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Contents 01 領域代表挨拶
2
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
Contents
01
領域代表挨拶
「脂質マシナリー」の終了にあたって
横溝 岳彦 (順天堂大学大学院医学研究科)
02
研究班の構成
総括班
計画研究、公募研究 ・研究項目 A 01「脂質メディエーターと受容体」
・研究項目 B 01「脂質メディエーターの産生・輸送」
・研究項目 C 01「脂質メディエーターと疾患」
03
計画研究・公募研究の成果または紹介
研究項目 A01 計画研究:横溝 岳彦、杉本 幸彦、青木 淳賢
公募研究:濡木 理、小林 雄一、福嶋 伸之
研究項目 B01 計画研究:村上 誠、有田 誠
公募研究:中西 広樹、坂根 郁夫、久本 直毅、
梅田 真郷、原 俊太郎、久野 悠
研究項目 C01 計画研究:宮地 良樹、馬嶋 正隆、清原 裕
公募研究:木原 章雄、石井 聡、國澤 純、北 芳博、多久和 陽、
瀬藤 光利、黒瀬 等、藤木 幸夫、横山 詩子、古屋敷 智之
17
これまでの活動
18
第5 回 領域会議
2014 年 6 月 28 日
(土)〜 29 日
(日)
順 天堂大学センチュリータワー 6 階講義室
(東京都文京区)
領域会議に参加して 池田 恒基 (順天堂大学医学部医学科)
鎌田 真理子 (北里大学大学院医療系研究科)
池田 和貴 (理化学研究所 統合生命医科学研究センター)
22
ホットトピックス
12-HHT は BLT2 受容体を介して皮膚の創傷治癒を促進する
佐伯 和子、劉 珉、横溝 岳彦 (順天堂大学大学院医学研究科)
全身の代謝を制御する metabolic sPLA2 の発見
佐藤 弘泰、武富 芳隆、村上 誠 (東京都医学総合研究所)
心臓リモデリングに対する n-3 系多価不飽和脂肪酸の保護作用機構の解明 遠藤 仁 (慶應義塾大学医学部)、有田 誠 (理化学研究所 統合生命医科学研究センター)
血管周囲に形成される白血球クラスターは皮膚での T 細胞活性化に必須である
本田 哲也 1、夏秋 洋平 1,2、江川 形平 1、椛島 健治 1
(1 京都大学大学院医学研究科、2 久留米大学医学部)
腫瘍リンパ節転移時の premetastatic niche 形成におけるプロスタグランジンの役割
小川 史洋、天野 英樹、馬嶋 正隆 (北里大学医学部)
ジアシルグリセロールキナーゼδはグルコースに応答してホスファチジルコリンに由来する
パルミチン酸含有ジアシルグリセロール分子種を選択的にリン酸化する
堺 弘道、坂根 郁夫 (千葉大学大学院理学研究科)
38
学会見聞記
42
今後の活動予定 - 編集後記
55th International Conference on the Bioscience of Lipids(アバディーン、英国スコットランド)
に参加して (昭和大学薬学部)
原 俊太郎 th
5 European Workshop on Lipid Mediators(イスタンブール、トルコ)に参加して
(熊本大学大学院生命科学研究部)
稲住 知明 「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
領域代表挨拶
「脂質マシナリー」の終了にあたって
領域代表 横溝 岳彦
写真:2014 年 8 月 カロリンスカ研究所ノーベル・
フォーラムで発表する横溝
平成 27 年の新年を迎え、平成 22 年度に発足した本領域もいよいよ終了の時期が近づいてきました。ここに本
領域の最後のニュースレターをお届けします。
平成 26 年度もまた充実した研究が数多く発表された年になりました。日本薬学会、日本脂質生化学会、日本
炎症再生学会、日本生化学会では、本領域の班員が中心となったシンポジウムが開催され、多数の研究者の参加
を得て活発な討論が行われました。昨年はロイコトリエンの発見から 35 年目にあたるため、8 月にスウェーデ
ン・カロリンスカ研究所でノーベル賞受賞者である Bengt Samuelsson 先生を囲んだシンポジウムが開催され、
計画班員の横溝と村上が招聘され講演を行いました ( 写真 )。また 10 月にトルコ・イスタンブールで開催された
European Workshop on Lipid Mediator で計画班員の杉本が教育講演を行いました。そしていよいよ今年の 2 月
には、計画班員村上を会長として PLM2015 が開催されます。「脂質マシナリー」の集大成とも言える学会です。
必ずや成功させたいものです。
学会に加えて、平成 26 年度にはインパクトの高い論文が多数発表されました。詳細は後半の各班員の研究成
果をご覧頂きたいと思いますが、質量分析解析センターを中心とした共同研究が活発に行われていることがお分
かり頂けると思います。本領域を立ち上げて一番良かったと思えることは、数カ所に設置した研究支援センター
が実にうまく稼働し、班員間の共同研究を進めることができた点です。本領域終了後も、築かれた共同研究の輪
がさらに広がっていくことを期待しています。
「脂質マシナリー」の終了時期に合わせて、現在、いくつかの書籍や総説をとりまとめています。日本生化
学会の英文誌である J. Biochem. の 2015 年 2 月号には、それぞれ横溝、杉本、青木によるロイコトリエン、
プロスタグランジン、リゾリン脂質の英文レビューがまとめて掲載されます。また、2015 年 3 月をめどに、
Springer Japan 社から Bioactive Lipid Mediators: Current Reviews and Protocols と題した英文単行本を発行しま
す。これは脂質メディエーター関連では世界的に見ても久しぶりの単行本であり、前半の総説集と後半の実験プ
ロトコール集からなっています。国内外から著者を選びましたが、そのほとんどは本領域に参加した日本人研
究者です。こうした単行本を日本から出版できることを誇りに思います。さらに 2015 年 9 月をめどに、羊土社
から実験医学増刊号「脂質疾患学 ( 仮題 )」を出版予定であり、現在、村上・横溝で著者の選定を行っています。
執筆者に選ばれた先生にはご執筆の労をお取り頂きますようこの場を借りてお願い申し上げます。
本領域の後継となるべき領域の申請も行っておりますし、まだ詳細は申し上げられませんが、最近、生理活性
脂質の重要性や日本の脂質研究のレベルの高さについて、研究関連省庁からの問い合わせやヒアリングを受ける
機会が数多くありました。どういった形になるか明らかではありませんが、次年度以降も日本の生理活性脂質研
究を発展させるような研究費のサポートが得られるものと確信しています。生理活性脂質の研究が、願わくは新
学術領域研究として、それがかなわなくとも別のチーム型研究としてサポートされ、これまでに本領域が作り上
げた脂質研究チームがさらに強力に共同研究を推し進め、「世界をリードする日本の脂質研究」を推し進めるこ
とを願ってやみません。平成 27 年 3 月をもちまして「脂質マシナリー」領域は終わりとなります。こうした大
きな研究チームのリーダーを務めたのは初めてで、役不足の領域代表は色々とご迷惑をおかけしたことと思いま
す。しかしながら、計画班員・公募班員は素晴らしい研究者ばかりで、その力を結集させることだけはできたの
ではないかと自負しています。これまでの班員の皆様方のご協力に感謝申し上げると共に、領域終了後の研究報
告書のとりまとめにあたって最後のご協力を頂けることをお願いしてご挨拶に代えさせて頂きます。
最後になりましたが、毎回、素晴らしいニュースレターを編集して下さった杉本班員、向田さん、そしてお忙し
い中ご寄稿頂いた多くの班員や若手研究者の皆様に心から感謝申し上げます。
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
01
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
研究班の構成
領域代表
横溝 岳彦 順天堂大学大学院医学研究科
【総括班】
■ 領域事務
横溝 岳彦 順天堂大学大学院医学研究科
■ 集会
村上 誠 東京都医学総合研究所
有田 誠 理化学研究所統合生命医科学研究センター
【公募研究】
■ 研究項目 A01「脂質メディエーターと受容体」
濡木 理 東京大学大学院理学系研究科
小林 雄一 東京工業大学大学院生命理工学研究科
福嶋 伸之 近畿大学理工学部
■ 広報
杉本 幸彦 熊本大学大学院生命科学研究部
■ 研究項目 B01「脂質メディエーターの産生・輸送」
中西 広樹 秋田大学生体情報研究センター
宮地 良樹 京都大学大学院医学研究科
■ 質量分析センター
青木 淳賢 東北大学大学院薬学研究科
有田 誠 理化学研究所統合生命医科学研究センター
坂根 郁夫 千葉大学大学院理学研究科
久本 直毅 名古屋大学大学院理学研究科
梅田 真郷 京都大学大学院工学研究科
■ モデル動物作製・解析センター
馬嶋 正隆 北里大学大学院医療系研究科
■ 発現プロファイル解析センター
横溝 岳彦 順天堂大学大学院医学研究科
村上 誠 東京都医学総合研究所
杉本 幸彦 熊本大学大学院生命科学研究部
■ SNP 解析センター
清原 裕 九州大学大学院医学研究院
【計画研究】
■ 研究項目 A01「脂質メディエーターと受容体」
横溝 岳彦 順天堂大学大学院医学研究科
杉本 幸彦 熊本大学大学院生命科学研究部
青木 淳賢 東北大学大学院薬学研究科
■ 研究項目 B01「脂質メディエーターの産生・輸送」
村上 誠 東京都医学総合研究所
有田 誠 理化学研究所統合生命医科学研究センター
原 俊太郎 昭和大学薬学部
久野 悠 理化学研究所脳科学総合研究センター
■ 研究項目 C01「脂質メディエーターと疾患」
木原 章雄 北海道大学大学院薬学研究院
石井 聡 秋田大学大学院医学系研究科
國澤 純 医薬基盤研究所
北 芳博 東京大学大学院医学系研究科
多久和 陽 金沢大学大学院医薬保健学総合研究科
瀬藤 光利 浜松医科大学医学部
黒瀬 等 九州大学大学院薬学研究院
藤木 幸夫 九州大学カーボンニュートラル・エネル
ギー国際研究所
横山 詩子 横浜市立大学医学部
古屋敷智之 神戸大学大学院医学研究科
【班友】
川原 敦雄 山梨大学大学院医学工学総合研究部
椛島 健治 京都大学大学院医学研究科
尾池 雄一 熊本大学大学院生命科学研究部
■ 研究項目 C01「脂質メディエーターと疾患」
宮地 良樹 京都大学大学院医学研究科
馬嶋 正隆 北里大学大学院医療系研究科
清原 裕 九州大学大学院医学研究院
02
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
計画研究・公募研究の成果
● 計画研究 研究項目 A01「脂質メディエーターと受容体」
横溝 岳彦 【よこみぞ たけひこ】
順天堂大学大学院医学研究科 生化学第一講座 教授
〒 113-8421 東京都文京区本郷 2-1-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:ロイコトリエン受容体と新規脂溶性リガンドの探索
研究成果の概要:ロイコトリエン B4 第一受容体 BLT1 が異物貪食を促進する細胞内シグナル
(1) と、BLT1 のヘリックス 8 の機能 (3) を明らかにした。第二受容体 BLT2 が 12-HHT と呼ばれ
る脂肪酸の受容体であることを見いだし、BLT2 が腸管上皮のバリア機能維持に必要であること (2)、Th2 型免疫
反応を抑制すること (4)、皮膚の創傷治癒を促進すること (6) を見いだした。12-HHT 産生阻害を介した NSAIDs
の新しい副作用発現のメカニズムを提唱した (6)。12-HHT の詳細な生合成経路を明らかにした (5)。
論文:
111 Okamoto F et al. Leukotriene B4 augments and restores FcgRs-dependent phagocytosis in macrophages. J.
Biol. Chem. 285: 41113-41121. (2010)
222 Iizuka Y et al. Protective role of leukotriene B4 receptor BLT2 in murine model of inflammatory colitis. Faseb J.
24: 4678-4690. (2010)
333 Aratake Y et al. Helix 8 of leukotriene B4 receptor 1 inhibits ligand-induced internalization. Faseb J. 26: 40684078. (2012)
444 Matsunaga Y et al. Leukotriene B4 receptor BLT2 negatively regulates allergic airway eosinophilia. FASEB J. 27:
3306-3314. (2013)
555 Matsunobu T et al. Thromboxane A synthase-independent production of 12-hydroxyheptadecatrienoic acid, a
BLT2 ligand. J. Lipid Res. 54: 2979-2987. (2013)
666 Liu M et al. 12-hydroxyheptadecatrienoic acid promotes epidermal wound healing by accelerating
keratinocyte migration via the BLT2 receptor. J. Exp. Med. 211: 1063-1078. (2014)
杉本 幸彦 【すぎもと ゆきひこ】
熊本大学大学院生命科学研究部 薬学生化学分野 教授
〒 862-0973 熊本市中央区大江本町 5-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:プロスタグランジン受容体シグナルによる生体調節の包括的探索
研究成果の概要:ゼブラフィッシュ PG 受容体分子全 12 種類の基本性質を明らかにし、ゼブ
ラフィッシュを用いた PG 機能の探索に必要な基盤を確立した。現在、PG 産生阻害剤によ
る発生阻害と受容体作動薬によるレスキューを指標とした薬理学的手法と遺伝学的手法を組み合わせることに
より、従来不明であった複数の PG 発生作用を同定し、その分子機序を解析中である。一方、哺乳類において、
PGE2-EP3 受容体シグナルが Gi- 細胞外 Ca2+ 流入 /PI3-K 活性化を介して直接マスト細胞を活性化することを発見
した
(論文1)
。また、
in vivo において、PGE2-EP4 受容体シグナルが脂肪細胞でのインスリン作用を制御すること、
PGE2/F2 α が複数の受容体を介して分娩誘導に寄与すること、PGE2-EP4 受容体シグナルが視索前野ニューロンの
骨格制御を介して突起伸長を促進すること、をそれぞれ見出した。
論文:
111 Morimoto K et al. Prostaglandin E2-EP3 signaling induces inflammatory swelling by mast cell activation. J.
Immunol. 192: 1130-1137. (2014)
222 Nakazawa S et al. Enhancement of granule maturation requires histamine synthesis in murine mast cells. Eur. J.
Immunol. 44: 204-214. (2014)
333 Kawahara K et al. Prostaglandin E2-induced inflammation: relevance of prostaglandin E receptors. Biochim.
Biophys. Acta in press.
444 Hohjoh H et al. Prostanoid receptors and acute inflammation in skin. Biochimie in press.
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
03
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
青木 淳賢 【あおき じゅんけん】
東北大学大学院薬学研究科 分子細胞生化学分野 教授
〒 980-8578 仙台市青葉区荒巻字青葉 6-3
E-mail :[email protected]
研究課題名:モデル生物を用いた生理活性リゾリン脂質機能の包括的研究
研究成果の概要:リゾリン脂質メディエーターの受容体、産生酵素、輸送体が魚類以降の生物
種に高く保存されていることに着目し、モデル生物としてゼブラフィッシュとマウスを用いリ
ゾホスファチジン酸(LPA)を中心としたリゾリン脂質メディエーターの生理病態機能の解明を目指している。
LPA の産生酵素オートタキシン(ATX)をゼブラフィッシュ胚に高発現させると酵素活性依存的に心臓が二つ生
じるという二股心臓の表現型を示した。この二股心臓は、スフィンゴシン1リン酸(S1P)シグナルが減弱した
際の典型的な表現型であった。この ATX の高発現による二股心臓の表現型は、S1P 受容体や S1P 輸送体を発現
抑制すると増強された。従って、生体内では LPA と S1P シグナルが拮抗して作用していることが強く示唆され
た(文献1)
。リゾリン脂質はグリセロール骨格の sn -1 位あるいは sn -2 位に脂肪酸が結合している。これまで、
sn -2 位に脂肪酸が結合したリゾリン脂質(2- アシルリゾリン脂質)は非常に不安定であり、検出することが困
難であった。本研究ではまず、液体クロマトグラフィーを駆使し、1- アシルリゾリン脂質と 2- アシルリゾリン
脂質の分離に成功した。次に、この系を用い、2- アシルリゾリン脂質が安定化する条件を探索した。結果、弱
酸性下では 2- アシルリゾリン脂質は非常に安定であることがわかった。この系を用い初めて 1- アシルリゾリン
脂質と 2- アシルリゾリン脂質を分離定量することが可能となった(文献2)。
論文:
1.Nakanaga K et al. Autotaxin-lysophosphatidic acid signaling attenuates sphingosine-1-phosphate signaling
leading to cardia bifida in zebrafish embryos. J. Biochem. 155: 235-241. (2014)
2.Okudaira et al. Separation and quantification of 2-acyl-1-lysophospholipids and 1-acyl-2-lysophospholipids in
biological samples by LC-MS/MS. J. Lipid Res. 55: 2178-2192. (2014)
3.Makide K et al. Novel lysophosphoplipid receptors; their structure and function. J. Lipid Res. 55: 1986-1995. (2014)
■ 公募研究 研究項目 A01「脂質メディエーターと受容体」
濡木 理 【ぬれき おさむ】
東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻 教授
〒 113-0032 東京都文京区弥生 2-11-16
E-mail :[email protected]
研究課題名:脂質シグナリングの構造基盤
研究成果の概要 : 我々は、脂質メディエーターの産生酵素(PA-PLA1α,PS-PLA1)、および、
その受容体(LPA 受容体,LPS 受容体)、分泌型ホスホリパーゼ A2-XII(sPLA2-XII)、コリン産
生酵素 Enpp6 に着目し、それらの X 線結晶構造を解明し、構造情報に基づく生化学的、細胞生物学的解析を行い、
これらの脂質認識機構と触媒機構の解明を試みた。さらに、構造情報に基づき標的タンパク質に対するアゴニス
トやアンタゴニストを設計、創出することで、アレルギーなど免疫反応の制御や慢性炎症疾患の治療に資する薬
剤の創出を目指した。また、ゲノム編集ツールとして著しい脚光を浴びている CRISPR: Cas9 とガイド RNA、ター
ゲット DNA の複合体の構造解析を行い、構造に基づいた革新的なゲノム編集ツールの創出を試みた。
論文:
1.Nishimasu H et al. Crystal structure of Cas9 in complex with guide RNA and target DNA. Cell 156: 935-949. (2014)
2.Kumazaki K et al. Structural basis of Sec-independent membrane protein insertion by YidC. Nature 509: 516520. (2014)
3.Suzuki H et al. Crystal structure of a claudin provides insight into the architecture of tight junctions. Science
344: 304-307. (2014)
4.Morita J et al. Expression, purification, crystallization and preliminary X-ray crystallographic analysis of Enpp6.
Acta Cryst. F70: 1009-1014. (2014)
5.Konermann S et al. Genome-scale transcriptional activation by an engineered CRISPR-Cas9 complex. Nature
in press (doi: 10.1038/nature14136).
