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人はコンピュータとどのように付き合うべきか

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人はコンピュータとどのように付き合うべきか
大阪経大論集・第60巻第5号・2010年1月
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人はコンピュータとどのように付き合うべきか
企業情報システムの観点から
松
は
じ
め
本
良
治
に
日本でコンピュータが実用的に使われたのは,1960年代初めである。それ以前は,電子
計算機と呼ばれていたように,科学計算などでコンピュータを単なる計算目的として利用
しており,装置そのものが現在のように通信回線で結ばれるようなことはなく,オフライ
ンの単体装置として使われていた。そうした時代から大きく発展し,いくつものコンピュ
ータや端末をネットワークでつなぎ,オンラインリアルタイムでさまざまな処理を行うよ
うになって今日に至っている。そして,今やコンピュータは,社会・経済活動のみならず
個人の生活環境においてもなくてならない存在になっている。
あらゆる情報がいつでもインターネット等を通じて簡単に入手でき,便利な世の中にな
ってきた。多種多様な,そして莫大な情報がネットワークを通じてみんなで共有できるよ
うになっているが,一方,意外にもそれらの情報はある意味ではきわめて限定的であるこ
とに気がつかないでいる。
インターネットを通じて入手したり,発信されたりするデジタル化された情報は,極端
な言い方をすれば,意図的にデジタル化されたものに過ぎない。地球上にはデジタル化さ
れない無数の情報があるにもかかわらず,情報爆発時代といわれる一方で,まだデジタル
化されていない,あるいは有用で希少な情報が無視される結果になってはいないだろうか。
あらゆる活動がコンピュータなしでは成り立たなくなっている昨今の状況で,今,人は
コンピュータとどのように付き合うべきかを問うことが重要ではないかと考える。
1.コンピュータ利用の経緯
まず,コンピュータ利用の経緯を,主として企業での状況に絞って簡単に振り返ってお
く。
コンピュータが本格的に利用され始めたのは,1950年代に入ってからである。当初は,
人が計算するよりも段違いに効率のよい計算主体の処理に電子計算機が重用された。折し
も,日本が高度経済成長を遂げようとする最中で,大量生産・大量消費に対応した計算規
模の拡大に電子計算機は不可欠なものとなった。
当時の処理形態はバッチ(一括)処理で,月末・月初などにまとめてその期間の計算を
行うというやり方で電子計算機を利用した。その後,電子計算機の利用の拡大とともに単
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に計算するだけの機能以上の有用性が認識されるとともにコンピュータという呼称が一般
化する。尤も外来の言葉をその都度 JIS による日本語用語にする間もないほど,新しい技
術が次から次へと開発されたこともあって,多くの外来の情報関係の言葉がカタカナ語で
済まされてしまい,今日のようにその氾濫が人々を混乱させていることにもなっている。
コンピュータとコンピュータを通信回線で接続するネットワークコンピューティングが
進展すると,それまで大型コンピュータで集中処理された利用形態が,オンラインリアル
タイム処理や分散処理に移行する。コンピュータ自体も多様化していき,コンピュータ本
体だけでなく,記録媒体,印刷装置などの出力機器など周辺機器が多く開発され,また,
人とのインターフェースとなる端末も据え置き型やモバイル端末など多様な機器が登場し
た。
企業がコンピュータを利用し始めた頃から,近年に至るまでの企業情報システムの推移
は次のように辿ることができる。
(1)1950年代後半 EDP (Electronic Data Processing)
電子データ処理
(2)1960年代 MIS (Management Information System)
経営情報システム
(3)1970
80年代 DSS (Decision Support System)
意思決定支援システム
(4)1980年代 SIS (Strategic Information System)
戦略的情報システム
(5)1990年代 DWH (Data Warehouse)
データウェアハウス
(6)1990年代半ば OLAP (Online Analytical Processing)
