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中国のSO2 排出課徴金と許可証取引制度

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中国のSO2 排出課徴金と許可証取引制度
中国のSO2 排出課徴金と許可証取引制度
梁 秀 山
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.SO2 汚染と酸性雨
Ⅲ.SO2 排出課徴金制度と汚染削減効果
Ⅳ.SO2 排出許可証取引制度の実際について
Ⅴ.諸外国との制度比較―アメリカ・日本など―
Ⅵ.政策手段選択の理論的な枠組
Ⅶ.おわりに
Ⅰ.はじめに
に導入された。1998年より「酸性雨規制区」と「SO2汚
染規制区」に拡大し、現在全国的な範囲での導入も含め
中国では、エネルギーの約7割を石炭に依存している。
て検討中である3)。また、排出許可証制度は1994年より
経済の高度成長と共に石炭の消費量も急激に増加してい
包頭、開遠、柳州、太原、平頂山、貴陽など6市に導入
るが、1997年からエネルギー構造の転換によって、その
された。しかし、SO2排出課徴金と許可証取引制度の実
後の石炭の消費量は減少の傾向を示している。『中国統
施が汚染削減へのインセンティブを果たしているかどう
計年鑑』によると、1998年度に全国の石炭消費量は13.6
かについて、必ずしも十分な検討と議論を行ったとは言
億トンに達している。大量の化石燃料の燃焼によって、
えない4)。
SO2汚染と酸性雨などの環境問題は深刻な状態となって
本論文では、中国のSO2汚染と酸性雨の環境汚染現状
いる。中国国内の研究では、SO2汚染と酸性雨がもたら
を明らかにし、排出課徴金制度の基本構造を分析すると
した経済損失は、1995年度に約1100億元で、この年の
共に、SO2排出課徴金および許可証取引制度による汚染
GDPの2%を占めている1)。
削減効果について理論と実証の二つの側面から検討する
SO2の全国排出総量は1999年度に1857万トン、2000年度
ことを目的とする。
には1995万トンと2年連続で2000万トンの枠内にとどめ
たが、絶対排出量は依然として高い数値を示している。
Ⅱ.SO2汚染と酸性雨
2)
酸性雨の面積は、すでに国土面積の30%を超えている 。
中国では、SO2汚染と酸性雨を防止するための最も重
1.SO2汚染
要な政策として、SO2の排出課徴金および許可証取引制
中国のSO2汚染は、地域別で見ると、北京、天津、遼
度などのような経済手段がある。SO2の排出課徴金制度
寧、河北、山東、山西、陝西、内蒙古、寧夏、河南など
は1992年より広東省、貴州省、および重慶、宜賓、南寧、
の石炭産地、エネルギー基地および長江デルタ地帯、珠
桂林、柳州、宜昌、青島、杭州、長沙など9市に試験的
江デルタ地帯の経済発達地域に集中している。業種別で
表1 1991年度∼2000年度の石炭消費量とSO2排出総量
年 度
1991
石炭消費量(万トン) 110,432
SO2排出量(万トン)
1,622
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
114,085
120,402
128,532
137,677
144,735
139,248
136,324
132,214
128,368
1,685
1,795
1,825
2,370
2,340
2,286
2,090
1,857
1,995
出典:『中国統計年鑑』『中国環境統計』
−151−
政策科学9−2,Jan. 2002
は、電力産業は一番の汚染源となっている。火力発電所
4.10∼7.70の間を示した。そのうち92都市は降雨ph値<
のSO2排出量は全国総排出量の約41%を占めている。
5.6であり、浙江、湖南、広東、貴州、江西の一部の都
2000年度の『中国環境状況公報』によると、1999年度
市で、降水ph値<4.5を観測した。また、全国都市の
には全国SO2排出総量は1857.7万トン。そのうち工業排
76.6%で酸性雨が観測されている。酸性雨の降雨率が
出源のSO 2排出量は1460.1万トン、全体の約78.6%を占
90%を超える都市は、江西省の上饒、南昌、貴州省の凱
める。一般生活排出源の排出量は397.4万トン、全体の
里、遵義、安順、湖南省の衡陽、懐化、常徳、浙江省の
21.4%を占める。
象山、麗水などがある。
表2 中国のSO2排出量と企業規模別排出量(万トン)
年度
SO2排出量
3.大気汚染の経済損失
企業規模別排出量
工業
生活
総量
大企業 中小企業
1997
1772
494
2266
1363
1998
1594
497
2091
1999
1460
397
1858
中国の環境汚染による経済損失についての計量研究
総量
は、1990年代に入って中国国内、国外において多くの研
409
1722
究成果をあげている。その中の代表的な研究として、中
1211
383
1594
国国内では、『紀元2000年中国環境予測と対策に関する
1078
382
1460
研究』
(過孝民1990)
、『世紀末の中国汚染損失予測』
(孫
出典:『中国環境統計年報』1999年度 p.10-11
炳彦1997)、『An Economic Estimation for Environmental
Pollution Losses in China』(Xia Guang 1998)などがあ
中国のSO 2汚染は、基本的に都市部を中心とするが、
3
る。海外では、世界銀行の報告書『China's
1997年度のSO 2全国年平均値は66ug/m である。北部の
Environment in the 21st century』(1997)、アメリカの
都市の52.3%、南部の都市の37.5%は国の2級基準
EAST-WEST CENTERによる『Environmental Problems
3
(60ug/m )を超えている。北部の都市の平均値は
3
3
72ug/m 、南部の都市の平均値は60ug/m となっている。
3
in China :Estimates of Economic Costs"』(Vaclav Smil
1998)などの研究報告がある。これらの研究を通じて、
3級基準(0.10mg/m )を超える都市は、統計都市の
中国の1990年代の環境汚染による経済損失が数値化され