04
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
小林 雄一 【こばやし ゆういち】
東京工業大学大学院生命理工学研究科 生物プロセス専攻 教授
〒 226-8501 横浜市緑区長津田町 4259, B52
E-mail :[email protected]
研究課題名:レゾルビン類およびイソプロスタン類の効率的かつ安定供給可能な合成法の開発
研究成果の概要 :EPA や DHA の代謝産物であり、抗炎症性分子として知られているレゾル
ビン類の中から、いくつか取り上げ合成研究を行った。さらに、LDL に含まれるアラキドニ
ル - ホスホコリンの ARA 部分がプロスタグランジン E2 (PGE2) タイプに変わった PEIPC の合成研究も行った。
Maresin 1 の合成ではヒドロキシ基を一つずつ有する中間体を調製し、鈴木カップリングまたは Wittig 反応を
使って共役オレフィンを立体選択的に構築した。同様にして resolvin D4, resolvin D5 の合成も行った ( 未発表 )。
PEIPC の合成ではω側鎖を導入した五員環オレフィンをブロモヒドリン化し、それを酸化してα- ブロモケトン
を得た。これに t-BuLi を反応させてエノレートを調製し、エポキシアルデヒドとアルドール反応させてイソプ
ロスタン E2 を合成した。このほか、BLT 受容体アゴニストである 12-HHT と抗炎症活性をもつシクロバクチオー
ル A, B, C の合成にも成功した。
論文:
111 Tojo T et al. Synthesis of (S,5Z,8E ,10E )-12-Hydroxyheptadeca-5,8,10-trienoic Acid (12S -HHT) and its Analogues.
Synlett 24: 1545-1548. (2013)
222 Ogawa N et al. Synthesis of maresin 1 and (7S )-isomer. Tetrahedron Lett. 55: 2738-2741. (2014)
333 Kawashima H et al. Synthesis of the PMB ether of 5,6-epoxyisoprostane E2 through aldol reaction of the alphabromocyclopentanone. Org. Lett. 16: 2598-2601. (2014)
444 Kawashima H et al. Synthesis of Cyclobakuchiols A, B, and C Using Conformation-Controlled Stereoselective
Reactions. Chem. Eur. J. 20: 272-278. (2014)
福嶋 伸之 【ふくしま のぶゆき】
近畿大学理工学部 生命科学科 分子神経生物学研究室 准教授
〒 577-8502 大阪府東大阪市小若江 3-4-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:神経内分泌系における LPA シグナルの役割解明に向けた基盤研究
研究成果の概要:平成 25 年より、神経内分泌系におけるリゾホスファチジン酸(LPA)シ
グナルの役割を解明するため、メダカを用いて研究を進めてきた。研究期間の 2 年で、メダ
カ LPA 受容体に関する基礎データを得ることができた。7 種類のメダカ LPA 受容体遺伝子(Lpar1、Lpar2a、
Lpar2b、Lpar3、Lpar4、Lpar5b、Lpar6)をクローニングし、それぞれの構造と機能、および発現組織を明らか
にした。LPA1 および LPA4 の 5‘ 非翻訳領域をコードするエクソンを新たに同定した。ほ乳類細胞を用いた発現
系により、LPA5b を除くすべての LPA 受容体が LPA に反応し、細胞骨格を変化させることを見出した。神経内
分泌系における役割検討のため、脳下垂体における LPA 受容体遺伝子の発現を調べたところ、Lpar2b および
Lpar4 が下垂体のあるサブセットに発現していることを見出した。これらの発現細胞の同定を進めている。さら
に、遺伝子改変メダカの作製や LPA 受容体の 1 次構造をもとにした分子進化的考察も進めている。
論文:
111 Kuwata S et al. Extracellular lipid metabolism influences the survival of ovarian cancer cells. Biochem. Biophys.
Res. Commun. 439: 280-284. (2013)
222 Morimoto Y et al. Functional lysophosphatidic acid receptors expressed in Oryzias latipes . Gene 551: 189-200.
(2014)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
05
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
● 計画研究 研究項目 B01「脂質メディエーターの産生・輸送」
村上 誠 【むらかみ まこと】
東京都医学総合研究所 脂質代謝プロジェクト プロジェクトリーダー
〒 156-8506 東京都世田谷区上北沢 2-1-6
E-mail :[email protected]
研究課題名:ホスホリパーゼ A2 分子群により制御される新しい脂質ネットワークの解析
研究成果の概要:本研究では、分泌性 PLA2 (sPLA2) 分子群の新機能を発見した。① 雄性生殖に
は二種類の「Reproductive sPLA2」が関わる 1)。sPLA2-III は精巣上体において精子膜 PC のリモデリ
ングを介して精子成熟を調節し、sPLA2-X は成熟精子から分泌され精子活性化を促進する。② sPLA2-III は即時型
マスト細胞から分泌された sPLA2-III は隣接する線維芽細胞の
アレルギーを制御する「anaphylactic sPLA2」である 2)。
PGD2 合成酵素 (L-PGDS) とカップルして PGD2 を産生し、これがマスト細胞上の PGD2 受容体(DP1)に作用して
マスト細胞の成熟を促す。③ sPLA2-IID はリンパ組織の樹状細胞に発現している「Resolving sPLA2」である 3)。本酵
素は PE から DHA を遊離し抗炎症性脂質メディエーター RvD1 を動員することで免疫応答を抑制する。④ sPLA2-V
と sPLA2-IIE は肥満に伴い脂肪細胞に誘導される「metabolic sPLA2s」である 4)。sPLA2-V は脂肪過剰 LDL の PC を分解
して高脂血症を改善するとともに、不飽和 / 飽和脂肪酸のバランスを変えることにより M2 マクロファージを誘
組織への脂質分配を促進する。
導し、脂肪組織の慢性炎症を改善する。一方、sPLA2-IIE は LDL の PE、PS を分解し、
論文:
111 Sato H et al. Group III secreted phospholipase A2 regulates epididymal sperm maturation and fertility in mice. J.
Clin. Invest. 120: 1400-1414. (2010)
222 Taketomi Y et al. Mast cell maturation is driven via a group III phospholipase A2-prostaglandin D2-DP1 receptor
paracrine axis. Nat. Immunol. 14: 554-563. (2013)
333 Miki Y et al. Lymphoid tissue phospholipase A2 group IID resolves contact hypersensitivity by driving antiinflammatory lipid mediators. J. Exp. Med. 210: 1217-1234. (2013)
444 Sato H et al. The adipocyte-inducible secreted phospholipases PLA2G5 and PLA2G2E play distinct roles in
obesity. Cell Metab. 20: 119-132. (2014)
有田 誠 【ありた まこと】
理化学研究所 統合生命医科学研究センター メタボローム研究チーム チームリーダー
〒 230-0045 横浜市鶴見区末広町 1-7-22
E-mail :[email protected]
研究課題名:ω3系脂肪酸の代謝と生理的機能についての包括的メタボローム解析
研究成果の概要 :EPA や DHA などのω3系脂肪酸には、抗炎症作用や心血管系の保護作用が
あることが知られているが、その詳細なメカニズムは不明である。我々は、ω3脂肪酸を体内
で生合成できるように遺伝子改変したトランスジェニックマウス(Fat-1 マウス)を用い、ω3系脂肪酸の心臓
保護作用には骨髄から動員される間質細胞(主にマクロファージ)の機能が重要であることを示した。また、マ
クロファージから産生される脂肪酸代謝物のメタボローム解析から、線維芽細胞を抑制する EPA 由来の活性代
謝物 18-HEPE を見出した。18-HEPE を心不全モデルマウスに投与すると、炎症や臓器の線維化が抑制され、顕
著な予防・治療効果が認められた。すなわち、ω3系脂肪酸がマクロファージのような免疫調節作用を有する細
胞によって活性代謝物に変換され、生理機能を発揮していることが示唆された。本研究成果は、心臓リモデリン
グの背景にある慢性炎症や線維化を抑制し、心機能を改善させる治療法に役立つことが期待される(論文1)。
論文:
111 Endo J et al. 18-HEPE, an n-3 fatty acid metabolite released by macrophages, prevents pressure overloadinduced maladaptive cardiac remodeling. J. Exp. Med. 211: 1673-1687. (2014)
222 Kubota T et al. Eicosapentaenoic acid is converted via omega-3 epoxygenation to anti-inflammatory
metabolite 12-hydroxy-17,18-epoxyeicosatetraenoic acid. FASEB J. 28: 586-593. (2014)
333 Yokokura Y et al. Identification of 14,20-dihydroxy-docosahexaenoic acid as a novel anti-inflammatory
metabolite. J. Biochem. 156: 315-321. (2014)
444 Tani Y et al. Eosinophils control the resolution of inflammation and draining lymph node hypertrophy through
the proresolving mediators and CXCL13 pathway in mice. FASEB J. 28: 4036-4043. (2014)
06
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
■ 公募研究 研究項目 B01「脂質メディエーターの産生・輸送」
中西 広樹 【なかにし ひろき】
秋田大学生体情報研究センター 助教
〒 010-8543 秋田市本道 1-1-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:脂質メディエーター解析のための新技術の創出
研究成果の概要:本生体内微量成分であり、且つ代謝・分解されやすい脂質メディエーターを
誰もが簡便且つ高感度に分析できる測定技術の開発を目指している。高感度化にあたり、夾雑
物排除のために測定対象分子の抽出・濃縮法と、イオン化効率向上のために化学修飾法を確立した。これにより
ほぼすべての脂質メディエーターをアトモル・フェムトモルオーダーで分析することが可能となった。この分析
法を用いて1細胞単位でのリピドミクス解析を行ったところ個々の細胞膜の脂質組成は異なっており、この違い
に細胞の形態や細胞周期が関与することを明らかにした(論文執筆中)。また、種々の癌や炎症・免疫疾患など
多くのヒト検体の微量検体を用いてリピドミクス解析を進行している(論文 1)。そのほか、班員間の共同研究
も積極的に実施している(論文 2, 4)。
論文:
1.Tajima Y et al. Lipidomic analysis of brain tissues and plasma in a mouse model expressing mutated human
amyloid precursor protein/tau for Alzheimer’s disease. Lipids Health Dis. 12: 68-81. (2013)
2.Miki Y et al. Lymphoid tissue phospholipase A2 group IID resolves contact hypersensitivity by driving
antiinflammatory lipid mediators. J. Exp. Med. 210: 1217-1234. (2013)
3.Baba T et al. Phosphatidic acid (PA)-preferring phospholipase A1 regulates mitochondrial dynamics. J. Biol.
Chem. 289: 11497-11511. (2014)
4.Abe Y et al. Very-long-chain polyunsaturated fatty acids accumulate in phosphatidylcholine of fibroblasts
from patients with Zellweger syndrome and acyl-CoA oxidase1 deficiency. Biochim. Biophys. Acta 1841: 610619. (2014)
坂根 郁夫 【さかね ふみお】
千葉大学大学院理学研究科 基盤理学専攻化学コース 教授
〒 263-8522 千葉市稲毛区弥生町 1-33
E-mail :[email protected]
研究課題名:多彩な生理機能を制御する新規シグナルグリセロ脂質・リゾグリセロ脂質代謝経路群
研究成果の概要: 2 型糖尿病の増悪化に関与するジアシルグリセロール(DG)キナーゼ(DGK)
δは、ホスファチジルコリン特異的ホスホリパーゼ C 経路によって産生されたパルミチン酸
(16:0)含有 DG 分子種を選択的にリン酸化することを見出した(論文 4)。更に、DGK δは 16:0 含有ホスファチ
ジン酸(PA)ばかりでなく 16:0 含有リゾ PA 産生にも関与することが示唆された。この結果は、従来の考えと
は異なり、DGK δが利用する DG は「PI 代謝回転とは独立した経路」により供給されることを強く示唆している。
また、筋管細胞中で DGK δの発現がミリスチン酸(14:0)により増大して糖取り込みを亢進することを見出し
た(論文 3)
。更に、発がんと免疫系抑制に関与する DGKαの Ca2+ による活性化の分子機構を明らかにし(論文
2)
、DGKγが新規の PA 結合蛋白質であることを示した(論文 1)。
論文:
1.Takeshita E et al. Diacylglycerol kinaseγis a novel anionic phospholipid binding protein with a selective
binding preference. Biochem. Biophys. Res. Commun. 444: 617-621. (2014)
2.Yamamoto T et al. EF-hand motifs of diacylglycerol kinase α interact intra-molecularly with its C1 domains.
FEBS Open Bio. 4: 387-392. (2014)
3.Sakiyama S et al. Regulation of diacylglycerol kinase δ expression in C2C12 skeletal muscle cells by free fatty
acids. Lipids 49: 633-640. (2014)
4.Sakai H et al. Diacylglycerol kinase δphosphorylates phosphatidylcholine-specific phospholipase
C-dependent, palmitic acid-containing diacylglycerol species in response to high glucose levels. J. Biol. Chem.
289: 26607-26617. (2014)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
07
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
久本 直毅 【ひさもと なおき】
名古屋大学大学院理学研究科 生命理学専攻 生体調節論講座 准教授
〒 464-8602 名古屋市千種区不老町
E-mail :[email protected]
研究課題名:アナンダミドによる軸索再生抑制機構の解析
研究成果の概要:体内マリファナとも呼ばれる脂質メディエーターのアナンダミドは生体内で
さまざまな機能を果たすことが知られているが、その合成経路や神経軸索再生における役割に
ついては不明の部分が多い。本研究では、線虫 C. エレガンスをモデル動物として神経軸索再生におけるアナン
ダミドの役割について詳細な解析を行った。その結果、アナンダミド受容体の候補として2つの異なるタイプの
新規7回膜貫通型受容体を同定し、それぞれ SFAH-1 及び SFAH-2 と命名した。また神経軸索再生を制御するア
ナンダミドは NAPE-1 を介した経路により合成されることも見出した。NAPE-1 の切断軸索および異所での発現
実験から、アナンダミドは軸索再生そのものを抑制するだけでなく、再生軸索のガイダンスを負に制御する因子
としての機能も持つこと、そしてそれが再生軸索に特異的なものであることを新たに見出した。通常の神経軸索
再生の過程では、アナンダミドからのシグナルは再生軸索が軸索切断を受けた領域を避けて伸張する為に必要で
あった。これらのことから、アナンダミドは再生軸索特異的な負のガイダンス分子であり、再生軸索がダメージ
を受けた部位を避けて伸張するために必要であることが示唆された(投稿準備中)。
論文:
1.Hattori A et al. The C. elegans JNK signaling pathway activates expression of stress response genes by
derepressing the Fos/HDAC repressor complex. PLoS Genetics 9: e1003315. (2013)
2.Inoue A et al. Forgetting in C. elegans is accelerated by neuronal communication via the TIR-1/JNK-1 pathway.
Cell Rep. 3: 808-816. (2013)
3.Hisamoto N et al. The C. elegans HGF/plasminogen-like protein SVH-1 has protease-dependent and
-independent functions. Cell Rep. in press.
梅田 真郷 【うめだ まさと】
京都大学大学院工学研究科 合成・生物化学専攻 生体認識化学分野 教授
〒 615-8510 京都市西京区京都大学桂
E-mail :[email protected]
研究課題名:ショウジョウバエにおける脂質メディエーターの同定と産生機構の解明
研究成果の概要:ショウジョウバエ個体の温度選択行動が共生細菌の有無によって変化するこ
とを見出した。さらに、ショウジョウバエ成虫の腸に水酸化脂肪酸や共役脂肪酸等の共生細菌
によって作り出された脂質メディエーターが存在することを見出した。現在、これらの脂質メディエーターがショ
ウジョウバエの代謝や温度選択行動を調節する分子機構をショウジョウバエ個体及び培養細胞レベルで検討して
いる。由来が異なるショウジョウバエ培養細胞のリン脂質組成を分析したところ、いずれの細胞株においても総
リン脂質の約 50%をフォスファチジルエタノールアミン(PE)が占めていた。一方、リン脂質を構成する脂肪
酸の組成は細胞株の由来によって異なり、胚由来細胞では飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸が総脂肪酸の 90%以
上を占めたが、神経系由来細胞並びに触覚源基由来細胞ではアラキドン酸や EPA、DHA 等の多価不飽和脂肪酸
が多く存在した。哺乳類細胞では脂質二重膜の内層と外層にリン脂質が非対称に分布するが、ショウジョウバエ
細胞の形質膜ではリン脂質が脂質二重層の内層と外層に対称的に分布することを見出した。さらに、スクランブ
ラーゼ Xkr8 が恒常的に活性化されていることが、この対称的なリン脂質の分布の形成に関わることを突き止め
た。
論文:
1.Kato U et al. Role for phospholipid flippase complex of ATP8A1 and CDC50A proteins in cell migration. J. Biol.
Chem. 288: 4922-4934. (2013)
2.Kobayashi Y et al. The role of NADRIN, a Rho GTPase-activating protein, in the morphological differentiation of
astrocytes. J. Biochem. 153: 389-398. (2013)
08
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
原 俊太郎 【はら しゅんたろう】
昭和大学薬学部 社会健康薬学講座 衛生薬学部門 教授
〒 142-8555 東京都品川区旗の台 1-5-8
E-mail :[email protected]
研究課題名:プロスタグランジン産生関連酵素群の生体内におけるクロストークの解析
研究成果の概要 :プロスタグランジン(PG)産生系においてシクロオキシゲナーゼ(COX)の下
流で働く PG 最終合成酵素の 1 つ、膜結合型 PGE 合成酵素(mPGES)-1 が炎症反応や疼痛応
答のみならず、大腸、皮膚など幅広い組織におけるがんの発症や進展を亢進することを明らかにした。一方、別
の PG 最終合成酵素、PGI 合成酵素(PGIS)は、炎症や疼痛に対しては mPGES-1 と協調的に働くものの、がん
の発症や進展に対しては mPGES-1 と拮抗的に働き、これらを抑制する作用を示すこと、さらに PGIS が高脂肪
負荷に伴う脂肪蓄積にも深く関わることを見出した。また、細胞内ホスホリパーゼ A2(PLA2)の1つ iPLA2γや、
アシル CoA 合成酵素の1つ ACSL4 といった COX の上流で働く酵素群についても解析を進め、iPLA2γについては、
本酵素が細胞内における脂質リモデリングを制御するのみならず、ある種の生理活性脂質産生を介し、血小板の
活性化、
がん細胞の増殖、がん組織における血管新生などにも深く関わることを明らかにした。ACSL4 については、
本酵素が PG 産生を抑制する方向に働いていることを見出しており、現在、その生体内機能について遺伝子欠損
マウスを用い解析を行っている。
論文:
1.Kuwata H et al. Role of long-chain acyl-coenzyme A synthetases in the regulation of arachidonic acid
metabolism in interleukin 1β-stimulated rat fibroblasts. Biochim. Biophys. Acta 1841: 44-53. (2013)
2.Yoda E et al. Group VIB calcium-independent phospholipase A2 (iPLA2γ) r e g u l a t e s p l a t e l e t a c t i v a t i o n ,
hemostasis and thrombosis in mice. PLoS One 9: e109409. (2014)
久野 悠 【ひさの ゆう】
理化学研究所 脳科学総合研究センター 発生遺伝子制御研究チーム 基礎科学特別研究員
〒 351-0198 埼玉県和光市広沢 2-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:新規 S1P 輸送体によって制御される新たな S1P の生理機能の解明
研究成果の概要:ゲノムの標的部位を切断する人工ヌクレアーゼにより様々な生物においてゲ
ノム改変が可能になると期待されている。これまでにゼブラフィッシュにおいて人工ヌクレ
アーゼを利用した遺伝子破壊技術を確立しており、更に外来遺伝子を正確に挿入するノックイン技術を開発した。
これにより目的遺伝子を蛍光標識することやコンディショナルノックアウトが可能となる。また人口ヌクレアー
ゼを利用して生理活性脂質であるスフィンゴシン1- リン酸 (S1P) の合成酵素 (Sphk1/2) を破壊したゼブラフィッ
シュを作製した。その結果、Sphk2 変異体は S1P 輸送体 (Spns2) や S1P 受容体 (S1PR2) の変異体と同じ表現型を
示し、接合子だけでなく母親に由来する Sphk2 が心臓前駆細胞の遊走制御に関わっていることを明らかとした。
論文:
111 Ota S et al. Efficient identification of TALEN-mediated genome modifications using heteroduplex mobility
assays. Genes Cells 18: 450-458. (2013)
222 Hisano Y et al. Functional cooperation of spns2 and fibronectin in cardiac and lower jaw development. Biol.
Open 2: 789-794. (2013)
333 Ota S et al. Multiple genome modifications by the CRISPR/Cas9 system in zebrafish. Genes Cells 19: 555-564.
(2014)
444 Nishi T et al. Molecular and physiological functions of sphingosine 1-phosphate transporters. Biochim.
Biophys. Acta 1841: 759-765. (2014)
555 Kimura Y et al. Efficient generation of knock-in transgenic zebrafish carrying reporter/driver genes by CRISPR/
Cas9-mediated genome engineering. Sci. Rep. 4: 6545. (2014)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
09
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
● 計画研究 研究項目 C01「脂質メディエーターと疾患」
宮地 良樹 【みやち よしき】
京都大学大学院医学研究科 皮膚科 教授
〒 606-8507 京都市左京区聖護院川原町 54
E-mail :[email protected]
研究課題名:免疫・アレルギー性皮膚疾患と脂質メディエーター
研究成果の概要:生命現象における脂質の役割を脂質メディエーターの観点から包括的かつ網
羅的に捉え、ヒトに還元する体制を具現化した。その結果、肥厚性皮膚骨膜症に、PGE2 が深
く関与していることを示した。また、マウスにおける PGE2 シグナルが EP3 を介して炎症を抑制に制御する事や、
接触皮膚炎の惹起時に樹状細胞が集積することの重要性などを明らかとした。
さらに、当科(京大皮膚科)に蓄積された臨床検体を複数の支援センターと共同解析し、技術・リソース・情
報を共有した。
論文:
111 Shiraishi N et al. Prostaglandin E2-EP3 axis in fine-tuning excessive skin inflammation by restricting dendritic
cell functions. PLoS One 8: e69599. (2013)
222 Nakahigashi K et al. Prostaglandin E2 increase in pachydermoperiostosis without 15-hydroprostaglandin
dehydrogenase mutations. Acta Derm. Venereol. 93: 118-119. (2013)
333 Nakashima C et al. Basophils regulate the recruitment of eosinophils in a murine model of irritant contact
dermatitis. J. Allergy Clin. Immunol. 134: 100-107. (2014)
444 Natsuaki Y et al. Perivascular leukocyte clusters are essential for efficient activation of effector T cells in the
skin. Nat. Immunol. 15: 1064-1069. (2014)
馬嶋 正隆 【まじま まさたか】
北里大学大学院医療系研究科 分子薬理学 教授
〒 252-0374 神奈川県相模原市南区北里 1-15-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:病態時の脈管のダイナミックスを制御する脂質メディエーターの解析と治療への応用
研究成果の概要:悪性腫瘍のリンパ節転移は患者予後を決定する重要な因子であり、その抑制
の方策が強く求められている。我々は、マウス肺がん縦隔リンパ節転移モデルを作成して、リ
ンパ節転移を促進する premetastatic niche 形成に COX-2 の誘導、PGE2-EP3 シグナリングが重要であることを
明らかにした。肺実質に GFP を発現させた LLC 細胞をマトリゲルと混和して投与すると、7 〜 10 日目に所属縦
隔リンパ節転移する。その転移に先立って同リンパ節の subcapsular region に COX-2 が誘導され、COX-2/ EP3
依存的に SDF-1 の発現が増強した。LLC 細胞は SDF-1 受容体 CXCR4 を高発現しており、転移成立にこのケモカ
インが重要であることが判明した。COX-2 陽性細胞は DC であり、COX-2/EP3 依存的に TGF- βを産生すること
により Regulatory T cell を動員し、がん転移を促進することを見出した。COX-2/EP3 阻害がリンパ節転移時の
premetastatic niche 形成抑制に重要であることが判明した。別の LPS 誘発腹膜炎モデルで、T リンパ球の TP シ
グナルがリンパ管新生増強作用を持つことを明らかにすることができた。モデル動物解析センターで TP の flox
マウスも作成したのでリンパ球特異的なノックアウト解析を開始している。
論文:
1.Ogawa F et al. Prostanoid induced premetastatic niche in regional lymph nodes. J. Clin. Invest. 124: 48824894. (2014)
2.Kurashige C et al. Roles of receptor activity-modifying protein 1 in angiogenesis and lymphangiogenesis
during skin wound healing in mice. FASEB J. 28: 1237-1247. (2014)
3.Ohkubo H et al. VEGFR1-positive macrophages facilitate liver repair and sinusoidal reconstruction after
hepatic ischemia/reperfusion injury.
