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Title Author(s) フランスの薬害等における非財産的損害の賠償 : [その1・HIV感 染被害](2) 住田, 守道 Editor(s) Citation Issue Date URL 大阪府立大学經濟研究 .2013 ,58 (2-4) ,p.13-32 2013-03 http://hdl.handle.net/10466/12813 Rights http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/ 13 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償 [その 1・HI V感染被害] (2) 住 田 守 道 一、はじめに 二、HI V感染における非財産的損害の内容と賠償方法 第一節、1991年法以前の状況(以上、57巻 4号) 第二節、1991年法に基づく感染輸血被害者補償基金による損害の填補と非財産的損害の把握 1、1991年法による補償の対象及び要件 2、補償の対象となる損害について(以上、本号) 3、感染特有損害の補償金の支払い方法-被害の段階と支払いの分割- 4、小括 三、分析-HI V感染被害における損害の包括的な把握の形態と原因 四、結びにかえて 第二章、HI V感染における非財産的損害の内容と賠償方法(承前) 第二節、1991年法に基づく感染輸血被害者補償基金による損害の填補と非財産的損害の 把握 1、1991年法による補償の対象及び要件 (1)立法趣旨 前節で述べたように、1991年末に HI V 感染被害者に補償を認める法律が成立した 1)。 後掲の同法 47条-Ⅲにおいて、填補の指針が示されている。すなわち、損害の「全部填補 (r par at i oni nt gr al e ) 」2)の原則である。これは、不法行為の一般規定(フランス民法 1382 条)が語らない点を埋めるものだが、同法は原則を謳うのみであり、「全部填補」の具体的 な内容に直接言及する箇所はない 3)。 これを、学説はさらにいくつかの下位の原則で捉えようとする。例えば、①狭義の全部填 補原則(填補が損害を下回らないこと、すなわち全損害をカバーするものであること)、② 補償性原則(填補が損害を上回らないこと、いわゆる利得禁止原則に相当)、③損害の具体 的評価原則(抽象的評価ではなく被害者を考慮した個別化を行うこと)である4)。 これらの原則を非財産的損害に全面的に適用することは困難と言わざるを得ない 5)が、 14 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) だからといって損害の探求が軽視されることはなく、むしろ被害者の「被った損害」と「填 補されるべき損害」との合致を意味するものと理解されるように 6)、1つ 1つの被害が拾い 上げられている7)。法案の審議過程を見ても、司法裁判所の判決に見られた損害の具体的内 容として、a)生存の機会(c hanc e )及び悪化の危険発生についての不確実性に関する精神 的苦痛、b)医療上の強制、c )愛情・夫婦・性的生活の混乱、d)ウィルスに感染した子を 授かる危険性、e )社会的な拒絶を理由とした家族・社会・職業生活の多様な混乱、の存在 が説明されている8)。すなわち、1991年法は損害の性質による取扱いの差異は認めず 9)、非 財産的損害もその対象とするのである10)。これは、訴訟で民事責任を問う場合と異ならない ことを意味する11)。 (2)要件 被害者救済を目的とした補償を行うために、1991年法により「基金」が創設されている。 「基金」は、民事責任の要件を問うことなく感染被害者に対する補償を行う。即ち、「フラン ス共和国の領域内において行われた、血液製品の輸血又は血液製剤の投与により引き起こさ れた HI V感染から生ずる損害の被害者は、以下に定める条件により補償を受ける」と規定 され(47条-Ⅰ)、「Ⅰに定めた損害の全部填補は(…中略…)、補償基金によって填補がな される」とある(47条-Ⅲ)。 請求権者は、フランス国内で輸血・血液製剤投与によって HI Vに感染したすべての者で ある。HI Vに直接感染した被害者のみならず、その配偶者や母子感染の場合の子といった 間接被害者も補償を受ける対象となる12)。国内での上記経路による感染であれば被害者の国 籍は問わない 13)。 47条-Ⅰにある「以下の条件」のうち、被害者側が立証するのは、エイズ・ウィルスの感 染及び、血液製剤あるいは輸血の対象者であったことである(47条-Ⅳ)。前者は検診によ り、後者は医療機関のカルテにより立証されれば、輸血・投与と感染の間の因果関係は推定 され、基金側が因果関係の不存在の立証を行う 14)15)。 さらに、帰責性を問わず補償がなされる点以外にも本法の独自性が見られる。即ち、支払 機関の特定(一元)化、基金による迅速な審査(要件の審査期間は、請求を受けたときから 3カ月以内に限定 16))であり、いずれも補償の容易化を目的としたものである17)。なお、補 償を行った基金は、感染の加害者に対する被害者の請求権に代位することができる(47条- Ⅸ)が、その場合の相手方はフォートのある加害者に限られる18)。 被害者の感染の証明がなされるならば、基金は 1ヶ月で仮払いを、3ヶ月で補償の申出 (of f r e )の提示を行う(1992年 2月 26日のデクレ 5条)。申出に関しては、各種損害の項 目とその金銭評価額が明示されることになっている(47条-Ⅴ第 2項)。この項目別金額の 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 15 明示は、基金による補償の範囲を被害者自身が評価できるようにするためである19)。 (3)異議のある場合における裁判による補償額の決定 1991年法には、被害者が異議を有する場合に訴えを提起することができる旨の定めがあ る。基金を被告とした裁判上の訴えは、①基金が請求を拒絶した場合、②基金から法定期間 (3ヶ月)内に補償の申出がなされなかった場合、③請求権者が申出を受諾しない場合 20)に 認められ(47条-Ⅷ)、その管轄はパリ控訴院に専属する21)。統計によれば、1993年の段階 で既に 481件が提訴され、300弱の判決が下されている22)。裁判の結果、基金の認定額より も高額になる傾向があるとされる23)。 争点となったのはほとんどが非財産的損害の算定である。その損害の理解は、次に見る基 金の定義に「忠実」なものであるとされる24)(同種事件に対する、パリ控訴院の、①1992 年 11月 27日の複数の判決 25)、②1992年 12月 11日の複数の判決 26)、③1993年 3月 12日 の複数の判決 27)、④1993年 5月 7日の複数の判決 28)、⑤1993年 1月 15日の複数の判決 29) 等がある)。 2、補償の対象となる損害について (1)非財産的損害 ①定義と内容 a)1992年 3月に設置された 30)、「基金」への補償請求の審査・決定を任務とする補償委 員会 31)の代表 32)によれば、HI V感染被害という進展型の病気の特有性(大きな広がりを もつ損害である点)、補償が 1991年末に決定された段階で既に非常に多くの被害者が死亡し ている(感染は、非加熱製剤が禁止になる 1985年 10月末までの間に発生した)点に鑑み、 ①迅速な救済(及びそれを可能とする画一的な補償の理論)の必要性、②全部填補における 公平性が要請された 33)。①から、短期の期間設定や専属管轄(裁判所間格差の回避のため) 、 そして②から、従来の司法裁判所の判決(具体的には、損害の内容と算定額 34))の参照が 導かれている。つまり、損害の内容面のみならず損害額の算定についても、裁判例が踏まえ られる方針を採るのである35)。 b)損害については、人身損害賠償の軸となる症状固定 36)という考え方を用いることがで きないことが確認される(一般法に従うと、症状固定がないので病気の期間中は仮払金の支 払いが続くことになり、死(症状固定にあたる唯一の事情)に対してのみ賠償がなされるこ とになり、不適切だとされる)37)。 そして非財産的損害は、上述の立法過程の認識を踏まえるように、その詳細が示されている。 即ち、 「HI V感染に由来する個人的・非経済的損害とは、抗体反応検査陽性(s e r opos i t i vi t ) 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 16 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 及び明らかな症状の発生(l as ur ve nanc edel amal adi ed c l ar e38))39)により引き起こされる、 生活状況における支障全体(l ・ e ns e mbl ede st r oubl e sdansl e sc ondi t i onsd・ e xi s t e nc e )40) を包含するものである。したがって、この特殊な損害は、抗体反応検査陽性の段階から、 HI Vによる感染を理由に被った[以下の(挿入は筆者:下記同様)]全ての精神的障害を含む。 : 生存の期待(e s p r anc edevi e :平均余命)の減少、将来についての不安(i nc e r t i t ude )、 起こり得る身体的・精神的苦痛の恐怖、孤立、家族的・社会的生活の混乱、性的な[損害]、 場合によっては生殖の損害 41)。さらに、明白な症状(mal adi eav r e )の段階では、既出 のあるいは発生するであろう [以下の]諸々の個人的損害が含まれる。:耐え忍ぶ苦痛、美 的損害、後続する楽しみ損害の全体」42)である。学説において「感染特有損害」(あるいは 「感染に由来する個人的損害(pr j udi c epe r s onne ldec ont ami nat i on)」43)と呼称されるも のである44)。 c )この損害は、感染被害者の「筆舌に尽くしがたい苦痛の多様な側面」を考慮したもの 45) で、より簡単に、「健康権の喪失及び生活の質の権利の喪失」46)と表現されることもある。 よくある人身侵害事例(特に交通事故)の賠償と比較すると、病気の精神的不安に起因する 通常では考えられない苦しみの激しさの存在が特徴であるとされる。