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付録1 地域別に見た開発途上国の環境問題と援助ニーズ(PDF

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付録1 地域別に見た開発途上国の環境問題と援助ニーズ(PDF
報告書付録 1 地域別各論
報告書付録 1 地域別各論
付録 1. 地域別に見た開発途上国の環境問題と援助ニーズ
この付録1.は、世界を11の地域にわけ、それぞ
れの地域が特徴的に有する環境問題を把握しその
ことによって域内の各国が有する環境問題解決の
ための援助ニーズを把握することが目的である。
そのため、11 に分けられた各章には、以下の事項
を記載するよう試みられた。
● 地理及び社会経済上の特徴
● 環境問題の概要と環境問題悪化の要因
● 環境管理体制上の課題
● 主要ドナーの主な取り組み
● 援助ニーズ
205
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 1 章 東南アジア
206
報告書付録 1 地域別各論
第 1 章 東南アジア
1.
地理及び社会経済上の特徴
1−2
社会・経済
東南アジア諸国の社会・経済・自然環境に最初
1−1
地理
の大きな変化が生じたのは、植民地時代であった。
本章は、マレイシア、シンガポール、フィリピ
イギリス、オランダ、ポルトガル及びスペインと
ン、インドネシア及び 1999 年に独立した東ティ
いう帝国主義の進出により、旧宗主国の利益追求
モール
(ただし、本報告ではインドネシアに包括す
によって鉱物資源の採掘や大規模プランテーショ
る)の5ヶ国を対象とする地域である。なお、シン
ンの造成など、自然資源の搾取による環境破壊が
ガポールは既に援助国を卒業しており、環境問題
進んだ。これら一次産品の多くが輸出に向けられ
も我が国同様、先進国のものとほぼ変わりないた
たため、自国に豊かな自然資源があるにもかかわ
め、本章の対象外とする。
らず、旧宗主国への輸出に依存する不安定な経済
マレイシアは、全人口2,200万のうち80%が住む
マレイシア半島とサバ州、サラワク州及びラパン
2
体制が続くことになった。
長い植民地時代の間に、同地域の社会構造にも
を含む東マレイシアの計 33 万 km の国土から成り
大きな変化が生じた。西欧諸国の利害に基づき、鉱
立つ。シンガポールはマレイシア半島の先端に位
山やプランテーションの労働力として、中国人や
置し、日本の淡路島ほどの国土に310万人の人口を
インド人が移植されたため、東南アジア諸国は異
有する都市国家である。フィリピンはルソン、ミ
なる言語、宗教
(主として仏教、キリスト教、イス
ンダナオなど主要11島を含む、7,100の島から成り
ラム教、ヒンズー教)をもつ多民族国家となった。
立つ群島国で、世界最長の34,000kmの海岸線を持
これら一連の流れの中、森林と密接に結びついた
ち、7,400 万人の人口を抱える。2 億人以上の人口
焼き畑を営んでいた山岳少数民族の多くが、生活
を有するインドネシアは、国土面積も最大で、1万
の糧を奪われ、一部ではケシの栽培をせざるを得
km 以上の沿岸線を持つ群島国家である。
ない状況に追い込まれた。
気候的には温帯から亜熱帯、熱帯に属し、豊か
次の大きな変革は、1980年代から1990年代初頭
な沿岸域や熱帯林を形成している。特にインドネ
であった。アフリカ、中南米、中近東、東欧などの
シアは、国土の 67%を覆う世界第 3 位の熱帯林に
途上国諸国がマイナス成長となった 1980 年代に、
恵まれ、多くの固有種を含む世界有数の生物多様
当該地域は先進国からの直接投資により輸出志向
性を保持している。
工業化を進め、急速な経済発展を遂げた
(1975年か
熱帯モンスーン地帯に属する当該地域は、降水
量が多く、毎年台風が襲来している。フィリピン
ら 1995 年の世界の成長率が 1.17%のところ、東南
アジア地域は 4.08%であった)。
及びマレイシアにおいては地震や火山活動も活発
これら東南アジア地域の発展には、距離的に近
で、河川が急流であることもあり、自然災害によ
いことに加え、同地域の豊かな自然資源と低賃金
る人的、経済的被害が頻繁に発生している。
の労働力に目をつけた日本の影響が大きい。1980
付表 1 − 1 − 1 東南アジア地域の地理概要
国名
マレイシア
シンガポール
フィリピン
インドネシア
2
面積(km ) 人口(万人)
329,758
2,200
648
310
300,000
7,353
1,919,317
20,139
地理的特徴
マレイシア半島と東マレイシア
−
世界最長の海岸線、群島国家、約 200 の火山(うち活火山 17)
世界第 3 位の熱帯林、群島国家
出所:The World 1999、日本貿易振興会
207
第二次環境分野別援助研究会報告書
年代以降、多くの米国やヨーロッパ諸国とともに
2.
環境問題の概要
日本の企業が現地へ進出した。例えば、フィリピ
ンの製造業への直接投資では日本が全体の約 50%
東南アジア地域における環境問題は、急速な経
を占め、インドネシアにとっても日本が最大の貿
済発展及び人口増加に伴って深刻化している。そ
易相手国である。
の内容としては、沿岸地域を含む農山村地域と都
繁栄していた同地域の経済を急変させたのは、
市地域とに大別される。農山村地域では森林減少、
1997 年にタイで始まった金融危機であった。為替
マングローブ林やサンゴ礁の破壊を伴う沿岸環境
が急暴落し、政府の歳入源や民間投資が減少する
の劣化及び生物多様性の減少などの再生可能自然
など経済状況が急激に悪化した。とりわけ、イン
資源の急激な減少、劣化に伴う環境問題が深刻化
ドネシアでは、1998 年に経済成長率がマイナス
している。一方、都市地域では農村からの急激な
13.7%にまで落ち込んだ。大統領辞任を要求する学
人口流入により、都市化が無秩序に拡大し、スラ
生運動が激化し、政治的混迷も深まり、1998年5月
ム地域も広がり続けている。その速度に対し、環
に独裁政治を行ってきたスハルト大統領が退陣に
境面でのインフラ整備が遅れており、都市・公衆
追い込まれた。新大統領のもと、再出発をしたが、
衛生問題が顕著化している。大気汚染や水質汚濁
経済的には未だ混乱が続いている。
をはじめとする各種環境汚染、産業公害問題など
も深刻である。
当該地域では、森林火災や地震、台風、火山など
15
自然災害も頻発している。1991 年のレイテ島オル
10
インドネシア
5
シンガポール
0
-5
96
97
98
99
年
フィリピン
マレイシア
-10
モック市の大洪水や、ピナツボ火山の爆発・巨大
火砕流、1993 年のマヨン火山の噴火・降灰では多
くの人命が奪われ、耕地、農作物に深刻な被害が
生じた。これらの被害は、自然条件に加え、人口増
や森林の荒廃などの社会的要因によって被害が拡
-15
大する傾向にある。
付図 1 − 1 − 1 経済成長率
2−1
再生可能自然資源の急激な減少
経済が大きく変動したこの時期には、社会面で
も変化が生じた。工業化に伴い、1980 年代以降大
規模かつ急速な人口流動がおこり、特に都市人口
2−1−1
とどまらない森林破壊
無秩序な商業伐採、違法伐採の横行、森林のゴ
も急増した。特に、インドネシアの増加率が高く、
ムやパームオイル、その他の大規模プランテー
その多くがジャワ島に集中している。
ションを含む農地への転用、焼畑など様々な原因
フィリピンとインドネシアの2ヶ国は、全人口に
により急速な森林資源の減少が進んでいる。焼畑
おける貧困層の占める比率が高いことが特徴であ
農業や自然発火によって発生する森林火災も、資
る。地域間及び階級間による経済的格差は縮小す
源の減少を拡大している。
る兆しを見せず、広範に貧困問題が蔓延している。
フィリピンでは、ここ20年間で年率2.5%の速度
また、先に述べた歴史的経緯から、独立を目指
で森林が減少し、既に国土の 57%を占めていた森
した民族紛争や政治紛争が絶えず、1999 年には大
林の半分以上が失われた。急激な森林破壊を防ぐ
規模な流血惨事を経て東ティモールがインドネシ
ため、1986年には丸太、1989年には製材の禁輸措
アから独立した。それ以降も、インドネシアのア
置がとられ、今では木材輸出国から輸入国に転じ
チェ地方やフィリピンのミンダナオ島などで死傷
た。
者を伴う民族宗教紛争が発生している。
マレイシアのサバ州やサラワク州では、伐採の
対象が低地から高地部へ移っており、傾斜地にお
208
報告書付録 1 地域別各論
ける土壌浸食が懸念されている。焼畑や野焼きに
ある。
ついての規制はあるものの、マレイシアの保健省
の報告によると、焼畑や森林火災によるヘイズに
起因する病気発生件数が年々増加している。
2−1−3
沿岸環境の劣化
工業や港湾開発による埋め立て、観光開発、海
インドネシアにおいても、年率1%を超える森林
岸線におけるインフラ整備等による内陸からの土
破壊が進んでいる。1997 年に発生した森林火災で
砂流入、サンゴ礁やマングローブの違法採取やエ
は、エルニーニョによる旱魃によって被害が拡大
ビ等の養殖業などにより、沿岸環境の劣化が進ん
し、100 万 ha に及ぶ森林が焼失した。また、森林
でいる。マレイシアでは、特にサバ州やサラワク
火災によるヘイズ被害はマレイシアを始め、東南
州においてマングローブ林の減少が著しい。フィ
アジア諸国に広がった。
リピンでは、ダイナマイトやシアンを使った違法
これらの急速かつ大規模な森林破壊の結果、周
漁法も多く、サンゴ礁の破壊が進んでいる。
辺地域の土壌浸食、表土流失による土壌劣化、下
流域における堆積による洪水などの災害が生じて
いる。特にインドネシアとフィリピンでは、森林
2−2
都市の無秩序な膨張に伴う環境問題
(フィ
リピン、インドネシア)
の破壊・衰退と傾斜農耕地の荒廃が、自然資源管
理と農民の生活環境の両面で問題化している。
また、同地域に多数存在する山岳少数民族は、生
2−2−1
進む水質汚染
人口の増大に対して、下水、廃棄物処理等の都
活そのものである森林が破壊されることによって、
市衛生面でのインフラ整備が追いついていないた
民族としての生活と生存が脅かされている。
め、水質汚染が深刻化している。汚染の最大原因
は生活排水で、工場排水、廃棄物投棄と続く。
2−1−2
失われゆく生物多様性
スラム地域や農村地域では、下水、し尿処理設
生物多様性が豊かなインドネシア及びマレイシ
備が未整備であるため、河川に直接垂れ流す方式
アは、世界の「mega-diversity region」と呼ばれる生
のトイレが河川の水質悪化を招き、公衆衛生問題
物多様性に非常に富んだ 12ヶ国に入る。しかしな
を引き起こしている。都市部の固定廃棄物の収集、
がら、森林や沿岸域の環境破壊、貴重種の密猟等
処理が不適であるため、道路や空地にごみが散乱
によりその損壊が進んでおり、多くの絶滅危機種
し、さらに地下水汚染も進んでいる。特に、安全な
を抱えていることが確認されている。
飲用水へのアクセスが限られている都市部の低所
インドネシア全土においては、ほ乳類57種、鳥
得者層に、水系疾患の健康影響が生じている。
類104 種、は虫類 16種、淡水魚 65種が絶滅のおそ
れがあると言われており、特にイリアンジャヤや
スマトラ島の原生林に生息している稀少な動植物
2−2−2
排ガスによる大気汚染
急速な人口増加と都市化により、自動車排ガス
の商業用捕獲が後を絶たない。フィリピンでは、
による大気汚染が拡大しており、特に交通渋滞の
125 種の鳥類、64 種のほ乳類、11 種のは虫類が絶
ひどい首都圏で深刻である。その主原因は移動発
滅の危機に瀕している。また、渡り鳥の重要なルー
生源である車の排ガスからの粒子状物質や窒素酸
トに当たる湿地の多くも、無秩序な開発や汚染に
化物、一酸化炭素で、都市住民に気管支・肺疾患や
よって破壊されつつある。
心臓疾患などの健康影響が生じている。
これらの国々には、国立公園、野生動物保護区、
サンクチュアリ等の保護区が設置されている。し
2−2−3
行き先がない廃棄物
かしながら、多くの場合、区域内にコミュニティ
ごみが未収集のまま放置されたり、不適切な処
が存在したり、境界付近のコミュニティが保護区
理のまま河川や海に投棄され、水質汚染や土壌汚
内の資源を糧にしており、生物資源保全対策が、保
染を引き起こしている。特に都市に散在するスラ
護地域住民の生活を圧迫することなっている例も
ム内のごみ収集は手付かずのままである。対応策
209
第二次環境分野別援助研究会報告書
インドネシアでは、大規模工場の排水汚染対策
としては、衛生埋め立てまたは焼却処分があるが、
地域住民との対立が生じて、衛生埋め立て処理場
として「河川浄化プログラム」が実施され、一定の
の選定が遅延している。焼却処分については、実
成果が挙がっている。しかし、中小規模工場の排
施の前提条件となる分別収集、財務力、技術力、さ
水による汚染への対応は今後の検討課題となって
らには巨額を要する建設費、維持管理、運行の財
おり、手がつけられていない。
大気汚染については、硫黄酸化物(S u l p h u r
源が確保できていない状態である。
インドネシアの場合は、処理のための必要な規
Oxide:SOx)及び、粉塵の規制があってもエン
制も設けられていない段階で、増加する廃棄物の
フォースメントが不十分で放置されている。工業
取扱いが非常に遅れている。
化に伴って増加する産業系有害廃棄物については、
一般廃棄物とは異なった方法で処理されるべきで
2−2−4
水資源の枯渇
森林破壊や水質汚染が進み水資源自体が減少す
あるが、放置されたり、不法投棄されたりが一般
的で、都市住民への健康影響も生じている。
る一方、人口増加や工業化により水需要は増加の
一途をたどり、水確保に関する争いが生じている。
2−3−2
鉱山開発に伴う環境破壊(フィリピ
ン)
都市部では工業用水と家庭用水間の配分上の問
題が大きく、農村部では農業用水、灌漑用水の不
フィリピンは金や銅など各種鉱物の産出国であ
足が目立ち、食糧生産の制約要因となっている。地
る。鉱物採掘にあたっては、不適切な鉱山開発や
方によっては、水不足が観光や工業を柱とした地
操業が多く、杭木伐採や土砂による森林破壊や、そ
域開発の妨げにもなっている。
れに伴う土壌浸食によるシルトの流出や廃石の河
最も水不足が懸念されるのは、人口の 60%、灌
川への投棄による水質汚濁が発生している。公的
漑農業の7%、工業の75%が集中するインドネシア
な調査は行われていないが、地域住民と零細規模
のジャワ島である。特に河川の流量が減少する乾
鉱山従業者の間に健康被害が生じているという報
期に、水質汚濁の濃度が高まり、水獲得の競合が
告もある。
金発掘に伴って使用される水銀の垂れ流しによ
激しくなっている。
る鉱害や、メタンガスの爆発や落盤など、労働者
2−3
工業化による環境問題
2−3−1
工場からの汚染物質による大気、水
の人命にかかわる事故も発生している。
3.
環境問題の悪化の要因
質汚濁
フィリピンでは、産業廃水対策としては、環境
3−1
再生可能自然資源の急激な減少
影響評価(Environmental Impact Assessment:EIA)
、
工場立ち入り検査、公害防止管理者
(Pollution Control Officer:PCO)制度、罰金、操業停止命令、ラ
210
3−1−1
生存のための資源確保
(貧困との悪循
環)
グナ湖環境税(排水量及び生物化学的酸素要求量
農村人口の多くが天然資源の利用に依存して生
(Biochemical Oxygen Demand:BOD)量について課
計をたてている。彼らが住む山間部や沿岸部など
税)
が実施されている。徐々に成果があがりつつあ
は、生態系が不安定で天然資源の荒廃を引き起こ
るが、中小企業の多くは公害防止へ資金を回す余
しやすい地域であるが、人口増加につれ、低地農
裕がないのが現状である。結果として、全国の工
業では吸収しきれない人々が継続的に山地や沿岸
場の 70%が集中しているマニラ首都圏では、適切
部へと移住し環境負荷を増大させている。移住者
な処理をしないまま排水や汚染物質を河川や湖沼、
には土地の所有権または利用権を持たない住民も
大気に放出する工場が多く、環境問題を引き起こ
多く、不適切な森林利用、農法、漁法を営む傾向が
している。
ある。結果として、森林破壊、土壌浸食、水資源の
報告書付録 1 地域別各論
枯渇、沿岸部の環境汚染、天然資源の荒廃、生物多
処しようとしても、基本となる都市管理政策が機
様性の減少など、一連の自然環境破壊と天然資源
能せず、なおかつ巨額の投資が必要となるため、財
の荒廃を引き起こしている。これらの諸問題は、農
政力の弱い開発途上国においては、総合的な計画
業・漁業の生産基盤の弱体化や山岳民族の生活の
を作成しても、その実行を担当する関係機関の財
場を破壊することになり、貧困の拡大をもたらす
源不足や関係機関間の調整メカニズムも機能せず、
という悪循環となっている。
夢物語に終わることも多い。
3−1−2
3−2−2
都市周辺部及び農村部における総合
インフラ整備の遅れ
的な自然資源管理の欠如
都市の環境問題の主原因は、都市一般廃棄物及
総合的な自然資源管理がなされないまま、土地
び産業廃棄物の処理施設や衛生埋め立ての処分場、
利用の変換が進み、無計画な開墾や伐採、土地改
家庭排水処理施設、上下水道設備等の都市及び環
良が急速に進んでいる。
境衛生インフラが整備されていないことである。
自然資源の適正管理は国家の基本的責任であり、
交通渋滞による大気汚染を減少するために必要な
政策を広く知らしめ、その政策を実行する法体系
道路網の整備、交通管理体制、公共交通手段の整
を整備し、フィールド・オフィスを設置して管理
備、砂塵等を減少させるための道路舗装なども進
制度を機能させ、フィールド・オフィサーがその
んでいない。
果たすべき業務を達成するために必要な訓練をす
例えば、マニラ首都圏においては、下水道への
る必要がある。しかしながら、比較的管理が進ん
アクセスがあるのは人口の9%に過ぎない。ジャカ
でいるマレイシアにおいても、野生生物保護法が
ルタにおいては、高所得者居住地以外の下水処理
野生生物生息・生育地の農地や開発目的による土
設備はほとんど整備されていない状態である。そ
地改良について法的な権限を持っていないため、
のような地域では、浄化槽が使用されているが、適
木材伐採や密猟、ダム開発などにより貴重種が脅
切な維持管理が施されておらず衛生状態は極めて
かされている。野生生物・国立公園局も、情報が地
悪い。
方の限られた野生生物に限られているため、十分
な役割を果たせていない。
3−2−3
関係行政機関間の調整メカニズムの
欠如
管理体制の整備が遅れているフィリピン及びイ
ンドネシアでは、法体系は整っているものの、管
環境管理は、広域な分野の行政機関の活動に直
理制度が機能する段階に達していない。特に、イ
接関連する。特に都市環境問題を議論する場合に
ンドネシアは基本的なデータ収集がなされていな
は、あらゆるインフラ整備や行政サービスを充実
い段階であり、水産資源については資源量の推定
することが議論の対象となる。総合的な見地に
もできていない。
たった都市政策・環境政策を議論、決定し、実行す
る関係行政機関間の調整のメカニズムが機能しな
3−2
都市の無秩序な膨張
3−2−1
経済・産業政策を含めた総合的な都
いことが環境管理の弱点なのである。
3−3
工業化等による環境問題
市政策の不在
都市の環境問題の多くは、都市管理が適正に行
われていない結果として表面化している。フィリ
3−3−1
産業系の汚染物質及び廃棄物管理の
欠如
ピン及びインドネシアは、農業と天然資源利用に
急速な工業化に伴って、生産過程で発生する汚
基づく経済であったため、都市及び工業分野の環
染物質、産業廃棄物が増加しているが、処理を適
境管理の経験が欠けている。都市の土地利用の仕
切に行う制度が確立されていないため、その処理
組みが整っていないため、この現象の1つ1つに対
手段及び施設が欠如している。
211
第二次環境分野別援助研究会報告書
特に有害廃棄物や感染の恐れがある医療廃棄物
国も国家レベルの環境基本法は有しており、法的
については法制度の準備段階にあり、対策は手付
枠組みはある程度整っている。特に、シンガポー
かずの状態である。廃棄物処理業者もほとんどい
ル及びマレイシアでは、経済発展とともに環境管
ないため、今のところ廃棄物は企業内に保管され
理能力が強化されており、資源管理を含む環境管
たままか、一般廃棄物と一緒に処理されている。そ
理のための法制度、組織、政策、実施体制及び人材
のため住民への健康影響や公害が発生しても、そ
が徐々に強化・整備されている。フィリピンはエ
の原因として指摘することが難しく、廃棄物関連
ンフォースメント強化が主要な課題であり、イン
の環境問題の科学的把握さえできていない。これ
ドネシアはその前段階にあり、エンフォースメン
らの問題は、必要な法律や規制がないことに起因
トは制度上地方行政機関が担当しているが地方行
するが、地域住民との対立が生じるなどして、衛
政機関そのものの環境管理能力が弱体であり、今
生埋め立て処理場の選定が遅延している例もあり、
後の課題が多い。
適正な廃棄物処理の妨げとなっている。
4−1
3−3−2
中小企業の公害防止資金不足
各国の環境管理体制
(中央環境機関と法制
度)の概要
中小企業であっても、伝統的な家内工業であっ
ても、業種によっては汚染物質が排出される。フィ
4−1−1
フィリピン
リピンでは、産業廃水や大気汚染を引き起こす固
DENR が環境関連の主務官庁であり、環境行政
定発生源についての規制は存在するが、中小企業
の中心となっているのは環境管理局
(Environmental
の多くは公害防止へ資金を回す余裕がない。工場
Management Bureau:EMB)
である。そのほかに、保
排ガス対策として、環境天然資源省
(Department of
全・野生生物局及び公害裁定委員会が環境管理・保
Environment and Natural Resources:DENR)が汚染
全計画を直接担当している。地域事務所ではEMB
排出工場に対して公害防止設備設置を指導してお
関連部局が設置され、環境モニタリングと環境規
り、新規建設の場合は操業開始前に立ち入り検査
制の実施を担当している。他省庁との環境関連の
を行うことになっている。しかし、制度はあって
所管業務の協力、連携については、DENRが中心と
も、行政側が適切な指導、指示のための汚染源や
なって進めている。
排出される汚染物質の種類や量に関する情報収集
主要な環境関連政策は 1987 年の「フィリピン持
ができていないため、規制を遵守させる組織及び
続的開発戦略」
である。植民地時代の米国やアジア
人材、分析施設などが不十分のため、中小企業の
開発銀行(Asian Development Bank:ADB)の影響も
違法稼動取り締まりが困難である。インドネシア
あり、総論の環境政策、環境規制を始め、天然資源
においても、日本政府が公害防止のためのツー・ス
関連、野生生物保護、廃棄物の分野における環境
テップ・ローンを供与しているものの、資金面の
関連法はほとんど策定されている。環境影響評価
補助または融資を企業が積極的に活用できるほど
(Environmental Impact Assesment:EIA)制度の枠組
経営基盤が強化されておらず、エンフォースメン
みも整備され、許可プロジェクトに対しては環境
トを強化すると、環境対策費の負担が企業の生存
認証が与えるなど、政策レベルではかなり高度な
を脅かすという判断によって、中小企業への対策
環境管理の枠組みが完成しており、組織・制度も
はほとんど行われていない。
ある程度は整備されている。
4.
4−1−2
環境管理体制上の課題
マレイシア
環境に関する連邦政府の主務官庁は科学技術環
212
東南アジア地域では1972年ストックホルムで開
境省であり、環境局が環境質法に基づいて執行し
催された「国連人間環境会議」をきっかけとして、
ており、関連省庁のメンバーから成り立つ環境質
1980 年代にかけて環境関連法が整備された。どの
委員会もある。
報告書付録 1 地域別各論
国家環境政策及び生物多様性政策としては、国
摘されている。
家環境行動計画がある。環境保護に関するもっと
も包括的な法律は、1974年の環境質法の修正版
「環
境質(修正)法 /1985」であり、この下に多くの環境
保護関連法が存在し、法整備が進んでいる。
4−3
エンフォースメント体制の強化
3国ともレベルに違いはあるものの、法律、規制、
基準はある程度整備されているにもかかわらず、
それらのエンフォースメントが弱い。
4−1−3
インドネシア
フィリピン及びインドネシアでは、適正な環境
環境省と環境管理庁が主要環境省庁である。
モニタリングが行われていないため、科学的デー
1982年に制定され、1997年に大幅に改正された
タが欠如している。その結果、環境対策に必須で
「環境保全基本法」
が骨子となる環境法制度であり、
ある工場の立入検査も、どの業種がどのような物
主要な環境関連法制度及び環境関連ガイドライン
質を排出し、どのような対策が必要であるのか等
に対する基本的な指針となっている。「第 6 次 5ヶ
を把握していないことがエンフォースメントが弱
年計画の環境部門における8項目の環境基本政策」
い原因である。
が主な環境政策である。
マレイシアにおいては、大都市では、環境モニ
タリングが実施され、民間側の環境対策も進んで
4−2
中央環境行政の組織強化(インドネシア、
いるため、他の開発途上国の環境対策のモデルと
フィリピン)
なるものであるが、一方で、地方における再生可
中央の環境行政組織は何とか配備されているが
過去に策定された政策の実行を確保するというよ
能自然資源管理はエンフォースメントが不十分な
状態である(詳細は以下 4 − 5 を参照)
。
り新たな政策を次々と討論する傾向が強いが、執
行可能かどうかの議論が不十分で成果を挙げるこ
4−4
経済的なインセンティブの創出(3 国)
とができない傾向にある。これは、人的資源及び
財源の限られる中、民間や住民に対して、不適
財源が不十分で、実施体制や監視規制体制が十分
切な行動は抑制するような経済的インセンティブ
整備されていないことが原因である。中央行政組
を与える手法(Economic Instrument)が先進国を中
織間において、環境管理省庁・部局の権限が弱い
心にして実行されている。開発途上国においても
ことが多く、関連組織間の調整能力不足も指摘さ
多くの議論が行われているが、徴税システムが不
れている。途上国ではしばしば見受けられる問題
十分であったり、民主化、ガバナンスに問題があ
だが、政権交代に伴う上層部の人事異動による政
る国では、前提条件である法律のエンフォースメ
策変更も散見され、一貫した長期的な対応がとり
ントが確立されていないことが多いため、市場原
にくいなど、政治に左右されやすいという問題が
理を環境政策に導入するという制度の確立、その
ある。また、利得が絡む鉱山開発などでは、行政手
実現にはまだ時間を要するものと考えられる。
続きが政治的判断を含んでしまうため、実効性に
疑いが残る。
国別には、インドネシアでは環境省と環境管理
4−5
地方分権化に伴う地方行政組織の整備(3
国)
庁による環境行政の分立により、非効率な環境管
東南アジア諸国の領土は海を跨いでおり、一国
理行政が継続している。特に、環境管理庁は議会
であっても地域によって自然環境や再生可能資源
承認がないまま大統領令によって存在するため、
の種類が異なる。地方分権化の推進は、その地域
その独立性及び継続性が不透明であり、行政組織
の特性に応じた環境管理が可能となるため、環境
及び業務分担の見直しが検討されている。
管理の面では好ましいことである。実際に、当該
フィリピンの場合は、環境関連は DENR が一手
地域ではここ10年の間に地方分権化の流れが加速
に担っているが、林業関係の職員が多く、都市環
し、ごみ処理事業や衛生管理等は地方自治体の管
境問題対策に係る知識や経験が不足していると指
轄となっている。しかしながら、地方政府や自治
213
第二次環境分野別援助研究会報告書
体の環境行政の実施体制が整備されていない場合
はなく、適正な環境管理や対策はほとんど実行さ
が多く、地方事務所及び政府にもたらされた機能
れていない。金融危機以降、行政側の取り組みが
は十分活用できていない。
経済体制の立て直しと貧困対策に集中し、環境管
理のための制度が先行して改革が推進されたもの
4−5−1
フィリピン
の実効が伴っていないのが現状である。
1991年の地方自治法の施行により、行政機能、業
務、人員、予算等が中央から地方自治体に移管さ
4−5−3
マレイシア
地方分権化及び公共事業の民営化が進んでおり、
れた。これにより、地方の主体性が制度上確保さ
れ、環境関連政策、法律、規制、基準及びプログラ
比較的地方行政の整備が進んでいる。インドネシ
ムの実施は地方行政の仕事となった。しかしなが
ア等に比較し、環境管理は格段に強化されており、
ら、予算上の制約、必要な設備、機材、人材等が不
多くの開発途上国が目標とすべき体制と考えられ
足し、管轄地域内の対策、方針、ガイドライン作
る。しかし、地方によって予算や規制の施行状況
成、計画等が策定されていないところが多い。埋
に大きなばらつきがあり、一定のサービスの水準
め立て地の衛生管理や水道の水質管理に関するモ
が確保されていない。
ニタリングも不十分で、地方自治体による環境行
政の実施体制は整備されていないと言える。
4−6
行政側と民間及び国民のパートナーシッ
プ強化
中でも森林伐採や鉱山については、シンジケー
行政側の環境モニタリングの技術基盤及び情報
ト密売者や伐採、採掘許可を受けた者が許可区域
外で行うため、大規模な環境破壊が起きているが、
公開が不十分なため、行政側が、企業や国民から
これらの行為が地元有力者と結びついている事例
技術的な信頼と権威を得ていない。その結果、国
も多く、地方行政レベルでの規制は非常に困難で
民や企業の間に環境関連法律、規則を遵守しよう
ある。
という意志が見られず、その必要性も軽視される
マニラ首都圏の地方政府として、廃棄物管理や
傾向にある。政府側、企業側、地域住民に対立関係
土地利用計画、交通計画、河川管理、開発計画等を
が生じ、環境対策が進まない事例も散見される。
担当しているマニラ首都圏庁、ラグナ湖開発庁、公
当該地域には環境NGO
(非政府組織、Nongovern-
共事業省の管轄下にある水道事業体であるマニラ
mental Organization)
が多く、行政側または他国・国
首都圏上下水道公社がある。これら行政機関もエ
際援助機関と連携して環境対策に取り組んでいる
ンフォースメントに必要な技術を有しているとは
NGO も多数存在する。しかし、多くの NGO は行
言い難く、また必要な施設、機材、移動手段も十分
政に対する信頼感を持っておらず、公害等の問題
ではない。なお、産業側と行政側の対立は引き続
指摘には貢献しているものの、対策について建設
き残っているが、ラグナ湖の環境税については
的な意見交換を行う段階には達していない。
徐々に成果があがりつつある。
5.
4−5−2
インドネシア
1999 年の法令で地方政府への権限委譲や財源の
東南アジア地域では、世界銀行(以下、世銀)、
配分が決定されたが、権限は委譲されたものの財
ADB、米国国際開発庁(Agency for International
源はいまだ充当されず、地方ごとに政策、計画を
D e v e l o p m e n t :U S A I D )、ドイツ技術協力公社
作成し、実行する能力を有する人材に欠け、混乱
(D e u t s c h e G e s e l l s c h a f t f u r T e c h n i s c h e
が継続している。
214
主要なドナーの主な取り組み
Zusammenarbeit:GTZ)
、オーストラリア国際開発
また、中央行政と比べ、責任が移管された地方
庁(Australian Agency for International Development:
事務所または地方自治体では、財源不足のため、機
AusAID)
、カナダ国際開発庁
(Canadian International
材・設備も未整備で、職員の経験・技術力も十分で
Development Agency:CIDA)など多くの多国間・二
報告書付録 1 地域別各論
国間援助機関が援助を実施している。実績として
に基づいた産業公害保護及び改善プログラムを実
は、地理的・歴史的条件から日本が最大のドナー
施している。ソフト面の支援にも取り組み、フィ
となっており、JICA以外にJBICによる有償資金協
リピンでは「国家環境教育アクションプラン」の実
力プロジェクトや経済産業省のグリーン・エイド・
施を支援している。
プラン事業が複数実施されている。
各援助機関が各国の環境管理制度及び体制の現
5−1−3
国連機関
状にあわせて援助を行っているが、昨今の傾向と
予算的な規模は小さいが、国連開発計画
(United
しては、住民やNGOを巻き込んだ参加型の自然資
Nations Development Programme:UNDP)が 1992 年
源管理プロジェクト、環境教育やエコ・ツーリズ
に掲げた国家・市民アジェンダ 21 の策定、実施に
ムなどのソフト型の案件の割合が増加している。
対する支援や、「環境教育のための国家戦略」支援
自然資源管理については、対象範囲が広域にわた
など、ソフト面における支援に積極的に取り組ん
ることもあり、複数の援助機関が同時に支援を行
でいる。
う事例も複数ある。例えば、インドネシアの生物
工業分野の支援を行う国連工業開発機関
(United
多様性保全のための人材育成は、林業省森林保全
Nations Industrial Development Organization:
資源保護総局を対象に、世銀、USAID、JICAによっ
UNIDO)
は、フィリピンの鉱山開発に対して、零細
て実施されている。
金鉱山水銀対策プロジェクトを実施している。
5−1
5−2
多国間援助機関
二国間援助機関
過去の植民地化の歴史を通して、米国政府の
5−1−1
世銀
U S A I D がフィリピン、オーストラリア政府の
様々な支援を行っているが、近年の傾向として
AusAID がインドネシア(特に東ティモール)への
は、大規模なインフラ整備への融資から小規模ま
援助を積極的に展開している。USAIDは東南アジ
たは参加型の支援へと援助対象を変換している。
ア諸国における地方行政強化の方針にあわせて、
例えば、フィリピンに対して、コミュニティ・ベー
積極的に地方行政の体制整備や地方共同体、NGO
スの天然資源管理プロジェクトを支援したり、
への支援・連携を展開している。ドイツの GTZ は
Water Resource Development Project-Watershed Com-
フィリピンの有害産業廃棄物の廃棄物収集、処理
ponent の流域管理計画策定プロジェクトに対して
システムへの支援(Industrial Pollution Control)を実
技術援助を行っている。
施している。カナダのCIDAもいくつかの環境プロ
ジェクトを実施している。
5−1−2
ADB
地域開発銀行として、フィリピンのマニラに本
5−3
地域内協力
部を構えるADBは、東南アジア地域に対して積極
地域共同体のアジア・太平洋経済協力閣僚会議
的な支援を展開している。当該地域へのセクター
(Asia-Pacific Economic Cooperation:APEC)及び東
戦略としては、持続可能な自然資源管理
(沿岸域管
南アジア諸国連合(Association of Southeast Asian
理)
、衛生や水管理に関する地方行政サービスの強
Nations:ASEAN)も、規模は小さいものの、環境
化、アジェンダ21に沿った改革促進等を掲げてい
セミナーや研修などを実施している。
る。
例えば、インドネシアでは、Integrated Resource
さらにここ数年は、援助国と被援助国が協力し
て、地域
(間)
協力を拡大する傾向がある。これは、
Management及び保全を目指した自然資源管理及び
1997年及び1998年の森林火災による煙害やヘイズ
保全、持続可能な水利用プログラムを実施してい
被害が近隣諸国にまで及んだことで、周辺国によ
る。また、比較的環境対策が進んでいるマレイシ
る対策の必要性が認識されたことが大きい。具体
アに対しては、技術支援に加え、市場メカニズム
例として、ADBは長期的な災害防止のための法的
215
第二次環境分野別援助研究会報告書
枠組み及び実行体制を強化するプログラムを実施
貧困対策が最優先課題として掲げられている
したり、マレイシア及びシンガポールとの地域間
フィリピン及びインドネシアでは、環境行政関連
協力を支援している。
の組織や体制が弱体であって財政的な課題も多く
援助ニーズが引き続き高い。地方分権化の流れの
5−4
NGO
環境NGOについては、世界自然保護基金
(World
中、特に、環境法の執行を担当する出先機関や地
方行政機関の強化が課題である。
Wide Fund For Nature:WWF)や Conservation International
(以下、CI)
、Nature Conservancyなどの国際
6−1
自然資源管理
NGO の活動が盛んで、国際・政府援助機関との連
マングローブ林やサンゴ礁、森林等の自然資源
携も進んでいる。例えば、マレイシアにある自然
を保全することが、生物の多様性、国土保全、防
教育センターは、Malaysian Nature Society や WWF
災、漁業、観光に貢献するとの認識が中央行政で
など NGO によって運営されている。
広がりつつあり、保全のための法律や行政制度は
ローカルNGOについても、1980年代ごろにはロ
ある程度整ってきている。ただし、森林保全、生物
ビーイング型や反政府の立場をとる運動型のNGO
多様性の保護、沿岸環境の保全については、地域
が多かったが、徐々に行政側や国際機関、他ドナー
コミュニティを巻き込んだ長期的な取り組みが必
と連携して環境プログラムを実施する能力を備え
須であるが、長期的かつ総合的な施策は少なく、エ
つつある。これは、効果的な環境改善を図る上で、
ンフォースメントも不十分なままである。
政府側や援助ドナー側がNGOや地方共同体の重要
資源管理は、管理を行うフィールド・オフィス
性を認識しつつあることにもよる。このような潮
を設置し、設置されたフィールド・オフィサーが
流とともに、地方分権化の促進も相俟って、ロー
資源の現状、利用状況を科学的に把握し、持続的
カルNGOや地方共同体の活動は今後も活発化する
資源利用のための計画を作成して地域コミュニ
と思われる。
ティにその必要性を訴え、コミュニティによる資
NGO関連のプロジェクトでは、住民の生活向上
の目的も含んだ森林保全や沿岸地域保全、生物多
様性保全等を目的としている場合が多い。
源管理を実施することが原則である。
最大の課題は、資源管理を行う出先事務所や行
政機関などの末端行政組織の能力、技術力の向上
と資金、機材の確保である。例えば、生物多様性の
6.
援助ニーズ
保全及び沿岸地域の自然資源保全については、保
護区域指定等の貴重種の保護対策は進んでいるが、
シンガポールについては、先進国の仲間入りを
指定された保証区を管理する責任を有する現地管
果たしており、環境管理は既に実行され効果をあ
理事務所などの管理体制そのものが弱体で実効性
げており、技術協力の対象国を卒業していると言
に乏しい。地方分権化が進む中、自然資源管理担
える。そのため、支援する側にたっており、JICA
当省庁の地方機関及び地方行政機関に対して、財
と財源を折半した
「第三国研修」
も数多く実施され、
政面と人材育成及び管理能力の向上に関する支援
他の援助国と共に周辺国やアフリカ諸国に対する
へのニーズが高い。
支援を通じ、開発途上国における環境改善を支援
している。
都市計画が成功しているマレイシアについても、
環境関連の制度及び管理体制は整いつつあり、地
216
具体例としては、インドネシアとフィリピンで
は、管理の対象である自然資源の現状を示す科学
的なデータがない所が多く、生物種の既存量の把
握等の資源の目録作成が急務となっている。
方分権化及び都市衛生分野の公共事業の民営化が
森林保護については、土地の所有、占有状況等
進んでいる。今後は、地方行政組織が弱体な東マ
が曖昧な地域があり、民間植林が困難となるケー
レイシアに対する支援へのニーズに絞り込まれる
スが見られる。コミュニティの理解及び協力が得
と思われる。
られないため、コミュニティ植林の拡大展開が難
報告書付録 1 地域別各論
航している地域も多い。山間部や沿岸地域に住む
象とし、関係機関間の協力メカニズム構築による
貧困層が多い両国では、前述したように環境破壊
計画の実行体制強化支援が求められていることと
と貧困の拡大という悪循環が続いており、持続可
なる。
能な生産活動のための適切な技術支援と資金的な
支援を含めた早急な対応策が必要である。よって、
6−3
環境問題の科学的把握
自然資源管理のためのフィールド・オフィス設置
環境問題の科学的把握が不十分で、エンフォー
等の制度の拡充、資源の質と量を把握するための
スメントの実行力及び拘束力に欠ける。このよう
科学的調査、資源管理計画の作成、住民参加のた
な状態では、住民に健康被害が生じていてもその
めのメカニズム等に関する職員のトレーニングが
因果関係さえ明らかにできない。各種モニタリン
最大の援助ニーズであろう。
グの徹底と工場立ち入り検査の実施対象範囲を広
げながら、フィリピンの場合は現実を見据えた排
6−2
都市環境インフラ整備への政策的及び財
出基準の見直し、インドネシアの場合は適切な排
政的支援
出基準の策定が必要である。なお、適切な規制が
都市住民に健康影響を及ぼす都市衛生問題が深
なされたとしても、財力的に遵守が不可能な中小
刻化する中、特にコストのかかる上下水道の整備
企業が多いため、規制のエンフォースメント強化
や、ごみ・産業廃棄物処理施設の建設など都市衛
に合わせて、環境問題に関する普及啓蒙活動や、既
生インフラ整備に対する支援のニーズが引き続き
に実行中のツー・ステップ・ローンなどの産業公
高い。特に、マニラやジャカルタなどの大都市に
害防止対策の推進を図るための制度強化が望まれ
おいては、人口増加が顕著で、インフラの未整備
ている。
によって住民への健康被害が拡大しており、その
整備が急務となっている。
しかしながら、特定の分野、例えば、環境モニタ
リングや工場立入検査等の技術を移転したとして
インフラ整備は国の経済・産業政策とのかかわ
も受入れ国政府や機関がその結果を信用し、環境
りも強いため、重債務国に転落することがないよ
管理全体をサポートするための支援を必要として
う長期的な視点に基づいた総合的な都市計画が必
いることを忘れてはならない。
要である。しかしながら、現状では、そのための環
境担当部局の能力及び調整メカニズムは十分機能
6−4
自然災害対策
していない。今後、インドネシアの場合は組織の
1990 年代に入り、フィリピンのピナツボ火山や
再編も考慮に入れた、実行体制強化に向けた支援
インドネシアの森林火災など大規模な災害、それ
が必要である。
に続く大気汚染や土壌浸食などが発生した。しか
インフラ整備には莫大な財政力も要求される。
しながら、予算制約上、防災インフラ対策は遅れ
アジア経済金融危機の影響もあり、独自の財政力
ており、砂防、治水、消防、気象等の各分野で全面
はないといえるため、引き続き開発銀行等からの
的なレベルアップが望まれている
(例えば、フィリ
資金的援助が不可欠である。インフラの運用や保
ピンでは治水事業を担当する公共事業道路省が十
守には、公的負担には限界があるため、利用者負
分な予算を持っていないため、外国からの援助が
担の徹底が重要であるが、現時点では国民の負担
頼りとなっている。)
。
に限界があり環境問題への認識が低く、利用料金
さらに、防災インフラの未整備に加え、不十分
の徴収システムも十分に機能できない。法の執行
な組織体制と技術者不足により効果的な対策が実
が不十分なため、民間の経済的インセンティブ供
施できないため、先進国からの技術移転に対する
与も効果があがらず、計画があっても実行は困難
要望も引き続き高い。
が伴う。よって環境管理を含む都市政策の作成と
災害を防止するためには、単に災害を予測した
実行支援のニーズが高いが、具体的には、特定の
り防止したりする技術を移転したとしても、中央
機関に対する支援というより多くの関係機関を対
政府、地方行政機関、コミュニティまでのネット
217
第二次環境分野別援助研究会報告書
ワークの構築や災害が発生した場合の対策のネッ
トワーク、実行体制、さらには防止のためのイン
フラ整備など課題は山積している。この解決のた
めには国の経済発展や国民1人1人の所得向上が不
可欠であるため受入れ国の財政的現状や技術協力
の受入れ能力等を検討し、慎重な技術協力のため
のデザインが必要となる。
6−5
地方行政の強化
国家環境担当部局に対しては、過去に数多くの
援助機関が多様な協力を供与してきたため、不十
分ではあるがそれなりの体制は徐々に整備されて
きた。今後はエンフォースメントを担当する出先
機関や地方行政機関の支援が必要であり、特に地
方レベルでの計画作成、実行機能の拡充、人材の
育成等が強く求められている。
フィリピンやインドネシアでは地方分権化が制
度として進行しているが、財政的な裏付けが不十
分である。地方環境管理行政の人的資源や機材の
不足が顕著であり、地方行政に対する総合的な支
援が望まれている。
参考文献
・UNEP(1999),“Global Environment Outlook 2000
Overview”, Complete Report.
・国際協力事業団
(1993)
、
「フィリピン国別援助研
究会報告書(第 3 次)
」
。
・国際協力事業団
(1997)
、
「マレイシア国別環境情
報整備調査報告書」。
・国際協力事業団
(1997)
、
「インドネシア国別環境
情報整備調査報告書」
。
・Asian Development Bank(1998),“Country Assistance Plan”, Philippines (1999-2001).
・Asian Development Bank(1998),“Country Assistance Plan”, Malaysia (1999-2001).
・Asian Development Bank(1998),“Country Assistance Plan”, Indonesia (1999-2001).
・Country Reports on Environmental Governance in
Five Asian Countries, March 2000, Papers presented
at International Symposium on Environmental Gov-
218
ernance in Asia, March 9, 2000.
報告書付録 1 地域別各論
第 2 章 インドシナ
219
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 2 章 インドシナ
1.
地理及び社会経済上の特徴
土を有し、その国境をタイ、ラオス、中国、イン
ド、及びバングラデシュと接する東南アジアの西
1−1
地理
インドシナ地域はアジア大陸の東南に位置し、
東は南シナ海、北は中国に接する。熱帯モンスー
端に位置する。北、東、西の三方に大きく馬蹄形を
なして高原、山地が連なり、その懐にイラワジ河
流域の広大な沃野を抱いている。
ン気候帯に属し、降雨量は季節的変動及び地域差
が大きい。メコン川がミャンマー東部、タイ東北
社会、経済
部、ラオス西側を流れ、カンボディア中央部では
歴史的に多数の民族が共存し、地域内で国境を
トンレサップ湖を形成し、ヴィエトナムにおいて
超えた人々の移動があった。沿岸地域では、南西
広大なデルタを形成し、南シナ海に注ぐ。
アジアと東アジアを結ぶ海のシルクロードの中継
タイはインドシナ半島の中央部に位置し、西北
地として交易が盛んであった。一方、メコン川流
にミャンマー、北東にラオス、東にカンボディア、
域には河川をルートとする交易が発達していた。
南にマレイシアに国境を接する。北部から中部そ
文化的多様性を有している一方、一部を除いて普
してタイ湾へとタイ最長河川のチャオプラヤ川が
遍的に上座部仏教が信仰されている。
貫流し、肥沃なデルタ地帯を形成している。北部
ヴィエトナム、ラオス、カンボディアではフラ
は山間盆地地帯、東北部はメコン川に囲まれた海
ンス植民地支配の経験を有し、過去20年にわたり
抜100∼200メートルの台地で最も地味が乏しい地
戦争を経験し、さらに、市場経済を目指している
域である。中部はチャオプラヤ川が作り出す大沖
とはいえ、中央統制経済の面影が強く残っている。
積平野が広がるタイ国最大の穀倉地帯である。南
カンボディアのように教育、保健分野への支出
部はマレイ半島の一部を構成しており、西側は多
は各々 10%を切り年々減少する一方、軍事費は支
数の島があり、タイ湾側は遠浅の海岸線が続いて
出の 20%を占めている国もあるが、全般的に和平
いる。
後の市場経済化への移行は急速であり、域内の社
ヴィエトナムはインドシナ半島の東側に南北に
会経済のボーダーレス化が進んでいる。地域全般
S字型に細長く伸びた形で位置し、西はカンボディ
としては、タイの影響が大きくタイ・バーツ経済
ア、ラオス、北は中国と国境を接している。南には
圏に組み込まれていると言える。
肥沃なメコン・デルタ平原をもち、東側に3,260km
に及ぶ長い海岸線を有する。
各国の社会経済指標の一部は付表1 −2− 1のと
おりである。タイの国民総生産(Gross National
ラオスは南北 1,000km に及ぶ帯状の内陸国でイ
Product:GNP)
は隣接国に比べ圧倒的に高いのが特
ンドシナ半島のほぼ中央部に位置する。北部には
徴である。よってインドシナ半島の国々はマレイ
中国の雲貴高原から続く山地、東部のヴィエトナ
シアの後を追って工業化を達成しつつあるタイと
ムとの国境沿いにはアンナン山脈が走る。西部の
農林漁業という第一次産業に依存している農業国
一部はメコン川を挟んでタイに接しており、国土
とに大別できる。ヴィエトナムについては経済発
面積の 86%がメコン川流域で占められている。
展をとげるポテンシャルを有している国であるが、
カンボディアはインドシナ大半島の中央やや南
西に位置し、北西はタイ、北東はラオス、南東は
政府が推進している国営企業改革(民営化)がその
鍵を握っていると言える。
ヴィエトナムに国境を接している。メコン、トン
メコン川流域開発については1957年から開発調
レサップの 2 つの河川の流域に広がる平野部が中
査や開発計画の準備が進められていたが、1995 年
心であり、国土面積の 86%がメコン川流域で占め
新たに「メコン川委員会」が発足し、流域全体の調
られている。
和のとれた発展と環境を重視した持続可能な開発
ミャンマーは、イラワジ河流域を中心とした国
220
1−2
の実現に向けて、基盤整備、水資源利用、天然資源
報告書付録 1 地域別各論
付表 1 − 2 − 1 インドシナ地域の地理概要
1998
GNP
人口
(十億ドル) (百万人)
GNP /人
分類
(ドル)
(DAC /国連)
タイ
131.9
61
2,160
ヴィエトナム
26.5
77
350
低所得国
ラオス
5
5
320
後発開発途上国
カンボディア
11
11
260
後発開発途上国
-
44
-
後発開発途上国
ミャンマー
低中所得国
出所:World Development Indicators 2000
開発、基幹産業の育成、農村活性化、観光振興、人
400,000ha から 252,000ha に減少し、タイでは 1961
材育成、法制度整備、基本ニーズ(Basic Human
年の368,000haから1996年の160,000haに減少した。
Needs:BHN)への配慮等を提唱している。
カンボディアを除く多くの東南アジア地域では、
炭の生産やエビの養殖、リゾート開発等海沿い地
2.
