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準天頂衛星を利用した新産業創出研究会 報告書(案)

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準天頂衛星を利用した新産業創出研究会 報告書(案)
資料3
準天頂衛星を利用した新産業創出研究会
報告書(案)
平成 24 年 2 月 9 日
準天頂衛星を利用した新産業創出研究会
目次
はじめに.................................................................................................................................................................................. 1
第 1 章 準天頂衛星システムの意義 .......................................................................................................................... 2
第 2 章 準天頂衛星をめぐる現状 ................................................................................................................................ 3
第 3 章 準天頂衛星システムの利用による可能性と課題.................................................................................. 4
第 1 節 情報提供サービス分野 .............................................................................................................................. 4
第 2 節 建設・測量分野.............................................................................................................................................. 7
第 3 節 自動車分野...................................................................................................................................................... 8
第 4 節 鉄道分野.......................................................................................................................................................... 9
第 5 節 物流分野 ....................................................................................................................................................... 11
第 6 節 航空分野 ....................................................................................................................................................... 12
第 7 節 その他の分野 .............................................................................................................................................. 13
第 8 節 横断的な課題 .............................................................................................................................................. 14
第 9 節 第 3 章の整理 ............................................................................................................................................. 16
第 4 章 準天頂衛星システムを利用した産業の海外展開の可能性と課題 ............................................. 18
第 1 節 準天頂衛星システムをアジア・オセアニア地域へ展開する意義 ............................................ 18
第 2 節 準天頂衛星システムを利用した分野別産業の海外展開の可能性....................................... 19
第 3 節 アジア・オセアニア地域での測位衛星システムの利活用に関する各国のニーズ ........... 24
第 4 節 準天頂衛星システムを利用した産業の海外展開における課題 .............................................. 26
第 5 節 第 4 章の整理 .............................................................................................................................................. 28
第 5 章 準天頂衛星システムの活用による産業高度化、新産業創出、海外展開に向けた戦略 .... 29
第 1 節 総論 ................................................................................................................................................................. 29
第 2 節 各論 ................................................................................................................................................................. 32
おわりに ............................................................................................................................................................................... 38
i
はじめに
米国によって 1978 年に衛星の打ち上げが開始され、現在約 30 個の衛星で運用されている GPS
(Global Positioning System)は、カーナビゲーションシステムをはじめとして、測量、時刻管理、交
通管制等の様々な分野において利用されてきた。
今後、その重要性は、ますます高まっていくと推測されるものの、衛星測位は第 5 のユーティリ
ティー(電気、ガス、水道、電話、測位)と称されることもあり、近年各国において、独自の測位衛星
システムの整備を進めようという動きが活発化している。例えば、ロシアは GLONASS という独自
の測位衛星システムの運用を既に開始しており、欧州、中国、インドもそれぞれ整備を進めている
ところである。
わが国においても、初の測位衛星である準天頂衛星初号機「みちびき」が、2010 年 9 月 11 日に
打ち上げられ、現在、実証実験等が行われている。
準天頂衛星システムは、わが国産業の高度化や国際競争力の強化に極めて重要である。また、
世界人口の約 40%以上が活動するアジア・オセアニア地域をサービスエリアとする準天頂衛星シ
ステムは、このエリアで今後発生する建設、交通、ライフライン、サービスなどを整備する上で、プ
ラットフォームとして機能できる可能性が高い。
この観点から、準天頂衛星システムを基盤として、わが国産業の国際競争力を具体的にどのよ
うに強化するか、産業毎の戦略を検討するため、経済産業省は、「準天頂衛星を利用した新産業
創出研究会」を 2011 年 6 月より開催し、(1)準天頂衛星システムを基盤として、主要産業分野にお
ける産業の高度化や国際競争力の強化のための戦略の検討、(2)準天頂衛星システムを基盤とし
て、わが国産業力の強化につなげるための横断的な施策の検討、という二つの課題をミッションと
して、これまで検討を進めてきた。
本報告書は、これらの検討の成果をとりまとめ、準天頂衛星システムの活用を推進するために
必要な指針をまとめたものである。
1
第 1 章 準天頂衛星システムの意義
位置と時刻は我々の生活から社会経済活動に至るまで、あらゆる場面で利用される基礎的な
情報である。米国の測位衛星システムである GPS は、この位置と時刻の情報を誰にでも使えるよ
うにする重要なインフラであり、システムを保有する米国のみならず、わが国を含む他の国でも広
く利用されている。
しかし、GPS は全地球を対象に開発・運用されているシステムであり、各国の地形的特性などを
考慮したものではない。例えば、日本では、山間部や都市部においては、山やビル陰などにより
GPS 衛星が捕捉できないことから測位精度が十分でない場合があり、利用可能時間、利用可能
エリア、測位精度の点での改善が望まれている。
準天頂衛星システムは、これらを改善し、GPS による測位信号を補完・補強し、準天頂衛星信
号をも補強することで、より高度な利用が促進されるように、わが国が開発を進めているシステム
である。
具体的には、高仰角に存在する準天頂衛星から航法信号を提供する補完機能により、山間部
やビル陰など、GPS の可視衛星数を十分に確保できない場所においても測位が可能になる。また、
測位精度や信頼性を向上させることができる補強機能により、サブメートル級やセンチメートル級
の高精度の測位が可能となる。
これらの機能は、幅広い分野での利用が考えられ、既存アプリケーションの高度化及び事業の
効率化が期待できる。さらに、関連産業への波及効果や、新たな産業の創出及び産業活動の国
際展開や競争力強化への寄与が期待できる。
国際展開の面では、準天頂衛星システムは、その軌道特性上、アジア・オセアニア地域もサー
ビスエリアとしてカバーする。このエリアは、世界人口の 40%以上が活動し、社会インフラの整備を
含め経済的発展が見込まれる地域である。特に、地上システムが日本に比べて十分に整備され
ていない国が多いことから、準天頂衛星システムの高精度測位を利用することによる建設やライ
フラインの整備などの事業効率の向上、ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システ
ム)や LBS(Location Based Service:位置情報サービス)などの新産業の創出、行政の効率化・高
度化等の観点で貢献できる可能性が高く、わが国の関連サービスのパッケージ展開が期待でき
る。
さらに、東日本大震災において、GPS が防災や救援活動等に広く用いられたように、準天頂衛
星システムは、国民の安心・安全を守る上での重要インフラとしての意義も大きい。特に、今後搭
載が検討されている簡易メッセージ送信機能や双方向通信機能は、災害時等に携帯電話などの
通信網が一時的に麻痺する中で、的確な避難誘導や安否確認への利用が期待できる。
2
第 2 章 準天頂衛星をめぐる現状
わが国における衛星測位精度の向上、利用可能時間帯及び利用可能エリアの拡大を目指し、
2003 年に、文部科学省をとりまとめとして、総務省、国土交通省、経済産業省の 4 省連携で、準天
頂衛星の開発を開始し、2010 年 9 月 11 日に、準天頂衛星初号機「みちびき」が打ち上げられた。
打ち上げ後、準天頂衛星軌道への投入、制御パラメータ等の調整等を経て、2011 年 7 月 14 日ま
でに GPS と同等の性能であることが確認され、全ての GPS 補完信号のアラートフラグが解除され
た。また、最近では GPS ロガーなどの民生品においても準天頂衛星システムに対応した製品が販
売されるようになっている。
現在、準天頂衛星初号機「みちびき」を用いては、関係省庁による技術実証とともに、(財)衛星
測位利用推進センター(SPAC)による民間の利用実証が実施されている。
また、2011 年 9 月 5 日~9 日には、「第 6 回衛星航法システムに関する国際委員会(ICG:
International Committee on Global Navigation Satellite Systems)」が、初めて日本(東京)で開催さ
れた。測位衛星システムの開発においては、複数の測位衛星システムの共存性(Compatibility)
や相互運用性(Inter-operability)等を確保するため、測位衛星システムの提供国間で標準策定等
が進められていることから、今後も、国際的な枠組みにおけるわが国の存在意義を向上させるこ
とが重要である。
上述のような動きと並行して、宇宙開発戦略専門調査会等の議論を踏まえ、2011 年 9 月 30 日
には、「実用準天頂衛星システム事業の推進の基本的な考え方」が閣議決定され、準天頂衛星シ
ステムについて、「2010 年代後半を目途にまずは 4 機体制を整備」、「将来的には持続測位が可
能となる 7 機体制を目指す」こととされた。これにより、準天頂衛星システムについては、現在の技
術実証・利用実証の段階から、複数機による本格的な実運用システムへの道筋が示されたところ
である。
また、米国の GPS は、その品質を米国が保証するものではない。このため、国際的に測位衛星
システムの独自構築競争が始まっており、既に運用されているロシアの GLONASS をはじめ、欧
州(Galileo)、中国(北斗(Compass))、インド(IRNSS)などが開発を進めている。
アジア・オセアニア地域では、準天頂衛星システムを含む上述した各国の測位衛星システムの
サービスエリアが重なる地域が多く、衛星測位の信頼性の向上が期待できる。他方、わが国産業
の国際的な競争力の強化及び海外展開、さらには国際的なわが国の存在意義の拡大の観点か
らは準天頂衛星システムの早期の体制整備が必要である。
特に注目すべきは、中国の動きである。中国が整備中の Compass は、2011 年 12 月 27 日に試
験運用が開始されており、2012 年からアジア・オセアニア地域での運用開始が計画されている。
現在、中国は、Compass 衛星を、2010 年に 5 機、2011 年に 3 機、2012 年に 6 機(予定)という早
いペースで打ち上げており、2020 年頃には、全世界をサービスエリアとしてカバーする予定である。
加えて、航空分野の国際規格を定める ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間
航空機関)においては、すでに、Compass の標準化作業が開始されている。このような状況からも、
準天頂衛星システムについて、早期の開発・整備・運用を図ることが喫緊の課題である。
3
第 3 章 準天頂衛星システムの利用による可能性と課題
準天頂衛星システムの補完機能により利用可能時間・利用可能エリアの拡大が期待できる。ま
た、補強機能により、一般ユーザで 1m 程度、高度な機器を使うユーザで数 cm 程度(利用する測
位補正信号の種類やデータ処理方法により異なる。)に精度が向上することから、例えば、「どの
車線にいるか」や「どちら側の歩道にいるか」など、より正確な位置が把握できる。
