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「企業倫理と企業文化」に関する研究序説
研究ノート 「企業倫理と企業文化」に関する研究序説 岡本人志 私は、企業倫理の研究の蓄積を体系化する作業に取り組んでいる。その過程で、 企業倫理と企業文化の関連という領域が企業倫理研究のなかにおいて一定の位置を 占めていることを知った。しかしながら、私はこれまで、この領域の研究の蓄積を 整理するための基準について十分な知識をもっていなかった。このノートは、その 基準を得るために書かれた個人的な覚書である。 キーワード:企業倫理、企業文化、文献サーベイ 目次 1 はじめに 2 企業倫理の教科書のなかの企業文化 3 企業倫理の研究書のなかの企業文化 4 おわりに 1 はじめに 企業行動のモラル(または法令違反)に関連する不祥事が発生したとき、その発生の要因 の一つが企業風土、企業の体質、あるいは一般的に企業文化にあることが新聞等を通じてし ばしば報道される。しかしながら、さらに進んで、どのような企業文化が不祥事の発生の要 因となるか、企業文化が不祥事の発生にいかに作用するか、企業倫理は好ましくない企業文 化を変えることができるか、好ましい企業文化の方向へといかにして変えることができるか、 等々について知ろうとするとき、これらについて報道されることはほとんどなく、ここから 先へは、企業倫理と企業文化に関する研究の領域に立ち入り、研究の蓄積を整理し、それが どこまで到達しているかを確認する作業が必要となる。このノートは、企業倫理と企業文化 に関する研究の蓄積を整理する作業に入る前に、そのための手掛かりを得ることを目的とす るものである。 私がこのノートで取り扱う内容は二つのものから成る。第 1は 、 ドイツ語圏における企業 2 0 8 尾道大学経済情報論集 第 8巻第 2号 倫理の教科書のなかの企業文化に関する記述である。現在すでに企業倫理の教科書が発行さ れており、そのなかにはシュタインマンやホーマンのようなドイツ語圏の代表的な研究者に よる、かれら特有の思考に基づいた教科書もあるが、私は、これらを避けて、一般的な型の 教科書を探した。このようなものとして、しかも企業文化に関する記述を含むものとして、 D i e t z f e l b i n g e r , D .[ 1 9 9 9 ] とF r i s k e, C . l Ba r t s c h, E . / S c h m e i s s e r, W. [ 2 0 0 5 ] を手に入れることがで きた。両者を比較すると、前者は企業倫理にとって利用可能な企業文化の用具に取り扱いを 限定しており、後者は企業倫理と企業文化の原理的考察から実行まで、広範囲の内容を取り 扱っている。このノートの目的に照らして、私は後者を、「企業倫理の教科書のなかの企業 文化」の代表として選抜した。 第 2は 、 ドイツ語圏の企業倫理の主要文献をサーベイした研究書のなかの企業文化に関す る記述である。ドイツ語圏においては企業倫理の学説研究が多く書かれているが、そのなか には内容の体系化に焦点を合わせたものがいくつかある O このようなものとして、しかも企 業文化に関する記述を含むものとして、 Loehr, A .[ 1 9 9 1 ] とG r a b n e r -Kr a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]を 子に入れることができた。両者を比較すると、前者はシュタインマンのグループにとって関 心のある「対話を促進する文化的措置Jに対象を限定しており、後者は企業文化の意義、企 業文化の研究動向、企業倫理と企業文化の関係、企業文化の実行という広い範囲を万遍なく 取り扱っている。ここでも、このノートの目的に照らして、後者を「企業倫理の研究書のな かの企業文化jの代表として選抜した。 異なった二つの型の文献を検討することによって、「企業倫理と企業文化 Jという領域に おいて、どのような問題が取り上げられてきたか、どのような議論が行われてきたかを大き な偏向なしに確認することができる。 2 企業倫理の教科書のなかの企業文化 フリスケ、パルチュ、シュマイサー(以下、フリスケらと略称する)による企業倫理の教 C . l Ba r t s c h, Eβchmeis細 川 . [ 2 0 0 5 ] には、日倫理に優し pJ組織構造」という 科書、 F r i s k e, 項目に続いて、 i r倫理を促進する』組織文化」という項目が設けられている。 i r倫理に優し pJ組織構造と並んで、企業を倫理的に開かれたものにするためには、倫理を促進する組織 F r i s k e, C . l Ba r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 0 . )。 文化の展開もまた基本的な役割を演じる J( 企業文化の概念は、次のように規定されている。「企業文化のもとに、企業のなかに存在す る価値観、規範、優先される当為が理解される。それは、協働者と経営陣のもとにおける雰 囲気に関連する。企業文化は成長過程において、『コーポレート・アイデンティティ』の基 礎として生成しなければならないものであって、簡単に制定されることができないものであ 「企業倫理と企業文化」に関する研究序説 2 0 9 るJ( P r i s k e, C .l Ba r t s c h, Eβchmeisser, W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 0 . )0 P r i s k e, C . / B a r t s c h, Eβchmeisser, W. [ 2 0 0 5 ]の r倫理を促進する j企業文化」の箇所は、次のような項目から構成されている。 -企業文化の生成 ・企業文化の構築 .企業文化の機能 ・企業文化の利点と危険性 -現代の企業文化の基礎としての倫理 ・コーポレート・アイデンティティ 2 1 企業文化の生成と構築 企業文化は、企業の創業者のようなカリスマ的人物によって生み出される。この場合、企 業文化は、日常的な業務のなかに生きる伝統的な価値観のなかに表現される。また、「企業 文化は、単に伝統に依存するのみではなくて、その展開は、たとえば行動モデルの過程 ( L e i t b i l d p r o z e s s ) を通じても促進される。