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姉妹都市と国際交流 - 鳥取大学地域学部
国際交流班 ~姉妹都市と国際交流~ 〔班員〕鈴村 徳人 楠 彩華 清地 晃大 寺坂 歩美 谷本 翼 船越 淳一郎 難波 つか彩 圓井 友梨 南場 香菜子 布廣 祐香 奏恵 佐々木 山田 航平 聲高 辰伍 〔指導教員〕 キップ・A・ケイツ ― 15 ― 北川扶生子 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 【はじめに】 語教材・外国語教材等の書籍の閲覧、貸し出し 担当:寺坂歩美 を行っている情報コーナーの見学もした。 私たち国際交流班は、テーマ決定に向けて、 4.ゲストスピーカー 以下の4つの活動・調査を行った。 ○鳥取市役所 企画調整課 田中雄一郎さん 1.国際交流の現状について グループに分かれ、それぞれ、日本、鳥取県、 鳥取市、鳥取大学について、外国人登録者数と その国、国際交流の団体や実際の活動などを調 査し、発表した。外国人登録者の数は、どれも 中国・韓国が上位を占めていた。鳥取県の外国 人登録者の数は、高知県 3460 人、秋田県 4061 人に次ぐ少なさの 4144 人だった。(データ H22 年) 鳥取市役所の田中雄一郎さんをお招きし、鳥 取市と姉妹都市提携を結んでいる韓国の清州市 2.本を読んでプレゼン 一人ずつ、国際交流に関する本を読み、プレ とドイツのハーナウ市についてお話を伺った。 ゼンテーションとディスカッションを行った。 鳥取市の姉妹都市交流について初めて知り、今 本の内容は、国際交流や異文化交流の実態に関 年のテーマ決定にもつながる貴重な場となった。 するもの、各国の常識やルールに関するものな ど様々で、国同士のルールの違いや文化の違い ○キンダーリートアンサンブル「ブレヴィス」 などについて再認識し、わたしたちがどのよう に外国人や留学生と接していけばよいのかなど を考える良い機会となった。 3.鳥取県国際交流財団の訪問 また、ハーナウ市を演奏訪問した、キンダー リートアンサンブル「ブレヴィス」のみなさん に交流事業での成果や苦労した点などの体験談 等を伺った。キンダーは子ども、リートは楽曲 私たちは、実際に鳥取県国際交流財団を訪問 という意のドイツ語だそうだ。実際に行われた し、鳥取県の国際交流の現状について詳しくお 姉妹都市交流事業について生の声を聞くことが 話を伺った。在日外国人の状況などを聞き、理 でき、調査に生かすことができた。 解を深めた。また、日本文化・各国情報・日本 ― 16 ― 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 でなく世界各都市の間でも、国際親善や文化交流 が呼びかけられるようになった。さらに、1956 年 【姉妹都市の概要】 担当:鈴村徳人 にアメリカのアイゼンハワー大統領が、 「People- to-People Program」を提唱したことによって、 〔姉妹都市の定義〕 一般的な辞書において、姉妹都市は「文化交流 や親善を目的として結びついた国際的な都市と都 この運動は広く普及し、今日の姉妹都市の体制を 作った。 ※People-to-People Program:世界平和に 市」(『広辞苑』より)と定義されている。 向けて市民が直接交流し、理解しあうため、 アメリカの都市と外国の都市との提携におい 〔姉妹都市の呼び方〕 アメリカ Sister City(姉妹都市) イギリス・カナダ Twin City(双子都市) フランス Jumelages(対都市) らも分かるように、国家間の外交という形式をは 中国 友好都市 なれて、市民と市民が固く結ばれ、さまざまな分 て市民どうしの交流を奨励する運動 このように姉妹都市提携とは、その成り立ちか このように国によって様々な呼び方がある。国 野での交流を通じて、お互いの理解を深め、国際 によっては、 「姉妹都市」という呼び方ではどちら 親善と世界平和に役立てようとするものというこ が姉でどちらが妹か、つまりどちらが上位にある とが分かる。 かという議論にもなりかねないことから、代わり に中国のように「友好都市」という表現が使用さ 【日本初の姉妹都市】 れる場合もある。 〔世界初の姉妹都市〕 セントポール市 長崎市 日本初の姉妹都市提携は、長崎県長崎市とアメリ アメリカ合衆国 カ合衆国セントポール市の間で、1955 年に結ばれ スイス たものである。ニューヨークの日本国連協会代表 世界初の姉妹都市提携は、1893 年のアメリカノー による斡旋が、この提携のきっかけであった。 スカロライナ州ニューベルンとスイスのベルン間 のものと言われている。アメリカ合衆国のニュー 【鳥取の姉妹都市交流】 ベルンは 1770 年代にスイスのベルンから来た移 担当:船越淳一郎 民たちによって作られた町だったので、姉妹都市 [鳥取の姉妹都市提携] の提携を結ぶ前から、移民元のベルンとは自然な ・提携数 鳥取県の姉妹都市提携数であるが、平成 23 年 1 交流があった。姉妹都市はこのような形で自然発 月 1 日現在で提携数は 20 件ある。その内、県単位 生した。 で 3 件、市町村単位で 17 件となっている。提携先 の国で最も多く提携しているのは韓国で、その次 〔背景〕 1950 年中ごろからアメリカとフランスを中心と に中国、アメリカという順になっている。 した国際的な姉妹都市運動が展開され、欧米だけ - 17 ― 17 ― 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 〔鳥取の提携状況〕 表より、中国や韓国など日本から比較的近い国が 鳥取と提携している国について、鳥取県全体と 多数を占めていることから、提携している国と国 して提携している国、そして、鳥取県の東部、中 が距離的に近いことで交流がしやすくなるという 部、西部が提携している国をそれぞれ表で見てい ことが考えられる。 く。なお、右の年月は提携年月を表す。 〔鳥取初の姉妹提携〕 鳥取県 鳥取県 鳥取県が初めて提携した相手は中国の河北省で、 中国 河北省 1986 年 6 月 1986 年に提携した。当時、梨の生産量がそれぞれ 韓国 江原道 1994 年 11 月 全国一位であることなどが縁となり提携すること 2010 年 5 月 になった。 ロシア 沿海地方 東部 鳥取市 韓国 忠清北道 清州市 1990 年 8 月 ハーナウ市 2001 年 11 月 中国 江蘇省 太倉市 1995 年 11 月 中国 吉林省 大安市 1996 年 12 月 韓国 江原道 横城郡 1997 年 9 月 若桜町 韓国 江原道 平昌郡 2010 年 11 月 智頭町 韓国 江原道 楊口郡 1999 年 10 月 ドイツ 八頭町 燕趙園 また、友好のシンボルとして燕趙園が鳥取県湯梨 中部 浜町に建てられた。