その具体的な内容は、 先の定義の中にみられた諸要素の区別の仕方にもよるがおよそ 10項に及ぶ 47)のだが、それ は、裁判例(第二章、第一節、2参照)の蓄積の結果である48)。ここにおいて、裁判例を総 合した結果として、抗体反応検査陽性(潜伏期)の段階とエイズ発症の段階という 2つの段 階が構想され、それぞれにおける諸々の被害が列挙されている49)。 まず、抗体反応検査陽性期(Ⅰ)に、①生存の期待の減少、②将来についての不安(i nc e r t i t ude )、③身体的・精神的苦痛の恐怖、④孤立、⑤家族的・社会的生活の混乱、⑥性的な損 害、生殖の損害(一括して性的損害)が、次に、発症の段階(Ⅱ)に、①耐え忍ぶ苦痛、② 美的損害、③楽しみ損害が位置付けられている。 Ⅰの⑥及びⅡの①②③は、損害項目として扱われたものである点に異論はない。Ⅰの②③ は、発症の不可避性・発病の可能性が恒久的であることに対する心理状態を考慮した結果で ある点では特殊である50)。またⅠの④⑤はこの種の被害に特有の深刻さがある(第二章、 第一節、3(1)参照)。なお、ある学説が「孤立を伴う」諸生活上の混乱と説明している51) 点からすれば、④は⑤との関連性が強い要素である。ただしこれも、何らかの形で以前より 賠償対象とすることができたものである52)。 これに対して、Ⅰの①は、感染特有損害の主要な部分であるとされる53)。生存の c hanc e (機会)の喪失、短縮された生存の価格 54)と理解され、1991年法以前の段階の学説 55)や、 1991年法の法案審議過程でも言及されていた。算定の場面(後述)で、年齢が重要な考慮 要素とされるのは、これに起因する。 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 17 以上に関して、請求権者は、自らが受血者であるか血友病のための血液製剤による治療を 受けたことに加えて、抗体反応検査陽性であることを証明するだけで上記損害は推定される (論理的には、感染と当該損害の因果関係も推定されることを意味する)。疑いがあれば、基 金側で反対の証明をすることになる56)。このように、最短の時間で被害者に満足を与えるこ とに努めている。 d)上記ⅠとⅡの 2つの段階が、「抗体反応検査陽性の損害」と「エイズ発症に関連する 損害」と呼称されることがある57)。それぞれの段階で、異なる精神的影響を被害者にもたら すこと 58)から、両者が識別されているようである。ただし、両者は連続性を有する。即ち、 エイズ発症が過酷な苦痛を生じさせるとしても、それは既に抗体反応検査陽性を示す者の精 神的損害の延長のもの(pr ol ongat i on)または悪化(aggr avat i on)であると説明される (既に存在する恐怖・苦痛の高まりを意味するものと解される)59)。 以上の多様な苦痛は、「感染特有損害」の一要素として位置づけられる。それゆえ、この 損害の定義は、「包括的かつ総合的」60)、「感染者の個人的損害の全要素を包括する完璧かつ 詳細」61)なものだとされる。従来の人身損害賠償実務では、これらの要素をそれぞれ一つの 損害項目として取り扱ってきたことから、包括的な損害項目の設定はこの被害類型に見られ る特殊の法的対応である。他方、上記損害の要素に、感染特有被害に固有のものが含まれて いるか否かについては、生存の機会の喪失(Ⅰの①)を巡る学説上の対立がある62)。ただ、 この要素を正面から(いわば原則的に)認めているという点で独自性があるとしても、人身 損害賠償において以前より例外的ながら認めたケースが存在する63)。その点からすれば、対 立の争点は、考慮の仕方についての評価に存することになる。 ②算定基準 この損害については、予め算定基準が設けられており、金額が設定されている。実際には、 先の 1989年のパリ控訴院判決で認められた額をその後の算定の参考額(ほぼ上限額)とし ているが、その額は年齢を基準に決定され、高齢になるほど金額は低額になる64)。「感染特 有損害」に対する具体的な補償金額を以下に示すと 65)、感染時に 18歳であった被害者の場 合には 200万フラン 66)(当時。以下同様)、30歳で 161万 4000フラン、40歳で 129万 3000 フラン、50歳で 98万 8000フラン、60歳で 71万 1000フラン、70歳で 46万 1000フラン、 80歳で 25万 6000フランとなる(金額は、交通事故による死亡の場合に支払われる精神的 損害の賠償金を大きく上回ると言われている67)が、非死亡例の場合と比較しても同様であ る68))。この低減基準指示表 bar mei ndi c at i vede gr e s s i fder f r e nc e (以下、「基準表」と 言う)を用いた一般的・抽象的評価の根拠に挙げられるのは、被害の進展プロセスの一律性 であり 69)、この基準の存在により、医学鑑定による人身損害の程度の把握作業を経ずとも 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 18 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 損害が算定される70)。 補償基金委員会の説明によれば 71)、損害の評価は、地域格差・社会的地位による格差が あってはならない。というのは、生命はすべての人にとって等価値だからである。また苦痛 の程度の評価の困難であることや公平性が確保されないこと、補償の遅延を招くことから、 鑑定に依拠することは適当でない。以上から、基準表の設定が導かれている。もっとも生命 の価値の平等性に言及するからといって補償額の一律定額化まで導かれるわけではない。損 害の主要な構成要素が「生存の期待の減少」(余命の期間が損害の現実の期間 72))であるた め、年齢が斟酌される重要な要素となる73)。それは、感染しなければ生きたであろう時間に 応じて損害が決定されるためである(その算定には、人口統計が用いられる)74)。 この基準表の利用は被害者の個人的・具体的評価と対立するものであるが、実際には評価 における裁判官の裁量は排除されていない(上述のとおりパリ控訴院で争うことができる)。 基準表の利用は、裁判官の評価を加える余地があることを条件として認められている75)(破 毀院レベルでは、後掲の 1995年 2月 1日判決の中で承認)。算定額については、裁判官によ る具体的評価の余地を認めた算定基準表の使用(抽象的評価)が行われている。このことは、 後述の追加的請求がある時点以後は許されないことと矛盾するようにも見えるが、整合的に 理解するならば、補償の申出を受諾してないならば、損害の具体的評価(被害の個性化-例 えば、他のケースよりも劣悪な「社会的排除」があって、深刻な苦痛を経験した等の考慮) を求めることは許される、ということになるだろう 76)。 この基準表の作成にあたっては一定の注意が喚起されている。治療法の進歩により算定基 準表の改訂の必要性が叫ばれているのである77)。さらには、医学的知見の深化によっても、 損害の評価や支払い方法は影響を受けるとの指摘が見られる78)。前者は、被害の回復の点で、 後者は被害の捉え方の点で、中長期的に見た場合に、損害の評価が変化する可能性の存在を 示すものである。 (2)財産的損害 財産的損害ももちろん「全部填補」の対象となる。財産的損害の算定は、一般法に従うこ とになり 79)、算定自体に特別な点はない 80)。即ち、積極的損害についてはとくに問題がな く、消極的損害の確定に難点がつきまとうとしても、それは HI V感染ケースに限られる事 由ではない。例えば、抗体反応検査陽性段階では職業活動に従事できるとしても、現実には 社会的排除を受けることがあるが、これは単なる事実問題であって、基金がケースごとに具 体的評価をすべき事柄であるとされる(なお、既述の 1989年のパリ控訴院判決では、病気 の進展性ゆえに永久的不能は確定できず一時的不能のみが考慮されている81))。ただし具体 的評価を行う必要があるため、財産的損害の評価は先送りされ、非財産的損害の判断が先行 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 19 されている82)。 (3)その他の損害-①「身体的な」損害 以上の感染特有損害は、どこまで包括的な項目と言えるだろうか。例えば、他の非財産的 損害を主張するとどのように取り扱われるだろうか。 a)これまでに「感染から生じた生理的欠損 83)に由来する非財産的損害」が主張されたこ とがある。賠償の項目を増やし、賠償額を引き上げることが原告の狙いであったようであ る84)。 しかし、裁判例では、感染特有損害にはこのような要素も含まれていると判断されている。 1995年 2月 1日の破毀院民事第二部判決 85)は、包括的な定義に依拠せずに評価されるべき とする上告理由に対して、病気の進展性により症状固定の概念が排除されることから、感染 特有損害は「生理学的(phys i ol ogi que )、心理学的(ps yc hol ogi que )、精神的(mor al )次 元の損害の全体」を含むものであるとした損害の評価と方式に関する判断は、事実審裁判官 の専権事項であるとした 86)。ただし、具体的評価がなされていることが原審判断是認の条 件となっている。 さらに、1996年 4月 2日の破毀院民事第二部判決 87)も、包括的な定義を踏襲しつつ、若 干の語句の修正を行い、「感染特有損害は、特に生命の期待の減少、社会的・家族的・性的 生活の混乱、苦痛、恐怖、美的損害、楽しみの損害および発症後のあらゆる日和見感染症 88) から生ずる、被害者が被った身体的(phys i que )、心理的(ps yc hi que )な個人的性格の諸 損害の全体を含む」と定義付けた。 ここに見られた心理学的(ps yc hol ogi que ) 、心理的(ps yc hi que ) 、精神的(mor al )といっ た言葉の相違は、判決文中では明らかではない 89)(鑑定実務では異なる内容が観念されて いる90))。ただ、学説は、感染特有損害の内容が従来に比べて拡充(修正)されたとは考え ておらず、従来の理解の踏襲、承認であると受け止められている91)。 b)この個人的損害の性格を有する「身体的」な損害は、「身体的完全性侵害」とは異な るとされる。