行動モデルはーコードとも呼ばれる一、経営者が 協働者に対して押し付けるものであってはならず、企業のなかに生まれて来るものでなけれ ばならない。それはたとえば、協働者と経営陣の価値観をアンケート調査すること、指導原 理について考え議論するワークショップにおいて可能である。その場合、策定の過程が、出 来上がったものと同様に重要である。正当な企業文化へと向けた決定的な一歩は、行動モデ ルの策定と伝達、並びに協働者と経営陣の間での討議である。それゆえに、コードがその策 定過程に関する情報を提供することは、コードに対して要求される重要なことである。すべ ての関係者は、どのような動機が行動モデルの過程の背後に存在するかについて理解してい なければならな Lリ ( P r i s k e, C . l Ba r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 91 . ) 。 企業文化を具体的に構築する場合には、協働者と経営陣、並びに顧客と事業パートナーが 一致することができる風土を企業のなかにつくることが重要である。現実の要求と倫理的な 公準との一致が問題となり、倫理と経済に関して、すべての関係者によってマルチ・ウィン の状況の達成が目標とされるべきである。企業文化に影響を与える要因としては、協力、意 思疎通、協働者の教育と並んで、能力と人間開発の重視が挙げられる。この他に、たとえば 戦略目標、社会的責任、顧客志向、環境意識、経営協議会との協力、労働の組織と形態、情 報伝達の様式、透明性、イメージなどが挙げられる。「すべての企業においては、意識的あ るいは無意識的に生きている、強さと弱さをもっ価値と管理観があり、企業文化の構築にお いては、これに依拠することができる J( P r i s k e, C . l Ba r t s c h . E. l S c h m e i s s e r . W .[ 2 0 0 5 ]S . 9 2 . )。 したがって、「企業文化が構築されうる前に、価値観の現状調査が行われなければならず、 これによって企業の現実のアイデンティティが測定されなければならない。この手続きは、 2 1 0 尾道大学経済情報論集 第 8巻第 2号 その企業文化のプラスとマイナスの要素を列挙するための基礎として役立ち、そして適切な 対抗措置を講じるための準備に役立つ J( P r i s k e, C .lBa r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 2 . )。 現状調査において重要なことは、「企業のなかの風土と価値観の現実像を得るために、すべ てのグループと階層レベルがアンケート調査の対象とされるべきである J( P r i s k e, C . l Ba r t s c h, Eβchmeisser, W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 2 . )。特に勤続年数 1年か 2年の協働者に対する調査は、企業文 化の現状に関する実際の印象を知る上で役に立つ。かれらはまだ外からの視線を色っている からである。他方、企業文化を変えようとする場合には、勤続年数の長い協働者に対する調 査が役に立つ。新しい企業文化の受容については、かれらは適切なパートナーである。現状 調査を基礎として、現在の企業文化の強さと弱さを分析し、その結果をあるべき文化と比較 する。差異が存在する場合には、適切な措置を講じるための優先順位のリストを作成する O ブリスケらは次のような点に、注意を喚起している。「企業はしばしば、企業文化という テーマを一回のみの行動において取り上げるという過ちを犯す。しかし、企業文化は自動的 に走行する装置ではない。なるほど、これにより企業における文化と雰囲気は実際に改善さ れるが、改善された文化の育成と維持が経営者の本意ではないと協働者が感じるとき、その 効力は急速に消滅する。企業文化の構築は、動的な過程であり、文化を育成し、そして導入 P r i s k e, C . 1 B 副s c h, E . / S c h m e i s s e r , W. された措置を持続的に順守し統制することが重要である J( [2005] S . 9 3 . )。逆にいうと、ある文化の育成と絶え間ない改善が経営者の本意、あるいは 真意であるという実感を協働者がもっとき、期待されるプラスの効果が得られるのである。 2-2 企業文化の機能 ブリスケらは企業文化の機能に関して、企業文化を企業の成果要因のーっとして論じてき た、これまでの研究の蓄積を踏まえる。「企業文化は、企業の成果に影響を与える要因とし て理解される O 経営者は企業文化に対して、これを積極的に構築するように働きかけること P r i s k e, C . / B a r t s c h, ができる o 強い特徴をもっ企業文化は、企業の成果を増加させる J( Eβchmeisser, W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 4 . )。フリスケらは、企業文化の四つの機能について説明してい る。第 1は、調整機能である。強い企業文化を通じて、明確な方向性が伝達され、従業員の 側での勝手な解釈と複雑さが減少する。フォーマルな規定が無いところでは、あるいはそれ が不可能なところでは、企業文化は、組織の行動能力を高めるように作用する。「共通の企 業文化についての基本的な合意は、組織のすべての階層レベルの協働者が行動方向に関する 原則的な問題を考慮するという負担を取り除く。それによって、管理者の指示とフォーマル な規制の必要性が減少する J( P r i s k e, C . l Ba r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 4 . )。第 2は、統 合機能である。強い企業文化を通じて、組織の構成員に対して上位から網が掛けられること になる。これによって、すべての個々の構成員は、かれまたはかれが属する部署の行動が企 「企業倫理と企業文化 j に関する研究序説 211 業全体とどのように結合されているかを実感することができる。第 3は、アイデンティティ 機能である。企業文化を通じて、企業の構成員のなかに企業への帰属感情が生まれる。