PLoS One 9: e105533. (2014)
4.Matsui Y et al. The role of vascular endothelial growth factor receptor-1 signaling in compensatory
contralateral lung growth following unilateral pneumonectomy. Lab. Invest. in press.
10
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
清原 裕 【きよはら ゆたか】
九州大学大学院医学研究院 環境医学分野 教授
〒 812-8582 福岡市東区馬出 3-1-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:脂質メディエーター関連遺伝子のSNPと疾患
研究成果の概要 :① 2002 年の福岡県久山町の循環器健診を受診した 40 歳以上の住民 3,103
名を 5 年間追跡し、血清エイコサペンタエン酸 / アラキドン酸(EPA/AA)比と心血管病発症
の関係を検討した。その結果、血清高感度 C 反応性蛋白(hsCRP)1.0mg/L 以上の群では血清 EPA/AA 比の低下
とともに虚血性心疾患の発症リスクが有意に上昇したが、1.0mg/L 未満の群ではこのような関連はなかった。ま
た、EPA/AA 比と脳卒中発症との間には明らかな関連はなかった(文献 1)。以上の結果は追跡期間を 2012 年ま
での 10 年間に延長しても変わらなかった。また、この集団を用いて EPA/AA 比と死亡の関連を検討したところ、
EPA/AA 比低値は 10 年間の総死亡とくに悪性腫瘍死亡のリスク上昇と有意に関連した。②この集団のうち慢性
腎臓病(CKD)のない 2,417 名を 5 年間追跡し、血清 1,25- ジヒドロキシビタミン D(1,25-(OH)2D)濃度と CKD
発症の関連を検討した(文献 2)。その結果、血清 1,25-(OH)2D 濃度と CKD 発症の間に有意な負の関連がみられ
た。③ 2002 年の健診時にゲノム疫学研究の同意を得た 40 歳以上の住民 3,196 名を対象に、脂質メディエーター
の関連 SNP と生活習慣病因子の関連を検討した。その結果、遺伝子 X の SNP の GG 型では CC 型と比べ HDL コ
レステロールが有意に高く、遺伝子 Y の挿入欠失多型の欠失型では正常型と比べ BMI が有意に高かった。
論文:
1.Ninomiya T et al. Association between ratio of serum eicosapentaenoic acid to arachidonic acid and risk of
cardiovascular disease: the Hisayama Study. Atherosclerosis 231: 261-267. (2013)
2.Izumaru K et al. Serum 1,25-dihydroxyvitamin D and the development of kidney dysfunction in a Japanese
community: the Hisayama Study. Circ. J. 78: 732-737. (2014)
■ 公募研究 研究項目 C01「脂質メディエーターと疾患」
木原 章雄 【きはら あきお】
北海道大学大学院薬学研究院 生化学研究室 教授
〒 060-0812 札幌市北区北 12 条西 6 丁目
E-mail :[email protected]
研究課題名:スフィンゴシン1−リン酸代謝経路に関わる遺伝子の同定と関連疾患の解析
研究成果の概要:長鎖塩基はスフィンゴ脂質に固有の疎水鎖である。長鎖塩基の細胞内量は合
成と分解のバランスにより保たれており、どちらかが破綻して細胞内量が大きく変化すると細
胞機能に異常をきたす。我々は哺乳類の代表的な長鎖塩基であるスフィンゴシン、ジヒドロスフィンゴシン、フィ
トスフィンゴシンの分解経路の詳細と関与する遺伝子を同定することに成功した。これらの長鎖塩基はすべて最
初にリン酸化されて長鎖塩基 1- リン酸となり、さらに S1P リアーゼによる開裂を受けて長鎖アルデヒドとなっ
た後、脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ ALDH3A2 により脂肪酸へと変換された。スフィンゴシンはスフィン
ゴシン 1- リン酸
(S1P)を介して最終的にパルミチン酸となり、グリセロリン脂質へと代謝された。ジヒドロスフィ
ンゴシンもスフィンゴシンと同様にパルミチン酸へと変換後、グリセロリン脂質へと代謝された。一方、他の長
鎖塩基より水酸基を1つ多く持つフィトスフィンゴシンは代謝過程でα酸化を受けることにより、奇数鎖脂肪酸
(ペンタデカン酸)へと変換された。また、我々はこれらの過程に関与する脂肪族アルデヒドデヒドロゲナーゼ
として、シェーグレン・ラルソン症候群原因遺伝子 ALDH3A2 を同定し、S1P 代謝異常がこの疾患の発症に関与
することを示唆した。
論文:
1.Nakahara K et al. Sjögren-Larsson syndrome gene encodes a hexadecenal dehydrogenase of the sphingosine
1-phosphate degradation pathway. Mol. Cell 46: 461-471. (2012)
2.Wakashima T et al. Dual functions of the trans -2-enoyl-CoA reductase TER in the sphingosine 1-phosphate
metabolic pathway and in fatty acid elongation. J. Biol. Chem. 289: 24736-24748. (2014)
3.Kondo N et al. Identification of the phytosphingosine metabolic pathway leading to odd-numbered fatty
acids. Nat. Commun. 5: 5338. (2014)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
11
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
石井 聡 【いしい さとし】
秋田大学大学院医学系研究科 生体防御学講座 教授
〒 010-8543 秋田市本道 1-1-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:新規リゾホスファチジン酸受容体群による病態制御機構の解明
研究成果の概要:リゾホスファチジン酸 (LPA) は 6 種類の G タンパク質共役型受容体を介して
多彩な生理機能を発揮する脂質メディエーターである。本研究では LPA の第 4 受容体である
LPA4 に注目し、骨髄間質細胞と脂肪細胞における機能を明らかにした。すなわち LPA4 欠損マウスの表現形解
析により、1) 骨髄間質細胞に発現する LPA4 が幹細胞ニッチの形成に寄与することで造血を促進すること、2) 脂
肪前駆細胞に発現する LPA4 が PPARγの発現を減少させて成熟脂肪細胞への分化を抑制すること、3) 成熟脂肪
細胞に発現する LPA4 が PGC-1αなどのミトコンドリア新生に関する遺伝子群の発現を減少させて、成熟脂肪細
胞からアディポネクチンの分泌を抑制すること、を明らかにした。以上の結果から、LPA4 受容体の活性をアゴ
ニストやアンタゴニストで人為的にコントロールすれば、「骨髄移植後の造血促進」や「2 型糖尿病におけるイ
ンスリン感受性促進」が臨床的に期待できると考えられた。
論文:
1.Yanagida K et al. Current progress in non-Edg family LPA receptor research. Biochim. Biophys. Acta 1831: 3341. (2013)
2.Sugatani J et al. Antiobese function of platelet-activating factor: increased adiposity in platelet-activating
factor receptor-deficient mice with age. FASEB J. 28: 440-452. (2014)
3.Hikiji H et al. TDAG8 activation inhibits osteoclastic bone resorption. FASEB J. 28: 871-879. (2014)
4.Harayama T et al. Lysophospholipid acyltransferases regulate phosphatidylcholine acyl-chain composition to
acquire in vivo-required physical properties. Cell Metab. 20: 295-305. (2014)
國澤 純 【くにさわ じゅん】
医薬基盤研究所 ワクチンマテリアルプロジェクト プロジェクトリーダー
〒 567-0085 大阪府茨木市彩都あさぎ 7-6-8
E-mail :[email protected]
研究課題名:腸管免疫疾患における脂質ネットワーク
研究成果の概要:食餌性成分や腸内細菌など腸内環境因子に着目し、腸管組織での脂質を介し
た免疫制御について検討した。その結果、腸内細菌依存的に誘導される IgA 抗体を高産生す
るサブセットを同定した。さらに腸内細菌と同様に IgA 抗体を増加させることの出来る食用油を検索したところ、
パーム油、ならびにパーム油に多く含まれるパルミチン酸に IgA 抗体増強機能があることを見いだした。パルミ
チン酸は IgA 抗体産生細胞に直接働き抗体産生を増強させると共に、大腸においてはスフィンゴ脂質へと代謝さ
れ、IgA 抗体産生細胞を増殖、増加させる。これらの知見をさらに発展させることで、新しいワクチン補助剤(ア
ジュバント)の開発につながると期待される。
論文:
1.Kurashima Y et al. Extracellular ATP mediates mast cell–dependent intestinal inflammation through P2X7
purinoceptors. Nat. Commun. 3: 1034. (2012)
2.Kunisawa J et al. Microbe-dependent CD11b+ IgA+ plasma cells in early-phase robust intestinal IgA responses
in mice. Nat. Commun. 4: 1772. (2013)
3.Kurashima Y et al. The enzyme Cyp26b1 mediates inhibition of mast cell activation by fibroblasts to maintain
skin-barrier homeostasis. Immunity 40: 530-541. (2014)
4.Kunisawa J et al. Regulation of intestinal IgA responses by dietary palmitic acid and its metabolism. J.
Immunol. 193: 1666-1671. (2014)
5.Goto Y et al. Innate lymphoid cells govern intestinal epithelial fucosylation. Science 345: 1254009. (2014)
12
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
北 芳博 【きた よしひろ】
東京大学大学院医学系研究科 ライフサイエンス研究機器支援室 准教授
〒 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:エンドカンナビノイド系と新規アラキドン酸カスケードのクロストーク
研究成果の概要:モノアシルグリセロールリパーゼ(MGL)欠損マウスにおいて発熱応答が
消失することを見出した。リピドミクス解析を含む詳細な解析の結果、MGL はエンドカンナ
ビノイドの一種である2- アラキドノイルグリセロール(2-AG)を分解することにより発熱反応に必要なプロス
タグランジン E2 産生の前駆体であるアラキドン酸を供給することを明らかにした。中枢系において 2-AG 産生
の主要酵素であるジアシルグリセロールリパーゼα(DGLα)の遺伝子欠損マウスは正常に発熱したことから、
視床下部 PGE2 の前駆体としての 2-AG は DGLα非依存性の脂質代謝経路により生じることを示唆した(論文投
稿中)
。MGL 欠損マウスは高脂肪食誘導性肥満に抵抗性を示すことを見出し、そのメカニズムとして、MGL 欠
損マウスにおける腸管からの脂肪吸収の抑制を明らかにした。また、MGL 欠損マウスにおいて脂肪摂取後に摂
食行動の抑制が起こることから、食欲調節系に MGL が関与する可能性を見出した。これらの結果から、MGL が
多面的なメカニズムによりエネルギーホメオスタシスに関わることを明らかにしつつある(論文投稿中)。
論文:
1.Tokuoka SM et al. Alkylglycerol monooxygenase as a potential modulator for PAF synthesis in macrophages.
Biochem. Biophys. Res. Commun. 436: 306-312. (2013)
2.Sumida H et al. Interplay between CXCR2 and BLT1 facilitates neutrophil infiltration and resultant keratinocyte
activation in a murine model of imiquimod-induced psoriasis. J. Immunol. 192: 4361-4369. (2014)
多久和 陽 【たくわ よう】
金沢大学大学院医薬保健学総合研究科 血管分子生理学分野 教授
〒 920-8640 金沢市宝町 13-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:炎症制御因子としてのスフィンゴシンー1-リン酸の血管障害における役割
研究成果の概要:血管内皮は血管健常性維持において主要な役割を担い、その中心的な分子機
構は、内皮接着接合(AJ)により担われる血管障壁(バリア)機能である。スフィンゴシン
-1-リン酸(S1P)2 型受容体(S1P2)はインビトロの作用とは異なり、生体(マウス)においてアナフィラ
キシーモデルで血管バリア機能を高める作用を有し、さらにこの作用が過剰 NO 産生の抑制によることを見出し
た。薬物性肺障害では投与後早期に血管バリア機能が障害され、その後炎症細胞浸潤が生じて肺の線維化をき
たす。S1P2 は薬物投与後早期の血管バリア機能破綻は抑制するものの、肺の線維化には促進的に作用しており、
この機構を現在解析中である。一方、AJ バリア機能を恒常的に維持している S1P1 受容体のシグナル伝達の一部
(Rac 活性化)は、S1P1 が内在化された早期エンドソーム上で起こることを発見した。このシグナリングは、AJ
バリア機能維持に関わる。以上の結果は、血管バリア機能制御における受容体サブタイプ特異的な S1P シグナ
ル系の役割分担を示す。
論文:
1.Takuwa Y et al. Sphingosine-1-phosphate as a mediator involved in development of fibrotic diseases.
Biochim. Biophys. Acta 183: 185-192. (2013)
2.Biswas K et al. Essential role of class II PI3K-C2 α in sphingosine-1-phosphate receptor-1 mediated signaling
and migration in endothelial cells. J. Biol. Chem. 288: 2325-2339. (2013)
3.Cui H et al. Sphingosine-1-phosphate receptor-2 protects against anaphylactic shock through suppression of
eNOS in mice. J. Allergy Clin. Immunol. 132: 1205-1214. (2013)
4.Igarashi J et al. Involvement of S1P1 receptor pathway in angiogenic effects of a novel adenosine-like nucleic
acid analog COA-Cl in cultured human vascular endothelial cells. Pharmacol Res Persp. 2: e00068. (2014)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
13
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
瀬藤 光利 【せとう みつとし】
浜松医科大学医学部 解剖学講座 細胞生物学分野 教授
〒 431-3192 静岡県浜松市東区半田山 1-20-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:質量顕微鏡法による脂質マシナリーの可視化
研究成果の概要 :MALDI-IMS を用いて、アルツハイマー病患者の脳内の脂質分布を可視化し、
罹病期間が長い患者ほど大脳皮質領域のドコサヘキサエン酸含有ホスファチジルコリン(DHAPC)
が減少していることを明らかにした。DHA-PC の減少は神経細胞の機能に重要なシナプスタンパク質 PSD-95
の低下と相関し、アルツハイマー病におけるポストシナプスの脱落と関連する。TOF-SIMS を用い 1 細胞レベル
での癌細胞の脂質代謝を調べ、乳癌幹細胞で非癌幹細胞に比べてパルミトレイン酸が低下していることを明らか
にした。
論文:
1.Yuki D et al. DHA-PC and PSD-95 decrease after loss of synaptophysin and before neuronal loss in patients
with Alzheimer’s disease. Sci. Rep. 4: 7130. (2014)
2.Ide Y et al. Single Cell Lipidomics of SKBR-3 Breast Cancer Cells by Using Time-of-Flight Secondary-Ion Mass
Spectrometry. Surf. Interface Anal. 46: 181-184. (2014)
3.Nagata Y et al. Glutaraldehyde fixation method for single-cell lipid analysis by time-of-flight secondary ionmass spectrometry. Surf. Interface Anal. 46: 185-188. (2014)
4.He Q et al. Increased phosphatidylcholine (16:0/16:0) in the folliculus lymphaticus of Warthin tumor. Anal.
Bioanal. Chem. 406: 5815-5825. (2014)
5.Waki M et al. Single-cell time-of-flight secondary ion mass spectrometry reveals that human breast cancer
stem cells have significantly lower content of palmitoleic acid compared to their counterpart non-stem cancer
cells. Biochimie 107: 73-77. (2014)
黒瀬 等 【くろせ ひとし】
九州大学大学院薬学研究院 薬効安全性学分野 教授
〒 812-8582 福岡市東区馬出 3-1-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:心筋梗塞におけるロイコトリエン B4 受容体の役割解析
研究成果の概要:心筋梗塞時におけるロイコトリエン B4 受容体 (BLT1) の役割を明らかにし、
BLT1 が心筋梗塞の新規治療標的となる可能性を検討した。BLT1 ノックアウト (KO) マウスに
心筋梗塞 (MI) 処置を施すと、野生型マウスに比べ MI 処置後の生存率・心機能の有意な改善及び梗塞領域の有意
な減少が認められた。すなわち、BLT1 が心筋梗塞後の病態を悪化させる分子であることが示唆された。そこで、
生存率に差が認められた MI 処置後初期の病態について詳細な解析を行ったところ、好中球・マクロファージの
梗塞領域周辺への浸潤、炎症性サイトカイン・ケモカインの発現誘導及び梗塞領域周辺でのアポトーシスが野生
型マウスに比べ BLT1-KO マウスで有意に抑制されていることが明らかになった。更に骨髄移植の実験を行った
ところ、BLT1-KO マウスの骨髄を移植した野生型マウスにおいて、全身の BLT1 を KO したマウスと同様に白血
球の浸潤、炎症関連因子の発現誘導及びアポトーシスの抑制が認められた。以上より、骨髄由来細胞に発現する
BLT1 が心筋梗塞後の白血球の遊走を促進し、炎症応答を増幅させることで、病態を悪化させることを見いだし
た。更に MI 処置直後に BLT1 拮抗薬を尾静脈内投与し、その後の心機能を評価したところ、vehicle 投与群に比
べ BLT1 拮抗薬投与群において心機能の有意な改善が認められた。この結果より、BLT1 が心筋梗塞における新規
治療標的になる可能性を示した。
論文:
1.Watari K et al. Multiple functions of G protein-coupled receptor kinases. J. Mol. Signal. 9: 1. (2014)
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「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
藤木 幸夫 【ふじき ゆきお】
九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所 特任教授
〒 819-0395 福岡市西区元岡 744
E-mail :[email protected]
研究課題名:脂質メディエーターに着目したペルオキシソーム病発症機構の解明
研究成果の概要:ペルオキシソーム形成不全症、極長鎖脂肪酸 β- 酸化不全性患者由来の線維
芽細胞およびペルオキシソーム欠損性 CHO 細胞のリン脂質組成を解析し、従来の極長鎖脂肪
酸の蓄積に加え、ドコサヘキサエン酸の合成不全、多価不飽和脂肪酸を有するリン脂質の蓄積などを新たに見出
した(論文 1)
。また、中程度のプラスマローゲン合成障害を有する肢根型点状軟骨異形成症患者由来細胞を解
析し、プラスマローゲン合成酵素 ADAPS の点変異によって生じたアミノ酸の側鎖が基質の挿入を妨げることに
よってプラスマローゲン合成が抑制される結果を示した。本成果は、中程度のプラスマローゲン減少でもプラス
マローゲン欠損症の病態を示すことを明らかにしたものであり、個体恒常性においてプラスマローゲンのホメオ
スタシスの重要性を示すものである(論文 2)
。現在、ペルオキシソーム形成不全性ノックアウトマウスの脳に
おいて炎症や細胞死などの病態を呈することを見出しており、炎症性、抗炎症性脂質メディエーターの動態を検
証している。
論文:
1.Abe Y et al. Very-long-chain polyunsaturated fatty acids accumulate in phosphatidylcholine of fibroblasts
from patients with Zellweger syndrome and acyl-CoA oxidase1 deficiency. Biochim. Biophys. Acta- Mol. Cell
Biol. Lipids 1841: 610-619. (2014)
2.Noguchi M et al. Mild reduction of plasmalogens causes rhizomelic chondrodysplasia punctata: Functional
characterization of a novel mutation. J. Human Genet. Epub. May 22. (2014)
3.Fujiki Y et al. Peroxisome biogenesis in mammalian cells. Frontiers in Physiology Epub. Aug. 15. (2014)
横山 詩子 【よこやま うたこ】
横浜市立大学医学部 循環制御医学 准教授
〒 236-0004 横浜市金沢区福浦 3-9
E-mail :[email protected]
研究課題名:プロスタグランディンE受容体EP4シグナル制御による大動脈瘤の治療開発
研究成果の概要 :現在根本的治療薬が存在しない大動脈瘤における PGE 受容体 EP4 の作用を
明らかにし、EP4 拮抗薬が大動脈瘤進行を抑制する可能性を示した。ヒト大動脈瘤では EP4
が過剰に発現し、EP4 活性化が MMP-2 や IL-6 の発現を誘導すること、EP4 拮抗薬がこれらの分子群の機能を抑
制することを示した。さらに各種 EP4 遺伝子改変マウスにおける大動脈瘤の解析を通じて、EP4 拮抗薬が大動脈
瘤の進行抑制薬、治療薬として有効である可能性を示唆した(論文1)。さらに、ヒト大動脈瘤組織からの分泌
蛋白の網羅的解析により、新規バイオマーカー候補を 3 種類同定し(未発表)、製薬会社と EP4 拮抗薬の臨床治
験に向けた研究を現在推進している。また、PGE2-EP4 刺激がエラスチン蛋白の架橋を阻害し弾性線維の生成を
抑制する機序を明らかにした(論文4)。これらの成果を通じて、PGE2-EP4 は弾性線維形成を抑制、分解を促進
することですることで、生理的、病的状態ともに弾性線維形成を司っていることが明らかになった(論文3)。
論文:
1.Yokoyama U et al. Inhibition of EP4 signaling attenuates aortic aneurysm formation. PLoS One 7: e36724. (2012)
2.Insel PA et al. Cyclic AMP and Epac in the regulation of tissue fibrosis. Br. J. Pharmacol. 166: 447-456. (2012)
3.Yokoyama U et al. The prostanoid EP4 receptor and its signaling pathway. Pharmacol. Rev. 65: 1010-1052.
