相関を定量的に検討 する 3D-QSARというコンピュータ解析法も ある10)。 4.おわりに 以 上 述 べ て き た よ う に 創 薬 に お け る in silico 技術はいろいろな場面で、様々な手法が 利用され、創薬に貢献していることを理解し ていただけたと思う。これらの in silico 手法 の背景には、数学、物理学、量子化学、物理 化学、生化学、分子生物学、構造生物学、統 計学、多変量解析、情報理論などさまざまな 学問分野の理論やコンピュータグラフィック ス、データベースなど多くの技術が使われて おり、それらがソフトウェアとして具現化さ れている。このように多くの理論が必要とさ れる理由は、化合物が生体に認識され生理活 性や毒性を発現したり、代謝・排泄されたり、 化合物が投与部位から薬効発現部位に到達し たりする複雑な過程は、一つの理論だけでは 説明できないということに関連しているよう に思える。 創薬において、1つの化合物から発生する 活性、物性、毒性、ADME などのデータはそ の質・量共に増大しており、これからも変わ らず増えていくものと考えられる。そして、 10 社団法人 今後もそれらのデータを解析・予測するため に様々な新しい in silico 技術が開発されてい くことは間違いない。重要なことは創薬にた ずさわる研究者がそれぞれの in silico 手法を 正しく理解し、in silico 技術によって得られた 膨大な結果の中から、薬をつくるために正し い判断・選択をしていく「知恵」が必要とな っているということである。言い換えれば、 これから出現するであろう新しい理論や手法 も含めて、in silico 技術の理論的背景を理解し、 in silico 技術により得られるアウトプットを 創薬にうまく結びつけることができない研究 者や研究組織は 21 世紀の創薬においては大 きく後塵を拝するということでもある。 一方、in silico 技術の開発や応用にたずさわ る分子モデリング担当者は、モデリングや in silico 技術のアウトプットがプロジェクト推 進の判断に貢献できる精度を有しているか、 タイミングよくアウトプットを提供できてい るか、そしてチームメンバーとして本当にプ 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 ロジェクトの推進や問題解決に貢献できてい るかなどを自らに厳しく問う必要がある。多 くの、というよりはほとんどの創薬プロジェ クトは厳しい競争にさらされているので、プ ロジェクトに競争力を付与できない in silico 技術は、それがどんなに理論的に正しく、ま た、美しかったとしても企業の創薬において は役にたたないものだということを認識すべ きである。また、プロジェクト推進の役に立 たないことを実施してしまった場合は、役に 立つことを実施する機会を逸したと考えるべ きである。筆者の考えではどんなに in silico 技術が進んだとしても、in silico 予測のみで創 薬が可能になるとは思えない。今後も創薬は 探索的で、経験的で、発見的であり続けるで あろう。しかし、in silico 技術は、新しい探索 の方法、かつてない経験、いままで思いもよ らなかった発見などをもたらしてくれるもの と信じている。 参考文献 1) An, J., et al. : Genome Informatics, 15, 31-41, 2004 2) a) Berman, H. M., et al. : Nucleic Acids Research, 28, 235-242 ,2000 b) Berman, H. M., et al. : Nature Structural Biology, 10, 980, 2003 c) http://www.rcsb.org 3) a) Blundell, T., et al. : Nature, 304, 273, 1983 b) 森口郁生、梅山秀明編:現代化学・増刊 13「新薬の リードジェネレーション -最新ドラッグデザイン-」東京化学同人 p.106-118, 1987 4) Jacoby, E. : “Chemogenomics: Knowledge-based Approaches to Drug Discovery.”, Imperial College Press (UK), 2006 5) a) 高橋理: ファルマシア, 41, 139, 2005 b) Bohm, H. J., et al. (Eds) : “Virtual Screening for Bioactive Molecules”, Wiley-VCH (Weinheim), 2000 6) 武本浩: ファルマシア, 41, 129, 2005 7) Roche, O., et al. : J. Med. Chem., 45, 137-142, 2002 8) Lipinski, C. A., et al. : Adv. Drug Deliv. Rev., 23, 3, 1997 9) a) Allen, F. H. : Acta Cryst. B58, 380-388, 2002 b) http://www.ccdc.cam.ac.uk/ 10) a) Cramer, R. D. III, et al. : J. Am. Chem. Soc., 110, 5959, 1988 b) Greene, J., et al. : J. Chem. Inf. Comput. Sci., 34, 1297-1308, 1994. ◆略歴◆ 松岡 宏治(Hiroharu MATSUOKA):1986年早稲田大理工修士修了、中外製薬株式会社入社、1995 年化学研究所主任研究員、1996年早稲田大理工博士号取得、現職:化学研究第一部グループマネージャー・主席 研究員 ◆略歴◆ 大田 雅照(Masateru OHTA):農学博士(京都大学大学院農学部)、1980 年横浜国立大学工学部卒 業、1980 年中外製薬入社、現職:中外製薬株式会社研究本部化学研究第一部グループマネージャー・主席研究員、 専門分野:Molecular Modeling, Compter-Aided Drug Design, Structure-Based Drug Design & Cheminformatics Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 11 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 薬学研究最前線(1) 抗腫瘍性化合物の転写プロファイルに基づくフィンガープリンティング 大和 隆志 エーザイ株式会社 1.はじめに マイクロアレイ法は、網羅的遺伝子発現解 析(トランスクリプトーム解析)において現 在中心的な役割を担っている技術手法である。 cDNA 断片あるいはオリゴヌクレオチドをガ ラスやシリコンの基板上に高密度で整列配置 したデバイスを用いる本手法は、数千、数万 の遺伝子の発現状態(転写プロファイル)を スナップショットとして一度に測定すること を可能にした(1, 2)。マイクロアレイ法の原理 を一言で述べるならば、上記のプローブ DNA に対するディファレンシャルハイブリダイゼ ーションを基軸とする多量比較解析というこ とになる。実際の実験では、2つの異なる状 態 A および B の間で多数の遺伝子の発現パタ ーンを同時に比較して、特定の遺伝子群が状 態 A において状態 B の時よりも発現誘導され ている、もしくは発現抑制されているといっ た判定が行われる。 近年マイクロアレイ法の活用が最も盛んに 行われている学問分野の1つとして、癌生物 学が挙げられる。遺伝子発現のパターンを比 較する対象は、癌組織(細胞)と正常組織(細 胞)、原発腫瘍と転移腫瘍、ある種の抗癌剤に 対して感受性の癌細胞と抵抗性の癌細胞等々、 極めて多岐に渡っている。これまでに報告さ れた研究成果の中には、様々なタイプの癌を 発現遺伝子のレベルで生物学的に特徴づけ、 その転写プロファイルに即して系統的に分類 する内容のものがいくつも存在する(3)。究極 的には、こうした取り組みの延長線上で、癌 治療における“Personalized Therapy”の実現 に結びつくことが強く期待されるところであ る。 一方、筆者らは独自に、種々の抗腫瘍性化 合物が癌細胞に及ぼす遺伝子発現変化のパタ ーンをマイクロアレイ法により同定し、それ を各化合物固有のフィンガープリントとして 化学構造と対応させて分類の上、データベー ス化する取り組みを進めてきた。この構造― Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 創薬第二研究所 転 写 プ ロ フ ァ イ ル 相 関 ( transcriptional structure & activity relationships (SAR))の検討 は、創薬化学と遺伝子発現解析を有機的に融 合させるケミカルバイオロジーのアプローチ であり、上述の癌生物学のアプローチと組み 合わせることにより、抗癌剤の探索ならびに 開発研究の効率化に寄与しうると考えている。 