「自 己のガイドラインとコードという形での共通の規範と価値、および行動を通じて、仲間の聞 に特徴的な『われわれという感情jが生まれる。内部関連においては、それは経営風土にプ ラスの影響を与え、対外的には、社会における企業の像を改善する J( F r i s k e, C . / B a r t s c h, Eβchmeisser ,W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 5 . )。第 4は、動機づけの機能である。帰属感情とそれに伴うチ ーム精神は、協働者の動機づけに対してプラスの影響を与える。企業文化は、協働者の労働 に対して意昧を与えるという役割を担っている。 2-3 企業文化の利点と危険性 企業文化の利点は、その機能のなかに基礎をもっている O それは、個々の協働者の行動能 力を高め、企業全体の強化に寄与する。情報は、共有された価値と規範を通じて適切に伝達 される。このようにして、情報の誤りと情報の複雑さが軽減される。組織に協力しようとす る姿勢も高まり、組織がシステム化される。しかしながら、企業文化は危険な側面もまたも っている。この側面について、フリスケらは、次のように記している。「企業における特徴 の明確な文化はもちろん、あまりにも高いアイデンティティの危険性をも含んでいる。それ は、警報シグナルの知覚をオフにするという結果をもちうる。共通の強い感情を通じて問題 が見落とされ、あるいは過小評価されることがありうる。それにより、新しい考え方が文化 適合的でないとして、はやまって片付けられてしまうというようなことが起こりうる O この 場合には、イノベーションの潜在能力を減退させることにもつながる。広範囲な戦略的新志 向が不可欠な時代においては、安定した文化システムは、問題があるものとして現れる」 C . 1 B 制s c h, E. l S c h m e i s s e r , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 6 . )。 ( F r i s k e, 2 4 現代の企業文化の基礎としての倫理 ブリスケらは企業倫理と企業文化の関係について、次のように考える。「倫理的な考慮、 と問題提起は、企業文化を基礎づけ、強化し、拡充する J( F r i s k e, C . l Ba r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 6 . )。倫理は予め与えられたものではなくて、まず問題として登場する o たとえ ば、協働者の尊厳を尊重するような方向で企業目標を達成しようとするとき、あるいは、協 働者の職業生活と家庭生活の調和が問題となるとき、倫理的思考が登場するのである。「こ の種の考慮、はたいていコンフリクトの状況において登場し、そして倫理的背景をもっている。 このようなコンフリクトの解決にとって技術的・機能的な処方は存在しないので、経営陣が 目指す解決策は倫理的基礎をもつべきである。その場合、経営陣の意思決定と行動の基礎に は、協働者とともに同意できる価値、規範、態度が存在しなければならない。コンセンサス 尾 道 大 学 経 済 情 報 論 集 第 8巻第 2号 2 1 2 が見出されないような基礎づけはしばしば拒否される。特にコンフリクトの状況においては、 管理する者と管理される者による行動が調整され、ともに担われるような倫理的基礎づけが 必要である J( P r i s k e, C . l Ba r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 7 . )。企業文化の強化と拡充につ いてはそれぞれ、ブリスケらは、次のようにいう。「強化することは、内部に向って倫理的 に点検することを意味し、その結果として、関係者は相互に心を聞き、理解し合い、感じ合 う。しかし、また、倫理的点検は、高いところに到達することを目指し、高さと理想へと向 う視線を導くべきである。それを通じて、企業の全体的な現実像が明らかにされうる O それ は、企業の協働、それゆえにまた企業白体が浅薄カかミつ低レベルにとどまることを防止する」 伊 ( P r 出 t 包s k e, C . l B制 a 口 E t s 却c h, E . / β S c h m 詑 悶 e i s 路s e 町r は、人間によって提起され、人間から回答を期待する O 複数の回答可能性が存在するので、 企業は自ら、協調的、平和的な解決の場となる O このようにして、企業文化は、倫理的に高 レベルのコンブリクト解決のための基準としての位置を獲得する J( P r i s k e, C . / B a r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 7 9 8 . )。 2・5 コーポレート・アイデンティティ ブリスケらは、管理の文献がすでに以前よりコーポレート・アイデンティティの概念を用 いて、企業の現実の全体像を表現してきたことを知っている。対内的なアイデンティティと 対外的なそれとが区別される o I 企業倫理との関連においては、主として対内的なアイデン ティティが重要である。協働者、経営陣、経営者が実際に企業との聞にアイデンティティを もつべきであるとき、その価値はすべての人によって生気を与えられ、伝達されることが不 可欠である。それは経営陣に対しては、企業の価値をモデルとして利用するよう要求する O かれらは、この価値に対する違反が批判的に知覚され、予知されるよう配慮、しなければなら ない J( P r i s k e, C .lBa r t s c h, Eβchmeisser, W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 8 . )。協働者に対しては、企業の価値を 実行することが求められる O 価値の実行は簡単なことであるとは限らないので、経営者にと っては、自ら範を示すことが重要である。「コーポレート・アイデンティティの展開と構築 は、協働者と経営陣によって同時に担われなければならない相互的な過程である。上からの 命令は効果ないものにとどまるであろう。なぜならば、協働者はそれによっては何も始める ことができないからである J( P r i s k e, C .lBa r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 8 . ) 0 I コーポレー ト・アイデンティティは、協働者が自己の企業に対して忠誠心を発揮し、企業の構成部分で あることをある程度誇りに思うときにのみ、信頼に値するものとなる。