後者は、人の能力喪失(不能)に由来する財産的損害(逸失利益)と理解され る92)からである。補足しておくと、一般法では、永久的不能(I Pあるいは生理的損害)と いう損害は、財産的損害のみならず非財産的損害を考慮に入れて賠償の対象とする項目であっ た 93)。しかし HI V感染の場合には、症状固定・永久的能力喪失の両概念を用いることがで きず(そのため、両損害をまとめて斟酌してきた従来の損害項目を設定できず)、財産的損 害と非財産的損害が別個に取り扱われることになり、非財産的損害の部分のみが感染特有損 害の下で把握されるのである。損害の性質による区別は、従来の学説が主張し続けてきた点 であり、その理由は第三者が損害を填補した後に加害者に対して行う求償の場面で生じる問 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 20 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 題への対応である94)。つまり、その求償から、可能な限り被害者の取得する賠償額を確保し ようとする意図がそこにある95)。 求償の場面での取扱いでは他の被害類型との相違はないが、非財産的損害の「結集 96)」が 導かれていると言われるように、個々の非財産的損害ごとの算定を認める他の類型の方式と は異なる方法が見られるために、感染特有損害は注目されている97)。 (4)その他の損害-②「民事罰」? 汚染血液製剤を流通させたとして、刑事責任を問われた国立輸血センター(CNTS)の責 任者らに対する 1992年 10月 23日パリ軽罪裁判所判決 98)(一部が有罪判決を受けている) では、基金により補償される感染の損害とは明確に区別された、犯罪行為関連の精神的損害 (pr j udi c emor al )の賠償が認められた。これは、悲劇を引き起こした当該機関の責任者に 対する「民事罰」(私的な懲罰)として理解され得る99)が、いかなる明確な損害とも一致し ない 100)損害賠償は、アメリカ法の puni t i vedamage s(懲罰的損害賠償)に相当するもの の、フランスでは「全くなじみのないもの」であって、全部填補の原則に反する疑わしいも のと説かれている101)。また、同じく HI V感染事件で、国家のフォート及び高額賠償を認め た行政裁判所系統の判決(コンセイユデタ 1993年 4月 9日判決 102))に対して、puni t i ve damage sと同様の機能を果たす、とする説明も見られる103)。ただしその論拠等は明らかで はない 104)。もっとも、被害者の提訴の要因に“復讐心”の側面があることが指摘されるこ とはある105)。 注 1)法的主体として「基金」を創設する点では、モデルとなったのは先行するテロ行為被害者に対す る被害者補償制度である(これについては、小木曽綾「犯罪被害者補償制度」被害者学研究 2号 35 3 6頁(1993)、山野嘉朗「テロ・犯罪行為、自然災害被害者の補償制度-フランス法を参考 にして-」損害保険研究 58巻 3号 129頁以下(1996)、三好義之助『フランスの保険事業[改訂 増補版]』222 223頁(2000、千倉書房)参照)。基金の法的性質については、J.M.PONTI ER, op. c i t . ,p.41が分析する。 2)「r par at i oni nt gr al e 」には、損害の「総体的修復」(山口俊夫『概説フランス法・下』218頁 (2004、東大出版会))のほかには、ドイツ法の完全賠償との対比で、全部賠償や全額賠償という 訳語があてられている。本稿では賠償と補償とを包含する概念として、「全部填補」と訳出する。 我が国では、補償と賠償を区別するが、フランスでは民事責任でも当該補償法でも同一の言語が 用いられるからである。 c i t . (Gaz .Pal . ,1993 ),p.980. 3)H.MARGEAT,op. r i nc i pei nde mni t ai r el ・ pr e uvede sj ur i s pr ude nc e sc i vi l ee tadmi ni s t r a4 )E.SAVATI ER,Lep 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 21 t i ve : pr oposdel ・ i nde mni s at i onde svi c t i me sdet r ans f us i onss angui ne s ,J.C.P. ,1999,p. d), tP.JOURDAI p. c i t . (Le se f f e t sdel ar e s pons abi l i t ,2e 617e ts . ;e nc or eG.VI NEY e N,o no 57. p. c i t . ,p.618.非財産的損害に市場価格がない点にその理由を求めうるであろう 5)E.SAVATI ER,o p. c i t . (RTD c i v. ,1993 ),p.20 ;J. M.PONTI p. c i t . ,p.40)。 (v.Y.LAMBERT FAI VRE,o ER,o p. c i t . ,p.40. 6)J.M.PONTI ER,o 7)①の原則を、金銭的評価の局面ではなく、その前提段階に位置付けられる「全損害を考慮しなけ tP.JOURDAI p. c i t . ( Le se f f e t sdel a ればならない」という下位原則(上述の G.VI NEY e N,o d),no 57参照)で理解するためであると考えられ、この点では、非財産的損 r e s pons abi l i t ,2e 害に対する適用にも意味があると思われる。 tf ai taunom del ac ommi s s i onde saf f ai r e sc ul t ur e l l e s ,f ami l i al ee t 8)J.C.BOULARD,Rappor s oc i al e ss url epr oj e tdel oipor t antdi ve r s e sdi s pos i t i onsd・ or dr es oc i al ,As s .nat . (19911992 ) , no 2407,p.68.同法の成立過程からは、その他に損害の内容理解を左右するような議論の形跡は p. c i t . ,p.38,not e 20も参照)。なお、補償法の性格に関する部分につい ない(J.M.PONTI ER,o p. c i t . ,p.36 37によって検討されている。それによれば、審議過程に ては、J.M.PONTI ER,o おいては、求められる損害填補制度を危険責任制度(すなわち国の無過失責任)として構想して いる裏付けとなる発言(JO. ,9d c .1991,As s .Nat . ,p.7451,parJ.C.BOULARD)もあるには あるが、法文上には明確な言及はなく、むしろ同法はライトモチーフのように繰り返され、議会 で異論が発せられなかった「国民連帯」に基づかせるものである。「国民連帯」に依拠する理由に は、被害者数が 5000人超という「悲劇の規模の大きさ」が挙げられる(v. Y. LAMBERT FAI VRE e tS.PORCHY SI p. c i t . ,no614 ) 。もっとも、1946年憲法が「全フランス人の連帯」を謳っ MON,o て以降、公権力による被害者の損害填補の法的根拠とされているものがこれであるが、「国民連 帯」の観念は曖昧であり、それを採用することは自明のことではないというのがこの論者の理解 である。ともあれ、このような観念に基づいて、法的責任の追及手続とは別個の仕組みで補償 i nde mni s at i onde s を行うシステムを採用している点が本法の特徴である(v.M.DREI FUSS,L・ vi c t i me sduSI DA l ・ pr e uvedudual i s mej ur i di c i t onne l ,RFD adm.12 (3)maij ui n,1996,p. t e ,D. ,1993,j ur i s pr ude nc e ,p.173;高山・前掲「フランスにおける HI V 564;Y.LAURI N,no 感染被害とエイズ補償基金法」42頁)。 同法の補償財源は、法律に直接明記されておらず(47条-。驚くべきことだとされる-J. p. c i t . ,no 429)、後にデクレで規定された(1991年 2月 26日デクレ第 183号 16条)。 BI GOT,o すなわち、国庫からの拠出金、保険会社から支払われる分担金、保険会社による加害者への求償 に基づいて得られた金銭等である(三好・ 前掲『フランスの保険事業』223 224頁、ベタッティ・ 前掲『エイズ裁判』226頁参照)。 9)e x. (Col l e c t i f ),Ledr oi tdel at r ans f us i ons angui ne :Tr avauxduc ol l oque 《LeDr oi tdel a t r ans f us i ons angui ne 》t e nul e1 4oc t obr e1 994aut r i bunaldegr andei ns t anc edeBobi gny, Gaz .Pal . ,1995,1,doc t r . ,p.26. V感染被害とエイズ補償基金法」44頁は補償の対象を 10)なお、高山・前掲「フランスにおける HI 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 22 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 非財産的損害とする立法としてはフランスで初めてのものと紹介する。しかし、他の補償制度下 においても非財産的損害が対象となっている(小木曽・前掲「犯罪被害者補償制度」37頁、犯 t 罪被害者補償における損害の補償領域拡大の過程の概要については、Y.LAMBERT FAI VRE e p. c i t . ,no 780参照)。 S.PORCHY SI MON,o p. c i t . ,no 414. 11)v.J.BI GOT,o p. c i t . ,p.68;Y.LAMBERT FAI p. c i t . (RTD.c i v. ,1993 ),p.18. 