多次元分析処理
(7)1990年代後半 ERP (Enterprise Resource Planning)
全社業務資源管理
(8)2000年代 EA (Enterprise Architecture) 全社企業情報システム体系,BI (Business
Intelligence)
ビジネスインテリジェンス
(9)2010年代 Cloud Computing −クラウドコンピューティング
1950年代後半,企業で主として計算処理のためにコンピュータ,当時の呼称である電子
計算機が導入された。折しも日本が高度経済成長のスタートラインに位置した時代で,大
量生産・大量消費に対応し,企業の受注・売上計算や給与計算などの会計処理に EDP,
電子データ処理は欠かせないものになっていた。当時のコンピュータは,まだネットワー
ク化されておらずオフラインの単体装置で,その役割も単純計算処理が中心であったが,
大量データ処理の自動化・省力化には威力を発揮した。
1960年代,企業では企業運営に必要な情報を管理する MIS (Management Information
System)の構築が目指され,コンピュータ処理の適用範囲が周辺業務へと拡大する。計
算処理からその結果得られた情報を企業運営に生かしていく工夫がなされはじめ,徐々に
企業活動とコンピュータが表裏一体となる時代に突入していく。当時のコンピュータ利用
の環境は,1台のホストコンピュータにいくつかの端末を接続して,同時に複数の仕事を
実行させる TSS (Time Sharing System)が導入された。このシステムでは,それまでの
ように利用者がコンピュータ本体に出向いて処理を行わせていた状況から,多少離れた場
所で,しかも複数の利用者が端末を通じて同時にコンピュータを利用できるという便利さ
があった。しかし,端末そのものはダム端末(無能な端末)であって,端末自体がデータ
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処理を行うことがなく,また,コンピュータがどの職場でも利用できるような状況ではな
かったので,文字通りの MIS そのものは定着するまでには至らなかった。
その後1970年代,MIS の後継として利用者のコンピュータ利用環境の充実を前提に,
経営に必要な情報を活用してより最適な企業運営を意図する経営管理システムとして
DSS (Decision Support System)が登場した。このシステムは従来の MIS とは違い,企業
運営者が直接コンピュータを利用して情報操作して経営判断を行うことを意図していた。
この頃大型ホストコンピュータとは別に,オフィスコンピュータと呼ばれる中小型のコン
ピュータが登場したが,しかし,まだこの時代でも情報を収集・管理・活用するためのコ
ンピュータや端末群のインフラが十分ではなかったので,この DSS も広く定着すること
はなかった。
1980年代の SIS (Strategic Information System)は,情報をうまく企業運営に生かすとい
う点では,基本的には MIS と同じであるが,“情報”をより重要な経営資源として捉え,
経済環境のグローバル化や同業他社との競争激化の状況を乗り越えるための戦略システム
として捉えられた。例えば,金融第3次オンラインシステム構築の際にも情報系の強化が
図られ,他社よりも有用な情報を集め,それを戦略的に活用することにより競争優位を獲
得することが目指された。この時点でのコンピュータ利用環境で特筆すべきは,カナ漢字
変換機能を搭載し,日本語処理を可能にしたオフィスコンピュータの登場である。1970年
後半から日本語ワードプロセッサが開発され,1980年代に入りコンピュータ利用の場面で
日本語によるデータ操作が可能になったわけである。
また,1981年にはパーソナルコンピュータの先駆けともいえる IBM PC が登場し,ビ
ジネス分野でのパーソナルコンピュータ利用の萌芽が見えてきたのもこの年代である。し
かし,企業オフィスの各自の机の上に置かれるようになるほどには至らず,本格的に利用
されるのはこれより10年後のことになる。
1990年代になると米マイクロソフト社の Windows PC がまさに一人1台ずつの利用を促
しながら,現在も主流になっている CSS (Client Server System)へと発展し,さらにイ
ンターネットの企業利用が本格化する。それまで各種のデータを保存管理するデータベー
スが個々の業務ごとに構築されたが,これをもっと戦略的に利用できるように,時系列デ