現在、日本最大の中国庭園で、 倉吉市 韓国 全羅南道 羅州市 1993 年 4 月 湯梨浜町 アメリカ ハワイ州 1996 年 11 月 北栄町 台湾 台中県 大月土郷 2010 年 7 月 三朝町 フランス ラマルー・レ・バン町 1990 年 4 月 提携先の国とはどんな交流、活動をしているのか、 琴浦町 韓国 江原道 1997 年 8 月 鳥取初の提携相手である中国河北省を例としてい ハワイ郡 麟蹄郡 主要観光スポットとなっている。 〔交流状況〕 くつか紹介する。 西部 青少年スポーツ交流 中国 河北省 保定市 1991 年 10 月 韓国 江原道 束草市 1995 年 10 月 として河北省を訪問し、現地中学生と交流試合を 境港市 中国 吉林省 琿春市 1993 年 10 月 行った。 大山町 アメリカ カリフォルニア州 テメキュラ 米子市 1994 年 5 月 市 日南町 アメリカ カリフォルニア州 スコッツバ レー市 2009 年に県内の中学生 5 名が青少年卓球交流団 大学間交流 1989 年 8 月 2006 年に鳥取大学は河北大学及び河北医科大学 と交流提携を締結し、共同研究や人材育成事業へ の協力等を進めている。 ― 18 ― 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 市町村別にみた時では、一番多いのが北海道の 110 「万里の長城写真展」開催 河北省博物館の協力により、2007 年に鳥取県立 件で、次に多いのが、兵庫県の 74 件で、その次に 博物館で「万里の長城写真展」を開催したほか、 多いのが、大阪府の 70 件である。このことから分 燕趙園や夢みなとタワーでも巡回展を開催した。 かるように市町村別にみると北海道の姉妹都市提 携数が圧倒的に多くなっている。 【日本の姉妹都市について】 次に日本の姉妹都市提携先についてであるが、 担当:谷本翼 [日本の姉妹都市] 都道府県別にみると、一位が中国の 34 件で、二位 がアメリカの 24 件で、三位がブラジルの 11 件で 日本の姉妹都市は自治体国際化協会が認定した ある。 時に成立する。認定される為の条件は 1)姉妹都市 一方、市町村別に見ると、一位がアメリカの 410 を結ぶ両方の市長による提携書があること、2)交 件、二位が中国の 304 件、三位が韓国の 125 件で 流の分野が特定のものに限られず、様々な分野に ある。 よるものであること、3)交流するにあたって何ら かの予算措置が必要になるものと考えられること ㇺᐭ⋵ߩឭ៤⋧ᚻ࿖ 都道府県別の提携相手国 (2011.3.31) (2011.3.31現在) から、議会の承認を得ているという、3 つの事柄が ਛ࿖ ઙ㧕 中国(34件 ) ࠕࡔࠞ アメリカ ઙ (24件) ࡉࠫ࡞ ブラジル ઙ (11件) ࡠࠪࠕ ઙ ロシア(9件 ) 㖧࿖ ઙ 韓国(9件) ある。 2011 年 8 月 31 日現在における日本の姉妹都市 の提携数は 1605 件であり、848 の自治体がおよそ 60 カ国と結んでいる。また日本の姉妹都市の提携 数は平成 8 年で 1253 件であったのに対して徐々に 数を伸ばし、13 年後の平成 21 年には 1586 件にな っていることから、今後も姉妹都市の提携数が増 ߘߩઁ その他(45 ઙ 件) えていくということが予想される。しかし、日本 の姉妹都市提携数は伸びていっているものの、姉 県単位でみてみるとアメリカや中国など主要な 妹交流事業件数は年によって差はあるが、平成 8 国と姉妹都市提携を結んでいるために、提携に少 年で 3356 件であったのに対して平成 21 年では なからず利害関係があったということが出来る。 1676 件と、13 年間で半分に減ってしまっている。 また、一自治体あたりの交流事業件数も、全体 の交流事業件数が減っていくのに比例しているこ Ꮢ↸ߩឭ៤⋧ᚻ࿖ 市町村別の提携相手国 (2011.3.31) (2011.3.31現在) 医療、経済、行政など様々ある。都道府県別にみ ࠕࡔࠞ アメリカ ઙ (410件) ると、行政による交流が一番多く、市町村別にみ ਛ࿖ ઙ 中国(304件) とが分かる。交流事業は、教育、文化、スポーツ、 ると、教育による交流が一番多いのである。 姉妹都市の提携数を都道府県別にみると、一番 多いのが、東京都の 11 件で、次に多いのが大阪府 の 9 件、その次に多いのが兵庫県の 7 件となって いる。日本の主要な都道府県ほど姉妹都市の提携 数が多いと言える。しかし、姉妹都市の提携数を - 19 ― 19 ― 㖧࿖ ઙ 韓国(125件) ࠝࠬ࠻ オーストラ ࠕ ઙ リア(100件 ) 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 しかし、市町村別にみてみると、距離的な近さ ナウ市を訪問した。そこでその人形の出展を依頼 から交流がしやすかったことも近くの国と姉妹都 し、 「鳥取・世界おもちゃ博覧会」にて人形が展示 市提携をする一つの要因になったと考えることが されることとなった。またこの博覧会の際に、ヘ 出来る。 ッセン人形博物館の初代館長であったゲルトルー 最後は日本初の姉妹都市交流である。日本初の ト・ローゼマンさんが来訪された。そしてこの博 姉妹都市提携は、長崎県長崎市とアメリカのセン 覧会の後、「タイムスリップ鳥取」という、100 年 トポール市によって 1955 年に結ばれた。きっかけ 前の鳥取の街並みを再現したジオラマをローゼマ は、ニューヨークの日本国連協会の代表が両都市 ンさんが所望されたため、鳥取市がこれを寄付し に働きかけたことである。世界初の姉妹都市提携 た。 が 1893 年にされたので、その年から 62 年もあと に、日本で姉妹都市交流が始まったということな のだ。 【ケーススタディ:鳥取×ハーナウ】 今回、 「姉妹都市」というテーマを研究するにあ 和紙人形ジオラマ たり、鳥取県内のいくつかの姉妹都市交流をケー ススタディとして取り上げた。まずは 2011 年に姉 この博覧会をきっかけとし、鳥取市とハーナウ 妹都市提携 10 周年を迎えた、鳥取とドイツ・ハー 市は相互に交流を続け、1995 年には、わらべ館と ナウ市の交流について報告する。 ヘッセン人形博物館が姉妹館提携を締結した。そ して 2001 年 11 月 20 日に姉妹都市提携協定が締結 【概要・歴史】 された。人形をきっかけとした交流は現在でも続 担当:楠彩華 鳥取市は現在、ドイツのハーナウ市と姉妹都市 き、分野にこだわらない幅の広い交流が行われて いる。 提携を結んでいる。ハーナウ市とは、ドイツのヘ 昨年の 2011 年は、ハーナウと鳥取市が姉妹都市 ッセン州に位置している、面積約 76 平方キロメー 提携を結んでから 10 周年を迎えた節目の年でもあ トル、人口およそ 9 万 3 千人の比較的小さな規模 り、それに伴い様々なイベントが行われた。 