環境問題の概要
域の開発のためのマングローブ林の資源が減少し
続けている。特にヴィエトナム、ミャンマーでは
2−1
自然資源の減少
家庭、零細飲食店用にマングローブ炭が普及して
いる。
2−1−1
森林
各国に共通して森林資源の急速な減少・劣化が
深刻であるが、この問題が同時に多様な環境問題
を誘発している。
2−1−2
土壌保全
ミャンマー、ラオスでの土壌侵食及び流失、タ
イ、カンボディア、ヴィエトナムでのメコンデル
資源の減少に伴ってカンボディア、ラオス、タ
タの酸性硫酸塩土壌が特徴的な問題である。コ
イ、ヴィエトナムでは大規模な商業伐採が禁止さ
ラート平原、ヴィエトナム中部、カンボディア洪
れ、例えばタイでは1988年以前には年間480,000ha
水氾濫原では過度の農業開発によって肥沃土損耗
であった伐採面積が 1993 年から 1995 年には年間
がみられる。メコンデルタにおいては、酸性硫酸
100,000haに減少し、森林破壊の速度は遅くなった
塩土壌、塩水遡上が問題化している。
が、これは、すでに資源の質と量が劣化した結果
でもある。
2−1−3
生物多様性
ラオス、カンボディア、ヴィエトナム中部山岳
ラオス、タイでは野生の象が減少している。メ
地帯では従来、山地民により持続可能な焼き畑農
コン上流域には未発見の希少種も多く生存してい
業が営まれていた。しかし人口の増大と現金なし
るといわれ、特にイラワジイルカの減少が問題化
には生活できないという生活様式の変化により、
している。
市場で農作物を売って現金を得ることが必要と
森林の減少は森林を生活の場とする多くの野生
なってきていることから、1戸当りの耕作面積が急
鳥獣の減少の原因となる他、戦争の影響により銃
激に拡大した。休閑期間の短い収奪的な焼き畑農
が普及してしまったことによる違法な狩猟も経常
業が行われることとなり、森林減少、土地生産性
的に行われ、山岳地帯等では法による規制が実施
の低下へとつながった。
されていないことが問題視される。
メコン川下流では、エビやその他の魚類の養殖
によってマングローブ林が伐採され、メコンデル
タ地域では面積及びその質が共に急激に劣化した。
ヴィエトナムでは 1 9 5 0 年から 1 9 8 3 年までに
2−1−4
その他
生活排水や農薬の流入、船舶や港湾施設からの
廃棄物投棄等による河川や沿岸の水質が汚染して
221
第二次環境分野別援助研究会報告書
おり、また、雨期の洪水、乾期の流量減少が生じて
2−2−3
廃棄物処理
産業廃棄物については問題が多いとの認識はあ
いる。
るが、実態を正確に把握できないでいる。
2−2
都市環境問題
家庭や事業所の一般廃棄物については、都市部
での生活ごみの収集は実施されているものの収集
2−2−1
水質汚染
サービスの能力に限界があり、ヴィエンチャン等
域内の水質汚染の原因は工場等からの産業系排
の一部の都市を除き、河川や空き地に不法投棄さ
水、ホテル、市場、レストラン等、各種事業所及び
れ、ごみが散乱しているのが現状である。収集サー
家庭からの雑排水の河川への流入である。また、住
ビス、運搬、最終処分のためのサービス、インフラ
民その他によるごみの河川への違法投棄も大きな
整備は受益者負担が原則であるが、料金の徴収体
原因となっている。
制が不備であったり、財源の確保が不十分などの
産業公害、事業所による排水については、法律
問題を抱えている。
による規制が不十分である上、事業者の経営基盤
が弱体であって公害防止投資を行える状況に達し
2−2−4
産業公害
最も工業化が進展しているタイ、次いでヴィエ
ていないことにより、汚染者負担の原則が徹底さ
トナム都市部に産業公害が顕著である。
れていない。
インドシナのほぼ全域では都市部の一部地域を
ラオスでは食品加工工場からの無処理の排水に
除いて上下水道は整備されておらず、現存してい
よる汚染が問題となっている。先進国からの直接
るものも老朽化と未整備のためほとんど機能して
投資による工場は、環境規則を遵守する傾向にあ
いない。建設には巨額の投資が必要であり、使用
るが、老朽化した民族資本の工場や中小企業は汚
料金の徴収も困難を伴う。ただし、タイにおいて
染物質を排出し続けている。
は全国に急ピッチで下水道処理施設が建設されて
おり、既に一部下水処理施設は料金徴収を開始す
2−2−5
その他
その他、カンボディアでは内戦による後遺症、難
る段階にようやく到達した。
スラムなどの無秩序な都市拡大と人口増加も伴
民の貧困・就業問題、カンボディア及びラオスの
い、衛生的な水へのアクセスが出来ず、それらの
歴史・文化遺産の劣化、ミャンマー、タイ、ラオス
地域では浄化されない水が多くの人々の生活用水
の麻薬、全域において、ダムや道路建設に際し先
になっており、乳幼児をはじめとした人々の衛生
住民族、少数民族への影響が問題となっている。
状態の悪化につながっている。
3.
2−2−2
大気汚染
固定発生源と移動発生源に大別できる。固定発
3−1
戦争
生源としてはタイ北部のリグナイト発電所、石炭
戦争は自然資源、都市インフラ及び国民の生活
発電所、ヴィエトナムのハイフォンの工業地帯か
そのものすべてを破壊し尽くし、環境破壊の最も
らの硫黄酸化物
(Sulphur Oxide:SOx)
、窒素酸化物
激しい要因である。
(Nitrogen Oxides:NOx)等の汚染がある。
1960年代と1970年代の初頭、ヴィエトナムでは
顕著な移動発生源は、経済的に発展しているバ
200 万 ha の森林が爆撃と枯れ葉剤の散霧により森
ンコク、ホーチミン、ハノイ、プノンペン等都市部
林が破壊され、ダイオキシンの残存による後遺症
の車輌の増加によるものが著しい。大メコン圏で
により特にマングローブ林など数年にわたり森林
は今後道路網を整備し新たな高速道路の建設が予
の再生が困難になった。北ラオスでも爆撃による
定されているが、それらの周辺では道路建設中の
相当な被害があった。
粉じん、騒音等の汚染の発生が予測される。
222
環境問題の悪化の要因
戦争による道路等都市インフラの破壊も著しい
報告書付録 1 地域別各論
ものであった。カンボディアでは、100年前にフラ
の推進によってマイナス面を最小化し、国と地域
ンスがプノンペン市に建設した都市水道が内戦の
の経済発展を最大限に貢献する方向の確保が重要
ため荒廃し、改修・新設する能力がないため安全
である。
な水の確保が問題となっている。
カンボディアには、内戦時代に埋設された無数
3−3
道路建設
の地雷があり、主に村落周辺での犠牲者が絶えず、
一部で交通量に見合わない不適切な幅の道路が
農業復興の妨げとなっていた。地雷撤去には莫大
建設され、森林や農地、コミュニティが分断され、
な資金が必要であり、未だ無数の地雷が埋まって
地域のコミュニティが分断され、生活上の不都合
いるとされている。
が生ずるおそれもある。また、新たな流通を促進
さらに、戦争中、戦後に大量の人材が国外に流
させる一方で、盛土した有料の高速道路が建設さ
出したことが、戦後の復興、発展を妨げる要因と
れると従来の地域住民や生物の移動を妨げること
もなっている。
が懸念される一方、インフラの維持管理費は多額
になり、管理当局がきちんと維持できない恐れも
3−2
ダム建設、水力発電
水力発電を目的としたダムが建設されることで、
ある。維持修繕のための経費の確保やそのための
技術、人材の確保が図られねばならない。
特に産業を持たないメコン川上流の国家にとって
は電力の供給による工業化の促進、電力を周辺国
へ売却することによる経済的利益が生じる。また、
3−4
国家間の経済格差
タイではいち早く森林資源の枯渇、土壌流出が
ダム湖ができることによる周辺住民にとってのメ
進んだため、1980 年代後半からは木材伐採が禁止
リットは、新たに漁業を営むことが可能になる点
されている。一方、まだ森林資源が豊富で外貨獲
である。さらに灌漑用水が整備されれば新たに水
得の必要なラオス、ミャンマー、ヴィエトナム、カ
田耕作を営むことも雨水農業から脱却して農業の
ンボディア、マレイシア等周辺国の、ダム建設予
生産性を向上させることも可能となる。
定地など生物多様性の高い地域から森林資源が乱
しかし、デメリットもある。直接的な人的影響
伐され、タイへ密輸されるという現象が生じてい
としては、住民移転、水質に関連する病気の発生、
る。国家間の格差は盗伐、密輸などの横行に拍車
天然資源に関する直接的な影響としては、土地の
がかかることも知られている。
水没によって、農地とその生産性の喪失、森林と
将来的な森林生産性の喪失、野生生物・生物多様
3−5
市場経済化指向に伴う過剰開発
性の喪失、鉱物資源の喪失、障害物建設により遡
市場経済化移行国では、市場指向の伐採、高価
上/回遊する水産資源の減少、水質及び流量変化
な木材が選抜され伐採される傾向が顕著になって
がある。特に、メコンデルタでは洪水により肥沃
いる。特に、タイ、フィリピンなど周辺国の需要に
な土壌が上流からもたらされ、土壌の塩類排出が
応えるため、ラオス、カンボディア、ヴィエトナム
促されてきたことから、ダムや大規模な導水計画
からの輸出が増加している。資源管理の適正な執
による流量減少は、デルタ地帯への塩水侵入を促
行、過剰開発の防止、輸出入手続きの強化その他
進しているという指摘もある。
が求められる。
最近重要視されているのは、地域のコミュニ
ティへの悪影響である。ダム湖に沈むこととなる
3−6
貧困による環境破壊
コミュニティの生活上不利のない地域への移転や
山間部では低地からの人口流入や人口増加、林
そこでの生活の質の確保、コミュニティの分断、生
野利用の規制強化等の社会・経済的背景のもと、従
活の糧であった自然資源の湖底への埋没などであ
来の伝統的な焼き畑から休閑期間の短い非持続的
る。これら社会的影響をも考慮した環境影響評価
焼き畑農業が貧困農民によって行われる傾向が強
の実施によって、その結果を活用した適切な政策
くなっている。
223
第二次環境分野別援助研究会報告書
また、特に市場経済化移行期にあるため、生産
tal Board:ONEB)
を廃止し、MOSTE内に環境政策・
性の向上よりも農地開拓によって現金収入の向上
計画局、汚染規制局と環境品質向上局を設置した。
を達成しようとする傾向が顕著である。
環境政策計画局は、地域レベルの環境規制のた
めの政策と計画を指示し、環境基金と、EIA報告の
4.
環境管理体制上の問題
過程を保証するために設立された。
汚染規制局は、基準を提言し、環境規制に関す
4−1
法の執行体制の未整備
この地域では一般的に、経済的なパワーを有す
る測定の開発を所掌している。加えて、汚染に関
する苦情を調査する権限を与えられた。
るタイで最も整備が進み、ヴィエトナムでは環境
環境品質向上局は情報提供、市民の意識向上、民
法は次第に整備されつつあるが、工場立入検査等、
間セクターと NGO の同盟を強化することに加え、
執行体制については未整備である。各種ドナーの
研修と調査の実施等を所掌している。
実施するプロジェクトに際しては環境影響評価
また、環境保護の権限を、国家レベルの上記の3
(EIA)
の実施が義務付けられているが、受入れ国へ
局から郡レベルに委任したものの、多くの政策は
の適切な EIA を実施する技術、ガイドライン、モ
ニタリング体制が未整備である。
トップダウン方式でなされている。
1992 年環境法は下記の項目について市民参加を
認めている。
4−1−1
タイ
(1)環境法体系
タイでは1991年と1997年のタイ王国憲法にて環
・環境に関する情報へのアクセス権
・国家プロジェクトからの汚染により受けた
損害への補償権
境について定められているが、1991年に74条にお
・汚染者への不満を訴える権利
いて
「国家は環境を保全し、自然資源の利用と修復
・環境保護当局へ協力する義務
の均衡を保ち、現存する汚染を除去し土地と水利
・環境法や規制に従う義務
用の計画を立てる」
と示されている。この憲法のも
1992 年環境法は同時にタイで環境保護活動する
とに、1992 年に環境法が成立した。同じ年、この
NGO は海外の団体であろうとタイのであろうと
他に新工場法、有害物質法、エネルギー保全促進
「環境 NGO」として登録することが許されている。
法、新公衆衛生法、清潔秩序に関する国家法等が
環境品質向上部は環境保護NGOの科学技術環境省
改正され、70∼80の規則が直接的間接的に施行さ
への登録機関であるが、推定 197 ある団体のうち
れた。
65団体しか登録されていない。登録した団体は
「環
1992 年の環境法の特徴としては環境の質の基準
境基金」へ財政補助を申請することが出来る。
と認可に関する法規などの全国的な環境問題に関
して意思決定を行うため、国家環境委員会を強化
することが挙げられる。
4−1−2
ヴィエトナム
(1)環境法体系
1994 年、環境保全法が公布された。この法以外
(2)環境行政
にも、歴史的・文化的サイト及び良好な景観地域
1975年に設置された国家環境委員会は、1992年
の利用及び保全に関する法律(1984)
、健康保護法
環境法の新しい枠組みにより、科学技術環境省
(1988)
、海洋資源保護法(1989)
、鉱物資源保護法
、灌漑及び堤防施設保護法
(1989)
等がある。
(Ministry of Science, Technology and Environment: (1989)
MOSTE)大臣を事務局長とし、総理大臣が議長を
工業排水排出基準も施行されている。
つとめ関係省庁の大臣、学識経験者をメンバーと
する内閣レベルの委員会となった。この機会に環
224
(2)環境行政
境保護を所掌する政府機関をリストラし、国家環
1994 年、国家科学技術委員会が改組され科学技
境委員会事務局(Office of the National Environmen-
術環境省が設置され、その中に国家環境局が設置
報告書付録 1 地域別各論
された。この国家環境局は国家レベルの環境政策、
環境基本法については 1999 年 4 月に国会を通過
戦略、ガイドラインの作成、環境管理行政、環境影
した。現在、施行規則のドラフトがなされ大統領
響評価、環境モニタリングなどを実施する機関と
令として出す準備が行われている。
しての役割を担っている。また、地方の各省人民
EIA の実施についても、規則の準備が進められ
委員会の中に科学技術環境局(Departments of Sci-
ている。従来、インフラ等の大型援助プロジェク
ence, Technology and Environment:DOSTE)が設け
トについては、ドナーの規則に従った EIA が実行
られ、このDOSTEが環境法の執行を担当すること
されてきた。世銀、アジ銀等それぞれの機関の基
になっている。このDOSTEは各省の人民委員会の
準に沿って実施されているため、ラオス側には、関
指揮監督下にあるが、国家環境局から技術支援を
係省庁のメンバーからなるワーキング・グループ
得ており、国家環境局の出先機関の役割も果たす
が審査を行うことになってはいるものの、形式的
ことになっている。しかし、ハノイ市やホーチミ
であって十分に機能をしていない。レポートを作
ン市のような主要都市のDOSTEであっても職員の
成すべき官庁についても、すべて委託されたコン
数は 14 ∼ 15 名であり、他は 4 ∼ 6 名しか有してい
サルタントまかせとなっている例もある。
ないところも多い。そのため、環境法のエンフォー
スメントに必要な環境モニタリングや工場立入検
査に必要な環境ラボの施設も不十分である。
4−1−4
カンボディア
(1)環境行政
1993 年、環境省が設置された。環境省には環境
4−1−3
ラオス
(1)環境行政
管理及び土地利用、自然環境保全、公害防止、法律
整備、教育及び普及啓蒙、管理及び財政の6局が設
ラオスでは科学技術環境庁(Science, Technology
置されている。農林漁業省、工業省、エネルギー
and Environment Organization:STENO)が内閣室に
省、土地利用及び都市化省などの環境関連の行政
あり、環境問題の調整と所管部署となっている。天
機関との密接な協力が不可欠である。また、地方
然資源管理については農業林業省林業局が所管し
行政機関に環境関連の業務を担当するセクション
ている。電力、通信運輸郵便建設省、工業手工芸省
が未整備である。
が環境ガイドライン、環境影響評価、モニタリン
グを必要とする工業活動、鉱業、水力、運輸、イン
(2)環境法体系
フラ開発にかかる環境問題を所管している。しか
1996年11月に、環境保全に関する基本法ともい
し、工業手工芸省の環境管理部も、鉱業資源管理
える、環境保全と自然資源管理に関する法律が公
部も適切な環境モニタリングを行う能力を有して
布された。水産資源管理規則、森林資源管理法は
いない。厚生省は汚染、労働基準、上水道、衛生を
既に公布されているが、未だ環境影響評価システ
担当しているが、資金等の不足により端に追いや
ム、産業公害防止、有害廃棄物管理、労働環境等法
られている。都市計画分野では厚生省、郡政府、通
的な整備が必要である。
信運輸郵便建設省間の軋轢がある。
4−2
(2)環境法体系
人材の不足
特にカンボディアやラオスなどでは、長引いた
環境については、1991 年憲法 17 条において「す
戦乱と資金の不足により、国の中枢を担う層の人
べての市民は、土地、地下資源、森林、動物、水資
材が十分とは言えない。環境分野においても、中
源、大気、環境と天然資源を守らなければならな
央省庁はもとより、地方行政レベルのフィールド・
い」
と記されている。1993年に森林土地利用管理に
オフィサー・レベルの人材が不足していることか
関する条例が改正され、森林利用とゾーニング、森
ら、十分なモニタリング体制が機能していない。
林土地利用、地域の管理、森林資源についての枠
組みが作られた。
225
第二次環境分野別援助研究会報告書
4−3
資金の不足
(Subregional Environmental Monitoring and Informa-
上下水道等の都市インフラ整備、工場等の公害
tion System:SEMIS)
、②域内環境訓練・制度強化
防止設備への投資については、タイでは若干進ん
(Subregional Environmental Training and Institutional
でいるものの、その他の国については、遅れてい
Strengthening:SETIS)
が実施済み、①遠隔地流域に
る。特にヴィエトナムでは多くの国営工場は老朽
おける貧困改善と自然環境管理、②メコン流域環
化した生産性の低い設備に依存し、経営的にも国
境戦略、③メコン下流域湿地帯の保護と管理の3プ
からの補助金に頼って操業しているため公害防止
ロジェクトが実施中である。
設備を導入することは不可能に近い。環境保全に
は巨額の投資が必要であり経済発展がない限り投
資は不可能である。
5−1−2
世銀
世銀の環境政策は、これまで EIA により事業の
タイ、ヴィエトナムでは法の整備は進んでいる
環境への悪影響を最小限に止めることを中心にし
が、財政不足のため法律の執行に不可欠の排水等
てきたが、環境悪化と貧困の悪循環に鑑み、健康
の検査、モニタリングに必要な人材、施設が不足
の改善、貧困人口の生計向上、災害への脆弱性の
している。都市と農村部の経済格差から、農村部
減少を目的として、環境配慮の貧困削減及び経済
では特に水の供給、灌漑、水力発電、洪水対策等、
発展戦略への統合を図り、2000 年 5 月には環境戦
セクターを超えた取り組みや多目的な水資源利用
略案を策定し、検討を行っている。また、生計向上
については未だ顧みられていない。
プログラムを組み合わせた資源利用/保全プロ
ジェクトを各地で展開している。
5.
主要ドナーの主な取り組み
世銀のプロジェクトとしては、ラオスの1999年
の「高地開発保全」
「森林保全管理」プロジェクト、
5−1
多国間援助機関
また、ヴィエトナムの 1999 年の「沿岸部湿地保護
開発」
がある。また、地球環境ファシリティ
(Global
5−1−1
ADB
拡大メコン地域経済協力委員会の下に、メコン
は、ラオスの「野生生物・保護地区の保全」がある。
地域の環境と天然資源管理分野における助言を行
また、ヴィエトナムの
「保全訓練生物多様性行動計
う環境ワーキンググループがあり、定期会合を行
画」
「高地開発保全」
プロジェクトは、陸稲の生産向
うなどセクターを超えた取り組みを行う。
上に関する農業援助、医薬品の供与をはじめとし
○地域政府、国際機関間の環境問題にかかる情
報交換
○域内に共通の課題にかかる国家環境政策の調
整、地域環境基準の策定
○道路、ダム等大規模インフラプロジェクトに
伴う環境問題を公表する場合の場所の提供
た基礎的衛生、識字教育をはじめとしたノン
フォーマル教育の社会支援、生物多様性保全に持
続可能な利用、保全に関する意識向上、郡や県レ
ベルのスタッフのモニタリングと評価技術を向上
させるなどの制度強化の 4 つのコンポーネントか
ら成り立っている。
○ADB、UNDP、UNEP、アジア・太平洋経済社
2000 年 2 月、GEF はメコン川委員会に対し、メ
会委員会(Economic and Social Commission for
コン川流域水資源管理と生態系の保護プロジェク
Asia and the Pacific:ESCAP)
、メコン委員会等
トに1,100万ドルを供与することを決定した。総合
の融資した域内環境案件にかかる政策面での
的な流域水文モデルのパッケージや、水や関連資
助言
源に関して統合的な知識の基盤を開発し、こうし
○ドナー、民間セクター、政府による域内プロ
ジェクトの融資調整
○研修、人的資源開発への協力を促進
現在、①域内環境モニタリング・情報システム
226
Environmental Facility:GEF)
のプロジェクトとして
たツールを使ってルールを作ることを目的として
いる。
報告書付録 1 地域別各論
5−2
二国間援助機関
○CIDAにより、インドシナ地域環境政策専門家
管理強化に努力するとした明確な方向がないこと
は今後の課題である。
の能力向上、ヴィエトナム沿岸資源管理プロ
ジェクトが実施されている。
6−2
国家レベルのニーズ
○GTZにより、カンボディアの森林野生生物局
の組織強化、林学教育、共同体林業の3分野に
6−2−1
キャパシティ・ディベロップメント
対し協力が行われた。また、メコン委員会に対
タイ科学技術環境省に対しては、過去10年以上
し、タイ、ヴィエトナム、カンボディア、ラオ
に数多くのドナーが技術協力を供与し続けてきた
スの4ヶ国に対し、森林資源モニタリングプロ
こともあり、ある程度整備されてきている。ミャ
ジェクト及び、意思決定のための参加型プロ
ンマー、ラオス、カンボディアについては国家レ
セスの重要性の認識と評価に対する支援が行
ベルの環境政策、法・制度、規制、組織強化などが
われた。
あまりにも未整備であり、環境行政の要としての
役割を果たし得るようにすべく、総合的なキャパ
6.
援助ニーズ
シティ・ディベロップメント支援が求められてい
る。その中では、環境管理技術を担う人材の育成
6−1
インドシナ・サブリジョン:メコン流域圏
が最大のニーズであり、また、法規制のエンフォー
での環境管理体制の構築
スメントに必要な環境ラボの整備も不可欠である。
環境管理について国境をまたぐ問題が多く、一
これらは、例えば、インドシナ各国もメンバー国
国のみの取り組みでは対応が困難である。インド
として含まれる
「東アジア酸性雨モニタリングネッ
シナ半島をメコン流域圏として広域にとらえなお
トワーク」
事業実施にむけても必要となり、具体的
し、地域ごとに異なる自然環境及び社会文化環境
には以下のニーズが挙げられる。
に対応しつつ、共通の政策及び体制を構築するこ
(1)環境法、規則、基準等の整備、組織の強化及
とが求められ、メコン委員会という国際機関がそ
び、法の執行体制の強化、特に執行を担当
の活動の中心となっている。
する地方行政機関及び関係省庁出先機関の
メコン川流域の資源のなかでも水資源は地域住
民の生活基盤であり、最も重要な位置を占める。ダ
ム建設等水資源開発にあたっては総合開発計画の
強化
(2)環境モニタリング技術の支援とその結果の
環境管理への活用
中での位置付けとともに、環境保全への最大限の
(3)社会環境への影響も加味した環境影響評価
配慮が必要である。また、関係国間の国際紛争を
を実行する事業官庁の職員及び評価書を審
防止するためにも、多国間による継続的な調停・調
査する職員の研修
整機能が必要とされる。
(4)関係省庁の協力メカニズムを強化し、関係
世銀及び GEF によって供与が決定した「メコン
機関の環境対処能力を強化するための省庁
川流域水資源管理と生態系の保護プロジェクト」
間協力メカニズムを運営する事務局機能強
は、メコン委員会によって実施されるが、各国政
化と地方行政機関を含む関係省庁職員に対
府機関やローカル・コミュニティ、民間セクター
する幅広い研修
やNGOと一緒に活動する。プロジェクトの持続可
能性には、地域の利害関係者の参加と協力が不可
6−2−2
援助協調
欠であるため、流域圏での協力という観点では1つ
ラオス、カンボディア等の小国家であっても多
の試金石となる点で成果が期待される。しかしな
様かつ深刻な環境問題を抱えており、関係機関の
がら、同委員会メンバー国では農業省がフォーカ
数も多く幅広い援助ニーズを有する。このような
ル・ポイントとなっていることもあり、メンバー
ニーズに JICA のみが対応することは不可能であ
国の国家環境担当部局が協力して半島全体の環境
り、世銀、ADB、その他のドナーが協力して効率
227
第二次環境分野別援助研究会報告書
的な技術協力が供与されるべきである。従来、JICA
実行するための人材育成が不可欠である。
やJBICは他のドナーの作成した総合的なプログラ
また、機器・機材の整備を行う場合は、機材等を
ムに参加するという協調は実施されてきたが、今
活用する技術者の技術レベル、そのメンテナンス
後は、インドシナ半島地域では我が国が主導的役
や運営、修理費用や消耗品の補充等相手側の実施
割を環境分野で果たし、それぞれの国で総合的な
能力をあらかじめ考慮し、モニタリングの結果を
環境保全のフレームワークを開発し、他のドナーに
効率的に政策・戦略レベルの環境管理強化に活用
参加を呼び掛ける積極的な努力が求められている。
するための技術移転が求められる。
特に地方分権化政策に伴い、法の施行には、地
6−2−3
NGO と参加
タイでは 1970 年代から NGO や中流市民の環境
運動が盛んであり、数多くのNGOが活動を展開し
方レベルの執行能力強化が必要であり、そのため
のフィールド・オフィサーに対する研修が重要と
なる。
ているが、アドボカシー(政策提言)
型のNGOの出
現や1990年代後半から世界の環境運動の流れと相
まって、政府はそれまでの環境活動弾圧の姿勢を
6−3−2
自然資源保全分野における人材育成
持続的な自然資源管理を行うためには、中央省
変えた。市民や NGO の開発プロセスへの参加は、
庁の強化だけでは不十分であり、フィールドで管
汚職や管理上の過ちを防ぐにも役立つ。今後は
理を直接担当するフィールド・レベルの管理組織
NGOとの対話を通じ、透明性、説明責任を確保し
の強化、人材の育成がより重要である。そのため、
た、「良い環境統治」がますます求められている。
県/郡レベルの行政機構、森林管理事務所、農業
アジア開発銀行は、タイのバンコクに事務所を
省出先機関などの強化が不可欠で、その上に環境
設置したが、これによりタイでますます影響力を
担当者、森林官の人材育成、意識改革、キャパシ
高めている NGO との政策対話も期待されている。
ティ・ディベロップメントが不可欠である。この
カンボディアでは 1980 年代の復興期から NGO の
分野では近年村落住民が主体となって実施する社
役割が重要視されている。人道分野が多く、農林
会林業、村落資源管理が主流になっているため、村
水産業分野のNGOは5%に満たないが、NGOが支
落住民との対話ができ、ニーズを汲み取る調査能
援国会合(Consultative Group:CG)への参加を認め
力、問題分析能力、計画策定、モニタリング・評
られNGOの連合組織も発達しているため調整機能
価、また、事業実施の軌道修正を行い、現場への適
は高い。今後は、日本の環境分野の技術協力プロ
切な指示とアドバイスのできるフィードバック・
ジェクトのコンポーネントとして現地NGOの育成
メカニズムを備えた行政機構づくりが求められて
を含めることが求められる。
いる。このような動きを直接支援するための援助
ニーズが高い。
6−3
地方行政レベルのニーズ
タイやヴィエトナムでは、国家レベルの法制度、
行政機構が整いつつあることから、今後ますます
6−3−3
貧困削減と環境に調和した産業の育
成
地方行政レベルの機能強化、関係機関間の協力メ
地域の大多数を占める農村、漁村等コミュニ
カニズム、その実行に必要な人材育成が必要とな
ティにおける持続可能な自然資源利用のシステム
る。
は、長期化した戦争、急激な商品経済、市場経済化
によって、従来の産業構造が急変したことにより、
6−3−1
228
都市環境分野における人材育成
崩壊しつつある。地域住民の持続可能な非収奪型
都市環境の諸問題に対処するためには、公害分
の農耕技術・知識を生かし、農業、水産業、林業を
析機器の供与や単なる技術移転に留まらず、関係
組み合わせた複合農業、森林、野生生物、水資源等
機関が協力して問題に対処するためのメカニズム
の住民参加による自然資源の管理システムの再構
の構築や、政策、法・制度、規制、組織強化などを
築、農民組織による農産物の加工・流通の強化等
報告書付録 1 地域別各論
により、農家レベル、村落レベルで貧困の削減、生
層のため、農民小規模金融が普及し始めている。こ
活改善や生計向上といった社会経済面での向上を
のような試みは数多いが、運営面での問題が多く、
図ることができる。その際、技術、資金、制度面で
より効率的なプロジェクトへの改善が求められて
の持続可能性を考慮する必要がある。
おり、新たな援助ニーズと云える。
タイなど、中進国では国立公園や野生生物の保
護と観光客の誘致、地域振興を組み合わせたエコ・
6−4−2
都市スラム住民
ツーリズムが始まっている。地方行政としては、観
貧困から脱却するためには雇用が第 1 に求めら
光客へ環境について説明のできるガイドの育成や
れる。そのためには職業訓練、識字教育、小規模家
地域の特徴を生かし、かつ、環境に影響を与えな
内工業の発展、女性の就業のための保育所の設置
いような産品の販売によって、付加価値を高め、持
等が望まれている。基礎的インフラとしては、安
続可能な経営を図ることが可能となる。このよう
価な住宅の供給、トイレの設置、上下水道の設置
な貧困削減を目的とした環境プロジェクトに対す
が不可欠である。また、これらの利用、メンテナン
る援助ニーズが高い。
スに関する巡回指導やポスターによる啓発等、公
衆衛生面での普及啓蒙活動が必要である。しかし
6−4
貧困住民のニーズ
この分野ではNGOや青年海外協力隊による村落
開発、教育、職業訓練等における草の根レベルで
ながら、農山村から都市への人口の流入は今後と
も限りなく継続することが予測されるため、この
ようなニーズに対応することは困難を伴う。
の協力の経験を生かし、NGOを育成し、そのNGO
との連携を強化することが効果的である。
その際、地域住民と NGO の主体性(オーナー
参考文献
シップ)
と双方のパートナーシップを重視し、従来
の環境と開発についての是非の対立に留まらず、
・国際協力事業団(1998)
、
『メコン川流域開発・環
十分な情報の公開と交換に基づき、対話を重視し
境調査研究報告書』
、
『同資料集』
、平成10年6月、
た連携が求められる。また、必要に応じて政府や
国際協力事業団企画部。
地方自治体から政策的、法的、財政的支援が求め
られる。具体的なニーズは以下のとおりである。
・大矢釼治、『森林・林野の地域社会管理:ラオス
における土地・林野配分事業の可能性と課題』
。
・松島 昇、
『焼畑少数民族への農林地配分の実態
6−4−1
焼畑農民
−ヴィエトナムにおける森林再生の試み−』
。
焼き畑農民の定住のインセンティブとして土地
・フィオナ・ミラー(2000)
、「デルタにとってのメ
利用権、使用権の付与が求められている。近年、ラ
コン開発の意味 洪水と世界銀行プロジェク
オス、ヴィエトナムでは林野配分事業が進められ
ト」、
『フォーラムメコン』、vol.2 No.1 2000、メ
ており、カンボディアでも1998年国家環境行動計
コン・ウオッチ。
画の中で共同体林業のための土地利用権の保証が
・Technology and Environment, Lao People's Demo-
明記されている。実施にあたっては、地域の調査
cratic Republic (1993), "Environmental Action Plan,
や区画の制定への参加、住民が主体的に土地利用
Organization for Science".
計画を作成するためのワークショップの開催等き
め細かな対応が必要である。
農作物の流通を促進し、ミドルマンからの搾取
・Institute for Global Environmental Strategies (1999),
"Country Report on Environmental Governance in four
Asian Countries (1999)"
を避け、現金収入の向上を図るための農業協同組
・UNEP (1999), "Global Environmental Outlook 2000".
合の強化が求められている。また、手工芸、食品加
・ADB ホームページ。
工等付加価値を高める小規模家内工業も生計向上
・世銀ホームページ。
に欠かせないが、初期投資の貯えを持たない貧困
229
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 3 章 東アジア
230
報告書付録 1 地域別各論
第 3 章 東アジア
1.
地理及び社会経済上の特徴
「社会主義建設と共産主義社会への移行」を進めて
きたが、1989 年旧ソ連・東欧の民主化の影響は大
1−1
地理
きく、1990 年に入ると複数政党制を導入して内外
東アジアは、東西約5,000km、南北約5,500kmに
政策の刷新が図られた。1992年1月新憲法を採択、
わたる。地勢は東部海岸の平原地帯から西へ次第
社会主義を放棄して国名を「モンゴル人民共和国」
に高くなっており、おおよそ東部が平原と丘陵、南
から「モンゴル国」へと変更した。また、大統領の
西部が山岳地帯、内陸には砂漠、東部海岸地帯に
直接選挙制、国民大会議を最高権力機関とするこ
は豊かな大沖積平野が広がる。他方、パミール高
と、私有財産、都市部の土地所有、計画経済から市
原を根幹とする辺境地帯にはヒマラヤ、崑崙、天
場経済への移行を決定した。現在、自主独立外交
山、アルタイの 4 大山系がある。海岸線は約 1 万
を目指し、日本、米国、韓国など西側諸国との関係
4,000km で、5,000 余の島々がある。
拡大に努めている。
気候は大部分が温帯性だが、広大な国土である
モンゴルの経済建設は独立以来旧ソ連の経済協
ため亜寒帯気候区から熱帯気候区まであり、地域
力に依存してきた。しかし、旧ソ連の崩壊による
差が著しいのが特徴である。内陸は大陸性の気候
原料、資材供給が停止すると、1991 年以降は社会
であり、年間を通じ雨量が少なく、乾燥性である
主義経済からの本格的な改変に着手している。モ
上、冬の寒さは厳しく、また春は気圧の変化が激
ンゴル経済の中心は農牧業で、全人口の約半数が
しく、しばしば突風、砂嵐がまき起こる。人口は約
農牧業の関連部門に従事し、輸出の60%が畜産品、
13 億人程度である。
食品原料などで占められている。地下資源は豊富
とみられており、1970 年代から開発に着手してい
1−2
社会、経済
るが、進展はあまりみられない。
中国の社会面については、近年国民の間の脱イ
デオロギーの潮流は顕著で、西欧化の流れが定着
2.
環境問題の概要
している。同時に、これに伴う失業や犯罪の増加
傾向など、社会的不安や環境問題の課題にも直面
中国は、広大な国土、多様な都市生活等により、
している。モンゴルについては、伝統的文化に加
環境問題は全土に数多く存在しており、大気汚染、
えて、ラマ教文化にも色濃く彩られ、1921 年の革
水質汚濁、廃棄物問題等、多種多様な問題を抱え
命後は、社会主義的近代文化が取り入れられ、現
ている。中国の大きな特徴としては、人口問題と
在民主化に伴い、モンゴル文字の復活など本来の
エネルギー需給問題である。中国の人口は世界の
モンゴル文化の再興に努力が払われている。
総人口の約 20%を超す。人口が増大し続け、食糧
中国の政治・経済面では、1978 年末に従来の路
が慢性的に不足すると、食糧自給に支障が生じ、そ
線を大きく転換して、政策の重点を近代化におき、
の結果、工業化に重点を置くことになる。工業化
経済の対外開放、農村経済改革を進め、1984 年か
が進めば、農地が工業用地に転換され、農民が都
らは都市経済改革を行っている。国内経済建設を
市に集中する。多数の人口→食糧不足→工業化
(農
最重要課題としつつ、日本をはじめ欧米諸国、ロ
業生産力の低下)
→都市部への人口の集中→都市環
シアとの関係推進を展開している。なお、1989 年
境の悪化という悪循環に陥っている。
6月旧ソ連・東欧の民主化に影響を受けて学生を中
もう 1 つの大きな問題がエネルギー需給問題で
心とした市民による自由化運動が高まると、政府
ある。中国のエネルギー消費量は、米国、ロシアに
はこれを武力で弾圧し、国際的な非難をあびた。モ
次ぐ世界第3位で、全世界の9%を占めている
(1995
ンゴルについては、第二次世界大戦後、一貫して
年当時)
。中国の場合、エネルギー源の80%弱が石
「旧ソ連をはじめとする兄弟国との友好」
をうたい、
炭に依存し、硫黄含有量の高い石炭が広く利用さ
231
第二次環境分野別援助研究会報告書
れているため、工場や発電所、家庭の暖房の他、増
ある主たる要因である。本来は、各企業が企業責
大する自動車の排ガスによる都市部の大気汚染が
任を有するため自力で公害防止投資を行うべきも
深刻である。
のであるが、工場の多くは国営企業であり、生産
巨大な人口を抱える中国が工業化による生産と
設備も老朽化していて、経営的に破綻しているに
消費の拡大へとつき進めば、エネルギー消費量と
もかかわらず失業者の増大をおそれる政府が補助
二酸化炭素(CO2)の排出量だけをとってみても地
金で延命策をほどこしている現状では、産業公害
球環境に大きな影響を及ぼすことが危惧されてい
は克服できない。
る。
モンゴルについては、1960 年代の農地開墾と牧
2−2
交通に伴う問題:自動車大気汚染(主に中
国)
畜の拡大により自然のバランスが崩れ、鉱物資源
開発と工業化、自動車による交通が活発になり、国
最近の沿岸部の経済発展とともに、沿海地域の
民の間で自然環境保護の必要性が認識されるよう
大都市でトラックを中心とする自動車保有が増加
になった。過放牧、不適切な耕作による土地劣化、
しており、北京、上海ではタクシーも増加してい
降雨量不足による水供給不足も深刻である。また、
る。また、市場経済のシステムの導入に伴い、個人
近年大規模な森林火災が発生していることも特記
の乗用車保有率も増加している。
すべきである。ウランバートル市内では、大気汚
しかし、都市の交通公害対策に極めて重要であ
染、水質汚濁、廃棄物問題等が深刻になりつつあ
る物流・人流の将来予測をする都市計画が存在し
る。
ないために、都市の大気汚染の改善は進んでいな
世界の経済成長の中心と目されるアジア地域で
いのが現状である。ディーゼル車の利用、老朽化
の環境対策は、地球全体の環境問題でもあり、地
した自動車の利用等から生じる排ガスの問題と自
球温暖化のように抜本的な防止策が容易に見つか
動車の増加に伴う騒音問題に対する具体的な改善
らない問題もある。CO2の排出量に着目すれば、世
策はなく、車両の燃費向上や排ガス対策の技術、
界の全排出量に対する東アジア諸国の寄与率は 20
「環境に優しい」
車両の開発等が早急に必要である。
%に達しており、その過半が中国からである。し
自動車の国内生産による経済発展を目指す中国に
かし、その一方で、都市と農村、沿海地域とその他
とって排ガス対策車を輸入することによる排ガス
の地域間で見られる地域格差や、国際比較のため
の軽減策が採れないのは頭の痛い問題である。
に所得をドル換算した場合、国内での実質購買力
が正しく反映されないという問題もあることに留
意する必要がある点は見逃せない。以下、原因別
に環境問題について列記する。
2−3
都市化・人口増に伴う問題(主に中国)
都市への人口集中は世界的な問題であるが、特
に中国では人口100万人を超す大都市が32もある。
都市への人口集中は、生活から発生する多量の排
2−1
生産に伴う問題:産業公害(主に中国)
石炭を中心とした化石燃料の大量消費に起因す
増大した人口を収容するための住宅建設も難事で
る大気汚染問題が課題である。主要発生源は発電
ある。この背景には地方から所得水準の高い都市
所・工場などの産業用施設、家庭用暖房、自動車で
部へ労働力が移動していることである。人口増は
あるが、最終エネルギー消費の大半(70%近く)が
都市部の電力等のエネルギー消費や自動車保有率
産業用であることから、産業からの寄与が最も大
を増化させ、その結果、大気汚染問題を増大させ
きい。経済成長達成のためのエネルギー多消費産
ている。また、下水道整備の遅れと相俟って生活
業(鉄鋼、セメント、紙・パルプ等)の増加、施設
排水(廃水)の問題が顕著になってきている。
の老朽化、省エネルギー技術やクリーン技術等の
232
水や廃棄物の処理という問題を引き起こしている。
人口増の対策として、中国では「一人っ子政策」
公害防止技術の導入の遅れ、全般的に資金不足の
が実施され、その効果により人口増加率は低下し
ため排煙脱硫装置の設置ができない、等が背景に
たが、他の国々から倫理上の問題として指摘され
報告書付録 1 地域別各論
染が問題になるが、東アジアの場合には、内陸地
ている。
の大河周辺に工業都市が立地していることもあり、
2−4
消費水準の向上に伴う問題(主に中国)
東アジア地域の経済発展に伴い、ライフスタイ
河川の水質汚染は深刻である。流量が少ない河川
ほど、汚染の度合は大きく、水質汚染の改善と水
ルの変化から家電用電力の消費が近年増加し、火
資源不足の解決は同時に検討されることになり、
力発電所建設を余儀なくされ、大気汚染源の悪化
浄水場を上流部に建設したり、大河から水を導水
をもたらすような消費にひっぱられた問題が生じ
することも検討されている。また、これらの河川
ている。人口の集積と所得水準の上昇が家電製品
の流入する沿岸域の汚染も懸念される。
の購入ブームに火をつけ、「三種の神器」とも言え
るテレビ、洗濯機、冷蔵庫はもちろん、エアコン、
ビデオ、電子レンジまでが人気商品となっている。
2−7
森林資源の減少と砂漠化の進行
中国では数千年の長い歴史の過程で、鉄の製造
かつては(日本でもそうであったが)
、モノを作
のための燃料、陶器の製造のための燃料、その他
る工場や企業が汚染源として問題にされてきたが、
家庭用燃料、住宅の建設、家具製造、農業活動のた
消費者の行動様式やライフスタイルの方がより大
めの木材使用などのために森林資源が活用されて
きな問題として認識されるようになり、
「持続可能
きた。特にこの半世紀に資源減少傾向が顕著とな
な消費」
の在り方が問われるようになっている。中
り、森林資源が急激に減少し、伐採跡地の土壌浸
国では、プラスチック容器等が街中に捨てられる
食も顕著となって、表土が流失したり、強風によっ
「白色汚染」も問題になっている。また、これら東
て運ばれる結果となり、広大な地域での砂漠化が
アジア地域から流出したプラスチックごみ等が海
大きな問題である。そのため、国を挙げての植林
流に乗って、日本の海岸に大量に漂着している事
活動に精力的に取り組んでおり、中国のアジェン
実もある。
ダ21でも、砂漠化した土地の30%を回復させるた
めの努力が継続されている。一方、政府は沿岸地
2−5
野生生物の乱獲、過剰利用及び生息環境
域の開発に加え、内陸部開発にも力を入れており、
の劣化に伴う自然環境問題
西部開発はその代表的なものであるが、その開発
東アジア地域は多様な自然環境が存在しており、
稀少種や絶滅危惧種も多数存在するなど生物多様
計画の中で森林資源の保全や回復が大きな目標と
されている。
性は高く、多様な生息環境を提供している。しか
しながら、近年の社会構造の変革とともに非常に
2−8
大気汚染・酸性雨問題(主に中国)
感受性の高い生態系は改変の危機にさらされてい
中国における大気汚染は依然としてばい煙によ
る他、食用・薬用に利用され、一部の種では過剰利
る汚染が中心であり、特に、浮遊粉塵(Total Sus-
用が指摘されていたり、オオカミのように家畜害
pended Particulates:TSP)と二酸化硫黄による汚染
獣として捕獲圧を受けているものもある。また、モ
が深刻である。一部の巨大都市においては、自動
ンゴルのように「雪害」
、
「旱魃」による野生生物や
車排ガスによる汚染も深刻化している。
家畜の被害も生じている。
TSP は中国における都市大気中の主要な汚染物
質のひとつであり、ほとんどの都市において年平
2−6
水資源の不足から生じる水質汚染
(主に中
均TSP濃度が世界保健機構
(WHO)の大気質指針値
国)
を超えている。特に西北地区には TSP 濃度が高い
東アジア地域では、水資源の不足が深刻化して
都市が集中している。二酸化硫黄による大気汚染
いる。地域によっては年間降雨量が500mm以下と
が特に深刻な都市としては、貴州、四川、広西、山
いう地域もあり、過度の地下水の汲み揚げにより
西、山東、河北、甘粛、北京などが挙げられる。窒
地盤沈下を招いたところもある。日本の場合は、多
素酸化物汚染は、人口が100万を超える大都市、例
くの都市が海の近くに立地しているため、海洋汚
えば、北京、広州、上海、武漢等において顕著であ
233
第二次環境分野別援助研究会報告書
り、特に北京と広州等で著しい。
ように進んでいないために技術を使う人材が圧倒
酸性雨が観測される地域は主に長江以南、青蔵
的に不足している他、技術の輸入に係るコスト高
高原以東の広大な地区及び四川盆地に分布してお
もあり、環境改善に係る技術が定着していない。ま
り、特に、華中、華南、西南及び華東地区において
た、老朽設備の更新や、公害防止設備を設置する
深刻な酸性雨が観測される区域の面積は、国土面
資金が不足している。さらに、環境教育に重点が
積の約 30%に達する。
置かれているとはいえ、企業や国民の意識のレベ
中国では、従来からの TSP 対策に加え、1999 年
ルが低い。
には酸性雨規制区域、二酸化硫黄汚染規制区域を
設定し、重点的に酸性雨対策、二酸化硫黄対策に
4.
環境管理体制上の問題
取り組むようになった。また、東アジア酸性雨モ
ニタリングネットワークへ参加し、より精度の高
4−1
経済発展、開発優先の政策上の問題
い酸性雨のモニタリングを開始するとともに、酸
中国では、環境保全の重要性を理解し、環境と
性雨対策に関する地域協力への第一歩を踏み出し
開発に関する白書「アジェンダ 21」を発表するな
ている。
ど、独自に環境対策を講じていることは評価でき
るが、経済発展優先の政策下では、大量のエネル
2−9
過放牧、不適切な農業に伴う土壌劣化問
ギー、化石燃料の消費に伴う環境汚染は深刻であ
題
る。1989年には環境保護の基本法とも言える
「環境
東アジアの経済発展は、工業地域や市街地を拡
保護法」
が制定され、都市における環境保護に関す
大させたが、都市に多くの人口を抱えた結果、農
る組織と法制度が一通り整備されたとみてよいが、
業の生産性を高めることが必要になった。その結
農村での環境保護についての取り組みや廃棄物に
果、化学肥料や農薬が大量に、しかも無計画に農
関する法制度の整備は不十分である。また、企業
地に投与され土壌劣化が進んだ。また、食料生産
の産権(財産所有権)関係が明確化されていない。
のために過放牧が盛んに行われたことも土壌の劣
化に大きく寄与している。土壌劣化の問題は将来
の食糧問題についての危惧を抱かせるものである。
4−2
行政を含めた社会構造の問題
言論・集会・結社の自由や基本的人権の保障が
不十分なため、啓発や環境市民運動は起こりにく
3.
環境問題悪化の要因
い。一般的には、地方自治が遅れており、また司法
権が必ずしも行政とは独立していない。マスメ
東アジア地域では、多くの困難があることは事
ディアに啓発された国民世論の強力な支持と要請
実ではあるが、環境の保全に関心を払い、汚染防
があってはじめて政府による規制が実行できた日
止や自然保護のために努力をしていることも事実
本の事例とはかなり異なっている。
である。特に中国は「国連環境と開発会議」後、一
早く、環境政策の基本方向をまとめた「中国のア
ジェンダ 21」を発表していることもその証左であ
る。
環境に対する意識の希薄
一般国民の環境への意識が希薄である。また、環
境教育を通じて、国民1人1人が環境保全を意識し
しかし、現実問題としては、経済成長が急速過
たとしても、環境問題に国民(住民)が関与出来る
ぎて環境対策が追い付いていない、また、経済成
機会がなかなか提供されない。また、汚染源とな
長のためには重化学工業化政策が優先される等の
る企業については、企業指導者の環境意識の不足
事情があるために、効果的な対策が難しい状況に
から、企業倫理の確立がされず、その結果、環境法
ある。また、省エネルギー技術やクリーン技術
(燃
規の不備及び法律を執行しない現象が蔓延してい
料転換、製法転換、汚染物の減量化、再資源化等)
る。
の必要性は認識しているものの、人材育成は思う
234
4−3
報告書付録 1 地域別各論
4−4
資金、人材の不足
グ技術協力プログラムがある。また、ゲルのストー
公害防止に係る設備の運営、維持、管理の資金
ブ排煙による大気汚染の軽減と省エネルギーの観
が不足している。また、脱硫装置の設置などの必
点から改良型のストーブを推奨するプロジェクト
要性は認識しつつも、国営企業の経営基盤があま
が世界銀行によって進められている。GTZ、USAID
りにも弱体であるがゆえに公害防止措置などの調
は自然保護プロジェクトを実施している。
韓国については、多国間環境協力として、日本、
達
(輸入)
の資金が不足している。併せて、行政、企
業等において環境管理を実施する人材が圧倒的に
韓国、中国、ロシア、モンゴル等で域内国家間の地
不足している。
域環境問題
(生物多様性保全、酸性雨、海洋汚染等)
に関する情報や意見交換を促進し、環境協力の強
4−5
中央と地方(省レベル)の認識、権限の問
化を目的とした「北東アジア環境協力」
、二国間協
題
力ではロシアによる「渡り鳥保護、飛来実態調査」
中国では、中央と地方(省レベル)の歴史的な対
の協力実績がある。韓国は我が国ODAの対象国か
抗意識と環境問題に対する認識に大きな違いがあ
ら卒業したとはいえ、近年は日中韓3ヶ国の定期的
る。また、中央政府における国家環境保護総局の
な環境大臣会合によるプロジェクトの合意がなさ
権限の弱さも適切な環境管理を行う際の障害にな
れている。
ることがある。
6.
5.
