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取締役の第三者に対する責任・ 任務懈怠・会社の契約不履行

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取締役の第三者に対する責任・ 任務懈怠・会社の契約不履行
◇ 総合判例研究 8 ◇
取締役の第三者に対する責任・
任務懈怠・会社の契約不履行
津地裁平二(ワ)第二二四号,損害賠償等請求事件,
平 7・6・15 民事部判決,判例タイムズ884号193頁
(
濱
田
盛
)
一
〈事実の概要〉
原告Xら(契約者12名,同居者5名合計17名。以下「Xら」という)は,
昭和61年3月から同年12月にかけて,被告 Y1 との間で Y1 の設置・経営
する有料老人ホーム乙への入居契約を締結し,乙へ入居した者である。
Y2 は,Y1 の株式の大部分を自社および自社取締役名義で保有している
Y1 の親会社であり,被告 Y3 は,Y1 および Y2 のの代表取締役であり,被
告Y4∼Y6は Y2 の取締役兼 Y1 の取締役・監査役である。
乙は,三重県伊勢市・松阪市の中心部から車で約20分の位置にあり,そ
の周辺が丘陵,山林,田園に囲まれた閑静な地域にある。
乙は,敷地面積は約3万3,000平方メートル,建物は鉄筋造陸屋根9階
建で建物面積は約1万8,600平方メートル,その他日本庭園,茶室等の建
物があり,老人ホーム用の居室は2階から7階までの間に258室(定員413
名)あり,すべてバストイレ,洗面流し台完備であり,全館冷房暖房完備,
消火設備が設置されている。館内は車椅子でも自由に移動できる動線構造
になっている外,健康管理施設として診療所,リハリビセンター,トレー
ニングセンター等を備えている。
Y1 への入居に際しては,入居契約が締結され,入居時に入居金や施設
等利用の特別会員権費などの約2,000万円∼3,000万円を支払うほか,食
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費・管理費として月額約10万円を支払うこととされている。
入居契約書の第1条には,本契約の目的として,Y1 は入居者が「心身
共に充実安定した生活を送ることができるように入居者に対し,目的施設
を終身利用させること,及びこれに伴いこの契約の定める各種のサービス
(施設の管理・運営,健康管理・医師・看護婦の配置,治療看護,給食,
生活相談・助言)を提供する。」と定めてられている。
入居金は,部屋のタイプにより約1,600万円から約2,500万円であり,入
居後15年経過して退去する場合は全額返還されるこになっており,15年未
満で退去する場合は入居金の65パーセントが返還されることになっている。
なお,入居者は,入会金250万円を支払うことにより,建物内の大浴場,
大宴会場,日本庭園,茶室,ゲートボール場等の施設を利用できる特別会
員たる資格を取得できることになっており,Xらは,すべて特別会員への
入会金を支払っている。
Y1 は,事業計画の予測と異なり,満室時の258室のうち,平成2年1月
現在(開業から約4年後)
,17室23名が入居したに止どまった。
そのため,Y1 は投資した事業資金の金利,人件費,管理費等を賄うの
に困難な状況となった。
そこで,乙は,訴外Aとの間で,平成元年4月頃,Xらの入居している
部屋を除いた建物に区分所有権を設定し,これを譲渡もしくは担保に供す
るおおよその合意が成立した。
乙は,その建物(579番7)のうち,まず機械室が平成元年7月に区分
され579番の2となり,次いで同年10月16日に579番7から同番7の3ない
し183を区分する登記をなした。
Xらは,平成2年1月16日,津地方裁判所松阪支部に対し,乙の建物の
一部について,処分禁止の仮処分の申請を行い,同月23日その旨の決定を
得て登記を完了した。
平成2年2月から同年4月までXらと Y3 らの間で交渉が持たれ,同年
4月5日,入居金全額と同居権利金及び特別会員権利金の返還について和
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取締役の第三者に対する責任・任務懈怠・会社の契約不履行(濱田)
解が成立した。右和解に基づき同年4月12日,Y1 はその全額を入居者に
返還し,この外仮処分に要した費用ということで入居契約者1人当たり60
万円の金員を支払った。
その結果,右仮処分の登記は抹消され,訴外Aとの合意に基づき,乙の
建物の大部分が譲渡された。
Xらは乙を平成2年7月から同年9月までに退去した。
そこで,Xらは,不法行為として,
「Y1 らに対して大規模な有料老人
ホームを経営するに足る能力・経験も財力・信用もないまま,杜撰な事業
