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安楽死に関するガイドライン / 原著:米国獣医学会、翻訳:鈴木真、黒澤努

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安楽死に関するガイドライン / 原著:米国獣医学会、翻訳:鈴木真、黒澤努
安楽死に関する
ガイドライン
(旧称、米国獣医学会:安楽死に関する研究会報告)
米国獣医学会
AVMA Guidelines on Euthanasia
鈴木 真 訳 黒澤 努 訳・監修
警告—安楽死に関する米国獣医学会からのガイドライン(米国獣医学会のパネ
ルから 2000 年に報告された安楽死に関する報告書)には誤って解釈されている
ところがある。以下の点に注意する必要がある:このガイドラインは、人の安
楽死に利用されることを意図していない。バルビツール酸塩、麻痺薬、および
塩化カリウムをそれぞれ、かつ異なる状態で投与する方法(人の安楽死に用い
られている一般的な方法)を引用していない。人の安楽死に用いられている麻
痺薬の臭化パンクロニウム(パブロン)について、全く言及していない。
監修にあたって
監修にあたって
安楽死に関する考え方の統一は容易ではない。これは一般市民にとって安
楽死は日常生活とは無縁の存在であり、話題となることが少なく、普段は全く
意識しない問題だからかもしれない。特に都会に居住する多くの市民にとっ
ては人の安楽死について意識しないだけでなく、動物の安楽死についても多
くは意識をせずに生活をしている。したがって、安楽死に関する文献も自ず
と少ない。しかし、近年になり2つの理由で安楽死に関する関心は高まって
きた。
そのひとつは人の尊厳死の問題である。医療の発展にともなって、長寿高
齢化社会が実現はしたものの、ではその高齢者、とりわけ疾病に陥った方が
皆幸せかと考えたときに人の安楽死についての議論がわき起こってきている。
とりわけ欧米先進国の中ではすでに人の安楽死が法的に容認されているとい
う情報が容易に入手でき、現実の問題として捉える場合も多くなったからで
あろう。
もうひとつは伴侶動物、家庭動物とされるペットの問題である。かねてよ
り無責任な動物飼育者により放置される動物についての議論は多かったが、
それらの動物を積極的に救わなければならないとする動物愛護団体の活動の
活性化により、動物の安楽死の問題が議論されてきた。我が国の動物愛護法
では地方自治体はこうした動物を処分しなければならないと規定しているが、
その法律自体に対する議論も増している。善意によりこうした動物を保護す
る施設を運営する団体も、建前は動物の安楽死に反対の立場をとるが実際的
には収容能力には限りがあり、現実問題として動物の安楽死を容認せざるを
得ないこととなる。
さらに2010年になって家畜防疫上の問題から社会の耳目を集めながらも家
畜伝染病予防法の規定により多数の動物が処分され、その具体的な映像が報
道され、さらにその処分は獣医師による安楽死処分であると報道されたこと
から、動物の安楽死問題は一般の市民にも現実の生活に関係した問題と捉え
られるようになった。
しかし、動物の安楽死は普段意識せずとも日常生活と密着して居る面もあ
る。それは畜産動物の処分に関する方法である。我々は日常生活で多くの畜
3
監修にあたって
産品、食肉、卵、牛乳、バター、チーズおよび革製品などを利用しているが、
皮革や食肉は動物を処分しなければ流通もしないし、利用もできない。また
卵や牛乳の生産であっても、生産効率が落ちると、経済的な観点から処分さ
れるのである。この際にも多くの人々はできるだけ苦痛の少ない方法で動物
を処分することを望んでいるものと推察する。ただし、いくら苦痛の少ない
安楽死法だとしても、食の安全に抵触する方法や、食品として容認できない
ほど高価な方法を期待しているのではない。
我が国は古くから米を主食としていて、農業における畜産の位置はそれほ
ど重要なものではなかった。明治以降の生活の欧米化により食文化も欧米の
それと同じようになってきたが、それを支える畜産の文化が広く国民に広
がっていったわけではない。したがって畜産における動物処分の問題が広く
語られることは少なかった。
第3の家畜ともいわれる実験動物の安楽死問題はこうした我が国の歴史的
背景もあり、議論されることは少なかった。しかし、バイオメディカルサイ
エンスの進展とともにこの問題を避ける事はできず、動物愛護法の制定時に
実験動物の処分についてもできるだけ苦痛の少ない方法で行うことなどが規
定された。このときにも多くは欧米の法規、指針などを参考にしたとされた。
実験動物の安楽死に関しては、まずその倫理的な観点からの議論は多い。
その議論は人の安楽死、および伴侶動物の安楽死など文化的、歴史的、さら
には情緒的なものを土台とすることが我が国では主となっている。しかし、
実験動物を用いて行われる活動、すなわち動物実験は科学のために行われ、
研究手段の一つであることから、国際的な整合性を持つ必要がある。畜産に
おいてでさえ、各国の食文化あるいは宗教観を背景に特殊な動物の処分方法
が存在するが、実験動物の処分方法はそれらとは別の観点から考えられなけ
ればならない。すなわち科学実験の再現性の保証の担保である。科学が真実
の探求のためになされるのであれば、ある事実を証明した方法、すなわち実
験は誰がどこで行っても同じ結果を得ることができなければならない。ある
特定の国や宗教観を持ったところではAという結果がでたが、別の国や歴史、
文化の違うところで行った実験の結果はBであったとなるのは科学的な実験
とはいえない。そこで科学実験方法というのは国や、文化、歴史などとは関
係なく、世界的に全く同じように行われる必要がある。
実験動物の処分はこうした科学目的が達成されることを前提に行われるの
