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明治学院大学機関リポジトリ http://repository.meijigakuin.ac.jp/
明治学院大学機関リポジトリ
http://repository.meijigakuin.ac.jp/
Title
Author(s)
一般医療機関におけるアルコール関連問題ソーシャル
ワークの実践理論生成に向けた実証研究
稗田, 里香
Citation
Issue Date
URL
2016-05-12T06:32:08Z
http://hdl.handle.net/10723/2661
Rights
Meiji Gakuin University Institutional Repository
http://repository.meijigakuin.ac.jp/
一般医療機関におけるアルコール関連問題ソーシャルワークの
実践理論生成に向けた実証研究
論文要旨(和文)
05SWD004 稗田里香
本研究は、従来、接近困難とされていた社会的援護を必要とする人々が、自らの生活を
通じて直面する複雑で深刻なデマンズ(demands)解決過程を支援する際に役立つ有効なソ
ーシャルワークの方法とは何かの問いかけから着手した。そして、この問いに対する応答
として、以下のような二つの研究目的を掲げてみた。
①
新たなソーシャルワーク方法理論(仮説的)の生成
ここでは、接近困難とされていた複雑で深刻なデマンズの解決方法について、これをク
ライエントと回復を支援するソーシャルワーカーの語りを手がかりに可視化し、そこに介
在するソーシャルワークの有効性を検証することによって、具体的なソーシャルワーク方
法理論を生成することとした。
②
生成したソーシャルワーク方法理論における有効性の反証と汎用化の可能性に関
する探究
ここでは、生成したソーシャルワーク方法理論において論じた有効性の反証と汎用化の
可能性を探求するため、現職のソーシャルワーカーを対象に、生成したソーシャルワーク
方法理論に依拠して作成した『実践ガイド』を用いた研修を行い、そこで得られた評価内
容を分析しながら「方法理論」の修正を試みた。
以上の通り、論者は、一般医療機関におけるアルコール依存症の回復過程全体をモデル
(研究の対象)とし、その構造を科学的な証拠を反証的作業の中から提示しつつ、ソーシャ
ルワーカーがアプローチする一連の実践過程と方法を明確化する包括的研究を行った。
ソーシャルワーク方法理論生成研究における全体の過程は、研究の全体構造(グランドデ
ザイン)は、大きくグラウンデッド・セオリーとグラウンデッド・アクションの二つの過程
で構成される。
グラウンデッド・セオリーの生成過程として、第一段階はオープン・コーディング(デ
ータとデータとの対話)で、理論的標本抽出、コード化、継続的比較分析による核概念の浮
上、第二段階は選択的コーディング、第三段階は理論的コーディングにより理論的飽和へ
の到達、すなわち、理論が生成される。ただし、第一段階は第 3 章で詳述するが、必ずし
も一方向に進むものではなく、行きつ戻りつを繰り返しながららせん状の過程となってい
る。
次に、グラウンデッド・アクションの実施過程では、第一段階の説明的グラウンデッド・
セオリーの生成、第二段階のアクション問題の設定、第三段階の操作理論の生成、第四段
階のアクション計画、第五段階のアクション、第六段階のアクションの評価と変化可能な
学習となっている。
なお、本研究で頻回に引用する用語、「病い」「リカバリー(Recovery)」「レジリエンス
(Resilience)」
「
『リカバリー』と『レジリエンス』の関係」の汎用については、あらかじめ、
1
「はじめに」において規定した。
研究全体の振り返り(総括)は、以下の通りである。
第 1 章では、我が国のアルコール関連問題と一般医療機関の実態について言及し、専門
治療を施すことによって回復する可能性のある未治療のクライエントが、アルコール専門
医療サービスからこぼれ落ちる現状(構造)を明らかにし図示した。
このような状況に置かれているクライエントは、スピリチュアルペインによって、社会
復帰が困難となり、再び飲酒へ向かう悪循環に陥り易い様相について事例を用いて提示し、
一般医療機関に潜在化するアルコール関連問題とスピリチュアルペインとの関係構造のイ
メージを可視化した。また、潜在化の「内発的要因」と「外発的要因」の課題を解決する