以下に、我々の行ってきたパイロット研究の 概要を説明する。 2.スルホンアミドフォーカストライブラリ ーに関する構造―転写プロファイル相関研 究 弊社筑波研究所の抗癌剤探索研究グループ では、多様な生体分子との相互作用に関与す るスルホンアミド構造の“drug-likeness”に着 目し、1980 年代後半から、新規合成抗癌剤の 創製を目指して多数のスルホンアミド誘導体 を合成、評価してきた(4, 5)。このスルホンア ミドフォーカストライブラリーを起点とした 創 薬 研 究 は 、 E7010(6, 7) 、 E7070(8, 9) 、 E7820(10)という 3 つの抗癌剤候補化合物の 発見につながった。図 1 に、リード化合物か ら最適化化合物に至るまでをまとめたフロー チャートを示す。 SO2NH H 3C HN リード化合物 (チューブリン重合阻害剤) 最適化探索研究 + 代謝・安全性 物性・製剤 R2 CH3O 合成プロセス などの後期 前臨床研究 SO2NH R1 HN [X] SO2NH HN H2NSO2 E7010 テンプレート1 (リニアー系) SO2NH R1 SO2NH R2 HN テンプレート2 (二環系) CH3O R3 HN E7070 OH チューブリン重合阻害剤 (経口剤として臨床試験中) R3 SO2NH N NC SO2NH HN ER-67880 Cl G1期細胞周期阻害剤 (静注剤として臨床試験中) CH3 HN Cl チューブリン重合阻害剤 (非臨床の実験薬) E7820 CN 血管新生阻害剤 (経口剤として臨床試験中) 図1: スルホンアミドフォーカストライブラリーに基づく新規合成抗癌剤の創薬研究 この中で、E7010 と ER-67880 は、癌細胞を 用いた表現型スクリーニングにおいて有糸分 裂を停止させる化合物であり、チューブリン のコルヒチン結合部位に結合して重合阻害の 作用を発揮することが実験的に示されている。 12 社団法人 さらに、E7070 は癌細胞の細胞周期進行を G1 期で停滞させる化合物として、また E7820 は 血管内皮細胞の増殖や管腔形成を阻害する化 合物として、それぞれ見出されたものである。 E7070 ならびに E7820 は、顕著な生物表現 型を細胞や動物レベルで誘導することが明ら かにされている反面、主要な分子標的やその 下流の作用メカニズムに関して未解明の部分 が残されている。筆者らは、この課題の解決 に挑む過程でマイクロアレイ法による遺伝子 発現解析を試み、図 2 に示すような興味深い 結果を得た(11, 12)。この取り組みがもたらし た重要な知見の第一は、フローサイトメトリ ーによる細胞の表現型スクリーニングでは E7010 と同じタイプの有糸分裂阻害剤と評価 された ER-67880 が、遺伝子発現解析の結果 癌細胞を用いた 表現型スクリーニング フローサイトメトリー 薬剤濃度:8 μM 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 初めて、E7010 と E7070 の両化合物の生物活 性を併せ持つ化合物であることが明らかにさ れたという事実である。この実験結果は、通 常のスクリーニングや薬理評価では見抜けな かった生物活性の存在が化合物の転写プロフ ァイルの精査を通じて照らし出されたという 点で、我々に極めて貴重な示唆を与えてくれ た。さらに、E7010 と E7070 の化学構造に ER-67880 のそれを重ね合わせて、それぞれか ら共通の部分構造を抜き出すと、両系統化合 物の抗腫瘍活性にとって必須の核構造単位 (ファーマコフォア)が浮かび上がってくる。 創薬化学の研究では、最小ファーマコフォア の抽出は常に重要な課題であり、この点に関 して遺伝子発現解析の有用性が示されたこと も意義深いと考えられる。 HCT116-C9ヒト大腸癌細胞株 化合物処理(8 μM, 12 h) DNAマイクロアレイ解析 細胞周期を有糸分裂期(M期) で停止させる 構造-転写プロファイル相関 Affymetrix Hu6800 array E7010 SO2NH HN CH3O 遺伝子発現変化のサマリー N E7010 OH SO2NH CH3O HN ER-67880 Cl SO2NH H2NSO2 HN E7070 Cl 細胞周期をG1期で停滞させる CONH H2NSO2 Gene name 7010 Genes up-regulated at least 2-fold Chondroitin sulfate proteoglycan 2 (CSPG2) 3.4 Cystein-rich, angiogenic inducer, 61 (CYR61) 4.1 Eukaryotic initiation factor 4A, isoform 1 (E1F4A1) 2.4 Nuclear cap binding protein subunit 2 (NCBP2) NC SEC31-like1 (SEC31L1) NC Genes down-regulated at least 2-fold Tubulin, alpha-1 (TUBA1) -9.7 Tubulin, alpha-3 (TUBA3) -3.1 Inhibition of DNA binding 2 (ID2) -2.6 DEAD box polypeptide 17 (DDX17) -4.0 Cyclin H (CCNH) NC DNA polymerase alpha subunit (POLA) NC DNA topoisomerase II alpha (TOP2A) NC Malic enzyme 2 (ME2) NC Mitochondrial intermediate peptidase precursor (MIPEP) NC NADH dehydrogenase (ubiquinone) Fe-S protein 1 (NDUFS1) NC FAD synthetase (PP591) NC Neuron specific (gamma) enolase (ENO2) NC Nucleoporin 160 kDa (Nup160) NC Programmed cell death 2 (PDCD2) NC Hypoxia up-regulated 1 (HYOU1) NC Fold change value 67880 7070 203805 3.5 2.0 2.0 2.3 2.0 NC NC NC 2.9 2.3 NC NC NC NC NC -2.4 -2.2 -2.1 -2.2 -4.2 -4.3 -2.0 -2.6 -5.7 -2.7 -3.3 -3.6 -2.5 -9.5 -2.2 NC NC NC NC -5.1 -4.0 -3.0 -3.0 -5.7 -2.9 -11.3 -3.2 -5.0 -10.8 -2.2 NC NC NC NC NC NC NC NC NC NC NC NC NC NC NC HN ER-203805 Cl NC = No Change SO2NH CH3O HN N pharmacophore 1 OH SO2NH CH3O HN dual ER-67880 Cl pharmacophore 2 SO2NH H2NSO2 HN E7070 Cl CONH H2NSO2 HN ER-203805 Cl 細胞周期に対して特に影響しない 図2: マイクロアレイ法によるスルホンアミド系抗癌剤の構造-転写プロファイル相関研究 次に、転写プロファイルに基づくフィンガ ープリンティングの観点から我々の考察をま とめる。1) E7010 と ER-67880 に共通する遺 伝子発現変化として、TUBA1 と TUBA3 の発 現抑制が認められた。この事象は、E7010 タ イプのチューブリン重合阻害剤を転写レベル で特徴づけるバイオマーカーとみなすことが できる。またそれと同時に、本系統化合物に Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) よって細胞に誘導されるチューブリンモノマ ーの蓄積が上記2種類のα-チューブリンの 転写にネガティブフィードバックを及ぼして い る 可 能 性 を 示 唆 し て い る 。 2) E7070 と ER-67880 に共通する遺伝子変化では、細胞周 期のコントロールと DNA 修復に関与する遺 伝子群(CCNH、POLA、TOP2A など)に加 えて、特に、エネルギー代謝パスウェイに関 13 社団法人 わる遺伝子群(ME2、MIPEP、NDUFS1、PP591、 ENO2 など)の発現抑制が顕著であった。こ の転写プロファイルは、今後 E7070 の主要な 分子標的や作用機序を同定していく中で常に 照合されるべきフィンガープリントパターン と考えられる(13)。 