(2013)
4.Yokoyama U et al. Prostaglandin E2 inhibits elastogenesis in the ductus arteriosus via EP4 signaling.
Circulation 129: 487-496. (2014)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
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Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
古屋敷 智之 【ふるやしき ともゆき】
神戸大学大学院医学研究科 薬理学分野 教授
〒 650-0017 神戸市中央区楠町 7-5-1
E-mail :[email protected]
研究課題名:マウス反復ストレスによる脳内プロスタグランジン E2 産生誘導の分子機序
研究成果の概要:ストレスは鬱病など精神疾患のリスク因子である。本研究では、マウス鬱病
モデルである反復社会挫折ストレスで、脳内の PGE2 がミクログリアに発現する COX-1 を介し
て産生され、
PGE 受容体 EP1 を介して前頭前皮質ドパミン系を抑制して、抑鬱を誘導することを示した(論文3)。
EP1 はドパミン D1 受容体と複合体を形成し、Gβγ を介して D1 によるアデニル酸シクラーゼ活性化を増強する
ことも見出した(論文4)
。ストレスによる PGE2 産生機序は不明であったが、本研究等により自然免疫分子の
関与を見出し、その機序を解析中である。ストレスによる抑鬱には神経細胞の形態変化も重要であり、細胞骨格
制御因子欠損マウスを用いた解析も行っている(論文2)。今後はストレスによる脳内炎症と神経細胞形態変化
との関連性にも迫りたい。
論文:
1.Mitsumori T et al. Thromboxane receptor activation enhances striatal dopamine release, leading to
suppression of GABAergic transmission and enhanced sugar intake. Eur. J. Neurosci. 34: 594-604. (2011)
2.Shinohara R et al. A role for mDia, a Rho-regulated actin nucleator, in tangential migration of interneuron
precursors. Nat. Neurosci. 15: 373-380. (2012)
3.Tanaka K et al. Prostaglandin E2-mediated attenuation of mesocortical dopaminergic pathway is critical for
susceptibility to repeated social defeat stress in mice. J. Neurosci. 32: 4319-4329. (2012)
4.Ehrlich AT et al. Prostaglandin E receptor EP1 forms a complex with dopamine D1 receptor and directs D1induced cAMP production to adenylyl cyclase 7 through mobilizing G βγ subunits in human embryonic kidney
293T cells. Mol. Pharmacol. 84: 476-486. (2013)
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「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
これまでの活動
2014 年
03.28-30
日本薬学会第 134 年会(熊本)にてシンポジウム「創薬標的分子の同定を
目指す新しい脂質マシナリー研究」を開催(有田・村上)
06.06-07
第 56 回日本脂質生化学会(大阪)にてシンポジウム「脂質メディエーター
研究の現状と未来」が開催され、横溝、青木、有田各班員が成果発表
06.24 55th International Conference on the Bioscience of Lipids (Aberdeen,
Scotland)にて、有田が招待講演
06.28-29 第 5 回「脂質マシナリー」領域会議(順天堂大学)
07.01-04 第 35 回日本炎症 ・再生医学会(沖縄)にてシンポジウム 「Lipid Immunology」
を開催(横溝・村上)
08.27-29 Lipid Mediators in Health and Diseases : A tribute to Bengt Samuelsson
(Sweden) にて、横溝、村上が招待講演
10.15-18 第 87 回日本生化学会大会(京都)にてシンポジウム「脂質免疫学」
(横溝・
椛島)
、「脂質を介した生体制御と疾患、創薬への展開」
(國澤・村上)を
開催
10.23 5th European Workshop on Lipid Mediators (Istanbul, Turkey) にて、杉本が
Opening Lecture を講演
ニュースレター No.1
ニュースレター No.2
ニュースレター No.3
「生命応答を制御する脂質マシナリー」ニュースレター No.4 2014 年 1 月発行
ホームページアドレス html 版:http://plaza.umin.ac.jp/lipids/newsletter/newsletter4/index.html
PDF 版 :http://plaza.umin.ac.jp/lipids/newsletter/newsletter4/newsletter4.pdf
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
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Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
第 5 回 領域会議
日時:2014 年 6 月 28 日(土)〜 29 日(日)
場所:順天堂大学センチュリータワー 6 階講義室(東京都文京区本郷 2-2-9)
*班会議次第(計画研究:発表 15 分+討論 5 分、公募研究:発表 10 分+討論 5 分)
6 月 28 日(土)
13:00-13:05 領域代表挨拶
座長:青木 淳賢
13:05-13:25 横溝 岳彦 「上皮恒常性と 12-HHT/BLT2」
13:25-13:40 仲矢 道雄 「心筋梗塞時におけるロイコトリエン B4 受容体の役割解明」(黒瀬)
13:40-13:55 坂根 郁夫 「グルコース刺激と連関した新規ジアシルグリセロール代謝経路」
13:55-14:10 久本 直毅 「線虫をモデルとしたアナンダミドによる軸索再生抑制機構の解析」
14:10-14:25 梅田 真郷 「ショウジョウバエにおける脂質メディエーターの同定と産生機構の解明」
休憩
座長:杉本 幸彦
14:40-15:00 村上 誠 「PLA2 分子群により制御される新しい脂質ネットワークの解析」
15:00-15:15 多久和 陽 「血管新生因子 TGF βの内皮作用はクラス II PI3 キナーゼに依存する」
15:15-15:30 濡木 理 「脂質シグナリングの構造基盤」
15:30-15:45 藤木 幸夫 「ペルオキシソーム障害モデルマウスのリピドミクス」
休憩
座長:横溝 岳彦
16:00-16:20 青木 淳賢 「モデル生物を用いた LPA シグナルの軟骨における機能」
16:20-16:35 石井 聡 「新規リゾホスファチジン酸受容体群による病態制御機構の解明」
16:35-16:50 古屋敷智之 「マウス反復ストレスを担う PGE2 の受容体作用と産生機構に関する研究」
16:50-17:05 横山 詩子 「PGE 受容体 EP4 シグナル制御による大動脈瘤の治療開発」
休憩
座長:村上 誠
17:20-17:40 杉本 幸彦 「プロスタグランジン受容体シグナルによる生体調節の包括的探索」
17:40-17:55 桑田 浩 「プロスタグランジン産生関連酵素群の生体内におけるクロストークの解析」(原)
17:55-18:10 北 芳博 「新規アラキドン酸カスケードによる発熱応答メカニズム」
18:10-18:25 佐々 貴之 「Aldh3a2 KO マウスを用いたシェーグレン・ラルソン症候群における神経症状発症の
分子機構解析」(木原)
18:25-18:40 総括
19:00-21:00 総合討論会(順天堂大学センチュリータワー 19 階)
6 月 29 日(日)
座長:有田 誠
09:00-09:20 本田 哲也 「マウス乾癬モデルにおける TXA2-TP シグナルの役割」(宮地)
09:20-09:35 中西 広樹 「脂質メディエーター解析のための新技術の創出」
09:35-09:50 瀬藤 光利 「質量顕微鏡法による脂質マシナリーの可視化」
09:50-10:05 小林 雄一 「不飽和脂肪酸の代謝産物の有機合成」
10:05-10:25 馬嶋 正隆 「リンパ組織の可塑性、組織修復を制御する生理活性脂質の役割」
写真撮影
座長:椛島 健治
10:40-11:00 有田 誠 「ω3系脂肪酸の代謝と抗炎症作用についてのメタボローム解析」
11:00-11:15 國澤 純 「粘膜組織における免疫脂質ネットワーク」
11:15-11:30 福嶋 伸之 「メダカ LPA 受容体遺伝子の発現と機能解析」
11:30-11:45 久野 悠 「ゲノム編集技術を用いた初期発生期における S1P シグナルの機能解析」
11:45-12:05 秦 淳 「脂肪酸と生活習慣病の関係:久山町研究」(清原)
12:05-13:05 総合討論(国際会議、総説誌、その他)
13:10 解散
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「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
班会議に参加して
順天堂大学医学部医学科
4 年 池田 恒基
私 は、2014 年 6 月 28 日、29 日
に順天堂大学で開かれた第 5 回脂質
マシナリー班会議に横溝研からのス
タッフとして参加致しました。私の
主な仕事は、参加される先生方を会
場へ誘導することでしたが、会議が
始まってからは末席に加えて頂き、
先生方の発表を拝聴しました。
脂質マシナリー班会議に参加するのは初めてで、私
の少ない知識でどこまで理解出来るか不安でしたの
で、わからないテクニカルタームをすぐに調べられる
ように生化学の教科書を会場へ持ち込んでおりまし
た。また、学会は全て英語で行われると思っておりま
したので、私の英語力でどこまで理解できるか心配し
ておりましたが、今回は日本語で行われるということ
を聞いて大層安心したことを今でも覚えています。
いざ発表が始まると、どの先生の発表も、基本的な
話から応用的な話までわかりやすく説明があり、私に
も十分理解出来るところが多く、メモを取りながら聞
き入っていました。特に仲矢先生の心筋梗塞モデル、
有田先生の fat-1 マウスや古屋敷先生の精神疾患モデ
ルマウスなど、そんなところまでモデル化されている
のかと大変驚きました。他にも線虫、ショウジョウバ
エ、ゼブラフィッシュ、メダカといった馴染みのない
モデル生物も多く、実験歴の浅い私にとって何もかも
が新鮮だったことはいうまでもありません。さらに國
澤先生の免疫システムや秦先生の疫学・統計学につい
ての発表は、大学の講義だけでは得ることの出来ない
学問の面白さを教えて頂けたと思います。特に秦先生
の発表では、いくら統計学を駆使したとしてもみるべ
きデータを見失ってしまうことがあり得るということ
を実感し、一つの事象を多角的な視野から捉えること
がとても大事だと思いました。
また、質疑応答も大変活発に行われており、今後の
参考にさせて頂こうと先生方の質問を必死にメモに取
りました。さらに自分の目標として、最低一回以上質
問に立つということを課していましたので、特に私は
医学生という立場から臨床に関連する(それくらいし
か知識がないので)質問をさせて頂きました。学部生
なのだから、ある程度トンチンカンな質問をしても許
されるはず、と自分を奮い立たせて手を挙げること数
回、質問することが出来ました。特に石井先生は、先
生の回答に対して私が食いついてもその度にしっかり
と答えて下さいました。本当に各先生方、私の質問に
も嫌な顔一つせずに答えて下さり、胸を貸してくださ
いました。大変貴重な経験をさせていただきました。
本当にありがとうございました。
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
19
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
また、懇親会の場では、昨年の FASEB SRC でご一
緒した先生方に「成長したね、いい質問だった。よく
食いついた」と過分なお言葉を頂きました。第一線級
の先生方に褒めて頂き、自分のこの一年間が実りある
ものだったと実感致しました。本当に参加してよかっ
た、と心の底から思える会議でした。今でもあの時の
心の躍動を思い出すことができます。最後になります
が、このような素晴らしい場に参加させて頂きました
ことを関係する先生方にお礼申し上げます。これから
もこの日のことを胸に一層実験に励んでいきたいと思
います。
北里大学大学院医療系研究科 博士課程 4 年 鎌田 真理子
第 5 回脂質マシナリー領域会議
が、2014 年 6 月 28、29 日 に 順 天
堂大学で開催され、北里大学大学院
医療系研究科分子薬理学馬嶋研究
班 17 名の一員として、参加させて
頂きました。当研究班は、分子薬理
学教室のスタッフと医療系研究科所
属の大学院生が、それぞれの臓器で病態時の脈管の反
応を制御する脂質メディエーターの研究を行っていま
す。腎臓内科医の私は、週 2 回の外来診療を行いな
がら、横溝岳彦先生が作製された BLT1 受容体のノッ
クアウトマウスを用いて、BLT1 受容体シグナルのマ
ウス腎線維化増強作用の機序の解明の研究を行ってい
ます。マウスの片側尿管を結紮すると水腎症となり、
急速に尿細管間質線維化が進行しますが、BLT1 受容
体ノックアウトマウスでは、マクロファージの浸潤や
線維芽細胞数、コラーゲン沈着が、野生型と比して少
なく、間質線維化が軽症にとどまりました。これは、
LTB4-BLT1 シグナルが尿細管間質線維化に重要な役割
を演じていることを示しています。今後は、腎線維化
での LTB4-BLT1 シグナルを担う経路を明らかにしてい
く予定です。
私は、研究を始めて 2 年目の 2012 年に秋田で行わ
れた第 3 回領域会議に初めて参加させて頂きました
が、その時は内容が理解できず、班員の先生方が熱心
に議論をされているのを、圧倒されながら聞いており
ました。今回は 2 回目の参加となりました。研究生
活が 4 年目に入ったこともあり、他の研究室での実
験の進め方や、仮説を実証するための新たな視点を得
る事ができて、非常に勉強になりました。脂質メディ
エーターの合成法または解析法、様々なモデル動物で
の脂質メディエーターとその受容体の同定、生理的お
よび病態時における役割など、幅広い内容で活発な討
論が行われ、議論の中から新しいアイディアが生まれ
てくることを実感しました。久山町の疫学研究報告で
は、疫学研究が基礎研究の発展を促す可能性を感じ
20
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
ました。個人的には、日常の臨床で摂取を勧めてい
る EPA やα-リノレン酸などのω 3 系脂肪酸代謝系が、
どのように抗炎症作用を発揮するのか、非常に興味深
く聞くことができました。
脂質メディエーターを標的とした薬は、アスピリン
をはじめ、すでに治療薬として使用されていて、これ
らの薬物の適応疾患の拡大は、早期に臨床に使用でき
る点で価値ある研究分野であると思いました。また、
新規の代謝経路や治療法の開拓を行うためには、様々
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
理化学研究所 統合生命医科学研究センター (IMS)
メタボローム研究チーム 上級研究員 池田 和貴
な分野の研究者のコミュニケーションの場が必要であ
り、討論を通じて研究が加速し、臨床応用への到達が
早くなると思いました。本領域会議で話されていた事
が、臨床の場に出てくる事を楽しみに思います。
最後になりましたが、本会議をご準備頂きました先
生方に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。本研
究班は、今年度で一旦終了とのことですが、皆様の交
流が今後も続き、日本の脂質研究がさらに発展するこ
とを願っております。
2014 年 6 月 28、29 日 に 順 天 堂
大学医学部 ( 本郷・お茶の水キャン
パス ) で開催された第 5 回脂質マシ
ナリー班会議に初めて参加させて
頂きました。私事ですが、2014 年
4 月より理化学研究所 統合生命医
科学研究センター メタボローム研
究チーム ( 有田誠チームリーダー ) へ異動となり、チー
ムとしても本班会議が記念すべき最初の全体行事とな
りました。私自身は、本領域のアドバイザーである田
口良先生 ( 現 中部大学 ) から約 10 年わたりご指導を
受け、前任の慶應義塾大学 先端生命科学研究所を含
め、リピドミクスの分析および解析の新たな基盤技術
の構築を進めてきました。今回の班会議で深く印象に
残ったのは、様々な研究でリピドミクスが積極的に取
り入れられ、病態の解明や代謝解析に大いに役立って
いることでした。このようなリピドミクスの急速な普
及には、田口先生のご尽力や功績がなければ成し遂げ
られなかったことであり、懇親会での今年限りで研究
の一線を退かれるという発表は残念でなりませんでし
た。今後も時折は、田口先生の溢れんばかりのアイデ
アをご教授頂ければと思います。
本班会議を通しては、基礎から臨床応用まで研究計
画が進められているだけでなく、有機合成やコホート
などの分野も加えて多岐にわたり研究班が構成されて
いることに大変驚きました。様々な専門分野の研究技
術やアイデアを融合することで、新たな研究展開を進
めて行こうとする思いが伝わりました。個人的には、
今回の会議中では、京大の梅田先生のグループの「ショ
ウジョウバエにおける脂質メディエーターの同定と産
生機構の解明」のご発表に感銘を受けました。中でも、
ショウジョウバエの膜リン脂質と温度選好性との関係
について、興味深く拝聴させて頂きました。これまで、
多くの生物で環境温度の変化に対して膜脂質組成の変
化により膜流動性を保っていることは知られていまし
たが、本発表内容はそれと逆で、膜脂質組成や流動性
の変化が個体の温度選好性を制御する可能性を示唆さ
れており大変驚きました。他にも関心を持ったご発表
が数多くあり、話が尽きませんが、このような素晴ら
しい脂質マシナリー研究が今年度で期間満了になると
いうことで、寂しい気持ちでいっぱいです。本班会議
の最後には、脂質マシナリーに代わる次の領域の立ち
上げに関する話題も挙がっておりましたが、次回チャ
ンスがあれば、現在進めている新しい高網羅的なリピ
ドミクス技術などを通じて、是非とも脂質研究の発展
に貢献させて頂きたいと考えております。
最後になりましたが、今回の本班会議への参加機会
を与えて下さった横溝先生はじめ多くの先生方にこの
場を借りて厚く御礼申し上げます。
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
21
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
ホットトピックス
12-HHT は BLT2 受 容 体 を 介 し て 皮 膚 の 創 傷 治 癒 を
促進する
順天堂大学大学院医学研究科 生化学第一講座
佐伯 和子、劉 珉、横溝 岳彦
はじめに
12(S)- ヒドロキシヘプタデカトリエン酸 (12-HHT)
は、血液凝固に伴ってトロンボキサン A2(TxA2) が産
生されるのと同時に産生される炭素数 17 の脂肪酸
で あ る( 図 1A)
。12-HHT の 産 生 は、 細 胞 膜 型 ホ ス
ホリパーゼ A2α (cPLA2α)・シクロオキシゲナーゼ
(COX)・トロンボキサン A2 合成酵素 (TxA2S) 依存的で
あり、COX 阻害剤である非ステロイド性消炎鎮痛剤
(NSAIDs)の投与により完全に抑制される。NSAIDs
の 1 つであるアスピリンは、解熱鎮痛薬・血栓予防
薬として広く使用されているが、消化管粘膜障害をは
じめとする多数の副作用が報告されている。皮膚創傷
治癒の遅延も古くから知られていたアスピリンの副作
用の 1 つであるが、その発現メカニズムについては
不明であった。今回、アスピリン投与による 12-HHT
産生阻害が、皮膚表皮角化細胞の動きを低下させ、創
傷治癒を遅延させることを明らかにした。
12-HHT/BLT2 は皮膚の創傷治癒を促進する
私たちは、ロイコトリエン B4 の低親和性受容体と
して同定した BLT2 の生体内リガンドを探索する過程
で、12-HHT が BLT2 の高親和性リガンドとして機能
していることを見いだした 1)。BLT2 が皮膚の角化細
胞に発現しており 2, 3)、12-HHT が血液凝固の際に大量
に産生されることから、12-HHT/BLT2 シグナルが皮
膚の創傷治癒に寄与している可能性を想定して実験を
行った 3)。
野性型マウスおよび BLT2 欠損マウスの背中の皮膚
に直径 3 mm の穴をあけ、創傷面積の変化を経時的
に観察したところ、BLT2 欠損マウスにおいて治癒の
遅延が観察された(図1B 左)
。更に、野性型マウス
にアスピリンを経口投与したところ、同様の創傷治癒
の遅延が観察された(図1B 中)
。アスピリン投与に
よる創傷治癒の遅延が BLT2 欠損マウスでは見られな
かったことから(図1B 右)
、アスピリンによる皮膚
の創傷治癒遅延は、BLT2 リガンドである 12-HHT の
産生阻害による可能性が示唆された。そこで、創傷
部滲出液中に含まれる 12-HHT の量を測定したとこ