ソーシャルワーク実践が未確立なままにある実態を指摘し、本研究が取り上げる背景的問
題について論じた。
第 2 章では、第 1 章で明らかにした本研究の背景的問題の実態を踏まえ、一般医療機関
におけるアルコールソーシャルワーク実践の支援課題について考察した。その結果、個人
と環境との相互接触面に働きかけるソーシャルワーク実践として、否認(内発的要因)の克
服に向けた「動機づけ」支援、スティグマ(外発的要因)の克服に向けてアウトリーチでき
る支援環境の整備、
「スピリチュアルペイン」の対処に向けた「生活能力」の向上、飲酒の
予防と新たな生活課題への取り組みに向けた「生活能力」の持続・促進を企図した働きか
けの意義と方法を提示した。
また、これらの支援の基礎(指針)となる価値基盤を「健康権」に置き、クライエントの
「健康権」の侵害状況について指摘しながら、
「健康権」を保障するソーシャルワークの必
要性について言及し、その根拠を「医療ソーシャルワーカー業務指針」に求めた。さらに、
2014 年 6 月に施行されたアルコール健康障害対策基本法を見据え、患者の「健康権」を
守るソーシャルワーク実践の体系化と定着に向けた取り組みの重要性を提起した。
第 3 章では、第 2 章で提起した一般医療機関におけるアルコールソーシャルワーク実践
の支援課題を解決するために、必要な実践理論生成に向けた研究の経緯と目的を明らかに
した。研究は、新たなソーシャルワーク方法理論の生成、及び、生成したソーシャルワー
ク方法理論の有効性の検証、並びに、汎用化の可能性について探ることを目的とした。こ
の目的を達成するため、妥当な研究方法を検討した結果、ライフヒストリー研究を手がか
りにしながら、データから理論を生み出すグラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)
研究法に着目し、文献研究を行った。その結果、本研究においては、オリジナル版 GTA
研究法を選択し、その方法について概説した。
ソーシャルワーク方法理論生成研究の全体的なプロセスについては、大きくグラウンデ
ッド・セオリーとグラウンデッド・アクションの二つの過程で遂行した。この二つの過程
については、オリジナル版 GTA を根拠とするシモンズの文献とメンターが著した先行研
究に依拠しながら詳説した。さらに、研究対象データ収集方法、倫理的配慮、全体的な研
究過程、研究期間を明示した。
第 4 章では、ソーシャルワーク方法理論を生成するために、①アルコール依存症からの
回復に必要な「能力・スキル」とは何か、②アルコール依存症からの回復に必要な「能力・
スキル」の側面に、ソーシャルワーカーがどのように介在しているかという二項目からな
る問いへの応答の形として、研究の結果生成した理論を可視化した「リカバリーの三次元
2
的構造理論」の体系(イメージ)を図示しながら詳述し、定義化した。
「リカバリーの三次元的構造理論」の体系は、アルコール依存症からの回復が、リカバ
リー・ヒストリー(X 軸)、自己表現のプロセス(Y 軸)、支援システムにおける応答性の質(Z
軸)と、これらの交互作用による合力、すなわち逆境を跳ね返す力(レジリエンス)(空間ベク
トル)の三次元的構造の中で達成していくことを示した。この体系を構成する要素となる核
概念を導き出す分析の過程については、各軸の特徴を詳述する中で、分析中に残した「理
論メモ」やインタビューで語られたクライエントのリカバリー・ヒストリーを提示しなが
ら概説した。その結果、X 軸、Y 軸、Z 軸全ての変化において、ソーシャルワーカーによ
る支援が介在し、それら三軸の共変を生み出し、それらが合力となってクライエントの逆
境を跳ね返す力(レジリエンス)(空間ベクトル)を強化するものと捉えた。すなわち、二つの
研究の問いに対する応答全てを包含する理論は、「リカバリーの三次元的構造理論」で示す
ことが可能となるとの結論に達した。
「リカバリーの三次元的構造理論」に「リカバリー概念」を統合することによって、
「過
程」
「主体性」、支援システムにおける応答性の質、非直線的な発展の特性を創出した。こ
れらは、既述の本研究における二つの問いに対し、
「リカバリーの三次元的構造理論」で応
答できると判断した。すなわち、オリジナル版 GTA の経過における理論的飽和の状態に
達すると判断した。なお、理論的飽和の判断基準は、「fit」