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 ングを行うために、Ingenuity Systems 社のパ スウェイ解析ソフトウェアを用いた。 O O S N H H2N S O O O O S N H NC Cl HN Cl Cl O O O S N N H H Br O O O S S N H H2N Me S O Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) O HO OH O O N Me Me O O O N O H O O N N O O O O O Me O Me Capsaicin Me MST16 H N Me N Me N H Me OH Trichostatin A O H O Kenpaullone Etoposide MeO OMe HN Br OH 図3: 評価化合物の化学構造式 実験データの解析では、まず初めに 12 化合 物の転写プロファイルに基づいて階層的クラ スターリングを行い、約 8,500 の転写産物の 発現変動量の相関性をコサイン係数で評価し た(図 4)。その結果、6 種類のスルホンアミ ド誘導体に関して計算されたコサイン係数は、 同一化合物の triplicate 実験内で全て 0.7 以上、 各化合物間でも全て 0.7 以上であったのに対 して、他の関連 6 化合物との間では全て 0.3 以下の値であった。このことは、今回評価し た 6 種類のスルホンアミド系抗癌剤が 50%増 殖阻害濃度付近で同一の作用機序を共有して いることを強く示唆するものである。しかも その作用機序は、他の関連 6 化合物とは異な る分子標的に由来する抗腫瘍メカニズムであ ると考えられる。主たる分子標的や作用機序 の詳細が未解明で互いの関連もこれまで殆ど 明確にされていなかった 6 種類のスルホンア ミド系抗癌剤に関して、本遺伝子発現解析実 験により生物学的な相同性が初めて明らかに された事実は、転写プロファイルに基づくフ ィンガープリンティングが抗腫瘍性化合物の 系統的な分類に極めて有用であることを示し ているに他ならない。 コサイン係数>0.70 O O S N H H2N S O O Cl HN E7070 O O S N H NC Me CN HN E7820 Cl O O S N H H2N N N CQS Cl O O O S N N H H LY186641 Cl Cl O O O S N N H H Ethoxzolamide-1 Ethoxzolamide-2 Ethoxzolamide-3 Capsaicin-1 Capsaicin-2 Capsaicin-3 Etoposide-1 Etoposide-2 Etoposide-3 MST16-1 MST16-2 MST16-3 Trichostatin A-1 Trichostatin A-2 Trichostatin A-3 Kenpaullone-1 Kenpaullone-2 Kenpaullone-3 CQS-1 CQS-2 LY573636-1 LY573636-2 CQS-3 LY573636-3 LY186641-1 LY186641-2 LY186641-3 E7070-3 E7820-1 E7820-2 E7820-3 LY295501-4 E7070-1 E7070-2 LY295501-1 LY295501-2 3.インフォマティクス解析による化合物転 写プロファイルのフィンガープリンティン グ 前章で述べた構造―転写プロファイル相関 研究の結果を受けて、筆者らは、さらに 12 種類の異なる抗腫瘍性化合物の転写プロファ イルを同時に評価した(図 3)(14)。このうち、 E7070、E7820、chloroquinoxaline sulfonamide (CQS) 、 LY186641 (sulofenur) 、 LY295501 、 LY573636 の 6 化合物はすべてスルホンアミ ド誘導体で、 「芳香環+スルホンアミド」の部 分構造と抗腫瘍活性をキーワードとして公開 データベースを検索することにより選出した。 E7070 から E7820 へ、および LY186641 から LY295501 への連続的な研究経緯を除き、これ ら 6 化合物の間に分子標的や作用機序につい ての関連性を指摘する論文報告はこれまでな されていない。他の化合物は、分子標的や作 用機序に関する公知情報の中で上記スルホン アミド誘導体のいずれかと何らかの関連性が 指摘されていたものである。具体的には炭酸 脱水酵素阻害剤の ethoxzolamide、NADH 酸化 酵素阻害剤の capsaicin、それぞれ異なる様式 で DNA トポイソメラーゼ II を阻害する MST16 と etoposide、ヒストン脱アセチル化酵 素阻害剤の trichostatin A、サイクリン依存性 キナーゼ/グリコーゲン合成酵素キナーゼ-3/ リンゴ酸脱水素酵素をそれぞれ阻害する kenpaullone の 6 化合物である。実験は triplicate で行い、癌細胞としてヒト大腸がん細胞株の HCT116 を使用し、各化合物について 50%増 殖阻害濃度の 2 倍の濃度で 24 時間処理した後、 total RNA を回収した。マイクロアレイ解析に は Affymetrix 社の Human Genome Focus アレ イを用い、各化合物の遺伝子発現データを Bioconductor の RMA でノーマライズした後、 コントロールとの発現量比の log 値を発現変 動量とした。各評価化合物の転写プロファイ ルの類似性スコアにはコサイン係数を適用し、 作用機序と関連づけるフィンガープリンティ Me O O Me N H HO O O Me MeO S O O Ethoxzolamide LY573636 LY295501 LY186641 O NH2 N Cl N CQS Cl Cl O O O S N N H H N O O S N H CN E7820 E7070 O Cl Me HN O Br LY295501 S O O O S N H Cl Cl コサイン係数<0.30 LY573636 図4: 階層的クラスターリングによる化合物転写プロファイルのフィンガープリンティング 14 社団法人 続いて、スルホンアミド系抗癌剤 6 化合物 の作用機序を生物学的に特徴づけるためにパ スウェイ解析を行い、G1/S ならびに G2/M 移 行期における細胞周期阻害剤である kenpaullone の場合と比較した。図 5 に示した のは、triplicate で行った遺伝子発現解析実験 において、スルホンアミド誘導体の 6 化合物 で共通して有意な影響を受けた細胞内パスウ 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 ェイの上位 10 種類を kenpaullone に関するデ ータとともにまとめたものである。まず kenpaullone については、予想通り G1/S 期な らびに G2/M 期の細胞周期制御パスウェイに 対して特に顕著な影響を及ぼしているという 解析結果となった。それに対して、6 つのス ルホンアミド系抗癌剤の場合には、細胞内の 代謝パスウェイに広範な影響が認められた。 Cell cycle: 2 Metabolism: 3 Cell signaling: 5 Metabolism: 9 Cell cycle: 1 図5: パスウェイ解析(IPA)による化合物転写プロファイルのフィンガープリンティング 同様のパターンは、kenpaullone 以外の残り の 5 化合物(ethoxzolamide、capsaicin、etoposide、 MST16、trichostatin A)でも全く観察されなか ったことから、幅広い代謝系パスウェイへの 深刻な影響が本スルホンアミド系抗癌剤の転 写プロファイルのフィンガープリントパター ンであるとみなすことができる。我々はもと もと、E7070 を G1 期における細胞周期阻害 剤として、また E7820 を血管新生阻害剤とし て、それぞれ見出してきた。今後、両化合物 の分子標的と作用機序の全貌が解明される過 程で、上記 2 種類の生物表現型と代謝系遺伝 子の転写制御とのつながりも明らかになるも のと考えている。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 4.おわりに ヒトゲノム配列の精密解読の完了とマイク ロアレイ技術の確立がなされた今日,ヒト細 胞における全ゲノム転写プロファイルをハイ スループット様式で解析することが可能とな った。生理活性化合物がヒト細胞に与える影 響は、今やゲノムワイドな遺伝子発現変化の パターンという究極の生物表現型で特徴づけ ることができる。これを利用してインフォマ ティクス解析を行えば、創薬化学の長い歴史 の中で紐解かれてきた構造―活性相関(SAR) のリストを生理活性化合物の転写プロファイ ルと結びつける形でバージョンアップするこ とも決して夢ではない。