コーポレート・アイ デンティティは、忠誠心、コミットメント、いわゆる『われわれという感情』を育てるため に重要で、ある O しかし、協働者の人格に干与してはならない。経営者は協働者に対して、か れらが企業目標達成のために自己の思考を締め出すよう強要してはならな t" 1 企業のなかに 0 「企業倫理と企業文化j に関する研究序説 2 1 3 おいて支配している価値が社会調和、自由、人間の尊厳を特徴としているときには、それは 企業倫理の重要な要素となる。問題となるのはもちろん、コーポレート・アイデンティティ の担うべき価値が純粋に経済的な性格である場合であり、協働する人聞を考慮、しない場合で ある J( P r i s k e, C . l Ba r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ]S . 9 9 . )。 3 企業倫理の研究書のなかの企業文化 企業倫理の文献を対象とした研究書のなかにおいて、企業文化に関する研究の蓄積が整理 されている。本節では、そのようなものとして、 G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ] を取り上げる。 グラプナーークロイターは企業倫理にとって企業文化がもっ意義を、次のように考えている。 「何といっても、企業文化的要因も、企業において働いている人間のモラル的能力の発展と 一般に企業の意思決定と行動に関連するモラル的問題の知覚、評価、克服にとって重要な役 割を演じる。この理由から、企業倫理と企業文化の関係に関する研究と、倫理的原則を企業 の行動モデルあるいはより包括的にコーポレート・アイデンティティ・コンセプトのなかに 埋 め 込 み 、 具 体 化 す る 可 能 性 に 関 す る 研 究 に 、 特 別 の 意 義 が 与 え ら れ る J(GrabnerKr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 4 . ) G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ] の「企業倫理と企業文化の関係につ 0 いて jの箇所は、次のような項目から構成されている。 -企業文化のコンセプト -企業倫理と企業文化の関係 -企業文化の用具化の問題について .CIのコンセプトと企業行動モデル司企業倫理の定着のための「場 J? 3 1 企業文化のコンセプトと研究の動向 企業文化に対する関心と議論は、企業倫理とは別の所で始まった。「企業行動をもっぱら 合理的な意思決定の発見の結果としてのみ解釈することが困難であるという事実に直面し て 、 1 970年代末以降、いわゆる『軟らか pj 要因がもっ行動方向づけの作用に関する議論 が強まった。 1980年代初め、まず大衆向けの科学的ないくつかの著作において、企業成果 に対する決定的な要因が強い特徴をもっ企業文化のなかに見出されるというテーゼが主張さ れた。企業コンサルティングの実務の領域から始まって、『適切な j企業文化が組織構成員 にとって『意昧づけを与えるもの Jとなるのみではなくて、より高い目標達成度の意味での 生産性向上という作用もまたもたらせることが主張された。いわゆる『実務家の著作』の関 心はまず、企業文化と企業成果との間の(推定的あるいは個別事例によって『実証されたj) 関係、並びにその影響と構築の可能性に集中している J( G r a b n e r -Kr a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 4 . ) 0 2 1 4 尾 道 大 学 経 済 情 報 論 集 第 8巻第 2号 実務主導の動向に刺激されて、研究の分野においても企業文化が取り上げられるようになる。 それは、「一方で、は、 7 0年代に支配的であった企業管理あるいは戦略経営のテクノクラート 的アプローチに対する不満にその原因をもちうるものであり、他方では、伝統的な組織論ア プローチの理論的および方法論的な限界が明白になったことにその原因をもちうるものであ a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 5 . )0 そして特に経営経済学に対する影響について、グ るJ ( G r a b n e r -Kr r ラプナーークロイターは、次のようにいう o 経営経済学に対する企業文化のコンセプトの基 本的貢献は、一次元的、機械的な思考モデルからの転換と多次元的、動的なアプローチへの a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 6 1 9 7 J 転向にある J ( G r a b n e r -Kr 0 r 組織文化の研究は経営経済学を、 その基準とコンセプトのために敏感にし、より実践へと近づける方向へと批判的議論を刺激 した。文化的視点、は、企業と社会との間に相互作用が存在し、企業が社会のなかにはめ込ま れていることを考慮し、社会とともに、あるいは社会のなかにおいて相互作用していること を考慮する。企業文化に関する議論は、他の文化的、社会的な側面から切り離しては行われ えな t ) J( G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 7 . )。 企業文化は、「企業内部において時間の経過のうちに生成し、そこにおいて一般に認めら れている思考と行動のモデル、価値、規範が関連づけられ編み合わされたもの J ( G r a b n e r Kr a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 7 . ) と定義される。企業文化がもっ影響行使力に関する研究の範囲 は一般に非常に広く、「現実を定義し説明するという直接的な機能、そして方向づけ、結合、 行動の正当化、動機づけ、行為の発見、安定性、調整、および統合J ( G r a b n e r -Kr a e u t e r, S . [ 1 9 9 8 ]S . 1 9 7 1 9 8 J を包括する。