ータとして目的別に編成され統合されたデータウェアハウスが CSS の上に構築され,さ
らにこれを各業務でも利用できる形態としてのデータマートの構築が進む。
1990年代後半にはさまざまなビジネス用ソフトウェアパッケージが提供されるようにな
る。ERP (Enterprise Resource Planning
全社業務資源管理)と呼ばれる経営手法もその
ひとつである。これは,企業の事業運営における購買,生産,販売,会計,人事など,顧
客に価値を提供する価値連鎖を構成するビジネスプロセスを部門や組織をまたがって横断
的に把握して,価値連鎖全体での経営資源の活用を最適化するというものである。
2000年代になると,ICT (Information & Communication Technology)を駆使する経営が
益々重要視され,実態としてのパーソナルコンピュータとインターネットが重要な役割を
担い,同時に EA (Enterprise Architecture)や BI (Business Intelligence)が注目されるこ
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とになる。EA は大企業などの巨大組織の情報システムの最適化を図るための方法論であ
るが,情報技術が企業のビジネス戦略と融合する点に特徴がある。
また,BI は経営者や企業人が,情報分野の専門家に頼らずに,売上・利益・顧客動向
などを分析し,迅速に意志決定できる支援システムである。このシステムは,問題の早期
発見,迅速・適切な意思決定,顧客関係の向上,そしてコスト削減・収益向上を狙うもの
である。
いずれのシステムも企業情報誌システムの一翼を担う機能として位置づけられ,その導
入が今でも進められている。
2010年代になるとクラウドコンピューティングという情報処理環境が本格化する。従来,
情報システムに必要なリソースは,それぞれ自前で用意し,運営・維持してきた。しかし,
企業を取り巻く環境が変化するたびに,新しく業務用のシステムを変更したり,新しい機
器を導入したりするなど,そのための経費は大きな負担になってきている。そこで業務用
のソフトウェア(SaaS−Software as a Service として,利用者が必要とするソフトウェア
のみをネットワークを通じて提供するサービスが既に行われている)やその他のリソース,
また,企業等で管理するデータベースやデータウェアハウスなどもインターネットの向こ
う側のクラウド(雲)の彼方に置いておき,それらがどこにあるのかを意識することなく,
必要なときにいつでも利用できるようにするという新しいサービスが提供されるようにな
ってきた。
以上の経緯をみると,そこにはコンピュータ利用が大勢の人が1台の大型コンピュータ
(今では遺物たるレガシーコンピュータ)を利用する集中処理から1人の人が1台のコン
ピュータを利用する分散処理を経て,あらゆる資源を必要なときにいつでも利用できるク
ラウドコンピューティングへ。そしてさらに今後は,1人の人が多くのコンピュータをそ
の存在を意識することなく利用することになるといわれるユビキタス社会に至ることが予
想されている。こうした流れは,コンピュータと人との関わりが一段と濃密になっていく
ということを示唆している。
2.コンピュータの技術
2.1
デジタル化の限界
情報のデジタル化は文字や数値情報に限らず,今や画像や音声,そして映像などあらゆ
る情報までに及んでいる。アナログ情報のデジタル化の技術の代表的なものに PCM
(Pulse Code Modulation
パルス符号化変調)がある。これは音楽などの音声のアナログ
情報をデジタル化するために使われ,アナログ入力信号の正弦波形の振幅を一定の微妙な
時間間隔で区切り(標本化し),各振幅の大きさをあるレベルに区切って数値化し,整数
にする。そして,この振幅値を8ビットのデジタル信号で表す(2進数に符号化する)。
標本化の段階で,1秒間をどの程度区切ってサンプリングするかによりデジタル化の精度
が決まるが,相当の精度をあげても,標本化,数値化,そして整数化した時点では,僅か
ではあっても元々のアナログ情報は喪失する。
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この PCM の技術を利用して音楽 CD を作成する際に,人には聞こえない音を省略する。
人がそれを利用するにはほとんど支障がない程度にデジタル化していることになるが,や
