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ロールシャッハ法における言語表現の分析方法
1 ロールシャッハ法における言語表現の分析方法 ロールシャッハ法における言語表現の分析方法 ― 思考障害の評価とその発展 ― 中 野 明 德* ロールシャッハ法はブロットの知覚を言語で表現することから,言語表現を分析することに よって思考過程やその障害を知ることができる。ロールシャッハ法における体系的な言語分析は, Rapaportが思考障害を分析するために統合失調症の言語表現から抽出した「逸脱言語表現」をもっ て始まる。しかしExnerはこの逸脱言語表現を限定して「特殊スコア」を提案した。日本では植本 が考案した「言語・思考カテゴリー」が思考障害のみならず,コミュニケーション様式なども検討 できるようになっている。言語表現の分析は思考障害の評価から発展したが, 現在では境界の障害, 退行経験の構造,防衛,対象関係の発達,コミュニケーション様式等を予測する上でも役立つこと がわかり,臨床研究や事例研究に寄与するであろう。 〔キーワード〕ロールシャッハ法 逸脱言語表現 特殊スコア 言語・思考カテゴリー 思考障害 Ⅰ.はじめに 図です」という反応は,ブロットの客観性から著しく はなれているので,距離の増大(increased distance) ロールシャッハ法における分析方法としては,法則 という。 定立的(nomothetic)な方法と個性記述的(idiographic) Exner(2003)は逸脱言語表現の判定基準に重複が な方法とがある(中野,2004) 。法則定立的方法は多 見られて,評定者間一致率が低いとして,リサーチ 量のデータ使って統計的な妥当性を重視して客観的 によって逸脱言語表現を限定して特殊スコア(special な普遍性を求めるもので,Exner法がその代表である scores)を作成した。日本では言語分析を取り入れた (Exner,2003) 。他方,個性記述的な方法は事例研究 名大スケール(村松・村上,1958)があるが,これ のように,被検者個人の内的世界を明らかにしようと はアメリカの文化人類学者DeVosの協力を得て作成さ するもので,臨床的な妥当性を重視する精神分析的な アプローチがある(Lerner,PM,1998) 。 れたもので,感情(affect)のカテゴリーと思考障害 (thinking disturbance)のカテゴリーがある。感情カ Exner(1929−2006)は膨大なデータを処理して実 テゴリーの改訂版に関しては,中野(2005)が既に紹 証的アプローチを精力的に試みてきたが,これだけで 介している。思考障害カテゴリーについては,植本 は限界があることを示した。やはり,ロールシャッハ (1974)が思考・言語カテゴリー(thinking process & 法は個人の主観と経験の世界を探り出すことに意義 communicating style)として再整理している。 があり,これらは単に数量では取り扱いきれない。 本小論はこれらの言語表現の分析方法を紹介すると Rorschach(1921)がインクブロットをどのように見 ともに,こうした分析の意義を論じるものである。 るのかという知覚に注目した発想はすばらしく,「コ ウモリが飛んでいる」と「こうもりがやっと飛んでい Ⅱ.逸脱言語表現 る」では同じスコアのFMでも,意味は異なる。 ロールシャッハ法における言語表現の分析とし Rapport(1946,1968)が考案した逸脱言語表現(表 て,片口(1987)が紹介しているように,Rapaport 1)の中からWatkinsら(1952)は,15項目を選び出 (1946,1968)は逸脱言語表現(deviant verbalization) して数値化(デルタΔ値)し,Δ%= [(ΣΔ値×f) /R] を25のカテゴリーに分類した。これは統合失調症的な ×100が算出される(f=出現頻数, R=反応総数) 。 思考障害を抽出するためのものである。Rapaportは 彼らによると,Δ%は正常者が5%以下,神経症者が 逸脱をインクブロットとの距離(distance)の概念と 10%以下,精神病者の半数は10%以上を示したという。 して論じた。ブロットの属性にあまりに密着して, 「赤 日本では,細木(1960),寺嶋ら(1989)等によって いインク」と反応すれば,ブロット−反応間の距離 追試されている。以下にRapaportの逸脱言語表現を が喪失(loss of distance)しており, 「これは地獄で, 紹介する。 いろいろな化け物が群がっている。一種の人生の縮 *:福島大学総合教育研究センター教育相談部門 2 福島大学総合教育研究センター紀要第 8 号 2010- 1 表1 逸脱言語表現と特殊スコア 特殊スコア(Exner) 逸脱言語表現(Rapaport) (1~15 は Watkins らが選んだ項目,数字はΔ値) 1) 作話傾向反応(fabulized response)(0.25) 2) 作 話 的 結 合 反 (fabulized combination)(自 発 的 に 訂 正 さ れ た もの 0.25, 訂正されなかったもの 0.50) INCOM(不調和な結合),FABCOM(作話的結合) 3) 作話反応 (confabulation)(極端な情緒的明細化または特殊化 0.50, 極 端なこじつけまたは DW 反応 1.00) 4) 混交反応(contamination)(1.00) CONTAM(混交反応) 5) 内閉的論理(autistic logic)(1.00) ALOG(不適切な論理) 6) 特異な言語表現(peculiar verbalization)(0.25) DV(逸脱言語表現) 7) 奇 矯な 言 語 表 現(queer verbalization)(通 常 な もの 0.50, 極 端 な も の 1.00) DR(逸脱反応) 8) あいまい反応(vagueness)(0.25) 9) 