「grab」
「move」の三つで評価
するが、本研究の GTA のメンターをはじめとする分析者全員で評価した結果、
「リカバリ
ーの三次元的構造理論」はそれらの基準を満たしており、理論的飽和の状態と判断するに
至った。
以上を踏まえ、最終的に、
「リカバリーの三次元的構造理論」を次のように定義化した。
「リカバリーの三次元的構造理論」とは、アルコール依存症からの回復をリカバリー・
ヒストリー (X 軸)、自己表現のプロセス(Y 軸)、支援システムにおける応答性の質 (Z 軸)
の三次元の座標軸で捉え、これらの三軸によって空間に生み出される合力、すなわち、逆
境を跳ね返す力(レジリエンス)(空間ベクトル)の構造をイメージとして可視化し説明す
るものである。アルコール依存症からの回復は、第 4 章の図 4-1-1 に示す通り、リカバリ
ー・ヒストリー (X 軸)、自己表現のプロセス(Y 軸)、支援システムにおける応答性の質 (Z
軸)と、逆境を跳ね返す力(レジリエンス)(空間ベクトル)の三次元的構造の体系をなす。X
軸は、飲酒行動にかかわる人生の物語である。飲酒から断酒へとアルコール依存症を患う
クライエント自身の行動が変化する旅である。死を意識するほどの「どん底」経験から生
きる希望を持てるようになるまでの変化の旅を【奇跡の生還、生まれ変わる】(【
】内は
インヴィボ・コードを表している。以下、同じ)と表現している。Y 軸は、依存症を患う
クライエント自身が、否認から理解・受容へと自己表現が変化する旅である。旅をしなが
ら、自分にとって居心地の良い【家を建てる】と表現される体験である。Z 軸は、システ
ム(機関、組織など)が、適切な支援を提供できる応答性の質が高いシステムへと変化する
過程を示す。空間ベクトルは、X 軸、Y 軸、Z 軸の全ての交互作用の中で、専門的支援関
係や家族、仲間関係において信頼関係が醸成され【行きつ戻りつ】な旅をしながら自己否
定から自己肯定へと変化し逆境を跳ね返す力(レジリエンス)を強くし希望ある人生とする
旅を示す。
これは、「リカバリー概念」に依拠するならば、アルコール依存症からの回復とは、病
3
気を持ちながら、かけがえのない命を生き、社会の中で生活し、再起して、希望を抱きな
がら歩むリカバリーの旅(ジグザグな旅)を含意する。この旅は、クライエントだけではな
く、家族・関係者、支援者らがアルコール(依存性物質:エチル・アルコール)という薬物
を一切体に入れてはならないということを共通に理解するところから始まる。しかし、そ
れは、回復の第一歩に過ぎない。真に回復する目的は、クライエント自身が、飲酒によっ
て作られた「どん底」人生の物語を、断酒することによって希望ある人生(旅)の物語に書
き換えることある。その際【奇跡の生還、生まれ変わる】経験を通し強められた逆境を跳
ね返す力(レジリエンス)は、希望ある人生を歩む機動力になる。
第 5 章では、グラウンデッド・アクションの第一段階である説明的グラウンデッド・セ
オリーを生成した。すなわち、第 4 章に示した「リカバリーの三次元的構造理論」を、現
場のソーシャルワーカーが職務の遂行過程で汎用化できるよう具体的に説明する理論(説
明理論)を目指し、「リカバリー概念」に基づく国内外におけるソーシャルワーク実践の動
向について歴史的俯瞰を含め検証し、望ましい実践方法と具体的な支援方法を検討した。
その結果、「リカバリー概念」は、精神保健のパラダイム転換といわれる一方で、それ
をいかに実践化するかという課題が残り、多領域の研究者や実践家らが取り組む対象とし
て、今もなお注目され発展途上の概念であることを明らかにした。一方、発展途上ではあ
るが、「リカバリー概念」には現代のソーシャルワーク実践にとって重要な視座を与える、
魅力的な要素を内包していた。したがって、ソーシャルワークが「リカバリー概念」を実
践にどのように引き寄せているか文献研究を行った結果、「ストレングスモデル」、アメリ
カ合衆国保健福祉省の薬物乱用精神保健管理庁(SAMHSA:the Substance Abuse and
Mental Health Services Administration)が提示した精神保健における「リカバリー志向」
実践の定義、アメリカの CSWE(Council on Social Work Education)
による「リカバリ
ー志向」のソーシャルワーク実践にその基本的視座を確認した。さらに、国内におけるア