はりデジタル音楽が本来のアナログ音源を忠実に復元していないという理由で違和感を覚
える人がいることも事実である。
しかしながら,もっと大事なことは,確実にデジタル化できる文字や数値情報であって
も,どこまでデジタル化し,コンピュータにしまい込むか,それはどういう判断で,どう
いう基準でその対象を選択するかは極めて曖昧である。
例えば,得意先の情報をデジタル化しても,どの範囲まで対象にするのか,また,得意
先の何の情報をデジタル化するのかによって,その情報のもつ意味は違ってくる。仮に考
え得るあらゆる得意先の,あらゆる情報をデジタル化したとしても,恐らく得意先顧客の
日々の顔色などはデジタル化されることはない。しかし,本当に顧客のためを考えるのな
らフェースツーフェースで捉えることのできる顧客の顔色ほど重要な情報はないかもしれ
ない。コンピュータでデジタル管理できる範囲には限界があるのである。
2.2
コンピュータの能力
コンピュータの能力を簡単に云えば,①計算力,②記憶力,③処理速度である。強いて
云えば,忠実さといったものもある。もちろん物理的な装置でもあるので,故障や摩耗な
どによりその能力が発揮できなくなることもあるが,そのことを除けば人間はいずれの能
力にも太刀打ちできない。
ところが,これらの能力も人間がそれを実行させるための命令をコンピュータに与えな
い限り何もしない。当然のことながら,下手な命令を与えると大した能力も発揮してくれ
ない。もっと大事な点は,人間が考えた以上のことはしてくれない。
人間の能力は大昔と比べて進化しているとは思わないが,コンピュータなどの機械はど
うであろうか。昔の機械より近代の機械の方が進化して優れているものが多いが,それで
は人間の能力と機械の能力の差は昔と比べて拡がっているのであろうか。その差が拡がっ
ているようにうっかり思ってしまうが,答えは当然のことながら否である。つまり,コン
ピュータは人間がデザインした以上のことはできない。コンピュータを使って人の心を読
む研究がなされたりしているが,人工知能など最新の技術をもってしても人間の思惑を超
えてコンピュータが動き出すことはない。
3.情報管理の危うさ
“情報管理”でいうところの情報は,符号化されデジタル化された情報である。しかし,
この情報は,それを識別するための何らかの名前が付けられたものが対象になる。名前を
もたない情報は管理の対象にならない。日本の街の通りには名前が付いているところは少
ないといわれるが,感性や感情を言い表す言葉はもっと少ない。何気なくそばにある情報
のほとんどは名前をもたない。したがってコンピュータによる情報管理の対象は,極端に
いえば非常に限定的である。例えば,企業のマーケティング活動に有効な情報システムで
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ある CRM (Customer Relational Management
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顧客管理システム)では,顧客の日々の
顔色を伺うことはできない。しかもどのような情報を扱うかは,そのシステム構築をデザ
インした人間の判断に依っている。
このようにコンピュータを利用した数々の情報管理システムで扱われる情報は,その範
囲や内容が限定されているので,それだけで万全の管理ができるわけではない。さらに,
コンピュータの動作の中身も外からはまったく見えないので,あたかも万全の措置を施し
ているように勘違いしてしまう。
4.ネットワーク時代の情報共有の問題
コンピュータ同士を接続しネットワーク化することによる大きな効用は,「情報の共有」
である。スタンドアロンでのコンピュータでは,収集・保存した情報を多くの人々で共有
することができなかったが,ネットワーク化によりそれが可能になった。
1990年代に入り,インターネットが急速に普及するに伴い,米グーグル社がそのミッシ
ョンとして「世界中の情報を整理し,世界中の人々がアクセスできて使えるようにするこ
と」と謳うように,莫大な情報を世界中の人々で共有・利用できるようになってきた。
調査会社,米 IDC 社の調査結果によると,2007年全世界で創出された情報の総量は,
2810億ギガバイト(281エクサバイト)であり,人口1人当たりにすると約45ギガバイト
という。さらに2011年には1.8ゼッタバイトになると見込まれ,2006年∼2011年の間で約
10倍になるという。
人は,もはやあらゆる情報がインターネットを通じて利用できると信じてしまうほどに,
