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木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1) −馬籠峠断層下り谷地区
活断層・古地震研究報告,No. 2, p. 41-55, 2002 木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1) −馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査− Paleoseismological study of the Kiso-sanmyaku-seien fault zone (1) −Trenching survey at Kudaritani site on the Magome-toge fault− 宍倉正展 1・遠田晋次 2・苅谷愛彦 3・永井節治 4・二階堂 学 5・高瀬信一 6 Masanobu Shishikura1, Shinji Toda2, Yoshihiko Kariya3, Setsuji Nagai4, Manabu Nikaido5 and Nobukazu Takase6 1, 2 活断層研究センター(Active Fault Research Center, GSJ/AIST, [email protected], [email protected]) 3 千葉大学大学院自然科学研究科(Graduate school of Science and Technology, Chiba Univ., [email protected]) 4 長野県木曽郡南木曽町読書 4218-3(4218-3 Yomikaki, Nagiso-machi, Kiso-gun, Nagano Prefecture) 5, 6 株式会社ダイヤコンサルタント(DIA Consultants Co., Ltd., [email protected], [email protected]) Abstract: Trenching survey on the southern Magome-toge fault revealed at least three faulting events, two in the Holocene and one in the Late Pleistocene. The Kudaritani trenching site is on the southernmost Magome-toge fault, one of the three N-S- to NE-SW-trending echelon faults of Kiso-sanmyaku-seien fault zone, which extends for 60 km along the Kiso River. Precise sequential 14C measurements of the humic soils date the latest faulting event 5,000 - 3,800 cal yr BP. The penultimate event was after the fall of AT tephra (25,000 - 27,000 cal yr BP) but before 11,000 cal yr BP. The third recent event predated the AT tephra. An older event is also inferred from a prismatic gravelly clay bed deposited in front of the fault plane. These dates limit the recurrence interval between 10,000 and 23,000 years. The average vertical displacement per event is roughly estimated as 1.2 m or more. キーワード:木曽山脈西縁断層帯,馬籠峠断層,トレンチ,活動履歴 Keywords: Kiso-sanmyaku-seien fault zone, Magome-toge fault, trench, faulting history 1.はじめに 木 曽 山 脈 西 縁 断 層 帯 は , 木 曽 川 沿 い に N-S ∼ NE-SW 走向で雁行配列する上松断層,清内路峠断層, 馬籠峠断層からなる(Fig. 1).断層帯の北端は NW-SE 走向に延びる境峠−神谷断層に区切られ,南端はや はり NW-SE 走向に延びる阿寺断層に区切られる.全 体の長さは約 60km に及ぶ.本断層帯の活動履歴に 関しては,高瀬ほか(1998)による上松断層および 清内路峠断層に関する報告があり,田中ほか(1999) は,断層帯全域の詳細な地形・地質調査結果をまと めている.また,苅谷ほか(1999)は,馬籠峠断層 沿いの活断層露頭の調査結果から,同断層の最新活 動時期を 8,400∼3,800 cal yr BP と推定した.しかし ながら,従来の研究では,推定される活動時期の年 代幅が大きく,活動間隔も明らかではなかった.そ こで,活動時期をより限定し,活動間隔を明らかに するため,馬籠峠断層沿いの 2 箇所で調査を行った. 下り谷地区ではトレンチ掘削,福根沢地区では露頭 観察とピット掘削を実施した.本稿では下り谷地区 のトレンチ調査について述べる. 2.