15%以上にのぼり、109都市はWHOの大気環境ガイドラ
ている。
インを超えている。
ここでは、大気汚染の経済損失について簡単に紹介す
る。大気汚染の経済損失の計量対象は、人間健康損失、
表3 中国都市部のSO2汚染状況
農業損失、酸性雨による腐食損失、民間財損失、都市緑
1997年 1998年
化損失などとなっている。孫炳彦(1997)によると、
国家2級基準を達成した都市(%)
66.46 70.81
1990年度、1992年度、1994年度の中国における大気汚染
国家2級基準を超過する都市(%)
33.54 29.19
の経済損失の推測結果は表4のように示される。
国家3級基準を超過する都市(%)
19.43 15.22
3
0.064 0.056
表4 1990年度、1992年度、1994年度の中国における
3
0.06
大気汚染の経済損失(億元)
3
0.10
1990年度
1992年度
1994年度
人間健康損失
187.6
260.3
412.5
農業損失
38.6
44.7
78.7
酸性雨損失
168.1
179.0
201.9
民間財損失
61.7
90.0
155.9
都市公園緑化損失
26.6
30.8
54.3
総 計
482.6
605.2
903.3
全国平均値(mg/m )
2級基準年平均値(一般生活地域,mg/m )
3級基準年平均値(特定工業地域,mg/m )
3
WHO年平均濃度基準(mg/m )
0.05
出典:1998年度『全国環境質量概要』より引用
2.酸性雨汚染
酸性雨の汚染地域は、長江の南部、チベット高原の東
側の広大な地域および四川盆地を中心とする地域が主な
ものであるが、国土の北部にも局地的に観測されている。
出典:徐嵩齢編『中国環境破壊的経済損失計量』(1998
酸性雨の面積はすでに国土面積の30%を超えている。
年、中国環境科学出版社)p.227-228
2000年度の監測結果によると、254都市で降雨ph値
注
−152−
:ドルに換算する場合、現時点では1ドル=8.6元。
中国のSO2排出課徴金と許可証取引制度(梁)
1997年に発表された世界銀行の報告書では、1995年度
具体化された。
の中国の大気汚染の経済損失は以下のような結果となっ
ている。
1987年に成立した『大気汚染防治法』12条にも「大気
環境に汚染物を排出し、排出基準を超えたものは有効な
改善措置をとらなければならない。同時に国家の規定に
表5 1995年度の中国大気汚染経済損失
人間健康損失 酸性雨破壊損失
貨幣金額(億ドル)
450
GDPに占める比率(%)
6.4
従って、基準超過排汚費を支払わなければならない。徴
合計
収した費用は汚染の改善と防止に使われなければならな
50
500
い。」と大気汚染の排出課徴金制度の適用も明記されて
0.72
7.12
いる。
st
出典:『China's Environment in the 21 century』
(1997)
中国の排出課徴金制度の基本政策は以下のようになっ
ている。
大気汚染による人間健康の経済損失は、GDPの6.41%
(1)基準を超えて汚染物を排出する場合には、基準超
にのぼり、水汚染による人間健康損失と比較すると、そ
の約22.5倍になっている。大気汚染が原因と見られる死
過排汚費を徴収する。
(2)新しい汚染源が基準を超えて汚染物を排出する場
亡者は年間17.8万人にのぼるとされる。世界銀行の報告
書では、大気汚染の深刻さについて、特に人間健康への
合には、課徴金の料率を倍にする。
(3)排出課徴金を徴収してから2年を経ても依然とし
影響に関する研究において注目される。
て基準を超える場合には、課徴金の料率を高める。
(4)徴収された排汚費は地方財政に納める。その使用
Ⅲ.SO2排出課徴金制度と汚染削減効果
については80%を企業の汚染改善への補助金とし
て使い、20%は環境行政に使う。
中国のSO2排出課徴金制度は、1982年2月に発表した
(5)排汚費の徴収対象は、汚染物或いは基準を超えて
『排汚費を徴収する暫行方法』の中にも含まれていたが
汚染物を排出するすべての企業、事業者となって
(課徴金料率0.04元/kg)、SO2の主な発生源である火力
いる。
発電所、工業用大型ボイラーなどは対象としていなかっ
(6)排出課徴金制度は、廃水、廃ガス、固体廃棄物、
た。また、監測と測定の技術的な限界もあり、制度とし
騒音、放射線廃棄物など5分野113種類の汚染物に
てほとんど機能しなかった。SO2排出課徴金制度の本格
対して課徴金を徴収する。
的な導入は、1992年9月からとなる。この制度を導入し
て10年あまりが経過し、汚染削減へのインセンティブが
2.SO2排出課徴金制度の実施
あったかどうかについて十分に検討する必要がある。こ
1992年9月に国家環境保護総局、国家物価局、財政部
こではまず、中国の排出課徴金制度の基本構造を整理し
などが共同で、『工業SO 2 排汚費の徴収に関する通知』
ておく。
を発表し、排出課徴金制度がスタートした。最初は、酸
性雨とSO2汚染の深刻な地域、すなわち広東省、貴州省、
1.排出課徴金制度の基本構造
および重慶、宜賓、南寧、桂林、柳州、宜昌、青島、杭
中国の排出課徴金制度は、国家法律、行政条例、地方
州、長沙など9市を対象に試験的に導入した。課徴金の
条例、部門条例、また地方自治体の条例、規定などから
料率は、0.20元/kgと低めに設定された。工業用及び営
なっている。
業用の石炭燃焼によって排出されたSO2を課徴金の対象
1979年9月に成立した『中華人民共和国環境保護法
とした。
(試行)
』の第18条に「国家の定める基準を超えて、汚染
以上の都市での実践経験に基づいて、1998年国家環境
物を排出する場合には、排出された汚染物の量と濃度に
保護総局、国家発展計画委員会、財政部、国家経済貿易
従って、規定によって排汚費を徴収する。」と初めて排
委員会などが共同で、『酸性雨規制区とSO 2規制区にお
出課徴金制度の導入を法的に規定した。
けるSO 2 排出課徴金の導入に関する通知』を発表し、
1982年2月に国務院は『排汚費を徴収する暫行方法』
SO2課徴金の徴収範囲を拡大した5)。
を発表した。この条例によって排出課徴金制度は中国で
−153−
政策科学9−2,Jan. 2002
表6 中国SO2課徴金制度の実施状況
次に、課徴金料率と限界排出処理費用を比較してみよ
料率(元/kg)
対 象
導入時期
う。中国のSO2排出課徴金の料率は、わずか0.2元/kgと
広東省