援助ニーズ
主要ドナーの主な取り組み
6−1
環境管理近代化支援(中国)
中国は、日本、米国、カナダ、インド、韓国、ロ
現在の環境問題、特に東アジアの環境問題は、環
シア、デンマーク等多くの国と二国間協定を交し
境負荷の発生源が多様化し、自動車の増大や生活
ており、これらの国と環境計画、公害対策、森林及
水準の向上に伴い、通常の事業活動や日常生活か
び野生生物保護、海洋環境保全、気候変化、大気汚
らの環境負荷が増大していること、問題の発生の
染、酸性雨、汚水処理等といった種々の分野にお
要因が社会経済の様々な主体や仕組に関係してい
ける資金・技術面の援助を含めた国際交流や国際
ることが特徴である。そのため、地方の環境担当
協力を実施している。
部局の強化だけでは深刻かつ複雑な問題を解決す
UNDPは対中国の環境分野の援助の方向として、
ることは不可能であり、公共インフラ整備、国営
中国側にオーナーシップ、責任を持たせ、
「環境と
企業の近代化達成による公害防止投資の促進、環
貧困」
、
「環境と政治
(統治)
」
という観点を援助方針
境法・規制・基準の厳格な執行、環境モニタリング
に組み込むことを提案している
(1999年)
。また、第
や工場立入検査結果などの環境関連情報の公開、
10次5ヶ年計画において、
「統治」
に主眼を置き、環
市民・住民に対する普及啓蒙の促進など、広汎な
境問題と経済発展を統合した持続可能な開発をす
環境管理強化が重要である。従来のような発生し
ることで中国政府と合意している。一方、世銀は、
た環境負荷を対処療法的に処理する、いわゆる終
中国の都市環境、再生エネルギー資源開発、生態
末汚染処理設備設置等のハード面の対策と同時に、
系保全・開発に重点を置いて取り組んでおり、ご
汚染発生源における生産設備の近代化、クリー
く最近の協力としては、政策決定に資するための
ナー・プロダクション(Cleaner Production:CP)
、行
水質改善計画(Clear Water)、大気汚染対策(Blue
政が中心となる情報の公開をはじめとするソフト
Skies)計画がある。
面の施策が重要である。さらに、市行政の各部局
モンゴルは、国際機関等によって実施されてい
と企業、市民など関係する各主体が共通の認識と
るのは、自然保護や森林保全である。また、砂漠化
共通の目標を共有して、一体となって取り組みを
問題のプロジェクトとして、UNDP や米国航空宇
進める必要がある。
宙局、環境保護庁による気象・リモートセンシン
当面目指すべき目標として、硫黄酸化物、ばい
235
第二次環境分野別援助研究会報告書
じんなどの削減による大気環境の保全、化学的酸
んだ野生生物管理計画の策定、既存の国立公園・各
素要求量(Chemical Oxygen Demand:COD)などの
種自然保護区等の適正管理の支援、産業としての
削減による河川・海域の水環境の保全、自動車騒
エコ・ツーリズム計画の策定が援助ニーズとして
音の問題への対策による生活環境の保全、固形廃
考えられる。特に保護区等フィールドにおける管
棄物の削減とリサイクルの推進・適切な処理の推
理強化支援が求められる。
進が挙げられる。また、手段的な目標として、各部
野生生物及びその生息環境保護を促進するため
局、企業、市民等の各主体が共通の目標に向けて
効果的、効率的な開発を行うことが必要であるが、
取り組むこと、特定の排出源だけでなく、産業活
計画は保護区のみではなくエコ・ツーリズムの質、
動、交通運輸、市民生活などの種々の環境負荷の
基準及び安全性の基盤を提供しなければならない。
排出を対象に環境保全に取り組むこと、環境基本
エコ・ツーリズム開発で保護が促進される資源の
計画(マスター・プラン)と他の関連する計画(都市
同定、エコ・ツーリズムの国家ガイドラインの作
計画等)
との連携を図ること、新しい環境技術に関
成、市場分析、人材育成、財務分析、歳入保持シス
する積極的な情報収集、開発、導入等を行うこと
テムを主要コンポーネントとする調査である。特
が考えられる。
に、市場調査、マーケティング戦略、関連産業調査
以上から、東アジア地域では、モニタリング体
制の整備・強化や工場への立ち入り検査の導入、環
併せて、環境教育もエコ・ツーリズム推進に不可
境教育、人材育成、公害防止組織整備、法制度整
欠な要素である。エコ・ツーリズムは、ローカルな
備、環境基本計画(マスター・プラン)の策定から
コミュニティが主役であり彼らが利益を得るため
成り、関係主体が共有すべき望ましい環境像を提
計画策定作業の当初からコミュニティの参加を確
示し、その達成のための共通する目標と実施すべ
保せねばならない。
き取り組み内容を示す総合的な環境管理近代化が
求められている。しかしながら、従来、中国は環境
技術の移転を強く求める傾向があり、環境管理
(行
政)
に直接貢献する支援が少なかった。環境管理の
近代化支援に際しては行政中枢を直接強化する支
援が必要であろう。
6−2
野生生物管理と野生生物を利用したエ
コ・ツーリズム計画(モンゴル)
東アジア地域は多種多様な生息環境が存在して
いるが、多様性の高い自然環境が近年の社会構造
の変革とともに改変の危機にさらされている。モ
ンゴルでは、キタカワウソ、ゴビグマ、ヤセイラク
ダ、シベリアハクツル、カンムリツル等が絶滅の
危機に瀕しており、また、ビーバー、ユキヒョウ、
コブハクチョウ、オオハクチョウ等が絶滅の危機
に直面している。この生態系改変に必要な対策を
講じることが急務な課題であるが、その一方で、適
切に管理されたエコ・ツーリズムは、種ならびに
生息環境の保護に貢献するとともに、外貨を得る
ための有効な手段でもある。したがって、野生生
物調査手法・分析手法、持続可能な利用を組み込
236
等、社会貢献をより大きくする調査が重要である。
報告書付録 1 地域別各論
第 4 章 中央アジア
237
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 4 章 中央アジア
1.
地理及び社会経済上の特徴
1−1−2
1−1
地理
狭義の中央アジア地域
中央アジアは、ツラン平原あるいは西トルキス
本章の中央アジアを、アルメニア、アゼルバイ
タンと呼ばれるユーラシア大陸の最深、内陸部に
ジャン、グルジア、カザフスタン、キルギス、タジ
位置し、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、
キスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの
トルクメニスタン、ウズベキスタンの5ヶ国で構成
8ヶ国で構成される地域をいう。これを広義の中央
される。この地域は、特に南部は、紀元前より文明
アジアとし、狭義の中央アジア
(後述)
と区別する。
の栄えたところで、古代ペルシア帝国の一部で
あった。アレキサンダー大王の遠征後、ギリシア
1−1−1
ザカフカス(外コーカサス)地域
黒海とカスピ海の間にあって、アルメニア、ア
くは白人、中でもイラン系の諸族が活躍していた。
ゼルバイジャン、グルジアの 3ヶ国はザカフカス
しかし、中世からはこの地へのトルコ系遊牧民族
(外コーカサス)
と呼ばれる。この地域は、ヨーロッ
の進出があり、今日ではトルキスタンと称される
パとアジアを結ぶ回廊的な位置にあり、はるか昔
から多数の民族の往来、来攻したところである。ザ
ようになった。
中央アジアは山地と平地の分布が片寄っている。
カフカス地域は山国で、大小カフカス山脈やアル
山地は東部と東南部に集中し、中部、西部に平野
メニア高原を中心とした高地をベースに、海岸平
が広がっている。カザフスタンの国土の6分の1が
野と河谷などの地形が各地にみられる。大カフカ
600m 以上の山地であり、低地(200 ∼ 250m 以下)
ス山脈は5,000mを越える高山で、アルプスやヒマ
が 3 分の 1、丘陵と低山性山地(500 ∼ 600m まで)
ラヤ同様の新規褶曲山脈であり、山容は険しく、氷
が2分の1を占めている。山地は東部に片寄り、中
河も発達している。
でも東北部のルドノ(鉱物)アルタイは鉱物資源の
起伏に富んだ地形は気候にも影響する。北の大
カフカス山脈は冬期の北からの寒風を遮り、その
宝庫である。
南部の4ヶ国のうちキルギスとタジキスタンは山
ためザカフカスに温暖な気候をもたらしている。
国であり、中でもキルギスは天山やアルタイ山脈
しかし、亜熱帯気候と言われる土地は、湖海岸地
を有し、国土の 80%を山地が占めている。タジキ
帯と南部にみられるにすぎない。西部と山地斜面
スタンも東部にパミールの高山が連なり、1,000m
を除いて概して乾燥しているのが、この地域の特
以下の土地は10%弱にすぎない。これに対して、ウ
徴である。大カフカス中部から南に走る山脈とア
ズベキスタン、トルクメニスタンには平地が多い
ルメニア高原には森林は見られない。また、乾燥
ものの、大半は半砂漠、砂漠地帯である。ただしト
は東にいくほど激しくなり、カスピ海沿岸は南端
ルクメニスタンは水に恵まれていない乾燥地国で
の多雨地帯を除いて、ステップか半砂漠の地帯に
あるが、年日照時間は 2,500 ∼ 3,000 時間(モスク
属する。
ワ1,600時間)
もあり、灌漑が行われれば、綿花、果
カフカスにはおよそ 3 つの言語群をもつ民族が
樹その他の亜熱帯性作物が育成する。ウズベキス
居住している。主に大カフカス山脈北西部のカフ
タンには平地が多く、中央アジアの灌漑面積の 50
カス語族、中部のチェチェンやイングーシ、東部
%が集中している。他方、同地域では、1991 年の
のダゲスタンのイラン語族、そしてカラチャエフ
各国の独立以降、水管理が国際問題化しており、安
やバウカルのトルコ語族である。河谷ごとあるい
易な灌漑化は地域の安定を崩す要因となりかねな
は村ごとに言葉が違っていると言われるのは、こ
いことにも留意が必要である。
のような言葉が異なる多民族が住居していること
による。
238
人によりバルトリア王国が建国されたように、古
中央アジア地域は、高山と氷河があるので水力
エネルギー資源が多いが、開発は進んでいない。牧
報告書付録 1 地域別各論
畜は半砂漠において、移牧は砂漠地帯と山地の両
も困難になっているにもかかわらず、資金不足、技
方において行われている。
術不足、人材不足に見舞われている。さらに経済
的混乱、高い人口増加率がこの問題に深刻さを増
1−2
社会・経済
しており、これまでの投資が生産分野に片寄って
ソビエト連邦(以下、ソ連)の崩壊は大変衝撃的
いたところにも原因があるが、住民の多数が住居
で、ソ連邦内での依存関係に支えられてきたこれ
する都市においても農村においても生活基盤の悪
らの国家の経済は壊滅的な打撃を受け、農業、工
化が著しい。
業、その他国民の社会的生活等に多大な影響を与
1998 年の世銀アトラス方法による、各国の 1 人
えた。旧ソ連の連邦体制のもとで、この地域は経
当たりのGNPを高い順に比較すると、カザフスタ
済発展の水準が低く、モスクワからの財政的・技
ン1,310ドル、ウズベキスタン870ドル、グルジア
術的支援に依存して生活を維持し、多くの生産財、
840ドル、トルクメニスタン630ドル、アゼルバイ
消費財もロシアをはじめとするその他の連邦共和
ジャン490ドル、アルメニア480ドル、キルギス350
国から移入していた。例えば、1970 年代から工業
ドル、タジキスタン350ドルである。トルクメニス
の著しい発展をみたキルギスでも、キルギスの工
タン以下の中央アジア8ヶ国中5ヶ国の国々は低位
業製品の発注者、生産財の供給者は共和国外であ
の低所得経済(785 ドル以下)とされ、所得分類の
り、連邦体制の分業に組み込まれた工業部門は、国
最低ランクに区分されている(世界銀行、1999)1。
内の産業との関連性を持たず、計画経済の仕組み
また、1日2ドル未満の国際貧困線以下で生活して
のコマにすぎなかった。そして、1989∼1991年に
いる人口の割合は、統計の取られている国を抜粋
は国内総生産の10∼13%はモスクワからの財政的
するとそれぞれ、カザフスタンで12.1%、キルギス
支援であり、それで国家が運営されていた。
で55.3%、トルクメニスタンで25.8%であり、キル
この計画経済体制の崩壊により経済活動は維持
ギスのような一部の中央アジアの国は国民の半分
できず、社会は混乱することになった。独立国家
以上が貧困線以下の生活をおくっていると考えら
共同体(Commonwealth of Independent States:CIS)
れる。
形成後も他共和国、特にロシアとの貿易は入超で、
ロシアへの支払が滞り、実態はロシアの援助に依
2.
環境問題の概要
存しているといわれている。
中央アジアでは、国家の独立と市場経済への移
中央アジア諸国は、かつてはソ連の一共和国に
行に伴って、イスラーム伝統への回帰傾向が現れ
すぎず、そのため長い間、ソ連というひとつの国
ていると言われている。都市でも、村落でも、モス
を維持するための一機能の役割を担うことが求め
クが続々と建てられ、同時にイスラームの風習が
られてきた。そこでは、環境保全をほとんど無視
現れてきている。また、女性の就労は旧ソ連時代
した経済優先の政策が取られたことから、多くの
でも少ない地域であったが、このイスラムの風習
環境問題が引き起こされてきたのであるが、かつ
の影響で、一層女性が家に籠もって就業しないこ
てはソ連の情報統制により、国際的にも認知され
とが好まれる傾向にある。
ることは少なかった。しかしながら、ソ連崩壊後
社会的インフラストラクチュアの整備は、旧ソ
に次第に国内の状況が判明してくると、他地域の
連時代は、賃金も技術もすべてモスクワに依存し、
開発途上国で同様な公害問題が顕著であると判明
モスクワの技術者によって設計・施行がなされて
したことみならず、ここ中央アジア諸国は、地域
きており、保守・整備のみは訓練を受けた地元の
に特有な環境問題も少なくないことが分かる。
技術者が担当していた。現在、住宅を含めたあら
本節では、中央アジアの自然資源の顕著な変化
ゆるインフラ施設が老朽化し、これらの維持管理
として、国際的に注目が集まっているアラル海な
1
ただし、計画経済の歴史が浅くマクロ経済統計数値の信頼性は不十分と言われ、この点を考慮する必要がある。
239
第二次環境分野別援助研究会報告書
どの湖沼の水位変化・塩害による影響と、未だ紛
り周辺に吹き飛ばされた。そのため、農耕地
争の火種が残る中央アジアの環境破壊を取り上げ
の塩害、住民には眼病や気管支炎の健康被
る。また、都市の拡大による環境問題として、多く
害をもたらした。
の開発途上国で問題となっている大気や水質汚染
の現状に加え、乾燥した国土を有する内陸国であ
る中央アジア諸国では、人間の生活や産業に不可
欠な水をめぐる国家の水利権問題がソ連崩壊後に
⑤ 周辺地下水の低下が引き起こされ、農業生
産性の低下がもたらされた。
⑥ 周辺地域の気候変動をもたらし、農業に影
響を及ぼした。
大きな外交問題となりつつあることも記す。さら
に、旧ソ連時代の片寄った政策は未だに中央アジ
2−1−2
湖沼の水位変動
(アルメニア、アゼル
アの政治や産業構造に色濃く影響を残し、このこ
バイジャン、カザフスタン、トルクメ
とが土壌(土地)汚染のみならず工業の安全性や、
ニスタン)
放射能汚染問題にまで及ぶのが、中央アジア地域
の特徴であることを述べる。
世界一広い面積を有する湖であるカスピ海の水
位は、1978 年から上昇し続けており、この水位上
昇率が継続すれば、2020 年にはカザフスタンの産
2−1
再生可能自然資源の急激な減少
油場は水没するであろうと推定されている。現在、
この要因は自然界の水位変動サイクルに加え、人
2−1−1
アラル海の縮小とその影響
(カザフス
為的活動が影響していると考えられているものの、
タン、ウズベキスタン、トルクメニス
科学的には十分に解明されていない。しかし、例
タン)
えばアルメニアとアゼルバイジャン間のナゴルノ・
アラル海は、中国とアフガニスタンの国境に水
カラバフ自治州の帰属問題に起因する多くの木々
源を求めるシルダリア川とアムダリア川が流入す
の伐採や、原始林の中に建設され道路、また、軍に
る陸封湖である。第二次大戦後、旧ソ連は中央ア
よる多くの農耕地の接収により、土地の水保持力
ジアの不毛な砂漠地帯を穀倉地に変える自然大改
の低下が発生しており、このような人為的影響は
造事業を展開し、1970 年代に 620 万 ha の灌漑農地
少なくないと考えられている。
が上記の 2 つの河川を利用し、造成された。
一方、アルメニアのセバン湖は、灌漑やエネル
しかし、この事業によりこれら2河川からアラル
ギー需要のために水力発電用水を増加させたこと
海に流入する水量は急激に減少し、1980 年代には
で、湖の水位低下が著しい。この水位低下は、周辺
ほとんどなくなり、その結果、1989 年のアラル海
の植物界及び動物界に危機的な影響を及ぼす段階
は原形の約60%の大きさとなり、海岸線が60kmも
へ近づいていると懸念されている。
内陸に移動した場所もあり、現在では北部の小ア
ラルと南部の大アラルに分かれてしまった。
紛争による破壊
(アルメニア、アゼル
このアラル海の縮小は、単に湖水面積の縮小の
バイジャン、グルジア)
みならず、以下のような環境問題を顕在化させた。
アルメニアとアゼルバイジャン間のナゴルノ・
①
②
③
④
240
2−1−3
海水塩分濃度の上昇(1989 年には 1960 年代
カラバフ紛争によって貧した地域の住人や戦争難
の 3 倍の約 3 万 ppm に上昇)が進んだ。
民が、薪炭用として無秩序に森林破壊・生態系破
海水の塩類濃度の上昇と塩組成の変化によ
壊を繰り返している。また、紛争によって使われ
り生存可能な魚類がほとんどなくなり、か
る軍需費によって経済活動に廻される資金は減少
つて年間 4 万トンあった漁獲量がほとんど
している。紛争以前のアルメニアでは、電力や経
なくなってしまった。
済活動に必要な物資の輸送をアゼルバイジャン経
周辺の湿地帯は乾燥化が進み、湿地帯に生
由で行っていたが、この紛争のため両国間の国境
息する貴重な動植物が消失した。
が閉鎖され、これに伴って経済の悪化に拍車がか
乾燥化した湖底には塩が結晶化し、風によ
かり、環境対策を施す余地がほとんどなくなった。
報告書付録 1 地域別各論
一方、グルジアでも、アブハジアの内戦により、
固有生態系の破壊が引き起こされている。
あげられる。また、たとえこれらの除去装置が備
わっていたとしても、何らかの欠陥があるか、故
紛争は単に生態系や地域の破壊を引き起こすの
障で使用不可能の状態である割合が高いと言われ
みならず、当事国の経済を根底から破壊し、国民
ている。そのため、工場が林立するタシケント州
の生活はもとより環境対策に目を向ける機会や費
や南部は最も汚染のひどい地域で、様々な高濃度
用を消失させる結果となる。特に、コーカサスは
の金属物質が大気中で測定されている。ただし、独
異なった宗教・文化・言語を有する民族が生活し、
立後は計画経済の枠組みから外され、市場を失っ
歴史的にはトルコやペルシア、ロシア等の外部か
たことによって多くの工場が閉鎖され、大気汚染
らの圧力もあり紛争が絶えない地域であり、この
は軽減される傾向が一部に見られるが、いずれに
ことが現在の政治的・経済的・社会的安定の遅れ
せよ工場から排出された有害廃棄物が全く処理さ
に結びついている。
れずに放置されており、その処理が今後の課題で
ある。
2−2
都市の急激な膨張にともなう問題
なお、開発途上国における大気汚染の主要因で
ある自動車からの排ガスは、中央アジア諸国は相
2−2−1
都市部や工業地帯の大気汚染
(アゼル
対的に自動車は少ないことから大きく顕在化して
バイジャン、タジキスタン、ウズベキ
いない。しかし、例えば近年のウズベキスタンの
スタン、カザフスタン)
タシケントやファゴナなどの一部の都市部では、
長年、中央アジア諸国の工業は旧ソ連全体をカ
自動車による大気汚染の影響が大きくなりつつあ
バーする計画経済に組み込まれ、それぞれの国が
ると報告されている。
全体の中でのコマとしての役割を果たすことが求
められ、さらにはモスクワからの生産量のみを目
2−2−2
水質汚染と国家間水利権問題
(アゼル
的とする生産至上主義に縛られていた。そのため、
バイジャン、グルジア、キルギス、ト
生産に伴って生じる汚染物質の処理は行われず、
ルクメニスタン、ウズベキスタン)
深刻な環境問題を数多く発生していたにもかかわ
中央アジアにおける水質汚染は大気汚染同様、
らず、ほとんどが無視されて、継続的に汚染物質
工場排水の不完全な処理や管理体制に起因するも
の排出がなされていた。
のである。
例えばアゼルバイジャンでは旧ソ連時代から続
アゼルバイジャンのカスピ海に面する地域は、
く石油精製工場、化学工場、冶金工場からの汚染
オイルの流失、ごみの破棄、完全に処理し切れて
が深刻な状況にあった。特にバクー市に隣接する
いない下水により汚染されており、そのため漁獲
サムガイト市は、カスピ海に面する石油精製工場
高が減少している。また、黒海に面したグルジア
による影響で、旧ソ連時代には連邦内で最も大気
では、適切に処理されずに排出された下水が黒海
汚染が悪化していた死の町として知られており、
をさらに汚染し、1980 年代初頭のグルジアの観光
その汚染状況は現在でも深刻なままである。タジ
産業に多大な影響を及ぼした。Batumi 市から排出
キスタンでは、国を代表する非鉄金属工業である
される汚水の 82%は、処理されずにそのまま黒海
Tursunzoda のアルミニウム工場周辺には、多量の
に流されている。これら未処理廃水の影響もあり、
有害なガスが放出され、周辺地域の出生数の低下
グルジアの地表水の 70%には高濃度の大腸菌が含
を引き起こしている。このように、中央アジア地
まれている、と報告されている。同様に工場地帯
域のおける都市部では、工場から排出される煙に
では、多量の汚染物質が処理されることなく、大
よる被害が顕著となっている。例えば、ウズベキ
気や土壌に排出されている。
スタンでは粉塵除去装置を備えている工場は半分
一方、農業に起因する汚染としては、農薬汚染
以下であり、さらには有害のガスについては全く
が挙げられる(
「綿花産業等における土壌・水質汚
除去できる能力を備えていないことが理由として
染」の項参照)
。旧ソ連時代は、農業生産高を増加
241
第二次環境分野別援助研究会報告書
させるために多量の農薬を使用しており、最も悪
になっている。
質なものは有害のため使用禁止とされた D D T
(Dichloro Diphenyl Trichlorethane)が、1980 年代以
2−3
工業化の進展等に起因する被害
降も継続的に農薬に用いられていたことである。
多量の農薬や化学肥料の使用は、地下水汚染を引
き起こし、一部の科学者は、これら地下に蓄積さ
れた物質が今日の近隣地区の出生率の低下や様々
な病気の増加に起因していると報告している。
さらに中央アジアに特有な深刻な汚染としては、
綿花産業等における土壌・水質汚染
(キルギス、タジキスタン、ウズベキ
スタン、トルクメニスタン)
オアシス農業が長い間営まれていた中央アジア
に、集約的な綿花栽培が開始されたのは19世紀で
工場廃水、農薬、化学肥料による地下水汚染問題
あった。その後、特にウズベキスタンをはじめ中
のみならず、カザフスタンのように放射性物質に
央アジア諸国はロシアの綿工業に対する綿花供給
よって汚染されている地域があることが挙げられ
地として位置付けられ、これらの国のオアシス農
る(後述、
「放射性廃棄物汚染」の項参照)
。
業は綿花生産に特化するよう仕向けられた。アラ
このように汚染された地下水や河川水であるが、
ル海流域で行われた大規模な灌漑は綿花生産拡大
キルギスでは河川や井戸から処理をすることなく
を目的としたものであり、結果として綿花の生産
直接、飲料水として使用してしまうことがあり、国
は増大した。しかし綿花栽培と競合する小麦など
民の生命を脅かす事態になりかねない危機的な状
の穀物栽培が停滞し、中央アジア諸国は食糧自給
態であると言える。
ができなくなりロシアなどから食糧農産物を移入
水に関わるもう 1 つの問題としてこの地域で顕
しなければならいない状況が続くという、旧ソ連
著なのは、水利権である。内部に砂漠を有する中
の分業体制の下で押しつけられた綿花モノカル
央アジアは、水を多く確保できる環境ではなく、ま
チャーの性格は当事国の食糧自給という観点から
た各国の独立後国際河川となった川から灌漑用の
大きな負担となっている。
取水を行っている場合が多いため、地域内の水利
権の調整が常に求められてきた地域である。
実際、キルギス国内には山脈を起源とする豊富
242
2−3−1
この綿花の収穫にあたり機械摘花の導入を可能
にするために枯葉剤が使用された。また収穫高を
高めるために多量の農薬や化学肥料が使用された。
な水が流れているが、ソ連崩壊後は中央アジア5ヶ
そのため地下水や河川を汚染し、下流では様々な
国による水利権協定が締結された。旧ソ連時代の
病気を引き起こしている。肝炎、貧血症、新生児の
キルギスは自国の山脈を起源とする水の 25%の利
奇形、流産等のパーセンテージが高くなり、新生
用権を有していたが、新たな協定の中ではトルク
児死亡率が 1,000 人中 110 人となった地域もある。
メニスタンやウズベキスタンは、キルギスに何の
実際に、トルクメニスタンで最も綿花栽培が活発
補償もせずにキルギス国内から発出する水の無制
な地域では、1ha当たりの土地に250kgもの化学肥
限の使用権を得ており、水源国キルギスの不満は
料が使われており、その量は通常に使用すべき量
拡大している。このように、上流国と下流国の間
である 30kg の約 8 倍にあたる。さらに、その化学
の水利用に関する利権問題は今後大きくなると思
肥料自体も適切な方法によって使用されていない
われる。
ことから、全体の15∼40%しか綿花に吸収されて
さらにこの水利用に拍車をかけているのが、次
いないと言われ、吸収されずに残ったものは地中
節でも述べるように、漏水問題である。農業など
深く浸透し、地下水汚染を発生させている。綿花
の灌漑に使われた機器や設備が老朽化及び維持管
栽培は農薬や除草剤を他の穀物栽培よりは多量に
理ができておらず、その 70%の機器・設備がメン
使用し、さらにこの使用方法が適切でないことが
テナンスを必要としているが、財源が十分確保で
問題を増長させている。
きない状態が続いており、これら灌漑施設からの
綿花に限らず農耕地に散布される化学肥料や農
漏水が止まず、過剰な水利用の拍車をかけること
薬による汚染が CIS 諸国で一般的に深刻化してい
報告書付録 1 地域別各論
る。タジキスタンでは、多量の化学肥料や農薬に
また一方で砂漠化の要因としては放牧による影
よる土壌汚染が深刻になっており、なかには国際
響も無視できなく、近年は居住地周辺の砂漠化の
的に使用が禁止されたDDTも含まれていた。汚染
度合いが顕著である。特に不明瞭な土地所有権や
された空気、土地、水によって栽培された綿タネ
経済的な保障がない不安定な社会状況により、多
(綿花種)は広く食用油に使われ、人体に蓄積され
くの個人経営者は自らの土地に資本を集約するこ
る。これらの汚染によって多くの病気が引き起こ
とになり、これが土壌浸食が進行させる過放牧や
され、1994 年のタジキスタンの乳幼児死亡率は
土地の過剰利用を引き起こしている。
1,000人中43.2人に達するほど、旧ソ連邦の共和国
の中で 2 番目に悪い数字となった。
なお、特に砂漠化の影響の中で最も回復不可能
であるといわれているのは、塩化した湿地や沼地
を形成することになる塩類化作用である。塩類化
2−3−2
人為的な土地の砂漠化・塩類化・健康
とは大量の水が地中にしみ入り、地表面の土地が
被害
(トルクメニスタン、ウズベキス
乾燥などによって乾いた際に、そこには塩類など
タン、キルギス、タジキスタン、カザ
が残され、その結果、農業には適さない土地とな
フスタン)
る現象である。地表面に集積した塩類や残留農薬
カラクム砂漠を有するトルクメニスタンをはじ
などは単にこれら農耕地破壊をもたらすことのみ
め、中央アジアの多くの地域が半乾燥・乾燥地帯
ならず、これらの物質が風などに飛散されること
であって、近年は砂漠の拡大に伴い、砂漠周辺地
で大気汚染を引き起こし、農業地域の人的健康被
域をはじめ多くの場所で土地の生産性の低下が顕
害をもたらす要因となっている。農耕地周辺に設
著となり、中央アジア地域全体では、1年間に8万
置されている防風林は、元来このような飛散物質
∼ 100 万 ha もの土地が新たに砂漠化していると言
による風害の影響を減少させることを目的として
われている。
いるが、防風林自体も近年この塩類化に伴って枯
主たる要因は、大規模な灌漑システムが多量の
化もしくは十分に生育できない状態であり、機能
漏水を引き起こしていることと、農業用水の非効
できずにいる。キルギスでは6%の土地が塩類化し
率な利用である。実際、トルクメニスタンの
たと言われている。
Garagum 水路は実にその半分の水が途中の水路か
ら漏水し、同国砂漠研究所はこのような漏水の見
られる土地は国土の 100 万 ha に及ぶと 1989 年に報
告している。カザフスタン北部と中部では、大規
模な乾燥地小麦栽培の導入により、土壌浸食(風
食)が深刻となり、そのため1990年代中頃までに、
2−3−3
閉鎖工場の再稼働に伴う危険性
(アル
メニア他)
中央アジアでは、一度閉鎖された工場の再稼働
による安全性が懸念されている。
アルメニアでは汚染発生源として閉鎖された工
およそ 60%の牧草地が何らか形で砂漠化の影響を
場群はNairit化学工場、Alaverdy冶金工場、Vanadzor
受けている。タジキスタンの主要産業である綿花
化学コンビナートであるが、外貨獲得のために製
栽培は集中的な灌漑を必要とするため、大規模に
品輸出を行う目的で、現在、閉鎖されたうちのい
乾燥・半乾燥地帯から土地の改良を行い開拓した。
くつかの工場を再開することが検討されている。
しかし夏期の無降雨期に多量の水を必要とする綿
この再開に伴う発表では、工場再開のためには、環
花栽培は、この灌漑水路からより多くの水を必要
境に配慮した改善が求められており、このうち
としていたが、その灌漑自体もきちんと計画され
Nairit では環境を配慮した最新の技術が導入され、
たものではなかったことから、水の漏水を多量に
国際的な基準に基づいたシステムで再開されると
引き起こすことになり、塩類集積や有害物質の地
している。しかし、多くの中央アジア諸国では改
下浸透につながっている。大規模灌漑の影響もあ
善のための資金が十分ではないこと、環境を配慮
り、キルギスではおよそ 60%の土地で土壌浸食が
する意識が小さい場合もあり、工場再開に対する
生じていると言われる。
安全性が不十分な状態である可能性が否定できな
243
第二次環境分野別援助研究会報告書
い。
くる子供たちの障害発生率は急増した。被爆者の
数は推定百十数万人と言われている。
2−3−4
エネルギー開発に伴う安全性問題
(ア
ルメニア、キルギス)
2−3−6
放射性廃棄物汚染
(アゼルバイジャン
他)
中央アジアの一部の国では、エネルギー開発に
伴い様々な問題が顕在化している。
旧ソ連領土内には核開発施設や原子力関連施設
アルメニアは自国で開発できるエネルギーがほ
が存在する。その際に排出される放射性廃棄物の
とんどなく、隣国からエネルギーを輸入せざるを
管理が不適切である場合がみられ、周辺の土壌や
得ない状況の中、電気エネルギー不足により一度
地下水に流入し、生物学的被害を引き起こしてい
閉鎖されたMetsamorの原子力発電所の再開が検討
る。この廃棄物の廃棄・貯蔵場所は遠隔地域のみ
されている。しかし、アルメニアは地震多発国で
ならず都市部周辺においても存在し、例えばアゼ
あり、この発電所は 1988 年の地震の影響に伴い、
ルバイジャンのバクー市では、放射性廃棄物の地
閉鎖された経緯があることから、発電所再開にあ
下貯蔵庫が満杯の状況になっているなど、危険な
たっては国際原子力機関(International Atomic En-
状態が報告されている。
ergy Agency:IAEA)などが原子力発電所の建設・
3.
再開の安全性を懸念している。
環境問題の悪化の要因
一方、キルギスは国土が小さく元々土地不足で
あったが、エネルギー開発のため農耕地を浸水さ
中央アジア諸国は独立後間もないことから、国
せ水力発電のプロジェクトを推進したため、ます
としての経験は浅く、いまだ旧ソ連の影響を色濃
ます土地不足が加速した。Toktogolダムでは、農耕
く残す政治・社会・産業構造であることは先に述
地 13,000ha を水没させた。また、上流のダム建設
べた。また、この構造は、中央アジア諸国において
は、下流の流量を減少させている。さらに、地震が
共通する特徴であり、中央統制経済から市場経済
多い Naryn 平原では、ダム崩壊の懸念も発生して
への移行、政治、行政機構の民主化を目指してい
おり、中にはマグニチュード7以上を記録しそうな
るが、各国のペースはまちまちである。しかし、長
場所にダムが位置している場合があり、危険を代
い旧ソ連時代に築かれた構造がもたらす影響は、
償にエネルギー開発が行われている状況である。
思いの外、大きい。
本節では、環境問題が悪化した原因として、中
2−3−5
セミパラチンスク核実験地域の放射
央アジア諸国の政治構造、産業構造に着目し、こ
能汚染(カザフスタン)
の構造は旧ソ連の構造を引きずる中央アジア諸国
中央アジア諸国には、旧ソ連時代に核兵器開発
で共通したものであり、いかにそれらの構造が環
のために土地が強制的に接収され、実験場として
境に大きく影響し、歪みを与えてきたかを議論し
多量の放射能を放出させた場所が残されている。
たい。
2
セミパラチンスク軍事演習場(面積 18,000km 、
近隣住民 200 万人)は、約 40 年間(1947 ∼ 1989)に
非公開で 470 回(内 116 回は地上実験)の原水爆核
244
3−1
中央統制経済による不適切な政策の実行
旧ソ連時代の中央アジアでは、あらゆる決定は、
実験がおこなわれた。実験の中には周辺住民を避
連邦内の諸国の現状を全く把握することなく机上
難させることなく行ったケースもあり、この実験
の理論をもとにモスクワでなされ、その決定に従
場から環境に放出された放射性物質は、チェルノ
わざるを得ない状況にあったと推測される。
ブイリ原発事故の5,000倍であり、周辺の住民の健
農薬や化学肥料の使われ方の場合、旧ソ連時代
康をむしばみ続けた。この半世紀の間に、ガンや
にはすべて中央政府からの配布と使用法が規定さ
白血病が多発し、多くの人たちが若くして斃れて
れており、そのために使用地域毎に独自に規制す
いき、平均寿命は劇的に低下した。また、生まれて
る法律などは全く存在していなかった。さらに異
報告書付録 1 地域別各論
なる機関が異なる基準やガイダンスを制定し、な
給されていた。ウズベキスタンの農村部の4分の1
かば勝手に活動していたに過ぎない状況が長く続
の村はすでに下水システムを有していたが、維持
いていた。
管理補修等が不十分であり、衛生的な水を供給す
例えばグルジアでは、ある農耕地に肥料を配布
るシステムも機能しておらず、飲料水を汚れた灌
する際、一方で中央政府であるグルジア農業省が
漑の水路や運河から直接採水せざるを得ない状況
中央集権型に配布し、また一方では他のグルジア
であった。そのためウズベキスタンの環境省は、国
22 の州政府も同じ様に農薬や肥料を配るなどして
民のおよそ半分はひどく汚れた地域に住んでいる
おり、土壌や地下水に負荷をかける過剰施肥が発
と報告している。また、1995 年時点で環境設備を
生するなど、同一場所を対象とした異なる農業政
備えている国内の8,000の企業のうち、排出基準を
策が推進されてきた。
満たしているのはほんの 230 にすぎないとウズベ
キスタン政府は見積もっている。最低限度の設備
3−2
経済優先政策、資金不足・技術者不足、機
を設置しているものの、ほとんど機能していない
能できないシステム
実態がうかがえる。
中央アジア諸国では、政治的混乱や経済優先と
環境対策に必要な技術者不足や資金不足も挙げ
した政策、及び環境配慮を考えることができる政
られる。飲料水の水質は、ほとんどモニタリング
策レベル及び技術レベルの技術者不足のため、適
されておらず、要因の1つとして水質管理者の急激
切な環境対策を施すことのできるレベルには多く
な削減があげられる。また資金不足から、浄水場
は達していない状況が見られる。
では消毒機器も購入できない。工場や鉱物採掘場
例えばアルメニアは、旧ソ連時代には軍需産業
の近くの帯水層は、重金属、油、塩水によって汚染
を中心に工業化の最も進んだ国であったが、ソ連
され、Chu Valley、Osh、Jalal-Abadなどは、人口密
崩壊後はその影響をまとも受け、急激な工業生産
度が高く水質汚染の深刻な地域である。都市では
の縮小、年間数千に達した超インフレ、貿易量の
浄化設備が整っているが、そのうちの 50%は機能
激減といった激しい経済不振に見舞われた。さら
していない。Haidarkan水銀鉱山、Kadamzaiアンチ
に、1992 年からは隣国アゼルバイジャンとの間で
モン鉱山、Kadzyi Saiウラン鉱山などは、1967年に
ナゴルノ・カラバナ帰属をめぐる紛争に突入し、経
操業停止となったにもかかわらず、有害物質が外
済の危機的状況が続いた。アルメニアは、国内に
部に流出し続けているなど、事後の管理体制にも
石油やガスを産出せず、他の鉱物資源の開発も遅
問題が見られる。
れており、ソ連崩壊後の壊滅的打撃を受けた工業
の復活も遅々としている状況である。これらの状
3−3
モノカルチャー経済からの脱却の苦悩
況下では、まず経済再建を優先課題とし、貿易収
CIS諸国は、旧ソ連時代にはモノカルチャー的経
支を改善させるため、工業化を中心とした産業強
済を押しつけられ、中央(モスクワ)が作成した計
化を図ることが主眼となり、環境問題に対処すべ
画経済に従い、ロシアを中核とした共和国間分業
き機会を喪失させる。また、環境対策用の初期費
体制の下、原材料をロシアに移出し、加工製品を
用は莫大なものであることが多く、結果として環
ロシアから移入して経済を運営してきた。さらに
境対策への優先順位は必然的に低くなる。
悪いことに、これらの国々で製造された製品を評
過去には、多少なりとも環境対策設備投資はさ
価するのは旧ソ連特有の基準で行われ、例えば製
れていた。ある一定の生活レベルを維持するため
品の原材料となる天然資源について言えば国際価
に必要な上水道・下水道の設備や家庭ごみの収集
格に比べ低価格で供給する経済体制であったこと
サービス(処理場はオープン・ダンピング多いが)、
から、製品にかかわる生産コスト意識や技術革新
形だけの産業排水処理場等、最低限の環境インフ
の面で西側諸国に比べ非常に遅れた状況に置かれ
ラは、住宅や都市交通、電気供給や地区暖房サー
ていた。これは旧ソ連全体で考えれば、一定の目
ビスなどとともに、最低限度のものが低価格で供
的を持ったシステムであるが、個々の共和国の経
245
第二次環境分野別援助研究会報告書
済としてみれば、非常に歪んだ構造・状態であっ
1991年、92年、93年の冬には生活に必要な物資や
たと言える。また、こうした自由価格が欠落した
エネルギーの不足が顕著となり、結果、多くの森
社会主義経済体制は、様々な矛盾を引き起こし、経
が燃料として伐採され、生態系が破壊されたこと
済の生産性を徐々に低下させていった。そのこと
からも、紛争地以外の場所においても環境に対す
により当事国の経済バランスを歪め、独り立ちす
る破壊が進む場合がある。
る時期を極端までに遅くし、環境対策を施さない
中央アジアの国内紛争は、民族・宗教の相違か
ことを当然とする考えが定着してしまった。それ
ら生じる摩擦に起因する場合が多い。これらの紛
ばかりでなく農業の単一モノカルチャーの場合、
争の要因をさかのぼると、旧ソ連時代に強制移住
単作が長年続けると地力低下を引き起こすことか
させられた民族があることや、民族を分断する形
ら分かるように、モノカルチャー構造自体が直接
で国境線が画定されたことであり、その結果、国
的に環境にとって望ましいものではない。
内には多数派民族とそれ以外の民族が形成される
キルギスはこのモスクワ体制のシステムからい
こととなる。
ち早く脱却しようと、独立当初から大統領の強力
な指導の下、中央アジアの中でも最も改革に積極
4.
環境管理体制上の課題
的な国である。しかし、農業・牧畜業や機械工業、
軽工業、食品工業といった産業があるものの、い
中央アジア諸国の中でも、国による差はあるも
ずれも規模が小さく、同国を経済的に自立させる
のの、全体としては独立後間もないこともあって、
には至っておらず、旧ソ連の分業体制の崩壊の悪
中央政府・地方政府とも制度そのものが十分に整
影響をまともに受けることとなり、急激な経済の
備されていない。また、土壌・水等再生可能自然資
縮小、ハイパー・インフレ、貿易量の激減といった
源の適正管理や大気・水・その他都市環境管理、産
激しい経済不振に見舞われた。大統領は自国の経
業公害防止その他環境保全を国家行政の必要不可
済強化に向けて市場経済システム導入に熱心であ
欠のものとしての認識が薄いため、法的にも組織
るが、同国経済はもとより産業にも資源にも乏し
制度的にも、また財政的にも不十分である。旧ソ
く、さらに国民の市場経済に対する理解も十分で
連邦から独立したものの、いまだ中央統制経済の
ないことも手伝って経済改革は困難を究めている。
影を色濃く引き継いでいる国もあり、環境管理体
また、トルクメニスタンはさらに深刻で、国内で
制上の課題は多いと言わざるを得ない。また旧ソ
食糧を自給できず、ほとんどを国外から輸入して
連時代は、水道、ごみ収集、住宅等のサービスは無
いる輸入大国である。元来、長年育まれたモノカ
料もしくは低価格でサービスが提供されていたた
ルチャー産業は、その国の外貨獲得の数少ない手
め、財政的に困難に直面しても国民に負担をして
段である場合が多く、そこからの急速な脱却は一
もらって、適正料金を徴収するシステムが作りに
層の経済破綻を引き起こすことから、多くの国で
くいことも課題として挙げられる。
はすぐに産業構造を変えることができないといっ
たジレンマにも陥っている。
本節では、まず現状を理解するために、各国の
中央環境機関と法制度の状況を説明する。次にこ
れらの国々に共通して発生している、環境管理制
3−4
紛争による破壊
度上の問題点について言及する。
各種紛争は直接的にも間接的に環境破壊をもた
らしている。特に直接的な破壊は森林破壊や土地
4−1
各国の中央環境機関と法制度の状況
破壊のみならず、国民の生活基盤そのものの農業
を破壊しつくすことにある。一方、紛争による間
接的な環境破壊としては、例えばザカフカスのナ
246
4−1−1
アゼルバイジャン
アゼルバイジャンでは、1990年代の初頭までは、
ゴルノ・カラバフ紛争の際に物資の供給や電力の
自然環境保護委員会が政府の一組織として設立さ
供給路を抑えられたアルメニアが挙げられ、特に
れていたが、資金不足の中、汚染基準の制定や環
報告書付録 1 地域別各論
境規制によるモニタリングが十分に行われていな
きる圧倒的な力がないことが挙げられる。
い。その後、1995 年に公布されたアゼルバイジャ
ン国憲法第78条は環境保護の項として、
「環境保護
4 − 1 − 5 グルジア
はすべての国民の行うべき義務」
であると規定して
グルジアは大統領を長とし、大統領府の下に環
いるが、環境を責任を持って保護する環境保全の
境天然資源省及び自然保護院を有している。かつ
ために組織を強化し、資金不足を補う知恵が求め
てのグルジアは他の旧ソ連共和国よりは工業化が
られる。
遅れ、そのため環境問題は深刻な状況ではなかっ
たことから、環境問題解決のために国として高い
4−1−2
アルメニア
アルメニアでは、1994年に3つの環境法が(Law
優先順位が付けられていなかった。そのため、潜
在的に発生していた環境問題に対処されず、問題
on Environmental Protection、Basic Law on the
が深刻化する事態が生じてしまった。この結果、
Environment、Law on Mineral Resources)
が施行され
1993 年には抗議のために担当大臣は辞職に追い込
た。しかし、総合的な環境保護プログラムが策定
まれ、これを契機にして1994年に各省間に跨って
されていない状況で、環境政策もその場しのぎの
いた環境モニタリングシステムを、環境天然資源
決定がなされるなど一貫性が見られない。そのた
省のもと一元化した。
め、早急に実状に合う環境政策の骨格作りを進め、
その後、政府系機関の中で環境改善に対するプ
環境基準の決定や、取り締まり手順の策定、さら
ログラムが進行しつつあり、今後の効果が大きく
には人々がこれらの制度や規制を順守するような
期待できるものも存在する。グルジアでは、過大
教育制度の策定が必要となっている。
に農薬や化学肥料が及ぼす環境影響を考慮し、環
現在、アルメニアでは
「越境環境影響評価に関す
境省土地資源水管理局が国内の厚生省や農業食糧
る国際条約(the Convention on Environmental Impact
省と協力して、さらに UNEP や国連食糧農業機関
Asseseent in a Transboundary Context:エスプー条
(Food and Agriculture Organization of the United
約)
」の履行の観点から、環境影響評価が重要であ
Nations:FAO)などの国際機関のアドバイスを受
るという認識を持っている。さらに、1995 年 1 月
け、環境に関する法律の徹底に努め、農薬や化学
現在、環境保護省(M i n i s t r y o f E n v i r o n m e n t
肥料の情報を公開し、使用の削減を推進している。
Protection)
が、経済活動の環境影響評価に関する法
その結果、グルジアの化学肥料使用量は1986年に
案を作成中であり、同省は前記条約に対応するた
250 千トンから 1994 年には 10 分の 1 に近い 30 千
めに必要な取り決めを既に行っている。
トン以下にまで減少している。
4−1−3
4−1−6
キルギス
キルギスでは環境保全のための組織も不十分で、
公害規制の実績がほとんど見られていない。
トルクメニスタン
大規模な綿花栽培を実施しているトルクメニス
タンでは、農薬や化学肥料等による土壌・地下水
汚染を改善させるため、大規模な使用制限キャン
4−1−4
ウズベキスタン
ペーンを実施し、化学肥料を1988年と1989年の間
ウズベキスタンでは、1990 年代の前半に環境問
に30%の減少させた。ただし経済の衰退に伴う、国
題を引き起こす経済活動に対して多くのプログラ
の換金通貨の減少が助けとなり、1990 年代初頭に
ムが策定され、資源利用に関する支援を行ったり、
は農薬や除草剤の使用量を急激に減少させること
深刻な公害発生者に対する罰金を設けたが、ほと
となった。
んど成功していない。失敗の要因は、法的規制力
が不足していたこと、政府の経済政策と環境計画
4−2
環境管理の特徴と問題点
に矛盾が生じていること、汚職が存在すること、草
旧ソ連共和国は、1957年から1963年にかけて15
の根運動に関心を示す指導者に環境問題に対処で
のすべての共和国において「自然保護法」が成立し
247
第二次環境分野別援助研究会報告書
ており、いわば環境保全に関する総括的な法律が
4−2−2
環境保全に対する国の機関の能力不
足と鈍化した改革への体制
出揃っていた。また厳しい規制の数値を示す環境
関連法令が出されるなど、環境に対する高度な考
中央アジア諸国において、環境対策を実施する
え方が示されていた。しかし現実には環境汚染の
上で、①自然資源管理を含む環境保全を推進する
進行は大きな問題となっており、法令が遵守され
ための法律、制度、組織が十分に整備されていな
ることは少ない。これは経済発展に重きが置かれ
い、②トップによる決定がなされたとしても行動
ていたからであり、規制が十分な強制力を持たな
に結びつけることができない、③中央統制経済の
いのは、法規が錯綜していること、管理監督も十
下では、あらゆる技術をモスクワに依存していた
分に行き届かない行政形態になっていること、汚
ため、旧ソ連諸国は技術を有せず、技術者もいな
染違反となって罰金刑に相当しても、実際に徴収
い、④国民の健康影響があるにもかかわらず、科
が行われる割合が少ないことが挙げられる。
学的に実証するためのモニタリングが実施されて
以下に、考えられるその要因や管理体制にかか
わる事項について記する。
いないため、現状を把握できずに無視されており、
その結果、経済至上主義となる、等の問題が、政
治、制度面の阻害要因として挙げられる。
4−2−1
資金不足と環境に対する優先順位の
低さ
また、急激な西欧式技術の導入に伴い、環境バ
ランスが壊されつつあると報告されている。特に、
あらゆる環境保全対策の推進には巨額の資金を
農業、牧畜業による環境破壊はコミュニティによ
必要とする。当事国の経済が低迷し、国家財政が
る持続資源管理が不可欠であるが、従来より命ぜ
破綻に瀕している国では、環境保全対策に必要と
られたまま実行してきた人々が自主的に新たな行
される資金が不足し、実行できないことは当然と
動をとることを困難としている。
なる。
さらに環境問題を自らの問題として考える市民
カザフスタンでは環境問題に関する多くの会議
の育成についても、市民発言の機会が十分に確保
が開かれ、議論されてきたが、予算が確保できた
されていない場合があり、例えばアゼルバイジャ
のはその内の 23%であった。中央アジア最大級の
ンでは、西欧社会で訓練を受けた政治家や官僚が
環境問題のひとつと言われるアラル海問題に対し
少ないため、市民社会の発達や市民の発言の機会
ても、この重要性を十分に認識し、問題解決のた
が進まない状況である。
めに 1992 年に「流域調整による水利用に関する条
約」の制定に合意し、さらには翌1993年には5ヶ国
4−2−3
土地制度の現状、民有化制度
大統領会議の場で
「国際アラル海救済基金」
として、
旧ソ連時代には、共産主義の下、長い間国有化
各国の GNP の 1%を拠出することで決定されてい
された体制の中ですべての産業が成立していた。
る状態の中、現在のところ財政難の理由から資金
しかし、崩壊に伴い多くの国では私有化政策を進
の払い込みはなされていないようである。
め、個人が独自に土地や資産を所有・管理できる
しかしながら近年は持続可能な開発の意識が広
環境になりつつあると言える。特に土地や工場の
がり、また欧米各国の働きかけもあり、中央アジ
所有化は、環境問題発生時に所有者本人に明確な
ア各国は経済発展のみならず同時に環境問題に対
責任を示すとともに、持続可能な土地利用等をも
処すべき姿勢を表すべく、環境問題に対する優先
たらすためにも環境配慮を促すものである。
順位を上げようと努力はしている。ただし、国に
グルジアでは、かつて旧ソ連時代の集団農業
(コ
よっては多くの環境対策プログラムを策定しつつ
ルホーズ)
の管理のあった国有地を対象に土地の私
あるものの、深刻な財政難の影響で管理運営が十
有化が図られている。その結果、グルジアの耕作
分に行われないなど、制約がかなり大きいと言え
地の 60%が私営農家に分配されており、政府が対
る。
象とした耕作地の私有地化が完了したことを示す。
また国有農場(ソフホーズ)であった農耕地も公開
248
報告書付録 1 地域別各論
入札を経て農家にリースされている。
く、さらにはNGOの登録自体も不透明であると考
キルギスでは、1998年10月に実施された国民投
えており、必然的にNGOの活躍の場が少ない状態
票の結果、中央アジア諸国で初めて土地私有制を
が続いている。今後は彼らを育成するという考え
柱とする憲法修正案が承認された。
方も導入されなければならない。
東南アジアやアフリカ地域におけるNGO活動の
ウズベキスタンの土地改革(不動産の私有化)は
かなり進行してきたと言える。住宅については、
実績が示すように、政策や事業におけるこれら
1993 年までに 100%の民営化が完了し、現在では
NGOの役割はますます大きくなると考えられてお
自由に売買が行われている。農地に関しては、順
り、現地NGO育成のために中央アジア諸国の政府
次農業従事者に分譲されており、その土地は農家
の果たす役割は、まずNGO法の制度等の法的整備
自宅建設や自留地として穀物生産増大などに貢献
を行い、NGO 登録体制を整えることである。
している。さらにこの譲渡を通じて、国営農場が
解体され、コーポラディブや株式会社への転換な
5.