トレンチ調査地点の概要 トレンチ掘削場所は,長野県南木曽町下り谷地区 の馬籠峠断層南部で,苅谷ほか(1999)が報告した 活断層露頭からおよそ 600m 北の,男捶川左岸に分 布する段丘面上である(Fig. 2).この段丘は木曽川 沿いの段丘との対比から,約 5 万年前に形成された と推定される.段丘は支谷から比較的急な傾斜をも って本流に合流するように分布しており,土石流起 源と考えられる.東へ傾斜する段丘面には遷緩部が 認められ,断層変位により下流側(東側)が隆起し た逆向き低断層崖と判断される.地形面のみかけの 上下変位は 4.8m である(Fig. 4).またトレンチサイ ト周辺では断層の右横ずれ変位を示唆する谷の系統 的な屈曲も見られる. トレンチは断層を横切って平行に 2 本掘削した (Fig. 3).このうち北側のトレンチを A トレンチ, 南側のものを B トレンチと呼び,それぞれの壁面を 宍倉正展・遠田晋次・苅谷愛彦・永井節治・二階堂 学・高瀬信一 AN 面,AS 面,BN 面,BS 面と呼ぶことにする.ト レンチの規模は,Aトレンチが長さ 23m,幅 4∼5m, 深さ 2∼2.5m,Bトレンチが長さ 9m,幅 2∼3m,深 さ 2m である. 3.トレンチの観察結果 トレンチ壁面には,両トレンチとも下位の礫層か ら表層の黒ボク土下部までを切るフラワー状に分岐 した数条の高角な断層が露出した(Figs. 5, 6, 7).西 側に分岐する断層は逆断層のセンスをもち,表層に 向かって低角化する傾向が見られた.東側に分岐す る断層は正断層のセンスをもつ.これらの断層を各 面ごとに西側から番号を付け,ANF1∼6,ASF1∼4, BNF1∼5,BSF1∼7 とそれぞれ呼ぶ. 段丘構成層は,亜角∼亜円の大∼巨礫層とフラッ ドローム状の褐色シルト層との互層からなる.これ らは上流側では段丘面の傾斜と調和的に分布するが, 下流側では断層変位によって逆向きに持ち上げられ, 凹地を形成し,そこに腐植土が厚く堆積している. 壁面に現れた堆積物は上位から 1∼14 層に区分され, 以下にその層相を記載する.なお,14C 年代測定は地 球科学総合研究所を通じてベータアナリティック社 に依頼した.14C 年代測定結果および Stuiver et al. (1998)に基づく較正暦年(2σ)を Table 1 に示す. 以下の記載・議論では,この較正暦年を用いる.ま た,本トレンチにおける壁面観察では,顕著なテフ ラは認められなかったため,テフラを含むと思われ るシルト・粘土質の層準について,鉛直連続サンプ リングを行った.火山ガラスや重鉱物の含有量,並 びに火山ガラスや斜方輝石の屈折率の測定は古澤地 質調査事務所に依頼し,広域テフラとの対比を行っ た(Figs. 8, 9). (1)1 層 トレンチ表層部に分布する人工改変によってもた らされた耕作土・客土.地権者の話では,トレンチ 掘削場所である耕地は,かつて西側に浅い谷,東側 に高まりがあったという.その高まりを削り,生じ た土砂で谷を埋め,平坦にしたということであり, 本層の大部分はその時の客土と考えられる. (2)2 層 若干赤みがかった黒色腐植土で,A トレンチにの み分布する.下位の 3 層とは色調や粒度などによっ て識別される.本層は ANF2 と 3,ASF1 と 2 を覆い, 堆積以降,断層変位を受けていない.本層の 14C 年 代は,最下部で 3,500 cal yr BP 前後を示し,最も古い ものは 3,830-3,620 cal yr BP である.また,本層中に は天城カワゴ平テフラ(Kg)とみられる火山ガラス が多く含まれ,含有量の頻度から,本層中に降下層 準がある可能性が高い. (3)3 層 黒ボク化の進んだ黒色腐植土.A トレンチでは断 層変位によって生じた凹地を埋めるように,トレン チ中央部で厚く分布する.14C 年代は 9,560-9,510∼ 4,150-3,910 cal yr BP を示す.火山ガラスは鬼界アカ ホヤテフラ(K-Ah)が多く含まれ,含有量の頻度か ら,本層中に降下層準があるとみられる.また,姶 良 Tn テフラ(AT)も比較的多く含まれるが,これ は下位の層準からの再堆積と判断される. AN 面では本層下部が ANF2 と 3 によって明瞭に切 られる.断層の先端は本層中にあると思われるが, 不明瞭で,壁面観察で識別することは難しい.確実 に断層に切られている箇所の 14C 年代は 8,450-8,650 cal yr BP である.AS 面では,一見,ASF1 と 2 を覆 うように見えるが,壁面奥に掘り増ししたところ, これらの断層によって 3 層が明瞭に切られることが 明らかになった.また,本層は AN 面,AS 面とも距 離程 20∼21 付近で,ANF6 と ASF3 の活動によって 生じた小規模なグラーベン状の構造に落ち込んでい る.この中からは,AN 面で 4,970-4,830 cal yr BP, AS 面で 7,240-6,940 cal yr BP の 14C 年代が得られた. B トレンチではトレンチ西半部の断層低下側に厚 く分布するが,東半部では人工改変により削剥され, 分布しない.BN 面では BNF2∼4 に,BS 面では BSF3 と 4 によって切られる.B トレンチの本層からは, 9,520-9,290∼7,700-7,580 cal yr BP の年代が得られた. (4)4 層 暗褐色の弱腐植土.両トレンチとも上位の 3 層か ら 漸 移す るよ う に分 布す る .本 層の 14C 年 代は 11,230-10,870∼9,010-8,600 cal yr BP である.