しかしながら、グラプナーークロイターの文献研究による と、企業倫理との関連は一般に対象の外に置かれ、多くは管理あるいはマネジメントの分野 において、管理との関連を対象とするものであった。「企業文化のなかに表現される、企業 特有の規範、方向づけのモデル、行動基準がモラルに従ったものか否かを格付けするという 問題は、企業文化というテーマに関する研究の多数においては議論されない J ( G r a b n e r Kr a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 8 . ) 0 r マネジメントの研究においては、戦略的な理想的文化に対し て現存の文化を適合させることを視野に置いて、文化的諸価値(規範、価値、シンボル)を 確認し、構築することを目指す、機能的な文化理解が支配している。経営者は、(すべての 企業構成員の共通の価値観に表現される)どのような文化的特質が企業の経済的成果に対し て最も効果的であるか、を発見すべきである。議論の中心に立っているのは、成果志向的な a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 6 J。 『文化マネジメント jである J ( G r a b n e r -Kr 3 2 企業倫理と企業文化の関係 まず、グラプナーークロイターが「企業文化と企業倫理の(可能な)関係は、多層的かつ a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 8 . ) として、両者 複雑なものであると特徴づけられうる J ( G r a b n e r -Kr 「企業倫理と企業文化 Jに関する研究序説 2 1 5 の間の一義的な関係を規定していないことを確認しておくべきであろう。グラプナーークロ イターによると、両者はなるほど、価値と行動規範という共通の研究対象をもっているが、 次の点において差異がある。「企業文化の研究が何よりもまず、企業において実際に機能し ている価値と規範を、その手段としての影響力という目的に照らして研究するのに対して、 企業倫理の中心的な関心事は、行為を制御する、あるいは行動を導く規範を意図的にっくり、 批判的に点検し、基礎づけることにある J( G r a b n e r K r a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 8 J。グラプナ ーークロイターはさまざまな関係を想定する。 企業倫理の研究と企業文化の研究が重なり合う。企業文化の研究による、企業内部におい て実際に機能している規範の把捉は、企業倫理の研究がそれを点検するための前提となる。 ここにおいて、多くの重なり合いが存在しうる。実際に存在する規範の研究は、企業倫理の 記述的アプローチの対象となると同時に、企業文化の実証的な研究は、規範の実態調査を目 指すからである。この点において、企業文化の実証的な研究は、企業倫理の具体化と実行の ための基礎となる。 実践において、次のような関係が想定可能である。「企業文化の『性格j は、企業の内部 において企業の意思決定と行動に対する倫理的な点検が一般に可能か否か、それを超えて望 まれているか否か、という点に対して決定的であると考えられうる。意思決定を倫理的な視 点のもとに繰り返し点検し、そしてモラルに沿った責任ある企業行動に関する個人の考えを 集合的な意思決定の発見のなかに取り入れる可能性は、変化の過程に対して聞かれた企業文 化を前提とする J( G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 19 9 8 ]S . 1 9 9 . )。 また、次のような関係も想定可能である。「企業文化のなかに実際に機能している規範と 価値はその倫理的な正当性を、企業倫理による意識的な点検を通じて初めて受け取る。この 点において、企業倫理は、倫理を意識した企業文化の構築と変革に対する前提を成すもので ある。ここでは再び、二つのテーマ群の補完的な関係が明らかとなる。すなわち企業文化と 企業倫理は一対になっており、そして相互に独立させて議論することはできないのである j ( G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 1 9 9 . )。 さらに、次のような関係が想定可能である。「原理的には、応用志向的な企業倫理論の枠 内において提示される実行案は、それがそのときの企業文化のなかに表現される価値、規範、 姿勢、信念に反せず、これと I 一致する j ときにのみ実行力をもつことができる。企業倫理 は、それが『企業文化のなかに統合されるとき』にのみ具体化の機会をもっ。この視角のも G r a b n e r -Kr a e u t e r , S . とにおいて、企業倫理はいわば企業文化の[構成要素Jとみなされる J( [ 1 9 9 8 ]S . 1 9 9 2 0 0 . )。 企業文化が協働者個々人にとって、企業倫理の行動に対する影響要因であることを、グラ プナーークロイターは強調する。個人のモラル的あるいは非モラル的な行動に対して、その 2 1 6 尾道大学経済情報論集 第 8巻第 2号 個人の人格とモラル的価値観が大きな役割を演じているように思われる場合でも、企業文化 の要因は過小評価されてはならない。個人の倫理的姿勢がその個人の行動に表れるとしても、 それは企業文化の影響を受け、場合によってはっくり変えられる。「企業文化的な価値と規 範がもっ決定的な力は、新しい協働者の雇用の際に強力に作用する。研修の局面において、 業界における特定の業務慣行、たとえば賄賂のような慣行が一般的であること、そしてそれ が『かれの』企業の好調な存続にとって不可欠であることを、上司から強く指示された『新 しい』協働者は、その業務を自己の任務の一部とみなし、時間の経過のうちに、その実行を a e u t e r . S .[ 1 9 9 8 JS . 2 0 0 . )。個人はさまざまな理由 疑わないようになるであろう J ( G r a b n e r -Kr から、企業文化的な規範に従って行動する。個人は、一定の規範を自らのうちに内面化され たものとしてもつ場合があり、あるいは自己の置かれている環境のもとで期待された行動を するように、規範を自らのうちに内面化して L¥く場合もある。