0.2
工業用および営業用石炭・石油
1994年
低めに設定された。高度の経済成長、物価の上昇にもか
貴州省
0.2
工業用および営業用石炭 1993年7月
宜賓市
0.18
工業用および営業用石炭 1993年10月
南寧市
0.2
工業用および営業用石炭
1994年
を対象に調査、分析を行った。それによると、SO2の削
柳州市
0.2
工業用および営業用石炭
1994年
減水準の60%を達成するため、SO2の平均限界削減費用
桂林市
0.2
工業用および営業用石炭
1994年
は約0.42元/kg。削減水準が85%の場合、平均限界削減
宜昌市
0.2
工業用石炭
1993年5月
費用は、1.2元/kgが必要であるとしている。つまり、
青島市
0.2
工業用および営業用石炭 1993年7月
少なくとも課徴金の料率を現在の0.2元/kgから1.2元/
杭州市
0.18
工業用および営業用石炭 1993年5月
kgまで引き上げなければならない6)。
長沙市
0.2
工業用および営業用石炭 1993年1月
かわらず、料率は導入の段階から変わらなかった。
中国環境科学院は1994年に全国300都市の企業4000社
北京市は、大気汚染を改善するため、SO2の課徴金の
注:国家環境保護総局監督管理司の統計資料より作成
料率を0.2元/kgから1.7元/kgに引き上げる検討を行っ
ている。本当に導入できれば、経済手段として汚染削減
3.SO2排出課徴金制度と汚染削減効果
へのインセンティブ効果を期待できる。例えば、ドイツ
SO2排出課徴金制度による汚染削減効果があったかど
うか、まず制度の導入目的を見てみよう。
の排水課徴金の場合、その料率を1981年導入段階の12マ
ルクから数次にわたって1999年の70マルクに引き上げ
中国でも市場経済への移行とともに環境経済政策手段
た。オランダの排水課徴金についても導入後、料率を段
が注目を集めている。汚染者負担などの考え方も普及し
階的に引き上げたことが制度を十分に機能させた理由で
てきている。この制度は、理論面において外部不経済を
ある7)。
内部化する名目で導入されたものである。しかし、徴収
さらに、汚染負荷の削減について見てみよう。表1で
された資金の使用と分配から見ると、あくまでも汚染者
示すように、SO 2の排出量は、SO 2排出課徴金を導入し
のため、汚染改善の資金と環境行政の財源を調達する手
た1992年の1685万トンから1997年の2286万トンに増加し
段に過ぎなかった。
ている。その後、SO2排出総量は1998年より減少してき
たが、その理由については、排出課徴金制度による以外
表7 中国のSO2排出課徴金の収入状況
に、1998年から総量規制などの政策を導入したことが削
1993年 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年
収入(万元) 1790
7720
減の主な理由であり、その他石炭消費量の減少もその理
12260 14620 17920 50776
由の一つと考えられ、総合的なアプローチの結果と見る
出典:『中国環境年鑑』
のが妥当であろう。
総量規制の導入の経緯とその内容について、簡単にふ
排出課徴金の収入は、1993年の1790万元から1998年度
れておく。1996年3月の第8期全国人民代表大会第4回
の50776万元まで増加した。しかし、その収入の90%は
会議で、1996年∼2000年の第9次5ヵ年計画と2010年ま
補助金として汚染企業に還元された。残りの10%は環境
での長期目標を発表し、2010年まで経済成長モデルと経
行政管理の費用として使われた。資金の使用と分配の側
済体制の根本的な転換と改革を通じて、経済開発と環境
面から見ると、汚染者にインセンティブを与える効果は、
保全の両立を図る持続可能な社会を実現することを新た
理論的に期待するほど十分には存在しなかったと言え
な目標として樹立した。同時に『国家環境保護“九・五”
る。但し、汚染者はこの制度がなければ本来は汚染改善
計画と2010年の長期目標』を発表し、その具体的な政策
のために支出しないはずであったと考えると、排出課徴
は以下の通りである。
金という手段によって徴収された費用が汚染改善の補助
金として企業に返還され、汚染削減の技術開発や設備導
(1)「九・五期間の全国の主な汚染物排出総量規制計画」
入など汚染改善の専用資金として支出された点では評価
できる側面もある。
この計画の中で、煙塵、粉塵、二酸化硫黄、石油類、
重金属、CODと工業固体廃棄物など12種の廃棄物排出
−154−
中国のSO2排出課徴金と許可証取引制度(梁)
量は、2000年までに1995年度のレベルに削減、抑制する。
の観念から行動するために、資源の過剰利用が不可避的
そのうち、SO2は1995年に2370万トンであるのを2000年
に発生するからである。結果としては、資源の汚染もし
に2460万トンに抑制することを目標とした。実際、2000
くは枯渇が起き、環境破壊が引き起こされる。
そこで環境問題の解決方法としては、環境に所有権を
年度の排出総量は1995万トンにおさめている。
設定することである。しかし、環境を所有することは不
(2)「世紀を跨ぐグリーンプロジェクト」
可能な側面があり、現実には環境に対して、利用権を設
グリーンプロジェクトは、淮河、海河、遼河、太湖、
定することになっている。利用権の設定だけでは効率的
池、酸性雨汚染地域、二酸化硫黄規制区と北
な環境保全が実現できない。環境の利用権が企業間で最
京市の環境改善などを中心とする環境プロジェクトは全
適に配分されるためには、環境の利用権に譲渡可能性を
部で1,591項目であり、そのうち大気汚染防治項目は334
賦与しなければならない。こうすれば、企業間で環境利
項目を占める。大気環境改善に投入される予算は2080億
用権が売買させる市場が形成され、その結果、利用権の
元に達し、総投資予算の46%を占めている。
均衡価格も成立し、環境利用権の効率的な配分が実現で
巣湖、
きる。以上は、排出許可証取引制度の基本的な理論構想
である8)。
4.SO2排出課徴金制度の評価
中国のSO2排出課徴金の料率は、汚染削減の限界費用
デイルズによる排出許可証取引制度の構想は、その後、
と比べてはるかに低く、汚染者は汚染改善、技術革新よ
モントゴメリーによって厳密に定式化され、最小費用で
りも課徴金を支払うことを選好した。経済学が期待する
環境目標を実現出来ることが証明された(Montgomery,