さらに、個々の化合 物の転写プロファイルをフィンガープリント パターンとしてデータベース登録し、継続的 15 社団法人 に更新して活用すれば、化合物間の類似性検 証ならびに差別化、作用メカニズムやバイオ マーカーの迅速な同定などを通じて、薬剤の R&D 研究の効率化と適正化に大きく寄与す DNAトポイソメラーゼI/II阻害剤 核酸代謝拮抗剤 化合物 A 癌細胞 化合物 C 薬学研究ビジョン部会 るものと期待される(図 6)。目指すところは、 “Right Drugs for Right Patients”を基本理念と する創薬プロセスの更なる改善と充実である。 フィンガープリンティング 化合物 B 日本薬学会 微小管阻害剤 プロテインキナーゼ阻害剤 化合物 D 化合物 E ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤 その他 インフォマティクス解析 マイクロアレイデータ * クオリティーチェック * ノーマライゼーション クラスタリング パスウェイ解析 ネットワーク解析 図6: インフォマティクス解析による抗癌剤転写プロファイルのフィンガープリンティング 本研究は、エーザイ株式会社・創薬研究本 部における多数の研究者の協力を得て行われ たものである。この場を借りて、関係者各位 に改めて感謝の意を表する。最後に本稿を閉 じるにあたり、これまで弊社抗癌剤の臨床治 験に参加なされた癌患者の皆様とその御家族 の方々に衷心からの謝意を表し、おわりの言 葉とする。 参考文献 1) Shena, M. et al. : Science 270, 467-470 (1995). 2) Lockhart, D.J. et al. : Nat. Biotechnol. 14, 1675-1680 (1996). 3) 竹政伊知朗、門田守人 : ゲノム機能 発現プロファイルとトランスクリプトーム, 中山書店, 83-101 (2000). 4) Yoshino, H. et al. : J. Med. Chem. 35, 2496-2497 (1992). 5) Owa, T. et al. : Bioorg. Med. Chem. Lett. 10, 1223-1226 (2000). 6) Koyanagi, N. et al. : Cancer Res. 54, 1702-1706 (1994). 7) Yoshimatsu, K. et al. : Cancer Res. 57, 3208-3213 (1997). 8) Owa, T. et al. : J. Med. Chem. 42, 3789-3799 (1999). 9) Ozawa, Y. et al. : Eur. J. Cancer 37, 2275-2282 (2001). 10) Funahashi Y. et al. : Cancer Res. 62, 6116-6123 (2002). 11) Yokoi A. et al. : Mol. Cancer Ther. 1, 275-286 (2002). 12) Owa, T. et al. : J. Med. Chem. 45, 4913-4922 (2002). 13) 大和隆志、小田吉哉 : 蛋白質 核酸 酵素, 共立出版, 50, 1063-1069 (2005). 14) 大和隆志 : ケミカルバイオロジー・ケミカルゲノミクス, シュプリンガー・フェアラーク東京, 33-47 (2005). ◆略 歴◆ 大和 隆志(Takashi OWA):エーザイ株式会社 創薬第二研究所 化学系統轄 1991 年、東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了後、エーザイ株式会社に入社。以後、一貫して新規抗癌剤の 探索ならびに開発研究に従事。1996 年から 1998 年まで、ハーバード大学(シュライバー教授主宰・ケミカルバ イオロジー研究室)留学。帰国後、同社シーズ研究所にて、抗癌剤候補化合物の分子標的、作用メカニズム、バ イオマーカーの同定研究に参画。2003 年、同研究所主幹研究員。2006 年より、現職。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 16 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 薬学研究最前線(2) ゲノムネットワーク解析による薬理ゲノミクス機構 田中 利男 三重大学大学院医学系研究科薬理ゲノミクス 三重大学生命科学研究支援センターバイオインフォマティクス 分子薬理学から薬理ゲノミクスへ 20世紀後半、薬理学において大きな変化が 認められたのは、分子生物学を基盤にし、薬 物の作用機構を分子レベルで解析し始めた分 子薬理学の時代であった。さらに21世紀に 突入して、ゲノムサイエンスを基礎に、薬理 学は薬物作用機構を生体レベルで包括的にゲ ノムワイドな解析が可能になり、パラダイム シフトが出現した。すなわち薬理ゲノミクス 時代の到来である。この変化が、薬理学にお いていかなる変化を来したかを一言で表現す ると、分子薬理学のパスウエイ解析から薬理 ゲノミクスのネットワーク解析へのシフトで ある。分子薬理学は、薬物と薬物受容体の分 子間相互作用とそのシグナル伝達機構として の薬理パスウエイ解明を試みてきた。しかし ながら、薬物投与の適応症である疾患との相 互作用こそが薬理作用そのものであり、真の 薬理学的解明であると思われる。そこで、ポ ストゲノムシークエンス時代である21世紀 において、ヒト臨床も疾患モデル生物もゲノ ム情報が活用可能となり、機能ゲノミクスは システムバイオロジーとして構築されつつあ る。まさに薬理学が当初より設定していたゴ ールを達成できることが可能になりつつある。 システムバイオロジーとケモゲノミクス 2003年4月14日に、国際コンソーシア ムによるヒトゲノムシークエンス解読完了が、 関係6ヵ国首脳により共同宣言された。真に、 国際的にポストゲノムシークエンス時代に突 入した(1)。既にこの時、米国 NIH は、ゲノム シークエンス上の機能部位を網羅的に同定す る ENCODE(Encyclopedia of DNA Elements)計 画を、開始している(2)。一方日本では、これ に対抗する形で2004年4月から、文部科 学省ゲノムネットワークプロジェクトがスタ ートした(3)。すなわち、遺伝子やタンパク質 の網羅的解析とこれらの包括的相互作用解析 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) から、生命分子ネットワークの体系的な理解 へ、展開しようとしている。必然的に「生命 現象をシステムとして理解する」システムバ イオロジーが、世界中で勃興し、数多くの研 究センターなどが欧米を中心に設立されてい る 。 具 体 的 に は 、 Institute for System Biology(Seatle,USA)(4), Calfornia Institute Quantitative Biomedical Research 3 Cente(UC San Francisco, Berkeley, Santa Cruz, USA)(5), Computational and System Biology at MIT(MIT,USA)(6), Broad Institute (Boston,USA)(7)等が代表的なものである。そ の結果、世界中がシステムバイオロジーを核 にした新しい生命科学の構築に集中している ようにみえる。しかしながらここで注目すべ き点は、米国では早くも 2002 年5月から NIH Roadmap for Medical Research を検討しており、 ポストゲノムシークエンス時代の研究プロジ ェクトとして1)ネットワーク解析、2)構 造生物学、3)バイオインフォマティクス、 4)ナノメディスンに加え、5)低分子化合 物によるケモゲノミクスと分子イメージング プローブ開発に焦点をあて、ヒトゲノムプロ ジェクトの出口として創薬基盤構築を明確に 宣言し急激に展開しているのは(8)、我が国と 対照的である。 薬理ゲノミクスのネットワーク解析 そこで、今回このような国際的動向を考慮し て、脳血管障害モデルにおける薬理ゲノミク スネットワーク解析を試みた。20世紀にお いて、我々は分子生物学を基盤に医薬品とそ の標的分子(薬物受容体)の相互作用につい て、精密な解析を試みてきた。その結果、薬 物作用機構を分子レベルで解明することが可 能となり、分子薬理学が構築されてきた(図 1)。一方、薬理学の最も基本的な問題は、特 定の疾患に対する医薬品の作用機序を明らか にすることである。しかしながら、当時の医 17 薬品標的分子を基点とするパスウエイ解析は、 残念ながら疾患遺伝子までたどり着くことが 非常に困難な状況であった。そこでは、薬物 受容体と疾患遺伝子クラスターとの関係を、 直接的に解析することは不可能で、医薬品と 疾患の相互作用を直接解明することなく、限 られた医学生物学的情報から推定するにとど まっていた。