混乱反応(confusion)(0.50) 10)支離滅裂反応(incoherence)(1.00) 11)象徴反応(over‑elaborate, symbolic response)(過度のもの 0.25, 極端 なもの 0.50) AB(抽象的内容) 12)関係づけ言語表現(relationship verbalization)(ブロットの緒領域間あ る い は 前 の 図 版 で み た も の と の 間 0.25, 一 連 の 図 版 の 相 互 間 0.50, 訂正されれば 0.25) PSV(固執) 13)不合理反応(absurd response)(1.00) 14)荒廃色彩反応(deterioration color)(0.50,1.00) 15)ズタズタ反応(mangled or distorted concepts)(0.25) MOR(損傷反応) 16)左右対称表現(symmetry verbalization) 17)関係念慮表現(verbalization of reference ideas) 18)自己言及表現(self‑reference verbalization) PER(個人的反応) 19)厳格表現(exactness verbalization) 20)批判表現(criticism verbalization) 21)非難(verbal aggression) 22)攻撃反応(aggression response) AG(攻撃的な運動) 23)自己卑下表現(self‑depreciation verbalization) 24)感情表現(affective verbalization) 25)自慰・去勢表現(masturbation and castration verbalization) COP(協力的な運動), CP(色彩投影) GHR(良質人間反応), PHR(貧質人間反応) ⑴ 作話傾向反応(fabulized response) 第1の例は極端な作話反応であり,第2の例は青とい カード・ブロットからの距離が増大して,主観的, う共通に着目し(participation型思考),非現実的な 情緒的明細化が見られる反応。例, 「地獄」 (Ⅱ),「人 論理がみられる。顕著な例,「二人の人が横たわって 間というより怪物です。誰かに飛びかかろうとしてい いる。疲れて休んでいる(外側)。誰かが(中央)彼 る」 (Ⅰ) 。こうした反応が2∼3個であれば,決定的 らを助けている。自然が彼らを助けている,神かもし な精神病理とはいえないが,多量になると病理的思考 れない」 (Ⅴ)。DW(作話的全体反応)もここに入る。 が疑われる。 ⑷ 混交反応(contamination) ⑵ 作話的結合反応(fabulized combination) 同一インクブロットに二つ以上の概念が融合 正確に見られた2つの知覚が,最終的に距離が増大 (fusion)し,新たな概念が生まれている反応。統合 して非現実的に結合している。 「兎,虫がその耳から 失調症の病理が疑われる。「これは小さな血痕,あい 出ている」 (Ⅹの下部緑色領域) , 「犬が2匹,蝶に登っ つぐ革命が行われた島です」 (Ⅲの上部), 「人間が二人, ている」 (Ⅷの外側と中央部分を結合) ロウソクを持ち上げている,ここは聖堂のようで,教 ⑶ 作話反応(confabulation) 会の鐘を鳴らしている」(Ⅱ) 例, 「この明るい縞は,大きな,力強いミシシッピ ⑸ 内閉的論理(autistic logic) 川の流れを思い出させる」 (Ⅵの中央) 「カニ(外側), , 例,「北極,上にあるから」(Ⅸの上部)。これはい ここに骨があるから (内側) (Ⅹの3カ所の青色部分)。 」 わゆる位置反応Poで,形態や色彩を無視して,ただ ロールシャッハ法における言語表現の分析方法 3 位置だけに基づいた反応である。理由づけが自閉的で る赤いインクが二人の頭をつないで,互いに見合って, 了解不能なものがここに入る。 真ん中の赤は二人を離している」(Ⅲ) ⑹ 特異な言語表現(peculiar verbalization) ⒅ 自己言及表現(self-reference verbalization) 検 査 以 外 の 状況では特に奇妙でないが,ロ ー ル 図版や質問に個人的な感情に言及した関係づけ表 シャッハ反応としては距離が失われている表現。「女 現。「二匹の犬の頭,(質問されて)私も鼻が大きい」 性の膣の部分」 (Ⅵの中央) 「つま先立ちするゾウ」 , (Ⅱ) ⒆ 厳格表現(exactness verbalization) ⑺ 奇矯な言語表現(queer verbalization) 些事拘泥,こじつけがみられ,抽象的思考が弱い。 検査状況以外でも適切と考えられない表現。 「全体 しばしば強迫的なパーソナリティにみられる。「人の がある構造で,何かの動物の一部で,何か他のもので 顔,でも正確にみるとそうとはいえない」(Ⅳ) あるはずがありません」 (Ⅷの全体) , 「腰骨の一種, ⒇ 批判表現(criticism verbalization) 左が」 (Ⅲの全体) 図版の価値を批判することで,暗にテスターを攻撃 ⑻ あいまい反応(vagueness) している。「馬鹿げたインクの絵ですね」 曖昧な形態とは関係なく,明確な形態知覚を一定時 間維持する力の弱さに起因する。 「魔法使いの顔にも テスターに対する敵意を表明した表現。「あなたこ 非難(verbal aggression) 見えますが,うまくまとめることができません」(Ⅰ) そ何だと思いますか」「わからないと書いてください」 ⑼ 混乱反応(confusion) 攻撃反応(aggression response) 体験過程,伝達過程で混乱が起きている。 「毛皮, 飛び散った,はね飛ばした,引き裂いた,血を流し アライグマ, (?)尻尾や足がぶら下がっている,暑 ている,戦っているという攻撃的内容の反応。 