資源配分上の効率性という側面で十分にその機能を発揮
1972)。
できず、逆に費用効率性を減退させた。
排出許可証取引制度は、アメリカをはじめ、ドイツ、
課徴金収入の分配制度にも問題があり、既存の分配制
度への再検討が必要である。経済の成長、新しい汚染源
オーストラリア、イギリスなどの諸国では実際に導入さ
れた。中国も1990年代から試験的に導入を試みた。
の激増で、濃度を中心とする排出課徴金制度を総量規制
2.中国のSO2排出許可証取引制度の実際
の方向にむけての制度改革を行う必要性も出てきた。
中国では、排出許可証取引制度導入の前提として、
Ⅳ.SO2排出許可証取引制度の実際について
1991年4月より、上海、天津、瀋陽、広州、太原、貴陽、
重慶、柳州、宜昌、吉林、常州、徐州、包頭、開遠、牡
1.排出許可証取引制度の基本理論
丹江、平頂山など16都市に大気汚染物排出許可証を発行
排 出 許 可 証 取 引 制 度 ( Tradabie or Marketabie
した。1994年まで、以上の16都市の8628の汚染源に対し
discharge Permits)は、各排出源に許可排出量を割り当
て999の排出許可証を発行している。この制度の実施に
てて、それを売買できる権利として認める制度である。
よって、約11531万トンのSO2を削減したと発表した。
現在、中国では20省、36都市の地方条例の中に排出許
環境経済学では、この制度を最小費用での排出削減とい
う効率性を実現する一つの手段であると主張されてい
可証制度を明記している。
る。理論的には、この制度で割り当てる許可排出量の総
1993年には、太原、貴陽、柳州、包頭、開遠、平頂山
量を直接管理することによって、目標水準の達成が可能
の6都市において排出許可証取引制度が導入された。こ
である。そして、税率に代わって売買において成立する
こでは、柳州と開遠の2市について見てみよう。
柳州市は、酸性雨汚染の深刻な地域で、酸性雨と大気
権利の価格が限界費用を均等化するのである。
排出許可証理論の最初の提唱者は、カナダのトロント
汚染を防止する政策として、排出総量規制計画を第5ヵ
大学のデイルズである(Dales, 1968)。デイルズは、環
年環境計画に策定した。計画の目標は、2000年まで大気
境破壊が発生する原因を次のように考えた。環境破壊が
環境の2級基準を達成することとし、2000年度の排出総
引き起こされるのは、それが所有権の設定されていない
量を2.6万トンと設定した。この計画が始まった1995年
共有資源だからである。共有資源を利用する企業は、資
度のSO2総排出量は6.5万トンであった。目標実現のため、
源全体を最適管理する経済的動機が働かず、利潤最大化
少なくとも3.9万トンのSO2を削減しなければならない。
−155−
政策科学9−2,Jan. 2002
3.9万トンのSO2削減のためには、約17億元の費用が必要
介入の下で行ったものであった。
であると試算された。環境汚染の改善と汚染処理費用の
理論的には、許可証の市場が競争的であれば、許可証
効率性を実現する手段として、排出許可証取引制度を実
の均衡価格が成立し、市場メカニズムによって、各排出
施した。実際では、汚染者と市長の間で協定を締結する
源の限界排出削減費用が均等化し、排出総量目標を達成
形がとられた。政府と企業の間の取引である。同時に、
するための費用を最小にする。中国の市場経済は未成熟
企業内部での取引も試みた。柳州製鉄所の所有する工場
の段階で、本格的な取引市場を形成しにくい。排出許可
どうしの取引も行われた。
証取引制度の確立のためには、まず市場経済制度の整備
柳州製鉄所グループの亜鉛化工場のSO2年間排出量は
が課題といえよう。中国のSO2排出許可証取引制度は一
98トン、同グループの硫酸工場はSO 2年間排出量が267
時的、実験的なものであって、その後は制度化されてい
トンであり、それぞれ政府当局から33トンと170トンの
ない。
排出許可証の発行を受けた。現状では、亜鉛化工場の限
界処理費用が高く、汚染改善にも時間がかかる。硫酸工
場の場合は、亜鉛化工場より改善しやすいため、硫酸工
Ⅴ.諸外国との制度比較
―アメリカ・日本など―
場は約49万元を投資し、脱硫設備を購入した。脱硫設備
の導入によって、SO2の排出総量を77トンにまで削減し
1.アメリカのSO2排出許可証取引制度
た。亜鉛化工場は12万元で、硫酸工場より65トンのSO2
アメリカでは、許可証取引制度は1970年代のアメリカ
排出権を購入した。結果としては、全体処理費用の節約
大気浄化法(US Clean Air Acts)という法律の一部とし
を実現することとなった。
て施行され、その後1990年の大気浄化法改正(Clean
雲南省開遠市では、1993年に『開遠市大気汚染物排出
Air Act Amendments:CAAA)によって拡大された。
許可証の管理に関する暫行方法』と『開遠市大気汚染物
1974年に導入されたネッティング(Netting)は、発
排出許可証取引に関する管理方法』の地方条例を作成し、
生させた汚染を同じ工場内で削減して相殺することが出
SO2と煙塵、粉塵の3種類の汚染物への排出許可証制度
来るならば、企業は新たな汚染源を作り出すことができ
を導入した。
るという手続きのことである。つまり企業は外部から許
市内にあるセメント工場が生産規模を年間50万トンか
可証を得ることを許されていない。
ら75万トンに拡大するうえで、SO2の排出量が50%増加
1976年、大気浄化法基準が達成されていない地域にオ
すると見込まれた。それに対して工場周辺の800世帯の
フセット(Offsets)が導入された。これは、既存の施
民間住宅を対象に生活用石炭をガス化することによっ
設からの排出量を減らすこと、あるいはその費用を負担
て、SO2の排出権を政府当局から獲得した。このプロジ
することを条件に、施設の新設や既存施設の改造に伴う
ェクトに工場は約25万元を投入した。結果は、同地域全
排出増加を許可するという規制方法である。既存の汚染
体のSO2の排出量を4.6%削減することに貢献した。
源を大きく減らして新たな汚染源を相殺するものであ
る。この場合の相殺は、同じ汚染源から許可証を買い取
3.問題点と今後の課題
る内部取引および他の企業から買い上げる外部取引によ
現在、中国の排出許可証取引制度は、試験的な段階に
って行うことができる。
過ぎない。経済学の期待する制度までに及んでいないの