すなわち薬理学の最も基本的課 題に対して20世紀中には、ついに分子基盤 の解明に至らず、幕を閉じた。 Disease Gene Drug Medicine Target Gene Therapeutic Therapeutic Disease Genes Action Genes 図1 21世紀のポストヒトゲノムシークエンス時 代に入り、ヒトゲノムに加え、1000種類 に近いゲノムシークエンスが完了か進行中で ある。その結果ようやくヒトゲノム上のすべ ての遺伝子に ID がついたことになり、他の 種における相同遺伝子が同定され、ジーンタ ーゲッティングなどによる直接的機能解析も 可能となった。その中で、薬理学において最 も決定的な影響を与えたのは、このゲノム科 学を基盤にした薬理ゲノミクスへパラダイム シフトを起こしたことである(9)。その結果、 現時点では不充分ではあるが、薬物受容体か ら疾患遺伝子クラスターへ繋がるネットワー ク解析が成立したことである。そこで、21 世紀になり初めて医薬品と疾患との選択的関 係を、ヒトゲノム上に連続したネットワーク として解析する薬理ゲノミクスが成立した (図2)。この薬理ゲノミクスネットワーク解 析は、医薬品の疾患に対する選択的作用機構 を解明するだけではなく、薬物治療のゲノム 的分子実体を描き出す(9)。すなわち、有史 以来初めて、治療とは何かという薬理学の根 源的問いに対して、分子基盤をもつ解を提案 することになる。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 Gene Gene Gene Gene Gene Gene Gene Gene Gene Disease 社団法人 Drug Medicine Target Therapeutic Therapeutic Disease Genes Action Genes 図2 そこで、ラット脳血管攣縮モデルにおける DNA チップ解析から、ラット脳血管攣縮モデ ルにおける発現変動遺伝子の中に治療遺伝子 (HO-1, HSP72 等)が含まれていることが明 らかとなった(10,11)。さらに、脳血管にお ける H0-1 遺伝子発現を誘導する脳血管障害 治療薬を見出した。そこで、今後は HO-1 遺 伝子産物と脳血管障害を結ぶ薬理ゲノミクス 機構を解析している(図3)。一方、脳血管攣 縮時に誘導される HSP72 遺伝子をアンチセ ンスで抑制すると、脳血管攣縮が悪化するこ とを見出した。さらに、胃潰瘍治療薬である テプレノン(GGA)が、HSP72 を脳血管で発現 誘導することを見出し、脳血管攣縮を軽快さ せることを明らかにした(11)。 図3 ポストゲノムシークエンス時代の正薬理ゲ ノミクス 現在、遺伝子多型(SNPs)、トランスクリプト ーム(transcriptome)、プロテオーム(proteome)、 インターラクトーム(interactome)、メタボロー ム(metabolome)、セローム(cellome)、フィジオ ーム(physiome)などの機能ゲノミクス研究を 18 社団法人 基盤に、これらの薬理ゲノミクスネットワー クを活用した医薬品作用機構解析が試みられ ている(図4)。 正薬理ゲノミクス (Forward Pharmacogenomics) トランスクリプトーム (Transcriptome) 遺伝子型 (Genotype) プロテオーム (Proteome) メタボローム (Metabolome) 疾患表現型 (Phenotype) 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 すなわちポストゲノムシークエンス時代は、 おもにゲノムシークエンス情報から出発する 逆薬理ゲノミクスによる解析が試みられてき たが、この研究戦略における問題点も、数多 く明らかになりつつある。そこで、今後は機 能ゲノム情報を考慮した、新時代の正薬理ゲ ノミクス(forward pharmacogenomiscs)と従来 か ら の 逆 薬 理 ゲ ノ ミ ク ス (reverse pharmacogenomics)の統合的解析の重要性が 指摘されている。これらの統合的研究戦略に より初めて臨床的に有効性のある薬理ゲノミ クスネットワークが成立することが期待され ている。 逆薬理ゲノミクス (Reverse Pharmacogenomics) 図4 本研究の一部は、文部科学省、経済産業省、 厚生労働省の支援による。また、執筆の機会 を与えていただきました三橋晴美先生に感謝 いたします。 参考文献 1) Lander,E.S. et al.Nature,2001;409:860-921 2) http://www.genome.gov/10005107 3) 林崎良英他、ゲノムネットワーク:蛋白質核酸酵素 2004;49:2605-3020 4) http://www.systemsbiology.org/ 5) http://qb3.org/ 6) http://csbi.mit.edu/ 7) http://www.broad.mit.edu/index.html 8) http://nihroadmap.nih.gov/ 9) 田中利男、ゲノム研究実験ハンドブック、羊土社、2004,p317-322 10) Suzuki,H. et al.J.Clin.Invest.,1999;104:59-66, 11)Nikaido,H. et al.Circulation,2004;110:1839-1846. 12)Lamb,J. et al.Science,2006;313:1929-1935. ◆略 歴◆ 田中 利男(Toshio TANAKA):1980 年三重大医・博士課程修了、三重大医薬理学助手、1982 年 講師、米国ベイラー医科大留学、1988 年三重大医薬理学教授、2003 年三重大生命科学研究支援センターバイオ インフォマティクス併任教授、2005 年三重大院薬理ゲノミクス教授 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 19 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 薬学研究最前線(3) Multineuronal calcium imaging(MCI) ── 多ニューロン活動を可視化して脳ネットワーク機能を解明する 佐々木 拓哉,高橋 直矢,宇佐美 篤 東京大学・大学院薬学系研究科池谷裕二 東京大学・大学院薬学系研究科,JST さきがけ 1、MCI について 脳は個性ある多彩なニューロンの集合体 である。このようなニューロンたちが巨大か つ緻密なネットワークを形成し、相互作用す ることによって脳機能は実現される。しかし、 多くの神経科学研究が行われてきたにも関わ らず、その実態については未だ解明されて いない部分が多い。 従来の神経科学研究が真に重要な脳機能 の本質に迫れなかった理由は、適切な実験手 法の欠如に因るところが大きい。実際に、 これまでの研究がとってきた実験アプロー チを見直してみると、ニューロンの挙動を 個別に解析するか、わずか単シナプス伝達 の解析にとどまっているものがほとんどで ある。一般にシステムでは、素子が集団と なって予想を越えた非線形挙動が現れる。 従来の実験的戦略は、個々の細胞と神経ネッ トワークをそれぞれ独立した存在として掌握 する還元的アプローチであるため、両者の結 びつきを詳細に追及するのが難しい。 他方で、多ニューロンの総体活動を記録 する実験手法としては、脳波計測や fMRI シグナルなどのボーラス測定が主流となっ ているが、これらの手法の空間解像度は低 く(最高でもミリメートル単位の解像度)、 ニューロン個々の挙動を知り得るには程遠 い。以上のような理由から、多ニューロン の挙動に関する研究は、in silico の数理モデ ルによってシミュレーションされたものがほ とんどであり、実験科学に基づいて得られた 知見は極めて少ない。すなわち、神経ネット ワーク活動の実態は、従来の知見ではほとん ど推測の域を超えていない。“総体”としての ニューロンのマクロな特性を明らかにする ためには、一つ一つの細胞の個性を損なう ことなく、機能ネットワークの挙動を一斉 に記録できる新規の手法が必須である。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 我々が近年開発を進めている multineuronal calcium imaging(MCI)は、このような従来 の実験手法の問題点を打破し、神経ネット ワーク研究に有用な知見をもたらしうる実験 技法として世界的に注目を集めている。MCI では、カルシウム蛍光指示薬をボーラスで標 本に負荷し、ニューロンのスパイク活動に伴 って生じる細胞内カルシウム濃度の一過性上 昇を蛍光シグナルの変化として認識する(図 1)。 