「組織的な社会化の過程にお いて、自己の価値観に対立するような規範であっても、グループ構成員の期待に応え、 f そ れに所属する』ために、しばしば順守される。この関連において、個人が一定領域における 一定の規範と行動様式を十分なものであるとみなすことを可能にする一方で、他の領域にお いては-矛盾を不愉快に感じることなしに一、受け容れないことを可能にする、規範がもっ 文脈特有な性格を注視することも重要である J ( G r a b n e r -Kr a e u t e r . S .[ 1 9 9 8 JS . 2 0 0 2 01 . )。日 曜スクールで学んだルールと規範は、完全に異なった場である職場の文脈に適用できるわけ ではない。「企業に関連するモラルの問題に対して、経営者は、自己の個人的なモラル観で はなくて、組織の集合的な規範構造と一致する意思決定をする傾向がある J( G r a b n e r Kr a e u t e r , S .[ 19 9 8 JS . 2 01 . ) 0 3 3 企業倫理の用具としての企業文化 グラプナーークロイターは、「企業倫理論にとって中心的な意義をもつのは、目標に合わせ a e u t e r . S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 01 . ) て企業文化に対して干与することに関する問題である J ( G r a b n e r -Kr と考える。引用文中の目標は企業倫理の目標を意味する。「企業文化の一般的な構築と変革 の可能性、どのような方法と様式で変えられるかという問題については意見の対立がある j ( G r a b n e r -Kra e u t e r . S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 01 . )。この問題には、グラプナーークロイターは立ち入らな い。グラプナーークロイターの考える企業倫理は、次のような考え方に立つ。「企業文化を完 全に保存される確定的なものとみなし、あらゆる批判的な点検を放棄することは、倫理的な 観点から見ると問題があり、そして倫理の問題は、ーー企業文化に対して目標意識的に関与 することと密接に関連している J ( G r a b n e r -Kra e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 2 . )。 いわゆる強い企業文化がドイツの経営経済学においても議論されている。プラスの面につ いて、グラプナーークロイターは、次のようにいう。「強い企業文化あるいは一様な企業文化 「企業倫理と企業文化Jに関する研究序説 2 1 7 がもっ効率向上の効果として、とりわけ統一的な状況把握、意思決定の迅速な発見、外部に 対する統一的な姿勢、高い動機づけと忠誠心、規制と統制の必要性が少ないことが挙げられ る。強い企業文化の問題ある側面ーたとえば密室化への傾向、そして批判、警告シグナル、 新しい要求とチャンスの排除への傾向、適応能力の欠如と変化への抵抗ーは、むしろ背後へ と押しやられる J ( G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 JS . 2 0 2 . )。企業倫理においては、次のような側 面に関心が集る。「倫理的な視点においては、企業文化並びにその促進への『手引き』と結 合した一連の問題がある たとえば、強い企業文化は共通性を過剰に強調することを通じて、 O 企業内部の利害対立、存在するコンフリクト、権力の差異を容易に覆い隠すように作用する。 さらに、企業文化の一様性の増大によって、個々人をそれに適合する行動へと集合的に強制 する傾向がますます大きくなる J ( G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 JS . 2 0 3 . )。強い企業文化は、倫 理的点検を全面的に締め出すものではないが、その必要性を少なくする傾向がある。「強い 企業文化は、知覚のフィルターとして機能し、そして企業構成員が内部環境と外部環境にお ける出来事と状況を、しばしば企業のなかでの思考態度と価値視角からのみ受け止め、判断 するように作用する。このことは、モラル的な問題との関連では、自己の規範的な前提に関 する意識がしばしば低くなり、あるいは先入観に囚われたものとなって、モラル的なコンブ リクトが知覚されないか、あるいはゆがめられた形でしか知覚されないことを意味する J ( G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 JS . 2 0 3 . )。 グラプナーークロイターは、アメリカ合衆国のビジネス・エシックスにおける企業文化研 究の一般的な傾向に論及している。「特にビジネス・エシックスの研究においては、企業文 化のもつ行動影響力を倫理的目標に役立てることが繰り返し試みられている J( G r a b n e r Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 JS . 2 0 3 . )。倫理の観点から見た企業文化の重要な課題は、たとえば協働者 の自律性の増大、倫理的な点検能力の向上であるが、最終的に目標とされるのは、核となる 価値を中心とした、一元的な、結束力ある組織文化を創造することである。この場合、企業 文化は、効率向上と利益追求の目的に対してではなくて、企業による、企業における倫理的 な行動の促進に対して用具として利用される O グラプナーークロイターはアメリカ合衆国に おけるこのような傾向について、次のように考える。 IPずれにせよ、ここにおいてもーモ ラル的に正当な、『最善の』意図のもとにおいてではあるが一、一定の企業文化が指定され、 そして良いとされたもの、正しいとされたものがドグマへと高められる危険性が存在する」 ( G r a b n e r -Kra e u t e r, S .[ 1 9 9 8 JS . 2 0 4 . )。