バブル(Bubbles)は、1979年に導入された。
「バブル」
が実情である。しかし、これらの実験を通じて、排出許
は、想像上のガラスのドームのことであり、現存の汚染
可証取引制度に関する知識、経験を蓄積されたことは評
源にとっての総量規制を意味している。バブルの全体と
価できる。
しての規制量を超えない限り、企業は汚染源を自由に変
本来は、排出許可証取引制度に関する政府の役割は、
えることができる。
法的ルールや制度の整備、つまり環境利用権の設定や許
バンキング(Banking)は、1979年に導入された。こ
可証に譲渡可能性を賦与することであって、あとは市場
れはバブルと同様に時間を通じて機能する。つまり、企
に直接介入せず、当事者の市場取引にまかせればよいの
業はクレジットを貯えることを許されており、将来のあ
である。しかし、中国のSO2排出取引はほとんど政府の
る段階でそれを用いることが許されている。
−156−
中国のSO2排出課徴金と許可証取引制度(梁)
表8 アメリカにおける許可証取引制度の経験
バブル
オフセット
ネッティング
バンキング
89
2000
5000∼12000
120未満
300
135
多い
525∼12300
少ない
ゼロ
ゼロ
ゼロ
おそらく微小
おそらく微小
内部
40
89
1800
5000∼12000
100未満
外部
2
0
200
0
20未満
州
国
取引の数
42
費用の節約(100万ドル)
大気環境の改善
取引の性質
出典:R.Hahn and G.Hester(1989)
注 :R.K.ターナー・D.ピアス・I.ベイトマン著、大沼あゆみ訳『環境経済学入門』東洋経済新報社、2001年、p.192よ
り引用。
これらの制度の実施で得られた経験、また費用削減と
環境改善に対する影響は表8に示されている。
3分の1ほど減少し、900万トンの排出許可証が貯蔵さ
れた。
費用の節約面から見ると、最低でも10億ドルから130
SO 2排出許可証取引制度の実施で、SO 2の排出量は年
億ドルまでにのぼる可能性がある。しかし、環境改善へ
間400万トンが削減された。直接貢献したのは、低硫黄
の効果はほとんどなかった。
石炭の使用と硫黄洗浄技術の開発と導入に対してであっ
1990年の大気浄化法改正の第4条は、SO2排出削減の
た。
ための酸性雨規制プログラムを盛り込んだ。これは2000
排出許可証取引市場の形成については、最初の1年間
年までにSO2排出量を1000万トン削減することを目標と
は環境保護当局主催の競売会で取引が行われたが、その
し、その実現のために全米SO2排出許可証取引制度が導
後取引量の増加、民間市場の成熟で取引はほとんど民間
入された。ここではSO2の主な排出者である火力発電所
市場で行われた。
を規制対象とし、SO2の削減計画は2段階で行われるこ
排出削減費用については、当初の予測平均費用が450
とになっている。第一期間(1995∼1999年)では、SO2
∼500トン/ドルであったのに対し、実際は187トン/ドルという
排出量の高い263の大規模発電所を対象に許可証を発行
低い費用で実現した。第一段階では、年平均3.60億ドルを
した。第二段階(2000年∼)では、すべての発電所を対
節約した9)。
象に排出許可証を発行する。目標はSO 2排出量を900万
トンに抑えるとしている。
アメリカで排出許可証取引が導入された理由は、規制
強化の影響を和らげ、環境規制にかかる費用負担を軽減
第一段階の4年間では、3090万トンの排出許可証を発
するためであった。
行した。実際、排出量は2130万トンで、規制計画値より
表9 アメリカのSO2排出許可証取引の状況(万トン)
時 期
環境保護局主催の競売会
民間市場
売買量
1993年3月
150010
130000
280010
1993年4月∼1994年3月
176200
226384
402584
1994年4月∼1995年3月
176400
1466996
1643396
1995年4月∼1996年3月
275000
4917560
5192560
1996年4月∼1997年3月
300000
5105924
5405924
1997年4月∼1998年3月
225000
8452358
8677358
1302610
20299222
21601832
合 計
出典:Derived from EPA auction data and EPA's allowance tracking system
注 :民間市場の取引とは、電力会社間、および電力会社と他種企業の取引。
−157−
政策科学9−2,Jan. 2002
2.日本の公健法賦課金制度
(1)ピグー税と外部不経済
日本の公害健康被害補償法(以下、公健法とする)は、
A.C.Pigouはその主著『厚生経済学』(1920年)におい
1973年9月に成立し、翌年9月に施行された。公健法が
て、現代資本主義社会では、私的限界生産物と社会的限
硫黄酸化物を排出する固定発生源に課した賦課金システ
界性産物が乖離するという現象が常態であるというこ
ムである。この賦課金制度に汚染削減のインセンティブ
と、そしてこれを是正して経済厚生を最大化するために
効果があったかどうかについては、両論がある。
は、政府による税・補助金政策の実施が必要であること
賦課金制度は汚染削減のインセンティブはなかったと
を主張した。
する論については、堀内(1995、p.39-40)は、3つの
ピグーの理論は、現代経済学においては、私的限界費
火力発電所の排煙脱硫装置による硫黄酸化物削減平均費
用と社会的限界費用の乖離に対する課税・補助金政策と
用が公健法賦課料率(1979年度)より大きいことを示し、
して再構成されている。つまり、環境税(排出課徴金)
脱硫装置は公健法賦課金によるものではなく、直接規制
の根拠は、環境汚染のもたらす外部不経済を内部化し、
によるとした。また、塚谷(1983、p.32)は、賦課金に
最適な資源配分を実現する点に置かれている。このよう
よる生産費上昇分は物価変動に隠されるほど低いため
な政策課税は、ピグー税と呼ばれている。また、排出削
に、その汚染削減の誘導力は小さく、賦課金は汚染削減
減の限界費用とその限界便益の一致する水準は「最適汚
効果を持たないとした。
染水準」と呼ばれている。
ピグー税を実施するためには、限界外部費用と限界排
これに対して、公健法賦課金制度には汚染削減のイン
センティブがあったとする主張もある。