図1 カルシウム蛍光色素によるスパイク活動の検 出 A:歯状回顆粒細胞層。13 日齢雄性マウスの 海馬体スライスに Oregon green 488 BAPTA-1 を負荷 した。大多数の顆粒細胞に色素が取り込まれ、個々 の細胞が明灰色に浮かび上がって確認できる。B: 単一 CA3 野錐体細胞から細胞体カルシウム蛍光強度 の測定とルーズパッチクランプ記録を同時に行った。 活動電位(スパイク)は蛍光シグナルに忠実に反映 されている。 つまり、この蛍光シグナルを多ニューロンか ら一斉にイメージングすることにより、神経 ネットワーク活動の時空パターンを正確に構 築できる。 20 社団法人 多ニューロン活動の記録は、ユニット記録 によっても達成されつつある。ユニット記録 とは、複数のニューロンの活動を重複した電 気信号として捉える生理学的手法であり、 MCI よりも高い時間分解能をもつ。しかし、 ユニット記録では数理計算によって個々のニ ューロン活動を解体抽出するソート作業が必 要であり、この行程で生じる計算誤差が深刻 な問題となっている。また、仮にニューロン が分離できたとしても、その絶対位置が同定 されることはなく、記録中に活動しなかった ニューロンについても検出されない。 これと比較して MCI では、時間解像度の点 は(現在の技術では)1ミリ秒が限界であり 電気生理学的手法に一歩譲るが、ニューロン を可視化するため、細胞の位置情報が明確で あるという大きな利点がある。実験者は観察 中に、どの部位に存在するニューロンがどの ような活動をしているかということをリアル タイムで認識できる。またユニット記録では、 記録可能な細胞数も局所に存在する数十個が 上限であったのに対し、MCI では観察してい る広い視野のほぼ全てのニューロン、すなわ ち数百から、多いときには千個を超える細胞 から同時記録が可能である。高い空間解像度 と記録可能なニューロン数の両者を考慮する 図2 MCI 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 と、多ニューロン活動の記録法としては、MCI が現在考えうる最良の方法と言える。 2、MCI の歴史と現在 MCI は、1991 年に Yuste らによってその有 用性が最初に報告された(1)。彼らは、幼若 ラットから作製した皮質スライス標本に、ボ ーラスで Fura-2AM を負荷し、数十個のニュ ーロンから同時にイメージングを行うことに 成功した。細胞内カルシウム濃度の変化を蛍 光シグナルとして認識する方法は画期的では あったが、当時は適用できる標本が、幼若な 神経組織に限られていた。また時間分解能の 面においても、数秒に 1 枚の画像取得が限界 であり、ニューロンの活動タイミングのよう なミリ秒単位の活動を正確に構築することは できなかった。 その後、イメージング技術に改良が重ねら れ、MCI がより幅広い標本に応用可能となっ た。また実験機器の進歩も伴い、画像取得に 要する時間も大幅に短縮され、高い時間解像 度で細胞内カルシウム濃度の変動を追跡する ことが可能となった(図2)。 A:撮影した細胞の位置。ラット海馬 CA3 野錐体細胞層の計 63 個のニューロンから一斉記録 を行った。B:地図A内のニューロン6番から記録されたカルシウム蛍光の時間経過(一部)。C:全 63 個のニ ューロンのスパイク活動の時空パターン。同期発火が繰り返されているのが認められる。D:同期発火の拡大ラ スタープロット。同期活動の内部構造が高時間分解能(100 Hz)で観察できる。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 21 社団法人 高速 MCI を用いた代表的な研究成果として は 2003 年の Mao らの報告が挙げられる(2) 。 彼らはフォトダイオードアレイを用いて最高 1600 Hz という高フレーム速度で、数十の皮 質ニューロンからイメージングを行った。こ の程度の時間分解能があれば、ニューロンの 発火タイミングを十分正確に記述でき、電気 生理学的なアプローチに劣らない研究が展開 できる。この実験の結果として、大脳皮質に おける神経ネットワークの自発活動は、従来 考えられていたようなランダムなものではな く、一定の秩序を内包していることが明らか となった。 その後、実験技術にさらに改良が重ねられ、 千個を超えるニューロン群からイメージング が行われ(3、4)、同様に秩序をもった活動 パターンが観察されている。このように、大 規模な神経ネットワークに埋め込まれたニュ ーロン活動の時空パターンを正確に捉える上 で、MCI は強力なツールとなっている。 MCI は二光子励起レーザー走査蛍光顕微 鏡(二光子顕微鏡)と組み合わせることで、 生体動物の in vivo イメージングにも応用でき る。二光子顕微鏡の利点は、通常の可視光レ ーザーでは届かない標本の深部(数百 μm) からも観察できることである。この利点を生 かし、Stosiek らは in vivo の哺乳類に、初めて MCI を用いた(5)。彼らは、カルシウム蛍 光指示薬をマウスの大脳皮質に局所注入し、 バレル皮質のニューロン集団の挙動を記録し た。 これを拡張的に応用することで、大木らは 第一次視覚野に存在するニューロンの方位選 択性および方向選択性の空間特性を可視化し た(6、7) 。麻酔下の動物に、様々な方向性 をもった線分や線分の動きをモニターで見せ、 第一次視覚野のニューロン群の反応パターン を MCI によって記録した。その結果、それぞ れの方位に対するニューロンの反応は空間的 に厳密に規定されていることが判明し、皮質 ネットワークの機能単位構造は単一細胞レベ ルで精細に構成されていることが証明された。 このように、MCI を生体動物に適用すること で、個々の細胞活動と個体行動の両エンドポ Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 イントを橋渡しすることができる。大木らの 報告は、MCI のもつ単一細胞レベルでの空間 解像度の利点を生かした代表的な研究であり、 従来の実験手技では得られなかった新しいタ イプの知見であるといえる。 最近では、遺伝子改変動物の作製も勢力的 に進められている。蛍光 GFP とカルシウム感 受性タンパク質を融合させることで、細胞内 カルシウム濃度依存的に蛍光強度が変化する 新規タンパク質(G-CaMP)がデザインされた (8)。この蛋白質を強制発現させた遺伝子改 変動物を用いれば、カルシウム蛍光指示薬の 負荷が不要となり、より幅広い標本に MCI を適用することができる。一例を挙げると、 Wang らは G-CaMP を恒常的に発現したショ ウジョウバエを用いて、触覚葉のニューロン がどのような匂いに反応するのかを調べてい る(9)。彼らは、この結果に基づいて、特定 の匂いに選択的に反応するニューロン群を同 定し、嗅覚マップを描いて見せた。 MCI はニューロンの投射様式など、神経ネ ットワークの構造に関しても有用な知見を与 えてくれる。たとえば、特定のニューロンを パッチクランプによって強制的に活動させ、 周辺のニューロン群を MCI で検出すれば、シ ナプス結合を作っているニューロンのペアを 同定することができる(10、11)。また、 特定のニューロンにシナプス入力が観察され た瞬間に、周辺のニューロン群を MCI でモニ ターすれば、どのニューロンからシナプス入 力を受けているのかがわかる(12)。このよ うな回路レベルでのニューロン結合様式の構 造解析は、従来のパッチクランプ法による単 一細胞記録だけでは困難だったものであり、 空間情報を正確に提供できる MCI の貢献は 大きい。 3、MCI の問題点と解決法 MCI では、取り扱うデータが大規模なもの となるため、取得した画像からニューロン活 動の時系列を構築するのに多大な時間を要す る。現在、筆者らはこの問題点を解決すべく、 計算機によるスパイク活動の自動検出を試み ている(図3)。 22 社団法人 図3 スパイク活動の自動検出 A:カルシウ ム蛍光強度の時間ベクトル列の次元を主成分分析に よって圧縮した。スパイクの有無によって、データ が異なる領域にプロットされている。B:Aの主成 分空間を線形サポートベクトルマシーンで分析し、 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 4、さいごに これまでの神経科学研究では、ミクロな単 一ニューロンの挙動、または、マクロなニュ ーロン集団の挙動のどちらか一方を解析する という限定的な実験アプローチがほとんどで あった。しかし、それだけでは脳機能の実態 を根底から解明することは不可能である。今 後の脳科学では、過去の様々な実験系から得 られた断片的な知見を、統合的に結び付ける 新しい視点が必要となる。MCI が、こうした 課題に答えうる実験手法であることは間違い ない。今後は、MCI によって新しい研究領域 が拓かれ、神経システムにおける次世代の薬 理スクリーニング系として有効に応用されて いくことを期待したい。 