準天頂衛星システムの利用分野は多岐にわたるが、第 3 章では、本研究会で特に議論を行っ
た情報提供サービス、建設・測量、自動車、鉄道、物流、航空の分野において、測位衛星システム
の利用の現状を俯瞰した上で、準天頂衛星システムを利用することにより新たに見込まれるサー
ビス等を検討した。
また、これらのサービス等を実現するために必要となる課題を洗い出し、第 5 章における戦略の
検討の材料とした。
構成は、分野毎に、(1)測位衛星システムの利用の現状、(2)準天頂衛星システムの利用による
産業の高度化と新産業の創出の事例、(3)課題、としてまとめている。なお、課題に関して、分野を
またぐ横断的なものについては、第 8 節において「横断的な課題」としてまとめることとした。
第 1 節 情報提供サービス分野
情報提供サービス分野では、衛星測位機能を搭載した携帯電話が広く普及していることから、
携帯電話を利用したサービスが一般的になっている。
(1) 測位衛星システムの利用の現状
・GPS 測位機能を搭載した携帯電話の普及
2001 年 12 月に GPS 測位機能を搭載した携帯電話機が初めて登場した。その後、小型化・低
電力化・高感度化・低廉化された携帯電話用チップセットの製品化が進んだこと、アナログ電話
で実施されている緊急通報(110、118、119)時の位置情報等通知機能と同等の機能を 2007 年 4
月 1 日より携帯電話に搭載することが義務付けられたことを背景に、第三世代携帯電話以降、
GPS 測位機能を搭載した携帯電話が普及している。
・位置情報サービス
携帯電話における位置情報を利用したサービス(LBS:Location Based Service)としては、利
用者の位置情報を基に、周辺の店舗やレストラン等の情報を表示するエリア検索・エリア情報提
供などのサービスがある。また、現在の位置情報と目的地の位置情報から、目的地までのルー
トを詳細に案内するパーソナルナビゲーションや、GPS 機能付携帯電話を子どもに持たせ、必要
に応じて現在地をトラッキングする子どもの見守りサービスも提供されている。
最近では、チェックインと呼ばれる操作を行って、ソーシャル・ネットワーク上で自分の位置情
報を公開し、口コミ情報の交換、位置連動クーポンの収集を行うといったアプリケーションが登場
するとともに、位置情報を利用した位置ゲームの利用も急速に拡大しており、その利用方法が
多様化している。
・観光案内情報の提供サービス
多くの自治体や観光業界では、着地型観光開発(*)という観点で位置情報を活用した観光案
内の実現に取り組んでいる。携帯電話等から入手した位置情報を基に、周辺のスポット情報、お
勧め散策コース、店舗や特産物、イベント情報等を提供することにより、来訪者や観光客に新た
な発見や興味を喚起し、さらに目的地までナビゲーションするというサービスの例がある。
また、カメラを通した映像に地図と連動させた観光案内情報を付加する、拡張現実(AR:
Augmented Reality)技術を利用したサービスも登場している。図 1 に示すように写真に看板等を
表示してユーザを目的地まで誘導する、商品のイメージを表示して購買意欲を高める等の効果
がある。
*: 観光庁が推進する産業活性化のプログラムの一つで、旅行者を受け入れる側の地域がその地
域のお勧めの観光資源をもとにした旅行商品や体験プログラムを企画・運営するもの。
4
図 1 AR 技術を利用した観光情報案内の画面例(長野県佐久市)
(2) 準天頂衛星システムの利用による産業の高度化と新産業の創出の事例
・高精度で正確な位置情報に基づく広告配信の多様化・高度化
これまで、IT を利用した広告としては、大量配信に強みをもつインターネットや携帯メール等に
よるものが主流であった。これは、広告を広範囲に一斉配信する際には有効である一方、個人
商店等の地域密着型の店舗の場合は非効率であることや、利用者側が大量の情報の中から真
に必要な情報を取捨選択する必要があるという問題も生じている。
準天頂衛星システムの利用により、ある一定の範囲内に存在する人に限定して広告を配信す
ることなどが可能になる。これにより、ロードサイド店における誘客の効率化を図ることなどが期
待でき、また、「半径○m 以内への広告は△円」といったような距離に応じて課金するシステム等
も可能になる。広告配信側からは、広告配信形態の選択肢が新たに増えることが期待できる。
・観光案内情報の提供サービスの高度化
準天頂衛星システムの利用により、地図上での現在地表示はもとより、より詳細なナビゲーシ
ョンサービスや精度の高いトラッキングサービス等が可能になる。例えば、利用者がいる歩道側
の店舗を優先して案内することや、利用者がいる車線から向かいやすい店舗を優先して案内す
ることが可能となる。さらに、検討が進む屋内測位システムと連携することによって、高精度な屋
外屋内のシームレス測位に基づくサービス提供も可能となる。
また、観光客がどのスポット・店舗に立ち寄ったか、どのようなコースを歩いたかなど、行動を
より詳細に把握することができることから、観光客のそれまでの行動パターンや訪問先の滞在
時間などを位置情報とともに解析することによって、近くの観光スポット情報、イベント情報、交
通情報やみやげ物店情報など、興味に沿った情報や次の行動を誘発するような情報を、より高
精度に提供することが可能となる。
・災害時の情報提供や安否確認への活用
準天頂衛星システムでは、簡易メッセージ送信機能により、災害情報等を携帯電話等の端末
に配信することが可能となる。簡易メッセージ自体の情報量は限定的であるが、送信する情報コ
ードに対応したデータをあらかじめ端末側に登録しておくことで、多様な情報を配信することが可
能であり、また、受信者の場所に応じたきめ細かな災害情報の提供が可能となる。(*)
さらに、防災センター等に情報を送ることを可能にする双方向通信機能により、災害発生時等
には、被災者の安否状況や周辺の被災状況等を携帯電話等の端末から送信することが可能と
なる。(*)
*:簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能の実現にあたっては、携帯電話の活用を含め、衛星搭
載系、送受信端末の詳細、サービスの提供事業者や提供方法等について検討することが必要。
(3) 課題
・準天頂衛星システムに対応したチップの携帯電話等への搭載
携帯電話において GPS の搭載が進んだ背景としては、緊急通報時における位置情報通知の
5
義務化といった制度整備の効果もあるが、小型化(1.5mm3 程度)・低廉化(200 円程度)というチ
ップの高性能化の影響も大きい。したがって、準天頂衛星システムを携帯電話においても利用
可能とするためには、対応チップの小型化・低廉化を進める必要がある。
なお、ゲーム機などへの搭載については、現在 200 円程度のチップが 100 円程度まで低廉化
されることが必要であると言われており、機能としての準天頂衛星システムへの対応とともに、
現在の GPS チップの半額程度までのコスト削減が必要となる。
また、携帯電話では、図 2 に示すように、ネットワーク支援型の測位方式(A-GPS:Assisted
GPS)を採用しており、測位計算を行う際、サーバと端末でネットワークを介して分散処理を行い、
端末の負荷の軽減や測位時間の短縮等を図っている。このため、携帯電話における利用につ
いては、端末のみではなく、サーバにおける準天頂衛星システムへの対応も必要となる。
図 2 ネットワーク測位処理分散の概念
・簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能の携帯電話への搭載
国民の安心・安全という観点から利活用が期待される簡易メッセージ送信機能及び双方向通
信機能については、実現に向けて、衛星搭載機能や送受信端末の機能の詳細について技術的
な検討が必要である。
特に、災害発生時等におけるメッセージ送信等においては、利便性の観点から、日常生活に
おいて持ち歩いている携帯電話でこれらの機能を使用できることが必須であるため、その実現
性について検証する必要がある。
・ジャミングやスプーフィング等の意図的な妨害への対策
送信される電波が微弱であることにより、衛星測位は、外部からの意図的な妨害によって使
用不可能になるケースがある。具体的には、ジャミング(敵対的信号妨害)やスプーフィング(偽
信号によるかく乱をすることで位置詐称を行う)という妨害がある。
例えば、米国では、位置情報を把握するための機器を物流トラックに搭載し、GPS による輸送
の効率化が図られている例があるが、ドライバーが休憩等のプライバシーを守るためにジャミン
グ機器を搭載することがあり、その車両が走行する周辺で GPS を利用できなくなるという問題が
発生している。また、多機能型携帯電話等とも分類されるスマートフォンでは、GPS 測位した位
置情報を書き換えて、実際と異なる位置情報を提供するアプリケーションが登場している。
このような行為が、その品質や、安心・安全などに影響を及ぼすことが予想されるため、これ
らに対する対策を技術的・制度的に検討する必要がある。
・プライバシーの保護
マーケティング等において価値があると思われる個人の行動履歴や位置情報等は、その利
6
用について個々人の受容性に差異がある場合もあり、その取扱いについては、プライバシーの
保護の観点からも検討を行う必要がある。
第 2 節 建設・測量分野
建設・測量分野では、機器の遠隔監視や情報化施工などに利用される例がある。
(1) 測位衛星システムの利用の現状
・建設機械の遠隔監視
建設機械を遠隔から監視し、メンテナンスなどを効率化するサービスでは、現状、位置情報を
含むメンテナンスの基本情報を、ユーザ及び機材メーカが通信インフラ経由で取得し、機材の状
況を参照できるシステムが構築されている。これによって、マップ上の位置、動作時間、残燃料
の状況、ラジエータ水温等を遠隔から監視でき、機材のメンテナンスの必要性等を把握できるよ
うになっている。
・情報化施工による作業効率化
情報化施工とは、建設事業の手順である、調査、設計、施工、監督・監査、維持管理のうち
「施工」の工程において、情報通信技術を活用する高効率・高精度な施工のことである。測位衛
星システムの利用もその一つであり、現状では RTK-GPS(Real Time Kinematic-GPS)による補
正を利用した測量/位置計測が一般的に用いられている。
RTK-GPS は、GPS 単独測位では不足する測位精度を高精度にするために、位相情報を利用
し補正する技術である。RTK-GPS による測位では、補正情報を配信する基準局(固定局)を設
置し、基準局からの補正情報をユーザ受信機が受信することで、精密な位置情報が得られる。
これを基に、3 次元 CAD の生成や自動運転に利用する例がある。
また、土木工事における従来の施工の工程では、丁張りと呼ばれる目印を設置し、それを確
認しながら頻繁に繰り返し作業を行っていたが、RTK-GPS によってこの丁張りを電子データ化
することにより、繰り返し作業が激減し、効率的な施工が可能となっている。また、建設機械近傍
での作業が減ることから、安全性の向上にもつながっている。
(2) 準天頂衛星システムの利用による産業の高度化と新産業の創出の事例
・情報化施工の拡大
RTK-GPS には、いくつか手法があるが、現在、一般的に利用されている RTK-GPS は、基準
局から配信される補正情報を受信するために無線や携帯電話等の通信手段が必要であり、場
所によっては利用できないことが課題である。また、建設現場では基準局とユーザ受信機との間
に電波の見通しが必要であり、建築材のダンプアップや車両通行などの障害により、無線通信
が確立できない場合もある。
準天頂衛星システムの補強データを衛星から受信することにより、無線通信が確立できない
場合や携帯電話が利用できない地域でも高精度の測位が継続的に広範囲に使用できる。これ
によって、作業停止時間や基準局の再設置時間の削減が可能となり、ひいては、施工時間の短
縮、施工費用の低減が図られることから、情報化施工の拡大が期待できる。また、信頼性の向
上や利用可能エリア・時間の向上により、建設機械の自動制御の拡大も期待できる。
(3) 課題
・「公共測量作業規程」の見直し、改訂の検討
現在、GPS 受信機による観測については、国土交通省及び地方公共団体等が定める公共測
量作業規程に組み込まれているが、準天頂衛星システム対応の受信機を利用した場合の測量
についても、同規程の公共測量とみなすことが必要である。これによって、国や自治体の測量作
業はもとより、それに準じて行われる民間の測量においても、準天頂衛星システムの利用が進
むことになる。
7
第 3 節 自動車分野
自動車分野では、カーナビゲーションシステムが一般的に知られているが、他にも、車両位置
の管理などに利用される例がある。
(1) 測位衛星システムの利用の現状
・カーナビゲーションシステム
GPS 等を利用したカーナビゲーションシステムが一般的に利用されている。自動車は道路上
に存在するという特徴を活かし、GPS 測位に加え地図情報とのマップマッチング処理を行うこと
で、概ね道路幅レベルの安定した位置精度を保持することができている。カーナビゲーションシ
ステムでは、目的地を設定することで、コスト、距離などのパラメータ別に最適なルートを示す機
能、ルート上の踏切や標識等の案内を出す機能などがある。
・車両位置の管理
カーナビゲーションシステムで示されるように、道路幅レベルで正確に車両の位置情報を特定
できることから、この情報を通信回線で管理センター等に送ることで、複数の車両の配置状況を
管理するサービスが普及している。タクシーの配車管理や配送トラックの管理などへの適用はも
とより、運行中のバスの走行位置を基に、バスの到着時間を停留所に表示するバスロケーショ
ンサービス等の例がある。
また、車両の位置情報を把握することにより、交通状況の把握等に利用することもでき、東日
本大震災後には、通行実績情報として提供され、救援物資の輸送等、被災地域内外での移動
の参考として活用された。
・モバイルマッピングシステム(MMS)
モバイルマッピングシステム(MMS)は、専用の車両を用いて、詳細な道路地図や 3 次元デー
タを作成するシステムである。具体的には、GPS による測位及び慣性計測装置(IMU: Inertial
Measurement Unit)による位置/姿勢計算と、搭載したセンサーにより計測したレーザ点群及び
画像を組み合わせて、道路地物の正確な三次元位置計測を行う。MMS は、トンネル断面検査、
クラック検出や法面管理、除雪支援用道路データ、施工管理、道路管理、自治体の道路台帳更
新などに使用されている。
(2) 準天頂衛星システムの利用による産業の高度化と新産業の創出の事例
・カーナビゲーションシステムの高度化
準天頂衛星システムの利用による高精度測位により、道路幅レベルよりも進んだ車線レベル
での位置情報の取得が可能になる。これにより、右折レーンへの適切な誘導等が可能になると
ともに、大規模商業施設やホテル等における駐車場や車寄せへの的確な誘導等が可能になる。
また、高仰角から来る準天頂衛星の信号にはマルチパスの影響が含まれていない可能性が高
いため、この信号に重み付けした信号処理をすることで、高層ビル街や山間部でのマルチパス
の影響を大幅に低減することが可能となる。また、トンネルや地下駐車場から出た後の測位可
能時間も短縮できる
・事故のないモビリティー社会の実現
上述のとおり、準天頂衛星システムでは、車線レベルでの詳細な位置情報が利用できるよう
になることから、走行車線の逆走や不適切な車線走行を検出し、運転手に警告することなどが
可能となる。
また、移動中の自動車の正確な位置情報を含む運行状況を路車間通信などでセンターに集
約処理することによって、事故発生地点や急ブレーキポイント、レーン毎の渋滞状況などが可視
化される。これにより、既知である一時停止箇所や横断歩道、勾配等の情報に加え、事故多発
箇所や危険箇所の警告等を発することができ、より細かな情報を運転手に提供することによって、
危険な運転を事前に回避することにもつながり、事故を未然に防ぐことが期待できる。仮に、事
8
故が発生した際には位置情報を正確に通報することができ、事故処理の迅速化にもつながる。
・隊列走行・自動運転等の実現
車車間通信等を利用し、高速道路などで前後の車両との車間距離を一定に保ち一定速度で
走行することで、CO2 削減や燃料の効率利用を図ることを「隊列走行」という。この場合、準天頂
衛星システムのサブメートル級・センチメートル級の補強により、車両位置を高精度に測位する
ことで、周辺車両との距離を安全に保つなどの制御が可能となる。また、慣性計測装置(IMU)、