であるから、我が国だけが独自の方法を行うべきものではあり得ない。当然、
4
5
監修にあたって
倫理的な観点から実験動物の処分であっても、できるだけ苦痛の少ない方法
で行うべきであると国際的に認識され、実践されてきたことから、我が国で
も実験動物の安楽死に関しては国際的に行われているのと同じような考え方
にたって、同じ方法で行うべきである。
現在実験動物の安楽死法に関しては欧米では2つの著名な指針が存在する。
その一つ目は欧州実験動物学協会連合、FELASAが1996年に出した指針であ
る。またその指針にも引用され、国際的に広く引用されるのが米国獣医学会
が1999年に公表した、安楽死に関する委員会報告である。我々は実験動物福
祉の立場から、また実験動物医学専門医として、広く我が国でも本指針の理
解が進むことを期待して翻訳事業を行い日本獣医師会雑誌に発表した。この
たび新たにこの改訂が行われたことから、AVMA紙の編集委員長から日本語
の翻訳権をいただけたので、改めて翻訳を行い公開する運びとなった。なお
本翻訳事業に御協力いただいた Harry Rozmiarek, DVM, PhD、DACLAM ペン
シルバニア大学名誉教授に厚く御礼を申し上げたい。本書の刊行により実験
動物福祉だけでなく、動物福祉全般、さらには安楽死問題の考え方一般の我
が国での普及を望みたい。
大阪大学医学部
黒澤 努
目次
目次
監修にあたって......................................................................................................... 3
まえがき.................................................................................................................... 8
序文......................................................................................................................... 10
一般的な配慮........................................................................................................... 14
動物の行動に対する配慮......................................................................................... 16
人の行動に対する配慮............................................................................................. 18
安楽死に用いられる方法の作用機序........................................................................ 20
吸入剤..................................................................................................................... 21
吸入麻酔薬.........................................................................................................22
二酸化炭素.........................................................................................................24
窒素,アルゴン..................................................................................................26
一酸化炭素.........................................................................................................28
非吸入性薬剤........................................................................................................... 31
バルビツール酸誘導体........................................................................................31
ペントバルビタール配合剤.................................................................................32
抱水クロラール..................................................................................................33
T-61........................................................................................................................ 34
トリカインメタンスルフォネート.