そのスコアに基づいて、発火タイミングを決定した。 黒丸が検出された発火タイミング。 ニューロンの活動に伴って起こるカルシウム 濃度変化は特有の時間推移を示すことがわか っており、蛍光シグナルの普遍的な特徴をコ ンピュータに学習させれば、自動的にニュー ロン活動を検出できるのではないかと考えた。 具体的には、主成分分析とサポートベクター マシーンを用いて、蛍光シグナルの時系列か ら、スパイク活動とそれ以外のノイズ成分を 分離するアルゴリズムを採用した。改良を重 ねた結果、これまで実験者が手作業で行って きた検出精度と比べて、検出率が有意に高い アルゴリズムの構築に成功した。また、手作 業では数日間を必要としていた検出時間もわ ずか数十秒間に短縮された。このような解析 行程の改善によって、多くの研究者にとって MCI がより手軽な技術となり、ひいては MCI の汎用性の向上につながるものと考えている。 ◆略 歴◆ 池谷 参考文献 1) Yuste R, et al.: Neuron 6, 333-344, 1991 2) Mao BQ, et al.: Neuron 32, 883-898, 2001 3) Cossart R, et al.: Nature 423, 283-288, 2003 4) Ikegaya Y, et al.: Science 304, 559-564, 2004 5) Stosiek C, et al.: Proc Natl Acad Sci U S A 100, 7319-7324, 2003 6) Ohki K, et al.: Nature 433, 597-603, 2005 7) Ohki K, et al.: Nature 442, 925-928, 2006 8) Hasan MT, et al.: PLoS Biol 2, e163, 2004 9) Wang JW, et al.:Cell 112, 271-82, 2003 10) Peterlin ZA, et al.: Proc Natl Acad Sci U S A. 97, 3619-3624, 2000 11) Kozloski J, et al.: Science 293, 868-872, 2001 12) Aaron G, et al.: Synapse 60, 437-440, 2006 祐二(Yujii IKEGAYA):東大薬・講師 1998 年東大薬・博士課程終了、1998 年東大薬・助 手、2002〜5 コロンビア大学留学、2006 年東大薬・講師 ◆略 歴◆ 佐々木 ◆略 歴◆ 高橋 ◆略 歴◆ 宇佐美 拓哉(Takuya SASAKI)東大薬・修士課程2年 2005 年 東北大学薬学部卒業 直矢(Naoya TAKAHASHI):東大薬・修士課程1年 2006 年 京都大学薬学部卒業 篤(Atsuki USAMI):東大薬・学部4年 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 23 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 前編集長の挨拶 Pharma VISION NEWS の編集を担当して 夏苅 英昭 Pharma VISION NEWS は、薬学研究ビジョン 部会主催による第1回創薬ビジョンシンポジ ウムの開催にあわせて 2003 年 1 月に第 1 号が 発刊されました。その後、年 2 回 on-line で 刊行し、今号で第 8 号になります。On-line 発刊とともにそれらを冊子としてまとめた第 一巻(No 1-3 の合冊)及び第二巻(No 4-7) も発刊しています。私は創刊号から7号まで の編集を担当してまいりましたが、今回担当 を辞して、長洲毅志委員長(エーザイ(株))、 長瀬博副委員長(北里大学・薬)に編集をお 任せすることになりました。この間、皆様に 温かいご支援いただいたことを感謝しており ます。 この Pharma VISION NEWS は、創薬研究に絡 んだ幅広い話題を取り上げ、7 号までに約 40 人の先生方から玉稿を賜りました。先生方に はお忙しい中、快くお引き受けいただきまし たこと、心から感謝いたします。お陰さまで 本当に役に立つ、読みでのある素晴らしい記 事が満載の立派な部会誌に育ってきました。 思い返しますと、発刊当時は、2000 年のヒ トゲノム全解析後の高揚感もあって、マスコ ミでは連日ゲノム創薬という文字が飛びかっ ておりました。薬学研究や創薬研究の領域で も新しい流れが始まることが期待され、2002 年に杉山雄一先生(東京大学大学院薬学系研 究科)をリーダーとする薬学研究ビジョン部 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 帝京大学薬学部 会が発足致しました。ちょうど私自身も企業 から大学(東大院・薬)へ移った頃(2001 年) でありますが、大学での生活に未だ右往左往 している最中、杉山先生から部会委員・部会 誌の編集担当を仰せつかった次第です。簡単 にお引き受けしてしまったのですが、この編 集作業は、実は舞台裏では大変なことばかり でした。第1号の発刊は 2003 年1月でした。 編集事務局の獅山喜美子さんとは、大晦日の 深夜から正月にかけてメールや FAX が飛び交 いました。某先生は、「31 日までには原稿を 送ります」とおっしゃいました。確かに締め 切り日は守っていただきましたが、実際に原 稿が届きましたのは除夜の鐘が鳴る頃となり ました。毎号、こんなペースでの編集作業で した。また、冊子版を作り、日本薬学会年会 (大阪、仙台)で配布物として会場に置かせ ていただいたものの、果たして皆様に持ち帰 っていただけるかどうか心配になり、何度も 冊子の減り具合を確認して回りました。幸い にして、最後は、逆に配布冊子が足りない! という嬉しい悲鳴に変わり、これも良き思い 出となりました。 創薬研究に関しては、発刊当時はゲノム創 薬への過激とも言える期待感がありました。 現在ではそれは、鎮静化し、いかに上手く活 用するか、というような落ち着いた論調の記 事が多くなったように感じます。しかし、創 薬研究の手法はこの数年間で非常に大きく変 ってきたようです。メディシナルケミストと して化合物や有機化学の重要性を学生などに 話してはいますが、創薬現場を離れて大学で 5 年間、今や浦島太郎状態になっているので はないか?と不安に感じるこのごろです。こ の創薬研究の現状を理解し、将来のビジョン を存分に語っていただくのがこのビジョンニ ュースの役割である、との思いをもって私自 身は先生方にご執筆をお願いしておりました。 本部会誌が益々充実した内容の冊子となるこ とを祈念しております。 24 社団法人 ご執筆いただきました、藤野政彦先生(Coll. Vol. 1, p 7 (2004))(on-line 版 No 3)、「創 薬戦略に役立つ Pharma Vision を!」 )におか れ ま しては 2004 年 6 月 、 田 中洋 和 先 生 (Coll.Vol. 2, p 7 (2006))(on-line 版 No 4)、「創薬を思う-テーマと組織-」)におか れましては本年 8 月にご逝去されました。慎 んでご冥福をお祈りいたします。 ◆略 歴◆ 日本薬学会 夏苅 薬学研究ビジョン部会 英昭 (Hideaki NATSUGARI): 帝京大学薬学部・創薬化学教室 教授 〔経歴〕1969 年東京大学薬学系大学院修士課程修了、 武田薬品入社、80 年東京大学薬学博士。2002 年東京 大学大学院薬学系研究科客員教授、06 年から現職。 〔専門〕医薬品化学、創薬科学 E-mail:[email protected] 最後に、編集の事務局として大変お世話にな りました、東大院・薬の獅山喜美子さん、 渕上尚子さんに厚くお礼申し上げます。 薬学研究ビジョン部会からのお知らせ(1) 第 4 回(平成 18 年度)薬学研究ビジョン部会 部会賞 選考結果の発表 多数の応募・推薦の中から、一次審査として書類選考を行い、書類選考の結果に基づいて、二 次審査を行い慎重に審査した結果、下記の 4 名の先生方を部会賞授賞者として選考しました。な お、授賞式と受賞講演を、平成 19 年 1 月 25 日~26 日に京都テルサにて開催します第 8 回創薬ビ ジョンシンポジウムにおいて行います。 