速度センサー、カメラなどの各種センサーを、高精度な測位情報と組み合わせることで、車両自
体の自動運転も可能となる。さらには、車車間通信等を利用し、緊急自動車の接近情報を複数
台の車両を経由して伝達することで、緊急車両との距離を調整しながら、スムーズな通行を促進
させることも可能となる。
・ロードプライシングへの応用
例えば、シンガポールでは、国土が狭く道路の拡張には限界があることから、混雑緩和のた
め、商業中心地区に制限区域を定め、進入する車両から通行料を徴収するエリアライセンスス
キームを実施している。現状では、制限区域に入域可能な場所全てにゲートを設置する必要が
あるが、準天頂衛星システムを利用し、高精度な位置情報を用いることで、ゲートを設置せずに
ロードプライシングが可能になる。また、区域設定は、情報空間上で実現できるため、要人来訪
時の急な規制や、CO2 や NOx の排出対策等、幅広い活用が期待できる。
・リアルタイムな渋滞情報等の取得によるナビゲーションの実現
準天頂衛星システムの利用により、車線毎の渋滞末尾まで含めた渋滞状況などをベースに
渋滞情報をリアルタイムに他の走行車両に提供することで、渋滞を緩和するようにナビゲーショ
ンさせることが可能となる。
・高精度なデジタル地図の作成の効率化
準天頂衛星システムの利用によって、上述の MMS で使用する地図測量車両に搭載する位置
計測機器の簡素化が図られる。これにより、MMS 導入時のコスト削減が可能となり、観光案内
やナビゲーションにおいて不可欠な高精度なデジタル地図の容易な作成が期待できる。
(3) 課題
・車車間通信や路車間通信等における通信手段等の検討
車車間通信や路車間通信等を利用したシステムを構築するためには、自車の位置を高精度
に測位する技術の他に、近傍の車や通信施設との間で、自車の正確な位置・状態等の情報を
やりとりするための通信手段等の検討が必要となる。
第 4 節 鉄道分野
鉄道分野では、衛星測位の利用が一般化しているわけではないが、列車運行に直接影響しな
い支援業務などに利用されている例がある。
(1) 測位衛星システムの利用の現状
・運転操作の支援
列車運行時、GPS や速度パルスから計算される移動距離などから算出した位置情報を用い
て、運転士に対し、ダイヤや停止位置の確認、適切な速度管理などの注意喚起を行うシステム
がある。
また、除雪車は、専用の除雪装備を操作して除雪をするが、踏切や駅、標識などは障害物と
なるため、その手前で除雪装備を操作してこれらを破損しないように制御する必要がある。しか
し、除雪車は、夜間や吹雪等による視界不良下での運行となることがあり、これらの場所を示す
各種標識の確認が困難な場合がある。そのため、GPS による測位と地理情報システム(GIS:
9
Geographic Information System)を組み合わせ、運転士及び保線社員に障害物の位置を通知す
るためのシステムが利用されている。
・現場作業者の支援
保線作業において、作業現場では監視員が常に列車の接近状況を監視しているが、現場作
業員及び列車の位置情報から、列車が接近した際、現場作業員の所有する端末に警告を発す
ることにより、安全な待避を支援している例がある。なお、これらは、現場作業員の位置を把握
することで、作業の進捗管理にも使用されている。
・列車の運行管理
GPS により測位した列車の位置情報を運行管理センターに送り、リアルタイムに列車の運行
状況を把握している例がある。災害や事故等による遅延状況等を把握することによって、運転
士や車両の振替手配、平常運転への復旧等の運行管理業務に利用している。ただし、GPS によ
り測位した列車の位置情報は、保証された情報ではないため、参考情報として扱われており、信
号制御、ポイントの切換等の直接安全に係わる制御には使用されていない。
・軌道状況の検査における位置の特定
車両の安全運行を確保するために、軌道状況等を定期的に検査する目的で検測車を走行さ
せることがある。この検測車に GPS 受信機と加速度センサーを搭載し、走行時の列車の揺れを
測定すると同時に、該当位置を特定するために列車の位置を記録している。
・路線管理における地盤変位の観測
線路等の地盤変位の観測には、一般的に、レーザ光による相対変位観測、プリズム反射板に
よる通り狂い確認の他に GPS による絶対変位観測も利用されている。
なお、2000 年 3 月 31 日の有珠山噴火時の室蘭本線の復旧の際には、これらの組み合わせに
より、2 時間毎に cm 精度で変位計測を行って地盤変位量を予測し、約 2 ヶ月という短期間での
復旧の一助となった。
(2) 準天頂衛星システムの利用による産業の高度化と新産業の創出の事例
・列車走行制御への利用
現在の GPS による測位では、隣接軌道と識別するだけの測位精度がないこと、測位信号に対
する信頼性が保証されていないなどの理由から、列車走行制御への利用は実用化されていな
い。準天頂衛星システムによるサブメートル級・センチメートル級の測位について、今後、その信
頼性や安全性等につき、鉄道の要求基準を満たすことが確認できれば、列車走行制御への利
用が期待できる。
これによって、例えば、現在の信号システムは、一定の距離を閉塞区間として設定し、一つの
閉塞区間には複数の列車が同時に存在しないように制御しているが、列車の位置によって前後
何 m 以内などの可変となる閉塞区間を設定できれば、よりフレキシブルな列車走行が可能とな
る。また、閉塞区間を構築するための地上システムの効率化も期待できる。
・運転操作支援の高度化
急な曲線区間やポイント切替区間など、線路上には他の列車の状況によらず、速度を制限す
る必要がある場所が存在する。高精度に列車位置が計測できることで、事前に運転士に警告を
出すとともに、適切な操作が行なわれなかった場合に、自動操作による減速や緊急停止などが
可能となる。
・踏切制御への利用
踏切の開閉は、列車から踏切までの距離により制御されているため、徐行運転中の列車が踏
切に接近している場合、長時間にわたり踏切が遮断された状態になる。特に、朝夕のラッシュ時
10
等は、遮断時間が長くなり、交通渋滞の原因の一つとなっている。測位精度や信頼性が向上す
れば、列車の接近速度と踏切までの距離に応じ遮断機の開閉を制御することが可能となり、踏
切遮断時間の短縮化、交通渋滞の緩和、ひいては周囲環境の改善などが期待できる。
(3) 課題
(横断的な課題参照)
第 5 節 物流分野
物流分野では、貨物の配送状況の管理に利用する例がある。
(1) 測位衛星システムの利用の現状
・荷主への位置情報提供
一般的な宅配便において、利用者が荷物の所在を確認する場合は、荷物に貼付された伝票
のバーコード等を営業所等でスキャンした記録により確認できるようになっている。しかし、この
場合、運搬中の車両の位置情報までは提供されていない。
しかし、運ぶ荷物について、その高度なセキュリティが求められるもの(絵画など)については、
荷物の所在のトレースを行うために、GPS が付いた専用の箱が用いられる場合もある。これによ
り、GPS 測位情報が物流業者のセンターに通報され、従来の出庫した場所と配送された場所に
加え、細かな所在情報を荷主に提供できるようになっている。
・運行管理への活用
車載器の GPS で取得された配送車の位置情報は、運転者への安全運転支援や注意喚起、
運転履歴の管理等に用いられている。運転者が危険を感じた場所やその状況をデータセンター
に登録することにより、次にその場所を走行する運転者に注意喚起のメッセージを送り、安全運
転を図るなどの例もある。また、配送車の位置情報を確認して盗難等への対処を図るなど、セキ
ュリティでの利用も実現している。
(2) 準天頂衛星システムの利用による産業の高度化と新産業の創出の事例
・配送サービス及び運行管理の高度化
準天頂衛星システムの利用により、市街地やビルの谷間における高精度な測位が可能となる
ことで、運搬車両の正確な位置確認やリヤカー便の効率化、セキュリティの向上など、サービス
の付加価値がより向上することが期待できる。また、例えば、大規模イベント開催時や花見シー
ズンにおける公園など、指定された配送先を特定しがたい場合においても、高精度な位置情報
により特定が可能となることから、これらの会場への配送サービス等も可能となる。
運行管理においても、急発進・急ハンドル等の運転状況やヒヤリハット事例を把握でき、原因
分析の精密化や運転者への指導の具体化に利用できる。特に、車を利用した物流においては、
単に目的地まで到達すればよいというだけではなく、一定時間の駐停車が可能な位置の把握な
ど、いかに効率よく集荷・配達が行えるかも重要なファクターとなることから、これらの向上も期
待できる。
・モータープールの管理の高度化
現在、自動車等の輸出にあたっては、工場で製造された自動車等を、船積みまで留置するモ
ータープールに保管している。モータープールの場合、自動車等の位置を示すIT機器はなく、窓
ガラス等に貼られる伝票を人が記憶して船積みを行っている。
準天頂衛星システムによる補強機能を利用すると、位置情報から任意の一台を特定すること
が可能となり、モータープールの効率的な管理や船積み時間の短縮などが期待できる。また、こ
の仕組みは自動車だけに限られるものではなく、輸出港湾もアジア・オセアニア地域に多いこと
から、海外への展開も期待できる。
11
・商流・物流の位置情報による連携の実現
POS(販売時点管理)を利用した国内及び国際間での流通における商品の管理が普及してい
るが、準天頂衛星システムの利用によって、物流においてサブメートル級など細かい位置が利
用できるようになると、その位置情報を介して商流と物流を連携することが期待できる。
これによって、様々な商品の生産から販売までの連携が可能となり、過剰生産や過剰在庫の
抑制や、エネルギーの効率利用などサプライチェーンマネジメント自体の革新が期待できる。
(3) 課題
(横断的な課題参照)
第 6 節 航空分野
航空分野では、統一された国際標準の補強機能に基づき、航法に利用する例がある。
(1) 測位衛星システムの利用の現状
・無線標識を経由しない航法の導入
図 3 に点線で示すように従来の航法は、航空機が地上の無線標識からの電波を受信し、無線
標識を経由して飛行する航法であった。しかし、近年、GPS や衛星測位補強システム等を用いて
自機位置を把握し、地図データと比較参照することにより、無線標識を経由しない経路を飛行す
ることが可能となっている。これにより、飛行時間及び飛行距離を大幅に短縮するとともに、燃料
費の削減等の効果を上げている。
無線標識
等
無線標識、GPS
無線標識
図 3 従来の航法(点線)と無線標識を経由しない航法(太線)
な お 、 衛 星 測 位 補 強 シ ス テ ム の 代 表 例 と し て は 、 ABAS(Airborne Based Augmentation
System)と SBAS(Satellite Based Augmentation System)がある。わが国では、SBAS として
MSAS(MTSAT satellite-based Augmentation System)が現在運用中である。
(2) 準天頂衛星システムの利用による産業の高度化と新産業の創出の事例
・垂直誘導を伴う着陸進入の実現
日本近傍は米国や欧州に比べ電離層活動が活発なため、現在の MSAS の性能では垂直誘
導を伴う着陸進入に使用できない。垂直誘導を伴う着陸進入の代表例として、コース情報により
接地点をめざして一定の降下角で進入を行う、地上無線設備を利用した直線進入がある。
準天頂衛星システムの補強信号の利用及び監視局の増加や電離層アルゴリズムの改善な
どによって、現在地上無線設備が整備されていない滑走路、空港においても垂直誘導を伴う着
陸進入が可能となる。これにより、投資の効率化や就航率の改善が期待できる。
・空港内における地上走行車両のナビゲーションの高度化
空港内において作業車両が目標物にアクセスする際、遠距離からでも目視が容易な大きな建
物はもとより、遠距離からの目視が困難であり、かつ数多く配置された灯火・マンホールなどに
ついても、迅速にアクセスすることが必要となっている。
準天頂衛星システムの補強情報を利用することによって、位置情報から任意の目標物を特定
でき、効率的に作業を実施することが可能となる。また、現在は、補正データを基準局から得て
無線 LAN により各車両に送信する必要があるが、準天頂衛星システムの利用により、これらに
かかるコストも削減できる。
12
(3) 課題
・ICAO 標準への準天頂衛星システムの対応
現在、ICAO では、米国の GPS、ロシアの GLONASS 以外は航法に使用する測位衛星システ
ムとして認められていない。また、補強メッセージのフォーマットも決められている。したがって、
航法に使用する測位衛星システムとして準天頂衛星システムを追加するとともに、L1-SAIF フォ
ーマットの追加が必要である。
また、ICAO では航空機の飛行フェーズ毎に、精度・完全性・サービスの継続性・利用可能性
及び警報時間(Time-to-Alert)をもって、衛星航法システムの性能を規定している。準天頂衛星
システムの補強機能についても、この性能を満たすことが求められる。現在の L1-SAIF 信号は
完全性・サービスの継続性・利用可能性・警報時間については考慮されていないため、航空分
野での展開のためには、これらの性能の考慮が必要となる。
第 7 節 その他の分野
これまでに紹介した例の他にも、以下の分野で衛星測位を利用する例が見られる。
(1) 測位衛星システムの利用の現状
・船舶における事例
大型船の GPS 測位機の搭載率は 100%で、主に大洋航海中、自船の位置情報を取得する際
に用いられている。しかし、出入港及び離着桟時においては、GPS 単独測位による測位精度で
は不足していることが課題となっている。
このため、港への接岸速度計の設置、または、相対測位方式(DGPS: Differential GPS)の利用
などにより測位精度を必要なレベルまで向上させている。
なお、船舶の安全運行管理という側面のほかには、漁場の位置情報、操業禁止区域での違
法操業監視など、自船あるいは監視対象船の正確な位置情報の取得にも使われている。
・時刻同期への利用
測位衛星システムの利用により、位置情報だけでなく正確な時刻情報を得ることができる。
この正確な時刻情報は、電力送配電網や取引所等の国家の社会基盤となる重要な分野でも
利用されており、また、複数のコンピュータで構成されるネットワーク環境における基準時計や無
線局間の時刻同期にも GPS の時刻情報を利用している例が多い。
(2) 準天頂衛星システムの利用による産業の高度化と新産業の創出の事例
・補完機能による都市部や山間部での利用可能時間率・利用可能エリアの改善
すべての分野に共通することであるが、GPS のみの測位では、都市部や山間部で受信可能
な衛星が尐なくなり、精度が落ちるという問題がある。また、RTK-GPS では、測位衛星の位相情
報を基に測位解を決定するが、都市部や山間部では利用可能な衛星数が十分でなく RTK-GPS
を利用できないケースがある。
準天頂衛星システムの利用により、高仰角の可視衛星数が増加し、これらの状況を改善する
ことができる。
また、表 1 は準天頂衛星初号機「みちびき」を利用して行った実証実験の結果である。測位が
可能な面積率を表す測位率がどのように改善するかを新宿及び銀座で確認しており、準天頂衛
星初号機「みちびき」の 1 衛星だけの追加でもこれだけの改善効果があった。
表 1 準天頂衛星初号機「みちびき」追加による測位率の改善(JAXA 資料より抜粋)
新宿
銀座
GPS 単独
8.8%
16.2%
「みちびき」による補完
35.4%
33.2%
改善度合い
4倍
2倍
13
・出入港・離着桟の効率化(船舶分野)
準天頂衛星システムの利用により、出入港・離着桟時にも必要な精度が得られることで、独自
の接岸速度計や DGPS を具備しない港においても安全な運行管理が可能となる。これにより、
入港可能な港湾数が広がり、よりフレキシブルな船舶による物流が期待できる。
また、自船の位置が高精度で測位可能になれば、大洋における海洋資源の正確な位置を把
握することもでき、メタンハイドレートをはじめ新たな資源の発見に寄与する可能性が高まる。
・農業機械の自動運転(農業分野)
準天頂衛星システムのセンチメートル級補強信号の利用により、農業機械を適切な速度で自
動運転させることが可能となり、農業の省力化や自動化が期待できる。
農業機械の自動運転によって、農業の大規模化への対応ばかりではなく、霧などの悪環境下
や夜間においても農作業を実施でき、環境に左右されない農耕作業が期待できる。これらにより、