(Tricaine methane sulfonate : MS 222,TMS)
..................................................34
麻酔下の塩化カリウム........................................................................................34
安楽死に適さない注射剤....................................................................................35
6
目次
物理的方法.............................................................................................................. 36
貫通ボルト.........................................................................................................36
頭部への強打による安楽死.................................................................................37
銃撃....................................................................................................................37
頚椎脱臼.............................................................................................................39
断頭....................................................................................................................40
電撃....................................................................................................................41
極超短波照射......................................................................................................42
胸部(心肺,心臓)の圧迫.................................................................................43
捕殺用罠.............................................................................................................44
粉砕....................................................................................................................45
付随的な方法......................................................................................................46
放 血.
..................................................................... 46
気 絶.
..................................................................... 46
脊髄破壊.
................................................................... 47
特別な配慮.............................................................................................................. 48
馬の安楽死.........................................................................................................48
人あるいは動物の食用動物.................................................................................48
特殊な種の安楽死:動物園,野生,水棲及び変温動物.......................................49
動物園動物...............................................................................................49
野生動物...................................................................................................50
疾病に罹患し, 負傷しあるいは生け捕りされた野生動物, または狂暴な動物種....51
鳥 類.....................................................................................................52
両生類, 魚類及び爬虫類............................................................................52
水棲ほ乳類................................................................................................54
毛皮動物の安楽死...............................................................................................55
胎仔及び新生仔の安楽死....................................................................................56
大量の安楽死......................................................................................................56
あとがき.................................................................................................................. 57
References............................................................................................................. 59
付表1 動物種別安楽死の方法............................................................................... 73
付表2 適切な安楽死の方法-その特徴と作用機序................................................ 75
付表3 条件により適切な安楽死の方法-その特徴と作用機序............................... 79
付表4 不適切な安楽死の方法............................................................................... 84
7
まえがき
まえがき
米国獣医学会(AVMA)研究理事会(Council on Research)からの要請に基
づいて,1999年に AVMA 評議会(the Executive Board)は安楽死についての委
員会を招集し,1993年に出版された第五次委員会報告書を改訂した1.AVMA
の安楽死に関する委員会は報告書を Journal of the American Veterinary Medical
Association に発表した.この報告書では研究施設及び飼育管理施設での安楽
死の情報を更新した ; 変温動物,水棲動物,及び毛皮動物についても記載し ;
馬及び野生動物の情報を加筆し ; 不適切であると思われる方法や薬剤を削除
した.この委員会での審議は,現在入手できる科学的な情報源に基づくため,
いくつかの方法や薬剤については言及していない.
2006年に AVMA 評議会は,安楽死に関する AVMA のガイドラインを作成
することを目的に,安楽死法の科学的な評価方法や有用と思われる方法につ
いて少なくとも10年ごとに見直しを行うための委員会を招聘することを決定
した.この間,安楽死に関する新しい方法や化合物,あるいは従来の変法に
ついては,AVMA動物福祉委員会(Animal Welfare Committee; AWC)で取り
扱われる.改定は科学の粋を集めて行われ,理事会の承認の基に発行される.
第一回の中間改定は2006年に承認され,家禽の雛や孵化直前の雛を安楽死さ
せる物理的な方法(粉砕)を加えた.実質的な追加記載については下線で示
した.
自由行動する野生動物の管理に耳目が集中し,動物福祉に関する問題が増
加していることから,人道的な安楽死のガイドラインを設定する必要性が高
まっている.科学研究に用いる動物の捕獲,負傷あるいは疾病に罹患した野
生動物の安楽死,人の財産及び安全を脅かす動物の排除,繁殖過剰な動物の
安楽死などは社会の注目を集める.このような問題についてもこのガイドラ
インに記載されており,また,自由行動する動物は家畜としての動物とは状
況が異なることから,これらの動物に対する特別な配慮についても記載した.