の町である。グリム兄弟が生まれた地であること まず、6 月 9 日にはヴレヴィス・キンダーリート や、観光地としても有名な、メルヘン街道の始ま アンサンブルの会員 10 名がハーナウ市を訪問し、 りの地であることとしても知られている。今から グリム小学校、ガイベル小学校、旧ヨハネス協会 約 20 年前、鳥取市とハーナウ市との交流が始まっ で音楽交流コンサートを開催した。 7 月 1 日~15 日まで、わらべ館で姉妹都市交流 た。 まず、1989 年 8 月にわらべ館で「鳥取・世界お パネル展「市民が深めた交流の絆」が開催され、 もちゃ博覧会」が開催されることが決定した。そ 同時に企画展「ドイツのおもちゃ展」が開催され、 の博覧会に、 「世界最古の操り人形」を展示するた 多くの人で賑わった。 め、西尾優鳥取市長が、同人形を所有、展示して そして 7 月 9 日にはわらべ館で、姉妹都市提携 いた「ヘッセン人形博物館」があるドイツのハー 10 周年記念式典が開催され、それに伴いハーナウ ― 20 ― 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 市代表訪問団 10 名が来訪された。私たち国際交流 班もボランティアとして、式典の前の会場作りな どを手伝い、その際にローゼマンさんともお話を させて頂いた。 ゲルトルート・ローゼマンさん 次に、鳥取ハーナウ協会である。2005 年に設立 記念式典にて されたハーナウとの交流を目的とした民間団体で、 また、この式典では 3.11 の東日本大震災の被害 に遭った日本に対しドイツ側から、全長8メート ルにもなる紙に書かれたメッセージと、250 万円の 震災義援金が送られ、これらは後に、鳥取市の姉 妹都市である福島県郡山市へと送られた。 ハーナウ協会会長・山本二郎さん 会長の山本二郎さんを始め、約 200 人の会員が 所属している。 【ローゼマンさんへの質問】 義援金贈答の様子 私たちは、キーパーソンであるローゼマンさん に、いくつかの質問に回答していただいた。 【交流のキーパーソン】 担当:圓井友梨 ここでは、鳥取とハーナウの交流のキーパーソ うお考えなのか ンについて紹介する。 まず、ハーナウのゲルトルート・ローゼマンさ んである。姉妹都市交流のきっかけとなった、ヘ ッセン人形博物館の初代館長で、これまでに 10 回 以上鳥取を訪問されている。 Q-01 鳥取と姉妹都市を結んだことについて、ど A-1989 年の鳥取市制 100 周年記念式典から始ま った両市の交流と協力の結果ですが、交流当初は、 両市が姉妹都市提携するとまでは思ってもいませ んでしたので、とても嬉しく思っています。 - 21 ― 21 ― 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 Q-02 これまでの姉妹都市交流で、特に印象深い をいつも支えてきた、支えているたくさんの人々 こと を想います。その中、この世を去った方が何人い A-・鳥取市民のみなさんとの心のこもった友情の ますが、鳥取とハーナウでは、彼らのご恩を忘れ 絆とそれを支えていただいた行政の協力(歴代の ません。 市長と市役所の職員) ・鳥取大学と学生さんが両市の交流に関心を示し Q-06 今年 7 月・11 月の交流で感じたこと てくれたこと A-震災や原発事故といった厳しい時期にも関わら ・鳥取とウィルヘルムスバートの相互で行われた ず式典を挙げることが出来たのは両市の絆の証で 友人との語り合い はないかと感じました。 Q-03 感じている問題点・苦労点などがもしあれ 【鳥取×ハーナウ 10 周年記念アンケート】 私たちは、2011 年 11 月に行われたハーナウへ ば A-個人や団体相互の交流(両市の国際ソロプチミ の市民訪問団に参加された方を対象にアンケート スト、わらべ館とヘッセン人形博物館、いなば幼 を行い、13 人の方にご協力いただいた。 まず、回答者の年代は以下の通りである。 稚園とアリツェ・ザロモン幼稚園、両市の小学校、 両市の友好協会、鳥取市とハーナウ市など)介し 0人(30代) た市民の交流が一番大事。もし、何らかの原因に 1 人 よって個人のつながりや文通の交流が減ると問題 になります。 2人 30代 7人 Q-04 これからどのような交流をしていければ 3人 良いと思っているのか 1 人 A-さらなる交流の道が考えられます、例えば 20代 ・貴金属細工アカデミーと鳥取大学 40代 50代 60代 70代 ・両市の機関同士(病院など) ・スポーツクラブ同士 結果から、若い世代の参加が求められる。今回 ・サービスクラブ同士(ロータリークラブなど) ・コレクター団体同士(鉄道の友の会など) は、費用の関係や日程が平日だったことなどから、 若い世代の参加が難しかったのではないだろうか。 ・博物館同士(美術、歴史)。 次に、参加した動機として、 相手の伝統、文化をよりよく知るために、文化交 流をさらに発展させてもと思います(能、歌舞伎、 童話、歌、伝統行事など)。もう私がいない時にも (2012 年に 90 歳になります)、鳥取・ハーナウの 友好が安定されていることを嬉しく思います。 ・もっとハーナウ市を知りたい ・以前の訪問団に参加したことがあった ・偶然訪問団を知り参加した などが挙げられた。動機は様々であったが、以 前の事業に参加したことがある人が多いようであ Q-05 鳥取との交流が 10 周年を迎えたことにつ いてどう感じているか A-姉妹都市交流の 10 周年を考えると、この交流 った。 また、鳥取とハーナウの関係の認知度は以下の ような結果となった。 ― 22 ― 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 11/19 出発 夜、到着後簡単な市内観光 11/20 10 周年記念式典、ヘッセン人形博物館 11/21 ヤングプラザハーナウ、アリス・ソロモン 幼稚園、グリム兄弟ゆかりの地探索、 金銀細工アカデミー 知ったきっかけは、知り合い、鳥取ハーナウ協 11/22 自由行動 11/23 ハーナウ朝市 11/24・25 午後、フランクフルトへ 帰路 会、テレビ、市報などであった。 そして、交流促進のためにすべきこととしては、 メインは記念式典への参加や姉妹都市交流に関 ・鳥取市民に広く PR する 連する場所への訪問だが、旅行会社が関係してい ・定期的、持続的な交流を行う ることもあり、観光も日程には組み込まれていた。 ・若い世代の参加 まず関西空港にて出発式が行われ、その際ハー ・言語の問題 ナウ協会副会長・安治紘紀さんより、今回の訪問 などが挙げられた。 の目的が二つ述べられた。まず、1)7 月の式典で 最後に、訪問団の参加者の希望として、 頂いた震災義援金への感謝を示すこと、2)友好交 ・鳥取市側とハーナウ市側の温度差が激しいので 流、以上二つだった。 