主要ドナーの主な取り組み
ども促進され、転換後の新しい農業企業体に対し
ては、中央銀行の利子調整という方法により、国
5−1
多国間援助機関
庫から 20 年間の無利子資金提供が行われている。
しかし、例えばウズベキスタンの工業分野の民主
5−1−1
世銀、IMF
化政策について言えば、1992 年末で GDP の約 85
世銀は、貧困削減は本質的に環境的あるいは社
%、全就業者の約 80%を占めていた、ウズベキス
会的持続可能性と結びついていると考えており、
タン最大の経済部門であり、予算や金融システム
そのため、環境破壊と貧困層の生活や福祉の関係
と密接に結びついてきたことから、工業分野の急
を明確に理解することに努めている。また、近年
激な民主化を推し進めることは、経済の大混乱を
重要視されてきた環境関連事項として、環境破壊
引き起こしかねないと考えられており、慎重な手
の直接的な原因に取り組むことを可能にするため、
続の中、民主化が進められなければならないとい
借入国国内における環境保護機能を強化すること
う足かせを抱え、政府としては国営企業の民営化
によって、他の開発機関、NGO、民間セクターな
には積極的な姿勢を示していない。
どの様々なグループとのパートナーシップをとお
して世銀が提供する助言サービスや援助の質や範
4−2−4
NGO 活動の現状
CIS諸国におけるNGOの活動分野は若者、女性、
環境、科学、慈善、人権等多岐に渡るものの、登録
囲に広がりを持たせるようになったことが挙げら
れる。この中には環境保護機能を地方レベルに委
譲させるための支援があげられる。
されているNGOの数は少なく、それも大半が首都
ロシア危機により大きく影響を受けた低所得第
や大都市に集中している。また、中央アジアにお
二世銀(International Development Association:IDA)
けるNGOの特徴として、例えばウズベキスタンに
適格国、すなわちアルメニア、アゼルバイジャン、
おける最初の環境 NGO の設立が 1980 年代であり、
グルジア、キルギス、モルドバ2及びタジキスタン
その活動が本格化するのが1990年代であったこと
の 6ヶ国を支援するために、世銀及び IMF は 1998
が示すように、NGOの経験期間が短い。この地域
年 12 月、共同で援助供与国・機関特別会議を主催
の現地 NGO が十分に機能を発揮するには、今後、
し、国際収支維持のために追加支援として2億ドル
多くの経験が求められている状況であると言える。
の資金供与を決定した。また、社会支出の急激な
一方、西欧諸国はCIS国内に埋蔵する石油(アゼ
減少を防ぐために、アルメニア、グルジア、モルド
ルバイジャン)や稀少鉱物資源(キルギス)にのみ
バに対する貸付の増額を行い、この対応は電力等
目を向けがちで、NGO 活動について関心が小さ
のエネルギー及び農業セクターにおける効率改善
2
ただし、モルドバは中央アジア諸国には含まれない。
249
第二次環境分野別援助研究会報告書
につながった。さらに、キルギス及びタジキスタ
ンへの洪水緊急貸付を行った。
地表及び地下水のアイソトープ調査を 140 万ドル
(2 年間)の予算で実施した。
また世銀は、CIS諸国が国家環境保護計画で確認
した環境面での優先事項
(特に水質及び産業集中地
5−1−4
UNDP
帯)への取り組みを重視するようになってきてお
他の援助機関は主として人道的援助である場合
り、例えば地域間プロジェクト
(カスピ海、アラル
が多いが、UNDP は援助額は大きくないものの技
海)
や、欧州復興開発銀行
(European Bank for Recon-
術援助に積極的にかかわっている。例えばグルジ
struction and Development:EBRD)との共同のアゼ
ア環境資源省の機能及び機構点検のプロジェクト
ルバイジャン大バクー圏給水リハビリ、グルジア
やコーカサス野生動物保護のためのプロジェクト
の総合海岸管理(IDA 融資)などが挙げられる。中
に援助実績がある。
でも世界最大級の環境問題と言われるアラル海問
題に対して世銀は、1992、93 年に 2 度の現状把握
5−1−5
EU/TACIS
調査を実施し、今後もアラル海への流入量を増大
EU は CIS 6ヶ国に対する技術援助のプログラム
させる手段は見あたらず、その以前の状態に回復
として TACIS(Technical Assistance to the Common-
するのは不可能であるものの、関係各国の協力対
wealth of Independent States)プログラムを進めてい
応が適切に行われれば、節水によって現状レベル
るが、これらは、ある明確な戦略目標の下にCIS諸
を維持することは可能であるとの結論を得て、15
国に対する援助を行っている。援助の基本原則は
∼20年の三段階にわたる地域プログラムを提案し
CIS 諸国と EU の間に締結される「パートナーシッ
ている。その内容は、アラル海の水位安定化、環境
プ及び協力に関する協定(Partnership and Coopera-
破壊地域の復興と開発、アムダリア川とシルダリ
tion Agreement:PCA)
」に規定され、この基本原則
ア川の水資源開発計画策定と総合的管理、及びこ
は民主主義、人権及び市場経済に対する尊重を反
れらプログラムの策定と実施機関の設置に関する
映したものである。
事項となっている。
例えばアルメニアに対しては、PCA を踏まえて
策定された Indicative Program と、より具体的にプ
5−1−2
UNEP
ロジェクトを取り上げるための Action Program に
UNEP は、1994 年、中央アジア地域・カスピ海
対して援助が実施された。アルメニアにおける援
を対象とした現状診断段階の調査を周辺国ととも
助の優先課題は、エネルギー分野、民営化戦略、企
に行った他、アラル海の行動計画策定段階の調査
業再構築、中小企業育成、公的部門改革である。
を行った。
1991 年から 1996 年の間のエネルギー分野の中で、
なお、この UNEP の旧ソ連委員会の下部組織と
原子力の安全性及び環境対策に対しては 0.3 百万
して、1981年に国際プロジェクトセンター
(CIP)
が
ECU、エネルギー開発等対しては 7.4 百万 ECU の
設立されており、旧ソ連が UNEP や他の国際機関
援助が行われた。
と連携して、環境や天然資源の効率的な使用に関
するプロジェクトを行う際に、支援機関として機
5−1−6
EBRD
能していた。この CIP は、ソ連崩壊とその後の経
旧ソ連からの EBRD の加盟国の地位を引き継い
済的困難の中で、一時期、実質的な活動はほとん
たアルメニアには、エネルギーや輸送等のインフ
ど停止していたが、1993 年に UNEP からの委託を
ラ整備に重点が置かれている。1998 年までに、フ
受ける形で、地球環境監視部の会議をモスクワで
ランダン 300MW ガス火力発電所建設にかかる一
開催するなどの活動を開始しつつある状況である。
部費用として52.43百万ドルが融資された。アゼル
バイジャンに対しては、エニケンド水力発電所建
5−1−3
IAEA
IAEAは、原子力と環境の名の下に、カスピ海の
250
設に対して53百万ドル、バクー市給水システムリ
ハビリに対して 23 百万ドルが融資された。
報告書付録 1 地域別各論
5−1−7
ADB
ジェクトが含まれる。
キルギス、カザフスタン、ウズベキスタンは1993
年に日本政府の積極的な推薦によって、ADBへの
6.
援助ニーズ
参加が認められた。これらの国々は EBRD へ加盟
しているため形上は 2 つの開発銀行の二重加盟と
中央アジア諸国のいずれの国も政治・社会・産
なるが、EBRD は主に民間部門への融資が中心で
業構造は、旧ソ連時代の影響を受け、未だ歪みを
あり、一方のADBは公共部門やインフラ整備への
生じていることは先の項で述べており、これらは
融資が中心であるため、それぞれは援助対象を分
環境問題の一因となり得るものであった。そこで、
けた内容となっている。
その国の実状に合致した環境行政支援は、行政を
強化させることに加え、人材育成に効果が期待で
5−2
二国間援助機関
きる。一方、今後、急激に進むと予想される資源開
発やエネルギー開発に対しては、過去に深刻な公
5−2−1
USAID
害を経験した国の技術指導、例えば環境を配慮し
USAID では 1992 年 4 月に中央アジア地域の担当
た管理・制度的な枠組みの策定などの制度的支援
本部をカザフスタンの旧首都アルマティに設置し
と、公害を取り除く触媒技術などの科学技術の支
ている。USAID では、中央アジア地域における 9
援がある。公害防止については、現在、同様な旧ソ
つの計画部門のうち、エネルギー、環境、保健衛生
連の技術を多く有する東欧諸国で開始されつつあ
向上の分野を設定しており、カザフスタンとキル
るクリーナー・プロダクション等のソフト分野の
ギスを同計画における二大援助対象国としている。
支援についても、長期的には、この中央アジア諸
カザフスタンに対するエネルギー部門の援助は石
国で考えていく余地があるだろう。
炭鉱山の安全対策、エネルギー供給の効率化プロ
独立して10年も経過していない中央アジア諸国
ジェクトや管理者自身に対する研修が行われてい
であるが、その発展度合いには大きな差異が見ら
る。
れるようになってきており、例えばカザフスタン
とタジキスタンでは GNP において既に 4 倍近くの
5−2−2
GTZ
開きがある。そのため、本項で述べる援助ニーズ
中央アジア諸国には、旧ソ連諸国にスターリン
もそれぞれの国の発展レベルを考慮し、どの分野
の強制移住による影響で多くのドイツ系住民がい
の援助が望ましいかをよく検討することが求めら
ることから、ドイツはこれらの地域への援助に積
れる 。
極的で、貸付や輸出保証、無償援助、天然ガスや鉱
物資源開発への投資などの分野を中心に援助を
6−1
環境行政支援
行ってきている。その援助額は1989∼1992年で計
統制経済は、党による国の支配を意味し、法律
535億ドルと旧ソ連への国際的支援の半分以上を占
に基づき国が運営される体制とは全く異なるもの
めていた。その分野は、金融、資金、科学技術、研
である。そのため、立法府が機能せず、行政も国民
修、法律、関税税制、予算編成、労働問題、社会保
も法に従うという考えが未成熟である。そのため、
障に集中的に行われている。
法律や規則ができたとしても、行政組織はそのエ
ンフォースメントが自分たちの役割であるという
5−2−3
CIDA
カナダは、旧ソ連に関してはCIDAを通じて、人
認識が乏しい。さらに、不適切な環境行政組織や
十分に機能しない制度が存在する中央アジア諸国
道的援助、技術援助、食糧援助、商業信用の分野で
においては、その強化が最大の援助ニーズであり、
支援してきた。その内容には、赤十字に対する医
特に、環境行政を適切に立案できる能力や遂行で
療支援のための 700 万ドルの援助の他、技術援助
きる人材育成が重要である。人材の育成には長期
2,500万ドル、エネルギー農業分野へ50を超すプロ
間を要し、かつ、人材が育つことですぐに行政が
251
第二次環境分野別援助研究会報告書
機能することは期待できないため、長期的視点に
ピ海の場合、事故が発生すると沿岸国に多大な影
立った幅広い分野での環境技術協力が不可欠であ
響を与え、政治問題になるおそれもあり、準備作
る。
業に相当の時間と資金と技術が割かれている。
キャパシティ・ディベロップメントを目的とし
他にはキルギスとウズベキスタンの稀少天然鉱
た技術協力を供与する日本側の、人材不足やロシ
物資源開発、トルクメニスタンとウズベキスタン
ア語という言葉のハンディキャップがあることは
の天然ガス開発やそれに続くガスパイプラインの
問題ではあるが、何とか克服されねばならない課
敷設プロジェクトが挙げられる。
題である。
また、原子力発電の再開が検討されている国に
対しては、原子力の安全利用の専門家派遣のみな
6−2
旧ソ連時代の技術の更新
らず、代替エネルギープロジェクトの策定が有効
大気汚染や水質汚染を引き起こし、有害物質を
である。
排出する工場が公害防止対策を実行するための技
術は先進国には存在する。しかしながら、産業公
害防止は汚染企業自身が実施することが、どのよ
うな国であっても原則である。
6−4
健康被害の調査
中央アジア諸国は、開発途上国の特徴である伝
染病や栄養問題、人口増加対策などの問題を克服
旧ソ連時代の老朽化した生産設備を有する企業
しておらず、健康上に危険を及ぼす問題に対する
の生産性は低く、製品の質が悪いことが多く、市
取り組みが十分に始められていない。医療機関の
場での競争力も弱い。このような経済基盤の弱体
不足や慢性的資金不足で一層深刻化し、多くの地
な企業はたとえソフト・ローン制度が設置された
域で健康被害が脅かされており、特に女性や子供
としても、公害防止投資を行うことは不可能であ
に顕著に現れていると報告されている。
る。先進国からの直接投資によって工業化を進め、
現在、健康被害に対する日本の協力として、長
高い技術生産設備を導入し、当事国の企業の経営
崎大学がセミパラチンスクの原爆症被災者の治療
強化を図ること、及び環境法のエンフォースメン
支援を行っている例がある。しかし、今後は一歩
トを強化することの両面によって徐々に産業公害
先を進めて、医者を含む分野の異なった専門家
防止を増大させるという、息の長い取り組みが必
チームによる長期間の調査や機材供与、場合に
要となる。このような産業構造の変化に対する支
よっては新たな研究所やモニタリング・センター
援は政策面での支援は可能であるが、ニーズは存
の設立など大規模な支援が必要となろう。なおこ
在したとしても、ドナー側が支援を行いにくい分
こでは、単独国による支援のみを視野に入れるだ
野である。
けではなく、国際機関の共同プロジェクトにより
健康被害の原因追究と医療機関の充実を図り、一
6−3
エネルギー問題関連調査
方で現地NGOなどと協力した地域住民へのきめ細
中央アジアには、開発されていない資源やエネ
かな環境教育や衛生情報提供など、それぞれの機
ルギーが多く存在する。例えば、アゼルバイジャ
関が役割をもって環境衛生問題に対処することに
3
ンには、285億バレルの石油埋蔵量と8,000億m の
発展させる手法開発が求められる。日本が覚悟を
ガス埋蔵量が存在すると言われており、1970 年代
決めて本格的なプログラムを提示し、他のドナー
の北海、1982 年代初頭のアラスカと並んで、現在
に働きかけることも可能であろう。
世界石油産業が最も注目する国の 1 つとなってい
る。そのためアゼルバイジャン政府も外国資本の
誘致に極めて積極的であり、石油分野においては
参考文献
1994年以降少なくともこれまでに11件の生産物分
252
与契約
(Production Sharing Agreement)
が締結されて
1. 文献・出版物
いる。事故等での環境破壊の恐れがあるが、カス
・ 石田進
(1994)
、
「中央アジア旧ソビエト連邦イス
報告書付録 1 地域別各論
ラム諸国の読み方」、ダイヤモンド社、176p。
報センター、合衆国議会図書館、合衆国中央情
・ 市川浩
(1999)
、
「環カスピ海地域をめぐる開発と
報局、北九州市、国連環境開発、国際通貨基金、
環境」、国際協力研究誌、広島大学、155-166。
・ 外務省ロシア・CIS 問題研究会(1993)
、
「最新ア
世界銀行、IAEA、USAID、他中央アジア政府公
式ホームページ。
トラス・データで見るロシア/ CIS」
、ダイヤモ
ンド社、142p。
・ 機械振興協会・経済研究所(1992)
、「平成 3 年度
民主化に移行する共産諸国への環境保全対策協
3. その他
・JICA 研修員カントリーレポート(水環境改善
コース)
。
力の調査研究」
。
・ 国際協力事業団企画部
(1995)
、
「国別環境情報整
備調査報告書(カザフスタン、キルギス)
」
。
・ 国際協力事業団企画部(1996)
「JICA 環境協力拡
充基礎調査報告書」。
・ 国際協力事業団研修事業部
(1998)
、
「中央アジア
研修事業中間評価調査報告書」
。
・ 国際協力推進協会(1993 ∼ 1998)
、
「開発途上国
国別経済協力シリーズ(中央アジア 7ヶ国別)
」。
・ 国際湖沼環境委員会
(1994)
、
「諸外国における湖
沼環境保全対策調査
(2)
−湖沼環境保全に関わる
国際協力−」、250p。
・ 産経新聞(1999)
、
「中央アジアへのODA上・中・
下」
、平成 11 年 8 月 5 日∼ 7 日の新聞記事。
・ 自由国民社(1998)
、
「現代用語の基礎知識」
。
・ 世界銀行(2000)
、「年次報告 1999」
、342p。
・ 世界銀行
(1999)
、
「世界開発報告1998/99」
、東洋
経済新聞社、490p。
・ 地球・人間環境フォーラム編(1996)
、「世界の環
境アセスメント」
、ぎょうせい、423p。
・ 中村泰三(1995)
、「CIS諸国の民族・経済・社会」、
古今書院、246p。
・ 野口邦和(1998)
、「放射能事件ファイル」
、新日
本出版社、237p。
・ 福嶌義宏監修
(1995)
、
「地球水環境と国際紛争の
光と影」
、信山社、233p。
・ 横手慎二他
(1995)
、
「国際情勢ベーシックシリー
ズ− CIS」
、自由国民社、373p。
・ 森住卓
(1999)
、
「セミパラチンスク−草原の民−
核汚染の 50 年」
、高文研、156p。
・ Antonella Bassani(1993)
、「市場経済の歩み」。
2. URL ホームページ(アドレスは省略)
・ アジア開発銀行、外務省、合衆国エネルギー情
253
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 5 章 南西アジア
254
報告書付録 1 地域別各論
第 5 章 南西アジア
1.
地理及び社会経済上の特徴
200 ドル前後、モルディブ 1,400 ドルである。
この域内では、インドが人口・面積・経済規模・
1−1
地理
軍事力で圧倒的優位に立つため、域内各国にとっ
南西アジア地域はヒマラヤ山脈とインド洋によ
てインドとの友好関係構築が課題であり、南アジ
り地理的に他の地域から隔離されている。広大な
ア地域協力連合
(South Asian Association for Regional
国土を有するインドを中心とし、北はヒマラヤ山
Cooperation:SAARC)
へは、バングラデシュ、ブー
岳地帯のネパール、ブータン、東は国土の 90%が
タン、インド、モルディブ、ネパール、パキスタ
ガンジス川、ブラフマプトラ川、メグナ川の三大
ン、スリ・ランカの南西アジア各国が加盟してい
河川のデルタからなるバングラデシュ、西に国土
る。
の 80%が乾燥・半乾燥地域のパキスタン、南にス
リ・ランカ、インド洋の島嶼国モルディブを含み、
2.
環境問題の概要
地理的な多様性をもつ。この中で広大な国土を有
しているインドは大きく分けて 3 つの地帯に分か
南西アジア地域では、地域的な自然環境の厳し
れる。インド亜大陸北部のヒマラヤ山岳地帯、ガ
さと絶対的貧困や人口圧力という厳しい社会経済
ンジズ川流域の北部インドの肥沃な平野地帯、マ
の下で、燃料用の薪炭需要の増加や過放牧のため、
ハナジ川以南の一部平野地域と海抜 458 ∼ 1,220m
森林面積の減少が進み、土壌浸食や洪水、砂漠化
のデカン高原地帯である。
などの深刻な問題を引き起こす。また、都市化や
工業化が進み、石炭燃料や生産設備の老朽化によ
1−2
社会・経済
る大気汚染、工業廃水による都市環境悪化や公衆
この地域の人口は、世界人口の2割を占める。こ
衛生悪化による住民への健康被害の問題がある。
の中に、世界の貧困層の約4割を抱え、この結果、
以下、(1)森林減少、(2)都市環境悪化・公衆衛生
域内の 12.5 億人中の 5 億人が貧困人口という数字
悪化、
(3)
土壌劣化、
(4)
生物多様性の減少、
(5)
バ
からもわかるように、絶対的貧困と人口増加圧力
ングラデシュの洪水被害、
(6)
モルディブの海面上
がこの地域の特徴となっている。また、多様な民
昇、(7)バングラデシュの地下水汚染、(8)インド
族・言語・宗教・階層に象徴される複雑な社会構造
のボパール事故に分けて記述する。
と歴史的背景を持つ。
1977 年から自由化を進めていたスリ・ランカに
2−1
森林資源の伐採・消失の進行
続いて、インド、パキスタン、バングラデシュ、ネ
急激な人口増による食糧需要の増大のため農業・
パールが自由経済化へ方向転換し、インドを始め
放牧地の拡大や生活のための燃料としての薪の需
としてパキスタン、スリ・ランカ等で工業化が進
要による森林減少はインド、バングラデシュ、ネ
展しており、年率実質国内総生産(Gross Domestic
パール、スリ・ランカで著しい。国連人口基金
Product:GDP)
成長率は4∼6%である。一方で、モ
(United Nations Population Fund:UNFPA)インド事
ルディブを除き、主要産業は農業をはじめとする
務所が、2000 年 6 月に発表したインドに関する報
一次産品であり、国際価格の変動に左右される脆
告書「人口と森林」によれば、都市部でさえ、貧困
弱性を持つため、恒常的に財政・貿易赤字を抱え
層は調理のために再び安価な薪を使わざるを得な
ている。そのため、経済自体は発展傾向にありな
くなっており、地方では4分の3以上、都市部でも
がら、1 人当たり GDP は依然として低く、世界で
3 分の 1 近くの家庭で薪が使われるとされる。
最も貧しい地域と言える。1 人当たり GDP は、イ
ネパール、ブータンの森林減少は、人口増によ
ンド 320 ドル、パキスタン500 ドル、スリ・ランカ
る過剰な伐採が主な要因である。ガンジス水系の
800ドル、バングラデシュ、ネパール、ブータンは
源流部分の森林減少によってその治水効果が衰え、
255
第二次環境分野別援助研究会報告書
洪水の多発を招いた。また、森林地帯周辺の地域
な生物種の 60 ∼ 70%が生息する 12 の「超多様国」
住民にとって貴重な生産資源である森林の減少は
の1 つである。約 317種の哺乳動物と 969種の鳥と
彼らの生活に大きな影響を与えている。
1 万 6000 種の植物が生息している。そのうち 39 種
スリ・ランカは植民地時代以降の茶葉プラン
の哺乳動物、72種の鳥、1331種の植物が絶滅の危
テーション等の経済開発による熱帯雨林の伐採が
機に瀕している(地球環境戦略研究機関編(1999)
森林減少の原因である。
p.253)
。
2−2
2−5
都市環境悪化・都市公衆衛生悪化
バングラデシュの洪水被害
1980 年代以降の急速な工業化と農村の貧困に伴
バングラデシュは、全国土面積の 90%が三大河
う都市への人口集中に対して都市計画、都市のイ
川(ガンジス、ブラフマプトラ、メグナ)のデルタ
ンフラ整備が追いつかず、大気汚染、水質汚濁、廃
からなり、勾配が緩やかであるため洪水を受けや
棄物処理問題等が起こっている。増加した貧困層
すい地形であり、毎年洪水の被害が報告される。
がスラムを形成しつつ居住しており、飲料水、食
糧、燃料、居住地、収入など生活維持に必要な資源
確保のため天然資源の乱用を招いている。衛生状
態も劣悪で健康への影響も大きい。
2−6
モルディブの海面上昇
小規模な島嶼国であるモルディブは、観光業と
漁業に依存する経済構造であるため、環境保全は
重要な課題であり、また地球温暖化による海面上
2−3
土壌劣化の進行
昇の影響が懸念される。
緑の革命以降、農業の急速な近代化が土壌に与
えた影響は大きく、大規模灌漑による塩害化、農
2−7
バングラデシュの地下水汚染
薬や高収穫品種よる急激な生産増加によって土地
バングラデシュの地下水の砒素汚染は世界で最
の不毛化、劣化が進んでいる。特にパキスタンの
も深刻である。地下水中に砒素が存在している理
乾燥・半乾燥地域では灌漑による塩類集積の害及
由についての見方は専門家によって異なるが、安
び浸水が深刻である。塩類集積は、灌漑農業の際
全な飲料水が提供されなければ、数百万人が健康
に、過剰に灌漑水や塩類濃度の高い地下水を用い
を損なうという点では一致している。WHOは安全
るために、水分が蒸発した後に水に含まれていた
な濃度を 1
塩類が表土に集積し、農地を劣化させるといった
英国地質調査院とバングラデシュの公衆衛生・工
ケースが多い。
学技術局が実施した調査によると、バングラデ
豪雨や洪水などによる土壌浸食は、上記の森林
当たり最高 0.01mg と定めているが、
シュの249の地域で検出された砒素濃度は1
当た
減少を原因として、傾斜地で植生被覆が失われた
り0.05mg以上を記録した。この砒素汚染に対して、
地域で発生しやすく、ネパール、ブータン、インド
外国から支援がなされているにもかかわらず、バ
で特に激しい。また、スリ・ランカでは商業農業用
ングラデシュ政府の取り組みは遅れている。
地の開墾による森林破壊の結果、海岸浸食が起き
ている。
2−8
インド、ボパールでの有毒ガス漏出事故
(1984 年)
2−4
1984 年にインドのボパールで起きた米国に本社
南西アジア地域には、様々な生物種が生息する
を持つユニオン・カーバイト社の農薬工場の事故
森林、湿地、海岸地帯が多数存在しているが、農地
に伴って、メチルイソシアン酸ガスという有害物
の急激な拡大や密猟、乱開発により絶滅の危機に
質が大量に放出された事件は、多数の死者を出す
晒されている。なかでもインドは世界の多種多様
大惨事となり、国際社会に大きな衝撃を与えた 1。
1
256
森林・海洋生物多様性の破壊
ユニオン・カーバイト社は、その後1 年を経ずに米国内でも同様の漏洩事故を起こし、この連続事故で、米国では、化学物質の
使用と排出について地域住民が知る権利があるという世論が高まり、1986 年「有害物質排出目録(TRI)」制度が導入された。
報告書付録 1 地域別各論
事故の後遺症に悩む生存者は、NGOのアースライ
環境問題が発生している。それは、生活排水や廃
トによれば、現在でも12万人以上に上るとみられ、
棄物の問題、道路事情に比べ過密な自動車による
2
補償問題が続いている 。
騒音や大気汚染などに加え、スラムの増加、ごみ
排出量の増大、水質汚染の拡大などによる環境衛
3.
環境問題悪化の要因
生面の悪化である。また公害問題や衛生問題に起
因する住民への健康被害が深刻である。
3−1
人口増・貧困・環境悪化の悪循環
南西アジア域内で世界の人口のおよそ 20%近い
4.
環境管理体制上の問題
約 12.5 億人の人口を抱える人口問題と、そのうち
5億人近くが貧困人口である貧困問題がある。生存
4−1
各国の法制度と中央環境機関について
のために必要な食糧生産、エネルギー資源確保な
バングラデシュの環境保護に関する基本的な法
ど多くの天然資源の消費が必要であり、特に貧困
律は、1989年に制定された環境保護条令であり、こ
層において生活に必要な資源を天然資源に依存し
れは1977年の環境汚染規制条令を改正したもので
ている。そのためエネルギー資源確保のための森
ある。環境に関する中央行政組織は、1977 年に環
林破壊や、過度の農地開発による森林破壊や土壌
境汚染規制委員会と環境汚染規制室が設置され、
劣化、また動植物の乱獲による生物多様性の減少
1989 年に再編成を経て森林環境省が設立された。
など再生可能自然資源の急激な減少を招いている。
1992 年に、様々な環境問題を解決するために、国
また農村と都市の経済格差から、雇用機会を求め
家レベルの環境政策と、環境政策の目的達成とそ
て大量の人口が都市に流入し、これが都市型環境
の実施のための具体的な方法を示した環境行動計
汚染の原因となっている。
画を策定した。
インドの環境に関する法律は、1974 年の水質保
3−2
環境配慮の欠けた急速な工業化
全に関する法律、1981年の大気汚染に関する法律、
1980 年代以降、南西アジア地域の経済成長は進
1986年の環境保護法、1989年及び2000年の有害廃
展しており、環境対策に優先的に取り組むことな
棄物(管理と取扱い)規則などである。また、1980
く工業化が進展したことによる大気汚染、産業公
年に公害の規制を主な任務として環境庁が設立さ
害、また産業廃水に対する十分な下水処理施設の
れたが、農業省から森林と野生生物の担当部門が
整備がなされていないことによる水質汚染が起き
1 9 8 5 年に移管されたことにより、環境森林省
(Ministry of Environment and Forests:MoEF)として
た。
また未だ有鉛ガソリンを燃料とする自動車の台
数が増加していることも大気汚染の一因である。
総合的な行政機関になった。
スリ・ランカは、1980 年に国家環境法を制定、
インド産石炭燃料の品質の悪さに起因する大気汚
1988年に同法を改正した。1980年に広範な規制権
染や、設備が古く汚染物質を十分に除去する公害
限を与えられた中央環境庁が置かれ、1990 年には
防止投資が実行されていないことも問題である。
その監督省として環境・国会省と企画を担当する
環境省が置かれて、現在、林業環境省となってい
3−3
急速な都市化に対するインフラの未整備
急速な都市部の人口増加に対して、住宅建設や
る。また、関係各省の代表者からなる国家環境運
営委員会が設置されている。
水供給施設や下水処理施設の整備などの社会基盤
パキスタンでは、1983 年に環境保護法が制定さ
の整備が追いつかないため、多くの都市で深刻な
れ、1997 年には、パキスタン環境保護法が制定さ
2
この問題をきっかけにインドでは、環境問題に関心を寄せるNGOが増え、その後の大規模ダム工事計画に対するNGOの反対活
動が無視できなくなった。例えば、1985年に融資が決まった世銀のナルマダ・ダム・プロジェクトは、インド北西部のナルマダ
川に、大規模ダムと幹線運河を建設する計画であった。しかし、大規模な住民の移転や深刻な環境問題を引き起こすという現地
住民や国際NGOの激しい反対運動が起き、1991年、世銀が現地に派遣した調査団がプロジェクト中止を勧告した事から継続を
巡り理事会の投票に至った。結局、1993 年末、インド政府が世銀貸付けをキャンセルする形で、融資が打ち切られた。
257
第二次環境分野別援助研究会報告書
れた。行政組織として、連邦政府の住宅・建設省の
4−3
環境対策への企業側の資金不足
下の環境・都市局が中心的な役割を果たしていた
小規模産業が多く、環境対策を講ずる資金的余
が、現在環境省が設置されている。連邦政府は環
裕がなく、クリーン・テクノロジーへの転換が進
境の悪化を認識し、環境保護評議会と環境保護庁
まない。大気汚染について、企業が入手できる燃
を設置する一方、地方の州においても環境保護庁
料の質が低いため燃焼効率が低く、不完全燃焼に
が設置された。
よる汚染物質が排煙となって環境中に放出されて
ネパールは、1990 年に公布された新しいネパー
いる。
ル憲法で、環境保護を国家の基本的指針と政策に
組み入れている。1997 年には、包括的なタイプの
5.
主要ドナーの主な取り組み
環境法である環境保護法を制定した。中央機関と
して、1992 年に、政策立案、関連手続作成、政策
実施指針を提示するために首相が議長を務めるハ
イレベルの環境保護協議会が創設された。また、国
5−1
多国間援助機関
南西アジア地域においては世銀、UNDP、GEFな
どが主に協力を行っている。
全体及び各部門の開発に関する政策の立案を行う
国家計画委員会の下に環境保護局が設置され、環
5−1−1
世銀
境関連活動の計画作成、予算作成などを行い、1995
Environment Matters 1999 によれば、世銀は、南
年人口環境省が創設される前は、環境保護協議会
西アジア地域の1999年度環境関連プロジェクトに
の指示を遂行する責務を持つ唯一の中央行政機関
関し、48%を公害・都市環境管理に、43%を自然
であった。1995 年、人口環境省が、相互に関連す
資源保全管理に充てている。世銀は、インド、及
る人口と環境の両分野に対応する中央機関として
び、スリ・ランカへ環境行政能力向上のための支
創設された。
援を行っている。インドへの環境管理能力向上技
術援助プロジェクト(Environment Management Ca-
4−2
環境法体系の未整備、行政管理能力不足、
pacity Building Technical Assistance Project)
は、1997
予算不足
年∼ 2002 年の 5 年間で総額 6,148 万ドル、内 5,000
インド、パキスタン、スリ・ランカ、モルディブ
万ドルを IDA が融資するプロジェクトであり、森
においては環境保護法が制定されており法体系が
林環境省のほか、海洋開発省(Department of Ocean
整いつつあるが、政策・制度実施に伴う行政管理
Development:DOD)
、環境森林省の中央汚染管理
能力が追いついていないことや、産業界の生産設
委員会(Central Pollution Control Board:CPCB)
、グ
備・技術の実情を反映した規制・基準になってい
ジャラート州、及び、複数の大学との連携の下で
ないなど、実際の効力、効果は十分ではない。イン
実施されるものである。また、インドへは産業公
ドの排煙規制を例にとると、インドの環境法体系
害防止のための支援も行っており、バングラデ
は英国式の近代的なものであるが、インドの企業
シュへは都市環境管理サービスの強化や洪水対策
の工場設備は総じて老朽化が激しい上に旧ソ連製
支援を行っている。世銀によって国境を越えた貧
のものが多く、設備仕様もインドの石炭の性状に
困地域広域総合開発(バングラデシュ、ネパール、
合致したものとなっておらず、規制基準値は実現
ブータン、インド東部)
の調査が行われており、地
困 難 な 設 備 に な っ て い る( ジ ェ ト ロ セ ン サ ー
域間協力の試みが始まっている。また、バングラ
(1998)
)。
ネパール、バングラデシュ、ブータンにおいて
デシュの砒素汚染対策費として、約5,000万ドルを
バングラデシュ政府に拠出している。
は包括的な環境法は未整備である。また中央、地
方政府の財政状況は逼迫しており、今後対応が必
要とされる事業への十分な資金調達が困難とみら
れる。
258
5−1−2
UNDP
UNDP の活動は持続可能な環境保全を目指し包
括的な取り組みを行っている。各国政府と UNDP
報告書付録 1 地域別各論
の共同取り組みで環境評価、環境会計、環境アセ
ための相談サービスなどを実施している。また、環
スメント、環境管理、汚染状況モニタリング、環境
境教育に関しても、環境教育センターの設置など、
教育、環境法教育、生物多様性保全、管理、地域社
いくつかの活動が展開されている。
会での環境意識の啓蒙活動、情報ネットワーク整
備を行っている。インドへの協力を例にとると、
5−2
二国間援助
1990 ∼ 1997 年の 4 期カントリープログラムではエ
USAID、GTZ、イギリス国際開発省
(Department
ネルギー効率、資源開発、環境管理の促進に対し
for International Development:DFID)
、CIDA等が協
て Environment Action Plan と National Forestry Ac-
力を行っている。USAIDは都市衛生環境整備にお
tion Plan策定への協力を行い、環境管理の能力開発
ける財源確保のための経済的手法や、クリーンエ
においてはアジェンダ21を途上国において実施す
ネルギー技術開発などを、GTZ は河川の流域管理
るための資金援助プログラムである
「キャパシティ
における地域組織強化に重点をおいた協力を、
21」を通して協力を行った。また 1997 ∼ 2001 年の
DFIDは社会林業、水資源開発管理等に関する協力
プログラムでは持続可能な環境保全、環境とエネ
を行っている。また、農村広域開発においては環
ルギー資源の再生、管理のための環境マネジメン
境配慮のコンポーネントをプログラムに取り入れ、
ト能力開発に重点を置いている。各国の環境行動
世銀などの国際機関と連携して支援を行っている。
計画の策定や環境影響評価制度強化、代替エネル
CIDAは環境管理行政組織の能力向上や環境管理組
ギー開発等が重点的に行われている。
織との連携関係の強化に力を入れている。
5−1−3
5−3
GEF
我が国は、人口増加や経済成長と関連した環境
GEF によって各国の生物多様性保全に対する保
護、管理体制への協力が行われている。
我が国の取り組み
負荷増大に対応した環境保全対策を、南西アジア
地域の援助重点分野の1つと捉えている。主な実績
5−1−4
それぞれに機関による連携の協力
それぞれの機関が連携してムンバイ、コロンボ、
としては、インドにおける森林保全、インド、ス
リ・ランカにおける公害防止環境対策プロジェク
カトマンズなどの大都市の環境衛生管理に対して
トへの有償資金協力、ネパールの住民参加型の村
協力を行っている。
落振興・森林保全計画への技術協力、地球温暖化
による海面上昇に対応するためのモルディブ第三
5−1−5
南アジア共同環境プログラム
(South
次マレ島護岸建設計画等への無償資金協力の実績
Asia Cooperative Environment
がある。またバングラデシュへの防災事業支援と
Program:SACEP)
して「気象用マイクロウェーブ網整備計画(1992年
アフガニスタン、バングラデシュ、ブータン、イ
ンド、イラン、モルディブ、ネパール、パキスタ
度)
」
「自然災害気象警報改善計画(1997年度)」を実
施した。
ン、スリ・ランカの諸国が、この SACEP プログラ
ムに加盟する。SACEPは、財政的、制度的な困難
6.
援助ニーズ
があるにもかかわらず、環境保護に向けて必須と
なる、例えば、環境影響評価制度手続き、環境基
6−1
環境法体系整備・制度構築
準、環境法整備、山岳地の生態系保護、森林保護な
都市における大気汚染、水質汚染、廃棄物処理
どの国境を越える問題が対象とされる。南アジア
問題を科学的に把握する環境モニタリングが確立
海洋保護のための地域プログラムは、SACEP と
されていないため、的確に問題に対応するための
UNEPによる取り組みが行われている。環境法に関
政策・戦略が不十分であって環境担当部局も弱体
しては、地域の環境法レポートを刊行し、中堅レ
なため組織・制度全般の強化が求められている。ま
ベルの政策立案者のための会議開催、法案作成の
た、工業化の初期段階の国も多いが、それでも産
259
第二次環境分野別援助研究会報告書
業公害は深刻である。汚染物質を排出している企
支援のニーズがあるものの、解決には受入れ国の
業は経営基盤が弱体であって、公害防止投資を行
財源に比し巨額の資金が必要となり、受入れ国の
う財政基盤がないため公害の垂れ流しを続けてい
債務の額に留意しないと重債務国へと転落するお
る。段階的に環境管理の体制を強化するという長
それもある。
期的な視点が必要である。そのため、既存の環境
関連法規、条例の見直しを含め、より現実に沿っ
6−4
環境行政人材の能力改善
た効果的な環境法体系の確立に向けての専門家派
法規制、環境政策、環境管理制度の実施に伴う
遣による支援や資金協力が求められている。南西
担当当局の実行能力(エンフォースメント)を強化
アジアの中では、国土面積が比較的小さいスリ・ラ
するため、環境管理制度に携わる有能な人材の育
ンカでは、法体系、組織が過去10年間に整備され
成、訓練、環境影響評価
(EIA)
等の実施、普及のた
てきており、モニタリング等の技術移転を受ける
めの手法を開発し、運営能力向上への技術協力や、
準備ができている。インドは連邦制であり、州に
環境法施行にあたり大きな役割を果たす地方政府
よって状況は大きく異なるため援助ニーズのレベ
における環境行政実施能力向上も重要な援助ニー
ルの違いがある。その他の国は環境管理について
ズである。具体的には、中央省庁及び中央と地方
はゼロからのスタートであり、組織・制度全般に
の調整機能の強化、エンフォースメントを担当す
渡っての段階的支援が必要である。
る地方行政機関職員の研修によって作成された政
策を行政のシステムに乗せて実行するための体制
6−2
自然資源管理における地域開発強化
づくりが重要なテーマであろう。
ネパールの中山間部では、過度の森林資源の採
取(燃料・飼料)や傾斜地への無理な耕地拡大・過
6−5
環境指標モニタリング、データ整備
放牧が原因となり、森林資源の減少、土壌浸食・斜
汚染状況のみならず、起因する健康への影響、天
面崩壊・土石流災害などの自然資源劣化が深刻な
然資源損失など社会、経済的側面からの指標を定
問題となっているが、このような自然資源の収奪
めモニタリングするためのデータ収集、整備に対
的利用の背景には村落住民の貧困があり、村落の
する手法、機材整備への協力が挙げられる。しか
開発なくしては自然資源の持続可能な利用は不可
し、併せてモニタリングの結果を政策・環境管理
能である。このため、村落住民の主体的な参加の
に活用するシステムに対する支援が行われなけれ
下に、村落振興活動を通じた公平で持続可能な村
ばならない。
落資源管理アプローチの普及を図る必要があり、
支援のニーズである。しかし、貧困に喘ぐ特定地
域に多様な技術・資金を注ぎ込めば生活の改善は
参考文献
可能となるが、隣接する地域への普及は困難とな
る。インプットを極力小さくし、アイデアを生か
した地域開発が求められる。
・ 辛島昇他編(1992)
、
『南アジアを知る辞典』平凡
社。
・ 環境事業団 地球環境基金部業務課
(1999)
、
『開
6−3
都市環境衛生改善への支援
都市部の人口増大に伴う道路・廃棄物処理・上
中南米編)
』
。
下水道等の経済・社会インフラの整備が追いつか
・ 環境庁(1999)
、『平成 11 年版 環境白書』
。
ないため、大気汚染・水質汚濁・廃棄物不法投棄な
・ 国際協力事業団
(1997)
、
『国別環境情報整備調査
どの深刻な都市環境悪化をもたらしている。また、
それに加えて、整備不良車両による排ガスや都市
周辺の工場による排煙などが都市環境悪化に拍車
をかけている。このような都市環境衛生改善への
260
発途上国の国別自然環境ハンドブック(アジア・
報告書(インド国)』
。
・ 国際協力事業団(2000)
、「平成 12 年度 JICA 国別
事業実施計画 インド国」。
・ 国際協力事業団(2000)
、「平成 12 年度 JICA 国別
報告書付録 1 地域別各論
事業実施計画 スリ・ランカ」
。
・(財)地球環境戦略研究機関編(1999)、『21 世紀
の環境と新発展パターン』、中央法規出版。
・ ジェトロセンサー(1998)
、「インド:石炭による
大気汚染∼欧州並みの法制度∼」。
・ 日本国際交流センター
(1999)
、
「海外民間環境保
全団体の実態等に関する調査 ネパール報告
書」
、http://www.jcie.or.jp/japan/cn/n99/cp-ngo/nmoku.htm。
・ 藤崎成昭編
(1992)
、
『発展途上国の環境問題−豊
かさの代償・貧しさの病』、アジア経済研究所。
・ 堀内行蔵編
(1998)
、
『地球環境対策−考え方と先
進事例』
、有斐閣。
・ 古沢広祐、斉藤友世
(1998)
、
「持続可能な開発と
国際援助−日本のODAで途上国の環境は守れる
か−」
『環境と公害』
、Vol.27、No.4。
・ 安成哲三、米本昌平編
(1999)
、
『岩波講座 地球
環境学 地球環境とアジア』
、岩波書店。
・ 山崎圭一
(1998)
、
「途上国の政治経済システムと
環境悪化」
『環境と公害』
、Vol.27、No.4。
・ Government of India, Ministry of Finance and Economic Division (1999), "ECONOMIC SURVEY
1998-99".
・ Government of India, Ministry of Environment &
Forests, "ANNUAL REPORT 1999-2000", http://
envfor.nic.in/report/
・ Yearbook of International Co-operation on Environment and Development 1999/2000.
・ World Bank (1999), "Environment Matters 1999,
South Asia Region".
261
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 6 章 大洋州
262
報告書付録 1 地域別各論
第 6 章 大洋州
1.
地理及び社会経済上の特徴
経済成長が進められてきた。しかし冷戦終結に伴
い、援助は先細り状態である。
1−1
地理
島嶼国経済は、漁業、農業、林業、鉱業の一次産
大洋州圏域の島嶼国は、パプア・ニューギニア、
品と観光が主な産出品であり、経済的な自立がで
フィジー、ソロモン、ヴァヌアツ、サモア、トン
きていない。伝統的には、自給型農業、漁業など自
ガ、トゥヴァル、ナウル、キリバス、マーシャル諸
然環境に恵まれた豊かな生活圏を形成していたが、
島、ミクロネシア、パラオであり、パプア・ニュー
18 世紀に欧米諸国の植民地となってから、商業作
ギニアを例外として、面積、人口、経済規模のすべ
物である、コプラ、コーヒー、ココア、バナナ、砂
ての点で小国が大半である。その国土は、細分化・
糖などのプランテーションのために開発が進み、
分散化されており、世界市場から地理的、経済的
固有の生態系に変化が起こり始めた。近年の独立
に隔離されている。一方で、その領海は全ヨーロッ
後、パプア・ニューギニアの鉱山開発や、その他、
パの陸地面積に匹敵し、排他的経済水域は数百万
パプア・ニューギニア、ソロモンにおける森林開
平方マイルに跨り、太平洋全域の 16%を占める海
発、また、フィジー、サモア、ヴァヌアツにおける
洋国家である。
観光開発に主に宗主国の国際資本が参入しており、
島嶼国は、パプア・ニューギニア、フィジー、サ
その環境は大きく変わろうとしている。
モア、ソロモン、トンガ、ヴァヌアツ、等の火山島
この地域の国々を経済指標で分類すると、2つの
と、キリバス、マーシャル諸島、ミクロネシア、ナ
グループに分けられる。中位中所得国(1人当たり
ウル、トゥヴァル、などの環礁国とに分かれる。火
GNP 1,461 − 3,030 ドル)にあたるのが、ナウル、
山島国は国土面積を有し、鉱物資源に富み、植生
フィジー、ミクロネシア、トンガ、マーシャル諸島
を有し、農耕も可能である。これに対し、環礁国
である。低位中所得国(1人当たりGNP 761−1,460
は、農耕も不可能で国が極度に小さく、分散・隔離
ドル)
としてはヴァヌアツ、キリバス、サモア、ソ
の程度が強く、天然資源に恵まれていない傾向に
ロモン、パプア・ニューギニア、トゥヴァルである。
ある。
大洋州における地域間協力機関の枠組みには、
広範囲な政策や技術協力に関して南太平洋フォー
1−2
ラム(South Pacific Forum:SPF)2 の他、太平洋共同
社会・経済
大洋州島嶼国は、冷戦時には戦略的な価値や影
体などが協力を行っている。また、セクターベー
響力が高く、世界最高の1人当たり援助額を享受し
スでは Forum Fisheries Agency や南太平洋環境計画
てきた。人口が少なく、一次産品と観光以外に資
(South Pacific Regional Environment Program:
源に乏しく、主要な国際市場から地理的に遠いた
め、リン鉱石の産出されるナウル以外の、すべて
1
SPREP)がある。
島嶼国の社会的な特徴は、文化的・民族的な多
の大洋州諸国は、宗主国 や多国籍機関からの援助
様性である。少なくとも推定、1,200以上の言語が
に頼っており、国家財政の多くを外国からの援助
使われており、各民族は地域社会(コミュニティ)
で賄っている。特に環礁国は、排他的経済水域に
の慣習や宗教、非賃金による商品生産や非商品生
おける水産資源の入漁料、また、キリバス、ナウル
産関係を残した独特の生活様式に沿って暮らして
の鉱物資源の開発以外は、援助国の援助に頼った
いる。このため、島嶼国の住民は、国家への帰属意
1
各国の宗主国・独立年は、パプア・ニューギニア(豪 1975)、フィジー(英 1970)、サモア(英 1962)、トンガ(英 1970)、キリバス
(英 1979)、トゥヴァル(英 1978)、ナウル(豪 1968)、ソロモン(英 1978)、ヴァヌアツ(英/仏 1980)、マーシャル諸島(米 1986)、
ミクロネシア(米 1986)、パラオ(米 1994)である。
2
加盟国はフィジー、パプア・ニューギニア、ソロモン、ヴァヌアツ、ミクロネシア、パラオ、マーシャル、キリバス、ナウル、
トゥヴァル、サモア、トンガ、クック、ニウエ、オーストラリア、ニュー・ジーランドである。なお、SPF は 2000 年 11 月太平
洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum:PIF)に名称を変更した。
263
第二次環境分野別援助研究会報告書
識よりは、このようなコミュニティへの帰属意識
の他海流の変動により魚群の流れが変わり漁業が
が強い。2000 年には、フィジーとソロモンでは民
できなくなったり、気温の上昇でマラリア、テン
族紛争があり、政治不安が生じた。フィジーでは、
グ熱などの伝染病の発生が増加している。
1987年のクーデター以後国民の51%に当たるフィ
大洋州諸国は、1992年「国連環境と開発会議」以
ジー系住民と、44%を占める英国植民地の時代に
来、地球規模の気候変動への影響によって大洋州
入植し、経済を握っているインド系住民の対立が
が被るリスクとその変化に対応できる技術と情報、
ある。また、ソロモンは、首都ホニアラがあるガダ
研究、人材育成についての協力を訴えている。2000
ルカナル島の住民と、隣のマライタ島の住民の間
年 4 月の「太平洋・島サミット」で採択された「太平
で長年にわたって民族紛争が続いている。
洋環境声明」
においても、この喫緊な問題の深刻さ
が訴えられた。
2.