このガイドラインは動物の安楽死を実施,あるいは監督する獣医師を対象
としている.一般の人々がこのガイドラインを解釈,理解することは可能で
あるが,実施に当たっては獣医師に相談することが必要である.獣医学の関
与する範囲は複雑でさまざまな動物種が関与している.安楽死の方法を選択
8
まえがき
する際には,特に,種特異的な安楽死に関する研究がほとんど行われていな
い動物種については,可能なかぎり対象とする動物種を扱った経験のある獣
医師に相談すべきである.このガイドラインの解釈及び利用を制限すること
はできないが,AVMA の最大の目的は獣医師が安楽死させる動物の疼痛及び
苦痛を軽減する際の指標を設定することである.ガイドラインの勧告は,さ
まざまな状況下で動物を安楽死させる際に,専門家として判断する必要があ
る獣医師にその指標を提供することが目的である。
9
序文
序文
安楽死(euthanasia)の語源はギリシャ語のよい(eu)と死(thanatos)に由来す
る2.「よい死」とは,疼痛や苦痛が最少限の死である.このガイドラインに
おける安楽死とは動物を人道的な死に至らしめる行為である.動物の生命が
奪い去られる時,畏敬の念をもって可能なかぎり疼痛や苦痛を伴わずに死に
至らしめることは,獣医師としてあるいは人としての責任である.安楽死に
用いる方法は,速やかに意識を消失させ,続いて心肺機能の停止及び最終的
な脳機能の停止を生ずる必要がある.加えて,動物が意識を消失するまでに
感じる苦痛や不安は最少限度でなくてはならない.委員会は,疼痛及び苦痛
をまったくなくすることはできないと認識している.したがって,ガイドラ
インでは安楽死が実施されるおのおのの状況という現実と動物の疼痛及び苦
痛を最少限にするという理想とのバランスをとるよう試みている.関与した
動物種について適切なトレーニング経験と専門知識を有する獣医師は,最適
な方法が用いられるよう,指導しなければならない.
疼痛のない死を判断するには疼痛のメカニズムを理解することが必須であ
る.疼痛とは感覚(知覚)であり,上行路を経由し,大脳皮質に神経インパ
ルスが到達することにより生ずる.この疼痛の伝導路は正常な状態では比較
的特異的であるが,神経系は非常に可塑性に富むため,侵害受容経路の活性
化が常に疼痛を生ずるわけではなく,痛覚とは無関係な他の末梢神経や中枢
神経の刺激により疼痛を生ずることがある.侵害受容( nociceptive )という言
葉は「傷害する」という意味の nociと「受領する」という意味の ceptive とに
由来し,組織が傷害される恐れのある,あるいは実際に傷害されたという有
害な刺激を神経が受容することを示している.この有害刺激は,侵害受容器
及び他の感覚神経末端(機械的,温度,化学的な刺激,有害及び有害でない
刺激に反応する)に作用して神経インパルスを発生させる.水素イオン,カ
リウムイオン,ATP,セロトニン,ブラジキニン,プロスタグランジンなど
の内因性化学物質は電流と同様に侵害受容神経に神経インパルスを発生させ
る.正常な状態では沈黙しているが,慢性的な疼痛により感作される受容体
により侵害受容の伝導路が活性化される場合もある3,4.
侵害受容器により生じた神経インパルスは,侵害受容の一次求心性線維を
10
序文
11
経由し,脊髄あるいは脳幹へ到達し,神経ネットワークにおけるそれぞれの
経路へと伝達される.一つの経路は脊髄レベルでの侵害受容反射(引き込み
反射及び屈曲反射など)に関係する経路で,他方は知覚のプロセスとしての
網様体,視床下部,視床,大脳皮質(体性感覚皮質,辺縁系)への上行路であ
る.侵害受容の上行路は多数存在し,時に重複し,慢性的な状況(病変及び傷
害)下では可塑性に富んでいることを理解する必要がある.さらに,通常の
伝導路における侵害受容神経の伝達においても多様性が認められる.たとえ
ば,硬膜外麻酔では,侵害受容反射及び上行路の両方が抑制される.別の状
況では,侵害受容反射は生ずるが,上行路への伝導は抑制される;したがっ
て,有害刺激は疼痛として認識されない.疼痛という用語は知覚を意味する
ため,疼痛を刺激,受容体,反射,伝達経路の意味で用いることは正確でな
く,逆に,疼痛を知覚せずに,これらの経路が活性化されることもある5,6.