対応改善をしてほしい ・交流を通して知り合った方と個人的にも交流を 深めたい ・より多くの市民に交流を知らせていきたい ・ハーナウ市側の交流に対する要望を知りたい などであった。 ハーナウ市市庁舎 フランクフルト空港からバスで約 30 分程行くと、 【ハーナウ訪問】 ハーナウ市に到着である。ハーナウ市中心部に位 担当:難波つか彩 鳥取×ハーナウの姉妹都市交流が 10 周年を迎え 置するハーナウ市庁舎には、訪問期間中、日本と ドイツ両国の国旗が並べて掲げられていた。 たことを記念し、7 月には鳥取のわらべ館で記念式 典が開かれた。そして 11 月、ドイツ・ハーナウに て記念式典が行われた。それに伴い鳥取市から市 民訪問団が派遣されることになったが、今回私は その一員として、ハーナウを実際に訪問した。こ こではその訪問の報告をする。 市民訪問団は市民から 17 名、行政関係者を含め 式典会場・フィリップスルーエ城 ると 20 名余の団体である。日程は 2011 年 11 月 19 日~同 25 日、行程は次の通りである。 二日目には 10 周年記念式典が行われた。式典に は鳥取からの訪問団の他、現地の方も数多く出席 された。式典では記念品の贈呈、記念植樹、両国 - 23 ― 23 ― 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 ソプラノ歌手による歌の披露、そして関係者によ る挨拶が行われた。挨拶ではハーナウ市市長、ハ ーナウ市市議会議長、日本総領事、鳥取市副市長、 ハーナウ鳥取友好協会会長、ハーナウ協会副会長、 ゲルトルート・ローゼマンさんなどが交流にあた っての思い・未来の展望等を述べられた。ここで は簡単ではあるが、ハーナウ市カミンスキー市長 ヘッセン人形博物館 のお言葉を紹介する。 「ドイツと日本は、距離は数千キロも離れてい るが、心の近さは感じる。今回の 3.11 で、これま で築き上げてきた絆の深さを実感した。今後の展 望としては、グローバル化が進むなか、労働市場・ 行政レベルでの交流も視野に入れて行く。若い世 代へと、この絆をつなげていきたい」 また、 「数ある日本とドイツの姉妹都市交流にお いて、鳥取とハーナウの交流は理想的なものであ アリス・ソロモン幼稚園 る」とは茂田日本総領事のお言葉である。 今回実際に訪問してみて、やはり良かったと思 えたのは実際に現地の空気を感じることができた ことだ。日本とドイツ、海を渡る交流ももちろん 大切だが、やはり自分が実際に触れてみるという 体験に勝るものはないだろう。 ハーナウ市長の思いと同じように、私もドイツ と日本という国、国民性の近さを感じた。 「真面目」 な部分はとくに似通う点があるだろう。行く先々、 記念品の贈答 とくに公式訪問として組まれていた場所ではとて も丁寧な説明をいただいた。 記念式典への参加の他、姉妹都市に関連する場 両市の交流はおもちゃから始まった。その交流 所としてはきっかけともなったヘッセン人形博物 は、今なお年に一度おもちゃを送り合うなどして 館、鳥取市いなば幼稚園と交流のあるアリス・ソ 続いているが、今はその他音楽・バレエなど広が ロモン幼稚園、今回頂いた義援金のなか最も多額 りをみせ、将来的には経済面での交流も視野にい の寄付を頂いた金銀細工アカデミーなどを訪問し れているという。他分野にわたり、かつ未来へと た。 進んでいく交流が重要なのだ。 ― 24 ― 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 ウォンサン 【鳥取県内の姉妹都市交流】 いた都市がある。それは、 元 山 市である。元山市 姉妹都市について調査する中で、私たちは具体 的な事例として、鳥取市とハーナウの他にも、鳥 は、北朝鮮の江原道の道庁所在地である、港湾工 業都市だ。 元山市の位置 取県内のいくつかの市の交流状況について調べる ことにした。以下に、その中から抜粋して紹介し たい。 【境港市の姉妹都市交流】 担当:清地晃大 鳥取県西部に位置する境港市は、現在琿春(フ ンチュン)市と姉妹都市提携をしている。琿春市 境港市としては、戦前まで貿易でゆかりのあっ とは、中国の吉林省東南部に位置し、地理的には た地であり、貿易振興による市の発展と、対岸諸 ロシアや北朝鮮と国境を接している。 国との交流の円滑化をねらいとして 1972 年に交 境港市と琿春市が姉妹都市提携に至ったことに 流が開始された。7 度にわたる訪朝が行われ、1992 は、経済的な理由があった。それは、1991 年に国 年に友好都市盟約の調印に至った。しかし、先に 連開発計画が主導した「環日本海経済圏」の構想 述べたように現在この関係は解消されている。で である。この計画は、日本海周辺の中国、ロシア、 は、その動向について説明したい。 直接のきっかけとなったのは、2006 年に北朝鮮 北朝鮮の 3 国の国境地帯を開発し、北東アジアに が行った核実験である。その件で、世界平和を目 大規模な自由経済区を作ろうというものだ。 そして、先に述べた地理的な利点のために、こ 指す国際社会の北朝鮮に対する批難や、非核都市 の計画の拠点となったのが琿春市だった。このこ 宣言をしている境港市の姿勢もあり、同年に境港 とが当時の境港市長の目にとまり、貿易振興を図 市側が友好都市盟約を破棄している。 るために境港市が琿春市側と相互訪問を重ね、友 境港市の姉妹都市交流について、琿春市との交 好関係を築いていき、1993 年に姉妹都市提携に至 流では、経済面での結びつきがきっかけとなりも ったのだ。 たらされた交流の一面を知ることができた。姉妹 きっかけは経済交流だったが、現在では公民館 活動や少年サッカーチームの相互派遣、中国語講 都市が成立するためには、色々な人的要因があり 得るのである。 一方、元山市との交流は、姉妹都市交流が抱え 座の支援などの、幅広い市民間での交流も行われ る課題の一例として捉えることができる。それは、 ている。 市と市の規模で行われている交流にも関わらず、 母体となる国家の情勢によって、その関係が大き な影響を受けるということである。特に北朝鮮と 日本は正式な国交を持たない関係にあり、姉妹都 市間での交流は、その規模において相応の可能性 (期待)を孕んでいたと考えられる。私たちにと っては、順調なだけではない姉妹都市交流の側面 10 周年記念碑除幕式の様子 を実感するための貴重な一例であった。 また、境港市には過去に姉妹都市交流を行って - 25 ― 25 ― 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 【琴浦町の交流】 とをよく知ってもらうことを目的として、麟蹄郡 担当:南場香菜子 または蔚珍郡を旅行する町民に旅行経費の一部を 鳥取県中部の琴浦町(旧東伯町・赤崎町)は、韓 補助する制度がある。