この関連において、グラプナーークロイターの、次の ような指摘はドイツ語圏の文献を追っている者にとって容易に理解できる o I もっぱら『上 から jの指令による、企業固有の規範と行動モデルの変更はしかしながら、問題をもつもの であると考えられる o 企業の規範、価値、思考モデルを統一し、用具として用いるすべての 試みは、なるほど一様化が意思決定を迅速にし、統制を容易にすることはできるが、そのこ 2 1 8 尾道大学経済情報論集 第 8巻第 2号 とは、倫理的な点検にとって必要な、企業内の批判能力の発揮を沈黙させる危険と結合して いる、ということを考慮すべきである J( G r a b n e r -Kra e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 4 . )0 r 原則として、 企業文化のすべての変更は、すべての企業構成員の参与のもとで、開かれた過程として行わ G r a b n e r -Kra e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 4 . )。 れるべきである J( 企業倫理と企業文化の関係に関する全般的な展望として、グラプナーークロイターは、次 のように締め括っている。「ここでは、企業文化の倫理化は『文化の育成 j という一つの計 画プロジェクトと等値されることはできない、という見解が主張される。企業文化の倫理化 においては、突然の文化革命や期限を設けることができるようなコース変更が問題となるの ではなくて、実際に行われている思考態度を状況に応じて批判的に点検する過程を制度化す ることが問題となる。『解凍、変更、再冷却』という古典的な過程の進行は、企業倫理的な 省察行為が『分析j されうる十分な構成部分ではないように思われる。文化の育成あるいは 組織学習は、倫理的視点のもとでは固定可能な終わりをもたず、それゆえに一つのプロジェ クトに限定されるものではな~ ¥ J( G r a b n e r -Kra e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 5 . )。 3 4 コーポレート・アイデンティティ グラプナー・クロイターは企業倫理の原理を企業文化のなかに定着させるための場として、 コーポレート・アイデンティティのコンセプトを吟味する。「企業文化の中心的な側面は、 それが経営陣とすべての協働者の知覚、意思決定、行動に対して、いわば目には見えること なしに、大部分は無意識のうちに影響を与えることである。企業文化のなかに具体化される 基本的な考え方と価値を明示的なものにして、それによってさらに操作可能にする努力は、 実践においてしばしば『企業行動の哲学』、 f 企業の行動モデル j、『企業行動の指導原理』、 あるいはその内容から、もっと包括的にコーポレート・アイデンティティのコンセプトと呼 ばれる文書の作成と密接な関係を也っている。この文書においては、目標とする企業展開お よび企業とその構成員のあるべき行動を記述する、方向指示的な、志向性を与える内容がま とめられている。モラルあるいは倫理の内容が少なくとも明示的に含まれる企業行動の指導 原理の策定はしばしば、企業の構造的、統一的な自己理解が表明され、展開されるべき、コ ーポレート・アイデンティティの過程の結果である J( G r a b n e r K r a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 5 - 2 0 6 . )。 企業のなかに支配している思考方法と価値を倫理的な視点から点検するよう強いる圧力 は、企業の外部からも強まっている。「企業を取り巻く社会は、モラルの面での責任を企業 が進んで引き受けることを要求している。文書化された企業の諸原則にはこの点において、 企業内部に対すると同時に、企業外部に対する正当化の役割が与えられる。それは、企業行 動を導く価値、思考方法、規範を内外に向って表明し、目標とする一定の行動様式を『コー 「企業倫理と企業文化」に関する研究序説 2 1 9 ドj化し、もって正当化すべきであるからである。企業の諸原則は、企業行動に対しては志 向の枠組みを構成することになり、すべての協働者に対しては義務となると同時に励ましと なる J( G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 6 . )。 企業倫理と企業文化の関連づけに対して、コーポレート・アイデンティティがもっ意義に ついて、グラプナーークロイターは、次のように考える。「企業倫理と企業文化の統合は、倫 理的な次元を企業の行動モデルのなかに、あるいはより包括的にいうと、コーポレート・ア イデンティティのコンセプトのなかに取り込むことによって追求されることができる。独立 の倫理コードが存在するときには、それが、明示的あるいは暗示的に企業の行動モデルのな かに包含されるモラルの規範と[調和する』ことが配慮、されるべきである J( G r a b n e r Kr a e u t e r , S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 6 . )。企業の文化は上から与えられた独断的な企業の原則として表現 されるのではなくて、企業の日常的業務のなかでこの原則が実行されるときに初めて表現さ れることが忘れられてはならない。企業の原則が策定されるとき、しばしば経営者の個人的 なモラルや願望、あるいは PRの意図が前面に出る。それが経営者あるいは PR部門によっ て会社イメージの向上のために策定されるとき、協働者がその実際の行動においてこの原則 に進んで従うか否かは疑わしい。フォーマルな原則と実際のインフォーマルな思考態度とが 一致しない場合において、後者の方が協働者の行動に対してより強い影響を与える。多くの 協働者は文書を、毎日の業務には役立たない一片の紙とみなしたり、上からの単なる「御言 葉」とみなすことさえある。このような事態を回避するために、次のような手続きが提案さ れる。「コーポレート・アイデンティティと企業行動の原則に関する研究においてもしばし ば、策定過程に対する協働者の参加、および行動規範と基本的価値の文書化に関して原則的 な合意の努力が要求され、勧められている J( G r a b n e r -Kr a e u t e r , S .[ 19 9 8 ]S . 2 0 7 . )。 企業の行動モデルのなかに盛り込む具体的な内容に関しては、グラプナーークロイターは 当然のことながら慎重である。