疼痛は2種類に大別できる:(1)知覚―弁別的なもの,発生部位及び加え
られた刺激により疼痛が生ずる;及び(2)動機―情動的なもの,刺激の強度
が認識され,動物の行動を決定する.侵害刺激の知覚―弁別的なプロセスは,
刺激の強度,持続時間,部位,性質という情報を処理する知覚―弁別的なプ
ロセスと同様に,皮質下及び皮質のメカニズムにより行われていると考えら
れる.動機―情動的なプロセスには行動上の及び中枢性の覚醒を支配する上
行性網様体が関与している.これには不快,恐れ,不安及び抑欝に関わる視床
から前脳及び大脳辺縁系への入力も関与している.動機―情動的な神経ネッ
トワークは,心血管系,呼吸器系及び下垂体―副腎系を反射的に活性化する
大脳辺縁系,視床下部及び自律神経系にも強く関与している.これらの系に
より活性化された反応は前脳にフィードバックされ,動機―情動的な入力に
よる知覚を増強する.人における脳神経外科的な経験に照らすと,疼痛に関
わる動機―情動的な成分と知覚―弁別的な成分とは区別できる7.
疼痛を知覚するには,大脳皮質と皮質下の構造が機能していることが必要
である.低酸素症,薬剤による抑制,電気ショックあるいは振盪により大脳
皮質が機能していない場合は,疼痛を知覚しない.したがって,麻酔下ある
いは意識を消失し,死に至る前に動物が覚醒しないことが明らかな状況では,
安楽死に用いる薬剤あるいは方法の選択は重要でない.
ストレスと苦痛との連続性を理解することは,安楽死させる動物に対する
さまざまな苦痛を最少限にする方法を評価するために必要である.ストレス
は動物の恒常状態あるいは適応状態を変化させる物理的,生理的あるいは感
序文
12
情的な因子(ストレッサー)の作用と定義されている.ストレスに対する動物
の反応は精神的及び生理学的な定常状態に戻るための適応プロセスである8.
これらの反応には,神経内分泌系,自律神経系及び明らかな行動変化を伴う
精神状態の変化が関与する.ストレスに対する反応は,その個体の経験,年
齢,種,品種及び現在の生理的ならびに心理的状態により変化する9.
ストレスとそれに起因する反応は3つの相に分類できる10.よいストレス
とは無害な刺激がその動物に有益な適応反応を生ずる場合である.中間的ス
トレスとは,刺激により生ずる反応がその動物に有益でも有害でもない場合
である.悪いストレス(苦痛)とは,刺激により生ずる反応が動物の安寧及
び快適さを損なう場合である11.
動物を用いる他の操作と同様に,安楽死に用いる方法には動物の物理的な
取り扱いが必要となる.必要な保定の方法及び拘束時間は,動物種,品種,大
きさ,家畜化の状態,馴化の程度,疼痛を伴う損傷あるいは疾患の有無,興
奮の程度及び安楽死の方法により決定する.適切な取り扱いは動物の疼痛及
び苦痛を最少限にし,安楽死を行う作業者の安全を確保し,時に他の人及び
動物を保護するために必要不可欠である.
安楽死の手順についての詳細な議論は,このガイドラインの目的を逸脱す
るが,動物の疼痛及び苦痛を最少限にするために,安楽死を実施する作業者
は,適切な資格とトレーニング,用いる方法についての経験,安楽死させる
動物種に対する人道的な保定についての経験が必要である.トレーニング及
び経験により,安楽死させる動物種の正常な行動について熟知し,取り扱い
及び保定がその行動にどのように影響するかを認識し,また,安楽死に用い
る方法が動物に対してどのような機序で意識の消失と死を生ずるかを理解す
ることが不可欠である.作業者に安楽死についてすべてを委ねる前に,直接
的監督下でその安楽死についての熟練度を適切に証明する必要がある.この
ガイドラインで参照した文献は,作業者の教育に有用と思われる12-21.
