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日本小児循環器学会雑誌 10巻4号 565∼570頁(1994年)
〈症例報告〉
胎児心エコーにて診断された孤立性右室低形成の一家族
(平成6年4月22日受付)
(平成6年9月16日受理)
埼玉医科大学心臓病センター小児心臓科
小林 俊樹 小池 一行 新井 克己
key words:孤立性右室低形成,胎児心エコー,家族内集積
要 旨
孤立性右室低形成(以下IRVH)は稀であるが強い家族内集積発生を示し,重症例は新生児早期に原
因不明の突然死を来たす.患児が在胎34週に胎児徐脈を主訴に母親が当センターを受診,母親は第1子
が生後1週で突然死し,第2子も胎児循環遺残症の診断を受けた妊娠歴を有していた.胎児心エコー検
査にて右室の低形成を認めたが,右室流入路および流出路に狭窄を認めなかった.また動脈管は描出不
可能であった.胎児徐脈のため在胎38週に帝王切開にて出生.出生後より軽度のチアノーゼを認め,心
エコー図検査にてIRVHと診断されたため,リボPGEIと酸素投与が行われた.日齢10には酸素も中止
され順調に経過している.家族の心エコー検査を施行したところ母親と母親方の祖母,第2子もIRVH
と診断され,第1子の死亡原因も同疾患の可能性が高いと推察された.
従来,新生児期に原因不明の突然死をきたす可能性のある本疾患も,出生前診断と右心不全,低酸素
症に対する保存的治療により予後の改善される可能性が示唆された.
の家庭に帰った当日に突然死した.臨床経過ははっき
はじめに
孤立性右室低形成(isolated right ventricular hypo−
りせず,病理解剖は行われていないため死因は不明で
plasia以下IRVH)は右室の流入,流出路に異常を伴
あった.
わずに,右室心尖部の肉柱部が低形成もしくは欠損の
ために生じずる右室低形成である.稀な疾患であるが,
第2子;男児,41週,自然分娩にて出生,Apgar
scoreは1分8点,5分9点であった.出生数時間後よ
新生児期に原因不明の突然死を呈する可能性の高い疾
り肉眼的チアノーゼと多呼吸を認めて新生児,未熟児
患と報告されている’)一’4).また強い家族集積性を示す
センターに入院となった.入院直後の心エコー図検査
と言われており海外では家族例もいくつか報告がなさ
で心房間と動脈管に右左短絡を認め,胎児循環遺残と
れているが1)3)4),本邦では我々の検索した限りでは家
がきっかけとなりIRVHの集積が発見された一家系
診断されたため,人工呼吸器管理下にPGE1の投与等
の治療が行われた.1カ月を経過しても動脈血酸素飽
和度が70∼80%のチアノーゼが残存していた.同時期
を経験した.胎児期診断により,同疾患の予後を改善
に施行された心エコー図検査にて動脈管の閉鎖は確認
族集積例の報告は見られない.我々は,胎児心エコー
できる可能性が示唆されたため報告する.
され,心房間に右左短絡血流が観察された.連続波ドッ
症 例
プラーによる三尖弁逆流の流速は2.3m/秒であり右室
母親出産歴:33歳,妊娠3回,分娩2回.
圧は正常であった.保存的に経過観察が行われ,約3
第1子;女児,40週に自然分娩で出生した.日齢7
カ月後にチアノーゼは消失して退院した.退院時は特
に心疾患の診断はなく,以後新生児科医師により発育
別刷請求先:(〒350−04)
埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38
埼玉医科大学心臓病センター小児心臓科
小林 俊樹
発達の定期検診を受けていた.
第3子;男児,妊娠34週に胎盤機能低下によると考
えられる100/分程度の胎児徐脈が見られた.前2回の
Presented by Medical*Online
ll/J\W酋言志 10 (4), 1994
566 (74)
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るが,動脈管は描出さオ・t.ていない.Mモードにて川i
動脈弁の開閉が確認されている.
図3 心尖部4腔L*Ji面像.右室心尖部の低形成により
右室容量の低.ドが観察される.ド段カラ ドップ
ラー断層に.より,右 左方向の卵円孔短絡旧1流が観
察される.
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図 2
Presented by Medical*Online
平成6年12月1日
567−一(75)
出生歴より心疾患合併も考慮されるため産科より胎児
を示しており,卵円孔と動脈管の開存を認めた(図3).
心エコーが依頼された.初回の胎児心エコー検査にて
卵円孔では右左短絡血流を認め,動脈管では左右短
心房,心室,大血管の関係には異常を認めなかったが,
絡を認めた.三尖弁および右室流出路に形態的な異常
動脈管が描出不可能なため先天性心奇形が疑われ,経
は認めずIRVHと確定診断された.胸部レントゲンで
時的に胎児心エコーの観察が行われた.エコー施行時
は肺血流量の軽度低下を認めたが(図4),心電図上は
の胎児心拍は110∼120/分であり調律異常は観察され
胸部誘導のV3よりR, Sとなり左室優位の所見を認め
なかった.妊娠37週に施行された胎児エコーの4腔像
た(図5).