ルコール依存症の回復を支援する「リカバリー志向」のソーシャルワーク実践研究の実情に
目を向け、我が国の「リカバリー研究」に着目し検証した。
これらの文献研究を踏まえ、
「リカバリーの三次元的構造理論」に依拠するソーシャルワ
ーク実践方法を、GTA によって明らかにした核概念を活用しながら検討した結果、羅針盤
的役割を果たす「リカバリーの旅の平面地図」を試作した。この地図を、実践に活用し易
くするために、事例を用いながら「ソーシャルニーズ」に着目したアセスメントを示し、
試作したインテークシートなどの支援ツールと併せて概説した。その際、検証したソーシ
ャルワークにおける「リカバリー概念」の要素を積極的に取り入れるようにした。
第 6 章では、前章で詳述したグラウンデッド・アクションの第一段階を踏まえ、グラウ
ンデッド・アクションの第二段階から第六段階までを詳述した。
グラウンデッド・アクションの第二段階において、アクション問題を設定するために作
成した仮の『実践ガイド』は、修正する必要は多数に及んでが、比較的肯定的な評価が得
られ、完成版『実践ガイド』作成に向けた方向性が明確になった。
グラウンデッド・アクションの第三段階では、仮の『実践ガイド』に対する現職ソーシ
ャルワーカーからの意見を考慮し、GTA で得られた回復者や支援者側から浮上した核概念
とそれらが導いた「リカバリー概念」に依拠し、操作理論として完成版『実践ガイド』を
取りまとめ、その構成と特徴について概説した。
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グラウンデッド・アクションの第四段階では、アクション計画として、完成した『実践
ガイド』を用い「リカバリーの三次元的構造理論」の汎用化の可能性について、予備調査
を計画した。
グラウンデッド・アクションの第五段階では、アクションとして、予備調査を実施しそ
こから得られたデータについて分析した。予備調査から見えてくる完成版『実践ガイド』
の実用性については、「理論編」
「実践編」共に、現職ソーシャルワーカーに対して、ソー
シャルワーカーが持つべき倫理(価値)、知識、スキルの全ての領域において、分かり易く
理解できる完成版『実践ガイド』であることが示唆された。
グラウンデッド・アクションの第六段階は、アクションの評価と変化可能な学習の段階
であったが、完成版『実践ガイド』が実践の省察として役立つ可能性も見えた。特に、ア
ルコール支援が他の支援にも活かせるという意見が目立ったことについては、窪田暁子が
「アルコール・ケースワークを実践できるようになれば、他のさまざまな課題を解決でき
るオールラウンドなソーシャルワーカーになれる」と力説した言葉に重なると捉えた。
さらに、完成版『実践ガイド』が職場で実践するモチベーションを高めることにも貢献
しうる可能性も見出した。その一方で、完成版『実践ガイド』の汎用化に実践的な研修が
不可欠になる点が課題として浮上した。このような課題を見据え、今後もグラウンデッド・
アクションを継続し、完成版『実践ガイド』を活用した研修を多く重ねる中で本格的な調
査を行いながら検証する必要を認めた。
第 7 章では、結論として、一般医療機関におけるアルコール関連問題ソーシャルワーク
実践の理論化の可能性について、①アルコール依存症からの回復に必要な「能力・スキル」
とソーシャルワークの介在、②「リカバリーの三次元的構造理論」が導く一般医療機関に
おけるアルコール関連問題ソーシャルワーク実践のアイデンティティ、③「リカバリーの
三次元的構造理論」が導く一般医療機関におけるアルコール関連問題ソーシャルワーク実
践の射程(パールマンの「問題解決モデル」再考の意義)から論じた。
その上で、「リカバリーの三次元的構造理論」の実践化に向けた今後の課題として、①
領域に密着した理論生成研究の継続、②完成版『実践ガイド』の内容の再検討、③「リカ
バリーの三次元的構造理論」の汎用化を促進する方法の再検討、④評価法の再検討を提示
した。
また、一般医療機関のソーシャルワーカーに対する期待について、政策を具現化する実
践の科学としてのソーシャルワーク研究の推進を提起し、その目指す方向性を、
「回復の権
利章典(Recovery Bill of Rights)」に求め、本研究の締めくくりとした。
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