また, 本層中には AT および阪手テフラとみられる火山ガ ラスが含まれている. (5)5 層 明褐色の礫混じり砂質シルトで,A トレンチの断 層近傍や B トレンチの逆断層上盤側に見られる.AN 面では距離程 13.2∼17.2m および 18.8∼20.5m 付近に 層厚 10∼20cm 程度で薄く分布する.AS 面では断層 の低下側の距離程 15∼16m 付近にのみ分布する.本 層は AN 面の距離程 15∼16m 付近において ANF1 を 覆い,ANF2 と 3 に切られる. BN 面では距離程 4.1∼6.3m 付近に層厚 20∼40cm で分布し,BNF4 に切られる.BS 面では BSF4 と 6 の間の距離程 3.7∼7m 付近に層厚 20∼80cm で分布 し,全体として西へ緩く傾斜する. 本層中には AT の火山ガラスが含まれることが確 認された.しかし 14C 年代測定に適した試料は得ら れなかった.なお,本層以下の層準ではいずれから も 14C 年代試料は得られていない. (6)6 層 A トレンチの西半部にのみ見られる礫混じりの褐 色粘土層で,上流から緩やかな傾斜をもって分布す るが,距離程 11m で薄くなり,尖滅する.層位,層 相からみて,7 層と同時期か近い時期に堆積した可 能性が高い. (7)7 層 礫混じりの明褐色シルト質粘土層で,ANF1,ASF1, 木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1)−馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査− BNF2,BSF3 の下盤側近傍にのみ見られる.AN 面で は,上部を 5 層に削剥され,断層に向かって厚くな るようにプリズム状に分布している. 本層には AT の火山ガラスが多く含まれ,含有量が 上位に向かって増加する傾向がみられる.したがっ て本層中か,それより上位に降下層準が存在すると 考えられる. (8)8 層 砂礫混じりの明褐色粘土質シルト∼礫混じり砂層 である.A トレンチでは ANF1 と ASF1 の下盤側の 狭い範囲(AN 面:距離程 15∼16m,AS 面:距離程 15.2∼16.4m)に分布し,9 層と指交関係にある.本 層は断層に切られるとともに,上方への引きずり構 造に伴う擾乱層に移化する. B トレンチでは BNF2 と BSF3 に切られ,その下盤 側である距離程 4m∼5m 以西に分布する.断層近傍 で厚く,断層から離れるに従って薄くなり,7 層と 指交する.BS 面では BSF2 と 3 沿いに下方へ引きず り込まれるような変形も見られる.また,本層は BNF1 と BSF1 を覆い,これらの断層の活動後に堆積 していることがわかる. なお,本層および 9 層にはわずかに AT の火山ガラ スが含まれるが,生物擾乱等により上位から混入し た可能性が高い. (9)9 層 礫混じりの褐色粘土質シルト∼シルト質砂層で,A トレンチにのみ見られる. AN 面では距離程 5.3∼15m, AS 面では距離程 5.2∼15.8m に認められ,全体とし てレンズ状に分布する. (10)10 層 礫混じりの明褐色粘土層で,A トレンチでは, ANF1 や ASF1 の下盤側の距離程 13∼16.5m 付近にの み見られる.上部をやや西へ傾斜する 8 層と 9 層に 削剥され,東へ傾斜した下位の 11 層との間で断層に 向かって厚さを増すプリズム状の分布(最大層厚 130cm)を示す.B トレンチでは,BNF1 と BSF1 の 低下側にのみ分布し,これらの断層の活動より前に 堆積している. なお,本層以下には火山ガラスがほとんど検出さ れなかった. (11)11 層 本トレンチで最も広く分布する砂礫層で,A トレ ンチでは,トレンチ西端より距離程 16.5m 付近まで 地形面の傾斜と調和的に東に 5∼10 ゚傾斜しながら 分布する.これは,距離程 16.5m 付近以西の本層が 段丘面形成時の初生傾斜を保っている可能性を示唆 する.AN 面の ANF1 と ANF3,AS 面の ASF1 と ASF2 に挟まれて分布する本層は,下流側が持ち上げられ, 90°以上回転している.これより東では,AN 面の距 離程 16.2∼16.5m の,ANF3 の上盤側にわずかに見ら れるものの,大部分が削剥されて分布しない. B トレンチでは,BN 面で距離程 4.6∼8m,BS 面 で距離程 2.9∼7.7m にそれぞれ分布し,断層によっ て大きく変位する.まず BN 面,BS 面とも本層西端 は,BNF1 と BSF1 によって 10 層と接し,上部を 8 層に削剥される.それより東側では,BNF2 と 3,BSF3 と 4 によって切られ,隆起したブロックがさらに BNF4,BSF5,BSF6 によって切られる.A トレンチ で観察されるような顕著な回転を示す構造は見られ ないが,全体的に西へ 5∼10°傾斜しており,本来 の傾斜とは逆の方向に傾動していると思われる. (12)12 層 礫混じりの褐色シルト質砂∼粘土層で,A トレン チでは距離程 6m 付近より西と,ANF3 および ASF2 より東の隆起側に分布する.B トレンチでは,BNF4 と BSF5 よりも東の隆起側にのみ分布する.層厚は 最大で 200cm 以上あり,断層周辺では西ほど厚くな る傾向が見られる.本層は,礫の含有率やマトリク スの粒度によって細分される. 本層は逆断層によって持ち上げられ,それがさら に ANF5,6,ASF3,4,BNF5,BSF6,7 といった正 断層によって切られる.また,各断層沿いでは,礫 や長石片の長軸が断層面に平行に再配列しており, 本層が断層活動による擾乱を被っていることを示し ている.