莫大な情報が管理される情報としてデジタル化されているが,それでもすべての情報がデ
ジタル化されているわけではない。グーグルやヤフーの検索システムを利用して得られる
情報には限界があり,必要とする情報のすべてではない。インターネット上だけの情報に
頼りすぎると,人の考え方が同質化する懸念すら出てくる。
5.コンピュータ適用の在り方
前述のとおり,コンピュータで管理する情報には限界があり,またそれを操作する人間
次第でシステムの動きも左右される。このことから人はコンピュータを利用するに際し,
本来のコンピュータの能力に限定して判断する必要がある。例えば,計算する能力は人間
の能力をはるかに超えるので,効率を優先させるならコンピュータに任せるべきである。
すなわちコンピュータを利用するに際しては,効率”を優先する仕事に限定するべきで,
人が考え,判断しなければならない分野にはコンピュータ利用を推し進めてはならない。
インターネット上の電子商取引を牽引する Web サービスシステムのように,コンピュ
ータシステムが自動的に商取引の対象を探したり,国際金融の場面でコンピュータによっ
て株を自動的に取引したり,あたかもコンピュータが経済活動まで主導するような気配が
あるが,これは非常に問題である。コンピュータを利用できるのは,効率が発揮できる分
野であり,経済活動においても基本は人が考え,判断しなければならない。
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このように考えると,コンピュータを利用してよいのは,いわゆる定型的な作業である。
例えば月末・月初に売上金額などの集計を行うなどは,計算する都度人間が考え,判断し
なくてもよい分野である。これに引き替え,非定型的な分野でのコンピュータ利用は慎重
を期すべきである。例えば,教育や医療分野では効率を目的としてコンピュータを利用す
るべきではない。まして,人間を分析するためにコンピュータを利用するのは論外ともい
える。
教育現場での e-learning が有効なのは,単にある特定の知識を習得することを目的にし
た部分的なところに限られ,教育の本質的なところはあくまでフェースツーフェースの対
面教育によりもたらされる。先生のちょっとした言葉や動作が,ときには生徒のやる気や
問題意識に火を点ける。個別習熟度別学習を可能にすると謳う e-learning であってもそれ
は特定の管理情報に基づくしかけである限り,いろいろな可能性を含む生徒の振る舞いす
べてに対応できるわけではない。
最近,医療の現場では ICT (Information & Communization Technology
情報通信技術)
を活用したさまざまなシステムや機器が開発されている。例えば,医師や看護士がモバイ
ル端末を使って,離れた場所からも患者の最新の状態,検査,投薬,治療歴などの電子カ
ルテの情報をいつでもアクセスできるようにし,患者の容体の急変に即応し,関係者にも
的確な指示が可能になるという。
また,患者の自宅に備えられた自動脈拍血圧測定器などと病院を通信回線で結び,患者
の容体をモニターするなどのシステムもあるが,効率向上というだけでこのようなシステ
ムに頼ってしまうのは問題である。医療は,医師と患者が向き合って言葉を交わしながら
病と対峙し,癒されていく状況が基本でなければならない。
6.日本の情報化への取り組み
1991年7月,在日米国商工会議所が「インターネット・エコノミー白書
インターネ
ット・エコノミーの実現を日本で」と題するレポートを出した。そこでは,日本が以下の
点で,他国に比べてインターネット環境において優れていることを挙げている。
①
安い料金でのインターネットアクセス,ブロードバンドの普及,モバイル機器を含
めた ICT 機器の普及等を示すデジタルオポチュニティ指数で韓国に次いで2位。
2007年の ITU(国際電気通信連合)報告
②
インターネットインフラとブロードバンド接続の点で,米国,スウェーデンに次い
で3位
2008年 Nokia Siemens Connectivity Scorecard
しかし一方で,2008
2009 World Economic Forum による各国の IT 活用調査「Global
Information Technology Report」によれば,日本はインターネットの利活用の状況で127カ
国中17位であることを指摘している。
すなわち,インターネットの環境が整っているにもかかわらず,日本は ICT の利活用