出削減費用に関する情報を政策当局が把握していること
例えば、井村(1988、p.115-118)は、総量規制基準適
が前提条件であるが、しかし現実において正確な情報を
用年(1978年)以後の公健法指定地域とその他地域の硫
入手することは困難であるため、理論どおりのピグー税
黄酸化物削減率を比べ、賦課料率が相対的に高い指定地
を実施することは事実上できない。
域では、それがより大きいことを示して、賦課料率の差
また、仮に情報が入手できて、最適なピグー税を課す
が重要な要因であったものと考えられる。また、E.U.ワ
ことが可能であるとしても、最適汚染水準を環境政策上
イツゼッカー(1990、p.115、邦訳p.169)は賦課金のた
の目標とするには大きな問題がある。宮本憲一は、最適
めに直接規制が無意味になり、高額の負担を軽減するた
汚染水準の問題点を以下の3点に分けて指摘している。
10)
めに基準を超える排出削減が実現したと述べている 。
(1989,p.221-223)
最新の研究成果として、大阪府について行った実証分
第1の問題点は、最適汚染水準のもとでは、不可逆的
析によれば、硫黄酸化物削減の主な要因は公害防止協定
な絶対的損失の発生を回避できないということである。
であって、公健法賦課金ではない11)。しかし、公健法賦
公害にともなう社会的損失には絶対的不可逆的損失があ
課金の汚染削減インセンティブ効果も皆無ではなく、部
るので、貨幣的に補償不可能なものが含まれているため
分的には存在した。通常の規制が適用されているのみで
である。
あったり、公害防止協定に基づく規制が相対的に緩い中
小の工場などでは、この削減インセンティブが働いた。
(新澤、1997、p.96)
第2の問題点は、それがいわゆる汚染問題のみを対象
としている点にある。いまや環境政策の対象は、汚染防
止だけでなく、社会資本の整備、自然や街並みの保全、
日本の公健法賦課金制度は、公害健康被害者の救済を
目的とした制度としては、高く評価できる。
アメニティの向上など、広く環境保全一般を課題として
おり、そのための正当な負担が求められるようになって
いる。
Ⅵ.政策手段選択の理論的な枠組
第3の問題点は、仮に最適汚染水準を政策目標として
許容することになったとしても、それを実現すべく環境
1.環境経済政策の基本理論
税が課された場合には、その負担が消費者に転嫁される
環境税の定義についてはまだ定まった共通の見解はな
ことによって、最終的には消費者の負担となる。
い。環境経済学の文献においては、環境税とはピグー税
のことと考えられてきた。
−158−
中国のSO2排出課徴金と許可証取引制度(梁)
(2)ボーモル=オーツ税
る情報提供、環境劣化の影響に関する情報提供、
ボーモル=オーツ税では、最適汚染水準とは異なる環
或いは環境保全教育による長期的な意識改革など
がある。
境政策目標の設定をしようとしたもので、最小安全基準
宮本憲一は、「環境政策は公害を防止し、環境を保全
という概念が導入されている。
最小安全基準は、生態系や枯渇性資源の保全に関して
することによって、人間の生命、健康を守り、アメニテ
社会的な合意を形成し、それを制約条件として純便益の
ィ を 確 保 す る た め の 総 合 的 な 公 共 政 策 で あ る 」( 宮
最大化を図ることを政策の公準とするよう提唱する。つ
本,1989, p.147, p.200-207)と定義した。
まり自然科学的知見に基づいて絶対的損失の発生を回避
また、環境政策の手段を、資本主義的市場制度に基づ
できるような水準に最小安全基準を設定し、その基準を
く地域計画の手段としてとらえており、それは大きく3
環境税によって実現すればよいということになる。そう
つに分かれる(宮本,2000,p.158)。①法・条例による規
すると、環境税の目標はもはや経済厚生の最大化ではな
制と誘導のための計画として、環境基本計画、産業基本
く、最小安全基準を費用効率的に実現するという点に置
計画、土地利用計画、社会資本整備計画などがある。ま
かれることになる。
た、②経済的手段による市場制度を利用した方法として
最小安全基準を費用効率的に実現する政策手段とし
は、基金の創設、補助金による誘導、財政投融資や減免
て、環境税を構成する際に、利用可能なのが、ボーモル
税による誘導と規制、税金・課徴金による規制がある。
とオーツによって提唱された基準・価値アプローチであ
さらに、③環境教育による再生事業への企業や住民など
る。(Baumol and Outes, 1971)
の参加と環境保全のための自己管理をあげている。
ボーモル=オーツ税は必ずしも経済厚生を最大化する
環境政策手段は既存の枠組を超えて、経済政策との統
わけではないが、「最少費用」で環境目標を実現する性
合を実現する必要がある。環境政策にマクロ的な政策機
質を持っていることを示した。
能を与え、産業構造、経済構造、経済成長方式などの転
換を行わなければならない。
2.環境経済政策の手段
OECDは、環境政策の諸手段を以下のように分類して
3.PPPの理論と排出課徴金制度
課徴金政策は、公害の発生源や環境破壊者に対し、公
いる。
(1)直接規制(Direct Regulatory Instruments)また指
害対策関係費を汚染者(環境破壊者)負担金として、或
令・統制(Command and Control)アプローチと
いは汚染防除税(環境復元税)として徴収する方法であ
も呼ばれ、環境負荷活動に対する行政的な統制な
る。通常この原則を汚染者支払原則(Polluter-Pays
いし規制であり、環境基準、製品基準、エネルギ
Principle,P PP)と呼んでいる。(宮本、1989、p.205)
ー使用規制、排出基準、技術仕様基準、許認可、
区域制、完全基準などとそれを担保するための法
PPPの中心的な内容は、OECDの以下の2つの勧告書、
すなわち「環境政策の国際経済面に関する指導原理」
(1972.5.26.)と「汚染者負担原則の実施に関する理事会
的措置である。
(2)経済的手段(Economic Instrument)とは、経済主
勧告」(1974.11.14)に基づいたものであった。
「環境政策の国際経済面に関する指導原理」
体が代替的行動の間で選択を行う際の費用と便益
に影響を与えることによって、その行動を環境保
(1972.5.26.)では、希少な環境資源の合理的な費用を促
全にかなう方向へと変えさせるような手段をさし、