特に BN 面の BNF2 と BNF4 に挟まれた部 分は著しく擾乱されている. (13)13 層 A トレンチでは ANF3,ASF2 以西,B トレンチで は BNF5,BSF6 以西にのみ見られる砂礫層.なお, A トレンチ距離程 6m 付近より西の 12 層直下には, 掘削時に本層に対比される灰黄褐色砂礫層が確認さ れた(トレンチ底より数 10cm 下方).本層は 12 層と 同様に,ANF5,6,ASF3,4,BNF5,BSF6,7 とい った正断層によって切られる.また,A トレンチの ANF5 および ASF3 以西と B トレンチでは,本層は 20°ほど西へ傾斜する.しかし A トレンチの ANF5 および ASF3 以東では,ほぼ水平からやや東へ傾斜 して分布し,さらにトレンチより東では,地形面の 傾斜と調和的に分布することが確かめられた.した がって,本層は 11 層と同様に,段丘面形成時の初生 傾斜を有していた可能性が高い.A トレンチの ANF5 および ASF3 以西と B トレンチで観察される本層の 西への傾斜は,断層活動に伴う変形と考えられる. (14)14 層 礫混じりの砂質シルト∼粘土層と粘土混じり砂礫 層との互層で,A トレンチ東端付近にのみ見られる. 本層は上位の 12,13 層と同様に ANF5, 6,ASF3, 4, BNF5,BSF6, 7 に切られる. 4.活動履歴 4.1 イベントの認定 本トレンチ調査における壁面観察からは,少なく とも 3 回もしくは 4 回の断層活動イベントを読み取 ることができる.ここでは最新イベントをイベント 1,最新から 1 回前をイベント 2,同じく 2 回前をイ 宍倉正展・遠田晋次・苅谷愛彦・永井節治・二階堂 学・高瀬信一 ベント 3,3 回前をイベント 4 と呼ぶことにする. (1)イベント 1 イベント 1 は,3∼5 層の変位を 2 層が覆うことか ら確認される.A トレンチでは西側の逆断層部で 3 層下部が明瞭に断層に切られるのに対し,それを覆 う 2 層は堆積以降,断層変位を被っていない.した がって 3 層下部堆積後,2 層堆積前にイベントが生 じたことが明らかである.4 層と 5 層も 3 層下部と 同じ量だけ変位しており,これらはイベント 1 の変 位のみを被っていると考えられる.A トレンチでは ANF6 や ASF3 も 3 層を変位させており,これらの活 動によって生じた小規模なグラーベン状の構造は, イベント 1 に対応する可能性が高い. (2)イベント 2 イベント 2 は,AN 面において 7 層を切る ANF1 が 5 層に覆われることから認定される.すなわちイ ベント 2 は,7 層堆積後,5 層堆積前に生じている. また,5 層は層相や分布などから判断して,このイ ベント直後に 11 層を供給源として生じた崩落性のイ ベント堆積物の可能性がある. (3)イベント 3 イベント 3 は,B トレンチで明瞭に読み取ること ができる.11 層を切って 10 層に衝上させる BNF1 と BSF1 は,8 層に覆われており,このことからイベ ント 3 が 10 層堆積後,8 層堆積前に生じたことがわ かる.8 層は断層から離れるに従って西へ薄くなる ことや,その層相から判断して,5 層と同様にイベ ント直後に生じた崩落性のイベント堆積物の可能性 がある. (4)イベント 4 このほか,10 層が逆断層部の下盤側にプリズム状 に分布することから,11 層堆積後,10 層堆積前のイ ベント 4 の可能性が指摘できる.但し,このイベン トについては,断層と堆積物との切断 /被覆関係のよ うな,直接的な証拠は得られていない. 4.2 最新活動時期 逆断層により切られていることが明らかな層準の 年代のうち,最も若いものは,BN 面の 7,700-7,580 cal yr BP である.一方,断層を覆う 2 層の年代で最も古 いものは,AN 面の 3,830-3,620 cal yr BP である.し たがって,イベント 1 の時期がこれらの年代に挟ま れた 7,700∼3,600 cal yr BP 頃であることは確実であ る.これは苅谷ほか(1999)が推定した最新活動時 期(8,400∼3,800 cal yr BP)と調和的である.しかし ながら,推定される年代の幅が広く,もっと限定す る必要がある. 本トレンチでは,3 層内における断層のトレース が不明瞭であり,目視により追跡することは難しい. そこで AN 面において,断層周辺に 4 つの上下方向 の年代測定測線を設け,得られた年代値をもとに, 同時間線を引いた(Fig. 10).これによると,5,000 ∼8,000 cal yr BP の等時間線はほぼ等間隔であり,断 層近傍で同時に高度を急変させ,断層変位を被って いるように見える.一方,3,000 cal yr BP の等時間線 は下位の線とは非調和で,高度の急変もなく,緩や かに西へ傾斜している.すなわち,この等時間線は 断層変位を被っていないと考えられる.これは 3,800 ∼3,600 cal yr BP 頃以降に堆積した 2 層が断層変位を 被っていないことと整合する.以上より,逆断層部 周辺では 5,000 cal yr BP 頃より後,3,600 cal yr BP 頃 より前にイベントがあったと推定される. 一方,ANF6 などの正断層によって切られる 3 層 からは,AN 面で 4,970-4,830 cal yr BP の年代が得ら れている.これは上述の逆断層部から得られた活動 時期の下限に関するデータと整合する. 以上の検討結果および苅谷ほか(1999)のデータ から,下り谷地区付近の馬籠峠断層の最新活動時期 は 5,000∼3,800 cal yr BP 頃と推定される. テフラの分析結果もこの結論と調和的である.