ろ、創傷後時間依存的な 12-HHT の蓄積が観察された
が、この蓄積はアスピリン投与により完全に阻害され
た(図1A 右)
。更に、創傷皮膚の組織学的解析から、
アスピリン投与や BLT2 欠損による創傷治癒の遅延は、
22
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
図 1. 12-HHT の産生経路と皮膚創傷治癒における役割
(A)12-HHT は、細胞質型ホスホリパーゼ A2α (cPLA2α)・シクロオキシゲナー
ゼ (COX)・トロンボキサン A2 合成酵素 (TxA2S) 依存的に産生され、皮膚創
傷後の滲出液中に蓄積される。12-HHT 受容体である BLT2 は、皮膚表皮角
化細胞において発現が高い。(B) BLT2 の遺伝子欠損やアスピリンの投与に
より、皮膚創傷治癒が遅延する。
表皮角化細胞の再上皮化の遅れによることが判明し
た。また、角化細胞の増殖は正常であったことから、
12-HHT/BLT2 シグナルは角化細胞の移動を亢進させ、
創傷治癒を促進していることが示唆された。
次に、12-HHT 産生過程において COX の下流で作
用する TxA2S の遺伝子欠損マウスを用いて皮膚創傷
治癒速度を測定したところ、アスピリン投与と同様
に治癒の遅延が観察された。TxA2S は TxA2 と 12-HHT
の両方の産生に関与するため、TxA2 受容体である TP
の遺伝子欠損マウスを用いて同様の実験を行ったが、
TP 欠損は創傷治癒の速度に影響しないことが判明し
た。以上の結果から、COX および TxA2S 依存的に産
生される 12-HHT が、皮膚の創傷治癒を促進している
と考えられる。
12-HHT は受容体 BLT2 を介して角化細胞の移動を亢
進させる
BLT2 の皮膚角化細胞における役割を明らかにする
目的で、BLT2 過剰発現 HaCaT 細胞(ヒトの角化細胞
株)およびヒトとマウス(野性型および BLT2 欠損)
の初代培養角化細胞を用いて細胞レベルの解析を行っ
た。スクラッチアッセイにより細胞の間隙の塞がる速
度を比較したところ、BLT2 過剰発現 HaCaT 細胞や野
性型マウスおよびヒトの初代培養角化細胞では、12HHT や合成 BLT2 作動薬 (CAY10583) の添加により間
隙の塞がる速度が亢進することが明らかとなった。ま
た、細胞の増殖速度や細胞死については変化が認めら
れず、細胞の移動のみが亢進した。そこで、野性型お
よび BLT2 欠損マウスの皮膚組織を用いて DNA マイ
クロアレイ解析を行ったところ、BLT2 欠損マウスの
皮膚においてサイトカイン・ケモカイン・マトリック
スメタロプロテアーゼ (MMP) などの発現低下が認め
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
られ、
特に TNF-αと MMP-9 に着目して解析を行った。
角化細胞において、12-HHT を用いて BLT2 を刺激す
は開発されておらず、BLT2 作動薬は難治性皮膚創傷
の新規治療薬となり得るのではないかと考えられる。
ると TNF-αおよび MMP-9 の mRNA 発現が上昇した
が、培養上清中に TNF-αの中和抗体を添加しておく
と MMP-9 の上昇が消失したことから、細胞外へ分泌
おわりに
以前は、怪我や手術で生じた創傷部位を消毒して、
された TNF-αがオートクラインまたはパラクライン
に作用して MMP-9 の発現を上昇させている可能性が
示唆された。更に、TNF-α中和抗体や MMP-9 阻害剤
ガーゼを取り替える治療が主流であったが、現在では
被覆剤で覆うだけの方が良いとされている。被覆剤は
傷口の乾燥を防ぐだけでなく、治癒促進効果のある滲
は、12-HHT/BLT2 による細胞移動の亢進を阻害した。
以上のことから、皮膚創傷時に創傷部位で産生される
12-HHT は、角化細胞に発現している BLT2 に作用し、
TNF-α・MMP-9 の発現上昇を介して細胞の移動を亢進
出液を創傷部に留める効果がある。また、難治性皮膚
創傷では自己多血小板血漿 (Platelet Rich Plasma: PRP)
を用いた治療が有効なことが明らかとなっており、血
小板の産生する成長因子 (PDGF, VEGF, TGF- βなど )
が創傷治癒に寄与していると考えられる。今回の研究
させ、
創傷治癒を促進させていると考えられる(図 2)。
で 12-HHT が創傷滲出液中に蓄積してくることが明ら
かとなり、更に 12-HHT の主な産生細胞が活性化した
血小板であることからも、12-HHT が PRP 療法におい
図 2. 皮膚創傷治癒における 12-HHT/BLT2 の作用機序
①皮膚創傷により血小板が活性化すると 12-HHT が生成されて創傷部滲出
液や凝血中に蓄積される。② 12-HHT は表皮角化細胞に発現している BLT2
に作用し、③転写因子である NFκB を活性化して TNFαや IL-1βの発現を亢
進する。④細胞外に分泌された TNFα は、オートクラインもしくはパラク
ラインに作用し、⑤ MMPs やケモカインの発現を上昇させ、⑥角化細胞の
移動を亢進させることで創傷治癒を促す。
BLT2 作動薬は皮膚創傷治癒を促進させる
糖尿病性皮膚潰瘍は、糖尿病による免疫低下や血行
不良などで創傷治癒が遅延することで生じる。合成
BLT2 作動薬の皮膚創傷への治療効果を調べる目的で、
野性型 (C57BL/6J) および糖尿病モデルマウス (db/db )
ても重要な役割を果たしている可能性がある。一方、
アスピリン投与で観察された 12-HHT 産生低下と創
傷治癒の遅延は、他の COX-1, 2 阻害剤であるインド
メタシン投与においても観察された。しかし、COX-2
のみへの選択的阻害剤であるセレコキシブ投与では、
12-HHT 産生低下や創傷治癒の遅延は観察されなかっ
た。この結果は、血小板では主に COX-1 が発現して
機能していることと矛盾しない。また、BLT2 作動薬
は表皮角化細胞の移動のみを促進したが、真皮線維芽
細胞に作用して傷口を縮める薬剤や血管新生を促す薬
剤と組み合わせることによって、難治性皮膚創傷の治
療により有効な治療方法が開発されると期待している。
本研究は、熊本大学の杉本幸彦先生、京都大学の椛
島健治先生・中溝聡先生を始めとした、脂質マシナリー
領域の多くの先生がたの御協力・御助言によって成し
遂げることができました。この場をお借りして心より
の創傷部位にワセリンに混合した BLT2 作動薬を連日
塗布し、治癒速度を測定した。野性型および糖尿病モ
御礼申し上げます。
デルマウスともに、ワセリンのみ塗布した対照群と比
較して BLT2 作動薬塗布群では治癒速度が亢進した(図
3)。また組織学的解析から、BLT2 作動薬の塗布によ
り角化細胞の再上皮化が促進することが明らかになっ
文献
た。これまで、角化細胞の再上皮化を標的とした薬剤
1. Okuno T et al. 12(S)-Hydroxyheptadeca-5Z, 8E,
10E-trienoic acid is a natural ligand for leukotriene
B4 receptor 2. J. Exp. Med. 205: 759-766. (2008)
2. Iizuka Y et al. Characterization of a mouse second
leukotriene B4 receptor, mBLT2: BLT2-dependent
ERK activation and cell migration of primary mouse
keratinocytes. J. Biol. Chem. 280: 24816-24823.
(2005)
3. Liu M et al. 12-Hydroxyheptadecatrienoic
acid promotes epidermal wound healing by
accelerating keratinocyte migration via the BLT2
receptor. J. Exp. Med. 211: 1063-1078. (2014)
図 3. BLT2 作動薬による創傷治癒効果
野性型マウス (C57BL/6J) および糖尿病モデルマウス (db/db ) の皮膚創傷部
に BLT2 作動薬を連日塗布したところ、創傷治癒が促進した。
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
23
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
全身の代謝を制御する metabolic sPLA2 の発見 東京都医学総合研究所
佐藤 弘泰、武富 芳隆、村上 誠
はじめに
肥満はメタボリックシンドロームの発症基盤である
と考えられ、肥満の進行によりインスリン標的臓器に
脂肪が過剰に蓄積される。その結果、脂肪毒性によっ
て生じた小胞体ストレスにより慢性炎症が生じ、イン
スリン抵抗性が惹起される。細胞内外における脂質代
謝の異常は肥満・高脂血症・インスリン抵抗性などの
病態に深く関与しているが、その調節機構は十分には
理解されていない。
細胞外リン脂質代謝酵素である分泌性ホスホリパー
ゼ A2 (sPLA2) はそれぞれのアイソザイムが固有の組織
分布、異なる基質リン脂質特異性を示す。sPLA2 群の
機能としては一般に脂質メディエーター産生を介した
炎症応答の亢進が想定されていたが、近年我々は、各
sPLA2 アイソザイムの遺伝子改変マウスに疾患モデル
と脂質メタボロームを展開することにより、各アイソ
ザイムがこれまでの概念では想定できない脂質ネット
ワークを動かし、生体応答を多様に制御することを明
らかとしてきた 1)。しかしながら、メタボリックシン
ドロームにおける sPLA2 の関与については不明であっ
た。本研究では、過栄養により脂肪細胞に誘導される
2つの sPLA2 (PLA2G5, PLA2G2E) がリポタンパク質代
謝を介して全身の代謝を制御する「metabolic sPLA2」
として機能することを見出した 2)。
肥満に伴って脂肪細胞に発現誘導される2種類の
sPLA2 の発見
高脂肪食負荷により肥満化したマウスと通常食で飼
育したマウスの内臓脂肪組織における脂質代謝関連遺
伝子を網羅的に探索するためにマイクロアレイを行っ
た。その結果、リパーゼ関連遺伝子群のうち PLA2G5
と PLA2G2E の2種の sPLA2 が高脂肪食負荷した内臓
脂肪で顕著に発現誘導される遺伝子として同定され
組織の慢性炎症は肥満やインスリン抵抗性の主要な原
因となる。脂肪組織の定量的 PCR や FACS の解析の
結果、高脂肪食負荷した欠損マウスは炎症性の M1 マ
クロファージが増加し、抗炎症性の M2 マクロファー
ジが減少していた。さらに、欠損マウスの脂肪組織で
はマクロファージによる死細胞のクリアランスが損な
われており、これが炎症亢進の一因であることが示唆
された。さらに高脂肪食負荷した欠損マウスの脂肪細
胞は野生型と比べ肥大化していた。脂肪細胞の肥大化
は脂肪細胞分化の亢進、脂肪合成の亢進、脂肪分解の
低下など、脂肪細胞自体の要因により生じる。しかし
ながら欠損マウスでは脂肪細胞分化、脂肪合成、脂肪
分解に関わる遺伝子の発現には変化はなかった。また
欠損マウスの肝臓では脂肪滴の貯留が顕著であり、脂
肪合成や炎症に関わる遺伝子の発現が有意に増加して
いた。しかしながら、肝臓における PLA2G5 の発現は
極めて低いことを考えると、脂肪肝増悪は肥満に伴う
二次的な影響であることが考えられた。
脂肪細胞肥大化の要因のひとつとして、組織への脂
質の運搬供給に関与するリポタンパク質が考えられる。
これまでに LDL のリン脂質が PLA2G5 のよい基質と
なることが in vitro の系で示されていたが 3)、in vivo
での証拠は得られていなかった。リポタンパク質を分
画した結果、高脂肪食負荷した PLA2G5 欠損マウスは
野生型と比べて高脂血症を呈し、特に LDL 粒子中の
リン脂質、コレステロール、トリグリセリドの増加が
顕著であった。リピドミクス解析により LDL のリン
脂質組成を調べると、欠損マウスの LDL では野生型
の LDL よりオレイン酸、リノール酸を含有するホス
ファチジルコリン (PC) が多いことがわかった。さら
に PLA2G5 の発現部位である内臓脂肪組織のリピドミ
クス解析により、欠損マウスでは遊離のオレイン酸、
リノール酸の量が顕著に減少していたが、アラキドン
酸などの高度不飽和脂肪酸やその代謝産物 ( プロスタ
た ( 図1A)。内臓脂肪組織について細胞分画し定量的
PCR を行うと、PLA2G5 と PLA2G2E は高脂肪食負荷
した脂肪細胞に発現誘導されていた ( 図1B)。また、
PLA2G5 はヒトの内臓脂肪組織にも発現していること
がわかった ( 図1C)。このことは、これらの sPLA2 が
メタボリックシンドロームの病態に関与することを示
唆している。
PLA2G5 の欠損はメタボリックシンドロームを増悪する
高脂肪食負荷した PLA2G5 欠損マウスは野生型より
肥満が亢進し、内臓脂肪量が増加していた ( 図2A)。
さらに、欠損マウスでは血中のレプチンやインスリン
濃度が高く、インスリン抵抗性が増悪していた。脂肪
24
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
図 1. PLA2G5 と PLA2G2E は肥満の脂肪細胞に誘導される
A. 内臓脂肪組織における脂質代謝酵素のマイクロアレイ解析
B. 脂肪細胞および間質細胞における PLA2G5 と PLA2G2E の発現
C. ヒト内臓脂肪組織における sPLA2 群の発現
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
グランジン ) の量には差は認められなかった。このこ
とから、肥満により脂肪細胞に誘導された PLA2G5 は
LDL 粒子中の主要なリン脂質である PC を分解し、オ
レイン酸やリノール酸などの不飽和脂肪酸を遊離する
ことが明らかとなった。更にヒトにおいても、内臓脂
肪組織における PLA2G5 の発現量と血中の LDL 濃度
の間に有意な逆相関が見られ、これはマウスの解析結
果と合致した。
従来、PLA2G5 は in vitro においてオレイン酸やリ
ノール酸等の不飽和度の低い脂肪酸を持つリン脂質を
よい基質とすることがわかっていたが、その生理的意
義は不明であった。本解析結果は、LDL が PLA2G5 の
基質となるとともに、その脂肪酸特異性についても
in vivo で初めて証明したことになる。
質からオレイン酸とリノール酸を動員して炎症促進性
の飽和脂肪酸に拮抗することで、脂肪組織中に M2 マ
クロファージ優位の局所環境を誘導し、炎症を抑制す
るものと結論した。
PLA2G5 は「Th2/M2-prone sPLA2」である
PLA2G5 は Th2 応答性の疾患である喘息の増悪に
関わることが報告されている 4)。Th2 免疫応答はマ
クロファージの M2 応答と関連が深く、アレルギー
応答の促進に関わる一方で、肥満に伴うメタボリッ
クシンドロームに対して抑制的に作用する。我々は、
PLA2G5 が Th2 サイトカイン (IL-4, IL-13) によりマク
ロファージと T 細胞に発現誘導されることを見出し
た。野生型マウスに卵白アルブミン (OVA) を反復投
与すると OVA 特異的 IgE が増加したが、PLA2G5 欠
PLA2G5 によるリポタンパク代謝を介した抗炎症メカ
ニズムの発見
sPLA2 は分泌酵素であることから、脂肪細胞から分
泌された PLA2G5 がパラクライン作用により周縁の免
疫細胞に影響を及ぼしている可能性が考えられた。実
際、リコンビナント PLA2G5 を骨髄由来マクロファー
ジに添加すると、飽和脂肪酸であるパルミチン酸刺
激による炎症促進性の M1 マクロファージのマーカー
遺伝子の発現誘導が抑制され、抗炎症性の M2 マクロ
ファージのマーカー遺伝子の発現が上昇した。した
がって、PLA2G5 は何らかの脂質代謝を動員してマク
ロファージの形質を M2 タイプに転換しているものと
考えられた。上述のように、PLA2G5 は LDL のリン脂
質からオレイン酸やリノール酸等の不飽和脂肪酸を遊
離し、また不飽和脂肪酸にはパルミチン酸による炎症
性ストレス応答を軽減する働きがある。そこで、マク
ロファージ培養系にオレイン酸あるいはリノール酸を
損マウスはこの応答が半減し、これと合致して IL-4,
IL-13 の発現が減少した。また欠損マウスの脂肪組織
では Th2 サイトカインである IL-33 の発現が減少して
いた。これらの結果から、PLA2G5 は Th2 サイトカイ
ンにより発現誘導され、Th2/M2 優位な免疫応答を促
進する sPLA2 であることが明らかとなった。すなわち
PLA2G5 欠損マウスは本質的に Th2/M2 応答が起こり
にくい動物であり、このことも肥満増悪の背景にある
ものと考えられた。
添加すると、パルミチン酸による M1 マーカーの発現
誘導は強く抑制され、逆に M2 マーカーの発現が誘導
分化・脂肪合成に関わる遺伝子の発現には変化が見ら
れなかった。欠損マウスは高脂血症が著しく改善して
された。以上のことから、肥満にともない脂肪細胞か
ら分泌された PLA2G5 は、脂質過剰の LDL のリン脂
おり、特に VLDL, LDL 中の脂質 ( リン脂質、トリグリ
セリド、コレステロール ) が減少していた。リピドミ
クス解析の結果、欠損マウスの LDL ではリポタンパ
ク質中の微量リン脂質であるホスファチジルエタノー
PLA2G2E の欠損は脂肪の蓄積を抑制する
高脂肪食負荷した PLA2G2E 欠損マウスは野生型と
比較して体重の減少傾向が見られ、体脂肪率の減少や
脂肪細胞の肥大化の抑制が見られた ( 図2B)。さらに
肝臓への脂肪滴の貯留が少なく、血中の ALT, AST が
減少していたことから、脂肪肝が軽減していることが
わかった。一方で、内臓脂肪組織における炎症・脂肪
ルアミン (PE) とホスファチジルセリン (PS) が野生型
と比較して顕著に増加しており、PLA2G2E はリポタ
ンパク質中の PE, PS を選択的に分解していることが
判明した。一般的に、酸性リン脂質が増加したリポタ
ンパク質粒子は小型化し、脂質運搬能が低下すること
が知られており、これが PLA2G2E 欠損マウスにおい
て組織への脂肪蓄積が軽減する要因のひとつであると
結論した。この発見は、これまで機能未知であった
PLA2G2E の生理的機能を初めて解明したものである。
図 2. PLA2G5 欠損マウスおよび PLA2G2E 欠損マウスにおける肥満の表現型
A. HFD 負荷 PLA2G5 欠損マウスの外観、腹部横断面の CT 画像および脂肪体積
B. HFD 負荷 PLA2G2E 欠損マウスの外観、腹部横断面の CT 画像および体脂肪率
おわりに
sPLA2 群は一般に、細胞膜のリン脂質から脂質メ
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
25
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
Y, Gelb MH, Murakami M. The Adipocyte-Inducible
Secreted Phospholipases PLA2G5 and PLA2G2E
Play Distinct Roles in Obesity. Cell Metab. 20: 119132. (2014)
3. Sato H, Kato R, Isogai Y, Saka G, Ohtsuki M,
Taketomi Y, Yamamoto K, Tsutsumi K, Yamada J,
Masuda S, Ishikawa Y, Ishii T, Kobayashi T, Ikeda
図 3. 肥満に伴い脂肪細胞から誘導される2種類の sPLA2 の作用機序
肥満により脂肪細胞が肥大化すると、①まず PLA2G2E が分泌され、リポタ
ンパク質 (VLDL, LDL, HDL) 中の微量リン脂質 (PE, PS) を選択的に分解する
ことで組織への脂肪蓄積を促進する。②肥満が増悪すると脂肪細胞から遊
離されたパルミチン酸 ( 飽和脂肪酸 ) は炎症促進性の M1 マクロファージを
誘導し、脂肪組織の慢性炎症が促進する。③このシグナルに応答して脂肪
細胞から PLA2G5 が分泌され、脂質過剰な LDL の主要リン脂質 (PC) を分解
することで組織への脂肪蓄積を抑え、④さらにこのとき遊離されたオレイ
ン酸やリノール酸 ( 不飽和脂肪酸 ) が、飽和脂肪酸に拮抗的に作用して抗炎
症性の M2 マクロファージを増やし、炎症応答を抑制することでメタボリッ
クシンドロームの進行にブレーキをかける。
ディエーターを動員して炎症応答の亢進に関与す
る も の と 考 え ら れ て き た。 本 研 究 で は、 2 種 類 の
sPLA2 の新しい機能として、全身の代謝を制御する
「metabolic sPLA2」の概念を提唱するものである ( 図
3)。
「metabolic sPLA2」の作用の本質は、古典的概
念である脂質メディエーターを介した経路によるもの
ではなく、リポタンパク質からオレイン酸などの不飽
和脂肪酸を動員して、局所環境中の脂肪酸バランスを
変えることで代謝に影響を与える点にある。さらに本
研究は、同一細胞から分泌される2種類の sPLA2 の基
質特異性の違いが生命応答に異なる影響を及ぼすこと
を同一の病態条件で示した初めての成果であると同時
に、sPLA2 によるリポタンパク質代謝の生理的意義の
解明、肥満の新規制御機構を提示するものである。ま
た我々は、複数の sPLA2 の欠損マウスが肥満と関連し
た表現型を見出している(論文未発表)
。今後は更な
る解析により sPLA2 アイソザイムを起点としたメタボ
リックシンドロームの新規制御機構を明らかにし、代
謝性制御因子としての「metabolic sPLA2」の概念を
確立することにより、新しい視点からの糖尿病・肥満・
脂肪肝等の新規予防治療法の開発に繋がることを期待
する。
文献
1. Murakami M, Miki Y, Sato H, Yamamoto K, Taketomi
Y. Emerging roles of secreted phospholipase A 2
enzymes: the 3rd edition. Biochimie 107: 105-113.