さらに、交流事業をより活 イン ジェ ウル チン 国の江原道麟蹄郡・慶尚北道蔚珍郡と交流を行っ 発にするため、活動に協力する国際交流員を設置 ている。 している。 琴浦町役場の商工観光課・地域振興係の方に今 1.交流が始まった経緯 後の活動についてお話を伺ったところ、これまで 1994 年に鳥取県が江原道との友好提携を結び、旧 の活動の継続に加え、経済的交流も視野に入れて 東伯町で日韓自治体交流協力シンポジウムが開催 いきたいとのことだった。 される。1995 年には江原道麟蹄郡に交流協議訪問 団を派遣し、その後も住民代表の相互交流を行う。 3.日韓友好交流公園「風の丘」 1997 年、境港市で行われた山陰夢みなと博覧会の 2003 年、赤碕港を見渡す「ポート赤碕」の隣に、 「とうはくデー」において、旧東伯町と麟蹄郡と 日韓友好の永続を願い、韓国との交流及び情報発 の友好親善協定が結ばれた。 信拠点として、日韓友好交流公園「風の丘」 ・資料 蔚珍郡とは、約 200 年前に赤碕沖に蔚珍郡の商 館・物産館がオープンした。園内には、記念碑や 船が漂着した際、住民が乗組員を救出したという 韓国様式の建築物、石造りのモニュメントなどが 史実を裏付ける掛軸が鳥取県立図書館から再発見 ある。資料館では、日韓交流の歴史や韓国の文化 されたことがきっかけで、調査団の派遣などを経 などを紹介する展示がされている。 て、1994 年から交流を開始した。 日韓友好交流公園「風の丘」 日韓友好交流資料館 掛軸「漂流朝鮮人之図」 4.政治的な問題について 2.交流活動の内容 日韓友好を願って建てられた「風の丘」だが、 交流活動の内容は、職員や民間訪問団の相互派 ここにある記念碑をめぐって起こった問題がある。 遣、中学生によるホームステイ、スポーツ交流、 1994 年に作られた記念碑には、当初「記念碑は将 イベントへの参加などがあり、行政レベルでも民 来にわたり、日本海(東海)が日韓両国にとって 間レベルでも交流を行っていることが分かった。 の平和と交流の海であることを記念し…」という また、行政の取り組みとして、住民に交流先のこ 文が記されていた。「東海(トンへ)」とは、韓国 ― 26 ― 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 が日本海の呼称として用いている語である。2006 鳥取県との提携 年に県民から、「『東海』は公式表記ではないので 削除すべき」との意見が寄せられたため、琴浦町 は翌年「東海」の文字を削除した。 河北省 カンウォンド 江原道 沿岸地方 東部は中国・韓国を中心に提携している。 鳥取県東部との提携 鳥取市⇔ ハーナウ市 タイソウ 鳥取市⇔太倉市 ダイアン 八頭町⇔大安市 「東海」が削除された記念碑 フェソン 八頭町⇔横城郡 チョンジュ 鳥取市⇔清州市 これに対して、在日本大韓民国民団鳥取県地方 ピョンチャン 本部が抗議し、日韓をめぐる国際問題に発展した。 ヤング 智頭町⇔楊口郡 若桜町⇔平昌郡 その後、琴浦町は色々な修正案を出し、日本語版 中部はどこも、提携したきっかけがユニークで では「日本海」表記、ハングル版では海について あり、また、他の地域と比べて今でもさかんに交 の呼称を入れないという最終的な修正案を発表し 流活動をおこなっている。 例えば北栄町では「大栄すいか」の生産が盛ん た。 日韓の友好のためのものであるはずなのに、衝 だ。台湾の大肚郷(ダイトゴウ)もすいかの生産 突の原因になってしまったのは悲しいことである。 が同じように盛んであるということより、2010 年 このように、国同士の政治問題が自治体同士の交 に提携した。 倉吉市は付近で梨の生産が盛んであるというこ 流に関わってくることもある。 とから、韓国の羅州市(ナジュシ)と提携してい る。町名の響きが同じだということで、旧羽合町 である現湯梨浜町はアメリカのハワイ郡と提携し 【その他の提携先】 担当: 布廣祐香 ている。 県としては、万里の長城の起点のある中国河北 三朝町は、三朝温泉を観光名所としているのだ 省、大人気であったドラマ「冬のソナタ」のロケ が、この温泉の水の成分にラジウムというものが 地のある韓国江原道(カンウォンド)、気温差の激 含まれている。これを発見した科学者のキュリー しいロシア沿岸地方と提携している。 夫人の功績をたたえることと、相手国の温泉リゾ ート地だということで、フランスと提携している。 - 27 ― 27 ― 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 鳥取県中部との提携 “ハワイ” ホーム ステイ スイカ アロハシャツ ダイトゴウ 北栄町⇔大肚郷 ホーム ステイ 湯梨浜町⇔ ハワイ郡 語学講座 インジェ 梨 琴浦町⇔麟蹄郡 三朝町⇔ ラマルー・レ・バン町 キュリー祭 ホーム ステイ 芸能発表会 ラジウム ウルチン 琴浦町⇔蔚珍郡 ナジュ 倉吉市⇔羅州市 西部は遠く離れたアメリカとも提携している。 鳥取県内のいくつかの取り組みは、国際交流を 紹介するホームページ“CLAIR(クレア)”という 鳥取県西部との提携 ものに、姉妹都市優良事例ということで紹介され ている。 このような取り組みが途絶えることなく、これ 大山町⇔ テメキュラ市 フンチュン 境港市⇔琿春市 からも続いていってほしい。 ソクチョ 米子市⇔束草市 日南町⇔ スコッツバレー市 ボウディン 【アンケート】 米子市⇔保定市 この章の前に境港市と琴浦町を例として、過去 担当:山田奏恵 に提携について問題があったことを取り上げたが、 私たちは、 「姉妹都市交流」というテーマに対し 提携後も仲良くし、互いに盛んな活動をしている てどのような意識をもたれているのかということ ところは多くある。互いの町や市を訪問しあった を調査するため、アンケートを実施した。 り、子供達によるホームステイをおこなったり、 アンケートにご協力いただいた方々とその人数 祭や語学・料理などの教室、イベントへの参加や は、以下の通りである。 誘致などをおこなっている。これらによって、仲 ・TIME フェスティバル(2011)来場者 107 人 良く提携していることをアピールする取り組みが ・鳥取大学地域学部地域文化学科 1 年生 56 人 盛んにおこなわれている。 ・一般の方 三朝町は毎年“キュリー祭”というものをおこ 総計:192 人 29 人 →内訳:男性 72 人 女性 120 人 なっている。これは 1950 年代からおこなわれてお り、もう開催回数は 50 回を超えるほどだ。 -アンケート結果- 湯梨浜町では、市町村合併後も変わることなく まず、 「姉妹都市交流」という以前に国際交流に ハワイ郡と提携しているため、旧羽合町のときに ついては興味があるのかを知っておきたかったの もしていた取り組みを今でもおこなっている。毎 で、以下のように質問した。 年夏に町役場の職員は、アロハシャツを着て仕事 をおこなっている。