環境問題の概要
2−2
2−1
気候変動による海面水位上昇、異常気象
による被害
生物多様性の減少
島の陸上生態系、及びサンゴ礁、マングローブ
林などを含む海洋資源などの生物多様性が、様々
大洋州にとって、最も深刻な環境問題は、気候
な開発過程において破壊されつつある。主な要因
変動による海面水位上昇に伴う国土消失の危機で
は、農業プランテーション、新たな開発・土壌管理
ある。環礁の多くは海抜2m以下であり、多くの国
が不適切なために生じる土壌浸食や劣化、鉱山開
では、海洋の水位が上がれば、島嶼国の消滅を含
発に使う土砂の流出によるサンゴ礁の破壊、また、
む、主要な経済的・社会的・文化的困難を引き起こ
水質汚染、都市化、ツーリズム、リゾート開発、ダ
す。海面上昇により、一部の沿岸地域の地下水が
イナマイトによる密漁や過度な漁業開発等による
塩分を増し、真水が不足するとともに土壌中の塩
破壊が挙げられる。
分が増加するという問題や、地球温暖化による水
温上昇により、洪水、暴風雨、台風が一層激しくな
2−3
急速なライフスタイルの変化に伴う廃棄
物の増加
り、高潮と風波の損害が拡大する可能性がある。
地球温暖化の様々な影響が大洋州全域で報告さ
ライフスタイルの変化に伴い、自然に帰らない
れている。 環礁国では、海面上昇によって陸域の浸
素性の廃棄物が急増している。一方で、特に国土
食が既に顕著であり、また、土壌に海水が染み込
の狭い島嶼国では、予算、技術力不足などの理由
み、主食となるタロイモなどの作物が栽培できな
により適切な処理場を作ることが難しい。その結
くなった例がある。マーシャル諸島、キリバス、
果、固形廃棄物が、森林、河川、環礁に投棄されて
トゥヴァルでは、海岸部の道路・橋・住居・プラン
おり、住民の健康への影響、周辺の環境破壊を引
テーションが、異常発生した暴風雨によって被害
き起こしている。大洋州全域において、産業廃棄
を受けている。最近の旱魃によってフィジー、ト
物も増加している。また、環境ホルモン、水資源汚
ンガ、パプア・ニューギニアにおいては輸出作物
染、住民の健康被害などへの影響がFAOやSPREP
が大きな被害を受け、ミクロネシアでは水不足が
の専門家より指摘されている。
深刻となり、サモアでは異常乾燥気候により、山
火事が発生している。平均標高が1.5mと低いトゥ
エネルギー問題
ヴァルでは、2000年2月、3mを超える高波に襲わ
エネルギー需要も増加しており、太陽光発電や
れて大きな被害を出したため、ニュー・ジーラン
風力発電など小規模施設の設置による環境にやさ
ド政府に
「水位が上昇し居住できなくなったら移住
しい新たなクリーン・エネルギー供給の方法の検
3
させてほしい」と要請したと伝えられている 。そ
3
264
2−4
読売新聞、2000.4.22 付 参照。
討が必要である。
報告書付録 1 地域別各論
2−5
森林破壊
つ、洪水等の被害を1番に受ける地理的な制約があ
パプア・ニューギニアの熱帯林は地球的にも重
る。また、各陸地面積が小さいために、廃棄物処理
要であり、世界中で最後の大きな原生熱帯林の1つ
をどのように行うかの問題がある。一般廃棄物の
である。面積的には世界全体の1%を占めているに
処分場はいわゆるオープン・ダンピング方式であ
過ぎないが、生物種は世界全体の5∼8%が生息し
るが、大抵の土地は共同体の所有となっているた
ている。 先進国資本の森林開発による熱帯雨林破壊
め、埋め立て処分場の建設のための土地が得られ
が問題となっているが、伐採を実施する場合は、政
ない。また、島嶼国は独立国家としての歴史が短
府が当該地域の部族から立木権を購入し、開発企
く、また財政的な制約から、国家としての環境保
業は政府から伐採権を購入する仕組みとなってい
全の枠組みや資本主義的経済のいずれもが未成熟
る。
であるため、国民の意識も低く、制度に対応する
ソロモンの森林問題の背景には、アジア諸国が
人材も育っていない傾向にある。
丸太伐採規制を強化したことにより、ソロモン産
の木材に対する需要が高まったことがある。1992
3−2
ライフスタイルの変化・都市化
年には、木材生産が前年比約90%の急増となり、輸
都市部への急激な人口移動は、生活のための食
出も同年 106%の増加となった。現在ソロモンで
糧や住居の確保、廃棄物処理の問題により島の生
は、外国企業11社が木材生産を行っているが、こ
態系に有害な影響を与え、サンゴ礁などの海洋資
れら 11 社には、合計で 1992 年の生産高の 2倍にあ
源の枯渇など、環境の悪化がより広範に見られる
たる、年間 120 万 m の伐採ライセンスが与えられ
ようになった。また、都市化も急速に起こってお
ている。1992 年には 15,000-16,000ha が伐採された
り、都市部の人口増加に比べて、インフラ整備が
と推測されるが、現在のスピードで伐採が続くと、
追いつかない状況である。しかしながらトンガと
あと10年程度で伐採可能な森林資源が枯渇し、伐
サモアを除くと、独立国では国外への移住は非常
4
採が不可能になるとみられている 。
に限られている。
2−6
3−3
放射性廃棄物の海上輸送、放射性汚染物
質による汚染、核廃棄物の貯蔵の問題
太平洋と他国の核廃棄物投棄場としないために、
大洋州においては地域間の協定としてワイガニ協
住民の環境意識の不足
自然資源などの環境保全は、コミュニティによ
る持続的資源管理が不可欠であるが、住民の環境
意識がまだ低い。
定があり、放射性廃棄物の取り締まりが行われて
いる。また、マーシャル諸島は、1946∼1958年に
3−4
資金不足
かけて、ビキニ島とニエウェトク島で米国の軍隊
島嶼国の経済は、人口、土地、自然資源が乏し
が核実験を行った結果、同国の住民への悪影響が
く、大幅な輸入超過で財政難である。環境保全対
存在する。
策の推進には巨額の資金を必要とするが、財政的
な余裕がないために、環境行政への資金的余裕が
3.
環境問題悪化の要因
3−1
外的な要因
(地球温暖化、土地の制約、植
民地の歴史)
なく、政策の優先順位が低くなる。
3−5
自然資源管理体制の未成熟
サンゴ礁、マングローブなどの熱帯沿岸生態系
海洋国家である大洋州の島嶼国は、地球温暖化
における水産資源の管理・増養殖など、また、森林
の影響による、海面上昇やエルニーニョ等の世界
伐採に対する資源管理、植林事業など、自然資源
的な異常気象や、ハリケーン、サイクロン、干ば
管理や保全を行うための、施設・人材の不足、ま
4
財団法人 国際協力推進協会(1998)
「開発途上国国別経済協力シリーズ 大洋州編 1 パプア・ニューギニア 第 4 版」。
265
第二次環境分野別援助研究会報告書
た、科学的なデータや情報の不足、財源の不足、法
存続するためには、多くの資金が必要となるが、島
律的な枠組の不完全性、環境行政のための制度の
嶼国という、人口や土地、天然資源を含めた資源
未整備などにより、自然資源管理体制が未成熟で
の制約、国土の分散性や隔離性というハンディに
ある。
より、国家財政が不足している。また、人材につい
ても、人口が少ないだけでなく、独立後主要行政
3−6
都市管理体制の未成熟
ライフ・スタイルの変化に伴い、大洋州の国々
のごみの量、質は急速に変化しているにもかかわ
ポストは、旧宗主国の人々に技術協力という名で
長く占められており、自国の人々による行政の人
材も育っていないという事情がある。
らず、財政的な理由で処理システムが確立してい
面積、人口、経済規模が小さく、国土が分断さ
ないという問題がある。また、産業廃棄物処理に
れ、大幅な輸入超過で財政難、という制約の上で、
関しても投棄が多く深刻な問題となっているのは
現在の環境管理体制上の問題点は、以下のもので
重金属、農薬その他の分別のための設備の整備、特
ある。(1)環境行政のため資金不足、(2)自然資源
に環境ホルモンに対応できる高度の設備投資、技
管理のための技術・ノウハウの不足、(3)環境行政
術、技術者など、あらゆるものが不足しているた
執行の人材・自然資源管理の技術者不足、
(4)国民
めである。また、投棄されている有害廃棄物に関
の環境意識の欠如、(5)環境法・廃棄物処理などの
する種類、量についての情報がないこと、それら
制度の未整備、などである。
これらの問題を解決するには、島嶼国独自の環
の薬品の使用方法、保管方法への理解が薄いこと、
薬品の潜在的な危険度への知識が限られているこ
境保全の手法を考える必要がある。具体的には、援
と、適切な廃棄処分方法がないこと、政府、コミュ
助資金を活かしながら、島嶼国の生活の基盤であ
ニティにおいて対策優先度が低いことも問題とし
る各コミュニティを主体とした、住民参加重視の
て挙げられる。自然資源管理体制の未成熟と同じ
環境保全の方法を考えていくことが、環境管理を
く、施設・人材の不足、また、科学的なデータや情
行う上で効果的であると考える。
報の不足、財源の不足、法律的な枠組の不完全性、
環境行政のための制度の未整備、などが原因とな
5.
主要ドナーの主な取り組み
る。
5−1
4.
環境管理体制上の問題
多国間援助機関
UNEP が設立をサポートした、SPREP が、この
地域の環境管理計画の実施機関として中心的な役
島嶼国の環境管理体制において、1番の問題は自
割を果たしている。SPREPはサモアに本部をおき、
然資源管理体制の未成熟である。この問題の解決
大洋州22ヶ国、及び関係先進国(オーストラリア、
のためには、資金不足・人材不足の解消に加えて、
フランス、ニュー・ジーランド、米国)
を含めた26ヶ
島嶼国の自然資源管理体制の手法には、先進国や
国が環境問題について、毎年1回政府間会議を開催
他の途上国の手法とは違った、島嶼国独自のコ
している。SPREPは太平洋地域の環境保全に対し、
ミュニティを基盤とした自然資源管理のための制
制度強化、管理体制の確立に力を入れており、GEF
度づくりが必要であると考える。
の支援により大洋州の内の 10ヶ国に対しては、気
島嶼国は、他国と比較して人口が極端に少ない
5
ながら 、独立国家として存続していかなければな
ラム(Pacific Islands Climate Change Assistance
らない制約のある国家群である。独立国家として
Programme:PICCAP)
を行っている。また、UNDP、
5
266
候変動枠組条約実行のための能力開発支援プログ
1999 年央人口統計では、パプア・ニューギニアは 460 万人であり、それ以外の国は 100 万人に満たない。以下、フィジー 80 万
人、ソロモン44万人、サモア22万人、ヴァヌアツ 18万人、ミクロネシア13万人、トンガ11万人、キリバス8.4 万人、マーシャ
ル諸島 6.3 万人、パラオ 1.8 万人、トゥヴァル 1.0 万人、ナウル 1.0 万人である(日本貿易振興会(1999)
「世界各国経済情報ファイ
ル」参照)
。
報告書付録 1 地域別各論
UNEP、ESCAP 等の国際機関からの支援をとおし
れ、我が国の ODA 事業への期待が表明されてい
て、生物多様性モニタリング調査やコミュニティ
る。我が国の沖縄その他の島々のもつ知識や経験
主導の生物多様性保全プロジェクトなどを大洋州
を活用するために、JICA沖縄センターを拠点にし
全域に渡って行っている。またSPREPは、環境保
た、観光、廃棄物、保健の各分野の、大洋州地域特
全に対する能力向上を目的とした
「環境保全に対す
設研修のデザインづくりが進められており、平成
る能力向上プログラム」
(Capacity Building for Envi-
12 年度末には沖縄センターでの南太平洋諸国向け
ronmental Management in the Pacific Programme:
の新しいコース「SPF 諸国廃棄物管理コース」が立
CBRMP)にて、大洋州 11ヶ国により組織された国
ち上げられる予定である。
家調整委員会を設立し、ドナー、地域・技術協力機
関に対する環境開発の調整を行っている。
6.
援助ニーズ
また、フィジー及び周辺 11ヶ国で共同出資運営
をしている南太平洋大学が、この地域の環境問題
6−1
循環型の持続可能な社会へむけての援助
ニーズ
について多くの研究を行っている。
大洋州の経済は、水産業や農林業といった一次
5−2
2 国間援助機関
AusAIDが主な協力を行っている。南太平洋諸国
産品と、サンゴ礁、その他の海洋、沿岸環境を利用
した観光業に依存している。このような背景から
を重点地域とし、パプア・ニューギニアにおいて
島嶼国経済を支える産業の健全な育成のために、
は、森林保全、生物多様性、海岸保全などの統合的
今後の持続可能な社会へ向けて、産業の基盤とな
なプロジェクトに重点を置き、その他の国におい
る自然資源を適切に管理しつつ、これら産業を発
ては、地球温暖化による気候変動モニタリングに
展させることが重要である。また、人口の増加に
対して協力を行っている。また、CIDAは南太平洋
対して土地、資源の制約がある中で、住民の生活
海洋開発プログラムにおいてサンゴ礁保全などの
に関わるエネルギー問題や廃棄物問題を解決して
海洋資源管理への協力を行っている。
いくことが必要である。
これらのニーズに対しては、まず産業の基盤と
5−3
我が国の取り組み
なる自然資源管理のために、生物多様性の保全を
この地域への協力は主に無償資金協力及び技術
図るため、保全対象の動植物目録の作成と生育状
協力の分野で行われている。JICAによる環境協力
況の把握、伝統的漁場の保全と活用、国家文化遺
として、パプア・ニューギニアにおける森林研究
産の保護や、保護区の選定及び管理に係る技術、モ
プロジェクトや、パラオにおけるサンゴ礁保全セ
ニタリング手法及び管理強化のための技術協力が
ンターの設立、ヴァヌアツにおける再生可能エネ
望まれる。観光開発については島嶼の環境と文化
ルギー
(太陽光発電システム)
協力が行われている。
を考慮したエコ・ツーリズムの推進等の支援が望
地球温暖化による海面上昇への対処として、護岸
まれる。
対策の協力も行ってきた。最近の開発調査では、パ
住民の生活に対し、島嶼国に豊富に存在する自
ラオの環境に配慮した観光開発の実現のための調
然エネルギー(太陽光、水力、地熱、風力)を利用
査や、島嶼国に豊富に存在する自然エネルギー
(太
した発電のための支援、また、土地の少ない環礁
陽光、水力、地熱、風力)
を利用したエネルギー供
国などで特に深刻な、オーブン・ダンピングの現
給のための調査も行われている。
場改善を含めた廃棄物処理に対するニーズもある。
2000年4月に行われた第2回日・南太平洋フォー
また、これら援助ニーズに応える課程で、島嶼
ラム(South Pacific Forum:SPF)首脳会議において
国の規模の小ささを生かした形で、今後の循環型
太平洋環境声明が出され、今後日本と SPF は気候
社会のための先端的なアイデアである、廃棄物ゼ
変動、廃棄物管理、汚染防止、生物多様性等の環境
ロ・エミッションの試験的な導入、太陽光(ソー
問題において協力を一層強化してくことが合意さ
ラーパネル)
、風力など自然エネルギーの利用可能
267
第二次環境分野別援助研究会報告書
性の実験なども技術協力のためのアイデアであろ
境法律担当官の設置、環境技術者の養成など国に
う。
よって多様なニーズに対応したプログラム作りが
求められる。
6−2
制度づくりへの援助ニーズ
大洋州の環境保全のための制度づくりは、上記
の産業の基盤となる自然資源管理体制の強化であ
参考文献
る。自然資源管理体制の強化の方法について、そ
の人口・土地・経済規模の小ささや国土の分散性、
・ 石川榮吉監修、清水昭俊・吉岡政徳編
(1993)
、
「オ
また文化の多様性を考慮すると、行政による上か
セアニア 3 近代に生きる」
、東京大学出版会。
らの自然資源管理手法よりは、その島でのコミュ
・ 海外環境協力センター(1997)
、「平成8年度環境
ニ テ ィ ベ ー ス の 組 織( C o m m u n i t y - b a s e d
庁委託 開発途上国環境保全企画推進調査報告
Organization:CBO)
づくりと、コミュニティによる
書 パプア・ニューギニア」
。
自然資源管理体制へのサポートが、島嶼国の環境
・ 片上慶一
(1998)
、
「太平洋諸島諸国と日本外交」
、
管理手法として適切であり、技術協力の中心的課
ミクロネシア、1998・2 号、No.107、p.4-p13。
題である。また、これに関連して、プロジェクトの
・ 小柏葉子
(1999)
、
「南太平洋フォーラムと気候変
実施・レビューにおける地域住民の参加の制度づ
動に関する国際レジーム」、同編『太平洋島嶼と
くりや NGO のプロジェクト参加も重要である。
環境・資源』、国際書院。
また将来的には、行政による環境管理制度の確
立のため、環境アセスメント(EIA)制度の導入は
不可欠であり、そのために、環境に配慮した鉱業、
製造業、農業、観光分野の環境法規制体系整備と
併せて推進されねばならない。
大洋州は、各地域に伝統を残しているところが
多く、地域によっては、国の行政力が働きにくい。
このため、政府間の協力を進める場合には、各地
域の社会的、文化的特性を把握し、十分に配慮す
る必要がある。
・ 国際協力事業団(1994)、「開発途上国技術情報
データシート」
。
・ 国際協力事業団(1998)、「環境情報整備報告書
パプア・ニューギニア」
。
・ 国際協力事業団(2000)
、「平成 12 年度 JICA 国別
事業実施計画 サモア国」。
・ 国際協力事業団(2000)
、「平成 12 年度 JICA 国別
事業実施計画 パプア・ニューギニア」
。
・ 財団法人 国際協力推進協会
(1998)
、
「開発途上
国国別経済協力シリーズ 大洋州編 1 パプア・
ニューギニア 第 4 版」
、他 各国版。
6−3
人材の育成への援助ニーズ
住民の環境意識の向上のためのプログラムが、
上記のコミュニティによる自然資源管理との関連
で必要となる。具体的には、環境配慮への意識向
南太平洋シリーズ」各版。
・ 日本貿易振興会監修、世界経済情報サービス制
作(1999)
、「世界各国経済情報ファイル」
。
上プログラムの開発と統合、コミュニティに対す
・ 橋本征治
(1998)
、
「関西大学東西学術研究所国際
る水質モニタリングの訓練、トレーナーとなりえ
共同研究シリーズ 2 現代社会と環境・開発・文
る伝統的な自然管理システムに熟知した年長者の
化−太平洋地域における比較研究−」
、関西大学
発掘、環境意識向上のためのワークショップ開催
出版部。
などが考えられる。
また、環境行政に係わる人材、及び自然資源管
理のための技術者養成に対する援助ニーズがある。
268
・ 社団法人 日本・南太平洋経済交流協会、「月刊
・ 原剛(1997)
、「日本のアジア環境協力」、環境情
報科学、1997.26-3、pp.8-13、環境情報科学セン
ター。
これは、国立公園監視官、保護官の教育・訓練、環
・ 松村隆、永島徹也
(1994)
、
「地球温暖化防止のた
境影響検査官・検察官、海洋汚染、船舶、漁業、税
めのアジア・太平洋地域における環境協力につ
関、検疫に関する検査官及び農業担当官の教育、環
いて」
、季刊環境研究、1994.7、94号、pp.53-60、
報告書付録 1 地域別各論
環境調査センター。
・ AusAID(1999),“Annual Report of the South
Pacific”.
・ Boer Ben(1996),“Environmental Law in the South
Pacific”, IUCN-The World Conservation Union.
・ Jeremy Carew-Reid(1989),“Environment, aid and
regionalism in the South Pacific”
, National Centre for
Development Studies Research School of Pacific Studies, The Australian National University.
・ SPREP Web.Site http://www.sprep.org.ws
・ World Bank(1996),“Enhancing the Role of Government in the Pacific Island Economies”, World
Bank Country Study.
269
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 7 章 中米・カリブ
270
報告書付録 1 地域別各論
第 7 章 中米・カリブ
1.
地理及び社会経済上の特徴
大気汚染が生じやすい地形である。
また、毎年 7 月∼ 10 月にかけて 6 ∼ 10 回来襲す
1−1
地理
るハリケーンは、中米・カリブ地域の顕著な自然
中米はメキシコ、グァテマラ、エル・サルヴァド
ル、ホンデュラス、ニカラグァ、コスタ・リカ、パ
2
災害である。これら地域の総面積は約 270 万 km 、
総人口は約 1.6 億人(1996)である。
1
ナマ 、カリブ諸国は、キューバ、バハマ、バルバ
ドス、ジャマイカ、ハイティ、ドミニカ共和国、セ
1−2
社会、経済
ント・クリストファー・ネイヴィース、アンティグ
中米・カリブの環境問題は、政治制度の影響を
ア、ドミニカ、セント・ルシア、セント・ヴィンセ
強く受けている。中米・カリブは、植民地時代から
ント、グレナダ、トリニダッド・ドバゴが対象とな
土地所有の二重構造を持ち、国家による独占体制
る国である。この地域は、カリブ海をとりまく島々
が所得分配の不公平性を是正しないまま貧富の格
と中米山地からなる環太平洋造山帯の一部を成す
差を放置してきた。冷戦構造下での、環境に配慮
新期造山帯に立地する。標高はさほど高くないが、
しない資源収奪型の一次産品輸出や、援助を頼っ
急峻な山地や高度の大きい高原があり、また、小
た経済政策が行われ、冷戦終了後の内戦が終了し、
2
アンティル列島 と中米山地には活動的な火山が密
先進国からの援助も減少して、現在、国家として
集し、現在でも地盤の隆起や火山活動などの地殻
民主化、住民の政治参加、経済的自立が少しずつ
運動がつづいている地域である。造山帯の複雑な
進展している段階である。
地形・地質を反映して、この地域の土壌は多様で
あり、比較的な肥沃な土壌も多い。
中米は15世紀末にスペインによって植民地化さ
れて以後、重商主義政策のもとで、プランテーショ
気候区分上は、陸部はその海岸部が、熱帯サバ
ンが行われ、先住民族人口の減少により解体され
ナ気候、沿岸貿易風気候に分類され、これら湿潤
たインディオ共同体が所有していた土地は植民者
熱帯気候下に熱帯林が生育する。また、内陸部は
の私有地に代わられ、やがて農牧業を中心にラ
熱帯高山気候で、ほとんどの主要都市は、この気
ティフンディオ(大土地所有)とミニフンディオ
候区分に立地する。また、カリブ海の島嶼部は内
(零細土地所有)の二重構造が形成された。19世紀
陸の比較的高地を除けば、海洋性熱帯気候である。
に入り各国は独立3したが、この社会構造はその後
この気候は砂糖きびの栽培に向いており、17 世紀
今日まで続いている。また、グァテマラをはじめ
半ば以降、砂糖産業は、カリブ海地域最大の産業
複雑な民族問題を抱える国もある。
になった。
メキシコ市大都市圏
(Metropolitan Zone of Mexico
またカリブ諸国は、スペイン、イギリス、フラン
ス、オランダ、デンマーク及び米国の欧米諸国に
4
City:MZMC)は地理的には 2,300 メートルの高地
よって数世紀にわたる植民地支配下に置かれた
に位置し、山に囲まれた広大な盆地であり、この
上、アフリカから奴隷としてつれてこられた黒人
地形のため汚染物質が都市上空に滞留しやすく、
を始めとした、多様な移民によって形成され、人
1
地理学上の分類ではメキシコは北米に含まれるが、ここでは中米に含む。またベリーズは旧英領であり、歴史形成の面やカリブ
共同体(The Caribbean Community:CARICOM)の一員であリ、カリブ諸国に含む。
2
プエルトリコの東方からヴェネズエラの北岸に至るまで南北に弧を描くように連なっている島々を指す。
3
中米諸国の独立年・独立当時の宗主国は、メキシコ(1821 スペイン)、グァテマラ(1821 スペイン)、エル・サルヴァドル(1821 ス
ペイン)
、ホンデュラス(1821 スペイン)、ニカラグァ(1821 スペイン)、コスタ・リカ(1821 スペイン)、パナマ(1903 コロンビ
ア)、である。パナマは 1821 年スペインから独立したが、翌年コロンビアに併合された。
4
カリブ諸国の独立年・独立当時の宗主国は、キューバ(1902 スペイン)
、バハマ(1973 英)
、ジャマイカ
(1962 英)
、ハイティ
(1804
仏)、ドミニカ共和国(1844 ハイティ)、セント・クリストファー・ネイヴィース(1983 英)、アンティグア・バーブーダ
(1981 英)、
ドミニカ(1978 英)、セント・ルシア(1979 英)、バルバドス(1966 英)、セント・ヴィンセント(1979 英)、グレナダ(1974 英)、
トリニダード・トバゴ(1962 英)、である。
271
第二次環境分野別援助研究会報告書
種(民族)
、言語、宗教などの面で極めて多様であ
2.
環境問題の概要
り、また同時に分断された地域である。このカリ
ブ海地域の独自性は、イギリス領バルバドスから
2−1
自然資源問題
この地域一帯に広がった奴隷制砂糖プランテー
森林資源の破壊や劣化、生物多様性の消失、土
ションである。近年のグローバル化が一次産品依
壌浸食、水資源の不適切な利用などの自然資源の
存の脆弱な経済構造を直撃する中で、グローバル
管理にかかわる問題が深刻である。中南米におけ
市場で対応に競争できる産業として観光業に対す
る自然資源問題は、社会問題である。この地域の
る期待が地域全体で高まっている。
自然資源は、植民地時代以降、開発されるべき対
中米・カリブは、米国にとって戦略的に重要な
象
(自然環境はそれ自体には価値は無く、邪魔な存
地域で、特に冷戦下で 1959 年のキューバ革命後、
在と見做された)
あるいは経済的利用への改変にさ
「進歩のための同盟」政策の下で「米国の裏庭」と呼
らされてきた。しかし、最近は次第に保全・持続可
ばれ、安全保障戦略上の重点地域とされた。政策
能性・利用の公平性が問われる対象へと傾斜しつ
の一環として、米国への牛肉及び砂糖の輸出割当
つある。
「国連環境と開発会議」以降、域内では自
が優位に定められ、その結果、これら地域では、国
然資源の持続可能な利用に向けての取り組みに進
際市場向けの少数の農牧産品輸出に特化した資源
展を見せている。
収奪型の開発戦略が採用された。1950 年代からほ
自然資源の中では熱帯林の破壊が最も緊急を要
ぼ30年間にわたり、中米共同市場の成立と、コー
する問題である。1980 年代に入っても、中米の減
ヒー及びバナナという伝統的輸出作物に加え、綿
少率が1.6%、カリブ地域の0.5%となっている。森
花と牛肉、砂糖の輸出などの農作物輸出額の急速
林消失率は、メキシコ1.3%、中米5ヶ国平均2.3%
な伸びで、高度成長をとげた。この間、資本財や中
など、世界最悪のレベルに留まったままである。
間財の輸入は外貨に依存したまま、少数の富裕層
へ個人的な富が転換されたため、対外債務は累積
2−2
都市環境問題
を続け、1980年代「失われた10年」と呼ばれる深刻
土壌劣化の進行・産業化による都市への急激な
な経済危機に見舞われた。また、同時期にコスタ・
人口集中及び産業集中に対して、住宅整備、上下
リカ以外の中米諸国では、革命運動と武力紛争が
水道整備、家庭・産業廃棄物の回収・処理などの都
本格化し、経済社会の疲弊は著しく、生活水準は
市インフラの整備が追いつかなかず、都市計画も
中南米諸国の最低レベルまで落ち込んだ。
為されていなかったため、大気汚染、水質汚濁、廃
1990 年代に入り、東西冷戦体制の終焉、社会主
棄物処理の都市環境の悪化が深刻な問題となった。
義圏の崩壊という国際関係の変化を受けて、安全
また自動車保有数の増加に対する排ガス規制がな
保障優位の国家観が後退し、民主主義的政治体制
されなかったので、排ガス中の汚染物質濃度が増
の安定が求められるようになり、中米地域紛争も
大し、大気汚染が深刻化した。
1996年末のグァテマラ和平協定の締結で終結した。
メキシコでは、世界最大の人口規模を誇るメキ
中米地域における危機認識は開発と環境をめぐる
シコ市で大気汚染の問題と、近年マキラドーラが
諸問題へ移行しつつあり、1994 年には中米環境サ
急成長を遂げた米墨国境地帯での水質汚濁、廃棄
ミットが開かれ、環境問題に関する危機認識が表
物処理の問題が、ともに1985年半ばごろから深刻
明された。1995年にはカリブ諸国連合
(Association
化した。
of Caribbean States:ACS)が発足し、CARICOM 加
盟国の他、キューバ、ハイティを始め、中米諸国
沿岸エコシステムの破壊
や、コロンビア、メキシコ、ヴェネズエラも加入し
カリブ海の島嶼国では、観光事業、漁業等を中
ている。カリブは一次産品に依存する脆弱な経済
心とする開発行為により、沿岸のエコシステムの
に代わる手段として、観光分野での持続的な成長
破壊が深刻となっている。
を図っている。
272
2−3
報告書付録 1 地域別各論
2−4
土壌劣化
3.
環境問題悪化の要因
中米・カリブ全域で、植民地時代からのプラン
テーションに加え、森林伐採と過放牧による土壌
3−1
環境行政の未整備
劣化が起こっている。森林伐採・過放牧・野放図な
大気汚染や水質汚濁の悪化の原因は、都市への
耕作技術が原因の土壌浸食(劣化)は中央アメリカ
人口集中の度合いが余りにも急激なものであった
やカリブ諸国では深刻で、これらの地域の25百万
こと、社会インフラを整備する資金を確保できな
ha が中程度あるいは深刻な劣化状態にあると言わ
かったこと、行政側の環境法制への無知と環境問
れる。
題への無関心により、都市計画の策定に始まる計
画的な都市造りのための組織・制度の整備などの
2−5
農薬汚染
適切な対応が追いついてこなかったことなどがあ
1950 年代の綿花プランテーションの急速な拡大
げられる。また、もう一方における環境行政当局
とともに太平洋岸低地の広葉樹林やマングローブ
が法律、政策その他の規制をきちんとエンフォー
が急減し、表土流出や土砂堆積、洪水の増大が引
スするという態度に欠け、取り締まりの徹底等が
き起こされた。米国の殺虫剤輸出総量の 40%が中
不十分であったことも原因といえる。
米の綿花プランテーション地域に注ぎ込まれた結
果、国民1人当たり年間約2キロに達する世界最高
の殺虫剤消費国という不名誉な記録が樹立された。
3−2
征服の歴史
中南米における自然資源に対する伝統的な姿勢
この他、メキシコ、カナダ、米国間の北米自由貿易
は、再生不能な資源と同様な収奪的開発か経済的
協定(North American Free Trade Agreement:
利用への改変であった。自然資源を問わず、この
NAFTA)に伴う、公害産業や廃棄物の越境移動の
地域での開発は、これまで持続可能であったこと
問題等は、貿易とかかわる特徴的な環境問題とし
はまれで、持続可能なものの多くが破壊か劣化さ
て挙げられる。
れてきた。中南米において、開発における持続可
能性がほとんど無視されてきた原因として、1)土
2−6
自然災害
地所有制度、2)
植民地時代から続く急速な都市化、
1998 年 10 月末には 100 年に一度の規模といわれ
3)先住民の文化・知恵の組織的破壊と過小評価の
る超大型ハリケーン「ミッチ」が中米地域を襲い、
3つが挙げられる。中南米の多くの国では、人口は
ホンデュラスとニカラグァを中心に大規模な被害
それほど稠密ではないが、資源へのアクセスの不
をもたらした。とりわけホンデュラス経済は壊滅
平等が大量の人間を僻地へ押し出した。このよう
状態に追い込まれ、被災者は危険地域で居住を余
な住民のほとんどが貧困層か先住民であることか
儀なくされた貧困層に集中しており、生態系を破
ら、自然資源の管理問題は農村の貧困と先住民社
壊しながら多数の貧困層を生み出してきた成長パ
会の置かれた状況と切り離して考えることはでき
ターンと無縁でない。特に、ホンデュラスの首都
ない。
テグシガルパでは、地方から職を求めて住み着い
た人々は安全な地区への居住する権利を持たず、
こうした人々の住居(パラカイーダス:落下傘と呼
3−3
土壌劣化をもたらす資源略奪型の開発戦
略
ばれる)
が、急斜面や河川のそばに集中していたた
土壌劣化は主として、短期的な所得の最大化を
めこのような大災害となった。温暖化の影響で巨
目的とした土壌の酷使を特徴とする不適切な農業
大ハリケーンなどの異常気象が起こりやすくなる
開発モデルの結果である。
とも言われ、「ミッチ」も地球温暖化がその原因で
はないかと話題になった。
中米・カリブの農業は、輸出向商品作物を生産
する大・中規模の農場における農業と、自給用及
び国内消費向けに食糧を生産する小農民あるいは
零細農民の農業に分かれ、二重構造を形成してい
273
第二次環境分野別援助研究会報告書
る。とりわけ、エル・サルヴァドル、ニカラグァ、
困窮化が進んだ場合の現実的な選択肢は限られて
グァテマラの3ヶ国では強権的な政府の下で土地の
いる。都市への移住ないしフロンティアへの入植、
さらなる集積と環境破壊が進んだ。
もしくは伝統的な循環農業に代わる生態系破壊型
例えば、コーヒーは1870年代から本格化したが、
の農業形態への転換の 3 つである。
伝統的には被陰樹をもちいたアグロフォレスト
貧困層はエネルギーを薪から得るために環境の
リー(農業と林業の結合)システムで行われ、それ
劣化を招く。ニカラグァでは、薪そして食べ残し
自体では生態系に与える影響は少なかった。だが、
の焼却が家庭用燃料として広く使用されており、
コーヒー生産の拡大と寡占化にともない、先住民
その消費量は同国の第一次エネルギーの 85%を占
族の共有地が強制的に奪われ、彼らは辺境地帯へ
めるという大きな問題を抱えている。UNDP の発
排除された。また高地での収穫率向上を名目に、
表では1995年時点で、年率2.5%の割合で森林破壊
1970 年代末から各国政府が被陰樹を不要とし、化
が進んでいると言われており、このエネルギー代
学肥料や農薬の投入を必要とする品種の導入を奨
替問題をいかに解決するかが、ニカラグァの森林
励した。このような政府による動機付けが、森林
資源を保護するための重要な課題となっている 6。
伐採と農薬汚染を進行させた。
また、綿花の栽培は1950年代から1960年代にか
けて著しく拡大した。綿花の栽培が始まる以前に、
3−5
農業・農地問題、所得配分是正の先送り
中米・カリブは、土地分配の不公平や土地登記
高地においてコーヒーの栽培の拡大あるいは人口
による土地所有の二重構造問題が、貧困問題、環
増大のため土地を失った小農民は、農業フロン
境問題の原因ともなってきた。例えば、土地所有
ティアを求めて太平洋岸低地に移動していた。太
の不均衡が著しいグァテマラでは零細農民の 90%
平洋岸低地の一部はこのような小農民によって、
が全農地面積の16%程度しか所有せず、国民の3%
既に耕作されていたが、大部分は未開発の森林で
にあたる大規模土地所有者が優良農地を主体とし
あり、ここが綿花畑に変えられた。
て 65%の土地を所有している。
さらに、1960年代及び1970年代の米国市場が開
中米では、登記制度の整備が遅れ、地権のあい
かれたことによる牛肉輸出ブームは牧草地の急速
まいな未利用地が多かったため、それが環境劣化
な拡大をもたらし、森林破壊が進んだ。また、休閑
に大きな影響を及ぼしてきた。未利用地の使用権
地も大幅に減少し、伝統的な循環農業が崩壊して
ないし所有権を確定するには、まず、森林を皆伐
いった。とりわけコスタ・リカでは、1963 年から
し、牛を放つか単年性の作物を植えるなどして新
10 年間で 30 万 ha の耕地が牧草地に転換し、耕地
たな侵入者の流入を防ぎ、所有権獲得の要件を整
面積が半減するとともに土地所有の寡占化が進ん
える必要があった。また、法的所有権や使用権の
だ。
ない土地には政府の援助や銀行の融資を望めず、
放牧が最も合理的な選択であった。また、小農の
3−4
貧困・人口問題、エネルギー問題
UNICEF の 1994 年の資料によれば、中米地域で
は相変わらず困難であった。
生まれてくる子供の1,000人うち540人が栄養失調
現在、各国で農地改革法、新土地法などによる
になる運命にあるという。また中米では地域人口
農民への土地再分配、及び土地所有権の確定が試
5
の貧困層は70%に達するという報告もある 。農村
みられているが、改革の試みは始まったばかりで
部で土地と雇用機会、食糧へのアクセスが低下し、
ある7。また、先住民族の居住地域については、共
5
6
7
274
場合、所有権を獲得したとしても融資を得ること
狐崎知巳(1996)
“中米地域の新たな発展戦略”、ラテンアメリカ・レポート、13.4、アジア経済研究所、pp.151、参照。
(財)国際協力推進協会(1999)、
「開発途上国国別経済協力シリーズ ニカラグァ第 3 版」、pp.34、参照。
例えばニカラグァでは、1997 年 11 月、懸案の土地所有権関連法案が国会で可決された。これは小規模の土地所有者は、地建を
取得することにより、その所有権が合法化され、他方、不法に大規模な土地を接収した土地所有者は、元の所有権者に返還する
か、あるいは相応の金額を元の所有権者に支払う、という内容である。
報告書付録 1 地域別各論
同体としての所有形態が合法的に認められる方向
た、規制強化により各国の森林公社や森林局は伐
にある。
採の許認可権や課税権を独占的に手にし、これが
非合法な伐採と森林局の汚職を生み、政府への不
3−6
戦争
中米では、内戦による環境破壊があげられる。例
としてエル・サルヴァドルとグァテマラを取り上
8
信感や恨みが農村部の住民の間で広がることに
なった。
また、不適切な森林の伐採はパナマ運河の運営
げる 。エル・サルヴァドルは、帰還農民がもたら
に必要な水量の確保に問題が生じているという例
した農地圧力の急増を一因として1970年代から内
もある。
戦状態に陥り、1980 年代にはほぼ全土に戦域が拡
大していった。米国政府の支援を受ける政府軍は、
4−2
全体政策不在の中での民営化の進行
ゲリラ掃討のために除草剤を散布したり、ナパー
本来、トータルシステムとして運営していくべ
ム弾を投下し、山岳地帯の生態系と社会インフラ
き事業が、収益性の高い部分のみを切り放して民
が徹底的に破壊された。また、1996 年の和平合意
営化したため、公的部門に残された部分がより財
に至るまで36年間もの武力闘争が続いたグァテマ
政的に苦しい状況に追い込まれ、結果的にシステ
ラにおいても、北西部の先住民族居住地帯を中心
ム全体が崩壊に追い込まれかねない状況が散見さ
に、政府軍により徹底的な焦土作戦が展開され、山
れる。例えば、廃棄物管理事業の中の最終処分の
岳地帯における軍用道路の建設や強制的な移住政
みを民営化した結果、収集・運搬などのサービス
策と相俟って、生態系が破壊されてきた。この間、
部門が財政的に苦しい状況に追い込まれ、結果的
市民の死者も10万人に達した。今後、同国で構造
にシステム全体がうまく機能しなくなっている。
的な農業改革と適切な技術援助がなされない場合、
100万人に達する国外難民や国内避難民の再定住問
4−3
資金の合理的な配分
題が、熱帯低地の生態系に大きな圧力をもたらす
環境管理のための合理的・効率的な資金配分が
ものと懸念されている。ニカラグァでは既にこの
行われていない。すなわち、中米・カリブ諸国で
問題が深刻化しはじめている。
は、環境管理のために用いることのできる資金は
ごく限られたものであり、これをいかに合理的に
4.
環境管理体制上の課題
配分するかが重要な課題となるが、現時点では、こ
のような発想に基づいて資金配分が行われている
4−1
不適切な森林保全政策
とは言い難い。国家レベルでの政策決定者は、富
中米各国が伝統的に採用してきた森林保全政策
裕階層の代表者であり、環境問題による悪影響を
とは、入植者への土地所有権を授与せず、政府の
最も強く受ける貧困層の生活向上などが軽視され
行う組織的入植以外は公的支援を与えないという
る傾向がある。
ものだった。この政策は、入植への動機付けがな
ければ入植そのものも起こりようがなく、政府が
4−4
環境管理に係る人材の不足
管理すれば植林が残されるという前提に基づいて
自然資源、都市環境、産業公害などあらゆる環
いた。だが、それがかえって皆伐と放牧を促進さ
境管理に係る中央政府及び地方行政機関の組織そ
せる結果を招いたのである。1970 年代になると国
のものが弱体であって、法律・規則などはあって
立公園法や森林法、植林へのインセンティブなど
も実行する体制が未だ確立されていない。その原
が整備されはじめ、規制による森林管理政策に転
因は、人材やノウハウが全体として不足している
換する。しかし、大半は管理者の全くいない地図
ことにある。国内で環境管理に係る技術者を育成
上の公園や保護地域に留まったままであった。ま
しても、より待遇のよい米国等に移住するなど、国
8
狐崎知巳(1997)
「中米」
『ラテンアメリカの環境と開発』新評社、pp.189、参照。
275
第二次環境分野別援助研究会報告書
内における人材の蓄積が困難な状況にある。
ずに生活するという国としての最低限度の基本的
サービスすらも確保できていなかった。大気や水
5.
主要ドナーの主な取り組み
質の汚染、開発用地の不足といったことも「国家」
による開発政策そのものが原因であるとも言える。
5−1
技術協力
民主主義的な政府の確立と環境問題の解決は、
米州保健機関
(Pan-American Health Organization:
環境と開発の両立を目指す上で同時並行的に進め
PAHO)
や米州開発銀行
(Inter-American Development
られるべきであるという前提で、環境分野での援
Bank:IDB)を中心とする多国間援助機関、その他
助ニーズを検討する。
二国間援助機関により、特定セクターのアクショ
ンプランやセクター分析の作成、地方自治体の行
政能力向上に係る技術協力が実施されている。
6−1
環境管理システムの整備
従来の環境保護政策では、環境基準等が作られ
ていても、環境担当部局が弱体であって、エン
5−2
資金協力
フォースメントもできず、また、住民にも企業に
IDB や世界銀行を中心とする国際融資機関、北
も法律は遵守すべきものという考え方すらも十分
米や欧州の国々から、様々なセクターへ資金協力
に認識されていない。環境質のモニタリング体制
が行なわれている。特に IDB は、技術協力と調整
もなく、環境を科学的に把握できないため効果的
を図りつつ融資方針を決めている。例えば、IDBの
な政策も実行可能なアクション・プランも生み出
技術協力の過程で、
「A 国 B セクターを担う C 公社
せずにいる。国土面積が小さく、行政機構も小さ
の改革を行うべき」
という結論が出た場合には、こ
いという特性を生かし、米国型の法制度ではなく、
の勧告を A 国が受け入れるまでは A 国 B セクター
中米・カリブ地域に適合した環境管理システムが
への融資は一切行わない方針を取るなどである。
必要である。中米・カリブに適した法制度、組織づ
ハリケーンミッチにより多大な被害を被ったホン
くり、環境モニタリングや法の執行体制の強化が
デュラス、グァテマラにおいては、これらの復興
求められている。そのため、環境政策の手法を見
支援としての資金協力が大規模に実施されている。
直し、エンフォースメントが可能なメカニズムを
日本もホンデュラス・ニカラグァの橋梁復旧や学
考案し、教育、意識向上キャンペーン、効率的かつ
校建設のための無償資金協力を行っている。
実効性のある規制枠組の構築に重点を移すべきで
あり、環境政策の運用にあたる組織、制度を効率
5−3
国際 NGO による取り組み
中米・カリブ地域は生物学的に貴重な地域を含
的なものへと確立すると同時に、そのための人材
育成を行う必要がある。ある意味では、環境管理
んでいることもあり、生物多様性保全に係る取り
が未だ実行される状況に達していないと判断され、
組みが、欧米系の国際NGOにより盛んに行われて
ニーズはあるがゼロからのスタートであり、援助
いる。
機関がそのニーズにどのように応えるかについて
は十分な検討が必要である。
6.
援助ニーズ
6−2
276
エコ・ツーリズムへの支援
この地域の環境問題は不安定な政治に影響を受
中米のコスタ・リカは、国土面積51,000km2 の狭
けてきた。現在、民主化過程、住民の政治参加の進
い国土に世界の種の 5%に当たる 50 万種という生
展、国家による独占体制に対する挑戦が行われ始
物が生息している。このような環境に加え政治的
めた所である。これは民主主義的な政府が存在す
に安定している同国には多くの生物学者が集まり、
ることを前提とした、環境行政の重要性や環境管
1980 年代より啓蒙、及び研究フィールドの維持の
理における住民参加の促進という前段のレベルに
一助にエコ・ツアーが開発され、世界的に「エコ・
あり、ごく最近まで一般住民が生命の危機を感じ
ツーリズムのメッカ」
としての地位を確立した。国
報告書付録 1 地域別各論
土の 27%を自然保護区域に指定するとともに、国
きである。残念ながら、中米諸国は国の規模が小
家政策としてエコ・ツーリズムを推進し、観光に
さく、大学その他の研究機関も限られ、ニーズと
よる外貨獲得は、主要産物のコーヒーをしのぐ第2
しては存在するが、実行は容易ではない。
位となっている。年間の観光客数を一定に抑える
ことで、密度の濃いガイドや自然保護を行ってい
6−5
島嶼国のエネルギー資源への支援
特に島嶼国においては限られた土地をはじめと
る。
中米・カリブ島嶼国において観光は重要な産業
する資源の効率的な利用が、大切な問題であり、再
であるので、コスタ・リカのエコ・ツーリズムを他
生・再利用を重視する持続可能な経済に移行する
の地域へも普及することは有効である。コスタ・リ
必要性が大きい。そこで、太陽、風力、燃料電池な
カ以外の国では、パナマにも同様の動きが既にあ
どの再生可能なエネルギーへの転換、自転車や電
る。他の国のニーズに応えるためにどのようなプ
車の利用の拡大、資源のリサイクルを推進する必
ロジェクトをデザインし、供与できるのかについ
要がある。しかし、代替エネルギーについては、各
ては、個々の国ごとに条件があまりにも異なるた
コミュニティのエネルギーに対する支払能力が問
め、その可能性を受入れ国及び NGO、コミュニ
題であって、特定の公共施設に無償資金協力で供
ティとの協議によって検討すべきである。
与することは可能であっても、それ以上の国全体
に対する支援は不可能に近い。
6−3
環境調和型の開発の推進
特に価値の高い自然環境を保有する地域におい
ては、仮に当該地域を開発する計画が生じた時に
参考文献
は、環境影響評価
(EIA)
が実施されるべきで、その
ための制度や EIA の実行、評価のための人材育成
・石井章(1993)
、「中米紛争と農業問題」
、遅野井
が求められる。また、関連法規の制定や、保護区の
茂雄編、『冷戦後ラテンアメリカの再編成』、ア
指定、エコ・ツーリズム等のプラス発想の開発を
ジア経済研究所。
進める必要があり、環境庁の組織、制度の強化も
・加茂雄三
(1999)
、
「カリブ海地域」
、加茂雄三編、
しくは、開発に係る省庁の中に環境配慮の部局を
『国際情報ベーシックシリーズーラテンアメリ
強化する必要がある。多様な研修の実施によって
これらの動きが支援可能である。
また、自然資源の管理については、土地所有制
度や輸出指向農業など中南米特有の背景があるた
め、ニーズがあるといってもこれらの政治的、社
カ』
、自由国民社。
・木下雅夫
(1996)
、
「ホンデュラスの農地改革と農
業近代化法」、『ラテンアメリカ・レポート』、
Vol.13 No.4。
・熊崎実(1996)
、「世界が注目するコスタ・リカの
会的、経済的状況の改善がない限り、その推進は
熱帯林保全戦略」
、
『ラテンアメリカ・レポート』
、
きわめて困難となる。
Vol.13 No.4。
・狐崎知己(1999)
、「中米諸国・パナマ」
、加茂雄
6−4
環境に係る基礎情報の整備
中米地域の環境に係る調査研究や情報整備はき
三編、
『国際情報ベーシックシリーズ−ラテンア
メリカ』
、自由国民社。
わめて遅れている。地勢図や土壌地図、気候や植
・狐崎知己
(1997)
、
「中米」
、水野一、西沢利栄編、
生、土地の利用形態や所有形態などに関する基本
『ラテンアメリカ・シリーズ 7 −ラテンアメリカ
的データさえも整備されてないケースが多く、基
の環境と開発』
、新評論社。
礎研究に基づいた政策立案や援助プログラムの策
・狐崎知己(1996)
、「中米地域の新たな発展戦略:
定に支障をきたしている。環境関連基礎情報は、本
持続可能な発展のための同盟」、『ラテンアメリ
来、当事国の研究機関や研究者がフィールド調査
カ・レポート』
、Vol.13 No.4。
を行い、その結果をデータベースとして活用すべ
・フリオ・D・ダビラ(1996)
、
「ラテンアメリカの
277
第二次環境分野別援助研究会報告書
都市環境問題」、『ラテンアメリカ・レポート』、
Vol.13 No.4。
・城殿 博(JICA 国際協力専門員)、「中南米の自
然資源問題」
、平成12年 第二次環境分野別研究
会第 9 回研究会発表資料。
・ラテン・アメリカ時報(1998)
、
「進行する中米地
域の森林破壊」
、『ラテン・アメリカ時報』
、98年
7 月号。
・Arturo Lopez Ornat, Editor (1997),‘Strategies for
Sustainability Latin America’
, The World Conservation Union.
・FAO ホームページ http://www.fao.org.
・UNEP (2000), Global Environment Outlook 2000.
278
報告書付録 1 地域別各論
第 8 章 南米
279
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 8 章 南米
1.