「実質的な規範の文書化については、企業倫理の諸アプロー チには、ある特定の規範あるいは基本的価値を、優先するに値するものとして称揚するとい う課題は与えられるべきではない J( G r a b n e r -Kr a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 7 . ) 0 I 企業の実務にお いては、企業構成員によって規範構築の過程において内容的な規範もまた定められるが、し かし、それは企業倫理のアプローチを通じて『科学的に正当化』されるものではない。行動 に対する具体的な要求は、正しい行動に関する洞察と同じように、科学的研究を通じて先取 りすることはできない。一般原則から具体的な行動処方糞を論理的に導き出すことは可能で はないことが、ここにおいて再び指摘される J( G r a b n e r -Kr a e u t e r . S .[ 19 9 8 ]S . 2 0 8 . )。 企業文化のなかにおいてモラルの側面が考慮、され、企業の行動原則のなかに倫理が盛り込 まれている場合、あるいは倫理コードが企業行動の倫理的な枠組み条件を構成している場合 でも、すべての企業構成員のモラル的な意思決定と行動にとって十分な条件とはならな t~ 0 2 2 0 尾道大学経済情報論集 第 8巻第 2号 「具体的なモラル的な判断と行動は、、実際の、状況特有の知識および意思決定者の主体的な モラル的解釈が加わることによって初めて『生まれる 1 0企業の原則においても行動コード においても、すべての潜在的なモラル的コンブリクトは予見されえない。『企業倫理的な枠 組み秩序』は、モラルに関する問題の知覚と解決に対する方向づけを支援することに貢献し、 倫理の問題を話題にすることに貢献する。しかしながら、このことは、企業行動の諸原則が 既存の目標と取り組みを固定化することを目指すのではなくて、その批判的な点検を目指す ときにのみ達成されうる。その場合、行動を導く規範と原則を繰り返し問い直すようはっき りと刺激することが基本的な役割を演じるのであり、企業の諸原則がもっ目標としての性格 はむしろ後退する J( G r a b n e r -Kr a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ]S . 2 0 8 2 0 9 . ) 0 I それゆえに、行動を導く規 範を文書化すること、そしてーそれ以上にー繰り返し批判的に問い直すよう刺激することが、 モラル的に敏感な組織の育成に対する重要な用具とみなされうる J( G r a b n e r K r a e u t e r, S . [ 1 9 9 8 ]S . 2 0 9 . )。 4 おわりに 企業倫理の教科書と研究書のなかの企業文化に関する記述を見てきた。このノートにおい て設けた項目の標題を並べてみよう O フリスケらの教科書については、次のような項目を設定し、その概要を説明した。 ①企業文化の生成と構築 ②企業文化の機能 ③企業文化の利点と危険性 ④現代の企業文化の基礎としての倫理 ⑤コーポレート・アイデンティティ グラプナーークロイターの研究書については、次のような項目を設定し、その概要を説明 した。 ①企業文化のコンセプトと研究の動向 ②企業倫理と企業文化の関係 ③企業倫理の用具としての企業文化 ④コーポレート・アイデンティティ 両者の項目と内容を比較してわかることは、第 1に、コーポレート・アイデンティティが 共通して取り上げられていることである。そしてフリスケらの「企業文化の生成と構築」は 企業倫理の実行に関連するものであり、グラプナーークロイターの「企業倫理の用具として の企業文化 j に相当する内容を含んでいる。ブリスケらの「企業文化の機能」と「企業文化 「企業倫理と企業文化」に関する研究序説 2 2 1 の利点、と危険性」は、企業倫理以前の時代における企業文化に関する研究の動向を踏まえた ものであり、グラプナーークロイターの「企業文化のコンセプトと研究の動向Jに相当する 内容を念頭に置いている。ブリスケらの「現代の企業文化の基礎としての倫理Jは企業倫理 と企業文化の関係を直接的に取り上げたものであり、グラプナーークロイターの「企業倫理 と企業文化の関係 j および「企業倫理の用具としての企業文化」に相当する内容を含んでい る 。 このノートにおいて得られたところを踏まえて、私は、次のような諸項目を含む構想で、 「企業倫理と企業文化 j に関する研究の蓄積を整理していきたいと思、っている。 ①企業文化のコンセプトと研究の動向 ②企業倫理と企業文化の関係に関する議論の整理 ③企業倫理と企業文化という領域の実行、特にコーポレート・アイデンティテイ 参考文献 D i e t z f e l b i n g e r , D .[ 1 9 9 9 ]A l l e rAnfangi s tl e i c h t .Ei 1 仰e h r u n gi nd i eGrun . d 向 gend e rUntemehmens-und W i r t s c h a f t s e t h i k ,M u e n c h e n . F r i s k e, C. l B a r t s c h, Eβchmeisser , W. [ 2 0 0 5 ] Einfuehrungi nd i eUntemehmensethik.E r s t et h e o r e t i s c h e , n o r m a t i v eundp r a k t i s c h eA s p e k t e .Leh r b u c h戸e rS t u d i u mundPr a . x i s,MuenchenIM e r i n g . G r a b n e r K r a e u t e r, S .[ 1 9 9 8 ] DieE t h i s i e r u n gd e sUntemehmens.E i nB e i t r a gzumw i r t s c h a f t s e t h i s c h e n i e s b a d e n . D i s k u r s,W Loehr, A .[ 1 9 9 1 ] UntemehmensethikundB e t r i e b s w i r t s c h a βs l e h r e . Untersuchu昭 e nz u rt h e o r e t i s c h e n S t u e t z u n gd e rUntemehmenspr 似 , i s,S t u t t g a r t .