毎年これは地域のニュースで も紹介している。 ― 28 ― 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 Q.国際交流に興味はありますか? 流に携わったことがある人はどのくらいいるのだ ろうかというところが気になったので、以下のよ A. うに質問した。 Q.姉妹都市交流に携わったことはありますか? A. 国際交流に興味がある方が多いことがわかった 上で、以下のように質問した。 Q.姉妹都市交流というものを知っていますか? A. 携わったことがある人は約 2 割であった。この 結果から、国際交流や姉妹都市交流への興味や知 識はあっても、実際に携わったことはないという 方が多いことが分かった。 しかし、今後機会があれば携わってみたいとい う嬉しい意見も多く見られた。もし、このアンケ ートをきっかけに姉妹都市交流に携わってみよう 姉妹都市交流というものを知っている人も多い と思っていただけたならば幸いである。 ことが分かり、知っていると答えた人には以下の ように質問した。 Q.姉妹都市交流というものをどのようなきっかけ 【姉妹都市交流の課題について】 担当:佐々木航平 で知りましたか? A.テレビ・・・54 人 ラジオ・・・4 人 インターネット・・・15 人 知人・・・23 人 ここでは姉妹都市交流の課題について説明する 新聞・・・40 人 が、その前に二つのグラフを見ていただきたい。 職場・学校・・・61 人 まず、下の図表 1 を見てほしい。 その他・・・22 人 知るきっかけは、 「テレビ」、 「新聞」のメディア 関係や「職場・学校」が特に多いことが分かるが、 次に多いのが「知人」である。私たちはここに注 目をした。知人から教えてもらったというように、 人と人との関わり合いの中で得たものは印象深く 残り、忘れないのであろうと考えた。 ここまでの Q&A で、国際交流に興味のある方は 多く、姉妹都市交流というものを知っている方も 多いことが分かった。そこで、実際に姉妹都市交 このグラフから平成 8 年からだんだんと提携件数 - 29 ― 29 ― 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 が増加していることが分かる。次に下の図表 2 を 1991年から熱心に交流をしていた。特に中学生の 見てほしい。 交流は両都市あわせて休止までに約1万4000人が 交流しており、これは道内で類を見ない規模であ る。しかし、それらの交流も2004年8月に財政難の ため休止となった。下の写真は2004年7月の交流の 様子である。 こちらのグラフを見ると、提携件数とは違い、平 成 8 年から平成 21 年にかけて著しく事業件数が減 少していることが分かる。今の二つのグラフから 提携件数が増えているにもかかわらず、交流事業 公益社団法人北海道国際交流・協力総合センター 件数は減少しているということが言える。この状 http://www.hiecc.or.jp/kakehasi/98-100.pdf 況からも姉妹都市交流は多くの課題を抱えている 他に経済面の課題として、在住外国人への対策予 ことが予想される。では、実際にどのような課題 算を重視し、姉妹都市交流にかかる予算を削減す があるのだろうか? ることなどがあげられる。 次は人材面の課題である。まず、交流を支える まず、政治の分野について説明する。課題の一 つとして、国同士の問題で交流が中断することが 人材が不足している。例として「びふか国際交流 あげられる。具体例としては埼玉県秩父市と韓国 の会」の解散があげられる。この団体は北海道美 の江陵市の交流がある。1983 年に両都市は姉妹都 深町とカナダのアシュクラフト村の友好交流にお 市提携をし、交流してきたが、2008 年の竹島問題 いて民間交流の中心的存在だった。しかし、運営 で交流が中断したのだ。現在では再開しており秩 する人材の不足などのために解散してしまったの 父市が訪問団を受け入れるなどの交流を行ってい だ。他に課題として、国際交流を支える JICA や る。他の課題として、市町村合併により、行政区 CLAIR の人材面での援助が不十分であることなど が拡大したことによる交流事業の計画変更、行政 もあげられる。 そして私たちが考える一番の課題は「多くの人 主導であったため市民団体が十分に成長していな が交流について深く知らない」ということである。 いことなどがあげられる。 次に経済の分野についてである。まず、自治体 アンケートからも交流の存在は知っていても、ど の資金不足があげられる。例として、北海道猿払 んな交流しているかを知っている人は多くないこ 村とロシアのオジョールスキー村の交流がある。 とが分かった。これは大きな課題である。 姉妹都市交流には多くの課題が存在する一方で、 日ソ関係が悪化していた状況のなかで、猿払村の 人々がソ連の難破船を救助したのが提携のきっか 提携件数は年々増えている。それらの事業を充実 けである。そのようなきっかけだったこともあり させるためにも交流を支える制度を整えるべきだ ― 30 ― 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 と考える。 ような課題点もある。しかし、姉妹都市交流の提 携数は増加傾向にあるのは事実である。東日本大 【姉妹都市交流 まとめ】 震災や世界各地で起きた自然災害の影響もあり、 担当:聲高辰伍 現在、世界中で「絆」というものが重要視されて なぜ、姉妹都市交流が重要なのだろうか?姉妹 いる。人も国も協力し、助け合っていかなければ 都市交流は国単位でもなく個人単位でもない自治 生きてはいけない。そんな世の中だからこそ、国 体単位で行なわれている。そのことに着目すると、 を越えた「絆」として、姉妹都市という存在が重 「姉妹都市交流」について可能性を見いだせる。 要になってくるのではないか。しかし、現状とし ては多くの人が「姉妹都市交流」の存在を知らな まず、国単位での活動との関係を考えると、各 い。この調査をキッカケに多くのより多くの人に メディア関連から日常的に外交の様子を目にして 姉妹都市交流の活動を知って頂けたら幸いである。 いるが、市民一人の立場からすると自分達からは 少なくともは我々からは積極的に周りの人々へ発 遠い活動として感じてしまう。また個人単位での 信していきたいと思っている。 交流では、いくら気持ちが強くても最終的に一歩 を踏み切るに至らない場合も多い。 最後に、調査発表を終えてからの質疑応答の時、 一方で、姉妹都市交流は自治体単位で交流する。 地域の方々や他の学生達から、 「鳥取県の事例と他 自分たちの住む地域との「繋がり」なので国際的 の県の事例とを比較すること」、「なぜ、韓国との な事柄でも身近に感じやすい。