若年層の農業就業率の改善や高齢化が進む農業従事者の負担減への貢献も期待できる。また、
農作業の効率化が進めば、農業市場の拡大、さらには、食料自給率の改善も期待できる。
・都市計画への応用
都市計画を策定する上で、人流・交通流の実績把握は非常に重要である。
準天頂衛星システムを活用することにより、携帯電話の位置情報や自動車のプローブ情報を
リアルタイムに収集して解析し、都市の人々の流れや自動車等の交通流を高精度かつ時系列
に把握することが可能となる。このようにして得られた情報を分析することにより、過剰な人口集
中の抑制、都市サービスやリサイクル、犯罪防止などの都市計画への応用が期待できる。
第 8 節 横断的な課題
以下に、分野横断的な課題をまとめた。
・準天頂衛星システムの整備に関する計画の明示 (全分野)
サブメートル級・センチメートル級の精度が得られる補強測位が、いつごろからどのような条
件・環境下で使用可能になるかなどの全体の整備計画を国内外へ明示することで、各産業界・
各企業におけるシステム開発、市場の拡大が加速すると考えられる。例えば、受信機の開発も、
全体の計画が明確になることで国産受信機メーカによる開発が期待される。
しかし、スケジュールやサービス内容が未定であると、システム導入の動きが遅くなり、他国
のシステム利用等による機会損失を生む可能性が高い。特に、前述したとおり、アジア・オセア
ニア地域においては、中国の Compass の覆域と準天頂衛星システムの覆域が重複する地域が
多く、中国政府は、2012 年に Compass のサービス開始を宣言していることから、早期の整備計
画策定と迅速な実施が求められる。
・高精度な測位に対応した地図の整備 (全分野)
位置情報はいわば碁石であり、それがどこかを表現するためには、碁盤となる地図が必要に
なる。これまで利用されている地図は、例えば、カーナビゲーションシステムの地図でもわかるよ
うに「上り、下り」等の表現に留まっている。準天頂衛星システムの利用により、車線や歩道にお
ける位置を把握できる環境が整うため、それに対応した高精度な地図の整備が必要である。
また、カーナビゲーションシステムにおいては、一時停止箇所や横断歩道等の情報も必要と
なるため、これらの場所の把握、電子化等の作業も行う必要がある。
・シームレスな屋外測位と屋内測位の実現 (情報提供サービス分野・物流分野)
人々が行動する空間では、屋外と並んで屋内における位置情報の把握も重要である。例えば、
情報提供サービス分野においては地下街や大規模商業施設内におけるナビゲーション、物流
分野においては地下の駐車場やビルの中におけるトレースといったニーズがある。また、屋外・
14
屋内を行き来する際にもスムーズに位置情報の把握を行えるようにする必要がある。
現状の測位衛星システムでは、屋内に入った場合に衛星からの信号が届かないため、測位
を行うことができない。屋内測位を実現する技術にはいくつかの選択肢(*)があるが、それらを利
用するためには、別の受信機を併せ持つ必要があるなど、利便性に欠ける。
したがって、それぞれの信号の受信機のワンチップ化や屋内空間のデジタルマップ化の実現
などと併せて、シームレスな屋外測位と屋内測位を実現することが必要となる。
*:無線 LAN 基地局が持つ Mac アドレスから距離を計算する「Wi-Fi 測位」や、周波数と変調方式が GPS
信号と互換である信号を発信する専用の装置を屋内に設置することで屋内でも測位することができ
るようにする「IMES(IMES:Indoor Messaging System)」などがある。
・規格化による精度・安全性・信頼性の保証 (自動車分野・鉄道分野)
準天頂衛星システムの補強機能により、交通インフラにおける管制システム等への衛星測位
の利用が期待できるが、SoL(Safety of Life)と言われる「人命の安全」に直結するこれらのシス
テムへの利用に当たっては、その精度・安全性・信頼性について高度な保証が求められる。
例えば、航空分野では、ICAO により、国際標準として衛星航法システムの性能が規定されて
いる。また、システムの安全性・信頼性の評価を行う手法を規格化した「RAMS」と呼ばれる IEC
(国際電気標準会議)の国際規格(IEC 62278)が制定されている。この規格は鉄道分野で適用
することを念頭において欧州規格(EN50216)を発展させたものである。
したがって、各分野において、他国の動きも参考にしつつ、どのような手法によって、システム
の精度・安全性・信頼性を評価するのかという規格の制定が必要である。
・準天頂衛星システムからの測位信号の保証を行う機関の設置 (全分野)
準天頂衛星システムを利用してサービスを提供する業者にとっては、その送信される信号が常
に正しいことを前提にサービスを構築しているため、性能务化時には、大きな問題となることが
予想される。これには、例えば、上述した悪意のあるジャミングやスプーフィングの場合もあれば、
軌道修正やメンテナンス等の衛星システム側の事情によることもある。したがって、準天頂衛星
システムからの測位信号の品質保証と併せて、そのような場合にサービス提供事業者等への対
応を行う機関が必要となる。
また、簡易メッセージ送信機能や双方向通信機能については、前述した技術的な検討の他、
実際に運用を行う事業実施機関の選定も重要な課題となる。
・規格認証を行うスキームの検討 (自動車分野・鉄道分野)
例えば、航空分野においては、ICAO による国際標準規格への対応について、サービスの提供
者(各国の航空当局)がシステムを認証しており、これは世界的に共通のスキームとなっている。
したがって、他業界に応用する際にも、このようなスキームの検討が必要であるとともに、国
際的な連携も必要である。
・補強情報の提供サービスの対価の検討 (全分野)
GPS の測位精度を高精度化するサービスでは、MSAS による航空機向けのサブメートル級補
強情報の提供が無償で行われており、航空機ユーザ以外にも利用されている。
一方で、インマルサット衛星を利用して、DGPS 補強情報を全地球的に放送し高精度での測位
を提供するサービスは有償で実施されている。
一般的に、無償化することによってその利用の拡大が促進されると考えられるが、準天頂衛
星システムによる補強情報の提供サービスに関して、その対価や徴収方法については、運用コ
ストや産業界の海外展開等も視野に入れて、慎重な検討が必要である。
・準天頂衛星システムに対応した受信機の開発(全分野)
準天頂衛星システムの実用化のためには、衛星側のシステム構築とともに受信機の開発も必
須である。ただし、受信機の開発についてはその利用に応じて解決すべき課題が異なってくる。
15
特に、自動車・鉄道・航空等の SoL に関わる分野については、前述した精度・安全性・信頼性
の保証が必要となり、受信機に対しても非常に高度な要求がなされる。また、航空分野において
は、ICAO による標準規格を満たすとともに、米国の FAA(連邦航空局)が定める規格を満たす必
要があるなど、分野特有の課題も存在する。
また、受信機の国産化という観点からは、現在、国産受信機の多くは一周波対応であるが、
測位誤差の低減には二周波対応が有用であるため、国産受信機のシェア拡大のためには、二
周波対応受信機の開発を進める必要がある。
第 9 節 第 3 章の整理
本章において検討を行なった、準天頂衛星システムを利用することによって新たに見込まれる
サービスや、それを実現するための課題について、図 4 に整理した。これらに関して、解決に向か
う道筋をどのように立てていくかについては、第 5 章で検討する。
【準天頂衛星システムの機能】
機能
概要
GPS と同等の測位信号を準天頂衛星から放送して、
GPS 衛星が増加するとの同等の効果をもたらす機能
GPS の性能を向上させるような情報(GPS 補強情報
等)を準天頂衛星から放送し、サブメートル級やセン
チメートル級の精度を提供する機能
補強信号のすき間を利用して、簡単なメッセージを地
上(携帯電話等)に送信する機能
携帯電話等の携帯端末から送信された情報を中継
し、災害時の安否情報や周辺の被災状況を防災セン
ター等に配信する機能
補完機能
補強機能
簡易メッセージ送信機能
(出典:JAXA ホームページ)
分野
高度化
情報提供サービス
・広告配信の多様化・高度化
・観光案内情報の提供サービ
スの高度化
・災害時の情報提供や安否確
認への活用
新サービス
基盤的な
課題
運営に
関する
課題
建設・測量
・情報化施工の
拡大
双方向通信機能
自動車
鉄道
物流
航空
その他
・カーナビゲーションシステムの
高度化
・高精度なデジタル地図の作成
の効率化
・運転操作支
援の高度化
・配送サービス及び運
行管理の高度化
・モータープールの管
理の高度化
・空港内におけ
る地上走行車
両のナビゲー
ションの高度化
・利用可能時間
率・利用可能エリ
アの改善(共通)
・事故のないモビリティー社会
の実現
・隊列走行・自動運転等の実現
・ロードプライシングへの応用
・リアルタイムな渋滞情報等の
取得によるナビゲーションの実
現
・列車走行制
御への利用
・踏切制御へ
の利用
・商流と物流の位置情
報による連携の実現
・垂直誘導を伴
う着陸進入の
実現
・出入港・離着桟
の効率化(船舶)
・農業機械の自動
運転
・都市計画への応
用
・準天頂衛星システムの整備に関する計画の明示(全分野)
・高精度な測位に対応した地図の整備(全分野)
・準天頂衛星システムからの測位信号の保証を行う機関の設置(全分野)
・規格認証を行うスキームの検討(自動車分野・鉄道分野)
・補強情報の提供サービスの対価の検討(全分野)
制度上の
課題
・ジャミングやスプーフィング等の意図的な妨害への対策(情報提供サービス分野)
・プライバシーへの保護(情報提供サービス分野)
・「公共測量作業規程」の見直し、改訂の検討(建設・測量分野)
技術的な
課題
・準天頂衛星システムに対応したチップの携帯電話等への搭載(情報提供サービス分野)
・簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能の携帯電話への搭載(情報提供サービス分野)
・シームレスな屋外測位と屋内測位の実現(情報提供サービス分野・物流分野)
・準天頂衛星システムに対応した受信機の開発(全分野)
・車車間通信や路車間通信等における通信手段等の検討(自動車分野)
標準化に
係る
課題
・ICAO 標準への準天頂衛星システムの対応(航空分野)
・規格化による精度・安全性・信頼性の保証(自動車分野・鉄道分野)
図 4 準天頂衛星システムの利用によるサービスの可能性と課題
16
【参考:準天頂衛星システムの利用によるサービスの高度化の実証例】
~高精度測位と IMES による屋内測位を連携させた観光案内の実証実験~
第 3 章においては、準天頂衛星システムの活用により、既存サービスがどのように高度
化され、また、どのような新サービスが創出されるかという観点から検討を行ってきたが、こ
こでは、その実現に向けた実証例の一つを紹介する。
2010 年 9 月 11 日に打ち上げられた準天頂衛星初号機「みちびき」による利用実証は、
(財)衛星測位利用推進センター(SPAC)を中心に実施されているが、その一つとして「みち
びき」からの補強信号を利用した高精度測位によるサービスの向上、IMES との連携による
屋外・屋内シームレス測位の実証も実施されている。
以下、図 5 に示す内容は、2011 年 10 月、北海道の網走監獄博物館において実施された
実証実験(オホーツクみちびきプロジェクト)のものである。
図 5 オホーツクみちびきプロジェクトの概要
この実験では、GPS 単独測位、「みちびき」の L1-SAIF 信号を用いたサブメートル級測位、
IMES を用いた測位が可能な受信機とスマートフォン端末を用いて、園内に設置した 20 箇所
のポイントを探索するスタンプラリーを行った。本実証については、今後、解決すべき課題も
残ったものの、概ね良好な結果が得られた。
なお、共通のスタンプスポットでのスタンプ取得率は、GPS 単独測位の場合は最大 54%だ
ったのに対して、準天頂衛星初号機「みちびき」の L1-SAIF 信号を用いた場合は端末の母
数は尐ないものの 100%であった。測位精度の向上がスタンプ取得率に反映されており、意
図する場所に利用者を誘導できる可能性が高まったことから、今後の活用が期待できる。
17
第 4 章 準天頂衛星システムを利用した産業の海外展開の可能性と課題
第 3 章においては、準天頂衛星システムを利用した場合に、既存サービスがどのように高度化
され、また、どのような新しいサービスが提供されるかを検討し、課題の抽出を行った。
準天頂衛星システムは、そのコンセプトから日本における測位機能の高度化を目的に構築され
たものではあるが、図 6 に示すように、アジア・オセアニア地域もサービスエリア(覆域)としてカバ
ーする。
本章においては、準天頂衛星システムを日本のみならず、アジア・オセアニア地域へ展開する
意義、また、その際には、どのような利用が考えられるかを検討した。
さらに、各国の測位衛星システムに関するニーズを整理した上で、アジア・オセアニア地域への
展開に向けての課題を洗い出し、第 5 章における戦略の検討の材料とした。
図 6 準天頂衛星システムにおけるアジア・オセアニア地域の覆域
(出典:準天頂衛星開発利用検討 WG 資料)
※将来的な 7 機体制のシステムを「準天頂衛星 4 機+静止衛星 3 機」の組み合わせで構築した場合の DOP(Dilution of
Precision)の分布シミュレーション。DOP とは、精度低下率のことで値が小さい(図中では濃い青)ほど精度が良い。な
お、測位衛星システムとしての性能については、シミュレーションを行った DOP 以外にも、仰角(対象地点から見た衛
星と地表面が成す角度)の問題やメンテナンス時の精度务化等を考慮する必要がある。
第 1 節 準天頂衛星システムをアジア・オセアニア地域へ展開する意義
準天頂衛星システムがもたらす効果として、その利用による経済拡大効果を検証する。
ここで、(財)衛星測位利用推進センター(SPAC)が 2011 年に実施した調査によれば、我が国に
おける、経済拡大効果は、図 7 のとおりである。
(単位:億円)
日本
①地図・高精度測位
②IT農業
③IT施工・土木/鉱山
23
931
1,809
④海洋利用・船舶
⑤安心・安全/犯罪防止
⑥自動車・高密度都市
⑦位置情報サービス
⑧携帯端末市場
合計
23
475
4,527
673
5,442
13,903
図 7 わが国における準天頂衛星システムがもたらす経済拡大効果(2020 年予測)
18
わが国では、2020 年における準天頂衛星システムがもたらす経済効果として、1 兆 4,000 億円
近い効果があると推測されている。特に、カーナビゲーションシステム等を中心とした自動車・高
密度都市関連市場や携帯端末市場の牽引効果が大きいと期待されている。
また、同調査によれば、アジア・オセアニア地域の国々においては、図 8 のとおりである。
(単位:億円)
韓国
①地図・高精度測位
シンガポー
インドネシア
ル
台湾
タイ
フィリピン
マレーシア
ヴェトナム
ミャンマー
オーストラリ ニュージー
ア
ランド
合計
6
2
9
1
2
2
2
1
0
6
1
33
②IT農業
451
95
1,707
2
446
491
416
466
425
421
114
5,032
③IT施工・土木/鉱山
342
133
64
62
71
27
63
23
30
509
79
1,404
15
3
26
14
4
10
7
8
1
3
20
112
⑤安心・安全/犯罪防止
153
68
183
8
52
19
133
17
9
129
29
801
⑥自動車・高密度都市
761
329
389
36
135
38
288
35
13
614
132
2,769
④海洋利用・船舶
⑦位置情報サービス
138
59
69
40
50
20
26
9
2
150
15
579
⑧携帯端末市場
1,283
796
4,529
212
2,404
2,223
1,168
1,487
16
713
150
14,980
合計
3,150
1,485
6,975
375
3,164
2,830
2,104
2,046
496
2,545
539
25,710
図 8 各国における準天頂衛星システムがもたらす経済拡大効果(2020 年予測)
この試算では、中国等が含まれていないが、調査対象とした国々全体で 2 兆 5,000 億円を超え
るとの試算がなされている。また、各国、関連産業ごとに経済拡大効果の大小があるが、携帯端