地理及び社会経済上の特徴
ばれる地域と、バルゼアよりも数十メートル高い
テラフィルメという台地から形成されている。氾
1−1
地理
濫原の占める割合は、アマゾン地域全体から見る
ヴェネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、
と面積的には少ないが、毎年増水期に洪水が上流
チリ、アルゼンティン、ボリヴィア、パラグァイ、
から運んでくる肥沃な土壌に恵まれているため、
ウルグァイ、ブラジル、ガイアナ、スリナムの12ヶ
農業に適している。他方、ラトソルと呼ばれる痩
2
国で構成される地域であり、面積は 1,773 万 km 、
せた土壌のテラフィルメ台地には常緑広葉樹林帯
総人口が3億1,300万人である。なお、フランス領
が広がっており、ゆわゆる熱帯雨林(セルバ)地域
ギニアがスリナムの東にある。南米大陸は、地形
である。
と地質構造から新期造山帯部分と安定陸塊に分か
れる。南米地域の新期造山帯は太平洋を囲んでい
社会・経済
る環太平洋新期造山帯の一部を形成している。南
1492 年に旧大陸から漕ぎ出したコロンブスの一
米大陸の西側を南北に連なるアンデス山脈は、南
行が、新大陸に到着したことが、南米大陸の環境
米プレートが西部に沈み込む所にあり、太平洋の
に人為的な変化が現れ始めた原因といわれている。
ナスカプレートが南米プレートの下に入り込んで
それ以前の南米大陸では、インカ文明を築いた先
いる。また、そこにはペルー・チリ海溝が横たわっ
住民(インディオ)などが自然と調和した農業を基
ている。アンデス山脈を除くと南米大陸は、約7億
本とした暮しを続けてきた。ヨーロッパ人が植民
年以降の造山運動の影響が見られない安定した陸
地として南米に入ってきた際、先住民を大量虐殺
塊と考えられている。安定陸塊地域の主要な所と
した歴史がある。なお、スペインからの移民の中
しては、ギアナ高地、ブラジル高原、パタゴニア台
には農家の家督を継げない次男や三男が多く、さ
地などの台地や高原、アマゾン平原、オリノコ平
らには犯罪者たちも含まれていた。しかしながら、
野、ラプラタ平野などである。新期造山帯部分で
急激な先住民族の人口減少の要因は虐殺よりも、
は火山の噴火や地震が生じており、1970 年にはペ
欧州からそれまで南米大陸にはなかった伝染病が
ルー北部地震によって 68,000 人もの貴い人命が失
持ち込まれ、抵抗力が弱かったインディオが次々
われた。これは、地震によってワスカラン山(ペ
に倒れていったことにある。先住民は紀元前 7000
ルー最高峰)の氷河が崩れて、土石流が村や町を
年頃から既に、豆類、トウモロコシ、カボチャなど
襲ったからである。
の作物を栽培してきたと考えられている。このよ
また、1985 年にはコロンビアにあるネバド・デ
280
1−2
うな農作物が集約的に作られるようになったのは、
ル・ルイス火山が大噴火をおこし氷河を溶かした
インカ帝国時代からであり、標高3,000m前後の高
濁流が、土石流となり下流のアルメロの町を一瞬
地斜面に段々畑が築かれ、半乾燥地域に見合った
の内に呑込んでいる。一方、アンデスの山岳地帯
小規模灌漑施設が整備されたことによる。すなわ
には非鉄金属の鉱床(金、銀、銅、錫や亜鉛など)
ち、こうした農業システムを建設し管理するため
が点在しており、安定陸塊地域には新期造山帯よ
には、王を頂点とする強大な組織が必要であった
りも古い岩石があるが、鉄鉱石の鉱床が広がって
ことが、インカの社会構造が生まれた背景にある。
いる。
先住民が低地よりも高地の斜面を利用してきた理
気候の特色としては、南米大陸の約4分の3が熱
由は、山間部の低地や盆地では農作物に被害を与
帯地域であることと、アンデス山脈地帯では標高
える霜が放射冷却によって発生しやすいことにあ
に応じて様々な気候が存在することなどがある。
る。つまり、斜面での農耕は霜の害も少なく排水
特に、アマゾンには、本流ならびに支流が5月ごろ
も低地部に比べると良好であり、塩害の問題も生
に最高水位となるため氾濫原であるバルゼアと呼
じにくい利点があった。
報告書付録 1 地域別各論
18 世紀以降になるとヨーロッパからの移民が大
おり、これはわずか5年で全森林の3%を失ったこ
地主となって、ラティフンディオと呼ばれる大土
とになる。特にアマゾン地域では乾燥により森林
地所有の制度が基本となったプランテーションの
火災が発生しやすい状況があり、ペルー沖の海水
経営が各地で行われるようになったが、これらの
温度が上昇するエルニーニョ現象が顕著であった
社会形態 は、南米各国が独立した19世紀以降も基
1997∼1998年にかけては、火災による消失面積も
本的には続いており、欧州の経済活動に組み入れ
多かった。また、森林が減少することによって動
られた形で、各国が各々特化した一次産品の輸出
物も棲みかを追われ、約1,244種の脊椎動物がこの
に依存するという産業構造になっている。数少な
地域で絶滅危惧種となっている。
い品目の一次産品しか生産しないことは、経済の
南米における自然資源問題は、社会問題である。
好況不況の波に翻弄されやすい脆弱さを持ってお
この地域の自然資源は、植民地時代以降、開発さ
り、農業の急激な拡大と自然生態系の破壊を招き
れるべき対象(自然環境はそれ自体には価値は無
やすい。例えば、ブラジルのサンパウロ州ではコー
く、邪魔な存在とみなされた)
あるいは経済的利用
ヒー栽培の急速な普及及び工業化、都市化によっ
への改変にさらされてきた。しかし、最近は次第
て、1850年ごろには約84%あった森林面積が、120
に保全・持続可能性・利用の公平性が問われる対
年後の 1970 年ごろにはわずか約 8%にまで激減し
象へと傾斜しつつある。「国連環境と開発会議」以
ている。
降、域内では自然資源の持続可能な利用に向けて
さらに、1980 年代は南米の主要国は対外債務問
の取り組みが進展を見せている。
題に苦しみ、「失われた10年」と呼ばれる経済危機
を経験した。それを踏まえ、1990 年代になってか
2−1
自然資源問題
らは、メルコスールなどの仕組によって地域内の
貿易障壁を外す動きが出てきている。南米地域全
体での 1 人当たり GDP は、1996 年の統計では約
2−1−1
森林の減少、生物多様性の消失
南米大陸の 17 億 5,300 万 ha の土地の中で農地と
3,000ドルであり、1980年に3,000ドルであったが、
して利用できる潜在可能性のある面積は約 5 億
1985年に2,750ドルに下がった後、経済が徐々に回
7,600万haと推定されている。現在、総面積の14.3
復してきていることを示している。
%にあたる 2 億 5,000 万 ha が土地の荒廃に瀕して
いる。荒廃地の面積の 40%(1 億 ha)は森林伐採に
2.
環境問題の概要
よる土壌浸食、28%
(7,000万ha)
が家畜の過放牧に
よる土壌浸食、28%
(7,000万ha)
は農薬や化学肥料
南米地域の環境問題で特に深刻なものとしては、
が原因によるものと考えられる。南米地域の穀物
次の2点が挙げられる。1つはアマゾンに代表され
生産農地の45%、牧草地の14%、そして森林の13
る森林資源の破壊や劣化、土壌浸食、水資源の不
%が何らかの荒廃を起こしているといわれている。
適切な利用及び水産資源の乱獲などの自然資源の
また、半乾燥地帯で放牧されている羊や牛が、過
問題である。もう1つは、都市環境問題であり、既
放牧の状態となっているアルゼンティンのステッ
に人口のおよそ 4 分の 3 が都市に集中しているた
プ地域では砂漠化が進行しつつあり、既に牧草地
め、大気汚染が都市の住民に健康被害を与え、安
の35%が失われている。1990年から1995年までの
全な飲料水の確保が課題となっている。大都市に
5年間にエクアドル、ボリヴィア、パラグァイ、そ
は、職を求めて地方から流入した農民などが住む
してヴェネズエラでは毎年1%以上の割合で森林が
スラム街が拡大している。先進工業国では裕福層
失われてきた。そのため、例えばパラグァイでは
と貧困層との平均的な所得格差は約 7 倍といわれ
東部地区で 1945 年に 880 万 ha あった森林が 1991
ているが、南米では19倍もの違いがある。自然環
年には 290 万 ha に激減しており、1992 年に失われ
境の問題として、1990 年からの 5 年間だけでもラ
た面積は約20万haであった。ブラジルのアマゾン
テンアメリカ全体では 580 万 ha の森林が消滅して
では1994年から1995年にかけて、森林伐採がそれ
281
第二次環境分野別援助研究会報告書
までの年間伐採量の 2 倍になり 300 万 ha にもなっ
には貧弱な結果に終わった。そのうえ、無意味な
た。現在世界では、原生林の 70%以上が残ってい
熱帯林破壊が引き起こされ、先住民が生活場所の
る国が8つあるが、そのうちの6ヶ国が南米のコロ
没収と暴力といった苦難を強いられることになっ
ンビア、ブラジル、ガイアナ、スリナム、仏領ギア
た。結局、アマゾン地域の農業入植計画は深刻な
ナそしてヴェネズエラである。伝統的な焼畑農業
経済・社会・環境問題をもたらし、わずかな便益し
や木材生産のための森林伐採や旱害、人間の火の
か生み出さなかった。
不始末による火災が森林が失われている主要な原
南米の生物多様性は、地球上の地域の中でも特
因であると考えられる。ガイアナ、スリナムそし
筆されるものである。中でもアマゾンの熱帯雨林
てボリヴィアでは経済危機に陥った際に、対応策
地域や、エクアドルの南部からチリに至るアンデ
の1つとして、原生林を伐採する速度を速めてきた
ス山岳地帯の乾燥地・半乾燥地の植生など貴重で
経緯がある。なお、ガイアナでは、国が一企業に
ある。また、コロンビアの北部、ヴェネズエラ、ア
600 万 ha もの森林の伐採権を与えている。
ルゼンティン、ブラジル、パラグァイ、そしてボリ
開発途上国の森林伐採や林地の占有の主因は、
地域住民の手による自然資源の急速な破壊・市場
(40,000km2)
を含む、豊かな生態系の湿地が存在す
向け農業の膨張・外貨獲得ニ一ズであると言われ
る。これらの地域の生態系は、まだまだ科学的に
ているが、世界最大の熱帯林の残るアマゾン地域
解明されていない所も多いため、人間の進入を制
にはこれはあたらない。ここでの森林の消失は、本
限することによって保全することが必要となって
質的には、1)アマゾン地域外から流入する土地無
いる。
し農民や小農の膨張、2)アマゾン地域各国支配層
例えば、ブラジルでは鳥類の中で103種が絶滅の
の地政学的目標と投機的野心、によるものである。
危機(世界で 2 番目に多い種数)に瀕しており、ペ
農業入植者が到達した地域は、人口が疎らであっ
ルーとコロンビアでは64種ずつの鳥類が絶滅しか
たが、土地所有はごく限られた権力者の手にあっ
かっている。さらに、チリでは海洋の魚類も含め
た。この不平等な土地分配の下で、問題を回避す
て、脊椎動物の3分の1が存亡の危機にある。また、
るために採られた手段は、土地無し農民や小農を
ブラジルの哺乳類のうち 71 種が危険な状況にあ
「空白の」アマゾン地域に誘導することであった。
り、アルゼンティンの哺乳類と鳥類の約 50%が危
加えて、関係国政府が広大な人口過疎な地域が
機に瀕していると考えられる。南米地域の中で生
外国に占拠されることをおそれて、農業入植事業
物多様性の保全対象になった地区の数は、1955 年
を競って推進したことである。この過程で、アマ
に約150ヶ所(6、000万ha)程度であったが、1995年
ゾン先住民の存在と彼らに関わるすべてのことが
には約 1,700ヶ所(3 億 ha)にまで増加してきた。
無視されていった。アマゾン地域の占有と国内経
地球温暖化問題との関連では、南米という地域
済への統合では、土地無し農民と小農の定住が強
レベルにおいて、地球の温暖化に与えるガス
(CO2
調された。また、企業家や法人による大規模な農
やメタンガスなど)
が、どの程度排出されているか
業開発計画も推進された。アマゾン地域の総面積
については調査が十分には行われていない。しか
に比べれば、入植者や農業投機事業による影響を
しながら、ウルグァイやアルゼンティン両国の調
受けた土地面積は広大ではない。同様に、ボリヴィ
査結果によると、工業分野とエネルギー生産分野
アを除けば、入植計画による際立った人口増はな
から生ずる温暖化ガスの割合が 50%以上と考えら
かった。国家経済への貢献度も当初期待されたほ
れる。一方、ブラジルやチリの調査では森林破壊、
どでもなかったと言われる。湿潤熱帯という外部
土地利用の変更ならびに農業分野から発生する温
からの人間には過酷な環境へのアクセスの困難度
暖化ガスの量が、工業分野とエネルギー生産分野
が人聞活動による影響を相殺してしまった。にも
から発生する温暖化ガスの割合よりも多いと予測
かかわらず、ヴェネズエラを除くすべての国で相
される。
当な資金や人が入植計画に投入されたが、一般的
282
ヴィアにはパンタナルとチャコの沼沢地帯
報告書付録 1 地域別各論
2−1−2
土壌侵食(劣化)
2−2
都市環境問題
森林伐採、過放牧、野放図な耕作技術が原因の
土壌侵食(劣化)は南米においてはアンデス山麓を
2−2−1
大気汚染
含む西海岸部と森林伐採が顕著な地域で、極めて
開発途上国の多くが、都市人口の膨張の問題に
深刻な事態にある。熱帯アメリカの山麓は急斜面
頭を抱えているが、南米の国々においては、特に
のところが多く、重要な食糧作物を生産する貧農
都市への人口流入が激しくなっている。南米の都
人口が集中する地域でもある。それらの高地の多
市人口の平均的な割合の変遷は、1975年に65%弱
くでは、スペイン人による征服の前までは繁栄を
であったものが1985年に70%を超え、1995年には
誇った古代文明の中心地
(栽培植物起原の中心でも
77%までにもなっている。ブラジルのサンパウロ
あった)
であり、高度差による多様な生態的特徴を
(1,600 万人)、リオデジャネイロ(1,000 万人)、ア
利用して異なる社会グループが活発な交易を行っ
ルゼンティンのブエノスアイレス
(1,200万人)
なら
て、かなりの余剰生産物がもたらされた。今日、同
びにチリのサンチャゴ(500 万人)が代表的な巨大
じ地域が南米でも屈指の環境劣化の厳しい場所に
都市である。このような都市では、人間活動自体
変貌している。
のスケールが大きいために、大気汚染問題が生じ
易い状況がある。ブラジルのサンパウロとリオデ
2−1−3
水資源の不適切な利用
必要なときに十分な量が獲得できないために、
あるいは水管理の欠如のために、農業における土
ジャネイロには、併せて2,600万人が居住している
が、深刻な大気汚染(特に浮遊粒子状物質)によっ
て幼児など年間 4,000 人が亡くなっている。
地生産性において最大の支障を来している。中南
米では、全耕地面積の9%たらずしか灌漑されてお
2−2−2
水質汚濁
らず、アジアの32%と比べて極めて低率である。し
南米の大都市の多くが、安全な飲料水の確保と
かし、ペルーのような国では、灌漑農業が全農業
いう課題を抱えている。河川の表流水や地下水を
生産で中核的な位置を占めている。南米では、灌
浄化して利用するが、その水源が汚染されている
漑と水利用権も土地所有と同様不平等に分配され
場合も少なくない。都市の生活雑廃水や工場から
ている。また、効率性の向上も公平分配の問題同
の排水が主な原因であるが、有害物質の不法投棄
様深刻である。例えば、アンデス地域の高地で無
などによって地下水の帯水層まで汚染が進行して
理やり奪われた水利権を元に戻し、この地域に伝
いる場合には、人間の命を守るための安全な水の
統的な保全構造や管理組織が回復されれば、農家
供給は困難であり深刻な問題となっている。
の生産性が 40%向上するという国際研究機関の推
また、下水道整備も遅れておりブラジルでは、下
定がある。これは、緊急的な救済措置より農村部
水道網は都市の人口の 49%しか対応しておらず、
の貧困問題の著しい改善に寄与すると考えられる。
上水道と下水道の未整備が全国の都市部を併せて
年間 8,500 人の死亡を引き起こす原因となってい
2−1−4
水産資源の乱獲
る。
南米にはアマゾン河に代表される内水面をはじ
め、南米大陸南西部の太平洋沖合いには世界の漁
獲水揚げ量の 6 分の 1 を占める重要な水域がある。
2−3
廃棄物処理問題
廃棄物処理の改善は、南米の都市では共通の課
しかし、近年最大許容範囲を著しく超える漁獲で
題となっている。ブラジルでは都市にある廃棄物
資源の枯渇が危惧されている。南米地域では、国
最終処分場のうち、オープン・ダンピングが全体
内総生産における水産物の占める割合が他地域に
の57%、覆土処理が14%、衛生埋め立て処分が28
比較して極めて高いことから、この問題への対応
%となっている。チリでは都市において 78%の処
はこの地域の経済へ大きな影響をもたらす。
分が民活を含めて、衛生埋め立て処分が行われて
いる。ボリヴィア、エクアドル、ペルーでは衛生埋
283
第二次環境分野別援助研究会報告書
め立て処分の普及が遅れているために、中規模の
プが年間 200 トンの金を採取していると予測され
都市における廃棄物処理改善プログラムが進めら
ているが、1970 年代後半から始まった水銀を用い
れつつある。廃棄物分野の民営化が進展している
た金の採取によって、これまでに約5,000トンの水
収集、運搬そして最終処分のプロセスのなかで特
銀が河川や森林地帯に廃棄されてきた。さらには、
に対策が必要となっているのが、適切な環境アセ
重金属や農薬によって表流水や地下水の汚染が深
スメントを実施した上での最終処分場の立地と運
刻化している所では、大都市への人口集中によっ
営である。
て生活雑廃水や工場排水の処理が間に合わないこ
とや都市近郊での不適切な農薬の使用と処理に問
3.
環境問題悪化の要因
題があるため、特に貧しい人々が安全な飲み水を
確保できず、コレラなどに罹患するケースもある。
スペイン、ポルトガルによる植民地政策が開始
また、生物多様性が損なわれるのも、半乾燥地
されると、南米地域ではそれまでの先住民による
や森林地帯にまで農地が拡大してきていることに
小規模な農業形態と、欧州からの移民の中から現
主因がある。1970 年代には、巨大な水力発電計画
われた大地主が経営するラティフンディオ
(大土地
(イタイプ、サルトグランデ、ヤシレタ、バルピナ
所有)
が混在するようになった。次第に先住民と欧
など)が実施されてきた。現在、総延長 8,000 キロ
州からの移民たちの間で富の格差が大きく開くと
の南米大陸内航路となるパラナーパラグァイ、ア
ともに、先住民がその地の自然環境と調和を図り
ラグアイアートカンティスの水路が計画されてい
ながら生計を立ててきた農業システムは駆逐され
るが、このような大規模開発計画では、流域の水
るようになった。このような状況をたどって18世
収支の変化も大きいと考えられ、上流のパンタ
紀の中頃にはラティフンディオが広域に出現し、
ナール湿原の生態系にも影響が出ると心配されて
先住民やアフリカから連れてきた黒人奴隷を使い、
いる。このような大規模開発計画の実施が自然環
大規模な砂糖きび畑やカカオのプランテーション
境に与える影響も少なくない。
が経営された。ボリヴィアのポトシ銀山に象徴さ
れるごとく、南米の鉱物資源と同様に木材なども
4.
環境管理体制上の問題
欧州に運ばれ、天然資源の収奪が行われてきた。
1929 年に米国で始まった世界恐慌は、数年にわ
ラテンアメリカ諸国の中では、環境行政組織の
たって世界全体に蔓延し、当時の資本主義経済体
整備が1970年代からヴェネズエラやブラジルなど
制を脅かしたが、一次産品に依存してきた南米の
で積極的に進められてきた。環境政策の実施にあ
農業にも価格の急激な低下という大打撃を与えた。
たっての弱点としては、環境管理に関する法体系
そのためブラジル、アルゼンティンなどは外国資
の整備は進められつつあるが、環境分野に関する
本を誘致し重工業化政策を進めたが、鉱工業の発
省庁をはじめとする環境関連機関が多いため、機
展、都市の拡大や自動車社会の出現に伴って大気
関の間の連絡、調整が十分には機能していないこ
汚染、水質汚濁や廃棄物問題などが新たな環境問
とが挙げられる。また、実際に環境管理、保全の事
題として顕在化してきた経緯がある。
業を実施するための、予算ならびに人材が少ない
1997∼1998年のエルニーニョ現象では、アマゾ
ことが実務遂行の障害となっている。また、地球
ン地方では旱魃が生じて家畜や農作物に甚大な被
レベル、地域レベルでの多国間環境協定
害が生ずるとともに、広範な森林火災が発生した。 (Multilateral Environmental Agreement:MEA)の遵
砂漠化(アタカマ砂漠など)によるこの地域の被
守については、国や地域の特性によってその実践
害額は、UNEP の推計によると年間 48 億ドル以上
が難しい状況もある。例えば、生物多様性条約
であり、劣化しつつある地域の保全に必要な費用
(Convention on Biological Diversity:CBD)に基づい
は 130 億ドルにもなると予想されている。
南米地域の鉱山地帯では、零細な鉱夫のグルー
284
た環境保全において、ブラジルは1994年に生物多
様性保全のための国家プログラムを作成している。
報告書付録 1 地域別各論
同国の環境再生資源院
(IBAMA)
がこの計画にした
1995 年の 9 月にペルー政府と結んだ環境・天然
がってプロジェクトを実施中であるが、全国165ヵ
資源の持続管理(SENREM、5年間で総額11.9百
所の保全区域を管理するために必要な予算と人材
万ドル)の柱の1つとなっている。また、米州開
を有していない。また、ペルーにおいてもCBDの
発銀行が環境行政組織強化の一環として1.8百万
内容を踏まえた生物多様性の保全と持続的利用に
ドル(CONAM 負担分の 40 万ドルを合わせると
関する法律を1997年に発布しているが、実施を担
総額 2.2 百万ドル)で28ヶ月間のプログラムを実
保でき得る予算と人材の不足に悩んでいる。以下、
施した。
南米地域で環境行政が1990年代になってようやく
CONAM は環境分野で関係各省庁が実施して
開始されたペルー、チリ、ボリヴィアならびに1970
いる政策の総合調整を行う機関として設立され
年代にはすでに環境法制度の整備が始まっていた
たものであるため、小さな組織であることが求
ヴェネズエラの環境管理体制の概要を事例として
められており、事務局には現在のところ必要最
示す。
小限のスタッフしかいない。しかしながら、環
境行政が国レベルで整ってくるにしたがい、
4−1
ペルー
CONAM の活動内容も拡大するものと考えられ
ペルーは環境行政の確立が遅れており、1990 年
る。ちなみに、隣国のチリでは民政移管直後の
代に入って漸くその整備が始まった段階である。
1990年6月に国家環境委員会(CONAMA)が設立
下記のような環境行政部門の強化と統合化が徐々
されたが、当初2名の事務局でスタートしたが、
に展開されつつある。
2000 年現在では 120 名を超える職員が配置され
1992 年 エネルギー・鉱山省、農業省、厚生省内
に、環境担当部局設置される。
1993 年 新憲法制定。天然資源の持続的利用、環
境保護、アマゾン開発などの非常に特
ている。USAIDや米州開発銀行のプログラムを
担当する職員が事務局内に配置されることから、
実務レベルにおける国際機関(マルチ、バイ)の
環境協力の中核の 1 つとなっている。
定的な規定が盛り込まれている。
1994 年 国家環境審議会(C O N A M )が、法第
26410 号により設立される。
4−2
チリ
チリにおいては、16 年間に渡る長い軍事政権か
ら 1990 年の 3 月に漸く民主化が実現した。エイル
環境行政組織
(1)国家環境審議会(CONAM)
ウイン民主政権では、それまで経済優先策の陰に
置かれてきた様々な環境問題(大気汚染・水質汚
1994 年 12 月に法律第 26410 号によって設立さ
濁・廃棄物等の公害問題や土壌侵食・天然林の伐
れた組織である。外務省、エネルギー鉱山省、農
採・水産資源の枯渇化等の自然環境の劣化問題)へ
業省、保健省、漁業省、工業観光貿易統合省、運
の対応を図るための組織作りを行った。1990 年の
輸通信住宅建設省、防衛省等の代表
(主として大
4月に首都圏公害対策特別委員会(CEDRM)を大統
臣)
から構成される。各セクターを管轄する省庁
領令にて設置し、同年6月にはCONAMAが同様に
が単独で行っていた環境に関する基準の設定等
大統領令にて作られた。
について、法的には権限が与えられているが、
1995 年までは実質的に機能していなかった。本
CEDRMは、チリの全人口約1,300万人の約40%
(500 万人)が集中するサンチャゴ首都圏の公害対
来は国の環境政策の作成と、各セクターの環境
策を担当する実務機関として機能している。一方、
担当部局の調整、機能強化により、環境行政を
CONAMAは環境基本法の草案づくりを基本業務と
実施する責任を持つ。1996 年になって漸く組織
し、その中で環境行政組織の確立のための計画策
体制の基礎ができ、事務局長が調整業務を開始
定、環境アセスメント制度の確立と技術ガイドラ
した段階にある。
インの作成、環境教育セミナーの実施などを担当
CONAM の組織強化については、USAID が
している。環境基本法の草案づくりから国会(上
285
第二次環境分野別援助研究会報告書
院・下院)での長い審議を経て約 4 年間かかって、
を行使できるようになる意義は大きい。こ
漸く、1994 年 1 月 25 日に環境基本法が成立した。
れで、チリ政府と世銀の間で1992年以来進
めてきた環境行政強化支援プログラム
環境基本法の特色について
(1992-1997)の約 3,300 万ドルの予算も計画
(1)チリ環境基本法は、これまで各省庁に分散
に沿って使用できるようになった。また、首
していた環境関係の法令を見直しつつ、大
都圏を含めた全国13の州に地方環境委員会
統領府の大臣が国家環境委員会を構成する
を設置することも可能となったことは全国
経済省、公共事業省、農業省、国家財産省、
レベルの環境行政の推進に道を開いたこと
鉱業省、住宅都市省、運輸通信省、企画協力
になる。なお、首都圏公害対策委員会は2年
省の大臣会合の議長を務め統括することを
間の猶予期間を持って、地方環境委員会
(首
明記している。従来、国家環境委員会の大臣
都圏州)
として国家環境委員会の参加に入っ
会合では国家財産省の大臣が議長を務めて
た。
きたが、環境に関する各省庁の意見の食い
違いなどのまとめ役としては、やはり大統
4−3
ボリヴィア
領府の大臣が最もふさわしいということで
草案に盛り込まれてきた。この点について
4−3−1
環境法体系
は、国家財産省の抵抗も強く審議の最終段
環境法が 1993 年に公布・施行されたことによっ
階まで議論が続けられたが、結果的には草
て、ボリヴィアにおいて環境行政が本格的に始
案どおりの環境問題への対応を一元化すべ
まった。しかしながら、環境法が理念を主体とし
く大統領府が指導力を持つことで合意がな
たものであるため、持続的開発環境省が環境管理
された。
の細則を決めた各種法令の整備を急いでいる。
(1)EIA1 制度に関する法令
(2)環境アセスメント(EIA)制度の確立につい
(2)大気質関連の法令
て多くの文面が割かれており、環境管理計
(3)水質関連の法令
画に基づく事前の公害防止策や自然環境の
(4)廃棄物・有害物資に関する法令
保護、社会環境の保全を実施することを明
記している。特に第 26 条から第 31 条の「環
4−3−2
環境行政組織
境アセスメントのプロセスにおける住民参
1993 年に環境法に基づいて、持続的開発環境省
加」
については、日本を含めた先進諸国にお
が設立されたことによって漸く環境行政への取り
いても現在の環境アセスメント制度の中で
組みが開始された。
最も遅れた部分であることから、チリの環
持続的開発環境省の予算は不十分であり、実質
境基本法に理念として確実に盛り込まれた
的な環境プロジェクトにつぎ込むまでの予算体系
ことは、高く評価されるべきことと思われ
となっていない。その他中央政府の環境関連省庁
る。
として大蔵経済開発省農牧庁灌漑土壌保全局や大
蔵経済開発省運輸通信航空庁があるが、環境問題
1
286
(3)この環境基本法の発効後には、従来独自の
の専任担当者は環境影響評価について米州開発銀
予算措置を持たなかった国家環境委員会が
行から雇用されている外部のコンサルタントが 1
法的な背景を有して自前のスタッフと予算
名いる程度である。地方の環境関連行政機関につ
EIA制度については、世銀や米州開発銀行の融資を受けるための条件となっていることもあり、実施の細則が盛り込まれている。
しかしながら、地方への権限委譲を進めるという政策の中、中央ならびに地方機関でのEIA審査体制をどのように確立して行く
のかという難問を抱えている。ちなみに、EIA制度の確立を支援するための資金援助が世銀によって1993年から始まっているが、
セミナ−の開催などが中心で、目立った成果は挙がっていない。
報告書付録 1 地域別各論
いては、現在各県ごとにある地方開発公社に水資
り改善してゆくためには、社会全体の環境保全に
源開発の担当者などがいる。しかし、環境影響評
関するコンセンサスの確立が重要である。した
価の担当は皆無であるため大衆参加法によって地
がって、次代を担う子供達を含めたコミュニティ
方行政組織が大きく変わり、地方開発公社が消滅
の人々に対する環境教育を強力に進めてゆくこと
し新組織が生まれる際に環境影響評価の職員数名
が不可欠である。このような社会の環境保全・改
ずつを配置する計画となっている。
善に向けての合意形成がない限り、人間社会とそ
また、環境NGOの活動は、国の環境行政の遅れ
と比較して活発であり、代表的なNGOである環境
の周囲を取り囲む環境との間の均衡のとれた調和
を図っていくことは困難といえる。
保護連合(LIDEMA)には、21 の環境 NGO が参加
環境再生可能天然資源省
(Ministry of the Environ-
しており活動の内容も環境教育、環境影響調査や
ment and Renewable Natural Resources:MARNR)は
森林保全プロジェクトなど幅広い。しっかりした
国家環境政策にのっとって、開発と環境との調和
組織であるためUSAID、オランダ、ドイツやUNEP
を図ることを課題としている。人間の諸活動
(例え
などが直接資金協力を行っており、1994 年度の予
ば、農業、工業、鉱業、サービス業など)
が天然資
算約80万ドルのほとんどがこのような海外からの
源を利用せざるを得ない現状においては、今後は
資金協力である。
持続可能な開発による成長以外に開発と環境とを
調和させる手段はないと考えられる。
4−4
ヴェネズエラ
ヴェネズエラの環境分野に関連する主な法律
(規
則・細則)は以下のとおりである。なお、法令
4−4−1
環境法体系
ヴェネズエラの国家環境政策は、1976 年に公布
No.2221 と法令 No.2222 はそれぞれヴァレンシア
湖、マラカイボ湖における水質汚濁対策に関する
された環境基本法に基づいて策定されたものであ
規則である。
る。本政策は、国民の生活の質を向上させるため
法令 No.276
国土計画法の中の国立公園、天
然記念物の管理に関する細則
に、人間をとりまく環境全体を保護、保全して環
境の改善を図っていく根本の法律である。しかし
法令 No.2211
有害廃棄物の管理に関する規則
ながら、政策の有効性を担保するために必要とさ
法令 No.2213
環境アセスメントに関する細則
れる各種の罰則の策定と施行が遅れていた。
法令 No.2215
オゾン層破壊物質の管理に関す
る規則
1976 年以来、少しずつではあるが環境保全に関
して規則に違反した場合の刑罰規定が整えられ始
法令 No.2217
騒音の規制に関する規則
めた。この作業にはヴェネズエラを代表する法学
法令 No.2220
河川の流況変化、河床の位置、堆
研究者や環境分野の技術者が多数参加した。その
積などに影響を与える開発に関
結果 1992 年 1 月 3 日にようやく環境刑事法の公布
する規則
法令 No.2221
がなされ、これら一連の罰則策定作業が完了する
ヴァレンシア湖流域の水域分類
と水質汚濁対策に関する規則
こととなった。一方、この環境刑事法が公布され
法令 No.2224
ると、その違反を明確にするための技術的な指針
水域への汚水の投棄に関する規
則
となる排水基準やその値の整備を急ぐことが課題
法令 No.2225
となった。そのため、公共セクター及び民間セク
大気汚染防止に関する規則
ターの代表が参加して整備作業が行われた。
この環境刑事法は、環境へ負のインパクトを与
5.
主要ドナーの主な取り組み
えるものに対してその違反事項について罰則を加
えるという点で、確かに説得力を持つものである
南米の地域レベルでのMEAに対する協力として
がこの法律があるからといって、環境の保全がた
は、アマゾン協力条約
(Amazon Cooperation Treaty:
だちに約束されるというものではない。環境を守
ACT)のACT特別委員会が「アマゾンの天然資源保
287
第二次環境分野別援助研究会報告書
全と持続的管理のための地域戦略プロジェクト」
を
例えば、米国の公法480号
(PL-480)
によって1994
行っており、GEFから資金を得ている。また、
「ア
年までボリヴィアに対して小麦の援助を行ってき
マゾン地域環境管理支援プログラム」には IDB と
たが、それが生み出す援助資金、年間約1,700万ド
FAOが融資を行い、
「アマゾン保全地区の環境管理
ルのうち100万ドル程度を毎年環境案件に当て、環
地域プロジェクト」にはEUとFAOが資金を提供し
境NGOのLIDEMAにも資金協力を行ってきた。ま
ている。
た、1994年から2000年まで、持続的な森林開発プ
ロジェクト(BOLFOR)を約 2,000 万ドルの予算で
5−1−1
国際金融機関等
域内に強い影響力を持つ世銀、米州開発銀行な
実施している。
北欧三国とオランダは、「国連環境と開発会議」
どの国際金融機関は、1980 年代まで資源開発型あ
以降、森林保全や生物多様性保全、これらの教育
るいは持続不可能性をもたらした大規模な灌漑事
啓蒙にローカルNGOを通じて積極的支援を行って
業、森林及び農業資源開発、農業入植計画などを
いる。オランダは支援国に基金を設け、新たな保
積極的に支援したが、1980 年代終わりに国際的な
護区の取得の買収資金も供与している。ドイツも
環境NGOから厳しい糾弾を受けてからは環境保護
「国連環境と開発会議」以降環境の保全や修復、適
や先住民擁護に積極的にかかわるようになった。
正な自然資源管理
(劣化した傾斜地の土壌保全策と
「国連環境と開発会議」以降、自前の資金の他に
環境負荷の少ない農業生産)
を優先した技術協力を
GEF の資金で、域内の熱帯林地域を中心に森林保
長期的な低利の資金協力と絡ませた形で展開して
全や生物多様性の国家戦略や政策の立案などの政
いる。GTZを通じて、環境協力パイロットプロジェ
策支援、生態的側面を重視した持続可能な自然資
クトを南米地域で実施しており、流域の環境管理
源の利用を民間や NGO と連携して推進している
計画策定、公害防止技術の普及・促進プログラム
(例えば、WWF-Bank Alliance)
。先住民の権利と自
(特に中小企業のセクターにおいて、公害を極力出
立支援では世銀・米州開銀・スペインでインディ
さない生産システムの普及)
、都市及び農村部の小
オ基金を創設し、ブラジル・アマゾン地域の熱帯
規模市街地の固形廃棄物管理(人口が2万人以下の
林保護パイロット・プログラム(PPG-7)として先
町を対象とし、固形廃棄物管理策のデザインとそ
進国より拠出された資金を管理している。
の実施を支援)
、農業用土壌の保全と土地改良(劣
世銀は環境行政組織強化プログラム
(環境影響評
化した土壌の回復措置と農地の土壌保全策の確
価制度の確立などが柱)
をチリやボリヴィアで実施
立)
、環境管理政策の普及(環境管理計画を円滑に
してきた。また、ボリヴィアでは 1996 年 1 月に開
実行するための方策)
にも力を入れている。イタリ
始された鉱山環境改善プログラム(COMIBOL)に
アはチリに環境科学調査研究ヨーロッパ・ラテン
対して、約1,100万ドルを融資している。米州開発
アメリカ国際大学センター(コンセプシオン大学
銀行は道路案件などに資金融資を行う際に、自然
EULAセンター)を設立して、水質汚濁対策の研究
保護の観点から環境影響評価についても積極的な
を中心に研究協力を行っている。
支援をしつつある。UNEP は、環境 NGO にも少額
ながら資金協力を実施している。
5−1−3
国際的 NGO
中南米における自然資源分野の援助
(特に熱帯林
5−1−2
288
先進国援助機関
地域の)の潮流を変えるのに、最も貢献したのは
米国はUSAIDの他、官民双方の資金を元に設け
1980 年代から急速に発言力を増した国際的 NGO
られた基金を使って、土壌保全・持続可能な自然
(IUCN、WWF、TNC、CIなど)である。1987年に
資源管理・生物多様性保全を中心に展開している。
ブラジル・アマゾン地域への世銀の援助が同地域
生物多様性分野の支援については、世界資源研究
の環境や先住民の生活を破壊するものと厳しく批
所(World Resources Institute:WRI)、WWF-USA、
判されたことにより、その後の自然資源の持続可
TNC からなる連合体への委託が主である。
能・公正な管理の面で積極的に協力を展開したり、
報告書付録 1 地域別各論
公的援助機関とも協調を行っている。また、80 年
環境分野のプログラムも含めてアクションプラン
代に対外債務で苦しむ熱帯林諸国での保全活動に
が採択された。米州機構(Organization of American
独自の資金メカニズム(債務・環境スワップ)を発
States:OAS)の加盟国や国際融資援助機関との連
案して、その後の熱帯林と生物多様性の保全に大
携を計るタスクフォースも作られて準備を行い、
きく寄与している。
1998年4月にチリのサンチャゴで開催された第3回
例えばボリヴィアでは、年間30万ドルの予算で
南北アメリカ元首級会議で計画の実施の協議が行
USAIDが米国の環境NGO
(TNC、WWF、CI、トロ
われている。したがって、このアクションプラン
ピカル・リサ−チなど)に委託して、湿地帯保全基
にも本地域の環境協力に関するニーズが含まれて
礎調査などを行っている。また、1994年12月にマ
いるため、環境分野の援助指針の策定においては
イアミで開催された南北アメリカ大陸元首会議の
留意する必要がある。
結果を受け、1996 年 11 月にサンタクルスで米国、
以下に、主要な環境協力のニーズを述べる。
カナダを含め34人元首が会合し環境問題について
も中心議題として討議されたが、この会合の準備
は米国の環境 NGO である WRI が USAID からの 50
万ドルの委託費で実施した。
(一般項目)
・ 環境行政機関の組織強化
環境アセスメント制度の整備と適切な運用の
ための人材育成
6.
援助ニーズ
・ 環境情報の共有化と環境教育、啓蒙活動
インターネットによる情報の共有化のための
環境問題の顕在化とともに環境分野の ODA は、
「国連環境と開発会議」を契機に増加しつつある。
システム構築
持続可能な開発に根ざした住民参加の促進
南米では、地球環境問題として気候変動とも関連
するアマゾン熱帯雨林の保全に代表される課題や
ペルー沖太平洋上のエルニーニョ現象、南米大陸
(分野別項目)
・ 自然環境保全分野
の南極に近い地域で生じているオゾンホールの影
アマゾン熱帯雨林地域の生物多様性保全
響による紫外線問題などが関心事となっている。
アンデス山脈の急傾斜地ならびに台地部の土
また、巨大都市に人口が集中するなかで、年々深
壌流失防止
刻になっている都市環境にかかわる問題(大気汚
チリ、アルゼンティン南部のオゾンホールに
染、水質汚濁、廃棄物)
の解決に役立つ援助が、こ
よる紫外線量観測
の地域では必要とされている。
南部共同市場(MERCOSUR)の経済活動推進に
・ 都市環境分野
大気汚染(モニタリング、対策技術)
、水質汚
おいては、メンバー国のアルゼンティン、ブラジ
濁(モニタリング、対策技術)
ル、パラグァイ、ウルグァイと準メンバー国のチ
廃棄物
(民営化を踏まえた地方都市の廃棄物管
リ、ボリヴィアの間で環境配慮に関する議論が行
理)
われている。殺虫剤や食品包装容器中の物質の制
・ 公害対策分野
限ならびにエコラベルや域内での危険物質の輸送
産業公害
(特に鉱山公害対策)
、自動車公害
(大
についても検討がなされている。さらに、EIAは貿
都市における排出ガス対策)
易上の争点の 1 つになっており、各国の EIA の水
準の足並みを揃えることや有害物質の規制に関し
ての技術的支援もニーズとしてある。
6−1
自然資源問題
アマゾンの自然保護地区
(国立公園、国有林、禁
1996年12月にボリヴィアのサンタクルスで開催
猟区、歴史的保全区等からなる)
の管理にあたって
された持続的開発に関する第 2 回南北アメリカ元
行政機構上の環境管理体制が弱く、実行力を伴っ
首級会議(第1回は1994年にマイアミで開催)では、
ていない。分散している行政機能を補完するため
289
第二次環境分野別援助研究会報告書
に、各レベルの政府機関、NGO、民間セクター、地
を増すと考える。また、他の先進国援助機関
域住民等とともに保護地区の管理計画の策定等に
も持続可能性を視座においた自然資源の管
協力していくことも重要である。GEF は ACT の
理や利用を最重要課題としており、連繋の
ACT 特別委員会が行っている「アマゾンの天然資
意義は深い。さらに草の根レベルの協力で
源保全と持続的管理のための地域戦略プロジェク
は、1980年代後半から急速に影響力を増し、
ト」
に資金協力を行っている。森林資源の保全管理
現在では公的機関以上に重要な役割を担う
の分野ではFAOの協力が目立っており、最近では
NGO(国際的グループばかりでなく、民主
IDBとの協調で、"Forestry Development with Partici-
化の進展により多くのローカルNGOが存在
pation Elements"、等により、森林管理の国家計画
する)
との連繋は、自然資源分野の課題の多
の策定に協力している。FAO は他の二国間援助の
くが貧困層の生活向上に密接に関わってい
機関とも連携しており、FAO との連携プログラム
ることから今後ますます緊急性の高い課題
などと協調して実施することも視野に入れるべき
であろう。
であろう。
1) 一貫性のある自然資源分野への協力:
「国連
6−2
都市環境改善及び公害対策
環境と開発会議」
以降、中南米各国では世銀
を中心にした支援により、再生可能な自然
6−2−1
大気汚染対策
資源関連の法制度の整備や組織の再編成が
巨大都市圏の大気汚染は、自動車排出ガスに含
進められ、自然資源問題の一元的対応に向
まれる鉛が人体の神経系に与える悪影響が心配さ
けての体制が整いつつある。我が国の同分
れ始めていることから、深刻な問題と考えられつ
野における支援も、今後は自然資源の持続
つある。急速な自動車の普及と自動車排出ガス対
可能な利用の視点で受入れ国側のニーズに
策用のコンバーターの設置の遅れ及び無鉛ガソリ
合致し、事業全体が関連を持って展開され
ンの供給体制の不備から、手を拱いている間に、状
るようにすべきである。
況は悪化していくものと考えられる。現在この問
2) 他援助機関との連繋:近年、JICA 事業の中
題に関して取り組むべき課題は大気汚染のモニタ
にも「環境調和型」あるいは「持続可能な」の
リング網の整備である。現状を科学的に知る上で、
タイトルのついた案件が増加傾向にあるが、
信頼性が高く時系列的な大気汚染物質の測定がで
実効性の高い自然資源分野の協力には域内
きる自動のモニタリング局を設置することが先決
の知見が不可欠である。十分な蓄積を持た
である。風向きや汚染物質の挙動を考慮した自動
ない我が国が、国際機関(自然環境・生物多
測定局の配置を行い、欠測値をできるだけ減らし
様性の保全、持続可能な自然資源管理や農
たモニタリング体制を確立するための協力が望ま
林水産技術の開発では、国際トウモロコシ・
しい。しかしながら、自動測定局の維持管理には
小麦改良センター(International Maize and
技術と相当の維持管理費用が必要となるため、国
Wheat Improvement Center:CIMMYT)−国
によっては無償による機材の導入の可能性がある
際馬鈴薯センター(I n t e r n a t i o n a l P o t a t o
としても、カウンターパート機関の財政事情を考
C e n t e r :C I P )−国際熱帯農業センター
慮した上での設置局数を計画すべきであろう。
(International Centre of Tropical Agriculture:
C I A T )などの国際農業研究協議グループ
290
6−2−2
水質汚濁対策
(Consultative Group on International Agricul-
市民の飲料水を取水している川の水源が、上流
tural Research:CGAIR)や、熱帯農業研究研
の鉱山や工場から出る排水などによって汚染され
修センター
(Tropical Agronomic Centre for Re-
ていることもあり、人々の健康に影響を及ぼす可
search and Education:CATIE)が実績豊富)と
能性のあるこの問題は深刻である。米州開発銀行
の相互補完的な連繋が今後ますます重要性
が公害対策プログラムを準備している国もあり、
報告書付録 1 地域別各論
この協力の進捗状況を参考にしながら、派遣専門
の課題と今後の国際的支援のあり方」
、p.12、日
家による公害対策分野のモニタリングや、分析技
本国際問題研究所。
術の技術協力を行うことは効果的と考えられる。
・城殿博(JICA 国際協力専門員)
(2000)
、「中南米
この場合、工場などの近代化による生産効率の向
の自然資源問題」平成 12 年 第二次環境分野別
上と環境対策の手法について、我が国の経験を踏
研究会第 9 回研究会発表資料。
まえた技術移転が求められる。なお、多くの鉱山、
・国連環境計画(UNEP)
(1999)、“Global Environ-
精錬所などは山中にあるため協力を遂行するに際
ment Outlook 2000 Overview”, Complete Report.
して、反政府活動など安全面に十分な配慮を行う
ことが重要と思われる。
・CONSEJO NACIONAL DEL AMBIENTE(1997),
“A G E N D A N A C I O N A L D E A C C I O N
6−2−3
廃棄物処理対策
AMBIENTAL 1996-1997”.
都市環境問題の中で、緊急の対策が必要とされ
・USAID/Peru(1995), ENVIRONMENTAL AND
ている課題として廃棄物管理の確立がある。首都
NATURAL RESOURCE MANAGEMENT IN
圏では日本の無償資金協力による清掃機材整備の
PERU: A STRATEGY FOR USAID/PERU ASSIS-
協力などの支援もあり、廃棄物の収集、輸送そし
TANCE, MINISTERIO DE SALUD/DIRECCION
て最終処分が行われているが、地方の主要都市で
DE SALUD AMBIENTAL(1996), PROGRAMA
は最終処分などオープン・ダンピングの所も多く、
DE MONITOREO DE LA CARIDAD DEL AIRE
衛生的に問題があるばかりではなく観光地の美観
DIGESA-MINSA LIMA PERU.
をも損ねている。したがって、地方主要都市の中
・EMPRESA MINERA DEL CENTRO DEL PERU
で優先順位に基づいた廃棄物管理体制の確立に役
(1996),“PROGRAMA DE ADECUACION Y
立つ開発調査と無償資金協力などの支援に対する
ニーズが高い。
MANEJO AMBIENTAL”.
・Chile CONAMA(1996), Permisos de emision
transables en Chile. Propuesta de sistema para los
recursos aire y agua. Comision Nacional de Medio
参考文献
Ambiente, Santiago, Chile.
・Chile CONAMA
(1998)
, Una Politica Ambiental para
・「ラテンアメリカの環境と開発」
『ラテンアメリカ
シリーズ 7』
、新評論社、1997。
・ アジア経済研究所
(1997)
、
『国別経済協力指針策
定のための基礎調査 ペルー 報告書』。
el desarrollo sustentable. Comision Nacional de Medio
Ambiente, Santiago, Chile.
・Escudero, Juan y Sandra Lerda
(1996)
, Implicaciones
ambientales de los cambios en los patrones de consumo
・ 国際開発センター
(1995)
、
『経済協力計画策定の
en Chile. In Sunkel, O.(ed.). Sustentabilidade
ための基礎調査−国別経済協力計画−(ペルー・
Ambiental del Crecimiento Economico Chileno.
中米)』
。
Universidad de Chile, Santiago, Chile.
・ 国際協力事業団東京国際研修センター(1996)、
「平成7年度ペルー国別特設研修員カントリーレ
ポート」
。
・ 国際協力事業団
(1991)
、
「リマ市周辺地域生活用
水開発計画調査事前調査報告書」。
・ 国際協力事業団
(1985)
、
「ペルー共和国リマ市ゴ
ミ処理計画基本設計調査報告書」
p.6、p.10、p.2628。
・ 遅野井茂雄
(1996)
、
「ペルー第二期フジモリ政権
291
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 9 章 アフリカ
292
報告書付録 1 地域別各論
第 9 章 アフリカ
1.