(2014)
2. Sato H, Taketomi Y, Ushida A, Isogai Y, Kojima
T, Hirabayashi T, Miki Y, Yamamoto K, Nishito Y,
Kobayashi T, Ikeda K, Taguchi R, Hara S, Ida S,
Miyamoto Y, Watanabe M, Baba H, Miyata K, Oike
26
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
K, Taguchi R, Hatakeyama S, Hara S, Kudo I, Itabe
H, Murakami M. Analyses of group III secreted
phospholipase A2 transgenic mice reveals potential
participation of this enzyme in plasma lipoprotein
modification, macrophage foam cell formation, and
atherosclerosis. J. Biol. Chem. 283: 33483-33497.
(2008)
4. Giannattasio G, Fujioka D, Xing W, Katz HR, Boyce
JA, Balestrieri B. Group V secretory phospholipase
A 2 reveals its role in house dust mite-induced
allergic pulmonary inflammation by regulation of
dendritic cell function. J. Immunol. 185: 4430-4438.
(2010)
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
心臓リモデリングに対する n-3 系多価不飽和脂肪酸の
保護作用機構の解明
慶應義塾大学医学部 循環器内科 遠藤 仁
理化学研究所 統合生命医科学研究センター 有田 誠
はじめに
多 価 不 飽 和 脂 肪 酸 (PolyUnsaturated Fatty Acid;
PUFA) は生体膜リン脂質の構成成分であるとともに、
その代謝物は脂質メディエーターとして循環器系や免
疫系などの恒常性維持に重要な役割を果たしている。
アラキドン酸に由来するプロスタグランジンやロイコ
トリエンが起炎反応に深く関わることは古くから知ら
れているが、近年 n-3 系多価不飽和脂肪酸(n-3PUFA)
由来のレゾルビン、プロテクチンなどの脂質メディ
エーターが抗炎症作用を発揮することも明らかとな
り、注目されている 1)。
魚油などに多く含まれている n-3PUFA のエイコサ
ペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)
は、心血管保護作用を有すると考えられている。多く
の介入試験によって、EPA, DHA の摂取が、症候性慢
性心不全、心筋梗塞後の予後を改善することが示され
ており、現在 n-3PUFA はガイドラインに準じ用いら
れ治療薬として確固たる地位を得ている。しかし、そ
の作用機構については依然不明な点が多く、我々はこ
の n-3PUFA が有する心血管保護効果の分子機構の解
明を目指した。
Fat-1 Tg マウスは圧負荷による心臓リモデリングに抵
抗性を示す
哺乳類は n-3PUFA を体内で生合成することができ
ない。そのため、過去の多くの研究ではマウスに食餌
として n-3PUFA を与えることで、体内の脂肪酸バラ
ンスを n-3PUFA 優位にコントロールしていた。しか
し、この方法では細胞・組織レベルでの脂肪酸バラン
スの意義について解析することができず、また分子生
物学的な手法による介入も困難なため、n-3PUFA が
もつ心血管保護効果の分子機構を解明する上で大きな
障壁となっていた。しかし、近年線虫 C. elegance に
存在する n-3PUFA 合成酵素遺伝子 fat-1 を CAG プロ
モーター下で全身に発現させた Fat-1 Tg マウスが開
発された 2)。Fat-1 Tg マウスは、哺乳動物が本来持っ
ていない n-3PUFA を体内で生合成する能力を獲得し
ており、これまでに主に炎症性疾患や癌に対して強い
抵抗性を示すことが報告されている。特に炎症に関し
ては、急性腸炎、肝炎、肺障害などの急性炎症モデル
に加えて、糖尿病、動脈硬化といった慢性疾患モデル
についても、Fat-1 Tg マウスは強い抵抗性を示すこと
が報告されている。
心肥大・心不全のマウスモデルとして、大動脈縮
窄(Transverse Aortic Constriction: TAC)モデルが広
図 1. Fat-1 マウスは、圧負荷肥大心の炎症細胞の増加と線維化が抑えられ、
心機能が保持された
く用いられている。大動脈を一定の間隙を残し結紮す
ることで、心臓に後負荷を加え、心筋細胞の肥大、間
質の線維化、炎症細胞集積といった特徴的な組織変
化、いわゆる「心臓リモデリング」を起こし、最終的
に左心室の収縮能の低下から心不全に至るモデルであ
る。我々は、n-3PUFA の豊富な脂肪酸環境が、圧負
荷による心臓リモデリングにどのような影響を及ぼす
か検討するため、野生型マウスと Fat-1 Tg マウスに
TAC を行ない、経時的に両群の心機能および組織変化
を比較した 4)。心臓超音波検査による非侵襲的解析か
ら、Fat-1 Tg マウスは野生型に比べ、圧負荷に伴う心
機能低下が顕著に抑制されることが分かった。心筋組
織のヒストロジー解析では、心筋細胞の肥大化につい
て両群に差は認められなかったが、間質の線維化およ
び炎症細胞(主にマクロファージ)の集積が Fat-1 Tg
マウスで有意に減少しており、結果として心機能が低
下せず維持されたのだと考えられた(図 1)。圧負荷
を加えた心臓では、線維芽細胞とマクロファージが互
いに影響しあい線維化を進展させる機構が存在すると
考えられているが、実際、線維化した組織の周辺には
マクロファージの集積が認められた。また、圧負荷
により活性化された心臓の線維芽細胞は、α-smooth
muscle actin (α-SMA) 陽性の筋線維芽細胞に分化す
る こ と が 知 ら れ て い る が、Fat-1 Tg マ ウ ス の 心 筋
組織において、筋線維芽細胞も野生型に比べ明ら
かに減少していた。筋線維芽細胞はさまざまな液
性因子を産生することでマクロファージをはじめと
する炎症細胞を動員し、線維芽細胞自身が増殖・活
性化する正のフィードバック機構が存在する。圧負
荷のかかった肥大心からは IL-6, CCL2, CCL3, CCL5,
CX3CL1 といった複数のサイトカイン、ケモカインの
産生が亢進しており、Fat-1 Tg マウスではそれらが全
て減少していた。以上より、Fat-1 Tg マウスでは圧負
荷に対する適応反応としての心肥大は正常に起こ
る も の の、 そ の 後 の 炎 症 性 の 組 織 変 化( リモデリ
ング)が有意に抑制されていることが明らかになっ
た。
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
27
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
骨髄由来細胞の脂肪酸バランスの重要性
次に、Fat-1 Tg マウスが獲得した圧負荷に対する抵
抗性は、心臓組織内のどの細胞(心筋細胞など実質細
胞か、あるいはマクロファージなど間質細胞か)に依
存しているかを明らかにするため、骨髄移植実験をお
こなった。野生型、Fat-1 Tg マウスをそれぞれドナー、
レシピエントにもつ 4 通りの骨髄移植キメラを作成
した上で、TAC で圧負荷心不全を誘導し表現型の解
析を行なった。その結果、Fat-1 Tg マウスの骨髄を野
生型に移植したキメラ(Fat-1 → WT)は、Fat-1 Tg マ
ウス (Fat-1 → Fat-1) とほぼ同等の圧負荷に対する抵
抗性を獲得しており、反対に野生型の骨髄を Fat-1 Tg
マウスに移植したキメラ(WT → Fat-1)では、野生
型マウス(WT → WT)と同等に抵抗性を示さず、心
臓リモデリングが進行した。すなわち、心臓の実質細
胞ではなく、骨髄由来の間質細胞(主にマクロファー
ジ)が n-3PUFA による心臓保護効果にとって重要で
あることが明らかになった(図 2)。
図 2. Fat-1 Tg 骨髄を移植したキメラは Fat-1 Tg マウスと同等の圧負荷に対
する抵抗性を示した
EPA 代謝物 18-HEPE は、心臓マクロファージから産
生され、強力な心保護作用を有する
次に、Fat-1 Tg マウスのマクロファージが心臓線維
芽細胞に対して作用するメカニズムについて検討し
た。まずはこれらの細胞の共培養実験を行なった結
果、マクロファージの共存下、心臓線維芽細胞が活性
化され、Fat-1 Tg 由来のマクロファージではその活性
化が減弱することが明らかになった。すなわち個体レ
ベルで認められた WT vs. Fat-1 Tg マクロファージの
質の違いが、in vitro の培養細胞のレベルでも認めら
図 3. マウス心臓の LC-MS/MS を用いた脂肪酸代謝物のリピドミクス解析
の結果、Fat-1 Tg マクロファージの培養上清中には
n-3PUFA の中でもとくに EPA 由来の代謝物群が特徴
的に増加していた。そこで候補となる EPA 代謝物に
ついて生物活性の評価を行ったところ、18-hydroxy
eicosapentaenoic acid (18-HEPE) が、 用 量 依 存 性 に
nM レベルの低濃度で、活性化した心臓線維芽細胞
の IL-6 産生を抑制することを見出した。実際、Fat-1
Tg マウスの心臓における 18-HEPE 産生量は、野生型
と比較して有意に高かった(図 3)。先の骨髄移植実
験で作成した心臓について 18-HEPE の含有量を測定
したところ、骨髄細胞が Fat-1 Tg マウス由来である
Fat-1 → WT と Fat-1 → Fat-1 のキメラで有意に多く検
出され、個体レベルでもマクロファージが心臓局所に
おいて 18-HEPE を産生する細胞であることが確認さ
れた。また、18-HEPE の生成は EPA を服用したヒト
末梢血からも認められた。さらに、大動脈縮窄術を施
した野生型マウスに、18-HEPE を圧負荷後一週間目か
ら隔日で腹腔内投与したところ、心臓リモデリングや
心機能低下に対する顕著な抑制効果が認められ、18HEPE の新しい創薬シードとしての可能性が示された 4)。
おわりに
以上のように、n-3PUFA の心臓保護作用について、
Fat-1 Tg マウスとメタボローム解析を組み合わせるこ
とで、活性を担う細胞(マクロファージ)と代謝物を
新規に同定することができた。n-3PUFA の心臓保護
効果にはマクロファージが重要な役割を担い、それら
が心臓局所で 18-HEPE を産生して、心臓リモデリン
グの背景にある慢性炎症および線維化を積極的に抑制
し、心機能の悪化を抑制していると考えられる(図 4)。
今後、18-HEPE あるいはその誘導体を起点とした創薬
れた。さらに、マクロファージの培養上清から脂肪酸
分画を抽出し、活性化した心臓線維芽細胞に添加し
たところ、Fat-1 Tg マクロファージから抽出した脂肪
酸分画は有意に線維芽細胞の IL-6 産生を抑制する活
性を有することがわかった。Fat-1 Tg マクロファージ
の培養上清中にどのような脂肪酸代謝物が存在する
か明らかにするため、LC-MS/MS を用いたリピドミク
ス解析を行ない、マクロファージ培養上清の脂肪酸
代謝物について包括的な一斉定量分析を行った 3)。そ
28
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
図 4. n-3 系多価不飽和脂肪酸の心臓リモデリング抑制作用のメカニズム
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
展開を行うことで、心臓をはじめとする臓器の線維化
(リモデリング)を抑制し、慢性炎症を制御する新規
治療法に結びつくことが期待されるだろう。
文献
1.Serhan CN. Pro-resolving lipid mediators are leads
for resolution physiology. Nature 510: 92-101.
(2014)
2.Kang JX, Wang J, Wu L, Kang ZB. Transgenic mice:
fat-1 mice convert n-6 to n-3 fatty acids. Nature
427: 504. (2004)
3.Arita M. Mediator lipidomics in acute inflammation
and resolution. J. Biochem. 152: 313-319. (2012)
4.Endo J, Sano M, Isobe Y, Fukuda K, Kang JX, Arai
H, Arita M. 18-HEPE, an n-3 fatty acid metabolite
released by macrophages, prevents pressure
overload-induced maladaptive cardiac remodeling.
J. Exp. Med. 211: 1673-1687. (2014)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
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Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
血管周囲に形成される白血球クラスターは皮膚での
T 細胞活性化に必須である
1
京都大学大学院医学研究科 皮膚科学
2
久留米大学医学部 皮膚科学
1
本田 哲也 、夏秋 洋平 1,2、江川 形平 1、椛島 健治 1
はじめに
皮膚は肺、腸管と並んで外界との境界を構成する臓
器であり、生体防御の最前線としてさまざまな免疫応
答の場となる。皮膚免疫を解析する手段として、接触
皮膚炎―いわゆる ” かぶれ “―のマウスモデルを用い
た研究が盛んにおこなわれている。
接触皮膚炎反応は、免疫学的には感作相と惹起相の
二つに分類される 1。感作相は、皮膚に侵入した抗原
を表皮のランゲルハンス細胞や真皮樹状細胞といった
真皮樹状細胞が蛍光ラベル(緑)されたマウスに、接触皮膚炎を誘導した。
図上の数字は惹起からの経過時間(分)。円は、誘導された樹状細胞クラス
ターの位置を示す。
真皮血管周囲における樹状細胞・T 細胞のクラスター
形成
続いて惹起相における皮膚内での樹状細胞、および
T 細胞の動態を、二光子顕微鏡を用いたライブイメー
ジングにより解析したところ、興味深い現象が観察さ
れた。惹起前には真皮内にランダムに分布し盛んに動
抗原提示細胞が取込み、所属リンパ節へと遊走する一
連の免疫応答である。すなわち、抗原提示細胞が抗原
を提示する相手はナイーブ T 細胞であり、また抗原提
示の場はリンパ節である。一方で惹起相は、感作成立
後の個体の皮膚に再び同じ抗原が侵入した際に開始さ
れる免疫応答である。抗原を取り込んだ抗原提示細胞
は皮膚へ浸潤してきた T 細胞に抗原を提示し、抗原特
異的に T 細胞が活性化され、速やかに皮膚炎が誘導さ
れる。すなわち惹起相では抗原提示の相手はエフェク
ター T 細胞であり、また抗原提示の場は皮膚である。
この惹起相における T 細胞への抗原提示は、皮膚獲得
免疫応答の誘導における重要なステップであるが、①
どの抗原提示細胞サブセットが皮内での抗原提示に重
要であるのか、②抗原提示を効率よく行うためのメカ
ニズムについて、これまで未解明であった。われわれ
き回っていた真皮樹状細胞が、抗原塗布後、徐々に集
まってクラスターを形成したのである。樹状細胞のク
ラスターは主として真皮の血管周囲に形成され、ま
た同部位には皮膚に浸潤してきた T 細胞も集積して
いた。すなわち、皮膚の中に “ 抗原提示の場 ” が誘導
形成されたのである(図1)。その後の検討で、これ
らのクラスターが惹起相のみならず感作相においても
形成されることが明らかとなり、T 細胞非依存性、獲
得免疫非依存性に誘導されていると考えられた。ま
た ク ラ ス タ ー へ の T 細 胞 集 積 は 抗 LFA(lymphocyte
function-associated antigen)-1 抗体の投与により阻害
されたことから、皮膚における樹状細胞と T 細胞の会
合にもリンパ節内と同様にインテグリンを介する細胞
接着が必須であることが見出された。
は接触皮膚炎モデルのライブイメージングを通じて、
皮内における T 細胞の活性化メカニズムに迫った。
クラスター形成における真皮樹状細胞とマクロファー
ジの関わり
ではどの様なメカニズムで真皮樹状細胞のクラス
ター形成が誘導されるのであろうか。我々は遺伝子改
変マウスや抗体を用いて、皮内に常在、あるいは浸潤
接触皮膚炎惹起相では真皮樹状細胞が抗原提示細胞と
して必須である
我々はまず、惹起相における皮内での抗原提示に、
どの抗原提示細胞サブセットが重要であるかを検討し
た。皮膚の抗原提示細胞は大きく表皮のランゲルハン
ス細胞と真皮樹状細胞に分けられる。我々は全ての皮
膚樹状細胞、あるいはそれぞれのサブセットを選択的
に除去誘導できる骨髄キメラマウスを作製した。これ
らの骨髄キメラマウスに抗原感作を行い、惹起前にそ
れぞれの抗原提示細胞サブセットを除去したところ、
全ての皮膚樹状細胞、あるいは真皮樹状細胞を選択的
に除去した場合に T 細胞の皮内での活性化が起こら
ず、惹起応答がほぼ消失した。一方で、ランゲルハン
ス細胞のみを除去した場合には惹起応答は問題なく誘
導された。これらの結果から皮内における T 細胞活
性化には、真皮樹状細胞が必須であることが明らかと
なった。
30
図 1. 真皮樹状細胞のクラスター形成(主論文から引用・改変)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
してくる様々な種類の免疫細胞を選択的に除去し、真
皮樹状細胞のクラスター形成に与える影響を評価し
た。好中球、好塩基球、肥満細胞、T 細胞、B 細胞の
それぞれを除去しても樹状細胞のクラスター形成は障
害されなかったが、皮膚の組織マクロファージを除去
したところ、樹状細胞クラスターの形成に著明な抑制
が観察された。この時、皮内における T 細胞の活性化
も著明に抑制されていた。これらの結果から、①真皮
樹状細胞のクラスター形成が皮内での T 細胞活性化に
必須であること、②樹状細胞クラスターの形成には真
皮の組織マクロファージの存在が不可欠であることが
示された。
樹状細胞を集合させる分子メカニズム
前述のように真皮樹状細胞のクラスター形成は獲得
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
免疫非依存性に観察されることから、マクロファージ
が何らかの危険信号(danger signal)を介して活性
化されていると考えられる。実際、代表的な danger
signal であるインターロイキン(interleukin: IL)- 1α
のシグナルを阻害すると、真皮樹状細胞のクラスター
形成は著明に抑制された。IL-1α がどの細胞に由来
するかはまだ明らかでないが、表皮角化細胞が定常状
態から多量の IL-1α を細胞内に蓄え、擦れるといっ
た細胞死を伴わない機械的刺激でも IL-1α を産生す
ることが報告されている事から 2、表皮角化細胞が最
初のトリガーとなっているものと推測される。
マクロファージは、リポ多糖(LPS)やインターフェ
ロン -γによって誘導される、いわゆる古典的活性化
マクロファージ(M1)と、IL-4 や IL-13 によって誘
導される選択的活性化マクロファージ(M2)とに大
別される。M1 は IL-1 受容体を発現していないことか
ら、M2 が真皮樹状細胞のクラスター形成に関与する
ものと考えられる。実際、骨髄細胞から M2 に分化さ
せた細胞に IL-1αを添加したところ、CCL5、CCL17、
CCL22、CXCL2 といったサイトカインの産生が誘導さ
れた。中でも CXCL2 の発現誘導が顕著であり、同サ
イトカインの阻害で真皮樹状細胞のクラスター形成が
阻害され、ひいては接触皮膚炎応答が抑制されること
が示された。
抗原提示の場としての皮膚―inducible SALT の概念
腸 管 や 肺 と い っ た 粘 膜 上 皮 で は、 末 梢 組織 に お
け る 抗 原 提 示 の 場 と し て、 気 管 支 関 連 リ ンパ 系 組
織 (BALT;bronchus-associated lymphoid tissue) や
粘膜関連リンパ組織 (MALT;mucous-associated
lymphoid tissue) と呼ばれるリンパ様構造が形成され
ることが知られる 3。皮膚では 1980 年代に皮膚関連
リンパ組織 (SALT;Skin Associated Lymphoid Tissue)
という概念が提唱されたものの 4、その実体は証明さ
れていなかった。今回我々が示した真皮内における樹
状細胞のクラスターは、皮膚における「抗原提示の場」
であり、SALT そのものであると言える。しかしこの
樹状細胞クラスターは定常時には存在せず炎症下での
み誘導されることから、inducible SALT(iSALT)と呼
ぶ方が適切であろう。
図 2. 炎症下で皮内に形成される inducible SALT の概略図(主論文から引用・
改変)
はインターフェロン -γをはじめとするサイトカイン
を産生し速やかに皮膚炎を誘導する。
本研究を通じ、皮膚における T 細胞活性化メカニズ
ムの一端が明らかとなった。今後は、接触皮膚炎以外
の皮膚免疫応答・疾患における白血球クラスター形成
の有無、またその生理的意義についても、更に検証を
続けたいと考えている。
主論文
Natsuaki Y et al. Perivascular leukocyte clusters are
essential for efficient activation of effector T cells in
the skin. Nat. Immunol. 15: 1064-1069. (2014)
文献
1.Honda T et al. Update of immune events in the
murine contact hypersensitivity model: toward
the understanding of allergic contact dermatitis. J.