計画のみで,乙を開設したため,発足の当初から入居者募集計画ならびに
資金計画の両面においてすでに破綻を生じ,早晩経営が行き詰まることが
明らかな状況にあったのに,そのことを知りながら,もしくは容易に知り
得たにもかかわらず,右事実を秘してあたかも乙の経営は安泰で,安心し
て老後を託することができ,医療その他の行き届いた広範なサービスが生
涯にわたって受けられるなどの誇張あるいは虚偽の宣伝文句をならべて入
居を勧誘し,その旨誤信したXらをして入居契約を締結させた。……乙の
経営は大幅な赤字に終始し,従業員が相次いで辞めていき,医療をはじめ
種々のサービスは質量ともに著しく低下し,設置されるべき施設は不完全
なものであり,そのためXらに長期間にわたり苦痛をもたらした。
」と主
張し,債務不履行(予備的主張)として,
「Y1 は,Xらと本件入居契約を
締結し,施設・サービスの十分な提供を約束しながら,債務の本旨に従っ
た履行,すなわち高額の入居金等を徴したことに見合うような履行を長期
的に継続して満足に提供したものは何一つとしてなかった。そのため,X
らは平成2年夏ころ相次いで本件入居契約を解除した。」と主張,また,
商法266条ノ3第1項〔会社法429条1項・430条〕の責任について,
「Y3
は,Y1 の代表取締役として,本件不法行為を自ら執行し,あるしは執行
の指揮・監督をなした。これは,Y1 に対する重大な任務懈怠である。Y4
∼Y6 について,Y4 及び Y5 の両名は,乙の取締役として,Y6 は乙の監査
役として,乙の事業計画の立案推進に積極的に参画関与し,早晩その経営
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が行き詰まることを知り得たにもかかわらず,取締役ないし監査役として
の監視監督義務を果たすことなく,Y3 の放漫な経営を放置していたばか
りか,自ら積極的に不法不当な事業を推進しており,重大な任務懈怠があ
る。」と主張し,Y2 について,
「Y2 は,Y1 の資本金5,000万円の大部分を
自らもしくは自社取締役名義で出資し,取締役の多数を派遣するなどして,
Y1 の経理経営に関する重要事項を事実上決定し,Y1 並びに他の Y3 らを
してXらに対する前記の違法な行為を実行せしめてきた。このような Y2
の関与状況によれば,商法266条ノ3第1項を類推適用して,Y2 は Y1 の
債務につき連帯して責任を負うべきである。
」と主張し,さらに,法人格
の否認(Y1 を除くY2∼Y6 の不法行為責任及び債務不履行責任)について,
「Y1 は,Xらに対し,自己の本来の義務と不法行為又は債務不履行責任を
果たす能力を欠いている。そもそも Y1 は,他の Y2,Y3 らが老人ホーム
を設置運営するにあたって法的責任が課せられることを回避するために会
社法を濫用して設立運営されたものである。これに法人格を認めることは
法人格の目的に反する。したがって,Y1 の背後にあるその余の Y2 ∼Y6
らにXらに対する損害賠償責任がある。」と主張した。
上記ような事情から,Xらから Y1 とその親会社である Y2,およひ Y1
の取締役であった Y3 ら4名に対して不法行為に基づく損害賠償請求がな
され,Xらは予備的に Y1 に対して債務不履行責任,Y2 ∼Y6 に対しては
取締役・監査役として商法266条ノ3〔会社法429条1項・430条〕の責任
および法人格否認に基づく責任を主張したものである。
〈判
旨〉
「……終身利用型の有料老人ホームの特質から,ホームの設置者は,入
居者の期待に応えるべく契約内容とした諸施設の充実を図って役務の提供
に努めるべきことは勿論であるが,同時に,入居者に対する契約内容の完
全な履行のために相当数の入居者を確保し,かつ,その後これを維持して
安定した経営状態を作りホームの永続性を図るべき義務があると解される。
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取締役の第三者に対する責任・任務懈怠・会社の契約不履行(濱田)
したがって,入居者に対する契約内容の履行が継続できない事態になった
場合には入居者に多大の精神的・経済的損失を与えることになるのである
から,老人ホームを営利事業として開設しようとする者は,契約内容の完
全な履行が将来にわたって維持・継続できる確かな経営見通しがないのに,
入居者が『心身共に充実安定した生活を送ることができる』かのように広
告・宣伝して入居契約を締結し,ホームに入居させることは許されないこ
とというべきである。また,老人ホームの設置者は,仮にホームを維持・
継続するに足りる程度の入居者が確保できないことが予測される場合には,