末市場においては総額で約 1 兆 5,000 億円と爆発的な需要の拡大が見込まれている。わが国と
異なる特徴としては、IT 農業への波及効果が高く、約 5,000 億円と見込まれており、センチメートル
級補強を有する準天頂衛星システムへの期待は大きい。
以上から、日本のみならず、アジア・オセアニア地域への展開も図ることで、格段に大きな経済
拡大効果が見込まれる。
ただし、第 2 章においても記述したとおり、現在、中国が Compass の整備を加速化させており、
これらの市場を先に奪われてしまう可能性があることから、我が国も早期に準天頂衛星システム
の整備を進めていく必要がある。
第 2 節 準天頂衛星システムを利用した分野別産業の海外展開の可能性
本節においては、第 3 章で検討を行ったそれぞれの分野において、アジア・オセアニア地域にお
ける特有の事情等を鑑み、準天頂衛星システムの展開の可能性及びその課題について、検討を
行った。
(1)情報提供サービス分野
総務省が公開している世界情報通信事情によれば、アジア・オセアニア地域の主要国のほと
んどの国民が携帯電話を所有している。
このことから、日本と同様にアジア・オセアニア地域においても、位置情報と携帯電話を利用し
た観光案内等の情報提供サービスを活用する下地が整っていると考えられる。
*:世界情報通信事情によると、アジア・オセアニア地域の主要国における携帯電話普及率(2009 年)
は、シンガポール(140%)、タイ(123%)、台湾(117%)、オーストラリア(114%)、マレーシア(111%)、ニ
ュージーランド(110%)、韓国(99%)となっている。
・位置情報サービスの高度化
アジア・オセアニア地域においても、準天頂衛星システムの補完機能による GPS の利用可能
エリアや利用可能時間の改善、補強機能による高精度な測位の実現が図られる。これらにより、
ナビゲーションサービスをはじめ、ソーシャルサービスや位置ゲーム等の多様なサービスの展開
が期待できる。
したがって、これらのサービスを提供するわが国事業者にとっても、アジア・オセアニア地域に
おける準天頂衛星システムによる測位機能の改善は、大きな意味をもつこととなる。
19
・準天頂衛星システム対応の携帯電話の普及
日本の場合、携帯電話における端末の採用については、これまで通信キャリアの意向に左右
されていた。しかし、多機能型携帯電話などとも分類されるスマートフォンにおいては、端末メー
カが開発したものが業界標準として採用されている。
したがって、スマートフォンが搭載する測位機能を準天頂衛星システムに対応させることが可
能となれば、今後、全世界において急速に拡大が見込まれるスマートフォン市場とともに、準天
頂衛星システムの利用の拡大も期待できる。
(2)建設・測量分野
日本の建設業の海外活動は、高度な技術力と施工能力をもってアジアを中心に世界的に展
開されている。近年では、日系企業からの受注、ODA 案件の受注だけでなく、シンガポール、台
湾、香港などで、橋梁、地下鉄、トンネル、埋立等の大型土木工事や高層建築工事を現地政府
等から数多く受注している。
このような状況の中、準天頂衛星システムの利用により、以下のような効果が期待できる。
・大規模鉱山における測位不能な時間帯・場所の解消
インドネシアやオーストラリアにおいては、大規模鉱山が数多く存在する。大規模鉱山におい
ては、露天掘りという手法によって採掘が行われるが、掘削した位置と深さ、剥離表土の厚さを
衛星測位による位置情報によって把握している。しかし、アリの巣状に中央を深堀するため、そ
の最深部はディープスポットと呼ばれ、測位衛星の可視範囲が上空の狭い領域、特に高仰角の
領域に限定され、受信可能な測位衛星数が尐なくなってしまう問題が発生している。
準天頂衛星システムの補完機能により、これらの状況の改善が見込まれ、資源探査・開発等
における衛星測位の利用の拡大が期待できる。
・建設機械の自動運転の利用の拡大
世界的な鉱山労働者の賃金の高騰及び都市部から離れた不便な場所にあることによる鉱山
町の物価上昇などから、鉱山における現地労働者に係る人件費が高くなるケースがあるため、
衛星測位による位置情報等を利用して、ダンプの自動運転を行っている例がある。
準天頂衛星システムの補強機能を利用することによって、高精度測位及び通信システムの効
率化等が図られ、さらなる価格の低下や導入制約の低減が可能となる。これにより、アジア・オ
セアニア地域における建設機械の自動運転の利用の拡大が期待できる。
・情報化施工による建設/土木工事の効率化
RTK-GPS は情報化施工等に使われる高精度測位の一つの手段であるが、第 3 章において
示したように使用できない場合も多く存在する。準天頂衛星システムによる補完・補強機能の利
用により、高精度な測位が広い地域で可能となるため、多くの建設/土木工事現場における情報
化施工の実現が期待できる。
また、わが国は、海外へのインフラ輸出を展開しているが、鉄道・高速道路・水道等のインフラ
整備では、共通して、基盤となる地図の作成や土木工事が必要となる。準天頂衛星システムの
利用によって、地図作成の効率化や情報化施工による土木工事の低価格化・工数の削減が実
現できれば、これらをパッケージとして売り込むことで、競争上優位に立つことも期待できる。
・建設機械の位置・エンジン等の遠隔監視による運用管理の効率化
建設機械産業では、海外市場での競争力向上対策として、建設機械の位置やエンジン等の
遠隔監視による運用管理サービスの提供等を行うことによって、差別化を図っている例がある。
また、レンタル利用等においては、建設機械等の位置を把握することによって、盗難やローン未
払いの抑止力となる場合もあり、建設機械等に積極的に GPS を組み込む動きがある。
準天頂衛星システムの補完・補強機能を利用することにより、管理可能時間や管理可能地域
が拡大すると同時に追跡精度も向上し、精密な位置把握が可能になる。このため、従来のサー
20
ビスと差別化を図ることが可能となり、アジア・オセアニア地域におけるわが国建設機械産業の
運用管理サービスの優位性拡大が期待できる。
(3)自動車分野
アジア諸国における自動車の生産は、日本や欧米の自動車メーカとの技術提携により、モー
タリゼーションの進展とともに急速に増加している。
他方、例えば、ジャカルタ(インドネシア)では、同国運輸省の試算によると、渋滞による経済
損失は年間 5 兆 5,000 億ルピア(約 495 億円)に達するほど深刻で、渋滞緩和に向けた交通イン
フラの整備は喫緊の課題になっている。
自動車市場の拡大に合わせたサービスの向上や環境改善において、準天頂衛星システムの
利用により、以下のような効果が期待できる。
・高精度なカーナビゲーションシステムの普及、利用の拡大
世界の自動車市場は表 2 に示すように先進国を中心に需要が縮小傾向にある一方、新興国
においては拡大傾向にある。
表 2 グローバル自動車市場の推移
(経済産業省 次世代自動車戦略研究会 次世代自動車戦略 2010 より抜粋)
2000 年
2008 年
先進国市場(日本、欧州、北米)
4,200 万台
3,700 万台
新興市場
1,300 万台
3,100 万台
合計
5,500 万台
6,800 万台
自動車市場の拡大によって、補完財であるカーナビゲーションシステム市場の拡大も想定さ
れる。準天頂衛星システムによって、道路上のどの車線を走行しているかなどの詳細なナビゲ
ーションが可能となることから、モータリゼーション化が進むアジア・オセアニア地域におけるサ
ービスの拡大が期待できる。
また、カーナビゲーションシステム単体における利用の拡大を図るとともに、自動車の輸出に
合わせ、パッケージで売り込むことも期待できる。
・ロードプライシングへの応用
第 3 章において示したとおり、準天頂衛星システムの高精度な位置情報を利用することによっ
て、ゲート等を設置せずに、ロードプライシングを実施することが可能になる。
アジア・オセアニア地域においては、経済発展によって人口流入・人口集中が起きている都市
が増加しており、交通インフラが追いつかず、慢性的な渋滞が発生している地域も多いことから、
ロードプライシングによる交通量の調整効果が期待できる。また、対象区域を柔軟に設定するこ
とで、要人来訪時の警備や CO2 等の排出ガス対策など幅広い分野への応用も期待できる。
・プローブデータ等の位置情報の活用による渋滞解消、車両管理及び安全性の向上
アジア・オセアニア地域では、オーストラリアのように衛星測位技術の応用とともに路車間通
信等のインフラ整備を図り、ITS の導入を積極的に検討しているところがある。
準天頂衛星システムの利用により、高精度な位置情報を活用し、運転手へのリアルタイムな
渋滞情報の提供や渋滞を緩和するような信号の制御により、渋滞解消を図ることが可能となる。
これにより、燃料消費の改善や CO2 削減等に役立てることも期待できる。また、交通インフラの
整備とともに、バスロケーションサービスやタクシーの配車管理のニーズが高まってくることも想
定される。
さらに、走行車線の逆走検出や不適切な車線走行を検出し、運転手に警告することなどが可
能となり、安全性の向上が期待できる。
21
(4)鉄道分野
1996 年 11 月に、「汎アジア縦貫鉄道」が提唱されるなど、経済成長回廊の形成や環境問題へ
の対応の観点から、東南アジアでも高速鉄道の導入が検討されている。最近では、ベトナム、ラ
オス、タイにおいても高速鉄道の計画が検討されるなど、アジア・オセアニア地域における鉄道
へのニーズは大きい。
また、海外へのインフラ輸出という視点からは、わが国の高速鉄道技術は軽量・低騒音・車両
あたりの輸送人数が多いという機能面とともに、定時運行に優れるという運用面においても優位
性がある。
準天頂衛星システムの利用により、以下に掲げるサービスの実現が期待できるが、システム
単体のみならず、インフラ輸出における運用面とのパッケージ化の観点からも、アジア・オセアニ
ア地域への展開の意義は大きいと考えられる。
・運転操作支援や旅客サービス等の高度化
アジア・オセアニア地域でも、運転操作支援や旅客サービス等に測位衛星システムを利用し
ている例がある。
準天頂衛星システムの補完・補強機能を利用することにより、測位可能な時間・エリアが拡大
し、高精度の測位が可能となることから、安全性の向上・運行管理の効率化・利用者の利便性
の向上が図られる。測位衛星システムを利用した運転操作支援システムや旅客サービスは、列
車に受信機を搭載し、測位した位置情報をセンターシステムに通知する通信手段があればよく、
わが国のシステムのノウハウをパッケージ化して展開することが可能である。
・列車走行制御等への利用
わが国に比べてアジアの鉄道は、信号設備等のインフラの保守が十分行き届いているとは言
いがたい面がある。
また、第 3 章において示したように、わが国では GPS を利用した列車制御システムは実用化さ
れていないが、2007 年 7 月に正式運用を開始したチベット鉄道では、GPS を利用して信号表示
や列車の速度制御、ポイント制御等の列車制御を実施している例がある。
準天頂衛星システムの補完・補強機能により、高精度の位置情報が常時利用可能となれば、
列車制御等のシステムへのさらなる活用も考えられ、これらの地域の鉄道の安全に貢献すると
ともに、地上システムの効率化等、運用コストの削減にも寄与することが期待できる。
(5)物流分野
GII(グローバルインフォメーション)が発行している「南アジアおよび東南アジアの物流・速達
市場概要」によれば、南アジア及び東南アジアの物流市場は 2009 年に 2,400 億ドル規模となり、
さらに今後も高い成長率で市場が拡大すると見込まれている。
物流においては、陸送費が最大のネックであり、内陸出荷時の港湾選択の主要要因であるた
め、その効率化が必要になっていること、通関「待ち」時間・出荷待機・出荷前の輸出手続などの
位置や時間の管理が必要になっていることから、生産・流通の可視化による、より精密な物流網
の構築が検討・推進されている。
このような環境において、準天頂衛星システムの利用により、高精度な位置情報を取得でき
ることで、管理の効率化・精緻化や、品質の向上が期待できる。
・グローバルな物流の効率化とセキュリティの強化
わが国企業の生産活動はグローバル化が進んでおり、製造業における部品調達ルートは、
海外の業者から国内の工場へのルートだけではなく、海外の業者から海外の工場へのルートも
多く、その重要性を増してきている。また、第 3 章で述べたモータープールの管理の高度化のよ
うに、日本だけでなく、アジア・オセアニア地域の自動車生産工場や港湾設備においても活用が
期待できるケースもある。
また、準天頂衛星システムの利用により、通信インフラに依存することなく高精度に位置情報
22
が取得できることから、アジア・オセアニア地域における配送車両管理の高度化をもたらす。ま
た、常時正確な位置情報が把握できるため、物流の効率化及びセキュリティの強化に繋がり、
わが国の物流業界や生産活動の国際競争力の向上が期待できる。
さらに、わが国の LNG の輸入を見た場合、東南アジア及びオーストラリアからの輸入が全体
の 50%から 60%を占めており、その輸入量は増加傾向にある。船舶輸送において準天頂衛星シ
ステムの補強機能により、港湾の設備に左右されずに柔軟な航路設定が可能となれば、効率的
な輸送の実現が期待できる。
(6)航空分野
ICAO では、航空機の航法システムとして測位衛星システムの規格が制定され ている。
ABAS/SBAS については米国、欧州、日本で運用が開始されており、アジア・オセアニア地域にお
いても、ABAS/SBAS を含めた測位衛星システムの導入が進められている。また、航法システム
に限らず、空港内システムにおいても測位衛星システムの利用が開始されている。
準天頂衛星システムの利用については、以下のような展開が期待できる。
・測位衛星システムを利用した垂直誘導を伴う進入方式の展開
ICAO の 2010 年の総会において、計器着陸を行う全ての空港に対して 2016 年までに垂直誘
導を伴う着陸進入方式を適用することが採択された。
この決定に対応するためには、空港の滑走路両端に地上無線設備を整備するか、SBAS 等
の補強システムを利用した衛星測位による航法を行う必要がある。地上無線設備の場合は空
港毎に整備をする必要があるが、SBAS 等においてはサービス地域での共用が可能である。
準天頂衛星システムによる SBAS 準拠の補強機能を提供することにより、サービス空域の全
ての空港で垂直誘導を伴う着陸進入が可能となることから、リージョナルな社会インフラとしてア
ジア・オセアニア地域への貢献も期待できる。
・航空機の性能に応じた最適な航法による飛行時間の短縮、燃料消費量・CO2 排出の削減
ICAO では、航空機の航法性能に応じた性能準拠航法(PBN:Performance Based Navigation)
の導入を促進している。
準天頂衛星システムによる SBAS 準拠の補強機能によって、性能準拠航法が可能となれば、
航空機の間隔の短縮、効率的かつ安全な運航、飛行時間の短縮、燃料消費量・CO2 排出の削
減が期待できる。
また、ABAS においても、準天頂衛星システムの補完機能により同様の効果が期待できる。
・空港内における地上走行車両のナビゲーションへの活用
日本の空港と同様に、アジア・オセアニア地域の空港においても、空港施設の整備等におい
て、作業車両が目標物へ容易にアクセスすることが必要である。
準天頂衛星システムを利用した高精度測位による地上走行車両のナビゲーションの導入が
期待できる。
(7)その他の分野
以上の 6 分野以外にも、アジア・オセアニア地域において、準天頂衛星システムの利用による
効果が期待できるサービス等がある。
・高精度な位置情報を活用した精密農業及び収穫量予測への活用
アジア・オセアニア地域では、オーストラリアのように農地や農産物の状態を観察し、投入する
肥料、農薬、水などの資材を決め、細かく管理するとともに、収穫量等の結果を分析して計画を
作成する精密農業(Precise Agriculture)を積極的に行っているところがある。
精密農業では圃場における投入資源や収穫量を位置情報と連動させて正確に管理すること
が求められることから、準天頂衛星システムによる高精度な位置情報を利用してデータ収集・管
23
理・分析することにより、より高度で効率的な精密農業の実現が期待できる。
特に、東南アジアでは、日本と異なり、二期作や三期作を行っている国々も多く、効率的に農
作業を進める必要があるため、このような精密農業へのニーズは高いと予想される。
・農業機械の遠隔管理及び自動運転への活用
建設機械の遠隔管理と同様に、準天頂衛星システムを利用して、農業機械の遠隔管理を行う