Invest. Dermatol. 133: 303-315. (2013)
2.Lee RT et al. Mechanical deformation promotes
secretion of IL-1 alpha and IL-1 receptor antagonist.
J. Immunol. 159: 5084-5088. (1997)
3.Brandtzaeg P et al. Regional specialization in the
mucosal immune system: what happens in the
microcompartments? Immunol Today 20: 141-151.
(1999)
4.Streilein JW. Skin-associated lymphoid tissues
(SALT): origins and functions. J. Invest. Dermatol.
80: 12s-16s. (1983)
おわりに
接触皮膚炎モデルを通じて得られた、皮膚における
抗原提示メカニズムの概略を図2に示す。①外的刺
激を感受した表皮角化細胞から IL-1αをはじめとする
danger signal が産生され、②そのシグナルを受け取っ
た血管周囲マクロファージが CXCL2 等のサイトカイ
ンを産生、③それらのサイトカインにより真皮樹状細
胞の集積が生じ、④ T 細胞に効率よく抗原を提示する
ための場が皮内に形成される。④活性化された T 細胞
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
31
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
腫瘍リンパ節転移時の premetastatic niche 形成に
おけるプロスタグランジンの役割
北里大学医学部 薬理学
小川 史洋、天野 英樹、馬嶋 正隆
はじめに
がんのリンパ節転移は重要な予後決定因子であり、
リンパ管はがんの進展に関わる重要なルートの一つで
ある。血行性転移の分子機構や血管新生による増強メ
カニズムについては解明されつつあるが、リンパ節
転移に関してはその分子メカニズムの解明や治療標
的の特定が遅れている。これまで筆者らは、腫瘍増
殖や腫瘍依存性の血管新生において cyclooxygenase
(COX)-2 や prostaglandin (PG) 受容体シグナリングが
制御因子として役割を持っていることを報告してき
た(文献1, 2)
。また、多くの腫瘍細胞が転移前段
階 (premetastatic phase) において何らかの分子機構
により、特定の器官により転移しやすい傾向がある
ことが広く知られており、この転移を助長する状況
(premetastatic niche) を形成することで転移を促進す
ることが血行性転移の過程で報告されている(文献
3)。しかし、リンパ行性転移でのリンパ節における
premetastatic niche の形成の有無、さらに転移メカ
ニズムについてはまだ明らかにされていない。
そこで、我々は肺がんの所属リンパ節転移モデルを
作成し、肺がんリンパ節転移における premetastatic
niche の 形 成 の 有 無 を 検 討 し、niche形成における
COX お よ び PGs の 役 割 を 解 明 し た。 転 移 が 成 立
す る リ ン パ 節 微 小 循 環 に お け る cytokine (SDF-1/
CXCR4、TGF- βな ど ) や 免 疫 担 当 細 胞 (d e n d r i t i c
c e l l s , r e g u l a t o r y T c e l l s ) の動態と役割につき、
premetastatic niche 形成を検討し、リンパ節転移メ
カニズムについて解析した。
我々は本研究で、原発巣の増殖に伴い、所属リン
パ節でごく早期から COX-2 が誘導され、COX-2 依存
性に産生された PGE2 が EP3 刺激することによりケ
モカインである stromal cell derived factor (SDF)-1 の
発現増大が subcapsular region で生じ premetastatic
niche を形成すること、さらに、COX-2 陽性の SDF-1
産生は樹状細胞であり、EP3 依存性に TGF- βを産生
することで regulatory T cell (Tregs) を動員することに
よって免疫寛容が生じ、腫瘍転移を増強させることを
証明した。
Premetastatic niche 形成にはリンパ節内 COX-2 発現、
PGE2- EP3 signaling 依存性 SDF-1/CXCR4 axis が役割
をもつ
プロスタノイドは生体膜のリン脂質から遊離したア
ラキドン酸に COX の触媒作用により産生され、炎症
や腫瘍形成において重要なメディエーターになってい
32
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
図 1. 腫瘍所属リンパ節における COX-2 誘導の経時変化と SDF-1 の発現
(A) vehicle 群と celecoxib 投与群における COX-2 発現
(B) リ ンパ節転移成立頻度
(C) SDF-1 発現の経時変化
(D) SDF-1/COX-2 陽性部位の推移
(E) 転移成立後の SDF-1 と腫瘍の関係
(F) SDF-1 拮抗薬 (AMD3100) および CXCR4 中和抗投与時のリンパ節転移頻度
(G) EP3 ノックアウトマウスにおけるリンパ節転移頻度
る。これまで我々は、腫瘍組織に加え、腫瘍周囲に形
成されるストロ−マにおいて COX-2 依存性に PG が
産生され、COX-2 阻害による腫瘍増殖抑制、腫瘍血
管新生抑制に主に宿主由来のストロ−マでの PGE2 産
生抑制が重要であることを報告してきた(文献1, 2)。
加えて、腫瘍周囲に認められるリンパ管新生も、同
様にストロ−マにおいて産生される PG が増強作用を
持っていることを明らかにしてきた。病態時には、リ
ンパ管およびリンパ節等のリンパ組織で機能 • 構造の
変化が認められ、神経系のそれに類似した可塑性が認
められる。
我々は本研究で、この premetastatic niche 形成に
代表されるようなリンパ組織の可塑性を制御する内
因性の PG の役割を調べた。C56BL/6 マウスを用い、
Lewis lung carcinoma (LLC; 5 × 104/10μ L) 細 胞 を
Matrigel® と混合し、左肺に直接移植することにより、
肺癌リンパ節転移モデルを作成した。このモデルでは、
通常腫瘍接種後 10 日から 12 日目に縦隔リンパ節へ
の腫瘍の転移を認め、腫瘍接種後 21 日目にはほぼ全
例死亡する。転移リンパ節に COX-2 による免疫染色
を行うと、腫瘍転移前の早期の段階で subcapsular
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
sinus の部位に経時的に増強する COX-2 の陽性像が
確認できた(図 1A)。この COX-2 の役割を解析する
ため、COX-2 inhibitor (celecoxib) を毎日経口投与し、
vehicle 群と比較したところ、接種した原発腫瘍の大
きさには特段有意差は認められず、celecoxib 投与群
においてリンパ節への転移が有意に抑制された(図
1B)
。同様のリンパ節への転移の有意な抑制は、EP3
ノックアウトマウスでも認められ、これらの結果から
COX-2 依存性に産生された PGE2 が EP3 signaling を
介してリンパ節転移を増強することがわかった。
我々はこれまでに、腫瘍増殖に伴って形成される
ストローマ組織において、PG が形成増強作用を発揮
していることを報告している(文献4)
。多くのケモ
カイン系とその受容体の評価を行ったところ、中で
も SDF-1 がストローマの主要構成骨髄細胞の動員に
役割を持つことが判明した。リンパ節に腫瘍細胞が動
員、接着することが niche 形成の上で重要であること
は想像に難くない。事実、subcapsular 領域における
ケモカイン系の発現を調べると、確かに SDF-1 の発
現が腫瘍接種に伴って、ごく早期から高まってきてい
た。COX-2 および内因性 PG の関与について検討する
と、PG receptor 内で EP3 が最も高発現を呈し、マウ
スに celecoxib 投与した群において vehicle 群と比較
し、リンパ節内 subcapsular sinus における前転移状
態 (pre-metastatic phase) での SDF-1 発現の低下が確
認できた(図 1C,D)。vehicle 群において、リンパ節
転移成立後のリンパ節の subcapsular sinus における
SDF-1 陽性部分は腫瘍細胞と一致しており、この部位
が転移の温床となることが確認され、celecoxib 群で
は有意に抑制されていることがわかった(図 1E)。
また、SDF-1 antagonist(AMD3100)・CXCR4中和抗体
お よ び EP3 ノ ッ ク ア ウ ト マ ウ ス を 用 い た 実 験 で
図 2. リンパ節における樹状細胞と SDF-1/COX-2 との関連
(A) (B) 樹状細胞の COX-2 発現
(C) 樹状細胞の SDF-1 発現
(D) 各実験群における CD11c 発現頻度
(E) 各実験群における IDO 発現頻度
(F) 培養樹状細胞移植後の 10 日後のリンパ節転移頻度
(G) 野生型マウス由来の培養樹状細胞への EP3 agonist 添加による SDF-1α発現
(H) EP3 ノックアウトマウス由来の培養樹状細胞への EP3 agonist 添加によ
る SDF-1α発現
( I ) マウス由来の培養樹状細胞への EP3 agonist 添加による TGF-β1発現
明らかにされつつある(文献5)。本研究では、われ
われはこれらの細胞群に注目し、premetastatic niche
も、vehicle 群に比べ、リンパ節転移の抑制を確認し
た(図 1F,G)
。この結果から、あらかじめ特定の場
を形成に関与するか検討を加えた。
DCs マーカーである CD11c ・IDO と COX-2・SDF-1
所 (premetastatic site) に 誘 導 さ れ た COX-2 由 来 の
PGE2 が EP3 signaling を 介 し て SDF-1/CXCR4 axis の
signaling により、premetastatic niche を形成してい
ることが判明した。
を用いて免疫染色を用いて解析すると、DCs は COX-2
および SDF-1 陽性であり(図 2A,B,C)、vehicle 群に
比べると celecoxib、SDF-1 antagonist(AMD3100)、
CXCR4 中和抗体処置群のリンパ節内 subcapsular sinus
COX-2 陽性樹状細胞 (DCs) が premetastatic niche を
形成し regulatory T cells の動員を制御する
さ ら に、 い か な る 細 胞 構 成 成 分 が premetastatic
niche 形成に関与し、COX-2 や SDF-1 の制御のもとで
役割を発揮しているのか検討した。我々が注目してき
た腫瘍ストローマ組織のマクロファージや fibroblast
に加えて、免疫担当細部のある種の細胞集団が、がん
の増殖や血管新生、加えて転移メカニズムを制御する
ことがわかってきた。その中でも DCs や regulatory T
cells (Tregs) ががんの増殖や転移に関連していると報
告され、
その機能の調節に PGs が関わっていることが、
での発現量が有意に低下していた(図 2D,E)。以上か
ら、腫瘍接種という刺激を受け、premetastatic site
に 遊 走 し た DCs が SDF-1 を 産 生 し、premetastatic
niche を形成することが示唆された。さらに、DCs の
遊走に非常に関連しているとされる CCR7 のリンパ節
での発現を調べると、vehicle 群に比べ有意に抑制さ
れていた。
事 実、PGE2-EP3 signaling が DCs を 介 し て SDF-1
を産生促進するかどうか検討してみると、野生型と
EP3KO マウスからそれぞれ採取した骨髄細胞から分
化培養した DCs を骨髄移植し、腫瘍のリンパ節転へ
の影響を検討すると、EP3KO DCs 移植群で有意なリ
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
33
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
ンパ節転移の抑制が認められた(図 2F)
。EP3KO DCs
移 植 群 で は リ ン パ 節 内 subcapsular sinus で の DCs
の集族の低下および SDF-1 産生の抑制が確認され、
EP3/SDF-1 の相互作用により positive feedback loop
を形成していることが示唆された。また in vitro で、
この DCs に EP3 agonist を添付すると野生型マウス
由来 DCs からは SDF-1/TGF- βの分泌の亢進が確認さ
れ た( 図 2G,H,I)
。FoxP3 陽 性 の Treg の リ ン パ 節 内
subcapsular sinus への集族は、COX-2 阻害薬処置マ
ウス、EP3 ノックアウトマウスで有意に抑制された。
premetastatic niche formation の結果、転移した腫瘍
細胞の免疫寛容に、この COX-2/EP3 依存性の Treg の
制御が関与している可能性もあることが判明した。
PGE2-EP3 signaling は腫瘍転移に伴うリンパ節内リン
パ管新生を増強する
一旦リンパ節に腫瘍細胞が到達すると、さらなるリ
ンパ管新生を生じることで他臓器への転移を促進する
と考えられているが(文献6)
、そこにいかなる因子
が関わっているか不明な部分も少なくない。事実、本
実験ではリンパ節におけるリンパ管新生因子 (VEGFC/-D, Type 3 VEGF receptor) の 発 現 の 経 時 的 変 化 お
よび Lyve-1 を用いてリンパ管数を経時的に解析する
と、vehicle 群よりも celecoxib 投与群、EP3KO 群で
リンパ管新生因子・新生リンパ管数・リンパ管内径面
積の有意に抑制された。このことから COX-2 の誘導、
PGE2-EP3 signaling が premetastatic phase に お け る
リンパ節内リンパ管新生に役割を持っていることが判
明した。
おわりに
腫 瘍 所 属 リ ン パ 節 に お け る pre-metastatic niche
formation は COX-2 の誘導、PGE 2-EP3 signaling、
SDF-1/CXCR4、TGF- βに よ る DCs や Tregs の 骨 髄 か
らの動員により増強されると考えられた ( 図 3A,B,C)。
図 3. リンパ節転移における COX-2 発現誘導、PGE2-EP3 シグナリング、
SDF-1、樹状細胞および Regulatory T Cells の役割
(A) COX-2 由来の PGE2 シグナルにより転移前段階で転移好発部位に樹状細
胞が動員され、同樹状細胞が SDF-1 を分泌することで premetastatic niche
を形成する
(B) さらに樹状細胞は由来の PGE2 シグナルによって TGF-βを産生すること
により regulatory T cells を動員し、免疫寛容を生じる
(C) COX-2 由来の PGE2 シグナルはリンパ節内リンパ管新生を促し、さらに
遠隔への器官への転移を生じさせる
34
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
それゆえ、COX-2 inhibitor や CXCR4 antagonist, EP3
antagonist や DCs を介した免疫療法が今後の肺癌治
療の一つの選択肢になりうる。上記機構を制御するこ
とで、がん患者の予後改善の可能性がある。
なお本研究は、京都大学医学研究科神経細胞薬理学
分野成宮周教授、東京都臨床医学総合研究所村上誠、
武富芳隆先生に多大な協力をいただきました。この場
をお借りし深謝いたします。
文献
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signaling regulates tumor-associated angiogenesis
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to distant sites. Blood 109: 1010-1017. (2007)
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
ジアシルグリセロールキナーゼ δはグルコースに応答
してホスファチジルコリンに由来するパルミチン酸含有
ジアシルグリセロール分子種を選択的にリン酸化する
千葉大学大学院理学研究科 基盤理学専攻化学コース
堺 弘道、坂根 郁夫
はじめに
ジアシルグリセロールキナーゼ(DGK)はジアシル
グリセロール(DG)をリン酸化してホスファチジン
酸(PA)を産生する酵素である。現在までに、DGK
は I-V の 5 つのサブタイプに分類される 10 種類のア
イソザイム
(I 型 : α, β, γ; II 型 : δ, η,κ; III 型 :ε; IV 型 :
ζ,ι; V 型 :θ)が同定されている。DGK の基質 DG
とその産生物 PA は共に細胞内の脂質シグナル分子で
あり、これらの代謝制御を行う DGK は極めて重要な
生理的役割を担っていると考えられてきた。実際に、
これらの DGK アイソザイムが細胞増殖・分化や糖代
謝などの多彩な生理現象に関わること、そして、癌や
2 型糖尿病などの難治性病態形成に決定的な役割を果
たすことが近年明らかになっている 1, 2)。
以前、我々は共同研究により、骨格筋細胞において
高濃度グルコースに応答した II 型 DGK の δアイソザ
イムの活性化が基質 DG 量を減少させること、更に、
この DG 量の減少が数段階のシグナル伝達(プロテイ
ンキナーゼ C 活性の抑制・インスリン受容体の活性化)
を経て、最終的にグルコースの細胞内への取り込みを
正に制御することを明らかにした 3, 4)。しかし、生体
内には、グリセロール骨格に結合する脂肪酸種の違い
により 50 種類以上の DG/PA 分子種が存在するため、
DGK δがグルコースに応答してどの DG 分子種を選択
的に代謝し PA 分子種を産生するのかは明らかになっ
ていなかった。さらに、2 型糖尿病患者の骨格筋にお
ける DGK δの発現低下は基質 DG の蓄積を引き起こ
し、
グルコースの細胞内への取り込みを低下させる(本
症増悪化の促進)ことも示したが 4)、それらの DG は
どの脂質代謝経路に由来するのかもわかっていなかっ
た。本稿では、グルコースに応答して DGK δが選択
的に代謝する DG 分子種を同定し、さらに、その DG
分子種の供給経路を明らかにした最新の研究知見 5) を
紹介する。
マウス C2C12 筋芽細胞における高濃度グルコース刺
激による PA 分子種の産生 5)
以前、我々は、ラット骨格筋 L6 細胞を用いた研究
により、DGK 活性がグルコース刺激 5 分で最大にな
り、DGK δがグルコースの取り込みを正に制御する
ことを示した 3)。そこで、DGK δの発現抑制等の遺伝
子操作が容易である C2C12 筋芽細胞を用い、刺激 5
分後の C2C12 筋芽細胞における PA 分子種の変化を、
最 近 我 々 が 開 発 し た liquid chromatography/mass
図 1. 高濃度グルコースに応答した全 PA 量と PA 分子種量の変化及び DGK δ
の発現抑制と発現増加時のグルコース刺激依存的な PA 分子種産生への影響
A, B. マウス C2C12 筋芽細胞におけるグルコース(刺激時間 5 分)に応答
した全 PA 量(A)と各 PA 分子種(B)の量的変化。C. DGKδ特異的 siRNA
による DGKδ の発現抑制時の PA 分子種の産生変化。D. DGKδ の安定発現
株における PA 分子種の産生変化。(文献 5 より改変)
spectrometry(LC/MS)法 6) を用いて解析した。その
結果、グルコース刺激によって全 PA 量が増加するこ
と( 図 1A)、 さ ら に、36:1-PA を 除 く C30 ~ C36 ま
での PA 分子種と 38:6-PA 分子種の産生が増加するこ
とがわかった(図 1B)。また、刺激 5 ~ 30 分までの
PA 分子種の産生は刺激 5 分で最大であり、C2C12 筋
芽細胞の PA 分子種の産生増加は C2C12 筋管細胞と
同程度あることがわかった。従って、DGK δのグルコー
スに応答した DG 分子種選択性を見出すために、筋管
細胞よりも遺伝子操作が容易である C2C12 筋芽細胞
を用いた。
C2C12 筋芽細胞における高濃度グルコースに応答し
た DGK δの DG 分子種選択性 5)
グルコース刺激により産生が増加する PA 分子種の
うち、どの PA 分子種の産生に DGK δが関わっている
のかを明らかにするために、DGK δ特異的 siRNA を
用いて DGK δの発現を抑制した。このとき、飽和脂
肪酸のみを含有する 30:0-、32:0-、34:0-PA と一価の
不飽和脂肪酸を含有する 34:1-PA の産生が抑制され
た(図 1C)。逆に、DGK δを安定発現させた C2C12
筋芽細胞においては、30:0-、32:0-、34:0-PA と 30:1-、
32:1-PA が増加していた(図 1D)。これらの結果から、
DGK δはグルコースに応答して飽和脂肪酸のみを含有
する 30:0-、32:0-、34:0-PA を選択的に産生することが
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
35
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
強く示唆され、また、30:1-、32:1-、34:1-PA も産生す
る可能性が考えられた。さらに、これら PA 分子種に
結合する二つの脂肪酸を MS/MS 解析により同定した
ところ、共通してパルミチン酸(16:0)を含有するこ
とがわかった。このことから、DGK δは、従来漠然と
信じられてきたホスファチジルイノシトール代謝経路
(PI turnover)に由来するアラキドン酸(20:4)を含
有する分子種を代謝するのではなく、パルミチン酸含
有 DG 分子種(主に 30:0-、32:0-、34:0-DG)をグルコー
ス刺激依存的に代謝することが明らかとなった。
興味深いことに、グルコース刺激に応答して、リ
ゾ ホ ス フ ァ チ ジ ン 酸(LPA) 分 子 種(16:1-、16:0-、
18:2-、18:1-、18:0-LPA)の量も増加していた(未発表
データ)
。さらに、DGK δ 特異的 siRNA による DGK δ
の発現抑制時には、これら増加する LPA 分子種のうち、
16:0-、18:2-、18:1-、18:0-LPA の産生が抑制されるこ
とが示された(未発表データ)
。これらの結果は、細
胞内 LPA の一部(16:0-、18:2-、18:1-、18:0-LPA)はグ
ルコース刺激依存的に DGK δを介して産生されるこ
とを示しており、今後、この DGK δを介した細胞内
LPA 分子種の産生がどの様な生理機能に関わるのかを
明らかにすることは興味深い研究課題である。
パルミチン酸含有 DG 分子種の供給経路の同定 5)
DGK δはグルコースに応答してパルミチン酸含有
DG 分子種に選択性を示すことから、in vitro における
DG 分子種選択性を調べたところ、DGK δそのものは
パルミチン酸含有 DG 分子種に選択性を示さなかっ
た。従って、我々は、DGK δは生体内の特定の脂質代
謝経路により供給されるパルミチン酸含有 DG 分子種
を選択的に代謝するのではないかという作業仮説を立
て、その点を明らかにすることにした。DG を供給す
る経路として主に 5 つの経路:(1)de novo 合成経
路、
(2)ホスホリパーゼ D(PLD)/PA ホスファター
ゼ経路、
(3)トリアシルグリセロールリパーゼ(TGL)
経路、
(4)ホスファチジルコリン(PC)特異的ホス
ホリパーゼ C(PC-PLC)経路、(5)PI turnover の存
在が明らかになっている。DGK δは PI turnover に由
来するアラキドン酸含有 DG 分子種を代謝しなかった
ため、他の 4 つの DG 供給経路について各阻害剤を
用いて検討を行った。その結果、de novo 合成阻害剤
5-(tetradecyloxy)-2-furoic acid、PLD阻害剤5-fluoro-2indolyl des-chlorohalopemide、TGL 阻害剤 Atglistatin
を添加しても、グルコースに応答した PA 分子種の産生
は抑制されなかった。一方で、PC-PLC 阻害剤である
O-Tricyclo[5.2.1.02,6]dec-9-yl dithiocarbonate(D609)
はグルコースに応答した 30:0-、32:0-、34:0-PA の産生
を抑制した(図 2A)。さらに、30:0-、32:0-、34:0-DG
の量も減少していた(図 2B)
。このとき、DGK δの発
現を抑制しても、D609 による 30:0-、32:0-、34:0-PA
36
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
図 2. PC-PLC 阻害剤 D609 の PA 分子種産生と DG 分子種量への影響
A. D609 のグルコースに応答した PA 分子種産生への影響。B. D609 の DG
分子種量への影響。C. DGKδ 発現抑制時の D609 による PA 分子種産生抑
制への影響。D. 抗 DGKδ 抗体を用いた免疫沈降物の PC-PLC 活性。(文献 5
より改変)
の産生抑制を更に抑制することはなかった(図 2C)。
以上より、DGK δがグルコースに応答して基質とする
DG 分子種の少なくとも一部は、PC の加水分解によ
り供給されることが明らかになった。さらに、我々は
DGK δと PC-PLC が相互作用しているのではないかと
考え、DGK δを抗 DGK δ抗体を用いて免疫沈降した
ところ、その免疫沈降物は有意に高い PC-PLC 活性を
示した(図 2D)。このことから、DGK δは PC-PLC と
直接もしくは間接的に相互作用している可能性が示さ
れた。
おわりに
本研究により、我々は、最近開発した LC/MS 法を
用いて、DGK δが PC の加水分解によって産生される
パルミチン酸含有 DG 分子種を選択的に代謝すること
を明らかにした(図 3)。今まで、「全ての DGK アイ
ソザイムは PI turnover に由来するアラキドン酸を含
有する DG 分子種を代謝する」と 20 数年以上漠然と
信じられてきたが、この知見はそれを覆すものであ
る。さらに、以前、我々は共同研究により、骨格筋に
図 3. DGKδを介した脂質代謝モデル
PKC, protein kinase C; IR, insulin receptor; IRS, insulin receptor substrate.
