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139. 臓器間神経ネットワークによる抗糖尿病・抗肥満機構の分子機序の

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139. 臓器間神経ネットワークによる抗糖尿病・抗肥満機構の分子機序の
 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011)
139. 臓器間神経ネットワークによる抗糖尿病・抗肥満機構の分子機序の解明
片桐 秀樹
Key words:臓器間ネットワーク,糖尿病,肥満, インスリン分泌,基礎代謝
*東北大学 大学院医学系研究科 附属創生
応用医学研究センター 再生治療開発分野
緒 言
血糖値や体重は,一つの臓器だけで調節されているものではなく,個体全身の臓器が最適な状況を作るよう連携するシステム
が必要であり,糖尿病や肥満はその破綻によって生じると考えられる.各臓器がどのように代謝情報を共有し連絡しあって,協
調的に個体として最適の方向に代謝を導いているのかは,多臓器生物の代謝恒常性の維持や糖尿病や肥満の病態の解析,さ
らには治療応用を考える上で非常に重要な研究課題である.
著者らは,個体としての糖代謝・エネルギー代謝を調節する役割を果たしていると考えられる臓器間代謝情報ネットワーク機構を
世界に先駆けて発見し,神経系がその情報伝達を担っていることを示した 1).特に肝臓は,エネルギー代謝の亢進 2)やインスリ
ン分泌増加 3)といったエネルギー・糖代謝の統御にとって重要なシグナルを発信していることが見出されている.本研究では,肝
からの臓器間代謝情報ネットワークに関して,その役割と分子機序について検討を行った.
方 法
1.肝での PPARγ の発現に関する実験
アデノウィルスを用いて,C57BL/6 マウスやアドレナリン β 受容体欠損マウスの肝での PPARγ の強制発現,KKAy や高脂肪
食負荷といった肥満モデルマウスの肝での PPARγ の発現ノックダウンを行い,血圧や糖・脂質・エネルギー代謝に関する検討
を行った.さらに,迷走神経肝臓枝の切断や薬理的遮断を施行し,同様の検討を行った.
2.肝での PPARγ の発現の下流に位置する分子の検討
アデノウィルスを用いて,C57BL/6 マウスの肝での Fsp27 の強制発現,KKAy や高脂肪食負荷といった肥満モデルマウスの
肝での Fsp27 の発現ノックダウンを行い,血圧や糖・脂質・エネルギー代謝に関する検討を行った.さらに,迷走神経肝臓枝を
切断し,同様の検討を行った.
3.インスリン分泌増加の分子機序の検討
アデノウィルスを用いて,C57BL/6 マウスに IL6 を発現させ,糖応答性インスリン分泌を検討した.また,単離膵島や MIN6
培養細胞を用い,IL6 添加により,糖応答性インスリン分泌の検討を行った.さらに,MIN6 培養細胞において,IL6 受容体
や PLCβ のノックダウン,PLC-IP3 経路の阻害剤添加を行い,IL6 による糖応答性インスリン分泌の増強の変化を検討した.
結 果
肝での PPARγ の発現は,迷走神経求心路・交感神経遠心路のネットワークを介して,基礎代謝の亢進につながる.これは,
過栄養の際の全身でのエネルギー代謝恒常性を保つシステムであり,抗肥満機構と考えられる.一方で,今回,過栄養時に
この機構が働くことで,血圧上昇を惹起することを見出した.①肝での PPARγ の強制発現により,野生型マウスでは血圧が上
昇した.②KKAy や高脂肪食負荷といった肥満モデルマウスは,体重増加に伴い血圧が上昇するが,同時に肝での PPARγ
の発現が増加していた.③肥満モデルマウスにおいて,肝での PPARγ の発現をノックダウンすると,血圧が低下した (図 1).
*現所属:東北大学大学院医学系研究科 代謝疾患医学コアセンター
1
図 1. 肥満モデルマウスにおける肝 PPARγ ノックダウンの血圧に与える効果.
肥満モデルマウス(KK-Ay)では,肝での PPARγ 発現が蛋白レベルで亢進し(A),それをノックダウンする(B)
と,肥満により上昇した血圧が低下する(C). 文献4より改変.
④迷走神経肝臓枝の切断や薬理的遮断を施行しておくと,体重増加に伴う血圧上昇が抑制された.⑤アドレナリン β 受容体欠
損マウスに肝で PPARγ を強制発現させても,血圧の上昇は認められなかった.これらの知見から,肥満の際の血圧上昇の機
序として,肝からの臓器間神経ネットワークによる交感神経の活性化が示された.
図 2. 肥満マウスにおける肝 Fsp27 ノックダウンの効果.
肥満マウス(KK-Ay)の肝において肝 Fsp27 ノックダウン(A:RNA レベル)を行うと,肥満で上昇した血圧が低下
する(B). 文献4より改変.
さらに,肝での PPARγ の発現の下流に位置する分子の検討を行った.PPARγ の下流で,Fsp27 の発現が増加するという報
告がある.そこで,①肝での PPARγ の強制発現や KKAy や高脂肪食負荷といった肥満モデルマウスでは肝 Fsp27 の発現
が増加していた.②肝での Fsp27 の強制発現により,野生型マウスでは血圧が上昇した.③この血圧上昇は,迷走神経肝臓
枝の切断により阻害された.④肥満モデルマウスにおいて,肝 Fsp27 の発現をノックダウンすると,血圧が低下した (図 2). 以
上より,PPARγ の下流で Fsp27 の発現が臓器間神経ネットワークに重要な役割を果たしているという分子機構が明らかとなっ
た.