し、国際貿易や国際投資のゆがみを防止しながら、環境
典型的には直接的汚染主体と社会全体との間での
汚染防止及び規制手段を講じるための費用を分担させる
資金の移転(税・課徴金、補助金・財政的支援、
際に用いるべき原則がとられている。これがいわゆる
課徴金・手数料、預託金払戻制度など)
、或いは環
「汚染者支払原則」である。この原則は、公共当局が環
境負荷活動に関する新規の市場創設(取引可能な
境を受容可能な常態に確保するため、決定した上記の諸
排出許可書制度などの導入)を伴う。
手段を遂行するための費用を汚染者が負担すべき旨を定
(3)普 及 ・ 啓 発 ( Information and Consultative
めるものである。換言すれば、これらの手段を講じるた
Approach)の形態としては、環境保全技術に関す
めの費用は、生産及び消費に際して環境汚染を引き起こ
−159−
政策科学9−2,Jan. 2002
す財・サービスの使用に反映されねばならない。これら
的に消費者に転嫁され、「消費者負担」となるか、或い
の手段を採用する際には、国際貿易や国際投資に重大な
は競争条件によってその支払いが内部化されるか、それ
ゆがみをもたらすような補助金を併用すべきではない。
については問うていないことである。この意味で、支払
また、「汚染者負担原則の実施に関する理事会勧告」
(1974.11.14)において、汚染者支払原則は、一般に環
い原理として、OECDのPPPを過大評価してならない。
(吉田,1998,p.280)
境汚染の規制及び防止に必要とされる措置の費用が、汚
染の排出に対する何らかの課徴金の不可の結果として当
4.環境政策におけるポリシー・ミックス論
該費用が負担されるか、或いは他の適当な経済的メカニ
政策手段の選択における直接規制と経済的手段の議論
ズムを通じて徴収されるか、さらには強制的な汚染削減
においては、一般的には、経済学者の間で経済的手段は、
をもたらす何らかの直接規制に対応したものであるかを
①その費用効率性(静学的効率性)、②技術革新へのイ
問わず、汚染者が負担すべき旨が述べられている。資源
ンセンティブ(動学的効率性)、③政策実施に伴う情報
配分を改善するためには、財・サービスの私的費用がそ
量の節約(情報的効率性)の3点で直接規制よりも望ま
の生産に使用されている環境資源の相対的希少性を反映
しい性能を持っていることと認識されている。直接規制
されることが望ましい。もしそうなっていれば、消費者
は静態的であり、技術的、経済的変化に迅速に対応でき
及び生産者は、自らが売買する当該財・サービスの社会
ない。また、直接規制の制度は硬直的で、規制に服する
的費用全体に則して行動するであろう。汚染者支払原則
主体に選択の余地が乏しい。効率性の面でも、経済的手
は、この目的の実現へと向かう一つの手段である。汚染
段よりも劣ることが多いと批判されている。
者支払原則に合致するという観点からすれば、汚染者が
しかし、現実の環境政策では、単一政策手段のみで環
環境費用の一部または全部を価格に添加しても、或いは
境問題を制御することが困難である。現実の環境政策を
それを吸収しても何の違いもない。
複数の政策手段からなる一種のポリシー・ミックスと見
つまりOECDの汚染者支払の原則は、国際貿易や国際
て分析するアプローチがより現実に近い。例えば、ドイ
投資のゆがみを防止しながら、環境を受容可能な常態に
ツの排水課徴金制度は、課徴金、直接規制、補助金の併
保つ目的で公共当局が環境汚染防止および規制の諸手段
用になっており、アメリカの排出許可証取引プログラム
を講じるための費用が生産、消費に際して、環境を汚染
も、排出許可証取引制度と直接規制のミックスである。
する財・サービスの価格に反映されるべきことを定めた
ガーヴェル(Gawel, 1991)によると、環境目標を費
ものである。(天野,1997,p.24)
用効率的に実現しつつ、しかもそれによって発生する分
なお、PPPの原則には以下のような限界と問題点が指
摘されている。
配問題の顕在化を回避するなど、複数の政策目標を同時
に実現しなければならないときに、単一の政策手段です
OECDのPPPは、市場メカニズムの利用による政策に
べてを達成することはきわめて困難である。その場合に
限定される経済理論であって、司法的行政的規制にまで
は、複数政策手段によるポリシー・ミックスが効力を発
適用されるような「正義」の道徳原理を示したものでは
揮する可能性がある。または政策手段の導入に伴う政治
なかった。また、OECDのPPPは、資源配分の合理性と
的な摩擦をポリシー・ミックスで必要最小限にすること
国際貿易上のゆがみを是正することを目的としたもので
ができるかもしれない。
あり、使用便益分析による「最適汚染水準」までの公害
現実の経済的手段は、複数政策手段によるポリシー・
防除費を課徴金によって徴収しようとしたものであっ
ミックスになっており、「経済的手段VS直接規制」とい
て、それでも発生する被害については、例外として補償
う問題設定自体が現実の環境政策上あまり意味がないも
をさせるのであるが、全被害救済や環境復元にまで原則
のになっているということである。
を適用するかについては十分な検討がされていない。
(宮本,1989,p.215)
経済学は、経済的手段が直接規制よりも優れているこ
とを一定の仮定を置いて理論モデルにより証明しようと
OECDのPPPの理解で重要なのは、この原理があくま
してきた。しかし、現実の環境政策において経済的手段
で汚染者の公害防止費用の第一次的な支払いを定めたも
がその機能を十分に発揮できる可能性は限られており、
のであって、その費用が商品への価格上乗せ等で、最終
経済的手段はポリシー・ミックスとして採用されざるを
−160−
中国のSO2排出課徴金と許可証取引制度(梁)
得ないという事実が理論では見落とされている。
(4)中国は市場経済への移行と共に、産業構造、経済
環境政策を分析する際の、経済学の判断基準は、これ
構造が大きく転換する時代にある。単一的な環境
までもっぱら費用効率税であった。しかし、実際には環
経済手段ではなく、産業構造、経済構造の転換に
境政策の目標は費用最少化だけでなく、防止があり、加
あわせてマクロ的な機能を持つ新たな環境政策の
えて政策実行の際には分配問題が加わってくる。環境政
導入が必要である。このような政策の導入によっ
策は、これらの様々な政策目標を、個々ばらばらにでは
て、経済構造、産業構造、経済成長方式の転換で