(文献 5 より改変)
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
おける DGK δの発現減少による DG 量の増加がグル
コースの取り込み低下を引き起こすこと(2 型糖尿病
の増悪化)を明らかにしており、従って、DGK δの発
現低下に伴うパルミチン酸含有 DG 分子種の時間的蓄
積が、本症の増悪化に関わる可能性が考えられた(図
3)
。また、本研究により、DGK δは PC-PLC と相互作
用することが示された。哺乳動物においても 30 年前
に PC-PLC 活性が発見されたが、未だその同定には至っ
ていない。本研究により、DGK δとの相互作用を利用
して PC-PLC を同定できる可能性が出てきたため、今
後、PC-PLC を同定し機能解明を行うことは、PC-PLC
による新たなグルコース取り込み制御機構の解明や新
たな DG 産生・代謝経路の発見に繋がると期待できる。
文献
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FEBS Open Bio. 2: 267-272. (2012)
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
37
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
学会見聞記
55th International Conference on the Bioscience of
Lipids(アバディーン、英国スコットランド)に参加して
昭和大学薬学部 原 俊太郎
2014 年 6 月 23 日から 27 日まで、英国スコットラ
ンドのアバディーン、Robert Gordon 大学(RGU)で
開催された第 55 回国際脂質生物科学会(55th ICBL)
に参加した。アバディーンは、建物の多くが近郊で産
出される花崗岩でできており、陽光に反射して銀色に
輝くことから、銀色の都とも呼ばれる美しい街だ 。
元々ニシンやタラの漁港として、さらに近年は北海油
田の基地として大きな発展を遂げ、スコットランド第
3 の都市となっている。オイルマネーのためか、英国
内でロンドンに次いで物価が高いとのことであった。
本 学 会 の Chair は RGU の Cherry Wainwright 教 授
が つ と め、 学 会 は ア バ
ディーンの中心部より
バスで 10 分ほどの RGU
Garthdeeキャンパス にあ
る Riverside East building
で 開 か れ た( 写 真 1)。
ICBL の 年 会 は 例 年 9 月
に開かれることが多い
が、今年は 6 月下旬の開
催となり、ディー川の畔
にある Garthdee キャン
パスは、この季節、とて 写真 1. 学会が開かれた Robert Gordon
大学 Riverside East building。イルカが
も緑が美しかった。
大学のシンボルのようだ。
学会初日 23 日には、Strathclyde 大 学 の Pyne 教 授
に よ る 基 調 講 演 と Welcome Reception が 行 わ れ、
翌 24 日より学会は本格的にスタートした。ICBL で
は年 度 ご と に ト ピ ッ ク ス が 絞 ら れ る の が 常 で、 本
年 度 は 、”Lipids as modulators of inflammation
and immunity”,”Modified fatty acids and lipids”,
”Endocannabinoids: synthesis and function”,
”Phytolipids – A vision for the future ?”,”Lipidomics
– What’s next ?”,”Lipids in whole body systems”,
”Membrane lipid trafficking” の 7 つのトピックスが
採り上げられていた。この 7 つのトピックス順に、
1 日 2 つ ず つ(25 日 は 1 つ ) セ ッ シ ョ ン が 設 け ら
れており、学会を通し、先の基調講演のほかに、口
頭発表が 54 演題(約半数が招待講演)
、ポスター発
表が 35 演題用意されていた。ICBL には毎年、日本
の脂質生化学者の参加が多く、今回も全 89 演題中
18 題が日本からの参加者によるものであった。「脂
質マシナリー」の班員としては、理研の有田誠先生
が 24 日 に ”Genetic and lipidomic approach for the
38
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
写真 2. アバディーン郊外のダノッター城。ディズニー映画の「メリダとお
そろしの森」のモデルとしても有名である。
anti-inflammatory properties of omega-3 fatty acid”
と い う タ イ ト ル で 招 待 講 演 を、 私、 原 が 26 日 に
”Phospholipid metabolism in calcium-independent
phospholipase A2-deficient platelets” というタイトル
で口頭発表を行った。
ICBL ではひとつの会場ですべての口頭発表を行う
ことになっているため、すべての口頭発表を聴くこと
ができる。口頭発表はどれも聴きごたえのあるもので
あったが、中でも Wisconsin 大学の Dr. Ntambi のΔ-9
desaturase に関する発表が印象に残った。全体を通じ
ては、lipidomics 関連の発表が多かったように思えた。
学会の合間には、アバディーン近郊や市内を回る
時間もあった。アバディーン近郊には多くの古城、
スコッチウイスキーの蒸溜所が点在し、アバディー
ンは古城街道とウイスキー街道の起点にもなってい
る。古城の1つダノッター城は、アバディーンの南、
Stonehaven の絶壁に立つ廃城であるが、北海とのコ
ントラストはとても美しかった(写真 2)。25 日の午
後には学会主催のエクスカーションがあり、参加者の
多くが郊外のクラテス城に出かけた。私はアバディー
ン市内のキングス・カレッジやマーシャル・カレッ
ジ に も 訪 れ た。 キ ン グ
ス・カレッジは 1494 年、
マ ー シ ャ ル・ カ レ ッ ジ
は 1593 年に創設された、
いずれも由緒あるカレッ
ジで、その後 1860 年に
統合されアバディーン大
学になったとのことであ
る。16 世 紀 初 め に で き
たゴシック様式のキング
ス・カレッジのチャペル
(写真 3)、花崗岩ででき
た建物としては 2 番目に
写真 3. キングス・カレッジのチャペル
にて。有田博士(理研)と私(原)
。
Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
写真 4.(上)Civic reception が開かれた Town House があるトールブース。
(下)Civic reception 会場にて。横山教授(帝京大)と私(原)。
写真 5.(上)Conference dinner が開かれた Raemoir House Hotel。
(下)大ダンス大会。
大きいというマーシャル・カレッジは、荘厳でとても
美しかった。アバディーン近海でとれたシーフード、
様々な種類のスコッチウイスキーとともに、これらの
カレッジはアバディーンの素晴らしい思い出となった。
エクスカーションに加え、学会主催の Civic reception
や Conference dinner は、ICBL の 年 会 を さ ら に 思 い
出深いものにしてくれる。Civic reception は 25 日の
夜に市内中心部トールブースにある Town House 内
はスコットランド民謡「蛍の光」の演奏が流れる中、
参加者皆で輪になり手をつなぎダンスをし、会は終了
した。バスでアバディーン市内に戻ると、もう日付が
27 日となっていた。最終 27 日の学会参加者がやや少
なかったのは、このためかもしれない。
ICBLはヨーロッパの都市、それもあまり日本人観光
客が訪れない小都市で開催されることが多い。これま
での 55 回のうち、ヨーロッパ以外で開催されたのは、
のホールで開かれた(写真 4)
。トールブースはアバ
ディーンの目抜き通りユニオンストリートに面した由
緒ある建物であり、2 つのカレッジと並ぶアバディー
ンの観光名所の 1 つとなっている。このような歴史
第 11 回(1967 年)のエルサレム、第 29 回(1988 年)
の東京(野島庄七先生が主催された。)、第 36 回(1995
年)のワシントン、さらに 2013 年第 54 回のバンフ
のわずか 4 回しかない。このため、ICBL では最新の
ある建物でレセプションをするのも ICBL ならではだ。
レセプションには市長も参加され、参加者全員での記
脂質生化学研究だけでなく、ヨーロッパの古い文化に
も触れる機会となる。これも ICBL 参加のひとつの楽
念撮影もあった。さらに 26 日の晩、アバディーン郊
外 Banchory にある Raemoir House Hotel に皆でバス
で移動し、Conference dinner が開かれた。広大な庭
園をあわせもつ Raemoir House Hotel はとても趣のあ
しみだと思う。
ただし、次回 56th ICBL は、2015 年 9 月、再びヨー
ロッパを離れ、アルゼンチンのプエルト・イグアスで
開催される。57th ICBL は、フランスのシャモニーで
るホテルであった(写真 5 上)
。庭園内のホテルに増
設されたテント内で Conference dinner は 20 時頃開
開催予定である。ICBL の HP (http://www.icbl.info/)
にアクセスすれば、今後の年会の予告に加え、これま
始され、ワインと食事、さらに多くの国外の脂質生化
学研究者との会話を楽しむことができた。食後は優秀
発表者の表彰式をはさみ、生演奏のもと大ダンス大
会(写真 5 下)
。最初は輪の外から見学していた私も
での会で採り上げられたトピックス等も掲載されてい
る。ICBL に関心がある方は、ぜひご覧いただきたい。
途中からダンスに参加し、汗びっしょりになるまで皆
と踊った。すばらしい国際交流になったと思う。最後
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
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Machineries of bioactive lipids in homeostasis and diseases
Newsletter No.5
5th European Workshop on Lipid Mediators(イスタン
ブール、トルコ)に参加して
熊本大学大学院生命科学研究部 薬学生化学分野
稲住 知明
第 5 回 European Workshop on Lipid Mediators は、
2014 年 10 月 23 日から二日間、トルコのイスタン
ブールで開催されました。今回は私にとって初めての
海外学会でしたので、期待と不安の両方を抱きながら
日本を出発しました。 私は、羽田からフランクフル
ト経由でイスタンブールに向かいましたが、成田や関
空からは直行便も出ているようです。日本とトルコの
時差はサマータイム時には6時間とそこまで大きくな
図 2. 会場のイスタンブール大学コンベンションセンター。
く、思ったほど時差ぼけに苦しむことはありませんで
の知見をご講演されていました。今回は幸いなことに、
私も口頭発表の機会を賜りましたので、脂肪組織にお
した。イスタンブールはアジアとヨーロッパの2大陸
に跨がる都市であり、ボスポラス海峡を隔てて東のア
ジア側と西のヨーロッパ側に分かれています(図1)。
けるプロスタグランジン受容体の機能について、初の
英語発表をさせて頂きました。緊張はしていたものの、
練習の甲斐もあり、なんとか原稿を忘れずに発表する
図 1. ボスポラス海峡の美しい景色。学会中は晴天に恵まれました。
会場のイスタンブール大学は、ヨーロッパ側の中でも、
世界遺産にも登録されている「イスタンブール歴史地
区」を含む、旧市街の中心地に位置し、観光名所とし
て有名なブルーモスクやトプカプ宮殿からも程近いと
あって、会場近辺は常に人通りが多く、活気に包まれ
ておりました(図2)。
ことができ、ありがたいことに質問も数多く頂きまし
た。しかしながら、予想通り質疑応答は一筋縄ではい
かず、質問の内容が聞き取れないことも多々あり、自
分の英語力の未熟さを痛感するとともに英語の重要性
を再認識させられました。
私の発表は1日目の午
前中に終わりましたの
で、その後の講演は落ち
着いて聞くことができま
した。1日目の終了後に
はレセプションが催さ
れ、参加した研究者達が
交流を深める良い機会と
なりました(図3)。学 図 3. レセプションの様子。
会中で個人的に一番印象に残ったのは2日目に行われ
た young scientist symposium でした。このセッショ
ンはポスドクや学生といった若手の研究者を対象にし
さて、本研究会は、2006 年から 2 年ごとに開催さ
れており、第 5 回となる今回は、(1) Prostaglandin E2
in pathophysiology、(2) Prostanoids in cardiovascular
system、(3) Novel lipid mediators and advances
in lipid mediator analysis、(4) Lipoxygenase、(5)
Adipose tissue and bioactive lipids を重点キーワード
として、26 題の口頭発表、85 題のポスター発表、10
題の young scientist symposium により構成されてい
ました。本会には、ドイツ、フランスをはじめ、ヨー
ロッパ各地から参加者が集っており、日本からも計6
名が参加しました。学会は、当研究室の杉本教授によ
る opening lecture とともにスタートし、白熱した議
論が繰り広げられました。脂質マシナリー領域からは、
昭和大の原俊太郎先生が、発がんにおける mPGES1
の関与について、理研 IMS の有田誠先生が、心臓保
護に働くω -3 脂肪酸代謝物について、いずれも最新
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「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
図 4. ブルーモスクの前で。
写真左より杉本先生 ( 熊本大 )、原先生 ( 昭和大 )、磯部先生 ( 理研 IMS )、
筆者。
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ており、自分と近い年代の研究者達がいずれも質の高
いプレゼンテーションを行っていたため、とても刺激
を受けました。また余談ではありますが、彼らが繰り
出す英語には、出身国によって実に様々なイントネー
ションや癖があり、こうした英語が飛び交うのもヨー
ロッパの国際学会ならではなのかなと感じました。
学会はスケジュールがタイトであったため、休み時
間もあまり長くはとれませんでしたが、前述のブルー
モスクや、アヤソフィア博物館、地下宮殿といった観
光名所は学会会場の近くに密集しており、一通り訪れ
ることができました(図4、5)。また、学会2日目
図 7. ビールを片手にケバブをいただきます。
写真左より原先生 ( 昭和大 )、杉本先生 ( 熊本大 )、有田先生 ( 理研 IMS )。
図 5. アヤソフィア博物館の前で。ブルーモスクと向かい合った位置にあり
ます。
写真左より佐々木先生 ( 昭和大 )、有田先生 ( 理研 IMS )、原先生 ( 昭和大 )、
磯部先生 ( 理研 IMS )。
の終了後には、ボスポラス海峡ディナークルージング
も用意されており、最後まで学会を満喫することがで
きました(図6)。学会中の食事も、様々な種類の肉
料理(ケバブ)をメインに食べましたが、世界3大料
理のひとつというだけあり、どれも味付けがよく、お
いしく頂くことができました(図7)。しかしながら、
イスラム文化の影響でしょうか、トルコではあまり積
極的にお酒を飲む習慣がないようで、お酒を頼めるレ
ストランも限られておりましたので、トルコに行かれ
る際は注意が必要になります。
今回、初めて海外の学会に参加し、発表することで、
自分自身に様々な課題も見つかりましたが、とても有
意義で貴重な経験をさせて頂いたと感じております。
今後、こうした学会をより余裕をもって楽しめるよう
になるためにも、研究や英語のレベルを上げられるよ
う精進して参りたいと思います。
図 6. ボスポラス海峡ディナークルージングの様子。橋や建物がライトアッ
プされていて綺麗でした。
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今後の活動予定 - 編集後記
2015 年
02.01 日本生化学会の国際誌 J. Biochem. 2 月号に JB Special Review: Lipid Biology として横溝、青木、杉本
の Review が掲載
02.09 第 10 回 都医学研 国際シンポジウム「International Symposium on Phospholipase A 2 and Lipid
Mediators」を開催予定(村上)
02.10-12 国際会議
「International Conference on Phospholipase A 2 and Lipid Mediators (PLM2015)」
を開催予定(Chair:村上、Co-chairs:横溝 ・ 青木 ・ 杉本 ・ 有田)
3 月頃 本新学術領域研究の成果を英文誌 ’Bioactive Lipid Mediators: Current Reviews and Protocols’ として
Springer 社より刊行予定
07.12-15 14th International conference on bioactive lipids in cancer, inflammation and releated diseases
(Hungary) にて、横溝、多久和が Plenary lecture を講演予定
9 月頃 本新学術領域研究の成果を実験医学増刊号「脂質疾患学」として羊土社より刊行予定(編集:村上 ・
横溝)
12.01-04 BMB2015(神戸)にてシンポジウム「リピドミクスから見えてきた脂質の新機能 – 基礎から臨床まで –」
を開催予定(青木)
編集後記
早いもので、本領域も今年の 3 月で終了である。振り返れば、
この 5 年間、
いろんな出会いがあった。計画・公募班員はもちろん、
班会議や若手ワークショップで出合った若手研究者達。
「自然炎症」領域の班員・研究者。班員が中心となって企画した学会
シンポジウムや国際会議の講演者・参加者。研究支援センターが仲介した共同研究先の研究者・技術支援者。こうして人と人
が出会い、最初は細い絆であっても、本領域の土壌でインキュベートされると徐々に太くなり、かつ複雑に枝葉を伸ばし、新
たな絆を築いていく。有機的な連携はこうして育つのだと思う。新参でも古参でも、分け隔てなく良い研究を一緒に進め、育
てて行こうというアットホームな雰囲気が本領域には定着していた。これは領域代表のリーダーシップの賜であり、こうした
土壌が根幹にあったからこそ、皆で前へ進む新たな学際研究を推し進めることができたと考える。領域代表の 5 年間の頑張
りに心から敬意を表したい。今年が本領域の一つの区切りではあるが、こうして培われた土壌は、本邦の脂質研究分野に既に
根付いており、これを活かした新視点の脂質研究班が後継してくれると確信している。本邦の脂質研究の今後の発展を大いに
期待したい。最後に、お忙しい中、本誌に寄稿いただいた班員ならびに研究室の若手研究者の皆様、そして一貫したデザイン
でいつも素晴らしい「ニュースレター」に仕上げていただいた向田恭世氏に心より深甚の謝意を申し上げたい。 杉本
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国際会議 PLM2015 のお知らせ
新学術領域
「脂質マシナリー」では、5 年間の研究成果の集大成として、国際会議 PLM2015(2 月 10-12 日)
を開催します。またサテライトとして医学研シンポジウム (2 月 9 日 ) が開催されます。いずれも東京
都医学総合研究所・村上誠班員が会長を務め、班員が全面的に協力して運営にあたります。
10th IGAKUKEN International Symposium on
Phospholipase A2 and Lipid Mediators
Date: 9th February (Mon), 2015 9:30 〜 18:00
Venue: Auditorium, Tokyo Metropolitan
Institute of Medical Science
Organizer: Makoto Murakami
HP: http://www.igakuken.or.jp/event/sympo/
international/270209.html
6th International Conference on
Phospholipase A2 and Lipid Mediators (PLM2015)
from bench to translational medicine
Date: Feb.10 - Feb.12, 2015
Venue: Keio Plaza Hotel, Shinjuku, Tokyo, JAPAN
Chair: Makoto Murakami
HP: http://www.aeplan.co.jp/plm2015/
「生命応答を制御する脂質マシナリー」 ニュースレター No.5
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