ある状況下で最適な安楽死を選択する場合には,動物種,利用できる保定
法,作業者の技量,個体数などの条件が関与する.参考となる情報は家畜に
重点を置いたものが多いが,一般的な同様の事項は他の種に対しても広く適
用できる.
このガイドラインには本文を要約した4つの表を添付した.付表1は動物
種別の適切な及び条件により適切な安楽死の方法のリストである.付表2及
び3は,適切な及び条件により適切な安楽死の方法の特徴について要約した
序文
ものである.付表4は安楽死として不適切な薬剤及び方法の要約である.適
切,条件により適切,不適切とした基準は以下のとおりである:適切な方法
とは,単独で安楽死に用いても一貫して人道的な死に至らしめるものである
;条件により適切な方法とは,その方法の本質的な特徴,あるいは作業者が
失敗する可能性の大きさや危険性により,一貫して人道的な死に至らしめる
ことができないもの,または,科学的に検証されていないものである;不適
切な方法とは,いかなる条件下でも人道的な死にいたらしめ得ない方法,用
いる作業者に大きな危険が伴うと委員会で判断した方法である.このガイド
ラインでは,単独では安楽死に用いることはできないが,他の方法との併用
により人道的な死に至らしめる併用可能な方法についても解説している.
13
一般的な配慮
14
一般的な配慮
委員会は,安楽死の方法を評価するために,以下の基準を用いた:(1)疼
痛,苦痛,直接的なあるいは将来的な不安を伴わずに,意識消失及び死に至
らしめること;(2)意識消失に要する時間;(3)信頼性;(4)人に対する安
全性;(5)不可逆性;(6)要求及び目的との適合性;(7)傍観者あるいは作
業者に対する感情的な影響;(8)安楽死後の評価,実験あるいは組織の利用
との適合性;(9)薬剤の利便性及び人の乱用の可能性;(10)種,年齢及び健
康状態との適合性;(11)用いる器材が適切に作動するよう維持できること;
(12)肉食動物/腐肉食動物が死体を摂食した場合の安全性.
安楽死は動物のコントロールが不十分で,疼痛及び苦痛を伴わずに死に至
らしめることができない状況にも適用されるため,委員会はこのガイドライ
ンで用いられる安楽死の定義について検討した.動物を食用,毛皮用あるいは
繊維用にと殺する場合が該当する.動物を食用,毛皮用あるいは繊維用に死亡
させる場合,及び野生動物あるいは凶暴な動物に対しても,安楽死の同じ基
準を適用するべきである.食肉動物の場合には,米国農務省(US Department of
Agriculture)が特に定める条件を考慮して人道的にと殺する必要がある22.疼
痛を伴わない死は,動物を適切に気絶させ,放血することにより達成される.
と殺前の動物の取り扱いは,できるかぎりストレスを伴わないよう実施する
べきである.動物の動きを促すために電気式突き棒及び他の道具を用いるべ
きではなく,また,無用なストレスを伴わずに動物の動きが促され,保定さ
れるように傾斜路及び移動柵が設計されていれば,このような道具は不要で
ある23-27.と殺する前に動物が疼痛を伴う姿勢で保定してはならない.
健康で,かつ不要な動物を安楽死させる場合には,専門的及び一般的な関
心事に照らし合わせた倫理的な配慮が必要である28-29.この問題は複雑で,専
門家及び動物福祉に関わる人々による詳細な検討を必要とする.委員会は,
このような動物の安楽死に関わる対応の必要性について十分認識していたが,
本指針で詳細に検討することは,適切ではないと考えた.
AVMA は,薬剤の入手と貯蔵,労働安全及び安楽死の方法と動物の処分に
ついて規定した連邦,州及び地方の法令に準拠して安楽死が実施されること
を意図している.しかしながら,現行の連邦,州及び地方の基準については,
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