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航空機と感染
アボット感染症アワー 2005年9月30日放送 航空機と感染 株式会社日本航空インターナショナル健康管理室部長 加地 正伸 ●航空機内の環境● 近年は海外旅行などで多くのお客様に航空機を御利用いただいております。航空機は安 全で快適な乗り物ですが、機内は地上の乗り物とは若干異なる環境にあることも事実です。 機内の気圧はおよそ 0.8 気圧に調整されていますが、当然酸素分圧も低下します。また、気 圧が低いため、腸管内など体内の空気は膨張し、体に影響を及ぼすこともあります。機内 の温度は快適に調整されていますが、湿度は 20%と著しく低い状態です。一方、気流によ り揺れたり、長時間座ったままの姿勢をとり続けなければならないという環境にあります。 ●機内での感染症の可能性● 多くのお客様や乗務員がこのような機内の空間を共有しますので、各種の感染症の患者 さんがたまたま乗り合わせ、空気感染症や経口感染症が伝播するといった事態も可能性と しては考えておかなくてはいけません。これまでの我々の経験では、航空機内での感染症 として問題となるとすれば、飛沫感染経路をもつ感染症であり、機内での飲料水、食事、 トイレの使用などによる経口感染症の伝播は心配ありません。機内では、機内食や飲料水 については最大限の注意を払っており、これが原因で感染症を起こす心配はありません。 また、機内において万一下痢、腹痛、発熱などの感染性腸炎を疑うようなお客様が発生し た場合には、客室乗務員はそのお客様が使用するトイレを隔離するように訓練を受けてお り、感染性腸炎などの患者とのトイレ共同使用による経口感染症の伝播は特別に心配する ものではありません。 ●結核症と航空機● 機内における感染症の問題としてよく取り上げられているのは、結核症の問題ですので、 本日はこの問題を中心にお話します。WHO は結核症と航空機旅行の予防とコントロールに ついてガイドラインを出しています。このガイドラインの発行に際し、機内での結核感染 症について7例の報告を検討していますが、その中で、機内において、活動性の肺結核症 の患者から乗客乗員に結核症が感染したと結論されている報告が2例あります。しかし、 いずれも感染を受けた者が結核を発症するまでには至っていません。 1例は、米国内の航空会社における報告例です。ツベルクリン反応が陽性となった客室 乗務員が無治療のまま結核症の診断を受けるまで6ヶ月間乗務しました。当該乗員と乗務 を共にした乗員をツベルクリン反応で調べたところ、結核症を発症した直前の時期、即ち 感染性が高いと思われる時期に同乗した者のグループは高い陽性率を認め、機内で感染し たことが示唆されました。また、感染は航空機の種類には関係なく、12 時間以上の長時間 にわたり当該乗務員と接触した者に多いことがわかりました。もう一例も米国内の例です が、8時間以上の飛行で、感染が報告されています。他の報告では、感染は証明されてい ません。 これらをもとに、民間航空機内において結核菌に暴露された結果、結核症が発症した事 実は確認されていないと総括していると同時に、8時間以上の長時間の場合には感染源と 成り得る乗客乗員から乗り合わせた乗客乗員へ結核菌が感染したと疑われるいくつかの事 実が存在することも述べています。従って、活動性の結核患者が航空機に搭乗した場合に は、他人に感染させる可能性があるものとして対応を行うべきであります。 ●航空機の空調システムと HEPA フィルター● 次に、航空機の空調システムについて、簡単に説明します。飛行中においては、エンジ ンの圧縮機を利用して外の空気を機内へ引き込み供給しています。機内はいくつかの区画 に分けて空調されています。空気は機内の座席上部の吹き出しノズルから吹き出され、横 列の方向に向かって流れ、その後、窓側座席下の空気循環孔から床下の貨物室に入ります。 その空気のおよそ 50%は再循環にまわり、残りの 50%は機外に排出されます。再循環に回 った空気は、HEPA フィルターを通過したあと、新鮮な空気と混合され再循環します。こ の HEPA フィルターは 0.3μの大きさの粒子を 99.97%捕捉しますので、循環空気中に結核 菌が浮遊した場合、0.5∼1μの大きさの結核菌はこのフィルターでとらえられます。最新 の航空機においては、その空調システムが完備しており、結核菌の感染をある程度予防で きると考えられます。しかし、活動性の肺結核患者からの直接飛沫による感染については、 予防できるものではありません。 ●結核症についての WHO の勧告● WHO は、航空機旅行での結核症の問題について、勧告を出しています。 主な内容は、感染性のある結核患者は他人に感染させる恐れがなくなるまで旅行を延期 すべきである。活動性の結核患者が最近3カ月の間に航空旅行をした事が判明したならば、 医師は患者の報告を保健機関に連絡するべきである。この結核患者が過去3カ月以内に所 要8時間以上の区間で搭乗していた場合には、保健機関はすみやかに航空会社に連絡すべ きである。航空会社は保健機関と協力して、結核菌に暴露された可能性がある乗客乗員を 選定すべきである。結核菌の感染が疑われた場合の乗客乗員への公表に際し、航空会社は 保健機関と全面的に協力すべきである。航空会社は、感染症発生時にすみやかに乗客に通 知するために、全乗客の連絡先を入手しておくべきである。最高性能の HEPA フィルター がすべての飛行機に装着され、適切に整備維持されるべきである。 これらの勧告は、他の種類の感染症を考える場合においても重要な要素を含んでおり、 各方面の人々がこの勧告に従った努力を行うべきであると考えています。 実際に、最近では、航空会社は結核患者の搭乗報告を海外の保健機関あるいは日本国内 の保健所から通報を受け、航空会社では当局に情報を提供するとともに、該当便に乗り合 せたお客様には同乗旅客の中に感染性の結核患者がいた旨を直接連絡する体制を整えてい ます。 ●搭乗できない主な感染症● これまで結核症を中心に話しましたが、機内での感染を防止するために、航空会社では、 「航空機搭乗により、他のお客様に伝染する恐れのある重大な感染症の方はご搭乗いただ けません」と案内しています。伝染の恐れのある疾患、たとえば学校保健法による出席停 止が定められているよう感染症即ち、インフルエンザ、百日咳、麻疹、流行性耳下腺炎、 風疹、水痘などで出席停止期間に相当するような急性期については、航空機への搭乗をご 遠慮いただいています。一方、伝染の恐れのある結核症やその他の疾患の患者を航空会社 が事前に把握し、搭乗をご遠慮いただくことは実際には非常に困難です。是非、日常の診 療に携わっていらっしゃる医師や医療関係の皆様に、この点をご配慮しただき、患者に適 切なアドバイスをいただきたいとお願い致します。 以上、本日は航空機内での感染症として問題となる飛沫感染を中心にお話しました。