ことも可能であることから、海外へのサービス展開において、わが国の農業機械産業の競争力
強化が期待できる。
また、準天頂衛星システムによる高精度な位置情報を活用した農業機械の自動運転を、アジ
ア・オセアニア地域に展開することも期待できる。
上述した精密農業とともに、効率的に農作業を実施するため、東南アジアでは、人手を削減で
き、霧や夜間等の視界不良時にも作業を実施できる自動運転へのニーズは高いと予想される。
・都市計画への応用
第 3 章において示した都市計画への応用については、アジア・オセアニア地域においても活用
が期待できる。急速な発展を遂げている都市部が存在する一方、いまだ発展途上の郊外地域も
存在するこれらの地域においては、計画的なインフラ整備を行うために都市計画が重要である。
また、世界的に都市部への人口流入が進展しており、近年、「スマートシティ」の取組が進めら
れつつあるが、準天頂衛星システムの利用による交通量分析等はこれらの取組にも資すること
となる。
・防災システムへの活用
アジア・オセアニア地域は、地理的に自然災害が多い地域でもあり、噴火、地震、津波等に対
応する防災センターの整備に積極的に取り組んでいる。例えば、衛星測位を利用した地殻変動
の観測や津波監視用のブイの設置等が行われており、準天頂衛星システムによる高精度な測
位機能を活用することが期待できる。
また、アジア・オセアニア地域は、洪水被害も多く、警報システムの整備を検討している国も多
い。このような地域の防災システムにおいては、広域災害発生時に、簡易メッセージ送信機能に
よる緊急避難通報や双方向通信機能による安否確認・被災状況通報等の活用も期待できる。
・アジアのシーレーンにおける海上保安の確保への活用
東南アジアの海は、マラッカ海峡に代表されるように、アジア経済の大動脈であるとともに世
界最悪の海賊多発地域の一つでもある。2006 年 9 月にはアジア海賊対策地域協力協定が発効
され、現在 17 ヶ国が加盟している。この協定では、日本の海上保安庁がリーダー的な存在にな
って、法的な枠組みだけでなく、技術連携も含めて検討されている。
現在、海賊対策としては、海賊事件発生時に警報ボタンを押すことにより警報と GPS による位
置情報が IMB 国際海事局や管轄当局に通報されるシステムが導入されており、準天頂衛星シ
ステムの利用も期待できる。
また、準天頂衛星システムからの信号について、検討段階ではあるが秘匿信号を用いること
により、海賊やテロリストによるスプーフィングを回避することも可能となり、海上保安における基
盤システムとして機能させることも期待できる。
第 3 節 アジア・オセアニア地域での測位衛星システムの利活用に関する各国のニーズ
本節では、準天頂衛星システムの覆域であるアジア・オセアニア諸国の現状から測位衛星シス
テムに関するニーズを整理し、主要な国毎に整理した。なお、 (独)宇宙航空研究開発機構
(JAXA)や(財)衛星測位利用推進センター(SPAC)においては、「アジア・オセアニア GNSS 地域
ワークショップ」を開催しており、これらの国々との連携を深めている。また、2011 年からは JAXA
により、「マルチ GNSS アジア実証実験」の取組も進められている。
24
(1)タイ
タイでは、2011 年にチャオプラヤー川流域で洪水被害が発生した。災害の危機管理とともに、
長期的な観点から洪水と灌漑の問題を効果的に解決することに対する関心は高い。これには、
準天頂衛星システムによる高精度測位を利用した測量が活用できると考えられる。また、災害
発生時には、簡易メッセージ送信機能や双方向通信機能の利用が考えられる。
また、タイは、世界の米の輸出量の 1/3 を輸出している農業国である。高精度測位を生かした
精密農業や農業機械の自動運転等の展開も期待できる。
一方、都市部では人々の活動状況を基にした都市サービスの改善のニーズがあり、準天頂
衛星システムによる活動状況の把握や都市計画への応用が期待できる。
(2)インドネシア
インドネシアでは、2020 年時点における道路、港湾、発電所等の次世代インフラ整備の基本
計画(マスタープラン)作りを、2011 年 7 月に開始している。その中で、ジャカルタの深刻な交通
渋滞による経済損失の低減への対応から、渋滞緩和に向けた交通インフラの整備は喫緊の課
題になっている。このため、ODA 等による財政的な支援と組み合わせた次世代インフラ整備に、
準天頂衛星システムの利用による情報化施工や ITS 等のサービス提供が期待できる。
また、インドネシアは活火山が多く、地震も多発するという地理的な特徴を持っている。2004
年 12 月に発生したスマトラ沖地震・津波被害は未曾有の被害をもたらした。アジア防災センター
(ADRC:Asian Disaster Reduction Center)を通じた技術協力に加え、準天頂衛星システムの簡
易メッセージ送信機能や双方向通信機能の利用が期待できる。
(3) ベトナム
南北 2,000km に渡り細長く伸びるベトナムは、北部にハノイ、南部にホーチミンと二大都市圏
がある。両都市圏を結ぶ高速道路は大部分で完了していないため、早期完了が望まれており、
高精度測量や完成後のロードプライシングなどに準天頂衛星システムの利用が期待できる。
また、ベトナムは、米の輸出量ではタイに次ぐ輸出量を誇る農業国である。タイと同じように高
精度測位を生かした精密農業や農業機械の自動運転等への利用も考えられる。
さらに、ベトナムは、気候や地形も多様で世界でも有数な災害国の一つである。特に台風や
豪雤による風水害が頻発しており、災害対策が課題となっている。このため、準天頂衛星システ
ムの簡易メッセージ送信機能を活用した緊急避難通報や双方向通信機能を活用した安否確認
などへの展開が期待できる。
(4)オーストラリア
オーストラリアでは、GPS による測位を利用した車両の位置検出や、衛星測位技術や路車間
通信等のインフラ整備を行う ITS 導入を積極的に検討していることから、衛星測位の利用に関し
て進んでいる国と言える。精密農業や大鉱山でのトラックの自動運転などもすでに実施されてい
ることから、これらの高精度化という側面からのアプローチが期待できる。
また、航空分野においても、ICAO のアジア・太平洋会議において、韓国とともにリージョナル
SBAS に関心を示している。
(5)シンガポール
シンガポールでは、すでにロードプライシングが導入されている。準天頂衛星システムを用い
たゲート不要のロードプライシングへの高度化が期待できる。
また、人工の観光資源開発が進められていて、携帯電話の普及率も高いことから、高精度測
位と携帯電話を利用した観光案内や LBS なども期待できる。
(6) マレーシア
マレーシアでは、感染症対策の検討のため、森林縮小及び都市部拡大状況とアルボウィルス
25
の伝播率の関係調査等の正確な位置把握に、準天頂衛星システムの利用が期待できる。
また、近年スマートフォンが普及してきており、高精度測位と携帯電話を利用した観光案内や
LBS なども期待できる。
(7) ミャンマー
ミャンマーは、現状、経済基盤も弱く、災害対策も脆弱であるといえる。河川における土砂管
理、都市部における治水水準の向上や洪水予警報システム整備などの課題が存在している。こ
ういった観点から、準天頂衛星システムの簡易メッセージ送信機能や双方向通信機能、あるい
は、高精度測位による測量を活用できる可能性がある。
また、ミャンマー南部の都市ダウェイでは、大型火力発電所建設が計画されており、今後開発
される工業団地へ電力を供給する予定である。これにより、インフラ整備が進んでいくことが予
想され、土木、建設工事等に準天頂衛星システムの利用が期待できる。
(8) フィリピン
フィリピンは、他の ASEAN 諸国に比較し外国企業の進出が鈍化していることから、政府はイン
フラ整備に拍車をかけようと考えているが、特に道路整備の遅れから生じる慢性的な交通渋滞
が問題となっている。交通インフラ等の基盤整備の低コスト化や作業の効率化に、準天頂衛星
システムの高精度測位による情報化施工や ITS 等のサービス提供が期待できる。
(9) 韓国
韓国では、鉄道分野において、測位衛星システムが利用されており、駅、勾配、曲線、前方列
車位置等の注意事項をリアルタイムに機関士に提示するシステムが導入されている。準天頂衛
星システムの利用により、これらの高度化が期待できる。また、オーストラリアと同様にリージョ
ナル SBAS についても関心を示している。
さらに、携帯電話による緊急呼出を利用した安全管理サービスが開始されているなど、携帯
電話を利用した電話以外のサービスもポピュラーであることから、準天頂衛星システムによる高
精度測位と携帯電話を核とした LBS や観光案内などの展開が期待できる。
第 4 節 準天頂衛星システムを利用した産業の海外展開における課題
本節では、前節までに示した産業毎の海外展開の可能性や各国のニーズを踏まえ、具体的に
海外展開を進める上で、課題となる点を整理する。
・海外における高精度な測位に対応した地図の整備 (全分野)
準天頂衛星システムによる高精度な測位を利用するためには、対応する詳細な地図が必要
となる。地図は、測量に基づく地形図と観光案内のような調製地図に区分けされる。
前者の場合、特にアジア地域では軍が所管している場合も多いため、トップ外交による両国
間の協力関係の構築が必要となる場合もある。
後者の場合、ソフトウェアを用いた作成が主流になっているため、データフォーマットの国際標
準化や知的所有権の確保などの対応が必要となる。
・準天頂衛星システム対応機能のスマートフォンへの搭載 (情報提供サービス分野)
スマートフォンは、わが国において今後急速な拡大が見込まれているが、アジア・オセアニア
地域においても同様の傾向が見込まれる。
本章第 1 節において示したとおり、従来の携帯電話と異なり、スマートフォンにおいては、業界
標準で端末メーカが開発したものを通信キャリアが提供している。スマートフォンが搭載する測
位機能を準天頂衛星システムに対応させることができれば、スマートフォンの普及とともに、アジ
ア・オセアニア地域における準天頂衛星システムの利用基盤が整うことになる。これにより、対
応のチップセットやアプリケーション市場の拡大にも繋がり、コストダウンや新たなアプリケーショ
26
ンの可能性が広がる。
したがって、スマートフォンにおける準天頂衛星システムへの対応を早急に整備し、同地域の
デファクト標準にする必要がある。
・簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能と防災センターとの連携(情報提供サービス分野)
アジア・オセアニア地域において、簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能を利用して安
心・安全のサービスを提供するには、簡易メッセージや双方向通信のコンテンツを作成する各国
の防災センターと準天頂衛星システムとの連携が必要である。わが国における計画等を踏まえ
て、運用方法やインタフェース等の技術的な調整を実施する必要がある。
・電離層活動を考慮に入れた補強信号の作成アルゴリズムの開発 (全分野)
日本を含むアジア・オセアニア地域の多くは、電離層活動が非常に活発であり、測位精度や信
頼性を向上させるために、独自のアルゴリズム開発が必須である。そのために、準天頂衛星初
号機「みちびき」の L1-SAIF 信号の実績も利用しつつ、開発段階からの実データ収集や国際連
携が必要となる。
・秘匿信号の検討 (全分野)
日本においては不法電波による人為的な妨害は非常に尐ないが、海外においては海賊など
悪意の妨害が考えられるため、用途によっては秘匿信号の利用を検討する必要がある。
・準天頂衛星システムの補強機能を海外展開するための地上インフラ整備 (全分野)
準天頂衛星システムの補強機能を提供するためには、基準局や補強情報を作成する地上設
備及び補強情報を利用者に提供する通信インフラ等の地上インフラの整備が必要となる。
アジア・オセアニア地域の一部の国では、RTK-GPS による補強情報の提供が行われており、
この基準局を利用することも考えられるが、基準局数が尐なく、対象エリアも都市部に限定され
ている場合が多い。したがって、アジア・オセアニア地域全域に準天頂衛星システムの補強機能
を提供するためには、基準局を新たに設置する必要がある。また、RTK-GPS の基準局を利用す
る場合、準天頂衛星システムに対応するための設備の変更または改修が必要となる。
・監視局の配置・監視局数の検討と整備 (全分野)
アジア・オセアニア地域に対応する補強信号を作成するためには補強信号に対応した監視局
を含む地上インフラを設置する必要がある。システムの性能要求を満たすために各地域に設置
する監視局は要求に見合う、データフォーマット、精度、信頼性等を持っている必要がある。
・準天頂衛星システムの信号提供の意思表示、利用啓発及び利用国間のルール作り (全分野)
将来的にサービスを提供しようとするアジア・オセアニア地域の国々に対し、早い段階から準
天頂衛星システムの信号提供の意思を表示することが必要である。
また、準天頂衛星システムの提供国である日本国政府がどこまで責任を負うのかなど、利用
国間でのルール作りを始めることで、準天頂衛星システムの導入促進を図る必要がある。
さらに、準天頂衛星システムは、人間生活の基盤となるシステムであるため、覆域内のほとん
ど全ての国々が市場となりうる。したがって、より多くの国々との密な連携が必要であり、企業進
出におけるカントリーリスクに配慮した連携等も検討が必要となる。
・国際協力組織との連携の促進 (全分野)
準天頂衛星システムの導入には、監視局の設置や準天頂衛星システム対応の受信機の導
入など、初期導入費用がかかる。また、利活用には技術の継承も必要となる。したがって、本シ
ステムの導入にあたっては、金銭的な支援とともに人材育成等も含めた技術支援を両輪として
検討していく必要がある。
27
・各国における IMES 信号の利用の国際合意 (全分野)
屋外・屋内シームレス測位を実現するための手段の一つと考えられる IMES 信号の PRN 番号
は、GPS との干渉が懸念されているため、現在日本でしか利用を許可されていない。海外での
利用の際には、それらの国々でも許可を得る必要がある。
第 5 節 第 4 章の整理
本章において検討を行った、アジア・オセアニア地域における準天頂衛星システムを利用する
ことにより見込まれるサービスや各国の測位衛星システムに関するニーズ、それを実現するため
の課題について、図 9 に整理した。これらに関して、解決に向かう道筋をどのように立てていくかに
ついては、第 5 章で検討する。
タイ
インドネシア
・高精度測位を利用した測量
・防災システムへの活用
・防災農業、農業機械の自動
運転等の活用
・都市計画への応用
・情報化施工の活用
・ITS インフラ整備への活用
・防災システムへの活用
ベトナム
オーストラリア
シンガポール
・高精度測位を利用した測量
・ロードプライシングへの応用
・精密農業、農業機械の自動
運転等の活用
・防災システムへの活用
・車両位置検出の高度化
・ITS インフラ整備
・精密農業、農業機械の自動
運転等の高度化
・鉱山機械の自動運転の高度
化
・航空分野での活用
・防災システムへの活用
・ロードプライシングの高度化
・観光案内や位置情報サービ
スの高度化
各国
ニーズ
分野
展開が
期待される
サービスや効果
マレーシア
ミャンマー
フィリピン
韓国
・ウィルス伝播調査
・原住民活動範囲調査
・観光案内や位置情報サービ
ス
・建設工事・土木工事への活
用
・防災システムへの活用
・ITS 等交通インフラ整備への
応用
・情報化施工による建設・土
木工事の低コスト化・作業効
率化
・防災システムへの活用
・観光案内や位置情報サービ
スの高度化
・鉄道分野・航空分野への活
用
情報提供サービス
・位置情報サービスの
高度化
・準天頂衛星システム
対応の携帯電話の
普及
建設・測量
・大規模鉱山における測
位不能な時間帯・場所
の解消
・建設機械の自動運転の
利用の拡大
・情報化施工による建設/
土木工事の効率化
・建設機械の位置・エンジ
ン等の遠隔監視による
運用管理の効率化
自動車
鉄道
・高精度なカーナビ
ゲーションシステ
ムの普及、利用の
拡大
・ロードプライシン
グへの応用
・ブローブデータ等
の位置情報の活
用による渋滞解
消、車両管理及び
安全性の向上
・運転操作
支援や旅
客サービ
ス等の高
度化
・列車走行
制御等へ
の利用
物流
・グローバル
な物流の効
率化とセキ
ュリティの強
化
航空
・測位衛星システムを利
用した垂直誘導を伴う