将来契約上の債務の履行が不完全に終わることが明らかなのであるから,
早急に対応策を検討し,その事実を入居者に告知して,入居者に不測の損
害あるいは不満や不安を与えないようにすべき注意義務があるものと解さ
れる。」
「…上記認定の事実関係を総合して判断すれば,乙の設置者として,遅
くとも昭和61年春頃には,乙への入居者が極めて少数に止まり,そのため
大規模な終身利用型の老人ホームとして入居者に契約内容に応じた満足を
与えることができず,かつ,本件事業計画に基づく老人ホームの経営が早
晩破綻し入居者に対する契約内容の履行が完全に不可能になることが十分
予測可能であったと認められる。したがって,Y1 はXらに対し,これら
のことを看過してXらと本件入居契約等を締結し,ホームに入居させて損
害を生じさせたことにつき過失責任があるというべきである。」
「以上によれば,Y1 はXらに対し,Xらの被った後記損害にについて
不法行為責任を負うものというべきである。」「……Y1 は Y2 の100%子会
社であること,Y1 と本社を共通にしていること,代表取締役をはじめ大
多数の取締役監査役は両方の役員を兼任していること,Y1 の重要事項と
りわけ資金繰り等の経理については Y2 において決定し,金額の大きい請
求書は Y2 にそのまま送っていたこと,帳簿の作成も Y2 において行って
いたこと,社員の人事交流もかなり頻繁におこなわれており,その給与も
実質的には Y2 が支払っていたこと,Y2 の所有土地の上に Y1 の建物が立
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てられていたが,特に借地契約は締結されなかったこと,主な資金援助は
Y2 が行っており,Y1 の役員自身も Y2 に対する借入金の金額を知らない
こと等の事実が認められ,これらによれば,老人ホーム Y1 は Y2 の事業
として計画され,遂行されたもので,Y1 の設立後はその経営全般にわ
たってこれを支配してきたものであり,形式的には別法人の事業とされて
いるが,両会社は実質的には損益を共通にした一つの事業体であると評価
しうるものであり,対外部との関係ではともかく,特に Y1 の入居者で
あったXらに対する関係においては,Y2 は Y1 のと共同一体的な会社とし
て,同一の責任を負うべきものと解するのが相当である。」
「……Y3 は,Y1 および Y2 の代表取締役として,Y1 の本件事業計画を
中心となって立案し,その遂行に当たってきたものであること,その他の
Y4 らも Y4 および Y5 は Y1 および Y2 の取締役として Y6 は Y2 の取締役
Y1 の監査役として,いずれも Y3 と共同して本件事業計画の立案に関与し,
これに賛成して Y1 の建設・運営に携わってきたこと,そして,入居者の
入居条件,入居者の募集状況及び実際の契約者・入居者数の実態について
も十分認識していたことが認められ,これらの事実によれば,遅くとも昭
和61年春頃には,Y1 の入居者数が極めて少数であって,Xら入居者に対
し契約内容の履行が十分にできず,かつ,その経営が早期に破綻すること
は,右 Y3 らにおいて十分予測可能であったと認められる。したがって,
Y1・Y2 を除くその他の Y3 ら各自について,いずれもXらに損害を生じ
させたことについて過失があったと認められ,これらは共同不法行為にな
るというべきである。
(右 Y3 らに共同不法行為が成立しないとしても,
商法266条ノ3第1項〔会社法429条1項・430条〕の責任があると認めら
れる。)」
〈研
究〉
有料老人ホーム(老人福祉法29条1項に定義規定(
「常時10人以上の老
人を入所させ,食事の提供その他の日常生活上必要な便宜を供与すること
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取締役の第三者に対する責任・任務懈怠・会社の契約不履行(濱田)
を目的とする施設であって,老人福祉施設でないものをいう」。平成17年
の法改正により「老人を入居させ,入浴,排せつ若しくは食事の介護,食
事の提供又はその他の日常生活上必要な便宜であって厚生労働省令で定め
るもの(以下『介護等』という。)の供与(他に委託して供与する場合及
び将来において供与することを約する場合を含む。)をする事業を行う施
設であって,老人福祉施設,認知症対応型老人共同生活援助事業を行う住
居その他厚生労働省令で定める施設でないものをいう。」と改められてい
る。)を置くほか同法で若干の規制をしている))は,その事業主体が営利
法人をはじめ社会福祉法人,宗教法人,財団法人等広範囲にわたっている。
有料老人ホームはその特質から法的にも,① 契約締結前の問題,② 契
約締結および契約内容についての問題,③ 入居期間中を通じての問題と