地理及び社会経済上の特徴
るが、サヘルからアフリカ西部、アフリカ中央部
にかけては主にフランスの植民地支配を受けた歴
1−1
地理
史を持つ。他方で、アフリカ東部から南部にかけ
サハラ以南のアフリカ47ヶ国を対象地域とする。
ては主にイギリスの植民地支配を受けた。
この地域は、南北については北緯27度∼南緯35度
にかけて、東西については西経17度から東経56度
2
にかけて位置し、総面積約2,423万km の広さを持
1−2−2
政治経済
独立以後、政治的理想主義を掲げる指導者の下、
つ。気候分布については、赤道を挟んで同心円状
輸入代替工業化政策等の国家主導の開発戦略が採
に、熱帯雨林→サバンナ→ステップ→砂漠→温帯
られたが、援助と特定一次産品の輸出に依存する
と変遷する多様な気候分布となっている。
植民地型二重経済構造を踏襲した。
また、この地域の環境問題を考える際の自然条
1960年代は順調な経済成長を遂げたが、1970年
件として、森林・野生動物・鉱物資源等の豊かな自
代のオイルショックと一次産品の価格下落により
然資源を有する地域がある一方で、開発に対して
累積債務が増加して経済的破綻を来し、1980 年代
脆弱で砂漠化しやすい土壌を自然基盤としている
は「失われた10年」と呼ばれることとなった。その
ことが挙げられ、多様性に富んだ自然環境となっ
解決のため、1980 年代以降、IMF・世銀による構
ていることが大きな特徴である。
造調整が適用され、市場経済化が促進されるとと
すなわち、コンゴ盆地は世界第2位の広大な熱帯
雨林を有し、豊かな森林資源と鉱物資源が存在す
る。また、東アフリカ高原地域は温暖な気候と肥
もに、政治的には民主化
(複数政党制による選挙実
施)が進んだ。
アパルトヘイトで国際的孤立を余儀無くされて
沃な土壌の下で集約的な農業生産が行われている。
いた南アフリカにおいても、1990 年には黒人解放
さらに、乾燥した大陸南西部を除く沿岸地域も降
組織であるアフリカ民族会議(African National
雨量が多く、人の居住に適した気候条件となって
Congress:ANC)が合法化され、1994年には全人種
おり、特に西アフリカの大西洋沿岸地域には大都
参加の総選挙が行われて圧倒的勝利を収め、白人
市が連なっている。
支配に終止符を打った。他方で、民主化の進展が
他方、スーダン・サヘル地域の砂漠化は深刻で
抑圧されていた部族間の対立に火を付け、部族闘
あり、1970年代及び1980年代には旱魃による飢餓
争から政争・内戦へと発展する例も、ソマリア、コ
が発生した。この主原因は、気候変動という自然
ンゴー民主共和国(旧ザイール)
、ルワンダ、ブル
条件によるものであるが、森林伐採、過剰耕作、過
ンジ等でみられた。
剰放牧等による砂漠化という人的要因も大きい。
1990 年代半ば以降、比較的良好な気象状況と国
このような人口増加による砂漠化は周辺地域へ向
際経済状況に恵まれると共に、マクロ経済政策が
かってますます広がる傾向にある。
改善されたことから、アフリカ経済は全般に回復
の兆しを見せている。特に、アフリカ南部地域は
1−2
社会、経済
南アフリカを牽引役に順調な経済成長を遂げてお
り、1996 年から 1997 年にかけての 1 人当たりGNP
1−2−1
歴史
の年平均成長率は、アンゴラ、ザンビア、ボツワ
古来、数百の部族が独自の文化、歴史を有して
ナ、モザンビークの4ヶ国で5%を超えている。し
いたが、16世紀から始まる奴隷貿易、19世紀末か
かし、この地域のほとんどの国が低所得国である
ら始まる西欧諸国による植民地支配が、1960 年頃
ことには変わりはなく、経済の回復が全く見られ
からの独立以後も強く影響している。
ず、政争・内戦のため国家機能が麻痺し、コミュニ
植民地支配の歴史は複雑であり、各国様々であ
ティまでも崩壊の危機にある最貧国もある。これ
293
第二次環境分野別援助研究会報告書
ら最貧国としてサヘル地域のソマリア、ニジェー
2.
環境問題の概要
ルや西アフリカのリベリア、シエラ・レオーネ、さ
らに中央アフリカのコンゴー民主共和国等が挙げ
過去100年間におけるアフリカの陸域、淡水域、
海水域の環境はあらゆる面で悪化している。特に、
られる。
最近の30年間における自然環境の劣化と自然資源
1−2−3
社会条件
の消耗は著しく、これは人口の急激な増加とそれ
まず、伝統的に多様な民族構成、言語、風俗、習
に伴う過剰耕作等の農業需要の増大、そして都市
慣等を有していることが挙げられる。現在でも、部
化と工業化の進展等、もろもろの要因が複雑に関
族社会の影響が強く、社会組織上の基本単位と
係して生じている。
なっており、紛争・内戦の原因となったり、健全な
国家機能を妨げる要因ともなっている。
特に注目すべき環境問題としては、①砂漠化に
代表される土壌劣化及び植生の後退、②森林
(熱帯
次に、急激な人口増加がこの地域の開発に対す
林)
の減少、③生物多様性の減少があり、さらに今
る大きな社会的制約要因となっていることが挙げ
後、ますます深刻化することが懸念される、④都
られる。すなわち、20 世紀初めには、アフリカ大
市人口の急増に伴う都市環境問題が挙げられる。
陸全体の人口は約 118 百万人(世界全人口の7.4%)
に過ぎなかったが、1950 年代以降、経済発展に伴
以下、上記4つの注目すべき環境問題について詳
述する。
う健康条件の改善により死亡率が低下したため、
人口が急激に増加し始めた。1997年には約7.785億
人
(世界全人口の13%)
に達し、2025年には約14.53
億人(世界人口の 18 %)に達する見込みである。
2−1
土壌劣化、砂漠化
人口の急増をコミュニティが支えるためには、
農産物の収量を増大させ、家畜の飼育頭数を増加
(UNEP, 1999)
この人口急増が、一方では大都市の
させる必要が生ずるが、結果として、過剰耕作・過
更なる膨張を、他方では農村コミュニティの崩壊
剰放牧等による土壌への圧力
(不適切な灌漑による
を引き起こし、この悪循環がアフリカを救いよう
塩分集積、家畜の踏みつけによる植被の劣化、限
のない悲劇へと陥れるおそれがある。アフリカの
界地域での不適切な農耕及び休耕期間短縮等、生
環境問題を考える際の社会条件として、人口増加
態系の回復能力を超えた利用)
が、水資源の不適切
に伴う都市膨張と農村崩壊の同時進行は最も重要
な管理や食糧生産に対する不適切な経済政策とも
である。また、環境政策を策定、実行する国家機能
相俟って、植生の貧弱化と退行を生起させ、風と
が有効に働かないことも、アフリカの環境問題の
表流水による表土の浸食を通じて土壌劣化を引き
解決を困難にしている避けては通れない社会条件
起こし、コミュニティが生存し得なくなる現象を
である。
引き起こしている。
本来、国家は国民に対し、教育や保健医療等の
かつてアフリカは、自然資源が豊富で、かつ人
各種行政サービスを提供する機能を有するが、国
口が少なかったことから、人々は資源を適切に管
家としての歴史が浅く、伝統的な部族社会と植民
理する必要はなく、むしろ一方的に略奪するよう
地支配の影響を今なお残すアフリカ各国は、この
な生業形態を取ってきた。しかし、人口が急増し
ような行政サービスを提供するシステムが整備さ
た現在にあっては、その限界に達しており、土壌
れていない。特に、自然資源管理を始めとする環
劣化による砂漠化を象徴とする自然資源の悪化が
境にかかわる行政サービスは、地方行政機関がそ
進行している。
のエンフォースメントを担うが、アフリカ各国の
農業はアフリカにおいて最も重要な産業であり
地方行政機関はほとんど機能していないのが実状
(GDP に占める農業生産の割合は約 40%、さらに
である。
労働力で見ると約60%)
、土壌劣化は農業生産に直
接的に影響するため、その影響は深刻である。ア
フリカ全体で、1950 年以降、約 5 億 ha の土地が土
294
報告書付録 1 地域別各論
壌劣化の影響を受け、これは全耕作地の約 60%を
1990∼1995年の間のアフリカ全体での年間森林減
占めている(UNEP, 1999)。1974 ∼ 90 年のアフリ
少率は 0.7%で、1980 ∼ 1990 年の間の 0.8%より若
カ地域における食糧輸入は185%増加し、食糧援助
干低くなっている。1980∼1990年で約4.7千万ha、
は 295%も増加している。1995 年には全食糧需要
1990 ∼ 1995 年で約 1.9 千万 ha の森林が消失した。
の内の17%を輸入に依存しており、2010年にはこ
また、地域的には西アフリカ地域の熱帯雨林の減
れが倍増するものと見込まれている。1970 年代以
少率が高くなっている。(UNEP, 1999)
降、1人当たりの食糧生産指数が減少を続けている
ことも、同地域での食糧生産が危機的状況である
2−3
生物多様性の減少
ことを裏付けている(UNEP, 1999)
。特に、サヘル
アフリカ大陸には、5万種以上の植物、1千種以
地域の砂漠化問題は、過去 1968 ∼ 1973 年と 1981
上の哺乳動物、1千5百種以上の鳥類がいるとされ、
∼ 1985 年の 2 回にわたり深刻な旱魃と飢餓の被害
多様な生物層を有している。特に、アフリカ東部
にあったこともあり、その対策は急務である。
から南部にかけては多くの野生動物が生息し、国
一方で、小規模灌漑等による適切な水資源の管
立公園や保護区を設けて、観光による外貨収入を
理と適切な土地政策を行えば、耕作可能な土地は
もたらしている。また、マダガスカルやセイシェ
十分残されており、アフリカ全体で約 6.32 億ha の
ル等のインド洋島嶼地域においても、固有の生物
耕作可能な土地がある中で、約 1.79 億ha の土地し
種や美しい沿岸環境が観光資源として外貨をもた
か耕作されていないというデータがある(UNEP,
らし、この地域の主要産業となっている。しかし、
1999)
。しかし、アフリカのコミュニティが文化と
人口の増加による人間居住域の拡大が、この豊か
して自然資源を持続的に利用する伝統を有してい
な生物層を破壊しつつあり、現在までに、アフリ
ないことに加えて、現代社会においてその任務を
カ全体で、289種の哺乳動物、207種の鳥類、48種
果たすべき国家及び地方行政機関にも、資源の持
のは虫類、17種の両生類、127種の魚類が絶滅の危
続的利用のための主体的な戦略とその実行体制に
機にあると報告されている(UNEP, 1999)
。
欠けていることが問題の解決を困難にしている。
世界的にも貴重であるだけでなく、外貨収入源
としても重要な生物資源を保護するため、これま
2−2
森林及び草地資源の急速な減少
でにも各国で国立公園や保護区を設けて保護が図
自然の回復能力を超えた焼畑農業や放牧、薪炭
られており、このような生物保護区域はアフリカ
材の採取
(生活用燃料として薪炭に依存する傾向が
全体で 3,000ヶ所以上(面積にして約 2.4 億 ha)にも
高く、また薪炭を売ることが現金収入の容易な手
及んでいる(UNEP, 1999)
。
段となっている)
、無秩序な農地への転用、森林火
しかし、アフリカの生物保護区は歴史的に旧宗
災、鉱山・ダム・道路及び居住地の建設、不適切な
主国が設置した経緯があり、その際、保護区域内
商業伐採等が直接的原因となって、森林や草地資
の資源を生活の糧にしていたコミュニティを追い
源の急速な減少が生じている。
出してしまったという背景も見逃せない。本来、保
本来、森林及び草地資源は典型的な再生可能自
護区域内の生物資源は次の世代へと引き継がれな
然資源であり、年間生長量だけ限定的に伐採・利
ければならない財産であるが、密猟、盗伐、放牧、
用すれば、または、それを超える場合でもその分
その他違法な耕作等によって減少し続けており、
に見合うだけ植林等により補完すれば持続的に資
追い出されたコミュニティが生きる糧を得るため
源が利用できる。
にそれに加担していることは否めない。彼らは保
しかし、アフリカのコミュニティが文化として、
護区の境界線に集落を形成し、いまだに保護区域
再生可能な自然資源の持続的利用のための知恵を
内の自然資源に頼って生活している。したがって、
有していないことと、現代社会においてその任務
アフリカの豊かな生物多様性を維持しながら、こ
を果たすべき国家及び地方行政機関が有効に機能
れらのコミュニティが保護区域内の資源なしで生
していないことが問題の解決を困難にしている。
計を維持するか、あるいは持続的に利用するため
295
第二次環境分野別援助研究会報告書
のバランスのとれた解決策が必要である。特に、人
このようにごみが放置され、下水が垂れ流しさ
口密集地域に隣接していて豊かな生物多様性を有
れる状況は、アフリカの多くの都市で見られ、コ
する区域や、乾燥及び半乾燥地域における生物多
レラや赤痢を初め、深刻な公衆衛生上の問題を引
様性は、エコシステムそのものが外部からの圧力
き起こしている。アンゴラ、コンゴー民主共和国、
に対して弱く、容易に破壊され、失われてしまう
マラウイ、モザンビーク及びタンザニアにおける
ため、保護対策が急務である。
1994 年のコレラの発生は 61,960 人にも及び、その
内4,390人が死亡した。また、マラウイ、モザンビー
2−4
都市環境問題
ク、ジンバブエにおける同年の赤痢の発生は171千
人にも及び、そのうち600人が死亡した。さらに、
2−4−1
都市化の進展
20世紀初めにはアフリカ大陸の人口の約95%は
農村に居住しており、1960 年代においても都市人
都市における排水施設の未整備がマラリアを蔓延
させ、アフリカ全体で年間1.5百万人を死亡させて
いるという報告もある(UNEP, 1999)
。
口比率は約 18.8%に過ぎなかった。しかし、1996
工場からの排水の垂れ流しも、スワジランド、モ
年にはそれが倍増し、2010 年までには少なくとも
ザンビーク及びタンザニア等で報告されており、
43%に達すると見込まれている(UNEP, 1999)
。
都市住民にとっては、特に貧困層程、安全な水の
1997年から2000年にかけてのアフリカ大陸にお
確保が困難な状況にある(UNEP, 1999)
。産業公害
ける年間都市人口増加率の平均は4%であり、世界
に関わる問題としては、自動車排ガスや石炭火力
で最も急速に都市化が進行しているといえる。
による大気汚染が挙げられる。
2020 年から 25 年にかけての予測値では 3%と若干
アフリカの都市で使用されている自動車の多く
低くなるが、都市人口の急増が今後数十年にわ
は、新車に比較して数倍もの有毒な排ガスをまき
たって続くことは避けられない状況にある
(UNEP,
散らす中古車であり、しかもその交通手段として
1999)
。
の需要は増加しているため、自動車排ガスは都市
における大気汚染の主要因となっている。
2−4−2
都市環境問題の現状
南アフリカの工業化が進んだ都市部においては、
このようなアフリカの大都市では、都市機能を
石炭火力による大気汚染が深刻な状況にある。ア
果たすために不可欠な基礎的インフラを始め、環
フリカ南部地域における電力需要の 89%は石炭で
境インフラや住宅等のありとあらゆるインフラが
賄われており、そのほとんどは南アフリカ内の石
不足しているため、混乱と喧噪が渦巻く場所とな
炭火力発電所から供給されている。南アフリカ産
り、ありとあらゆる都市環境問題が集積している。
の石炭は硫黄分が多いため、技術的に硫黄分を減
都市衛生にかかわる問題として、例えば、急速
らすか、水力・地熱・太陽光等の他のエネルギー源
な都市化が進むラゴスでは、1990 年代に固形廃棄
を開発することなしに問題の解決は困難である
物の量が6倍の年間3.7百万トンに達し、また、ナ
(UNEP, 1999)
。
イジェリアの工場の 90%は何らの公害防止措置を
取らないために、50 万トンもの未処理の産業廃棄
3.
環境問題の悪化の要因
物が捨てられている
(UNEP, 1999)
。ザンビアのル
サカにおいても、1 日当たり 1,400 トンものごみが
3−1
構造的要因
排出されるが、行政組織が人不足、資金不足から
アフリカにおける環境問題を悪化させている構
有効に機能しないため、その 90%は収集されずに
造的な要因として、次の2つの悪循環が同時進行し
放置されている。ルサカの都市人口の内、下水道
ていることが挙げられる。
設備を利用しているのは 36%に過ぎず、ほとんど
の人々は穴を掘っただけの簡易トイレを使用して
いる(UNEP, 1999)
。
296
3−1−1
環境劣化と貧困の悪循環
人間の生存に必要な食糧、エネルギーを確保す
報告書付録 1 地域別各論
るための活動が、人口増加のために自然の回復能
3−2−2
国家体制の欠陥
力を超えてしまうため、自らの生活・生産基盤を
植民地支配を経て、1960 年代にアフリカ各国は
崩壊する。その環境の劣化が人々の生活水準を低
独立を果たすが、本来、国家は国民に対し、教育や
下させて貧困をもたらす。さらに、その貧困が人
保健医療等の各種行政サービスを提供する機能を
口増加を助長させ、更なる環境劣化を引き起こす。
有するはずであるものの、国家としての歴史が浅
このような環境劣化と貧困の悪循環が伝統的な農
く、伝統的な部族社会と植民地支配の影響を今な
村コミュニティの崩壊を引き起こしている。
お残すアフリカ各国は、このような行政サービス
を提供するシステムが、今なお整備されていない
3−1−2
農村崩壊と都市膨張の悪循環
状況にある。特に、自然資源管理を始めとする環
農村における人口増加は環境劣化と貧困の悪循
境にかかわる行政サービスは、地方行政機関がそ
環を引き起こし、農村コミュニティを崩壊して農
のエンフォースメントを担うが、アフリカ各国の
村人口を都市に吐き出す。都市においても貧困が
地方行政機関はほとんど機能していないのが実状
スラムを拡大し、都市人口が急増する中、さらに
である。このように環境政策を策定、実行する国
農村から流入する人々が都市環境の悪化を促進す
家機能が有効に働かないという社会体制上の要因
る。農村コミュニティの崩壊が進行する程、農村
が、アフリカの環境問題の解決を困難にしている。
から都市への流入人口は増加し、都市の膨張とス
ラムの拡大に伴う都市環境の悪化を助長するとい
う悪循環に陥ることになる。
これらの構造的悪循環による社会現象として、
3−3
紛争・内乱による社会崩壊
アフリカの一部の国では、部族間の対立が紛争・
内戦へと発展して、人々の日常生活を狂わせ、社
土壌劣化による砂漠化が進行し、農村コミュニ
会そのものを崩壊の危機にさらし、環境悪化を促
ティの崩壊が生じているスーダン・サヘル地域か
進する要因となっている。
ら、安定した降雨量と肥沃な土壌に恵まれた西ア
ソマリアは1970年の独立以後、国内政治の混乱
フリカ大西洋沿岸部への人口移動と都市の膨張が
に加えて、旧ソ連や隣国エティオピアとの対外政
挙げられる。
策の失敗から、国内は荒廃を続け、反政府ゲリラ
が台頭して政府は機能しなくなった。住民の大部
3−2
社会体制上の要因
分が牧畜と農業に従事する資源の乏しい国である
が、国内の混乱から住民のほとんどは難民化して、
3−2−1
略奪的な生業形態
これに 130 万人にも上るエティオピア内戦から難
かつてアフリカは、自然資源が豊富で、かつ人
民が加わって、国民の飢餓はその極に達した。1992
口が少なかったことから、人々は資源を適切に管
年末には米軍を主体とする国連軍が出動し、世界
理する必要はなく、むしろ一方的に略奪するよう
各国からの人道援助も始められたが、国連軍は目
な生業形態を取ってきた。したがって、アフリカ
的を果たせぬまま 1995 年 3 月に撤退することと
のコミュニティは文化として自然資源を持続的に
なった。社会混乱と環境の疲弊は今なお続いてい
利用する伝統を有していないことが、環境悪化の
る。
根本的な要因として挙げられる。
1994 年 4 月にルワンダ大統領が搭乗する航空機
深刻な土壌劣化が進行しているエティオピアの
が砲撃され、死亡したことに起因する、フツ族を
高原地域では、土壌を肥沃化するはずの家畜の糞
中心とする政府軍による少数民族ツチ族の大量虐
や藁屑等のたい肥も、人々の生活のための燃料や
殺は、ルワンダ国内を混乱に陥れただけでなく、隣
家畜の餌として利用され尽くしてしまうため、土
国ブルンジや、さらに旧ザイール
(コンゴー民主共
壌劣化を悪化させている。
和国)
にまで飛び火して混乱を招いた。この政治的
混乱により、もともとは豊かな農村社会であった
ルワンダやブルンジの人々の生活基盤は破壊され、
297
第二次環境分野別援助研究会報告書
難民として移動を余儀無くさせるとともに、国境
り、1995年までには一部の国
(チャド、赤道ギニア、
を介してタンザニア国側に作られた難民キャンプ
リベリア、ソマリア、スーダン、コンゴー民主共和
等の移動先においても、限られた土地への過密な
国)
を除いて、ほとんどの国において政府の承認済
人口集中により、新たな環境破壊を引き起してい
みか策定中の状況にある(World Bank, 1995)
。
アフリカ各国が策定した NEAP で指摘されてい
る。
一方、旧ザイール(コンゴー民主共和国)も豊か
る環境問題は第 1 に土壌劣化、次に都市環境の悪
な森林資源と鉱物資源を有しているにもかかわら
化、続いて、森林破壊、水資源不足となっている。
ず、この政治的混乱のため自然資源は有効に開発
また、環境問題の原因としては、第1に急激な人口
されることなく、経済発展は進んでいない。
増加と自然資源に係る所有権の不明確さを挙げて
その他、西アフリカのリベリアやシエラ・レオー
ネでも国内の紛争が続いており、国家の立て直し
と人々の日常生活の回復が、環境悪化を阻止する
ためにも、切に求められる。
おり、それに続くものとして、貧困とマクロ経済
政策の失敗を挙げている。
環境問題解決のための政策としては、第1に規制
を実施するための制度の確立、次に、自然資源に
対する所有権の明確化、そして環境教育等の環境
4.
環境管理体制上の課題
に対する意識改革への取り組みが強調されている。
特に、環境政策を実施する制度に関わる問題点と
4−1
国家環境行動計画
(National Environmen-
して、モニタリングと執行力の弱さ、専門能力を
tal Action Plan:NEAP)
持つ人材の不足、関係諸機関との調整能力の欠如、
環境政策を策定、実行する国家機能が有効に働
法制度との矛盾及び情報不足が挙げられている。
かないという社会体制上の問題を、アフリカの環
これらの政策を実行するためのアクションプラ
境問題の悪化の要因として挙げたが、他方で、こ
ンとしては、第1に研修を通じた人材育成と制度作
れを克服するために、環境問題を担当する省庁・公
り、次に、効率化のための制度改革、さらに関係機
的機関を設置するとともに、環境政策を策定し、ま
関との適切な調整及び法制度の整備が挙げられて
た、環境に関する法律を制定することにより、国
いる(World Bank, 1995)
。
家としての環境管理体制づくりを進めてきている
のも事実である。しかしながら、このような環境
問題を担当する政府機関は、国家統治機構におけ
して以下の 4 点が挙げられる。
1) 環境に関わる財やサービス及び自然環境は、
る付加的な位置付けとしての権限しか持てず、既
単なる消費財ではなく、貴重な資源として
存の諸政府機関の単なる合併的組織であったり、
の価値を持つ資本財であること、及び将来
他の政府機関との調整役を果たすのみであること
世代のためにこれらの資源を保護する必要
が多かったため、有効に機能し得なかったと言え
があることを明記していること。
る(UNEP, 1999)
。
2) 環境問題が複数のセクターに跨がる複雑な
そこで、1980 年代以降、世銀その他の援助機関
社会問題であることを強調していること。
の支援を得て、アフリカ各国は国家環境行動計画
3) 環境問題についての幅広い分析を通じ、環
(National Environmental Action Plan:NEAP)の策定
境の更なる悪化を食い止めるための方策を
を進め、より効果的な環境管理体制作りに努めて
示していること。
きている。NEAP は各国の環境問題の状況を記述
4) 環境政策を実行に移すための制度改革に焦
し、その原因を明らかにするとともに、解決のた
点を当てることにより、問題解決のための
めの政策とアクションプランを提案している。マ
責任の所在を明らかにしたこと。
ダガスカル、モーリシャス及びセイシェルで始
まった NEAP の策定は、その成果を受けて、ベニ
ン、ブルキナ・ファソ、ガーナ及びガンビアに広が
298
また、アフリカ各国が策定した NEAP の特徴と
報告書付録 1 地域別各論
4−2
地方環境行動計画(Local Environmental
Action Plan:LEAP)
4−3
広域的な環境問題への取り組み
環境に関するアフリカ地域全体としての取り組
自然資源管理を始めとする環境にかかわる行政
みは、1985 年にカイロで開催されたアフリカ環境
サービスは、地方行政機関がそのエンフォースメ
大臣会議(The first African Ministerial Conference on
ントを担うものの、アフリカ各国の地方行政機関
the Environment:AMCEN)に始まる。この会議は、
はほとんど機能していないのが実状であることを
アフリカ統一機構(Organization of African Unity:
既述したが、地方環境行動計画
(Local Environmen-
OAU)、国連アフリカ経済委員会(United Nations
tal Action Plan:LEAP)の策定を通じた新たな試み
Economic Commission for Africa:UNECA)及び
がなされている。このLEAPは、NEAPを補完する
UNEP との協力により開催され、1980 年代後半以
ものとして国がイニシアティブを取る場合と、地
降のアフリカにおける広域的な環境問題への取り
方が独自にイニシアティブを発揮して策定する場
組みにおいて、大きな役割を果たしてきた。
合とがあり、対象とする範囲も州・都市・村落レベ
ルと様々である。
同会議を通じ、アフリカの主な生態系
(砂漠、乾
燥地帯、熱帯雨林・森林、沿岸海洋・河川・湖沼、
アフリカ南部やナイジェリアでは、州レベルの
島嶼)に応じた5つの委員会、及び技術分野(土壌・
LEAP が NGO との連携により策定されている。ナ
肥料、気象、水資源、教育・訓練、科学技術、生物
イジェリアの場合には、1988 年に連邦環境保護機
多様性、エネルギー、環境モニタリング)ごとの8
関
(Federal Environment Protection Agency:FEPA)
が
つの技術協力ネットワークが設置されるとともに、
設立されたのを受け、首都を含む31の各州で州環
村落レベルでの持続的環境利用の取り組みが促進
境保護機関(State Environment Protection Agencies:
された。
SEPAs)が設立あるいは設立準備中にある。この
さらに、1992年の
「国連環境と開発会議」
を経て、
SEPAは、各州における環境にかかわる委員会の設
アフリカにおける広域的な環境問題解決への取り
置やワークショップの運営、住民の環境教育に携
組みは、国際的支援を得ることとなり、活発化に
わり、既にイモ(Imo)州のSEPAにおいては州環境
行われるようになった。
行動計画(State Environment Action Plan:SEAP)の
他方、小さく分割された国家市場のデメリット
策定を始めている。他の州でも、NGOや大学、州
を補うために、地域経済圏構想による様々な広域
政府と連携しながら、SEAP の策定を進めつつあ
国家連合が設立されてきており、その主目的は貿
る。FEPAも、オグン
(Ogun)
州とボルヌ
(Bornu)
州
易促進のための関税障壁撤廃等の経済的なもので
をモデル州として SEAP の策定を支援している。
あるが、その広域的取り組みを環境問題解決に活
また、ブルキナ・ファソやマリでは、村落レベル
の LEAP が土地利用計画と自然資源の持続的利用
かすことが今後期待される。
数多くあるアフリカにおける地域経済圏の中で、
のために策定され、実施されている。ブルキナ・
最も先進的な活動をしている南部アフリカ開発会
ファソの場合には、2,500 あまりの農村コミュニ
議(Southern African Development Community:
ティが LEAP 策定に参加し(1994 年 12 月時点)
、土
SADC)
は、1996年に、環境問題への取り組みにお
地管理に利用している。この計画策定は、社会経
ける重点課題として、①社会的平等の達成と自助
済的要因を考慮した上で、コミュニティの参加と
努力、②貧困層の保健、収入等の生活改善、③将来
農民との対話を重視して進められた。さらに、都
世代のための自然資源の持続的利用を挙げている
。
市レベルのLEAPも、ケープタウン(南アフリカ)
、 (UNEP, 1999)
ハラレ(ジンバブエ)
、アビジャン(象牙海岸)、ダ
多様な生態系を背景とするアフリカの自然環境
カール(セネガル)で作成されている(World Bank,
において生じる様々な環境問題を解決する上で、
1995)
。
国家の枠組みを超えて、同じ自然環境を有する
国々が連携して取り組むことが効果的であると言
えよう。
299
第二次環境分野別援助研究会報告書
5.
主要ドナーの取り組み
Sustainable Development in Sub-Saharan Africa:A
World Bank Agenda”が提出された。
5−1
多国間援助機関
この中で、これまでの取り組みから得られた教
訓と今後の方針として、以下の2点他が挙げられて
5−1−1
アフリカ開発銀行
(African Development Bank:AfDB)
いる。
(1)各国が作成した国家環境行動計画(NEAP)
AfDBにおける環境への取り組みは、1987年に社
は、環境に対する意識を高めるとともに、環
会環境政策部(the Social and Environmental Policy
境政策の策定や環境に係る制度作りにおい
Division)を設置したことに始まり、1990 年には
て重要な役割を果たしてきた。今後も、コ
Environmental Policy Paper が理事会(Board of
ミュニティレベル、国レベル、更には地域レ
Directors)に承認された。
ベルにおける環境計画作りや行動指針策定
に NEAP を活用していくべきである。
このペーパーには、アフリカにおける環境問題
の実態について分析し、AfDBが投資計画を策定す
(2)国別環境援助戦略(Country Environmental
る際に指針とすべき各セクターの環境政策を提示
Strategy Papers:CESPs)は世銀のサブサハラ
するとともに、プロジェクト実施時に環境アセス
アフリカ地域に対する環境援助計画策定の
メントを適用する際の方法論や、国レベルでの環
指針として使われてきたが、今後はこの戦
境政策の策定及び自然資源の環境管理体制作りへ
略をより系統的に活用するとともに、アフ
の支援策が取りまとめられており、同銀行の環境
リカ各国との対話の場でも有効利用を図る
への取り組みの基本政策となっている。
べきである。
AfDBが指針とする環境政策の原則は以下の6点
5−2
である。
二国間援助機関
(1)長期的需要を考慮した自然資源の適切な利
用に重点を置くことによって、持続的な開
発を促進する。
(2)各国の持続的開発戦略に環境への配慮を組
み入れる。
(3)女性や若年層等の社会的弱者や貧困層を自
然資源管理に参加させる。
(4)環境に配慮した開発戦略を実行するための
制度的枠組み作りや人的資源の開発を強化
5−2−1
USAID
アフリカにおけるUSAIDの自然資源管理及び環
境に係るプログラムは、以下の3点に重点が置かれ
ている。
(1)持続的農業の実施
(2)熱帯雨林の保全
(3)生物多様性の保護
また、FRAME と呼ばれる情報及び人的ネット
ワークを設置し、USAIDがアフリカにおける環境
する。
(5)アフリカの環境問題の生態学的な多様性や
関連の援助投入を意志決定する際に活用している。
複雑性を考慮した、総合的な自然環境管理
このFRAMEは、USAIDの環境関連情報や経験・ノ
を行う。
ウハウ等を蓄積したデータベース、その情報ネッ
(6)環境に係る政策や手続き等に関し、ドナー
トワーク及びUSAIDのアフリカ専門家の人的ネッ
諸国やその他の国際機関との協調を図る。
トワーク、さらに意思決定のための分析ツールの3
つで構成され、主に関係者間及び意思決定者との
5−1−2
世銀
1995 年 9 月、これまでのサブサハラ・アフリカ
300
対話を通じ、またモニタリング及び評価作業によ
る学習を通じて実際の場に適用される。
地域に対する世銀の環境援助の取り組みを評価す
これまでの主な取り組みの中で、USAID はコ
るとともに、今後の同地域への環境援助に係る戦
ミュニティレベルの地域による自然環境管理を通
略を取りまとめた報告書“Toward Environmentally
じ、農民の収入増加や自然環境の保全を図ること
報告書付録 1 地域別各論
の重点を置いてきた。南アフリカにおける地域に
い地域において、より有効的に開発の触媒
基盤を置いた野生動物保護管理への支援は、生物
としての役割を発揮することを目指してい
多様性の保全に繋がった。
るため(CIDA, 1999)
。
また、セネガルでの森林保全、アフリカ大陸の
環境変化及び飢餓早期警報システムの構築、マラ
6.
援助ニーズ
(World Bank, 1995)
ウイでの GIS を利用した農業生産の多様化への支
援等を行ってきた。
今後の取り組みとして、アフリカ経済が農業に
大きく依存する一方で、その生態的基盤は非常に
サブサハラ・アフリカを自然環境的特質から6つ
の地域(図1 − 9 − 1)に分けて、各地域の地域特性
を踏まえ、援助ニーズを議論することとする。
脆弱であることから、持続的農業のための適切な
自然環境管理が最も重要であるととらえ、そのた
めの政策策定支援や人的資源開発、及び環境関連
適正技術の開発に重点を置いて、アフリカへの環
境援助を展開していくこととしている。
6−1
スーダン・サヘル地域(Sudano-Sahelian
Belt)
対象国10ヶ国
(モーリタニア、セネガル、ガンビ
ア、マリ、ブルキナ・ファソ、ニジェール、チャド、
スーダン、ジブティ、ソマリア)
。
5−2−2
CIDA
アフリカ地域の中で最も脆弱かつ開発が困難な
21 世紀へ向けてのアフリカの持続的開発を実現
生態域であり、劣悪な土壌、極端に少ない降雨量、
するための戦略プログラムである Africa 21 を 1991
また旱魃の被害を受けやすいという特徴がある。
年(1998 年 6 月改訂)に発表した。
特に、内陸国(マリ、ブルキナ・ファソ、ニジェー
アフリカの持続可能な開発を実現するための優
ル、チャド)
は、ニジェール川流域及びチャド湖周
先的課題として、以下の10点が、国際社会におけ
辺を除くと開発のポテンシャルが低い。また、ナ
るコンセンサスが得られたものとして挙げられて
イル川流域は土壌劣化が進行しており、その対策
いる。1)構造調整を継続し、経済改革を進めるこ
が急務である。
と、2)農業生産性を上げること、3)経済構造の多
他方、大西洋沿岸国
(セネガル、ガンビア、モー
様化、4)
Good Governance、5)
適切な環境管理、6)
リタニア)は、貿易港の存在という地理的メリッ
起業を促進する法的特別措置、7)稀少資源の効率
ト、灌漑による農業生産の可能性、水産資源を活
的利用、8)人的資源の開発、9)人間開発的視点の
用した経済活動の可能性といった点から、開発の
重視、10)地域的統合の促進、である。
ポテンシャルは比較的高い。
CIDAはこれまで上記開発課題に対し支援してき
耕作可能な土地の面積は、この地域全体の 20%
たが、今後はさらに戦略的に取り組んでいく必要
未満に限られており、しかもほとんどが乾燥した
があり、特に、地域的統合の促進に対する支援を
砂漠である。また、森林面積及び湿潤なサバンナ
最も優先すべき課題と考える。地域的統合の促進
は10%未満であり、毎年0.8%の割合で減少してい
を第 1 の優先課題とする理由は以下のとおりであ
る。このように耕作可能な土地が限られているた
る。
め、農業生産が低水準かつ不安定にならざるを得
(1)典型的なアフリカ一国の狭く脆弱な経済構
ない状況にある。1 人当たりの耕作面積は 0.1 ∼
造では長期的な視点に立った持続可能な開
0.56haであり、耕作可能な土地の約半分は毎年、収
発は困難であり、経済的な発展と多様化を
奪的な移動耕作により使用される状況にあるため、
実現するためには、より広い市場が必要で
土壌の劣化が進行している。
あるため。
現在は平均して 2 年ごとの周期で耕作を繰り返
(2)CIDAは最近、アフリカ地域の事務所を統合
しているが、現状の技術水準のままで、土壌劣化
し、ハラレとアビジャンに広域事務所とし
を阻止し、土壌の肥沃度を維持するためには、少
ての拠点を置くことにより、統合された広
なくとも6年ごとの周期による耕作に緩和するか、
301
第二次環境分野別援助研究会報告書
Sudano-Sahelian Belt
Humid West Africa
The Congo Basin
East Africa
Southern Africa
The Islands of the
Indian Ocean
付図 1 − 9 − 1 地域区分
出典:World Bank,“Toward Environmentally Sustainable Development in Sub-Saharan Africa:
A World Bank Agenda”, Dec. 1995
Niger River Valley
and Inner Delta
Senegal
River Valley
Nile Valley
Mali
Mauritania
Niger
Chand
Sudan
Burkina
Gambia
Senegal
Lake Chad
Area
Djibouti
Somalia
Hot spots
付図 1 − 9 − 2 スーダン・サヘル地域(Sudano-Sahelian Belt)
出典:World Bank,“Toward Environmentally Sustainable Development in Sub-Saharan Africa:
A World Bank Agenda”, Dec. 1995
現在の 3 倍の耕作可能地を確保するかの選択が必
が、大西洋沿岸地域への南下という人々の移動を
要である。しかし、この地域の厳しい気候条件は、
引き起こしている。
大量の肥料を投入して生産量を拡大するような農
業生産技術には適さない。
このようなスーダン・サヘル地域のディレンマ
302
農村における急激な人口増加は、既にこの地域
が耐えることができる限度を超えており、特に、ブ
ルキナ・ファソ、チャード、ガンビア、ニジェール
報告書付録 1 地域別各論
Guinea Bissau
Fouta Djallon
Burkina
Benin
Guinea
Ivory Coast
Sierra Leone
Mount Loma
Liberia
Togo
Ghana
Mount Nimba
Hot spots
Nigeria
Niger Delta and
Coastal Zone
付図 1 − 9 − 3 西アフリカ沿岸湿潤地域(Humid West Africa)
出典: World Bank,“Toward Environmentally Sustainable Development in Sub-Saharan Africa:
A World Bank Agenda”, Dec. 1995
では、急激な土壌劣化と生活に必要な水、薪炭資
年間 5%を超える急激な勢いで消失している。ま
源の不足という悪循環に陥っている。また、土壌
た、この地域の人口の約 3 分の 1 が、幅 60km に過
劣化の拡大は、土壌中の養分の消失・土壌構造の
ぎない沿岸ベルト域に集中して居住しているため、
破壊・土壌表面の硬化を広い地域で引き起こし、そ
本来的に脆弱な沿岸生態系は急激な人口増加の影
れ故に降雨の土壌への浸透と保持を困難にするた
響をもろに受けており、特にナイジェリアのニ
め、結果として旱魃を招きやすい。
ジェール川河口地域は、深刻化する産業公害と都
以上を踏まえ、スーダン・サヘル地域における
環境援助ニーズとして、以下が挙げられる。
市環境問題とも相俟って、環境への人口圧力が高
まっている。また、この地域の多様な生物相の多
(1)土壌保全、森林保護を中心とする自然資源
くも既に失われてしまっており、ギニアのニンバ
管理プロジェクトを通じ、土壌劣化の悪循
山域等の残された数少ない自然資源も危機に瀕し
環を断ち切ること。
ている。
(2)砂漠化防止条約を踏まえ、世銀、国連、他ド
スーダン・サヘル地域に比較するとこの地域の
ナーと協調して、各国の旱魃対策や水資源
都市化は進んでおり、人口の約 40%が都市に居住
管理、薪炭資源の持続可能な利用への取り
している。また、この地域の約半分の土地は耕作
組みを支援すること。
可能である一方で、かつてはこの地域のほぼ全域
を覆っていた森林は約3分の1に減少してしまって
6−2
西アフリカ沿岸湿潤地域(Humid West
Africa)
いる。
この地域における 1 人当たりの耕作可能面積は
対象国9ヶ国(ギニア・ビサオ、ギニア、シエラ・
平均で 0.12 ∼ 0.39 ヘクタールであり、生産性の高
レオーネ、リベリア、象牙海岸、ガーナ、トーゴー、
さや気候条件の緩やかさに加えて、都市人口の割
ベニン、ナイジェリア)
。
合が高い故の農産品市場の大きさが、農業生産に
この地域の自然資源は、安定した降雨量と肥沃
好条件をもたらしている。耕作可能な土地の約半
な土壌により、スーダン・サヘル地域に比較する
分は毎年使用されているため、主に北部地域にお
と開発に適している。
いて移動耕作による土壌劣化圧力が懸念されるが、
しかし、域内の人口増加に加えて、スーダン・サ
南部地域ではコーヒーやココア等のプランテー
ヘル地域からの人々の流入による人口増加により、
ション農業が支配的であるため、この問題はそれ
環境への圧力は増し続けており、熱帯雨林の多く
程深刻ではない。
は消失した。また、残された熱帯雨林も年間約2%
で消失し続けており、特に、象牙海岸においては
西アフリカ沿岸湿潤地域における環境問題とし
て、次の 2 つの地域を注視する必要がある。
303
第二次環境分野別援助研究会報告書
取り組み。
(1)ガーナのアクラからナイジェリアのニジェー
ル川河口にかけての沿岸地域
(2)残された熱帯雨林の保護。
約 500km の海岸線に沿うこの地域の人口は、今
(3)主要河川が源を発する西アフリカ分水嶺
(ギ
後50百万人を超え、巨大都市が連続して位置する
ニア及び周辺国に跨がるフータ・ジャロン
地域となることが見込まれる。
山地、ニンバ山域、ローマ山域)の保護。
環境への圧力は、特にナイジェリアで深刻な状
況にあり、スーダン・サヘル地域から南下する人
6−3
コンゴ盆地(Congo Basin)
口の流入が、今後この沿岸地域の環境悪化に拍車
対象国7ヶ国(カメルーン、中央アフリカ、赤道
をかける恐れがある。ニジェール川をはじめとす
ギニア、サントメ・プリンシペ、ガボン、コンゴー、
る河川の上流域に建設された水力発電ダムの影響
コンゴー民主共和国)
。
により、河口域に供給される堆積物の減少が深刻
世界第2位の広さを誇り、多様な生物資源を有す
な沿岸域の侵食を引き起しており、さらに地下水
るとともに二酸化炭素の巨大な吸収源としての機
の大量使用とも相俟って地盤沈下も年間およそ 25
能も果たしている熱帯原生雨林を抱える特異な地
ミリのペースで進行している。今後 100 年間で 1
域である。
メートルを超える海水面の上昇が予想される中、
主な産業は、森林伐採と鉱物資源及び石油・ガ
このような沿岸域の浸食と地盤沈下が海水面の上
ス採掘に関連したものであり、人口密度はアフリ
昇による被害をさらに深刻にする可能性がある。
カで最も低いが、都市への人口集中度は最も高く
気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental
52%にも及び、経済的発展のポテンシャルは比較
Panel on Climate Change:IPCC)
の予測によると、ニ
的高く、特に、ガボン、コンゴー及びカメルーンの
ジェール川河口域の人口の約 80%が海水面の上昇
1 人当たり GNP は比較的高水準である。コンゴー
による移動を余儀無くされ、その被害額は約90億
民主共和国は、広大な国土に豊かな自然資源を有
ドルに上ると試算されている。
するため、経済発展のポテンシャルは高いものの、
政治的不安定にために開発は進んでいない。
(2)ギニア及び周辺国に跨がるフータ・ジャロン
山地、ニンバ山域、ローマ山域
この地域の 4 分の 3 は耕作可能な土地であるが、
ほとんどは熱帯雨林下となっている。したがって、
これらの地域は、ニジェール川、セネガル川、ガ
この地域の農地面積の割合は約 15%に止まってい
ンビア川等の主要河川が源を発する西アフリカ分
るため、伐採による熱帯雨林の破壊のおそれも、現
水嶺となっている。特に、ギニア、リベリア、象牙
在までのところそれ程高くない。しかし、人口密
海岸3ヶ国の国境に位置するニンバ山域は豊かな生
度の高い周辺地域と隣接する区域においては伐採
物相を有しており、西アフリカにおける貴重な自
が進行している。現時点(1995)での森林伐採の割
然資源である。しかし、国際的な保護活動にも拘
合は年間0.5%程である。この地域における自給の
わらず、貧困と環境の悪循環により、これらの貴
ための食糧生産を目的とする農業の重要性は、他
重な自然資源の劣化も既に進行してしまっている。
の地域に比較すると低く、むしろプランテーショ
また、ローマ山域を有するシエラ・レオーネにお
ンによる輸出や都市での現金獲得のための農産品
ける昨今の治安の悪化も、環境破壊を促進しかね
生産が支配的である。
ない社会的要因として注視する必要がある。
森林伐採による林業は、この地域における重要
な産業であるが、その環境に与える影響は今だ調
以上を踏まえ、西アフリカ沿岸湿潤地域におけ
る環境援助ニーズとして、以下が挙げられる。
304
査中であり、持続可能な伐採が可能か否か結論は
出ていない状況にある。したがって、この地域の
(1)沿岸環境問題への取り組み。特に、象牙海岸
貴重な森林資源の保護のために、適切な政策の策
からナイジェリアにかけての人口集中地帯
定と併せて、それを実現するためのモニタリング
における都市環境問題、産業公害問題への
の実施や土地利用計画の策定が必要である。
報告書付録 1 地域別各論
Western Highlands
Central
African Republic
Northern frange of
the rain forest
Cameroon
Equatorial Guinea
Sao Tome
Gabon
Congo
Zaire
Kivu Area
Hot spots
Southern frange of
the rain forest
付図 1 − 9 − 4 コンゴ盆地(Congo Basin)
出典:World Bank,“Toward Environmentally Sustainable Development in Sub-Saharan Africa:
A World Bank Agenda”, Dec. 1995
以上のように、コンゴ盆地における環境問題は、
ドルにも達している。
アフリカの他の地域に比較すると、現在までのと
温暖な気候環境に恵まれた高原地域では、傾斜
ころ、その深刻さの度合いは低いが、長期的に見
地での土壌流出に対する対策が必要であるものの、
た場合、次の 3 点が懸念される。
肥沃な土壌を利用した集約的農業が行われている。
(1)地域住民による生活のための森林資源の利
しかし、この地域のほとんどは乾燥、あるいは半
用を保証する一方で、地球環境問題として
乾燥の不毛な土壌に支配されている。この地域は
生物多様性の保護と地球温暖化の防止のた
基本的に農村社会であり、都市へ人口集中度はサ
めに世界的に森林資源の保護が叫ばれてい
ハラ以南アフリカで最も低く、特にルワンダとブ
る中、地域の利益と地球全体の利益をいか
ルンディにおける都市人口比率は 6%に過ぎない。
に調和させていくか。
したがって、限られた耕作可能な土地に人口が
(2)沿岸地域において、都市環境を維持しなが
集中することとなり、この人口圧力が土壌劣化等
ら、いかに産業を発展させていくか。
の環境問題を引き起こしている。この地域におけ
(3)周辺地域から流入してくる人々がもたらす
る耕作可能な土地面積は全体の約 4 分の 1 に過ぎ
人口圧力をいかに緩和するか。特にスーダ
ず、特に、ルワンダ、ブルンディ及びケニアにおけ
ン・サヘル地域と接する北側周辺部と東ア
る 1 人当たり耕作面積は 0.10 ∼ 0.24ha(1990 年時
フリカ地域と接する東側周辺部において懸
点)
に止まっており、土地不足が懸念される。この
念される。
ような状況に対し、ケニアの首都ナイロビ近郊等
では、集約的な農業により、増加する人口を支え
6−4
東アフリカ地域(East Africa)
る努力もなされているが、農業のみでは増加する
対象国7ヶ国(エリトリア、エティオピア、ケニ
人口を支えることは困難な状況になってきている。
ア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ、タンザニア)
。
この地域における森林面積は全体の 20%に過ぎ
この地域の国立公園や保護区においては野生動
ず、その中でも貴重な生物相を有する、残された
物をはじめとする豊かな生物相が見られ、観光資
わずかな熱帯原生林は、人口圧力による破壊の危
源として外貨収入をもたらしている。特にケニア
機に瀕している。FAO によると、この地域の森林
においては、観光による外貨収入が年間約800百万
消失率は年間約 1%と試算されている。
305
第二次環境分野別援助研究会報告書
Eritrea
Ethiopian
Highlands
Ethiopia
Rwenzori
Range
Uganda Kenya
Kenyan and
Tanzanian Highlands
and Lake Victoria
Rwanda
Burundi
Coastal zone
Tanzania
Hot spots
付図 1 − 9 − 5 東アフリカ地域(East Africa)
出典:World Bank,“Toward Environmentally Sustainable Development in Sub-Saharan Africa:
A World Bank Agenda”, Dec. 1995
海抜 1,500m を超えるエティオピア高原は、エ
沿岸都市環境問題への取り組み。
ティオピアの国土の約半分を占め、人口の約 90%
及び農用地の約 95%を支えている。このエティオ
アフリカ南部地域(South Africa)
ピア高原のほとんどの地域では土壌劣化が進行し
対象国10ヶ国(アンゴラ、ザンビア、マラウイ、
ており、特に北部及び東部地域においては深刻な
ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、モザンビーク、
状況にある。また、土壌を肥沃化するはずの家畜
スワジランド、レソト、南アフリカ)。
の糞や藁屑等のたい肥も、人々の生活のための燃
この地域は、その有する生物相の豊かさや産業
料や家畜の餌として利用され尽くしてしまうため、
開発のポテンシャルの高さという点では恵まれて
土壌劣化を悪化させている。
いるが、ほとんどが乾燥あるいは半乾燥の気候環
また、タンザニア中央部と、ケニア、ウガンダ、
境下にあるため、旱魃の被害を受けるリスクが高
タンザニア 3 国に跨がるビクトリア湖周辺におい
い。豊かな生物資源は、管理のいき届いた国立公
ても人口が集中しており、土壌劣化が進んでいる。
園や保護区、ゲーム・リザーブとして利用されて
ケニアからタンザニアにかけてのインド洋沿岸地
おり、外貨収入をもたらしている。
域における都市環境問題も、特にダルエスサラー
ムやモンバサ周辺域で深刻な状況にある。
以上を踏まえ、東アフリカ地域における環境援
助ニーズとして次が挙げられる。
南アフリカを始めとする一部の国々では、アパ
ルトヘイトに代表される過去の国家政策が環境に
対しても負の影響を及ぼしている。すなわち、富
裕層に対する過度の補助金等の優遇策が、土壌や
(1)アグロフォレストリーや集約的かつ持続的
水資源を効率的に管理することなしに、肥料の大
農業を通じての、土壌劣化に配慮した農業
量投入や灌漑設備に頼る農業生産を促してきた。
への取り組み。
(2)観光を通じた外貨獲得源である、豊かな野
生動物に象徴される生物多様性の保護。
(3)ビクトリア湖を始めとする淡水域の持続的
利用。
(4)モンバサやダルエスサラームを始めとする
306
6−5
都市化については、鉱工業が発展している南ア
フリカを始めとする国々では進んでおり、都市人
口比率は 50%を超えている。一方で、農業を中心
とする国々の都市人口率は低く、マラウイでは 14
%程に過ぎない。また、石炭を主要なエネルギー
源とする産業構造に起因して、南アフリカにおけ
報告書付録 1 地域別各論
Luanda
Coastal Zone
Huambo
Area
Malawi
Lake Malawi
Area
Angola
Zambia
Zimbabwe
Okavango
Inner Delta
Namibia
Mozambique
Botswana
Pretoria
Johannesburg
Area
Lesotho
Cape Point
Swaziland
South Africa
Hot spots
Coastal zone
付図 1 − 9 − 6 アフリカ南部地域(South Africa)
出典:World Bank,“Toward Environmentally Sustainable Development in Sub-Saharan Africa:
A World Bank Agenda”, Dec. 1995
る産業公害も深刻であり、ヨハネスブルクの大気
汚染はこの地域で最悪の状況にある。
以上を踏まえ、南アフリカ地域における環境援
助ニーズとして次が挙げられる。
この地域における半分近くの土地は耕作可能で
(1)南アフリカにおいて都市人口が全人口の半
あり、比較的良好な土壌条件を有するが、気候変
数を超えているように、この地域では都市
動による旱魃が周期的に起こり得るような厳しい
人口の割合が高いことから、都市環境問題
気候条件下にある。
への対策が第1。特に、都市における生活の
森林の占める割合は全面積の 40%程であるが、
質に悪影響を及ぼす大気や水質等の産業公
南アフリカに典型的に見られるごとく、その多く
はプランテーションとなっている。FAO の試算に
害対策が必要。
(2)観光収入の源となる、野生動物等の多様な
よると、この地域の森林消失率は年間 0.5%であ
る。
生物層の保護。
(3)特に、南アフリカとジンバブエにおける適
この地域の農業形態は、大規模で機械化された
切な土地改革の実施と、安定した食糧供給
市場指向型農業から、自給自足の小規模農業まで
にための持続的かつ効率的な農業の振興。
多様性に富んでいる。農業政策を巡る大きな課題
(4)適切な水資源管理を通じた、気候変動によ
として、効率的な農業生産を維持しながら、如何
に人口の大多数を占める小規模農民に土地を分配
る旱魃への対策。
(5)モザンビークにおける沿岸環境の保全。
していくかという問題があり、ジンバブエにおい
ては、土地の奪い合いが紛争に発展し、治安悪化
を招いている。これに対し、南アフリカでは土地
改革プログラムを実施し、問題の解決を図ってい
る。
南アフリカ地域で土壌劣化が深刻なところは、
アンゴラの首都ルアンダ周辺沿岸域から中央部フ
アンボ周辺にかけての放牧地帯、レソト高原及び
ボツワナ北東部である。
6−6
インド洋島嶼地域
(Indian Ocean Islands)
対象国4ヶ国(セイシェル、コモロ、マダガスカ
ル、モーリシャス)
。
発展の度合いは異なるが、この地域に共通する
特徴として次の 4 点が挙げられる。
・ 世界的にも貴重な多様な生物相を有する
(特に
マダガスカル)
。
・ 主に観光資源として海洋環境の保全が重要で
307
第二次環境分野別援助研究会報告書
Seychelles
Comoros
Central
Highlands
Eastern mountain
rain forest
Madagascar
Hot spots
Mauritius
付図 1 − 9 − 7 インド洋島嶼地域(Indian Ocean Islands)
出典:World Bank,“Toward Environmentally Sustainable Development in Sub-Saharan Africa:
A World Bank Agenda”, Dec. 1995
ある。
(1)マダガスカル中央部高原地域:農業が盛ん
・山間部においては土壌保全が急務である。
に行われているが、土壌劣化が進行してい
・観光開発が経済発展の原動力となっている。
る。
この地域の中では、マダガスカルが最大の島で
(2)マダガスカル東部熱帯雨林:世界的にも貴
あり、その固有の植物相と動物相の存在は世界の
重で多様な生物相を抱える熱帯雨林地域で
注目を集めている。モーリシャスとセイシェルが
あるが、人口増加による農地開発と土壌劣
過去30年間で、観光開発や産業開発を通じて堅実
化対策の遅れが森林破壊を招いており、さ
な経済発展を遂げてきたのに比較して、マダガス
らに頻繁に襲来するサイクロンが拍車をか
カルとコモロの開発は遅れている。この地域の半
けている。保全対策はなされてきているが、
分以上は耕作可能な土地であり、比較的良好な土
今後も長期的に取り組んでいく必要がある。
壌条件と気候条件に恵まれているが、山間部にお
ける土壌劣化のリスクの高いことが懸念される。
以上を踏まえ、インド洋島嶼地域における環境
援助ニーズとして次が挙げられる。
森林については、かつてはこの地域のおよそ4分の
(1)土壌劣化対策。
3 を占めていたが、現在では 4 分の 1 に満たないま
(2)マダガスカルの世界的に貴重な固有の生物
でに激減してしまっている。森林消失率は年間1%
程であり、特にマダガスカルにおける森林破壊が
相の保護。
(3)島嶼地域という観光資源を活かして安定し
深刻な状況である。
た観光収入を維持するための都市環境問題
この地域では主に市場向けに特化した農業が行
や公害対策が必要である。
われている。マダガスカルにおける人口分布の特
徴として、中央部の高原地域に人口の大部分が集
まとめ
中している一方で、西部地域では農業生産のポテ
アフリカの6地域は、上記のように異なった援助
ンシャルにもかかわらず人口密度が低くなってお
ニーズがあるものの、大別すると疎林を含む森林
り、自然資源に即した人口分布となっていないこ
資源の減少、枯渇、薪炭資源の不足、農業の基盤で
とが挙げられる。
ある農地の劣化、野生動植物資源の減少などの再
環境問題として注目すべき地域は次のとおりで
ある。
308
6−7
生可能自然資源が適正に行われていないことに起
因するものと、農村の疲弊に伴った都市人口の急
報告書付録 1 地域別各論
増による都市問題に集約できる。
研究会報告書」
。
しかしながら、域内の諸国は資源管理を行う行
・国際協力事業団プロジェクトチーフアドバイ
政機関が十分に機能し得ず、特に資源管理を直接
ザー増子博
(1996)
、
「アフリカにおける緑の国際
行う出先機関や地方行政機関が管理能力を有して
協力」。
いないことが問題である。そのため技術協力に
よって受入れ国行政機関の組織・制度強化を支援
しても成果が得られにくい。一方、都市問題につ
いては、多くの関係機関が個別に対処しようとし
ていて、関係機関間の協力がなく、必要なインフ
ラ整備についても財源のめどが立たないため放置
されている。
このような国々に対する環境分野の協力は実行
に多くの困難が伴うのみならず成果を上げない
ケースも多い。環境問題を抱える特定のコミュニ
ティの生活向上を目的に、インプット量の少ない、
小規模な支援が模索されるべきであろう。
・国際協力事業団
(1991)
、
「アフリカ援助研究会報
告書」。
・国際協力事業団
(1997)
、
「タンザニア国別援助研
究会報告書」。
・国際協力事業団
(1995)
、
「ガーナ国別援助検討会
報告書」
。
・国際協力事業団
(1995)
、
「セネガル国別援助検討
会報告書」
。
・国際協力事業団
(1992)
、
「ケニア国別援助研究会
報告書」
。
・国際協力事業団企画部
(1993)
、
「国別環境情報整
備調査報告書(ケニア)
」
。
・社団法人 海外環境協力センター
(1992)
、
「開発
途上国環境保全企画推進調査報告書
(アフリカ地
参考文献
域)
」
。
1. 一般邦文図書
3. 英文文献
・ 伊谷純一郎他編
(1992)
、
「アフリカを知る事典」
、
・UNEP(1999),“Global Environment Outlook 2000
平凡社。
・ 那須国男著(1994)、「アフリカを知るための 10
章」
、第三書館。
・ 吉田昌夫他編
(1993)
、
「よみがえるアフリカ」
、日
本貿易振興会。
・ 大林稔編(1999)
、「アフリカ 第三の変容」、昭
和堂。
・ マイケル・バーラット・ブラウン著(1999)
、「ア
フリカの選択」
、つげ書房新社。
・ 末原達郎編(1998)
、「アフリカ経済」
、世界思想
社。
・ 石弘之(1998)
、「地球環境報告 2」
、岩波新書。
Overview, Complete Report”.