いです,いいえ毛皮を着ている時は寒いです」 (Ⅳ) ⑽ 支離滅裂反応(incoherence) 反応の後に「あなたは失望したでしょう」「あなた 反応の中に外部の異質な材料が混入して了解不能に は私に零点をつけなければならない」などを加える。 なる。 「砂漠の絵,影の絵,砂漠の絵の中であなたが 自己卑下表現(self-depreciation verbalization) 感情表現(affective verbalization) 手を挙げている」 (Ⅰ) 図版に対して, 「これをみていると恐怖を感ずる」 「見 ⑾ 象徴反応(over-elaborate, symbolic response) ていると胃が痛くなります」という感情的表現。 この反応は抽象的な概念と形態知覚が結びつく。精 神病者のみならず想像力豊かな健常者からでも生じ verbalization) る。 「互いに戦っている善と悪の勢力」 (Ⅲの黒色) 自慰反応は損傷した,壊れた,衰えた,萎びた,浸 ⑿ 関係づけ言語表現(relationship verbalization) 食されたものが表現される。「すり切れた本の紙」(Ⅶ ブロットの各領域の関係,前のカードとの関係を指 の下部),「損傷を受けた葉」(Ⅰ) 摘する。 「これは洞穴で(Ⅱ) , 前に見たコウモリ(Ⅰ) 去勢反応は欠けている,切り取られた,削り取られ はここから飛んできた」 , 「これは前のカード(Ⅶ)と た,吹き飛ばされたものが表現される。「二人の男性, 同じ意味です」 脚が欠けている」(Ⅲ),「こうもり,頭がない」(Ⅰ) ⒀ 不合理反応(absurd response) 図版の形態をまったく無視した反応。 「全体が人間 自慰・去勢表現(masturbation and castration Ⅲ.特殊スコア の膝みたい, この小さなシミが水を運んでいて (下部), これが軟骨で (中央の赤) (Ⅲ) 」 「カマキリみたい」 , (Ⅶ) Exner(2003)は1974年の初版ではRapaportの逸脱 ⒁ 荒廃色彩反応(deterioration color) 言語表現は妥当性に問題があるとしたが,1976年以後, ブロットの色彩に対して形態を無視した著しく独断 特殊スコアが徐々に整備された(八尋ら,2005)。現在, 的な反応。 「血です, 青い血, 赤い血, ピンクの血」 (Ⅷ), 特殊スコアとして15項目がある(表1参照)。 「伝染病みたい,すべて鮮明な色で」 (Ⅹ) ⒂ ズタズタ反応 (mangled or distorted concepts) 1.特異な言語表現(unusual verbalizations) グシャグシャになった,切り裂かれた,虫のくった, 特 異 な 言 語 表 現 は 認 知 の ず れ を 示 し て い る。 つぶされた, 砕けたなどの破壊された知覚をもつ反応。 「つぶされた虫」 (Ⅳ) , 「虫に食われた葉っぱ」 (Ⅰ) DV,DR,INCOM,FABCOMの ス コ ア は, 奇 妙 さ (bizarreness)と未熟さ(primitiveness)の程度でレ ⒃ 左右対称表現(symmetry verbalization) ベル1かレベル2を区別する。1点から7点で重みづ 反応というより,反応の中で,または反応の貧困を けして合計したものをWSum6という。 隠すために反応の代わりに表現される。 「左右に同じ ⑴ 逸脱言語表現(deviant verbalization: DV) ものがあります」 , 「左右対称です」 これは認知の失敗によって不適切な(辞書にない) ⒄ 関係念慮表現 (verbalization of reference ideas) 言語が使われている反応。 顕著に奇妙な関係づけ表現。 「人がふたり,上にあ ①造語(neologism):正しい言葉の代わりに,造 4 福島大学総合教育研究センター紀要第 8 号 2010- 1 語を用いるもの。 3.特殊な反応内容 ②重複(redundancy) :重複して説明するおかしい ⑴ 抽象的反応(abstract content: AB) 表現。 人間の情緒や感覚的体験を表す人間的体験(Hx) DV1: 「馬から落ちて落馬する」 「大きな巨人」「歌 や明確に象徴表現が述べられている反応。「これは全 舞伎のふちどり(くまどり) 」 (1点) 体で抑うつを表している,真っ黒で陰気です」 DV2: 「聖書に出てくる,イーブル(エデン)の園 ⑵ 攻撃的な運動(aggressive movement: AG) から来たヘビ」 (2点) 戦っている,壊している,言い争っている,ひどく ⑵ 逸脱反応(deviant response: DR) ①不適切な説明(inappropriate phrases) :課題の 本質と関係ない説明が挿入される。 ②迂遠反応(circumstantial responses) :課題を無 怒っている顔を向けている,などの攻撃的な運動反応 (M,FM,m)。「男の人の顔,ひどく怒っている」 ⑶ 協力的な運動(cooperative movement: COP) 2つ以上の対象の相互関係が明らかに肯定的,協力 視して不適切に詳しい説明をしたり,まとまりのない 的である運動反応(M,FM,m)。「男の人が2人で 反応。 机を持ち上げている」 DR1: 「ロブスターみたい,今はシーズンではない ⑷ 損傷内容(morbid content: MOR) けれど」 「たぶん2匹のヘビ。昔からヘビが嫌いで, 対象が死んだ,壊れた,破れた,腐ったなど,損傷 兄にはそのことでからかわれたものです」 (3点) を受けている場合,対象の属性が不快な感情(陰気, DR2: 「どこにもいないような,誰もみたことがな 寂しい,抑うつ)が付与されている場合の反応。 いチョウ」 (6点) ⑶ 不適切な結合(inappropriate combinations) 4.その他 ① 不 調 和 な 結合(incongruous combina t i o n : ⑴ 人 間 表 象 反 応 ( h u m a n r e p r e s e n t a t ional INCOM) :1つの対象の一部分に,とてもありそうも responses) :①人間反応内容(H,(H),Hd,(Hd) , ない特徴や行動が付与されている反応。 