多様である(濱田俊郎「有料老人ホームをめぐる法律問題」自正45巻10号
18頁)。
有料老人ホームといっても,いろいろな類型のものがあり,したがって,
その契約関係は一般的には有償双務性はいえても画一的な定義を困難にし
ているということがいえる(山口純夫「有料老人ホーム契約ーその実態と
問題点」判タ633号59頁)。
有料老人ホームの入居者にとって有料老人ホームが終(つい)の住み家
であり,限りある貴重な人生を託する最後の大きな買物であるだけに,そ
の破綻は悲惨なことになりかねない(後藤玲子・宮内俊江「倒産例にみる
有料老人ホームの現状と対策」自正45巻10号36頁)
。その他,有料老人
ホームの法上の取扱い等を論じたものとして(後藤
清「有料老人ホーム
に関する若干の考察」民商104巻4号445頁)
,有料老人ホームの法律問題
全般に関して論じたものとして(
「有料老人ホームの法律問題」ジュリ949
号)がある。
有料老人ホームへの入居は当該ホームの設置者と入居者の間で締結され
る入居契約が当事者間の法律的問題を含む様々な問題の解決の基礎となる。
しかし,有料老人ホームの法的紛争をめぐっての公刊判決例は少ないよ
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立命館法学 2006 年 4 号(308号)
うで,参照・参考にすべき先例は乏しいといえよう。
そのような状況下で本件は,入居者の損害賠償請求を設置者,その親会
社,ならびにそれらの会社の取締役等の責任として認容しており,事案の
特質ということもあるが損害賠償の位置づけを含め興味深いものがある。
有料老人ホームの場合は,入居契約の有償双務性・継続性は否定できな
いとしても,その特殊性を十分考慮する必要がある。その特殊性とは,入
居者が終(つい)の住み家と考えること,入居費が高額な価格になること
が多いこと,入居者に老人が多いこと,居住の安らぎを求めること,設置
者のサービスは日常生活における食事の提供から,さらには医療・介護等
にまで広がることが多いこと,加えて医療・介護等は居住者の終身にわた
ることが予定される場合が多いことなどから,入居者にとつてはこれらの
設置者のサービスが日々の生活状態・心身の状態を大きく支配することに
なる可能性が極めて高いこと等である。換言すれば,高齢者保護・消費者
保護という観念が最も大切にされるべき領域の問題の1つといえよう。
したがって,消費者問題として,消費者契約法(当時はこの法律は存在
していないが)の法理が妥当する典型的な事例の1つと位置づけられよう。
かかる事情から,行政側(当時厚生省)も「有料老人ホーム設置運営指
導指針」(平成3年)を作成・公表している。その後,厚生労働省は,平
成14年に当該指針を改正し,「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」と
して公表し,平成17年の法改正をうけ,平成18年3月31日に再度改正され
たものが公表されている。
これも上記の有料老人ホームへの入居契約あるいは居住者の特殊性に配
意したものといえよう。
しかし,立法論としては,社会保障的役割が期待されている分野でもあ
ることから,諸外国(ドイツ,米国等)の先例を参考に立法による法規制
を視野に入れるという考えもありえよう。
ところで,本件の場合,Y1 の経営を軌道に乗せ,それを安定させるた
めには,適正な数の入居者を確保・維持することがその前提条件であると
152 (1200)
取締役の第三者に対する責任・任務懈怠・会社の契約不履行(濱田)
いえるが,Y1 は入居者募集について,主として訴外Bに委ねるなど Y1 自
ら入居見込み対象者に対するダイレクトメールの郵送等の販売活動はほと
んど行われていないなど安易さが目立ち,昭和61年6月ころ以降は,積極
的な入居勧誘活動は何らなされていない。
本件の場合,判旨は終身利用型の有料老人ホームの特質から,ホーム設
置者は,入居者の期待に応えるべく契約内容とした諸施設の充実を図って
役務の提供に努めることは勿論であるが,同時に,入居者に対する契約内
容の完全な履行のために相当数の入居者を確保し,かつ,その後これを維
持して安定した経営状態を作りホームの永続性を図るべき義務があること
を明言している。そのため,老人ホームの設置者は,仮にホームを維持・
継続するに足りる程度の入居者が確保できないことが予測される場合には,
将来契約上の債務の履行が不完全に終わることが明らかなのであるから,
早急に対応策を検討し,その事実を入居者に告知して,入居者に不測の損
害あるいは不満や不安を与えないようにすべき注意義務の存在を明言して
いる。
この点は,有料老人ホームの入居契約が通常の一般的な契約とは異なる