・World Bank(1995),“Toward Environmentally Sustainable Development in Sub-Saharan Africa: A World
Bank Agenda”.
・AfDB, AfDF
(1990)
“Environmental
,
Policy Paper”
.
・World Bank(1997),“African Development Indicators
1997”.
・World Bank(1994),“Adjustment in Africa”.
・CIDA,“Africa 21:A Vision of Africa for the 21st
Century”, http://www.acdi-cida.gc.ca.
・USAID,“Making a Difference in Africa”, http://
www.info.usaid.gov/regions/afr/.
・ 石弘之
(1987)
、
「地球生態系の危機」
、筑摩書房。
2. 邦文報告書
・ 国際協力事業団
(1988)
、
「分野別
(環境)
援助研究
会報告書」
。
・ 国際協力事業団企画部(1996)、「JICA 環境協力
拡充基礎調査報告書」
。
・ 国際協力事業団企画部
(1994)
、
「砂漠化対策援助
309
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 10 章 中近東
310
報告書付録 1 地域別各論
第 10 章 中近東
1.
地理及び社会経済上の特徴
などして都市環境の劣悪化を招くばかりでなく、
大規模な自然環境の破壊要因となることも多く、
1−1
地理
また多くの難民が発生し、人口が急激に増加する
東は中央アジアのパミール高原(アフガニスタ
難民キャンプ周辺で水や森林等の自然資源の収奪
ン)
から、西は北アフリカ大陸を横断して大西洋に
的利用が起き、環境劣化が進んでいると想定され
面したモロッコまで、北はトルコから南はスーダ
る。
2
ンに至る約1,500万km の広範で多様な21ヶ国とパ
産油国が多く、地球温暖化対策の世界的な進行
レスチナがその範疇に入る。気候は高温多湿の紅
による石油燃料の使用量の低下について危機意識
海及びペルシャ湾沿岸、地中海性気候の北アフリ
を有しており、将来的な石油輸出量が減少した際
カ、高山性気候のアラビア半島南部を除く大半は
の補償を先進国に求める動きもあり、気候変動枠
砂漠で代表される乾燥・半乾燥地帯である。降水
組条約の締約国会議においては独自の主張を展開
量による大まかな分類では、年降水量が250mm以
している。
下が乾燥地帯、250∼500mmを半乾燥地帯、500∼
750mmが乾燥半湿潤地帯とされるが、地域内では
2.
環境問題の概要
乾燥地帯が最大の面積を占める。
この地域の大半は乾燥または、半乾燥地帯
(地域
1−2
社会、経済
の 4 分の 3 は砂漠)で占められており、これがこの
この地域を特徴付けるのは大半の人口が信奉す
地域の環境課題を特徴づけている。特に顕著な地
るイスラーム教であるが(イスラエルを除く)
、政
域的課題として、水供給の改善
(地下水の保全)
、土
治体制は多様である。アフガニスタン、イスラエ
壌劣化の抑止、4つの地域海
(地中海、ペルシャ湾、
ル、イラン、トルコ東部を除き、アラブ系民族から
アラビア海、紅海・アデン湾)の沿岸環境管理の改
構成されており、湾岸諸国の王制・首長制、トル
善、ならびに急速に人口流入が拡大している都市
コ、エジプト等の共和制、イランのイスラム共和
での大気汚染・廃棄物問題等が挙げられる。
制等々、様々な政治体制の面を持つ。
経済面では、石油・天然ガスに恵まれ、それらの
2−1
水供給の改善
開発を通じてインフラ整備等の面に於いて相当の
多くの国では利用できる水資源が非常に限られ
水準に達している湾岸諸国や北アフリカ諸国が存
ており、今後新たな供給源を獲得することが極め
在する一方、最貧国(Least among Less Developed
て難しいことから、効率的な水利用を進める必要
Countries:LLDC)に属するアフガニスタン、イエ
があり、灌漑の改善の他、上水道の漏水対策など
メン、スーダン等は非産油国に分類され、これら
も重要である。都市部については安全な水へのア
LLDC においては長く紛争(内戦)下にある国々も
クセスが9割を超えている国も多いが、農村部への
あり、貧困−紛争−自然資源及び生活環境破壊−
水道普及率は 7 割から 8 割に留まっていたり(エジ
貧困の悪循環に陥っている国々が多い。
プト、イラン等)
、5割程度の国もある(イエメン、
イラク、モロッコ等)
。また、アフガニスタンは都
1−3
その他
第二次世界大戦、これまで4度にわたるイスラエ
ルとアラブ諸国との中東紛争、レバノン紛争、ア
市部で39%、農村で5%の普及率(以上世界子供白
書(1999 年)
)しかない。
チグリス・ユーフラテス川をめぐっては、イラ
フガニスタンにおける内線、イラン・イラク紛争、
ン、シリア、トルコが取水量や土壌の塩化が原因
湾岸戦争等、多くの紛争がこの地域において発生
で衝突を繰り返している。また、ジョルダン川を
している。これら紛争はライフラインを寸断する
めぐってはイスラエル、ジョルダン、シリアが数
311
第二次環境分野別援助研究会報告書
十年に渡り取水量を巡る争いを断続的に続けてい
れているが、2000 年 3 月に終了した「サウディ・ア
る。取水量がイスラエルの管理下にあるパレスチ
ラビア国北部紅海沿岸生物環境・生物インベント
ナでは、利用可能な水量が大きく制限されている。
リー調査(国際協力事業団)」の最終報告書によれ
サウディ・アラビアでは、海水淡水化プラント
ば、現況では顕著な影響は現れていない。アラビ
の導入や排水処理水の利用などを進めて水供給を
ア湾でも海賊のモニタリングや管轄する環境東部
改善しているが、これらは高コストであるため現
事務所の環境管理強化を目的としたJICAプロジェ
状では産油国以外の国での導入は困難である。地
クトも実施され、徐々にではあるが管理体制の強
下水の過剰な利用については既に規制が行われて
化も実行されている。
いる。
エジプト、イラン等の都市においては下水道設
備の不備により、生活排水による地下水汚染など
が発生している。
2−4
都市公害
サウディ・アラビアのリヤド、アラブ首長国連
邦のアブダビ、バハレーンなどの産油高所得国の
都市は、規模も比較的小さく、工業化は進展して
2−2
土壌劣化
いるものの大気汚染等への対策は比較的進展して
乾燥地や半乾燥地での灌漑農業は、一時的に農
おり、また風による拡散もあって住民の健康被害
業生産を飛躍的に増大させたが、一方で不適切な
は起きていないと言われているが、正確なデータ
水管理に起因する急速な土壌の塩類化を招いてい
は不足している。近年急激に増加している車輌の
る。旱魃と急速な人口増加による人口圧力の増大
排気ガス対策としては、燃料の無鉛化推進などの
は、不適切な土地開発をさらに加速させ、激しい
動きがある。しかし、これら高所得国でも医療廃
土壌浸食と土壌荒廃を誘発している。元来可耕地
棄物の処理などについては管理体制の強化が求め
面積の少ない同地域では、人口の抑制と土地管理
られている。
技術の改善により、土壌劣化及び砂漠化の進行を
その他の中・低所得国では数百万人規模の都市
防ぐことが大きな課題であるが、容易に解決でき
も多く、自動車排ガス、暖房用石炭燃焼、工場から
る問題ではない。
の排気などによる大気汚染、排水や糞尿の地下浸
透処理や化学肥料・農薬の使用による地下水や河
2−3
沿岸海域の汚染
農業における化学肥料の投入量や農薬使用量の
増大による地下水や河川水汚染の結果や、観光産
川・湖の汚染・富栄養化、廃棄物の不衛生な処理
など、多岐に渡る都市公害問題が顕在化してきて
いる。
業の振興や都市部での人口増による生活排水流入
の増加により、河川の流入する海域の汚染・富栄
その他
養化が懸念されている。また産業廃水の流入や、石
保健衛生状況について、中近東・北アフリカ地
油タンカーからの油漏れや事故による原油流出に
域の指標は途上国平均から考えると高い。安全な
よる海域汚染については、特に海水の淡水化プラ
水へのアクセス率は平均で88%(途上国平均71%、
ントを多く抱えるサウディ・アラビアなど産油高
サブサハラ・アフリカ 50%、南アジア 80%)
、5 歳
所得国にとっては特に大きな関心事項である。周
未満児死亡率は 62/1000 出生当り(途上国平均 96、
囲を砂漠に囲まれた海域においては、陸域の汚染
サブサハラ・アフリカ 170、南アジア 116)である
が直ちに海洋汚染に繋がることは少ないと見られ
ており、直接的な汚染(油膜等)の方が一般的な関
心事項である。
紅海は、サンゴ礁、海藻、ジュゴン、マングロー
ブ、海亀等多様な生物多様性を有する海域であり、
かつ厳しい自然状況から脆弱な状況にあると言わ
312
2−5
(世界子供白書 1999)
。
可耕地の少ない地域で居住地面積は広げにくい
が、人口増加率は 1998 年の地域平均で2.1%(ジョ
ルダン2.8%、シリア2.5%等)
を示しており、人口・
家族計画の推進が課題となっている国もある。
報告書付録 1 地域別各論
3.
環境問題の悪化の要因
ることはなかったが、ダム建設の影響で河川水の
強い海洋への押し出しが停止した結果、防潮堤が
3−1
水供給面積の拡大と人口増
建設出来ない状況下では海水の遡上を大きくし、
1994 年 9月にカイロで開催された「国際人口・開
河口域の土壌の塩類化を急速に拡大させている。
発会議」
を契機として、特にエジプトなどでは人口
さらに、整備された灌漑水路でのカタツムリの繁
増加率が下がってきている(1998年:1.7%)が、未
殖をきっかけに、これを宿主とする住血吸虫が発
だ 2%台後半の高い増加傾向を示している国もあ
生して住血吸虫症が拡大しているとの報告もある。
り、人口圧力は、水利用量の増加、食糧供給のため
サウディ・アラビアでは、超深層地下水(地下
の灌漑面積拡大等を通じて水供給を逼迫させる要
1,000m 以下の滞水層にある化石水)を利用した灌
因となっている。
漑が行われている。しかし、この超深層自噴井の
寿命は 7 年程度であり、化石水を汲み上げ尽くす
3−2
不適切な土壌管理、過度の収奪等
と、化石水に下接していた超高濃度(海水の 20 ∼
チグリス・ユーフラテス河口域(ペルシャ湾沿
30 倍といわれる)の塩水が引き続いて自噴するた
岸)は、世界でも最大の塩類集積地の 1 つである。
め、甚大な塩害をもたらす。化石水の埋蔵量の推
原因は大規模な灌漑開発、イラン・イラク戦争で
定が困難であるところ、1995 年以来、超深層自噴
灌漑設備が破壊されて大量の土砂が両河川に流れ
井は新設されていない。
込んで河口域に堆積したこと
(海水の遡上が容易に
なる)
などの他、河川水に欠乏しやすいこの地域で
3−3
水質汚濁
は、河川水の絶対量を確保するため、灌漑圃場か
産油国の高投資型農業の進展や都市部での人口
ら排水路を通して流出する高濃度の塩水をもう一
増による生活排水の増加により、河川や流入する
度もとの河川に混入する方法が取られており、結
海域の富栄養化が懸念されている。また重工業の
果、下流域ほど塩分濃度の高い灌漑水を利用する
展開による河川・海域の汚染も報告されている。紅
ことになることにもよる。
海やスエズ運河では、特に原油による汚染が顕著
エジプト・ナイル下流デルタ地域に過去数千年
で、石油タンカーの運行や事故による原油流出に
にわたって定期的にもたらされた大量の表土の堆
よる海域汚染が生じやすく、微妙な生態系のバラ
積が 1971 年のアスワン・ハイダムの完成によって
ンスにのっとって生息しているサンゴ、海藻、ジュ
停止したことはよく知られているが、この結果、現
ゴン、マングローブ、海亀等の海洋生物やその多
在デルタ地帯での農業の生産性が低減しているこ
様性への影響が危惧されている。
とが指摘されている。また、河口域ではこれまで
定期的な洪水・氾濫によって、河口域土壌の海水
侵入による塩類化がある範囲に限定され、拡大す
3−4
都市の膨張
付表 1 − 10 − 1 に示すように、人口増を上回る
付表 1 − 10 − 1 各国の年平均人口増加率(1995-2000)と都市の成長率
国名
年平均人口増加率(1995-2000)
都市成長率(1995-2000)
イラク
2.8%
3.7%
ジョルダン
3.0%
4.1%
サウディ・アラビア
3.4%
3.9%
エジプト
1.9%
2.6%
トルコ
1.7%
3.5%
イエメン
3.7%
5.9%
出所:世界人口白書 2000.
313
第二次環境分野別援助研究会報告書
勢いで、都市人口が急激に増加している都市が多
では、国防上の理由から地形図、航空写真などの
い。
持ち出しが困難となる場合がある。
よって、現状では上水道の普及率は比較的高い
工業化の著しい地域では汚染物質のモニタリン
ものの、維持管理体制が不備であったり、都市貧
グ強化による環境情報収集強化とそれに伴う行政
困層の居住地区への給水の不備等の問題もある。
執行能力の強化が必要である。
都市での下水道不備により、河川や地下水の汚染
が生じている。
5.
主要ドナーの主な取り組み
廃棄物処理についても、急激な都市人口の増加
に回収・処理が追い付かないことが問題の主たる
要因であるが、住民の環境意識の低さも影響して
いると見られている。
5−1
METAP
欧州投資銀行と世銀が 1990 年、EC と UNDP の
協力を得て、地中海地域諸国の環境対策プログラ
ムとして「Mediterranean Environmental Technical
4.
環境管理体制上の課題
Assistance Program:METAP」を設立した。METAP
は 4 つの優先度の高いテーマとして①総合水資源
4−1
環境関連法・規制等の改善
この地域では、過去20年間に環境に関する制度
管理、②廃棄物・有害廃棄物管理、③海岸地域管
理、④海洋汚染防止、を掲げている。
や法律の面で進展し、今日では、多くの国に環境
機関または環境管理庁等が設置されることとなっ
たが、法律の執行、具体的な環境保全のための対
5−2
多国間援助機関
世銀は、1998年の中近東地域の環境課題として、
策の推進となると未だ不十分な状況にある。これ
エジプトにおける産業公害の削減、モロッコにお
を、各国の社会経済制度に根付く内容にするため
ける総合的な水管理の促進を掲げている。
には、外部からの支援も必要と思われる。
(1)エジプトでは 1998 年 3 月より環境法の施行
5−3
二国間援助機関
を開始することになったが、それを担う環
エジプトでは、USAIDの大気汚染対策、デンマー
境庁の組織体制、地方自治体の環境部門が
クの一般環境モニタリングに関する協力が実施さ
未整備であったり、汚染発生源の環境法に
れている。
対する認識が薄く、1999 年 3 月においても
現実の施行には至っていない。
ジョルダンでは、米国、イギリス、ドイツ等が水
分野を重点に協力を実施する予定であるが、イギ
(2)シリアでは 1991 年に環境省が設置された
リスは比較的大きな投資を必要とする水分野への
が、環境保護法が審議未了のまま棚上げさ
協力からは撤退する方針でもある。パレスチナも
れており、各種環境基準も整備されないた
同様の状況にある。
め、具体的な対策は極めて不十分にしか行
われていない。
テュニジアでは北欧諸国による分別廃棄物プロ
ジェクトへの処理機材供与が実施されている。
(3)ジョルダンでは GCEP(General Corporation
for Environment Protection)
という環境保全会
5−4
日本、サウディ・アラビア協力アジェンダ
社が設置されていたが、あまりにも弱体で
同アジェンダの柱の 1 つである環境分野におい
あるため新たに環境省設置の動きがある。
て、生物多様性保護を目的とした開発調査である
「北部紅海沿岸生物環境・生物インベントリー調
4−2
統計、地理情報の整備
環境協力を実施する上では様々な統計、地理情
報が不可欠であるが、当該地域でこれらの入手・利
用に困難を来す場合が多い。サウディ・アラビア
314
査」、森林生態保護を目的とした研究協力である
「山地ビャクシン森林保全」、都市環境悪化対策な
どの協力を実施している。
報告書付録 1 地域別各論
6.
援助ニーズ
6−2
環境行政強化
法制度の整備については、整備が進んだ国と未
JICAの国別事業実施計画策定国である8ヶ国(エ
だ環境基本法が成立していない国とが混在する。
ジプト、ジョルダン、モロッコ、パレスチナ、サウ
しかし、伝統的イスラム法が国家の法体系として
ディ・アラビア、シリア、テュニジア、トルコ)に
採用されている国々では、近代法に基づく行政法
おいては、いずれも重点課題として環境問題への
はたとえ整備されても遵守すべきものという観念
取り組みを挙げており、環境問題解決のための援
に乏しいためかエンフォースメントが弱体である。
助ニーズは高いものと判断される。しかしながら、
エンフォースメントを担当する行政当局の職員 1
土壌の劣化等の再生可能兼自然資源管理は、関連
人 1 人に対する密な訓練も必要である。多くの国
するコミュニティが実行しない限り行政が声を大
で、汚染物質のモニタリング体制の整備が進めら
にして叫んでも解決されない。都市全体の管理に
れているが、未だに弱体であって、データそのも
伴う問題は関係する行政機関の数が多く、その1つ
のの信憑性を高める努力が求められる。しかしな
1 つの機関が本来果たすべき役割を財源・技術・人
がら、このデータを環境管理強化に活用し、デー
材の不足等によって達成できないでいるためと理
タを基に政策を作成し、アクション・プランに移
解すべきである。これら機関の調整は、旧来のイ
行して実行する体制には程遠いのが現状である。
スラム法や伝統的手法ではなし得ず、近代法によ
この対策としては、長期的な視点での技術協力の
る政治国家体制が不可欠でありながら国家行政制
枠組みを作成して、キャパシティ・ディベロップ
度が旧来の伝統に立脚しているため援助ニーズは
メントを目的とした段階的なアプローチが不可欠
あるものの技術協力を供与したとしても成果が出
であるが、このような協力を推進するために必要
にくいという問題を抱えている。
な国内の人材を得ることが困難という課題がある。
6−1
6−3
水資源管理・土壌劣化対策における協力
自然環境、生物多様性に関する協力
水管理問題は非常に重要であるが、例えば上水
紅海北部沿岸地域を対象とした保護区網確立に
道の漏水防止対策や下水道整備など以外、灌漑の
関する協力として、前述の「北部紅海沿岸生物環
改善などは、解決の非常に困難な課題である。
境・生物インベントリー調査」、「山地ビャクシン
所得の高いイスラエルの灌漑農業において、そ
森林保全」
などの案件がある。本来、乾燥した典型
の塩害防止技術の主幹をなすものは少量の灌水で
的な砂漠地帯は、生物にとって最も苛酷な条件で
効率的な灌漑効果を行うことである。そのために
あり実用性に乏しい。一方、実用性の豊富な区域
作物の根元に少量ずつの水を滴下する節水灌漑法
は既に密な利用がなされている。そのため、ある
が開発され、さらにこの技術を支えるために有機
程度の広がりを有する区域を指定して保護区とし
物や人工高分子剤を土壌に加えて土壌の保水性を
て管理するという考え方の生まれにくい地域と言
高めたり、貴重な雨水を集めるウォーター・ハー
える。しかしながら、地域一帯で力を有する王族
ベスティング法(傾斜面を流下する雨水を集水し、
にとって狩猟は重要な意味を持つ行為であったこ
貯水する)など多くの技術が実用化されている。
ともあり、ハンティングの対象動物であったアラ
だが、このような装置化農業は装置そのものの
ビアン・オリックスの保護や人工繁殖は援助機関
維持管理はもちろん、付帯設備の管理も必要なこ
の支援を得て実行されている。最近はサンゴ礁や
とから、大農場に拡大するにはおのずから限界が
マングローブ林など沿岸エコシステムの保全を図
あり、また低所得国での導入はその維持管理費用
る新たな動きも生まれている。
からみても困難であり、各国の経済状況によりこ
れら対策導入の有無が決定されざるを得ない。
これら自然環境、生物多様性に関する協力は、受
入れ国自身による保護区域の設定及び管理を目指
している。その支援を求めるニーズも高く、その
手法としては受入れ国がフィールド管理のための
315
第二次環境分野別援助研究会報告書
フィールド・オフィスを設置し、職員を配置し、資
源の調査研究を行うとともに持続的な資源管理や
活用の計画を作成して、コミュニティの参加を得
て実行するという息の長いプロセスが必要となる。
そのために、保護区の管理計画のための研究協力
や、将来の保護区域設定への政策へつなげるため
の開発調査を行っている。
参考文献
・国際協力事業団、
「国別環境情報整備調査報告書
(サウディ・アラビア、シリア、エジプト、トル
コ)
」
。
・国際協力事業団(2000)
、「サウディ・アラビア国
北部紅海沿岸生物環境・生物インベントリー調
査」ファイナルレポート要約版。
・国際協力事業団、「サウディ・アラビア国アラビ
ア湾環境モニタリング計画調査」中間報告書。
・国際協力事業団(1996)
、環境協力拡充基礎調査
報告書。
・UNICEF(1999)
、
「世界子供白書」
。
・UNFPA(1999)
、
「世界人口白書」
。
・農学教養ライブラリー(1998)
、
「人口と食糧」
。
・松本聰、木村眞人編
(1997)
、
「土壌圏と地球環境
問題」第 3 章「農林業開発、農業形態変化の地球
環境へのインパクト」
、名古屋大学出版会。
316
報告書付録 1 地域別各論
第 11 章 東欧
317
第二次環境分野別援助研究会報告書
第 11 章 東欧
1.
地理及び社会・経済上の特徴
1−1
地理
北はバルト三国から、南は地中海・アドリア海
2.
環境問題の概要
2−1
公害による健康影響
かつての共産党による中央統制経済は、重工業
に面するクロアチア、アルバニア、東は黒海沿岸
中心に工業生産高の増大のみを目指し、大気汚染、
のブルガリア、ルーマニア、さらには内陸のチェッ
水質汚濁、有害廃棄物処理等の環境問題を多発し、
コ、ハンガリーまで、気候、風土は多岐にわたる。
また、労働者の安全、健康については顧みること
2
213 万 km に 1 億 9,000 万人の人口を抱える。
が無く、工場周辺住民の健康影響も多数出してい
た。地理や社会、経済的背景で多様性に富む地域
1−2
社会、経済
中東欧諸国は、カトリックの影響を強く受け、ド
各国であるが、こうした中央統制経済の歴史は、環
境問題に共通のパターンを生んだ。
イツやオーストリアとの歴史的、文化的経済的な
(1)ほとんどの国で産業公害が深刻な問題と
繋がりが深く、冷戦の終焉とともに、「中部ヨー
なっている。多くの国が化学や鉄鋼など公
ロッパ」
に復帰しつつある。南東欧諸国はいずれも
害型産業が経済の中心となっている。また、
正教の文化圏にあり、オスマン・トルコの影響も
生産設備も、老朽化し効率性に劣る。メンテ
色濃く残っている。
ナンスも不十分である。
民族、言語、宗教、国の生い立ち等、各国様々だ
が、共産主義支配の共通体験を有する。
(2)チェッコの北ボヘミア地方やポーランドの
シレジア地方などの工業地帯では、大気汚
旧体制崩壊後は、EU加盟が国家目標となり、環
染が極めて深刻である。企業や家庭におけ
境政策をはじめ、あらゆる分野における改革を後
る石炭の利用が、大気汚染を一層深刻にし
押ししている。加盟交渉の第1陣として、ポーラン
ている。
ド、チェッコ、ハンガリー、スロベニア、エストニ
1
(3)ポーランドのビスワ川をはじめ、多くの河
アが選ばれ 、ブルガリア、ラトビア、リトアニア、
川で、産業及び家庭排水による水質汚濁が
ルーマニア、スロバキア、マルタが第2陣となった。
深刻な状況にある。
海外からの直接投資額は増加しているものの、
(4)1986 年のチェルノブイリ原発事故に代表さ
ポーランド、チェッコ、ハンガリーなど一部の国
れるように、原子力の安全性に問題がある。
に集中している。ポーランド、ハンガリー、スロベ
放射性廃棄物が適切に処理されていない
ニア、スロバキアの4ヶ国は、2000年までに、1989
ケースも見られる。
年の経済水準を上回る見込みである。一方、旧ユー
旧体制崩壊後の経済の混乱で、域内のエネル
ゴスラビアやアルバニアでは、いまだ民族紛争の
ギー総供給量が大幅に減少し、主要汚染物質の排
傷跡が生々しい。EU新規加盟に向け、進んだ国々、
出量が減少したが、経済の復興に伴い、環境問題
遅れた国々、全く取り残された国々との間の経済
の悪化が予想される。こうした中、環境基準の達
的格差が懸念されている。
成は、EU新規加盟承認に向けての大きなハードル
となっている。
1993年、欧州環境大臣会合2は、EAP
(Environmental
Action Programme for Central and Eastern Europe:中
東欧の環境行動計画)
を採択し、各国政府や援助機
318
1
このほかにキプロスが EU 加盟交渉の第 1 陣に入る。
2
欧州の環境問題を検討する場として開催されている国際会議で、“Environment for Europe”と称される。
報告書付録 1 地域別各論
関が当該地域で活動する上での礎としたが、ここ
景が維持された。また、市場経済への移行に伴い、
で、解決すべき第1のプライオリティは、健康を脅
農業補助金が削減されたが、その結果、肥料や農
かすおそれのある以下の環境問題であると明記し
薬の使用量が大幅に減り、生物多様性にプラスの
ている。
影響を与えたと見られる。しかし、EU加盟により、
(1)鉛、亜鉛の製錬所からの排出、あるいは有鉛
競争力の強化を目的とした大規模化、機械化が進
ガソリンを使用する輸送車輌からの排出に
めば、生物多様性に悪影響が及ぶおそれがある。
また、かつての中央統制体制では、生態系研究
起因する、大気、及び土壌中の鉛
(2)家庭、小企業、発電所、金属プラントにおけ
る石炭利用による大気中のばいじん
者も多く存在し、湿原や野生動物の生息地等、特
定の優れた自然環境区域を保護区として指定し、
(3)工場、あるいは硫黄分の高い石炭や石油を
厳正に保全する制度があった。しかしながら、市
使う家庭から排出される、二酸化硫黄
場経済化への移行プロセスの中で地方分権化が進
(4)地方の浄化槽や、畜産・農業関連企業からの
み、地方行政機関に管理が移されて、生物多様性
排出に起因する、飲料水に含まれる硝酸塩
資源をエコ・ツーリズム等の資源に活用しようと
(5)有害廃棄物や放射性廃棄物の不適切な処理
する動きがある。
等に起因する、重金属、有害化学物質による
飲料水の汚染
さらに、チェッコ、ポーランド国境地帯などで
は、大気汚染物質(酸性雨を含む)による森林被害
が深刻である。
EAP の採択から 5 年後には、モニタリング評価
が行われ、以下の結果が出された。
3.
環境問題の悪化の要因
(1)大気、及び土壌中の鉛は、依然、子供の健康
への重大な脅威となっている。ポーランド、
チェッコ、ハンガリーでは好ましい進展が
あったが、その他の国ではデータの整備が
不十分で、現状を評価できない。
環境問題を悪化させた主な要因は以下のとおり
である。
(1)石炭を産業や家庭の主要エネルギー源とし
て使用している国が多い。しかも、低品位の
(2)二酸化硫黄に起因する健康問題は、地域全
硫黄分や灰分の多い石炭(亜炭、褐炭)を使
体の現象から、散発的・局地的なものになっ
用しているため、硫黄酸化物、ばいじん等の
たが、ばいじんは、依然として、地域全体に
発生量が多い。
広く見られる問題である。
(3)飲料水に含まれる硝酸塩は、まだ十分な取
り組みがされていない。データも未整備で
ある。
(4)また、自家用車の増加に伴う排気ガスが、健
康への新たな脅威と指摘された。
(2)政府が原料やエネルギー価格を低く抑えた
ことが、資源の浪費を促し、汚染物質の発生
量の増加を招いた。
(3)鉄鋼、石炭、化学などの環境汚染型セクター
は各国経済に重要な地位を占めるが、これ
らの多くは依然国有のままで、生産設備は
陳腐化、老朽化している。また、民営化され
2−2
再生可能自然資源の急激な枯渇
東欧は、西側に比べ、生物多様性に富み、野生動
た企業においても、経営陣の交代もなく、株
主や債権者の声が経営に反映されないなど、
物の棲息する地域も広い。人口密度が低く、旧体
コーポレート・ガバナンスの改善が見られ
制が人の移動を制限したことも、生物多様性の保
ないケースが多い。
全に貢献した。
自然環境ならびに生物多様性は、農業と密接な
関連を持つが、ポーランドのように、旧体制下で
も小規模農業が存続した国では、伝統的な田園風
319
第二次環境分野別援助研究会報告書
4.
環境管理体制上の課題
は、スロバキアの Centre for Public Advocacy や、
ポーランドのEnvironmental Law Associationといっ
4−1
行政
た NGO が、環境訴訟にあたりアドバイザリー・
法制度の整備は進んだものの、これを適切に執
サービスを提供しているが、バルカン諸国では、訴
行するための、行政機構の能力強化が大きな課題
訟を起こすというケースは極めてまれで、法的な
である。説明責任や透明性が確保されず、チェッ
アドバイスを提供する NGO もほとんど存在しな
ク機能を欠くことが、検査やエンフォースメント
い。
に際しての汚職の温床となっている。
法の強制力が弱いことは、結果として、国営企
人材面では、特に、経済分析や法律のアドバイ
業の民営化プロセスを遅らせている。優良な資産
スに必要な人材が不足している。経済学者や弁護
を持つ企業や、将来性のある企業であっても、環
士に支払われる報酬は、民間セクターでは政府機
境責任に関する不確定要素が強いとの理由により、
関の数倍に上るため、行政機関が有する有能な人
プライス・オファーが低かったり、交渉が不調に
材が民間に流出し、政府の管理キャパシティの弱
終わるケースが多い。保険市場の未整備も、民営
体化に繋がっている。
化プロセスの遅れに拍車をかけている。こうした
エンフォースメントに関し、企業は排出量の報
民営化の遅れは、企業の資源生産性向上を停滞さ
告を義務付けられているが、報告にあたっては、
せ、しいては環境問題改善の妨げとなっている。
往々にして、実際の排出量の測定値ではなく、生
産量に基づく排出量の推定値が使われている。ま
た、不正に報告した場合のペナルティが低いため、
4−3
金融
限られた資金に対し、市場経済移行に伴う数多
報告値は実際の排出量よりも少なくなりがちであ
くの改革課題が競合している。金融・資本市場が
る。こうした問題に対しモニタリング体制が重要
未整備なことと相俟って、環境改善投資のための
となるが検査機関の設備や人的資源が不十分なた
資金調達が、極めて困難な状況にある。
め、チェック体制の不備が問題視され、エンフォー
環境案件に対する商業銀行の融資は、ポーラン
スメントの強化が求められている。一方、自由化
ドやチェッコなど一部の国を除き、極めて少ない。
が一層進み、中小企業の数が増えるに従い、適切
移行期の初めは、高い銀行貸出レートをなお上回
なモニタリングがますます難しくなっている。
るインフレ率により、実質金利がマイナスとなり、
また、地方分権化に伴い、旧体制下では中央政
銀行は新規貸出を控えてきたが、その後、インフ
府の管轄だった下水処理やごみ収集の業務が、地
レ率が低下するにつれて、銀行の貸出姿勢も前向
方政府に委譲されたが、行政能力が不十分な上、中
きになってきた。しかし、①長期貸出が難しい、②
央からの財政支援も削減され業務実施に支障をき
名目金利が高い、③預金・貸金の利ざやが大きい、
たす地方自治体も存在する。
④企業向け貸出比率が低い等の課題が依然残って
アルバニアやボスニア・ヘルツェゴビナでは、政
情不安と紛争の後、政府機関の再建もままならな
い状況である。
いる。
金融市場基盤が未だ確立されていない国におい
て、大きな役割を果たしているのが政府環境基金
である。基金は、環境税や罰金として徴収した資
4−2
司法
多くの国で環境責任に関する法の整備が進み、
320
金を、一般政府財政に組み入れずに、これを、民間
あるいは公共セクターに対し、有利な条件で貸し
企業は、自らが原因となった環境汚染に対して、原
出す仕組みで、大気、水質、土壌等、幅広い分野で
状回復または補償を行わなければならないと定め
環境投資を促すことを目的とする。特に、ポーラ
られた。しかし、汚染企業を相手取り訴訟を進め
ンドでは、基金からのファイナンスが、環境案件
る弁護士が不足しているなど、司法システムの機
に対する融資総額の 40%を占めるまでに至った。
能に課題があり、法の強制力が弱い。中欧諸国で
ハンガリー、リトアニア、スロベニアでも 20%を
報告書付録 1 地域別各論
占めている。
5.
4−4
5 − 1 「Environment for Europe」の枠組みにお
NGO
主要ドナーの主な取り組み
ける支援
中欧諸国やバルト三国では、NGOは、環境法の
整備や施行にあたり、重要で建設的な役割を果た
EAP(先述)は、各国政府や援助機関が当該地域
している。しかし、その他の国では、その影響力は
で活動する上での基礎となっている。EAPタスク・
極めて限定的である。
フォース 5 は、①各国の NEAP(National Environ-
1989 年以前、ペレストロイカが進む中、環境運
mental Action Programme:環境行動計画)の策定支
動は、比較的オープンで安全な不満表明の場とな
援、②環境プロジェクトの資金調達のための枠組
り、やがては人権や自由を求める運動と繋がって
み作りに向けた支援、③企業の環境管理強化支援
いった。環境NGOは、多くの国で、旧体制の打倒
を、3つの重点取り組み課題としている。特に、少
に活発な役割を果たした。
ない費用で効果が上がる対策として、CP(Cleaner
しかし、共産主義体制の崩壊後は、経済問題が
Production:クリーナー・プロダクション)の推進
深刻化する中で、環境問題に対する市民の関心や
に注力してしており、域内のすべての国で、CPに
政治的関心が低下した。さらに、指導者たちが政
関する BCL(Basic Capacity Level)に到達すること
府の役職に就いたり、民間のコンサルタント会社
を、目標に定めている 6。
に入るなどして、NGO から離れた。
当初、外国からの資金援助がNGOの運営を支え
5−2
3
多国間援助機関
たが 、1995年以降減少した。ポーランド、ハンガ
世界銀行は、①水道、衛生施設の整備、及び②産
リー、チェッコでは、これを国内からの資金提供
業公害の被害が顕著な地帯への支援を重点援助分
が補ったが、他の国では、それがなかった。
野としている。1999 年度実施プロジェクトの具体
例として、「チェッコ共和国気候変動プロジェク
4−5
メディア
ト」
があるが、これは、同国クジョフ市のガラス工
メディアは、ほとんどの国で、環境に関する市
場内に発電プラントを設置し、同市の地区暖房シ
民の主たる情報源となっている。全国ネットのテ
ステムの近代化を行うことにより、大気汚染問題
レビ、新聞、雑誌は、環境問題を定期的に扱ってい
の改善を図るものである 。
7
さらに、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、クロアチ
るが、地方レベルでは、環境ジャーナリストが不
4
足している 。
アで、NEAPの策定を支援しているほか、ドナウ、
黒海、バルト海、地中海においては、他の援助機関
と提携しつつ、越境水や、沿岸のエコシステム、及
び漁業資源の管理に関する支援を行っている。
3
REC(Regional Environmental Center for Central and Eastern Europe)
、Environmental Partnership for Central and Eastern Europe、Soros
Foundation、EU PHARE 等が、最も重要な資金提供者であった。
4
これに対し、REC がトレーニング・プログラムを提供している。
5
EAP タスク・フォースの事務局は、REC と OECD が共担し、REC が中東欧地域を、OECD が NIS 諸国を、それぞれフォローし
ている。
6
BCL とは、①核となる CP アドバイザー、トレイナーが存在する、②デモ・プロジェクトが行われ、ケーススタディーとしてま
とめられている、③ CP センターが機能している、④現地語による教材がある、⑤ CP が、経営学やエンジニアリングの分野で、
大学のカリキュラムに組み込まれている等の諸要件が満たされることとしている。
1997 年末時点の各国の進展状況は、次のとおり。① BCL 到達済み:ポーランド、チェッコ、スロバキア、ハンガリー、リトア
ニア、エストニア、ロシア、② BCL 到達途上:ルーマニア、ブルガリア、ウクライナ、ラトビア、スロベキア、③若干の CP の
活動にとどまっている:クロアチア、④CPプログラムが未だ確立されていない:アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、マ
ケドニア、ベラルーシ。
7
1998 年度実施案件としては、①銅製錬工場における環境汚染対策パイロット・プロジェクト(ブルガリア)、②廃棄物管理プロ
ジェクト(ラトビア)
、③持続可能な森林資源管理のためのプロジェクト(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)がある。
321
第二次環境分野別援助研究会報告書
また、EBRD や EU PHARE が、同様に EAP の合
6.
援助ニーズ
意事項を尊重しつつも、前者は民間セクター支援、
後者は環境政策の立案・遂行支援に、それぞれ力
点を置いた活動を行っている。
6−1
行政機能強化
EU加盟交渉10ヶ国は、EU環境法の適用など、統
特に、EU PHAREは、近年、EU加盟に向けた支
合に向けたプロセスに入っているが、環境経済及
援に注力している。例えば、EU環境法の適用とエ
び環境法の専門家の不足や、エンフォースメント
ンフォースメントの強化を図る目的から、EU新規
が弱いことが、各国共通の障害になっている。
加盟候補国のためのネットワークである IMPEL
経済分析や法律のアドバイスに必要な人材が不
(Network for the Implementation and Enforcement of
足していることについては、当該分野における専
Environemnmtal Law)を組織し、重要事項の検討、
8
及び情報の交換を行っている 。
門家の派遣、あるいは研修員の受入れ等による息
の長い取り組みが求められる。
エンフォースメントの強化に関しては、検査機
5−3
二国間援助機関
ノールウェー、デンマーク、オランダ、オースト
リア等の欧州諸国は、当該地域から越境する大気、
関の設備供与や専門家派遣による技術支援が必要
である。
また、地方分権化に伴い、廃棄物処理や下水処
水質汚染を重く受けとめており、直接に、あるい
理などの分野における地方自治体の能力強化が必
は国際機関を通して、支援を行っている。
須となっており、①組織強化のための資金協力、②
廃棄物処理や下水処理に必要な機材の供与、③研
5−4
多国間協力
東欧には国境にまたがる環境問題が多く存在し、
地域の安全保障に大きな影響を持つとの認識から、
多国間の協力の枠組みが作られている。
(1)バレンツ海協力
ノールウェー、スウェーデン、フィンランド、ロ
シアの協力で設立された。ロシアのムルマンスク
の公害汚染と軍港の放射線汚染を防止するために
インフラ等の整備を支援している。
(2)バルト海協力
修員受け入れ及び専門家派遣による能力向上支援
への援助ニーズが高い。
さらに、行政の説明責任や透明性を確保するた
めに、公聴会やオンブズマンの制度化など、住民
の声を反映するためのメカニズムの構築や、政府
のチェック・アンド・バランスのための制度づく
りに向けた支援が有効と考えられる。
アルバニアやボスニア・ヘルツェゴビナといっ
た紛争国に対しては、環境基本法や制度、組織の
構築に向けた支援が求められる。
スウェーデンのイニシアティブで発足したもの
で、スウェーデンのほか、ノールウェー、オラン
6−2
司法機能強化
ダ、フィンランド、ドイツ、ポーランド、エストニ
環境法の整備にもかかわらず、環境訴訟の分野
ア、ラトビア、リトアニアの計9ヶ国が参加してい
において弁護士が不足しているなど、司法システ
る。環境保全、地域開発戦略の作成で成果をあげ
ムの機能に課題があり、法の強制力が弱いことか
ている。
ら、環境分野における法曹育成のための専門家派
この他、ドナウ川流域協力、アルプス・アドリア
協力、黒海協力、カルパチア・ユーロリージョン協
力などの多国間協力の枠組みがある。
遣あるいは研修員受け入れが求められる。
また、環境法に関する国民全般の意識向上を図
るために、法律に関する情報公開や啓蒙活動への
支援が考えられる。さらに、法学教育一般の拡充
のため、大学レベルでの環境法学プログラムの設
8
322
これに類似した活動として、オランダ、米国のイニシアティブのもと、INECE(International Network for Environment Compliance
and Enforcement)が組織され、各国の検査担当者向けのトレーニング・マニュアルを作成するなどの支援を行っている。
報告書付録 1 地域別各論
立あるいは強化に向けた支援も、長い目で見れば
有効であろう。
のアプローチが採られているケースが少なくない。
チェッコ、ポーランド、ハンガリー等、一定のレ
ベルに到達したとされる国から、ボスニア・ヘル
6−3
金融機能強化
ツェゴヴィナ、マケドニア等、CPプログラムが未
金融市場基盤が依然脆弱なことから、環境関連
だ立ち上がっていない国まで、CPの普及度に大き
の政策金融の制度支援やツー・ステップ・ローン
な差があることから、域内セミナー等を通じた、技
へのニーズは高い。こうした金融支援を通して、企
術、ノウハウの域内移転は可能かつ有効である。
業の資源生産性の向上、環境管理能力の強化のた
また、一定のレベルにある国においても、CPに
めの支援を併せて行うことが求められる。
対する需要は依然十分とは言えない。需要を高め
また、政府環境基金が各国で重要な役割を果た
るためには、エネルギー、原材料の効率的利用を
す中で、その機能強化が課題となっている。ポー
促すための経済手段の活用等、政府の対応が必要
ランドの環境基金は、この点で良き見本となって
であり、この点から、政策支援が求められる。
いる。厳格なプロジェクト・サイクル管理、プロ
ジェクトの優先順位や採択基準の明確化、政治か
らの独立、透明性のある意思決定プロセス、競争
参考文献
的な入札制度等、他の諸国が見習うべき点が多い。
・OECD (1999), Environment in the Transition to a
6−4
NGO とメディアの能力強化
中欧諸国やバルト三国のNGOが極めて建設的な
役割を果たす一方、その他の国ではその役割が限
Market Economy, Paris.
・国際協力事業団
(1995)
、
「分野別援助研究会報告
書−参加型開発と良い統治」
。
定的なものに留まっている現状を踏まえ、NGOの
経験交流、情報交換の場づくりに向けた支援、あ
るいは NGO による NGO の技術移転のための域内
セミナー等が有効と考えられる。
メディアに関しては、地方レベルでの環境
ジャーナリストの育成が必要である。
6−5
特定の工場や都市における環境対策
民営化及び産業リストラを念頭に置いた環境対
策における援助ニーズが高い。環境プロセスの推
進に資する大気汚染については、非鉄金属製錬所
や鉄鋼プラントのばいじん対策、及び都市の暖房
システムにおけるクリーン・エネルギーの利用促
進支援、また、水質汚染に関しては、特定工場の産
業廃水対策、及び特定都市の排水処理システム向
上のための支援が有効である。
6−6
CP の推進支援
CP の推進支援は、資金不足の現状にかんがみ、
極めて有効であるが、費用対効果が高いにもかか
わらず、CP活動を支援しているドナーは多いとは
言えない。CP よりも、依然エンド・オブ・パイプ
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