12)Y.LAMBERT FAI VRE,o VRE,o p. c i t . (RTD.c i v,1993 ) ,p.17 ;J.M.PONTI p. c i t . ,p.38 39は、 13 )v.Y.LAMBERT FAI VRE,o ER,o フランス国内で輸血が行われたことについては問題はないが、例えば、フランスに常に居住して いる必要があるか等、外国人居住者については課題があるとされる。 p. c i t . ,p.619.立証責任の転換の理由は、迅速な対応の要請の他に、献血が匿名 14)E.SAVATI ER,o でなされること及びセンターや病院の情報にアクセスできない状況で感染者が因果関係の証明を p. c i t . (D. ,1992),p.313)。 負担することは困難であること、である(v.Y.LAMBERT FAI VRE,o なお、推定が否定されたケースに、破毀院民事第二部 1998年 1月 14日判決(Bul lc i v.Ⅱ,no 17, p.11e ts .;JCP,1998,Ⅳ,no 1481)がある。それによれば、輸血時のリスクが 10万分の 1と 極めて低いこと、感染者の配偶者が麻薬中毒患者で以前から HI Vに感染していたこと、夫婦の 間で予防の助言に従わなかったこと、感染が輸血以外のものであることに疑いの余地がないこと などによって推定が覆されている。その他、1991年法の制定以後の考察としては P.JOURDAI N, obs .RTD c i v. ,1993,p.589e ts .参照。 15)なお、感染の期間については法律は何も規定していない。学説は、1980年から 85年までの期間 s pons abi l i t ti nde mni s at i on l ・ gar dde spe r s onne s を念頭におく (v.C.MONI OLLE,Re e s c ont ami n e sparl evi r usdus i dal or sdet r ans f us i onss angui ne s ,RD s ani t .s oc . ,j anv.mar 1999,p.101)。後者は非加熱製剤が禁止される年である。前者はおそらく因子凝固剤が国内で生 産・販売され始めた年を指している。同論文では、感染の証明は事実問題であり、この時期に該 当しない感染のケースでは、一律に補償が排除されるわけではなく、請求権者の要件が慎重に検 討されるとする。非該当の場合は、因果関係の推定が働かないことを意味するものと考えられる。 p. c i t . ,nos 16)なお請求権者の請求に関する期間の制限については、1991年法上はない(J.BI GOT,o 417e t4 18)。 s pons abi l i t oi tc ommune ti nde mni s at i onparl eFonds :l e svi c t i me s 17)H.GROUTEL,Re dedr dus i dab n f i c i e nt e l l e sd・ unc umuld・ ac t i ons ?,Re s p.c i v.as s ur . ,mai1994,c hr on. ,no 14,p. 3. p. c i t . , 18)これにより、民事責任の所在を問う実益が残る(v.M.L.MORAN・AI S DEMEESTER,o p. c i t . ,p.107 111を参照。 p.189 )。求償の問題状況については、C.MONI OLLE,o p. c i t . ,p.620. 19)v.E.SAVATI ER,o p. c i t . ,p.621)。 20)補償額が不十分であるような場合が考えられる(E.SAVATI ER,o 21)1991年法 47条-Ⅷ。具体的にはパリ控訴院第 1部 B法廷である。因果関係及び損害の評価に対 da:r e s pons abi l i t t する裁判例の統一が求められているのである(v.J.M.deFORGES,Si e i nde mni s at i on de spr j udi c e sr s ul t antdec ont ami nat i on part r ans f us i on s angui ne ,RD 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 23 s ani t .e ts oc . ,oc t .d c .1992,p.567 )。 nde mni s at i onde spr j udi c e sr s ul t antdel ac ont ami nat i onparl evi r us 22)V.B.GI ZARDI N,I d・ i mmunod f i c i e nc ehumai nec aus eparunet r ans f us i ondepr odui t ss angui nsouunei nj e c ur i s pr ude nc edel aCourd・ appe ldePar i s ,Gaz . t i ondepr odui t sd r i v sdus ang:Unandej Pal . ,1993,2,doc t r . ,p.1315.後の時代の文献によれば、1992年 3月 2日から請求の審査が開始 %が受諾されたが、800件以上が訴訟になっ され、2年間で基金による提示は 1万を超え、うち 92 ている。1998年末の統計によると、感染特有損害の補償は 4000件弱、間接被害者(近親者)の p. c i t . ,p.102;P. 精神的苦痛の補償は 1万件強の補償の申出を行っている(v.C.MONI OLLE,o c i t . , (c onc l us i on,D. ,1998 ),p.256 )。 TATU,op. c i t . (Gaz .Pal . ,1993),p.981e t982.裁判所のある種の《力添え c oupsde 23)v.H.MARGEAT,op. pouc e 》が顕著な増額となって現われおり、被害者側に歓迎されている、と言う。この論者は、 賠償金の競り上げ症候群(s yndr omedel as ur e nc h r e )という問題が生ずることに懸念を示し ており、結論に慎重である。 p. c i t . (RTDc i v. ,1995),p.627;F.CHABAS,op. c i t . (Re s p.c i v.as s ur . ,1998),p. 24)P.JOURDAI N,o 21. 25)Gaz .Pal . ,1992,2,p.727e ts .例えば、第二事件の判決では、基金が正確に定義したように感染 特有の損害は、個人的・非経済的損害であり、抗体反応検査陽性及び明白なエイズの発症によっ て引き起こされた生活状況の支障全般を含むものであると判断されている。 26)Gaz .Pal . ,1993,1,p.198e ts . 27)Gaz .Pal . ,1993,1,p.281e ts . ;Gaz .Pal . ,1993,2,p.600. 28)Gaz .Pal . ,1993,2,p.600e ts . 29)Gaz .Pal . ,1993,1,p.201e ts . i nde mni s at i onde svi c t i me sdet r ans f us i ons ,Lec onc our sme di c al ,4.1992, 30)J.P.ALMERAS,L・ p.1094. p. c i t . (RTD c i v. ,1993),p.17;J.BI p. c i t . ,no 420e tnos 31)詳細は、Y.LAMBERT FAI VRE,o GOT,o 425 428.後者によれば、この委員会は、大臣 2名による国家のコントロールに服しており、監 督者が、財政面で委員会に出席し意見を述べたり、基金の任務遂行の面では、基金の管理に関す る書類の閲覧・通知を行う等をしている。 32)当時委員長を務めた Y.JOUHAUD 氏(元・破毀院第一民事部裁判長)による。 i nde mni s at i onde st r ans f us se th mophi l evi c t i me sdec ont ami nat i onparl e 33)Y. JOUHAUD,L・ e r oc t . VI H;doc t r i neadopt eparl aCommi s i onduFondsd・ i nde mni s at i on,Bul l .C.c as s . ,1 1992,p.6 7.民事責任を問う訴訟では、解決に時間やコストがかかる上に賠償が確実になされる p. c i t . ,no413 ) 。 わけでなく、訴訟手続きは容易ではない、というデメリットがあった(J.BI GOT,o sdemas se tr e s pons abi l i t i vi l e ,2006,LGDJ,p.108. 34)v.A.GUGAN LCUYER,Dommage c c i t . ,p.108は、これを立法の精神と社会の圧力によるものとする。 35)A.GUGAN LCUYER,op. 36)後の判決でも、病気の「進展性が、症状固定及び永久的不能という古典的な 2つの概念を排除す る」と明言されている(e x.CA Par i s ,6j anv.1995,Gaz .Pal ,1995,1,p.196. )。 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 24 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 37)Y.JOUHAUD,op. c i t . ,p.8;I .BESSI FOURNI HUGUES BJUIe tF. ER,H. RES ROQUES,C. p. c i t . ,p.125;I .BESSI p,c i t . ,p.79. RI CHE,o RES ROQUES,o p. c i t . (RTD.c i v,1993),p.7では、無症候状態を「nonde c l ar 」とし 38)Y.LAMBERT FAI VRE,o .& Pat r i moi ne ,s e pt .1996,obs . ,no 1435,p.67では 「d c l ar ており、 また F.CHABAS,Dr 」 と「l at e nt (潜伏の)」が対比されている。