Hx)を含む,②M決定因子を含む,③COPもしくは (fabulized combination: FABCOM) : ②作話的結合 AGを 含 むFM, の い ず れ か を 満 た す 反 応。 一 定 の 2つ以上の対象の間に,ありそうもない関係が想定さ ス テ ッ プ に 従 っ て, 良 質 人 間 反 応(good human れている反応。 representation: GHR)もしくは貧質人間反応(poor ③混交反応(contamination: CONTAM):2つ以 human representation: PHR)に区別される。 上の印象が現実を無視して1つに融合された奇妙な反 ⑵ 個人的反応(personal:PER):被験者が自分 応。 の反応を正当化するための表現。「レントゲン写真, ④不適切な論理(inappropriate logic: ALOG) :検 見たことがある」 査者に促されることなく,無理な理由づけがされた反 ⑶ 色彩投影(color projection:CP) :無彩色のブ 応。 ロットや領域に色が付いていると見なされた反応。 「赤 INCOM1: 「コウモリ, これが体で, これは手」 (2点) と黄色の鮮やかなチョウ」(V) (4点) INCOM2: 「ニワトリの頭をした女性」 (4 FABCOM1: 「バスケットボールをしている犬」 Ⅳ.思考・言語カテゴリー 点) FABCOM2: 「ウサギの頭,目から煙がでている」 (7点) 思考言語カテゴリー(thinking process & communicating style)は,植元(1974)がロールシャッハ・ COMTAM: 「チョウ,これが羽,体。ここに目があっ テストを積極的に精神病理学へ寄与させたいという思 て,口,耳がある」 (チョウと顔の融合) (7点) いから,旧名大版の思考障害(thinking disturbance) ALOG: 「カードの一番上にあるから,北極に決まっ のカテゴリー(村松ら,1958)にコミュニケーション・ ている」 (5点) スタイルや反応態度等を導入して体系化したものであ る。思考言語カテゴリーは逸脱言語表現を13の大カテ 2.固執(perseveration: PSV) ゴリーに分類し,さらに84の小カテゴリー(スコア) ①図版内の固執:同じスコアの反応が続く場合(P がある。 と特殊スコアは除く) 。 「こうもり」の後に「トリ」 (Ⅴ) ②反応内容の固執:図版を超えた固執で,前に見た 1.Constrictive Attitude(反応産出困難) のと同じだと特定した反応。 反応産出に際しての困難さを扱う。 ③機械的固執:同じ対象が機械的に繰り返し述べら ⑴ rejection:反応拒否。 れる。知的障害や神経学的損傷を有する者に多い。 ⑵ card description:カードの全体や一部分の性 質の描写。「これはインクの濃淡です」 ロールシャッハ法における言語表現の分析方法 5 ⑶ color description:カードの色彩の描写。「こ 4.Obsessive & Circumstantial Response (正確さ・ の赤色は嫌い」 些事拘泥) ⑷ symmetry remark:カードの左右対称性の描写。 強迫的機制で,反応への関心と正確さへの要求が強 反応を伴う場合は(symm)とスコア。 調される。 ⑸ contrast remark:ブロットの形態・濃淡・色 exactness limitation:自己のイメージや現実 彩の対照を描写。 「暗やみの中のランプ」 (Ⅲ) の像と合わせるためにブロットの一部を修正(Wcut) 。 ⑹ color naming:色彩の名称を列挙。 「これは赤」 completeness compulsion:完全化傾向。 ⑺ encouraged response:テスターの激励で反応 hesitation in decision:反応決定に躊躇。 産出。 detail description:反応の細部まで説明。 ⑻ oligophrenic detail response:通常の平凡反応 obsessive discrimination:カードの微妙な左 Pの一部分だけを反応する。 右差を強調する。 2.Abstraction & Card Impression(印象表出) 5.Fabulization Response(作話的反応) カード全体や部分に対する表面的な反応の仕方。 ブロットの性質を基に反応内容の種類,性質,感情 ⑼ direct affective response:カードに対して個 的調子を限定したり,作話的に修飾したりする。 人的情緒を直接に表出。 「まあ,きれい」 affective elaboration:情緒的な調子が修飾の ⑽ impressionistic response:カード全体に対す 中心になっている反応。「嫌な感じの動物」 る印象的,直感的な言葉。 「鋭い感じがする」 ⑾ symbolic response:カードの一部分の特徴に 表現でなく,ある特殊な限定づけをする。 「女性が2人, 基づいた象徴化反応。 「この暗さから地獄を連想する」 ハイヒールをはいている」(Ⅲ),「中国の老人」(Ⅱ) ⑿ Kinetische Deskription:具体的内容を欠く運 動知覚。 「中央は回転している」 (Ⅹ) で感情のアンビバレンスが認められる。 definiteness:反応内容の性質や状況を一般的 affect ambivalency:反応およびその理由づけ content-symbol combination:具体的反応と象 3.Defensive Attitude(対人防衛的態度) 徴的な意味とが一つの概念として統合。「2人の人が 対人緊張とそれに基づく防衛的態度。そこには自己 愛し合っている,これが人で,赤は愛情を表している」 不全感の意識の表現がある。神経症者に多い。 (Ⅲ) ⒀ question sentence: 「∼ですか」という反応。 overdefiniteness:過度なdefiniteness。ブロッ ⒁ negative sentence:否定形で終わる表現で反 トの特徴からあまり離れず,それを根拠に作話。 応されるもの。question sentenceより自信がない。 overelaboration:ブロットにないものまで言及 ⒂ apology:弁明的表現を伴う反応。self-critic(「私 して飛躍した状況描写がなされる。Overdefiniteness にはわからない,難しい」 )とobject-critic( 「色が違っ よりも作話的で自我機能の崩れを疑わせる。 ていたら,兎」 )がある。 ⒃ question for instruction:テストに入ってから 傾向。「ナポレオン,帽子と手の格好が似ている」 overspecification tendency:過度な明細化の テストの教示に関して質問をする。 ⒄ additional response:質疑段階で反応を産出。 6.Associative Debilitation & "Labile Bewusst- ⒅ provoked response:encouraged responseの過 seinslage"(反応決定困難) 程と同じであるが,元来防衛的であって,テスターの 反応決定に至る連想過程を維持する精神的エネル 激励,刺激は単なる誘発にすぎないもの。 ギーの持続困難さを示す。 ⒆ modified response:最初の反応を自発的に改 変すること。 「人に見える, (?) いやカッパの方がよい」 近く理由を説明できない。 ⒇ changed response:最初のもとと基本的知覚・ 概念が改変される。 「犬, (?) 今見ると人間の方がよい」 似するが,決定しようとする動機が乏しい。 demur:一度出された反応を直ちに撤回する。 「これカエルでもいい,いやカエルは違います」 denial:自由連想において出された反応を質疑 incapacity of explanation:質疑段階で反応の apathy in decision:hesitation in decisionに類 perplexity:連想衰退と自信欠如のための当惑。 「コウモリ,そうじゃないでしょうか」 impotence:反応の不適切さを認めつつも,そ 段階で撤回すること。 のまま放置。「魚,魚に似ていない,私にはわからない」 secondary addition:自由連想段階の反応を質 疑段階で近接の領域を含めて新しい概念を形成する。 vagueness:知覚の成立について曖昧で説明不 能。 fluid:質疑を繰り返すうちに内容が変容。 forgotten:質疑段階で反応を忘却。 6 福島大学総合教育研究センター紀要第 8 号 indifferentiation of percepts:一つの反応なか 2010- 1 視点の混乱。「真中は女性の骨盤,血,月経です」 (Ⅲ) の二つの反応なのか判断に苦しむ反応。 象徴反応が意識される前に融合されている。「革命の loose combination:質疑段階で周辺のブロッ トをひっつけてWになるもの。 content-symbol fusion:形態による反応内容と 島」(Ⅱ) fabulized combination tendency:現実吟味能 7.Repetition(同種の反応反復) 力が未だ失っておらず,「少しおかしいな」と自己批 同一または同種類の反応が反復して出現。 判が入る。「花の上にエビ,そんなのおかしいな」 (Ⅸ) repetition tendency:repetitionの傾向。 preoccupation:ある反応が全プロトコールを 壊があり,ブロット刺激をすべて述べるW傾向もある。 fabulized combination:確実に現実吟味の崩 通じて頻繁に出現する。 での反応内容をもって,全体反応とする。 perseveration:3枚以上のカードで初めの反 confabulation(DW,DdD) :ブロットの一部 応を除き刺激の形態を無視して同様な反応が継続す る。 る二つの概念の融合傾向。 automatic phrase:きまり文句が全カードの半 数以上で出現する。 contamination tendency:同一ブロットにおけ contamination:同一ブロットにおける二つの 概念の融合。 contradiction:思考過程に論理的矛盾があるも 8.Arbitrary Thinking(恣意的思考) のを平気で述べる。「空を飛んでいる人々」 思考の恣意性あるいは思考の過度な自由性で,妄想 型の取りやすい素地をもつ。 使用。「血液中の赤血球,白血球」(Ⅷ) autistic logic:反応の説明が個人的,自閉的。 transformation:ブロットに見られるものが眼 preoccupied response attitude:どのような構 deterioration color:現実性を無視した色彩の えで反応すればよいのかを自己流,恣意的に決定し, 反応する。多くは強迫的パターンを示す。 前で変化していることを述べる。「コウモリが変わり つつある,それはネズミになりつつある」 arbitrary combination:色彩と形態,あるいは ブロット間の結合。 「2人の間を飛んでいる蝶」(Ⅲ) のブロットを関係づける。「これとこっちは関係ある」 rationalization:基礎的な知覚が不適切なため blot relation:具体的内容を把握できずに二つ に,合理化して解釈。 arbitrary discrimination:対称的な二つのブロッ 10.Personal Response & Ego-boundary Disturbance(自己関係づけ) トに対して,恣意的に異なった意味づけ。 「こっちが 男で,こっちが女」 個人的体験の合理化から妄想的な自己関係づけに至 るものもある。 