において両房室弁の開閉は正常であるが,僧帽弁径が
リボPGE1が5ng/kg/minで開始され,酸素飽和度
15mmに対し三尖弁径が10mm,僧帽弁輪より左室心
尖部までが23mmに対し,三尖弁輪より右心室心尖部
を70%台後半から80%を保つ目的で25%酸素の投与を
行い経過観察が行われた.日齢2に行われた心エコー
問が14mmと,左心室に比較して右心室が明らかに小
図検査で,動脈管が閉鎖しているにもかかわらず全身
さいことが観察された(図1).
状態は安定していたため,リボPGE1は中止された.日
しかし肺動脈弁の正常な開閉と,右室流出路に狭窄
齢10には酸素投与も中止された.その後,経皮的酸素
がないことが確認された(図2).このため右室流出路
飽和度は80%台後半を維持し体重増加も良好のため,
に狭窄,閉塞の伴わない孤立性右室低形成(IRVH)が
日齢30に退院し外来経過観察となった.
疑われた.妊娠38週に胎盤機能の低下により胎児心拍
家族全員の心エコー図検査
が100/分を下まわったため帝王切開となった.出生時
第2子と母,母方の祖母そして患児も含めると,計
体重2,752g, Apgar score 1分7点,5分9点であっ
4例がIRVHと診断された(図6).また患児の父には
た.
心房中隔欠損症の合併を認めた.母と母方の祖母は健
初診時心拍数104/分,呼吸数40/分,体温36.5℃,肺
康であり,全く心不全症状は認めなかった.母は三尖
野は清明で心音に特に異常は認めなかった.爪床に軽
度のチアノーゼを認めた.25%の酸素濃度下に採血さ
れた動脈血は酸素飽和度79%,酸素分圧41.3rnmHg,
二酸化炭素分圧31 . 8mmHgであった.ただちに行った
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心エコー図検査により三尖弁径7.5mm(正常10∼20
mm),僧帽弁径12mm(正常10∼19mm)と三尖弁の低
形成を認めた5}.右室心尖部の肉柱部はほとんど欠損
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図4 入院時胸部X線写真
図6 患児家系図
Presented by Medical*Online
日本小児循環器学会雑誌第10巻第4号
568−一(76)
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図7 経食道エコー横断面像(TPIal/e)と縦断而像(L
PIane).横断山にて左室に比較して小さい右室が観
察されている.縦断面において心尖部低形成のため
管状化した右室が観察される.
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図8 季肋下四腔断面像.右室の低形成と小さナh心房
中隔欠損を認める.心房間短絡血流は右 左力向で
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図 7
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図 8
Presented by Medical*Online
569−(77)
平成6年12月1日
弁の形態には異常はなく低形成も示していなかったが
右心室の肉柱部の低形成は強く,肥満のための不十分
最終的には右心室の低形成によりFontan型手術の修
復しか選択できない場合もある.しかしこの様な症例
な経胸壁心エコー画像を補うために行われた経食道心
においても出生前診断により,症状出現以前に肺動脈
エコー図検査にて典型的な管状型の右心室を呈してい
血流の減少を予防するためPGE1の投与を行い,心不
た(図7).なお心房間交通は認めなかった.母方の祖
全に対する保存的な治療を行うことで,突然死の予防
母も右心室肉中部の低形成を認めたがその程度は最も
が可能となると考えられた.このためIRVHの家族歴
軽度であった.第2子は心エコー検査施行時には3歳
のある家系は勿論のこと,新生児の突然死を経験した
で肉眼的なチアノーゼは認めていないが,右心室心尖
家系においては,IRVHを念頭において胎児心エコー
部の欠損による著明な右心室の低形成と,小さな心房
を行う必要が有ると考えられた.
中隔欠損を認め短絡血流は右一左であった(図8).
結 語
考 察
1家系に4例のIRVHと,IRVHによって死亡した
IRVHは右室流入路及び流出路に異常を認めず,右
と推察される1例の家族内集積を認めた.
心室心尖部を構成する肉柱部の低形成,又は欠損によ
胎児心エコーによりIRVHでの出生前診断が可能
り生ずる右室低形成である1)∼4).原因は胎児期の原発
であった.
性の右室発育不全か,三尖弁流入血流量の減少による
IRVHの出生前診断により,出生直後より注意深い
経過観察治療を行うことで,重症例での突然死の予防
二次的な右室発育不全とも推察されているが,詳細は
不明であるり.強い家族集積性を示す疾患であり,新生
が可能となる可能性が示唆された.