その具体的な内容も確認しておくと、Y.LAMBERT FAI p. c i t . (D. ,1993),p.67によれば、「s i dade c l ar 」を構成するものとして、日和見感染 VRE,o 症(ニューモシスチス肺炎(=カリニ肺炎))である。カリニ肺炎やトキソプラズマ脳症、サイ トメガロウィルス感染症、カポジ肉腫といった日和見感染症等の症状が見られると、エイズ(後 天性免疫不全症候群)の発症段階にあると診断されるのである。症状の段階の詳細については、 p. c i t . (RTD.c i v,1993),p.5 8 .他にグルメク・前掲『エイズの歴史』 Y.LAMBERT FAI VRE,o 155頁以下、モンタニエ・前掲『エイズウィルスと人間の未来』105頁以下、特に 121 135頁参 照。 39)「l as ur ve nanc edel amal adi ed c l ar e 」の訳出であるが、「~ de c l ar e 」には「(医師により) 宣告された」、「(自らにより)申告された」あるいは「明白な」「公然の」という訳語が考えら れるところ、実際に邦訳は様々である(「…届け出られた」(ベタッティ・前掲『エイズ裁判』 229頁)、「…宣言された」(北村・前掲「フランス行政賠償責任における HI V 感染血液訴訟」 4頁)、「…宣告された」(原田・前掲「フランスにおける医療事故と社会保障(1)」147頁)、な お今野・前掲「リスク社会と民事責任(1)」40頁は端的に「[エイズの]発症」とする)。 ところで、①前注の学説同様、裁判例では、定義にみられる「症状 mal adi e 」を、「SI DA」と 言い換えている(1992年 11月 27日の 4つの判決(Gal .Pal . ,1992,j ur i s pr ude nc e . ,p.727e ts . ) c t i onnai r eFr an ai s や 1993年 1月 22日判決(D. ,1993 ,I R,p.117 1 18)等参照)。次に、②Di Angl ai sLar ous s e (オンライン版)によれば、「SI DA d c l ar 」「SI DA av r 」は、共に「f ul l bl ownAi ds 」が当てられており、両者は同一内容であることが分かる。「f ul lbl own」とは、 DS 「満開」の意であり、具体的には必然的に致命的な状態にあることを指す(S.SONTAG,AI hos ha,p. andI t sMe t aphor s ,Edi t e dwi t hNot e sbyA.TAMAIandK.YONEMOTO,1992,Ei 30;ソンタグ・前掲『エイズとその隠喩』41頁)。したがって、本稿では「d c l ar 」と「av r 」 に共通の意味である「明白な」の意で訳出するのが適切と判断した。③逆に、これを「宣告・宣 言」と訳出すると、なぜエイズ発症にのみ係るのか疑問である(抗体反応検査陽性もまた診断の 結果、医師から告げられるものである)。 40)定義の中に見られる「生活状況(生存条件)におけるあらゆる支障」とは、従来から行政裁判所 で認められてきた一つの損害項目である(拙稿「人身損害賠償における非財産的損害論(3)」 202頁注 39)。ただし、この項目が包括的な内容を有するとはいえ、そこでは他の非財産的損害 の項目も併存的に認めている。 41)第二章第一節 3. (1)参照。「pr oc r at i on」の損害は、「生殖の不能・困難」と定義され、女性の 場合には特に、 「産科上の損害(pr j udi c eobs t t r i c al )」と言われることもある(J.l eGUEUT, tO.DI par at i on du L.ROCHE,C. A.REYNAUD,L.DALI GAND e AMANT BERGER,La r dommagec or por e le ndr oi tc ommun,1980,Mas s on,p.79;Gr oupedet r avai lpr s i dpar 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 25 J.P.DI ppor tdugr oupedet r avai lc har gd・ l abor e runenome nc l at ur ede s NTI LHAC,Ra tJ.M. pr j udi c e sc or por e l s ,j ui l l .2005,Doc .f r . ,p.2 6e t40;P.HI VERT,D.ARCADI O e gar dsc r oi s spourunenouve l l ee xpe r t i s em di c al ei s s uedel anome nGRANDGUI LLOTI E,Re c l at ur eDi nt i l hac ,Gaz .pal . ,27 3 1mai ,2007,p.1660)。Di nt i l hacレポートでは、単純化され 「性的損害」と一まとめにされる。 42)この定義は、裁判例をベースに学説が引用するものである。後掲の「身体的損害」に関する諸判 決の登場以前より、裁判によっては、若干言い回しが異なるものもあった(前掲 1993年 1月 22 日判決)が、本文の定義は 1992年 11月 27日に下された 20判決を基礎とするものであると推測 tG.COURTI ndsd・ i nde mni s at i on e tdegar ant i e( 2003, さ れ る ( v.A.F.ROCHEX e EU,Fo LGDJ),p.158,not e50)。もっとも、実際の基金による補償の提示には説明書が付されており、 その中で非財産的損害について言及がある(ベタッティ・前掲『エイズ裁判』229頁によれば、 少なくともこの定義の第一文が表れている)。学説は、裁判所で採用された定義は、基金による ものだとしている。 p. c i t . (RTD c i v. ,1994 ),p.107 ;X.PRADEL,op. c i t . ,p.220. 43)P.JOURDAI N,o 44)抗体反応検査陽性及びエイズ発症段階の両方を含める包括的な損害であるにもかかわらず、これ を抗体反応検査陽性の損害(pr j udi c edes r ops i vi t )とする文献も以前は見られた。現在は、 tP.JOURDAI ai t oi tc i vi l , 「感染特有損害」で統一されている(例えば G.VI NEY e N,Tr dedr d (1998,LGDJ),no 265と同 Tr ai t oi tc i vi l ,Le s Le sc ondi t i onsdel ar e s pons abi l i t ,2e dedr d(2006,LGDJ),no 265を比較参照)。 c ondi t i onsdel ar e s pons abi l i t ,3e p. c i t . (Dr oi tdudommagec or por e l ,4e d),p.224. 45)Y.LAMBERT FAI VRE,o c i t . ,p.1095. 46)J.P.ALMERAS,op. p. c i t . (D. ,1993 ),p.71. 47)Y.LAMBERT FAI VRE,o p,c i t . ,P.79;I .BESSI FOURNI HUGUES 48)I .BESSI ER,H. RES ROQUES,o RES ROQUES,C. BJUIe tF.RI p. c i t . ,p.125;e nc or eCL.DELPOUX,op. c i t . ( Re v.g n.as s .t e r r . ,1992), CHE,o p.32. 49)第二章第一節 3も参照。 50)この損害の特殊性あるいは独自性を、被害者が自らの死を、避けがたいものだと確信したことに c i t . (Re s p.c i v.as s ur . ,1998 ),p.21 )。 由来する、と述べるものがある(F.CHABAS,op. bs .RTD c i v. ,2003,p.506. 51)v.P.JOURDAI N,o 52)HI Vの被害発生以前より、非財産的損害の賠償においては、精神的苦痛として、人身侵害の将来 の不安、障害が残る恐怖、死の恐怖が斟酌事由として挙げられていた(J.l eGUEUT,L.ROCHE, tO.DI p. c i t . ,p.52)。 C.A.REYNAUD,L.DALI GAND e AMANT BERGER,o op. c i t ( .Dr oi tdudommagec or por e l ,4e d) ,no147 ;e nc or eY. LAMBERT 53 )Y. LAMBERT FAI VRE, FAI p. c i t . (RTD.c i v. ,1993 ),p.19 )。 VRE,o op. c i t . (RTDc i v. ,1995).p. 628;P. JOURDAI Le spr i nc i pe sdel ar e s pons abi l i t 54)P. JOURDAI N, N, t e ,D. ,1993,p.528及び P.Jour dai n, c i vi l e (2007,Dal l oz ),p.153.その他、Y.CHARTI ER,no op. c i t . (RTD.c i v. ,2003 ),p.506は、「生存の c hanc eの喪失」のみを挙げる。 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 26 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 55)H.MARGEAt,op. c i t . (Gaz .Pal . ,1991),p.585;e nc or eH.MARGEAT,op. c i t . (Gaz .Pal . ,1993), p.977.第二章第一節 3. (1)参照。 c i t . ,p.9. 56)Y.JOUHAUD,op. 57 )なお、ここまででみた判決は、エイズ発症被害者の事例であったと目される(v.J.L.DUVI LLARD, Tr i b.adm.Par i s2 9nov.1991,AJDA,1992,s pe c . ,p.89)。 