す なわち,7,250 cal yr BP 頃降下堆積した K-Ah は,5,000 cal yr BP 前後の層準で火山ガラスの含有量が 2 度目 のピークを示す.これは断層活動によって二次堆積 を生じた可能性を示唆する. 4.3 最新活動より前のイベントの時期 イベント 2 は,7 層堆積後,5 層堆積前に生じてい る.すなわち 4 層最下部の年代(11,000 cal yr BP 頃) よりは前であることが明らかである.また,7 層中 には AT の降下層準があることから,イベント 2 は AT の降下堆積後に発生したと考えられる.AT の年 代は 25,000∼27,000 cal yr BP である(辻ほか,2000 など)から,イベント 2 の時期は,25,000∼27,000 cal yr BP より後,11,000 cal yr BP 頃より前と推定される. イベント 3 は,10 層堆積後,8 層堆積前に生じて いる.10 層およびそれより下位の層準には火山ガラ スがほとんど含まれておらず,年代を特定できる資 料はない.しかし,8 層は AT の降下堆積より前に堆 積したと判断されることから,イベント 3 の時期は 25,000∼27,000 cal yr BP より前と推定される.また, イベント 4 が生じていたとすれば,同様に 25,000∼ 27,000 cal yr BP より前である. 4.4 活動間隔 活動間隔の幅は,Fig. 11 に示す 3 つのケースで考 えることができる.まず,ケース 1 は平均的な活動 間隔が最も短い場合で,イベント 3 が AT 降下堆積直 前に生じた場合である.このとき,イベント 1 とイ ベント 3 の間隔は最短で約 20,000 年となる.その間 にイベント 2 が生じていることから,この場合の平 均活動間隔は約 10,000 年となる. ケース2は,イベント 1 と 2 の間隔が最も長い場 合で,イベント 2 が AT 降下堆積直後に生じた場合で ある.このケースでは,イベント 1 とイベント 2 の 間隔は最長約 23,000 年となる. ケース 3 はイベント 4 が段丘形成直後の 5 万年前 木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1)−馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査− 頃に発生していた場合である.この場合には,平均 的な活動間隔は約 15,000 年となる. 以上より,本地域の馬籠峠断層の活動間隔は 10,000∼23,000 年程度と推定される. 4.5 変位量 イベント 1 については,3 層の下限を基準に取る と,逆断層部において,AN 面で 0.45m,BN 面で 0.6m, BS 面で 0.4m の上下変位が見積もられる.東側の正 断層部における変位量は不明である. イベント 2 の変位量については明確な情報が得ら れなかった. イベント 3 については,8 層に覆われる BNF1 によ る 10 層の変位から,0.9m 以上の上下変位量が推定 される. また,11 層の分布から全体の累積上下変位量が推 定できる.逆断層帯の西側に初生傾斜で分布する 11 層は,正断層帯の東側では削剥されているため,直 接の分布高度を確かめることはできないが,下位の 12 層や 13 層の分布から,5m 程度の累積上下変位を 被っていると見積もられる.この累積上下変位量は Fig. 4 に示した地形面の見かけの上下変位量(4.8m) とも調和的である. 11 層の堆積後,イベント 1∼3 の 3 回,または,こ れらに 10 層堆積前に推定されるイベント 4 を加えた 4 回のイベントが生じたと仮定すると,1 回の活動に よる平均的な上下変位量は 1.2m 程度以上と推定さ れる. なお本調査では,横ずれ変位の確認のため,A,B 両トレンチを繋ぐように平面的な掘削を行い,断層 を水平方向に露出させた.しかしながら,右横ずれ に伴う引きずり構造は確認できたものの,変位量は 明らかにできなかった. 5.まとめ 馬籠峠断層下り谷地区のトレンチ調査によって, 3 回もしくは 4 回のイベントを確認することができ た.最新活動の時期は 5,000∼3,800 cal yr BP,最新よ り 1 回前の活動は 25,000∼27,000 cal yr BP より後で 11,000 cal yr BP より前,2 回前および 3 回前の活動は 25,000∼27,000 cal yr BP より前と推定される.活動間 隔は 10,000∼23,000 年程度と推定される.また,1 回の活動による平均的な上下変位量は,1.2m 程度以 上に達した可能性がある. 謝辞 本調査にあたり,地権者の方には調査用地の 使用を許可して頂きました.また地元の関係各機関 の方々にはいろいろと便宜を図って頂きました.ト レンチ観察においては,篠原良彰氏(株式会社ダイ ヤコンサルタント)と橘 徹氏にご協力頂きました. 以上の皆様に厚く御礼申し上げます. 文 献 苅谷愛彦・水野清秀・永井節治(1999)長野県南木 曽町に出現した馬籠峠断層の露頭と完新世の断 層活動.第四紀研究,37,59-64. 活断層研究会(1991)新編日本の活断層−分布図と 資料−.東大出版会,437p 高瀬信一・二階堂学・田中邦雄・永井節治・木船清・ 波多腰忠行・遠藤忠慶(1998)木曽山脈西縁の 活断層の最新活動時期:上松断層・清内路峠断 層について.地球惑星科学関連学会 1998 年合同 大会予稿集,324. 田中邦雄・永井節治・木船清・波多腰忠行・遠藤忠 慶・高瀬信一・二階堂学(1999)木曽谷の断層 −最近の活動について−.