overdue relationship verbalization:あるブロッ トの反応内容を隣接のブロットとの関係で述べる。 「こ personal experience:反応に伴う個人体験の れ動物,これにぶら下がっている」 (Ⅷ) 表出。合理化,自己顕示性の現れ。「私はみたことが ある」 figure-background fusion:像となる部分と背 景となる部分が一つの概念として使用される。「暗闇 の中のランプ」 (Ⅲ) 用いて「∼のような」と例示し,反応を明確化。 「藪 の中にいるような汚い蝶」 arbitrary response:極端に恣意的なブロット utilization for illustration:個人的体験や知識を の分割,付加など。 「丸い線を引けば地球儀」 (Ⅷ) に帰すもの。「プードル,娘が欲しがっているので」 arbitrary linkage:隣接のブロットとの必然性 personal belief:反応産出の発想を個人の動機 の乏しい結合。 「踊り子が2人, ひっついている」(Ⅴ) 含む。「大男,私に向かって襲ってくる」 arbitrary belief:故意に断定的に反応を肯定。 delusional belief:Rapaportのself-referenceを 「これは本当に世界地図,地球儀を上から見た」(Ⅶ) projection of color:陰影カードで色彩を指摘。 11.Verbal Strangeness(特異な言語表現) overspecification:固有名詞や限定された名称 を述べる反応。作話的傾向に恣意的思考の加わった飛 躍もしくは妄想的解釈。 「力強いミシシッピ川」(Ⅵ) verbal slip:単語の使用の間違いに一時的にも 気付かない時期があるもの。 amnestic word finding: 単 語 を 想 起 で き ず, そのことを意識している。「何だったかな,この花は」 9. Autistic Thinking(自閉的思考) 現実吟味の自我機能が崩壊し,解釈意識が変容した とするものはわかるが,言語表現の拙劣,無頓着。 自閉的心性。 学的表現。「人間の胸部のX線写真」(Ⅳ) viewpoint fusion:被験者が知覚像をうる際の indifference for verbalization:被験者の言わん peculiar verbalization:不自然に誇張された衒 ロールシャッハ法における言語表現の分析方法 neologism:新語作成。 7 られる。境界の軽い障害である境界の緩さ(boundary laxness)は個々の知覚は分離しているが,空間的な 12.Association-Looseness(連想弛緩) 近接性によって不適切に関係づけられている作話的結 合反応(FABCOM)に見いだされるとした。 irrelevant association:反応作成,理由づけの 過程で,反応や質疑と関係ない語りかけをする。 また,Coonerty(1986)は,分離個体化の発達過 程の前分離段階に属するような境界のない反応とし loose association:弛緩した連想。Incoher- 中国っ enceまたはflight of idesの傾向をもつ。 「中国人, て,混交反応や作話反応をあげている。 ていうと共産主義」(Ⅱ) Freud(1900)の夢理論にある,潜在思考を顕在内 flight of idea:観念奔逸。 容に変容するメカニズムは一次過程と呼ばれるが,そ incoherence:支離滅裂。 のうち圧縮は作話的結合反応と混交反応に相当し,象 徴化は作話反応に見いだされる。ここからHolt(1956) 13.Inappropriate Behavior(検査中の不適切行動) は一次過程の査定を行っている。反応が一次過程思考 検査中における被検者の不適切な動作。例,出され がそのままの形で露呈されているのか,あるいは社会 た反応がカードの方向と逆, カードのある部分を隠す, 的に容認される形に修正されるかによって,適応は異 人間部分反応の後に自分の身体でゼスチャーをする, なるといえよう。 エッジングなど。 Athey(1974)は発達的にみて,逸脱言語表現のう V.言語表現の分析の意義 ち,作話反応,作話的結合反応,混交反応の3つのス コアはより早期の退行過程を表しているとみて,退 行的経験を形成する二つの水準を見いだした。すなわ Rapaport(1946, 1968)が作成した逸脱言語表現は, ち,①作話様式(confabulatory mode)は純粋の情緒 統合失調的な思考障害を評価するものであった。しか 的負荷がなされた空想的関係であり,現実的基盤が失 しその後半世紀の間,言語表現の分析の意義は拡大, われて,感情や空想に置き換わった退行。②混交様式 深化をとげてきた。Lerner(1998)は逸脱言語表現 (contaminatory mode)は,基本的な準拠枠(複数) が思考障害の指標だけではなくて,境界の障害,退行 の中で,概念の区別が失われている退行。なお,準拠 経験の構造,防衛,対象関係の発達を予測する上でも 枠とは現実体験の上位概念で,境界の概念よりも広く, 役立つと指摘している。以下に言語表現を分析する今 時間(例えば,記憶,予想),空間(例,ここ対そこ, 日的意義について述べる。 現実対象徴,自己対他者)の概念を含んでいる。 1.作話反応,作話的結合反応,混交反応 して,人間像を含む作話反応を投影性同一化として認 Rapaportは逸脱言語表現のうち,特に作話反応, め,不合理な結合反応を低水準の否認の指標としてい 作話的結合反応,混交反応を重視しており,これらの る。 反応は知覚的側面よりも反応過程の連想的側面を優先 このように逸脱言語表現のうち,作話反応,作話的 した表現とみており,思考障害の指標とした。これら 結合反応,混交反応の3つのスコアは,思考障害の指 は同時に被検者が自己や他者をどのように体験するか 標としてばかりか,さまさまな臨床研究に採用されて の様式を示している。例えば,作話反応を産出する人 いる。 