tP.JOURDAI p. c i t . (Le se f f e t sdel ar e s pons abi l i t ,2e d),no 150 1. 58)G.VI NEY e N,o c i t . ,p.6. 59)例えば、Y.JOUHAUD,op. p. c i t . (RTD c i v,19 93 ),p.19. 60)Y.LAMBERT FAI VRE,o p. c i t . (RTD c i v. ,1995 ).p.627. 61)P.JOURDAI N,o 62)学説は、損害の要素の面(特に生存の期待の喪失)あるいは損害の形態(包括性)もしくはその 両方に独自性を指摘する。争いがあるのは要素の面であり見解が分かれている。 p. c i t . ( RTD c i v. , 第一の見解は、要素・形態の両方に独自性を見い出す(v.P.JOURDAI N,o bs . ,RTD c i v. ,2003,p.506;P.JOURDAI p. c i t . (Le s 1995),p.626 628;P.JOURDAI N,o N,o pr i nc i pe sdel ar e s pons abi l i t i vi l e ),p.153)。第二の見解は、HI V感染が重篤な損害であると c しつつも、既に知られている人身侵害と本質的に異なるものではないとし、「非経済的な損害の bs ,JCP,1995,Ⅰ,3893,no 23;G. 結集」を認める点にのみ注目するものである(G.VI NEY,o tP.JOURDAI p. c i t . ( Le se f f e t sdel ar e s pons abi l i t ,2e d),no 145 1 ,p.269; VI NEY e N,o ,Gaz .pal . ,Re c ue i l ,nov.d c .2006,p.4114 )。 e nc or eM.BACACHE GI BEI LI 63)独自性を強調する立場でも、過去に永久的不能の賠償金を算定する際に考慮した例(器官の切除 から生ずる生存期間の減少のケース、即ち、交通事故により脾臓摘出手術を受けた被害者の賠償 請求に関して、医師の鑑定を根拠に、脾臓摘出が生命の大きな短縮を引き起こすとして、余命短 縮のリスクに対して損害の確実性を肯定する原審の判断を正当とした破毀院第二民事部 1967年 tP. JOURDAI 3月 13日判決(D. ,1967,j ur i s pr ude nc e ,p.591 ) )を引用している(v. G. VI NEY e N, d),no 265,p.56)。他の学説も例外的に考慮さ op. c i t . (Le sc ondi t i onsdel ar e s pons abi l i t ,3e c i t . ,p.466 ;A.GUGAN LCUYER,op. c i t . ,p.109 ) 。 れていたことを認めている(X.PRADEL,op. 生存の期待の喪失は、従来から人身損害賠償で考慮すべきであるとされてきたが、医学的評価 が困難であるという難点が指摘されていた(v.J.l eGUEUT,L.ROCHE,C.A.REYNAUD,L. tO.DI p. c i t . ,p.79)。 DALI GAND e AMANT BERGER,o 64)先述の Cour t e l l e me nt事件の被害者(当時 62歳)は 200万フラン超える非財産的損害の賠償を 得ているが、この算定基準表では 200万フランの評価を受けるのは若年者である点で、従来とは 異なる。 p. c i t (D. ,1993),p.69;G.VI tP.JOURDAI p. c i t . (Le se f f e t s 65)Y. LAMBERT FAI VRE,o NEY e N,o d),no 150 1,p.277. del ar e s pons abi l i t ,2e p. c i t . (Dr oi t 66)文献によっては、これが「20歳未満」の額となっている(Y.LAMBERT FAI VRE,o d),no 147;Y.LAMBERT FAI tS.PORCHY SI p. c i t . , dudommagec or por e l ,4e VRE e MON,o )。 no 140,p.239 val uat i ondupr j udi c ec or por e l ,16e d. (2002,Li t e c ),no 290,p.165,not e2 . 67)M.LE ROY,L・ 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 27 その詳細について、同書によれば、被害者死亡の場合、配偶者、子、両親はそれぞれ、6万から 12万(平均 9万)フラン、2万から 16万フラン(平均 6万 5千フラン。年齢に応じて異なり、 成年より未成年の方が額は大きい)、2万から 12万(平均 6万 5千フラン)である(nos247,251 e t2 55)。この点に関する邦語文献として、難波譲治「フランス法における近親者損害の賠償」 國學院法学 40巻 4号 301頁(2003)参照。 68)非財産的損害の評価は、事案ごとの被害状況の特殊性の考慮や、損害ごとに斟酌事由の相違によ り、正確な比較は難しいが、同時期の他の非財産的損害の賠償額を参考として示しておく(M. val uat i onmon t ai r edupr j udi c ec or por e l :pr at i quej udi c i ai r ee t BOURRI LLET,L・ QUENI 9及び M.BOURRI p. c i t . donn e st r ans ac t i onne l l e s ,JCP,1995,no 3818,p.454 LLET,o QUENI (JCP,1996),p.49 9 501による)。①「被った苦痛」は、程度の重さによって七段階で評価され ることになっており、例えばパリ控訴院の場合、そのうち最も深刻な場合(7/7)で 11万フラ ン、ほぼ中間の第 4段階(4/7)で約 3万フランである。②美的損害は年齢にもよるが、男性で 4~5千フランから 12万 5000フラン、女性で 3~7千フラン弱から 20万フラン弱である。③楽 しみの損害については、狭義の意味のそれについては、A一時的な喪失の場合に 300~8万フラ ン、B永久的な喪失の場合に 2500~30万フラン、広義の意味のそれについては、日常生活能力 の喪失で 1000~20万フラン、楽しみー機能損害で 4000~50万フラン、④性的損害の場合、単独 では平均で 12万 7000フラン、家族形成に関する損害を併せた場合には 22万 1000フラン、楽し みの損害と併せた場合で 32万 3500フランである。 p. c i t . (RTD c i v. ,1995),p.628.もっとも、被害の一律性のほかに、被害者の 69)v.P.JOURDAI N,o c i t . 精神的苦痛の程度の評価が困難であることをその根拠に挙げるものもある(H.MARGEAT,op. (Gaz .Pal . ,1993 ),p.980 )。 tP.JOURDAI p. c i t . (Le se f f e t sdel ar e s pons abi l i t ,2e d),no 150 1,p.277. 70)G.VI NEY e N,o c i t . ,p.8. 71)Y.JOUHAUD,op. p. c i t . (D. ,1993 ),p.69. 72)Y.LAMBERT FAI VRE,o p. c i t . (RTD.c i v,1993),p.6e t19:Y.LAMBERT FAI p. c i t . 73)Y.LAMBERT FAI VRE,o VRE,o d),no 147;X.PRADEL,op. c i t . ,p.465;高山・前掲「フラ (Dr oi tdudommagec or por e l ,4e ンスにおける HI V感染被害とエイズ補償基金法」45頁。 c i t . ,p.9. 74 )Y.JOUHAUD,op. tP.JOURDAI p. c i t . (Le se f f e t sdel ar e s pons abi l i t ,2e d),no 150 1 ,p.277. 75)G.VI NEY e N,o あくまでも、事実審裁判官が被害者の個人的・具体的状況を勘案しているという判断をした上で の承認である。基準は目安であって、修正できるものであり、具体的評価がなされることが義務 p. c i t . ,p.102)。 付けられている(v.C.MONI OLLE,o 76)しかし、感染特有損害の定義の中に「場合によっては」発生する損害があることを認めている点 から見ても、全ての損害を「推定」することを前提にすることには疑問が残る。なお、包括性を 維持しなければならない理由の分析は改めて後述する。 DELPOUX,op. c i t . (Re v. g n. as s . t e r r . ,1992 ) ,p.32 ;e nc or eE.SAVATI p. c i t . ,p.620. 77 )v. CL. ER,o p. c i t . (RTD.c i v,1993 ),p.8e t2 0. 78)Y.LAMBERT FAI VRE,o 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 28 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 79 )PH.l eTOURNEAU,op. c i t . ,no 8523.ドル単位であるが金額に関する統計データとして、ステフェ ン・前掲「フランスの血液,医療,正義および現状」125頁がある。 p. c i t . (RTD. c i v,1993 ) ,p. 19.ほかに P. JOURDAI p. c i t . (RTDc i v. , 80 )v. Y. LAMBERT FAI VRE,o N,o d) ,no 612 p. c i t . (Dr oi tdudommagec or por e l ,4e ;A. 1995 ) .p.629 ;Y.LAMBERT FAI VRE,o tG.COURTI p. c i t . ,p.157等を参照。 