木曽地方地質研究会, プリメディア,78p. 辻誠一郎・奥野充・福島大輔(2000)テフラの放射 性炭層年代.日本の先史時代の 14C 年代,日本 第四紀学会編,41-58. Stuiver, M, P. J. Reimer, E. Bard, J. W. Beck, G. S. Burr, K. A. Hughen, B. Kromer, G. McCormac, J. van der Plicht and M. Spurk (1998) INTCAL 98 radiocarbon age calibration, 24,000-0 cal BP. Radiocarbon, 40, 1041-1083. (受付:2002 年 7 月 8 日,受理:2002 年 9 月 6 日) 宍倉正展・遠田晋次・苅谷愛彦・永井節治・二階堂 学・高瀬信一 第 1 図.木曽山脈西縁断層帯の位置.周辺の活断層の分布は活断層研究会(1990)に基づく. Fig. 1. Location of the Kiso-sanmyaku-seien fault zone. 木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1)-馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査- 第 2 図.トレンチ調査地点周辺の地形.国土地理院発行 2.5 万分の 1 地形図「妻籠」を使用 . Fig. 2. Topographic map around the trench site. 宍倉正展・遠田晋次・苅谷愛彦・永井節治・二階堂 学・高瀬信一 7491 杭 fault zo ne プラ 7490K 杭 プラ A trench J41 98 686. J45 71 J42 88 686. 686. J40 89 686. J49 70 J50 69 J39 86 686. 685. 684. J64 33 J63 15 684. J38 85 686. 686. 94 684. J43 74 686. J44 70 686. J48 70 J28 76 686. 685. 686. 84 686. J6235 684. 70 685. 684. 69 684. 686. J61 90 J51 66 684. 683. 63 J29 00 687. 66 82ホ J30 96 686. 85 684. 48 684. 686. 684. 89 J31 93 686. 71 89 J32 77 686. 686. 80 B trench 686. 94 687. 686. 685. 686. 01 71 686. 92 68 686. 76 686. 684. 686. 83 686. 684. 70 685. 71 685. 685. 80 58 64 684. 15 684. 686. 82 685. 684. 21 685. 686. 686. 85 85 684. 66 69 686. 71 686. 53 88 93 92 71 72 686. 88 0 T-2 901 J60 93 683. J59 14 684. 5 10m 7403K 杭 プラ 第�図.トレンチ平面図. ���� �� ���� �� ��� ��������� Altitude (m) 710 a b 700 4.8m 690 680 670 trench 0 50m 660 第�図.トレンチ地点の地形断面.測線の位置は第�図参照� ���� �� ����������� ������� ������ ��� ������ ����� ��� ���� � ��� ��� ������� ����� 第 5 図.A トレンチのスケッチ. Fig. 5. Sketches of the A trench. 木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1)-馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査- 宍倉正展・遠田晋次・苅谷愛彦・永井節治・二階堂 学・高瀬信一 第 6 図.A トレンチ断層部周辺のスケッチ. Fig. 6. Detailed sketches around the faults in the A trench. 第 7 図.B トレンチのスケッチ. Fig. 7. Sketches of the B trench. 木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1)-馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査- 宍倉正展・遠田晋次・苅谷愛彦・永井節治・二階堂 学・高瀬信一 AN 13.5 sample No. AN 15.2 content of volcanic glass (/5000) 100 200 300 400 500 refractive index of volcanic glass (nd) 1.500 AN 15.7 content of refractive index of sample No. volcanic glass volcanic glass (nd) (/5000) 1.510 100 200 300 400 1.500 1.510 refractive index of orthopyroxene (γ) 1.710 1.720 1.730 content of refractive index of sample No. volcanic glass volcanic glass (nd) (/5000) 100 200 300 400 40-45 30-35 30-35 45-50 35-40 35-40 50-55 40-45 55-60 45-50 60-65 50-55 65-70 55-60 55-60 70-75 60-65 60-65 75-80 65-70 65-70 80-85 70-75 70-75 85-90 75-80 75-80 90-95 80-85 80-85 95-100 100-105 85-90 85-90 90-95 90-95 105-110 95-100 95-100 110-115 100-105 100-105 115-120 105-110 105-110 120-125 110-115 110-115 125-130 115-120 115-120 130-135 120-125 120-125 135-140 125-130 125-130 140-145 130-135 145-150 135-140 150-155 140-145 155-160 145-150 1.500 1.510 40-45 Opx+ 45-50 Opx+ 50-55 160-165 165-170 第�図.火山ガラス分析結果(�). ���� �� �������� ��� �������� ������� ���� Kg K-Ah AT Sakate number 20 0 14 12 10 8 7 5 200-210 210-220 220-230 230-240 240-250 250-260 260-270 270-280 AN4.3 AN15.2 210-220 220-230 230-240 240-250 250-260 260-270 160-170 170-180 180-190 190-200 200-210 150-160 AN17.0 110-120 120-130 130-140 140-150 150-160 160-170 170-180 180-190 190-200 200-210 210-220 220-230 230-240 240-250 250-260 260-270 270-280 280-290 290-300 AN21.0 123-130 130-140 140-150 150-160 160-170 170-180 180-190 190-200 200-210 n=1.4969-1.5006 n=1.4972-1.5022 n=1.4974-1.5001 140-150 150-160 160-170 170-180 180-190 AS13.4 第�図.火山ガラス分析結果(�). ���� �� �������� ��� �������� ������� ���� n=1.4980-1.5000 90-100 100-110 80-90 90-100 100-110 110-120 120-130 130-140 140-150 150-160 n=1.4967-1.5002 n=1.4979-1.5010 BN4.3 0 50 100 150 200 250 (number/5000) 170-180 180-190 190-200 200-210 210-220 220-230 230-240 240-250 120-130 130-140 140-150 BN2.7 depth(cm) horizon 80-90 90-100 100-110 110-120 120-130 130-140 140-150 150-160 160-170 170-180 180-190 190-200 BS5.1 木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1)-馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査- 宍倉正展・遠田晋次・苅谷愛彦・永井節治・二階堂 学・高瀬信一 第 10 図.A トレンチ N 面における 14C 年代等時間線 . Fig. 10. 14C isodate lines on the north wall of the A trench. 第 11 図.馬籠峠断層下り谷地区における活動履歴と活動間隔. Fig. 11. Faulting history and recurrence interval at the Kudaritani site of the Magome-toge fault. 木曽山脈西縁断層帯における活動履歴調査(1)-馬籠峠断層下り谷地区におけるトレンチ調査- 第�表.���年代測定結果. ����� �� ����������� ������ �������� sample name depth(cm) lab. code horizon material method series No. AN13.5 AN14.6 AN15.2 AN15.7 AN20.7 AS16.5 14 13 C age δ C yrs BP Beta conventional 14 C age yrs BP calendar age (2σ) cal yrs BP 1 50-55 162430 2 organic AMS 2580 ± 40 -22.3 2620 ± 40 2780-2730 2 70-75 162431 2 organic AMS 3280 ± 40 -20.7 3350 ± 40 3 90-95 162432 3 organic AMS 4780 ± 40 -21.0 4850 ± 40 4 115-120 162433 3 organic AMS 6300 ± 60 -17.8 6420 ± 60 