奥野 恭史(京都大学大学院薬学研究科) 「ケミカル-バイオ情報に基づく創薬インフォマティクス研究」 香月 博志(京都大学大学院薬学研究科) 「組織培養を用いた中枢神経細胞変性機序と神経保護薬の作用に関する研究」 清水 敏之(横浜市立大学国際総合科学研究科) 「創薬を指向した関節リウマチ関連遺伝子 PAD4 の構造科学研究」 永次 史(東北大学多元物質科学研究所) 「機能性人工核酸を用いた遺伝子発現制御による新しい創薬手法の開発」 平成 18 年度部会長 平成 18 年度部会賞選考委員長 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 横井 毅 大和田 智彦 25 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 薬学研究ビジョン部会からのお知らせ(2) 第8回創薬ビジョンシンポジウム 「膜分子の構造・機能・相互作用解析と創薬・創剤」 日 時 会 場 Co-Chairs :平成19年1月25日(木)〜26日(金) :京都テルサ :松崎 勝巳(京都大学大学院薬学研究科) 南野 直人(国立循環器病センター研究所薬理部) Home Page :http://bukai.pharm.or.jp/bukai_vision/sympo/8th/index.html 【第1日目】 13:00 13:30 14:20 15:00 15:20 16:00 16:40 18:00 1月25日(木) 日本薬学会薬学研究ビジョン部会総会 部会賞授賞式と受賞者記念講演 オープニングリマーク 月原 冨武(大阪大学蛋白質研究所) 「膜タンパク質構造研究の難しさ、楽しさ」 休憩 白川 昌宏(京都大学大学院工学研究科) 「生理活性ペプチドとサイトカインの構造生物学」 下東 康幸(九州大学大学院理学研究院) 「受容体アンタゴニストの分子設計と阻害機構解析」 特別講演 山西 弘一(医薬基盤研究所) 「医薬基盤研究所の概要・役割と新たなウイルスワクチン作製法の開発」 懇親会 【第2日目】 9:30 10:10 10:50 11:30 12:10 13:10 13:50 14:30 15:10 15:30 16:10 17:00 1月26日(金) 望月 直樹(国立循環器病センター研究所) 「膜変形機構の阻害による血管形成・新生阻害の可能性」 松崎 勝巳(京都大学大学院薬学研究科) 「膜におけるアルツハイマーアミロイドβタンパク質の凝集機構と凝集阻害」 曽我部 正博(名古屋大学大学院医学研究科) 「シナプス可塑性に対するβアミロイドと神経ステロイドの効果−分子標的と作用機序の解析−」 植田 和光(京都大学大学院農学研究科) 「薬物動態と脂質恒常性に関与する ABC 蛋白質の機能と創薬」 昼食 若林 繁夫(国立循環器病センター研究所) 「創薬標的としてのイオントランスポータ・チャネル」 太田 成男(日本医大) 「細胞死抑制活性強化タンパク質を用いたタンパク質導入治療法の開発」 原島 秀吉(北海道大学大学院薬学研究科) 「多機能性エンベロープ型ナノ構造体による遺伝子デリバリーシステムの開発」 休憩 大高 章(徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部) 「ウイルス−標的細胞膜融合段階の阻害を基盤とする抗ウイルス剤の開発に向けて」 特別講演 成宮 周(京都大学大学院医学研究科) 「プロスタノイド受容体:機能と創薬」 閉会の辞 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 26 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 第5回創薬ビジョンフォーラム 「薬学研究における分子イメージング」 日 :平成19年3月29日(木)9:00〜12:00 (日本薬学会第127年会シンポジウムS20) 会 場 :ボルファートとやま Co-Chairs :西島 和三(持田製薬医薬開発本部) 藤林 靖久(福井大学高エネルギー医学研究センター) 開催趣旨 :生体内で生じた分子・細胞レベルでの事象を非侵襲的に検出・画像 化する分子イメージングは、詳細な薬物の挙動研究、あるいは疾病 の分子機構解明等に大いに貢献して、生命機能を理解するための必 須テクノロジーになると期待される。PET(Positron Emission Tomography:ポジトロン断層法)やMRI(Magnetic Resonance Imaging:核磁気共鳴画像法)などの画像診断技術の進展に伴い、文 部科学省の分子イメージング研究プログラムが2005年に開始され、 PET疾患診断研究施設として放射性医学総合研究所(放医研)、創薬 候補物質探索施設として理化学研究所(理研)が拠点となっている。 また、分子イメージングは医学・薬学・工学・生物学など各分野で注目され、2006年に日本分子 イメージング学会が設立されている。現在、分子イメージング技術は、医薬品の体内動態視覚化 を含めた直接検出、臨床早期試験段階での開発候補品の絞込など、診断薬・治療薬の研究開発推 進に大きな力を発揮しつつある。本フォーラムでは、現在の分子イメージング研究、特にin vivo イメージングについて、欧米、日本の現状を含めて解説した後、放医研、理研、および大学など におけるPET、MRI、光(蛍光)等を活用した最新の分子イメージング研究、さらに脳神経系等へ の応用を踏まえた研究の現況と今後の展開を話題とする。 9:00 9:05 9:15 9:45 10:15 10:45 11:15 11:45 時 オーガナイザー挨拶 藤林 靖久(福井大学高エネルギー医学研究センター) 「分子イメージングとは」 樋口 真人(放射線医学総合研究所) 「モデルマウスの生体イメージングを利用したアルツハイマー病診断薬・治療薬開発」 尾上 浩隆(理化学研究所) 「創薬と病態科学のための分子イメージング」 青木 伊知男(放射線医学総合研究所) 「高磁場磁気共鳴画像法による細胞・分子イメージング:マンガン増感法を中心に」 浦野 泰照(東京大学大学院薬学系研究科) 「蛍光プローブの精密設計に基づく病態光イメージング」 内海 英雄(九州大学大学院薬学研究院) 「ESRI/OMRI による生体レドックス動態の分子イメージング」 総合質疑応答・総括 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 27 社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会 編集後記 藪から棒ですが、創薬は年々難しくなってお ります。技術の進歩はその効率化に貢献する一 方で更に多くの要求を出してくるように感じま す。それではどうすればいいのでしょうか。王 道はないでしょうが、やはり異なる力を協力し てがんばるしかありません。このニュースでは アカデミアだけでなく、企業からも寄稿してい ただき新しい創薬のための協力の「しかけ」 「き っかけ」などになることを望んでおります。 薬学研究ビジョン部会 幸い好評いただいており、今回もおかげさまで 非常に内容もボリュームも豊富なものに仕上が ったのではないかと考えております。執筆され ました先生方には、改めて感謝申し上げます。 また読者の先生方には是非とも全体をご一読い ただきますと共に、より多くの方々に読んでい ただけますよう一言御宣伝いただければ幸いで す。(長洲・記) 常任世話人 大和田 智彦 【部会賞選考委員長】 小澤 正吾 片倉 晋一 鈴木 洋史 【副部会長】 辻本 豪三 長洲 毅志【編集委員長】 長瀬 博 【編集副委員長】 西島 和三 松崎 勝巳 三橋 晴美【部会賞選考副委員長】 南野 直人 横井 毅 【部会長】 東京大学大学院薬学系研究科 厚生労働省 国立医薬品食品衛生研究所 第一製薬株式会社 東京大学医学部付属病院 京都大学大学院薬学研究科 エーザイ(株) 北里大学薬学部 持田製薬(株) 京都大学大学院薬学研究科 サノフィ・アベンティス(株) 国立循環器病センター研究所 金沢大学薬学部 編集委員会からのお知らせ この Pharma VISION NEWS は、本部会が 年 2 回の予定で部会員宛にメール発信いた します。ご希望の方は、薬学研究ビジョン 部会事務局宛にお問合せ下さい。 部会員登録が必要です。部会員登録用紙は、 部会 HP から PDF ファイルをダウンロード して下さい 部会員の登録には、入会金・年会費は無料 です。日本薬学会の会員でなくても部会委 員登録はできます。 投稿原稿を募集いたします。詳細は、編集 事務局にお問合せ下さい。 発行:薬学研究ビジョン部会【部会長:横井 毅】 編集委員会: 長洲 毅志【委員長】 ,長瀬 博【副委員長】 鈴木 洋史 ,辻本 豪三 甲斐 俊次 ,曽我 公美子【編集事務局】 編集事務局: 甲斐 俊次 北里大学薬学部生命薬化学教室 〒108-8641 東京都港区白金 5-9-1 TEL:03-5791-6375 FAX : 03-3442-5707 曽我 公美子 エーザイ株式会社 創薬研究本部 〒300-2635 茨城県つくば市東光台 5-1-3 TEL:029-847-5603 FAX:029-847-1006 薬学研究ビジョン部会事務局: ※お問合せ、登録内容変更等のご連絡はこちらへ 金沢大学薬学部 薬物代謝化学研究室内 〒920-1192 金沢市角間町 TEL:076-234-4438 FAX:076-234-4407 E-mail:[email protected] ※本誌全ての記事、図表等の無断複写・転写を 禁止いたします。 Pharma VISION NEWS No.8 (November 2006) 28