児期に突然死を来たす可能性が有る.新生児期の死亡
文 献
原因として,卵円孔の閉鎖に伴う右心不全や,動脈管
1)Sacjner MA, Robinson MJ, Jamison WL, Lewis
の閉鎖に伴い肺動脈血流の減少によって生じる低酸素
DH: Isolated right ventricular hypoplasia
with atrial septal defect or patent foramen
症が推察される.重症例では救命できたとしてもバ
ovale. Circulation 1961;24:1388 1402
ルーン心房中隔裂開術と短絡手術を行い,最終的には
2)Raghib G, Amplats K, Moller JH, Jue KL,
Fontan型の心内修復を行わなければならない症例も
見られる6).欧米での報告は新生児,乳児期に死亡し,
病理解剖により診断のきっかけが付いた家族例が多
い.本邦での報告は,我々が検索し得た限りでは家族
例の報告はないη∼9).
今回我々が経験した家族の内,突然死をきたした第
1子はIRVHにより死亡した可能性があると推察さ
れ,NICUに入院した第2子も検討の結果,長期間に
わたったチアノーゼの原因は胎児循環遺残症ではなく
Edwards JE:Clinical pathologic conference.
Am Heart J 1965;70:806−812
3)Davachi F, Mclean RH, Moller JH, Edwards
JE:Hypoplasia of the right ventricle and
tricuspid valve in siblings. J Pediatr 1967;71:
869−874
4)Becker AE, Becker MJ, Moller JH, Edwards
JE:Hypoplasia of thght ventricle and
tricuspid valve in three sibligs. Chest 1971;60:
273−277
5)Myung KP:The Pediatric Cardiology Hand−
book’ed. by Myung KP, Mosby Year Book, St.
Louis 1991, p246
IRVHと考えられた.しかし生存した第2子と第3子
6)Benson LN, Freedom RM:Isolated right
は産婦人科と新生児科が同一院内にあり,特に第2子
のチアノーゼに対しては迅速な対症療法が行われたた
ventricular hypoplasia in“Neonetal heart dis−
ease”ed. by Freedom RM, Benson LN, Small−
horn JF, Spring−Verlag, London 1992, pp661
め生存可能であったと考えられる.心房中隔欠損の閉
663
鎖により右室が発育し右室容量が増加するとの報告も
有り,2症例ともに時期を見てバルーンカテーテルに
よる心房中隔欠損試験閉鎖を行い,閉鎖可能であれば
心房中隔欠損の閉鎖を予定している7)”“9}.しかし,遠隔
期は右室駆出率の低下による心不全や不整脈の問題を
有しており,今後も慎重な経過観察が必要と考えられ
る1)7).
従来重症のチアノーゼや心不全を有するIRVHで
7)羽根田潔,秋野能久,佐藤 尚,堀内藤吾:孤立性
右室低形成の1例 ASD一閉鎖後11年目の血行
動態について一.日胸外会誌 1988;36:2678
−2681
8)近藤 修,小野安生,新垣義夫,高橋長裕,神谷哲
郎:孤立性右室低形成の2例.JCardiol l989;
19:637 646
9)長谷川伸之,関口明彦,長田信洋,大川恭矩,伊藤
健二,宮沢要一郎:孤立性右室低形成に対する心
房中隔欠損閉鎖術の1治験例.胸部外科 1992;
45:179 182
は,バルーン心房中隔裂開術や短絡手術を必要とし,
Presented by Medical*Online
日本小児循環器学会雑誌 第10巻 第4号
570−(78)
AFamilial Case of Isolated Right Ventricular Hypoplasia
−Fetal Echo Cardiographic Diagnosis一
Toshiki Kobayashi, Katsumi Arai and Kazuyuki Koike
Division of Pediatric Cardiology, Saitama Heart Institute, Saitama Medical School
Isolated right ventricular hypoplasia(IRVH)was diagnosed in five members in a family for
three generations. The poband was a fetus who was referred to us for his intrauterine bradycar−
dia. Fetal echocardiography revealed hypoplastic trabecular portion of the right ventricle with
normal outflow tract. Caesarian section was performed at the 38th weeks of gestation due to
persistent bradycardia. The patient was cyanotic with a percutaneous oxygen saturation
measurement of 82%. Echocardiography confirmed IRVH, right to left shut through the foramen
ovale, and left to right shunt through the ductus arteriosus. He was put on intravenous prosta−
grandin EI infusion for two days and oxygen inhalation for 2 weeks. Despite persistent
hypoxemia he was asymptomatic and subsequently discharged. His eldest brother died of
undertermined cause at 7 days of age. The next elder brother was hospitalized for 2 months due
to hypoxemia. At the time he was presumably diagnosed as having persistent neonatal pulmonary
hypertension. Echocardiographic findings on this elder brother, the mother, and his grand mother
were compatible with IRVH in different degrees of complexity. This is the first reported familial
case with IRVH in Japan. This rare disease can be diagnosed with fetal echocardiography and
sudden death in neonatal period can be prevented withcareful medical management.
Presented by Medical*Online
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