F.ROCHEX e EU,o p. c i t . (RTD c i v. ,1992 ),p.122. 81)v.P.JOURDAI N,o p. c i t . (D. ,1993),p.68.このような場合、財産的損害は仮払の判決 82)v.Y.LAMBERT FAI VRE,o が下されていることが多い。 83)生理的欠損は、わが国の「労働能力喪失」概念に近い概念であるが、労働ではなく人一般の生理 的能力を捉えるものである。 ur i s pr ude nc edel ac ourdec as s at i on e n mat i r ed・ i nde mni s at i on de s 84)J.P.DORLY,Laj h mophi l e se tt r ans f us s ,c ont ami n spar l evi r usVI H,par l ef ondsd・ i nde mni s at i on s p c i al e me ntc r e te f f e t ,Rappor tdel ac ourdec as s at i on1 995,p.16 6e t1 67. c 85)Bul l .c i v. ,Ⅱ,p.42;Re s p.c i v.e tas s u. ,1995.c omm.126 (Fas c .263).基金の申出を受諾せずに 基金に対して訴訟を提起した事件。 . Pal . ,1995,1,p. 193,not eG. MMETEAU) 86 )これらに先行してパリ控訴院 1995年 1月 6日判決(Gaz も同様に、感染特有損害をほぼ前述の定義を踏襲した上で、「感染により引き起こされた生理的 欠損から生ずる個人的性格の損害は、感染特有損害の中に含められる」ものであって、「感染特 有損害は、生理的(phys i que )・心理学的(ps yc hol ogi que )・精神的(mor al )次元の損害の全 体と理解される」と判示し、この非財産的損害が別個の損害として填補される対象ではないとし ている。 ,1996,Ⅳ,1289;D. ,1996,I R,p.135.交通事故後の手術で被害者が 87)Bul l .c i v. ,Ⅱ,no 88;JCP. 感染した事件であり、加害者及びその保険者である共済組合に対し、加害者に保険給付を行った 社会保障機構が求償をし、求償の対象範囲が争われたものである(感染特有損害のみが争われて おり、交通事故に由来する損害の算定は不明)。なお基金は現れていない。 oi tc i vi l ,Le sobl i gat i ons ,12e d,parV. LARRI 88)e x. Y. BUFFELAN LANORE,Dr BAU TERNEYRE (2010,SI ,no 1635;e nc or eF.CHABAS,op. c i t . ( Re s p.c i v.as s ur . ,1998),p.22.抵抗力低 REY) 下に起因して、弱毒菌や平素無害菌(=日和見病原体)を原因として引き起こされる感染症であ り、具体的には、ニューモシスチス・カリニ肺炎、トキソプラズマ症、クリプトコックス症を発 症する(ベルナール・セイトル・前掲『エイズ研究の歴史』38頁)。注 38も参照。 89 )1973年に制定された社会保障関連立法(拙稿・ 「人身損害賠償における非財産的損害論(2 ) 」606 頁以下参照)の条文では、非財産的損害項目の一つを「肉体的・精神的苦痛(s ouf f r anc e sphyouf f r anc e sps yc hi que s 」 s i que se tmor al e s )」と規定する。この「精神的苦痛」は、法医学では「s tS.PORCHY SI p. c i t . ,no 76)。その と言い換えられている(v.Y.LAMBERT FAI VRE e MON,o 具体的内容は、憎悪による苦悩(s ouf f r anc e hai ne )、恐怖による苦悩(s ouf f r anc e pe ur )、怨 恨による苦悩(s ouf f r anc er anc une ) 、憤慨による苦悩(s ouf f r anc er vol t e ) 、ハンディキャッ ouf f r anc er e pl i e プを受け入れられずに内向する(自分の殻に閉じこもる)ことによる苦悩(s 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 29 me nt )である。 90)鑑定実務では、 「肉体的・心理的(ps yc hi que )・精神的(mor al )な諸苦痛」の程度を 7段階で評 FOURNI HUGUES BJUIe tF.RI p. c i t . , 価するとし(v.I .BESSI ER,H. CHE,o RES ROQUES,C. p.314,e tp.172,308)、 「心理的」と「精神的」を観念上区別している。前者が損傷や治療の直接 の影響、後者が間接の影響(悲しみや失望)であるとされる(農協共済総合研究所編『フランス の交通外傷医療査定-特に、査定医による医療査定-』317頁注 77,78及び 318頁注 84(2004、 JA 共済総研)。ただし原典不明)。これに対して、「心理学的(ps yc hol ogi que )」と「心理的 (ps yc hi que )」とは類義語ではあるが、相違は不明である。 p. c i t . ( Le sCahi e r sdedr oi t ),p.556.E.SAVATI p. c i t . ,p.620 91)e x.Y.LAMBERT FAI VRE,o ER,o は、これをも単に基金の定義の反復であるとする。その他の文献でも特別な理解を示すものはな い。そのことを証するように、ある論者は、従来の構成内容とこの判決の定義付けを組み合わせ た説明を行う。すなわち、「個人的性格・非経済的な抗体反応検査陽性の損害は、抗体反応検査 陽性によって、つまり感染を理由に被った生活状況における生理学的・心理学的・精神的な段階 の支障全体をカバーする。すなわち生存の期待の減少、将来に関する不安、起こりうる将来の肉 体的精神的苦痛の恐怖、孤独、家族・社会的生活の混乱、性的損害、場合によっては生殖の損害」 par at i ondupr j udi c ec or por e l (1996,Dal l oz),p.63)。 これら である(Y.CHARTI ER,Lar tP. 判決後の文献でも、感染特有損害の具体的な構成要素に変化は見られない(e x.G.VI NEY e p. c i t . (Le se f f e t sdel ar e s pons abi l i t ,2e d) ,no 150 1 ;C.MONI p. c i t . ,p. JOURDAI N,o OLLE,o 102)。 c i t . (Re s p.c i v.as s ur . ,1998),p.22.判決文中では明らかではない点がある(F. 92)F.CHABAS,op. ntansder e s pons abi l i t i vi l e ,Gaz .Pal . ,j ui l l e t aout2000,no 86,p.1419;F. CHABAS,Ce c c i t (obs . ,Dr .& pat r i moi ne ,1996 ),p.67 )が、このように推測されている。 CHABAS,op. 93)拙稿「人身損害賠償における非財産的損害論(1)」312頁参照。 p. c i t . (JCP,1995),no 25,p.512;G.VI p. c i t . (JCP,1996),no 12,p.488;F. 94)G.VI NEY,o NEY,o c i t . (Re s p.c i v.as s ur . ,1998),p.21.求償問題への対応の点で、人的損害と非個人 CHABAS,op. 的(財産的)損害の区別は求められるが、それを条件とすれば包括的な評価を行うことは破毀院 p. c i t . (RTD c i v. ,1995),p.628)。この点については、 によって否定されない(P.JOURDAI N,o 拙稿・「人身損害賠償における非財産的損害論(3)」188 1 89頁の分析も参照。 95)適用条文は 1985年 7月 5日法 31条であり、そこでは精神的苦痛・美的損害・楽しみの損害につ いては求償の対象とならないことが記されている(これについては、拙稿・「人身損害賠償にお ける非財産的損害論(2)」607頁及び注 41)。解釈論としては、これを限定列挙と見るか否かが 論点となり、判例上、性的損害の賠償金に対する求償が除外されている(拙稿・「人身損害賠償 における非財産的損害論(3)」174頁)のと同様に、「個人的損害」として HI V感染特有損害の 算定額についても求償が排除にされることになる。このことは、判例法上確立したものとなっ ommagec or por e le nt r el ・ t r ee tl ・ avoi r ,Re s p.c i v. ている(v.Y.LAMBERT FAI VRE,Led t e ,D. ,2004,p.164;P.JOURDAI t e , as s ur .1997,no 31,p.6;Y.LAMBERT FAI VRE,no N,no )。 JCP,2004.Ⅱ.no 10008,p.135 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 30 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) なお、Y. LAMBERT FAI Avanc e se tt r buc he me nt sdel aj ur i s pr ude nc es url er e c our s VRE, de sor gani s mss oc i aux,D. ,2001,p.249は、上記のように限定列挙ではないことの根拠に、人 体(c or pshumai n)の非財産的性格に関する 1994年 7月 29日生命倫理法を援用する。