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で他国に比べて非常に遅れているというわけである。そして,今や世界はインターネット
を介してあらゆる経済的な取引が行われる「インターネット・エコノミー」の時代に突入
している状況にあり,日本のインターネット利活用がこのままだと外部から途絶されたガ
ラパゴス諸島のようになる「ガラパゴス・シンドローム」への道を辿ると警告している。
さらにこの白書では,日本はもっと ICT に対する規制を緩和し,市場のメカニズムに
よる活性化を図るべきと訴えている。具体的には,NTT の再編に関わる見直し,電波政
策の改革,知的財産の保護強化などの項目を挙げ,まるで市場開放の圧力とも受け取られ
るような論調になっている。
確かに,日本の情報化への取り組みは,特に米国に比べてかなり遅れているといわれる。
一時は10年の遅れがあるといわれていたが,電子商取引の普及率などでも米国の70%に対
して日本のそれは21%であったり,企業における CIO (Chief Information Officer
経営戦
略と情報通信戦略の統括・調整を担当する役員)の設置でみると,米国では主たる企業の
ほとんどで置かれているのに対し,日本のそれは専任で2.0%,兼任でも14%という状況
にあることからみると,先述の指摘もある程度は裏付けられている。
しかし,コンピュータでできることは実は相当に限られているという前提に立つと,考
え方は異なってくる。企業活動をはじめあらゆる活動の裏に,コンピュータによる情報シ
ステムがいわば表裏一体になるほど機能しているのも事実であるが,所詮,コンピュータ
で対象とする情報も,またそれを管理する方法にも限度があるとすれば,それに頼りすぎ
るのは極めて問題といわざるを得ない。
極端な見方だが,日本の農業が“機械化・効率化”を武器にした農業先進国の躍進の結
果,食料自給率が40%程度にまで落ちてしまっているように,日本の ICT 市場もこれに
似た状況になるのではという懸念も抱かせられてしまう。
日本の経営者は,案外コンピュータのもつ能力,あるいは情報システムのもつ限界をよ
く周知しているので,CIO を置くことにそれほど積極的ではないのかもしれない。企業に
おける経営判断は,コンピュータではなく,生身の人間としての経営者の責務であること
を強く意識しているのだと信じたいところである。
“工業化”が,公害や地球環境破壊を負の側面としてもたらしたように,情報化”が
アナログ的なものの喪失をもたらすことが懸念される。将来の“ユビキタス化”が人の感
性を奪うことにならぬように今から注視しておくことも必要かもしれない。
7.ま
と
め
企業における情報システム構築などの際に,以下の点を重要なポイントとしてあげてお
きたい。
①
コンピュータで実現できる限界を知ること
② システムの中身はだれからも見えるように常にビジュアル化(最近では“見える化”
の言葉がよく使われるが)しておくこと
人はコンピュータとどのように付き合うべきか
③
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ネットワーク化の効用である「情報の共有」は,便利ではあるが,皆が同じ情報し
か持たないということに注意すること
④
人はそれぞれ別の振る舞いをするので,その振る舞いを生かせる環境をつくること。
例えば,多くの企業で実施されている電子メールや Web 閲覧の私的利用の制限は,
人の個性を奪うことにつながらないような配慮が望まれる
参 考 文 献
1 定道 宏「ビジネス情報学概論」,オーム社,2006.3
2 在日米国商工会議所「インターネット・エコノミー白書
インターネット・エコノミ
ーの実現を日本で」,2009.07
3 2009 World Economic Forum「Gauging the Networked Readiness of Nations : Findings from
the Networked Readiness Index 2008
2009」,「Global Information Technology Report」,2009
4 経済産業省「平成19年度我が国の IT 利活用に関する調査研究(電子商取引に関する市
場調査)」,2008.08
5 総務省「平成16年版情報通信白書」,総務省情報通信統計データベース,2004.07
6
島治道「食料自給率100%目指さない国に未来はない」,集英社,2009.09
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