すでに指摘したような種々の特殊性を持つものであることから,判旨の方
向性を是として受け止めたい。
Y1 は,開業後,間もなくその大きな収容能力に比して入居者が極めて
少なく,その資金計画は齟齬をきたし,資金繰りは困難な状況に至ってい
たと考えられることから,有料老人ホームの設置者として,可及的速やか
にその改善策を策定・実施し,入居者の不安・不信感を払拭し安心できる
生活を確保すへき義務があったと考えられるが,その点について迅速・確
実な施策の策定とその実行がなされていないことから,Y1 の入居者に対
する過失よる不法行為責任を肯定した判旨の結論は妥当であつたといえよ
う。
本件の特徴点としては,Y1 の親会社である Y2 に Y1 と同様の責任を認
めた点である。その根拠として,Y2 は Y1 の完全親会社であり,Y1 と Y2
153 (1201)
立命館法学 2006 年 4 号(308号)
はその取締役の多くが共通であること等から両社は実態的に同一の会社で
あるという評価をしたのであろう。法理論的にいうと,Y1 は Y2 に実質的
に支配されているという観点に立って,いわゆる法人格否認の法理を採用
したものとも思われる。しかし,本件 Y1 と Y2 の関係について法人格否
認の法理があてはまるかは,若干検討が必要である。一般的に法人格否認
法理の適用についての要件は,① 法人格の濫用,② 法人格の形骸化であ
るが,本件の場合,事実認定からは Y2 が Y1 を不当・違法の目的で利用
しているとは考えられず,したがつて法人格の濫用の法理は妥当しない。
次に法人格の形骸化であるが,これは,会社形態が単なる藁人形に過ぎず,
会社即個人であり個人即会社であるとされるが,より具体的には,
社財産と支配株主等の混同,
会社と支配株主等の業務の混同,
会
株主
総会,取締役会等の不開催,株券の不発行等,といった会社としての必要
な手続きの無視・不遵守が積み重なっていること等が必要である(江頭憲
治郎「法人格否認の法理」北沢正啓・浜田道代編『商法の争点Ⅰ』24頁)。
しかし,本件の場合,事実認定から Y1 が Y2 の支配下にあり,両者の経
理関係等に混同がみられるが,そのことから直ちに法人格の形骸化として
法人格否認の法理が適用されるとすることには疑問がある。確かに,入居
者の保護という視点は大切であるが,法理論的にはこの点に関する判旨に
は疑問がある。
むしろ,Y1 と Y2 の行為には,客観的に関連共同(性)
,すなわち客観
的共同関係があるとして,共同不法行為責任を肯定し(加藤一郎『不法行
為(増補版)』208頁),商法266条ノ3第1項〔会社法429条1項・430条〕
の規定を類推適用することが考えられる。
最後に Y1 の取締役の責任についてみてみる。雄大な構想の下で,多額
な資本を投下し,施設としては相当のものを準備したのではあるが,入居
者の勧誘および入居者の施設への充足について経営努力が十分であるとは
言えず,またその資金計画について入念で慎重な配慮がなされていたとは
事実認定からは推認できない。そのため,極端な入居者不足をきたし,そ
154 (1202)
取締役の第三者に対する責任・任務懈怠・会社の契約不履行(濱田)
のことの故に資金計画が挫折し,終(つい)の住み家として安全で安心で
きる生活を求め,それを期待して入居した人たちの期待を裏切ったことは,
有料老人ホームの特殊性に鑑みると Y3 ら取締役の経営上の任務懈怠(共
同不法行為を構成するかは否かは微妙であるが)は免れまい。その点から
Y3 ら取締役の責任を認めたことは是とされよう。Xらの損害の範囲につ
いては,財産的損害はほとんど認められず,慰謝料の算定において斟酌さ
れている。
商法266条ノ3第1項〔会社法429条1項・430条〕の取締役の責任とい
う観点からは慰謝料による損害賠償ということは従来あまり考慮されてき
たとはいえないし馴染みにくいというという側面は否定できない。その点
では異色の判決例ともいえる。
しかし,この点に関しては,本件が有料老人ホームとその入居者との間
の問題(入居者の精神的打撃の大きさ等々)であるという前述の諸々の特
性を考慮すれば必ずしも不当という位置づけをする必要はないと考える。
なお,本件訴訟前に入居者に入居金の返還がなされているが,その点が
慰謝料の算定においてどの程度考慮されたかは定かでない。
〈参 考 文 献〉
本文中に掲記したもののほか,本件の評釈等として,前田修志「判批」ジュリ
1140号139頁,河上正二「判批」,佐藤
進ほか編『社会保障判例百選(第三版)』
(別冊ジュリ153号)228頁がある。
以上
155 (1203)
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