次に,インスリン分泌増加の分子機序を検討するうち,IL6 が糖応答性インスリン分泌を増強する役割があることを証明した.
①肝での IL6 発現は,in vivo での糖応答性インスリン分泌増強を惹起した (図 3A). ② 単離膵島 (図 3B) や MIN6 培養
細胞 (図 3C) を用いても,IL6 添加により,糖応答性インスリン分泌が増強された.③MIN6 培養細胞において,IL6 受容
体・PLCβ のノックダウン,PLC-IP3 経路の阻害剤による抑制にて,IL6 による糖応答性インスリン分泌の増強は抑制された.
2
これらから,in vivo,in vitro,ex vivo の系すべてで,IL6 が PLC-IP3 経路を介して糖応答性インスリン分泌の増強する
ことが示された.
図 3. インスリン分泌における IL6 の効果.
IL6 の過剰発現マウス(A),単離膵島への IL6 添加(B),MIN6 培養細胞への IL6 添加(C)はいずれも糖反応
性インスリン分泌を増加した. 文献5より改変.
考 察
これらの知見から,次のことが明らかとなった.
①メタボリックシンドロームの主要徴候である肥満の際の血圧上昇の機序として,肝からの臓器間神経ネットワークを介した交感
神経の活性化が示された.過栄養の際にエネルギー消費を増加させ,体重増加を抑えるフィードバック機構と想定されるシステ
ムが,かえってメタボリックシンドロームの病態発症につながっているものと考えられる 4).
②肝からの基礎代謝増加につながる臓器間ネットワークの分子機序として,肝 PPARγ の下流で,Fsp27 の役割が重要である
ことが示された 4).
③肥満時のインスリン分泌増強の機序の一つとして,血中 IL6 濃度の増加が関与している可能性が示された 5).
このように,神経系と液性因子の両面により,臓器間ネットワークが働き,個体としての恒常性が保たれている図式が考えられ,
これらの反応がメタボリックシンドロームの病態の理解にも重要であることが示された.
さらにこれらに加え,著者らは,メタボリックシンドロームの際の動脈硬化の分子機序についても解明を進め,血管壁での小胞体
ストレスの重要性を示した 6).以上から,肥満が血圧上昇・高インスリン血症をきたし,最終的には動脈硬化につながる道筋が
解明されつつあり,新たなメタボリックシンドロームの治療ターゲットの創出につながる可能性が期待される.
文 献
1) Katagiri, H., Yamada, T. & Oka, Y.:Adiposity and cardiovascular disorders: disturbance of the
regulatory system consisting of humoral and neuronal signals. Circ. Res., 101:27-39, 2007.
2) Uno, K., Katagiri, H., Yamada, T., Ishigaki, Y., Ogihara, T., Imai, J., Hasegawa, Y., Gao, J., Kaneko,
K., Iwasaki, H., Ishihara, H., Sasano, H., Inukai, K., Mizuguchi, H., Asano, T., Shiota, M., Nakazato, M.
& Oka, Y.:Neuronal pathway from the liver modulates energy expenditure and systemic insulin
sensitivity. Science., 312:1656-1659, 2006.
3) Imai, J., Katagiri, H., Yamada, T., Ishigaki, Y., Suzuki, T., Kudo, H., Uno, K., Hasegawa, Y., Gao, J.,
Kaneko, K., Ishihara, H., Niijima, A., Nakazato, M., Asano, T., Minokoshi, Y. & Oka, Y.:Regulation
of pancreatic beta cell mass by neuronal signals from the liver. Science, 322:1250-1254, 2008.
4) Uno, K., Yamada, T., Ishigaki, Y., Imai, J., Hasegawa, Y., Gao, J., Kaneko, K., Matsusue, K., Yamazaki,
T., Oka, Y. & Katagiri, H.:Hepatic peroxisome proliferator-activated receptor-γ-fat-specific protein
27 pathway contributes to obesity-related hypertension via afferent vagal signals. Eur. Heart J., doi:
10,1093/eurheartj/ehr265, 2011.
5) Suzuki, T., Imai, J., Yamada, T., Ishigaki, Y., Kaneko, K., Uno, K., Hasegawa, Y., Ishihara, H., Oka, Y.
& Katagiri, H.:Interleukin-6 enhances glucose-stimulated insulin secretion from pancreatic β-cells:
potential involvement of the PLC-IP3-dependent pathway. Diabetes, 60:537-547, 2011.
6) Gao, J., Ishigaki, Y., Yamada, T., Kondo, K., Yamaguchi, S., Imai, J., Uno, K., Hasegawa, Y., Sawada,
S., Ishihara, H., Oyadomari, S., Mori, M., Oka, Y. & Katagiri, H.:Involvement of endoplasmic stress
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protein C/EBP homologous protein in arteriosclerosis acceleration with augmented biological stress
responses. Circulation., 124: 830-839, 2011.
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