進入方式の展開
・航空機の性能に応じた
最適な航法による飛行
時間の短縮、燃料消費
量・CO2 排出の削減
・空港内における地上走
行車両のナビゲーショ
ンへの活用
基盤的な
課題
・準天頂衛星システムの補強機能を海外展開するための地上インフラ整備(全分野)
・監視局の配置・監視局数の検討と整備(全分野)
・海外における高精度な測位に対応した地図の整備(全分野)
・簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能と防災センターとの連携(情報提供サービス分野)
技術的な
課題
・準天頂衛星システム対応機能のスマートフォンへの搭載(情報提供サービス分野)
・電離層活動を考慮に入れた補強信号の作成アルゴリズムの開発(全分野)
・秘匿信号の検討(全分野)
国際連携に
係る
課題
その他
・精密農業及び収穫量予
測への活用
・農業機械の遠隔管理及
び自動運転への活用
・都市計画への応用
・防災システムへの活用
・アジアのシーレーンにお
ける海上保安の確保へ
の活用
・準天頂衛星システムの信号提供の意思表示、利用啓発及び利用国間のルール作り(全分野)
・国際協力組織との連携の促進(全分野)
・各国における IMES 信号の利用の国際合意(情報提供サービス分野・物流分野)
図 9 アジア・オセアニア地域における準天頂衛星システムを利用したサービスの可能性と課題
28
第 5 章 準天頂衛星システムの活用による産業高度化、新産業創出、海外展開に向けた戦略
本章においては、第 3 章及び第 4 章において整理を行った課題について、その解決に向けた道
筋をどのように構築していくべきかを検討し、戦略としてとりまとめた。
冒頭に述べたように、衛星測位は第 5 のユーティリティーとも称される。準天頂衛星システムは、
国民の安心・安全を守る社会基盤としての役割を担うとともに、産業の高度化や新たなサービス
の創出に貢献し、アジア・オセアニア地域へも同様の恩恵をもたらすプラットフォームとして機能す
る重要なシステムである。
特に、測位衛星システムは、衛星の中でも国民が目に見える形でその効果を実感できる最たる
ものであり、公共財としての役割が大きいものであるため、準天頂衛星システムについて早期の
体制整備がなされ、一刻も早く国民がその利益を享受できるよう、以下に示す戦略を産学官が連
携して着実に実施すべきである。
第 1 節 総論
(1) 目標
「実用準天頂衛星システム事業の推進の基本的な考え方」(2011 年 9 月 30 日閣議決定)により
開発が進められる準天頂衛星システムについて、4 機体制が整備される 2010 年代後半までに、
利用側の体制や海外展開に向けての方策を着実に整備しておく必要がある。
本研究会では、以下のようなステップを踏み、最終目標を達成することを提案する。
1)準天頂衛星システムの具体的な方向性の明示
2)準天頂衛星システムの利用に必要な運用体制の整備、技術開発の推進、社会制度の整備
3)準天頂衛星初号機「みちびき」を用いた事業モデルの構築
4)アジア・オセアニア地域における関係諸国との連携、協働体制の構築
<最終目標>
2020 年までに、わが国を含むアジア・オセアニア地域において、準天頂衛星システム
によるサービスを享受できる環境を整備する。
(2) 具体的なシナリオ
1)準天頂衛星システムの具体的な方向性の明示
2010 年代後半までの 4 機体制に向けて、今後、具体的にどのように整備を行うのか、また、
国際的にどのように連携を進めていくのか等について検討を行い、国内外に明示する必要が
ある。これにより、産学官の連携強化や産業界の能動的なビジネス展開を促す効果がある。
また、併せて、準天頂衛星システムの補強信号を国際標準に対応したものとするように、
国際標準策定団体及び関係諸国との合意形成に向けた準備を進めることが必要である。こ
れらを実行することによって、産業界は国内外の事業展開に向けた準備を行い、覆域内の国
際連携に向けた動きが展開できる。
(必要なこと)
・準天頂衛星システムの整備に関する計画、方向性の明示
・補強信号について、国際標準策定団体への提案の開始 等
2) 準天頂衛星システムの利用に必要な運用体制の整備、技術開発の推進、社会制度の整備
政府においては、内閣府に新設される宇宙戦略室(仮称)を中心に、関係省庁が密に連携
をとり、準天頂衛星システムの推進に係る体制を構築する。また、分野毎に各省庁-各関連
産業界で情報共有や意見交換のための体制整備を行うことが望まれる。
検討すべき点として、準天頂衛星システムの永続的な運用体制、受信機及びチップなどの
29
技術開発、業界毎の安全性・信頼性等の規格化やその認証スキームのあり方、妨害行為等
への各種の規制等の社会制度などが挙げられる。
また、将来的な海外展開に備え、政府が中心となり、アジア・オセアニア地域各国の現状
把握を行うとともに、現地事情に精通した専門家、宇宙分野だけでなく関連する産業とのコー
ディネート役、インフラ展開等における国際交渉役となるスペシャリストの育成を図っていくこ
とが重要となる。特に、安全性・信頼性等の規格化については、将来の国際標準化を見据え
た展開を図ることが必須であるため、その検討を早期から開始する体制整備が必要である。
(必要なこと)
・宇宙戦略室(仮称)を中心とした関係省庁の連携体制の整備
・分野毎の各省庁-各関連産業界の体制整備
・関連する技術開発の着実な実施
・安全性・信頼性等の規格化やその認証スキームの検討
・妨害行為等への各種規制の検討
・海外展開を視野に入れた人材育成、国際標準化を見据えた体制整備
等
3)準天頂衛星初号機「みちびき」を用いた事業モデルの構築
準天頂衛星システムを利用した事業を展開する上では、利用モデルを確立するという技術
的な課題の解決とともに、ビジネスとして成り立つかという事業モデルの構築も必要である。
現在、国内では、準天頂衛星初号機「みちびき」を用いた利用実証が実施され、成果を上
げているが、ビジネス化までを視野に入れた展開には至っていない。実証実験後の評価によ
り、課題の抽出を図り、次の実証実験へのフィードバックを行い、技術的な課題の解決を図っ
たのちには、事業モデルの実証も実施していくことが望まれる。また、一定期間、ユーザに無
料体験をしてもらうなどの社会実証の取組も必要と考えられる。
なお、GPS の補完信号である 4 つの信号(L1-C/A、L2C、L5、L1C)については、既にアラ
ートフラグの解除も行われており、一部では対応の受信機の販売も始まっていることから、一
般に広くアピールすることも必要である。
また、簡易メッセージ送信機能は、準天頂衛星初号機「みちびき」でも利用できることから、
大地震を想定した国内での実証や、洪水などの災害が多いアジア・オセアニア地域諸国との
共同実証等を行い、その効果を共有し、浸透を図ることなどが有効である。
(必要なこと)
・利用実証の蓄積による技術的課題の解決
・事業モデルの実証の実施
・社会実証の実施
・補完信号の利用促進策の実施
・簡易メッセージ送信機能の実証の実施
等
4) アジア・オセアニア地域における関係諸国との連携、協働体制の構築
アジア・オセアニア地域は、その国の政策や技術レベルなどが様々であるため、準天頂衛
星システムの利用ニーズの把握とともに、最終的なゴールとしては同一のビジョンを示しつつ
も、受入側の実情に合わせた協力体制を段階的に構築することが必要である。
2011 年 3 月に発表された「フロンティア分野科学技術のアジア・海外展開方策に関する勉
強会報告書」においては、協力のフェーズを概ね 3 段階に大別している。すなわち、受入国側
の実情に合わせて、
第 1 期: 受入側の能力を高めながら地上の活用システムを整備していく技術
協力(TA)に重点を置く
第 2 期: 相手国のニーズを踏まえて既存の衛星技術を活用したアジア向け衛
30
星開発を進め、同時に衛星観測データ等をより効果的に利用するた
めの地上活用システム強化、高度化を進める
第 3 期: イコールパートナーとして共同で先端的な技術開発を進める
こととしている。これは、地球観測衛星における協力をモデルとしているが、準天頂衛星シ
ステムにおける海外展開についても、概ね同様のことが言えると考えられ、受入国側のレベ
ルを見定め、段階的に協力の歩を進められるよう体制を整備することが肝要である。特に、こ
うした歩を進める中で培われる人的ネットワークは、永続的な協力関係を築く上で強固な土
台となる。
特に、第 4 章で示した、「アジア・オセアニア GNSS 地域ワークショップ」や「マルチ GNSS ア
ジア実証実験」といった取組は、今後も国際連携における重要なツールになっていくものと考
えられ、引き続き実施していくことが望まれる。
(必要なこと)
・受入国側の実情の把握
・国別の実情に合わせた協力体制の段階的構築
・実証実験等の取組を通じた連携体制の継続
等
【参考:準天頂衛星の利用によるアジア・オセアニア地域への展開構想】
~準天頂衛星システムを活用した「パッケージ型インフラ海外展開」~
アジア開発銀行によれば、2010 年から 2020 年におけるアジア域内の社会インフラ整備(通
信、エネルギー、運輸、水道衛生の 4 分野)には、約 8 兆ドルが必要との試算がなされている。
これらのインフラ整備を行う際には、基盤となる土木工事が共通に必要となる。また、土木工
事を行う際には、精密な地図が必要となり、具体的には世界測地系準拠の 1/500 大縮尺地図
を作成する必要がある。この地図作成や現地の測量に関して、準天頂衛星システムによるセ
ンチメートル級補強信号の活用が想定される。これらにより、現在、RTK-GPS の基地局整備
や丁張りの設置等に要している費用や工数、作業期間の効率化にもつながり、その効果は大
変大きいものとなる。
上述したとおり、土木工事はほぼ全てのインフラ整備において、共通に必要となる工程であ
る。準天頂衛星システムの活用によって、その基盤となる部分の低コスト化・効率化を図ること
ができれば、わが国のインフラ輸出政策にとって、非常に大きな武器となる。また、衛星測位
を利用した地図作成・測量等においては、当該地域における電子基準点をはじめとした地上
システムの構築やセンチメートル級補強データの配信等とともに、国土地理院等による技術支
援等、ハード・ソフト両面からの支援が必要となる。
したがって、準天頂衛星システムの利用により、地図作成から土木工事、目的とする社会イ
ンフラ整備、その後のサービス展開までをパッケージで売り込むことも可能になると考えられ
る。これは、「新成長戦略」(2010 年 6 月 18 日閣議決定)において、国家戦略プロジェクトとし
て位置づけられた「パッケージ型インフラ海外展開」の趣旨にも沿うこととなる。
上述した、1)~4)のステップを踏むことにより、「2020 年までに、わが国を含むアジア・オセ
アニア地域において、準天頂衛星システムによるサービスを享受できる環境を整備する。」
ことを達成することを目指す。
31
第 2 節 各論
本節では、第 3 章及び第 4 章で検討・整理を行った課題について、それぞれの解決策をまとめ
た。表 3 は、それらを一覧にしたものである。
分類
分野
全
解決策
準天頂衛星システムの整備に関する計画の明示
全
全
高精度な測位に対応した地図の整備
整備手法を確立し、利便性を考慮した作成の検討を行う。
全
海外における高精度な測位に対応した地図の整備
政府間交渉も視野に入れ、相手国の状況に応じた連携を図る
情
簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能と防災セ 緊急避難通報や安否確認等を行うスキームや整備スケジュール等を
ンターとの連携
策定し、システム実現のための体制を構築する。
全
サービスの提供事業者からの当該機関に求める役割(性能务化時
準天頂衛星システムからの測位信号の保証を行う機関
における対応、システムのメンテナンス時の対応)等の要望を集約
の設置
し、検討を開始する。
運営に関す
自・鉄 規格認証を行うスキームの検討
る課題
制度上の課
題
技術的な課
題
ICAO標準への対応を行っている航空分野を参考に、認証を行うス
キームについて業界毎に検討を行う。
全
補強情報の提供サービスの対価の検討
サブメートル級補強、センチメートル級補強それぞれについて、利用
ニーズや運用コスト、海外展開等のさまざまな観点から検討を行う。
情
ジャミングやスプーフィング等の意図的な妨害への対策
機材の販売・仕様等に対する規制や妨害電波の取り締まりを実施す
る。
情
プライバシーの保護
法令やガイドライン等を参考にしつつ、対応を図る。
建
「公共測量作業規程」の見直し、改訂の検討
「公共測量作業規程改定検討委員会」に見直しを提案する。
情
準天頂衛星システムに対応したチップの携帯電話等へ 小型化・低廉化の技術開発を行い、その効果を実証することで端末
の搭載
搭載を促進する。
情
準天頂衛星システム対応機能のスマートフォンへの搭
載
情
簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能の携帯電 携帯電話端末において使用可能であることが必須であるため、実証
話への搭載
を実施する。
全
電離層活動を考慮に入れた補強信号の作成アルゴリズ L1-SAIF信号をベースに、アジア・オセアニア地域における電離層活
ムの開発
動に関する実データを収集し、アルゴリズムの検証を実施する。
全
準天頂衛星システムに対応した受信機の開発
国際連携に
係る課題
標準的なアルゴリズムを産業界で共有・統一し、対応端末の開発を
促進させ、スマートフォン端末の開発メーカに搭載を働きかける。
分野毎に受信機に求められるスペックが異なることを踏まえ、開発計
画を構築する。
利用実証の蓄積を進めるとともに、屋外・屋内、双方の測位方式に
対応するワンチップ化などの開発を進める。
情、物 シームレスな屋外測位と屋内測位の実現
標準化に係
る課題
政府が持続的な運用体制を確定し、準天頂衛星システムが具備する
仕様・機能、開発スケジュール、サービス開始時期を早期に明示す
る。
準天頂衛星システムの補強機能を海外展開するための
関係国との調整により、技術協力を含めた人材育成も視野に入れつ
地上インフラ整備
つ、電子基準点等の地上システムの整備を進める。また、シミュレー
ションにより、必要な監視局の配置・数を推定し、設置の検討を行う。
監視局の配置・監視局数の検討と整備
全
基盤的な課
題
課題
自
車車間通信や路車間通信等における通信手段等の検
利用実証を進め、実績を積む。
討
全
秘匿信号の検討
検討委員会を立ち上げ、必要性、費用対効果等について幅広く意見
収集し、方式の検討を実施する。
航
ICAO標準への準天頂衛星システムの対応
ICAOへの標準化提案を早期に実施する。準天頂衛星システムの検
証方法を確定し、検証を実施する。
自・鉄 規格化による精度・安全性・信頼性の保証
わが国の国内統一規格を作成した上で、国際的な規格を提案し、ア
ジア・オセアニア地域における検証等を行う。
全
準天頂衛星システムの信号提供の意思表示、利用啓
発及び利用国間のルール作り
国際会議、または、二国間協議を通じて、プロモーション活動を実施
する。
全
国際協力組織との連携の促進
援助が必要な国に対して、国際協力組織と連携して資金援助、技術
協力を行う。
日本における実証実験で、GPSとの干渉が生じないことを証明し、各
国におけるIMES信号の利用について調整を行う。
情、物 各国におけるIMES信号の利用の国際合意
表 3 課題と解決策
32
それぞれの解決策について、以下に述べる。
【基盤的な課題】
・準天頂衛星システムの整備に関する計画の明示 (全分野)
2012 年度政府予算案では、内閣府において実用準天頂衛星システムの開発経費が計上され、
今後開発が進んでいくものと推測されるが、持続的な運用体制、準天頂衛星システムが具備す
る仕様・機能、開発スケジュール、サービス開始時期がどのようになるかを早期に明示する。ま
た、各産業界、国民が準天頂衛星システムを継続的に利用していくためには、安定的な測位衛
星システムの運用体制を構築するとともに、低コスト化を図りつつ、社会インフラとして稼働する
ために必要な体制を早期に整備することが肝要である。
・準天頂衛星システムの補強機能を海外へ展開するための地上インフラ整備、監視局の配置、監
視局数の検討と整備 (全分野)
関係国との調整により、技術協力も含めた人材育成も視野に入れつつ、補強信号作成のた
めの電子基準点等の地上システムの整備を進める。また、監視局については、一般にサービス
覆域の外側にまで設置する必要があり、対象国のみならず、周辺諸国も合わせた交渉が必要と
なる。例えば、フィリピンへのサービスを行うためにはインドネシアに監視局が必要である可能性