同法に ついては、大村美由紀「フランス「生命倫理法」」外国の立法 33巻 2号 1頁以下(1994)、北村 一郎「フランスにおえる生命倫理立法の概要」ジュリスト 1090号 120頁以下(1996 ) 、ジャック・ ラバナス(山野目章夫、勝亦啓文、河村基予、中濱義章訳)「人体の尊重-フランスにおける 1994年の立法」比較法雑誌 31巻 3号 139頁以下(1997)、ドゥニ・マゾー(大村敦志訳)「民法 典における人体の法的地位」日仏文化 72号 1頁以下(2006)参照。 96)拙稿「人身損害賠償の非財産的損害論(3)」181頁以下参照。 p. c i t . (JCP,1996 ),no 12,p.489. 97)v.G.VI NEY,o h.c or r e c t . ),23oc t .1992,D. ,1993,p.222,not eA.PROTHAI 98)TGIPar i s (16ec S.ただしこの判例 r oc sdus angc ont ami n (1992, 評釈は刑事責任部分のみを対象とする(L.GREI LSAMER,Lep LemondeDoc ume nt s ),p. 213 305も同様)。損害賠償の部分については、J.P.DELMAS SAI NT HI r t :l agr andeabs e nt edel ade c i s i onr e nduedansl ・ af f ai r edus angc ont aLAI RE,Lamo mi neparl et r i bunalc or r e c t i onne ldePar i s ,Gaz .Pal . ,1993,1,p.264の記述を参考にした。次 p. c i t . (RTD.c i v,1993),p.21さえも、損 注 PRADEL論文が引用する Y.LAMBERT FAI VRE,o 害賠償部分はこの論文のみに依拠している(情報は残念ながら不完全である)。なおこの判決及 びそこに至る過程については、ベタッティ・前掲『エイズ裁判』144 146頁及び S.PAUGAM, Uns angi mpur ,l ・ af f ai r ede she mophi l e sc ont ami n s (1992,J.C.Lat t s ),p.1e ts .参照。 本件を含め、当該刑事責任に関する検討を行なう邦語文献には、末道・前掲「フランスにおける エイズウィルスの感染と刑事責任」234頁以下がある。 c i t . ,p.465. 99)v.X.PRADEL,op. 100)これを理解するためには、民事罰理論は、実定法や判例の現実を説明するものとなっていないこ tP.JOURDAI p. c i t . (Le sc ondi t i onsdel ar e s pons abi l i t ,3e d) ,no 254 ) 、 と(v.G.VI NEY e N,o 損害の重大性以外の要素(例、フォートの重大性)を損害賠償で考慮することを禁じるというルー tP.JOURDAI p. c i t . ルが判例で確立していること等を知っておく必要があろう(v.G.VI NEY e N,o d),nos5 7e ts . ;Y.LAMBERT FAI tS.PORCHY (Le se f f e t sdel ar e s pons abi l i t ,2e VRE e SI p. c i t . ,no 92)。ただし、加害者のフォートの程度が賠償(補償)の範囲に影響を与えて MON,o はならない(判例)にもかかわらず、裁判官は利益取得型不法行為に関する非財産的損害の賠償 p. c i t . ,p. 金額において黙示的にそれを考慮に入れているという説明が見られる(E.SAVATI ER,o 618)。2005年のフランス債務法改正準備草案(いわゆるカタラ草案)1371条では、利益取得型 不法行為類型を念頭に懲罰的損害賠償を規定し、新しい方向性を打ち出している(廣峰正子『民 事責任における抑止と制裁』114頁以下(2010、日本評論社)参照)。 p. c i t . (RTD.c i v,1993),p.21.なおこの判決で問題となったのは毒 101)v.Y.LAMBERT FAI VRE,o 殺罪ではなく、不当表示に関する詐欺の罪である。私訴原告人側は確実に有罪判決が下される罪 を選択したようである。邦語文献として、ベタッティ・前掲『エイズ裁判』90 94頁。 102)CE.9avr i l1993,D. ,1993,j ur i s pr ude nc e ,p.312e ts . ;AJDA,1993,p.38 1 382.北村・前掲 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2) 31 「フランス行政賠償責任における HI V感染血液訴訟」6頁以下、今野・前掲「リスク社会と民事 i s ee nc ompt edel adoul e ur 責任(1)」551 5 53頁。本判決については、P.A.LECOCQ,Lapr parl eCons e i ld・ ate nc asdec ont ami nat i onl as ui t ed・ unet r ans f us i ons angui ne(dans t ROYER) ,p.459e ts . ・Ladoul e ure tl edr oi t (1997,PUF) ・,parB. DURAND,J.POI RI ER,J.P. にも分析がある。後述する欧州人権裁判所判決の影響に加えて、コンセイユデタ判決では生存者 と死亡者(権利承継人)に対する賠償金に差を設けない点で、司法裁判所の立場(20~25%減額 c i t . (Re s p.c i v.as s ur . ,1998),p. 22)と異なることから、一貫性がないこと する。F.CHABAS,op. p. c i t . (Dr oi tdudommagec or por e l , に対する懸念が表明されていた(v.Y.LAMBERT FAI VRE,o d),no 147,p.225 )。 4e sc aus e sdedi s pe r s i on de sr par at i onsl i e s l a di ve r s i t sr e gi me s 103)E.SERVERI N,Le de d・ i nde mni s at i on,Col l oquei nde mni s at i ondommagec or por e l ,3 1mar s2 005,p.23. 104 )フランスでは、少なくとも人身侵害における直接被害者の非財産的損害の賠償を念頭に置く限り、 「苦痛と釣り合う満足の提供」を行うとする満足説による説明がなされることが多いように思われ tS. PORCHY SI op. c i t . ,no 90 ;G. VI tP.JOURDAI る(e x. Y. LAMBERT FAI VRE e MON, NEY e N, d),nos 3e t152.前者によれば、慰謝料の社会的承認 op. c i t . (Le se f f e t sdel ar e s pos abl i t ,2e は、被害者が自らを社会復帰させるために一歩踏み出すことを可能にするカタルシスの解放主だ とする医師の言葉をその説明に引きつつ(同 no 132も参照)、満足的賠償が不幸の日々を忘れさ せるために、被害者に対し自らの人格に適合したある喜びを与え得るものだとする)。このこと をよりはっきりと示すのは、人身損害賠償に関する鑑定実務の専門書であり、そこでは他の立場 t に言及することなく、この種の賠償が満足的性格を有する、とのみ説明する(J.HUREAU e e xpe r t i s em di c al ee nr e s pons abi l i t di c al ee te nr par at i ond・ unpr j udi c e D.POI TOUT,L・ m d,2010,Mas s on,p.332)。 c or por e l ,3e 105)v. (Col l e c t i f ),op. c i t . ,p.25.なお損害賠償ではないが、この「汚染血液事件」に直面して新しく 創設された共和国法院(1993年 7月 27日の憲法改正による)において、元首相を含む閣僚三名 が起訴され、うち一人が有罪(ただし刑は免除)となっている(Courdej us t i c edel aR publ i que , 9mar s1999,Gaz ,pal . ,1999,1,p.221e ts . )。これは、復讐心への法的対応の一具体化とみるこ c i t . ,p.463)。この汚染血液事件と共和国法院に関しては、 とができる(v.P.A.LECOCQ,op. 勝山教子「フランソワ・ミッテランの改憲構想と 1993年 7月 27日憲法改正-ミッテランの憲法 改正提案とヴデル委員会報告-(1)」同志社法学 45巻 3号 83 8 4頁(1993)、同「フランソワ・ ミッテランの改憲構想と 1993年 7月 27日憲法改正-司法官職高等評議会の改革と共和国法院の 創設-(2 ・完) 」 同 45巻 3号 17 、25 26 、31 、36 38頁(1993 ) 、村田尚紀(訳) 「オリヴィエ= ボー 第 5共和制における執行権者の責任-憲法の運用および学説からの検討-」立命館法學 291 号 451 4 52頁(2003)参照。また、感染被害者が補償法の外で責任(刑事責任を含む)を追及し eTOURNEAU op. c i t . ,no 8504 1;C.MONI た場合の判例の展開の概要については、PH.l OLLE, s pons abi l i t tc ont ami nat i onpos tt r ans f us i onne l l e s , op. c i t . ,p.93e ts . ;M.LEBEAU,Re e Gaz .Pal . ,1999,1,doc t r . ,p.88 0e ts .を参照。 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3 〕 32 フランスの薬害等における非財産的損害の賠償[その 1・HI V感染被害](2 ) ※ 本稿の注 68に掲げた美的損害の算定額の最低値について、別稿「人身侵害における非 財産的損害の賠償」148頁脚注 4の記載に誤りがあったことをここに付記いたします。 大阪府立大学経済研究 58・2・3・4 (240・241・242) 〔2013. 3〕