また,Lerner(1998)は原始的防衛機制の一部と は自己の要求,空想,投影に基づいて他者を見ており, 他者本来の特性を見ていない。その意味で,事例研究 の中で逸脱反応の基底にある心理過程を分析する価値 が十分にある。 2.不適切な結合(inappropriate combinations) : 不調和な結合(INCOM),作話的結合(FABCOM) , 混交反応(CONTAM),不適切な論理(ALOG) その後,Blattら(1974)やLernerら(1985)は,思考 Exner(2003)は当初Rapaportの逸脱言語表現には 構造と対象関係の橋渡しとして境界の障害(boundary 妥当性に問題があるとして全面的に採用しなかった disturbances) の 概 念 を 引 き 出 し た。 混 交 反 応 が,不適切な結合として,不調和な結合(INCOM) , (CONTAM)は境界の障害が最も重く,独立してい 作話的結合(FABCOM),混交反応(CONTAM)の る対象間の境界保持が障害されている自己−他者境界 タイプを取り上げている。INCOMは幼児のロール (self-other boundary)の障害を反映していると見ら シャッハ反応にもみられるが,FABCOM,CONTM れている。不調和な結合(INCOM)にもこの障害の に な る と, も っ と 原 始 的 で 病 的 で あ る と し た。 傾向がみられる。 CONTAMは幼児のロールシャッハでは見られず,高 作話反応の現れは,外部からの知覚と,その知覚に 度で複雑な思考の崩壊,自他の区別の喪失であり,精 対する個人の連想との間の区別が失われている,内的 神病の指標と見ている。 −外的境界(inner-outer boundary)の障害として見 また,Exnerは不適切な論理(ALOG)を採用し, 8 福島大学総合教育研究センター紀要第 8 号 2010- 1 これを散漫な思考(loose thinking)の指標とするが, 神病理学研究のツールとして考案されたもので,他に これはRapaportの自閉的思考(autistic thinking)に はみられない精密なものであるが,使用するには煩雑 相当する。これは一般的な理由づけと無関係に,自己 である。これを使った臨床研究をいくつか紹介してみ 中心的な理由づけをするので,思考過程の基本的な障 よう。 害の指標と見なしている。 高 橋 ら(1995) は 境 界 人 格 障 害 者 に 適 用 し た 結 このように,ExnerはRapaportの逸脱言語表現に関 果,Fabulization Response(作話的反応),Arbitrary しては限定的に採用している。 Thinking( 恣 意 的 思 考 ),Defensive Attitude( 対 人 防衛的態度)のスコアの多さが認められた。つまり, 3.特異な言語表現(peculiar verbalization),奇 矯な言語表現(queer verbalization) 想像力は豊かであるが内的表象が投影されやすいこ と,恣意的な思考によって現実吟味力の低下がみられ Rapaportのいう「ブロットからの距離の病的増大 ること,自己不全感を責任転嫁して他罰的であること あるいは喪失」という概念は,作話反応や混交反応を が確認されている。さらに高橋ら(2001)は境界性人 理解する上では有益であるが,特異な言語表現や奇矯 格障害の1事例に適用して,スコアの特徴と心理面接 な言語表現に適用するのは無理がある。 上での現れを照合して,カテゴリーの特徴は心理療法 これらの二つの言語表現は,Lerner(1998)によ で起こる行動化を予見できるとしている。 れば,侵入的な思考の衝撃,細部に夢中になる傾向, 明翫ら(2005)が高機能広汎性発達障害に思考言本 自己中心的な言語使用,検査者を混乱させようとする カテゴリー適用したところ,DW(confabulation)や 無意識的な試みを反映している。したがって,これら fabulized combinationのような把握の未熟さや距離の の言語表現からは被検者に特有な心理過程を個別的に 喪失が特徴的であった。検査者と関与しながら反応を 理解するようにしなければならない。 相手に説明することが少なくて,説明する際の無力感 が強い(Associative Debilitation)という特徴が得ら 4.特殊な反応内容 れた。また,検査中の不適切な行動が多い(勝手に図 Exner(2003)は,特殊スコアの中に特殊な反応 版を取る,図版で遊ぶなど)というコミュニケーショ 内容として,AB(抽象的内容) ,AG(攻撃的運動), ンの特徴を示した。 COP(協力的運動) ,MOR(損傷内容)の4つのスコ 有園ら(2003)らは痴呆高齢者の1事例にロール アを加えたが, これらは逸脱言語表現の一部と重なる。 シャッハを施行して,本カテゴリーを用いることに ABは,Art(芸術) ,Ay(人類学)とともに知性化指 よってコミュニケーションの様態を検討できることを 標を構成するとしている。また,反応にAGが多い場 示した。つまり,ロールシャッハ反応を検討すること 合は攻撃行動の可能性,他者に対する敵対的態度の存 で,日常生活におけるコミュニケーションのずれを予 在を意味する。COPは対人態度や対人行動に関して 測し,緊張,困惑,不全感の理解が進むという。 好ましい所見と考えられるが,AGにも注目して安易 しかし名大式思考・感情カテゴリーは,使用するに に解釈しないように注意が必要である。つまり,攻撃 は煩雑であることから,森田ら(2001)は各カテゴリー 性と協調性のバランスを見る必要があるが,COPと を認知・思考(より似ているものを産出),感情統合(感 AGの両者は無力感をみる対処能力指標(CDI)の項 情を取り入れて豊かにする),コミュニケーション(わ 目になっている。反応にMORがある場合,自己や自 かりやすく伝える)という3機能で整理しようとして 己を取り巻く環境に対して悲観的な見方をしており, いる。