なく同時に解決することを求められることが多い。今後
環境問題の根本的な解決と繋がる持続可能な社会
の経済学は、単一の政策手段分析による費用効率性の追
経済システムの創造が今後の政策制度改革の方向
求を超えて、精密なポリシー・ミックス分析による複数
となるべきである。
の 政 策 目 標 の 達 成 に お か れ る べ き で あ る 。( 諸
富,2000,p.96,126-127)
注
1)環境汚染の損失に関する研究として、過孝民等『公元2000
Ⅶ.おわりに
年中国環境予測与対策研究』1990年、孫炳彦『世紀之交的中
国汚染損失估算、予測和思考』1997年など参照。
本研究では、中国のSO2排出課徴金制度による環境改
善へのインセンティブ効果を中心に研究を行った。この
2)国家環境保護総局『2000年中国環境状況公報』p.8より。
3)酸性雨規制区とSO2規制区は、中国では「両控区」と呼ぶ。
研究を通じて得られた結論を以下のようにまとめた。
その面積は109万平方km、国土面積の11.4%。
(1)中国のSO 2排出課徴金制度は、全国のすべての企
4)王 金 南 、 楊 金 田 、 馬 中 、 Stephanie Benkovic編 『 SO 2
業と事業者を対象にし、システムとして極めて膨
Emissions Trading Program―US Experience and Chinaユs
Perspective』中国環境科学出版社2000年。馬中、Daniel
大なものであるが、全国一律の基準を採用するな
Dudek編『総量規制と排出権取引』1999年中国環境科学出版
ど、広大で多様な状況を有する中国において地域
社など参照。
の経済の格差、汚染の格差への配慮が不足してい
5)注2参照。
る。政策としての柔軟性、効率の面で問題点を残
6)楊金田、王金南著『中国排汚収費制度改革与設計』中国環
境科学出版社1998年、p.205他参照。
しているといえよう。
(2)現在のSO 2排出課徴金の料率は、実際の削減限界
7)梁秀山「中国の排出課徴金制度の経済分析」(『政策科学』
8巻2号)参照。
コストよりもはるかに低い。今後は、経済の成長
レベルに合わせて調整し、機能できる段階まで引
き上げられなければならない。料率の具体的な設
8)諸富徹『環境税の理論と実際』有斐閣,2000年、p.25参
照。
9)A. Denny Ellerman「The U.S. SO 2 Emissions Trading
定と算出もそれぞれの地域の実情に適応できる値
Program:A
Summary Evaluation for the Years 1995-1998」
10)植田和弘,岡敏弘,新澤秀則編著『環境政策の経済学』日
を検討すべきであろう。
本評論社,1997年、p.79-80参照。
(3)SO 2許可証取引制度については、市場メカニズム
を生かし、効率的に削減できる点は肯定すべきで
11)植田和弘,岡敏弘,新澤秀則編著『環境政策の経済学』日
本評論社,1997年、第4章 公健法賦課金 p.118参照。
あるが、アメリカなど先進国の経験を参考にしな
がら、中国の現状に基づいてより研究と実験を行
参考文献
う必要がある。そして現在実験的に行われている
・諸富徹『環境税の理論と実際』有斐閣,2000年
自治体レベルの取引制度を拡大し、汚染業種の中
・吉田文和『廃棄物と汚染の政治経済学』岩波書店,1998年
から一つの業種を選び(例えば、電力産業)
、実験
・植田和弘『環境経済学』岩波書店,1996年
的に成功した上で全国範囲で導入すべきと考えら
れる。また、中国は市場経済への移行の途中であ
り、市場経済制度の整備と共にSO 2許可証取引制
・植田和弘,岡敏弘,新澤秀則編著『環境政策の経済学』日本
評論社,1997年
・天野明弘『地球温暖化の経済学』日本経済新聞社,1997年
・石光弘『環境税とは何か』岩波書店,1999年
度を導入、機能できるような法的制度、技術手段
・宮本憲一『環境経済学』岩波書店,1989年
の早期の検討を行わなければならない。
・宮本憲一『日本社会の可能性―維持可能な社会へ―』岩波書
−161−
政策科学9−2,Jan. 2002
店,2000年
・中国環境観測総站『全国環境質量概要』1998年
・Pigou.A.C.(1920),The Economics of Welfare,1st ed., 4th
edition.(1932).(永田清監修『厚生経済学』全4冊、東洋経
・王金南著『排汚収費理論学』中国環境科学出版社1997年
・王金南著『市場経済与工業汚染防治』中国環境科学出版社
済新報社1953年−55年)
1996年
・R.Kerry Turner, David Pearce and Ian Bateman 1994,
Environmental Economics:An Elementary Introduction, First
・王金南著『環境経済学』清華大学出版社1994年
・王金南『中国環境基金的試点与改革』中国環境科学出版社
1995年
Edition(大沼あゆみ訳『環境経済学入門』東洋経済新報社
2001年)
・王金南、陸新元、楊金田編『中国与OECD的環境経済政策』
・中国国家環境保護総局編『中国環境保護行政二十年』中国環
境科学出版社1994年
中国環境科学出版社1997年
・ 王 金 南 、 楊 金 田 、 馬 中 、 Stephanie Benkovic編 『 SO 2
・中国国家環境保護総局編『排汚収費制度』中国環境科学出版
Emissions Trading Program―US Experience and Chinaユs
社1994年
Perspective』中国環境科学出版社2000年
・中国国家環境保護総局編『中国的排汚州費 文献編 上・下』
・張坤民等編『中国的環境保護投資報告』清華大学出版社1992
年
中国環境科学出版社1997年 ・中国国家環境保護総局編『中国的排汚州費 回顧編 上・下』
・過孝民等編『公元2000年中国環境予測与対策研究』清華大学
出版社1990年
中国環境科学出版社1997年
・中国国家環境保護総局編『中国環境保護法規全書』化学工業
・楊金田、王金南著『中国排汚収費制度改革与設計』中国環境
科学出版社1998年
出版社1997年
・中国環境年鑑編集委員会『中国環境年鑑1991∼98年』中国環
境年鑑社
−162−
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