3680-3470 5640-5580 5520-5480 7440-7250 5 140-145 162434 4 organic AMS 8500 ± 40 -21.6 8560 ± 40 9560-9500 6 165-170 162435 4 organic AMS 9640 ± 70 -19.1 9740 ± 70 11230-11080 10940-10870 1 50-55 162436 2 organic AMS 2680 ± 40 -22.2 2730 ± 40 2890-2760 2 60-65 162437 2 organic AMS 3390 ± 40 -21.6 3450 ± 40 3 70-75 162438 3 organic AMS 3890 ± 40 -21.4 3950 ± 40 4 90-95 162439 3 organic AMS 4980 ± 40 -20.7 5050 ± 40 3830-3620 4520-4470 4450-4280 5910-5670 5 105-110 162440 3 organic AMS 7020 ± 40 -19.6 7110 ± 40 7980-7840 6 125-130 162441 3 organic AMS 8520 ± 40 -21.2 8580 ± 40 9560-9510 7 145-150 162442 4 organic AMS 8320 ± 40 -22.0 8370 ± 40 9490-9290 1 40-45 162443 2 organic AMS 2300 ± 40 -22.6 2340 ± 40 2370-2320 2 50-55 162444 2 organic AMS 3140 50 -21.9 3190 50 3480-3340 3 65-70 162445 3 organic AMS 3650 ± 40 -21.8 3700 ± 40 4 80-85 162446 3 organic AMS 5090 ± 50 -20.5 5160 ± 50 5 110-115 162447 3 organic AMS 8220 ± 60 -21.8 8270 ± 60 4150-3910 6000-5870 5820-5760 9450-9040 6 115-120 162448 3 organic AMS 8280 ± 60 -21.9 8330 ± 60 7 145-150 162449 4 organic AMS 8300 ± 60 -22.6 8340 ± 60 1 45-50 162450 2 organic AMS 2740 ± 40 -22.2 2790 ± 40 9490-9140 9490-9220 9180-9140 2970-2780 2 65-70 162451 3 organic AMS 4620 ± 50 -21.0 4690 ± 50 5580-5310 3 85-90 162452 3 organic AMS 7070 ± 50 -21.1 7130 ± 50 8010-7840 4 95-100 162453 3 organic AMS 7560 ± 50 -21.5 7620 ± 50 8450-8350 5 125-130 162454 4 organic AMS 8670 ± 60 -21.6 8730 ± 60 9920-9550 1 -10--5 162455 3 organic AMS 3570 ± 40 -23.2 3600 ± 40 3990-3830 2 40-45 162456 3 organic AMS 4280 ± 40 -22.6 4320 ± 40 4970-4830 1 20-25 162457 2 organic AMS 3030 ± 40 -21.9 3080 ± 40 2 60-65 162458 3 organic AMS 6040 ± 50 -20.5 6110 ± 50 3 75-80 162459 3 organic AMS 7500 ± 60 -21.6 7560 ± 60 3380-3210 7170-6850 6840-6800 8430-8200 4 85-90 162460 4 organic AMS 7900 ± 60 -22.4 7940 ± 60 9010-8600 5 95-100 162461 4 organic AMS 8420 ± 60 -21.5 8480 ± 60 9540-9420 6 110-115 162462 4 organic AMS 8860 ± 60 -20.3 8940 ± 60 10220-9900 AS20.5 -5-0 162463 3 organic AMS 6140 ± 50 -21.8 6190 ± 50 7240-6940 BN4.0 35-40 162464 3 organic AMS 8360 ± 60 -21.7 8410 ± 60 9520-9290 BN4.1 20-25 162465 3 organic AMS 7410 ± 50 -21.3 7470 ± 50 8380-8180 BN5.2 15-20 162466 3 organic AMS 7590 ± 50 -21.3 7650 ± 50 8530-8370 BN5.6 5-10 162467 4 organic AMS 6740 ± 50 -22.0 6790 ± 50 7700-7580 BS3.4 5-10 162468 3 organic AMS 8160 ± 60 -20.9 8230 ± 60 9420-9020 BS3.5 -10--5 162469 3 organic AMS 7200 ± 50 -20.7 7270 ± 50 8180-7970