が高い。要求されるサービス覆域を実現するために必要な監視局と監視局数をシミュレーション
により推定し、設置可能性を考慮しながら、設置場所、数の調整を行う。
・高精度な測位に対応した地図の整備 (全分野)
高精度な地図は、分野によりそれぞれ要求される精度・対象物・範囲等が異なる。これらが無
統制に開発されることは効率的ではなく、各分野を包括した整理が必要となる。
このためには、各分野の適任者から構成される地図整備事業体を構築し、必要な精度・記載
対象物・対象地域・対象範囲・必要な次元数などで地図を分類・整理し、効率的に開発を進める
必要がある。さらに、地域を産業別・分野別の重要度により分類し、重要度の高い地域から段階
的に高精度地図の作成事業を開始する。また、地図の構造をレイヤー化することにより、必要な
情報が掲載されているレイヤーのみを使用することやレイヤー毎の更新を可能な形にするなど、
利便性を考慮した作成も検討すべきである。
・海外における高精度な測位に対応した地図の整備 (全分野)
海外において、高精度な地図を整備するためには、専門家の育成や電子基準点等の設備・
装置等が必要である。相手国の状況に応じて、整備方針の提供や技術者教育のような協力や、
地図整備に必要なハードウェア・ソフトウェアツールの提供を行い、連携を図る。
また、海外においては、詳細な地図が国家機密としての情報である場合も多く、その場合は、
政府間の交渉等が必要なケースも予想される。
・簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能と防災センターとの連携(情報提供サービス分野)
二国間、または、アジア防災センター(ADRC:Asian Disaster Reduction Center)の枠組みの
中で、準天頂衛星システムを利用した緊急避難通報や安否確認等を行うためのスキームや整
備スケジュール等を策定し、システム実現のための体制を構築する。
【運営に関する課題】
・準天頂衛星システムからの測位信号の保証を行う機関の設置 (全分野)
サービス提供事業者によるコミュニティ等を構築し、性能务化時における対応やシステムのメ
ンテナンス時の対応といった当該機関に求める役割・機能等について集約を行い、検討を開始
す る 。 例 え ば 、 SLA ( Service Level Agreement ) の 明 文 化 や CRM ( Customer Relationship
Management)センターの整備等が想定される。民間企業においては、サービス事業における
CRM センター整備は基本であるため、このようなシステムの検討を進めることが肝要である。
また、簡易メッセージ送信機能や双方向通信機能については総論で述べたように、事業モデ
33
ルの実証を実施することが重要である。これらのサービスは、防災等の国民の安心・安全に関
わるものであることから、その運用体制等の検討を早期から実施することが望まれる。
・規格認証を行うスキームの検討 (自動車分野・鉄道分野)
各業界において適用される安全性等の規格について、システムの運用開始前に、定められた
手順どおりに安全要求規格・性能を満足していることを確認し、また、継続してこれらを満足して
いることを検証するスキームを整備する。
検証手順の策定は、ICAO 標準への対応を行っている航空分野を先行事例として参考にしつ
つ検討を行う。産業界・大学関係・有識者による専門家会議による検討が必要である。なお、最
終的な検証を官による認定という形式で行うことで、ユーザへの安心感を高めることができる。
・補強情報の提供サービスの対価の検討 (全分野)
サブメートル級・センチメートル級それぞれについて、利用ニーズや運用コスト、海外展開等の
様々な観点から対価の検討を行う。また、一定期間は無料とし、補強情報の有効性が実証され
てから有料にするという設定も考えられる。なお、課金方法についても、ユーザへの直接課金や
受信機への課金といった複数の手段が考えられるため、検討が必要である。
【制度上の課題】
・ジャミングやスプーフィング等の意図的な妨害への対策 (情報提供サービス分野)
ジャミングやスプーフィングに使用可能な機材の製造・販売・使用の禁止などを制度化する必
要がある。その内容について啓蒙するとともに、違反者を確認するための検知システムの開発
も望まれる。また、準天頂衛星システムに対する妨害電波の取締りも検討すべきである。
特に、ジャミングやスプーフィングは国際的な問題でもあり、ICG 等においてもその対策が検
討されていることから、わが国も積極的に関与していくことが肝要である。
・プライバシーの保護 (情報提供サービス分野)
位置情報はセンシティブな個人情報の一つである。位置情報のプライバシーについては、現
行の「個人情報の保護に関する法律」等の法令や、関係省庁が制定している「個人情報の保護
に関するガイドライン」等において、法的、制度的に必要な要件が満たされているか検討すべき
である。スマートフォン等による位置情報サービスの普及や新たなサービスの登場によって、現
行の法令やガイドラインではプライバシーの保護に支障をきたすようになった場合には、所管省
庁により法令やガイドラインの見直しを行うことが望まれる。
・「公共測量作業規程」の見直し、改訂の検討 (建設・測量分野)
準天頂衛星システムを用いた測量を公共測量とするため、国土地理院による公共測量作業
規程の改版の検討作業を立ち上げ、「公共測量作業規程改定検討委員会」へ提示し、規程の見
直しを実施する。測量手順の検証は準天頂衛星初号機「みちびき」の利用実証及び将来の準天
頂衛星システムの試験放送を利用し、実施する。
【技術的な課題】
・準天頂衛星システムに対応したチップの携帯電話等への搭載 (情報提供サービス分野)
産学官連携において対応チップの開発を検討し、小型化・低廉化を加速する(屋内測位の
IMES は、政府補助金を利用することで、チップサイズを小型化することに成功している。)。特に、
準天頂衛星システムの場合は GPS を補完するものであるため、その信号形式は GPS に準拠し
ており、特別なハードウェアを構築することなく、そのファームウェアの書き換えだけで対応が可
能である。開発後、対応チップを用いた端末で実証試験を実施できる環境を構築し、積極的にそ
の効果を実証することで標準搭載を促進する。
また、チップ搭載端末の購入時に課金することで、運用資金を捻出することも可能になるため、
そのような事業モデルの検討も実施することが望まれる。
34
・準天頂衛星システム対応機能のスマートフォンへの搭載 (情報提供サービス分野)
開発に必要な標準的なアルゴリズムを産業界で共有・統一することなどで、企業の積極的な
チップ開発を促す。その上で、標準装備としての搭載が促進されるようスマートフォン端末の開
発メーカへの働きかけを行う。
・簡易メッセージ送信機能及び双方向通信機能の携帯電話への搭載 (情報提供サービス分野)
実用化の観点からは、携帯電話で使用可能であることが必須であるため、携帯電話における
使用が可能かどうかの実証を実施する。
また、これらの機能は、国民の安心・安全を守る上でも重要なシステムであるから、時期を定
めて、スマートフォンを含めた携帯電話への搭載を義務化することなども検討するべきである。
・電離層活動を考慮に入れた補強信号の作成アルゴリズムの開発 (全分野)
JAXA の行っている複数 GNSS モニタ局ネットワーク(MGM-Net)活動を継続し、ネットワーク構
築に参加した国々や IGS との連携を図りながら、アルゴリズム開発に必要な実データの入手手
段を確保する。また、電離層のアルゴリズムについては、国内では L1-SAIF 信号の設計を行っ
た(独)電子航法研究所(ENRI)が検討を行っているため、その成果を活かしつつ、入手した実デ
ータを用いてアルゴリズムの開発を行うことが考えられる。
・準天頂衛星システムに対応した受信機の開発 (全分野)
準天頂衛星システムの整備においては受信機の開発も重要な要素である。課題で述べたよう
に、SoL の分野では受信機も含めたシステム全体が高度な性能要求を満たす必要があるが、一
般的な受信機においてはいち早く普及を図ることが望ましい。
したがって、一口に受信機の開発といっても、分野毎に要求されるスペックが異なるため、まず
は、どのような方向性をもっての開発が望ましいかを産学官の連携により検討する必要がある。
また、航空機搭載型受信機においては、その仕様が規格制定団体である米国の RTCA、欧州
の EUROCAE により決定されている事情を踏まえ、アビオニクスメーカとともに受信機開発プロジ
ェクトを立ち上げ、規格制定団体への働きかけを行うことなどが望まれる。
さらに、国産受信機のシェア拡大のためには、二周波対応受信機の開発を検討する必要があ
るため、仕様の統一化等の検討を実施し、開発を推進していくことが期待される。
・シームレスな屋外測位と屋内測位の実現 (情報提供サービス分野・物流分野)
屋内測位方式には、様々な手法があるため、現時点においては、利用実証を進め、実績を積
んでいく必要がある。例えば、屋内測位の手段の一つである IMES を用いた物流実証等を行い、
シームレス測位の有効性を確認し、実証を通じて洗い出される運用に向けた技術的課題の解決
を図るといったプロセスを経ることなどが挙げられる。なお、チップにおいては、屋外と屋内、双
方の測位方式に対応するワンチップ化などの開発を進めていく必要がある。
・車車間通信や路車間通信等における通信手段等の検討 (自動車分野)
「シームレスな屋外測位と屋内測位の実現」で述べたように、現時点においては、利用実証を
進め、実績を積んでいく必要がある。
また、通信で得られたプローブ情報を基にした交通流抑制のためのナビゲーションについても、
並行して検討を実施していくことが望ましい。
・秘匿信号の検討 (全分野)
悪意あるジャミングやスプーフィングを回避するために有効な秘匿信号に関しては、検討委員
会を立ち上げ、必要性・費用対効果等について幅広く意見収集する。その収集結果に応じ、秘
匿信号の暗号化について、Galileo や GPS の暗号化を参考にして、方式の検討を実施する。
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【標準化に係る課題】
・ICAO 標準への準天頂衛星システムの対応 (航空分野)
準天頂衛星システムによるサブメートル級補強を航空分野に使用する場合、MSAS との関係
を含め ICAO に対してそれを明確に宣言し、標準規格に盛り込む必要がある。
ICAO 以外にも ICG、APEC GIT、IWG、IGS などの衛星測位関連の会議に積極的に参加し情報
発信、技術連携、相互運用性確保を行う必要がある。
また、現在の準天頂衛星初号機「みちびき」の L1-SAIF 信号は、安全性要求等を満たしてい
ないため、ICAO の性能要求実現のためには米国 WAAS と同様の手法である開発段階における
設計内容の検証、実データによるアルゴリズムの検証、運用認証等が必要となる。
・規格化による精度・安全性・信頼性の保証 (自動車分野・鉄道分野)
準天頂衛星システムが保証すべき精度・安全性・信頼性は利用分野毎に異なる。
基本的には、わが国の国内統一規格を作成した上で、国際的な規格を提案し、アジア・オセア
ニア地域における検証及び当該国の所轄機関による認定を行う方法が望ましいと考えられる。
なお、例えば、鉄道分野では信号制御方式等の特有の規格が必要であるといった事情もあり、
新しい方式 の安全性については、産学官連携により検討することが望ましい。
【参考】標準化に向けた国際機関への働きかけの例
当該分野の所管官庁を窓口に、標準を制定している以下の国際標準化機関への働きかけを行う。
・ICG(International Committee on GNSS:衛星航法システムに関する国際委員会)
すでに JAXA を中心に準天頂衛星システムの情報発信を行っているため、この作業を継続する。他
の測位衛星システムとの共存性(Compatibility)、相互運用性(Interoperability)を確保するため、実証
実験の結果とともに、準天頂衛星システムの妥当性を提示し、各国との調整を行う。
・IGS(International GNSS Service:国際 GNSS 事業)
上述のように、IGS はマルチ GNSS の受信の検討を開始しており、JAXA が連携を検討中である。全
世界で広く使用されている GNSS のデータ記録フォーマットである RINEX フォーマットへの準天頂衛星
システムの反映は、IGS を通じて行っていく。
・ICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)
ICAO が定める SARPs(*)に準天頂衛星システムの補完信号、補強信号の仕様の盛り込みが必要と
なる。SBAS サービスプロバイダで組織される IWG(Interoperability Working Group)で二周波に対応し
たドラフト作成を開始しており、Galileo や Compass もここで盛り込まれる可能性が高いことから、準天頂
衛星システムの情報を提供し、ドラフト作成に積極的に寄与することが望まれる。
*:基準(Standards:加盟国が一様に守らなければならない)と推奨手順(Recommended Practices:加盟国による
励行が望まれる手順)を総称したもの。
・IMO(International Maritime Organization:国際海事機関)
現在、IMO では接岸における測位精度/速度検出などの基準値についての推奨などは行っているが、
その方式について規格化するような動きはない。準天頂衛星システムの利用を促進するために、実証
実験を通じて推奨されている基準値の妥当性を検討し、規格化への働きかけを行う。
【国際連携の課題】
・準天頂衛星システムの信号提供の意思表示、利用啓発、利用国間のルール作り (全分野)
アジア・オセアニア地域のサービス覆域内の各国に準天頂衛星システムの運用に関する情報
を提示する必要がある。具体的には、ICG やアジア・オセアニア GNSS 地域ワークショップ、
APEC GIT(GNSS Implementation Team)等の国際会議を通じて、準天頂衛星システムの利用に
関するプロモーション活動を実施する。また、必要に応じて、トップ外交や関連省庁間での二国
間協議等を行う。
さらに、準天頂衛星システムが提供する機能をアジア・オセアニア地域に展開するために、以
下について事前に利用国間で調整を行う。
・ 提供する機能及び保証する性能や信頼性など
・ 保証する内容と責任分界点
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・ 地上設備の設置場所、電源・通信インフラの提供と設置費用、運用維持費用の負担、保守
・ 測位衛星システムの利用に対して所轄当局の認証等を必要とする分野に関するサービス提供
・国際協力組織との連携の促進 (全分野)
準天頂衛星システムの地上設備の設置、準天頂衛星システムを利用するサービスの展開に
あたって、資金や技術の援助を組み合わせて実施する必要がある。
例えば、JICA ではカンボジア、ラオス、ベトナムを対象に、「次世代航空保安システム整備促
進のための技術協力プロジェクト」を実施している。管制塔などのハードウェアは無償支援で提
供されており、それを運用するための技術や訓練の仕組みを支援するものである。
これに倣い、準天頂衛星システムについても、監視局の提供と技術支援という形態により、導
入・利用を促進させることが考えられる。
また、準天頂衛星システムに関する日本企業の海外進出については JETRO などの機関を通
じて、貿易投資の実務相談、展示会への出展支援、現地情報の提供入手を行う。特に、カントリ
ーリスクのある国や地域に対しては、政府も積極的な連携を図り、企業の進出を支援する。
・各国における IMES 信号の利用の国際合意 (全分野)
測位衛星システムの PRN 番号の取得は米国との調整が必要である。IMES の PRN 番号割当
については、GPS 信号への干渉が懸念され日本国内に限定されている。IMES を用いた屋内測
位を海外に展開するためには、国内の実証実験により IMES 信号が GPS に干渉しないことを証
明するデータを収集した上で、改めて米国や国際機関等と調整を行う必要がある。
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おわりに
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