また,明翫(2004)は反応産出過程と反応レベ 抑うつ指標(DEPI) ,自殺指標の項目になっているこ ルの視点から再整理を試みているが,妥当性の検討は とに注意する必要がある。 今後の課題である。 人間表象反応は対人関係を見る上で重要なスコアで ある。GHR(良質人間反応)は効果的かつ適応的と Ⅵ.おわりに 見なせる対人関係と関連し,PHR(貧質人間反応)は 対人関係上で適応的でない行動パターンと高い相関が ロールシャッハ法はブロットの知覚を言語で表現す あるとみている。 ることから,言語表現を分析することによって思考過 このようにExnerは言語表現分析では思考障害や境 程やその障害を知ることができる。ロールシャッハ法 界の障害をみており,ストレスに対する防衛や対処, における体系的な言語分析は,Rapaportが思考障害 自己評価,対人関係はそれに関連した特殊な反応内容 を分析するために,統合失調症の言語表現から抽出し で分析している。 た「逸脱言語表現」をもって始まる。これにより統合 失調症の思考障害を評価することができるようになっ 5.思考・言語カテゴリー た。しかしExnerはこの言語表現の判断基準が明確で 植元(1974)が創案した思考・感情カテゴリーは精 ないとして,逸脱言語表現を限定して,「特殊スコア」 ロールシャッハ法における言語表現の分析方法 9 を提案した。この中にはRapaportが取り出した作話 ハ反応における限定づけ・修飾の系列化−名大式「思考・ 的結合反応(FABCOM) ,混交反応(CONTAM)が 感情カテゴリー」による検討.心理臨床学研究, 19(3) , 含まれ,さらに不調和な結合(INCOM)が加えられ 311-317. たが,これらの反応は言語分析上重要なものである。 13)村松常雄・村上英治(1958) :名大スケール. 戸川行男・ 日本では植本が考案した「言語・思考カテゴリー」が 村松常雄他(監修)ロールシャッハ・テスト1 中山書 思考障害のみならず,コミュニケーション様式なども 検討できるようになって,逸脱言語表現はさらに拡大 店 pp197-222. 14)明翫光宣(2004):ロールシャッハテストにおける思考 されて精緻なものになっている。 感情カテゴリーの再整理の試み−反応産出過程と反応レ 言語表現の分析は当初,思考障害の評価に用いられ ベルの視点から.中京大学心理学研究科・心理学部紀要, ていたが,この数十年の間に,境界の障害,退行経験 4⑴,1-9. の構造,防衛,対象関係の発達,コミュニケーション 15)明翫光宣・内田裕之・辻井正次(2005):高機能広汎 様式を予測する上でも役立つことがわかり,臨床研究 性発達障害のロールシャッハ反応⑵−反応様式の質的検 や事例研究に大いに寄与するであろう。 討.ロールシャッハ法研究,9,1-13. 16)中野明德(2004):ロールシャッハ法と精神分析―継 参考文献 1)有園陽子・谷向知(2003):言語障害を伴う痴呆高齢 者のロールシャッハ反応−思考・感情カテゴリーを用い て.ロールシャッハ法研究,7,51-61. 2)Athey G(1974): Schizophrenic thought organization, object relations and the Rorschach test. 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Chicago: The Year Book. 21)Rapaport D, Gill MM, Schafer R(1968): Diagnostic psychological testing.(Revised ed.)Holt R(ed.)New York: International Universities Press. 22)Rorschach, H(1921): Psychodiagnostik. 鈴木睦夫(訳) (1998): 新・完訳 精神診断学 金子書房 23)寺嶋繁典・豊田勝弘(1989):ロールシャッハ・テス トにおける非定型精神病者の言語表現. 心理臨床学研究, 6⑵, 68-75. 24)植元行男 (1974) :ロールシャッハ・テストを媒介として, 8)細木照敏(1960):精神分裂病のロールシャッハ・テ 思考,言語表現,反応態度をとらえる分析枠の考案とそ ストにおける偏向言語表現について.日本大学大学院文 の精神病理研究上の意義.ロールシャッハ研究,15・16, 学研究科心理学専攻修士論文. 281-343. 9)片口安史(1987):改訂新・心理診断法 金子書房 10)Lerner H, Sugarman A, Barbour CG(1985): Patterns of boundary disturbance in neurotic, borederline, and schizophrenic patients. Psychoanal. Psychol. 2, 47-66. 11)Lerner PM(1998): Psychoanalytic perspectives on the 25)Watkins JG & Stauffacher JC(1952): An index of pathological thinking in the Rorschach. J. Proj. Tech., 16,276-286. 26)八尋華那雄・明翫光宣(2005):ロールシャッハ・ス コアリングシステム片口法とExner法の比較(3-1) Exner法の特殊スコアと整理・集計・解釈準備段階に Rorschach. Hillsdale, NJ: The Analytic Press. 溝口純二・ ついて.中京大学心理学研究科・心理学部紀要, 5⑴, 菊池道子(監訳)(2002,2003):ロールシャッハ法と精 19-36. 神分析的視点(上,下)金剛出版 12)森田美弥子・長野郁也・中原睦美他(2001) :ロールシャッ 10 福島大学総合教育研究センター紀要第 8 号 2010- 1