また、個人的な国 提携数が多いのか」、「経済的な事例が少ない」な 際交流への足がかりにもなり、そのための情報収 どの貴重な意見、質問、感想を多く頂いた。我々 集も、よりしやすい環境になると考えられる。 も気がつかない部分をご指摘して頂き、本当にあ そして、姉妹都市交流は個人個人または国と相 関的な関係であるとも言える。姉妹都市交流をキ りがたいことであった。今後の研究につなげてい きたい。 ッカケに交流をした人の中には、そこで様々な人 との繋がりができ、その後も交流を続けている人 も多い。そうして出来た人との繋がりがまた新た な繋がりを生む。個々人の交流が活発になり、大 きくなれば、そのいくつもある個々人の交流が都 市間交流を支え、より活発になっていく。 こういった相関的な関係が自治体同士で強い関 係を作ることが出来ている要因となっている。さ らに言うと、自治体での交流が各地で行われてい ることでお互いの国の固定的なイメージ(ステレ オタイプ)を払拭し、相互理解ができ、最終的に 国単位での交流、つまり外交関係も良好に繋がっ ていくのではないかと思う。 姉妹都市交流には良い点ばかりでなく、課題点 (文化的、政治的、経済的な問題)もある。さら に、市民の人々からのアンケートで記してあった - 31 ― 31 ― 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 【参考文献・URL】 http://park2.wakwak.com/~raiga/shinzen.html http://www.soc.titech.ac.jp/publication/Theses2009/graduate/05_11048.pdf#search http://www.geocities.jp/alfa323japan/city.htm http://www.clair.or.jp/cgi-bin/simai/j/00.cgi http://www.clair.or.jp/j/exchange/jirei/docs/simai_gaiyo09.pdf http://www.clair.or.jp/j/exchange/docs/shimai-sasshi.pdf http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/005.htm http://www.clair.or.jp/j/exchange/jirei/shimai/nagasaki.html http://www.clair.or.jp/j/exchange/shimai/docs/simaiteikei-data.xls http://yokoso.pref.tottori.jp/dd.aspx?menuid=1004 http://www.clair.or.jp/j/exchange/shimai/docs/simaiteikei-data.xls http://yokoso.pref.tottori.jp/dd.aspx?menuid=1004 http://www.city.sakaiminato.lg.jp/index.php?view=4523 http://yurihamatown.jugem.jp/?eid=1203 http://www.pref.tottori.lg.jp/item/621748.htm http://www.pref.tottori.lg.jp/97750.htm http://blog.zige.jp/haru/theme/782.html http://www.clair.or.jp/j/exchange/jirei/shimai/tottori.html http://www.clair.or.jp/cgi-bin/simai/j/00.cgi http://www.jpf.go.jp/cgp/exchange/event/sistercity/pdf/report.pdf http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC% E3%82%B8 「自治体の姉妹都市交流」佐藤智子(2011 明石書店) 「新修境港市史 本文編」(1997 境港市) 「新修境港市史 写真資料編」(1996 境港市) 「地方公共団体の姉妹都市提携における国際交流のあり方に関する調査研究報告書」 (1992 総合センター) Burger, L. (1996) Sister Cities in a World of Difference. USA: Lerner Publications. 【Special Thanks】 〇鳥取県庁 ○境港市役所産業環境部貿易観光課 〇鳥取市役所企画調整課 〇ドイツ・ハーナウ市 〇アンケートにご協力頂いた皆さん ― 32 ― 自治 姉妹都市と国際交流 姉妹都市と国際交流 Sister Cities and International Exchange ~ Sister City Exchanges in Tottori Prefecture ~ In 2011, Tottori City celebrated the 10th anniversary of its sister city links with the town of Hanau in Germany. The celebrations included an official visit to Tottori by a Hanau delegation in July and a visit to Germany in November by a Tottori citizens’ delegation which included a student from our research group. In addition to the history, background and status of each sister city partnership, students also studied a variety of problems faced by sister cities, including language, cultural differences, financial problems, personnel and politics. Sample political issues included friction between Kotoura-cho and its Korean sister city over the correct name of the “Japan Sea/East Sea” and the 1994 cancellation of sister city relations between Sakai Minato and Wonsan City in North Korea. Students: Junichiro Funakoshi, Shingo Koetaka, Ayaka Kusunoki, Yuri Marui, Tsukasa Namba, Kanako Namba, Yuuka Nunohiro, Kohei Sasaki, Akihiro Seiji, Norihito Suzumura, Tsubasa Tanimoto, Ayumi Terasaka, Kanae Yamada Instructors: Kip A. Cates, Fukiko Kitagawa Regional Culture Research The Department of Regional Culture of the Faculty of Regional Sciences offers a special course called “Regional Culture Survey” (Chiiki Bunka Chosa). This course offers 2nd year Tottori University students the chance to do fieldwork and research in the local community on a topic linked to regional culture. The course is divided into four separate research groups. One of these is the “International Exchange” group. Each year, this group chooses an exciting topic on the theme of “International Exchange and Tottori”. Previous topics have included: Research and Fieldwork To study this topic, the students in this course carried out the following types of research: 2005: The status of foreign residents in Tottori 2006: International marriage in Tottori 2007: Education and international exchange 2008: Work and international exchange 2009: The 1927 Tottori-USA doll exchange 2010: Tottori, history & emigration to Brazil Books, Data, Documents books, articles and documents on sister cities information and data from Internet websites Lectures by Sister City Experts Mr. Yuichiro Tanaka (Tottori City Hall) Mr. Takehiko Ueno (Kokusai Koryu Center) This year, students selected the theme: 2011: Sister city exchanges in Tottori Interviews and Visits research visits to cities and towns in Tottori telephone, e-mail and face-to-face interviews with government workers and Tottori citizens Sister Cities in Tottori Sister cities comprise a unique type of citizen diplomacy aimed at promoting peace and international understanding through people- to-people exchanges. Since World War II, over 1,500 cities throughout Japan have formed sister city relations with partner cities in 60 countries in Asia, Europe, North America and elsewhere. A total of 17 cities, towns and villages in Tottori Prefecture are connected to the world through these kinds of sister city links. These include: Questionnaire Surveys a survey of people’s knowledge and awareness of sister cities in Tottori. Subjects included: TIME Festival participants (107 people) Tottori University students (56 people) Japanese citizens (29 people) Regional Contribution To share what they learned about sister cities and sister city exchanges in Tottori, students: organized a display about this topic for the 2011 international TIME Festival in Tottori gave a formal presentation on their research at Tori-gin Bunka Kaikan on January 28, 2012 Yurihama-cho with Hawaii County (USA) Misasa-chowith Lamalou-les-bains (France) Kurayoshi City with Naju City (South Korea) Yonago City with Baoding City (China) Hokuei-cho with Dadu Town (Taiwan) 33 ― 33 ― 2011 年度 地域文化調査成果報告書 2011 年度 地域文化調査成果報告書 ブレヴィス・キンダーリートアンサンブルの方と 国際交流班メンバー とりぎん文化会館最終発表 ― 34 ―